正義の味方の弟子
番外編その6
彼らの休日
その日、その家の中では絶対にありえないはずの光景があった。
「ふえーん(泣)、アスカが、ユイのおかしとったーーー(泣)」
大声で泣くユイ。今日の彼女はなぜかいつもの半分ぐらいの大きさである。
「うるさい。ユイのものはアスカのものなの」
べーっ、とユイに舌を出すアスカ。やっぱり半分ぐらいの大きさだ。
「…………おかし?」
熊のぬいぐるみをかかえながら、ぼんやりと頭をかしげるレイ。これまた半分(以下略)
「ユイもレイもアスカもアルトリアのいうこときいて!!!」
そんな三人をまとめようとするアルトリアことセイバー。小さい。
「ほら、あ、あぶないからそんなことはするな」
棚の上に上ろうとするアスカを唯一、いつもと変わらないギルガメッシュがあたふたしながらおろす。
そんな光景を目の当たりにするシンジの一言。
「うむ。素晴らしいぐらいに異世界だ」
さすがのシンジも一瞬、面食らったようである。
とある休日。ちょっと目を放した隙に出来上がったこの世界。
ちびっこたちによって保育所が出来上がったのである。
「打ち出の小槌はどこいったけ?」
思わずそんなことを口走る。そんなもの持ってはいないのだが、なぜか探してしまう。
そんなシンジにユイが駆け寄ってくる。
「シンジ、アスカからユイのおかしとりもどしてよ」
舌たらずな言葉でユイはシンジにお願いする。今の4歳ぐらいだろうか。背丈はシンジの半分も無い。
涙目で、上目遣い。その相乗効果にシンジは耐えられない。
(キタアアアアアアアアアアアアaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!)
心の中の大絶叫など全く顔に出さず、ユイをシンジは抱きかかえてあやす。
「はいはい。おかしならまだいっぱいあるからね。喧嘩しちゃダメだよ」
ユイを抱えたまま、台所へと向かい、高い棚の上においてあったクッキーの箱をとる。その中から一枚取り出して、ユイにあげる。
「ユイ。はい、あーん」
「あーん♪」
いつもだったら絶対にしないようなことをこの子供ユイは素直に行う。クッキーをくわえたユイは満面の笑顔。お日様のようににこやかで明るい笑顔である。
「ありがとうシンジ」
「どういたしまして。そうそう、これからは僕のことは『おにいちゃん』か『シンジおにいちゃん』って呼んでね」
「うん。『シンジおにいちゃん』」
シンジにとって譲れない何かがそこにはあったようだ。
「つまりはアスカのわがままから始まったと?」
「その通りだ。若返りの薬を飲んでみたいと言い出してな」
「レイちゃん、くまさんかして」
「いや」
「で、ユイとレイと姉さんまで子供になっているのはなぜ?」
「気がつけば小さくなっていた。アスカが飲み物にでも混ぜたのだろう」
ユイとレイのくまをめぐる戦いをBGMに、シンジとギルは大事な話をしている。アスカはいたずらに余念がなく、セイバーは全員にお姉さん風をふかそうとするが、誰にも相手にしてもらえない状況。
「……この薬の効果ってどれくらい?」
「これは若返らせる薬だからな。相反する薬を飲ませない限りは一生だ」
「じゃあ、すぐにでも飲ませようか」
「そうするか」
話し合いの結果、現状を打破することに決めた。
だが、アスカの一言でその意思は崩れた。
「ねえ、シンジ。ゆうえんち、いきたーい」
普通のパパであれば、「えーっ」とか「パパは疲れてるからだめ」とか言うだろうが、シンジは違う。
「遊園地か。そうだな、ぜひとも行こう。きっと楽しいはずだ」
子供の笑顔は貴いもの。そのためなら、どんな苦労もいとわない。それが彼なりの正義である。
決して、この子達の可愛さをもっと引き出したいとか思ったわけではない。
