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[21162] 【習作】ゼロの両手オリ♀(ゼロの使い魔+FEZ)
Name: 改行さん◆3c437658 ID:a748bead
Date: 2010/08/15 05:10

 『ゼロの使い魔』のルイズに、『ファンタジーアース ゼロ』のプレイヤーキャラクターである両手オリ♀が召喚されます。

 両作品の知識がないと分からないネタが多いです。

 キャラ改変を含みます
 ・主人公はルイズとアンリエッタ姫です
 ・ルイズが両手剣を使うようになります
 ・キュルケにラブられます
 ・ワルド子爵とラブラブになります
 ・アンリエッタ姫が政治に前向きになります
 ・姫様がちょっとだけ成長します

 世界改変を含みます
 ・FEZ世界の常識が、ハルケギニアに影響を与えます
 ・いくつかの原作設定と、時系列において異なる部分があります
 ・銃士隊の前身としてアニエス達がアンリエッタの護衛を勤めています
 ・最後はガリアが攻め込んできます。

 前半はルイズの日記調
 中盤以降はアンリエッタ姫の視点で、トリステインを良くしようと右往左往します。


 書き溜めて手直ししつつなので、頂戴した感想の、大筋に関わる本文への反映は難しいです。ですがすべて今後の糧とさせて頂きます。



[21162] 第一話 ルイズの日記
Name: 改行さん◆3c437658 ID:a748bead
Date: 2010/08/15 05:19
二年生に進級したので、新しく日記を付けることにした。

明日は大切な「使い魔召喚の儀式」の日、絶対に成功しないといけない。
名門ヴァリエール家の三女として、失敗して落第するなんて決してあってはいけない事なのだから。

私にふさわしく、強く美しい使い魔をかならず召喚するわ!

※※※

使い魔召喚の儀式は成功した。
「彼女」は今、私の書いている日記を興味深そうに眺めている。

私が召喚したのは、平民の女の子だった。
いや正しくは兵士だったか。私より小さい身体で、巨大な斧を担いだ姿は、一瞬パワー系の魔物かと思った。

これってもしかして誘拐になるのかしらと、コルベール先生も私も慌てたけど、
女の子に、これってイベント? と聞かれて、儀式だしそんなものなのかな……と恐る恐る頷くと、そーなのかーと納得していた。
使い魔の契約もオーケーしてもらった。

名前を聞くと、ナナだと教えられた。
七顔だからナナだよー、と言っていたが意味は分からなかった。

※※※

朝、斧を担いだナナに起こされて、びっくりしてベッドの反対側に転げ落ちた。

寝床代わりに用意していた藁が乱れてなかったので聞くと、ひっとぽいんと減ってないから平気と答えられた。
ナナがいたという別の大陸では、毎日眠る習慣はないのかしら。

斧を担いで部屋を出ようとするのを必死で止めて、やけにいやらしい鎧も私の制服と着替えさせた。
金髪のツインテールで顔も整ったナナは、学院の制服を着ると貴族の子女でも通りそうだった。
でもいまいちどこを見てるか分からない大きな目は、少し怖いと思う。

授業で爆発を起こして自虐していたら、ナナに怒られた。
あんなに真剣な顔は反則だと思う。
ごめんねもうしないわ、と答えると、ものすごくいい笑顔で抱きつかれた。ありがとうナナ。

でも、チートイクナイってどういう意味なのかしら?

※※※

中庭で見上げるほどに巨大な水晶の柱を見つけた。
同じように眺めていたナナに尋ねると、クリスタルだと言う。うんそれは分かってるわよ。

座ると掘れるよー、との事で座ったけど何にも起こらない。
でも戦争中じゃないと無理だけどね、って、先に言いなさいよ!

通りがかったメイドが、今朝いきなり生えてたんですよ、と教えてくれた。
なかなか気が付くメイドなので、ナナへ罰の代わりに仕事を手伝うように命令しておいた。
制服を着たナナの事を、貴族だと勘違いしたので、いい機会とばかりにメイド服に着替えるようにも言っておく。
不満を言ってくるかと思ったけど、よろしくねシエスター、と歩いていった。いつのまに知り合ったのかしら。

夕方にまた通りかかると、コルベール先生が水晶の前で、これは興味深い! と叫んでいた。
これはクリスタルと呼ぶらしいです、と親切に教えてさしあげたら、
ミス・ヴァリエールは物知りですねと、なごんだ笑顔で頭を撫でられた。難しい言葉を知っているのを自慢したと思われたんだろうか。死にたい。

※※※

今日私は一人の生命を救った。

夕食のデザートを楽しんでいると、ツェルプストーからナナとギーシュが決闘すると教えられた。
慌てて広場に駆けつけると、完全武装――下着同然の白い服に申し訳程度に装甲をつけた鎧と、
薔薇の模様の入った両刃の斧――のナナと、ギーシュのゴーレムが数メイル離れて対峙していた。

止めようと口を開いた瞬間、ナナが斧を振り上げて振り下ろした。そこまでは私にも分かった。
耳元で風が鳴るような甲高い音が響き、気が付くとゴーレムが倒れていて、ギーシュがへたり込んでいた。

ツェルプストーの解説によると、ナナの風の槍<エア・スピアー>の魔法が、
ゴーレムを貫いて、さらにギーシュ顔のすぐ横の壁に突き刺さったとの事だった。

ギーシュがそれでも決闘を続けようとしているので、いやな予感のした私は、
ゴーレムをもう一体作らせて、それに「一番弱い攻撃」を加えるようにナナに言った。
ナナは頷いてゴーレムにえいっと斧を振り下ろした。
あなたこうなりたいの? と聞くと、ギーシュは青い顔で首を横に振って、負けを認めた。

ナナの言うところの基本攻撃は、ゴーレムの頭部を粉砕して胴体にめり込んでいた。

後で聞くと、あれは風魔法だけど、ナナはメイジではないとの事だった。
皿<Plate>でもないよと言われたけど、多分ナナの地元だけで通じるジョークの一種なんだと思う。

※※※

このところナナの評価が急上昇しているらしい。

貴族に勝ったという事で、使用人の間では「我らの鉄槌」と呼ばれているとか。
風の魔法使ってたけどいいのかしらと思ったら、なんとナナの故郷では、修行すれば誰でも使える中級技との事。
ちょっと惹かれてしまった自分がうらめしい。

その負けた貴族であるギーシュも、何かとナナに寄って来る。
一撃で壊されたゴーレムを改良したいそうだけど、そもそも青銅なのが駄目なんじゃないかと思う。
なにやらナナと話していたけど、土メイジでもないナナに聞いてどうするのだろう。
ランダムなんとかがどうとか言ってたけど。

あとツェルプストーとよく一緒に居る、小さい子とも話していたっけ。

ナナは分かってるんだろうか。あなたは私の使い魔なのよ?
少し不安になったけど、メイジが使い魔に媚びる訳にもいかないし、

ここまで書き上げて散歩していたら、メイドのシエスタが、
身長の何倍もジャンプして、枝に引っかかった洗濯物を回収していた。

なんとナナに習った技で、コツさえわかれば誰にでもできるのだと言う。

このままではどんどんナナの心が私から離れてしまう。もう威厳がどうとか言ってる場合ではないのかもしれない。
早急にナナの心を掴む必要がある。
たとえば今度の虚無の曜日に、トリスタニアで何か買ってあげるとか?

※※※

虚無の曜日。
色々あったけど、腕が疲れてぷるぷるしてるので短めに。

ナナとトリスタニアに行って、うるさいインテリジェンスソードを買ってあげた。
本当は目立たない短剣とかを与えるつもりだったのだけど、
羽がないから持てないと言われた。ナナの故郷では短剣は羽に装備するらしい。

そう言えばナナが店主から、盗賊フーケの噂を聞いていたけど、タンスカとは何のことだろう。

ちなみにインテリジェンスソードは、「おれを買ってくれ」と連呼するから仕方なく選んだらしいけど、ナナは両手剣は使わないとのこと。
私に使えたらなぁとこぼすと、装備できるなら使えると言われた。
試しに持ってみたけど、馬鹿みたいに重くて持ち上がらない。
刃先を地面に引きずりながら歩いてると、持ち方も様になってるねと褒められた。

頑張ればナナとほぼ同じ技が使えるらしい。嬉しくて引きずりながら歩き回った。

いま腕が重くて後悔してる私の隣で、インテリジェンスソードが私に買われた事を後悔していると漏らした。

※※※

うで、いたい

※※※

練習を始めて今日で十日目。やっとデルフリンガーを持ち上げて、振る事が出来るようになった。

あとはひたすら実戦を積んでいけば、思い通りの技<skill>を覚えられるらしい。
決闘でナナが使ったような風の魔法をまず覚えたいと言うと、
ナナもうんうんと同意してくれた。

実戦形式の訓練という事で、ギーシュのゴーレムと戦った。

いざ戦闘が始まって、ゴーレムがやけにふらふら歩いてるなと思ったけど、
攻撃しようとしたところでその理由が分かった。
動きが全く読めないのだ。

近寄ってきたかと思うとまた下がる、右に歩いては急に左に切り返す。
操っているギーシュを見ると、バラを持ってにやにやと笑っていた。

いらいらして大雑把にデルフリンガーを振ると、くるりとかわされて、がら空きになった顔を殴られた。
ゴーレムは拳の代わりに、布を丸めたものを付けてある。
でも潰されたカエルみたいな声を上げて、尻餅をつかされるくらいなら、青銅で殴られた方がましだったかもしれない。

何度も転がされているうちに、私は先に攻撃する事の不利さを学んだ。
日が暮れる頃には、お互いが隙を伺いあって、うろうろする時間の方が長くなっていた位だ。

ナナはタバサという青い髪の子と模擬戦をしていた。
メイド服を着たナナは、斧の替わりにモップを握っていたけど、
タバサの氷の槍<ジャベリン>をかわして滑るように詰め寄り、すくい上げる一撃でタバサの杖を弾き飛ばした。

いやに簡単に杖を奪われたので、あとからタバサに尋ねると、
詰め寄られた時に肩を打たれていて、ひるんで次の攻撃をかわせなかったのだと教えられた。

あらためてナナはすごいと思った。

練習の後にシエスタがタオルを持ってきてくれた。
そういえば腰におたまを二本差していたけど、料理の途中だったのかしら。

※※※

アルビオンでは内乱による戦火が広がっているらしい。
死人が蘇ったなんていう噂まで聞いたし、あの浮遊大陸で一体何が起こっているのだろう。

授業中、ミスタ・ギトーに挑発されたツェルプストーが、火球<ファイヤー・ボール>を撃つ事になった。
私達の練習を見ているくせに、<先出し不利>の法則にまだ気が付いてないのだろうか。
案の定、風の魔法でかき消されて、本人も吹き飛ばされていた。

私が受け止めてあげなかったら、打ち身くらいはしてたでしょうね。

それにしてもツェルプストーったら、身体の色んな部分が膨れてるくせに、
あんなに体重が軽いなんて思わなかったわ。
私でも簡単に抱き上げられるなんて、恐るべしツェルプストーってところかしら。

そういえば最近、デルフリンガーが私を<相棒>と呼ぶようになった。

※※※

ついに風魔法が使えるようになったわ!

本来なら記念すべき日になった筈。
だけど他にもっと重大な事件が起こってしまった。

中庭で皆と練習していると、盗賊フーケのゴーレムが現れたのだ。

見上げるほどに巨大なゴーレムで、皆の攻撃も効果が薄かった。
私の風魔法<Sonic Boom>も表面を削るのが精一杯だったわ。くやしい。

そんな私達をせせら笑うように、フーケはゴーレムの肩から悠々と宝物庫に侵入した。

けれども再び姿を現したフーケの目前に、メイド服のナナが降り立った時は、目を疑ったわ。

塔の最上階にも頭が届きそうなゴーレムの、肩の上にどうやって乗ったのか。
なんと塔の屋根から飛び降りたとの事。

「奇襲はオリの基本」とナナは言うけれど、そもそもどうやって登ったのかしら。
そう言えばナナは、よくとんでもない場所に登ろうとしてるわね。

ナナは足が着くと同時に、その場で軽く身体を浮かせてモップを下に叩きつけた。
モップを中心に広がる襲撃波を、フーケはまともに受けてよろめく。
そこに下方から、すくいあげるナナのモップが迫る。

「これで決めます!」

あんなにはっきりとしたナナの掛け声は、初めて聞いた。
ああこれで決まっちゃうんだろうな、と、心の中でフーケの冥福を祈ったものだ。

モップを振り切ったナナの真後ろで、ゴーレムの頭部が爆発するまでは。
フーケはよろめきすらしなかった。モップの先は確かに当たっていた筈なのに。

結局、フーケには逃げられてしまった。
ゴーレムから飛び降りたナナは、吸われたとかアム怖いとか呟いていた。

明日の朝は、オールド・オスマンの元に状況説明に行かなければ。
私達のせいじゃないとはいえ、気が重い。

そう、私達のせいなんかじゃないわよね。
私の風魔法が宝物庫の辺りに命中してたからって、この事件には何の関係もないもの。

※※※

昨日は本当に大変な日だった。
そう書いて終われればよかったのだけど、残念ながら今日は、さらに輪をかけて忙しい一日だったわ。

何から書けばいいのか。とりあえず今、私のベッドにキュルケが寝ている。
夜になってワイン瓶を片手にやって来たのだ。
何をしにやって来たのかが分からないほど、私は鈍くはない。お礼なのだろう、これは彼女なりの。

フーケの討伐に名乗りを上げた私達は、森の隠れ家でゴーレムと戦った。
時間をかけてなんとか倒したのだけど、その隙を突かれて、キュルケがフーケに人質にされてしまったのだ。
勿論、キュルケを責めるつもりなんてない。学院秘書のミス・ロングビルがフーケだなんて、誰も思いもしなかったのだから。

フーケは私達に武器を捨てるよう命令し、キュルケは捨てちゃ駄目と叫んだ。

あの時のキュルケの顔ときたら。
ああ始祖ブリミル様、誓って言います、私には同性愛の趣味なんて無いと。
ただキュルケの、気丈に振舞っていても心細さが隠せない顔が、あまりにも可愛かったから、
ついあのような事を口走ってしまっただけなのです!

ここまで書いた所で、ナナに笑われた。
顔が面白かったとか、失礼にも程があるわ。

ともあれ武器を捨てた私達を助けたのは、メイドのシエスタだった。

何もない場所から突然姿を現したシエスタが、奇妙なポーズでフーケを突いたのだ。
両手に持ったおたまで。

一体何が起こったのか。後からナナが説明してくれたけど、ほとんど理解できなかった。
私に分かったのは、シエスタにおたまで突かれる度に、フーケがひどい状態になっていくことだけだった。
最終的には、杖を落として足を引きずったフーケが、自分から木にぶつかって倒れていた。

シエスタが言うには、祖父から教わった禁断の技だとか。
どのあたりが禁断なのか聞くと、かつては使用者というだけで足蹴に<kick>されたと教えられた。
フーケの哀れな姿を思うと、なんとなく納得できるかも。

その後、学院に

るいずはあたしにだいじょうぶよかわいいおひめさまっていってくれましたー

なに横から書いてんのよまったく、これだから酔っ払いは!
ああもうくっつかないで、うっとうしいわね。二度とキュルケとなんか飲まないんだから。



[21162] 第二話 ルイズの日記2
Name: 改行さん◆3c437658 ID:a748bead
Date: 2010/08/15 20:18
ついに5つ目の技も習得した。
ナナが言うには、この前のフーケ討伐がいい実戦訓練になったとの事。

戦士<warrior>の決め技らしいから期待してたけど、これが全く当たらない。
必中の間合いで使っても、振り終わる頃には逃げられてしまうのだ。

落胆している私の前で、ナナが実際に技を使いながら教えてくれた。
常に力いっぱい振る<Heavy Smash>のではなく、基本は鋭く、無理なく振る<Smash>のがいいらしい。

じゃあいつ使ったらいいのと聞くと、確実に当たる時だけ使うのだと答えられた。

やっぱりナナはすごいと思う。
力の強さがとかではなく、戦い方に無駄がないのだ。
ナナ自身はなにも言わないけど、きっと名のある戦士だったのだろう。
まさか兵士全員がナナ並の知識を持っているなんて、そんな国あるはずないわよね。

今、ナナはタバサの部屋に遊びに行っている。
訓練でよく手合わせしているせいか、最近仲がいいみたい。

そういえば私、ナナの事ほとんど知らない。

あと、なんで最近キュルケが私の部屋で寝泊りしているのかも分からない。

※※※

使い魔の品評会が近いので、ナナと出し物について相談をした。

ぱっと浮かぶのはナナの技だけど、自分で言いながらピンとは来なかった。
ナナも、人を楽しませるような技は得意じゃないとの事。
私もそうだろうと思った。

ナナの技には、てんで色気がないのだ。
魅せるとか、余裕とかいう要素が全くない。
ただ最短距離で、武器を相手にめりこませる。そして一度殴った相手を、死ぬまで殴り続ける。
その為の工夫を、ひたすら積み上げたのがナナの戦い方だった。

一体、どんな戦いを潜り抜ければ、こんな戦士になるのだろうか。

そして私は、つい聞いてしまった。
ナナは戦争で、敵を倒したことあるの、と。

ナナはいつもと変わらない笑顔で、勿論あるよー、と答えた。

そこで止めればよかったのに、私はさらに続けてしまったのだ。質問を。
何人くらい、と。

今度はナナは笑顔じゃなかった。
困ったように眉を寄せて、しばらくして、分かんないと笑った。
先にした笑いとは違うように、私には見えた。

本当に私は馬鹿だったと思う。
戦争してたんだから、ナナが人を殺した事なんて、あって当然なのだ。
私が習っている剣の技だって、つまるところはその為のものなんだから。

だから私は、決心しようと思う。
実際に人に凶器を振り下ろす時には鈍ってしまうとしても、それでも今しないといけないと思うから。

ナナだけに手を汚させるような事はしないと。
ナナが敵に飛び込む時は、必ず私も続くのだと。

なんたって私は、ナナのご主人様なんだから。

※※※

アンリエッタ姫様からとんでもない大役を仰せつかった。
詳しく書き記す訳にはいかないけど、我が身に代えても果たさねばならない、大切な任務だ。

実行するのは私とナナ、そしてギーシュ。
ギーシュは普段はへらへらしてるけど、訓練中は別人のようにしたたかになる。
彼の操るゴーレムは、読めない動きで攻撃をかわし、しかも盾を持っていて異様にしぶといのだ。
それでいて無視すれば片手剣で暴れまわるので、厄介な事この上ない。

あんたと戦うとストレス溜まるわ、と零したら、そんなに褒められると照れるよと言い返された。
彼が同行者なら心強い。

帰り際の姫様に、しばらく見ないうちにルイズは変わりましたね、と言われた。
首を捻っていると、自分では分からないものさとギーシュが笑っていた。

そういえば、私がなぜか突然下級生の女の子からクッキーを贈られて、不思議に思っていた時も、
同じようにギーシュは笑っていた気がする。

※※※

旅立って一日目、今これを書いているのは、
港町ラ・ロシェールの<女神の杵>亭だ。

ついに今日私は、人を斬った。

ラ・ロシェール近くの渓谷で、山賊の奇襲を受けたのだ。
人の身体が、あんなに軽い力で切れるものだとは思わなかった。

同時に、ナナから学んだ戦術が、多人数戦に極めて有効だと実感した。
ギーシュのゴーレムが、山賊の注目と矢を引き付け、私とナナが死角から奇襲する。
渾身の力でデルフリンガーを振り抜くと<Exten Blade>、真空の刃が冗談のように山賊達をなぎ倒した。

最終的には、乱入したキュルケとタバサが魔法で追い散らして、戦いは終わった。

こうして、当初のメンバーにキュルケとタバサ、そしてワルド様を加えた六人で宿を取っている。

そういえばワルド様は、私の技を見てひどく驚いていた。
風魔法の一種ですと教えて差し上げると、息が苦しいんじゃないかと思うくらい長い間ぽかんと口を開けた後で、
私が魔法を使えるようになったことを祝福して下さった。

