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[21206] 【ネタ】Muv-Luv 土管帝国の興亡 【チラ裏より】 第1部完結 閑話26を投稿しました
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2014/05/05 16:35
挨拶

初めまして 鈴木ダイキチと申します。

初めての投稿なので、色々不慣れだったり、遅筆だったりすると思いますが適度に醒めた目で見てやってください。

この作品は

オリジナル主人公。

主人公のみチート技術を保有。

タケルちゃんや横浜組の出番は少ない。

コンセプトは“正しい第五計画の作り方?”。

主人公は並行世界(かなり未来)から来た日本の公務員。

一応仕事なので、第四計画の手伝いは出来ない。

仕事の都合上第五計画の変更、または日本独自の第五計画の実現を目指す。

といった内容です。

古いネタが満載ですが、そのへんはわかる人だけでも楽しんでもらえればとおもいます。


2010/09/01 ご指摘のあった箇所を修正しました。

2010/09/13 タイトル変更、及び内容微修正、設定一覧を追加して、チラ裏より移動。

2010/10/25 プロローグから第4話までを微修正。

2010/10/30 第13話に加筆、第5話を微修正。

2010/11/03 第6話から第12話までを微修正。

2011/03/07 第26話の内容を修正。

2011/03/21 設定一覧を新装しました。

2011/04/13 沙霧の名前が誤字になっていたので修正しました。

2011/05/10 第34話を修正、設定を追加しました。

2011/07/29 第25話と26話の誤字を修正。

2011/09/04 第42話を一部修正。

2012/07/06 設定一覧を更新しました。

2012/08/02 第55話を加筆修正しました。

2012/08/18 設定一覧を更新しました。

2012/10/26 設定一覧を更新しました。

2013/02/25 設定一覧を更新しました。

2013/04/12 第1部完結しました。

2013/08/11 閑話22を投稿しました。

2013/09/12 閑話23を投稿しました。

2014/03/18 閑話24を投稿しました。

2014/03/31 閑話25を投稿しました。

2014/05/05 閑話26を投稿しました。 



[21206] 土管帝国の興亡 プロローグ「国家公務員」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/10/25 20:15
プロローグ 「国家公務員」

「君には失望したよ」

「そうですか」

勝手極まりない台詞を吐く上司に対して私は慇懃無礼な態度で返答した。

ここは『国土開発省・土木建設庁内特機開発局』

それが私の勤務先であり、目の前にいるのは私の上司である。

民間企業であれここのような官公庁であれ、上司が部下を選ぶことは出来ても部下が上司を選ぶことは出来ない。

“わかっちゃいるけど”少々やりきれない。

ようするに私は仕事上のトラブルの全責任を押し付けられようとしているのである。

国の開発事業のために必要な様々な特殊な機器や建機の類を開発、試験運用を行うのがここでの仕事だ。

目の前にいる私の上司の半年程前に発覚したヘマの穴埋めとして他から押し付けられた仕事のほとんど全てを私は押し付けられた。

そのうちの幾つかはなんとか消化することが出来たが、残念ながら解決のめどがたたない案件が2つ残された。

そしてこの上司はその責任をも私一人に押し付けようとしている訳だ。

呆れてものも言えないし彼の常識を疑いたくもなるが、本人は自分の考えに一片の疑問も羞恥心も抱いてはいないようだ。

それどころか彼はさらに常識どころか正気まで疑いたくなるようなことを言い始めた。


「この役にも立たないゴミクズ共をいつまでも君の仕事の不手際のために我々が管理し続ける訳にはいかないのだよ、ここは官庁だ、国家と国民のために働く場であって君の不手際の産物を保管するための機関ではない」


「“私”の“不手際”ですか?」


「・・・・・他の誰のせいだと言うのかね?」


「・・・・・・・なるほど」


不毛で愚かしい会話というものは世の中にいくつもあるだろうが、これはかなりの上位を狙えるかもしれない・・・そう考えていると上司殿はさらにこう言い放った。


「君のせいで私や他の局員達に迷惑が及ばないようにするためにはどうすればいいのだと思うかね?」


「辞表ならすでに用意してあります」


バカ話に付き合うのもそろそろ限界なので、私はそう言ってやった。

すると彼は途端に顔色を変えてわめき始めた。


「君ィ!なにを言い出すのかね!そんなものを出すことで責任を取れるとでも思っているのかね!」


別に責任をとろうなどと思っている訳ではない、単にこれ以上目の前の愚か者の顔を見ているのが我慢できなかっただけである。


「では、査問会ですか?それとも何らかの罪で裁判でも?」


私が故意に冷たい声と表情でそう言い放つと、彼はあわてて表情をにこやかなものに取り換えて猫撫で声(のつもりだろう)を使い始めた。


「いやいや、君の今日までの仕事ぶりと国への貢献を考えるとさすがにそんな真似はしたくないのだよ私は」


(やっぱりか)私は心の中で溜息をついた、この男は私が辞めたり査問会などに出ることになれば自分に不利なことを言いまくるのだと思っているのだ。

とんでもない誤解である。 私は事実関係を正直に告白しようと思っているだけなのだが、彼はそうは思っていないようだ。

まあ、どっちにしろ彼が困った立場に立たされるのだろうが私の知ったことではない。


「要は君があのガラクタを最後まで責任をもって処分してくれればいい訳だ」


「・・・なるほど」


目の前にいる保身の権化がなにを言いたいのかよく理解できた。 私に告発されるのもいやなら、あの“ガラクタ”たちの始末を自分でやるのも嫌だと云う訳だ。

一体どうすればここまで身勝手な人間が出来あがり、しかも官庁の要職につけるのか不思議でならないが事実目の前にそれは存在している。


「どうかね君、アレをどうにかしてキレイに処分出来ないかね?」


眼前の無責任上司のうわ言を聞きながら私は思った。

(もうたくさんだ、これ以上ここにいるよりはまだ“アソコ”のほうがマシかもしれない)

そのとき、私の頭の中には古典空想創作の代表作の一つとそれに関して近年になって判明したある事実が浮かび上がっていた。


「局長」


「何かね?」


「自分にひとつ考えがあります」


その古典作品の名は・・・・




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第1話「諸星 段」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2011/04/13 20:14
第1話 「諸星 段」

2000年12月24日 その日、鎧衣左近は帝都の一角にある雑居ビルの前に立っていた。

このビルの4階にある『松鯉商事』の社長に会うためである。

松鯉商事は3年ほど前に開業した新参商社だが、その2年の間に帝国情報部が無視できないほどの成長振りを見せている。

事業がではなく、人脈がである。

松鯉商事の主な仕事とは、一言でいえば「接待」だと言っていい。

政治家、官僚、財界人、文化人、芸術家、様々な分野の有力者に接近し宴席を設ける。

そしてほとんどの人間がその宴席の虜になっていった。

その理由は実に簡単に判明した。

その宴席で出された「料理」だったのである。

一見してさほど贅を凝らしたとも思えない質素にすら感じられる料理の味は、現在の帝国では入手不可能なはずの最高級の天然食材と調味料による至高の出来栄えであった。

たかが料理、されど料理である。

今日の帝国の状況下では、たとえ有力者といえどそうそう贅沢なものを毎日食いまくる訳にはいかないし、また物理的、金銭的な理由からも不可能である。

世界の現状を見ればある意味当然とも言えるのだが、彼らのような人間が比較対象として見るのは常に『米国』なのだ。

“彼らはたらふく喰っている”、なのに何故我々はそうではないのだ・・・

国民の半数がBETAに喰われ、事実上国土の半分を失ったに等しい状況でもエライ人はそういった不満を抱くものである。

後に沙霧直哉という男がクーデターを企てるに至った理由の一つがこうした考えに対する怒りと不信であったのだろう。

それはともあれ、そんな彼らの不満を一口で和らげる程に松鯉商事の接待料理は美味だったのである。

和食、洋食を問わずあらゆる料理にわたりすべての食材と調味料、そして酒を自ら調達して店の料理人たちに提供した。

通常なら断る店も多いのだが、供された食材のあまりの鮮度の良さと品質に節を曲げ、目を潤ませながら二度と触れることがかなわないと思っていた最高の食材に包丁を入れていた。

そして出される至高の料理を味わいつつ、どんなお願いをされるのかと考える有力者たちに松鯉商事の接待役は「今後とも御懇意に」と言うのみだった。

「今後とも御懇意に」することによってこの美食の宴を楽しめるのなら、是非そうさせて戴きたいと思うのが人情である。

新興商社が人脈作りに懸命になっているのだろうと殆どの人間がそう考えた。

鎧衣左近のような情報畑の人間を除けば・・・
 
 
(さてさて、鬼が出るか蛇が出るか・・・この会社は怪しすぎる。 接待の仕方といい、出される料理とその材料の質、いやそもそも現在どうやっても手に入らないはずの食材や酒までどこから入手しているのか、まるで“どうだすごいだろうたっぷりあやしんでくれ”と言わんばかりではないか)
 
 
なにしろ自分たち帝国情報部がどれだけ目をこらし耳を澄ませても、判ったことといえば“この会社はすごくおかしい、そして怪しい”ということだけだった。

そしてそれ以外のことは全くわからなかったのである。

この会社をこのまま放置しておくのは少々危険だ。 しかし、なんの大義名分もなく警察を踏みこませて何も出てこなかったら、あるいは「かの国」のような大蛇が現れたらどうするか。

組織的な思考錯誤と逡巡の結果、例によって鎧衣左近に藪を突いて蛇がいるかどうかを確かめる役が押し付けられた。

尤もその命令を受けたとき、本人の態度は何時もと変わらない飄々としたものだったが。
 
 
(おや)
 
 
不意に後方に人の気配を感じとり、後ろを振り向くとそこに一人の男が立っていた。
 
 
「メリークリスマス」

「メリークリスマス」
 
 
にこやかな男の言葉に鎧衣は同じ言葉で挨拶を返す。 その一方で彼の頭脳は猛烈な勢いで回転を始めていた。
 
 
(いやいやいやいや、この私とした事がまったくもって不覚千万。 周囲に十分気を配っていたはずなのにこの距離に近付かれるまでその気配を察する事が出来なかったとは、いやそれにしてもこの男は何者だろう。 顔から察するに調査ファイルにあった松鯉商事で接待担当を主な仕事としている営業課の課長に間違いないと思われるがどう見てもただのサラリーマンなのにどう見てもただのサラリーマンではない。 体の姿勢や身のこなしから判断して少なくとも軍隊等の訓練を受けた形跡は感じられない。 その一方でこの男はこの私の背後をいともたやすく取って見せた。 最近年齢的に色々きついとはいえなんの訓練も受けない者に背後を取られるほど私もまだ衰えてはいない筈だ。 その点から考えてもただの素人とは思えないがしかしこの男からは我々のような諜報機関の人間、あるいは軍の特殊機関、または公安関係者、あるいはそれとは反対の側に位置する犯罪者、テロリスト、狂信者、アナーキスト、アウトロー等々に特有の匂いも全くしない。 おそらくこの男は私がいままで係わって来たいかなる種類の人間とも異なる分野に属するのではないだろうか? そもそも人間の分類などというものは人それぞれの都合によって自分に係わる人間を整理分別する行為の目安に過ぎず個々の人間の本質や資質とは一致しないことのほうが多いのだろう。 私の息子、いや息子のような娘も“彼女たち”4人と共に一つの柵の中に入れられているがそれは本人たちの都合や意志ではなく彼女たち5人を扱うのに都合のいい場所と区分けを求めた者たちの決定であったに過ぎず従って・・・いやいかんいかんつい思考があさっての方向に逸れてしまった、今は目の前の男を見極める必要があるのだがなぜかこの男は不審人物であるにも関わらず危険人物としての匂いが全く感じられない。 しかし今日の日本国内において“メリークリスマス”などという挨拶をする人間というだけでも十分に怪しい、いやおかしいとさえいえるだろうそもそも反米思想がはびこっている現在の日本国内でそんな挨拶をすること自体自分に不審の目をむけてくれと言わんばかりの・・・)
 
 
「人間観察は楽しいですか?」
 
 
にこやかな表情のままで男は鎧衣に向かってそう切り出した。
 
 
「いやいやこれは失礼、あなたがこの国ではあまりされることのない挨拶の言葉を口にされるのでつい興味を抱いてしまいました。 お詫びといってはなんですが東アフリカのケニア国内最大の民族であるキクユ族がしている挨拶の仕方をご紹介しましょう」
 
 
「それも楽しそうですがそれよりもせっかくわが社にいらしたのですから中でゆっくりとお話をしませんか 鎧衣左近さん」
 
 
のらくらと詭弁を弄しながら相手の出方を伺う鎧衣に対して、男はいきなり正面からのジャブを見舞った。
 
 
「おやおや自己紹介はまだだったと思うのですが私のことを御存じですかな?」
 
 
相手のジャブに小揺るぎもせず、鎧衣は聞き返す。
 
 
「ええよく存じておりますし、あなたが当社を訪ねてこられるのを今日か明日かとずっとお待ちしていたのですよ。 あ、忘れていました、私こういう者です」
 
 
鎧衣の質問になにやら聞き捨てならない返答を返しながら、男は懐から名刺入れを取り出し1枚手渡した。 

【株式会社 松鯉商事  営業課 課長 『諸星 段』】

それが名刺に書かれていた名前であった。
 
 
第2話に続く
 



[21206] 第1部 土管帝国の野望 第2話「土管帝国」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/10/25 20:19
第2話「土管帝国」

【2000年12月24日 松鯉商事社長室】

いやどうも初めまして、私が当社の社長で封木(ふうき)と申します。 私、元々は名古屋の生まれなんですが長いこと海外で仕事をしてましてね、ええアメリカに本社のあるマッコイ・カンパニーという名のまあ言ってみれば“よろずや”ですなあ。 そこの社長、マッコイって名前のじいさんなんですがね、口癖が「金さえ出せばクレムリンだろうがハイヴだろうが持ってきてみせる。」だったんですが、私はその人の下で働いてまして商売のイロハを全て叩き込まれました。 いやまああの頃は中東とかに商品を命がけで運んだりして、ええ最後にゃあなた空母とかもね、いやホントですよ。 そんな大変な仕事をしながら食事ときたら豆の煮込みスープばっかりでいや社長自身がそればっかり喰ってんですよ。 「いいかプーキー、豆は栄養があるんだ。 人間、豆喰ってりゃ死ぬことはないんだ。」なんて言ってね。 ああ“プーキー”ってのは私の愛称でしてね、なんのかんの言いながら可愛がってもらいました。 おかげで一人立ち出来るまでになりまして、今に至る訳です。 会社の名前? ええその通りです。 当社の名前はマッコイ・カンパニーからもらいました。 まあ私にすれば暖簾を分けてもらったような気がしているものですから・・・
 
 
人型の団子、いや団子のような形をした社長の身の上話か苦労話かよくわからない独演に適当な相槌をうちながら、鎧衣左近は社長の背後に控える男、「諸星 段」に関する考察にふけっていた。

この会社の社長である封木氏に関しては既に調査が終了している。 本人が自慢するとおり、米国に本社を置く国際流通企業マッコイ・カンパニーの元社員で、社長のマッコイ氏と共に中東のみならず世界中に戦術機やその兵装、部品を売り歩いていた所謂“武器商人”をしていたのだ。

だが、それでも今は単なる堅気の商社の社長に過ぎず、この男の“現在”からはなにも出てこなかった。

“現在”になにかありそうなのは社長ではなく、この営業課長・・何故ならいくら調べてもこの男の“過去”には“全く何もなかった”のである。

諸星に経歴がない訳ではない。 岡山県の生まれで現在36歳、家族はなく天蓋孤独の身の上であり、98年のBETAの大侵攻により故郷を追われ、知人の紹介で帝都に移り住み松鯉商事の社員となり、その後働きぶりが社長に認められ営業課長に抜擢される。 

だが彼の岡山に住んでいた頃の記録があまりにも少なく、また実際にその頃の彼を知っている人物もあの戦災でいなくなってしまっていた。


(ようするに、この男が本当は何者なのかを知っている人間がどこにもいないと言うことだ)


戸籍やその他の記録がどれだけ万全であったとしてもそれが本物とは限らないし、目の前の男が本人だとも限らない。

おまけにもう一つ、極め付けに怪しいものがあった。

出された茶の味である。


(いやいやいや、驚き桃の木なんとまあこれは間違いなく今年摘まれた宇治の新茶ではないか。 いやしかし“そんなことがあるはずがないのに”一体どうやってこれを淹れることができるのだ?)

2年前に京都がBETAによって蹂躙されて以来、茶の栽培はおろか、人が入ることも難しくなった地域でのみ栽培されていた、それも間違いなく今年の新茶の味が鎧衣の舌と喉を潤していた。


「いかがでしょう当社の目玉商品の茶の味は」

「いや実に素晴しいお味ですなあ~ 土産にぜひ一袋頂けませんかな」

「もちろんですとも、一袋と云わず進呈させて戴きます」

「おおそれなら諸星君、是非鎧衣さんに他の商品のサンプルも見ていただきなさい」

「わかりました社長。 では鎧衣さん、こちらへどうぞ」


ある意味定型文どうりの会話を交わしながら鎧衣と諸星は本題に入れる場所へと移動する。

案内された先は、一つ上の階にある商品展示室だった。


(・・・・・!?)


様々な商品を見せてもらいながら様子をうかがっていた鎧衣の目に一つのコーヒー豆の袋が目に入ってきた。

『Kilimanjaro』

東アフリカ、タンザニア産の銘柄である。


「ええ、もちろんそれも本物ですよ」

「ほほお~」

目で問いかけた鎧衣に対して、いともあっさりと答える諸星。

「ですが鎧衣課長、当社、いえ私があなたにお見せしたいのはそんな物ではありません」

「と、言いますと?」(つまりこの程度では済まないビックリ箱が用意されている訳かこの会社・・・いや、この諸星 段と名乗る男には)

「こちらへどうぞ」

諸星は部屋の奥にある特大のクローゼットのような扉付きの箱の前に鎧衣を案内した。

「これは?」

「この中に入って頂かないとお見せすることが出来ません」

そう言って諸星はそのクローゼットの扉を開けて自分から先に入って行った。

怪しさもここに極まれりといったところだが、今更引き返す道は鎧衣左近と言う男には残されていなかった。

意を決して中に入るとまるでエレベーターの中のように照明が灯いていた。
 
 
「では一度閉めます」
 
 
 
 
扉を閉め内壁にあるパネルを操作すると、一瞬浮遊感がありそして諸星が再び扉を開けるとそこは・・・・・・
 
 
 
 
 
 
「『我が国』へようこそ。 帝国情報部外事二課課長 鎧衣左近殿。」
 
 
 
 
 
目の前の「風景」に呆然としていた鎧衣の背後から、いつの間にか懐から取り出したセルフレームの眼鏡を掛けながら諸星が言った。

「『我が国』・・・ですと?」

「はい」
 
 
 
目の前に広がる「風景」 それは世界中を旅した鎧衣の見慣れた、しかし同時に一度も見たことの無い不思議な景色だった。
 
 
 
 
「・・・・ここは“何処”で、あなたは“誰”ですかな?」
 
 
 
冷静沈没、理路混然、薀蓄無限、詭弁満開、それらの怪しげな四文字熟語で表現される男が、極めて平々凡々な質問を口にした。
 
 
「ここは『秘密国家・土管帝国』、そして私はこの国の“管理人”です」

「管理人、ですと?」

「はい…あ、これが私の正式な身分です」

そう言って諸星は先程とは別の名刺を鎧衣に手渡した。 

その名刺には 『並行基点観測員3401号 モロボシ・ダン』 と記されていた。
 
 


第3話に続く





[21206] 第1部 土管帝国の野望 第3話「需要と供給」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/10/25 20:23
第3話「需要と供給」

目の前に非常に貴重な光景が繰り広げられている。  鎧衣左近が眼を大きく見開いて半ば呆然としているのだ。

彼を知る人間が見たらさぞ仰天するだろうと思いながら、眼鏡(携帯型電脳)に映像を記録する。

友人のヨネザワ君あたりに渡せばかなりいい御礼が貰えるだろう。(べつにお金じゃないよ)

さて個人的趣味はこれくらいにして、お仕事お仕事。
 
 
「いかがでしょう鎧衣課長、我が国の景観は」

その言葉に鎧衣課長はしみじみと首を振りながら、こう切り返した。

「いやはや、これほどのどかな風景を見るのも久し振りですが、これほど奇妙な景色を見るのは生まれて初めてでもありますなあ」

「おや、奇妙といいますとどのへんが奇妙に見えるのでしょう?」

早くも平常心を取り戻したとみえる。 まったく大したものだこの男は。

「さよう、この視界に広がる風景そのものもですが、なんといっても『アレ』ですかな」

そう言って彼は『アレ』を指さす。  ああなるほど、こっちの方が驚きですか。

「ああ、『彼ら』のことですか・・・  お~いみんな~こっちへおいで~、お客さんだよ~
 
 
《あ、モロボシさんだ、ハ~イ》
 
 
そう言って“彼ら”はワイワイ言いながらこっちへ走ってくる。  相変わらず陽気で騒がしいね、この連中は。

「紹介しましょう鎧衣課長、彼らは私の助手でこの土管帝国の建設、開拓を担うAI戦車…もとい自律思考型作業機械“タチコマくん”です」

《よろしく~》 《ぼく、タチコマです~》 《はじめまして鎧衣さん~》
 
 
私の紹介にあわせて、次々と挨拶をしていくロボット軍団・・・これが元々は軍用の思考戦車だなんて誰が思うだろう。

軍用の小型戦車として開発されながらあまりにも優秀すぎる、いやあまりにも間抜けすぎるAIのロジックにブチ切れたお偉いさんが配備の中止と戦車たちの別用途への転用(つまり事実上の廃棄)を決定し、まったく無関係の私の所属官庁へと押し付け、さらに押し付けの元凶ともいえる我が上司によって彼らの始末と全責任を被せられた時の私の心境といったらもう…。

だがしかし元気いっぱい楽しそうな歌声であの“ドナドナ”を合唱しながらやって来た彼らを見てつい、ホロリとしてしまったのが私の運の尽きだった。

ちなみに彼らのAIを開発したエンジニアは、「貴様ら官僚はこの程度の諧謔も許さないのか」などとほざいていたそうだが、商品のスペックは相手を見て決めて欲しいものだ。


「ところでモロボシさん」

「なんでしょう」

「この国の人々は何処にいるのですか?」
 
 
ある意味当然ともいえる彼の質問に私は「国民はいません」と答える。
 
 
 
「はい?」 と小首を傾げる鎧衣課長。
 
 
 
「この国にはまだ国民はいません。  当然憲法を始めとする国家の基本制度、それらも一切存在しません。  この国にあるのはこの『国土』とそれを開拓する彼らAI作業ロボット、そして管理人の私だけです」

「つまりこの国の国民はいまのところあなた一人だと…」

「いいえ、私はこの国を維持管理しているだけで国民とはいえないでしょう」

国を一つのアパートやマンションに例えるなら、管理人がイコール住居者と言えるかどうかは微妙だろう。

「この国は未だ国としての中身を持たない器だけの“空ろの国”…そして鎧衣さん、あなた方の“帝国”は現在その器、すなわち“国土”を失おうとしている・・・」


その台詞を聞いた瞬間、鎧衣左近の瞳に稲妻が奔ったのを私は見逃さなかった。

「需要と供給・・・互いの利害が一致しているとは思いませんか?」

「需要と供給・・・ですか、成る程」



今、鎧衣左近の頭の中では凄まじい速度で思考が回転しているのだろう。 私が彼をここにおびきよせるのに使った様々な撒き餌、そしてこの『土管帝国』とタチコマたち・・・それらの要素をどう分析し、判断するかはエスパーならぬ私にはわからない。

だがしかし、一つだけ確信していることがある。  この男は必ず…

「いや、実に面白いですなあモロボシさん。  御社やあなたとは是非、これからも良いお付き合いをさせて頂きたいものです」
 
 
 
喰いついた。
 
 
 
 
 
「ではまた後日」

「ええ、よろしくお願いします。 それと、その「包み」の方も」

「ははは・・・」(微妙な顔)
 
 
 
 
とりあえずの顔繋ぎを済ませた鎧衣課長を見送った後、私は社長室に報告にあがる。
 
 
「どうだったね諸星君」

「ええ、大変興味をもって下さいましたよ社長」

「それは良かった・・・ ところで君、その手に持っているのは何かね?」

「ああ、これはサイン入りの色紙です。 鎧衣左近直筆の」

「??? 君は時々、意味不明なことをするね」

「ハハハ、申し訳ありませ。」

そう、私が手に持っている厚紙の束は先程鎧衣課長にお願いして書いてもらったサイン入りの色紙だった。 さすがの彼も目が点になっていたが、私の求めに応じてくれた・・・かなり首を傾げていたが。

友人、知人、そして協力者へのプレゼント兼報酬だと言っても多分判ってはもらえないだろう。

「・・・・しかし、これで君もそして私もルビコン河を渡ってしまったねえ」

「はい、しかしご心配なく。 社長に損はさせません」

「損か…いやそんなことより私は自分の家族の将来を確保したいだけだよ、たとえどれほどの犠牲を支払ってもね」

「ご家族、ですか…」

「ああ、所詮私は小市民に過ぎない。 かつて“あの”マッコイ翁の下で働いていた時代にいやというほど思い知らされたがね。  だからこそ、小人らしく家族を第一にしたいのだよ」

穏やかな顔の中に「未来」に対する不安と苦悩を滲ませて社長は語る。

社長の家族は妻とまだ幼い娘の二人、だがいつかは娘も徴兵される時が来る。 海外の戦地へ兵器や物資を運ぶ仕事に就いていたこの男はBETA大戦の悲惨さを何度もその目で見てきた。

だからこそ、そんなところへ娘をやりたくない。 たとえどんな伝手を使っても・・・非国民?そんな御立派な台詞は友人たちを咥えて咀嚼しながらこちらへ迫りくるBETAを目の前にしてから言ってくれ。  自分たちの子供だけは後方勤務の実質徴兵逃れを行う政治家や官僚たち、最前線にお伴付きで出ることが許されるお武家様、そんな連中に何を言われようが知ったことか。

社長の表情にはその言葉が形となって表れていた。

「大丈夫ですよ社長、鎧衣課長・・いや帝国は必ずこちらの話にのってきます」

「そうか・・・いや、そうだろうね。 どの道このままでは、この帝国に未来はないだろうからねえ」

・・・そう、彼らは必ずのってくる。 この帝国を救う手だてを求めて。

そして私はそのために我が“土管帝国”を創ったのだから。  帝国、いや人類をBETAとそしてオルタネイティヴ第五計画から救うために。
 
 
第4話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第4話「狸たちの沈黙」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/10/25 20:26
第4話 「狸たちの沈黙」

【2000年12月25日夕刻 深川 小料理屋「小鉄」】

鍋の中身は軍鶏の臓物と笹がきのゴボウ、そして短冊に切った蒟蒻だった。 それが程良いところまで煮込まれている。
 
 
「さて、そろそろ喰い頃かのう」

その場にいた3人の男たちの中でもっとも大きな体躯と異様な風貌をした男が言った。

いや、異様な風貌と言うより異様な髪形といったほうがいいのだろうか、牛の角のように左右に突き出た異形の金髪。

帝国斯衛軍大将 紅蓮醍三郎である。

「はっはっはっ、食い意地が張っておりますなあ~ 仮にも斯衛軍大将ともあろうお方が~」

からかうように声をかけた男は、言うまでもなく帝国一の瓢箪鯰こと鎧衣左近。

「閣下、もう少しお待ちください。 まだ一人お客が見えておりません」

そう窘めるように言ったのは、大きな縦一筋の傷を顔に持つ男だった。

「むう、しかしあの御仁は何かと忙しかろうに。 いつ来るかはあてにならんぞ巌谷よ」

巌谷と呼ばれた男は、その言葉に首を傾げながら紅蓮に問う。

「そのことですが、本当に『あの人』がこんなところへ来るのですか?」

「当人が来ると言ったのですから、まあ心配はありますまい」

「うむ、ああ見えて必要に応じて足も腰も軽くなる男だからのう」

鎧衣と紅蓮がそう答えた時、「小鉄」の店主で紅蓮の顔馴染みの霧島五郎が顔を出した。

「大将、お連れさんがいらっしゃいました」

「おお、ここへ通してくれ」

(来たか)

店主の言葉に紅蓮は安堵したように応じ、巌谷は顔に微かな緊張を走らせる。

間もなく一人の男が階段を上って座敷に入ってきた。

「遅くなって申し訳ない」

「なに、お主の仕事を考えればむしろ早過ぎたくらいだろうて」

そう応える紅蓮に対し男は 「いや、これも仕事の内ですからな」と返す。

「相変わらずの堅物ぶりだのう、内閣総理大臣殿。」

男の名は「榊 是親」日本帝国内閣総理大臣であった。

「おお、それと君は確か・・・」

「はっ、自分は帝国陸軍技術廠第壱開発局の巌谷榮二中佐であります」

榊総理の問いかけに丁重に答える巌谷だったが・・・・

「はっはっはっ、堅物ぶりでは中佐殿も負けておりませんなあ」

と鎧衣課長に茶化されてしまう。

(やれやれ、まったくなんの因果で高々、陸軍技術廠第壱開発局副局長の俺ごときがこんな大狸、いや化け物共の宴に付き合わねばならんのだ?)

自分は狸でも妖怪変化でもないと本気で思いこんでいるこの男、巌谷榮二はしかしかつて自ら開発に携わったF-4改修機『瑞鶴』で米国のF-15をトライアルで撃破するなどの偉業をなしとげ、帝国の戦術機開発になくてはならない人物との評価を受けてもいるのである。

「さて人も揃ったようだ、鍋を突きながら話を聞くとしようか?鎧衣よ」

「はっはっはっ、そうですな」

紅蓮の催促に笑いながら答える鎧衣は、昨日会って話をした男『諸星 段』について語り始めた。
 
 
 
 
 
 
「・・・・冗談ではないのだろうな?鎧衣よ」

冷酒の注がれた汁椀を宙に停めたまま、紅蓮は鎧衣に念を押す。

「心外ですなあ~、この鎧衣がいつ閣下をからかうような嘘や冗談を口にしたと言うのですか?」

(((いつものことだろうが!!!)))

自分以外の全員が同じツッコミを心の中で言っているのを平然と無視して、鎧衣は話を続ける。

「少なくとも私は、“あれ”が夢や幻覚の類ではなかったと確信しております。  まあ、確かに狐や狸の類に化かされたという可能性もあるかも知れませんが」

(((狸が狸に化かされる訳がないだろうが・・・)))

またしても心の中で異口同音のツッコミを入れる3人。

「たとえ狸だとしても、鎧衣左近を騙すことが出来るとすれば・・・ただの狐狸妖怪とは桁が違うと云う事になるか」

紅蓮大将の呟きに他の2人も無言でうなずく。

「それで鎧衣君、その“場所”にはどの程度の人数が住めると思うかね?」

「一見しただけですが・・・そうですな、少なくとも500~600万人はいけそうでしたな。」

「なに!?」「むう!」「!」

「無論、強引に詰め込めば1千万を超える人数も可能ではあるでしょうが、果して生活が成り立つかと云う問題もありますからな・・・もっともあの諸星は、最終的には5億人を超える人間が暮らせるだけの『国土』を建設する予定だと豪語していましたが」

「「「!!!!!!!!!」」」

鎧衣課長のあまりにも荒唐無稽な話に、さすがに紅蓮たち3人も驚き呆れて二の句が継げなかった。

ただ同時にこれがただの与多話ではないこともこの3人は理解していた。  どんなに洒落や冗談が好きでも、ただそのためだけにこの男が自分たちをここへ呼び寄せる訳がない。

「ふむ、それがもし本当なら少なくとも見逃すという選択肢はないか…」

「確かに、その『土管帝国』とやらにいざという時に国民を避難させて一定期間養うことが出来るとすれば・・・・」

「お待ち下さい」

鎧衣の話を真剣に考え始めた紅蓮と榊に対し、巌谷が声をかけて制止した。

「その前に鎧衣課長にお尋ねしたいことがあります」

「さて、なんでしょうかな?」

「何故、これほど重要な話に私を同席させたのですか?」

巌谷の言葉もある意味もっともであった。 数百万人を収容可能な“無人国家”とその“管理人”、どれ程荒唐無稽であろうとも、現在の帝国にとっては絶対に聞き逃せない話だろう。

だがしかし、だからこそこれは自分ごときがむやみに聞いていい話ではない。

総理大臣や斯衛軍大将がそれを聞くのは当然だが、自分は一介の佐官に過ぎない。

またこれは、自分の“専門分野”とも明らかに違う話だ。 どう考えても、自分がここに呼ばれた意味が分からなかった。

「おお、そういえばまだその理由を話してはいませんでしたな」

わざとらしく惚ける鎧衣の口調に、他の3人が揃って心の中で溜息をつく。

「鎧衣よ、勿体つけるのもいいかげんにして話せ。 なぜ、今日この話を聞くのがここにいる『我々』なのだ?」

「なに、簡単な話ですよ。 他ならぬそのモロボシ・ダンからの要請なのです」

「「「!」」」

鎧衣の言葉にまたしても絶句する3人。

《今日、ここで見たもの全てを内閣総理大臣 榊是親、斯衛軍大将 紅蓮醍三郎、そして帝国陸軍技術廠第壱開発局副局長 巌谷榮二中佐の3人に話して欲しい》

それが昨日、別れ際に諸星から依頼されたことであった。

「いや・・・いやしかし、総理や紅蓮閣下は判るとしてなぜ、“私”にそれを・・・」

「いや、それですが・・・あの男、近日中に中佐殿に用があるとかでしてな」

「何!?」

「詳しい話は直接中佐殿に話したいとのことですが、なにやら“専門家”に見てもらいたい物があるそうでして」

「む…」「むう…」「…」

さらなる不可解な話に、男たちは小さな唸り声と共に沈思に耽る。
 
 
 

「おお、それともう一つ・・・」

「まだ何かあるのか?」

さすがに疲れたような声で紅蓮が聞くと、鎧衣左近は何とも言い難い表情で最も言い辛かった要件を切り出した。

「もしよろしければ、“これ”に皆様直筆のサインを頂きたいと彼に頼まれまして・・・」

そう言って鎧衣が取り出したのは、どう見ても契約書や領収書の類ではなくて、芸能人などがサインを書き入れるための“色紙”の束であった。
 
 
 
 
「・・・」「・・・」「・・・」

もはやなにを考えればいいのかも分からなくなった男たちは、ただ黙って目の前に差し出された色紙を眺めていた。
 
 
 
第5話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第5話「狸課長の女狐詣で」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:8df71eb1
Date: 2010/10/30 20:53
第5話 「狸課長の女狐詣で」

【2000年12月27日 国連太平洋方面第11軍 横浜基地】

師走といえば坊主も走る。

そしてここ、国連軍横浜基地でも皆が走り回っていた。

着工から1年がかりでようやく基地の機能が満足できる程度にまで仕上がり、年明け頃から本格的に稼働し始める目途がたったことが、基地にいる人々に活気を与えていたのかも知れない。
その横浜基地の地下深く、この基地の支配者とも言うべき天災女狐…いやもとい、天才科学者香月夕呼博士の部屋を一匹の狸が訪れていた。

「あら、おかしな生き物が侵入してるわね」(人間に化けた狸がね)

「はっはっはっ、酷い言われようですなあ~」

「基地のセキュリティが甘いようねえ」(もっともこの生き物には意味がないか…)

「またまた御冗談を」

「狸専用の罠か毒餌を用意すべきかしらね」(うまく食べたり引っ掛かったりしてくれるかしら?)

「いやいや、怖いですなあ~」

「拳銃の弾丸で死ぬかどうか確かめてみましょうか?」(やっぱりこれが確実ね)

「いえいえ、それには及びません、はい」

机の引き出しから9ミリの自動拳銃が取り出されたのを見て、流石の瓢箪鯰も一応おとなしくなる。

彼女の腕では撃ったところであたりはしないだろうが、“下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる”と言うではないか。 用心に越したことはなかった。

「それで今日はなんの用なの?」(つまんない用件ならストレス解消のためにこいつを・・・)

「ええ、本日は年末の挨拶廻りのためでして…」

「撃たれたいのね?」(コロシましょう! いますぐに!)

「そのついでと言ってはなんですが息子たちが入ることになる場所の下見をですな、いや私も人の親でして・・・」

(狸の分際でなにが“人の親”よ。 大体、自分の子供の性別を間違えてる時点で親失格でしょうが!)

一瞬本気でそう突っ込んでやろうかと思った夕呼だったが、相手のペースに乗せられることを警戒して別の言葉を口にする。

「…狸の肉って煮ても焼いても喰えないそうだから、皮でも剥いでどこかに売るしかないのかしらねえ」

「いえいえ、狸の肉には滋養強壮効果があるそうでして、古来より中国では薬膳料理として・・・」

(たとえそうだとしても、こいつの肉なんか喰ったら間違いなく腹を壊すでしょうね)

鎧衣課長のやくたいもない薀蓄を聞き流しながら、そろそろ話を切り上げることを考える。

「挨拶だけで用がないならさっさと出ていきなさい。 こっちは年の暮れに加えてこの基地の本格稼働が近いせいでてんてこ舞いなんだから」

「おお、そういえば博士は年明けにも渡米される御予定でしたな」

「当然でしょ、なんのためにあんたに根回しを頼んだと思ってんのよ」

「かの国の第4計画支持派との結束固め…そして『HI-MAERF計画』接収の推進…いやいや仕事が山積ですなあ」

「わかってるんならあんたもさっさと自分の仕事にもどったら?」

しっしっと手を振る夕呼の態度にめげもせず、鎧衣課長は懐から土産を取り出す。

「おお、そういえば先日とある“秘境”に迷い込みまして・・・」

「はあ? ひきょう?」

一瞬、鎧衣が何を言ったのか理解出来ず言葉がひらがなになる夕呼。

「そう、秘境ですよ秘境。 いやあ私も世界中を旅して回った経験から大概の事では驚きもしないのですが、あそこは久々に驚きと云う名の感動を与えてくれる場所でした」

「ふ~ん?」

それで?と顔で尋ねる夕呼に対して

「いやそこの特産品が実に美味でして、ぜひ博士にも味わって頂きたいと思い、一本持参しました」

取り出したのは無銘の日本酒、4合瓶だった。

「これが“秘境”のお土産?」

さすがに首を傾げる夕呼に対し、丁寧に会釈をして鎧衣は出て行った。
 
 
 
「・・・どうだった社?」

鎧衣課長と入れ替わりに入って来た銀髪の少女に夕呼はリーディングの結果を尋ねる。

「…うまく読めませんでした」

「そう・・・やっぱり手強いわね、あの男」

少女―社霞の返答にさほど落胆もせず、香月夕呼は考え込む。

(なにか変だったわね今日のあの男、いつもならなにかしらの用件や情報を持って来るのに本当にただ顔を出しただけなんて・・・帝国の方に何かがあった?それとも…)

「…博士」

「何?社」

「…男の人が見えました」

「男?」

「…はい、眼鏡をかけていました。 鎧衣さんは、その人に強い関心をもっていると思います」

「あの男が強い関心ねえ・・・」

「…“それ”は多分、その男の人がくれた物です」

「! これが!?」

霞が指し示したのは先程、鎧衣左近が秘境の土産として置いていった酒瓶だった。
 
 
 
後日、鎧衣課長は夕呼から同じ酒をなんとしても1年分調達しろと要求されることになる。

かつて味わったことのないタイプの大吟醸の味に、すっかり惚れ込んでしまった夕呼の我儘であった。
 
 
 
 
 
 
 
【2000年12月28日 土管帝国内・某所】

《も~い~くつ寝~る~と~お~しょ~う~が~つ~》

はいはい、もう少しですよ。

《ね~モロボシさ~ん、お正月ってなにして遊ぶの~》

あのね君たち、自分の立場をメモリーから消去しちゃったのかもしれないけど、我々は本来国家権力のイヌとその備品だと云うことを忘れちゃだめでしょ。

自分の立場も仕事の主旨も完全に忘れているとしか思えないタチコマくんたちの戯言を聞きながら、私は会社の仕事と土管帝国の作業を同時並行でこなしていた。
たぶん、いつの時代どこの世界でも師走とはこんなふうに忙しいものなのだろう。

《モロボシは~ん、3號管の調整が終わりましたで~》

そう言ってきたのは、タチコマくんたちと同じく私のサポーターであり、この土管帝国の作業員でもあるAIロボット“ジェイムズくん”だ。
ちなみに、タチコマくんたちが頭脳労働から戦闘行動まで全てをこなす万能型(本来、彼らは軍用戦車だ)なのに対して、ジェイムズくんたちは、ほぼ完全に頭脳労働専用タイプである。
なにせ彼らはそのボディが四角い箱型であり、そこに申し訳程度の歩行用とデスクワーク用のマニピュレーターが付いているだけ、という極めてシンプルなデザインなのだ。

我々の官庁が事務作業にこのジェイムズくん型のAIロボットを採用したことに対して、友人であり、土管帝国の“協力者”でもあるスミヨシ君と彼の朋友でもあるシオウジ教授(科学者だそうだ)は、“何故、ロボットなのだ!このデザインは『人の頭脳を加えた時に』こそではないか!”と憤慨していたが、どういうことか理解出来なかったし理解しないほうがいいような気がする。
 
 
「ああ、御苦労さん。 そこが安定したら他の手伝いに行っとくれ」

《へ~い》

《モロボシさ~ん、10號管の中で『X1』のテストをしてたXXXさんが機体をコケさせて気絶してます~》

やれやれ、なにをやってんのかね“彼”は。

「とりあえず助け出してメディカルチェックお願いね」

《は~い》

《モロボシはん、こちら5號管やけどほぼ作業は終わったで。 後は気圧と気体の成分調節やね》

「御苦労さん、それじゃ引き続きお願いしますね」

いやはや、全く休む間もないねこれは。

《モロボシさ~ん》

おや、今度はなんだろう。

《鎧衣課長さんからお電話で~す》

おやおや、早かったね。
 
 
 
「もしもし、モロボシです」

『ああ諸星さん、鎧衣です。 お忙しいところ申し訳ありません』

「いいえとんでもない、あなたのお電話をお待ちしておりました」

『はっはっはっ、光栄ですなあ~そこまで期待して頂けるとは』

「いえいえ・・・それでいかがでした?」

『ええ、先方も是非お会いしてみたいとのことでした』

「それは良かった。 …それでいつ頃に?」

『それですが、1月3日に帝国軍技術廠で会えないかと』

「成る程わかりました、それではそのように・・・ああ、それと一つ先方に伝えておいて欲しいことがあるんですが・・・」
 
 
 
 
 
「や~れやれ、ようやく本格的に動きだすことが出来ますか」

鎧衣課長との電話を終えて、私はそう呟いた。

少なくとも向こうは、こちらの話に耳を傾けてくれるようだ。

これで今までの準備の数々が無駄にならずに済みそうだ。

さて、それでは私は・・・

《モロボシさ~ん、XXXさんが眼を覚ましました~》

「ああ、それなら彼にこっちに来るように言ってくれ。 連絡事項が出来たんだ」
 
 
 
お仕事、またお仕事だ。
 
 
 
 
 
第6話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第6話「年越し蕎麦と宇宙之王者」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 08:22
第6話「年越し蕎麦と宇宙之王者」

【2000年12月29日 帝国軍技術廠第壱開発局】

「機体構造材の専門家?」

「専門家ではなくとも、その分野に詳しい人間をとのことでしたなあ」

「ふむ…まあ別に問題ないが・・・」

「それとですな、機体の管制システムの方も分かる人をと…」

「何?」

「それが彼の男からの頼まれごとでして」

「…鎧衣課長」

「なんでしょう?」

「諸星とは何者だ?なにを考えている?」

「さて・・・」
 
 
 
 
 
【2000年12月31日 土管帝国内・某所】

「・・・なにを考えてんですか、貴方は」

「なにとは?」

怒りと困惑と羞恥心の三位一体が形を成したような表情で“彼”が私を問い詰める。

「俺の素性を知られたらマズイってのはわかります」

当然だね。

「あなたの使ってる『携帯型電脳』がどれほど便利で凄いものかも知ってます」

そうだろう、そうだろう。

「今の俺には、ある意味“これ”が必要なモノだということも」

よく分かってるじゃないか。
 
 
「だからってこのデザインはないでしょう!」

「・・・なにか問題かね?」

「自分で被ってみますか?」

「遠慮しよう。 それに“それ”は君専用に作ってあるんだ」

その言葉をきくと“彼”はがっくりと肩を落として、なにかブツブツ言い始める。

自分の手の中にある“それ”見ながら「子供じゃあるまいし、今更こんなのもらったって・・・」とか言っている。

「それを作った連中は『これ以上はない完璧なデザイン』だと言ってたんだが・・・」

「・・・何か勘違いしてませんか、その人たち」

・・・そうかもしれない。(ヨネザワ、スミヨシ、シオウジ、おまえら趣味に走りすぎだろうが!)

「まあそれくらいどうってことはないだろ、男が些細なことで文句を言うもんじゃないよ『仮面衛士1号』くん。」

「・・・はい?」

「どうしたのかね?」

「ナンデスカ、ソノヨビナハ?」

「・・・君の新しい名前だが?」

「仮面衛士1号ってなんですか!?」

「・・・“それ”を被った1人目の衛士だからだそうだ」

そう言って私は、彼の手の中にある“それ”を指さす。

彼の両手に持たれている仮面…いやヘルメット型携帯電脳を。

「なんでこんなことに・・・」

「君の“治療”を“合法的”に行ってくれた連中からの要求だ。 断れんだろう?」

「合法とか非合法とかってレベルの問題でしたっけ?」

ジト目でにらむ彼の視線を受け流しながら、私は惚ける。

「さあどうだったかな」

まあ、確かに彼にしてみれば自分に施された治療が果して“治療”と云えるかどうか疑問なのだろう。

1999年8月5日明星作戦の最中に米軍によって投下されたG弾。

彼はその爆発から逃げ遅れて・・・いや、正確には自分からその爆発に向かって戦術機で突っ込んで死んだ・・・はずだった。 この男『鳴海孝之』は。

たまたま“死にたてほやほや”の彼を、米軍より先に秘密裏に調査中だった我がタチコマンズが発見して、奇跡的にまだ脳死前であることを確認した。

私はタチコマくんたちに彼の回収を命じ、延命措置を施した。

尤も、彼の肉体で生きていたのは事実上脳髄だけだったので、友人知人のコネをフル動員して彼の新しい体、「全身儀体」を用意してもらったのだ・・・“生前”の彼と寸分違わない儀体を。

はっきりいってこれらの行為には(我々の)法律上の問題が多々あり、結果的に合法的な人命救助ということに出来たのは幾人かの事情を知る友人たちのおかげだった。

その代償といってはなんだが、彼らから鳴海に渡されたのが彼の持っているライダーマス…げふんっ いやその、ヘルメット型携帯電脳(超高性能タイプ)である。

連中が云うには『一度死んで甦った悲劇の改造人間にはそれが必要不可欠』なのだそうだ。

そのデザインはというと、ある種の昆虫の頭部、もしくは髑髏…つまり人間の頭蓋骨をモチーフにしたとしか思えない、それでいてやたらとメカニカルな雰囲気をもったデザインなのだ。

「君の前途を祝しての皆さんからのプレゼントだ、ありがたく頂戴しなさい」

「前途を祝してって・・・」

がっくりとうなだれる鳴海君と私の前に、もう一人の“死人”がやって来た。

「・・・お邪魔だったかね?」

「ああ“先生”、いえそんなことはありません。 鳴海君の今後について話をしていただけですよ」

「そうか・・・ところで年越し蕎麦をつくったのだが、2人とも食べるかね?」

「えっ?」「先生が・・・ですか?」

「ああ・・・素人の手作りで美味くはないかもしれないが」

「とんでもないです」「是非頂きます」

なんと年越し蕎麦だよそれも手作りの。

忙しくて今日が大晦日だってことまで半分忘れかけていたんだよ、私は。
 
 
 
 
 
蕎麦は挽きぐるみの蕎麦粉を二八で小麦粉と混ぜて水のみで捏ねた昔ながらの田舎蕎麦だった。

熱い汁をかけ七味を振って、それだけで食べる。

「いいね~、この味」「美味いですねえ」

「…国の現状に鑑みれば、こうして本物の蕎麦を味わえるだけでも私には分不相応かもしれん」

「先生…」「…」

その言葉に私も鳴海君も沈黙するしかない。

この人が抱えている苦悩の源は私のような“余所者”や鳴海君のような“若造”に踏み込めるものではないからだ。

「・・・諸星君」

「はい。」

「君の申し出を受けようと思う」

「えっ?」「…いいんですか?」

驚く鳴海と確認の言葉を口にする私。

「ああ、ずいぶん長いこと悩んだがね・・・どういう理由があろうと、こうして生きている以上は自分に出来ることをするべきだろう」

「そうですか…では宜しくお願いします」

そう言って私は彼に頭を下げた。

これでようやく懸案事項の一つが解決できそうだ。

「1月3日に巌谷中佐と会ってきます」

「巌谷中佐か…彼は強面の堅物にみえて、なかなかに柔軟な思考の持ち主だ」

「ええ、だからこそ大伴中佐よりも彼を選んだのです」

先々を考えた時に、大伴忠範という人物では帝国軍の利益の為にしか動いてはくれないだろうし、視野も狭すぎるように思えるのだ。

もっとも、彼の背後や周囲の連中にはいずれは接触しなければいけないだろうが・・・馬鹿をやらかす前に。

「ああそれと鳴海・・・いや仮面衛士1号君」

「・・・ナンデスカ?」

「そう嫌そうな顔をするな・・・君も一緒に来てもらうからね」

「え゛?」

「・・・君以外の誰が『X1』を操作するんだ?」

「はあ…解りました、やります」

よろしい、開き直ったね。

「ところで・・・モロボシさん」

「何かね?」

「“これ”は被らなきゃいけないんですか?」

「もちろんだ」(断言)

「とほほ・・・」(泣)

「そう嘆くな、ここから地球と人類を救うための君や先生の“活躍”が始まるんだからな」

「活躍って・・・」

「君たちが活躍してくれることで、私も『人類の避難場所』を建設出来るんだからね」

「・・・土管を使ってですか?」

「そう、土管を使ってだ」
 
 
 
 
 
【2001年1月3日 帝国軍技術廠第壱開発局】

私はこの第壱開発局の応接室に通されてから、三十分程待たされていた。

未だに巌谷中佐も、それ以外の人物も姿を見せない。

こちらを焦らせる意図か、それとも向こうの都合なのか・・・まあどっちにしてもこちらが焦る必要はない。

そう思った直後、応接室の方へ数人の人間が近づいてくるのが携帯電脳によって感知された。

(お出ましか。)

ここからが勝負の始まりだ、扉が開いて入って来た人たちを見る・・・・・・え゛?