「いいのか?」
「まあ、一日ぐらいはいいと思うよ。それにね……」
最後をシンジははっきりとは言わなかった。ギルがそれを問いただそうとするも、シンジはちびっこたちに向き直った。
「はーい、みんな。今からお出かけするから準備してねー」
「「はーい」」
元気なユイとアスカ。
「……」
元気がないというより、どう反応したらいいか分からないレイ。
「わかりました」
年長であることをアピールするセイバー。
「……シンジがそういうのであれば」
自分に構ってくれないのは寂しいが、渋々承諾するギル。
こうして、彼らの休日は始まった。
本当に唐突だが、ここで(女の子)全員の服装を描写することにしよう。
まずはユイ。真っ白のブラウスに紺のスカート、エナメルの赤い靴に白い靴下。シンプルな装いだが、ブラウスには細かく美しい刺繍がしてあり、誰からも愛されているお姫様という感じだ。あまり長くない黒髪の右側には白いリボンがある。ちょうちょ結びのリボンはもちろんシンジがしてあげたもの。服装もシンジのコーディネート。
次にレイ。大胆な紐のノースリーブにハーフパンツ。頭には黒のカチューシャ。脇が大きく開いているそれは、体のボリュームはない分恐ろしい。おとなしい彼女の印象からは遠いが、似合ってないとは決して言えない。この服を選んだのはシンジ。手にはお気に入りの熊のぬいぐるみを抱えている。
さらにアスカ。彼女は黒の子供用ドレスで、髪型は髪を二つに纏めたツインテール。いつものヘッドセットではなく、ギルの手作りの紐。ギルと手をつないで、まるで本当の親子のようだ。この服はアスカが選んだ。
そしてセイバー。彼女はバックル付きのズボンに、フード付きのトレーナー。フードはライオンを模したもので、とても気に入っているらしく、被りながら時折「がおー」と吼えている。もちろん、セイバーが選んだ服である。
最後にギル。彼女は着飾っていない。安物のサマーセーターとロングスカート。だが、その気安さはシンジとこどもたちとの親密さを表している。もっとも、服が貧相であろうが彼女の魅力は打ち消しきれない。
そんな彼女達を引き連れて、シンジは遊園地へとやってきた。
こんな異常なパーティーであれば、普通の街中ならそれこそ嫉妬だけで殺されかねないが、ここはカップルと親子連れしかいない夢の国。視線も一瞬で外れて、風船を配る着ぐるみへと向き直る。
そんな夢の国。子ども達ははしゃぎ、大人も童心に戻ってはしゃぐ。
「あっ、ふうせんくばってるー」
「ユイもいくからまってー」
「アスカもユイもまちなさい」
とたとたと走っていく三人組。残されたのはシンジとレイとギル。
「どうしたのレイ。二人についていかないの?」
「……ふうせんってたのしいの?」
不思議な質問をするレイに、シンジはレイの目線の高さまでしゃがむ。
「うん、楽しいよ。風船はぷかぷかお空の上を浮いていてね。レイの抱いているくまさんも風船と遊びたいって」
「そういってるの?」
「そういってるよ。僕がついていってあげる。だから、一緒に風船もらいにいこ?」
シンジはレイの細い手を優しく握る。
「……うん。おにいちゃん」
「おにいちゃん?」
「うん。シンジはおにいちゃん。ユイにおにいちゃんってよぶようにいったから。ユイのおにいちゃん」
その言葉には僅かな憧れが混じっていて、気づいたシンジはレイの髪を優しく撫でた。
「うん。僕はおにいちゃんだね。でもね、僕はユイだけじゃなくて、レイとアスカのおにいちゃんでもあるからね」
「……ほんとう?」
「本当だよ。今日はおにいちゃんと一緒に遊ぼうね」
「うん」
最後の「うん」は今まで最も力強かった。二人は手を取り合って、風船をもらいに行った。
「ごめんね、おじょうちゃん」
