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[207] 正義の味方の弟子 
Name: たかべえ
Date: 2006/01/30 09:43
初めてこの作品を読む方へ。

この作品はエヴァとFateのクロスオーバー作品です。

Fateは凛グッドエンド後の話となっています。

エヴァはともかく、Fateキャラにはオリジナルキャラが多数登場しております。

オリキャラの存在が嫌だ、という方はお戻りください。

さらに、けっこうみなさん性格が違います。(特に主人公のS君)そういうのも嫌いな方はお戻りくださいね。






次に改訂する前から読まれている方へ。

タイトルには何の変化もありませんが、内容、設定は大きく変わっています。

変更点は多数有り、改訂後が正しいとしますので改訂前からとでの違いを指摘されないで下さい。

あと、Fate用語の補足も出来るだけ付けたつもりですが、不備があるかもしれません。その際はまたご指摘ください。






正義の味方の弟子 
第1話 
正義の味方の弟子






2000年。その出来事は起きた。

南極で発生したと言われる全くの謎の現象。

突如、南半球の沿岸地のあちこちで人や獣、鳥、魚そして植物、微生物までもが姿を消した事件。

大地そのものは残っているのに、そこに生きる命全てが消えた。

なにがあったのかなど、誰も分からない。誰も生きていないのだから。

その事件をめぐり、あらゆる憶測が飛び交った。

大国の新兵器の実験が行われた、新種の病原体だ、宇宙人の侵略だ、天の裁きだ、などという噂が当たり前のように流れていた。

しかし、騒ぎこそしても北半球の先進国国家の人々にとっては楽観していた。なぜなら、自分達には何の被害もなかったのだから。

だが、北半球の国家のいくつかにも被害はあった。

だれもいなくなるのだから、いなくなったことに気付く人もいなかっただけのことだった。

再び恐怖が世界を震撼させた。

被害があったのはいずれも低緯度の沿岸地からで、そこから波状に広がっていった。

誰もが北を目指し、都市を内陸へと移した。

一年もたったとき、被害はもう見当たらなくなった。

そして、今度は原因の解明、いや責任の押し付け合いということになった。

仲の悪い国同士が我々を殺すためにあの平気を作った、と証拠もないのに政治家が吼える。

それがそのまま戦争へと結びついた。

結局、事件の真相はかつて隕石によってもたらされた未知の元素の崩壊による強力なエネルギー放射が生物に被害を与えたとされた。それが南極にあると。現在はそれが収まっているが、何が原因で再び起こるかわからないと。

短い戦争は終わり、平和になった。

その元素の崩壊原因がわからないためだ。従来の物質どおりに崩壊するのか、それともしないのか分からないためだ。

そして、南極は近寄ることを禁じられ、禁域としてその名を残すことになった。

その事件は「セカンドインパクト」と名付けられた。

かつて地上の王者だった恐竜が滅んだことを「ファーストインパクト」、そして人類を滅ぼそうとした「セカンドインパクト」

一部の人間は予見し始めた。

次こそ完全に人類を滅ぼす「サードインパクト」が起きる。






泣いている小さな少年がいる。

親に捨てられ、置いていかれた場所でも虐められ居場所がない。すべてを諦めかけてしまいそうになっている。

そこに一人の青年が近づいてきた。

「何で泣いてるんだ? 俺が力になってやろうか」

赤い髪の青年に小さな少年はすべてを話した。

聞き終えた青年は激怒し、少年を預かっていた親戚の家に押しかけ、少年の扱いについて大声で抗議した。

青年は彼の行動にただ驚いてばかりいる少年にこう言った。

「俺と一緒に暮らさないか? 俺と遠坂って女の子とセイバーっていうのがいるんだ。君を絶対に不幸になんかしない」

少年は青年の言葉に頷いた。

青年は少しいたずらっぽい笑顔を浮かべ、

「そうそう、言い忘れてたけど、……俺は魔法使いなんだ」

「へー、お兄ちゃんってかっこいいんだね」

冗談のようなことを言う青年に、少年はそれだけを言った。

「ああ。俺は衛宮 士郎(えみや しろう)。正義の味方で魔術使いだ」

「僕は碇 シンジ」

少年は彼に引き取られ、ロンドンで暮らすことになる。

そして引き取られてからしばらくたち、士郎と彼の恋人の遠坂 凛(とおさか りん)、凛と契約したサーヴァントのセイバーの反対を押し切り、魔術を学んだ。

その身に宿るたった一つの神秘を磨き上げていき、そして彼が目指すものへと近づいていく。

そして、シンジが14歳になったとき、彼の父親が呼び出したことで物語の幕が開くことになる。






『本日12時30分、東海地方を中心とした、関東地方全域に特別非常事態宣言が発令されました。住民の方々は速やかに指定のシェルターに避難して下さい』

人一人居ない駅のホームでは無機質な機械的なアナウンスが流れている。

澄み渡った青空の上に、銀色に輝く戦闘機が一筋の白線を描いていた。

「いきなり電車が止まるなんて、僕は電車に嫌われてるのか?」

駅には少年と少女がいた。

少年の肌と髪は透き通るくらいに白く、瞳は紅い。体の線は細いが筋肉質で洗いざらしのシャツとジーンズ、右腕には赤い布を巻きつけている。

はるばるロンドンからやってきたのに、手には中身が膨れた小さな麻袋しかなく、中に金属が入っているのかジャラジャラと音をたてている。

「はっ、まさか凛姉さんの『ここぞというときにドジをする症候群』が僕にも伝染しちゃったのか。これはまずいかも」

「リンに聞かれたら何をされるかわからないことを平気で言うんですね、シンジは。またガンドの嵐の中を走り抜ける気ですか? 私の直感では次は蜂の巣になると出ていますよ」

金髪の少女が手を腰に当てながら、呆れたように言う。

少女は少年と同じような年齢で、白い肌に聖緑の瞳で、服装は白いブラウスに青いスカートである。

この少女は少年の同伴でロンドンから来たというのに、手に何も持っていない。

ガンドとはシンジの姉である凛がよく使う魔術だ。

相手に呪いをかける魔術であり、西洋で相手を指差してはいけないのはガンドをかけるとされているからである。

本来は相手を病気で寝込ませる程度の魔術なのだが、凛の場合は「フィンの一撃」と呼ばれるほど強力なガンドとなる。

ガンドの弾丸はコンクリートの壁に穴を空けるほどの威力で、普通の人間がくらえば即お陀仏である。それがガトリングガンもかくやという数で撃ってくる。

「そのときはルヴィア姉さんに匿ってもらう。そして姉さんに思いっきり甘えてみる。ルヴィア姉さんにもガンドを撃たれなければいいけど」

シンジと呼ばれた少年、碇 シンジは身に降りかかるであろう危険に対して笑うだけだ。

今あげた名は凛のライバルである女性の名である。ちなみに、この女性もフィンの一撃を放つことができる人物だ。

「はぁ、シンジはいったい誰に似たんでしょうね?」

金髪の少女、セイバーはまた呆れるだけだった。

「魔法使いの誰かじゃない? もしくは藤ねえ」

ありえそうな事実ではあるが、彼らもここまでふざけた性格はしていない。藤ねえこと、藤村 大河(ふじむら たいが)は微妙だ。

「でも、僕の志は士郎兄さんにもらったよ。たった一つの理想のために全てを注ぐ。

ちょっと断絶しかけちゃったけどね」

シンジは自分の白磁の肌をした手を見つめた。

昔は正常だった身体は、彼の身に宿る神秘の代償として少しずつ色素が抜けていった。

ちょうど彼の師匠で、兄でもある衛宮 士郎が褐色の肌になっていったように。

人には神秘、奇跡はおこせない。

だが、稀にそれができる人がいる。それが魔術師。

なんらかの代償を支払う代わりに、世の理を越えたことを行う。

その代償はシンジの場合、その体であった。

「貴方の理想はわかりますが、あまりその魔術を使用しないように。

貴方は本当なら封印指定の魔術師として封印されているはずなのですよ」

セイバーは厳しい口調でシンジを叱責する。

それは責めるというより、シンジの身を案じての言葉だった。

封印指定とは魔術師にとって名誉のある称号であり、そして厄介な称号でもある。

何らかの魔術の才能に突出し、後にも先にもこれ以上の存在はあらわれないだろうとされる人物にだけ送られるものである。

だが厄介なのはその後の処遇だ。

封印の言葉が表すように、封印指定を受けた者は、魔術師の集まりで封印指定と認定する魔術協会によって封印される。

これ以上の存在が出てこないというのだから、死んでしまわれては困るのだ。

封印されれば、動くことなどできなくなる。それはもう魔術の研究ができなくなるということだ。

ゆえに、封印指定は厄介なのである。

シンジの魔術、それは確実に封印指定のものであり、シンジ自身こうして日本でのんびりしていい人物ではない。

兄であり、同じく封印指定級の士郎と組めば、魔力を十分に溜め込んでいるセイバーすらも圧倒する強さとなる。

師匠である士郎の、そのまた師匠である凛は初めてその魔術を目の当たりにしたとき、そのあまりの魔術の異常さに本気で殺気をむけたほどだ。

シンジが今こうして日本にこれるのは、士郎、シンジの魔術によって第2魔法を完成させ、魔法使いとなった凛が魔術協会の総本山『時計塔』の位を上り詰め、上から圧力をかけているからだ。

魔法使いとは魔術師にとって最高の名誉。

魔術は確かに神秘なのであるが、科学を別方面からあらわした物に過ぎない。

指先から火を出す魔術など、ライターの代わり程度でしかない。

だが、魔法は科学では到達できない事象、人の域を越えたものである。

現在は、第1から第5までの5つの魔法と凛を含めた5人の魔法使いが存在する。

凛の大師父である人物もまた魔法使いであり、平行世界干渉を操る『万華鏡』などという二つ名をもった、知らぬものはいないというほどの存在である。

魔法使いは全ての魔術師の目標であり、その言葉はほとんど絶対に近い。

現在はシンジの存在は魔法使いの弟子であるとして、その存在を黙認されている。

そうでなければ、今頃は封印されるか、追っ手を差し向けられ逃亡を余儀なくされるか、のどちらかだろう。もしくは、派閥に組み込まれるか、洗脳され誰かの道具として使われるだけか。

シンジに同行したのは護衛であると同時に魔術を使用しないようにするためのお目付け役である。

「それはわかっているけど、僕は救いを求める人がいるのならいくらでもこの力を使う。それに僕は魔術師じゃなくて魔術使いだから、それ間違えないでよね」

魔術師は理由に関係なく、手を血で汚す。それは自分のために魔術を使うから。

魔術の研究のためには他人を犠牲にすることもあり、自分の魔術の隠匿のために誰かと敵対する。

しかし、魔術使いは他人のために魔術を使う。だから、手を血で汚さない。

ははっと笑いながら腰を下ろす。

セイバーははぁーっとため息をついた。シンジは士郎の影響でこういうことに関しては頑固であり、誰が何を言っても聞かない。

「いいでしょう。状況しだいでその魔術の使用を認めます。それよりも、なぜシンジの父親は今頃になってシンジを呼び出したのでしょうね。

なぜシンジの居場所がわかったのでしょう? まさかあの事件ででしょうか?」

「それは僕にもわからないけど、でももし、ふざけたことをいったら兄さんから借りたゲイボルグを容赦なく使わせてもらうよ。こう、うりゃっ、て感じに投げつけてやる。……えっ!?」

セイバーから視線をはずしたシンジが見たものは一人の女の子だった。

青い髪で学校の制服を着た少女。

その姿は陽炎のように揺らいでいて、幻想的である。

シンジは魔眼を持っていないため、幽霊や妖精の類は見れないはずで、だがそれなら、この妖精のような彼女は何だというのだろう。

永遠のようで一瞬でしかなかった時間は、突然響いた戦闘機の爆音によって終わってしまった。

驚いて目を閉じてしまったシンジが目を開くとそこには誰もいなかった。

シンジがセイバーに少女のことを伝えようとすると、どこかで膨大な魔力を感知した。

「っ、姉さん!!」

「わかっています。あの方角から来るようですね。この魔力は一体何者が放っているのでしょうか」

シンジは立ち上がり、麻袋から幾つか金属片を掴み取り、セイバーは自分の魔力で鎧を編み、身に纏っている。

彼女の右手には見ることはできないが、その『セイバー』のクラス(役割)の通りに、剣が握られている。

セイバーとは彼女の本名ではない。あくまで役割を示したものだ。

彼女の本当の名、真名は彼女の戦いが終わった今でも、軽々しく出すべきものではない。

真名を知られることは弱点を知られることを意味する。

セイバーが持っている武器の名は『風王結界』

風を刀身に纏わせることで周囲の光の屈折率を変え、見えなくする鞘である。

それと同時に圧縮させた暴風で、加護を受けていない武器や防具を一刀の元に破壊する。

『風王結界』は『宝具』と呼ばれる神秘の塊で、品によっては城一つを完全に破壊しきる威力を、また重傷をおった人間を癒す力をもつ。

『宝具』とは人々の願いが形をなしたものだ。

救いが欲しい、守って欲しい、強いものが欲しい、それらの思いが幻想として形を成す。

『宝具』は強いと信じられるものだ。だから、人に強いと思われるほどにその力は増す。

知名度が高ければ力は増し、逆に有名さゆえに見切られやすい。

だから名を隠すのだ。

セイバーはこれ以外にもあと2つの『宝具』を有している。

2人が構えていると、その巨人は現れた。

「で、でかい。あれって、姉さんが戦ったっていうバーサーカーってやつ?」

「バーサーカーでもあれほどの大きさではありません。あれは一体どんな幻想種だというのですか。いえ、それ以上になぜ私はあれほどの魔力に気づかなかったのですか」

シンジは幻想種、つまり竜やユニコーン、妖精などといった伝説や御伽噺にでてくる、この世界の生物の系統樹から外れた存在は見たことがない。

それらについては知識で知るだけで、『宝具』のように幻想で編まれた彼らは強く、永く生きた幻想種ほど強力な生物はいないという知識程度である。

ずしん、ずしんと大地を響かせながら歩く暗緑色の巨人。

それは周辺の高層ビルと同等以上の大きさがある。

(姉さんが気づかなかったのは、さっきの少女のせい?)

その巨人に向かって戦闘機、戦闘ヘリから発射されたミサイルが低空を這い、向かっていく。

ミサイルはその巨人にぶつかり爆発するも、巨人はのけぞりもしない。

そして、巨人はその右手を一機の戦闘ヘリに向け、光の杭を打ち込む。

串刺しになったヘリは爆発し、落下する。中に乗っていた人は助からないだろう。

それを見たシンジは正体不明の巨人に怒りを覚えた。

「ぐっ!!」

「っ、シンジ、魔術を使用してはいけません。あれは私が相手します」

魔術を使うために必要な魔術回路を起動させようとしたシンジに忠告する。

セイバーは魔力をブーストに使い、飛ぶように走り抜ける。

セイバー。礼節を弁え、主の意思を代行する騎士の中の騎士。

現代とは違う、魔術が当然のようにあった時代で、生き残り勝ち続けた騎士は、正体不明の巨人に対してもまったく怯むことなく、立ち向かっていった。

一瞬で巨人の足元にまで肉薄し、人間で言うアキレス腱の部分にその見えない剣を横なぎに叩きつけた。

その一撃は、肉を削り、体液を飛び散らせながらも食い込んでいく。

しかし、削れた肉が再生を始め、剣を肉の壁に挟みこもうとする。

「ちっ!!」

セイバーは急いで剣を足から抜き、もう一度、剣を叩き込もうとするが、今度は足に食い込む直前で止まった。

剣の前に見えない壁があるかのようだ。

「なにっ!! これは『神性』による守りか!?」

セイバーはかつて戦った相手の能力と似ていることから、その防御能力に当たりをつける。

「っ!!」

セイバーがその場を飛び退くと、上から巨人のもう片方の足が落ちてきた。

どうやら、先ほどの攻撃によって敵と認定されたようだ。

巨人が歩いただけで、道路が陥没した。これを食らえば、守りの高いセイバーでさえ、耐え切れないだろう。

そこにシンジがやってくる。

「姉さん、魔術を使うよ」

「いけません。あの魔術はシンジには負荷が大きすぎます」

「でも、姉さんじゃあんなデカブツ相手じゃ、鞘から抜くしかないだろ。そうすれば、すぐに魔力が切れて倒れちゃうって」

シンジは正論を言い、セイバーを言い負かす。

セイバーはこの世の存在ではない。

かつてイングランドにいたとされる王、アーサー王その人である。

シンジが士郎に会うよりも前にあった戦いで、士郎に召還され、主は変わったが今も現代で生き続けている。

その体は魔力でできており、力を使い続ければ、いずれは消える。

魔術師は自己の体の中から生成される魔力(オド)と空気中から取り込む魔力(マナ)の二つで魔力を蓄える。

だが、セイバーにはそれができない。

ロンドンにいる凛から魔力を供給されているのだが、供給を上回る速度で魔力を使い続ければ消えるしかない。

そして、彼女の聖剣は上回る速度で魔力を使うことになる。

セイバーが口ごもった隙に、一気に全身の魔術回路を開放する。

この際、魔術師は死のイメージを頭に浮かべる。

頭に浮かぶのは喉元に、二股の槍に突きつけられるイメージ。

「――投影、開始(トレース・オン)」

金属片に魔力をこめていく。

シンジの頭の中に金属片から読み取った設計図が浮かぶ。

それは一本の赤い槍の設計図。

影の国からルーンを持ち帰りし、義に厚き英雄。その男が使った呪いの槍。

その設計図に沿って、魔力を注ぎ込んでいく。

金属片を握ったシンジの右手は白く発光している。

魔力が形を成していく。

「――投影、終了(トレース・オフ)」

その呪文とともに金属片が一本の槍へと変わる。

複雑な模様(ルーン)が彫りこまれた赤い槍。長さは2メートル近くあり、小柄なシンジが扱えるようなものには見えない。

シンジの魔術は、「欠けたものを元の形に戻す」ことである。

シンジはたったの一欠けらさえあれば、そこから元の形を割り出し、再現することができるのだ。

この魔術を持っていることから、シンジの協会での役割は古代、神代の遺産の復元を行うことである。

本来、魔力によって壊れた物は直せないといってもいいのだが、シンジはそれを可能にしている。

そうして作られたものは元の品と寸分たがわぬ能力を持つ事となる。

これが、封印指定の理由だ。

シンジは今は「何かが欠けた」術式であっても、一度起動したことがあるのなら完璧な形で復元できる。

たとえ神代の魔術であっても、その欠片を手に入れることができれば、シンジは発動させることができるの
である。

シンジが持っている袋には士郎が魔術で作った武器や『宝具』を砕き、欠片にしたものが詰まっている。

そうして、戦闘時には元の形に戻し、利用するのだ。

「本当は最後の工程を行いたいけど、これ以上は姉さんに怒られるからな。これでやめておくよ」

そういって、後方へと瞬時に下がり、巨人から大きく離れると腰を低く落とし、槍を構える。






「受けるか、わが必殺の一撃を」




そして、冷気が槍からあふれ出した。

先ほどまでの熱気とはまったく違う、身を切り裂くような寒さが訪れる。

それによって、この槍の不吉さに気づいたのか、巨人の顔と思わしき仮面はシンジを見つめる。

周りを飛び交う戦闘機の群れを無視して、来るであろう敵の一撃に備える。

 ゲ  イ
「突き穿つ、」

飛び上がる。その高さは20メートル近くで、決して人に飛べる高さではない。

空中で身をよじり、槍を投擲する体勢に移る。

伝説では、30の穂先を飛ばし、その悉くが敵の心臓を貫いたという魔槍。

それを今ここに再現する。

『宝具』開放のために、『宝具』の名を唱える。

 ボ ル グ
「死翔の槍」

『宝具』の真名を唱えての一投は正しく、赤き稲妻である。

『必ず心臓を貫く』という呪いを持ち、何度かわされようともそのたびに敵を追い、必ず心臓を穿つ。

槍は直死の威力を持って、巨人へと飛んでいく。

槍は見えない壁によって阻まれながらも尚、敵の心臓を射抜こうと前進する。

飛び散る魔力が目に映る。赤い槍と赤い壁。その光景は現実から離れたものだ。

パキンッ。

そんな軽やかな音をたてて、壁は破られた。

槍は勢いを失うことなく、体表にあった赤い玉へと刺さる。玉はひび割れ、だが巨人は苦しみながらも倒れない。

「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」

すでに地面に降りたシンジが呟き、刺さった槍が爆発した。

シンジの魔力で編まれた槍である以上、シンジの思い通りに欠片に戻すことも、暴発させて爆発させることもできる。

ズガァァッァアアアアアアアアアン!!!!!

赤い玉はその衝撃で砕け、巨人は背中から倒れ、地響きと轟音をたてた。

それは完全に死骸であり、魔力は感じられない。

「ぷはーっ!! もう限界! 一歩も動けないや」

戦闘が終わったと知ると、緊張を解き、道路に腰を下ろして座り込んだ。

「シンジ。助勢は感謝します。ですが、魔術を使ったことはシロウとリンに報告させてもらいます」

「ねえさーん。いきなり説教はやめてよー」

近づいてきたセイバーは褒めているのか、怒っているのかわからないことを言う。

「いいえやめません。シンジは向こう見ずな所が多すぎます」

「それは姉さんも同じでしょ。あんな大きい相手にいきなり向かっていくんだもん」

「私は今はシンジの護衛です。その私がシンジの敵に対し、攻撃するのは当然のことです」

「でも負けたね?」

「ま、負けてなんかいません。シンジが止めなければ私の剣があんなもの真っ二つにしていました」

「そして、魔力切れで倒れてダブルノックアウト?」

「私を侮辱する気ですかーー!!」

飄々としたシンジと怒り狂うセイバー。案外、いいコンビなのかもしれない。

「と、ともかく魔術の使用は厳禁です。そもそも魔術は隠匿されなければいけないものです。みだりに使用してはいけません」

「うんうん、よくわかった。魔術は使わない。というわけで、武装化で飛び散った服は姉さんが自分で縫い合わせてね? 

人のいない今はいいけど、その格好で街中を歩くのはすごく恥ずかしいし目立つと思うよ?」

そういわれて、ハッとするセイバー。

今の彼女の服装は甲冑に身を包んだ装束であり、替えの衣服はない。

シンジの魔術なら簡単に元に戻せるが、使うなと言ったばかり。

「ぐぅっ、し、シンジ」

「なぁに? 姉さん」

「魔術の使用を一回だけ認めます。それで私の服を直してください」

「一回だけ?」

「そうです。一回だけです」

「じゃあ、ブラウスかスカートのどちらかは直らないね。どっち直す?」

「……二回だけです」

「りょうかーい。あっ、そうそう、魔術を使ったことは内緒にしてね」

「わ、わかりました」

にこやかなシンジに、苦渋の選択をしたセイバー。

主の意思の代行する騎士の中の騎士、には到底みえない。

誇り高き王もこういった罠に弱いのかもしれない。






物陰で着替えたセイバーが戻ってきたのは戦闘終了から5分後。

このときには、シンジは青色の髪の少女のことを完全に忘れていた。






また、とある秘密組織では決戦兵器の投入前に、前座の戦略自衛隊(以下、戦自)との交戦中に使徒が倒れたことでパニックになっていた。

戦自の高官たちはなぜ勝てたのかよく分からないが、とにかく勝てたことに喜び、今まで威張ってきた秘密組織職員に嫌味を連呼し、ここの髭司令もいつもの口癖を言うことはできなかったという。






「くるはずの迎えはまだでしょうか?」

「そういえばまだ来ないね。もう歩いていこうか?」

「そうしましょう。いつまでもここで待っていても仕方がありません。行動に移しましょう」

「……」

「どうしましたか、シンジ?」

「どうしてお腹が空いたから早くご飯が食べに行きたい、って素直に言えないの?」

セイバーが食事の時間を何よりも大事にし、また量、質にもこだわる自称美食家(シンジに言わせればただの大食らい)なのである。

だが、いくら彼女でも戦闘直後にいきなり食事を欲したりはしない。

「うがぁぁぁー!!!」

「吠えるほどお腹が空いてるなんて。でも、避難勧告のせいでお店はどこも閉まってるよ。だから、ご飯はまだだよ」

「そのネタをいつまでも引っ張るのはやめなさい!!」

全速力で逃げるシンジとそれを追うセイバー。

彼らは誰もいない街を駆け抜け、その鬼ごっこは結局セイバーが空腹で動けなくなるまで続いた。

その日の夜はその街で一宿することになった。そこで、二人はやっと気づいた。

シンジの左手の甲にミミズ腫れが浮かんでいることを。

それは、新たなる聖杯戦争の始まりを意味した。  






追加武器

突き穿つ死翔の槍(ゲイボルグ):ランクB+(Aが最高、Eが最低。EXは規格外。+がつくものは瞬間的に本来の威力×(+の数+1)となる

ケルト神話の中のアルスター神話群に登場する英雄、クー・フーリンの持つ槍である。『心臓を貫く』という呪いを最大限に発揮することで幾たびかわされようとも必ず心臓を穿つ。

また、この槍の別の使い方として、『刺し穿つ死棘の槍』がある。これは、因果の逆転を行うことで回避も防御も不可能な一撃を放つことにある。






あとがき

改訂しました。

よくよく見直すと、シンジの腕を覆う布が途中から左手から右手に変わっていったので、最初から右手にしました。

士郎が最初、魔法使いだと名乗ったのはシンジに理解しやすいようにいったのであり、士郎は魔法使いではありません。

地軸の歪みが起きなかったのは、『ガイア』の抑止が働いたためです。

もう出てくることはないと思うので、ここで『ガイア』の説明。

『ガイア』は地球を守ろうとする力で、地球を守るためなら人間の滅亡すら辞さない力です。

問題があるのなら、ご指摘ください。直します。

誤字訂正しました。あと、武器説明をつけました。




追伸 士郎未成年者略取疑惑に関しましては、頭が回らず(こんな奴に考えられるのなら、法の抜け道などいくらでもある)そのままになりました。きっと彼なら、この不名誉でもめげないと思います。



[207] Re:正義の味方の弟子 第2話
Name: たかべえ◆f3064639
Date: 2007/09/06 23:51
正義の味方の弟子 
第2話 
サーヴァント召喚






「これって、姉さんの話に聞く令呪の発現?」

「ええ、間違いなく令呪の前兆です。まさか、この街に聖杯が在るだなんて」

「でもこの令呪って間桐(まとう)の家が作ったものじゃないの? 間桐はこの土地にはいないでしょ」

冬木という土地で行われる聖杯戦争では、間桐、遠坂、アインツベルンの三家があってこそ開かれる。

「彼ら並に使い魔の扱いに慣れた魔道の家があれば不可能ではないと思います」

シンジとセイバーはホテルの一室でひそひそと話し合っていた。

シンジの右手の甲に浮かんだミミズ腫れはある戦いの開始を意味するものだ。

それは、魔術師の戦争、聖杯戦争だ。

戦争といってもたったの七人で行うものだが、その戦争で一つの街が崩壊する恐れもある。

魔術師たちは自分のパートナーとして神話や御伽噺に出てくる英雄を呼び出す。

英雄とは英霊でもある。

英雄と呼ばれるものには二つあり、一つはその人物の死後に人々によって崇められ幻想となり神格化した者、もう一つは偉大な功績、奇跡を起こした者が世界と契約を結び英雄となること。

英雄は死後は時間軸から外れた存在となり、人類の守護者となる。

その英雄たちを呼び出し戦わせるのだ。

だが、魂となった彼らを一人の魔術師だけで呼び出すのは不可能だ。

そこで聖杯が出てくる。

聖杯は自分の所有者にふさわしい人物の候補者に力を貸し、呼び出す手助けをするのだ。

その際に、聖杯は英霊たちを自身が用意したクラスという型に嵌め、受肉させやすくするのだ。

基本的にはクラスは7つある。

剣士、セイバー。礼節を重んじ主を敬い、戦闘においても強力である。最優秀とされるサーヴァント。

槍兵、ランサー。最も機動力に優れたクラス。槍使いの中でも特に速さに秀でたものが選ばれる。

弓兵、アーチャ―。遠距離攻撃を得意とし、能力の不足を強力な『宝具』によって補う。トリッキーな英雄が多いクラスである。

騎乗兵、ライダー。ランサーに続く機動力で、強さは騎乗するものによって左右される。場合によっては強力な魔術も行使する。

神代の魔術師、キャスター。もとは魔術師であったものが英雄となったもの。現代の魔術師では到底及ばない技量を持つ。

暗殺者、アサシン。実力は低いが気配遮断によって探知できなくするため、魔術師にとっては天敵と呼べるサーヴァント。

狂戦士、バーサーカー。実力の低い英雄の理性を奪うことで能力を増大させるが、維持に膨大な魔力を消費する。

他にも、特殊クラスがいくつか存在する。

呼び出した魔術師はマスターと呼ばれ、呼び出された英雄はサーヴァントと呼ばれる。

セイバーが今ここにいるのもかつて行われた聖杯戦争で呼び出され、今も消えていないからだ。

そして、勝者にはどんな願いでもかなえることができる聖杯が与えられる。

「ともかく聖杯戦争が起きるんなら協会が何か観測しているはず。早速国際電話でGO! 」

シンジは部屋に備え付けられた電話で自分の保護者たちに電話をかけた。

この二人は聖杯戦争を体験している。

『もしもし、誰だ?』

「ああ、兄さん。僕だよ、シンジ」

『シンジか!? そっちはどうだ? 父親に会ったのか?』

「それはちょっと予定外のことがあったせいでできなかったんだ。それよりも凛姉さんはいる? 聞きたいことがあるんだ。いないなら兄さんでもいいんだけど」

『凛か。ちょっと待ってろ』

保留中になり、そして保留が終了したとたんに大声で怒鳴られた。

『シンジ、いきなり何のようよ!! 私はあんたの来日のためにアルプス山脈のように積もった書類書かされたんだからね!! そして今からその疲れを癒すために眠りにつくところなのよ。

その上で聞くわ。何の用事かしら?』

怒り顔からニッコリ笑顔へと変わったの聞いて取れる言葉にシンジは一度ブルッと体を震えさせた。

凛のこの声色は本気で怒ってますよ、の合図なのである。

だが、気を取り直して本題を切り出した。

「僕に令呪が発現した」

『うそ? いつから? どこで?』

「今日、第3新東京に入ってから。そこで謎の巨人と戦闘した。全長40メートルはありそうなやつ。

まちがいなく、幻想種だね。セイバー姉さんの『風王結界』を防ぐだけの、いや無効化する防御能力を持っていた。協会は何か観測してる?」

『まだ観測していないわ。巨人はどうなったの?』

「僕が倒した」

『……魔術を使ったのね』

凛の声が低くなる。凛はシンジの身を案じている。

彼女は非情を気取りながら、それでも他人に甘いのだ。

「その巨人のせいで死んだ人がいる。僕は魔術使いだから」

『……わかったわ。不問にしてあげる。

じゃ、協会からの命令よ。そこでの聖杯戦争に参加し、実態を調査、報告しなさい。

そして、聖杯を誰にも渡さないこと。セイバーも使っていいわ。

巨人についても同様よ。調査し、報告しなさい。いいわね? 

日本滞在の延長願いはこっちで勝手に作るから、終わるまで帰ってくるんじゃないわよ』

姉としての凛ではなく、協会のトップの一人、魔法使いとしての凛として命じる。

「了解」

軽口をやめて事務的に言う。そして電話を切った。

「シンジ、リンはなんと言いましたか?」

「セイバー姉さんと一緒にこの聖杯戦争に参加しろ、だって。そして聖杯を誰にも渡すなと」

「分かりました」

セイバーは自分の主の言葉に従う。

聖杯、どんな願いでもかなえるといわれるそれは使うものによっては災厄を招きかねない。

士郎や凛はそのことをよく知っている。

かつて一人の男がかなえた願いにより、災害がおき士郎は孤児となり、養父に引き取られたのだ。

だから、それを繰り返したくないと願っていた。

「じゃあ、さっそくサーヴァントの召喚いってみようか。狙いはセイバーのサーヴァントで」

「待ちなさい!! それはどういう意味ですか!?」

「いや、なに、まあ、その、大食いかつ家事無能サーヴァントは用済みということで」

「認めません!! 大食いであることとサーヴァントしての優劣には何の因果性もありません!!」

「だが手間がかかることには、じゅーぶん関係してくると思うよ」

「サーヴァントに魔力(栄養)補給するのはマスターの責務です!! その責任を放り出しての勝利などありません!!」

「ならあの巨人の肉でも食べとけば? きっと一年かかっても食べきれないと思うよ?」

「ふがー!!」

こうして、二人だけの戦争は開催したのでありました。






「わかったよ。なら、クラスじゃなくて誰を呼び出すかをまず決めよう」

「はぁはぁ、そうですね。ならば義に厚いサーヴァントのほうがいいでしょう。幸いこちらには媒介はいくらでもあります」

大声を出し続けたセイバーと軽く流すシンジとでは疲労の度合いが違う。

「……義に厚い、か。僕はそういうところがよく分からないのだけど、姉さんだったらどういった英雄を望む?」

「そうですね。例えばクー・フーリン。彼は義に厚く、信頼のおける男です。彼を呼ぶことができるのであればそれがいいのですが、……シンジは既に使ってしまいましたからね」

「……まあ、こんなことに巻き込まれるなんて思っていなかったから。計画性が足りないんだろうね」

義に厚いものを押す理由はマスターとサーヴァントの関係にある。

サーヴァントははっきり言って、マスターより数段、数十段強い。どれだけ技量に優れた魔術師であっても、真っ向からサーヴァントと戦えば、確実に敗北する。

なんせ今より魔術が強力だった神代において、英雄と呼ばれていたものたちだ。そのどれもが一騎当千の実力。いまここにいるセイバーに至っては現代の魔術師では誰一人として傷つけられないという対魔力なのである。そんな彼らが自分より格下のマスターの命令を聞く道理はない。

つまり、そのままではマスターにサーヴァントを抑える術はないのだ。そのために令呪が必要となる。

令呪は三回きりの絶対命令権だ。令呪は三画の図形により成り立っており、令呪を一つ使うたびに一画失う。マスターはこの令呪を上手く利用して、サーヴァントの手綱を取るのだ。

だがこれは三回命令できるということにはならない。

令呪があるうちはサーヴァントを抑えられるが、なくしてしまったらいつ自分に牙をむくか分からないのだ。

令呪があれば、「命を狙うな」と命令できるし、場合によっては「自害しろ」と命令できる。おおよそ、あらゆることを命じることができるのだ。しかし、もし理不尽な命令を繰り返し、その後令呪を失えばサーヴァントは自分のマスターを殺すかもしれない。そのためにも令呪を使い切ることはできない。

また令呪は行動を抑圧させるだけでなく、増長させることもできる。

「奴を殺せ」、「アレだけは壊すな」と命令すればサーヴァントは限界以上の力を持ってその命令を実行しようとする。また、マスターとサーヴァントが分断されたときに令呪を使って呼び出せば、瞬間的に自分のもとに呼び出すことができる。

つまり、通常時には令呪を使わず、緊急時、戦闘時にのみ令呪を使った方が得策なのだ。そのために義に厚く、令呪を使わなくてもこちらの命令に従う者を選んだ方がいい。実質、聖杯戦争はサーヴァント選びから始まっているのだ。

「まぁ、要は呼び出すことだし、一発いってみようか。姉さん、結界張るの手伝って」

「ええ。どのような者であれ、英雄は高潔な存在です。シンジが酷い命令をしない限り、裏切ることはないでしょう」

二人が部屋の隅で作業をし始め、そして結界は完成した。この結界は簡易的なもので室内の魔力を外に逃がさないようにするためのものだ。召喚の際、空気中に流れる魔力を内側に留めることで無駄な力を使わずにすむ。また、これにより召喚の成功率が上がるのと、他の魔術師に存在を気づかれずにすむ。

そして次に、召喚用の魔方陣を書く。部屋そのものに書くことはできないので、ベッドのシーツの端を千切り、そこから復元させたシーツに描いていく。まずは真円を書く。円の内側にまた円を書く。二つの円の間に文字を記していき、次は中心の円にも新たな図形と方位を示す。そして、完成された。

「では、欠片を選ぶか」

「シンジが決められないのであれば、媒介なしで召喚するのも悪くはありません。媒介を使わない場合は、召喚者と同じ性質の者が選出される。案外、そちらのほうがいいかもしれませんよ」

「最悪の場合はそうするね」

サーヴァント召喚には二つの手段がある。媒介を使って呼び出す人物をあらかじめ決めておく方法と、媒介を使わず自身と引き合う不特定の誰かを呼ぶ方法。

士郎と凛は前者の方法でサーヴァントを召喚している。士郎の場合はかつてセイバーがなくしてしまった鞘を、凛の場合はその人物が生涯身につけることになったあるものを持っていた。

媒介は一人につき一種類とは限らない。その英雄の象徴(シンボル)である武器なり、一度手に取った品なり、また縁のある物も媒介として使用できる。かつての聖杯戦争の際の召喚例から考えると、それこそ多種多様である。

シンジは結局、一本の剣を投影した。見た目は一般的な長さと形をした西洋剣であるが、その重さは通常の3倍近いという剛力の者にしか扱えない剣。剣術の心得もないシンジには決して使えない剣であり、欠片にするという手段があるからこそ持っていた武器である。

「それは、……ガウェインの剣。では、シンジが呼ぶのは、」

「うん。今の僕らにとってこれ以上のサーヴァントはいない。アーサー王に最後まで忠実だった騎士ガウェイン。彼ならば、必ず僕らの力になってくれるだろう」

今の状況で、これ以上義の厚い英雄は皆無に等しい。

誰もがアーサー王を見限っていった中で、最後までアーサー王に仕えた騎士。王の元から離れたランスロットとの一騎打ちで命を失うまで、王の傍を離れなかった重鎮。生涯仕えた王がいるため、彼ならば絶対に扱えるという自信がある。

魔術回路のスイッチを入れ、魔力を魔方陣に注ぎ込む。

凛にサーヴァント召還のための呪文を習ったことはないが、陣そのものはあるのだからあとは魔力を流して陣を起動させればいい。魔力が注がれていき、陣が起動し始める。溢れた魔力がエーテルとなり、幻想的な光景となる。

シンジは自分の中にある魔力、凛の真似をして宝石に溜めた魔力を限界まで費やした。

陣がどんどん加速していき、……………手ごたえがあった。

ドサッ!!

重いものが落ちた音がして、陣の中に人が落ちてきた。

それを見て、心底驚いているセイバーと感情の色を見せないシンジ。

「……ねえ、姉さん」

「……なんでしょうかシンジ」

「僕は確かにガウェインの剣を使ったよね。姉さんもそれを見て、ガウェイン縁のものであると確信したよね」

「……ええ。間違いないです。私が彼の武器を見間違えるはずがありません」






「じゃあ、一つ聞くけどさあ……、ガウェインって女の子だった? 姉さんと同じように男と偽っていたということはない?」

「彼は間違いなく男でした。断言します。あんな精悍な女性が存在するわけがない」






その少女は短い黒髪で身長は小柄なセイバーと同じほど。見た目の年齢はシンジやセイバーと同程度である。

「この子がサーヴァントか。魔力のライン繋がっちゃってるしね」

「ですが、サーヴァント特有の膨大な魔力量を感じません。『宝具』はあるようですが」

「まぁ、本人聞いてみれば真名もクラスも分かるでしょ。おおい、おきてー」

「その前に服を着せましょう。シンジ、私の服をちぎってそこからもう一組の服を作ってあげなさい」

「姉さん」

「なんですか、急に真剣な声で」

「英雄に性別は関係ないという。つまり、僕が今この子の裸をじっくりねっとり観賞しても、場合によっては手を触れたとしても何の問題もないということです」

「いっぺん死になさい!!」

セイバーの攻撃。シンジに9999のダメージ。シンジは倒れた。






さすがに裸の女の子、しかもシンジと同じ年頃の子をそのままにしておくわけにはいかずに、シンジが服を着せようとしたが、セイバーが邪魔をし結局はセイバーが複製された自分の服を着させた。

下着類はシンジが下の売店に買いに行き、その際店員に、

「いやー、これってちょっとした羞恥プレイなんですよ。ええ、大丈夫です。僕に女装趣味はありません。
えっ、なんで黒の派手な下着を買うかですって、しかもストッキングとガーターベルト付きで。だから言ったじゃないですか羞恥プレイだって。その子の。大丈夫です。一目見ただけでサイズまでしっかりわかってますから。年と身長の割に胸が大きいんです。ふふっ、楽しみだな」

と発言。その時間のレジ係の男性店員は思わずシンジを神認定したという。






夢を見ているの? 誰かが話している夢。

もう夢の中でしか誰かの声は聞けない。誰もいないなっちゃたから。

ミサトさんが死んで、アスカも綾波もいなくなって、父さんが僕に謝って、母さんの幻を見て、カヲル君と綾波にもう一度会って、赤い海でアスカを殺した。

会いたい、誰かに会いたいと願い続けた。

夢の中で耳を澄ます。聞いたことのない声。夢のはずなのに。

そして、気づいた。誰かが現実にそこにいるんだと。

見えたのは金色の髪の女の子と、そして銀色の髪に白い肌の男の子

銀色の髪のほうには覚えがある。

ボクが待ち望んでいた人。






「シンジに下着を買いに行かせた私がおろかでした。まさか、こんなものを買ってくるとは」

「それでもそれを着せるところが律儀だね。ちゃんとサイズは合っていたでしょ。一目で女性のサイズがわかるボクのこの才能。すごいでしょ」

「才能の無駄使いにもほどがあります」

今日何度目か分からないため息をつくと少女が起き上がるのが見えた。

「カヲル君!!」

倒れていた少女がシンジを見るなり、大声で叫びシンジに抱きついた。

「カヲル君? 今のはどっちを指した言葉? というか君、自分の真名とクラスを言える?」

神事は何の動揺もなく抱きついてきた少女に質問を浴びせる。

「えっ、ど、どういうこと?」

少女は思いっきり戸惑っている。シンジとセイバーはこの時点で少女がまともなサーヴァントじゃないことがわかった。

サーヴァントとして呼び出された英雄ならば、その時代の常識や必要な情報を知識として与えられてから召還される。

それがないということは、なんらかのイレギュラーが生じたと言うことだろう。

「ふむ、じゃあ少しずつ問題を解決しよう。君の名前は?」

「い、碇 シンジです」

それを聞いて、シンジとセイバーは一瞬動きを止めた。

「それは本名? 偽名とかじゃなくて」

「は、はい。そうです」

嫌な汗が流れる。かつて自分の兄が未来の自分に出会ったことがある。まさかこれもその類なのだろうか。けど、このサーヴァントは女だ。

「僕の名前も碇 シンジというんだ」

「えっ!? ほ、本当ですか?」

「ついでに言うと、君は女の子だよ。シンジという名前はおかしくないか?」

「な、なに言うんですか、そんなこと、うわっ!!」

男シンジが女シンジの胸を指差し、女シンジが視線を向けると自分の胸が膨らんでいた。

「な、なんで僕に胸があるの? さっきまで男だったはずなのに。というかなんでストッキングなんてはいてるの!?」

男だったという言葉でさらにシンジは汗を流した。

「ぼ、僕が女になる!? いやだ! そんな未来嫌過ぎる。僕は絶対英霊になんかならないぞ!!」

「二人とも、落ち着いてください。もう時間は深夜です。他の方の迷惑になります」

結局、女シンジが混乱し、男シンジが暴走しており、落ち着くのにかなりの時間を要した。






「つまり、君も僕と同じで父親に呼び出されて、この街でエヴァというロボットに乗せられて戦っていた。そして、サードインパクトがおきて、人類が死滅、君だけが生き残ったと。そして、気がついたらここにいた。そして女になっていた。簡単にまとめるとそういうこと?」

「(この人が言うと全く辛いことに聞こえないな)う、うん。で、君は正義の味方の魔法使いで父さんに呼び出されてセイバーさんと一緒にここにきて、僕は君に呼び出されたということ?」

落ち着いて互いに事情を話し合って、素性を確かめ合っている。

「ま、魔法使いって本当? じょ、冗談じゃなくて? 」

「なら、疑り深い君のために一つ魔術を見せてあげよう」

男シンジが備え付けられていた茶碗を真っ二つに割り、そして復元を行い、完璧な茶碗を二つにした。

「す、すごい」

「これくらいは朝飯前かな。それよりも君は使徒という化け物と戦ったと言ったね。きっとそれにより、君が偉業を成し遂げたと世界に評価されたわけだね」

「どういうこと? 」

「人には決してできない行い、つまり奇跡を起こすと英雄と呼ばれる存在になるのさ。君は天使を殺す、という偉業を成し遂げたことで英雄となったのさ。だから、こうやって召還ができた。君が呼び出されたのは媒介は僕の魔術で作り出したものだから、僕そのものが一番縁のある存在として判断されたということだろう。それに、平行世界とは縁のないわけではないから」

シンジはいつになく真剣なことを言う。

「ねえ、ボクはこれからどうすればいいのかな? ここはボクがいた世界とは違うんだよね」

女シンジはぽつんと呟く。

「どうするも何も君と僕は一心同体のようなものだから、僕と一緒に行動すればいい。そしてそこから自分のやりたいようにすればいいさ。どうせ、聖杯戦争なんて僕とセイバー姉さんだけで乗り切れるし、そこまでして叶えたい願いがあるわけでもない」

「そ、そうだね(同じボクなのに、ずいぶんしっかりしてる。ボクもこうなれたらよかったな)」

「よし、君の呼び名を決めよう。なんて名前がいい? 案がないのならおそらく君のクラスであるライダーと呼ぼうと思うのだけど」

「なんかそれいや。サードチルドレンって言われてたときと同じ気がするから。じゃあ、ユイって呼んで」

「母さんの名か。まあ、いいや。じゃあ、これからはユイってことで。よろしく、ユイ」

シンジは満面の笑みで握手を求めた。

「うん、よろしくシンジ」

ユイも同じく満面の笑みでその手を握り返す。

「というわけで、今日はもう寝よう。戦闘やって、召還しての忙しい一日だったからもう眠い。姉さんはもうとっくに眠っちゃっているしな。大食いで快眠だなんて、なんて贅沢な」

「あはは、ボクも久しぶりに誰かと話したから疲れたや」

だが、それ以上に人と会話したことでの楽しさがあった。徹夜で話し続けても何の苦痛もない。遠慮癖のあるユイにはそんなことはいえなかった。それがユイのかつての生き方なのだから。

「ベッドは使ってもいいよ。僕はどこでも眠れるから、どうしたのユイ?」

シンジがソファに転がろうとするとユイに袖をつかまれた。

「え、えっと、そ、その、な、なんでもない。おやすみ」

赤面しながら手を離してベッドに潜り込む。

「? まあ、おやすみ」

シンジはソファに倒れこんだ。






ユイの記憶が流れ込んでくる。

虐められるのは辛い、一人でいるのは寂しい、父さんに甘えたい、使徒と戦うのは苦しい、もう戦いたくない。

アスカが傷ついていった、綾波が死んで3人目に変わった、ミサトさんはボクたちにかまわなくなった、ボクはカヲルくんをころした。

サードインパクトで人を望んだのに、だれも帰ってこなかった。

寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい寂しい






シンジは暗闇の中で体を起こした。闇の中でも光るデジタル時計が教えてくれる時刻はまだ深夜であった。

シンジはこっそりとユイの眠るベッドに近づいていく。薄いシーツをめくるとユイは泣いていた。涙でベッドがぬれている。

シンジに泣いていると事を見られたユイは大急ぎで涙を拭って、言い訳をする。

「シンジ、こ、これは、ちがうの、」

「ベッドで寝たくなった。邪魔するよ」

ユイの言葉を無視して、シンジはベッドの中に入る。

そして、ユイの手を優しく握る。

「シンジ、どうして」

「マスターとサーヴァントは記憶が繋がる。ユイの気持ちがボクに流れ込んできた。寂しさに耐え切れなかったんでしょ。ユイは一人でいたくないって思っているんだろ。だったら、これで寂しくない」

シンジはユイを抱きかかえた。親が子供を抱きしめるような格好だ。

「シンジ……」

「まあ、こういう関係のマスターとサーヴァントがあってもいいさ。嫌だといっても僕には令呪があるからそういうことで」

シンジはそういって、目を閉じる。聞く耳は持たない。

「……嫌じゃないよ。ありがとう」

ユイはシンジに身を寄せ、寂しさを埋めようとするのだった。





「シンジ、これはどういうことです? なぜ同じベッドで寝ているのですか?」

「サーヴァントはマスターを守るために同じベッドで眠る必要があるからね。姉さんも兄さん相手にそうしようとしたんでしょ。ユイ、ああ、この子はユイって呼ぶように。ユイにも同じことをしてもらおうと」

チャキッ!! といい音がして、不可視の剣が突きつけられる。刀身は見えていないが、気配で分かる。

「言い残すことはそれだけですか? 私はふしだらな弟を持ちたくないのです」

「まって、ユイはまだ寝てるから。攻撃は後で。あっ」

「何ですか」

「ユイの胸って姉さんより大きいなー、グハッ!!」

シンジの腕の中、ユイは子供のようにすやすやと眠っていた。とても穏やかな寝顔で。

自分の周りの騒動など気づくこともなく。






追加ステータス(サーヴァント説明)




クラス  ライダー

マスター 碇 シンジ

真名   碇 ユイ(シンジ)

性別  女

身長・体重   156cm・43kg

属性  中庸・善性

筋力 E  魔力 -
耐久 E  幸運 E 
敏捷 E  宝具 A

(Aが最高で、Eが最低。-は0を意味し、EXとされるものは規格外。+がつくものは瞬間的に本来の能力×(+の数+1)となる)




クラス別能力(クラスという型に嵌ったときに与えられた能力。ランクによって能力が違う)

騎乗  :C どんな騎獣も人並みに乗りこなせる。ただし、幻想種はその限りではない。

対魔力 :E ダメージを軽減する程度の対魔法能力である。 




詳細(英雄の神話・伝説上での扱い。ここではこのSS上での扱いを意味します。)

人類の原罪全てを背負った、誰にも語られることのない英雄。彼女の真実を知るものは彼女のマスターを除いて誰もいない。




スキル(英雄自身が保持する能力。Aが最高、Eが最低。EXは規格外。+がつくものは瞬間的に本来の能力×(+の数+1)となる)

覚醒  :D 騎乗した兵器の能力を最大限引き出せる。持続時間はランクによる。

対神性 :A 相手の持つBランク以下の『神性』を無効化できる。
天使を殺し続けたことにより会得。
これにより『神性』を無効化された相手の全能力を2ランク、無効化できなくても『神性』を持つ相手の全能力を1ランクさげる。
 
精神防御:C 精神へと干渉する魔術、宝具、攻撃に対する耐久力。ランクが上がれば精神だけでなく、肉体、魂までも防御可能となる。
ただし、ランクが上がるにつれ、人との関わりが薄れていく。




宝具(保有する宝具。Aが最高で、Eが最低。EXは規格外。+がつくものは瞬間的に本来の威力×(+の数+1)となる)

???




あとがき

ずっと放置していた矛盾点をようやく修正しました。さぼっていてすいません。

久しぶりに初期のころの文章を見ると、死にたくなりました。今だったら、絶対にこんな薄っぺらい文章は書かないよ。でも、その薄っぺらい文章をあえて放置することで、自分を戒めようと思います。

ユイが女性である理由はかなり後半にでてきます。それまではただユイは可愛いな、とでも思っといてください。……ユイは可愛いな。

Fateの説明ですが、頑張って説明をつけたと思うのですがなにぶんFate本編では説明が長いので、詳しい知りたい方はFate本編をプレイしてください。



[207] Re[2]:正義の味方の弟子 第3話
Name: たかべえ
Date: 2006/01/06 17:45
正義の味方の弟子
第3話
契約






『シンジ、何か変わったことはあったかしら?』

「凛姉さん、報告だよ。ライダーのサーヴァントの召還に成功。

彼女がもたらした情報によって、この聖杯戦争の謎が解けそう。あと、昨日セイバー姉さんにしこたま殴られた」

『最後のほうはいつものことじゃない。報告だけ続けて』

「この聖杯戦争は使徒という幻想種との戦いで使徒の魔力を聖杯、ライダーのユイが言うには、リリスという器に力を溜め込んでいくというものらしい。

全部で17体いて、リリスもその一つ。リリスに魔力が満ちるとどんな願いでもかなえることができるらしいよ」

『ユイ? 聞いたことのない英雄ね。強いの?』

「未来の英雄だからね。今はまだ奇跡をなしていない。

能力的には最弱といってもいいけど、天使殺しを行ったせいで、『神性』をもつ相手に対しては相性がいい。

どんな『宝具』を持っているのか、まだ聞いていないけどそれによっては強力なサーヴァントと言えるだろうね」

嘘が混じった報告だが、真実を言うのも気に引けたため、あえて嘘を言った。

『とんでもなく歪な英雄ね』

「見た目はただの女の子なんだけどね。で、こっからが本題。この聖杯戦争の主催者は聖杯の力を使って、人類を滅ぼそうとしているらしいんだ」

『なによそれ!? 魔術師なら『抑止力』のことぐらい知っているでしょう。そんな願いかなうわけないわよ!! その主催者は三流か本気の馬鹿ね』

抑止力とは人間の無意識の内に起こる生きたいとい集合意識『アラヤ』。

それは人類が滅びようとしたときに現出し、滅びを導こうとしたものを抹殺する。

かつて多くの魔術師が『アラヤ』に挑み、そして例外なく死んでいる。

「ちなみに主催者は僕の父親とその背後にいる人たち。魔道の知識があるかは不明」

『……シンジ、貴方を本気で同情するわ』

「そういうことで、結局今回の聖杯戦争は使徒って連中がメインで、令呪とサーヴァントはおまけらしい。
サーヴァントが7騎そろうかどうかも不明だね。つまり、本格的な聖杯戦争にはならないよ。これで、報告終了」

『わかったわ。後で細かい指示を出すから、貴方たちは偵察と使徒の駆除、そしてその主催者に絶対に聖杯を渡さないようにしなさい。

後で応援の人員をそっちに送るわ』

「ありがとう。あっそうだ、この土地に管理者がいれば、その人の事教えてくれない? 挨拶に行っておかないと」

『聖杯戦争中にそんな悠長なこと言ってるんじゅないわよ』

「ま、挨拶はともかく相手が誰かを知っていれば警戒しやすいってのが本音で」

『いいわ、こっちで調べといといてあげるわ』

「またまたありがとう。じゃ、電話切るね」

『勝手にくたばるんじゃないわよ。みんなあんたのこと心配してるんだから』

「わかってるって。必ず生き残るよ。bye」






「と、いうことが昨日ユイから聞いた内容です。理解しましたか? セイバー姉さん」

「なぜ丁寧な言葉遣いに変わったのかは分かりませんが理解はできました。ですが、『抑止力』が働かなかったということはその世界には魔術や英雄が存在しないということでしょうか」

ホテルの屋上で、朝の日課の運動をこなした後、なぜか教鞭を握っているシンジが昨夜眠っていて、話を聞いていなかったセイバーに事情を説明する。

サードインパクトという人的災害にも関わらず、それを止める力が発生しなかったのがどうしてもセイバーには腑に落ちない。

「そこまでは分からないけど、これで僕の中に二つの仮説が浮かび上がりました」

「それは一体何でしょうか。ここでふざけた事を言った場合には即座に攻撃に移ると警告をしておきましょう」

先手でボケを封じるが、シンジの言うことは態度とは裏腹にとても深刻なものだった。






「一つは兄さんの英霊化だよ。おそらく、その歴史の中ではサードインパクトは起きてしまったんだと思う」






「あっ!!……確かに言われて見ればそう考えられるかもしれません。今のシロウはアーチャーに似ている。英霊化したのこの時期だったのですね」

「その歴史の中では、人類は滅亡せずに災害だけが起こったんじゃないのかな。そして兄さんは世界と契約を行い英霊となった」

「つまりサードインパクトを止めればシロウは英霊にはならないということですか」

「かもしれない。その先にまた大災害があればそうなるかもしれないけど、少なくともファクターの一つはなくすことができる」

二人の間に沈黙が流れる。だが、すぐに破れた。

先に口を開いたのはセイバーのほうだった。

「では私はサードインパクトを止めるために戦いましょう。彼のような英雄を生まないためにも戦わなければいけません」

シンジを見据える瞳。

「僕もそうだ。無意味な死を招くことなどない方がいい。偶然巻き込まれた戦いだけど戦う理由ができたね」

シンジもセイバーを見据える。

「じゃあ、もう一つの仮説というものは何ですか?」

「うーん、これはねー、なんというか、いうべきことなのか、というかこれが本当だった場合、凛姉さんに嘘を言ったことになるし」

シンジは腕を組み、考え込むそぶりを見せる。

「一体何なんですか!? 早く言いなさい」

うんうん、唸るシンジにセイバーが怒鳴り、やっとシンジが口を開いた。










「二つの聖杯戦争が同時に起こったのだと思う。いや、主催者が二組いるといえばいいのかな」










「はっ?」

あまりに突拍子の無い仮説にセイバーは気の抜けた返事しかできなかった。

「うわ!! そんな反応ひどいよ。だから言いたくなかったのに」

「待ちなさい!! それはどういうことですか!?」

「まって!! この結論に至った理由を聞いて! 異論はそのあとから聞こう」

両手を前に突き出し、セイバーを抑える。

「いい、第一の謎はユイだ。ユイは絶対に召還できるはず無いんだ」

「どういうことです」

「2年前の事件を覚えている? あのとき僕は僕の魔力で復元した物品を使ったにもかかわらず、ちゃんと狙った相手を召還できた。

なのに今回はできない。この二つの相違はなんであるか、ということだ」

シンジは紅い布に包まれた腕を突き出す。

シンジの右腕に巻かれた布は聖骸布とよばれる、聖者の遺骸を包んだ布だ。

内と外を遮断し、一種の封印を施す品だ。

セイバーはあの事件を覚えている。

シンジの魔術の異常性が分かったのはそのときだ。

「ですが、あれは聖杯戦争での召還ではありません」

「そうだけど、聖杯の力を借りなかったときに成功、借りたときに失敗というのはおかしいだろ。

僕はこれが誰かが僕にユイを引かせたかったと考えている」

教鞭で壁を叩き、

「ユイは抑止力側が送り込んだ英雄なのだと思う。使徒と父親側の目的を知るのはユイだけ。

僕らが戦おうとする理由もユイの情報から推測したからだ。ユイは抑止力からのメッセンジャーなんだよ」

「じゃあ、主催者が二組だというのは?」

「人類を滅ぼそうとする父親たちとそれを止めようとする抑止力。父親は使徒を呼び出し、抑止力は令呪とサーヴァントを用意した」

一見筋は通っているように思える仮説。だが、根本が違うはずだ。

「抑止力としての英霊ならば自我がないはずです。だが、ユイには自我がある」

自我をもてなかったせいで、苦しい思いをした英雄をセイバーは知っている。

「メッセンジャーが口を利けないじゃ困るだろ。

それに、僕は人類滅亡とかいっているけど、実際には人類を一つに合わせるという行為らしい。

『アラヤ』はこれが、進化なのか、滅びなのか判断できないとする。

だから、守護者としての英雄を送り込むも自我を与え、自らの意思で行動させる。聖杯を求めるも良し、使徒と戦うも良し、自分で判断しろってことだ。

結果、人類が今のままでいるか、それとも一つに合わさるのかのどちらかを選択することになり、抑止力『アラヤ』はその結果を自分の答えとする。

つまり、僕らはもう『アラヤ』の用意した舞台の上で踊っているということだよ」

教鞭をポケットにしまい、いたずらを企んでいるような笑顔でセイバーに問い掛ける。

「で、僕らはどうしようか?」

セイバーを試すかのように言い、その試しにセイバーは気迫を込めて応えを返す。

「私はそんな結末を望みません」

はっきりとそう応えた。

その応えに満面の笑みを浮かべる。

「僕もそうだよ。一部の人間だけで叶えた平和など、意味の無いものだから。

さっ、いつも正義の味方業をするとしようか。悪玉は僕の父親かその後ろにいる親玉か、それとも両方か」

「……もし父親だった場合はどうするのですか?」

父を殺すことにもなるということでセイバーが弟の精神を案じる。

なのにシンジは軽く笑っていった。

「まあ、そのときはそのときで。さて、シリアスはこの程度にしておくか。ユイを起こそう」












まだ寝ているユイにこっそり近づき、そっと耳元で語りだす。

「ユイ、朝だよ起きて。あと、スカートがめくれ上がって僕が買ってきた黒いセクシー下着が丸見えだよグハッ!!」

「シンジはどうしてそうまで死に急ぎたがるのですか? それともいつまでも甘くしていると思っているんですか」

「う、うーん、あれ、もう朝?」

ユイは聞こえてきた騒音によって目を覚ます。

「お、おはようユイ」

シンジはセイバーの蹴りによって傷ついたわき腹を抑えながら脂汗まみれの満面の笑みを作る。

「お、おはようシンジ。昨日はごめんね」

「気にすることはない。僕もユイの感触を楽しんだかグアアッ!!」

「シンジには会話を成立させないという技能があるのですか?」(ニッコリ)

「だとしたら姉さんにはツッコミの技能があるんだね。これはとんでもなく稀有な才能だよ。どう、芸人の道で王様を目指してみれば?」(ニッコリ)

「あ、あの、二人ともボクのことは無視?」

無意味なほどに爽やかな笑顔を浮かべるシンジとセイバーを見て、ユイは二人の(特にシンジの)評価を改めようと思っている。 

「まあ掴みはこれぐらいにして、ユイは自分の『宝具』を呼び出せる?」

「え、えっと、ホウグってなに?」

突然シンジが昨日のように真面目なことを言ったことにより、ユイは昨日を思い出し顔を赤くしてしまう。

「『宝具』を知らないか。じゃあ、質問を変えるけどユイはエヴァってやつに乗って使徒を倒していたんだよね。エヴァこそがユイの『宝具』なんだ。そのエヴァってやつを今ここに呼び出せるかい?」

「わかんない。みんながいなくなった後にエヴァは僕と一体化してくれたから」

「だって姉さん。同じ英雄として答えをどうぞ」

「呼び出すことは可能でしょう。奇跡を行った際にその品を持っていれば呼び出せます」

これに答えられなければまたおちょくられるということを理解したのできっちりと断言する。

「じゃあ、他に名のある武器や宝物を持っていたってことはない?」

「え、えっーと……ないかも」

うなだれながら答える。

「べつに怒ってるわけじゃないよ。『宝具』が一つあれば十分だよ」

「そうです。『宝具』の数が多いから強い、などということはありません。強さを決めるのは鍛錬と経験です」

二人はそれぞれ慰めるのだが、セイバーの言葉はユイにはきつかった。

自分はそこまで鍛錬したことも戦いを経験したことも無い。

「うん。いい、サーヴァント(の人気)に必要なのは萌え力だよ。萌え力ではユイは誰にも負けてないと確信するよ」

「そ、それって褒めてるの?」

握り拳での賞賛に汗を流さずにいられない。

「あれは放っておいてください。かまうと調子に乗ります」

「う、うん。わかった」

窓を開けて、外に大声で自分の理論を叫ぶシンジを二人して無視する。

「今度は私からの質問です。ユイは聖杯を使ってかなえたい願いがありますか?」

「昨夜シンジから聞いたんですけど、聖杯ってどんな願いも叶えられるんですよね。

ボクは誰かに会いたいっていうのが願いだから、もう叶っちゃったんだよね」

嘘ではない。すでに願いは叶っておりこれ以上望むことなどない。

そこでシンジが現実世界へと戻ってきた。

「じゃあさ、『絶対にしたくない』って事はある? 例えば、君がいた世界の終末をこの世界で再現するのは嫌だとか」

「そ、それは。」

願いはないけど、それはどうなのだろうか。

くるくる変わるシンジの顔。相反する二面性。

だが、あの騒がしいのは仮初めで、正しいのは今この場のシンジのように思える。

「僕はそうする積もりだよ。ユイのいた世界のような終焉はいやだ。

あの世界にならないようにするためなら、僕はあれを望んだ父親ですら殺すだろうね」

「そんな!!」

正義の味方だといった。ならば、父さんを殺すなんて間違っている。

「これは僕の本心だよ。たった一人の願いのために人類全てを巻き添えにするなんて間違っている。

いいかい、ユイ。正義の味方は誇れるものではない。これは僕の体験談だ。

大勢を救うために少数の願いを切り捨てる。多数決の世界だ。

多くを救うことはできても、全てを救うなんて絶対にできたりしない。どんなに強く望んだとしても」

そこで一呼吸置く。

「だが、ユイがどうしてもそれは嫌だというのなら僕はそれをしない。

父親に命を狙われることがあっても、こちらは狙わない。

なんとしてでも理解しあうための対話を行い、言葉を持って止めてみせるさ。

で、ユイの絶対したくないこと、絶対に見たくないものは何なの?」 

シンジはまっすぐに見据える。

ここで何かを言えばシンジは絶対にそれを守る。それを確信した。

だとしたら、自分はなにを言うべきなのだろうか? 

自分は父さんのことをどう思っているのだろうか? 全ての原因は父だ。じゃあ、どうするのか? 

「ボクは父さんを……」

言いよどんでしまう。

でも、頭の中で閃いた。父さんより大事だと思う人がいることを。

その人たちに比べれば父さんなんて全然価値がなかったんだ。

「父さんのことはいいよ。 

それよりも綾波とアスカという女の子を助けてあげて。

ボクにはできなかったことだから。

だから、絶対に悲しい思いをさせないで!!」

ボクの叫びをきいてくれるその人はそういってくれた。

「わかった。絶対にその約束を果たす。

ありえたかもしれない僕の叫びだ。聖杯なんか頼らなくても叶えてみせるさ」






ここに契約はなった。

サーヴァントの願いを叶えようとするマスターと、イレギュラーのサーヴァント。

この二人は聖杯を求めることなく、しかし聖杯戦争へと参加することになる。










あとがき

ユイのエヴァンゲリオン初号機は『宝具』として確立していますが、この世界にあるエヴァンゲリオンは違います。まだ、奇跡を何一つ起こしていないということで。

シンジのコロコロ変わる言動を書くのが激しく難しい。

抑止力が結構、なげやりな存在になってるー!!!!



[207] Re[3]:正義の味方の弟子 第4話
Name: たかべえ
Date: 2006/01/06 17:49
正義の味方の弟子
第4話
ネルフ来訪






「まずは問題のネルフって所に行ってみようか。いいかげんに父親の面を拝みに言ってこよう」

「ボクはどうすればいいかな? ついて行ったほうがいい?」

「もちろん。ユイがいないと道がわからないからね。姉さんも一緒に来てよ。どうせ暇なんでしょ。

ホテルのこの部屋は延長するから、荷物置いてくよ」

「待ちなさい。その前に食事を取りましょう。栄養補給はとても重要です」

「ボクはこのガーターベルトを外したい。これって外せなくなる呪いでもかかってるの?」

セイバーとユイはそれぞれにしたいことを述べる。

シンジはユイに満面の笑顔を見せて告げる。

「じゃあ僕の愛で外してあげよう。さっ、スカートをたくし上げて。下着を見せるぐらいに」

ズガッ!!バタッ!!ピクピク

「私が外して差し上げます」

「ありがとうセイバーさん」

この3人にまとまりなんて言葉はなかった。








「そういえばユイってさ、なんか女の子っぽいよね」

「えっ、そう? 」

「そうそう。いきなり女の子になったって割にはスカートを堂々とはいてるし、本当は元から女の子だったんじゃないの?」

「言われて見ればそうかも。ガーターベルトは嫌だったけど、今の格好には嫌だって思わないし、どうしちゃったのかな? でも確実に男だったよ!!」

「僕にとっては問題ないけどね。心まで女であるのなら、僕としても安心して手を、(ヒュンッ!)ウッ!!」

「すみませんシンジ、赤い蝿が首筋に止まっていたもので。キャスターあたりが放った呪いだと思われます」

「じゃあ、僕の手がユイの胸に触れるのも呪いと言うことで(ビュンッ!!)アガアッ!!」

「(シンジって本当に正義の味方なのかなー?)」

ちなみにユイが女性のような精神になっているのは、エヴァンゲリオンと一体化したときに母ユイの精神が流れ込んできているからである。

ガーターベルトは付けない人だということで。








ネルフは昨日の使徒が謎の要因で倒れたせいで、大変な騒ぎになっていた。

今までネルフに苦渋を舐めさせられてきたものはこぞってネルフ批判を行い、国連ではネルフ解体の案まで出されようかというほどだった。

そこに、サードチルドレンの来訪である。

何年も居場所が分からず、やっと発見し予備として呼んだが、役割を果たしていない少年。

それが、ネルフのゲート前にいる。

「私は技術一課E計画担当の赤木 リツコよ。貴方が碇 シンジ君でいいのよね?」

リツコは使徒の倒れた原因を調べるために一睡もしていない。

そこまでして分かった事は倒れる直前の使徒の足元の監視カメラが数分間だけ空白になっているということであった。

その時間に何があったのかは分からず、また使徒のコアを破壊した攻撃が何であるのかも分かっていない。

目の前にいるアルピノの少年と脇にいる二人の少女、3人とも端正な顔立ちをしているが、一番目に付くのは黒髪の少女である。

この少女はリツコが嫌う人物にそっくりなのである。

「自己であるということの証明を行えということですか? それは昨今の社会において一番の難問と思われますが、とりあえずパスポートをどうぞ」

「どうしてイギリス製のパスポートを持っているの?」

「体面的には亡命した人間ですから」

リツコはシンジにパスポートを返す。

「確かに碇 シンジ君よね。でも、その髪や肌の色はどうしたのかしら? (レイに似ている。ゼーレと接触していたのかしら。それとも偽者?)」

「ああ、この色ですか、あっち渡ってから後天性の色素欠乏であることが分かって12歳ぐらいにはもう完全にこの色になってしまいました」

脱色したのほうが良かったかな、とネタを考え直したが顔には出さない。

「貴方は10年前に親戚の家から高校生くらいの青年に連れて行かれたのよね? その後どうしていたのかしら」

「連れて行かれたとは心外です。付いて行ったんですよ。

虐待しかしてくれない人たちなんか比べられないぐらいにいい人ですよ。一緒にロンドンに行き、そこで暮らしていました。

隣にいる金髪のセイバー姉さんも一緒に暮らしていた人ですよ」

「シンジの姉代わりのセイバーです。シンジが健康的に育ったことは私が保証します。少なくとも親戚の家にいるよりはまともに育っているでしょう。私としてはシンジの父親という存在に話があってきました」

セイバーは一歩前に出て、リツコを正面から見据える。

「(剣士? 偽名かしら)それはできないわね。ここは部外者は立ち入り禁止よ。シンジ君だけ来てくれればいいわ」

リツコはシンジへの疑惑を強める。不審点がありすぎる。

「じゃあ、帰ろうか。二人とも、用事済んだから帰るよー」

「ま、待ちなさい!! 私の話を聞いていなかったの! 貴方は帰っていけないのよ」

「いやだって、僕も部外者ですし。それに、父親に会うことよりも、観光のほうがメインなんですよ。

知人にお土産を買って帰らないといけないんです。

あの人たちお土産を忘れるとすぐ実力行使を行いますから」

やる気のなさを全面に出した、けだるげな返事をしながら歩き出す。

「その前に私についてきなさい。大事な話があるのよ!!」

「だいじなはなしー? ……はっ、まさか!! 新しいお母さんの発表とか!? 

だとしたら前妻の息子なんて邪魔ですよね。このまま帰らせていただきますよ」

「いいから人の話を聞きなさい!! 」

普段の冷静さを忘れ烈火のごとく怒鳴りつけるリツコ。

シンジは柳のようにそれをかわすだけである。

「シンジの凄さがなんとなく理解できた気がする」

「ええ、シンジはああやって周りの人間の神経を逆なでしますからね。慣れていてもあのペースに巻き込まれてしまいます」

「うん、よく分かった」






結局、三人ともネルフの中に入ることを許されるのだった。

そのために、リツコは息が切れるだけの言語と労力を費やすこととなった。










なんとかシンジを中に入れ、目的の場所へとたどり着くことができた。

そこは何も見えないほど暗い空間だった。

「真っ暗な空間だね。ここならユイにいたずらし放題、(ドガッ!)な、なんで僕の位置が分かったの!?」

「シンジは阿呆な事しか言えないのですか? もっと考えてから生きてください」

「生き方まで諭された!? 僕はそこまでダメ人間!?」

「……今照明を点けるわ」

照明が点くと、シンジたちが立っている場所が赤い水のプールの上にある鉄橋だと分かった。

シンジがおもむろに赤い水に向けて鼻をクンクンと鳴らし、

「赤い水か、血の匂いがするね。まさかこの中の20リットルほどが父だと? 僕にはどこら辺が父なのか判断がつかないのですが」

「そんな馬鹿なことがあるわけないでしょう!! いいから、こっちを見なさい!!」

振り返ると巨大な顔が水の中から生えている。

人の顔によく似ており、紫の鋼の皮膚、頭頂部から伸びる角。眼窩には光がなく、眠っている巨人というイメージを持たせる。

「これは……」

「これは人の造り出した究極の汎用人型決戦兵器 人造人間エヴァンゲリオン、その初号機。建造は極秘裏に行われた。我々人類の最後の切り「悪趣味だ」なんですって!!」

感動していると思ったのに、いきなり批判されまた激昂するリツコ。

「悪趣味だといったんです。この紫という色!! 

いいですか、初号機といったからには他のも存在するはず。しかも決戦兵器なんですよ。

だとしたら、戦隊物の色に準拠するのは当然のことじゃないですか!!

そして角がある以上、カラーリングは赤に決まってるじゃないか!!」

無意味に力説する。

リツコはこの時点でシンジの話をまともに聞くことを馬鹿らしく思い始めた。

「……赤は弐号機のカラーリングよ」

「馬鹿な。じゃあ、黒!!」

「それは参号機」

「銀!!」

「四号機」

「青!!」

「それはないわね」

「だったら青にしてください。紫なんてダサいにもほどがあります」

「(私が決めた色をダサいなんて)そんな予算はないわ」

「(青は零号機の色なんだけどなー。ていうかシンジって本当にすごいなー)」

ユイの考えを余所に二人は当人ですら(シンジは除く)馬鹿げていると思える会話を続けていた。

「で、このカラーリングの話でなければどうして僕を呼んだんですか?」

「(お、落ち着きなさい赤木 リツコ!! こんな子供の戯言を気にしていてはだめよ)

あ、貴方にこのエヴァンゲリオンに乗ってほしいのよ」

「なんで?」

「人類を救うためよ」

「いや、そんなことを言われても具体的にはどうしろと」

「使徒という存在と戦ってほしいのよ。セカンドインパクトについては知っているわよね?

あれは未知の元素の崩壊が原因ではなく、使徒が原因であったのよ」

「えっ!?」

シンジとセイバーは平然としているが、ユイだけはとんでもなく驚いていた。

ユイは未知の元素の崩壊など聞いたことがない。

「ユイ、驚きすぎだよ。元素のエネルギー放射であったのなら、あのような被害にはならないよ。(この世界では、ユイの世界とセカンドインパクトの被害が違う。覚えておいて)

……いや、待て!! 今の話で海が怖くなくなっただろう!! さあ、海に行こう。そして僕にユイの水着を見せて!! グゥ!!」

最後の呻き声はセイバーがシンジのわき腹に拳をめり込ませたためだ。

「(この子、ミサトよりひどいかもしれないわね)ともかく、使徒と戦わなければいけない理由は分かったでしょう。

だから、エヴァンゲリオンに乗ることができ、使徒を倒せる貴方が必要なのよ」

「ふーん、そのために呼んだんですか?」

「そうだ」

頭上から声がかかる。

全員が見上げるとそこには、髭にサングラスというとても怪しい男が立っていた。

「赤木さん、不審人物です! さっそく捕まえなければ!」

「落ち着きなさい。あの人は貴方の父親、碇 ゲンドウよ。ネルフの司令でもあるわ」

はしゃぐ材料を見つけたシンジだが、その言葉にシンジと、そしてセイバーの顔が真っ青になる。

「うそだ、僕の父親があんなだなんて嘘だ」(ガタガタ)

「お、落ち着きなさいシンジ。ここは似ていなくてよかったと喜ぶべき場面です」

「それも間違っていると思うよ(汗)」

「ああ、この悲しみはユイの胸の中でしか癒すことはできない!! ユイその胸を借りるよ」

「人前でそんなことを言わないでよ!!(怒)セイバーさん、シンジを止めてーーー!!」

上にいる人を忘れて、独自の世界を構築する三人、もといシンジは止まることを知らなかった。










「シンジ、エヴァに乗れ」

放置されていたゲンドウが話に復帰する。

シンジはユイに抱きつこうとしたところをセイバーに突き飛ばされ、鉄橋から落ちかけたりした、

「だから、エヴァってのに乗って、使徒ってやつと戦うって馬鹿にしてるの? 

そんなの軍人に任せればいいだろ。子供を戦場に出すなよ」

まともなことを言うのだが、先ほどの行動により説得力が激減している。

「お前にしかできんのだ」

「ていうかさ、その使徒ってやつは昨日街にいた巨人のことかな? それはどういう方法で倒したの? 僕にしかできなくて僕がいない。それなら別の方法で倒したわけだろ。

ねえ赤木さん、昨日はどうやって倒したの? まさか使徒が自分から海か山に帰っていったとか」

自分が原因でありながら、無関係を気取り語り続ける。あえて周囲の人間の精神を逆なでするのがシンジ流である。

「早く決めろ。でなければ帰れ」

「ムカッ(-_-#) 人の会話に勝手に割り込んでくるのは止めてほしいんだけど」

「シンジ、乗ってあげなよ(ボクとの約束はどうなったの?)」

「(大丈夫、ちゃんと分かっているよ)うーん、ユイがそういうのなら乗ろうかな」

ユイ、という言葉にゲンドウの肩がかすかに揺れる。

よく見ると、自分の妻にそっくりな少女がシンジのそばにいるのである。

「シンジ、その娘は何者だ」

「ユイのこと? ユイは僕のこ・い・び・と(ハート)」

「何言ってるのさ!! いつからそんな関係になったの!?」

「いや、でも昨日は一緒のベッドで寝たじゃん」

「誤解を生む言い方は止めてよ!!」

「でも事実だし。ユイも嫌がってなかったと記憶しているよ」

「いい加減にしろ!! シンジ!!」

ゲンドウは息子のふざけた態度に対して我慢の限界がきた。

妻に似て、名も同じ少女が息子の恋人だということが癪に障る。

猛るゲンドウを見て、リツコは唇を噛む。

「シンジ、お前はサードチルドレンとして登録されている。拒否は許さん」

その言葉でシンジの顔から笑顔が消えた。

「なんだ、拒否権がないなら初めからそう言えばいいじゃないか。

エヴァに乗ることが義務だというのなら、こっちには報酬を求める権利があるということですよね? 

それを言っていいですか?」

先ほどまでと違い、まともなことを口にする。

「確かにそのとおりね。いいわ、可能な限り叶えてあげるわ」

「じゃあ、まず住居を用意して。これは絶対に一軒家で。広ければなお良し。

次に、碇 ユイの戸籍の偽造。ユイには戸籍がないから。

あと、ユイとセイバー姉さんのネルフのパスと、僕たち三人が同じクラスで授業を受けられるように手配して」

「私も学校に行くのですか? 」

「ニートと呼ばれたくなければそうすること」

セイバーを学校に入れるのはセイバーが霊体化することができないためである。

普通のサーヴァントなら実体と霊体を使い分け、目に映らなくすることも可能なのだが、セイバーは特殊なサーヴァントであるため、霊体になれないのだ。

裏口から行けないなら、正門から行くだけである。

「かまわないけど、ユイさんには戸籍がないというのは本当なの?」

「あ、はいそうです。ボクは日本でシンジと出会いましたから」

「(だとしたら、本当にシンジ君の親戚?)じゃあ、とりあえず従兄妹ということにしておいてあげるわ」

碇という家は数年前に滅んでいる。ユイはその生き残りかも知れない。

「父さんもそれでいいかい?」

「問題ない」

「んじゃ、契約成立。そうそう、父さんあての預かり物だよ。母さんの指輪。渡しておくよ」

右のポケットから銀色の指輪を抜き出す。

直接触らず、布越しに持っているのがポイントだ。

「遺品など残っているわけがない。全て私が捨てた」

「これは僕の12の誕生日のときに届いたものだよ。二つあって一つは父さん宛だよ」

「赤木博士、受け取れ」

「……はい」

リツコはハンカチにくるんで受けとった。

捨ててしまいたい衝動に駆られるがそんなことはできない。

「じゃあ、僕らは今日はもう帰るね。駅前のホテルに泊まってるから何かあったら連絡入れてよ」








ネルフの外に出たときはもう夕方で、日が沈みかけている。

「父さん宛の指輪なんかあったんだ。シンジって父さんを殺すって言った割には優しいんだね」

ユイはシンジの新たな一面を発見できたことに喜び笑っている。

「はぁ、何言ってるの? そんなものあるわけないじゃん」

「えっ!? じゃあ、あの指輪は何なの!!」

驚くユイ。自分の中の感動をぶち壊しにされたからだ。

「声が大きいって」

「ごめん」

「シンジ、あの指輪はまさか凛が冗談で作った……」

セイバーが冷や汗を流しながら言いにくいことを口にしようとする。

「そう、呪いの指輪。持ち主には『ニーベルンゲンの指輪』並みの不幸が訪れるという素敵なアイテム。

金運、恋愛運、健康運にとどまらず仕事や人間関係にも問題が訪れるという一品です。

あれの魅力は捨てても捨てても机の引き出しを開けたらそこに入っているという点と、どんなに苦しい思いをしても死ぬことはないという点です。

かつて、凛姉さんを馬鹿にした人を恐怖のどん底に突き落としたものだ。触れるだけで不幸をもたらすからわざわざ布越しに触ったんだよ」

いたずらに成功したシンジはにやけっぱなしである。

「と、父さんに教えてあげなくちゃ」

逆走しようとするユイをシンジは捕まえる。

「いいのいいの。人類滅ぼそうとする馬鹿にはいい薬でしょ。それに絶対死なないんだから」

「あうーー(困)」

「あ、その仕草可愛い」

「ごまかさないでよ! 」

「ユイ、これはもう慣れるしかありません」

「絶対無理だよ(泣)」

「じゃあ、そんなユイにこれをあげる」

シンジはまたもや指輪を取り出した。だが、今度は素手で掴んでいる。

「な、なにこれ。これも呪いの指輪なの」

「これはお守りだよ。僕の魔術で編みこんだ幸福をもたらすお守り。まあ、もっときなよ」

「あ、ありがとう」

ユイがゆっくりと右手の指に嵌めた。

「何もおきないんだけど」

「急に何かおきたりはしないよ。まあ、戦いになったら少しは役に立つかも」














「へえ、なら今すぐ役立ててあげましょうか」










美しい声が響いた。

その声のほうを見やる。

そこには、沈み行く夕日を背に一人の女の子がいた。

銀色の髪に、赤い瞳。シンジと同じ年ぐらいの女の子。

微笑ましいかわいらしさだが、彼女から、否彼女の隣から強烈な殺気が溢れている。

シンジとセイバーは即座に臨戦態勢に移る。

ここでやっと、人払いの結界が敷かれていることに気づいた。

探知させないほどの巧妙な結界。

それは彼女の技量か、それとも連れているサーヴァントか

「サーヴァントを二人連れたマスター。初戦には丁度いいかしら」

無邪気な笑みを見せる。

満面の笑み。だがそれは決して善と言い切れるものではない。

「まさか、いきなり魔術師にけんかを売られるとはね。

今回のルールを知らないようだね。今回はサーヴァント同士でやりあってもあまり意味はないよ」

サーヴァントの強さを本能的に理解したシンジは相手の撤退を誘う。

万全の状態ならともかく、手ぶらの今は武装が少ない。

「あら、そうなの。じゃあ、貴方たちをここで殺しても意味ないかしら」

「そうそう、それにまだこの時間は戦いには早い。退いて貰えないか」

「でもね、私としては邪魔な人には早く消えてもらいたいの。紹介するわ、私のサーヴァントのスラータラーよ」

その言葉とともに、赤銅の体を持つ大男が現れる。

腰巻だけを身につけ、手には大剣。露出する肌は焼けた鉄のようである。

「あっ、いけない。私の名前を教えてなかったわ。

私の名はマリアテレ―ゼ・フォン・アインツベルンよ。これだけ言えばわかるでしょ」

その名にシンジとセイバーは固まる。

アインツベルン。聖杯の探求を続ける一族。

冬木の土地での聖杯戦争には常に参加するが、協会も観測していない土地での聖杯戦争に参加してくるとは予想もしていなかった。

「名乗られた以上は僕も名乗ろうか。僕は碇 シンジ。金髪のほうがセイバーで、後ろの黒髪がライダー」

それを聞くと、マリアテレーゼはニッコリと笑う。

「うん。互いに名乗りあうのって結構いいものねシンジ。じゃあ、殺しあいましょう」


「ウオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!!!」








戦争は始まる。

意思など関係なく、そこにいる人間を巻き込んでいく。










あとがき

アインツベルンが出ました。参加した理由はいずれ書く予定です。



[207] Re[4]:正義の味方の弟子 第5話
Name: たかべえ
Date: 2006/01/06 17:51
正義の味方の弟子 
第5話
最初の戦闘






「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!」

雄叫びとともに巨体が迫る。

暴風のような速さと勢いでセイバーへと迫る。

武装したセイバーが『風王結界』で迫りくる大剣を迎え撃つ。

剣で受けとめた一撃だが、その威力の重さで足が大地に沈む。

セイバーがスラータラ―を抑えている隙に、シンジはユイを抱え戦線から遠ざかる。

シンジは元々、遠距離戦に特化した武器を好んで使っている。

セイバーのように何年にも渡る経験があるでもなく、士郎のように武器から戦闘経験を引き出せるわけでもないシンジにはそれしかできなかった。

それでも接近戦ができないわけではないが、英雄相手に不利な戦いを挑むほど馬鹿ではない。

ユイを安全な位置まで運ぶと、ポケットから金属片をとりだした。

「シンジ」

「ユイはそこにいて。あいつは僕と姉さんで抑える」

先ほどいた位置から後方に30メートルぐらい離れた木の根元にユイを置いてポケットから金属片を取り出す。

「―投影終了(トレース・オフ)」

その詠唱とともに、金属片が円盤へと変わる。

そして、全身を使った円盤投げで全力でスラータラーへと投げつける。

鉄すらも砕く一撃が無防備な背中へと突き刺さるが、鋼鉄の体を持つ相手はびくともしない。

「へー、すごい魔術持っているのね。

あっ、もしかしてトオサカの弟子の投影術師ってのは貴方のことかしら?」

「あいにく、それは僕の兄さんのほうだよ。僕は復元師。兄さんほどの利便性はないよ」

士郎は有名な魔術師(彼自身は魔術使いだが)の一人だ。

剣に近い武器に限定されるが、一度構造を理解したのなら、無限に同じ物を作ることができるという魔術。

固有結界という魔術の奥義中の奥義にして、禁忌中の禁忌を使用することもまた有名である。

円盤がシンジの手元に返ってくる。

戦況はスラータラーの攻撃をセイバーが弾いている。

セイバーが敵の大剣をはじき、何度か敵の肉体を切りつけてもその鋼鉄の体に弾かれている。

その体は一切の攻撃を無効化せん固さである。

「ライダーは戦いに参加しないのかしら? それとも私を狙わせているの?」

聖杯戦争ではマスターとサーヴァントは一心同体と呼べる。

サーヴァントがマスターを守るのはマスターがいなくなれば同時に自身も消えるからである。

元々、現世との結びつきがない彼らはマスターという寄り代がいて成り立っている。

ゆえに、どんな強力なサーヴァントであれ、マスターをやられてしまえば終わりなのである。

「そんなわけないだろ。あの子は優しいから、戦闘には向いていない。」

「だから貴方が戦うって言うの? 変わったサーヴァントとマスターね」

「全く持ってそのとおりだ」

「ウウウオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!」

「はあっ!!」

気迫を乗せた剣がぶつかり合う。

体格で見れば、セイバーが圧倒的に不利。

それでもセイバーは相手に一本も攻撃を入れさせない。

上から打ち下ろされる大剣をその見えない剣で弾く。

大剣を弾き、そのまま怯むことなく敵の懐に入り、剣を叩き込む。

だが、スラータラーのほうが押してきている。

元々の腕力の差、そして『宝具』でも傷つかない肉体。

技量だけではまかない切れないものがある。

それどころか、セイバーに普段の剣の冴えがないように思える。

「さて、本格的に姉さんの援護を開始しようか」

シンジの呟きを聞いてか、円盤が赤く輝く。

体を捻り、全身の力を使い、投擲へと移る。






ア ー グ ネ ー ヤ
「赤炎を纏いし円盤」






真名を唱えての投擲は上空に大きく赤い弧を描きながら敵へと降り注ぐ。

シンジの攻撃法を知っているセイバーはその場を飛び退く。

同時に降って来る円盤。

それを察知したスラータラーは大剣を振り、円盤を弾こうとする。

しかし、大剣が円盤に触れたとたんに燃え出す。

大剣から腕へ、そして体へと炎は移る。

全身を赤い炎が覆い尽くす。

アーグネーヤは砕けたが、その能力は発揮された。

触れたもの全てを焼き尽くす円盤。

敵を焼き払う聖なる炎。

しかし、鉄すら焼く炎の中、そのサーヴァントは平然と立ちつくしていた。

「これでも通用しないか」

「当然よ。この程度で倒れるようなら私のサーヴァント失格よ」

少女の楽しそうな声が響く。真実、この戦いを楽しんでいるのだろう。

「くはははははははっ!! いいぞ、魔術師。それぐらいの攻撃をしなければ面白みがない」

炎の中、スラータラーは今までの雄叫びではなく、理性ある言葉をつむいだ。

「いや、どうせ魔術師などツマラン連中しかいないと思っていたが、なかなかに見込みのあるガキだ」

「そりゃどうも。こっちとしてはランクBとはいえ無傷で耐えるあんたの名前を知りたいんだがね」

ポケットに手を入れ、次の破片を取り出す。

次の武器はかなりの威力を持つ物を選択する。

ランクA以上の『宝具』使えばあの英雄だろうと傷つけられる。

「あら、シンジったら魔術の基本は等価交換よ。そっちのサーヴァントの名前も教えてほしいものね」

「いいじゃねえか、マスター。教えてやるぜ、俺の名はバトラズ。ナルト叙事詩の英雄よ。

覚えておけ魔術師、そして騎士王」

セイバーを見て、口元をゆがめる。










バトラズ。

ナルト叙事詩に書かれる半神にして最強の英雄。

父親の背中の瘤から産まれ、その体はいかなる武器も受け付けず無敵にして不死身であったという。

普段は天上に住み、必要なときに自身を火球としながら降りてくるという。

勇士であったがそれ以上に荒くれ者である。父が殺されたときにはナルトの半数を虐殺し、天使、精霊まで手にかけたという。

ゆえにスラータラ―(虐殺者)のサーヴァント。








「私の名がなぜ分かったのですか」

セイバーの疑問にスラータラ―は笑うだけだ。

「なに、少しは自分で考えるのだな。しかし、その程度の実力で騎士王とはそちらの騎士の程度が知れるな。俺が殺した連中のほうがよっぽど手ごたえがある」

「っ!! 私の騎士たちを侮辱することは許しません!!」

疾風となったセイバーが駆ける。

渾身の一撃で横薙ぎにするが大剣で受け止める敵は微動だにしない。

続く連撃も相手の肉体に当たってもかすり傷一つ与えられない。

「どうした、その程度の力か? 騎士王だというのなら、聖剣があるはずだろう。それを使ってみろよ」

嘲りの声に歯を噛み締める。

ついに打ち合いをやめ、間合いをあけたセイバーがその剣から鞘を抜こうとしたときに、凛とした声で響く。






「じゃあ、こいつを受けてみな。これも姉さんの剣だ。これを受け止めてから文句は言ってくれ」






All I want is only a truth.
「―真実だけが望みである」

そのワードとともに手には一本の剣が握られる。

様々な装飾を施された絢爛豪華な剣。

この剣を抜いたものが王となる、という剣。

かつて、アーサー王と呼ばれる前、一介の少女であったセイバーはこの剣を抜き、王となった。

そして、セイバーが騎士王と呼ばれていた時代に騎士としての不義理を果たしたがために失った剣。

それがこの現代において甦る。

そして、ここからがシンジの真骨頂となる。






「最終工程、真性付加、完了(ファイナルパーツ・セットオフ)」






士郎の魔術の利点は大量製造にある。質よりも量。ランクを落とす代わりに同じ物も無限に作れる。

対し、シンジは量より質。一つの物を極限まで磨き上げる。

「本物の質感」が欠けた武器に「本物の質感」を与え、真の意味で寸分違わぬ、もう一つの「本物」を作り上げる。

以前、セイバーの剣を士郎と二人で作り上げたときは、セイバーですらどちらが自分の剣か分からなくなってしまったほどだ。

「姉さん、受け取って」

「承知しました」

セイバーは一足でシンジの元に近づき、剣を受け取る。

落ちかけた夕日、それにも負けぬ輝きを放つ剣。それが、本来の主の手にあることでなお輝いて見える。

「ゆくぞスラータラー!!」

魔力の放出を全開にし、疾風となる。

山のようにその場から動かない敵へと再び全力で駆ける

彼は口元に笑いを浮かべ、何の構えも見せずに立ち尽くしている。

その仕草にさらに怒りを覚えたセイバーは一切の余力を残さない、全力での一撃をその剣の名とともに叩き込んだ。






 カ リ バ ー ン 
「勝利すべき黄金の剣」






鋼鉄の肉体へと食い込んでいく剣。

容易く左腕を斬り落とし、腹に達して黄金の光を放つ。

「いいじゃねえか、俺の腕を落とすなんてな。いや、さっきは馬鹿にして悪かったな」

だが、それだけであった。

スラータラーは必殺の一撃を受けてまでも健在であるのだ。

「馬鹿な」

セイバーが思わずこぼした言葉。

シンジが作り上げた剣は元々シロウによって創られた物。

最高クラスの投影術師が創り、究極クラスの復元師が作った剣がこの程度の威力であるはずがない。

スラータラーの腹に刺さったままの剣は刀身から砂になって消えていく。

挟まっていたものが無くなったことで腹の傷はどんどんと塞がっていき、肘から先がなくなった左腕も少しずつ肉が蠢き再生を始めている。

「ふふ、スラータラー相手じゃなければその剣は誰であっても切り捨てたでしょうね。

でも、貴方が騎士王アーサーであるのなら、このサーヴァントは倒せないわ」

今はもう完全に日の沈んだ街。

そのマスターたる少女は西の空へと振り返り別れを告げた。

「腕がなくなっちゃたから今日はここまでかしらね。次に会うときはちゃんと殺すから。夜は気をつけてね」

「俺はまだ満足していねえぞ!! もっとやらせろ!! 」

スラータラーが去ろうとする主に対して怒鳴る。

「あら、私の言うことに逆らうの? 貴方の傷を治す魔力も私が供給してあげているのに」

「くそっ! なら今回は見逃してやるよ! 

でも『宝具』を二つも見せてもらったんだ。こっちも見せてやるよ。真名はいわねえ。耐えてみな」

スラータラーの肌が真紅と呼べるほどに変色する。それと同時に膨大な魔力が感知される。

「姉さん!! その場から離れろ!!」

呆然としていたセイバーがようやく動きだす。

瞬間的にその場から飛び去る。

シンジがユイを地面へ押し倒すと同時に、それは起こった。

紅蓮。大地を焼き、空も焦がすほどの熱量が一瞬にして起こる。

ナパームという兵器が正しいかもしれない。

スラータラーを中心とし、半径30メートルは完全に焼き尽くすかというほどの威力だ。

その炎はセイバーとシンジたちを飲み込み、そして一瞬のうちに消えていった。

「あらあら、こんなもの使ったら死んじゃってるかもね。シンジ、使えないサーヴァントを持った不運を呪いなさい」

少女は背後を一瞥すると歩き出す。

そのサーヴァントは姿を消すと、主についていく。










シンジは自分の体に何もダメージがないことに気づいた。自分の下にいるユイもまた無傷。

あれだけの魔力による攻撃だ。無傷であるほうがおかしい。あれだけの攻撃から逃れる神秘は手元にない。

「大丈夫かい? ユイ」

「う、うん。庇ってくれてありがとう」

セイバーがどうなっているか分からない。セイバーを探すため体を起こすと自分が無事であった理由が分かった。

目の前には一本の巨大な腕がある。

紫色の腕が二人を庇うように前に差し出されていた。

腕は虚空から生まれ、体がない。

もう片方の腕はセイバーの前にある。

「母さん? またボクを守ってくれたの?」

ユイにはその腕が何なのかが分かる。自分を何度も救ってくれた自分の母の腕。

「これがユイの『宝具』か。自動でユイを守ろうとするなんてかなりの思いの篭った物だな」

シンジがペタペタと触るとその部位が暖かくなった気がした。

それを感じて笑みを浮かべる。

「これは僕も子供として認めてもらっているということかな。守ってくれてありがとう、母さん」

他人には計り知れない思いのこめた目でその腕の先を見つめる。

やがて巨腕はゆっくりと消えていった。

「シンジ……(やっぱりシンジも母さんがいなかったことが辛かったのかな)」

ユイが手を伸ばし、声をかけようとしたところでいつもの緊張感のない声が返ってきた。

「さーってと、そこで動けなくなっている姉さんを回収してさっさと帰るか。もうすぐこの結界も解けるだろうしね」

「なんでいつもの状態に戻るのさ!! もっとシリアスを持続させようよ」

「えーっ!! だって僕そういうの苦手だしさ」

「さっきのままだったらすごくカッコよかったのにー」

「僕としてはありのままの自分を愛してもらえると嬉しいんだけど。姉さん、早く帰るよ」

つかつかとセイバーの元に近づいていく。

だが、セイバーは動かない。

「姉さん。負けたことを気にすることはないよ。あの英雄には姉さんでは勝ち目がない」

セイバーの正面へと回り込んだシンジは目線を合わせて優しく語る。

「どういうことなの? シンジ」

「バトラズという英雄はアーサー王のモデルであるとされる英雄なのさ。

だから、姉さんはオリジナルであるあの英雄に対してはマイナスの補正がかかってしまう。

『宝具』も同等にその補正を受けるから、必殺のはずのカリバーンがあの程度の威力にまで落ちてしまったんだ。決して姉さんの実力が低いわけではない」

「そんなことは関係ありません。私は負けた。それが事実です。

相手の軽い挑発に我を無くしてしまい、その後もカリバーンが通じなかったことで自失に陥ってしまった。

もし、あの『宝具』の防御がなければシンジを死なせるところでした」

俯きながら思いを吐き出す。

最強でなければならないはずのこの身がいとも簡単に負けた。

10年近くも戦っていないことでその実力が落ちていると考える。

平和で幸せな生活によって腑抜けてしまったと思う。

このまま消えてしまいたい。

そんなことを考えているせいか、直感が上手く働かない。

バチーンッ!!

「な、何をするのですか、シンジ」

セイバーが手で額を押さえて、でこピンをしたシンジに抗議する。

「いやー、姉さんが馬鹿なことを考えてるんじゃないかと思って喝を入れてみたんだけど効いた?」

「効いたではありません! 私は大事な話をしているのです!」

「僕も大事なことを言ってるよ。もうすぐここに人が来る。そのときこの状況をなんと説明すればいいのかな? さっさと逃げたいのに一人がこんなとこで鬱に入っちゃって動けないんだよね。

ほら、早く立ち上がって。だいたい、負けて鬱になってまた負けるじゃもっと迷惑するんだよね。

今回は見逃してもらえたんだ。その幸運に感謝して次は勝ちに行くよ。で、そんときに勝者の余裕で相手を見逃してやればいい。

簡単な図式だろ。分かったら立ち上がる」

セイバーの手を掴み立ち上がらせる。力を入れていないセイバーはあっさりと立たされる。

「……ありがとうございます、シンジ。次はあのサーヴァントを必ず打ち倒すと誓いましょう」

セイバーは握られた手に力をこめる。

「そう。じゃあ次はがんばろうね。戦闘してお腹空いたね、何か食べておこうか? 食べたいものはある?」

「私はハンバーグを所望します。日本のハンバーグには和風ソースというソースがあるそうです」

「ユイは?」

「ボクもハンバーグがいいな。ケチャップのやつがいい」

「じゃあ僕はユイと同じで」

そうして、完全に落ちてしまった太陽へと向けて三人とも歩き出していく。

ユイは思う。

シンジの凄さというものを知らされてばかりの一日だった。

飄々としていて、それでも周りのことを大切にしている。

昔、アスカが好きだったあの人のようだけど、それとも何か違う。

とりあえずこのちょっと変な正義の味方にボクは憧れています。






「うっ!?」

「ど、どうしたのシンジ!? どこか怪我したの!?」

「ユイ分が、ユイ分が足りない!! 押し倒したぐらいじゃ足りない!!

ユイ!! 今すぐ補給させて!!」






神様、前言撤回していいですか?






追加武器




アーグネーヤ:ランクB (ランクはAが最高で、Eが最低。+がつくものは瞬間的に本来の能力×(+の数+1)となる)

炎を纏って敵を焼き殺す円盤。敵が触れたのなら何であろうと炎で包む。『マハーバーラタ』に登場する武器。

ちなみにシンジの愛用品である。








追加ステータス




クラス スラータラー

マスター マリアテレーゼ・フォン・アインツベルン

真名  バトラズ

性別 男

身長・体重   205cm・143kg

属性 中庸・悪




筋力 A+(A)  魔力 B(C)
耐久 A     幸運 C 
敏捷 C     宝具 A+




クラス別能力

破壊:A 攻撃力を上げる能力。殺すという意思の元ではさらに効果が上がる。








詳細

ナルト叙事詩を代表する半神の英雄。

父はナルトの一人ヘミュツ、母はビツェンテ(海神ドン・ベッテュルの眷族)の娘だが、父の背中の瘤から生まれた。

生まれつき鋼鉄であった体は鍛冶神クルダレゴンによって鍛えられ、あらゆる武器を跳ね返す。

また彼は不死身とも言われる英雄。

普段は天上に住み、必要な時には全身を赤熱させて降って来る。暴風に変身する能力もある。

勇士であると同時に手のつけられない暴れ者で、父ヘミュツが同じナルト騎士団であるシュルドンの策謀により、サイネグ・エルダルに殺害された時、怒りに任せてナルトの半数以上を虐殺し、天使や精霊まで手にかけたという。

アーサー王伝説のアーサーと多くの共通点があり、死ぬくだりはほぼ同じである。

そのため、アーサー王のモデルであるとされている。










技能

神性:C(B) 神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。海神の眷属に連なり、鍛冶神にその身を鍛えられた存在だが、天使を虐殺したことでランクが落ちている。

戦闘続行:A  生還能力。瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生き延びる。

勇猛:A  威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。また、格闘ダメージを向上させる効果もある。








宝具 ???








あとがき


オリジナルサーヴァント登場。なんか普通の敵を出した場合、楽勝する恐れがあったので、アーサー王のモデルとなった英雄にし、マイナスの補正をかけてみました。

全ての原点である英雄王、ギルガメッシュの場合は元を辿りすぎるので補正はかからないという設定です。

シンジの魔術では「本物の能力」を持たせることはできても、基の設計図が士郎のものなので、一度使えば出力過多で壊れてしまいます。それでも頑張ればリサイクル可能なのだが、戦闘中には時間的に無理である。

よろしければ感想をください。



[207] Re[5]:正義の味方の弟子 第6話
Name: たかべえ
Date: 2006/01/07 11:59
正義の味方の弟子
第6話
影にいる者






「碇。君は役に立たなかったな」

「全くだ。ヒト、モノ、カネをあれほどつぎ込んでおきながら何もできなかったとは」

「左様。国連内にはネルフの存在意義を問うものもいる。それを抑えるためにどれだけ金がいるか」

「おまけに使徒が倒れた原因が不明という状態に付け込んで、日本政府が図に乗った発言をしている」

暗い室内の中、スクリーンに映る老人たちがそれぞれにゲンドウを責める。

「問題はありません。次の使徒が来れば彼らも自らの無力さに気づくでしょう」

ゲンドウは顔の前で腕を組み憮然として答える。

「その発言は君は何も手を打たないということかね? それで組織の長とは呆れるぞ」

「君に組織を率いるのは初めから無理だったのではないか? ここまでも幸運の連続だけで乗り切ってきたようなものだろう」

「君の代わりなどいくらでもいるのだぞ」

「そうだ。議長、碇の解任を」






「静まれ」






騒々しかった中でその声はよく響いた。

ゲンドウの対面に座る老人の一言で全員が口を閉じる。

議長と呼ばれる男、キール・ローレンツはバイザー越しの視線でゲンドウを射抜く。

「今回のことはわれらで手を回しておく。いずれにせよ、使徒によるスケジュールの遅延は認められん。碇、今回は不問にするが次は無いぞ。では、これからは委員会の仕事だ」

キールの判断こそが何よりも重視されるため、この場でのゲンドウの処分は保留となった。

「碇君……。ご苦労だったな」

「碇……後戻りはできんぞ」

立体映像で写っていた老人たちの姿が消えていく。

「分かっている。人類には時間がないのだ」

ゲンドウは席を立ち、その暗い室内から出て行った。

その手の指には一つの指輪がはまっていた。

彼はそのせいでとてつもない不幸に襲われ続けることとなる。






「議長、なぜ碇を解任しないのです?」

「此度の使徒撃退の謎もわかっていない状況で奴の首を切るのは時期的にも問題だ」

「これは裏死海文書に記されていた抑止力の仕業ではないのかね?」

「馬鹿な。抑止力に対抗する鍵はすでに用意してある。抑止力の発生などありえん」

「確かに。それにサキエルはリリスに吸収された。抑止力ならそれを見逃したりはせんはずだ」

暗闇の議会に沈黙が訪れる。

第3使徒サキエルを殺せる相手など限られているが、それらでは疑問点が残るのである。

「ふん。サキエルを殺す相手を考えるより、これからの問題を考えるのが問題だ」

「サードチルドレン碇 シンジ。『時計台』のトオサカの弟子に同名の者がいるな」

「では彼が『復元師』ですと?」

「だとすれば彼以上に寄り代にふさわしい存在はいない。欠けた物から完璧なものを復元する魔術、それは欠けた心を一つにあわせるという我らの崇高な行いのためにあるようなものだ」

「まさに神に選ばれたような存在だ」

「議長、いかがします」

「サードへこちらの手のものを回せ。サードを我らの手の内に納めるのだ。

奴は魔法使いの弟子であり、協会と教会、その両方から監視されている人物。下手な手出しはできん。

話し合いでこちらの味方にしろ。望むものは何をやってもかまわん」

「分かりました」

「「「「「全ては我らゼーレのシナリオどおりに」」」」」










スラータラーに襲われてから3日が過ぎた。

あれから襲撃を受けることもなく、シンジたちはリツコに与えられた住居へと移ることとなった。

「着いたわ。ここが貴方たちの家よ。

母屋はそう大きくはないけど庭付きで位置的には駅にも近く便利なはずよ。これが鍵ね」

リツコはホテルに泊まっていた彼らを呼びにいき、ここまでつれてきた。

シンジたちに与えられる家は築10年ほどの純和風の屋敷だ。

全ての部屋が畳張りで、廊下だけが板張りとなっている。家具も和風だ。

だが、電化製品は一通り揃っていて今からでも生活できる。

「一時私がいたシロウの家を思い出しますね。タイガやサクラにも久しく会っていない」

昔を懐かしむセイバー。

リツコはセイバーの口から出た人名を密かに記憶している。

シンジは普段どおり、洗いざらしのシャツにジーパン、右手には赤い布を巻きつけてあり、両手いっぱいに紙袋を抱えている。

逆にセイバーとユイはほとんど手ぶら。

シンジの持つ荷物は先日購入した3人の着替えであり、これを買った金はシンジのポケットマネーから出た。

シンジはロンドンにいたときに、復元師としての仕事や復元した物品の売買を行っていた。

魔術師の世界では古いというだけで価値があるが、昔の壊れた物を復元すればかなりの金になっていたのだ。

もっとも、その内の5割は凛に上納させられていたという。

「くんくん。この服からユイの芳しい匂いが漂ってくるね」

「どうして一度も着たことのない服から匂いがするんだよ! 今のシンジかなり変態っぽいよ」

シンジはここ3日間ずっとこんな感じであった。

真面目なことを言わず、変質的なことだけを言っているので、さすがにユイも扱い方というものに慣れてきた。

もっとも、それでもユイは眠るときは一緒に寝ているのだが。

「人の話を聞いているのかしら二人とも(怒)」

「もちろん聞いていますよ。ここが僕とユイの愛の巣だということですね」

荷物を抱えながらも大仰な仕草で答えるシンジからユイとリツコは一歩下がる。

「はっきり言っていい? キモいよ」

「今のグサッってきたな。例えるならゲイボルグの一撃」

「知らないよ」

「漫才はいいから私の話を聞いて頂戴。

ユイさんの戸籍の偽造できたわよ。シンジ君の従姉妹ということにしておいたから覚えておいてね。

あと、3人分のネルフIDカード。クレジットカードにもなっていて給料はこの中に入っていくわ。

学校については来週から通ってもらうわ。制服は後で届けるから」

「あ、ありがとうございますリツコさん」

リツコはシンジに余計なことを言わせないために必要なことを一息で言い切る。

「それとシンジ君は明日の朝10時にネルフに来て。実験をしたいから。正面ゲートに来れば迎えにいくから」

「ああ、了解しました。赤木さん、その実験というのは夕方までには終わりますか?」

急に素面になったシンジ。何度も変わるその表情はともすれば不気味なものに思える。

「え、ええ。夜にはなにかあるのかしら?(この子は一体何者なの? ただの子供とは思えないわ)」

「いえ。夜に出歩くのは危険ですから。何がいるかわからない」

セイバーとユイにはシンジの言わんとしている事は分かる。

破壊の権化とも呼ぶべきものを連れた少女。

次にあの少女に出会ったときに見逃してもらえる保証はないのだ。

「な、何を言っているのかしら」

「別にたいしたことじゃないですよ。おそらく赤木さんには関係のないことですから。

さっ、荷物を運び入れましょう。赤木さん、お茶の一杯でもどうですか? 入れますよ。ユイが」

「ボクが!? ていうか本当に切り替え早すぎだよ!!」

「え、遠慮するわ。し、仕事があるの」

急に満面の笑みを浮かべたシンジにリツコはまた背筋が寒くなるのを感じた。

不安定。リツコがシンジに感じたこと一言で表すならその言葉しかない。

リツコの趣味に人間観察がある。人を眺め、その人間性を推測していくのだが、シンジにだけはしたくないと思う。

ともすれば無表情のまま赤子すら殺しかねず、また泣きながら命を救うだろう存在。

リツコは一人の少女を表現するときに人形という言葉を使う。

なら、シンジはどうなのだろうか?

考えたくない。考えるのをやめろ。気づいてはいけない。気づけば   が終わる。

逃げるように車を走らせるリツコに余裕など一切なかった。








「シンジ、今のは意地が悪い」

「何のこと?」

走り去るリツコの車を見届けながらセイバーはシンジを横目で睨む。

「魔術を使って不安を起こさせたでしょう。彼女のおかげでこの家が手に入ったというのに」

「そうなのシンジ?」

シンジがそのようなことをしたとは思えずに、ユイは確認を取ってしまう。

「確かに魔術は使ったよ。でも、姉さんの言ったようなことはしていないな。

僕は赤木さんの洞察力を鋭くしただけだよ。これ以上傷つかないように」

「どういうこと?」

目を伏せ、どこか後悔しているようなシンジにユイは胸を締め付けられるような痛みを覚える。

「ユイには悪いけど毎晩ユイの記憶が僕に流れ込んでくる。

その中であの人が泣いている姿があった。このままだとあの人は同じ涙を流すことになる。

そうならないためにも今のうちに手を打っておく必要があった。

ああいう人は自力で解にたどり着かない限り、ダメなんだよ」

シンジはふう、と溜息をつく。それはかつての己の姿だったのかもしれない。

その仕草にセイバーは体から力を抜いた。

「シンジ、それなら先に教えてほしかった。こちらもあらぬ誤解をしてしまう」

セイバーが薄く笑い、つられたかのようにシンジも笑みを浮かべる。

そして、出た言葉は、

「ごめん。ただの言い忘れ。てへっ」

直後、とある教員ばりの拳が側頭部に決まってしまったのは仕方のないことだろう。










「すごいな。畳の家ってボク初めてなんだよね」

「そうなのですか? 畳は昼寝をするときに楽ですね。しかしこの家は大きさは違えど、本当にシロウの家に似ている」

居間に入り、備え付けてあるテーブルを撫でながらセイバーは昔に思いをはせる。

「しろうさんってシンジの保護者の人なんですよね? どういう人なんですか」

「一言で言えば正義の味方です。人を救うためなら自分の全てを犠牲にできる人ですね。

頑固で一度決めたことは決して曲げずに、向こう見ずなところがあります。

でも、そんなシロウに救われた人がいることも事実です」

「凄い人ですね」

「当然だね。なぜなら僕が唯一憧れる人なのだから」

感心しきったユイの呟きに反応したのかシンジが襖をあけて現れた。

手には小さい何かを大量に持っており、それらをテーブルの上にばら撒いた。

形は2種類あって、丸いのと細長いの、どちらも20以上ある。

「ふー、つかれたー」

一仕事しましたと言いたげなシンジは汗もかいていない額を腕でぬぐう。

「シンジ、これなに?」

その一つを拾い上げたユイは疑問をぶつける。

「うん? ああ、それは盗聴器。で、こっちの細長いのが隠しカメラ。

家中に仕掛けてあったから見つけるたびに取り除いてみたんだけど。たぶんネルフの方々の引っ越し祝いだよ。

あっ、そこにもあった」

コンセントの近くを探し、また一つ持ってくる。

「こんなに仕掛けてあったの!? どうして!?」

「単純に僕たちが不審すぎるからだろ。ここにも見っけ。しかし、少しは実の子供を信用してほしいものだ」

言いながらも居間の中のカメラや盗聴器を見つけて、取り除いていく。

「(呪いの指輪を渡す人なんて信用するほうが難しいんだけど)あれ、シンジってどうやってこんなの発見していくの。これも何かの魔術なの?」

疑問に思うユイの問いかけに、よく聞いてくれた、と前置きをしながらシンジは高らかに宣言した。

「僕の空間及び構造把握能力を持ってすればこの程度容易いということだ。

そんな僕は服の上からでも女性の身長、体重、スリーサイズを的中させられる。着やせ、着膨れだろうと適正な値をはじき出すことも可能だ。

この状態でユイのサイズをあてることも、……二人ともどうしたの?」

女性二人の周囲から黒い何かが染み出てくる。

「……セイバーさん。きついの一発お願いします」

「承りました。さようならシンジ」

いつの間にかセイバーは竹刀を握り締めており、それが不可視の速さを持ってシンジの頭へと打ち下ろされた。






ここは現実世界ではない何処か。

そこに二人の人物(脇役)がいる。

ブルマ「ししょー。道場の前に白いやつが倒れてるんですけど」

袴「ふはははは、弟子一号よ。それは新しき入門者だ。ここ10年近く士郎が一度も死なないために我らの出番はなかったが、これからは我らにも出番と言うスポットライトが当たりだすのだ」

ブルマ「おおー!!」

袴「さあ、新しき入門者よ。これから何度もセクハラしては死ぬがいい!! その度に我らに出番が与えられるのだ」

ブルマ「でもししょー。私達の出番今回で終わりって書いてありますけど?」

袴「……」

ブルマ「……」

袴「てぇい」

ブンッ!! ズバァッン!!

ブルマ「……痛いっす。ししょー」

袴「余計なことを言うからだ。出番を作る方法などいくらでもある。そう、感想で「再登場求む」と書いてくれるだけでいいのだ。お願い、書いて。そしたら番外編になるから」

ブルマ「必死っすね」

袴「出番欲しいからね。さて、この入門者を現世に帰しちゃおう。これはeva ssとしてはかなり問題だから」

ブルマ「押忍」




目覚めたシンジはブルマと袴の夢を見たとコメントした。






荷物を運び込み、部屋割りも決め、居間でくつろいでいる三人。

そこで墓穴を掘ったものがいた。

「今日のご飯ボクが作るね。何がいい?」

「ユイって料理できたの!? 姉さんこれは」

「ええ、思わぬ誤算でしたね。ユイ、貴方の料理の腕はどれほどでしょうか」

真剣な眼差しでユイを見つめるシンジとセイバー。あまりの真剣さにユイは後ずさる。

「昔はいつも料理当番やってたけど」

「じゃあ料理当番はユイに決定!! 姉さんはどう思う?」

「異論ありません。これからよろしくお願いします」

「……二人とも料理できないの?」

今まで外食ばかりであったので互いの料理の腕を知らなかったのである。

「いや、僕はできると言えばできるんだけどね」

「嘘を言わないでください!! あんなものが料理であるはずがありません!!」

セイバーは食事に関して誰よりもうるさい。

シンジの料理は確かに美味しいのだが、彼女からすれば邪道の料理なのである。

「という具合なんで、よろしくユイ」

「はぁ、わかったよ」

こうしてこの家の料理当番はユイに決定するのだった。

これから毎日、朝昼晩と料理を作り続けることになる。






台所で簡単な惣菜を作っているユイを横目に、シンジとセイバーは不吉な会話をしていた。

「姉さん、この家の結界なんだけどやっぱり徹底したほうがいいよね」

「もちろんです。聖杯戦争であるのならアサシンのサーヴァントが召還されてもおかしくありません。

前回のキャスターは結界に探知されないほどの魔術を使ってきているので、なるべく感知能力を高めた方がいいでしょう」

「じゃあ、鳴子を仕掛けて、ガンドが四方八方から襲い、それでもめげない者は落とし穴で地下王国にご案内でいいかな」

「最後が意味不明ですが、細部はシンジに任せます。侵入しようとしたことを後悔させてあげるような罠を用意しましょう」

「クククッ、任せてもらいたいね」

「ご飯できたよー、ってどうしたの二人とも」

実はセイバーもシンジの色に染まりかけていた。

怪しい笑いを浮かべる二人を見たユイは「助けてよ、アスカ」と心の中で唱えていた。








あとがき

ネルフ、ゼーレサイドを初めて書いてみました。

レイが登場するのは9話目。その後にシャムシェルの予定です。

道場は一回だけです。後は番外編であるかないか。

では、よろしければ感想をお願いします。元気の素になります。



[207] Re[6]:正義の味方の弟子 第7話
Name: たかべえ
Date: 2006/01/07 12:01
正義の味方の弟子
第7話
ケンカ






リツコとの約束のため、シンジはセイバーとユイを引き連れ、ネルフへと訪れた。

正面ゲートでユイをからかいながら遊んでいると、リツコと会ったことのない女性が現れた。

紫の長い髪で赤いジャケットを着ている女性はシンジに対して満面の笑みを浮かべている。

先に口を開いたのはリツコだ。

「おはようシンジ君。紹介するわ、こっちは」

リツコの言葉を引き継ぎ、一歩前に出て挨拶をしようとする女性。

「初めましてシンジ君。わたしは」

「見知らぬ女性。しかも僕の名前を知っている。

あっ、もしかして父の再婚相手はこの人なんですか!? 実験というのは嘘でこの人を紹介するために連れてきたんですね!! 

助けてユイ。僕はいきなり会った人を母と慕うことはできない!!」

女性の話を聞かずに大騒ぎするシンジ。

どうどう、とユイがシンジを宥めるが全く聞き入れず、ついにはセイバーに実力で黙らされた。

「リツコ、この子いつもこうなの?」

たらーっ、と擬音が出るような汗を流して金髪の親友に振り返る。

それに対し、リツコはため息をついただけだった。

「言ったでしょ。へんな子だって」






「私は葛城 ミサト。ネルフの作戦部長よ」

「それだけですか。その後に貴方のお義母さんよ、なんて続けたりしませんよね?」

「絶対にないわ」

中々信用しないシンジに対してミサトはかなりの苦労をさせられた。

連れ二人がシンジの暴走を止めなければ、どうなっていたか分からない。

リツコとミサトに連れられてネルフ内を歩いていくのだが、シンジのせいで遅々としか進んでいない。

「あっ、赤木さん。昨日は引っ越し祝いありがとうございます。

ですが、ああいうものは相手の好みを確かめてから送ったほうがいいですよ」

盗聴器とカメラのことを指摘する。

リツコはそのことに驚いた。

堂々とそんなことを言ってくるとは思わなかったからだ。

「そうね、貴方たちの好みを把握してからの方がよかったわね(すぐさまあれだけの数の盗聴器とカメラを外すなんて、やはりどこかの組織に組しているということかしら)」

先日ネルフに残されていたシンジの毛髪を検査したところ残されていたデータとの検証により、色素の変化による染色体の変化を考えても、90%以上の確立で本人であるとされた。

ゲンドウはそれでも怪しんでおり、今日の実験で初号機とのシンクロで判断しようというのだ。

「えっ、なになに、リツコから何貰ったの」

「さっ、着いたわ。ミサトは実験観測所に行きなさい。私はシンジ君にエヴァとプラグスーツの説明をするわ。

ユイさんとセイバーさんも観測所に行って」

シンジが余計なことを口走らないようにミサトを引きはなす。

シンジの行動は予測がつかないため、対応が難しい。

「えーっ、てことはユイとはお別れ? ユイ、寂しくても泣かないでね」

「絶対泣かないから安心して」(ニッコリ)

「あら、二人ってできているの? 人前なのに見せ付けてくれるわね」

ミサトはからかう相手ができたことで顔がにやけている。

「違います。シンジとはそういう関係ではありません」

「またまた照れちゃって。同じ家に住んでいるんだし好きなんでしょ」

完全否定するが、その程度でミサトはとまらない。

ユイを肘で押してからかっている。

「違いますって。シンジからも言ってよ」

「そうだね、違うよ。僕とユイの関係は……」

「関係は!!」

「(この空気、また変なことを言う気?)シンジっ!」

タメに嫌なものを察知し、止められないと分かっていても止めようとするユイ。

「ボケとツッコミさ」

だが、シンジは期待を良い方に裏切った。

「なによそれー」

「ほっ」

実は「ご主人様(マスター)と奴隷(サーヴァント)」と言おうとしたのだが、後ろでセイバーが構えていたためにそのネタが使えなくなってしまった。

構えを取ったセイバーの攻撃は洒落にならない、というのがシンジの談だ。

「ミサト馬鹿なことを言っていないで早く観測所に行きなさい。シンジ君ももう少し真面目にしなさい」

「わかったわよ。ユイちゃんとセイバーちゃん、お姉さんについて来て頂戴」

ユイとセイバーはミサトに連れられていく。シンジが手を振って見送るのだが、どちらも見向きもしていない。

残念な思いに駆られながらも自分も歩き出す。

シンジの目には薄く涙の跡があった。

その後、無意味な全力疾走を行い、5分後発見されたシンジはリツコに叱られたという。








『くっ!! こんな服を着せてどうする気なんだ!! こんな全身タイツ、恥辱プレイか!?

槍兵さんだってホロウじゃまともな服着てるんだぞ。これ作った製作者出て来い!!』

プラグスーツという全身タイツにしか見えない服を着せられたシンジは喚きまくっていた。

ちなみに右手にはいつもの赤い布を巻きつけてその上からプラグスーツを着ている。

リツコが外すように言ったのだが、個性の喪失と騒いで聞き入れず、このままになっていた。

その後も散々手間取らせ、ようやくコクピット、正式にはエントリープラグに入ったシンジだがその中でも暴れており、観測所で見守るセイバーは額に血管を浮かせている。

「すみませんがあの状態のシンジを懲らしめるにはどうすればいいのですか? 教えていただければ私自らお仕置きをしたいのですが」

同じように血管を浮かせているリツコとユイは「どうか精神汚染を起こして、少しはまともになりますように」と心の中で祈っている。

「せんぱーい、あの子は本当にサードチルドレンなんですか?」

リツコの部下の伊吹 マヤは見た目と中身のギャップに苦しんでいる。

見た目はモロに好みなのだが、中身は遠慮したいらしい。

なんかアイドルの素の顔を見てしまった気分である。

「疑いたくなるのは分かるけどとりあえず事実よ。彼のことは無視していいから、実験を進めなさい」

「りょ、了解。エントリープラグ注水」

端末の操作でエントリープラグに赤い水が注入されていく。

『水責め!? 僕にはこんな趣味はないぞ。組織ぐるみでSなのか、ここは!!』

押し寄せる水に埋もれながらも余裕を感じさせる言葉を垂れ流す。

それを聞いたマヤは顔を赤くしながらも「不潔」と呟く。

「それはLCLといって、呼吸しなくても肺に酸素を送ってくれる水だわ。我慢しないで空気を吐き出しなさい」

シンジの余裕を崩すため、わざとこのシステムのことを教えなかったリツコだが、それが裏目に出てしまったことで頭痛を覚えてしまった。

それを聞くと、シンジは空気を吐き出し、水を肺に流し込んだ。

『あー、本当だ、息ができた。呼吸しなくてもいいということはノンブレスでユイをからかえるということですか!?』

その言葉についにユイも切れた。

「リツコさん、あの馬鹿を懲らしめるための方法を教えてください。今すぐに」

「そのボタンを押せばプラグスーツから電流が流れるわ」

「わかりました。シンジ、反省してね」(ニコリ)

『ま、待ってユイ!! 電気はさすがにまずいから。ごめん、謝るから許して』

その言葉でようやくスイッチから手を離す。

観測所の職員の二人の評価は、「空気を読まない(読めないではない)子としっかり者」というものである。

それぞれがどちらの評価であるのかは言わなくても分かってしまう。

ともかく、ユイのおかげで実験は進んでいく。

『主電源接続』

『全回路動力伝達』

『第二次コンタクトに入ります。A10神経接続異常なし』

『思考形態は日本語を基礎原則としてフィックス』

『初期コンタクト問題なし。双方向回線開きます』

矢継ぎ早に行われる伝令。

そして、最後にまたマヤが読み上げる。

「シンクロ率……21.3%。初号機起動しました」

「よっしゃー!! よくやったわシンジ君」

起動の言葉に観測所の全員が歓声を上げる。

それも当然だろう。

完成したエヴァンゲリオンは3機。

だがまともに起動したのはドイツ支部の弐号機だけであり、本部の零号機、初号機は起動したことがないのだ。

特に初号機は09システムと呼ばれるぐらいになるまで誰も動かせなかったのだ。

『歓声が上がるということは成功したの?』

「ええ、そうよ。シンジ君、今の気持ちを教えてくれないかしら?」

感動に乗り切れなかったシンジに、リツコはいつもより弾んだ口調で話しかける。

『気持ちとはどのような?』

「何でもいいわ。今、貴方が感じることを言ってくれればいいの」

『うーん、なんか背筋をくすぐられているような感覚ですね。こう、こう! こう!!』

画面の中でボディランゲージで何かを伝えようとしてくる。

だが、その何かが分からない。

「意味が分からないわ。まっ、背筋をくすぐられるね」

リツコは別なことを書いた用紙の裏にメモをする。

「じゃあ、次は連動試験に移るわ。用意し「シンクロ率が80%を超えました!!!」なんですって!!」

マヤの声が突然響く。

「どういことなの!!」

「分かりません。ただ一瞬だけシンクロ率、ハーモニクスともに急激に上昇しましたが、すぐに元に戻りましたが、記録は残っています」

端末を弄くり、データを出す。

シンクロ率の移り変わりを示す波線グラフには、一箇所だけ突出した部分がある。

「87%!? セカンドチルドレンですら出したことのない値なのに」

「リツコ、一体どうしてそんな値が出たのよ!」

「分からないわ。瞬間的な暴走かしら(それともこれが彼の実力だとでも)」

リツコが考えて、思い出したのは昨日の去り際。

シンジから感じた言いようのない恐怖。

体に悪寒が走る。

「ちょ、ちょっとどうしたのよ!? 顔色悪いわよ」

ミサトがリツコに駆け寄ってくる。それほどまでに顔色が悪いらしい。

「大丈夫よ。シンジ君、シンクロ率が上がったけど、貴方今何かしたの?」

原因を知るために駄目もとでたずねる。

画面に映るシンジはふふっ、と声を立てながら、悪党の参謀のような怜悧な笑いを浮かべる。

『教えてあげてもいいですが、条件がありますよ』

「……なにかしら?(何の情報を引き出すつもりなのかしら)」

シンジがスパイであるという疑いを強め、対抗策を練る。

だが、シンジは予想できない、否予想したくないことを口走った。

『条件はユイが、「シンジお兄ちゃん、ユイにいいことお・し・え・て」ってポーズつきで言う事!!

具体的には両手を顔の前で組んで、腰を折り、上目づか、いいいいいい!!!!!!!!!!!!!!』

「いっぺん死ねぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!!」

シンジが男の夢を叫び終わる前にユイが電気ショックのスイッチを押し、プラグスーツから強力な電圧が流れ気絶する。

電気を流されたシンジは一度体を痙攣させたが、その後はLCLの中を、死んだ魚のように上へ上へと漂っていく。

「「「「「「……………」」」」」」

観測所に沈黙が降りる。

リツコは呆れで、ミサトは混乱で、セイバーは恥ずかしさで、ユイは怒りで、その他の職員はリアクションに困ってそれぞれ無言のままだった。

どれぐらいの時間がたったか、ついにリツコが切り出した。

「……今日の実験はこれでお終いにしましょうか」

そのの提案に反対するものは誰もいなかった。




注)シンジを除く、心臓の止まっていない人間に心臓マッサージ、および電気ショックは絶対にしてはいけません。とても危険です。








「いやー、電気は初めてだったけどかなり効いたな。いや初めてだから効くのか?」

「シンジのバカ!! いきなり何言い出すのさ!! すごい恥ずかしかったんだから」

「恥ずかしさについては私も激しく同意します。身内の恥ほど恥ずかしいものはないのですよ」

夕暮れの街をとぼとぼと歩く三人。

あれから復帰しながらも、電気がまだ抜けていないのか動きがぎこちないシンジを少女二人が責める。

今ここでスラータラーに襲われたら、セイバーはシンジを見捨てかねない。

「ごめんごめん、つい」

「つい、じゃないよ!! あの後観測所の人たちに凄い笑われたんだから」

観測所にいた女性たちに「しっかり手綱握らないと駄目よ」とか「あんな子なんて別れちゃいなさいよ」と言われたユイはかなり機嫌が悪くなっている。

「今日の晩御飯はシンジのは抜きね」

そっぽを向いてシンジに告げる。

「えっ!? それは勘弁して。ご飯は大事だから」

「うるさい! シンジは少しぐらい懲りたほうがいいよ!」

「ユイ、それはいくらなんでもあんまりでは「セイバーさんも抜きね」シンジ、一晩反省しなさい!」

止めに入ろうとしたセイバーはあっさり懐柔され、敵は二人になる。

「許してユイー(泣)」

「絶対許してあげない!!」

こうして、シンジの晩御飯抜きが決定した。










「どうしよう、シンジに嫌われちゃったかな」

ユイはとんでもない問題に悩まされていた。

家に帰ってきた後シンジはどこかへ出かけたのか姿を見せなかった。

セイバーと二人で取った食事はあんまり食欲がわかなかった。

シンジに酷いことしたなと考え、嫌われたととも思う。

それにこれから眠るのだが、いつもそばで一緒に眠てくれるシンジがいない。

シンジとはいつも一緒に寝ている。だが、今日は、いやこれからは一緒に寝てくれないんじゃないかと思う。

人付き合いというものが苦手だったユイは、仲直りするということができない。

それゆえ嫌われたらその人とはそこで終わりだと考えている節がある。

それ以上に少し怒らせただけですぐ嫌われたんじゃないかと疑ってしまう。

「セイバーさんにお願いして一緒に寝てもらおうかな」

一人で寝るのがいやでセイバーの部屋に向かおうしたが、庭のほうでガサガサと音をたてるものがいる。

「(どっ、泥棒!?)」

泥棒だと思って恐る恐る庭へと近づいていく。だがそこにいたのはシンジだった。

「シンジ!? こんな時間に何やってるのさ!?」

「あれ、ユイどうかしたの?」

「そ、そんなことより早く降りてよ、危ないから」

塀の上にたちながら空を見ているシンジにユイははらはらどきどきの状態。

よっ、と声を出してシンジは飛び降りる。

「塀の上で何してたの?」

「ただ遠くを見ていただけだよ。別にたいしたことはしてないから。

もうこんな時間か。じゃあもう寝ようか」

そう言ってユイの手を取る。これは一緒に眠るときにシンジがユイにする仕草だ。

「えっ!? し、シンジ。い、いいの?」

「なにが? いつも一緒に寝てるじゃん」

シンジはユイの言いたいことが全く理解できない

「そ、そうじゃなくて。だ、だから怒ってないの? 電気流したり、ご飯上げなかったりしたし」

シンジはそこでやっと気づき、

「どうして僕がユイを怒らないといけない? 僕が馬鹿やってそのお仕置きなんだから怒る理由がないよ」

笑顔で言うシンジを見てユイは自分の過ちに気づいた。

シンジは自分のために馬鹿をやっているのかもしれない。

人と付き合わなかった自分は人の顔色を窺って、相手を怒らせないようにしていた。

だが今はどうだろう。

シンジやセイバーと対等に話している。

シンジがふざけて自分を怒らせてそんなシンジに噛み付いて、そして前より心が強くなっていく。

もし、シンジがずっと真面目だったら、そんなシンジに頼りきりになり今度はシンジの顔色を窺っていただろう。

「……ありがとうシンジ」

「? 今度は何に対する感謝?」

「なんでもないよ。シンジお腹空いてる? 夜食作るよ」

「うーん、今夜はいいよ。一晩ぐらい反省してみるから」

手を取り合って歩いていく。

「ねえ、結局エヴァのシンクロ率が上がったのはどうしてだったの?」

「あれは神経を介しているんだから魔術回路を通してみたらどうかなと思ってやってみたんだ」

「魔術回路?」

「魔術を使うときに必要な神経といったところかな」

「それってボクにもある?」

「長い説明は省くけど、まあ運次第かな」

「ふーん。で、瞬間的にしかしなかったのはなんで?」

「しなかったんじゃなくてできなかったんだよ。いきなり激痛が走ったんだから、おそらくもうしないよ」

その晩のシンジとユイは布団の中でも話し続け、結局寝たのは深夜1時だった。






次の日ユイはシンジのために豪勢な食事をつくり、それを巡ってシンジとセイバーが激しく争い、ユイが仲介に入るという光景が見られた。






あとがき

ユイよ、それはいくらなんでも都合よすぎの解釈ではないか? (書いた本人が何を言う)

まあ、泣き寝入りしないだけマシかもしれない(笑)

というよりもここで初めてミサトが出てきましたね。こういうキャラって一度出すタイミングを失うと次のタイミングが見つからないのです。

次は三人とも学校に行きますよ。

良かったら感想ください。元気の素になります。



[207] Re[7]:正義の味方の弟子 第8話
Name: たかべえ
Date: 2006/01/07 12:04
正義の味方の弟子
第8話
学校






『シンジ、悪いけど応援の人員はなしよ』

「な、なにゆえに!?」

『あんたを追いまわしていた教会の騎士に令呪が発現して、それが教会につたわったそうよ』

「騎士ってもしかして、……ジャン?」

『らしいわよ。で、今、教会が監督役を選考中。近いうちにそちらに派遣されるわ。もう隠してられなくなったのよ』

「兄さんや姉さんは来てくれないの? 大事な弟の一大事だよ」

『馬鹿。封印指定スレスレ以上を二人も極東に送り込めるわけないでしょ。私なんて論外よ。

その代わりいいことを教えてあげる。その地に管理者はいないわ。

前はいたけど、今は代理人も立てずに協会の中東支部に在籍しているそうよ。

その間に聖杯戦争がおきたのだから管理者としては失格ね』

「なるほど。じゃあ、せめてアレを送って」

『アレ?』

「僕の部屋にある箱。机の引き出しにあるからそれを送って。見た目は宝石箱みたいな感じだから」

『わかったわ。送ってあげるから。じゃあ頑張りなさい』






「ジャンか~。苦手なんだよな。あの人も正義の味方だし」






月曜日、シンジたちは学校を通うことになった。

そのためシンジたちの家ではたった今制服のお披露目が行われていた

「シンジ、この制服どうかな?」

ユイは女子用の制服を改造しないで着ている。

どことなく恥ずかしいのか顔を赤らめており、その姿がシンジの心の琴線を激しくかき鳴らした。

「うわーっ!!! いい!! 実にいい!!

こんなユイに『せんぱい(ハート)』なんて言われたら頭がおかしくなってしまいそうだ!!」

男子用のシャツとズボンを着て、右腕にいつもの赤い布を巻いたシンジは地面に転がりながらユイに賛辞を送る。

そのシンジの痴態ぶりに、

(シンジは元から十分おかしいでしょ)

ユイは心の中でツッコミを入れる。

「ユイ、私におかしいところはありますか?」

ユイと同じ制服を着たセイバーがシンジを無視しながらユイに話しかける。

「おかしいところなんてないですよ。よく似合ってます」

「うん。姉さんはよく似合ってるよ。写真とって兄さんに送ろうか?」

立ち上がったシンジは手でカメラを取るまねをする。

「や、やめなさい。シロウに見せるのだけはやめなさい」

士郎に見られると思うと恥ずかしくて堪らなくなる。

「いやいや兄さんもこんな姉さんを見たいと思っているに違いない。

こんな可愛らしい姉さん、フィギュア化してもいぐらいだね。

僕が作ってみようかな」

シンジは自身の持つ構造把握能力を駆使して寸法を測りだす。

「そんな人形私の手で破壊します!! それにその能力は女性に使ってはいけないと前に言ったでしょう」

セイバーはシンジに攻撃を加える。

シンジは見えない剣をかろうじて避けるが、新品のシャツは千切れ、セイバーは追撃をかけ追い詰めていく。

二人の戦いは避けるたびに次の攻撃の鋭さが増し、最終的には即死できる威力にまで上がっていったという。

ユイが止めなかったら確実に遅刻&シンジを殺害していただろう。






ちなみに、シンジの構造把握能力の正しい使い方は相手が武器を隠し持っていないかを調べるための能力であり、この使い方は決して正しくありません。この使い方のために会得したわけではないのです。








その学校の教室では二人の男子生徒が顔を突き合わせながらこそこそと話していた。

「おいケンスケ、転校生が来るってホンマかいな」

夏であるというのに全身黒ジャージの少年がカメラを持った眼鏡の少年相田 ケンスケに尋ねる。

「本当だって。顔は分からないけど男一人に女子二人。二人は外国人だってよ」

「外人はんか。えらいべっぴんさんなんやろな」

黒ジャージの少年鈴原 トウジは鼻息を荒くする。

そんな二人を見ていた

「二人ともなに馬鹿なこと言ってるのよ!!」

大人しくロングヘアーを両サイドに2つ結わえて垂らしたソバカスの女の子洞木 ヒカリが二人の馬鹿な会話に乱入してくる。

「い、委員長。べ、別に俺たち変な会話してないぜ。なっ、トウジ」

「そ、そや。わいらなんもへんなこといっとらんわ」

ヒカリはクラス委員長である。規則に違反する生徒に厳しく、潔癖症でもあるので男子が汚い話をするとすぐに怒り、辞書や箒で攻撃するのだ。

「あなたたちの声なんてクラス中に聞こえてたわよ。外人だなんて転校生の人に失礼でしょ」

クラス中に聞こえていたというが、ヒカリは本当は二人の、厳密にはトウジに注意を払っていたので会話を聞いていたのである。

本当はヒカリはトウジのことが好きなのである。

だが、ヒカリはそのことが言い出せず、トウジは鈍感すぎて気づかない。

女子全員はヒカリの気持ちなどとっくに気づいており、早く進展しないかやきもきしながらもちゃっかり楽しんでいるのである。

「イインチョ、お、怒らんといて」

「怒られるようなことをするほうが悪いのよ」

トウジが顔の前に両手を合わせて謝るがヒカリは許そうとしない。

だがここで丁度チャイムが鳴り、担任の老教師が入ってきた。

真面目なヒカリはこれで渋々席に戻っていき、トウジとケンスケは胸をなでおろした。

教壇にたった老教師はゆっくりと話し出す。

「えー、このクラスに転校生が来ます。みなさん仲良くしてあげてください。では三人とも入ってきてください」

その言葉の後に教室の扉が音を立てて開き、金髪の少女が入ってくる。

「「「「「「「うおおおおおおーーーーっ!!!!!」」」」」」」

可憐な転校生に男子が魂の雄叫びを上げる。

その気迫の篭った叫びは少女を一歩後ずさらせるほどだ。

続いて黒髪の少女が入ってくる。

「「「「「「うおおおおおおおおーーーーーーーーーーー??????」」」」」」

最後が疑問形になっているのはその子が誰かの足をもち、その人物を引き摺りながら入ってきたからだ。

引き摺られているのは白髪の少年。

ずるずると引き摺られるたびに頭が床や物にぶつかり、危険な雰囲気をかもし出している。

助けたほうがいいのでは、とクラス全員が思い始めたときに金髪の少女が自己紹介を始めた。

「セイバー・コーンウォールです。イギリスから日本にきました」

素っ気無いが、誰もが礼儀正しいと感じられる挨拶をする。

気後れもしない挨拶、そのあまりに凛とした美しい声に男子生徒たちが固まっている。

挨拶する前までカメラを向けていたケンスケもセイバーに見ほれ、ファインダー越しではなく、直接見ようとする。

「い、碇 ユイです。こっちの白いのは碇 シンジでボクの従兄弟です。あ、あのよろしくお願いします」

逆に今名乗ったほうは見た目の快活そうなイメージとは違い、どもりながらの挨拶をする。

腰を折ってあいさつをした際、持っていた足を地面に落としたため気絶していた、右腕だけが赤い少年が目を覚ます。

「くあっ、な、なにこの脳天の痛みは。何度も物をぶつけられたようなこの痛み、これはまさか恋煩い!? ユイへの思いが精神的なものから物理的な痛みまで昇華したのか!! (バキッ!!)ぐぅ……」

手で頭を抑えながら大声でわめきだす少年を少女が思いっきり殴りつける。そして、

「ごらんの通りのバカですけど、よかったら仲良くしてあげてください。あくまでよかったらなので無理はしないで下さい」

再び丁寧に腰を折る。

セイバーはため息をつき、教室内はなんともいえない沈黙に包まれた。

そこに担任の老教師が一言、

「皆さん、仲良くしてあげてください」








意外と言うか、予想通りというかシンジ、ユイ、セイバーのうち一番速くクラスに順応したのはシンジだった。

見た目とは裏腹に面白い性格のシンジに、男女問わず集まった。

そしてシンジがボケるたびにユイやセイバーがツッコミを入れるため、この二人も面白い人だと認識され溶け込むことができた。

「なぁ、転校生。お前ら三人とも知り合いなのかよ」

ケンスケがシンジに話し掛ける。

「ふふっ、知り合いという言葉なんて温い位に知り合っているよ。例えば、趣味とか特技とかスリーサイズとか!!!」

シンジの力強い言葉に男子全員がオオッ!! と声をあげ、不潔、と呟いた女子一人を除いて全員がキャー!! と黄色い悲鳴をあげる。

同時にユイとセイバーから攻撃を受けたシンジがグべハァ!! と本気の叫び声を上げた。

「シンジの言うことは信じないで下さい。10割方が嘘です」

「それって嘘しかないってことじゃん!!! 僕の言葉の半分は事実でできていますよ、多分」

「血潮は嘘で、心は冗談でできているようなバカです。簡単に言うなら、近寄ってはいけません」

半分は認めるんだ、とクラス中がツッコミを入れ、声に出して突っ込むセイバー。

「最低でも僕とユイとセイバー姉さんが家族であることと一緒に暮らしていることは事実じゃん」

再びクラス中が湧き上がる。

「碇さんって同棲してるの? ねねっ、どっちが碇君の恋人なの?」

「ボクもセイバーさんもシンジの恋人じゃないよ」

「ええ、家族だとは思っていますが恋人ではありません」

この二人の温度は低く、それがさらなる笑いを引き起こす。

「碇くーん、セイバーさんを姉さんって呼んでるけどどうして?」

「イギリスにいたときによく面倒を見てもらったから姉さんって呼ぶようにしてるんだ」

「碇ー!! 美少女二人と同棲なんて俺はお前が憎たらしい!!!」

「はっ、妄想を抱いて溺死しときたまえ」

「碇君、なにいってるのー(笑)」

シンジが何か言うたびに笑いがおき、休み時間中、このクラスは笑いが絶えなかった。








「ねえ、シンジ君。この学校にシンジ君みたいな髪の色と眼の色している人が二人いるって知ってる?」

女子の一人がシンジの髪を指差す。

「えー、この髪色が二人も? 脱色系?」

シンジは一人は目星がついているのだがもう一人が分からない。

ユイもいまだ見かけない大事な人を頭に浮かべる。

「違うよー。一人は綾波さんっていって、このクラスの人なんだけど、全く笑わない人で結構学校休んで、今日も学校にきてないんだ。

本当は青い髪なんだけど、眼の色とかそっくりだよ」

その女子は窓際の空席を指差す。

シンジはにやりと笑う。

「全く笑わない子か。これはすごく笑わせがいがありそうだね」

「いくら碇でも無理だって。今まで誰かが話し掛けても全く相手にしたこと無いんだぜ」

クラス中の人がウンウンと首を縦に動かす。

「でっ、もう一人の人って誰?」

「隣のクラスなんだけど、最近引っ越してきた人で、名前は……」

「マリアテレ―ゼ・フォン・アインツベルンよ」

教室の入り口のほうから声があがる。

シンジは一瞬声がしたほうに視線を向け、そして光速の速さで目を背けた。

「へ、へえ、さ、最近同じ名前を聞いたから、嫌な予感がするなー。猛烈に」

額にだらだらと汗を流して決して背後を見ようとしないが、背後にその人物、厳密には少女が近寄ってくるのを感じる。

「うん。私はちゃんとシンジに名乗ったから、知ってて当然よね。でもなぜ、嫌な予感がするのかしら?」

不思議そうに首をかしげながらとことことあるいてくる。長い銀色の髪が、日の光で白い輝きを放つ。

セイバーはその人物から視線を外すことなく、睨みつける。人前でなかったら、即座に武装化しているほどの緊張が伝わってくる。

ユイはどうしたらいいのか悩み、シンジとセイバーを交互に見ている。

その少女がシンジの元へと歩み寄り、人垣が割れ、道を空ける。

「ど、どうして、が、学校におられるんでしょうか?」

誰にも使ったことの無いような丁寧な口調でシンジは背後の少女へと話し掛ける。

「あら、それを言えばシンジもでしょう。気配がしたから来てみればシンジだったなんて、偶然ってすごいわね」

「ぼ、僕もこの偶然はすごいと思うよ」

言葉だけなら、バカップルがいちゃついているようにしか見えないが、シンジは後ろを向いており、小動物が肉食獣から逃げる様が頭に思い浮かぶ。

「アインツベルンさん、あなた碇君と知り合いなの?」

「マリアでいいわ。名字は長いでしょう?