「どうも始めまして諸星君、私が技術廠第壱開発局副局長の巌谷榮二だ」

「あ、どうも私が松鯉商事営業課の諸星です」

「それとこちらの2人が戦術機開発で機体構造材と管制システムを担当している・・・」

「高木です。」「富永です。」

そう言って挨拶をする2人はいかにも年季が入ってそうなクセ者たちだ。

もちろんそうでなくては困る。 一目、モノを見ただけで判る連中でないと。

だがしかし、最後の一人はちと予想外の人物だった。 いや、これを予想しなかった私が甘かったか・・・
 
 
「お主が諸星段か、わしが斯衛軍大将紅蓮醍三郎である!」
 
 
 
 
 
・・・宇宙之王者がそこにいた。
 
 
 
第7話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第7話「撃震モドキ参上」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 08:28
第7話 「撃震モドキ参上」

【2001年1月3日 帝国軍技術廠第壱開発局 応接室】

丸い禿げ頭の上に脂汗が浮いていた。

自分が見て、手で触っているモノが理解できない、いや理解出来るからこそ信じ難い。

高木中尉の顔にそう書いてあった。 そしてもう一人。

無愛想なモアイ像のような顔に不気味な笑顔を浮かべる男。

富永大尉が心の中で驚喜の歓声を上げているのが見て取れる。

私がこの2人に見せている「モノ」 それは幾つかの金属製のプレートと線材(ようするに金属材料のサンプルだ)、そしてもう一つはある「システム」に関する仕様説明書である。

普通の人間が見てもその価値は全く判らないだろう。 しかし、この2人にとっては最高級の宝石や巨大埋蔵金の地図、もしくは全裸の美女を目の前に差し出されたに等しいはずだ。

技術屋一筋ン十年のオヤジたちが初めてエロ本を手にした小中学生のように興奮しまくっているのを確認しながら、残りの2人の様子を窺う。

巌谷中佐は鼻息を荒くしている2人の部下の様子を眺めつつ、自分の思考の中に入っているように見える。

だがしかし、もう一人・・・こちらの方がやっかいかもしれない。

宇宙の王者グレンダイ…いやもとい、帝国斯衛軍大将「紅蓮醍三郎」がその眼光をこちらに向けて照射している。

(あついよ~、イタイよ~、まぶしいよ~)

心の中で苦情を申し立てるが、もちろん向こうはお構いなしだ。

予定が狂ったというよりむしろ、見通しが甘かったと云うべきだろう。 こちらに対する不審の念と好奇心を抑えかねたこの大将殿が、今日の話に割り込んで来るのを予想しなかったのは。
 
 
「・・・ふう、いやこれは長々と失礼しました」

鼻の穴を膨らませながらサンプルに見入っていた高木中尉が、ふと我に返ってそう言った。

「・・・いや、実に興味深い・・・(くくく…)」

仕様書を読んでいた富永大尉も、書類をテーブルの上に置くと(咽の奥で嗤い声をかみ殺しながら)そう漏らした。

「・・・どう思うかね? 富永大尉、高木中尉」

巌谷中佐の問いかけに、2人の技術士官は顔を引き締めて答える。

「これは今までにない発想のOSですな、実現出来れば現行の戦術機全てがレベルを1段上げられるかと」

「この素材によって作られるフレームと装甲であれば、従来よりはるかに軽く、しかも頑丈な機体の製作が可能でしょう」

慎重に考えをまとめながらも、最大限の評価を下す2名の技術者たち。

だがそれも当然と言えるだろう、高木中尉に見せたのは現行の戦術機用に比べておよそ4倍の強度を持つであろう合金材のサンプルとその成分表。

そして富永大尉に見せたのは現行より即応性を10%程高め、キャンセル機能を持たせた新型OS「X1」の仕様説明書と専用のコンピュータ基盤の設計概念図なのだ。

戦術機、戦車、戦闘機、まあなんであれ機動兵器と呼びうるものには常にある問題が付きまとう。

機体の機動性、速度、機体と装甲の頑丈さ、耐久性、燃費、それらの矛盾と相克に、兵器の設計から製造、運用、維持管理、整備、操縦者まで含めたありとあらゆる関係者が悩まされることになる。

機体の機動性や速度、燃費の効率を上げるには構造材の軽量化を図らねばならないが、それが過ぎれば耐久性の低下や装甲の弱体化を招く。

逆に機体の装甲や耐久性を上げれば否応なしに機体重量が増加し、機動性や速度、燃費等が犠牲となってしまう。

さらにいえば機体の重量が増すということは、それに費やされる資源の量が増大すると云う事であり、資源をもたない借金まみれの国にとってはただそれだけでも頭痛のタネとなる。(1機あたりに使用される超高級金属材料だけでそれなりの量と値段が数百機分である)

さりとて機体の強度や耐久性に目を瞑り、機動性だけを上げたとしても実際の耐用年数が激減し、さらに補修やメンテの部品の量が上昇することになる。(結果として、陽炎や不知火よりも撃震の方が信頼性で勝る場合すらある)

それらの問題を解決しようと開発されたのが「不知火壱型丙」であったが、結局は燃費の低下と云う問題を解決できず、操作性も非常にデリケートで一部の腕利き衛士のみが使用する結果に終わった。(それでは戦略的には何の意味もない)

あちらを立てればこちらが立たずとはよくも言ったものである。
 
 
この矛盾を解決するのは決して革命的なアイデアなどではなく、地道な機体構造の改良とより優れた素材の開発と云うのが彼らの常識であるし、それはなにも間違ってはいない・・・私がチートな技術とアイデアを持ってきただけだ。

「素人の簡単な見積もりで恐縮ですが、これらの合金を使用して機体を製作した場合、従来より30%程の軽量化と現行のモノよりも50%高い機体耐久性を実現できると確信しています」

「・・・ふむ、自分の頬をつねりたくなるような話だな」

「儂には技術的な話は判らんがのう、実際に出来あがったモノでもあれば話は別だろうが…」

巌谷中佐は半信半疑といった態度を示し、紅蓮大将は自分は技術屋ではないと蚊帳の外を装う。

こちらの手札をもっと出させようという魂胆が見え透いているが、この場合当然の対応と言っていいだろう。

結構結構、ではお望みどおりさらに手札を切りましょう。 《もうすぐ出番だよ仮面衛士1号君

電脳メガネで鳴海君に連絡を取りながら、爆弾を投下する。

「出来あがったモノですか・・・実験機ならありますけど。」

「なに!?」「むう!」「ほお!」「ふむ(くっくっくっ)」

その場の4人ともが驚きの声をあげる。(いやなぜか富永大尉だけは驚きの声とは違うもっと不気味な・・・怖い)

「実験機・・・だと?」

さすがに険しい顔をして、巌谷中佐が聞いてくる。 まあ当然だ、そんな物を一介の商社マンが用意したら法的にもあるいは国や軍の立場的にも問題がありすぎる。

「そうです、しかしこれを表に出すとなると色々と問題が出てきますので、ここで作られた機体という建前が必要になるのですが・・・」

「・・・・・・・・・・」

巌谷中佐が険しい表情のまま沈黙している。 見方によっては自分たちに都合のよすぎる展開の話に疑心暗鬼にならざるを得ないからだろう。

「ほう、それはつまりその機体をここで好きに扱ってもらってもよい、とそう言っておるのかお主は、ん?」

「はい、そのとおりです」

「「「「・・・・・・・」」」」

紅蓮大将のこちらを追い詰めるような物言いに対して、あまりにもあっさりとした私の返答に4人全員が完全に沈黙する。

「もし、もしも本当にそんなモノがあるのなら、是非見てみたいのだがね」

高木中尉のその発言を、誰も不用意なものだと咎めたりはしなかった。

「承知しました、それでは早速お目にかけましょう」

「待ちたまえ、いくらなんでも今日これからその機体を見に行くわけには・・・」

「御心配には及びません、いますぐにでもここに呼び寄せますので」

「な・・・・」 私の言葉にまたしても巌谷中佐は絶句する。

私は早速自分のアタッシュケースを開けると中にあったダイヤル式黒電話機の受話器を取り、ダイヤルを廻し始める。

周囲にいる人たちはなぜか私のことを既知外の生物を見るような視線を送ってくる。(失礼な、ただの演出だというのに)

「ああ、もしもし諸星です」

『モロボシさん?こちらは何時でも出られますよ』

どうやら鳴海君は準備万端のようだ。 では、始めますか。

「ああ、それじゃあ今すぐここに『撃震モドキ』を1機出前してくれ」

『了解』

私は受話器を置くと、巌谷中佐たちに向かってこう告げた。

「ご安心ください、うちの実験衛士が今すぐここの演習場に機体を運んでくるそうです」

「・・・どれくらいでかね?」

「おそらく2~3分以内でしょう」

「・・・・・」

もはや彼らの私を見る目は完全に人外生命体を認識するようなものに変わっていた。

・・・BETAと同じレベルに見られるのは、非常に不本意だ。

「・・・そろそろ演習場へ行きませんか? もう向こうは到着したかもしれませんし・・・」

そう言った時、応接室の電話が鳴り響いた。
 
 
 
【帝国軍技術廠第壱開発局 屋外演習場】

「おい、なんだアレは?」

そのとき、演習場にいた兵士たちはありえないものを見ていた。

目の前に突然さっきまでは存在しなかった戦術機が立っていたからである。

紺色、いやミッドナイト・ブルーの塗装を施したTYPE-77“撃震”であった。

「とうとう来ちゃったよ、責任とってくれるんだよね?モロボシさん」

その機体の管制ブロックの中でヘタレが一人、愚痴をこぼしていた。

 
 
第8話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第8話「篁唯依の怒り(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 08:33
第8話 「篁唯依の怒り(前)」

【2001年1月3日 帝国軍技術廠第壱開発局 屋外演習場】

篁唯依は怒っていた。

デスクワークの連続で鈍った感覚を取り戻すために久し振りの実機訓練を行おうとしていた矢先に突然の乱入者(それも戦術機)が現れたのだ。

自分たちの神聖な職場であり帝国の国土と民を守るための戦術機開発に日夜励む者達が集うこの帝国軍技術廠第壱開発局が、いきなり正体不明の戦術機に侵入を許すなど断じてあってはいけないことだった筈だ。

なのにこの紺色(?)の戦術機は自分たちの気がつかない間に演習場に侵入し、突然姿を現した。

それだけではなく、大慌てで通信で呼びかけた警告と問いかけに対してその機体の搭乗者からの返答はといえば・・・

『え~と、すみませんが巌谷中佐に取り次いで頂けませんか、ご注文の『撃震モドキ』をお届けにあがりましたと』

「なっ・・・・!」(ゲ キ シ ン モ ド キ だ と お ~!! ふざけるな!!)

「貴様!どこのだれか知らんがおじさ…げふんっ、巌谷中佐のお名前を出した揚句にそのようなふざけた呼び名の機体を届けにきたなどと戯言を「あの、篁中尉。」…なんだ雨宮?」

「巌谷中佐が、その話は事実だと・・・」

「な・・・」

応接室で接客中だった巌谷に電話で連絡を取っていた雨宮中尉の言葉で、怒り心頭に達していた唯依はその場で呆然としてしまった。
 
 
 
「ああ、ちゃんと届きましたね」

「ふうむ、あれがお主の言う撃震モドキとやらか?確かに見た目は77式の改修型のようだのう」

「ふうん、あの機体の立ち方は・・・」

「ほう、主機の音は…。」

「おお唯依ちゃん、こちらの手違いで騒がせてすまなかったな。」

(な!叔父様だけでなく紅蓮閣下まで、しかも高木中尉に富永大尉それに・・・だれだこの男は?)

いきなり目の前に本来の所属である斯衛軍の大将が現れさらに技官としての大先輩二人、ついでに何やらあやしげな男までおまけで付いてきたことで、いつもならただちに訂正の対象にしている“唯依ちゃん”を使用されたにもかかわらず、とっさに反応できずにいる唯依だった。
 
 
「さて巌谷中佐、せっかく持って来たんですからこいつの性能をちょっとだけでもこの場でご覧になってはいかがでしょう? せっかく紅蓮閣下もおられることですし」

一通りの説明を唯依たちにした後、諸星はこの場での機体のデモンストレーションを提案する。

「おお、そうだのう…では早速ワシが自ら相手をしてや『閣下、御自重を』・・・むう」

喜々として腕試しの名乗りを上げようとする紅蓮大将に周りのほぼ全員が制止をかけた。

だがそれも当然と言えただろう。

仮にも斯衛軍大将の立場から軽々しく動いて欲しくないということ以前にこの屋外演習場は戦術機の機体調整を行うのに必要な最低限の広さしかなく、実弾演習はもちろんの事、たとえ限定的な近接格闘戦であっても紅蓮醍三郎のような化け物が暴れ回れるような広さはないのだった。(加減、などという言葉をこの大将が知っていないことはこの場の全員が心得ていた)

「ふむ篁中尉、貴様にあの機体の相手をしてもらおうか」

「はっ」

「ああ、JIVES(統合仮想情報演習システム)は切って行った方がいいでしょう」

「なに?」「む!」

巌谷中佐の指名に即座に篁中尉が即答したのに続けるかのように、諸星の言葉が響いた。

その言葉に周囲の人間たちがやや顔をこわばらせる。

それも当然と言えた。 “安全装置を外して模擬戦をしよう”とこの諸星という男は言っているのだから。

「見たところこの演習場で可能なのは事実上近接格闘戦のみでしょう、その上でこの機体とX1の性能を示すとなるとそうするのが一番でしょう」

「だがいいのかね?この篁中尉はまだ若いが斯衛の中隊長を務める腕利きなのだが」

機体の性能差と衛士の実力差を暗に示して巌谷が尋ねると、諸星は平然と答える。

「御心配なく。 あの機体の操縦者も充分な技量の持ち主ですので・・・ああそれと、篁中尉…でしたね」

「はい」

「出来ればあの機体の手足のいずれかを切り落とすことを念頭にやっていただけませんか?」

「・・・本気ですか?」

「もちろん、何故ならそれこそがここにいる人たちのご要望を満たす最善の道ですので」

諸星にそう言われて唯依が周囲を伺うと、巌谷は憮然として何も言わず、紅蓮は面白そうににやにやと笑い、高木中尉と富永大尉はといえば…まるで生贄を目の前にした悪魔のような顔つきで唯依と「撃震モドキ」を交互に見まわしていた。

(どうもこれはやっかいなことに引き込まれてしまったらしいな)

周りの空気を読んだ唯依はそう心の中でこぼした。
 
 
 
『それじゃ、そう云う事でよろしく頼むね1号君』

『だ か ら、秘密回線でまで“1号”はやめてください!』

『はっはっはっ、まあそう気にするな』

『気にしますよ!』

諸星と孝之が打ち合わせを兼ねた漫才を秘密回線で繰り広げている頃、もう一組の漫才コンビもいつもの行事を行っていた。

「いや~すまんなあ唯依ちゃんよ、いきなりこんな模擬戦をさせることになってしまって」

「叔父…おやめ下さい中佐、これは次世代機に関わる開発衛士として当然の務めです」

「まあ確かにそうなんだが…(だがこれで唯依ちゃんの武御雷があの機体の手足を衆人環視の中でぶった切ったりしたら、また婚期が延びてしまうのでは…)」

「お じ さ ま 、なにか言われましたか?」

「む…い いやなにも言うてはおらんよ、唯依ちゃ…篁中尉」

「・・・そうですか、失礼しました中佐」

不用意な言葉を口の中で出した途端に怖いオーラを放ち始めた唯依に慌ててフォローを尽くす巌谷中佐(馬鹿叔父)であった。

そして、叔父姪の定番漫才を、少し離れた場所から暖かく(生温かく?)見守る雨宮中尉の姿があった。 (本当に…世話の焼けるお二人ですね)
 
 
 
 
「さて、始まりますか」

演習場に姿を現した山吹色の武御雷を見て諸星は呟いた。

CPを雨宮中尉が務め、コールサインは唯依がホワイトファング1、孝之がブラックゴースト1とされた。

ルールは長刀のみを用いた近接格闘戦で、JIVES(統合仮想情報演習システム)を切って行うこととなった。

試合開始を紅蓮醍三郎が仕切り、そして吼える。

「では、はじめええいっ!!」

その咆哮と共に2機の戦術機が飛翔するが如く奔り始めた。

「さあて、どこまで粘れるかな」

その諸星の言葉に周囲の人間たちが注目する。

「ほう、お主は初めから勝ち目がないと思っていながらこの勝負を申し出たのか?」

紅蓮の問いかけに対し、あまりにもあっさりと諸星は返答する。

「もちろんですよ紅蓮閣下、確かに彼は腕利きの衛士ですがこの条件で山吹の斯衛に勝てるなどとは初めから考えていません。 この勝負の目的はあくまであの機体「撃震モドキ」の性能を見ていただくことにあります」

「ほお」「…」「ふうん」「くくく」

諸星のその言葉に4者4様の反応が返ってくる。

そしてその間にも二つの機体は鋭く競り合っていた。

(これはっ…とても激震の改修機とは思えないっ・・・この身軽さ、そして反応の速さ、単に操縦者の技量だけとは思えない…確かにこの衛士の腕はいい、おそらくは富士教導隊の出身者に教えを受けたのだろう…だがこの状況で私と武御雷の切っ先をこうもかわせるとは、明らかに機体に何らかの秘密がある筈だ…なるほど、叔父様たちが特別な関心を寄せるのも当然か)

相手の機体「撃震モドキ」の身軽さと反応の速さに唯依は即座に認識を改める。

一方、仮面衛士1号こと鳴海孝之も相手の機体性能と操縦する衛士の腕前に舌をまいていた。

(おいおいなんて速さと腕前だよまったくもう、事前にモロボシさんから警告されてなかったら間違いなく瞬殺されてるぞオレ。 大体この黄色い武御雷の衛士、はっきりいって近接戦闘なら伊隅大尉や神宮司教官の匹敵するんじゃないか? こんなバケモノみたいなのを相手にどこまで持つかな~オレとこの機体)

すでに半分以上泣きが入っているヘタレ思考であったがそれとは裏腹の機体捌きで唯依の斬撃から逃れ続けていた。

だがやはりこの条件下での勝負は唯依と武御雷に利があり過ぎた。

(確かに撃震とは思えない素晴しい動きだ…しかし所詮この武御雷の敵ではない。 そろそろその腕を一本切り落として勝負をつけさせてもらう)

「うわっ…これまずっ…」

唯依のフェイントからの一撃をかろうじてかわした孝之だったが、唯依の目論みは相手の機体のバランスを崩させることにあった。

「よし、もらった…な!なんだと!!」

勝利を確信した唯依は次の瞬間、信じられない物を見た。 姿勢を崩しかけた相手の機体が見事に姿勢を立て直したのである。

(なんと!この体勢から機体を立て直すとは!・・・成る程、これが先程の説明にあったキャンセル機能と言うものか…だがそれでもこの場の勝ちは頂く!)

相手の機体性能に驚愕した唯依だったが、即座に冷静さを取り戻し相手との距離を詰めると相手が防御のつもりか自ら振り上げた左腕めがけて長刀を振り下ろす。

(切っ・・・な!馬鹿な!!!)

確かに斬った・・・そう思った唯依は信じられない物を見ていた。

武御雷の振り下ろした長刀を籠手で受けるような形で受け止めた激震の左腕は長刀をめり込ませながらも切り落とされずにいた。

(馬鹿な!この間合い、この速さで斬撃を放ったのに激震の腕が斬り落とせないだと!)

己の剣の腕に自信があっただけに、さしもの唯依も一瞬呆然となる。

その隙に付け込むように撃震モドキが逆に間合いを詰め、武御雷の足を薙ぎ払う。

「しまった・・・!!」

かろうじて致命傷は避けたが右足を小破させてしまった唯依は己の甘さに歯噛みする。

(何という未熟!相手の性能を侮り、己の腕を過信した揚句がこのザマか!自分にこの役割りを与えて下さった叔父様たちに顔向けが出来ないではないか…)

自分の未熟を責めながら唯依はなおも相手に斬り込もうと長刀を構える。

だがこの時、管制室では諸星が紅蓮と雨宮に合図をし、それを受けて紅蓮が吼える。

「それまでえええっ!」

「ホワイトファング1、ブラックゴースト1、状況終了です、お疲れさまでした」

終了を告げる雨宮中尉の声が二人のコクピットに響いた。
 
 
 
 
第9話に続く





[21206] 第1部 土管帝国の野望 第9話「篁唯依の怒り(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 08:39
第9話 「篁唯依の怒り(後)」

【2001年1月3日 帝国軍技術廠第壱開発局 屋外演習場】

篁唯依は怒っていた。

他の誰かや何かにではなく、自分自身の不甲斐なさにである。

仮にも斯衛の衛士であり帝国軍技術廠の開発衛士でもある己が敬愛する叔父であり上司でもある巌谷と斯衛軍大将紅蓮醍三郎の前で正体不明(?)の実験機を相手に武御雷を駆って『引き分け』に終わってしまったのだ。

(何という無様だ…相手の機体の特性や機能については最低限の情報をあらかじめ聞いていたにも関わらずこの体たらくとは・・・叔父様や紅蓮閣下に申し開きの仕様もない・・・全くもって未熟千万!)

「篁中尉」

心中で自身を叱責していた唯依の元へ雨宮中尉が声をかけた。

「雨宮か」

「見た目と裏腹にとんでもない機体でしたね」

「最初から判っていなければいけなかったのだ、それなのに…」

「他の誰がやったとしても今以上の結果は出なかったと思いますわ」

「雨宮…」

雨宮中尉の言葉に癒されながらも唯依は今一つ立ち直れないでいたがその時、一人の衛士が声をかけて来た。

「あの・・・」

「え? あ!貴様は・・・」

「どうも、篁中尉ですね。 先程は失礼しました。 自分は・・・え~と「仮面衛士1号」と呼ばれております」

「はあ? あ!失礼した、帝国斯衛軍中尉篁唯衣です」

仮面衛士のある意味間抜けな自己紹介に唯依は礼儀正しく敬礼を返す。

(この男、おかしな仮面を被っているが特に悪意のようなものは感じられないな)

(水月や遥と同じか、一つ二つ年下かな?それなのに凄い腕前だった…あれが斯衛の実力か・・・)

なんとはなしに無言のまま見つめ合う二人に雨宮の悪戯心が刺激される。

「あらあら、お二人ともいきなりお見合いですか?」

「は?」「な!あ・雨宮!!」

雨宮中尉にからかわれた二人は共に顔を赤らめながら(孝之は仮面なので判らないが)慌てふためくのだった。

そしてその場所にさらに困った男たちがやって来た。

「ああどうやら若い人たち同士でもう打ち解けているようですね」

「諸星君、彼はどういう男かね?」

「たしか年齢的には篁中尉とちょうど釣り合うくらいでしたね、まだ独身ですし…」

「いやそういうことでは・・・ふむ、そっちも重要か」

「な に が じ ゅ う よ う な の で す か ち ゅ う さ 」

男同士の碌でもない会話に顔を般若に変えた唯依がドスの利いた質問(?)を向ける。

「い、いやげふんっ…大したことではないよ篁中尉」

慌てて誤魔化す巌谷の後からさらに火に油を注ぐ発言が飛び出す。

「うわははは、巌谷よ相変わらず篁の尻に敷かれておるようだのう」

「ぐ、紅蓮閣下!いきなりなにを…」

いきなり紅蓮に乱入されからかわれて唯依はあたふたと抗議するが、相手は全く意に介さない様子でさらに油を注ぎ続ける。

「いやなにこの巌谷が会う度に『家の唯依ちゃんはとても気立てのいい子なのだが不器用で怒りっぽいのが玉にキズで、そのためなかなかいい相手に恵まれなくて』とこぼされてなあ~うわははは」

「・・・・オ ジ サ マ 、ア ト デ オ ハ ナ シ ガ ア リ マ ス 」

絶対零度の無表情に口元だけをわずかに笑みのカタチに変えて唯依がそう言うと、空気も表情も読めない紅蓮醍三郎以外の全員が背筋を伸ばす。

(こっ…怖っ! これはひょっとしたら本気で怒った時の伊隅大尉以上の・・・)

その凄味に思わずかつての上官の怒った時のことを孝之が思い出していると・・・

「ほうれみろ、そこな若造がすっかり怯えてしもうておるではないか篁よ、ん?」

「!お、おやめ下さい閣下!」

「い、いえ怯えてるなんてそんなことは・・・は、ははは」

絶妙のタイミングで突っ込まれ、二人揃って紅蓮に弄ばれるのだった。

「まあまあ閣下、若い二人をからかうのはそのくらいにしてこちらの話をしませんか?」

そう言って諸星が示す方向には「撃震モドキ」とその機体にへばり付き、舐めるようにして管制システムやボディの損傷、摩耗の具合を調べる二人のオヤジ(もちろん富永大尉と高木中尉)の姿があった。

「1号君はここに残ってあのお二人と篁中尉たちにあの機体の説明をわかる範囲でいいから説明してあげてくれ」

「わかりました」

「ふむ、それでは戻って話の続きを聞こうかのう」

「・・・そうですな」
 
 
 
 
 
 
【帝国軍技術廠 応接室】

「さて、これでワシら3人だけになったのう諸星よ、そろそろ本題に入ったらどうだ?」

再び応接室で向かい合った私に対して紅蓮大将はいきなり切り出した。

その言葉に対して私は静かに微笑んだ後、こう切り返す。

「閣下、間違いを二つ訂正させていただきたい。 まず一つ目は“そろそろ本題に入る”訳ではありません…私は初めから本題に入っているのです。 二つ目は“これで我々3人だけ”になったのではありません…“我々4人だけ”になったのです・・・よね鎧衣課長」

そう言って部屋の隅を見るとそこにはトレンチコートに帽子姿の人型狸が佇んでいた。

生憎たとえ気配を断とうとも、私の電脳メガネのサーチ能力からは逃げられんのですよ課長。

「いやいや、こうも簡単に見破られるとは面目ありませんなあ~ここはひとつ佐渡島の生態系において狸がいるのに狐がいない理由でもお話することでご勘弁ねがいましょうか」

「成る程、それも興味深いですがいっそのこと無人の廃墟と化した横浜の地に狐の棲み家が出来て、そこにちょくちょく出入りしている狸の奇怪な生態についてのほうがより興味深いのですが?」

「はっはっはっ 貴方もなかなか言いますなあ~」

「いえいえ、鎧衣課長に比べればこの諸星などはまだまだひよっ子でして」

わあっはっはっは~

「…それくらいにしておけ諸星、鎧衣」

「我々もそう暇ではありませんでな、話を進めていただきたい」

鎧衣課長と私の無意味な漫才を白い目で見ていた二人が話を本筋に引き戻すように催促してきた。

「…これは失礼、では早速あの機体と技術の提供の見返りについてお願いしたいことがあるのですが・・・」

「差し詰め現在進行中の第4世代機開発計画への中途参入かな?」

「むう、確かにあの機体に込められた技術はそれにふさわしいだろうが・・・」

自らの推察を語る巌谷中佐と紅蓮大将だが・・・お生憎様ですがハズレですよお二人とも。

「いいえ、私がお願いしたいのは第4世代機開発への参入ではなく、不知火改修計画の主導権なのですよ

「なんだと!?」「むううっ!?」「ほほう?」

さすがに驚愕する巌谷中佐と紅蓮大将、そして鎧衣課長はといえば・・・面白がってるなこの顔は。

「待ちたまえ諸星君、さすがにそれは無理というものだ」

「何故でしょう?」

「決まっているだろう、不知火は我が国初の国産機なのだ。 その機体開発に関わったメーカーの人間たちが改修計画の主導権はもちろんの事、中途参入すら認めない可能性が高いのだよ」

「もちろんそれは知っています」

「ならば・・・」

「出来ないのではありませんか?現状では不知火の改修自体が?」

「う・・・」「む・・・」「ほほう・・・」

「そのことについて、私に考えがあるのですよ巌谷中佐。 そしてそれはあなたが…いえ、あなたたちが現在抱えている問題の一つの突破口になると思っているのですが」

私がそう言うと、目の前の3人は無言のまま話を続けるように促してきた・・・

私はそれに応えて話始めた。

私の計画の一端を・・・・・
 
 
 
 
 
 
【帝国軍技術廠 演習場戦術機ハンガー】

「やあ皆さん、お待たせしました。」

話合いが終り、機体のあるハンガーに我々が戻るとその場の全員が敬礼してきた。(もちろん私にじゃなく、巌谷中佐と紅蓮大将にだよ)

さてやっかいなお話も一段落したことだし、ショウタイムといきますか。

「ああ、1号君」

「はい?」

「君、今日から紅蓮閣下の下で面倒をみてもらうことになったからね」

「は・・・はいいいいいい!?」

「閣下、本人もこのように感激いたしておりますので、なにとぞよろしくお願いいたします」

彼の叫び(?)を故意に曲解して紅蓮大将に話を振る。

「うむ、仮名衛士1号とやら、わしが帝国斯衛軍大将 紅蓮醍三郎である!」

「閣下・・・『仮名』ではなくて『仮面』です。 お間違えなく」

傍若無人を体現したような紅蓮大将の言い間違いに思わずツッコミを入れてしまう。

「あ・・・あの、モロボシさん・・・一体どういうことですか?」

さすがに声を震わせて鳴海君が迫ってくる。 まあ確かに無理はない・・・いきなりこんな宇宙怪獣のもとに預けるなんて言われたら誰だって悲鳴を上げたくなるだろう。

「どうもこうもあるまい、貴様を衛士としても一人の男としても篁にふさわしい人間に鍛え上げて欲しいとこの二人に頼まれたのだ。

「なっ・・・」「はあ!?」

篁中尉と鳴海くんが揃って私と巌谷中佐の方を見る。

私はポーカーフェイスを保ち、巌谷中佐はというと…なんだろう?まるで銃殺刑を待つ囚人のような雰囲気が・・・気のせいだな、多分。

「オ ジ サ マ・・・」

何だろう? 今、なにか世にも恐ろしい何かの声を聞いたような・・・まあいいか。

務めて気にしないようにしながら、秘密回線で鳴海君に紅蓮閣下に鍛えてもらう本当の理由を話す。

『・・・そういう訳だから頼んだよ、鳴海君』

『アンタッテヒトワ~!!』

理由を聞いて理解はしたが納得できない鳴海君の恨み声を聞きながら、私は退散の言葉を周囲の人たちにかける。

「では皆さん、私はこの辺で失礼します、後日またお邪魔しますので・・・それじゃ1号君、よろしくね」

「・・・ハイ」

「うむ、任せるがよい」

「それでは、また後日」
 
 
 
 
 
 
【帝国軍技術廠第壱開発局 副局長室】

「おじさま・・・覚悟はよろしいですか?」

「ま、待て!待ってくれ唯依ちゃん!」

「あの世で父が待っておりますので何卒心逝くまでお話を・・・・」

「唯依ちゃん!頼む!頼むから話を聞いてくれ!」

「・・・問答無用です」
 
 
 
その後、副局長室から人の悲鳴のような音が聞こえてきたが、誰も近づいて確認する者はいなかったそうである。   人間だれしも自分の身がかわいいものなのだ。

篁唯依の怒りが静まるのは数時間後の事であった。
 
 
 
 
第10話に続く




[21206] 閑話その1「モロボシ・ダンの述懐(一)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 08:59
閑話その1「モロボシ・ダンの述懐(一)」

私の国の話をしよう。

ああいや、我が「土管帝国」の話ではなくてね、本来私が生まれ育った国「日本民主主義人民共和国」の話だ。

なに?そんな偉大なる独裁者様がいらっしゃるような名前の国で大丈夫かって?

失礼な、我国はちゃんとした民主国家ですよ。 政治家は普通に選挙によって選ばれるし汚職や不正が発覚すればきちんと法的手続きによって処罰されるし…たしかに政治の腐敗は目に余るけど別にこれは今の国名に変わる以前からそうだし。

まあ確かに一部の人たちは「この恥ずべき国名を廃して元の美しい『日本国』に戻すべきだ」とよく仰いますけどね。

だけど我々日本人てのは一度作った金科玉条と云う奴をそう簡単には手放すことができないんだよねえ…たとえそれがどんなにアホらしい経緯で生まれたモノであっても・・・。

それが証拠に出来てからン百年たった“憲法第9条”や、太古の昔から続く“天○制”日の丸の国旗もいまだに健在なんだから・・・え?なに?その国名でそんなのありかって?
 
 
いや実際そうなんだからしょうがないんじゃないかい?
 
 
 
さて…私の国の話を詳しく話す前に、私の「世界」について説明しておかないといかんだろうね。

そもそも私はこのBETA大戦が行われている世界とは別の並行世界、それもおよそ数百年先の未来の世界からやって来た。

…その世界の話だ。
 
 
 
我々の世界における23世紀後半、はっきりいって人類は完全に行き詰っていた。

理由は実に簡単なものだ。 300億を超えた人類をもはや養っていけるだけの容量が地球という惑星に無くなってしまったからだ。

その時代の地球上で“文明的な生活”と言う奴を送っていた人間の数は実に210億人にのぼる。

一つの惑星上でこれだけの数の人間が衣食住の保障された生活を送ればどうなるか?

まず食糧が足りなくなって当然、天然資源はもはや枯渇という言葉さえ虚しい状態、エネルギーだけは辛うじて核融合と太陽エネルギーの極限までの効率化によって世界中に行き渡っていた。

人類はその膨大なエネルギーを使って食糧と生活に必要な様々な物資を生産していた。

野菜・食肉工場、海洋農場、それらを使い品種改良(遺伝子操作は当たり前だった)された食糧資源を生産していった。

海水の淡水化によって広大な農地を潤すことで穀物の生産量を上げた。

さらに究極を超えるリサイクル技術の発達はほぼあらゆる資源を再生・再利用できるまでになっていた。

それによって社会が必要とするあらゆる物資を賄っていたのだ。

だがもうこの時点でこれらの努力も限界に達しようとしていた。

どれだけエネルギーを作り出し、どれだけ資源を効率良く再利用しようと、300億を超えてさらに人数が膨れ上がる人類は自分自身を養うことが不可能になろうとしていたのだ。

残る手段は何らかの口実を設けての“間引き”である。 (早い話が「戦争」をおこして人間の数を減らすことだ)

皮肉なことにこの時代の世界は、過去4回の世界大戦への反省から百年以上に渡って大きな戦争や民族紛争を行わず平和だったために、人口の爆発的な増加に歯止めがかからなかったという事情もあった。
 
 
「結局、我々は冷血なイギリス人の経済学者とボヘミアの伍長の言葉に従うしかないと云うのか」
 
 
当時、とある主要国の元首がこぼした皮肉は誰の笑いも取れなかった。(その言葉を笑える状況を過ぎていたからだ)

だがしかし、戦争とはつまるところ巨大な消費行為である。

もともと資源も食料も不足しようとしていたのにそれを大量に消費して、しかも元手の回収のめどが(何十億人殺せばいいのか、どこで止めれば収支が合うのか)全く判らない状態だったのだ。

人類存続と云う大義名分によって大量殺戮を行おうにも、果してそれが可能なだけの物資と準備と計画をどうするか。

当時、事実上の地球統一政府だった「国際連合会議」は自分たちが「地球」の「内乱」をどう演出するかに頭を悩ませていた。

だが仮に「悪魔の方程式」に頼っても、救われるという保証は全くなかった…それが今日の歴史家や社会学者の見解だ。

表向き平和な、しかし確実に崖っぷちに追い込まれつつあった人類の前に一人の男が現れた。

その男の名は「コンラート・へイル」 後世“異邦の救世主”もしくは“来訪者”と呼ばれることとなる男である。

彼が何者で何処から来て何処へ去ったのか、現在のところ公式な資料は無いに等しい。

だがしかしこの男が人類に何をもたらしたかを知らない者はいないだろう。

何故なら彼が人類にもたらした物、それは“未来”と“新世界”だったからだ。

彼、コンラート・へイルはいくつかの国家の実力者、企業のトップ、そして多くの科学者を訪ね歩き、いくつかの提案を行った。

その結果として生み出されたのが『メビウス・システム』である。

これはコンラート・へイルによって提供されたデバイス『メビウス・コイル』の解析・複製の果てに出来あがったシステムだ。

彼の話によれば、彼はこの世界の人間ではなくいずこかの並行世界からやって来た放浪者なのだそうだ。

正気を疑う話ではあったが彼の提供した様々なモノや情報がそれを裏付けていった。

メビウス・コイルもまた、どこかの並行世界において開発されたものだったらしい。

“らしい”というのは『その世界の人類』がすでに滅んでしまっていて、詳しいことが判らないからだということだ。

コンラート・へイルはその滅んだ世界の遺構のなかでまだ活動していた人工知性体(コンピューターのような物らしい)からコイルを提供されたそうだ。

そのコイルに何が出来たかというと…異なる時間、空間、そして並行世界への“接続”だった。

それによって我々は『放電空間』と呼ばれるエネルギー状態の並行宇宙から、電気エネルギーを事実上無限に取り出せるようになった。

そしてそれ以上に重要なのが時間、空間の移動である。

これにより人類は、異なる時空間に多数存在する『別の地球』を発見し、そこへの移住を開始したのだ。

その壮大な大移動計画によって、全ての人類が破滅から救われたと言っても過言ではない。

もちろん、それだけのいわば“大変動”に何の混乱もなかった訳ではない。

当時半熟状態ではあったがどうやら統一政府に近い状態が出来つつあった世界情勢は、人口増加による世界的ストレスと大移動計画による混乱から再び四分五裂になろうとしていた。

それでも未来の可能性を手に入れた我々人類は混乱を乗り越えて移住計画を進めて行った。

その果てに出来あがったのが『並行地球群連合』である。

それぞれ一つの国家、あるいは民族、あるいは宗教が「自分たちだけの地球」として一つの地球を保有してそこに居住する、そして元々の地球『旧地球(Old Earth)』にその本部を設置した。
 
 
つまり国連本部と各国の出先機関(大使館等)のみを地球に置き、それぞれの国家、民族、宗教にわかれて別々の地球に移り住んだのだ。
 
 
 
 
・・・まあそんなこんなで今日の我々がある訳だ。

本来の地球(Old Earth)はもはや資源を奪いつくされ痩せ細っていたから、一部の後ろ髪をひかれる人たちを除けばほとんどの人間が移住に同意したんだよ。

我国も数ある地球の内の一つを獲得して、国をあげてそこへ移り住んだのだよ。

もちろんどの国でも我国のように一つの国が一つの星を丸ごと手に入れられる訳ではなかった。

経済的理由、あるいは人口が少なすぎる国や民族は地政学上の利害対立がない国同士、または経済的利害が一致するもの同士で一つの地球を共有した場合もあったね。

また人口が多過ぎたり政治的に分裂した大国などは結局複数の地球を持ったりしたよね。


そしてまたン百年。


発見された並行地球の数は居住不適合のものを含めれば千以上にのぼった。

『並行地球群連合』は発見された地球に番号を付けて整理、管理を試みたんだ。

その過程でいろいろなトラブルにも見舞われたんだけどね・・・

そういったトラブルを未然に防いだり、対処するための監視要員として『並行基点観測員』がそれぞれの地球(主に居住対象外の星)に付けられるようになった。

もちろん私もその一人だ。

え、それってつまり『国連職員』てことだよねって・・・うん、もちろん名目上は確かにね。

まあ、実際には各国から召集された軍人とか警察官がその任に当たることが多い訳だ。

我国からも『人民防衛隊』の隊員が派遣されることが度々あるしね。

え、それってなんだって?

もちろん我国の軍・・・あ、いやようするに我国の国土と国民の生命財産等を守るための防衛組織の名称ですよはい。

・・・いやだからどうしようもないんだってばこの国はこういうことに関してはもう本当に。

・・・え、でもなんで本来文民の私が軍用犬や警察犬の真似事をしてるのかって?

うん、よくぞ聞いてくれました。
 
 
 
事の起りは約10年程前、新たに発見された並行地球の現地観測を行ったところ、この世界の地球には人類が存在していることが判明した。

それ自体は別に初めての事ではなかった。

これまでにも何回か自分たち以外の「人類」や「存在」に接触、遭遇をしたことがあったのだ。

だが今回の場合はある意味とてつもなく「特殊」な事例だった。

この世界の人類の状況が自分たちの元々の世界の20世紀末頃によく似ていること、そしてこの世界の人類がBETAと呼ばれる地球外生命体に侵略されていることがわかったのだ。

そしてそれは我国にとって二重三重の衝撃となった。

この世界の状況は我国の政治関係者にとって一種のタブーとなっている“あるおとぎばなし”に殆んど瓜二つだったからだ。

原題「マブラヴ」、国外では主に「THE ALTERNATIVE」というタイトルで知られている歴史的問題作だ。

『あいとゆうきのおとぎばなし』

このサブタイトルで語られることが多い21世紀初頭に作られた空想創作は長く大衆文化の代表作とされると同時に、我国の近代史(特に過去100年くらい)におけるある意味「汚点の象徴」と言っても良かった。

近代日本史の中で最大の黒歴史とも言うべき『文明大改革』による弾圧の最大目標がこの作品だったからだ。

この俗に言う「文改時代」において所謂保守的、懐古的風潮が見られる創作作品(かなりいい加減な基準と言うしかない)の創作、展示、販売、さらには個人の保有までもが法律により処罰の対象になった。(もちろん時の政府の方針を肯定するような『作品』はとても優遇され、讃えられた。)

そしてこの「マブラヴ」とその関連創作の全てが摘発、没収、焼却処分(つまり焚書)の対象となった。(例を上げればイーニァや霞のイラスト、戦術機の3Dモデルを持っているだけで即逮捕だ。)

歴史的に長期間人気があった作品だからこそ、自分たちの政治思想に反する物は抹消すべきである。

・・・時として権力を持った人間と云うものは信じがたいほどの愚行に走る、その典型的な実例が繰り広げられた。

『文明改革検閲隊』が組織され、あらゆる「反社会的」なメディア、作品が「処分」されていった。

このせいで、この作品「マブラヴ」の幾つかの原典資料が永遠に失われたこともあった。

・・・二回に及ぶ狂気の『政治ごっこ』が終わった後、人々はこの「改革」とそれを推進した者たちを過去の恥として捨て去り、忘れ去った。

そしてごく一部の人間だけが、彼らの残党を熱狂的に支持してカルト政治集団として存続することになった。

・・・そしてある意味でこの出来事の象徴となってしまった「あいとゆうきのおとぎばなし」は社会的な腫れもの扱いとなったのだ。

公の場でこの作品について語るだけで作品の内容や発言者の意向とは全く関係なく「政治的意味合い」を持つという空気が出来てしまったのだ。

やがてこの作品は一部のマニア的ファンと研究者たちの間だけで語られるようになっていた・・・

そんなところに『BETA大戦の行われている世界』発見のニュースがもたらされたのであった。
 
 
 
 
 
・・・いやもうおかげでてんやわんやの大騒ぎ。

このニュースがきっかけで「マブラヴ」の物語が国内だけではなくて国際的にも注目を集めちゃったでしょ?

それがどんな騒ぎかというと・・・

「やっぱりマブラヴは並行世界の真理だったんだ!」「霞とイーニァを助けなきゃ!」「BETAを捕獲して詳しい生態研究を…」「そんなものより因果律量子論の検証を!」「われわれの力で米国の謀略から悠陽殿下をお守りしよう!」「それより中露の馬鹿共を潰してユーラシアの効率的な解放計画を…」「唯依ちゃんの安否が…」「止めろ!狭霧を止めろ!」「G弾は危険だ、我々の世界に持ちこませては…また血を吐きながらマラソンを…」「戦術機にマグネットコーティングとム―バブルフレームを導入すれば…ハイネマンごとき負け犬に任せておけるか!」「…オレがまりもちゃんの身代わりになるんだ」「京塚のおばちゃんの合成サバ味噌定食の味を知りたい!」「ハルーは絶対に死なせない!」「いやそれより穂村は危険だ!早く隔離させろ!」「焼きそばは焼きそばパンだけじゃない!広島風モダン焼きもあるんだ!彩峰にこの味の素晴しさを…」「クリスカLOVE」

・・・つまりこんな具合にだな・・・(思い出したら頭がイタクなって来た)

過去の経緯から他の並行世界の人類や知性体との接触を可能な限り避けていた連合上層部は、この世界に対しても基本的に不干渉の決定を下していたんだ。

だがこのままでは「おとぎばなし」と同じ結末が待っている・・・

仮に白銀武が現れたとしても「1回目」ならば事実上人類はオシマイ、「2回目」以降だとしても第4計画の成功率は極めて低く、成功してもその被害から本当に人類が立ち直り世界を再建出来るかどうかは非常に厳しいだろう。

観測の結果、「おとぎばなし」の内容が発見された世界の状況とほぼ完全に一致するとの報告が出されると、救援活動の提言が(さっき言ってたような連中のも含めて)数多く寄せられることになったんだよね。

だけど連合とその主要国の指導者連中たちは腰が重かった。

なんせ物語の中の地球の大国たちの立ち居振る舞い(特に米露中の3カ国)ときたら過去の自分たちの身勝手さを拡大再生産したようなものだったしね。

“そんなハズカシイ連中”を助けて、あげく彼らと“共存”していくのか?

『地球を一つ譲るくらいはなんとかなるが、「G弾」とかを振りかざす連中を“こちら側”に招きいれるのはゴメンだ』

殆どの首脳たちがそう考えていたんだろうと私は思ってるんだ。

そんな時だ。

世論の動きを気にしながらも我関せずを続けようとしていた連合にそれまでこの件にできるだけ関与するのを避けようとしていた日本(民主主義人民共和国)から一つの提案がなされたのは。

他でもないこの私が愚かで無責任な上司の尻拭いとして考案したプランを政府が採用し、連合に申し出たのだよ。

問題の行方を気にしていた連合は驚異の速さでこれを採決しちゃったんだよこれが。

要するにエライ人たちはこの問題からさっさと逃げたかったんだと思う。

そして言い出しっぺのこの私はめでたく『並行基点観測員3401号』として一人この世界に赴任してきたと・・・まあどう見ても紛争地帯への単独派遣、ようするに「左遷」だな。

けどそれはこの件を提案した時から判ってたことだし、アノ上司の下で人間性を腐らせながら日々を送るのに比べたら1000倍マシと思うのだよキミたち。

なに、それって強がりですかって?

ふはははは、なにを言いますウサギさんたち…ああウサギじゃないか…君たち、ボクハツヨガッテナンカイマセンヨー。


《モロボシはん、もうお酒はやめたほうがええで~》

《そうそう、カラダに悪いですよ~》

《第一、その話もう38回目やで》

《明日からN.Y.に出張なんでしょ~?》

・・・いいじゃないか酒くらい好きに飲ませてくれよ。

・・・え?日本の話じゃなかったのかって・・・ああ、続きはまたいずれね。


 
 
閑話その1終り




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第10話「NYのコウモリ男」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 09:03
第10話 「NYのコウモリ男」

【2001年1月7日 ニューヨーク・国連本部】

香月夕呼はNYにいた。

オルタネイティヴ第4計画の推進のため、米国やその他の国々の計画推進派、賛成派などとの意見交換と利害調整のためであった。

夕呼の目的である第4計画はハイヴ攻略を前提としているため、必要となる機材・人員の他に日本を含む国連加盟国の支援がなければ到底実行不可能である。

その中でも一番頼りになり、そして一番邪魔なのがこのアメリカ合衆国だった。

資金と物資の両面で自らの祖国日本帝国よりも多くを提供してくれるのがこの国だが、同時に第5計画という“愚行”を推進し、自分たちの計画を潰そうとしているのもまたこのアメリカという国であった。

巨大国家の常と言うべきか国内の複数勢力がそれぞれ世界情勢に影響を及ぼさずにはいられない。

それも正反対の方法論を持つ2つの勢力が。

(まあったく、面倒な話だわ)

自分にあてがわれた個室の中で夕呼は頭を悩ませていた。

米国内の第4計画推進派との会合はそれなりに上手く運んでいた。(もちろん本当にスムーズに運んだ訳ではないのだが)

国連の予算だけでは補えない様々な物資や資金の提供に一応の目途を付けられるところまで話を進め、オルタネイティヴ5の抑止のための連携も確認し合った。

また昨年、キリスト教恭順派によって暴露されたG弾の爆心地の映像や様々なデータは、第5計画のブレーキとして大いに役立ってくれていた。

ところがそのことが今度はオルタネイティヴ計画自体に対する反対運動へと発展しようとしていると知って夕呼は世間の無知と無理解に頭を掻きむしることになった。

(世の中には馬鹿と間抜けしかいないのかしら?オルタネイティヴ4と5の根本的な違いも理解せずG弾の脅威に怯えるあまりオルタネイティヴ計画そのものを否定するなんて!)

オルタネイティヴ計画全体が国連の秘密計画であるため計画の存在を知る者自体が少数であり、詳しい内容を知る者に至っては本当に一握りの人間だけであるということがさらに事態をややこしくしていた。

限られた人間にしか情報を開示出来ず、しかも下手に開示すれば内容自体をどう悪用されるか判らない。(事実第3計画ではかなり非人道的な人体実験も行われていたし、人工ESP発現体や00ユニットのデータは使い方を誤れば大変な事態では済まなくなる)

殆んどの情報が開示出来ないが故に誤解と不信が拡大し、それが反オルタネイティヴの動きへと繋がって行ったのだ。

第4計画vs第5計画のみではなく、オルタネイティヴ推進派vs反オルタネイティヴ派の対立。

オルタネイティヴ計画はその機密性ゆえに思いもかけない蹉跌にはまろうとしていた。

そしてもう一つ、今の夕呼をイラつかせている問題があった。

「香月副司令」

「ああピアティフ、調べはついた?」

秘書兼副官のイリーナ・ピアティフの声に我に返って夕呼は尋ねる。

「はい、やはり情報通りこのモロボシという人物が第5計画移民派とHI-MAERF計画に対しあのマッコイ・カンパニーを通して接触を図り、ML機関の入手を目論んでいると思われます」

「ふ~ん、自前でG弾でも作る気かしらねその男」

ピアティフの報告に夕呼は笑えないジョークを返しつつ、思考を巡らせる。

(G弾推進派ではなくて移民派と接触…そしてML機関の入手…マッコイ・カンパニー…あの武器商人の性悪ジジイを介して…どうもチグハグねえこの男…少なくとも既存の勢力の範疇に入らない人間ということは確かか…こいつの正体や目的を判断するにはまだピースが不足してるわね)

「ピアティフ」

「はい」

「このモロボシって男について可能な限り詳細な情報を入手しなさい」

「了解しました」

(さて、この男…私の敵になるかそれとも手駒になるか…どっちかしらねえ…ふふっ)

ピアティフに指示を下しながら夕呼は心の中で自らの新たな邪魔者について楽しい(?)未来図を描きはじめていた。
 
 
 
 
【ニューヨーク市内 マッコイ・カンパニー本社】

私は今、とてつもない「怪物」と対峙していた。

怪物、といっても見た目は小柄な老人である。

枯れ木のように痩せ細った手足と折れ曲がった腰、皺くちゃの顔にまるでドワーフ(小人族の妖精)のような大きな鉤鼻。

吹けば飛ぶような小さな老人だが、しかしその目は恐ろしく鋭い、そして深く暗い色でこちらを見ている。

米国軍需産業とその流通に隠然たる影響力を持ち、世界の軍事関連の専門家ならばその名を知らない者はいないとまで言われる男。

世界のあらゆる戦争地帯にあらゆる物資を調達し、送り届ける男…通称『マッコイ爺さん』と呼ばれるこの会社のオーナーである。

私の現在の雇用主である松鯉商事の封木社長がかつて働いていたのがこの老人の下であった。

社長の言葉によればこのマッコイ老は自ら指揮をとって世界各地の対BETA戦争の最前線に軍需関連のあらゆる物資を売りさばき、自らそれを運搬して届けたそうだ。

社長も輸送機のパイロットとしてその仕事を手伝い、そしてユーラシア大陸の各地で繰り広げられた悲惨なBETA大戦の実状を見て来たという。

日本に帰った後、彼は家族と会社の安全のために会社と家をいち早く京から東京へと移した。

軍部や政治家たちが威勢のいい進軍ラッパを鳴らすのをしり目にBETAが本土へ上陸した時に備え続けたのだ。

エライ人々が表向き言っていることなどBETAの前では何の役にも立たない。

仕事上の経験からその現実を知り尽くしていた彼は自分と家族、そして会社と社員が生き残るためのあらゆる努力を惜しまなかった。

98年のBETAの本土上陸から今日まで社長の采配のおかげで社員全員が無事であったと言っても過言ではないだろう。

その社長を鍛え育てた人物こそ目の前のこの老人だった。

「…なるほど、おもしれえ資料だなこいつは」

「そう言って頂けると思いました」

私が彼に見せていたのは先日巌谷中佐たちにお披露目した「撃震モドキ」のデータ(X1を含めて)と、「ある推論の検証データ」であった。

「こっちのF4改修機の情報はワシの商売に新しいタネをもたらしてくれそうだが…もう一つの方はさて、なにを考えてこんなもんを作成したんだ?え?若造」

「まあ、早い話がオルタネイティヴ第5計画の見直しを促すためですね」

「ふん、あのG弾に取り憑かれたバカ共がこんなレポート一つで考えを改めるとでも思ったのか?」

鼻先で笑いながら私の作成したレポートを指先で小突く。

そのレポートは99年8月5日より現在までの横浜におけるG弾による重力変動とその測定データを元にしてユーラシア全域でG弾を使用した場合の地球全体への影響が示されていた。

「連中はこんなレポートは断じて認めねえし、この推論を決定的に証明するだけの根拠も乏しいだろう」

「勿論ですとも、私もあの愚かな“バビロンの支配者たち”を啓蒙できるなどと思ってはいません」

「ほ~う、傲慢な演技も出来るようでなによりだ」

私のさりげなくも自信満々といった風な演技を怪物老は軽くあしらう。 まあこの老人は私ごとき新米の謀略家などとは始めから役者が違うのだから仕方がない。

「私がそのレポートを見せたいのは“彼ら”ではありません」

「へえ、それじゃ誰だい?」

「アーネスト・ウォーケン上院議員」

「なに!?」

「…繋ぎをお願いできませんか?」

私の“頼みごと”にさすがのマッコイ老も顔をしかめて考え込む。

「おめぇ、ワシが誰かわかった上でそんな頼みごとをする気かよ」

アーネスト・ウォーケン氏はこの国の上院議員としてその人柄と共に高い評価を受け、次期大統領候補の1人と目されている人物であり、その政治姿勢から“合法的密輸業者”ともいうべきマッコイ老にとっては目の上のタンコブの筆頭であった。

「…お願いします」

私はこの先にある様々な問題に立ち向かうネットワークを作るために無理を承知でマッコイ老に懇願した。

「…ひとつ聞いていいか?」

「何なりと」

「このデータは信用していいのか?」

「…そのデータと推論は全て“真実”です」

「おめぇ…いや、いいだろう。 ウォーケンの野郎に話をつけてやらあな」

「感謝します!」

私の言葉に何かを嗅ぎ取ったマッコイ老だが、深くは詮索せずに願い事を聞いてくれたのだった。
 
 
 
 
【2001年1月9日 ニューヨーク・国連本部】

「アーネスト・ウォーケン? あの上院議員の?」

「はい、接触してなんらかの意見交換を行っているらしいとのことです」

先日指示しておいたモロボシの調査を行っていたピアティフ中尉からの報告で、思わぬ名前を聞いた夕呼はらしくもなく聞き返してしまっていた。

「・・・どういうつもりなのモロボシって男は」

夕呼がそう唸ったのも無理はなかった。

AL5の移民派、HI-MAERF計画、マッコイ・カンパニー、そしてウォーケン上院議員。

お互いに関係ない、というよりむしろ対立しているような関係者の間を行ったり来たりしている…

傍目にはそうとしか思えない行動だった。

いかに天才科学者といえど約11カ月後にそのウォーケン上院議員の息子と自分の第4計画がクーデターという糸で結びつけられるとは予想できず、まして会ったこともない男がそのための対策の一環として彼の父親と会っている等とは神ならぬ夕呼には知りようがなかった。

「理解不可能なコウモリ男ね」

「コウモリ…ですか?」

「イソップの寓話よ…日本では日和見な卑怯者を意味するおとぎ話になってるけどね」

「はあ…」

「…ピアティフ」

「はい。」

「このコウモリと連絡を取って」

「すぐにですか?」

「ええ、いますぐに」

香月夕呼は決断した。

正体不明のコウモリ男の本当の顔を自分の手で暴くことを。
 
 
 
 
【ニューヨーク・ミッドタウン】

今、私の前では白人の紳士が一人でレポートを読んでいる。

彼の名はアーネスト・ウォーケン、12.5事件の“犠牲者”たちの一人であるアルフレッド・ウォーケン少佐の父親であり、議会上院の良識派、そして反オルタネイティヴ派の1人でもある。

「…成る程、これは興味深い内容だ」

ウォーケン氏は慎重に言葉を選びながら言った。

「だが、これを完全に証明するにはややデータが不足しているのではないかね? それにこう言ってはなんだが、“あの”マッコイ氏がなぜこんな情報を提供しようとするのか理解に苦しむのだが」

まあ当然の反応だろう、本来敵対関係と言っても差支えない相手からこんな情報がもたらされれば疑ってかかるのが当たり前だ。

「まず誤解を解いておきたいのですが、あなたに面会を求めたのも、そのレポートを提供するのも全て私自身の意図によるものでマッコイ氏にはただ、紹介をお願いしたにすぎません」

「ほう、では君は何の意図を持って私にこれを見せたのかね?」

さあ、本題だ。

「ウォーケン議員、貴方は現在のオルタネイティヴ計画に反対の立場を取っておられますね」

「確かに反対側だな、大枚の税金をはたいて僅か数万人の人間を宇宙の彼方に放り出した揚句、G弾の大量運用でユーラシアを焼き尽くそうなどと…推進派の連中は米国本土には影響はないと言っているが、このレポートを見たらどんな顔をするだろうな」