「ぜったいにみとめなーい!! なんでジェットコースターにのっちゃだめなの!!」
アスカは入場口の前で吼える。ジェットコースターは身長制限があり、彼女はそれを満たしていなかった。
「ほら、ここで大騒ぎしたって身長は伸びないよ。ほかのアトラクションに行こう?」
「……うん」
優しく諭すシンジにアスカは納得した。
直後、面白いことを思いついたアスカはその名前を挙げた。
「ねえ、あそこに行きたい」
「おばけ屋敷か」
「いやー!! おばけいやなの!!」
ユイはシンジのジーンズを後ろへ引っ張りながら、駄々をこねる。怖がりな彼女にとっておばけ屋敷などもってのほか。急いでこの場から離れたいのだ。
「ユイのおこちゃまー。シンジ、はやくいくわよ」
アスカは逆にシンジの手をとって、前へと引っ張る。
「いっちゃいやー」
ユイは後ろへと引っ張る。お化け屋敷の目の前で繰り広げられる大岡裁き。真ん中のシンジが恍惚とした表情をしているのがポイントである。
そんなシンジを見て、ムッとしているのが二人。
「じゃあ、僕とアスカだけでいってくるから」
「おにいちゃん、いっちゃやだー」
それでもユイは離れようとしない。そんなユイにレイは近づいていく。
「くまさん、かしてあげる」
「えっ、いいの?」
「うん。だから、おにいちゃんをいかせてあげて」
「……わかった」
レイの説得(賄賂)により、シンジから手を放すユイ。
「ありがとうね、レイ。じゃ、行ってきます」
アスカと一緒にお化け屋敷へと入っていくシンジ。
二分後。
「きゃあああああああああああああああああ!!!!!!!」
中から、アスカと思わしき悲鳴が聞こえてくる。
それを聞いたユイは、
「やっぱりおばけきらい!!」
と叫んだ。
しばらくして帰ってきたシンジは泣き出したアスカを抱えていたそうな。
それからもいろんなアトラクションにいった。
メリーゴーランドではギルも乗った。
コーヒーカップは全員で一つのカップを回した。
観覧車では下を見て、硬直したセイバーがシンジの服の袖を掴んでいた。
そんなこんなで時間は昼になり、仲良くランチを取っていた。
「はーいみんな、アイスクリームは何食べたい?」
「ユイはストロベリーがいい♪」
「わたしははねー、チョコとー、バニラのにだんがさね♪」
「オレンジ」
「こ、このハワイアンブルーというものを」
「はーい。じゃあ、みんな大人しく待っててね」
昼時になって食事を取っている。ホットドッグを食べているアスカがケチャップを口につけるたびにギルがハンカチで拭っている。
シンジは自分の分を食べながら、アスカ、セイバーと午後に回るところを放している。
そんななか、ユイはアイスクリームをてにもちながらボーっとシンジのことを見つめている。その視線に気づいたシンジはユイに話しかける。
「どうしたのユイ?」
「あのね、ユイがなにいってもおこらないでね」
「ユイに怒ったりなんかしないよ」
「ほんとに? ほんとうにおこらない?」
何度も確認するユイ。よほど大事なことを言おうとしているのだろう。シンジは優しくユイの頭をなでながら、先を促す。
「本当だよ」
そして、ユイはその言葉を口にした。
「あのね、ユイね、大きくなったら、シンジおにいちゃんのおよめさんになりたいな」
O Freunde, nicht diese Tone!(おお、友よ、この調べではない!)
Sondern lasst uns angenehmere (これではなくて、もっとここちよい、)
Anstimmen, und freudenvollere (もっと歓喜に満ちた調べを歌い出そう。)
ベートーヴェン 交響曲第9番 ニ短調 第4楽章『歓喜に寄す』
『シンジを狂わす魔法の言葉』発動ッッッッ!!!!!!!
