わしは阿修羅の状態を見て、【転生】の印を結びつつ、駆け出した。
【転生・壱】の効果範囲は術者から5m以内だった、薬師の【蘇生】は対象に触れていないといけない為、数少ない【転生】の利点である。
「高速韻!!」
巫女さん技能を受け、体に淡い緑色のオーラを纏い、さらに加速する。
強敵を倒した事で気を抜いていたのか、偽山伏はこちらが迫っているのに、気づくのが遅れたようだ。
「やらせん!」
こちらの意図を悟った偽山伏は、槍で串刺し状態の阿修羅を両手で振り回し、遠心力で槍から抜くように崖に放り投げた。
【転生・壱】
間一髪、術の発動が間に合う。
「ナイスお爺ちゃん!でもおっそいのよおおおおおおっ!」
空中で目を覚ましした、阿修羅が叫びながら崖下に落ちていった。
【生命力】も大して回復してないはずだ、落下ダメージがあるとすると、また死んだかもしれない。
「無駄じゃったかのう…」
なけなしの【気合】を無駄にしてしまったような気もした。
そのまま血だらけの山伏と接近戦に入った。
このゲームの対人戦は、急所に入った時はダメージ係数が跳ね上がる。
例えボスであろうとも人型…少なくとも瀕死に近いはずだ。
ここは、無理をしてでもダメージを与えにかかるべきだろう。
【気合韻】
巫女さんが気合回復上昇効果の術をかけてくれた。
「生きておるか、小僧。」
倒れている小僧に声をかける。
「はい。しかし、満身創痍といった風ですね。」
どのように術を受けたのか、片腕を失っている小僧と共に偽山伏と対峙する。小僧を回復する【気合】も残っていなかった。
「活身!」
偽山伏は短呪だっただろうか、戦っている最中に。ほとんど一瞬で印を結び術を唱えられてしまった。
【活身】は徐々に【生命力】を回復する術である、気合消費が少なく短い印で発動可能、効果は微々たるものだ。
前作では、長時間の戦闘を強いられる【生命力】の多いボスに使われると厄介な術だった。
小僧と二人で幾度かダメージを与えることに成功してはいるが、もともとレベル差があるのか、倒れてくれない。
急所に当てるつもりで降り下ろした棍が、偽山伏の槍で受け止められる。
そのまま鍔迫り合いに移行する、その間に小僧が脇から小太刀でもって、刺しにかかる。
偽山伏は片手を袋に手を突っ込んだかと思うと、何やら粉薬を振りまいた。
相手の懐に潜り込みに行っていた小僧は、それをもろに被る。
すると粉末が小僧の接触すると同時に激しく燃え上がった。
「うああっ!すいません。また死にました…。」小僧が倒れながら言った。
「火炎丹か…」
前作、薬師の主要生産物の一つ、陰陽師の火炎系の術と同等の効果があるアイテムだ。
「火炎粉だ、四人相手では禁止されておったのだが…そうそう死んでやるわけにはいかん。」
○○粉は攻撃術系の効果がある生産物の中で一番低位の物だ
最近の高度AIは自立的に思考し行動する、リアルでも高価なものだと政治にまで意見を出していた。
禁止行動に反する行動が取れるAIというのは、なかなか珍しいものではあったが。
「まぁ…そう言わず、死んで下さいな」
巫女さんが倒れこんだ小僧の背後から、ほぼ零距離で矢を放つ。
「まだまだ…この程度じゃ死ねんようだなっ!」
矢をまともに額に受け偽山伏は仰け反りながらも、不敵に喋る。
持続回復効果がダメージ量を上回っている為か、なかなか倒れてくれない。
あれで殺しきれないとなると、現状のレベルと武器で倒すのは無理かもしれなかった。
「うおああああああああっ!!」
偽山伏は叫びながら、槍を横から振り払ってきた。
『バキッ!』
こんな時に…こんな時だからか、棍は受けた所から真っ二つに折れた。
そういえば、受け取ってから全く修理に出していなかった。鼠狩りで大分使い込んでいた、恐らくは耐久値が0になったのだろう。