シンジとは知り合いよ。この間、街で出会ったの」

ヒカリの言葉に笑顔を持って返す。

その可愛らしさにヒカリは同性でありながらも頬を紅く染めた。

シンジの背中を見つめていたマリアは何を思ったか、突然シンジを後ろから抱きしめる。

さっきまで騒いでいた生徒達は目の前に光景に反応しきれず、沈黙が訪れる。

「ちょ、マリアテレ―ゼ……」

「マリアでいいっていったでしょ。これからお友達になるのだから」

マリアはシンジの耳元で囁く。

「先生にも言われたでしょ。なかよくしましょ」

マリアがシンジの耳を甘噛みし、シンジはその刺激に体をビクンと震わせた。

「ふぁ、ファンタスチック……」

シンジの言葉を機に、クラス中が怒号と歓声と嬌声に包まれた。

その中で、セイバーとユイは唖然としている。

ようやくシンジが後ろを向くと、そこには満面の笑みを浮かべたマリアがいた。

「次は口にお願い」

シンジのとっても大胆なお願いはセイバーとユイによって阻止された。

学校生活は初っ端から波乱に満ちていた。








その後の授業中、マリアがシンジに抱きついてたことで、クラス中は大騒ぎになった。

一緒にいた美少女二人は家族で、隣のクラスの転校生とは抱きつかれて耳を噛まれる仲、こんな幸せな状況にいる転校生に対して冷静にいられるわけが無い。

この事実は即座に学校中に広まり、碇 シンジの名は一日で学校の誰でも知るほどとなった。

授業中、サーバーが落ちるのではないかというぐらいの盛況ぶりで、掲示板には数多くのスレッドが立ち、憶測交じりの議論が飛び交っていった。

ユイはその書き込みはしていないが、書き込まれている内容を眺めている。

「転校生のハーレム疑惑!?」と書かれた掲示板はすでに100以上の書き込みがある。

中には、シンジが超絶倫だとかや稀代の女たらしである、などと書かれているが、ユイは一緒に寝ているユイに手を出さないシンジがそうだとは思わない。

ユイがちらりとシンジを見ると、シンジは学校から支給されたノートパソコンを使って、普通に授業を受けていた。

そのシンジの行動にユイは拍子抜けしていた。

周りの生徒も「正しいけど、お前のキャラじゃないだろ!!」と今にも叫ばんばかりの顔である。

「シンジ、どうしていきなり真面目になったの?」

「なんのこと?」

「だから、普通に授業受けて、なんかシンジだったら授業をぶち壊しにしそうだったから」

それに対してシンジは真面目な顔で答えた。

「授業って大切なものだろ」

その一言にクラス中が停止した。

正しいことを間違っている人から言われることが、こんなに気障りなものだとは思わなかった。

「な、なに、この負の念は!? しかも僕に向いているように思えるんだけど!」

突如反転した空気にシンジは怯えだす。

「別になんでもないよ」

「嘘だ。それだけは絶対に嘘だ。その握りこぶしはなに!?」

「大丈夫だよ、シンジ」

「根拠をおしえて!!!!」






シンジが負の念に怯え続けていた授業が終わり、そして昼休みになった。

「おい、転校生一緒にメシたべようぜ」

トウジとケンスケがシンジを誘いにきた。

二人は女子の写真を撮って、それを男子生徒に売り小遣い稼ぎをしているのである。

シンジと仲良くなり、ユイ、セイバーとの接点を作ろうと考えてのことだがシンジは笑って断った。

「それはできないね。なぜなら、マリアに屋上で一緒に食事しようって誘われているから」

「「なにーーー!!!」」

二人の声にクラス中が反応する。

「やっぱ女たらしなのかな」

「外国育ちだから進んでるのかも」

「愛しの恋人と離れ離れになって荒んでいって、手を出しまくってるとか」

「逆だろ。恋人が怖くて今まで浮気できなかったんだろ」

「俺、碇に女の扱い方を学んでくる」

男子が一つに固まって、ひそひそ声で話す。

シンジは聞こえているのだが、ただ笑っているだけである。

「じゃあ、俺も一緒に食事していいか?」

「わ、ワイもや」

ケンスケ、トウジは隣のクラスで接点の無かったマリアと仲良くなり、写真をとるために頼み込む。

「いいけど、一つ約束して欲しい」

「「なんや(だ)!!」」

「危ないと思ったら即座に逃げること。いいね」

「なんやそれ? 喧嘩でもするんかい」

何かにひらめいたケンスケはトウジのわき腹にひじを入れる。

「(なんやケンスケ)」

「(転校生の言いたいことはあれだろ。となりの転校生といちゃついて、それを見た碇さんとセイバーさんが浮気したこいつを懲らしめるってことだろ。それに巻き込まれる前に逃げろって言ってるんだよ)」

「(なるほど。もてる報いちゅうやっちゃな)

わかったわ。危なくなったら逃げるからそっちはそっちでがんばれや」

サーヴァントを出されたら逃げろ、という意味で言いたかったのだが、シンジの思いは伝わることなく、二人は盛大に誤解した。

「? まあ、分かってくれたらいいよ」








「シンジ、待ってたわ。余計なのが5人いるけど仕方ないわね」

マリアは屋上にやってきたシンジを迎え、シンジの横と後ろにいるユイ、セイバー、トウジ、ケンスケ、ヒカリを見て溜息をついた。

ヒカリがなぜいるかというと、トウジの目がユイとセイバーに向いていることにきづき、ユイ、セイバーと一緒に食事をとるという名目でここまでついて来たのだ。

クラスの女子達はこれでなぜその先に進めないのか、と嘆きながらも楽しんで観察している。

「私が余計だというのですか?」

セイバーは余計なもの扱いされたことで腹が立っている。

「姉さん落ち着いて。けんか腰じゃ友達になれないよ」

シンジの言葉にマリアは「そうよ」と相槌を打つ。

シンジはもうマリアの行動に慣れたらしい。

「私は敵と友になるつもりはありません」

「学校では同級生よ。それに今の私はスラータラ―も連れていない無防備。これでも友達になれない?」

警戒するセイバーに物怖じもせず話し掛ける。

「あ、あのコーンウォールさん、アインツベルンさん「マリア」ま、マリアさん、ケンカはやめて」

ヒカリが対立する理由はわからずともケンカを止めようとする。

「ケンカなんかしていないわ。セイバーがかってに突っかかってくるだけ」

シンジは姉の耳に口を当て囁く。

「(ほらほら、姉さん。いい大人なんだから)」

「(年のことは言わないでください)」

「普通に話していいから安心して。私達の会話は疑問に思ったり、思い出すことができないように私が暗示をかけたから。

私、暗示は得意なのよ」

「じゃああの時の結界はマリアが作ったものか。全く気づけなかったんだけど」

「気付けなかったからって気にする必要はないわ。そういうふうに私が作ったんだし。

ねえ、ヒカリ。私達はあちらで食べるから。貴方たちはそこで食べていて」

マリアの言葉を疑問に思えなくなっているヒカリはその理由を尋ねることはない。

「こっちにきてはダメよ。大事な話をしているから。

守れない悪い子にはオシオキが待っているのよ」








屋上のトウジ、ケンスケ、ヒカリから離れた所で、シンジ、ユイ、セイバーがユイ製の弁当を礼儀正しく摘んでいる中で、マリアは購買のパンを見た目に似合わない豪快な食べ方で食べていた。

かぶりつく。まさにその表現が適切である。

「まさか、その食べ方を疑問に思われないために暗示をかけたのですか?」

「うっ、うるさいわね。まだこの食べ方に慣れないのよ」

セイバーのツッコミにマリアは顔を赤くした。

自分でも恥ずかしいものだとは思っているらしい。

「貴方達のそのお弁当はどうしたの?」

「ふふっ、聞いて驚くがいい!! これはユイが僕のために愛情を込めて作ってくれたものだ。

この卵焼きなんか一噛みごとにユイの愛情がエキスとなって染み出してくる」

「そんな特殊な卵焼きを作った覚えはないよ」

賞賛に、ユイは弁当のウインナ―をかじりながら答える。

この子もここ数日でずいぶんと神経が太くなってきている。

「ふーん、ねえライダー」

「マリア。ユイと呼んであげてくれ」

「それって真名なの?」

「似たようなもの」

「まあいいわ。じゃあユイ。明日から私にもお弁当を作って」

マリアの突拍子のない要望にユイはウインナ―を喉に詰まらせた。

「ごほっ、ごほっ。ま、マリアさんどうして?」

「そうだ! 弁当は僕のために愛情を込めて作ってくれたって言った「バキッ!!!」うう……」

シンジを拳で黙らせ、マリアの言葉を促すユイ。

「だって美味しそうじゃない。美味しい料理と美味しくない料理では美味しい方がいいわ」

手元にあるパンにまたかぶりつく。

「マリアテレ―ゼ。私達が食事に毒を入れないということは考えないのですか?」

「へえ、誇り高き騎士は毒殺なんて考えると言うことかしら」

マリアに皮肉で返され、セイバーは口をつぐむ。

「私はユイに聞いているのよ。

大体私はこの間貴方達を見逃してその借りを返してもらっていないのよ。

お弁当を毎日持ってきてくれるのなら無しにしていいわ」

ユイは考える。が、選択肢などあるようでないものだと思考の末にたどり着いた。

「はぁ、わかったよ。明日からマリアさんの分も作るよ」

「そう。ありがとう」

溜息をこぼすユイと嬉しそうなマリア。

こうしてユイの負担はまた一つ増えることになった。








「マリア、聞いてもいい? どうしてアインツベルンはこの戦いに参加している?

協会、教会もこんなところに聖杯があるだなんて知らなかったんだけど」

シンジは自分の疑問をマリアにぶつけた。

魔術協会、聖堂教会、現代の魔術師達を二分する二大組織より先にアインツベルンはこの聖杯を見つけていたのだろうか。

それに対して、マリアは薄く笑いながら

「なぜか、ね。簡単よ。アインツベルンがこの戦いの主催者だからよ」

空を見上げ、

「アインツベルンが聖杯を求める一族だと知っているでしょう。

あれは厳密には聖杯によって向こう側の世界を開くのが目的なのよ。

ここの聖杯はガフの部屋と呼ばれるものを開くためにある。

どれだけたっても聖杯を手に入れられないことで、いい加減に焦れてそのガフの部屋とやらに可能性を見たのでしょう。

ゼーレという連中がアインツベルンに接触を図り、そして内部分裂が起き、一部は協力することにしたのよ」

ゼーレ、シンジはその名前を記憶する。

「待ってくれマリア。僕は今回の聖杯戦争は使徒と呼ばれる幻想種がメインでサーヴァントがイレギュラーだと考えていた。

だが、アインツベルンがいるということは本当は違うのか?」

「その前にシンジの考察を聞かせてくれないかしら?」

「そのゼーレという組織が行おうとすることを抑止力『アラヤ』が進化か、滅びかの判断ができず結論を得るためにサーヴァントを送り込んだ。

そして、結果を見定め自分の答えを得る」

「合っている様で違うわね。

私の知っていることが聞きたいのなら、私のスラータラ―を倒すことね。そうしたら教えてあげてもいいわ」

立ち上がり、シンジに背を向ける。

「じゃあ、夜に私に会いたくなったら、街を歩き回るだけでいいわ。すぐそこまで行ってあげるから」

白髪の少女は風の吹く屋上から去っていった。

「彼女からの挑発ですか? シンジ、次こそはスラータラ―を倒します」

「落ち着いて。マリアの言葉でいいことが分かった。アインツベルンの一部は、といった。

残りはなにをしようとしている? 冬木での再開か、それともここに参加者としてくるか。

彼女がサーヴァントを持つということは加担側ではないということだと思う。

しかし、彼女の思惑は分からないし……」

ぶつぶつと呟き考え込むと、

「ねえ、理由ってそんなに大事なの?」

「「あっ」」

ユイの言葉に二人は大切なことを思い出させられてようだ。

いわれてみればそうだ。なぜ、自分達はこれほどまでに理由に固執していたのだろう。

「確かに。敵がいるのだから理由がどうとか言う前に、敵の排除を行った方がいいだろう。理由はその後知っても構わないんだし」

「極論ですが、正論ではあります。まずしなければいけないことは敵を倒すことです。

ユイ、大事なことを思い出させてくれてありがとうございます。」

「うーん、魔術を学ぶと理屈に拘ってしまうのがいけないな。これも職業病か?

よし。これからしばらくこの戦いの理由とか考えるのなし! 

まずはできることから始めよう。

できること、すなわちユイを愛でること!! さあ、愛でてあげよう!!」

ユイは無防備に近寄ってくるシンジに一本背負いを決め、食らったシンジはコンクリートの上で授業が始まるまでうめき続けていた。








次の日、学校に行ったシンジたちはその少女と出会った。

包帯まみれの体の少女。青い髪に赤い瞳。

その少女の名は綾波 レイ。






あとがき

ここまでが改訂前までの話です。やっとここまで直しきりました。

>正しいことを間違っている人から言われることが、こんなに気障りなものだとは思わなかった。

これは「このライトのベルがすごい2006」の心が震えた名ゼリフから取りました。

どうしても使いたかったんです!!(力説)

レイよりマリアが先にでてきたのは、このタイミングを逃すと、もうだせなくなるのではと思ったからです。

そうだね。理由なんか考えてるからFateよりになっちゃうんだね(笑)もうがむしゃらに突っ走ろうか。

次こそレイの登場です。



[207] Re[8]:正義の味方の弟子 第9話
Name: たかべえ
Date: 2006/01/07 12:12
正義の味方の弟子
第9話






シンジはその少女に会った。

そして、思い出す。最初の邂逅を。

あのときは妖精みたいだと勘違いしたが、今は確かにここにいるのだと確信できる。

少女の名は綾波 レイ。






教室に入って来たのは包帯で全身を覆った少女。

クラスメイトたちは、一度彼女に目をやり、そしてそらした。

ユイはレイを見て、行動したいが戸惑う、そんな行動をしている。

その中でシンジだけがレイのもとに歩み寄り、何の躊躇もなく話し掛けた。

「初めまして。僕は碇 シンジだ。よろしく」

レイにシンジはいきなりそんな挨拶をした。

「……そう」

文庫本から目を離さず、興味のなさそうな声だがシンジはめげることはなかった。

「ふむ。僕の名だけ名乗るのは問題があると思われる。君の名は?」

「……エヴァンゲリオン零号機専属パイロット綾波 レイ」

「綾波ね。これからよろしく。仲良くしよう」

シンジはレイに笑顔を向ける。

だが、レイはシンジに目を向けることなく、

「……命令があればそうするわ」

シンジを拒絶した。

クラスメイト達もシンジの行動に賛辞を送りながらも、レイへの評価をより落としていった。

なのに拒絶するレイに、シンジはいきなり大声を出した。

「否、それは多大なる否!! 誰かと仲良くなるということは呼吸するのと同等ぐらいに当たり前のこと!!

それを命令があればなどというのは間違っている!!!

綾波、いやあえてレイと言おう!! つまりレイは僕に呼吸するなと言っているようなものなんだよ!!

だから、さぁ仲良くなろう!!」

クラス中の注目を集め、レイも不思議そうに眺めている状態でシンジはレイに左手を差し出した。

そこでようやくレイはシンジにその赤い目を向けた。

そこでレイはシンジも紅い目をしていたことにはじめてきづいた。

「……なぜあなたは私と仲良くなりたいの?」

「決まってるだろ。

君がかわいいから!! 

以上だ!!」

シンジに顔を向けたレイに思いっきり顔を近づける。

声には出さなくても、かわいいと言う言葉を平然と口にするシンジにクラス中は驚きまくっていた。

「僕と仲良くなってくれ!! 僕と仲良くなればもれなく僕の従姉妹のユイと僕の姉であるセイバー姉さんとも仲良くなれるビッグチャンスだ!!」

シンジは後方にいたユイとセイバーを手で示し、レイはそちらに目を向けた。

二人を見やり、レイは違和感を覚えた。

(……何か人と違う。でも、私とも違う)

「ほらユイも姉さんも挨拶しなよ」

シンジは二人を催促する。

「セイバー・コーンウォールです。セイバーと呼んでください、レイ」

「え、えっと、碇 ユイです。よ、よろしく綾波さん」

ユイに関しては無理やり挨拶をさせられた感が否めない。

「仲良くなるとはどういうこと?」

「縁を作る、もしくは絆を作るってことだよ。

それ以上に友達になるってこと」

「……きずな、ともだち」

シンジの言葉を小さく繰り返す。

「……仲良くなるとはどうすればいいの?」

小さな子どものようにレイはシンジに尋ねる。

「左手で悪いけど、まずはレイも左手を出し、僕のこの手を握ってくれ」

言われたとおりにレイは差し出された左手にゆっくりと触れる。

シンジはレイの左手を優しく包みながら、上下に揺らす。

「これが仲良くなるための第一歩だ。

これからよろしくレイ」

満面の笑顔で笑うシンジ。レイは初めてシンジの笑顔を見た。

「……よろしく」

レイの言葉にクラス中が喝采に包まれた。






この後、レイはユイ、セイバーなどとも握手を行い、「握手をすれば友達になれる」ということを覚えた。








「シンジ。そのコ、人じゃないわね」

屋上でシンジたちを待っていたマリアはレイを見て、そう漏らした。

「……あなたも、人と違う」

レイもマリアを見て言う。

仲間を見つけた、レイの心はその思いに満ちていった。

ユイやセイバーは人と違うとは感じても、仲間だとは感じなかった。

だが今は違う。

マリアはとても嬉しそうな笑いを浮かべ、レイに近づく。

「私はマリアテレ―ゼ・フォン・アインツベルン。あなたは?」

「……綾波 レイ」

「レイね。私はマリアと呼べばいいわ。仲良くしましょ」

レイはマリアの言葉を聞いて、自分の左手を差し出した。

「あら?」

「……仲良くなるために必要なこと」

レイの言葉を聞いて、おかしそうに笑いながら自分も左手を差し出し、握手をした。

「ええ、その通りね。これで私達は仲良しよ」

「マリアさん、お弁当だよ」

ユイは自作の弁当をマリアに手渡す。

セイバーはもう我慢が出来ないらしく既に食べ始め、シンジは弁当の蓋を開けずに容器の外から匂いを嗅ぎ、なにやら幸せに浸っている。

「ありがとうユイ」

レイはマリアが弁当を受けとる様子をじっと見つめる。

「……どうして食事を受け取ったの?」

「仲良しだからかしら」

マリアの回答は彼女の主観での答えである。ユイの諦観など知らない。

レイは弁当をもらえない自分が仲良しではないのではないのかと考える。

そのレイの僅かな気鬱に気付いたのはシンジだった。

「レイ、僕の弁当を分け合わないか?」

「……いいの?」

内心の喜びを外に出さず、勤めて冷静に尋ねる。

「いいに決まっている。じゃ、ここに座って」

コンクリートの上に座り込むシンジは自分の隣を手でポンポンと叩く。

示されたところに腰をおろす。

シンジは弁当の蓋を開け、中身をレイに見せる。

白米の上の梅干が日の丸を描き、おかずには卵焼きとジャガイモのコロッケ、プチトマトなどがある。

今までレイが見たことのないものばかりで、外見だけで何で出来ているかを判断する。

「レイはどれを食べたい?」

「……この黄色いの」

卵焼きを指差し、シンジは卵焼きを崩れないように箸で摘み、レイの口元に差し出す。

「はい、あ~ん」

「……?」

「レイ、こういうときはレイも「あ~ん」っていわなければいけないのさ」

「綾波さんの腕が塞がってるからっていきなり変態化したね」

たしかにその口の形が物を食べさせるのには適しているが、シンジの教える常識はなかなかに間違っている。

レイの利き腕は包帯に覆われており動かせない、その状況を狙った狡猾な策略である。

「いえ、これで正しいわ」

「マリアさんまで!?」

「……あ~ん」

「ついに言っちゃった!?」

ツッコミまくるユイを無視して、口を開いたレイにシンジは卵焼きを咥えさせる。

卵焼きをもぐもぐと噛んでいるレイはとても愛らしく、シンジは自分の心の中から湧き上がる何かを抑えるのに必至であった。

そのレイの可愛らしさはユイにも届いたらしく、あまりのほのぼのとした姿に今にもとろけだしそうな表情を浮かべた。

勿論、そんなユイの滅多に見られない表情を見逃すほどシンジは甘くない。目に焼きつけ、海馬組織にも深く刻み込んだ。

「……次これ食べたい」

「いいよ。はい、あ~ん」

「……あ~ん」

こうして、シンジの弁当のうち半分以上はレイに食べられたのだが、それ以上に得る物があったとシンジは後に述懐している。








「シンジのお弁当なくなっちゃったね」

「……ごめんなさい」

「謝る必要はない。身体はともかく心は満腹になったから」

シンジに残されたのは、肉類と最後までスルーされた梅干だけであり、他は全てレイのものとなった。これだけでは成長期の少年には足りないだろう。

しかも、残った肉をセイバーが虎視眈々と狙っている。

そこでレイが自分のスカートのポケットからカロリービスケットを取り出した。

封を破り、シンジに差し出す。

「……あ~ん」

「あああああああああああ~~~~~~~~~~~~~~~~~んんんんんんんんんんんんんんっ!!!!!」

「なにその異常な気合の入れ方!?」

気迫を込め、口を大きく開く。食べ物を手ごと食わん、とばかりの迫力がある。

そのシンジの口にレイはビスケットを咥えさせた。

「ビバ『あ~ん』!! 『あ~ん』は日本人の作り出した最高の文化の一つだ!! 昔の人よありがとう!!」

味のないカロリービスケットだが、シンジには天上の美味に感じられた。

シンジの座右の銘に『美少女が自分のためだけに作ってくれたと思えばどんな料理も天上の美味に早変わり』というものがある。

今まさにその状況である。

シンジが喜んでいることで、レイはどこか誇らしい気分になった。

(僕はこのときのために生まれてきたのかもしれない)

幸せに浸り、脳内で補完した味覚情報を身体中に浸透させる。今のシンジは超敏感肌に近い。

それゆえ、バイブレーションに弱かった。

「くああああああああっ!!!」

「今度はどうしたのさ?」

シンジがズボンのポケットから震え続ける携帯電話を取り出す。

画面には『使徒接近中』とある。

レイもポケットの中から携帯を取り出し、画面を確認してシンジを見た。

「……行かなきゃ」

「ふむ僕もだね。ユイ、姉さん、いくよー。マリアは……」

「私はシェルターにでも行くわ。いってらっしゃい」

立ち上がったマリアの手をシンジは掴み、耳元に口を当てた。

「マリア、僕と取り引きしない?」

「なにかしら?」

「今とこれからも含めて僕が使徒と戦っているときは停戦しよう。

君と使徒を同時に相手に出来るほど僕は強くない」

「その代わり私は何を得るの?」

「僕を殺す権利を上げよう。僕は使徒なんかには絶対殺されてやったりはしない。

もし、死ぬのなら君に殺されよう。まあ、無抵抗で殺されてやるという意味ではないけど」

魔術師になるとき、最初に覚悟を決めるという。

それは死の覚悟。

戦う中で命を落とす、または相手の命を奪う覚悟をするのだ。

魔術使いであるシンジだが、死ぬ覚悟はとうにしている。

「へえ、いいものくれるわね。でも、私にはそんなものいらない。

あとで『復元』の仕事を頼みたいの。それを引き受けてくれるのなら条件を飲んでいいわ」

「わかった。じゃ、交渉成立ね。みんないまいくよー」

ユイ、セイバー、レイは校舎へと繋がる出入り口の前でシンジを待っている。

走って彼女たちのもとへ行くシンジを眺め、マリアは空の向こうへと視線を移す。

魔力はその向こうから。

そこに第4使徒シャムシェルがいる。










「醜悪ですね」

「生々しいかな(あんなのと戦ったんだ)」

「……生ものは嫌い」

「僕の予想ではあのような変な生物はたいてい触手を持つ。

そんなものに絡められる僕の運命は如何に!?

でもだからといって、ユイやレイがそんなものに捕まっていいという理由はない!!

ああー、悩むーーー!!!!」

どれが誰のコメントなのかは一発で分かるだろう。

画面のなかでミサイルの雨の中平然としているシャムシェルを見て、それぞれに感想をもらす。

現在使徒との交戦権は戦自にあり、前回の使徒戦のときのように勝利しようしているのだが、その時止めを刺した人物はネルフでのんびりしており、奇跡は起きることはないだろう。

発令所でやる気を削ぐ発言をする馬鹿にリツコは頬をヒクヒクと引き攣らせながら説教する。

「シンジ君、馬鹿なこと言ってないで早くエヴァに乗り込みなさい」

「分かりました赤木さん。あのおぞましい生物を倒して参ります」

ダッシュで発令所から離れる。

騒々しいのがやっといなくなったと発令所ではホッと一息つくものもいる。

「全く育てた人間の顔が見たいわ」

「……申し訳ありません」

「せ、セイバーさんは悪くないよ。シンジがちょっと頭おかしいだけだよ」

ユイのフォローはセイバーには上手く届かなかった。

発令所の最上段にいる老人、冬月 コウゾウはシンジの言動に面食らっていた。

「(顔はユイ君に似ているが性格はどちらにも似ていないな。どこか寂しい気もする)」

シンジを見やり、物思いに耽る。

下の段にいる黒髪の少女はユイの写し身ではないかいうほどに似ている。

ユイとレイの顔立ちは双子に思えるほど似通っている。

そのユイのとなりでは、怒りに震えるリツコにミサトは笑って声を掛けていた。

「いいじゃないリツコ。戦闘前にガチガチに緊張されるよりもリラックスしているほうが指揮する方も楽よ」

「彼の場合リラックスしすぎよ。緊張感と言う言葉を知っているのかしら?

それよりもミサト、シンジ君の訓練はどうなっているの?」

「時間が足りなかったけど、あの子基礎は出来ていたから銃器の取り扱いを教えただけよ。

あの子って数発撃っただけで目標との誤差を修正できるから、かなりの命中率よ。

接近戦の場合だけど、剣や槍のようなものが欲しいっていってたわ

切れ味重視で強度は考えなくていいって」

「分かったわ。新武装に関しては彼の意見を優先させるわ」

強度を無視していいのはシンジの能力があれば何度でも『復元』出来るからだ。

何度折れようと砕けようと新品そのままの形に出来るのだから、強度など考えず、日本刀のように切れ味に特化した武器の方がシンジには合っているのだ。

二人が談義しているとシンジがエントリープラグに乗り込み、シンクロを開始していた。

「初号機のシンクロ率、22.4%です」

「相変わらず低いわね。彼はATフィールドの展開もまだできていいない」

エヴァの動きにはシンクロ率が左右する。高ければ動きが鋭くなり、低ければ鈍くなる。

ATフィールドはエヴァと使徒だけが張れるといわれる防御壁だ。

弐号機とそのパイロットは成功しているのだが、シンジはコツすら掴めていない。

「委員会からの通達です。交戦権がネルフに移りました」

司令部付きオペレーターの青葉 シゲルはミサトに向け報告する。

「うるさい連中ね。エヴァ初号機発進準備。シンジ君準備いい?」

『了解といっておきましょう。で、作戦は?』

「ロック解除とともにパレットライフルを一斉射。

初号機は動きが遅いから、敵の攻撃に捕まらないようにして。わかった?」

『うい。ユイ、僕はユイのために勝利するよ。だから、祈って待っていて!!!』

「ミサトさん。無視してください」

「そ、そう。エヴァ初号機発進!!」

固定され、カタパルトに運ばれた初号機はそのまま高速で地上に打ち上げられた。

Gに耐えるシンジを見て、一部の人間が「今までの報いだ」と心の中で呟いているのはその人物達だけの秘密だ。








シンジ達の通う学校では生徒達は特別非常事態警報を受けて、教師の指示のもと、学校の裏手にあるシェルターに避難していた。

そこに非難してきた生徒達はすでに気を緩ませ、談笑している者、遊戯をしている者が多い。

マリアはその中で一人静かにすごしていた。

彼女は命をかけた殺し合いをしているものだが、その自身の覚悟を他人にまで押し付ける気はない。

自分達が使徒を相手にしてもいいのだが、しなければいけないというほどの理由はない。

だからこそ、シンジの条件を簡単に飲んだ。

「あ、あのマリアさん」

「どうかしたのヒカリ?」

おさげの少女はもじもじしながらマリアに話し掛ける。

「あ、あの鈴原と相田君見なかった?」

「見ていないわ。それがどうかしたの?」

「う、うん。実は見当たらなくって、お手洗いに行くっていってから姿が見えなくなったのよ」

その言葉に眉をしかめる。

「最期に見たって人はいるの?」

「入り口の近くで見たって人がいるの」

それで確信に変わった。

「どこにいるか分かったわ」

「どこ!?」

「外よ。誰かこのシェルターの構造について知っている人を連れてきて」

ヒカリは走ってシェルターの管理者を連れてきた。

その管理者を連れてマリアは入り口にまで向かった。

「……嘘」

「自力で隔壁を開いたようね」

開いたままになっている扉を一瞥する。

管理者は慌てて隔壁を閉めようとするがヒカリはそれを止めようとした。

「待ってください。まだ外に男子がいるんです」

「止めなさい。彼らは自分の意思で出て行ったのよ。その責任は自分で持たなければいけないわ」

「で、でも……」

ヒカリは納得しきれない。悪いのは確かに二人だが、見捨てることが出来ないのだ。

「ねえ、二人を助けたいの?」

「あ、当たり前よ。あんなのでもクラスメイトなんだから」

「じゃあ、なにもしないことね。そうすればあれがなんとしてでも助けるでしょうから」

「あれ?」

「そう。誰も見捨てられない心優しい馬鹿よ」

そうしているうちに隔壁は閉じる。二人の少女は互いに違いながらも外にいる人物を頭に浮かべるのだった。








あとがき

改訂後初の新話です。

シンジ強引です。アホです。レイが汚染されないかどうか、とても不安です。

シャムシェルどう倒すんでしょうかね。まだ考えていません。

よろしければ感想をお願いします。かなり励みになります。

誤字脱字等の不備がありましたら、お知らせください。直します。



[207] Re[9]:正義の味方の弟子 第10話
Name: たかべえ
Date: 2006/01/12 14:42
正義の味方の弟子
第10話
彼の戦い方






街の内部にまで侵入したシャムシェルはその巨体をゆっくりと起こす。

立ち上がったその姿は雄大さを持っている。

巨大な使徒は身体を起こしてからはその場を動かない。

ただ己の敵を待っている。

だれもいない街でその一点がゆっくりと開き、レールが延びる。

そこに、己の敵が来た。

初号機は出撃の勢いに任せて地上へと打ち上げられる。

戦いの幕が開ける。








打ち上げられた初号機は最終ロックの解除と共に即座に行動に移す。

魔術回路の起動。

シンクロ時の魔術回路起動による激痛は問題ではない。

くると分かっているのなら、あらかじめ覚悟することができる。が、

(前回より痛みが少ない!?)

シンジにはそう感じられた。前回は神経全体を焼かれたような痛みがして1秒も保てなかったが、今回はそれが和らいでいるように思える



理由は分からないが、これは決して不利にはならない。

呼吸を整え、魔術を使用する。

「強化、開始」

パレットライフルに『強化』の魔術をかける。

『強化』は魔術の基礎でありながら、極めるのが難しいとされる魔術だ。

名の通り、能力を向上させるこの魔術は剣なら切れ味を、盾なら強度を向上させる。

物が大きいため、使用する魔力の量も大きいが、何とか成功した。

強化されたパレットライフルで敵を撃つ。

パレットライフルを指切りをして、一発、二発と誤差を修正、そしてコアに当てるための弾道を計算すると、即座に全弾叩き込んだ。

強化されたことで、弾丸の初速が向上したが、それでも使徒には一切通じず、辺りに粉塵が舞い上がった。

(ATフィールドって本当に厄介だな)

『馬鹿!! 敵が見えない』

ミサとの叱責が飛ぶが、シンジは我慢するしかない。

シンジのバトルスタイルは魔術による補助、そして後方からの一撃必殺だ。

だが、今のシンジにそれは望めない。

『復元』では元の形に戻すことしか出来ない。

元々長さ1メートルの武器だとしたら、『復元』しても1メートルのまま。

最初から数十メートルの武器だったら問題はないが、そんなものは用意していない。

魔術に関してもそうだ。

シンジはシングルアクションで魔術を起動できるが、その効果はかつて誰かが使ったのと同じ効果なのである。

例えば、シンジは風の加護と身体強化が組み合わさった魔術を使うことで、常人では考えられない跳躍力を得ることができる。

しかし、その高さと距離は固定されているのだ。かつて誰かが使った魔術のまま。これより上にも下にもいかない。

威力が固定されているのは強みであり、弱みである。

威力が固定されていれば、作戦が立てやすい。だが、それで通用しない相手がいるのならばそこで終わり。

となると、シンジに使える魔術は復元した魔術ではなく、シンジが復元以外に唯一使える強化しかない。

エヴァの強みは身体能力の高さ。シンジの能力は身体能力の向上を含めた補助。

シンジとエヴァは相性が悪いのだ。エヴァに乗っていれば『宝具』も魔術もかなり制限を受ける。

強化してもパレットライフルでは威力に欠ける。

となると、近距離でのナイフしかない。

方法は一つしかない。ユイのように捨て身でコアを抉る。それだけだ。

初号機の動きは今が最高。だから、一気に前に出て貫くしかない。

加護殺しの魔術を使いながら特攻する。

敵のコアの位置は覚えている。ユイの記憶によれば敵の鞭は二本。どこに刺さってもこちらがくたばる前に相手を殺せる予定だ。

ウエポンラックからプログレッシブナイフを抜き、そして限界速で近づく。

あと敵のコアまで54・24メートル。1秒もいらない。

そこまで駆け抜け、そして4本の触手に身体を貫かれた。

「――っ!?」

鋭い痛みが熱さとなって、身体に伝わる。

右肩、右わき腹、左肺、左足の腿。その4点が光る鞭に貫かれている。

通信機越しに誰かの悲鳴が聞こえる。

だが、その程度の痛みで止まらない。

さらに前進し、右腕を伸ばしナイフをコアの表面に突き刺したところで肘から先を5本目と6本目の鞭によって切断された。

「ぐああああっ!!!!!」

悲鳴を漏らし、エントリープラグの中、赤い布に包まれた右腕を左腕で押さえる。

エヴァは腕から血を盛大に流し、シンジの動きにあわせるように左腕で右腕を押さえる。

そこでシンジは自分の失策に思い当たった。

平行世界でのセカンドインパクトの被害の違い、これがそのまま使徒の能力の違いであったことを。

腕を押さえているエヴァは無防備のまま、足首を鞭に掴まれ、ぶん投げられる。

肉を巻き込みながら刺さっていた鞭が抜け、再び熱さが体を襲う。

空を飛んだ初号機は山の中腹へと落ちる。その距離は数百メートル。

落ちるときに打った背中と腕の痛みを抑え、シンジは現在の状況を把握する。

右腕切断。肘から先を失う。ナイフはコアに刺さったままだが振動が止まっているため、効果はない。

損傷多数、いずれも軽微。戦闘続行可能。ただ、腿の損傷により、移動能力が多少低下。

アンビリカルケーブル切断。残り稼働時間4分53秒。

ケーブルの接続ポイントまで最短で300メートル。ただし、敵の真後ろ。

現状での勝率、1割未満。

逃亡手段は山の裏手にある射出ポイントの使用。ただし、片腕を失っていることで立ち上がるまでに時間を要し、逃亡途中で使徒に攻撃さ

れる危険性は9割。

「なんだ、勝てる見込みほとんどないじゃんか」

自嘲気味に言葉を漏らす。

そういえば、自爆装置なんてものもあったっけ、などと考え、突如機械音が鳴り響いた。

機械音につられ、視界のうちの異常を調べる。

「なっ!?」

泣きっ面に蜂、これだけ不利な要素の上にさらに不利な要素が加わった。

左手の人差し指と中指の間、すこしでもエヴァの落下点がずれていたら押し潰されている位置にトウジとケンスケがいた。

(こんなとこは一緒でなくてもいいだろ)

身に降りかかった危険に怯え、立ち上がることもできない彼ら。

悪いのは彼らだ。ここで彼らが死んだとしてもシンジの責任ではない。だが、

(見捨てられるわけないだろ)

萎えかけた戦意が再び高ぶってくる。

すばやくシンクロを解除し、プラグを排出する。

「そこの二人早く乗れ!!」

シンジにとって、勝ちとは敵を倒すことではない。いかに、多くの人間を守り助けられるかにある。

だから、悠然と近づいてくる敵など関係なく、当然のように守るという選択肢を選んだ。








発令所は唖然としていた。

出撃から一分もたたずに戦況は動き続けた。

急激なシンクロ率の上昇、突撃したエヴァが使徒の鞭で腕を落とされ、山まで投げられたかと思うと今度はそこに民間人がいたのだ。

指示を出さなくては、と思うも気だけが空回りし、上手く言葉にならない。

彼らにとってこれが初めての実戦。正確な情報を伝えなければいけないオペレーター達もとまってしまっている。

『そこの二人早く乗れ!!』

エヴァの首筋からエントリープラグを露出させ民間人を乗り込ませようとした。

唖然としていた職員達がより強烈な驚きによって再起動した。

サードチルドレンの行動の変化。普段は馬鹿しか言わず、緊張感のない人物だがそれが大きく変化している。

すでにセイバーはここからいなくなった。エヴァの右腕が落とされたのを見て、自分が使徒を倒すために発令所から抜け出した。幸い、気

づいたのはユイとレイぐらいで、他のものはスクリーンに釘付けになっている。

ユイは画面を見ているしかできない。

ユイは自分の能力に気づいていない。ユイの持つ『対神性』ならば敵の能力を下げることが可能なのである。

だが、発動するためには敵意を抱く必要がある。敵意を抱かなければ、その強力な能力も発揮できない。

心配という気持ちだけで、敵対するものに敵意を向けてない彼女には何の力もない。

「やめなさい!! そんなことしている暇はないわ!!」

リツコは大声で叫ぶ。シンジのシンクロ率は一定しない。損傷までしているのに、さらにお荷物まで抱えようとしているのだ。エヴァをよ

く知る彼女には絶対に見過ごせることではない。

逆に本来指揮を執るはずのミサトは口ごもっている。

私人としての彼女なら救ってほしいと嘆願するが、公人としての彼女なら見捨てろと命令しなければならない。その矛盾に彼女は動きを止

めてしまっている。

『ふむ。英国に長くいたせいで日本語が急に不自由になった。なにを言っているのか理解できない』

「馬鹿なことを言わないの!! そんな不利な状態で戦えるわけないでしょ!!」

それは正論だ。わざわざ勝率を下げることなどない。

のこのこと戦場に足を踏み入れた馬鹿のために死ぬ必要などない。なのに、

『勝とう』

その少年はただそれだけを答えた。






シンジとリツコの問答の間、レイはただスクリーンを眺めているだけである。声も上げず、目も逸らさず、ただその戦いを一瞬たりとも見

逃さないようにしている。

腕を落とされながらも戦いをやめようとしないその人物をずっと見続けている。

彼女にとってすればシンジの行動は理解不能なことだらけだ。

仲良くなったことだけではない。今も、命令に関係なく戦い、命令を受けることなくそこにいる誰かを救おうとしている。

理解できない。合理的ではない。無駄が多すぎる。

だが、こうしてその彼女だったら切り捨てるはずの思考を理解しようとしているのだろう。

その行為が命令によるものではないということにはまだ気づかない。








トウジとケンスケは1分もかけずに上りあがってきた。

エヴァの体勢を極力下げたとはいえ、中々の好タイムだ、などとシンジは考える。

「水!? 俺のカメラがー」

「!? 転校生、お前なにしとるんや!?」

「マジかよ!? お前がロボットのパイロットだったのか」

「はいはい。無駄口は後。舌を噛むから口を閉じて」

驚く二人を無視して

エントリープラグを再び挿入し、シンクロをスタートさせる。

このときにシンジはミスをしていた。エヴァの右腕は切断されていたのである。

「いてえぇぇっ!!!!!」

「な、なんやこの痛みはっ!!!」

二人とも自分の右腕を押さえ込む。

腕が切断される痛みなど耐えられるほうがおかしい。彼らの行動は正しいものなのだ。

その様子にシンジは歯噛みする。

(母さん。お願いがある。痛みは僕だけに与えてくれ。このままじゃ戦えない)

エヴァンゲリオン、その中にいるはずである母に自分の願いを伝える。

自分が痛むのであればいい。だが、他人が痛むのが我慢できない。

果たしてのその願いは叶えられた。

シンジの後ろ、LCLのなかで苦しんでいた二人はその苦しみから解放された。

同時にシンジは再び魔術回路を起動させる。

(また痛みが軽くなっている)

通算三度目のシンクロ時での魔術回路の使用でそれはもう完全な違いになっていた。

(僕が痛みになれたんじゃなくて、エヴァが魔術回路にあわせてきたのか?)

右腕が落とされて痛むのだから、ありえなかった神経が体に挿入された痛みも伝わるのが道理だと考える。

前方には敵がいる。

エヴァを上回る巨体は遠くからでも威圧感がある。

シンジを攻撃した鞭は左右に三本ずつ、同じ場所から生えており近づいたことで鞭が唸りを上げて襲い掛かってくる。

予備のナイフがある。それを細工しながらも左手に持つ。

この際腰を大きくねじれさせ、ナイフ投げのスタイルをとる。

鞭の動きには規則性があるのが分かっている。

動きは早いが、それでもタイミングさせあえばコアへの道が開けるのだ。

相手がじりじりと距離を詰める。鞭がしなりながら前方をかすり空気を裂く。

敵の間合いに完全に入ったとき、そのナイフを全力で投げた。

ヒュンと鞭がしなる音と、ブンッとナイフが投げられる音。

その二つが重なり、鞭は無防備な右腹に、ナイフはコアへと向かいながらも鞭に阻まれた。

ああっ、と誰かが嘆く声が聞こえる。

それをかき消すように、

「ブロークン・ファンタズム」

一度砕かれ、そこから復元されていたナイフは鞭を破壊するほどの爆発を生んだ。

爆発自体に威力はない。少なくとも使徒は倒せない。

だからこそ、ないはずの三本目のナイフを抜き、一瞬で距離を詰める。

出血が多いが、無視する。そんなものあとで輸血すればいい。どうやってするかは知らないけど。

三本目のナイフが今度こそコアに刺さり、即座に爆発させる。

残ったのは刺さったままだった一本目のナイフ。

すでに半壊したコア。それでもピチピチと動き続ける鞭に嫌気を覚えながらとどめの一撃を叩き込む。

火花を散らしてコアを抉り続ける。そして、命を奪いきった。

「君は強かった」

丁度そこで時間切れ。エヴァは身動き一つできない彫像になる。

そばにあるのは一つの死体。勝ったほうより負けたほうが損傷が少なかったりする。












戦いの後、シンジと巻き込まれた二人は即座に病院に搬送された。

特にシンジの場合は高シンクロでの右腕切断、腹部損傷など14もの傷が確認され、入院が決定したのだ。

そんなシンジの病室では見舞い客によって賑わって、もとい怪我人が賑わせていた。

「痛いとこある?」

「ああーーーー全身痛い。かなり痛い。ユイに『いたいのいたいのとんでけー』という究極クラスの魔術を唱えてもらわない限り治りそう

にないくらいに痛い」

「どんな魔術でも存在自体がイタイ人物には通用しませんが」

「きっつ!! 姉さん、その発言きつい!! 痛さを忘れるほどにきついよ」

「もう夜だから静かにしなよ」

ジオフロント内にある病院にユイとセイバーは詰め掛けてきた。

セイバーは発令所から飛び出していったが、そのときにはすでに使徒は倒されており、全員を運んだだけだった。

だが、シンジが怪我を省みない戦いをしたせいでかなり機嫌が悪い。

シンジは入院ということになったのだが、見た目的には問題ない元気振りである。

シンクロが終わりしばらくすると痛みも引きだし、シンジが行ったのは注射と精密検査ぐらいだ。

この入院も念を入れてのことでしかない。リツコは右腕の布を外そうとしたが、シンジが断固拒否し、結局そのままになっていた。

「腕を落とされましたが支障はありませんか」

「うーん、ちょっと動かしにくいぐらいかな。寝れば治るでしょ」

「そうなんだ。……よし。林檎剥きおわったよ」

果物ナイフで林檎を剥いていたユイだが、さらに一口大の大きさに切り、その優しさを十分に示す。

「ありがとう、さっ」

それ以上何も言わず、口をあけて待つシンジ。それを見て、ユイはシンジがなにをしたいのか気づくのだが無視しようか、それともご褒美

としてしてあげようか悩みだす。

「……」

「……」

「……」

「……」

「……は、はい、あーん」

「あーん」

結局、してあげることにしたユイは林檎をフォークで突き刺し、シンジに差し出す。

それをむしゃむしゃと美味しそうにほおばるシンジはかなり幸せ一杯である。

「もっと気丈な態度で行かないとシンジにいいようにつかわれますよ」

セイバーは嘆息するしかない。シンジ相手では怒りが長続きしない。

「まあこれぐらいは役得ということで。

そうそうユイ」

「なに? お、おかわり?」

「それもお願いするけど、……ユイってすごいね」

シンジの口からなにげなく出た言葉は褒め言葉だった。

「なにが?」

「使徒と戦ったこと。僕は魔術を使い、敵の能力を知っていたにも拘らずあんな結果だった。

なのに、ユイはなにもなしにあれに勝てた。それはとてもすごいことだよ」

一切の冗談でもなく本心からの言葉だ。

「え、ええっ、ど、どうしたの、頭強く打っちゃったの?」

「頭は狙われなかったかな。今のは本心からのものだよ。ユイはすごい」

「い、言わないでよそんなこと! 恥ずかしい!!」

「これは正当な賞賛だよ」

「やめてーー!!」

黙らせるために、林檎をシンジの口に大量投下。

「おわっ!!」

「や、やめなさい。一口大とはいえ、いっぺんに押し込んだら窒息します」

シンジはなんとか少しずつ噛み砕き嚥下して、窒息だけは避けられた。

「ふう、愛が大量だ「黙れー!!!」って今度は丸ごと一個!?」

そこにこんこん、とノックの音が響く。

「どうぞ」

セイバーの声に促されて入ってきたのはミサトだった。

その顔に表情はなく、目は強くシンジを睨んでいる。

見舞いに来たという雰囲気ではなく、怒気さえも立ち上らせている。

シンジはふざけるのをやめ、ミサトと向き合う。

「葛城さん。あの二人の容態どうですか?」

「LCLに雑菌が入って肺に雑菌がはいったため抗生物質をうったそうだけど、今日中には退院するわ。その後、保安部が詰問する予定よ



で、私の用件を言うわね。なぜ、勝手な行動を取ったの」

一呼吸おき、

「二人を助けたのは人道的には正しいわ。でも、私たちは戦っているのよ。

あの二人のせいで人類が滅んだかもしれない。それを分かっているの?

今まで何も言わなかったけど、貴方はふざけすぎている。やる気があるの?」

怒りを感じさせる言葉で詰め寄った。

ユイはおろおろしながら、セイバーは黙ってシンジの言葉を待つ。

「申し訳ありません」

素直に謝った。

「っ!? なにが悪いか分かってるの?」

「命令を聞かなかったことでしょう?」

「違うわ!! 貴方の態度よ。人を馬鹿にしているとしか思えないわ!!」

「待ちなさい。ミサトでしたね。確かにシンジの行動には問題がありますが、結果として私たちは勝利している。まずはその結果を受け止

めることが大事でしょう」

セイバーはミサトを諭すように語る。かつて、王だった彼女はこの手の問題などいくらでも判断を下し続けてきている。

「でも一人のせいで周りに影響が出るわ!!」

「周りに影響をもたらさないものなどいません。普段は馬鹿ですが今日は見事な活躍をした。それにどんなものでも休息は必要です。シン

ジの場合それが普段の行動であるだけです」

ミサトとセイバーの言い合いは激しさを増していく。

結果だけを考えればシンジは悪くないが、普段の行動となると悪いとなるだろう。

一度険悪になってしまった空気はそう簡単には戻らない。戻るにはきっかけが必要でそれが、

「葛城さんはあの時どんな命令をする気だったんですか?」

シンジだった。

これにはミサトが驚いた。

「二人が外にいて、僕が戦えば間違いなく死んだであろうあの状況でどんな命令を下す気だったんですか」

その言葉に責める意図はない。穏やかで優しい声だ。

なのに、ミサトは狼狽する。

「それは……、」

「指揮官としては無視を、私人としては助けろ、と命令するべきあの状況で何を命令するきだったんですか?」

一気に部屋の中がしんとする。

あの時、自分は止まってしまった。命令を出さなければいけなかった。明らかにしてはいけないことをした。

「……ごめんなさい。私に貴方を責める資格はないわ」

「助けろ、って言いたかったんですね。でも、貴方はそれを言ってはいけない立場にあった。

葛城さんは悪くないんですよ。ただ、邪魔なものがあっただけです」

この少年は間違った自分を肯定する。

「……ごめんなさい」

「謝らなくていいですよ。悩むのはいいことなんですよ。考えずに行動するとすぐに失敗してしまいますから。決断をした後に悩んでしま

うのが問題なんですよ」

間違った自分を正しいという。

「……貴方はどうしてそんなに強いの?」

「間違えたからです。しかもとびっきりの間違いをしました。思い出すのもいやなくらいのとびっきりです。かといって忘れてはいけない

ことなんですよ」

この少年は痛みをもちながらも笑っている。

それがどうしようもなく強く思えた。

「いやな空気が漂ってきましたね。このままじゃ暗くなる一方ですので、仲直りしましょう。

はい、手を出してください」

左手を差し出される。自分も差し出す。

「僕は握手をするとき左手でするんですよ。はい、これで仲直り」

こちらが一方的に相手を嫌っただけなのに、相手は自分も悪いという。

でも、この間違いを正すために今はこの好意に甘えておこう。

「これで仲直りよ。でねー、できれば名前で呼んでほしいんだけどなー。葛城さんはいやなんだけどなー」

笑おう。笑っておこう。

「ふむ、じゃあミサト姉さんでいこう」

「姉さん?」

「そう、僕は年上ならだれかれかまわず兄や姉と呼びますからね。

ミサト姉さん、これからよろしくね」

そして、間違いを踏破しよう。

もしこの子が間違ったときに自分が正してあげられるように。








その日の夜、ユイは夢を見た。

自分とよく似た少年の夢。






あとがき

今回はシリアスばっかで書く気が少々失せていました。シリアス苦手です。何度も書き直しました。

しばらく忙しいので、更新が難しくなるかもです。

よろしければ感想お願いします。



[207] Re:正義の味方の弟子 資料
Name: たかべえ
Date: 2006/06/12 10:47
正義の味方の弟子 資料

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碇 シンジ

とりあえず主人公。正義の味方の魔術使い。

軽く説明すると、馬鹿にしてアホにしてエロ。(本人はお年頃だからと述べる)

ライダーこと碇 ユイのマスター。

常に右腕に聖骸布を巻いている。封印されているのは魔術の知識ばかり。

性格の決定には二年前に自身が起こした事件が影響した。

聖杯を作り出そうとして、失敗。その後、性格を意図的に反転させる。

魔法使いの弟子と見られているのと(本当は違うが)便利な能力ゆえに協会、教会双方から狙われ、どちらの仕事も請け負うということで

とりあえずの沈黙を保っている。

戦闘においては大火力の『宝具』による後方支援。単体での戦闘技術は低いが、前衛がいる状態では一流の支援を行う。

身内しか知らないが、魔術属性(どの魔術が得意であるかを決める要素)は『幻想』である。

このキャラのコンセプトは「真にバカシンジの称号に相応しいシンジはどういったシンジなのだろうか?」から始まってしまった。

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碇 ユイ

シンジの母親ではなく、平行世界の碇 シンジ。ライダーのサーヴァントでシンジと契約している。

一応ヒロインと呼べるほどの出番ぶり。

シンジのセクハラに悩まされていたが、現在は慣れたご様子。

嫌な夢を見るためシンジとは一緒に寝ている。

最近では、シンジへのツッコミもこなすようになった逸材である。

シンジ、セイバーだけでなく、マリアやレイにまで食事を作る優しさ溢れる、みんなのお母さん的存在。決して強制的に作らされたとか、下っ端的存在ではない。

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セイバー・コーンウォール

セイバーのサーヴァント。

遠坂 凛のサーヴァントで本名はアルトリア。またの名をアーサー王。

シンジの護衛兼目付け役として日本に来る。

竜の因子を持つことで強力な対魔法能力を持っているが、反面『竜殺し』を行った英雄に対して相性が悪い。

コーンウォールと名乗っているが、コーンウォールは昔彼女が治めていた地名であり、本名ではない。

元祖シンジに対するツッコミ役。大食いかつ家事無能。だが、味覚は正常。というか味にうるさい。

保有する『宝具』は、

風王結界(インビジブル・エア)

約束された勝利の剣(エクスカリバー)

全て遠き理想郷(アヴァロン)

他に、武器として士郎やシンジが投影して、

勝利すべき黄金の剣(カリバーン)

を使用する。

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綾波 レイ

ヒロイン。エヴァンゲリオン零号機パイロット。空色の髪に、赤い瞳。

自分と同じ人間とは違うマリアと仲が良い。

シンジとマリアのことが好きらしいが、ユイもセイバーも好きらしい。シンジ、ユイと三人で眠るときは川の字になるのだが、誰が真ん中をとるかは毎日変わっている。

最近の趣味は、自分のクマのぬいぐるみとセイバーのライオンのぬいぐるみを並べて遊ぶことと、お菓子を食べながらのんびりすること。

笑顔とは何かと、常に哲学する。

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惣流・アスカ・ラングレー

ヒロイン。エヴァンゲリオン弐号機パイロット。赤い髪に青の瞳。

ギルを拾ったことで、ネルフの本質や聖杯戦争に触れることになる。

母を助けることを望むが、聖杯は放棄する気である。

趣味はユイいじり。レイと二人でいじります。さながら、あの小悪魔姉二人のように。(隠れた愛情も含めて)

シンジが好き? そこらへんはよく明かされません。

下の人間に対しては面倒見がよく、ユイがいいお嫁さんだとすれば、アスカはいいお母さん。

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ギルガメッシュ

アーチャーのサーヴァント。マスターはシンジ。金色の髪に赤い瞳。

一人称は「我」で、趣味はショッピング。気に入ったものならなんでも買ってくる。実は機能重視である。

露出の多い服をよく着ているのだが、ゴスロリにも興味がある(こちらはユイやレイに着せて楽しむ)

10歳ほどの妹がいるとのことだが、定かではない。

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マリアテレーゼ・フォン・アインツベルン

オリキャラ。ヒロイン。

オリジナルサーヴァント、スラータラー(虐殺者)のマスター。

容姿は銀色の長い髪に赤い瞳。背丈は低い。

口調、精神的には大人びいているのだが、性格的にはどこかこどもっぽいところもある。

物語の謎を知っているのだが、教えてくれない。

彼女は純粋な人間ではなくホムンクルスであり、自分と同じ、人間以外が混じっているレイを好いている。

実は演出家で派手好き。面白ければ大抵の不利益には目をつぶる。ただし、魔術師としての彼女は別。

魔術属性は『思考』
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ヤスミ―ヌ・ラインハルト

オリキャラ。ヒロイン。

ヒロイン。通称、ジャン。教会の騎士で、ランサーのマスター。シンジの元親友。年齢的には、20代前半。

長い黒髪で、背が高く、眼鏡をかけている。一見仕事が出来そうだが、実は遠視であり、眼鏡がないとよくミスをするのである。

シンジとはケンカ別れをしており、その前はとても明るい女性であった。

欧州古典文学が好きで、ランサーを召還したのもそのあたりが影響している。

本当はとても家庭的な女性であり、日本料理だって作れる。

余談だが、マリアとは決定的に仲が悪い。例え番外編でもケンカばかりすることになるだろう。

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神父

神父。元代行者。監督役。心の内を無理やり暴く人。

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衛宮 士郎

正義の味方の魔術使い。

剣に関しては及ぶもののないほどの投影術師である。

ちなみに、凛とは結婚しており、夫婦別姓で通している。

魔術属性は『剣』

大魔術、固有結界『無限の剣製(アンリミテッドブレードワークス)』で、無限に剣とそれに類する武器、『宝具』を作りあげる。
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遠坂 凛

第2魔法の魔法使い。セイバーのマスター。

大師父であり、同じ魔法使いのゼルレッチとはもう長い付き合いである。

士郎にシンジといった封印指定スレスレ以上の弟子を抱え込んでいるため、魔術協会の総本山、『時計塔』から離れられない。

魔術属性は『五大元素』である。

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能力説明

シンジ編

シンジの投影(投影とは偽物、代用品を術者の幻想のままに創り出す魔術)は『幻想』を幻想することにある。

欠けた物の復元は直したい、贋物を本物にしたいという願いを現実化することができる。

そのためか、復元されたものは、士郎が創り出したものでなくとも、シンジの幻想が付加された似非『宝具』となる。ただし、何億、何十

億という人の幻想で編みこまれた『宝具』に比べると格段に弱い。アリとゾウほどの差である。

さらに、条件が二つあり、

1.投影するためには、その物品の一部が必要

2.ブロークン・ファンタズムでその『宝具』を破壊すると、二度とその『幻想』を幻想できなくなる。(現段階では、ゲイボルグとプログナイフが復元不能となっている)幻想が自身の魔術の根幹であるため、破壊すると彼自身の理に綻びが生まれるためである。

この条件を突破しようとすれば、自身の能力を超えた魔術となり、崩壊を招くことになる。

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セイバー編

『風王結界』はエクスカリバーを覆う鞘である。エクスカリバーはあまりにも有名すぎるため、それを隠すためのもの。

風で光を屈折し、見えない剣を作り上げる。間合いを計らせないこの剣は接近戦において攻守ともに使える。また、一度きりだが集めた風を解き放ち、突風を相手に叩き込むことができ、その際は筋力や魔力に関係なく、ダメージの上限は決まってる。


『約束された勝利の剣』ことエクスカリバーはいわば大出力兵器。

聖剣としては最高位にあり、使用者の魔力を光に変え、光を収束・加速させることで莫大な破壊力の剣撃を放つ(この説明で分かりにくければ、BLEACHの月牙天衝の金色&強化verだと思えばよし)最大射程距離がどれくらいかは不明だが、原作中の表記から軽く4キロメートルはあると思われる。




『全て遠き理想郷』アヴァロンは実際にはアーサー王が望んだ妖精郷の名前である。

エクスカリバーの本当の鞘。『風王結界』はアヴァロンをなくしたための代用品。持ち主を不老不死にする能力があり、そのためセイバーの姿は王の選定前の10代の少女のままである。使用者を妖精郷へと置き、あらゆる攻撃を退ける。魔法の一つ、平行世界干渉も防ぎきる。




カリバーンは元々は岩に刺さっていた選定の剣。「この剣を抜いたものは、イングランドの王である」これを抜いたためにセイバーは王となった。剣であるが、王の象徴としての飾りの意味合いが強く、華奢なつくりになっている。そのため、聖剣としての能力はエクスカリバーに及ばない。

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あとがき

人物、能力資料です。アスカ、ギル追加。他の人も一部書き換え。

あと何人かは増える予定だけど、多分カヲル君が来るまで増えないと思う。



[207] Re[10]:正義の味方の弟子 第11話
Name: たかべえ
Date: 2006/02/03 14:46
正義の味方の弟子
第11話
彼女の決断






救おうとおもった。ただそれだけだった。

何でそう思ったのだろうか。自分が救われた命だからと考えた。だから自分も救わないと。






士郎兄さんに救われた僕は、兄さんの苗字である衛宮を名乗った。

とても嬉しかった。誇らしかった。

凛姉さんもセイバー姉さんもとても優しい。

とても嬉しかった。出会えてよかった。

正義の味方。それが兄さんを表すのに最も相応しい言葉だろう。

名も知れない誰かを救おうとするその姿は空想の英雄よりもずっと輝いていて、伝説の聖人よりも無欲で献身的だった。

兄さんは自分を育ててくれた爺さんも正義の味方だったといった。そして、自分もその人から衛宮の名をもらったと。

それを聞くと、衛宮という苗字がとても神聖なものに思え、その名に恥じないようにしようと思った。

僕は魔術を習いたいといった。

全員驚いて僕を止めたが、結局許してくれた。

僕には魔術回路が存在した。全部で20本。凛姉さんはぽっと出にしてはまあまあな数だといった。






僕の魔術は役に立つと兄さんはいった。

物や大きさに関係なく、魔力さえあれば何でも元の形に戻せる魔術は重宝された。

昔の本や物品などはいうに及ばず、魔術さえも元に戻せる僕は古今東西あらゆる魔術を使用できた。会得できるのではなく、使用できるだけらしい。

凛姉さんがいうには僕の魔術属性は『幻想』らしい。

「魔術属性が『幻想』だなんて。これ以上投影術師に向いた存在はいないかもね。投影は幻想を創り出す魔術だもの。

例外は士郎だけかと思っていたけど、あんたまでそうだったなんて。この師匠にして、この弟子ありか」

まあ、正直難しい話はこのときは理解できなかった。分かるようになったのは、そのずっと後だ。

この力は救いとなった。誰かを救える力に。

とても、幸せだった。この幸せがいつまでも続くと思っていた。






だけど、十二歳のときに、僕は間違えた。

どうしようもない過ち。僕の魔術でも元に戻らないもの。

人としては間違っていないといわれ、慰められたが、正義の味方を志した僕には決定的に間違いだった。

他人を救うのが、正義の味方だ。だから、自分を救ってはいけない。

ロンドンのいつでも人で賑わう街道。いまはそこで、悲鳴が上がっている。

僕の手には赤いナイフ。兄さんの投影を見ているから分かったけど、これはひどく安物だ。そのナイフから雫が落ちている。赤い雫だ。

足元には知らない誰か。水溜りに突っ伏している。赤い水溜りだ。レンガ敷きの道路に少しずつその水溜りは広がっていく。

倒れているこの人は物取りらしい。

僕の財布や貴重品が欲しくて、僕の命を狙ったらしい。

断言はできない。なぜなら、この人はもう何も語れなかったのだから。

いきなり襲われて、もみあって、気がつけばこの状態だった。

水溜りはまだ広がっていく。

この人は死んでしまった。殺したのは僕だ。






僕が襲われる瞬間を見ていた人がいて、正当防衛ということで僕は無罪となった。

兄さんたちは僕を慰めた。

仕方のないことだ、貴方は悪くない、と。

だが、その言葉は僕には届かなかった。

正義の味方は誰かを救うもの。自分を救ってはいけない。

自分の命さえあげれば、この人は救えたんだ。

なのに、僕は間違えた。命をあげれなかった。

僕はひたすら嘆いた。取り返しのつかないことをした。

その日から僕は衛宮を名乗ることをやめた。相応しくないと思ったからだ。

力を求めた。救える力を、全てを救える力を手に入れる。僕にはできるはずだ。

だって、僕の属性は『幻想』。ありえないことを、ありえない現象を実現させる魔術だ。きっと救いという幻想も作り出すことができる、と妄信し、盲信し、猛進しだした。






透明。夢の主は夢の中の少年をそう評した。それ以外の言葉が思い浮かばなかったから。






ユイは飛び上がるように起き上がった。。窓からは光が差し込んでいて、部屋の中は明るい。昨夜はジオフロントの中の病院の宿泊室を借りていたということを思い出した。この光は人工光で本当の太陽の光はここには届かない。

簡素なベッドの上、ユイは自分が見た夢について考えた。しかし、結論は考えるまでもなくすでに出ていた。

「あれはシンジだ」

右腕に赤い布はつけていなかったが、銀色に染まりかけていた髪、血管が透けて見えるほど白い肌、その姿は紛れもなくシンジだった。

部屋の中を見渡すが、壁から天井まで白で統一された部屋にはユイ以外誰もいない。

いつもはシンジと寝ているが、昨日シンジが入院したことで、セイバーと一緒に寝ていた。セイバーは「妹ができた気分です」と柔らかく笑っていた。

シンジの病室にいるのだろうと、身だしなみを放棄して小走りで向かった。

やはり白ばかりの廊下を進む。音が聞こえないためか、自分以外誰もいないのではないかという不安に襲われ、足を速める。反響音だけが鮮明に聞こえる。

すぐに病室に入る。そこには、シンジとセイバーの姿があった。

シンジはベッドから起き上がって、いつものように洗いざらしのシャツとジーンズに着替えていた。右腕には赤い布がぐるぐる巻きになっている。

そこにあるものを絶対に出さないように。絶対に開いてしまわないように。

「おはよー」

「おはようございます」

挨拶をされるが、今のユイには応える余裕がなかった。

「む、無視っすか。や、やめて、無視だけはやめて。寂しくて死んじゃうから」

シンジはふるふると震え、セイバーさんはため息をつく。

「シンジはウサギですか。ユイ、どうかしましたか?」

いつもと変わらないシンジ。いつもと変わらない。だが、夢の中でのあの姿が思い出される。

――自分の命させあげれば。

そんなの普通の人間の考えではない。なのに目の前にいる少年はそのあり方を少しも疑問に思っていなかった。

でも、既視感を覚える。

他人に恐怖して避けて、やがて透明になっていった自分。

他人をどこまでも愛して、自分を放棄して透明を選んだシンジ。

至る過程は違ったがどちらも透明であったのだ。自分の価値などないと、天秤の針が全く振れないと考えていたんだ。

「シンジ、少しいいかな?」

「なに? ユイ相手なら少しどころか全部いいけど?」

「何が基準なんですか?」

深く息を吸って、その言葉をやっと紡ぎ出せた。

「……あのさ、もし、もしもだよ。自分の命をあげれば救える人がいるとするよ。

……シンジだったら、そのとき、どうする?」

その質問にセイバーは息を呑み、そしてシンジを見る。その質問の意味が分かっているからだろう。そして、シンジがどう答えるかも。

シンジはただ見据えてくる。その赤い目に写りこんだ景色は赤く、血塗れのように見える。

「……僕は」

言わないで。夢の中の男の子のようなことは言わないで。お願いだから。

気づいて欲しい。君が誰かを愛しいと思うように、君を愛しいと思う人もいるということを。

君が誰かが傷つくのを見たくないと思っているように、その人も君が傷つくのを見たくないと思っていることを。

「今の僕はまだ死ねない」

……えっ、今、なんていったの?

「僕にはまだやるべきことがある。この聖杯戦争を終わらせること。使徒を、サーヴァントを倒すこと。

そして、……………………ユイとの約束を果たすこと」

「じゃ、じゃあ、それが終わったら死んでもいいと思うの?」

そのときシンジはユイを力いっぱい抱き寄せた。

突然のことにユイはよろめき、シンジの胸に倒れこむ。

「ちょ、ちょっと」

腰に手を回さないで、と言いかけるがシンジは先に語りだす。

「昔の僕はさ、人を幸せにすることが救いだって思ってた。そのために力を求め続けた。でも、それじゃ、僕一人の独りよがりの幸福しか与えられないんだよ。失敗して初めて気がついた。

だから、少し考え方を変えてみたんだ。幸せにするんじゃなくて不幸にしない。そしたらさ、それ以上はその人が自分ひとりの力で頑張れるだろ。頑張ってその人なりの幸せを手に入れられる。木と同じ。何もしないでも根は広がり、枝は伸び、いつか花が咲く」

腰に回された手に力が篭る。よりいっそう体が密着する。

「僕が死ぬことでユイやセイバー姉さん、士郎兄さん、凛姉さん、その他の人が悲しむというのなら僕は死なない。不幸にしたくないから」

「……だったらそれは」

悲しむ人がいなくなれば死んでもいい、ってこと

そこで今まで黙っていたセイバーが初めて口を挟んだ。

「では、シンジは絶対に死ねませんね。私やユイは英霊です。年は取りませんし、病気にもなりません。殺されたり、マスターがいなくならない限り存在し続けます。不幸にしないために頑張って長生きしてください」

ユイにセイバーは目配せをする。それで何が言いたいのかが理解できた。

「う、うんそうだよ。絶対長生きしなきゃだめだよ。昨日みたいに捨て身の特攻なんかしちゃだめだよ。分かった?いい?」

見えないところでユイはシンジの足を思いっきりグリグリと踏んでおり、言質を無理やり取ろうとしているのだが、その目は純真無垢な光を放ち、脅迫なんかしていませんと訴えかけてくる。

「うおっ!! くぅっ!! ……生きて帰ってこれるという保証があるのなら可というのは「絶対だめ!!」……わかりました」

「ホント? 絶対だよ。破ったら酷いからね」

「う、うん絶対。だ、だからこの足の重みをどけてほしいかな。さっきより威力が上がってきてる気がするんだけどー、というかまた上がったー!!」

「絶対だよ。絶対」

悲鳴を上げながらもユイを攻撃に夢中になった隙を突いて、手から伝わる腰の細さ、胸に当たる未知の部位の柔らかさ、その他諸々の情報を視覚、嗅覚、触覚を使って全力でかつ、ひっそりと味わい続ける。

(この感覚、今の僕は誰よりも幸せな男と称されてもいいのではなかろうか? いやまて、もしかしてこの感触を味合わせるためにユイはわざと僕の足を踏んでいるのではなかろうか? おお、そう思うだけでこの痛みが心地よさに変わっていく!! すまないユイ。君のこの心配りに最初に気づいてあげられなくて。ならどうする、どうやってこの感謝の気持ちを伝える? やはりここは僕も無言の愛情で返すべきだろう。一見ただの迷惑行為でしかないが、相手のほしいものを確実に渡す、この無茶をかなえるにはどうすればいい? そうか、これなら完璧だ)

先に抱きしめたのが、自分だということをすっかり忘れ、腰にまわしていた腕を少しずつ下へと下げていく。

「きゃっ!! な、何してるの」

「…………」(ごめん僕は無言の愛情を貫くしかないんだ)

「何か言ってよ!! ちょっ、ちょっと、ダメ!! そこから下はもうダメ!!!」

「…………」(さあ、気づいて僕のこの愛情)

「うひゃぁ!!! ダメだっていってるでしょ!!! もっと痛くするよ、ってなんでそこで喜ぶの!? た、助けてセイバーさん」

ブンッ! バキッ!!

「だ、駄目です。骨ごと内臓を破裂させる勢いで殴っているのですがまったく効き目がありません」

「それって効き目あったらやばいよ!!!」

そこで運悪くというかお約束というか扉が開いた。入ってきたのはミサトという事態を悪化させる人物であった。これまたお約束である。

「シンジ君お、は、よ」

ミサトが見たものは極限まで密着したシンジとユイ。シンジの後ろにはセイバー。その際シンジの腕は腰というよりお尻に当てられており、セイバーはミサトの位置からはシンジに抱きつこうとしているようにも見える。つまり、決していい構図ではないということである。

「………(ヤバッ、タイミング悪かったわ。でも朝っぱらからなんて若いわね)」

「………(何でこのタイミングでミサトさんが。まさかこれがシンジの狙い!?)」

「………(なるほど、ユイはこれを狙ってたんだね。これで僕とユイは公認の関係になる。期待に応えられて満足だ)」

「………(はあ、シンジがいるとやっぱり苦労が絶えないんですね)」

四者四様の沈黙の後、時は動き出した。

「……ごゆっくり~」

「帰らないで!!! 誤解、誤解なんです!!! 扉を閉めないでください!!!!」

「これで公認の関係だね。さっ、続きに……」

「続かせてたまるかー!!!」

「ユイ。タイミングを合わせて。1、2の、」

「「3!!!」」

「前後同時攻撃!?」

前後からの最大威力での攻撃によってシンジは一瞬で気絶し、退院の手続きの際、金髪の少女の肩に俵のように担がれて運ばれた白髪の少年がいたという。声をかけようとした看護師は黒髪の少女の、あまりの爽やか過ぎる笑顔に何も言えなくなり、結局連行されるがごとく退院してしまったのである。






シンジたちの通う学校ではいつもと変わらぬ空気が流れていたが、三人の生徒だけは違っていた。

すでに午前の授業全てが終了し、談笑が響き渡る教室でトウジとケンスケだけは暗く重い空気を放っていた。

運動場を望める窓際の座席に座るレイはいつもどおりなのだが、昨日シンジたちと昼食を取ったことと比べるとまるで花が萎れるかのように元気がない。窓の外を呆然と眺めているのだが、運動場には彼女の知った顔は誰もいない。ヒカリが何度か話しかけても全く相手にしなかった。

「なんで転校生こんのやろ」

「俺が知るわけないだろ」

トウジとケンスケはクラスメイトたちが楽しく食事を始める中で手元にある購買のパンを齧っているが、味気ない。

昨日、彼らはエヴァから降ろされ、抗生剤を注射された後は保安部に尋問を受けていた。何時間にも及んだ尋問で疲れきったところでようやく釈放されたのだが、補導歴にはきっちりとその罪科が記録された。

帰宅しても家族に叱られ、風当たりが強かったので学校に逃げてきたのである。

罪悪感がたまっていく一方で謝る相手がいないというのが精神的にきついのである。

「せめて謝りたいんやけどな」

「自業自得よ。その罪悪感を経験として成長しなさい」

トウジの独り言に教室に入ってきたマリアが返答する。

このクラスの生徒ではないのだが、シンジが転校してきてからは休み時間のたびにクラスに訪れるので、誰も問題にしていない。

「ま、マリアはん。マリアはんは転校生がきいへん理由しっとりますか?」

「知らないわよそんなの。私に毎日お弁当持ってくるって取引なのに、まさか二日で破るだなんて許せないわ」

学校に来ないことより、弁当を持ってこないことを怒っているマリアが本気なのか、冗談なのかいまいち判断できないが怒っているだけは確かである。

「ま、まさか俺たちがシェルター抜け出したこと怒ってる?」

「それもあるわね。自殺もいいとこ。しかもシェルターの扉を開けていたから無理心中かしらね。次から死にたくなったら言いなさい。とびっきりの虐殺者を紹介してあげるわ。その場合、彼の気分しだいでとっても痛い場合があるからスリルも十分に味わえるわよ」

「「……ごめんなさい」」

逆らいがたい迫力を感じて素直に謝ってしまう。

「謝る相手が違うわ。謝るべきは巻き込まれかけた人たち、あなたの心配をしてくれた人たち。その後にシンジあたりじゃないかしら」

ヒカリをちらと見て、意識させようとするが、トウジは全く気づかなかった。

「……そ、そやな。転校生は許してくれるかの」

「シンジのことだから許すも何も怒ってすらいないと思うわよ。……どうしたの、レイ?」

マリアに気づいたレイはゆっくりと近づいてくる。レイにとって自分と同じ感じがするマリアは心のよりどころとなっている。

「……友達になったのに、……来ない」

不安を混じらせた声のレイ小さな子供のようである。そんなレイにマリアは優しい笑顔を浮かべながら語る。

「それは悪い子ね。でもね、友達を信じてあげられないのも悪い子のすることよ。もう少しまってればきっとくるわ。来なかったら私の弁当の分も含めていたぶってあげるから安心していいわ」

その様子は名前の通り聖女のようで、トウジとケンスケはいきなりの変貌に面食らった。

「(な、なんかワイらと話すときと性格違わへんか)」

「(あ、ああ。性格が逆転したみたいだな。も、もしかして、百合?)」

「そこ、聞こえているわよ。私はね、レイのような可愛らしい子になら優しいのよ。レイは見た目は私の一番嫌いな女に似ているけど、性格的には真逆だからとても好ましいわ」

一番嫌いな女、というところで一瞬遠い目をしたのをレイは見た。

「……うん? どうやらシンジたちが来たみたいよ。窓の外を見てみなさい」

シンジというより、セイバーとユイの気配に反応して答える。

急いでレイが窓の外を確認すると、そこには特徴のある三人の人物が校舎に向かって歩いてくるところだった。

談笑しながら歩いているが、シンジはレイに気づいたらしく思いっきり手を振ってくる。

「ね、待ってれば来るでしょ。シンジは信用してもいいわ。あれは絶対に裏切ったりはしないから」

後ろに近寄ってきたマリアの声に小さく頷き返す。






「遅いわ。凄い待ちくたびれた」

「ご、ごめんなさい。はい、マリアさんお弁当」

「お礼は言わないわよ。でも、いただきますぐらいは言ってあげるわ。いただきます」

「う、うん。(こ、この人がよく分からない)」

「…………」

「え、えっと、は、はいこれは綾波さんの分。お、お肉嫌いみたいだから野菜ばっかりだよ」

「………そう」

「レイそれはだめよ。せめていただきますとかありがとうぐらいは言わないとダメ」

「………いただきます。ありがとう」

「こ、こちらこそ(なんか変な感じだな)」

「ねえ、ユイ」

「なにマリアさん」

「私はにんにく味が好きだからね」

「………つ、作れと?」

「レイだけ好きなものを作ってもらってずるいわ」

「………(やっぱりこの人は分からない)」

「……私はにんにくラーメンチャーシュー抜き」

「それも美味しそうね。じゃあ、それをお願いするわ」

「お弁当でそれは無理」






「転校生!! ワイを殴ってくれ」

「うーん、パス。今はこのユイが愛情をこめて作ってくれたタコさんウインナーと今まで食べたことのあるウインナーとの違いの検証を行うつもりなんだ。違いがあるのは明白だがそれがどれほどの差であるのかを脳内検証しなければいけないという任務があるんだ」

シンジは土下座するトウジをあっさりとスルーする。というか即座に、「よし分かった」といって殴る人間はめったにいないだろう。

ケンスケは土下座するトウジの後ろに立っている。謝るということに恥ずかしさを覚えており、行動に移せないでいる。

「そんなもんあとでいいやろ!! 頼む、ワイを殴ってくれ」

「イヤ」

「なんでや!!」

「殴る理由がないからかな。たぶん、昨日のことで責任感じているんだと思うけど、あれは僕が勝手にやったことだから君が気にする必要はないよ」

シンジは全く取り合わない。シンジの考え方だと本当にその通りなのだ。

「し、しかし、だったらワイのけじめがつけられへん」

「けじめなんて考える必要はないよ。もし謝るというのならそれは君を心配してくれる人、君が死んだら悲しんでしまう人たちに謝るべきだろう。まずその人たちに謝って、それでもけじめがつけられないというのなら僕に謝りに来てくれ。そのときは真面目に聞くとしよう」

タコさんを齧り、「これはどんな美食家であろうとも食せない最高の味だ。できることなら何度でも復元したいのに、できないだなんて。神よ、僕は貴方を恨みます」と悔しそうに呟く。

トウジとケンスケはシンジの言葉に考えさせられた。

トウジは妹にこっぴどく叱られており、ケンスケは唯一の肉親である父親に殴って叱られた。

その理由には気づいていたが、改めて言われるとそれがどれだけ相手にとって深刻だったかが分かる。

「「すまん、転校生」」

「だから僕に謝らなくていいって」

「そうやの、ならありがとうや。大切なことを教えてくれてホンマありがとうや」

「その言葉はちゃんと受け取っておくよ。それと僕は碇 シンジだ。友達なら覚えといて」

その笑顔は実に穏やかなものだった。その姿は大はしゃぎするいつもの姿とは全く別物で大人のような感じを与えた。

「ああ、これからよろしくな、碇」

「ならワイはセンセと呼んでいいか?」

「センセ?」

「そや、尊敬しとるからセンセと言おうとおもうんや。悪くないやろ」

「うーん、変わったあだ名なら僕もとある人につけたこともあるし、まっ、それでいいか」

最初は結構嫌がられたよな、とその人物の顔を頭に思い浮かべる。

「おおっ、ワイらはこれで親友やな」

「親友か。よし、分かった。僕もトウジ、ケンスケと呼ぶことにしよう。これからよろしくだ」

「でさ、その親友に頼みがあるんだよ」

ケンスケが身を乗りだし、さらにトウジと目配せをする。

「親友の僕にしか頼めないことか。何でも言っていいぞ」

シンジの言葉に小さくガッツポーズを決める。

「「碇さんの手作り弁当を食わせろ!!!!」」

「絶交だ。10秒で絶交だ!! ユイの手作り弁当を誰がくれてやるか!!!」

おかずを狙い、襲い掛かる魔手から弁当を守る。まだ、味わっていないおかずを取られるわけにはいかないとかなり殺気立っている。

「何でも言えって言っただろ」

「叶えるとは言ってない」

「センセは毎日作ってもらえるんやろ。ワイらにも少しは分けてえな」

「断る。毎日作ってもらえるといったが、その毎日の弁当を食すことに意味があるんだ。絶対に分けてやることはできない」

弁当を抱えて逃げ出すシンジを二人で追いかける。両手が塞がっている状態でも全力で走るシンジには全く追いつけず、結局弁当はシンジだけのものとなった。

この日からは毎日このような光景が繰り広げられているのだった。その際、なぜか毎日弁当を狙ってくる男子生徒の数が増えていくということになるのだが。
あとがき

11話やっとできました。

みなさんにお尋ねしたいことがあります。もうすぐ登場させる予定のアーチャーのサーヴァントなのですが、

①原作と同じ人物にする。(原作を知らない方へ。アーチャーはどのシナリオでも主人公に助言するメインキャラの一人でした。凛の元サーヴァントです。凛ルートでは最初から最後まで活躍しました)

②強い英雄ならば誰でもいい。(作者の判断に任せるってことです)

この質問に答えていただけないでしょうか。①、②でお答えしてください。選んだ理由は書いても書かなくても結構です。

締め切りは2/1(来週の水曜日)までとします。

ぜひお答えください。

訂正しました。



[207] Re[11]:正義の味方の弟子 第12話
Name: たかべえ
Date: 2006/01/30 09:31
正義の味方の弟子
第12話
薄氷の友情






おかしい。赤木 リツコは端末を覗きながら疑問に駆られる。

画面に映し出されているのは、先の第4使徒―シャムシェル戦の記録である。

そこには決してありえない光景が写っている。

「……二本しかないはずのプログナイフが三本になっている」

使徒のコアと目されている部分に一本、そして、謎の爆発をした二目。二本目と同様に謎の爆発をした三本目。

これに気づいたときに、整備部に問い合わせたが、初号機には確実にプログナイフは二本しか装備されていなかった。なのに、確かに三本目が存在している。

使徒の死骸の保存現場では爆発で飛び散ったナイフの破片の捜索も行っているが、どれだけ集めても一本分、つまり壊れなかった一本目も含めて、やはり二本しかないという物証が上がっている。

「この世界は謎だらけね。いえ、謎はやはりサードなのかしら」

謎の急激なシンクロ率上昇。上昇の直後は脳波が一瞬乱れているが、その後はまた平常値に戻っている。

過去に人を殺害しており、裁判では正当防衛ということで無罪になったが、その事件がなかったら所在の手かがりすら掴めなかっただろう。この事件でも子供が成人男性の膂力に勝てるか、という問題がある。先日、通学している学校での体力診断では超中学生級の運動能力を発揮している。これはイギリスでの知り合いだというセイバーにもいえる。

ともかくサードには謎が多い。どこかの組織に所属している可能性もあるが、その組織らしきものは発見できていない。

「でも最大の謎は初号機ね。これもサードの力、それとも彼女が目覚めている証なのかしら」

肘から先を断ち切られているのを筆頭に全身に被害があり、素体の修復、修繕には最低でも2週間以上かかると見られていた。なのに、たったの40時間で新しい右腕が生え、すでに完全に再生しきっている。周りのLCLを吸収し、その腕を復元させていた。

装甲のない剥き出しの腕はただただ敵を殴るためにあるかのようで、その禍々しさを隠そうとしない。

原因は分からない。だが、はっきりといえることはある。

初号機は戦うためにある。そのために体を再生させている。戦いに赴く主たる少年のために、従者として後れを取らないようにその体を万全にしているのだ。

「……ほとんど洒落のつもりだったのに。今の初号機は本当の鬼ね」






7月の強い日差しの下、シンジたちの学校ではプール開きが行われていた。

セカンドインパクトの際に、被害が海から広がったことから一時は水に浸かると体が溶けるという迷信がはやったが、人の生活にとって水は欠かせなかった。

迷信などすぐに廃れたが、それでも潜在的に水が怖いという人はかなりの数いるのである。

そんなこんなで、ユイがプールで泳げなくて大騒ぎしていても何の問題もなかった。

「せ、セイバーさん。ぜったいに、ぜったいに手を離しちゃダメだよ」

「離しませんから安心してください。力が入っていると体は浮きませんよ」

セイバーに手を取ってもらって、バタ足で冷たい水の中をバシャバシャと動かすのだが、のろのろとしか進んでいない。

「足をもっと早く動かさないと沈みますよ」

「そ、そんなこといったってー」

「ほら、どんどん沈んでいます。もっと早く動かして」

「これでも限界速なんだよ(泣)」

ギャラリーの女子生徒たちはそんなユイを笑ったり、仲のよさに微笑んだり、ちっセイバーお姉さまに手を貸して頂けるなんて羨ましいとか、はぁはぁごっくんカナヅチっ子萌え~とか、様々な反応を示す。

余談だが、ここでユイ、セイバーの現在の姿について説明しておこう。

ユイは学校指定の紺のスクール水着の『体型を等しく見せる』という特性を壊す、まさに英雄的所業をしていた。手足は細く、腰も細いため、逆に同年代の平均以上ある胸はより強調されているようである。それはもはやこんな水着ごときではどうしようもならないのである。そんな彼女がじたばたと、もがくたびにある種の感慨がわいてしまう。

逆にセイバーはスレンダーであった。改めてみると、その体には染み一つなく、金髪の髪が太陽の下、きらきらと輝いている様は美の女神の水浴びを想像させる。その彼女が同い年の少女に優しく微笑んでいるため、一部の趣味を持つ女子生徒はもう臨界点突破寸前である。

そんな二人に近づく人影があった。

「英霊なのに水泳ぐらいで戸惑うなんて。日本語ではこう表現するべきなのよね、情けない」

「直球すぎだよ……」

合同授業のため、隣のクラスのマリアも授業に参加しているのだ。だが、彼女はほとんど泳がず、ユイをからかって楽しんでばかりいる。実際には記録が出そうなほどの速さで泳げるのだが、

「肉体労働は嫌いよ」

といって、全くやろうとしないのである。

レイはマリアの隣について周り、セイバーに掴まっているユイを不思議そうに見ているだけである。どうやらエヴァ以外の自分にできることは誰にでもできることだと考えている節があるようだ。

さらに余談だが、ここでマリアとレイの萌えポイント、ごほんごほん、格好について説明しよう。

今のマリアはまさに理想の少女体型である。細すぎず、太すぎず、それはまさに愛らしいという表現が相応しい。長い銀髪は結い上げており、男子たちが一度も見たことのない姿は言うならば、『マリアver2』といったところか。

レイは細すぎるのだが、それでも美しさを損なわない細さである。白さ、細さを兼ね備えた姿はスクール水着の紺色によってさらに強調され、さらに水着のサイズが若干小さく、肉に食い込んでしまっている様子は年頃の男子が見たら、失神してしまうだろう。

以上、お目汚し申し訳ありませんでした。m(_ _)m

しばらくユイをながめていたマリアだが、隣にいるレイに耳打ちする。

「レイ面白ければ笑っていいのよ。一番いい笑い方は相手を上の視線から見下ろし、口の端を吊り上げてハッと笑うことよ。このとき、腹筋を使って発音することが重要だわ。例を見せてあげるわね。……ハッ」

「ううっ、何にも悪くないはずなのになんでか謝りたくなる。ご、ごめんなさい」

マリアのその冷たい視線はユイに向けられている。これだけで敗北感に襲われてくるのは熟練の技によるものだからだろうか。

「……わかったわ」

「分からないでいいよ! 一生、理解できないでいいから真似しようとするのはやめて。謝りたくなるから」

「……そう」

ユイの必死の説得にレイはまた一つ学んだようである。

「でも、シンジの姿が見あたらないわね。シンジだったら、覗きぐらいにくるかと思っていたのだけど」

来ると予想していたのだが、その気配を全く感じない。ちなみに他の女子生徒も「そういえば意外よねー」「絶対水着見て大騒ぎしそうだよね」「さっきなんでかグラウンドの端っこで丸くなってたよ」と来ないことを訝しがっている。

これは悪い意味ではなく、いい意味で言っているのだ。シンジは年頃の男の子でありながら、なぜか照れる、恥ずかしがるということをしないのである。そのためクラスの女子にとって親しみやすいのだ。相手の容姿などに関しても照れることなく褒めるので、髪形などを変えたときは男子の評価代表としてシンジの意見を聞くのだ。

「シンジはね、もし覗きにきたら絶交するよ、って言ったら泣きながら承諾したよ」






「ユイと絶交、ユイと絶交、ユイと絶交、覗いたら絶交、ユイと絶交…………」(ぼそぼそ)

シンジは陰鬱な空気を放ちながら、ぶつぶつと独り言を呟き続ける。そこには近寄りがたいオーラが蔓延している。

「(おい、碇の奴大丈夫かよ)」

「(ワイに聞くな)」

トウジとケンスケは遠巻きに眺めているだけである。

男子はグラウンドでサッカーをしているのだが、シンジだけは授業の初めから参加していない。

「おい、選手交代だぞ。(碇の奴はまだ元に戻らんのか)」

体育教師も今のシンジには近づきたくないらしい。シンジから遠く離れているというのに小声になってしまうのは本人たちにも分からないのである。

「(多分、この授業のあと、碇さんに声かけてもらわん限り復活せんやろ)」

「(この精神的不安定がなければ、サッカー部にすぐさま入部させるのに)」

シンジは身体能力的にどの部に入ってもすぐさまレギュラーになれるほどなのだが、ユイの言葉一つでとっても傷ついてしまう、まさに心は硝子、な少年なのである。そのため、本当に入部させていいのか、と考えさせてしまうのである。

「うわあああああああああっ!!!!!!!!!!!! 嫌だ、絶交だけはいやだーーーーーーー!!!」

突如、断末魔のようなシンジの叫びが響き渡り、その声に学校中の人間が何事かとグラウンドに視線を集中させ、なんだまたあいつか、と授業に戻っていく。この学校ではシンジはすっかり有名人なのである。

「……あいつを一瞬でもすごいって思った自分が馬鹿らしくなってきたんだけど」

「……ワイもや」

「……ていうか、授業参加しろよ」






「あの叫び声すっごく面白かったわ。特にあの叫び声に反応したユイが」

「ほほう、具体的にはどんな感じだった。『もう、シンジはボクがいないと全然だめなんだから。しょうがないから一生そばにいてあげる』とか言ってもらっていたら、凄く嬉しいんだけど」

「ほとんどそんな感じよ」

「サラッと嘘言わないでよ!! シンジもガッツポーズ作らない! って今度は何で泣くの!?」

昼休み、いつも同じように屋上で食事をしながら、会話である。

最近分かったことだが、マリアは他人をからかうことに楽しみを感じる人で、その対象が現在、ユイに向いているのである。

隣り合っているシンジとマリアはネタ合わせしているかのように息のあったプレイでユイをからかっている。

「で、話を戻すよ。今日、ボクたちの家でミサトさんがパーティーしたいからってことでマリアさんと綾波さんも来れないか?ってこと」

ユイは脱線した話題を本線に戻す。

最初はミサトのマンションで行おうとしたのだが、大人数になるため、シンジたちの家が会場に抜擢されたのである。

人数はシンジ、ユイ、セイバー、ミサト、リツコ、他ミサトとリツコが誘ったメンバーであるので、こちらも何人か誘おうとしてそのメンバーにレイとマリアが選ばれたのである。だが、

「悪いけど、私は行かないわ。夜は敵を探しに行かないといけないの」

即答した。敵の前で敵を探しに行くと答えたのである。

「……敵? 誰と戦っているの?」

レイは疑問をぶつけた。ここにいる5人の中でレイだけが聖杯戦争について無知なのである。

「さあ。誰かは分からないわ。でも確実に敵はいるの。シンジだって敵の一人だもの」

その言葉にユイは自分の勘違いに気づかされた。マリアは既に味方だと思っていたのに、敵であると断言したのだ。

セイバーはその発言によって、緊張を取り戻す。シンジによって交戦は止めろといわれていたが、相手が敵対の意思を示すというのであれば、躊躇する理由はなくなる。

シンジだけは別段緊張することなく、マリアの隣でただおかずを摘み、

「戦うのは夜のマリアと僕たちだ。昼の僕たちとマリアは友達だ」

「そういうこと。今笑いあっていても、夜になれば私たちは殺しあうわ。薄氷の友情、裏切りを前提とした友だち。どちらかが脱落するまでこの関係は続くわ」

「じゃ、じゃあこの戦いが終われば、本当の友達になるの?」

ユイの言葉を、本当に、心の底から、マリアは馬鹿にした。

「脱落するということは死ぬか、サーヴァントを殺されるかよ。つまり、私の場合は私かスラータラーが死ぬか。貴方たちの場合はシンジかユイとセイバー、それが欠けた時よ。そうなったときに、本当にまだ友達でいられるの?」

大事な人を殺されてまだ相手を好きでいられるか、そう問いかけたのだ。

できるわけがない、だって大事な人が殺した相手を好きでいられるのなら恨みという感情はこの世に存在しない。

「一番いいのはスラータラーが死ぬことね。でも、それはないわ。だって、セイバーではスラータラーには敵わない。それはもはや必定よ。ユイ、いえライダーだって能力では遠く及ばない」

「ぐっ。まだだ。私はまだスラータラーに負けを認めていない。次に対峙する時は確実に勝利する」

殺気をこめたセイバーに冷たい声でマリアは答える。

「では、街に来なさい。そのときに相手してあげる。今、この街には最低でも私たち以外に2騎以上のサーヴァントがいるわ。1騎はおそらくアサシン。こそこそと動き回っていて、私はまだ遭遇していないけど確実に存在している。もう1騎はランサー。そのマスターともども確認したわ。問題はマスターのほうね。あれは確実に魔術師を殺すことに長けているわ。私もあと少しで殺されるところだったわ。銃器を平然と使っていて教会の騎士の紋章をつけていたわ」

魔術師は現代兵器を忌み嫌う傾向にある。その中で銃を持つなどという魔術師は珍しいのである。

そこでシンジは唇をかみ締め、敵の名を告げた。

「……間違いなくジャンだな」

「知っているの?」

敵の情報を知っているシンジに情報をねだる。

「ジャンは教会の騎士だ。姓はラインハルト。聞いたことあるだろ」

「……教会の暗殺者家系。教義の敵を討つ猟犬ね。まさかそんなのが参加していただなんて。しかし、あの家は教義の穏便化によって没落したと聞いているわ」

ラインハルト。中世の最も基教の教義が厳しかった時代に名をはせた一族である。

代行者やエクソシストのように人を脅かす魔を倒すのではなく、他宗教の要人、魔術師などの暗殺を行うことで、裏から教義を支えていた一族である。だが、現在の、相容れないまでも滅亡させるほどではない、という状態になってから、急速に力を落としだした一族である。

「でもその魔術と技術、そして積み重ねた栄光と業は残っている。だから、今は教会の中でも爪弾きを受けていると本人から聞いた。悪いけど、これ以上はもう言えないよ。これ以上言ったらジャンに不利になる」

そう、と呟きマリアは立ち上がった。

「ユイ、お弁当美味しかったわ。明日もちゃんと持ってきてね。ここでは友達なんだから」

立ち去ろうとするマリアに声がかけられる。

「…………どうして」

レイだった。

「どうして、敵なのに友達になったの?」

それは当然の疑問。相手を知らなければ躊躇も後悔もない。なのに、なぜ友人になったのか。

その問いに、振り返りもせずに答える。






「だって、こんなに楽しいじゃない」






歩き出した。もう振り返らない。

ユイとレイはマリアの答えの意味が分からない。なにが楽しいのだろうか。

悩む二人に今度はシンジが問いかける。

「ねえ、二人はさ、みんなと一緒に、マリアと一緒にいて楽しかった?」

「あ、当たり前だよ。だから今、敵だって言われて辛いんだから」

「それが答えだよ。つまりさ、今楽しいのなら、それが後に辛くなると分かっていても、してしまうだろ」

それが答え。

「僕もマリアと一緒にいるのは楽しいって思うし、敵になるのは辛い。でも、友達としてすごした楽しかった記憶が消えるわけではない。だから、マリアは僕を友達にした。どんな結末を迎えたとしてもこの楽しかった思い出は残る」

狂った答えだ。相手を殺したとき、その思い出が苦しめることにもなるだろう。なのに、それでもと傍にいることを選ぶのだから。

「マリアは僕たちを殺しても、僕たちに殺されても後悔はしないだろうね。でも、僕はマリアを、できればジャンも死なせたくないな。ジャンとも楽しい思い出があったから。それを思い出の中だけのものでいさせたくない」

シンジはいまだ考えるレイを見る。

「レイ。あまり深く考えることはないよ。人の考えとレイの考えは違うでしょ」

「……貴方たちはどうしてそんな考え方ができるの?」

「僕の場合は正義の味方、っていうのが最適な答えかもね」

「正義の味方?」

レイにとっては聞きなれない言葉であった。

「大勢の名の知らない人のために、自分を犠牲にする人の呼び名だよ。僕はその生き方と在り方を突き進もうと思っている。だから、誰かが死ぬのを嫌だと思うし、みんな幸せになればいいと思う。そのために僕は不幸にしないということをやっている」

「……でも、人は死ぬわ」

レイは理想に対し、冷たい現実で答える。

シンジは俯きながら笑顔をこぼす。

「うん、その通りだ。人はいつか死ぬ。これは覆せない定理だ。でも、昔の僕はそれを認めるのが嫌で、がむしゃらにあがき続けていた」

でも、できなかった。失敗で終わった。だが失敗だけでもなかった。

『本当に大事なのは救える力ではなく、救おうと思う意思なんだと俺は思う』

初心に戻らされた。その言葉があったから、立ち上がろうと思えた。

「人は死ぬ。でも、死ぬまでの時間を先延ばしにすることはできる。今ここで死ぬしかない人をこの先10年、生かせられるようになるかもしれない。そして、その間にその人は幸せを感じられるかも知れない。僕はそれを希望にしている」

希望さえあれば頑張れる。

「もしレイが助けてほしい、と思うのなら僕は絶対にレイを助ける。それが僕のあり方であり、レイを大事だと思うから。マリアに対してだってそうだ。助けを求められたのなら、絶対に助けに行く」

「……敵なのに?」

「敵であることとその人を救わないことに関係性はないよ。僕にとって敵であるその人も他の誰かにとっては大事な人かもしれないだろう。マリアは僕にとって大事な友達だし、レイにとっても大事な人なんじゃないの?」

レイは首をこくりと縦に振る。唯一、仲間と思えた人物なのである。

「だったら、僕は絶対にマリアを殺さないで倒す」

そこまで言って、はたと本題を果たしていないことに気づいた。

「そうだ、レイはパーティーに来る? 退屈させないと約束するよ」




結局そのパーティーはミサトがアルコールを大量に持ち込んだことで酒盛りに近い有様となった。

ユイは料理の作成に駆り出され、その夜は大忙しであった。

その場には物静かな一人の少女が騒がしい少年に先導される形でその大騒ぎに参加していた。

その騒がしさが幸せに思える日はまだ遠く、でも確実に近くなっている。






「ねえ、シンジ君」

「なんですか? 赤木さん」

「ミサトのことを姉さんって呼んでいるようだけど、何があったのかしら?」

「別にたいしたことはしていないですよ。僕は年上の女性は姉さんって呼ぶことにしてるんです。なんならリツコ姉さんって呼んでもいいですよ」

「ふふっ、遠慮しておくわ。シンジ君、使徒に関する報告を聞いたかしら。人間と使徒との違いは遺伝子的にはたったの0.11%しかないってこと。これってどういうことなのかしらね」

「中学生にそんなこと分かるわけないでしょ」

「それもそうね。ごめんなさいね変な話をして」

「あっ、でも仮説でよければ一つ思いつきましたよ」

「……へえ、興味あるわね。言ってみて」

「生物は環境に合わせて進化・退化します。モグラは地中を潜ることができますが、その代わり光を失った。もし、あのような巨体かつ強力な武器がないと生き残れない環境があり、そこに人間がいるとします。そこにいれば、もしかしたら人間はああなったりするかもしれませんね。もちろん、そうならない可能性だってあります。例えば、エヴァ。僕たちは勝てる体になるのではなく、勝てるものを作り出す事で僕たちは使徒に勝とうとしている。使徒と呼ばれる前の人は体を変え、僕たちはエヴァを駆っている。その違いが0.11%の相違を生み出した可能性だってあるわけです」

「……なるほど。でも、そうした場合、使徒と人間にとっての最初の生命は同じだったということにならないかしら」

「そんな何千年も前のことなんかどうでもいいじゃないですか。神話の中じゃ、神様が全てを創り出したってのが当たり前ですし」

「楽天的ね。もしかしたら、今貴方が言ったことが学会に認められるかもしれないのよ」

「議論するよりも、人語を理解する使徒に説明でもしてもらったらいいでしょ。そしたら、万事解決です」

「そんな使徒がいるのなら、攻めて来るなって言ったほうが早いんじゃない」

「あっ、それもそうですね」

「ふふっ。邪魔したわね。そうそう、もう一回質問していいかしら?」

「はい? なんですか」

「……貴方、何者?」

「正義の味方ですよ」

「……本気で言っているの?」

「はい。マジで言ってます」

「じゃあ、貴方にとって正義の定義はなんなの?」

「人を不幸にしないことです。そのために全ての人に生きていてもらうことです。だから、友達の命を守るためにその友達と戦うつもりですよ」






深夜。新月の夜、一ヶ月で最も暗い夜にそれはいた。

シャムシェルの死骸を覆うテントの中で影が蠢く。

全身を漆黒の外套に隠し、顔の部分だけが、付けている白のお面によって異色を放っている。

「―これが魔術師殿の望む品か」

シャムシェルの死骸に手を触れる。外套から突き出される腕もまた黒く、ともすれば全身黒だけでできているのではないかと想像される。

「―だが、肝心の心臓が足りぬ。既に持ち去られているか」

外套を引きずり、死体の上を進む。その姿は死肉に群がる蛆のようだ。

「―仕方ない。肉だけでも持ち帰るか」

腕を振るうと肉の一部が千切れ、影の下に肉が飛んでくる。

肉を外套の中で抱え、立ち去ろうとすると美しい声が響いた。






「へえ、鋼糸を武器にしているのね。暗闇の中の黒い糸を見つけるのは苦労するものね」






影が声を聞き、一瞬に後方に飛び退り、そして見やる。そこには膨大な殺気が佇んいた。

月明かりもないこの暗闇の中でなお美しく輝く銀色の髪の少女。その隣にいる凶悪な殺気を鎧とした鋼鉄の肌をもつ男。

「―なぜ、そこにいる」

自分の感知範囲内だというのに声をかけられるまで全く気づけなかったことに相手に尋ねる。

少女は小ばかにするような笑みを浮かべる。

「貴方みたいな三流のサーヴァントにはこの魔術、理解不能でしょうね。ここは既に私の結界内よ。使徒と呼ばれる幻想種の死肉、魔術師であればそれを欲すると思って、張っていてよかったわ。貴方みたいなのがやってくるから。ねえ、アサシン」

そのサーヴァントのクラスを言い当てる。

アサシンのサーヴァント。影から影へと潜み、標的を暗殺する英雄。その強さは影へ潜むことで感知されないうちに敵を殺すことにある。姿を見られることは完全に手落ちなのである。

「こそこそするしか能のないドブネズミ。私の虐殺者(スラータラー)の手にかかって血反吐を撒き散らしなさい」

少女は隣にいる破壊の権化に命令する。

「殺しなさいスラータラー。遠慮は要らないわ。『宝具』の使用許可も出してあげる。こいつを肉片に変えなさい」

「ハアアアアアアッ!!!!!!!!!!!!!!」

「―ッ!!」

虐殺者と暗殺者。月のない夜、その二つの悪はぶつかった。








あとがき

今回はマリア大活躍!! というかこの子、メイン三人の次ぐらいに出番多いな。学校に行く=マリアが出てくる、という公式が成立してしまっている。

マリアは自分で作ったキャラとしてはかなりお気に入り。甘いだけでなく、厳しいだけでもない少女。素敵過ぎる。

アンケートですが、もうすぐ締め切りです。意見のある方はどうぞその思いのたけをぶつけてください。

繰り返しますが、アーチャーのサーヴァントを、

①原作と同じ人物にする。(原作を知らない方へ。アーチャーはどのシナリオでも主人公に助言するメインキャラの一人でした。セイバーの前に凛と契約していたサーヴァントです。凛ルートでは最初から最後まで活躍しました)

②強い英雄ならば誰でもいい。(作者の判断に任せるってことです)

①、②でお答えください。締め切りは2/1までです。できれば、その際に感想も載せていただけると感激です。

試験があるので、次の更新が未定です。気長に待ってください。



[207] Re:正義の味方の弟子 番外編その1
Name: たかべえ
Date: 2006/02/06 08:53
正義の味方の弟子
番外編
会談






カツン、カツン、と革靴が石畳を叩く音が聞こえる。その音を鳴らすのは一人の少年。

白い髪に、赤い瞳。右腕には赤い布を満遍なく巻きつけており、その服装は真っ白なタキシードである。

やがて、その少年が口を開く。

「諸君、僕はユイが好きだ」

それは静寂の中響き渡る。その声を聞くものはシンと静まり、物音一つ立てない。

「諸君、僕はユイが好きだ」

もう一度、繰り返す。






「諸君、僕はユイが大好きだ」






「はにかむユイが好きだ。大笑いするユイが好きだ。泣いているユイが好きだ。困った顔のユイが好きだ。寝ているユイが好きだ。喜ぶユイが好きだ。怒ったユイが好きだ。ユイの全てが好きだ」

「部屋で、廊下で、台所で、学校で、教室で、屋上で、ネルフで、街中で、この地上で見かけるありとあらゆるユイが好きだ」

「僕を見ると僕の名前を呼んでくれるユイが好きだ。僕が名前を呼ぶと笑顔を向けてくれる様子は心がおどる」

「ユイと一緒に遊ぶのが好きだ。最後に楽しかったね、と笑いかけてくれたときは胸がすくような気持ちだった」

「ユイとのんびりとテレビを見るのが好きだ。ホラー映画を見て、怖くて僕の袖にしがみついたときは感動すら覚える」

「ユイとセイバー姉さんが一緒に昼寝している様はもうたまらない。ユイの寝言に僕の名前が出てくるのも最高だ」

「宿題の問題が解けずにそれでも尚頑張り、テストでいい点を取って喜んでいる様子は絶頂すら覚える」

「ユイに怒られるのが好きだ。ユイに嫌いと言われることはとてもとても悲しいものだ」

「ユイに殴られるのが好きだ。僕とユイが恋人のように仲良く歩いているのに、こんな子とは付き合わないほうがいいよ、とユイが見知らぬおばちゃんに言われるのは屈辱の極みだ」

「諸君、僕はユイとの萌えを、萌に溢れる幸せな生活を望んでいる」

「諸君、私に付き従う大隊戦友諸君。君たちは一体何を望んでいる?」

「さらなる萌えを望むか? ベタベタ甘々な私生活萌えを望むか? 萌語電波の限りを尽くし、三千世界の烏に胸焼けを起こさせる様なもはや公の場では口に出せない萌えを望むか?」

ガガガガガガガガガガガガッ!! 

今まで静まっていた男たちが大声を上げる。

『萌え!! 萌え!! 萌え!!!』

「よろしい。ならば萌えだ」

「我々はまさに満身の力をこめて、萌えを叫ばんとする弁舌者だ。だが、いつもいいところで誰かに邪魔される我々に、ただの萌えではもはや足りない」

そこで一呼吸おく。






「大いなる萌えを!! 一心不乱の大萌えを!!」






「我々はわずかに一個大隊。千人に満たぬエヴァss読みにすぎない。だが諸君は一騎当千の兵(つわもの)だと私は信仰している。ならば我らは諸君と僕とで総戦力百万と1人の軍集団となる」

「メイド服、ナース服、白衣、プラグスーツ。この世に存在する全ての萌えコスチュームをユイに装備させよう。ネコ耳、尻尾、肉級グローブなどの小道具も忘れない」

「君たちに真の萌えとは何かということを教えてあげよう。この胸の高まらせるものを君たちにも共有させてやろう」

「第二次人類補完計画、始動」

「往くぞ、諸君」






「シンジ、キモいから止めてね。あと、お買い物行ってきてくれない」

「……………」






……補完、失敗。








楽屋裏 というかこっちが本命

シンジ(以下、シ)「ふー、いい仕事したなあ。ユイ、どうかした?」

ユイ(以下、ユ)「……シンジ、あれってどういう意味? なんか頭に湧いたの?」

シ「なに言ってるんだい。僕の思いの丈を素直にぶちまけただけだよ。僕のユイへの思いを言葉で表すならあのような表し方しかなかったんだ。しかも、Type-moonは吸血鬼ネタの『月姫』をだしているからね」

ユ「上のは違う吸血鬼でしょ」

セイバー(以下、セ)「馬鹿さ加減に磨きがかかってきましたね。シンジ、これからは息しないでいいですよ」

シ「生きるの否定されたー!!」

セ「すみません間違いました。訂正します。自然に帰ってもいいですよ?」

シ「存在もダメ!? 死体でも!? しかも疑問形にすることで最終判断を僕にさせ、責任回避もしてる!? だが、それはそれでありだな」

ユ「ありなんだ」

シ「そう。僕が自然に帰ったのならば、僕の養分を吸って成長した野菜をユイが口に入れるかもしれない。そして今度はユイと一体化できるのであれば、僕は何の憂いもない。さあ、野菜たちよ。僕という養分で成長し、ユイに頬張られるがいい」

ユ「おすそわけの準備しなくっちゃ。ボクたちのところには何も残らないぐらいに配らないと。とくに野菜の類を」






ユ「ていうかさ、これ書いてるときの作者さんて明日に一番大事なテストがあるときじゃなかったっけ?」(実にその通りです。ユイ嬢)

シ「テスト前に限ってすごいネタが思いついてしまう作者の気持ちを察してあげて。テスト中に限って、この解釈ならどうだ、このサーヴァントの裏設定とかいいな、とか考えしまうのはもはや病気なんだよ」

ユ「……いやな病気だなー」

セ「人間としてはクズですね」

シ「そのクズが僕らの物語を書いているんだよ。僕と作者は一心同体。僕が萌えを望めば、それが世界の意思となって萌えストーリーが始まることになるんだ。これぞまさに究極の契約関係」

ユ「すいませーん、ルールブレイカー(どんな魔術契約も断ち切ってしまう短剣)ありませんかー?」

マリア(以下、マ)「そんなものはないけど、真打ちならここで登場よ」

ユ「あっ、マリアさんに綾波さん。どうしたの?」

マ「ちょっと遊びに来たのよ。髑髏面のアサシンなんかとにらめっこしているよりはよっぽど健全だわ」

レイ(以下、レ)「……暇だったから来た」

シ「ふむ。これでメインの萌えキャラは全員揃ったかな。そんな面々に囲まれるなんて今の僕はなんて幸せな男なんだ」

マ「……さっきまでの私はスラータラーにアサシンといったむさい男に囲まれていたのよ。なのに、不公平だわ」

シ「アサシンって人気ないよな。やっぱり多少、お門違いでももっと凄い英雄にしとけばよかったかな」

マ「今頃悔やんでも遅いわ。でも、どんな英雄がアサシンだったらかっこよかったか検討してみましょうか」






会談その1 アサシンは誰にするべきだったか?

マ「じゃあ、まずは私から言うわ。本音を言うけど、誰でもいいわ。どうせ、潰すんだから」

ユ「コンテンツ間違ってるよ!! というか、最初に言い出したのマリアさんでしょ。自分で否定してどうするの!!」

マ「だって、ねえ」

ユ「ねえ、って言われてもこっちが困るよ」

セ「では、私が言いましょう。私は明智 光秀を推します」

ユ「いきなり戦国武将きたなー」

セ「主人の不意を突き、暗殺、そのまま天下を乗っ取る彼は私のような存在からすれば最低の敵、かつて私もモードレッドに……、モードレッドー!!!!」

ユ「うわ、落ち着いて落ち着いてセイバーさん。というかそれってセイバーさんが倒したい敵でしょ!?」

セ「モードレッドは私が打ち倒しましたが、彼のような存在が敵として出てきたのであれば、容赦なく打ち倒します!! ええ、一切の容赦なくです」

ユ「こ、怖いよ。つ、次、綾波さん言ってみようか。だ、誰がいいと思う?」

レ「……ゴルゴ」

ユ「それはジャンルが違うー!!!! 駄目。そういうのは駄目」

レ「……そう分かったわ」

ユ「ふう。じゃ、次はシンジね」

シ「僕はもちろんユイだ!! ユイが暗殺者だというのなら、僕は喜んでこの命投げ捨て、……いや待てよ。殺しに来たユイを捕らえて、なぜ殺さないのかと聞いてくるユイに君は可愛い。そんな君は殺せない、と囁き、そして敵同士の禁断ラブロマンスに……」

ユ「よかったー。ライダーで」

セ「幸いでしたね。そういえば、ユイは誰がよかったのですか?」

ユ「え、ええ、ええと、…………大石内蔵助」

マ「斬新なアサシンね」

セ「大技は47人で一人を取り囲むんでタコ殴りでしょうか」

レ「……リンチ」

マ「凄い目立ちそうね」

セ「武士道に反するとかは考えないんでしょうかね」

ユ「うう…………」

マ「最初はね、伊勢 三郎という源平合戦に登場した人を出そうかと思ったらしいのよ。でも、この人は若くて美しい女性のためにしか働かないという人で、惚れた女性が実は男だったのよ。で、もしこの人を出したとしたら……」

セ「英雄は伝説と同じ弱点を持ちます。ということはやはり女と間違えて男に惚れるということでしょうか。まさか……」

ユ「今まで、まともに出てきた男はシンジぐらいだよね。ってことは……」

三人「………気持ち悪い」

レ「?」

マ「というわけで結局、除外されちゃったわ。じゃ、次は登場したアサシンの説明でもして、きれいさっぱり忘れましょうか」

セ「ええ、そうしましょう。あのアサシンの名前はハサン・サッバーハ、中東の暗殺者集団の頭領です。その名には『山の老翁』という意味があるそうです」

マ「ハサン・サッバーハというのは人名であり、役職でもあるわ。頭領になる者は自分の本来の名と顔

を捨て、ハサンを演じるのよ。アサシンのクラスは常に数多くいるハサンの内誰かが選ばれるわ」

レ「……アサシンという語源になった人たち。その人たちのことを吟遊詩人が語ったために暗殺者という意味で定着したの」(カンペを読む)

ユ「元々、アサシンというのは『大麻』という意味だそうです。(へー、そうなんだ)」(カンペを読む)

シ「ハサンの『宝具』は絶対に『ザバーニーヤ』という名を冠しているが、その能力はおのおの違う。マリアが戦うのも変な能力を持っているんだろうね」






会談その2 Fate本編に出ながらもまだ出てきていない用語の説明

ユ「Fate/stay night本編に出てきながらも、今まで説明する機会がなかった用語の説明をします。ここでは『英雄』と『反英雄』の説明をします。マリアさん、どうぞ」

マ「英雄とは大きく分けて、二つあるわ。それが『英雄』と『反英雄』。簡単に言ってしまうと『善』と『悪』の違いと言ったところかしら」

セ「『英雄』に関しては皆さんの思うとおりでしょう。竜を倒したり、人を苦しめる魔を倒したり、RPGの勇者のようなものです。逆に『反英雄』とは悪を為して崇められたものです。ことわざに『一人殺せば悪人。百人殺せば英雄』とあるように途方もない悪行を為して恐れられ、神格化されたものです」

レ「……悪でも英雄にはなれるの?」

マ「上で挙げたアサシンがいい例よ。人殺しという悪行をしながら、詩で謳われることで神格化したわ。でもね、反英雄にはもっといい例があるわ。ユイよ」

ユ「ええっ!? ボクって反英雄なの?」

マ「そうよ。反英雄の条件に悪を為して、崇められるとあったでしょう。これは例えば『一人の人間を殺したが、そのおかげで百人の人間が助かった』とするわ。この場合、人を殺したが、結果的に多くの人間を助けられたことになる。こんな場合でも反英雄となるのよ」

ユ「じゃあ、ボクの場合は?」

シ「ユイの場合は『人類全ての原罪を引き受ける』ことで悪となったが、その結果残りの人類全てが救われたことになる。つまり、ユイは究極クラスの反英雄なんだよ」

マ「本編に出てきたアンリ・マユという反英雄もそうね。彼の場合は『この世全ての悪』を背負った反英雄だったわ。罪と悪、かなり似たもの同士ね」

セ「つまり、私は英雄で、ユイとスラータラー、アサシンは反英雄となります。残りのサーヴァントたちがどうなるかは分かりませんが、今回呼び出されたものたちは反英雄だらけとなっていますね」

ユ「ところでマリアさん。なんで僕の詳細を知ってるの?」

マ「決まってるでしょ。番外編だからよ」






会談その3 セイバーの能力値

ユ「そういえばセイバーさんの能力値ってまだ出てきてないよね」

セ「そうですね。作者がうっかり載せ忘れていたので、ここで載せておきましょう」

==================

クラス セイバー

マスター 遠坂 凛

真名  アルトリア

性別  女

身長・体重   154cm・42kg

属性  秩序・善

筋力 A  魔力 A
耐久 B  幸運 A+ 
敏捷 B  宝具 A++

クラス別能力

対魔力:A Aランク以下の魔術は全てキャンセル。事実上、現代の魔術師ではセイバーに傷を付けられない。

騎乗:B 騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせる。魔獣、聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

詳細

かつてブリテンに存在したとされる王。岩に刺さった剣、『カリバーン』を引き抜き、王となった。円卓の騎士を率い、聖杯を求めさせたが、誰も持ち帰ることができなかった。

王の凋落は湖の騎士、聖剣の鞘をなくしたこととラーンスロットが王の妻との不貞を恥じ、彼の元を去ったことから始まる。

最後は自分と実の姉との不貞の息子、モードレッドに王位を簒奪され、それを撃つ為に、カムランの丘で死闘を繰り広げ、そして死ぬ。

死後は妖精たちの手によって、アヴァロンへと連れて行かれたという。

(本編での説明は長いので、かなり省略させてもらいました。)

技能

直感:A 戦闘時、つねに自分にとって最適な展開を”感じ取る”能力。研ぎ澄まされた第六感はもはや未来予知に近い。視覚、聴覚に干渉する妨害を半減させる。

魔力放出:A 武器、ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出することによって能力を向上させる。言ってしまえば魔力によるジェット噴射。セイバーは攻撃はもとより、防御や移動にも魔力を働かせている。

カリスマ:B 軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
カリスマは稀有な才能であり、一国の王としてはBで十分といえる。

宝具

風王結界(インビジブル・エア):C

約束された勝利の剣(エクスカリバー):A++

全て遠き理想郷(アヴァロン):EX

====================

セ「上のようになっています。『宝具』の説明ですが、以前やっているのでここではやぶかせてもらいますね。もう少ししてサーヴァントの数が増えれば、専用の資料も作るそうですので、そのときに本格的なものができるでしょう」

マ「こうして見ると、ユイの弱さが際立つわよね。ほとんどE判定だもの。しかもライダーなのに『騎乗』の技能も負けているわ」

ユ「で、でもボクの宝具はAだよ」

レ「……それもエクスカリバーに負けてる」

ユ「ううっ(泣)」

シ「ほら、ユイを泣かせない。僕がスラータラーに襲われたとき、ユイの『宝具』がなければやられていたということを忘れたのか?」

マ「それもそうね」

ユ「し、シンジ」

シ「さらにここで注目するべきところはそこではない。セイバー姉さんの身長・体重だ」

レ「154cm・42kg?」

シ「ユイの場合は、156cm・43kg。これだけなら、何の変哲もないように思えるかもしれないが、これにユイと姉さんのスリーサイズの違いをいれると大変なことになる」

マ「そうね。シンジはセイバーよりユイのほうが胸が大きいと言っていたわよね。ということはスタイルはユイの方が良いということかしら」

セ「なっ!?」

シ「そう。つまりサーヴァントとしてはともかく、女性のスタイルという点ではユイのほうが上回っていることになる」

セ「ち、違います。これは、その、そう、筋肉の差です。筋肉は脂肪よりも重いのです」

マ「あ~あ、認めちゃった。それは自分のほうが胸がないですよ、って言っているようなものよ」

セ「っ!?」

ユ「お、落ち着いてセイバーさん。ほ、ほらシンジたちがふざけているだけだよ。ボクとセイバーさんじゃほとんど変わらないよ」

マ「真実を教えてあげるのも優しさよ。クスクス」

シ「僕たちも辛いんだよ。ニヤニヤ」

ユ「全く辛そうに見えないよ」

セ「…………ふっ、ふふっ、ふふふふふふふふふふははははははははははっ(壊れた笑い)。誰でしょうかね。そんなことを言うお馬鹿は。少しお仕置きをして差し上げましょう」

シ「いかん!! 総員、待避!!」

チャキッ!!(現出させた剣を肩に背負うように構える)

セ「逃がしません。

エ ク ス
―約束された」

マ「シンジ、今こそあの名台詞の出番よ」

シ「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、って逃げなきゃヤバイ!!」 

レ「……もうダメなのね」

ユ「なんでボクまでー!?」

  カ リ バ ー
セ「勝利の剣っ!!!!」

ブオンッ!!
その日、第3新東京市で謎の大爆発が起こったという。






あとがき

ええ、ごめんなさい。最初のネタは『ヘルシング』の少佐です。ユイの文字がしつこかったですね。変質的な部分を全面に出したかったんです。

シンジが語ったのは荒唐無稽な話です。本気にとらないでください。

まだ一度も使われていないエクスカリバーがなぜギャグで使われたのかもごめんなさい。エクスカリバーはもう少ししないと出てこないんです。

ユイとセイバーの身長と体重は書いていて、初めて気づきました。ユイのほうが背が高かったんですね。

感想待ってます。批判も覚悟しています。

訂正 名前を訂正しました。間違えててすいませんでした。



[207] Re[12]:正義の味方の弟子 第13話
Name: たかべえ
Date: 2006/02/07 16:49
正義の味方の弟子
第13話
闇夜の戦い






月明かりもない暗闇の中で、その二つの影は戦っている。だがその戦いは普通の戦いではない。敵対するものを押しつぶさんとする悪と敵対するものを殺さんとする悪。

その二つの名はスラータラーとアサシン。ともに英雄と謳われた者たちである。

ヒュンッ!! と風切り音とともに不可視の糸が走る。暗闇の中、アサシンが放ったその糸は猛禽の爪の如く、スラータラーへと迫る。

アサシンは外套から右腕だけを出し、その五指で糸を操っている。左腕は外套の中、戦いの始まりからずっと隠されたままである。

アサシンの糸には重しとして針がついている。釣り針のように返しがついているそれは相手の肉を抉り、血を撒き散らさせる。しかし、それは相手が人であった場合だ。鋼を針で抉ることなどできない。

「ハッ!! どうした、まともに斬り合ってみせろ」

神が鍛えた鋼の皮膚は一切の攻撃を退ける。よってスラータラーに守りという行動はない。ただただ攻撃し、敵を粉砕する。

体にまとわりつく糸など眼中にも入れず、猛然と突き進もうとする。だが、それを見越したアサシンは後方へと飛び退り、使徒の死骸の上で跳ね続ける。

両者の距離は30メートル。戦いの始まりから既に2分。この距離は常に維持されている。

30メートル。この距離はアサシンにとって、最も好ましい距離であり、同時に射程圏内を意味している。今まで彼の獲物だったものはこの距離に入られた時点で死んでいるが、この巨山のごとき男はかすり傷一つ負わない。

アサシンの右腕がしなり、糸が左右から襲い掛かる。一本の腕でここまで糸を操るその技量はまさに神業。

糸は用途が多い。絞め、折り、断つ。力というものは力がかかる面積が小さいほど強さを増す。その意味では、糸というものは最細である。一瞬で首を絞め、相手の力を利用して腕を断つ。アサシンほどの技量の持ち主にとっては針など殺傷能力としては必要ない。必要になるのは相手の隙を作るときだ。

空中を舞う糸がスラータラーの豪腕に巻きつく。柔な皮膚であれば、わずかに身動きするだけで、腕を断つというのに、スラータラーは小蝿程度にも思っていない。

力任せに豪腕を振るわれ、すぐさま糸を手放す。力比べでアサシンに勝機などない。もとよりこの戦い、武器が通用しないと分かった時点で逃亡に移らねばならないというのに、マリアが仕掛けた結界が邪魔をする。

結界の効果はきわめて簡単。『出たくない』という強力な思考を相手に思わせるだけ。

マリアの暗示は強い。魔術属性が『思考』という特殊な彼女は相手の思考そのものに干渉することができる。さきほどのように緊張状態でなければ、完全に術中に堕ちてしまうほどに。いくら脳が訴えようが、同じ脳が拒否する。

あくまでノイズを発生させるだけ。だが本来の思考を不明瞭にするほどの強さゆえに苦戦させられる。

今こうして、腕を振るっているのはもはや体の反射行動、本能によるものだ。その状態でいまの戦況を保っていられるのはもはや奇跡だ。

マリアを仕留めようともするが、スラータラーが壁として入ることで、糸の間合いに入れられない。彼女はスラータラーの後方で維持だけに専念できているのである。

幾十度目かのスラータラーの突進。彼も手に持つ大剣も巻きつく糸など微塵の制限にならない。力任せに振るうのだ。そして、その一撃がアサシンを掠めた。

一瞬、思考に負けた。一瞬、逃げ遅れただけ。だが勝負は一瞬でつくのだ。

とっさに身を翻し逃げるも、外套を破かれる。今まで隠されていた左半身が露わになった。今まで頑なに使おうとしなかった左腕。出てきたものは常識を逸脱したものだった。

「……骨だと」

黒い肉体。仮面だけが白を放っていたが、今は違う。左腕は白骨だった。

肌も筋も血管もない。骨だけがある。骨しかない。

その骨は何の力か、空におきながらもバラバラになることなく繋がっている。

白骨の手のひらには糸で千切った使徒の死肉が乗っている。

もはや意味はないと外套を外す。その肉体は長く、細い。力ではなく、技術と速さ。その戦い方を体がそのまま語っている。

戦闘開始以来全く使わなかった声を使う。

「―見られた以上は仕方あるまい」

そして、動いた。今までとは全く違う動きで。今までは常に逃げるための動きだったが、今は攻める為の動きとなる。距離を置いた戦いだったが、ここになって距離を詰めようというのだ。

この動きにスラータラーもまた、先ほどまでと違う動きをする。そう、彼もまた『宝具』を使おうとしている。大剣を捨て、『宝具』の名を唱える。






ドゥルドゥラ
「駆け抜ける乱風」






夜の無風の空気が一瞬にして、嵐の暴風に変わり、それをスラータラーが纏う。風は鎧であり、剣。巻き込まれれば、即座にみじんに引き裂かれる。

アサシンの腕は紛れもなく『宝具』

英雄自身の力が低かろうと、『宝具』は決して侮れない。セイバーの剣はこの男だからこそ防御が要らなかったのだ。

しかも敵はアサシン。その『宝具』は確実に『必ず殺す』ものに違いなく、驕りなど許されない。

迫るアサシンはもはや黒風。左腕は骨だけであるのに自在に動かせるのか、揺れることもない。

一瞬にして、残り10メートル。アサシンはまだ放たない。スラータラーは放った。

全身の力をただ一回の踏み込みに費やしての特攻。駆けるアサシンを討つため、己も駆ける。この距離と速度ならば、かわすことなど不可能。




スラータラーは知らなかった。草が生い茂る土地で暮らす英雄は、砂漠で生きる英雄が砂嵐をよけるため、『風除けの加護』を持っているということに思い当たらなかったのだ。




アサシンを切り刻むはずの風は敵に触れて消えていく。

驚愕するスラータラーの右わき腹、アサシンの骨腕がのび、






ザバーニーヤ
「―架空血肉」






一瞬で血肉を根こそぎ奪い尽くされた。触れられた部分を中心に、下腹部と足のつけ根までがすでに空洞となっている。肋骨が露出しており、右の肺や消化器官の内臓までなくなっている。途中で千切れた血管から、血が流れ出している。

そして逆に、さきほどまで白骨だった左腕は肉付けされ、さきほどまでの光景を否定するように違和感ないものになっている。

だが、この『宝具』でもアサシンの勝利は決まっていなかった。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!」

肉を丸ごと抉られたというのに、スラータラーは止まらない。いくらアサシンが『風除けの加護』で身を守ろうとも、その突進力までもは掻き消せない。

止まることなくアサシンにぶつかり、弾き飛ばす。

「―ッ!!」

軽い体躯はボールのように吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

スラータラーを止められなかった理由は一つ。頭か心臓を潰せなかったことだ。サーヴァントはその二つのどちらかを破壊されれば死ぬ。アサシンの左腕はスラータラーの右腕に邪魔され頭部には届かなかった。もしも、この『宝具』が右腕であったのならば、スラータラーを仕留めきれただろう。

風穴が開いた胴体が魔力によって再生を始める。血管が再生したことで、流れていた血が止まる。

しかし、彼は傷の再生を待たずにアサシンに止めをさしにかかる。その『宝具』は十分驚異的であり、ここで倒さなければ後に足元をすくわれかねない。

満足に回復していない足で歩き出す。しかし、アサシンは闇に溶けるように消えていった。

「マスターが令呪を使って呼び戻したみたいね。令呪まで遮断できる結界なんて作れないから」

戦闘が終わったことで今まで静観していたマリアがスラータラーに近寄ってくる。

「厄介な『宝具』だ。一定の質量の血肉を防御力無視で集められるんだからな。この巨体でなければ心臓まで持っていかれるところだった」

「そう。歩けるなら帰りましょう。今日はもう疲れたわ」

疲れた、と呟く主人を笑う。

「何がおかしいの?」

「いや、疲れるんだったら初めからこんなことする必要はねえって思っただけだ。昼間みたいにライダーとセイバー、そのマスターと仲良くやってれば良いだけじゃねえか」

この少女の行動を彼は知っている。反英雄、虐殺者と呼ばれながらもかつては勇士であったのだ。それなりの忠誠心は持っている。

「あいつらは戦う気がねえんだろ。だったら俺たちもそれでいいじゃねえか。どうせ聖杯なんて酒が満ちる程度のものだろ」

「貴方の土地の聖杯と一緒にしないで。それに今日、シンジたちを挑発してきたわ。きっと今頃は戦う策を用意しているでしょ」

くっくと彼は笑う。

「いや、そうとは限らないかも知れねえだろ。一度殺そうとした人間と一緒に飯を食えるなんて俺には無理だったからな。街にはランサーとそのマスターがいるだろう。あいつらに会ったら、俺はともかくマスターのほうはくたばるだろ。ガキと戦いたいんだったら今は出歩かないほうが得策だろ」

「……わかったわ。今回は貴方の言うことを聞いてあげるわ」

マリアが珍しく自分の意見に賛成したことに驚く。

「何の心変わりだ? いつもなら俺の愚痴ごとき聞かんだろ」

「考えてみればまだ全てのサーヴァントが揃っているわけじゃない。戦うのは全騎揃ってからでいいわ。しばらくは夜は大人しくする。そのかわり、貴方は私の命令を実行していなさい」

「……そのホムンクルスに似たガキの調査と警備か。調査はともかく、なんで警備までさせる? 友だからか?」

「それもあるわね。レイはホムンクルスより高等な存在。神代の半神に匹敵する存在よ。なのに力が弱い。人形遣いなんかにとってこれ以上の研究素材はないわ。おそらくアサシンのマスターは人形遣いに近いはず。それだったら危険だわ」

「いっとくが俺はマスターみてえに気は長くないぞ。もし、気に入らんことがあったら即座に行動するぞ。水槽に浮かんでいた人形といい、あそこは俺をイラつかせるものばかりだ」

「それはダメよ。それはいつかレイ自身が決めること。その後なら破壊しても良いわ。それに体があるのならレイは仮初ながら不死に近い。今はまだ必要なはずよ。暴力的な危害があるときだけ守りなさい」

注文の多い主人だ。思いながらも素直に従っている今の自分に苦笑する。

「さ、もう再生したでしょ。行くわよ」

「ああ、もう十分だ」

歩き出す。

月のない夜に銀色の髪が月のようだと考え、ばかばかしいと頭を振った。






「昨日は最高だった。酔ったユイが僕に抱きつき、疲れたレイが僕の膝枕で眠っていたんだもん。あれはもう奇跡だ。あの映像を後世に残せないことが残念で残念で」

「それは良かったね。アイタタ」

「大丈夫。あのときの出来事は僕の脳に付箋つきの記憶で残っているから、いつでもどこでも思い出せる」

「それは最悪。イタタ」

ユイは二日酔いの頭でシンジの電波にツッコミを入れる。ユイが酒を飲んだのは自発的ではなく、ミサトによって、いつのまにか摂取していたというものだった。レイはその後起き出して帰ると言い出したのだが時間的に遅かったために、空いている客間に泊まらせたのだ。

「はいユイ、お薬とお水」

「あ、ありがとう。綾波さんは?」

「レイは今、シャワー使ってるよ。替えの服と下着はユイのお気に入りのを貸しといたから」

「今さらっと嫌な事言ったね。というか、なにがお気に入りかを知っているの?」

「もちろん。昨日、酔ったユイから全て聞き出した。喜んで教えてくれた」

「なんか二日酔い以外の頭痛がしてきた」

この日はレイは零号機の起動実験が行われることになっており、昨日の騒ぎは前祝のようなものが含まれていた。シンジ、ユイ、セイバーも見学という建前で、来るであろう第5使徒、ラミエルに備えることにしている。

「しかし、僕の見立てではあのブラでは確実に余る。やはり、姉さんのを貸しといた方が良かったか」

「ほう。それはどういう意味ですか?」

朝食のトーストを齧っているセイバーが尋ねる。いつもはユイ特製の和食なりするのだが、今日は調子が悪いため、シンジがシングルアクション料理(お湯を注ぐ、トースターに入れる)でなんとか都合したのだ。

「大丈夫だよ。その小ぶりの胸が人気の秘訣だから。人気投票じゃ多分今回も姉さんがトップだって。(作者は第2回人気投票はアヴェンジャーとカレンに入れたけど)」

「何処の異世界言語ですか?」

「いつか、その重みが分かるときが来るよ」

意味深な言葉を言って、一人でうんうんと頷く。すると、廊下からレイの声がかかる。

「何しているの?」

「あっ、綾波さん。(ちょっと待てよ。たしか、この時期に綾波さんの裸を見ちゃったことがあったよね。もしかして……、しかもシンジはこの性格だよ。絶対に狂喜乱舞するって)」

シンジの信用度は0であり、ある意味100である。

「綾波さん、待って。裸はダメだから服を着て……えっ?」

ユイが見たものは、ユイのお気に入りのツーピースを着たレイであり、ちゃんと服を着ている。

「? ちゃんと服なら着ているわ」

「えっ、いや、その」

「ユイ、アルコールを摂取したとはいえ幻覚はまずいですよ」

「えっ、これは、ちがうの、だって、ボクの歴史じゃ、」

「ふふっ、ユイもすっかりエッチになっちゃって(笑)」

「(笑)じゃなーい!!!! イタタタタタタ」

怒鳴ったことで、二日酔いをぶり返してしまった。

「レイ、そんなやり方じゃ髪が痛むよ」

髪をタオルでゴシゴシと力を入れて拭くレイからタオルを奪い、丁寧に水気を取っていく。

「あ、ありがとう」

「気にしないで良いよ。髪は女の命だから」

昨日、シンジの膝で寝ている間、ずっと髪を撫でられていたということを聞いており、こんなに近い距離に顔があるのが、恥ずかしく思える。その光景を見ているユイはなぜか機嫌が悪くなるのを感じた。

「……ボクにはそういうことしてくれたことないよね」

ユイの不満混じりの言葉に、シンジは手を止めてしまう。

「しまった。これだけのことで好感度が上げられるのなら、もっと前からやっておけばよかった。僕の愚図め」

レイの耳元ゆえ大声は出さないがかなりのショック具合である。逆にレイは特別であることが嬉しいようである。

「……はい。出来たよ。トーストはどのジャムでも使っていいからね」

「ありがとう」

レイはセイバーの真似をしてトーストにイチゴジャムをぺたぺたと塗り始めた。この作業が気に入ったらしく、真剣な表情で一心不乱にジャムを塗っている。

シンジはユイの傍に近づく。

「ユイ」

「なに?」

「ごめん。気づけなくて」

「えっ、いいよ。シンジが悪いわけじゃないんだから」

「いや、この失態は必ず取り戻す気だ。というわけで、覚悟するがいい!! ユイの髪は僕の標的となった。これからはいついかなる時も気を張らなければその髪は僕の魔の手にかかると知れ」

「うわー。この切り替えついていけないなー」

「ささっ、食べて食べて。僕が作った朝ごはん」

「トースターにいれただけじゃん。って綾波さん、ジャムつけすぎだよ」

ジャム塗りに夢中だったレイは両面ともにイチゴの赤で染めつくしていた。

ユイの言葉に気を取り戻し、ジャム塗りを止めて、一口食べるのだが、口の周りに大量のジャムがついてしまう。急いで、ユイがおしぼりで口まわりを拭くが、まだ問題のトーストは残っている。両面ともジャムだらけなので手もべとべとになっている。

「………」

レイは目を伏せる。このトーストの攻略を諦めたようだ。

「しかたない。シンジ、残さず食べてね」

「……ふ、ふふ、ふふふふふ、レイの愛情で埋め尽くされていると思えばこの程度、いただきます」

この瞬間、シンジは残飯処理係に任命された。






ネルフに入る直前にセイバーは三人と別行動を取った。

来るかもしれないラミエル、ユイの話では単純攻撃力では最強に近いそれが、能力が向上させている可能性があるという。

「生物的には多機能になるんじゃなくて長所を伸ばす進化のはずだから、おそらくは本体の強化だと思う。加粒子砲は加速時間と距離で威力が上がるから、それに耐えられる砲身を組み上げているとおもう」

ただの予測でしかないが、少なくとも急激に多機能にはならないというのはセイバーも同じ考えだ。

「……間違いなく来ますね」

高台で街を見下ろす。かつての彼女の城、そこからは人々の営みが見下ろせた。

ここは、彼女が守りたかった国ではない。だが、この地に住む人たちの笑顔が失われていいわけではない。

担う剣は民を守る剣、エクスカリバー。それを今こそ振るう。






「剣(つるぎ)の英雄、セイバー。その実力を見せてあげましょう」






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ドゥルドゥラ
駆け抜ける乱風:C  (スラータラー)

全身に風を纏い、攻防一体の鎧を作る。耐久のランクを一つ上げる。

防御力だけでなく、速さまで向上させるこの『宝具』だが、武器には風を覆わせることが出来ないので

使うには武器を捨てる必要がある。

『宝具』扱いだが、厳密には魔術。ちなみに、ドゥルドゥラとはヘミュツ、バトラズと親子二代に渡って乗った愛馬の名前。
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クラス  アサシン

マスター ???

