1998年8月14日 1600 大阪府庁舎 大阪府危機管理室
「ですから、第2阪奈や163号を軍に占有されてしまっては、避難民の避難経路が確保されなくなってしまいます」
見た目は腰の低い、温厚そのものの中年男性。 と言った感の有る府の職員が、押しかけた第2軍兵站部の将校に困惑顔を作って対応している。
「しかしだな、危機管理室長! 今は少しでも有効な兵站路が必要とされておるのだ! 一体どこまで避難民用に占有すれば気が済むのだ?
大体が、大阪府の独自判断だけで占有出来る筈もなかろう!? 判ったらさっさと、第2阪奈を譲りたまえ! 163号でも良い!」
「え~・・・ それにつきましては、木津に抜ける163号、奈良市に抜ける第2阪奈、郡山から天理に抜ける西名阪、この3本は避難民の為の大動脈です。
我が大阪府知事も、奈良県・三重県知事も了解のもとでの決定事項です。 通達は内務省に承認されておりますので、確認はそちらに」
「ッ! ・・・この、国家危急の折だぞ・・・!」
如何に軍人が幅を利かす様になったとは言え、内政向きを統括する内務省が決定した事項を現場の現地軍が、それも一将校がどうこう出来るものではない。
思わず歯ぎしりしそうになっている兵站将校に対し、危機管理室長はあくまで丁寧に、穏やかさを失わずに、それでも言いたい事はズケズケと言う。
「ですので、府としましても府民を始め、他府県からの避難民輸送に限界まで協力させて頂いております次第で・・・
それに、軍の兵站路としましては名神、新名神の2大道路網を始め、鉄道路線では東海道、それに関西本線も占有して頂いております。
いや、自治体としては国鉄を使いたかった気分は大いに有るのですが・・・ 何しろ、私鉄各社さんへの補償金とか、痛いモノですので・・・」
―――ああ、これは関西の自治体で割りカンですがね・・・ 予算とか、胃が痛いモノです。
そう言って、やや貫禄の出てきた腹のあたりを、わざとらしくさする。 そんな様子に、今しも血管が切れそうな想いの兵站将校が、最後の言葉とばかりに言い放った。
「・・・兵站量が増大しておるのだ、今のままでは途中で詰まると予想される。 そうなっては最後、BETAからこの関西を防衛する為の行動に、支障をきたす事に・・・!」
「ほう? 確か・・・ 徴兵で連れ去られた私の部下が以前、その辺りの想定計算をしていたような気が・・・ ああ、あった、あった。
これによりますと・・・ ふむ、今の1.5倍の兵站量でも、このままの兵站路で充分。 そうなっておりますな、本土防衛軍作戦本部の承認済みですなぁ・・・」
「くっ・・・!」
「・・・ちょっと、やり過ぎたのではないですか?」
「いいんですよ、あれで。 あの位で、丁度良いクスリです、あの手の軍人には・・・」
最後には『どうなっても知らんからな!』と、些か子供じみた遠吠えを吐いて去って行った件の将校を管理室の窓から見下ろし、大阪府危機管理室の三城室長は苦笑しながら言った。
背後で部下が頭をかきながら、バツの悪そうな表情をしているのを見て、更に苦笑する。 今はこの場に居ない、かつての部下ならばこその、その配役だっただろう。 自分には似合わない。
「・・・でもねぇ、結局、名神は軍に取られてしまいましたしねぇ。 せめて、琵琶湖運河に最も安全に出る事が出来る幹線路は、確保しておきませんと。
それさえも手放してしまえば、彼女が戦地から帰って来てから私、怖くて顔を見れませんよ、ホントに・・・」
「・・・想像したくないですね」
「その時は、久須君、君も一緒に矢面に立って下さいね」
「んな!? 冗談じゃありませんよ! どうして下っ端の自分まで・・・!」
自分は出征して行ったかつての室長補佐・兼・危機管理課長の元で、主に危機管理・府民保護政策担当として動いていた、一介の府職員だ。
ちょっとした情報収集の才が有って、そこを室長補佐に目を付けられたのが、身の不幸の始まりだった。 なんやかやと、引きずりまわされたモノだ。
「どうやらBETAは、大阪から出て行こうとしている様ですよ・・・」
しかめっ面をしながら、本来は一介の府職員でしかない筈の部下が、入手できない筈の軍事情報をサラッと言い放った。
しかしそんな事にも、気付きながらも何も言わず、『ああ、そうですか』と、三城室長は温和に笑いながら言うだけだった。
「何とかね、生き残った人々は、避難させる事が出来そうですよ。 良かった、良かった。 もうこれ以上、故郷を失う目には遭いたくありません」
「・・・室長は、故郷は確か・・・」
「はい、九州は博多です。 母方の従兄が県警に居ましたが、最後まで居残ったらしくてね。 多分、助からなかったんじゃないかなぁ・・・」
久須職員は思わず目を見張った。 そう言いながら、穏やかに大阪の街並みを眺める室長の横顔に、いつもと変わらぬ笑み以外の何ものかを見た様な気がしたのだ。