肩を落として重い足取りで部屋に向われたけど、
あんなに疲れていても私を思いやって下さるなんて。

ワルド様が婚約者で本当によかった。

※※※

アルビオンへの船は明日の朝まで出ないそうなので、今日は丸一日空いていた。
何をしようかと思っていたら、キュルケとワルド様が模擬戦を始めた。

ワルド様は戸惑ってらしたけど、キュルケは妙に乗り気のようだった。
そういえば彼女は、ワルド様を婚約者だと紹介してから、異様に目つきが悪い。
ツェルプストーの悪い癖が出たのでなければいいのだけど。

結果はワルド様の勝利だった。
キュルケの戦術は悪くなかったけど、技の一つ一つの洗練さで、ワルド様は別格だった。

距離をとらず果敢に前に出ようとするキュルケの動きを、ワルド様が褒めていた。
懐かしい。あれは私が風魔法を習得した時だったろうか、ナナに注意されたのだ。
射程の長い技は、遠くから攻撃するためのものじゃない。目の前から逃げようとする敵に、追い討ちやトドメをさすためのものだ、と。

同じ一撃でも、遠くにいる元気な敵に当てるのと、下がるほどの傷を負った敵に当てるのでは大違いだと。
言われて私達は納得したものだ。

その為には、メイジであろうと敵前に出る必要がある。
遠距離魔法が主体のキュルケやタバサも、それからは接近戦で攻撃をかわす訓練を積んでいた。

夜、ナナがワルド様と話していたので尋ねてみると、左手のルーンを見せて欲しいと言われたとの事。
ワルド様は何度も頷きながら、すばらしい使い魔だ、君が居てくれてよかった、とナナを褒めて下さった。
私も全く同じ気持ちだったから、婚約者と心が通じ合って嬉しかった。

ワルド様は、そうさ間違ってない、僕は間違ってなんかないんだ、と呟きながら、部屋に消えた。
何か悩んでらっしゃるのかしら。
こういう時こそ、私が支えて差し上げないと。

※※※

同じ日に、もう一度日記を書くハメになるとは思わなかった。

あの後、宿が襲われたのだ。
撃退はしたけど、念のために宿を移して、新しい部屋でこれを書いている。

着替えようとしていた所を、フーケのゴーレムに襲われた。
慌てて一階に降りると、蹴倒したテーブルを挟んで、皆が傭兵達と交戦している所だった。

ワルド様は二手に別れようと提案されたけど、私は首を横に振った。
きっとワルド様はお一人でここに残って、私達を逃がすつもりだったのだ。そんな事を言わせはしないわ!
皆と作戦を交わして、私とナナは二階に駆け上がった。

ゴーレムが壊した壁から、傭兵達が見下ろせる。
ナナが、降下するよ! と飛び降りた。私も間髪入れず二階の床を蹴る。

いつかのナナの言葉が蘇る。
一人で敵に突っ込めばただのエサ。けれどもう一人が続けば立派な戦術になる。

傭兵達の只中に降り立つ。手はず通りギーシュのゴーレムが、傭兵達の目を奪っている。
私は腰に力を入れ、渾身の力でデルフリンガーを振り回した。
山賊達に使った技よりも、さらに広く、大きく、<Sword Rampage>限界まで振りぬく。
デルフリンガーと真空の刃が半球状に空気を切り取り、その内部の傭兵達をことごとく切り裂いた。

同時にナナが高く跳躍し、地面に叩きつけた斧の衝撃波が、私を狙う傭兵達を何度も打ち据える。
そしてキュルケとタバサの魔法が、駄目押しと襲い掛かり戦闘は終了した。

ちなみにフーケはいつの間にか居なくなっていた。

それにしても、フーケにまで襲われるなんて、一体何が起こっているのだろう。
こういう時、ワルド様が居て下さって、本当によかったと思う。
ややこしい部分は任せて、戦いの事だけ考えていられるから。
夫婦の共同作業というやつかしら。ちょっと気が早いけど、とてもいい響きだわ。

そのワルド様に、重要な話があるから、二人部屋にしようと誘われた。
心の楽団がファンファーレを奏でたけど、キュルケと一緒に寝る約束をしてたから、泣く泣く断った。

キュルケは戦闘の後、自分が燃やした死体達を前にして、うずくまったまま動かなかったのだ。
私が抱きしめると必死ですがり付いてきた。あのこわばった顔を思うと、一人で眠れないのも仕方がないと思う。

日記を書いている間も、背中にべったりと張り付いているのも、仕方がないと思う。

※※※

今朝ラ・ロシェールで船に乗った私は、深夜の今、ニューカッスル城の客間でこれを書いている。

とんでもない強行軍の一日だったと思う。
夕暮れのアルビオンに着いた私達は、夜闇に乗じて、反乱軍の包囲を突破したのだ。

アンリエッタ姫様の任務も果たしたし、逃げ道も城の秘密港を使わせて貰う事になっている。
これでやっと肩の荷が下りた、と思ったら、

なんとワルド様からプロポーズされてしまったの!

親の決めた形式だけの婚約ではなく、自分の意思で、私を伴侶にしたいのだと仰って下さった。
無論私はお受けしたわ。
ああ、あの一見クールで情熱的な瞳。今でも忘れられないわ。

ナナにも報告しようと思ったのだけど、まだ部屋に戻っていない。
晩餐の後、崩れてて登れそうな場所が多いから、ちょっと登ってくる、と言ったきり姿を見ていない。
城の人がびっくりするような場所に登ってなければいいのだけど。

そういえば晩餐で不思議な話を聞いたんだっけ。
なんでも戦争中に死んで、気が付くと無傷で城にいるのだとか。

そんな妄想に取り付かれるなんて、やっぱり戦場は地獄なのね。

※※※

城の皆が騒ぐ声が、この客間にまで聞こえてくる。

昨日は最後の晩餐、そして今日のは、戦勝パーティ。
ジェームズ一世陛下が率いる王統派は、レコン・キスタに勝利したのだ。

今朝起きて、訳の分からない内に、城内の教会に連れて行かれた時には、本当にびっくりした。
プロポーズした翌朝に式をぶつけてくるなんて、情熱的すぎてぐらりときたわ。

でもさすがに、これを受けることは出来なかった。
だってお父様とお母様に知られたら、ワルド様の命が危うくなってしまうもの。
結婚しちゃいました、てへ。で許してくれるとはとても思えない。

誓いの言葉を私が断ると、ワルド様は騒ぎ出して、止めようとしたウェールズ王太子殿下に襲い掛かった。
今は理由もきちんと分かってるけど、あの時は、そんなに私と結婚したいのかと感動したものだ。

私はワルド様の手首を掴んで止めた。
ワルド様も心の葛藤があったんだと思う。だって、振り払おうとした手には全然力が入ってなかったんだもの。
じゃないと私が掴んだくらいで、微動だにできない筈がないから。

そしてワルド様は、自分がレコン・キスタの一員だと暴露した。

愛の言葉が偽りだと言われて、確かに私はショックを受けた。それでもワルド様を憎めなかったのは、何故だろう。
望みの為に全てを投げ出したと告白するワルド様が、ものすごく心細げに見えたからだろうか。
まるでクッキーを差し出してきた時の学院の後輩のように。

だからあんな言葉を告げてしまったのかもしれない。
今思い出すと恥ずかしい。あの場所にはアルビオンの貴族が集まっていたというのに。

ともあれワルド様は、私の説得でレコン・キスタを抜けてくれた。
説得の途中で、なし崩し的に、私から誓いの口付けをしてしまったけど、
ああ始祖ブリミルよ、お父様とお母様から、どうかワルド様をお守りください。

私達を祝福して下さった後、ウェールズ殿下は、数百対数万という絶望的な戦いに赴こうとされた。

そこにナナが一言声をかけた。
援軍要請しないの? と。

ウェールズ殿下はナナとしばらく話した後、父王のジェームス一世陛下の元に向われたらしい。
私はナナに連れられて、城の中庭へと行った。

中庭には人だかりが出来ていた。何事かと見てみると、皆ばらばらの変わった服や鎧を着ている。
そしてさらに増えている。なんと何もない場所に、突然現れ続けているのだ。
デルフリンガーを持ってきてくれたキュルケによると、城の様々なところに同じように人が出現しているのだと言う。

やがてレコン・キスタの砲撃が開始され、戦争が始まると、謎の援軍達は一斉に戦場に飛び出していった。
誰の指示もないのに迷い無く、まるで一人一人が為すべき事を知っているかのように。

呆然としている私に、ナナが少し先で振り返って、手を差し出した。
いこう、と。

そして私は、一生忘れることの出来ない体験をする。

レコン・キスタの空中戦艦に砲撃する、巨人を見た。
謎の塔が地面を割ってそそり立ち、敵兵に向って矢を放つのを見た。

皆とはぐれて敵兵に追われていた時、盾と片手剣で身を固めた人に助けてもらった。
見知らぬ人達と共に、敵兵のいる崖下へと一斉に飛び降りた。

ウェディングドレスを翻しながら、デルフリンガーを振り回した今日を、私はずっと憶えているだろう。

※※※
※※※

僕の名前はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。

こんな書き出しでいいのだろうか。
日記などここ数年書いたことが無いが、せっかく婚約者が差し入れてくれたのだ、書かない訳にはいくまい。

いや、婚約者ではないな、彼女はもう僕の妻なのだから。

僕は今、魔法衛士隊の宿舎でこれを書いている。
牢への収監ではなく自室の軟禁で済んでいるのは、彼女があの時の約束を守ってくれたからだろう。

あの時。レコン・キスタの一員だと暴露した僕に、彼女が告げた言葉を思い出すと、
恥ずかしさとは別に、胸が熱くなるのを感じる。

僕の腕を力強く掴んで、彼女は言ったのだ。
あなたについて行く事はできないわ、と。

「だから、私について来て、ワルド様」

あなたの望むものは全部、私が手に入れてあげる。
あなたの犯した罪も、私の全てをかけて軽くさせるから。

僕はそんなことは不可能だと答えた。
彼女が望んだとしても、彼女以外の全員が許さない、と。

なんだそんな事と、彼女は僕の首に腕を絡めて、口付けをした。
そして、あなたとの結婚を誓うわ、と言ったのだ。

これであなたの罪は私の罪、誰にも文句は言わせないわ、ジャン。と。
そして笑った笑顔は、たとえようも無く美しかった。

※※※
※※※

アルビオンから学院に戻って、もう半月になるだろうか。

なんとかジャンの助命は叶いそうだと、お父様が手紙で教えてくれた。
最初は烈火の如くお怒りになっていたけど、何度か<話し合って>和解されたらしい。

結婚も認めてくださった。
メイドにミズ・ワルドと呼ばれるのにも慣れて、もう呼ばれるたびに金貨のチップを渡したりはしない。

今日も授業の後、皆とメルファリアへ援軍参加した。
セルベーン高地は苦手だったけど、最終的には外周で押して勝利を掴んだ。

パーティというのを組んでいれば、ナナの国の戦争に参加できる。
それを知ったときは、本当に心が躍った。
アルビオンでの戦いの昂揚が、ずっと忘れられなかったのだ。

そのアルビオンでも、王統派と貴族派との戦争がまだ続いている。

クリスタルの使い方や、オベリスクの建て方について、教えを請う使者がアルビオンから来るらしい。
アンリエッタ姫様からも要請が来ているので、ナナを筆頭に私達はこれから忙しくなるだろう。

今見てみたら、これがこの日記の最後のページになるらしい。
明日にでも、新しい日記を買ってこなければ。

最初のページには、ナナの事を書こうと思う。

私の人生を大きく変えてくれた、両手斧を担いだ使い魔の事を。




[21162] 第三話 アンリエッタの日々
Name: 改行さん◆3c437658 ID:a748bead
Date: 2010/08/17 06:32
※※※
※※※

 ルイズは王宮に参内し、アンリエッタ姫に拝謁していた。

「ひさしぶりね、ルイズ。それともミズ・ワルドと呼んだ方がいいかしら?」

 アンリエッタが悪戯っぽく笑うと、後ろに控えていたマザリーニ枢機卿が顔をしかめて咳払いをした。

「マザリーニの言いたい事は分かります。でもたとえ相手が反逆者だとしても、友人の結婚を祝う事は間違っていませんわ」

 毅然と言うアンリエッタに、マザリーニは出すぎた真似を致しました、と深く一礼をした。
 変わらない優しさに、ルイズは微笑んだ。

「そんな顔をしないで、ルイズ。これでも私、あなたに腹を立てているのよ?」
「ひ、姫様?」

 アンリエッタはルイズの手を取ると、眉を寄せた。

「大人っぽくなったと思ったら、いきなり結婚してしまうなんて。私を置いていくなんてひどいわルイズ」

 アンリエッタが自分を祝福してくれているのだとルイズには分かった。同時に、彼女が本当は何に怒っているのかも。

「申し訳ありません姫様。本当は姫様にも、式に来て欲しかったです」
「親友の晴れ舞台ですものね。ヴァリエール公も残念がっていましたよ」

 両親に黙って式を挙げた事には、後ろめたさを感じざるをえないルイズだった。

「父にお会いになったのですか?」
「ええ。ワルド元子爵の扱いについて、何度も」

 夫の爵位に元がつけられていた事で、ついに処遇が決定したのかと、ルイズは息を止めてアンリエッタを見つめた。
 アンリエッタは親友の視線を受け止めると、一歩下がって表情を真剣なものに変えた。

「マザリーニ」
「はっ。ワルド子爵家は爵位を返上、領地は国領となす事が決定した」

 ルイズは口元を押さえた。名を失い、家も奪われ。これでは命が助かったとしても、貴族としては死んだも同然ではないか。

 アンリエッタは親友の表情を見て、辛そうに後ろのマザリーニを振り返った。

「マザリーニ、続きを」
「ただし、ワルド元子爵と妻ルイズ・フランソワーズの間に子供が生まれた場合、再び爵位を与え、その子供をワルド子爵家当主と認める」

 ルイズは安堵すると同時に、不思議なくすぐったさを感じて身じろぎした。自分のお腹に子が宿る事を前提に話されると、妙に落ち着かないのだった。

「領地に関しては、ヴァリエール公から申し出がありました。将来的にヴァリエール領から一部をワルド領として割譲するとの事です」
「お父様が……」

 アンリエッタの言葉に、ルイズは目元が熱くなるのを感じた。親に内緒で他国に赴いた上に、式まで挙げてきた娘に、ここまでしてくれたのだ。自分が愛されている事を強く感じるルイズだった。

 ワルド元子爵は数日中に拘束を解かれ、領地に赴き事後処理を行った後、正式に爵位を返す事になるとアンリエッタは語った。

「それともう一つ、ルイズに協力して貰わねばならない事があります」
「なんでしょうか、姫様」

 アンリエッタは一瞬ためらうように間を置いて、ルイズを伺った。

「アルビオンでの戦いについて、です」
「あの戦いが、どうかなさいましたか?」
「あまりに途方もない話で、疑問の声を上げる者が多いのです。実際に貴女から報告を聞き、ウェールズ様からの書状を読んだ私ですら、にわかには信じがたい話でした」

 頭の固い大臣達ならなおさらです、とアンリエッタは苦笑して、マザリーニに顔をしかめさせた。

 ルイズは何度かまばたきした後で、やっとアンリエッタが何を言っているのかが分かった。あちらの世界、メルファリアの戦争の流儀は、ハルケギニアの人間にとっては常識外もいい所なのだ。
 使い魔のナナと共に幾度と無くあちらの国に赴いているルイズは、自分とアンリエッタに、認識のズレが出来ていることに気が付いた。

「その……戦争中は死人が生き返るとか、巨人が召喚されるとか。しかもそれだけではなく……」

 アンリエッタは非常に言いにくそうに視線をさ迷わせていた。

「何かの間違いかも知れませんが、敗北した側の砦が……勝手に『爆発』するとか……」
「ああ、いえ、それは違います姫様」
「そうなの? そう、よかったわ」

 ほっとしたように息をつくアンリエッタに、ルイズは笑いかけて答えた。

「先に砦<Keep>や城<Castle>が爆発した方が負けなんです」

 アンリエッタの笑みが引きつった。

「ええと、まずは領域ダメージというものがありまして、これはオベリスクを建てることにより……」
「い、いえ、ここで解説しなくてもいいのよルイズ」

 何かを押しとどめるように慌てて両手を前に突き出すアンリエッタに、ルイズは首をかしげた。

「前々から話していた通り、私の護衛から何人かを、ルイズの元に向かわせます。その者に貴女の知識を授けてやって下さい」
「分かりました。そういえばアルビオンからも使者が来ると聞いておりましたが?」

 ルイズが何気なく尋ねると、アンリエッタは意表を突かれた様に目を見開いた。

「あ、ああ、そのことですか。どうやら向こうも慌しいらしく、話は進んでいません」
「そうですか……持ち直したとはいえ戦争中でこざいましたね」
「私の用件はここまでです。あまり奥方を引き止めては、子爵に恨まれてしまいますものね」

 ルイズは赤面してうつむいた。学生と囚人の立場なのでそうそう会えず、久方ぶりの逢瀬をずっと待ち焦がれていたのだ。
 アンリエッタの部屋を後にしたルイズは、跳ねそうになる足を押さえて静々と王宮の廊下を進んでいった。

※※※
※※※

「ごめんなさい、ルイズ」
「殿下」

 閉じた扉を見つめていたアンリエッタは、俯いて謝罪の言葉を漏らした後、マザリーニの声に、わかっています、と答えた。

「全ては国の為。きちんと割り切っています」

 とは言え、晴れ晴れしい気持ちになれるはずも無かった。ワルド子爵への恩赦は、温情の産物ではなく、打算と政治的取引の結果でしかなかったからだ。
 ワルド子爵は、ルイズ・フランソワーズに対しての『足かせ』だった。

「さっきの会話で、殿下のご判断が正しかった事が証明されましたな。世界に起こっている異変に、ミズ・ワルドは非常に有用です。アルビオンからの使者を足止めした事も正解でした」

「私は判断などしていません。ただ大臣達に流されただけです」

 親友への友誼からワルドの助命を願ったアンリエッタだったが、大臣達は感情とは無縁に会議を進めた。結果として、ワルド領を王領に加える事、ヴァリエール領を割譲させる事で大公爵の力を削ぐ事、そして念のために、ルイズ・フランソワーズの身柄をトリステインに確保する為の重りとして。これらの理由で、ワルド子爵への判決が下ったのだ。

 ルイズの持っている情報が重要だった場合を考え、アルビオンからの使者の打診に対しても、理由をつけて延期させていた。

 あの者達は、己の利益と、他者の足を引っ張ることしか考えられないのですね。
 アンリエッタは歯がゆく思ったが、実質的に国政を握っているのは彼らであり、どうする事もできなかった。

「ルイズに比べて、私はなんと情けないのでしょう」

 学院を訪れた夜、久しぶりに再会した親友は、ひどく頼り甲斐があるように感じられた。そしてたった数日後、アルビオンから戻ってきた時には、最愛の人を見つけ、美しい大人の女性になっていた。
 自分も変われるかと思った。変わりたいと思った。けれども出来たのは、臣下の言葉に曖昧に頷き、認可を下すことだけだった。

「駄目ですね、こんな弱気では。ルイズは戦争中の他国にすら飛び込んだというのに」

 アンリエッタは杖を握って、胸元に引き寄せた。

「私は、必ずこの国を変えて見せます」

 窓の外に連なる遠い山並みを見据えて、アンリエッタは眼差しを強くした。
 王家に忠実に仕え続けてきた宰相は、ただ静かに眼を閉じて頭を垂れたのだった。

※※※

「ひ、ひめ、姫殿下にはごきげんうるわしゅう、このギーシュ・グラモン、光栄の、いた、いたりりり」
「そんなに緊張しなくていいのですよ? ギーシュさん。ここは公の場ではありませんから」