真名   ハサン・サッバーハ

性別  男

身長・体重  196cm・53kg

属性  混沌・悪

筋力 B  魔力 D
耐久 D  幸運 C
敏捷 A  宝具 C

クラス別能力

気配遮断:A+ サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。完全に気配を断てば発見することは不可能に近い。ただし、自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。




詳細

反英雄。中東の暗殺者集団の頭領。『山の老翁』の意をもつ。この集団は元々は宗教組織であり、教義のために暗殺を行っていた。アサシンの語源になったもの。この教団には彼の死後もハサンを名乗る頭領がいた。アサシンのクラスは常に数多くいるハサンの内の誰かから選ばれる。




スキル

糸操作:B 糸を自在に操れる能力。

風除けの加護:A 中東に伝わる台風よけの呪い。

肉体改造:A 自身の肉体に、全く別の肉体を付属、融合させる適性。
このランクが上がれば上がるほど清純の英雄から遠ざかっていく。もはや反英雄としてはかなりの存在になっている。
 
宝具

ザバーニーヤ
架空血肉:C

悪性の魔人シャイターンの腕の骨。対象に触れることで発動する。触れた部位を中心に骨を除いた一定量の血と肉を奪う。
対象の二重存在を作りだし、それを攻撃することで本体にもダメージを負わせる。
防御力無視の攻撃で、防ぐには耐久ではなく、二重存在を作られないための魔力の高さが必要となる。
腕についた肉は1時間ほどで腐って落ちる。(その間は次は撃てない)






あとがき

やった。やっと試験が終わった!! これでゆっくりゲームが出来る(オイ
早く発売するんだ「ディスガイア2」 絶対やりこむよ。

今回はサーヴァントの『宝具』の能力設定に苦労させられました。頭と心臓を潰す以外に、即死させる攻撃ってなんだ? って思い、結局「骨だけになれば死ぬだろ」とこの能力に決定しました。

次はラミエルだ。セイバー頑張れ。

よろしければ、感想ください。



[207] Re[13]:正義の味方の弟子 第14話
Name: たかべえ
Date: 2006/02/11 16:15
正義の味方の弟子
第14話
それぞれの意思






「うわー」

「いきなりそれは失礼だと思うよ。ど、どうも。こんにちは」

「……」

零号機の起動実験、その見学のために実験管制室に行ったシンジとユイが見たものはゲンドウだった。その隣には、冬月、ミサトと、コンソールを操作しているリツコも含めて、ネルフの上層部、全員が揃っていた。

「……サードチルドレン。実験の邪魔はするなよ」

「了解。ところで父さんは陣頭指揮?」

称号で呼ぶゲンドウに対して、シンジは父さんと気安く呼ぶ。

「ああ。……ここでは司令と呼べ」

シンジから目線をそらし、隣のユイを見やる。サングラス越しに目が合ったことでユイは緊張するが、ゲンドウはすぐに実験場へと向き直った。

「(今、ボクを見てたよね)」

「(ああ。ユイは僕のものなのに)」

「(それは違うから)」

「二人とも、話をするのなら、出て行きなさい」

リツコは苛立ちを交えてシンジたちに注意する。

「ご、ごめんなさい」

ゲンドウはマイクをもち、エントリープラグ内のレイに話しかける。実験場は初号機の起動の時と条件と場所が同じであり、オレンジ色の零号機は強化ガラス越しに、頭だけが見えている。

「レイ、準備はいいか?」

『はい』

「……これより、零号機の再起動実験を行う。第一次接続開始」

「主電源コンタクト」

「了解。稼働電圧臨界点を突破」

ゲンドウの合図に実験責任者のリツコが指示を出し、マヤがキーボードを叩いて実験場に拘束されている零号機へエネルギーを送った。

「フォーマット、フェイズ2へ移行」

「パイロット、零号機と接続開始」

「回線開きます」

「パルス及び、ハーモニクス正常」

「シンクロ、問題なし」

「オールナード・リンク終了」

「中枢神経素子に異常なし」

「再計算、誤差修正なし」

「チェック、2590までリストクリア。絶対境界線まで、あと2.5……1.7……1.2……1.0……0.8……0.6……0.5……0.4……0.3……0.2……0.1」

マヤがカウントダウンを進める毎に実験管制室の緊張感が高まってゆき、いよいよカウントダウンが暴走か起動かの境目に到達した次の瞬間。

ピィィーーーッ!! と甲高い電子音が鳴る。

「突破っ!!ボーダーラインクリア、零号機起動しました」

実験管制室に甲高い電子音が響いて、マヤの起動成功の報告の声があがり、誰もが安堵の溜息を漏らして実験管制室の緊張感が一気に緩む。

「おめでとう、レイ」

レイに真っ先に声をかけたのはシンジだった。拍手して、レイをたたえるシンジに先導されるようにユイとミサト、何人かの研究部員がレイに拍手を送る。声をかけようとしていたゲンドウは苦虫を潰したような顔をして、開きかけた口を閉ざす。

『ありがとう』

レイはそう返す。マリアの教育というか、指導が行き届きだした結果だろう。

冬月は通信機で連絡を受けて、ゲンドウへと振り返る。

「碇、未確認飛行物体がここに接近中だ。おそらく、第5の使徒だろう」

その言葉にユイは体をビクッと反応させる。本当は使徒など来てほしくない。

「テスト中断。総員第一種警戒体制」

ゲンドウは落ち着いた声で指示を出す。

「零号機はこのまま使わないのか?」

「まだ、戦闘には耐えん。初号機は?」

「380秒で準備できます」

「よし、出撃だ」

シンジの方へと向く。

「聞いたな。サード、準備をしろ」

「わかったよ」

シンジは何も気にした様子もなく、出て行く。その姿にユイもあわてて出て行く。






「シンジ」

「どうしたのユイ?」

「本当に大丈夫なの? 危なくないの」

ユイもこの作戦のことは知っている。初号機を囮にし、撃った瞬間に、セイバーがエクスカリバーを使って敵を倒す。

「大丈夫だって。ほら、前に約束したでしょ。危ないことはしないって。だから絶対に僕は死なない作戦を選んだんだから」

じゃあ行ってきます。とシンジは手を振って、ケージへと向かって行った。






セイバーはその使徒を視認していた。

青いピラミッドを二つくっつけたような、もはや生物とは思えない使徒。それが静かに街中へと進行してくる。

セイバーは既に甲冑を纏い、手には見えない剣を握っている。

実際のところ、彼女はこの作戦を気に入っていない。彼女にとってシンジは仮のマスター。それを囮にして敵を倒すという作戦を容認したいとは思わない。だが、現状でその作戦が最も効率がいいのだ。

エヴァンゲリオン出撃前に敵を倒すという案もある。だが、そのためにはまず市民が避難しければならない。射線上のもの全てを薙ぎ払うこの剣では不用意な被害を出しかねない。避難警報が出て既に10分。見下ろす街に人影は見えなくなったが、まだ確実とは言い切れない。

彼女一人でやる時間はもうない。すぐにでもエヴァンゲリオンは出撃するだろう。その際に彼女がいなければ、作戦はだめになる。ここは黙ってみているしかない。

本当ならこの作戦は問題がある。

エクスカリバーを使っての勝利。それは他のサーヴァントたちに自分の真名を教えてしまうのと同じである。

弱点を知らべ、それを突いてくるだろう。だが、ここで負けるわけには行かないのだ。

前を見る。使徒は既に射程内。街に警報が鳴り響いた。エヴァの発進の合図。

そして、彼女はその剣から風を解き放った。

圧縮されていた風が周囲へと吹きすさぶ。鞘に隠されていた真の刀身。それが、黄金の光を纏って現れる。

飾りのない刀身。斬るだけの剣に飾りはいらない。

地面からレールが延びる。

同時に使徒が不思議な音を立てながらエネルギーを加速させる。

纏う黄金が伸びる。彼女の最強の一撃のための準備は終わった。あとは放つだけだ。

だが、彼女の直感が告げる。

『こちらに来る』

すぐさま、第2案の準備をする。そう、この作戦はどちらが狙われて支障を出さないのが利点なのである。

青い鞘を取り出す。一般的な西洋剣の鞘の形をしているそれは、実際には何よりも貴い品である。

ラミエルが光を放つ。

巨大な光は一直線に彼女へと向かい、






アヴァロン
「全て遠き理想郷」






彼女の鞘がそれを防いだ。

結界宝具『全て遠き理想郷(アヴァロン)』

あらゆる傷を癒し、老化を止める。妖精郷の名を冠したその鞘は彼女を妖精郷へと置き、一切の干渉から守りきる、まさに”移動要塞”へとする。

例え、このイカヅチだろうともこの『宝具』は破れない。

大地を削り、木々を燃やし、空気を焼こうとも彼女は健在だ。

しかも、今焼かれている場に彼女はもういない。防御しながら移動している彼女は既にその場からずれている。

 エ ク ス
「約束された」

剣の真名を唱える。決して外さないタイミング。距離。

カ リ バ ー
「勝利の剣!!」

黄金の光が使徒へと必殺の威力をもって放たれた。






シンジはその光が使徒を切り裂いたのを見た。

エクスカリバー。使用者の魔力を収束・加速させることで神霊レベルの魔術行使を行える最高の聖剣。これ以上の威力などごく僅かでしかない。

だが、ラミエルはとっさにATフィールドを展開していた。そのせいで、完全に決まったわけではない。水晶のような表面にはエクスカリバーによって亀裂が入り、加速器も使えなくなったが完全に沈んではいない。

「ロックを外して。今がチャンスだ」

その声にすぐさま反応してくれた。ロックが外れ、使徒へと走りこむ。

パレットライフルを構え、亀裂の入った部分から内部に連続で叩き込む。再生を始めた部分をもう一度力づくでこじ開ける。ナイフを取り出し、その内部を斬り抉る。

それを何分ほど繰り返しただろうか。やがて、コアまで抉り、使徒は浮力を失った。

「はぁはぁ」

手は使徒の体液で汚れている。見た目は無機物のようなくせに中からは体液が流れてきた。

体液のべたつきはシンジにも伝わってくる。

この感触は過去につながる。昔殺してしまった人を思い出す。

忘れない。顔も名前も知らない人。だけど、その人を殺してしまったことは忘れない。

それがきっかけで始まった自分を変えた事件。絶対に忘れない。






誰もいないビルの屋上でそれはいた。

「……あの輝き、まさしく王の剣のもの」

姿はない。声だけが聞こえてきた。しわがれた声。老いた老人の声である。

「なんという数奇。私が呼ばれた時代で王もまた呼ばれていたとは」

その響きには驚きとともに深い郷愁の念がこめられている。

「一度は逆臣呼ばれたわが身。その汚名を晴らすべく主はこの奇跡を下さったのか」

凛とした若き王。その美しさ、神々しさそれは全て覚えている。その王の一族となれたことは光栄の極みであった。なのに、たった一度の過ちでその名誉を失ってしまった。

「王はまだ聖杯を求めておられる。ならば私は臣としてそれを助けてさしあげなければ」

そう、彼が召還に応じた理由は『汚名を晴らしたい』それだけだった。

王の騎士たちの代わりに聖杯を手に入れられば、それが汚名返上の行為だと思っていたが、ここで望むべくもない幸運が舞い降りたのだ。

彼は心が弱かった。それゆえに過ちを犯してしまった。

「マーリン殿ほどではないが、この身も魔術に精通している。他の魔術師を殺し、最後に私が消えれば王の勝利は磐石だろう」

彼はすでにその策を練っている。彼は他のサーヴァントには及ばなくともマスターを圧倒できる魔術を保有している。

「王よ。この老いぼれが今こそ貴方様のために参上しましょう」






「あれは間違いなく騎士王殿の剣だな」

さきほどのビルとは使徒を挟んで反対側にあるビル。そこにも姿を見せない何者かが立っていた。

「これは厄介だな。少なくとも私の『宝具』では勝ち目はない」

その声は若い男のもの。

「しかもセイバーのマスターにはあともう一人サーヴァントがいる。さて、どうするべきか」

別段悩んでいるように思えない声で一人考える。

もとより、彼が召還に応じた理由はない。ただ、呼ばれたから応じただけだ。仕えるにたる人物に呼ばれたのは嬉しい誤算だが。

「しかし、私の手を煩わせずに済ませてくれたことはありがたい」

ここにきた理由はマスターに『化け物を倒して来い』と命令されたからである。敵の能力を見て分かったが、あれは自分に相手できるものではない。それを打ち倒す強さ。騎士王の名に相応しい。

「手合わせはまた今度願うとしよう。この身も元は騎士の端くれ。最強の相手にどこまで通用するか試してみたいものだ」






セイバーは地面に膝をついている。

エクスカリバーは大量の魔力を消費する。一発だけなら問題はないが、これから先、何度も撃たねばならなくなれば問題である。幸い、マスターの凛は一流の魔術師だ。魔力供給だけなら問題はない。あとは考えて撃てばいいだけだ。

「この幸せを失くしたくはありません。そのためならば、どんな敵だろうと剣を振るい、打ち倒し、そして生き残りましょう」

戦うと決めた。それが彼女の誓い。そこにこめられた意味は違えど、その誓いは消えない。






「ほらね、ちゃんと五臓六腑ちゃんとあるでしょ」

「そんなもの見えるわけないでしょ」

「なぜ五体満足といわないのですか? というよりも今回はシンジは何もしていないと言えるでしょう」

「うわー、厳しい!!」

「セイバーさんありがとう」

「礼を言われるまでもありません。これは当然のことです」

ちゃんと3人が揃っている。それがとても嬉しかった。

「さて、家に帰ったら何をしようかな。ユイをからかうか、ユイを観察するか、ユイを愛でるか」

「4番の誰にも迷惑をかけないようにする、でよろしくね」

「………つまり僕はユイにとって迷惑だと?」

「それぐらいは考えられたんだね。うん、そうだよ。迷惑だよ。実に迷惑」

「素敵な笑顔で言われたー!!」

「そうやって騒ぐのも迷惑」

そう言いながら、ユイはとても幸せそうに笑っている。






ありえない。リツコの中でもうその疑問は限界に達している。

あの使徒を葬った光は何なんだ。瞬間的ながらも使徒のATフィールドは桁違いのものだった。それを突破できるその光は一体どれほどの出力があったのだ。

そして、その答えはおそらく碇 シンジなら答えられる。あのとき、彼は全く動揺していなかった。あの光が来ることを間違いなく予測していた。

だが、予測できていたとしてもあれほどの威力を持ったものが本当にあるのだろうか。撃つための砲台ならいくつか心当たりがある。だが、それでも出力の問題がある。それだけの出力にはどれだけのエネルギーが必要なのだろうか。

全く分からない。彼には一体何がある。

そのとき、ミサトが彼女の研究室に入ってきた。

「ミサト。部屋に入る時はノックをしなさい」

「ごめんごめんー。それよりさ、解析は進んでるの?」

「あの光のことを言っているのなら、まだよ。全く分かっていないわ」

「そっかー。じゃあさ、あれと同じだけの威力を持つ武器を作れる?」

「計算上は可能よ。でも、あの威力を持たせるということなら難しいわね。少なくとも日本中からエネルギーを集めてくる必要があるわ」

ミサトは勝手に椅子を持ってきてくつろぐ。面倒だからコーヒーは用意してあげない。

「だったらどこがあんなのを作ったのよ。それを徴収すればいいじゃない」

「それはそうかもね。今、戦自とUN軍のメインコンピューターにハッキングをかけてみたわ。でも、あんな兵器はまだないわ。陽電子砲ではあんな攻撃は出来ない」

「はぁ? でも実際に存在したじゃない」

「それが分からないから困っているのよ」

コーヒーをずずっと啜る。今日のブレンドは苦めに作ってある。だが、予想以上に苦かった。分量を間違えたか。

「使徒すら斬る光。正体不明の人物、もしくは組織がそれを保有している。場合によってはそれがエヴァに向くかもしれないわ」

「……どうするのよそれ」

「どうも出来ないわ。相手と理由が分かっていれば交渉だって出来るかもしれないだろうけど今回はお手上げよ。保安部と諜報部もその調査に駆り出されているわ」

二人とも口を閉ざす。電子機器の低いうなり声だけが室内に響く。

「ねえ、ミサト。シンジ君には何かあると思う?」

「なにかって?」

「裏に組織があるとか。あの碇 ユイに関しても戸籍を偽造した人間だわ。戸籍の偽造ぐらいは問題ないのよ。でも、偽造する前、つまり本当の戸籍がないの。どれだけ調べても彼女の痕跡一つ見つけられないわ。私はそれが何かあると思っているの?」

「でも、組織があるのなら戸籍の偽造ぐらいそっちでやると思うわ。どうしてわざわざ怪しまれることをしなければいけないの?」

「そうね」

確かにその通りだ。しかし、だからといって、裏に組織がないとは限らない。属していたが、今は離反していると考えればいい。だが、そしたら、どうやってあんな物を手に入れられたか、使用できたかという問題が起きる。

ブツブツと考え続けているリツコを見て、ミサトはため息をつく。

「はあ。リツコ、あんた疲れてるんじゃないの。今日はこれくらいにしなさい」

そういって、コーヒーを奪って飲む。同時に苦い、とむせたが。

今度、彼と真剣に話をしなければ。






誰かいる。見知らぬ誰か。でも、この気配は知っている。

「貴方誰? どうしてここにいるの」

何もない空間に話しかける。

ここはレイが住む住宅地。厳密には住宅地などといえない。住む人もなくただ取り壊されるのを待つ、鉄筋コンクリートのマンションがあるだけだ。そこは一種の遺跡だ。

「貴方誰?」

何度目かの問いかけ。それにその姿亡き者はやっと反応し、姿を現した。

「気づくとは思っていなかった」

出てきたのは大男だ。およそ人間とは思えない皮膚の色をしたそれは、腰に布を巻きつけただけで旧世紀の未開の土地に住む人間を思わせる。

「どうして私に付きまとうの」

「マスター、お前らはマリアと呼んでいるやつに頼まれた。お前を守れとな」

「そう。ありがとう」

マリアの名前が出てきたことに安堵する。この男の気配はセイバー、ユイと同じだ。だからこの男がマリアの傍にあるものだと理解できた。

「聞きたいことがあるわ」

「ほう。言ってみろよ。教えるかどうか分からないがな」

「貴方たちはなぜ戦っているの?」

「なぜか、それは望みがあるからだ。この戦いに勝てば望みが叶えられる」

「なら、マリアさんは何を望んでいるの?」

「……俺も知らん」






「ヒトになることじゃないの?」






「はっ?」

レイの唐突な言葉につい変な返事をしてしまった。

「私たちはヒトではない。だから、ヒトになりたいんじゃないの?」

それは質問というより、確認だった。自分と同じような存在。ならば、望みも同じはずだ。いや、同じでなければ困る。

「あれはホムンクルスであることに何の不満も抱えていない。お前はどうなんだよ。嫌なのか」

「私は……ヒトになりたい。……人形のままでいたくない」

「なら自分の意思を出せば良いだろうが。言いなりが嫌ならそう言ってみろ」

その声はレイの心にとても響いた。

「意思をまずぶつけろ。マスターは何もしない。俺は手を出さない。だが、マスターはお前が決断した後ならなんだってする気でいる奴だ。まず、答えを出せ」

そういって、消えてしまった。後には、心を突く言葉しか残っていない。

「私の意思?……私は、人形じゃない。それが私の意志。でも、マリアさんは違うの? 私はどうしたらいいの?」

その顔は今にも泣きそうで、とても頼りなかった。






夜遅く、もう寝ようという時間になって、ピンポーン、とチャイムが鳴る。

「こんな時間にだれ?」

ユイは気になり、とりあえず玄関へと向かった。

「誰ですかー?」

外に問いかけるが、返事は返ってこない。でも、光に照らされて、ぼんやりと人影が写っている。

シンジ曰く、この家には結界が敷かれているらしく、ここまで入ってくる時点であやしい人物ではないとのことだ。

だからユイは鍵を開け、スライド式の扉を開けた。

「綾波さん!?」

「……」

立っているのはレイだった。いつもよりずっと頼りなく見えるその姿は、今にも倒れてしまいそうだ。

「と、とにかく上がってよ。今、お茶入れてあげるから」

なかば無理やりに中へと入れる。






居間にあがったレイの周りに、シンジとセイバーがいる。

台所からお盆を抱えてやってきたユイはレイに温かいお茶を出す。

「綾波さん、何かあったの?」

レイはずっと無言であったが、ここでやっと口を開いた。

「貴方たちは何を望んで戦っているの?」

「レイ、そのことを誰に聞いたの?」

「ユイさんとセイバーさんと同じ気配がする人。マリアさんの命令で私を守るって言ってた」

その言葉に、ユイとセイバーは驚いた。あのサーヴァントがこんなことをしているのは予想外だった。

「戦って勝てば、望みが叶うっていってたわ。貴方たちは何を望んでいるの?」

たったそれだけのことが知りたくて、ここまで歩いてきた。レイのマンションからここまで2時間以上かかる。だが、知らずにはいられなかった。自分とは違う、けどヒトではないユイとセイバーの答えが知りたかった。

「レイ、私は望みなどありません。この戦いで負ければ失ってしまうものがある。私は失いたくないから戦っている」

セイバーは自分の胸の内を明らかにする。

この答えはレイの参考にはならなかった。自分には何もないから、失うものなどない。

じっと、ユイを見る。ユイの答えが知りたい。

見られて、気恥ずかしいのか、俯きながらユイは答える。

「あのね、ボクはね、本当はここにいるはずはないんだ。ボクはね、失敗したから。でもね、ここにいることは嬉しいんだ。だってね、本当ならやり直しが効かなかったことがね、やり直しができるんだ。って、聖杯戦争のことだったね。ごめんね、変な話しちゃった」

一度、咳払いをしてから、もう一度口を開く。

「ボクの望みはね、綾波さんに笑ってほしいってことかな。こんなの聖杯に頼りたいなんて思わないけど、でもそれが望みなんだ」

「私が笑うこと。それが望み?」

「うん。だって、笑うって命令されてできることじゃないでしょ。だから、綾波さんが心の底から笑ってくれたら、それがとっても嬉しいんだ」

その言葉はレイの心に届いた。意思を表す、それは笑うということ。

「笑えばいいの?」

「うん。だから、笑ってくれるんだったらいろんなことをしたいな」

それはレイの望んだ完全な答えではない。だが、それは欠片となる。何もなかったところに何かがはまった。

「それは私も同感です。身近な人間には笑っていてほしい。レイの笑顔はとても綺麗なのでしょうね」

「うん。それは僕も同感だね。ただし、僕の場合はユイもその範疇に入っていて、そのためにいろんなことをしているんだけどね」

「愛想笑いと苦笑と嘲笑のどれがいいの?」

「ユイが心から笑ってくれるというのならどんな笑いだって構わない」

自分が笑うこと。たったそれだけが望み。自分のことを気にかけていてくれる。それが嬉しくてたまらない。

「あっ! 今、綾波さん笑ったね」

「今、私は笑ったの?」

「はい。ほんの僅かでしたが、とても綺麗な笑顔でした」

どうやったんだろう。笑い方というのがよく分からない。

「そんな無理しなくて良いよ。笑いたくなったら自然に笑えるから」

でも、やっぱり練習しておこう。そして、見せてあげたい。マリアに。あの大男にも。

「レイ、今日もまたここに泊まっていけばいい」

その言葉にコクリと首を縦に振る。

そして、そこでふと思った。こんなのも意思を表すということなのだと。そして、その意思をここにいる人たちは受け止めてくれる。それはとても幸いなものだと理解できた。






「レイ、おやすみー」

「じゃ、綾波さん。おやすみなさい」

「……なぜ、二人とも同じ部屋で寝るの?」

「えっ、……だって、寂しいんだもん」

「くはっ!! 今の不意打ち効いた!!」

「そう」

「あ、あれ? 綾波さんどうしてこっちに来るの?」

「……私も寂しい。それが私の意志」

「ぐっ!! 不意打ち2連効いた!!! ごふっ」

「黙っといて。止めといたほうがいいよ。シンジと同じ部屋だよ。きっと取り返しのつかないことになるよ」

「そう、僕の色に染められるだろうね。そういうわけでユイはもう手遅れだよ(ブンッ)ウギャ!!」

「ダメ?」

「う、うーん、分かった。もしシンジが綾波さんに酷いことをしたらボクがシンジを八つ裂きにするから。いい、シンジ。綾波さんに変なことしたらだめだよ」

「は、はーい」






「これは一体どのような状況でしょうか。説明しなさい、シンジ(怒)」

朝、セイバーが見た光景は左右からユイとレイに挟まれているシンジだった。

「どのような状況? この光景が天国でなければなんだと? 大丈夫。答えは得たよ、姉さん」

「黙りなさい」

ヒュン!

「ぐっ! 頭頂部にトゥキック!? 僕を殺す気?」

「まさか。殺す気ならこれぐらいの威力で蹴っています」

ビュン!!!

「ぐああ!! じ、実践しなくていいです。ガクリ」






あとがき

抑止力として呼び出されたのだから、あれぐらい倒す能力を持っていてもおかしくないだろうという考えでラミエルを倒しました。それとここいらでまだ出てきていない奴を出したかったんです。

作者はスラータラーが大好きです。なぜならオリサーヴァントの中で3番目に手のかからなかったのが、彼です。(一番かからなかったのはもちろんユイ、次にアーチャ―)

これからしばらくはFateよりです。まだ影も形も出てきていないのがおりますので、それを出しておこうと思います。

よろしければこの駄文に感想ください。

追伸 文字にルビを振るにはどうすればいいか知っている方は教えていただけないでしょうか。宝具のときにすごい困っているんです。



[207] Re[2]:正義の味方の弟子 番外編その2
Name: たかべえ
Date: 2006/02/14 00:01
正義の味方の弟子
番外編その2
バレンタインデー






これは時事ネタですので、作中とは季節感が大きくずれています。

注)Hollowネタばれ含みます。未プレイの方は見ないか、ネタバレを覚悟してください。










それは2月13日のことだった。

シンジと話していたユイは同じクラスの女子生徒に呼び出された。

「碇さん、ちょっと来てくれない? あっ、碇君は来ないでね。女の子だけの内緒話だから」

「その表現には心惹かれるのだが、付いて来るなというのなら僕はここで待つとしよう。ユイ、いってらっしゃい」

「う、うん、いってくるね」

いぶかしみながら付いて行くと音楽室にまで行き、そこにはヒカリやレイ、セイバーといったクラスの女子全員が揃っていた。

ますます、不可解であった。ヒカリは何のために呼ばれたか理解しているようだが、レイとセイバーは分かっていないようである。

「前原さん、これってなんの集まり?」

ユイは意を決して、連れてきた張本人に尋ねる。その疑問に前原という女子生徒はふうー、とため息をつく。

「まさか、理解していない人がいるだなんて。いい、明日は何の日?」

「明日? 明日は2月14日」

「そう、バレンタインデーよ」

それでやっとユイとセイバーは理解できた。レイはまだ気付いていないようだが。

「レイさん、バレンタインってのはね、好きな男の人やお世話になっている人にチョコをプレゼントする行事のことだよ」

「そう。つまり、シンジ君にあげればいいのね」

「……どうしてシンジなの」

「……お世話になってるから。それに、……好き」

「えっ!?」

「はいはーい。そこ、ちゃんと聞きなさい!!」

ユイとレイに前原は注意する。

「この集まりのことを説明するわ。これはね、明日チョコを渡すときに、誰が本命チョコを誰にあげるかを事前に調査する会議よ。それによって、明日以降の友情の変化などがおきないようにするとっても大事な会議なのよ。

みんな、本命を誰にあげるか、すなおにゲロっちゃいなさい」

前原を中心に円形に集まっていた女子達は一人ずつ、誰にあげるかを話していく。人気なのは、部活のエースだったりするのだが、中には本命はなく、友チョコだけという人もいた。

「友チョコってなに?」

「すいませんユイ。私も友チョコという言葉は知りません」

「えっと、好きな男の子がいなかったり、友達に感謝の気持ちを示したいときに、友達同士でチョコを交換するの」

「なるほど。それは知らなかったですね」

「ちょっとー。話してないで。次はコーンウォールさんだよ」

「あ、あれ? 私は?」

ヒカリは自分の番が飛ばされたことで質問する。それに対して、

「「「「「「「「「「「だって、鈴原でしょ」」」」」」」」」」

「な、なんでわかったのー!!!!!!」

全員の即答に焦っている。

ヒカリを無視して、またセイバーに視線が集中する。

「私ですか。そうですね、私は……」

「「「「「「「「「わたしは?」」」」」」」」」

一斉に固唾を飲む。この美人転校生は一体誰が好みなのだろうか?

やはり、あの碇 シンジか? それとも禁断に走って碇 ユイか? 

(やっぱりこんなきれいな人にチョコ貰ったら落ちるわよね)

(ちっ、最強のライバルがここにいた)

(わ、私ですよね。お姉さま。私にチョコを下さるといってください)

「シロウに渡します」

「「「「「「誰それ?」」」」」」

「シンジの兄です。あれと違って、とても真面目な人間です。シンジとは年が14は離れていますね」

それに全員が固まってしまう。

まさか年上好き? 

それが彼女たちの中での評価だった。

「じゃ、じゃあ綾波さんは碇君ってさっき言ってたから、碇さん」

「え、ぼ、ボク?」

「そうそう。碇君にあげるの? 綾波さんと喧嘩しないようにね」

「こんなんで仲違いしたら最悪だよ。気をつけてね」

周りの女子達が話している中で、ユイは一人考え続けた。

(やっぱりシンジにチョコをあげるべきかな?)






「へー、そんな行事が日本にはあるんだ。なら、私もシンジにあげてみようかしら」

これまたシンジ抜きでの話し合いに、今度はマリアが加わった。いるのは、ユイ、レイ、セイバー、マリア。

「シンジにって、本気?」

「ええ、その本命というのをあげてもいいわ」

あっさりと言い返されて、ユイ的にはかなり複雑である。

(シンジの何処がいいの? 変態で馬鹿であほなんだよ。いいところ一つもないじゃん)

そんなのと毎晩一緒に寝ていると言う事実を棚に挙げて、悪いところを考える。

「で、ユイはシンジにはあげないのかしら? きっとあげなかったらシンジは私かレイにでも鞍替えしたりして」

「そ、そんな」

「だって、貴方達ってマスターとサーヴァントの関係でしかないんでしょ。ほら、恋人を取られるわけじゃないんだからなにを焦っているのかしら」

「うっ!」

その言葉にユイはまた考えさせられる。

(やっぱり、義理だけでもあげないと。別に、マリアさんに言われたからじゃなくて、ほ、ほらお世話になっているからあげるんだよ。う、うん。そうだよ。だからなんも恥ずかしくないし、負い目に感じることもないんだよ)

そう、自分に言い聞かせる。

こうして、ユイのバレンタイン作戦は始まった。






その日の夜中、ユイはこっそりと台所に立つ。

ちなみにいつもは家に泊まっているレイは今日はマリアの家で泊まっているそうだ。

台所には、食材用のチョコがどっさりとある。

「ぷ、プレゼント用のが売り切れてたんだよ。市販のをあげるつもりだったのになかったんだから仕方ないよね」

誰に言い訳しているか分からないが、そう言って真剣にチョコを調理する。






そして、一時間後。チョコは完成した。その出来はもはや義理などという出来ではない。

一品限りの心血注いで作り上げたチョコ。まさに本命チョコと呼ぶにふさわしい。

だが、ユイが考えていることは違う。

後はこれを明日まで隠して、普通に「義理だよ」と渡せばいいだけだ。

そうだ。何の問題もない。

だが、昼間のレイとマリアが気にかかって、上手く眠れないのはなぜだろうか。






「やっとできたわねレイ」

「これがチョコレートのお菓子」

「これならシンジもレイのキモチに気付いて、もっとレイに優しくなるはずよ。よく頑張ったわ」

「教えてくれてありがとう」

「作ったのはあなた自身よ。自信に思っていいわ。さっ、もう遅いから寝るわよ。

スラータラ―、貴方ももう休んでいいわよ」

マリアは転がっているスラータラ―に声を掛ける。厳密には立っていることが出来ずに倒れているのだが。

「や、やっと終わったか。いったいいつまでこの甘ったるいものを食べさせるつもりかと思ったぞ」

「失礼ね。私やレイのような美しい少女のチョコを食べられるなんてそれだけで幸せ者よ。文句を言わないの」

「……量にもよるだろ」

「なに足りなかったって言うの? ならこのカカオの実を丸ごと上げるわ。さっ、美味しく召し上がりなさい」

「…………なんで俺はこんなマスターに従っているんだ?」






「甘いにおい。バニラのにおい。フルーツのにおい。ユイのにおい。そして、チョコのにおい。」

「ふむ。ユイは明日のバレンタインのためのチョコレート作りをしているな。やはりここは古来の伝統作法にのっとり、貰うまでバレンタインであることに気付かないフリをするのが一番だろう。ふっ、明日が楽しみだ」






2月14日 ヴァレンタイン当日






学校編 マリアとレイ




その日、学校中、正確には学校中の男子が殺気立っていた。

「昨日のドラマ見たか? 『檄的BEFORE AFTER』」

「当然だろ。軟弱な現代人を三日間修行させて、別人に変えちまう番組。昨日の奴はBEFOREはフィギュアが好きなただの優等生だったのが、AFTERは巨木から萌え観音を彫りだせるほどのムキムキマッチョに変貌していたからな」

「ただし、収録後に精神病院に入院するってやつ。あれが、この街に来るらしいぜ」

「マジかよ」

普段と同じように見えながら、張り詰めた空気を形成している。もう、限界まで張っているそれはたった少しのことで切れてしまいそうである。

普段なら遅刻ギリギリのトウジとケンスケも始業までまだ時間があるというのに既に着席している。

さっきも言ったが、現在の学校の、ひいては教室の空気は張り詰めている。

そこに空気を読まない、読めない男が登校してきた。

「おはよー」

元気に挨拶をしてくるが、返すものは殺気の篭った視線だけ。このヴァレンタイン(この発音が大事。)な日に女子生徒二人と一緒に登校してくる大罪人に愛想など向ける必要はない。

大罪人の名は碇 シンジ。白い髪に赤い目。いつものごとく右腕には赤い布を巻きつけている。

その隣で歩くユイは結局、上手く眠れず目を赤くしていた。鞄の中にはしっかりと綺麗に包装されたチョコが入っている。

「やっと来たわね。シンジ」

「シンジ君、待ってた」

レイの座席のところにはレイだけでなく、隣のクラスのマリアもいる。二人とも赤目のために分かりにくいが、充血している。

「さっ、あれをシンジに上げなさい」

「うん。はい、シンジ君。私とマリアさんからのバレンタインチョコ」

レイが出したのは一口大のボール型のチョコが大量に入ったガラス瓶だった。

「これはレイの?」

「そう。私とレイの合作よ。私は本命のつもりで作ったから」

「私も。シンジ君、はい、あーん。どうしたの?」

シンジは畏怖とか歓喜とかいろいろ入り混じった痙攣をしている。

「レイとマリアの合作!? 一体それはどれほどの価値があるというのだ!? しかもそれが『あーん』だと!? 僕のとるべき行動? そんなもの初めから決まっている!!

あーーーーーんんんっ!!!!!!!!!!!」

レイの指からチョコを受け取る。

(これがバレンタイン。日本のお菓子会社よ。このような祭りごとを考案していただきありがとうございます。

美味。そう、これは美味だ。食べただけで、これが作られるまでのストーリーが頭の中に浮かび上がってくる。

最初のうちは上手くできずに泣きそうになるレイ、それをなぐさめるマリア。そして、味見しつづけるスラータラ―。そのちゃちな2時間ドラマなど軽く凌駕するこのドキュメンタリーに僕は涙せずにいられない)

「おいしいよレイ」

その笑みにはシンジの思いの全てが詰まっている。それを理解したレイは顔を赤くする。

「あら、私に賛辞はなしかしら」

期待していたものがなかったことで少しむくれる。

「いや、とても美味しかった。レイにチョコ作りを教えてくれてありがとう」

「ふふっ、お褒めいただきありがとうございます」

淑女のごとく、スカートを摘み、頭を下げる。

そして、唖然として眺めているユイと目を合わせる。これが、私達の実力よ、と言う様に。

「さっ、私も今日だけは、はしゃいであげるわ。はい、あーん」

「あーん」

マリアがシンジに手ずからチョコを食べさせた。

それで、ユイはムッとする。それが何に対する対抗心なのかは分からないままに。だが、それは確実にシンジへの怒りであった。






そこで、そのあまりに甘甘な空気に悪鬼が生まれた。それも大量に。

一気に教室内の空気が変わる。

「「「「「「「「「い~~~か~~~り~~~!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」

そこには亡者の群れがいた。トウジ、ケンスケ。他にも少し前まで普通だったものたちが一瞬にして、チョコの亡者へと変わったのだ。

「「「「「「「「「チョ~~~コ~~~。プリーズ ギブ ミー チョコレート!!!!!!!」」」」」」」」」

学校内でもトップクラスの女子二人合作の本命チョコをよりにもよって、『あーん』で食べる愚か者に鉄槌を下すべくヒトを捨ててまで復讐に走ったのだ。

だが、その暴走は一瞬で終わる。

「へー、貴方達はこれが欲しいのかしら」

マリアが取り出したのは、大量のチロルチョコ。それを見たとたんにレミングスはとまる。

「「「「「「「「「プリーズ ギブ ミー チョコレート」」」」」」」」」

「欲しいのならあげるわ。でも、これが取れるのならね」

そのチロルチョコをばら撒いた。それも、教室ではなく、校庭に。

ここは3階。なのに、彼らの行動は一瞬で決まり、そして行動に移した。

「I can fly~~~!!!!!!!!!!!」

「「「「「「「「Sir Yes Sir.We can fly!!!!!!!!!!」」」」」」」」

一人が飛び、そして全員が続いた。

その顔はとても晴れ晴れとしている。落ちる恐怖など微塵も感じさせない。

『俺は己の中の愛に殉じた』そう言わんばかりの笑顔で、空へと舞い、落ちた。

グチャ、ドサッ。

そんな音が連続して続いた。

「い、いいの?」

あまりに下を見るのが怖い音に、恐怖に耐え切れずマリアに尋ねる。

「大丈夫。これは番外編。次には復活しているわ」






その会話を他所に、落ちた彼らはそれでも蠢いていた。チョコまでもう少し。

あの悪魔のように黒く、地獄のように熱く、接吻のように甘い、そんなチョコを味わうまでは死ねない。

ほら、もうすぐだ。あと、一回身体をのたうたせるだけで届くんだ。

だが、それはとある存在によって、邪魔された。

「おやおや、こんなところにゴミのポイ捨てはいけませんね」

耄碌した用務員の爺さんがそのチョコたちをゴミ袋に入れる。

「もうすぐ授業がはじまりますよ。はやく教室に入りなさい」

そういって、また一つ二つと回収していく。全て回収された後、残った彼らは、

「……そ、そんな、ワイらは何のために、ガクリ」

「……こ、これが、俺達の宿命だってか、ガクリ」

そのまま、2月の寒空の下、動かなくなった。








ネルフ編 ミサト

「シンちゃーん」

「ミサト姉さんどうかしましたか?」

訓練の後に、シンジはミサトに呼び止められた。

ミサトは綺麗に包装された小さな箱を出す。

「今日はバレンタインでしょ。はい、お姉さんからのチョコよ。美味しく頂いちゃいなさい」

「ありがとうございます」

シンジは笑顔でそれを受け取る。だが、受け取った瞬間その笑顔は消えた。

「……ミサト姉さん、これはもしかして、て、て、手作りでしょうか?」

「そうよん。あっ、もしかして照れてるのかしら。このこの~」

肘でつんつんと攻撃されるが、そんなのに構ってられない。

これはやばいものだと直感的に理解できた。

材質。そう、シンジの知るチョコの一般的な材質では有り得ないものが混入されている。

「……姉さん、大事なことを聞いてもいいでしょうか?」

「? なんでもこたえてあげるわよ」

一呼吸おく。これは荒唐無稽な質問だ。答えなど決まっている。わからない人間などいない。

だが、これはなんだ。確かめなければ。じゃないと死ぬ。

「板チョコとカレーのルウパックの違いが何処にあるんでしょうかね?」

それが問い。ミサトは唖然としている。当然だろう。何歳児の質問だ。

「あはははは!! もうシンちゃんたらなに言ってるのよ」

「え、ええ、そ、そうですよね。ぼくがまちが……」






「どっちも板型だし、似たような色じゃない。ちがいなんてないわよ」






それはどういう意味だ? つまり、これはチョコじゃないのか?

「それよりもさ、それの感想を教えて頂戴」

シンジにはそれが、死刑宣告にしか聞こえなかった。

『劇薬を食し、それが美味しいかどうか答えろ』

どんな拷問だ? 

「す、すいません。ちょ、ちょっと学校でチョコ貰いすぎて今入らないんです」

「えー、若い娘のは食べれても私のは出来ないって言うの?」(意訳『逃げられると思うなよ。地の果てでも追いかけて食わせてやるからな』)

「だ、だめです!!!!!!!僕は糖を取り過ぎて、医者から制限受けているんです!!!!!!!!

これ以上取ったら死ぬんです!!!!!!」

でたらめを口にした。食べたら死ぬ。その本能が彼を突き動かしている。

ミサトはそのでたらめを信じた。

「そっかー。若いうちから病気なんてだめよシンちゃん。これからは健康に気を使いなさい。チョコはまた今度でいいから」

そう言って、開放してくれた。

そしてシンジは、このチョコの放棄を決定した。目指した場所は発令所。

「ごめん、日向さん」






「日向さーん」

「あれ、シンジ君どうしたんだい?」

「実はミサト姉さんから日向さん宛てにチョコを預かってきたんです」

「ほ、本当かい!?」

「ええ。自分で渡すのが恥ずかしいからって僕に渡して来いって。これです」

「これが葛城さんのちょ、チョコ」

「しかも手作りなんですって。本命チョコかもしれませんね」

「ほ、ほほほほほほほほほ本命!!!!!!??????」

「じゃ、僕はこれで失礼しますね。ゆっくり味わってください」

「あ、ああ。ありがとう。そうだ。お礼に一つ分けてあげようか?」

「い、いいです。僕はもう学校の女の子から貰いましたから。で、ではまた明日(明日、また会えるといいな)」

「か、葛城さん。僕は貴方のために生きます」

「(一つ摘む)い、頂きます」

「(口に入れる)…………うっ!!!!!!??????」




「日向2尉の御霊に、敬礼!!」

発令所の扉越しにシンジは涙ながらの敬礼をした。






その後、交代でやってきた青葉に発見された日向2尉は意識不明の重態であり、そのまま入院をしてしまう。その原因は全くの謎であり、意識を取り戻した後、彼は当時の記憶を失っていた。だが、当時の彼の口内からカレーが検出されており、そこに毒物が含まれてなかったのか、捜査されたが発見できず。

これはネルフの最重要機密として、後世まで保存されることになった。






帰り道編 ???

シンジとユイが歩いている。だが、今日に限ってユイは全くシンジと話そうとしない。

シンジは、レイ、マリアだけでなくいろんな女子から義理チョコなどを貰っていた。元々、女子と仲が良かったから欲しいと言えば、すぐに分けてもらっていたのだ。

それがユイには気に食わない。いつもは、「ユイが好きだ」とか言っているくせに、こういうときだけ何も言わない。「欲しい」と一言言えば、ユイは「仕方ないな」とチョコを簡単に渡すことが出来るのに。

そんなことを考えていたら、誰かから呼び止められた。






「そこの白髪のお兄ちゃんとその隣のお姉ちゃん、少しいいですか?」






二人が振り返ると、そこには10歳ぐらいの少女がいた。

金色の髪と赤い瞳。見ただけで上等だと分かる服を着ており、なんとなく気品も漂わせる。その少女はにこやかに笑いながら二人に近づいてきた。

ユイにはその少女と面識がない。こんな存在感のある人物とであったら絶対に忘れないだろう。

「え、えっと何か用?」

「はい。用があったから話し掛けたんです。でも、私が用があるのはお兄ちゃんの方なんです」

とても顔立ちが整っている子だ。とことことシンジに向かって歩いてくる。

「僕に用って? ごめんだけど、僕は君の事を覚えてないんだ」

「覚えてなくて当然です。私はお兄ちゃんたちのことをよく見ていましたけど、話し掛けるのは今日が初めてですから」

少女は高級ブランドが作った子ども向けのバッグを開き、そこから包み紙に包まれたものをだした。

「はい。バレンタインのチョコです」

「どうして、これを僕に?」

「実はこれは私のお姉ちゃんからなんです。お兄ちゃんのことが好きなくせに、恥ずかしくて渡せないって言うから、代わりに私が届けに来たんです。それとこっちは私からです。手作りではありませんが、ぜひ、味わってくださいね」

もう一つ、包装されたものを取り出し、シンジに手渡す。

シンジは知らなかったが、それは二つとも高級お菓子会社のチョコであり、一口でウン万円とするものだった。

「ありがとう。ねえ、君のお姉さんってどんな人なの?」

「そうですね。いつも自信満々なフリをしていますが、お兄ちゃんのことを考えるとすぐにあたふたしちゃうような人です。お兄ちゃんのことが好きなのに、いつも遠くから眺めることしか出来なくて、今日もこんなふうにしかチョコを渡せない困った人です」

ふうー、と溜息をつきながら答える。なんか不思議な関係の姉妹のようだ。

「ねえ、今から時間ある? チョコのお礼がしたんだけど」

「わあ、それは魅力的ですね。でも、私はもうすぐ帰らないといけません。お礼はホワイトデーにしてくだされば結構です。そのときまでには多分私のお姉ちゃんにも会っている筈ですよ。もちろん、私にも何度かお会いするかもしれません」

そして、今度はユイに向かって、ちょいちょいと手でかがむように合図した。

ユイが指示通りに、その子の背丈ぐらいにまで屈むと、少女はユイの耳に自分の口をあて、

「お姉ちゃんも自分から行動しないと、私がお兄ちゃんを取ってしまうかもしれません。もっと積極的になってください」

「えっ?」

少女はくすくすと笑ってユイの傍を離れた。

「今日はもうこの辺でさようならです。次に会うときはお兄ちゃんにもっと甘えたいですね」

丁寧にお辞儀して早足で立ち去っていった。低い背丈は人ごみの中であっという間に見えなくなる。

シンジの手元に残ったのは二つのチョコだけ。

「今の子、なんだったんだろうね」

「さあ。でも、多分また会いそうだよね」

「僕もそう思う」

その予測どおりにこれからこの少女とは何度か街で出会うことになるのである。






家編・ユイ

結局、チョコはシンジに渡せなかった。

今日のシンジは、いろんな人からチョコレートを貰っていた。しかも、その際にいつもいつもとても嬉しそうに貰うのだ。それがムカツク原因である。

「シンジのバカ」

綺麗に包装されたチョコ。それを見ていたら、あんなにもはりきって作っていたのがバカみたいに思えてきた。

もう捨てよう。ゴミ箱に投げ込もうとして、

「ユイ、いる?」

シンジに声を掛けられた。

「なに?」

すごい棘のある言い方になっている。

「その、今日はバレンタインだから、ユイからチョコもらえるかなって思って」

「そう。ボクはシンジのためのチョコなんて用意してないから」

はっきりと拒絶する。それを聞いて、シンジは胸を締め付けられるような痛みを覚える。

「僕は誰のチョコよりもユイのチョコが食べたいんだ」

「嘘。マリアさんやレイさんのチョコを美味しそうに食べてたじゃない」

「美味しいこととそのチョコを食べたいかは違うんだ。僕はユイのチョコがもらえるんだったら今から全てのチョコを返しに行ってもいい」

シンジにとって、ユイのチョコが貰えるか否かは死活問題である。貰えなかったら明日、自殺していてもおかしくない。

何分もそんな話をして、やっとユイが聞いた。

「……そんなにボクのチョコ食べたい?」

「勿論だ」

ようやくシンジに向き直る。その手には、包装されたチョコがある。

「……今、全部残さず食べてね」

「わかった」

封を開けると、ハート型のチョコが出てきた。その中心には、ホワイトチョコで「いつもありがとう」と書いてある。

「ユイの心を丸ごと頂きます」

「なんか、汚された気分だ」

チョコを口に入れる。パキっと音がして、割れてしまった。チョコの中には、スライスしたフルーツが入っていた。

声も出さずに、ムシャムシャ、ゴクンと食べる。

「ど、どう?」

不安げなユイに満面の笑みで、

「すごく美味しい」

と答えた。それにつられて、ユイも満面の笑みを浮かべた。






おまけ編 ???

「あれ? この箱なんだ? 俺はこんなもの持ってないぞ」

白い髪で褐色の肌をもつ青年が机の上に置かれた小奇麗な箱を見て、悩んでいる。

「中は……お菓子? ますます分からないぞ?」

そこに、まるで貴族が着るようなドレスを着た金髪の女性がやってくる。

「まあ、ミスタ・シェロどうしましたか? なんですかこの安っぽいチョコレートは? ミスタ・シェロ、チョコレートが食べたいのならば私が最高級のものを取り寄せますわ。こんなもの捨ててしまいましょう」

そういって、箱ごとゴミ箱へと入れようとし、

「なにやってんよアンタ!!! 人が士郎にあげたチョコなんだから勝手に捨てるんじゃないわよ」

赤い服を着た悪魔がやってきた。長い黒髪で20代後半になっても美しい女性なのだが、こういう気性は昔のままだ。

「えっ、これって凛が置いたのか? ……なんでさ?」

「なんでって、今日は、きょうは、ああ、もう自分で考えなさい。それよりもそこの泥棒女。勝手に人の家に入ってくるじゃないわよ」

「まあ、私はシェロに会いに来ただけですわ。貴方のような品性の欠片もない人など誰が会いに来ましょうか?」

「ちっ、いい度胸じゃない。ここで長年の禍根をあんたの存在ごと消し去ってあげるわ」

「まあ、消えるのは貴方の方ではなくて?」

挑発に挑発を重ね、すでに臨戦状態である。

「ちょ、ちょっと落ち着けって」

「「黙ってて」」

「……はい」

止めに入ろうとした青年は一瞬で、諦める。

「私を舐めないことね。貴方なんてこの宝石剣があればすぐにでも灰に出来るのよ」

「まぁ。そういって、結局出来ないのは貴方の技量が低いせいかしら。それとも決定的にドジだからでしょうか」

「いいわ。優雅だろうと所詮はハイエナってことを獅子自らが教えてあげるわ!!!!」

「また、床に沈めてさしあげますわ!!!!」






「シンジ元気にしてるかなー」

青年の諦観が混じった言葉が戦いの引き金となったのである。

そして、戦いを行った二人はまた一つ、伝説を作ることになった。






あとがき

バレンタイン編、いかがだったでしょうか。時事ネタで、作中の季節を全く無視していますが作者的には実に満足です。ちなみに過去のどれよりも一話の話としては長いです。

なぜか、ギル子より、小ギル子の方が登場早かったりしましたが、ここでギル子がこの日一日なにをやっていたかを書いておきます。

==============================

「バレンタインか。こんなものに浮かれる奴らの考えが分からんな。し、しかし、これでエル、いや雑種が喜ぶというのであれば、褒美として取らせてやってもかまわんだろう」

学校でマリアとレイがチョコを『あーん』するのを見て、

「なっ、そんなことするとは。くっ、エヌマ・エリ、いやそんなことをすればエル、違う。雑種も死ぬし」

ネルフで、ミサトがチョコをあげるのを見て、

「そんなもの毒物を食べさせるな!! 死にたいのか!! エルが死んだらお前も殺すぞ!!!!」

シンジが日向にチョコをあげるのを見て、

「そうか。代理人に渡させるという方法があるのだな。よし。ならば、この薬を使えば問題ないだろう」

チョコをあげたあと、

「ふう。これで安心して眠れるな。まったくなぜ我がこのような低俗な雑事に悩まねばならなかったのだ。雑種に召還されておけばこのようなことはいつでも渡せたのだが。……そうだ、これから会いたくなったらまた小さくなればよいだけだ。セイバーにさえ気をつければ、あの雑種の侍女風情のライダーには悟られないだろう」

==============================

誰も見ていないと思うと、素が出てしまうのがギルです。イメージが壊れたと言う人、ごめんなさい。

サイゴさん、ギル子はとてもありがとうございました。お礼申し上げます。

小ギル子は年下要素の少ないこの作品ではかなり貴重です。すでにレギュラー化が決定しています。

追伸 この間、友人の一人に、「写実文学主義?」と聞かれました。

「そんなわけないだろ!? どこの勝ち組だ!? そんな状況にいたら、こんなもの書いてないよ!!」

というわけで、よろしければこの妄想作品に感想をください。



[207] Re[14]:正義の味方の弟子 第15話
Name: たかべえ
Date: 2006/02/16 09:16
正義の味方の弟子
第15話
日常と非日常への誘い






それは最初に言われたことだ。

「『正義の味方が救えるのは味方した人間だけだ』」

それは現実だった。兄は理想をひたすらに追い求めていたが、同時に現実も理解していた。そんな兄が教えてくれたことだった。

「俺が爺さんから言われたことだ。俺はそれに反発した。シンジはどうだ?」

そう兄は現実を理解している。それでも理想を追い求めている。

こんなことを語ったのはそれは僕が正義の味方を目指したからだろう。

今、教えてくれたことは真理だ。正義の味方などというものを目指すのならば絶対に直面する問題。それを語ったのだ。それを酷いということなどできない。

「それでも、その現実を知りながら、ずっと走り続けた奴がいる。そいつは子どもの頃に夢見た正義の味方というその在り方をずっと貫いたんだ」

「それは兄さんの知っている人?」

「そうだ俺の理想だ。救った人に裏切られても、それでも自分が信じた理想だけは守り通したやつだ。きっとそいつは今も、その理想のために頑張っているんだ」

「凄い人だね」

「ああ、凄い奴だ」






なぜ、それを思い出したのだろうか。

無邪気だった自分がいた。それは今の、人を殺した後の自分とは全く違っていたものだった。

『正義の味方が救えるのは味方した人だけだ』

それは正しい。あの時、僕はあの人の味方が出来なかったからあの人は死んだんだ。

だから、僕は考えた。全ての人を味方する方法はないか。全ての人を味方し、救えたのならそれこそが正義の味方としての最善だろう。

その方法は一つだけある。いや、あるというのは間違いだろう。あるかもしれないと表現するのが正しい。

それは魔法の一つに数えられている。

未だ誰も辿り着いた事のない魔法、そして絶対に辿り着けない魔法。

それは『全ての人を救う』という魔法だ。もし、この魔法を実現できたのなら、それは正義の味方として何よりも喜ばしいはずだ。

だが、これは辿り着けないというのがすでに前提になっている魔法。人には届かない魔法、その中でも最後まで残るとされている魔法だ。

でも、諦められなかった。

叶うのならば自分を犠牲にしても良かった。










その、全ての人には、僕を捨てた父さんも含まれていた。








それはとある日曜日のお話。

「はい、判子です」

「ありがとうございましたー」

シンジたちの家に、一つの郵便物が届いた。それは大きなダンボール箱である。

受け取ったユイは中を改めようとする。

「送り主はイギリス? あっ、Rin Tosakaって書いてある。シンジー、荷物が届いたよー」

家の中にいるシンジを呼ぶと、いつものように洗いざらしのTシャツにジーンズのシンジがやってきた。

「これはまた、変な荷物が届いたな。送り主は、姉さん? ってことは頼んでた物かな」

「頼んでた物?」

「そう。でも、それにしてはやけに大きいな。……これは魔術で封をされている。確かこういうときは、

Abzug Bedienung Mittelstand―――」

その詠唱により、今まであった目に見えない鍵が外れた。シンジは蓋を開け、ゴソゴソと中を探る。

ユイが興味本位で、中を覗き込むと多種多様、雑多なものが入っていた。

「いろんなものが入っているね。あっ、これすごくきれいな飴玉」

ユイが取り出したのは、色とりどりの丸い透明な玉が入った瓶。

「ああ、それは飴玉じゃなくて宝石だから」

「えっ!? 宝石!? これ全部が!?」

「そうそう。姉さんは宝石を魔術礼装にする人だから、そういった宝石が武器なんだよ」

魔術礼装とは魔術師にとっての武器だ。杖というのが一般的というわけでなく、人によってそれこそ千差万別なのである。

「宝石に自分の魔力を注ぎ込んどいて、一回限りの切り札に変えるんだ。その宝石じゃ、今の僕の魔力の五十倍近くはあるだろうね」

「へー。じゃあ、この剣は」

「これはアゾット剣。これもとんでもなくすごい品だよ。僕の百倍以上」

「そう言うとシンジが実はすごい弱いみたいだよね」

「はっはっは、何を言う。僕は魔術師としては三流以下だよ。たった一つの魔術しか会得できてないんだから」

「威張れないと思う。というかシンジはさっきからなにを探しているの」

「…………魔の落とし穴さ」

シンジはこの宝石に多大な不安感を隠せないでいる。あの姉が、貸しは認めても借りだけは絶対に認めようとしないあの姉が、そして金に煩いあの姉がこの装備を無償で提供してくれるはずがない。なにか落とし穴があると確信し、それを必死で探そうとする。

「…………あった」

それは一枚の紙。それになにか文字が書かれている。






『弟へ。

これら一式はあげたわけではありません。貸したのです。すなわち、返却する義務があり、また利子を支払う義務もあります。

優しい姉としては、年利5%で手を打ってあげます。

絶対に返しなさい。借り逃げは許しません。

                                  
貴方のとても素晴らしい姉 遠坂 凛より 







シンジへ。

ああ、なんだ。上の内容はあまり気にするな。一生かければなんとかなるから。

聖杯戦争なんかに関わるなんて思わなかった。

セイバーもいる。勝ち残れるとは思う。

帰って来いよ

                                          衛宮 士郎』






「うわー、すごい手紙だね」

「ああ、どこの借用書だろうね、上半分。兄さんはなんか言いたいことがあるけど、まとめきらなくて結局ありきたりの言葉だけを書いたって感じだな」

でも、シンジは姉の真意を理解している。あの人は大事な人にほど多くの貸しを作る。

箱の一番下には、実はシンジにとって、一番欲しいものが入っていた。

それは小さな長方形の木箱だ。箱の表面に刻まれた彫刻とガラスが埋め込まれている。

「なんか、いろいろ入ってる中で一番きれいだな。質素だけど、なんかいい」

「この箱のよさにユイも気付いたか。じゃあ、この箱の方はユイにプレゼントしてあげよう。大事なものはこの中のものだから」

錠もついていない箱を開けると、中には一つの金属片が入っていた。それをシンジは手にとる。

「何の欠片?」

「な・い・しょ」

「すっごいムカつくんだけど」

「まっ。本当ならこんなことしている時間なんかないから、これは部屋の中に放り込んでおこう」

「あっ、そうだね。綾波さーん、セイバーさーん、準備できたー?」

ユイは奥にいるセイバーとレイに話し掛ける。そして、程なくして二人が出てきた。セイバーは自分の私服だが、レイはユイから借りた服を着ている。

「お待たせしました」

「お待たせ」

レイはこの間からうっすらとだけど笑顔を浮かべるようになった。

これから4人でデパートに出かけるのだ。

「じゃ、綾波さんの引越し祝いをしようか?」








話は数日前に遡る。学校でレイが言い出したことである。

「シンジ君、責任とって」

その瞬間、シンジはユイとセイバーに、ぼこぼこにされた。殴る、蹴る、叩く、投げる、絞める、切る、落とす。

「シンジ、綾波さんになにしたか答えて」

「で、できれば攻撃する前に聞いて欲しかった……」

倒れそうになるところでセイバーに力で起こされる。

「な、何もしてません」

「嘘だよね。嘘でしょ。嘘と言いなさい。綾波さんに責任を取らないといけないようなことをしたんでしょ。それともなに? 綾波さんが嘘を言ってるとでもいうの?」

ユイ判事兼裁判官はシンジ被告兼弁護人の弁護を一切無視する。

「れ、レイに手は出してません。出すならまずユイに出してから、フギャッ!!」

「じゃあ、ボクにも手を出したって言うの!?(ドムッ!) 一緒に寝てるのはシンジを信用してるからなんだよ!!!(ガスッ!!) それなのに、(グシャッ!!)それなのに、(バキッ!!)バカ!!(ビチャッ!!)」

もうシンジの命が真剣に危なくなってきたところで、ようやくマリアが口を出す。

「シンジは誰にも手を出していないわ。レイが責任をとれといっているのは別のことよ」

マリアがシンジの弁護をする。ここまで何も言わなかったのはシンジがいたぶられる様を見ていたかったからである。

マリアの言葉にレイもこくこくと首を動かす。この間からレイは自分の意思というものを表そうと努力している。

「じゃあ何の責任をとらせようってしたの?」

「これを見て」

レイが出したのは一冊の雑誌。

「『男を意のままに操る方法100』?」

「これに責任を負わせれば、言うことを聞いてくれるって書いてあったわ」

パラパラとページをめくるとそこにはどうすれば男が責任を感じるかが書いてあった。

その上位3位に『同じベッドで眠ったら責任を男に押し付けろ。女に罪はない』とある。

ちなみに1位は『ドアを開けたとたんに殺人鬼な男子学生に殺されたら、一緒に吸血鬼を倒させろ』というものだった。

「(1位のやつは刑事責任ってこと? ライターはアルクェイド? 外人さん?)」

「つまり、レイの主張は数日前、シンジと一緒に眠っているそうだからその責任をとって、居候として家に置いて欲しいってことよ。家賃、食費は0円という条件でレイがそっちに引っ越したい」

マリアの説明にまたコクリと首を縦に振る。

そこでやっとセイバーはシンジを離した。ドサッとコンクリートに叩きつけられる。

「なるほど、そういうことでしたか。レイが家に来ることは賛成です」

「うーん、綾波さんが家に来ることは最初から問題ないよ。どうして、こんなことしたの?」

「……なんで僕に暴行したことを謝らないんだろうね? それとも悪いとも思ってないんですか?」

シンジの問いかけは当然のごとく無視される。

レイはシンジを見た後、一言。

「もうお嫁にいけない」

つまり、『私は一度、シンジ君のモノになり、もうお嫁にいけないから責任を取って私をお嫁にしなさい』というものであった。これもまた、雑誌の中に書いてあるものだった。

「ユイさんは愛人。お古は用済み」

「綾波さんがいじめたー!!!!(泣)」

そんなこんなで結局、居候が決定したのであった。ちなみに、部屋は空いていた客間、寝室はシンジ、ユイの部屋に決定していた。そして、シンジの責任はなぜか膨れ上がる一方だった。






第3新東京市は時期首都として開発されている都市なので、デパートなどは品揃えが良い。

「あっ、これなんかどう? 似合うと思うよ」

「うん」

ユイはレイに持ってきた服を当てる。それはプリントつきのTシャツで、値段も手頃である。

「こちらもどうでしょうか?」

「これもいい」

セイバーが持ってきたのは、真っ白なワンピースである。値段は張るが、細部まで作りこんであり、まるでお嬢様が着るようなものである。

「いやはや二人とも甘いな。いいかい、そんな常道でどうする? もっと、意表をつく服が選べないのかね?」

「意表って必要な要素なの?」

シンジが持ってきたのは純粋な黒のタンクトップである。若干丈が短く、へそが見えてしまう。だが、一緒に持ってきたジーンズと組み合わせれば、クールな女性を演出できるだろう。

シンジがこの場でも全く恥ずかしがらないのはもうお約束と言うべきだろう。

「シンジ君、こういうの好き?」

「好きだよ。実に好きだ」

「なら、これにする」

レイとしてはシンジが気に入る服を着たいのである。

「綾波さん、欲しい服ならいくらでも選んでいいんだよ。どうせ、シンジもちなんだから」

「ええ、多少邪魔でしたが、そのために連れて来たんですからね」

ユイ、セイバーは本音をぶちまけた。そう、シンジ持ちだからこの際、いいものをたくさん買おう、ついでに自分達が欲しいものも、と。

「……ごめんなさい」

「気にしなくていいよ。ボクの財布の中身も、レイのために散っていったというのであれば本望というものだ。ただし、僕が選んだものも着て欲しい」

「わかったわ」

シンジの言葉にレイは頷いた。そう、これがシンジの目的だった。

「ならば、このメイド服を着てくれ!!! これに白いニーソックス、カチューシャも完全装備でお願いする」

何処から取り出したか、メイド服とアクセサリを取り出す。

ユイとセイバーは唖然とする。このフロアにこんなものは売っていない。よくみると、服には既に『Rei』と縫いこまれており、シンジが作ったものだと理解できた。

「さあ、今すぐ試着室で着替えるんだ。そして、着替えたら真っ先に『御主人様、似合いますか?』と僕に恥ずかしがりながら尋ねること。いい?」

「分かった」

服を受け取り、試着室に消えようとするところで、ユイが引きとめ、シンジはセイバーが叩きのめしていた。

ちなみに、ここでの出費は服、14着、18万3000円(内、レイが10着、ユイ、セイバーが2着ずつ)である。全てがシンジから出ていたのは言うまでもない。






「……ランジェリーショップで堂々とできる男の人なんていたんだな」

「えっ、なんか言った?」

レイの下着を購入するために来たエリアでもシンジは何の気負いもなかった。さきほどの売り場なら男性もまだ少しはいた。だが、ここではシンジ一人。周りから、ひそひそとされているのに全くこたえていないこの精神はもうある意味、神クラスに到達していた。

「だって、僕って必要だと思うよ。僕なら、レイのスリーサイズをミリ単位で測定できるんだよ。もちろん、ユイのだってできる」

「しなくていい。店員さんに測って貰うから」

「待った!! なぜユイとレイの個人情報を他人にばらさないといけないんだ!!」

「それをまず自分に言い聞かせてね」

そこで、レイが入っていた試着室のカーテンが開いた。そこには、上下お揃いのピンクの下着だけを着けたレイがいた。

「シンジ君、どう?」

「Good Job!! (バンッ!!)ぐわっ!!」

「綾波さん、カーテンを閉めて!! 下着は見せちゃダメなの」

「どうして、シンジ君の感想を聞きたいの」

「そうですね。私も昔、シロウに選んでほしかったのですが、何度誘っても結局逃げ出すのです。そういう意味では、シンジはよいですね」

「セイバーさんまでなに言っているの!? ダメです!! さっ、早くカーテン閉めて」

そう言って、ユイ自らカーテンを閉める。

「ふっ、僕はね、レイのためを思って感想を言っているんだよ。こうやって、何が似合うのかがわかればこれからは自分で服を選べるようになるだろう? だから僕がやっているのは決して間違っていない」

「間違ってないことが正しいとは限らないでしょうが」

ユイのローキックがシンジに決まった。またここでも、シンジが全額を負担していた。






「これ欲しい」

子供むけのぬいぐるみ売り場で、レイは一つのぬいぐるみを指差した。

それは小さなクマのぬいぐるみだ。前世紀、大ブームを誇ったシリーズの最新作で、値段も張る。

「いいよ。ぬいぐるみと戯れるレイ、なんてすばらしい。レイ、僕も君のぬいぐるみとして可愛がってくれ」

「警備員さーん、この変質者を捕まえてください」

「あれ、それはどういう意味かな?」

「分からなかったらいいよ。多分、留置所で頭冷やせば分かると思うから。あれ、セイバーさんなにしてるの?」

セイバーはとある棚の前で釘付けになっていた。

そこには、ライオンのぬいぐるみが大量に置かれている。

セイバーは目をはなすことなく、シンジに手だけを出す。

「シンジ、財布を出しなさい」

「えっ、いきなりカツアゲですか!?」

「三度目は言いません。命が惜しければ財布を出しなさい」

それには殺気は感じられない。だが、ここで断れば確実に命を絶たれる。

「……はい」

結局、暴力に屈してしまった。






それから、ファミレスで食事をとり、家までまたとことこと歩き出していた。

「綾波さん、今日は綾波さんの食べたいものを作るね」

「ありがとう」

また、うすく笑う。レイは笑うということを勉強している。何が笑いというものか、それが周りの人にどんな影響を与えるのかを。

ユイはその笑顔に幸せな気分になる。この笑顔を望んでいた。

最後の角を曲がり、先頭を歩くユイが見たものは、それは見知らぬ人物だった。

それは美しい女性だった。

すらっとした長身。長い黒髪。服装はスーツ姿である。眼鏡をかけており、一見は仕事が出来る女性のようである。

髪は黒いが、顔立ちと肌の色から白人であることが分かる。

「ユイ、どうかしたの?」

シンジはユイに話し掛け、そしてその人物を見て、固まった。

「……ジャン」

「久しぶり」

シンジの言葉にジャンと呼ばれた女性が歩み寄ってくる。

「どうしてここに? もしかして襲撃?」 

「それなら気づかれる前に射撃で終わらせてる。今日は別の用事」

シンジの目の前に立つとその身長の高さが分かる。

「じゃあ、もしかして同盟を持ちかけに来たとか? それなら大歓迎なんだけど」

「ごめん。そういうわけではないんだ」

「じゃあ、何をしに?」

「それを今から言おうとしてるのに、ジンが邪魔する」

大人であるのに、年下のシンジにすねたりしている。それは目先が同じである人に話し掛けているそれだ。

ユイは自分の疑問に耐え切れなくて、シンジに相談した。

「あのジャンって男の人じゃなかったの? 僕は男の人だと思ってたんだけど。それにジンって」

ジャンはユイを見る。その目はシンジに向けるものとは違って、きつい。

「失礼なサーヴァント。ジャンとはジンがつけたあだ名」

もう一度、シンジを見る。

「この街に監督役が到着したの。そして、その通達を伝えに来た」






あとがき

ついにジャン登場!! 名前だけで、場合によっては男だと思われていたかもしれませんが、実は女です。

11話でシンジが言った、変なあだ名の人がこのジャンです。本名を当ててみましょう。当たっていたら何かいいことがあるかもしれません。

実はこれからバイトの面接があります。職種はなんと、清掃局員。街のゴミは作者が取り除きます。



[207] Re[15]:正義の味方の弟子 第16話
Name: たかべえ
Date: 2006/02/19 23:07
正義の味方の弟子
第16話
監督役








その不思議な客人を交えて、シンジ、ユイ、レイ、セイバー、の4人はお茶をしていた。

不思議な客人、ジャンもまた自然に参加している。着ていた上着を脱ぎ、白いワイシャツに、スーツのズボンである。

「このお茶菓子は美味しい。何処の店?」

ジャンは不必要な言葉を使わない。常に簡潔な言葉だけを言う。彼女のこの喋り方は癖らしい。

「は、はい。えっと、駅前のケーキ屋さんです」

「そう、後でよってみよう」

そう言って、次のお茶菓子を取ろうとするが、レイと手が重なったために引っ込めてしまう。レイは狙った菓子が取れてご満悦の様子である。それを見たジャンは少しだけ笑った。

(な、なんでみんな和んでるの?)

今一番混乱しているのは、ユイだ。というより、他の三人は全く、問題に思ってないらしい。

とりあえず、一番の謎を聞くことにした。

「え、ええっと、あのジャンさんって、本名は何なんですか?」

「ヤスミ―ヌ。ヤスミ―ヌ・ラインハルト」

さらに混乱する。ヤスミ―ヌがなぜジャンになる?

「ヤスミ―ヌというのはドイツ人の名前なんだよ。スペルはこう」

シンジは、水でJasmune(厳密にはu はウムラントである。)と書く。

「この名前は英語読みでは、ジャスミンになるんだ。そこから、最初と最後を取ってジャンって呼んでる」

「最初は嫌だったけど、もう慣れた」

ジャンことヤスミ―ヌは紅茶を飲む。

「そしたら、ジャンは僕のことをドイツ語読みで呼ぶようになったからね。だからジン」

「そうなんだー」

「そういえばジャン、どうしてスーツなの? ジャンそういうの普段は着ないでしょ」

「今日は普段とは違ってたんだ」

それからしばらくの間、お茶が進む。たいした話もなく、手だけが進む。

ある程度、時間がたちジャンは口を開いた。

「ジン。さっきも言ったけど、監督役が到着した。その通達を伝える。各マスターは参加の届出を行うこと。これが監督役がいる教会の地図」

ジャンはポケットから折りたたんだメモ用紙を取り出す。書いてある地図はジャンが自筆で描いた物らしい。

「ありがとう」

「気にしないでいい。そしてもう一つの通達は『いまからしばらく全マスター、サーヴァントに停戦期間を設ける』ということ。円滑にこの戦いが進むように準備を済ませるまで戦いを禁止するって」

「ちょっと待ってくれ。それはサーヴァントの種類によってはマスターに不利になる」

いまだ召還はされていないがバーサーカーのクラスがある。そのクラスはサーヴァントの理性を失わせる代わりに、能力を向上させられる。だが、その維持には大量の魔力を消費し、過去バーサーカーのマスターになったものは、前回の人物を除いて、全員が維持できなくなり負けている。そうでなくても、サーヴァントというのは維持に魔力を消費する。

シンジもユイと契約していることで、魔力がユイに流れ込んでいる。だが、ユイは魔術回路を持っていないためか、維持のための魔力が少なくてすんでいる。

つまり、この決定に承服できない人物が出てくるということだ。

「そう。だからこれは無視される可能性が高い。しかし、聖杯戦争終了後にペナルティが課せられるから別に無力と言う意味ではないし、バーサーカーは召還を確認されていない」

「しばらくといったけど厳密にはどのくらい?」

「一ヶ月以上らしい。詳しくは本人に聞いたほうがいい」

「なら、監督役はどういった人物?」

「神父だ。元代行者。今度はこちらから聞かせてよ。あの化け物について」

「わかった。あれは………」

そうして、二人は長々と話を続けていた。

その間、シンジはジャンを全くからかわなかった。






「というわけで、できれば使徒が出現しているときは休戦したい」

もう日は落ちかけている。あれから何時間も情報を交換し合って、そしてシンジはジャンに交渉をした。

「かまわない。私もあれを始末しようとランサーを送り込んだけど、結局はそちらのセイバーが倒したと聞いている」

「じゃあ、ラミエルのときにいたの?」

「ランサーは。ランサーの話ではそこのセイバーの真名はアーサー王」

「……やはり気付くサーヴァントがいましたか」

ばれることを承知で行った作戦だが、やはり知られるのは問題だった。

「セイバーは前から見かけていたから、ジンが召還したのはそっちの黒髪のほうだね。クラスは?」

急にユイへと問い掛ける。

「ら、ライダーです」

「そうか。ユイと呼んでいたがそれが真名なんだな」

「ジャン、そっちばかり情報握ってないで、こっちにもランサーの真名を教えてくれないか」

「悪いけどそれは聞けない。私はこの聖杯戦争を勝つつもりだ。不利になることを話す気はない」

「はっ? ジャンは聖杯なんか欲しいの?」

「欲しい。願いたいことがあるんだ。だから、本当はジンにも降りて欲しいけど、ジンは降りないだろう」

「分かってるんだね」

「親友『だった』から。……もう帰る。伝えたことを忘れないで。それとできるなら、夜の街には来ないで。出会えば躊躇しないから。使徒に関しては私も行動するけど、それ以外ではダメだよ」

ジャンは立ち上がる。そして、その赤い布を目に入れた。

「……」

何も言わないから、シンジが先に言った。

「ありがとう。この聖骸布、役に立ってるよ」

「……そのために送ったんだ。役に立たなければ困る」

赤い布を見たとき、なぜかジャンが泣きそうなった。

「それってジャ、ヤスミ―ヌさんにもらったの?」

ユイが話に参加してくる。

「そう。これはバルバラの聖骸布。バルバラは厳しい拷問を受けたが、それでも教えを守りぬいた聖人。火から人を守る守護者だ」

ジャンの言葉に、シンジが続ける。

「それにバルバラは雷に守られていた。だから、僕はラミエル相手に平然と前に出れたんだよ。火と雷ではこれの前に効果は薄いんだよ」

「そうだったんだ。だから、あんなに平気でいられたんだね」

「私はもう行くから」

すたすたと廊下へと歩いていく。ユイは見送ろうと付いて行った。






「わざわざすまない」

「あの、また来て下さいね」

「……それはこの戦いが終わってからだ。それまでは会いたくない」

かけてあったスーツの上着を着込み、






「ライダー。ジンはお前が守ってやるしかない。私は結局は敵なんだ」

そう言い残して、出て行った。








「ねえ、ジャンさんとどんな関係だったの?」

夜、ユイはシンジにたずねてみた。シンジは、ユイの後ろにまわって、ユイの髪を拭いている。

曰く、「ユイの髪に定期的に触らないと禁断症状が出る」とのことだ。

しかし、触らないと変な症状が出るシンジはそれ自体が末期だろう。そして、「仕方ない」と触らせてあげるユイはもう優しさに溢れすぎていた。

「き・に・な・る? ジャンと僕は、大親友だったのでした」

「あのさ、『だった』て今は違うの?」

「うーん、ちょっと色々あってね。喧嘩しちゃってそのままなんだ」

「仲直りは出来ないの? 今日見たけどさ、二人とも仲良さそうだったじゃん」

「仲直りはしているんだ。でも、ジャンはあのことを引き摺っちゃってるからそこが問題でね。さらに、僕がこんな風に変わっちゃたから更にこじれちゃって。ジャンは優しすぎるし、細かいからね。人が忘れちゃったことも覚えている」

櫛をつかって、優しく梳いていく。

「ジャンは昔はユイに結構似てたかな」

「そうなの?」

冷静そうな人がどう似ているのか全く見当がつかない。

「昔のジャンは、もっと元気に笑っていて、見ていて元気になれる人だった。そして、よく僕を殴っていた」

顎をさする。そこを殴られたのだろう。

「……確かにそこら辺そっくりだね」

シンジはようやく手を止める。

「はい、できたよ」

「ありがと、……ってなんでツインテールになってるの!!!」

鏡に映ったユイは、髪をゴムで二つに分けられている。ユイの髪は肩ぐらいにまでないため、それは小さな子供がするような髪形になっている。

「えっ、なんでって、それは萌えるから」

それ以外に何の理由があるのか、と言いたげである。だが、そんなものはユイには通じない。

「そんな理屈しるか!!」

右拳だと踏み、ガードしようとしたシンジに対して、右膝を顎にいれ、吹っ飛ばす。

「グアアッ!! ……ジャンもこれぐらいに元気になればな」






ジャンはとあるマンションの一室を借りて、生活している。

そこに、一人の男が現れる。

「ジャン、親友には会えたのか」

かなりの長身で、筋肉質だ。深い青の髪に、金色の瞳。だが、彼から感じるのは筋肉の威圧感ではなく、しなやかな青木の下の安らぎである。なぜか、口数が多く、なぜか一度言ってしまった『ジャン』と呼びたがっており、何度注意しても聞かないのでもう諦めた。

「ランサーか。ジンは親友だったんだ。今は違う」

「そのようなものなど関係ないさ。時の流れなど感じさせぬのが真の友というものだ」

「裏切られて『終わった』ものの言葉とは思えないよ、ランサー」

ランサー、彼の最後は信じていたものに裏切られて終わっている。それが、真の友などと語るのはおかしい。

それに、ランサーは笑う。

「いや、ジャンそれは違うぞ。私は『受け入れた』のだよ。あのとき、彼はその私の望みを叶えてくれた。裏切ってなどなく、友として私を送ってくれた」

それは初耳だ。少なくともこいつの死はその友によるものだったはずだ。

「いずれ、ジャンにも分かる日は来るだろう。そのときには、きっとまた親友になれるはずさ」

「……そうかな」

「疑り深いな。私は貴方をたばかるつもりなどないよ」

「口の軽い男を信用したくないんだ」

「それは失礼したな。だがこれは私の性分でな。変えることなど出来まいよ。そして、これも私の軽口だ。貴方もその少年も生き残るよ」

私はどうかわからないが、と最後に続ける。

このランサーは聞いていたサーヴァントという存在の中で、特に変り種だという自信がある。なぜなら、召還した後すぐに、『マスターにとって不利益な行動をしない』という誓約(ゲッシュ)を立てたのだ。その理由を尋ねたら、

「なに、同じだけ辛い選択が待っているというのなら、約束を優先しようというだけのことだ」

そう、笑った。

伝説に語られる彼とは全然違っている。

「今日からはしばらくは出歩かないのだろう? どうするのかな?」

「情報収集と、あとはあれもしないと……。ランサー、ちゃんと言ったもの探してきた?」

その言葉にランサーは紙袋を取り出す。その中には小冊子が大量に入っている。

それは『求人案内』や『Hello work』と表紙に書かれている。

それをジャンは真剣に眺める。実は彼女は聖杯戦争に巻き込まれるなどと考えていなかったために、あまり金に余裕がないのだ。シンジに借りようかとも思ったが、恥ずかしくなって結局止めた。

「やれやれ、こんなもので苦しむマスターも珍しかろう。そんなことで本当に勝つ気なのかな」

「うるさい。お前も働かせるぞ。えっと、私に出来そうな仕事は、」

パラパラとページをめくっていくが、なかなかいいのが見つからない。

「ジャンは何か得意分野があるのか?」

「……家事。あとは、暗殺と捕獲と拷問ぐらい」

「ふむ、厄介だな、就職活動というものは」

全く厄介そうに感じさせない口調で呟いていた。








その日、シンジとユイ、セイバーは三人で見知らぬ通りを歩いていた。

「本当にこの通りであっているの? なんかビルとかしかないよ」

「いや、ここからさらに進んだところみたいだね。あそこを右に曲がるよ」

ジャンに貰った地図に従い、とことこと歩いていく。レイは今日はマリアの家に行っているらしい。マリアとスラータラーが住んでいるのがどんな家なのか全く想像がつかない。

「マリアさんの家ってどんな感じなんだろうね」

「冬木の森にはアインツベルンのお城があったよ。焼け落ちたらしいけど。多分そんな感じのがどこかにあるんじゃないかな」

「この街中にお城があったら目立ちすぎると思うよ」

ネルフも地上にあったのなら、とても目立っていただろう。

「じゃあ、ビルを丸ごと買い取ってるかもしれないな」

「そんなお金あるんだったら、お弁当ぐらい自分で何とかして欲しいかな」

「ユイ、貴方の作るお弁当は金を積んでも得難いものです。マリアテレ―ゼの判断は正しい」

一向はさらに進んでいく。そして、進むたびに、街の景色が変わっていく。人工の街が薄れ、少しずつ緑が見え始める。

かなりの距離を歩いている。いつしか道は坂道となり、小山を昇っている。

やっと見えたその建物は、ある種壮観だった。

レンガで作られた古い教会。ところどころレンガがひび割れている。

長年打ち鳴らされていないだろう鐘は塗料を失い、はげた部分から真鍮の鈍い色が見えていた。

庭には雑草しかない。植えた植物は枯れたか、それとも最初から何も植えていなかったか。

聖なる場であるはずなのに、冷たい地獄を連想させる。

「これが教会なの?」

「みたいだね。僕だけが行くから、ユイと姉さんは待っててよ」

シンジは割れた石畳の上を進む。扉の取っ手に触れると埃がつかなかったことから、やはり人がいると確信する。

重い扉がぎしぎしと音を立てながら、開いていく。

中は外に漂う陰鬱な空気とは違っていた。整然と並べられた椅子。よく見ると綺麗に磨かれている。

教壇には一冊の聖書が置かれている。福音書という文字は読めた。

板張りの床を歩くと、静かな教会に足音が響く。

気付いている。足音は二つ。シンジのものと、もう一つ。それは、教壇の向こうから響いてきた。








「私はこの聖杯戦争の監督役を任されたものだ。神の家にようこそ、この聖杯戦争に参加するマスターよ。歓迎しよう」

出てきた男は、慇懃無礼にのたまった。








その男は、身長184cmとシンジは測定する。神父服の下にあるのは筋肉質の身体。とくに武器を隠してはいない。

「どうして僕がマスターだとわかったのですか?」

とりあえず、相手の年上であるので敬語を使う。

男はくっくとわらう。なぜか癇に障る。

「なに、こんな寂れた教会に来るのはマスターぐらいだ。この教会は、10年以上前に打ち捨てられてな。近くにもっと巨大な教会があり、信者はそこで礼拝を行う」

淡々と喋る。感情など含まれていない。

「さて、君の名前を言いたまえ」

「碇 シンジ」

ほう、と神父は驚きと喜びの混じった声をあげる。

「それは驚いたな。まさか『こんな』子供だったとは。いやいや、それならば聖杯を求めても仕方あるまい」

神父は大仰に仕草をする。

「どういう意味です?」

「気にするな。ただ、君には聖杯を手にする資格があるといいたいだけだ。さて、無駄話は終わりにしよう。君はマスターとしての登録を行いに来たのだろう。登録は終わった。もう帰っても構わないぞ」

神父は自分の言いたいことだけを言い切ると、話を終わらせようとした。それに、シンジはもう敬語を使う気が失せた。

「質問がある。一時的に停戦を行うように通達したが、期限はいつまで?」

「それはまだ分からん。だが、一月ほどだろう」

「さらに、聞きたい。監督役が来るということはこの地には聖杯があると判断されたのか?」

「なるほど。戦いに勝利しても景品がなくては確かに問題だな。聖杯が本当にあるかどうかまだそれは判明していない。だが、現にサーヴァントが召還されてしまっている。さらにこの地での様々な問題。この戦いによる人間社会への影響を防ぎ、問題を調査するというのが私の職務だ。それには聖杯の有無の確認も含まれている」

「じゃあ、現在召還されているサーヴァントは? 監督役なら知っているはずだろう」

「届出があったのははランサー、キャスター、アサシン、スラータラー。それに君のサーヴァントであるセイバーとライダーを加えた6騎が既に揃っている」

セイバーは前回の生き残り。ということはいまだ召還されていないサーヴァントはあと2騎。そのうち、ジャンの話では、まだアサシンとキャスターには遭遇していない、という。

「質問がないようなら私から問いかけるとしよう。この街に出現する幻想種。あれは一体なんであるか、君は知っているかね」

「使徒と呼ばれていること。全部で17いること」

「なるほど。では使徒というのは何のために人間社会に姿を現すのだろうな」

「知りませんよ」

この男相手に、切り札を、必要以上の情報を教えてはダメだともう一人の自分が警告する。それに、素直に従う。

「話が終わったのなら、僕はもう帰りますよ」

「よいのか、その心の内に泥のように積もっているモノを吐き出してもいいのだぞ」

振り返って歩き出そうとしたところで、そんなことを言われた。

「……僕に何があると?」

「気付いていないのかね。いや、君は既に十分それに気付いているだろう。その堆積した淀み、君が掻き出せぬのなら、私が代わりに取り除いてやろう。ここは錆びついてはいるが、申告の場。その役割をここでもう一度果たすとしよう」

神父はつかつかと近寄る。高い、その背丈は威圧感がある。見上げなければ、顔が見えなくなるほどの距離に詰め寄られ、








「君は、君を捨てた父と母を愛している」








一気に不可侵の場を暴かれた。

言われた何かに耐え切れず、後方へと跳ぶ。

「何を」

「図星だろう。君は自分をとても軽んじている。それは自分の不幸と引き換えに、相手の幸福を願うほどに。だせら、君は考えたのではないかね。『自分が捨てられて悲しんだ分だけ、父は幸せになった』と」

「…!?」

それは誰にも言った事のない本音だった。

「君がこの街に来た本当の理由はなんだね? 捨てた父に会おうと決心した理由はなんだね? 決まっている。幸せになった父を祝福するためだ。君は、決して父を憎んでも、嫌ってもいない」

沈んでいた淀みが、掻き回され、舞っている。

「なのに、父は決して幸福を覚えておらず、また君の理想に反した行動をしている。それにどうすればいいかと悩んでいるのが、君の本心なのではないかね」

舞ったものは、周りのものも汚していく。

「捨てられた時は捨てられたくないと望み、拾われたときには捨てられてもいいと考える。その矛盾した思考。けして自分の幸福には結びつかない思考。それは同時に、捨てた父を神格化した。まったく、愚かな子供だな君は」

急に息苦しくなった。泥が気管に詰まったように、息が出来ない。

胸を押させているシンジを見て、薄く笑った。

「どうした。今まで蓋していたものを開けるのがそんなに痛かったかね」

「……べつに。言いたい事はそれだけですか。僕はもう帰ります」

「ああ、そうしたまえ。君とはまた必ず会うだろう」

「こっちは会いたくない」

苛ついた声を出してしまう。ここには、冷静な少年はいない。

「君は確実に今回の勝者となるだろう。単純な戦力差だ。サーヴァントを2体保有するマスターに勝てるものはおるまいよ。そのいないはずのサーヴァント、どうして手に入れたかは聞かないでおこう。魔術師とは、策を用いるもの。君の行動は魔術師としては正しい」

遠ざかっているのに、よりはっきりと聞こえていく。

扉に手を触れたときに、とあることが頭によぎった。

「貴方の名前はなんだ?」

「そんなものは聞く必要はあるまい。ただ『神父』とだけ呼んでいればいい」

また、ぎしぎしと音を立てながら扉が開く。

最期に聞こえたその声はとてもよく心に響く。






「言っておこう。君はこれから、過去に夢見た理想と対峙する。そのときにどんな決断をするか、心構えをしておくのだな」








扉を開けて出てきたシンジはとても憔悴しているようで、それを見たユイは急いで、シンジに駆け寄る。

「シンジ大丈夫?」

「……ああ、うん。ユイが傍にいてくれるなら大丈夫」

「そう、そうならいいよ」

なんとかいつもの自分を出そうとする。

「ねえ、ユイ」

「なに?」

「負けちゃった」

「え?」

「ここまで毒のある大人は初めてだったよ」

「……その毒をちゃんと吐き出せる?」

「もちろん。ユイがいてくれるなら」








あとがき

ジャンの本名はヤスミ―ヌ。当てるには一ひねり必要な名前でした。

ランサーとそのマスターは最初から『高身長カップルじゃなきゃダメだ!』と考えていました。さらに、この二人は登場するまでに大変な経緯があったのですが、それはいつかまた座談会もどきをして、そこで載せたいと思います。

バルバラの聖骸布の能力は無効化ではありません。あくまで、重傷を受けても生き残れる、です。

神父ははやりこのブラックさが必要でした。シンジも少しは痛い思いをしてもらいました。

誤字訂正しました。なんて恐ろしい誤字だったんだ!!



[207] Re[3]:正義の味方の弟子 番外編その3
Name: たかべえ
Date: 2006/02/21 13:53
正義の味方の弟子
番外編その3
これは中国の雅な遊びです。どこかのS君のように妙なルールを持ち込まないようにしましょう。






またまたHollowネタバレあります。未プレイの方は見るのを止めるか、ネタバレを覚悟してください














「ただいま帰りました」

セイバーはその言葉とともに、ガラガラという扉を開ける。






玄関に入ると、そこは異世界だった。






「これは一体何のありさまですか?」

セイバーが見た光景。それは凄惨なものではなく、残酷なものでもない。だが、不可思議ぶりだけは存分に発揮していた。

「こ、これはシンジがやったにゃん」

「シンジ様がした罰ゲーム」

「まさかこんな結果になるなんて、旦那様もやるわね」

これだけでは、何のことか分かるまい。だが、この発言者が上からユイ、レイ、マリアであるのならこれはもう天変地異の前触れ、いやこれこそがラグナレクか、アポカリプスでしかない。

さらに、ここで全員の現在の格好について説明しよう。

始めに、ユイ。黒のタンクトップ、黒のミニスカート。ここまではいい。だが、夏であるのに黒のニーソックスをはじめ、黒の猫耳カチューシャ、そして全体で唯一、異彩を放つ赤のチョーカー。その黒さは黒猫を表しており、ユイの身体の線を浮き彫りにしていた。ユイは今にも泣いてしまいそうな不安そうな顔で、セイバーに助けを求めている。

次に、レイ。彼女は完全にメイド服だった。こげ茶色が基調で、白のエプロンがついたエプロンドレス。首には赤いリボンがある。頭には白のカチャ―シャ。黒いストッキングまで穿いている彼女はもう何処に出しても恥ずかしくないメイドとなっている。実際にどこかの洋館で眼鏡をかけた男子高校生のお世話をしていそうだ。

最期に、マリア。彼女はなんとチャイナ服だった。赤い生地に金糸で模様が入っている服。ズボンがなく、足の部分には深い切り込みが入っており、もう下着が見えるのではないか、というぐらいにすごい。そこから白く細いナマ足が覗けている。しかも、切り込みは胸元にも入っており、小さな谷間が見えかけている。

「……一つ聞きますが、『シンジ様』や『旦那様』とはだれですか? まあ、ある程度の予想はついているのですがそれを認めたくないというのが今の私の本心です」

それに対して、三人は口々に言う。

「シンジ様はシンジ様」

とレイ。
「まあ、ゲームの勝者という言い方も出来るかしらね」

とマリア。

「シンジがやったにゃん。わーー!! なんで『にゃ』なんていってしまうにゃん(泣)」

とユイ。

ここはなんの異世界だ? レイとマリアはともかく、ユイは本気で困っているのだろうがいまいちその情熱が伝わらない。

そんなときに、居間から新たな悲鳴が聞こえた。








「きゃー!! 許してくださーい!!!! だめ、だめですー!!! そんな格好できません!!!!」








それは子供特有のとても高い声だった。

「次はどんな格好になるのかしらね」

「これで御主人様の嗜好が分かる」

「何を言っているのですか!!! 子供が襲われているのですよ」

のんびりとしているレイとマリアにセイバーが叱責する。ここにいないシンジ、それがまさか子供を襲っているのだろうか。だとしたら、弟とはいえ、放置できない。悪として切り捨てるのみだ。

武装化し、剣を持って、居間へと向かう。最悪の想像を頭の中に浮かぶ。

(私は保護者失格です。せめて、死を持って贖わせましょう)

襖を蹴破って押し入る。

「あれ、姉さん。お帰りなさい」

なぜか黒いジャンパーを着たシンジはのんびりとセイバーに挨拶をするが、それにより、セイバーの怒りがさらに高まった。室内に少女の姿はない。

(まさか証拠の隠蔽を。魔術師の中には人間を研究材料にするものがいますが、シンジがそうなってしますとは)

「シンジ!!! 社会のゴミにまでその身をやつしましたね。姉として貴方を殺します」

「はあ? なんのこと?」

シンジは首をかしげている。

「とぼけるつもりですか。その四肢を一本ずつ裁っていったときに同じことが言えるか試してあげましょうか。その前に一応聞いておきましょうか。子供は何処です? 先ほど悲鳴を上げていた子供を何処にやったのですか」

「ああ、あの子のこと。それなら、そっちの部屋にいるよ。

おーい、もう着替え終わったー」

シンジは襖の向こうに呼びかける。

「はーい、着替え終わりました。お、お兄ちゃん、決して笑わないでくださいね」

元気な声とともに、襖が少しだけ開かれる。そこから、ひょこっと顔だけを覗かせる少女がいる。

見えるのは、金色の髪と赤い瞳。背丈から10歳程度だと判断できる。

「そんな風に隠れてたら、分からないよ。笑わないから出てきてよ」

「はい。では、そちらにいきます」

襖が完全に開かれる。

出てきた少女が纏っているのは、フリルつきのかわいいドレスである。白とピンクだけで出来ており、レースとリボンをふんだんに使った代物。靴下から頭の飾りまで、とても可愛らしいデザインでできている。甘い匂いまで漂ってきそうなその格好はまさに、絵本に出てくるお姫様、そのものである。

それを見たセイバーは目を丸くする。シンジの方は笑顔で、その少女を迎える。

「うん。よく似合ってるよ」

「ほ、本当ですか。それはよかったです」

少女は笑顔を浮かべながら、シンジの前でくるくると回りだす。あまりに大量なフリルがついたスカートが遠心力によって巻き上がる。つま先立ちでの回転はバレエダンサーのように、優雅で軽い。少女はしばらく回転すると、シンジのところにやってくる。

「お兄ちゃん、膝の上にのってもいいですか」

「いいよ。はい、おいで」

また嬉しそうに笑いながら、シンジの膝の上に陣取る。そして、シンジの首元に顔をうずめて、猫のように顔を擦り付ける。

「ふふっ。お兄ちゃんとてもあったかいです。意地を張ってこんなこともできないお姉ちゃんが可哀想です」

「そんなに嬉しいの?」

「はい。お兄ちゃんに思う存分甘えられて嬉しいです。できればこのままずっとすごしたいです」

シンジは、少女の金色の髪を優しく撫でてあげながら、セイバーに尋ねる。

「で、姉さん何のようだったっけ?」

それにセイバーは考え出す。

(これはいったいどういうことです?)

その間に、廊下にいた三人がやってくる。

「今度は幼女用のドレス。旦那様ってけっこう無節操なのね」

「わたしもあれ着てみたい」

「ううっ、シンジ、小さい子に手を出すのはだめにゃん!!」

それぞれに感想をもらす。

「シンジ、貴方達は今まで何をやっていたのですか?」

「そこの台の上を見てみなよ」

セイバーが目をやると、そこには小さな牌が転がっている。その一つを拾い上げる。

「……これは、麻雀ですか?」

「そう。この衣装はみんな麻雀の罰ゲームだよ」

ぐるっと、全員を見渡す。

「まさかこの衣装はシンジが全部作ったのですか?」

「いやいや、僕でもそこまで暇じゃないよ。これには協力者がいるんだ」

「協力者?」

シンジのバカな考えに賛同する人物がいるというのか? 

「そう、協力者カモ―ン」

シンジの呼び声にそれは反応した。








『あはー。私のことを呼ばれましたかー』








それは金髪の少女が持っていたステッキから聞こえた。

それはどこか魔法少女の持つステッキに近い。赤い杖身、☆の形をした先端、その左右には羽がついている。それが喋った。

「なっ!? 貴方は一体何者です」

『いえいえ、私は決して怪しいものではありません。私はカレイドステッキ、マジカルルビー。愛と正義(ラブ&パワー)がモットーの正義の使者です』

それは割烹着の似合いそうな女性の声である。

「ルビーちゃん、ありがとうね」

シンジは杖に向かって話し掛けている。

『いいえ。私の方こそ。まさか、凛さんのお弟子さんにこんなに話の分かる方がいらっしゃっただなんて。もう、凛さんも私に教えてくださればよかったのに』

「ふふっ。姉さんったらこんなすごい品を封印しようとするだなんて。なにもわかっちゃいないね」

『全くです。シンジさん、私はあなたについていきますよ。一緒にこの世界を愛で染め尽くしてしまいましょう』

「ルビーちゃん、おぬしも悪じゃのう(笑)」

『お代官様ほどではありませぬ(笑)』

「『ぐふふふふふ(笑)』」

シンジとそのステッキはあやしい笑い声をあげる。

「そこ、二人(?)だけで話していないで何があったかを説明しなさい」

「えっ、うん、そうだねー。じゃ、語るとしましょうか。この『脱衣麻雀』ならぬ『着衣麻雀』の物語を」








きっかけは凛から送られてきたダンボールの中にあった。

中身を改めていたシンジは、偶然にもそれを見つけ、まさに死のノートを見つけた男子高校生のように、

「ルビーちゃん本物だ!!!!」

と目を輝かせたという。








『私の能力は、契約者に平行世界の自分と同じ能力を与えることです。ですが、そのためには衣装を変更する必要があるのです。例えば、「お茶を上手に入れられる自分」の能力を手に入れるためにはメイド服にならないといけないのです』

「つまり、ありとあらゆる萌えコスチュームを強制的に着せることが出来るんだね」

『理解が早くて結構です。さあ、私を誰と契約させますかー? 可愛らしい女性の方が私の好みですよ』

「そのことなんだけど、相談があるんだ」

シンジは、ステッキの上部にこそこそと話し掛ける。全てを聞き終わったとき、ステッキ、いやマジカルルビーちゃんは激しく興奮する。

『素晴らしいです!! はい、ちゃんと可能ですよ!! ふふっ、今まで封印されていたに見合う幸運がやっと訪れましたよ!!』

動き出したりはしないが、今にも動き出しそうである。

『シンジさん、貴方に協力しましょう。一緒にこの世界を愛に染めますよ』

「そう、それと萌えにね。そして僕は新世界の神となる」

最大級の厄災コンビが誕生した瞬間だった。








家には、ユイ、レイ、マリアの三人がいた。お茶とお菓子で楽しそうに談話していた三人の前に、シンジが大きな台を持ってやってくる。

「シンジ、それなに?」

「麻雀牌と卓だよ。みんな、やってみない?」

机の上に、卓を置く。

「シンジ麻雀なんてやるんだ?」

「イギリスじゃけっこうやったんだよ。最初は『魔術の使用禁止』なんて凛姉さんが言うんだけど、負けこむと平気でルールを破るからね。そっからはもう泥仕合だよ。魔術で相手の牌を盗み見るのは当たり前。平行世界から牌を持ってきたり、投影したり、『直感』でどの牌を捨てるべきか、なんて状態になってくるからね。暗示をかけて、チョンボを誘うなんてものもあったな」

「一般人は全く太刀打ちできないね」

「そうなると僕が一番不利なんだよ。僕の投影には欠片が必要だからね。割ったりする暇がないんだよ」

しみじみと過去を思い出したようにいう。というか、そんな過去は絶対に嫌だ。

「麻雀か、面白そうね。レイはどうするのかしら?」

「やってみたいけど、やり方を知らない」

「じゃあ、教えてあげよう。手取り足取り腰取りで!!」

「麻雀に足と腰は要らないでしょ」

ユイの足払いが完璧に決まった。






シンジは、レイに丁寧にルールを教えていった。牌の並び、揃え方、役のつくりを教える。レイは頭が良いのか、すぐにルールを理解した。

そして、東一局の直前、シンジは本題を口にした。

「じゃあさ、ハコになった人には罰ゲームをしない? そうしたら盛り上がると思うよ」

笑顔で、満面の笑顔で、あまりにも自然かつ爽やか過ぎる笑顔で、シンジは切り出した。それがユイの警戒心に反応した。

「シンジ何か企んでる?」

じっとシンジを睨む。またろくでもないことを考えついているのか、と意思を込めて。

「た、たた、企んでなんかないさ。服を脱いでとか、絶対に言わないから」

「言う気なんだね」

立ち上がり、鉄槌を下そうとするが、なぜかマリアが口を挟む。

「まあ、いいじゃないの。どうせ、負けなければいいのでしょう」

面白さを重視する彼女はシンジの提案に乗る気でいる。

「そういう問題じゃないよ!! いろいろと問題があるでしょ。例えば板違いだとか」

「あら、貴方は既に負ける気なのかしら。それじゃ、やっても面白くないわね」

明らかに挑戦。こんな見え見えの罠に乗る奴はいない。なのに、マリアはさらに挑戦した。

「じゃあ、私とシンジとレイで三面打ちにしましょうか。ユイは外に出てていいわよ。ユイの休日編ということで描写していて、帰ってきたら私たちが裸になっていて、次からはヒロインが交代しているかもしれないけど」

「なっ!?」

「さっ、やりましょう。レイ、わざと負けてシンジと既成事実を作るという方法もありよ」

「うん。わかった」

マリアもレイもやる気まんまんである。それにユイは慌てる。

「ダメ!!! そんなのは絶対にダメです!!! ボクも一緒に参加します。そんな物語にはさせません。シンジも脱ぐとか変な罰ゲームしちゃダメだよ」

ユイは自分の席に戻る。

「分かった。なら、『脱げ』とか絶対に言わないから(かかった!! 僕の計画に狂いなし)」

そう、ここまでは全くもってシンジの策略どおりだった。ユイを参加させるため、そして本当にやりたい『罰ゲーム』にするため、脱ぐといったのだ。マリアの助け舟は予想外だったが、いいように作用した。

ゲームはここからである。






ルールは、原則として『魔術の使用禁止』

当然の措置であろう。これでまっとうな実力と運だけの世界になっている。

ゲームは、まずユイがトップだった。安い役で上がるのだが、ビギナーズラックで裏ドラがのり、満貫を2回連続で出した。

2位は、マリア。確実に相手の当たり牌を読み、逆に自分の当たり牌を悟らせない。

3位は、シンジ。当り障りのない打ち筋で、テンパイまでしかしていない。そしてたまに、わざと相手に振り込んでいる節がある。

4位は、レイ。同じ初心者のユイとは逆に、大技を狙いすぎて成立しない。鳴かないのも敗因の一つである。

東局が終わった時点で、ユイとレイの点数差は四万点近い。マリアとシンジはほとんど差がなく、

そして、南一局、親はシンジでいきなり、

「カン!」

と、南を4枚集めた。ドラ牌は東。これでドラ四は確定している。開いたドラもなんと東。これでドラ八である。

これに、シンジを除いた全員が焦った。すでに、シンジは役を作っている。あとは、単純に他の牌を集めるだけでいい。

ここで、ミスをしてしまったのがマリアだ。今までシンジが見せたうち方は全て2級品。そんなやり方では、ロンドンではカモられるだけである。当たり牌を悟らせないなんて、あっちでは当たり前の行動だった。

「ロン!! 倍満、24000点」

「くっ、負けたわ」

マリアはこれで脱落。そして、シンジの真の目的、罰ゲームが始まる。

ごそごそと穴のあいた箱を取り出す。中が見えないつくりになっており、手だけが入る大きさだ。

「はい、マリアここから紙を一枚出してね。その内容が罰ゲームになるから。あと、このステッキも握ってね」

「いいわ。なんであろうとやってあげる」

ステッキを受け取った後、穴の中に手を突っ込み、紙きれを取り出す。がさがさと音を立てながら開き、中を確認すると、

「『甘え上手な私』?」

そう書かれた紙を引いてしまった。瞬間、シンジが叫ぶ。

「よし、罰ゲーム決定!!! ルビーちゃん、後は頼んだよ」

『分かりました。接触による使用の契約、そして―私を起動させるためのエネルギー頂戴いたしました!!』

「「「!?」」」

ステッキからドイツ語が聞こえるが、その意味はなぜか理解できる。

「なっ、なんだというの!?」

マリアは普段の冷静さを失っている。当然だろう、こんな妙な神秘、それこそシンジぐらいでなければまともに対応できないだろう。

『ふふふっ、普段はツンとした少女が甘え上手になるんですから、相応の衣装にしなければいけませんね。とりあえず、こんなのはどうですか?』

ステッキが輝き、その光にマリアも包まれる。まばゆいばかりの光が収まったときに出てきたマリアは、

「な、何をしたのよ『旦那様』……えっ?」

マリアは自分が今何を言ったのか、理解できなくなった。なぜ、自分は今、シンジに対して『旦那様』といってしまったのだろう。

「ま、マリアさん。そ、その服どうしたの?」

ユイの言葉に、自分の格好を見ると、なぜか赤いチャイナ服へと変わっていた。しかも、自分の太ももが裾から見えていてる。

「これはどういうことなの?」

『あはー、これがカレイドステッキたる私の能力なんですよ。本来なら、洗脳、ごほん、説得で着替えてもらうのですが、今回はシンジさんの趣向に沿う形にしたので、あくまでも衣装の変更と言葉づかいの訂正にとどめておいたんです』

ステッキに悪びれた様子は全くない。

『甘え上手になるために、マリアさんにはホステスのような格好にしてみました。これで好きなだけ甘えてくださいね。ちなみにこの服はこのゲームが終わるまで絶対に脱げませんから、脱ごうとするだけ無駄ですよ』

「というわけで、マリア。僕に存分に甘えるがいい」

シンジは大きく手を広げる。マリアはシンジとステッキ、自分の服装を再度見直し、

「……まあ、これも一度くらいなら悪くないわね。旦那様、どうか私を可愛がってください」

あっさりとキャラ路線を変更する。シンジの元にすりより、肩を預ける。それはもう富豪とそれにつきそう愛人のようだ。服から覗けるナマ足が艶かしい。

「ま、マリアさん。本当にそれでいいの!? 今からでもやり直そうよ!!!」

「余興なんだから、そう騒ぐ必要はないわ」

ユイの説得をマリアは聞き入れず、自分の両手をシンジの首にまき、正面からシンジと向き合っている。

「旦那様これでいいのかしら?」

「さすがはマリア。よくわかっているね」

二人は妙な世界を構成している。それを見たユイは「マリアさんが壊れた」と壊した原因であるステッキに恐怖する。

「さて、続けようか。最後の一人になるまでこの戦争は続くよ」

シンジの言葉にユイは怯える。負ければ、どんな辱めを受けるか分からない。本気で挑まねばやばいと確信する。

なのに、

「ロン。チョンボ」

と、レイがわざとミスをした。

「綾波さん、どうして!?」

「レイはこっちを望んだようね。さあ、箱から紙を引きなさい」

そう、レイはマリアを見て、負けても害はない(レイ主観)と判断した。

『あらあら、まさか自分から変身しようとは、昔の凛さんみたいですね』

ステッキはなにか昔を思い出しているようだ。ユイは思う。その人は絶対に後悔しただろう。

がさごそと紙を引き、広げると、

「『綺麗好きな幼なじみのメイドさん』」

『むはー!!!! 当たりを引きましたよレイさん!!! さあ、さっそく変身しましょう。私を握ってください』

レイがステッキを握ると、光に包まれ、現れたレイはメイド服になっていた。

「どう、『シンジ様』?」

『最高ですよ。この一見無表情のようでありながら、それでも照れているレイさん、ふふっ、とある洋館で働くメイドさんを思い出しますね』

「なんですか、その具体的過ぎる説明」

ユイのツッコミをステッキはまったく意に介さない。

「レイ、すごく可愛らしいよ」

「ありがとう、シンジ様」

ほほを赤く染めながら感謝を述べる。

「シンジ様、ご命令をどうぞ」

「じゃあ、お茶を入れてきて」

「分かった」

とことこと台所に向かっていく。だが、いつまでたっても戻って来ない。

『ああー、レイさんのコスチュームじゃ、掃除はともかく料理は難しいですからね。まあ、気長に待ちましょう』

「では、待っている間にユイとの決着をつけようか」

「つけなくていい!!! このまま、お開きにしようよ!!! ボクを見逃してよ」

ユイは全身で嫌がる。このままじゃ、自分がどうなるかわからない。

立ち上がり逃げようとしたが、なぜか襖が開かない。

「どうして!?」

『もうユイさん、途中でゲームを放棄するのは良くないですよ。さあ、最後までやりましょうか』

「無理。無理です。そんな元気ありません!!」

「「『諦めなさい』」」

「いやああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!」

ユイの絶叫が近所一帯に響き渡った。近所の方々は、

「まあ、いつものことだし」

と、のんびりとしていた。








「ううっ、汚されちゃったにゃん(泣)」

黒ネコモードになったユイは語尾が大きく変更されていた。

『ユイさん、そう悲観的に考えちゃダメですよ。野良犬にかまれたとでも思ってください』

「噛んだ本人に言われたくはないにゃん。って、シンジなににするんだにゃん」

「ほら、ネコって顎を掻いてやると喜ぶから、ユイも喜んでくれるかなって」

左右にマリアとレイをはべらかせたシンジは、ユイの顎をかるくひっかいている。

「やめてやめてにゃん」

「よろこんでる、よろこんでる」

言葉でいうほど、ユイは嫌がってはいないらしい。

そんなユイをみて、マリアは笑っている。レイは自分もしてほしそうに眺めている。

そんなときに、インターホンがなった。

「お客さんかな。みんなは外出れそうにないし、僕が行くとするか」

シンジが、玄関を開くとそこにいたのはいつか見た金髪の少女だった。

「あれ、君は」

「覚えていただけてありがとうです。お兄ちゃん、こんにちはです」

愛らしい笑みを浮かべて、シンジに挨拶をする。

「こんにちはって、君は僕の家を知ってたの」

「お兄ちゃんのことならなんでも知っています。あ、これはお土産です」

少女は紙袋を差し出す。この紙袋は駅前のお菓子屋のもので、それなりに値段が張る。

「これ、貰っちゃっていいの?」

「はい勿論です。でも、私もお兄ちゃんと一緒にお茶をしたいです」

照れることなく言い切る。

「いいよ。さっ、上がって」

「お邪魔いたします」

高価な子供用のサンダルを脱いで、上がっていく。

かくして、4人目の生贄が決定したのである。








「わあ、お姉ちゃん達、すごい格好ですね」

ありのままの状況を口に出す。これがゲームの罰ゲームだとは全く予想も出来ないらしい。

「あら、貴方」

「はい、なんですか?」

マリアは少女にとある気配を感じるが、

「……いえ、なんでもないわ。害がないのなら見逃してあげる」

「それはありがとうです」

少女は、マリアに笑みを向ける。そして、ユイのもとに行き、

「お姉さん、これはネコさんの格好ですか? 何かあったんですか」

「うう、君も早く逃げたほうがいいにゃん。じゃないと、ボクみたいになっちゃうにゃん」

「ネコの言葉づかいですか。可愛らしいですね」

ユイの助言も全く伝わらない。それを、この可愛らしい少女を、このカレイドステッキが見逃すはずがなかった。

『貴方もこの可愛らしい格好になる気はないですかー? 今なら、とても可愛らしい格好になれますよー』

「ほんとうですか!? 私も着てみたいです」

少女は目を輝かせる。

「だめにゃん。まともな大人になれなくなるにゃ、ふごっふごっ」

「ユイ、せっかくの獲物なんだから逃がしてはダメよ」

マリアがユイの口をふさぐ。やっぱりマリアには嗜虐属性があるようだ。そのままレイとともにずるずると廊下まで運んでいく。

『……というわけで、負けた人(女性限定)は衣装を変更しないといけないんです』

「面白そうですね。お兄ちゃんにもすっごく可愛い服を着せたいです」

「なら、さっそくやろうか」

ジャラジャラと牌が音を立てる。

「ふふっ、お兄ちゃんがどれだけ強いか分かりませんが、こういう賭け事では私も強いですよ」

それは実力に裏づけされた言葉なのだろう。この少女から隙がなくなった。

『あらあらいけませんね。シンジさん、このままじゃこの子に負けちゃいますよ』

マジカルルビーはまったく慌てていない。そう、彼らにはまだ策がある。

「しかたないな。ルビーちゃん、契約するよ。コンパクトフルオープン! 鏡界回廊最大展開!」

「えっ?」

シンジはステッキを握り、呪文を唱える。そう、シンジたちの切り札、それは「麻雀の達人の自分」の能力を手に入れることにあった。女性だけを契約者にしてきたマジカルルビーだが、負けては元も子もないので、このときばかりはシンジに力を貸すことにしたのだ。

「Der Spiegelform wird fertig zum Transport―――!」

『Ja, meine Meisterin……!
 Offnunug des Kaleidoscops gatter―――!』

光がシンジを包み、現れたシンジは黒いジャンパーを着ている。そして、発する気配が超一流の雀士である。

「さあ、やりあおうか」

「ええっ、お兄ちゃんそんなの卑怯ですよ。お姉ちゃん達、助けてくださーい」

当然、助けになど来るはずもなかった。








「というのが、さっきまでの流れかな。それから後は姉さんも知っている通りだよ」

胸元に、少女を抱きつかせながらシンジはのんびりと語っていた。

「なるほど。つまり元凶はシンジとそのステッキだということですね」

少女が差し入れたお菓子をぱくつく。この菓子の借りがあるため、セイバーはこの少女に対して攻撃しない。

『元凶だなんてひどいですねー。私は何も間違ったことはしていませんよ』

「安心しなさい。貴方は存在自体が間違っている」

『まあ、そんなに口が悪いだなんて。お姉さん、怒っちゃいましたよ。プンプンです』

「まあまあ、ルビーちゃん落ち着いて。姉さん、今から麻雀勝負をしようか。僕が勝ったら、姉さんは衣装チェンジとルビーちゃんの存在を認めること」

「なら、私が勝てばシンジは斬首ですね」

「なんで命かかってるんですか!? 僕の命ってそんなに軽軽しく賭けられるものなの!?」

「冗談です。自刃する権利だけは認めておきます。介錯は承りましょう」

「やっぱり死ぬんだ!?」

負けたら終わり、のこの状況でシンジは極限の力を発揮しようとする。

「ふふっ、今のお兄ちゃんには私がついています。頑張ってくださいね」

『私もいますよー。がんばってくださーい』

膝の上で少女が応援する。

「セイバーがどんな格好をするか見物ね」

「頑張れ」

「セイバーさん、頑張ってにゃん!!」

周りから声援が飛ぶ。東一局、親はセイバーで、いきなり

「ツモ。天和、国士無双のダブル役満です」

その、幸運A+を遺憾なく発揮した。

倒牌(手牌を倒すこと)し、出てきたものは紛れもなく国士無双。

「馬鹿な!?」

「さ、約束ですよ。首を出しなさい」

そこには、『風王結界』をといたエクスカリバーがある。

「ヒイ!! だ、誰か助けて」

周りに助けを求める。

「ごめんなさい。今の私ではセイバーお姉ちゃんには敵いません」

と、頭を下げる少女。

「セイバーの恥ずかしい格好は見れなかったけど、これはこれでいいわね」

と、しみじみと言うマリア。

「頑張って。たぶん、大丈夫」

根拠のないことを主張するレイ。

「馬鹿は死ななきゃ治らないって言うし、シンジその馬鹿をなおしてにゃん」

すごく爽やかな笑顔のユイ。

「る、ルビーちゃん、助けて」

『あはー、十分楽しみましたから、もう行きますね。再会できることを祈ってますよ』

と、どこかへ消えていく。

残ったのは、頭上にあるエクスかリバーのみ。

「言い残すことはありますか?」

死刑執行人が囁く。しばらく考えた後、

「萌えはいいねえ。萌えは心を潤してくれる。萌えはリリンの生み出した文化の極みだよ。

そう思わないかい? ……姉さん」

「全く思いません」

そう言い残して、血の海を作った。






『ふふふ、私はこの程度じゃめげませんよ。私はまた現れるでしょう。I shall return』






あとがき

脱衣麻雀ならぬ着衣麻雀ネタ。封印しようかと思ったけどなぜか完成させたくなり、載せてみました。シンジとマジカルルビーがこんなに相性がいいなんて。いつかアスカ、ジャン、大人ギル、セイバーをルビーの魔の手にかけてみたい。

それと、もう一つ。マリアですが、やはりお付きのメイドは必要でしょうか? 今考えたメイドキャラは、
・年齢17ほど。
・いつもおどおどしており、誰に対しても様付け、敬語である。マリアのことは「お姉さま」と呼んでいる。
・生まれついての欠陥で、活動時間が短く、病気がちというか虚弱ぎみ。廃棄処分になりかけたところを助けてくれたマリアのことを心から尊敬している。
・まともに家事が出来ずに、ユイに弟子入りしようとする。
・レイとも仲良くなり、マリア、レイにシンジのことを聞いており、会いたいと思っている。
こんなキャラです。なんか、また妄想入りまくりです。
これ、本編に出してもいいでしょうか? はっきり言って、ギャグパートキャラです。なんかこういうキャラを考えると出したくてたまらなくなってしまい、こんな文を書いてしまいました。

さて、次の番外編は「終わクロ」ネタですよ。作者の中では、

シンジ=佐山 御言
ユイ=新庄 運切
セイバー=風見 千里
マリア=ブレンヒルト・シルト
というのは決まっているのですが、他が未定です。他のキャラがどのキャラか考えていただけないでしょうか?

では、よろしければこの狂った作品に感想をください。



[207] Re[16]:正義の味方の弟子 第17話
Name: たかべえ
Date: 2006/02/26 17:20
正義の味方の弟子
第17話
雨降って地固まる






薄暗い室内で、ゲンドウはその人物と会話している。

「また君に借りが出来たな」

『返すつもりもないんでしょ?』

その相手は、受話器越しの存在だ。

『彼らが情報公開法をタテに迫ってきた資料ですが、ダミーも混ぜてあしらっておきました。政府は裏で法的整備を進めてますが、近日中に頓挫の予定です。……で、どうです? 例の計画の方もこちらで手をうちましょうか?』

「いや、君の資料を見る限り、問題はなかろう」

ゲンドウは机の上に広げられた資料を見ながら簡潔に答えた。

『……では、シナリオ通りに』

「ああ……」

電話をきろうとしたゲンドウの耳に相手の声が入ってきた。

『そういえばそちらでは、奇怪な事件が多発しているそうですね』

相手の声には、楽しんでいる節がある。

『使徒戦時の謎の介入にとどまらず、突然の建築物の破壊、さらには心霊現象という都市伝説もあるそうですね』

「下らん世間話なら切るぞ」

『はは、実はそれだけじゃないんですよ。貴方のご子息についてですが』

それに、ゲンドウは反応する。

「何かわかったのか?」

この男にも自分の息子の調査をさせていた。

『いえ、何も。ですが、不思議なシンクロ率を出すそうですね。20%台から80%台まで急激な上昇。それでいて、ファーストとセカンドができるATフィールドの展開が出来ていない。会うのが楽しみですよ』

「下らん話だな。」

『そうですか? では、また、今度『日本』でお会いしましょう』

冗談めかした声を最期に電話は切れた。








教会であの神父に会ってからすでに、2週間以上が過ぎていた。その間、他のサーヴァントたちは活動をやめていたのか、戦闘などはなかった。

『君は、君を捨てた父と母を愛している』

あの神父は、何を知っているのだろうか。聖杯を手にする資格とはなんだろうか。

ユイやレイ、セイバーと一緒にいてもふと、頭をよぎること。考えてみれば、自分はみんなに対して隠し事が多いんだな。

ユイとセイバーはいつも通りに振る舞ってくれる。だが、レイの場合、それが出来ないらしい。ときどき、悲しい顔をする。

「シンちゃん、何黄昏てるのかな」

運転席のミサトは後部座席にいるシンジをからかう。

とっさにいつもの、ミサトに見せているいつもの自分を持ってくる。

「どうすればユイの魅力をこれ以上引き出せるか考えていました」

「無駄な脳細胞と時間だね。もう、考えるの止めたら」

隣に座るユイがツッコミを入れる。

「……つまり、本能で行動しろと?」

「ごめん。考えて、そこだけで止めて。行動には一切移さないように」

「いえ、一つだけ行動を許しましょう。反省です。『生まれてきてごめんなさい』と一日百回ほど土下座しなさい」

「存在自体が罪ですか!?」

ユイの更に隣、セイバーは厳しいツッコミを入れる。

「悪いけど、そういう漫才は会場ではしないでね。恥ずかしいから」

助手席に座っているリツコは、地図を見ながら、会話に参加する。

今、シンジ、ユイ、ミサト、リツコ、セイバーの5人は旧東京、第1東京と呼ばれる所に向かっている。そこで、今日、日本重化学共同体の主催するJA完成発表会が開かれるのだ。それに、参加するために、一般人なら立ち入らないところへと行こうというのだ。

「この土地って治安が悪いそうですけど、どうしてですか?」

「ここはね、セカンドインパクトの際に放棄されたでしょう。だから、放浪者や不法入国者なんかがたむろっているのよ」

「あの、そんなところでちゃんと発表会が出来るんですか?」

「大丈夫よー。私達が行くところは、そこからは離れている何もないところだから。更地になってる所だから、危ない人が来ても一発で分かるわよ」

窓からはビル郡が見える。10年以上も使われなかったものだからか、ひどくボロボロに見える。

「ところで、後ろ三人で乗って大丈夫? 狭くないかしら」

「大丈夫です。狭いからユイの身体が僕に密着するんです。ひどく柔らかい。略すと、『ヒワい』」

「最低な略し方だ。セイバーさんオシオキをして」

「はっはっは、ユイを真ん中に挟んでいる以上、姉さんの攻撃は僕には届かないよ。諦めて、その『ヒワい』な肌を触れさせるといい、ぐわっ!」

「うん、そうだね。人に頼るのが間違ってた」

シンジの腕の関節をユイは極める。めきめきと嫌な音を立てるが、ユイに手加減はない。

「た、たすけて姉さん」

「すいません。ユイが真ん中にいるために私は行動できません。自分で何とかしなさい」

「うぎゃあああああ!!!!!!!」

狭い室内にシンジの悲鳴が響き渡る。

「いやー、若い子って元気よねー」

ミサトはシンジの苦しむ様を振り向いて眺める。

「ミサト、100km/hも出しているときはちゃんと前見なさい」

「えっ? なんで? まだ100km/hしか出してないのよ。足で運転だって出来ちゃうから。ほらー」

言葉とともに、足でハンドルを操作する。だが、途中で一回体勢を崩し、ハンドルを大きく切ってしまう。

「うわあああああああーーーーー!!!!!!!」

ユイが大絶叫を上げる。車はガードレールにぶつかりかけたが、何とか車道に復帰できた。

「ミサト!! なにやっているのよ!! 私たちを殺すつもりなの!!」

「えへへっ、ごめんごめーん」

「なにが『えへへ』よ。そんなずぼらだから加持くんがいなくなるのよ」

「なんですって!! じゃああんたはそんな神経質だから男が寄り付かないのよ!!」

「い、言ったわね!! 後で覚えておきなさい!!」

ミサトとリツコが互いの過去の恥部を持ち出しながら口論し始める。対向車が全くいないからこそいいが、一般の車道だったら、即座に事故に繋がっただろう。

「大人も元気だねー」

しみじみと言ったシンジに、ユイは反論が出来なかった。なにより、彼女はこの蛇行運転に怯えていたからだ。現在のこの車の移動速度、時速150kmになっていた。








その会場には、いくつかのテーブルがあり、すでにいくつかの招待客が集っていた。それぞれのテーブルには豪勢な料理が並んでいるが、一箇所だけ数本ビールが置いてあるだけのテーブルがある。そこが、ネルフのテーブルだった。

「ぜえぜえ、これには、戦自は、絡んで、いるの?」

「ぜえぜえ、いいえ、介入は、認められず、よ」

「道理で、好き勝手、やってる、わけだわ。ぜえぜえ」

「あ、あのー、話すかあえぐかどっちかにした方がいいと思いますよ」

先ほどまで必至(必ず殺す構え)で口論していた二人は酸欠気味だった。顔が青くなっていて怖い。だが、それ以上に怖く、殺気を放ちまくっている存在がいた。

「シンジ、これはどういうことでしょうね? もしや私に対する挑戦ということでしょうか? いいでしょう。残さず買ってあげましょう。JAなどという木偶人形、私の敵ではないと知りなさい」

「ね、姉さん。落ち着こう。落ち着いたら大局とか世界とか見えてくるから」

シンジが宥めるものも、料理を与えられていないセイバーは今にも暴走寸前である。あまりの殺気に周囲が怯えている。

「私はまっとうな要求をしているのです。料理が欲しいと。ただそれだけを言っているのですよ。十分に落ち着いていますよ」

「落ち着いている人は、殺気なんか放ちません。ほらほら、他のテーブルから料理を分けてもらってくるから落ち着いてね。ねっ」

今は何とか落ち着いているが、これがいつまで続くか分からない。今はただ、災厄を少しでも遅らせることに精一杯なのだ。






「ちっ、うるさいな。仕事だからってこんな辺鄙なところに来なきゃいけないこっちのことを考えろよ。……あん、あの二人は」

遠巻きに眺めていた中で、珍しく若い男がセイバーを見て、何かに気付いたようだ。輪を抜けて、ネルフのテーブルのところに近寄ってくる。その人物に、シンジが気付いた。

「あれ、間桐のとこの兄さんじゃないか? どうしてこんなところに?」

「それは僕のセリフだよ。衛宮のとこのガキが。なに、サーヴァントづれでやってきてるんだよ」

不機嫌そうに声を出す。それで、セイバーに正気が戻る。

「あなたは、間桐の。貴方がこんなところにいるとは」

「えっ? シンジもセイバーさんも知り合いなの」

ユイがシンジに質問する。その声を聞いて、男がユイを見る。それに言いようのない不安を感じてユイはシンジの後ろに隠れる。

「ユイ。この人は間桐 慎二(まとう しんじ)。士郎兄さんの友達だよ。(そして、魔道の家系の人間だよ)」

最後の部分を小さく、ユイに耳打ちする。高級なスーツに身を包んだその人物はかつて、聖杯戦争にマスターとして参戦し、そして敗れた者だ。そのときのサーヴァントは奇しくもライダーのサーヴァントだった。

「なに女連れかよ。お前もずいぶん色気づいてきたね」

目を細めながら笑う。この人物は学生時代は大変もてていた人物で、聖杯戦争の際に、凛を自分のものにしようとしたりとさんざん悪党ぶりを発揮していたらしい。戦争後、更正した後もその女癖だけは治らなかったらしい。

シンジは後ろに隠れているユイをさらに隠す。

「ユイは渡さないぞ」

「ガキに手を出す気なんてないよ。それに、そいつも遠坂の関係者なんだろ。あいつを怒らせると怖いんだよ」

視線を横にやり、テーブルを見て、その上に乗っているべきものがないことに舌打ちする。

「お前たち、食事も貰えないのかよ。おい、そこのウェイター。このテーブルに料理をもってこいよ」

配膳を行っていた男性に、命令する。

「しかし、このテーブルには、配膳を行うなと言われていまして」

「はあ。誰がお前の都合なんか聞いたんだよ。僕は持って来いって言ったんだよ。お前はそれを聞いてればいいのさ」

傲慢極まりない口調で命令する。ウェイターは奥へと戻り、暫くして料理をネルフのテーブルに配膳していった。

「さすがは慎二兄さん。こんなときだけ非常に役に立つね」

「いちいち一言多い奴だな。ほら、これでその食欲を満たしとけよ。しかし、お前ネルフになんかいたのかよ。あっ、もしかして噂の少年、少女パイロットってお前のことかよ」

「まあ、そうだね」

シンジはあっさりと肯定する。

「シンジ君、貴方がパイロットであることは機密なのよ。話してどうするのよ」

リツコがシンジに説教するが、もう遅い。

「えっ!? そうなの?」

「はははっ、やっぱり衛宮に育てられたことだけあって馬鹿だな」

慎二は士郎のことを笑っているが、士郎と慎二はこれでも親友らしい。士郎曰く、「人と感性が違うから、訳の分からないことでケンカするけど、いい奴」らしい。

「ところでここに何しにきたの?」

「ああ? 仕事だよ。じゃなければこんなところに来やしないよ。このJAってやつが使えるかどうかを判断して来いってさ。僕を信頼しているようだけど、使えない上司だから困るよ。なあ、お前パイロットなんだから、エヴァの機密ってしってるだろ。それを教えろよ」

「まあ、とりあえずJAの発表会を見てからにしようよ」

そう言って、テーブルへとつく。そこでは今度、ミサトとリツコに話し掛けられた。

「シンジ君、さっきの人と知り合いなの? あれはとある大手議員の秘書をやっている人よ」

「うそ!? あの人そんなに出世してたの? というか人に従うなんてことできたの?」

「妙なところに驚くんだね」

「だって、あの態度だよ。あれでまともに社会に馴染めるなんて思えないし」

聞こえているぞ、と遠いテーブルから声がする。

「で、それで知り合いなのかしら?」

「まあ。知り合いですよ。あんな感じですけど」

(議員秘書と知り合いか。そこから何か調べられないかしら)

そうしている間にも、その会は進んでいった。そして、壇上に一人の男が上がった。

「お集まりの皆さん、JAの完成発表会においでいただきありがとうございます」

時田と名乗った男性がJAの性能の素晴らしさを発表していく。それが、10分以上続くが、ネルフの面々でまともに聞いているのは、リツコぐらい。他は、食べるか盛っているかだった。

「……では、何か御質問はございますか?」

その言葉で挙手したのはリツコだった。

「これは、高名な赤木 リツコ博士。お越しいただき光栄です」

「世辞はいりません。質問してもよろしいでしょうか」

「どうぞ」

時田は笑っている。どんな質問がきても大丈夫であるとその顔は物語っている。

リツコの言葉に、時田は余裕を持って応える。

「先程のご説明ですと、リアクターを内蔵とありますが」

「ええ、本機の大きな特徴です。連続150日間の作戦行動が保証されております」

「しかし、格闘戦を前提とした陸戦兵器にリアクターを内蔵する事は、安全性の点から見てもリスクが大き過ぎると思いますが?」

「5分も動かない決戦兵器よりは、役に立つと思いますよ」

「遠隔操縦では緊急対処に問題を残します」

「パイロットに負担を掛け、精神汚染を起こすよりは、より人道的と考えます」

真剣なリツコに対し、時田は笑みを崩さない。

「よしなさいよ、大人気無い……」

 不貞腐れたような態度でミサトが呟く。

「人的制御の問題もあります」

「制御不能に陥り、暴走を許す危険極まりない兵器よりは安全だと思いますが? まあ、幸いにも“実戦では”起きていないようですが……制御出来ない兵器など、全くのナンセンスです。ヒステリーを起こした女性と同じですよ。手に負えません。ああ、そういえば、特務権限をもっていながら謎の組織の介入を許し、まともに与えられた職務を全うしていない組織がありましたっけ」

 時田の皮肉に、会場の各所で笑いが沸く。

「介入する組織については、我々も調査中です」

「てことは、やはり介入されているんですね。まったく本当に役に立つんですか。そちらの調査部は」

エヴァの情報を入手している自分の調査部の優秀さを暗に示している。

「人の心などという曖昧なモノに頼るべきじゃないでしょう。そしてその頼るべきは、年端もいかぬ少年達ときている」

「なんと仰られようと、NERVの主力兵器以外、あの敵性体は倒せません!」

 嘲る時田をリツコが睨み付けるが、時田は胸を張ってそれを受ける。

「ATフィールドですか? それも今では時間の問題に過ぎません。いつまでもNERVの時代ではありませんよ」

 再び笑いが巻起こる。嘲笑混じりのそれを身に浴び、リツコとミサトは屈辱に身を震わせた。

だが、そこにとある男がマイクを持って発言した。

会場で笑いが起こる。リツコは怒りに身をふるわせるだけだ。時田は笑いながら、リツコを見るのを止める。

「では、他の方、御質問はございますでしょうか? ……おや、あなたは」

会場で二人挙手をした人間がいる。シンジと、慎二だった。時田は、大人である慎二のほうを指名する。

マイクを握った慎二は

「ああ、このJAってやつさあ、本当に『使える』の?」

使徒を倒せるのか、と単刀直入に質問した。それに、時田は一瞬、空白になった。

「ど、どういう意味でしょうか?」

「はあ、あんたそんなに頭悪いの? 僕は本当にコイツで使徒ってやつが倒せるかって聞いてんだよ。さっきから聞いてるけど、エヴァって奴の欠点を指摘しているだけで、それが本当に使徒を倒せるのかに結びついてないじゃないか。まあ、結果だけ見るなら、エヴァは使徒を実際に倒してるけど、その人形はどうなんだよ」

「た、倒せるに決まっています。そのためのJAなんです」

「ああ分かったよ。ほら、次はそこのガキが質問を待っているぞ」

そう言って、シンジを指し示す。

「ええ、では、あなたは」

「まあ、エヴァンゲリオンのパイロットです。えっと、時田さんでしたよね。これは質問というより、僕の場合はお願いになるんですけどね。ATフィールドの研究をしているとのことですよね」

「あ、ああ、そうだが」

「なら、その結果をいずれ僕にも教えてください。僕はまだATフィールドが張れないもんで」

なんというか、その途端、世界の色が消えうせた。笑っているのは、慎二だけだった。








その食事会兼説明会から休憩を挟んで試運転が行われることになっている。女性四人は貸し与えられたロッカールームにいた。シンジはどこかへ出かけていった。

「まあ、今回はあの人に助けられたわね。それとシンジ君にも。かなり不本意だけど」

「分かります。ボクも問題当てられて、分からなかったときに、シンジに助けられるとやるせなさを感じます『ああ、ボクってシンジ以下なんだなって』」

リツコの言葉に、ユイも賛同する。

「一応、助けてもらったんでしょ。お礼でも言えば」

「……どうしてかしら、こんなに屈辱的なことだと思うのは」

リツコの苦悩は最大限になっていた。

「でも、JAはこれで終りね」

資料をライターで燃やしながら誰にも聞こえない小さい声で呟いた。






「なに、なんでこんなとこに呼び出すんだよ」

「ごめん。ちょっと聞きたいことがあったんだ」

「さっさとしろよな。こっちは茶番に飽き始めているんだから」

「……あのさ、聖杯を手に入れる資格ってなんだと思います?」

「はあ?」

「この間、そんなことを言われたんだ。資格って何なのかな」

「そんなの願いを持っているかどうかだろ。聖杯を使わないと叶えられないような願いを持っていることじゃないのかよ」

「そっか」

「なにお前そんなことを悩んでんの。ばっかだねえ。衛宮と遠坂は聖杯を最期に破壊したんだぜ。だったら、聖杯なんていらないってことだろ、正義の味方って奴にはさ。難しく考えんなよ。話がそれだけなら、もう行くよ」

「……ありがとう」






「では、これからJAの起動実験を開始したいと思います」

管制室で時田の声が響き渡った。時田は、ネルフの発令所のように上段にある制御施設から各員に命令を出している。

ずんぐりとした体型のJAが命令に従い、一歩ずつ歩き出す。だが、

「JAの制御不能です!!! こちらの指示を受け入れません」

「なんだと!?」

徐々に加速していくJAは管制室に向かって、真っ直ぐに走ってくる。

「ユイ!」

シンジは、ユイを自分の下に抱えて、地面に伏せる。JAはその重厚な足で天井を踏み抜いていく。落下した天井の破片がシンジに落ちてきそうになったが、なぜか途中で軌道を変えて、シンジの脇に落ちる。

「まただ。助けてくれてありがとう、母さん」

「ありがとうね、母さん」

それが何によるものかを理解している二人は、見えない相手に感謝する。周りを見ると、一人だけぴんぴんしているセイバーが他の人の救助を行っている。近くの破片の下で誰かがもぞもぞと動き、破片を払いのけると、ミサトとリツコが出てきた。

「持ち主と同じで礼儀知らずね」

「全くだわ」

「やっぱり大人も元気そうですね」

出てきてすぐに、悪態をつく二人を見て、そんな感想を述べる。

上の管制員がなんとか制御を取り戻そうとしているが、まだ止まらない。

「時田さん、JAの機関部に破損を確認!! このままでは破損した部分から汚染が起きます!!」

「馬鹿な!? JAがそんな簡単に壊れるわけがない!!」

時田が画面を覗き込むが、その顔色が変わる。画面に表示されている状況からは歩く衝撃で破損が広がっているのが確認できたからだ。

「これでは暴走が止まっても、核汚染が起きる。どうすれば」

その言葉に、各人が慌てだし、リツコは眉をしかめる。

(不味いわね。暴走だけで終わらせるつもりが本当の事故を招きかねないなんて)

「どうすればじゃないわよ!! 緊急停止コードがあるでしょう。それを使いなさい!!」

ミサトは時田に向かって怒鳴りつけている。

「それは内部に乗り移って、直接打ち込まないとダメなんだ。だが、JAに取り付く方法がないし、上役の許可がいる」

「だったら、すぐに許可を貰いなさいよ!!」

押し問答になってしまっており、全く話が進まなくなる。

「みんな、急いでここを脱出するわよ。このままではここも汚染がおきかねないわ。シンジ君、あなたも脱出するのよ。あなたには代えがいないのよ」

リツコは特に重要なシンジの脱出を優先させようとする。既にかなりの人間が出口に殺到しており、その周辺では、人が押し合って、事故がおきようとしている。

だが、

「代わりなんて、誰にもありません。汚染をとめましょう。エヴァならJAをとめられるはずです」

意思をもって、リツコに進言した。

「何を言っているの。汚染がいつ起きるのかわからないのよ。あなたを死なせるわけにはいかないわ」

「……それは僕にかけられるべき言葉ではありません。ミサトさん、エヴァの発進許可を出してください」

時田に向かって、怒鳴っているミサトだったが、

「そうね。それが一番早いもんね。いいわ、許可を申請してあげる」

懐から携帯を取り出し、ネルフへと通信しようとする。

「ミサト、何を言っているの!! このままのルートだったら、JAは茨城から東北に行くわ。私達がやらなくても戦自が動くわよ」

「そういう問題じゃないでしょ。これは誰かが止めないといけないことなのよ。なら、それをネルフがやるだけのことじゃないの」

電話が繋がり、ミサトは電話に出た青葉を通じて、エヴァの出撃要請をしている。

「馬鹿げているわ、こんなの」

リツコは、唇をかみながら呟いた。そこに、まだ残っていた慎二が話し掛ける。

「馬鹿げたことをするのが、そのガキなんだよ。おい、許可なら僕が取ってやるさ。後はお前らが何とかしろよな」

「えっ、いいの?」

「なに、上司の爺の弱みの一つぐらい握ってるんだよ。それに衛宮と遠坂には借りがあるんだよ。それを今、払ってやろうってだけだよ」

「協力に感謝する。これから先は私達が絶対に止める」

「連絡ついたわよ。今から、初号機と零号機が運ばれてくるわ。それでとめるわよ。いいわね、シンジくん」

「はい、分かっています。絶対に止めますよ」








輸送機によって運ばれてきた初号機と零号機は、JAを先回りするように通過予想地点まで移動している。

「いいわね、今回の任務は初号機と零号機の初の合同任務になります。初号機が後方から止めた後、零号機は正面から固定します。動きを止めた隙に、初号機によって運ばれた私が内部に潜入。緊急停止コードを入力します。JAが動きを止めた後は、近くの湖に沈め、その後コンクリートで蓋をします。また、JAは現在大変危険な状態のため、固定するときはなるべく衝撃を与えないように。分かった?」

「「了解」」

ミサトの説明の後に、シンジとレイが返事をする。レイは隣を飛ぶ輸送機に搭乗しているため、モニター越しであるが、しっかりと返事した。

初号機を運ぶ方には、シンジとユイとミサト、レイの側にはセイバーがいる。

「姉さん、本当に潜入するんですか?」

予想では、JA内部はかなりの高温となっている。耐熱服を着ても耐えることが難しいほどの高熱で、その中の作業は至難の業だ。また、中には高濃度の汚染が予想されている。入れば被爆する恐れもある。

真剣な顔をするシンジにミサトは笑ってみせる。

「大丈夫よ。それにね、後になってこうしとけばよかったなって後悔したくないでしょう。だから私はいくわ」

もうすぐ、JAが肉眼でも確認できるようになる。

「さっ、もうすぐ任務開始よ。搭乗を開始してね。停止コードは『HOPE』か。希望があるといいな」






走るJAを捕獲するために、初号機と零号機が投下された。落ちた初号機は全力で走り出す。右手には耐熱耐放射能防護服をきたものを載せている。

全長40メートルの巨大な人型兵器が走る。JAも確かに速いが、エヴァの方が速くその手の届く範囲にまで追いついた。

初号機は空いた左手でJAを掴む。掴まれてもJAは尚も走ろうとするが、そこを前から来た零号機が押さえ込む。

完全に動きを止めたJAに乗り移る。身軽な動作で梯子を上り、ハッチを開けて中へと入る。

『シンジ君、腕を抑えて』

零号機から通信が入る。だが、初号機は画面通信を切っており、音声だけだ。

「……」

初号機は全く反応をしない。

『シンジ君?』

「……ごめん。綾波さん。シンジはいないんだ」

『えっ!?』

初号機からの通信で聞こえた声は自分を綾波と呼んだ。

通信に画像も入る。そこに移っているのは、ユイだった。

「シンジはJAの中に入ったんだ」






「熱いな。やっぱり僕がきてよかった。姉さんには後で暗示でもかけとこうかな。それともマリアに頼もうか」

バルバラの聖骸布による守りでも、この熱さはきつい。ミサトでは耐えられなかっただろう。

ミサトは作戦直前に気絶させてきた。初号機の操縦はユイでもできるはずだと、任せたが上手くいった。

シンジがJAの中に潜入したのは理由がある。シンジの復元なら破損した部分を直すことが出来るはずだ。そうすれば、これ以上の汚染をとめることが出来る。

中の熱さは拷問の火あぶりのようだ。汗が止まらずに、耐熱服越しでも息苦しさを感じる。だが、止まることをせず、先へと急ぐ。

魔術を使って、構造を把握し、どこが破損しているかを調べていく。だが、見つからずどんどんと足だけが進んでいっている。

最後の扉を開くと、コンソールがあった。

「希望はあるはずだ」

カタカタとキータッチを行う。

ブーッ!!!