「もう、2度目は嫌ですね。 本当に、嫌なモノです・・・」
―――さて、最後の詰めが残っていますね、さっさと片付けましょう。
三城室長の声に、我に返る。 そうだ、まだここには非難を待って、怯えている人々が無数にいるのだ。
彼等の避難計画を十全に立てて実行する。 一人残らず、ちゃんと避難させる。 それが仕事なのだから。
―――それに、サボってたら後が怖い・・・
1605 大阪府枚方市 樟葉 米第25師団“トロピック・ライトニング”防衛戦区
「チックショー! 何なんだよ、こいつら!」
F-15E・ストライクイーグルがAMWS-21から、36mm砲弾を周囲に撒き散らかしている。
その向こうには戦車級を始めとする小型種BETAの大群、そして要撃級BETAの姿も見える。
この方面には幸いにも、未だ光線属種の直接レーザー照射範囲には入っていない。 戦場を経験したベテランならば『ピクニック代り』とでも言おうモノだ。
しかしその衛士は、正真正銘、今日が初陣だった。 しかも大規模砲撃戦を大前提とする米軍ではあり得ない(少なくとも新米にとっては)、食い込まれた上での接近戦闘。
『クロウ03! フリーッツ! 騒ぐんじゃねぇ! クロウ02、アデーラ! 小僧の子守はどうなっている!?』
小隊長のラルフ・フォルカー中尉の声が響く。 エレメントの僚機を気にしながらの小隊指揮、そして戦闘。
師団が朝鮮半島で被った損害の補充として派遣されてきた彼等にとって、この極東の島国が最初の実戦の場であった―――不幸なその他大勢の一部。
『クロウ02より01。 隊長、無茶言わないで! こんな近接戦闘で、新米のお守しながらだなんて・・・! こら、フリッツ! 前に出るなって、言ってるでしょう!』
Bエレメント・リーダーで先任少尉である、アデーラ・フォン・エインシュタイナー少尉の声も、悲鳴に近い。
『こっちはこっちで、別口の新米抱えて小隊指揮なんだぜ、勘弁してくれや! アズサ! お前もだ、何遍言わせんだよ! 俺より前に出るなって!』
『す、スミマセン、中尉!』
東洋系と思われる女性衛士―――日系4世の少尉だ―――が、涙目で謝っている。
既に中隊単位どころの話では無かった。 あちらこちらで小隊毎に孤立し始めている、米陸軍第25師団第1旅団戦闘団、その第51戦術機甲大隊。
戦線最右翼を任されたこの部隊が、数千のBETA群の圧力をまともに受けたのは、約1時間ほど前だ。
一時は日本帝国軍や他の国連軍の救援で戦線を立て直したモノの、数度に渡る波状突撃に次第に戦線の維持が困難になってきたのだ。
『クロウ・リーダーよりシックス(中隊長機)、クロウ・リーダーよりシックス! 応答願う! ヘイ、大尉! 本当にくたばっちまったのか!?』
4機のF-15Eの周囲に群がる小型種の数が、次第に多くなってきた。 心なしか、いや、確実に大型種の数も増えている。
『つまりは、俺達が戦線のゴールキーパーってか!?』
『自分で言うのも何だけど・・・ 頼りないディフェンス・ラインだわ・・・』
『うう・・・ くううっ・・・』
協同で戦っていたM1AIの姿は何処にも見えない。 そうだ、5分前に戦車級に集られて全滅したんだ、戦車中隊が。
管制ユニットの中でフリッツ・シュヴァルツフリューゲル少尉―――合衆国陸軍、フリッツ・ブラックウィング少尉は汗だくになっていた。
彼は幼少の頃にドイツから移住して来た、欧州の陥落前の頃だ。 従ってあの地獄を知らない。 遠い親戚の一人に出会って話は聞いたが、実感は無かった。
軍の訓練でも、これほどまでに生々しい実感を得た事は無かった。 動いている、蠢いている、それは『死』と言う名の実感だとは、未だ気付かなかった。
「くっそ・・・ こんなトコで、死ねない、死ぬもんかよ・・・!」
エレメントを何とか維持し、小隊戦闘を辛うじて続けているが、それも時間の問題か。
胃の辺りがズシンと重く感じる、喉が渇いてヒリ付く様だ、小便がしたい。
突撃級が数体、突っ込んできた。 日本や中韓の部隊ならば、サーフェイシングで咄嗟に側面を取るか背後に回り、柔らかい部分を攻撃するだろうが。
如何せん火力戦重視の、それも初陣の米軍部隊では切羽詰まった時の戦闘行動は―――ひたすら、120mm砲弾を固い装甲殻に撃ち込むしかできなかった。
「くそ! くそ! くそ!」
『いい加減、くたばれよな!』
『しつこい奴って、嫌いなのよね!』
『し、死んでください~!』
やがてようやくの事で装甲殻を射貫するも、120mm砲弾は弾切れ状態に陥ってしまう。 これでは他に大型種が出てきた時、対応の選択肢が大幅に減じてしまう事となる。
恐らく援軍は来ない。 合衆国市民だけで編成される州兵軍と異なり、大多数が難民上がりで編成される陸軍の遠征部隊。 今時、市民権欲しさの志願者は掃いて捨てるほどいる。