「“彼ら”はその内容を信じないでしょう。  私もそんなことを期待している訳ではありません」

「ふむ、わかっているようだな… ではなにを期待しているのかね」

「オルタネイティヴ4の支援をお願いしたいのです」

「なに? あのAL5以上に荒唐無稽な計画をか?」

「議員、あなたがどう思っておられるか…まあ想像はつきますがしかし香月博士は何の根拠もないデタラメを口にされる方ではありませんよ」

(ハッタリなら幾らでもかますでしょうけどね)

心の中で口には出せない注釈を加えながら上院議員の説得を続ける。

「それなりの時間を費やせば彼女の計画は必ず成果を上げるでしょう…もっともその“時間”と云う奴をワシントン…いえ、“霧の底”にいる人たちは与えるつもりがないようでして、香月博士にも…そして日本帝国にも

その言葉にウォーケン氏はピクッと眉を震わせ、そして沈黙を続ける。

“霧の底” 国務省と言うよりこの場合はCIAを表す隠語に、さらに標的が香月博士のみならず日本帝国そのものであると言われれば慎重に沈黙せざるを得ないだろう。

「信じられませんか?」

「…確証は、あるのかね?」

「いずれは手に入るでしょう…しかしその時にはすでに手遅れでしょうが…“貴方にとっては”」

「どういう意味かね?」

「第7艦隊を手駒として使うからですよ。 それに“彼ら”が香月博士や日本だけでなく、米国内の“邪魔者”も同時にそれも合法的に始末しようと考えているとしたら…どうですか?」

その言葉に今度こそウォーケン議員は顔を歪め怒りと嫌悪の色を剥き出しにする。

それは私にではなく、ここにいない“誰か”に向けられていた。

さて、ここはひとつ押しの一手で・・・あれ?通信?こんな時に何がって?え…おいおい。

「申し訳ありません議員、急な用で少々中座をさせていただきたいのですが?」

私の言うことに議員は鷹揚に頷き、中座を許可してくれた。

・・・さて、お電話ですよ・・・

「ああ、もしもし私松鯉商事の諸星と申しますが…」
 
 
 
 
 
モロボシが席を立ってからもアーネスト・ウォーケンは彼の言葉の内容を吟味していた。

AL4の支援、香月博士、CIA、第7艦隊・・・

(“彼ら”が香月博士や日本だけでなく、米国内の“邪魔者”も同時にそれも合法的に始末しようと考えているとしたら…)

“彼ら”すなわちCIAと軍の一部が前線国家である日本帝国の政治、軍事双方の指揮権を狙っていることは知っていたし、彼らが目的のために何でもすることもわかっていた。

しかしその野望のために自分の息子が利用され、しかもその結果自分の政治生命が奪われるかも知れない…“ナンセンス”とは言えなかった。 “連中ならやりかねない”アーネスト・ウォーケンは長年の経験からそのことを知っていた。

(だからいい加減前線勤務などやめろとあれほど言ったのに、“合衆国の正義を世界にもたらす為に働くのが誇りだ”などと…軍の中も政治の世界と同じでお前のような誠実な正直者は一番背後から撃たれやすいというのが解らないのかアルフレッド)

アーネスト・ウォーケンは心の中でそう息子に向かって愚痴をこぼした。

(だがどうする?あいつが今すぐ軍を辞めるなどありえんし、それにこの男の話が事実なら香月博士だけでなく日本そのものまで標的に…これが表沙汰になれば国務省やペンタゴンだけの問題ではなくなる、間違いなく大統領…ひいては合衆国の国際的な立場にまで深刻なダメージを与えかねない)

ウォーケンが心のなかで懊悩煩悶しているところへモロボシが戻ってきた。

「どうも、お待たせしました」

「いや、かまわんよ…ところでモロボシ君」

「なんでしょう?」

「君はAL4派なのかね?香月博士の計画の支持を依頼してくる理由は?」

「いいえ議員、私はAL4派ではありません、AL4を支持するのはそれが人類にとって最善の道と信じているからですが、私自身の本来の目的は別にあります」

「ほう、君の目的…それは?」

その質問に対してモロボシはあるシナリオをアーネスト・ウォーケンに語り始めた…そしてそれを聞くウォーケンの顔は次第に真剣なものになっていくのだった。
 
 
話を終えたモロボシに対してウォーケンは言った。

「君の話はわかった、全てを信じるとは言わんがAL4の推進に陰ながら協力を約束しよう」

「ありがとうございます議員、私も“霧の底”について知らせるべきことがあれば連絡をさせて頂きます」

「うむ、よろしくたのむ」

お互いの協力を約束して、2人の男は別れた。

この協力関係が約1年後の人類の運命を大きく変えることになるとはウォーケン自身もまだ知らなかった。
 
 
 
 
第11話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第11話「女狐vsコウモリ男」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/12/05 18:21
第11話 「女狐vsコウモリ男」

【2001年1月10日 ニューヨーク ホテル・ウェリントン】

香月夕呼は獲物が来るのを待っていた。

獲物の名前は「諸星段」

ここ数日の間、彼女をイラつかせていた元凶であった。

あたかもコウモリの如くオルタネイティヴ計画の関係者や武器商人、はては反オルタネイティヴ派の有力議員にまで節操無く接触しコネをつくり続ける男。

その目的も行動原理も全く不明。

自分にとって敵対者となるのかそれとも協力者(つまり手駒)となるのかも判別不能。

(ある意味あのタヌキオヤジと同種の厄介者かもね)

その厄介者の正体を見極めるために副官であるイリーナ・ピアティフに諸星とコンタクトを取らせ、今日の会談をセットしたのだが…

「遅い!いつまで待たせる気よ諸星って男は!」

「副司令…まだ10分前ですが…」

イラつく夕呼を懸命にピアティフが宥めるが、ここ数日間のストレスが原因で“天災天才科学者”のご機嫌は非常に麗しくない。

「“もう”10分前よ!もう!だいたいコウモリの分際で人間様を待たせ「コウモリがどうかしましたか?」!!!って何時の間に!?」

気が付けば目の前に件のコウモリが立っていた。

「どうも、初めまして香月博士。 私、松鯉商事営業課の諸星と申します」

いつの間にか無断でホテルの部屋に侵入していたにも係わらず、いけしゃあしゃあと名刺を差し出して“日本人のセールスマン”を演じて見せる諸星に、たちどころに夕呼も心のスイッチを切り替える。

「よく来てくれたわね、私が香月夕呼よ。 いきなり不法侵入してきたみたいだけど、まあ私の方が招待したんだからとりあえず大目に見てあげるわ」

「これは失礼しました、実は先程まで仕事上の研究に没頭しておりまして、そのせいで時間を浪費したために慌ててここまで来た次第でして」

「あらそう、参考までにどんな研究なのか教えて頂けるのかしら?」

「はい、研究のテーマは『アメリカン』です」

「はあ?」

いきなり意味不明な“研究テーマ”を口にされ、さしもの夕呼も思考が停止しかかった。

「アメリカンコーヒーの事ですよ香月博士、私は本場アメリカのアメリカンコーヒーの味を是非とも日本でも再現したいのです」

「へえ?」

「そもそも日本では永らく本当のアメリカンコーヒーというやつに対して正しい認識が足りませんでした。 多くの日本人はただ単にマグカップに薄く淹れたコーヒーを出すのがアメリカンだと誤解していたのです。 また多少コーヒーに詳しい人がアメリカンについて正しい知識を啓蒙しても、本物のアメリカンコーヒーの味は再現できませんでした。 どういう訳か日本人の作るアメリカンコーヒーの味は本場のそれに比べるとやや渋味が強すぎ、どこかえぐい風味が出てしまうのです。 私はここニューヨークのカフェで飲めるような紅茶のように薄くて、しかもバランスのとれた苦味と香りの豊かなコーヒーの味を是非とも日本に広めたいのです」

「はあ…」

「そのためここニューヨークに来たのを機会にあちこちのカフェでコーヒーの味を見て回っていたのですが…いやそのせいでうっかり時間に遅れそうになるとは、いや実にお恥ずかしい」

「……」(こいつ、本職の詐欺師でなけりゃ本物のバカね)

誰が聞いても「非道過ぎる」といわれかねない評価を心の中で下しながら夕呼は諸星を観察する。

「…ところで博士、先程コウモリがどうとかというお話が聞こえましたが何のことでなのでしょう?」

「ああ大したことじゃないわ。 今あたしの目の前でどこぞのタヌキみたいな薀蓄三昧を繰り広げているおかしな生き物の事を端的に表現しただけよ」

諸星の皮肉もしくは嫌味1歩手前の質問に対して、明らかにレッドラインを踏み越えた返答を夕呼は返す。

「どこぞのタヌキ…ああ成る程、いやしかしあの鎧衣課長の非実用的な薀蓄に対して私のそれは実用性第一を心掛けているつもりなのですが…」

(あたしの血圧を上昇させるのが使用目的なら、どっちも充分実用的よ!)

そのラインオーバーの嫌味すらさらりと流して惚け振りを重ねる薀蓄蝙蝠男の態度に夕呼の中の殺意が確実に上昇する。

「おおそうだ、タヌキ…いえ鎧衣課長で思い出しました、大吟醸の味がお気に召していただけたようでなによりです」

「なっ…それじゃあのお酒は…」

「ええ、当社で限定的に仕入れている特別製の大吟醸でして…月2本のペースでよろしければ今後とも「買った!」…毎度ありがとうございます」

(しまった・・・)

ついうっかり相手のペースに乗せられたことに気付き、夕呼は心の中で舌打ちする。

(こいつがあのタヌキ親父が言ってた“秘境”とやらの関係者ってわけか…たしかにあのタヌキが気にするだけあって一筋縄じゃいかなそうね)

「ところで博士、本日ご招待にあずかった用件ですが…どういったお話でしょうか」

「・・・そうね、あんた何者?」

「と、おっしゃいますと?」

「とぼけんじゃないわよ!あたしの仕事の周りをコウモリみたいにあちこち飛び回って一体あんたは何がしたい訳?」

「人類と、その文明の存続」

「え?」

「…それが私の仕事における最終目的です」

「……」

予想もしない哲学的な(?)、いやおよそ商売人の言葉とは思えない発言に夕呼の目が細くなり相手の真意を探ろうとする。

「人類と文明の存続ねえ? もしかしてそれはあたしの計画を援助でもしてくれるってことかしら?」

「いいえ」

「へえ、じゃあ何をする気?」

「オルタネイティヴ第5計画の“修正”」

「!!なんですって!?」

「現在国連の秘密計画として二つのオルタネイティヴ計画がすすめられています。 その一つがあなたの推進する第4計画であり、もう一つがこの国が推奨する第5計画ですね…私はこの二つの内、第5計画の方を“修正”する必要があると考えています」

夕呼の目の前にいる男の顔からは、すでに愛想笑いが消えていた。

「米国の推奨する第5計画の基本的内容はまず人類の中から10万人程の“代表者”を選抜し、彼らを宇宙船でアルファ・ケンタウリまで送り出し、その後G弾によるハイヴへの全面攻撃を敢行するというものです」

「…よく知ってるわね、それで?」

「このプランはあまりにもズサンで穴だらけだと言わざるを得ません。 まずそもそも僅か10万人程度の人間を宇宙の果てまで送り届けて、そこではたして人類社会の再建が可能なのかどうか、なにより無事に目的地にたどりつく可能性はどの程度なのか」

「あら、移民派の連中は成功率は十分にあるって言ってるわよ?」

「机上の計算では、でしょう。 そもそも人類自身が太陽系のそれも内惑星系から外に出たことがないというのに、太陽系外の外宇宙に出るということはつまり小さな湾の中で小舟に乗っていた素人がある日突然太平横断計画を、それも碌な海図も無しに始めようとするのと同じでしょう」

「海難事故に遭うのは確実ね」

「さらに言うならばその宇宙船団は各国がそれぞれに分かれて乗り込むわけですが…」

「ええ、それがどうしたの?」

「私の予想では…宇宙のど真ん中で船同士、いえ国家や民族同士の殺し合いが始まる可能性が高いと思いますね…“新世界”を独占するために」

まさか、などと愚かなことを夕呼は言わなかった…諸星が言ったことは彼女自身の予想と全く同じだったからだ。

(けどその程度の答えではまだまだあたしを満足させられないわよ、コウモリさん)

「…それで?」

「種の存続をかけた計画としてはAL5の移民計画はあまりにも分の悪過ぎる賭けでしょう、そしてもう一つの方ですが…」

そこまで言うと諸星はアタッシュケースの中から1冊のレポートと先日鎧衣課長の持ってきたのと同じ酒瓶を取り出した。

「これはお近づきの印にと持ってきました、今夜にでもどうぞ」

「あらありがと、それでそのレポートは? どんな素敵な内容が記されているのかしら?」

「どうぞ目をお通し下さい」

諸星から渡されたレポートを読む夕呼の顔がしだいに強張りはじめ、そして読み終える頃には完全な無表情になっていた。

「これ…あんたがまとめたの?」

「ええ、“ある仮説”をもとに私がデータを収集して、とある科学者に検証を依頼して作成されたものです」

「よくこんなもの平気で人に見せびらかせるわね、あんた死にたいの?」

「まだこの年で死にたくはないですなあ~はっはっは」

(この男も銃弾で撃ち殺せるか試してみる価値がありそうねえ)

心の中で物騒なことを考えながら夕呼は自分がいま読んだレポートの信憑性とその価値に考えを巡らせる。

このレポートの記述を自分が補完してより完全な内容にすればおそらくG弾推進派に対して強烈な一撃を与えることになるだろう。

しかしそれはAL5の更なる強硬姿勢と先鋭化を促し、さらには米国、そして世界の経済状況に深刻な亀裂を入れかねない。

BETAの侵略によってユーラシアが事実上失われた現在、米国経済だけが世界の現状を支えており、しかも今現在その信頼性をもっとも支えているのが他ならぬG弾の存在だった。

たとえどんなに危険な道具だろうと、いやだからこそ現在の絶望的な状況にある世界の中ではG弾の破壊力はそれ自体が一種の“安心保障”となっている。

だからこそ、最悪のタイミングで日本を裏切りあげく明星作戦の最中に自国の兵士まで巻き込んでG弾を落とした愚かな前任者と違い、G弾の危険性を認識しAL5に慎重な姿勢を示す現職の大統領でさえもG弾使用のオプションを完全に排除することは出来ないのであった。

諸星のレポートはその危険なバランスを根底から揺さぶりかねない可能性を秘めていた。

「…あんた今までにこのレポートを何人の人間に見せたの?」

「2人だけです、あなたが3人目です博士」

「2人?」

「マッコイ・カンパニーのマッコイ翁とアーネスト・ウォーケン上院議員…ちなみにお二人とも当分の間この件について沈黙を守ってくれることを約束してくださいました」

「ふーん」

「私がこのレポートの中身を直接お見せするのは貴女を含めてあと3人だけです」

「へえ、ちなみにあと2人は誰?」

「日本帝国内閣総理大臣 榊是親 そして…政威大将軍 煌武院悠陽殿下」

「!!!あんた…」

さすがに夕呼の顔色が一変する。

目の前のこの男が単なるコウモリでも詐欺師でもない、とてつもない謀略家か自分の理解を超えた本物の“大馬鹿者”だということにようやく気付いたのだった。

「あなたの手でこの内容の再検証と仮説の補完をやってはくれませんか博士」

「ことがことだけにリスクが大き過ぎるわねえ~ そこまでしてあたしにメリットがあるかしら」

「もちろんありますとも」

「へえ、どんな?」

「香月博士、“彼ら”があなたに第4計画を完成させるだけの“猶予”を与える気があると本気で信じてらっしゃいますか?」

「…何が言いたいの?」

「第4計画を実行に移す為にはそれなりの準備が必要です。 そのためにあなたはXG-70を手に入れ、集積回路の研究も進めておられる」

「…よく知ってるわね」

「その準備に少なくともあと1年程は必要でしょう。 しかし“彼ら”はその1年をあなたに与える気など初めからないのです」

「…そんなことはあんたに言われなくてもわかってるわよ」

「そうでしょうね。 だからこそ“彼ら”を牽制するカードが必要でしょう?」

「ふん…こいつは確かに“切り札”になるけど、ちょっとばかり強過ぎるのよね~」

レポートの紙束をひらひらさせながら夕呼は諸星に、強過ぎるカードは諸刃の剣であることを指摘する。

「確かにそれをいきなり使うのは危険すぎますし、それに公表するにはより内容の信憑性を高めてからの方がいいでしょう」

「で、そのためにあたしを使おうっての? ずいぶんいい度胸してるわね」

「ええ、ですがさすがにタダでは申し訳ないと思いまして…これをどうぞ」

そう言って諸星が差し出したのは「撃震モドキ」と「X1」の情報、そしてもう一つは「X1」の進化したバージョン、「X2」の仕様書であった。

その内容を吟味していく夕呼の表情が先程とは逆に楽しそうな、悪戯を思いついた子供に似たものになっていく。

「ふ~ん、確かにこれはいいアイデアだけど…この「X2」は今の技術じゃ実現不可能じゃないの?」

「ええ、確かに不可能ですね“あなた以外には”」

にっこり笑ってそう答える諸星に夕呼は思わず舌うちする。

「ちっ、お見通しって訳ね…いやな奴」

「商売柄、情報が命でして」

「…いいわこのシステムを私が作ってあげる、ただしこっちが優先的に使わせてもらうわよ」

「ええ、もちろんです。 それと博士…」

「何、まだ何かあるの?」

「そのシステムの開発に“世界一の撃震使い”を開発衛士として指名したいのですが」

「世界一の…ってまさかまりものこと!?」

「ええ、彼女の撃震乗りとしての経験と能力がどうしても必要でして」

「そりゃ確かにまりもは優秀な衛士だけど…どうして他の衛士じゃダメなの?」

「彼女と撃震だからこそ、いえそうでなければ出来ない仕事があるんです」

「仕事?」

「ええ、世をすねてアラスカあたりでスパイの真似事をして燻ってる男を本気にさせるというね」

「…へ~え」

「さていかがでしょう香月博士、私としては悪くない取引だと思っていますが」

「…そうね、確かにこのカードたちを上手く使えばAL5の発動を遅らせることが十分可能でしょうね」

「では…」

「けどあんたはそれで問題が全て片付くの? さっきあんたは第4計画の支援じゃなくて第5計画の“修正”を目的にしてるって言ってたけど?」

諸星の真意が今一つ読み切れない夕呼は、先程から疑問に思っていたことをあえて直接諸星にぶつけた。


「…香月博士」

「何?」

「仮に第4計画が成功をおさめたとして…それで“彼ら”が諦めると思いますか?」

「……」

「彼らは…あの“バビロンの支配者たち”はいずれ必ず自分たちが手に入れた“力”を行使せずにはいられなくなるでしょう…私の“第5計画修正案”はBETAだけではなく、“第5計画そのもの”からも人類を守るためのものなのです」

諸星の言葉を聞いていた夕呼の顔が、かすかに変化しはじめていた。

目は笑っていないにもかかわらず、その口元がアルカイックな微笑みを浮かべているのだ。

「面白いこと言うわねえ諸星さん? それであんたの“修正案”てのはどんな内容なのかしら?」

「それはまだお話できません。 いずれにせよ榊総理や煌武院殿下と話をしてからでなくては」

「ふーん…まあいいわ、今日のところはこれを貰っとくから」

そう言って夕呼は諸星が持ってきたレポートとそして大吟醸の瓶を満足げに見る。

「博士のお気に召していただけたようで安心しました」

「いい味だわ、どんな酒米使ってるのかしら?」

「はっはっは、それだけは企業秘密でして」

「ケチね」

「いやいや申し訳ありません、はい」

「まあいいわ、話の続きは日本に帰ってからにしましょうか」

「ええ、今月中に改めて横浜に伺わせていただきます」

諸星の言葉に夕呼は心の中で会心の笑みを浮かべる。

(そうこなくっちゃね~、横浜基地のあたしの部屋の中ならこっちのフィールドだしそれに…霞という“切り札”もあるしね)

そして諸星の方はというと…

(…てなことを考えてんだろうね、この人は。 さて、どうやってあのウサミミ少女のリーディングを誤魔化すか…と、いかんいかん大事な用件を忘れていた)

「あの香月博士、実はもう一つ重要な用件を忘れていました」

「あらなにかしら?」

突然、態度の改まった諸星に夕呼は疑問を抱きつつも興味をひかれる。

「実は…これをお願いしたいのです」

そう言って諸星が取り出したのは…分厚い色紙の束だった。

「なにこれ?」

さすがに目を点にして聞いてくる夕呼に向って諸星は、真面目な顔でこう言った。

「是非、この色紙に香月博士とそちらにおられるピアティフ中尉の“サイン”をお願いしたいのですが…」

「…あんた、あたしをなんだと思ってる訳?」

怒る以前にむしろ理解不能な不気味さを感じて、思わず後へ引き気味になりながら夕呼は尋ねる。

「人類史上最高の頭脳の持ち主、香月夕呼博士だと認識しておりますが?」

(こいつの頭脳は人類史上“最混沌”かしら?)

この状況を見ればさすがに誰も“失礼な”とは言わないであろう感想を抱きながらも言葉を発せない夕呼の目の前で、突然諸星のアタッシュケースの中からベルの音が響きはじめた。

「おや、なんだろう…すみません博士、ちょっと失礼します」

そう言って諸星は鞄を開けると、中にあった黒電話の受話器を取って話し始めた。

「ああ、もしもしスミヨシ君? どうしたの急に…え?ああそうか名前ね…そうか確かに必要だねえ…ええ?なにもう決めたって……リフジン・トオル? ナンデスカソレハ?? え?必然?仮名?はあ、まあ君がそう言うのならそれでいいんだけど彼になんと…ええ!?もう言っちゃったって…ああそりゃあ泣くだろうねえ…可哀想に」

意味不明の言動を目の前で展開する男に夕呼は本能的な恐怖を感じ、背後にいる副官に語りかける。

「…ねえピアティフ…あたしもしかして、とんでもない男と係わりを持っちゃったのかしら?」

「…今後は自重してください、副司令」

そう返事をしながらピアティフは、自分の周辺に出没する正体不明の怪人物が1人増えたことに心の中で溜息をついていた。

彼女の苦労は当分終わりそうになかった。


 
 
 
第12話に続く



[21206] 第1部 土管帝国の野望 第12話「仮名の男」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 08:42
第12話 「仮名の男」

【2001年1月12日早朝 帝都・紅蓮醍三郎邸】
 
 
仮面衛士1号・鳴海孝之の朝は・・・
 
 
「反重力乃嵐いいいいいっ!」
 
「どええええええええええええっっっ!」
 
 
・・・斯衛軍大将・紅蓮醍三郎の怒号と共に始まる。

数日前から紅蓮邸に居候することになった鳴海は、毎朝早朝から紅蓮の稽古に付き合わされていた。

幸か不幸か常人であれば二日と持たないであろう紅蓮の稽古に改造人間鳴海孝之の高性能儀体は耐えることが出来たのである。

紅蓮にしても御剣冥夜という替えようのない愛弟子を手放して以来、どうにも手持ち無沙汰だったところに鳴海という生贄 新弟子が手に入り、自然と稽古にも力が入る。

周囲も紅蓮が新しいオモチャ 弟子を持ったことで自分たちへの被害が減少すると大喜びであった。

自分以外の全員が納得しているこの状況に、悲劇(?)の改造人間・鳴海孝之は仮面の下で号泣していたのだった…そして更なる不幸は…

「どうした“利府陣”、まだまだこれからであるぞお~!!」

「紅蓮閣下、もう勘弁してくださいよお~、それと出来ればその名前も…」

「まだ始まったばかりではないか! それに自分の名字を呼ばれて何が不満だ!」

「うううっ…」(涙)

“利府陣徹(リフジン・トオル)” これが孝之に付けられた“仮名”であった。

撃震モドキとX1の技術移転、操縦の教導等を行うため紅蓮醍三郎を身元引受人にして帝国軍人の身分を与えられた彼に“人としての”名前が必要だったのだ。

それを忘れてアメリカくんだりまで出張していったモロボシに代わって彼の友人その1であり、影の協力者の一人でもある『スミヨシ・ダイキチ』が名前を考えてくれた(?)のだった。

もっともこのあまりにも“理不尽”な名前に当の本人が猛抗議をしたのは言うまでもなかったのだが、すでに決定事項だの、仮名衛士とまで言われて応えねばどうだとか、この名前は必然だとか意味不明の説明を延々と繰り広げられて、泣く泣く抵抗を諦めたといった経緯があった。

こうして帝国軍技術廠・特務開発部隊ブラックゴースト小隊所属、利府陣徹中尉が誕生したのであった。

…このあまりにも胡散臭い名前に周囲の目も初めは冷たかったが、名前を連呼される度に肩を落として黄昏れる仮面の男を見て、誰も何も言わなくなった…人間社会に必要なのは思い遣りである。

だが残念なことに彼の保護者(?)紅蓮醍三郎にそんなデリカシーは期待するだけ無駄だったことは言うまでもない。

基本的人格が宇宙怪獣のそれに等しい武芸の達人は他人を呼ぶ時「中尉」などとは言わず、大音声で名前を連呼するのであった…つまり…

「さっさと構えんか!利府陣徹!!」

…てな具合にである。

(恨みますよ…モロボシさん…)

無駄と知りつつ心の中で、自分を怪獣の巣に放り込んだ張本人への怨みごとを呟く孝之であった。
 
 
 
【2001年1月12日 帝国軍技術廠第壱開発局】

「…ふむ、これならば最小限の費用で驚く程の効果が見込めるか」

巌谷榮二は自分のもとにあがって来た報告書を読んで、そう呟いた。

先日、諸星という謎の男によってもたらされた技術…戦術機の軽量化と耐久性の向上を両立し、なおかつ操縦性の革新を果すことが可能な技術に関する報告書であった。

彼に提供された資料と実験機「撃震モドキ」を解析、機動実験を繰り返した富永、高木の両名はこの機体に投入された技術がいずれも現行機、あるいは将来の戦術機開発にとっても極めて大きなプラス要因となるだろうと結論づけた。

まず戦術機の新型管制システム「X1」だが、即応性を高め、同時にキャンセル機能を搭載した代償として発生する操作性と自律制御の悪化を、姿勢制御用ソフトウェアの性能を大幅に高めることによって解決していた。

さらにそのOSの搭載によって発生するハードウェアへの負荷に対処するため、複数のCPUを並列搭載したシステム基板が用いられていた。

そしてこれらは現在の電子部品やソフト技術ですぐにでも量産可能なものであり、そのまま現行の戦術機に搭載が可能であった。

現在、富永大尉の下では複製されたX1を撃震・陽炎・不知火等の現行戦術機に搭載し、機動実験が繰り返されており同時に、それによって発生するであろう機体の負荷にどう対処するかといった問題提起が高木中尉から出され、その情報の収集と解析も同時並行で行われていた。

これらの解析を基に各戦術機の特性に最適化された設定を煮詰め、帝国に配備されている全ての戦術機にX1を搭載すれば(基本的には管制用のPCユニットの交換だけである)それだけで帝国の防衛力の大幅な向上につながると富永・高木の両名は断言していた。

「…そしてもう一つの方は“第4世代機”の開発を加速…いや、逆に遠ざけるかも知れない技術…だな」

巌谷の言う“もう一つの方”とは「撃震モドキ」の機体を構成する構造材の技術のことだった。

この機体構造材は金属フレームや炭素繊維のパーツを含めて現行の部品よりも遥かに強度等の品質が優れていた。

これを量産するのは不可能ではないのか? 当然のごとく浮かんできた疑問に対し、諸星はすでに量産のノウハウを確立している旨を巌谷たちに告げたのだった。

彼は撃震モドキを巌谷らにプレゼンする以前から国内の優れた技術を持つ中堅の鉄鋼メーカーや繊維関連企業を訪ね、秘密厳守を条件にこれらの部材の製造技術とノウハウを提供していたのだった。

そしてそれらは現行の製造設備に手を加えるか、あるいは一定の設備投資をすることによって可能となる内容だったのである。

余談ではあるがモロボシは撃震モドキの構造材料を用意する時、わざとこの世界で短期間に量産体制に移行出来るモノという前提で材質等を決めたのだった。

無論のことそれを遥かに上回る材質の物を用意することは可能であった。

しかしそんな物をこの世界の工業技術で量産することは不可能であり、全てモロボシに頼らなければならなくなってしまうだろう…だがそれでは意味がない。

この世界の国家や人間が、自らの力でBETAと戦う力を確立することが望ましいとモロボシが考えたからであり、モロボシを派遣した世界の首脳たちの意思でもあった。

これはモロボシと彼らとの間での殆んど唯一、意見が一致した部分かもしれなかった。

ともあれ委託を受けた企業の経営者や技術者は狂喜乱舞した。

大手に対して腕と技術に自信はあっても規模で到底かなわず、大口の軍需関連では常に“お余り”で我慢するしかなかった企業の社長は『これで大手の連中を見返してやることが出来る!』と感動の涙を流したそうであるが、それは別の話となる。

そしてこれらの企業に技術パテント料さえ支払えば鉄鋼・繊維の各大手メーカーの技術者にノウハウを習得させて、短期間で大量生産体制を確立することも不可能ではない。

そうすればX1と共に次世代戦術機の開発・製造に貢献するのは確実だろう。

だがそこに微妙な問題が立ちはだかっていた。

現行第三世代戦術機“不知火”の改修計画である。

不知火は帝国が世界に先駆けて配備を実現した第三世代戦術機であった。

だがあまりにも急ぎ過ぎた開発スケジュールのために、機体の拡張性等の面で大きなハンデを負うことになってしまった。

基本的に優れた機体であったため、大きな不満や問題点はない代わりにあれやこれやと言った現場からの多様な要求に応えることが極めて難しい…そんな問題を解消するための不知火改修計画だったが、出来上がった不知火壱型丙の仕様はとても量産配備に向いた機体とは言えなかった。

機体OSの操作性があまりにもシビアなものであり、一部の腕利き衛士以外はまともに扱うことすら出来ないという代物だったからである。

そんなところにモロボシの“先進戦術機テクノロジー”が持ち込まれたのだった。

当然のごとく唯依たち不知火改修計画に係わる者たちはこの技術を壱型丙に転用し、不知火の改修を行おうと巌谷に上申書を提出した。

だが、かねてより不知火の改修に関連して“ある思惑”を秘めていた巌谷にとってはそれは“痛しかゆし”な事態であった。

さらに巌谷の頭を悩ませているのは、他でもないそのモロボシが提案してきた“条件”の詳しい内容だった。

(底の知れん男だな…)

モロボシが提案してきた不知火改修計画の素案は、ある意味巌谷が望んだこととも一致しており、そしてそれだけではなく、その先の事も考えた上での提案でもあったのだ。

(味方にすべきか判断がつかん…しかし間違っても敵には出来ん。 なによりあの男が提供してきた物を手放す訳にはいかんしなあ…)

もしもモロボシが提案してきた不知火改修計画が実現すれば帝国軍の戦力向上にどれだけ貢献するか…その価値ははかり知れない。

さらに言えばまだ当分先になるであろう第四世代機の開発、配備よりも“それに近い性能を持った第三世代機”の早期配備のほうが、現状の帝国にとってははるかに重要だった。

(いくら第四世代機を開発出来ても、その時国が滅んでいては本末転倒だからな)

兵器メーカーや開発技術者にとっては儲けも少なく魅力にも乏しい現行機の改修より次世代機の開発に力を注ぎたいだろうが、現状の国家や軍組織としては将来の兵器より明日使える兵器が必要なのだ。

(だからこそ、多くの衛士が望む信頼に足る機体を作り上げねばならんのだが…)

そこまで考えて、ふと巌谷は一人の衛士の事を思い出した。

(そう言えばあの男は今日も唯依ちゃんのお手伝いだったか?)

ふと湧き上がった悪戯心に誘われるように、巌谷は自分の机から立ち上がり、ふらふらとどこぞの方角へ歩いていった。

…仕事に悩む男には癒しと息抜きの時間が必要なのである…多分。
 
 
 
【帝国軍技術廠第壱開発局 シミュレーターデッキ】

「…成る程、キャンセル機能は応用次第では、むしろ対戦術機戦でこそ真価を発揮する訳か」

「ええ、人間同士の戦争なんて出来ればゴメンですが、機体の柔軟な機動を進化させる上でも対戦術機戦によるデータと衛士の経験の蓄積は必要でしょう」

「では、ヴォルークよりもそちらを優先にカリキュラムを組みますか?」

「「う~む…」」

額を合わせて議論をしているのは唯依と雨宮、そして利府陣中尉こと孝之の3人であった。

唯依たちは不知火改修計画の為にX1のデータをシミュレーターに搭載してデータ収集を行っているのだが、その担当が現在1名だけの実験部隊ブラックゴースト小隊…つまりは「利府陣徹中尉」である。

彼は今現在、事実上唯一人だけのX1教官として唯依と雨宮、そして巌谷の用意した開発衛士たちにX1の解説と教導を行っていた。

もっともその孝之からしてX1を“とりあえずマスターした”といったレベルであり、教導と並行してX1の操作をいかに進化・発展させるかについて唯依や雨宮に意見を聞きながら考えるといった現状であった。

勿論唯衣の方にしてみれば是非にもこのシステムを不知火改修型に搭載し、実戦配備を実現したいとの思いから積極的に相談に乗り、雨宮も当然のごとくお伴をしていた。

相談の内容は主にX1の操作方法の上達には何が必要か、あるいはX1には何処までの機動が可能かといったものだが、唯依たちはさらにこのOSをより早くより上手にマスターする教導カリキュラムの素案を考えはじめていた。

その積極的で勤勉な姿勢に本来はヘタレで無気力人間の孝之は自然と頭が低くなり、いつの間にか唯衣の部下のようなポジションになっていた。

(なんていうのか水月を少し…いやかなり上品な感じにしたらひょっとしてこんな風になるのかなあ…いや、どう考えてもムリか…それにどうお上品になろうとあの口やかましさが治るとは思えないし、篁中尉のようにどちらかといえば無口なタイプにはなれないだろうし…)

速瀬水月が聞いたら間違いなく鉄拳制裁が飛んでくる筈の暴言を、本人がこの場にいないのをいいことに頭の中で好き放題言っていた孝之だが、思わぬところから天罰が降りてきた。

「あら、どうしました利府陣中尉? 篁中尉を横目で見ながら考え事なんて…もしかして他のどなたかと中尉を比べていらしたのかしら?」

「ぶっ!」

「な!?あ、雨宮!何を言い出すのだ!!」

突然、心の中を読んだかのような雨宮中尉の発言に、思わず吹き出す孝之と慌てふためく唯依だったがさらに…

「ふむ、それはけしからんな利府陣中尉、うちの唯依ちゃんとどこぞの馬の骨を比べるなど」

突然、とんでもない言葉をかけられた孝之は相手が誰かも考えずに反射的に返事をしてしまった。

「いや、あいつは馬の骨じゃなくて馬の尻尾で…ってえ!?」

しまった、バカなことを口走った!と思うと同時に声の相手が巌谷だと知った孝之は、これでまたおっさん連中にからかわれるネタが増えたと心の中で肩を落とす。

「ほほう、馬の尻尾? いやそんな得体のしれんモノとうちの唯依ちゃ「巌谷中佐」 げふんっ…いや、なんでもない」

調子に乗ってさらに何か言おうとした巌谷だったが唯依の発する禍々しい気に怯えて発言を取り消したのだった。

(まったくこのおっさんは…)

孝之も最近ではこの巌谷がわざと唯依を怒らせるのを楽しんでいることが解っているので余計なことは言わないが、毎度毎度自分をネタに使うのはやめて欲しいと思っていた。

もっともそう思っているのは孝之だけで、巌谷も雨宮も孝之をオモチャにするのをやめる気は毛頭ない様子であった。

「…中佐、お仕事の方はよろしいのですか?」

「ああ、ちょうど一段落ついたのでな、こちらの様子を見に来てみたのだよ」

「…つまり、また抜け出してきたんですね?」

「う…」

サボリ癖が出たことを唯依に見抜かれ、このままでは説教モードに突入すると判断した巌谷は素早く撤退の方針を定める。

「おおそうだ利府陣中尉、富永と高木が後でハンガーの方へ来てくれと言っとったぞ。 唯依ちゃんみたいなうら若い乙女の相手ばかりしてないでたまには男共の相手もしてやってくれ」

「おじさま!」

「ハア…了解です」

伝言を伝えつつ、最後まで唯衣をからかうのをやめない巌谷に唯衣は憤然とし、孝之は呆れながらも返答する。

「はっはっは、ではな」

お楽しみの時間を終えて、巌谷は自分の仕事に戻って行った。

「…なにしに来たんだあの人?」

「まったく、中佐は…」

「…きっと安心したかったんですよ」

「「え?」」

巌谷の言動に半分呆れていた二人だったが、雨宮の言葉に思わず声をそろえて振り向いた。

「…最近、こういったことが多いのはきっとお仕事の上で難しい判断が必要な時、自分にとって大切な人の姿を見ることで心を安定させたいからではないでしょうか?」

「いやしかし、一体何をそんなに…X1等の導入はむしろ現状の難問を解決に近付ける筈では…」

「…まさか」

「!なにか心当たりがあるのか利府陣中尉?」

「いや、もしかしたらモロボシさんが何かとんでもないお願いをしたとか…」

「諸星課長が? いやしかし何を?」

「さあ、でも元々あの人とんでもなくイカレた頭の持ち主だから「私の頭がイカレていることを誰に聞いたのかね?利府陣君」って!いつの間に!?」

気が付けばすぐ後ろにモロボシが立っていた。

「諸星課長!いつ日本に?」

「つい今しがたですよ、篁中尉」

「お帰りなさい、アメリカはどうでした?」

「ああ、さすがに現状の世界の中心国家だね。 いろんな意味で興味深いし、色々考えさせられるところもあったねえ」

「…つまり、あの国にまで何かする気ですか?」

「な!」「え?」

「…おいおい、物騒なこと言わないでくれよ利府陣君、それじゃまるで私が何か悪いことでもしてるみたいに聞こえるじゃないか」

「…その名前で呼ぶのをやめたら訂正してもいいですよ」

「…あ~そのことか」

「“そのことか”じゃないですよ! どうしてくれるんですか?」

詰め寄る孝之に少しの間、思案していたモロボシは肩をぽん、と叩いてこう言った。

「がんばれよ」

その無責任な言葉に鳴海はがっくりと肩を落として、俯きながらこう言った。

「呪ってやる…」

「ああ、それじゃあ私は巌谷中佐に挨拶をしてくるのでこれで失礼」

もろぼしはにげだした。
 
 
 
【帝国軍技術廠 戦術機ハンガー】

「富永大尉、高木中尉」

「ああ、きたか。 まってたぜ」

「ちょいとこいつを見てくれ」

逃げ出したモロボシを見送った後、孝之は唯依たちと共に富永・高木の2人がいるハンガーにやって来た。

ここではモロボシに提供された撃震モドキを使いそのデータ収集を行っているのだが、ハード・ソフト両面の解析に関して専属の衛士である孝之は度々この二人に呼びだされ問題点や改善点の洗い出しを手伝わされていた。

そもそも撃震モドキはモロボシが、彼の友人兼協力者のヨネザワさんとスミヨシ君とシオウジ教授らに依頼して作ってもらった“実物以上の部品を使って作られたレプリカ”である。

当然プロの目から見たとき、その完成度にはクレームがつけられる。

曰く『無駄が多過ぎる』と。

機体構造の専門家である高木に言わせれば、この機体に使用されている鋼材や炭素繊維部品の強度から見てより無駄を省き、機体重量と全体のバランスを保つ工夫の余地があり過ぎた。

現在高木はこの構造材の強度を前提にした撃震のフレーム構造の改修を検討中だった。(そして高木をさらにやる気にさせているのがモロボシから伝えられた“X1以上の機動をしても耐えられる機体にして欲しい”という要望であった)

一方富永はといえば、X1の解析とそのチューニングに没頭していた。

新OSとしてのX1の発想は実に優れたものだったが、だからこそ富永にとっては不満の塊であった。

即応性の上昇とキャンセル機能の追加によって生じる機体制御の不安定化、それを解消するための自律制御用ソフトの改良と電子基板の進化…だがまだこれには不安要素が多過ぎた。

ソフトウェアの発想はいいとしてプログラム全体がまだまだ未完成だった。

現在のシステムではまだ一般の衛士が扱うにはややピーキーな操作感覚だろうし、電子基板にかかる負担も無視できない。

実はこれには理由があった。

このX1を組んだ人間にとってはあまりにも旧式なそれも自分たちが使用したことのない言語を使用してのシステムを作成する段階での苦労が多過ぎたのだ。(言ってみれば古代の言葉で書いたことも無いタイプの文章を書けと言われたようなものだった。)

もちろん富永はそんなことは知らなかったし、知ったところで関心は無かっただろう。

彼にとっては、斬新だが欠点やバグだらけの新OSを改良することの面白さが全てに優先していたのだ。

富永はすでに帝国軍に配備されている機体の内、撃震・陽炎・不知火・吹雪の各機体にほぼ最適といえるシステムの設定値を割り出していた。

機体に過度の負担を与えないように配慮しつつ、可能な限りの機能の向上を目指す。

高木と討論を重ねながら何処までを機体に、また何処までをOSに負担させるのか検討を重ねてきた。

そして一定の方針が決まったところで“利府陣中尉”の出番である。

高木と富永の設定した撃震モドキのデータを実機やシミュレーターで試すのは常に孝之の仕事ということになっていた。

孝之も別にそれが不満ではなかったが、新セッティングを試す度にニヤニヤと不気味な笑みを浮かべるオヤジ二人にはなかなか慣れずに困っていた。(まあ、悪い人たちじゃないと思うんだけどね。“孝之談”)

「これが今回俺達で考えてみた設定だ。 明日にでもシミュレーターで動かしてみてくれんか」

「了解です…うわあ、これはまた思い切って削りましたねえ」

「ああ、今回のはあえて機体が負荷に耐えられなくなった場合の状態を見られるような設定を選んだんだ。 思い切って振り回してみてくれ」

「壊れ方を知ることでより強い機体が生まれるんだからな」

「わかりました、明日さっそく試してみます」
 
 
「ほおう、では今日はもう暇なのだな? 利府陣よ」

「え゛・・・」

・・・そこには何故か帝都城にいる筈の宇宙大怪獣が立っていた。

「!!紅蓮閣下!」

慌てて唯依たちが敬礼するが紅蓮は無礼講だとでも言うように手を振って応える。

「…ど、どうしてここへ?」

本能的に危険を察知した孝之は逃げ腰になりながら紅蓮に問いかけた。

「何を言うか、お主がしっかり仕事をしておるか身元を引き受けた以上見に来るのは当たりまえであろうが」

これが普通の頑固オヤジの類なら“ああ成る程”で済む話だが、相手がこの男の場合はそんな呑気なものでは済まない事を孝之だけでなくこの場の全員が知っていた。

「さて、おぬしも真面目に働いておるようだし今日の仕事ももう無いようなら少し付き合って貰おうか」

「い、いえまだ自分には仕事…」

「ああ利府陣中尉、今日の仕事はもういいから閣下のお相手を宜しく頼む」

「あ゛・・・」

いつの間にかこの場に現れた巌谷の一言で孝之の退路は完全に断たれた。

だが誰も巌谷を非難する者はいなかった。 この職場の責任者として、大怪獣が暴れ回った時の被害を最小限に食い止める責務が彼にはあったからである。

逃げ場を失い紅蓮によって演習場へと引き摺られていく孝之に向ってその場の全員(いつに間にかモロボシまでいた)が合掌していた。

(もう人間なんか信じるもんか~~~!!)

孝之の心の悲鳴は誰の耳にも届かず、そのかわり数分後に演習場から聞こえてきた雷鳴のような大音声が帝国軍技術廠の全てに鳴り響いたのだった。

「そおれ、宇宙乃雷いいいいいっ!」

「うぎゃああああああああああっっっ!」


・・・こうして仮名の男、利府陣徹中尉こと仮面衛士1号鳴海孝之の1日は終りを告げる。

・・・明日という日が彼にあるのかどうかは誰も知らない。

 
 
 
第13話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第13話「朝粥と宵の茶漬け」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/10/30 20:57
第13話 「朝粥と宵の茶漬け」

【2001年1月17日早朝 帝都内某所】

1月の朝は寒い。

空気それ自体が凍りついているかのような寺の境内で、榊是親は黙然と空を見上げた。

その横顔は何かを祈願するようでもあり、またあるいは何者かを悼んでいるかのようにも見える。

まだ公務を始めるには早過ぎる時間に何故彼がこんな所にいるかといえば…「これは総理、もうお着きでしたか」…モロボシが朝餉に招待したからであった。

「なに、少し早く来てしまったようなので境内を見せてもらっていたのだよ。 …君が諸星君かね?」

「はい、御挨拶が遅くなって申し訳ありません。私が諸星段です。」
 
 
 
 
朝餉のメニューは粥だった。

土鍋で炊かれた白粥に梅干しに漬け込んだ茗荷と野沢菜漬けを添えただけの実に質素な献立である。

間違っても一国の総理をもてなす料理ではないが、榊は不満な様子など微塵も見せず、手を合わせてから粥を一口すする。

そして一言…

「…なんと…贅沢な」

「恐れ入ります」

傍で聞いていたSPが思わず耳を疑うような会話だった。

見た目にはただの粥に見えるそれに込められた米と水と塩と火とそして作るものの気配りによって出来た朝粥の味は、榊総理の口にしばらく忘れていた日本の良さを思い出させた。

「…この朝粥を内閣総理大臣が“贅沢”と呼ぶ帝国の現状、さぞ御苦労が多い事と存じます」

「確かにな… たとえ粥一杯といえど今の日本人はこんなにも美味なものを食べる事は許されない…我々のような人間でなければな」

皮肉とも自嘲ともとれる榊の言葉にモロボシは言った。

「その日本の明日について、お食事の後で見て頂きたいものがあります」

「うむ」

モロボシの言葉に頷くと榊是親は朝餉の粥を平らげ始めた。
 
 
 
 
「結構な朝餉を頂いた」

「恐縮です総理。 さて、時間も無限ではありませんし…まずこれを御覧ください」

「うむ…」

警護のSPを遠ざけた後、モロボシから受け取ったレポートに目を通した榊の顔は次第に青ざめ、強張っていった。

「…これは、根拠のある結論なのかね?」

「はい、ですがまだ万全とは言えませんので、現在横浜基地の香月博士に依頼して更なるデータの収集と検証を行ってもらっています」

「そうか、香月博士にな…」

モロボシの言葉に榊はそう言って沈黙する。

国連のオルタネイティヴ第4計画の遂行を担う香月夕呼を榊総理は高く評価していた。

自分の仕事を遂行する為に同胞である日本人に容赦なく駆け引きを行う“女狐”…それが香月夕呼に帝国内の政治家や軍人から浴びせられる“評価”であった。

だがしかし、国連の人間として働くからには自国にだけ媚を売って不当な利益をもたらす訳にはいかないし、そもそも第4計画も日本の力だけで行われている訳ではなかった。

それに加えて、日本人の多くが『国連』イコール『アメリカ』というあまりにも短絡的な見方に囚われていて、その間違いに気付こうともしない。

国連、いや国際社会全体の為に働こうとすれば、ある意味で“非国民”にならざるを得ない。

そしてその“非国民”の働きが結果的に広義の意味での“国益”を生み出してくれるのだ。

自国のことしか考えない、あるいは米国に媚を売ることしか知らない人間には理解することすら出来ない“国益”を。

香月夕呼や珠瀬玄丞斉のように真に広い見識と強い信念を持って自分の仕事にあたっている人間がどれ程日本の力になってくれているか…それなのに彼らの苦労も知らずに自分勝手なことばかり云い募る自称愛国者たちと親米派…

このレポートを彼らに見せてもおそらくは害にしかならないだろう。

「諸星君、君はこのレポートをどう使うつもりかね?」

「榊総理、私は現時点でその内容を公開するつもりは全くありません」

「…そうか、ではどうすると?」

「そのレポートの内容をある御方に見て頂きたいのです」

「何? ある御方?」

「征夷大将軍殿下」

「なに!?」

「“わが国”との国交樹立に先立って、まずはその必然性を理解して頂くためです」

「貴国との…国交…か」

「そうです」

「……」

榊是親は表面上は落ち着いたまま、内心では渋い顔をして唸っていた。

自分一人で責任を取るのなら幾らでも危ない橋を渡ろう、しかしまだ若い殿下をこんな目先の見えない話に巻き込むのはあまりにも…

「榊総理」

「…む、何かね?」

「…たとえ今、殿下を巻き込まなくてもいずれ必ずそうなるでしょう。 そして多分その時には、貴方は殿下の盾となること自体不可能かと」

「ほう、何故かね?」

「私の予測では、貴方は1年以内に暗殺されるからです」

「……」

「…驚きませんね?」

「ふむ、別段意外な話でもないのでな」

「…確かに」

「だが、理由を聞いていいかね? 何故1年以内なのかを」

「理由は…第4計画です」

「…ふむ、やはりな」

「はい、現在米国内部では昨年のG弾に関する情報の暴露から第5計画の早期移行に歯止めが掛けられた状態ですが、G弾推進派は何としても早い時期に第4計画を中断させ、第5計画への移行を早めようと画策中です。  そしてそのために邪魔な香月博士や彼女の後ろ盾であり、自分たちがこの国を乗っ取るのに最も邪魔な貴方を抹殺することさえ考えている節があるのです」

「愚かな…そんな無理な方法で一時的にこの国の指揮権を掌握したところで、一体どれだけの時間が稼げると思っているのだ」

「さしては稼げないでしょうね。しかし佐渡島にG弾を落とす時間程度は十分に稼げる…と、“彼ら”は考えているのでしょう」

「……成程な、“その為だけに”という訳か。しかし現在の大統領は前職と違い理性的で慎重な男だよ。 果して“彼ら”の提言に頷くだろうか?」

「それは無いでしょう…だから“事後承諾”を取る形になるでしょうね」

「…そこまでやるかな? いくら“彼ら”でも…」

“事後承諾”つまり自分たちが日本を“占領”してから大統領を事後共犯者として巻き込む…国内の安定を考えれば大統領も追認せざるを得ないことを前提とした最大級の“禁じ手”である。

「人も国も追い詰められればどんな事でもしますよ、総理」

「…確かにそうだな」

榊も内心ではモロボシの言葉が正鵠を射ていることは解っていた。

だがそれでも…果して“彼女”を醜い政争や謀略の渦中に放り込んでいいのか? そのことが榊是親を躊躇わせていたのだ。

「榊総理」

「…なにかね?」

「もし、私が信用出来ないのであれば…わが国の“指導者”と会ってみては頂けませんか?」

「何、指導者?」

「はい」

「君がそうではないのかね?」

「自分はある意味では“建国者”ですが“指導者”ではありません。それは別にいるのです」

「…ほう、その人物の名前は?」

「今はまだ…ただ、お会いになれば判ります」

「ふむ…いいだろう、その人物に会おう。 殿下にこの資料をお見せするかどうかは、その後でも構うまい?」

「ええ、それではそれは後日の事としまして…もう一つお話したいことがあります」

「もう一つ?」

「ええ、現在帝国軍の中で問題となっている77式戦術機の代替機種の件ですが…」

「うむ、撃震の代替機が必要になっているが残念ながら不知火の改修が上手くいかないと聞いている。 だが米国機を購入するのは予算の上からも国内情勢からも、出来れば避けたいのが本音だな…君が提供してくれたという技術が問題を解決してくれればと思っているのだが」

「それについてですが…」

モロボシの話す内容に榊総理は深く頷き、協力を約束した。
 
 
 
 
榊総理が帰った後の境内でモロボシは、物陰にいる男に声をかけた。

「そんな所で寒かったんじゃありませんか、課長?」

「いやいやまったく、やはり歳にはかてないですなあ~ 先程からくしゃみを堪えるのに苦労してましてなわはははは~~~~~くしゅん!」

「こちらへどうぞ、お茶でも出しますから」

「おお、それは有難い。ぜひ頂きましょう」

「…総理との会談内容でツッコミたいところがあるんでしょう?」

「はっはっは、いやまったくそのとおりでしてな」

「まあ、茶でも呑みながらゆっくりと話しましょうか…」
 
 
 
 
 
【帝国軍技術廠第壱開発局・副局長室】

「一体どういうことですか!中佐!」

「まあ、落ち着け唯依ちゃ…げふっいや篁中尉」

“唯依ちゃん”と言いかけたところで本物の殺気を当てられた巌谷は慌てて真面目な顔を取り繕う。

現在この場には唯依の他に雨宮、利府陣(孝之)、富永、高木といった顔ぶれが揃って巌谷を半包囲していた。

その原因はといえば…

「何故あの機体を横浜などに渡さなければならないのですか!?」

モロボシが持ち込んだ機体、撃震モドキを突然国連軍横浜基地に送るという伝達事項を聞いた唯依たちが、巌谷のもとへ押しかけていたのであった。

撃震モドキとそれに搭載されたX1は次期主力機の重要な鍵ともなり得る機体である。

たとえその成り立ちに不可解な部分があるにしても決して外部に漏らすべきモノでは無いし、ましてや“あの”横浜への譲渡など言語道断であると唯依たちは考えていた。

「諸君、これは諸星課長からの要請なのだ」

「諸星課長の!?」「やっぱり…」「「利府陣中尉?」」

巌谷の言葉に唯依と孝之が反応し、さらに孝之の言葉に周囲の注目が巌谷から孝之に向けられる。

「どういうことだ利府陣中尉? 何か知っているのか?」

「いえ…知っていると言うか、以前諸星さんが話してくれたことがあって…確かX1についてなんですがアレは最初の雛型みたいなもので、本当はもっと高い次元の動きを可能にすることが出来るんだと」

「なっ……本当か、それは?」

「ええ…ただそれを可能にするには現在の電子基板、特にCPUの処理能力が圧倒的に足りないんだそうです」

「…その通りだ、それさえクリア出来ればあの機体にダンスをさせることだって出来るがね」

「なんと…」

孝之と、それを受けての富永の言葉に唯衣は一瞬、自分の武御雷があの月詠中尉に負けぬ…いやそれ以上の機動を可能にしている…そんな情景を幻視してしまい、そんな自分の“妄想”に慌てて首を振って正気に返る。