 微笑みながら、アンリエッタは自分が優越感を抱いている事に気付いた。
 こんな気持ちを抱いてはいけないと、どんなに考えても、お飾りである事を実感させられたこの数日の鬱屈が、それを邪魔していた。純粋な敬愛を向けられると、もっと自分を前にして平静を失って欲しい、声をかけられたと感動して欲しい、と望んでしまっていた。

「今日来てもらったのは他でもありません。ギーシュさん、貴方にお願いがあるのです。他の方には任せられない、大切なお願いが」

 アンリエッタの信頼を滲ませる言葉に、ギーシュはろれつが回らない様子で、なんなりと、と平伏した。

「私は立場上、王宮を離れることが出来ません。ですので貴方に私の目と耳になって、城下の出来事を伝えて欲しいのです」

 ずっと前から考えてはいた事だった。しかし実際に行動に移そうとすると、人選が厳しいと気が付いた。
 真っ先に浮かぶのはアニエスを初めとする護衛達だったが、こちらは主だった人間をルイズの元へと送っている。そして先にアンリエッタの『お願い』を聞いてくれたルイズは、今や重要人物の一人である。
 任務をこなせる身軽さと、他言しない忠誠心、この二つを持った人物を脳内で探し回ったアンリエッタは、あの夜にルイズの部屋に飛び込んできた貴族の少年に行き当たった。

「ご安心ください殿下、僕には心強い知り合いが居ます。この使命、必ずや果たしてご覧に入れましょう」

 資金の金貨と、身分を証明するアンリエッタのサイン入りの書状を渡した後で、ギーシュは胸を叩いた。彼の言う知り合いが誰のことか分かるアンリエッタは、いいえ、と首を振った。

「ルイズにはこの事は内緒にしておいて下さい」

 意外そうな顔をするギーシュに、アンリエッタは内心の罪悪感を隠しながら語った。
 知ればルイズは手伝おうとしてくれる筈だが、結婚したばかりのワルド子爵は、もうすぐ自領へと戻る事になっている。今を逃すと、二人はしばらく会えないのだ、邪魔をしたくはない、と。

 ギーシュは偽りの言葉を信じ、感動極る様子で退出していった。

「ごめんなさいギーシュさん。貴方の忠誠には、この国を良くする事で報いたいと思います」

 謝りながらも、久しぶりに王族らしく扱われ、アンリエッタは充足を感じていた。
 純粋に自分を慕ってくれる学生や、アニエスのように絶対の忠誠を誓う平民達を集め、自分の下で実働してくれる部隊を作りたい。アンリエッタが初めてその構想を持ったのは、この時だった。

 ルイズの知る異国の戦争についての報告も届いていた。
 報告者であるアニエスは冗談を嫌う、生真面目な女性だったが、自分自身の言葉が我慢ならないという風に、声をつっかえさせていた。

「戦争中は人が死なないというのは、真に遺憾ながら、真実です。正確には、事切れてから十を数えると、拠点で生き返ります」
「そうですか。他ならぬアニエスが言うのですから、やはり真実なのでしょうね」

 その他にも様々な、信じがたい報告をアニエスは行った。
 あまりにも荒唐無稽な話であったので、まじまじとアニエスを見つめていると、不安そうな顔をされた。

「やはり信じられないでしょうか? 殿下」
「いいえ、そんな事はありませんよ。ただ実直なアニエスが、このような話を聞いて、よく納得したものだと思っただけです」
「あんな場所へ連れて行かれては……信じるほかありません」

 アニエスは、死ぬほど不味いけど栄養価の高い料理を食べさせられたように、眉をしかめていた。

「何か言いましたか?」
「はっ。実はひとつ、信じがたい報告があるのです」
「先ほどまでの話よりも信じがたい事などないでしょう。どうぞ話して下さい」

 先を促したアンリエッタは、アニエスが、分かりました、と続けて語った内容について、言葉を失う事になる。
 そしてその日のうちに、アニエスはある依頼を抱えて、学院の、桃色の髪をした少女の元を訪れる事になるのだった。

※※※

「姫様、もう眼を開いて下さって構いません」

 アンリエッタは言葉の促すとおりに目を開き、一気に視界に飛び込んできた情報のあまりの多さに、くらりと後ろによろめいた。
 さっきまで自分は確かに、魔法学院のルイズの部屋に居たというのに、今目の前には、見上げるほどの巨大な崖が存在していた。渡る風に、土の匂いがまじっている。差し込む太陽の光が、身体に熱を伝える。
 まやかしなどではなく、自分は確かに、別の場所に来ていた。

 アニエスの報告にあった通り、ルイズの使い魔と一緒ならば、彼女の国へと瞬時に移動することが可能だったのだ。

「ここが、ルイズの使い魔さんの国なのですか」
「いえ、ここはもう戦場です。目の前に、向かい合った崖がありますよね、あの中央が主戦場になると思われます。そうよね? ナナ」

 ルイズが振り向くと、彼女の使い魔さん――ルイズよりもさらに小さな女の子が、こくこくと頷いた。
 最初に見たときは、その鎧の露出の多さに驚いたものの、今辺りを見ていると、同じくらい、あるいはさらにきわどい衣装の人々が現れては、ルイズの言う『主戦場』の方へと駆けていく。

 普通のドレスを着ている自分が場違いな気がして、アンリエッタは杖を胸に引き寄せた。

「やっぱり裏方よね。攻め側だから僻地クリって東だったかしら?」

 使い魔のナナが、うんじーろく、とルイズに答えている。
 では行きましょう姫様、とルイズに促されて、アンリエッタは目を白黒させた。

「あの、どこへ? というか、私のような者が混ざっては、皆さんの邪魔になってしまうのでは?」

 大人しく見学だけさせてもらおうとしていたアンリエッタが、その考えを述べると、ルイズは困ったような顔で首を横に振った。

「それは駄目なんです姫様。ここでは戦場に入れる人数がきまっているので、何もしない人間が居ると、それだけで味方が不利になってしまいます」

 正確には五十人だとルイズは言った。一人がサボれば、残りの人間は四十九人で五十人と戦わなければいけない。逆に言えば、一人一人が、勝敗の五十分の一を、責任として背負っているのだと。
 それを聞いたアンリエッタは、軽い気持ちでここに来たいと言った自分に、後悔した。

「ごめんなさい。私は、帰ったほうがよさそうですね」
「大丈夫です姫様。戦えなくても、ちゃんと戦争に貢献する事は出来ますから。さあ、ご案内します」

 ルイズがエスコートするように手を差し出し、ナナがうんうんと頷く。
 二人の笑顔に後押しされ、アンリエッタはルイズの手をとったのだった。


 ルイズの言った目的地は、小高い丘の上にあった。
 遠目にも見えていた通り、それは巨大な水晶の柱であり、トリスタニア城の中庭に数ヶ月前に忽然と現れた物と同じに見えた。

「近くで見るとやはりすごいですね。ここが、ヘキチクリ、なのですか?」

 うん、そーそー。と、アンリエッタの片腕に抱きついたナナが答える。
 ここに来るまでの会話で、アンリエッタはナナと大分打ち解けていた。ナナはルイズにたしなめられながらもアンリエッタに甘え、アンリエッタも、自然体で隔意を感じさせないナナを可愛いと思った。

 なんでもナナの国には、耳の可愛い小さな王女様と、声の渋い王様がいるとの事で、もしトリステインとの国交が叶うようならば、是非とも会ってみたいと思うアンリエッタだった。

 水晶の根元に座って、ルイズとナナの解説を受ける。
 周囲に立ち登る光が、膝の上に集まった時には驚いたが、それが小さな水晶の結晶になると、アンリエッタはその神秘と輝きの透明さにため息をついた。

 手の中で水晶が十個を越えた頃に、茶色の民族衣装めいたものに弓を携えた少女が現れて、アンリエッタの隣に座った。

「なぼ、あとさんじゅう」

 アンリエッタは緊張して身を堅くした。ルイズ達が手持ちの水晶を渡している。アンリエッタは教わった事を脳裏で復唱しながら、どうぞ、と残りを手渡した。

「ありがとっ」

 少女がウインクして駆け去っていく。
 アンリエッタは、まるで自分が、別の誰かになったような錯覚を覚えた。初対面の人間からの、対等な感謝の言葉。そんなものを、果たして今まで向けられたことがあっただろうか。
 手の中の水晶が、なぜかとても暖かく感じたアンリエッタだった。


「今日はありがとう、ルイズ、それにナナ。とても貴重な体験をさせて貰ったわ」

 そして大きな発見もさせてもらいましたと、ルイズの部屋に戻ったアンリエッタは語った。
 ルイズ達から教えてもらった様々な事、それは単なる方法ではなく、全てが戦争に勝つための布石に繋がっていた。水晶の渡し方一つを取っても、一秒でも早く戦況を進め、一サントでも勝利に近づく為の、明確で合理的な理由が存在していた。

 今トリステインに必要なのは、まさにこれだと思った。
 私利私欲や保身に迷わず、国の発展と民の幸福を実現する事。その為の努力を惜しまない事。これらを臣下に伝えるべきだと決意した。

「ルイズ、私はこれから、この国を少しでも良い方向へと進めるよう、努力するつもりです。その為に、もし貴方を必要とする時が来たならば、私に力を貸してくれますか?」
「もちろんです姫様。たとえ何処に居ようと、かならず姫様の元へ駆けつけますわ。あなたもよね? ナナ」

 いつでもアンアンを手伝うよー、とナナは同意した。

 心強い味方を得、アンリエッタはこの国を変える為に戦う事を、改めて心に誓ったのだった。

※※※

 会議の席において、アンリエッタは居並ぶ重臣達を前に、ルイズの言うメルファリアで学んだことについて語った。
 彼らの戦術がどれほど合理的で、実効性に富むか。私心なく勝利を目指す、その精神がいかに高潔か。

 けれども重臣達の反応は、非常に鈍い物だった。
 信じていないというよりは、重要視していないと言う所だろうか。死者が生き返るという部分には興味を引かれたようだったが、精神論については、はぐらかすばかりで実のある議論に発展しない。

 アンリエッタは机の下で握り締めていた拳を、解き、ため息をついた。

「分かりました、この話は後日もう一度、話させて貰います。ですがもう一つ、以前から申し上げているアルビオンへの援軍派遣つにいては、譲ることはできません」

 それはルイズがアルビオンから帰還してからすぐに、アンリエッタが主張し続けている事柄だった。

 こちらはすぐに、何人かの賛同の声が上がる。グラモン元帥を始めとする、武門の重臣達だった。
 しかし長く平和の続くトリステインでは文官の地位が高く、倍する反対の声が上がり、援軍派の主張は立ち消えになりそうに見えた。

 このままでは、また同じ事の繰り返しだと、アンリエッタは思った。

 何十人もの重臣達が集まって、ただひたすら時間を無駄にするだけの会議。メルファリアの、一人が一秒一サントを珠玉のように扱う戦場に比べて、なんと愚かな振る舞いか。

 もう我慢できません。
 アンリエッタは立ち上がると、両手で激しく机を叩いた。

「いい加減にしなさい。あなた達は恥ずかしくないのですか。こうして時を浪費している間にも、他国は動いているのです。このままではトリステインは、世界に取り残されてしまうやも知れないのですよ」

 アンリエッタの言葉に、重臣達は一瞬鼻白んだかに見えたが、すぐに口々に語り始めた。
 派兵ひとつにいささか大げさなのでは。そもそも現在の国庫には軍を支えるだけの余裕がありません。殿下には目下の異常現象について調査の続行を願いたく。ワルド領への取り計らいもその為ならば。

「私には、夢物語を追っているのがお似合いだというのですか?」
「とんでもございません。トリステイン一国に収まらぬ重大事なれば、臣のような者の手には余りましてございます」

 文句のつけようが無い礼儀作法で頭を下げられ、アンリエッタはそれ以上何も言う気になれず、椅子に身を落とした。
 そして会議が終わるまで、一言も言葉を発することは無かったのだった。

※※※

「殿下、お話したき儀が御座います」
「リッシュモンですか。先日の会議では、醜態を見せてしまいましたね」

 アンリエッタは、ここ数日晴れぬままの顔で、重臣を迎え入れた。
 リッシュモンは司法を管轄する高等法院の長で、アンリエッタの父王の代から王宮に仕える法律家だった。三十年に渡るキャリアからアンリエッタも信頼を寄せていたが、アルビオンへの援軍派遣については、反対の立場を取っている人物であった。

「滅相も無い。このリッシュモン、これまでの己の不見識に恥じ入るばかりでございます」

 そしてリッシュモンは、援軍派遣に賛成すると述べたばかりか、アンリエッタの語ったメルファリアの精神についても深い賛同を示した。
 リッシュモンの突然の翻意にアンリエッタは驚いたが、それ以上に、自分の理念が他者に受け入れられた事に感動していた。それが一貫して反対の立場を取り続けてきた人物であれば、なおさらであった。
 目頭が熱くなるのを、アンリエッタは感じた。

「感謝します、リッシュモン。貴方の言葉だけで、私は報われたように思います」
「ありがたきお言葉。なれど、殿下には是非、その理想を実現していただきたく存じます。その為ならばこのリッシュモン、己が身を惜しみはしませぬ」

 再度謝辞を述べて、アンリエッタは語った。軍事行動を起こすだけの予算的余裕がないのは事実であり、重臣達の大半が反対している以上、資金をひねり出すだす為の方策を巡らす事は難しいだろう、と。
 リッシュモンは周囲を伺うと、抑えた声で、手だてはあります、と言った。

「トリステインの何者にも異議を唱えられぬ存在に、殿下が成られればよいのです」

 リッシュモンの言葉が理解できた時、アンリエッタは、目を開けたまま眠っていて今まさに目覚めたように、びくりと目を見開いた。
 この者は自分に、王位に就けと言っているのだ。

 トリステインの王座は長く空のままであり、アンリエッタの実母であるマリアンヌ大后は、女王への即位を明確に否定している。
 アンリエッタは自身にも即位への期待が集まっている事は感じていたが、そのような重責に耐えられるとはまるで思っていなかった。

「無理です。私に王など務まりません。それに一方的に命令しても、理解が得られなければ、資金の問題は解決しません」
「それもご心配ございません。非公式にですが、ガリアから資金協力の申し出があるのです」

 最早アンリエッタは軽いめまいすら覚えていた。なぜガリアが? と問うと、リッシュモンは、なめらかな口調で理由を説明した。
 始祖の名を侵略に利用するばかりか、尊ぶべき王家に弓ひくレコン・キスタの横暴は許しがたい。だがガリアは地理的にも遠く、軍を出す大義名分も弱い。その為、アルビオン王家と血縁的にも距離的にも近いトリステインが援軍を出すのならば、水面下での援助は惜しまない、との事だった。

 さらに、とリッシュモンは続けた。

「殿下の仰る異国の戦い方も、戦場で実際に目にし体験すれば、皆も認めざるを得ないのではないでしょうか」

 それはひどく説得力があるように、アンリエッタには感じられた。
 アンリエッタ自身も、ルイズに連れられてメルファリアの戦場を駆けるまでは、半信半疑であったのだ。
 しかし、突如地面を盛り上げてそそり立つ塔や、人の言葉で話す巨大な騎士を目にして初めて、自分の想像の及ばぬ世界が在ることを実感できた。

 そして一秒一サントをも無駄にしない彼らの戦いを肌で感じれば、会議で無為に過ごすだけだった重臣達も、己の行動を見つめなおしてくれるのではという期待もあった。

 臣下達が己の中の常識を打ち破られ、目を覚ます姿を、アンリエッタは想像した。
 私利私欲に走っていたこれまでを悔い、不正を憎み、国の発展と国民の幸せだけを目指し、競い合うように工夫を続ける臣下達。それは間違いなくアンリエッタの理想そのものだった。

「決断なされませ殿下。今この時こそが、殿下がご自身の手で理想を実現なされる、唯一の好機なのではありませんか」

 リッシュモンの言葉に、アンリエッタは深く目を閉じた。


 数日の後、トリステイン王国の王女アンリエッタは、自身の王位への即位を宣言すると同時に、アルビオンへの軍事派兵を決定する。

 派兵に反対する声は、それに倍する、即位の歓迎への声にかき消されたのだった。



[21162] 第四話 アンリエッタの日々2
Name: 改行さん◆3c437658 ID:a748bead
Date: 2010/08/17 19:54

 女王アンリエッタの即位と派兵決定から一ヵ月後。
 編成を終えたトリステインの艦隊はアルビオンへ達し、レキシントンの地へと軍勢を展開させていた。レキシントンとはレコン・キスタ最初の戦勝地の名前であり、現在では、貴族派の最後の拠点でもあった。

「申し訳ありませんウェールズ様。結局、最後の戦いにしか間に合う事ができませんでした」
「謝る必要などないよアン。君がトリステインから駆けつけてくれたというだけで、僕は万の勇気を得た気分なのだからね」

 貴賓用の天幕の中で、ウェールズ・テューダーはアンリエッタに微笑みかけた。アンリエッタとしてはすがり付きたい気持ちであったが、天幕に居るのが二人だけではない事が、その行動を制止していた。

「ジョゼフ一世陛下。この度のアルビオンへの支援、臣民と父に代わって、深く感謝申し上げる」
「なに、金を出して兵は出さぬ、ただの臆病者にすぎぬよ。邪魔にならぬよう脇にどいておくので、気になさるな」

 腕を組んで闊達に笑ったのは、ガリアの現国王、ジョゼフ一世本人であった。
 トリステイン艦隊に、アルビオン王家への支援の使者を兼ねて、ガリアから数隻の船が同行した。しかし、まさかその中に国王自身が乗っているとは、アンリエッタもレキシントンの地に降りるまで予想すらしていなかったのだ。

「まもなく開戦するでしょう。私は援軍要請を行うため、砦に戻ります。お二人はここでご観戦なさって下さい」
「ほう、異国の兵を招くという要請は、国王でなくとも出来るのですかな?」
「ええ。それどころか、ただの一兵卒であっても可能なようです」

 ウェールズが去って、天幕の中にジョゼフと二人きりとなる。青い髪の偉丈夫の王は、顎に手をやって何やら考えているようだったが、不意にアンリエッタを見て口を開いた。

「女王陛下も、即位後すぐの出兵となっては、大変だったのではありませぬかな?」
「いえ、そのようなことは」

 言葉少なにアンリエッタは答えた。精悍な表情の奥の、たとえ笑っていても斬りつけるように鋭い目を見ていると、なぜか不安めいた物を感じ居心地が悪かったのだ。
 無能王という蔑称を耳にはしていたが、王という立場を別にしても、本人を前にそれを口に出来る人間がいるとはとても思えなかった。
 気がつけば、杖を握った腕を、身体に引き寄せるように抱きしめていた。

「さすがは音に聞こえしトリステイン王国。さぞかし忠臣揃いなのでしょうな」

 ジョゼフの言葉にアンリエッタは、自分をお飾りとしか扱わない重臣達を思い出して、思わず、いいえ、と口走っていた。
 そして愚痴というものは、一度口にしてしまえば、止まるものではない。

「我が国にも、王を王とも思わぬ者はおります。私利私欲に走ることに慣れ、まつりごとの正道を忘れてしまった者達が」
「そうでしたか。なに、ガリアにもそのような者は溢れていますな」
「ガリアにもですか」
「ええ。ですので助かっておりますよ」