「違う!? なら」

小文字、大文字、あらゆる通りを試したがどれも違う。コンソールによる停止を諦めて、破損した部分を探すことにした。それは、コンソールの真後ろの壁の裏にあった。

「ここか」

壁材を破壊し、開けるとそこには穴があいたチューブがあった。

「投影、開始」

材質を読み、穴を埋めていく。数秒で穴は埋まり、他に破損している部分を探したが、見当たらなかった。

「あとは、これを止めるだけ……うん?」

再びコンソールへと向かおうとしたが、勝手に制御棒が動き、機能が停止した。

「……まさか、最初から仕組まれていたのかな。いや、そしたらチューブの破壊なんかすることもないかな」

疲れ果てたことで床に座り込む。

「これって、父さんがやったことなのかな。だとしたら僕はどうするべきなのかな」

体育すわりのように、膝を抱え込む。そこで、ユイとレイから通信が入った。

『シンジ、ちゃんと止まったよ。放棄するから早く脱出してよ』

『……シンジ君、これどういうことなの?』

「ああ、この問題もあったっけ」

疲れながらも立ち上がり、出口へと歩いていった。






暗い室内。リツコは書類を読みながら、ゲンドウに報告する。

「はい。JAの故障によるエヴァの出動という予想外な出来事もありましたが、これで日本重化学共同体の株式が低迷、負債のうち、多くはネルフが回収しました」

「ごくろう」

「赤木君、下がっていい。ああ、そうだ、君はレイがシンジ君の家に泊まりこんでいることを知っているかね」

「はい、知っています」

「レイを手放すようにそれとなく彼に言っておいてほしい。このままでは私達の計画に支障が出る」

「分かりました」

冬月が指示を出す。リツコは話半分程度出しか聞いていなかった。ずっと今日のことを改めて考えていた。

なぜ、ああも人を守ろうとするのだろうか。それとも、人を守るはずのネルフにいながらこんなことを考える自分の方が間違っているのだろうか。

また、悩み事は増えていく。解決手段など何処にもない。






その日、レイはシンジたちに全てを教わった。ユイの正体、そこでの結末、そして、聖杯戦争もサーヴァントも魔術師のことも。それを全部聞いたうえで、レイはいった。

「やっと隠し事全部教えてくれた」

とても嬉しそうにそう言ったのだ。

「あ、あの、怒ってないの?」

ユイはおそるおそるレイに尋ねたが、レイは首を横に振った。

「私だけ知らなかったことが嫌だった。でも、教えてくれたから。ユイさんが何者でも、シンジ君が魔術師でも関係なくて、私はみんなが好きだから」

「で、でも」

「ユイさんは同情で私を救おうとしたの?」

「違うよ!! ボク綾波さんのことがすきだから。だから、悲しんでほしくなくて」

「だったら、いい」

嬉しそうに笑った。

「そんな世界の終わりがあっても、今の私は違う。シンジ君もユイさんもセイバーさんもマリアさんも好きだから。そんな終わりは嫌」

「ごめん、隠してて」

「いい。でも、これからは隠さないで」

「……レイって強いんだね」

「強い?」

「うん。心がすごく強いのかな」

「でも、これはあなたたちから教わったから。あなたたちのほうがもっと強いはず」

「……そうだったらいいな」

「きっとそう」






その日の、三人はレイが真ん中で眠ることになった。レイはすぐに目を閉じ、眠ってしまったようだ。

「ユイ、おやすみ」

「おやすみ、シンジ」

真ん中にいるレイを起こさないように小さい声で話すが、

「あっ」

レイは目を覚まし、何かに気付いたように声をあげる。

「ど、どうしたの綾波さん?」

「こうしたら内緒話も聞こえるんだ。シンジ君、ユイさん、もっとこっち来て」

シンジとユイはレイにさらに近寄り、三人は暑苦しいくらいに寄り添っている。

「こうしたら、聞こえるんだ」

真ん中のレイはそう言って、また目を閉じた。






あとがき

前略、外もずいぶんと暖かくなってまいりましたね。このJA編、ひたすら悩みました。まず、レイをもうそろそろエヴァに乗せた方がいいのではないかと思い、時田はどうするかと悩み、やべ、次アスカだけどこの無精髭をどうしたものかと考え、アーチャーはやく出したいなって妄想したり大変でした。
まあ、何がいいたいかと申しますと、要するに作者は馬鹿ですといいたいのです。
時田さんですが、まあ、出てくる保証はありません。なぜかは作者にも分かりかねます。

よろしければ、感想をください。元気の素ですので

追伸 なぜか途中で途切れていたんですね。全く気付いてなかったよ。
誤字訂正しました。難解な読み方をさせて申し訳ないです。



[207] Re[17]:正義の味方の弟子 第18話
Name: たかべえ
Date: 2006/02/26 17:29
正義の味方の弟子
第18話
揃ったサーヴァントたち






「進路相談って面倒だよね」

シンジはいつものメンバーで昼食をとっていた時にいった。

「すっごい唐突だね。せっかくミサトさんにきてもらったのに」

ユイはそう言って、シンジをいさめようとする。

「いや、姉さんが来てくれたことはありがたいんだけど、ほら、僕らって隠し事があるだろ。だから、真実を言えないし」

シンジは、先生とミサトに対して、「イギリスに帰ってから決める」といったのだ。本当は自分が何をするかなど決めているのだが、言えないがために曖昧なことしかいえなかったのだ。

「それは私もわかります。私は既に成人しているのに、希望する進路を話せといわれるのですから困ってしまいました」

セイバーも「イギリスに帰る」としか言っていない。

「それは私も同感だわ。魔術師にとって、そんなの必要あるのかしら。一応、「国に帰る」と言ったけど」

マリアはお弁当を摘みながら、会話に参加する。だが、それにユイの思考は大変なことになった。

「……マリアさん、三者面談誰が来たの? まさかスラータラーさん?」

あんなのが学校に乗り込んできたらパニックになる。というより、あれが着れるスーツなんてあるのだろうか。

「え? ああ、私は二者面談のような形をとったのよ。編入手続きのときに、スラータラーを連れてきたらみんな怯えてしまったのよ。まあ、ケンカ腰だったスラータラーが悪いのだけど、今回はスラータラーぬきで話をしたわ」

「賢明な判断だね。レイさんは?」

「まだ分からないって言った」

ユイはレイをいつもの「綾波さん」ではなく「レイさん」と呼ぶようになっていた。

それは、この間のJA暴走事件の後のことだった。レイに全てのことを話した後、レイは自分のことを名前で呼んで欲しいとユイに言ったのだ。それは、もっと親密な関係になりたいということと、前の世界では呼び捨てだったのに、という不満が入ったりしたものらしい。

これにユイは悩み、結局「レイさん」と呼ぶようになったのだ。 

さらに、マリアはレイから情報を聞き、シンジ達から詳しい情報を聞き出した。レイが儀式の中心であることを聞いた時は、外に出さないまでも、内面に怒りがあったようだが、聞き終わったあとは

「レイが望んだことをしてあげるつもり。レイがその儀式を望まないのであれば私はそれをさせないだけよ」

といっていた。そして、またいつもの関係をしているのだから、本心が何処にあるかは分かりにくい。ただ、シンジの敵にはなっても、レイの敵にはなる気はないらしい。

「そういえば、ユイは進路何にしたの?」

「えっ、その、まだ決めてない」

「ユイ!! 何を迷う必要がある!! 僕のところに永久就職すればいい!!」

「絶対に嫌!!」

力いっぱい叫ぶシンジと力いっぱい否定するユイ。敗れたシンジは今度はレイに慰められている。

「ううっ、ユイに嫌われた」

「大丈夫、私がいるから」

膝枕で泣くシンジをレイは優しくあやす。

「レイさん!! シンジを甘やかしちゃダメだよ!!」

「そうです。シンジは厳しさしかない生活を与えないとすぐに人間が腐りだします。まあ、今も十分腐っていますが」

「厳しさしかって、どんな環境ですか?」

「知っていますか? ミサトの飼うペンペンというペンギンは冷蔵庫で寝ているそうです」

「僕は鳥獣扱いですか!?」

「なぜ、その扱いをましだと思わないのですか?」

「姉さん、無茶言ってますよ」

延々と不思議な言い争いが続いていくことになりそうな気配がする。

「ねえ、シンジは監督役に会ったのよね」

「うわ、地雷踏まれた」

イタタタ、と胸を押さえる。だが、既にあれは克服したものだ。

「冗談は放っておくわね。あれが決めた停戦期間、その終わりは今夜よ」

マリアの言葉にその演技を止めてしまう。

「全騎のサーヴァントが揃ったみたい。これからは本格的に争いだすでしょうね。戦う覚悟、出来てる?」

「それなりにね」

「また気が緩いのね。そんなことばっかりしていると私に寝首をかかれるわよ」

「夜なら仕方ないんじゃないかな」

「ふふ。私が出来ないと思っているからいえるのかもね。レイを悲しませないためにも生きましょうね」






「ふむ。約束の一月も終わってしまったな。時の流れの速さを実感できる」

薄暗い教会の中、その神父は一人呟く。

「全てのマスターとサーヴァントが揃った」

教壇の上に置いてあった聖書をパラパラとめくる。

「実に面白いサーヴァントたちが揃ったな。これでは誰が勝者かは予想しがたいな。勝負を決めるのはマスターの強さと『汚さ』か」

どんな弱いサーヴァントだろうと、マスターがなりふりさえ構わなくなったら、それは脅威になる。

聖書の中には、7枚のカードが挟まっていた。タロットカードのように、絵柄とその名が刻まれている。

「あの少年はどうするのだろうかな。汚さを手に入れたとき、彼が勝者となるのは確実だ。だが、今はまだ綺麗過ぎる。内に潜む汚れさせも綺麗なものなのだからな」

カードを手に取り、一枚一枚、眺めていく。そこに描かれているのはサーヴァントたち。

「聖杯戦争はこの夜から始まる。全ての参加者よ、己の技を持って、最強を証明するがいい」

カードを放る。ばらばらに、時に舞うように落ちていくカードたち。

この夜こそが、真の聖杯戦争の始まりとなった。








「いきなり襲い掛かってくるとは。貴様は飢えた餓鬼か」

金の長い髪に、赤い瞳を持つ女性が、空を睨む。

その身を包むのは、純白の絹と、黄金の胸当て。それは薔薇のように美しく、同時に棘をもっている。

彼女こそが、今回の聖杯戦争で、アーチャーのクラスを持つサーヴァント。

戦闘開始のその夜に、攻撃を仕掛けてきたサーヴァントの相手をしようとうってでた。

「いい度胸だな。なんのサーヴァントだ」

尚も空に話し掛ける。相手は霊体化しているのではなく、気配もない。

彼女が話し掛けているのは、彼女の立つ高層ビルから3kmほど離れたところにある電波塔の頂上。そこに立つものだ。

余りにも遠すぎて彼女の目では、その存在を知覚できない。だが、そこにサーヴァントは確実に存在している。

先ほど、彼女に対し、そのサーヴァントはその位置から狙撃を行ったのだ。

遠距離戦を得意とするアーチャー。それに対し、遠距離戦を仕掛けてきたのだ。しかも、彼女の間合いを越えた距離で。一発で心臓を狙った攻撃だったが、遠すぎるがゆえに、回避が可能でもあった。

あのサーヴァントはこちらの声は聞き取れなくとも、唇の動きで何を言っているかは理解できているだろう。

「この身に戦いを挑んだことを後悔させてやろう。何の因果か、私を男などと記す世界へと飛んできてしまったのだからな。その八つ当たりも混じっている」

パチン、と指を鳴らす。






「王の財宝」ゲート・オブ・バビロン






その言葉によって、彼女の背後に、何本、何十本もの武器が現れる。

それが彼女の『魔弾』だ。彼女は剣を、槍を、斧を、彼女の持つ財宝を矢として敵に放つのだ。そして、放たれる武器の一つ一つとってもただの武器ではない。

彼女は全ての原点。最初の王。この地上にある全ての財を集めた王だ。世界に数多くある神話や伝説、御伽噺。その原型。英雄が持つ聖剣、魔剣はかつて彼女が保有したもの。そして、彼女は同時にその原型(オリジナル)を持っている。つまり、伝説内でその英雄の命を奪った武器もまた保有している。

ゆえに、素晴らしい偉業を為した者、英雄の中でも特に秀でている者では彼女の前により多くの弱点をさらすに他ならない。「英雄殺し」それを体現しているのが彼女である。

「我(われ)は退屈しておったところだ。その退屈を少しは紛らわさせろよ」

傲慢な言葉だが、声に全くの油断もない。絶対に殺すという意思を持って、戦おうとする。

その姿を見て、そのサーヴァントは笑った。そして、手に持つ弓を引き絞る。その姿は否応なくアーチャーのクラスを想像させる。

そして、戦いが始まる。剣で斬り合うわけでもない、射手と射手の戦い。






アーチャーにとって、真っ先にやるべきことは相手を自分の射程圏に入れることである。相手とこちらでは射程に圧倒的なまでに差がある。それを無くそうと前へと走った。

逆に、相手は距離を詰められないように、矢を放っている。

何度目かの狙撃。引き絞った弓が放つのは、6連撃。微妙に狙うところをずらしながら放ってくる。

それを、背後から引き抜いた剣で、切り落とす。彼女は剣術が出来ないわけではない。ただ、所有する武器のあまりの多さに、一つ一つに掛ける訓練が少ないために、そう使えないのだ。

切り落としたのは、変哲のない矢だ。鉄の鏃で出来ている。

だが、不自然なのはそれが途方もない距離を飛ぶことと、さらにただの矢とは思えないほどの威力であることだ。彼女の目には本当にこれはただの矢なのだ。何の魔術もかけられていないし、『宝具』でもない。ならば、この能力は本人によるものか、もしくは『弓』によるものだ。

思案している間に、また矢が飛んでくる。今度は7本。後ろに控えていた魔弾で撃ち落し、自身は走っていく。

かなりの距離を走る。矢は迎撃できているが、距離を詰めるごとに、威力を増していっている。

次に飛んできたのは、三連の矢。だが、今度は今まで以上に強力さを持っている。

魔弾で落としたが、あまりの威力にこちらも推力を失い、地面に落ちる。

「あれはただのサーヴァントとは思えぬ。貴様は何のサーヴァントだ」

さきほどと同じ問いをするが、それは何も答えない。それに彼女は苛立った。

「よかろう。高いところでいきがっている小物に真の『矢』とは何かを教えてやろう」

背後にあった13もの武器が、必殺の威力をもった弾となって相手へと向かう。相手はこれを矢を持って、半分を撃ち落した。その威力は既に最初の4倍近くにまで上がっている。

残りの半分が、無防備な身体へと迫っていく。だが、相手に届く前に突風が弾いた。

ただの風ごときで止まるほど、この弾は弱くない。ならば、この風こそが宝具ということになる。そう思い、風を突破できるだけのものを用意しようとしたが、横から迫る凶器によって、邪魔された。

「なに!」

剣を振るい、叩き落す。落とされたそれは風にのり、敵の手元へと戻っていく。

同時に、彼女は剣を取り落とす。あまりの衝撃に持っていられなくなったのだ。あの宝具の威力の高さは確実にAランクである。

そう、今までの矢は全ておとりだった。本命は、宝具は闇を縫って現れたのだ。

「これは……」

何の驕りもなしに、敵を背景ごと改めて眺める。そこには、そのサーヴァントの周りに10以上もの宝具が見えた。

それは全てが、飛び道具であった。その全てがBかC程度のものであるが、これほどの数をもっている英雄は数少ないはずだ。

「ー、ー」

そのサーヴァントが呟き、宝具が一斉に襲い掛かる。

「ちっ!」

数を増やし、50もの数になった魔弾が迅る。軌跡を描きながらの、空中剣舞。

敵の武器を破壊しようとするが、単体の威力ではなぜかこちらの方が押されている。武器のランクは低いというのに、攻撃時の威力だけがなぜか格段に向上しているのだ。

さらに、合間を縫って、矢まで飛ばしてくる。数で押し切るが、落とした宝具はまたも風に乗って敵の手元に戻っていく。

敵の能力はわからない。なぜ、これほどまで強力な宝具を大量に保有している。そして、その英雄の正体になぜ気付けない。

そんな考えを見越したように、奴は笑う。その態度に歯軋りをする。

こちらも宝具の真名開放を行えば、あの程度の存在、守る風ごと破壊できるだろう。

だが、ここで彼女と彼女のマスターとの間での不和が問題となった。

彼女のマスターは彼女がいかに強力な存在であるかを理解していたが、同時にその力がいつ自分に向くかを恐れていた。そのため、彼女が必要以上の魔力を持たないようにし、さらに自身を攻撃しないように令呪で縛っていたのだ。

そのせいで、切り札といえる剣を使うことが出来ない。

戦うか、後退するか、悩むが引くのは癇に障る。

戦うと決め、蔵からさらに財を持ってこようとしたが、突然異変が起こる。

「なに? ……令呪による瞬間転移か」

体が光に包まれる。だが、アーチャーにはこれが不自然でならなかった。なぜなら、あのマスターは自分を野放しにすることを恐れていた。令呪を二つ使ってまで自分に危害を加えないようにさせていたのに、なぜ使ってはいけない三回目を使ったのかが分からない。

絶対使おうとしなかったものの使用、それはつまりなりふり構っていられない状況になったということだ。アーチャーはこのサーヴァントと戦うために、マスターの元からずいぶんと離れていた。その隙を突いて、他のサーヴァントが襲撃を掛けたのかもしれない。

消えていく最中に、推論を立てていく。

最期に、敵を睨む。それ以上、何を出来たわけではないが。






呼び出されたのはマスターが住居として使っているビルの一室だった。先ほどのの場所からはそう離れていない。豪奢な家具が置いてあるが、それは彼女が設置しておいたもので、マスターである男は自分の荷物というものを最低限にしかもっていない男だった。臆病すぎるその男は、落とした荷物の一欠けらから魔術が発覚することを恐れていた。

明かりもついてない部屋で、足元にマスター『だった』男がいた。

「死んだか。何のサーヴァントの能力だ」

うつ伏せになっている死体を裏返す。すると、その男はミイラのように干からびて死んでいた。

「敵のサーヴァントに吸血種でもいたか」

吸血種とは吸血鬼のことだ。血を吸い自分の下僕としていく連中だが、中には血を好んで吸うだけで吸血鬼とは違うのがいる。だから、血を吸うものを総称して吸血種と呼ぶのだ。

「妥当なのはキャスターか。魔術の果てに吸血鬼化した魔術師の類だな」

死体に興味を無くし、置いておく。マスターがやられても、彼女には『単独行動』のスキルがある。元々、存在するための最低限の魔力補給しか受けていなかったのでいなくなったとしても構わない。

「だが、いつまでもマスターがいないのは問題だな。現界には問題はないが、魔力が得られなくなればいつかは枯渇するしかない」

だとしたら、いつまでもあのサーヴァントと戦うわけにはいかない。新たなマスターを手に入れなければ。聖杯戦争に参加する魔術師でなく、それでも魔術の素養を持っているものなら、令呪を発現させることなく、契約を行える。それが理想である。

部屋を出ようとして、その膨大な殺気に気付いた。

「!?」

さきほどまで戦っていたサーヴァント。それにとって、この程度の距離、まだ射程内である。その宝具を持って、全力の攻撃をしてきた。

それは、荒猛る竜のごときその攻撃は、そのビルごと、アーチャ-を餌食にした。






崩壊するビルを、そのサーヴァントはただ眺めていた。

風になびく外套、褐色の肌。手には金色に輝く弓を持っている。

「主殿の言うとおり、俺の敵ではなかったか」

応えるものはいないが、気にはしなかったようだ。

「退屈な役目だった」

一言、そう言い捨てるとすぐに姿を消した。






追加ステータス




クラス  アーチャー

マスター ---(既に死亡したため該当者なし)

真名  ギルガメッシュ

性別  女性

身長・体重  162cm・49kg 

属性 秩序・善

筋力 B 魔力 B
耐久 C 幸運 A
敏捷 B 宝具 EX




クラス別能力

対魔力:E…無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。
 
単独行動:A+…マスター不在でも何の支障無く行動できる。




詳細

ギルガメッシュが男ではなく女として生を受けた平行世界から派生した平行存在。
その一生の過程にも多少の差異がある。
男のギルガメッシュと比較しても性格は天上天下優雅独尊ではなく寧ろ優しかった。
男尊女卑の傾向が強い古代、神の血を引いていても所詮は女と影で彼女は侮られていた。
それは彼女の心に影を作りその心根を歪めるのに時間は掛からなかった。
心の影のままに振舞っても空虚さだけが募っていくだけだったがエンキドゥととの出会いによってそれは終わりを迎える。
彼女は友と共に神の獣フンババを倒し、都市ウルクを包囲したキシュ軍を撃破、良き王として国を治めた。
その後女神イシュタルはエンキドゥに求婚、それを見たギルガメッシュは激怒して彼女を力ずくで追い払った。
これに怒った女神は天の牡牛を差し向けるも二人は打倒、この時隙をついてイシュタルはギルガメッシュを呪い殺そうとする。
しかしギルガメッシュを庇いエンキドゥが代わりに呪いに倒れる事に。
その時初めて彼女はエンキドゥを友ではなく一人の愛する男として見ていた事実に気付く。
彼女は少しずつ衰弱してゆくエンキドゥを救うため、不死の薬を求めて冥界へ旅立ちそれを入手するが彼はそれを飲むのを拒否。
彼は人としての死を選びギルガメッシュもまた“彼のいない世界で自分だけ生きても意味は無い”と不死の薬を蛇に飲ませあえて不老不死にならず一生を終えた。
心の底では再びエンキドゥに会える事を願いながら…………。




保有スキル
 
黄金率:A…大富豪でもやっていける金ピカぶり。一生金には困らない。残念ながら身体の比率のことではない。
 
カリスマ:A+…ここまでくると人望ではなく魔力、呪いの類である。
 
神性:B(A+)…最大の神霊適性を持つが、彼女自身が神を嫌っているのでダウンしている。




宝具

天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ):EX

乖離剣・エアによる空間切断。
厳密にはエアの最大出力時の名称で、宝具はエア。
圧縮され鬩ぎ合う風圧の断層は、擬似的な時空断層となる。
約束された勝利の剣と同等か、それ以上の出力を持つ“世界を切り裂いた”剣である。

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン):E~A+++

黄金の都に繋がる鍵剣。
空間を繋げて宝物庫の中にある道具を自由に取り出せる。
使用者の財があるほどに強力になる。
また、この宝物庫に納められている武器はギルガメッシュが生前に集めた『すべての宝具の原型』である。

天の鎖(エルキドゥ):???

ギルガメッシュが好んで使用する宝具。
かつてウルクを七年間飢饉に陥れた“天の牡牛”を捕縛した鎖で、ギルガメッシュがエア以上に信頼する宝具。
能力は“神を律する”もの。
捕縛した対象の神性が高ければ高いほど硬度を増す宝具で、数少ない対神兵装といえる。
ただし、神性の無い者にとってはただの頑丈なだけの鎖に過ぎない。




あとがき

17話が途中で途切れていたことを深くお詫びします。それとそれに気付いてなかったこともお詫びします。

というわけで、あとがきです。

ついに、ついに、ギル登場ー!!!
長かった。長かったよ。最初はラミエル戦で登場予定だったのに(暴露)
というわけで、サイゴさん。あらためてお礼申し上げます。アーチャ-の能力地はサイゴさんから頂いた設定をほとんどそのままに使っています。
言うまでもないと思いますが、ギルは死んでません。

次はまたまた謝罪を。
ごめんなさい。前回のあとがきで、次はアスカだと言ったくせに、なぜアーチャー? 自分の嘘吐きぶりがいやになります。
だって、ここでギルを出しとかないと、問題ありまくりだったわけなのです。

お次に、
この謎サーヴァントさん。クラスと真名とその能力を当てられた人、心の底から尊敬します。なぜなら、作者にやらせてもまず出来ません。(そりゃそうだ。ヒントが断片的過ぎる)こいつの正体を知りたければ、伝説だけでなく思想や時代背景を知らなければ分かりませんよ。

最期に。
そんなわけで、感想あると嬉しいです。誤字、脱字の指摘もどうぞ。



[207] Re[18]:正義の味方の弟子 第19話
Name: たかべえ
Date: 2006/03/07 19:07
正義の味方の弟子
第19話
アスカ、来日(前編)






それは昨日のことに遡る。シンジは訓練の後に、リツコの事務室兼研究室に呼び出された。

「断る」

シンジは、リツコの提案に力いっぱい断言した。だが、即座にシンジの隣にいるユイが殴って黙らせる。

「弐号機の受け取りですか?」

「そうよ。現在、太平洋を横断中の艦隊が輸送している試作量産型弐号機とその専属のパイロットの受け取りのために、ミサトとシンジ君に行ってもらいたいのよ」

リツコがタバコをくわえながら、応える。

「何で僕が!! いいですか、明日は訓練の無い、つまり一日中ユイといちゃついていられるたまの休みなんですよ。それを何故潰さないといけないんですか!?「ユイちゃんなら連れて行ってもいいわよ」なら行こう」

あっさりと意見を変える。とりあえず、いつものようなシンジの奇抜なわがままは終わった。

「で、でも、なんでシンジが輸送に付き合わないといけないんですか?」

「司令の命令よ」

ユイがリツコに質問する。前回はまったく疑問に思わなかったが、後から振り返ってみると、使徒が来るからこそ、行かなければいけなかったのかも知れない。

「電源ソケットを持っていくんですよね」

「? ええ、そうよ」

「なぜソケットが必要なのですか? エヴァを動かすだけなら、着港してから運んでいってもいい気がしますが」

「そうね。エヴァとパイロットは世界的にも貴重だから、万一に備えてってなっているわ」

「だったら、武器も持っていきませんか? 開発部の人が新武装が完成したといってましたが」

「それもそうね。まだ、試験運用もしていないから丁度いいわね」

リツコは向き直り、端末を操作して、画面にその武器の図面を出す。

立体的な形であらわされているその武器は、投げやりのようだ。穂先は厚く、長い。この穂先部分には、小型のN2爆弾が仕込まれており、突き刺してから、内側から爆発させるという武器になっている。

今までの使徒の死骸から研究していった結果、外部より内部の方が柔らかいというのが分かっており、それならばと考案されたのがこれだ。

穂先部分は取り外しが可能で、シンジがかつて言った「威力重視」というのをコンセプトに、取り外せるようにすることで、トータルコストを削減しようという考えになっている。

「強そうですね」

ユイは率直に感想を述べるが、リツコは口びるを噛んだ。

「……そうかしら。なぜ私の武装案は否定されて、こんなのが採用されたのかしら」

「「えっ」」

それは地獄の底から響いてくるような低い声。

リツコは突然立ち上がり、机を強く叩いた。

「なぜドリルはダメなのよ!!! ドリルで敵をギュィィィィンと抉って倒すのが、王道でしょうが。なのに、無駄が多いとか、コストがかかりすぎるとか、整備が面倒とかで、不採用になったのよ!!!! 

爆薬がなによ!!! そんなのでは、例え勝てても私は満足できないわ。ねえ、そう思うでしょ」

ユイの両肩を強く握りながら、賛同を強要する。

「ちょ、ちょっと、ボクではコメントできません」

「じゃあ、シンジ君は!!!」

「やっぱりロマンって大事ですよね。分かります。分かりますとも」

「それでこそ、男の子ね。ここの大人たちはもっとその心をもつべきだわ」

「ええ、ですから、ヘッドセットは女子限定でネコ耳型にしませんか? そのほうがロマンがあると思いますよ」

「それはいいわね!!! 早速、製作に入るわ!!!」

シンジとリツコはなぜか意気投合している。

それを後ずさりしながら眺めているユイは、

「……シンジの馬鹿って、感染するものなの? もしかしてボクも感染しちゃっているのかな」

自分の未来の姿を想像して、とても不安になってしまっていた。








そして、受け取り当日。

バラバラと激しい音を立てながら、ヘリは空を飛んでいる。視界に広がるのは、空の青と、海の青。前面真っ青の世界を飛ぶヘリを邪魔するものなどいない。

そのヘリの中では、少年少女が和気あいあいと楽しんでいた。

「うわー、海が青いや」

窓の内から外を眺めるユイは、自分の中の見たままの感想を述べていた。

「あらー、ユイちゃん、海が青いのは当然でしょ」

「あっ、ああ、そ、そうですよね」

助手席に座るミサトの指摘に、相槌を打つのだが、ユイにとって、海は赤という色の方が、印象に残っているのだ。

「全くだよユイ。いくら僕の血で作った海に見慣れたからといって、そんなことを言ったらダメだよ」

シンジがフォローに入るのだが、あまりフォローになっていない。

「ボクが暴力的みたいに言わないでよ。シンジが血を流しているのは、事件じゃなくて事故だよ。ボクの意思は全く関係していないよ」

「……なんて爽やかな笑顔で、殺意を否定するんだろう」

最近のユイは、効率よくダメージを入れる攻撃方法を身をもって、学習している。そのためか、その拳は一日ごとに鋭さを増しており、シンジはよく転がりながら、痛みにもだえているのである。もっとも、そのときのシンジは、全くの無防備、無抵抗で殴られているのだが。

「全く何を言っているのですか。ユイに殺意なんてありませんよ。あるのは、敵意と憎しみと嫌悪の念でしょうか」

「それって、いやいや僕に付き合っているってことですか?」

「今まで気付かなかったのですか?」

セイバーが驚いたような表情をする。この人は、俗世に浸りすぎて、昔なら決して言わなかった辛らつな言葉を平然と言うようになった。

傷つくシンジだが、いつもならここで慰めるレイはここにはいない。ユイの膝に思いっきりダイブしてみようかと思ったが、前のJA時の反省から、セイバーを真ん中にし、サイドにユイとシンジがいるので、それは出来ない。セイバーの膝に飛び込もうとすれば、それは断頭台に自ら首を差し出しにいくようなものだ。

窓から外を見ていたユイが声をあげる。

「ほらー、前を見て。見えてきたよ」

シンジも窓の外を見ると、いくつもの艦隊が、群れをなして海上を進んでいる。

「おおー、あれが太平洋艦隊か。あの真ん中にいるのが、オーバー・ザ・レインボーかな」

「それってただの老朽艦でしょ」

「失敬な。あれはすごい有名じゃないですか。昔の僕は、あの巨大艦の同型艦をどうにかして、自分のものにできないか考えていたんですよ」

欠片を手に入れて、投影するとか考えたのだが、結局出来なかった。やったところで置き場に困っただろうが。

ユイは、もう一度、オーバー・ザ・レインボーを眺める。そこには、一人だけ、派手な服を着た人物がいる。顔はここからでは見えないが、それが誰なのかは分かっている。

「今度こそ、アスカとずっと仲良く出来るといいな」

ユイの呟きをシンジとセイバーは今度はちゃんと聞いていた。






誘導灯に従い、ヘリは甲板へと降り立つ。

まず、ミサトが降りると、黄色のワンピースを着た少女がさっそく声を掛けてくる。

その少女は赤い髪に、青い瞳で、白人の血が入っていることが分かる。

「Hello. ミサト。元気してたー」

「まあねー。あなたも背が伸びたんじゃない?」

仁王立ちしているアスカにミサトは近寄っていく。

「他のところもちゃーんと女らしくなってるわよ」

言った後に、きょろきょろとあたりを見回す。

「ミサトー、他のチルドレンは連れてこなかったの?」

「シンジ君なら、後ろにいるわよ」

ミサトが横にどくと、シンジが現れる。

白のような銀髪、赤目、腕には赤い布という際立ったいでたちのシンジを品定めするようにじろじろと見る。

「あんたがサードチルドレンね。ふーん、ずいぶん冴えないわね」

その言葉を聞いたあと、突如シンジはユイやセイバーから離れ、全員を一望できるポイントに移動する。

そして左手を上に伸ばし、指を三本だけ立てた。

「3?」

ユイのその言葉を肯定するように一秒ごとに指が一本、二本と折り曲げられる。

ブホォッ!!!(風の音)

そして、全ての指を折り、握り拳になったところで突風が吹いた。

ユイ、セイバー、アスカのスカートがめくれ上がり下着が見えてしまう。

白、水色、白。

それは、一秒にも満たない光景だった。だが、その色彩情報は脳の最深部に記憶され、また厳重に保管され、そして地獄に落ちたとしても鮮明に思い返せるだろうという妙な確信を抱く。

全員は一瞬動けなくなる。

シンジは呟いた。

「ふぅ、風のいたずらって怖…」

言い切る前にセイバーの拳がシンジの腹に抉るように打ち込まれ、くの字に折れたシンジの頭部にユイの回し蹴りが炸裂、そして最期に右と左からのツープラトンパンチが決まった。

「なに? どういう意味だったのかな?」

「知っていたのなら、何故教えなかったのですか? いえ、それ以前に家を出るときにはスカートでは船の上はダメだと気付いていたのですね。それをあえて黙っていたと。なるほど、宣戦布告としては十分すぎますよ」

いいながらも、ガスガスと蹴りや拳が決まっていく。赤い液体が水滴となって、甲板に次から次へと落ちてくる。徐々に、その速度が上がっていく。

暫くして、ようやく攻撃は終わる。

シンジはなす術もなく倒れ、自分が作った水溜りに頭から突っ込む。

アスカはシンジを叩こうと手を振り上げたが、自分が攻撃した場合よりもさらに激しい攻撃を目の当たりにし動きを止めた。

「ほんと飽きさせない子ね」

ミサトはボロボロのまま海に投げ捨てられようとしているシンジをそう評した。なお、彼女だけはこの風でも大丈夫だった。

ちなみに、シンジは、かろうじて船の上にいることを許されたようだ。






「ははっ。面白い子どもだな。サードチルドレンは。顔も性格も碇司令とはまったく似ていない」

その人物はシンジたちがいるところを、上から一望している。下では、金髪の少女のジャイアントスイングで10メートル以上飛んだ後に、熱い鉄の甲板をずざざっと滑っていった。普通なら、大変な事態になりかねないが、むくっとすぐさま起き上がる。

「……ゼーレのご執着のサードか。あの少年には何があるんだ」

下では、喧騒の中、また黒髪の少女にぶん殴られていた。それをみて、苦笑した。








「いやいや、いきなり野外プロレスが始まったかと思ってしまったよ。あの少年を医務室に案内しなくてよさそうだ?」

「ご理解いただけて光栄です」

嫌味を言う艦長にミサトは頭を下げる。ここには、シンジとユイ、アスカはおらず、セイバーだけがいる。シンジがいると話がこじれかねないので、ユイ、アスカという監視役に見張ってもらっているのだ。

「いやいや、私の方こそ久しぶりに子守りが出来て幸せだよ」

ミサトと艦長の間には、かなり険悪な空気が漂っている。ミサトはその空気を無視して、事務的に話す。

「この度はエヴァ弐号機の輸送援助をありがとうございます。こちらが非常用電源ソケットの仕様書と運んできたコンテナの目録です」

ミサトは、2枚の書類を艦長に差し出す。

「はんっ!! 大体、この海の上であの人形を動かす要請なんぞ聞いちゃおらんっ!!!」

「万一の事態に対する備えと理解して頂けますか?」

「その万一に備えて、我々太平洋艦隊が護衛しておるっ!! 副長、思うんだが、いつから国連軍は宅配屋に転職したのかな?」

「某組織が結成された後だと記憶しておりますが? 実際、おもちゃ1つを運ぶのに大層な護衛ですよ。我々、太平洋艦隊勢揃いですからね」

艦長の言葉に、嫌味を含めた言葉を、ミサトを見ながら口にする。

「エヴァの重要度を考えると足りないくらいです。では、その書類にサインをお願いします」

「まだだっ!! エヴァ弐号機及び、同操縦者はドイツの第三支部より本艦隊が預かっているっ!!! 君等の勝手は許さんっ!!!!」

「……では、いつ引き渡しを?」

「ふんっ!!新横須賀に陸上げしてからだっ!!海の上は我々の管轄っ!!!黙って従って貰おうっ!!!!」

艦長が怒鳴ったときに、

「待ちなさい。そんなことを言い争うのは止めにしましょう」

セイバーが見かねて仲介に入ってきた。

「セイバーちゃん!?」

「ミサト、相手を逆上させること言い続けるのは得策ではない。艦長殿。先ほどは騒動を起こしてしまって申し訳ない。弟にはあとできつく言っておきましょう」

少女らしくない落ち着いた言い方に、艦長は虚をつかれた。

「あ、ああ。こちらも礼を欠いてしまってすまなかったな。」

「それはこちらもです。では、友愛の証として手を握りましょう」

セイバーは手を差し出し、艦長もつられて握ってしまう。

「わざわざご足労をしていただき、感謝します。あと僅かながらそちらの厄介になることを許して欲しい」

強く握られた手で、艦長は気付いた。この少女の手は見た目とは違い、とても硬い。何かの武術を鍛えた者の手であると理解できた。

「君は一体何の武術を習得しているのだね?」

「剣術を。少なくとも強いと自負できるほどには鍛錬をつんでおります」

丁寧な言葉だが、そこには自信が伺える。

「エヴァという存在は、使徒を引きつけるという。場合によっては、使徒の襲撃があるかもしれない。警戒を怠らないようにしてください。それと私でよければ、使徒という存在について、語りましょう」

「ちょ、ちょっとそれって機密事項なんだけど」

「これは隠すべき内容ではないでしょう。実際に使徒が現れれば、足場の一定せず、さらに遠距離武器を持たないエヴァだけでは苦戦することになる。協力を要請した方が得策だ。それに、私はネルフに在籍しているわけではない」

セイバーの言葉に艦長は頭を振る。

「いや、誰であろうと許可なく機密を語ることは重罪だ。君がそれを語る必要は無い。こちらが正当な手続きを踏んだ上で要請するとしよう。君のように誠実な人間は珍しい。君のような少女に出会えた幸運に感謝する」

「こちらこそ。貴殿の寛容な心に感謝する」

セイバーと艦長はもう一度握手を交わした。






ブリッジを出て、ミサトとセイバーは歩く。

「セイバーちゃんってすごいわねえ。ああいう会話って慣れているの」

「そうですね。慣れていると言われれば、慣れているといえるでしょう」

「すっごいわねー」

「すごくはありません。ただ、その役割を望まれ、果たしていた結果として、慣れたのです」

「難しいこというわねー」

シンジの傍にいるときでは考えられないほどりりしい姿を見せており、その姿に年上のミサトは感心してしまう。

エレベーターへ向かって歩いてく。シンジたちには食堂へと行くように言っており、二人も食堂に向かおうとしている。

そこに、背の高い男がやってきた。

「よっ。久しぶりだな葛城」

無精髭に、長い髪。よれよれのシャツを着ているその男はミサトに軽く挨拶した。

「か、かっかかかかか加持っーーーーー!?」

「? 知り合いなのですかミサト?」

大声を出して後ずさるミサトを見て、セイバーは疑問視を浮かべる。

「ははっ。俺は加持 リョウジ。葛城とは恋人さ」

「元のまちがいでしょーーーーー!!!!!!」

力いっぱい否定する。加持はそれを無視して、セイバーに話し掛ける。

「食堂に行くんだろ。俺が案内するよ。さっきからアスカが待ちくたびれているんだよ」








「あ、あの、ユイさん。僕はいつまでこうしておればいいのでしょうか?」

「死ぬまで」

「長すぎ!!!」

食堂のタイルの上に、シンジは正座している。シンジは、もうまともな人としての扱いを受けていない。ユイは普通に椅子の上に腰掛けている。

「……で、あんたらの名前はなんていうのよ」

退屈そうなアスカは、ようやく二人の名前を聞いた。

「え、えっとボクは碇 ユイです。こっちは従兄弟の碇 シンジ。えっと、あ、君のほうは?」

本当は名前を知っているのだが、あえて知らないフリをした。

「私はセカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーよ。ユイっていったっけ。ユイはチルドレンなの?」

それは敵を見るような目になる。

「ボクは違うよ。シンジとレイさんと一緒に暮らしているから「僕とユイは同棲中(ダン!)ぐは!!」、こうやってついてきただけ」

「あっそ。……まったくなんでこんな変態がサードチルドレンなのよ。チルドレンって言うのはもっと高潔で、清廉かつ高尚な人間が選ばれるものでしょ。私みたいにね」

こいつはダメだと、頭を左右に振る。

「……つまり、僕はそのどれかに当てはまらないということか? やはり清廉という部分だろうな。いくらなんでも中学生で同棲って言うのは……」

「なんで全部って言うのが思い浮かばないのかな?」

「……これが、日本の漫才って奴?」

アスカが呟いたときに、セイバーたちが入ってくる。加持を見た瞬間に、アスカの目が輝く。

「加持さーん」

先ほどからでは考えられない甘ったるい声を出しながら、加持に大きく手を振る。

「よっ。ちゃんと仲良くしてたか」

加持も軽く片手をあげて、返事をする。その後を、いつも通りのセイバー、そしてなんか疲れきったミサトがついてくる。

加持は正座しているシンジの近くに座る。

「君が、サードチルドレン碇 シンジ君だね」

「あなたは?」

「俺は加持 リョウジ。アスカのボディガードさ。とりあえず座ったらどうだい?」

「結構です。これはユイが僕に命じた罰。ならば、これを喜んで受け入れるのが僕のあり方です」

「なら、死んで。今すぐ」

「セメントはつげーーーん!!!!!!」

正座は止めることなく、口だけのツッコミをいれる。

「くっくっく。本当に面白いな君は。君みたいな少年が使徒を倒したなんて思えないな」

「?」

「君の噂は聞いているよ。チルドレンの中で、最高のシンクロ率を出しながら、ATフィールドを展開できないんだってね」

「何故出来ないのか、まだ誰にも分かってないんですけどね」

「しかし、君はそれでも使徒を倒している。きっと、君には才能があるんだよ」

「エヴァに乗る才能ですか?」

「違うかい?」

「僕には才能なんてありませんよ」

「そうかい。だが、何を言っても君がエヴァに乗れるということは変わらないのだろうね」

「そこ、何二人で話しているのよ!」

蚊帳の外だったアスカが話に参加しようとする。

「はいはい。お姫さんの機嫌を損ねる気はありませんよ」

加持は冗談めかしながらアスカの相手をする。








食堂で解散した後、加持は上部甲板で、タバコをふかしていた。そこに、誰かがやってくる。その人物は加持に後ろから手を使った目隠しをする。

「だーれだ?」

「アスカだろ」

「つまんないの」

ぱっと手が離され、日差しの下の景色がまた見える。アスカは安全のための手すりに乗りかかる。

「シンジ君の感想はどうだい? 仲良く出来そうか?」

「あんなのがサードなんてさいってい。変態くさいし、ユイユイうるさいし」

「なんだ、ユイちゃんにやきもちか」

「そんなわけ無いでしょ。私は加持さん一筋なんです」

そう言って、むくれてみせる。こんな仕草は普通の女の子だが、こんな姿を見せるのは加持の前ぐらいだ。

「サードがあれなら、ファーストも変な奴に決まってるわ。本部のチルドレンってダメなやつしかいないのね」

「ははっ。アスカの評価は厳しいな。だが、シンジ君の戦闘時はかなり真面目らしいぞ。それを見たら評価が変わるんじゃないのか」

「絶対変わらないわ。あんなのが真面目になったってちっともかっこよくなさそうだもの」

アスカは足をぶらぶらとさせながら、空を眺める。そして、数秒もしないうちに何かにひらめいたようだ。

「加持さん。ちょっと、オデローに行ってくるね」

オデローは弐号機を輸送している船だ。それ以外に、目ぼしいものは無いので加持にはアスカの目的がすぐに理解できた。

走っていくアスカに背を向けたまま、

「ケンカしないようにな」

と呟いた。その前にはアスカの姿は消えていったが。








「赤い」

「見事に赤いですね」

「うーん、思い返してみれば弐号機ってこんな色だったかも」

オデローの巨大な布に覆われた下。LCLのプールに浮かぶ巨大な兵器。それがエヴァンゲリオン弐号機。

シンジ、ユイ、セイバーはプールの縁から眺めている。

「違うのはカラーリングだけじゃないわっ!!」

そう言うアスカは弐号機の上。エントリープラグの挿入口の付近に仁王立ちしている。

「所詮、零号機と初号機は開発過程のプロトタイプとテストタイプ。 訓練なしのあんたなんかに、いきなりシンクロするのがその良い証拠よっ!!  だけど、この弐号機は違うわっ!! これこそ、実戦用に造られた世界初の本物のエヴァンゲリオンなのよっ!!! 制式タイプのねっ!!!!」

身振りを交えて弐号機のすごさをアピールする。

「そうっすか」

「なによ。もっと驚きなさいよね!!」

シンジの気のない返事に、アスカは声を荒たげる。

「ともかく、エースパイロットである私が来たからにはあんたらなんかお役目ごめんよ」

ビシッとシンジを指差す。

ウィィィーーーーーン!!!!!! ウィィィーーーーーーーン!!!!!

その途端に、警報が鳴り響いた。

「な、何よこれ!?」

同時に、強い衝撃で船全体が揺れる。

「きゃ!!??」

元々足場の良くなかったアスカは衝撃に揺らされて、足を踏み外し落下する。

全力で駆けたシンジが地面に落ちる寸前に手を下のほうに滑り込ませ、キャッチに成功する。

「なっ…!?」

「怪我は無い?」

アスカは確かに体重が軽いが、それでもあの高さから落ちれば支えるのは難しい。それを簡単にとめたシンジに驚きを感じた。が、同時に
恥ずかしさがこみ上げ、シンジの手から抜け出る。ちなみに、そのさい頬を思いっきりひっぱたいた。

「何すんのよ変態!!!!」

「ふっ、その変態に助けられたことを恥に思うがいい」

いきなり悪態をつく。だが、シンジには全くの精神的ダメージがない。アスカがさらなる罵倒を口にしようとしたときに、館内放送が流れる。

『謎の巨大生物接近中。全艦隊員、第一級戦闘配置につけ。繰り返す……』

それで、全員の意識が切り替わる。シンジとセイバーは瞬時に外へと飛び出し、海を見る。

「待ちなさいよ!!!」

遅れる形で、アスカとユイが走る。

「何も見えないじゃない」

「あそこだ」

シンジは指で一点を指す。アスカが注視すると、水平線のぎりぎりというところに、米粒のようなおおきさだが、たしかにそれがいる。

「なに、あれって使徒なの?」

「まあ。使徒の形は毎回違うから、今回はこの形ってことだろう」

「ふーーーん」

アスカは一人ごちて、顔を愉快そうな笑顔に変えた。

「ちゃーーんす」






あとがき

ギルは、ひとまず置いておきます。次か、さらにその次にもう一回登場です。

ユイとアスカとセイバーのスカートがめくれるシーンですが、最初はユイとセイバーの二人にスパッツをはかせて、期待を裏切られたシンジが打ちひしがれるというシーンの予定だったのですが、変更しました。理由は言わずもがな。

さらに、もう一つ没シーンで、

加持「葛城の寝相の悪さ、治ってる?」

シンジ「僕はユイとレイの寝相しか知りません!!!」

というのがあったのですが、あえなく没。なんでさ?(自分自身に問い掛けてみる)

3月からバイトを始めました。前に言っていた、清掃員です。これが、かなり辛い。腰と足と手の指が痛い。あまりの辛さに、物書きをする元気もなくなっていました。でも書かなきゃ、という一念発起で頑張って書きました。
だが、この仕事によって、ゴミ事情が理解できました。
はっきり言いましょう。『職に貴賎はない』その言葉の意味を改めて痛感(文字通り)させられている毎日です。

よろしければ感想を下さい。誤字、脱字の指摘もよろしければ見つけて報告してやってください。

3/7 一回目の誤字訂正しました。



[207] Re[4]:正義の味方の弟子 番外編その4
Name: たかべえ
Date: 2006/03/14 00:04
正義の味方の弟子
番外編その4
バレンタインデーのお返しを






注)Hollowネタバレあります!! 未プレイの方はお気をつけてください。

これを読む前に、番外編その2「バレンタインデー」を読んでおくことをお勧めします。でないと、分かりにくいところがあるかもしれません。








それは3月13日のこと。

「ふっふん、ふっふん、ふっふっふん♪ ふっふん、ふっふん、ふっふっふん♪ ふっふっふー♪」

台所から聞こえる陽気な鼻歌。この台所からはいつも一人の少女の鼻歌が聞こえるが、今日は歌っている人物が違う。

銀色の髪に、赤い瞳。右手には赤い布がぐるぐるまきになっている少年。そう、碇 シンジだった。

彼は台所に立たない訳ではない。日頃の皿洗いはシンジの職務だし、キッチン周りの掃除だってする。だが、今回はなぜか彼は料理をしている。普段なら、『僕はユイの作った料理だけが食べたい。ユイが作ってくれたのなら例え毒が入っていても構わない』といっている彼が料理を作っている理由は一つ。

そう、ホワイトデーがあるのだ。

彼の人生の中で最良と呼べるほどのバレンタインデーから1ヶ月。そのお返しのために料理をしているのだ。

「えっ? 僕は料理できないんじゃないかって? はっはっは。そんなことはありません。僕は味付け全般は苦手ですし、素の味をいかした料理しか作れませんが、今やっている料理、厳密にはお菓子のように、造形だけを追求するものなんかは得意中の得意なんです」

誰に言っているのかは分からないが、シンジの手はそれこそ職人技というべき技量を持ってそれを作っている。

シンジの近くのテーブルには、今作っているやつの完成品が大量に積まれている。投影での大量生産でないところが中々に好感が持てる。

「そこに積んであるのは、義理チョコをくれた子用。そっちはマリアとレイ用。で、今作っているのがユイ用なんだよ」

つまり、シンジはそれだけの義理チョコを手に入れたということなのだろうか。

「さっ、ちゃんと出来た。ふふっ、後は明日を待つまでだ」

たった今、作り上げたものを満足そうに眺める。

「あっ、これどうやってユイたちから隠そう?」

大量のそれをみて、悩みだした。なんとかばれずにすんだそうです。








そして、その3月14日という日が始まった。

バレンタインデーのお返しを送るというこの行事。大半の男性には縁が無かったりするものだが、縁のあるものは忙しい。

というわけで、縁のあるシンジは、大きな紙袋を持って学校へと向かっている。

「シンジ、それなに入れているの?」

シンジ、ユイ、レイ、セイバーの4人は一緒に登校するため、紙袋の存在に気付かれないわけが無い。

「バレンタインのお返しだよ。チョコをくれた人にお返しをしようと」

「私も貰えるの?」

レイが自分を指差しながら、訪ねる。

「もちろん。レイはマリアと一緒に作ったからマリアと一緒に渡すね」

「分かった」

物分りよく、レイは頷いた。

「じゃ、じゃあ、……ボクにもあるの?」

「もっちろん。ユイには特製のを用意してあるから、期待しててね」

「そ、そんなのいらないよ。だって、あれ義理だもん」

チョコのお返し、ということならユイもシンジにチョコをあげている。あの時のチョコはユイ主観では『義理』、客観的には『本命』、シンジ主観では『言語化できないほどの愛情を感じられる一品』となっている。

それを聞いて、シンジは一度溜息をついた。

「いいかいユイ。たとえ、ユイがくれたチョコが義理チョコであっても、ユイからチョコを貰ったことには変わりない。そして、僕がユイに心血注いだ一品を渡すのに理由なんてない」

断言するシンジに対し、

「かっこいいのか、かっこ悪いのか判断しにくいかも」

とコメントしておいた。






(ちっ、碇の奴、紙袋なんか持って来やがって。ホワイトデーの贈り物ってか?)

(俺達なんか一個も貰ってねえよ。なんだ、これだけ貰いましたよってアピールですか?)

(なぜだ。バレンタインに紙袋持ってる奴を見るより、さらに勝ち組に見える)

(くそう、あの時(バレンタインの時)、もう一回身体をのたうたせればチョコに届いたのに)

それは、暗黒面に落ちてしまった級友達の怨嗟の念。それが向いている先はやっぱり碇 シンジ。

ユイ、セイバーと一緒に教室に入って来た。レイは、隣の教室にマリアを呼びに行っている。早く貰いたくてウズウズしていたらしい。

しばらくして、レイがマリアを連れてやってきた。マリアの手をレイが握っており、かなりせかしたらしい。

「レイったら小さい子みたい」

マリアは走りはしないものの、若干早足でレイについてきた。

「マリア、おはよう」

「おはようシンジ。で、レイと私には何をくれるのかしら?」

「ふふ、じゃーん、二人にはこれをプレゼントしまーす」

シンジが紙袋から出したのは、大きな包み。白い紙で包まれているものを、綺麗にはいでいく。

「すっごくきれい」

出てきたものを。レイが目を丸くして見つめている。

それは薔薇の花束。ブーケと呼んでもいい。美しい薔薇が何本もある。だが、レイが感嘆したのは薔薇が全部透明であることだ。

「これは飴細工かしら」

マリアが自分の知識からその名称を引っ張り出す。

「そう。これは飴で作った薔薇なんだよ。一本一本僕の手作りさ」

飴で作られた薔薇。緻密に計算され尽くしたようにそれは一本一本が完璧に作られ、美しさを感じさせる。

「碇くん、すごーい!!!」

「綾波さんいいなーー」

「ねね、これってどうやって作るの?」

「なんだこの俺の腹がぐうぐう鳴るほどのプレッシャーは!?」

「畜生、こんなもの見せられたら俺のプレゼントなんてゴミ同然じゃねえか!!!」

「そうか、この器用さこそが碇のもてる秘訣なのか」

わあわあとクラス中が騒然となる。

「とっても素敵ね。レイ、どうしたの?」

「綺麗過ぎて食べられない」

レイが躊躇するもの分かる。いっそのことずっと保存しておきたいほどの芸術なのである。けど、飴を食べてみたいとも思う。

「そうね。シンジ、飴に予備はあるかしら?」

「あるよ。一杯作ったからね」

「だったら、これは保存して他のを食べましょう。レイ、それでいい?」

「うん」

マリアは薔薇の花束をもう一度、包みの内になおす。

シンジは紙袋から透明な包みに入った飴を取り出す。これもまた、芸術性に富んだ作品ばかりである。

犬、猫、鳥、魚、熊などあらゆる動物を象った飴が大量に入っている。色にもバリエーションがあり、同じ動物でも赤だったり、黄色だったりと実に多彩である。

「さあ、食べていいよ」

シンジは気楽に言うが、レイはまた戸惑ってしまう。が、おずおずと犬の飴を手に取り、口に入れる。一口大の大きさの飴を口の中でころころと転がす。

裕に十秒は経過したが、レイは何も言わない。クラス全員がレイの評価を待っている。

誰かがつばをゴクッと飲んだときに、レイはいった。

「おいしい」

笑顔で、満面の笑顔でそう言ったのだ。その一言には全てが詰まっているのだ。

そうなれば、次に目が行くのは飴。飴の所有者であるシンジは言い切った。

「さあ、食べたければ誰でもとっていいよ」

みんなが飴に手を伸ばした。評価は総じて「美味しい」というものである。






「シンジが作ったにしては中々に美味しそうですね」

セイバーは厳しい評価を下す。だが、心の中では食べてみたいと思っており、シンジを増長させたくがないゆえにわざと手厳しいことをいったのだ。

セイバーの言葉をシンジはちゃんと聞いていた。

「姉さんも食べるかい?」

「ぐっ、私はそのようなうわべだけを取り繕ったお菓子などに興味はありませんん」

「ふふ、ならこれはいらないね。せっかく姉さんのために作ったのに」

「それは!?」

シンジの手の上にある、一つだけ別の包みに入っているのは紛れもなくライオン型の飴細工。愛らしく、かつ力強い。分かりやすく言うなら「欲しい」ということ。

「し、シンジ、それは私のために作ったといいましたね。なら、それを渡しなさい」

「おやおや、確か姉さんからはチョコを貰った覚えがないのだけどね」

「ぐっ……!?」

「はっはっは。この飴細工が欲しいのかい姉さん? そうだね、心優しい弟としてはあげないこともないよ。ほしければ、三回まわってワンと鳴いてみるがいい」

また無茶なことを、周囲にいたクラスメイト全員がそう思った瞬間、

「……わかりました。やりましょう」

セイバーは言い切った。

「「「「「「「「なっ!?」」」」」」」」

クラスメイトだけでなく、シンジまで驚く。その驚いた瞬間、セイバーは回り始めた。

一回転目、体重と魔力をのせた拳が横合いから入る!

二回転目、一周したことによる遠心力を利用し、強力な足払いをかける!!

三回転目、足を払われ、いまだ宙に浮いているシンジを横回し蹴りから縦に軌道を変えた踵落としが襲い掛かるッ!!!!

ダガンッ!!!!

そんな、音が、した。

教室の床に頭から思いっきり叩きつけられたシンジに、セイバーがかけた言葉は一言、

「ワン」

「……………………ど、どうぞ、お好きなだけお食べください、ガクッ」

シンジは力尽きてしまった。










学校が終わり、ネルフ内でも飴を配ったシンジだが、そこでも好評であった。

「うーん、これってちゃんと渡せるかなー?」

紙袋の中に残っているもの。レイとマリアのために作った花束と同様の大きさのそれだけは渡す相手を発見することが出来ずに持っているままだった。渡すべき相手は決まっているものの、その相手を見つけることが出来ない。元々、偶発的にしか遭遇することが出来ない人物であるため、今もこうやって偶然遭遇することを願って、街をうろついているのだ。

「公園とかにはいるかなー? …………ん、あれって?」

シンジが見る先、そこにはとある知人がいた。背の高い黒髪の女性。

「ジャンだ。何してるんだろ?」

ジャンは前にみたスーツ姿のまま、とぼとぼと歩いていた。シンジはしらないことだが、彼女は今、バイトの面接で不合格になった帰りなのである。気力を感じさせない後姿で歩いて行く。

「あっ、公園に入ってった。……ベンチに座っちゃった」

見れば、溜息をついている。すっかり疲れきってるジャンにシンジが声を掛けようとしたとき、その前に一人の老女がジャンに話し掛けた。






「すいません」

「なんでしょうか」

「すいません、駅はどちらにあるのでしょうか?」

「駅ですか。えーっと、ここからだと、右に曲がって」

「左ですか?」

「いえ、右です」

「はあ、じゃあ、あちらに曲がれば」

「そちらは左です。ですから右に(あれ、もしかして私の日本語間違ってるのかな?)」

聞き違いの激しい老人にジャンは怒ることもなく何度も何度も説明した。

10分ぐらいたち、やっと全部を理解した(途中でジャンが地図を書いたりした)その人はジャンに深々と礼をした。

「どうも手間を取らせてしまって申し訳ありませんねえ。なにか御礼が出来たらいいのですがねえ」

「いえ、当然のことをしたまでですから、そのようなものいりません。お気持ちだけ頂いておきます」

ジャンもまた、姿勢を正して頭を下げた。こういった自分を謙遜し、相手を立てる日本文化をシンジから聞いたことのあるジャンは知っている。

老女はジャンに皺くちゃの笑顔を向けた。

「外国の方は冷たい人ばかりだと思ってましたが、良い人もおられるのですね」

「私如きの行動で、考えを改めていただきありがとうございます」

ジャンはまた丁寧にお辞儀した。

「今日はお世話になりました。では、そちら様も息災で」

「そちらこそ気をつけていってください」

手を振りながら、その老女をジャンは優しい笑顔で見送っていた。






「ジャンらしいなー」

今までずっと隠れて見ていたシンジは、そんな言葉を漏らした。

「さて、そんなジャンに飴の一つでもあげようかな」

草むらの中から、包みにくるまれた飴をポーンとジャンに向かって投げる。

いきなりの投擲物にジャンは驚いたようだが、とっさに反応しキャッチする。

「誰が投げたんだ。……飴? まさか」

中身を見て、そしてこれをよこしたのが誰かに思い当たったときに、飴が飛んできた草むらを見た。シンジは飴を陽動として、既にこの場を離れている。葉っぱの擦れ合う音すらしない草むらを見て、くすりと笑う。

「前もこんなことやったっけ」

留めてあったリボンを解き、中から一つ飴を取り出し、口に入れる。

「やっぱり前と同じ味か」








いまだ遭遇できていない少女を探す旅は、日が落ちたことで断念した。この時間まで外で遊ぶ子どもはいないだろうと思い、家に帰ってきた。そしたら、ずっと探していた少女は家の前に立っていた。肩にかかるほどの金の髪に、綺麗な赤い瞳。

「あ、やっほーです」

大きく手を振りながら、シンジに自分の存在をアピールするその子に、シンジは駆け足で近づいていった。

「こんにちは、お兄ちゃん」

いつものように、やはり屈託のない愛らしい笑顔で笑う女の子。

「もうこんばんはの時間になっちゃったけどね。こんばんわ、雛祭りの時ぶりだね」

3月3日、雛祭りの日に家で飾り付けをしていたところにこの子はやってきた。そして、雛祭りが女の子の祭りだと知り、一緒にお祝いをしたのだ。

「あの時は楽しかったですね。お姉ちゃん達の着物も綺麗でした」

「君もすっごく可愛かったよ」

シンジは少女のことも褒め、その賛辞に少女は頬を赤く染める。

ユイ、レイ、マリアが着た着物。それはシンジが反物から丹精こめて(本当は蚕から作りたかったらしいが、さすがにそれは無理だった)作り上げた品であり、その日のためだけに作ったものだった。急遽、この少女が参加したのだが、シンジは瞬時にさらにもう一つ作り上げたのだ。シンジは縫製に関しては昔からなぜか器用なのである。

ちなみに、着方の分からない4人の着付けまで手伝おうとしたのだが、言い出す直前に、ユイに叩きのめされ、結局呼び出したヒカリに手伝ってもらったのだ。

「あ。そうでした、お兄ちゃんどうしてこんな時間になるまで帰ってこなかったんですか? 私、すっごく心配してたんですよ」

ダメな兄を心配する妹、そんな構図が頭の中に浮かんだ。

「ごめんね。ずっと君のこと探してたんだ。はい、バレンタインデーのお返し」

紙袋の一番奥にしまわれていたものを渡す。それは、飴で作られた西洋人形。髪の毛や目、ドレスまでも精緻に作られているそれを渡した。

「これは、すごいです。お兄ちゃんの手作りなんですか?」

目をきらきらさせ、興奮しながら尋ねる。

「うん、そうだよ」

「やったー!!! お兄ちゃんの手作りをお姉ちゃんより先にもらえるなんて、本当に嬉しいです」

犬だったら尻尾を激しく振り回しているぐらいの喜びようなのである。

「そうだ、こっちの方は君のお姉さんに渡してもらえるかな。結局、一度もまだ会えてないんだ」

もう一つ、飴で作られた彫刻のような人形。

「これは、」

少女が息を飲む。

「君のお姉ちゃんに会えなかったから、君をモデルにして、想像した姿を作ってみたんだ。似てるかな? 自信ないんだ」

「いえ、すごくそっくりです。本当にあったことがあるんじゃないかってぐらいです」

金の長い髪に、整った顔立ちに赤い瞳。飴だけで表現されているとは思えないその姿に、もはや感嘆の念しかわかない。

「よかった、じゃあ、これを預かってくれるかな?」

「はい。お姉ちゃんもきっと喜びます。え、えっと、あの、まだ話したいけど今日はもう帰ります」

「送っていこうか?」

「いえ、大丈夫です。タクシーを使いますから」

「……やっぱりお金持ちだったか」

大事そうに二つの荷物を抱えた少女はタクシーを呼び出し、乗って家へと帰っていった。見送った後、シンジは呟く。

「さて、これであとはユイだけだね」








ユイは一日中ずっと何かを待っていた。それはシンジからのお返しだった。今日、レイとマリアに薔薇の花束を象った飴をあげたのを見ている。それは純粋に綺麗だった。レイが保存しておきたい気持ちは分かる。そして、ここで問題になるのが、シンジがくれるといった物のことである。

「みんなに配ってたのみたいだったら、どうしよう」

そう、簡単に言えば期待しているのだ。レイが貰ったものみたいに、自分も綺麗なものが欲しいと思っているのだ。義理を渡したのだから義理が帰ってくるのは当然だけど、それを嫌だと思う自分がいる。

ユイはこのキモチを早く落ち着かせたいのだが、シンジは今まで自分に渡してこない。そこに、シンジから声を掛けられた。

「ユイ」

「きゃっ!!」

いつも通りはなしかけられたにもかかわらずユイは驚いて悲鳴をあげてしまったのである。

「驚いたちゃった? 考えごとでもしてたの」

「う、ううん。なんでもない」

シンジからのお返しについて考えていた、などと言えるはずもなく首を横に振る。

「そう? じゃじゃーん、ついにお待ちかね。ユイへのお返しの時間です。ユイにはこちらです」

シンジが取り出したのは白い箱。

「これがボクの?」

今までのどれよりも大きいその箱。

「そうそう。ささっ、あけてみて」

シンジに促され、ビロードのリボンをほどく。ゆっくりと蓋を開けると出てきたものは、ユイを象った人形。

「あっ」

椅子に腰掛け、チェロを弾いているその姿。それは前にシンジにせがまれて弾いたときの姿そのままである。あの時のシンジが眺めた構図を見たままに表現しているその中で、とても柔らかい笑顔を浮かべている。それは、ユイの優しさがそのまま笑顔になったもの。

「驚いた? でもね、仕掛けはこれだけじゃないんだ」

木の台座の部分にあるネジをまわす。すると、音楽が飴のバイオリンから聞こえてきた。聞こえてくる曲はやはりそのときに弾いた曲。

「中に自作のオルゴールを入れて、空洞になっている人形を伝い、バイオリンから聞こえるようにしてあるんだ。いやー、オルゴール作るのってすっごい難しいんだな」

軽く言うが、本当は聞いた直後から作り始めたそのオルゴール。どれだけ時間をかけたのか分からない。

ユイは心のうちからあったかくなるのがわかった。涙が出るくらいに嬉しくて、でも言ったのはやっぱり、

「……1ヶ所、音が間違ってるよ」

そう、いつも通りの言葉。

「うそ?」

「本当。ここの音はもっと高いんだよ。もしかして、シンジってチェロ弾けないの?」

「弾けるわけないじゃん。楽譜を買おうにも曲名が分からなかったから、覚えている限りで作ったんだ」

「そっか。なら、」






「また弾いてあげるね。覚えるまで何度でも」

そのオルゴールは一生の宝物。












おまけ

スラータラ―編

「で、スラータラ―これはなにかしら?」「ブルブルッ」

「…………土産だ」「ヒヒイーーーン」

マリアの家に、昨日まで存在しなかったはずの一匹の草食動物がいる。それは、馬。仔馬らしくまだ小さい。

「どこの牧場から盗ってきたのかしらね? そして、何のためにかしら」

「一応、弁明をさせてもらえばちゃんと買ってきたし、駿馬だ。あと、1年もすればいい馬になる。俺の見立ては完璧だ」

この馬との出会い、それは郊外にある牧場で、血統が悪いために、馬刺しにされようとしていたこの馬と心を交わしたことから始まるのだが、無駄に長いのでカットさせていただく。

「へえ。こんな街中でだれが馬なんかに乗るのかしらね? 私? それともあなた?」

「……いやか? 世話なら俺がするが」

「早く返してらっしゃい。馬、私の服を噛むな」「ブルッ? ブルブルッ」

馬はその黒い瞳でマリアに訴えかける。

「何が言いたいのかしら?」

「気に入られたようだな」

「なに、あなたここにいたいのかしら?「ヒヒン」……いいわ。騒ぐようなら追い出すからね。スラータラー、世話はあなたがしなさいよ」

「置いていいのか?」

「レイに見せたら喜ぶでしょ。ちゃんと立派に育てなさい」

マリアは口に一つ飴をくわえる。舌先でころころと転がしながら、着替えのために私室へと向かう。

マリアがいなくなった後、スラータラ―は馬と向き合った。

「おう。良かったな兄弟」「ヒヒイー―ン」

馬と義兄弟の契りを交わしたらしい。馬の額の部分をごしごしと力いっぱい撫でる。

「やっぱ名前はドゥルドゥラだよな」








ランサー編

「ジャン、これを渡しておこう」

ランサーは大学ノートをジャンに手渡した。

「なんだこれは?」

サーヴァントがなぜ大学ノートを持っているのかは不思議だが、それを手渡すのもさらに不思議だった。

「ジャンは文学が好きなのだろう。これは私の覚えている限りの詩篇なり物語なりをまとめたものだ」

「ほ、本当!?」

彼の生きた時代の文学がそのままに書き写されているのだとしたら、これほど貴重なものはない。ジャンは早速食いついた。

「先月の礼としては十分だと思うのだが、どうかな?」

「十分だ、ランサー!!!!」

さっそくノートをパラパラとめくる。が、ジャンはみるみる不機嫌になった。

「こんな字が読めるか!!!」

ノートを思いっきり机に叩きつける。

「なにをする」

「ケルト語なんて学んでない!! せめて英語かドイツ語かラテン語か日本語で記せ」

4ヶ国語も使えるジャンはすごいものがあるが、それでも出来ないものもあるらしい。

「読めないのなら、私が朗読してやろうか?」

「いらない。お前の意思を汲んで、ちゃんと自分で解読してやるから」

そういって、辞典を引こうとする。その前にと、栄養補給のために口に一つ飴をくわえる。

頑張ってページをめくるジャンの姿を見て、

「そうやって頑張る姿は尊敬に値するよ、ジャン」

皮肉でなく、本心からの言葉を述べた。








士郎編

「これで、いいよな」

部屋に立つのは、褐色の肌の青年。

買ってきたプレゼント。バレンタインのときのチョコレートは味わうことも出来ずに灰となったが、しっかりとホワイトデーの催促は来るのが不思議だ。

『3倍返しは世の中の鉄則でしょ』

凛の言葉を思い出すが、そんなのどこの消費者金融よりも利息が高い。それが鉄則っていったいどこの平行世界だよ。

そんなときに部屋のドアがノックされる。

「凛か。入ってくれ」

入って来たのは、黒髪の美しい女性。

「士郎、話って何よ。忙しいんだから早くしてよね」

いきなり切り出されると困るぞ。っていうか、俺もいいかげん慣れろよ。そうだ、アーチャ―を、俺の理想を思い出せ。やつならどうやってこういったものを渡しそうだ?……やばい、想像できない。そうだ、シンジなら、……あれは俺には無理だ。やっぱり誰かの真似をするのは止めよう。

「あー、ほら、今日はホワイトデーだろ。だから、その……」

なに、その顔? もしかして呼び出した理由に気付いちまたのか?

「あー、そういえば、シンジに宝石を貸しちゃったから、今手持ちが少ないのよね」

宝石が欲しい、と遠回しに言っているのか。そんなの聞いたら、買ってきたものなどガラクタ同然じゃねえか。

「これ、凛にやるよ」

包み紙で包装された小さな箱を差し出す。受け取った凛は嬉しそうに包装を解いていく。

「中身はなにかしらねー。ルビー、アメジスト、それともトパーズかしら」

期待しすぎだろ! 冗談だと分かっていてもツッコミをいれてしまう。あれ、冗談だからこそツッコミをいれるのか?

パカッと音を立てて、開いた箱の中には髪飾りが入っている。

「これって……」

「あ、いや、ほら凛ってリボンの髪留めしかつけないだろ。だから、」

本当はその理由は知っている。女の魔術師にとって、髪は最後の切り札。魔力を蓄えておくために、特製の髪留めを使う。

だが、一度でもいいから別の髪形を見たいという欲求を抑え切れなくて、ついこんなものを買ってしまった。

「ふーん、これつけて欲しいんだ」

そうさ、悪いか。

「はいはい、なら今日一日ぐらいつけてあげるわよ」

リボンをほどき、その簪(かんざし)をつける。それだけなのに、凛が全くの別人に見えた。もし、和服を着ていたのなら、古きよき日本女性と表現してもいいだろう。

「どう?」

「あ、いや、その」

なんて言っていいか分からずにどもってしまう。

「なによ。似合わないって言うの」

まずい、このままでは不機嫌になる。なんか、一言でも、ああ、シンジのあの勇気が(今だけは)本当に羨ましい。

「…………綺麗だ」

「えっ?」

なんだ、その「えっ?」ってもしかして、俺にはいえないと思ってたのか? なら、覚悟を決めて言うだけだ。

「綺麗だっていったんだ」

これに凛が凍りつく。ああ、こうやってやり込めるのも久しぶりだな。で、この後来るのは、

「ば、バカ言うなーー!!!」

凛の手からは黒い弾丸が斉射される。ガンドだ。壁に穴があき、窓ガラスが割れるが、自分に被害がなかっただけ由と思い込むことにしよう。

「なに、言い出すのよ。あんた、シンジの病気が移りだしてるわよ。……まさか、実はアンタがあの病原菌の最初の保菌者なの!?」

「いや、シンジは病気扱いなのか。ほら、俺は思ったことを口にしただけだぞ」

「それがあの病気の症状だって言ってるのよ!!!」

凛は顔を真っ赤にしながら、言いたいことを全部言い切る。

その姿は、昔を思い出す。ともに戦ったあの時を。憎まれ口叩きながらもそれでも一緒にいたあの時を。

そして、凛が言い切った後、俺から切り出す。

「やっぱり凛は遠坂のままだ」

あの時と変わらない。そんな思いを込める。

凛はそっぽを向いて言う。

「一日ぐらいはつけてあげるわよ」

そんなのも昔のままなんだな。






あとがき

質問 「この間、次は「終わクロ」ネタだと、言ったくせにホワイトデーの時事ネタやっているお馬鹿はだーれだ?」

答え 「作者です」

というわけで、嘘吐きごめんなさい。いや、このときまでにはアスカもギルも出したかったのに、予定がずれ込んで、ホワイトデーが先にきてしまいました。おかげで、ためていたネタもパー。もういや。

>「ユイ」
>「きゃっ!!」

この部分ですが、ユイの悲鳴をわざと女っぽくしてみました。もう作者の頭の中では、ユイが元男であるというデータが失われかけているのでしょう。

よろしければ感想を下さい。誤字、脱字の指摘等も「ちっ、しょうがねえ奴だな」てきな気持ちでしてやってください。どうぞ、よろしくお願いします。



[207] Re:正義の味方の弟子 第20話
Name: たかべえ
Date: 2006/03/21 23:20
正義の味方の弟子
第20話
アスカ来日(後編)








警報が鳴る艦内。その一室で加持は携帯電話をかける。

「もしもし、碇司令ですか? まさかこんな事態になるなんて知らされていませんでしたよ」

『この状況のための弐号機だ。それにサードもつけた』

ゲンドウは普段通りの抑揚のない声で言う。

「原因はやはり例のものですか?」

単語を挙げずに確認しているのは、加持の椅子になっている黒いトランク。

『君は積荷を持って脱出したまえ。じゃあな』

電話はそれっきり切れる。

「言うだけ言ったら終わりか。まっ、どうやって使徒を倒すのか見たい気もするが、ここは素直にトンズラさせていただきますよ」

携帯電話を胸ポケットにしまう。

「俺って汚い大人だねー」

気楽に言って、タバコに火をつける。








「各艦、実弾装填!! 各自の判断で発射するように伝えろ!!」

オーバー・ザ・レインボーのブリッジ、艦隊司令であるその艦長は指示を出している。高齢だがいまだ現役、それを示すように大声を出す。

「アレを近づけるな!! あれだけの巨体だ、移動時におこる高波にも注意しろよ!!」

海面スレスレを泳ぐその魚が背面から水面に落ちる。その重量ゆえに波紋さえも武器となって船を襲う。

既にブリッジはひっきりなしにくる報告と命令ですさまじい喧騒となっている。その中にミサトがやってきても、相手にされていない。

「艦長、ネルフに指揮権を渡してください」

「この状況をよく見てみろ!! 何処にそんな暇がある!?」

「なら、エヴァの発進許可を出してください」

「ダメだ。艦隊全体が混乱している。現状のまま待機だ」

オペレーターの一人が、魚雷の発射を報告する。何秒か遅れて、青い海に白い軌跡を残しながら、水平線から近づいてくる巨大魚に向かっていく。

目標との衝突で巨大な水しぶきが上がる。が、水柱を割って、使徒は迫る。

「目標健在です!! 目標尚も高速で接近」

「第2波の装填急げ!! 弾幕を張れ!!」

既に何十もの魚雷が尖槍となって使徒に襲い掛かる。が、その悉くが到達する前に盾として存在するATフィールドに阻まれ、散っていくのだが、ダメージそのものはないものの、爆発の衝撃により、その突進力が落ち込んでいる。結果、時間稼ぎほどの役には立っていた。

ブリッジではいまだにオペレーターの報告が矢継ぎ早になされる。

艦長は一度、深く息を吸い、冷静になると再び大声を張り上げようとする。そこに、一人の少女が入って来た。

「セイバーちゃん!!」

「ミサト、今状況はどうなっているのですか?」

全力で走ってきたにもかかわらず、セイバーは息一つ乱していない。凛とした声で状況を尋ねる。

「セイバーちゃん、他の子はどうしたの?」

「ユイなら遅れてついてきています。シンジとアスカはオデローにいます」

「ぜえぜえ、遅くなりました」

ユイが肩で息をしながら応える。ユイの体力ではセイバーに走りについてくることは出来なかった。だが、今ここにユイに気を使うものはいない。

「オデローだと!?」

セイバーに知らされた現状に艦長は聞き返してしまう。

「はい。二人はエヴァを起動させるつもりです。艦長殿、エヴァはこの艦に来るので電源ソケットと武装の用意をお願いしたい」

「この状況で勝算はあるのか!? 弐号機はB型装備、水中に落ちたらどうしようも出来ないのぞ」

淡々と言うセイバーに副艦長は声を荒たげる。

「止めろ。……用意すればいいのだな「艦長!?」黙っていろ!」

「はい」

「分かった。副艦長、パイロットにこの子達を脱出させるように言え。君たちは脱出したまえ」

艦長はセイバーとユイに言う。だが、セイバーは首を横に振る。

「それはできません」

「なぜ」

「私達ネルフの我がままで貴方が考えていた戦術を台無しにしたのです。今なら、多くの人間を生き残らせることも出来るが、これをやればその数が減る。ならば、私はここにいて、責任を果たさなければならない」

「……大人だな君は」

「いえ、子どもですよ。ええ、ユイより胸の小さいこどもですよ。ええ」

「あれ、なぜかボクが非難されてる?」

艦長は振り向き、ブリッジのクルーに対し、檄を飛ばす。

「ここには将来とびっきりの美女になるだろう子どもがいる。それを馬鹿で根性無しの俺達が死なせようとしている。そして、俺達の墓にはこう書かれる。『威勢だけのはったり軍人、未来の美女を道連れにしてのたれ死ぬ』。だが、ここで生き残れば『ハリウッド英雄顔負けの美形軍人、美女の笑顔のために怪物を倒す』とな」

その背中は老将軍の頼りない背中ではなく、若く勇ましい兵隊の後姿だ。

「美女のために作業にかかれ!!」

「「「「「「「Sir. Yes sir!!!!」」」」」」」








オデロー、エヴァンゲリオン弐号機のエントリープラグの中、二人の少年少女がいる。

「あんた、戦闘中だからってエッチなことしたら殺すからね」

アスカは着ていたワンピースを脱ぎ、、専用のプラグスーツに着替えており、着替えるときにも一分近くに渡って、絶対に覗くなと言い聞かせていた。

「アスカこそドジ踏むなよ」

「何勝手に人をファーストネームで呼んでるのよ。馴れ馴れしい。というか、女物のプラグスーツを着て何で恥ずかしがらないのよ」

シンジはアスカの予備のプラグスーツを着ている。勿論その下、シンジの右腕には赤い布があり、袖口から微妙にはみ出している。

「僕の精神構造はアスカには計り知れないのだろう」

「そんなの計りたくもないわよ!!」

その間にも、起動準備は整っていく。

「言語は日本語でお願い。英語は面倒だし」

「ドイツ語は使えないの?」

「かなり錆びついてるから無理。日常会話ぐらいなら出来るけど、頭がついていかない」

「ちっ、わかったよ。言語を日本語に」

エントリープラグの周囲の風景が切り替わる。視界に映るのはエヴァの視界。

「使徒を倒すよ。艦隊には多くの人がいるし、なによりユイがいる。姉さんはほっといても多分死なないのでいいだろう」

「あんた、ほんとにユイしか言わないわね」

「大事だから」

「真顔で言うし」

「じゃあ、アスカの戦う理由は」

尋ねられて、本当の理由を隠す。

「……加持さんを守りたいからよ。それで、十分でしょう」

隠された理由を知りながら、シンジは頷く。

「じゃあ、休戦しよう。これが終わったあとにまた喧嘩でもする。いい?」

「……OK! あんた結構いい性格してるじゃない」

「こんな性格じゃなければユイとの生活は楽しめない」

そんな楽しみ捨てなさいよ、強く言い切り、アスカは操縦レバーを握る。

「アスカ行くわよ」

弐号機の4つ目に光が灯った。








オデローの甲板に、弐号機が立つ。覆っていたシートを外套のようにはおり、獣ではなく人、ということを使徒に示す。エントリープラグ内には、稼動までの残り時間が記される。

「アスカ、オーバー・ザ・レインボーは3時の方向、距離は540メートルで微速接近中。一気には飛べないぞ」

「分かってるわよ。見なさい、サード。これが弐号機の実力よ」

膝を曲げ、大空へ一気に飛び上がる。太陽を背にその勇壮な姿を、

「高く飛びすぎだ。このままじゃ艦を踏み潰すぞ!!」

弐号機の落下点には一石の艦艇がある。この高さから二号機が落ちれば中にいる人員ごと強く押し潰されることになる。

「仕方ないじゃない!!」

「仕方ないって、ええい、同調・開始トレース・オン重圧、軽量」

シンジは魔術回路を起動し、とっさに重力制御のための魔術を使う。だが、痛みがなかった。

(おかしい。痛みがない。まさか、僕が二号機とシンクロしていないから、痛みがないのか)

シンジは胸中で考える。

(理由は分からないが、不利にはならない)

シンジの魔術のかいあって弐号機の落下速度は落ち込み、轟音を立てながらも甲板を破壊せずにすんだ。

「潰れなかったじゃない!!」

「威張れることじゃないだろ」

エントリープラグの中で言い合いながら、次の艦艇へと飛び上がる。また、シンジが魔術を行使して重圧を軽くする。計6隻を踏み台にして、オーバー・ザ・レインボーの甲板に降り立つ。甲板には既に艦長の命令によって、アンビリカルケーブルが用意されている。

「アスカ、早くケーブルを」

「わかってるわよ」

ケーブルの先端を掴み、エヴァの背中に差し込む。赤く点滅し、警告していたタイマーはケーブルからの電力供給により青く光りなおす。

さらに、用意されたコンテナから分解された武器を取り出す。折り曲げられている柄の部分を伸ばし、最期に穂先を装着する。その長さはエヴァとほぼ同じ長さ。先端部分に重心があり持ちづらい。

「これで相手を刺せばいいの?」

「これは投げ槍だ。離れたところに投げないと穂先のN2の爆発に巻き込まれるぞ。小型とはいえ、半径300メートルは危険だし、爆発するから地面には突き立てるな」

「そんなドジしないっての」

『二人とも、ケンカはそこまでにしろ。通信機から駄々漏れだぞ』

通信機から艦長の野太い声が聞こえる。

「どうしました?」

シンジが艦長に話し掛ける。艦長は一度も会ったことのないことなど気にせずに命令する。

『現在、使徒は魚雷群によって進行速度を落としている。その間に近くの艦を避難させる。全艦が安全エリアに達したときにN2を使用しろ。それまでは待機だ』

「はいはい。じゃ、私が使徒を倒すまでやられないでね」

アスカは余裕たっぷりに言う。

やがて、準備が整う。いまだ魚雷やミサイルの音が響く中で、戦艦がゆっくりと移動していく。そして、全ての艦がいなくなったところで、もう一度通信が入る。

『いまだ!!』 

正面から魚雷を掻き分けて迫ってくる使徒に向けて、弐号機は投擲体勢に移る。

身体を捻じり、野球のピッチャーのフォーム。

「いっけえええーーーーー!!!!」

槍は音速を超える速さで投げ出される。音もついて来れない無音の世界を走る槍は使徒のATフィールドと激突し、貫通し、爆発した。

爆発により、熱風と高波が襲う。いくつかの艦では防弾ガラスにひびが入り、外を見れなくなる。高波で大きく揺れる艦もあり、各館で連絡を取り合っている。

揺れる甲板の上、弐号機の中でアスカはシンジに勝ち誇る。

「やったわね。どう、これが私の実力よ」

「……………」

シンジはじっとその先を見ている。やがて、なにもなくなりただゆっくりと風で波が起こるだけのそこを。そして、次第に視線をずらしていく。

「なによ、だんまりしちゃって。あっ、もしかして私に倒されたことが悔しいのかしら?」

「………まだだ」

「はっ?」

「来るぞ!!」

シンジの言葉と共に、オーバー・ザ・レインボーの僚艦へとその巨大魚は襲い掛かり、真下から鉄の船へと体当たりをした。

「そんな!?」

ぶつかった勢いを失わずに、空へと飛び上がるその姿は獰猛な海洋哺乳類、サメに酷似していた。巨大な流線型の体躯。それは、また海へともぐる。

水泳選手の飛び込みのように波音も立てずに沈んだその姿に見ている者は優雅さよりも恐怖を感じさせる。

下から攻撃を受けた艦は転覆する。徐々に海水が浸入し、沈んでいく。

『避難員の救出を急げ!! 戦艦、巡洋艦、ある限りの弾薬を使え!!』

ミサイル、魚雷がそれこそ稲雀(いなすずめ)の飛行のように列をなして飛んでいく。だが、それがどれだけ相手を捉えているのかも分からない。

縦横無尽に泳ぎ回る使徒は水面を泳ぐたびに高波を起こす。

『使徒、再びオーバー・ザ・レインボーに接近』

「冗談じゃないわよ。あっち行きなさいよ」

アスカが悪態をつく。N2が効かなかったことは彼女にとって予想外だった。エヴァでなければ使徒は倒せないと分かっているが、彼女にとってそれはエヴァの武装も含まれている。強力な一撃で倒せなかったことは焦りと今まで感じたことのない恐怖を彼女に感じさせた。

「アスカ、使徒が突進したらエヴァで受けとめるぞ」

「何でよ、避ければ良いじゃない」

「僕たちが避けたらブリッジが潰れる。この状況で司令塔が潰されたら被害が拡大する」

「……分かったわよ。受けとめればいいんでしょう」

アスカはとっさにウエポンラックからナイフを抜く。ドイツ支部で製作されたカッターナイフのようなプログナイフから刃を伸ばす。

「……ありがとう、アスカ」

「な、なに言ってるのよ」

いきなり感謝されたことで、心音が早くなっているアスカは驚いて、言葉に詰まってしまう。

「弐号機が傷つくことになるのに、僕の我侭を聞いてくれて」

「べ、別にアンタのためじゃないわよ。ふざけたことを言うだけなら、アンタも協力しなさい」

「分かった」

「「………」」

合わせた様に互いに無言になり、意識を集中させる。それはほんの僅かな時間だったが、アスカにとっていつになっても思い出せるという不思議な自信が起こった。

静寂を破るように

「正面だ!!」

「どっからでも来なさい!!」

気迫を込めた声で、自分を奮い立たせる。

白波を巻き起こらせ、飛び上がった使徒は、体重と速度を十分に生かした突進を行う。

「はあああああああっ!!!!!!」

ナイフを刺し込み、両腕で突進をとめようとする。エントリープラグ内のアスカは伸ばした腕に痛みが走り、痛みに歯を食いしばって耐えようとする。

ガガガガガガリガリッ!!!!!!

正面からの衝撃で後退を余儀なくされる。甲板の上を滑り、火花が散る。甲板の上を何十メートルも後退させられ、すぐ後ろには艦橋がある。

「すまないアスカ」

そのときに、シンジはレバーをアスカの手の上から、握った。一度だけでいい、そう願って弐号機を操ろうとする。

「うおおおおおおっ!!!!!」

シンジの意志で動いた弐号機は使徒を胸のうちに入れる形を取り、柔道で言う大外刈りのような形で使徒を海へと投げ落とした。

「……すごっ」

アスカは一瞬呆けて素直に賞賛を口にする。だが、すぐに気を取り直しシンジを非難する。

「アンタ、人のエヴァを勝手に動かすんじゃないわ、キャア!!!」

使徒の突進により、後退していた左足は戦闘機の昇降用エレベーターに乗っており、アスカがエヴァのバランスを変えた瞬間に壊れ、エヴァも使徒の後を追うように落下した。

落下したエヴァにひきづられるように、アンビリカルケーブルがどんどん引っ張られていく。

戦場は陸から海へと移動した。

そんなときに、甲板上に一機の戦闘機が現れる。

『誰だ? そこの戦闘機誰が乗っている?』

『ははっ、俺ですよ。艦長』

『加持君か!? 何をしている!!』

『加持!?』

艦長とミサトの驚いた声を尻目に彼はあくまで気楽な声。

『司令の命令でな。先に行かせてもらうわ。葛城、頑張れよ。じゃあ、だしてくれ』

加持はパイロットに話しかける。そして、戦闘機はあっという間に発進し、ネルフの方角へと消えていった。

『あんのやろー。かえってこーい!!!!』

帰ってくるはずもなかった。








水中、泡を立てながら、沈んでいくエヴァの中でアスカはまたシンジを罵る。

「くそ、まともに動かない。あんたのせいよ、馬鹿サード」

レバーを何度も引っ張るが、エヴァは何の行動も起こさない。B型装備、武装による能力向上を可能とするエヴァにとって、標準装備というのは最低限の能力しかないということだ。水中のような局地戦では何の能力も持たないのである。弐号機は浮かぶことも出来ずに、どんどんと沈んでいる。

「喧嘩してられないだろ。まだ使徒を倒せたわけじゃない」

「わかってるわよ、そんなこと。だから、この状況を何とかしないといけないんでしょう!! 早く、アイディアを出しなさいよ」

使徒の姿は見えない。アスカだけでなくシンジにも見えていないのだから、何処にいるか全く分からないのである。

「あるといえばあるが、ないといえばない」

「どっちよ!?」

「ある」

「なに!?」

アスカは焦れて、早く案を出すようにせまる。

「N2を使う」

「N2はさっき効かなかったでしょ」

「違う。さっきのは市街戦も考慮して威力を絞ったやつだ。今度は艦隊が保有しているはずのN2魚雷を使う」

「それって」

N2兵器は前世紀の核兵器に取って代わる兵器として開発されたものだ。放射能汚染こそ起こさないものの、半径数キロメートルを完全に破壊する。最初に使われたのはとあるテロ組織に実験的に投下されたとき。鉱山から繋がる、地下に広い坑道に隠れていたが、N2は山を丸ごとクレーターに変えた。それ以後、N2と名のつく兵器は大量に作られた。N2魚雷もその一つだ。

「馬鹿!! そんなの使ったらこの辺一帯全部壊れちゃうじゃない」

「分かってる。だから、使徒の内部で爆発させる。それなら、使徒を倒せるはずだ」

「そんなのどうやって内部に入れるのよ」

「二号機で抉じ開ける。そして、中に入れて爆発させる。それなら、決定打を与えられるはずだ。だが、弐号機が無事でいる自信がない。もしこんなところで壊れたら、アスカが無事でいられる保証がない」

こんなときだけ、『僕たち』ではなく『アスカ』と言うシンジにアスカは気付かなかった。が、アスカは自分の後ろにいるシンジに甲板ではできなかった平手を決めた。

「アンタ馬鹿? 私はそんなことぜんっぜん怖くなんかないわよ」

それはアスカの強がりだ。死ぬのは怖い、傷つくのは怖い。少しでも後ろ向きなことを言われたら、それで折れてしまいそうな強さだ。でも、それでも立ち向かえる強さは確かに強さだ。

平手打ちを食らったシンジは、それを感じたのだろう。その見せかけの、でもそれを本当のものにしようと努力している少女の強さを。

「やるよ?」

とシンジはいい、アスカは

「上等!」

と応えた。震えをかみ殺す唇で。








「応答して、アスカ、シンジ君!!」

オーバー・ザ・レインボーのブリッジでは弐号機に呼びかけていた。ケーブルは引っ張られていくだけだ。ミサトはマイクを引っ手繰り、直接呼びかける。セイバーは唇を噛みながら立っている。彼女は水上の相手ならともなく、水中の相手にまで決定打を与えることは出来ない。ユイはケーブルが引っ張られていく様子を声もなく見ているだけだ。だが、通信機からの声に耳を傾けている。シンジと、アスカの声が聞きたい。

そんなとき、アスカの声が聞こえた。

『その声はミサト?』

「アスカ、無事だったの?」

『無事に決まってるでしょ。時間がないから手短に言うわ。N2魚雷を用意して』

「N2魚雷!?」

『そうよ。弐号機で使徒の口を開けるから、そこに投げ込むわ』

『アスカ、使徒が来るぞ!!』

通信機からシンジの緊迫した声も響く。

『くっ! ミサト、ともかく早く用意して……、』

ケーブルを伝って、オーバー・ザ・レインボーにも振動が伝わる。海中ではまた使徒の攻撃を受けているのだろう。

ミサトはマイクをおき、艦長に向き直る。

「艦長、お願いします。N2魚雷を用意してください」

さきほど、セイバーに言われたこと。取り引きや交渉で自分の言いたいことだけを言ってはいけない。

ミサトは頭を下げた。

このときのミサトに、頭を下げたことの恥ずかしさとか、屈辱などという考えはなく、ただ本心から頭を下げた。気がつけば頭を下げていた。

艦長は、そんなミサトを一目見た後、すぐにミサトから目をそらし、

「N2を用意しろ。早くだ!!」

そう、命令した。

「ありがとうございます」

もう一度、頭を下げる。








弐号機は使徒の口元に刺さっていたプログナイフに手をかけてしがみついているが、同時に使徒の口に足首をはさみこまれており、アスカは足にかかる痛みを我慢していた。

「こんなことで!」

「アスカ、N2が来るのは40秒後だ。それまでに口を開けさせるぞ」

「わかってる」

エヴァの手を口にあてる。両手で抉じ開けようとするが、びくともしない。

だが、それでも二人は諦めるということを考えもしなかった。

「開け、開け、開け、開け、開け」

「開け、開け、開け、開け、開け」

口を開けさせる、その使命を果たす。出来なかったら死ぬ、とかじゃなくて、出来なかったら倒せない、そんな気持ち。感情を力にして、敵を倒す。

残り、12秒。11、10、9

「開け、開け、開け、開け、開け、開け、開け、開け、開け、開け」

8、7、6、

「開け、開け、開け、開け、開け、開け、開け、開け、開け、開け」

5、4、3、

「「開けっ!!!!!!」」

シンジとアスカ、その思考は今、完全に一致している。それでも僅かに、口を開かせただけだった。

アスカの脳裏に最悪の想像が思い浮かぶ。だが、シンジはまだ諦めてなくて、

2、

「開け!!」

最後まで言い続けて、

1、

「『開け!!!!!!』」

抉じ開けた。両腕を全開に伸ばし、口内を覗ける。口内に、魚雷が飛び込む。そして、閉めた。






水中で大爆発が起こった。魚の使徒を完全に殺しきった爆発が。






そして、空に打ち上げられた赤い鬼神。それは最初、飛んできたのと同じように大空高くをとび、その重さを感じさせない着陸をした。

わきあがった歓声、見ていた全ての人があげた声。それはシンジとアスカを褒め称える声だった。








ユイは甲板へと急いで降り立った。ユイが甲板に行ったときには、シンジとアスカがエントリープラグから出てきたところだった。

LCLを髪から滴らせながら、また甲板で言い合っている。

「よく考えたら、なんであんたみたいな奴を乗せたのよ。なんかアンタがいないほうが簡単に勝てた気がする」

「僕がお荷物だと?」

「お荷物どころか、それ以下よ。人の着替えを覗いてなんかいないでしょうね」

「見くびるな。僕は覗きなんかしなくてもスリーサイズを当てるぐらいたやすい」

「死ね!! この変態!!!」

アスカが回し蹴りをシンジに放ち、それをあえて食らう。

「ふっ、この程度の蹴りではユイに及ばないぞ」

「私は全力で蹴ったのよ。あんた、どういう体してるのよ」

「ユイの全てを受けてめられるように日々鍛えてある。ユイの暴力は愛情表現だ。そして、それを受けとめるのが僕の愛情表現だ」

「ますます変態じゃない!!」

戦いが終わった直後だというのに、疲労を感じさせないほど激しく言い合っている。そして、シンジがユイに気付く。

「……二人とも元気だね」

心配して損した、と言うぐらいの元気のなさ。

「ユイ、それは間違っている。今の僕はとても衰弱しており、ユイの膝枕でなければ、この疲労を回復することが出来ない」

「あっそ」

「反応薄!!」

そんなユイとシンジを見ていた、アスカがぽつりとこぼす。

「……やっぱしアンタたち付き合ってるわけ?」

「慧眼だな、アスカ。全くもってそのとお、ウオッ」

「これでも付き合ってるように見えるかな?」

ユイはシンジの心臓に強力なパンチを入れる。

「そうとしか見えないわよ(やっぱりユイがSで、サード、たしかシンジ、シンジがMなのかしら。日本の中学校ってどうなってるのかしら)」

ハートにダメージを負ったシンジだが、立ち上がるときにユイに小さく囁く。
「ユイさ、最期に『開け』って応援してくれただろ。ありがとう」

あの時、ユイの『対神性』が発動していた。もし、あのときユイが敵意を持たなければ、使徒に負けていた。

「う、うん。どういたしまして。……怪我なかった?」

「大丈夫。アスカー」

「何よ!!」

「痛がってたようだけど、大丈夫?」

「大丈夫に決まってるでしょ。って、さっきは我慢してたけど、ファーストネームで呼ぶの止めなさい」

「なら、どう呼べと?」

「え!? えーーっと、……ああ、もうアスカでいいわよ」

他の呼び方を考えようと思ったが、いいのが思いつかずに、さらにシンジに好きに呼び方を考えさせた場合、どんな呼び名になるかわからないからアスカと呼ばせることにした。

「なら、アスカ」

「なによ」

シンジは手を差し出す。

「何のまねよ」

「今回の共闘は楽しかった。今度は僕も一緒に戦っての戦闘をするから、そのときもこうやって協力し合おう」

真顔で、いや真剣な顔で言い切ったシンジにアスカは顔を赤らめてしまった。

「な、あ、あ、」

「あ?」

「あんたばかーー? 誰がこんなことを二度とやるか。この馬鹿シンジ!!!」

そういって、艦内へと入っていく。そんなアスカをみているシンジとユイ。

「元気だ」

「元気だね」

「からかいがいのありそうだ」

「ないよ」

「ユイより上か」

「今、何処を見た」

「そういや、姉さんは」

「話をそらす気でしょ」

「傑作だ」

「戯言の間違いでしょ」

このふたりはこの後、ユイの一方的な攻撃へと移り、「これが日本の中学生の生態か」と誤解を招きまくっていた。








「いやー、波乱だらけの航海でしたよ」

ネルフの司令室、加持はゲンドウにもその軽薄な態度のまま話し掛ける。

「ご苦労。例のものは?」

ゲンドウは重苦しい声でねぎらうのだが、全くねぎらえそうにない。

「これです。硬化ベークライトの中に入れてありますが、生きてます」

加持は黒いトランクを開ける。その中には、琥珀のような箱に閉じ込められた胎児。

これを見て、ゲンドウは笑みを見せた。

「これが最初の人類、アダムだよ」








次の日、シンジ、ユイ、レイ、セイバーが学校に行ったときのこと、

「惣流・アスカ・ラングレーです。みなさん、なかよくしてくださ、………あーーーーーーっ、昨日の変態!! 同じクラスだったのね。最悪だわ―!!!!!!」

こうして、シンジたちのクラスに、チルドレンに新しい仲間が加わった。






あとがき

なぜか艦長がかっこいい。Hellsing将軍と隊長のかっこよさに影響を受けたのは言うまでもない。

アスカの強さを認めたのは、「アスカを認めなかったら、バゼットはどうなる?」と考えたため。たとえ最初は見せかけでも、それを本当の強さにしたいと努力するというのなら、それを認めたいというのが作者の考えであるためである。

3月中にもう一話書けるかな? 自信ない。

感想、誤字脱字の指摘、よろしければお願いします。



[207] Re[2]:正義の味方の弟子 第21話
Name: たかべえ
Date: 2006/04/04 18:37
正義の味方の弟子
第21話
ランサーとキャスター








完璧なシステムの完璧な模倣。それこそが僕の魔術。なら、やるべきことは最初から決まっていた。








第6魔法、即ち第6法へと至るのは当然のことながら不可能である。

過去のどの魔術師も辿りつけないもの。それを、模倣しか出来ない僕がやるのは不可能なのである。いくら他人の魔術を解析しても、魔法には届かない。

悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ。悩んだ悩んだ悩んだ悩んだ悩んだ悩んだ悩んだ悩んだ悩んだ悩んだ悩んだ悩んだ悩んだ悩んだ悩んだ悩んだ悩んだ悩んだ悩んだ悩んだ悩んだ悩んだ悩んだ悩んだ








そして、答えを見つけた。

なんて、簡単だったのだろう。それをどうして僕は気付けなかったのだろう。

そう、答えはすごく簡単だったのだ。その答えを僕は既に知っていたのだから。

僕には模倣しか出来ない。だが、究極のオリジナルを模倣すればそれは最高のレプリカだ。

究極のオリジナルとは何か、そう『聖杯』だ。

僕は、聖杯を作り上げることにした。どんな願いすら叶える聖杯を、第6法すら叶える聖杯を。

そして、僕は全てを救う。何一つ取りこぼすことなく、漏れることなく、この世の全てを。








「あの転校生見たか!?」

「あのハーフだろう。スタイル良いよなー」

「そうそう。女子も惣流さんを見習えっての、(バキッ!)フグハアッ! い、いったい何するんだ」

今まで黙っていた男子が、顔を怒りで真っ赤にして殴りつけた。

「お前こそどういう了見だ!? お前はアインツベルンさんを馬鹿にする気か!?」

そう言って、ポケットから布を取り出し、額に巻く。

「そ、その鉢巻。まさか『アインツベルンさんになじられる会』か!?」

「そうだ。アインツベルンさんの相手を陥れているときの笑顔が俺には何よりも眩しいんだよ。例え、それがダイアモンドダストの輝きでも!!」

「ふざけるな、あんな性格悪そうな女のどこがいい!?」

そこに、新たな男子生徒が現れた。

「そのキーホルダー。お、お前は『コーンウォールさんに叱られクラブ』!?」

「ああ、俺はいつでも叱られたいさ。あの手に持った竹刀で俺をビシバシ叩いて欲しい!!」

「碇はしょっちゅう流血してるぞ!?」

流血するのは竹刀ではなく、たまに本物の剣で切っているからである。竹刀では血反吐を吐く程度である。

「馬鹿野郎!! あれこそが彼女なりの彼氏試験なんだよ。『この程度で血を流す軟弱者とは付き合いたくない』ってな」

「「はっ、笑わせてくれる。あんなのはただの校内暴力でしかない」」

さらに二人の学生がやってくる。

「お前らは『綾波さんに『あーん』され隊』と『碇さんの弁当所望集団』!!」

「いかにも。綾波さんが『あーん』してくれるのであったら、例えヨーグルト状になった牛乳でもいけるぞ」

「俺は碇さんが作ってくれた弁当なら、例え泥水で炊いた米だろうと美味だ」

その後も、この4人は誰が一番かと騒ぎまくっていた。

で、殴られた男の子は、

「……まあ、こんなところで殴りあったって、意味はないんだけどな」






結局、騒動を起こしていた4人は、自分達の派閥まで動かした抗争の発端となり、長き戦いの末に、勝者のない決着で幕を閉じることとなるのだった。








「おやすみなさい」

昼休み、マリアはシンジの膝を枕にし、横になる。マリアの長い銀髪がシンジの黒いズボンの上によく映える。

「シンジの浮気者!!!」

「ぐはっ!!」

マリアのあまりにとっぴな行動に対し、しばらく、なにも対応できなかったユイだが再起動し、なぜかシンジへと攻撃する。

「な、なぜ僕が」

「えっ!? なんでだろ。……殴りやすかったからかな?」

なぜか顔を真っ赤にし、俯きながらユイは答える。

「……それって八つ当たりの理由とかでは?」

「シンジ、鼻血を垂らさないでね」

殴られる原因を作った少女はいたってマイペースというか、唯我独尊状態である。で、そのマリアを見ていたレイはシンジの肩にもたれかかる。

「レイ、どうしたの?」

「私も眠い。……シンジ君が朝まで寝かせてくれなかったから」

「死ねシンジ!!!」

「ふべはっ!!」

レイの言葉から間髪いれずにユイの拳がシンジの顔に入る。

「レイさんに何してたの!?」

「な、なにもしてませんとも……」

「うそ。昨日、私にあんなこと言ったのに」

レイはシンジにもたれかかり。さらに事態を悪化させることを言う。

「あんなことって何!? 僕は『おやすみ』しかいってないよね、ね!?」

「……知らないフリして責任から逃れようとするのね。私、初めてだったのに、『あんなこと』までして」

「僕だって『あんなこと』ってのを思い出したいさ!! そしたら、責任だってとるけど、その『あんなこと』が思い出せない!! ねえ、僕は結局何をしたのさ!!!」

「私の口から言わせるの? そういう趣味なの? 大丈夫、そんな趣味もちゃんと受けとめるから」

レイは優しい笑みをシンジに見せる。それは、『大丈夫。私があなたを守るから』という意味がこめられており、慈母のように全てを温かく見守る雰囲気を出しているが、まず殴られる原因を作ったのはレイであることを忘れてはいけない。

もちろんのことながら、これはレイの創作である。シンジの身の潔白はこの作者が保証します。

だが、そんなことは露知らず、ユイはシンジの肉体ではなく、内臓に対しての攻撃を開始している。具体的にはどこか禍々しさすら覚える真っ黒オーラを身に纏い、レイの逆サイドから寸剄で攻撃をしている。シンジの内臓にはじわじわダメージが蓄積されていき、顔には何とか出していないが、すでにグロッキー状態である。

「あの、レイ。もうそろそろいじわるをやめてもらわないと、僕真剣に命の危険がありますよ。もう十分楽しんだよね、よね」

「うん。後は式の日程を決めるだけよね。やっぱり教会でするの?」

「ぎゃーー!! もういじわるはやめて!! このままじゃお葬式の日取りを考えなくちゃいけなくなるから」

「シンジ、うるさくされると眠れないわ。あとレイ、実にナイスよ」

青空の下、シンジの絶叫が響き渡った。その声は学校全体に響き渡り、生徒達の間に『学校の七不思議に碇が死なないことを入れてはどうだ?』という話題を振り撒くのであった。

生徒達にとって、シンジの悲鳴は学校の平和の象徴となっていた。






だが、そんな風に楽観しているのはこの学校での生活が長い生徒達だけで、先日転校してきたばかりの少女にとっては無視できないものであった。

その少女は屋上と校舎内をつなぐ鉄製の扉を力いっぱい開けながら、やってきた。

「あんたら、うるさいわよ!!」

「あ、アスカ。どうも」

やってきたのはアスカである。怒っていますよオーラを全開にしている。

「どうも、じゃないわよ!! 変な悲鳴あげちゃって。教室にも響いてただじゃない。カッコ悪いったらありゃしないわ」

「ピーピーさえずる貴女も十分情けないわよ」

シンジの膝枕の上、マリアは静かにツッコミを入れる。

「なんかいった」

「なにもいってないわ。ユイ、そこから動かないでね。影が動いてまぶしいから」

「ボクは日傘扱いなの?」

マリアはいたってマイペースであり、そのマリアを見てアスカはますます怒りのボルテージをあげている。

「はっ、なによ。赤目が三人も固まっちゃって。気持ち悪い」

「失敬な!! 気持ち悪いのは僕だけだ!!」

「よく言い切ったシンジ」

「気持ち悪い……」

「レイさん。レイさんの目は綺麗だよ。気持ち悪くなんてないよ」

シンジとマリアは気にしていないが、レイはアスカの発言によって傷ついたようだ。

「アスカ、人の外見をひどく言ったらダメだよ」

「なによ、この優等生。だって、昼間からこんな変なことやってる奴らよ。サードもファーストもそこの寝ているやつも変に決まってるじゃない」

ユイはアスカにやんわりと怒るが、アスカは聞き入れない。

「いっとくけど、あんたらがチルドレンなんて認めないからね。せいぜい私の足を引っ張らないでよね」

そう言って、すたすたと歩いて、校舎へと戻っていく。

「あっ、アスカ待ってよ」

ユイはアスカの後を追っていく。レイもユイの後を追っていく。レイの場合はアスカを連れ戻そうとするより、アスカがユイを傷つけないように追っかけているのだった。

「ふう、これでやっと眠れるわね」

「で、これはどういう意味なの、マリア?」

「別に、ただ眠いだけなの。シンジは元気ね。昨日なんか眠れなかったと思うけど」

「きのう? 昨日何かあったのか?」

シンジの言葉に、マリアは驚く。

「えっ、違うの? おかしいわね。私だけを狙ったとは思えないのだけど」

シンジとマリアの間に齟齬がある。マリアが何を言っているのか分からない。

「待て。マリア、何が君を狙っているんだ?」

「私を狙っているのは、蛇よ」

「蛇?」

「そう。何百匹もの蛇が送り込まれてきたわ。送り主は間違いなくキャスターよ」

キャスター。その言葉にシンジとセイバーは息を飲む。シンジたちはしばらくサーヴァント同士での戦いをしていないが、他のサーヴァントたちはやはり戦っているということになる。

「使い魔、その類だと思うのだけどはっきりしないの。一体だけなら問題ないけど、何百匹も来ると相手をしてやれないわ。スラータラ―が夜通し相手をしていたの。なにより数が多いから、サーヴァントがいなければ、攻撃が出来ない魔術師ではすぐにやられるわよ。さらにそれを毎日連続よ。隙あらば、狙ってくるわ。でも不思議なことに学校に来ると蛇が襲ってこないのよ」

話を聞いているだけでは、なんでもなさそうだがこうしてマリアが眠れなかったということはそれだけ攻撃が激しかったということだ。

「疲れているのなら、学校なんか来ないほうが良かったんじゃないのか?」

「それは嫌よ。だって、学校って面白いし、今言ったみたいに学校には現れないのよ。私の心配よりも、シンジと私の相違を考えてましょう。シンジが攻撃されない理由はなんなのか? シンジには何もない。つまり、キャスターにとって、シンジを攻撃するのは何かしらの問題があるということかしら」

「私達を攻撃すると都合が悪い? なぜそのようなことを?」

セイバーの疑問にシンジが答える。

「理由なら考えられる。一つはキャスターは姉さんの真名を知っており、何かしらの理由で敵対を拒んでいる。二つ目は僕らを生かすことで、何かに利用しようとしている。ユイは魔術に関係がないから考えてないけど、もしかしたらユイが好みジャストミートだから手を出さないという説も……」

「考えられるのは利用するところね。シンジとセイバーは使徒を倒している。キャスターは使徒を邪魔だと思っているが、自分では手を出さない、出せないということかしら」

「たしかに、使徒を倒したければ、Aランク以上の宝具が必要となる。キャスターは強力な宝具を保有していないということか」

「かんっぺきに無視ですか」

シンジの嘆息まで無視される。気を取り直して真面目な顔になる。

「しかし、蛇を操る魔術師というのは誰だ? 蛇を使う魔術師なんてかなり多いぞ」

「でも、そこにセイバーと関係があるかもしれない、という情報を加えるとかなり少なくなるはずよ。セイバー、蛇を使う魔術師に覚えはない?」

シンジに相槌を打つように、真下からマリアが答える。

マリアの言葉に、セイバーは考え込む。

「……正直に言えば、それでも数が多すぎるくらいです。もっと詳細な情報が欲しい。せめて、その蛇がどのような特性をもっているかが判れば」

「色は赤っぽかったわね。それ以上は判らないわ。どんな効果かなんてやられてまで知りたいとは思わないわ」

セイバーは再び考え込む。そこへ、ユイとレイが戻ってくる。

「ユイ、どうだった?」

「アスカがいなくなっちゃったから戻ってきたの」

「まあ、仕方ないよ。さっ、座りなよ。それともボクの膝の上がいい?」

だっこしてあげまちゅよー、となぜか赤ちゃん言葉を使うシンジをユイは軽く無視する。

「ユイ、座るならそこに座ってね。日が眩しいの」

「やっぱり日傘扱いなんだ」

ユイとレイはもう一度座りなおす。シンジとマリアはもうサーヴァントについて話題に出すのはやめた。またいつものように他愛無い話を続け、やがて昼休みが終わる。

セイバーだけはずっと考え続けていた。

キャスターの正体。敵であるはずなのに、自分には攻撃をしないサーヴァント。

そこで、セイバーはハッと目を見開く。

「赤い蛇……。まさか彼が!! ………いや、それは有り得ない。彼の性格ならこんなことはしないはずだ。ああ、別の魔術師に決まっている」






「なんでサードやファーストみたいなのがチルドレンなのよ。マルドゥック機関ってのが何かわからないけど、ぜーーったいに私以外は選別を間違えてるわ」

アスカは校舎の裏でぼやいている。ユイが追っかけてきたことは知らず、ただたどり着いた先がここだった。人がいなくて、静かでいい。物足りなくはあるが、シンジたちの声が聞こえないというのは魅力だ。それでも、先ほどのシンジの悲鳴クラスなら十分に聞こえることをアスカは知らない。

「なによ。サードは恋人といちゃいちゃしてるし、ファーストもサードとべたべたしてるし、本部の宿舎は狭くて居心地悪いし、加持さんには会えないし。これならドイツにいたほうが絶対に良かったわ」

右手の指で、自慢の赤く美しい髪をくるくるともてあそぶ。

「使徒を倒せば、私の優秀さが認められて、あの二人は用済みよね。きっとすっごく落ち込んぢゃうはずよ……ま、サードはどうかわからないけど」

サードの変質っぷりはもう十分に理解してしまっている。あれを常識的に考えてしまってはダメだろう。シンジを理解するためには、もっと別次元の思考をしなければいけないが、そこまでして判りたいとも思わない。

「あーあ、使徒来ないかなー。私が華麗に倒してみせるのに」

上を向いてぼやいた瞬間に、警報が大音量で鳴り響いた。

「ウヒャア!!」

いきなりのことにアスカは身体をビクッと震わせた。そして、左右を確認し、今の自分の醜態を目撃したものがいないかを確かめる。だれもいないことを確認した後、ホッと胸をなでおろし、今度は放送に文句をつける。

「なんなのよ、この放送。…………ってこれって避難命令の指示じゃないの!!!」

放送の意味を理解し、飛び起きる。この町で避難命令が出される理由なんて一つしかない。

「まさかホントに使徒が来るなんて。私の声に反応したなんて言わないわよね」

ちょっと冷や汗を垂らしてみるが、自分にはそんな変態的な能力はないと納得してみる。何回か頷き、

「って、こんなことやってる場合じゃないわよー!!」

砂埃を巻き上げながら、全力疾走していった。








その日の空には、巨大な黒塗りの輸送機が三機も飛んでいた。エヴァ専用の輸送機を使って、いまだ海上にいる使徒を迎え撃つために、パイロットを乗せたまま、エヴァごと輸送しているのだ。

で、運ばれているエヴァ弐号機の中、アスカは嘆息していた。

「あーあ、なんで私の日本でのデビュー戦なのに三機がかりで戦わないといけないのよ。カッコ悪い」

『見栄えを気にするのはまず勝ってからにしなさい』 

「はーいはいはい。わかりましたわよ」

ミサトがアスカをたしなめるが、アスカは聞き流す。

『いい、現在第3新東京市は現在、大幅な改修中で兵装ビルの稼働率が20%を切っちゃってるの。だから、街中で戦うよりも被害の少ない湾岸部で迎え撃つことにするわ。フォーメーションはアスカが前衛。レイとシンジ君がバックアップよ』

「そうよ。私が使徒を倒すから、馬鹿ファーストは後ろからこそこそ敵を狙っときなさい」

『…………………………………………………………………………零号機、了解』

レイは心なしかぶすっとした表情で答える。

『レイ、大丈夫?』

『うん大丈夫。心配してくれてありがとう』

シンジからの通信に、レイは笑顔で返す。

「なによ、私のときと思いっきり違うじゃない」

『なぜ貴女に愛想を振り撒かなくてはいけないの?』

「なっ!? 言ってくれるじゃないファースト!」

『コラ、二人とも作戦前に喧嘩しないの!』

ミサトの言葉を半ば無視して、レイはシンジと目と目でサインを交わす。作戦を相手がちゃんと理解しているかどうかの最終確認。

レイはこの使徒が既にどのような特性を持っているかを知っている。この使徒を倒すのは自分とシンジなのだ。アスカなど噛ませ犬でしかないと思っている。

実は、レイはアスカに対してとんでもなく怒っていた。自分の大事なマリアやシンジまで悪く言うアスカに対して、全くいい感情を持っていない。マリアとシンジはアスカの悪口などまったく堪えてないのだが、レイが我慢できなかったのだ。

アスカとレイの間に嫌な空気が発生する。

やがて輸送機は目標ポイントの上空へと達し、エヴァが投下される。

ズシンッ!!!!! ズシンッ!!!!! ズシンッ!!!!!

エヴァ達は着陸したときに大きな音を立てる。着陸した後は後ろにいる補給車両からケーブルを延ばし、接続する。零号機にはパレットライフルが、弐号機にはスマッシュホーク、初号機にはパレットライフルとポジトロンライフルがある。

『使徒、浮上します』

海から頭を出したのはやじろべえのような形をした使徒。

『アスカ、まずは僕が牽制するから……』

「先手必勝ー!!!!」

シンジの言葉を遮って、弐号機が突撃をかける。

『えっ!?』

弐号機は勢いをつけて使徒へと駆けていく。砂浜を駆けて、海の手前で大きく飛び上がる。

「でええええええい!!!!」

頭上に振りかぶったソニックグレイブを大きく薙ぐ。使徒を頭頂部から半分に割り、弐号機は使徒の目の前に着地する。

「へへん。これが私の実力よ」

アスカは弐号機ごと振り返り、通信機越しにシンジとレイに威張ってみせる。これで、レイの我慢は限界になった。

レイは弐号機ごと使徒に対して発砲する。連続で発射される弾は使徒に当たるが、何発かは弐号機にも当たる。

「なにすんのよ、馬鹿ファースト!!!!」

『使徒はまだ死んでないわ』

「何いってんのよ!! まっぷたつになっていきてるはずな、い、で、しょ………」

振り返ったアスカが見たのは、ひくひくと蠢いている真っ二つ使徒。徐々にその動きが速くなっていく。

「なによこれー!?」

アスカの叫びがきっかけになったのか、使徒は覚醒した。一瞬で、弐号機を陸へと投げ飛ばす。

「きゃああああーー!!!!!」

『アスカ!!』

武器を捨てた初号機が弐号機をキャッチする。

『大丈夫? アスカ』 

「え? ………………なにすんのよ変態!!!」

弐号機が初号機にビンタをかます。そして、助けたシンジを無視して、使徒へと向き直る。

レイが弾を撃ち込んでいるその先、そこには先ほど倒したのとは形が違う使徒がいた。しかも、3体。色は赤、青、黄色

「ふ、増えてるーー!!!!」

『無駄口を叩いている暇があったら攻撃して、セカンド』

射撃を止めないレイはアスカを見ることなく、叱咤する。

「な、何よ、その言い方。私には惣流・アスカ・ラングレーって名前が」

『来るわよ』

3体の使徒のうち、赤と黄色の2体が突っ込んでくる。レイは照準を接近するほうに切り替え、アスカは急いでウエポンラックからプログナイフを抜く。だが、海上に残っている青がレイとアスカに向かって、光線を飛ばす。

「きゃ!」

『うっ!』

広域を攻撃するものの、一発一発の威力は低い。だが、一瞬怯ませるには十分であった。射撃が止んだうちに、赤がレイへと迫る。赤が腕を振り上げ攻撃しようとしたところを初号機がポジトロンライフルで吹き飛ばす。

だが、その初号機に黄色が光線を飛ばす。青と違い、単体用だが威力が高い。ポジトロンライフルを盾にするが、破壊され、爆発する。

『シンジ君!!』

意識を逸らしたレイにまた青の光線が飛んでくる。アスカは赤にナイフで切りかかるが、全くダメージを与えられずに、逆に黄色からの攻撃を受けたあと、反撃される。

ここまで、フォーメーションが崩されると後は、使徒の一方的な攻撃だった。

『みんな、撤退して!!』

ミサトが命令するも、3機とも動けない。一体を相手にすると、別方向からもう一体攻撃を仕掛けてくる。これが繰り返されており、まともに動けないのだ。






「シンジもレイも何をやっているのです? 自分の持ち味を全く生かせていない」

セイバーはこの戦闘を眺めて歯噛みする。

セイバーは敵を分析している。青が接近戦、黄色が中距離戦、赤が後方支援、それが敵の特性である。これに加えて、再生能力を持っているのだが、それでもここまで一方的に押されることはないはずだ。

「使徒は学習しているのでしょうか? 絶対に3体は一直線に並ばない」

自分が出ようにも、三体が一直線に並ばないことで、エクスカリバーが無駄撃ちに終わる可能性がある。

だが、このままでは撤退さえも出来ない。無駄撃ちを覚悟でエクスカリバーを開放しようとする。






「あの程度の相手にその聖剣を使うほどではないよ、騎士王殿」






突然響いた言葉に、セイバーが振り向くとそこには一人の男が立っていた。白の装束を身に纏い、その上から、美しい細工が施された銀色の胸当てをつけている。両腕は完全に露出しており、そこには何かしらの文様が刻まれている。

セイバーはこの男がサーヴァントだと一瞬で理解する。そして、油断することなく風王結界を構える。

「貴方は」

セイバーの言葉に、静かに口元だけを上げて笑う。この男から威圧感というものを全く感じない。安らぎさえ覚えさせるその姿は、戦いに望むものとしてふさわしくない。

「ランサーのサーヴァント。ジャンの使いでここへ参った」

「ランサー!? 貴公がか!?」

「いかにも。疑うというのならば私が槍使いである証を見せよう」

男、ランサーは槍を取り出す。長さ70cmほどの短槍。穂先から柄尻まで黄色である。

この槍、190cmばかりあるランサーが持つとひどく頼りなく見える。だが、彼が出したということは名のある品なのだろう。

「……なるほど。ランサー、貴方は『ジャンの使いで来た』といいましたね。ならば」

「ああ、使徒とやらを倒すのを協力するとしよう。前回のように力押しの相手ならともかく、今回の相手は私にとって最も戦いやすい相手だ」

ランサーは助走無しに一気にトップスピードで走り出す。うかつに使徒に近づけば使徒に踏み潰される危険もあるというのに、ランサーは全く躊躇しない。

ランサーが狙うは黄色の使徒。その足に近づいていき、その宝具の真名を唱えた。






腐敗せし






槍が腐臭を放つ。その汚さは全くランサーに似合わない。

さきほどまでのランサーが澄んだ湖だとしたら、今は汚され濁った沼である。

走る勢いに任せ、槍を振りぬき、






毒膿の黄槍ボー






槍が使徒の肉を抉った。同時に広がる汚臭。臭いを放つのは斬られた使徒の傷口。今まで、一瞬にして再生し続けていた使徒は初めてダメージを受けた。

傷口からは体液が止まらない。どくどくとひたすら体液が流れていく。

「この程度で済ませる気はない。次だ」

汚臭すら切り裂く疾風となり、ランサーは逆の足も斬る。槍の長さゆえ、たいした傷ではないが、それでも悪臭とともに体液をこぼす。

ランサーはその超越した槍捌きを持って、神速の速さで目の前の巨脚を傷つけていく。

異変に気付いたか、赤の使徒が近づいてくる。

だが、そんなウスノロに掴まるほどランサーは遅くはない。逆にすれ違いざまに足を抉っていく。

エヴァはチャンスに気付いたのか、初号機が弐号機と零号機を担いで撤退を開始する。相手に纏わりつき、攻撃だけを繰り返すランサーはまさしく蜂。

エヴァが撤収するまでランサーはひたすら使徒を攻撃していた。






「これで暫くは動けまいだろうよ」

セイバーのところに戻ってきたランサーは息一つ乱さずに軽く言った。

「その槍。貴方はフィアナの……」

「ふむ。やはりわかってしまわれたかな」

ランサーはセイバーの言葉を肯定する。

「この槍の呪いは癒させないことに関しては強力だ。暫くの時間稼ぎにはなるだろう」

「倒すことは出来ないのですか?」

「この槍の長さでは到底不可能だな。人相手ならともかくあのような巨体相手ではそこまで立ち回れないよ。それに、私などに頼っているようではこの先、強大な敵が現れれば負けてしまうよ」

槍を消失させる。セイバーとは間違っても戦う気がないという意志の現れである。

やはり今の彼はとても優しげであり、先ほど感じた穢れを覚えない。

「さて、もう一つの用事を済ませるとしよう」

「もう一つだと?」

「ジャンからの使いだといっただろう。ジャンから貴女の主へと伝言がある。キャスターについてだ」

マリアに続いて、ランサーまでもキャスターについて語ろうというのか。

「ランサー。ジャンの配慮はありがたいが、私は既にキャスターについての情報は知りえている。いらぬきづか「キャスターが人喰いをしていると知ってもか?」………なに?」

ランサーが言った意味を一瞬理解できなくなった。キャスターは何をしていると?

「キャスターは人を喰っている。サーヴァントの栄養、それが何なのか理解しているだろう」

サーヴァントは魔術師から供給される魔力を糧にする。セイバーもユイもスラータラーも。魔力が多くあればあるほど、サーヴァントは長く戦えるし、宝具を何度も使える。

しかし、もし魔術師だけで供給しきれないのなら、何処からもってくればいいのか? その答えは一つ。人間の魂を喰わせればいい。

「私が調べた限りでは既に30を越えている」

「馬鹿な!! この社会では人がいなくなれば、即座にそれが別の人間へと伝わるシステムになっている。誰にも気付かれずにそれだけの数を殺すのは不可能だ」

「確かにそうだろう。だが、何事にも例外というものは存在する。魔術師の世界などまさしくそうだろう。何事も隠匿する世界。なにかあってもなかったように扱われる」

いきなりランサーは話をすりかえる。

「ランサー、何を言っている?」

「この街そうではないだろうか。例えば、今戦っている子ども達が属するネルフ。あれはどういう組織だ」

国連の組織でありながら、存在を隠匿されるその組織。

「まさか……」

「そう。襲われているのはネルフの職員だ。それもネルフの中でもさらに表に出ない人間、もしくはネルフに潜入しようとする密偵。いずれも死んでも隠匿される人間ばかりをキャスターは襲っている。キャスターは狡猾だ。誰を襲えばいいかを把握している」

ランサーはここで一度言葉を切る。

「キャスターの特徴だが、キャスターに襲われたものは全て血を抜かれている」

「なんだと!?」

「どうかしたのか?」

「………いや、なんでもない」

セイバーにはキャスターの正体がわかってしまった。かつて、自分の騎士に呪いをかけた魔術師。

それはセイバーも知っている人物である。自分より年上だが、自分の姪の婿であった男の名。






「血を吸う蛇。………………やはりあなたが呼び出されてたのか。エリオレース卿」






ステータスが更新されました。

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クラス  ランサー

マスター ヤスミーヌ・ラインハルト

真名   ダーマット・オディナ

性別  男

身長・体重   194cm・81kg

属性  中庸・中立

筋力 B  魔力 C
耐久 D  幸運 E 
敏捷 A  宝具 B

クラス別能力

対魔力 :B 第3節までの呪文詠唱の魔術を無効化する。このランクになると大魔術、儀礼呪法によっても傷つけにくくなる。

詳細

クー・フーリンの活躍したアルスター神話群より3世紀の後、フィアナ伝説群に登場するケルトの英雄である。当時最強だったといわれるフィン率いるフィアナ騎士団に属し、数々の武勇伝を残した英雄である。だが、しばし武勇伝ではなく、悲恋話の主人公としても存在する。

異界の神の国の英雄、その生まれ変わりと称されたダーマットは強さだけでなく、教養と品性を持ち合わせ、あらゆる女性から愛されていた。その彼の転機はフィンの再婚から始まる。

妻に先立たれたフィンは新しく妻を娶ろうとし、新たに百人の戦士コンの息子アートの息子コーマックの娘、グラーニアを妻に迎えようとする。しかし、老齢のフィンとの結婚を嫌がったグラーニアは、婚礼の宴でフィンたちに薬を盛って眠らせ、ダーマットに自分を連れて逃げるように頼む。ダーマットは拒むが、グラーニアは誓約(ゲッシュ)を無理やり交わさせる。ダーマットはこれに従い、グラーニアを城から連れ出すが、後にグラーニアを愛するようになる。

だが、同時にそれは自分の叔父であり、友であるフィンを怒らせることとなった。怒り狂ったフィンに追っ手を差し向けられ、二人は逃亡を続ける。だが、ダーマットはフィンへの忠誠を忘れたわけではなかった。昔の仲間のために労いの品を残していき、騎士たちと戦うことを避けていた。

後に、ダーマットの師であるマナナーン・マック・リールがフィンとの間をとりなし、二人は隠遁しながらも幸せな生活を送る。

そうして月日が流れたが、ベン・グルバンで一頭の猪が暴れる。この猪はダーマットの死んだ乳兄弟が姿を変えたものであり、『ダーマットを殺す猪』と予言されていた。だが、ダーマットは妻が止めたにもかかわらず、臆することなくこの猪と戦い、猪を倒すものの、自分も致命傷を負う。

傷を癒すには熟達の癒し手であるフィンにしかできなかったが、フィンはダーマットへの恨みからこれを拒む。そして、ダーマットは死亡する。

彼の生涯、それはいつも彼以外の誰かによって決められていたのかもしれない。

スキル

悠然:C どのような状況でも冷静さを失わない。また、精神に干渉する魔術、能力、宝具の効果を半減する。

狩猟:B 獣を殺す能力。魔獣ランクまでの獣の能力を低下させる。ただし、竜種は該当しない。

観察眼:C 相手の内側にかかる神秘を読み解く。

宝具

 ガ ・ ボー
腐敗せし毒膿の黄槍:B

斬った対象を呪う短槍。ダーマットの持つ二槍のうちの一本。

『傷を癒させない』という呪いを持ったこの槍は傷口を腐らせ、相手の治癒を阻害するどころか、治癒の度に傷を悪化させていく。周りの肉ごと抉るという原始的な方法で呪いを外せる代わりに、大抵の魔術では解呪できない。

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あとがき

ランサー、貴方は女運があるんですか? ないんですか? はっきりしてください。

余談ですが、作者はフィアナというと.hackの蒼天のバルムンクと蒼海のオルカが頭に浮かびます。どっちも使えませんでしたが(特にオルカ)、このランサーは強いと作者的には思います。

ようやくアルバイトが終わった(1ヶ月だけのバイトだった)。これからは更新スピードが速くなるはずだ(多分)。みんな、オラに元気を分けてくれ。(感想をくださいということです。あと、誤字脱字の指摘もどうぞ)



[207] Re[3]:正義の味方の弟子 第22話
Name: たかべえ
Date: 2006/04/12 11:55
正義の味方の弟子
第22話
ファースト・コンタクト








『本日、エヴァ3機による第7使徒との戦闘の過程です。葛城 ミサト作戦部長の指示により、使徒の上陸と同時に作戦開始』

ネルフのとある部屋。女性オペレーターがさきほど行われていた使徒との先頭記録を読みあげている。

この部屋にいるのは、ネルフのトップ。ゲンドウ、冬月、ミサト、リツコ、パイロット三人、それに加持と現在資料を読み上げている女性を含めたオペレーターたち。

サングラスをかけて、顔の前で腕を組んでいるゲンドウは分からないが、他の大人たちは苦虫を噛んでしまったような顔をしている。

大人たちが備え付けの椅子に座っていることに対し、シンジ、レイ、アスカは立たされている。座る席はあるが、罰として立たされている。

シンジたちの背後にある巨大なスクリーンの映像が切り替わる。

『作戦開始、15秒後に弐号機が使徒を頭部から攻撃、身体の中ほどまでを両断。弐号機が振り返り、零号機パイロットを挑発した直後、零号機が使徒及び弐号機に対して発砲』

オペレーターが静かに読み上げるが、『弐号機に対して発砲』の時点で何人かがさらに苦い顔をする。

アスカも自分の隣にいるレイを睨むが、レイは素知らぬ顔である。シンジとアスカの間にレイが立っているのだが、左右との距離は均等ではなく、かなりシンジ側へとよっている。

『直後に使徒活動を再開。弐号機を投げ飛ばした直後に、3体に分裂。赤、黄色、青と色に変化があり、便宜上順に、甲、乙、丙と呼称します。これら3体にはそれぞれ特徴があり、甲は接近戦、乙は接近戦と単体への射撃、丙は広域への射撃を行います』

スクリーンの映像がまたも切り替わり、三体の使徒が映し出される。

『使徒再生から2分後、3機とも戦闘不能になります。そして、この存在が現れます。名称は不明、形状は人型で、体長は2メートル以内。この個体からはATフィールドは確認されておらず、MAGIは『HERO』と呼称しています』

さらに切り替わった映像は今までとは違ったものだった。

人工衛星が撮った画像を最大に引き伸ばしたその写真は、先ほどまでの鮮明な画像に比べると粗い。でっかい何かは使徒の足で、一面に広がるのは砂浜の色。その中に青い髪の何者かがいた。

手には黄色の短槍。手の部分がぶれているのはこの男が高速で槍を振るっているからだろう。

スクリーンを見つめるものたちはこの存在を凝視する。この存在は何なのか? 誰もが疑問に思う。ただの人間とは思えない身体能力を見せた相手である。本当は使徒ではないか、と疑いたくなる。

シンジにはこの存在がランサーだということが直感的に理解できた。ジャンは自分との約束を守ってくれていた。それにしても、『HERO』とは中々的を得ている。MAGIの思考判断基準となった赤木 ナオコは乙女チックなところもあったのだろうか。

『HEROが使徒との戦闘を開始、それまで損傷を受けても再生していた使徒はなぜか再生を行っていません。HEROが使徒との交戦をする中、初号機が零号機、弐号機を伴い撤退。後に、HEROもどこかへ逃亡。第5使徒との交戦の際に、放たれた光学兵器を持つ謎の組織との関連が推測されています。現在捜索中ですが、未だ所在を確認できておりません』

サーヴァントが霊体化すれば、発見は不可能だろう。というか、今頃になって思ったが、ジャンは今なにしているんだろう。

『使徒にN2爆雷を投下する作戦が考えられましたが、『再生阻害の妨げになる可能性が高い』としてMAGIが否決したため、決行はされませんでした。使徒は現在、再び融合を行い、1体となっています。再進行にかかる時間は最低でも7日。なお、エヴァ3機の破損状況ですが、全機とも再進行までには修理のめどが立っています』

以上で説明を終了します、言葉とともに今まで照明を落としていた室内に、明かりがつく。こっからは反省会、いや愚痴の言い合いとなる。

真っ先に口火を切ったのはアスカだった。

「ファースト!! あんたなんで私を攻撃するのよ!!」

「言いがかりはよして。使徒はまだ活動していたわ。それにあの時、まだ作戦終了の合図は出ていなかった。なら、油断し、敵に背を向け、さらに射線まで塞いだ貴方のほうがよっぽど問題だわ」

「なんですって!?」

激昂するアスカにレイは真っ向から反論する。二人はまさに炎と氷。相容れない存在である。

「あんたなんかすぐにやられちゃったくせに。すぐに2方向から攻撃されて、動けなくなったじゃない。しっかり援護しなさいよ。私が赤を蹴り飛ばさなきゃ、あんた死んでたわよ」

「あれはあなたが零号機のケーブルを踏んで、身動きが取れなかったからよ。背後から攻撃されかけたところを助けたのは誰だと思っているの」

こうやって、強気で非難するレイはマリアに似ている。口調がまるで同じだ。このままでは喧嘩にしかならないと、シンジが間に割って入る。

「レイもアスカもそういうのはやめよう。どっちも互いに助けられた、それでいいだろ」

「よくないわよ!!」

「よくない」

シンジに向き直る。

「「あっちが悪いの!!」」

互いを指で指しあう。どちらの意見も『相手が悪い』では何も解決しないだろう。

「いい加減にしないか!! 二人とも!!」

喝を飛ばしたのは冬月だった。レイとアスカはいさかいをやめてゲンドウの隣に立つ冬月を見る。このとき、アスカは恥じ入るように目を伏せたのに対して、レイは微妙にシンジの後ろに隠れるように立つ。

「使徒との戦いは遊びではないのだぞ!! 君たちは自分たちの仕事が何が分かっているのか!?」

「エヴァを操縦することです」

アスカは俯きながら、言った。

「考えたことありません」

レイはシンジの後ろで感情を出さないで答える。

「ユイのために生活費を稼いでくること」

正解のようで、まったく的外れなことを言うシンジ。

「違う!! 使徒を倒すことだ!! それには何が悪いか分かっているか!?」

「サードとファーストが悪いのよ!! 二人して私の邪魔をするのよ」

「協調性のないセカンドが悪いわ」

「……………もういい」

これ以上言っても無駄だと冬月は頭を振る。冬月が黙った後、すこしだけ沈黙が訪れたが、今度はゲンドウが口を開く。

「使徒迎撃こそがネルフの使命だ。失敗は許さん。葛城作戦部長」

「は、はい!」

「君の手腕に期待している」

ゲンドウは立ち上がり、冬月を伴い部屋から出て行く。ゲンドウが出て行くと、やっと室内にいた人間から緊張感がきえた。

いままでピシッと座っていたミサトは、急にぐでっと背もたれに身体を沈める。

「期待しているって、失敗したら間違いなくクビよね」

「安心しなさい。人類が滅ぶんだから、クビはありえないわ。そうそう、さっきの戦いの後始末があるんだから、ちゃんと書類に目を通しときなさいよ。作戦部長」

「イヤミか」

だが、たるんでいるわけにもいかず、ミサトはシンジを挟んで睨み合う二人を怒鳴る。

「二人ともなんで喧嘩するのよ!? 戦闘しているのよ。本当に命を落とすわよ」

「「アスカ(レイ)が悪い。私は悪くない」」

ハモったのは息を合わせたからではなく、相手より先に悪口を言いたいがためにハモったのである。そして、また相手を睨む。

「もう喧嘩は止めよう」

「シンジ君の頼みでも嫌」

「だーれがこんなやつと仲良くするもんですか!! それよりもサード。あんたはどっちの味方なのよ!?」

「え!? 僕に飛び火!?」

「シンジ君。どっちなの? 私だよね」

レイは零距離の間合いで、シンジに向けて目のうるうる攻撃を開始する。いつもなら、ユイをからかうときにやる行動だが、今回はアスカが相手なので本気。ここでアスカの味方だと答えようものなら、酷い目に合わされる。

「サード。あんた私の下着見たわよね。今日だって私の足や胸に触っておきながら手のひら返す気?」

「っ!? シンジ君、そうなの?」

「待てアスカ。下着を見たことは認めるが、触ったというのは否定したい。そんなことを僕がいつやった?」

「私を抱きかかえたじゃない!! 私はエヴァとシンクロしてるんだから、エヴァを抱きかかえたってことは私を抱きかかえたってことでしょうが!!」

二段論法でアスカは責める。アスカの論理で行くとオンラインゲームで仲間を助けられなかったら、リアルでも助けられなかったのと同じのようだ。(ちょっと違うか)

「そんなことなら、私はいつもシンジ君と一緒に寝てるもん。毎日、可愛がられてるもん」

レイが負けじと私生活を暴露する。これにはシンジもアスカもびっくりだ。

「なっ!? サード!! あんたユイってやつだけじゃなくてファーストともそんなことやってんの!?」

「待って。正しいけど、正しくない。一緒に寝てるっていってもユイもいるし、可愛がるっていっても髪を拭いたり、梳いたり、抱っこしたりするくらいだ」

「十分すぎるでしょうが!」

シンジがどちらの味方か、という問題をすっかり忘れて、どっちがシンジにひどいことをされたかの暴露大会になっている。ユイとセイバーがいなくて本当によかった。いたら、ただではすまないだろう。

「だめだわこりゃ」

「まさか無感情だったレイがここまで誰かを嫌うなんてね。それにしても、シンジ君とレイがそんな関係だったなんて。どうおもうかしら? シンジ君の保護者のミサト姉さん」

「またイヤミ~。保護者って言っても家は違うし、たまにしか遊びに行かないから、保安部の報告以外はあんまり知らないのよね。保安部もあまりプライベートなことは報告しないし。で、もし間違いがあってレイが妊娠とかしたらやばくないでしょうか? レイの保護者の三十路の赤木さん」

「避妊具でも渡して、あとは赤飯でも炊く準備でもしておくわ。

三人とも、騒ぐだけならもう帰りなさい。ミサト、仕事よ」

「あ~あ、これからは日向君に採決の印鑑を渡しとこうかしら」

「そしたら、これからの作戦部長が日向君になるわよ。さっ、早く行くわよ」








リツコの一言で解散となり、シンジはレイと一緒に出て行った。

待合室にはセイバーとユイがいる。なんとかレイをなだめてようと、シンジは内心冷や汗で急ぐ。

「レイ、機嫌直して。どうしてアスカをそんなに嫌うの?」

「シンジ君とマリアさんの悪口言うから」

「僕もマリアもそれぐらいで怒ったりしないよ。だから機嫌を直してね?」

「……………うん。でもセカンドは嫌い」

だめだこりゃ、と頭を抱える。待合室に行くと、セイバーが沈痛の面持ちで待っていた。ユイはそんなセイバーを見て困っており、シンジたちがきたことで安堵しているようだ。

(うわー。問題山積み)

厄介な問題というのは連鎖的にやってくるものらしい。

「姉さん、どうしたの? お腹でも痛いの?」

「シンジ、これから頭が痛くなることがあれば私に言いなさい。頭ごと痛みを切除してあげましょう」

切り返すことは出来るらしい。これでちょっと安心できる。

「何かあったの? ランサーのこと?」

そうですね、一言おき、セイバーは懸念事項を口にした。

「ランサー、それとキャスターの真名が分かりました。彼とジャンからの情報提供です。ランサーは自身の真名に関してはあまり隠す気はなかったようですね。歩きながら話します」








「なによ。ファーストの馬鹿。サードもよ。なんでファーストを庇うわけ?」

アスカはシンジとレイの悪口を言っていた。聞いているものはいない。ただ目の前にいない二人に対して繰り返す。だが、鬱憤を晴らすためであるのに、逆に自分の中に別の暗いものを溜め込んでいっている。ずるいという嫉妬はうらやましいという羨望と表裏一体である。

「よっ、そんな風に悩むなんてらしくないぞ」

そんなアスカに加持は努めて明るく話しかける。

「…………加持さん」

「今日は疲れているだろ。宿舎に戻ったらどうだ?」

「いい。あそこにいてもつまんないもん」

だが、それはどこにいても同じだ。今のアスカでは何かを楽しむなんてことはまるでできないだろう。

「レイちゃんと喧嘩してるみたいだな。アスカはレイちゃんの何が気に食わないんだ?」

加持の言葉にアスカは考えてみた。なぜレイが嫌いなのか。

(そうだった、サードが屋上で騒いでいて、そしてファーストがサードに寄りかかっていたんだった。で、使徒と戦った時に酷いこといわれたんだ。でも、なんでそんなこと言われたんだっけ)

少しずつ思い出していき、その理由に気づいた。レイがアスカを嫌っている理由、それはアスカが先に嫌っていたからだ。

「…………うっ。なんか自己嫌悪しちゃいそう」

アスカは冗談めかしたが、自分の中では悪いことをしたな、という気分で一杯になっていた。

「……私もう行きます」

アスカは足早に加持のもとから立ち去っていく。それを見送る加持は頭をぽりぽりと掻く。

「やれやれ。さて、次は葛城のほうだな。ビールを差し入れに持っていったらさすがにダメだな。やっぱりリッちゃん経由でないとダメかな」

リツコの執務室兼研究室に足を運ぼうとしたところで、一人の女性に出会う。長い黒髪で眼鏡をかけている西欧系の顔立ちをした女性。

加持は一瞬で誰であるかを判断する。保安部、諜報部の謎の失踪による人員不足から新たに採用された人物。名前は確か。

視線を向けたのは僅かの時間であるだが、女性のほうが気づく。これだけで女性が実力があることが分かる。

「私に何か?」

「いやー、君が綺麗だなって思って。君のそんな手が銃を握るなんて思えないよ、ヤスミーヌ」

ヤスミーヌ、そうジャンは明らかに目を細め、加持を睨んだ。

「ナンパ?」

「ちょっと違うな。こういうのは口説くっていうのさ」

「どっちにしても遠慮する」

「どうしてだい?」

ジャンは今、自分が通ってきた通路へと目を向ける。今は誰もいないが、さきほどアスカはここを走った。

「男なら、女の子にもっと優しくした方がいい。大人だったらなおさらに」








「ランサーはケルトの英雄、ダーマットです。私とほぼ同じ年代の英雄であり、あちらが私の真名に気づいたのも、風の噂で私のことを知っていたからだと思います。彼は吟遊詩人でもありますからね」

「姉さんから見てランサーは強い?」

シンジはセイバーに質問する。これはいつか倒す敵の実力を知りたいというよりは、ジャンという大事な人を任せるにたる能力を持っているかを問うているのだ。

「中堅以上ではあるでしょうね。ダーマットは二槍一対の槍の使い手だと聞きます。彼の槍はあの一本だけではないはずだ。ガ・ボーともう一つ、ガ・デルグ。『魔術を打ち消す』という伝承を持つ槍ですから、侮れない能力を持っているはずです」

「そっか」

ひとまず安心する。

そして、ここからが話の本番である。

「でさ、さっきキャスターを探すために街に出るって言ったけど、本気なの」

「本気です。キャスターの真名はエリオレースです。彼もまた私の真名に気づいている。こちらから接触を図りたい。彼の凶行は止めなければならない」

セイバーは既にキャスターの正体について確信している。

「あのさ、エリオレースってどんな英雄なの? あまり聞いたことない名前なんだけど」

「でしょうね。有名なのはエリオレースではなく、彼の息子のカラドックです。とある呪いを受け、腕萎えのカラドックと呼ばれた騎士で、彼に呪いをかけたのが実父であるエリオレースです。少なくとも『相手を呪う』ということに関しては彼は突出した魔術師でありました。なんせ、自分でかけた呪いを自分で解くことが出来ないほどでしたから」

「実の子どもに呪いをかけたんですか?」

ユイが怒りと悲しさを交えた声でセイバーに尋ねる。親が子に対してひどいことをするというのが、ユイには耐えられないらしい。

「弁明をするようですが、呪いをかけたのは彼の意思とは言いがたい。彼は小心者、臆病であった。相手の口車に乗せられてしまい、呪いをかけた。そして、それを恥じて自害している」

セイバーは自分で言っていて、一抹の疑問を感じた。臆病であった彼がなぜ、人喰いという凶行を行っているのか。その理由が分からない。

もしかしたら、彼の意思ではなく、マスターの命令によるものかもしれない。

セイバーはそうであればいいと考えている。昔、自分の忠臣でいようとした者を心の底では信じたいのかもしれない。

「でも、一人で夜の街を出歩くなんて危険じゃないですか?」

「ユイ。私が危険だというのならば、集団で行っても危険だということです。ユイには自覚がないのでしょうが、どんな英霊であれ、自分の実力には自信があるのですよ。まあ、自信と慢心は違いますが」

慢心、といってセイバーはとある英雄を思い出した。最強でありながらその強さに慢心し、いや最強であったからこそ慢心していた存在。

「今回、あの英雄は参加してないでしょうね。今回もいるのだったらもはや腐れ縁です」








彼女はかなり疲れていた。魔力の不足がちなこの状況で、キャスターの蛇と常に戦闘してきた。キャスターは自分の不調を知り、攻撃の手を休めない。あと三回も戦えば、もはや剣を握ることも難しくなるだろう。実際、霊体化をもう行っていない。すれば、次に実体化できるか分からないからだ。

「マスターか。真剣に誰か探さないと」

言って、弱音を吐いてしまったことに苛立つ。そんなことではダメだ。自分は王だ。神すらも倒す王。疲れているから、そんなことを言ってしまったんだ。

「……また、キャスターか」

路地の影から、染み出すように蛇が現れる。こいつらは水道を通り、どこにでも現れる。もう、この街自体がキャスターの胃袋になっている。

彼女は走って引き離すことに決めた。キャスターは人目を気にしている。人の多いところに逃げれば攻撃がやむはずだ。

だが、走ろうとした時に、前方に今までとはサイズの違う蛇が現れた。全長6メートルを超える巨大な蛇。それが三匹も。どう逃げるかが分かっていて配置していたのだろう。

仕方なく、宙に剣を現出させる。8本の剣は大蛇を串刺しにし、彼女はその隙に走る。キャスターの蛇はほぼ無尽蔵にわいてくる。それをいちいち相手にしていられない。本体を潰せばそれで終わりなのだが、だが、本体のキャスターがどこにいるかがわからない。

一息でトップスピードに移り、ビルの合間をすり抜けるように走っていく。途中に配置されている蛇も手に持った剣で斬りおとし、先に進む。

だが、進んだ先で今度は別のサーヴァントの気配を感じた。しかも、2騎分のだ。全く同じ場所からその気配は感じられる。

「戦闘しているわけではないようだな。2騎のサーヴァントと契約しているマスターがいるのか」

彼女は進路を変える。この状態で戦えば、勝てる自信がない。感じる魔力はとてつもないほど膨大で、自分の最大時にも匹敵する。もう一方は魔力は低いが、油断は出来ない。それ以上にサーヴァント2騎と契約して、平気でいられる魔術師がいるということにも驚いてしまう。

「接触は問題だが、どんな相手ではあるか確認するか」

遠く離れたところから、それらを眺めた。そして、はっとした。

金髪の少女。これはサーヴァントだ。強大な魔力を放っているのはこいつだ。

黒髪の少女。こいつもサーヴァント。

蒼銀の髪の少女。これはなんだ? 我に近いが、自然発生したというより誰かに作られた感がある。

そして、銀の髪の少年。あれが魔術師だ。

遠い昔に、自分の傍にいた者に似ている。

目が離せない。ただじっとその少年を見入っている。凄く似ている。髪の色だけじゃない。肌の色も、笑い方も、きっと自分を見ていた瞳の色も。全部、そっくり。違うのは右腕に巻かれた赤い布ぐらい。あのころの自分たちを違う視点で眺めているみたい。

でも、違うのが一つだけあった。その少年の隣にいるもの。二人の少女が左右にいる。蒼銀の髪の方が、すねているのだろうか、二人してなんとかなだめようとしているらしい。結局、少年が手をつなぐことで機嫌をとったみたいだ。

…………なんて、楽しそうなんだろう。その幸せそうな姿を見ていると、無性に胸が苦しくなった。

きっとこれは神の嫌がらせなのかもしれない。自分と敵対する人間が、自分の大事な人とそっくりだなんて。こんな姿を見せ付けて。

見ていられない。違うと分かっていても、その笑顔が別の誰かに向けられているのが嫌で、気がつけば、剣を飛ばしていた。

「えっ?」

そんな声が出てしまう。だって、こんなの望んでない。見たくないって思ったけど、こんなことがしたいわけじゃない。どこ? どこに向かって飛ばした? 剣はどこに向かっている?