「諸星さんは横浜基地で行われている研究の成果の一部を転用すれば、その問題を解決出来るって言ってました」

「「「「・・・・・・・・・」」」」

その孝之の言葉に唯依たちは複雑な表情で考え込んだ。

確かにX1以上のシステムを完成出来ればこれ以上素晴らしいことはない。

しかしその為に横浜基地の香月夕呼と取引をすることにどうしても躊躇いを覚えずには居られなかった。

「…すでに横浜基地では諸星課長の依頼で「X1」の発展型である「X2」の試作が行われているらしい」

「……」

すでに事実上の決定事項であることを知り、その場の全員が沈黙するが、富永がやや不満そうな顔で発言する。

「結局、X1は試作品で終りですか…残念ですなあ、それなりのものになったと思うのですが」

「いや、X1の開発は引き続き進めてくれ富永大尉」

「「「「「えっ?」」」」」

「これもまた、諸星課長からの依頼だ。X1の開発は決して無駄にはならないそうだ」

「ほほう…クックックッ…あの男、まだなにか企んでますな」

「…一体、何を?」

「それはいずれ説明することになるだろう。 諸君はいま言ったことを念頭に任務に励んでもらいたい」

「「「「「はっ!!!!!」」」」」

全員が敬礼し部屋を去った後、沈むように椅子に腰かけた巌谷は溜息と共に呟いた。

「横浜と取引すると言うだけでこれだからなあ…アラスカとなると唯依ちゃんがどんな形相になるか…やれやれ」

巌谷にとっての悩みの種は尽きなかった。
 
 
 
 
 
【国連第11軍横浜基地 シミュレーターデッキ・管制室】

シミュレーターの映像の中で1機の戦術機が踊っていた。

その流れるような機動は硬直による遅延を知らないかのようであった。

通常の第1世代機…いや現行の戦術機では不可能と思える機動を少なくとも外見は77式“撃震”にしか見えない機体が行って見せていた。

その動きを満足そうに見ながら香月夕呼は傍らで同じ映像を見ていた2人の部下に感想を求める。

「どう?伊隅、碓氷。あんたたちの評価は」

「…香月副司令、これは本当に撃震の機動なのですか?」

「私も信じられません、いくら動かしているのが神宮司教官だからといっても…」

「でしょうね~ 正直言って作った私自身、ちょっと信じられないって思ってるもの」

「副司令が?これを?」「一体、あの機体は…」

「まあ、正確には“改良”したって言うべきかしらね~」

「「改良??」」

いつもながらに内容の見えない夕呼の言葉に困惑しながらも彼女たちは耳を傾ける。

そんな2人の反応に満足したように夕呼は答えた。

「そ、“改良”よ。 ああピアティフ、まりもにもう終わりにして上がって来てって伝えて」

「了解しました」
 
 
 
 
「お待たせしました香月副司令」

「ああ、それやめて頂戴まりも。どうせここにいるのは私と伊隅と碓氷とあとはピアティフだけなんだから」

「わかったわよ夕呼、まったく貴女ときたら…」

相も変わらずの親友の傍若無人さに呆れながらも、神宮司まりもは敬礼をやめて口調を改める…親しい友人同士のそれに。

「貴方たちも大変ね、こんな大きな子供の面倒ばかり見て」

そして横にいる2人の元教え子たちにも労いの言葉をかけるが…

「ま~り~も~ 今何か言った~?」

「や、やだ夕呼冗談よ冗談」

夕呼の獲物を見つけた猫のような(そのくせ何処か拗ねたような)声と顔つきに慌てて宥めにかかるのであった。

「…それで? あんたの感想、というか評価を聞かせてもらえるかしら」

本題に入った夕呼に対してまりもも真剣な表情で答える。

「…そうね、正直言って自分の乗ってた機体が本当に撃震なのか…いえ、本当に従来型の戦術機なのかって思ってしまったわね」

「…ふ~ん、そんなに違うんだ」

「ええ、即応性の向上と自律制御の進化にも驚いたけど、あの“キャンセル”と“先行入力”は今までに出来なかった動きを戦術機に可能にさせるわね…わたしのような過去の人間では完全には使いこなせないけどまだ若いこれからの衛士達ならきっと…」

「な! 使いこなせないって…ですが先程の機動は…」

「神宮司教官、いくらなんでも御謙遜がすぎるのでは」

その場にいたまりもの教え子たち…伊隅みちると碓氷鞘香の2人は思わずそう言っていた。

別にまりもを持ち上げる気があった訳ではなく、先刻の撃震の機動があまりにも衝撃的であったにもかかわらず、まだ上があるとあっさり言われたことに驚いたのだ。

そしてそれを聞いた夕呼はにやりと笑うとその2人に言った。

「…それじゃあ伊隅に碓氷、実際にどの程度のものか今度はあんた達自身で確かめてくれる? 不知火のデータも取りたいしねえ~」

「はっ!」「了解!」

突然の命令にも伊隅と碓氷の2人は驚きもせず、むしろ今見た新システムを自分で動かせることに目を輝かせながらシミュレータールームへと向かう。

「あ~らあら、嬉しそうにしちゃってるわね~」

「無理もないわよ夕呼、衛士なら誰だってあの機動を見れば舞い上がるでしょうね…歓喜で」

「…その割にはなんだか浮かない顔ね? どうしたのまりも?」

親友の顔にさした影に気付いた夕呼が問いかけると、さびしげな笑みを浮かべて神宮司まりもは答える。

「…大したことじゃないのよ、ただあのOSがもっと早く出来ていたらって…ついそう思ってしまっただけよ」

まりもの脳裏には大陸での激戦の最中、死んでいった多くの衛士たち、そして富士やこの横浜で自分が手塩にかけて育て、本土防衛戦や明星作戦でその若い命を散らすことになった教え子たちの面影が映し出されていた。

もしもあの時、自分や彼らがこのOSを搭載した機体に乗っていれば…

無意味な仮定と知っていてもそう考えずにはいられなかった。

「…ふうん、その場合“狂犬”が“狂竜”にでもなってたかしらね?」

「ゆ・う・こ」

「はいはい、冗談よ冗談」

「もう…」

夕呼のからかい混じりの慰めに怒りながらも心の中で感謝するまりもだったが、同時にいま自分が試してきたばかりのOSだけでなく機体の性能にも理解出来ないものがあり、夕呼に質問せずにはいられなかった。

「ねえ夕呼、あの機体は一体何なの?」

「そうね、一言でいえば“次世代の機体構造材で作られた撃震”といったところかしらね」

「なぜあんな機体の仮想データを…そんな機体が実際にある訳じゃ…「あるわよ」えっ?」

「あの機体はある男があんたに試してもらったOSの搭載機として、実際に作られたものなの」

「それじゃあ、OSだけじゃなくて機体の方も…」

「ちなみにあたしが改良したあのOSを、その機体に乗っけてあんたにテストパイロットをやってもらうから」

「えええ~~~~~!!!」

教官という多忙な仕事の上にさらに厄介な仕事を押し付けられ、神宮司まりもは自分の友達運の悪さに嘆くしかなかった。
 
 
 
 
 
【2001年1月17日夕刻 帝都 日本料理屋・吉祥】

さてさてここは高級料理屋、時間はアフター5、とくればつまりは宴席という名の社交の場。

紳士たち(?)の乾杯の音頭と共に始まる黒いお腹の探り合い。

「さあさあ諸星さん、まずは一献」

「いや、これはどうもありがとうございます。 むしろ私の方が先にお注ぎしなきゃいけないのに」

「な~にをおっしゃいますかあ~はっはっは」

「ああ、これは光菱重工の…どうも初めまして、松鯉商事の諸星です」

「いやどうも、今回の御社の技術開発とその移転の件では大変感謝しております」

「いや~天下の光菱さんにそう言って頂けるとは、感無量ですはい」

「いやいや、御謙遜を」

「いえいえとんでもない」

…てなもんですな。

現在この御座敷に集まった紳士諸君の顔ぶれはというと、光菱重工をはじめとする帝国の戦術機関連メーカーの重役様や技術主任様など大変な豪華メンバーがこのわたくしこと、弱小商社松鯉商事の営業課長諸星段めを取り囲んで、飲めや歌えの大合唱となっております。

まあこうなったのはつまり私の自業自得なんですが…

先日、巌谷中佐を通じて我々の新技術の提供と引き換えに不知火改修計画への参入、それも主幹企業としてというトンデモナイ要求に対する顔合わせ(まあ、早い話が面かせやこら)といった所でしょうか。

まあ、私としましては当社が提供する酒と食材を使った料理を思う存分堪能して頂く絶好の機会と考えて、それなりのものを用意したつもりですが…味の判る人はともかく大半の人はあまり気付いてはくれませんか。

だがそれも仕方ないだろう、なんせ目の前の小生意気な若造(つまりこの私)をどうしてやろうかと皆さん思ってらっしゃるんだから、食い物の味が分からなくて当然か。

だがしかし、ここでビビる訳にはいかんのですよ。

覚悟を決めて、さあショウタイムだ。

「さて皆さん、本日はこの帝国の未来を担われる企業の皆様が集われる場に弊社ごときを末席に加えて頂きまして誠に感謝に堪えません。 この諸星、皆様に対する弊社からの感謝の印としまして、この場でささやかなプレゼンテーションとお話をさせて頂きたいと存じます」

おお、皆さん注目してくださってますな、それではお話を・・・・
 
 
 
 
 
「…確かなのかね諸星課長、その話は」

私のプレゼンとそれに続く話の内容に、ある者は歓喜し、またある者は苦虫を噛み潰したような顔で沈黙した。

そして今、私に質問しているのは光菱重工の戦術機部門の責任者だ。

「ええ、榊総理の周辺にも確認を取りました。 米国は自国の企業が開発したF-15改修機を帝国に売り付けるための画策を始めています」

「…今更か、ふざけおって!」

「総理としては国庫や軍部の意見を重視したいようですが、肝心の国産機がないのでは…」

「だが、君たちが提供してくれた技術を使えば…」

「確かにそれでなんとかなるでしょうが…ただ、それでは本当に“なんとかなる”だけですよ」

「…なに?」

「次期主力機はこの帝国を第4世代機が生まれるまで護り抜く機体でなければならない…そうは思いませんか?」

「…それで“あの男”をこちらが逆に利用しよう、という訳か?」

「はい」

「だが…どうやって奴を利用すると言うのだ、そのACTVを撃墜でもして見せようと言うのかね?」

「ええ、そのつもりですよ」

「出来るのかね?相手はあの…」

「戦術機開発の鬼、フランク・ハイネマン…彼に土をつけさせ、さらに本気にさせてみませんか? F-22“ラプター”に勝てる機体を作らせるために…」

「……」

彼は…いや彼ら全員が何とも言えない沈黙の中で考え込んでいた。

…まあ、頭をすっきりさせてゆっくりと考えて頂こうか。

「おお、そう言えばここのお茶漬けを試してみませんか?」
 
 
 
 
 
出てきた茶漬けはシンプルだった。

炊きたての御飯に鮮度のいい煎茶をかけ、それに醤油をほんの一、二滴たらすだけである。

茶漬けとしては蛇道になるが知ったこっちゃない、美味いんだなこれが。

皆さん酒とそして面倒な話のせいで重くなってた頭と胃がすっきりしたようでなによりですな。

さて、それでは今月末の帝国国防省の会議を上手く運ぶためにももう一踏ん張りしますかね。

夜はまだ長いから。
 
 
 
第14話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第14話「“撃流”の行方」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/03 15:16

第14話 「“撃流”の行方」

【2001年1月22日 国連太平洋方面第11軍 横浜基地】

青空の下をミッドナイトブルーの撃震が翔けていた。

その激震はまるで生きているかのように躍動的でしかも巧みな機動を実現していた。

『ヴァルキリーマムよりガルム1、これよりX2の実装試験を開始します』

「ガルム1了解。涼宮中尉、管制を宜しくお願いします」

『はい、こちらこそ宜しくお願いします…神宮司教官』

「ふふっ…了解」

神宮司まりもはかつての教え子にそう言って操縦桿に力を込めた。

「さあいくぞ“撃流” お前の力を見せてもらおうか」
 
 
 
 
「伊隅大尉、あれって本当に撃震なんですか?」

「素晴しい…いえ、凄まじい機動ですわね」

「ふむ、いくら動かしているのが神宮司教官とはいえ…速瀬中尉を遥かに上回る獰猛な機動は、私も初めて見ます」

「む~な~か~た~ なんか言った?」

「いえ、私は速瀬中尉が病的な戦闘マニアだなどと言ってはおりませんが」

「ああそう、そこになおんなさい!いますぐその病的な毒舌を切り落としてあげるから!」

「…静かにせんか、貴様ら」

上官である伊隅みちるの言葉にその場の喧騒がぴたりと止む。

香月夕呼の命令でA-01伊隅中隊の主要メンバー、伊隅みちる、速瀬水月、宗像美冴、風間祷子の4人は自分たちの機体である不知火で市街演習場に来ていた。

新型実験機の機動試験を手伝うようにとしか聞いていなかった伊隅以外の3人は、その実験機が見せる機動の素晴しさに興奮を隠しきれなかった。

自分たちの教官でもあった神宮司まりもの実力はよく知っている3人も、目の前で彼女の乗った撃震のまるで流れるような動きにひたすら魅せられてしまっていた。

そんな彼女たちに隊長のみちるが説明する。

「いま我々の目の前で神宮司軍曹が操縦しているのは“撃震”ではなく“撃流”という名の試作機だ。 帝国軍技術廠で開発された次世代の機体構造材と新概念の機体管制用OSによって構成された機体だそうだ」

「撃流?」「ふむ、帝国軍の?」「伊隅大尉、何故そんな機体がこの横浜に?」

「詳しい経緯は私も知らん。だがあの機体の開発者が撃流の実験衛士に神宮司軍曹を指名したのだそうだ。」

みちるのその言葉に完全ではなくとも、一応納得した表情をする3人だった。

どれ程筋違いの指名であっても、こと撃震の操縦にかけては神宮司まりもを超える衛士を彼女たちは知らなかったからである。

まりもの腕前ならば…あるいは香月副司令の策謀によってならばそんなこともあり得るだろうとその場の全員が考えていた。
 
 
 
 
「はっくしょん!」

「どうしました副司令、お風邪ですか?」

横浜基地の作戦司令室で機動試験の状況を見守っていた夕呼が、突然大きなくしゃみをしたのにピアティフ中尉が驚いて尋ねる。

「いえ…そんなんじゃないわこれは。…だれか私の噂でもしてるのかしら? 人に恨まれるようなことした覚えは無いんだけど」

『『『『…無いのかよあんたは!!!!』』』』

平然と嘯く夕呼にその場にいたほぼ全員が心の中で同じツッコミを入れたが、彼女は全く気にする様子もなく試験状況を観察し続けるのだった。

「ふ~ん? まずは速瀬一人に斬り込ませるってわけね。 伊隅もやるわね~」

「…と、言いますと?」

「碓氷、あんたもあの機体とOSの性能は知ってるでしょ? 速瀬にもそれを教えてやるつもりなのよ伊隅は…あの娘の体にね」

「…成程、伊隅大尉らしいスパルタ教育ですね」

「な~に言ってんの、自分だって同じような方針でやってるくせに…その子たちにはどうやって躾けるのか今のうちに考えておくのね~碓氷。…どの道あのOSはあんたたち全員が使用することになるんだから…いえ、いずれは全ての衛士がね」

「はっ!」

夕呼の台詞にその場にいた碓氷中隊の隊員たちはガクガクと震え上がり、隊長の碓氷鞘香だけが嬉しそうに敬礼していた。

「…ヴァルキリー2、コクピットに被弾!撃墜と判定!…み、水月~早過ぎだよ~」

「はやっ!いくらなんでも…いえ、速瀬の油断と言うよりこれは…」

「いや~予想以上の素晴しい出来栄えですねえ、香月博士。 私としてもこれは120%の大満足な成果ですよ、はい」

「あれが噂に名高い神宮司教官の腕前か…成程、君がこだわるだけのことはあるな諸星課長」

「何という…あの機体の機動がさらに…」

「ふうむ、まだ剛性を煮詰めるべきだったか?」

「いやいや、くっくっく…さてあのOSのシステムへの負荷がどの程度か…」

この場にいた賓客たち…松鯉商事の諸星課長、帝国軍技術廠の巌谷中佐、篁中尉、富永大尉、高木中尉の5人は自分たちが作り上げ、そしてこの横浜基地で改良されたOS「X2」を搭載した撃震モドキ…改め『撃流』(命名、巌谷榮二)の機動を見つめていた。

モロボシの提案によって仕上がった“撃流”を横浜基地に運び込みX2を搭載した後、早速まりもとA-01が機動試験を兼ねた模擬戦を行うのを彼らに見て貰おうと夕呼が招いたのがこの面子であった。

当然巌谷中佐らも、横浜で開発中のX-2がどの程度の代物なのか自分の目で確かめたかったためその招待に応じたのだが、早速見せつけられたその機動の凄まじさに機体とOSを作った本人たちがそれぞれあっけに取られていたのだった。

「ヴァルキリー3脚部に被弾、中破と判定。 ヴァルキリー4コクピット被弾、撃墜と判定…うそでしょ…いくら神宮司軍曹でも」

「あ~あの娘達ちょおっとあの機体とまりもを甘く見過ぎたみたいねえ~」

「伊隅大尉ですね…うまく彼女たちを誘導してわざと隙が出来るように仕向けたんでしょう…もっともあの神宮司教官の機動からすると油断ではなく予想外の動きに対応出来なかったのが主な敗因と言えるかと…まあどっちにしろ終了後のミーティングであの3人はこってり絞られるでしょうが」

「…ふ~ん、それでもってその後たっぷりと罰ゲームの特訓フルコースってわけね~」

「ええ、もちろん彼女のことですからこの後自分も無様な負け方をするようなら、一緒に先頭切って罰ゲームを受けるつもりでしょうが」

「さあて、どうなるかしらね~」

まるで夕呼のその言葉に応えるかのように、まりもの乗った撃流とみちるの不知火が距離をおいて対峙していた。

「まったく…いくらその機体が特別製だからといっても、その強さは反則ですよ神宮司教官」

「そうでもないでしょう…あの子たちが私にしてやられるような状況を故意に作ったんじゃありませんか?伊隅大尉」

「確かにそのつもりでしたが、はっきり言ってあなたのウォーミングアップを見て彼女たちの油断は完全に吹き飛んでいたんです。この結果は純粋に貴方とその機体によって出された成果に他なりません」

「そう…それなら私の腕もまだ鈍ってはいないと言う事ですね」

「御謙遜を…鈍るどころか鋭さを増していらっしゃる」

「そうじゃないわ、この機体とOSがそれだけ素晴しいのよ…まったく、愚痴になるけどもっと早く欲しかったわ…これが」

「同感です…ですが今はこのシステムを最初に操れる栄誉に浴したことを素直に感謝すべきかと」

「ふふっ…そうですね、それじゃあそろそろ始めましょうか…本番を」

「…のぞむところです」

『あ~もしもし お見合中のお二人さん、ちょっといいかしら~』

「夕呼?」

「香月副司令?」

『せっかくお客さんも来てることだし、ここらでチャンバラの方も見せて貰えないかしらねえ、まりも、伊隅』

「成る程…近接格闘戦の実力を、と言う訳ですか」

「まったく…我儘なんだから」

『よろしくねえ~』

「「了解!!」」

その返事を合図にしたかのように二人の機体は突撃砲を収め、長刀を構える。

観客たちが固唾を呑んで見守る中、主脚走行で互いの間合いを計っていた両者がいきなり接近し、同時に斬りかかる。

「むっ」「えっ」「ほお!」「うむ!」「…やるわね」「…流石」

袈裟がけに振り下ろしたと思われた撃流の刀は途中で動きを変えて手元に引かれ、突きに変じて繰り出される。  そしてそれを見越していたかのように、不知火の刀も最後まで斬り込まずに主脚を動かし撃流の突きをかわす。  さらに間合いを取って逆に斬りかかろうとする不知火に対して突きにいった撃流がその姿勢を変えて下段から斬り上げる。  その斬撃を紙一重で見切った不知火が横切りに長刀を振り抜くと、撃流の片腕に小破判定が下される。

これら全てが両者が斬り合いを始めてから、夕呼たちが感嘆の声を上げるまでの僅かな時間の間に起こった出来事であった。

さらに二人の機体は一旦距離を取った後、まりもの撃流がみちるの不知火をおびき寄せるように市街地のビルの陰に入る。

そしてみちるの不知火も距離を測りながら別のビル陰にその身を隠す。

その様子をモニターしていた観客の中から巌谷中佐が夕呼に質問する。

「香月博士、あの不知火はもしかして…」

「ええ、お察しの通りですわ巌谷中佐 あの伊隅の乗っている不知火にもX2が搭載されていますの」

「…ふむ」「やはり…」

夕呼の返事に納得したように巌谷と唯依は頷く。

2機の機動があまりにも高度で同質のものである事から、みちるの不知火にもX2が搭載されていると判断したためだった。

「さて、これはどうやら藪の中の斬り合い…ということになる訳ですか?」

「藪の中、と言うより森の中と言った方が適切かもしれませんが」

モロボシの問いかけに唯依が解説をする。

やがて2機の距離が縮まり、まりもの撃流が伊隅の不知火に襲いかかる。

その斬撃を自らの刀で受け流し逆に斬りかかる不知火、それを見事にかわす撃流。

従来の戦術機の機動、その限界を明らかに超越した2機の戦いに観客達全員が言葉を失い、ただ見詰め続ける。

やがて互いの刃が相手のコクピットを捉え双方に撃墜の判定が下された時、まりもとみちるの二人に対して拍手と歓声が惜しみなく浴びせられた。
 
 
 
【横浜基地・戦術機ハンガー】

「ああ伊隅にまりも、二人ともお疲れ様」

「いや~お見事でしたお二人とも」

模擬戦の終了後、ハンガーに戻ってきたA-01とまりもを夕呼たち全員が出迎え、彼らを代表するかのように夕呼とモロボシが声をかける。

「香月副司令…」「あの…こちらの方は?」

「ああ…紹介がまだだったわね。 …コウモリよ」

「「はあ?」」

「…香月博士、せめて人間として紹介して頂けませんか?」

「ああ、ごめんなさい。 松鯉商事の諸星課長よ…あんたたちが今使ってたOS“X2”のベースとなった“X1”の提供者って訳」

「X1…」「あのOSの…」

「はじめまして、松鯉商事営業課課長の諸星と申します。 伊隅大尉、神宮司軍曹、お二人に会えて大変光栄です」

「は、いえその…」「…光栄だなんて…自分は一介の軍曹なのですが…」

「…一介の軍曹、では無く“世界一の撃震使い”でしょう? 香月博士、巌谷中佐」

「まあね~」「うむ、実に見事な機動だった。流石は大陸で勇名を馳せただけの事はある」

困惑するまりもをモロボシがさらに賞賛し、夕呼と巌谷もそれに賛同する。

そのせいでまりもは赤くなりながらもなんとか抗議しようと言葉を探すのだが、その前にモロボシが彼女たちに質問する。

「いかがでしたか皆さん…我々が開発し、香月博士によって改良された戦術機管制システム“X2”の性能は」

「はい、大変素晴らしい性能です。 このOSは一刻も早く国連・帝国を問わず、普及させるべきかと思います」

「自分も同意見です。 現在わが国の戦術機の主力は未だに“撃震”です。 このOSを搭載することで多くの衛士たちの命が助かるでしょう」

みちるとまりもの言葉に、後にいた伊隅中隊のメンバーや夕呼らと共に来ていた碓氷大尉ら碓氷中隊の隊員たちも同様に頷いた。

「ふ~ん、そういうことならゆっくりと取引条件を煮詰めましょうかねえ? 諸星課長?」

心の中で舌舐めずりをしている夕呼に対して、モロボシは意外な返答をした。

「そうですな、それではPXで食事会でも開きながらお話をしましょうか」

「はあ?」「なに?」「え?」「ほう?」「ふむ?」「あの?」「しょくじかい?」

…その場にいたモロボシ以外の全員の目が点になった。

そしてこれが横浜基地を中心に始まるもう一つの計画の始まりでもあった。

 
 
第15話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第15話「あゝ人生に涙あり」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/13 22:02

第15話 「あゝ人生に涙あり」

【2001年1月22日 横浜基地・PX】

『士農工商』という言葉がある。

古代の中国においてエライ人がエライ学者に聞いたそうだ。

「国を統治し、戦をするにあたって最も重要なのはどんな人間か?」

エライ学者はこう答えた。

「まずは“士”つまり戦を指揮し、国を治める貴方がた(エライ人)です」

「次に“農”すなわち戦うに当たって必要な食糧を生産する者達です」

「その次が“工”すなわち戦いの武器などの道具を作る者達です」

「最後が“商”すなわち物資を運んだり、金のやり取りをする卑しい連中です」

…諸説あるようだがまあこれが代表的なものらしい。

もっともヨネザワさんによると古来より商の下が“犬”でそのまた下が“ヲタク”なのだそうだ。

今の私は商社マンなのだから犬やヲタよりはマシという事なのだろうか? なんかヤだなあ。

いやつまりなんで私がこんな事を考えてるかといえば…

「…それで? あんたがモロボシさんかい?」

…おっといけない、すっかり物思いに耽っていたらしい。

「初めまして京塚曹長、私が松鯉商事の諸星です」

今私がいるのは横浜基地のPX、そして目の前にいるのがここの支配者とも言うべき人物、“京塚のおばちゃん”こと京塚志津江曹長だ。

私の今回の横浜基地訪問の目的の一つがこの人に会うためだった。

このPXには香月博士をはじめとして先程までX2の試験機動を行っていた面子が全員集合していた。

この私の「PXで食事会でも開きながらお話をしましょうか」という発言でここまでついて来て貰ったのだが…

「実はぜひ貴方にお試しして欲しい商品がありまして」

「なんだい化粧品のセールスかい?だったらあんたの後ろにいる若い子たちにしなよ、あたしゃもうそんな年じゃないんだからね」

「いえいえ、あなたもまだまだお若い…いやしかし今回は化粧品ではなくてこちらの品になるのですが…」

そう言って私が取り出したのはわが社自慢の合成ハムのバルクである。

「米と生タマゴもありますのでこれでハムステーキ定食でも試作してみて頂けませんか? 試食は今ここにいる皆さんと云う事で…」

「…ふうん?まあいいけどね」

どうやらOKが貰えたようだ。
 
 
 
「…で、あんた今度はなに考えてんの?」

京塚曹長が食材を持って調理場へ行き、我々がテーブルについたとたん香月博士が聞いてきた。

周囲を見渡すと他の人たちもほぼ同意見のようで、興味と疑惑のまなざしをこちらに向けているではないか。

よろしい、そこまで期待されたなら答えぬ訳にはいきますまい。

「博士、『士農工商』と云う言葉は御存じですよね」

「…当然でしょ、あんた人の教養を試す気でもいるの?だとしてももっとましな「なぜ“農”が二番目なのでしょうね」…はあ?」

「士農工商の二番目がなぜ“工”や“商”ではなく“農”なのでしょう?武器を作るのは“工”で軍資金を調達するのは“商”なのに…なぜ“農”がそれらより上なのでしょう?」

「…ふん、簡単な理屈よ。 “腹が減っては戦はできぬ”どころか生きてくことも出来ないからよ」

「正解でしょうな。 商社マンとしては不本意な論理ですが確かに一理あるでしょう…ことに戦争において食糧の不足はそのまま敗因の一つとなりえますからね」

「…で、それがどうしたの?」

「腹が減っては戦争も出来ない、腹さえ膨れてりゃなんとか戦える、ならそこに飯の味が保障されていれば…どうでしょう?」

「ふうん?」「は?」「む…」「ほお」「くく…」「はい?」「え?」「あの?」「味?」「???」

「私が先程京塚曹長にお渡ししたのはその問題への私なりの回答のつもりなのですよ、皆さん」

「あの…ハムの塊が、ですか?」

「ええ」

神宮司軍曹の質問にあっさりとそう答える。

「あのハムは当社が軍用レーションの材料として開発したものでしてね、ぜひ皆さんに試食して頂きたいのですよ」

「へ~え、それをウチに売り込もうって訳? 商魂逞しいわねえ~」

「ええ、確かにそれもあるのですが…ここでの試食にはもう一つの理由がありまして」

「…もう一つ?」

「はい、ですがそれは出来上がった料理を食べてからと云う事で…」
 
 
 
…やがて調理が完了し、我々の前に注文通りのハムステーキ定食が並べられた。

そして、いただきますの言葉とともに料理に箸をつけた面々の表情が次々と変化していくのを、私は満足げに見守るのだった。

「…おいしい、これ…合成ハム…よね?」

「確かにそうですけど…でも、とても美味しいハムですわね」

「ふむ、祷子の言う通りこれはとても美味いハムだな…」

「いや、まったくこんな美味い合成ハムは初めてだな」

「ええ、おじ…中佐、これなら色々な料理に応用出来ますね」

「…ふ~ん、美味いじゃない…確かにこれならうちで仕入れてもいいわねえ」

「そうね、京塚曹長がどう言うかにもよるでしょうけど…」

その神宮司軍曹の言葉に答えるように、京塚志津江曹長…いやシェフ京塚がこっちへやって来た。

「みんな美味しいかい?」

「いや、大変結構なお味ですシェフ。 食材の品質には自信がありましたが、これほどまでに美味な料理に仕上がるとは…予想以上でした」

「よしとくれよシェフだなんて、あたしゃただの食堂のおばちゃんさね…ところであんた、このハムはウチで仕入れる事は出来るのかい?」

「ええ、もちろんですとも。 お値段の方も大幅に勉強させて頂くつもりです、はい」

「夕呼ちゃん…」

そう言って自分に向かって手を合わせる京塚曹長に香月博士は…

「はいはい、これだけ美味い料理が出来るんだもんね~買わない訳にはいかないわねえ」

「…ありがと、うんと美味い御飯をつくってあげるからね」

その言葉にA-01や神宮司軍曹の顔が輝いたのだった…いやあ、やっぱり美味いメシは戦力の源だよなあ。

そしてここからが本題だ。

「…それで大幅値引きの交換条件なのですが」

「…まあ、言うと思ったわ…何が望みなの?」

「こちらの京塚シェフのお力をお借りしたいのですが」

「はあ?」「あたしのかい?」

「ええ、貴方のその料理のレシピを使って世界中の軍施設での料理のレベルアップを図るのが私の計画でして」

「…あんたそんなこと考えてたの?」

「はい、当社の合成食品とセットで京塚シェフのメニューを提供することでそれを実現出来ると考えています」

軍隊とは人間の集まりであり、そしてそれを動かすには大量の食事…食糧が必要になる。

そしてその食事が美味いか不味いかはその集団の働き…作業効率に大きな影響を与えるものなのだ。

香月博士が京塚曹長をこの基地のPXに置いているのも単に知り合いという理由ではなく、そのことを念頭に置いているのだろう。

「…おばちゃん、やってくれる?」

「まあ…あたしなんかの料理でいいんならね、引き受けるよ」

「ありがとうございます、いやあこれで何とかなりますなあ~」

「そのかわり、うちのPXにいい食材を届けとくれよ…特にこの御飯のお米をさ」

「…ああ、お気づきになりましたかその米の味に」

「お米?確かに美味しい御飯だったけど…」

「この飯米の銘柄ってなに?」

「奥州4783号と言いまして、当社が開発した新品種です。 ちなみに通常の飯米の1.3倍の収穫量が見込めます」

「え?」「嘘!」「そんな!」「諸星課長!それが本当ならこの米はわが国の食糧事情に光明をもたらすことに…」

「ええ、今はまだ試験栽培中ですがいずれは大量に栽培出来るように政府にも売り込みをかけるつもりです」

現在の帝国の食糧事情については、今更言うまでもなく“最悪”の一言に尽きる。

辛うじて主食のコメだけは本来飼料用の多収穫品種を栽培して賄っているが、この世界のそれは決して美味い物ではない。

しかも現在、米の生産が可能な地域は東北と北海道であり、寒冷地用の品種でなくてはならない。

この世界には我々の世界のような寒冷地でも多量に収穫出来て、しかも美味いコメなどと云う都合のいい物は存在しないのだ。

この『奥州4783号』は、かつて我々の世界が食糧不足に陥った時に日本人の胃袋を守った代表選手だった品種である。

これもいずれは帝国政府との交渉材料になるだろうが、まずはここでお披露目した訳だ。

「…あんた、その背広のポケットの中にどんだけのネタを仕込んでんのよ?」

「いえいえ、聡明な香月博士の知性溢れる頭脳の中に比べれば私の懐などタカが知れておりまして、はい」

「「「「「「「…………」」」」」」」

…なんだろう?周囲の視線がやけに冷たいような気がするんだが。

「…よくもまあ、どこぞのタヌキみたいに心にもないおべんちゃらを恥ずかしげもなく言えるわねえ」

“えぷしっ”

「…おや、どこぞで誰かがくしゃみをしたような音が」

「ああ、きっとその辺を日頃からうろついてる野良タヌキでしょ。ほっときなさい、構うとつけ上がるから」

“ふんふん、ぐしゅんぐしゅん”

なにやらイジケ気味の雰囲気だが…まあいいだろう。 博士の言う通りほっとこう。

横を見れば巌谷中佐や篁中尉たちも知らん顔をしているし…スパイは孤独だなあ。

「さて香月博士、食事も終わったことですし食後のコーヒーなど嗜みながら話の続きをしませんか?」

「ええそうね、じゃあ私についてらっしゃい。 あんたと巌谷中佐の2人だけね」

「はいはい」「うむ」

「まりも、御苦労さま。もう本来の任務に戻っていいわよ」

「はっ」

「伊隅に碓氷、あんたたちは今からその子たちにX2を仕込んでやってね」

「はっ!」「了解!」

「行くわよ、お二人さん」
 
 
 
 
【横浜基地・B19フロア】

「さて、商談に入りましょうか?コウモリさん」

夕呼の執務室ではなく司令室の隅にある会議室でモロボシと巌谷は彼女と向き合っていた。

「いやあ、X2の性能は予想以上でしたね…ところで博士、システムの拡張性の方はいかがです?」

「あんたの注文通りにしておいたわよ。 それにしてもなんであんなに余裕が必要なの?随分値段が上がっちゃうけど?」

「それでいいんです。 X2はその次に来るX3への繋ぎにすぎませんから」

「なに!?」「…へ~え?」

モロボシの言葉に夕呼と巌谷がそれぞれ異なる反応を示し、それに答えるようにモロボシは言葉を続ける。

「元々私がこの一連のOS開発において主眼としてきたのは“X1”と“X3”の二つでした。 そして“X2”は“X3”への土台として必要なものだったのです」

「…ふうん、つまりX2のシステム基盤に大幅な拡張性を持たせたのはその“X3”をインストールするだけで使えるようにするためだったって訳ね」

「さすが香月博士、御理解が早くて助かります」

「それじゃあんたはX2を帝国軍に広めるつもりがないのかしら?」

「ない…と云うより“難しい”というべきでしょうなあ、この場合は」

「むう…」「…ふん」

モロボシの言葉の意味を夕呼も巌谷もよく理解していた。 現在の帝国軍の内部では国産・国粋主義が幅を利かせており、米国や国連軍が開発した兵器の導入に対して感情的な反発を行うのが常であった。 そしてたとえ日本人といえど国連軍で開発された…ましてや『横浜の女狐』の作ったシステムと自分たちが開発した(ことになっている)“X1”では、性能差があってもこちらを選択するのは解り切っていることだった。

「どの道このX2用のCPUはすぐに安く量産…とはいかないでしょう。 帝国軍が早期に、そして安価に導入するためにはX1の方でなくてはなりません」

「…まあね、これは本当に最先端の代物だからCPU以外もかなりの高性能デバイスが必要になるしね~」

「うむ、帝国の現状からすればすぐにでも配備が可能なX1を優先し、その後機能をさらに高めたX2や君の言うX3へと転換するのが最善だろうな」

「でもそれじゃあ良い取引にはならないんじゃないの?あんた他にも何か考えてるでしょ?」

ニヤリ、と口元を歪めて質問する夕呼にモロボシは同じく人の悪そうな笑みを返して言った。

「ええ、実はX2の提供先として斯衛軍はどうかと思っているのですが…」

「むっ…」「ふうん?」

「紅蓮閣下と榊総理には話は通っていますので、博士ご自身が承諾されるだけで実現するでしょう」

「…斯衛に繋がりを持たせてあたしに何をさせる気かしら?」

「“バビロンの亡者”たちへの対抗策の一つ、とお考えください」

「あのプライドの塊みたいな侍連中が話に乗って来るかしら?」

「乗ってきますよ“殿下のためなら”…ね」

「諸星課長、殿下を巻き込むようなことは…」

「巌谷中佐、私が殿下を巻き込むのではありません。 “霧の底”に潜んでいる謀略家たちがそうしようとしているのですよ」

「な!」「…あきれた、そこまでイカレてるのね」

巌谷が絶句し、夕呼がつくづくあきれ果てたとコメントするのにさらに続けてモロボシは言う。

「帝国軍だけだはありません、この横浜基地と貴方も巻き込まれます…と言うよりこっちが本命と考える連中さえいるでしょうが」

「…でしょうね、まあ今更だけどね」

「……」

「その時に備えるために、今から斯衛へのコネをつくっておくべきなのですよ」

「いいわ、この件に関してはあんたの手のひらの上で動いてあげる」

「もう一つ、X2とは別に帝国軍に飛びついて貰える物を作って頂きたいのですが」

「なによ、もうすでに電磁投射砲を提供してるじゃない」

「ある意味もっと重要なものですよこれは。 こちらでしか作れませんからね…これも」

そう言ってモロボシが差し出した設計図と仕様書を見た夕呼は、にやあと笑ってこう言った。

「なるほどねえ、確かにここでなら出来るけど…このセンサー部品はあんたが調達してくれるの?」

「ええ、その部品だけは私の方で何とかします」

「そう…それなら問題はないわねえ。 試作して実戦で使えるか試してみましょうか」

「まあ、今日のところはこれくらいで…ああそう、神宮司軍曹にはもう一度だけ舞台を踏んで頂くことになると思うのですが…アラスカ公演という舞台を」

「…それなりの見返りは用意して貰うわよ」

「もちろん、次回までに用意させて頂きます」

「ああそれと、例のレポートの件はどうなったの?」

「ええ、先日総理にお見せしたのですがね…」

「そう、それで?」

「いや、どうもあの人自分だけで対処したいようでして」

「あら、“上様”にはお見せしないって訳?臣下としては問題じゃないの~?」

「ある意味あなたと同じなんですよ、あの人は…全てを自分一人で背負うつもりなのかも知れません」

「……」

「…ふん、わかったようなこと言ってくれるじゃない」

「これは失礼、つい口が滑りました」

「まあいいわ、そっちの方はあんたの好きにすれば」

「どうも、それではその図面の件よろしくお願いします」

「はいはい…ああついでにそこの隅でいじけてるタヌキを連れ出してちょうだい」

「…鎧衣課長、帰りますよ」

「まったく、困った人だ」

「…諸君、もう少し年長者をいたわる気持ちは無いのかね?」

「「「ありません」」」「とほほ…」
 
 
 
 
自分の執務室の戻った夕呼はそこにいた銀髪の少女にリーディングの結果を聞いた。

「どうだった?社」

「…おじいさんが見えました」

「?」

「…杖をついて笑いながら歩いていました」

「??」

「…歌が聞こえました」

「???うた?」

「…人生楽ありゃ苦もあるさ…って歌ってました」

「????」

「…ひかえい、ひかえい、ひかえおろうって言ってました」

「霞?ちょっと、大丈夫?霞!?」

「…助さんや、格さんやって言ってました」

「フ…フフ…アハハハ……やってくれるじゃないコウモリの分際で…こっちの手の内を知ってたってことね…アハハハハハ………覚えてなさいよモロボシィィィ~~~~~~~!!!」

執務室の中に女狐の怨嗟の声が響き渡るのだった。

 
 
第16話に続く





[21206] 閑話その2「モロボシ・ダンの述懐(二)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/11/21 18:11

閑話その2「モロボシ・ダンの述懐(二)」

何故わたしが社少尉のリーディングを誤魔化せたかって? もちろん私にESP能力などはない。

当然彼女のリーディングを防ぐ能力など持ってはいないし、鎧衣課長のように対ESP対策を心得ている訳でもない。

私がそれを可能にしたのはひとえにこの電脳メガネのおかげだったりするんだよ。
 
 
我々の世界で21世紀前半より急速に発展した人間の脳と電子機器の連動技術、“電脳テクノロジー”と呼ばれたそれは人類のポテンシャルそのものの底上げに繋がり、そして様々な新たな問題を引き起こした…

本来はサイバネティクスの肝として研究、開発が進められていた人間の思考によるコンピューターや機械の操作、それらの発達はかつてSF映画の中でしか見ることが出来なかった光景を日常生活の中に出現させることになった。

そして電脳技術…脳の働きをコンピューターで補助、いやグレードアップさせる技術が開発され、個人がそれを保有する時代がきた。

感覚的にはインターフェースが直接脳と繋がったパソコンや携帯が普及し始めたようなものだったのだが、やがて外科手術によって脳と電脳を一体化した人間の儀体化・電脳化が始まった。

個人の能力、思考速度・感覚・身体能力などは大幅に上昇したが、同時に健常者を“生体改造”することへの倫理面での反発、特に宗教関係からの反対は大きく、またこの電脳化の副作用(?)として発生した電脳硬化症や儀体の“暴走”現象など新たな病気や社会問題も起き始めた。

やがて電脳チップの高集積化・小型化により、小さな光チップ(5ミリ角以下)一枚にその機能を集約し、体内に埋め込まなくても身につけているだけで十分機能するまでに高性能化され、それに伴い人体の儀体化は医療目的や特別な用途(たとえば軍用)などを除いて原則禁止が国際条約で決まり、電脳も体外で機能するタイプが主流となって行った…

その基本ルールは今日に至るまで守られている。(一応)
 
 
 
…まあ、そんなこんなで発達した電脳技術だが、現在の我々にとってはごく当たり前の生活必需品となっている。

あらゆる情報サービスに対応し個人の知的作業のほとんどをサポートしてくれる、また社会人としての必須アイテムでもある。

21世紀当時のパソコンや携帯電話が極度に発達した結果の代物…と言ってしまえばそれまでかも知れないけどね。

そしてその形状だが…殆んどが月並みな時計やアクセサリータイプの物だ。

私のようなメガネ型は少数派だし、その殆んどが格好いいアクセサリーグラス式の物で、私のような大昔のセルフレーム型の野暮なデザインではない。

言っておくが別に好きでこんなメガネをかけてる訳じゃないからね、私の仕事に必要な機能と耐久性を要求したらスミヨシ君が“なら、コナン君用のメガネやな” と言いやがったのだ。

確かにこのメガネのおかげで仕事もはかどるし、記憶容量も問題ないし、霞くんのリーディングも防げるから文句はないけどね…

え?だからどうやってリーディングを防いだのかって?

それはだな、私の頭の中でドラマ映像を上映していたからだ。

このメガネの記憶容量はゼタを超える容量のメモリーを搭載していて、映画やアニメ、TVドラマなどは数万本単位で収納出来るのだ。

その中の一つを香月博士との会談中にずっと再生していたと云う訳だ。

もちろん、霞くんの意識をそちらへ向けさせるような内容でなければいけないし、年端もいかない少女にあまり刺激が強過ぎる作品は倫理的に好ましくない。

それらのことを前提に慎重に検討を重ねた結果、今回の上映作品は“水戸○門”に決定した訳だ。

…何?なんでそうなるんだって?

…いいじゃないか、20世紀後半から21世紀初頭の時代劇は私の大好物なんだよ、ちょっと趣味に走るくらい大目に見て貰いたい。

まあこれはスミヨシ君たちからもお叱りを頂いたので、次からはもっと彼女の情操教育にふさわしい作品を選ぶとしよう。

…そう、教育で思い出した。

我々の世界の日本、『日本民主主義人民共和国』のことなのだが…
 
 
 
かつてわが国の恥多き歴史の中でも特筆すべき(?)黒歴史“文明大改革”の終った後のことだった…それまで“文改”の最も大きな後ろ盾であった教育者組合“日○組”が世間の非難…いや糾弾の中で、事実上解体されてしまったのだ。

この組織が“文改”の最中に行った“教育改革”は誰がどうみても“教育”ではなく“狂育”であったと指弾されたからだ。

組織の解体に伴い教育者を副業にしていた政治運動家たちの多くも職を奪われ、社会から追放された。

だがその結果、かなりの教員不足が大きな社会問題になった。

たとえ片手間の副業だろうとつい先日まで教鞭をとっていた現役の教師を大量に解雇したのだ、当然の結果と言えただろう。

そしてその穴埋めに大量の新任教師を必要とした全国の学校に緊急措置で教員資格を入手した臨時教師たちが送り込まれたのだが…
 
 
 
…いや、それがなんと言うか解体された“日○組”とは正反対の主義主張を持つ“日本正道教育連合”略して“日正教連”のメンバーが大半だったんだよ。

おかげでただでさえ混乱していた教育現場がさらに混乱の度を深めてしまったんだよねえ。

気の毒なのは子供たちだ、つい先日まで国家体制をないがしろにすることがいいことのように教えられていたはずが、気がつくと“国家との一体感”を得るべしなどと真面目な顔で先生に教え諭されているのだからね。

そして面白いことにその先生たちはそれまで悪書の代表のように言われていた“マブラヴ・オルタネイティヴ”を推薦書に加え、そのかわりに“ガン○ム”や“イ○オン”の批判を始めたのだよ。

…なんの意味があるのか私にはさっぱりわからないが、“○田史観”とやらの悪影響を懸念した人達の差し金だったそうだ…まったくこの国の“右や左の旦那様や奥様”たちのすることは…

まあ、このレフトからライトへの大幅な思想のブレはやがてセンターへ収束していったが、この時代に教育を受けた連中は後に“文改世代”と呼ばれ、左右共に極端な“主義者”やとんでもない奇天烈な一種のアナーキスト達を生み出した。

その余波の被害をこうむった内の一人が、実はこの私だったりするんだね。

…私は小学生時代によく“恒○観測員”だの“レッ○マン”だの“ミ○クルマン”だのと陰口をたたかれたものだ。

なんでそんな変なあだ名を付けられにゃいかんのだと友人たちに詰め寄ったが、どうやら彼らも意味を知らず、しかも出所は担任の教師(文改世代の)だったらしい。

親にそのことを相談すると、我が家は何代ごとかにその名前を長男に付けているが、何を言われてもその名前に誇りを持てと言うだけだった。

どうもその担任は、アニメや特撮が子供たちに偏った思想を植付ける元凶なのだと言う考えに取りつかれ、その類のキーワードに過敏に反応する人だったらしいが、だからといって子供のイジメを煽るような真似をするのは教育者として以前に社会人としてどうなのだろうと思う。

まあ、その担任は他にもおかしな言動が目立ったためにすぐに学校から放りだされたらしいが、私のあだ名はそのまま定着してしまった。

…後になって名前の意味を知った時、私は思った。

『この呪われた血が憎い!』 …と。

一体、どこの世界に先祖代々特撮ヒーローの名前を付ける家があると云うのだ。

もっとも我が家にはもう一つ伝統的に“アタル”と云う名前を付けられる風習もあったと知った時は思わず胸をなでおろしたものだ。

…モロボシ・ダンの方がまだマシだと分かったからだ。(“アタル”という名前の由来は“ダン”の意味と一緒に友人に教えて貰った)

そう、思えばそれらの出来事が私に過去の空想創作品に興味と反発の双方を持たせ、その中でも特に文改世代の“元凶”(?)とでも云うべき“あいとゆうきのおとぎばなし”を自分なりに研究し、同じようなことをしている人々に係わるきっかけになったと思うんだよ。

そしてその結果が現在の私の境遇に繋がる訳だが…しかしなんだね、この世界の日本にはあまりにも娯楽が少ない。

元々、歴史背景に違いがある上にBETAの侵攻ですっかり余裕がなくなってしまい、子供に夢を見せることすらできない有様だ。

仕方がないと言えばそれまでだが、そのことが国民の意識を逆に追い詰めつつあるとしか思えない。

我々の世界みたいになるのもどうかと思うが、こっち側の日本はあまりにも潤いが無さ過ぎる。

ここはひとつ異次元から来た男であるこの私がその手管を駆使して子供たちに愛と希望と夢と勇気と恐怖と絶望の全てを教えてあげるべきだろうね、うん。

…なに?なんで恐怖と絶望まで教えるのかって?