 聞き間違いかと、アンリエッタが見つめなおすと、ジョゼフは糸のように目を細めて奥歯まで見えるほど豪快に笑ったのだった。

 アンリエッタが言葉の意味を尋ねようとした時、天幕の外で歓声が沸いた。

「どうやら始まるようですな。人が死なぬという不可思議な戦場、じっくりと見させて頂こう」

 ジョゼフが天幕の入り口をめくって出て行く。その後姿を見つめながら、アンリエッタはジョゼフの先ほどの言葉が、なぜかずっと引っかかっていた。


 戦はこれまで通り、異国の援軍を得たジェームス一世率いる王統派の有利なまま推移し、貴族派の敗北で幕を閉じようとしていた。
 貴族派の最後の拠点である砦が、黒煙を噴き上げながら崩れていくのが、遠目にアンリエッタにも見えた。ルイズに聞いたとおりならば、建物だけではなく、貴族派の食料、武器、砲弾。その他の物資全てが消滅した筈である。

 今ここに、アルビオン大陸を二分したレコン・キスタの兵火は、終焉を迎えたのだ。

「なんとも、出鱈目というか、とんでもない戦争でしたな」
「ええ、ですが大きな成果もありました」

 毒気を抜かれたように語るジョゼフに、アンリエッタは満足の笑みを浮かべて答えた。
 それはジョゼフの様子にではなく、戦争に参加したトリステインの将兵の反応にであった。彼らは一様に驚き、自分の中の常識がいかに脆いものであったのかと打ちのめされているようだった。
 大将の一人などは、アンリエッタの元を訪れ、異国の戦争の知識に対する自分のこれまでの不明さを謝罪した程だった。
 自分が王位に就いてまで果たそうとした目的のひとつが、叶えられたのだと、アンリエッタは喜んだ。

 沈静していく戦場を見ていた二人の前に、ウェールズが訪れ、再度謝意を述べた。

「両国の援軍が無ければ、危なかったやもしれません。この時間にしては、異国からの援軍が少なかったのです」

 ウェールズの言葉に、ジョゼフが興味深そうに質問を重ねる。二人の問答によると、援軍要請で現れる異国の兵士達は、時間帯によってその数が大きく変わるのだという。
 夜が最も多く、早朝から昼にかけてはほとんど集まらない。だがなぜか日によっては、日中にも関わらず大勢が現れたりもするとの事だった。

 そして今日の決戦では、これまでの同じ時間帯と比べて、半分近く少なかったのだという。そのせいで、トリステインの軍を合わせてやっと、貴族派とほぼ同数の兵力であったらしい。

「正確には、どれ程の人数が減っていたのですかな?」

 ジョゼフが尋ねて、ウェールズが答える。だがそれをアンリエッタは聞いてはいなかった。
 空の一点から、零れ落ちるようにこちらに落下してくる、巨大な戦艦を目にしたからだ。

 悲鳴を上げようとしたアンリエッタを押しとどめるように、風で増幅された警告の声が響き渡った。

 レキシントンが堕ちて来るぞ、と。


 周囲が騒然となるが、ある情報を知っている者は、さらに震え上がっていた。

「なんて事だ。戦争が終わった今、あれが落ちてきたら、全員死んでしまうぞ」

 ウェールズが杖を握り締めて呟く。アンリエッタも自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。戦争中は人が死なない、だがそれを裏返せば、一旦戦争が終了してしまえば、これまでの殺し合いとなんら違いは無いのだ。

 船の構造材まで確認できる距離まで迫っては、風メイジでもなくば逃げて助かるとは思えなかった。

「船に伝えよ、敵船の左翼に砲撃を集中。急げ、左舷の翼だけを狙い打て!」

 苛烈な声にアンリエッタが我に返ると、ジョゼフが臣下に向って命令していた。風メイジらしいその者は、スペルを唱えて、先ほどの命令を即座に船へと伝えたようだった。

「そうか、船のバランスを」

 ウェールズが部下に顔を向けたとき、上空のガリア艦が砲火を放ち、レキシントンの左翼が根元からちぎれ飛んだ。
 即座に、全身を壁に押し付けられたように感じるほど、重い突風が押し寄せ、アンリエッタは悲鳴を上げた。すぐに誰かに抱きしめられるが、風圧とのしかかるような轟音に、とっさに判別もつかない。

 何かを次々となぎ倒す音を響かせて、風が収まると、アンリエッタは堅く閉じていた目を開いた。

「大丈夫かい? アン」
「ウェールズ様!」

 アンリエッタは自分がウェールズの腕の中にいる事を知ったが、次に目に飛び込んできた光景に、離れることも忘れてしまった。
 天幕があった場所から、ほんの小さな丘ひとつを隔てて、巨大な戦艦が大地に突き刺さり、なぎ倒された周囲の木々ごと炎上していたのだ。

 そして、アンリエッタ達の前には、巨大な篝火と化した戦艦を向いて立つ、ガリア王の背中があった。表情の見えぬその姿に、アンリエッタは自分ですら気付かぬうちに、ウェールズにしがみつく腕に力を込めていたのだった。


 炎上したレキシントンに、レコン・キスタの総司令官であるオリヴァー・クロムウェルが搭乗していた事が確認されたのは、トリステイン艦隊が帰国してからの事だった。

※※※

 アルビオンでの戦いがトリステインの軍部にもたらした衝撃は大きかった。
 アンリエッタの元を訪れる元帥、大将達は、口々にあの想像を超える戦場について尋ね、ルイズ・フランソワーズから提供される情報についての開示を求めた。
 ルイズを城に呼び出し、直接部隊の教練を行わせるべきだとの意見が出るほどで、アンリエッタは喜びながらも、皆を制止せねばならない程だった。

 しかしアルビオンからの帰国後、アンリエッタの女王としての日々が、慶事だけで構成されている訳ではなかった。

「い、以上が、城下で集めてきた平民達の声です。詳しくは、こ、ここ、こちらの書類に、纏めてございます」

 ギーシュの差し出す書類の束を、笑顔で受け取ったアンリエッタだったが、その内心は晴れよう筈が無かった。
 平民が貴族に向ける感情、そのほぼ全てが、不正に自分達の財産を吸い上げる貴族への憤りであったのだ。直接平民に接する徴税官の横暴が目立ってはいたが、貴族の、特に王家に使える役人の不正は、経済のありとあらゆる部分に及んでいた。

「任務ご苦労さまでした。いずれまたお力を借りる時が来ると思いますが、その時も私を助けて下さいね」
「は、ははっ。このギーシュ・グラモン、一命に代えましても」

 アンリエッタは、ギーシュと共に任務についていたという金髪の少女にも、ねぎらいの言葉を掛けた。

「貴女もありがとうございました。ミス・モンモランシ」
「勿体無きお言葉にございます、陛下」

 仲睦まじそうに退出する二人を、アンリエッタはしばし心の鬱屈を忘れて、羨ましそうに見送った。
 短くは無い任務の日数を、二人は城下で共に過ごしたはずである。男女で任務を行ったと聞いたときは驚いたが、おそらく元から恋人同士であったろう学生の二人が共に暮らす姿を想像すると、しばし王座の重責を忘れられるアンリエッタだった。

 もちろん、それは一時の事にすぎなかったが。

「徴税官のチュレンヌという者が、かなり悪どいようですね。デムリ財務卿はこの事を知っているのでしょうか」
「その者の噂は聞いております。欲深い男なのは確かですが、徴税の書類には一切不備がございません」

 後ろに控えていたマザリーニが答える。
 では不正を犯していたとしても、法律で裁くことは不可能なのですね、とアンリエッタは悔しさに息を漏らした。

 チュレンヌは税を独自に釣り上げたばかりか、稼ぎのよい店に押しかけては臨時徴収の名目で金銭を要求するという。
 閉店に追い込まれた店主や、街人の恨みをかなり買っているというが、彼らの憎しみはチュレンヌ個人にとどまらず、貴族や王家へも向くことだろう。このような者をすら裁けないことが、アンリエッタには歯がゆかった。

「陛下、この者を除こうとお考えですか?」
「当然ではありませんか。一分の益も無しとは、この者の事を言うのです」

 何を今更、とアンリエッタは眼差しをきつくした。

 アルビオンでの戦場を経験しても、文官達の反応は鈍い。新たな時代が訪れようとしているのです、とアンリエッタが意識の改革を訴えても、不正は消えず、私利私欲に走ることも止めようとはしない。戦場に同行した文官達ですら、そうだった。
 そして実際に、一ヶ月が過ぎようとしている今でさえ、こうして官吏の腐敗を示す報告が上がってくるのだ。

「法務を司っているリッシュモンなら、何か良い手を考え付くかも知れませんね」

 リッシュモンを呼び寄せるよう、アンリエッタはマザリーニに伝えた。
 マザリーニが、かしこまりました、と一礼して答える。その動作に一瞬の間があったように感じたが、理由が思いつかないまま、アンリエッタは気のせいだとそのことを忘れた。


「無理ですな。司法によってこの者を裁くことは、不可能です」

 説明を受けたリッシュモンが、一旦アンリエッタの前を辞した後、再度現れて、無情な結果を告げた。
 僅かな希望を抱いていたアンリエッタは、そうてすか、と肩を落とした。

「ですが方法が全く無い、という訳ではありません」

 アンリエッタは思わず顔を上げた。言葉の先を促すと、リッシュモンはアンリエッタの後ろに控えるマザリーニに視線を向けて、司法の機密に関する事ゆえ、と退出を願った。
 室内の空気に、微量の緊張が混じる。いつもと変わらぬ厳粛な表情のまま口を開こうとしたマザリーニを、アンリエッタは制して、きっぱりと言った。

「その必要はありません。マザリーニに隠す事など、この国にはないのですから」

 長く政治の現場を敬遠していたアンリエッタですら、この苦労人の枢機卿が居なければ、とうにトリステインが滅んでいても不思議ではない事を知っている。
 いまさらマザリーニを疑うなど、アンリエッタには滑稽にすら感じられる事だった。

「そうでございましたな。枢機卿閣下、ご無礼をお許しあれ」
「いやこちらこそ、リッシュモン卿のご寛容に感謝する」

 リッシュモンはあっさりと身を引いた。内心で安堵したアンリエッタは、改めて、先程の言葉の続きを促した。

「この者を裁く法は存在しません。ですが、この国にたったお一人だけ、全ての司法を超越して、裁きを下すことのできるお方が存在します」

 思わずアンリエッタは目を見開いた。リッシュモンの目は、まっすぐにアンリエッタを見つめている。

「リッシュモン卿。高等法院の長が、主君に法を破れと申されるか」
「なればこそ最初に、司法の機密と申し上げた。我らは法を司るからこそ、そこに限界があることも知っておるのですよ」

 リッシュモンはアンリエッタから目を離さず、マサリーニに答えた。
 ああ、私の勘違いではないのですね、とアンリエッタは思った。リッシュモンが、司法上は無実であるチェレンヌを、アンリエッタに裁かせようとしているのだと悟った。

「陛下、国に王というものが存在し続けているのは、始祖の血脈というだけが理由ではございません。法が禁じ、全ての臣下が反対しても、国民の為に絶大な力を行使出来るからこそ、六千年もの長きに渡って、国民は王を必要としてきたのです」

 アンリエッタはその言葉の危うさに息を呑んだが、同時に、誘惑も感じていた。
 王宮に巣くう蜘蛛の巣のような不正を、奸臣ごと吹き払い、清浄な糸で真新しい統治を織ってゆく。アンリエッタの宿願を果たす道はすぐそこにあり、しかもそれが王の義務だと言われたのだ。

 アンリエッタは救いを求めるようにマザリーニを見たが、常に自分を導いてくれた宰相は、目を閉じたまま何の声も発しはしなかった。

「陛下、どうかご決断を」

 この決断を下せば、自分は女王に即位した時よりも、遥かに巨大な変化に晒される。アンリエッタは不意に身体が浮き上がるような錯覚に襲われ、ソファーの端を握り締めた。

 目を閉じ、深く息を吐いて呼吸を整える。
 アンリエッタは目を開くと、迷いの無い静かな声で決定を口にした。


「分かりました。女王アンリエッタの名において、チュレンヌ徴税官を裁きましょう」


 アンリエッタは、ただし、と付け加えた。

「チュレンヌが不当に徴収した金額のうち、己のふところに納めた分を民に返還すれば、それ以上の罪は問わない事とします。徴税官としての身分も、貴族の爵位もそのままです」

 さらに返還の期限に一年の余裕を定め、民に返す具体的な方法はデムリ財務卿とリッシュモンに任せる旨を、アンリエッタは告げた。

 処断に反対していたマザリーニに大きく配慮した結果となり、リッシュモンは難色を示すかと思われたが、厳罰を求めていた高等法院の長は、粛々と主君の決定を受け入れた。

「マザリーニも、これでよいですね?」
「お言葉ですが陛下、この決定には賛同いたしかねます」

 あくまで場を収める挨拶のつもりで確認したアンリエッタは、まさか否定されるとは思っておらず、ソファーから身体を浮かして振り向いた。
 いつもと変わらぬ、説法を語る司祭のように厳粛な顔で、マザリーニはアンリエッタを見ていた。

 こんなに配慮したと言うのに、まだ足らないというのですか。と、アンリエッタは思った。自分は知恵を絞り、最大限までマザリーニに譲歩し、その為に宿願への道筋すら保留したというのに、それでも駄目だというのですか、と。
 半ばないがしろにされた筈のリッシュモンが潔く引いた事も、マザリーニへの苛立ちを掻き立てる原因となった。

「私が決定したのです。反論は許しませんよ、マザリーニ」

 気がつけばアンリエッタは、まっすぐにマザリーニを見据えていた。

「ですが――」
「マザリーニ」

 さらに言を重ねようとするマザリーニを制して、アンリエッタは低く問いかけた。

「この国の王は、私ですか? それとも貴方ですか?」

 マザリーニはしばしアンリエッタを見つめた後で、胸に手を当てて、頭を下げた。

「陛下にございます」

 ならばよいです、とアンリエッタは答え、二人に退出を命じた。

 一人残ったアンリエッタはソファーに身を落とすと、眉をしかめて、小さく唇を尖らせた。

「……なぜ私を認めてくれないのですか」

※※※

「報告は以上です。なおこちらの件に関しては、マザリーニ卿が直接ご裁可をなされると仰っておられましたが?」
「私が許可します。それでいいですね、マザリーニ」

 文官の報告を受けるアンリエッタの背後で、マザリーニは短く、御意、と答えた。

 チュレンヌへの裁きから数日、アンリエッタは未だに、マザリーニへの隔意を拭えずにいた。
 むしろ深まったと言っていいか。マザリーニに変化が感じられない分、アンリエッタとしては、自分ひとりが罪悪感を感じているようで悔しい。その為、半ば意地になって、マザリーニを軽視するような素振りをアンリエッタは見せてしまっていた。

 子供じみた所業だとアンリエッタ自身思ってはいたが、自分ではどうすることもできない。マザリーニが一言謝ってくれさえすれば、この不毛な喧嘩を終わらせることが出来るというのに、と思っていた。

 じれったい思いを抱えて会議場へと赴いたアンリエッタは、そこで呆然とした。

「なぜこんなに席が空いているのですか?」
「文官どもは出仕拒否だそうで御座います、陛下」

 グラモン元帥が腕を組んで、憤懣やるかたないという様子で言った。
 文官のほぼ全てが出席しておらず、もともと彼らが過半数を占める為、会議場にいる人数は半分にも満たない。なぜ、と問うアンリエッタに、文官の一人が立ち上がり答えた。

「チュレンヌ徴税官への陛下の直裁が、原因で御座います」

 出仕を拒否した者たちが言うには、法としきたりに則り忠実に勤めを果たしていた能吏を告発し、さらにその財産を王権を持って奪い取るなど、まさに圧政の萌芽に他ならない、という事だった。

「なれば、陛下が正道に立ち返られ、官吏の権利が保障されるまでは、ご無礼なれど御前に出仕する事あたわず、と申しておりました」

 報告を終えた文官が座るのを、アンリエッタは信じられない思いで見ていた。不意に足元が歪むのを感じ、壁に手をつく。護衛の女兵士が慌てたように駆け寄り声をかけるが、アンリエッタはただ自分の顔から血の気が引くのを感じていた。
 悔しさとやるせなさが、アンリエッタの胸中に溢れる。

「あれほど頑張って、まだ足りぬと言うのですか……」

 必死で思考し、自分が分不相応な地位にいる不安に耐えながらも決断し、それでもまだ、理想へのただの一歩を踏み出すことすら叶わないというのだろうか。
 いっそ全員処罰してしまうかと、アンリエッタは思った。
 リッシュモンが語ったように、民の為に王杖を振り下ろす暴君になってしまうかと。

 けれども、そんな勇気はアンリエッタにはなかった。
 全てをなぎ払った後、寄りかかる物のない支配者の荒野で、たった一人で立っていられる自信など全くありはしなかった。

「陛下、いかがなさいますか?」

 マザリーニの声に、アンリエッタは救いを得たように目を開いた。
 王位につく前から、自分と国を支えてくれた枢機卿、彼ならどんな時であっても自分を助けてくれるだろう。今の問題にも、必ず適切な助言をしてくれる筈だとアンリエッタは思った。

 けれどもアンリエッタは躊躇ってしまった。
 先日からの確執のせいではなく、今更助けを請うてマザリーニを失望させてしまうのが怖かった。

 しばしの後、自分に注目する議場の一同を向いて、アンリエッタは臣下達に伝えた。

「……急ぐ議題がなければ、今日の会議は中止とします」

 何も決定せず、裁かない、ただの先延ばしを。


「少しの間、一人にして下さい」

 自室に戻ったアンリエッタは、人払いをして今後の対策を思案した。
 しかし建設的な案は何も浮かばない。時間が経てば文官達も戻ってきてくれるのでは、と言う、希望的観測に心が逃げそうになってしまう。

 アンリエッタは切に、ルイズに会いたいと思った。
 今の心の内をさらけ出せば、あの桃色の髪の親友は、かならず自分の味方をしてくれるだろう。意地悪なマザリーニに怒り、文官達の不実を責め、私がついていますわ姫様、と言ってくれるのだ。

「誰かいますか?」

 アンリエッタは人を呼び、ルイズと、彼女の護衛をしているアニエスを呼ぶよう言いつけた。
 それが逃避である事は分かっていても、アンリエッタの心は温かく甘い物に、あまりにも飢えていたのだ。

 ルイズ達を待つ間、アンリエッタの心は久しぶりに弾んでいた。
 丁度いい機会だからと、かねてよりの思案を実行に移すことにする。アニエスを始めとする忠実で腕の立つ平民や、ルイズやギーシュのような王家への忠誠心溢れる若い学生達を集めて、それぞれに隊を編成させるのだ。
 直属の近衛隊とする事が出来れば、きっと自分の助けになってくれる事だろうとアンリエッタは思った。

 アンリエッタが好ましい未来の予想図に浸っていると、扉がノックされた。ルイズ達が到着したのだろうかと思ったが、現れたのはメイドではなく、グラモン元帥だった。
 普段から隙のない人物ではあったが、今は眉目に戦場の如き緊張をたたえ、アンリエッタに不吉な予感を与えた。

「マザリーニ卿が刺客に襲われました」



[21162] 第五話 アンリエッタの日々3
Name: 改行さん◆3c437658 ID:a748bead
Date: 2010/08/21 10:54
「マザリーニ卿が刺客に襲われました」


 顔色を蒼白にしたアンリエッタだったが、グラモン元帥に肩を揺さぶられ、命に別状はないと伝えられると、なんとか自分を取り戻した。

 慌てて病室に駆けつけたが、マザリーニはベッドに横たわりはしていた物の、普段と変わらぬ様子で、治療も既に終わっているという。杖を携えてきたアンリエッタは拍子抜けしたが、トライアングルの水魔法が必要になるよりは余程良かった。
 厳粛な顔で、ご心配をお掛けしましたと詫びるマザリーニに、アンリエッタは良いのです、と脇の椅子に座った。

「いったい、何があったのですか?」

 事情を尋ねたアンリエッタだったが、実行犯の名前を聞いて愕然とした。
 その者はミシェルという名前で、アニエスと共にアンリエッタの護衛に着いていた人物だったのだ。
 昼日中の暗殺未遂劇に違和感を感じてはいたが、それならば納得することができた。王の護衛ならば、宰相に近づく事はそれほど難しくはないだろうからだ。
 しかもあの時、アンリエッタの命令で、二人ともが本来の仕事から離れていたのだから。