シンジの理性が大きく削られた!! (残り8割)
あまりの威力に脳にノイズが起こる。
さすがのシンジもこの不意打ちには耐えられずに、表情に心境を出してしまう。
「ふえ、やっぱりおこった」
ユイは表情を見て、シンジが怒ったものだと思い、縮こまる。だが、ユイのこの言葉を前に喜ぶことはあれども、怒る道理など全くない。
「お、怒ってなんかいないよ。ただ、すごくびっくりしただけだから」
「ほんとうに?」
「うん。本当。ねえ、ユイ、いま、もしも、願いが何でも叶うんだったら何をお願いする?」
ユイは少し考え込んだ後、また呪文を唱えてしまった。
「えっ……。あ、あのね、……シンジおにいちゃんにぴったりな女の子にしてくださいって」
Freude, schoner Gotterfunken, (歓喜よ、美しい天上の火花よ、)
Tochter aus Elysium, (至福の楽園に生まれた娘よ、)
Wir betreten feuertrunken, (私たちは身も世もなく酔い痴れて)
Himmilsche, dein Heiligtum! (おん身の聖所に足を踏み入れる、神々しいものよ!)
Deine Zauber binden wieder, (今の世が仮借なくわけへだてたものを)
Was die Mode streng geteilt; (おん身の魔力がふたたび結び合わせる。)
Alle Menschen werden Bruder, (おん身の翼がおだやかにたゆたうところでは)
Wo dein sanfter Flugel weilt. (あらゆる人間が兄弟となる)
ベートーヴェン 交響曲第9番 ニ短調 第4楽章『歓喜に寄す』
シンジの理性がさらに削られた!! (残り6割)
さらなるノイズ。忘れていく物事。
ユイの頬を両側から引っ張るレイとアスカ。
「ユイだけのシンジじゃない!」
「……そう。お兄ちゃんは私だけのものなんだから」
怒鳴るアスカと背筋を凍らせるようなレイの声。二人とも力いっぱいユイの頬をつねる。
「ひぃんひぃほひいひゃん、はふへへ(シンジおにいちゃん、たすけて)」
Freude trinken alle Wesen (この世の生きとし生けるものは)
An den Brusten der Natur; (自然の乳房から歓喜を飲む。)
Alle Guten, alle Bosen (善人も、悪人も、全ての者が)
Folgen ihrer Rosenspur. (自然のばら色の足跡に従う。)
Kusse gab sie uns und Reben, (自然は私たちにくちづけと、ぶどうと、)
Einen Freund, gepruft im Tod; (死もわかち得ぬひとりの友を与えた。)
Wollust ward dem Wurm gegeben, (うじ虫には官能の悦びが与えられ、)
Und der Cherub steht vor Gott. (天使は嬉々として神のみ前に立つ。)
ベートーヴェン 交響曲第9番 ニ短調 第4楽章『歓喜に寄す』
そのあまりに可愛らしすぎる姿に、さらにシンジの理性が抉られた!! (残り4割)
まともな思考は働かない。しかし、この少女達が自分にとって大事な存在というのは分かっている。
シンジはばっとユイを抱き上げ、レイとアスカの両サイド攻撃から引き離す。
「レイ、アスカ、ユイをいじめちゃだめだよ」
シンジに怒られてしゅんとする二人。
「ありがとう、シンジおにいちゃん。だーいすき」
両手を広げてシンジに抱きつき、頬をすりよせる。
「やっぱりずるい。ユイだけずるいの!!」
「私も」
レイとアスカもベンチに乗って、シンジに抱きつく。
Froh, wie seine Sonnen fliegen (大空の壮麗な空間を通って)
Durch das Himmels pracht'gen Plan, (とび交う天体のように、心はればれと、)
Laufet Bruder eure Bahn, (走れ、兄弟よ、君達の道を、)
Freudig, wie ein Held zum Siegen. (勝利に向かう勇士のように胸おどらせて。)
ベートーヴェン 交響曲第9番 ニ短調 第4楽章『歓喜に寄す』
三人の肌の感触により、理性臨界突破寸前!! (理性残り1割)
自分の名前すら分からなくなって、それでも覚えているのはこの黒髪の女の子の名前。
ユイ。
何があっても、絶対に忘れちゃいけない、忘れない名前。
「シンジおにいちゃん」
ノイズまみれなのに、この声はしっかりと聞こえる。
「ゆ、ユイをおよめさんにしてくれますか!?」
腕を前で組み、腰を若干曲げて、さらに上目遣いでシンジの瞳を覗き込んだ。
Seid umschlungen, Millionen! (抱き合うがいい、幾百万の人々よ!)