それが正しい教育と云うものですよ諸君。

…まあ、霞くんにはあまり残酷なホラー物やバイオレンス物を見せるのは自粛しますけどね…あれ?でも確かあの娘、毎日誰かさんの脳味噌見ながら仕事してるんじゃ…まあいいか。

ああそれに大人たちの方も問題ですな、やはり娯楽の少なさが社会から諧謔の精神(by 池波正太郎)を奪ってしまったようだ。

これの不足が結局はクーデターのような出来事の下地になって行くんだと私は考えているのだよ諸君。

せめてカラオケくらいは普及させたいが、まあその前に世間や軍隊に流れている音楽に新風を吹き込みたいものだ。

そしてやがては一大娯楽産業でウハウハに…

《モロボシはん、なに悪徳芸能プロの社長みたいなこと言ってますねん》

《そんなことしたらいけないんじゃないですか~?》

…失礼な、これはれっきとした男のロマ…げふん、いやつまりクーデターを防ぐための計画の一部であってだね…なんなの君たちその目は、ボクニヤマシイトコロナンカアリマセンヨ~。

《嘘やな》

《ウソですね~》

…酒飲もう。


 
 
閑話その2終り




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第16話「踊る、第六会議室(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/12/11 18:12
第16話 「踊る、第六会議室(前)」

【2001年1月29日 日本帝国国防省・第六会議室】

会議室に集った人間たちの間に異様な雰囲気が漂っていた。

その理由は現在彼らが見ている映像、先日横浜基地で行われた“撃流”VS“不知火”の映像を見せられている為だった。

今回の会議に緊急案件として提案された新型の戦術機用OS、“X1”と“X2”の二つ。

先に見せられた“X1”の機動に目を剥いていた帝国軍関係者たちは、さらにその次に見せられた“X2”の映像に完全に言葉を失っていた。

「…以上が新型OS“X1”及び“X2”の機動試験の映像です」

上映が終わり会議室に明かりが戻ると、その場にいた全員が興奮した様子で騒ぎ始める。

「…これは、是非」「いやしかし、横浜は…」「…べつに女狐に頼らずとも」「そうだ!X1の性能でも十分に」「だが、あのX2の性能があれば…」「コストはどうなる?量産性は?」「壱型丙にX1で十分に次期主力機たり得る筈だ!」「いや別に不知火に限った話では…」「そうだ!管制ユニットのみの換装で済むのなら、全ての機種が…」「いずれにせよ、この技術の優位性を…」「…米国が気付かぬ内にこのOSの権利を」「だが彼の国がこれを見ればまたよからぬことを…」「だからこそ!」「落ち着け!まずは双方の機能と費用対効果の見極めが…」「そんな悠長なことを言っている余裕が今の帝国に…」「だが予算が!」「所詮は管制ユニットの交換のみの費用だ、機体を新造するのに比べれば只にも等しい筈…」「…それだけでは無いぞ、これは輸出にも…」「そうだ!これが外貨獲得に繋がればもう政治家どもに金食い虫呼ばわりされることも…」「いささか皮算用が過ぎるのでは…」「バカを言え!あの性能なら皮算用とは言えまい!」「だがX2がもし横浜から他に流出したら…」「X2はあくまでX1の改良型だろうが!なら基本的権利は帝国軍に…」「相手は女狐だぞ、そんな正論が通じるのか?」「そもそもあのX2はどうやってあそこまでの性能を…」「おそらく、例の計画絡みで開発されたCPUを…」「元は帝国臣民の税金だろうが!帝国軍のために役立てて何が問題なのだ!」「表向きは国連の…」「くだらん!米国の手先にいいように…」「なんにせよこの技術を米国に奪われぬように…」「それよりもソ連邦だ、連中は金すら払わずに盗み出すぞ」「所詮は模造品しか作れん連中だ」「だが、だからこそ連中の模造品はある意味一流だ」「このOSがもし模造されれば…」「なら一刻も早く配備に向けて…」「そんなに急いでは…」「呑気なことを言ってる場合では…」

「…静粛に!」

堪りかねたような議長の言葉で会議室の喧騒がようやく収まる。

「それではこのシステムについて開発メーカーである松鯉商事の担当者より説明を…」

議長の指名で立ち上がった男に会議室内の全ての視線が集中する。

「只今ご指名に預りました松鯉商事の諸星です」

そしてモロボシの説明が始まった…
 
 
 
 
 
 
 
 
「…以上が“X1”及び“X2”に関する説明ですが、なにかご質問は?」

私の説明が終わると同時に、一人の将校が挙手して質問をしてくる。

「それではX2の即時配備は事実上不可能、と云うことかね?諸星課長」

「そうです。 現在横浜基地ではX2の製作と並行してCPU等の部品の量産体制を検討中ですが、やはり半導体の歩留まりからすると今すぐの大量生産は不可能と思われます。 従ってシステムの完成と量産には今しばらくの時間が必要と考えています」

「…ふむ、ならばやはりX1の配備を検討すべきだが…そちらは大丈夫なのかね?」

「ハードの量産やソフトの検証面での問題はありません。 後は新しい操作概念をいかに効率よく教導するかという問題かと」

そう答える私だが、実は教導マニュアルも事実上は出来上がっているのだ。

篁中尉が中心となって纏められたX1の操作手順と従来OSからの転換のための基本的なカリキュラムが、すでに出来上がっていたりするからだ。

このマニュアルの体裁を整えれば、そのまま教導用の手本になるだろう…とは巌谷中佐の御言葉である。

あの自慢げな表情からすれば、満更“叔父馬鹿”だけの発言ではないだろう…仕事にはシビアな人だしね。

そんなことを考えていると、次の質問が上がってきた。

「…君は横浜の誘いに応じてX2の共同開発を行ったそうだが、いかに発案者とは言えいささか軽率過ぎるのではないかね?」

…ほうら来た。 これを言われるとこっちが立場的に弱くなるし、下手をすれば開発メーカーとしての権利さえもこのお偉いさんたちに奪われてしまいかねない。

当然この発言者もそのつもりで言っているのだろうが、そうは問屋が卸しませんぜ軍人さんたちよ。

「それについて申し上げるのを失念しておりました、実はこのX2は斯衛軍で使用されることを目的に開発を始めた物でして…」

「なに!?」「…斯衛軍!」「何故だ…」「武御雷があるだろうに!」「…いやしかし、未だに瑞鶴が大半を」「一体、誰が」「紅蓮閣下がよく技術廠に来ておりましたな…」「むう、より良い兵器を望むのは当然だが…」「…いや、しかし」「よりによって…」「だが斯衛の中の話だ…」「うむ…」

「斯衛軍」の一言がてきめんに効いたらしい。 いきなりざわざわと騒いだ挙げ句、雰囲気が萎んでしまった…藪を突いて蛇を出すのを恐れているのが見え見えだ。

まあ、この件については後々のためにダメ押しをしておかないとね。

「またこの件に関しましては、斯衛軍の担当者の方からご説明が頂けると思いますが…」

私の言葉に応えるようにオブザーバーとして参加していた斯衛軍士官が立ち上がり、私の方を一瞬ジロリ、と見た後で説明を始める。

「今ほど松鯉商事の方から説明がありましたように、現在斯衛軍ではX2の採用に向けて試験運用の準備を進めております。 またX2の帝国軍での採用に関しましては、帝国国防省より要請があれば喜んで協力するようにとの政威大将軍殿下の御言葉です」

『・・・・・・・・・・』

いや~皆さん息を呑んで口を閉ざしてしまいましたなあ。

将軍殿下の御言葉があったというだけではなく、この件で“自分たちだけ”の権益を手にしようとすれば殿下の手前、自分自身の立場が非常にマズイことになると気付いたんでしょう…まあ、こうなる前に少し慎めばいいのにと思うんだけどね…

「…X2の扱いや採用に関しては未だ開発中でもありますから、後日改めて検討をしてみてはいかがかと」

「賛成」「異議なし」「よしなに」「そうですな」「…うむ」

巌谷中佐の言葉に殆んどの出席者が救われたような顔で賛成の言葉を口にした…なかなかいいタイミングですな中佐殿…それじゃあそろそろ本題へと移りますか。

「さて、X1の扱いに関してですが…開発メーカーとして一つ提案があるのですが」

「何かね?」

「先程の皆さんのお話の中でこの技術の国外への流出や輸出の可能性について発言された方がいらっしゃいましたが、それについて自分に考えがあるのですが」

「どんな考えかね?」

「ソフトウェア技術はハードウェアのそれよりも遥かに盗みやすく、模倣しやすいものです。 そこでこの技術を門外不出とはせずにパテントを確立した上で輸出する方が国益にかなうと思うのですが」

「そんなことは言われんでもわかっとる! だが米国やあのソ連が素直にパテントを認め代金を支払うと思っているのかね?」

居並ぶ帝国軍将校たちの中の一人が苛立たしげに吐き捨てる…まあ聞けや軍人さんよ。

「…素直に認めさせる方法が一つあります」

『なに!?』

驚きの声を上げる出席者をぐるり、と見回して…さあぶちかまそうか。

「プロミネンス計画を利用するのです」

「!」「なに?」「プロミネンス計画と言えば…」「…あのアラスカの」「ああ、ユーコン基地でやっている…」「そこでお披露目か?」「いやしかし、果して向こうが…」「そもそもそれで…」「確かにあそこでなら下手な模倣は首を絞めるが…」「ふん、互いの目があるからな…」「ソ連は解らんが、他の国には有効な手か…」「成る程…X1で外貨を稼ぎ、我が国はそれを基にX2…いや、その先へ…」「…虫が良過ぎはせんか?」「これは決して皮算用とは言えんぞ…成算はかなり高い」「だがそれはあの計画に参加している国々がそれを認めればの話だろうが…」「うむ、果して…」

流石に皆さんそれ相応の地位や立場にある人たちだけに、私が何を言いたいのか即座に理解してくれたようですな…そう、私のプランとはX1とX2のデモンストレーションをアラスカのユーコン基地で行い、プロミネンス計画の参加各国にX1の売り込みをかけることにあるんですよ皆さん。

ソフト技術というものはすぐに模倣されたり盗まれたりし易い物だ。 だから下手に隠すよりもその存在をアピールしてパテントを確立し、ライセンス料で収益を得る方法をとるべきなのだ。

プロミネンス計画に参加すれば加盟各国は少なくとも大っぴらにコピーは出来ないし、ライセンス料も払うだろう…まあ、ソ連と統一中華に関しては何とも言えないけどね。

だがそれでもこの模倣大国たちによってコピーソフトを世界中にばら撒かれるよりは遥かにマシな筈だ…ただ一つだけ問題があるのだが。

「しかし諸星課長、アラスカの連中にどうやってX1の効用をアピールするのかね? 向こうには第2世代機や第3世代機の改修機が群れをなしているのだが、それなりの機体でなければ…」

そら来た、これがネックになるんだよ…たしかにユーコン基地の連中を唸らせるには普通の機体では流石に難しい…が、しかしこちらには切り札がある。

「皆さん…先程の映像をお忘れでしょうか? あの機体…第1世代機“撃震”の改修機“撃流”の性能をどう思われますか?」

「「「「「「「「「!!!!!!!!!」」」」」」」」」

…どうやら皆さんお気づきのようだ、第1世代の改修機に計画の参加機が撃破されれば嫌でもその性能を認めざるを得ない。 いや、それどころか我先にその機体のシステムを手に入れようとするだろう。

「成る程…だがしかし、確実に勝てるのかね? あの計画に参加している衛士達は世界中からの選りすぐりだぞ」

「御心配には及びません。 そのために帝国…いえ、世界一の“撃震使い”、かつて大陸でその名を馳せた伝説の衛士…“狂犬”の異名を誇る衛士をこの大役にあてるのですから」

「む!」「なに、狂犬!?」「あの!」「そう言えば…」「確か富士の…」「だが今はどこに…」「うむ、あの衛士なら…」「…ふむ、確かに」

流石に“狂犬”の名前は有名だなあ…皆さんあっさりと納得してくれましたよ。

「如何でしょう、皆さん」

「…では、採決を」

「…賛成」「異議なし」「賛成」「賛成だ」「よかろう」「…いいだろう」

…やれやれ、どうやら皆さん納得して頂けたようでなによりですな。

だがしかし、この会議の本番はまだこの先に待っている。 今のはほんの前哨戦だ…ちらり、と巌谷中佐の方を見ると彼も厳しい顔で瞑目している…流石にこの先にある難関を考えるとそうなるのだろう。



さあ、次は第2ラウンド…99型の改良プランだ。

「では次に案件102『試作99型電磁投射砲』についてだが…」

議長の指名により、担当の技術士官が説明を始める。

そもそもこの99型電磁投射砲というのは、香月博士が第4計画用の超兵器XG-70の兵装として設計した物を、帝国軍に技術供与した代物だ。

その威力はBETA相手にすらオーバーキルだと言われる程の凄まじいものだが本来XG-70、“凄乃皇”用に開発されたものであり、そのままのサイズでは戦術機が運用するにはあまりにも不向きな代物なのだ。

また、砲身の冷却システムの脆弱さや砲身自体の耐久性、そしてなにより消費されるエネルギーを供給するのにG元素を用いた一種の“燃料電池”(?)を必要とすることになる。

この電池のユニットは当然のごとく香月博士でなければ供給出来ない。

これらの問題が帝国軍首脳や開発担当の技術士官、開発メーカーの人間たちを悩ませていた。

…さて、そこで実は当社の出番になったりするんだね、これが。

「…え~その件に関しましてはそちらの松鯉商事の担当者の方から補足説明を頂けると思うのですが」

おや、もう出番ですか…99型の開発担当メーカーの役員さんが私をご指名ですよ。

「それではお言葉に甘えまして当社の方から説明をさせて頂きます。 まず99型の大きさの問題ですが、砲弾のサイズを36mmにして小型化を図り、戦術機での運用が容易になるようにすべきと考えるのですが…実はもうその設計を完了しておりまして、はい」

「「「「「「「「「!!!!!!!!!」」」」」」」」」

おお、皆さん驚いてくれていますなあ~ いや苦労して設計した甲斐がありました。

「…今、設計を完了したと言ったかね?」

「はい…ああ、正確にはすでに部品の試作に取り掛かっております」

「なあ!」「!!!」「試作!?」「え?あ?」「ぐふ!?」「むうう!」「ひ!」「で?」「ぶう!」

…いやあ、皆さん面白い顔ですなあ~…あれ?なんで開発メーカーさんや巌谷中佐まで?

ああそうか、まだ試作の開始までは話してなかったっけ…まあいいか、うん。

「あの~」

「…なにかね?諸星課長」

「説明を続けてもよろしいでしょうか?」

「…続けたまえ」

疲れたような議長さんの声に少々申し訳ないような気がして来ました…
 
 
 
 
 
 
「…それでは99型電磁投射砲に関してはこのまま開発を続けることに決します」

私の説明…99型の36mm砲への小型化とそれに伴う設計の変更と部品の試作、それに部品に必要な素材の調達や加工…こちらの提示した技術情報によって、99型は従来の120mmと新しい36mmの二つのタイプの試作続行が決定した。

予算の関係から反対意見も出されたが、私が提供した設計図と部品のスペックが彼らに金の心配を忘れさせた。

これが量産できれば、再び大侵攻があっても大丈夫…誰もがそう思っているようだ。

…しかしBETA相手の戦いはそれほど甘いものではないだろうし、私の勝負もこれからが本番だ。

まったく香月博士や巌谷中佐には頭が下がる…BETAと戦う前にウマシカな人達と戦わなきゃいけないのに、文句ひとつ言わないんだから。 ああ、夕呼先生の場合は別か…多分あの人はストレス解消のためにまりもちゃんやタケルちゃんをからかって遊んでたんだろうね。 巌谷中佐の叔父馬鹿も多分、それと同じなのかもしれないな…分からないけど。

「それでは次に案件121、94式戦術機の改修要望についてだが…」

…始まったか、本番が。

 
 
第17話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第17話「踊る、第六会議室(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/12/11 18:10
第17話 「踊る、第六会議室(後)」

【2001年1月29日 日本帝国国防省・第六会議室】

「気でも狂ったか!巌谷!!」

第六会議室の中に大伴中佐の怒号が響き渡った。

その原因はたった今、巌谷中佐によって出された94式戦術機“不知火”の改修プランの内容だった。

前回の会議までは不知火の改修は事実上困難(不可能ではないが採算に合わない)との意見が主流だったが、今回は“撃流”に使用されている機体構造材とX1があることからこれを不知火壱型丙に投入すれば問題は解決…そのような見通しの中で議事は進行していた。

だがしかし、開発メーカーの担当役員たちは何故か今一つ煮え切らない態度を示し、業を煮やした帝国軍の側が怒りを爆発させそうになった時、巌谷中佐によって一つの提案がなされたのだった…すなわち、プロミネンス計画に参加して米国企業と組んでの不知火改修計画を。

当然の如く大伴中佐らを始めとする国産推進派(つまりは大半の人間)たちは巌谷中佐のこの発言に噛みつき、罵声を浴びせ、純国産機製造の意義を高らかに謳い上げたのだったが…巌谷中佐や開発メーカーの担当者、そしてごく少数の見識ある人間たちの目にはそれが何の中身もない滑稽な道化芝居にしか見えなかった。

何故なら彼ら純国産機推進派の言いたいことなど十分に承知の上で、巌谷が共同開発を推奨したことをその少数の人間たちは理解していたからであった。

そしてもう一人…ポーカーフェイスのメガネ男もまた、この騒ぎをうんざりした気分で見物していたのだった。
 
 
 
 
 
…やれやれ、やっぱりこうなってしまったか。

まあ、撃震モドキの製作やお披露目をした時点でこうなるだろうとは思ってましたけどね。

アレの技術を壱型丙に流用すれば次期主力機のスペック的にはほぼ問題がなくなるだろうし、そうなれば当然アラスカで弐型の共同開発という“おとぎばなし”の前提も消えてしまうだろう。

だがそれでは巌谷中佐も、そしてこの私も困るんだよ…色々と。

しかしまあ、純国産機推進派の皆さんの鼻息は荒いですなあ~ そんなに荒くして呼吸困難を…起さないかさすがに。

まあ確かに国産機の製造は重要だ。

戦術機、戦闘機、戦車…それらの主力軍事兵器を国産で賄う事の意味は非常に大きい。

軍にとっては自分たちの使う兵器を自国で設計、生産出来ること程有難い話はない…武器の供給を他人任せにしなくても済むからだ。

そして国家にとっても自国を守る兵器を自分たちで生産することは、ただ国防のためだけではない、それ以上の意味があるのだ。

“おとぎばなし”の後日談の一つに撃震代替機種の選定において本来次期主力機として開発されていた筈の“不知火弐型”を落として、対人類戦に有利なステルス性能を持った“月虹”を帝国軍首脳が選定したのに対し政威大将軍煌武院悠陽がこれを“愚者の胸算用”と喝破して選定機種を“国産機”である弐型に決定させたと言うエピソードが存在する。

このエピソードについて“おとぎばなし”の研究者たちの意見は概ね2つに分かれている。

一つは“まだ続くであろう対BETA戦を見据えた将軍の英断”というものであり、もう一つは“対BETA戦にのみ拘り、弐型開発者たちへの配慮を優先した身贔屓”という批判的なものだ。

果して煌武院悠陽の心中でどんな考えがあったのかは私には分からない。

ただ一つ言えることは月虹よりも弐型を選択したことはこの国、日本帝国の為政者としてはある意味当たり前の常識的な結論だったと云う事だ。

まず弐型と月虹とではそれを選択した際の国全体への利益の還元率が違うのだ。

この利益とは表面上のライセンス料や生産コストだけのことではなく、実に様々な形で現れる物なのだ。

機体の生産技術の蓄積と継承、部品国産化率の割り当て、それに伴う雇用の確保、補修部品や関連技術の継続性と発展、そしてそれら全体から得られる国庫へ見返り…つまりは税収。

基本設計から部品の多くまで米国製に頼る月虹と部品の一部以外は国産化が可能な弐型では最終的な国益が大きく違う。

さらには自国における戦術機以外の製造技術の継続と発展にも寄与する面は大きい。

開発段階から自国で係わってきた弐型のほうが将来の兵器開発…のみならず民生分野まで含めた国の産業全体への技術還元も容易なのだ。

同時代の我々の世界における戦車・装甲車技術と自動車産業との関連性をみれば分かることだ…まあ、わが国の場合は軍事から民需ではなくて民需から軍事の色合いが強かったが。

また弐型の性能が月虹に大きく劣る物であるのなら月虹の採用も仕方がなかっただろう…しかし決してそうではなく、弐型の方が対BETA戦において有利であるならば現在戦っている相手に対して有効な方を選ぶのは当然の判断だろう。

それらのことを分かった上で何故巌谷中佐が共同開発に拘るかといえば…さっきから大声で喚いているウマシカさん達が原因なんだよなあ、まったく…

「…諸星課長、君からは意見はないのかね?」

おや大伴中佐どの、なんとこのモロボシめをご指名ですか…そうですか。

おそらく、この私に“撃流の機体技術とX1で大丈夫です”と言わせるつもりでのご指名なのでしょうが…さあ、ショウタイムだよ皆さん。

「え~それではお言葉に甘えて私の意見を述べさせていただきますが…じつは私も巌谷中佐と同意見でして」

「な!」「あ?」「い?」「え?」「が!」「で!」「ぐっ!」「ま゛」「おい!」「&$@!?。¥:*」

ああ皆さん、それなりに立場のある人ならちゃんと人間の言葉を口にすべきでしょう…アタマがイタイ人だと思われたら大変ですよ。

「…今、なんと言ったのかね?」

…いけませんな大伴中佐、まだ退役までかなりの年月がある筈なのにもうお耳が弱くなってきているとは。

まあいいでしょう…ここは親切にちゃんと聞こえるように言うべきでしょうな。

「弊社も巌谷中佐の御意見に賛成だ、と申し上げたのです」

「………ほほう、君は自社製の技術に自信がないとでも言うのかね?」

「いいえ、とんでもありません。 しかしながらその技術も機体が正式採用されなければ陽の目を見ない訳でして…」

「…なにが言いたいのかね?」

「……外国機が採用されてしまえば国産も共同開発も無いでしょう」

「なに!?」

「…おや、中佐殿はまだ御存じないようですな皆さん」

そう言って私は開発メーカーの皆さんの方に話を振った…ちょっとは応援しろやあんたたちも。

「どう言う事だ!!」

大伴中佐が彼らを睨みつけて怒鳴る …いけませんなあ中佐殿、仮にも帝国軍人たるもの民間人には広く大きな心と寛容さを持って接しなければ。

まあ、あんまり彼らが苛められては後々困りますし…やっぱり私が言いますか。

「つまりですな中佐、現在帝国政府に対して米国より次期主力機の米国機採用の働き掛けが水面下でなされつつあるという話なのですよ」

「なに!」「米国が!?」「なんと!!」「…ふざけたことを!」「やつらが何を…」「またしても…」「…今更米国機を!」「だがどんな機体だ?」「奴らがF-22を渡すとは…」「差し詰めアラスカで試験運用しているF-15の改修機か」「今更第2世代機を!?」「舐めおって!」

おお、皆さんお怒りは御尤もですがこちらの話の続きはよろしいのでしょうかねえ。

「話を続けてもよろしいでしょうか?」

「……言ってみたまえ」

おや、どうしました大伴中佐殿? 顔の形が変ですよ?

「これはわが社が独自に入手した情報なのですが、米国は自国の軍事的、経済的優位を現在よりもさらに絶対的なものにすべく、プロミネンス計画で開発されている自国の次世代戦術機を世界各国に売り付けようと、水面下で動き始めていると思われるのですよ」

「……その話に根拠はあるのかね?」

「はい、実は個人的な伝手をたどって総理周辺に極めて近い筋から聞き出した情報なのですが、すでに榊内閣に対してそれとなく米国よりの圧力がかかり始めているとのことです」

「…腑抜けの榊めが! どうせ彼の国の影に怯えて布団でも被っておるのだろうが!!」

そうでもないですよあの人は、泰然自若としたものでしたけどねえ…

「その榊総理ですが…あの人も流石にその米国の要求を呑むつもりは無いようなのですが、向こうもそのことは承知の上のようでして」

「ほう…ならば彼の国はどんな無体を我が帝国に仕掛けてくる気なのだ?」

「おそらく…相互評価プログラムという名目の模擬戦でしょうな」

「む…」「なにい?」「何故だ!」「いや…」「そうか!」

まあ、流石に気付くわな…この人たちもその筋の人間だから。

「そうです、わが帝国や他の国々がそれぞれ戦術機の性能を上げてきたことを恐れた米国政府…いやむしろ軍産複合体の方でしょうが、自分たち以外の全ての国を自国の戦術機で圧倒したいと考えているのでしょう」

「「「「「…………………………」」」」」

皆さん、黙りこくってしまいましたか……流石にこの段階で米国の目論見を聞いてしまうとそうなってしまうでしょうな、やっぱり。

「米国の目論見としてはまず、アラスカで行われているプロミネンス計画の一環として行われるであろう相互評価プログラムにおいてF-15改修機で他国への優位性を見せつけ、さらにそれでも足りなければ切り札のF-22を投入する腹積もりでしょう」

まあ、これは“おとぎばなし”の中のエピソードに基づく推論が大半だが、現在の状況から考えてまず確実にそうなっていくだろう。

「だが…仮にF-22で他国の戦術機を圧倒したからと言って、それを売るつもりなど米国にはないのではないかね?」

一人の帝国軍高官がそう疑問を投げかけてきた。 御尤もですが…

「はい、確かにF-22自体を売る気は無いでしょう…しかしその性能、特にステルス機能に裏打ちされた凄まじいキルレシオを見せつけることで、同種の機能を搭載した自国機を売り付けることは十分可能でしょう」

「ならばなおの事、自分たちの方からアラスカに飛び込んで行く理由は無かろうが!」

大伴中佐の言葉に大半の人間が頷くが…

「その場合は…米国はこの帝国に直接、模擬対戦を1対1で申し込んで来るでしょう。 そして政府もそれを拒むことは難しいかと…」

「ぐ…」「う…」「…くそっ」「おのれ…」「…腑抜けが」「米国め!」

その場の人達は誰もが言葉少なに政府と米国への怨嗟の声をあげるが、それは大きい声ではなかった…無理もない、この連中の大半は状況次第では2年後には国産機推進派から外国機導入派へと鞍替えするんだから。

何故わずか2年でこうもあっさりと宗旨替えをするのか…“おとぎばなし”の後日談では12.5事件の際に見せつけられたF-22の性能に脅威を感じたためとあるが、本質的な理由は違うだろう。

要するにこの連中は…自信が無いのだ。

舶来指向と国産主義、相反する考えのように思われるが…実はこの二つはある意味コインの裏表なのだ。

かつて我々の世界で第二次世界大戦が終了し日本が戦後の復興に励んでいた頃の話だが、米国から輸入していた物よりも優れた品質の電子部品を試作することに成功した企業があった。

歓び勇んで企業の担当者は当時の通産省へ出向き、そのデータをプレゼンしたのだが…担当した官僚たちから『米国製以上だと?貴様らにそんな物が作れる筈か無かろうが!ウソも大概にしろ』と言われたそうだ。

悔し涙を堪えながらその企業は地道に販売を続け、やがて他でもない米国の大手企業にその品質を認められ、成功をおさめた。

その後、通産省のお偉いさんの言う事は…『我々の指導の下、わが国の企業が世界に通用する製品の開発に成功した』というものだったとさ…やれやれ情けない。

目の前のこの連中もそれと同じなのだろう…自分たちが何かを判断するための基準を持たず、米国製が優れていると見れば舶来指向に傾き、自国がいい物を作ったと思いこめば国産主義に染まる。

何のためにどんな物が必要なのか、それを考える基準を確立しない連中が国家や軍の首脳を占めれば…いやいや、これはマズイな…狭霧尚哉や烈士たちと同じ思考に陥りそうだ。

なんにせよ巌谷中佐がしようとしている事は、このウマシカ達の国産主義一辺倒に傾いた頭を少しでもマシにしようという目的と他国の技術や手法を取り入れることで技術や戦術の幅を広げ、篁中尉ら若手の士官や技術者たちに新しい視点や経験を積ませたいということなのだろう。

その考え自体は立派と思うが…しかし私の頭の中にはある不安が存在している。

かつて種子島において鉄砲の技術を入手するために、事実上生贄となった少女…

そして近代砲術の始まりを告げるために働きながらそれを国粋主義者に疎まれ陥れられた男、後に“高島平”という地名の元になった人の悲運…

篁中尉や巌谷中佐がその二人のような“時代の生贄”になってしまうかもしれない…

その不安をどうしても頭の中から拭い去ることが出来ないでいるのだ…私は。

やれやれ、どうもあの人たちに対する…いや、この世界に対する感情移入が少し過剰になってしまったようだ。

もとからこの世界のために最善を尽くす(自分の権限内でだが)つもりではあるのだが、あまりに思い入れが強過ぎると返って良くない結果を生みかねない…そのことを忘れないようにしないとね。

私がそんなことを考えている内に、巌谷中佐の説得で純国産派の皆さんもその殆んどが(渋々ながら)納得してくれたようだ。

もっとも大伴中佐だけは別のようで、凄い表情で巌谷中佐を睨んでいますなあ…先が思いやられる。

だがこれで概ね今回の目的は達成されたといってもいいだろう。

まずはX1の採用とプロミネンス計画への参入、X2採用への布石、99型電磁投射砲の小型化と改良案の採用、そして不知火改修の日米共同開発案…取りあえず今日のところはこのくらいでいいだろう。

他にも色々と仕込んでいるものはあるけれど、いきなり全ての札を晒すのは下策ですからね。

この人たちを相手に駆け引きをするためには後にとっておいたほうがいいだろう。

議長が採決をとり、日米共同開発の提案が決定された…ただし、大伴中佐の抵抗で日本が主導権を握る契約にすることが前提とされた。

まあそれはいいでしょう…何故なら私もそのつもりでしたからね。

問題はその為にはどうしても香月博士の、いや神宮司軍曹の協力が必要なのだが…あの“麗しき女狐様”がタダで彼女を貸してくれるなんてことはもちろんありえないだろう。

さて、横浜へ献上する品物は何にしようかな?

そう考えながらすっかり冷めてしまった合成玉露を一口啜るのだが…不味いねこれ。

軍に納入する合成玉露も開発品のリストに加えよう。

お茶の味がマシになればひょっとしてこの人たちの頭の中も…いや、無理かな。

「諸星課長」

「え?ああ、光菱重工さんの…」

私が考え事をしていると会議が終了して巌谷中佐と光菱重工の役員さんが眼の前にやって来た。

「君が思い描いた通りの画になったようだが、大丈夫だろうね?」

…失礼な、あなたや巌谷中佐だって同じことを考えていたでしょうが。

実際、私はあんたたちの計画に便乗しようとしているだけなんだよ…言えないけど。

「ええ、実はその“大丈夫”にするために今私は横浜への供物に何がいいかを考えていたところでして…」

「横浜…か」「むう…」

二人とも不機嫌な顔で黙り込む。

まあ、香月博士に対する不信感はいかんともし難いのでしょうが…お二人ともそんなことよりさっきから暗い視線をこちらに向けているあの大伴中佐殿を警戒すべきじゃないでしょうか。

私が視線でそれを告げると、彼ら二人は無言のまま表情で“こっちは我々が何とかする”と言ってきた。

「…それじゃあ、さっそく帰って機体の製作にかかりましょうか」

「何?」「機体?」

「無論、新型機のベースとなる機体の事ですよ…ああ勿論、我々が作るのは部品のみで組み立てや調整はそちらにお任せしますが」

「…それは確かに有難いが、出来るのかね?」

「…じつはもう取りかかっておりまして」

「!」「むう…」

…そう、すでに今後のスケジュールを考えて我々は撃流の技術を流用した壱型丙の機体部品の製造に取り掛かっていたのだ。

「…計画を効率よく進めるためです。 上手く辻褄を合せて下さい」

「…いいだろう」「わかった」

二人とも理解が早くて助かりますな…ほんとにこんな人たちがもっと多ければ私の苦労も…いや、その場合は初めから私の出番なんてなかったかもね。

まあそんなことを考えていても仕方ないか…さあ帰ってからまたお仕事だ。

 
 
 
第18話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第18話「多忙な昼と意外な夜」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/12/26 09:06
第18話 「多忙な昼と意外な夜」

【2001年1月30日 夜 松鯉商事本社】

いやはや、今日は実に忙しい一日だった…

本来月の末日と云うものはその月の仕事の締めを行うのだから忙しくて当然なのだが、我が松鯉商事にとって今月の月締めは殊更忙しいことになっていた。

まあ全てはこの私の責任なのだが…

本来は中小…いや弱小商社に過ぎないわが社が国連軍や帝国軍に様々な物資や技術を提供し、国策までも左右するような仕事に参入してしまったのだ。

当然、仕事の量は(事務だけでも)膨大な数に膨れ上がり、今日は朝から会社をあげててんやわんやの大騒ぎだった。

帝国軍へのX1の納入と契約、“撃流”関連技術の各方面との契約や利益の見積もり、国連軍横浜基地とのX2や極秘の新技術開発、さらに合成食品の納入契約と京塚レシピをマスターするための人員の選抜、X2に関して斯衛軍との契約(これに関しては紅蓮大将がかなりの便宜を図ってくれた)、さらに不知火改修計画にX1をプロミネンス計画にねじ込む話、さらに改良型電磁投射砲の設計と試作、そして米国のマッコイ・カンパニーとの取引…ML機関の入手の催促やマッコイ老にX1の利権をどの程度任せるのかの駆け引き…

「いや~流石にもういっぱいいっぱいですかねえ?」

午後9時を回った本社の社長室で私は社長と話をしていた。

「うむ、すでにこれはわが社のような弱小企業の容量を完全に超えてしまっているだろう。 残念だがそちらの鎧衣課長さんのお力にすがるしかなさそうだね」

現状では抱えこんだ仕事の大きさにわが松鯉商事の仕事の処理能力が追いつかない…

わたしの意見に社長も同意して、目の前で緑茶(本物)を美味そうに啜っている鎧衣課長に話を振る。

「はっはっはっ…いやいや、お二人にそうも期待されては私としても誠心誠意応えない訳にはまいりませんなあ~」

…あまり誠意が感じられませんよ、鎧衣課長。

このタヌキ課長に何をお願いするかといえば…早い話がウチの会社が手がけている帝国軍関連の仕事を帝国情報部に召し上げて頂こうと云う話なのだ。

我が松鯉商事は成り上がりとさえ言えない弱小商社だ。

従って資本も人員もごく限られたものでしかなく、社長の人脈(プラス私のチート技術)だけが会社の武器と言ってもいいだろう。

そんな我々が複数の国策案件(それも軍事関連)を手掛けるなど元々無理があり過ぎた話なのだ。

チート技術を見せつけて口八丁で契約をまとめても仕事を維持する基礎体力がわが社にはない。

だが、それならばいっそのこと誰かに仕事の負担を受け持ってもらえばいい。

たとえば帝国軍からの出向(軍関連の仕事ではよくあることだ)という形をとって、帝国軍や政府向けの仕事を実質任せる訳だ。

会社の取り分が減るのでは? いやいや、どの道国策事業…特に軍事関連のお仕事と云うものは殆んど儲からないものなんですよ…この国では。

政府や軍のエライ人たちは軍事関連の仕事については滅私奉公をするのが民間企業の務めだと信じて疑わないし、それにタテつく人もあまりいない。

(まあ、この世界の日本に関して言えば国の状況からして滅私奉公にならざるを得ないが…)

機体構造材やOSのパテント以外の利益など初めから期待しないほうがいいくらいなのだ…それだけでも十分な利益になるしね。

仕事ばかり膨大に増えて儲けがないのならば軍や政府のお仕事は(事務手続きだけでも)彼らの派遣してくれる軍人さんやお役人に任せてしまったほうが得だろう。

ただ問題なのは、下手な人間に来てもらっては困るということだ。

欲をかいてわが社の他の仕事にまで手を突っ込んだり、会社そのものを乗っ取ったりなんてことをされてはたまったものではない。

そこでお互い気心の知れた(?)鎧衣課長に人員の派遣をお願いしようと云う訳なのだが……その為にはある程度までこちらの手の内を明かしておかないと、後で何を仕掛けてくるか分からないんだよねこの人は。

まあもうすぐ榊総理もいらっしゃることですし、彼と一緒に私のお話を聞いて頂きましょうか…それと“ウチの先生”のお話も。

そう、今日これから榊総理とこのタヌキ課長を我が土管帝国へと案内してわが国の指導者…つまり“先生”との“首脳会談”が行われる予定なのだ。

ただその前にこの用件を片付けておかないと…

「それでですね課長、ここに派遣して頂く人員の事ですが…」

「ふむふむ………ほほう………なんですと?」

私の話す派遣人員の条件について聞いていく鎧衣課長の顔は、次第に面白がっているものから呆れて物が言えないといったものへと変化していった。

「…いかがでしょう?」

「諸星課長、それは本気で言っているのですかな?」

「無論、本気ですが」

むしろ“正気か?”と言いたげな顔の鎧衣課長に対してきっぱりと答える。

まあ自分でも流石に無茶苦茶な要求をしているのは解っているのだが、ここはどうしても聞いて貰う必要があるのだ。

「……何故、そんな無理な条件で人選を?」

「必要に応じてアラスカへ行ってもらうことになるでしょうし、そこから何があっても任務を遂行した上で生還出来る人が望ましいからです」

「ほほう…『何があっても』ですか」

「はい」

「諸星課長」

「何でしょう?」

「一体、アラスカで『何が』起きるのですかな?」

すでに鎧衣左近の顔は笑みを消していた。

微かに殺気さえも滲ませるその表情に気圧されそうになるが…負ける訳にはいかない。

「…それは後程、総理が見えた後で」

「ふむ…ではその時に」

「分かっています、それでは人選の方を宜しくお願いします」

「やれやれ…香月博士といい君といい、まったく人使いの荒いことだ。 年長者にはもっと楽をさせるように気を配るべきだろうに」

「確かにそうですが、年端もいかない少女たちに必要以上の苦役を課さないための処置も含まれていますので…」

…それはだれのことかね? とはこの男は聞いてはこない。 思い当たる節があり過ぎるのだろう…色々と。

自分の娘を含めた207Bの少女たち、そして…煌武院悠陽。

彼女たちに降りかかるであろう運命と云う名の苦役にこの男は(今では私も)深く関わっている。

決して好んでやっている訳ではないだろうが…彼女たちのこの先に待ち受ける運命を考えると少しは援助したくもなるのだ…自分の仕事の本筋からは少々外れるのだがね。

そんなことを考えていると、ビルの裏口の方に人の反応があった…どうやら今日の主賓がいらっしゃったようだ。

鎧衣課長も気配を察したようだ、眉を微かにはね上げた。

「ふむ…どうやら」

「…いらっしゃいましたか」

「おお、それではお迎えせねば…」

社長があたふたと立ち上がり、事務所の入り口へと向かう。 私と鎧衣課長も後に続いてそちらへ行くと…本日のお客様である日本帝国内閣総理大臣・榊是親様がおいでになりました。

「これはこれは榊総理、このような場所へ来られるとは…」

「いや、こちらこそこのような夜分に申し訳ない。 松鯉商事の封木社長さんですな?榊是親です」

社長に対して丁寧に挨拶をした榊総理は、そのまま静かな視線をこちらに向けてきた。

「お待ちしておりました榊総理、お忙しいところを申し訳ありません」

「いや、君の方こそ昨日は大変だったようだね…話は私も聞いているよ」

「その件では口裏を合わせて頂いて本当に感謝しております。 おかげで話が速やかに纏まりました」

「うむ、国の防衛と予算の双方に意味を持つ案件だからな。 これで少しでも国内の様々な問題が好転してくれればいいのだが…」

「ええ…それでは総理、御案内を…あれ?」

「…おや?」

私の電脳メガネのサーチ機能と鎧衣課長の第六感の双方にほぼ同時に引っ掛かるモノがあった。

「…? どうしたのかね二人とも」

訝しげな表情で訊ねる榊総理に私が逆に質問する。

「総理、今日の予定をどなたかにお話しになりましたか?」

「いや?誰にも言っておらんよ。 警護のSPたちもビルの下で待っておる筈だが」

「…ふうむ、だとしますと?」

鎧衣課長の呟きを聞きながらメガネのサーチ機能をフルに働かせると、ビルの中に侵入してきた人影が電脳の中に映し出される。 これはどうやら斯衛の宇宙怪獣…じゃなくて紅蓮大将のようですな。

しかし他にも3人の人間の反応があるのだが…さてこちらはまだデータ登録されていない反応、つまり私の知らない人達ということになりますが…3人ともどうやら女性のようですな。

あの怪獣大将、何を考えて女連れでここに乗り込んできたのか…いやひょっとして何も考えて無かったりして。

やがて紅蓮大将とお連れの3人は事務所のドアの前にやって来た。

「こんな夜分に何の御用ですか?紅蓮閣下」

向こうがドアをノックする前にこちらから先制して声をかけると…

「うむ、よくぞ見破った!いかにもわしが帝国斯衛軍大将紅蓮醍三郎である!」

お定まりの台詞と共にドアが開き、宇宙乃王者が侵入してきた。

「紅蓮大将、どうしてここに…む!」

榊総理の言葉が途中で途切れた。

紅蓮大将に続いて事務所に入って来た女性の顔を見たからだった。

赤の斯衛の制服に長い髪、そして眼鏡、その鋭い顔立ち…まさか、いや確かに先日横浜基地で私を遠くから監視していた彼女に良く似ている。

横を伺うと、榊総理も鎧衣課長も“まさか”という顔をしている。

…なるほど、つまりはそう云うことですか。

「…まさかこれほど早くお目にかかれるとは思ってもみませんでした…殿下」

私の言葉に社長がぎょっとしたように反応する。

「…諸星くん、いま…なんと?」

私は黙って入り口の向こう側を見詰める…鎧衣課長や榊総理も同様に。

そしてドアの向こうから事務所に入って来たのは…まぎれもなく政威大将軍・煌武院悠陽その人だった。

「…このような夜分に突然の訪問、誠に申し訳ありませぬ」

「殿下、何ゆえここに…」

突然の訪問を詫びる殿下に対して、榊総理が問いかける。

同時に彼は傍に立っている紅蓮大将とおそらくは付き人の侍従長と月詠真耶、この三人に無言のまま非難の視線を送る。

“どういうつもりだ!”

おそらくはそう言いたいのだろう。

無理もない、せっかく自分がことの信頼性と危険性を一人で確かめようとしているのに、よりにもよって最も近付けたくない人をここに連れてきたのだから。

私としても大いに文句を言いたいところだ。 殿下が来るとなればお茶も茶菓子もそれなりの物を用意しなければもてなす側の(つまりはこちらの)沽券にかかわるではないか!

…いや、決して榊総理に番茶と煎餅だけお出しするつもりだった訳ではないがしかし、やはり高貴な女性をもてなすという事はですな「そなたが諸星ですか?」…おっといけない、つい考え事を…

「初めて御意を得ます煌武院殿下、自分が諸星段であります」

「政威大将軍煌武院悠陽です、この度の斯衛への尽力に心より感謝します」

尽力?…ああ、X2の件ですな。

「恐縮であります殿下、して本日は何故ここに?」

「はい、本日の会談にこの悠陽も同席させて頂こうと思って此処に参りました」

「…お待ち下さい殿下、この件は未だ確かなことが分かってはおりませぬ。 何卒、この榊が確かめるまでお待ちを」

「榊、そなたがこの身を気遣ってくれるのは有難いのですが、わたくしはこの者の申す“指導者”に何としても会わねばなりません」

「それは…何故」

……成程、やはりそう言うことか。

「紅蓮閣下、利府陣君を締め上げて吐かせましたね?」

「…人聞きの悪いことを言うな、帝都城に呼びつけて少しばかり稽古の相手をさせただけだ。 まあ、その合間に少々質問などもしたがの」

私の質問にさらりと答える紅蓮大将だが…おい、怪獣大将!あんたのそれを世間一般では“拷問”とか“暴力を伴う尋問”と言うんだよ。

いくら改造人間の鳴海くんでも少々可哀想過ぎるだろうに。

「…いやそれがあの男、少し強めに奥義を使ったらあっさりと全て吐きおってのう」

「全部…ですか?」

「うむ、最近の若い者はすぐに音をあげてしまうのう」

あのヘタレ! いや確かに紅蓮閣下が本気で聞いてきたら話してもいいとは言っておいたけど…

(だからってなんで殿下にまで話したんですか!?)

(いや、それがのう…あ奴を締め上げて話を聞いておるのを殿下と真耶に聞かれてしもうてな)

(それでこうなったと…でもこちらは何のもてなしの準備も出来てませんよ)

(茶などどうでも良かろうが)

(タヌキや怪獣を基準に考えないでください!)

(…ほおう、それはどう言う意味かの?)

「よろしいですか、二人とも」

「「は、なんでございましょう殿下」」

ついうっかり密談に夢中になっていた私と紅蓮大将に悠陽殿下が声をかけてきた。

…思わず声が隣の怪獣とユニゾンしちゃったよ。

「諸星、この身をそなたの言う“土管帝国”とやらに案内しては貰えませぬか?」

「殿下!」「いや少々お待ち下さい」「なりませぬ!まずはこの月詠が…」「そのような胡乱な場所へなど…おやめ下さい!」「むうう…ふう、さてどうしたものかのう」「諸星君、どうしよう?」

いやはや、総理も鎧衣課長も月詠真耶嬢も侍従長も紅蓮大将もついでに社長まであたふたとしちゃってまあ…ことがことだから無理もないか。

「………分かりました、御案内致します」

少しだけ考えた末に私はそう答えた。

「諸星課長!」「貴様!」「一体殿下をどこへ連れて行こうというのですか!」

総理と月詠嬢と侍従長の三人が同時に噛みついてきたよ…ああ怖い。

「いえ、せっかくおいで頂いたのに何のもてなしも出来ずにお帰り頂く訳にもいきませんので」

「…そう言う問題ではなかろうに」

「まあ、そう言うな。 いざとなればわしも真耶もおるでのう」

「ですが閣下!この男が果して「真耶さん」…はっ」

なおも言い募ろうとした月詠真耶を殿下の声が遮った。

「かの者がこの男を信じて身を寄せているのならば、わたくしもまた信じましょう」

「殿下…」

殿下のお言葉でようやく周囲の人たちも(不承不承)納得してくれたようですな、さてそれでは…
 
 
「……ああタチコマくん、モロボシだけど先生に伝えてくれないかな?これからそっちへ行くんだけど、実は煌武院殿下…そう将軍様も一緒なんだ…うん、だからええと…お茶菓子は全部で8人分必要だから…ああ、それを出してくれると…うん、それと“チビ”はもう出来てるっけ? …そうか、なら問題はないね、じゃあ先生によろしく…え?何?先生が?…白装束?屏風?介錯を頼む?…止めなさい!今すぐ止めなさい!…… 中略 ……うん、うん、ああ落ち着いた?それじゃあこれからそっちへいくから」
 
 
黒電話の受話器を下ろしてお客様たちの方を見ると……やはりと言うか地球外生命体を見るような視線が向けられていますなあ~はっはっは。

まあ、鎧衣課長や紅蓮閣下は慣れているのであまり気にしていないようだが…

悠陽殿下はキョトンとした顔でなにか珍獣を見るような目で見てるし、侍従長と月詠嬢は険しい表情で殿下を護るように彼女の前に出ているし…そんなにバケモノ扱いしなくてもいいじゃないか。

「…え~それでは皆様、これより我が“土管帝国”へ御案内します」

「…諸星課長、今の電話は? なにやら物騒な単語が聞こえたが?」

「ああいえ、大した事ではありません総理。 殿下がいらっしゃると聞いて、ウチの先生がパニックを起こしかけただけです」

「…パニック?」

「ええ…なんといいますか……会わせる顔がないと言ってまして」

「会わせる顔?」

私の言葉に榊総理と鎧衣課長は訝しげな顔をし、紅蓮大将や悠陽殿下たちは一様に重い表情になる。

「…諸星、かの者の所に案内を」

「かしこまりました殿下、こちらへどうぞ…ああ社長、留守番をお願いします」

「うん、任せなさい。 そっちを宜しくね」

「はい、行ってきます」

悠陽殿下の言葉に従い我々は留守番役の社長を残して、転送用のコンテナのある上階に向かった。

さあ、ここからが正念場だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【土管帝国内・某所】

土管帝国のとある場所、そこでは大急ぎで悠陽殿下をお迎えするための準備が進められていた。

《モロボシはん、そろそろ来る頃やろか》

《そうですね~ でもこっちの準備もなんとかなりそうだし、先生の方は大丈夫~?》

《うん、さっき落ち着いていたから多分大丈夫だね~》

《あ、噂をすれば先生だ。 先生~》

「ああ…さっきは済まなかったね諸君」

《いえいえ~どうかお気になさらず~》

《準備の方はええ具合に出来とるで~》

「そうか、なら安心だ… 仮にもあの方をお迎えするのだからな」

《あっ、来た!来ましたよ先生!モロボシさんたちです~》

タチコマくんたちの一機がモロボシたちの到着を確認し、“彼”に告げた。

やがて“彼”の視界にこちらへ向かって歩いてくる数人の集団が見えてきた。

その集団の中から一人の少女が前に出て“彼”の方へ小走りで近付いてくる。

「殿下…」

“彼”の口から呻くような言葉が漏れる。

やがて目の前に来た少女…煌武院悠陽は目に涙を浮かべて“彼”の名を呼んだ。

「萩閣……よくぞ無事で」

彩峰萩閣…3年前に死んだとされていた男である。


 
 
 
第19話に続く




[21206] 閑話その3「光州の亡霊」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2010/12/29 22:28

閑話その3「光州の亡霊」

1998年1月 朝鮮半島、ユーラシア大陸から人類が追い出されるか否かを賭けた…いや事実上撤退を前提とした光州作戦の最中、日本帝国軍の司令官、彩峰萩閣中将の下に一人の訪問者の姿があった。

「…成程、それが私の運命か」

「…と決まった訳ではありません。 現在の帝国軍の位置を移動させれば状況を多少は変えられるかも知れません…もっとも最終的に朝鮮半島が陥落するのを防ぐことはどの道不可能ですが」

「うむ、そのことは既に11軍の総司令部も認識している…今頃はどれだけ戦力の消耗を抑えて撤退し、その後で敗北の責任を誰に取らせるのかを考えている最中かも知れんな」

「このままいけばそれを考えるまでもなく、彼らはBETAの腹の中に収まるだけでしょうがね」

「そして、そのツケを日本帝国が支払うことになりかねない…わたしの命だけでは到底払いきれない負債だな」

「“おとぎばなし”によれば榊総理があなたを生贄にして上手く状況を取り繕いますが、結局それが彼に対する国内と米国の怨みを買う事になり、彼もまた命を奪われます」

「私の失敗のせいで…是親殿、悠陽様…申し訳ありません…」

「…信じて頂けるのですか?彩峰閣下」

「そうだな、君の見せてくれた物からしておそらく真実を語ってくれているのだろう…私はそう思っている」

「では…」

「いや…全部隊を移動させることは出来ない相談だ」

「!…しかし、それでは……」

「現状の避難状況を実質支えているのは帝国軍と韓国軍の二つだ…この内帝国軍がここを離れてしまえば難民たちを移動させることが事実上不可能になるだろう、それでは米国の意向に逆らってまでしてきたことが無駄になる…それでは意味がない」

彩峰中将が目の前の男に言った通りであった。

作戦当初から韓国軍や大東亜連合軍と連携して難民の撤退を優先する作戦行動をとってきた彩峰中将ら日本帝国軍が、今ここで突然方針を転換して米国軍の支援に回ったとしても却って日本の立場は悪化するばかりだろう。

作戦当初…いや日本を立つ以前から彩峰中将は政治的・軍事的制約の中に閉じ込められた状態にあった。

朝鮮半島陥落が間近に迫る中、少しでも今後の国土防衛のために戦力を温存したい軍部と、日本が国際的な村八分になることを避けるために無理を承知で派兵を推し進めたい政府、さらに日本の協力を当然のように求める米国(状況を考えれば確かに当然なのだが)、大陸陥落を前に難民たちを一人でも多く避難させたい韓国やアジア諸国、つまり大東亜連合の政府と軍部…

ごく大雑把に見るだけでもこれだけの利害対立が出兵する帝国軍、いやその司令官である彩峰萩閣中将を縛っていた。

本来であればこれらの利害調整は作戦遂行の決定以前に政府間で行われていなければならない筈であった。

だがそれは多国間の足並みの乱れがバンクーバー協定の崩壊に繋がることを恐れた国連と、強引に自分たちの主張する作戦内容を押し付けてきた米国の姿勢が原因で、表面上はなされたが内実は伴わないというものになってしまったのだった。

そしてその不協和音は作戦開始直前になって水面上に現れた。

大東亜連合の軍司令部が国連第11軍総司令部の方針に反して、難民たちの避難を優先することを表明したのだった。

そして、これが彩峰中将の立場を決定的に追い詰めることになった…

彼が日本帝国の政府と軍上層部から与えられた任務は、対立する東アジア諸国と米国の双方に恩を売り、決して負債を作るな…なおかつ部隊の被害を最小限に抑えろというあまりにも困難、いや理不尽なものだったのだ。

(しかもそれは明文化された命令ではなく、もって回ったような言い回しによる圧力だった)

そんないい加減で無責任な命令は無視して箇条書きされた部分の任務を遂行すればいい…彩峰萩閣と云う人間にそれが出来れば良かったかもしれない。

だが彼はその無責任極まりない命令の裏にある政府と軍部、それぞれが抱える苦衷…日本の明日を案じるが故に自分に突きつけられた無理難題の意味を理解できる人間であった。

朝鮮半島が落ちれば次は日本本土が最前線になる。

押し寄せて来るBETAを帝国軍の力だけでは到底抑えきれない…なんとしても米国をはじめとする国連加盟諸国の力が必要だった。

そして米国の方針、G弾ドクトリンに基づく戦略を日本本土の上で展開されたら、たとえBETAを撃退出来たとしても戦場になった土地には二度と人間が住めなくなるかもしれない。

それを抑えるためにも米国以外の国、特に近隣のアジア諸国や太平洋諸国との関係強化が必須であった。

その一方で、やはり戦力としても兵站の供給元としても一番頼りになるのは米国である。

この国からの兵力や物資の援助がなければ到底戦力が足りない…故に米国の機嫌を損ねることも出来ない。

どれ程身勝手で理不尽な命令に見えても、日本帝国の明日のためには止むを得ない事情があったのだ。

追い詰められた状況の中で、彩峰中将は大東亜連合との連携を選択した。

それによってアジア太平洋諸国との関係を保ち、米国と国連への言い訳は自分の首を榊総理に差し出させればいい。

国連軍司令部が壊滅でもしない限りはそれでなんとかなる筈だった…そう、国連軍司令部が壊滅さえしなければ。

だが今、彼の目の前にいる男は彼にとって最悪ともいえる未来を予言し、同時にそれが単なる戯言ではない証拠にいくつかのありえないモノを彼に見せたのだった。

突然自分の前に現れ、出来れば起きて欲しくないと思っていた最悪の事態を予言する男…だが彩峰萩閣はその男に対して、静かに感謝の言葉を述べた。

「よく教えてくれた…心から感謝する」

「しかし閣下、この現状をどうなさるおつもりですか?」

男の疑問に彩峰中将は笑って答えた。

「なに、簡単なことだよ…私が愚か者になればいいだけのことだ」
 
 
 
 
 
秘密の会談を終えて帝国軍の駐屯地から出てきた男は夜空を見上げて溜息をつくと、ぼそりと呟いた。

「しまった、サインを貰うのを忘れていた……さて、どうするかな?」

その直後、夜の闇に溶け込むように男の姿は消えた。

その場を偶然通りかかった二人の兵士がそれを見て大声で騒ぎだすが、この時その二人の話を本気にする者は誰もいなかった。
 
 
 
 
 
 
数日後、国連軍司令部の府陣している方面へBETAの大規模侵攻が始まり、総司令部は撤退が間に合わず壊滅の危機を迎える。

だがそこに彩峰中将が帝国軍部隊の中から選んだ精鋭部隊を率いて到着、国連軍司令部が撤退を終えるまで持ちこたえるために死戦を覚悟の支援攻撃を開始する。

結果、彩峰中将以下支援に到着した帝国軍部隊の全滅と引き換えに国連軍総司令部は壊滅を免れ、無事朝鮮半島を脱出することに成功した。

作戦終了後、彩峰中将の犠牲で米軍部隊と国連軍司令部が助かったことについて、日本国内では米国を非難すべしとの声が上がったが、榊総理ら政府の根回しによりそれはなされなかった。

そして米国の一部からは彩峰中将が勝手な行動を取らなければ戦線の崩壊は無かった、死んだ彩峰中将と日本帝国の責任を追及すべきとの声が上がった。

だが、その彩峰中将の犠牲により米軍と国連軍が壊滅せずに済んだことと、国連軍司令部が難民の救助にあまりにも冷淡であり、彩峰中将がいなければ多くの難民がBETAに喰われていたとの声がアジア各国から上がったため日本への追及は中途半端となり、国連第11軍司令官は体調不良を理由に勇退となった。

後日、彩峰中将と彼の下した判断については様々な見解が出された。

曰く、無辜の人々のために苦しい決断をあえて下した仁将…

曰く、本来の指揮系統を無視した挙げ句に、兵力分散という愚挙により多くの部下を道連れにした愚将…

曰く、国家の無理な命令にどこまでも忠実に応えた一徹者…

曰く、アジア諸国との友好を優先したが故に米国の怨みを買った男…

曰く、特攻同然の無謀な戦法で部下を道連れにするという暴挙を行った男…

多くの見方、意見、憶測…その中に一つ奇妙な見解、いや風聞が流れた。

曰く、彩峰中将は光州においてとある亡霊にとり憑かれ、あの無謀な作戦を行ったのだ…

その噂によれば…あの作戦の数日前に、彩峰中将のもとに一人の民間人と思われる男が面会者として訪れた。

面会を終えた後、その男は帝国軍の駐屯地の出口付近でまるで煙のように消えたと、その場を見た兵士が証言した。

その直後、彩峰中将は国連軍総司令部がBETAの奇襲により壊滅の危機にさらされた場合の救援作戦の立案と部隊の編成に取り掛かった。

そして彼は数日後、何かを確信したかのように出撃して行った。

彼、彩峰中将は光州で死んだ何者かの亡霊に取り憑かれ、自ら死地へと向かって行ったのだ…
 
 
 
この怪しげな噂が真実の一部を示していると知っているものは皆無であった。

そして彩峰中将の死を疑う者も誰もいなかった。

ただ一人、その亡霊と呼ばれた男を除いては…

 
 
 
閑話その3終り




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第19話「残酷な“おとぎばなし”(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/01/05 14:10
第19話 「残酷な“おとぎばなし”(前)」

【2001年1月30日 土管帝国内・某所】

目の前にはお茶とお茶菓子が並べられていた。

お茶は静岡の一番茶、そしてお菓子は中●屋の月餅である、がしかし…

「うむ、やはり仲村屋の菓子はうまいのう」

…そうかよ、怪獣大将様。

「さてさて、この味は確かに本物ですが…この文字は、はて?中●屋?」

…気にしなさんなタヌキ課長さん、単なる歴史の誤差ですよ。

「…貴様の出す茶も菓子も、我らの検閲と毒見なしには殿下の御前には出せぬと心得よ」

…分かってますよ、月詠大尉殿。(階級に気付いたのはつい先程でした…すみません)

「ふん、このような怪しげな偽物を殿下にお出しする訳には参りません!」

…別に偽物という訳ではないんですよ、侍従長殿。
 
 
 
違う…こんな物じゃない…私が…私が殿下に出したかったのは…

いや、別に●村屋の月餅がいけない訳じゃありませんよ。

この菓子は身分の高い方にお出ししても決して恥ずかしくない代物なんです。

だが、だがしかし! 私が殿下に出そうと思っていたのは…嗚呼、出したかったのは…

灰となった京の銘菓・生八ッ橋、吉野の葛で作られた最上級の葛桜、そして寒ざらし粉と和三盆の調和によって出来る純白の越乃雪…

もう、この世界では(本物には)二度とお目にかかれないかも知れない至高の銘菓の中から、厳選した一品をお茶と共に出そうと考えていたのに…それなのに…うううっ…(涙)

「…さっきから一体、何をブツブツ言っているのかね諸星課長?」

「ふむ、どうやら突然殿下をお迎えした為に頭が茹で上がってしもうたようだのう…」

…あんたが言うな! 一体、誰のせいでこうなっていると思ってるんだか…まあ、言っても無駄か。
 
 
現在、私と紅蓮大将、鎧衣課長、月詠大尉、侍従長の五人は土管帝国のとある場所でお茶を飲みながら殿下と榊総理、そしてウチの先生こと元帝国陸軍中将・彩峰萩閣との会談が終わるのを待っていた。