「何故ミシェルはそのような事を?」
「これからの取り調べ次第、という所でしょう。ですがあの者個人の犯行という事はありますまい」

 どのような犯行理由にしろ、これまで幾らでもその機会はあったのだから、とマザリーニは語った。今でなければならぬ理由を辿れば、必ずミシェルに犯行を命じた人物へと近づく事だろうと。

 アンリエッタは陰鬱と眉をしかめた。長く政治に関わっていなかったとはいえ、王宮で生活していれば、否応無しに暗殺や陰謀の話が耳に入る事になる。それでもいざ身近な者がその標的になったのだと思うと、宮廷のほの暗さを意識せずにはいられないアンリエッタだった。

 ベッドに横たわるマザリーニを見つめる。
 そういえば、こんなにゆっくりとマザリーニの姿を眺めたのは、いつ以来かとアンリエッタは思った。王宮、市井を問わず、鳥の骨と揶揄されているマザリーニだが、アンリエッタにとっては古く決して倒れぬ柱のようであった。
 そしてその柱には、幼少の頃からのアンリエッタの成長の記録も、刻まれているのだ。

「よく。ほんとうによく、無事でいてくれましたね」
「ただ運が良かっただけに御座います」

 マザリーニの顔は普段とは変わらないように見えたが、なぜかアンリエッタには、それが嘘だと感じられた。

「今、嘘を言いましたね。マザリーニ」

 マザリーニの目が僅かに大きくなるのを見て、アンリエッタは顔をほころばせた。
 この生真面目な宰相は、きっと嘘が苦手なのだろう。だからいつもしかめっ面で、ぼろが出ないように、余計なことは何一つ言わないのだ。長い間側にいながら、自分はそんな事も知らずに、そして知らないまま二度と会えなくなっていたかも知れなかったのだ。

 ベッドの横に座りながら、自分の心がひどく安らいでいるのを、アンリエッタは感じた。
 これほど心が落ち着いているのは、父が生きていた頃以来のような気がする。

「まあよいです。今はゆっくりと養生して下さい。私は未熟な王ですが、マザリーニの傷が治る間くらいは、トリステインも滅びずに待っていてくれる事でしょう」

 御意、といつも通りの硬い返事をするマザリーニに微笑んで、アンリエッタは病室を後にした。
 運良く助かったのが嘘だとするならば、おそらくマザリーニは命を狙われる事を予測していたのだろうとアンリエッタは思った。ならばなぜ、その事を口にしなかったのか。いくら考えても、アンリエッタには答えを出す事が出来なかった。


 部屋を出たアンリエッタは、廊下でリッシュモンの姿を見つけた。ずっとこちらを気にしていた様子で、アンリエッタを目にするとすぐに近寄ってくる。

「枢機卿閣下のご容態はいかがでしたでしょうか、陛下」
「大事ありませんでした。待たせてしまったようですね、さあ、貴方も見舞ってあげて下さい」

 アンリエッタは身体を脇に寄せて、病室への道を譲った。しかし、リッシュモンは何やら言い難そうな顔をして動かない。

「どうかしたのですか?」
「いささか入りづろう御座いまして。陛下もご存知でしょうが、閣下は私を疎んじておられます。此度の事件でも、私を疑うようなお言葉を陛下も聞かされたのではありませぬか?」

 嘆くように首を振るリッシュモン。
 しかしそのような事をマザリーニから聞かされてはいないアンリエッタは、不審そうに眉をひそめてリッシュモンを見た。

「何を言っているのですか? そのような事、マザリーニは一言も口にしてはおりませんよ」

 虚を突かれた様に言葉を失った後、リッシュモンは自分の顔に手を当てた。手に隠れてその表情はアンリエッタには分からなかった。

「どうも気が動転していたようです。故なき事で陛下のお耳を煩わせたこと、まこと不徳の致す限り。このリッシュモン恥じ入るばかりに御座います」
「よいです。貴方もマザリーニも、このトリステインには欠かせぬ存在。二人が常に協力して国を支えてくれる事を、私は望んでいます」

 頭を下げるリッシュモンを許すと、アンリエッタはその場を立ち去った。

 廊下を歩きながらも、先程のリッシュモンの語ったことが、濃かった料理の味のようにアンリエッタの脳裏に留まっていた。
 確かにチュレンヌの処置については、マザリーニとリッシュモンは意見を違えていた。しかしどちらも父の時代からトリステインを支え、アンリエッタが全幅の信頼を寄せる重臣達である。暗殺を疑い合うような、そんな関係だとはとてもアンリエッタには想像できなかった。

「あら。あなたはいつもの護衛ではありませんね?」

 ふと脇に目をやったアンリエッタは、護衛の面々がいつもと違うことに気付いた。女性の兵士に加えて、揃いの服を着た男性の衛士達が回りを固めている。
 彼らは自分達の身分――魔法衛士隊である事を明らかにすると、警備を強化している旨を説明してくれた。

 手厚い警護にねぎらいの言葉をかけたアンリエッタだったが、魔法衛士隊の制服を見ていると、ふと記憶の糸が揺れるのを感じる。それを遡ったアンリエッタは、しばらくして、元魔法衛士隊長を夫にもつ桃色の髪の幼馴染を、王宮に呼んでいた事を思い出した。
 まさかとは思うが、この度の事件に巻き込まれてはいないだろうか。
 不安になったアンリエッタが詳細を告げると、衛士の一人がその場を下がる。自室に戻ったアンリエッタの元にその衛士が戻った時には、一人の侍女を伴っていた。

「も、申し訳御座いません、すぐ、すぐにご報告もうし、申し上げようと」

 アンリエッタを前にして、侍女は顔色を蒼白にし、今にも崩れ落ちそうだった。アンリエッタが衛士にきつい視線を向けると、衛士は狼狽して、決して乱暴を働いてはいない旨を誓った。

「怯える必要はありません。ゆっくりでいいので、何があったのか、教えてください」

 黒雲のように広がる胸中の不安を押し隠して、アンリエッタは侍女をなだめた。
 落ち着いた侍女が話すには、学院に出した使いは、ミズ・ワルドとアニエスの不在を知らせてきたのだという。なんでも帰郷していた友人が危難に見舞われた為、ガリア方面へと向ったのだとか。
 折り悪くマザリーニ枢機卿の暗殺未遂が起こり、女王陛下の元に近付いてよいものか迷って居るうちに時間が経ち、報告の機会を失ってしまったと言う事だった。

 アンリエッタは安堵のため息をついた。
 友人の危機とは気がかりだが、今の王宮に来ていないのならば、さしあたっての不安は解消された。
 
「ありがとう。どうかこれからも、私の世話を頼みますね」

 侍女がいらぬ罪悪感を抱え込まぬよう取り計らうと、アンリエッタはソファーの後ろを振り向いた。そこには壁が在るばかりで、苦い物を食べたような顔の宰相は立っては居ない。
 増えた護衛の分、部屋に人は多いはずなのに、アンリエッタは、この部屋はこんなに広かったのかと、悄然と思った。

※※※

 何者かの声にアンリエッタは目を覚ました。
 まだ夜半であろうか、大小の月が照らす室内に、無礼を詫びながら衛士が入ってくる。扉の閉められる僅かな間に、あわただしい気配が流れ込んできた。

「陛下、お部屋を出になられませぬよう。窓からもお離れ下さい」
「いったい何があったのですか?」

 ベッドに身を起こして、アンリエッタは寝間着の胸元にシーツを引き寄せた。
 突如王宮の上空に現れた飛竜が、制止を振り切って中庭に降り立ったのだと言う。一騎だけで、しかも乗っていたのは少人数との事だが、陽動の可能性もあり厳戒態勢に移行したとの事だった。

 マザリーニの暗殺未遂に続き、この騒ぎ、トリステインは一体どうなってしまったのだろうとアンリエッタは思った。
 しかし緊迫した時間は、ノックをして現れた衛士の一言で、あっけなく終わりを迎えたのである。


「ルイズ、これは一体どういうことですか」

 アンリエッタが駆けつけた部屋には、ルイズとナナとギーシュ、アニエス、アンリエッタの見知らぬ少女、そしてギーシュの父であるグラモン元帥の姿があった。
 王宮に侵入したのは、ルイズ達であったのだ。

 アンリエッタは顔をしかめて、ルイズを睨みつけた。
 常時でさえ飛行禁止の王宮に無理やり着陸し、宰相の暗殺未遂という事件に殺気立っていた衛士の只中で、彼女達が無事であったのは、ひとえに警護の責任者がグラモン元帥であったという幸運のお陰に過ぎない。侵入者の中に息子の姿を見つけた元帥の驚きは、いか程だったろうか。

 そうでなければ今頃アンリエッタは、親友の死体と対面していた筈である。

「陛下、今すぐリッシュモン法院長を拘束して下さい」

 ルイズがアンリエッタの前に進み出る。その顔は真剣だったが、言葉の内容はにわかに納得できる類のものではなかった。

「何を言っているのですルイズ。一体貴女は、どこで何をしてきたというのですか?」
「私が、説明する」

 続いて前に出てきたのは、小柄なルイズよりもさらに小さな、青い髪の少女だった。

「私の名前は、シャルロット・エレーヌ・オルレアン。現ガリア国王ジョゼフ一世の死没した弟、シャルルの娘……です」

 混乱を深めるばかりの紹介に、アンリエッタは救いを求めてグラモン元帥を見る。元帥は常の厳しい顔に、いささかの困惑を称えて、息子も真実だと申しております、と答えた。

 他国の王族が何故こんな場所に、と問おうとしたアンリエッタは、続いたシャルロット姫の告白に、言葉を失った。

「私はガリアの北花壇騎士団員として、トリステイン魔法学院に潜入していた。そしてその仕事の中には、ガリアと通じているトリステイン要人との連絡も含まれていた」

 グラモン元帥が低く唸って、アンリエッタとシャルロットの間に分け入る。その手は腰の杖に添えられていた。

「待ってください父上。隠していた訳ではなく、説明する時間がなかっただけなのです」

 ギーシュが顔を青くして弁解する。元帥の鬼気は背後にいるアンリエッタにさえも、まるで空気が圧力をもっているかのように感じられた。正面でそれを受ける彼女らへの重圧はいか程であろうか、よく見ればシャルロットの握った拳は、細かく震えていた。

「お待ちなさい、グラモン元帥。まだ話を全て聞いてはいません」

 アンリエッタは改めて、なぜそのような事を告白するのかと尋ねた。
 グラモン元帥の威圧が弱まると、シャルロットは緊張していた顔を僅かにほっとせて、事情を語り始めた。

 自分の母は病床にあり、その身柄を押さえられていた為、やむなく北花壇騎士として働いていた。
 しかしルイズや、その使い魔のナナと親交を深めるうちに、己の現状に疑問を感じ、任務の遂行や報告が滞りがちになってしまったのだと言う。そしてついに本国から出頭命令が出たのだが、帰国したその場で身柄を拘束された。
 そして砦に監禁され、死を覚悟した所を、ルイズ達に救出されたとの事だった。

「母もルイズ達に助けてもらった。もうガリアに従う理由は無い、だからルイズ達への恩返しの代わりに、内通者を教えた」

 シャルロットは語り終えると、まるでアンリエッタを値踏みするかのように見つめた。自分がどう判断するかを試されているのだと、アンリエッタは気付いた。
 緊張を感じながらも、彼女の語った内容について考えを巡らせる。

 なんとも舞台劇めいた冒険だが、確かにルイズ達の服は破れすすけ、戦いと強行軍の跡を感じさせた。
 目の前の少女が真実シャルロット姫であるかは、今この場では確認のしようが無いが、少なくとも語った内容にはアンリエッタは矛盾を見つけられなかった。
 その旨を伝えようとした時、グラモン元帥が先んじて口を開いた。

「内通者の情報などという重大事を、いつ裏切られるか分からぬ者に教えるなど、いささかおかしくはないか」

 アンリエッタははっとしたが、詰問されたシャルロットは淡々とした表情を崩さなかった。

「おそらく私が裏切ることも折り込み済みで、情報を与えたのだと思う。ジョゼフはそういう男。けっして無駄な事はしないし、行動にはかならず意味がある。彼はリッシュモンを、この時点で切り捨てようとしているのだと推測する」

 アンリエッタはアルビオン派兵の時に会った、ジョゼフの事を思い出した。
 あの時の従軍にも、なんらかの理由があったのだろうか。いや、彼女の言葉が全て真実なのだとしたら、あの派兵や、私の即位も全て……。
 そこまで考えて、アンリエッタは自分の思考の飛躍に苦笑した。リッシュモンの忠誠を疑うなど、それこそ在り得ないではないか。

「アニエス、あなたはどう思いますか? 私の傍に在って、リッシュモンの事を幾らかは知っているはずです」
「……シャルロット姫は、嘘や憶測で人をおとしめる方ではありません。ですがリッシュモン閣下の陛下への忠誠もまた、偽りであるとは思えないのが、私の本心です」

 ルイズ達がざわめく。一同の様子を見れば、共に苦難を乗り越えてきたのは明らかだ。そのような仲間の前ですら公正な態度を貫こうとするアニエスに、アンリエッタは深く頷いた。

「分かりました。明日の朝リッシュモンを呼び出して、そのような嫌疑を掛けられる心当たりが無いか、尋ねてみましょう」
「陛下、そのような悠長な事をしていては、逃げられてしまいます」

 ルイズが声を上げるのを手で制して、アンリエッタは首を振った。

「あなた方が嘘を言っているとは思いません。ですが同時に、告発だけでリッシュモンを疑うことも出来ないのです。あるいはそれこそが、ガリア王の企みかも知れないのですから」

 裏切る可能性の高い間者に偽の情報を教え、間接的に離間の策をしかける。あまりにも運任せの陰謀だが、アルビオンで感じたジョゼフの得体の知れなさを思うと、さらに別の思惑があるのではと勘繰ってしまう。
 ルイズ達もジョゼフには思うところがあるのか、複雑な表情をして言いよどむ。

 その中で、アニエスが口を開いた。

「私も僭越ながら、陛下と同意見にございます。砦の警備はずさんで、追っ手もまともにはかかりませんでした。なにより他国に侵入し要人を救出するなどという難行を、素人同然の我らが成功したこと自体、偶然で済ませるには出来すぎております」

 実際に行動した内の一人であるアニエスの言葉が、場の空気を決定した。
 安全のため城内で宿泊するようルイズ達に言いつけ、グラモン元帥に翌日のリッシュモンとの面会を伝えると、アンリエッタは自室に戻った。


 しかし翌朝、リッシュモンが王宮に上がる事はなかった。

 トリスタニア郊外の森で、破壊された馬車と、リッシュモンの死体が発見されたのは、昼を過ぎてからの事であった。

※※※

「陛下……」
「いらっしゃいルイズ。あら、ナナはいないのですか?」

 自室に尋ねてきたルイズは、とても言いにくい事があるように、アンリエッタの顔色を伺っていた。

「はい、ナナは変な癖がありまして。初めて訪れる場所では、登れそうなところがないか探して回るのです」
「それはまた、ナナらしい不思議な癖ですね」

 アンリエッタは口元をほころばせた。ナナの邪気のない言動を思い出すと、暗い気持ちが幾らかやわらいだ。
 ナナが兵士に咎められぬよう、アンリエッタが侍女に言いつけると、ルイズは感謝した後で、思い切ったように口を開いた。

「陛下。私が申し上げるのも変ですが、リッシュモン閣下の裏切りは、何かの間違いだったという可能性はないのでしょうか?」

 アンリエッタは親友の心遣いに感謝した。あれほど強硬に逮捕を主張していたルイズが、それでもこのような事を言うのは、一重にアンリエッタの気持ちを慮っての事なのだと分かったからだ。
 静かに首を横に振って、アンリエッタは微笑みかけた。

「昨夜は要人全員に警護がついていましたが、リッシュモンのそれは夜明け前に、リッシュモン本人によって取り下げられていました。また馬車からは、多数の貴金属が発見されています」

 そして決定的なことに、マザリーニの暗殺を指示したのはリッシュモンだと、実行犯のミシェルの口から証言があったのだ。元々ミシェルの身元を保証し、アンリエッタの護衛に推薦したのがリッシュモンであった事実も、この証言に信憑性を与えた。
 ただ一つ、ガリアとの関係を示す証拠だけは発見できなかったが、その事から殺害犯はガリアの間諜で、口封じと同時に証拠の隠滅を行ったというのが、王宮内の大まかな見解であった。

「リッシュモンの裏切りは、もはや疑う余地はありません。彼が己の利益の為に、トリステインの情報を流し、政治を歪めていたのは事実なのです」

 アンリエッタが断言すると、ルイズは口を開いて何かを言いかけ、しかし諦めて俯いた。言うべき言葉が見つからないのだろう、とアンリエッタは思った。なにしろリッシュモン糾弾の報を持ってきたのは、ルイズ達なのだから。

「私は心配いりません。ルイズもナナを連れて、学院にお戻りなさい」

 ルイズはしばし迷ったようだが、分かりました、と晴れぬ顔色のまま退室した。その姿を見送っていたアンリエッタは、入れ違いに部屋へ入ってきた人物を見て、顔を輝かせた。

「マザリーニ、もう傷はいいのですか?」
「はい。陛下にはご心配をお掛けし、申し訳御座いません」
「本当です。もう二度と、この様な事は許しませんよ」

 安堵の為に、ついそんな言葉が口をついてしまう。それでも生真面目に、御意、と頭を下げるマザリーニに、アンリエッタは目頭が熱くなり、うつむいて目元に手をあてた。
 足音と衣擦れの音が近づいて、アンリエッタの背後へと回る。マザリーニがそこにいなかったのは一日にも満たなかったのに、長い間失われていたパズルのピースがはまったように、充足感が満ちてくる。
 アンリエッタは自然と、ルイズにすら語れなかった内心を漏らしていた。

「私は、退位するべきなのでしょうね」

 リッシュモンは喧伝はしなかったが、彼の進言でアンリエッタが即位を決断した事は、多くの者が知っている。
 自らの未熟さを自覚しているアンリエッタである、その上さらに陰謀に踊らされて即位したという視線を向けられて、王位に居続けるなど出来るはずが無かった。

 マザリーニは何も答えなかったが、アンリエッタも返答を求めて喋った訳ではなかった。ただ誰かに聞いて欲しかったのだ。

「なぜこのような事になってしまったのでしょう。私はただ、この国を良き姿に、不正も腐敗もなかった、在りし日のトリステインにしたかっただけだと言うのに」

「それは陛下に才能がなかったからで御座います」

 アンリエッタは目を見張り、自分の頭か耳がどうかしてしまったのかと思った。それ程、言葉の内容と、発した人物が、同一だとは考えられなかったのだ。
 振り返ると、そこにはいつもと変わらぬマザリーニが居た。そして誤解しようのないアンリエッタの目の前で、口を開いた。

「陛下は全ての不正をただすと簡単に仰られますが、もしそれを為し得れば、偉人として後世に名が残りましょう。それ程の偉業なのです。されど陛下には、そこまでの才は無いと存じます」

 マザリーニの言葉が、まるで頭が理解するのを拒否したように、無意味な音の羅列として聞こえる。悪い物を食べたかのように、胸に気持ち悪さがこみ上げてくる。
 アンリエッタは逃げ道を探るように、言葉を口にした。

「もしそうだとしても、前を見るべきだと思います。たとえ少しずつでも、為政者が理想を目指さなければ、国は良くなりはしないでしょう」
「ならばどうやって理想を実現していくのか、ここで仰って下さい」