時間がゆっくりと流れていく。音がやんで、世界が白黒になって、それでも剣はどんどん進んでいる。それも少年に向けて。

気づけ。どちらでもいい。サーヴァントが二人もいるんだから、そのどっちかが守れ。

黒髪のほうは気づいてもいない。

金髪のサーヴァントがやっと気づいた。でも、遅い。間に合わない。その位置からじゃ間に合わない。

でも、突如現れた紫の巨大な腕が盾となって防いだ。剣が刺さったが、貫通せずにとまる。

よかった、本当によかった。

でも、安心できない。全員がこちらに気づいた。少年と目が合った。やっぱり、想像したとおり、赤い目をしていた。でも、その目はこちらを敵として見ている。

想像した、もしかしたらあったかもしれない、少しだけ想像してしまった未来は絶対になくなった。

その目から逃れるように逃げた。金髪のサーヴァントが我を追いかけてくる。とんでもない速度である。それを振り切るために剣を飛ばした。それに驚いたのか足を止め、我は振り切ることに成功した。

結局、何をやっているんだろう。何のために召還されたのか、全く分からなくなってきた。






「今の攻撃。………まさか。だが、あれは女だった。どういうことだ?」

セイバーは思わず足を止めてしまった。今のサーヴァントの攻撃は絶対にありえない攻撃だった。あのような攻撃をする英雄は知る限りでは2人だけだ。

シンジが後からやってくる。

「姉さん、サーヴァントは?」

「……逃がしました。もしかしたら、あれが今回のアーチャーなのかも知れません」

「そう」

シンジは逃げた方向を見る。シンジはあのサーヴァントの顔を見覚えた。そして、不思議な気持ちだった。

「………どうして、泣きながら攻撃してきたんだろ」

あのサーヴァントは確実に涙を流していた。なにが悲しかったのか、どうして泣いているのかは分からない。でも泣いてほしくなかった。例え、敵でも泣いてほしくなんかなかった。






どこまで逃げたのか、どこへ逃げたのかも分からない状態である。ただ、少しでも遠くに行きたくてここまで走った。たどり着いたのは公園だった。

「なにをやっているんだ、我は」

あんなのはただの感傷だ。もう思い出すな。

「なんかへんな言葉の使い方をするやつね」

そうやって話しかけてくる少女がいた。先ほどからいたのだろうが、全く気づかなかった。見やると、赤い髪に青い瞳だった。なかなかに美しい外見をしている。

「気にするな」

「あんた泣いてるじゃない。どうしたのよ?」

なに馬鹿を言っているのだろう。泣いているはずなどない。なのに目元をこすると少し冷たかった。もうなんで、とはもう思わない。理由は分かっている。でも、それだけで泣くとは本当に心が滅入っているのだろう。

「貴様には関係のないことだ」

「えらそうな言葉を使うやつね。いい、私には惣流・アスカ・ラングレーっていう名前があるの。貴様呼ばわりされる理由はないわ」

元気なやつだ。偉そうだという割にはアスカの方もかなり偉そうである。昔の自分でも見ているようだ。今日はつくづく嫌な日だ。

「ならアスカ。邪魔だからとっととどこか行け。私の傍にいると襲われるぞ。逃げ続けてきたが、すぐに追いつかれるはずだ」

子供に当たってもしょうがないというのに当たってしまう。

「え!? ぼろぼろだと思ったら襲われてたの!! はあ、だから泣いてたのね」

なんか勘違いをされてしまった。それだけでなく、手のひらを返したように優しくされた。

「いいわ。私が匿ってあげる。私の部屋に来なさいよ。誰もいなくて退屈だったからあんたぐらいいても別に良いわよ」

無理やり我の手をとり、引っ張っていく。

「おい、どこへ連れて行く気だ」

「黙ってついてくればいいわ。大丈夫、私の部屋はネルフの中だし絶対に安全よ」

妙なことになった。だが、ここは素直に従っておこう。子供と喧嘩するのは好きじゃないし。

だが、アスカはすぐに足を止めた。

「そういえば、まだあんたの名前を聞いてなかったわ。ねえ、なんて名前なのよ」

そういえばそうだった。アーチャーと名乗ろうと思ったが、やっぱり止めた。

「ギルガメッシュだ」

「ふーん、変わった名前ね。じゃあ、ギルって呼ぶわよ」

「好きにしろ」

「そうさせてもらうわ。(ファーストとサードのことはどうしようかしら。やっぱり私が先に謝らないとだめよね。んっ、待てよ。サードは自業自得なんだから謝る必要ないじゃん。だったら、ファーストだけでいいか、ってそれだけでも気が重いわ)」

アスカについていく。そういえば、ネルフとは何だ? まあ、後で知ればいい。すぐにでも出て行くだろうが、いつか礼ぐらいはしてやる。

アスカか。あの少年の名前は何だったのだろうな。






あとがき

いやー、一度落としてしまったペースというのはなかなか上がらんもんですね。とろとろと書いてました。

ジャン、就職おめでとう。不器用な君でもネルフなら思う存分働けるぞ。給料も高いだろうし、文句なしだろう。
ギル、放置しててごめん。君のことが嫌いなわけじゃないんだ。ただ絡ませ辛いんだ。ヒロインが多いと書くのが難しくなる。3、4人だけであっぷあっぷだよ。それに、我って書くべきところを私って書いたりして、意外に難しいよ

今回のギルに関しては皆さん、思うところいろいろあると思います。しかし、作者にはこれ以上いいのが思いつかなかったのです。
 
というわけで感想、誤字脱字の指摘、あとネタ提供、ぜひ待ってます。



[207] Re[4]:正義の味方の弟子 第23話
Name: たかべえ
Date: 2006/04/25 13:37
正義の味方の弟子
第23話
敵対








人類補完委員会が緊急に召集された。議案事項は当然、本日行われた使徒との戦闘でのことである。

「どういうことだ!! あれはまさしく抑止の守護者だ。抑止力は働かないのではなかったのか!」

委員の一人が声を荒たげる。使徒と戦うあの存在は普通の人間ではない。そして、こんな地に存在している以上、抑止力に他ならない。

「左様。抑止力が働いている以上、我らの悲願成就は困難を極める」

「しかし、あれが本当に抑止力であるならば、使徒を倒してもおかしくない。だが、守護者は使徒を倒せていない」

「違うといいたいのか?」

「まだ確定できない。もしかしすれば違うのかもしれない。僅かな可能性でしかないがな」

「議長、この懸案どうなさいます?」

キールは少し考え込み、口を開いた。

「……放置する」

「どういうことですか議長!? なぜ放置などと」

「タブリスを動かそうにもあれはまだ使徒として覚醒していない。送り込んでも、即座に始末されるだろう。そうなれば、死海文書に記された順番が狂うこととなる。それだけは避けたい」

「ゆえに放置と?」

「そうだ。それよりも鈴はどうしている?」

「まだ動いてはおらぬようです」

その言葉に全員が落胆する。

「やつには使命がある。碇 シンジは我らの計画に必要なのだ」

「人類全てを救う救い手。それは彼しかおるまい」

「彼には我らのところに彼が来るように手引きしてもらわなくてはいけないのだ。それまでは必要な駒だ」






「やれやれ。なんとか僕はまだ介入しなくてよさそうだね。僕の出番はまだ早い。今はただ人の意思を見せてもらうよ。君と会うのはまだ遠いが、いずれ必ず再会する。その時を待っているよ。シンジ君、いや今はユイ君だったかな」

誰かがポツリと漏らした言葉。聞き取るものなどいない。

「この世界はいいねえ。素晴らしい可能性、未来に満ち溢れている。ユイ君、いつか君に言ったことだけど、君には未来が必要だよ」






私がギルガメッシュ、あだ名ギルを部屋に連れて行ったら、ミサトから電話があったわ。明日から作戦のための訓練をするとのことだけど、この連れはどうしようかしら。

大浴場はまずかったんで、ギルには室内のシャワー浴びさせて綺麗にしたんだけど、ありえないくらいスタイルいいのよ。なんというか、これこそが大人の色気だわ。これに比べたら、ミサトもダメダメよね。私もうっかり変な資質に目覚めかけちゃうところだったわ。

しかし、この態度はどうにかならないのかしら。

「アスカ、これは我には入らんぞ」

脱衣所からギルが出てくる。

「カップが二つは違うから当然でしょうが。あとで売店で安いの買ってくるわ。というか、裸で室内をうろうろするな。目に毒だから」

「このズボンは我にはゆるいのだが」

「喧嘩売ってるわけ!? 私は十分やせてるわよ。あんたが細すぎるだけでしょうが」

「なぜ怒る? 我がアスカよりスタイルがいいのは当然だろうが」

「……その発言は悪意によるものだと解釈していいわけ? 私は売店行くから、あんたはここで大人しくしてなさいよ」

結局、こいつの支度にけっこう金を使ってしまった。ギルの服装は全部安物なんだけど、なんというかコーディネートをミスった感じだ。こいつには金をかけたファッションの方が似合っていると納得してしまう。本人も気づいているようで、不満があるようだが私に気を遣ってか文句は言わなかった。

私は備蓄していたカップ麺の封を開け、お湯を注ぐ。食堂に行けそうもないから、貧しい食生活になってしまう。

「ほら、アンタの分よ」

割り箸とともにカップ麺を差し出す。一口食べて、

「不味いな」

「マジでわがままね。カップ麺に文句言わないの」

「アスカは女であるのに料理ができないのか?」

「そういうアンタはできるわけ?」

「我のできないことを見つけるほうが難しいだろうな。まあ、面倒だからやらないが」

なんつう我侭なやつだ。ここまで傲慢なやつは見たことない。

「もういいわよ、はい寝る準備。私は疲れているし、明日も忙しいんだから」






時計の針は常に正確。決まったタイミングで動き出す。

アスカはすぐに寝てしまった。証明が落ちた部屋でギルは考え事をする。アスカはベッドの上で丸くなっており、ギルはその下でぼんやりしていた。

「いつまでここにいるべきだろうかな」

口に出して考える。ギルにとって、ここにいるメリットはあまり無い。アスカの厚意には感謝しているが、自分がここにいることで聖杯戦争に巻き込まれてしまうことを考えると、早くここを立ち去った方がいい。
だが、ここを出たところで彼女に行く場所があるわけでもない。

顔を枕に沈める。結われていない長い金髪は背中でのんびりとしている。

「そういえば、あのサーヴァントは一体なんだったのだ」

自分と最初に戦闘したサーヴァント。自分より少ないとはいえ、それでも大量に宝具を保有していたサーヴァント。

「やはり特殊クラスか」

今回はスラータラーというクラスが既に存在している。もう一つ特殊クラスがあってもおかしくない。

だが、一番の問題はそこではない。そのサーヴァントが弱っているとはいえ、一瞬でもこちらを圧倒したことだ。それを可能にした『能力』は一体なんだ。相手の宝具を調べようと思ったが、自分の知っている宝具の中にはそんなものはなかった。やはり平行世界だからだろうか。

枕に沈むのが飽きたのか、今度はくるっと半回転し、仰向けになる。こういう仕草はどこか子供っぽい。

いつまで時計の音を聞いていたかわからないが、突然アスカがおきだした。ギルはアスカを見るが、どうもトイレのためにおきたらしく、目がとろんとしている。

水の流れる音がして、アスカが帰ってきた。

だが、ベッドへは戻らず、ギルの隣に倒れる。

ギルが見ると、すーすーと静かな寝息をたてて眠っている。

「……風邪を引くぞ」

ギルは自分の上にかかっているブランケットをアスカにもかぶしてやる。そして、アスカの髪を優しくなでる。

そのとき、ギルは聞いた。

「………ママ」

アスカの小さな寝言。

「……アスカの母親はどこにいるんだ? 死別しているのか?」

自分をいきなり助けたこの少女にはどんな過去があるのだろうか。

自分のことを我侭だといいながら、笑っていたのはなぜなのか。

できればここにいたい。そう、考えた。






次の日、シンジとレイは既にミサトの部屋にいた。アスカより一足早く着いた二人はペンペンと遊んでいる。

「かわいい」

ペンペンを自分の膝の上に乗せ、レイはペンペンの頭を撫でている。中々居心地がいいようで、ペンペンは気持ちよさそうに目を細める。シンジはレイとペンペンを正面から眺めている。

「やはり、可愛がられるために必要な要素は可愛さなのか。しかし、ペンペンは雄だったか」

シンジはペンペンの性別を確認していたようである。

「やれやれ、これなら擬人化は望めないな」

目を閉じる。擬人化していたらどうなっていたかを。

======================

幼い女の子が一人立っている。青い髪に琥珀の瞳。

精一杯おしゃれしたつもりなのだろうか、慣れないことだったので、襟が曲がっている。

それでも、顔中を真っ赤にしながら僕を上目遣いで見る。

「ご主人様、わたしご主人様のペットになれてよかったです」

それは彼女なりの愛の告白。これだけを言うだけに彼女はどれだけの時間悩んだだろう。

ならば、僕はご主人様として、優しく抱き上げて………

======================

妄想から帰ってくる。目を開けるが、美幼女はやはりいなかった。

「やはり夢は夢でしかないのか」

力なくうなだれる。ペンギンの恩返しを夢見ていたようである。

「クエッ」

『なに分かりきったことをいってるんだよ』とばかりの一鳴き。

「ペンペン、次は僕の膝の上に来るといい」

「クワー」

『てめえのような変態の世話になんかなりたくねえよ』と和訳しておこう。

今ここにユイとセイバーはいない。このまま、泊り込みになると思うので、ユイは二人分の着替えを取りに帰った。セイバーは昨日、一人で見回りを行った。

アーチャーと思われるクラスに攻撃されたことでセイバーは見回りを止めようと思ったらしいが、シンジが「姉さんがいなくなれば、碇 シンジの秘密の部屋が完成し、そこでは公の場では口に出来ないようなグワア!!」となり、腹が立ったので結局出かけることにした。

実際には、今までの戦いなどで、ユイの宝具は防御に関しては秀でていることが分かったので、任せてみようと思ったらしい。

「はあ、ユイはやく帰ってこないかな~」

「女の前で他の女のことを話すのは減点」

「ご、ごめんなさい」

「許してあげる」

レイの厳しい一言にシンジはたじたじである。一体、マリアにどういう教育をされているのかが気になってくるところだ。

「アスカも遅いね」

「……セカンドは来なくてもいいわ」

シンジにとって何気ない一言だが、レイはアスカを嫌っているため、機嫌を悪くしてしまう。

この問題もどうにかした方がいいか、とシンジが心中思っていると呼び鈴が鳴った。しかも、かなり力強いというか、一度に三連打はしている。

「はいはーい。いまあけますよー」

シンジは玄関へと小走りで行く。未だピンポンと鳴り続ける呼び鈴を無視して、ドアを開ける。

「やっほー、アスカ」

「なんだろう、なんでこの言葉を聞いただけでムカつくんだろう?」

「カルシウムが足りていないな。カルシウム取ってるぅ?」

「マジでムカついたわ」

シンジを一回引っ叩く。だが、普段からあらゆる攻撃を受けているシンジはそれぐらいではびくともしない。

「薔薇乙女風に言ってみたのだが、お気に召さなかったか?」

「それがムカつかせる原因だっていうのよ」

とりあえず、アスカはシンジを無視して部屋の中へと入っていく。だが、シンジのボケにきっちり反応している分だけ、まだ救いがある。これが完全に無視するようになったら問題大有りだ。

「ファースト~。ちょっとはなしがあるんだけどー」






「というわけで、三人にはここで同居してもらいます。ユイちゃんはお手伝い係に任命しますので家事の手伝いをよろしくね」

それから30分ほどたち、ミサトとユイがきた。そして、作戦を説明する。

「異議あり!!」

ミサトの作戦に力強く反発したのはアスカ。

「アスカ、なにがいやなの?」

「同居ってところよ。レイだけならまだいいわ。シンジが邪魔なのよ!!」

アスカはレイとシンジを名前で呼び出している。これはレイが仲直りをするために言った条件である。

『名前で呼ぶこと』『マリアとシンジの悪口を言わないこと』(ユイとセイバーは入っていない)

この二つを守らなければ嫌、と言い張りアスカはその条件を飲んだ。アスカは実に大人であった。自分が先に言い出したことであったので、甘んじて相手の条件を受け入れ、謝った。

「こんな変態と一つ屋根の下で寝たら、絶対変なことをされるわよ!!」

アスカは力説する。なお、シンジの奇行に関しては条件は適用外である。事実だからしょうがない。

「それは違うぞアスカ。いいか、花とは眺めて愛でるのが正しい愛で方だ!! 摘むのは間違っている。卿ならこの心理解できるだろう?」

難解な喩えである。

「……卿って誰のことよ? まあ、つまり手は出さないってこと?」

「うむ」

「信用できるかー!!! しかも、絶対に眺めはするんじゃないの!!」

またアスカが吼えた。

「なぜ信用できない? 僕と詐欺師、どちらを信じたいかと言われたら僕だろう」

「どっちも絶対的な信用度が低すぎるのよ!! なに、その罰ゲーム的な選択肢は!?」

よりアスカがヒートアップ。かなりノリのいい性格をしているようだ。

「失敬な。ユイ、僕の擁護をお願い」

「ごめん。全く反論できない。アスカ、本当にごめんね。ボクが頑張ってアスカに被害がいかないようにするから」

「謝罪!? 僕が悪いの!? じゃあ、レイは」

「大丈夫。襲われるのは私だけだから。他の人に害は無いわ」

「違う、違うよレイ。『アスカを襲う』を否定するんじゃなくて、『誰も襲わない』って言ってほしいの!!」

「はいはい、ともかく。これは決定事項だからね。異論はなしよ」

ミサトがなんとか話を収束される。シンジへの疑いは晴れないままだが。

「いやー!! 私の純潔がー!!」

「待てアスカ。それはもう僕がアスカに手を出すことが前提になっているのか!? 僕の人格をまるっきり否定していないか!?」

「肯定しているから、こんなことを言われるんだよ」

「そこまで僕の信用は無かったか」

「まあ、ある意味信用度100%だけどね」






「泊り込みになるんなら、荷物を取ってこなきゃ」

アスカは観念して、泊り込むことを了承した。了承しなければ、使徒との戦いから外すと言われて、しょうがなく認めたのだ。シンジとレイは練習中。といっても、ノートを覗き込み、覚えている最中なのだが、途中から訳の分からないトークになっている。切れ切れに、『メイド』とか『エプロン』と言った単語が聞こえる。そういう単語の発言者は常にシンジだが。

ちなみに今のシンジ、レイ、アスカの服装はレオタードに色違いのTシャツ。

「アスカの荷物ってどこにあるの?」

ユイが尋ねてくる。エプロン(ユイの持参。この家にエプロンは存在しない)をして、手にはお玉。

「ん? 私の荷物は本部の宿舎の中よ。着替えだけでも取って来ないと」

「え? でも外はもう暗いよ」

「でも取って来ないと着替えが無いのよね」

着替えが無い、のフレーズに反応したのはシンジ。

「アスカ、僕のお手製のメイド服でよければ貸してあげるよ」

「失せろ☆」

実に爽やかな笑顔のアスカさん。☆マークは殺意の表れ。

「ははっ、ボクもアスカに同感だね。失せて☆」

アスカが命令形であるのに対し、ユイはやんわりと殺意を表す。

「あんた話が分かるやつね。けっこう大荷物になると思うからこいつ連れてくわよ」

「ええっ、ボク今から晩御飯作らないといけないんだけど」

他人の家であるというのに、ユイに家事を任せるダメ家主ミサト。ちなみに今までに掃除と洗濯もユイが行った。実に心優しい女の子である。

「だって、ミサトはビール飲んでダメダメだし、荷物持ちが必要なのよ」

「自分で持ちなよ」

「嫌よ。重いもん」

「わがままだ。それなら、シンジを連れてけばいいじゃん」

「ダメよ。こいつは下着の一枚や二枚くすねそうだもん」

「見くびるな!!! 誰がそんなことをやるか!!! ユイにだってやったことがないんだぞ!!!」

『親父にだって殴られたことないんだぞ』の調子で読みましょう。

「シンジ、それで男らしいつもりなの?」

「ああもうユイ、さっさと行くわよ」

「ちょ、ちょっと待って。せめてエプロン外させて」

ユイはアスカに引っ張られていく。ユイの悲鳴が徐々に遠くなっていき、ついには聞こえなくなった。

「二人ともいってらっしゃ~い。……いかん、料理の問題があった」

シンジが台所へと行くと、なんとレイが鍋をかき混ぜていた。エプロンはつけていない。

「レイは料理できたっけ?」

「…………シンジ君に食べさせるために練習した、っていったらどうする?」

「ありがたく食させていただきます!!!」

敬礼つきの返答。

「じゃあ、味見をさせてあげるね」

少し掬い、小皿にもって、シンジに差し出す。シンジはそれを一気飲み。かなり熱いはずなのだが、平気なようである。

「美味しいよ、レイ」

「私の愛情がこもっているから」

レイはにこやかに笑い返した。その笑顔にシンジはやられた。

だが、この料理は既にユイが大部分を作っており、レイは最後の工程だけを行い、自分の手柄にしたのだ。レイは確かに料理の練習をしているが、まだまだ簡単なものしか作れない。

策士レイ、ここに爆誕。






「しまった、部屋にはギルがいるんだったわ」

「どうしたのアスカ?」

宿舎へと向かう途中、突然アスカが大事なことを思い出し、一旦停止。そして、合わせる為に立ち止まったユイの両肩を掴み、説得をする。

「いい、私の部屋には一人金髪の女がいるけど、そのことを誰にも言っちゃダメだからね」

「えっ? どうして?」

「理由も聞いちゃだめよ。あんたは何も見なかった。荷物だけ運び出した。それでいいわね」

「う、うん」






ギルはサーヴァントの気配によって目覚めた。ボーッとしていたら、いつの間にか眠っていた。柔らかい枕の感触に負けてしまっていたのである。アスカはまだ帰ってきていないようだ。

「なんのサーヴァントだ」

感じた気配は一つ。しかも、ゆっくりとだが、こちらに近づいてきている。まだ知覚範囲ギリギリ。

アスカがここにいなくてよかった。戦いに巻き込まずにすむ。ギルは扉を開けて、外へ出た。とにかく屋外へと向かう。敵は歩いているらしく、ゆっくりと近づいてくるがこちらが逃げたことを知れば追って来るだろう。それでもアスカの迷惑にならない場所で戦うというだけで






「あれ、誰もいないけど?」

「ギルのやつどこ行ったのよ!? 保安部に捕まっても知らないわよ」

アスカの部屋には誰もいない。アスカは部屋の中で隠れられそうなところを探すが当然いない。

「うん、ベッドがまだ温かいわね。さっきまで寝てたのかしら」

「その、ギルって人とどうして知り合ったの?」

「うーんと、卑劣漢に襲われて泣いているところを私が保護したっていうか、匿ったっていうか」

「ええっ!? そんなの酷すぎるよ」

劇場版を見る限りは決して人の事をいえないユイだが、もはや人格が完全に違うので構わないだろう。

「じゃ、じゃあ、追っ手が来てまた逃げてるとか」

「ネルフじゃそんなことはないと思うけど、逃げている以上は何かあったのかもしれないわね。ユイ、探すの手伝いなさい」

「分かった。シンジたちにも連絡してきてもらった方がいいかな。シンジは秘密は絶対に守るよ」

「……そうね。手伝ってもらった方がいいかもね。ギルは長い金髪で赤い瞳をしているやつよ。あと、言葉遣いが変だから。自分のことを『我』っていってるから」

「うん、伝えておくね」

「私の携帯の番号はこれね。見つけたら連絡しなさいよ」

アスカはさっさと走り出す。ユイは携帯電話でシンジに連絡する。

「もしもしシンジ? 今問題が起きてね…………」






ギルにとって予想外なことに追っ手は来なかった。ギルは今、地底湖の近くまで逃げてきたのだ。そこまで来て、一息つくと、今度は疲れを強く感じた。体力的なものではなく、魔力の枯渇による疲れといえばいいのだろうか。ともかく、彼女にはもう戦う力は残っていないも同然である。

だが、また気配を感じた。先ほどは追ってきていないふりをしていたのだろうか。それともこのサーヴァントもこちらの不調を知っていて、わざと焦らしているのか。

「……舐めるな」

たとえ消えるとしても、敵の一体は消していく。その意思で敵を迎え撃ちに行く。






ユイはギルと呼ばれている女性を探して走っている。

シンジたちに連絡したところ、すぐに来てくれると言われ、自分は先に捜索にまわった。その際、「早くしないとレイの料理が冷めちゃう」といっていたが、どういうことだろう。

ユイは地底湖の方を探すことに決めた。施設には監視カメラがあるのだから少なそうな湖へと進んだのだ。

最初は小走りだったのだが、体力不足のためにすぐに歩きになった。

木や岩の陰とか見落としがないように探していく。そこでふと、とあることに気づいた。

「あれ、変質者がいて逃げたって事は、ボクが一人でこんなところにいるのは危なくないかな?」

口に出して、背筋がブルッと震えた。今まで平気だった森だが、変質者が隠れているかもと思うと、とておも怖く感じる。

「こ、怖くない怖くない。ボクにはエヴァがあるんだから、怖くない。でも、アスカも一人だから大丈夫かな?」

ユイは探すターゲットをギルだけでなく、アスカを加える。これはアスカの心配だけでなく、自分の心の拠り所を見つけるためでもある。

草陰が怖くなって、視界の開ける湖の岸辺へと行く。振り返ると、森が暗くてますます怖くなった。上を見上げるが、星など見えない。

「子供が外に出ていい時間ではないぞライダー」

突然、後ろからかけられた声にドキッとするユイ。振り返ると、そこには見たこともない男性が立っていた。闇に映える白い服と銀の甲冑。

「だ、誰ですか?」

「私はランサーのサーヴァントだ」

「ええっ!? ら、ランサーってことはヤスミーヌさんのサーヴァントですか?」

「そう、ジャンのサーヴァントだな。で、君はこんなところで何をしている? ああ、わたしがなぜここにいるかだがネルフの保安部に所属したジャンの付き添いだな」

聞いてもいないことを先に話すランサー。なんか一気に緊張の糸が途切れた。

「え、えっと金髪の女性とアスカを見ませんでしたか?」

「金髪の女性というのは知らないが、アスカというのはセカンドチルドレンのことか? それならここに来るまでにすれ違ったぞ。その時の私は霊体であったから、話しかけはしなかったがな」

「ど、どこにいましたか!!」

「あちらだな」

「ありがとうございます」

ランサーが指差す方向へと走り出そうとする。






「悪いが、行くのは私の用事が終わってからにしてくれ」






闇を走る黄色い稲妻はユイの心臓へと放たれた。

「んっ。これは」

ランサーがユイに向けた槍はユイの前に現れた赤い壁に阻まれている。

「………………ど、どうして?」

ユイの声はか細く、震えている。

「ジャンが警告しなかったかな。夜に出会えば躊躇しない、と。それは私も同じだ」

ランサーは槍を持つ腕に力をこめて、壁を破壊しようとして上から降ってきた巨腕に邪魔された。

避けたランサーは一瞬にして、飛び退る。そのランサーにもう一本の腕が追撃に入るが、それも危うげなくかわす。

「やれやれ。至近距離であれば、腕の防御は出来ないと思ったが、その宝具の防御能力を甘く見ていたようだな」

仕留め損ねた、と言わんばかりの態度である。まったく悪びれた様子がない。

虚空から伸びた二本の巨腕、だが今回は肩と胸、頭まで出現している。エヴァの上半身はユイを守るようにユイを覆う。

「……………やめてください」

止めない、宣言したランサーは槍を構える。

「ライダー。私は貴方を殺すよ。殺されたくなければ、私を殺せ」






「観念したのか、アーチャー」

ユイたちのいるところから対岸に位置する場所で、ギルはその敵と対峙した。

それはいつぞやの夜に戦ったサーヴァントである。

外套に全身を隠し、顔もほとんど見せない。黄金に輝く弓には既に矢が番えられている。

「さっきからつけてきたのは貴様か。貴様こそ前回は遠距離からこそこそ射ることしかできないのではなかったのか?」

「死に体の割には強気だな」

その声は男のものである。ギルの後ろには武器が6本現出している。その内の一本を引き抜く。こうなれば出せる武器の数は限られる。

ギルは敵の能力が遠距離武器であることを覚えている。それでありながら、こうやって接近戦を仕掛けてくるこいつはあきらかに油断している。

「んっ? あちらにもサーヴァントがいるのか。得物からしてライダーとランサーだな。丁度いい、あちらの生き残った方を俺が消すとしよう」

敵は対岸へと目をやる。ここに来て余所見をしているが、鏃だけはアーチャーから外さない。

「そういえば貴様がなんのクラスか聞いていなかったな。なんのサーヴァントだ」






「サーヴァント・マーター。殉教者のサーヴァントだ」






外套の奥にある黒の瞳。黒曜石を思わせる色だ。

クラス名を聞いたギルは笑う。嘲笑だ。

「神などに縋って死ぬとは愚かだな、マーター」

それを聞いたマーターも笑う。彼もまた嘲笑。

「神を侮るとはつくづく愚かしいな、アーチャー」

「「気に食わん。滅びろ」」






「ほんと、どこにいるのよギルのやつ。あとでギッタンギッタンにしてやるから」

アスカはギルを見つけられないことでいらだち始めている。ユイからは何も連絡がない。

「……置手紙ぐらい残していけばいいのに、馬鹿」

もう帰ってこないかもしれない、ギルのことは諦めだした。

その時、遠くで金属がぶつかる音が聞こえた。

「あっちの方が騒がしいわね。まさか、保安部に見つかったりなんかしてないでしょうね」

アスカはその方向へと走っていく。

そこは地底湖のほうだった。






あとがき

サボっててごめんなさい。TOAが面白くてハマッってました。攻略本に頼らないプレイのため、手間がかかる。なお、ラスボスのダンジョンにはエヴァ量産機としか思えない敵がいる。

あまりに休んでいたからといって、

「このサボり魔、始末しても構わんのだろう」

と、赤い人風に言うのは止めてくださいね。

今回はアスカとギルをどう動かすかで凄く悩んだんです。何度も書き直すくらいには悩んだんです。我ら(作者と読者)の目指す「お姉さんツンデレ」を実現するために。書くということはかくも難しいことなのか。

それと、やっと名前が出てきた七人目のサーヴァント、マーターさん。本当は停電の時に、ゲンドウの死体と一緒にやってくる予定でした。よかったなゲンドウ。死亡フラグが一つ消えて。まだまだフラグはいっぱいあるぞ。

感想、誤字脱字の指摘、文法的誤り、次話の催促等、何かありましたらお寄せください。



[207] Re[5]:正義の味方の弟子 番外編その5
Name: たかべえ
Date: 2006/04/28 12:29
正義の味方の弟子
番外編その5
悪役を任じられた正義の味方の弟子さん


注意)ごめんなさい。終わりのクロニクルを知らない方には、これは理解しにくいと思います。先に謝っておきます。








少年は交渉の権利をえた。かつてあった10の交渉、その続き。少年は悪と名乗り、そして正義のために交渉をしていく。








夜の暗い森。静かだ。とても静かな森。

だが、この森で一つの戦いがある。

普通の世界に暮らしている者には、それは知覚出来ない。

入ったものの脳裏に響く言葉。






・――文字には力を与える能がある。






力とは文字であり、文字こそが力である。『火』という文字は物を燃やし、『剣』は敵を斬る。

それが、この世界のルールにして、支配する『概念』

かつて存在した、1st-Gと呼ばれた世界の力。

我らの先祖が滅ぼした10の異世界、その一つ。

滅ぼされた世界、その再現で、過去の遺恨を清算すべく戦う者たちがいる。








「ふむ、いい夜だ」

一人の少年がいる。年に釣り合わないスーツを着込み、銀色の髪はオールバックである。なぜか、右手のスーツの袖からは赤い布がはみ出しており、頭の上には、2頭身の不思議な生物がのっている。

頭の上にいる生物の、名称は生物学的には獏。飼い主である少年がつけた名前はレイである。形は人に似ており、小人か妖精のようである。獏は過去を夢として、見させることが出来る動物。この少年に与えられた過去を知るための力。

レイは今は少年の髪にしがみついているような格好だが、いつもは踊ったり、少年に擦り寄ったりと愛着の持てる動物なのである。このレイの所有権を巡ってはとある変態爺さんとひと悶着あったのだが、機密ファイルと称して、エロゲーのデータを保存していたことをばらされたくなければ、と脅しなんとか手に入れたのである。レイは少年にとてもなついており、少年もレイに愛情を注いでいた。

少年は尊大な仕草で、両手を広げる。一度息を吸い込んだ後、夜空に向かって、その意志を飛ばす。

「この夜にこの場に集まった盟友諸君に、僕から贈り物をしよう。『僕とユイとの生活を祝福する権利』だ。とてもレアだぞ。喜んで受け取りたまえ。さあ、祝福しろ。ご祝儀はお一人様につき3万円から承っている」

「じゃあ、私からはシンジに『血みどろサービスチケット』を10ダースセットで進呈しましょう。なお、これは私の気分次第でいつでも、どこでも、チケット無しでサービスを受け取れます。あ、気分が乗った」

「ぎゃああああ!!!!」

シンジと呼ばれた少年の隣に立つ、金髪の少女が持っていた剣を振るう。この少女、セイバーはシンジより一つ年上。生徒会に属しており、生徒会長と会計を兼任している。なお、少年は副会長なのだが、発言権、決定権は一切ない。

「姉さん、一体何をするんだ。姉さんがいくら焼きもちを焼こうが、僕の気持ちはユイだけにむいている」

「こっちに向かわれなくて助かります。ひどくせいせいします。盟友と呼ばれるだけで腹が立つというのに」

「盟友では不満だと。大丈夫、姉さんには式でスピーチさせてあげるから。僕とユイの馴れ初めからをずっと語ってもらおう」

「始まりは『新郎は何も知らなかった新婦の弱みを握り、手篭めにした』と言ったところでしょうか?」

「偽証はよくないよ、姉さん。お仕置きしてあげよう」

シンジは懐からハリセンを取り出す。このハリセンには『お仕置き』と書いてあり、お仕置きの際に使うと、誰であろうと改心してしまう一品である。

「ふん!」

だが、ハリセンはセイバーの気迫の篭った一撃により、破壊される。

セイバーが手に持つ剣には『聖剣』と書かれている。元々は『約束された勝利の剣エクスカリバー』という銘を持ち、名前が力を持つ2nd-Gにおいては最強、文字世界のここでもトップクラスの威力を持っている。

「なんてことをするんだ、姉さん。このハリセンによる体罰を誰もが心待ちにしているというのに」

壊れてしまったハリセンを元に戻す。シンジは物質限定の復元の概念を保有しているためにできるのである。

「はぁ、なんでこんな馬鹿な弟を上司に持たなければいけないのでしょうか?」

「それは僕が男性職員の圧倒的支持を得たからです」

「私の辞職届はいつ受理されるのでしょうかね」

セイバーはぼんやりと呟いた。そんなセイバー萌えの方々が管理職窓口にいることを彼女は知らない。






「相田が私の下着を盗撮したのが悪いのよ。だから、土下座させたのよ。あの時の私の心の中は大雨だったわ」

銀髪の少女は、となりにいる黒猫に話し掛ける。少女の黒衣を纏い、手には大鎌、死神の鎌を担いでいる。

「その割には、土下座していたのは赤い水溜りの上だったし、お前もすごく悦に入った笑顔だったが」

答える黒猫はごつかった。すんごくごつかった。さらに太い声だった。(この黒猫について、これ以上はもう書けません。作者には出来ません。勘弁してください)

「あなた、目が悪いのね。アインツベルンの女にとって、夫以外の男性に下着を見られることは死に勝る屈辱なのよ。私は相田に土下座させながら、心で泣いていたわ。『これはシンジに責任をとらせて、私の婿にするしかない』って」

「間違ってるぞその論理。見事に冤罪じゃねえか」

「知らないの? 『走れメロス』は連帯責任の重さを思い知らせるためのものよ。あれを呼んで感動した私は、友の不始末はシンジに取らせようと思ったわ」

「へー、男の友情に泣いた俺の読解力って低いんだな」

「というわけで、この戦いに参加したのよ。さ、この戦いに勝って、残された遺恨相田による屈辱を晴らすわよ」

「……誰か、この(ギャグキャラという)運命から助けてくれ」








「やれやれ、姉さんに邪魔をされたが、僕のなすべきことをしよう」

一度、息を吸い込み、力強く言い切った。

「碇の姓は悪役を任ずる」

「……なんでだろうね、いますっごく名字を変えたくなったよ」

シンジの言葉に反応し、シンジの背後にいる短い黒髪の少女、碇 ユイは、空を見上げながら呟いた。この少女、実はシンジとはいとこ同士であり、色々あってシンジの家に暮らしている。夜は常に同衾する仲だ。

シンジはその少女の言葉に過敏に反応する。

「ユイ、僕との結婚を考えてくれるのは嬉しいけど、僕とユイが結婚しても、名字は変わらないよ」

「いつもより前向きな精神構造になってて、すっごい迷惑だなあー」

「迷惑な奴がいると。なら、碇家直伝の拷問術を教えてあげよう。食らったものは2秒で、『自分はくつしたフェチだ』と白状する」

「えい」

ユイは習ってもいないのに、無意識かつごくごく自然にその拷問術を使った。

「僕はユイのくつしたフェチです!!」

「なんでボク限定なのさ」

碇家直伝の技を食らったシンジは、自分の隠していた趣味をあっさりと暴露した。

「大丈夫、ユイが使ったくつしたは全て僕が手洗いし、綺麗に折りたたんでタンスに入れておくから」

「そんなくつした捨ててやる。というか、シンジを更正させる方法ってないの?」

そこにさっきの金髪少女が現れる。

「なら、わが王家に伝わる更生方法を。誰であろうと、三日は寝込み、そしてその後永遠の忠誠を誓います。まあ、たまに寝込み続けていつまでも起きませんが」

「それは寝込んでるんじゃないよ!!!!」

「待てよ、……たしか、前に一度シンジに使ったような」

「それだ!! それがおかしくなった原因だ!!」

さらに銀髪少女も現れる。敵だとかいうのはなしでお願いしたい。

「じゃあ、アインツベルンに伝わる粛清作法を教えてあげるわ。どんなにひねた奴だろうとも、すぐに『自分は卑しい豚です。もっといじってください』と懇願するわ」

「魔術の家ってそんな技しか子孫に伝えないの!? 魔術ってもしかして変態って書いて、まじゅつって読むの!?」

至極当然なツッコミを入れるユイ。

「失礼ね。魔術の家でなくても子どもに家に代々伝わる武術を教えるのは伝統よ。貴方は教えてもらわなかったの?」

「なにいかにも自分は間違ってないてきなことを言うんだよ。絶対に違うから」

「マリア、ユイは家庭の都合で」

「ああ、なるほど。そうなのね」

「同情の視線で見られるのが、なんかムカつきます」






「嫌だ、この世界はもう嫌だ。なんか精神的に重いよ」

ユイは地面の上に体育座りをして、いじけだした。

「まあまあ、落ち着いて。ほら、せっかくだから」

シンジはユイの背中に回って、ペンで服に文字を書き込む。






・――まロい






まるく、エロい。その二つを兼ね備えた究極の褒め言葉にして至高の文字概念。

「消せ!! その字をいますぐ消せ!!」

ペンを持った馬鹿に、ユイは回し蹴りを放つ。必殺の踵落としはレイを傷つける恐れがあるので放たない。

「ぐふっ。ならば、これなら」

シンジはユイの背中にさらにペンで書き足す。






・――大変よくまロい女の子






「だれが書き足せといったー!! 『大変よくまロい』ってなに!? 『大変よく出来ました』のバッタモン!?」

「何を言っているんだユイ。ほら、既に文字概念が発動している。周りを見てみるがいい」

森の木々に隠れて荒いパンチング呼吸音が聞こえてくる。彼らが覗くのはライフルのスコープではなく、天体望遠鏡もかくや、というドデカイカメラ。向く先は全てユイ。

「ちょ、ちょっと、みんな仕事してよー!! 今戦闘中だよ!! って敵さんまでこっち見てるよ。凝視しないでよ!!」

だが、そんなことでひるむ彼らではない。むしろ、ユイが何か言うたび、鼻の下が伸び、ほほの筋肉が緩み、そして争う気力がなくなっていく。

「さすがだねユイ。ユイがこの世界に存在するというだけであらゆる紛争は即座に解決だろう。そして、僕とユイを神と崇めだすだろうね」

「そんなのいりません!!」

ユイはセイバーの後ろに隠れる。セイバーはエクスカリバーを使い、周囲の変態どもを森ごと薙ぎ払う。だが、彼らはセイバーの一撃を甘んじて受け、幸せそうな笑顔を振りまきながら、光に飲まれていく。

残っている変態どもはユイ、セイバー、マリア(隣にいる黒猫は除く)に向けてシャッターボタンを毎秒16連打。

シンジは勝手に演説をする。

「僕はここに命令する。――いいか? 彼らに萎えさせるな。そして、彼らに萎えるな。何故ならば、誰かが萌える心を失えばそれだけ世界は寂しくなるのだから」

「そんな世界、むしろ寂しくなってしまえ」

ユイはセイバーの後ろで文句を言う。そんなユイの後ろ姿を激写している白衣の老人(サングラスに顎鬚つき。完全に変質者である)がいるが、マリアがカメラに『1ボタン5000円』と書き、老人は万札の束をマリアに渡す。なお、至近距離でマリアを激写しようとしたが、間に割って入った黒猫を撮ってしまい、泡を吹いて気絶してしまう。

自分に酔っているシンジには誰の言葉も聞こえない。厳密には聞こえているが、無視している。

「ならば分かるな!! 萌えろ!MOE 強く萌えろ!!MOE 激しく萌えろだ!!!MOE

シンジは力強く拳を握り、言葉をつなげる。

「馬鹿が馬鹿をする前に殴って言い聞かせろ。『乳酸菌取ってる?』と」

「ボクたちはローゼンメイデンドールじゃなくてFate/stay nightサーヴァントだ!!」

シンジは両手を広げ、最後の言葉を告げた。

「さあ、理解し合おうではないか。互いのフェチをな」

深く息を吸い、そして意思を飛ばす。

「諸君、返事はどうした!!」

「その前に『常識』って奴を理解しろ!!!」

虚空から現れた巨大な紫の腕が、シンジを思いっきりぶん殴る。

ユイの持つ武神、『エヴァンゲリオン』である。本来全長10メートルもない武神だが、ユイのは全長40メートルと機竜並みの大きさである。さらに、全自動で動き、オートガード機能、さらに再生能力もあると、いいとこ尽くしである。
シンジは吹き飛ばされ、十秒ほどした後お空の星になり、やがて夜空にシンジの面影が浮かび上がる。






こうして、この物語は終わりを告げました。










DEAD END








ここから先は、タイガー道場番外編となります。先に進みますか?   <YES or YES>










そこは一言で表すなら、道場だった。剣道場のように床が板になっており、あまり掃除をしていないのか、隅っこのほうには埃がたまっている。

そこに二人の人物が立っている。

「ふはははは、面白いな。弟子1号よ」

黒袴をはいた20代半ばの女性が隣にいる人物に話し掛ける。手に持っている竹刀を地面に突き立てて、高笑いをする。中々に美しい女性なのだが、『ヒロインにはちょっと………』的な人である。

「師しょー。何が面白いんですか?」

隣にいる体育服(ブルマ)を来た少女が言葉を返す。この少女は銀色の長い髪に、赤い瞳。背は低いが、見るからに西洋系の顔立ちである。

この少女、なぜか両手を引き、拳を腰に当てている。空手家のお兄さんたちがする『押忍』のポーズである。

「私達の出番がだよ。あれだけネタキャラ扱いされてきた私達にもう一度出番が訪れたのだよ。この感動を皆にも伝えよう。『道場よー!! 私は帰ってきたー!!!』」

師しょーを名乗る女性のバックに虎のイメージが浮かび上がる。

「師しょー。パクりはいけないっすよ」

「気にするな、弟子1号よ」

「なんか1という数字を強調しますね」

「当然だ。なぜなら、今日から新たなる入門者、弟子2号が来るのだ!!」

「本当っすか!?」

「本当だ。では、弟子2号よ入ってくるがいい」

竹刀を入り口のほうに、ビシッと向ける。が、そこにはだれもいない。と思ったが、戸が少しずつ開けられていく。少しずつ、少しずつ戸が開けられていき、ようやく顔が見えるほどの開かれた。

戸から覗けるのは、短い黒髪の少女。

「あ、あのー、お師匠さん、この格好は恥ずかしいんですけど」

気弱な声で少女は仲の二人に話し掛ける。

「何を言っている弟子2号!! 何が恥ずかしいというのだ!!」

「だ、だってー」

顔を真っ赤にして、身体をもじもじさせている。これだけで、作者の心の琴線は激しくかき鳴らされている。

「弟子2号!! さっさとこっちにこんか!!」

「きゃ!」

女性が戸を思いっきり開き、隠れていた少女を引きずり出す。

女性に引っ張られて体勢を崩しているこの少女の姿はなんと、スパッツだった。少女の健康的な肉体を隠すはずの衣服は、逆に彼女のボディラインをあらわにしている。

「な、なに!! こ、これは中学生のスポーツ三種の宝具の一つ『すぱっちゅ』!!」

「み、見ちゃダメです!!」

女性の視線に気づき、少女はTシャツの裾を引っ張り、なんとかスパッツを隠そうとする。だが、元々丈が短く、さらに伸縮性もないTシャツではそれができずに、逆に背中側が丸見えとなる。

少女もそのことに気づいたらしく、今度は座り込んで隠そうとする。

「『ぶるみゃ』『すくぅる水着』に続く三番目の宝具を持ち出すなんて。そこまでして貴方は人気が欲しいの? ユイ、怖い子」

顔面を蒼白させ、白目をむきながらなんとか言葉を出す女性。その女性もとい師しょーを余所に、弟子1号が2号へとよってきた。

「ふーん。あなたが弟子2号ね。メインヒロインのくせにこの空間でもぽんキャラにならないなんて一体どれだけふざけた存在なの」

先ほどまでの抜けた印象ではなく、獲物を狙う猛禽の目をする。

「え、え?」

少女(弟子2号)は意図が分からなくて、疑問符をうかべるだけだ。

「でも、この子は私より年下だし、今回は許してあげるっす」

だが、少女はその空気を一転させて、またもとの穏やかな空気に戻る。

「え? ボクの方が年下なんですか?」

自分より背の低い少女が年上だと聞き、少女はちょっとびっくり。

「だってー、Fate/stay nightに登場するキャラはみんな18歳以上だもん。私のことはお姉ちゃんって呼んでいいわよ」

つまりは大人の事情ということだ。

「は、はぁ」

突飛な状況にユイは相槌を打つことしかできない。

「で、ねえねえ2号ー。ちょっと気になったんだけどさー、そのスパッツ何か変じゃない」

「本当ね。スパッツをはいたなら、下着のラインが見えても良いのに」

「えっ!? え、えっと、これはその」

ユイは真っ赤になって、手をもじもじさせ、視線を明後日の方向に逸らす。それによって、作者の心の琴線が激しくかき鳴らされる。

「えっと、その、…………………………下着の線が恥ずかしかったから、はいてないです」

「この馬鹿弟子がー!!!!!」

スパン!!

竹刀でユイの頭を思いっきりはたく。

「痛い!!」

ユイは両手で頭を押さえて、床にうずくまる。

「作者に優遇されていうるだけでなく、色仕掛けでさらに人気を得ようというのか!! なんと嘆かわしい。貴様、修正してやる」

手に持っている竹刀で何度もユイを小突く。

「ごめんなさい。ごめんなさい」

ユイが謝るも女性は聞き入れない。何度も小突く。ユイは痛みを我慢して、心の中でとある少年に助けを求めている。

そして、ついにその時がきた。

「う、うっ、うええん(泣)」

床に座り込んだままのユイはその綺麗な瞳からぽろぽろと涙をこぼし始める。

「あーあ、師しょーったら、2号を泣かしちゃったー」

「えっ? えっ?」

女性は冷静さを取り戻し、攻撃を止める。

「なーかしたー、なーかしたー、せーんせいにいっちゃーろー」 

「先生は私よ。で、弟子2号、泣いちゃダメよ。あ、あなたが泣いちゃうととっーーーてもこわーーーいものがきちゃうでしょ」

「怖いもの? 怖いものってなんすか師しょー?」

「うっ、うっ(泣)」

 




ガウウウッ!!






どこからか獣が唸るような声が聞こえる。しかも、袴の女性にだけ。

「来る! 来ちゃう!! は、はやく泣き止んでよねユイちゃん! じゃないと私すごいことになっちゃうのよ」

「うっ、うっ、シンジ、母さん助けてよぅ(泣)」

女性がせかすので、黒髪の少女はますます泣きじゃくってしまう。




































た。






ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンンンンンンンン!!!!!!!!!!!!!!!

初号機(S2機関装備型)が吼える。吼える。力いっぱい吼える。『おんどりゃ!! ウチの大事な娘に何してくれはるんや!!!!』ととりあえず訳しておこう。

「ひいいぃ、お、お母様。お、落ち着いてください。こ、これは体罰じゃなくて、………そ、そう、愛のムチです。け、決して出番がないから妬んでとかじゃありません。で、ですから、吼えるのは御止めください」

だが、その程度で治まる怒りではない。泣いている少女を後ろに庇うと、今度はその巨大な右手で女性をむんずと捕まえる。

「ぎゃあああ!!! た、助けてください。こ、このままではわ、私がBAD ENDにいっちゃうー!!」

わしづかみにされた女性が見守っているだけの少女(弟子1号)に助けを求める。さきほどのユイの悲鳴が「きゃあ」であるのに対し、この女性は「ぎゃあ」であるのが、ヒロインとそうでないかの違いである。

「おお。師しょー、迫真の演技ですねー」

「イリヤちゃん、これ演技違うの!! は、早く助けて!! ぎゃあああ!! お、お母様の親指が私のお腹を圧迫しちゃってるー!」

「えー、でも師しょーは本編では黒い影ともまともにやりあったこともあるじゃないですか。きっと今回も勝てますって。それに私はイリヤじゃなくて弟子1号です」

「無理。無理よイリヤちゃん。文字通り、お母様が指を少し動かすだけで私の命なんて消えちゃうのよ」

徐々に親指を押し込んでいく初号機。

「ゆ、ユイちゃん。な、なにかほしいものとかある?」

いつ、死ぬレベルになるかわからない状態で、袴の女性はユイに媚を売り始めた。

「あっ、暴力に屈しちゃだめっすよ。師しょー」

「だまらっしゃい。」

なにはともあれ、めいれいは『いのちだいじに』命あっての出番である。

そんな命乞いに、ユイ少しだけ、泣きやんだ。

「じゃあ、ボクにコーナーをください。ボクが主役のコーナーです」

「えっ!? ただでさえメインヒロインのユイちゃんがさらに出番を欲するの?」

「…………だめですか?」

「いいいいえいえいえいえ、けけけけけ結構です。ですから、お母様、指に力をこめるのはおやめください。口から言葉以外のものをぽろっと吐き出しちゃいそうです」

その言葉を聞いて、泣いていたユイはやっといつもの元気を取り戻す。

「じゃあ、次はボクの出番です。皆さん、途中で辞退しないでくださいね」

「…………私のようになりたくなければね」

「じゃあ、ボク準備しますね」

「あ、あの、ユイちゃん。準備の前に、お母様に私のことを助けてくださるように説得してもらえないかしら」

「……………………にこ☆」

「……………………何かしら、そのすてきな笑顔は」

「ボクね、思わずシンジに助けをもとめちゃったくらい痛かったんです」

「わ、私もお腹がメキメキいっちゃうくらいには痛いんだけどなー。ほ、ほらメキメキだけじゃなくてミシミシにもなっちゃった」

「本編でボクがピンチなので、母さんはけっこう気が立っちゃってるんです。たっぷりお灸を添えてもらってください」

「止めて、ユイちゃん!! お母様用のお灸だったら、私死んじゃうー!! ひ、ひいいーー。お母様、ピッチャーのフォームをしないでください。わ、私はどこへとばされちゃうのー!!!!」

振りかぶった初号機は第一宇宙速度で女性を投げる。

空には流れ星が一つ。そして、夜空に女性の面影がうかんだ。






その後、その女性の消息を知るものは誰もいない。






次は、「ユイちゃんの若奥様講座」です。

受けますか?

①受ける → このまま画面を下にスクロールしてください。

②喜んで受ける → 脳内に想像したユイに「いいこいいこ」してもらってから、このまま画面を下にスクロールしてください。

③辞退する → ユイの後ろに仁王立ちしている初号機に襲われる → DEAD END






「ということで、ボクのコーナーです。みんな盛り上げてねー」

シンジたちの家の居間。普段着に着替えたユイが笑顔で新コーナーをスタートさせる。

だが、陰鬱な空気を放つ約一名がいる。

「なぜだ!! なぜ僕はユイの生すぱっちゅという光景を見ることが出来なかったのだ!? どうして、どうして」

部屋の隅で床を叩きながら涙しているシンジ。レイはそのシンジの頭を優しく撫でている。

「ちょっと待ちなさいよ」

「どうしたのアスカ?」

ユイは食って掛かるアスカに笑顔で対応する。

「上のやつはどうなったのよ」

アスカの当然の問いにユイは一度、ため息をつき、こういった。

「『転校』したよ」

「はあ?」

「オヤシロさまの祟り。オヤシロさまはヒロインでもないのに、コーナーの主役になることを許さないの」

「ひぐらしかーーー!!」

目から光彩をなくしたユイにアスカがツッコミを入れる。アスカは中々に日本文化に詳しいようだ。

「というわけで、これからはボクのコーナーです。みなさん、楽しんでくださいね☆」

「その☆がなければ素直に楽しめるかもしれないわね」








「今回ボクが言いたいのはね、この家のごみ問題なの」

「ごみ~? なんでそんなものを議題に上げるのよ?」

アスカとしては上の奴をどうにかしてまでゴミについて語るのかが理解できなかった。

「あのね、第3新東京市は資源循環型都市なの。だから、ゴミは細かく分別されてリサイクルを積極的に行っているんだけど、我が家ではゴミの分別マナーが酷く悪いの。だから、こうやってコーナーを乗っ取ったんだよ」

机をバンと叩いてユイは意気込みを語る。

「まあ、本当は作者がバイトしたことで、ゴミの分別に興味を持ったから、私たちの口から言わせようとしているだけなんだけどね」

アスカさん、本音を言わないでください。(作者の声)

「まあ、それはともかく。まずはシンジ。シンジは全然ゴミの分別ができてないよ」

「失敬な。僕はちゃんと『萌えるもの』と『萌えないもの』に分けてるよ」

「そんな分別はない」

正義の味方は環境には優しくないようである。

「漢字で表すと『可萌』と『不萌』。中々にいいな」

「まず読み方がわからないじゃない」

「まあ、シンジはほっとこうか。次はアスカ。アスカもゴミの分別マナーが悪いよ」

「私がーー!? なにが悪いって言うのよ!!」

ユイは後ろの袋から、空のペットボトルを取り出す。ラベルには『虚仮・荒羅』とある。超炭酸というもはや炭酸飲料を越えたジュースらしく、これを一気飲みするのが最近の若者の流行であるらしい。

「これです。アスカはペットボトルを『プラスチックごみ』にいれたでしょ」

「ペットボトルはプラスチックでしょうが」

「違います。ペットボトルは『ペットボトル』っていう分類があるの。ちなみに、キャップとラベルは『プラスチック』だからね。あと、ペットボトルは中をすすいでから捨てるように。リサイクルできなくなるから」

ユイはキャップとラベルをはがし、3つに分けて、ゴミ箱に入れる。

「はあ? なんでキャップはペットボトルじゃないのよ。そもそも、キャップをとっても、本体に輪っかみたいに残ってるじゃない」

「キャップの裏側だけはペットボトルとは材質が違うの。これが混じると、リサイクルのために溶かした時に、不純物がまぎれてリサイクルできなくなるの」

「知らなかったでしょ、アスカ」

「じゃあ、あんたはなんでメモ取ってるのよ」

どさくさにまぎれてアスカを責めるレイだが、冗談で言っていることはアスカにはちゃんと分かっている。

「レイさんも分別が出来てないよ。レイさんは紙パック」

ユイは空の紙パックを出す。商品名は『過重100%オレンジジュース』。農家にどれだけ負担を強いたのか分からないジュースである。

「ストローとストローの入っている袋は『燃やせないゴミ』。この紙パックは自治体によるけど『燃やせるゴミ』」

「自治体によって、ってどういう意味よ」

「こういう紙パックには内側をアルミでコーティングしてあるの。焼却炉の温度によってはこのアルミが残って、焼却炉に残留しちゃうの。高温のやつならいいけど、低温の焼却炉ではだめ」

「ごみのくせに厄介ね」

「ユイさん、アスカを葬る時は何ごみ?」

挙手をしながらさらっと残酷なことを言うレイにアスカが肘打ちをかます。

「ちゃんと土葬しなさい!」

「埋め立て場に?」

「そんなとこに捨てたらカラスやタカに鳥葬されるでしょ!!」

「二人とも、ちゃんと話を聞いてよね。っていっても、もう話すこともないかな」

人差し指を顎にあて、「う~ん」とユイは悩む。そこに、レイとアスカが提案する。この二人、意外に馬があう。

「まだとっておきのやつがあるわ」

「そうそう。作者がバイト最終日にゴミ収集車に足を轢かれたやつ。重さはゴミの分も含めて5tぐらいだったけ?」

「あれは笑えないよ。運よくあざだけですんだけど、もう少し遅かったら、複雑骨折だったんだよ」

「運が良いわよね。いつもはくじ引きもろくに当てられないし、テストの日にち間違えて単位落とすし」

「悪運だけは強いみたいよ。でもよかった。死んだら続きが作られなくなるもの」

「…………もっと心配してあげようよ」

「失礼ね。ちゃんと心配してるわよ。レイも言ったけど、死んだら続きが出来なくなっちゃうでしょ」

「この物語が出来るまでは心配するわ。作者死なないでね。完成させるまでは」

「嫌な終わり方だな。ってあれ? 最後にレイさんとアスカにコーナー乗っ取られた!?」






THE END






あとがき

今回はなんと、豪華三本立て。しかも、締めるのはユイ。これでこそヒロイン。

まずは『終わクロ』に関して。ムズい。半端じゃなくムズい!! 書いてみて分かったが、方向性が微妙に違うのだ。その微妙な差が難しい元凶なのである。作者には無理だった。

次に、タイガー道場。ユイが意外に腹黒い。だが、スパッツはいい。ボクっ娘もいい。だからユイと衛(シスプリ)はいい。

最後にユイの若奥様講座。意外にこの作品の中では小煩い姑がいない。セイバーは味方だし、ってまあシンジがだめだめだからしょうがないか。そういえば、本編の使徒戦が終わったら、アスカとギルは住居をどうすればいいのだろうか? シンジの家はさすがに狭いな。

ユイのゴミ講座ですが、ゴミの分別は各自治体によって違います。今回は私がバイトさせていただいたところの基準ですので、皆様の住む地域では違うかもしれません。ですが、こういうのは覚えておいても問題はないと思います。みなさん、ゴミを捨てる時はユイの言葉を思い出し、ちゃんと分別が出来ているかを確認してから捨てましょう。私を働かせてくださった清掃事務所の皆さん、ありがとうございました。

感想、誤字脱字の指摘、終わクロをもう一度やりなおせ、等何かありましたらご連絡ください。



[207] Re[5]:正義の味方の弟子 第24話
Name: たかべえ
Date: 2006/05/08 10:52
正義の味方の弟子
第24話






「っ……」

レイを連れ添って走るシンジは、左手にある令呪が痛くなった気がした。

気のせいと片付けることは出来なかった。もしかしたら、ユイに何かあるのかもしれない。それを確信させるのが自分の前方に立ちふさがる人物だ。

足を止める。

「……ジャン」

「前に警告したはずだ。その上で来たということは私と戦うということだろう」

シンジとレイ、その前方に立ちふさがるのはジャン。前に見たことのある騎士としての戦闘服ではなく、黒いスーツ姿。前に突き出された両腕には逆手に構えた二丁拳銃。

「こんなところにいるとは思わなかった」

「私もこんなところに身をおくことになるとはな」

「ジャン。そこをどいてくれ。今、この一週間に限ってはジャンは僕を倒せない」

「……わかっていることか」

今回の使徒は3体同時に倒さなければならない使徒。シンジが欠けては倒すことは絶望的になる。それを分かっているはずのジャンは自分を倒すことは出来ない。

ジャンもまた正義の味方というあり方を理想とし、そのために生きている人間だ。シンジと懇意になったのも同じ理想であったから。

爪弾き、誹謗、中傷、そんなものを受けながら騎士として教会に身を置くのは、そこに身をおくことで救える命、助けられるものがあるからだ。

遠い先祖が異端審問で得た、古くから残っていた家財などとうに投げ捨て、誰かのために使って彼女には何も残らず、その功績は彼女のものでなく、教会のものとしてきた。

そんなジャンがここでシンジを殺せるわけがないのだ。

「……確かに、私は今ここでジンを殺す気はない。だが、足止めはさせてもらう」

「足止め? 何のために? 僕は急いでいるんだ。そこをどいてくれ、頼む」

こうしている間にもユイになにかあるかもと思うと、気が急いてしまう。

それを見越して、ジャンは言う。

「ライダーが心配か? 今、ライダーが戦っているのはランサーだ」

「……本気で言ってるのか?」

「事実を語っただけだ」

それで、シンジは一歩前に出る。シンジも戦う意思を持った。

「シンジ君」

「レイは逃げて。サーヴァントの戦いに巻き込まれないように」

シンジはポケットから二つの金属片を取り出す。

投影、開始トレース・オン

それが魔術によって、白黒の短剣になる。

干将莫耶。二刀一対の夫婦剣。兄である士郎にとって最も慣れ親しんだ剣である。

シンジはこの剣の扱いは上手くない。それでもとこの武器を選んだ。

なぜなら、ジャンがシンジを殺せないように、シンジもまたジャンを殺したくはないからだ。

「動くな」

ジャンは左に構えた銃でレイの足元を撃つ。威嚇ではない。彼女の狙いはレイの足元にある、レイの影なのだ。

「…ッ!」

「危害を加えるつもりはない。しばらくじっとしていろ」

レイの身動きを止めると、シンジに向かう。

Frau ohne Schatten影のない女

動く影絵。影で編まれ、影のない女。『架空元素』使いであるジャンの魔術。

ジャン、すなわちラインハルトの魔術特性は『架空元素』。影や虚数といったものを操る。代々、全く同じ魔術だけを使い続けてきたこの家は、使い方にこそ区別はあるが、大本はおなじである。暗殺者という特殊な魔術師であるこの家にとって、百芸に秀でる必要はなく、一芸を極めてきたのだ。

レイに使った影縫いと呼ばれる古典的なものから、影による直接攻撃、虚数空間を用いた結界。

ジャンはそれら全てを魔術刻印で受け継いだ人物だ。

影は全部で3体。

「足止めをする。10分は付き合ってもらうぞ」








ユイはサーヴァントと戦ったことはない。スラータラーのときは何もしないうちに事態は収束したのだ。初めての対サーヴァント戦。それをたった一人でユイは行うこととなった。

しかし、初めての戦いさえもユイはなにもせずに、ランサーと、エヴァの戦いを見続けているのだ。

駆けるランサーをエヴァの巨大な腕が追う。ランサーとの間にあった木は途中からへし折った。

迫る巨腕をランサーはさける。拳だけで自分以上の大きさ。それこそ、巨人と小人が戦うのである。

腕の一振りで暴風が巻き起こり、木が軋み、湖に波が起こる。

「ほう。スラータラーでさえ潰せそうな威力だな。私を殺したければ、この半分の威力でも十分だぞ」

エヴァの拳で大きくへこんだ大地を見て、ランサーは軽く笑う。

直撃すれば即死し、掠っただけで四肢をもがれるというのにその余裕を全く崩さない。

「巨人と戦った者なら知っているが、それでもこれほどの大きさとなると知らんな」

ランサーの手にはさきほどの黄槍とは違う、赤槍が握られている。

長さは2m以上。さきほどの短槍と比べると3倍以上の長さである。

しかし、槍を変えたからといって、エヴァの鉄壁の防御を破れるわけがない。その証拠に未だランサーは防戦一方である。そもそも拳の衝撃を槍で捌くことなど出来ない。

なら、なぜ彼はこの槍を得物にしているのか。

彼は気づいている。この要塞を崩す方法を。そのために、この槍を持ち出すのだ。








遠距離戦を行うものにとって、接近戦こそが最大の弱点となる。その上でギルの前に現れたマーターはやはり、接近戦を行わせないつもりである。

一秒の隙も作らず、一秒の休憩も与えない怒涛の攻撃。

マーターの攻撃はそれこそ純粋な力の塊であった。

一矢一矢に篭められる魔力は膨大で、それを寸分の違いもなくギルの急所へと放つ。

ギルは剣でそれを落とす。全力で、全速で矢を落とし、次の矢を切り払う。

マーターの矢が距離によって威力を上げていたのは前回の戦いで承知していた。それでもこれほどまでの威力になることは予想外である。

喰らえば、胴に巨大な風穴ができる。黄金の鎧を纏う胸部ですら例外ではないだろう。

加えて彼女の周囲から襲ってくる武器群。前後左右に縦からも飛んでくる。

左から短刀、それを弾くと同時に左へと走る。一瞬前までいたところには球状の武器が着弾する。地面にはそうやって出来た傷痕が何十と残っている。

宙を舞う武器はその軌跡を持って、格子を造り、牢獄を作り上げる。

ただの牢ではない。神に異を唱える罪人を押し込み、そのまま食い殺す牢。触れれば手ごと指を削る格子に、狭くなる空間、さらには牢の外からやってくる処刑道具の山山山。囚われることは死刑宣告を意味する。

「はっ!!」

だが、その牢に囚われない実力こそ、彼女が王たる所以。女であろうと侮られることなく、民を纏め、軍を率い、敵を倒した女帝だ。

剣ではセイバーに、槍ではランサーに劣るが、それでも凡百な英雄と一緒くたにできない実力がある。

かわしきれず美しい肌に傷をつくる。でも、その程度の痛みで動きを止めたりはしない。

魔力は残り少なく、彼女の命は燃え尽きる前の火。それでも、敵に倒されることを善しとしない彼女はなによりも美しい存在だ。

このままではあと数分もせずに消える命。その最後まで彼女は抗うことを止めない。








「ふむ。やはりライダーを中心として動いているのか。その宝具は決して自発的に迎撃をしているわけではない。保護対象者が危険に陥った時にだけ受動的に行動するのか」

振り回されるエヴァの腕を下がって避ける。ついでで巻き起こった突風は木の枝を折る。

ランサーは攻めあぐねているというよりは敵の能力の観察を行っている。

ここで、ユイの立ち位置がランサーにとって不利となった。ランサーは森などの入り組んだ地形での速さをもっている。平坦な土地とほぼ変わらないその速度。近くにある森林で戦えば、ランサーの動きを追うことなど出来ない。

しかし、エヴァの動きはユイを中心としたもの、ユイが動かなければエヴァもまた動くことはない。間近に得意の戦場があるといっても敵が追ってくることはない。

「対岸でもサーヴァントがやり合っているようだな。……見たことのないサーヴァントが2騎。アーチャーともう一つは?」

間合いの外にまで逃げ、対岸を見る。そこでもまた自分と同じ存在たちが戦いを繰り広げているのだ。

「そのエヴァンゲリオン、ネルフにおいてあるものとは中身が違うな」

「えっ?」

「その内に宿る魔力の源泉、そして折り畳まれているが足、腕、背中には12枚の羽根。どちらかというと使徒に近い。いや、エヴァは使徒から生まれたのだったな。ならば、原初に帰ったということか」

ランサーの指摘にユイは絶句する。ランサーは外側から眺めただけでS2機関と初号機にある6対の羽根に気づいたのだ。

「だが、先日見た初号機も他の2機に比べると、中身が違っていたな」

「シンジの初号機が!?」

「そうだ。君の初号機とも違っていたな。君の正体、英霊としても面白すぎるな。もっと君の器が知りたくなった」

「止めてください!! あなたではエヴァは倒せません」

「後ろから襲い掛かる敵にまで情けをくれるとは実に優しいな。そういった意味では君は誰よりも高潔なサーヴァントだよ」

「からかわないでください!!」

「からかってなどいない。むしろ、からかっているのは君の方ではないか。敵と向き合っているというのになぜ、戦おうとしない?」

ここでようやくランサーは殺気を纏った。

「……た、戦うって?」

「君の宝具は本当に便利だ。私の宝具などでは比べ物にならないほどにな。しかし、君は宝具に頼りすぎている。宝具を失えば本当に最弱の英雄だろうな」

手に持つ赤き槍が禍々しい空気を放つ。

「だから今の君は最弱の英雄だ」






摂理改変せし赤槍ガ・デルグ






その真名によって、ユイを守っていたエヴァは消失した。一瞬で、初めからそこには何もなかったように消え失せた。

「……え、エヴァが」

その事実にユイは驚愕する。

ユイにとってエヴァは自分を守る絶対防御の鎧。なんであろうと破壊できないはずのものだ。なのに、一瞬でそれが消えてしまった。

「……………うそだ。………エヴァが破壊された?」

「破壊してはいない。お帰り願っただけだよ」

槍をくるくると回して、もてあそぶ。

「この槍で貴方の受けている加護を無効化した。貴方の持つ『どんな状況であろうと守られる』という宝具から与えられた加護をな」

「えっ!?」

「これは前提に『存在しなかった』という誤謬を含ませることで、結論にも『誤謬』を含ませる、運命干渉の魔槍だ。宝具を除けば、どんな魔術理論で定まった運命であれ書き換えられる自信があるぞ」

エヴァがユイを守る、守ってきたのはエヴァの中に母の魂があり、母の意思が自分を守ろうとしていたからだ。

だが、その意思そのものを改竄してしまえば、エヴァはユイを守らない。

「……じゃあ、母さんは」

「君の傍にいるが、もう自発的には動かないぞ。この一撃は君自身で対処しろ」

槍を腰だめに構えて、走り出す。

「では、終わりだライダー。戦う気のないサーヴァントはここで終われ」

神速の一角獣がユイへと突っ込んできた。








「……なんなのよ、これは」

茂みの中からアスカは自分の目を疑う光景を眺めていた。とても現実とは言えない光景がある。

宙を舞う武器、時代錯誤な弓矢をもつ男、そして剣を振るう女性。

剣を持っている金髪の女はアスカが知る人物だ。

襲い来る武器を剣で落とす。どれほどの衝撃なのだろうか彼女の柄を握る手は血で濡れている。昨日見た、見惚れるぐらい美しい身体は全身血だらけで下手な化粧をしているよう。

またかわしきれずに傷を負う。今度は深そうだ。なのに、殺されてたまるかと言わんばかりに諦めを知らない。






だからか、アスカは助けたかった。






一緒にいた時間は一晩だけだ。そこまでして、助ける理由はない。

でも、そっくりだった。最初はそんなこと考えなかったけど、夜まどろみながら感じた髪を撫でる手が思い出させた。その後は連鎖的に似ている所を探していった。

髪の色が同じで、肌の色が同じで、でも目の色が違っていて、だけどきれいな爪は同じで……

そんなことを考えていた。馬鹿なことと思ったけど、その思考は止まらなかった。考えないようにすればするほど、深みにはまっていった。

そう、彼女を助けたいという気持ちの前には、その信じがたい光景など二の次だ。

助けたい。その気持ちがあって、アスカは茂みから飛び出した。

「止めなさい!!」

言い切る前にギルに向けられていた矢はアスカへと向きを変え、発射された。








出せた中で最後の剣。もう振る力は残っていない。

もう左腕は硝子のように透けている。終わりはもうすぐそこだ。

戦いの途中から彼女の中での勝利条件は「敵を倒すこと」

それが無理でも、せめて殺されることなく消えることにしようと考えた。

マーターに殺されるのが癪だった。だから、自分から消えて悔しがらせてやろうと思って戦った。

(結局、アスカに礼も出来なかったな)

最後の最後で出会った少女。

もっと早く会っていればこちらから彼女に何かしてやれただろう。だが、今となっては何も出来ない。

現実ではもういえそうにないので、心の中だけで別れを告げる。

なのに、彼女はそこにいた。

「止めなさい!!」

気づいたのはマーターと同時。アスカの命運を分けるのはここからだ。

迷わず目撃者を消しにかかったマーターに、

迷わずアスカを救いに走ったギル。

速かったのは余裕がなかったギルの方だった。

避けた時に右の太ももの肉を持っていかれた。骨が露出するほどに深い傷だ。

「ギル!!」

「早く逃げろ!!」

第二射が来る前に逃がさないといけないという焦り、アスカをここで死なせるわけにはいかないという執念が声を出させた。

だがアスカは動こうとしない。傷を負ったギルを心配して、離れようとしない。

対岸に莫大な魔力を感じた。

そこには一体の巨人がいた。

ウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!!

巨人が雄叫びを上げる。地の底から響くような低い声。

マーターはそちらに気をとられた。死に体のギルより、現実的に脅威であるライダーを警戒したのだ。

そして、これこそがアスカの、命運に作用した。








ランサーの突きはとても美しい、無駄のない動きだ。何百回、何千回と繰り返し洗練されていった動きなのだろう。あれだけ離れていた距離を一気に詰める動きに、ユイは全く対応できない。




そもそも、エヴァのないユイに勝機はない。もし、勝機があるとするならば、




走り来る死。もう、何秒もなく接触する。そこで前触れもなく、走馬灯のように思い出したことがある。それはいつかシンジと話したことだった。

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「僕はエヴァンゲリオン初号機、碇シンジです!!」

唐突にシンジは大声を出して、びっくりした。

「い、いきなりなんなのさ!!」

「いや、ユイの真似。ユイが真名について知りたいって言ったから」

「今のボクの真似と真名がどう関係があるの? ボクは真名ってものがよくわからないからって相談したのに」

「なんでユイはその時に自分の名前を叫んだの?」

「えっ?」

なぜ叫んだのか。それは……、

「ユイはさ、自分のあり方を示したかったんだよね。だから名前を叫んだ。つまりさ、宝具の真名だって同じことだと思うよ。その宝具としてのあり方を示すものが真名。だから、ユイがエヴァとはどんなものなのか。自分で決めればいいよ。他の宝具と違ってユイの宝具は変わってるから、ユイが勝手に決めていいさ」

「そ、そんなものかな?」

「そうだと思うよ。その名前が本当にエヴァのあり方を示すものであるというのなら、きっとエヴァはその名前を真名として応えてくれるはず」

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その後、考えたはずだ。母が残したエヴァにある意味を。そして、自分が納得できるあり方を見つけられたはずだ。




なかった勝機を取り戻すには名前を唱える必要がある。エヴァンゲリオンに込められた意味を。




もう限りなく近い死。それを覆せる名前を。エヴァの中で見た母が言っていたこと。子ども達に未来を。






「未来を抱く揺籠の使徒!!!」エヴァンゲリオン






ウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!!

ついにその全身を現した巨人。その咆哮は開放された全力に昂ぶってか、それとも真名を呼ばれた嬉しさでか。

ユイはそのエヴァの雄姿を唯一見ることの出来ない場所、エントリープラグ内にいた。真名を唱えた瞬間にそこへと運ばれた。LCLはないが、シンクロしていると体が感じる。エヴァの猛りが伝わる。心臓が高鳴り、脈が速くなる。

足元にはランサー。ついにその全身を現したエヴァに一歩も怯む事もなく出現したATフィールドを突破しようとしている。

その姿にさきほどの言葉の意味を理解する。ランサーは戦う気のなかった自分が戦意を得るのを期待していたのだ。戦意を取り戻さないと殺す、そんな脅しだったのだ。

意味は理解でき、力は漲り、身体は意志で動く。なら、行動で意志を示す。

「たああああああああぁぁぁぁぁっ!!!!!」

身体を捻り、筋肉を断絶させる勢いで腕を振る。

今までのエヴァの獣の如き動きは、ユイの意志によって人間の動きとなる。

腕の振りと同時に放たれたATフィールドは扇状に破壊をもたらした。湖は大きな水柱を上げ、地面は押し潰れ、射線にあったネルフ施設の一部もその部分だけが跡形もなくなった。巨大なジオフロント。そこに巨大な一本道が出来上がった。

「母さん、こうやってシンクロするのも久しぶりだね」

ユイはエントリープラグの中呟き、ランサーを探す。

ランサーの姿は見えない。だが、彼なら生きてそうな予感がある。

こんな大事をやったらすぐにでも保安部や諜報部などが来るだろう。のんびりはしていられない。

「これからもボクに力を貸してね」

エヴァはゆっくりと消える。でも、呼べばまた出てくる。それまでのお別れ。








「なんだこの威力は!? あれがライダーの宝具か!?」

削られたものはその威力を物語る。

しかも、一番の問題はライダーの宝具は自分で魔力を製造、供給している点である。つまり、今の同等の攻撃ならば何度でも撃てるということだ。

予想に反して、巨人はすぐに消える。

マーターは既にライダーを殺すことを考えいてる。その前に邪魔で、すぐに殺せる二人へと武器を向ける。

「終わりだ。くたばれ」

ギルはほとんど透けて見えるほどで、目撃者であるアスカはそんなギルを担いで逃げようとする。

「餓鬼がその死に体を置いて逃げなかったことを後悔しろ」

飛びかかる悪意の群れ。それに対して、アスカは叫ぶことしか出来なかった。

「誰でもいい!! ギルを助けて!!!」






「分かった。投影、終了(トレース・オフ)」






割って入ったのは闇を自らの明かりでもって照らす一輪の花。何者にも抑圧されない七枚の花弁は思う存分広がり、盾となった。

その花の名を『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』

その花弁の一枚一枚は古城の城壁に等しく、その鉄壁の防御はその後ろに庇う者たちに絶対の庇護と安らぎを与える。

ギルを苦しめたマーターの大量の宝具を持ってしても、その花弁の一枚を破ることが限界であった。

「……シンジ」

「遅くなってごめん。これでも急いでいたつもりなんだけど」

後ろにいるアスカには声だけ返し、目は目の前のサーヴァントに。アスカには分からなかったが、今のシンジは普段では考えられないほど、それこそサーヴァントに匹敵するほどの魔力を持っている。

「貴様、ライダーとセイバーのマスターだったな」

「そうだね。貴方がなんのサーヴァントか知らないがここは引いてほしい。今からこちらの援軍が来るぞ」

シンジの言葉より早くセイバーが駆ける。マーターは弓で受け、他の宝具群で追撃にかかるセイバーを牽制する。

セイバーはその宝具群を薙ぎ払う。その鎧と身体には一切の傷はない。

「ちっ。あと少しというところで」

マーターは撤退する。ここにいるセイバーと近くにライダーがいる。セイバーだけなら相手に出来るが二体がかりとなると相手に出来ない。

後を追おうとするセイバーだが、宙を舞う宝具群は落としても落としてもまた浮かび、進路を塞ぐ。結局、追うことは出来なかった。

「……シンジ、ギルが、ギルが、きえちゃう」

アスカはその目に涙を浮かべながら、うわごとのように繰り返す。

「ギルというのはあのときのサーヴァントだったのか。……もう消えかけている」

「ねえ、助けてよ。今の変な力でギルを助けてよ。ギルは私を庇って、それで、それで、」

アスカは本当にこのサーヴァントのことを案じている。

だから、シンジは決断した。

「……分かった。だけど、最後は彼女の意志で行うから。……マスターはやっぱりいないみたいだな」

魔術回路を起動させる。

「今から、彼女と契約をする」








「―――告げる!

 汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に! 聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら――」

それは契約の言葉。聖杯戦争においてマスターとサーヴァントの間でかわされる契約。

ギルは朦朧とした意識の中で、シンジとその言葉を聞いた。

「―――我に従え! ならばこの命運、汝が剣に預けよう……!」

令呪のある左手を差し出される。

もう透明になり、動かすこともままならない手に、シンジの手が添えられた。言葉を待っている。こちらの契約を受ける側の言葉を。

「…………アーチャーの名に懸け誓いを受ける」

契約は成った。アーチャーとシンジの間にパスが通る。

同時に膨大な魔力がシンジからギルに流れ込んでいく。

先ほどのユイの真名開放、それは今まで働いていなかったS2機関の完全覚醒を意味していた。必要分を大きく上回る魔力はシンジとユイをつなぐパスを通り、シンジにも流れていた。

そして、それがギルにも流れ込みだした。

今のシンジは魔力が通るだけのパイプだ。余りに大量な魔力が供給されては排出されていく。

だが、それでギルはなんとか持ち直した。透明だった手足に色と質感が戻っていく。

それでようやくアスカに安堵の表情が浮かんだ。

「そういえば今まで聞かなかったけど、姉さんはどうしてネルフに?」

「市街地に行く予定でしたが、キャスターの蛇からの連絡でシンジたちがネルフに向かったと聞いたので私も急いで駆けつけました」

「それもちょっと遅かったけどね。マリアが来なければ間に合わなかった」








「私の大事な子に手を出すなんて」

「マリアさん」

「私がいる限りは安心よ。あの女はスラータラーが相手しているから大丈夫。……これで動けるはずだわ。さっ、他は放っといて先に帰りましょう。送っていくわよ」

銀色の髪の少女、マリアはレイの足元の土を掘り返し、弾丸を取り出した。その瞬間レイはがくんと膝から倒れた。

マリアはレイに手を差し出す。

「ありがとう」

「どういたしまして」

マリアは本当に突然現れた。

シンジが影達を相手にしているときに、横合いから超重量な物体がものすごいスピードで飛んできたのだ。

それはスラータラーの持つ大剣。それはジャンの足元に深く突き刺さり、ジャンはシンジの相手を止め、突進するスラータラーの相手をし始めたのだ。その隙に、シンジはジャンを抜いた。

牽制も銃弾も効かない相手にジャンは撤退するしかなかった。壁にした影達も薄紙のように粉砕され、今はどうなっているか知らないがサーヴァントを呼び戻さない限りは太刀打ちできないだろう。

ジャンにとっての失敗はレイを動けなくしたことである。シンジだけを攻撃したのなら、マリアは行動しなかっただろうが、レイまで攻撃したことで彼女を呼び寄せる結果となった。

「シンジ君は?」

「シンジなら大丈夫でしょう。スラータラーにはネルフの中で適当に騒ぎを起こしておくように言っておいたから撹乱にはなるはずよ」








「さあ、撤収するよ。凄い騒ぎになってる。これ以上いたら見つかるぞ」

シンジはギルを背負う。魔力が供給され、少しは傷が塞がり始めいるのだが、まだ足りない。これ以上は帰ってからするしかない。

「アスカ、立てる」

ギルを背負ったままアスカに手を差し出す。

「え、ええ」

いつもの元気をなくしたアスカは弱弱しくシンジの手を握り返し、シンジに立たされる。

「時間がないから姉さんに負ぶって貰って」

「アスカ、私の背に。なお、速度を出しますから決して口を開かないように」

セイバーの指示に素直に従う。









「おや、スラータラーと一戦終えたというのにまた君とか。悪いが、もう貴方には勝てる気はしないよ」

ユイはランサーとまたで出会った。探していたわけではないが、偶然出会った。

ちょうどいい機会だと、先ほどから気になったことを質問することにした。

「あ、あの」

「どうかしたかな? 何でも聞きたまえ。今回は槍を向けたりしない」

ランサーの軽口を無視して、気になっていたことを尋ねた。

「どうして、その槍を使わなかったんですか!?」

「? それはどういう意味かな?」

「貴方の伝説の最後は、貴方を殺すと予言された猪に殺されるってあります。でもその槍なら、その運命を変えられたんじゃないですか!?」

「ああ、なるほど」

運命を書き換える槍。ランサーが死ぬのは予言という『前提』があったから。ならば、この槍でその前提を書き換えしまえば、きっと殺されることなんかなかったはずだ。

なのに、それをなぜしなかったのか。その理由が知りたかった。

「それは君と同じだったからだな」

「えっ?」

「人に流される生き方の気楽さに浸っていたのだよ。流されて生きるというのは楽だ。ただ、その時は誰かに責任を押し付けてはいけない。流されて楽をした分、その分の責任は負わなくてはいけない。その責任まで放棄したのなら、その者の生き方に価値はない」

予言にしたがって生きたのだから、最後を不服と書き換えるのはあまりに無責任だと彼は言う。

それはユイにとても響く言葉だ。流されて生きた人間は、流してきた人間に責任を負わしてはいけない。とても厳しい言葉だ。

「で、でも」

反論したい。自分は意志を持たない人間ではないといいたくて、

「でも、今シンジと一緒にいることは自分で決めたことです。迷惑かけられてばかりですけど、一緒にいたいんです」

「……ふっ、確かにな。私も妻に対してその気持ちを抱いていたよ。迷惑ばかりかけられていたがそれでも私は彼女を愛していたよ。今日はもう帰りたまえ。貴方の主が帰りを待っているだろうからな。

次は最初から本気でいく」

「そうですね。ボクも本気でいきます。負けたくないですから」

ユイは走っていく。その背をランサーはただ眺めていた。

「いい答えだ。君はいい女になるよ。売約済みというのがじつに惜しいところだな」








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未来を守る揺籠の使徒(エヴァンゲリオン):A   (ライダー)

母の残した遺産。ユイ、シンジに対する自動完全防御、自己再生、魔力の自己生成と自律兵器としては完璧に近い。持ち主がその攻撃を知覚していなくても、エヴァの方が反応する。

宝具としては、人が造った宝具の中では最高クラス。

真名を呼ぶなくてもその能力を発揮するが、それでも能力的には真名開放時の半分以下である。
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摂理改変せし赤槍(ガ・デルグ):B   (ランサー)

事象の前提を覆すことで結論を書き換える魔槍。無効化するのではなく、そもそも存在しなかったと結論づける。

ゲイボルグが結果を先に決めるものに対し、ガ・デルグは前提を決める。

槍そのものに高い攻撃力があるわけでなく、Bランクというのは二槍合わせた能力によるもの。

真名開放に使用する魔力は少ないものの、使い勝手がいい、悪いは持ち手が判断することだろう。

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クラス  マータ―

マスター ???

真名   ???

性別  男

身長・体重   187cm・72kg

属性  秩序・善

筋力 A  魔力 A+
耐久 C  幸運 B 
敏捷 B  宝具 EX




クラス別能力

信仰:B サーヴァントと同じ宗教を信仰している人の数によって、サーヴァントの能力値に補正がかかる。





詳細

???




スキル

千里眼:C+ 遠くを見る能力。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。視覚妨害を無効化し、常に正しい距離を算出できる。

対大軍戦闘:C 一人で大軍を相手にする時、能力を向上させる。このランクなら一人で千人を相手に出来る。

単独行動:B マスターなしでも二日間は現界していられる。

魔力放出:C 武器、ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出することによって能力を向上させる。高出力ではないが、連続して使用可能。

神性:A ???



 
宝具

???

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あとがき

GW中の事件。朝の9時ごろ叔父から唐突に電話。昼ごろ、私の家に来るとの事。15分後、叔父が家に来た。
AM9:15は昼なんですか? 作者的には朝なんですが。来た目的は観光の案内役でした。ですが、ちゃんと付き添いましたよ。まあ、こういう事件。

いやー、今回はしんどかったわ。サーヴァント6騎の戦い、原作では一度に3騎までだったがみんな揃っての戦いが見たいと思い立ちこうなりました。

エヴァの真名に関しては皆さんこれで良い、悪いと意見があるでしょう。だが、作者にとって、この作品の中のエヴァはこんな感じなんです。ユイのエヴァはユイのためにある。以上だ。

次でイスラファエル戦終了(の予定)。その前にサーヴァント資料を載せます。番外編その6も着実に作られています。

感想、誤字脱字の指摘、次話の催促、真名に関して意見等、なにかありましたらどうぞ。



[207] Re[2]:正義の味方の弟子 サーヴァント資料
Name: たかべえ
Date: 2006/07/13 15:52
正義の味方の弟子
サーヴァント資料

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クラス  ライダー

マスター 碇 シンジ

真名   碇 ユイ(シンジ)

性別  女

身長・体重   156cm・43kg

属性  中庸・善性

筋力 E  魔力 -
耐久 E  幸運 E 
敏捷 E  宝具 A




クラス別能力(クラスという型に嵌ったときに与えられた能力。ランクによって能力が違う)

騎乗  :C どんな騎獣も人並みに乗りこなせる。ただし、幻想種はその限りではない。

対魔力 :E ダメージを軽減する程度の対魔法能力である。 




詳細

人類の原罪全てを背負った、誰にも語られることのない英雄。彼女の真実を知るものは彼女のマスターを除いて誰もいない。




スキル

覚醒  :D 騎乗した兵器の能力を最大限引き出せる。持続時間はランクによる。

対神性 :A 相手の持つBランク以下の『神性』を無効化できる。天使を殺し続けたことにより会得。これにより『神性』を無効化された相手の全能力を2ランク、無効化できなくても『神性』を持つ相手の全能力を1ランクさげる。
 
精神防御:C 精神へと干渉する魔術、宝具、攻撃に対する耐久力。ランクが上がれば精神だけでなく、肉体、魂までも防御可能となる。ただし、ランクが上がるにつれ、人との関わりが薄れていく。




宝具

未来を守る揺籠の使徒(エヴァンゲリオン):A 

母の残した遺産。ユイ、シンジに対する自動完全防御、自己再生、魔力の自己生成と自律兵器としては完璧に近い。持ち主がその攻撃を知覚していなくても、エヴァの方が反応する。

宝具としては、人が造った宝具の中では最高クラス。

真名を呼ぶなくてもその能力を発揮するが、それでも能力的には真名開放時の半分以下である。

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作者コメント

究極の保護者同伴少女、ユイ。いつでもどこでも保護者同伴。過保護な親に守られて、最近では擦り傷ひとつ負ったことがなく、下種な大人など近寄ることなど出来ない有様である。

過保護な母は、ナンパ野郎をデコピンで蹴散らし、ユイに向かってくる暴走車両も掌で止める。

ユイに手を出したければ、エヴァ(とシンジ)の屍を超えてから行け。

なお、エヴァがシンジに対して攻撃しないのはシンジも自分の子どものようなものだからである。(ユイが命令した場合は別)
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クラス  ランサー

マスター ヤスミーヌ・ラインハルト

真名   ダーマット・オディナ

性別  男

身長・体重   194cm・81kg

属性  中庸・中立

筋力 B  魔力 C
耐久 D  幸運 E 
敏捷 A  宝具 B




クラス別能力

対魔力 :B 第3節までの呪文詠唱の魔術を無効化する。このランクになると大魔術、儀礼呪法によっても傷つけにくくなる。




詳細

クー・フーリンの活躍したアルスター神話群より3世紀の後、フィアナ伝説群に登場するケルトの英雄である。当時最強だったといわれるフィン率いるフィアナ騎士団に属し、数々の武勇伝を残した英雄である。だが、しばし武勇伝ではなく、悲恋話の主人公としても存在する。

異界の神の国の英雄、その生まれ変わりと称されたダーマットは強さだけでなく、教養と品性を持ち合わせ、あらゆる女性から愛されていた。その彼の転機はフィンの再婚から始まる。

妻に先立たれたフィンは新しく妻を娶ろうとし、新たに百人の戦士コンの息子アートの息子コーマックの娘、グラーニアを妻に迎えようとする。しかし、老齢のフィンとの結婚を嫌がったグラーニアは、婚礼の宴でフィンたちに薬を盛って眠らせ、ダーマットに自分を連れて逃げるように頼む。ダーマットは拒むが、グラーニアは誓約(ゲッシュ)を無理やり交わさせる。ダーマットはこれに従い、グラーニアを城から連れ出すが、後にグラーニアを愛するようになる。

だが、同時にそれは自分の叔父であり、友であるフィンを怒らせることとなった。怒り狂ったフィンに追っ手を差し向けられ、二人は逃亡を続ける。だが、ダーマットはフィンへの忠誠を忘れたわけではなかった。昔の仲間のために労いの品を残していき、騎士たちと戦うことを避けていた。

後に、ダーマットの師であるマナナーン・マック・リールがフィンとの間をとりなし、二人は隠遁しながらも幸せな生活を送る。

そうして月日が流れたが、ベン・グルバンで一頭の猪が暴れる。この猪はダーマットの死んだ乳兄弟が姿を変えたものであり、『ダーマットを殺す猪』と予言されていた。だが、ダーマットは妻が止めたにもかかわらず、臆することなくこの猪と戦い、猪を倒すものの、自分も致命傷を負う。

傷を癒すには熟達の癒し手であるフィンにしかできなかったが、フィンはダーマットへの恨みからこれを拒む。そして、ダーマットは死亡する。

彼の生涯、それはいつも彼以外の誰かによって決められていたのかもしれない。




スキル

悠然:C どのような状況でも冷静さを失わない。また、精神に干渉する魔術、能力、宝具の効果を半減する。

狩猟:B 獣を殺す能力。魔獣ランクまでの獣の能力を低下させる。ただし、竜種は該当しない。

観察眼:C 相手の内側にかかる神秘を読み解く。




宝具

腐敗せし毒膿の黄槍(ガ・ボー):B

斬った対象を呪う短槍。ダーマットの持つ二槍のうちの一本。

『傷を癒させない』という呪いを持ったこの槍は傷口を腐らせ、相手の治癒を阻害するどころか、治癒の度に傷を悪化させていく。周りの肉ごと抉るという原始的な方法で呪いを外せる代わりに、大抵の魔術では解呪できない。




摂理改変せし赤槍(ガ・デルグ):B   (ランサー)

ダーマットの持つ二槍のうちの一本

事象の前提を覆すことで結論を書き換える魔槍。無効化するのではなく、そもそも存在しなかったと結論づける。

ゲイボルグが結果を先に決めるものに対し、ガ・デルグは前提を決める。

槍そのものに高い攻撃力があるわけでなく、Bランクというのは二槍合わせた能力によるもの。

真名開放に使用する魔力は少ないものの、使い勝手がいい、悪いは持ち手が判断することだろう。




モラルタ(滅殺せし憎悪の爪牙)&ベガルタ(果て無き憤怒の剣):A  
 
二刀一対の必殺の魔剣。二槍一対の槍ガ・デルグ、ガ・ボーはブラフのアンガスに貰い受けたものだが、この魔剣は彼の師であるマナナーン・マック・リールに貰い受けたものである。

この二刀に鞘はなく、刀身こそが鞘である。見た目は似ているが、砕けた刀身の中から生まれる真の刀身には違いがある。

ダーマットの伝説において、このベガルタはベン・グルバンの猪に止めを刺すときに使った剣である。
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作者コメント

ランサーは二刀流とか大好き。槍も剣もなぜか二刀一対。

日本での知名度は低いが、円卓の騎士のトリスタンの原型にもなった方で、西洋ではなかなかの知名度。

諜報、偵察、時間稼ぎ、なんでもできちゃう、でも彼曰く「マスターの機嫌をとることだけは難しい」とのこと。

なお、アーチャーにギル子が来なければ、彼とジャンがアスカに対応するキャラであった。

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クラス  アーチャー

マスター 碇 シンジ

真名  ギルガメッシュ

性別  女性

身長・体重  162cm・49kg 

属性 秩序・善

筋力 B 魔力 B
耐久 C 幸運 A
敏捷 B 宝具 EX




クラス別能力

対魔力:E…無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。
 
単独行動:A+…マスター不在でも何の支障無く行動できる。




詳細

ギルガメッシュが男ではなく女として生を受けた平行世界から派生した平行存在。
その一生の過程にも多少の差異がある。
男のギルガメッシュと比較しても性格は天上天下優雅独尊ではなく寧ろ優しかった。
男尊女卑の傾向が強い古代、神の血を引いていても所詮は女と影で彼女は侮られていた。
それは彼女の心に影を作りその心根を歪めるのに時間は掛からなかった。
心の影のままに振舞っても空虚さだけが募っていくだけだったがエンキドゥととの出会いによってそれは終わりを迎える。
彼女は友と共に神の獣フンババを倒し、都市ウルクを包囲したキシュ軍を撃破、良き王として国を治めた。
その後女神イシュタルはエンキドゥに求婚、それを見たギルガメッシュは激怒して彼女を力ずくで追い払った。
これに怒った女神は天の牡牛を差し向けるも二人は打倒、この時隙をついてイシュタルはギルガメッシュを呪い殺そうとする。
しかしギルガメッシュを庇いエンキドゥが代わりに呪いに倒れる事に。
その時初めて彼女はエンキドゥを友ではなく一人の愛する男として見ていた事実に気付く。
彼女は少しずつ衰弱してゆくエンキドゥを救うため、不死の薬を求めて冥界へ旅立ちそれを入手するが彼はそれを飲むのを拒否。
彼は人としての死を選びギルガメッシュもまた“彼のいない世界で自分だけ生きても意味は無い”と不死の薬を蛇に飲ませあえて不老不死にならず一生を終えた。
心の底では再びエンキドゥに会える事を願いながら…………。




保有スキル
 
黄金率:A…大富豪でもやっていける金ピカぶり。一生金には困らない。残念ながら身体の比率のことではない。
 
カリスマ:A+…ここまでくると人望ではなく魔力、呪いの類である。
 
神性:B(A+)…最大の神霊適性を持つが、彼女自身が神を嫌っているのでダウンしている。




宝具




天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ):EX

乖離剣・エアによる空間切断。
厳密にはエアの最大出力時の名称で、宝具はエア。
圧縮され鬩ぎ合う風圧の断層は、擬似的な時空断層となる。
約束された勝利の剣と同等か、それ以上の出力を持つ“世界を切り裂いた”剣である。

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン):E~A+++

黄金の都に繋がる鍵剣。
空間を繋げて宝物庫の中にある道具を自由に取り出せる。
使用者の財があるほどに強力になる。
また、この宝物庫に納められている武器はギルガメッシュが生前に集めた『すべての宝具の原型』である。

天の鎖(エルキドゥ):???

ギルガメッシュが好んで使用する宝具。
かつてウルクを七年間飢饉に陥れた“天の牡牛”を捕縛した鎖で、ギルガメッシュがエア以上に信頼する宝具。
能力は“神を律する”もの。
捕縛した対象の神性が高ければ高いほど硬度を増す宝具で、数少ない対神兵装といえる。
ただし、神性の無い者にとってはただの頑丈なだけの鎖に過ぎない。
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作者コメント

女ギル。作者にはギル子と呼ばれているお方。

彼女こそが最強。全ての原点、すなわち全ての萌え属性を持っておらっしゃる(わけない)

なお、アンケート投票によって敗れた赤い人がアーチャーだった場合、第3に強襲してきた凛の娘に呼び出されていたという。子守りしながらの戦い、ついにはネタキャラに。……すげー設定。

ギルに関してはサイゴさんからもらったものをほぼそのまま使ってます。

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クラス  マータ―

マスター ???

真名   ???

性別  男

身長・体重   186cm・72kg

属性  秩序・善

筋力 A  魔力 A+
耐久 C  幸運 B 
敏捷 B  宝具 EX




クラス別能力

信仰:B サーヴァントと同じ宗教を信仰している人の数によって、サーヴァントの能力値に補正がかかる。




詳細

???




スキル

千里眼:C+ 遠くを見る能力。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。視覚妨害を無効化し、常に正しい距離を算出できる。

対大軍戦闘:C 一人で大軍を相手にする時、能力を向上させる。このランクなら一人で千人を相手に出来る。

単独行動:B マスターなしでも二日間は現界していられる。

魔力放出:C 武器、ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出することによって能力を向上させる。高出力ではないが、連続して使用可能。

神性:A ???




宝具

???
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作者コメント

ギルを敵視していらっしゃるマーターさん。実は彼こそが本当のアーチャーだったという噂が……。

30近い大量の宝具に神性のスキル。

なお彼はとある事情により、ギルとセイバー、ランサー、キャスターを毛嫌いしておいでです。

彼の正体は一体!?

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クラス スラータラー

マスター マリアテレーゼ・フォン・アインツベルン

真名  バトラズ

性別 男

身長・体重   205cm・143kg

属性 中庸・悪




筋力 A+(A)  魔力 B(C)
耐久 A     幸運 C 
敏捷 C     宝具 A+




クラス別能力

破壊:A 攻撃力を上げる能力。殺すという意思の元ではさらに効果が上がる。




詳細

ナルト叙事詩を代表する半神の英雄。

父はナルトの一人ヘミュツ、母はビツェンテ(海神ドン・ベッテュルの眷族)の娘だが、父の背中の瘤から生まれた。

生まれつき鋼鉄であった体は鍛冶神クルダレゴンによって鍛えられ、あらゆる武器を跳ね返す。

また彼は不死身とも言われる英雄。

普段は天上に住み、必要な時には全身を赤熱させて降って来る。暴風に変身する能力もある。

勇士であると同時に手のつけられない暴れ者で、父ヘミュツが同じナルト騎士団であるシュルドンの策謀により、サイネグ・エルダルに殺害された時、怒りに任せてナルトの半数以上を虐殺し、天使や精霊まで手にかけたという。

虐殺の限りを尽くしたバトラズはその後、自分の死期を悟る。そして、生き残った者に、自分の持つ魔剣を海に投げ捨てるように伝える。

人々はそれを聞き入れ、海へ運ぼうとするが、剣のあまりの重さに諦め、隠してしまう。

バトラズは人々に剣を投げ入れたときになにか起きなかったか、と尋ね、人々が何も起こらなかったというとそれを嘘だと見破る。

人々は今度こそ剣を海に投げ入れると、海は荒れ狂い、沸騰し、血の色に染まった。それをバトラズに伝えると、願いが叶ったことを知り、そのまま安息の死を迎える。

アーサー王ととてもよく似た最後であり、そのためアーサー王のモデルであるといわれている。




技能

神性:C(B) 神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。海神の眷属に連なり、鍛冶神にその身を鍛えられた存在だが、天使を虐殺したことでランクが落ちている。

戦闘続行:A  生還能力。瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生き延びる。

勇猛:A  威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。また、格闘ダメージを向上させる効果もある。




宝具 

駆け抜ける乱風(ドゥルドゥラ):C

全身に風を纏い、攻防一体の鎧を作る。耐久のランクを一つ上げる。

防御力だけでなく、速さまで向上させるこの『宝具』だが、武器には風を覆わせることが出来ないので使うには武器を捨てる必要がある。

『宝具』扱いだが、厳密には魔術。ちなみに、ドゥルドゥラとはヘミュツ、バトラズと親子二代に渡って乗った愛馬の名前。




暴煉怒涛の嵐(ゴイトシュロス):A+   (スラータラー)

魔力を爆発力に変える鋼の肉体。周囲一体を焼き尽くす大爆発だが、それとドゥルドゥラを組み合わせることで常識外れの加速装置に変える。速度による貫通力と爆発による破壊力を切り替えることでどんな敵だろうと殲滅できる。

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詳細が追加されました。というのも、どういう最後であるかを調べたら判明したためです。まじで、そっくりな最後だね。

見えないところで働いている彼。実は飲んだくれ。

暴れん坊である彼がマリアに従うのは、マリアが彼と同じ願いを抱いているから。

番外編でも活躍中。その背中の煤けぶりは漢のかっこよさの証である。
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クラス  アサシン

マスター ???

真名   ハサン・サッバーハ

性別  男

身長・体重  196cm・53kg

属性  混沌・悪

筋力 B  魔力 D
耐久 D  幸運 C
敏捷 A  宝具 C




クラス別能力

気配遮断:A+ サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。完全に気配を断てば発見することは不可能に近い。ただし、自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。




詳細

反英雄。中東の暗殺者集団の頭領。『山の老翁』の意をもつ。この集団は元々は宗教組織であり、教義のために暗殺を行っていた。アサシンの語源になったもの。この教団には彼の死後もハサンを名乗る頭領がいた。アサシンのクラスは常に数多くいるハサンの内の誰かから選ばれる。




スキル

糸操作:B 糸を自在に操れる能力。

風除けの加護:A 中東に伝わる台風よけの呪い。

肉体改造:A 自身の肉体に、全く別の肉体を付属、融合させる適性。
このランクが上がれば上がるほど清純の英雄から遠ざかっていく。もはや反英雄としてはかなりの存在になっている。




宝具

ザバーニーヤ
架空血肉:C

悪性の魔人シャイターンの腕の骨。対象に触れることで発動する。触れた部位を中心に骨を除いた一定量の血と肉を奪う。

対象の二重存在を作りだし、それを攻撃することで本体にもダメージを負わせる。

防御力無視の攻撃で、防ぐには耐久ではなく、二重存在を作られないための魔力の高さが必要となる。

腕についた肉は1時間ほどで腐って落ちる。(その間は次は撃てない)

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作者コメント

ランサーにやられた。が、キャスターに拾われた。この後彼はどういうサーヴァント生を送るのだろうか。

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クラス  キャスター

マスター ローラ・クラーク

真名   エリオレース

性別  男

身長・体重   170cm・45kg

属性  秩序・悪




筋力 D  魔力 A+
耐久 D  幸運 C
敏捷 E  宝具 C




クラス別能力

陣地作成:A 自分に有利な陣地を作ることができる。”工房(魔術師の研究所にして砦)”を上回る”神殿”を作り上げる。

道具作成:A 魔力の篭った物品を作れる能力。擬似的ながら不老不死の薬も作れる。




詳細

アーサー王伝説に出てくる魔法使い。アーサー王の姪であるイセンヌと婚姻する。魔術に秀でていた彼は首を切り落としても再生するほどで、その魔術をもって民を安寧に導いていた。

イセンヌの母はアーサー王と敵対していたが、イセンヌとエリオレースは円卓の騎士ガウェインのように逆にアーサー王を慕っていた。

彼の凋落はイセンヌの死の後、再婚することから始まる。彼が愛した魔女はしかし、アーサー王と敵対しており、彼女に騙されたエリオレースはイセンヌとの息子である、カラドックに呪いをかけてしまう。

カラドックはアーサー王に助けを求め、彼の婚約者が命をとした治癒を行うことで一命を取り留める。

息子の快癒を知ったエリオレースはアーサー王の反感を買ったと信じ、魔女を自らの手で殺し、王に罰せられる前に失踪する。

その後、彼の消息を知るものはいない。




スキル

呪殺真言:A 呪うことに関して最も効率がいい魔術。シングルアクションでありながら、ファイブカウント以上の魔術に匹敵する。呪い限定であれば、数多の魔術師の中でも上位にある。

変異:B 魔術を極めた果てに肉体に現れた影響。吸血鬼化などの肉体そのものの変化が起きる。このランクが上がるほど、純粋な英雄から外れていく。




宝具

???

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作者コメント

すげーこと考えてた人。でも、聖杯を自身が使う気はなく、王に渡すだけでよし、と変わった思考回路を持っている。

なお、作中に出てきた蛇には、1m未満の小さい蛇と5m以上の大きい蛇がおり、小さい方は栄養採取、大きい方は死体を飲み込んで証拠を隠滅する係である。

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クラス セイバー

マスター 遠坂 凛

真名  アルトリア

性別  女

身長・体重   154cm・42kg

属性  秩序・善




筋力 A  魔力 A
耐久 B  幸運 A+ 
敏捷 B  宝具 A++




クラス別能力

対魔力:A Aランク以下の魔術は全てキャンセル。事実上、現代の魔術師ではセイバーに傷を付けられない。

騎乗:B 騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせる。魔獣、聖獣ランクの獣は乗りこなせない。




詳細

かつてブリテンに存在したとされる王。岩に刺さった剣、『カリバーン』を引き抜き、王となった。円卓の騎士を率い、聖杯を求めさせたが、誰も持ち帰ることができなかった。

王の凋落は湖の騎士、ラーンスロットが王の妻との不貞を恥じ、彼の元を去ったことと聖剣の鞘をなくしたことから始まる。

最後は自分と実の姉との不貞の息子、モードレッドに王位を簒奪され、それを撃つ為に、カムランの丘で死闘を繰り広げ、そして死ぬ。

死後は妖精たちの手によって、アヴァロンへと連れて行かれたという。

(本編での説明は長いので、かなり省略させてもらいました。)




技能

直感:A 戦闘時、つねに自分にとって最適な展開を”感じ取る”能力。研ぎ澄まされた第六感はもはや未来予知に近い。視覚、聴覚に干渉する妨害を半減させる。

魔力放出:A 武器、ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出することによって能力を向上させる。言ってしまえば魔力によるジェット噴射。セイバーは攻撃はもとより、防御や移動にも魔力を働かせている。

カリスマ:B 軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
カリスマは稀有な才能であり、一国の王としてはBで十分といえる。




宝具

風王結界(インビジブル・エア):C

風の鞘。エクスカリバーを覆う鞘で、纏う風によって斬撃の威力を向上させる。

光の屈折率を変えることで、透明になっている。間合いを計らせないその剣はシンプルながら、攻守ともに万能。

なお、風を解き放つことで一度きりの遠距離攻撃を行える。その際はセイバーの筋力、魔力に影響せずに一定の威力である。




約束された勝利の剣(エクスカリバー):A++

湖の精霊によってもたらされた剣。アーサー王のシンボル。

人造の武器ではなく、星に鍛えられた神造兵装。聖剣というカテゴリの中では頂点に立つ。

人々の“こうであって欲しい”という想念が地上に蓄えられ、星の内部で結晶・精錬された“最強の幻想(ラストファンタズム)”。星の

触覚たる精霊に管理されていたが、一時的に人の王の手に渡る。

所有者の魔力を光に変換し、収束・加速させることにより運動量を増大させ、神霊レベルの魔術行使を可能とする聖剣。指向性のエネルギー兵器。




全て遠き理想郷(アヴァロン):EX

エクスカリバーの鞘の能力。アーサー王の失われた三つ目の宝具。

アインツベルンによってコーンウォールで発掘され、衛宮切嗣にアーサー王召喚の触媒として与えられた。

原作では第四次聖杯戦争終結後、瀕死の衛宮士郎を助けるためにその体内に埋め込まれ、そしてセイバーへと戻ってきた。

聖剣の真の能力はこの鞘による“不死の力”。

所有者の傷を癒し、老化を停滞させる能力があるが、真名をもって鞘を展開することで数百のパーツに分解し、所有者を妖精郷に置いてあらゆる干渉から守りきる。それはまさに移動要塞。

魔法の域にある宝具で、あらゆる物理干渉、魔法である並行世界からのトランスライナー、六次元までの多次元からの交信をシャットアウトする。

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作者コメント

前回の生き残りにして最強のサーヴァント。

都合の関係でヒロインにはなれない方。でも、出番はトップクラス。あなたにはヒロインの座よりツッコミの座が似合っている、というのは嘘で敵サーヴァントのほとんどが彼女となんらかの関係を持っている。

チャームポイントはアホ毛(一度も描写したことはないが)。

いつか番外編でロンドン編でもやるつもり。



[207] Re[6]:正義の味方の弟子 第25話
Name: たかべえ
Date: 2006/05/15 10:48
正義の味方の弟子
第25話
重なる心








嫌な夢を見た。

一人の少年が全てを救おうとする夢を。

彼女はその少年を馬鹿だと思った。

少年は絶対に不可能なことを目指したのだ。第6魔法の完成、そのための聖杯作成。

自分の右腕を器とし、神代の魔術で器を満たす。これだけで暴論。なのに、彼はさらにとんでもない暴挙に出た。

そんなことしたって誰にも感謝されないだろう。傷つくだけで、その少年に返るものなど何一つない。

けど、その少年は返るものなんてなくてよかった。救うことが目的で、救ったことこそが報奨。

その少年はとても優しい。自分を捨てた父を愛しているし、自分を置いて死んだ母も愛している。父の幸せを願い、自分の幸せを祈らない。

不覚にも涙がこぼれた。

少年のその優しさに気づいている者がなんと少ないことか。なぜこの無償の優しさを理解できないのか。

その優しすぎる心はかつての友に似ている。

苦しむ人がいると救い、泣いているものがいると助け、死に逝くものがいると代わりに行った友。

彼が悲しまないように、苦しまないように国を良くしていた。

国を脅かすのであれば神すら敵に回した。

そうやって生きてきた最後は、神の呪いであった。彼は彼女のために呪いを肩代わりした。

そんな彼のために取って来た不死の薬。だが、彼はそれを拒絶した。

『僕以外の別の誰かに使ってあげて欲しい』

彼は知っていた。この呪いは『必ず一人を殺す』というものであることを。彼が生き残れば、彼以外の『誰か』が死んでしまう。だから、生き残るのを拒否した。

結局、薬の瓶は割った。その中身を蛇が飲んだが、彼女にとってはどうでもいいことだった。

友の最後の言葉は

『僕はこの国の民の幸せを願うけど、それ以上に君の幸せを願う』

そんなものだった。

そういうのならば、彼は理念を曲げてまで生き残るべきだった。彼なしの幸せなどなかった。

けどそうしなかったのは、彼が知っていたから。

彼女もまたどうしようもないくらいに優しいことを。自分の我侭で誰かを死なせてしまえば、傷つくと知っていた。

どっちも悲しみを生む選択。彼が選んだのは自分の死。

私情に流される王は誰にも認められない。彼は彼女の王としての尊厳を守るために死んだ。

彼女が王になった理由を知っているからこその決断だった。

彼女が欲しかったのは優しい人間を守る力。そのための王の力。

そのことを思い出し、まどろみの中で友に誓った。

『もしも、この少年に出会うことがあったのなら』

友にしてやれなかったこと。

『その時は我はこの少年の幸せを願い、そして我の力で幸せにする』








「んっ……」

ギルが目を覚ました時、入ってきたのは障子ごしの太陽の光。部屋の中は光によって白く染められている。

彼女が布団で寝かされていた。知識でしか知らない畳敷きの小さな部屋。家具も何もないそこには彼女しかいない。

ここはどこだ、と昨日の行動を思い出そうとし、知っている少女の声が聞こえた。

「ねえ、ギルは大丈夫なの?」

力のない声はアスカの声だとすぐに分かった。だが、元気な彼女が憔悴しているとは信じがたかった。

「大丈夫。魔力が戻ったら再生の魔術が自動で起動し始めたし、もうすぐ意識を取り戻すと思う。一週間もしないうちに傷は全部塞がるよ」

アスカと話している誰か。でも、その声をギルは知っている気がした。

そう、心が温まるようなこの声を聞いたことがある。

「そう、よかった」

「アスカは今日は練習休みなよ。昨日は少し寝ただけだろ。もっと寝てていいよ」

少年はアスカを案じている。

「でも、寝なかったのはシンジも一緒じゃない。ずっと私に付き添ってくれてたし」

少年の名前はシンジと。アスカの声はシンジに対しての親しさが篭っているように聞こえる。

「いや、僕は覚えが悪いから今日も練習しなきゃダメだ。アスカなら一日やらなくてもなんとかなるでしょ
。それにギルさんが目を覚ました時に傍にいてあげたいだろ」

「……それはそうだけど」

「ミサト姉さんは昨日騒ぎで忙しいから、今日は誰も監督には来ないよ。じゃ、行ってくるね」

そのままシンジは出かけていった。

少しして、襖が開けられた。

「ギル!! 目が覚めたの!?」

入ってきたアスカは我が目を覚ましたことを驚きながら喜んでいる。

「……なんとかな」

ぶっきらぼうに返事をしたギルにアスカが飛び込んでくる。

「なにを……」

「……よかった。よかった。あんたが死んだんじゃないかって心配したんだから!!」

ギルの胸に顔をうずめ、涙する。

それは母を想う子のようで、打算も何もない純粋な心の表れだった。

だから、彼女も子をあやす母のようにその髪を撫でてあげたのだった。

その静かで温かい時間は一時間も続いた。








冷静になったアスカは恥ずかしくなったのか、ギルから離れた。

温かい肌の温もりが名残惜しかったが、プライドで押し込める。

実はアスカはシンジのことを見直し始めていた。

昨日、ギルの傍で見守り続けていたアスカにずっと付き添ってくれた。シンジのいう魔術はアスカには理解できなかったが、何も知らされずにただじっと待っていることに比べれば、とても気が楽だった。

アスカの見た限りでは、見た目ではギルの傷はなかった。

「ねえギル、聞いてもいい?」

「何をだ?」

ギルは分かっていてとぼけている。

「昨日のこと。昨日、あんた戦ってたでしょ。なんでよ?」

「……」

「あの変な男や透明になったあんたの手足。それにシンジも。これってどういうことなの? シンジはあんたを助けるためにマスターになったって言ってたわ。どういう意味なの?」

「……シンジ? アスカが話していたやつか。そいつがマスターに」

ギルは一人で考え込む。それはそうだろう。魔力ゼロの彼女をここまで回復させた魔術師。いまも、常軌を逸する魔力量を供給し続けることができる魔術師など考えられない。

でも、ぼんやりとした記憶の中に一人の少年がいる。自分の手をとって、自分と契約した少年。

「どうしたのよ? 答えてよ」

「……そうだな。教えることは出来るがしたくはない」

「なんでよ」

「教えたことでアスカの命が狙われることになるからだ。マーターが飛び出したアスカに即座に矢を放ったように、我のいる世界では秘密こそがなによりも重要となる。目撃者は消して秘密を守るのが当然の世界だ」

そう、魔術師にとって隠匿するのは当然のことだ。マーターの行動は正しい。

「……じゃあ、なんであんたは私を助けてくれたのよ」

だから、魔術師の論理的にはギルの方が間違っている。アスカを見捨て、目撃者を消す方が正しかった。

それをしなかったのは、

「……守りたいと思ったからだ」

気恥ずかしいけど、言い切った。

それをアスカはどう受け取ったのだろうか。

「そう。ありがとう」

笑った。とても幸せそうに笑った。

「ふ、ふん。何か聞きたいのであれば我のマスターに聞け。マスターが話すというのであれば、我は隠さないことに異論はない」

そっぽを向く。

「はいはい、じゃあシンジに尋ねるわよ」

アスカは立ち上がり、よろっと倒れた。その身体をギルは支える。

「大丈夫か?」

「ごめん。寝不足だからかな」

「寝ればいい」

「……ねえ?」

「なんだ」

「今日も隣で寝ていい?」








訓練の終わり、シンジは葛城邸を抜け出し、家へと帰ってきた。ユイとレイは残ってもらっている。

特にユイは相手を警戒させてしまう心配があったため、連れてこなかったのだ。

アーチャーのサーヴァントが暴れる可能性があったが、令呪で従わせることも出来る。もっとも、令呪を使うのは最終手段だが。

家を見ると、もう夕方だというのに明かりはついていない。

「ただいまー。アスカいるー?」

扉を開け、中にいるだろうアスカへ呼びかける。返事はなかった。

靴を脱ぎ、廊下を歩いていく。目的地はアーチャーのサーヴァントを寝かせていた部屋だ。

襖を開いたシンジが見たものはとても温かいと感じるものだった。

小さな畳敷きの部屋には布団と二人の人間。

アスカは布団の中で丸まっている。赤い髪だけをこちらに向けており、眠っているのかシンジに気づいた様子はない。

もう一人はそんなアスカの髪を優しく撫でている。元々彼女のために敷いた布団であったのだが、その半分以上をアスカに分けている。風邪を引いたりしないようにと。

彼女はシンジを見て、驚愕している。

彼女はシンジを一度殺そうとしたのだ。その相手が目の前にいるのだ。

「もう起きて大丈夫?」

「……どうして?」

「?」

「どうして貴様が我のマスターなのだ?」

その言葉にどんな意味が込められているのか分からない。

ただ、その言葉には嫌なものは含まれていないと確信できた。

「昨日、僕は貴方と契約をした。アスカは貴方を助けることを望んで、貴方を助けるにはそれしかなかったから」

「貴様には既にセイバーとライダーがいたはずだ。その状態で我にこれほどまでの魔力を供給できるというのか?」

「厳密には僕はセイバーとは契約していないよ。僕が契約しているのは貴方とライダーのユイ。この魔力はユイの宝具の能力なんだ」

「考えにくい話だが、魔術師だけでここまでの魔力を持っていることに比べればまだ信じられるな」

一応は納得したらしい。

「で、我をどうするつもりだ? 聖杯を手に入れるために利用するつもりか」

「その前にいいたいことがあるんだ。いいかな」

「なんだ」






「ありがとう」






感謝を述べた。

「どういう意味だ?」

「貴方がアスカを助けなけば、貴方がいなければアスカは死んでしまっていた。だから、アスカを助けてくれた貴方に僕は感謝したい」

昨夜、もしかしたらアスカを失っていたのかもしれない。

「そんな言葉はいらん。元々、我がアスカに出会わなければ、アスカが巻き込まれることはなかった」

「でも、貴方はそれでもアスカを助けてくれた。どんな高潔なサーヴァントでも見捨ててしまう状況で、貴方は助けることを選択した。そのおかげでアスカがいるんだ」

「ば、馬鹿か! 貴様は魔術師だろうが。神秘の隠匿が最優先ではないのか!?」

「違う。僕は魔術使いだ。神秘の隠匿より大事なものがある」

「なっ!?」

絶句する。

後継者以外には身内であれ隠匿する、それが魔術師にとって常識。なのに、真っ向から否定する。

「聖杯など起動しなくていい。儀式など失敗してしまっても構わない。聖杯に頼って、あの時、失敗した僕の結論だ」






彼女は理解した。

自分が夢に見た少年は誰だったかを。

それが目の前にいる少年。自分の大事な人と同じ姿をして、同じ考えを持つ少年。

思ったことがあったはずだ。

『もしも、この少年に出会うことがあったのなら、』

果たしきれなかった約束。






「……名前はなんだ?」

ギルはシンジに尋ねた。

「えっ?」

「だから名前だ。マスターとサーヴァントの名前の交換だ。シンジという呼び名は知っているが本名を知らん」

「いいの? 僕は聖杯を起動させないことが目的のマスターだよ」

「聖杯に興味はない。我の願いは聖杯では叶えられない。ならば、聖杯などいらん」

言い切った。

ギルの願いがシンジの願いをかなえることで、シンジの願いが聖杯では叶わないというのというのであれば、聖杯はいらない。

そして、彼女の秘められた願い、今彼女に寄り添っているものを守るにはこのマスターが最適なのだ。

「我が契約を結んだ時は、意識がはっきりしていなかった。だから、もう一度契約を行う」

そう、ここでもう一度。

シンジはあのときと同じく左手を出す。

「僕は碇 シンジだ。これからよろしく、アーチャー」

「シンジ、シンジ……。面倒だな。シンでいいだろう」

彼女も左手を差し出し、今度は彼女から握る。

「ギルガメッシュ。我のことはそう呼べ。貴方とかアーチャーとかで呼ぶな」

ギルガメッシュ。それが真名だと応えた。

「……ギルガメッシュ。ギルガメッシュは男のはずじゃあ」

「我は女だ」

その言葉には若干の怒りが篭っている。その証拠に握られている手が痛くなる。

「分かったな」

「うん、女だね! 僕が間違ってたわ。 はは、じゃあ、お茶入れてくるね」

爽やかな笑顔を残した後、シンジは脱兎のごとく、駆け出した。

「……アスカ、もう起きていいぞ」

「ばれてた? 狸寝入りしてたのばれてたの」

アスカはぱちっと目を開く。

「途中から呼吸の間隔が変わった。やるんだったらもっと上手くやれ」

「次あるかどうか分からないけどね」

ガバッと布団をめくりながら起き上がる。

「ねえ、今の話ってギルとシンジが仲良くなったって事でいいの?」

「要点だけを纏めればそうだな。そうだ、魔術に関してだが、シンは教えていいと言ったがどうする」

魔術の隠匿よりアスカの方が大事だといったシンジ。

「……あれは聞いててこっちが恥ずかしかったわ」

「想われていて、いいではないか」

「な、なに言うのよ!! それなら、あんただっていきなりシンジに優しくなったじゃない」

「……それは我がシンをマスターとして認めたからだ」

「なんで目線をそらすのかしらねー。ねえ、どうしてー」

「うっ、うるさい」

先ほどまでギルに甘えていたはずのアスカは、まるで対等の相手のように布団の上でギルと暴れる。

布団を蹴り飛ばし、枕を投げ、障子に穴を開け、二人で焦る。

そんな関係が、彼女達にはあっているのだろう。






台所でお茶の準備をしているシンジは、

「ふむ。アスカが起きたか。アスカにエヴァのことを言うのはいつになるかな。

あと、王様に出す茶葉ってこんなんでいいのかな?」

安物のお茶葉の缶を眺めて、そんなことを心配していた。

ちなみに、セイバーは王様だと考えていないらしい。






次の日は、アスカも練習に参加した。三人での息を合わせだしてきた。訓練の終わりに、ギルのところへと行った。

その次の日は、トウジたちが見に来た。カメラのレンズを向けるケンスケをレイとアスカのツープラトンで沈めていた。そのケンスケは(アスカに脅された)トウジによって、ゴミ捨て場に捨てられたという。マリアはシンジの格好を笑いながら、ケンスケのカメラで撮っていた。

さらに次からは、ギルがミサトの家に行くということになったのだが、セイバーといらぬ戦いを起こしてはならない、というシンジの説得により、留守番することでなんとか回避。これはこの戦いが終わるまで続くことになった。

なお、この日、ユイがかまってほしいオーラを出している(シンジの主張)により、シンジがユイに飛びつこうとする事件が起きた。それをレイとアスカの連携で止め、特訓の成果を実感する。

作戦の前日には、9割以上の仕上がり。だが、練習を止めない。もっと高得点を狙うことになった。

時間は流れていく。

最後の夜も終わってしまった。






作戦決行のその日。

「あと100秒で作戦決行よ。みんな準備はいい?」

『『『了解』』』

第三新東京市の都市部まで進入してきた敵を迎撃する。

この作戦は都市部でなければ出来ない。

『レイ、シンジ、準備いい?』

『アスカこそ準備は出来てるの?』

『私はばっちりよ』

『僕もばっちりだ。今ならあの使徒を倒せる』 

『私も。アスカ、62秒で片をつけるわ』

三人の士気は高い。

「復旧で応援してくれる人少ないけど、頑張ってよね」






残り62秒。

弐号機と零号機がケーブルをパージする。同時に全力で疾走。武器は持たない。拳と脚が武器だ。

残り55秒。

敵は三体に分離する。

赤は前へ、黄色は横へ、青は後ろへ、敵のフォーメーション。

対し、彼らもフォーメーションを作る。

残り48秒

前面へと向かってくる赤に対し、シンジが攻撃を加える。

それを初号機が精密射撃で妨害する。初号機の周りにはパレットライフル、バズーカ、ポジトロンライフル、あらゆる兵器を持って、接近戦の赤を止める。

初号機の役割は赤と青を止めること。アスカとレイのための道を作ることだ。

足を撃ち抜き、動きを止める。接近戦しか出来ない赤にとって、足は重要だ。すぐに再生するが、それでもそのほんの僅かな時間が必要だった。青も同様、頭を吹き飛ばし光線を放たせない。

残り39秒

アスカが駆る弐号機は走りながら、赤を引っ張ると、それを盾にしながら黄色へと走る。

この使徒の弱点はやはり使徒であったこと。人間ではない。他の二体を『他者』ではなく、『自己』とみなしていることである。

獣は自傷をしない。広範囲を攻撃する青は他の二体を決して巻き込めない。

それは前回のランサーが証明している。

足元を高速で動き回っている彼に対し、青は一度も攻撃をしなかった。

それがヒントであったのだ。

残り30秒

零号機が最後方にいた青まで接近し、初号機の弾幕がやむと同時に掴む。そのまま、赤と黄色へと投げる。その方角には弐号機もいる。

だが、レイは躊躇も遠慮もしない。アスカなら止められると信じて。

まるで円盤投げのように投げ飛ばす。

残り20秒

レイの信頼どおりにアスカは飛んでくる使徒を踵落としで真下に沈める。

こうして、赤、黄色、青の三体は揃った。

一転に集中した使徒たちに初号機が火力を叩き込む。弾が切れたら次を使う。再生する暇も、立て直す暇も与えない。

残り13秒

シンジが弾切れになり、とどめの一発を構える。すでに弾丸は込められ、照準をあわせるだけ。

シンジが最後に構えるは、ポジトロンスナイパーライフル。

第5使徒の戦いの後、エクスカリバーに対抗するためにリツコたち技術部が作り上げた兵器の一つ。一発撃つのに、膨大な費用と電力を必要とするが直線的な破壊であれば、現代兵器の何者にも引けをとらない。

エントリープラグの中のスコープを覗く。

MAGIによって計算されていき、修正されていく照準。だが、それ以上にシンジが照準を合わせる。

撃つ前にすでに『当たっている』というイメージ。

シンジが射手に選ばれた理由は、高いシンクロ率とこの射撃能力。

役割は射手にして、放つ瞬間まで守り抜く盾。

三体のコアを僅かなずれもなく、一発で貫通させる。

零号機、弐号機によって使徒は完全に一直線に集められていく。三体を完全に一箇所に集めるまであと少しだ。

全て、決められたタイミング通り。

シンジたちに求められたのは三人が同じ動きをする同調ではなく、三人が最大限の動きを発揮するための連携。

残り6秒

ここまでは完璧。見えた勝利。






そう、そこで使徒が二体で合体し、一体を逃がすという方法を編み出さなければ。






それは無様な姿だ。とってつけたような部品が醜悪で、それでも生きようとする命。

『しまった。レイ!』

『ダメ! 押さえきれない』

意地でも這い出ようとする使徒。意地でも出さまいとするエヴァ。

勝ったのは使徒。

残り3秒

その勝利がただの妄想でしかなかったと告げるための鎖が伸びる。

使徒へと巻きつく無数の鎖。

それは亡者を冥府に繋ぐための鎖のようでいて、悪戯に人を脅かす神を律する鎖。

苦しめるためのようでいて、救うためである。

名を『天の鎖』エルキドゥ

優しすぎる男の名を冠した鎖は、同じ理想を持つ者のために力を貸す。

どこまで伸びるのだろうか。

天から伸びた鎖は三体の使徒を完全に縛りつけ、結びつけ、僅かな身動きすら許さない。

残り0秒

そして貫くは人が作った光の矢。超熱量の一撃は使徒に大穴を空ける。

神の使いを倒す、人が造った光。

それが勝利を告げる祝砲でもあった。








「ふん。やはり我がいて正解だったな」

ギルはとあるビルの上に立っている。

戦いは終わり、人は勝った。

相手が神であろうが、魔であろうが人に仇なすのであれば、それは彼女の敵だ。

「我はシンの弓となり敵を狙い、矢となり貫くことを誓う」

そして、罪もない者達を巻き込む愚かな罪人は彼女の怒りを買ってしまった。

圧倒的な力を持つ、優しい王を。

完全に力を取り戻した、いやそれ以上の力に得た彼女という矢を止める術はない。






戦闘は終わった。

動力切れで動かなくなった弐号機と零号機から二人が出てくる。

そこに初号機がやってくる。

初号機は動力切れというわけではないが、シンジも初号機から降りる。

この喜びを分かち合うために。

エヴァの装甲の上を駆け下りる。待っているのはアスカ。

アスカはシンジに近寄る。

「ねえ、シンジ」

「どうしたのアスカ」

「……これはお礼よ」

シンジの頬にそっと口づけをする。

「ありがとうシンジ」

はにかんだ笑い。

「ギルと私を助けてくれたお礼。ちゃんと受け取んなさいよ」

シンジは知らなかったが、アスカは誰にもこんなことをしたことがない。このお礼はアスカにとって、何よりも重要なものであることを。

それに見惚れた隙に、今度は背中へとレイが飛び込んできた。

「いつものようにだっこして」

シンジの首に腕を絡ませ、そんなことをお願いする。

「い、今まで一度たりともした覚えがありませんが」

「うそつき。いつもユイさんに内緒でやってるのに」

「お願い、僕の脳みそ!! ちゃんと物事を記憶して!! そして、教えて!! いつだっこしたの!?」

なかったことを記憶できるはずはなく、結局その記憶はよみがえらない。

「えっ、シンジ! あんたレイにそんなことしてるの!?」

「お、覚えはない。けど、レイはあったと証言する」

「お姫様だっこをされたわ。みんなの前で」

「その時の皆さーん!! どうか、証言してくださーい!!」

遠くに向かって叫んでも、避難命令で誰もいない。

アスカはシンジの背中に抱きつくレイに小声で話しかける。

「(レイ、……あんたってうそつき?)」

「(ただのスキンシップ♪)」

「(……あー、そう)」

そんな時に、初号機備え付けの電話が鳴った。

これ幸いと受話器をとる。もしかしたら、呼びかけに答えてくれた人かもしれない。

「はい、もしもし」

『シンジの馬鹿ーーー!!!!』

受話器に耳を当てたシンジに襲い来る、遠慮容赦ないユイの大絶叫。

「耳が、耳がー!!」

右耳を押さえて苦しむシンジ。

『後で絶対酷い目にあわせるからね!!!! 覚えておくんだよ!!!!!』

受話器からはまだ不穏当な単語が響く。

この後シンジを待っているのは、戦いの終わった後のささやかなパーティーと、ユイの気合の篭った拳であった。






あとがき

イスラファエル撃破!! 長かった。5話も使ってしまった。

ところで今回考えたことは「ギルにシンジのことをなんと呼ばせるか」でした。友の名で呼べば、それはゲンドウと変わりませんし、かといっていいのが決まったわけでなく、「シン」になりました。

なんと昨日(5/14)は作者の誕生日。誕生日だからって、それでもやることは同じです。この作品を作っていました。

これからは硝子の20代。ああ、無常にも流れていく月日。

とまあそんなことは置いといて、感想、誤字脱字の指摘など、なにかありましたらどうぞ。

次はおそらく、今回アスカに伝えなかったことと、ギルVSセイバー&ユイです。もしかしたら、その前に番外編があるかもですが。



[207] Re[6]:正義の味方の弟子 番外編その6
Name: たかべえ
Date: 2006/05/18 10:51
正義の味方の弟子
番外編その6
彼らの休日






その日、その家の中では絶対にありえないはずの光景があった。

「ふえーん(泣)、アスカが、ユイのおかしとったーーー(泣)」

大声で泣くユイ。今日の彼女はなぜかいつもの半分ぐらいの大きさである。

「うるさい。ユイのものはアスカのものなの」

べーっ、とユイに舌を出すアスカ。やっぱり半分ぐらいの大きさだ。

「…………おかし?」

熊のぬいぐるみをかかえながら、ぼんやりと頭をかしげるレイ。これまた半分(以下略)

「ユイもレイもアスカもアルトリアのいうこときいて!!!」

そんな三人をまとめようとするアルトリアことセイバー。小さい。

「ほら、あ、あぶないからそんなことはするな」

棚の上に上ろうとするアスカを唯一、いつもと変わらないギルガメッシュがあたふたしながらおろす。

そんな光景を目の当たりにするシンジの一言。

「うむ。素晴らしいぐらいに異世界だ」

さすがのシンジも一瞬、面食らったようである。






とある休日。ちょっと目を放した隙に出来上がったこの世界。

ちびっこたちによって保育所が出来上がったのである。

「打ち出の小槌はどこいったけ?」

思わずそんなことを口走る。そんなもの持ってはいないのだが、なぜか探してしまう。

そんなシンジにユイが駆け寄ってくる。

「シンジ、アスカからユイのおかしとりもどしてよ」

舌たらずな言葉でユイはシンジにお願いする。今の4歳ぐらいだろうか。背丈はシンジの半分も無い。

涙目で、上目遣い。その相乗効果にシンジは耐えられない。

(キタアアアアアアアアアアアアaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!)

心の中の大絶叫など全く顔に出さず、ユイをシンジは抱きかかえてあやす。

「はいはい。おかしならまだいっぱいあるからね。喧嘩しちゃダメだよ」

ユイを抱えたまま、台所へと向かい、高い棚の上においてあったクッキーの箱をとる。その中から一枚取り出して、ユイにあげる。

「ユイ。はい、あーん」

「あーん♪」

いつもだったら絶対にしないようなことをこの子供ユイは素直に行う。クッキーをくわえたユイは満面の笑顔。お日様のようににこやかで明るい笑顔である。

「ありがとうシンジ」

「どういたしまして。そうそう、これからは僕のことは『おにいちゃん』か『シンジおにいちゃん』って呼んでね」

「うん。『シンジおにいちゃん』」

シンジにとって譲れない何かがそこにはあったようだ。








「つまりはアスカのわがままから始まったと?」

「その通りだ。若返りの薬を飲んでみたいと言い出してな」

「レイちゃん、くまさんかして」

「いや」

「で、ユイとレイと姉さんまで子供になっているのはなぜ?」

「気がつけば小さくなっていた。アスカが飲み物にでも混ぜたのだろう」

ユイとレイのくまをめぐる戦いをBGMに、シンジとギルは大事な話をしている。アスカはいたずらに余念がなく、セイバーは全員にお姉さん風をふかそうとするが、誰にも相手にしてもらえない状況。

「……この薬の効果ってどれくらい?」

「これは若返らせる薬だからな。相反する薬を飲ませない限りは一生だ」

「じゃあ、すぐにでも飲ませようか」

「そうするか」

話し合いの結果、現状を打破することに決めた。

だが、アスカの一言でその意思は崩れた。

「ねえ、シンジ。ゆうえんち、いきたーい」

普通のパパであれば、「えーっ」とか「パパは疲れてるからだめ」とか言うだろうが、シンジは違う。

「遊園地か。そうだな、ぜひとも行こう。きっと楽しいはずだ」

子供の笑顔は貴いもの。そのためなら、どんな苦労もいとわない。それが彼なりの正義である。

決して、この子達の可愛さをもっと引き出したいとか思ったわけではない。

「いいのか?」

「まあ、一日ぐらいはいいと思うよ。それにね……」

最後をシンジははっきりとは言わなかった。ギルがそれを問いただそうとするも、シンジはちびっこたちに向き直った。

「はーい、みんな。今からお出かけするから準備してねー」

「「はーい」」

元気なユイとアスカ。

「……」

元気がないというより、どう反応したらいいか分からないレイ。

「わかりました」

年長であることをアピールするセイバー。

「……シンジがそういうのであれば」

自分に構ってくれないのは寂しいが、渋々承諾するギル。

こうして、彼らの休日は始まった。








本当に唐突だが、ここで(女の子)全員の服装を描写することにしよう。

まずはユイ。真っ白のブラウスに紺のスカート、エナメルの赤い靴に白い靴下。シンプルな装いだが、ブラウスには細かく美しい刺繍がしてあり、誰からも愛されているお姫様という感じだ。あまり長くない黒髪の右側には白いリボンがある。ちょうちょ結びのリボンはもちろんシンジがしてあげたもの。服装もシンジのコーディネート。

次にレイ。大胆な紐のノースリーブにハーフパンツ。頭には黒のカチューシャ。脇が大きく開いているそれは、体のボリュームはない分恐ろしい。おとなしい彼女の印象からは遠いが、似合ってないとは決して言えない。この服を選んだのはシンジ。手にはお気に入りの熊のぬいぐるみを抱えている。

さらにアスカ。彼女は黒の子供用ドレスで、髪型は髪を二つに纏めたツインテール。いつものヘッドセットではなく、ギルの手作りの紐。ギルと手をつないで、まるで本当の親子のようだ。この服はアスカが選んだ。

そしてセイバー。彼女はバックル付きのズボンに、フード付きのトレーナー。フードはライオンを模したもので、とても気に入っているらしく、被りながら時折「がおー」と吼えている。もちろん、セイバーが選んだ服である。

最後にギル。彼女は着飾っていない。安物のサマーセーターとロングスカート。だが、その気安さはシンジとこどもたちとの親密さを表している。もっとも、服が貧相であろうが彼女の魅力は打ち消しきれない。

そんな彼女達を引き連れて、シンジは遊園地へとやってきた。

こんな異常なパーティーであれば、普通の街中ならそれこそ嫉妬だけで殺されかねないが、ここはカップルと親子連れしかいない夢の国。視線も一瞬で外れて、風船を配る着ぐるみへと向き直る。

そんな夢の国。子ども達ははしゃぎ、大人も童心に戻ってはしゃぐ。

「あっ、ふうせんくばってるー」

「ユイもいくからまってー」

「アスカもユイもまちなさい」

とたとたと走っていく三人組。残されたのはシンジとレイとギル。

「どうしたのレイ。二人についていかないの?」

「……ふうせんってたのしいの?」

不思議な質問をするレイに、シンジはレイの目線の高さまでしゃがむ。

「うん、楽しいよ。風船はぷかぷかお空の上を浮いていてね。レイの抱いているくまさんも風船と遊びたいって」

「そういってるの?」

「そういってるよ。僕がついていってあげる。だから、一緒に風船もらいにいこ?」

シンジはレイの細い手を優しく握る。

「……うん。おにいちゃん」

「おにいちゃん?」

「うん。シンジはおにいちゃん。ユイにおにいちゃんってよぶようにいったから。ユイのおにいちゃん」

その言葉には僅かな憧れが混じっていて、気づいたシンジはレイの髪を優しく撫でた。

「うん。僕はおにいちゃんだね。でもね、僕はユイだけじゃなくて、レイとアスカのおにいちゃんでもあるからね」

「……ほんとう?」

「本当だよ。今日はおにいちゃんと一緒に遊ぼうね」

「うん」

最後の「うん」は今まで最も力強かった。二人は手を取り合って、風船をもらいに行った。






「ごめんね、おじょうちゃん」

「ぜったいにみとめなーい!! なんでジェットコースターにのっちゃだめなの!!」

アスカは入場口の前で吼える。ジェットコースターは身長制限があり、彼女はそれを満たしていなかった。

「ほら、ここで大騒ぎしたって身長は伸びないよ。ほかのアトラクションに行こう?」

「……うん」

優しく諭すシンジにアスカは納得した。

直後、面白いことを思いついたアスカはその名前を挙げた。

「ねえ、あそこに行きたい」






「おばけ屋敷か」

「いやー!! おばけいやなの!!」

ユイはシンジのジーンズを後ろへ引っ張りながら、駄々をこねる。怖がりな彼女にとっておばけ屋敷などもってのほか。急いでこの場から離れたいのだ。

「ユイのおこちゃまー。シンジ、はやくいくわよ」

アスカは逆にシンジの手をとって、前へと引っ張る。

「いっちゃいやー」

ユイは後ろへと引っ張る。お化け屋敷の目の前で繰り広げられる大岡裁き。真ん中のシンジが恍惚とした表情をしているのがポイントである。

そんなシンジを見て、ムッとしているのが二人。

「じゃあ、僕とアスカだけでいってくるから」

「おにいちゃん、いっちゃやだー」

それでもユイは離れようとしない。そんなユイにレイは近づいていく。

「くまさん、かしてあげる」

「えっ、いいの?」

「うん。だから、おにいちゃんをいかせてあげて」

「……わかった」

レイの説得(賄賂)により、シンジから手を放すユイ。

「ありがとうね、レイ。じゃ、行ってきます」

アスカと一緒にお化け屋敷へと入っていくシンジ。

二分後。

「きゃあああああああああああああああああ!!!!!!!」

中から、アスカと思わしき悲鳴が聞こえてくる。

それを聞いたユイは、

「やっぱりおばけきらい!!」

と叫んだ。

しばらくして帰ってきたシンジは泣き出したアスカを抱えていたそうな。








それからもいろんなアトラクションにいった。

メリーゴーランドではギルも乗った。

コーヒーカップは全員で一つのカップを回した。

観覧車では下を見て、硬直したセイバーがシンジの服の袖を掴んでいた。

そんなこんなで時間は昼になり、仲良くランチを取っていた。

「はーいみんな、アイスクリームは何食べたい?」

「ユイはストロベリーがいい♪」

「わたしははねー、チョコとー、バニラのにだんがさね♪」

「オレンジ」

「こ、このハワイアンブルーというものを」

「はーい。じゃあ、みんな大人しく待っててね」

昼時になって食事を取っている。ホットドッグを食べているアスカがケチャップを口につけるたびにギルがハンカチで拭っている。

シンジは自分の分を食べながら、アスカ、セイバーと午後に回るところを放している。

そんななか、ユイはアイスクリームをてにもちながらボーっとシンジのことを見つめている。その視線に気づいたシンジはユイに話しかける。

「どうしたのユイ?」

「あのね、ユイがなにいってもおこらないでね」

「ユイに怒ったりなんかしないよ」

「ほんとに? ほんとうにおこらない?」

何度も確認するユイ。よほど大事なことを言おうとしているのだろう。シンジは優しくユイの頭をなでながら、先を促す。

「本当だよ」

そして、ユイはその言葉を口にした。

「あのね、ユイね、大きくなったら、シンジおにいちゃんのおよめさんになりたいな」






O Freunde, nicht diese Tone!(おお、友よ、この調べではない!)