…3年前、光州作戦の最中で命を落としかけていた彩峰中将を我々は助けた。

もっとも“助けた”と言っても辛うじて命だけは助けた…というだけだ。

津波のように押し寄せるBETAの攻撃にやられて、すでに心肺機能は停止寸前でまもなく死亡するのは確実…そんな状態だったのだ。

もっと早く助けられなかったかって? それは無理なのだよ諸君。

私が勝手にこの世界の人々の命や行動を左右することは基本的に許されていない。

何故なら私は、建前上“観測員”であって“救助隊員”ではないからだ。

あくまでも緊急時において自分の身を守ったり、目の前の消えかかった人命を救ったりすることが例外的に許されているだけだ。

従って、“偶々戦場で戦いに巻き込まれた私が、目の前で死にかけていた人を救助した”という事でなければ人助けすら認められない…まあ、私の立場はそんなものだ。

…そして私が助けることが出来る人の数も限られている。

あの時点で瀕死の怪我人を救助しても、治療可能な人数は実質一人だけだった。

部下を助けろと言う彩峰中将と、自分はいいから閣下を頼むと言ってこと切れた士官。

この二人が私が救助した人間だ。(結果、命が助かったのは彩峰中将一人だけだった)

戦術機部隊の衛士達も砲兵部隊もその全員が戦って死んで行った。

その時の状況を語ると、紅蓮大将と月詠大尉は無言のまま目を閉じて死者の冥福を祈り、侍従長は声を立てずに嗚咽した。

そして私はといえば…周囲の人々が厳粛な雰囲気を醸し出しているのをそっちのけで、秘密回線でリンクした鳴海君にお説教を加えていたのだった。

《なーるーみーくーん、君は自分の置かれた状況が理解出来ているのかなあ?》

《す、す、す、すみません…》

《君が生きている事が“あの人”にバレたらどうなるか、前にも話してあげたよねえ?》

《…はい》

“あの人”とは言うまでもなく横浜を根城にしている世にも恐ろしい女狐様のことだ。

明星作戦でG弾の爆発に巻き込まれ死んだ筈の男が実は生きていて、しかも全身機械の仮面衛士1号となっていた…

そんなことを“あの”香月博士が知ったらどうなるか。

《まず間違いなくあらゆる手段を講じて君の身柄を確保して、その上で君の身体を全て分解して尚かつ君のただ一つの生体部分である脳に直接電極を繋いで電流を…》

《わ、わかりました!わかりましたからもう勘弁して下さい》

…これが脅しでも冗談でもないところが怖いんだよね。

彼女ならやる…間違いなく鳴海君は彼女に捕まったその日が第2の命日になるだろう。

…いやもちろん分解と脳の検査だけで命までは取らないかも知れないが、希望的観測に頼るのは良くないだろう。

《まあ、今更しょうがない…それより鳴海君、君はどこまで紅蓮閣下に話したの?》

《…その、俺が知っていることは殆んど全部…です》

《あのねえ…まあいいか、つまり“おとぎばなし”の存在まで話したんだね?》

《…はい》

《それと我々の世界のことも…》

《…話ました》

…どうにもまいったね、これは。

今の時点で我々が並行世界の人間であり、その世界に伝わる“おとぎばなし”そっくりの世界が他でもないこの世界だという事は、まだ知らせない方がいいと思っていたのだが…

だが、こうなっては仕方がない。 どの道目の前で月餅を貪り喰ってる怪獣に鳴海君を預けたときに、こうなる可能性は想定していたのだ…思ったより早かったけど。

《しょうがないね…それじゃあそれを前提に交渉しますか》

《あの…諸星さん》

《ん?なに?》

《殿下は今では実権を持たない人ですよ? それなのにどうして…?》

《それじゃ鳴海君、一つ聞くけどこの国の“実権”とやらは一体だれが持ってるの?》

《え?…それは…つまり…その…》

《政府かな?軍部かな?それとも官僚たち?あるいは五摂家?もしかして皇帝陛下?》

《…えーと》

《実権なんてものはね…それら全てに有ると言えば有るし、無いと言えば無いんだよ鳴海君》

《…はあ?》

そう、特に今現在の日本帝国のような国はね…だから私は会談を望んだのだ。 彼女…政威大将軍・煌武院悠陽との会談を。
 
 
 
 
 
「待たせて済まなかったね、モロボシ君」

そう言って先生たちがこちらに戻ってきた…つい先程まで向こうに見える先生用の庵の中で、総理と殿下に色々と詫びたり説明したりしていたようだが…さて、今度はこっちの番か。

「諸星…そなたには礼を言わねばなりません、よくぞこの者を助けてくれました…そなたに感謝を」

「過分なお言葉です殿下、自分はただ自らがもたらした事態に何かせずにはいられなかっただけでして…」

「…そう、そのそなたがもたらした事態…いえ、情報の源…“おとぎばなし”とやらについて詳しく聞かせては貰えませぬか?」

「諸星君、私からも是非お願いする。 君たちが知っているその物語がもしも本当にBETA大戦を左右する程のものなら、何としても知らねばならんのだ」

…やっぱりこうなるか。 殿下も総理も光州作戦の経緯を先生から聞いている以上“おとぎばなし”の中身を詳しく知りたいと思うのは当然だ。

…仕方ない、どうせいつかは殿下にも話さなければならない事だったのだ。

会談の内容次第では、榊総理には今日話すつもりでいたのだし…

今までこれは、先生にも鳴海君にも話してはこなかった…二人にとってこれは知るだけで拷問になるからだ。

勿論、ここにいる人たち全員がそうだと言ってもいいだろうが…

「殿下、そして皆さん…その話をする前に一つだけ申し上げておかねばなりません。 この物語…“あいとゆうきのおとぎばなし”の内容を知るということは、ある意味で皆さんにとって死ぬより辛いことかも知れない…ということを」

「なに?」「むう…」「ふむ?」「死ぬより辛い…?」「貴様!」「殿下に何を吹き込もうというのです!」「…死人の私にまで言えないことかね?」

「はい、ですから御覚悟が必要になります…殿下、そして皆さんも」

「…そうか、では向こうで私が「是親」…はっ」

「そなたがこの身を気遣って聞くのが辛い話を一人で引き受けてくれる…その気持ちは嬉しいが、されどこの身は政威大将軍なのです。 苦しいことから逃げる者に、その任を務める資格はありません」

「殿下…」

悠陽殿下の言葉がこの場の方針を決定したか…成程、これならなんとかなるかも知れないな…この人なら大丈夫かも知れない。

「それでは皆さん、お話しましょう…」

そして私は話はじめた…“あいとゆうきのおとぎばなし”…その物語を。
 
 
 
 
平和な世界…そこで暮らす人々、そして主人公の白銀武…幼馴染の鑑純夏、そこに現れる御剣冥夜と月詠真那と三馬鹿トリオ…平和な世界での学園生活、そして教師である香月夕呼と神宮司まりも…白銀武のクラスメートの榊千鶴、鎧衣尊人、彩峰慧、珠瀬壬姫…彼女たち(1名のみ男の娘?)に囲まれて騒がしい青春をおくっていた…そんな少年がある日突然、この世界…2001年10月22日の横浜で目覚める。

そして始まる1回目の地獄……何も分からずにBETA大戦が行われている世界に放り込まれた白銀は横浜基地で香月博士と出会い、彼女の計らいで衛士としての訓練を受け、そこで元で世界の担任教師だった神宮司教官やクラスメートだった冥夜たちに出会う…彼女たちとの出会いによって自分が本当に異世界に来てしまったと知った武は、次第にその世界で生きて行く力と意志を持ち始める。

それから総戦技演習での試練と合格…戦術機の訓練…天元山での遭難……そして12月24日に突然、横浜基地の司令官ラダビノッド司令より伝えられたオルタネイティヴ4の存在とその打ち切り、そして香月夕呼の挫折…やがて始まるオルタネイティブ5の内容…それを知らされた時の無力感…間近に迫る地球脱出のタイムリミットに武は愛する冥夜を宇宙へと送り出す。

…そして、AL5の開始。

G弾を使用して一時は全てのハイヴを潰したものの、その為に地球の環境は重力異常によって激変…ユーラシア大陸の殆んどが上昇した海面の下に沈み、南半球は広大な塩の砂漠と化した。
そして、何故かBETAが滅びずに攻めてくる世界。
おそらく…その滅びゆく世界の中で白銀武は戦い、そして死んでいった…そう考えられる。
 
 
 
「…ここまでが“おとぎばなし”の前半になります。」

私がそう言うと、その場の全員がほっと息を吐き出した。

流石にこの人達にとっては信じる信じない以前に、この話は重過ぎる筈だ…なにせ自分の娘や妹の運命が語られているのだから。

「前半か…それではまだその後の話がある、ということだね諸星君?」

榊総理が苦悩の色を顔に張り付かせながらも、私にそう聞いてくる。

「そうです…そして総理、その先の話こそが“あなた方にとって”本当の地獄となります」

「「「「「「「!!!!!!!」」」」」」」

…さすがに全員が凍りついたな。

「ふむ、“我々にとって”本当の地獄…か、それはつまり私たちの身内の運命に関する記述が含まれているからかね?」

鎧課長が冷静な声で聞いてきた。

「ええ、仰る通りです課長…ですがその前に殿下、これを御覧ください」

そう言って私は未だに顔を青ざめさせている悠陽殿下に、以前榊総理に見せたレポートを差し出す。

「そのレポートには“おとぎばなし”の中に記述された第5計画遂行後の世界に関する内容が、果して現実となり得るのかどうか…その検証を行った結果が記されています」

悠陽殿下は微かに震える手でそれを受け取り、そして読みはじめた。

周囲の人々は心配そうに彼女の様子を見守っている…すでに内容を知っている先生や総理は勿論、レポートの中身を知らない紅蓮大将や月詠大尉、そして侍従長は今にも殿下が倒れるのではないだろうかと不安な顔を隠そうともしない。

いや、もし本当に殿下が卒倒したらこの私が月詠大尉によって成敗されるんじゃなかろうか…そっちの方が心配になって来た。

ただ一人、鎧衣課長のみが表面上は泰然自若とした姿勢を保っている…大した自制心の持ち主だね、この人は。

やがてレポートを読み終えた殿下は、震えるような吐息と共にそれを手元に下ろして私問いかけてきた。

「諸星、これは確かな内容なのですか?」

「はい殿下、ですがまだその内容は不完全なものでありまして、現在横浜基地の香月博士に検証を依頼しています」

「…そうですか、それでは香月博士はすでに“おとぎばなし”の内容も知っているのですか?」

「いえ、殿下…彼女にはまだそのことは話してはいません」

「…それは何故でしょう? もしもこの物語が現実となり得るのであれば、香月博士に知らせて対策を講じるように勧めるのが上策ではないのですか?」

そう、ここまでしか知らなければ確かにそうなのだが…武ちゃんは実際にそうしたしね。

「殿下、その理由は“おとぎばなし”の後半を聞いて頂ければある程度ご理解してもらえると思っております」

「…聞きましょう、続きを」

彼女の言葉に従って、私はふたたび語り始める…白銀武の第2の地獄の物語を。
 
 
 
 
第20話に続く





[21206] 第1部 土管帝国の野望 第20話「残酷な“おとぎばなし”(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/04/13 20:28
第20話 「残酷な“おとぎばなし”(後)」

【2001年1月30日 土管帝国内・某所】

殿下の言葉に従って、私はふたたび語り始める…白銀武の第2の地獄の物語を。
 
 
 
死んだ筈の白銀武は何故か再び2001年10月22日の横浜で目を覚ます。 そしてもう一度横浜基地へと向かい、香月夕呼に面会して自分のことと体験した内容を話す。

その話を受けて香月博士は彼を受け入れ、そして利用することを考え始める…白銀武はふたたび207B分隊の訓練兵として再出発し、そして再び総戦技演習を突破して戦術機の訓練で天才的な能力を発揮し始めた。

その一方で武は元の世界の経験や前回の記憶を基に戦力の改善策となるXM3の開発や新潟に上陸するBETAの迎撃、そして珠瀬次官の訪問を狙ったAL5推進派によるテロ工作、HSSTの墜落による横浜基地の破壊を未然に防ぐことに成功する…そして香月博士の理論の誤りに気付き、博士の作った機械で一時的に元の世界に戻って香月教諭から理論を回収して、オルタネイティヴ4の成功へ近付けることに成功する。

だが、その歴史の改変によって天元山の一件を引き金にした帝都でのクーデターの発生、そしてクーデターの首謀者である沙霧尚哉による榊総理の暗殺…
 
 
「暗殺…尚哉が…是親殿を…」「なんと…」「………」

先生と殿下は思わず声を上げ、他の人達も蒼ざめる。 そして榊総理と鎧衣課長だけは…成程、やはりそうだったのか…いや、今は話を続けよう。
 
 
混乱の拡大、そして米軍の介入…そんな状況の中、香月博士の命令で武たち訓練兵にも出動する…その先で悠陽殿下と武は出会い、様々な言葉を交わす。 その中で次第に武はこの世界の日本人としての自覚を持ち始め、沙霧たちの説得のために殿下(実際には冥夜)の護衛を務める。

殿下(冥夜)の説得で沙霧たちが投降しようとしたその矢先、米軍の衛士が突然発砲して事態は再び混乱する。 その後ウォーケン少佐ら米軍は壊滅、沙霧もまた月詠中尉に討たれれクーデターは終息に向かう。

帝国軍、米軍、国連軍…多くの犠牲と引き換えに将軍の権威は復活して、統帥権が確立…帝国は絶体絶命の危機を乗り切ることに成功する。

…そして12月10日の横浜基地でのXM3のトライアル。

予想を超える素晴しい成果に有頂天の武たちの前に、突然BETAが現れる…それを見てパニックになる武…そして打ちひしがれる武を慰めていた神宮司軍曹が生き残りの小型種によって武の目の前で喰われてしまうという悲劇。

心を折られた武は、香月博士の誘導で元の世界に逃げ帰る…それが博士の手の内だとも知らずに。

元の世界に戻った武を襲う更なる悲劇…友人たちが次々と自分の事を忘れ、冥夜や純夏までもが武の記憶を失う。 そしてついには神宮司先生の死…事故による純夏の重体…絶望する武に夕呼先生が打開策を告げ、武は決意と共にBETAのいる世界へと戻る。

そして戻った先で知った純夏の存在と00ユニットの正体…

打ちのめされながらも武は00ユニット…純夏の調律に努めながら、A-01に入隊して冥夜たちと再会し新たな仲間とも出会う。
 
 
「そして2001年12月24日…『甲21号』攻略作戦が行われました」

「!」「ふむ」「むう!」「佐渡島を…」「まあ…」「…む」「…」
 
 
多大な犠牲を払いながらも進行していく佐渡島ハイヴ攻略作戦…だが突然、00ユニットの不調により反応炉の確保が不可能と判断、最終的にヴァルキリーズの伊隅大尉がXG-70b『凄乃皇弐型』を自爆させて佐渡島もろともハイヴを消滅させた。

ようやく佐渡島ハイヴを落とし、安堵したその直後…地中からBETAの大侵攻が襲いかかる。

必死に戦う武たちだが、BETA側が今まで使わなかった戦術を使用してきたために、次第に劣勢になり追い詰められていく。

最後の手段として反応炉をS-11で破壊しようと試みたが、それさえもBETAによって阻まれる…遂に速瀬中尉がS-11を手動で点火して反応炉と共に自爆、辛うじて横浜の再占領を防ぐ。
 
 
 
《遥…水月……なんで…モロボシさん…あんた…何故今まで言ってくれなかったんだ!》

秘密回線の向こう側で鳴海君が泣きながら抗議してくるが…申し訳ないが無視させて貰おう、まだ先があるのだ。
 
 
 
その被害の傷も癒えぬ内に、横浜基地はオリジナルハイヴへの史上最大の反攻作戦『桜花作戦』の準備に取りかかる……それは00ユニットのリーディングによってBETAの指揮系統や学習能力の把握、そして人類の情報がBETA側に漏れていたことが判明したからだった。

香月博士は凄乃皇四型を大至急改修して作戦に投入しようとするが、護衛の不知火が全て使えないことが判明…冥夜の願いで紫の武御雷を使用することと、月詠中尉の独断で4機の武御雷を借り受けることが出来、冥夜たち5人はこれに搭乗することとなる…
 
 
 
「…まて、今何と言った?真那の…独断だと?」

「そうです。 正式な許可を得る時間がなかったために、彼女が自らの処分を覚悟の上でそうしたと…」

「真那…さん…それでは…」

「彼女が最終的にどんな処分を受けたか…それは“おとぎばなし”の記述の中にはありません」

「「「「「「「………………」」」」」」」
 
 
 
そして『桜花作戦』が開始される。

多くの命がA-01の盾となって散っていく中、武たちはカシュガルに辿りつく…しかしオリジナルハイヴの中は地獄そのものだった、凄乃皇四型の力と冥夜たちの活躍でなんとか『あ号標的』に辿りつくも武たちを護るために榊、彩峰、鎧衣、珠瀬の4人が戦死する。
 
 
 
「!」「う…」「…」「むうっ…」「ああ…」「く…」「おお…なんと…」

その場の全員が悲痛な表情で呻き声を洩らす…さすがの私も、当事者の親兄弟の前でこれを語るのは心が痛いのだが…まだ先があるのだ、続けよう。
 
 
 
そしてついに冥夜までもがあ号標的に絡め取られ、荷電粒子砲以外の武器も殆んど尽きた武たちは絶対絶命に陥る。

そこで冥夜は武に対して「自分ごと撃て」と告げる…心に秘めてきた想いと共に。

そして白銀武は、御剣冥夜の言葉に従い荷電粒子砲を発射……遂にあ号標的を討ち果す。
 
 
 
私が悠陽殿下の方を見ると、彼女は泣いていた…無表情な顔に涙だけを流して。
 
 
 
その後、横浜基地に帰還した武は純夏がすでに死んでいたことを知らされた…悲しみに包まれながらも武は人類の未来を守った誇りを胸に、元の世界に帰って行った…
 
 
 
 
 
「…以上が、我々の世界に伝わる“あいとゆうきのおとぎばなし”の概要です。」

私がそう言うと、凍りついたように動かなかった人々が一斉に吐息を漏らした。

ショックのせいか、この場にいる人たちの顔色はまるで血の気の無い人形のようだ。(紅蓮閣下のみは逆に血圧の上昇のせいか真っ赤になって何かを堪えているように見えるけど)

その中から意を決したように榊総理が質問してきた。

「諸星君、いま君が話してくれた物語は…どの程度現実になると考えられるのかね?」

「総理、現時点のこの世界の歴史は、私が介入した光州作戦の結末を除けば殆んど“おとぎななし”の内容と同じと言っていいでしょう」

「むう…そうか…」「ふううむ…」「ぐううぬう…」「…」

榊総理たちは苦悶の表情で唸る…無理もない、もしこの話が現実になるとしたら…第4計画が挫折した場合は人類はお終い、成功したとしてもあまりにも犠牲が大き過ぎる…そしてそこには自分たちの娘や殿下の妹君まで含まれているのだ。

果して犠牲を最小限に抑えて、第4計画を成功へと導けるのか…それを思うと未来の可能性が解った分、逆に頭が痛いのだろう。(未来を知っていれば対策も簡単という訳ではない)

「…殿下、申し上げたき事がございます」

「…何でしょう、真耶さん?」

「はっ…只今のこのモロボシなる男の話、どこまで信じて良いのかはこの真耶には解りませぬ。 されどもしも僅かでもこの男の話が現実となる可能性があるようなら、冥夜様たちをこのままにしておく訳には参りません、ただちに彼の女狐のもとより取り返されるべきと存じます。」

「……それは…なりません」

「!ですが、このまま放置してもしも冥夜様が…」

なおも言い募る月詠大尉に対して、悠陽殿下は苦悩を顔に出しながらもきっぱりと答える。

「もし…もしもこの物語が今後の世界が辿る運命を暗示しているのなら、香月博士の第4計画はなんとしても成功させねばなりません…今、冥夜たちを彼女のもとから連れ戻せば国内の第4計画反対派が勢いづくことは明らかです…それだけはさせてはなりません」

「殿下…」

月詠大尉もそれ以上は何も言えず、ただ口惜しそうに俯くだけだった。

いや、流石にこの暗い雰囲気は不味いね…少しは明るい話題も出さないと。

「殿下…そして皆さん、まだ悲観的になるのは早いと思われます。 少なくとも今からならある程度の問題は克服可能なのですから」

「むう、それはもしやお主が提供してくれたあのOSと機体の技術の事か?」

「そうです、既にお気づきでしょうがX1とX2の二つのOSは“おとぎばなし”の中のXM3を部分的に再現したものなのです」

「…成程、甲21号作戦の直前にようやく帝国軍に配備されたシステムを今のうちから配備を進めておいて、衛士たちがより良く使いこなせるようにする訳だな」

さすがに先生は良く分かってますな…

そう、XM3の配備は佐渡島攻略直前だった…そのため帝国軍のXM3への慣熟は“まだまだ”と言ったレベルだった筈だ。

これをたとえX1からであっても、もっと早くからその操作性の変更に慣れておけば佐渡島を攻める時にも犠牲を減らせるだろうし、それ以前の対BETA戦においても有利に働くだろう。

それは横浜基地のA-01部隊の消耗率も抑制し、結果207Bの5人によるオリジナルハイヴへの特攻の可能性も薄れる筈だ。

そのことに気付いた悠陽殿下たちは、ようやく少しだけ明るい顔になった。

「戦術機以外の装備に関しても我々の技術がある程度、お手伝い出来ると思いますが…それより厄介な問題があります」

「殿下、総理、尚哉の事は私に任せては頂けませんか、直接会って愚かな考えを捨てるように説得します」

「萩閣…」「萩閣殿…」

先生の言葉に殿下も総理も言葉を詰まらせてますが…

「…と、先生は仰ってますが…よろしいんですか?鎧衣課長?」

「…ふうむ、それも“おとぎばなし”の中にあるのかね?」

「まあ、そう言うことですな」

私と鎧衣課長との意味ありげな会話を聞いた他の人たちは、怪訝な顔で質問してきた。

「鎧衣、それはどういう意味なのですか?」

「さて…これはそちらのモロボシどのから説明をもらった方がよろしいかと」

…そうきたか、このタヌキ親父が。

まあ確かにここは私が先に口火を切る方がいいだろう。

「…つまりですな、クーデターを起こしたのは沙霧大尉の意志ではなくて、他の人間のシナリオに沿ったものだったと言う事ですよ」

「それは…誰が?」

殿下の質問に対して私は答える。

「それは勿論、そこにいらっしゃる鎧衣課長……と、榊総理のお二人ですよ」

「「「「「!!!!!」」」」」

ああ…やはり皆さん固まってしまいましたか…無理もない、言ってみれば殺人事件の被害者と殺人教唆の黒幕が同一人物だというようなものだからね。

殿下たちは信じられないといった顔で私と鎧衣課長、そして榊総理を見詰めているが…お二人とも何食わぬ顔で黙っておいでだ。(つまりはその通りだと認めているようなものだね…これは)

「まこと…なのですか?是親…鎧衣…」

「…お主ら、何故…そこまでして」

殿下と紅蓮閣下が声を震わせて問い詰めるが…二人とも無言で私の方を見る。

…はいはい、私が説明すればいいんでしょ? このタヌキ共。

「殿下、その理由はおそらく帝国の現状を打破するためだと思われます…現在の帝国政府あるいは帝国軍の状態では、どの道この国を長期間に渡って維持する事は不可能とこの人たちは考え、その状況を変えるために国内の膿をクーデターによって取り除き、その後殿下のもとに統帥権を確立して国家の新体制を築く…それがおおよその考えでしょうな」

課長も総理も無言のまま…沈黙はそのまま肯定を意味した。

「同時にまた、このクーデターは決してこのお二人が望んだものではなく、おそらくは一部の度が過ぎた国粋主義者たちと国内外の野心家や謀略家によって誘導され、形成された状況の産物でもあったのでしょう」

「…それは、かの国の情報機関が仕掛けたことか?」

月詠大尉が歯軋りするかのような声で聞いてくる…怖いからその顔やめてください。

「はい、確かに彼らの謀略と介入がこの事件の中で大きな要因を占めていると思われます…それが全てでは無いにしても」

「おのれ…米国めが!」

侍従長までもが般若の形相になってますよ…いやとにかく説明をつづけよう。

「そのため、この鎧衣課長殿が彼ら烈士たちとクーデターをある程度コントロールして帝国にとって有益な結果に終わらせるために沙霧尚哉という人物を選び、彼らの中に潜り込ませて主導権を握らせたのでしょう」

「だが…ならば何故尚哉は是親殿を斬ったのだ!?」

「お忘れですか先生、あの“おとぎばなし”ではあなたは榊総理の決断で銃殺刑になっていたことを」

「む…いやしかしそれは私の自業自得だろう、尚哉にそれがわからぬとは…」

先生はそう言うがことはそう単純ではない。 おそらく沙霧尚哉にしても榊総理を斬ったのは単なる憎しみからではないだろう…クーデターを起こした以上後戻りをさせないために生贄が必要であり、そのためには現政権の首班である榊総理や閣僚たちを殺す必要があると思ったのだろう。

そしてやはり個人的な部分では榊総理のやり方を(国にとって必要と分かっていても)許せなかったのではないだろうか…私の解釈ではあるが。

私がそれを説明すると、先生も他の人たちも一様に苦悩の表情となった。

「ですが…何故是親は自分を斬らせたのですか?」

悠陽殿下は悲痛な顔で総理を見ながら問いかけるが…この場合答えるのは私の役目か。

『外道は外道、それ以上でも以下でもない』…これは“おとぎばなし”の中における沙霧尚哉の言葉です。 彼の覚悟と心情を言い表す台詞と言えますが、同時にこの台詞は榊総理…あなたの心にある言葉ではないでしょうか?」

「…ふむ、そうかも知れんな」

私の言葉に榊総理は頷いた…やはりこの人はクーデターを起こした(結果として彼が鎧衣課長と図って誘導した)責任をあの“自決”によってとったのだろう…沙霧大尉の最期と同じように。

「殿下、何卒お察し下さい…国家の為にございます」

「是親…」

殿下の声は殆んど涙声に近かった…いやしかし、ここであまり湿っぽくなってはいけませんな。

「殿下、そして榊総理、まだそこまで思い詰める必要はないと思いますが」

「え…?」「諸星課長?」

「現在の状況からならば、まだクーデターの逆利用という非常手段を用いずとも何とかなるかも知れません」

「!それは…一体?」「何と!?」「むう!まことか!?」「モロボシ君!」「ほほう…それはまた…」「どうすれば良いのだ!諸星!」「嘘ではないのでしょうね?諸星殿!」

そう、嘘ではない…今からならまだ間に合うのだ。

だがそのためにはこの人たちの協力と、そして覚悟が必要になる…

それがこれから試されることになるだろう。

 
 
 
第21話に続く






[21206] 第1部 土管帝国の野望 第21話「国交樹立と贈り物」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/04/13 20:33
第21話 「国交樹立と贈り物」

【2001年1月30日 土管帝国内・某所】

「さて皆さん、まず現在の帝国にとって必要な物は何でしょう?」

私が何を聞いているのか理解したこの場の全員が顔を顰める。

何故ならこの質問は本来タブーなのだ…特に彼女(悠陽殿下)の御前では。

「貴様…何が言いたいのだ?」

「真耶さん…おやめなさい」

威嚇するように唸り声を上げた忠臣(忠犬?)月詠大尉を殿下が窘める……怖かった。(ブルブル)

「それは言うまでもなく、統帥権の確立です。 現在の帝国は建前上は殿下のもとに全ての軍組織があることになっていますが、実状はバラバラと言っていいでしょう」

「むう、言いにくいことをズケズケと言いおって…だがまあその通りではあるな」

苦笑いしながら紅蓮大将が私の言葉を肯定する…まあ、先程の“おとぎばなし”の暴露に比べればこの程度は軽いものだろう。

「そうです、従って今後の状況…第4計画の推進にしろ、クーデターの阻止にしろそれを確立出来なければどの道達成は不可能ですし、仮にそれらを乗り越えたとしてもその後の帝国は非常に弱体化し、不安定な国家となるでしょう」

「…確かにその通りだが、しかしどのような方法でそれを成し遂げるというのかね?」

難しい顔で榊総理が聞いてくるが…無理もない、簡単にどうにかなるような問題ならばこの人たちもクーデターを利用しようなどと、そんな非道な手段に訴えたりはしなかった筈だ。

どうにもならないほど帝国の国内情勢が行き詰っていたからこそ、あんな非常手段に出たのだろう…しかし、私には別の手段があるのだ。

「まず統帥権ですが、建前上は殿下が持っておられることに違いはありません。 従ってその建前に現実を追従させるような状況を発生させればいいのです」

「ふむ、確かにその通りだが…どうやってその状況を作り出すのかね?」

鎧課長の疑問に周りの人たちも同調するかのように頷く。

「まあ、本土防衛軍や城内省のお偉いさんたちが協力してくれる事はないでしょうが…ならばいっそのことBETAに協力して貰えばいいでしょう

「「「「「「「な…!!!!!!!」」」」」」

私の台詞に、その場の全員が絶句した…そしてそれに続く私の説明と計画の内容に彼らは呆然となっていくのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
「…しかし、本当にそんなことが可能なのかね?」

一通りの説明が終わった後で榊総理が聞いてきた。

「まあ確かに奇天烈な方法…いえ、はっきり言ってイカサマ以外の何物でもないですがしかし成功する自信はありますし、後はそちらの御覚悟次第ですが?」

「むう…確かに千載一遇の機会を得ることが出来るがのう…」

「ふむ、その通りですな」

「…確かに、そうでしょう」

「…解った、君の作戦に賭けてみよう」

総理たちの了解が得られた…それでは法律上の問題をクリアしておかないと。

「ありがとうございます。 それではこれに署名を頂けますか総理」

「……諸星君、この書類は一体どういうことかね?」

「はい、じつはその書類にあなたのサインがないと、こちらの支援作業が実行できませんので」

「???いやしかし…何故『産業廃棄物の処理に関する合意及び許認可』の書類が必要なのかね?」

総理も他の人たちも目を点にして聞いてきますが、これを説明するのは恥ずかしいんだよね…いやホントに。

だがしかし、説明させていただきましょう…カクカクシカジカと。
 
 
 
 
 
 
 
 
「…以上がその書類と文面上の手続きを必要とする理由です」

私が事情を説明すると、周りの人々全員が今度こそ異次元生物を見るような目を向けてきた。

「その…モロボシ君、君たちの国はどうやって存続してきたのかね?…現在まで」

嗚呼総理、それから皆さんも…そんなに可哀想な生物を見るような目で見ないでください、お願いですから。

「…まあ、成り行き任せの辻褄合わせと…後は運でしょうね」

「しかし…よく国が滅びんかったのう…」

ええ閣下、はっきり言って歴史上の七不思議のひとつですよ…いやホント。

「げふん!…まあ、この件はこれでいいとして、もう一つ殿下にやって頂きたいことがあるのですが」

「何でしょう?この身に出来る事なれば喜んでしますが…」

「お待ち下さい殿下!」「迂闊にこの男の話に乗ってはなりませぬ!」

とたんに警戒心剥き出しで月詠大尉と侍従長が殿下に諫言し始める…無理もないが、ここはひとつ目の前の胡乱な男(つまり私)の話を聞いて貰わないと困る。

「皆さん、現在の帝国臣民にとって心の拠り所となるのは、やはり皇帝陛下と将軍殿下のお二人の存在でしょう」

「だからどうした?そんな当たり前のことを「では何故、殿下の為のクーデターなど起きるのでしょう?」…む、それは…」

「それはつまり国民や兵士たちと殿下との間に壁が存在し、殿下のお声やお言葉が直接彼らの耳に届かないからではないでしょうか?」

「そんなことは解っている!だが仕方なかろうが!それとも殿下と兵や民を隔てる軍部や城内省の宦官共を皆殺しにしろとでも言う気か!?」

これこれ月詠大尉、それでは烈士たちと同レベルでしょうが…まあ落ち着きなさい。

「なに、要は殿下のお声が届けばいいのですよ…少しばかり奇抜な手段を使いますがね」

「なに!?」

「真耶さん…落ち着きなさい」

「…はっ」

「具体的な手段に関しては後程説明させて頂きますが、国内の人心を安定させ統帥権を確かなものにするためには国民や兵士に殿下のお声やお言葉が正しく伝わることが必要です」

「…確かに、その通りだな」

先生が私の言葉を肯定し、他の人達も概ね同意してくれた。

…そう、結局のところ国家の実権などと言うものは何がしかの実体があるわけではないし、とどの詰り、政府や軍の首脳から一般の兵士や市民に至るまで全ての国民にどれだけ信頼され、支持されているか…それによって支えられるものだ。

その信頼や支持が無ければどんなに強大な権力を持っていてもそれは長くは続かないし、無理に長続きさせようとすれば結局、国家それ自体を擦り減らすことになる。

ちなみに大昔、わが国のすぐ近くにその無理を長期間に渡って続けた国が存在したが、その代償はあまりにも無残なものだった。

だが逆に洗脳的な教育や強制によってではなく、国民の自発的な意志により支えられた国は驚くほど強い。

政威大将軍のもとにその信頼と支持をはっきりと分かる形で集められれば、統帥権に実体が与えられるし、烈士たちがクーデターを起こす理由もなくなるだろう。 もっともそうなれば別の誰かが…いや、これはまだ考えるのは早過ぎるか。

いずれにせよ殿下の声を国民に届く方法が必要なのは確かだ。 たとえそれがどれ程奇抜でイカレた方法であっても…

「諸星、そなたの言葉を信じましょう」

「ありがとうございます、殿下」

どうやら殿下も心の中で覚悟を決められたようだ…それなら最後のお披露目と行きますか。

「さてそれでは皆さん、最後になりましたがこの土管帝国の本来の役割と目的についてお話します」

「ふむ、そう言えばまだそれを聞いていませんでしたな」

「諸星君、君が何のためにこの“場所”を作り、何をしようとしているのか話して貰えるのかね?」

総理と鎧衣課長の言葉で周りの人たちも一斉に表情を改めた。

さて、それではお話しますか…私の本来の役目について。
 
 
 
「まず皆さんに改めて私の本当の肩書を紹介させて頂きます…私は『並行地球群連合』より派遣された並行基点観測員3401号 モロボシ・ダンです」

「並行地球群連合…それがそなたの世界の名前ですか」

「はい殿下、正確にはこの世界における国連が我々の世界における並行地球群連合に相当します」

「ふうむ、それでは『並行基点観測員』とはどういったものなのかね?」

「総理、それは言葉通りの意味でして、つまり並行世界における『基点』すなわち地球の状態を観測するのが本来の使命なのです」

「むう、それはお主たちの世界がその生存圏を拡大するためのものか?」

「そうです閣下、しかしながらこの世界のようにすでに人類が存在している地球には不干渉との基本原則があります」

「ふむ…つまり余計な争いごとのタネを増やしたくないという訳ですな?」

「その通りですよ、鎧衣課長」

「しかし、君はずいぶんと我々の世界に介入している…いや無論ありがたいのだが、君の独断なのかね?」

「いいえ総理、確かに私の独断で行っている部分もありますが、基本的には連合の命令によって活動しているのです」

「ほう、しかし不干渉が基本原則と言っておらなんだかの?」

「ええ、確かに基本的にはそうなのですが…“おとぎばなし”が原因でこの世界は特例となりました」

「そうか…関わりたくはないが、滅ぶと分かっている世界をただ見捨てる訳にもいかない…そんなところかね?」

「ええ…多分先生の仰る通りなんでしょうね」

なんとも中途半端な話だが、それが我々の世界の大方の本音だろう。

私の説明を聞いたこの場の人たちはどう思っているだろう?異世界からの救援に対する感謝の念か?それとも干渉に対する不安か?あるいは自分たちの窮状を知りながら、只の観測員に救助活動をさせてお茶を濁すつもりであろう異世界への不満か…

「それで諸星君、君は具体的に何をするつもりでいるのかね?」

「総理、私が連合首脳部より与えられた役割は、この世界の人類に逃げ場がなくなった場合の避難場所の建設及び人々の誘導です。 そしてこの国、『土管帝国』はそのために作られたかりそめの国家なのです」

「避難場所…か、この“場所”それ自体が人類の避難先…いわばとてつもなく巨大な難民キャンプということか」

「はい、勿論ただのキャンプではなく食糧などの自給自足も可能ですし、工業などの製造業も行える環境が用意されています」

「確かにこの広さがあれば可能だろうが…だが、この“場所”は安全なのかね?」

榊総理が最も気になっている事を聞いてきた…つまりは乗り気、ということかな?

「総理、現在我々が“どこ”にいるかお分かりですか?」

「ふむ、そう言えば“ここ”は一体どこに位置しているのかね?」

「つまり…ここです」

私が図を書いて説明すると…全員が絶句した。

「ほおおう…いやいや、予想はしていたが…まさかさらにその上をいくとは…」

鎧衣課長だけが辛うじて声を絞り出した、ある程度は予測していたんだろうこの人は…

紅蓮閣下もさすがに唖然としているし、月詠大尉と侍従長は…え?…こっちに殺意の波動を放ってきてる?

「貴様…よりにもよってそのような場所に殿下を…!」

「今すぐ殿下をお帰ししなければ!さっさとなさい!」

いや落ち着いてくださいお二人とも大丈夫ですってばこの場所はもう3年以上前から試行錯誤を重ねて安全性を確認してきているんだしそれにBETAが来る心配もまずありえないしそれなりに安定した場所だしだから殿下をお迎えしても問題ないと判断した訳だし第一そうでなければそもそも避難先として使えないぢゃないですかああだからその刃物をしまって下さいってば私だって人間なんだから斬られたら死ぬし痛いし怖いしとにかくそんな物騒なものは鞘に納めて下さいってば殿中ではございませんが松の廊下で刃傷沙汰は勘弁してほし…

「真耶さん、お止めなさい」

「く…承知しました」

殿下の言葉でようやく月詠大尉が刀を納める…助かった。

「真耶よ、大概にせんと本当に嫁の貰い手がなく「貰い手がどうしましたか閣下?」 …いや、なんでもないぞ…うむ」

紅蓮大将の窘める台詞を絶対零度の声で封じ込めてますよこの人…今後は出来るだけ怒らせないようにしよう。

「…それでは説明を続けさせて頂きますが、現在この土管帝国は約2億人の人間を収容し、持続的に養う事が可能な状態にあります」

「ふむ…日本人だけなら全員が移住出来る訳ですな?モロボシ君?」

「はい課長、しかし残念ながらそう簡単にはいきません。 私の役目はあくまで人類全体の避難場所の建設であって、日本人のみとはいかないのです」

「うむ、しかし現在の地球全体の人口は13~14億といったところだ…到底足りないと思うのだが」

「はい、確かに現時点では足りませんが、やがては全人類を収納可能な大きさを持つでしょう」

「…本当に可能なのかね?」

「その質問にはわが国の建設用コンピューターに答えて貰いましょう…オシリス、ちょっといいかい?」

≪イエス管理者(マスター)、御用は何ですか?≫

「む!」「ほう!」「…まあ!」「ぬう!」「何!」「ひ…」

いきなり我々の目の前に、小さなマスコット人形のような立体映像が現れた為に皆さんが驚いていますが…さてご紹介。

「紹介します。 この土管帝国の建設と管理を行っている工事用AI『オシリスⅢ』です」

≪はじめまして皆さん、私はオシリス…冥界の鳥にしてこの世界の創造主…そしてこのダメ人間の監督役…≫

「げふんっ!…オシリス、皆さんに現在の状況と今後どの程度の人間を収容可能かを説明してくれ」

≪了解…現在の限界収容可能人数は約3億人、継続的収容可能人数は約2億人、今後の工事予定から推測される継続的収容可能人数は3年後に約5億人、10年後に約12億人…20億人以上の人間を収容可能になるのはおよそ14年後、現地時間で2015年となっています≫

オシリスⅢの説明に最初は目を丸くしていた人たちも真剣な顔で考え込む。 現時点では人類全体の7分の1程度しか収容できなくても、やがては全人類を収容し養う事が可能になる…だが同時にそれには時間がかかり、もしもその間に第5計画が発動してしまえば…

「諸星君、君が国連や米国ではなく我々に接触してきた理由は第5計画に関係しているのかね?」

「その通りです総理、もしも早い時期に第5計画が発動してしまえば人類の大半を見殺しにするしかなくなるでしょう」

「むうう…米国が簡単に第5計画を放棄することはあり得まい、いやそれどころかこの“避難場所”の存在を知れば逆に第5計画の前倒しに向かう可能性すらある…か」

「そう言う事です紅蓮閣下、私としてはなんとか第5計画の中に潜り込んで彼らの計画を変更させたいと思っているのですが、バビロン戦略派の力が強過ぎて迂闊なことは出来ないのですよ」

「確かに、下手をすればなにもかもがご破算でしょうなあ」

鎧衣課長…そんな人ごとみたいに言わんで下さいよ。

「現在のこの世界にとってもっとも望ましいのは第4計画の成功によってBETAを地球から駆除する事でしょう。 しかしそれが上手くいかなかった場合の保険として、この土管帝国は必要と考えます。 そして土管帝国が全ての人類を収容出来るようにするには時間が必要となります」

「もしもあと1年で第5計画が開始されれば助けられる人類の数はどれくらいかね?」

≪“おとぎばなし”の内容を仮定の条件として判断した場合、現地時間2002年1月の時点での土管帝国の限界収容可能人数は約5億人、継続的収容可能人数は約3億人となっています。 バビロン戦略の発動時点をそれより3年後に仮定した場合は限界収容可能人数は約7億人、継続的収容可能人数は約5億人となります≫

「…つまり“おとぎばなし”の記述どおりの歴史をたどった場合は最大でも7億人…現実には5億人が限界ということですね」

オシリスの回答を聞いた殿下が確認する。 そう、確かに“おとぎばなし”の内容通りに歴史が進めばそうなる…第4計画が成功すれば別だが、その為には『白銀武』という最大の不確定要因が前提となるのだ。

彼が本当に現れるのかどうか、現在の我々には知る術がない。

ならば最悪の事態を想定して対処すべきなのだ…第5計画の発動という最悪の事態を。

「さて榊総理、ここからは私とあなたの“密談”になりますが…」

「うむ、全ての国民をここに収容する方便はあるのかね?」

…さすがに良く分かっておいでだ。

「表向きは不可能ですが…この国に避難民を誘導するための“現地協力者とその家族”を収容するのはある意味当然でして…」

そう、この土管帝国の内部環境や避難民を収容したさいの準備や対策にはどうしても人手がいるし、それらの人員をどこからか持って来る必要があるのだ。

それを日本帝国に負担してもらう代わりに、彼らの家族(つまり全国民)の収容を受け入れる…もちろんこれは反則技だし、日本だけが優先となればそれを行った榊総理と私にもそれぞれの世界から非難の声をぶつけられるだろうが、お互いにスポーツ競技のつもりでやっている訳ではない…総理にしても実質何の見返りもなく多くの人員をこれにつぎ込むなど出来る筈もないし、私もそれに対してそれなりのサービスをする義務があるのだ。

…まあ、確かに日本人同志の身贔屓と言われれば完全に否定は出来ないが。

「…わかった、“こちら側”の全責任は私一人が負う。 そちらの問題は…」

「私と先生でなんとかします」「お任せ下さい、是親殿」

「是親…萩閣…モロボシ…そなたらに感謝を…」

殿下が声を詰まらせながら謝意を述べてくれる…いや、照れますな。

≪良かったですね管理者(マスター)、人から感謝されるようになるとは人間として成長された証拠でしょう…生かしておいた甲斐がありました≫

…おだまんなさい、このポンコツAI! 本来廃棄処分にならなきゃいけない君に仕事を与えたのは誰だと思ってんの。

傍若無人な人工知能の暴言に表情で言い返す私だったが、不味いことにここには観客がいたのだ。

「モロボシ君…このAIは大丈夫なのだろうね?」

鎧衣課長が興味半分な口調で聞いてきました…さて、なんと言おうか?

≪心配は無用ですミスター鎧衣、私の機能は完璧です。 現にそこのダメ管理者(マスター)を今日まで飼育…いえサポートしてきたのは、全てこの私の完璧な機能があったればこそなのですから≫

…最近態度がでかくなったと思ったらとうとう人を家畜扱いし始めたか、このマッドプログラムが!

≪そもそもたった一人で戦地に派遣されて、自棄になって酒に溺れていたこのクズ管理者(マスター)の根性を叩き直したのはこの私です。 私こそがこの土管帝国の真の創造主であり、支配者なのです≫

余計なお世話だ!別に溺れてないよ!ただ私は酒癖が悪いだけ…って、なんだろう…痛い…視線が痛い…

「諸星…」

はっ、何でしょう殿下…と言いたいのだが…言葉が出ない…周囲の視線が痛すぎて。

「そなたも色々と苦労しているのですね、この身に出来る事があれば何時なりと言って下さい」

いえ殿下、そのお言葉だけで十分…というか却ってこの場合その同情はあまりにも痛すぎます。

周りを見渡せば、呆れかえった表情や同情的な目が私を取り囲んでいた…お願いだからそんな目で見ないでください皆さん。

「モロボシよ…(本当に大丈夫なのだろうな?この“おしりす”とやらは?)」

「御心配いりません閣下…(今のところはこのAIが土管帝国の拡張に欠かせません、目を瞑って下さい)」

≪全人類○主○様計画の次期フェーズへの移行予定は未だ未定…やはりこの無能管理者(マスター)の仕事を終わらせなくては…≫

だったらさっさと仕事に戻れ!その狂ったアルゴリズムをバラバラにされたいか! ぽちっとな。

≪自分探しの速度が300…ブツッ…≫

…ふう、まったくとんでもない性悪AIだ。 しかしアレなしでは計画は進まないしなあ…

「さて皆さん、もう遅いですし本日のところはこれまでという事で…」

「うむ、そうだのう…さらに詳しい話は後日としようかの」

「確かに、考えねばならんことが多過ぎるようだ…今日はここまでにしよう」

「榊総理」

「…む、何かね?」

「只今を持ってわが国と貴国との国交が成立した…そう考えていいですね?」

「うむ、ただ当分の間これは非公式なものとなるし、帝国に関する全責任はこの私のみ「違いますよ是親」…殿下」

「そなた一人ではなく、そなたとこの悠陽の二人が責任を負うのです…それでいいですねモロボシ」

「確かに承りました殿下…それではこれを」

そう言うと私はとっておきのお土産を殿下の前に差し出した。

「これは…そなたのタチコマとやらの模型…ですか?」

そう、見た目はタチコマくんのミニチュア模型に見えるのだが…実は模型では無い。

「殿下、これは模型ではなく“チビコマ”と言ってタチコマくんの小型版なのです」

「まあ…それを私に?」

「はい、小さくてもこれは自分で判断、行動が可能なAI戦車ですのでいざという時は殿下をお護りしたり、安全な場所へ転送することも可能です…また通信機能も備えていますので、離れていても先生とお話も出来ます」

「モロボシ…そなたに感謝を…」

「恐縮です、しかしこれはこれからのために必要な物をお贈りしたまでの事…今後が大変でしょうが何卒御気を強く持たれますように」

「承知しております」

「…殿下、そろそろ参りましょう」

「ええ…それでは萩閣、また必ず…」

「殿下…この萩閣は何処にあっても殿下の臣にございます」

「…はい」

「さて、それでは皆さん…こちらへどうぞ」
 
 
 
 
 
悠陽殿下たちを送り出した後、彩峰萩閣は一人物想いに耽っていた。

これからどうすればいい? 死人の自分に出来ることは何か? 尚哉を自分が止めるべきか? それとも…

《せんせい~もうお片付けしていいですか~》

「ああ、もういいんだよ君たち」

《は~い》

能天気なタチコマくんたちの声に励まされるように彼は笑った。

自分にもまだ何かが出来る筈だ…国の為に…人の為に…

その想いとともに彩峰萩閣は立ち上がった。

自分が為すべきことを為すために。
 
 
 
第22話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第22話「占いと駆け引きと原子核」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/01/23 18:16

第22話 「占いと駆け引きと原子核」

【2001年2月1日 国連軍横浜基地・B19フロア】

香月夕呼は多忙である。

国連太平洋方面第11軍横浜基地の副司令にして、オルタネイティヴ第4計画の責任者という肩書が日々の雑務を膨大なものにしていたからだ。

副官であり、有能な助手でもあるイリーナ・ピアティフがどれだけ有能であっても彼女が全ての雑事を片付けてくれる訳ではない。 夕呼自身が片付けなければいけない雑用も大量に存在するのだった。

そんな仕事の一つに基地に無断で侵入してくるタヌキの追い出しという項目がある。

もちろんこんな異常地帯に侵入してくるタヌキなど、鎧衣左近という名前の大狸だけなのだが…

「それで? 一体今日は何の用なの? 撃ち殺す前に一応聞いておいて上げる」

机の引き出しから9ミリ拳銃を出して狙いをつけながら夕呼は聞いた。

徹夜明けで不機嫌な夕呼の前に、よりにもよって存在自体が彼女の機嫌を損ねるためにあるような男がにこやかな表情で現れたのだから無理もないだろう。

「はっはっはっ…いやいや、これはどうもご機嫌がよろしくないところにお邪魔してしまったようですなあ~、それでは古代バビロニアにおいて王が機嫌を損ねた際に用いられた…」

突きつけられた銃口を前にしても恐れ入った様子もなく、鎧衣は早速得意の薀蓄を始めようとするが…

「…そう、そんなに死にたいのね?」

目が本気になった夕呼を見て、流石の鎧衣も口調を改めた。

「…実は先日、またしても彼の秘境に迷い込みまして」

「ふ~ん、それで?」

一見つまらなそうな振りをしていても、夕呼がこれに只ならぬ関心を寄せている事を鎧衣は知っていた。

「そこで一人の占い師に会いまして」

「うらないし?」

「はい、その占い師が言うには“2001年2の月に恐怖の軍団が佐渡より来るだろう”とのことでして…」

「…それ、占いじゃなくて予言て言うんじゃないの?」

呆れたような口調で言いながらも夕呼は、目の前の男が告げた言葉の中身を検討し始めていた。

(今月中にBETAの大侵攻ねえ…どうせ占い師の正体はあのコウモリだろうけど、一体どうやって予測したのよあの男! …まあいいわ、その予測が当たるか外れるかであのコウモリの値打ちも測れるし、こっちの作業にも利用できそうだしね)

「それで、その占いはあんたの雇い主には教えたの?」

「はい、あの方も大変心配されていらっしゃいますが、何分にも根拠のない占いですからなにか有効な手を打てる訳でもありませんし…」

「当然よね~ そんなものを一々信じてたら頭がおかしいって言われちゃうだろうし~」

「はっはっはっ、いやいや手厳しいですなあ」

「まあ当たるも八卦当たらぬも八卦…それで対応するしかない、つまりはそういう事でしょ?」

「はい、あの方もそれを前提に準備をされておられるご様子でして」

「ふ~ん、成る程ねえ~」

(総理や殿下にどうやって取り入ったか知らないけど、それなりの信用を得たということね…そしてあの二人に対してBETAの侵攻が今月中にあると信じさせる何かを見せたといったところかしら? そしてこのあたしにX2とは別に“例のモノ”を開発させたのもこのため? …だったらもっと早く話を持って来なさいよ!下手すりゃ間に合わないじゃないの! まあいいわ、確かにアレは帝国軍が咽から手を出して欲しがるでしょうけど、なにもそれは帝国軍だけじゃないのよコウモリさん? 全部あんたの思い通りにいくと思ったら大間違いよ)

「それで? その占い帝国軍には知らせたの?」

「はっはっはっ…いえいえ、流石にあの人達には信じて頂けないでしょうし…」

「ふん…」(つまり知っているのは私と斯衛だけって訳ね…)

帝国軍は今月中の大侵攻を知らず、自分と将軍たちのみが知っている…この状況をいかに利用するか、最適の答えを求めて夕呼の頭脳はフル回転で計算を開始した。

「…そうねえ、ちょうど新開発のシステムを実験したかったことだし…ちょっとお願いしてもいいかしら鎧衣課長?」

「はっはっはっ…さて、どんな仕掛けをお望みですかな?」

「大したことじゃないわ、ウチの娘たちの出張先を確保してほしいだけ」

「ふむ、それならばどの辺がよろしいでしょうな?」

「そうね、まず…」

…その後、魔女と狸の相談は約30分に渡り、予定を気にしたピアティフが注意しに来るまで続いたのだった。
 
 
 
 
【2001年2月10日 帝国軍相馬原基地】

この日、相馬原基地の中は普段と違う緊張の中にあった。

その理由はといえば、3日前に突然知らされた斯衛軍及び国連軍との共同訓練の実施であったのだ。

先日の国防省の会議で事実上採用が決定した新型OS、X1とそれを横浜基地で改良して斯衛軍によって試験採用が決まったX2の共同試験、それがこの訓練の本当の理由であった。
 
 
 
「まあったく…上の連中ときたら一体何を考えてるんだか…」

「ぼやくなよ、日高」

「はいはい、相変わらず大人だねえ~七瀬大尉殿は」

「皮肉はよせ、俺だって文句は言いたいところだが…」

そこまで言って本土防衛軍“鋼の槍”連隊所属、ハルバート大隊指揮官七瀬涼大尉は何かを考え込むかのように口を噤んだ。

その沈黙に不満を募らせるかのように先程からぼやいていた七瀬の同僚、フレイル大隊指揮官日高楓大尉がさらに噛みつく。

「な~な~せえ~、そうやって一人で沈黙ぶりっこばっかしてるとしまいにゃ“あの”妹さんに…“ああ…お兄様がおかしくなられた”なんて言われちゃうんじゃないのお~?」

「ぶっ!…おい日高、恐ろしい事を言わんでくれ…今はそれどころじゃないんだ」

…基地の中では『“鋼の槍”連隊名物』とまで言われる日高大尉の“七瀬いじり”だが、今日のそれは微妙に調子がずれていた。

自分たちの基地に余所者…斯衛と国連軍が同時に来る、そして彼らと共に新型OSの試験運用を行うという話を聞かされていたからだ。

「そりゃあ確かに高性能のOSが搭載されるのなら、撃震に乗ってるあたしらにとっては有難い話だけどさ…ここはいつ最前線になるか分かんないところだよ、そんなところにまだ出来たてのOSなんか持って来たって逆に不安のタネでしかないんだってのがエライ人には理解できないのかねえ」

「確かにそうなんだが…おれが黒木から聞いた話が本当なら、新型OSは桁違いの性能を発揮する筈だ…あの富永大尉のお墨付きだというのだからな」

「黒木…ああ、あのメガネ掛けてるムッツリハンサムの」

日高の脳裏に七瀬の同期で甘いマスクの割には無愛想な男の顔が浮かんでいた。

七瀬と何度か飲みに行った際に紹介された覚えがあったが、戦術機のことしか話さない男だという印象がある程度だった。

「…お前はそんなだから何時までたっても嫁の貰い手が無いんだろうが」

呆れ顔でそう言った七瀬に対して日高は笑って切り返す。

「あっはっは~、貰い手がなきゃ最終的にはあんたに引き取ってもらうから別に問題は無いね~ あ、でもそうするとあの妹君が“あなたのような人はお兄様には相応しくありません!”とか言ってあたしの前に立ち塞がるのねきっと…よよよよよ(泣)」

「…言ってろよ、まったくこいつは…お、見ろ日高、どうやら来たようだぞ」

七瀬が言った方を日高も見ると、国連軍と斯衛軍の制服を着た一群が案内役にエスコートされて自分たちの方にやって来た。

「七瀬大尉、日高大尉、こちらでしたか」

そう声を掛けてきたのは、案内役を務めていた“鋼の槍”連隊のCP将校である神谷梢枝少尉だった。

「神谷少尉、そちらが今回のお客人たちだな?」

「はい、皆さんこちらのお二人が我々の連隊より選出された衛士で、七瀬大尉と日高大尉です」

「初めまして、七瀬涼大尉であります」「日高楓大尉です」

「どうも、自分は国連太平洋方面第11軍横浜基地A-01連隊所属、碓氷鞘香大尉です」

「同じく大咲真帆中尉であります」

「御名瀬純中尉であります」

(この3人が横浜の女狐が送ってきた手駒か。 見たところ雇い主と違ってまともそうだが…むしろこっちの連中の方がやっかいのようだな)

七瀬大尉がそんなことを思いながら見ていたのは、挨拶するのにサングラスを外さないどう見ても斯衛というよりはヤクザ者にしか見えない男だった。

「俺は帝国斯衛軍流山特務大隊所属、パイレーツ中隊の粳寅満太郎大尉だ。 短けえ間だが宜しく頼むぜお二人さん」

「粳寅大尉、ちゃんと挨拶してくださいよ…あ、すみません、自分は流山特務大隊所属、富士一平中尉であります」

「わ、私は同じく流山特務大隊所属の沢村真子少尉でありますっ」

(あ~いや、なんて言ったらいいのか…ヤクザ者の隊長に真面目人間を絵に描いたような副官とまだ駆け出しの御嬢ちゃん…どういう取り合わせなのこれ?)