 突然の事にアンリエッタは戸惑ったが、すぐに眼差しに力を込めた。

「まずは、誰がどのような不正を行っているかを調べ、動かぬ証拠を持って断罪し、才能と誠実さはあっても低い地位にいる者を登用し……」
「私はどうやって、とお尋ねしました。どうしたいか、ではありませぬ。具体的に、今この部屋から出て、まず何処へ行き、誰に何を命令するのかをお教え下さい」

 アンリエッタは口元を押さえた。そうしなければ、小さく悲鳴が漏れていたかもしれない。

 震える足を必死で抑え、なんとか答えを搾り出す。しかし即座に、マザリーニはその次を尋ねてくる。幾度か問答を重ねアンリエッタの沈黙が長く続くと、まだ理想は足元までも実現はしておりませぬよ、とマザリーニは攻め立てた。

「さあ、次の行動はどうなさいますか?」
「いいかげんにしてください……」

 ついにアンリエッタは、手のひらを握り締めて俯いたまま、何も答えられなくなってしまった。

「失敗するならまだしも、何をするかも決まってないのでは話になりませぬぞ。さあ、次はどうなさるのですか」
「やめなさいと言っています」

 アンリエッタは目の前の憎らしい男を睨みつけた。目の端に熱いものが溜まり、零れ落ちそうになっているのが分かった。

「それでは答えになっておりませぬよ」

 反射的に、アンリエッタはマザリーニの頬に手を振るっていた。

 乾いた音が室内に響く。マザリーニは微動だにせず、変わらぬ厳粛な表情でアンリエッタを見つめ、頬を打ったアンリエッタ本人が、信じられないように己の手のひらを見つめていた。

「マザリーニ、私は……」
「陛下」

 そんなつもりは無かったと言おうとしたアンリエッタに、マザリーニはいつもと変わらぬ顔で口を開いた。

「まだ答えを聞いておりませぬぞ」

 アンリエッタはその場に崩れ落ちた。


 アンリエッタは自らの身体を抱きしめていた。今すぐ消えてしまいと思った。
 具体的な方策を何一つ考えられないくせに、なにを改革しようとしていたのだろう。
 何かをなす為に努力しているつもりで、実際は理想を口にするだけでやったつもりになっていただけなのだ。自分の浅はかさを思うと、羞恥で身体が震える程だった。

「私は……」
「しかし陛下、それ程お嘆きになる必要は御座いません」

 アンリエッタは目を開いて、マザリーニを見上げた。眼球にあたる空気の冷たさが、自分が涙を流しているという事を教えていた。

「トリステインの歴史の中には、陛下より遥かに才に乏しい王も、また比べるべくもない賢き王も存在していました。隠された記録の中には、残虐極まりない暴君も存在した事でしょう。始祖の御世より六千年を数え、それでもトリステインは滅びずに存在しているのです、陛下にこの国を統治することが出来ないはずが御座いません」

 マザリーニの言葉を理解した時、アンリエッタはなにか重い物が自分の上から取り除かれた気がした。
 今まで必死で支えていたつもりの国が、アンリエッタが生まれる遥か昔からしぶとく存在し続けていたのだ。そう思うと、自分がとても小さく感じられた。気が遠くなるほど長々と引かれたトリステイン王国という線の先に、ぽつんと押されたただの点、それがアンリエッタだった。
 そして次の代には、数多くの点の中の、単なる一つになるのだ。

 開け放たれた窓のふちに小鳥が降り立った。
 自分はどれほど思い上がっていたのかとアンリエッタは思った。六千年、数百世代を数えるトリステイン王国である。もし仮に自分が国の崩壊を為そうとしたとしても、せいぜい小揺るぎがいいところだろう。

「――私は、ずいぶんと頑張り屋だったようですね」

 呟くアンリエッタは、自分が笑っている事を自覚した。
 こんなに身体が軽く感じる事は、王族の義務を自覚する遥か昔、桃髪の幼馴染とドレスを奪い合った頃以来だったかも知れない。

 アンリエッタは立ち上がった。

「分かりました。トリステインの女王として、この国を統治しましょう。――ですが、どうすればいいか分かりません。教えてくれますよね? マザリーニ」

 自分がこのような、無責任で厚顔な質問が出来るとは、アンリエッタは不思議な気持ちだった。しかし今その事を誰かに責められたとしても、涼しい顔で自分は次のように答えられるだろうとも思った。
 ――かまわないではありませんか。だって私は、女王なのですよ? と。

 マザリーニは臣下として文句の付けようのない完璧な所作で、御意、と頭を下げた。

「まずは意識の改革からでございましょう。陛下が除くと仰った、利権を貪り私利私欲に走る高官達が、優秀で国に必要な人材であると言う事を、陛下がご理解なさらねばなりません」

 この言葉には、さすがにアンリエッタは目を見張った。

「あの者達が、トリステインに必要であると言うのですか?」
「御意。されば、リッシュモン卿と、かつて陛下が処罰した徴税官のチュレンヌという者、どちらがより優秀であったと、陛下はお考えになりますか?」

 奇妙な組み合わせだったが、判断は簡単なように思われた。法院の長へと登り詰めた上、大罪とは言え一国を裏切るほどの事を成しえた者と、法の目を掻い潜って蓄財に励んでいただけの者。
 アンリエッタがリッシュモンの名を上げると、マザリーニは首を横に振った。

「ではこう言い換えましょうか。一方は、私欲を満たすために、犯罪を犯す程度の才能しか持たなかった、あるいは自己を抑制できなかった者。そしてもう一方は、法に決して触れず、公には誰にも裁けぬ位置を維持したまま、不当に財を溜め込み続けた者。果たしてどちらがより優れていますかな」
「それは……悪人の賢さです」

 きつくした眼差しが、次第に戸惑うように揺れる。アンリエッタは自身の言葉の意味に気付き、信じられないという顔でマザリーニを見つめた。
 長く政治の世界に在ったトリステイン王国の宰相は、アンリエッタの言葉を肯定するように頷いた。

「陛下、泥水をお飲み下され」



[21162] 第六話 アンリエッタの日々4
Name: 改行さん◆3c437658 ID:a748bead
Date: 2010/08/26 04:23
※※※

 会議場には文官、武官の全員が席を埋めていた。
 本来はチュレンヌ徴税官への不法な裁きへの抗議として、出席を見合わせていた文官達であったが、リッシュモン高等法院長の内通に関する重要な会議と言われては、参加せざるを得なかったのだ。

「やはり退位に関する事でしょうか」
「陛下のご性格を考えれば、その可能性は高いでしょうな。しかしマザリーニ卿が素直にそれをお認めになるかどうか」

 女王の進退に関係した会議であろうというのが、集まった大方の予想であった。

 口さがない文官達の態度に、グラモン元帥を始めとする武官達は苦々しい顔であったが、警備に当たっておきながらむざむざとリッシュモンの逃亡と殺害を許した手前、強く出る事は出来なかった。

 やがてアンリエッタ女王が入室する。
 一同はアンリエッタの表情を観察したが、軽い緊張を伺わせるだけで、重臣に裏切られた主君の印象とは一致しなかった。その為、幾人かは心中で首を捻ったのだった。

「よく集まってくれました。リッシュモンが他国に通じていた事、またその先がガリアであった事は、皆も承知していると思います」

 やはり退位宣言であるのかと、文官達は思った。
 しかし続いたアンリエッタの言葉は、この場に集まった重臣の、誰一人として予想だにしないものであった。

「こんな旨い話を、逃す手はありません。先のアルビオン遠征でガリアより借用した戦費の返済金額を、この件を材料として減額させてしまいましょう」

 ガリアは最終決戦での功績――敵旗艦の撃沈――によりアルビオンとも有利な貸借関係を結んでいます、彼らだけに儲けさせるのは大変好ましくありません、とアンリエッタは語った。
 声も出ない重臣達の内から、ガリアとの折衝を担当している者を、アンリエッタは呼んだ。

「証人はガリア王弟の息女、シャルロット姫です。交渉により減額されて浮いた分については、『いつも通り』法と規則に反しないように、あなたが処理してくれて構いません」

 アンリエッタの発言の意味に気付き、一同はざわめいた。女王陛下は、臣下の着服を見逃すと、本当にそう言っているのかと。
 文官の一人が発言の許可を求め、探るような目でアンリエッタに質問をする。

「陛下、先日のチュレンヌ徴税官へのご裁可ですが、あれに変更はございませぬか?」
「いいえ、変更などはありません」

 議場に、落胆と安堵のため息が漏れた。やはり、あの女王陛下が臣下の不正を見逃したり、あまつさえ助長などする筈がないのだと。

「ですが、付け加える事はあります」

 視線を向ける一同に、アンリエッタは笑みを浮かべて言った。

「チュレンヌに不当に財貨を奪われた者のうち、返却されるのは、実名によって自己申告を行った者に限るという事。そして、返済に関して王家は一切の関与を行わない、という事です」

 議場には声を上げる者はなく。中には口を開けたまま、呆然としている者すら居た。
 王家が関与しないと言う事はつまり、金を返して欲しければ直接、平民が貴族のチュレンヌの所に返してもらいに行け、という事だ。とんでもない話で、返済を迫れる者など居よう筈がなかった。

「まことに僭越ながら、果たしてそれで、平民が納得しますでしょうか」
「それをさせるのが、チュレンヌの仕事です。かの者に会った事はありませんが、実績を鑑みれば、その程度の働きは十分に期待できるでしょう」

 疑問を投げかけた者は、アンリエッタの返答に言葉を失った。
 議場に居る者たちが、アンリエッタの変化を確信したのは、この時だった。

 能力のある者には利益と特権を与え、同時に、その才幹に応じた働きを要求する。そして以前のアンリエッタからは想像だに出来ない事に、臣下個人の人間性については、全く意に介していないようなのだ。
 別人の如き変わりようであり、実際、身代わりのたぐいを疑った者すら居た程である。

「私からは以上です、他に何も無ければ、今回の会議はここまでとします」
「陛下は、不当に私服を肥やす者を、お見逃しになると仰られるのか」

 声を上げて立ち上がったのは、大将の内でも若手の者だった。軍部にあっても特に文官と仲が悪く、また、アンリエッタがアルビオンへの援軍を提案した時、真っ先に主戦論を唱えた者でもあった。
 
 眼差し厳しい大将を、アンリエッタはまっすぐに見つめた。

「不当であっても、不正でなければよいのです」
「それが国を脅かすとしてもですか!」

 大将が机を叩き、議場内に暴力的な音が響き渡る。顔をしかめたグラモン元帥が、やめぬか、とたしなめた。たとえ軍人であろうと、正道ばかりを歩んではいられない事を、トリステインの元帥は知っていた。
 アンリエッタは見た目には冷静な表情のまま、文官達をちらりと見て、言葉を継いだ。

「心配いりません。彼らはそれ程、無能ではありませんから」

 退出していくアンリエッタの後姿を、重臣達は声もなく見送ったのだった。

※※※

 自室に戻ったアンリエッタは、ソファーに身を預けて、深く長いため息を付いた。

「如何でしたか、陛下」
「緊張し通しでした。特に、大将に恫喝された時は、身のすくむ思いでした」

 本来なら不敬罪にあたる行為であったが、押し寄せる威圧感にそのような事を思う余裕すらなかった。理想論に偏る部分はあれど、地位に相応しい能力と貫禄をそなえた人物である事は確かであろう。
 ひるがえって自分に当てはめると、羞恥どころか、滑稽さすら感じてしまうアンリエッタであった。能力も経験も無い身で、自分はなぜあのように理想を追えたのだろうか、と。

「あの者達の、陛下を見る目も変わりましょう」
「だと良いのですが。自分では上手く行った気が全くしません」

 アンリエッタは眉をしかめて両の手のひらを握り締めた。
 チュレンヌへの対応と、リッシュモンの件をガリアとの交渉に使う案については、マザリーニから事前に提案があった。しかしそれ以外については、一切をアンリエッタに任されていたのだ。
 マザリーニがアンリエッタにした助言はただ一つ、重臣達の私利私欲を認め、尊重する、という事であった。
 それでは国が滅びてしまうと不安を口にしたアンリエッタに、マザリーニは、自分の宿主を殺してしまうほど彼らは愚かではありません、と語った。だからこそ彼らは有能であるのだと。

 以前の自分なら、絶対に受け入れられない言葉だったろうと、アンリエッタは思った。今でさえ、躊躇もあれば不快感もある。
 それでも、能力も才能もない自分がこの国を治められるというのなら、受け入れようと思うアンリエッタだった。

「頼りにしていますよ、マザリーニ」
「御意」

※※※

 アンリエッタが為政者として新たな道を歩みだしてから、数十日が過ぎた。

 城下ではチュレンヌ徴税官の断罪による混乱が収まりを見せ始め、王宮ではリッシュモンの空席が表向きは穏便に埋まった。
 一方、ガリアとの交渉は順調ではなかった。アンリエッタは報告を受けるだけであったが、どうもガリア側の態度が強硬であるらしい。

 アンリエッタ個人の変化としては、まず他者の自己中心的な思考や欲望に、それ程嫌悪感を感じなくなっていた。
 そうして臣下と接していると、次第に見えて来る物がある。それは、相手の欲望に沿う提案であれば、支持が得られる、という単純な事であった。自分以外の人物、例えばマザリーニや他の重臣であれば常識であろうそれは、アンリエッタが初めて自分で掴んだ、為政者としての知識であった。

「私は、このような事も知らなかったのですね」

 思えば、無知蒙昧な自分がアルビオンへの派兵を提言した時、それでも支持した者が居たのは、軍事行動がその者の欲望に結びつく行為だったからなのだろう。
 さらに自己を省みれば、リッシュモンの言葉を容れて女王に即位した事も、理想を実現するという自分の願いに繋がる物であったからなのだ。

 相手の利益に繋がる事ならば、支持が得られる。無関係ならば、少なくとも反対はされない。
 その事を改めて自覚したアンリエッタは、次第に、対象の利益は何であるのか、相手が何を望んでいるのかを、注視するようになっていった。

※※※

「よく来てくれましたヴァリエール公。さあ、ルイズもワルド卿も、こっちに来てお座りなさい」

 三人にソファーを勧めて、アンリエッタも向いに腰を掛けた。
 その日、ワルド元子爵は領地の整理を終え、報告と、謝辞の為に、アンリエッタの元を訪れていた。ワルドの罪が減じられた理由が、表向きはアンリエッタのお声掛かりとなっていたからである。そして妻のルイズと、後見人となったヴァリエール公爵も同行していた。

「我が娘ルイズも、良き妻として立派に成長してくれたようです。全ては陛下のご温情のたまもの。感謝の言葉も御座いません」

 身分と立場から、ワルド本人ではなくヴァリエール公がまず謝辞を述べてくる。
 続いてワルドと、そしてルイズが礼を述べる。並んで座った夫婦の仲睦まじい様子に、アンリエッタは祝福と僅かな羨望の気持ちを持って返礼した。

「私は何もしてはいません。骨を折ったのは、全てヴァリエール公です。二人は早く子供を作って、公に恩返しをしなければなりませんね」

 若夫婦が頬を赤らめ、その父がどこか困ったように、それでも満更でもないという風に口元を緩める。
 ヴァリエール公爵は王国の重鎮であり、その権力は王家に匹敵するといっても過言ではない。その上、名誉と忠誠を重んじる古風な貴族でありながら、魑魅魍魎の跋扈する王宮を泳ぎ渡るしたたかさも兼ね備えている。
 なかなかに一筋縄ではいかない人物で、本来その心中はアンリエッタなどが見渡せる高さにはなかったのだが、今は娘の幸せと、まだ見ぬ孫への思いが透けて見えるようだった。そこを前面に出せばヴァリエール公を味方につけられるのですね、とアンリエッタは心に記録した。

「ルイズは、すっかり大人びましたね」

 身体的な変化はないのだが、ルイズはずいぶんと落ち着いた雰囲気をまとっていた。夫であるワルド卿とは長く離れ離れであった筈だから、貴族の妻として、家名を担う片割れとして日々振舞ううちに、自然と身についた変化であろう。

 それにしてもルイズは扱いにくそうですわね、とアンリエッタは思う。
 この桃色の髪の親友は、王家に忠誠を誓い、アンリエッタに敬愛を抱いてくれている。けれどもそこには、打算もなければ見返りも求めてはいないのだ。だからなにも言わなくても支持してくれる代わりに、アンリエッタが間違いをおかしていると知れば、全力で制止しようとする事だろう。
 親友のそのような部分を嬉しく思うと同時に、面倒だとも感じている自分に、アンリエッタは内心で苦笑した。

「なんだかお恥ずかしいです。それに姫さま――陛下もお変わりになられました」
「私がですか?」
「はい。まるで、心の中を覗き込まれているみたいです」

 アンリエッタは思わず声を上げかけたが、ルイズの表情に他意がなく、ただ不思議に思ってそう言っただけだと気付いて、なんとか平静を装う事が出来た。
 欲に目の曇っていない人間の恐ろしさを、実感させられた気のするアンリエッタだった。
 その怖さは、アンリエッタの心を見抜いた事にではない。心中を探ろうとする視線の意味に気付かず、その事を平気で口にするルイズの無垢さに対してである。アンリエッタが相手の欲望の方向を見定めようとしている事は、ヴァリエール公などはとうに承知しているだろう。それ程、王宮内にあってはありふれた視線なのだ。

 そしてふと思い出したのは、かつてガリアの王ジョゼフに言われた言葉だった。臣下の欲深さを嘆くアンリエッタに、かの王はこう言ったのだ。欲深い臣下が多くて助かっている、と。
 あれはこの事だったのかとアンリエッタは考え、そして、自分が他の人間のどれほど後ろを歩いているのかと、気が滅入る思いだった。

※※※

 この日の会議は、以前から予定されていた物ではなく、対ガリアの交渉において突発的な自体が発生した為であった。
 皆が慌しく席に着くのを確認し、アンリエッタは交渉の担当者に説明を促した。

「はっ。ガリアとの交渉ですが、とんでもない要求が届けられました」

 要求? と皆が腑に落ちないように眉をしかめる。ガリアとの交渉では、こちらの減額要求をどこまで相手が飲むか、という方向で話が進んでいたはずである。ガリア側から要求が出る道理があるようには思えなかったのだ。
 そして担当官の次の言葉に、重臣達一同は目を見張る事となる。

「ガリアは、誘拐されたシャルロット姫の身柄返還と、誘拐実行犯の引渡し、及び犯行時に損壊したアーハンブラ城の修繕費用を、借款に上乗せするように要求してまいりました」

 要求の意図が理解できず、アンリエッタは首を捻った。シャルロット姫がトリステイン側に誘拐などされていない事は、本人から既に明言済みなのだ。加えて、ジョゼフ王の非道な行いやトリステインへの政治的攻撃も、証言が取れている。このような無茶苦茶な要求が通るとは思えなかった。

 しかし重臣達のざわめきは、アンリエッタの考えとは方向性が異なるように感じられた。

「陛下、いかがなさいますか?」

 そういえば最近、所見を尋ねられることが増えてきましたわね、と思いながら、アンリエッタはどう答えるか迷った。そしてすぐに、自分の迷いを馬鹿馬鹿しいと笑った。自分より遥かに有能な政治家達を前にして、何を今更取り繕うというのだろうかと。
 アンリエッタは国民達に見せるのと同じ、白百合と評された笑みを浮かべて答えた。

「まったく分かりません」

 一同の目と口が縦に引き伸ばされる中、アンリエッタは交渉の担当官に問いかけた。

「ガリアはどういうつもりで、このような要求を突きつけてきたのでしょう。貴方の推察を聞かせてくれますか?」
「は、はいっ。おそらくこちらの出方を伺っての事かと。最初に非常識な要求を突きつけるのは、確かに交渉の基本ですが、それにしては限度を越えております。ジョゼフ王は現実的な利を求めるお方ですが、それ以上に、人を試し、他人が苦境にあってどのように動くかを見て楽しむ一面をお持ちです」