Diesen Kuss der ganzen Welt! (このくちづけを全世界に贈ろう!)
Bruder! uberm Sternenzelt (兄弟よ! 星のきらめく天空のかなたに)
Muss ein lieber Vater wohnen. (必ずやひとりの慕わしい父がおられる。)
Ihr sturzt neider, Millionen? (ひざまずいているか、幾百万の人々よ?)
Ahnest du den Schopfer, Welt? (造物主の存在を予感するか、世界よ?)
Such ihm uberm Sternenzelt! (そのひとを星空のかなたにたずねるがいい!)
Uber Sternen muss er wohnen. (星々のかなたに必ずやそのひとはおられる。)
ベートーヴェン 交響曲第9番 ニ短調 第4楽章『歓喜に寄す』
シンジの理性完全破壊。シンジの精神は終わってしまった。
だが、忘れてはいけない。
創造の果てに破壊があるように、
破壊の後にあるのは新生であるということを!!
破壊によって誕生したのは、新たなるシンジ。
読者の期待に応えるためなら何でも出来る、勇者王シンジである!!
シンジは、ユイを力いっぱい抱きしめる。
「きゃあ」
突然のことにユイは悲鳴を上げる。
「ユイ。その気持ちを絶対に忘れずに大人になること。そしたら、僕は絶対にユイをお嫁さんにする」
「ほんとう!?」
目を輝かせるユイ。だが、それ以上にシンジの目は輝いているだろう。
「ああ、本当だ」
「おとなっていつからおとななの?」
「そうだね、ユイが156cmになったらだよ」
平常時のユイの身長を口にする。
「ユイだけずるいっ!」
「わたしも」
ユイとアスカも引っ付く。
(至福ッッッ!!!!!)
その言葉はまさにシンジの心境を表していた。もうこれ以上の幸せはない。
と思っていたのに、天は彼にさらなる幸福をもたらした。
「こら、お前たち」
ギルは三人を叱る。
「し、シンの、つ、妻になるのは我だ!! お前達はダメだ」
真っ赤になりながら、ちびっ子たちに宣戦布告。これには全員が目を丸くする。
それでもギルは続ける。
「我がいる限りは愛人も側室も認めないからな!! シンの愛情は我だけの、………」
自分がどれだけ恥ずかしいことを言っているか気づいたらしい。
でも彼女は王。退却という言葉はない。
顔を真っ赤にして俯き、指をもじもじさせながらも、横目でシンジを見る。
そして、
「……我ではダメか?」
「ダメじゃなーーーい!!!!!!」
シンジに抱きしめられた。ギルは顔中を真っ赤にしながら、それでも満足気だった。
「ずるいずるーい」
「おにいちゃん、とっちゃだめー!!」
この日、シンジが隠れてつけている日記には『人生最良の日』と題がつけられていたという。
その夜はもう大変だった。一緒にお風呂と入ろう、というちびっ子たちは結局ギルと一緒に風呂場に行き、ろくに身体も拭かないで出てきて、バスタオルだけのギルから逃げ回っていた。
そして、極力ギルを見ないで捕獲を手伝うシンジがいた。
「ふうー、やっと寝ついたか」
4人の子どもはすやすやと眠っている。普段はシンジとユイとレイが寝る寝室は今日はこどもたちが占領していた。
みんな、とても幸せそうに眠っている。今日のことを夢に見ているのかもしれない。
「……これがシンジの見たかったものか」
隣に座るギルの言うとおり。これが、シンジの望むんだもの。
「ユイも、レイも、アスカも子どものころにこんな風に親と遊んだことってないんだ」
三人とも両親の愛情というものに恵まれなかった。心に傷を持つように育てられたのだから。
「だから、誰かに遊園地へ連れて行ってもらうことがあってもいいと思ったんだ」