あまりにも不揃いな三人組に日高大尉は戸惑っていたが、それ以上に目を引く男が後に控えていた。

「初めまして、自分は帝国軍技術廠・特務開発部隊ブラックゴースト小隊所属、利府陣徹中尉であります」

((…仮面!?))

…どこへ行っても怪しげな仮面のせいで悪目立ちして、周りから引かれてしまう悲劇の仮面衛士・利府陣徹こと鳴海孝之であった。
 
 
 
 
【相馬原基地・シミュレーター管制室】

「…驚いたな」

モニターに表示された戦況を見ながら“鋼の槍”連隊指揮官である神田龍一少佐はそう呟いた。

現在シミュレーターの中で戦っているのは今回の試験運用のためにこの相馬原基地と斯衛軍、そして国連軍から選ばれた精鋭たちだ。

当然、彼らの能力はそれなりの物だろうと思っていたし、だからこそ自分も連隊の中で最も頼りにしている二人を選んで当てたのだが…

初めのうちはX1の操作性と即応性に戸惑っていた七瀬と日高だったが、コツを掴むと見違えるような機動を見せ始めた。

第二、第三世代機に比べるとどうしても鈍重に見える撃震の機動がそれらと同等にまで見えてくる…その事実に神田少佐は内心で驚愕していた。

「予想を上回る性能だなX1は、そしてX2はそれ以上に凄い…か」

そして斯衛軍の瑞鶴と国連軍の不知火、これらに搭載されたX2の機動に至ってはもはや開いた口が塞がらないと言えるかも知れなかった。

先行入力とキャンセル機能を組み合わせた操作により、殆んど機体の硬直といった状態が発生しない…従来のシステムでは夢物語だったことが目の前で繰り広げられていた。

(上の連中と斯衛と横浜が何を考えて柄にもなく共闘しようとしているのか知らんが、少なくともこのOSは有望な戦力になる事は間違いないだろう…現状を考えればこの基地に早期に配備されるのはむしろ望ましいことかもしれんな)

「まったく…これは凄いとしか言いようがないですね、神田少佐」

神田と共に状況をモニターしていた帝国軍“地平線(スカイライン)”連隊所属、フラット中隊の黒木隆之中尉がそう語りかけてきた。

「ああ…撃震ですらあの機動だ、中尉の機体…不知火壱型丙にこれを搭載した場合の戦闘力はどれ程になるか恐ろしさすら感じるな」

「はい、設定は間もなく完了します。 もうすぐ壱型丙の本当の実力を証明する事が出来ますよ」

嬉しそうに壱型丙を語るこの黒木中尉は知人や同僚から“壱型丙に取り憑かれた男”と呼ばれている。

その性能とは裏腹の操作性の難しさや稼働時間の短さから“失敗作”との評価がなされている不知火壱型丙だが一部の腕利き衛士からは高い評価を受けており、好んで搭乗したがる衛士も少なからず存在する。

そしてこの黒木中尉はその代表格と言っていい男だった。

戦術機の操縦に非凡なセンスを持ち、メカニックとしての技能も持ち合わせた彼は壱型丙の搭乗者に抜擢され、その性能に惚れ込んだ黒木は知人であり、メカニックとしての先輩でもある富永大尉にアドバイスを受けながら独自に壱型丙の改良案を纏め、上層部に提言したことさえあった。

残念ながら彼の案は費用対効果の問題から通らなかったが、その熱意が幾人かの関係者に知れ渡り今回のX1の採用で試験運用の衛士として選ばれたのだった。

「今まで壱型丙の運用で問題だった操作性の欠点はX1を搭載することで解消されるでしょう。 それと稼働時間の方も新型の構造材が問題を解決してくれる筈です…そうだよね、利府陣中尉」

そう言って黒木は一緒に設定作業を行っていた孝之に話を振った。

「そうですね、機体技術に関しては時間がかかるでしょうが、このOSが帝国軍全体に普及すれば事実上の大幅な戦力増強になると思います」

「ああ、そして改良された壱型丙が…弐型と仮に呼ばれてるんだっけ? その弐型が配備されれば現在の戦況を変えることも夢じゃないさ」

「成る程、もしそうならここでの試験はこの先の帝国にとって重要な意味を持つことになるな」

(上が共同で行っているのもそれだけ重要と認識しているからか? だがしかし、なぜこの相馬原基地なのだ? 他にも何か…)

BETAの帝都への進路上に位置しているこの基地での試験運用に疑問を抱く神田少佐だったが、この場においてその答を知っているただ一人の男、利府陣徹こと孝之は何も言わず作業を続けていた。

(全ての作業は順調…だけど本当に今月中に来るんですか?モロボシさん?)

電脳の力を借りて同時並行で別の作業をタチコマたちと共に行っている孝之は心の中でそう呟くが、彼の疑問に答えられる人間はこの世界のどこにもいなかった…モロボシにとってさえ、それは一種の賭けなのだから。
 
 
 
 
 
【2001年2月12日 国連軍横浜基地・B19フロア】

「あらいらっしゃいコウモリさん、一体どこから入って来たのかしら?」

私が執務室に入ると部屋の主である香月博士がにこやかな笑顔で迎えてくれた…いや~やはり美しい女性の笑顔は素晴しい、たとえ心の中では牙を剥いた夜叉が舌舐めずりをしているのだとしても、そしてその手に拳銃が握られていたとしても…って!おいおい、危ないじゃないか。

「いけませんなあ~香月博士、古人曰く“拳銃は最後の武器”なのです。 まして貴女のような美しい女性にそんな物を振りかざして欲しくはありませんなあ~」

「あら、ありがとう。 でもこうでもしないと私の仕事場に無断で侵入するタヌキとかコウモリとかの害獣を始末出来ないでしょ?」

いや、そんなにこやかな笑顔とともに銃口を向けられながら畜生呼ばわりされてもあまり嬉しくはないんですが…

「…まあ、アンタやあのタヌキが無断侵入するのは今更仕方がないとしても、あたしもそう暇じゃないんだからさっさと用件を言いなさい」

いやはや手厳しい人だねまったく…まあこの程度でメゲていてはこの人と付き合っていくことは出来ないだろうが。

「本日お邪魔したのは先日開発を依頼したシステムとアラスカ行きの件なのですが」

「ああ、あのシステムなら実験機を組み上げて今は試験中だけど…アレはここで作られた物である以上、いつどこに提供するかはあたしが決めさせて貰うわよ」

おや、そう来ましたか…こっちの予定通りに動くつもりはないというわけですな。

「ふうむ、アレは帝国軍をあなたになびかせるのには絶好の代物だと思っているのですが…」

「あんなバカ共に懐かれたって嬉しくも何ともないし、それより有効な取引先があるしね~」

有効な取引先? まさかと思うが…

「博士、もしやアレをXG-70を入手するための取引材料になさるおつもりですか?」

「あら、よく気付いたわね~ なにせX2は基本的権利が帝国軍側にあるでしょ? だからこっちを見せ札にしようと思ってるのよね~」

思ってるのよね~…って言われてもなあ…まあ、この人がそっちを優先するなら今回は仕方がないか。

「博士がそう仰るのならば仕方ありませんね…帝国軍との関係改善のタネはまたの機会という事にしましょう」

「あら、意外とあっさり諦めたわね? 何?もしかしてこれもアンタの予測範囲内なの?」

「いえ、決してそうではありませんがXG-70は出来れば早めに手にいれておいた方がいいのではと思いまして」

別に誤魔化しを言っている訳ではない。 “おとぎばなし”の中で凄乃皇弐型や四型が色々と苦戦を強いられたのは、00ユニットの不具合だけでは決してない…タイムリミットギリギリで搬入されたXG-70をあり合わせの兵装で組み上げなければならなかった…その事が影響しているのだ。

それを思えば今の内にアレを使ってXG-70を入手するというのは悪い話ではないだろう。

「ふ~ん、まあいいわ…それよりまりものアラスカ行きの件だけど、あいつを連れてく以上高くつくわよ」

「わかっています。 その件の対価ですが…この物件などは如何でしょう?」

「…へえ、これの改良ねえ」

「どうでしょう、香月博士?」

「…いいわ、これで手をうちましょう」

「ありがとうございます…ああ、それと神宮司軍曹のために是非とも作って頂きたい物があるのですが」

「まりものために? 一体何を作れっていうの?」

「実は…」

私の依頼と説明を聞いた香月博士はしばらく考え込んだ後で、何か悪だくみを思いついたような顔で承諾の返答をくれた。

…そしてそれが後に神宮司軍曹を涙目にすることになるとは、神ならぬ身の私には知りようもないことだった。
 
 
 
 
 
【2001年2月13日 帝国軍相馬原基地・演習場】

「フレイム2!一機そっちに行ったぞ!任せるからな!」

『了解!』

フレイム1ことA-01フレイム中隊指揮官 碓氷大尉の声にフレイム2大咲中尉が即答する。

昨日までのシミュレーター訓練から実機の演習へと移行した試験部隊の衛士たちは、それぞれの小隊同士での対戦を行っていた。

「おら一平!俺がこの御嬢ちゃんを相手するから残りの2機おめえと真子で何とかしな!」

『了解!…って、成り行き任せが過ぎますよ大尉~~~』

『一平君!来るよ!』

現在対戦しているのは横浜基地のA-01部隊と斯衛軍パイレーツ中隊だった。

このX2を搭載した機体同士の戦いは、それを観戦しているこの基地の衛士達にとって羨望と嫉妬の的となっていた。

「ちくしょう…なんて機動だ」「ふん…米国の狗やお武家連中にしてはなかなかだな」「俺たちにもあのOSがあればあのくらい…」「さっきは神田少佐と七瀬大尉たちがあのOSを搭載した機体で…」「日高大尉もだったよな」「くそっ!あの3人だけかよ!」「ほしいよなあ…アレ」

自分たちの上官や余所者たちが魔法でも使っているのかと思わせる機動を実現しているのを目の当りにして、相馬原基地の衛士たちは欲求不満を抱えていた。

その様子を観察していた神田少佐と相馬原基地の司令部は、この新OSの試験配備枠の拡大についての検討を始めるのだった。

…それはある意味この試験運用を提案した男の目論見通りでもあったのだが。
 
 
 
 
「あの…利府陣中尉」

「あ、はい?なんでしょう…御名瀬中尉」

「今朝はありがとうございました」

実機演習後のブリーフィングが終わった後、突然孝之はA-01の御名瀬純中尉にそう言われた。

「え…ああ、あのことなら別に気にしなくてもいいんですよ…御名瀬中尉こそ災難でしたね」

あのこととは、今朝のPXでこの基地所属の衛士とA-01の3人がトラブルになりそうだった件である。

どこの基地にも一人や二人は必ずいるロクデナシ衛士たちが御名瀬中尉に絡み、それに怒った他の二人との間で殴り合いになりそうだったのを、孝之が身体を張って止めたのだ。

ゴロツキ衛士と大咲中尉の双方の拳を、左右の手のひらで包み込むように止めた孝之はそのまま儀体の性能を駆使して万力のように二人の拳を抑え込んだ。

その馬鹿力に恐怖した双方が鉾を納めて、その場はおさまったのだった。

「でもすごいですね利府陣中尉って…あの真帆が喧嘩を途中でやめるなんて初めてですよ多分」

「え、そうなんですか?」(…相変わらず水月と同レベルかよ、大咲中尉は)

心の中でかつての同僚の変わらない有様を嘆きながら、さも驚いたように孝之は答えるのだが…

「あの…」

「え、なんでしょう?」

「以前に…どこかでお会いしていませんか? 私たちと」

「…え”」(ぎくっ!)

「私…どうしても以前にお会いしているような気がするんですけど」

「う~ん、いや中尉みたいな美人さんを忘れてるなんて事は多分ないだろうから…」(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!!!!)

「そんな、美人というなら碓氷大尉とかの方がずっと…」

「…へ~え、あたしは美人じゃないんだ?」

「あれ?大咲中尉?」

「ま、真帆!? べ、別に真帆が美人じゃないなんて言ってないよ~」

「ふ~ん、そ~お?」

「ははは…」

いきなり自分の正体がばれるかもと思った孝之だったが、第三者の乱入でそれは回避されたようだった、しかし…

「ところで利府陣中尉だっけ? うちの純に手を出したらちゃんと責任とって貰うからね」

「へ?」

「ま!真帆のばか~!なに言ってんのもう~~~!!」

…正体がばれるのは回避されたが、恋愛原子核の発動は回避出来なかったようである。

これが鳴海孝之にとって新たな天国と地獄の日々の予兆であることを、まだ本人は知らなかった。

 
 
 
第23話に続く
 
 
 
【おまけ】

「それで社、今回はどうだった?」

「…ブタさんが空を飛んでいました」

「へ?」

「…カッコいいってこういうことなんですね」

「…はあ」(ダメだわこりゃ…)






[21206] 第1部 土管帝国の野望 第23話「産業廃棄物処理作戦(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/02/01 16:59

第23話 「産業廃棄物処理作戦(前)」

【2001年2月14日 AM7:00 新潟県・上越方面某所】

「あ~~~~~ったくもう!辛気臭いったらありゃしないわよ!!」

「水月~、我慢しなきゃだめだよ~」

「やはり速瀬中尉は戦闘なしでは生きられない身体…」

「む~な~か~た~、もう一度言ってみなさい」

「…と、大咲中尉が言っておりました」

「あんのアマ!自分の事を棚に上げて!」

「…貴様ら、それくらいにしておけ」

A-01 伊隅中隊隊長伊隅みちるの声が、フラストレーションを持て余していた部下たちの耳朶に響いた。

「伊隅大尉~~~何時までこんな鬱っとおしい作業を続けなきゃいけないんですか~~?」

「決まっているだろう、必要なデータを収集完了するまでだ」

現在、伊隅大尉たちが行っている作業…数日前に香月副司令から命じられた新型の振動検知機(というよりは地底探査システムと言った方が正確かも知れない)のサンプルデータ収集と実験運用のために新潟と関東の間を地道に移動を続けていたのだが、あまりの単調さに堪え性のない水月が不満をぶちまけてしまったのであった。

「水月~、これが完成すればBETAの地中侵攻の脅威が半減するかも知れないんだよ、我慢してちゃんとやり遂げなきゃダメだよ」

「う~わかってるわよ」

「成程、頭ではわかっていても身体の疼きは堪えられないと…」

「む~な~か~た~、何ならあんたのその舌の疼きを永遠に止めて上げましょうか?」

「いい加減にしろ!貴様ら!」

遂に伊隅大尉の堪忍袋の緒が切れて、本気の怒声が響き渡る。

その剣幕に、速瀬・宗像の喧嘩はぴたりと止んだ。

だがしかし、速瀬水月の胸の中では未だに自分でも理解出来ないもやもやとした鬱屈が渦を巻いていた。

(あ~、もう何なのかなあ…誰かがどこかで許せない事をしてるような気がして仕方ないんだけど…別に心当たりはないし、遥にでも後で聞いてみようかな?)

そして涼宮遥もまた、自分でも理由が分からない黒い思考に囚われていた…

(ブツブツブツブツブツ………せない………許せない…………ブツブツブツブツブツブツ………)

「……涼宮…涼宮!!」

「えっ…あっはい!」

「…一体どうした?さっきから呼んでるのに、返事もないからどうかしたのかと思ったぞ」

「……えっ?…そうですか、済みません大尉」

「…まあいい、それより反応はどうだ?」

「は、はい…やはりこの下まで地下茎が到達しているのは間違いないです…ただ…」

「ただ…何だ?」

「この解析映像…これは本当に現実なんでしょうか…本当にこんな巨大なBETAが大深度地下に…」

「……それを判断するのは香月副司令だ、我々の任務はそのためのデータを可能な限り集めることにある」

「はい…えっ…この反応は…大尉!佐渡島の方からBETAの大規模な移動が始まったようです!」

「よおおっし!ようやく暴れられるわね!」

「…哀れな異星起源種たちが、速瀬中尉の慰み者になるためにのこのこと出てきた訳ですな」

「む~な~か~た~!!」

「待たんか貴様ら!自分の任務を忘れたか!」

「でも大尉!せっかくX2を搭載してるのに…」

「今回それは碓氷たちの役割だ。 我々は我々に与えられた任務を最優先にしなくてはならない…涼宮、横浜基地に連絡しろ。BETAの侵攻が始まったと」

「了解!」
 
 
 
 
【AM7:05 国連軍横浜基地・B19フロア】

「…そう、ならあんた達はそのまま観測を続行しなさい。 どうせ3機じゃ大したことは出来ないし、それに今はデータの収集の方が重要だしね…ああ、速瀬が欲求不満をおこすでしょうけど上手く抑えなさいね」

そう言って夕呼は伊隅たちからの通信を切り、自分の思考に突入した。

(あのコウモリの“予言”通りにBETAが佐渡からやって来た…か。 どうやって予測が出来たのか…そして涼宮が送ってきたこのデータと映像…このデカブツを発見することさえ、もしかしたらあの男にとっては予定の内?…もしそうならあの男とんでもないバックが存在する筈だけど…ピアティフが調べても何も出てこないなんて…X1と2の共同試験もすんなり行き過ぎたわね…つまり現在の状況は全てあのコウモリの手のひらの上って事!?…ふざけんじゃないわよ! そうそういつまでもあんたの手の上で踊ってるあたしだと思ったら大間違いよ…取りあえずはこの男…あのコウモリが帝国軍に送り込んだ仮面の衛士…利府陣徹とかいう奴がとっかかりになりそうね…)

夕呼は机の上に置かれた一枚の報告書…『帝国軍技術廠所属衛士・利府陣徹中尉に関する報告』を見ながら正体不明の男に対する次の一手を模索し始めていた。
 
 
 
 
 
【AM7:30 帝国軍・相馬原基地】

「ふえ~~~~っくしゅん!」

「利府陣中尉、風邪ですか?」

「いえ違います御名瀬中尉、これはただのくしゃみ……っくしゅん!」

どういう訳か利府陣徹こと鳴海孝之は朝からくしゃみが止まらなかった。

本来なら改造人間の彼が風邪をひくことなどありえないのに、何故かくしゃみと悪寒が止まらず周りから心配されていたのであった。

「…本当に大丈夫なのだろうな?中尉」

「あ、はい大丈夫です碓氷大尉」

(なんだ!?まるでどこからかとんでもない殺気が送られてきているような…)

「ふ~ん、ひょっとして誰かに噂されてるとか…たとえば彼女とか?」

「ぶ!…冗談はやめて下さい大咲中尉、そんな訳ないでしょう」

「あら、もしかして彼女いないの?」

「え、そうなんですか?中尉」

「あ、いえ…その…」

「ほほう、どうやら彼女はいないが気になる女はいるようだな…まさかと思うがうちの御名瀬ではなかろうな?」

「大尉!…やめて下さい、利府陣中尉が困ってるじゃないですか」

「も~純のばか、もっと積極的にならなきゃだめでしょ?」

「真帆~~~!!」

「ははは…」(やれやれ、この二人は変わってないな…)

「…ところで利府陣中尉」

「は?」

「先日から気になっていたのだが…以前に我々と会った事はないかな?」

(げっ!!)

いきなり碓氷大尉にそう言われて絶句する孝之だが、碓氷の彼を見る目は鋭さを増していた。

「どういう理由でその仮面を被っているのかは我々が知ってはいけない事かも知れないが、貴様とはどこかで会っているような気がしてならないのだが…」

「あ、やっぱり大尉もそう思いますか」

「ふ~ん、じゃあその仮面を取って貰えばいいんじゃないの?」

「あ!いやちょっと!それは勘弁して下さい!」

昔の仲間に正体を気付かれそうになった孝之はなんとか誤魔化そうと必死になっていたが、その時突然基地内に警報が響き渡った。

「碓氷大尉!」

「BETA共が来たか…大咲!御名瀬!部屋で待機していろ!私は司令部へ行ってくる!」

「自分も行きます!」

そう言って孝之は碓氷とともに司令部へと向かって行った。
 
 
 
「…どうしたの、純?」

孝之たちが立ち去った方をぼ~っと見ていた御名瀬中尉を、大咲中尉が小突いて正気に戻した。

「似てる…やっぱり」

「え?誰に?」

「鳴海少尉に…」

「鳴海って…まさか!」

思いもしない名前に驚いて声を上げる大咲だったが、それでも御名瀬の視線は孝之の後姿を追い続けていた。

「似てる…でも、ありえないよね…」
 
 
 
 
 
【同時刻 土管帝国・某所】

《モロボシさ~ん!始まりました~!》

「ああ…わかってるよ、タチコマくん」

明け方付近から動きが激しくなり始めていた佐渡島ハイヴのBETAたちが遂に海を渡り、本土に向けて侵攻を始めたようだ。

その数はおおよそ1万…まず間違いなく本土の奥深くまで侵攻されるであろう規模の侵攻だ。

おそらくこのままでは相馬原基地あたりも戦場になるだろう…ほぼ予想どおりか。

「オシリス!廃棄物処理作業の準備は出来てるか?」

≪すでに全ての準備は完了しています。 あとはあなたの作成した書類の内容に準拠した作業を実行するだけです≫

…よろしい、では後はその時がくるのを待つだけだ。
 
 
 
 
 
【PM2:00 帝国軍・相馬原基地司令部】

「支援砲火が足りん!もっと撃ち込まねば突破されるぞ!」

「しかし!もうこれ以上は砲弾が…」

「BETAを帝都に向かわせるよりはマシだろうが!」

「新潟より入電!BETA群の第2波が防衛戦を突破しました!」

「なんだと!」

基地の数十キロ手前で防衛線を構築し、必死の防衛戦を指揮していた相馬原基地司令部に最悪の知らせが届くと、司令部の面々は一瞬絶望の色を顔に出した。

凄まじい勢いで侵攻してくるBETAに対して相馬原基地の衛士たち、特に新型OSを搭載した機体に乗った面々は正しく獅子奮迅の活躍を見せていた。

従来に機体では不可能と思われるような状況での攻撃や離脱を見事にこなしながら、BETAを陽動し、あるいは仕留めて見せるその姿は共に戦っている衛士だけでなく、戦場にいる全ての兵士に新しい力の誕生を確信させていた。

だがしかし、今回押し寄せてきたBETAの数に対して迎え撃つ相馬原基地の備蓄してある砲弾の数が不足気味になっていたのだった。

どれほど戦術機の性能が優れていても、支援砲火がなくなってしまえば数でBETAに押し切られる…

第1波のBETA群を殲滅出来たとしても、その次がくればもう戦線を維持することは不可能だった。

「帝都からの増援はまだか!」

「第5師団の一個大隊をこちらに向かわせているそうですが…」

「それだけか?」

「現状でこれ以上の戦力は割けないと…」

(…それが本土防衛軍のお偉方の本音か!)

相馬原基地司令官の胸中に怒りの籠った言葉が湧いた。

確かに帝都の護りを固めなければいけないという理屈は一見正論だ。

だがしかし、それなら現状破綻しかかっている防衛線に雀の涙程の増援を派遣してくる理由は何か?

つまり彼ら本土防衛軍首脳たちはこう言っているのだ“増援は出したのだから基地を放棄して撤退することは許さん”と。

(所詮は命惜しさに徒党を組んだ連中に牛耳られた組織…か)

決して本土防衛軍の全てが無能でも腐敗している訳でもない。

だがその組織の設立当初からいる古株たちの殆んどは、はっきり言って我が身可愛さが最優先と言ってもいいような連中だ。

おそらくはその連中が自分たちのいる帝都…いや自分たちだけを守るために増援を取りやめ、言い訳する分だけの部隊を送ってきたのだろう。

この相馬原基地が落ちればどの道帝都の目の前までBETAは来る…それが解っていながらこんな真似をするということは、つまりはこの基地にいる全ての人間を防波堤として使い潰すつもりなのだ。

本土防衛軍上層部のエゴのために、ここにいる全員が死ななければならないのか…だがしかし、ここで撤退して帝都の手前でBETAを食い止められるという保証もない。

(せめてもう少しでも新型OSが搭載出来ていれば…)

言っても愚痴にしかならない一言を基地司令が心の中で呟いた時…

「司令!斯衛軍から通信です!援軍をそちらに向かわせていると!」

「国連軍横浜基地所属のA-01部隊が援軍として到着しました!」

「なに!?斯衛に…横浜だと?」

突然の予想もしなかった援軍に基地司令は一瞬呆然となったが、この場合四の五の言ってる場合ではないと思い直して通信回線をつなげた…すると出てきたのは予想もしない大物だった。
 
 
「わしが帝国斯衛軍大将 紅蓮醍三郎である!」
 
 
(紅蓮…醍三郎…大将だと!! 何故、こんな大物が!?)

慌てて敬礼しながら相馬原基地司令官は内心頭を抱えていた。

(なんという皮肉だ…国連軍はまだしも斯衛がこの場所に、それも紅蓮大将自らが援軍に現れるとは…そもそもあの上層部の連中が恐れていたのはBETAだけではなく、斯衛軍もそうだったのだ。 自分たちが戦力を使い減らした時に統帥権の確立を大義とした斯衛による反乱…常識で考えれば馬鹿馬鹿しい限りだが、上の連中は本気でそれを恐れていた…だからこそ帝都の戦力を保つためにここへの増援を渋っていたのに、逆にその斯衛軍が援軍として現れるとは…この援軍を受け入れれば後で上の連中は文句を言ってくるだろう。 斯衛に手柄を上げさせたくない…そんな愚かな理由のために。 だが現状はそんなことを言っている場合ではない…斯衛や将軍家にどんな思惑があろうと、上層部が後で何を言おうと、今この場には戦力が必要だ)

数瞬の苦悩の後、基地司令は斯衛軍による増援の受け入れと感謝の言葉を紅蓮に告げたのだが…
 
 
 
「全力で支援砲撃!? いやしかし、すでに弾薬が心許なくなっていてしかも第2波がやがてこの基地まで到達すると思われますが」

「分かっておる、それは我らが引き受けよう。 だが今はその第2波が来る前に目の前のBETA共を片付け、体勢を立て直す事が先であろうが」

(引き受ける…だと? 戦術機部隊のみのようだが、何か手があるというのか? だがどの道現在交戦中のBETAを殲滅しなければさらに状況は悪化する…ならば)

紅蓮に告げられた言葉の内容を頭の中で吟味しつつ、現状を分析した基地司令は彼の言葉に従う事にした。

「…大丈夫なのですな?第2波の迎撃は」

「うむ、我らに任せておくがいい」

「了解しました……砲兵隊に連絡!全力で支援砲撃を行え!後の事は考えるな!」

「は、はい了解!」

基地司令のこの決断によって、相馬原基地に向かっていた第1波のBETA群はほどなく全滅した。

第2波に備えるべく補給と休息をとる衛士たちの中で、孝之は自分の機体…改修型吹雪の中で来るべき時に備えるべく心を落ち着かせていた。

(もうすぐか…モロボシさん、ヘマだけは勘弁してくださいよ)
 
 
 
 
 
【PM3:30 土管帝国・某所】

≪管理者(マスター)、このままですとあと10分ほどでBETAの第2波が迎撃ポイントに到達します≫

「そうだね…だがその前に紅蓮大将たちが見せ場を作る筈だ、我々の作業はその後になるよ」

《ね~先生、モロボシさん、鳴海さん大丈夫でしょうか~》

「まあ、心配ないだろう…彼も一人前の衛士だし、こういう状況でも生き残れるように紅蓮閣下に鍛えてもらったんだからね」

「うむ、彼も明星作戦の時のような無謀なことはもうしないだろう」

《そうですか~?》

信じてあげなさいって、君たちも…とは言ったものの、やっぱりちょっと不安だけどね。

なにせ彼は肝心なところでヘタレというかドジっ子というか…本当に大丈夫だろうな?
 
 
 
 
 
【PM4:00 帝国軍・相馬原基地手前 第二防衛線】

「うおおっっ!!」

「このお!」

「こなくそ!!」

「せいっ!」

「…そこですわっ」

「風間~、ナイスアシスト~!」

「むうっ!雑魚はもういい!大物はまだ来んかあ!!」

斯衛軍やA-01の増援部隊が必死の防戦を行う中、宇宙乃王者だけが能天気な台詞を吐きながら突撃級や戦車級を葬り続ける。

小型種ならいざ知らず、これらを雑魚と呼ぶのはこの男だけかも知れなかった。

((本当に人間かしら、この人…))

斯衛の衛士たちは慣れていたが、あまり知らないA-01部隊の面々は、密かに心の中で同じ疑問を口にしていたのだった。

「いや~、あの人本当に噂どおりのバケモノなんですねえ」

「こら、大咲…とはいえ確かに凄まじいな、いくら武御雷にX2を搭載しているとはいえ…」

「本当に信じられないような機動ですわね…」

「さて、と…あたしらも頑張らなくちゃね」

「…大咲、あまり気負うなよ」

「え?」

「増援の本土防衛軍第5師団所属の部隊…お前の姉だろう?」

「あら…あはははは、お見通しで…」

「どうせ我々のことは身内にも知らせられんから、心配や疑念を抱かせとるんだろうが?」

「いや~、うちのお姉は勘がいいもんだから…」

大咲中尉がそう言った時、まるでタイミングを計ったように噂の本人から通信が入った。

『こちら本土防衛軍第5師団所属・大咲大隊指揮官、クーガー1だ』

「こちら国連軍横浜基地所属A-01連隊所属・碓氷中隊指揮官フレイム1です」

『かなり無理をしているだろう、しばらく後ろに下がっていてくれ。 少しの間なら我々だけでなんとかする…ああそれと、私と同じ名字の聞き分けのない馬鹿がいるかも知れんが、首根っこ掴んででも後ろに下げてくれ…自分の限界というものが分からん馬鹿でな』

(お姉~~~~!!!!後でシメルからねえ~~~~~!!)

「了解した…なに、わざわざ首根っこなど掴まなくてもちゃんと言う事を聞く素直な良い子だよ」

「大尉~~~~~!!」

「ほら、下がるぞ大咲…」

「覚えてなさいよお姉~~~~!!」

『ん~~~?聞こえないなぁ~~~~』
 
 
 
 
「むう、そろそろか利府陣よ」

A-01部隊が後方に下がり大咲大隊がそれに代わって前面に出た直後、何かを待っていた紅蓮大将が孝之にそう問いかけた。

「はい、BETA群の後続も後方に現れようとしています…場所も事前にタチコマたちが確認して正確な位置情報を送っていますから、あとはタイミングだけですね」

「うむっ…聞けい!皆の者!これより暫しの間この場にBETA共を釘付けにした後、我が合図に従い全力で後方へ下がれい!!」

「なっ!」「ええっ!」「何ですって!?」「この状況で!?」

支援砲撃がない以上ここで後退すれば一気に基地まで攻め込まれるだけ…誰もがそう思っている中での紅蓮の言葉に戦場にいる全員が愕然となるが…

「心配は無用!!すでに我が方で彼奴等を壊滅させる準備は出来ておる! 合図と共に巻き込まれぬ位置まで後退せい!!」

あまりにも自信たっぷりの紅蓮の言葉に反論を返す者はいなかった。

そのまま懸命の防衛戦を続けること数分……遂に紅蓮が吼えた。
 
 
「…今だ!退けえええええいいっ!!!!」
 
 
その言葉を合図に戦術機群が一斉に後方へと撤退を開始する…がしかし1機の不知火が遅れていた。

「しまった…跳躍ユニットをやられたか」

大咲大隊指揮官・大咲大尉の機体が跳躍ユニットの不調でスピードが出ないのだった。

「大咲大尉!」

「バカ者!戻ってくるな!早く後退しろ!」

「お姉!」

「ダメだ大咲!ここからでは間に合わん!」

周囲が悲鳴を上げる中、一人の馬鹿が彼女の機体に向かって行った。

「死なせるかあああああっ!!!!」

「むうっ!利府陣か!」

孝之の乗った機体“吹雪改”が大咲大尉の機体に辿りつき支える。

「バカ者!その吹雪では私の機体を支えて逃げるのは無理…」

「そうでもないんですよ!これがね!」

そう言って孝之は吹雪改の出力を最大に上げて飛び始める。

通常の吹雪よりもさらに軽く、そして跳躍ユニットの出力を上げた吹雪改は大咲大尉の不知火を支えながらどうにか飛んでいく…だがしかし、そんな2機に向けて光線級の視線が届こうとしていた。

「くっ!…すまん、私のせいで貴様まで巻き添えに…」

「諦めるのは早いですよ…4・3・2・1・ゼロ!!」

孝之が意味不明なカウントダウンを終えた瞬間…

その場にいた全ての衛士たちがありえない光景を目の当たりにしたのだった。
 
 
 
第24話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第24話「産業廃棄物処理作戦(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/02/07 07:43

第24話 「産業廃棄物処理作戦(後)」

【2001年2月14日 PM4:30 帝国軍相馬原基地手前・第二防衛線】

それは、あり得ない光景だった。

必死に後退する戦術機群に追いすがる異星起源種たち…逃げ遅れた2機の機体に1次照射を浴びせ始める光線属腫…誰もが二人の衛士の死を確信したその時、それは現れた。

「なっ!」「え?」「あ?」「ひ!」「おい!?」「何だ?」「げっ!」「うそ…」「ぐふう…やりおった」

紅蓮醍三郎を除くその場の全員が意味不明の悲鳴を上げて絶句する。

彼らの視界の中に現れた“モノ”…それはとてつもない大きさを誇る円筒状のセメント構造物だった。

全長約600メートル、外直径が約50メートル、厚さ20メートルの円筒…それが逃げる孝之たちと迫りくるBETAの間に突然現れ、地上数メートルの位置から地響きを立てて地面に“置かれた”のである。

そして侵攻してきたBETAの群れは、いきなり目の前に現れたとてつもない“壁”を避けることも出来ず自分から激突して行った。

通常のセメント構造物なら難なく粉砕する突撃級の衝突をその壁は受け止め、衝突したBETAが自滅する…さらに後続のBETA群が次々とそこに衝突して、前のBETAを押し潰して行く…その衝突と圧壊の連鎖がしばらく続いた。

そしてようやくBETA群の動きが停止したその時、またもとんでもない物が空中に現れた。

「えっ?」「あれ?」「ちょっと!?」「おいおい…」「あれって…」「もしかして…土管?」

…そう、それは土管だった。 地上100メートル程の高さに突然現れた大量の土管がそのまま落下して、地上にいたBETAに激突…その瞬間土管は凄まじい大爆発を起こしてBETAを葬り始めた。
 
「「「「「「……………………………」」」」」」
 
その場の全員が声もなく見守る中で何も無い筈の空中から次々と土管は現れ、そしてBETAに降り注ぐのだった。
 
 
 
 
 
【同時刻 土管帝国・某所】

いや~~~うまく行ったうまく行った…一時はどうなることかと思ったがどうやら鳴海君は上手くあの状況を切り抜けたようだ。

いやホントはかなり危なかったんだけどね…まあしかし、作戦が成功したのだから良しとしよう。

この作戦、産業廃棄物処理作戦(オペレーション・スラグダンク)の成功を祝してカンパ~イ…と言いたいが、まだ全部が終わった訳ではないので自粛します。

さて、何故この作戦の名前が“産業廃棄物処理作戦”なのか理解出来ない人も多いだろう…うむ、それでは説明しよう。

まず我々がこの作戦で具体的に行った事…それはメビウスシステムを使って、突進してくるBETA群の前に全長600メートル、太さ50メートルの巨大な土管をいきなり設置した後、その巨大土管に激突し行進が停止して密集状態になったBETAの頭上から、爆薬と超硬化加工した金属球を中に納めた大量の土管を投下した訳だ。

え? 要するに爆撃作戦だろうって?…いやそれが違うんだなこれが。

まず基本的な問題から説明しよう。

私は並行地球群連合から派遣された基点観測員だ。 そして同時にこの世界の人類が生存するための避難場所の建設も行っているが…しかし、この私に軍事行動を行う権限はない。

何故ならば私は世界に冠たる平和主義国家・日本民主主義人民共和国の国民であり、公僕であり、そしてこの仕事は基本的に日本政府によるPKO(平和維持活動)なのだ。

従ってその活動内容も我が国の法律に則ったものとなる。

そして我が国には世界遺産にまで登録されているあの“憲法第9条”が存在するのだ。

この条文がある以上、たとえこの世界の人々が何人BETAに喰い殺されようと、それを助けるための軍事行動など断じて許されないのだ。

…それじゃあお前のした事は何なんだって?

そう、私のした事…つまりこれは産業廃棄物処理作業なのだよ。

つまり我が土管帝国が人類救済のために作っている避難場所…その建設工事の過程で出てきた不良品の土管に粉砕用の爆薬と金属球を詰め込んで地上に投下、破砕処理を行った訳だ。

…何?産業廃棄物の不法投棄?

いえいえとんでもない、これは我が国と日本帝国との間で交わされた2国間協定に基づく支援事業の一環なのですよ。

私と榊総理の交わした手続き書類と合意文書に基づき、総理もしくは政威大将軍殿下の要請に応じて指定の場所でこの作業を行う…その合意文書の内容通りにしただけだ。

同時にこの作業は協定相手国(つまり日本帝国)の国民生活を脅かす害獣(つまりBETA)の駆除作業を補完する形で行われるが、もちろんこれは我が国の憲法にもまた連合の憲章にもなんら抵触するものではない。

…つまりこれは完全に合法的な非軍事的行動であるという訳だ。
 
 
 
………あ~諸君、そんな目で見ないでくれたまえ。

私だってなにも好きでこんな恥ずかしい言い訳をこねくり回している訳では決してない。

何の因果か20世紀後半から今日まで撤廃されることなく存続し、あまつさえ世界遺産にまで登録されてしまったアノ法律がある以上、こんな屁理屈をこしらえる以外にこの世界の対BETA戦を支援する方法を思いつかなかったのだ。

なにせキチンとした法的裏付けを確保しておかないと、『一つの世界とそこに住む人たちが滅ぶよりも“平和憲法の理念”を守る方が優先だ』と本末転倒な事を本気で仰る人たちがうるさいんですよ。

…平和も戦争も、人と世界が存続して初めて成立する概念なんですけどね。

この話を聞いた時のこの世界の人たち…榊総理や鎧衣課長、悠陽殿下とその付き人たちの反応といったらもう………本来なら私が彼らに救いの手を差し伸べている筈なのに、まるで私の方が救われねばならないのではないか? そんな疑念さえ抱かせてしまったような気がするのだ。

…いまさら救いようも無いけどね。(イヤ本当に)

≪投下作業完了…良かったですね管理者(マスター)、これであなたも…≫

何でしょう?

≪…一人前の産廃処理業者として認められるでしょう≫

…ほら、救いがない。
 
 
 
 
 
 
【PM5:00 帝国軍相馬原基地手前・土管投下地点周辺】

その場所にはつい30分程前までBETAの群れが密集していた。

だが今、そこにあるのはその殆んどがBETAの亡骸であった。

僅かに残っている生き残りのBETAを帝国軍と斯衛軍の戦術機部隊がシラミ潰しに狩り出し、始末して行く…それはもう事実上戦闘ではなく後始末であった。

その光景を見ながら、先程まで命がけで戦っていた人々はそれぞれの思いに耽っていた。
 
 
“鋼の槍”連隊指揮官、神田龍一少佐は今日の戦いと先程の出来ごとに考えを巡らせていた。

(どうにか生き残ったか…これも先程の斯衛軍が見せた新戦術と新型OSのおかげと言っても過言ではないな…あの魔法のごとき爆撃がどんな方法で行われたにせよ、BETAに対して有効である事は実証された訳だ…そしてX1とX2の有効性も。 今後は今日の一件を巡って上の方でゴタゴタするかも知れんがそんな事は我々には関係ない…俺が為すべき事は可能な限り早くX1の正式導入が出来るように試験運用に励み、この基地の…いや帝国軍の全ての衛士が一日でも早くこの新OSを搭載した機体に搭乗出来るようにすることだ)
 
 
斯衛軍流山特務大隊所属、パイレーツ中隊の粳寅満太郎大尉は呆れていた。

(おいおいおいおい…紅蓮の親分さんよ、こりゃあちょっと派手にやり過ぎたんじゃあねえのかい? どんな手妻を使ったか知らねえが、あの本土防衛軍の女衒共がこれを知ったらどんな喚き声を上げるか分かってるだろうに…もしかしたら“姫様”が御覚悟を決めったってことかい? まあ、それならそれでもいいんだが…まさか“うちの御隠居”まで巻き込むつもりじゃあねえだろうなあ?)
 
 
本土防衛軍第5師団所属、大咲大隊指揮官の大咲美帆大尉は混乱していた。

(利府陣中尉…とんでもない馬鹿者だ、聞けばあの吹雪は次世代機の試作品という事ではないか。 軍にとってそれがどれ程重要なものか…戦場に出すだけでも問題なのに、私一人を助けるためにあんな無茶を…年下の癖に…いや年齢は分からんが、多分そうだろう…それに女の私の方が階級も上だし…男にとってそれは…いや待て、何を考えているのだ私は!? もしそんなことを考えている事をアノ真帆に知られたら…冗談ではない! 私はあのいい加減な妹とは違うのだ! …まあ、あの利府陣という男には折を見て礼の一言でも言っておこう…そうだな、そうしよう)
 
 
A-01碓氷中隊の指揮官、碓氷鞘香大尉は推論していた。

(まったく…とんでもない予想外の仕掛けがあったものだ。 これで香月副司令の目論見もその一部がダメになったかも知れないな…本来ならば我々横浜が開発したX2の実力を見せつける場となる筈だったものを、まさか斯衛軍があんな大技を見せつけるとは…まあ、だからこそ今回は部隊から戦死者を出さずに済んだ訳だが…さて、これで今後はどうなるか…いや、それはそれこそ香月副司令や紅蓮大将らの問題なのだろう…我々はまた明日から予定の任務をこなすだけだ…あとは伊隅たちの方だが…まあ心配はいるまい、速瀬が戦闘の禁断症状で暴れ出さん限り何の問題も無い筈だ…ただ、気になるなあの男、利府陣中尉…あの叫び声…私はアレをどこかで…どこだ?…どこで…)
 
 
A-01碓氷中隊の御名瀬純中尉は胸を痛めていた。

(利府陣中尉…ううん、違う…やっぱりあの人は鳴海少尉…間違いない、孝之さんなんだ…忘れてない…あの日、G弾に向かって飛んで行ったあの人のこと…いつも速瀬さんや涼宮さんの方ばかり見て、私の想いなんか気付きもしなかったけど…でも、私はずっと彼の事を…生きてたんだ…でもどうして仮面を被って別人に? なにか理由があるの? お願い、私に出来る事は何なの? あなたのためなら私…私…孝之さん…)
 
 
仮面衛士1号・利府陣徹こと鳴海孝之はくしゃみと悪寒をこらえていた。

(うう~~~、何なんだこの感じは…なんだか知らないけど凄くヤバいことになりそうな気がする…まるで偶然水月と一緒にいたのを遥に知られた時みたいな…ははは…まさかね…ここにはあの二人はいないんだし…今のところ俺の正体がバレる心配もなさそうだし…気のせいだなきっと…)
 
 
帝国斯衛軍大将紅蓮醍三郎は…

(むう…少しハデにやり過ぎではないかモロボシよ、これではまともな相手はもう生き残っておらんだろう…ワシとしては生き残りの大物をこの手で成敗してくれるつもりであったものを…)

…何も考えていなかったようである。
 
 
 
 
 
【PM6:00 帝都城】

煌武院悠陽は自分の居室で相馬原基地防衛戦の報告を聞いていた。

「…そうですか、それでは皆無事なのですね?」

「はっ、紅蓮大将以下斯衛の衛士は全員大した怪我もなく健在とのことでございます…また帝国軍の死傷者に関しましても、予想されたよりも遥かに少数であったとの報告が届いております」

「何よりの知らせです真耶さん、皆に大義でしたと伝えてください」

「はっ!」

《あの~》

「どうしました、駒太郎?」

突然声をかけて来たチビコマ1号(駒太郎は悠陽がつけた愛称)に悠陽が応える。

《さっきからこのお城のあちこちで不穏な会話が聞こえるんですけど…》

「まあ、あまり盗み聞きは感心しませんね駒太郎」

《すみませ~ん、騒がしいものですからつい…》

「…どやつが何を話しておる?」

「真耶さん、そう気色ばんではいけませんよ」

「はっ、しかし…」

《…そのうちの2つの会話なんですけど~、なんだかおかしな場所と電話で話しているような~》

「…おかしな場所?」

「まて、それはどういった会話だ? 録音しているのだろうな?」

《ばっちりです~、再生しますか~?》

「…ええ」「うむ、たのむ」

チビコマによって電話の録音が再生される。

その録音内容を聞いた二人は次第にその顔をこわばらせていくのだった…
 
 
 
 
 
【同時刻 帝国国防省・某部署】

電話を終えて男は唸り声を上げた。

城内省の内通者からの話は彼を不機嫌にさせる内容しかなかったからだ。

(無能な宦官共が…なぜ小娘一人を抑えつけておくことが出来んのだ! …今回の件で我々本土防衛軍は取り返しのつかない失点を犯したのかも知れん…国民や一般の兵士たちは斯衛の活躍と将軍の力にさらなる盲信を抱くだろう。 そして我々が戦略上の判断から相馬原基地を放棄しようとした事に不信の目を向けてくるに違いない。 だが現在の帝国において将軍家の復権に何の意味があるというのだ! 近代国家の軍組織として我々こそが国軍の全てを統括するのが最も効率的であることは疑いも無いというのに…あの小娘が統帥権を振りかざすようになればカビの生えた武家や摂家の亡者共が何を言い出すか分かったものではない。 そしてあの宦官共…城内省の馬鹿共がなにやかにやと無意味なしきたりを振りかざすだろう…このBETA大戦の最中にそんな過去の遺物に出しゃばられてはどうにもならん! いずれにせよ相馬原基地で斯衛が何をやったかを詳しく知る方が先だ…それからあの小娘からその手段と力を奪い、二度と余計な真似が出来ないようにすべきだが…)

そのまま男は、言葉に出せない暗い思索に耽っていくのだった…
 
 
 
 
 
【同時刻 ???】

電話を終えた女は溜息をついた。

自分が籠絡した城内省の役人からの電話は、彼女にとって憂鬱のタネを増やす内容でしかなかったのだ。

(…つくづく無能なおサルさんね、これだけの大仕掛けを用意していたのにそれに気付きもしなかったなんて…おかげでこの私まで上から無能者のレッテルを貼られかねないじゃないの。 それにしてもコノエの部隊はどうやってあんな大仕掛けを可能にしたのかしら? いくらこの国でショーグンへの信仰が厚いといっても出来ることと出来ないことがある筈よね…いずれにしても情報が不足し過ぎているわね…ジェネラル・ユウヒが何をしたのか、そして何をしようとしているのか…慎重に見極めないと今後の計画にも狂いが出るでしょうしね…)

彼女は自分の思考を切り上げると、上司のオフィスへと連絡をつけ始めた。
 
 
 
 
 
【PM7:00 国連軍横浜基地・B19F】

「あは…あはははは…ア~~ッハッハッハッハ~~~~~~!!!!」

香月夕呼はハイになっていた。

決して寝不足が原因ではなく、相馬原基地に派遣したA-01からの報告と記録映像を見たせいである。

(何これ?何これ!リアルなの!?現実なの!?SFXじゃないわよね?突然あんなデカ物を出現させてBETAを足止めして、さらに空中から何?土管?土管よねアレ、あんなフザケた爆弾もどきでBETA群を壊滅させたあ~~~? どんなイカレた奴がこんなバカげたありえない仕掛けを…って、あのコウモリ男に決まってるわよねそうよね! あのイカレ男以外にこんなふざけた作戦を考える奴なんかいる訳ないし他にもいたら大変だしね…それにしてもやってくれるわねえコウモリさん、あんたの馬鹿げた爆発ショーのおかげでこっちの株が相対的に下がっちゃうじゃないの!! アンタ馬鹿ね!?馬鹿でしょ!?何考えてあんなめちゃくちゃやってんのよ!? せっかくX2にとって絶好のデモンストレーションの場だったはずが何よあれは!ふざけたSF映画の撮影現場になっちゃったじゃないの! …まあいいわ、確かにX2のアピールも充分に出来たし、帝国軍のお偉方も慌てふためくでしょうねえ? そしてそれを利用してあんたは何をする気なのかしら? まあ、こっちの利益になるのなら一向に構わないけど必ずしもそうとは限らないでしょうし…やっぱり伊隅たちが送ってきたあのデータを手札として使う日が以外と近いかもね…それにもしあのデータを私が手に入れることまであのコウモリの予測範囲だとしたら…あ~~~~ったくもう!! とことんストレスの原因になってくれる男だわまったく! いずれはあのふざけた爆撃のタネ明かしもして貰うけどそう簡単には明かさないでしょうね…さすがにアレはあの男にとっても“切り札”だろうし。 ああもう、あとでまりも用のアレでも調整しながらストレス解消しなきゃやってらんないわよもう!!)

ヒャッハ~!!な笑い声を上げながら頭の中で猛スピードの思考を展開させつつ、後のストレス解消手段にまで思いを馳せる夕呼の目の色はかなり危険なものになっていた…
 
 
 
 
 
【PM9:00 帝国軍相馬原基地・PX】

「利府陣中尉」

「え、ああ大咲大尉」

「今日は助かった、礼を言わせて貰う…あと、貴様には苦言も言わせてもらおうか」

ようやく戦いの後始末が一段落して一息ついていた孝之のもとに、今日の作戦で助けた大咲大尉が現れてそう言った。

「苦言?ですか?」

「ああ、助けてもらっておいてこんな事は言いたくないが…何故あんな無茶をした?」

「あ~…え~と、それはですね…」

「貴様は事前にあの作戦のタイミングを知っていて、だからこそ私を助けるのが間に合うと思ってしたのだろうが、はっきり言ってあれは一か八かの賭けだった筈だ」

「……」

「しかも貴様の吹雪…あれは次世代型の試作機という話ではないか、そんな貴重な機体で出撃してしかも1機を助けるために次世代の貴重な種を潰すかもしれんのに…何故そこまでして助けた?」

「…フラッシュバックみたいなものですかね」

「なに?」

「明星作戦の時に死んで行った仲間の事や…あの時の気持ちが一気に甦ってしまって…」

「そうか…だがな利府陣中尉、それならばなおの事貴様は自分の命を「あ~~~~っもう!!まだるっこいなあお姉は!」…って真帆!?」

「大咲中尉!?」

そこに突然現れたのは他でもない、大咲大尉の妹で速瀬水月と並ぶA-01の問題児大咲真帆中尉であった。

(…そう言えば姉妹だったっけ、この二人って)

呆れる孝之の目の前で大咲姉妹の漫才…いや姉妹喧嘩がはじまった。

「どうしてお姉はいつもいつもそう素直じゃないのかな~~~」「何を言ってるこの馬鹿妹!私は脳味噌が空っぽのお前と違ってまず大切なことを優先して…」「だ~か~ら~、それが素直じゃないって言ってんの! そんなんじゃ何時までたっても嫁の貰い手が…」「ふっ、お前に心配されるほど困っている覚えはないが…」「ま~た強がり言っちゃって、どうせ未だに彼氏もいないくせに」「…男よりもBETAに喰いつくお前に言われたくはないな」「ぬあんですってぇ~~~~!!!」「ほほう、図星を突かれて怒ったか?」「ぐ…ふふん、そう言って余裕ばっかかましてるとうちの純あたりにそこの彼氏を取られるかもね~~私やあの子の方がお姉より若いんだし~~~」「ほおおおおお~~~~……言ってくれるなあ、脳味噌がプリンの馬鹿妹の分際で」

「…あの~」

「「えっ!?」」

「それじゃ自分はこれで、失礼します」

そう言うと孝之は、引き止められる前に大急ぎでその場から抜け出したのであった。

取り残されて暫し呆然としていた二人だったが、やがて姉の方がぼそりと呟いた。

「…あんたのせいよ、真帆」

「う…ゴメンお姉」
 
 
 
 
 
姉妹喧嘩から逃れた孝之は基地の屋上で星空を見上げて呟いた。

「…やれたれ、まったく大咲ときたら」

「…昔と変わっていないでしょう?」

「ああ、全然…ってえ!?」

後ろからの言葉につい返事をしかけて、孝之はぎくりとした。

「…御名瀬中尉」

そこにいたのは御名瀬中尉だった。

(しまった!対人センサーを切ってた!)