そのまま肩に斬りつけられ、後方に5mほど吹き飛ばされる。
立ち上がっている間も、偽山伏は巫女さんにも斬りかかっている。
弓ではもはやどうしようもない距離だ。
そのまま、為されるがまま、幾度か斬りつけられ、巫女さんは倒れ伏した。
「どうにもならないですね…。お爺さん、後はよろしくお願いします。」
そんなこと言われても、無手ではどうすることもできんなぁと半ば諦めかけていると、
「大ピンチね。」
太刀を持った、生足陰陽師こと、服部阿修羅が隣に立っていた。
偽山伏はその姿をみると、一足飛びに距離をとる。
「お主、よく生きておったな。」
「なくなくカタナプラスサンを犠牲にしたわよ。」
刀を人名のような抑揚で阿修羅が言う。
「そうか、よくわからんが、その武器は強そうじゃな。」
メールで言っていた見せたいものとは、この事か…阿修羅は全長2m弱ほどの太刀を肩に担いでいた。
「当たればね…私、太刀って使ったことないから、何せ日本じゃもう博物館にしかないからね。」
「怪我状態じゃが振れるかの。」
「振るだけなら、たぶんいけそうよ。…でも、ここに登ってくるのも、精一杯な身体能力になってるわ。」
「まともには戦えんか。」
「だから、お爺ちゃんには、なんとかあいつに一発入れれる様に、足止めをお願いしたいわね。」
「なかなか、難しい事を言ってくれるのう。」
偽山伏はこちらを警戒しているか、【気合】と【生命力】の自動回復を待っているのか、話をしている最中には攻撃を仕掛けてこなかった。
武器のない現状をどうにかしなければならない。
MTFの支援を受け、唯、無為に術を行使する思考を行なうのではなく、行使後の術イメージを具体的に思考する。
普段と結ぶ印も若干違う気がした。
「凍気・壱」
真っ二つになった武器ごと,凍らせ一本の鋭い氷の薙刀を作る。
参考にしたのは連携術の【凍氷刃】…あれよりは大分短かったが。
「さて、足止めと言われてもな。」
「器用なことをする!」
偽山伏と氷の刃で切り結ぶ、変節的な術の使用だが、行使には耐えるようだ。
「よくも、笑う余裕がある!」偽山伏がいらただしげに言う。
どうやら、自分は笑っているらしかった。
徒党は半ば壊滅状態…自分も一発でも急所に食らえば、耐久からして即死だというのに。
「面白いのう…若返るわ!」
「お爺ちゃん、気味が悪いわよ。」阿修羅が後ろから、笑いながら冷やかす。
こんなに気分が高揚するのは久しぶりだ。気持ちが氷の刃に乗るように思えた。
「老いぼれが、まだ実力を隠していたか!」
「よく喋るAIじゃな!」
自分がいきなり強くなるわけがない、恐らくは相手のほうが、後ろの阿修羅を警戒して、攻めきれずにいるのだ。
幾度目かの武器同士の激突、狙っていた瞬間がやってきた。
偽山伏が突いてきた槍を跳ね上げる、その瞬間、凍りの刃が砕ける、よく使う術だとはいえ、特に集中して鍛えているわけでもない。
短くなった氷の刃は槍の邪魔を受けることなく、そのまま相手の懐に潜り込み、折れた先でそのまま両の手を狙い、斬りつける。
「こんなバカな…」
斬り付けられた偽山伏の両の手は、霜が張り付くように凍り付いた。
「100点をあげるわ。お爺ちゃん。」
いつの間にか接近していた阿修羅が偽山伏の頭上から太刀を振り下ろした。
「ふん。200点満点でとか言いそうじゃな。」
偽山伏の断末魔が山頂に響いた。
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気合韻:巫女の技能。自身から範囲内に気合回復上昇効果。効果低。気合消費中。
活身:薬師の技能。生命力を徐々に回復する。気合消費少。発動時間極少