本来当たり前のように受け取れたもの、それを10年越しに渡そうと思った。
「……こいつらは幸せだな。こんな優しい『おにいちゃん』がいるんだから」
「……そういいながら、なんか力篭ってますよ?」
「昼間は我に構わずにこどもばかり相手にしていたからな。夜は我のわがままに付き合え」
そういって、シンジの膝に自分の頭を乗せた。
「ぎ、ギル」
「このまま動くな」
命令をする。
「あったかいな」
「そ、そりゃ、僕の脈拍と血圧が急上昇してますから」
いたずらが成功したように笑うギル。シンジとしてはギルの髪から香る匂いに困惑している。
「あ、あの、いつまでこうしてればいいのかな?」
「ずっとだ。この子達が起きるまで。大人の時間はこれからだ。眠ったりするな」
「ぼ、僕はまだこどもなんだけどなー?」
「なら、今から大人になれ。頑張れ『おにいちゃん』」
甘ったるく囁く声。シンジの苦行は始まったばかりだった。
結局、そういったギルのほうが早く寝てしまった。シンジは身体を動かすことも出来ず、朝までずっとその格好だったという。
おまけ
次の日のこと。未だちいさいままのユイたちと仲良く食事を取っているシンジ。
「ほら、お口にクリームがついてるよ」
ユイの口元には白いクリームがちょこんとある。
「とってー」
「はいはい」
ユイはすっかりシンジに甘えている。親がいない幼少時代をすごしたからか、シンジに甘えるのがとても心地よいらしい。
ティッシュでユイの口元のクリームをふき取ってあげる。それを見ていたレイとアスカがわざと自分の口元を汚して、シンジにふき取ってもらおうと考えた時に、玄関で客人の来訪を告げるチャイムが鳴った。
シンジはすぐに対応に向かい、レイとアスカはムッとする。八つ当たり的にユイを二人でいじめる。
いつもはユイを完全防御するエヴァは、
『こどものじゃれあいに親が干渉してはダメよね。それにしても、みんなかわいいわー』
と考えたのだろうか、出てこない。
喧嘩はセイバーがレイとアスカを止めて、一件落着。
その後、アスカはクリームをつけたままギルのところに向かい、優しくふき取ってもらうのであった。
玄関を開けたシンジだが、そこには見慣れない人物がいた。
長い黒絹のような髪を三つ編みにした女の子。年齢的にはシンジと同じぐらいで、タンクトップにショートパンツとやけに活発そうな格好をしている。
「……え、えっと、朝早くからゴメンね。め、迷惑だったかな」
鈴の転がるような美しい声。その子はなにやら恥ずかしそうに頬を赤らめ、もじもじと両手の指を絡めている。
(……この子は誰だ?)
シンジが脳内でこの子の情報を検索しても、該当する人物がいない。
「あ、あのね、一緒に遊びに行かない? 映画のタダ券があって」
(この子は僕のことを知っているのか? ますます誰だ? クラスにこんな子はいなかったはずだ。しかし、名乗らないことから考えて、僕はこの子の名前を知っていなければならないということか? だとするなら、やはり面識があるはず。こんな黒髪の可愛い子を覚えていないなんて、僕の脳はかなり問題を起こしているのか)
シンジの脳は高速回転中。だが、答えは出ない。その子はシンジが考え込んでいることに気づいたらしい。
「……もしかして、私の名前わからない?」
「い、いや、そんなことは決してない、……と思う。けど、やっぱりなんだかおもいだ、せ、(ズガアアン!!)グワッ!!」
シンジが言葉を発していく内に、少女の顔がどんどん不機嫌になっていき、そして強力な回し蹴りを放った。
「な、なぜ回し蹴りが……?」
「なんでってこっちが聞きたいよ。どうして私のことが分からないの!? 前はあんなに一緒に遊んだのに。早く私の名前を思い出してよ、馬鹿!!」
さっきまでのおしとやかな雰囲気を微塵も残さない活発っぷり。文句を言いながら、ガスガスとパンチを入れる。