 さらにガリアで戦争の準備が進められている事から、挑発の意味もあるのかもしれません、と担当官は締めくくった。

 アンリエッタは一同を見回し、文官達の総意が、その発言とそれほど離れてはいない事を確認した。
 ジョゼフにそのような性癖があったとは知らなかったが、アルビオンで対面した時の妙な居心地の悪さを思うと、納得できるアンリエッタであった。

「なるほど、分かりました。グラモン元帥、今ガリアと戦って、トリステインは勝てるでしょうか?」

 アンリエッタが武官の面々へと顔を向けると、文官達がにわかにざわめいた。不思議に思って顔を戻すと、先程の担当官がぽかんと口を開いていた。

「どうかしたのですか?」
「はっ。いえ、その。それがしの言葉一つで、あまりにも簡単に会議をお進めになられますので、少々驚きまして」
「おかしな事を言いますね。長年に渡って対ガリアの交渉を勤めてきた貴方の意見を聞いて、さらにこれ以上誰に、何を尋ねよというのでしょう」

 担当官は数瞬、呆然とした後、分かりました女王陛下と深く深く頭を下げた。

 アンリエッタは首をかしげた後で、再び、グラモン元帥に対ガリア戦についての質問をした。

「戦力差はありますが、負けはしますまい。アルビオンの例を鑑みるに、異国よりの援軍を呼べれば、戦力差などあって無いような物。さらにこちらにはヴァリエール公のご息女より提供された、新しい戦争の知識もございます。勝ちの可能性も十分あるでしょう」

 たとえガリア側が同じく援軍を呼んだとしても、十分に引き分けにもっていけるだろうと、グラモン元帥は答えた。
 それにはアンリエッタも同意見だった。僅かな時間であれど、メルファリアで実際に彼らの戦いを目にしたアンリエッタには特に、ハルケギニアの兵士の差がどれだけあろうと、戦況には大差ないように思われたのだ。

 武官達の意見も同じようであった。
 ルイズからの情報の提供を受け、さらには彼女達と模擬戦を行い、その対集団戦での理論の洗練さと、兵士一人一人が戦況を見定める臨機応変さへの驚嘆を、アンリエッタも臣下達から聞かされた事があった。

「いかがなされますか、陛下。ガリアの要求を、完全に拒否なさいますか。あるいは交渉を継続いたしましょうか」

 アンリエッタはしばし思案に目を伏せた。
 常ならば臣下に判断を委ねる所だったが、アンリエッタには一つの考えがあったのだ。口にするか迷った後、駄目ならば別の案を出してくれるでしょうと、アンリエッタはその案を一同に伝えた。

 居並ぶ重臣達は、ぽかんと口を開けた後で、アンリエッタの提案に賛同した。その口元には、皆とてもイイ笑みが浮かんでいた。


 その日ガリアへと届けられた書状には、ガリア側の要求を突っぱねた上で、さらなるトリステイン側の要求が書き連ねられていた。

 曰く、シャルロット姫が真実誘拐されたかの調査を行ったので、その費用の請求。および、誘拐犯と目された人物の、拘束に要した費用。
 さらには、突如高圧的な要求を突きつけられ心身の健康を害したアンリエッタ女王と重臣一同への賠償などが、もっともらしい文章で記されていたのだった。
 駄目押しとして、シャルロット姫の誘拐事件について、該当する事実は無し、との調査結果が嫌味なほど丁寧な書式で添えられていた。

 書状を居城で手にしたガリア王ジョゼフ一世は、口が破けそうな程笑ったというが、定かではない。
 ただ一つ確かな事は、彼がトリステインに軍を進めたという事であった。


 戦争が始まる。



[21162] 第七話 アンリエッタの日々5
Name: 改行さん◆3c437658 ID:a748bead
Date: 2010/08/20 19:50
「来ましたよ、マザリーニ。トリステインを奸臣の手より救わんとする、正義のガリア兵達が」

 戦場の遥か向こうを眺めていたアンリエッタは、霞みながらも翻るガリアの軍旗を目にして、隣のマザリーニに笑いかけた。

「陛下、なにもそのように仰らなくともよろしいのでは」
「あら、そう言ってきたのはガリアですのに。それに皆は気にしてなかったようですわよ?」

 それはガリアから届けられた、宣戦布告の一文であった。
 女王が年若きことを利用して国政をほしいままにし、ガリアとの友好関係に害を為すトリステインの奸臣を討つ。もって正道を復し、始祖の威光を世に知らしめる。
 つまりは、これは侵略戦争ではない、という国内外への建前であった。

「地上の誰一人として信じていない理由を掲げねばならぬとは、戦争とは面倒なものなのですね」

 アンリエッタも王族として教育を受け、戦争には大義名分が必要であるとは知っているが、いざ当事者として聞く立場になると、なんとも馬鹿馬鹿しい気持ちになるのだった。
 しかし重臣達がさも当然の事のように振舞うのを見せられると、どうやらこの手の喜劇は、政道にあっては常識らしかった。

 かくしてガリア軍はトリステインの南国境に侵攻し、砦を建設。トリステイン側も王軍と諸侯軍合わせて六千で、国境を望む城に入り、軍を展開した。

「ルイズが羨ましいですわ。愛する人とともに戦場を駆けるだなんて、まるで舞台劇の一幕の様」

 諸侯軍の内、ヴァリエール公の率いる軍の中には、ワルドの姿もあった。爵位を失い、メイジの一仕官としての参軍であったが、本人の意気込みは極めて高そうであった。
 この人事にはおそらくアンリエッタの知らない政治的な意味があるのだろうが、十七歳の女王としては、新婚の年若い夫妻が共に戦場で戦うことに、大衆向け演劇めいた想像をめぐらせる方が重要なのだった。

「陛下、そろそろ戦端が開かれます。『援軍要請』をお出し下さい」
「分かりました。念のため、ナナを呼んでおいて下さい」

 アンリエッタは緊張に眉をしかめて、両手を胸の前で握り締めると、目を閉じて俯いた。
 今から自分は異国の人々へと声を届けるのだと思うと、握り締めた手に力が篭った。

 アンリエッタはナナから教わった短い不思議な言葉を、心の中で唱えた。と同時に、ある一文が、アンリエッタの声で頭の中に響く。

『援軍求む!→ハルケギニア大陸:トリステイン王国南国境 (自軍6114人:敵軍215人)』

 これが援軍要請というものなのですね、とアンリエッタが半ば夢の中にいるような不思議な気持ちでいると、周囲が急にざわめき始める。皆一様に驚いた顔で、耳を押さえたり、頭上を見上げたりしている。
 アンリエッタがマザリーニを振り返ると、彼もまた虚を突かれた表情で、アンリエッタを見つめていた。

「陛下、今のが援軍要請なのでしょうか?」

 マザリーニに言われて、はっと気付いたアンリエッタは周囲の兵達を見回した。まさか全軍に聞こえていたのでしょうか、と心音を大きくする。王族として民衆の前に立つことには慣れていたが、数千人に一度に声を届けたことなどなかったのだ。

 予想外の事態に顔を赤らめていると、ナナがアンリエッタの前に姿を現した。肩に巨大な斧を担いだまま、アンアンばっちり援軍要請できてたよー、と拳を縦にして親指をぴんと立てた。
 ひとまず役目を果たせたことに、アンリエッタは安堵したのだった。

「しかし陛下、今の言葉には気になる部分が御座いました」

 マザリーニが、虫歯を気にするような表情で語りかけてくる。アンリエッタが首をかしげていると、さらにはグラモン元帥までもが、陛下にお尋ねしたき事が、と訪れた。

「どうしたのですか二人して、何か問題でも持ち上がりましたか?」
「はっ。先程の陛下のお声ですが、敵軍の数は確かなのでしょうか」

 アンリエッタは眉をしかめて、さっきの声を思い出す。そう言えばお互いの人数も聞こえていた気がしたが、細部まで憶えてはいなかった。そもそもどういう原理で流れたかさえも分かっていないのだ。

「ええとナナ? さっきの要請で聞こえた、両軍の人数は正確なものなのですか?」
「大変です、急ぎご報告すべき事が!」

 アンリエッタの質問にナナが口を開くと同時に、伝令の兵が駆け込んできた。跪く伝令に、アンリエッタは何事かと報告を促したが、その内容に一同は声を失う事になる。

「我が方の援軍現れず。一方、ガリア側に異国よりの援軍を発見せり、その数およそ五千!」


「五千とは、援軍の数が五千人なのですか? こちらの援軍は?」

 一時的に耳が聞こえなくなったような錯覚を覚えて、アンリエッタは伝令に重ねて問いかけた。しかし返答は変わらず、また周囲にも、あの独特の装いをした兵士達が現れる様子は無い。

 周囲の兵達はざわめきつつ、戦場の同じ方向を見つめている。アンリエッタはそちらを見やり、息を呑んだ。遠く霞む景色の中で、こちらに向ってくる軍勢の姿が見える。それはアルビオンで数倍の貴族派を破った兵士達なのだ。

「なぜこんな事に。私は何かを間違ったのでしょうか」

 足を震わせて、真っ青な顔で呟いたアンリエッタに、ナナが服の袖をつまんで、ううんと首を横に振った。アンアンはなんにもまちがってないよ、とナナは笑い、一同に事情の説明を始めた。
 それによると、援軍を得られるのは、戦力の少ない側が優先なのだと言う。それによって戦力差が逆転すれば、こんどは別方が援軍を得る事になる。最終的に両軍の差が最も少なくなるように調節されるのだと、ナナは語った。

「それなら今から我が国の兵士を減らせば、援軍に来てもらえるという事でしょうか?」

 アンリエッタが問いかけると、ナナは首を、んー、と傾けて、むりかなーと答えた。この時間だと『オンニンズウ』が少ないからこれ以上増えないと思うと言われ、アンリエッタもそういえばと思い出した。アルビオンでウェールズが語っていた、時間によって援軍の数が違うという事を。
 そこまで考えて、アンリエッタは愕然と目を見開いた。手のひらを握り締めて、眼差しをきつくする。

「全て、ガリア王の手のひらの内、という事ですか」

 これまでの出来事を省みれば、ジョゼフが援軍についての詳細な情報を得る機会は、十分にあったのだと分かる。現在の状況は、最初からジョゼフが仕組んで、作り上げた物なのだ。

「――グラモン元帥、今回は撤退した方がよくはないでしょうか? 再戦の時には、こちらも兵を減らせば、問題には対抗できるでしょうし」

 そう、これでトリステインが滅亡の危機に立たされた、などという訳ではないのだ。単に相手が一歩早く情報を掴んでいただけで、次からは互角の勝負を挑む事ができるのだ。そうアンリエッタは己に言い聞かせ、周囲を見回した。
 皆も同じ気持ちなのだろう。仕官も兵士も一様に力なくうなだれ、杖を構えもせず、撤退の合図を待っているかのようであった。

 その姿を見ていたアンリエッタは、ふと思った。

 トリステインの兵達は、これほど光のない目をしていただろうか、と。 
 アンリエッタ自身戦場に立った事は無いが、彼らの姿は、とても敵と対峙する気概を持った兵には見えなかったのだ。

「なぜ、彼らはあのように……」

 独り言のように呟いたアンリエッタは、この中で、たった一人だけ目に力を宿した人物を見つけて、言葉を飲み込んだ。
 下着の上に申し訳程度に装甲をつけたような鎧を着て、両刃斧を担いだ、小さな異国の友人の姿を。

「……そうですね。私たちも、それに兵達自身でさえ、自分達など最初から戦力にいれてなかったのですね。援軍が来れば無意味だと、いてもいなくても関係が無いと」

 アンリエッタも会議の折りには、両国の戦力差など無視できると思っていた。それどころか、ついさっき自分はなんと言ったのか、援軍を得る為にトリステインの兵を減らす、などと口にしたのだ。
 いったいこの戦争は、誰の戦争だと言うのでしょう。アンリエッタは堅く拳を握り、手の内に爪を食い込ませた。

「ナナ、さっきの援軍要請の様に、全軍に声を届かせる方法はありますか?」

 肯定の返事と共に、短い、不思議な単語を教えてもらう。
 アンリエッタは瞳を閉じると、静かに皆に語りかけ始めた。


『トリステインの兵士達よ、私は女王アンリエッタ・ド・トリステインです。

 私はみなに謝らねばなりません。
 異国の兵を重んじ、自国の兵をないがしろにした事を、恥じねばなりません。

 そして問います。始祖の御世から数えて六千年、その間我々、始祖の血と意思を継ぐものが殺し合い、いがみ合いを重ねてきたのはなんの為でしょう?

 ハルケギニア人同士が、互いに血を流し実戦を経てきたのは、まさに今の、この戦いの為なのではないでしょうか。
 あなたたちは今、父の、祖父の、家名に連なる全ての人の期待と、願いを背負って、この舞台に立っているのです。

 手にある杖を見なさい。
 今それを握っているのはあなただけではありません。これまでハルケギニアの地で戦い、魔法の研鑽を積み上げてきたあなたの祖先全てが、今共にその杖を握っているのです。

 武器と鎧を見なさい。
 それは単に一人のメイジが錬金しただけのものではありません。長い戦乱の歴史の中で、魔法を使えぬ者達が、己の血と命で研ぎ上げ、彫りぬいた牙なのです。

 叩きつけてやりましょう。我らが積み上げ、研ぎ澄まし続けてきた力を。
 遥か異国より訪れた彼らに、目に物見せてやるのです。


 我らハルケギニア人の力を!』


 アンリエッタは目を開いた。
 誰もが声を出さずアンリエッタを見つめていた。

「女王陛下ばんざい!」

 一人の男が拳を突き上げて、震える声を張り上げた。それはガリアとの折衝を担当していた、あの文官であった。
 続くように声が上がり、やがて称揚の声は大きなうねりとなってトリステイン全軍を包み込んだ。遠くからは、獣の咆哮にすら聞こえたかもしれないほど、それは戦意に溢れていた。

 アンリエッタは歓喜に身を震わせ、涙を必死で堪えながら、皆の前で毅然と立ち続けたのだった。

※※※

「ルイズ、貴女達には申し訳ないのですが……」
「分かっております陛下。裏方と召喚はお任せくださいませ」

 何の不満もなく舞台裏に回ろうとするルイズ達に、アンリエッタは感謝した。トリステイン軍がこれまで通りの戦術で戦い、さらにはメルファリアの戦いを熟知した援軍が得られない以上、貴重な知識持ちであるルイズ達に前線行きを許可する訳にはいかなかったのだ。

 早速、城砦の脇にあるクリスタル柱の前に、ルイズ達が座ってクリスタルを『掘り』始めている。
 自分もこれくらいは手伝えますね、と歩み寄ろうとしたアンリエッタの向いている先で、一人の女性が突然立ち上がり杖を振り上げた。

「女王サマ、危ないわよ!」

 振り下ろされた杖からファイアー・ボール<炎球>がアンリエッタに迫ってくる。その渦巻くオレンジ色の光のまぶしさに思わず目を閉じたアンリエッタは、自分のすぐ間近から発生した悲鳴に、驚いてまばたきをした。
 熱気を感じそちらを見ると、ほんの数歩先に、服の端々を炎にまとわりつかれた少女が立っていた。アンリエッタが気付くと同時に、少女はこちらへ踏み込み、ぐるりと背を向けると、両手に握った何かを後ろ手に振るって来た。とっさに両腕で身を庇ったアンリエッタは、腕に痺れるような衝撃を感じながら、慌てて後ろに下がろうとしてそのまま尻餅をついてしまった。

 追い討ちを覚悟したアンリエッタだったが、少女はなぜか、倒れたアンリエッタを警戒するようにして、一定の距離から近寄ろうとはしない。
 そこへ、ピンク色の台風が怒鳴り込んできた。

「姫様に、さわんじゃ、ないわよおおおおお!」

 一言目で二人の間に踏み込み、次の言葉で両手剣を振りかぶり、最後の大声と共に剣が真横に振り抜かれると同時に、ストームの呪文もかくやという竜巻が、少女を真後ろに吹き飛ばした。
 即座に駆け込んできたナナ達と兵士達が、その少女を取り囲む。

「姫様お怪我は?」

 よほど気が高ぶっているのか、ルイズは息も荒く尋ねてくる。アンリエッタは大丈夫ですと言いかけて、自分の両腕から滴り落ちている赤い液体を見て、声をなくした。服の、腕を覆う部分が切り裂かれて、じくじくと血の滲み出す赤い線が見えている。思い出したかのように訪れた痛みは、その赤い線に沿って生まれていた。
 その光景を目にしたルイズが、口と目を開ききって、慌ててアンリエッタの前にしゃがみこんだ。

「ひ、ひめひめめめひめさま、けが、ち、ちが、ちが」
「落ち着いてくださいルイズ、私の系統を忘れたのですか?」

 ルイズがあまりにも狼狽するお陰で、還って冷静になれたアンリエッタは、ヒーリング<癒し>を唱えて傷を治療した。
 痛みが消えていくのを感じながら、アンリエッタは若干の違和感を感じていた。

「なぜでしょう、いつもより魔法の疲れが大きいような気がします」

 腕の血をルイズに布でふき取って貰いながら、アンリエッタはヒーリングの呪文で生じた精神力の消費が、いつもの倍以上に感じられていた。

「それはおそらく、パワブレ<Power break>を受けたせいだと思われます。精神力への毒みたいなもので、数十秒くらいの間、少しずつ精神力を削られるんです」

 それは……地味な効果ですね、とアンリエッタは感想を口にしたが、続くルイズの説明に肝を冷やした。メルファリアではメイジの精神力の溜まり方が違い、これを受けると、メイジはほぼ無力化されてしまうのだそうだ。
 そのような毒がハルケギニアになくてよかったと思いながら立ち上がったアンリエッタは、さっきの襲撃者の少女はどうなったのかと、ルイズの向こうを見やった。もう撃退されたのか、少女の姿はない。そんな中、なぜかナナの声だけが、はっきりとアンリエッタには聞こえた。

 いべんとだし、たぶんまだいっぱいくる

 アンリエッタの目と鼻の先に、突然何者かが現れ腕を振り上げたのは、その声を聞いたまさにその時の事だった。


 その時何が起こったのか、実のところアンリエッタには分からなかった。やや離れた位置から一部始終を目にしたグラモン元帥によると、その人物はアンリエッタの身を、さらに現れた二人の襲撃者から守ったとのことだった。

 メイド服姿のその人物が腕を振り上げると、黒いもやが周囲に沸き起こり、空中の一人を叩き落とし、もう一人をのけぞらせたのだと言う。
 アンリエッタに分かったのは、その人物が、なぜかそれだけははっきりと見えたおたまで、襲撃者の武器を弾き飛ばしたことだけだった。

「シエスタ、ナイス」
「光栄です、ミズ・ワルド」

 親しげに言葉を交わして、ルイズと、おたまを構えたメイド服の少女が、アンリエッタを庇う。出遅れたアニエスら護衛達も、その周りを固めた。その前には襲撃者達が居て、さらにその外側を兵士とナナ達が囲んでいた。
 多勢に無勢だとアンリエッタが思ったとおり、決着はすぐに着いた。
 一人は誰かのゴーレムに盾で殴られ、ふらついたところに兵士達に殺到された。もう一人は、逃げ回りながらも魔法で傷を負い、ルイズの放ったエア・スピアー<風の槍>らしき魔法でその場に倒れた。

 目に見える場所に敵が居なくなっても、今度は誰も気を抜こうとはしなかった。ルイズ達は周囲を見回しては、何かを確認しているようだったが、その真剣な表情にアンリエッタは問いかけの声をかける事が出来なかった。

「もう近くにはいないみたいね」
「ひとまずはね。でもまたきっと来るわよ、ほんとしつこくって嫌になっちゃうわ」

 ルイズの言葉に髪を掻き上げたのは、褐色の肌に赤い髪の女性で、襲撃の最初に炎球の魔法でアンリエッタを救った人物であった。
 確かルイズの友達で、王宮での模擬戦にも参加しており、名前も聞いた事があったはずだった。