唐突にその考えに至り、内心で激しく動揺する小隊長のフォルカー中尉の耳に、聞き慣れない声が聞こえてきたのは、その時だった。
『さっさと下がって、補給を済ませろ。 全く情けない、我が軍でも近接戦の訓練は『一応』行っている筈だがな?』
「!? “ヘル・オン・ホイールズ”! 第2師団!?」
その声の主の機体のエンブレムに真っ先に気付いたのは、初陣の新米少尉だった。
『ご名答、“ヘル・オン・ホイールズ” 第2戦術機甲大隊第3中隊≪アタッカーズ≫、中隊長のオーガスト・カーマイケル大尉だ。
クロウ隊、ここから2マイル後方に補給コンテナが揃っている! 補給を済ませた後は、私の中隊の指揮下に入れ!』
『ラジャ! しかし、第2師団がまだ残っていたとは・・・』
孤立無援と思っていた戦場に、友軍。 それも上級指揮官付き。 思わず安堵の声色となったのにも、気付いていなかった。
『全員戦死では無いよ、生き残りはいる、25師団に居候の身だがな。 そこでこんなお鉢も回って来る。 さあ、さっさとケツを上げろ!』
『サー! イエス・サー!』
1610 京都 将軍家居城 黒書院
「・・・何と?」
「は、はい。 只今、城内省より官房局長様が参られ、至急、殿下にお目通り願いたいと・・・」
「前触れも無しに、ですか?」
「は、はい。 今は遠待一の間に。 ・・・如何致しましょう、女官長様・・・?」
如何に城内省高官と言えど、将軍殿下へのお目通りには必ず前触れの使者を立てるのが、礼儀と言うもの。
それすら行わず、いきなりの訪問にてのお目通りを乞うとは、何と言う無作法な・・・
暫し眉を顰めていた女官長だが、しかし直ぐに表情を改め、部下の女官に指示を出した。
「宜しい、ではここ(黒書院の間)へお通ししなさい」
「は? く、黒書院の間へ、ですか? 大広間三の間ではなく?」
普通、将軍家と城内省高官との謁見は、大広間の3つある間のどこかで行われるのが通例であった。 それより一段、奥に近い黒書院の間とは・・・
「大広間は、一の間、二の間に斯衛の者が詰めております。 恐らくは内々のお話、話し難い事も有りましょう。 これ、早うお通しして参らぬか」
「は、はい! 只今!」
早足で、しかし裾も乱さず足音も小さく、行儀に適った捌きで去ってゆく部下の後ろ姿を、少しだけ満足そうに見て、周りを片付け始める。
黒書院はその昔は政治の場であったが、今や将軍家の私的な居城となった二の丸御殿では、奥向き筆頭の女官長の執務室とも言える。
どの様な無礼であれ、来客を待たせるなど言語道断。 将軍家出仕女官の筆頭であり、奥向きの最高責任者としては、どの様な客でも粗略にはしない。
佇まいを直し、周りを満足そうに見つめた女官長の元に、部下の女官が来客の到着を告げたのは、ほぼ同時であった。
「・・・何の冗談ですか? 官房局長殿?」
突然の無礼な来客―――城内省官房局長の言葉に、女官長は無意識に眉を顰め、聞き返していた。
それさえ、礼に適った所作では無いのだが、そんな態度が無意識に出る程、官房局長の言葉は聞き捨てならなかった。
「冗談では無いですぞ、女官長。 一刻も早く、殿下には京都を脱出して頂く。 その手筈は揃っている筈」
「・・・確かに、斯衛の者共が控えております。 しかし、『殿下は国軍統帥権者全権代理として、最後まで京都にて全軍を督戦せしめたり』は、城内省より通達の有った・・・」
「そうも言っては、おれなくなった。 従って、至急に脱出して頂く」
その口調に、女官長の顔が朱に染まった。 純粋な怒りだ、相手の、その無責任極まる変節に対する怒りだった。
「・・・殿下の御身を思うのであらば、皇帝陛下が東へ下向為された際に、共に随身有るべきではありませなんだか!
殿下は摂政政威大将軍、常に陛下の御側近くお仕えし、その玉声を賜り奏上申し上げるが、殿下が摂政たるの責! それを・・・!」
城内省が、押し止めた。 他の摂家も暗黙の了解を与えた。 それなのに、殿下はその責務を未だ幼い身で、一身に果たそうとされていると言うのに。
「同時に、帝国軍統帥権全権代理人者でも遊ばされる。 現に軍が死戦を展開しているこの最中、殿下が京都に残っての督戦は、意味が有る事だった」
「ッ・・・!」
女官長が無意識に唇を強く噛みしめる。 四十路を過ぎてなお、まだまだ美しさを残すその顔立ちが、悔しげに歪んでいるのを判らぬ程、意識が沸騰する気分だった。
何を今更―――内心で激しく抗う。 元々は殿下が未だ京都に居残っているのは、城内省の意向ではなかったか。 城内省と元枢府の総意ではなかったか。
京都を守る為に、その戦いの最中に最後まで殿下が残って、帝国軍を督戦する。 その姿を全ての民に見せつける。 その事で政治的優位を確立させる。 そう言わなかったか!?