Sondern lasst uns angenehmere (これではなくて、もっとここちよい、)

Anstimmen, und freudenvollere  (もっと歓喜に満ちた調べを歌い出そう。)

ベートーヴェン 交響曲第9番 ニ短調 第4楽章『歓喜に寄す』






『シンジを狂わす魔法の言葉』発動ッッッッ!!!!!!!

シンジの理性が大きく削られた!! (残り8割)

あまりの威力に脳にノイズが起こる。

さすがのシンジもこの不意打ちには耐えられずに、表情に心境を出してしまう。

「ふえ、やっぱりおこった」

ユイは表情を見て、シンジが怒ったものだと思い、縮こまる。だが、ユイのこの言葉を前に喜ぶことはあれども、怒る道理など全くない。

「お、怒ってなんかいないよ。ただ、すごくびっくりしただけだから」

「ほんとうに?」

「うん。本当。ねえ、ユイ、いま、もしも、願いが何でも叶うんだったら何をお願いする?」

ユイは少し考え込んだ後、また呪文を唱えてしまった。

「えっ……。あ、あのね、……シンジおにいちゃんにぴったりな女の子にしてくださいって」






Freude, schoner Gotterfunken, (歓喜よ、美しい天上の火花よ、)

Tochter aus Elysium, (至福の楽園に生まれた娘よ、)

Wir betreten feuertrunken, (私たちは身も世もなく酔い痴れて)

Himmilsche, dein Heiligtum! (おん身の聖所に足を踏み入れる、神々しいものよ!)

Deine Zauber binden wieder, (今の世が仮借なくわけへだてたものを)

Was die Mode streng geteilt; (おん身の魔力がふたたび結び合わせる。)

Alle Menschen werden Bruder, (おん身の翼がおだやかにたゆたうところでは)

Wo dein sanfter Flugel weilt. (あらゆる人間が兄弟となる)

ベートーヴェン 交響曲第9番 ニ短調 第4楽章『歓喜に寄す』






シンジの理性がさらに削られた!! (残り6割)

さらなるノイズ。忘れていく物事。

ユイの頬を両側から引っ張るレイとアスカ。

「ユイだけのシンジじゃない!」

「……そう。お兄ちゃんは私だけのものなんだから」

怒鳴るアスカと背筋を凍らせるようなレイの声。二人とも力いっぱいユイの頬をつねる。

「ひぃんひぃほひいひゃん、はふへへ(シンジおにいちゃん、たすけて)」






Freude trinken alle Wesen (この世の生きとし生けるものは)

An den Brusten der Natur; (自然の乳房から歓喜を飲む。)

Alle Guten, alle Bosen (善人も、悪人も、全ての者が)

Folgen ihrer Rosenspur. (自然のばら色の足跡に従う。)

Kusse gab sie uns und Reben, (自然は私たちにくちづけと、ぶどうと、)

Einen Freund, gepruft im Tod; (死もわかち得ぬひとりの友を与えた。)

Wollust ward dem Wurm gegeben, (うじ虫には官能の悦びが与えられ、)

Und der Cherub steht vor Gott. (天使は嬉々として神のみ前に立つ。)

ベートーヴェン 交響曲第9番 ニ短調 第4楽章『歓喜に寄す』






そのあまりに可愛らしすぎる姿に、さらにシンジの理性が抉られた!! (残り4割)

まともな思考は働かない。しかし、この少女達が自分にとって大事な存在というのは分かっている。

シンジはばっとユイを抱き上げ、レイとアスカの両サイド攻撃から引き離す。

「レイ、アスカ、ユイをいじめちゃだめだよ」

シンジに怒られてしゅんとする二人。

「ありがとう、シンジおにいちゃん。だーいすき」

両手を広げてシンジに抱きつき、頬をすりよせる。

「やっぱりずるい。ユイだけずるいの!!」

「私も」

レイとアスカもベンチに乗って、シンジに抱きつく。






Froh, wie seine Sonnen fliegen (大空の壮麗な空間を通って)

Durch das Himmels pracht'gen Plan, (とび交う天体のように、心はればれと、)

Laufet Bruder eure Bahn, (走れ、兄弟よ、君達の道を、)

Freudig, wie ein Held zum Siegen. (勝利に向かう勇士のように胸おどらせて。)

ベートーヴェン 交響曲第9番 ニ短調 第4楽章『歓喜に寄す』






三人の肌の感触により、理性臨界突破寸前!! (理性残り1割)

自分の名前すら分からなくなって、それでも覚えているのはこの黒髪の女の子の名前。

ユイ。

何があっても、絶対に忘れちゃいけない、忘れない名前。

「シンジおにいちゃん」

ノイズまみれなのに、この声はしっかりと聞こえる。

「ゆ、ユイをおよめさんにしてくれますか!?」

腕を前で組み、腰を若干曲げて、さらに上目遣いでシンジの瞳を覗き込んだ。






Seid umschlungen, Millionen! (抱き合うがいい、幾百万の人々よ!)

Diesen Kuss der ganzen Welt! (このくちづけを全世界に贈ろう!)

Bruder! uberm Sternenzelt (兄弟よ! 星のきらめく天空のかなたに)

Muss ein lieber Vater wohnen. (必ずやひとりの慕わしい父がおられる。)

Ihr sturzt neider, Millionen? (ひざまずいているか、幾百万の人々よ?)

Ahnest du den Schopfer, Welt? (造物主の存在を予感するか、世界よ?)

Such ihm uberm Sternenzelt! (そのひとを星空のかなたにたずねるがいい!)

Uber Sternen muss er wohnen. (星々のかなたに必ずやそのひとはおられる。)

ベートーヴェン 交響曲第9番 ニ短調 第4楽章『歓喜に寄す』






シンジの理性完全破壊。シンジの精神は終わってしまった。

だが、忘れてはいけない。

創造の果てに破壊があるように、

破壊の後にあるのは新生であるということを!!

破壊によって誕生したのは、新たなるシンジ。

読者の期待に応えるためなら何でも出来る、勇者王シンジである!!

シンジは、ユイを力いっぱい抱きしめる。

「きゃあ」

突然のことにユイは悲鳴を上げる。

「ユイ。その気持ちを絶対に忘れずに大人になること。そしたら、僕は絶対にユイをお嫁さんにする」

「ほんとう!?」

目を輝かせるユイ。だが、それ以上にシンジの目は輝いているだろう。

「ああ、本当だ」

「おとなっていつからおとななの?」

「そうだね、ユイが156cmになったらだよ」

平常時のユイの身長を口にする。

「ユイだけずるいっ!」

「わたしも」

ユイとアスカも引っ付く。

(至福ッッッ!!!!!)

その言葉はまさにシンジの心境を表していた。もうこれ以上の幸せはない。

と思っていたのに、天は彼にさらなる幸福をもたらした。

「こら、お前たち」

ギルは三人を叱る。

「し、シンの、つ、妻になるのは我だ!! お前達はダメだ」

真っ赤になりながら、ちびっ子たちに宣戦布告。これには全員が目を丸くする。

それでもギルは続ける。

「我がいる限りは愛人も側室も認めないからな!! シンの愛情は我だけの、………」

自分がどれだけ恥ずかしいことを言っているか気づいたらしい。

でも彼女は王。退却という言葉はない。

顔を真っ赤にして俯き、指をもじもじさせながらも、横目でシンジを見る。

そして、

「……我ではダメか?」

「ダメじゃなーーーい!!!!!!」

シンジに抱きしめられた。ギルは顔中を真っ赤にしながら、それでも満足気だった。

「ずるいずるーい」

「おにいちゃん、とっちゃだめー!!」

この日、シンジが隠れてつけている日記には『人生最良の日』と題がつけられていたという。








その夜はもう大変だった。一緒にお風呂と入ろう、というちびっ子たちは結局ギルと一緒に風呂場に行き、ろくに身体も拭かないで出てきて、バスタオルだけのギルから逃げ回っていた。

そして、極力ギルを見ないで捕獲を手伝うシンジがいた。






「ふうー、やっと寝ついたか」

4人の子どもはすやすやと眠っている。普段はシンジとユイとレイが寝る寝室は今日はこどもたちが占領していた。

みんな、とても幸せそうに眠っている。今日のことを夢に見ているのかもしれない。

「……これがシンジの見たかったものか」

隣に座るギルの言うとおり。これが、シンジの望むんだもの。

「ユイも、レイも、アスカも子どものころにこんな風に親と遊んだことってないんだ」

三人とも両親の愛情というものに恵まれなかった。心に傷を持つように育てられたのだから。

「だから、誰かに遊園地へ連れて行ってもらうことがあってもいいと思ったんだ」

本来当たり前のように受け取れたもの、それを10年越しに渡そうと思った。

「……こいつらは幸せだな。こんな優しい『おにいちゃん』がいるんだから」

「……そういいながら、なんか力篭ってますよ?」

「昼間は我に構わずにこどもばかり相手にしていたからな。夜は我のわがままに付き合え」

そういって、シンジの膝に自分の頭を乗せた。

「ぎ、ギル」

「このまま動くな」

命令をする。

「あったかいな」

「そ、そりゃ、僕の脈拍と血圧が急上昇してますから」

いたずらが成功したように笑うギル。シンジとしてはギルの髪から香る匂いに困惑している。

「あ、あの、いつまでこうしてればいいのかな?」

「ずっとだ。この子達が起きるまで。大人の時間はこれからだ。眠ったりするな」

「ぼ、僕はまだこどもなんだけどなー?」

「なら、今から大人になれ。頑張れ『おにいちゃん』」

甘ったるく囁く声。シンジの苦行は始まったばかりだった。

結局、そういったギルのほうが早く寝てしまった。シンジは身体を動かすことも出来ず、朝までずっとその格好だったという。








おまけ






次の日のこと。未だちいさいままのユイたちと仲良く食事を取っているシンジ。

「ほら、お口にクリームがついてるよ」

ユイの口元には白いクリームがちょこんとある。

「とってー」

「はいはい」

ユイはすっかりシンジに甘えている。親がいない幼少時代をすごしたからか、シンジに甘えるのがとても心地よいらしい。

ティッシュでユイの口元のクリームをふき取ってあげる。それを見ていたレイとアスカがわざと自分の口元を汚して、シンジにふき取ってもらおうと考えた時に、玄関で客人の来訪を告げるチャイムが鳴った。

シンジはすぐに対応に向かい、レイとアスカはムッとする。八つ当たり的にユイを二人でいじめる。

いつもはユイを完全防御するエヴァは、

『こどものじゃれあいに親が干渉してはダメよね。それにしても、みんなかわいいわー』

と考えたのだろうか、出てこない。

喧嘩はセイバーがレイとアスカを止めて、一件落着。

その後、アスカはクリームをつけたままギルのところに向かい、優しくふき取ってもらうのであった。






玄関を開けたシンジだが、そこには見慣れない人物がいた。

長い黒絹のような髪を三つ編みにした女の子。年齢的にはシンジと同じぐらいで、タンクトップにショートパンツとやけに活発そうな格好をしている。

「……え、えっと、朝早くからゴメンね。め、迷惑だったかな」

鈴の転がるような美しい声。その子はなにやら恥ずかしそうに頬を赤らめ、もじもじと両手の指を絡めている。

(……この子は誰だ?)

シンジが脳内でこの子の情報を検索しても、該当する人物がいない。

「あ、あのね、一緒に遊びに行かない? 映画のタダ券があって」

(この子は僕のことを知っているのか? ますます誰だ? クラスにこんな子はいなかったはずだ。しかし、名乗らないことから考えて、僕はこの子の名前を知っていなければならないということか? だとするなら、やはり面識があるはず。こんな黒髪の可愛い子を覚えていないなんて、僕の脳はかなり問題を起こしているのか)

シンジの脳は高速回転中。だが、答えは出ない。その子はシンジが考え込んでいることに気づいたらしい。

「……もしかして、私の名前わからない?」

「い、いや、そんなことは決してない、……と思う。けど、やっぱりなんだかおもいだ、せ、(ズガアアン!!)グワッ!!」

シンジが言葉を発していく内に、少女の顔がどんどん不機嫌になっていき、そして強力な回し蹴りを放った。

「な、なぜ回し蹴りが……?」

「なんでってこっちが聞きたいよ。どうして私のことが分からないの!? 前はあんなに一緒に遊んだのに。早く私の名前を思い出してよ、馬鹿!!」

さっきまでのおしとやかな雰囲気を微塵も残さない活発っぷり。文句を言いながら、ガスガスとパンチを入れる。

(……んっ、ま、待てよ。このパンチの感触には覚えがある。は、早く思い出せ自分)

薄れいく意識の中で、その人物を思い出そうとする。だが、やはり思い出すことが出来ずに意識を深遠へと落としかけたところで助け舟が来た。

「やれやれ。あまり殴り続けると、今日のデートのために選んだその服が台無しになるぞ」

何もなかったところから、すうっとランサーが現れる。それで、やっと気づけた。

「も、もしかして、ジャン?」

黒髪の少女、そう若返ったジャンはようやく殴るのを止める。

「そうだよ。気づくのが遅すぎるよ、ジン」

「……だって、昔のジャンなんて知らないし、眼鏡外してるし。もしかしてコンタクトしてる?」

「浅慮なことを言うな、少年。いつも硝煙の匂いをさせている者でも、好きな男の前では少しの見得でも張りたいものなのだ」

「黙っててランサー!! とにかく、早く立ち上がって出かけるわよ」

ぐいっと手を引っ張り、シンジを起こす。そのままシンジの腕を抱き寄せて歩き出そうとし、障害物に阻まれた。

「あらあら、嫌がる男を無理やり連れ出すなんて淑女として恥ずかしくないのかしらね?」

スラータラーを伴って現れたマリア。彼女はいつもと同じ姿である。

「あ、マリアは薬飲まなかったんだ」

「私は生まれつきこの姿だったのよ。私はずっとこのままよ」

マリアはしずしずと近寄ってくる。そこにレイがやってきた。

「レイ、口にクリームがついているわよ」

「とって、『おねえちゃん』」

「くすくす。わかったわ」

マリアはレイの口もとについていたクリームを白い指で掬い上げると、今度はシンジの口もとへと運んだ。

「シンジ。はい、あーん。私の指ごと舐めてしまってもいいわよ」

さらっと危険なことを呟くマリア。辞退しようにもレイとマリアの期待の篭った眼差しがあり、舐めようにも冷ややかなジャンの視線がある。

「あ、あーん」

だが、行動しなければいけないと思い、口をあける。マリアの指をなめることなくクリームだけを摂取する。それが勝利条件だ。

なのに、マリアは指を動かしシンジの舌に押し付け、這わせ、絡める。

シンジが呼吸に苦しむのを無視して、

「シンジったら大胆ね。朝から私の味見がしたいなんて」

「自分からやっておいてなにを言っているアインツベルン!!」

頬をぽっと赤らめるマリアに、ジャンのツッコミ。咽てしゃがんでいるシンジをレイが撫でてあげる。レイはこんなときのポイント稼ぎが異常に上手い。

「だいじょうぶ?」

「な、なんとか」

ジャンとマリアは目的を思い出し、シンジに詰め寄る。

「ねっ、今日は天気もいいし出かけましょ」

「私、今日はシンジに付き合って欲しいことがあったのよ。一緒に出かけましょうか」

同時に言って、同時に互いを睨む。失せろ、と目は語るが、口には決して出さない。

「だ、だが、僕はみんなの面倒を見なければ……」

ようやく復活したシンジが今日の都合を口にする。

が、そんなことで二人を止められるわけがない。

「ランサー、子ども達のお守お願いね。あやすときはそこの木偶の坊を串刺しにして、笑いをとっていいからね」

「スラータラーそちらは任せたわ。そうそう、今日の夜はハンバーグが食べたいから、そこのお肉をミンチにしといてね」

うふふと、とても楽しそうに笑うマリアとジャン。今日は暑くなる、と言っていたお天気お姉さんはさっそく予報を外したことになる。

「さっ、二人っきりでデートを楽しもう、ジン♪」

シンジの布の巻かれた右腕をぎゅっと自分の胸に抱きかかえるジャン。シンジの腕を胸に押し当てているのは計算づくなのか。

「さあ、二人だけの楽しい休日を過ごすとしましょうか、シンジ」

シンジの左腕にしがみつくマリア。身体は零距離で密着しており、外見的特長だけでは兄妹に見えなくもないが、恋人のような振る舞いをしていることにより兄妹には全く見えない。

「……蛍になって帰ってきます」

とある特攻隊員と同じ言葉を残し、シンジはそのままずるずると引きずられていくのだった。

その日、第3新東京市では局地的な大寒波が発生。原因は二人の少女であったという話だが、その二人に挟まれていた少年は異常な熱気に重度の熱中症を起こしたという。

また、そのころのとある一軒家では、

「貴様ら、我の家から出て行け!!!」

「やれやれ。そのような狭量な心しか持てないとは王として恥ずべきではないか? スラータラー。主の言いつけを無視して、逃げ出すのは従者として恥ずかしいぞ」 

「……だったらこの現状をどうにかしろ」

「子どもの悪戯だ。大目に見ておけ。私も4児の父であったがこの程度日常茶飯事だったぞ」

「ほう。我も貴様らのような連中を殺すのも日常茶飯事だったのでな。ここで消えろ!!」

「待て。居間で戦うと子ども達に被害がでるぞ。やりあうのなら外でやってくれ。私とこの子たちは戦う貴方たちを見て、戦いのむなしさを学習するとしよう」

サーヴァントたちのいがみ合いは主たちが帰ってきて、さらにヒートアップさせるまではずーっと続いているのであった。








おまけその2

ユイたちは薬によって元の年齢へと戻った。

そして、その時からシンジたちの家で見られるこの光景。

「ユイ、約束どおり僕と結婚しよう!!」

「そんな約束した覚えないよ」

洗濯物を干しているユイの後ろで、シンジが大絶叫をする。

「嘘だ。ユイがこんぐらいにちいさいときに僕と結婚の約束をしたじゃないか!!」

「ボクとシンジが会ったのは5ヶ月ぐらい前でしょ。そんなときに会ってるわけないよ」

こどもユイとした約束をもとにユイへと迫るシンジ。だが、ユイは覚えてないと事実を否定している。

そんな二人を見ているレイとアスカ。

「ねえ、ユイって本当に覚えてないの? 私はあの悪夢(お化け屋敷で泣き出したこと)をはっきり覚えてるんだけど。セイバーも覚えているみたいで自己嫌悪に陥っちゃってるし」

「覚えているはず。私もシンジ君がおにいちゃんだったことを覚えているもの」

「じゃあやっぱり嘘ついてるわけ? そりゃあ、あんなことは認めたくないだろうけど」 

「違うと思う。きっと、あの時の気持ちを取っておきたいんだと思う」

「どういう意味よ?」

「目を閉じたら思い出すような大切な思い出を自分だけのものにしたい」

「なるほどね」

アスカはもう一度、シンジとユイを見る。じゃれあっている二人。

「ユイ、大好きだー!!」

「はいはい、分かったから庭の草むしりをしといてね」

愛の告白もあっさりとスルーされ、泣きながら雑草をむしりだすシンジ。

「……これじゃ全く進展しそうにないわね」

「その方が見てて面白いわ」






「まったくしょうがないな、シンジおにいちゃんは」

そう、呟いたのは誰だったのか。それは呟いた本人だけが知っていること。






あとがき

いやー、暴走したなー。個人的には実に満足ですが。ちなみに最初はシンジだけを子どもにしようと思ったのですが、それでは萌え分がない。ということで、ちびっ子たちが誕生したわけです。

今回の見所はやはり、ユイ、レイ、アスカ、セイバーのいつもと違う行動ですね。シンジにべったりくっつくユイ。……やばい、スカウターを振り切った。これではシンジの精神に第9が流れてしまうのも仕方がない。

今回はヒロイン全員登場。今回出てこなかったものはヒロインではありません。

ちなみにこのドイツ語、やっぱりウムラントの表示が分からなかったので、一部本当の歌詞と違うところがあります。これを鵜呑みにするのは止めた方がいいですよ。

しかし、この作品の後だと、次の番外編もかなり力を入れる必要がありますな。アスカを主役にする予定なのだが、これほどの威力は出せない。どうしようかな?



[207] Re[7]:正義の味方の弟子 第26話
Name: たかべえ
Date: 2006/05/24 08:41
正義の味方の弟子
第26話
語られる真意






僕の立てたこの計画には問題があった。

それは僕の魔術の特性だ。一度、誰かが作った魔術を再現するだけの魔術は、始まりの人物が失敗した場合、僕もまた失敗するしかないということだ。そして、僕には実際行ってみるまで成否の判断が出来ないということだ。

つまりだ。この欠片から復元した召還陣が何を呼び出すものかを全く予想できないという点。

ゆえに僕は召還された者本体を利用するのではなく、その持っている力こそを利用することにした。

だからこそ、今手に持つこの槍が必要であった。

神子の奇跡を示す槍シン・ロンギヌス

かつてキリストを殺した槍、そのレプリカ。幾つかあるレプリカの内の一本だ。

この槍は宝具とは言いがたい。が、本物のロンギヌスの持つ特性だけを再現した槍であり、その能力にだけ興味があった僕には区分など興味ない。

この槍の特性は神話に語られるロンギヌスの通り。刺した対象の血を持って奇跡を起こす。

槍自体は注射器のようなものだ。槍によって血は力を取り込んだ水となる。それを器へと溜め込む。

腕を器としたのは聖杯に自分の意志を伝達する際、限りなく自分の意に沿うようにするためだ。冬木にあった聖杯は願いを歪曲した形でかなえるものだったという。ならば、それは聖杯に意志があったということであり、聖杯は僕の意思でのみ制御しなければならない。

神でも悪魔、精霊でもなんでもいい。英霊だろうと構わない。ただ力が欲しい。何が出てこようともこの槍を突き刺す。

陣を起動する。

儀式が始まる。

そして、たったの1分で儀式は終了した。








場所はシンジたちの家。時間は夜の一時。

この間の使徒殲滅からこの家には新しい人間が居つきだした。

「ユイー、お茶ちょうだーい」

「アスカ、ちょっと待っててね。今、アイロンかけてるから、もう少し待っててね」

アスカは居間でテレビを見ながら、ユイを呼ぶ。お茶ぐらい自分で入れればいいのだが、彼女はあえてそれを行わない。

「ユイ、なぜ僕に洗濯を任せない? 僕が洗濯とアイロン掛けをすればユイの手間はかなり削減されるだろう」

シンジの制服のシャツにアイロンをかけているユイにシンジは手伝いを申し入れる。それに対し、ユイはでも、と前置きし、答えを述べる。

「シンジに任せたときに減る手間と、その後下着の枚数を数えることで増える手間では割が合わないから」

手を止めずに答えるユイ。決して冗談を言っているような顔ではない。

「待て!! その理屈はおかしい。僕は下着をくすねたことなど一回もない!!」

「そう、シンジ君は下着を半分に裂いて復元して、二枚に増やして一枚を自分のものにしているから」

テーブルを挟んでアスカと向かい合っているレイが会話に乱入。

「レイ! あらぬ罪を着せるのは止めて!! 僕だって冤罪で死刑判決は嫌ですよ!!」

「アスカも下着に気を配ってね」

再び、話がアスカに振られる。

この時点でアスカはとても疲れた表情を隠すことなく晒している。

「……あっ、そう。ようやく分かったわ。あんた、シンジいびりが趣味なのね」

「コミュニケーションによって好感度を上げようとしているだけなのに」

「シンジ以外だったらキレてるわね」

「シンジ君にしかしないもの」

「……………」

レイの言葉に脱力させられたアスカはついに言葉をなくした。

ここ数日、アスカが上がりこんだこの家はこんな毎日である。

アスカの住所は書類上、ネルフの宿舎ということになっている。ミサトに家に来るようにさいさん誘われたが、結局住所はそのままになっていた。

アスカが同居を断った理由はギルにある。ミサトの家に行けば、ギルは常に霊体化しなければならない。それでは会話も何も出来ない。というわけで現状のままだということだ。

アスカは学校やネルフ以外ではこの家に居ついている。だが、この家からネルフまではバスを使っても時間がかかる。

ならば、なぜいつも此処に居るか?

それはギルの宝具に答えがあった。

予め定められた二点の空間を繋げるという大魔術じみた宝具。干将莫耶と同じく二つで一つの宝具。シンジ経由でユイから莫大な魔力を受け取っているギルは宝具の使いたい放題。それをアスカの部屋に置いたのだ。それからはアスカはシンジの家にいながら、自室に帰れるという状態になった。

こうなってしまえば、アスカはもはや好き放題である。

食事も風呂も全てシンジ宅で済まし、寝る時だけ帰るという贅沢ぶり。備え付けられたバスルームなども全く使わなくなり、機能性はもはや必要なく、快適な空間でありさえすればいいという徹底振り。

ここまでくれば、この家で寝てもいいはずなのだが、「信用ならない奴が一人いる」と拒否している。(その際、アスカの視線の先にいたのはシンジだった)しかし、先ほどの二点をつなげる宝具がある以上そんなことが無駄であることは百も承知であるはずなのだが、それに関しては何も文句は言っていない。

また、アスカが上がりこむことにこの家の住人は何も文句はない。

ユイの鍛えられた(諦めをしった)精神は家事の負担ぐらいではもう根もあげない。アスカとの同居は家事の負担を差し引いても嬉しいものであり、ただシンジがアスカに問題を起さないかが心配であった。

セイバーはシンジが問題を起さなければいいと考えているだけで、レイは元々居候であるので問題なし。

こうして、アスカの受け入れには問題は起きなかった。ただし、もう一人の新参者、ギルに対しては、セイバーとの軋轢が起こっていた。

「風呂から上がったぞ」

もう一人の新参者、アーチャーのサーヴァント、ギルがいつものように一番風呂から出てきた。

風呂上りの彼女はバスタオル一枚だけを身に纏い、美しい素肌を晒している。

豊満な胸の上半分、脚もまた太ももの大部分が露出している。金色の髪は本来の輝きとは別に、水の煌きで光る。彼女の頬は紅潮し、視線は一度シンジを見て逸らした。

彼女には僅かな照れが含まれており、その美しさとのギャップはより彼女を注視させてしまう。

「あ、あの、ギルガメッシュさん!! お風呂から上がったら服を着てくださいって、いつも言ってるじゃないですか!!」

ユイは思わず大声を出して、ギルに注意する。彼女は毎度のことながら風呂上りにバスタオルだけで居間にやってくる。

「髪を乾かしたら服を着る」

そういって、ギルはいつものようにシンジの元へと歩く。彼女の手にはいつものように洗い立てのタオル。

彼女はシンジの目の前に優雅に座る。バスタオルの裾は短い。もう少し動くだけでも危うい状態だ。

「は、はやくいつものをしろ!!」

「ま、またですか」

「……いやか?」

顔を真っ赤にしながら命令するが、シンジの言葉に一気に消沈した。

もっと言葉に力を持たせたかったのだろうが、むしろ同情を誘う儚さが伴った声である。

シンジはいつもユイとレイの髪を拭いてあげている。それを見たギルが自分も、とこうやって催促してくるのだ。ただし、ユイとレイは髪を拭いてもらう時にはすでにパジャマに着替えている。

「い、いやなわけじゃないよ。え、えーっと、ほ、ほらタオル貸して」

それに耐えられなくなったのか、ギルからタオルを受け取ったシンジは彼女の髪を丹念に拭き始めた。

髪を拭きながら視線を下に向けると、ギルの胸の谷間がしっかりと見えてしまう。

その膨らみの生み出す陰影はそれだけで求心力を持つが、シンジは全身全霊を込めて、視線を外す。

(落ち着け! 素数だ。素数を数えるんだ!! 1、2、3、5、7、11、13…………)

1は素数ではないというツッコミは誰からも入るわけもなく、素数を数えることに没頭する。その間も手は動く。手にかかる金紗の髪は光を反射するため、一本一本の場合、暗い空間の方が恐らく見やすいだろう。

だが、そんなシンジの苦労もむなしく、素数が三桁に入り詰まったところで異変が起きた。

「ひゃ!」

ギルは髪ごしに吹きかかるシンジの息に一瞬、声を上げて身体を震わせた。その声は意外なほどに艶かしかった。

その声に反応した二人。ユイとレイ。

ユイとアスカはシンジに対する怒りでシンジに対する視線を強め、レイは「これは使える」と云わんばかりに目を輝かせていた。アスカはこれから起こるであろう問題に頭を抱えるばかりだ。

「だ、大丈夫?」

「……大丈夫だから、続けて」

ギルは初恋を成就させようとする少女のようだ。なんともいじらしい。

それにつられてか、シンジもユイたちに対してする、まるで家族かそれとも長年知り合っている幼馴染のような気安さを失っている。

シンジがこのようにうろたえてしまうのも理由がある。

シンジはユイやレイを愛しいと思っている。だが、それは少なからず家族としての愛しさがあった。それゆえ添い寝しても、抱きつかれても平気であるのだが、ギルの場合はそうではない。

ギルには家族としての愛しさを覚えることが出来なかった。嫌いなわけではない。好ましいのだが、それゆえ困っているのである。

シンジは年上の女性はほとんど「姉さん」と呼んでいる。今まで、そう呼ばなかったのは親しい女性ではジャンぐらいである。

ジャンは家族ではなく、親友を自認していた。接し方も友のものだった。シンジも友としての付き合いをした。

だが、ギルに関しては違う。

シンジとしては仲良くしたいが、ギルを家族と思うことは出来ないことができないゆえのジレンマ。

居間にはテレビから流れる音声だけがある。誰も声を発せられる状態ではない。

時間が何分も過ぎ、ようやく全工程が終了した。

「お、終わったよ。さっ、早く服着てね」

本日のお勤めを終えたシンジがぎこちない笑顔で仕上げをした。

「んっ」

ギルは今まで髪を撫でていた温かさが離れたことでむしろ違和感を感じている。

遠目から眺めるユイは口には出さないが、「早く離れて」と念じる。なお、アイロンはシンジのシャツを焦がしているが、気がつかない。

ユイの念など届くわけもなく、ギルはそのままシンジにもたれかかろうとし、

「アーチャー。貴方も王であるというのなら、風紀は守って欲しいものですね」

居間にやってきたセイバーに邪魔された。セイバーはいつものブラウスにスカート、という私服ではなく、保安部が来ていそうな黒のスーツを着ている。

「セイバーさん!!」

望んでいた助けがきた、とユイは喜び、逆にギルは眉をしかめる。

「ふん、見せるだけの体もない子どもが」

「貴方のようにそうやって色事にふけるだけよりマシです」

セイバーとギルは真っ向からぶつかる。

この二人は最初に対面した時はまだ仲がよかった。というよりも悪くなる原因がなかった。いくらセイバーがギルガメッシュを嫌っているといっても、容姿も行動パターンも全く違う彼女を無条件に嫌ったりはしない。

だが、それは僅か一時間程度で終わってしまった。

最初はギルが食事をもっと豪華にしろ、と言い出したことが原因であった。

彼女曰く、

「我が取ってきた食事はもっと美味であった。ライダー、貴様も侍女の端くれならば主に差し出す食事にもっと気を配れ。この場に侍女はお前しかいないので不問にするが、これでは首を刎ねられても仕方あるまい」

とのことだった。

ユイは侍女ではないとか、ギルはユイの主ではないとか、ツッコミどころは満載だがこれに一番腹を立てたのはセイバーだった。

「今まで美味しいものを食べてきたのですから、文句を言うのは止めなさい!!」

ということだった。ちなみにセイバーは自分が生きていた時代の出来事を語るとき、常に「料理は雑でした」と沈痛な表情で語る。

食の喜びをようやく噛み締めている彼女にとって、ユイの料理を馬鹿にすることなど許せなかった。ユイが侍女呼ばわりされたことには何も関心を示さなかったほど怒っていた。(その時のユイはギルに平謝りをしていた)

こうして、彼女達の争いは始まったのである。

「大体アーチャー。貴方はもっと恥じらいをもてないのですか? 貴方の持っている私服はどれも露出の激しいものばかりだ」

ギルが持っている服はへそが見えているものや、必要最低限の布しかないようなものが多い。もっとも、それらの服はシンジが傍にいなければ着ることもないのだが。

「何を言うかと思えばそんなことか。我の時代では女とは男に安らぎを与える存在として尊崇を受けていた。我が女であったため、男より女の方がしばしば優遇されていることもあったのだぞ。夫を作り、暇をもらった侍女に一生困らないだけの金と土地をやるのは主としての最後の務めであった」

「なっ!? ……くっ、元々の財力の違いがあったとはいえ侍女に対する褒章は貴方の方が上だ」

ギルの政策を知って、自分の至らなさに唇をかむセイバー。

「しかし、そのことと貴方の破廉恥な服がどう関係するのですか?」

「ふむ。結婚した男女の場合、妻は夫を労うために自ら相手を誘うことは当然であった。夫から求めるのは浅ましいとされ、妻から誘うのは相手の心情を酌んだ尊い行為とされていた。ゆえに妻は夫の前でのみ派手な服を着て、誘っていたのだ。だ、だから、こうやってするのは、正しい……」

それを聞いた者たちが等しく同じ事を考えてしまった。ギルがシンジにこうするということは、

「だ、だめです!! そんなことしちゃダメです!!!!」

導き出された答えを元に、ユイがギルに抗議する。

「そう、シンジ君の妻は私だから。かなり前から決まっていることなの」

「それもダメ!! そんなの決まってないもん!!」

茶々を入れるレイにも抗議。

「あ、アスカはそんなこといわないよね!?」

「絶対言わないから安心しなさい」

ユイはライバルがもう一人増えないことにホッとする。

なお、今のユイはかなり錯乱しており、平常心を保っていない。目がぐるぐると渦巻きを描いている。

ギルとセイバーの論戦のような会話は続く。

「さらに言うが、力で押し倒すことと人妻に手を出すことは最も浅ましい行為であり、行ったものは事情に関係なく死刑であった」

「……ほう、なにやら棘のある言葉ですね」

「気にするな。人妻に恋をするのが当然であった貴様の時代とは違うと言いたかっただけだ」

「もういいです。私はこれから出かけてきます。アーチャー、せめてサーヴァントとしての本分を果たしてください」

セイバーは玄関へと歩を進める。

「あっ、姉さん待って。ギルは服を着てね」

シンジはダッシュしてセイバーについていく。

ギルはシンジがいなくなったので、服を着にいった。そんなギルの肢体をユイは眺めて、自分の体と比較した。

ちなみに、そのころにはアイロンはシンジのシャツに穴を開けていた。








「姉さんはギルのことが嫌い?」

「嫌いというよりは性格的に絶対に合わない、ということです。彼女のあのような振る舞いは到底見過ごすことが出来ない。戦力としては評価しますが、それ以外ではダメだ」

「姉さんは今日も出かけるの?」

「はい。マーターとの戦闘以来、キャスターは私の元に現れません。彼の蛇ですら私は一匹も見かけない。彼の方が私を避けているとしか思えません」

「……それはやはりキャスターは後ろめたいことをしているという自覚があるということかな?」

「だろうと思います。では、私は出かけてきます。遠出しますので、場合によっては今日中に帰って来れないかもしれません」

「わかった。じゃ、いってらっしゃい」








シンジが居間に戻るとそこにはユイとアスカがいた。ギルとレイがなにをやっているか知らないが、考えようによっては一番危険な組み合わせかもしれない。

「ねえ、セイバーが出て行ったのって、やっぱり聖杯戦争絡みなの」

「そうだよ。ギルにどこら辺まで聞いた?」

「そうね、聖杯ってのがあって、後はマスターとサーヴァントがあるってことね。シンジが魔術師でマスター、セイバーとユイとギルがサーヴァントだって事」

つまりは基本しか教えていないということだ。

「ならば分かっていただけたようだね。ユイは僕なしでは生きられない体だということを。例え口では否定しようとも、身体は正直なんだ。僕がいなければ、僕を求めて異変をきたしてしまうのさ」

「卑猥な言い方するな!!」

シンジの言う通りなのだが、表現が変だ。必要なのは寄り代としてのマスターであり、シンジに限定されているわけではない。もっとも、ユイの場合はエヴァのS2機関で魔力を十分に獲得しているため、寄り代がなくなっても切羽詰ったりはしないだろうが。

「まあ、それはともかくとしてこの土地には聖杯があるんだ。僕はこの聖杯と使徒には関係があると思っている。聖杯を起動させるために使徒は贄として必要なんだよ」

「ちょっと待ちなさい。そしたらさ、使徒との戦いはネルフの自作自演ってことになるじゃないの。それに何の意味があるの?」

「聖杯はどんな願いでも叶えることができるんだ。しかし、そのエネルギーが無い。だから、使徒を倒すことでエネルギーを溜め込んでいるのさ。内緒なんだけど、ネルフの奥深くには使徒が一体安置されているからね。その使徒が聖杯なんだよ」

「……じゃあさ、ネルフはさ、そんなことしてまで一体どんな願いを叶えたいわけよ? そんなことをしないと叶わないことをしたいわけ?」

シンジは一度、息を深く吸い込み語りだす。

「それは人類補完計画と呼ばれている。欠けた心、厳密には『人を求める心』を寄り代になることで始まる。『人を求める心』を願いにした聖杯は全人類に『その人が最も望む人』の幻を見せる。そして、幻に会って満たされた心はLCL化し、集まっていき最後は一つになる。ユイが体験した内容から僕なりに推察した結果だ」

語り終えた後に、シンジはアスカを見る。アスカは驚愕していた。

「それってどういうことよ? LCL? それにユイが体験したって?」

アスカはユイを見る。ユイは恥じるように俯いていて、そんなユイの頭をシンジが優しく撫でていた。

「ユイの宝具、エヴァンゲリオンを見ただろう。ユイは別の世界、平行世界の僕だ。その世界では人類補完計画は起きてしまったんだ」

アスカにはシンジの声がその瞬間、とても深く沁みこむように思えた。

「アスカが知りたいというのなら、僕は僕の知る全てを語る」








夜の街をセイバーは進む。

武装化はしておらず、逆に黒のスーツを着ての変装。この街は監視カメラが多いため、正体が露見しないように彼女は服装に気を配っている。

彼女はこの数日、とある施設にだけ捜索を絞り込んでいた。それは浄水、排水施設だ。

ギルからの情報で彼の蛇が配水管や水道を伝っていることを知り、この第三新東京市でネルフを含んだエリアに供給している施設へと向かっている。

ネルフはジオフロントに浄水施設があるためここからの供給を受けていないが、先日の事件の後、警備が強化されており進入は難しい。そこで、進入が簡単なこちらから先に調べることにしたのだ。

また、ネルフにはジャンとランサーがいる。キャスターがネルフにいるのであれば、彼らが気づいている可能性が高いため、そこではないと判断したのだ。

交通機関を利用しないまま、歩き続けて施設へと向かう。

キャスターを見つけられなくても、せめて手がかりを見つけたい。








その排水施設に近づいたセイバーは一瞬で理解した。ここにキャスターがいると。

そこは神殿であった。

暗く闇に沈んだ施設には汚濁が満ちていた。

汚れた水を浄化するための施設はさらに汚濁を作り出す工場になっていた。

セイバーが近づいたことに気づいたのだろう。

その神殿の主はセイバーを出迎え、臣下の礼を取った。






「我らが王よ。誰をお探しなのでございましょうか?」






「……エリオレース」

キャスターはセイバーの予想通りの人物だった。

外套の袖から伸びた手は骨と皮、フードを外したことで晒された顔は痩せこけており、童話の魔法使いを想像させる。

セイバーが名を呼んだことでキャスターは歓喜の余り声を上げる。

「おお!! 偉大なる王よ、この臣のことを覚えてくださっていたのか!?」

しわがれた声には力がある。キャスターは本当に歓喜を覚えているのだ。

「貴方様が召還されていることは知っていましたが、謁見もせずにいたことは誠に申し訳ありませぬ。王に拝謁する時は聖杯を手土産にすると決めていたのでございます」

「……なるほど。そのためにこれだけのことをしていたのか」

ここまででセイバーは説得は容易だと判断した。彼ならば自分の意志に従うと。

「エリオレース。貴方は人喰いをしているのか?」

その問いかけにキャスターはすぐさま応えた。

「そのことでございましたか。なるほど、王の用は分かりました」

「分かってもらえたようだな。ならばこれからは自重し……」






「殺した数が多すぎましたか。しかし、勝ち抜くためにはあと40の死体は必要でございます」






そのキャスターが何気なく零した言葉にセイバーは絶句した。

意味が理解できない。

「何を言っているエリオレース卿!! なぜそんな愚行をする!!」

「王よ、何を言っているのか私には理解しがたい。私は貴方様の、王のお考えどおりに必要最低限の犠牲を出すことで無駄に戦火を広げないことをしています。それには人喰いが不可欠であるのです」

その言葉はセイバーに二度目の衝撃を与えた。

かつて王として君臨していた彼女。女であることを隠し、男として生きていた。

岩に刺さった選定の剣を引き抜いた時はまだ十代。騎士や諸侯を纏めるためには『人』ではなく、『王』である必要があった。

彼女は優れた王となった。優れた王とは私情を挟まずに、最低限の犠牲だけを出すことだ。

戦が起きれば一つの村を干上がらせ、残りの九つを焼かずに済ませた。

彼女は一つを非情に切り捨てることで、残りを守ってきた。

だが、その『王』として完璧、『人』として問題のある振る舞いに騎士達は不満を持ち彼女から離れていった。

王を望んだ騎士達は、人ではないと彼女に失望して離れていったのだ。

「ご安心ください。私は勝ち抜くに必要な分だけ魔力を蓄えられればいいのです。必要以上に犠牲を出すつもりはございませんし、一般人を巻き込むつもりはありません。私が殺すのは戦う者です。殺す覚悟を持つ以上、殺される覚悟を持っていると考えていることでしょう」

キャスターの言葉が上手く耳に入らない。

今のセイバーは亡霊と対峙している。過去の自分、その考えを見ているのだ

「……エリオレース卿、私は聖杯など望んでいない。この地の聖杯は災厄をもたらすだけだ」

「なんと。ならばご安心ください。私ならば聖杯を意のままに扱うことなど容易いことです。王の望む願いを叶えるための聖杯へと変換いたします」

「そんなことを言っている訳ではない!! もう人喰いを行うのは止めろ!! 聖杯を得るために人喰いを行っているのであるというのなら、それは無意味だ。現在、私の主にはアーチャーとライダーがいる」 

セイバーは吼えていた。キャスターの言うことに飲まれてはいけないと感じているのかもしれない。

キャスターに言い負けることは、過去の自分に言い負けることと同じだから。

「……なるほど。それならば、蛇をばら撒くことは必要ではありませんな。……分かりました。人喰いは止めることにいたしましょう。ですが、聖杯は私が必ず貴方様にお渡しいたします」

キャスターはもう一度臣下の礼を取り、

「マーターのサーヴァントにお気をつけください。両腕を吹き飛ばされた女魔術師の死体を見つけました。令呪を奪うためでしょうが、その傷はマーターによるものです。マーターはマスター殺しも辞さないサーヴァントです。そして、マスターが誰かも掴めませぬ」

忠告を言い残し、彼は消えた。元々、映像だけの存在だったのだろう。

「……キャスターは間違ってはいない。だが、私の心はキャスターの言葉を否定していた」

セイバーは振り返り、帰り道を歩く。

「人の心と王のやり方というのはこんなにも否定しあうのですね」

=====================

秘されし英知(ミスティック・ルート):B

アスカに与えたギルの宝具。
予め決められた二点の空間を直結させる通路を作る。
元々は隠し通路、抜け道としての宝具であり、隠密性に長けている。
ちなみにギルが使ったことは一度もないが、彼女の宮殿にはこの宝具が設置されていた。

==========================

クラス  キャスター

マスター ???

真名   エリオレース

性別  男

身長・体重   170cm・45kg

属性  秩序・悪

筋力 D  魔力 A+
耐久 D  幸運 C
敏捷 E  宝具 C




クラス別能力

陣地作成:A 自分に有利な陣地を作ることができる。”工房(魔術師の研究所にして砦)”を上回る”神殿”を作り上げる。

道具作成:A 魔力の篭った物品を作れる能力。擬似的ながら不老不死の薬も作れる。




詳細

アーサー王伝説に出てくる魔法使い。アーサー王の姪であるイセンヌと婚姻する。魔術に秀でていた彼は首を切り落としても再生するほどで、その魔術をもって民を安寧に導いていた。

イセンヌの母はアーサー王と敵対していたが、イセンヌとエリオレースは円卓の騎士ガウェインのように逆にアーサー王を慕っていた。

彼の凋落はイセンヌの死の後、再婚することから始まる。彼が愛した魔女はしかし、アーサー王と敵対しており、彼女に騙されたエリオレースはイセンヌとの息子である、カラドックに呪いをかけてしまう。

カラドックはアーサー王に助けを求め、彼の婚約者が命をとした治癒を行うことで一命を取り留める。

息子の快癒を知ったエリオレースはアーサー王の反感を買ったと信じ、魔女を自らの手で殺し、王に罰せられる前に失踪する。

その後、彼の消息を知るものはいない。




スキル

呪殺真言:A 呪うことに関して最も効率がいい魔術。シングルアクションでありながら、ファイブカウント以上の魔術に匹敵する。呪い限定であれば、数多の魔術師の中でも上位にある。

変異:B 魔術を極めた果てに肉体に現れた影響。吸血鬼化などの肉体そのものの変化が起きる。このランクが上がるほど、純粋な英雄から外れていく。



 
宝具

???

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あとがき

セイバー、過去との対峙。キャスターは書いてて怖くなった。水道から蛇がにょろにょろ出てくると考えるとぞっとしますね。

ギルの扱いが自分的に問題でした。サイゴさんの要望では、「ギルは裸で迫る」でしたが、それではまずかろうと、バスタオルを巻きました。皆さん的にはどうでしょうか? 裸の描写を入れてしまっていいのでしょうか? かなり悩んでます。どうか、皆様の意見をお聞かせください。

次は閑話。その後、修学旅行の準備です。

感想、誤字脱字の指摘、等何かありましたらどうぞ。

追伸
休みにサークルの面々と徹夜でカラオケをやりました。そこで、同学年の女性に「JAM PROJECT」を熱唱して欲しいと頼まれ、引き受けることに。しかし、歌う直前にマイクの電池が切れ、仕方なく地声で「紅ノ牙」を熱唱。気合で歌いきった作者を待っていたのは「GONG」だった。当然、熱唱した。その後、真っ白に燃え尽きた。



[207] Re[8]:正義の味方の弟子 第27話
Name: たかべえ
Date: 2006/05/29 10:50
正義の味方の弟子
第27話
母を助けるために








暗い室内、アスカはベッドの上で膝を抱えていた。

「……」

泣いて腫れた目元。泣いているのは裏切られたと感じたから。

嗚咽を漏らす。叫びたいのに言葉にならない。

泣き声に混じって呟く声は、それでも『どうして』と音を作る。

誰もいない自分の部屋、自分だけの要塞。孤独な闇でアスカは涙を流していた。

「……どうして、どうして聖杯を使ってママに会ったらダメなの?」

シンジの言葉が蘇る。

ギルを助けてくれた時の優しさは、厳しさになってアスカに向かってきた。








話は数時間前にさかのぼる。

アスカはシンジの問いかけに、「知りたい」と答え、シンジは自身の知る全てを語った。

アスカにとって、シンジの語る内容は荒唐無稽といってもいいほどだった。

LCLが何であるか、といったものは序の口に過ぎなかった。

ユイの正体、ユイが体験した未来の出来事、それは妄想としか表現しようのないほどだった。

ユイは別の世界の碇 シンジ。人類補完計画を体験した者。

レイの正体。死んでも代わりの体と人格にとって変わるだけの少女。死なない代わりにリセットされる。

それらの知識は触れてはいけないものだった。

アスカはネルフが正しい、と思ってきた。

それを違う、とシンジは語る。

アスカの知らないことを知っているシンジは事実を叩きつける。






「エヴァには僕らの母親がいる。初号機には僕の母が、弐号機にはアスカの母親が宿っている」






それが致命的だった。

「う、うそ……」

「嘘じゃない。チルドレンというのは本当に『子ども』なんだよ。母親がエヴァに取り込まれ、母と子の二人でエヴァを制御しているんだ。エヴァを操るのに特殊な才能なんかいらない。ただ『母がエヴァの中にいる』その一点が大事なんだ」

彼女の才能を全否定する言葉。

「僕の母さんはエヴァの有人起動実験中、事故で消失した。ユイの過去を見ていて、僕も思い出した。僕の目の前で母さんはいなくなったんだ」

それを否定したくて、アスカは大声を上げてしまう。

「違う!! ママは、ママは消えたりなんかしてないわ!! ママは自殺したの!! 私のことも分からなくなって、それで首を吊ったの!!」

それは隠蔽したい過去。認めたくないトラウマ。ユイはそのことを知らなかったのか、驚きを顔に浮かべ、シンジは顔色一つ変えなかった。

「なら、なぜアスカのお母さんは錯乱した?」

「それは……!?」

その原因は何であったか。覚えていない過去のこと。

それでも思い出そうとすると、全く違う事柄が頭に思い浮かんだ。






――投げ捨てられたお人形。アスカ、と自分の名をつけられた人形。今まで母の目を奪っていた人形。

――小さな彼女に影がかかる。影の主は母親、、、、、、、、だったもの。

――幼い彼女に理由はわからず、ただ事実だけを受け入れさせられたのだ。

――日が落ちるにつれ伸びる影。逆光を受け、陰になった母の顔は狂気の混じった笑顔だった。






アスカは自分の首を両手で押さえた。

「いやああ……! 思い出させないでよ!!!」

涙がこぼれて、悲鳴を吐いた。

「アスカ」

「来ないで!!!!」

差し出されるユイの手を払いのける。手を強く叩かれたユイはビクッと身体を震わせ、手を引っ込める。

「……わかったわ。あんたの言うことを認めてあげる。弐号機はただの人形じゃなくて、ママなんだ。じゃあなに? ネルフにいた人間は私が何も知らないことで粋がっているのを陰で笑ってたの?」

「このことを知ってるのはネルフの上層部だけだ。ネルフの総司令である父さん、副司令の冬月さん、さらに技術部長の赤木さんは知っているはずだ」

「じゃあ加持さんは!? 加持さんもそうだったの!?」

「加持さんは知らないだろうね。あの人は知らないからこそ知ろうとしている」

「……あっ、そう。そんなことまで知ってるんだ」

アスカは考え込む。今までの事実を噛み締めて、質問する。

「ねえ、ママは本当にエヴァの中にいるの? そして、聖杯ってのは本当にあるの?」

「ああ」

「だったら、聖杯を使ってママを蘇らせればいいじゃない!! どんな願いでも叶えられるんでしょ!? 聖杯を使ってママを助けてよ!!」

「……悪いが、それは出来ない」

「どうして!?」

「アスカが母を望んで聖杯を起動させたのなら、それこそ人類補完計画が起こる。それではダメだ」

唇を強くかむ。イライラさせられる。

「じゃあ、どうすればいいのよ? どうしたらママを助けられるの?」

「サルベージという計画が行われたことがある。ただし、それは失敗したし、ユイに対して行われた際は偶発的な成功だった。サルベージで助けられるという保証は無い」

冷静すぎるシンジの言葉に怒りを覚えた。

一気に燃え上がる憤怒の炎。一瞬のうちに飲まれた。

アスカはシンジの胸倉を掴む。シンジは何も抵抗しない。

「あんたの母親もエヴァの中にいるんでしょうが!!! どうして、本気で助けたいと思わないのよ!!」

「まだ、助けるわけにはいかないからだ」

その言葉を頭で噛み締めたときにはシンジを殴り飛ばしていた。

殴られたシンジはテーブルに叩きつけられた。それでも、うめき声もアスカに対する恨み言もない。

あるのは正論だけ。

「使徒はまだ来る。ならば、対抗するための力が必要だ。それにサーヴァントもそうだ。エヴァは戦力になる」

「あんたのごたくはもういいわよ!!! 正しいこと言ってるのかもしれないけど、人間として間違ってるわよ!!!」

「アスカ言い過ぎだよ!!」

「ウルサイ!!」

どかどかと居間を歩き、ネルフの自室へと帰るために宝具のほうへと行く。

「アスカ!!」

「着いて来ないで!!」

叫んだ後、間をおいてユイに尋ねた。

「……ねえ、あんたは母親の記憶があるの?」

「えっ? う、うん」

「……それは楽しい思い出?」

「わ、わからない。覚えているのは母さんが消えてしまう直前。……母さんが優しく笑って、実験に望んだことだけ」

「じゃあ、あんたの母親は最後まであんたに笑顔を見せてくれたんだ」

「そう、だよ」

なんと答えるべきか分からないユイは正直に言うしかなく、それがアスカの怒りを買った。

「私のママは私に笑顔を見せてくれなかった!! 人形に、アスカって名づけられた人形に全部取られた!!」 

セカンドチルドレンになったのは見てもらうため。人形に釘付けになった視線をもう一度、向けて欲しかった。

「ただ、私に笑いかけて欲しかったのに!! それだけでよかったのに!! 最後の一瞬だけでいいから、私を見て笑って欲しい」

そんな希望を持っている。

「ユイ。あんた幸せすぎよ。なんで、そんな身体になってまで守ってくれる人がいるのよ」

嗚咽が混じった怨嗟。

「悪いけど、この気持ちは譲れないから」








変えられない過去。なのに、ここで奇跡が起こった。

ああすればよかった、こうすればよかったと希望をはせるしかなかった過去、それを変えられるかもしれない。

聖杯を使えばまた会える。きっと狂ってしまう前に、親子に戻れる。

諦めたくない。

聖杯が危険なものであることは分かる。なら、代案を出して欲しい。

母を助けられればいい。その方法を誰か提示して。








その日の朝はアスカはシンジの家に行かなかった。一緒に取るようになった食事を放棄した。

セイバーはいつもどおりの振りをしていたが、それでも覇気がないと分かってしまう。

その異状は他の家族にも伝染し、シンジが空気を軽くしようと語りかけても、誰も相手にしなかった。

アスカのための朝ごはんをユイは寂しく片付けた。

アスカは学校にもいなかった。

ずっと待っていたが、結局来なかった。

アスカのためのお弁当はセイバーの胃袋に治まった。

シンジはそんなユイから離れずにいたため、レイに一通のメールが届いていることを知らなかった。






夕方、アスカはレイを待って公園にいた。

誰もいない公園でベンチに座り、傍には半分飲んだペットボトルが置いてある。

学校へ行かなかった彼女はレイの携帯にメールを送っていた。メールには一人で来るように書いていた。この話はレイにだけ聞かせることで、他の人間には聞かせたくないことだからだ。

この公園からは街が一望できる。街は寂しさを覚えるぐらいにがらんとしているが、もうすぐ街は本当の姿となる。

サイレンが鳴り、地中に潜っていた高層ビルは今度は天を衝く。

やがて、レイが来た。制服姿で、手には鞄を抱えている。

その顔は無表情。

いつもの笑いながらシンジやユイをからかうレイとは違う。

アスカはそれを月の二面性だと思った。

常に同じ面だけを向けている月、逆側を見たければ、回り込んでいくしかない。

今のアスカはその裏側を眺めているのだ。レイの正体を知ったときに、アスカは裏を見る権利を得ていた。

その裏面は今までは表であったのだ。それを変えたのは誰か、アスカは知らない。

レイはアスカの座るベンチに腰掛けた。

二人の視線は交わらない。

「シンジ君とユイさんが心配してたわ。あと、今日のプリント」

レイは既に問いを分かっている。だからこそ、全く関係の無いことを話した。

アスカはその予想を裏切らない質問をした。

「……ねえ、レイは聖杯を起動させたくはないの?」

聖杯を使うための鍵になる少女に対し、アスカは単刀直入に切り出した。

自分に聖杯のための道具になれという少女に、レイは全く怒りを見せない。

「ない。私の願いはもう叶っているし、それにそうしたら、シンジ君とユイさんは悲しむもの。アスカは聖杯を起動させたいの?」

「そんなわけじゃないわ。……でも、ママを生き返らせるには聖杯しかない。だったら、聖杯を使うしかないじゃない」

「そう、シンジ君が言ったの?」

「言ったわ!! 方法が無いって!! だから聖杯に頼るしかないじゃない」

「じゃあ諦めろといった?」

「……はっ?」

レイは何を言っているのか。方法がないのなら、諦めるしかないのに。

「シンジ君は諦めろとは言ってないはず」

「じゃあ、どうしろっていうのよ!?」

「分からない。でも、シンジ君はその方法を考えていると思う。『死者は何も行えないし、思えない』。弐号機がアスカのお母さんの意思で動いているというのなら、きっとアスカのお母さんは生きているはず。生きているのなら助ける方法があるはず」

「生きているからどうするっていうのよ。出て来れないのなら同じじゃない」

「ギルガメッシュさんが言ってたわ。人を生き返らせるのはできないって。でも、生きて中にいるというのなら、取り込まれたのと逆の手法をとるか、魔術か宝具によって剥離し、別の器に移し替えればいいって」

「……あんた、ギルに相談してたの? だから昨日ギルが出てこなかったの!?」

「あれは私がしがみついておさえつけてたから。ギルガメッシュさんも手荒な真似をしたかったし」

確かにギルはか弱いものには甘い。敵だったら容赦しないが、弱い味方には寛容だ。

「私はシンジ君が話しているところを盗み聞きしただけ。シンジ君はギルガメッシュさんにいろんなことを聞いてた。あなたのことを相談していた。一般人は魔術のことを知ってはいけないんだって。シンジ君の所属する魔術協会というのは、神秘が漏洩することを許さないらしいの。だから、アスカのことを守ってくれるようにギルガメッシュさんに頼んでた」

「……うそ?」

「本当みたい。私やアスカが知った時点でシンジ君は既に規律を破っているのよ。この規律は破ったことを知られたら、即座に追っ手をかけられるみたい」

「でも、あいつそんなこといってない!」

「アスカに心配かけたくないんだと思う。私も偶然知ったことだから」

「嬉しくないわよ。そんなこと」

拳を握るアスカにレイは自分のことを聞いた。

「アスカは私のことを知ってるんでしょ。私が『二人目』だってこと」

「……ええ」

「シンジ君は弐号機の中には少なくとも、アスカのお母さんの『精神』はあるといってた。足りないのは『肉体』、それに『魂』もないかもしれない。でも、私の代わりの体ならその二つを用意できるかもしれない。それなら、聖杯を使わなくてもアスカのお母さんに会えるはず」

「本当にっ!?」

「でも、そうしたなら見かけ上は綾波 レイ。アスカはそれでもいい? せっかくのお母さんなのに全く面影がない。それでいいなら、私の身体の一つを譲ってあげる」 

「……それは」

「まだ決めなくてもいいわ。でも、私はアスカの力になりたいって思ってる」

「どうして?」

「シンジ君が私にそうしてくれたから。マリアさんも私に構ってくれた。だから、同じ事を誰かにしてあげたい」

先に帰るわ、レイは立ち上がって、ようやくアスカを見た。

いつもの笑っている少女の面で。いつもと同じように笑って。

「もう一回言うけど、シンジ君もユイさんもセイバーさんもギルガメッシュさんも心配してた。だから、晩御飯には帰ってきてね。じゃないとユイさんが元気なくして、シンジ君がもっとダメになっちゃうから」

レイは歩き出した。

残ったアスカは考えをまとめた。

使徒は来る。

「……ごめんママ。確実に会える方法を私は放棄するわ」

誰かが方法を提示するのではなくて、自分で考えることにした。

思いつかないかもしれない。でも、自分で考える。

半分残っていたペットボトルを飲み干して、遠ざかっていくレイに大声で呼びかける。

「レイ~。ユイに私の分のご飯忘れないように言っときなさいよ~!! それと、あんたも心配してたんならちゃんとそういいなさ~い!!」

レイは手を上げて返事をした。その手は親指を立てていた。








「ユイ、昨日は言い過ぎてゴメン」

アスカはまずユイに謝ることにした。シンジに謝るより先に、精神弱そうなこっちを優先したのだ。

「うん、いいよ。……あのね、ボクね、アスカに謝らないといけないことがあるんだ」

ユイの声には不安が混じっている。話すことで怒られるのではないかと心配する子どものようだ。

「? あんたは何も悪いことしてないでしょうが」

「違う。ボクは前の世界で、アスカの首を絞めたんだ」

その言葉にアスカは真剣な顔をする。

「首を絞めたって」

「ボクは補完が発動した後、混乱したんだ。『ボクは否定したのに、どうしてみんな肯定するのか』ってそれがわかんなくて、気絶してたアスカに八つ当たりしたんだ」

「……じゃあ、私は一つになってなかったのね」

「うん。アスカはぼろぼろだったけど、確かにいたんだよ」

悲鳴のような謝罪。聞いているだけで身を引き裂かれそうなのに、それを溜め込んでいたユイはもっと辛かっただろう。

「ごめんなさい!! ここのアスカに謝ることが筋違いだってことは分かってるよ!! でも、でも、夢の中で責めるんだ!! アスカがボクを……」

言葉を遮るためにアスカはユイを抱きしめた。

「……アスカ?」

「ばか。今、『筋違い』だって言ったでしょ。なら、謝る必要なんか無いわよ」

「でも、」

「私はあんたのこと嫌いじゃないわよ。泣き虫だし、守りがいありそうだし。ユイは私のこと嫌い?」

「アスカのこと好きだよ。でも、もしかしたら同じことをしてしまうかもしれない。また同じことが起きたらまた誰かに当たるかもしれないから、だから」

「しないわよ。だって、聖杯は起動させないんでしょ」

「えっ?」

「聖杯なんかいらないわ。ママに会いたいって望みを捨てたわけじゃないわけど、聖杯に頼ったりなんかしない」

鼻吹きなさいよ、とティッシュを差し出す。

「シンジにも言うわ。ママを助けるのに聖杯は使わない。それ以外に助ける方法を見つけ出すから。そのためにシンジを扱き使ってやるから覚悟しろって」






あとがき

アスカですが、最初の設定では魔眼をつけて、シンジに会う前から母がエヴァにいることを知っている、ということにしようと思っていました。じゃないと、聖杯戦争に関われそうにないなー、なんて思っていた時期がありましたから。結局、どちらがいいか分からないままですが、後悔はしていません。

番外編その6を書いたばっかりなだけに、ちびアスカが悲しむ様を想像して鬱りました。もう、ごめんだ。

次も閑話、というよりも27話と28話は元々セットであったのだが、そうしたら展開が急だったので二つに分けました。その分、一つが短いです。

もちろん次もアスカ主役。最近、アスカの出番が多い。振り返って見れば、5月はアスカ強化月間だったのかもしれない。

感想、誤字脱字の指摘、などありましたらお気軽にどうぞ。



[207] Re[9]:正義の味方の弟子 第28話
Name: たかべえ
Date: 2006/05/31 14:50
正義の味方の弟子
第28話
酒盛り(お酒は二十歳になってから)






ユイです。

この間のシンジとアスカの喧嘩以来、シンジに対するアスカの様子が変です。

なんというか、シンジに対する警戒心がなくなったというか、とにかく変なんです。

例を挙げてみます。

あれは二日前のことです。

アスカがシンジが持っている缶ジュースを見てのことでした。

「シンジー、美味しそうなの飲んでるわね」

「飲む?」

シンジは何の気負いもなしにジュースを差し出しました。

「ありがと」

そのまま、ぐびぐびと飲みだすアスカ。(口をつけている)

「すっぱいわね。返すわ」

「そう? 僕は美味しいと思うが」

返された缶ジュースをシンジはまた飲みだす。(もちろん口をつけている)

なんと、アスカはシンジが今まで使っていた飲み口から飲みました。間接キスです。なのに、二人ともそのことを問題にしている様子はありません。

他にも、あります。

あれは昨日の夜のことでした。

ボクと向かい合ってお茶を飲んでいたシンジに、アスカが後ろからのしかかりました。

その際、シンジ曰く、ボクより大きいアスカの胸がシンジの背中や後頭部に当たっています。このときのアスカはTシャツ一枚です。下着もつけているかわかりません。

「シンジー、暇だからゲームしましょ」

ゲームというのはギルガメッシュさんが買ってきたゲーム機のことです。同時に店にあったソフトを買い占めたので、娯楽には困りません。もちろん、専用コントローラーもです。本当にお金持ちな人です。千円札を三枚渡しただけなのに、ここまで増やすなんて。一体何をしたんでしょうか。それとこの街で一時、金の値段の相場が大きく変動したこととも関係があるんでしょうか。

「いいけど何する? 格ゲーだと乱入してくる姉さんの独壇場になるよ」

シンジは全く動じた様子がありません。ギルガメッシュさんがやったら、すぐに大変な事になるくせに。

「あの五色の宇宙ガエルのゲームだったら、そんなに一方的なゲームにならないわよ。それにみんなで出来るし」

「あれか。僕の曹長に勝てると思うなよ」

「私の恐怖の大王に勝ってから言いなさい」

シンジはアスカを背中につけたまま、立ち上がります。その際、きっとシンジの背中にアスカの胸が強く当たっていたはずです。なのに、シンジはにやけることも叫び声を上げることもしません。

それから、ボクも参加しましたけど、二人が気になって全く勝てませんでした。なお、一番強かったのはレイさんの操る二重人格キャラでした。レイさんはかなりのゲーマーです。

このようにシンジとアスカの仲がすごく良くなったみたいなんです。

アスカもシンジに髪を拭いてもらうようになりましたし、昨日はなんと部屋に帰らずにこの家に泊まっていきました。かといって、ベタベタしだしたわけではなく、むしろスッキリと爽快感があるぐらいなんです。

どうしてでしょうか?

アスカはシンジに対して本当に無防備になっています。シンジもです。

二人になにかあったのでしょうか? 気になります。

気になりすぎて、シンジのお弁当のおかずをわざと焦がすほどです。それでもシンジは美味しいと言って食べるけど。

誰か、この真相を解き明かしてください。それだけがボクの望みです。






「よし、今日はパーティーするわよ」

学校でアスカはシンジたちに宣言した。

ユイが面食らっている中で、アスカは続ける。

「というわけでユイ、今日の晩御飯は豪勢にね。レイは私と一緒に買い物付き合って。あ、シンジも荷物持ちに来ること。セイバーは、っと」

「ちょ、ちょっと待って。なんでパーティーすることに決まってるの!?」

一番大変な調理役のユイがアスカに反論を試みる。

「考えてみれば私やギルの引っ越し祝いがまだだったわ。というわけで、お祝いの一つぐらいやってもバチは当たらないわよ。それに、来週の修学旅行は行けない可能性が高いんでしょ? 私達がちょっとした画策をしているけどそれでも完全とはいえないわ。だから、憂さ晴らしにパーッっと盛り上がっちゃおうって事なのよ」

「画策って何してるんだよ」

ユイの歴史では修学旅行には行けなかった。だが、幾ら行けないと知っても行きたいという気持ちがなくなるわけではない。それゆえ、シンジ、アスカ、レイの三人でどうすれば行けるかを考えているのであった。

なお、この修学旅行の実行委員にはなぜかマリアがいる。楽しむためなら、労力を惜しまない彼女は修学旅行を面白くするため、自ら行動しているのだ。

「まあ、みんながやりたくないっていうんだったら、パーティーは止めるけど、やりたくないって人いる?」

「僕はやりたい」

アスカとユイに挟まれている位置のシンジは真っ先に答える。ユイはそれでさらに疑う。

「私も」

レイは返事をしながら携帯ゲームをやっている。どうぶつたちとのスローライフを満喫しており、本人は「椰子の木が乱立しすぎて困っている」とのことだった。

「セイバーは?」

「私はどちらでも」

我関せずといったところのセイバー。しようがしまいが本当にどっちでもいいらしい。

「ユイは? あんたが参加しないんだったら、私達だけで軽く騒ぐだけになるんだけど」

「じゃあ、参加するよ」

ユイは自分を悩ませている謎を解くために参加を決意した。






「ただいまー」

「早かったな。アスカたちは一緒ではないのか?」

「アスカはレイさんとシンジと一緒に買い物です」

帰ってきたユイを出迎えたのはお留守番していたギルガメッシュ。

彼女は学校に行きたいといつもシンジに訴えるのだが、学校にはマリアがいるため下手したらそこで殺し合いが始まりかねない。ゆえにお留守番なのだ。

暇そうにしている彼女は買い物好きであり、なぜか毎日居間に物が増えている。今日はノートパソコンらしい。昨日は携帯電話だった。彼女の蔵には毎日何か新しいものが入っていくのだろう。

「そのパソコンって最新型じゃないですか? 高かったんじゃ?」

「何を言う。我に買えない物などこの世にたった二つ(愛と命)しかない。しかし、我が買い物に行くと何故か誰もが値引きを行う。我には金が無いと思われているのか?」

「そういうのとは違うと思いますよ」

値引きの理由がわかってないギルを余所に、ユイは着替えるために寝室へと向かう。

いつものTシャツ、ミニスカートに着替えたユイはエプロンをつけて台所に立つ。

「あっ、ギルガメッシュさん。今日はアスカとギルガメッシュさんの引越し祝いをするみたいですよ」

「それを早く言え。我にも準備というものがある」

ユイの話を聞いたギルが即座に立ち上がる。

「準備?」

「祝いというからには三日三晩は続ける宴のことだろう。このような服ではなく、もっと装飾華美のものでなければいかんな。今から調達してくる。ライダー、一人でそれだけの料理を作るのは大変だろうが、これは大任だ。しっかり励めよ」

「……住む世界の違いが分かっちゃった。あと、ボクはユイです」

とりあえずどんなものかを説明したユイであった。






「ただいまー。はあ、疲れたー」

「なるほど。僕にこれだけの荷物を持たせておきながら、その言葉か」

シンジ、アスカ、レイが帰ってきた。彼らの手には学校指定の鞄と別に、大量の買い物袋がある。その中でもシンジが持っている分は多く、そして重そうだ。

「ありがとシンジ。じゃあこれは冷やしておくわね。二人とも手伝いご苦労」

アスカはアイスや氷といったものが入った袋を持って、台所に行く。

「シンジ君」

「どうしたの、レイ?」

「アスカととても仲が良くなってるから、ユイさんが焼きもちを焼いてたわ。なにをしたの?」

荷物を置いたレイがシンジに尋ねる。

「『あったの』じゃなくて『したの』ってところがレイらしいね。焼きもちを焼くユイも可愛らしいな」

「でも、もうすぐ爆発するかも」

「まあね。でもこんなことをするのは起きているときだけだって。夜はユイとレイにかまってろってさ」

「……つまり、アスカではシンジ君をひきとめられないってこと?」

「すごい表現だな。アスカは楽しくしたいだけだと思うよ。それにこうしていれば、ユイも素直になるかもだってさ」

「ユイさんを焚きつけるのは私の役なのに。こんな面白そうなこと、私に黙ってたなんて」

変なことを悔しがっているレイ。これから、アスカをとっちめに行こうと心に誓う。

「でもよかった。てっきりシンジ君がアスカの弱みを握って、ああいうことを強要させているんじゃないかと心配してたから」

「ははははははは、……………信用無いんだね」

乾いた笑いを浮かべたシンジ。けっこう傷ついたようだ。






「これってお酒でしょ!?」

アスカたちが買ってきた飲み物を見て、ユイが注意する。

「細かいこといわないの。ユイも飲みなさい」

そんなこと気にせずに、自分のグラスに氷とワインを注ぐアスカ。未成年は酒は買えないのだが、アスカと仲のいい女子生徒の親が経営する酒屋に行き、頼んで買ってきたのだ。

「細かくないよ! 法律で決まっていることだよ」

「ドイツじゃ普通だったの。お酒飲まないんだったらユイはジュース飲んどけばいいわ」

アスカはユイのグラスに、アルコールを割るためのオレンジジュースを注いでいく。

「まあ、これならいいけど。飲みすぎちゃダメだよ」

説得するのは不可能、とあっさり折れるユイ。そんなユイにサワーをもったレイが話しかける。

「ユイさん飲まないの?」

「うん。前の失敗(13話)があるから」

あの失敗はユイの記憶に深く傷痕を残している。なぜ、お気に入りの下着を明かさなければいけなかったのだろうか。

「ああ、あれね」

「あれあれ? れ、レイさん。目が輝いてるよ」

レイの目は「面白いこと考えちゃった」という感じに輝いている。視線の先にはもちろんユイが。

「ううん、なんでもない」

その後の爽やかな笑みにユイは得体の知れない恐怖を覚え、飲み物にアルコールを入れられないように注意を怠らないことにした。

「じゃ、さっそく乾杯しましょうか。私とギルの引越しを祝して」

アスカはコップを高く掲げる。ユイ以外の全員がアルコール類を持っている

「かんぱーい」

「「「「「かんぱーい」」」」」

チン、とグラスを合わせて一斉に飲みだす。

「ライダー、つまみを持って来い」

「は、はーい。って、ボクはユイって名前があるんです!!」

ユイがつまみを持ってくるために席を外した瞬間、ユイのグラスに日本酒を注いだレイがいることを忘れてはならない。しかも、中身を一度飲むことで、継ぎ足した分を分からないようにしていた。

それを飲んでしまったユイがいるのであった。






二時間後。

テーブルの上には大量の空き瓶、空き缶、空になったグラス。そして、蔓延するアルコールの匂い。

そこにいる住人達はというと、

「アスカ~。だっこして~」

完全に酔ったユイが普段の思考の1%も発揮できないでいて、

「あはははー、シンちゃんもユイちゃんも面白ーい」

性格が反転したレイが大笑いしていて、

「シン。お姉ちゃんにもっと甘えていいよ」

目をとろんとさせながら、シンジを優しく撫でるギルがいる。

その混沌に、その世界を作ってしまったアスカがびっくりしている。

「な、なんなのよこれは。特にレイなんて全くの別人じゃないの」

アスカの意見にシンジも賛成する。

「ああ、レイがこんな酔い方を見せるなんて思わなかったな。これではあのさいしゅう……」

「それ以上はダメよ、シンジ」

ピシャリと言い切るアスカ。

「アスカ~、もっとのもうよ~」

「あんたはもう飲むな。もっとしゃんとしなさい」

頬がもう真っ赤になっているユイにアスカが説教する。いつもと立場が逆だ。

「むり~」

「むり~、じゃない。はい、シンジにでもよっかかってなさい」

「は~い。シンジー♪」

シンジにぼふっと倒れ掛かるユイ。シンジはそれを両手で抱きかかえ、苦しくない体勢でもたれさせてやる。

「ユイちゃん、かわいいなー。うわ、ほっぺぷにぷにー」

レイが人差し指でユイの頬をつんつんとつく。

「あんた、大丈夫? なんか人格が変わってるみたいなんだけど」

「なにいってるのよー。そんなのぜんぜんないんだからー。アスカさんったらおっかしいなー」

「だから呼び方も変わってるって。ムカつくからやめい」

くすくすと笑うレイにアスカがツッコミを入れるが、全く意に介した様子が無い。

「ギル。あんたは?」

「うん? ……平気だけど、なんかあつい」

ギルは上着に手をかける。脱ごうとして、白いへそが見える。

「汗かいてる。あっ、シン。お姉ちゃんと一緒にお風呂は入ろうか?」

「あんたが一番酔ってる!!」

アスカは酔っ払い相手に苦戦しているのであった。

そんな中、居間の端にいたセイバーが席を外した。

「アスカ、ちょっとユイのこと頼むね」

ぐったりとしたユイをアスカに預けて、シンジも席を立つ。

「アスカのむねってやわらかーい」

「ちょっとどこ触ってんのよ!? 起きなさい!!」

目を半分瞑りかけているユイにアスカの強力なチョップが振り下ろされるのであった。






「まだ悩んでるんだ。キャスターとなにかあったの?」

「いえ、そういうわけではないのですが」

縁側でシンジとセイバーは月を眺めながら会話する。

「姉さんはよく止めたと思うよ。これでもう、キャスターが人を襲うことは無いんだろ」

「はい。彼は行わないといいました。ならば、もう凶行は行わないでしょう。しかし……」

言いよどむせセイバー。

「ねえ、兄さんに電話でもしてみれば? きっと、そうしたら姉さんの悩みは解決するんじゃないかな」

「……そうでしょうか。シロウもこんな相談を受けたら困ると思うのですが」

「じゃあ、兄さん以外の誰に話せる?」

「それは……」

シンジは携帯でとある番号をプッシュしていく。それは、シンジとセイバーにとって、もう一つの家である場所。

「はい。じゃあ、僕は戻るからね」

携帯電話をセイバーに渡して居間へとかえっていく。

セイバーは受け取った携帯を耳に当てる。

何度目かのコールの後、ガチャッと受話器を持ち上げる音がする。

『もしもし、誰だ?』

その声は彼女の主たる人物の声。決して忘れることのない声である。

「シロウですか。私です」

『セイバーか? どうしたんだ? 何かあったのか?』

「いえ、なにかあるというわけではないのですが、シンジが」

『だったら、なにかあったんだな』

シンジが電話をよこすということで、士郎は問題があったということに気づいた。シンジ本人ではなく、セイバーが電話をかけるということはセイバーの悩みであることも理解できた。

「シロウにそうだんがあります。少しいいでしょうか?」

『ああ』

短い返事の後に、セイバーは語り始めた。

「今回のキャスターは私の知る魔術師でした。私の王であった頃を知るサーヴァントで、私のために聖杯を求めているのです。キャスターはそのために人喰いをしていました」

『……それで?』

「彼は言いました。『王のやり方に従って、私は行動している』と。彼の取った行動は確かにその通りです。昔の私であれば、そのあり方に全くの疑問も疑念も抱かなかったでしょう。ですが、今の私は違います。彼のやり方を正しくないと感じた。これはかつての自分に疑念を感じるのと同じことだ。私はどうすればいいのでしょうか?」

『セイバーとそいつは一緒なんかじゃない。セイバーは誰かのためって言い訳しなかった。』

士郎は即答した。それに、セイバーも驚く。

『前に、前の聖杯戦争の時にアーチャーが言ってたよな。セイバーの望みは歪んでいるって。セイバーは過去を変えたいって望んでいた、それが歪みだって奴は指摘したんだ。俺も同じだと思う。だってセイバーは今まで自分以外のために頑張ってきた。誰かに褒められたかったり、自分のためにしてたんじゃない。出してきた犠牲の分、人に笑顔をあげられた。それを無かったことに出来たりなんかできない』

シロウの言葉には力がある、とセイバーは思う。でなければ、彼女の胸にここまで届いたりはしないはずだから。

『でも、キャスターは自分のために、セイバーに褒められたくてやってるんだ。それがセイバーと一緒なわけがない。キャスターがセイバーのためといって、犠牲を出しても誰も喜んだりはしない』

シロウはそう言い切った。正義の味方、そのあり方を死ぬまで貫こうとする青年はキャスターを否定した。

「そうですね、私は勘違いしていました。王であったのは昔のことです」

とても幸せな気持ちで口にする。

「私は貴方の剣です。そうあると誓ったのでした。ならば、私の理想はそこにあるのですね。シロウ。ありがとうございました。私はもう大丈夫です」

その言葉を聞いた士郎は電話口の先で、軽く割った。

『そっか。……シンジは元気にしてるか?』

「ライダーのユイと一緒に楽しくしていますよ。この家は昔のシロウの家に似ています。造りだけでなく、人が集まってくるところもです」

『そうか。じゃあ、セイバーも楽しくやってるんだな』

「はい。シンジとアスカが騒いでいるようです。私も参加してきますね。では、シロウ」

『ああ、セイバー』

「『また』」

短い別れの言葉で締めくくる。

セイバーにもう悩みは残っていない。次に、キャスターと対峙する時は迷わない。

「さて、酒が残っているといいのですが」






「アスカのばかー!! シンジはボクのなのに、なのに、……ばかー!!」

「ユイ、もう酒は止めなさい。って、レイ!! 抱きつくなー!!」

「アスカさんのおこりんぼー♪」

「シンジ、お酒がなくなりました。早く買ってきなさい」

「今から!? もう、時計は0時を回ってますけど!? というか、ギル!! それ以上脱いだらダメだ!!」

「あついのに」

「シンジ、早く行きなさい。制限時間は10分です」

「早ッ!! しかももうカウントしてる。くそっ、強化を使わないと」

この夜の宴は朝早くまで続き、仲良く遅刻したそうな。






あとがき

なんか、大騒ぎして勢いに任せて終わった感がある今回。でも、シリアスなのよりはこんなドタバタの方が個人的には好きです。

これから、最後にミニ劇場をしていく予定です。

ちびユイ「おにいちゃん、ユイね、ねむれないから、おやすみのちゅーをしてください」

シンジ「いいよ。でも、今度はおにいちゃんが興奮の余り眠れなくなったよ」

こんな感じです。短いですし、過度の期待はお止めくださいね。登場人物はランダムです。

感想、誤字脱字の指摘、とう何かありましたらどうぞ

本編の次は修学旅行話&サンダルフォン。スパロボでは絶対に出てこない使徒ですな。

肝心な部分が抜けていることに気づいて訂正。



[207] Re[7]:正義の味方の弟子 番外編その7
Name: たかべえ
Date: 2006/06/01 13:07
正義の味方の弟子
番外編その7
酔った勢いで






これは本編の第28話の続きです。そちらを読んでおられない方はまずそちらをどうぞ






一つの宴会があった。ささやかながら、みんながはしゃいだ。

「アスカのばかー!! シンジはボクのなのに、なのに、……ばかー!!」

「ユイ、もう酒は止めなさい。って、レイ!! 抱きつくなー!!」

「アスカさんのおこりんぼー♪」

その宴会は酔って、酔って、酔いまくりの人間が続出した祭りだった。

「シンジ、お酒がなくなりました。早く買ってきなさい」

「今から!? もう、時計は0時を回ってますけど!? というか、ギル!! それ以上脱いだらダメだ!!」

「あついのに」

「シンジ、早く行きなさい。制限時間は10分です」

「早ッ!! しかももうカウントしてる。くそっ、強化を使わないと」

だが、宴会はそこで終わっていなかったのだ。

この先にあった結末。それを語ることこそがあの時、全てを記憶していた僕の責任であろう。






「じゃあ、始めるわよ。誰が一番の幼馴染なのか証明するため、ここに『第一回幼馴王(オサナキング)杯』の開催を決行するー!!!!」

アスカ、本当にありがとう。






宴もたけなわ、という言葉に程遠い状況。酒は飲んでも飲まれるな、という標語を理解できている人間がどれくらいいるのだろうか。

「シンジはボクのなのー!! アスカにもレイさんにもギルガメッシュさんにもマリアさんにもヤスミーヌさんにもあげないのー!!! ボクはシンジのもので、シンジはボクのものなのー!!!!」

「……あんた、記憶取り戻したら今の発言を心底後悔するわよ」

グラスを片手にユイは思いの丈を明かす。目はとろんとし、正常な思考は働いていない。

「へえ、ユイちゃんはシンちゃんのことがすきなんだー。じゃあ、とっちゃおうかなー」

「だめー!!」

「からかうな、そこ」

人格ごと変わってしまっているレイはユイ、アスカをからかいまくっている。

「シン、あついよ」

「服を脱いで抱きつくと熱いのか寒いのか分からないよ」

シンジは仕方なく、自分の着ていたシャツをギルにかけてやる。

すると今度は脱がずに、袖の匂いをくんくんと嗅いだりにこっと笑ったりする。

「シンジ、つまみを。蜜柑があったはずです。剥きなさい」

一人で酒をぐびぐびと飲んでいるセイバーはシンジをまるで下男のように扱う。

「取ってこいでなく、剥いてこい!? 貴方どれだけわがままなんですか!?」

「別にシンジをりんごのように剥いてしまってもいいのですよ?」

手に握られる聖剣。民を守るはずの剣は心の中で泣いているだろう。

「だ、だめよ。こいつらこの間の分裂使徒より再生力がある。一気に倒さない限りは復活するわ」

真剣な表情で語るのはこの場でシンジとともに正気を保っているアスカ。

「アスカ、僕に提案がある」

「なに?」

この前の連携は伊達ではない。アスカはシンジの提案に信頼を寄せる。

「このままでは収拾がつかない。だから、何かゲームをやって他への暴走を防ぐんだ」

「なるほど。じゃあ、さっそくするわ。はいはい、そこの酔っ払いども注目しなさーい」

パンパン、と手を鳴らし注意を自分に向くようにする。

酔いまくっていた人たちはアスカへと注視する。

「これから、大事なゲームをします。その前に参加者を決めるわ」

アスカはユイに視線を向ける。

「ユイはシンジのことを取られたくないのよね?」

「うん。シンジはボクだけのものだもん」

ユイは首をコクコクと振りながら答える。

今度はレイを向くアスカ。

「レイはシンジを取りたいのよね?」

「だってー、その方がおもしろそうなんだもん」

きゃはー、と叫んで本音を明らかにする。野次馬根性丸出しだ。

母の面影を見たことが間違っていたのか不安になりながら、アスカはギルに尋ねる。

「ギルはシンジに抱きつきたいのよね?」

「ちがう。シンがだきつきたいっていうから、しかたないなーって」

「言ってないわよ」

ギルの発言を無視して、アスカはゲームの説明をする。

「じゃあ、今から勝負をするわ。この勝負の景品はシンジよ」

「「「!?」」」

ユイ、レイ、ギルに衝撃が駆け抜ける。

「ははっ、物扱いか」

セイバーのために蜜柑の皮を剥き、筋を取りながらシンジは苦笑する。もうぞんざいな扱いに慣れきっているのだろう。既に2個のみかんを剥いているのはさすがである。

「ふふふっ、勝負なんかしなくても母さんにレイさんもギルガメッシュさんもやっつけてもらうもん」

「さらっと怖いこというな!! いい、戦闘はなしよ。今のあんたらに戦闘させたら第3新東京が壊滅するわ」

「じゃあ、なにするのアスカさーん。あっ、もしかしてー、不幸自慢とか。言っとくけど私に勝てる不幸なんてめったにないよー♪」

「笑えないっての。不幸自慢でも力比べでもない。言うならば、どれだけシンジのことを好きかを勝負してもらうわ」

「「「!?」」」

再び、ユイ、レイ、ギルに衝撃が走る。つまり、これに勝つということはシンジへの愛が誰よりも深く、大きいという証明になる。

「アスカ、まさか僕のために」

ゲームのコンセプトを知ったシンジは歓喜の余り涙を流す。

そんな面々を無視するようにアスカは高らかに宣言した。

「じゃあ、始めるわよ。誰が一番の幼馴染なのか証明するため、ここに『第一回幼馴王(オサナキング)杯』の開催を決行するー!!!!」

ちゅどーん、と効果音が突きそうなぐらいの絶叫。

全員がポカンとしているのを余所にルールを説明する。

「いい? これは『シンジの幼馴染』という設定の基で、いかにシンジの心を揺さぶる発言、行動をするかという勝負よ。自分がいかに仲の良い幼馴染であるかをアピールしていくのがポイント。司会は私、審査員はシンジ」

それを聞いた参加者三人は自信満々に勝利宣言をする。

「それならボクには簡単だよー。だって、ボクはシンジの過去を夢で見てるんだもん」

「我だって、シンの過去ぐらい知ってる」

「わたしだってー、シンちゃんのことぐらい熟知してるもん」

さっそく火花を飛び散らせるユイ、レイ、ギル。

「誰も異論はないようね。なら、この瞬間に今回の『幼馴王杯』は受理された。各々が自身の誇りに従い、存分に競い合え」

どっかの神父のように宣言するアスカ。

こうして戦いの火蓋は切って落とされた。勝利は一体誰の手に。






空き瓶、空き缶が片付けられたテーブル。テーブルを挟んで参加者三人と司会のアスカ、審査のシンジが座っている。

セイバーは観戦しているだけ。例え、セイバーが勝ってもシンジを奴隷にして終わりだろう。

「聖杯(シンジ)を求めし三人の美しき乙女たちよ。聖杯が欲しければ、己が技を持って最強を証明せよ、ってことでさっそく開始するわよ」

さっきまで正気を保っていたはずのアスカは寝不足による疲れでハイテンションになっている。

逆に今までメダパ二かコンフェを喰らっていたような三人は勝負を前に仮初の冷静さを取り戻している。

ここで、参加者の紹介です。

平行世界からお越しの碇 ユイさん。シンジ君以外の男性が半径1mに近づいた瞬間にエヴァの拳が炸裂します。ユイさんを盗撮しようとする蛆虫野郎にはもれなく「人形の刑」が待っており、エヴァに無理な全身駆動をさせられます。今回の意気込みを尋ねたところ、「ボクとシンジは保護者公認なんです。絶対にあげません」とコメント。少々、お酒臭いので注意しましょう。

続いては、第三新東京市からお越しの綾波 レイさん。ウサギをおもわせる容貌ですが、性格的には自由気ままなネコといったところでしょうか。今回の参加理由は「ユイちゃんをからかうため」とのこと。嘘をつかない性分はよろしいと思いますが、もう少し本音を隠したほうがよろしいかと。

最後はバビロニアからお越しのギルガメッシュさん。職業は王様とのこと。この勝負に勝ったらどうするか尋ねると「我が伴侶となり、この国を二人で征服する。きっと素晴らしい国になるだろう。ゆくゆくはこの世の全てを統治するのも面白いだろう」と発言。財の中に蓄えられた萌えコスチュームを駆使して、審査員を篭絡します。

この語りだけなら遊びのように思える。

だが彼女達の目はマジだ。隣にいるのは友や家族ではなく、敵。油断など一切無い。

「第一問目。幼馴染にしてあげたいことを言いなさい」

アスカの第一のお題。

真っ先に手を挙げたのはユイ。

「ボクが一番に言うね。えっと、毎日お弁当を作ってあげて、毎日「朝だよー」って起してあげて、夜は一緒の布団で寝るの」

「いつもと何も変わらないじゃない」

「えっ、ってことはボクはもうシンジの幼馴染なの? やったー!!」

「今のあんた、つくづくノー天気よね。シンジ審査員、採点は?」

「残念ながらいまひとつというところです。ですが、個人的にユイが好みなので評価してあげたい」

評論家ぶっているシンジ。

「なるほど。じゃ、次は誰がいく?」

ユイを放置して、アスカは司会役を全うしようとする。

「じゃあ我が」

ギルは手を挙げた後、こう言った。

「誰も出来ないほどの贅沢と幸福を与えてやる」

「いや、幼馴染とヒモは全く違うんだけど」

「そうなのか?」

「あんたの時代の幼馴染ってのは一体どういう存在に位置づけられてたのよ!? 次はレイ」

「うーん、じゃあね」

レイは少し考えた後、語りだした。

「二人でね、冒険をするの。山の中とか森の中、あと見つけた洞穴の中に行くの。最初は私がひっぱて行くんだけど、迷子になってしまったの。帰り道が分からなくなって泣き出しちゃった私。でもね、そんな時、シンジ君が私の手を引いてくれるの。怖いはずなのに、勇気を振り絞って前を歩いてくれる。やっぱり出口なんか見つからないんだけど、それでもシンジ君は諦めない。そして、私たちは出口へとたどり着いた」

長々とレイは語る。だが、感情を込めた語りは聞く者を魅了する。

「家に帰ってきたときには警察に連絡がいってて大騒ぎになってたの。両親は問い詰めるんだけど、私は怒られるのが怖くて黙ってしまう。そんな時、シンジ君は『僕が悪いんだ』っていって庇ってくれる。それから、私はシンジ君のことが本当に好きになるの」

話は終わり、最後はシンジに笑顔を向けて、

「これが私の初恋話です」

「勝者レイ!!」

シンジはビシッとレイを指す。

「シンジ審査員、勝負の決め手は?」

「彼女の語りです。創作の幼馴染エピソードとしてはありがちかもしれませんが、それでも王道ということで評価します」

「なるほど。一戦目の勝者はレイ選手。レイ選手には審査員に蜜柑を食べさせてもらえます」

「はい、あーん」

「あーん」

カプッとシンジの指ごと銜えるレイ。指ごと引っ張るように蜜柑を口の中に移動させる。

それを見ていた敗北者二人はムッとする。

「はいはーい、憂さは勝負に勝って晴らしなさい。じゃあ、二戦目いくわよ」






「じゃあ、第二問目。幼馴染なら誰よりもその人物に詳しいはず。誰も知らない秘密を暴露しなさい」

アスカのお題に真っ先に食いついたのはレイ。

「シンジ君はいつも私を抱き枕にします。シンジ君の腕の中、首筋には熱い息がかかって思わず声が出ちゃうし、しかもシンジ君の腕はパジャマの中に割って入るの。私の身体で触られていないところなんかもうないよ……ぽっ」

身体をくねくね動かしながら、語るレイとは逆にシンジは頭を抱えて悩みだす。

「本人も知らない秘密が出たようです。審査員も採点に苦しんでいます」

「では、我が言おうか」

シンジのシャツ一枚、という男の夢の格好をしたギルは彼女だけの知るシンジの秘密を明かした。

「シンは風呂に入る時、いつも左手を洗う。それから左足、右足と洗い、局部、胴、胸、首筋、背中、右手としていく。また、シャンプーは絶対身体を洗った後だ。あと、シンのは、えっと、その、……大きかった」

ギルの暴露は犯罪の暴露と同じである。

「……シンジ、風呂場を捜索してきなさい」

「ラジャ」

数分後、帰ってきたシンジは大量の隠しカメラを持っていた。

「えーっと、相互理解の上で知る秘密を暴露すること、いいわね」

「じゃあ、ボクの知っているシンジを語ります」

アスカのルール補足のあと、ユイも負けじと暴露する。

だが、暴露というより、それは告白のようだ。

「シンジは変態さんだけど、本当はすっごく優しくて、みんなを大切にしてて、誰かが傷つくぐらいなら自分が傷ついて、でも見返りなんか求めてなくて、口にしているのは冗談だけで、それで、それで、本当はみんなのことが大好きなの」

いつも隣にシンジがいたユイがシンジの全てを語る。

「シンジはいつもにっこり笑って見守ってくれて、泥を被ってもボクのためを考えてて、覗いたりしないし、本気の悩みごとを茶化したりなんかしないの」

シンジのことをよく見ているのだろう。しかしそれは、

「ごめんユイ。……それはみんなが知ってることよ」

アスカ、ギル、レイは顔を真っ赤にして聞いていた。大体、そこが好きになったのだから知っていて当然である。

「そんなぁ~」

「シンジ審査員、いかがでしたか?」

「今回は判定が難しいところです。では、二戦目はドロー……」






「セイバーお姉ちゃん、これなあに? 僕にはないよ」






今まで静観していたセイバーがぼそっと呟いた。

「「「「?」」」」

全員が疑問符を浮かべる中で、シンジだけは一度ビクッと身体を動かした。

言いかけた言葉を呑んでしまう。

「僕ね、大きくなったらお姉ちゃんみたいな人をお嫁さんにしたい」

また、ぼそっと呟くセイバー。シンジは大量の汗を流している。

「せ、セイバー、それって」

「さあ。ただこんな言葉が頭に思い浮かんだだけです。気にしないでください。ね、シンジ」

「……シンジ、あんた泣いてんの?」

シンジの目から零れ落ちるは一粒の水。

「過去というのは消せないものですよ。たとえ、どんなに恥ずかしいものであったとしても。昔のシンジは可愛げがありましたね」

ある意味、シンジの幼馴染であるセイバーが止めを刺した。

「うわあああああああああああああん!!!!!」

シンジは泣きながらどこかへと逃亡していく。

後に残されたアスカはというと、

「ええと、審査員がいなくなりましたが、司会の独断で勝者はセイバーにします。トラウマを呼び覚まさせる、まさに幼馴染的所業。セイバーには蜜柑をプレゼントします」

「ありがたく受け取っておきましょう」

セイバーはしれっと受け取った。蜜柑の皮を剥いたのはシンジであるのに一切れも食べれていない。






「審査員も帰ってきましたし、これが最終戦です。最後に幼馴染に自分をアピール。ちょっとぐらい過激でも構わないわ。演技もあり。でも、暴力沙汰はなしね。まずはレイ」

「まっかせてー」

レイは顔を俯かせ、左手の人差し指を自分の口に当てる。上目遣いでシンジを見ると、






「シンちゃん、私の初めてはシンちゃんだったんだよ」






その魔法を唱えた。

「効いたああああ!!!!」

シンジは心臓を手で押さえて呻く。

「評価ポイントとして、幼馴染にだけ許された『ちゃん付け』」

シンジは採点を始める。

「親を真似して自分もちゃん付けしちゃうってやつね」

「先ほどまでの『シンジ君』は溜めとなり、威力が増している。さらに幼馴染だけに使える技『思い出系』。誰もが忘れてしまっても彼女だけは覚えているということか。トップバッターとしては申し分ない」

「なるほど。では二番手はギル」

「ふん、その程度で我に勝とうなどと片腹痛い。真の幼馴染とはこういうものだ」

ギルはそう前置きすると、ギルはとても優しい笑みを浮かべた。

それは慈愛に満ちた優しい笑顔。聖母を連想させる彼女はシンジを見て、






「くす。お姉ちゃんをお嫁さんにするんじゃなかったの?」






「「キタアアアア!!!!」」

審査員と司会の二人が揃って悲鳴を上げた。

「ご近所の年上お姉さん系幼馴染。弟に甘く、わがままなんかを聞いちゃうタイプです。母性本能溢れまくりで、やんちゃな子を放っておけない。そこが男を惹きつけます」

「不良にからまれている時に、弟が助けに来てくれてそれで異性を意識するってやつ!?」

「ええ、僕は姉萌えを理解できた気がします。そうです、全国の姉好き弟諸君はこの一言が聞きたかったんです。さらに、ただのお姉ちゃんで終わらないのはこの『約束系』という大技。これもまた幼馴染にだけ許されたものです。幼馴染=同い年、という等号を打ち破るいい見本でした。評価します」

「ふっ、我が最強であることが理解できたか?」

シンジの賛辞を聞いたギルは上機嫌。

「では、最後はユイよ。ほら、言いたいこと全部言っちゃいなさい」

「う、うん」

ユイは一度、大きく息を吸って、自分の思いを言葉に乗せる。

「ボクね、シンジのこと好きだよ。きっとこれからも誰よりもシンジのことが好き」






「シンジが誰かと結婚したら、ボクは誰とも結婚なんてしないから」






「ストレート!! 怒涛の連続攻撃!! あれ、嬉しすぎて涙がこぼれちゃってる」 

「先ほど抉られたトラウマは完治したみたいね。でも、これって幼馴染っていえるの?」

「いや、言える。これは妹系幼馴染というべきか。一見何でも出来そうだが、それは信頼できる幼馴染がいてくれるから。いなくなった瞬間、心細くて泣き出しちゃったりするんですよ」

「そんなやつ、現実にいると思えないんだけど、ってユイのことか」

「ああ、これはいい。ユイの場合、ギル、レイと違ってキャラを作っていない。つまり、素の自分、現実でも同じことをやるぞ、って言っているんだ。これで評価が低いわけがない」

シンジは立ち上がる。

「これより、勝者の発表をする」

ユイ、レイ、ギルはシンジに期待の眼差しを向ける。

これで名を呼ばれることは全員に対し、一歩リードすることになる。

「第一回幼馴王杯の勝者は……」

「ああ、ちょっと待って」

勝者の名を読み上げようとしたシンジをアスカが止める。

「どうしたアスカ?」

「なに、本家本元の真の幼馴染の力を見せてやるわ」

アスカはシンジに顔を近づけた。あと少し動かしただけで唇が肌に触れるだろう。

「なにを……」

「あんたって理想を曲げなくたないんでしょ。そういうのってかっこいいと思うよ。でもね、」

口を耳に近づけて、






「私の、『シンジのお嫁さんになる』って理想(ゆめ)もちゃんと果たさせてよ」






「勝者アスカ!!」

シンジ審査員はアスカの手を掴み、天に高々と掲げた。

「えーっ!! どうして、アスカが勝ちなのよー。アスカは参加してないじゃない」

「アスカの言葉を聞いた瞬間、僕の脳裏にアスカと過ごした14年間が思い浮かんだ。アスカは僕の幼馴染でなんだかんだ言いながら、僕を見守ってくれていた。そして、僕の誕生日に今の言葉をくれた。そんな想像が、14年間が出来てしまったんだ。この瞬間、僕の中の幼馴染はアスカに決まったんだ」

レイの抗議にシンジは己の味わった感動を伝えることで納得させようとする。

「アスカこそ真の幼馴染。これこそが汚れなき理想の具現だ。残念だが、幼馴染というカテゴリの中でアスカに勝つのは不可能だ」

「まっ、というわけね。みんな、無駄な張り切りご苦労さん」

「ということはアスカは最初からこれを狙ってたの!?」

「狙ってたなんて、そんな大層なことはしてないわよ。ただ勝負するんなら自分が得意なことをするのが当然でしょ? 気づかなかったあんたらが悪いってことよ」

「ずるいよアスカ」

「あらあら、ユイちゃまは泣き虫ねー。ね、シンジ。今度の日曜、一緒に遊びに行かない? もちろん二人っきりで」

悔しがるユイを尻目に、アスカはシンジに抱きつく。

嫉妬に駆られたユイがエヴァを、ギルが財を解き放とうとしたところで、事態は思わぬ展開を見せた。

いきなり開く襖。

「待て」

「ジャン!?」

ブラウスにズボンというシンジにとってあまりに見慣れた、否着慣れた服装で、ジャンが強襲をかけてきた。

「襲撃に来たのか!?」

ジャンの動きを警戒し、アスカを後ろに庇うシンジ。

「いや、違う。用事など唯一つ。私こそが真にジンの幼馴染ということ証明することだ!!」

力いっぱい断言するジャン。

「……もうその話題は終わったわよ」

アスカは疲れきった表情でそれだけを告げた。

「えっ!? じゃ、じゃあ、私どうすればいいの?」

タイミングを間違えたことを悟ったジャンはおろおろと周りを見渡す。

「というよりさジャン、それって僕の制服じゃない?」

シンジはジャンの着ている服を指差した。

たしかにそのブラウスは右にボタンがついている。

「ッ!? ……気にするな。大丈夫、ほつれていたところは縫っておいたから」

「着る必要は無いでしょうが」

「いや、ネルフの保安部としてチルドレンの安全のために服に仕掛けが無いか、身をもって調べているのだ。別に疚しい理由はない」

開き直ったジャンは自身の正当性を主張する。

「いやいや、入手経路が気になるんだけど。というより、結界はどう抜けてきたのさ」

「そんなもの私がやったに決まっているだろう」

すうっと姿を現すランサー。その手には赤い槍が握られている。

「ガ・デルグで結界を無効化した。急に出かけるというので、戦いかと思えばまさか宴に参加したいだけだったとは」

やれやれ、と頭を振るランサー。それでもマスターに付き合ってやるのは律儀である。

「それは違うぞランサー。子どもだけで酒を飲めば、急性アルコール中毒などの事故が起こりかねない。私はそれを監視するのが目的だ」

「なら、手に持っている酒瓶は何だ?」

「手ぶらでは失礼だろう」

平然と返すジャンにランサーは頭痛を覚えた。それはシンジ、アスカも同じである。

そこにさらなる侵入者が現れる。

「そうね、手ぶらでは失礼だわ。でも、せめてこれぐらいは必要なんじゃないかしら?」

ドドーン!! と塀に大穴を開けて、進入してくるマリアとスラータラー。

スラータラーの肩からマリアは軽やかに着地する。

「宴会はまだ続いているかしら?」

「あは、やっときたぁ。もうマリアさんってばおっそーい♪」

「あんたが呼んだのか!!」

嬉しそうにマリアを見るレイの頭をアスカはひっぱたく。

「はいこれお土産ね」

スラータラーは担いでいたワイン樽をおろす。中身は丸々入っているのだろう。やけに重そうな音がする。

「ご苦労様、スラータラー。後は邪魔にならないところに丸まってなさい」

「ここまでやったサーヴァントに言うことか、それ?」

「お互い自分勝手なマスターを持つと苦労するな、スラータラー。どうだ、一緒に飲み明かさぬか?」

スラータラーとランサーは仲良く出て行った。きっとどこかの居酒屋に謎の大男と銃刀法違反の兄ちゃんが出没したことだろう。

「シンジ。お酒を注いで頂戴。氷も忘れないでね」

「ジン、私も」

「はーいはい」

「ボクにもー」

「我にも早く」

「レイちゃんにもちょうだーい」

揃いも揃って自分で動こうとしない。結局、その分のツケはシンジに回ってくる。

「どうするの、シンジ」

さらに酔っ払い候補が現れたことでアスカは困りきっているようだ。

「またゲームでもするか」

「……まあ、それしかないわね。でも今度は何する?」

ひそひそ話をする二人にレイが乱入する。

「じゃあみんなでツイスターゲームしよ」

「展開が見えてる」

「王様ゲームはどうだ? 我が常に王だが」

「つまらないにもほどがあるわ」

「みんな、もっと真面目に話し合おうよ。アスカ、野球拳なんかどう?」

「ユイ、もうあんた寝なさい」

ツッコミ疲れを感じ出してきたアスカ。

そんなアスカを気にすることなく、マリアはゲームを提案する。

「これから誰が一番のメイドか、『第一回メイ王(キング)杯』を決行するわ!!」

「「「「おおおう!!!!!」」」」

勢いよく拳を天に突き上げるユイ、レイ、ギル、ジャン

「……シンジ、私もう寝るわ。後はよろしくね」

「ああ、お休みアスカ」

宴は続く。

誰もおぼえていなくても、その少年だけは覚えているのだった。

なお、エントリーしたのは5名。

庶民の出だが、憧れのご主人様のお世話をする心優しい可憐なメイド。

主を楽しませ、飽きさせない。凍てついた主の心を溶かすため、今日も笑顔を振りまく美少女メイド。

人前ではキリッとしているが、二人っきりになるととたんに甘えモードになる美女メイド。

元は社交界の花。家が没落した後、元婚約者の家でメイドとして働く捨てられ子犬系美女メイド。

生粋のお嬢様。メイドの扮装をするのは屈辱? いやそれこそ愛情。大好きな男のためにあえて身を落とすお嬢様メイド。

結局、一番良い目を見たのはシンジであった。






ミニ劇場

アスカ「ユイー、見なさいよこれ」

ユイ「無料温泉宿宿泊券? わっ、ここって高級旅館って評判だよ。すごーい」

アスカ「二人で行ってくるから」

ユイ「ありがとうアスカ。ボク早く行きたーい」

アスカ「勘違いしないの。行くのは私とシンジよ」

ユイ「えっ!?」

アスカ「ここって混浴の露天風呂があってカップルに評判なのよね。じゃあ、お留守番よろしくね」

ユイ「だ、だめー!! ボクだってシンジと一緒に旅行したことないのに。しかも混浴だなんて。絶対にダメー!!」

カチッ

アスカ「はーい、録音完了」

ユイ「えっ?」

アスカ「ユイったら、シンジがいないと過激なのね。『絶対にダメー!!』だって(笑)」

ユイ「はううう(泣)」

アスカ「ちゃんと券は全員分あるわよ。でもー、これをシンジに聞かれたくなかったらー、今夜のおかずはクリームコロッケにしてね」

ユイ「うっ、うっ、わかりましたー(泣)」

あとがき

実は作者には幼馴染がいます。その人とは保育園、小、中、高と同じ学校で大人になった今でも、ちゃん付けで呼び合う仲です。まあ、男ですけど。

しかし、酒盛りだというのにこの作品ではミサトが出てこない。ミサトはサブヒロインにもなれない存在か。

次の番外編はどうなるかは未定。もしかしたら、学園エヴァ風味でいくかもしれません。



[207] Re[10]:正義の味方の弟子 第29話
Name: たかべえ
Date: 2006/06/05 11:39
正義の味方の弟子
第29話
旅行先は海? それとも山?






第3新東京市でも有数のデパートのとある売り場でその少女たちはわいわいと大騒ぎしているのであった。

「これなんていいんじゃない?」

「えっ、派手すぎない? それに布が少ないよ」

「やはりユイさんにはこれ」

「うー、可愛らしいけど。ちょっと、子どもっぽいよ」

「はい」

「……マリアさん。こんなダイビングスーツをどうしろと?」

ユイ、レイ、アスカ、マリアは仲良く水着を選んでいるのであった。

シーズン終わりかけのこの時期に水着を新調する理由はタダ一つ。そう、沖縄への三泊四日の修学旅行があるからだ。女である以上、妥協は許されない。

戦争とは前準備から始まるのだということを知っている彼女達は勝つために己の相棒(水着)を選ぶのであった。

「ほら、シンジも期待してるんだからもっと大胆なやつにしましょうよ」

そういってアスカはセパレートの水着をユイの身体に当てる。

シンジは売り場の前まで一緒だったのだが、

「ユイの水着姿を見るのは、海辺でなければならない。僕は今回は遠慮させていただく」

と別行動を取っているのだ。

ただ、去り行く直前に右手の親指を上に挙げ、それにレイとアスカが同じポーズで応えていた。

「アスカ、紐はどうかしら? ポロッと外れて読者サービスにもなるわ」

レイが手に持つのは布面積がかなり少ない水着。お尻も半分近く見えてしまう。

「いいわね、それ」

「良くないよ!! ってか、読者サービスって何!?」

以前のレイは服を選ぶことができずにユイが選んでいたが、今回は逆である。アスカの買ってくるファッション雑誌を三人で回し読みをしており、レイはどんどんオシャレというものを理解していく。

ネルフから支給されるクレジットカードには使用額制限があるが、ギルと一緒に買い物に行くと、全てギルの奢りになるのでお金の心配は一切無い。

だが主婦精神、否、若奥様精神を持っているユイは古着を無駄にできない。生活費を預かるものとしてシンジに黙って新しい服を買うのに戸惑ってしまうのだ。もっとも、ユイが新しい服を買ったのなら、シンジは手放しで喜ぶということをユイは失念している。

マリアとアスカは自分の分の水着を選び出し始めた。自分に合いそうな水着を何着か手にとって、身体に当てている。

「で、やっぱり頼みは聞いてくれないの?」

「当然でしょ。そんなことをしたらこの友情が崩れてしまうわ」

マリアはアスカの頼みを一蹴する。

アスカはマリアにミスティックルートの片割れを持っていって欲しいと頼んだのだ。そうすれば、修学旅行行きを反対されても、自由に参加することが出来る。

だがマリアは、

「そんなことをしたら、いつでも戦いが出来てしまうわ。互いに疑心暗鬼、いえ私にこの宝具は使えないだろうし私だけが一方的に攻撃の危険があるわ。悪いけど、そんなことはできないわ」

と拒否したのだ。

レイが頼み込んでも拒否したのだから、誰が頼んでも無駄だろう。

「仕方ない、やっぱりユイを参加させてミスティックルートを持って行ってもらおうかしら」

「いい判断だと思うけど、それぐらいなら修学旅行に無理に使わなくてもいいでしょ。最も、ユイにシンジの傍を離れることが出来るなんて思わないけど」

「……なんか、納得」

アスカにとってユイは一人でいるよりも、隣にシンジがいるほうがしっくりくるのだ。

赤がいいか、花柄がいいかを悩んでいるとユイとレイが紙袋を抱えてやってくる。

「で、ユイの水着は決まったの?」

「うん。お会計も済ませてきたよ。でもギルガメッシュさんに借りたカードを使ったら残金が凄いことになってたよ。0が沢山あって数え切れなかったよ」

「英雄王ギルガメッシュ、しかも平行世界から召還された者をサーヴァントにするなんて。シンジはよほど幸運なのね」

マリアは余りに常識外れなことにため息をつく。ユイとギルガメッシュ、シンジは並行世界の英雄にはモテるようだ。

「そうかしら? シンジってけっこう運悪いわよ」

「当りを引く気がないのだから当然でしょ」

マリアは意味深なことを口にする。

「ねえ、シンジがどこいったか知ってる?」

「さあ? 時間がかかるか持って言ってたし、お昼は私達だけで取りましょ。うーん、やっぱり赤にしよっと」

アスカは赤の水着を手に取ると、試着に向かう。

「マリアさん、修学旅行行きたい」

すねた顔でレイはマリアにお願いするが、マリアは少し笑って拒む。

「ごめんなさいね。海に行きたいなら、いつか私が連れて行ってあげるわよ。スラータラーは護衛につけておいたほうがいい?」

マリアはレイのためにスラータラーを残そうとするが、レイは首を横に振る。

「セイバーさんとギルガメッシュさんがいるからいい。マリアさんもスラータラーさんが必要でしょ?」

「まあ、その通りね。騎士王と英雄王のコンビだったら誰も突破できないわね」

単体でも最強だというのに、二つも揃ったのならどのようなサーヴァントであれ突破できないだろう。

「ボクは計算に入ってないの?」

ユイは自身を指差しながら、マリアに尋ねる。絶対の自信を誇る宝具を持っているのに数に入れてもらえないのは寂しいらしい。

「そうね、ユイがいなければレイの栄養管理ができないものね。私がいないからといって粗雑な料理を作らないようにね」

「ううっ、ボクは結局そんな役回りなんだ」

ユイはがっくりと肩をおろす。

「マリアさんはどんな水着にするの?」

「そうね、シンジがいないのなら無理に露出する必要もないかしらね」

マリアは手に取った黒の紐ビキニを戻し、ピンクの子どもっぽいセパレートを取る。

「そうだね。そっちのほうがマリアさんには似合ってるよ」

マリアの細い身体、もっと言うと出るべきものが出ていない身体を見ながら、ユイは禁句を言ってしまった。

「……へえ、それはどういう意味かしら?」

冷房から発せられる以上の冷気があふれ出す。

「え、あう、えっと、へ、変な意味じゃなくて」

「そうね。私はユイのように胸も大きくないわね。で、どういう意味だったのかしら?」

あうあうと言葉に詰まるユイにもう一度同じ事を尋ねるマリア。マリアより背の高いユイが逆に追い詰められている。

「決めたわ」

「な、なにを?」

「さあ。ただ、ユイにとっても面白いとは思うわよ」

天使(悪魔)の笑みを浮かべるマリアにユイは不安を覚える。

「やっぱこれにするわ。……どうしたの、あんたら?」

アスカが目にしたのは涙目でアスカに助けを求めるユイと、冷気を発生させるマリア、他人事と割り切り傍観しているレイであった。






「やあ、シンジ君。こんなところで会うなんて奇遇だね」

「おや、加持さん今日は非番ですか?」

「まあ、そんなとこだよ」

本屋で立ち読みをしていたシンジは開いていた本を閉じて、加持へと向き直る。

加持はいつもどおり、よれよれのYシャツに無精ひげ。ジーパンにTシャツ、そして右腕に赤い布というこれまたいつもどおりの格好であるシンジと並ぶ。

「何の本を読んでいるんだい? これは、神話かい?」

「ええ、そうです。ちょっと興味がありますので」

本の内容はキリスト教における創生を宗教色なしに語っているものだ。

シンジが立っているのは神話や民話のコーナー。世界中の大小様々な物語が揃っている。

「今日は一人なのかい?」

「ユイたちと一緒に来たんですけど、別行動です。そこのファーストフード店で一緒にお昼を取るのはどうです? もちろん、加持さんが奢りですが」

「ははっ、これでも給料少ないんだがね。大人が奢られるわけにもいかないか。俺にも何でも奢ってくれる人が欲しいよ」

「彼女は大金持ちですし、子ども好きですから。僕の昔からの友人なんで家に居候してるんですけどね。じゃ、行きますか」

ギルのことを言う加持に対し、シンジはあらかじめ決めておいたカヴァー・ストーリーを語り、二人揃って、本屋から出て行く。

「この間のエヴァ初号機の事件は知ってるかい?」

移動する途中、加持は世間話をするようにシンジに尋ねた。道ですれ違う人たちを全く気にしていない。そのあまりの自然さに誰もが彼らに注意を払わない。

「事件? なにかあったんですか?」

「ああ、初号機が暴走してね、ジオフロント内で大暴れしたんだよ」

シンジには加持の言っていることがユイが宝具を発動させたことだというのは最初から分かっていた。だが、ここは白を切り通す場面であり、余計なことはいえない。もとより、その話をするためにユイたちと別行動を取っているのだから。

「いつのことですか?」

「おや、君なら知ってると思ってたけどな」

「知りませんね。エヴァが暴走するということは知ってますけど、僕は実際に暴走を目にしたことはないですよ」

「まあ、初号機が暴走したんだよ。この前の分裂使徒を倒す5日前だよ」

あの事件は初号機の暴走ということで片付いた、と知り、シンジは一つの仮説を思いついた。

それはゲンドウがこのことを誰かに対し秘密にしようとしている、というものだ。そして、その誰かはゼーレだろう。理由は分からないが、ゲンドウはゼーレに隠し事をしようとしていると推測する。

少なくとも、シンジは取調べか拘留のどちらかになるだろうと予測していた。だが、事件そのものが隠蔽されるということは予測していなかった。

「そうだったんですか。僕には何の連絡もありませんでしたが?」

「ああ、これには戒厳令が敷かれたからね。ちょっとしたミステリーなんだけどね、監視カメラによるとその時、エヴァ初号機は2体あったことになるんだよ」

戒厳令を敷くということは内密にしたいということだ。やはり、ゲンドウは隠し事をしようとしている。

「どういうことですか? この間の使徒のように分裂でもしたんですか?」

「それはシュールな光景だな」

加持は苦笑する。

「どうして二つになったかはわかっていないのだけどね、カメラによるとケージに安置されていた1体。そして、ジオフロントで暴れていたもう1体。不思議だろ?」

「だったら、暴れていた初号機なんていなかったんじゃないですか? 見間違いとか?」

「そうかもしれないね。でも、君も見ただろう。ジオフロントの湖が横長になったのを。初号機の攻撃で湖を巻き込んで、地面が抉れたかららしい」

確かにあの時のユイの一撃でジオフロントの地表が大きく抉れていた。そこに湖の水が流れ込んだのだろう。

「それこそありえないでしょう。僕はこれでも初号機のパイロットですけど、そんなこと一度も出来たことはありませんよ。それに暴れていた初号機は結局どうなったんですか? もし、拿捕したのならフォースチルドレンの選抜が行われたりするんですか?」

「いや、捕まらなかったようだ。一瞬で出てきて、一瞬で消えた」

「加持さん。ならば、それは初号機に似ただけの使徒かも知れませんよ。使徒としての反応は出なかったかもしれませんが、だからといって使徒ではないと限らないでしょ。今まで使徒の形が同じだったことは無いんです」

シンジはでたらめなことを、ただしある意味本質を含んだことを口にする。そして、加持はその言葉に隠された本質に気づいた。

「……君の言い方だと、エヴァが使徒であるっていうように聞こえるな」

加持は口調はそのままに、目だけを険しくする。

「可能性のことですよ。あっと、あの店です」

二人してファーストフード店の中に入る。レジには長い行列が出来ており、10分以上待ちそうだ。

「人気がある店みたいだな。この近くに美味いうどん屋があるんだが、そっちに行くかい?」

「いいえ、この店舗には限定メニューの『飾らない味ー初恋ー』というのがあるんです。食べる人によって、『甘酸っぱい』、『苦い』、『やみつきになる』と評価が違うんですよ。通の人間は『初恋5回分くれ』というように頼みます。なお、薬物の反応は見られないので安心して口にしていいですよ」

「……それはすごく注文しにくいメニューだな」

結局、加持も好奇心から一つ食べ、「おかしいな、一噛みごとに涙がこぼれてしまう。これは大人になってなくしてしまった感情を呼び覚ます味だ。そして、これを美味しそうに頬張るシンジ君は一体何なんだろうな?」とコメント。お土産に数十個買っていき、ネルフの面々に食べさせたという。






「修学旅行行っちゃダメー!?」

「ふざけるな。学生の本分は学業だぞ」

アスカとシンジは机を叩いて、断固抗議する。

ここはネルフの作戦部長執務室。整理されていない大量の書類が机や床を問わず乱雑に放置されている。

訓練の後、部屋に呼び出されたシンジたちはやはり現実の壁の厚さに敗れ去ろうとしていた。

「待機命令よ、諦めなさい」

「ミサト姉さん、僕たちは決して遊びたいがために修学旅行に行きたいと思っているわけじゃない。沖縄で、沖縄の青い海で、沖縄の青い海で水着姿のユイと一緒にいることでしか学べない何かを学びに行くんです」

「十二分に不純だよね」

シンジの力説にユイがツッコミをいれる。

「いい、ミサト。エヴァの操縦にはメンタル要素が大きく関わってくるの。つまり、ここで私達を修学旅行に行かせない事は戦力低下を作戦部長が承認したということよ。使徒戦を指揮する人間としてそれは失格よ」

「修学旅行に行かせないってのは司令が決めたことよ。上官の命令は絶対よ」

「横暴よ。私たちにも待遇の不満を言う権利はあるわ」

「だーめ。私はこれから仕事だからあなた達に構っていられないの。それにアスカはテストの点が悪かったわねー。丁度いい機会だし、日本語の勉強をしなさい。あなた達の点数なんてこっちには分かってるんだからね。あと、シンジ君。全部の教科が91(ユイ)点というのは計算なの?」

ミサトはアスカの要求をはなから呑む気がない。

「だー、もうあんたに頼った私が馬鹿だったわよ」

アスカは悪態をつきながら、部屋から出て行く。

仕方ない、と呟いたアスカは今度はユイに迫る。

「最終手段よ。ユイかセイバーのどっちかが修学旅行に参加して、ミスティックルートで私達が秘密裏に参加する」

「ええっ、ダメだよ。そんなの」

アスカの提案に拒否を見せるユイ。

「ユイは修学旅行に行きたくないの!? 僕は行きたい。ユイと南の島でラブりたい」

シンジもユイに詰め寄る。

「そりゃあ、ボクだって行ってみたいよ。でも、修学旅行って男女別の部屋割りでしょ」

「当然でしょうが」

アスカは何をいまさら、と応え、ユイは言葉を続ける。

「だって」

顔中を真っ赤にして、






「シンジと一緒に眠れないなら、行きたくないもん」






「………僕は行かなくてもいいや」

シンジは今までの興奮振りが嘘のように、冷静となる。

「なに篭絡されてんのよ!?」

「馬鹿な、今ので篭絡されないでどうする!? いい、今のはとんでもない告白だよ。ユイはここまで僕を必要としてくれる。修学旅行に行きたいのはユイと一緒に楽しむためだ。ユイが楽しめないのであれば、行く必要など全く無い」

ユイの両手をがっしりと握って、謝罪する。

「すまないユイ。僕が間違っていたようだ。ユイの安眠のために僕はいつでもユイの傍にいることを誓おう」

「あ、ありがと」

「ということで、修学旅行は諦めることにしよう。アスカも大人になるんだ。沖縄ぐらいいつだって行けるさ」

さっきまで自分も同じ立場であったことを棚に上げて、シンジはアスカを説得する。

「……裏切り者め」

こうして、彼らの居残りが決定したのであった。






「じゃあ、行って来るわね」

マリアの荷物はトランクケース三つという大荷物だったが、それらは全てマリアの統治するB組男子諸君によって運ばれている。

B組ではマリアの言葉は絶対。マリアに心酔または狂信している男子達は女子全員の荷物を自分達で運び、その下僕ぶりを発揮していた。下僕であることは男子にとってのステータス。掃除などの雑用は全ては男子がして『当たり前』のクラスである。

2年B組。学校内において、『アインツベルン家領土』や『第2のザンスカール帝国』といった異名を持つ彼らは、担任が力を持たないことでも評判であった。

「修学旅行いいなー。これなら水着買った意味ないし」

級友を見送ったアスカは愚痴をこぼす。

「なら、ネルフのプールにでも行く? 申請すれば貸切にすることもできるはずだけど」

「そしたらギルが来れないじゃない。どっかにレジャーパークとかないかしら?」

ネルフはギルの存在を知っているから、連れて行くわけにはいかない。

「使徒はいつ来るの?」

「近日中じゃないかな。場所は浅間山だよ」

「浅間山なんて、あの人たちに任せればいいじゃない。きっとどんな敵だって倒してくれるわよ」

「確かに、見事にあの人たちの本拠地だね」

「そういえばそうだった」

アスカは謎の人物たちを話題に挙げる。シンジとレイは誰のことなのか分かっているらしい。

「あの人たち?」

「三つの心を一つにし、三つの戦闘機が合体することでどこでも戦えるお兄さん方」

分かってないユイにシンジはヒントを出す。

「ああ、あの人たちね」

ユイがいた世界とはまた別の並行世界において、友人となったであろう方達である。

「でも、いない人に頼っても仕方ないでしょ。使徒がいるんだからちゃんとしようよ。そうだ、今夜の晩御飯はアスカとレイさんの好きなおかずにするね」

「ちぇ~っ。じゃあ、ハンバーグ」

「野菜炒め肉抜き」

「じゃあ、僕はユイが食べたいな」

「シンジの好きなものを出すとは言ってないよ。それに、ボクは食材じゃないから」

家まで歩く四人。

結局、この日はセイバー、ギルも含めて花火をすることで秋の夜長を楽しんだのであった。






シンジたちが問題にした浅間山。

マグマを潜っていく探査機。

耐用深度をはるかに超えて潜り続ける無人機はところどころへこんでしてしまっている。

探し物はいまだ見つからない。

ようやく見つけ、直後に探査機は爆発した。

だが、任された務めは果たした。最後に見つけた映像は別の者にちゃんと届いた。

探し物はマグマの奥深くに眠っている。

それは子宮で蹲る胎児のよう。探査機は確認できなかったが、数秒ごとにどくんどくんと脈打っている。

第8の使徒は浅間山にて敵を待つ。

今は深い眠りに身をおくが、目覚めの時は近い。






この日、日本においてA-17が発令。

浅間山にて発見された使徒のサナギの捕獲が決定された。






おまけ

それは第一中の生徒達を乗せた飛行機でのこと。

「いいか、飛行機内は完全密閉。これがどういう意味か分かるか?」

「はっ。我らが吐いた汚れた空気をマリア様が吸い込んでしまう可能性があるということです、隊長」

下手な軍隊よりも統率の取れているB組男子。

「そうだ。換気システムがあるとはいえ油断は禁物。ならば我らが取る行動は一つ。ファブるのだ」

全員は懐から消臭剤を取り出し、全身余すことなく消臭していく。そして、口内消臭も万全に行い、息スッキリ。

「全員、完了しました」

「甘いな、お前ら。真の口内消臭とはこうするのだ」

隊長と呼ばれている男子は消臭剤の蓋を開け、中身を口に含み、うがいをする。(良い子は絶対に真似をしないように)

「ごふっ」

当然のように吐き出す隊長。

「隊長!! ご無事ですか」

「さすが隊長。俺達ができないことを平然とやってのける」

「俺達も隊長に続くぞ」

全員、同じ事をする。そして、泡を噴いたり、倒れたりする生徒達。

それを一般生徒たちは遠くから眺めている。

「ま、マリアさん。いいの、あれ?」

「彼らが勝手にやってることだし、私には関係は無いわ。まあ、どうしてもというのなら」

マリアは倒れている彼らを一瞥し、

「そこの駄犬ども。私の邪魔だからさっさと起き上がりなさい」

「「「「「「「はっ!!!!」」」」」」」

一斉に立ち上がるB組男子たち。

「これでいいかしら?」

「……(うちの学校っていつからおかしくなっちゃったんだろ?)」

修学旅行は始まったばかり。南国の島で何があるのか、語れるのは参加したものだけである。






ミニ劇場

ユイ「シンジ。あの、肩揉みお願いしていいかな」

シンジ「いいよ。(ユイも家事で疲れてるんだな。僕が優しく揉みほぐしてあげるとしよう)」

ユイ「ありがとう。母さーん。シンジが揉んでくれるって」

シンジ「へっ?」

ズドォォォン!!

エヴァ「…………………………………………………………」

シンジ「………………………………やあ、母さん」

ユイ「母さんね、肩が凝って困ってるんだって。ボクそこまで力ないし、それに母さんが危険だからってやらせてくれないの。シンジが引き受けてくれてよかった。じゃ、お願いね」(家の中に入っていく)

シンジ「……まあ人生初の親孝行だし、頑張ってみるか。まずはロッククライミングからかな。母さん、落ちたらキャッチよろしくね」

エヴァ「………………(コクリ)」






あとがき

修学旅行。いろんな思い出があるね。作者はドジっこだから、絶対に必要な物を持っていくのを忘れるんだよ。あのとき一緒に修学旅行に行ったみんなは今頃何をしているのだろうか? と書いた直後に友人からメールが来た。メールには「何してる?」って書いてあった。以心伝心?

沖縄は行ったことがない。作中では地球温暖化が進行していることになってるから、きっとものすごく暑いんだろうな。

この使徒戦もそれなりに長くなりそうなので、今回はギャグだけ。次から本番です。調べたところ、早乙女研究所は浅間山の近くだと判明。ネタにしてみました。

感想、誤字脱字や文法的誤りの指摘、など何かありましたらどうぞ。



[207] Re[11]:正義の味方の弟子 第30話
Name: たかべえ
Date: 2006/06/08 13:38
正義の味方の弟子
第30話
使徒捕獲作戦






使徒発見の報告を受けて、ネルフへと呼び出されたシンジ、アスカ、レイ、着いて来たセイバー、ユイ、ギル。ギルは問題があるので、霊体化した状態である。

「というわけで、今回の作戦は使徒の殲滅ではなく、使徒の捕獲よ」

浅間山の火口で確認された第8使徒がモニターに映し出される。未成熟な胎児を思わせる格好である。

「今回の使徒はサナギのような状態であると思われるわ。そこで、貴方達はこの使徒を捕獲しなさい」

続けてモニターに写される用途不明の機械。

「なにこれ?」

「これは使徒キャッチャー。使徒をこの中に入れて火山から引き上げるのよ」

ものすごい安直な名前だが、あまりにも安直過ぎてツッコミを入れてはいけない気がして誰も触れなかった。

「捕獲して何のメリットがあるわけよ。前に使徒の死体を調べた時は何も分からなかったんでしょ」

「だから生きてる使徒を調べるのよ。この使徒を生きたまま捕まえられればATフィールドやその他のことが全てわかるでしょ」

「今回のオペレーションですが耐熱装備は一つしかないので、……なにシンジ君?」

「今回は僕が志願します」

全員によぎったのは進んで危ないところに行くシンジへの尊敬ではなく、何を企んでいるのかという疑念。

「……シンジ、動機を答えなさい」

全員を代表してアスカがその質問をした。

「いいか、アスカ。使徒と人間の遺伝子は0.11%しか違いがないということだ。つまり、それはケモノ耳美少女使徒がいたとしてもおかしくは無いということにならないか?」

「十分おかしい。まあ、それはともかくその妙な姿の使徒とあんたが潜ることに何の因果性があるの?」

「ケモノ耳美少女ということは親や保護者を判断する方法が『刷り込み』かもしれない。だとするならば、この使徒が目覚めた時最初に目に入れるのは僕でなければいけないのだ。理解したか?」

「ええ、あんたが馬鹿だってことをね」

アスカは妙なシンジ理論を一蹴する。

これ以上なにを望むのか。美人しかいない同居人。セイバーから時折受ける暴力以外は確実に誰もが羨ましがるポジションであるはずだ。

「今回はアスカにお願いするわ。このD型装備は正式タイプである弐号機しか装備できません」

「ちぇっ。……見たかったなぁ、ケモノ耳美少女」

舌打ちを一つしてシンジは手を下ろした。

「シンジ君」

「なにレイ?」

レイは両手を顔の横に置き、ポーズを作ると

「にゃあ」

と一鳴きした。

「お、お、お持ち帰りぃぃぃ!!!!」

「あんたはどこの鉈女よ。つうか、いつも同じ布団で寝てるでしょうが」

「……貴方達は本当に人の話をわき道に逸らすのが得意よね」

説明おばさんの一番嫌いなことを平然とやる少年達にリツコは深いため息をついたのだ。






「いやああああぁ!!! こんなダサい格好いやあああ!!!!」

アスカが大絶叫をする。

「アスカ。背に腹は変えられぬ、という言葉を知ってるか?」

「シンジ君。今のアスカでは背と腹の違いが分からないわ」

「レイー!! 後でぶっ殺ーす!!」

フォローに回るシンジと、笑いをこらえているレイ。

「あ、アスカ。暴れると転がっちゃうよ」

「転がるかー!!!」

ユイもいまいち配慮に欠けており、アスカに怒鳴られるのである。

「アスカ、いい加減静かにしなさい」

「リツコ!! なに遠いところ見て笑い堪えてるんよ!!」

「アスカ、何も出来ない私を許してください」

「あんたが笑ってなければ許せるけど、俯きながら笑ってるでしょうが!!!」

パンパンに膨らんでいるプラグスーツで身を包むアスカは笑いの的となっていたのであった。霊体化しているギルもくすくす笑ってる。

新型プラグスーツ。それは実用重視という悪夢。いつもは体のラインがはっきり分かるプラグスーツは、スイッチ一つであっという間にダルマ体型になり、レイに転がされてしまうのである。

「最悪よ、もうー。これならシンジが着ればいいのにー!!!」

「……それは今アスカが着ているやつを着ろということか? それならば喜んで」

「却下。あんたはなんでいちいち変質的なことを言うのよ!!!」

「いいか、変質的というのは僕にとって褒め言葉だ」

「いいわけあるかー!!」

「もう漫才は止めて。アスカ、あれが弐号機よ」

「へっ、…………いやあああああああああああああぁぁぁ!!!!」

アスカはその巨大なぬいぐるみのようなやつを見て、それが何かを悟り、否定したくて全力で悲鳴をあげた。

「よかった。零号機が正式タイプじゃなくて」

「嫌味かそれ!!」

「率直な感想よ」

「レイの教育責任者は一体何を教えてたのよ!?」

「マリアさんが言ってたわ。『欲しいものは奪い取れ』って。勝利も出番も男も」

「カブトのおばあちゃんネタ? おばあちゃんは意外と正しいことしか言ってないわよ」

天を指差すレイに疲れたアスカのツッコミ。

「さて新装備のお披露目が終わったところでそろそろ出発よ。早く行くわよ」






浅間山の麓にある中学校の体育館を間借りして、ネルフの仮陣営が設けられていた。

「はあ(ため息)」

「今度は何なのよ」

「なぜ、ユイがいない!!」

「そりゃあ緊急の作戦だし予算も無いからでしょ。大体、私とギルだけじゃ不満だと言うの!?」

陣営にいるのはシンジとアスカ、それに霊体化したギルである。

ユイ、レイ、セイバーは第3でお留守番である。元々チルドレンの中でレイだけは待機を命令されており、ユイ、セイバーは付き添っているのだ。

「不満というわけではない。ただユイがちゃんと眠れるかどうかとても心配だ。僕が恋しくて枕を濡らしていないかと僕は心配で心配で」

「どこの幼稚園児よ、それ」

一回ため息をついた後、アスカは真面目な顔になってシンジに尋ねた。

「で、シンジ。ホントに捕まえていいのね?」

「そうだよ。火口から引き上げるまではそうやって。マグマの中じゃこの使徒に勝てるか分からないから。ギルは電磁ネットで抑えられなくなったら『天の鎖』を使って」

(わかった)

シンジにだけ聞こえるギルの声。霊体になって現世への干渉力が落ちているため、シンジや他のサーヴァントぐらいとしか交信できない状態である。

この使徒をマグマの中で倒すのは至難の業。それなら外に出て得意なフィールドで戦った方が勝ち目がある。

「でももし、抑え切れなくなったら熱膨張で倒すわ。それでいい?」

マグマの中を潜る弐号機はD型装備内に液体窒素を絶えず注入させる。それを使えば、温度差で使徒に大打撃を与えられる。

「その場合はなるべく上昇した後でしてくれ。パイプを切断するんだから引き上げられなくなる。ギル、もしダメだと思ったらアスカと一緒にミスティックルートで脱出する、っ」

シンジの言葉をアスカは指で塞いだ。

「ダメ。そしたらママがマグマの中に落ちちゃうでしょ。私を信じて。絶対に戻ってくるから、ね?」

「……ゴメンね。お母さんをすぐに助けてあげられなくて」

「ばーか。そんなことしたらアンタの負担がさらに大きくなるだけでしょうが。私にも支えさせてよね。そのためにもエヴァは必要なの」

アスカは見るものを元気にするような笑顔を浮かべる。

それはまるで暗闇を照らす松明のよう。アスカの優しさは怯える人に勇気を与える。

「アスカ、これを持ってて」

シンジは腕に巻かれた布の一部を千切ってアスカに渡す。

「なによ、これ?」

「これはバルバラの聖骸布だ。火に対する加護になる。万が一のため持っていってくれ」

「へえ。ありがたく受け取っておくわ」

アスカは布を左手で器用に右手首に巻く。

「これでお揃いね。ユイが悔しがったりして」

布を巻いた手首をシンジの右腕にぶつける。

「むっ。確かにアスカ、レイとのペアルックはこの間もしたが、ユイとのペアルックはまだしていない」

「意外ね。てっきり一回ぐらいやったことがあったと思ってたのに」

アスカの目に長い布に巻かれた腕が映る。

隙間無く巻かれた布のせいでその中がどんな風になっているのか全く分からない。

「そういえばさ、その腕って中どんな風になってるの? どうしてこんな風に封印しなきゃいけないの?」

「……アスカ、もし自分にエヴァの腕を取り付けたとしたらどうなると思う?」

「はあ、なによそれ? そんなの大きさも何もかも違うじゃない。……まさか」

「僕の腕はそんな状態なのさ。さっ、もう乗り込む時間だよ」

シンジは気軽に言うが、それは決して笑えることではない。

人間に獣の脚はくっついたりしない。

しかし、かつてのシンジはそれを出来ると確信していて、そしてやはり失敗したのだ。






「A-17の発令ね、それには現資産の凍結も含まれてるのよ」

「お困りの人もさぞ多いでしょうな」

がらんとしたロープウェイの中、加持は彼以外の唯一の利用客である女性と話している。

「何故止めなかったの?」

「理由がありませんよ、発令は正式な物です」

「でもNERVの失敗は世界の破滅を意味するのよ」

その女性は加持と視線を合わせないままに会話を続ける。

「彼等はそんなに傲慢ではありませんよ」

「それよりここにいてもいいのですか? もしかしたらここも無くなってしまうかもしれませんよ」

「そういうあなたはなぜここにいるのかしら?」

「興味があるんですよ」

加持はロープウェイの窓から下の風景を眺める。

エヴァ弐号機と初号機がそれぞれ準備に入ってる。

初号機はフォローとして用意されているが、実際どうなるのだろうか。

エヴァを無敵たらしめるATフィールドを持たない初号機は必要になればこのマグマを潜ってでも弐号機を助けるのだろうか。それが知りたかった。






『あれはUN軍の戦闘機? なんでこんなところに?』

『今回はただの任務ではないの。A-17。もしも私達が失敗したらN2爆雷で使徒ごと焼き尽くすのよ』

アスカの疑問にリツコが答える。

『なによそれー!! 誰がそんな命令出すのよ!!』

『碇司令よ』

それを聞いたアスカ、それにギルは露骨に嫌な顔をした。

『……シンジ、大丈夫?』

「大丈夫も何もないよ。僕らが失敗しなければいいだけのこと。だろ?」

シンジは笑って返す。だから、アスカも笑って言うのだ。

『そうね。シンジ、フォロー頼むわよ』

「わかった」

『二人とも準備はいいようね。……これより作戦を開始します。弐号機、沈降開始』

ミサトの作戦開始の合図とともに弐号機を支えるクレーンが動き出す。

『ねえシンジ』

アスカから通信が入り、マグマに突入する直前の弐号機に目をやると、大股を開きながら水面へと浸かろうとしている。

『ジャイアントストロングエントリー♪』

ゆっくりとパイプが緩められ、弐号機が沈んでいく。

それを苦笑しながら眺めたシンジは

「ふむ。僕ならルパンダイブをしただろう」

と呟く。

耐熱装備を脱いでどうする、とオペレーターたちは心の中でツッコんだ。

『ルパンダイブってなによ?』

「男であれば絶対に会得したい技、といったところかな」

そのシンジの説明に何人かの男性職員はウンウンと首を縦に振ったのだった。






マグマの中を弐号機はゆっくりと進んでいく。背中につながれた長いケーブルから電気と

『アスカ、現在深度800メートルよ。調子はどう?』

「まだまだ大丈夫よ。このまま下ろしていっていいわ」

バルバラの聖骸布の力なのか、暑いと感じない。アスカはいつもシンジの右腕の布は蒸れないか不思議だったが、これなら蒸れたりしないだろう。便利だな、と思う。

「センサーを変えても使徒はまだ発見できないわ」

『使徒がいると思われる地点はまだ先よ。あと400メートル降ろすわ』

さらに弐号機は潜っていく。

深度1300メートル、使徒の発見されたポイントまで降りてきた弐号機だが、肝心の使徒の姿を発見できない。この時点で安全深度は超えている。

「使徒が見つからないわよ」

透明度120という状態だが、代わり映えの無いマグマしかない。

『対流が思ったより早いわ。流されたのかもしれない。こちらで計算して位置を割り出すわ。あと50潜らせて』

リツコはオペレーターに命令して弐号機を下げさせようとする。

『リツコさん、捕獲は諦めるべきでは?』

『ダメよ。ここまでした意味がなくなってしまうわ』

シンジの提案はあっさり却下される。

『深度1350、1400、1450、1480。限界深度を超えます』

『まだ潜らせて』

『今度は人が乗ってるんですよ!!』

『私は大丈夫よ。もっと潜らせていいわ』

ミサトと日向の言い争う声が通信機から聞こえる会話にアスカは応える。その間も意識は外に向けられている。もしかしたら、使徒がすでに起きているかもしれないという不安が否応なく緊張感を起させる。

『深度1600。限界深度から+120』

報告とともに嫌な音が響いた。

『第二循環パイプに亀裂。さらにプログナイフを消失』

「やっば」

口にしてみるが、それでもアスカが怖いと感じないのはシンジとギルがいるからだろう。

深度はついに1700を超える。

そして、ようやくその使徒を見つけた。

いまだ目覚めていない使徒。そして絶対に目覚めるであろう使徒。胎動しているように規則正しく鼓動を打っている。

『互いに対流で流されているわ。接触のチャンスは一度だけよ』

「十分よ」

徐々に使徒に近づいていく。そして、手の届く位置に届いた。

持っている使徒キャッチャーの範囲内に使徒を追い込み、そして展開した。

立方体となったキャッチャーの中に使徒は見事に納まった。

同時に湧き上がる歓声。通信機越しにうるさいくらいに響いてくる。

『よくやったわアスカ!!』

「ちょっとー、大騒ぎするのはいいけど早く引き上げてよね。そろそろ暑苦しくなってきたわ」

今まで伸ばしてばかりだったパイプが巻き上げられていく。

アスカはようやく一息つく。

作戦はここからだが、それでも休みを取りたかった。

弐号機はぐんぐん引き上げられていく。まだ使徒はおとなしいままだ。

『アスカ、お疲れ様』

「労いご苦労」

シンジの言葉に冗談を交えて応える。

深度は800を切った。

そこで異変が起きた。

ガコンッ!!!!