(……んっ、ま、待てよ。このパンチの感触には覚えがある。は、早く思い出せ自分)
薄れいく意識の中で、その人物を思い出そうとする。だが、やはり思い出すことが出来ずに意識を深遠へと落としかけたところで助け舟が来た。
「やれやれ。あまり殴り続けると、今日のデートのために選んだその服が台無しになるぞ」
何もなかったところから、すうっとランサーが現れる。それで、やっと気づけた。
「も、もしかして、ジャン?」
黒髪の少女、そう若返ったジャンはようやく殴るのを止める。
「そうだよ。気づくのが遅すぎるよ、ジン」
「……だって、昔のジャンなんて知らないし、眼鏡外してるし。もしかしてコンタクトしてる?」
「浅慮なことを言うな、少年。いつも硝煙の匂いをさせている者でも、好きな男の前では少しの見得でも張りたいものなのだ」
「黙っててランサー!! とにかく、早く立ち上がって出かけるわよ」
ぐいっと手を引っ張り、シンジを起こす。そのままシンジの腕を抱き寄せて歩き出そうとし、障害物に阻まれた。
「あらあら、嫌がる男を無理やり連れ出すなんて淑女として恥ずかしくないのかしらね?」
スラータラーを伴って現れたマリア。彼女はいつもと同じ姿である。
「あ、マリアは薬飲まなかったんだ」
「私は生まれつきこの姿だったのよ。私はずっとこのままよ」
マリアはしずしずと近寄ってくる。そこにレイがやってきた。
「レイ、口にクリームがついているわよ」
「とって、『おねえちゃん』」
「くすくす。わかったわ」
マリアはレイの口もとについていたクリームを白い指で掬い上げると、今度はシンジの口もとへと運んだ。
「シンジ。はい、あーん。私の指ごと舐めてしまってもいいわよ」
さらっと危険なことを呟くマリア。辞退しようにもレイとマリアの期待の篭った眼差しがあり、舐めようにも冷ややかなジャンの視線がある。
「あ、あーん」
だが、行動しなければいけないと思い、口をあける。マリアの指をなめることなくクリームだけを摂取する。それが勝利条件だ。
なのに、マリアは指を動かしシンジの舌に押し付け、這わせ、絡める。
シンジが呼吸に苦しむのを無視して、
「シンジったら大胆ね。朝から私の味見がしたいなんて」
「自分からやっておいてなにを言っているアインツベルン!!」
頬をぽっと赤らめるマリアに、ジャンのツッコミ。咽てしゃがんでいるシンジをレイが撫でてあげる。レイはこんなときのポイント稼ぎが異常に上手い。
「だいじょうぶ?」
「な、なんとか」
ジャンとマリアは目的を思い出し、シンジに詰め寄る。
「ねっ、今日は天気もいいし出かけましょ」
「私、今日はシンジに付き合って欲しいことがあったのよ。一緒に出かけましょうか」
同時に言って、同時に互いを睨む。失せろ、と目は語るが、口には決して出さない。
「だ、だが、僕はみんなの面倒を見なければ……」
ようやく復活したシンジが今日の都合を口にする。
が、そんなことで二人を止められるわけがない。
「ランサー、子ども達のお守お願いね。あやすときはそこの木偶の坊を串刺しにして、笑いをとっていいからね」
「スラータラーそちらは任せたわ。そうそう、今日の夜はハンバーグが食べたいから、そこのお肉をミンチにしといてね」
うふふと、とても楽しそうに笑うマリアとジャン。今日は暑くなる、と言っていたお天気お姉さんはさっそく予報を外したことになる。
「さっ、二人っきりでデートを楽しもう、ジン♪」
シンジの布の巻かれた右腕をぎゅっと自分の胸に抱きかかえるジャン。シンジの腕を胸に押し当てているのは計算づくなのか。
「さあ、二人だけの楽しい休日を過ごすとしましょうか、シンジ」
シンジの左腕にしがみつくマリア。身体は零距離で密着しており、外見的特長だけでは兄妹に見えなくもないが、恋人のような振る舞いをしていることにより兄妹には全く見えない。