「・・・殿下に対し、常から『将軍たれ』、『責を負う者の自覚を持たれよ』、そう言い続けてきたのは、摂家の方々、それに煌武院分家御当主方。
その言葉は、常に殿下を縛り付けておりますぞ! あの御歳で、常に責任あるのみ、と・・・ 摂家たる者、ましてや将軍たる者、自由は無く責任あるのみ、と・・・」
政威大将軍とて、万能の身では無い。 人に非ざる天の身では無い。 殿下とて人の子、それも未だ御年15歳―――14歳と8カ月。 この非常の時でさえ、本来は未だ親がかりの御歳。
それが御両親の早逝、祖父君たる前政威大将軍の急逝、そして降って湧いた政威大将軍位の宣下。 10代半ばの少女の潔癖、そして生来の生真面目さと責任感の強さ、それが自縛しているのだ。
「そう言うものではないのかな? そう在るべきだ、それ以外の何ものでも無かろう」
「官房局長・・・!」
「心得違い為さるな、女官長。 殿下は女官長の『姫さま』では無い。 日本帝国政威大将軍なのだ」
―――そこに私情は無い。 ひたすら帝国が求める『将軍』と言う鋳型の中に押し込み、鍛え上げ、『完成品』となって初めて『価値のある』存在となるのだ。
私情など以ての外、その様な不純物が混入しては、『将軍』と言う商品の価値が下落してしまう事になる。
そうなのだ、『将軍が最後まで京都に残る』事は、今後大いに商品としての付加価値を上げる事になろう。 これからも続く不毛な政争、その切っ先として大いに役立つ筈だった。
城内省としては、いっそ『名誉の戦死』も視野に入れている。 そうなれば現政府や軍部に対する、相当の揺さぶりになろう。 民の『支持』もかなり期待出来る。
元枢府の事務局・書記局・秘書局でも有る城内省としては、かつて半世紀前に喪った政府と軍部に対する優位を取り戻す好機にもなろう。
『戦死』した政威大将軍はどうなるのか?―――摂家の人間は、現将軍一人では無い、代わりは幾らでも居る、その為にさっさと東へと逃がしたのだ。
今頃は愚かしい『後継争い』が、水面下で激しさを増している頃であろうか。 国民も軍部も、ましてや斯衛の者共さえ知らぬ事だが、摂家の闇は計り知れない底なし沼だ。
謀略、計略、裏切りに切り捨て、あの連中はまず、自らの生き残りを最優先する、そうして生き残ってきた。 それこそ何百年も前から。
大政奉還後も変わらない、大体があの『革命』は当時の大名家にとっては、死活問題でも有った。 その中で五摂家のみ、数々のしがらみを切り捨てる事で生き残り、『摂家』たりえたのだ。
摂家が大政奉還を為したのではない、摂家は大政奉還から生き残ったのだ、表には出せぬ程の数々の闇を生み出しながら。 そして『表向き』、その後を主宰する事となった。
「将軍家たる身であらば、その責務は果たして頂かねばならぬ。 早晩、この京都は陥ちよう。 その際に殿下がBETAの災禍に遭われては、困るのだ」
「・・・よくぞ、その舌で言える物言いよ・・・!」
よくぞ、申した、その口で! よくぞ、吐いた、その言葉を! 己らは、殿下の死さえもその諍いの手段として、計算していたのではなかったか!?
大方、東下りした他の摂家衆が、この期に及んでの将軍位を忌避したのであろう! この未曽有の国難、その責を背負う事となる当代摂政政威大将軍では、割に合わぬと!
城内省としても同じ事! 全面戒厳令以降、その威を奮い始めた軍部との対立。 その争いの先鋒として、自在に操れる『将軍』が欲しいだけの事ではないのか!?
「時間がない。 先程、東京より連絡が入った。 軍部は元老院を動かすつもりだ、恐らく狙いは玉声を賜る事」
「・・・玉声?」
皇帝陛下の御言葉を? 一体、どう言う・・・?