その音は弐号機の両腕を覆う。

「えっ?」

ガコガコガコガガガガガガッ!!!!

その音は連続して、そして速くなっていく。

『に、弐号機の腕部装備が破壊されていきます』

事態を知らせるオペレーターも原因が何か分かっていない。

ただ、アスカには分かっていることがある。

これは使徒の攻撃だ。

『アスカ使え!!!』

初号機はプログナイフを投げ込む。

シンジも何なのか分かっているのだろう。

使徒キャッチャーの中の使徒の胎動のペースが速くなっていく。

「くそっ」

悪態をついて、キャッチャーを放す。命令前に放したから懲罰があるかな、と一瞬頭によぎったがそんなことを考えている暇を使徒は与えてくれなかった。

徐々に変態していく使徒。その間も謎の攻撃は続いていく。

この攻撃が何なのか全く理解できない。火口の外にいるリツコたちも全く分かっていないだろう。

そんな中でシンジだけはそれの正体を看破した。

『逃げろアスカ。敵は熱膨張を利用して攻撃してきている!!』

こちらの切り札、相手はそれを武器にしていたのであった。

「そんな!? この使徒は熱を操ってんの!?」

『恐らくそうだ。だが、マグマにいる以上避けようがない。早く弐号機を引き上げて!!』

バラストを放出して速度を向上させる。途中で投げ込まれたプログナイフを拾い、構える。だが、この見えない攻撃はやむことが無い。すでに表面はぼろぼろになっている。

装備が一部でも破られればそれだけで弐号機は耐えられない。

アスカは通信回線が壊れた振りをして、通信を全部断った。

「ギル、出てきていいわよ」

「遅い。もっと早く我を呼べばよかったのだ」

その言葉を聞いて、やっとギルはその姿を現した。LCLで服が透けているがそれを問題にするほど暇ではない。

「ちっ。天の鎖エルキドゥ

マグマの中に突如現れた鎖。それは激しく胎動する使徒を捕らえる。

だが、鎖のうちの一本が即座に千切れる。胎動はまだ止まらずに使徒の大きさは既に発見時の3倍近くになっている。

「こいつ。溶岩の中のためか鎖が持たん。通信を戻して引き上げさせてもらえ」

「殺すことは出来ないの!?」

「弐号機ごと穴を開けてもいいのなら可能だが」

「すんな!! ええい、カメラに映らないようにそこにいなさい。そこなら死角になるはずだから」

「アスカ、まず外に出ろ。そしたら我の最強の一撃を叩き込む。世界を斬った剣だ。例え溶岩に耐えられようが関係ない」

「わかった!!」

アスカは通信を復活させ、上昇させるように頼み込む。

それが使徒の覚醒と同じタイミングだった。

マグマの中で大きくその身を広げる使徒の姿は図鑑で見たことがあるカンブリア紀の生物に酷似している。

使徒が身を震わせるとまた装備が壊れていく。

「こいつが身体が脈打つと冷気が出てくるのね。しかもATフィールドで冷気を操ってる。マグマの中でも耐えられるわけだわ」

種は分かったが、攻略法にはつながらない。逃げるしかない。マグマの水面まであと200メートルもない。

これ以上喰らったとしてもそれでも逃げ切れると確信できる。

だが、それは敵も同じ。

逃げられると確信した使徒は弐号機ではなく、それを引き上げているケーブルを攻撃したのだ。ケーブルの一つが弾け、二つ目もそれに続いた。

「そんな……」

「アスカ脱出するぞ。……エヴァは諦めろ」

ギルはアスカの命を最優先した。

蔵を開き、脱出するためにミスティックルートを使おうとする。

「だめ。そしたらエヴァが」

破壊されていくケーブル。ケーブルは残り二本。それも二号機の重みで一本が千切れ、残るもう一本も同じ運命を辿るだろう。

『………』

ミサトが通信機越しに何か言っているが、アスカには聞こえない。

「アスカ、限界だ」

その通りだ。もうエヴァを引き上げることはできない。このまま沈むしかないのだから、せめて逃げられる人間だけは逃げなければならない。

でも諦められない。光の射す世界はもう目に見えているというのに、ここで諦めることなんて出来ない。

最後のパイプが千切れた。

「ああ……」

弐号機の腕を伸ばすがパイプの先には届かない。

アスカの目には涙が浮かぶ。失うことが決定してしまった。絶対に救い出すと誓ったのに、その誓いを守れなかったことが悔しい。

「…………ごめん」

それは一人で沈むことになるだろうエヴァに対してのものだった。

でも、エヴァは沈まない。なぜならその落ちる身体を掴み上げてくれる腕があるから。
『アスカが謝ることなんて何も無いだろ。アスカは何も悪いことをしてないんだから』
マグマによって白熱しているがその紫の腕は確かに弐号機を掴んでいた。

「……シンジ」

『アスカ、今助ける』

その言葉とともに弐号機がやっと大気の下へと戻される。

『アスカ、無事か』

マグマの中に何の防備もなしに突っ込んできたシンジはそれでもアスカのことを真っ先に心配した。

「え、ええ」

『なら、安心だ』

ようやく安心して立てる大地へと引き戻される。

初号機は力任せに圧壊したD型装備を剥ぎ取る。灰色の中から生まれた赤色は元のしなやかな体躯を見せる。弐号機は全く傷ついておらず、逆に初号機は装甲が一部融け、その内にある生体部分も傷を負っている。

「あ、あんたこそ大丈夫なの!? マグマの中に飛び込んだのよ!!」

『でもそのおかげでアスカを助けられた』

シンジの言葉にアスカは不覚にも頬を赤くした。

『アスカは信じて、って言っただろう。だったら僕も信じて欲しい。さっ、立ち上がろう? 使徒はまだ生きてるんだから』

「…………バカシンジ」

ぽつりと呟いた罵倒のような褒め言葉。

直後に弐号機を立ち上がらせる。

「あんた一人で使徒を倒せるわけ無いでしょ。一緒に戦うわよ。ギルも準備しなさい」

「……分かった」

霊体化するギルはそのまま弐号機から飛び降りる。

「で、これからどうするの?」

『とにかくあいつが火口から出てくるまでは待ちだな。もしかしたら上からじゃなくて横から出てくるかもしれないから気をつけて。ミサと姉さん、別の武器も用意して。この武器じゃ通用しない可能性がある』

弐号機はプログナイフを構え、初号機はパレットライフルとハンドガンを装備する。

火口から岩石が降って来る。それは固まったマグマであり、エヴァを倒す威力ではないが、車両を潰せるだけの質量はある。シンジはそれらからの盾となり、車両群を守る。

ミサトやリツコ、他にも様々な作業員が乗った多数の車両は安全な区域まで避難していく。

残ったのはもう役を為さなくなったクレーンとエヴァの電源車両だけである。クレーンの方はさきほどの攻撃で中ほどから折れている。

「使徒のやつ出てこないわね」

『自分の優位を崩したくないかそれとも縄張りから出たくないだけなのか。どっちにしろ、このまま睨み合うしかないな』

こうしてこの膠着状態は1時間も続くことになる。






『二人とも、下がりなさい。あの使徒はそこから出てこないわ。これ以上は無意味よ』

リツコから通信が入る。

『じゃあこの使徒どうするのよ』

『N2爆雷で山ごと吹き飛ばすわ。あちらがそこから出てこない以上、それしか方法が無いわ』

アスカの疑問にリツコは残酷な答えを言った。

山ごと破壊するということはこの山の麓にある街も爆発に巻き込まれるということだ。

『そんな……。なら、まだ待つわ。もしかしたら使徒が出てくるかもしれないじゃない』

『却下します。この使徒は出てこない可能性が高いわ』

そこでシンジが口を挟んだ。

「なら僕が囮となって火口に近づく。そうすれば使徒も出てくるだろう」

初号機は火口に向けて一歩を踏み出す。

『そんなの認められるわけ無いでしょ』

「街を焼いてしまうよりはいい選択のはずだ」

また一歩踏み出していく。恐れなど全くない歩き方である。

『だ、だったら私が』

「アスカはあいつを仕留めてくれ」

シンジは、初号機は止まらない。犠牲が少ない方法があるのだからそれを実践しようとするのだ。

敵を倒したことを威張りたいわけでも、勲章が欲しいわけでもなく、ただ人を守りたいという理由だけで脚を動かしている。

その姿に、その心の強さにアスカは憧れを感じた。自分に無いものを持っているからこそ眩しく見えるのだ

そのシンジを引き止めたいと願うけど、それは叶わないこと。シンジが犠牲になるのが最も効率がいいのだから。

(私、こうやって諦めてばっかだ)

諦めるたびにシンジはそれを打ち払ってくれる。だが、今回ばかりはどうしようもない。

その、流星に気づかなければ。

『な、なによあれ』

空を流れる、それにしてはやけに近い星。

「あれは……」

天高くから降って来た隕石。青天の空に赤い奇跡を残しながら、それはマグマの波しぶきを上げて、過たず浅間山の火口に飛び込んでいったのだ。

その隕石はスラータラー。纏う炎は神話において敵を大地ごと焼いた、己を薪とする天上の業火。

それは現代において再び敵を焼く。

誰も立ち入る余地のないバトルフィールドで、灼熱の海の中でそれ以上の炎を放つのだった。






ミニ劇場

ちびユイ「ユイね、おおきくなったらシンジおにいちゃんのおよめさんになるの」

ユイ「だ、ダメだよ。ボクがシンジのお嫁さんになるんだから」

ちびユイ「ユイがなるの!!」

ユイ「ボクがなるんだもん!!」

アスカ「……二人ともなればいいじゃん」

ユイ・ちびユイ「「そんなのダメ!! (互いを見て)いーっだ!! ふんっ!!(互いにそっぽを向く)」」

アスカ「………あんたらマジでそっくりだわ」

その夜、シンジを挟んで仲良く眠る二人がいるのだった。






あとがき

温泉いいな。行きたいな。誰か連れてって。

スラータラー本気ver。最近番外編での背中の煤けぶりだけが強調されていましたが、彼は戦ってこそ真のかっこよさを発揮するのだ。このストナーサンシャインな技を持って敵を倒すがいい。

今回で本編は30話。よくここまで来たものだ。
応援してくれた皆さんのおかげです。次は40目指して頑張ろう。



[207] Re[12]:正義の味方の弟子 第31話
Name: たかべえ
Date: 2006/06/15 10:48
正義の味方の弟子
第31話
煙たなびく山にて






『さっきのやつはなんだったの?』

『わからないわ。マヤ、解析急いで』

通信機越しにミサトとリツコの会話が聞こえる。

隕石のように降って来て、火口へと落ちた何か。

シンジにはそれがなんであるかが分かっている。

呼び出されたサーヴァントの中で、あんなことが出来るのはたったの一騎。

スラータラー。マリアのサーヴァントだけである。

マリアがスラータラーを置いていったのか、タイミングとしてはあまりにも都合が良かった。

「ありがとう」

いない友人に感謝を呟いて、アスカに通信を送る。

「アスカ、何があるか分からないが警戒だけは怠らないように」

『わかったわ。火口から出てきたなら一発で仕留めるから』

アスカの答えを聞いた後、シンジは気合を入れなおす。

希望を抱く。スラータラーがいれば、街を守ることが出来る、と。






マグマへと突っ込んでいったスラータラーはそのまま使徒へと迫っていく。マグマの中でもスピードを落とさない大突進。

鋼の身体を真紅へと変色させており、全身からマグマをはるかに上回る熱量を吐き出している。

暴煉怒涛の嵐ゴイトシュロス

スラータラーの宝具は剣でも槍でもない。その鍛えられた身こそが宝具。

それは自身の魔力を収束させることで瞬間的に強烈な爆発を起こすことができる。

その爆発を駆け抜ける乱風ドゥルドゥラを持って制御する。風の鎧を使って噴射口を作り、爆発をそこだけから発生させることで膨大な推進力を得る。

風の鎧は炎の鎧となり、そして空を往くための翼と成り、炎の海を潜るための力となる。

使徒と衝突したスラータラーは突貫を止めない。

「ウウウウウウウッ!!!!!!!」

スラータラーは低い唸り声を上げながら使徒を上から圧して行く。

それを使徒はATフィールドで防ぐ。突進力に下へと押し込まれていくが、全く意に介さない。

マグマの中は第8使徒サンダルフォンにとって絶対の狩猟場。ここにはこの絶対的優位者にとって不利になるものは一切存在しない。

どれぐらい降って行ったか。使徒とスラータラーはどちらともなく離れていく。

使徒はマグマの中を高速で泳ぎながら、身体を震わせ冷気を飛ばす。

使徒の能力はマイナス200℃近い冷気を作り出し、それをATフィールドで操作するのだ。アスカは視認できなかったが、それはシャボン玉のようなものだ。作り出しては飛ばし、を繰り返す。

これは破裂と同時に一瞬に相手の熱を奪う。かくして熱膨張という現象を使った攻撃が生まれるのだ。

それは、このマグマにおいて、いや地上においても強力の一言に尽きる。

だが、スラータラーはそれより速い速度でマグマの中を駆け抜け、回避する。身動きの取れない弐号機には通用しても、縦横無尽に駆け巡るスラータラーは捕らえられない。

スラータラーは泳いでいるのではなく、爆発の推進力で移動するだけ。岩壁にぶつかりそうになるたび、ドゥルドゥラで風を操作し、急激な転進をする。乱発される冷気の塊でも無軌道な突進を捉えることができない。

使徒の背面に回りこんだスラータラーはそこから鋭角に曲がって、使徒の横合いからぶつかっていく。

大きく体勢を崩された使徒がそちらを見やった時にはスラータラーの形もなく、直後に死角からもう一撃くらう。

スラータラーは使徒を完全に翻弄している。

この使徒の能力には欠点がある。それは熱膨張は自分も食らいかねないという点。ゆえに乱発せずにその時に応じた分だけ作り出し、敵にぶつけていたのだ。あまりに大量に作りすぎると自分が巻き込まれてしまうのだ。

苦し紛れに使徒は冷気を機雷のようにばら撒くことを編み出した。機雷を自分の周りに配置することでスラータラーの接近を防ごうというのだ。だが、これはマグマの中での機動性を失うことに等しい。

しかし、それでもスラータラーを止められない。機雷など彼は即座に感知し、避ける。

連戦練磨の英雄と、戦いを今日始めて戦闘をしたただ力だけがあるもの。何の捻りもない大振りの一撃など通用するわけが無い。

使徒を捕らえたスラータラーは使徒を岩壁に押し当て、そのまま擦りながら上昇する。岩壁が崩れていき、使徒の足の一本が削げ落ちた。

使徒の口からどの生物にも似つかないような悲鳴が漏れ、そして身体を大きく震わせた。それによって生じた冷気は大波。今まで最大級の範囲で逃げ道など与えない。

それはスラータラーも同じ。

暴煉怒涛7の嵐ゴイトシュロス!!」

ドゥルドゥラを解除しての大爆発は膨大な熱量と衝撃を持って冷気を使徒ごと吹き飛ばす。

凄まじい冷気と超大な熱気がぶつかったことでマグマの中に乱流が起こる。

乱流にもみくちゃになりながらもようやく使徒は体勢を立て直す。

されど、それも一瞬のこと。

真下からの強烈な押し上げ。スラータラーは一撃に力を注ぎ込む。使徒を担ぎ上げながら、マグマを掻き分け、一気に上昇していく。

逃げ出す余裕など一切無い。

マグマの海を越えて、青い空へと出る。

使徒がマグマ以外に目にした風景ははるか上空からの俯瞰風景だった。

エヴァも街もはるか下。スラータラーは使徒を宙に上げると即座に離脱する。自分の仕事はもう終わりだ、と言わんばかりにあっさりとしていた。

事実、彼の仕事はすでに終わっていた。

マグマの中とはまた違う浮遊感を味わう使徒。空中で身動き取れない瞬間にその地獄はやってきたのだ。






使徒が空へと打ち上げられた瞬間を彼女はしっかりと見届けていた。

「出番だ。起きろ、エア」

ギルは手に持つ刀身が円筒型になっている剣に呼びかける。

その剣は乖離剣エア。彼女の持つ財は数多あれど、どの伝説にも引き継がれることの無かった唯一無二の剣。この世で唯一彼女にだけ使える覇者の剣。

「注げるだけの魔力を注ぎ込んだ一撃だ。耐えられるものなら耐えてみろ」

膨大な魔力を持っている彼女は莫大な魔力をエアに注ぎ込んでいく。

エアは刀身を回転させながら、大気を軋ませていく。

かつて天と地を分かたせた剣。その神話をもう一度ここに。

天地乖離すエヌマ

回転速度が上がっていく。

マグマという生を許さない地獄。その中で生まれ出でた使徒。

しかし、それも彼女の前では無駄である。

彼女の剣は地獄を作り上げる。それは遺伝子に刻まれた原初の地獄の記憶を呼び覚ます一撃。

開闢の星エリシュ

放たれた黄金の光は暴力そのもの。

エクスカリバーは民を守る最強の守りの剣。対し、エアは敵を斬る最強の攻めの剣。

擬似的な次元断層は使徒を裂き、蒼穹すらも裂いていった。

空中で真っ二つになった使徒は半分はマグマに落ちていき、もう片方は轟音を立てて山肌に落下した。

ギルは回転を止めたエアを蔵へと仕舞う。

空には赤い軌跡を描いて消えていくスラータラーがある。

「ちっ、あんな奴に助けられたか」

舌打ちを一つし、姿を消す。

彼女は頼んでもいない援軍は嫌いな性質であったのだ。






『すご……』

「凄まじい威力だな」

シンジとアスカはエヌマ・エリシュの威力に見惚れていた。半分になって落ちてきた使徒はぴくりとも動かずに死亡していることがわかった。体液が断面から零れ落ちて山肌を汚していく。

「これからどうすればいいんですか?」

『……とりあえず作戦はこれで終了よ。二人ともお疲れ様』

「今の攻撃に関しては?」

『保安部を向かわるわ。二人は下がっていいわ』

「了解。なにかあったら呼んでくださいね。アスカ、撤収するよ」

『分かったわ、このバカシンジ』

演技するにも程がある、という感じで睨む。シンジはそれに気づいているようでやけに爽やかな笑みを浮かべた。

こうして、浅間山の戦いは終わった。もちろん、保安部はギルを見つけることなど出来ずに、飛んでいったスラータラーもまた同様である。






結局、シンジ、アスカはミサトの提案で温泉宿に一泊することになった。シンジは「ユイが心配だから帰ります」と言っていたが、マグマの中に突入したこともあり一日安静にするように、と宿泊が決定したのだ。ギルはまだ戻ってきていない。

かくして、彼らは仲良く温泉に入るのだった。

「シンジー。覗きに来たら怒るからねー」

女湯でゆったりしているアスカは男湯の方角に向かって大声で注意する。

もっとも、怒るなんてことは口だけであり、いつも胸を押し付けたりしていることに比べれば覗きなど別に問題ない。せいぜいユイに密告するぐらいである。

美白効果のある温泉に浸かっている身体はもうこれ以上美しくなれないのではないかというほど。

彼女の丹念に磨かれた身体を見る機会があるのは、一人の少年だけ。なんとなしに彼を誘惑したくなってはいるのだが、その少年にべったりな人物を思い出し、ふんぎりがつかない。

「それは間違ってるぞアスカ。いいか、ロマンというものは確かに追い求めたいが、それでも守られねばならないロマンというものがある。その筆頭はやはり女湯だ。財宝が欲しいという欲求は分かるが、そのために遺跡を荒らしていいということにはならないのだ」

「はいはい。あんたの理屈はいいわよ」

シンジの妙な理屈を聞き流す。いちいち相手にしていたら頭が悪くなってしまいそうだからだ。

そんなシンジとアスカの会話から何を察した、いや妄想したのかミサトはアスカに絡んでくる。

「なになにシンちゃんとアスカってそんなに仲良くなったの?」

「べっつにー。どうせシンジの本命はユイよ」

「もしかしたら二股かける気かもよ。レイもいるから三股?」

「なに言ってんだか。知ってる? ユイってすっごい焼きもち焼きなのよ。二股なんかかけたら、シンジの遺体が発見されかねないわ」

正式に付き合っているわけでもないのに、ユイはシンジの浮気を絶対に許さない。シンジが殴られた数を数えると一日で最大で13回も殴られていた。

茶化したアスカだったが、ミサトの胸を見てしまった。

そこに刻まれた傷痕を。

「ミサト、その胸の傷って」

「これね。セカンドインパクトのとき、ちょっちね」

ミサトの言葉にアスカに疑問が浮かんだ。

セカンドインパクトの被害は生命の消失。全て跡形もなく無くなった。なのに、ミサトの胸には傷がある。

それがどういう意味なのか分からなかったが、それ以上その話題は続けなかった。






温泉を上がったアスカはシンジの部屋へと向かった。

部屋にいたシンジはアスカと同じ浴衣姿で、やはり右腕には赤い布が巻いてある。

「アスカ、浴衣がよれてるよ」

シンジはアスカの首もとの浴衣のよれを手ずから直す。

その際、胸の谷間が見えたのだが、いつものごとくシンジは慌てることが無く、アスカも気にしないことにした。

「ありがと」

「どういたしまして。アスカ、これから暇?」

「暇だけど?」

意図は分からなかったが、暇であることを告げる。

「じゃあ、ちょっと付き合ってよ」






「さっすが、温泉宿ね。こんなのがあるなんて思わなかったわ」

シンジとアスカは連れ添って宿の庭園を歩いていた。純和風という感じに池や植木がある。

「そこ滑りやすいから気をつけてね」

「転ぶわけないでしょ。……ひゃあ」

足を滑らせたアスカを間一髪シンジは抱き支える。

「大丈夫?」

「ごめん。浴衣やこんな履き物って初めてだから。腕借りるね」

シンジに抱き起こされたアスカはそういって、シンジの左腕に寄りかかる。左腕を年齢の割りに豊かな胸で挟む。

シンジに先導される形で庭園を回っていく。二人とも静かに回っていたが、庭園の中に設けられた大きな池、そこに架けられた石橋を並んで歩いていたときにアスカが話題を作る。

「日本式の庭ってドイツでも見かけたわ。池を作って鯉を飼うんでしょ。そこまでして自然を家の中においておきたいなんてちょっと不思議よね」

「うちにも作ってみる? 時間さえあれば僕が小さいものぐらい作れるかもよ」

「別にいいわよ。こんな庭園の中で洗濯物干してるユイなんか見たら当惑しちゃうし」

アスカは足を止め、庭を見つめる。四季によって様々な色合いを見せることになる庭は確かに美しい。

「この綺麗な庭もN2を使ったら全部無くなっちゃてたのよね」

「そうだね。僕らはこの街を守れた。これは誇れることだと思うよ」

「それだけじゃないでしょ。シンジは私とママを守ってくれたじゃない。熱で怪我しなかった?」

アスカはシンジの額に手を当てる。温泉を入った後で温かくなっている手ではよく分からなかったが、

「アスカを悲しませることに比べたら痛く無かったよ」

「そんなこと真顔で言わないの。本気にするかもしれないしょ」

アスカは人の気配を感じて、後ろに振り返る。

そこには仲居が二人いて、アスカたちを見ていたが、すぐに仕事に戻っていった。

「……ねえ、こうしてたら私達、その、恋人同士に見えるかな?」

「見えるかもね」

穏やかな口調で言ったシンジにアスカは口を尖らせてすねる。

「もっと嬉しそうにしてよ」

「もしそうだったら嬉しいよ。でも、もしもアスカが僕の恋人だったら危険なことはさせたくないな」

「僕が君を守るってやつ? あんただったらそんな願望持ってそうね」

「まあ、そんなとこ」

「……だったら、恋人になんかなりたくないな。一緒に戦えなくなるし。仕方ない、やっぱりユイにその役は譲るわ。それにあんたの恋人になんかなったらどんなことをさせられるか」

「一応、どんなことをさせるつもりか訊いとく?」

「結構よ。冷えてきたわね。もう戻りましょう」

旅館で出された食事はとても豪勢であった。内地であるというのに、新鮮な海の幸が並ぶ。ドイツ育ちのアスカは最初生で食べることに抵抗があったが、一度食べ始めると全てのトロを独占し、逆にシンジに蛸を押し付けた。

ミサトとアスカが刺身を取り合い、最後に残った大根だけはシンジが全てシンジに残されていた。もちろん残らず食べきった。






旅館には娯楽というものがなく、シンジはユイに電話をした後は少々早いと思いながら寝る準備に取り掛かった。

その時にコンコンと襖をノックされる。

「だれ?」

「シンジ、入るわよ」

アスカの声だった。入ってきたアスカはやっぱり浴衣姿だった。

「どうしたの? なんかトラブルでもあったの?」

「そんなものないわよ。ただ、」

コホンと咳払いをして、

「ご褒美を上げようと思ったの。私を助けてくれたご褒美。今日は私を、そのユイみたいにしてもいいわよ」

渋々という感じで告げる。前に夜は一緒に寝たりなんかしない、と言ったのに自分から翻すことになるのが恥ずかしいのだろう。ご褒美という言葉を使うのがその表れだ。

「それって……」

気づいたシンジは苦笑してしまった。

「いやなの?」

「嫌じゃないよ。こっち入って」

かけ布団を大きく開いてそこに誘う。アスカはその穴の中に身体を潜り込ませた。その速度は決して嫌々ながらする人間のそれではなかった。

「枕は?」

「僕の腕が枕。もうちょっと頭の位置をずらして、そう。そうしたら腕が痺れないから」

上手くシンジの腕を枕にする。

「こうして、後はどうするの?」

シンジの腕を枕にする以上、アスカはシンジの顔を見上げる形になる。いつもより幼く見えるアスカに笑みを浮かべながら、いつもユイにしてあげることをする。

「こうして髪を撫でる」

布を巻いた右腕でアスカの髪を撫でる。意外にも撫でられる感触は悪くなく、気持ちよさにアスカは一度喉を鳴らしてしまう。

「このあとは?」

「後はユイが寝つくまで同じ事をする」

「……あっ、そう。もっと大人なことをしているかもと思った私がばかだったわ」

アスカは布団の中をシンジよりに移動する。布団の中で密着した体はシンジの体温を感じる。

顔を上げればシンジの唇が映る。

「えっと、これじゃあご褒美にならないからいいのをあげるわ。そこを動いちゃダメよ」

体を捻って動けるようにする。

「アスカ」

「う、動かないで。一回しかしないんだから」

シンジの唇と自分の唇を合わせようとゆっくり動いていく。

彼女にとってのファーストキス。それをここで捧げようとして、






「シン、アスカ、我のことを忘れてしまってないか?」






突然部屋に現れたギルに邪魔された。

「「ギル!?」」

今までいなかった人物にシンジとアスカは二人して焦る。

「今まで我がいないことを心配すらせずにそんなことをしてたのか」

「ぎ、ギル。これは違うの!! ひゃっ!!」

ギルに見られていたことで慌てたアスカは立ち上がろうとして浴衣の裾を踏んでしまい、シンジの胸にダイブすることになった。

「こ、これはシンジへのご褒美なの。ほら、私とママを助けてくれたでしょ。だから」

「我はシンの頼みを聞いて、使徒を倒したというのに何もして貰えないのにか。それとも我は尽くして当然だと思われているのか。ライダーは褒めるのに、我にはしないのか」

((あっ、このままだと拗ねる))

不満が混じった声にシンジもアスカも同じ事を連想した。事実、ギルは拗ねかけていた。

「あ、ああ、そうだ。じゃ、じゃあギルもシンジに一つだけご褒美もらうってのは。ね、それでいいでしょシンジ」

アスカがシンジに提案。ギルに拗ねられると厄介だと、本能で悟った結果である。

「あ、ああ。ギルの願いを一つ叶えて上げる。なにがいい?」

悟ったのはシンジも同じ。家の中で武器が飛び交う光景は見たくない。

「何でも一つか?」

「うん。ただ、あまりに凄いことは止めてね」

例えば、A-17で暴落したであろう株の買占めとか。

「それぐらい既に終わっている。A-17というものが何であるかはよく知らないが、そこにある以上、我が手にして当然だろう。有価証券というものは我の時代にはまだなかったもので、中々に楽しかったな。しかも我の資産も膨れ上がった」

心優しくとも、さすがは世界中の財を集めた王。インサイダー取引にも程がある。

「ギルって妙に常識分かってないわよね」

「ギルが警察のお世話になりませんように」

一日にして日本経済に大きく食い込むことになったギル。幸いにも公的権力が彼女を標的にすることは無かったが、シンジとしては複雑な心境であった。

「で、シンジにたいするお願いだけど、結局どうするの」

アスカは再度ギルに尋ねる。

「分かってる。シンにできることしか頼まない」

ギルは褒美を何にするか考え(本当は既に出ているのだが)、しばらく悩んだ振りをして、顔中を真っ赤にして、それを口にした。






「……わ、我と一緒に温泉にはいること」






「……………えっと、もう一回おねがい」

信じられずに聞きなおしてしまうシンジ。

「だ、だから、我と一緒に温泉に入ること!!」

「温泉って女湯、男湯別れてるんだけど」

とりあえずシンジは正論を言って諭してみる。

「そんなこと分かってる!! 宿の外に混浴の浴場があるのだ。それを貸しきった。だから、一緒に行くぞ」

多分それは大金を積んで温泉を貸し切ったギルが今日だけ混浴にしたのだろう。シンジは首だけ動かしてアスカを見る。

「………………」

アスカは困った顔を浮かべるだけで何も言わない。つまり、解決策が思いつかないということだ。

「……いやなのか?」

なぜか目を潤ませるギル。本当に泣いている。彼女はまだ温泉に入っていない。シンジとしても温泉に入れてあげたい。

「あ、あの、本当に、その願いでいいんならそうするけど」

「本当か?」

「あ、うん」

「なら早速行くぞ」

シンジを布団の中から引きずり出そうとするギル。

「そうだ、アスカはどうする?」

「私はパスで。二人でゆっくり入ってきなさい」

シンジはさりげなく抵抗をする。二人っきりで温泉というのは確かに惹かれるが、それでもなけなしのモラルが重荷となる。

シンジのさりげない抵抗を瞬時に見破ったギルは、さきほどからのことでイラついていたこともあり、とんでもない暴挙に出る。

「天の鎖」

言葉とともに鎖がシンジを締め上げる。一瞬の内に鎖でぐるぐる巻きにされたシンジは身動き一つ取れない。

神性を持たない者には頑丈な鎖でしかないが、シンジにこの鎖を破壊するほどのパワーはなかった。

「ちょ、ちょっとーーー!!! なんで宝具使うのーーー!?」

「早く行くためだ。ではいってくる」

ジャラジャラと音をたてながら引き摺られていくシンジ。

「引き摺られると肉が鎖に挟まって痛い! 地味に痛い!! アスカ助けて!!」

シンジの懇願を聞いたアスカは布団から出てきて、シンジを持ち上げて担ぐ。

「鎖を引き摺ると畳や廊下が傷つくでしょ」

「確かに廊下は傷つくね。でも僕はもっと傷ついた!!! アスカは人の痛みが分かるいい子だって信じてたのに」

「静かにしないとこの情けない姿を誰かに見られるわよ」

「そんな姿にしたのは誰!? 君達だよね!?」 

「そんなこと言うと落とすわよ」

「ごめんアスカ。謝るから許して。僕は砂利道を真っ赤に染めたくはないんだ。そして、僕は14歳だしそろそろ独り立ちして自分の足で歩いてもいいと思うんだが、アスカはどう思う!?」

「一人で背負い込まないでもっと私を頼ってよ」

「いい言葉だけど、今はそのときじゃなーい!!!!」






こうして、シンジとギルの初めての混浴は行われたのである。ふたりっきりの露天風呂。身を隠すのはお互い一枚のタオルだけ。いくらシンジでも精神的にもとても昂ぶることになるはずだ。

ただし、その温泉は濁り湯であったことを追記しておこう。

湯の中ではタオルなしでも互いの身体は見れない。そのことにシンジはほっとしていたそうな。

なお、その時の彼らの会話である。

「どうして、こちらを向かない?」

「これでも僕中学生ですので。って、背中に柔らかい未確認物体がー!! 柔からく、そして二つーーーー!!!」

「髪ぐらい洗ってくれてもいいのに」

「その前にバスタオルで身体を隠すこと。そうしたら、髪ぐらい洗ってあげるから」

「背中も洗って」

「バスタオルを外さないで。言っとくけど、僕は視線を下には向けていない!!」

シンジは幸せな不幸を堪能していたそうである。

しかし、ギルの第一目標、温泉宿での大人な関係は失敗し、ギルはたいそうお怒りになり、またシンジがギルと二人っきりで温泉に入ったことをアスカから聞いたユイもまたたいそうお怒りになったそうである。(なお、アスカはシンジにキスしようとしたことは話していない)

八つ当たりを受けたシンジには鎖の跡と、打撲痕が体中についていたとレイ、アスカは語る。






おまけ

「俺達のミッションはマリアテレーゼさんの生まれたままの姿を拝むことだ」

鼻息を荒くする男子生徒K。手にはでっかいカメラがある。

「ただでさえ、惣流と綾波と碇さんとコーンウォールさんがいない修学旅行だというのに彼女の艶姿を拝めなければ修学旅行に来た意味がないじゃないか」

「そうやな」

相槌を打つのは男子生徒T。なぜかジャージである。

他にも数名の男子がいる。

この年齢では、シンジのように劣情を抑えられるほうが少数派であり、彼らの取る行動は行き過ぎてはいるが、男の子的に正しい。

海洋温泉という特殊な温泉を売りとするこのホテルは、なんと露天風呂。さんざん覗きポイントや逃走ルートを計算してきた彼らは今宵こそ決行せんと奮起しているのだ。

音も立てずに闇を走っていく彼ら。だが、それを妨げる者達がいた。

「ここから先は通さん」

数名の男子生徒が道を塞ぐように立つ。

「お前らはB組」

「貴様らの魂胆は分かっている。マリア様の高貴なお体を下種な欲望で汚そうというのだろう。そんなこと俺達がさせん」

ゴゴゴゴゴ、とオーラを発してそうなB組男子諸君。

「な、そこどいてくれよ。いいのが撮れたらタダで譲ってやるよ」

「ふざけるな。我ら一同、マリア様を目で汚すぐらいなら目を潰すわ!!!」

鬼気迫る表情で言う彼ら。冗談だとも思えない。

「ケンス、いやK、どうする」

「決まってるだろ、T。突破するんだ」

「ほざくな。者ども、かかれぇ!!!」

「「「「うおおおおおおっ!!!!」」」」

壮絶な殴り合い。あまりにも大きな声を上げているため、戦いが収束した頃には終わった頃には女子は避難し終わり、また教師に囲まれていた。彼らは修学旅行最後の夜を、正座して過ごすことになったのである。

「やっと静かになったわね」

「そ、そんなにゆったりしてていいの? 覗かれるかもしれないのに」

他の女子全員は逃げていたが、マリアとヒカリだけは避難していなかった。マリアはゆっくりしたいため、ヒカリはマリアを放っておけないという言い訳と、とある一人の男子生徒にだけは見せてもいいと心の奥底で思っているためであった。

マリアの白い肌は火照って、ピンク色になっている。長い髪は結い上げており、お湯に浸かっていない。その身体はタオルで隠されることも無く、明かりに照らされている。

ヒカリはマリアと違って、タオルで身体を隠している。マリアよりは発育はいいのだが、肌の白さで負けているため、恥ずかしがっているのだ。

「罠だったら大量に用意してるわ。私の裸を見ていいのはやはりシンジだけかしら」

どんな罠なのかといえば、あの問答無用なスラータラーを守りに置く必要が無いくらいには凶悪なものだ。覗きにこようとした生徒達は失敗してよかったのである。

「し、シンジ君って。でも、碇さんが」

「いい? ユイはシンジのものだけど、シンジはユイのものではないのよ。シンジがユイを愛玩するのは勝手だし、私がシンジに手を出すのも自由なのよ」

「そ、そうなの?」

「そう決めたの。私にはシンジは絶対に必要なの。そのためにスラータラーを送ったんだから」

「スラータラー?」

「なんでもないわ。さっ、もう上がりましょう」

タオルで隠すことなく、湯から上がるマリアの肢体を間近で目撃したヒカリはその美しさに憧れと、そして一抹の不潔な考えを浮かべていたのである。






ミニ劇場

アスカ「ねえ、私達とサーヴァントって何が違うの?」

セイバー「そうですね、サーヴァントはいくら食べても太らないところでしょうか?」

アスカ「なによそれー!? ってことは……ユイー!!」

ユイ「な、何!?」

アスカ「軽くていいわねー、ユイちゃまは(ニッコリ)

ユイ「はううう」

アスカ「どうりで間食し放題なわけね。あんたが食べるから釣られて私も食べて、……私だけ体重増えた恨みを思い知れー!!!」

ユイ「ご、ごめんなさーい!!!(ダッシュで逃げる)」

セイバー「騒がしいですね」

レイ「(ユイが逃げた逆方向から歩いてくる)さすがはユイさん」

セイバー「? なにがさすがなのですか?」

レイ「アスカを太らせることでシンジ君のアスカへの興味を削ごうとしていたのよ。食べても太らない体質を利用した狡猾な罠だわ。恐ろしい」(ブルブル震える)

セイバー「……それは深読みしすぎではないでしょうか?」






追加ステータス

暴煉怒涛の嵐(ゴイトシュロス):A+   (スラータラー)

魔力を爆発力に変える鋼の肉体。周囲一体を焼き尽くす大爆発だが、それとドゥルドゥラを組み合わせることで常識外れの加速装置に変える。速度による貫通力と爆発による破壊力を切り替えることでどんな敵だろうと殲滅できる。






あとがき

あれ? おかしいな、この作品はいつからLASになった? 誰か作者を操ってLASに書き換えようとかしてますか? というわけで、いつの間にかアスカがヒロインの座に立つ。多分、次からはちゃんとユイがヒロインだよ。

感想が5つきたので、とりあえず温泉描写を追加。これ以上は期待をなさらないように。三人だけでなく、なぜかヒカリまで追加されているが、問題はないだろう。

感想、誤字脱字の指摘、等なにかありましたらお気軽にどうぞ



[207] Re[8]:正義の味方の弟子 番外編その8 前編
Name: たかべえ
Date: 2006/06/15 16:08
正義の味方の弟子
番外編その8 前編
みんなで旅行






修学旅行開けの晴れたお休み。シンジの家でのこと。

「これが首里城ね。こっちはシーサーというお守りよ」

マリアは大量の写真をシンジに見せていた。修学旅行に参加できなかったシンジたちに沖縄の写真を見せているのだ。

この写真、マリアが撮ってきたわけでは決してなく、B組男子諸君がフィルム代と現像代を自腹で払って、マリアに献上したものである。B組男子達はそれぞれ観光名所に行き、写真を撮ってきたのだ。そんな彼らにマリアは「ご苦労様」とだけ言ったのだが、それだけでも感涙に服すほど彼らは狂信的なのだ。

「で、これがシンジが見たがっていたものよ」

「見たがってたもの?」

シンジが受け取った写真にはマリアが写っていた。

「よく撮れているでしょ」

沖縄の空と海を背景に、白のビキニを着たマリアがカメラに向かって微笑んでいるのだった。撮影したB組男子生徒はそれだけで「あと10年は戦える」と言っていたという。無論、彼はこの写真を手に入れたわけではないのだが。

「マリアさん、綺麗」

写真を覗き込んだレイが賞賛する。

「ありがとうレイ。シンジはどうかしら? こんな私を見て」

「可愛いよ、マリア」

写真を返しながら、シンジは言う。

その言葉にマリアは微笑する。

「私を可愛いって言う人はシンジぐらいよ。今まで『綺麗』とか『美しい』ってのはあったけど可愛いなんて初めて。その写真はあげるわ。大事に取っててね。変なことに使ってもいいけど、その場合は直接私を呼び出した方がいいわよ」

「……それって、どういう意味?」

「さあ、どういう意味かしらね」

むっとするユイにさらりと返すマリア。

ユイとマリアでは確かに戦闘力ではユイに分があっても、こういった心理戦ではユイに勝機は一切無い。

マリアはシンジの目の前に急接近し、

「ねえ、この水着、今この服の下に着ているって言ったら見たいかしら?」

首もとの隙間を広げながら、シンジに囁く。

「見たい!!! グハッ!!!」

即答だった。そして、ユイがシンジを殴ったのも瞬間的なことだった。

「そんなのダメだよ!! マリアさんもそんなことしたらダメ!!!」

「あらあら、シンジは見たいって言ったのよ。ならば見せてあげるべきでしょ」

「スカートのチャックを外そうとしないでください!!」

マリアの両手を押さえて、それ以上チャックを下げられないようにするユイ。

「嫉妬かしら?」

「公序良俗の問題です!!!」

「ま、待って二人とも」

ユイが一方的にバチバチと火花を飛ばすケンカを止めたのはシンジである。

「シンジは黙ってて。マリアさんの水着が見たいなんて、」

自分のを見たいといってくれないことに対する不満をぶつけるユイに、シンジは弁明をする。

「違うんだユイ。確かに見たいが、それは今ではない」

「えっ?」

「修学旅行に行けなかった代わりに、みんなで海に行こう」

これが今回のお話のきっかけである。








その暑い日、みんなで旅行に行くことになった。

みんなとはシンジ、ユイ、レイ、アスカ、セイバー、ギル、マリア、ジャン、そして二人のサーヴァントである。

彼らが乗るのは巨大なベンツ。8人乗っても全く問題のない大きさである。車の中ほどにはネルフのロゴが入っている。

「ジャン、そこ右ね」

「わかった」

助手席に座るシンジは地図を見ながら、運転するジャンに指示を出す。この面子の中で、運転免許を持っているのはジャンだけであり、妥当な人選だった。

シンジが助手席に座っているのは他の面々が地図が見れない、地図を見る気が無い、という者ばかりだからである。さらに、後部座席にいるとハーレム状態になるので運転するジャンが気に入らないということもある。

「シンジ、おにぎりだよ」

後部座席のユイがランチボックスからおにぎりをシンジに差し出す。シンジの好みの梅おにぎりを渡すのがさりげない。しかも、シンジのために最初から種は抜いてある。細やかな気配りを忘れないのがユイクオリティ。

「ありがとうユイ」

シンジはおにぎりを受け取る。

「ジャン、食べる?」

「別に。運転中だから食べれないし」

ジャンは免許を取ってからの年月は長いが、ミスが怖くて片手運転が出来ない。顔はいつものようにキリッとしているが、内心『この車を壊したら大変だ。絶対に事故を起さないようにしないと』と考えている。安全運転第一、という実にドライバーの鑑である。

「ジャン、口開けて」

「えっ?」

「運転して手が離せないでしょ。はい、あーん」

シンジはおにぎりをジャンの口元に差し出す。

「あ、あーん」

ジャンは恥ずかしがりながら、おにぎりを口に銜える。

もぐもぐと噛んで、ごっくんと飲み込む。

「あーん」

もう一口食べる。またもぐもぐ噛んで、ごっくんと飲み込む。そうして、シンジのおにぎりを全部平らげる。後部座席の面々は殺気を交えたりしながらその光景を凝視する。

「指についてる。んっ」

最後にジャンはシンジの指に残っているご飯粒を指ごとなめ取る。

「ありがとう、ジン」

にっこりと微笑むジャン。

「どういたしまして」

なぜかにこやかなシンジ。付き合いの長い二人だからこそのことだろうか。

それに後部座席の方々は黙っていなかった。

「指までなめるなんて卑しいわね」

「前に(番外編その6)で指をなめさせたのは誰だったか?」

「なめるのとなめさせるのでは違うわ」

険悪な空気を放つマリアとジャン。普段、ユイと言い争いをする時のマリアとは違う。

「えっと、スラータラーとランサーは?」

話題を変えるためにシンジは今ここにいるべきなのに、いない人物について尋ねた。

「スラータラーは霊体化してトランクの中に入れといたわ」

「ランサーはボンネットの上だけど?」

平然と答える二人。

「まあ、よくそんなことして見捨てられないね、君たち」

ここまでして尚も付き従ってくれるサーヴァントを引いた幸運に感謝するべきだろう。

そんなこんなありながら、車は目的地へと向かっていくのである。








ここでシンジたちが向かっていた場所について説明しよう。

そこは先のA-17の利益でギルが得た別荘である。美しい砂浜はプライベートビーチであり、誰もいない。さらに温泉まであり、当然ながら濁り湯などではない。

「うわー、ひろーい!!」

「本当ね。こんな場所よく手に入れたわね」

「ふん。我がシンのために手に入れたものだ。凄くないはずがなかろう」

ペントハウスにはシャンデリラがある。

荷物の運び入れは当然ランサーとスラータラーの仕事。つくづく不憫でならない。

「海があるんでしょ、泳ごうよ」

「そのために来たんだから早く行くわよ。シンジ、覗かないでね」

「わかってる。砂浜で待ってるよ」








プライベートビーチはやはり美しかった。

そこにぽつんとパラソルとイスが用意されている。用意しているはランサーとスラータラー。ジャンとマリアはサーヴァントの存在意義をどう思っているのだろうか。

シンジは水着に、いつものように右腕に巻かれた赤い布。プールや海水浴場ではこういった格好は目立つため、プライベートビーチの方がシンジとしては気分が良かった。

「おや、シンジは早かったですね」

海を眺めていたシンジが振り返るとそこには水着を着たセイバーがいた。

純白のビキニ。彼女の白い肌と競演するその白さは美しいの一言。彼女の本当の主である青年を悩殺するに十分すぎる威力である。

「姉さん、綺麗だよ」

「シンジに褒められるとあまりいい気はしませんね。しかし、スラータラーとランサーの二人に英雄としての誇りはあるのでしょうか?」

「……姉さん、それは彼らが一番よく分かっていると思うよ」

「……そうですね。今のは失言でした」

二人して暗い気持ちになってしまう。

「シンジーー!!」

遠くからアスカの声が聞こえる。声の聞こえる方を見ると、アスカ、レイ、そしてユイがやってきた。

三人はシンジの前までやってくる。

「じゃーん!! これが私達の水着よ!!」

その場で一回転するアスカ。

アスカは真紅のビキニ。首で留める紐のおかげで、美しい背中のラインが丸見えである。

「すごく似合うよアスカ」

「当然でしょ。じゃ、次はレイ」

「シンジ君、どう?」

レイはビキニとパレオ。南国の色鮮やかな花がプリントされている。普段はアルピノの容姿の方が目だって、大人しいと思われやすいが、今の水着を着ていると、そのイメージが一気に払拭される。

「レイ、綺麗だよ」

「むらむらする? いつでもシンジ君のものにしてもいいわ」

「しません」

「ちぇっ」

そんな中、水着ではないのがユイ。

ユイはタオルで身体を隠している。水着が全て隠れているため、中に何も着ていないのではという、いけない妄想をさせてしまう。

シンジがいけない妄想をする前に、アスカとレイは意味を説明する。

「ユイったらね、『初めてはシンジに見せるの』って着替えている時も、誰にも見せなかったのよ」

「私は一緒に選んだから知ってるけど、ユイさんが内緒にしといてって煩いからだまってるわ」

二人の言葉を聞いてユイを見ると、ユイは一度微笑み、

「し、シンジ。あんまり期待しないでね」

タオルをしゅるりと落とした。

そこには美の妖精がいた。

淡いピンクのビキニ。ユイの大事なところを隠すだけでなく、いつも以上の可愛らしさを与える。

ユイの白い肌は陽光の下、美しく輝く。艶のある黒い髪も光を反射する。

ユイはアスカを真似して、その場で一回転する。それを眺めていたシンジはユイが星を振りまいているように感じた。

回った後、ユイは恥ずかしがりながら言った。

「シンジ、似合うかな?」

顔を赤らめて尋ねるユイに、シンジは襲い掛かった。

「ユイー!!!」

「きゃあ!!」

ユイを両手で抱きしめる。

「かわいい!! 今のユイは何百万の美辞麗句を使ったとしてもあらわせないくらいに素晴らしいが、それでもあえて言うなら『かわいい』だ!!」

「あ、ありがと」

シンジの胸に顔をうずめるユイは、顔を真っ赤にしながら呟く。じかに触れるユイの身体の柔らかさに陶酔しながら、さらにシンジは言葉を続ける。

「ここがプライベートビーチで本当に良かった。こんなかわいいユイを見た男は揃ってユイを自分の欲望に染め上げようとするだろう。そうした時、僕はそんな彼らに対して容赦の無い攻撃を加えねばならず、屍山血河を作ってしまう。ユイ、これからもユイの水着は僕だけに見せて欲しい」

「え、ええっと、………いいよ」

シンジのお願いを小声で了承してしまうユイ。未来永劫シンジ以外の男がユイの水着姿を見ることはない。

「はいはい、いちゃつくのはそこまで。シンジ、背中に日焼け止め塗って」

アスカは日焼け止めクリームをシンジに差し出す。

「いいよ。そこ寝転がって」

クリームを受けとったシンジが指示する。アスカはレジャーシートの上にうつぶせで寝そべり、シンジはその背中にクリームを垂らし、両手でのばしていく。

シンジは肩から、背中、腰までを優しく塗っていく。

「シンジ、脚もお願い」

今度はアスカの太ももを満遍なく塗っていく。

「あ、アスカ。えっと」

「はいはい。あんたもレイも使っていいわよ」

ユイが言い切る前に察したアスカは使用許可を出す。こういう察しのよさはさすがである。

「ありがとう!! シンジ、次はボクに塗ってね」

「その次は私」

こうして、少女達はシンジに優しくクリームを塗ってもらうのである。

ユイはシンジが触れるたびにくすぐったくなり、身体をよじっていた。その仕草にシンジは大興奮だったのだが。

レイは顔を赤らめながら、「ここまでされたら、シンジ君のお嫁になるしかないわ」とコメント。シンジのレイに対してさらに責任を負ったことになる。

全員、塗り終わったあとアスカが宣言する。

「ユイ、レイ。早く遊ぶわよ」

「でも、ボクは泳げないよ」

「水辺だったら平気でしょ。ほら」

アスカはユイとレイの手を引いて、走り出す。

そして、波打ち際に立つと、水を掬ってユイに思いっきりかけた。

「ユイ、くらいなさい!!」

「きゃ!! やったな、お返し!!」

「ユイさん甘いわ」

「てりゃ!! レイさん覚悟!!」

水辺で水を掛け合って遊ぶユイ、レイ、アスカ。眩しい太陽の下のまさに全て遠き理想郷。

それは美しい妖精たちが水遊びをしていると言っても過言ではない!! 光を反射する水の煌き。それに負けないくらいの輝きを放つ少女たちに興奮して何が悪いだろうか、いや悪くない(反語表現)

「だ、ダメだ。僕ははもう限界であります!!」

砂浜に這い蹲り、鼻血を滝のように流すシンジ。水辺で遊ぶ三人を直視すれば鼻血が噴き出すというのに、シンジは見入るのを止めない。男には命以上に大事なものがある。シンジにとって今この光景を記憶することがそれなのである。

「シンジもおいでー」

ユイが手を振って、シンジを呼ぶ。その声に逆らうこともなくユイたちのところへと向かおうとするシンジを後ろから留める者たちがいた。

「あちらへ行くのはまず私の水着を見てからにしてね」

シンジが振り返ると水着姿のマリアがいた。

マリアは黒のビキニである。上も下も紐で留めるタイプのそれは布地面積がやけに少ない。

白と黒の織り成すパーフェクトハーモニー。彼女はあまり発育の良くない身体ではあるが、だからといって似合わないということは全く無い。

修学旅行のときと違う水着であり、こちらは今日のためだけのもの。

「今日のマリアはとってもかわいいよ」

「ありがとう。シンジ、私にも日焼け止めを塗ってくれないかしら」

ブランド物の日焼け止めをシンジに渡し、シートへと座り込む。

「寝てくれたほうが塗りやすいんだけど」

「それはだめよ。だって、シンジには全身に塗ってもらうんだから。背中だけじゃなく、全部よ。それとも水着の内側も塗りたいのかしら?」

胸を覆う布地に手をかけ、少しずつ焦らすようにめくっていく。思わず鳴ってしまうシンジの喉。

「そこまでだ!! アインツベルン!!」

「ちっ、うるさいのが来たわ」

水着を着たジャンが拳銃を持って走ってくる。水着と拳銃がかなりのミスマッチ。

「私がいる限りそんなことはさせない」

ジャンはワンピースだった。白のワンピースだがハイレグになっており、同時に背中と胸に大きく切れ込みが入っている。

「ジン、そんなことをするのであれば私に塗るように。私の肌は日に弱いのだから」

「そうだったね」

「で、でも、その、身体の全部を塗ってほしい」

「え、えっと」

シンジが返答に困っている間にさらにもう一人やってくる。

「黙れ、魔術師ども。我の主に何をさせるつもりだ!?」

「ギル、その格好はあんまりじゃ」

ギルはビキニ。だが、今までのビキニとは一味も二味も違う。

布地は多いのだが、それが色気を出させるのであった。ハーフカップの胸の下側を掬い上げるように覆い隠す水着は、胸の上側とその谷間を隠せていない。

下は角度が急すぎる。せめてあと20°は必要である。

「何って、貴方がしてもらいたいようなことじゃないかしら?」

「そんなことさせるか。我がやればいいだけだ」

「貴方達と違って、私は肌が弱いから仕方なくするのだ。一緒にしないで欲しい」

マリア、ジャン、ギルの三つ巴の戦い。手を出さずにいかに理で相手を倒せるかの勝負である。

「あ、あの、三人とも塗るってことじゃだめかな?」

シンジが気弱かつ自分に一番理のある提案をする。

その提案を聞いた三人は一瞬、視線を交わし、

「そうね。シンジの好きにすればいいわ」

「疚しいことなど無いのだから構わない」

「そういうなら」

ほっとしたシンジ。そして、内心ガッツポーズ。その先の言葉が無ければ。

「「「ただし体中全部ね」」」

「……へっ?」

「水着に隠れていないところは全部塗ってね」








ここから先しばらくはその時の会話だけをお送りします。

「シンジここもよ」

「マリア、そこは自分でも塗れるだろ?」

「いやよ。早く塗って」




「ジン、もっと上の方を」

「それ以上、上に行くとこの板じゃ苦しくなるんだけど」

「約束したでしょ、全部塗って」




「シン、ここまだ塗ってない」

「ぎ、ギル。そ、そこはちょっと」

「……塗ってくれないの?」

「(プチン)う、うおおおおおっ!!!!!」

「ひゃん!!」




「マリアさんとヤスミーヌさんとギルガメッシュさんにそんなことするなんて、シンジの馬鹿ー!! 」

「砂の中からエヴァの手がーーーー!!!! ぎゃあああああ!!!!!!」

次からはまた、描写も含めます。








ユイは拗ねていた。シンジがマリア、ジャン、ギルの身体に触りまくったことが許せなかった。

砂浜で背を丸め、拾った棒切れで砂に絵を描く。そこに砂まみれのシンジがやってくる。エヴァに砂の中に引き込まれたあと自力で這い出してきたのである。

「ユイ。せっかく海に一緒に遊ぼうよ」

「どうせボク泳げないもん」

拗ねているユイはシンジの提案を拒否する。そんなユイにシンジは笑って、あるものを取り出した。

「はい、これ」

それをユイの頭の上から下ろしてやる。

「浮き輪?」

「ユイが泳げなくても僕が代わりに泳ぐよ。ほら、一緒に行こ?」

ユイの手を引いて、波打ち際へ、そこからさらに進み、海へと泳ぎだす。

「あっ」

「大丈夫だよ」

シンジは浮き輪を掴んだまま、片手で猛スピードで泳ぐ。

「すごいすごーい!! ボク泳いでるみたい!!」

ユイは歓声を上げて喜ぶ。さっきまでの不機嫌を忘れてはしゃぐ。

「シンジって泳げたんだね」

「泳げないと溺れている人を助けられないからね。でも今は泳げないユイのために泳いであげる」

シンジは足がつかない深さのところまで泳いでいった。そこで、ユイの浮き輪を思いっきり回転させる。

「きゃあ!!」

一瞬悲鳴を上げたユイだが、それは悲鳴というより歓声だった。

「シンジ!! もう一回してー!!」

「わかったよ。ユイが喜ぶというのなら、僕は何万回だって同じ事をしよう」

シンジは浮き輪を掴むと、もう一回勢いよく回す。さっきが右回転であったのに対し、今回は左回転。

「きゃあああ!!」

ユイは笑いながら悲鳴を上げる。回転が収まったところをシンジはまた回す。

ユイは泳げるようにはならなかったが、水が怖い、ということは克服できた。シンジに引っ張ってもらうことで海の深いところにまでいけた。

そんな二人のところにレイやマリアがやってきて、自分達にもとせがんできた。浮き輪の中から追い出されたユイはシンジにしがみつくことで一安心。もっとも、エヴァがいる以上、ユイが溺れる事など絶対に有り得ないのではあるが。

ユイはシンジに抱きついたままスキューバの真似事をしたり、シンジの背中に乗って水上散歩をしたユイはとても上機嫌になったといっておこう。








全員で行ったビーチバレーはランサー・スラータラーチームが圧勝だった。元々の運動能力の差に、今までの鬱憤を晴らすかのようなハイテンション。負けるはずが無い。レイ・マリアチーム、ジャン・セイバーチームの時は一方の能力が低下していたが、それでももう片方が元気なので負けずにすんでいた。

昼食は鉄板を持ってきて、焼きそばや肉を焼いて食べた。もちろん、シンジはセイバーを除いた女性全員に3回以上『あーん』をし、されていたのはクラスの男子たちには内緒である。








昼からも海での大騒ぎは続いた。

その大騒ぎの一つがとあるゲームであった。

この別荘の各部屋にあるベッドはダブルである。別に部屋が足りないわけではない。だが、一緒に寝るためのシンジが一人しかいないのは事実である。

景品シンジ、の乙女達の聖戦が始まるのはもはや必定であったのだ。

だが、彼女達は景品をもっと吊り上げた。

夜のシンジ+シンジに対する命令権である。

「私が勝ったらシンジを私のサーヴァントにするわ。ずっと私の傍にいて、私のためだけに存在するの」

マリアの上から物を言う発言。ギルが女王様だというなら、彼女は王女様。人民は彼女に尽くして当然。いや尽くすことが幸せなのである。

「私が勝ったらまず令呪を放棄させる。そして、聖杯戦争が終わるまで私が保護します」

ジャンは真面目なことを言うが、脱落者の保護は監督役の役目であり、彼女の仕事ではない。それ以上にシンジ以外だったらそんなことはしない。

「そうね。勝ったら、パシリにでも使ってやるわ」

「これからはライダーと寝る必要はない。我がいつでもそばにいてやるのだから」

実にやる気のないアスカと、やる気満々のギル。

「みんなひどいわ。シンジ君、私が勝ったらここに拇印を押すだけでいいわ」

婚姻届と書かれた紙をどこからか取り出す。すでに綾波 レイ、碇 シンジという名前が書いてあり、シンジの拇印以外は全て記入済み。

「(ボクが勝ったら、ボクとシンジと母さんでお風呂に入りたいな。そして、夜はひさしぶりに二人だけで布団で寝て、シンジにいっぱい髪を撫でてもらおうっと)」

大胆なようでいて、実に微笑ましいことを考えているユイ。こんなことで願わなくても、普通にお願いすればシンジはしてくれるはずなのに、なんといじらしい。

それぞれにシンジに命令したいことを口にする。

それに対し、一方的に景品にされたシンジはあまりの扱いに抗議する。

「待て。みんな僕の人権というのはどこにあるんだ? どう考えても僕の権利が無くなっているぞ」

「? そんなものあったかしら?」

「ある!! 憲法に保障されている!! 日本の国籍を持ってない僕でもとりあえず保障されている!!」

「ここは魔術師の世界よ。治外法権は当然よ」

冷たいマリア。

「……分かった」

景品であることはすでに決定しており、シンジも渋々納得する。

「ただし、僕もこの勝負に参加させてくれ!!」

「シンジが? なぜかしら?」

「僕が勝ったのなら全員を囲ってハーレム気取りをする。それなら全員の希望を汲めていいのではないだろうか?」

「「「「「却下」」」」」

ユイ、レイ、ギル、ジャン、マリアはハモって答えた。

彼女達の望みは『二人っきり』になることであり、全員というのは全くもって大外れである。

「ねえ、シンジに参加権ぐらいは認めてやってもいいんじゃない?」

アスカが提案してくれた。アスカは別にシンジにどうこうしたいわけでもないので、ほんとうにどうなってもかまわないのである。ただ、余興は面白い方がいい。

「そうね。じゃあ、その代わりにシンジは私達の代打を認めること。それならば認めてあげてもいいわ」

「構わない。誰が相手にこようと僕は勝ってみせる」

交換条件つきで認めるマリア。シンジはその交換条件の酷さに気づくべきであった。

「そう。じゃ、私の代打はスラータラーね」

「えっ?」

「ああ、悪く思うな魔術師」

2mを越す巨体のスラータラー。身に着けるのはいつものどおり腰巻一枚。

「なら私はランサーを。ランサー、絶対に勝ちなさい」

「ちょ、ちょっと!」

「やれやれ。戦いでなくこんなことに期待されるとは。しかし、期待に失態で応えるというのも癪だ。全力でいかせて貰おう」

意外にもやる気を見せるライフセーバースタイルのランサー。スラータラーとランサーの忠誠心には頭が下がる。

「じゃあ、私はギルが代理。ギルが勝ったら私も勝者の権利を得るってことで」

「なら、シンを二人の共有財産にするか」

「ひぃ!!」

アスカ、ギルチームの結成。

「セイバーさん、これあげる」

「こ、これは第3新東京で最も美味しいといわれているレストラン『もっきゅもっきゅ』のバイキングチケット!! ……いいでしょう。この時だけ貴方の剣になることを誓います、レイ」

「まずい!!!」

食べ物に釣られたセイバー。

「ボクは母さんを代理にします。未来を抱く揺籠の使徒エヴァンゲリオン

ユイが真名を唱えると同時にズドオオン!! と砂を巻き上げてやってきたエヴァンゲリオン初号機。

「母さんはボクがいないと動かないので一緒に戦います。母さん、絶対に勝とうね」

「…………(コクリ)」

巨体のパワーで敵を粉砕する気満々のユイとエヴァ。

「……僕、早まったかな」

敵のあまりにも凄い代打に呆然と呟くシンジ。ちなみに彼に代打はいない。

こうして、戦いの火蓋は切って落とされる。

マリア・スラータラー組。

ジャン・ランサー組。

アスカ・ギル組。

レイ・セイバー組。

ユイ・お母さん(エヴァンゲリオン)組。

そして、シンジ単独。

敵は皆サーヴァント。そんな戦いに、単身参加するシンジ。

その結末はいかに!?

次回の番外編は、『ドキッ☆サーヴァントだらけのマジ合戦~ポロリもあるよ(スラータラーとランサーの)~』です。皆さん、お楽しみに。

注意)この次回予告には電波分が多量に混ざっています。本気にしないように。






ミニ劇場

レイ「ユイさん、『究極の保護者同伴少女』ってどれくらい過保護にしてもらえるの?」

ユイ「そんなに過保護じゃないよ。普通のお母さんならしてくれるようなことだから」

アスカ「それは私達が判断するわ。例を挙げてみなさい」

ユイ「えっと、ボクに近づいてくる変なおじさんをやっつけたり、攻撃から守ってくれたり、傘を忘れた雨の日に濡れないように守ってくれたり、風邪を引かないように布団をかけ直してくれたりするの」

アスカ「まあ、それぐらいなら普通ね」

ユイ「あとね、夏に虫に刺されないように虫を撲滅してくれたり、ボクの嫌いなゴキブリをやっつけてくれたり、病気にならないように有害な紫外線から守ってくれたり、細菌や排気ガスを吸わないように空気を浄化してくれたり、洗い物をしても手が荒れないように保護してくれたり、静電気なんかからも守ってくれるんだよ」

アスカ「……もう過保護とかいうレベルじゃないわね(ひそひそ)」

レイ「ユイさん専用の聖杯と化してるわ。泣いてすがるだけでどんな願いでも叶えられるのね(ひそひそ)」

アスカ「ユイがもう少しわがままな性格してたら、その時点で世界が終わったかも(ひそひそ)」

ユイ「ねっ、普通でしょ?」

レイ・アスカ「「…………………」」






あとがき

ふと思ったのだがね。ゴイトシュロスを使ったときスラータラーの服はどうなるのかな? やっぱり全裸?

怖い想像はここまでにして今回はすげーシンジが羨ましい限りです。ユイはエヴァが日差しから守ってくれるのだが、それでもシンジに塗ってもらいたかった。なんと可愛い。シンジがギルあたりにも平気で触れるようになったら、もう天国だっただろう。えっ、触ったって? その時のことはシンジは良く覚えていないらしいのです。

次は番外編なのに、真剣勝負。シンジは無事勝って、ハーレムを作ることが出来るのか!? シンジが勝てるように応援してもらいたい。というか、どんな勝負であればシンジに勝機があるか教えていただきたい。

あと最近の思ったことはギルを拗ねキャラにしてみたら可愛いんだろうなぁ、ということです。

例えば、

「シン。頭撫でてくれないと怒っちゃうからね」

とか。ユイと同じ扱いじゃないと拗ねちゃう年上女性。想像しただけでかわいいなー。

くだらない話はここまでにして、感想、誤字脱字の指摘等なにかありましたらお気軽にどうぞ



[207] Re[9]:正義の味方の弟子 番外編その8 後編
Name: たかべえ
Date: 2006/06/20 08:48
正義の味方の弟子
番外編その8 後編
みんなで旅行(レース&楽園)






「それでは、位置について」

アスカの号令のもと、波打ち際にシンジ、セイバー、ランサー、スラータラー、ギル、そしてエヴァンゲリオンが立つ。

セイバーとランサーは武装化。セイバーは風王結界、ランサーはガ・デルグを持ち出している。

スラータラーは武装化というべきか分からないが、いつもの腰巻一丁。

ギルとシンジは水着のまま。エヴァの中にいるユイはどんな格好であるかは不明である。

「よーい、」

アスカがゆっくりと右手を上げる。

全員に緊張が走る。一瞬遅れただけで圧倒的な距離が開きかねない敵を前にして、油断など出来ない。

マリア、ジャン、レイはパラソルの下、傍観。声一つ上げない。

「どん!!」

アスカが右手を振り下ろし、その瞬間、エヴァの重量ゆえに起こった大波にシンジが攫われていったのだった。






勝負内容、それはレースだった。3kmほど離れている沖の小島まで行き、そして帰って来る。その時間が一番早かったものが勝者となり、シンジを好きにしてもいいのだ。

この勝負になるまで散々言い争いがあった。

皆揃いも揃って自分に有利な勝負を持ち出すのだ。

運要素だけのゲームを挙げるギルに、力勝負を持ちかけるマリア、さらに戦闘をやらせたらどうかと提案するジャンとセイバー、家事勝負はどうですかと提案したものの全員に睨まれあっさり引き下がったユイ、発言権を与えられないシンジ。

そして結局、この勝負になったのだ。

ルールは、

・魔術、宝具あり

・支援なし

・令呪の使用はなし

・妨害工作あり

と大雑把に決められており、かなりの自由度がある競技である。それは同時にかなりの危険度があることを示している。

宝具の使用を認めている時点で、それは分かるというものだろう。

この競技で一番有利なのはスラータラーだろう。ゴイトシュロスを使えば、空を飛ぶことが出来る。しかし、ゴイトシュロスをこんなところで使おうものなら、マリアを灰にしてしまいかねない。スラータラーの宝具はマリアが傍にいると使えない、ダメ宝具であった。

というわけである程度の公平性が示され、競技はスタートしたのであった。






シンジは勢いよく水の中に飛びこんだと同時に高波にさらわれ、陸へと戻ってきた。エヴァの巨体が海に勢いよく突っ込んでいけば、波が立つことぐらい予想してしかるべきであった。

「く、くっ、まさかこんな奇襲があったとは……」

「そんなこといってる暇があったらさっさと出発しなさいよ。みんなけっこう遠くまで行ってるわよ」

合図役の役目を済ませたアスカが倒れているシンジの傍までやってきた。

「まさか、エヴァの高波に襲われたのは僕だけというのか。それにここは陸ではなく海上だよ。そんなに差が開くとは思えないけど」

「……じゃあ、あれ見てみなさいよ」

「うん? ………………………………」

アスカが指差すところを見たシンジはその光景に絶句する。

なぜなら、全てのサーヴァントが泳いでいないのだから

エヴァンゲリオンはまだいい。足も長いのだから、これぐらいは平気のはず。その証拠に膝下ぐらいまで水に沈んでいる。

だが、セイバー、ランサー、スラータラーの三人はそういう物理法則を超えて水の上を走っているのだ。

三人が水の上を走れる理由は簡単。

セイバーは湖の精霊の加護を得ているから。

スラータラーは海神の眷属だから。

ランサーは手に持っている赤槍の能力で。

そして、ギルだが彼女は完全に宙に浮いている。空飛ぶじゅうたんと呼ぶべきなのだろうか、とにかく何かしらの布らしきもの乗って進んでいる。全員自分の足で走っているのに彼女だけは楽にしているのだった。

「あんた早く出発しないと負けちゃうわよ。まあ、そっちの方がいいけどさ」

「そうだな。では再度行ってくる(仕方ない、裏技をつかうとするか)」

シンジは再び海の中へと進んでいくのであった。全力のクロールで進んでいくが、差は開いていく一方であったのだ。






先頭集団はすでに1km近く進んでいた。

最初はエヴァが一方的にリードしていた。もともとの歩幅の差があったからなのだが、海が深くなるにつれどんどん速度が遅くなっていき、後続集団との差が埋まっていく。

その後を水上走行サーヴァントたちが追っていく。

「ちっ、水の上を走れるのがこんなにもいるとは思いませんでしたね」

セイバーは舌打ちをしながら全速力で駆けて行く。水上だが走っているので陸と全くスピードが変わらない。

「確かに。私が一方的にリードできると思ったのだがな」

セイバーと並ぶ形でランサーが走る。エヴァが巻き起こす波を彼は余裕で飛び越える。

「くそっ。機動力では勝てないか」

ドゥルドゥラで突進力を向上させたスラータラーが二人に続く。一歩ごとに強烈な加速とともに駆けているが、ランサーとセイバーには追いつけない。

さらにそのすぐ後をギルが優雅に乗り物に乗って追う。

『母さん、頑張ってー!!!』

さらに進むと、エヴァは平泳ぎをしていた。ユイ自身は泳げないから、エヴァが勝手に動いているのだろう。ユイが声援を送るたび、エヴァは速くなる。

だが、エヴァの健闘むなしくシンジを除いた後続集団に追い抜かれていった。

「ここらでいいだろうな」

セイバーと並んでトップを走るランサーが呟き、そして槍の真名を唱えた。

摂理改変せし赤槍ガ・デルグ

槍が輝き、セイバーとスラータラーとギルが海の中へと沈んだ。加護があること自体を否定する槍はこんなところで役に立っていた。

「ランサー図りましたね!?」

「なんのことだ。アーチャーが宝具を使っているから私も使っただけだぞ。この槍は運命干渉以外の宝具なら通用するからな」

鎧の重みで沈みゆくセイバーはランサーに文句を言うが、その間にもランサーは駆けて行く。最初に使わなかったのは十分な深度で全員を沈めるためだ。

「……っ! よかろう。我の本気を見せてやる」

水着のため沈むことなく海に浮くギルは指を鳴らし大量の宝具を取りだし、それらをランサーに向けて発射する。ランサーはそれらを槍で捌き、捌ききれなかったものは宝具の能力で『発射された』という前提を取り消したりしながら、走っていく。

ランサーと泳ぎに切り替えたギルとの距離がかなり開いた時、それは聞こえた。






暴煉怒涛の嵐ゴイトシュロス






海水を蒸発させながら空へと舞い上がるスラータラー。

「やはりこれが一番の強敵か」

「うううおおおおおっ!!!!!!」

そのまま、島ではなくランサー目がけて特攻していく。ランサーも走るのを止めて迎撃に入る。

例え試合はお遊びでも、勝負は本気。上から落ちてくるスラータラーに槍を向けて、






約束された勝利の剣エクスカリバー!!!」






巨大な光がランサーの立つ海を割り、ランサーを海底まで落としていった。

やったのはもちろんセイバー。真っ二つに割れた海の底、光り輝く剣を持った彼女は髪に海草をくっつけていた。

「槍を放しましたね。今だ!!!」

セイバーは崩れそうな水の壁を跳躍しながら登っていく。ランサーが槍を手放したことで、彼女の加護は元通りである。

数秒後、海は元に戻り、彼女は再び海の上に立つ。そして、猛然と島まで走っていく。

もちろん、ランサーは水の底。そして、ランサーに攻撃を仕掛けていたスラータラーも勢い余って水の底。

ギルも再び宝具を呼び出し、それに乗る。

現在トップはセイバー、それに続くようにギル、ユイ、シンジがいるのであった。






「ようやく島に着きましたか。さて、ここから折り返しですね」

セイバーは島に到達した証拠に、近くの木の枝を折る。折った枝を手に持ち、アスカたちがいる砂浜へとまた猛スピードで走ろうとする。

そんなセイバーに降って来たのは数多の武器。それを卓絶した剣技と直感を持って打ち払う。この時点で枝は彼女の手から放れ、降って来た武器に木っ端微塵にされている。

「アーチャー!!」

「勝つのは我だ」

ギルもまた武装化する。天女の纏う様な絹の服。胸には黄金の胸当てがある。

彼女の後ろには山のような武器。さっきの比ではない。確実にセイバーの息の根を止めにいくつもりだ。

「いいでしょう。ここで貴方と一度白黒つけておきましょう。どっちが強いのかはっきりしていた方がこれからの関係にも役に立つ」

セイバーも構えを取る。ゴールはギルの後ろ。彼女を倒さずして突破は出来ない。

「「いざ、勝負!!」」






「ふう、やっと渡りきれたね。母さんありがとう」

ユイの乗るエヴァはやっと海岸までたどり着いた。トップのセイバーに遅れること10分以上。

「でもセイバーさんとギルガメッシュさんは見かけなかったよね? 何してるのかな?」

ユイは気になったがセイバーとギルガメッシュを探すことよりも、勝負を優先した。木を一本根元から抜くとまた海へと戻っていく。

「そういえばシンジは大丈夫かな?」

最初に自分が大波でさらっておきながら、シンジの心配をする。途中で会えばいい、と考えエヴァの足を海につける。

「シンジがもし疲れてたら、エントリープラグに乗っけてあげようかな」

じゃぶじゃぶと水をかきわけていく。ちなみにこの掻き分けた水がシンジを苦しめているということには全く気づいていない。

そして、ユイがすぐさま後にした島で大爆発が起こる。爆心地はアスカたちのいる砂浜とは正反対の位置で、爆発の原因はエクスカリバーとエヌマ・エリシュのぶつかり合いの結果であった。

「く、くっ!! さすがは乖離剣!! エクスカリバーとまともに打ち合うなんて!!」

「さすがは最高の聖剣だな。全力のエヌマ・エリシュを相殺するとは!!」

既に二人ともぼろぼろ。セイバーは鎧がひび割れ、衣服は千切れている。ギルも似たようなもので、さきほど着ていた水着と変わらない露出度である。二人とも辛うじて傷は負っていないがこれ以上やれば必ずとちらかが怪我をするだろう。

「はぁはぁ、まだ後続のエヴァは来ていませんね、時間はまだあります」

「やれやれ、わざわざ死地に赴くとは愚かだなセイバー」

「戯れ言を」

二人とも戦闘しながら移動していたので、いつの間にか反対側に来てしまっていることに気づいていない。

それからも彼女達は激しい戦いを繰り広げる。

「? 変ですね、砂浜が無くなっている」

「よそ見していていいのかセイバー」

「待ちなさいアーチャー。まわりをよく見なさい。さきほどと景色が変わっています」

ようやくセイバーが気づき、ギルも周りを見渡し気づいた。

そして、何が間違っているかを知った彼女達は上陸してきた場所へと戻る。

「「あ、…………ああああああああああああああああっ!!!!!」」

ユイが既に折り返していることに気づいた二人は互いとの勝負をつけることをそっちのけでユイを追って行くのであった。

この時点で、ユイが大きくリード。彼女達の全速力であっても追いつけるかどうか微妙な境目である。

それでも彼女達は全力で走った。

なぜなら、セイバーは食べ放題に釣られていたし、ギルは契約してから心の奥底で思っていた願いをようやく合法的に叶えるチャンスにめぐり合えたのだったから。






「か、母さん。もっと速く。じゃないと追いつかれちゃうよ!!」

エントリープラグの中でユイは指示を出す。エヴァは見た目のんびり、実際には猛スピードの平泳ぎをしているのだが、後ろから追いかけてくる二人はそれ以上に速い。しかも、バックを取られているので宝具攻撃が怖い。

「えっ!? 攻撃しろって!? ダメだよ。勝負だけどそういうことはしちゃだめ。女性に手はあげちゃだめだよ」

ユイとエヴァのシンクロによる会話。シンクロしているユイはエヴァとの完全なコミュニケーションを可能にしており、エヴァの声ならぬ声を聞いているのだ。

しかし、ユイの言ったことはとても正しいのだが、相手がそれを正しいと思ってくれるかどうかは分からない。幸いにも二人はさきほど魔力を使いすぎており、宝具は放てない。ギルの魔力もエヴァからの供給であり、エヴァが供給を断ってしまえば回復手段が無い。

つまり、この時点で二人にエヴァへの攻撃手段が無いのである。

砂浜まで残り1kmを切る。差はどんどん狭まっていく。

「母さん、速くー!!」

応援しているユイもはらはらどきどき。足のつくところで一気にエヴァを加速させなければ勝てないのに、まだ深い。

「勝たせませんよ、ユイ!!」

「ライダーにシンを渡すわけにはいかない!!」

鬼気迫る二人。この光景を見る人がいれば、もう怪奇現象のオンパレード。

「あ、ああー、抜かれちゃったー!!」

「もらったー!!」

二人がエヴァを追い越す。

エヴァも足がつき、そして全力ダッシュ。大波が起こり、海の中の魚たちは大迷惑である。

水位が下がっていくことで、徐々にスピードが上がっていくエヴァ。負けじと限界を超えた速度で走るセイバー&ギル。

三者のデッドヒート。ゴールまでもうすぐ、100メートルもない。白いゴールテープが砂浜に見える。

残り20メートルを切った時に全員が並ぶ。

そして、一番だったのはエヴァだった。本当に僅かな差。しかし、エヴァの方が早かったのだ。

最後は巨体がものをいい、足がテープを切ったのだった。

「や、やったーーー!!!! ボクの勝ちだーーー!!!!」

エヴァにシンクロしたままで大騒ぎするユイ。もちろん、エヴァも大騒ぎ。

「ちょ、ちょっとユイ!! 暴れるのは止めなさい」

「だって勝ったんだよボク!! えへへ、これでシンジはボクのものだよ」

アスカの忠告も、喜ぶユイには届かない。ユイはエヴァから出てきた後、エヴァを消す。そのまま、アスカへと走っていくのだ。

「アスカ、ボク勝てたよ!!」

「……はぁ」

「あ、あれ? ね、ねえ、どうしてそんなに暗いの?」

もしかしたら自分が勝ったせいかな、と考えるユイにアスカはその理由を言う。

「ユイ、あんたの頑張りは認めるわ。でもね、あんたは1位じゃなくて、2位なのよ」

「え、ええっ!? だ、誰が一番なの!? だってセイバーさんとギルガメッシュさんはここだし、ランサーさんとスラータラーさんは海の底なんだよ」

なお、ランサーとスラータラーの復帰が遅れたのはエヴァによる海流の乱れで、海底の岩に引っかかったためである。

「ほら、もう一人いるでしょうが」

「……まさか」

「はーっはっはっは、つまり僕が一番だということだよ、ユイ」

妙な高笑いをするシンジが両手にジャンとレイを抱えて、膝の上にマリアを乗せていた。

「ど、どうしてシンジがいるの!?」

「なにって、ミスティックルートがあったじゃないか。僕は島まで泳いだあと、それでこっちまで帰ってきたんだよ。ほら、迷子や遭難したらいけないってことで持っていくって言ったじゃないか」

ごそっと手鏡のような丸いものを取り出す。

「な、なに!! そのご都合設定!? 前編でそんなこと一言も言ってないよね!?」

「ご都合でも何でも、僕が一番だよ。さて、僕の勝利公約は覚えているよね」

シンジの公約は全員を囲ってハーレム気取りをすること。

どんなことになるか分からないユイは唾をごくんと飲み込む。何をさせられるか分からない恐怖と、そして一抹の期待。

そんなユイを知ってか知らずか、シンジは笑顔でこういった。

「というわけで、今日の夜はみんなと一緒に寝るからね」






その夜のことでした。

「加持さん、ママ、ごめんなさい。私、変態の魔の手にかかっちゃいます」

「嫌なら出て行こうか?」

「それはだめ」

アスカはTシャツにホットパンツ。ただし、そのTシャツはこの間までシンジのたんすに入っていてしかるべきものだったのが今はアスカのたんすに入っているのであった。そういう経緯でレイやギルに渡っていったシンジの衣服は多い。そのたびに、シンジには新しい衣服が提供されていく。

シンジの言葉は全員と添い寝するという意味であったらしく、こうしてトップバッターのアスカと同じベッドの中にいるのだった。

前にアスカにしたように、腕枕の状態。

「しかし、あんたももっと高望みしなさいよ。これだったらいつもと変わらないでしょうが」

「これだけで僕は十分幸せなのだが」

「はあ、ならあんたが勝った意味ないじゃないの。ほら、命令の一つぐらいしなさいよ。多少のことだったら聞いてあげるから」

「そう? なら、一個命令しようかな」

シンジが意地悪そうににやっと笑う。

「な、なんでもいいわよ。早く言いなさい」

アスカの言葉ににっこり笑うと

「良い子は早く寝ること。いいね?」

命令を下したのだった。

「…………バカシンジ」

恨み言を呟いた彼女は、むくれながらも眠りにつくのであった。






「も、もっと抱きしめろ」

「こ、こう?」

「そう」

ギルはベビードール。シースルーで透けて見えるそのランジェリー、その下には何もつけておらず、もしもこの部屋が明るければ大変なことになっていただろう。そんな状態で身体を押し付けられているシンジはその柔らかい感触に対抗するため、理性を総動員させているのだった。

さらにシンジに絡められる脚。

「あ、あのこんなことされると次の人のところに行けないんだけど」

「行かなくていい。ここで寝ればいいだけのことだから」

ギルはシンジが絶対に抜けられないようにする。

「それはだめだよ。今日は僕が全員に命令権を持ってるんだからね。寝るまで傍にいてあげるからその後は行かせてね、だめかな?」

命令する立場の人ゆえに、こうして理に基づいた意見に弱い。

「……仕方ない。じゃあ、我が眠るまで傍にいること。そして朝には起こしに来ること。いいな」

「わかったよ。じゃあお休みギル」






「昔のジンはいい子だったのに。素直で、私の言うことよく聞いて、そして殴られていたのに。今はこうやってみんなにひどいことをするようになって」

「最後はいい子の条件になるんでしょうか?」

ジャンはシルクのパジャマだった。ジャンはシンジより背が高く、シンジが腕枕をしていないので二人とも天井を眺める。

「昔、ジャンが一度だけこんなことしてくれたよね」

「すごい昔だね。確か、シンジが8歳ぐらいの時だったね。シンジが昼寝してたんだよね」

昔のことに思いをはせる。まだ仲が良かったころの話。

「寝返りを打った拍子に胸にぶつかっただけなのに、強力なドロップキックを喰らったんだった」

それを聞いたジャンはガバッと起き上がる。

「ま、待って。その時は踵落としじゃなかったっけ?」

「それはジャンと一緒に街を歩いていて、不良に絡まれている女の子を助けた時に勢い余って僕に」

「あ、あれはうっかりだったんだよ。シンジの立ち位置が悪かったんだよ」

「うっかりの一撃で気絶させるなんて。起こすときも心臓に一発パンチをぶちこんでだったし」

「……そのことはもう忘れなさい」

「そのこと以外にもいっぱいあるんだけど」

「それらも忘れなさい」

昔のことを語りながら、いつの間にかジャンは寝息を立てていたのだった。






「そういえばレイと二人っきりで寝たことは無いね」

「そういえばそう、いつもユイさんも一緒だから」

レイは水色と白のチェックのパジャマである。レイとはいつも一緒に寝ているのでシンジにとっては見慣れたものである。ベッドと布団という差異はあるものの、二人とも普段と同じ寝方である。

「シンジ君、もっとぎゅってして」

シンジはレイを強く抱きしめる。

「シンジ君が勝ったから誰も喧嘩がしなくてすんだよね。シンジ君はフェミニストだから、みんな平等に扱うし」

「なにか、ひどい事を言われたような」

「シンジ君は旅行を楽しくしてくれたのよね」

「レイは楽しかった?」

「今も楽しい。眠りたくないくらいに」

「じゃあ、また一緒に旅行しようね」

「その時はきっと新婚旅行ね」

「……それはちょっと分からないな」






「マリアのことだから下着だけで寝ているかと思ってたよ」

「その言い方だと私が変態かずぼらのように聞こえてしまうわ」

シンジはベッドの隣の椅子に座り、マリアと話している。

マリアはフリルのついたパジャマであった。マリアの横にはレイがいる。一人では寂しい、というのでシンジがここまで抱えてきたのだ。

「でも、こんなマリアもかわいいよ」

「その言葉が聞けたのならこれで正解だったわね」

ふふふ、とマリアは笑う。

そして、マリアはレイの横顔にそっとくちづけした。

「おやすみのキスしてあげるんだ」

「前にね、レイにしてあげたら喜んでくれたのよ。キスって愛してもらっているって証でしょ。だから、たまに一緒に寝るときはこうしてあげるの」

「マリアってお母さんみたいだね」

シンジは笑ってしまう。

「そうかしら。私だってキスぐらいしてもらいたいわよ。シンジはしてくれないのかしら」

「じゃあ、一回だけね」

さきほどのマリアのキスにならって、頬にくちづけする。

「やっぱりシンジはキスに慣れているわね。他の人にもしているのかしら?」

「あ、ああー、それは内緒だよ」

「……このままずっと起きていようかしら。そしたら、シンジは私の傍から離れないでしょう。一晩だけでも独占できるわ」 

「夜更かしする悪い子は置いていっちゃうかもよ」

「それはいやね。じゃあ、おとなしく寝てあげるわ。おやすみシンジ」

そっとシンジの頬に口づけするマリア。

「口にしてくれたら、私もしてあげたのに」

目を瞑る。シンジはしばらく撫で続け、寝息が一定になると静かに部屋を出て行った。ベッドの中、レイとマリアはお互いの温もりを感じているのだった。






「こうするの久しぶりだね」

ベッドの中にはユイとシンジ。

ユイはレイと色違いのピンクと白のチェックのパジャマ。ユイとレイはこういった服を二人でペアルックにすることが多い。

「シンジの体っていつも温かいよね。気持ちいいな」

「ユイに喜んでもらえて光栄だな」

シンジはユイの髪を優しく撫でる。たまに、背中もさすってあげて冷えないようにする。

ユイはテーブルの上の置き時計を見る。もう遅い時間だが、いつも寝ている時間よりは少し早い。

「あ、あのシンジ。お願いしていいかな?」

「なに? 僕は何でも聞くよ」

十分に体が密着している状態で、さらにユイはシンジに近づく。目と目が近づき、ユイは小声で言った。

「一緒に温泉入らない?」

二人とも既に温泉に一度入っている。しかし、一緒に入ってはいない。ユイとしてはシンジとも入ってみたかったのである。

シンジの返事は喜んで、であった。






二人で入ることになった温泉で、シンジは先に湯に浸かっていた。脱衣所は一つしかなく、ユイがそう命じたためである。

広い温泉に浸かって待っていると虫の声が聞こえる。そして、さらに聴覚に意識を集中させるとユイの声が聞こえてきた。

そして、ガラガラという戸を開ける音ともに、ユイが入ってくる。

「し、シンジ、あんまりこっち見ちゃだめだよ」

タオルで前を隠したユイが恥ずかしがりながらそんなことを言う。大き目のタオルを身体に巻きつけ、隠している。

二度かけ湯をするとお湯につま先からゆっくり入る。肩まで浸かったユイはシンジの方を見る。

「シンジ、そっちいっていい?」

「いいよ。おいで」

温泉の中、二人は肌を寄せ合う。シンジと並んで空を見ると第3新東京では見えない星も、光のないここでは良く見えていることに気づく。

「母さんも出てきてよー。……母さんいないのかな?」

「もしかしたら気を遣っているのかもしれないよ」

「もう、母さんともお風呂入りたいのに」

ユイは顔を湯に沈め、ぶくぶくと泡を作る。その仕草もまた可愛らしい。息が切れて、湯から顔を上げる。

「でも、みんなで旅行するの楽しいね」

「そうだね。また旅行したいね。できればユイと二人っきりで旅行に行ってみたいな。ユイはどう思う?」

「う、うん。二人っきりでもいいよ」

「本当だね。本当に二人っきりの旅行の予定を立てるけどいいんだね」

「……他の人だったら嫌だけど、シンジだったらいいよ」

温泉によって血行が良くなり、ユイはいつも以上に頬を赤く染める。

「僕は誰とだっていいけど、ユイとだったらすごく嬉しいかな」

「じゃあ、行こうね。絶対だよ」

二人は互いを見ながら、笑いあっているのだった。

そして、再びベッドの中で、仲良く眠りについていた。






その頃、スラータラーとランサーは何をしていたかというと、彼らは別荘の外に、もっと言うと波打ち際にいた。

「……水が冷てぇな」

「……それだけでなく心まで寒いな」

海の中に突き立てられた一本の柱。その柱に鎖でぐるぐる巻きにされているスラータラーとランサー。

負けた罰、という名目の下、鎖につながれている二人はぼうっと空を眺めている。

「二人ともこれから満潮になります。ぎりぎり鼻の穴だけは海の上に出る計算らしいので頑張ってください」

その二人に見張り役のセイバーが声をかける。勝負には負けたが、この見張りをすればチケットを渡すといわれたので、職務を全うしているのである。

波打ち際にいるといったが、その表現は3時間ほど前のことであった。潮が満ち始めたこの時間、二人の身体はほとんど水の中である。鎖から抜け出そうにもセイバーが見張りについており、脱走すればすぐに分かってしまう。

「一つ聞いてもいいか、セイバー。鼻の穴はぎりぎり出るといったが、もし高波が来た場合はどうすればいいのだ?」

「息を止めればいいでしょう? 言っておきますが霊体化するのはいけない、とマリアとジャンに言われています」

「……あのマスターめ。いつ裏切ってやろうか」

「出来ないことは口にしないほうがいいぞ」

本当に忠誠心の高い二人である。ジャンとマリアはある意味、最高のサーヴァントを引き当てたといえる。

「暇だな。セイバー、何か暇を潰せるものはないか?」

「ないですね」

「なら、その手に持っているゲーム機はなんだ?」

「これは一人用です。貴方達に渡すわけにはいきません」

セイバーは頑として譲らない。

「……星の数でも数えるか」

「……そうするか」

もうすぐ首まで海に浸かるという状況で、この二人の友好度はうなぎ上りであったという。
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ミニ劇場

シンジ「!? ふ、二人とも、そのかっこうは」

ちびアスカ(子ども用ビキニを着ている)「シンジをのーさつするために水着なのよ」

ちびレイ(スクール水着を着ている)「こーふんする?」

シンジ「悩殺も興奮もしまくってます。で、ユイはどうしたの?」

ちびユイ(ワンピースタイプの水着を着ている)「おにいちゃん。ユイの背中のチャックをしめてください。手が届かないんです」

シンジ「もう、君達は本当に僕を萌え殺すのが得意なんだね(多量の鼻血を流しながらチャックを閉めてやる)。さっ、みんな何して遊ぶ?」

ちびアスカ「うきわをぐるぐるしてー!!」

ちびレイ「すなでおしろ、つくろ」

ちびユイ「およぎかたおしえてください」

シンジ「いいよ。じゃ、いっぱいあそぼーね」

この後、シンジはちびっ子たちと日が暮れるまで遊びまくっていたという。






あとがき

シンジの楽園、完成。もうみんな、かわいすぎ。いや、マジで羨ましいといっておこう。

全員と添い寝。このシーンは悩んだ。本編に関係のあることを喋らせるわけにはいかないので違和感があるかもです。しかし、みなさんパジャマもいいセンスしている。

最近感じたちょっとした疑問。

作者は今日発売のジャンプ(29号)をなぜか先週の金曜日(16日)の時点で手に入れてしまっていた。これだけだと自慢でしかないが、私が言いたいのはそこではない。その買ったジャンプの表紙には

「DEATH NOTE(前編)大ヒット上映中」

とあった。しかし、買った時点では上映はされていない。これは大ヒットすると予測して書いたのか? それとも試写会で大ヒットしたからこう書いてあるのか? 謎だ。あと、金曜日にジャンプを店頭に並べるその店はもっと謎だ。

感想、誤字脱字の報告、など何かありましたらお知らせください

誤字訂正しました。



[207] Re[13]:正義の味方の弟子 第32話
Name: たかべえ
Date: 2006/06/28 10:42
正義の味方の弟子
第32話
停止した暗闇の中で






槍を伝う血の一滴一滴。それが僕の望んだものだ。

血に含まれるものは槍を持つ右手に触れる。そして、僕の身体を侵していく。

あまりの痛みに意識が白熱する。自分が叫んでいるのか、食いしばって耐えているのかすら分からないほどの痛みだ。

血が一滴たれるごとに痛みとも快楽とも知れないものが走る。

右手が自分のものでなくなっていく、そんな感覚。

聖杯を作れると確信した。だが、それは違っていた。腕から僕の身体を侵食しようとするそれは間違いなく悪意のもの。

視神経にまで影響が出たのか、目はかすれてよく見えない。それでも呼び出したものを見ようとした。

黒い何かが見え、そして僕は倒れた。

その時、思い出した言葉がある。いつか、ジャンと話したことの一部だ。

『どんな神でも、全ての人を救えはしない。もしジンが言うように全ての人を救いたいのであれば、それは神の力ではなく、人のみの力でやるべきことなんだ』

つまり、失敗は最初から決まっていたのかもしれない。

安易に聖杯なんてものに頼った自分。

神でも何でもいいと、力あるものを呼び出そうとしたこと。

声が聞こえる。これはセイバー姉さんのものだろうか。魔力を感知してやってきたのだろう。

姉さんは僕の身体を抱き起こす。手はまだ槍を強く握っている。

手に握られた贋物の神殺しの槍は血に塗れていた。






「早く起きたまえ、仕事に遅刻するぞ」

荷物などほとんどないマンションの一室。そこでランサーは部屋に備え付けてあるベッドに眠る自分の主を起こす。このやりとりはいつものことである。

「……お、おはようランサー」

「顔を洗い、身支度を整え、朝食を取れ」

なんとか声を絞り出して挨拶をするジャンに、ランサーはきびきびと言う。前は優しくしていたが、もうその優しさをかける気もなくなったのである。

声を上げたはいいが、毛布から抜け出せないジャンを見ると、槍で毛布をはね除ける。ジャンと毛布を全く傷つけない技量はさすがである。

「きゃ。ランサー!!」

「早く起きたまえ」

普段の鎧を纏う暇も無いジャンは素のままである。

「分かった、起きるから。まったくフィアナの騎士であるダーマット・オディナがこんな非道なやつだったなんて」

ベッドから起き出し、一度背伸びをする。そして、いつもの決まり文句を言う。

「おはようランサー」

「おはよう麗しの寝坊マスター」

直後ジャンの蹴りが襲うが、ランサーは足を一歩動かしただけで避けてみせた。






「まったくランサーは女性に対する気遣いというものを理解できていない」

ジャンはカップに牛乳を注ぎながら、ランサーに不満を言う。

朝食はバターを塗った食パンと牛乳。彼女がいまだにパジャマなのは仕事着に汚れをつけないためである。食べ物を落としたりすることなど皆無なのだが、保険をかけているのであった。

「最初は私に出来る限りの気遣いをしていたのだがそれではつけ上がるだけの主がいてな、この方針に切り替えたのだ」

「なら根気が足りていない」

このところ、ジャンはマスター探しができないほどに多忙であった。ネルフの保安部としての仕事に、さらに別の仕事まで回ってきているのだ。

「保安部というのも大変だな。使徒戦に介入したスラータラーとアーチャー、セイバー、そして私の捜索。キャスターに数を減らされた諜報部だけでは数が足りないようだな」

「そのせいで変な連中がうろつくことになっている。どこの組織の人間か知らないが、既にこの街の防備はかなり薄れてしまっている」

「そのせいで君の大事な親友であり、チルドレンが傷つく恐れがあるというわけか」

「元だって言ってるだろう」

そういうことにしておくか、とランサーは呟く。前のユイとランサーの戦闘、あれはジャンがやれ、と命令したことだった。

あのままのユイではダメだ、とジャンはランサーにやらせた。ユイを殺さないで圧倒するという条件もランサーでなければクリアできないものだったからだ。

結果、ユイはジャンの思惑通りにある程度の成長を見せた。

「私はアインツベルンは使徒戦には介入してこないものと思っていた。しかし、介入してきたな」

「それだけ使徒が強大というわけだろう。しかし介入してくるサーヴァントはスラータラーで最後だな。他のサーヴァントは介入してこない」

「宝具の能力を曝すことになるからか」

せめてマーターの能力を知りたい、とジャンは思う。

マーターは得体の知れなさで言えば、今回のトップである。マスターも不明であるあの存在を早めに潰しておきたい。

「もし出てくるというのなら、そいつは聖杯戦争を勝ち抜くことを考えていない」

「なるほど、ならばこれで最後というわけだな。なあ、ランサー。初号機だけはATフィールドを使えない理由は何だろうな」

「初号機はあの少年のせいで元の存在へと近づいていっているためではないだろうか」

ジャンの問いにランサーは自分なりの答えを返す。

「どういうことだランサー」

「あの少年はエヴァにシンクロした状態で、魔術回路を起動しているようだ。そのためか、エヴァ本体も元々備わっていた魔術回路を発揮し始めている。幻想種が生まれつき持っているように使徒からコピーした段階では眠っていたものが表面に表れ始めているのだろう」

魔術回路は幻想種や精霊などの類であれば持っていて当然。ならば、そのコピーであるエヴァも持っているということになる。

「そしたらどうなる。エヴァに乗っていれば回路数が増え、大魔術が使用できるようになるとでも」

「それ以上だ。あの少年は聖杯になれる」

ランサーの言葉に体が反応した。

「どういうこと?」

「少年の話ではエヴァンゲリオンというのは『聖杯になるために作られたもの』だろう。使徒を倒すだけならあんなものは必要ない。私のようなものを呼び出せばいい」

ランサーは続ける。

「この聖杯を使えば、人類はいつまでも『生きられる』。なんといってもアラヤが容認する世界の形なのだからな。アラヤから見れば人類は生きていることになる。しかし、アラヤが本当に、ライダーの世界の結果を容認したとは限らないがな。私はあれは失敗なのではないかと考えている」

「失敗したからそんな世界になった。じゃあ、本当は別の形になるはずだったのか!?」

「それは不明だ。しかし、エヴァンゲリオンの内部が変化したことで本当の聖杯になりえるかもしれない」

「なら、もう一つの鍵であるアダムを奪取した方がいいか?」

ジャンとランサーは既にアダムの場所を把握している。持ち主は何を考えているか知らないが、アダムを腕に寄生させているのだ。

「それには及ばない。現在の持ち主は時機が来るまで聖杯の起動はしないだろう。その時間まで預けていても問題は無いだろう。もっとも、ジャンが奪って来いというのであれば異論はないが」

「いや、現状のままでいいだろう。繋がりが薄いとはいえ、それでもジンとの繋がりはあるのだから」

本当は怖がっているのだ。父親を殺したことで二度と仲が修復できなくなることを。

この聖杯を欲するのは、二人の仲を修復するためなのだから。






「王、王って誰が主のつもりなんだか」

その女性は自分のサーヴァントであるキャスターにそう話しかける。

「だれがマスターか分かっているか、キャスター」

「貴様がマスターだな、ローラ・クラーク」

「そう、オレがマスターだ」

茶色の髪と瞳。年は30手前といったところだろう。髪が短く、目はきつい彼女は男の言葉遣いをする。革のジャンパーと手袋をはめ、腰のベルト部分には銀でできた鎖がある。

「しかし王との約束事とやら守れば敵対はしないということだろう。だったら、こっちもそうやって動けばいい。監督役も意外と目を光らせていることだし、しばらくはマスターと遊ぶことにしようぜ」

ローラはくっくと軽快に笑う。

キャスターはいつかこの魔術師ローラを裏切るつもりであった。

この聖杯戦争を勝ち抜くまでは利用するまでは利用する気であり、聖杯を王に渡せば、あとはどうでもよかった。王が情けで聖杯を使わせようが構わない。

それはローラにとっても同じである。いつ、この自分を蔑ろにするサーヴァントを裏切るか彼女は考えている。最初の令呪で『こちらの要請に協力を惜しむな』と命令した後は使っていない。残りの令呪はキャスターを出し抜くためのものである。

「なあ、お前の手を貸せよ。さっさとランサーと、そのマスターを潰す」

「いいだろう」

こうして、互いを利用しあっている二人の魔術師は策を練るのであった。






その日の放課後、シンジはマリアのパシリになっていた。

「シンジ、飲み物を買ってきてくれないかしら」

「わかりましたー」

マリアの命令を即座に実行するシンジ。この前のスラータラー介入への感謝の気持ちを示すためどんな命令でも従う。

しばらくして戻ってきたシンジは紅茶の紙パックを持っていた。もちろん、ジュース代はシンジの自腹である。

「買ってきました」

「ストローも用意してね」

マリアの言葉にストローをビニールから取り出し、パックに差し込むシンジ。そこまでしてマリアはやっと受け取った。

「……みごとなお嬢様っぷりね」

「さすがマリアさん」

アスカとレイがそれぞれの感想を述べる。アスカは後ろのユイをちらっとみて、

「ユイ、もう怒るのはそのぐらいにしておきなさい」

「だってー」

それが面白くないのがユイである。スラータラーがいなければ大変なことになっていた、とシンジとアスカに説得されても目の前でシンジを扱き使われては面白くないのである。

5人で車の少ない道路を歩いていく。これからゲームセンターへと行く予定であり、女四人に囲まれているシンジに、トウジとケンスケは恨めしい眼差しを送ってきたが、下手について行ってユイの八つ当たりに巻き込まれることを恐れた二人はそのまま見送ったのであった。

「進路相談ってやっぱりミサトがくるのよね」

「アスカは進路どうするの?」

もうすぐ、もう一度進路相談が行われることになる。三年生が受験に向けて猛勉強をしているこの時期に行うことで、生徒の進路への関心を高めようというものらしい。

「とりあえずネルフに行くっていったわ。大学はもう卒業してるんだし。ママのこととか色々あるしね。そうでなくても科学者にはなる。ギルっていう心強いパトロンがいるんだしね」

「そっか。レイさんは」

「私は高校に進学するわ。ユイさんもどう?」

「うん、ボクもそうなるのかな」

以前のレイと違う答えに頬を緩ませながらユイは答える。

「ユイが高校に行くだと!? ならば僕も同じ高校に通い学生婚を」

「したら退学だと思うよ」

「そんなものに縛られるほど僕は弱くないぞ。不純異性交遊と呼ばれようとも僕はユイといちゃつく」

「まあ、シンジは存在自体が不純だから、女子といるだけで不純異性交遊になるわね」

シンジにツッコミを入れるアスカ。

「不純と言ったなアスカ。間違ってないぞ」

「いや否定しなさいよ」

再びツッコミをいれてしまう。最近のアスカはシンジのツッコミをこなせるようになった。同じ家で生活していることで自然と身についた技能である。ボケ人口は多いくせにツッコミの人数は少ないための弊害。元々、付き合いのいいアスカはそうやって苦労を背負い込むことになったのだ。

そんなシンジたちを見ながら、マリアは呟いた。

「私も、聖杯戦争が終わっても生きているのなら高校へ通ってみようかしら」

マリアの言葉に全員が驚いた。魔術師であることを自認するマリアがそんなことを言い出すとは思っていなかったからだ。

「なぜ驚くのかしらね」

「まあ、驚くとは思うよ。……ねえ、マリア。どうして助けてくれたの? 使徒との戦いはマリアにとってどうでもいいことではなかったはずでは?」

かつて聞いた答えと違う行動を取った彼女にシンジは尋ねる。

「ええ、どうでもいいわ。ただ恩を売りたかっただけよ」

答えは返ってこないも同然だった。マリアに恩を売る必要性など全くない。

「恩なんか売らなくても僕はマリアを助けるよ」

「そうね、きっとシンジはそうするわ。でもね、あそこでシンジを失うわけにもいかなかったの。シンジにはまだ役割があるのだから」

「役割? それはマリアが望むもの、それともアインツベルン?」

「もちろん私に決まってるでしょ。私だって恋の一つぐらいしてみたいし、それに召使いも必要だわ」






「こ、これはまさか伊勢海老というものですか!? さらにこちらは蟹。これは何蟹なのですか!?」

いつもより早く帰ってきたセイバーの目に映った甲殻類。それは彼女が夢にまで見た高級食材。

「それは取れたてのタラバガニだ。ふん、少しは食卓を豪勢にしてやろうという我の心遣いよ。感謝しながら食べるがいい」

偉そうに胸を張るギル。この家の誰よりも大きい胸を強調しまくっている。

「ええ。アーチャー、私はあなたのことを誤解していたようです。貴方はここまで友好的であったというのに、それを私は」

「気にするな。その程度のことをいつまで引きずるほど狭量ではない」

ギルは商店街の人気者。なんでも買っていくこの人は市場の活性化にとても貢献している。

しかし、そんな彼女も商店街では『口は悪めだが、美貌の若奥様』として通っている。

それは彼女が店番のおばちゃんにシンジ(彼女はシンと言っているが)がどのような人物であるかをまるで惚気るように喋り続けるからである。

シンジがどんなに優しいか、今の生活、等。語りも上手いギルは惚気話でありながら、見事に人をひきつける。無論その語りの中に、不必要なユイやセイバーはあまり登場してこない。

そのためかギルは若奥様という誤ったイメージがあり、同じく商店街で、可愛らしさと礼儀正しさで人気があるユイとタメをはる人気者である。

ユイはときどきシンジと一緒に買い物に来るが、おばちゃんがたはユイの連れているシンジとギルの言うシンなる人物が同一人物とは考えていないらしい。

こうしておばちゃんがたはギルの旦那さんが一体どのような人物なのか話し合うのがもっぱらの日課になっていた。

「蟹に海老。ユイに頼んで今夜は鍋にしてもらいましょう」

鍋の光景を思い浮かべるとよだれが止まらないセイバー。

「鮮度を落とさないためにもこれらを冷蔵庫に入れておいたほうがいいですね」

発泡スチロールから取り出した海老と蟹を台所へと運ぶ。

その時、ふっと照明が消えた。照明だけでなく、テレビと冷蔵庫の電源まで落ちている。

「停電か。海産物は傷みやすいと忠告をされていたが、大丈夫であろうか」

海老を一匹掴んで顔の前に持ってくる。

『さあ、遠慮は要らない。僕の肉をお食べ。でも美味しく食べてね』とでも語ってくるような海老をじっと見つめる。

「なに!? つ、つまり、痛むということは食べられなくなるということですか!?」

「まだドライアイスが残っているから平気だろう。氷も一緒に入れておけば痛まないだろう。問題は使徒がくるとのことだったな」

蟹と海老を発泡スチロールの中に戻して、氷を大量に入れた後蓋をする。どうせ氷は溶けてしまうだろうからと一つ残さず押し込んだ。

「も、もし、蟹と海老がだめになったら、……アーチャー、少し出かけてきます」

黒い王氣(オーラ)を出しているセイバーはふらふらと出て行く。

「新鮮な海産物の仇ーーーー!!!!!」

一度叫んだ後、彼女はもうダッシュをしたのである。

「……使徒を倒しに行ったのか、それともただの八つ当たりなのか判然としないな」

見送ったギルは首を傾げながらその理由を考え、とりあえずシンジたちに合流しようとネルフへと向かうことにした。






停電に気づいたのは辺り一体の信号機が停止していたからであった。

「停電!? これってもしかして」

「今日だったのか。ユイ、レイ、携帯を使ってみて」

そういうシンジは近くの電話ボックスへと走る。硬貨を入れ、自宅へと電話をかけてみたが繋がらない。受話器を戻し、ユイたちの下へと戻る。

「ネルフには通じないわ」

「家にかけても何の反応も無いよ」

携帯電話を耳に当てているレイとユイがそれぞれ報告する。

「みんなネルフに行くよ。マリア、悪いけど、今日はここでお別れだ」

「いいわ。使徒が来るんでしょう? すれ違う人間がいれば避難したくなるよう思考に介入させておくわ。これなら避難が早く済むでしょう」

「ありがとう。みんな、早く行くよ」

シンジは走り出し、ユイ、レイ、アスカはシンジについていく。マリアは彼らを見送った後、

「スラータラー、消していいわよ」

そう呟く。スラータラーがその言葉を聞いたかは分からないが、これでレイに張り付いていた邪魔な人間が消えることになるのは間違いない。今までずっと付いてきたそいつらをいつまでも見過ごすほど甘くはない。

歩いてきた道を逆行する彼女は、やがてすれ違う町の人間に『シェルターに行かなければいけない』『他の人も一緒に連れて行かなければならない』という思考を発生させる。こうして、マリアの通った道の住人の避難はどの地区よりも早く完了したのである。






「ダメですっ!!予備回線、繋がりませんっ!!!」

「生き残っている回線は?」

「全部で1.2%。2567番から旧回線だけです」

大型モニターも消えてしまっている発令所。明かりは非常灯だけである。その中でオペレーターたちは懸命に回線の生き残りや状況を調べているのである。マイクも使えないので、距離のある人に対しては手をメガホン型にして大声で呼びかけている。

「生き残っている電源は全てMAGIとセントラルドグマの維持に回せ」

声が荒い冬月。不測の事態で冷静ではいられないようだ。

「しかし、それでは全館の生命維持と移動に支障が生じますが」

「構わん。最優先だ」

この命令により空調、通常の通路が封鎖されてしまう。さらにエスカレーター、エレベーターも止まり、中に閉じ込められる人もいたという。

復旧のために行動しようとした人間もシャッターなどにより上手く行動できないでいた。

行動が妨げられた人間にはチルドレンも混じっているのだった。






「電気が無いって不便ね。これ手動で開けないといけないの?」

「アスカ頑張って」

「ふざけんなー!!! ここはユイの独壇場でしょうが!!」

ネルフについた四人は大きな扉の前にただずんでいた。いつも通るゲートはシャッターが下り、通れそうもない。目の前にある通路は電源が落ちたときの非常時の通路であるから、手動で開くのは間違いないのだがどれだけ力がいるかわからない。

「……なんかボクってパワーキャラ扱いなのかな。ボクじゃなくて母さんがすごいのに」

「どっちでもいいから早く開けて。使徒が来るんでしょう」

「わかったよ。母さん、開けて」

ユイの呼びかけによってエヴァの腕が出現する。巨大な手と指でハンドルを回すとすぐさま扉が開く。

「ありがとう、母さん」

ユイがお礼を言うと、エヴァの腕はすぐさま消える。

「本当に便利よね。さっ、早くケージに行くわよ」

「アスカ、道順知ってるの?」

ユイの素朴な疑問。アスカがいつの間にかリーダーになっているのは問題にしないが、道順は大いに問題である。

ユイの言葉に足を止めてしまったアスカ。こんな普段なら絶対に使わないような道を覚えようとするほど、彼女は熱心ではない。

仕方なく振り向いたアスカはレイに尋ねる。

「レイ、あんた覚えている」

「方向だけならわかる」

「シンジは?」

「まあ、構造の把握は得意だから」

歩いただけで建物の設計図が頭の中に作れるシンジ。いくらネルフが複雑であっても、シンジは完全に記憶している。

さらにこの時期に停電があるかもしれないということを理解していたので、あらゆる通路は事前に把握している。

「よし。ならシンジが先頭ね。その次がレイ、私、そしてユイね」

「どうしてボクが最後なの?」

「もし背中から誰かに襲われることがあってもユイなら平気でしょう? 正しい人選よ」

ユイは反論できず、アスカ案が可決された。

暗い道を通るのが怖くて、シンジに手をつないでもらいたかったユイだがそれを言い出すことさえ出来なかった。

非常灯の明かりがわずかにある通路はひんやりとしている。先を急ぐことを優先し、全員話をしない。

先頭のシンジは分かれ道のたびにもう片方の道も確認している。道が分からないというわけではなく、電源を落とした人間がいるかも、と注意を払っているのである。






府中にある戦自の司令部では使徒と思わしきの巨大生物を確認していたが、あまり緊張感がなかった。

決まりである保安シフトにし、後はネルフに連絡したら仕事は終わりである。しかし、その肝心な連絡ができない。

仕方ないので、ヘリを飛ばしたのであった。






時計を見ると、すでに短針が数字1つ分動いていた。シンジは後ろに振り返る。

「みんなまだ歩ける?」

「これぐらいでへばるわけないでしょ。今どこら辺なの?」

ここまで来るまでに狭い通路や梯子といったちょっとした冒険を行っていた。梯子を降りる際、シンジに上を見上げないように忠告し、シンジはやはり上を見ることは無かった。

「ここが第8層。ケージまではもう少しだ」

シンジは再び足を進める。

通路をさらに2回曲がると通路の真ん中にサッカーボール大のものが落ちていた。

「なによあれ?」

暗い通路ではそれが何か良く見えず、アスカは確かめようとする。そのアスカをシンジが手を引いて止めた。

「見るな!」

「な、なによ」

強い口調にアスカは怯む。アスカには見えなかったが、シンジには見えていた。

あれは人の首だ。後頭部ゆえそれが誰の頭か分からないが、髪形から女性のものだと分かった。

「誰の仕業だ!」

思わず激昂してしまう。血の跡が無く、身体もないということはここで殺されたわけではない。別の場所で殺され、頭だけ持ってこられたのだ。

手に欠片を握る。この惨状を作ったやつがまだ近くにいるとかもしれないと考え、魔術回路を起動させ、神経を鋭敏にする。

誰もが無言で息だけをする。

辺りを見渡し、響いたのは轟音だった。

いきなりの音にユイ、レイ、アスカは身体をかがめる。シンジは立ったままその音がエヴァによるものだと確認した。

ユイの呼び出しも無く突如出現したエヴァの腕。それは壁を殴り、大きくへこませていた。

呼び出しも無くエヴァが出現する理由など一つしかない。シンジは欠片を円盤にする。

またエヴァの腕が出現し、今度はシンジの前で止まる。そのエヴァの腕には細い鋼糸が絡まっている。






「――最初は気づかれていなかった。ライダーの宝具は攻撃した瞬間に反応したのか」






「サーヴァントか!?」

通ってきた通路には髑髏面の死神がいた。闇に溶ける黒の外套。異彩を放つ白のお面。

シンジの記憶に該当しないサーヴァント。それはアサシンとキャスターのどちらかしかいない。魔術で攻撃してこないサーヴァントはその中の、

「アサシンッ!!」

円盤を投げる。エヴァの腕と廊下の床、その間を縫って投げられた円盤はあっさりとかわされ、後方から戻ってきてもアサシンを捉えられなかった。

返ってきた円盤を捕まえる。単純な攻撃だけでは無駄だと知り、ユイたちを自分の後ろに立たせた。

「アサシン、あの女性はお前がやったのか」

返答はない。だが、それは肯定しているようなもの。

シンジの隙を作るためのものだっただろう。たったそれだけのことで殺された人のことを想う。

胸を満たすのは哀悼の念とアサシンに対する怒り。

「……全員先に行ってくれ。僕がアサシンを倒す」

それは命令だった。怒りをぶつけるために

「だめだよ。こいつはボクが相手するから」

それをユイはあっさりと首を横に振った。

「どうして?」

「ボクはサーヴァントだから。シンジが倒せない敵はボクが倒すの」

話している間も糸が飛んでくるが、それをエヴァは完全に防いでいた。

「ユイ」

「ボクは絶対に負けないから」

ユイはアサシンを、否、敵を見る。少女ではない戦士としての顔。

ユイは戦うと決めた。

「行くよ、母さん。やっつけるよ」

エヴァの腕は一度消え、ユイの後ろにもう一度現れる。狭い通路いっぱいに存在する腕。

人に似た敵と戦う。それは渚 カヲルのことを思い出させる。

敵と割り切る相手でも、殺していいと割り切れるわけではない。しかし、倒さないことで誰かが傷つくというのであれば、ユイはその僅かな勇気をもって戦いに挑める。

拳に力を篭め、エヴァに命令を下そうとする。






「その勢いを見ると私とやりあった甲斐があったな、ライダー」






突然響いたその声には喜びが含まれている。白の戦装束を身にまとう槍兵が天井から降って来る。

「ランサーさん!?」

それはかつて戦ったサーヴァント。ランサーはユイに背を向け、アサシンと向き合う。

「アサシンの相手は私に任せておけ。君達は使徒の相手をするのだな。通路にいた密偵は私が片付けておいた。安心して進むがいい」

「あれがボクが相手します」

「狭い空間ではエヴァが全力を出せないだろう。この敵は私に譲ってくれ」

「……分かりました」

「ランサーそこは任せた。ユイ、こっちへ」

即決するシンジ。振り返ったシンジはさきほどまでの首が無いことに気づく。ランサーが見つからないように隠しているんだ、と悟りそのまま走った。

「ランサーさん! 負けないでくださいね」

走りながらユイは大声を出した。その声を確かにランサーは聞いた。

「全く甘い子どもだな。しかし、ライダーの代わりをすると言った以上ふざけた真似はできんな」

狭い通路の中、ランサーはガ・デルグを持つ。ランサーはその怜悧な眼差しでアサシンを見やる。

「今まで出てこなかった割には、あっさりと姿を現したなアサシン」

「――貴様は接近戦しか出来ない。今までの貴様の戦い、全て見ていたぞ」

アサシンの言葉。それを全く耳に入れず、ランサーは槍を振るう。残像を作る速さで振られた槍には何本もの糸が絡みつく。

話しかけると同時に、外套の中で気づかれないように手を動かし、鋼糸を操ったのだ。相手に気づかせない攻撃を放つアサシンは卓絶した技能の持ち主であり、それを止めるランサーもまた卓絶した技能を持っている。

「さすがは暗殺者(アサシン)だな。礼節というものを全く理解していない。だがそれでいてくれるほうが倒しても心が痛まないというものだ」

ランサーは一気にアサシンへと迫る。アサシンが糸を振るうが、ランサーは『振るった』という前提を消し、糸はアサシンの手の中に返る。

驚愕するアサシンに槍を振るう。

壁に引っかかると思えた赤槍ガ・デルグは一瞬の内に消失し、そして同じ手に黄槍ガ・ボーが握られる。

「接近戦しか出来ないが、これくらいは可能だぞ」

黄槍は払いの軌道から突きの軌道へと変わり、アサシンの心臓へと吸い込まれていく。

心臓を確実に貫く槍。ガ・ボーの呪いを加えることで決死となるはずの一刺しは、しかし硬い肉体によって邪魔された。

勢いに圧され、後退するアサシン。外套は槍にまとわりつき、黒肌の身体が非常灯に照らされる。

千切れた外套から見えるアサシンの姿。それはマリアとスラータラーが見れば、確実に目を険しくしたはずである。

スラータラーと戦った時は細長かった身体は筋肉で膨れ上がり、黒の表皮は鋼の輝きを持っていた。

「その硬さ、感触は覚えがある。スラータラーを刺したときと同じ硬さだな。相手の肉体的能力の奪取、それが貴様の能力か、アサシン」

「――その通りだ、ランサー。貴様にこの身を破れるか」

『架空血肉』

その能力は他のハサンのザバーニーヤに比べると必殺の威力としては弱い。しかし、他の全てのザバーニーヤとの違いは相手の肉体を奪えることにある。

一時間限りの仮初の肉。絶対に体に付着するように『元の性質を損なうことなく』身体に適応する。それを永続させられたならどうだ。敵の能力を自分のものにする。

このハサンは相手を倒すことで強くなる。必殺の武器が弱くても、必殺を行える技と体を手に入れる。それがこの男のとったやり方だった。

そして今、それは最高と成った。

アサシン、ハサン・サッバーハはスラータラーの鋼を手に入れ、そして使徒までその身に取り入れたのであった。

反英雄、その枠を超えもはや魔に近い。

その化け物を前にして、ランサーは宣言した。

「ならば破ってやろう。私も貴様に対して怒っているのだからな」






「みんな、この通路を通る時は目を瞑っていて。僕が誘導するから」

シンジは角を曲がる前に全員にそう指示を出した。

シンジはその先にあるものをもう一度確認した。

通路の中に転がっているいくつもの死体。胸から血を流してるそれらは全て心臓を貫かれて死んでいる。他に外傷はないが、シンジはユイたちの目に入れないように指示を出した。

「いや」

「レイに同じく」

しかし、レイとアスカはそれを拒否した。

「どうして」

「ユイさんも覚悟決めて戦うって言ったから。そこに何があるか知らないけど、私だって覚悟を決める」

レイはシンジを追い抜いて通路の先を覗いた。そこにある死体を見て口元を抑えたが、それでも前へと進んだ。レイは今も血が嫌いだ。咽返りそうな匂いがするそこはレイにとって苦痛でしかない。なのに、それでも歩いた。

アスカはレイに続く。目を逸らしそうになったが、歯を強く噛みしめ視線を戻した。死体が転がる道を歩く。歩くごとに靴が水溜りに沈む。それがなんであるかを知りながら、通り抜けるために踏む。

見ていたユイも歩を進める。

「ボクも歩くよ」

「無理しなくていいよ」

「ううん、無理する。今はこの道を歩かないといけないから。でも、後で慰めてね」

ユイも歩いた。振り返らずにシンジに言う。

「本当はさっきも今も怖いんだよ」

「わかった。レイにもアスカにも、ユイにも優しくするよ」

「約束だよ」

ユイはその道を通り抜けた。

「……みんな僕が思っている以上に強いんだな」

シンジもまた進む。跳ねた血はズボンにつく。ちらと死体を見ると全てうつぶせである。

「うつぶせにするだけでなくこれも片付けといてよ、ランサー」

愚痴を聞くものはいないのだった。






小雨が降り出した外には巨大な四本足の蜘蛛がいる。蜘蛛型の使徒、第9使徒マトリエルは細長い足を動かして前へと進む。

雨の使徒である彼が来たためか、空は晴れているというのにこの小雨はやまない。

外は静けさを保ったまま、下は静かにさせられたまま。

汚れを洗いながす雨は地面の下まではこない。






ミニ劇場

アスカ「ユイってさ、シンジの下着とかも洗ってるのよね? 平気なの?」

ユイ「他の人のは嫌だけど、シンジのだったら平気だよ(嫌な例、父親)アスカは嫌? だったらアスカの分は別に洗うけど」

アスカ「別にシンジだったら嫌じゃないかな(嫌な例、司令)でもさー、ユイってシンジの服の汗の匂いとか嗅いでそうよね」

ユイ「(ビクッ)そ、そんなことないよ」

アスカ「……本当に?」

ユイ「ほ、本当だよ。シンジの体育服を洗う前に匂いなんて嗅いでないよ!!」

アスカ「(やってるんだ)」

レイ「この前、シンジ君のタオルをわざと使っていたのは誰だったけ?アで始まる名前の人だったと思うけど」

アスカ「シンジのプラグスーツの予備をこっそりロッカーに隠しているR,E,Iさんはどこのだれだったけ?」

レイ「……内緒にしててね」

アスカ「……そっちもよ」

なお、ギルも似たようなことをやっているのであった。






あとがき

一週間ぶり。ああ、テンションが落ちてる。

今回の頑張り屋さんはユイ。強くなったね。一人で寝れないけど。

キャスターのマスター登場。どうも横文字の名前の奴が多い。アサシンのマスターは日本人の予定です。

ゲンドウはぶっちゃけ生き残ります。理由は新司令をどんな奴にするか思いつかなかったからです。

感想、誤字脱字の指摘、文法的誤り等なにかありましたらお気軽にどうぞ。

誤字訂正しました。誤字報告をしてくれる方々に感謝します。



[207] Re[14]:正義の味方の弟子 第33話
Name: たかべえ
Date: 2006/07/03 11:35
正義の味方の弟子
第33話
ランサーVSアサシン






「これで終わりだ。ケージはこの先だ。ユイお願い」

シンジたちはケージの直上の通路にまで到達した。血だまりを踏んで汚れた靴は捨てて、シンジが新しい靴を投影し、全員それに履き替えている。

「うん、母さん」

現れたエヴァが足元を殴り、勢いよく鉄製の床板が外れた。

「「きゃあ」」

足元を破壊するのは事前に承知していたが、それでも不慣れな感覚にレイとアスカが悲鳴を上げる。

一瞬の浮遊感、着地した瞬間に足にしびれが走り、手をついてしまう。

ユイだけはエヴァが一瞬慣性を緩めたので無事着地する。風圧でめくれ上がったスカートもエヴァがしっかりガードする。

「あいたたた」

「貴方達、どうやってここまで来たの?」

シンジたちに気づいたリツコが声を上げる。周りを見渡すと確かにケージである。

「リツコさん、丁度いい。今、使徒が来てるんです。早くエヴァの発進準備をしてください」

「それなら任せなさい。準備は出来ているわよ。人力でだけど、エントリープラグの固定も出来てるわ。後は貴方達が乗り込むだけよ」

ケージではたくさんの作業員の手作業で準備が進められている。エントリープラグは滑車を通したワイヤーで少しずつ移動されていく。

「使徒が来ているか知ってたんですか?」

「ええ、貴方より早く着いた日向君が報告したわ」

リツコとしては複雑な心境だった。何を思ったか、選挙カーを乗っ取って突っ込んできたのだ。

「人力ってやっぱり電源は壊れてるのね」

「ええそうよ。現在使える電力は全てセントラルドグマとMAGIに回しているわ。それよりも侵入者がいるかもしれないから、連絡がとれた保安部員を迎えによこしていたのだけれど会わなかった?」

「会いませんでした。リツコさん、電力をセントラルドグマとMAGIに回していると言いましたけど、エヴァに回すことは出来ないんですか?」

シンジはアサシンとランサーのことは伏せて報告する。例え保安部員をよこしたところでアサシンを倒すことはできない。それならば最初から被害を出さないようにするほうがいい。

「……ごめんなさい、それは出来ないわ。元々の電力量が少ないのよ。貴方達には内臓電源と補助バッテリーだけで戦ってもらうしかないわ」

「じゃあ、使える武装は?」

「ポジトロンライフル以外は使用可能よ。兵装ビルも使用不可。あと射出口とレールもダメね。外に出るまでも手動でお願いね」

「無理よ、そんな状態で使徒に勝てるわけ無いでしょ。この間の使徒なんか一時間もにらめっこしたの忘れたの!?」

アスカがリツコに食ってかかる。使徒の現在地どころか、外の状態は一切が不明。避難が完了しているかも分からないのである。

「ごめんなさいとしか言いようが無いわ。今回ばかりはHEROが介入してくることを期待するしかないわね」

「使徒迎撃の特務機関が他人に頼ってどうすんのよ!! んっ、そういやミサトは?」

アスカはきょろきょろと周りを見渡す。しかし、ミサトの姿は見当たらない。発令所にいるかな、と思ったが、連絡が取れないこの状況で発令所に指揮官がいる理由が無い。アスカの疑問にリツコは答える。

「ミサトは行方不明よ」

「ダメだこの組織ー!!」

あまりに最悪な状況にアスカは思わず大声を上げてしまう。アスカの叫びをうんうんと理解してしまう肉体労働をさせられている整備部他、手の空いている人たち。

「まあ、文句を言っていても始まらないな。リツコさん、戦闘は僕らで判断して行いますが、よろしいでしょうか?」

「この状況じゃ仕方ないわね。いいわ」

「バッテリーは可能な限り用意してください。アスカはイラプションスピアを持って。僕とレイはパレットライフルとバッテリーを持っていこう」

イラプションスピアとは前に作られたN2爆弾搭載型の投げ槍である。

「わかったわ。アスカ、着替えましょ」

「わかったわよ」

アスカとレイは更衣室へと向う。

「僕も行ってくるからね」

「頑張ってね」

ユイは手を振ってシンジを見送る。周りに誰もいないことを確認して、小声で見えないエヴァと話しかける。

「母さん、シンジのお手伝いできる?」

返事はなかったが、止めなかったということはそれが答えだとユイは思った。

ユイは誰の目に付かないようにこっそりとケージを抜け出した。






アサシンとランサーの攻防はアサシンの一方的な攻撃となっていた。

接近戦だけのランサーと中距離戦のアサシン。魔槍の能力があっても、スラータラーから奪った肉体は破れない。

さらに通路に張り巡らされた糸の巣。アサシンは糸の上を飛び回る。それはまるで蜘蛛のようでいて、蝶のようでもある。糸の結界はランサーの機動力を殺ぎ、アサシンに絶好のフィールドを与える。

ランサーは地面に足をつけ、アサシンの糸を防ぐ。黄槍ガ・ボーに大量の糸が絡みつくが、一瞬で赤槍ガ・デルグに持ち替え、糸を外す。

そして、張られている糸を断ち切り、前へと進む。そのたびにアサシンは糸を張り、後ろへ下がる。

これを既に30近く繰り返す。

再び糸が襲う。その数、7本。1本、2本、3本とかわし、4、5本目を切り落とし、そして壁ごと両断する本命の二本の鞭を、

「摂理書き換えし赤槍」

槍の能力でかき消す。使われた魔力はアサシンの内へと返り、『なかった』状態へと戻る。

「ATフィールド。使徒の技を利用するとはな」

最後の一発は鋼糸ではなく、ATフィールドで作られた細い鞭。囮の鋼糸に紛れさせた必殺の糸である。

その攻撃方法はシャムシェルに似ている。

通路のあちこちは先ほどと同じ攻撃で極細の切り傷がついている。このまま戦えば通路そのものが壊れてしまうかもしれない。

「――使えるものは利用する」

使徒の戦闘力を英雄の戦闘技術で昇華させる。使徒になかったものはこれほどまでに大きく、また英雄が保持する実力はそれほどのものであった。

それは事実強力である。ランサーを完封するほどのものであるのだから。

魔槍の能力は決して万能ではない。破壊ではなく『なかったこと』にするこの槍は時間を遡り、元に戻すのだ。

例えば、セイバーと戦い、エクスカリバーを使われたとする。

その場合、槍でエクスカリバーの発動をなかったことにすれば、『エクスカリバーに使った魔力』がセイバーの元へと戻ってしまう。しかも、エクスカリバーによって行われた破壊はそのままに。

つまり、この槍は一時的に相手の切り札を使用させない、程度の効力しか発揮しないのだ。

ユイと戦った際はわざとエヴァの真名開放を許したが、その間ずっと『エヴァの自動防御』を槍で無効化し続けていたのだ。

アサシンとこのまま遣り合っていても消耗していくだけ。

「ならば私も使えるものは利用することにしよう」

槍を消す。いぶかしむアサシンを置いて、その武器を取り出す。

ジャンにも見せたことの無い切り札。必殺の魔剣を。






プラグスーツに着替えた三人はエヴァに乗り込む。作業をしていた方々はケージから離れていく。固定具も全てエヴァが手動で取り除くため、そこに人がいるととても危険なのだ。

力任せに固定具を取り除いていく三機。いつもはとんでもないGを掛ける発射台も自力で登っていく。

『無様だわ』

リツコの口癖をまねるアスカ。初号機、弐号機、零号機の順番に登っており、もしも初号機が滑り落ちれば他の二機にも迷惑がかかる状況である。また全機のウエポンラックには補助用のバッテリーがついており、活動時間が普段より長くなっている。それでも、10分程度なのだが。

武器を片手に持っているため、上りにくいことこの上ない。しかもここまでに既に5分以上の時間を使ってしまっている。

『ここを曲がるよ』

枝分かれしている通路の内、直角に曲がる横穴に初号機は入っていく。続く弐号機、零号機も互いに助けながら横穴に入りきる。もともと歩くためには作られていないために、這って行くしかない。途中でまたアスカは無様、と愚痴をこぼす。

そこからさらに進むと、バッテリーが切れ、お互いの背中に新しいバッテリーを入れなおす。そしてまた進んでいくのだった。

『ゴールが見えたよ』

横穴はもう一度縦穴になる。その淵に行こうとして、光が差し込んでいるのが分かった。ハッチが勝手に開くわけが無いので、使徒に開けられたものだと判断する。

『みんな気をつけて。使徒がいるかもしれない』

シンジの一言にレイとアスカに緊張が走る。

しかし、そこに意外な人物から通信が入った。

『シンジ、やっと来たね』

通信機ごしにユイがいる。

『ユイ!? えっ、どうしたの!? もしかしてエヴァに乗ってるの!?』

『そうだよ。みんなの手伝いをしようと思って』

『手伝いって、あんたなにやってんのよ!? というかどこにいるの!?』

アスカも驚いている。

『アスカたちの見える穴の下だよ。ハッチはボクが開けといたからね』

急いで淵までいき、下を見る。そこにはもう一機の初号機がいた。底に立っているではなく、ATフィールドを足場にしているらしい。

すぐに淵のところまで登ってくる。

『ユイ、手伝いってどうする気なの』

『シンジ、ボクの初号機に乗り換えて。そしたら、時間制限なしで動けるから』

『なるほど。そうしたら勝てるかもしれない。前にユイさんがシンジ君の初号機に乗ったこともあるし、逆も可能かも』

ユイの言葉にレイが賛同する。

『ユイ、ありがとうね。すぐに乗り換える』

初号機の首筋からエントリープラグが飛び出す。ハッチが開き、シンジはエヴァの装甲の上を移動し、ユイの初号機へと乗り込む。

ユイの初号機も造りは全く変わらず、違いはLCLで満たされていないことである。

「ユイ!」

ユイは制服のままシートに座っていた。異物が入ったエヴァはシンクロ率が低下するはずなのだが、シンジは異物とみなされていないのか、ユイが苦しむ様子は無い。

「操縦だけど、LCLがないから難しいかもしれないけどちゃんと動くから」

「ありがとう。悪いけどユイはここで降りてね」

『ちょっと、こっちの乗り捨てた方の初号機が邪魔よ。なんとかしなさい』

通信機からアスカの怒鳴り声が聞こえる。初号機は先頭のため突っかかっているのだ。

「あっちの初号機はボクが動かすね。シンジ頑張ってね」

エントリープラグからユイは出て行く。シンジはエヴァを操作してユイを掌の上に乗せ、安全に移動させる。動きからシンクロ率を考えて、40%ぐらいはあるとシンジは推測した。

エヴァの計器を見ると、活動時間は88:88、無限を示している。

『シンジ君、先に外に出て』

『わかった』

両手両足を使い、円筒の穴を登る。ユイの乗る初号機は下へと下りていき、弐号機、零号機が順に出てくる。






「あれ?」

ユイはもう一度全員を見送った後、とある疑問を感じた。

「今、ATフィールド張れたよね?」

もう一度、精神を集中させる。すると、確かにATフィールドは発生した。

「もしかして、シンジがATフィールドを張れないのってエヴァが原因じゃなくてシンジが原因なの?」






「このタイミングで!!」

ジャンは拳銃と魔術で群がる蛇を相手にする。ランサーと二手に分かれた後に、蛇たちは一斉に現れた。その数、数百といったところか。一体一体は大きくないが、群れになることで地面を埋め尽くす赤い絨毯になる。

Tanz!踊れ

三体の影で編まれた女性が踊り、蛇たちの胴体を二分する。蛇はしばらくのたうった後に、灰になって消えていく。

くるくると回るワルツ、それがジャンと蛇たちの間に距離を作り出す。しかし、何十という仲間の犠牲によって、ワルツを抜けてくるものがいる。飛び上がり噛み付こうとする蛇の口に銃口を押し当て、頭ごと吹き飛ばす。

銃弾も魔力も限界がある。ランサーも魔力を多量の魔力を使い続けていることからサーヴァントと戦闘していることが分かる。ラインを通じて魔力を持っていかれる。

女性の魔術師は髪に魔力を溜め込む。それはジャンも例外ではなく、長い髪とそれを留める髪留めは魔力の予備タンクとして機能している。

既にその予備の魔力を使わなければならないところにまできている。

この戦いはもとより無意味である。蛇を相手にしても消耗するだけであり、相手はさほど損害は無い。しかし、逃げようにも通路は抑えられている。

逃げ場は無い。床や壁をぶち抜くという手もあるが、そんな隙を見せるわけにはいかない。

最終手段である令呪を使おうとして、最強の黄金が現れた。






「そこをどけ、雑種。ついでに根絶やしにするぞ」






その言葉を聞いて理論でも、理性でもなく本能で避けた。ジャンごと巻き込む勢いでその暴力が蛇を蹴散らした。

降り注ぐ武器群。その数は100を優に超えている。

貫かれた衝撃で、蛇たちは踊る。飛び上がり、落下してもまた飛ばされるのだ。その熱狂のダンスは灰になって消えるまで終わることを許されなかった。

剣、槍、戦斧、それらが生えた通路をギルは歩いてくる。

「サーヴァント!?」

ジャンは銃を構える。スラータラーに追われた時はランサーが間に合ったが、今回はどうなるか分からず、令呪を使うことも決意する。

しかし、ギルはジャンなど目に入らないかのように歩いていく。

「キャスターには散々世話になったからな、まだまだ礼がしたりないほどだ」

刺さっている武器はひとりでに彼女の蔵に戻っていく。

「私を殺さないのか」

それは精一杯の強がりである。勝てない相手だと本能は告げている。

「命令を受けているのでな。攻撃をされない限りは攻撃するなといわれている。しかし、令呪で命令を受けているわけではない。あまり騒ぐようであれば殺すぞ」

ギルはジャンを見ることなく、言葉を返し通路を歩いていく。

「どこへ行く?」

「キャスターの元だ。ようやく捉えた。ここで何をしているか知らないが、よからぬことに違いない」

ギルはゆっくりと歩いていく。急いでいるのかいないのか、よくわからない。

それを見送ることしかできないジャンは唇を噛み締めた。






外に出たシンジはその使徒を見た。

小雨の中を悠然と歩く長い4本の足、その真ん中にある身体は目玉があちこちについており、模様なのかそれとも本当の目なのか判然としない。

足は交互に動き、非情に緩慢な動きである。使徒との距離はまだ遠いので、シンジは登っている二人を先に助けることにした。

しかし、シンジはその模様のような目玉から橙色の体液が流れでる様子を見た。

ビルに隠れて体液がどうなっているか分からないが、それが攻撃であることに変わりはない。油断せずに使徒を睨む。

その内に弐号機が登り終わった。

『シンジ、使徒は!?』

「向こうだ。今体液を流しているがどんな攻撃が来るか分からない。注意して」

弐号機の腕を掴んで起こしてやる。弐号機はイラプションスピアを使徒に向ける。避難が完了しているかどうかも分からないのに、いきなり使うのは危険なのでまだ使わない。

『なによ、あの気色悪い涙は』

使徒はまだ流し続けている。

そして、突然ビルの一本が根元から倒壊した。

『何なのよ!?』

「見ろ。体液が覆ってる。酸液をATフィールドで覆って、任意の物だけを溶かそうとしているんだな。レイ、早く穴から出て。そこにいると直撃を食らう」

『わかった』

「アスカは牽制お願い」

『分かったわよ。使徒、その変な涙止めなさい!!』

弐号機は倒壊していないビルの上に飛び移り、肩からニードルを発射する。それを使徒は酸液の盾で塞ぐ。飲み込まれていったニードルはその中から出ることなく完全に溶けてしまった。

その間に、零号機も穴から完全に這い出した。

『シンジ君』

「ありがとう」

パレットライフルを受け取り、初号機も戦線へと参加する。身体の中心を狙う射撃が防がれる。

「厄介だな。しかし、ATフィールドで防がないってことは防御に回せるぐらいには強くないのか」

『だったらこの投げ槍なら通用するわね。シンジ、レイ、下がりなさい』

初号機と零号機の後退を確認して、弐号機は全力で槍を投げる。

使徒に刺さった槍は直後に使徒の内側から爆発を起こす。

使徒の周囲に集まっていた体液も爆風で飛び散る。

『やれた!?』

「まだ半分残ってる。レイ、その方向から右に23°射線をずらして」

『わかった』

レイとシンジが同時にパレットライフルを発射する。

足を二本失い、身動きの取れない使徒は蜂の巣にされていく。最初は足がじたばた動いていたが、すぐに動かなくなる。

シンジが近づいて使徒の殲滅を確認すると同時に弐号機と零号機の電源が落ちる。

「ふたりともお疲れさま」

もう通じない通信機ごしに二人を労う。

しかし、戦いはまだ終わっていなかった。






ランサーの左手に握られるガ・ボー。そして右手に握られる剣。それは装飾華美な造りである。宝石を埋め込まれた柄、非常灯の明かりしかない暗闇において輝く青い刀身。

「私はセイバーのクラスにも該当する英雄なのでな、こうして魔剣を持っている」

武器を構える。剣を前へ突き出し、槍を後ろへと振りかぶる。

ランサーの行動は不可解の一言に尽きる。一直線に突き進もうとも糸の結界、そしてここまで警戒させてはアサシンを捉えることなどできない。しかし、ランサーはそれでも止めない。