「……蛍になって帰ってきます」
とある特攻隊員と同じ言葉を残し、シンジはそのままずるずると引きずられていくのだった。
その日、第3新東京市では局地的な大寒波が発生。原因は二人の少女であったという話だが、その二人に挟まれていた少年は異常な熱気に重度の熱中症を起こしたという。
また、そのころのとある一軒家では、
「貴様ら、我の家から出て行け!!!」
「やれやれ。そのような狭量な心しか持てないとは王として恥ずべきではないか? スラータラー。主の言いつけを無視して、逃げ出すのは従者として恥ずかしいぞ」
「……だったらこの現状をどうにかしろ」
「子どもの悪戯だ。大目に見ておけ。私も4児の父であったがこの程度日常茶飯事だったぞ」
「ほう。我も貴様らのような連中を殺すのも日常茶飯事だったのでな。ここで消えろ!!」
「待て。居間で戦うと子ども達に被害がでるぞ。やりあうのなら外でやってくれ。私とこの子たちは戦う貴方たちを見て、戦いのむなしさを学習するとしよう」
サーヴァントたちのいがみ合いは主たちが帰ってきて、さらにヒートアップさせるまではずーっと続いているのであった。
おまけその2
ユイたちは薬によって元の年齢へと戻った。
そして、その時からシンジたちの家で見られるこの光景。
「ユイ、約束どおり僕と結婚しよう!!」
「そんな約束した覚えないよ」
洗濯物を干しているユイの後ろで、シンジが大絶叫をする。
「嘘だ。ユイがこんぐらいにちいさいときに僕と結婚の約束をしたじゃないか!!」
「ボクとシンジが会ったのは5ヶ月ぐらい前でしょ。そんなときに会ってるわけないよ」
こどもユイとした約束をもとにユイへと迫るシンジ。だが、ユイは覚えてないと事実を否定している。
そんな二人を見ているレイとアスカ。
「ねえ、ユイって本当に覚えてないの? 私はあの悪夢(お化け屋敷で泣き出したこと)をはっきり覚えてるんだけど。セイバーも覚えているみたいで自己嫌悪に陥っちゃってるし」
「覚えているはず。私もシンジ君がおにいちゃんだったことを覚えているもの」
「じゃあやっぱり嘘ついてるわけ? そりゃあ、あんなことは認めたくないだろうけど」
「違うと思う。きっと、あの時の気持ちを取っておきたいんだと思う」
「どういう意味よ?」
「目を閉じたら思い出すような大切な思い出を自分だけのものにしたい」
「なるほどね」
アスカはもう一度、シンジとユイを見る。じゃれあっている二人。
「ユイ、大好きだー!!」
「はいはい、分かったから庭の草むしりをしといてね」
愛の告白もあっさりとスルーされ、泣きながら雑草をむしりだすシンジ。
「……これじゃ全く進展しそうにないわね」
「その方が見てて面白いわ」
「まったくしょうがないな、シンジおにいちゃんは」
そう、呟いたのは誰だったのか。それは呟いた本人だけが知っていること。
あとがき
いやー、暴走したなー。個人的には実に満足ですが。ちなみに最初はシンジだけを子どもにしようと思ったのですが、それでは萌え分がない。ということで、ちびっ子たちが誕生したわけです。
今回の見所はやはり、ユイ、レイ、アスカ、セイバーのいつもと違う行動ですね。シンジにべったりくっつくユイ。……やばい、スカウターを振り切った。これではシンジの精神に第9が流れてしまうのも仕方がない。
今回はヒロイン全員登場。今回出てこなかったものはヒロインではありません。
ちなみにこのドイツ語、やっぱりウムラントの表示が分からなかったので、一部本当の歌詞と違うところがあります。これを鵜呑みにするのは止めた方がいいですよ。
しかし、この作品の後だと、次の番外編もかなり力を入れる必要がありますな。アスカを主役にする予定なのだが、これほどの威力は出せない。どうしようかな?