「無論、殿下に対し、至急に東下向するように、とな。 軍部は現状の状況をも皇帝陛下に奏上するだろう、将軍が京都常府では、本土防衛の責務を果たし切れぬ、とか何とかな」
「なっ・・・ 何と言う・・・!」
それでは、殿下が―――女官長の『姫さま』が、一方的な悪者とされてしまう。
その責務に従い、己が運命をも覚悟し、今ここに残っておられる殿下が。 皇帝陛下の御不興を被り、軍部から不信を買い、あまつさえ民の信をも喪おうと言うのか。
「そっ・・・ その様な事は・・・ 許せませぬ・・・ 許しませぬ!」
女官長の握りしめる手が、蒼白になっている。 綺麗に切り整えた爪が皮膚を破り、浅血が滲んでいる事に気が付いていない。
そんな女官長の様子を、表面上無感情に眺めていた官房局長が、ややため息交じりに言う。 その表情は、怒りとも、後ろめたさとも、何とも言えないものだった。
「であれば・・・ そなたの『姫さま』を一刻も早く説得する事だ。 愛し子であらば、なおの事な」
「ッ・・・!」
「将軍家出仕として10有余年・・・ 最早、己が子の事は、気にもかからぬか?」
「息子は今や、斯衛の者。 己が宿命は、己で受け止めましょう・・・」
「・・・娘達の事は、どうでもよいか・・・」
「貴方様の御子でございますれば、殿・・・ 宗達様、我が背の君(夫)よ」
女官長―――神楽静子は、もう数年来まともに夫婦の会話など無い夫である、目前の官房局長―――神楽宗達を見据えて言った。
元々、家同士の政略結婚。 そこに愛情など有りはしなかった。 ましてや、夫たる人物は結婚前に、故人となっていた愛妾に娘さえ産ませていたのだ。
それでも我慢した。 武家同士の結婚など、古今東西この様なものであると、そう自らに言い聞かせた。
為さぬ仲の義理の娘達をも、愛そうと努めた。 そしてようやく内心に踏ん切りが付きかけた、結婚して半年後のあの日、娘の一人を半ば強引に手放さなくてはならなくなった。
抵抗した、己の娘として育てる、そう決心した矢先だったのだ。 泣いて夫に懇願した、しかし聞き入れてはくれなかった。 煌武院家譜代の重臣の血筋たる家の掟である、と。
心が壊れかけた。 一人残った娘を見る度に、もう一人の事を思い出さずにいられなかった。 夫とは愛情など無かった、幼い赤子の娘達の、その無垢な笑みだけが支えだった。
数年後、後継の男子を産んだ時にはもう、この家には居たく無かった。 娘は守役に奪われ、産まれたばかりの息子は乳母―――夫と家の息のかかった女に奪われた。
失意と絶望とを伴侶とした数年間、彼女は生きる屍だった。 そんな折、将軍家出仕の話が来た。 躊躇わなかった、もう、この家には居たくなかった。
夫は何も言わなかった。 何も言わず、家を出た。 そして仕えた主家で、生きる希望を見つけた想いだった。
娘達同様、いや、元々はこの主家が元凶なのだが、その結果として産まれた半身を喪ったばかりの、赤子の姫。
誰かの手作りで有ろうか、拙い造りながらも愛情が滲んでいる様に見える人形に、己が喪った半身の如く笑いかけ、無心に遊んでいる赤子の姿を見つけたのだ。
それ以来、その姫―――煌武院家初姫たる悠陽―――は、彼女、神楽静子にとって掛けがえ無き『姫さま』となったのだ。 全身全霊で育て、仕え、そして愛してきた。
息子や義娘達が愛しくないと言えば、嘘になる。 斯衛に身を投じたあの子達は、無事であろうか? 危ない目に会ってはいないであろうか?
そして今一人の娘―――陸軍への道を選んだあの義娘は、どうしているであろうか? 大陸出征から、無事生還したと聞いた時は、泣きたい程嬉しかった。
しかし、あの娘はもう自分には会ってくれぬだろう。 私の心弱さ故に、あの娘達には随分と冷淡な態度を示してしまった。
そうでなければ、自分が仕え、育て、愛してきた幼子への忠誠が、ともすれば揺らぐとも思えたから。
―――死なせはしない、傷つけさせはしない、何者であろうと。
私の『姫さま』は、何がどうあろうと、お護り通して見せる。
「・・・大広間に控えておる、斯衛の者共に至急、準備をさせましょう」
「そうしてくれると、助かる。 では、私はこれより城内省に戻る。 色々と準備も有るのでな」
家の事など、どうでもよいのか―――いや、この夫の事だ、既に始末は付けているのであろう。 そう言うお人だ、この殿は・・・
黒書院を出て、式台の間を大股で歩き去ってゆく夫の後姿を見ながら、女官長―――神楽静子は、彼女に残された最後の愛し子の部屋へと静かに歩いて行った。
将軍家居城を出て、城内省に戻る車中、赤々と燃え、轟音が鳴り響く西の空を見ながら、城内省官房局長・神楽宗達は考えていた。
今回の軍部の動き、政府は察知しているだろう。 それでいて、見逃している筈だ。 今回の政争で得る果実、軍部だけでは無い、政府や政党も欲しがるだろうから。
半世紀前の敗戦、それを機に低下した将軍家の権威と求心力。 そして喪われた城内省の力。 今更復活を望む者は、軍部や政党には誰ひとりおるまい。
自分にしても、同様に考えているのだから。 今更、国事全権代理など、その様な権力の集中は必要無いのだ。