「ありがとうございます、ミス――ツェルプストー。それに皆さんも。私一人では、最初の襲撃で命を落としていた事でしょう」
「お礼には及びませんわ、女王陛下。それにまだ終わってなどいません。きっとまた来ますわよ」

 その言葉に、アンリエッタは口元を両手で押さえた。
 姿を消す技が存在するとは聞いていたが、まさか白昼に、兵士と護衛に囲まれた要人を襲撃できるような、とんでもない物だとは思っていなかったのだ。それが何度も来るのでは、アンリエッタも自分の無事を信じる事はできなかった。

「ご安心下さい陛下。こちらのシエスタが、必ず陛下をお守りいたします」
「そ、そん、そんなななあのっ、わた、わたし、わたし、女王様を、お守り、す、するるす、なんててててて」
「大丈夫よシエスタ。あなたはとっても優秀よ、私が保証するわ」

 そこだけ地面が激しく振動しているかの如く全身を震わせるシエスタの、両手を優しく握って、ルイズは微笑みかけた。

「ああ、私もそれは認めよう。私が一対一で二度と戦いたくない相手を挙げるならば、それは間違いなくシエスタだからな」

 アニエスが男らしく頷いた。何を思い出しているのだろうか、その顔は苦い物を食べたように、しかめられていた。
 聞けばシエスタというこのメイドの少女も、襲撃者と同じ技を身につけているという。その上、護衛の長を務めるアニエスの保障つきならば、今傍らに居て貰ってこれほど安心できる人物は、他にいないようにアンリエッタには思えた。

「私からもお願いしますわ。シエスタさん? どうか私を守っていただけないでしょうか」

 ルイズの握っている上から、シエスタの手を取る。
 シエスタは目をぐるぐると回して口から白い何かをぽやんと吐き出して、かくかくと首を縦に振ったのだった。

「でももう一人欲しいわね。短スカ一人じゃ、決定力に欠けるもの」
「僕が残ろう」

 アンリエッタの前に進み出たワルドは、その場で片膝をついて低頭した。

「勿論、陛下がお許しになられれば、で御座いますが」

 周囲の重臣と兵士達がざわめく。その中には、裏切り者、恥知らず、という言葉がいくつも混じっていたが、ワルド本人はただひたすら黙って頭を下げ、アンリエッタの決定を待っているようだった。
 当然アンリエッタに否はないのだが、あまりにも出来過ぎた状況を不審にも思う。主君を身を挺して守り汚名をすすがんとする臣下、その嘆願を聞き入れ寛容さを示す女王、他の臣下は女王を称え、またかつての裏切り者を粗末には扱えなくなる。襲撃の件がなくとも、もとから自分の護衛につけるつもりであったのではと思うと、シナリオを書いた何者かのペン先が見えてくるような気がしてくる。

 アンリエッタはふと思い付き、マザリーニとヴァリエール公を見やる。マザリーニは、陛下のご成長を真にお慶び申し上げまする、とでも言いそうな真面目くさった顔で頭を下げ、ヴァリエール公はただただ深く低頭したのであった。
 どうやらこの脚本は、競作であったらしい。

「分かりました。ワルド卿、頼りにしていますよ」
「はっ。一命にかえましても」

 そこへ伝令の兵が駆け込んでくる。前衛部隊が敵と接触、交戦を開始した、との事であった。

「しまった、開幕出遅れたわ」

 ルイズ達が慌ててクリスタル柱に戻り、手持ちのクリスタル数を確認しあっている。
 戦いの一手目は、敵に指されてしまったようであった。

※※※

「グラモン元帥、戦況はどうなのでしょうか?」
「正直なところ、厳しいですな。敵はやはり強い。前線の後ろに防衛用の陣地を作ってありますが、今の劣勢を考えると、完全に防御に回ったとしても守りきれるかどうか」

 容易ではない状況に、アンリエッタは表情を硬くした。

「そのように差がつくなど、よもや彼らは我々と同じ人間ではないのでしょうか」
「いいえ、確かに不思議な技を使うようですが、敵が人間離れしているのは、主に戦術の部分です」

 首をかしげるアンリエッタに、グラモン元帥は、まず軍隊の動きについて語った。極力専門用語を抜いた説明だったのでアンリエッタにも理解できたそれは、軍団にはきちんと前や後ろ、左翼や右翼があり、その役割は容易に入れ替わったりはしないという事だった。
 つまりは後ろから殴りかかられたら、離れるなりして避けてから、逃げるか振り向くかして対応しなければならないという話だった。

 ところが彼ら異国の兵士達は、北を攻めている状態で西が押されたら、それまで左翼を担っていた兵士達が前衛に、前衛を務めていた者が右翼へと即座に役目を変更し、突出した敵の横腹へと突っ込むのだという。
 さっきの例で言えば、後ろから殴りかかられたら、後頭部に目が移動し、手足の関節を逆に曲げて反撃を始めた、というところだろうか。その想像の方がアンリエッタには衝撃的だったが、戦況が容易ならざる事態なのは理解ができた。

「あとは戦力差もございます。我々は戦場の端を通っている街道にも守備兵を配置していますが、どうやら敵は広い平野、今の主戦場に全ての兵力を投入しているようなのです」

 ルイズが語った『領域』という概念によれば、より広い戦域を確保したほうが最終的に勝つのだという。時間的な制限はメルファリアのそれよりも遥かに長いらしいが、その言葉どおりであれば、広大な主戦場で押されているトリステイン側は、その意味でも不利な状況にあるのだとグラモン元帥は語った。
 街道側も陣地を構築しながら、少しずつ前進はしているのだが、獲得した面積的には主戦場の比ではなかった。

「伝令。敵の攻勢激しく、前線は後退。陣地に入って防衛戦に移るとの事です」

 来たか、とグラモン元帥は眉をしかめた。
 時を同じくして、街道側からも、敵と遭遇したとの伝令が届く。

 しかしその伝令には、奇妙な一文が続いていた。

「街道にて敵と遭遇。陣地に入って敵を撃退するも、敵は陣地を眺める位置で停止。しかし陣地構築の気配はなし」
「守る様子も無く、ただうろついているだけだと言うのか?」
「そうです。散発的に攻めてくるので陽動かとの意見も出ましたが、伏兵の気配もありませんでした」

 伝令に、そのまま陣地内での防衛を伝えて、グラモン元帥は両腕を胸の前で組んだ。
 何事か考えている様子だったが、その間も、アンリエッタを含めた全軍に、ルイズ達の連絡しあう声が聞こえてくる。

『なで』
『敵のレイスを見つけたわよ。ナイトを四人もはべらせて、うらやましいったらないわね。場所は主戦場よ』
『なあ、こちらはレイスを出さないのかい?』
『出したいけど、手が足りないの。とりあえず全員ナイトで出て、掘りはシエスタ達に任せましょう。という訳で馬でるわよ』

 城砦の方向で光が瞬く。それが止むと、馬にまたがった巨大な騎士が、戦場の方向へ蹄の音を立てて駆け去っていった。
 ルイズ達が何を言っているのかは分からなかったが、余裕がないことだけは確かだった。

 そこへ主戦場からの伝令が駆け込んでくる。戦線崩壊を危惧してアンリエッタは身を硬くしたが、その伝達内容は、想像とは全くの逆だった。

「主戦場は防衛に成功。今も陣地内にて、敵の攻撃を跳ね返し続けています」
「防衛成功だと? では敵はどうなった、同じく後退して陣地に篭っているのか?」

 主戦場の奥には、矢を放つ敵の塔が建設され、防衛のための陣地が構築されていたと、アンリエッタも聞いていた。

「いいえ。一度はそこまで後退したのですが、すぐにまた攻め寄せてきました。しかし陣形などはなく、各自ばらばらに。そして待ち受けていたこちらの攻撃で倒され兵力差が生まれると、また後退する。これをずっと繰り返しているのです」

 アンリエッタは報告の指し示す意味がよく分からず首を捻ったが、グラモン元帥は、険しい目つきで何やら呆れ返っているようであった。
 そこに、街道側の伝令が届く。その内容には、アンリエッタすらも唖然とさせられる事になった。

「街道側の敵、撤退しました。というよりも、主戦場へと移動した模様です。……我が軍の前には、敵兵は一人も居ません」
「馬鹿な、守りもせず持ち場をほったらかしなど。おそらく罠だろう、決して動かぬよう厳命せよ」

 命令を伝えたグラモン元帥が、アンリエッタを振り返った。厳しい表情は変わらなかったが、どこかに、自分がさっき食べた物は果たして本当に食べ物だったのであろうか、とでも言う風に迷う様子が見て取れた。

「陛下、お許しいただけるならば、ヴァリエール公のご息女に、急ぎ尋ねたい事がございます」
「分かりました。直接ルイズに来てもらったほうがいい話のようですね」

 グラモン元帥の判断を心から信頼しているアンリエッタは、即座に了承した。感謝を述べて深く頭を下げるグラモン元帥に頷きながら、全軍に届く言葉を通じてルイズに語りかける。

『ルイズ? 忙しいのは承知していますが、急いで尋ねたい事があります。本陣へと来てはもらえないでしょうか』
『分かりました陛下。瀕死だったので、調度いいです。直ちに参上いたします』

 瀕死という言葉を聞いて息を飲んだアンリエッタが胸を抑えていると、不意に日の光が遮られた。何事かと見上げたアンリエッタは、逆光で光に輪郭を縁取られた、天駆ける白馬を目にしたのだった。

「おまたせいたしました陛下」

 巨体に似合わぬ軽やかな蹄の音を鳴らして、馬が降り立つ。改めて騎士を見たアンリエッタは、その凄惨さに息を呑んだ。白と青で色分けられた鎧は砕け、盾には無数の矢が突き刺さり、槍はどのような邪悪を刺し貫いたのだろうか半ばから折れている。
 兵士達が息を呑み、軍神を目にしたかのように騎士を振り仰いでいた。

『ナイト解除したわよ』

 不意に騎士の巨体が消え、小さなルイズが現れる。その姿には怪我などなく、服もまるで新品同然であった。

「よく来てくれました、ルイズ」

 気を取り直したアンリエッタが、改めて、グラモン元帥から質問があるのだと伝えた。グラモン元帥は主戦場と街道の状況をルイズに伝え、敵の不可解な動きについて説明を求めた。
 ルイズはしばし口元に握った手を当てて考えているようだったが、ナナに相談してみます、といってなにやら小声で喋りだした。

 うん、そう。これってやっぱりあれよね? うん、うん。あー、やっぱりそうなんだ、うん分かったわ。そっちはお願いね。

 唖然とするアンリエッタとグラモン元帥をよそに、謎の会話を終えたルイズは、真面目な顔で二人に振り向いた。

「敵が防御に回ろうとしない理由が分かりました」
「やはりなにか罠あるのだろうか?」
「いえ、単につまらないからやらないだけです」


 争いは、新たな局面を迎えようとしていた。



[21162] 最終話 アンリエッタの日々6
Name: 改行さん◆3c437658 ID:a748bead
Date: 2010/08/21 10:26
「つまり、戦いにきてるのにじっと守ってるのはつまらないという事です。基本彼らには、押すか引くしかありません。それは彼らのせいではなく、なんというかその、団体行動には向いてないのです、あちらでの戦いは」


「待ってくれたまえ。その、つまらないというのは、彼らの指揮官がそう思っているという事だろうか?」

 グラモン元帥が尋ねると、ルイズはふるふると小刻みに首を振った。

「いいえ、彼らの一人一人が、という意味です」
「それでは指揮系統はどうなっているのかね。兵士個人の好き嫌いで戦局が左右されるなど、ありえないのだが」

 そこまで聞いて、アンリエッタは、あっ、と声を上げて口元を押さえた。グラモン元帥がひどく大きな誤解をしている事に気付いたからだ。
 何事かとこちらを見るグラモン元帥に、アンリエッタはどう説明したものかと迷った。

「あの……元帥、とても言いにくい事なのですが。彼らには指揮というものは存在しないのです」

 アンリエッタは、メルファリアの兵士達が、常に個人の判断で戦っていることを説明した。兵士それぞれが知識を収集し、己の技量を高め、一人一人が国の為を思う指揮官であるのだと。
 グラモン元帥は厳しい顔のまま、何やら思案しているようだった。やはりすぐには理解は難しいのでしょうか、とアンリエッタが思っていると、ルイズが複雑な顔をして口を開いた。まるで、褒められた料理に実は苦手な物を混ぜてしまっていたと告白する、料理長のようだった。

「あの陛下、それはちょっと違うんです」
「違う、とは?」
「彼らは国家の為とかは、ちょっと思ってないんじゃないかなあと。その、ぶっちゃけると、自分達が楽しければそれでいい、という感じなのです」

 ルイズの言葉の内容を理解した時、アンリエッタは頭の中のもう一人の自分が、え゜、とか、に゜ぇ、とか、とにかく発音しようのない声を出したのを聞いた気がした。

「中には裏方とか報われない仕事をしている者もいますが、それも、勝つ事が楽しいからやっているのです。ナナにも聞きましたけど、国や王への忠誠心は全く無いそうです」
「つまり敵は、攻めるのが楽しいから何度も強固な防衛陣に突撃し、死ぬのは楽しくないから、劣勢になると後退する。そして来ぬ敵を待つのはつまらぬので、戦域をほったらかしにする。それを咎めるべき指揮官も存在しない、という事かね」
「仰るとおりです、元帥閣下」

 グラモン元帥は頭痛を堪えるようにこめかみを抑えながら、伝令の兵を呼んだ。

「各戦域に通達する。敵が確認される限り、一歩も侵攻せず防御と迎撃に注力する事。敵が存在しない場合は、拠点を構築しつつ慎重に前進し、戦域を確保せよ」

 その命令は迅速に前線に届けられ、トリステイン軍は確固たる意思をもって、五千人相手のもぐら叩きを継続する事になる。
 戦場では突出してくる敵兵がひたすら叩かれ続け、本陣ではアンリエッタが茫然自失から戻った頃、新たな報告が届けられ、アンリエッタの正気を今度は遥か上空へと吹き飛ばしたのだった。

※※※

「すまんがミス・ヴァリエール、ああいや、ミズ・ワルド、もう一度説明してはくれぬだろうか」

 切れ目を入れすぎたプラムのように、ぱかりとあけた口から、白いもやもやを吐き出すアンリエッタを見て、グラモン元帥は額に手を当てた。

「はい。座ったりしばらく動かなくなった後で姿が消えるのは、戦場から離脱したからです。戦場全体から援軍の数が減っているのを考えると、おそらくつまらないから帰ったのだと思われます。ナナが言うには、『ナエオチ』だそうです」

 グラモン元帥は手のひらで自分の顔を揉んで撫で下ろした。この数時間で急に老けたかのように見えるその表情は、熱い湯と蒸した手ぬぐいを切に求めているかのようであった。
 深いため息を吐いて、グラモン元帥は小さく呟いた。

「異国どころではない、これではまるで『別世界』ではないか」

 敵兵の数が千を切ったという報告がもたらされた時、グラモン元帥は全軍前進の命令を下したのだった。

※※※

 日が暮れる頃、夕日に照らされたガリアの砦は、黒煙を噴き上げながら崩れていった。
 後に残された二百名のガリア正規兵は、三十倍のトリステイン軍に包囲されて、抵抗するすべも無く捕らえられた。


 明けて翌日、捕虜の中で主だった者と、女王アンリエッタの引見が行われた。

「女王陛下の御前である、皆の者、控えよ」

 グラモン元帥の声が、トリステインの砦内に響く。ガリアの高級仕官は、トリステインを見下した態度を隠しもせず、この戦の勝敗が恥知らずにも逃亡した援軍のせいであると声高に叫び、さらには、女王アンリエッタの即位自体が奸臣にそそのかされたものであると嘲笑った。

 トリステインの重臣達が殺気立つ中、アンリエッタは手でそれを制して、ガリア士官の前に歩み進んだ。
 この時、士官はアンリエッタ女王の表情を見るべきであった。そうであれば、さらなる侮蔑の言葉など口に出来なかったはずだろう。己が憧れ手本にしようとしていた者達の姿勢が、単なる自分の思い込みだったと知り、過去の、彼らを褒め臣下にも見習うようにと得意げに語っていた自分の姿に、頭を抱え転げまわりたいほどの羞恥を一晩抱え込んでいた、そんな、自分の生殺与奪を握った女王の前で。

「そうですわね。どこかの誰かが法院長をそそのかしてくれたお陰で、こうして戦勝国の女王になれましたわ」

 その声音に、錆びた毒のような剣呑な響きを感じて、ガリア士官は顔を上げた。
 そこには目と口の部分だけをくり抜いた、真っ黒な人の輪郭をした何かが居た。

「そういえば知ってらっしゃいます? 女王というのは、捕虜に侮辱を受けたら首をはねても良いそうなんですのよ。私は残酷だと思うのですけど、貴方のご意見はどうかしら?」


 その後の引見は、非常に厳粛に進行した。

 トリステイン南国境の戦いは、こうして終わったのである。

※※※
※※※

「まあエリス、こんなところで何をしているの?」
「アンリエッタさま」

 ドレスの裾を控えめに握ってくる少女の頭を、アンリエッタは優しく撫でてやった。頭から上にちょこんと突き出た仔獅子の耳を指先でいじると、少女はくすぐったそうに頭を振って、アンリエッタの腰にしがみついてきた。

「エリスこんな所に居たのか。――これはアンリエッタ殿、ご無礼を」
「いえいえこちらこそ。お迎えに上がれず申し訳ありませんでした、ヒュンケル様」

 自分を覆うほどに巨大な、獅子の頭をした男にアンリエッタは微笑みかけた。初めてその前に立った時は、影武者を用意してこなかった事を激しく後悔させられた程だったが、今では、この人物が非常に紳士的な精神と、上品さを兼ね備えた人物だと知っていた。
 少女が男の足元に駆け寄る。慣れた動作で少女を肩に乗せる男を、アンリエッタは好ましく眺めた。

 ガリア国境での戦いから数ヵ月後、ナナを通じて、メルファリアのとある王国から、トリステインと国交を結びたいとの打診が来た。
 両王家とも互いの存在を知ってはいたが、これまで直接関わり合う方法がなかったのだ。しかしメルファリアの賢人王と呼ばれる人物が、所在地すら不明の二つの大陸を、行き来する方法を確立したのだと言う。

 書簡と使節のやりとりが行われ、ついに相手方の国王がトリステインでアンリエッタと会見を行った時、巨大な獅子頭の王を前にしたトリステイン側の驚きは筆舌に尽くしがたいものであった。
 国王の面相を含め、様々な障害があったが、ついに正式な国交が締結されたのが先月の事である。
 それ以後、互いに相手国へ行き来することも増え、アンリエッタも相手国首都ベインワットへと何度も赴いていた。

「この度のご訪問は、やはりゲブランド帝国の事でしょうか?」
「やはりご存知でしたか。そちらのガリアという国の王と、なにやら画策しているとの情報が入ってきました」
「ゲブランドの統治者はひと癖もふた癖もある人物との事。ジョゼフ王と組まれると思うと、気が滅入りますわ」

 アンリエッタはため息をついた。
 それだけではなく、ハルケギニアの各国とも、メルファリアからなんらかの接触を受けているらしい。最も顕著なのはアルビオンで、メルファリアでエルフを女王と仰ぐ王国と親交を結び、国内でもエルフを受け入れる方向へと進んでいるらしい。
 本来ならばエルフ排斥に真っ先に乗り出すであろうロマリアの反応が鈍い事にも、何らかの異変を感じさせた。

「我々が言えた事ではありませんが、アンリエッタ殿も頭の痛い事ですな」

 獅子のあごに手を当てて語る男に、アンリエッタは己の胸に手を添えて、ひとかけらの迷いも不安も気負いもなく、あでやかに笑って答えた。


「仕方ありませんわ。私は、トリステインの女王なのですから」



   了 


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