腐敗せし毒膿の黄槍ガ・ボー






真名を唱え、槍を全力で投げる。

汚濁を体現した槍は流星となってアサシンへと駆ける。腐敗と腐臭を撒き散らし、触れた鋼の糸は腐り、触れずとも腐食させる槍、それは伝染病である。

こうして第一関門は突破した。されど、そこまでである。

必中の呪いもなければ、必殺の呪いもない槍にアサシンは捉えられない。

万全を期すために迎撃でも防御でもなく、回避を選択したアサシン。その対応は決して間違っていない。目標を見失った槍は勢いを落とすことも無く闇の中へと進んでいく。

アサシンはすぐに迫る二撃目を迎撃する。既に剣の間合いまで迫ったランサーは振りかぶった剣を振り下ろさんとする。アサシンにとってもとより、予測できた攻撃。迎撃は容易い。そこまで考えた上での回避であったのだから。

ATフィールドで作られた糸は10を超える。アサシンにとって一度に操れる限界の数だ。囮など一発も無く全てが必殺。

アサシンが糸を操る右腕を振るい、ランサーが剣を持つ右腕を振るう。

剣ごと胴を断つ、できなくても敵の攻撃を相殺させ、宝具発動の布石にするための一手。

アサシンは完全に敵の行動を読みきっていた。ここまで使わなかったということは魔槍ほどの能力はないということ、このタイミングで剣を振るっても例え鋼鉄の身体を破れても切っ先だけで致命傷には至らないということ。

それはランサーも同じであった。ランサーもまた敵の行動を完全に読みきっていた。なぜなら、相手に読まれていると確信しての行動だったのだから。






果て無き憤怒の剣ベガルタ






青の刀身は砕け、中から聖光を放つ真の刀身が現れる。それは空のような青さで、湖のような煌き。

師から譲り受けた魔剣。それはまるで水を切るかのように糸を両断し、操っていた腕すらも斬り落とした。

「――ッ!!!」

勢いに身体を取られて二人とも動きを止める。先に動き出した方が勝つという状況で、同時に動き出す。

ランサーの魔剣はアサシンの右側から、アサシンの魔腕はランサーの右側から。相撃ちにしかならない状況を変えたのは、

「はあああああっ!!!」

アサシンの魔腕を背後から斬り落としたセイバーだった。彼女の手に握られる聖剣は魔腕を簡単に斬り落とし、絶対の隙を作った。

「最高の援軍だな、セイバー」

「かつての借りを返しましたよ、ランサー」

ランサーの光の剣はアサシンの喉を貫通する。

「――ッ!!」

声帯は完全につぶれ、気道も貫通している。それでもアサシンは息をしようと、声を出そうともがく。

「借り物の技に借り物の身体、貴様ほど借り物の名前ハサン・サッバーハに相応しいものはいないだろうよ」

魔剣は喉を切り裂いた。飛び散る血が戦装束を汚し、

「ああ、貴様にはスラータラーや使徒の再生能力もあるのだったな。ならば完全にその首を落としてやろう」

返す刀でアサシンの首を両断した。完全なる冷静さでアサシンに止めを刺したのだった。

アサシンはもう動くことも無く、後は灰になるだけだ。

「さて、ここでやりあうかセイバー?」

ランサーはセイバーに向き合う。

「いえ、私は使徒の相手をしにいきます。それに今の消耗しきった貴方では相手になりません」

「ばれているか」

宝具の連続使用でランサーの魔力は戦闘前の4分の1ほどにまで消耗していた。そこまでしなければ勝てない相手であったのだ。

「これで一騎消えたことになりますね」

「そして、君の主の少年の仮説が正しいかどうか明らかになるな」

「どういうことですか?」

「冬木の聖杯はサーヴァントを取り込むのだろう。ここでアサシンが聖杯に取り込まれるというのならば、私たちはアラヤに呼び出されたわけでなく、聖杯に呼び出されたということになる」

「なるほど。その確認は貴方に任せます。私は先を急ぎますのでそれでは」

霊体化できないセイバーは通路を跳ぶように駆けて行く。

「さて、私も行くか」

ランサーは霊体化して通路の壁を越えていく。

しかし、彼らはアサシンを最後まで見張っておくべきであった。

誰もいないことを確認するように少しずつ数を増やしていく蛇。それらはアサシンというご馳走に群がる。

5m近い体長の蛇は少しずつアサシンを飲み込んでいき、他の蛇は飛び散ったアサシンの血を舐めていく。

大きく身体を膨れ上がらせる蛇。それらはしゅるしゅると通路を移動していく。途中で遭遇した保安部員も餌にしながら。






「なんだこれは」

シンジが気づいたもの。それは使徒へと群がる赤い染み。それは少しずつ大きくなっていく。カメラの倍率を最大にして、それを見る。

それは蛇だった。何千、何万、何千万という数の蛇。それが使徒の肉体を食い荒らしている。

体液をすすり、開いた穴から肉をむさぼる。おおよそ蛇とは思わしくない行動である。飲み込めないと知っているのに、それでも飲み込もうとする貪欲さ。

キャスターの蛇たちたちにとって、この蜘蛛はもはや早い晩餐でしかない。

そして一匹だけ20mを越す巨大な蛇がビルの陰から現れた。のたうつ身体は他の蛇を潰しながら、這っていく。

「まさか、使徒を食う気か」

止めるためにパレットライフルを大蛇に向けて撃つ。だが、数発も撃たないうちに弾切れになる。

大蛇は使徒の残骸へとたどり着くと、パレットライフルの銃弾が開けた穴から体内へと首を突っ込む。シンジたちから分からなかったが、その蛇は内臓を喰らいながら、砕けてしまった赤い玉をその身に取り込んだ。

それが終わると用済みとばかりに巨大な蛇はしゅるしゅるとまた這いずって行く。ビルの陰に隠れたため、どこへ隠れたか分からないが、いなくなったことは確かである。

それに釣られたか、ほかの蛇たちも使徒から離れ、どこかへと去っていく。

残された使徒は体液を撒き散らした残飯でしかない。流された体液は小雨が少しずつ洗い流していく。

「キャスターがここまでするなんて。もう使徒の死骸を残すことはできないな」






「ちっ、すでにいないか」

ギルはキャスターを追って、ネルフの最大の暗部であるセントラルドグマにたどり着いた。

キャスターは既にいなかったが、魔力の残り香があり、ここにキャスターがいたことを示しているのは間違いない。

「ここは聖杯がある場所だな」

ギルは丁度いいとばかりに中を詮索していく。

そこで巨大な人を見つける。

巨大な十字架に貼り付けられた巨人は胴体から下が無い。しかし、その胴にはたくさんの小さな足がある。七つ目の仮面からは血を流し、それが下のプールにたまっている。

「これが聖杯。悪趣味だな」

大量の魔力を蓄えているが、動き出したり、害になりそうな様子は無い。

だが、しばらく眺めているとその魔力量が増大したことに気づいた。

「使徒が死んだから、その分が蓄えられたのか? ……この聖杯は人工的に作ったものではないのだな。どうしてこんな人間にとって都合のいい存在になっているのだ」

その後も眺めていたが何の変化も見られず、ギルは帰ることにした。

彼女は知らないことであったが、この先にはエヴァの墓場と呼ばれる場所があった。そして、そこに埋葬されていたものはすべて無くなっていた。






「この街でも街の光がないと綺麗な星空になるのね」

草むらに寝転んだアスカは星を見上げながらそんなことを言う。

「人は闇を削って生きてきた。セイバーさんたちからしたら今の時代は闇が少ないって言うかも」

「姉さんはそんなこと言わないよ」

レイとシンジも同じように空を眺める。

「ねえ、ユイの世界ってさ、地軸がずれたんでしょ。この星空とはやっぱり見える星が違ったの?」

「どうだろ、ボクはあんまり星を見たこと無かったから」

ユイはシンジの隣に座っている。全員プラグスーツの中でユイは体育服である。制服はLCLに浸かったので脱いでしまったのだ。他に服が無かったために、こんな格好である。

あの後、もう一度、ユイのエヴァとシンジのエヴァを取り替えなければならず、それに苦労したのだった。

「星って綺麗だよね」

「私はたまに見れば十分だわ。大体、こんな時に停電なんてタイミングを考えて欲しいわ」

「まあまあ。で、今日はこれからどうする? このままじゃ歩いて家に帰るしかないよ」

「却下。もう今日は歩きつかれたわ」

「私も。探検は十分」

アスカとレイにだめだしをくらう。

「じゃあどうするの。このままここで野宿するの?」

シンジの言葉をアスカとレイは笑った。

「そんなのシンジが私をおんぶしてくれればいいだけじゃない」

「そしたら帰れるわ」

「なるほど」

「なるほどってなにー!! そんなのダメ。ボクだって歩きつかれてるんだよ」

アスカとレイの言葉を実行しようとするシンジにユイが怒る。

「じゃあ、ユイもおんぶしてあげる。今日はユイも頑張ったし」

シンジはしゃがみ、ユイに背中を向ける。

「え、ええっ!! ……じゃ、じゃあおんぶしてね」

ユイがそろそろとシンジの首に手を回そうとして、街に明かりが戻っていった。

「あっ、停電直ったんだ」

街に少しずつ明かりが点き始める。

「これでやっと家に帰れるわ」

「レイ、公衆電話でタクシーでも呼んで。もう歩きたくない」

「番号知らないわ。ギルさんなら知ってると思うけど」

「じゃあ、保安部が来るまでまっときましょ。ユイ、おんぶしてもらえなくて残念ね」

「えええっ!!! そんな」

「なに? してほしかったの」

ユイをからかいだすアスカ。ユイのほうは困ってしまっている。

「ユイ何を遠慮する必要がある。さ、僕がおんぶしてあげよう。ユイであれば荷物などという表現は絶対に無く、むしろ一生おんぶしていてもいいぐらいだ」

「う、うん。じゃあ、おんぶして」

シンジの首に腕を回し、おんぶしてもらうユイ。その姿を眺めるレイとアスカ。

「今の二人の姿にタイトルをつけるならば『送り狼』」

「ああ、納得」

「ええっ!? なに言ってるの!! シンジおろして」

「断る。背中と首と腕にあたるユイの柔らかさを放してなるものか!!」

「そんなこと言わないでよ!!」

結局、ユイはずっとシンジにおんぶされてもらっていたのであった。






追加ステータス

モラルタ(滅殺せし憎悪の爪牙)&ベガルタ(果て無き憤怒の剣):A   (ランサー)
 
二刀一対の必殺の魔剣。二槍一対の槍ガ・デルグ、ガ・ボーはブラフのアンガスに貰い受けたものだが、この魔剣は彼の師であるマナナーン・マック・リールに貰い受けたものである。

この二刀に鞘はなく、刀身こそが鞘である。見た目は似ているが、砕けた刀身の中から生まれる真の刀身には違いがある。

ダーマットの伝説において、このベガルタはベン・グルバンの猪に止めを刺すときに使った槍である。






ミニ劇場

ちびユイ「おねえちゃんをにぎったら、おにいちゃんのおよめさんになれるってほんとう?」

○ビー『ええ、確約しますよー。さっ、私を握ってください。素敵なお人形さん、いえ花嫁さんにして見せますよ』

ちびユイ「うん、分かった」

ル○ー『ああ、こんな純な子を好き勝手できるなんて、ふふふ、さーて、どんなドレスにいたしましょうか』

ちびユイ「ウエディングドレスがいいの」

○ビー『あらあら、ではそうするとしましょうか。その後は私が好きにしますよ』

ちびユイ「いいよー」

シンジ「(ありがとうルビーちゃん。できれば次はゴスロリがいいな)」

こうして、この家の住人が増えるのであった。






あとがき

ランサーすげえ。他のメインキャラのサーヴァントに比べてよわっちいなー、とか思ってた人は今すぐ謝りなさい。……ごめんなさい、ランサー。

最初はランサーの切り札はガ・デルグによる令呪の無限ループ使用にしようかと思ったけど、止めました。強すぎるもん。そして、伝説を調べるとこんな剣を持っていたので使わせてあげました。喉を貫いた理由はダーマットの伝説の最後で猪を倒す時に、やはり喉を貫いたからです。

原作のランサーがアサシンにやられたこともあり、ランサーの面目躍如となったと思う。

次はほのぼのとした本編予定。

感想、誤字脱字の指摘、文法的誤り等なにかありましたらどうぞ。

誤字訂正しました。最後の部分も変えました。



[207] Re[15]:正義の味方の弟子 第34話
Name: たかべえ
Date: 2006/07/05 11:15
正義の味方の弟子
第34話
暴かれるシンジの秘密(タイトルと中身が大きく違う恐れがあります)






始めはアスカのこんな一言から始まった。

「シンジって、その、エッチな本とか持ってたりするのかな」

彼女にとっては当たり前のような疑問。家族のような男の秘密を知りたかったのである。それを自分より付き合いの長いユイとレイに尋ねてみたのだ。

だが、その二人もその問いに対する答えを持っていなかった。

「シンジがそんなの持ってたところなんて見たことないよ」

「私もない。でも、本当は隠し持ってたりしてるかも」

「そんなのあるわけないよ。だって、ボクはいつもシンジと一緒にいるけどそんなの見たことないもん」

ユイは必死に否定する。『持ってない』と証言したい気持ちというよりも『持っててほしくない』という気持ちが大きかったりする。

「絶対持ってるって」

「な、ないに決まってるもん。レイさんはどう思う?」

「シンジ君も年頃だから持っててもおかしくないと思う」

レイに振るがレイは一般論を口にする。

「シンジは正義の味方さんだから(?)持ってないの!!」

そう口にするユイは彼の師匠であり、憧れである士郎がかつて隠し持っていたという事実を知らない。

「でもさ、そういう本って見たくない? ほら、シンジが一体どんな女性が好みなのか分かるかもしれないじゃん」

アスカの言葉に二人は反応した。

「ほら、あんたらがいつも隣で寝ているのに襲わないのは実は趣味が合ってなかったりしているためとか」

その言葉にユイの顔は一気に蒼白になる。いつも自分のことを好きだと言ってくれるシンジが、実は別のタイプの女性を好きだというのはユイには耐えられない。

そんなユイを直視したアスカは急いで言葉を訂正する。

「ご、ごめん。今のはたとえ話よ。シンジがユイのことを嫌いなわけないじゃん。ユイはシンジの好みど真ん中よ!!」

その言葉にユイは少しだけ元気を取り戻す。なのにレイが追撃をかける。

「でも、確かにアスカのいうことに一理あるわ。ユイさんが好みでも、ムラムラするのは別の体型、または女性かもしれないわ」

「そんな!」

「まあまあ、それはともかくとして。シンジの弱みを握れば何かと便利だと思うわ。シンジが言うことを聞いてくれたりするかもよ」

一人で探すのは馬鹿らしく、しかも恥ずかしい。ゆえにこの二人を巻き込んでしまおうというアスカの策略であった。

「幸いシンジはギルと一緒に買い物、もとい連行されていったからしばらくは帰って来ないはず。だったら、今がチャンスよ。で、どうする? 探す?」

ユイとレイが喉を鳴らす。

「行くわ」

「ボ、ボクもシンジの潔白を証明するためにも行くもん」

少女達は止まらなかった。

目指す先は、シンジの数少ない荷物が置いてあるシンジ、ユイ、レイの寝室。

いざ、シンジの秘密を暴くために。






シンジたちの寝室は布団を出し入れするため、物は多くない。部屋の脇にユイとシンジの着替えを入れる箪笥がそれぞれあり、後は小さな文机(ふづくえ)と教科書類を入れる本棚がある。教科書類は勉強や宿題は居間でみんなで和気藹々と行うため、この部屋には必要ない。

「まずは机やタンスの引き出しを探すのが定石よね」

アスカはシンジのタンスの引き出しを開けていく。たまにボーイッシュな格好をするときにシンジのTシャツなどを借りていくため、どこに何が入っているか熟知している。しかし、今回は虱潰しに探していくので、一番下の引き出しから上へと順に調べていく。服に頓着しないシンジだが、ギルの資金援助を得たアスカが買ってくるのでけっこう数は増えている。

アスカがシンジの分を購入してくるのは並んで歩く時に釣り合いが取れるようにするためらしい。

「それらしいのはないわね」

一番上の引き出しまで調べ終えたアスカは順に直していく。証拠隠滅は隠密行動の基本である。

「じゃあ、つぎはその机ね」

「!? だ、ダメ!! そこだけは調べちゃダメ!!」

文机の前に立ちふさがるユイ。焦っている彼女の額には汗が浮かんでいる。

「こ、ここには何も無いから他のところ探そ、ねっ?」

「「…………」」

レイとアスカは顔を見合わせる。

(私が右から行くわ)

(なら、私は左から)

一瞬の内にアイコンタクト完了。第7使徒を倒した時の連携がこんなところでも役に立つのである。

ばっと、左右に分かれてユイを撹乱する二人。

「えっ!?」

隙を突かれ、アスカに羽交い絞めされる。レイはその間に引き出しを開く。そこには一冊のノートがあった。

「これは……、凄い」

ページをぱらぱらと開くレイはその内容に驚愕する。

「レイ、音読して!!」

「わかったわ。でも、これは……かなり恥ずかしいわ」

「や、止めてよ。母さん、こんなときこそ守ってよー!!」

じたばた暴れるユイだが、バックを取られているためどうすることも出来ない。

肝心の母だが、『ごめんね、ユイちゃん』とそんなことを謝っているようである。

ユイはその内容を自分だけの秘密にし、母にも隠し通していた。実は母こそがその中身を知りたかったのであった。

ユイの味方など最初からいなかったわけである。






「○月×日  夜中のこと

夜、目が覚めた。いつもと同じ、シンジの腕枕。でも、少し寒くてシンジにもっとくっついた。シンジの体温がとっても気持ちよかった。ずっとこうしていたかったけど、やっぱり朝まででした。

またうとうとと眠りかけた時にシンジが寝返りを打って、シンジの唇がボクの額に触れそうになった。

すっごくドキドキしてた。

でも、シンジはそれ以上動かなくて、結局そのままだった。

……本当は触れて欲しかったな。

だから、このノートにもしも、触れてたらって書いておきます。

ボクの額にシンジの……」

「わあああああああああああああああああーーーーーー!!!!!」

音読するレイを遮るために、ユイは今まで出したことの無いほど大きな声を出す。

「それ以上読んだらダメー!!!」

気合が肉体の常識を超えたのかアスカを振りほどいてノートを確保する。

「これがジャプニカ妄想帖なのね」

「昔読んだ子供向けの恋愛小説がこんな感じだったわね」

レイとアスカは今のだけで満足したようで、これ以上ノートに手を出そうとしない。

「し、シンジにこのこと言ったらダメだよ。言ったら絶交するから」

「絶交とは古いわね」

「安心して。シンジ君には絶対内緒にしておくから」

「本当!? 絶対内緒だよ!!」

「はいはい、私も約束するから。脱線しちゃったけどシンジのブツの捜索を再開するわよ」

アスカはまた文机の中を捜していく。ユイはノートを胸に抱き寄せ放そうとしない。

「……それらしいのは無いわね」

引き出しを戻し、考え込む。

「となると残りは押入れだけ」

押入れの襖を開ける。

布団を収納するのは板で仕切られた上の部分だけで、下の部分には季節違いの衣類が収納されている。しかし、納められているのはそれだけでなく、不思議なガラクタ類が安置されてある。

それらは埃とともに。

「入ったら絶対埃まみれになるわね」

しかし、言いだしっぺはアスカである。アスカが入らざるをえないだろう。それ以上に、ここまでやったのだから是が非でもシンジの隠し持っている本を見てみたいのだ。

「アスカ、行くわよ」

決め台詞を唱えていったのだった。






結論から言うと押入れにも無かった。

ダンボール箱や衣装ケースの中も調べたが、それでも本など出てこない。

「だーーーっ!!! もうなんで見つかんないのよーーーー!!!」

誇りまみれのアスカは埃を落とすために庭へと駆け出していく。

「ここにもなかった。じゃあ、シンジ君は持ってなかったの?」

「ほら言ったでしょ。最初からそんなものないんだよ」

首を傾げるレイに対して勝ち誇るユイ。

埃を払い終えたアスカが部屋に戻ってくる。

「結局、戦果はユイのノートだけか。あーあ、無駄な時間だったわね」

アスカが脱力して畳の上に座り込む。そこにセイバーが襖を開けてやってきた。

「三人とも騒々しいですよ。さっきから何をしているのですか」

ヒートアップしていたアスカたちにセイバーは叱る。

「元気なのはいいですが、静かにすることも覚えましょう……なんですか、その目は?」

叱りに来たセイバーをアスカとレイは期待の眼差しで見る。

自分の力でどうしようも出来ないのであればどうすればいいか、そう自分より優れた能力を持っている人に頼ればいい。

「セイバー、頼みがあるの!!」






「なるほど。事情は分かりました。そういうことであれば仕方が無いでしょう」

一度、居間に戻り、お茶を飲みながら今までのことを話す。するとセイバーはアスカたちに理解を見せた。

「ねえ、シンジって本当にそういうエッチな本を持ってないと思う? 私は持ってると思うんだけど」

「私も」

「持ってるわけ無いもん。ボクはシンジのこと信じてるよ」

それぞれに意見を述べる。

「いえ、シンジならば持っていてもおかしくありません。むしろ、持っていて然るべきでしょう」

シンジの育ての姉は自分の弟を酷評する。

「やっぱり。ねえ、捜すの手伝ってくれない?」

「いいでしょう。それに例え見つかってシンジが困ることになっても私には関係ありません。むしろ、私にとっても面白いといえるでしょう」

アスカの協力要請にセイバーは応える。

セイバーはとっても素敵な笑顔である。まるで、この世の誰よりも幸せだと語るようなそんな笑み。

「よし、これで最高の味方がついたわ」

「セイバーさんの幸運と直感があれば、見つかるわ」

「任せてください。私の直感があればどんな探し物でも見つけられるでしょう」

セイバーの直感は戦闘時に働く。シンジのエロ本捜しは戦闘と同じぐらいのことなのだろうか。

「……もっとシンジのこと信用してあげようよ」

ユイがシンジのことを庇うが、誰も聞き入れない。

「ですが、実際捜すとなるとかなりの問題になりますね。シンジの魔術は復元です。ページの切れ端でもあればそこからでも本を完全な形で復元できます。シンジ相手では証拠を隠すのは難しいですし、逆に証拠を隠すための方法も熟知しているでしょう」

「そうか、本を探すんじゃなくて紙切れを捜さないといけないのね。迂闊だったわ」

となると隠す場所はとんでもなく広がる。どこにでも隠せるようになるだけでなく、他の本に挟んだりできる。

「場合によってはゴミ箱も漁らないといけないかも」

「そういうところは放っておきましょう。セイバーがある程度の目安をつけて、そこを徹底的に捜す。それでいきましょう」

「こっちです」

セイバーが立ち上がり、アスカ、レイがついていく。仕方ないからユイもついていく。

「って、なんで台所なの?」

セイバーの向った先は居間のすぐ隣の台所。

「ここにあることは間違いありません」

言いながらセイバーは戸棚を開けていく。

「……ありました。これを見てください」

狭い台所で団子になる4人。

「ここに壁に見せかけて、空間が隠されてあります。開けますね」

本当なら取っ手があるはずなのだが、どこにあるか分からず拳で真っ二つに割るセイバー。割れた蓋をどけると箱がある。

「これってもしかして当り!?」

「恐らくは。居間に持って行きましょう」

セイバーとアスカはおおはしゃぎである。逆にユイはそんなものがあったことに悲しくなるが、今度はどんな内容か気になりだす。

居間の万年机に置かれるでっかい黒の箱。もとはお菓子の箱なのか、『ツン・デ・Le―た、食べたかったらあげるわよ!―』と書かれてある。封もしておらず、蓋はすぐに取れそうだ。

「……開けるわよ」

アスカが全員に最終確認をする。だが、誰も拒否しない。

少しずつ、力を篭めていくと箱はするすると外れていく。そして、完全に中身が見えるほどの高さにまで持ち上げ、全力で元に戻した。

「見た!?」

アスカが興奮しながら全員に聞く。主語が抜けているが、全員、主語が何であるか理解できている。

「み、見たわ。当りね」

レイは興奮しすぎて声が上ずっている。頬も赤く染まっている。

「見ました。まさかシンジがこんなものを所持しているとは。しかも、ページの切れ端の類ではなくそのまま置いてあるとは」

予想以上だったためにひいてしまうセイバー。

「こんなのマニアックすぎるよ!! シンジってこんなのが好きなの!?」

あまりのことに大声をだすユイ。

「も、もう一回いくわよ」」

リピートアゲインとでも言うように、一回目と同じように開けていくアスカ。

「……………………だりゃああああああ!!!!」

しかし、最後に思いっきり力を入れて蓋を開けた。

明かりの元に晒される本の表紙。

そこには『美脚フェチ―蹴って、踏んで、舐めさせて―』と書かれてあり、女性のナマ足の写真が載っている。

「……なんか、開けちゃいけないパンドラの箱だったのかも」

「でも、どんな中身なのかしら」

レイが恐る恐る手を伸ばし、ページをめくるとそこに書いてあるものに驚愕した。

「見て!! これ、ネルフについて書いてある」

それは決してエロ本の内容などではない。

レイが開いたページにはエヴァンゲリオンやジオフロントに関する記述が書いてある。

「本当だ! ってそれどころか、これって表紙だけエロ本だけど中身は全く別のものになっているわよ」

書いてあったのはシンジの目から見たエヴァンゲリオンについて。そして、シンジの考えた陣形や戦術についても記されている。

さらにジオフロントに関しての推測等、決して敵組織には見せられないようなことが書いてある。

「シンジがますますわからなくなったわ。こんなところに隠す理由が分からないし、表紙をこんな風にする理由も分からないし、これってなんなのかしら? ただの備忘録なのかしらね?」

「さあ。でも結局シンジはエロ本を持って無かったってことだよね」

アスカに笑いかけるユイ。表情の切り替えが激しい一日である。

「悔しいけど、認めるしかないわね。まっ、これは戻しておきましょう」

その冊子を箱に戻そうとして、冊子の中からメモ用紙が落ちてきた。

拾い上げるとやはりシンジの字で書いてある。

『これを見つけたのは恐らく姉さんだね。ははっ、僕の秘密を暴こうなんて甘い甘い。

しかし、やられっぱなしも嫌なのでここで姉さんの秘密を記しておこうと思います。

姉さんは実は』

そこまで読んでセイバーはメモ用紙をぐしゃっと潰す。セイバーからは本気の殺意が噴き出している。

「……いいでしょう。ここまでされた以上、黙っているわけにはいきません。シンジの秘密を洗いざらい白日の下に晒してあげます」

襖を壊しかねない勢いで開け、家中を探し回っていくセイバー。

そのたびにシンジのからかうコメントが残されていたり、罠が仕掛けてあったりして、結局セイバーだけがダメージを食らうことになっていた。






時刻はもう夕方。全員とっくに探し回ることを止めてしまっている。

「結局シンジはもってなかった。今日一日の成果はそれだけね」

疲れきり、ぐったりしているアスカがゲームをしているレイに話しかける。ユイは食事を作るために買い物に出かけ、セイバーも荷物持ち要員として同伴している。

「そういや、ギルとシンジ遅いわね。もう夕方だって言うのに」

アスカは自分の呟きにはっと気づく。

「……いま、思ったんだけどさ。ギルってずばぬけてスタイルいいわよね。それにシンジもギルに対しては焦ったりするし」

「そうね。それがどうかしたの? ……まさか」

レイもきづいたらしい。

「……もしかしたら、シンジってギルみたいなのが好みなんじゃないかしら? ギルもシンジのことを嫌ってないわよね」

「……だとしたら、帰って来ないのはその大人の関係だったりして」

急いで二人の携帯に電話をかける。レイはシンジに、アスカはギルに。

レイが携帯を耳にあてていると、コール音が切れ、シンジの声が聞こえる。

『レイ。どうかしたのー?』

「シンジ君、今どこにいるの!?」

勢い余って語尾を強めてしまう。

『今? えっと、新幹線の駅の南出口のあたりだけど?』

レイはクラスの友人との会話を思い出す。そう、そこはあまり健全でない建物がすぐ近くにある場所だ。

レイが刹那の時間に思考をめぐらせていく。

『あっ、そうそうレイ。ユイに伝えてくれない?』

「なに?」






『僕とギルは晩御飯いらないから』






レイはその言葉で確信した。二人の関係を。

『でも、寝る時間までには帰って来るからって。……あれ? レイ、聞いてる? もしもーし?』

シンジの言葉など聞いていなかった。携帯電話を握る右手は力なく垂れ、その拍子に電源ボタンを押してしまい、通話は切れる。

「えっ? 晩御飯いらないってどういうことよ!? ……ってこら電波が悪くなった振りして、逃げるな!!」

ギルに電話していたアスカはギルに一方的に通話を切られてしまう。

「ったくギルったら本気で、何かやらかすつもりなの。レイ、あんたの方は、ってなに呆けてんのよ!?」

レイをゆさゆさ揺らして覚醒させようとするアスカ。

そのアスカの介抱にレイは一度だけ、口を開き、

「……もうだめなのね」

「何がよーー!?」

この後、ユイとセイバーが帰宅。

アスカの伝えた伝言によって嵐が吹き荒れることになったのは言うまでもない。






「レイ、どうかしたのかな?」

シンジは切れてしまった電話を眺めながらレイを心配する。

「シン、早く行くぞ。早くしないと予約の時間になってしまう」

先を歩くギルは完全に着飾っている。ブランド物で身を包み、耳にはダイヤモンドの耳飾をつけている。

「あ、うん。でもさ、なんでホテルで夕食をとることにしたわけ。ほら、家で食べても良かったんじゃないの」

言った瞬間、ギルの目が険しくなる。

「家はダメだ」

理由もなしに、否定する。

「あっ、うん。そうなんだ」

立場としてはシンジの方が上だが、力ではギルの方が上のため逆らわない。もしかすると立場の方も上かもしれない。

「約束では一日付き合ってくれる約束だろう」

「う、うん。そうだったね」

駅の南出口から入り、北出口へと通り抜けていく二人。

「もう、あんな道通っちゃだめだよ」

「わ、悪かったな。道を良く知らなかったのだ」

先ほどまでの通りを歩きながら、ギルは頬を真っ赤にしていた。道を変えればよかったものを、持ち前のプライドから決して後戻りしようとせずにそのまま突っ切って来たのだった。

「で、でも、……シンジとなら」

通り抜ける時にギルはシンジをちらちらと見ていたが、シンジは全くきづいていなかった。

ギルはシンジの腕を掴むと自分の胸元に引き寄せる。

「ちょ、ちょっと」

「気づかなかった鈍感さに対する罰だ。振りほどくことは許さん」

断固として言いながらも、ギルは内心とても幸せであった。

ギルが予約したホテルのレストランまで、ギルはシンジから離れることは無かった。

(こうしていれば恋人に見えているにちがいない。)

道行く人はギルとシンジのことをちらちらと見ており、ギルは自分の計略が上手くいき、上機嫌であった。

しかし、銀髪、金髪という違いはあれど、日本人とは思えない肌の白さと同じ瞳の色では、姉弟としか見られていなかった。

特にギルはただのブラコン姉としか見られていなかったというのは彼女は知らないことである。






その夕食時、アスカは食べる人がいないのに盛り付けられた食事を見ながら戦々恐々となっていた。

「シンジを疑って悪かったな、って思ってシンジの好きなもの買ってきたんだよ。なのに、なんだろうね。ねえ、母さん。こういうときってどうすればいいのかな?」

見えない母に話しかけるユイ。

ユイが発する強烈な冷気がおかずの熱まで奪っているようにすら感じる。

(シンジが帰ってきたら私が助かるけど、そしたら今度はシンジの断末魔を聞きながら布団に潜らないといけないし、……助けてママ)

祈るしかないアスカ。帰ってくれば地獄のシンジ。二人の明日はどっち?






ミニ劇場

ちびアスカ「こらー、ソファを独り占めするなー!!」(どたどた走ってくる)

アスカ「んっ? あんたも使いたいの? なら譲ってあげるわよ」(立ち上がる)

ちびアスカ「だ、だめ。あんたもソファに座ってないとダメなの!!」

アスカ「これは一人用でしょうが。どっちかしか座れないでしょ」

ちびアスカ「それでも!!」

アスカ「……はいはい。じゃあ、こうすればいいのね」(ちびアスカを膝に乗せる)

ちびアスカ「ごくろうさま。ごほうびにおかしわけてあげるわ(とっても嬉しそうな笑顔)」

アスカ「ホントに、手間のかかる子ね。……ああ、妹ってこんな感じなのね(それでもまんざらでもない顔)」






あとがき

最近、めちゃくちゃ忙しい。誰か私の代わりにこの難解な課題を解いてくれ。Powersimの使い方なんて知るわけ無いだろ。しかも難解すぎるよ。

今回は短くするつもりだったが予想外に長くなった。しかし、今回は短時間で仕上がった。予想以上に指が進んで嬉しかったな。

今回のミニ劇場を書いてて思ったこと。萌えた。アスカとちびアスカに萌えた! なんていい光景だ。僕が進むべき道が理解できたよ。

感想、誤字脱字の指摘、文法上の誤り、等ございましたらどうぞお気軽に。



[207] Re[10]:正義の味方の弟子 番外編その9
Name: たかべえ
Date: 2006/07/07 14:04
正義の味方の弟子
番外編その9
笹の葉、さらさら






注) 時事ネタです。作中と季節感が違っていてもお気になさらないように。






「四人とも、一体なにをやっている?」

居間へとやってきたギルが見たのは食卓にもなる居間の万年机の上に置かれた大量の折り紙、それをシンジ、ユイ、レイ、アスカがはさみで切ったり、糊ではったりしながら細工している。

「なにって、七夕の飾りだよ」

手を止めたシンジがギルに何をしているかを説明する。

「『たなばた』とはなんだ?」

「明日の七月七日のことだよ。日本ではその日には笹に飾り付けをするんだよ」

こういう飾りをね、とシンジはギルに紙で作った鎖を渡す。細長く切った紙を糊で貼り付け、リング状にする。それを幾つも繋げることで鎖のような形になっているのだ。

受け取ったギルは飾りを壊さないように丁寧に触る。

「うむ。なにをやっているかはわかったが、そもそもなんで笹を飾り付けなければいけないのだ?」

「昔話にね、牛飼いと織姫がいたんだ。その二人は愛し合っていたんだけど、仕事をサボって会っていた為に、天帝の怒りを買ってしまうんだ。牛飼いは彦星に、織姫は織姫星になり、二人の間には河ができて一年に一度だけ会うことができる。それが七夕の日なんだよ」

昔話を語るシンジ。それを聞いたギルは露骨に嫌そうな顔をする。

「つまり、その話は神がろくでもないことしかしない、ということを言いたいのだな」

「……間違ってないような、間違ってるような」

それほど神が嫌いなんだろうか、とシンジが思い悩んでいると、レイがギルに一枚の紙を渡す。紙には上の方に穴が開いており、紐が通してある。

「ギルさんも短冊を書いて」

「たんざく? それはなんだ?」

「願い事を書いて、笹に吊るすと願いが叶うの」

「まあ、迷信みたいなもんだし、気楽に書けばいいんじゃない?」

会話に割り込むアスカだが、それでも下手なりに丁寧な日本語で短冊に願いを書いていく。しかも、一人ですでに5枚は書いている。

「ならば、我も一枚ぐらい書いてみるとするか」

机の前に座り、筆ペンを手に取る。そして、異常なまでに達筆な文字(しかし平仮名だけ)で、

『しんといっしょにがっこうにいきたい』

と書いた。願い事は幼稚だったようだ。

「どうだ。素晴らしい字だろう」

「字だけはね。セイバーにも短冊を渡して願い事を書いてもらってこないと」

アスカは居間を抜けて、セイバーの私室へと向かう。

「明日の夜はちゃんと晴れるといいね」

「そうだね」

ユイはシンジに話しかける。

「晴れでないといけないのか?」

「雨が降ると天の川を渡れなくなるんですよ。だから、七夕の夜は晴れでないといけないんです」

「ユイさんだったら耐えられないかもね。ユイさん、シンジ君と一緒に寝れるのが一年に一度だけだったらどうする?」

力説するユイ、その理由が分かっているレイはちょっといじわる質問をする。

ユイもレイもシンジと一緒に寝るのは寂しいからである。ただ、レイとしては隣に誰かいれば、それがセイバーでもアスカでもギルでも構わない。ただ、寝心地がいいのはシンジとマリアなのである。

「あ、あうっ。そんなの絶対にないもん」

「もしもの話だから。言いにくいのなら小声でもいいわ」

レイは自分の耳をユイに向ける。ユイはレイの耳に口を当てて、小声で囁いた。

「……ず、ずっと起きてて、シンジと一緒のときだけ寝るようにする」

「ユイさんらしいわ」

耳をどけるレイがそんなことを言う。予想通りだったため、笑顔である。

「らしいってなにさ!」

「シンジ君風に言うなら、かわいいってこと。ユイさん、かわいい」

レイはユイを抱きしめ、抱きしめられたユイがあわててながら、言葉にならない悲鳴を上げる。

「ああなんてことだ!! レイがユイを襲っている!! ユイを助けたいけど、このまま眺めてもいたい!! どうすれば、僕はどうすればいいんだー!?」

両手を頭にあて、苦悩するシンジはそれでもその眼(まなこ)でユイとレイを凝視する。

ユイをだきしめたままのレイは、

「……食べる?」

「どっちを!? それともどっちも!? 食事作法も通な食べ方もよく分かってない僕ですが、それでも言えることは一言。いただきますっ!!!」 

「食べちゃダメー!!」

跳んだシンジをエヴァが掴む。シンジを握りつぶさないように力を加減し、そしてとりあえず庭へと放り投げた。

この家は今日も平和であった。






7月7日のこと。世間では今年の七夕のことで大騒ぎとなる。

しかし、今年の七夕は厄介な具合になっていた。

『日本海付近で突如発生した低気圧は成長し、本州に上陸する恐れがあります。所によっては強い雨になりますので、お出かけの際には傘を忘れることの無いようにしてください』

「そんなぁ~」

テレビで伝えられる天気予報を見ながら、ユイは悲痛な声を出す。

雨が予想される地域に、この第3新東京もしっかり入っている。しかも夜に降る可能性が高いのだ。

「仕方ないって言えばそうなるわね」

さめたことを言うアスカだが、そんな彼女が一番飾り作りを張り切っていたことを忘れてはいけない。

「きっとこの間倒した使徒が原因ね」

「嘘っ!? もしそうだったとしたら、陰湿な使徒ね」

陰湿呼ばわりされる雨の使徒、マトリエル。確かに停電時にやってくるのは陰湿と呼べるだろう。

「やれやれ、全く困った雨男ですね。ねえ、シンジ」

「ちょ、ちょっと!! なに人のせいにしてるんですか、姉さん!!」

パクパクといつものように大盛りのご飯を食べているセイバー。既におかわりを二回している。今朝のおかずは甘い卵焼きと、紫蘇(しそ)と豚肉を巻いて衣をつけて揚げたもの。隠し味として練り梅がつけられており、みんなにも好評な一品。

「やはり神という存在はろくなことをしないということだ」

箸を上手に操り、おかずをつまむギル。普段から自由な生活をしているギルだが、それでも食事の時間は全員に合わせている。全員が制服である中で、ギルだけは私服である。最近ではユイに頼まれ、洗濯を行うようになった。最初は嫌がっていたが、シンジの服も洗えるということで表面渋々、内面喜びながら承諾したのであった。

「ユイ、大丈夫だよ。きっと晴れるよ」

シンジはユイを励ます。

「みんなで飾りを作ったんだから。それよりご飯食べないと遅刻しちゃうよ」

「……うん」

シンジに促され、朝食をとるユイ。

そして、いつものように全員一緒に登校する。

見上げた空は青空といくつかの雲。

傘を持っていくように天気予報は言っていたが、ユイは傘を持たなかった。持って行ってしまうと雨がふるんじゃないか、ということが脳裏に浮かんだためである。

庭にはシンジが運んできた笹が一本たてられていた。

飾りつけもまだのこの笹はわずかに吹く風に葉っぱを揺らしている。






「マリアも来れるみたいだよ。短冊を渡したから願い事を書いてくるって」

「じゃあ、あとはジャンさんだけね」

「ジャンにも僕から言っておくよ」

「結局いつものメンバーね」

休み時間にシンジ、ユイ、レイ、アスカは固まって話している。

最近のシンジは男友達より、この三人やマリアと一緒にいるほうが多い。そのため、シンジは僻みや羨望の眼差しで見られることが多いのだが、全く気にしていないようである。

前にクラスの男子に「男の敵め」といわれた時に、

「違う。僕はユイの味方だ」

と発言し、ユイは他の女子にシンジとの仲をからかわれているのであった。シンジの場合はそんなからかいなど、自分の都合のいいように解釈し、「僕とユイの仲を羨んでいるのか。もっと羨むがいい」と発言して、男子と不毛な争い(テストの点を競う)をしていた。なお、ケンスケの女子の写真を売る商売はセイバーやユイの保護者であるエヴァに邪魔され、全く繁盛していないのであった。

「どうやら、雨は深夜から降るそうね」

携帯で天気情報を見ていたアスカがユイに教えてやる。ネルフから与えられている携帯だが、不健全なサイトにアクセスするのでなければ、大抵の融通は経理部がしてくれる。チルドレンに与えられた数少ない特権といえよう。

「それなら、笹の飾りつけぐらいできるわ」

「そうだね。雨が降るのは残念だけど、それでも楽しまなくっちゃね」

ユイはレイに笑顔を見せる。いつまでもくよくよするわけにはいかないと考えたためだ。

「そうよ、祭りは楽しくやらないとね」

「うん、ちらし寿司を作るから、みんな手伝ってね」

「ちらし寿司ってなに?」

レイがユイに質問する。

「えっ、レイさんまだ食べたことなかったけ?」

「たぶんない」

「私もないわよ」

「ちらし寿司っていうのはね……」

仲のいい三人を間近で眺めているシンジはそれだけで幸せだったという。






7月7日。それは七夕の日。織姫と彦星が一年に一度だけ出会えるその日に、やっぱりみんなで集まるのはシンジたちの家であった。

時刻は既に7時前だが、夏なのでまだ外は明るい。しかし、西の空は雲が厚く、明るくはあるのだが、夕焼けの赤を飲み込んでしまっている。

庭には飾り付けられた笹が一本。その笹を囲う女性陣はもちろん浴衣である。

全員色とりどりの布と柄の浴衣を着ており、それが何よりの飾りである。

浴衣などこの世の中では年に一度か二度使うかどうかという衣服だが、それでも女の子である以上妥協しない。好いている男の前ではなおさらである。

浴衣の着付けを知らなかったものばかりだったが、ユイが一度見本を見せて、全員ちゃんと着ることに成功する。

サンダルを履いて、庭に出る。蒸し暑い空気。都会だから虫の鳴き声はせずに、遠くで車が走っている音がする。

ジャンとマリアもすでにおり、レイを交えて話をしている。マリアとジャンは二人だけだったら、とんでもなく仲が悪いのだが、レイが間に入ると自然とぎすぎすした空気を霧散させる。

ユイは未だ帰って来ないシンジを待っていた。他の準備は既に出来ているのに、シンジだけはいない。

縁側から庭へと出て、空を見上げる。

すると、足元に何か落ちる音がした。

「……雨だ」

ぱらぱらと小粒の水滴が空から降って来る。それはすぐに大降りの雨となり、屋根や地面を打つ。強い夕立となり、雲の様子から簡単に止みそうにない。

「そんな」

「ぼうっとしてないで早く屋根のあるところに入りなさい。風邪を引くわよ」

アスカがユイの手を引く。ユイの頭上にはエヴァがおり、雨を遮断しているのだが、それでもアスカはユイを屋根の下に連れていった。

雨に濡れて、笹に飾り付けられていた飾りがぐしゃぐしゃになっていく。ジャンが屋根の下に入れたときにはシンジたちが作った飾りは見る影もなくなっている。雨が降らないように願うてるてる坊主も雨に濡れて、ふやけている。

「せっかく作ったのに」

「そうよ! 私だって見たいテレビも見ないで作ってたのに、もう情緒のわからないやつね!!」

雨雲に怒るアスカ。雲はそんなこと聞こえないと雨を降らすのを止めない。

「我が雲でも斬ってみせようか」

金糸をふんだんに使っている浴衣を着たギルの手には乖離剣エア。

「それだ。今すぐぶった切りなさい!!」

「アーチャー。そんなことをするのであれば、家の外でやりなさい。屋根が吹き飛びます」

「? なぜだ? どうしてわざわざ濡れるところでやらなければいけないのだ?」

「やっぱするな!!」

結局、雲の気分に任せるしかないということになった。

地面を打つ水滴を眺めるしかない。

しかし、突然空が光る。

先に天に光が溢れ、次に数秒遅れて聞こえる爆音を聞く。それは決して雷光や雷音ではない。

空で爆発があったのだ。その爆音を聞いて、近所の住人が外に出て、空を見上げる。

その見上げた空には一筋の流星があり、そしてあれだけ広がっていた雲は無かった。

開けた空には移り変わろうとしている空の深い青とそして、かすかに光る星の群れ。

「あれは……」

このメンバーはその爆発が何によるものか分かっている。

「スラータラーの仕業ね。人の魔力をなに無駄遣いしているのかしら」

不機嫌そうな声を出すマリアだが、それでも口元には笑みがある。面白いことのためなら、多少の損にも目を瞑る彼女だ。感謝はしているけど、それを表面に出さない。

「マリアさん、思われているのね」

「さあ、私のためだけではないかもよ。スラータラーはレイのことも気に入っているみたいだから」

「飾りならランサーにもう一度作らせればいい。文句を言いながらもちゃんとやるはずだ」

ジャンがそんなことを言うのは、スラータラーに勝てなかった不甲斐ないサーヴァントに罰を与えるためである。

「……ここの男どもは川に遮られても自力で渡る連中ばっかりのようね」

呟くアスカの言葉は正しかった。






そこは学校の裏手の山。非常事態宣言時には生徒が非難するシェルターが近くにある。

「ありがとうございます」

シンジは帰ってきたスラータラーに頭を下げる。

いまだ灼けた鉄のような色をしているスラータラーに近づくことはしない。まだ、その鋼鉄の身体は熱く、数メートル離れていても熱いのだ。

「……手前のいうことをきいたわけじゃねえぞ。こっちが勝手にやっただけだ。もうしねえよ」

スラータラーはぶっきらぼうに言う。シンジを置いて、一人で歩き出す。

そんなスラータラーを傍にいたランサーが笑う。

「何がもうしないだ。一番乗り気であったのは貴様だろう。私の見せ場を奪いながら嫌なことを言うな」

この三人はそれぞれの意志でここに集まった。別に、連絡を取り合ったわけでもなく来てみれば他の者がいたというだけのことである。

「手前のその槍に任せていたら、どれだけ時間がかかるかわからねえじゃねえか」

「恐らくは貴様より速かったと思うぞ」

「まあまあ、みんなやることは同じだったわけだし」

シンジが仲裁に入る。止められるわけでもないのだが、それでも争いごとを止めたくなる性分のためである。

「まあいい、風情を理解できない雨は止んだのだ。私は主の機嫌でも取ってくる」

ランサーはシンジたちの家に向けて歩き出す。

「ちっ」

スラータラーも続く。ランサーと同じ方向に歩かなくてはならないことに対する舌打ちである。

シンジも最後尾を歩く。

それから、シンジとスラータラー、ランサーの三人は愚痴を話しながら、女性陣の待つ家へとたどり着くのであった。






シンジの投影や、ランサーの内職等により、飾りは元通りになってもう一度笹に吊るされる。

夜空の下に立てられた笹、今度はそこに順番で願いごとを書いた紙を吊るしていく。

レイの青色の短冊には『シンジ君と二人っきりでデートしたい』とある。その願いを聞き届けるのは他の誰でもなくシンジであり、後日、二人っきりで芦ノ湖をゆっくり回ることになった。

アスカの短冊は5色あり、『使徒が来なくなりますように』『ママに早く会えますように』『シンジの馬鹿が治りますように』『ギルがもっと常識を理解しますように』と書かれている。そして、肝心の5枚目だが、書かれている文字の上から、マジックで塗りつぶしてある。それでも、笹に吊るすのはその願いが叶うことを望んでいるからである。

セイバーの短冊の色は深緑。願い事は『シロウとリンのこどもが見たい』である。シンジの面倒を見たことがあるように、士郎と凛の子どもの面倒を見る気も十分にある彼女だった。

ギルはもちろん金紙。願いごとは昨夜書いた願いと同じである。どこに吊るしても同じと思うのだが、彼女は踏み台を使って、その短冊を笹の上の方に吊るす。

マリアは萌黄色の短冊に『シンジを私のサーヴァントにしなさい』である。命令形の願いごとを聞き入れるものはB組男子であり、後日シンジを全員で襲撃し、簀巻きにしマリアのもとに差し出したという。

ジャンは山吹色。願い事は『不器用な手先をなんとかして』針仕事が苦手であり、針の穴に糸を通すのを手間取ったり、針で指を刺してしてまう彼女にとって、深刻な願いであった。ミシンの偉大さを最もよく知る人物である。

シンジと一緒にやってきたスラータラーとランサーの願いは『正当な扱い』吊るされる前に己のマスターの手で燃やされ、願いが叶うことは当分無い。それでも、涙を見せないのは英雄の意地があるからか。

こうして、笹は色とりどりの短冊が吊るされていく。吊るした者たちは縁側で寿司を食べながら、喋っている。

「ユイは吊るさないの?」

シンジがユイに尋ねる。

「じゃ、じゃあ、これを吊るして」

桃色の紙をユイは差し出す。願い事を隠したいのか、裏向きである。

シンジもあえて見ようとせずに、見えないように笹に吊るす。

「そうだ。シンジは願いごとをしないの?」

「僕の願いは僕にしか叶えられないし、それにもう何かに願うのは懲りているからね」

軽く笑うシンジはユイに向って、真剣な顔で語りかける。

「もしユイが泣いているというのなら、僕はどんな苦労をしてでも、どんな罰を受けても河を渡って、ユイに会いに行くよ」

「あ、あう」

シンジの言葉にユイが顔を真っ赤にする。

「シンジー、ユイー!! 早くこっち来なさいよー!! お寿司全部食べちゃうわよー!!!」

アスカが縁側で呼んでいる。

「ライダーのちらし寿司を食べるとしようか」

「差し入れに私が持ってきたアルコールもあるわよ」

「マリアさん、私にも頂戴」

「……あんたらは酒を飲むな。後が厄介だ」

酒を飲もうとする下戸どもを一蹴する。

「では、私達が飲むとしようかスラータラー」

「おうよ」

「あら、貴方達はだめよ」

「そうです。いつ敵の襲撃があるか分からないのです」

ランサーとスラータラーを止めるのはやっぱりジャンとマリア。感謝しながらここまで邪険に出来るのはある種尊敬できる。

「……この横暴マスターはどう対処すればいいのかな?」

「……それが分かってれば、こんなにも苦労しねえよ」

がやがや騒がしい光景を眺めるシンジとユイに自然と笑みがこぼれた。

「早くいこうか」

「うん」

並んで歩く。

ユイの短冊にはこう書いてある。

『このまま、シンジやみんなや母さんとずっと楽しく過ごせますように』

天の彼方、今宵だけ天の川を渡れる二人とは違って、ユイには傍にいてくれる人がいることが何よりも幸せなのである。






ミニ劇場

アスカ「シンジ。小難しいことを言ってないで、あんたも何か願ってみなさいよ」

シンジ「そうだねー、じゃあっと……『みんなに嫌われませんように』っと。ちょっと後ろ向き過ぎたかな」

ユイ「あはは、本当だねー。(ボクがシンジのこと嫌うことなんて無いのに)」

レイ「ユイさん、騙されちゃだめ」

ユイ「えっ?」

レイ「みんなに嫌われたくない。嫌いの逆の言葉は好き。ということはみんなに愛されたいということ。
愛されたい、愛されるということは睦みあうこと。ということはみんなとは女性のこと。
つなぎ合わせればたくさんの女の人と愛し合いたいということ。つまり、シンジ君は自分専用のハーレムがほしいのよ」(ビシッとシンジを指差す。)

ユイ「そ、そんな。うっ、うっ、シンジの馬鹿ー!!!」

シンジ「レイ深読みしすぎだーっ!!!!」

アスカ「……やっぱ何も願わなくていいわよ」






あとがき

MD5バトルを弟子のキャラたちにやらせてみました。

ユイ、レイ、アスカを倒すシンジ、シンジを一蹴するセイバー。そのセイバーを圧倒するギル、さらにその上をいったエヴァ母さんと自分的にとても盛り上がりました。結局、最強はスラータラーで、最弱はユイでした。……妥当な結果?

書き終わって思いましたが、今回はなんか盛り上がりに欠けたような。でも、苦労して書いたんだからちゃんと載せておこう。

ミニ劇場の連想ゲームですが、弟子を書く前にこんな始まりで書いた小説があったんです。エロくなったので途中で書くのを止めましたが。

感想、誤字脱字の指摘等なにかありましたらお気軽にどうぞ



[207] Re[16]:正義の味方の弟子 第35話
Name: たかべえ
Date: 2006/07/11 13:31
正義の味方の弟子
第35話
遠い過ち






凛姉さんに殴られた。いや、叱られた。怒られたことはあっても叱られたことは初めてかもしれない。

「あんたがやろうとしてたことは魔術使いじゃなくて魔術師のものよ!! あんたが目指していたのはそんなんじゃないでしょ」

あの儀式の際、ロンギヌスで僕は呼び出した存在の持つ魔術を身体に刻むことになった。魔術刻印に似た形で僕の身体に残留したのだ。

その中で最たるものが固有結界。悪魔や精霊が持つ力。一部の魔術師にしか使うことの出来ない、魔法に一歩及ばぬ到達点。それが僕の腕はそれに侵食している。

僕に固有結界は使えない。身体がそういう風に出来ていないからだ。僕の心象風景を示す固有結界は僕の身体を侵食するだけ。もはやただの毒でしかない。

「人を救えないって簡単に諦めて、聖杯を作り出そうとして、それで正義の味方になりたいなんて言えるの!?」

その儀式が失敗に終わった後、僕はもうぼろぼろになっていた。身体はほとんど動かないし、声を返すことも出来ない。ただそれでも、それでも思考だけはずっと働いていた。

なにがいけないのか、第6魔法に至るためにはどうすればいいのか、ただそれだけをずっと考えていた。

凛姉さんの言葉を理解しようとすることさえもしなかった。

聖杯にしようとした右腕は、そこに右腕があること自体感じられない。そこにあるはずなのに途中から消えてしまったようなそんな感じがする。まるで幻、右腕であることをやめてしまったようだ。

「あんた、ちゃんと聞いてるの!?」

思いっきり殴られた。痛いはずなのに、それもどこか遠い出来事のように感じられる。

つうっと口から一筋の血が流れる。治療の必要があるかもしれないが、今はそんな気にもなれない。凛姉さんも治療する気はないらしい。

凛姉さんは一枚の長く、赤い布を取り出した。

「……あの騎士があんたに渡すものがあるって。バルバラの聖骸布よ。これならその腕の侵食を遅らせられるわ」

ぐるぐると右腕に巻かれていく布。布が巻かれていったところから、そこに腕があると感じられていった。

「言っとくけど、これでも固有結界の侵食を止められるわけではないわ。遅らせているだけ。あんたの右腕を治す術はないわ。あんたの余命はもって十年といったところよ。それ以上生きたければ、腕を切り落とすぐらいしかないわよ」

そう言って、やるべきことは全て終わったと凛姉さんは部屋を出て行った。

一人になって、静かになった部屋の中、僕は思考を働かせる。不可能エラーしかでない式をずっと計算し続けている。

ドアをノックされる。

入ってきたのは僕の憧れである兄。本当の、どんな苦境にも屈しない正義の味方だ。






「これでよかったのか、マイ・マスター」

「ごくろうさん、キャスター」

机に向っていたローラは椅子ごと振り返り、キャスターを見る。マイ・マスターなどという言葉が上辺だけのことなど理解している。

そこには巨大な赤い宝石がある。

使徒から抜き出したコアの欠片。欠片といっても半分以上残っている。

「使徒と呼ばれる幻想種の心臓がこんな綺麗な宝石だったなんてな。ぞくぞくしてくるよ」

コアを手で触っていく。好奇心で輝いている目、笑みを我慢し切れていない口元。ローラにとってこのコアは魅力的だった。

「貴様ならそれを修復できるのか?」

キャスターの声には嘲りがある。キャスターの挑発にローラは表情を一変させる。

「できるのか?  舐めるなよキャスター。そこまで言うなら見せてやろうか、この『宝石細工師』の実力を」

割れたコアの欠片、その中でも拳大の大きさのものを拾い上げ、机に乗せる。

ライト、顕微鏡、石に研磨剤に数多くの工具が分類されて置かれている。

「オレに美しさを表現できない宝石なんてねえよ。この宝石も完璧な美しさに仕立て上げてやるぜ」

ローラは顕微鏡越しにコアを眺め出す。

その後姿を見るキャスターは一つの隠し事をしていた。

それはアサシンについて。

アサシンの遺骸を利用して、自分だけの駒にする。落とされた魔腕をくっつけることは出来なかったが、使徒を融合させた身体はとても興味をそそられるものであった。

同じ英霊の亡き骸を利用するのには、僅かな、ほんの僅かな抵抗があったが、王のためと即座に割り切る。王の勝利のためなら、いくらでも汚い手を打つ。

ローラが宝石いじりに夢中になっている間、キャスターもアサシンの身体を弄くっているのだった。






チルドレンにとって毎日のようにあるハーモニクステストで、リツコとミサトはその結果を観測している。

「ここ最近、アスカのシンクロ率とハーモニクスが上昇傾向にあるわ。マヤ、深度をあと0.3下げて」

アスカのシンクロ率とハーモニクスを示すグラフは先日から比べると上昇している。

「レイも少しだけど上昇しているわ。いい調子ね」

「シンちゃんはどうなの?」

ミサトの言葉にリツコは一度ため息をつく。

「シンジ君は相変わらずよ。最初に乗った頃から全く変わっていないわ。ATフィールドの展開もまだ。実戦でATフィールドの中和を見せたことはあるけど、実際に張れたことはないわ」

シンジのシンクロ率は乗り始めは20%台。そこからシンジが魔術回路を起動させていれば、80%台にまで一気に伸びるのだが、その途中にもそれ以上にもいくことはない。

「そっか、何が原因か分かってるの」

「分かってたらその訓練をさせているわ」

その時、計器の一つが甲高い電子音を立てる。

「弐号機、限界です」

「分かったわ。今日はこれで実験終了。三人とも、上がっていいわ」






実験用のエントリープラグから降りたシンジはアスカとレイを待つ。二人も程なく降りてきて、シンジからタオルを渡され、濡れている髪を拭く。

「頑張ってるね」

シンジはアスカに笑みを向ける。

「……うん。急には無理だけど、少しずつだけど受け入れられている。そして、私も少しずつ心を開いていく感じ」

アスカはどこかぎこちなく弐号機と接している。母だと分かったが、いきなり心を開くことは出来ずにいる。だから、アスカはどうすればいいかと考え、自分のことを教えていくことから始めた。

学校で何があったかとか、家で何があったか、そんなことをエヴァに乗っている時に考える。それは正しく親に自分の体験を伝える子どもである。

「そう。きっとそれでいいんだと思うよ。さっ、着替えて観測室に行こう? リツコさんも待ってるから」

並んで歩いていくが、男子更衣室でシンジと別れる。

アスカは一緒に歩くレイに上機嫌で話しかける。

「ねえ、レイ。今度あんたに何か奢ってあげるわよ」

シンクロ率が上がっていることが嬉しいのだろう。いつもはギルの奢りを受けているアスカが珍しくレイに奢ろうとする。

「じゃあ、フカヒレラーメンにんにくつきの大盛り」

「あんた魚は食べられるの?」

「アスカのおごりだと食べられる……気がする」

「気がするだけかー!!」

レイのいつものボケに対するアスカのツッコミが廊下に響く。二人の会話を聞くものはもうこのノリに慣れているため、苦笑するだけだ。

ユイ、レイ、アスカの関係はシンジ曰く、リーダーの長女アスカ、フォロー役の次女ユイ、意外性の三女レイの姉妹らしい。この順番は女の子暦が関係しているとのことだ。

着替え終わったアスカとレイは、シンジと一緒に観測室に行く。

観測室で待っていたリツコは三人にそれぞれ今回の結果を記した紙を渡す。

「今日の訓練はこれで終わりよ。三人とも帰っていいわ。そうそう、レイ。零号機の改修のことだけど、初号機のパーツを流用することで一応は目処はついたわよ」

「本当ですか?」

零号機は先の使徒戦までイエローのボディのままだった。大した損傷を受けなかったのと、第7使徒戦のときは時間が無くて、改修できなかったことが原因でずっと実験機としての状態だったのだ。それを、実戦用に改修するための計画が行われ、ついに完成した。といっても、ウエポンラックをつけて、さらに装甲の一部を取り替えただけなのだが。

「そしたらね、初号機のカラーリングと零号機のカラーリングが混ざっちゃってて、この際だからカラーリングを変えてしまおうということになったのよ。だから、希望する色があったら言って頂戴」

その言葉にレイは唇に指を当てて考え、答えを口にする。

「じゃあ、青で。できれば空の色がいいです」

「……わかったわ。じゃ、そうしておくわね」

リツコは手に持っている紙に『希望色:空色』と書く。

「僕がかつて希望色を言った時には無視したくせに、レイの言うことは聞くんですね。差別ですか? 差別ですね? リツコさん!!」

そのリツコの行動に妙な憤慨を見せるシンジ。

「……聞くだけ聞いておくけど、何色がいいの?」

「金色でお願いします」

「……どこからでも目立ちそうね」

「待て。目立つだけじゃない。金色のボディは全てのビーム兵器を反射するんだぞ」

アスカのツッコミにシンジは訳の分からない理論を言う。

「ビームサーベルではあっさり切れたけどね。大体、あれビームは反射するのに通信はちゃんと出来ていたわよね。どうなってるのかしら?」

クワトロ専用νガンダムとでも称すべき機体を思い出して、首を傾げるアスカ。

「シンジ君、私をシンジ君の色に染めたのに、まだ足りないの?」

レイが含羞をふくんだ表情で、さらに保護欲を掻き立てるようにもじもじと指を絡める。それを見たシンジは天啓を得たようである。

「そ、そうか!! 僕はユイと、それにレイも僕の色に染めてしまっているのだから、もうエヴァは染める必要は無いのか!! リツコさん、やはり紫最高ですよね」

「あなたの頭のからっぽ具合も最高よ」

シンジの毎度毎度の馬鹿さで頭を痛めているリツコは頭痛薬の常備しようと心に固く決めた。






その数日後の学校の帰り道に突然の夕立があった。校舎の玄関口でシンジたちは空を眺める。雨は止みそうにない。

「こりゃ、濡れるわね」

「僕が先に帰って、傘を全員分持ってこようか?」

「うーん、往復する時間を考えたらそれなら雨の中を走った方がいいかも」

シンジの提案は保留にされる。

「マリアさんと同じ方法を取るのは?」

「それはちょっと問題あると思うよ」

傘を持っていなかったマリアの取った方法は男子生徒から傘を借りたことである。相合傘でもなく、丸ごと一本借りたのだ。傘を失ったB組男子生徒は全く悔いることなく雨の中、走っていった。

「母さんに防いでもらおうか?」

「それはネルフのことも考えると問題だと思います」

ユイの提案の問題点をセイバーは指摘する。エヴァが出てきても、ATフィールドだけ出しても、MAGIに感知される危険性が高い。大体、この雨の中、濡れずにいれば否応なく目立つ。

いい案も浮かばずに、結局雨の中を走ろうとなったが、

「……これはっ」

その時、セイバーが感じなれた魔力を感知した。セイバーがそちらを向くと、見慣れた傘を差してこちらに歩いてくる長い金髪の女性がいた。手には3本の傘と黄色いビニールでできた何かを持っている。

雨の中、傘を差して帰ろうとする生徒達は横目でその女性を見て、そしてその美しさにはっとする。老若男女を問わず惹きつけてしまいそうな美女が校庭を横切っているのだ。余分な傘を持っていることから、この学校にいる誰かのために傘を持ってきたのは明白だ。その人物が誰であるかを確認するため、生徒達は足を止め、美女の行く末を見る。

その女性は、もちろんシンジの前で止まる。

「シン、傘を届けにきたぞ。我に感謝しながら使うといい」

傘を持った美女、ギルは偉そうに傘を差し出した。

「……うん、ありがとう」

シンジが受け取り、そして湿度ならぬ嫉度(しつど)100%になった。

「なぜだ! なぜ碇なんだ!? あいつはなんかのフェロモンを出しているのか!?」

「時代が望むのは馬鹿なのか!? あの馬鹿が女を惹き付けているのか!?」

「碇君。それは独身暦3×年の私に対する当てつけかね」

「シンジ、貴様は男の敵だ!! その女性を撮らせてくれない限り、もう俺達は友じゃない!!」

「ワイはお前を殴らなきゃあかんのや!!」

あらゆる方向から飛んでくる嫉妬の視線を感じながら、シンジはギルに尋ねる。

「ギル。学校に来ちゃダメだって言ったよね」

「なんだ、我が学校に来るぐらいなら雨に濡れた方が言いというのか?」

睨んでくるギルに対して、「うん」と言うことなどできずに「ありがとうね」と若干引きつった笑顔で返してしまう。

「ふふん、シンの命令などなくても常に最善、最良の行動を取るのが我の性分だ」

その最善と最良はギル主観であることを忘れてはならない。

「とりあえず、私達の分の傘も渡してよ」

「そうだな。ほら、これを使うといい」

ギルが差している傘を含めて、合計4本の傘と雨合羽を6人で使わなければならない。

「我がシンジと同じ傘を使う。残りの3本と雨合羽を好きに割り振ればいい。シン、入るといい」

「なっ!?」

ギルの主張にユイが絶句する。

「当然だろう。我が傘を持ってきたのだ。その分の見返りがあってもいいだろう。違うか?」

そう言われてはユイは言い返すことは出来ない。

ギルはシンジの腕を取ると傘の中に強引に入れる。二人が入ると窮屈になるので、シンジとできるだけ密着する。嫉度が120%になった瞬間でもある。(ユイの分もプラスされる)

周囲の視線を集めながら、歩いていくシンジ。その後ろをギルの行動に呆れながら、アスカとレイが歩く。ユイは嫉妬と殺意を放ちながら、セイバーは「もっとまともなものはなかったのですか」と文句を言いながら、黄色の雨合羽をまとって歩く。

色々と問題はあったが、とりあえずは雨に濡れることなく家路に着いたのであった。






「シンジ知ってる? ミサト昇進したんだって」

居間の畳でごろごろしているアスカがそんなことを言う。

「そうなんだ。後でお祝いを言わなきゃ。今まで一尉だったから、三佐になるのかな」

素直にミサトの昇進を喜ぶシンジにアスカは怒る。

「そうじゃないでしょうが。この間の使徒のとき、ミサトがどこにいたか知ってる!? エレベーターの中に閉じ込められてたそうよ!! 私達が襲われていたときによ!! なのに、なんで昇進なのよ!?」

それはアスカがリツコから聞いた話である。エレベーターの中で加持と折り重なるように倒れていたらしい。これを聞いたアスカは憤慨した。

「この間の停電は仕方ないと思うよ」

「その前だって一番頑張ったのはシンジじゃないの?」

「その時はスラータラーだよ」

「……その生き方絶対損するって」

「その分、誰かは得をするよ」

柳に風、というようにアスカが何を言っても、シンジは聞かない。そんなシンジにアスカも諦めたようだ。

「で、お祝いはするの?」

「うん。明日、この家でやるって。ヒカリも呼ぶ予定だし、加持さんとリツコもこれるから、ユイがご馳走作るって。シンジは誰か呼ぶの?」

シンジの頭の中に何人かの人物の顔が浮かぶ。トウジとケンスケは今日のギルとの下校時の様子から誘うわけにもいかず、マリアも問題あり、ジャンはどうだろうかと考えていく。

「う~ん、まあとりあえず連絡だけは取ってみるけどあまり期待しないね」

「アスカ、お風呂上がったよー」

風呂上りで、パジャマ姿のユイが居間にやってくる。目的はシンジに髪を拭いてもらうため。シンジは最近全員にブラッシングまで行うようになった。

アスカは着替えを取りに部屋まで行き、居間では髪の水気と放課後から放っている嫉度を落とすために、シンジが精一杯ユイに奉仕するのだった。






「「「「三佐昇進おめでとー」」」」

パァンとレイとアスカがクラッカーを鳴らす。

「ありがとうね、みんなー」

ミサトは照れたように髪を掻きながら、感謝の気持ちを述べる。着ているネルフの制服には三佐の階級を示す、階級証がついている。

居間にはシンジ、ユイ、レイ、アスカ、セイバー、ギル、さらにヒカリ、ペンペンまでもいる。ペンペンはヒカリの膝の上で一匹だけ先に料理をつまんでいる。

シンジはとりあえずジャンも誘ってみたのだが、あっさり断られた。それでも先だってのランサーの協力に感謝した。

「シンちゃん、あなた女友達しかいないのかしら」

ミサトはシンジに耳打ちする。最初に家に上がった時には初対面のギルと互いに一瞥しており、シンジにはギルが機嫌が悪いように感じられた。

「そんなまさか。……って、あれ? あまり否定できそうにない」

思い返してみると休日にトウジやケンスケと出かけた記憶が無く、ユイやレイといった、女性としか休日を過ごしていないことに気づく。

「……いや、……でも、……これはこれで、……いい人生じゃないか?」

「なにがよ。とにかく、早く料理を食べましょ」

自問自答するシンジにアスカがツッコミを入れる。

今回は未成年ばかりなので、アルコールはミサトが持ち込んだビールだけだ。1.5リットルののペットボトルのジュースが何本かあり、未成年者とギルはそちらで楽しむことになる。ミサトが車で来ているのにアルコールを摂取しているのはとりあえず脇においておくことにした。

よく食べるのはセイバーとアスカである。セイバーは気は急いても、箸は急かさないので行儀はいい。

レイはボウル一杯のサラダを一人で半分以上も取ってしまっている。ドレッシングにこだわりがあり、ドレッシングを目分量でブレンドしている。

ペンペンは鳥のから揚げを美味しそうに食べているのだが、ペンペンはその食材が何であるかを理解しているのだろうか、一同が不安になったりもした。

パーティーが始まって、1時間もしないうちに呼び鈴が鳴り、シンジが出迎えにいくと、加持とリツコがやってきた。

「お邪魔するわシンジ君。はい差し入れよ」

「こっちは俺からな」

「ありがとうございます。ささっ、おあがりくださいませ」

靴を脱いで、家の中へと上がっていく。加持はミサトに向けて片手を挙げて挨拶する。

「よっ、昇進おめでとう」

「げっ、祝いの席であんたなんか見たくなかったわよ」

「仕事を急いで終わらせてきた人間に言うことじゃないわよ。とりあえず言っておくわね。おめでとうミサト」

そう言ったリツコはアスカの隣にいるギルに目を向けた。報告でギルがこの家に住み込んでいることは承知していたが、素性が掴めない人物として警戒する。その警戒心はギルにも伝わったようで、ギルはリツコを視界に入れるのを止め、無言で食事に没頭する。

「やあ、男が二人だと肩身が狭いな、シンジ君」

加持はシンジの右隣に陣取る。手には缶ビールが握られている。

「そうですか、この家じゃ男はいつも僕一人ですよ」

「ははっ、両手両足に花だねー」

「ええ、一輪だけ棘ばっかりの花もありますけどね」

「ほう、それは誰のことですかシンジ」

箸を止めるセイバーは冷ややかな視線をシンジに向ける。

「いえ、訂正します。僕が触れようとすると棘を出す花でした。普段は棘はありません」

「そうですね。花だって摘んでくれる相手を選びたいでしょうから」

シンジとセイバーの師弟漫才を加持は笑う。

「いや、なかなか苦労してるみたいだね」

加持は蓋を開けたビールを傾けて喉に流し込む。

「全くです。そういえばこの間の停電の時はエレベーターに閉じ込められてたそうですね」

「アスカのボディーガードなのに情けないな。だがその話は後にしよう。今は宴会を楽しもう」

血なまぐさくなるので人のいるところでは止めておこう、ということだ。シンジも加持に倣って話題を変える。

「そうですね。では、僕も話の種を一つ提供します。この間二人で行ったあのファーストフード店なのですが、期間限定メニュー『女の戦い』というものが並びまして、ラブコメ味、昼ドラ味と2つの味があり、食べる人を楽しませています。ラブコメ味は甘いですが、昼ドラ味はとんでもなく苦く、さらに黒いです。上級者向けなので初心者はやめたほうがいいですよ」

「……なんでそんなにも返しにくい話題を振ってくるかな」






手洗いのためにと、席を離れたシンジ。そこに加持もやってきた。

「この間は大変なことになったみたいだね。あの停電は工作員の仕業でね、非常用の通路で工作員と思われる3名の遺体が発見されたよ。司令曰く、『人の敵は人』らしいがね」

正しい言葉ではあるが、シンジは心の内で否定した。

「……で、その身元とか所属する組織とか分かったんですか?」

「DNAと歯型を調べたところ、戦自の陸自隊員だと分かったが、いずれも一年以上前に除隊しているとの回答をもらったよ。押収した装備も戦自の正式装備とは違うものだったしな。遺体は綺麗なものだったよ。心臓を鋭い刃物で一突き、即死だったろうな」

失敗しても戦自そのものは責を問われることは無く、成功すればまた元に戻せばいいというだけのこと。

「それでだな、聞いてもいいかい?」

「何をですか?」

「いや、構える必要は無いよ。君を突っつくことじゃないから」

タバコを取り出そうとしたが、この家の住人に灰皿が無いことを思い出し元に戻す。

「その遺体は血を流していたんだけどね。その水溜りを誰かが通った後があったんだ。靴のサイズから子ども、まあつまりチルドレンだと思われているんだけどね。……君はそこを通ったのか?」

「通りました。全員で。使徒が侵攻していることを知りましたから、他のルートに変更している暇が無かったんです」

シンジは即答する。

「……そうか。そんなことをさせてすまないな。それじゃもう一つ。MAGI曰く『HERO』にあわなかったかい?」

加持にとってこちらこそが本題であった。

「HERO? ああ、あの使徒戦のときに僕たちを助けれてくれた人の呼称でしたね。確か分裂使徒のときでしたか」

「その通りだよ。その工作員は槍のような刃物で殺されたみたいなんだ。それも全員が一瞬で。それが可能だとしたら、あれぐらいの技量の持ち主なんじゃないかってことになってね。もしかしたら、君たちが見たかもしれないかな、って」

「見てないですね。停電時はジオフロントに下りるためのゲートは機能していませんでした。誰かに開けられたような痕跡も見当たりませんでしたし、最初から中にいたのでは? もしくは僕たちの後から入り別のルートを通り、そしてその問題の通路に来たか」

「そうか。せっかくのパーティーなのに時間をとらせてすまなかったね。俺はお手洗いを借りていくよ」






ヒカリもいることから10時前には一応お開きとなった。夜道は危険ということでヒカリはアスカとギルが送っていった。

リツコと加持だが、酒を飲むことを前提にきていたので、リツコはタクシー、加持は徒歩だった。

ユイはレイ、シンジと一緒に後片付けと食器洗いをしている。ヒカリも手伝いを申し入れたのだが、客人だからと断っていた。

「シンちゃん、私ももうそろそろ帰るわね」

居間にいるミサトがシンジに声をかける。

「車で来たみたいですけど帰れますか? ミサト姉さんが事故を起こすとペンペンまで大変なことになりますよ」

ペンペンは宴会の途中で抜け出し、シンジたちが捜すとこの家のお風呂に入っていた。遠慮の無いペンギンである。今はセイバーの膝の上で可愛がられている。

「うーん、まあまあってとこかしらね。ちょっち、酔い覚ますの付き合ってくれない?」

「分かりました。ユイ、レイ、後お願いね」

「うん」

「分かった」

エプロンをつけた二人がシンジに言葉を返す。






シンジはミサトを追って庭に出た。ミサトは星の見えない夜空を眺めている。

「何か見えます?」

「月しか見えないわよ」

ミサトはじっと空を眺めている。シンジもそれに倣って空を見た。黄色い月が綺麗だと感じた。他にも星を見つけたが、どの星座を象る星か分からなかった。

「……シンちゃん。聞いてくれる?」

ミサトがゆっくりと語りだす。酔いを感じられない響きで、どこか自嘲が混じっている気がした。

「何をですか?」

「私の戦う、いえ使徒を憎む理由。私にとってセカンドインパクトがなんだったか」

「聞きたいです」

その会話を盗み聞きするものはいない。これは二人だけの話となる。






ミニ劇場

ちびレイ「……おねえちゃん、おままごとしよ」(レイにしがみつく)

レイ「わかったわ。私はなんの役をすればいいの?」

ちびレイ「おねえちゃんはおねえちゃんのやくで、おにいちゃんはおにいちゃんのやくをするの」

レイ「じゃあ、おねえちゃんの役はなにをすればいいの?」

ちびレイ「いっしょにおひるねするの。レイがねているあいだ、ずっとそばにいて」

レイ「いいわ。毛布を用意しておくから、あなたはシンジ君を呼んできてね」

ちびレイ「うん」(とことこ走っていく)

レイ「……これだとおねえちゃんじゃなくてお母さんみたい」

その日、レイとシンジに左右の手を握ってもらいながら、ちびレイは幸せそうに寝てたとさ。






あとがき

ローラは宝石細工の魔術師ということにしました。宝石はけっこう頻繁に出てくるのに、細工する人があまり出てこないのでこんな配役です。
次の使徒、シンジが大ピンチ。だって、ATフィールド使えないし、かといって志願を辞退するなんてありえないし。さあ、困った困った。

ミニ劇場はレイのボケを出そうかと思ったけど、ここは真面目に。原作でもお母さんみたいだとシンジに言われてましたし、これでいいかなぁと。このちびっこが出てくるシリーズは多分、アスカエンド、レイエンドの光景とかだと思っても構いません。

感想、誤字脱字の指摘、文法的誤り等なにかありましたらどうぞ

誤字訂正と台詞の一部を変えました。



[207] Re[17]:正義の味方の弟子 第36話
Name: たかべえ
Date: 2006/07/15 07:35
正義の味方の弟子
第36話
奇跡を起こすために






その船は流氷と塩の塊の浮かぶ海を進んでいた。

小さいものは数メートル、大きなものは20メートルを超える。

だが、そんなこと海の色に比べれば、大した問題ではない。

赤。海の色は真っ赤であった。南極海という一つの大洋が真っ赤に染まっているのだ。

「一切の生を許さない世界、南極。……地獄の光景だな」

ブリッジの向こう、防護ガラスから先に広がる光景を見て、冬月はそんな言葉を漏らす。彼が若かりし頃はこんな光景など地上のどこにも見当たらなかった。

全ての生物、プランクトンに至るまでを完全に消し去ったその海。

現在は立ち入ることを完全に禁じられているこの場所に、禁域に彼らは足を踏み込んでいる。

「だが、我々はこうして立っている。生物としてな」

冬月の言葉にゲンドウが答える。サングラスの内側でどんな眼差しをしているかは冬月には分からない。

「科学の力で守られているからな」

「科学は人の力だ」

「その傲慢が15年前の惨劇を起こしたのではないのか?」

全てはこの氷の大陸から始まった。ここで一つの遺跡を見つけたことから始まったのだ。

「結果このありさまだ。与えられた罰にしてはあまりに大きすぎる。……まさに死海そのものだよ」

「だが原罪に汚れていない浄化された世界だ」

「これが汚れてないか。俺は罪にまみれても人が生きている世界を望むよ」

副司令としての立場ではなく、個人の立場で冬月は意見を言った。

船の目的地は15年前の事件の中心地。葛城探検隊と呼ばれた者たちが最後にいた場所。

障害物を押しのけながら、船はゆっくりと進める。

「しかし槍を手に入れても誰がそれをリリスに刺す? レイ君には近づくことさえできないのだぞ。完全に証拠を残しておらず、諜報部、保安部ともに数が慢性的に足りていない」

それはマリアと、そしてスラータラーの仕業である。スラータラーの殺害方法は『潰す』だ。その怪力を持ってして一瞬で人間の頭を潰してしまう。キャスターにより、もともとの数が減り、生き残っている者も数が減らされている。

「刺すだけならだれでもいい。レイは3人目に変えればいいだけだ」

それを聞くと冬月はブリッジから出て行った。

一人になったゲンドウはその思いを噛み締めるために、その思いを口にした。

「これこそがユイが望んだ世界だ」






「全ては15年前。光の巨人アダム。そこまでは同じ。しかしその後、ユイの歴史と違う理由。それは一体……」

暗い部屋の中、シンジはブツブツと呟きながら、思索にふける。ミサトから聞いた話、そこからシンジはずっと推察を行っていた。

シンジの両隣にはユイとレイがいる。二人とも静かに寝息を立てて、それでいてシンジのシャツを力強く掴んで、抜け出せないようにしている。両腕も二人の枕となっているため全く動かせない。

晩秋となり、少し肌寒い夜なのでいつもよりくっついている。

「……理由なんて考えるのはやめよう。姉さんの心を冒涜しているだけだ」

ミサトとの会話からセカンドインパクトの中身を知ろうとしている自分を悟り、そう言い聞かせる。

眠りに落ちるために目を閉じる。その時、一つの気配が生まれたことを感知した。

目を開くとそこには巨大な手がある。ユイの初号機、いやユイの母親の手である。

「……母さん。一つ聞いてもいい?」

返答は無い。もとより返事などできない。

「母さんは本当は人類の補完を目指していたのかもしれない。……でも、最後にはユイを取ったんだろ? だったら、僕がミサト姉さんに言ったことは間違いじゃない」

やっぱり返答はない。もとより声など出せないのだから。

「母さん、僕もユイも母さんが好きだよ」

シンジは今度こそ眠るために目を閉じる。

母の大きな手は子ども達のために布団を掛け直した。

言葉にしなくても伝わる愛情として。






突如観測された使徒に対し、ネルフは騒然となった。

「こりゃ凄い」

「常識を疑うわね」

あまりのことにミサトとリツコは感嘆してしまう。

前回の使徒戦は停電という人為的な事故があったが、今回はそれはない。しかし、使徒のほうが特殊だったといえる。

現れたのは成層圏を超えた衛星軌道上。

使徒の体型はエヴァをはるかに超える巨体で、奇妙な形のシンメトリーをしている。中心には巨大な目、左右の部位は手を思わせる。薄っぺらい身体をしているので体積の割りに表面積が大きい。

発令所のモニターは人工衛星からの画像である。二基の人工衛星が挟み込むように使徒の両側から監視する。

さらなるデータ収集を行おうとした瞬間に、モニターに砂嵐が起こる。

「ATフィールド!?」

「……新しい使い方ね」

その光景に、二人はこの使徒も厄介な敵であることを認識する。






「大した破壊力ね。さすがはATフィールドと言ったところかしら?」

今までに見せた使徒の攻撃方法にミサトは感心すらしてしまう。

自分の身体の一部を切り離して、それを落下させる。摩擦熱で真紅に輝きながらも燃え尽きることなく地表に落下した。

「落下のエネルギーをも利用している様ね。切り離した肉塊だけで大した威力だわ。取りあえず、初弾はインド洋に大外れ。で、2時間後には南シナ海。あとは確実に誤差修正をしているわ」

地図にはその着弾跡が残っている。波紋状に大波を立てる海、抉れた大地。それがしっかりと映し出されている。それだけの人が死んだのだ。

「来るわね。確実に」

「ええ、次はここへ本体ごとね」

その分析結果と被害報告のモニター映像から使徒がネルフ本部を確実に目指している。それを知り、ミサトは笑った。

「その時は第2芦ノ湖の誕生かしら?」

「いいえ、富士五湖が1つになって太平洋と繋がるわ。本部ごとね」

落ちれば日本本州が中央から分断されることになる。

「碇司令と連絡はついた?」

ミサトはなんのためかは知らないが、ゲンドウと冬月が南極にいることは知っている。立ち入ることを許されない土地で何をしているのかはミサトには知る余地の無いことだ。

「使徒が放つ強力なジャミングの為、連絡不能です」

「使徒の到着予定時刻は?」

連絡が取れないことを知ると、すぐに別の情報を知ろうとする。

「今までの経緯から予想すると本日1230です」

「MAGIの判断は?」

「全会一致で撤退を推奨しています」

その報告にミサトはしばし考える。

「どうするの? 今の責任者はあなたよ?」

リツコはミサトに判断を促す。その言葉にミサトははっきりと応える。

「日本政府各省へ通達。0800を以て、ネルフ権限における特別宣言『D-17』を発令。並びに周辺住民へのネルフ本部半径50キロ以上の強制退去命令を発令!!松代にはMAGIのバックアップを頼んでっ!!!」

その言葉にマコトは驚いた。

「ここを放棄するんですかっ!?」

「いいえ。ただ、みんなで危ない橋を渡る必要はないわ」






街に備え付けられているスピーカーはD-17に基づく避難命令のアナウンスを繰り返す。

街には誰もいなくなり、渋滞していた道路もすでにがらんとしている。電車も止まり、ビル群も必要最小限を除いて、地下に収容される。

嵐の前の静けさそのもの。

これより先、たった一瞬だけの嵐が大空から降ってくる。






「今回の作戦は頭上から落ちてくる使徒を手とATフィールドで受け止めてもらいます」

ミサトから提示された作戦をシンジ、レイ、アスカそれにユイ、セイバーは黙って聞いていた。この作戦になることは分かっていたから驚きはない。

足元のスクリーンには第3新東京一帯の地図が表示されている。地図には一帯を覆う大きな線が書き込まれ、その中は別の色で表示されている。

「使徒の現在地の詳細は不明よ。しかも、このどの部分に落ちても本部は壊滅するわ。だから、エヴァ3機をそれぞれ別の位置に配置します。本部の上空まできたら、最大望遠で捉えます。そして、使徒落下と同時にエヴァがスタート。手で受け止めてもらいます」

そこまで聞いて、アスカは口を挟んだ。

「……一つ聞いてもいい? この作戦成功率はいくらよ?」

だからアスカは低い声でミサトに尋ねた、いや問い詰めた。

「……0.000001%」

「ふざけんじゃないわよ!! そんなの作戦でもなんでもないわよ。奇跡でも起きない限り不可能よ」

ミサトの告げる数値にアスカは激昂した。

ミサトは黙っていることだったが、本来のエヴァ3機に作戦の成功率は0%である。挙げた数値はMAGIが謎の組織、つまりサーヴァントが介入したことを含めた上で出した数値なのだ。アスカの言うように奇跡がおき、可能な限りのサーヴァントが介入してもその程度なのだ。

「奇跡ってのは起こしてこそ価値があるものよ」

その言葉はアスカには白々しく聞こえた。宝具という奇跡にも魔術という奇跡にも限界があることを知っている彼女はミサトの言葉が安っぽいと感じたのだ。

「シンジ君はATフィールド張れません。初号機は使徒の落下の衝撃に耐えられるとは限りません」

レイは冷静なふりをしてミサトに進言した。本当はアスカの懸案事項も同じである。

「……それは分かっているわ。だから今回は命令を強制しないわ」

ATフィールドのない初号機では耐えられないことはミサトも知っていた。MAGIの計算ではたとえ半分の質量であろうとも耐えられず、そしてパイロットは絶対に死亡する。

だが、そのことを口にはしなかった。

「辞退しても構わないわ。三人ともよく考えてね。特にシンジ君」

ミサトの言葉を聞いて、全員がシンジを見る。

「辞退なんてしません」

全員は一つの思いを抱いた。

『やっぱり』

そんな感情。シンジが辞退しないことなどみな承知していたし、それでも辞退してもらいたくもあった。

「あんたがしないのならわたしもしないわよ!! このままだとあんた絶対に死ぬしかないじゃない」

「……私も辞退しない。シンジ君一人で戦わせるわけにはいかないから」

アスカとレイも決意を表明する。

「みんな、ありがとう。……原則として遺書を書くことになってるけど」

ミサトの言葉にシンジが少し考えて、口を開いた。

「じゃあ言い残すんで口述筆記してください『コスプレしているユイが見たかった。例としてはプラグスーツ、ナース服、ウエイトレスも最高。でも、サンタルックってのも捨てがたい』でよろしくお願いします」

「最悪の遺書だね。つうか、それって遺書なの?」

シンジの遺書もどきを聞いて、ユイがツッコミを入れる。

「……遺書ってそういうこと書けばいいんだ」

「違うよレイさん!! ボクも書いたことないから分からないけどシンジのは間違ってるって断言できるよ!!」

「『シンジ君にあの夜の責任を取ってもらえなかったのが心残りです』」

「だから違うって、……ええっ!? ど、どういうこと!? シンジ一体何したの!?」

「『たとえ遊びだったとしても、私はシンジ君の温もりを忘れません』」

「シンジと何したの!? ねえってばぁ!?」

ユイが問い詰めるもレイは何も答えない。そして、ユイの矛先はレイからシンジへと向きなおり、シンジの首を掴んで、前後に大きく揺らす。シンジは答えたくても答えることが出来ない状態。

「私は遺書なんか書かないわよ。死ぬ気なんて無いんだから。その代わり、無茶な作戦させた分のお礼はしてもらうからね」

「ネタの一つぐらい披露しなくていいの?」

「……ネタだったのね」

軽く脱力してしまう。

「成功したら、その時はステーキを奢るわよ」

「……安い。フランス料理のフルコースじゃないとダメ」

「レイ良くぞ言ったわ。ステーキなんてみみっちいものじゃなくてそれぐらいパーッと奢りなさいよ」

ステーキとフレンチのフルコースでは値段が大きく違う。それをこれだけの人数となると、ミサトの給料では賄いきれない。

「えっ、……そ、そうするとお金なくなっちゃうんだけどなー」

「奇跡は起こしてこそ価値があるもの。大丈夫です。葛城三佐なら無一文でも一ヶ月生き残れると信じています。その間、ペンペンは預かりますので心配しないでください」

先ほどのミサトの言葉を返すレイ。ミサトも言い返すことなど出来なかった。

だが、ふと思いついてミサトはユイとセイバーに尋ねた。

「ユイちゃんとセイバーちゃんは避難しなくてよかったの?」

「え、あ、はい。……シンジの傍にいたいですから」

「私は一応はシンジのお目付け役ですので、シンジの傍を離れるわけにはいきません」

二人の言葉を聞いて、ミサトはそれ以上言うのをやめた。

二人とそしてここにいないギルはもとより、この使徒を倒すのを手伝うつもりなのである。勝率を少しでも上げるために、ユイはエヴァを使う気である。

二人はシンジたちを見送った後、通路を抜けアスカの部屋から外へと出たのだった。






作戦決行まで2時間以上待ち時間がある状態で、ミサトはお手洗いに立っていた。

「酷い大人ね」

ミサトがお手洗いで手を洗っていると、リツコが後ろから声をかけてきた。

「あんな言い方をすればシンジ君は辞退しないって分かってるじゃない。それでもああいう言い方をしたんでしょ」

「……そんなことないわよ」

リツコの指摘はミサトも気づいていたことだ。自分がわざとああいう言い方をして、戦わせたのではないかという疑問が胸にある。いや、実際そうだと気づいている。

「……使徒の迎撃は最優先なのよ」

「そのために子ども達を犠牲に? 子ども達はあなたの復讐のための道具ではないわよ」

リツコは出て行った。

「……これでいいのよね、シンちゃん」






ケージへと向うエレベーターの中、アスカはシンジに問いかける。

「シンジ、あれって魔術じゃ止められないの?」

「あんなものを止めたいんだったら魔術じゃなくて魔法じゃないとダメだね。それこそ『月落とし』を止めた凛姉さんの大師父ぐらいじゃないと」

しかし、その人物の消息は全くつかめない。たまに現れては問題を起こして去っていく、まるで台風のような、いや災害そのものだ。

ユイとセイバー、ギルはエヴァの初期配置から離れたところに移動中である。大火力の宝具を持っている三人でも相手は難しいだろうが、それでもいないよりは勝率が上がる。

「今回は令呪の出し惜しみなんかできないな」

左の拳を強く握る。






街は静まりかえっている。もうスピーカーも動いていない。

初号機はクラウチングスタートの姿勢のまま、じっとしている。背についているアンビリカルケーブルは作戦開始と同時に外される予定である。

『使徒を最大望遠で確認』

『距離およそ25000』

報告を聞きながら、シンジはエヴァの中でミサトとの会話を思い出す。






「私ね、セカンドインパクトの時、南極にいたの」

ミサトは過去の出来事を話し出した。

彼女の知る15年前の真実を。

「父は家庭を顧みない人だったわ。いつも研究ばかりで学会や論文のことしか頭に無かった。父がそうだったから、母は泣いていたことを覚えている。母が父に離婚を申し出た時は『ざまぁみろ』なんて思ってたわ」

「父親が嫌いだったんですか?」

「理解する時間もなかったのよ。あなたと同じように」

口を挟んだシンジにミサトは返す。

「そんな父が南極に行くことになって、私を一緒に行かないかと誘ったのよ。私はその時、父が何をしているか知りたくてついていったわ。……そして南極でセカンドインパクトは起こったのよ」

ミサトは続ける。

「空はとても暗くて、吹雪いていたわ。私は怪我をしていて、ぼんやりと目を開くと父が私を抱きかかえて脱出ポッドに入れてくれた。私はそうして助かったのよ」

「波に流されるポッドの蓋を開けて私は大地を見たわ。そこには光の巨人と、そして不思議な光が見えた。それが第1使徒アダムだったわ」

ミサトはそこで一呼吸置く。

「私はネルフに入って、使徒と戦うことを決意したわ。父のことはよく分からないけど、それでも仇を討ちたいの」

「……命を助けられた、父親を理解するには十分じゃないですか」

「えっ?」

シンジの声には確かな意志があった。

「ミサト姉さんは父親のことを嫌ってなんかいない。そして、そのお父さんもミサト姉さんのことを嫌っていない」

「どうしてそんなことがいえるの?」

「その脱出ポッドに自分が乗ればいい。でも、それをしなかったのはミサト姉さんを助けたかったからでしょう。なら、理由はそれだけで十分です」

説得力に欠けている理由、でもシンジはその理由だと信じている。

なぜなら、ユイを守ろうとするエヴァンゲリオン、その中にいるユイの母親がそうなのだから。

「……そっか。そういえばシンちゃんはアスカのために火口に飛び込んだのよね。アスカのことが大事だからか」

そう呟いて、ミサトはシンジが使徒をおびき寄せるために囮になろうとしていたことを思い出だした。

「……ねえ、シンちゃんは嫌いな人はいる?」

「難しい質問です。苦手な人なら何人かいますけど、嫌いな人というのはすぐには思いつきませんね」

「好きな人は?」

「いっぱいいます」

「こんな話を聞いてくれてありがとうね、シンジ君。今日はもう帰るわ」

「僕は戦いますよ。ミサト姉さんの復讐とか関係なく、僕は苦しむ人が出ないように使徒と戦います。僕だけなら、戦力として扱ってもいいですよ。ただ使徒を倒すための力として使ってください」






「僕は使徒を倒す。みんなを守るために」

作戦決行まであと1分も無い。

シンジはエントリープラグの中、集中する。

「アスカ、レイ。準備はいい?」

『私はいい』

『こっちは完璧よ』

「なら、みんなであいつをやっつけよう」

応える声に、シンジも応える。

緊張は最大限に高まっている。

『使徒接近!! 距離およそ20000』

『作戦開始』

ケーブルが外れ、初号機は最大加速で走り出した。






ミニ劇場

ユイ「シンジ、頬にご飯粒ついてるよ」

シンジ「んっ。こっち?」

ユイ「逆だよ(笑)ボクがとってあげる……」

マリア「私がとってあげるわ。(指にとって、指をなめる)はい、ごちそうさま」

ユイ「何してるんですかマリアさん!!」

マリア「ユイのしたかったことよ」(くすくす笑う)

ユイ「そ、そんなこと(シンジの前では)しません!! 絶対しないからわざとご飯粒つけないのシンジ!!」

マリア「じゃあ、私がまたいただくわね」

ユイ「っ!? だ、ダメ!! それならボクが取るもん(シンジの頬からご飯粒を奪う)な、なに笑ってるんですか、マリアさん」

マリア「いえ、なんでもないわ」(手で口元を押さえる)

シンジ「(ああ、ユイってやっぱりかわいいな)」






あとがき

ユイ母さんの望んだ世界こそが正しい。ユイが幸せな世界のどこに間違いがあるというのだ! 論証できるのならするがいいさゲンドウ。
今回はまだ使徒の追加能力が決まってないんだよね。なにがいいかしら?

ミニ劇場を書き終わった瞬間思ったこと。

「……パルプンテってこういう魔法だったんだ」

書き終わるまでどうなるかは作者にも分からない、それがミニ劇場なのである。

感想、誤字脱字の指摘等、なにかありましたらお気軽にどうぞ

誤字訂正しました。



[207] Re[18]:正義の味方の弟子 第37話
Name: たかべえ
Date: 2006/07/19 14:56
正義の味方の弟子
第37話
究極の破城槌






「いくよ、母さん」

ユイに宝具を使うことの躊躇いはなかった。正体がバレてもかまわまかった。ただ、笑いあう家族を守りたかった。

シンジ、レイ、アスカはエヴァをクラウチングスタートの姿勢で静止させている。

もうすぐ使徒が降ってくるだろう。エヴァはユイに警告をしてくる。

ユイのエヴァはシンジ、ギルへの魔力の供給を止めている。完全な姿で動くためにはS2機関を最大にしなければならず、二人に回している余裕が無いのだ。

3機のエヴァのアンビリカルケーブルが外される。ユイも同時に宝具の真名を唱える。

未来を抱く揺籠の使徒!!エヴァンゲリオン

母を、エヴァンゲリオンを完全な姿で呼び出す。ユイは一瞬のうちにエヴァのエントリープラグ内に移動している。

ユイの願いなどとうに熟知しているエヴァは迷わず走り出した。

MAGIとの通信が出来ていないため、正確な座標はわからないが、エヴァの方が他の3機の進行方向からその地点を割り出している。

そこに向かって、一直線に、障害となる電線も建物も関係なく一直線に走る。






シンジは初号機を落下予測地点へと全力で走らせる。

初号機が足を動かすごとに、周辺の建物のガラスが割れ、電線が大きくしなり、時に切れていく。

予想落下地点にはレイが一番近い。次にユイ、自分、アスカだ。全機の速度から考えて、レイとユイが同時に到着すると分かった。セイバーとギルは遠く、迎撃には間に合わないかもしれない。

正常だった通信機は使徒のジャミングにより雑音しか流れてこない。煩いはずなのだが、今のシンジに気にしている暇は無い。

空の上の使徒は一直線に、予想地点に落下してくる。いける、と確信し、シンジはこの時、あることに気づいた。

「計算より速い!!」

シンジの目算では地球の引力による落下速度の計算よりも速く、使徒は落下している。加速度は定数なので、絶対にそれが変わったりすることは無い。だが、それが現実に変わっている。

使徒は地表に近づくにつれ、加速している。

ここにきて、シンジは使徒によって起こった弊害を思い出す。

「磁力か!!」

その推測は正しかった。

強力なジャミングが発生させたように、第10使徒サハクィエルは磁力を操る力を持つ。

手のような左右対称の部分は、磁石のS極とN極。あまりにも強力な磁力を持って、周囲の空間の分子に電荷を起こさせる。あとは自身と電荷した分子との引力、斥力を用いて自身を加速させるのだ。

地表に近づくにつれ加速しているのは空気中の分子の量が増え、その分電荷する分子が増えているからだ。

重力による加速度と、磁力による加速度。

重力の引力より電磁力の引力の方が力は格段に強い。さらに、空間中の分子が電荷しているため、ポジトロンライフルやビーム兵器は全て屈折し、使徒には届かない。また、物質の強磁性はキュリー温度を上回ることで消失するが、ATフィールドにより摩擦熱を遮断している使徒はキュリー温度を上回ることがない。

つまりサハクィエルは攻守ともに完璧な破城槌。一回きりの究極の打撃なのだ。

衝撃の威力は速度に比例する。速度が速ければ速いほど、威力は高いのだ。

歯を食いしばりながら、足の筋肉が断裂するほどの速さを願う。だが、もとよりこれが限界であり、これ以上速くならない。

自分が到達するにはレイとユイが2秒支える必要があると判断する。

二人の無事を願いながら、シンジはエヴァを動かし続けている。






零号機の中のレイは自分の右から走ってくるユイの初号機にちらっと目を向け、また前を見る。

二人で止められるのか、不安でたまらない。だけど、その不安を押し殺す。

なぜなら、ここまでやってこれたのだから。これからもやっていけると確信するのだから。

「くっ!!」

零号機とユイの初号機は目標地点のギリギリで足を止め急制動をかける。

地面を削りながら止まる、二人の巨人は即座に天に両手を掲げる。

零コンマ秒後に天から使徒がぶつかってきた。

互いのATフィールドがぶつかり合い、そして互いに中和されていく。それでも、視認できるほどのATフィールドである。

「くううっ!!」

腕にかかる重圧で口から悲鳴がもれる。それでも、手を伸ばしたまま痛みに耐える。

二機の脛がかかる圧力に耐え切れず圧壊する。その痛みも半端なものでなく、膝を突いてしまう。

(早く来て)

残る二人の到着を心の底から待ちわびる。

そこに今度はシンジの乗る初号機が駆けつける。レイ、ユイとともに使徒を持ち上げる。






「初号機がもう一体!?」

「マヤ、MAGIはなんと答えているの!?」

ネルフの発令所で残った最低限の職員達はその不自然な状態を目の当たりにしていた。

「MAGIはあれをエヴァンゲリオン初号機だと判断しています」

「あれを初号機!? いきなり出てきたのよ!?」

「ですが、MAGIは全会一致で判断しています」

ミサトの疑問は尽きないが、そんなことを考えている状況ではないと判断し、次は日向に命令する。

「日向君、もう一機の初号機と通信できる!?」

「ダメです!! 使徒のジャミングのせいで電波が届きません!!」

「なら、監視カメラの映像からどうやって出現したかを確認して!!」

「わかりました」

命令を受けた日向はキーボードを高速で打ち続ける。

「すごい!! もう一機の初号機のATフィールドは零号機、弐号機の総数の3倍以上です! あれが協力すれば、作戦の成功確率が二桁になります」

データを計測していたマヤの言葉に、発令所の面々は希望を抱く。

「これなら勝てるかもしれない」

ミサトの言葉は発令所にいる人間の総意だった。






「くっ、だがこの使徒の能力は僕にも上手く作用した」

上からの強力な圧力の中、エントリープラグの中のシンジは左手に意識を集中させる。

使徒の放つ強力なジャミングで通信が通じないことを理解したシンジは、心おきなく切り札を切ることが出来た。

「――契約によりマスターが命じる!!」

左手の令呪。

令呪は特定の呪文なしでも、持ち主が命令をイメージすれば使えることは分かっている。

イメージは完了している。

命令内容は『全力を持って、使徒を倒せ』

その命令対象はユイ。

プラグスーツに隠れた左手の令呪の一画が輝き、光が失われる。






ウウウオオオオオオオオオオオオンンンンンッ!!!!!

ユイのエヴァの顎部の拘束具が外れ、雄叫びが上がる。

「これが令呪による強化(ブースト)!?」

力が漲るように感じ、ユイは呟く。呟いた後に意識を集中させる。

ユイに力が満ち、エヴァも秘められた力を全てさらけ出す。理性なき暴走ではなく、ユイの制御の下の最大出力。

脚部の破損が一瞬で修復する。放置していても直ったのだが、令呪によりそれが瞬時に行われる。

両腕は頭上のATフィールドをまるでこじ開けるように中和、いや侵食していく。

ゆっくりだが、確実にATフィールドをこじ開ける。上を向いた初号機と使徒の巨大な目玉がお互いを見る。

そこに万全を期して弐号機がプログナイフを構えて特攻してくる。

ユイの初号機の両手の間、何の守りも無い使徒の中心たる目玉にナイフを突きたて、根元まで押し込む。

突き刺した瞬間、痙攣を起こしたように身体を一度震わせ、そして両端からゆっくりと大地に沈み込み、大爆発が起こった。

爆発の大きさはスラータラーのゴイトシュロスを軽く上回る。

山に生えている木々、建築物、自身の肉体、それらを吹き飛ばしていく。

監視カメラやレーダーも近くにあるものは壊れ、遠くにあるものはサンドストームを起こす。

肺を焼く高熱の空気の中、四機のエヴァが立っていた。

電源が切れたことで動かなくなった3機のエヴァを置いて、ユイの駆る初号機は一気に移動していく。

ある程度、爆発現場から離れてユイはエヴァを消す。乗ったときと同じで一瞬で地面に立っていた。突然の違いでも立っていられたのはエヴァが支えていてくれたおかげである。

「ありがとう、母さん」

ネルフに戻るために、ユイは駆けていく。

ユイは知らなかった。彼女をじっと見ていた存在がいたことを。

「あの宝具、なんで」

呟いた本人しか分からない内容であり、呟いた本人はすぐさま走り出し、ユイから離れていった。






「くっ!!」

アスファルトの道路で、その矢を払いのけたセイバーは膝をつく。

500メートル以上はなれた雑居ビルに立つマーターの矢にセイバーは苦しめられていた。

地下に避難するビル群と違い、第3新東京になる前に建造されたその建物は移動しない。それゆえ、遮蔽物のない状況で、マーターの矢は正確に、そして弧を描き、回り込んでくる投擲物の相手をしなければいけなかった。

「ただの矢でありながらなぜこうも威力が高い!?」

セイバーが払った宝具と放たれた矢。ギルを苦しめたその連携は、それはセイバーの力と魔力放出を持ってしても苦しめられるものだった。

使徒の戦いを眺めることしか出来ずに、セイバーはマーターと戦っていた。

マーターの実力は本物である。

アーチャー、第5次聖杯戦争で凛の最初のサーヴァントであった男は、その正体は衛宮 士郎の未来の姿。戦士ではなく魔術師であったからこそ、投影で作り出した剣を『矢』として撃ち出すという荒業をやっていた。

だが、この男はそうではない。このマーターは弓技と遠距離武器だけを鍛え続けた生粋の弓兵。

セイバーには一つの失念が浮かぶ。

ギルとシンジが契約したあの夜にマーターを仕留められなかったことだ。おそらく、マーターに切り込めたあの時こそがマーターを倒せるチャンスだったのだ。

立ち上がり、剣を構え、マーターを見据える。だが直感に任せて、地面に伏せる。

セイバーが伏せた瞬間に、使徒の爆発による爆風が一帯を襲う。

爆風が弱まり、壊れたビルをセイバーが見やると、そこにはマーターはもう立っていない。逃走、いや、マーターのほうが優位に立っていたことを考えるならば、撤退したのだ。

セイバーはかつてギルが言っていた、『ランクと威力がそぐわない』という話を思い出した。ギルは彼女の持つ宝具を原典にしているのならどんなものでも鑑定できる。自分の世界にはいない英雄だったと彼女は語っていたが、セイバーの方もその英雄の正体が分からない。

「なら、私とアーチャーに対して威力を変化させているのか」

セイバーは自分とギルの共通項を考える。しかし、二人ともそもそも伝説が違えば、弱点もまるで違う。セイバーの弱点は竜殺しであり、ギルには特に無い。

だが、いくら考えてもマーターの能力は分からなかった。






「使徒殲滅を確認!! やりました、作戦成功です!!」

その報告で発令所に歓声が湧いた。だが、ミサトとリツコは違っていた。

「マヤ、あの初号機はどうなったの?」

リツコの言葉を聞いて、マヤはコンソールを叩く。

「き、消えてしまいました」

不可解な現象を前に、マヤは声を震わせる。

「青葉君そっちは?」

「駄目です。レーダーに反応はありません」

「なにか計器に反応は?」

「電波がいまだ妨害されていますが、それ以外の計器は正常です」

「この前と同じね。突然現れて、突然消える。それでいて本部の3機のエヴァより強力だなんて」

ミサトは独り言のように呟く。その時は居合わせなかったが、報告だけは聞いていた。

「リツコ、エヴァの情報が漏洩したということはありえる?」

「ありえないわね。前の日重のときもエヴァの実績や特徴については調べてあったけど、製造方法に関してまでは知りえていなかったわ。知っていたのなら、少なくともあんな無様なものは作らないだろうから。
それ以外のことを考えても、E計画は最高機密。本部か支部のMAGIをハッキングしない限りは製造法は不明、試作機の初号機の製造データは本部にしかないわ。それにエヴァの開発には莫大な資金が必要だわ。なにより、」

「そして、最後に必要なのはチルドレン」

リツコの言葉を遮って、ミサトが言う。

「マルドゥック機関が見つけていないチルドレンなんて」

「とりあえず、この問題は碇司令に報告するしかないわ。今はエヴァとチルドレンの回収をしましょう」

「そうね。現時刻を持って『D-17』を解除。避難勧告も解除よ。本当にご苦労様」






『D-17』が解除され、街には徐々に人が戻り始めていた。

エヴァの全力疾走、使徒の爆発によって壊れた電線等の修理は遅れているため、街では停電している地域がいくつかあったが、それでも被害を最小限にとどめられたといってもいい。

「南極との通信つながりました」

青葉の報告と同時に、通信機がわずかな雑音とともに動き出す。雑音はすぐに止まり、通信機越しにゲンドウの声が聞こえてくる。

『状況を説明しろ、葛城三佐』

「はっ。エヴァ三機、そして所属不明のエヴァ初号機の介入がありましたが、使徒の迎撃に成功しました」

『……そのエヴァ初号機はどうなった?』

「突然出現し、使徒の迎撃の後、瞬時に姿を消しました」

『そうか。……よくやってくれた、葛城三佐』

「ありがとうございます」

褒め言葉だが、感情は全く含まれていない。ミサトも聞きながら、内心『お世辞か』等と思っていた。

『エヴァのパイロットはいるか?』

ゲンドウの言葉にミサトは言いよどむ。

「いえ、それが……」






「……なんであんただけ無事なのよ」

「ずるい」

アスカとレイはユイに恨み言を述べていた。

あの後、シンジ、レイ、アスカの三人は病院に搬送されることとなった。

見た目にはまったく問題は無いのだが、使徒の放っていた強力な磁力のせいで体調が悪くなり、念のため入院となったのだ。

本来なら、心臓が止まってもおかしくないほどだったのだが、アスカとレイはATフィールドに守られていた為、シンジは聖骸布のおかげで症状は軽度で済んでいた。

「そんなの知らないよ」

ユイは二人のために林檎の皮をナイフで剥いている。

三人と同じく使徒の間近にいたユイだが、過保護な母がユイの安全のことを忘れるわけもなく、ユイだけは元気だったのだ。

「二人とも、今は胃が弱ってるんだよね。林檎はこのままでいい? それともミキサーを借りてきてジュースにする?」

「そのままでいいわ。いくら磁力で内臓が弱ったからってそこまではないもん」

言ってアスカはイライラして叫ぶ。

「ああああーーーーー!! もうなんでこんな攻撃してくんのよ!! おかげでフランス料理のフルコースが食べられないじゃない!!!」

「食べたかったのに」

「叫ぶと気分悪くなると思うよ」

そう、体調を崩しているという理由でミサトはフルコースの奢りから逃げたのだ。体調が良くなったら、絶対に逃がさないと心に決めながら、林檎を口にする二人。

一個じゃ足りないな、と思ったユイがもう一個の林檎を剥こうとしたところで、病室のドアが開いた。

「ライダー、この桃を剥け」

手に大量の果物が入ったバスケットを持って、ギルはやってきた。ジオフロント内の病院だというのに、なぜかギルがいる。

「あの、どうやって入ってきたんですか」

ユイの質問にギルは陶器を蔵から取り出す。それはお香を焚くための陶器であり、甘い匂いが漂ってくる。

「これの匂いを嗅いだものは相手に対する敵愾心、疑念が湧かなくなる。長く嗅がせれば相手を旧知の親友のように感じてしまう。病院に入る際にこれの匂いを我の身体につけておいた」

あまり好まない匂いだから長くはつけていたくはないが、とギルは付け加える。

「それってすごい能力じゃないの?」

「そうか? 幻惑の類であるのでサーヴァントたちにはあまり通用しないぞ」

ギルはお香を背後の蔵の中に戻す。

「何を呆けている。早く果実を剥かないか?」

「あの、ギルガメッシュさんはこういうのできないんですか?」

桃を差し出すギルに、ユイが質問すると、

「我が剥いたら、汁で手がべとべとになってしまうではないか」

なにを当たり前のことを訊いている、と言った感じで返された。

「……正しいですけど、間違ってます」

脱力しながらもユイは桃を剥く。ギルに抵抗するのは無駄だと今までの経験上知りえているからである。

ユイが桃を剥くのを待っている間にアスカがギルに質問する。

「ギル、あんた使徒と戦っていた時どこにいたのよ」

使徒との戦いの間、何の援護もしてくれなかったので不満があるのだ。

アスカの詰問に対して、ギルはとても真剣な答えた。

「使徒が降ってくる前に街で子どもを見つけ、それを追っていた」

「子ども!? 逃げ遅れた子どもがいたの!?」

ギルの言葉にアスカは大声で聞き返してしまう。

「それは違うだろう」

ギルは室内を見渡し、監視カメラや盗聴器といったものがないかを確かめる。そして、ないことを確認するとこう口にした。

「その子ども、見た目的には幼かったが、中身はホムンクルスだった」

ホムンクルスという言葉に全員が絶句する。

マリアと同じ、作られたという意味合いならばレイとも同じ存在。そんな存在が人気の無い街にいたのだ。

「ライダー、手が止まっているぞ」

「えっ、ど、どうして、そんな子がいるんですか!?」

「知らん。捕まえようとしたが逃げられた」

「子ども好きのあんたにしては珍しく嫌ってるわね」

「いきなり魔力塊をぶつけられればそうもなる。話しかける前にいきなり連発で撃ってきた。我がそれの相手をしている時に、逃げていた」

ギルは手傷を負わなかったが、それで怒っている。

「レイさん、マリアさんに妹か何かいるって聞いたことある?」

「ないわ」

レイは即答する。だが、レイは言葉を続ける。

「でも何か知っているとするなら、それはマリアさんだけ」

レイが確信を持って、口にする。

聖杯戦争に参加しながらも聖杯の放棄を約束した彼女の思惑と謎の子どもの関係性。

全てを聞き出すための条件はかつて彼女が既に提示している。

それはスラータラーを倒すこと。






おまけ

「ギルガメッシュさん、剥き終わりましたよ」

手を汚したくないギルの気持ちを考え、ユイは一口大に切った桃を皿に載せる。

「ご苦労だったな、ライダー。では我はシンのところに行ってくる」

皿を持ってギルは部屋の外に出ようとする。

「ええっ!? その桃ってシンジへの差し入れなんですか!?」

「そうだ。このバスケットの中の梨とメロンは食べていいぞ」

「そうじゃありません!! そのシンジのお世話はボクがします」

「何を言う。我がするのだ」

「ボクです!!」

「我だ!!」

「病室で暴れんなぁ!!!!」

ギルとユイの激しい争いは今度はシンジの部屋で行われたのだった。






ミニ劇場

ユイ「みんなー、お菓子できたよー」

ちびユイ・ちびアスカ「「わぁーい!!」」

ちびレイ「……あまーいお菓子がいいの」

ユイ「ちゃんと甘いよ。みんなで仲良く食べてね。(こうやってお菓子作ってあげるの楽しいな。ボクって将来お母さんになったらこんな感じなのかな)あれ、みんなどこにいくの?」

ちびアスカ「シンジのところ」

ちびユイ「シンジおにいちゃんに『あーん』ってしてあげるのー♪」

ちびレイ「わたしはたべさせてもらうの」

ユイ「絶対に、『今すぐ』、『ここで』、食べなさい」

みんな「「「ええーー」」」

ユイ「ダメったらダメなの!!」

レイ「……子どもにまで嫉妬してる」

アスカ「……まさしく将来のユイを見ているようだわ」






あとがき

使徒の追加能力は電磁力です。もう開かないと思っていた物理学の教科書を開き、理論的に正しいかを検証し、これならいけるとこの能力にしました。
ジャミングができるってことは磁力を操れるってことだし、丁度いい能力でした。でも、あっさりやられちゃった。

新キャラ、謎のホムンクルス。初号機とユイを見ていた人とホムンクルスは同一人物です。誤解は多いようなので書いておきます。

ギルの『桃を剥け』というセリフはフルバの綾女さんが元ネタ。綾女さんの王様気質、素敵だよ。

番外編をあと1回書いたら次のスレッドに行く予定です。次は記念すべき番外編その10。さて、どこまで激しい萌え物語にしようかな。

感想、誤字脱字の指摘等なにかありましたらどうぞ。ちなみに単位認定試験が近いので更新が遅れるかも。

誤字訂正しました。



[207] Re[11]:正義の味方の弟子 番外編その10
Name: たかべえ
Date: 2006/07/24 09:57
正義の味方の弟子
番外編その10
絶対可憐(エヴァ)チルドレン ~もしかしたらあったかもしれない物語~






「遅刻遅刻~~!!!」

そういいながら、無人の道路で車を爆走させる女性、葛城 ミサト。

青のアルピーヌ・ルノーA310は対向車線にはみだしながらのドリフトを決める。

「なんで止まるのよ列車~!!」

叫び声を聞く者はいない。

なぜなら、謎の生物もとい第3使徒が接近中であり、特別非常事態宣言が発令されているため、住人は皆シェルターに避難している。

「ちゃんといてよね、シンジ君!!」

そのため、列車も止まり、待ち合わせの場所に待ち合わせの人物、碇 シンジは到着できないでいた。ネルフ本部の日向に問い合わせると、一つ前の駅で列車が止まっているとのことだから、そこへ向けてエンジンが焼ききれんばかりの猛スピードで車を走らせる。

駅に近づくと巨大な使徒が見えた。使徒はUN重戦闘機からのミサイルをものともせずに悠然と歩を進める。使徒の進行方向には運が悪いことに駅がある。

間に合わない、確信しながらもそれでもアクセルを緩めない。

使徒はそのまま足を振り上げ、振り下ろし、そしておもっきり後方へと飛ばされたのだった。

「……は?」

呆然としてしまった。

今まで傍若無人で歩いていた使徒が吹き飛ばされたのだ。ミサイルは通用していなかった。ガンポッドではさらに効果がないだろう。じゃあ、なにが吹き飛ばしたのか。

疑問に思いながらも無意識の内に身体は動き、駅前の緩い階段に車を横付けする。

そこには一人の少年と、そしてちいさな女の子がいたのでした。

「あ、葛城さんですか。おはようございます。僕が碇 シンジです。で、この子が」

「いかり ユイ、4さいです!」

大きな声で自己紹介する4歳児、碇 ユイ。

シンジは「元気よく自己紹介できたね」とユイの頭を撫でながら褒めてやる。そしたら、ユイはシンジににっこり笑いかけるのだった。

周りの騒動など一切気にすることなく、二人はほのぼのとした空気を振りまいている。






そう、この二人が第3新東京に来たことが物語の始まりなのである。






二人は後部座席に乗り込む。

ミサトはバックミラーを使って、改めて二人の容姿を確認する。

シンジと名乗った少年は、日本人であるにも係わらず銀色の髪に赤い瞳、肌も白人のように白い。服装は洗いざらしのTシャツにジーンズである。手には二つのリュック。その一つにウサギがプリントしてあることからユイの分も持っているのだと判断する。

ユイと元気よく名乗った幼女は、黒髪に黒の瞳、純粋な日本人といった感じである。服装は綺麗なブラウスとスカート。そして小さなポシェットを持っている。シンジの服装とユイの服装を見比べると、ユイのほうがお金がかかっていることが一目瞭然である。

確か年の離れた兄妹だったわよね、と内心資料を思い出しながら、二人に話しかける。

「シンジ君にユイちゃんだっけ、よく今まで無事だったわね」

「いえ、葛城さんが来てくれなかったら大変なことになってましたよ(街が)」

シンジは感謝してます、と最後に付け足す。

「ミサトでいいわよ」

ミサトの言葉にシンジはあいまいに笑うだけだった。

その時、ミサトはユイが自分を睨んでいることに気づいた。

「あの、なんでユイちゃんは私を睨んでるのかな?」

さっきから頬を膨らませながらミサトを睨んでいるユイの真意が知りたくて、シンジに尋ねる。

「そのことですか。葛城さん、なんて写真を送ってくるんですか!」

「しゃ、写真!? 写真ってあれのことよね」

シンジに叱られて、ミサトはどんな写真を送ったかを思い出す。数年前以上前の全盛期の写真に書き込みをして、出したことを思い出す。

「いや、だって、シンジ君のためにと」

「余計なお世話です。いいですか、初めに言っておきますけど、葛城さんは僕の守備範囲から大きくずれています」

「それって初対面の相手に言うことかしら!?」

「会ったこともない相手にあんな写真を送ってくる人に言われたくないです。おかげで、ユイの機嫌が悪くなってしまったんです。怒ったユイも可愛いけど、それでもやっぱりユイには笑顔が似合っているんです」

ミサトのツッコミを無視して、シンジは続けた。

「ユイに何度問い詰められ、そのたびに「ああ、焼きもちを焼くユイはかわいいな」と思っていたんです。ユイのご機嫌を取るため、二人で遊園地に行き、そしてなかよくアイスクリームをたべたんですよ」

身振りそぶりを交えて話すシンジを見て、ミサトはある疑問を感じる。

「……シンジ君ってまさか、シスコン?」

「違います。ユイを愛しているだけです!!」

人はそれをシスコンという、ミサトは心の中でツッコミを入れた。愛しているのくだりで、ユイは嬉しそうに笑う。

(ユイちゃんはブラコンなのね)

「二人って本当に倒錯、いえ、仲がいいのね、いつも二人一緒だったの?」

言葉を選んで二人を形容する。だが、それを否定したのはユイだった。

「ふたりじゃないの。おかあさんもいるの!」

「えっ!? だ、だって、ユイちゃんのおかあさんは」

そこで言いよどんでしまう。経歴を調べた時に、家族構成を知ってしまっている。幼いユイのことを思って、ミサトは最後まで言わなかった。

「あのね、おにいちゃんがいってたの。おかあさんはユイのそばにいてくれるって。そして、ずっとユイのことをまもってくれるの」

ミサトはその言葉を聞いて、黙ってしまった。

きっと母がいないことを不思議に思ってユイはシンジに尋ねたのだろう。その時にシンジはそんなことを言ったに違いない。

その様子が頭の中に浮かぶ。

(シンジ君、あなたを戦わせなければいけないけど、せめてあなたの家族になってあげたい)

しかし、ミサトは知らない。ユイは本当にお母さんに見守られているということを。






「シンジおにいちゃん、あのたてもの、なーに?」

ジオフロントへと下りるために車ごとモノレールに乗って移動している。そのとき、車の窓から見えた青いピラミッドのような建物を指差して、ユイはシンジに尋ねた。

「うーん、なんだろうね」

「あれが人類最後の砦。ネルフの本部でもあるわ。そして、あなたたちのお父さんが働いているところよ」






「葛城さん、ここさっきも通りましたよ」

ユイを両腕で抱きかかえるシンジが前を歩くミサトにそう言った。

ネルフ本部に着いたはいいが、今度はミサトが道に迷い、ぐるぐると同じところを回っているのだ。長く歩いたことでユイは疲れ、シンジに抱っこされて休憩中なのだ。

「ごめん、もうちょっとで着くから」

地図を眺めめるミサトは振り返ることなく、答えた。なお、その地図が上下反対であることにミサトは気づいていない。

そこで通路の横の扉が開き、白衣を着た金髪の女性が出てきた。

「ミサト、この非常時になにをやっているの!?」

髪は金髪だが、眉は黒なので染めていることはシンジにはすぐに分かった。ミサトはその女性を「リツコ」と呼ぶと、今度は両手を顔の前にあわせて謝った。

「ごめーん。まだ本部の道順を覚えてないから。でも、ちゃんとシンジ君とユイちゃんは連れてきたわよ」

ミサトの後ろに立つシンジをリツコは値打ちでも調べるように上から下へと眺める。

「この子がマルドゥック機関が選んだセカンドチルドレンね。初めまして碇 シンジ君。私は赤木 リツコよ。リツコと呼べばいいわ」

「いえ、赤木さんと呼ばせてください」

名前を呼んで、ユイに焼きもちを焼かせるというのを避けるために、シンジはほぼ全ての女性を苗字で呼ぶことにしている。

「まあ、いいわ。こっちについてきて頂戴」

リツコに先導され付いていく。

エレベーターでさらに下に降り、そしてプールのような水の張ってある場所に行くと今度はボートに乗って移動することになった。

ユイが転ばないようにシンジは抱き上げてボートに乗せてやる。

「こっちよ、暗いから気をつけてね」

照明がついておらず、真っ暗な空間にリツコを先頭に四人は入っていった。

「ユイ、転ばないように手を握ってあげるからね」

「まっくらー。おとーさんって『もぐら』さんなの?」

「きっと夜行性なんだよ。今から起こすんですね」

「……今明かりをつけるわ」

この二人にまともな感性を期待するほうが間違っていた、とリツコは深く後悔する。ユイは天然なのだろうが、シンジはわざとやっているのか判然としない。

明かりがつけられ、眩しさに目を細める。目が慣れると、シンジはあたりを見渡した。

赤いプールの中、イエローの巨人がいた。頭だけでシンジよりも大きい。自分達が立っていたのはプールの上にかけられた橋のようなものだと理解した。

「これはエヴァンゲリオン零号機、人類が使徒に対抗するために作り上げた最初のエヴァよ」

「これがおとーさんのしごとなの?」

リツコの言葉にユイが問い返した。ユイはこのロボット、エヴァの価値や存在意義など全く理解していないので、父の仕事の重要性が分からなかった。

「そうだ」

声に反応して上を見上げる。エヴァ零号機より上、ガラスの向こうにサングラスをかけ、髭面で、さらに黒い服を着た男が立っていた。

「ユイ、僕の後ろに隠れて!!」

そんな存在を視認すると、ユイを自分の後ろに急いで隠す。

「あ、あのどうしたの。あの人があなたのおとうさ、」

「変質者ですね。サングラスで視線を隠しながら、絶対にユイのことを見ているに違いありません。そこの変質者!! その下種な視線でユイを汚すな。そこから下りて、いやそこで待っていろ!! 今すぐそこに行き、貴様の目を潰してやる」

大声で罵倒するシンジ。ビシッと右手の人差し指で指している姿がシンジによくはまっている。

「シンジ君。だから、あのひとは、」

ミサトの説明を遮ってシンジはさらに上にいる男についての予想を口にする。

「分かっています。恐らくあの人は嫌な上司で、権力を笠にセクハラ、パワハラ三昧なんですね。こういった組織である以上、上の人間が強い権力を持つのが当然ですから、被害を受けた人は泣き寝入りするしかないんですね。なんて嫌な奴なんだ」

否定したかったが、あまり否定しきれずにリツコは指で頭を押さえる。

「あのひと、へんたいなの?」

「いや、そうじゃなくてあなた達の」

「ユイ、隙を見せちゃダメだよ!! お菓子をあげるって言われてもついて行っちゃダメだ!!」

「違うって言ってるでしょ!! だからあの人は」

もう説明することに疲れてしまったミサトには諦観がよぎる。

そんなことお構いなしに上のグラサン髭男(これだけだとマダオのようである)

「ふっ、出撃」

「ユイ、気をつけるんだ!! 『出撃』というのは隠語で、本当は『者ども、あの可愛らしいちみっこを捕まえて、我が前に差し出すのだ!!』という意味に違いない!! ユイ、急いでここを脱出するよ!!」

「あなたどこまで深読みしているのよ!! 文字通りの意味よ!! というより司令、この状況をさらに混乱させないでください!!」

親子揃ってなにやってるのよ、と心の中で歯噛みするリツコ。

その時、建物全体が大きく揺れた。

「奴め、ここに気づいたか」

「奴? つまりユイを狙う変質者がもう一人現れるということか!? ちっ、やはり都会には変質者が多いというのは本当だったな」(偏見です)

「……もう、そのネタから離れなさい(辞表書いてもいいかしら)」

今までシンジの後ろに隠れていたユイが、とことこと歩き、ちょうどグラサン髭男と正面で向き合う位置にやってくる。

「いけない!! ユイ、そこから逃げるんだ!!」

シンジの言葉に耳を貸さず、ユイはグラサン髭男を説得しようとした。






「へんたいさん、ユイはおにいちゃんのものですから、ユイをさらっちゃダメです」






めっ、と叱るユイ。

全員の時が凍りつく。その中で一人だけ動いているシンジはというと、

「ああ、もうユイはいつでもどこでも可愛いなー」

ぼたぼたと滝のように鼻血を流し続けている。流れた鼻血は床を伝い、赤い水、LCLのプールの中に流れ込んでいく。

兄の煩悩を刺激しまくるその言葉に、上の(ユイ曰く)変態さんもまた刺激されていた。頬を赤く染め、鼻の下をだらしなくのばし、さらに鼻息を荒くしている。正しく変質者である。

それを見たユイを除く全員が襲ってきた寒気に体を震わせ、そして必死に視界に入れないようにする。

「すまなかったなユイ。ユイ、これからは父さんと一緒の家で暮らそう」

「ふぇ?」

言われた意味が分からず、首を傾げるユイ。

そう、頭上に立つ謎のグラサン髭男、本名碇 ゲンドウはユイとシンジの実の父親だったのだ。

「へんたいさんがおとーさんなの?」

「そうだ。今まですまなかった。親子としての時間を4年も無駄にしてしまったが、これからそれを取り戻せばいい」

今のゲンドウのシナリオは『なるべくかっこいい事を言って父親として認めてもらい、最終的にはファザコンにする』という欲望と劣情の入り混じったものだった。

「さあ、私と一緒に暮らそう」

「いやです」

即答だった。間髪いれずにユイは拒否した。

「わ、わたしを拒絶するのかユイ」

膝から崩れ落ちてしまいそうなほどのダメージを受けたゲンドウはがくがく震えている。

「だって、ユイはおにいちゃんがだいすきなんだもん」

ユイはシンジのジーンズにしがみつく。そんなユイを抱きかかえ、シンジはゲンドウを見る。

『はっ、分かったかい変質者。これが僕とユイの絆なんだよ』

『おのれシンジぃ~!!』

『ユイのほっぺをぷにぷにしたことはあるかい? ユイと同じ布団で寝たことは? ないだろ、と・う・さ・ん。おやすみのチューは、って聞くまでもないか』

『き、貴様~!! 絶対に生かしてはおかんぞぉ~!!』

視線だけで会話する、数年ぶりに再会した父と子。実は仲がいいのかもしれない。

だが、そうこうしている間にも使徒の攻撃は続いている。時折、ガタガタと建物全体が揺れている。

だが、今度の揺れは大きく、そして長かった。

照明の一つが落ちてきて、LCLのプールに沈む。その音にびっくりして、ユイはシンジにより強くしがみつく。その光景に眉をピクッと動かすゲンドウ。

「戦え、シンジ(乗り込んだら零号機ごと爆破してやる)」

「断る。子どものために戦うのが父としての役目ではないのか(あんたの思惑は読めてんだよ)」

「人類を救うためだ(お前は人類でも守ってろ。ユイは私が守る)」

「元々は父さんの仕事だろ、子どもに押し付けてはダメだよ(人類にあんたが含まれている以上、守る気ゼロだよ)」

一歩もひかない視線と視線。

そこに新たな照明が落ちてきた。今度はLCLのプールへではなく、シンジたちが立っているブリッジへと直撃、轟音を立てた。

「ぐすっ、ぐすっ、うえええーん(泣)」

その音に驚いて、泣き出してしまうユイ。元々怖がりで、大きな音が苦手なユイは台風や雷の際は決してシンジから離れようとしないのだ。

「ユイ、怖がらなくていいよ」

「シンジ、人類のためだ。戦って来い(さらばだ、シンジ)」

酷薄の笑みを浮かべて、部下に命令するゲンドウ。シンジの周りを黒服の人たちが取り囲む。

ユイを庇うように構えるシンジだが、不利なのは一目瞭然である。

「ユイには傷をつけるな」

シンジは痛めつけろ、という意味で命令する父親。

それに対して、娘は母に頼ったのだった。






「ぐすっ、おかあさん、たすけて」






直後、紫の巨大な腕が黒服を吹き飛ばした。LCLに叩きつけられる黒服。

「な、なんだと。こ、これは」

見たものを信じられずに言葉を詰まらせてしまうゲンドウ。

ユイを脅かす敵がいなくなったことで、腕だけでなく、肩、上半身、そして頭までが虚空から出現する。

「こ、これは初号機!?」

「初号機ぃ~!?」

驚くリツコ、そしてリツコの言葉に驚くミサト。

「エヴァンゲリオン初号機。試作型のエヴァンゲリオンで、3年前に完成し、直後消失、今までどこにあるかわかっていなかったのよ」

「母さん。いつもありがとうね」

「ぐすっ、おかあさ~ん」

二人に対し、腕をゆっくりと動かし、指で優しく撫でてやる初号機。

「おかあさん、だいすき」

甘えるように頬をよせるユイ。初号機はユイのしたいようにさせている。

「ユイちゃんは初号機を『おかあさん』って呼んでるけど?」

「初号機にはユイちゃんのお母さんの魂が篭っているのよ。それが理由のようね。見て、ユイちゃんを守るように陣取っているわ」

冷静に観察するリツコだが、同時に初号機の危険性に内心脅えていた。

(ユイちゃんが呼んだから出てきた? ということはユイちゃんを危険な目にさせ合わせなければ初号機は出てこないということ? いえ、せっかく出てきたのだから使徒を倒させましょう)

腕の射程内に入らないようにしながら、メガホンでシンジに話しかける。

「シンジ君。お礼はあげるから、とりあえず初号機に使徒を倒すようにお願いしてもらえるかしら」

「分かりました。母さん、上で暴れている使徒をやっつけてくれないかな?」

シンジのお願いに、母はちょこっと考える。シンジだけでなく、ユイの意見も聞きたいのか、無言でユイに催促する。

「ユイが怖がらないようにするためにもお願い。ユイからもおねがいして」

「ぐすっ、うん、いいよ」

落ち着こうとするユイに、シンジはハンカチで顔を拭いてやる。涙を取り除くと、ユイも落ち着いて、そして母にお願いした。

「おかあさん、しとさんやっつけて」

そう、この言葉だけでよかった。

エヴァは腰と脚部まで出現させる。

「初号機が動くわ。ハッチまで誘導して!!」

エヴァによる被害を少なくするために、整備部に命令して付近にあるシャッターを開けさせる。開いたところからエヴァは出て行き、そして打ち出されていった。

そこまで眺めていたゲンドウはというと、

「ユイ(ちび)と仲直りできれば、ユイ(妻)とも仲直りできるのか!! ふっ、問題ない」

だが、ユイ(妻、シンジたちにとっては母)のブラックリストのトップにゲンドウの名が載っていることを彼は知らない。






「……見事に一方的な戦いね」

「すごいラッシュですねー。これって空中コンボですか」

「初号機はATフィールドを発生しています。これってダミープラグ必要ないんじゃないんですか」

「その通りね」

発令所の面々はぼうっとモニター越しの使徒と初号機の戦いを見ていた。一方的な初号機の攻撃に、逆に使徒に哀れみを感じてしまう。頭のような仮面から涙らしきものが流れていることを観測していた。

「初号機って動力源はどうなっているのかしら。あと、消えたり出てきたりする原理も」

リツコの疑問を聞いていたのなら、ユイ(母)はこう答えただろう。『母の愛の力』だと。事実は小説より奇なり、東方の三賢者の一人である女性は今のボディになって、その言葉を実感しているという。

無限の稼働時間は母の愛ではなく、元々偶然S2機関が発現していたため、消えたり出てきたりする原理はディラックの海と呼ばれる虚数空間に普段は居り、そこから周囲を眺め、ユイがピンチの際に出てきているのである。

そんなことを考えている内に、使徒は殲滅完了した。身動き一つできずに地面に倒れている。自爆して、最後に一矢報いようとしたわけなのだが、その暇も与えてもらえなかったのだ。

使徒が片付き、発令所の皆様がほっとしたところで、エヴァ初号機からの通信が入った。

『次はあなたたちです』

通信というよりはメールだった。発令所のコンソール全てに対して、同様のメールが送られていた。

「……どうやって送ってきたのよ」

『こうやってです』

「!?」

リツコの言葉に完璧に反応したメールが即座に送られてきたのだ。

「あ、あの先輩。MAGIがその、エヴァ初号機に協力の姿勢を見せています」

「どうして!?」

「し、知りませんよ」

MAGI、ネルフ本部の最重要のスーパーコンピューターであるそれは、設計者であった赤木 ナオコの思考パターンが3つに分けて、プログラムされている。

科学者としてはこの謎のエヴァに興味をそそられて、母としては娘のためなら命を懸けるユイに共感して、女として、厳密にはショタ好きとしてはシンジがたまらなく好みで、世界最高のスーパーコンピューターは自己判断が出来るがゆえに、3台ともあっさりとエヴァの配下に下ってしまったのだった。

『さあ、どうします?』

「「「「「「「「……どうか命だけはお助けください」」」」」」」」

巨大スクリーンに向かって、発令所の全員で土下座したのだった。

『では、サルベージをなんとしても成功させてくださいね。目安は一月でお願いします』

はい、としか言えない発令所の皆様だった。この日から、全員、完全徹夜の一ヶ月になるのだった。






「ユイ、今日はユイの大好きなエビフライを作るからねー」

「わぁーい」

マイペースな兄妹だった。






その次の日から、ユイがネルフに遊びに来ると、

「ユイちゃん、このお洋服着てみない?」

「ユイちゃん、お菓子あげようか?」

「シンジ君、お小遣いをあげるからユイちゃんに美味しいものでも食べさせてあげるんだ」

と、皆さん、やけに爽やか過ぎる笑顔で、さらにとても親切になっていたという。






暗い室内には数人の男、それも老人と称すべき男達がいる。ゲンドウと冬月以外は立体映像である。今まで何度なく行われてきたこの会議だが、今回は訳が違った。

「し、死海文書に記されていなかったユイちゃんの来襲! こ、この修正容易ではないぞ!」

「さ、左様。ゆ、ユイちゃんへのプレゼント代で国一つが傾いてしまうよ!」

「さ、幸いといえる。シンジ君という安全弁が存在するという点ではね」

「い、碇、親として子どもの手綱はちゃんと握っておけ。私はこれからユイちゃんのプレゼントを買いに行かなければならない。今日の会議は終わりだ」

世界を裏で操る偉い人も、純粋な暴力、そしてMAGIオリジナルを相手にしては勝ち目が薄かった。というよりも無かった。

各支部のMAGIコピーは全て乗っ取られ、日本政府は上層部の弱みを握ったことで傀儡化してしまっていた。いまだにシビリアンコントロールなので、政権を維持するためにもMAGIに従うしかなくなっているのだ。

「す、全ては」

「「「「ゆ、ユイちゃんの御心のままに」」」」

消えた立体映像。映像の主たちは老体に鞭打って、ユイのためのプレゼントを買いに行くのであった、

「……碇。俺はぬいぐるみを買いに行って来る」

冬月もまた、ユイ(母)の機嫌を損ねないためにも、ユイ(ちび)のために贈り物をするのだ。

「冬月先生」

「どうした」

「私の分も買ってきてくれませんか?」

「確かにその人相では幼児狙いの犯罪者にしか見えんな」

「私はこれからユイと二人で暮らせる家を購入してこようと思います(ふっ、その程度の金など経費で落とせばいい。さあ、ユイ。約束の時が来たぞ)」

司令室を出て行くゲンドウを見て、

「その二人とはユイ君とお前ではなく、ユイ君とシンジ君のことになるのだな」

冬月の言葉は正しかった。






その後の第3新東京では、

「危ない!!」

事故に遭いかけた幼稚園児を危機一髪で助けたシンジ。

「(たすけてくれたの? 『ひーろー』みたい)」

「(朝からユイにショッキングな映像を見せるわけにいくか!! ユイのトラウマになったらどうするんだへぼ運転手!?)」

極めて変な理由で事故を防いだシンジ、そしてシンジの思考など知る余地も無く、シンジにほれてしまう特撮ヒーロー好きなちびっこ、レイ。






「シンジ♪ わたしがシンジのおよめさんになってあげる♪」

「だめーー!! おにいちゃんとっちゃだめなのーー!!」

海を越えてやってきたユイの最大のライバルにしてちびっこ、アスカ






「ユイ君、僕は君に会うために生まれてきたのかも、(バキッ!!)ゴフッ!!」

「ふざけるな!! ユイは渡さないぞ、このロリコン!!」

どこからか湧いてきたロリコン、そして始まるシスコンとの、世にも醜い争い。






『だ、ダメだ。歯が立たない』

「おにいちゃんがんばって!!」

「ユイちゃん、シンジ君を勝たせたかったらこの紙に書いてある言葉を大きな声で読んでくれないかしら?」

「うん。……『しとさんにかったら、おふろでせなかをながしっこしよ』」

『くたばれ使徒ーーーっ!!!! ユイとのお風呂が待ってるんだーーー!!!』

「ふっ、勝ったわね。けど、……無様ね」

ユイの一言だけでシンクロ率を急上昇させるシスコンに手も足も出ない使徒たち。




第3新東京市は今日も平和であった。

なお、ユイの通う幼稚園は何よりもまず『道徳』の授業を重視したという。






人物紹介

碇 シンジ ……シスコンの中学二年生。ユイを愛している。

碇 ユイ  ……おにいちゃんが大好きで、お母さんも大好きなちびっこ

綾波 レイ ……シンジのことがだいすき、部屋にはぬいぐるみがいっぱいある。ちびっこ

惣流・アスカ・ラングレー ……シンジの幼馴染の中学二年生。同じ名前の妹がいる。

惣流・アスカ・ラングレー ……自称、シンジの婚約者のちびっこ。同じ名前の姉がいる。ユイの永遠のライバル。

エヴァンゲリオン(母) ……最強。娘命。怒らせたら死ねます。

葛城 ミサト ……ツッコミ&作戦部長

赤木 リツコ ……技術部長にして真の作戦部長。ユイに紙に書いた文字を読ませることでシンジを強化(ドーピング)します。

碇 ゲンドウ ……変質者A。見るからに犯罪者。お母さんによく鷲掴みにされている。

冬月 コウゾウ ……いてもいなくても変わらない人。

渚 カヲル ……変質者B。イケメンを装ってユイに近づいてきます。ゲンドウが右手、カヲルは左手に捕まります。

ゼーレ   ……お小遣いとプレゼントをくれる優しいおじいちゃんたち(ユイ主観)






ミニ劇場

ギル「ジャックのスリーカード。我の上がりだな。これで7連勝だ」

アスカ「あんた毎回絵札と1、2しか持ってないから当然じゃない」

レイ「アスカとの2位争いにも飽きたわ」

ユイ「ボクなんか毎回ブービーだよー。なんでいつも、7より上のカードがこないんだよー」

シンジ「僕の運って最悪ですか!?」

ユイ「シンジってこういうゲーム苦手なんだー。じゃあ、シンジが大富豪になったらご褒美あげるね」

ピシッ!!

アスカ「……墓穴を掘ったわね」

シンジ「さあ、やろうか」(カードが両手の間で舞っている)

ユイ「あ、あれ? さ、さっきとカード捌きが違う!?」

シンジ「革命!! 階段!! 上がりだ。さあ、ユイご褒美をくれ!!」

ユイ「えええーーーっ!? だ、誰か助けてよー。シンジ、その服は何ー!?」






あとがき

なぜだ!? なぜ試験が近い修羅場に限ってネタを思いついてしまうのだ!? 忘れないうちに書きとめようと思ったら、まるまる一本できちゃったじゃないか!! つまり、読者にとっては私が切羽詰っているほうがいいのか。

今回は10回目なんだし、派手に楽しくやろうと思い立ったのでした。正義の味方の弟子ではないシンジと、絶対可憐なユイ。
うん、誰もユイ(ちび)とユイ(母)に反逆できないね。
シンジがセカンドなのはレイがちびだから。順が繰り上がって、アスカがファーストになってます。
時間があれば、これで長編を作りたいのだけど、こんなものを書いてたら弟子の本編が進まなくなるので、放棄です。誰か、これを完結させてくれる人いないかな?

感想、誤字脱字の指摘、これを書きたいです、等なにかありましたらどうぞ。次からはスレが変わります。

誤字訂正しました。


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