だが、このままでは摂家、いや、広く武家貴族社会に根を張った古き因習と言う毒は、確実に自らを立ち腐らせてしまうだろう。
ややこしい事に、その腐ってゆく社会は未だなお、この国の上流社会に位置づけられる存在だと言う事なのだ。
最早、『国事全権代理』などと言う甘い果実は不要なのだ。 あの果実は確かに甘い、それ故に多くの者共がそれ群がる。 しかし、甘さの裏に隠された毒に勘づく者は少ない。
それ故に、自分はあの男―――榊是親の策に乗ったのだ。 皇帝陛下は『象徴としての国家元首』、政威大将軍も同様。
将軍は皇帝陛下の代理として、象徴・儀礼的な役目を果たし、実際の政治は議会が選出した首相と内閣が行う議院内閣制へと。 真に民の意志を反映出来得る国へと。
そうする事によって初めて、摂家も武家社会も生き残れるのだ。 もはやこの国は1世紀以上前の封建社会では無い、民意も十分に育った、近代を経験した現代国家なのだ。
そしてそうなって初めて、90年以上前に先々代の皇帝陛下がお出しになられた『万民輔弼勅令』―――平民の広範囲な自由を保障した、『四民平等』の宣旨―――が為されるのだ。
その元で我々武家は、将軍家も摂家も含めて、この国の上流で敬われつつもひっそりと、生きてゆく事が出来よう。 時代に淘汰され消え行くのではなく、時代の片隅で静かに生きてゆけるのだ。
平和な世の中では、返って難しかったかもしれない、人は急激な変化を厭う。 しかし、この未曽有の国難たるBETA大戦。
本土にBETAを迎え撃っての、帝国の荒廃を決するこの非常の時。 これは或いは、天が与え給うた一瞬の機会ではないのか、自分はそう判断する。 恐らくあの男も。
それに、あの男としては今更将軍家問題が表面化する事は、本意では無かろう。
政党、財閥、官界、そして軍部。 帝国におけるこの四位一体は、既に隠れた統制政治を為し得ているのだから。
政党などは、複数存在するこの巨大利権集団である政産官軍複合体の、各々の議会での代弁者に過ぎない。
BETA大戦以降、年々膨れ上がる軍事予算。 当然そこには様々な、そして莫大な利権が生じる。 諸外国との繋がりも無視できない、いや、無視していては成り立たない。
全面戒厳令を機に、より全国に統制をかける様になった今、国政は政産官軍複合体同士の、『調和ある競争』の場となっている。 或いは『予定調和』と言うべきか?
そこには将軍家も、摂家も割って入る事は出来ぬ話だ、国が割れる。 そして城内省の中にも、それを判ろうとせぬ大馬鹿者達が居る。
そしてある意味、理想主義者の面をも持つあの男にとって、今の帝国の状況はこれ以上悪化する事は望ましくない。
利権の複合体を牽制しつつ、さりとて復古主義の復活を為すのではなく、その調和のもとに民意を反映させた国体の確立を目指す、その筈なのだ、あの男の真意は。
それに伝統的な『外国嫌い』の武家社会や摂家の台頭を望まぬ理由として、あの男は米国との関係を必要悪として容認している節が有る。
理想を言えば、以前に少しだけ話した事がある『環太平洋戦略』、そのものであろう。 故に大東亜連合、統一中華戦線、必要とあらばソ連にさえ、外交の手管を駆使している。
噂にある第3世代戦術機に関する、欧州連合との『密約』もその一環で有ろう。 オセアニアの豪州とニュージーランド、北米のカナダは英連邦の一員だ。
しかし、それでもまだ足りない。 今BETA大戦を戦い抜くには、それだけでは足りないのだ。 米国が必要なのだ。
世界最大の経済超大国であり、更には世界唯一の軍事超大国であり、世界中のどこへでも戦略的兵站路を確立できる唯一の国家。
米国の兵站支援無くば、如何に環太平洋国家群との協力体制が有ったとしても、日本は半年と保たないだろう。 弾薬備蓄は現消費量換算で、あと5ヶ月分を切ったと言う。
フィリピン、インドネシア、豪州、ニュージーランド、後方国家群に工場を移転させた帝国の軍需企業群は24時間のフル操業体制に移行しているが、まだ足りない。
第一、海外に移転した企業群にとって、『顧客』は帝国政府だけでは無いのだ。 移転受け入れ先の国家群とて、そんな甘い条件は絶対に飲まない。 それが外交と言うものだ。
そして、帝国政府が推し進める『あの計画』 国連との繋がりは最早、絶対に切れるものではない。
そして国連と付き合う以上、米国とはかなりの部分で腹の探り合いを兼ねた、グレーな付き合いが必須になる。
あの男は『現実的理想主義者』、或いは『理想に恋焦がれる現実主義者』なのだ。 そうでなくば今のこの国で、国を何とか変えようと足掻く事など、出来はしない。
だから自分も乗った、あの男の思惑など知った事か。 自分は何より城内省の人間なのだ、求めるべきは生き残り、その道だけだ。
1620 将軍家居城 二の丸御殿 白書院―――将軍家自室
狩野興以(かのうこうい)、そして長信(ながのぶ)作の水墨山水画が掛けられた居間。 神楽静子女官長は頭を垂れたまま、主に向かい説得を続けていた。
「・・・恐れながら殿下、状況は流水の如く変わりゆくものにて。 今はまず、御身のご安全が大切。 何とぞ、至急の東下向を」
その声に、背を向ける将軍からは何も声は発せられない。 しかし、まだ赤子の頃より養育を任されてきた身だ、何を考えているかは、手に取る様に判る。
恐らくはその内心で、激しく葛藤をしているのであろう。 脱出すべき事も理解しているであろう、しかし最前線で兵どもが未だ死戦を展開している事も、耳には入っている。
兵権の統帥を皇帝陛下より預かる身として、この帝国本土を、そしてこの千年の都を守る戦いに殉ずる者達を置き去りにして、自ら東へ落ち延びる事への躊躇。
聡明なお方だ、とうに理解は為さっておいでで有ろう。 しかし、感情を支配する術は未だお持ちでは無い。 何と言っても、未だ15歳に成らずの御歳なのだ。
しかし、だからこそ、自分が敢えて言おう。
「殿下、戦場にて兵と共に苦労を共にするは、将の為すべきに非ず。 それは士の為すべき事」
無言だった将軍の、その華奢な肩がピクリ、と震えた。
「更に申し上げれば、将の為すべき事は殿下の責務に非ず。 殿下の責務は大君の責。 大君の責は、将を将たりと戦場で働かす為に、その場を整え、与える事」
将軍の肩が、微妙に上下する。 内心の動揺―――感情の揺れが、その後ろ姿に現れている。
「どうか殿下、将を将たらしめんとする場を、お与えください。 士に、兵と労苦を共にする責務をお与え下さい。
兵に、彼等の故郷、愛するものを守る為の戦場を、お与えください―――さすれば皇帝陛下の御稜威(みいつ)のもと、殿下お仕置きに帝国は、遍く邁進致しましょう」
静かに、女官長は再び頭を垂れた。
既に将軍家脱出は決定しているのだ、今自分はここに、その覚悟を申し出てきただけ。 ああ、それだけでは無い。 己が愛し子が心配になったのだ。
畳の上に視線を馳せ、やがてゆっくりと頭を上げる。 その表情は、先程とは打って変わって、慈愛に満ちたものになっていた。
「・・・姫さま、そろそろおへそを曲げるのは、お止めなさいませ。 姫さまが頑張っておいでで有った事は、このばあやは、ずっと見て参りましたよ・・・」
将軍の肩が、またピクリと震えて止まった。 一瞬息を飲み、ややあって静かに、そして細く、長く吐息するのが聞こえた。
「ばあやは、嬉しゅうございますよ、姫さま。 そして心配でございます、昔から根を詰める御子であられました故なぁ・・・
そろそろ、このばあやを安心させて下さいませ。 そして皆を安心させて下さいませ。 皆が、姫さまを心配しております故・・・」
暫くして、将軍の後ろ姿から、大きく息を吐くのが聞こえた。
その姿を見て、神楽女官長は微笑みながら再び頭を垂れ、静かに退室して行った。
1625 大阪府枚方市 樟葉 米第25師団“トロピック・ライトニング”防衛戦区
―――抜かれる。
右翼の河川敷を突進して行くBETA群を、引き攣った笑みで見つつ、オーガスト・カーマイケル大尉が内心を蒼白にさせ、そう思った時に後方から砲弾が降り注いだ。
今しも部隊と河川敷の間をすり抜けようとしていた要撃級の一群が、真正面から120mm砲弾に貫かれて、体液と内臓物をぶち撒けて停止する。
網膜スクリーンに移る後方映像から、IFFが認識したフレンドリー・コードが映る。 日本軍だった、『ファッキン・ファルコン』、いや違う、タイプ92―――いや、いや、タイプ92Ⅱか、12機。
『こちら第2戦術機甲大隊第3中隊≪アタッカーズ≫、中隊長のオーガスト・カーマイケル大尉だ。 日本軍、援軍感謝する』
対する日本軍指揮官の応答は、一瞬の間が有った。 そしてやや驚きの声色で応答して来たその声、そして名に、今度はカーマイケル大尉自身が驚く事となった。
『日本帝国陸軍、第18師団。 現、独立機甲戦闘団戦術機甲第5中隊、≪フラガラッハ≫、中隊長の周防直衛大尉。 ・・・君なのか? オーガスト?』
『なに!? 周防? 直衛? 君なのか? 直衛! なんとまぁ・・・!』
3年ほど前、ルームシェアをしていた同居人。 極東のこの国出身の、初めての年下の友人。 あの頃は何かと、ステイツと自分の祖国との違いに戸惑っていた若者。
間違いない、彼だ。 やや表情が大人びて、いや、歴戦の将校の顔になってはいるが、あの頃の面影―――ちょっと不敵で負けん気な、それで時折沈考癖のある青年、変わっていない。
『旧交はあとで温めるとしよう。 直衛、ここはヤバい。 “トロピック・ライトニング”は幹線道路の維持に必死だ、側面に手が回らない』
『その様だな。 オーガスト、君の中隊は何機残った?』
『14機、さっき迷子の1個小隊を指揮下に入れた。 君の所と会わせると26機だ、ここの阻止は可能だろうか?』
突撃級が4体、突っ込んできた。 米軍のF-15Eが今度ばかりはサーフェイシングで位置を変え、側面から2体を突撃砲の120mmで葬る。
残る2体は出来た間隙に日本軍の92式『疾風弐型』に入り込まれ、後背を取られた揚げ句柔らかい胴体を後ろから36mm砲弾をたらふく叩き込まれ、停止した。
『俺の中隊は、後ろの男山の死守を命じられている。 どうだろう、オーガスト? 君の部隊はディフェンシブライン、俺の部隊がラインバッカー』
『連中、今の所はラン攻撃ばかりだしな。 厄介なパス攻撃はまだ無い―――よし、ディフェンシブラインから漏れたBETAを止める役は、直衛、君に任すよ』
『第5師団機甲連隊から、1個大隊が増援に来てくれるそうだ。 阻止は可能だ、オーガスト』
2人の指揮官が同意した。 F-15Eが14機、前面に出てスクリーンを張る様に展開する。 その後方でF/A-92Ⅱ『疾風弐型』がウィング陣形を敷き、撃ち漏らしを掃討する態勢を取る。
数分後、幹線道路方面からまた数百体のBETA群が分離して来た。 前衛に突撃級が数十体、後続に要撃級が見える。 要塞級、光線級は見当たらない。
『よし、≪アタッカーズ≫! 最初のブロックを確実に決めろ! 要撃級は後ろのラインバッカーが押さえてくれる、全部を止めようと思うな!』
―――『サー! イエス、サー!』
『リーダーより≪フラガラッハ≫、各機へ。 突撃級はディフェンシブライン―――米軍が押さえる。 我々は漏れてきた要撃級と戦車級を排除する。
他の小型種はディフェンシブバック―――後方の機甲部隊に任せておけ、自分の役割を果たせ、いいか!?』
―――『了解!』
≪CP・フラガラッハ・マムよりフラガラッハ・リーダー、幹線道路上にBETA群侵入! 迎撃命令出ました! 戦区のBETA数、約5800、旅団規模!
中隊前面BETA数、約1600! 進入経路、N-55-22からN-48-21へ! 迎撃はN-46-19からで頭を押さえられます! 光線級は未だ確認されませんが、十分注意を!≫
中隊CP将校の渡会美紀少尉の戦闘管制が入る。 どうやら光線級はまだ後ろらしい、だとすれば少しは楽に戦える。
前方に土煙が見えた、BETAだ。 戦闘はお馴染みの突撃級、後方には要撃級や戦車級、それの他の小型種も居る事だろう。
『“First to fight for the right, And to build the Nation's might, And The Army Goes Rolling Along,”(正義の為に戦い、国威を揚げるのだ。そして陸軍は進軍してゆく)』
通信回線から、軍歌が聞こえた。 行進曲だ。 通信回線から、摂津中尉の呟きが聞こえた。
『・・・連中、どーしてああも、テンション高くなったら軍歌を歌うんでしょうね? 海兵隊の連中も、所構わずだし』
『・・・私達も歌いますけど?』
『時と場所位、弁えてるつもりだぜ? 俺が言いたいのはよ、四宮、どうして連中は、ああも節操無しなのか、って事さ』
『・・・私に聞かないで下さい。 中隊長の方が良く御存じなのでは?』
『・・・俺に振るな』
『“Proud of all we have done, Fighting till the battle's done, And the Army Goes Rolling Along.”(かつての業を全て誇りとし、戦闘止むまで戦い抜き、陸軍はまた進軍してゆく)』
米陸軍行進曲、『The Army Goes Rolling Along』―――いつの間にか、米軍衛士の全員が歌っている。 『迷子』と称されたクロウ隊の4人の衛士達も。
『“Then it's Hi! Hi! Hey! The Army's on its way. Count off the cadence loud and strong, For where e'er we go,”(さあさあ 今こそ 陸軍が出発するぞ!歩調を高く大きく数え上げよ!)』
BETA群が迫りくる、距離3200。 射撃開始まで、もう少し。
『“You will always know, That The Army Goes Rolling Along.”(さすれば どこにゆこうと 陸軍が進軍していると知ることが出来るだろう)』
ターゲット、ロックオン―――まだ早い、それにファーストアタックは、米軍の仕事だ。
『“Valley Forge, Custer's ranks, San Juan Hill and Patton's tanks, And the Army went rolling along.”(ヴァリー・フォージ、カスターの隊伍、サン・ファン・ヒルにパットンの戦車隊。 かくて陸軍は進軍したのだ)』
前面のF-15Eが突撃砲の銃口を向ける。 主機の音が高まる、サーフェイシング待機態勢に入ったか。 どうやらここに来て、近接戦止む無し、と判断したか。
『“Minute men, from the start, Always fighting from the heart, And the Army keeps rolling along.”(ミニットマンの昔より初め、常に心より奮闘し、陸軍は進軍を止めはしない)―――オープン・ファイアリング!』
F-15E・ストライク・イーグル―――白頭鷲の群れが、BETA群に襲いかかって行った。