「やっぱり…鳴海さんだったんですね…」

「いや、俺は…」

「どうして…どうしてなんです? 生きていたなら…」

「はい、そこまで~~~~~~」

「え!?」「モロボシさん!?」

鳴海孝之絶体絶命…と思われたその時、二人の間に割り込んできたのは笑うセールスマン諸星段であった。

「いや~~~御名瀬中尉…彼の素性は詮索しないで欲しいんですよ~~~~」

「何故…どうしてですか!?」

「実は彼の仮面は新開発の特殊なシステムを搭載していて、彼はその被検体なのですが…機密保持のために彼の素性は機密事項になってるんです」

「え…」

「…下手に彼の機密を暴こうとしてその仮面を無理に外そうとすると、機密保持のシステムが起動して彼の脳味噌は焼き切られてしまうんです」

「そんな!」

「まあ、いずれはあなたたちA-01には話す時が来るかもしれませんが…今日のところは胸の奥にしまっておいてくれませんか?」

モロボシの言葉に御名瀬純はしばらく沈黙した後で孝之に向かって言った。

「いつか…帰ってきてくれるんですよね?」

その言葉に孝之はただ無言で頷いた。
 
 
 
 
 
 
「はあああ~~~~~~」

御名瀬中尉が沈黙を約束してこの場を去った後、鳴海君は思わずその場にへたりこんでいた。

へたり込みたいのはこっちなんだが…

「鳴海君?」

「はい?」

「もしかして君、脳味噌に電流を流されたいとか思ってる?」

「ぶっ! いえいえいえいえいえいえいえ!!!!!! そんな事は絶対に思ってもいません!!」

「だよねえ? だったらもうちょっとしっかり自分の秘密を守ろうね?」

「…はい」

…嘘や秘密がすぐバレる、あるいは頭の中の事がすぐ口に出る、もしかしてこれは恋愛原子核保持者に共通の事なのか…それとも彼やタケルちゃんがうっかり過ぎるのか?

いずれにしても、そう長く彼の素性を香月博士に隠しておくことは不可能だろうな…

さて、これからどうしよう?

やる事が多過ぎるぞまったく…

 
 
 
第25話に続く




[21206] 閑話その4「路地裏の回想」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/02/12 22:22

閑話その4「路地裏の回想」

【日本民主主義人民共和国 型月区 三咲町・某路地裏】

私の名はシオン・エルトナム。 かつては天才ハッカーと呼ばれて合法・非合法を問わず様々なシステム開発やソフトウェア解析に関わっていた…いや、今でもそうだが。

過去と現在の私の違いといえば、かつては祖国エジプトからの留学生としてこの国の大学に通うかたわら、大学の各部署や大手企業からの依頼をこなしてその報酬で自分の趣味の研究開発に没頭する日々であったのに対し、現在の私は就労ビザも無しでこの型月区三咲町の一角にある路地裏の段ボールハウスに棲みつき、主に裏社会からの様々なハッキング依頼や使用目的が不明なソフトウェアの開発に従事して、その報酬で自分の趣味の研究開発に没頭しているということだろうか。

まあ、早い話が社会の表側から裏側に移り住み、そしてやっている事はさして変化がないという事だ。

自分自身にとっては大した事のない、しかし世間一般から見ればおそらく“転落”という表現以外当て嵌まりようもない環境の変化…

そのきっかけとなった出来事を私はふと思い出していた。
 
 
 
 
 
数年前、私のもとに一件のソフトウェア開発の依頼が舞い込んだ。

この国の国土開発や土木建築の事業を管理・指導する立場にある官公庁に関係の深い企業からの依頼だった。

自律性に優れた土木建築専用のAIを作って欲しい…どうという事はないごく普通の依頼であり、研究費を切らせかけていた私はこの依頼を二つ返事で引き受けた。

だがそれが後に大事件の原因になるとは、神ならぬ身の私に予測することなど不可能だった。
 
 
製品の納入から数週間後、突然私は警察から事情聴取を受けた。

国土開発省に納入された試作型土木建築システムに私が作成したウィルスが混入し、システムを暴走させた嫌疑が私に掛けられていたのだった。

無論のこと私は身の潔白を主張し、そのための資料提供にも応じたのだが…

結論から言えば私は嫌疑不十分という曖昧な名目で無罪放免という事になった。

シロでもなければクロでもない…このような不完全かつグレーゾーンな回答に当然の如く私は激怒した。

必要な資料を提供し、貴重な時間を割いてまで取り調べ室の中で無能な捜査官たちを相手に現代社会における電脳犯罪とその傾向及び対策の講義を延々と行ったにも関わらず、彼らは全くの役立たずであったのだ。

不可解なことに、私が電脳犯罪とその対策の研究がいかに重要であるかを説明すればするほど、彼らは私に対する嫌疑を深めていったように思う…一体何が問題だったのだろう?

私はただ今後行われるであろう電脳犯罪と新型電脳ウィルスの予測を例に上げて、彼らがより良い仕事を行えるように指導しただけなのに…

いずれにしてもこのままでは私の名誉にかかわる…何としてもこの事件の真相を暴かねば気が済まなかった。

私はあらゆる伝手と自身のハッキング能力を駆使してこの事件の洗い出しを開始した。

その結果、この“事件”それ自体が国土開発省の一部の人間によって事実関係を歪められてしまっている事、そして事件そのものが未だに終っていないことが分かった。

そもそもこの事件の始まりは『国土開発省・土木建設庁内特機開発局』のもとで新規に開発された新型土木工事用総合管理システムが試験運用開始直後に突然謎の暴走を始めた事だった。

そしてそのシステムの頭脳とも言うべき高自律性土木作業用AI『オシリスⅢ』こそ、私がこのシステムの開発企業から依頼を受け作成したものだった。

だが調べてみるとこのシステムの開発計画や受注企業の選定に関して、色々と不透明な部分がある事が分かってきた。

まず開発にかかる予算の水増し疑惑、システム開発の入札に関する不正の噂、さらに入札企業からの担当官庁の上層部への贈賄の噂…そう、あくまでも噂だ。

だが火のないところにこれほど大量の煙が立つ筈がない。 そう考えた私は噂の裏付けを取るために調査を続行し…そしてようやく全ての裏事情が判明した。
 
 
 
国土開発省の中にある土木建設庁特機開発局…この特機開発局のトップが噂されている不正行為の主犯だった。

彼は自分の立場とその職権を行使してこのシステム開発の受注企業から不正な裏金を受け取り、私腹を肥やしていただけでなく、その不正に気付き内部告発を行おうとした局内の職員を罠に嵌めて懲戒処分に追い込んだらしい。

その陥れられた職員がヤケをおこして局を辞める直前に残していった置き土産がAIウィルスによる開発中のシステムへの破壊工作だった。

ウィルスによってほぼ完全に破壊されたシステムと開発環境…それを取り繕うために彼らは私に新たなシステム開発を依頼したのだろう。

そして私の作成した『オシリスⅢ』を搭載したシステムを何食わぬ顔で試験運転を開始した…

だがそこで予想外の事態が発生した。

前のシステムに感染していたウィルスを除去するためのウィルスキラーシステムを念のために外さずに運転を開始したところ、そのキラーシステムとオシリスが機能を連結し本来のシステムの300倍の処理能力を発揮、さらに人間のオペレーション指示を拒絶して勝手に作業を開始してしまったのだ。

常識的にはありえないこの出来事にはもちろん裏があった。

そもそもヤケになってウィルス事件を起こしたした男の本当の仕掛けは、自分の仕掛けたウィルスを処分するためのキラーシステムに潜んでいたのだ。

彼は自分を罠に嵌めた上層部を徹底的に追い詰めるために、その筋では有名な裏世界の発明家Dr.アンバーに依頼してこの2重の仕掛けを用意したのだ。

この二段構えの罠に特機開発局の人間たちと私の作った『オシリスⅢ』がまんまと嵌ってしまった訳だ。

いずれにせよ機能を300倍にアップしたオシリスⅢは凄まじい勢いで作業を開始した。

人間側の制御を受け付けず、勝手に巨大な都市の建設を始めたオシリスを停止させようとあらゆる手段を開発局の職員たちは試みたが、全て無駄に終わった。

そしてその一方で彼らの上層部はこの件を上手にもみ消すために事件を事故として公表し、その責任をシステムの開発者であるこの私に被せようとしたのだった。

だが私が正確な資料を提示し、さらに理路整然と反証を行ったために濡れ衣を被せることを断念して、ことを有耶無耶にしてしまった…ということらしい。

なんとも呆れ果てた話ではあったが、だからと言って勘弁出来るものではない。

この件の首謀者とその役所を訴えるべく訴訟の準備を私は始めた。
 
 
 
そんな時にあの男、モロボシ・ダンが現れたのだ。
 
 
 
開発局の幹部職員だと名乗ったその男モロボシはこれまでの非礼を謝罪し、同時に未だに停止しないシステムの暴走を止めるために私の協力が欲しいと言ってきた。

少しばかり虫が良過ぎる話だとは思ったが、彼の言葉に私は心を動かされた。

彼はこう言ったのだ。

「このシステム『オシリスⅢ』の真の創造主、そして管理者があなたとDr.アンバーのどちらなのか、はっきりさせてみませんか?」…と。

その言葉を聞いた私は思わず彼の依頼を受けてしまっていた。
 
 
実を言えば私とオシリス、そしてウィルスの製作者Dr.アンバーの間には浅からぬ因縁がある。

本来『オシリスⅢ』のオリジナルモデルである文明保存用AI『オシリス』は、我々人類の文明の保存という壮大過ぎる目的のために設計されたものだ。(主に私の趣味で)

無論のことそんな使用目的を実際に試す機会などある筈もなくデータアーカイブの中で眠っていたのだが、大学の研究室を増築するのに最適な内容を検討するためにこのAIをベースにした工事用ソフト『オシリス改』を作成したのがトラブルの始まりだった。

何時の間にかネットを介して侵入してきたウィルスソフト『まききゅーX300』にオシリス改が感染してしまい、勝手に研究室の…いや大学全体の増改築を始めてしまったのだ。

慌てて機能を強制停止させようとしたが、こちらの命令を受け付けずにオシリス改は作業を続ける。

不本意だったが物理的暴力を行使することでようやくオシリスは停止した。

その後、ウィルスの作成者であるDr.アンバーの居場所を突き止めて拘束し、彼女の雇い主に突き出した。(なんでも本業は家政婦なのだそうだ)

雇い主であるミス・トウノは私には謝罪と賠償を、そして自分の使用人には説教と体罰(具体的描写はプライバシーを考慮して割愛)を施す心の広い女性だった。

それが縁で彼女やDr.とは友人として、あるいは科学の徒としての良きライバルとして付き合うようになっていたのだが…
 
 
 
今回の暴走の原因がDr.の作成したシステムにあると分かった時点で例によって彼女の雇い主に通報してあったのだが、この暴走を止めることは依頼しなかった。

一応国の官庁に納められた物に手出し出来ないという事情もあったが、自分の作ったシステムを他人に停止・分解されるのが不本意だったのかもしれない。

多分私はこのオシリスⅢの暴走を自分の手で終わらせたかったのだと思う。

モロボシ氏の要請を受け入れた私は問題の解決に着手した。(Dr.には責任を取ってもらう意味もあって、ウィルスシステムのデータを提供させた)

私とモロボシ氏は物理的手段さえも撥ね除けるオシリスⅢの抵抗に手こずりながらも、ようやくその活動を一種の永久ループに封じ込めることで抑えつけた。

その後、モロボシ氏はこのオシリスⅢを安全な場所へ移動させ事後処理にあたることになったのだが…

驚くべきことに彼は、自分が封じ込めた筈のオシリスを並行世界に移動させて再起動し、その滅びかけた世界の人類が避難するための場所を建設する作業に着手したのだそうだ。

並行世界のあるポイントにオシリスⅢを設置してそこを拠点に10億人を超えるであろう難民を収容出来る超弩級の難民キャンプを建設する…途方もない馬鹿げた計画だが、確かにオシリスならばその計画の推進にうってつけだろう。

何故ならば本来のオシリスの目的は本物と寸分変わらない文明のジオラマの製作なのだ。

従ってそのスケールは本来の文明社会と同規模の物が条件となる筈だ。

おそらく彼女…オシリスⅢはその滅びかけた世界が完全に復興したと認識するまで、永遠にその避難場所の建設に従事するだろう。

そして彼、モロボシ・ダンはそんなオシリスの面倒を見続けることになるのかもしれない。
 
 
 
その後私はこの事件の容疑やその後のゴタゴタが原因で大学を辞め、国へ帰ることもせずにこの三咲町の路地裏で友人2人と暮らしている。

パスポートも期限切れで就労ビザも無いから、ホームレスとなって裏稼業で食べていくしかないのだが…私個人はそれほど気にしてはいない。

自分の知的好奇心を満たすためのサンプルがこの国には実に多いと気付いたからだ。

この素晴しい研究環境を離れるなどもっての外だし、多少の生活苦などどうということはない。

そして今私の興味の対象は、あのモロボシ・ダンを支援しているという物好きな人間たちの生態と行動パターンの分析にある。

彼らは正式な団体でもまた確固としたネットワークでもない、単に同じ目的を共有する個人の群れに過ぎないようだ。

しかし彼らは並行世界からモロボシ・ダンによって送られてくる映像やサインを入手するために実に多額の寄付と情報と知的能力の提供を献身的に行っている。

年端もいかないウサミミのヘアバンドをつけた少女の映像に何故それほどの価値があるのか分からないが、Dr.から「シオンさんのニーソックスと同じようなものですよ~~~」と言われて何とも言えない気分になった。

私は彼と彼の赴いた世界について考える。

“おとぎばなし”とやらの内容を見るまでもなく、あの世界の破滅は事実上確定しているように私には思える。

あのモロボシ氏がそこへ赴いたのは、私と同じくあの世界の破滅を確信していたからなのか、それとも別の可能性を見ていたからなのか…

私は想像する。

異星起源種によって追い詰められ、同族同士の争いによって滅びゆく世界…

そこに降り立ち、ただひたすらに難民キャンプの建設を行う人工知性とその管理者…

そしてあのモロボシ氏は私を説得した時と同じように口先三寸で人々を誘導して避難させる…

果して何人の人間を救い、その先にどんな物語が生まれるのか…

何故か分からないが、想像の中の彼はひどく楽しそうに見える。

…もしかしてあの男、壊れているのではないだろうか?
 
 
 
閑話その4終り




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第25話「スーパーマリモの伝説」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/12/11 18:03
第25話 「スーパーマリモの伝説」

【2001年2月20日 アラスカ・ユーコン基地 演習区】

晴れ渡ったアラスカの空の下で2機の戦術機が戦っている。

F-15・ACTVとTYPE-77改・撃流…第1世代と第2世代を代表する機体の改良機同士が観客たちの予想を超えた激戦を繰り広げていた。

「ちくしょ~~~~っ!! 何で墜ちねえんだよあのF-4は!!!」

ACTVの操縦席でタリサ・マナンダルは叫んだ。

この機体と自分の得意とする3次元機動を駆使すれば時代遅れのF-4改修機など簡単に墜とせる筈だった。

それなのに相手の機体日本のF-4改修機“撃流”は彼女の射線をことごとく回避し、逆にこちらの懐に飛び込んで来てはタリサを追い詰める。

(こんなのF-4じゃねえだろうが!!)

凄まじい機動で自分を追い込んできている相手の機体を見ながら心の中でタリサはこぼした。

(こうなりゃ奥の手だ!!)

逃げると見せかけてタリサはACTVの機動力を活かした奥の手…“ククルナイフ”という名のコンビネーション機動を使用する。

「くうっ…こんのおおお~~~っ!!!」

凄まじいGに耐えながら回避機動を成し遂げたタリサのACTVの前に相手の機体は…いなかった。

「な! そんなバカな!!」

愕然とするタリサの下方から撃流の射撃が襲いかかり、彼女のACTVは撃墜判定を受けた。

タリサの“ククルナイフ”とほぼ同時に撃流の衛士…神宮司まりもが使用した技、それは第二次大戦の時代から日本の腕利きパイロットや衛士たちが使用してきた“木の葉落とし”と呼ばれるテクニックであった。
 
 
 
 
 
 
 
「不味い事になりましたね…」

ACTVと撃流の試合を観戦していた人間たちの一人がぼそり、とそう呟いた。

「まさかこんなに簡単に我々の機体が勝ってしまうとは…非常に不味い」

「ほう…なにがそんなに不味いのかね? Mr.モロボシ」

自分たちが勝利したにもかかわらず、苦い表情でぼやく日本人にプロミネンス計画の責任者クラウス・ハルトウィック大佐がそう尋ねた。

「大佐、私は…いえ我々はこのユーコン基地で行われているプロミネンス計画に多大な期待を寄せていたのです。 しかし…あの実験機にあっさりと墜とされる程度の機体では我々の求める共同開発のパートナーとしては到底…」

そこで言葉を途切らせたモロボシは、自分のメガネの位置をを指先で直しながら対面にいる男たちの方を見た。

モロボシの視線の先にいた男たち…先程まで自分たちのACTVの勝利を信じて疑わなかったボーニング社の重役と開発責任者がショックで口をあんぐりと開けたまま固まっていた。

日本の第三世代戦術機“不知火”の改修を行う共同開発の相手として指名されたボーニング社との交渉において、どちらの企業が主導権を握るか…お互いに譲らない問題に決着をつけるために双方の試作機を戦わせる…その提案を日本側が出し、ボーニング社も受け入れた。

そして今日、その試合となる模擬戦が行われたのだが…

模擬戦開始前に日本側が用意した機体を見て、これは何のジョークなのだろうと言っていたボーニング社の人間やその他の観客たちも、実際に模擬戦が始まった後は撃流の高機動性能に呆然とし、そして勝負の結果が撃流の勝利となった時、ボーニング社の人間とモロボシ以外の全てがスタンディング・オベーションで撃流とその衛士を讃えたのだった。
 
 
「しかし、これでは共同開発に赤信号が灯ってしまいます」

モロボシは居並ぶ面々…プロミネンス計画の担当者たちとボーニング社の幹部に向かってそう言った。

彼以外の日本帝国の人間…帝国軍の担当者や開発企業の重役たちは無言のまま目を瞑り、自分たちの知ったことではない、とでも言うかのような態度を貫いていた。

さらにそこへモロボシの言葉が投げつけられる。

「私たちがあの機体“撃流”を用意したのはこの計画を進めるにあたって最大の相違点である主幹企業をどうするかを考えてのことでした」

「…と言うと、君たちはこの模擬戦でわざと負けるつもりだったのかね?」

ハルトウィック大佐の疑問にモロボシは肩をすくめるジェスチャーとともに答える。

「わざと負けるなど出来ませんし、衛士に八百長をやれとは口が裂けても言えません。 だからこそあの機体で戦ったのに…まさかそれに勝てないとは」

そう言ってモロボシはボーニング側をじろりと睨む。

だがその侮辱を超えたモロボシの言葉にボーニング社側は何一つ反論出来ないでいた。

ACTV対F-4改修機、どう考えても負ける要素の見当たらない勝負でまさかの完敗…ありえない結果にボーニング側は言うべき言葉が見当たらなかったのだ。

さらにそこへモロボシは追い打ちをかけた。

「…あなたには期待していたのですがね、Mr.ハイネマン」

その言葉にボーニング社の戦術機開発部門のナンバー2であり、“戦術機開発の鬼”とまで言われる男…フランク・ハイネマンの顔がひくり、とひきつった。

「現在我が国の戦術機開発に携わる人間たちの多くは“不知火”を世界に先駆けて実戦配備した実績に溺れるあまり、外国技術の導入など不要などと言う人間までいる始末でしてね…だからこそあなたの作った機体であればそんな人たちの考えを変えてくれると信じていたのですがねえ?」

「……………」

褒め殺しを装った罵倒に、フランク・ハイネマンの顔は完全に凍りついた。

「これではもう一つの計画まで中止に追い込まれるかも知れませんな」

「もう一つの計画?」

モロボシの言葉を聞き咎めたハルトウィック大佐がそう言うと、モロボシは答えた。

「あの機体…“撃流”に搭載されたOSの公開と共同研究の計画です」

「「「「「「なに!!!!!!」」」」」」

驚愕する一同に対してモロボシは顔色一つ変えずに淡々と説明する。

「撃流の機動性の秘密は基本的に二つ…まず一つ目が機体構造材の大幅な軽量化、そしてもう一つが新型の機体管制OSなのです。 我が国としてはこのプロミネンス計画で得られる技術と引き換えに、このアラスカで新型OSを公開してライセンス供与することも考えていたのですが…」

「素晴しいではないかね! 是非お願いしたいものだ」

「ええ、しかし…」

「しかし…何かね?」

プロミネンス計画全体に大きく貢献するであろう日本側のプランにハルトウィックは歓迎の意を表すが、モロボシの歯切れは悪かった。

「しかし、今回の模擬戦の結果を我が帝国の軍部が見れば、新型OSを提供してまで得るものはないと判断するでしょう…おそらく共同開発の相手企業も別の相手をさがすことになるかと」

そのモロボシの言葉に、それまで黙っていたボーニング社の重役が口を開いた。

「Mr.モロボシ、新たな相手を探すと言ってもそう簡単に我が社以上の相手はいない筈だが…」

「ええ…もう残っているのはロックウィード社くらいのものでしょうね」

「な! まさか…」

「実はあの新型OSの開発には国連軍横浜基地の香月博士も関与しておられまして…」

「なに!」「ヨコハマ!?」「Dr.香月が…」「う…」「むう…」「彼女があのOSを…」

モロボシの発言はその場にいた全員に重苦しい緊張を強いた…“横浜の女狐”の異名はここでもまた恐れられていたのだった。

「彼女はもしもプロミネンス計画側との交渉が決裂するようなら、自分がロックウィード社と話をしてもいい…ただしその場合、新型OSの公開や共同研究の場を横浜基地で行うようにして貰いたいとのことでして」

「いや、待ちたまえ!別に横浜基地でなくてここでも…いや、ここの環境こそが新型OSの開発や公開の場にふさわしい筈だ! ここには世界中の先端戦術機と選りすぐりの衛士たちがいるのだぞ! 君たちの新型OSを評価するのに最も適した人材の宝庫でもあるのだよこの基地は」

ハルトウィック大佐は必死になってモロボシに自分たちユーコン基地での共同開発が双方の利益となる筈だと説得する。

彼にしてみればこれは何としても逃せない話だった。

もしもこの新型OSをプロミネンス計画に導入出来れば、それだけで計画全体の価値が上昇するだろう…だがもしもこれを横浜に奪われ、さらに『XFJ計画』までもがこの基地ではなく横浜で行われることになれば自分たちのプロミネンス計画の価値は大幅に減少し、下手をすれば計画の存続自体が危ぶまれることになりかねない…そんな事態だけはなんとしても避けねばならなかった。

そしてそれはボーニング社の重役たちにとっても同じ事であった。

米国の戦略ドクトリンがG弾主体のものとなり、次期主力機種の選定でも敗北したボーニングとしては、起死回生の手段として始めた『フェニックス構想』であったが、その産物であるF‐15ACTVが多くの軍人や企業関係者の見ている前で、日本のF-4改修機に敗北を喫した…その機体とOS技術が自分たちではなくロックウィード社に渡る事だけは回避せねばならなかった。

「まあ、まだ結論が出た訳ではありませんし…ああ、それでは我々は撃流と衛士に用がありますので少しの間失礼します」

そう言ってモロボシ達日本側関係者が出ていった後の会議室では、残された全員が頭を抱えて唸る事になったのだった。
 
 
 
 
 
【ユーコン基地 戦術機ハンガー】

戦術機ハンガーにやって来た私は撃流の機体から降りてきた彼女に声をかけた。

「神宮司大尉、御苦労さまでした」

「諸星課長…いえ、どういたしまして」

かなり引き攣った笑顔を浮かべている…このアラスカに来る前の出来事がまだ尾を引いているようだ。

日本を出発する直前に香月博士が彼女のために作った“御守り”が原因なのだが…それを作るように依頼したのがこの私だったために神宮司大尉(軍曹では問題なので臨時大尉となった)からかなり不審な目で見られているのだ。 酷い話だ…私はただ彼女のためを思って香月博士に依頼しただけなのに。

まあ、私もまさか香月博士があのようなエクストラ…いやもとい、エクセレントな御守りを作ってくれるとは思わなかったのだが…

「とりあえずこれで予定の模擬戦は終了した訳ですが、まだアンコールがあるかもしれません」

「…それはここに来る前に言っていたあの?」

「ええ…その場合は不本意でしょうが香月博士の作成した御守りを使用して頂くことになるでしょう」

「うう…了解しました…」

殆んど涙目だよもう…可愛いなあこの人…いやいやいかんいかん、こんな邪念に囚われている場合ではない。

周囲に気を配れば…ほら、おいでなすったよ“彼”が。

「いやいや、実に素晴しい機体と衛士ですなミスター・モロボシ」

その言葉と共に一人のソビエト軍人が我々の目の前に立った。

「これはこれは、ソビエト連邦軍の方に高く評価して頂けるとは光栄ですな中尉殿」

「はっはっは…御謙遜を、いや実に素晴しい内容の模擬戦でした…ああ、申し遅れました私はソビエト連邦陸軍所属イーダル試験小隊指揮官イェージー・サンダーク中尉です」

ええ…知ってますよ、中尉殿。

「いやこれはどうも御丁寧に、松鯉商事営業課課長 諸星段です」

「国連第11軍A-01連隊所属、神宮司まりも大尉です」

この模擬戦の事はこの基地で戦術機開発をする全ての部隊のみならず、その部隊を派遣した国家と企業の全てに情報が伝わっていた。

興味半分、もしあわよくばF-15・ACTVの性能を見極められると考えていたそれらの観客たちが当然目の色を変えるであろうことは予想していた…そしてなによりこの男、イェージー・サンダークの野心に火が点くであろうことも。

「いやしかし、まさかF-4改修機であのACTVを破るとは…今までの戦術機の常識を覆す快挙ですなあ」

「いえいえ…お国の戦術機こそ他にない素晴しい特性を持った傑作ぞろいではありませんか」

「いやこれは嬉しいお言葉ですな、わが国の戦術機は西側の方からはなかなか好意的な評価を受けられないことが多いのですが」

「いえいえ、わが国は実用主義者の国でして…立派な第3世代機を一方的な偏見で2.5世代機と言ったりするのは愚の骨頂と言うものです」

「おお、なんと素晴らしい考えでしょうか…ところで諸星課長、あなた方の機体と我が国の戦術機…互いの力を見せ合うことで更なる高みを目指せるとは思いませんか?」

…ほ~ら、やっぱりそう御出でなすった。

「いやいや…実に素晴しいお考えですなあ~サンダーク中尉殿、実は私も今そう思っていたところでして」

「おお…それではお手合わせ願えますかな?」

「ええ、喜んでお願いします」

「おお、それでは早速準備に取り掛かりましょう…少々お待ちを」

そう言ってサンダーク中尉はそそくさと自分たちのエリアの方へ向かった。

さて…ここからがこのアラスカ公演の本番だ。

「申し訳ありません神宮司大尉、やはりもう一幕追加になりました」

「…そのようですね、それで…あの…」

「…申し訳ありませんが、御守りの装着をお願いします」

「ううっ…夕呼のバカ…」(涙)

私の言葉に今度こそ本当に涙目になるまりもちゃん…いや、いかんいかん、あまりの可愛さに危うく萌え殺されそうになった。

「大尉、お気持ちはお察ししますがアレはあなたのために必要な装備なのです…どうか我慢して下さい」

「…はい」

「作戦ですが…ここに来る前にした話を前提に最適と思われるものをご自分で選択してください」

「任せて頂ける…ということですね?」

「実戦ではあなたのようなプロに素人の私が必要以上に口を出しても害になるだけでしょう」

「分かりました、それではお任せ下さい」

彼女がそう言った時、私の視界に次の模擬戦の決定を告げに来た国連軍士官の姿が映った。
 
 
 
 
 
 
【ユーコン基地 演習区】

クリスカ・ビャーチェノワは自分たちの機体、Su-37UBチェルミナートルの操縦席で妙な違和感を抱いていた。

これから相手をする機体…日本のF-4改修機の衛士から殺気といえるものが感じられないのだ。

(なんだ…この妙な感じは…今まで相手にしてきた衛士とは違う…一体あの相手は?)

「ねえ…クリスカ」

「どうしたのイーニァ?」

戸惑うような言葉をかけてきた自分のパートナーである幼い少女にクリスカは優しく返事する。

だが次に彼女が聞いた言葉は完全に予想外のものだった。

「あの人…恥ずかしがってるよ?どうして?」

「…え?」
 
 
 
 
撃流の操縦席で神宮司まりもは精神的に身悶えしていた。

(あ~~~~っもう!夕呼のバカ!イケず!意地悪!性悪娘!呪ってやるんだから~~~~!!!)

心の中でとんでもない物を自分に押し付けた親友に呪いの言葉を吐き続ける。

(もう…もし効果が無かったら一生恨んでやるんだから)

ようやく覚悟を決めた彼女は“ゆうこせんせいのおまもり”を装備した。
 
 
 
 
 
模擬戦の開始から10分…戦況はSu-37UB側が優位に立っていた。

第一世代機とは思えない凄まじい機動で逃げ回るまりもと撃流をそれ以上の機動で紅の姉妹が追い上げる…だが当のクリスカとイーニァは相手の不可解な“手応え”に戸惑っていた。

(なんだ…この相手は? 何故殺気をこちらに向けてこない…これだけ追い詰められているのに…明らかにこちらの“力”に押されている事がはっきり“見えて”いるのに…なんだ? このやりにくさは…)

クリスカは相手の不可解な反応に戸惑いながらもさらにまりもを追い込もうと意識を集中させて行った。

一方まりもは必死に逃げ回りながら逆襲のタイミングを計っていた。

(くっ…なんてプレッシャーなの、この感じ…事前に予備知識を与えられなかったら完全に自分を見失ってやられていたわね…でもこの程度で負ける訳にはいかないわね)

モロボシから事前に与えられていた知識のおかげで紅の姉妹の“力”を受けてもまりもはパニックに陥ることはなかった。

そしてついにまりもは勝負に出る。

ひと際激しい変則機動を駆使した撃流がSu-37UBに対して反撃に出ようとした…だがもちろんそれはクリスカに“見られて”いた。

(ようやく焦れたか…さあ、無様な踊りをみせるがいい…なに!?)

「え…どうしたの…見えないよ? あの人の心…なぜ?」

まりもの機動を読み取って逆にトドメをさそうとしたクリスカたちだったが、突然彼女は相手の心を見ることが出来なくなった…そして次の瞬間、紅の姉妹はその混乱の隙をまりもに突かれていた。

「相手が見え過ぎると却って不便なものね!」

相手の能力を逆手に取り、一瞬でSu-37UBの死角に移動することに成功したまりもの撃流が36mm砲を発射して決着がついた。

その瞬間を見ていた観客たちは時代遅れで鈍重な筈のF-4改修機が鮮やかな螺旋の軌跡を描き、ソ連機の背後を取って仕留めたまりもの神業に惜しみない拍手と歓声を贈ったのだった。
 
 
 
 
 
 
【ユーコン基地 戦術機ハンガー】

私の視線の先に顎をかくん、と落としたまま間抜けな顔で立ち竦む男がいる。

…気の毒だが君は実にいいカモだったよ、サンダーク中尉。

「いやいや、実に素晴しい内容の模擬戦でしたなあ~サンダーク中尉、これで我々双方が次世代に向けての貴重な経験を得ることが出来たわけですな」

「え…ええ、実にまったくその通りですなMr.モロボシ」

顔を引き攣らせながらも彼はこちらの言葉に愛想笑いを浮かべながら調子を合わせて来る…いやいや、流石にこの程度でへこたれる男ではないよなあ~。

こちらも負けずに愛想を返そうと思っていたら…おやおや、いつの間にかとんでもない人が来てるじゃありませんか。

「御満悦だな…若いの」

「!あなたは…」

「これはこれはMr.マッコイ…はるばるアラスカまで来られるとは」

そう、我々の目の前に現れたのは世界一の武器商人と言われる男…マッコイカンパニーの社長、マッコイ老であった。

「先月N.Y.でお会いして以来でしょうか…まさかここでお目にかかれるとは思ってもみませんでした」

「ふん、何を言ってやがる…あちこちに大声でふれ回って客を集めたくせによく言うぜ小僧」

「いやこれはどうも…恐縮です」

「別に褒めちゃいねえよ…まあしかし、随分といい仕上がり具合じゃあねえかあの機体」

そう言ってマッコイ老はこちらに戻ってくる撃流を顎で指した。

「ええ…まったく予想を遥かに超える活躍ぶりですよ、機体も衛士も」

「確かにな…それじゃあその衛士どのにも挨拶くらいはしておくか、この儂の新しい商売のタネを芽吹かせてくれた礼を含めてな」

「新しい、商売のタネ…?」

おお、そう言えばまだあなたは御存じありませんでしたな中尉どの。

「あの機体“撃流”に搭載されたOSのことですよ、それを世界に配布するにあたってこのマッコイ社長に色々と面倒を見て頂いていますので」

「あの機体の…OS! それを世界に…ですと!?」

「ええ、手始めにこのユーコン基地で試験運用を兼ねた講習を行おうと思っているのですが…これがなかなかどうも…」

「なんでえ、ボーニングの連中まだグズッてんのかい? なんならこのオレが話をしてやっても…ふん、どうやら重い腰を上げたようじゃねえか」

そう言ったマッコイ老の視線の先を見ると…おやおや、確かにボーニング社の皆さんとハルトウィック大佐たちですな、こちらに来られるのは。

「これは皆さん、お揃いでどうなさいましたか?」

「うむ、モロボシ課長実は…貴方は!」

「何年ぶりだ?ドイツの若造…随分と老けたじゃねえか」

おや、大佐殿とマッコイ老はお知り合いでしたか…まあこの老人は世界中の軍人や政治家とコネがあるんだから不思議ではないが。

「まあこの小僧はオレの元部下のそのまた下の使いっぱしりみたいなモンなんだが…おめえら随分とこいつを困らせてるみてえだが、そんなにこいつの持って来た話がイヤならハッキリそう言いな…それならこのオレがロックウィードや横浜の小娘と話をつけるだけの事だ」

「! いえMr.それには及びません、我々プロミネンス計画は日本の『XFJ計画』及び『XOS計画』の誘致を正式に要請する事になるでしょう」

「ほう、しかし大佐…肝心の我々とボーニング社との間の契約条件がまだ…」

「いやモロボシ課長、その件だが…ボーニング社の方が我々の提示した条件を基本に『XFJ計画』の契約内容を煮詰めることに同意して下さったのだよ」

そう言ったのは光菱重工の担当役員さんだった…成程、どうやら折れてくれたか。

「そうですか、それは良かった…ああ、Mr.ハイネマン」

そう言って私は“戦術機開発の鬼”と向き合う。

「これから宜しくお願いします…我々とともに新しい戦術機の歴史を作りましょう」

私のその言葉にフランク・ハイネマンの眼鏡の奥に火が灯った。

「ええ、こちらこそ宜しくお願いします…Mr.モロボシ」

…ではもうひと押し。

「Mr.ハイネマン」

「はい?何でしょう?」

「もう一度“勝利”してみませんか?あの機体…F-22“ラプター”に」

「!」

「私がその舞台を用意します」

その言葉を聞いたフランク・ハイネマンは、今度こそ楽しそうな笑みを浮かべて私に手を差し伸べて来た…そして私も手を伸べて握手を交わす。

契約成立…だな、これで。
 
 
ハイネマン氏と握手を交わしているところに神宮司大尉が戻って来た…がしかし、おやおや。

「ああ皆さん、御紹介します…あの機体“撃流”の操縦を担当した神宮司まりも大尉です」

「神宮司まりも大尉であります!」

きりっとした表情で我々に敬礼してくれるまりもちゃんなんだけど…皆さん目が点になってますな。

まあ無理もない…こんなものを見てしまってはね。

「その…神宮司大尉、御守りをつけたままですよ?」

「え…あ!やだ! す…すみません!!!」

そう言って彼女は真っ赤になって頭の上の御守り…香月博士謹製のウサミミ型ヘアバンドを外すのだった。

…そう、私が“紅の姉妹”の能力を無効化する装置の製作を香月博士に依頼したところ、なんと彼女は社少尉とお揃いのものを作ったのだった。

慌てて彼女の名誉のためにこの御守りが香月博士に押し付けられた物だと説明すると、その場の全員が同情のまなざしを彼女に向けるが、それがより一層まりもちゃんの羞恥心を煽ったらしく、顔を真っ赤に染めたまま俯く姿が可愛かった。
 
 
 
 
後日、彼女の活躍とウサミミ姿は世界中の衛士や戦術機開発者たちの知るところとなり、“マリモ・ザ・バニー”あるいは“スーパーマリモ”の呼び名で知られることとなった。

そして香月博士と私は…彼女からジト目で睨まれることになるのだった。(何故私まで…)

 
 
 
第26話に続く





[21206] 閑話その5「モロボシ・ダンの休日」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/02/23 22:19

閑話その5「モロボシ・ダンの休日」

あ~~~~疲れた~~~~~……いやホントに。

相馬原基地での迎撃やら鳴海君の正体がばれないためのフォローやら香月博士のご機嫌取りやら果てはアラスカへ出張ですよもう…たまにはゆっくり休みたい。
 
 
 
…と言う訳で今日は1日お休みを貰いました。

社長からも『諸星君は少し働き過ぎだからここらで休みを取りなさい』と言われたしね。

さてそれではまったりしながら…ああそうだ、忘れていた事があったっけ。

アラスカで撮影した映像…主にまりもちゃんのウサミミ姿やイーニァとクリスカのスナップショット(強化服姿)それから戦術機の模擬戦の様子等々…それらを編集して出来たファイルを支援者の皆さんに配布しなければならないのだった。

もう編集は出来ているのだから後は送るだけか…ほい、転送っ…と。
 
 
 
 
ファイルを送付した皆さんからの御礼や感想が次々送られて来てるが…やはりあの“まりもバニー”はインパクトが強烈だったようで、「ブラボー!」「ハラショー!」「これぞエクストラだ!」「BETAに喰われる前にオレの嫁に!」等々、魂の雄叫びかと思うようなメッセージの数々が送られてくる有様だ。

…そして、それとは別に「人でなし!」「幼女を泣かせて楽しいか?」「唯依ちゃんの代わりにお前が撃たれろ」などのメッセージも来ていた。

送った映像の中に模擬戦終了後半泣き状態になったイーニァが映ったものがあったのが原因だろう。

まあ言いたい事は分からんでもないが…だからといって私にどうしろと言うのだ!?

別に私だってあの姉妹をイジメたい訳ではないが、あの場合ああするしかないではないか。

…いやまあ、確かに私も良心がとがめている事は事実だが。

あの後、二人があの碌でもない大人たちにどんな仕打ちを受けたか…あまり考えたくない。

まあいつかはあの二人を自由の身にしてやれたらと思わないでもないのだが…はっきり言って上手い手が思いつかないのが現状だ。

…いかん、鬱に入りそうだ。

いや、せっかくの休日にこんな有様では良くないな…ここは気分転換を兼ねて特に親しい支援者の方たちにお電話でもしましょうか…暇潰しに。

℡℡℡…℡℡℡…℡℡℡…

ああ…もしもしスミヨシ君? どうもモロボシです。 え? どうしちゃったの? …やけ食い? 君、まさかまたあの“お好み焼き『友』”の“友情セット”に挑戦したんじゃ…ああ、やっぱり?

…あのねえ君、あれは人間に食べきれる代物じゃあないって言ったでしょう? いい加減にしないと今度こそ死ぬよ?

…完食した人がいる? 女性? いや君…それは女性とかじゃない、人間以外の何かだって絶対。

それで自棄食いの理由は一体何? …え? 全日本オタ史学会の研究論文発表会? …00の元ネタ? アシ○フ? ファウ○デーション? ソレ○タルビーイ○グが? リ○ンズがミュー○? 最終的に異種との相互理解とはゲ○ア化? …否定された? 所詮分かり合えない?

いやまあ、大体分かったけどね…だからって自棄になっちゃダメでしょ? 妹さんが心配するよ?

そうだ、気分転換に私が送ったファイルでも見てくれれば…ああ、それとその中に君やヨネザワさんに考えて欲しいプランを添付しておいたから…え? もう見た? それで? …デストロイ? あのね君、それ本気で言ってんの? え? 不可能じゃない? 荷電粒子砲を主砲にして、120㎜電磁投射砲をサブに…どんなバケモノだよそれ?

…いやまあ参考にはなったから、うんそれじゃあお大事にね。
 
 
 
自棄食いか…若いね彼も。

まあ気持ちは分からんでもないか…かつて私もあの学会の場に論文を出した経験がある。

そこで私が発表したのは、初期のガン○ムシリーズを制作したスタッフたちの製作の動機に関する考察だった…

当時のオモチャ化を前提としたスーパーロボット路線から一皮剥けた作品を指向していたアニメ製作者たちがテキストとしていたのが翻訳された米国のハードSF小説だった。

その中でも最も大きな影響をガン○ムに与えたのがロバート・A・ハインラインの「宇宙の戦士」であり、この作品の中にあるパワード・スーツの設定こそが後のリアルロボット路線の下地となった。

そして同時に当時のアニメ製作者やSFインサイダーたちは、この作品の中にある国家観や軍のシステムに対する肯定的な視点に非常に根深い反発を示しているのだ。

そのハインラインの作品の中にあるSFセンスへの憧憬と、国家観に対する反発が当時の彼らにあの作品「機○戦士ガン○ム」を作らせたのだ…

この私の論文は周りから全くと言っていいほど相手にされず、それからしばらくの間ヤケ酒をあおった記憶がある…思えば私も若かったのだ。
 
 
 
いや、そんな昔の話はどうでもいい。

さて次のお電話は…と。

℡℡℡…℡℡℡…℡℡℡…

もしもし…シオウジ研究所さんですか? …ああ、ウミ君? モロボシですけど教授はいらっしゃいますか? …え? 公園で休憩中? そうですか…いえ、呼び戻さなくてもいいですよ。

あの公園で寛いでいる教授のお邪魔をすると後が怖いですから…それじゃあ彼が戻ったら送付したファイルの中の依頼書に目を通しておいて欲しいと伝えて下さい…それでは失礼します。

…どうもタイミングが悪かったようだね、鳴海君の儀体を強化すべきかそれともこのままがいいのか聞こうと思ったんだが。

まあ、これは後日でもいいだろう。
 
 
 
℡℡℡…℡℡℡…℡℡℡…

…ああもしもし、ヨネザワさん? あれ? どうしました? え? 食い過ぎって…大帝都? あの焼き肉屋の…あんたまたあの姉妹の記録に挑戦したんですか!?

え? 東京空想2次学会? ええ、知ってますけど…ああ、論文発表…(あんたもかい!)…ド○ン・カシムはニクソンではなくルーズベルト? サ●リン博士はホーチミンと西郷隆盛の合体キャラ? 批判の的になった? 歴史の真実が分かってない? 所詮は文改世代が主催した偏向的な学会?

…まあ落ち着いて下さいよ、お腹の中の物があふれちゃいますよ?

それでヨネザワさん、私が送ったファイルですが…ええ、まりもちゃんの姿は実に素晴しい物が撮れたと自負しています。 それと同封したプランだけど…え? ビグ・ザム? ……あんたもですか? いや、スミヨシ君もデストロイを推奨…え? 邪道? 1stこそ本道? いやそんなこと言われたって…え? アレが量産の暁には異星起源種を葬るなど造作もない? …いや、私はML機関を乗っける器さえなんとかなればと思ってるだけで…話をつける? いや、頼むから喧嘩沙汰は止めて…主義? 美意識の問題? これだけは譲れない? 種シリーズとは重みが違う? 分かりましたからどうか穏便に…もしもし?、もしも~し! …切れた。
 
 
 
困ったな、あの二人に喧嘩されると私の仕事に支障をきたすのだが…まあいいか、そのうち二人それぞれに何かいい物を貢いでおけば機嫌を直してくれるだろう。

…それにしても理解出来ない理由で争うものだ。

どう見ても同じ意見を述べているとしか思えないのに…ああいうのを同族嫌悪と言うのだろうか?
 
 
 
深く考えるのはやめよう…それより今後の事だ。

悠陽殿下を復権させるための下地は出来上がりつつある。

上手くいけば“おとぎばなし”の記述よりも遥かに早い時期に彼女が統帥権を確立出来るだろう…だがそれで全てが上手くいく訳ではない。

今後考えられる問題は……やはりアレかな?

それに横浜基地のこともある…香月博士は早い時期にXG-70を接収する予定でいるようだが、それに第5計画派がどう反応するか…どうも気になるな。

プロミネンス計画の問題だけでなく、対米工作もそろそろ本腰を入れるべきか…

それも含めていずれ必要になるのは…うん、あの人に今のうちから頼んでおこう。
 
 
 
…いやまて、一体私は何をしているのだ?

これでは仕事中と大差ないではないか!

せっかくの休日に何が悲しゅうて仕事上の交渉をせねばならんのだ?

休もう…ごろごろしよう…無駄に時間を過ごそう…そうしよう。
 
 
 
 
 
…いや、やっぱりそうもいかないか。

どうせ明日にはやらなければならない事だし、これは正規の仕事とは違う…いや、アノ人に頼むという事ははっきり言って違法行為に半分以上足を突っ込むことになる。

やれやれ…どうにも因果な仕事に深入りしてしまったものだ…自業自得だけど。
 
 
℡℡℡…℡℡℡…℡℡℡…

…もしもし、ああコクトー君? いやお久しぶり、モロボシです。

いや、そうじゃないんだ…今回は君じゃなくて所長さんに頼みごとがあってね…うん? 何? 来客中?

…え? 妹さんと君の彼女とそれからフジノちゃんて…あの子!? …3人でお茶を飲みながら睨みあってるって…あのね君、悪い事は言わないから今すぐそこを出て二度と戻らずにどこか遠くでやり直しなさいそうしなさい…ああ、でもその前に所長さんに代わって頂戴。
 
 
 
何だろう? 電話の向こうで凄まじい気配が…全てが崩壊する前に用事を伝えておきたいが…

…ああ、これはどうもアオザキ所長。

はい、いつぞやはおたくのコクトー君のおかげで助かりました。

…いいえ、今回は彼にではなくてあなたにお願いがあって電話したのですが…大丈夫ですか? どうやら凄い事になってるみたいですが。

見てる分には楽しい? まあ、あなたがそう言うならそれで問題はないでしょうが…彼を何処かに避難させなくていいんですか? え? あいつだけは何があっても無事? …はあ、そうですか。

ええ、それで依頼したい仕事の内容なのですが…
 
 
 
 
 
 
…仕事を引き受けてくれたのは嬉しいが大丈夫かな? 電話を切る直前に受話器の向こうで凄い音がしてたけど。

クラッシックな黒電話を使ってるから向こうの様子は見えなかったけど、多分今頃とんでもない事になってるんだろうな…生きろ、コクトー。

はあ…疲れたな…本当に…
 
 
 
 
《モロボシさ~ん、今日はお休みじゃないんですか~?》

…お休みだよ、お休みのハズなんだよ~~~

《なんか目が虚ろやで~~》

≪おそらく更年期障害でしょう…スクラップになるのもそう遠い未来の事ではありませんね≫

…やかましい、この性悪電子頭脳が。

《あれ~? まさか昼間からお酒ですか~?》

…うん、なんだか無生に飲みたくなってね。

《あんまり感心せえへんな~~~》

≪本物のクズへの第一歩ですね≫

…なんとでも言ってくれ、今は酒が飲みたいんだ。

《あれ~? モロボシさん、お酒切れてますよ~?》

…なに?

《ほら~、日本酒もビールもウィスキーも…》

…ジンは? ウォッカの瓶は? ブランデーは残ってないのか!? …いやそうだ、まだ秘蔵のアブサンが残って…

《このあいだ全部開けたやろ~~~?》

…そうだった。

≪自分で飲んだ分まで忘れるとは…アル中の2歩前まで行ってますね≫

ああ、どうせ本当は1歩前ですよ…マクレーン警部と同じで。

《どうします~~? お酒買ってきましょうか~~?》

やれやれ、昼間からお酒を買いにショッピングですか…いやまてよ。

…そう言えば君たち、帝国軍に売り込む予定だった合成清酒のサンプルが出来たんだっけ?

《清酒“桜花”の試作サンプルでしたらありますけど~~?》

…じゃあ、それ持ってきて。

《え~~~! だってまだ安全確認が~~~!!》

…丁度いい臨床試験だと思えば問題ないな、うん。

≪…すでに自分の人生を放棄してますね、管理者(マスター)≫

ふっ…何を言うかこのポンコツが。 これが人生の楽しみ方というものだ。

…さて、つまみはどうしよう?

まあいいか…酒が来るまでゆっくりと考えよう…せっかくの休日なんだから。

 
 
閑話その5終り




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第26話「“鋼の男”と“春よ、来い”」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/07/29 17:59
第26話 「“鋼の男”と“春よ、来い”」

【2001年2月25日 神田 カフェ・マロニエ】

古めかしい喫茶店の奥で2人の男がコーヒーを飲みながら談笑していた。

声が小さいために店員や他の客には聞こえなかったが、会話の内容はとても談笑などとのどかな表現が出来る物ではなかった。

「あんたが自分の任務のためならどんなふざけた横紙破りも平気でする男だって事は知ってるつもりでしたがね、流石に今回のこれは冗談では済まされませんな…鎧衣課長」

「いやいやいや、軍の中では『鋼の蔵臼』と呼ばれるあなたにそう言って頂けるとは実に光栄ですなあ~~~はっはっは」

別に褒めとらん…そう言いかけて男は止めた。

目の前にいるこの男、帝国情報部外事二課長・鎧衣左近を相手にそんな嫌味は牽制にすらならない事を彼はよく知っていたからだ。

その代わりに男は、より分かりやすい皮肉を口にした。

「帝国情報部は随分と人手不足のようだな、まさか政府の情報機関が陸軍情報部の鼻つまみものであるこのオレに仕事を押し付けるとは…」

「いやいや、それは誤解ですよ猪川少佐。 この仕事を任せるにあたって適任者を探したらあなた以外にはおられなかっただけでして」

「ほ~? それはどういうことかね?」

鎧衣課長の言葉に猪川少佐…そう呼ばれた男は目を鋭くして相手の顔を見詰めた。

そして鎧衣もまた、表情を少しだけ改めて男に語りかける。

「この任務を務める人間に要求される条件…諜報活動のプロであり、多数の部下を持ち、事務作業においても優秀であり、さらに対BETA及び対人間双方の実戦経験があり、出来れば衛士資格と相応の腕前を持ち、地獄の底からでも任務を全うして生還出来そうな人物…そんな条件に該当するのは『鋼の蔵臼』こと猪川蔵臼少佐、あなたしかいなかったのですよ」

鎧衣左近のその言葉に相手の男、猪川蔵臼は端的な言葉で返答した。

「…ふざけた条件だ、どんなお調子者がそんな条件を言いだした?」

「お調子者か、いやあの男はそんな可愛らしい代物ではないかも知れんが…いや、お調子者なのも事実だが…」

「ほーお? で、それはどんなバケモノなんだ鎧衣課長?」

「そうですな、言うなれば…おや?」

言いかけた鎧衣課長がふいに店内に流れている有線の曲に意識を向ける。

それにつられて相手の男…猪川少佐もまた、始まった曲に耳を傾けた。
 
 
 
 
(新曲か…歌手も今まで聞いたことのない………い、いや…この声は!!!

愕然として鎧衣課長の方を向くと、彼もまた何とも言い難い表情でこの歌に聞き入っていた。

「…これは一体何の冗談だ鎧衣課長」

内心を抑えた声で訊ねる猪川少佐に、鎧衣課長は肩をすくめながら答えた。

「…言うなればこのような冗談を本気でやる男なのですよ」

「……で、この俺にそのとんでもない男につける鈴になれと?」

「はっはっは…いやいや、鈴などととんでもない。 彼の仕事の手伝いをしてもらいたいのですよ」

「手伝いか…一体何を手伝わされるのだ?」

「それは直接彼から…諸星段という男から聞いて頂くことになりますなあ~、もっとも表向きは我が国がアラスカで行う『XOS計画』の責任者ということになりますが、ああいや表向きではなくそちらの方が本来の任務なのですがね」

(このタヌキが…よくもぬけぬけと軍情報部の俺に自分の都合を押し付けやがって…)

猪川は心の中でそう罵った。

政府機関である帝国情報部が軍の情報部の人間に仕事を押し付ける。 およそ常識ではありえない事態だが、この目の前にいる男 鎧衣左近にはその常識を覆すだけの力がある。

(だが、それにしてもこれは少しばかり横車が過ぎる…つまりはこの件に、いやおそらく諸星という男にそれだけの値段がついているということか…だがしかし)

猪川は改めて店内に流れる歌に耳を傾けた。

耳に聞こえるその歌声の主に猪川は確かに心当たりがあった…そんなことはあり得ないのに。

(これはもう横紙破りなどという次元の問題ではない。 諸星という男は一体何者だ? 何を企んでいる? そして何故…“彼女”は歌っている?)

「…何故、この歌が流れているのか不思議ですかな?」

「…不思議でなければ頭がどうかしているだろう?」

「確かに、しかしいい歌だとは思いませんか? 春を望む素晴しい歌だと…」

「あたかも“彼女”の心を表す歌のようだ…そう言いたいのか鎧衣課長?」

「はっはっは…なんとこれを考えた男は彼女に向かってこう言ったのですよ“言葉が届かないのなら歌を唄えばいい”…と」

「…正気か? その男は」

「さて、正気か狂気か…いずれにせよ我が国にとって必要な人物には違いありませんからなあ~」
 
 
 
 
 
【国連軍横浜基地・B19フロア】

「ふえっくしゅん!」

「あら、風邪でもひいたの?」

「いえ…どうも誰かに噂されているような気が…」

「あら奇遇ね、私も時々そういう事があるのよね~」

「はっはっは、いやしかし誰に噂をされているのかな? 人から恨みを買うような行いをした覚えなどないのですが…」

「あら、あたしもそうよ?」

「はっはっは…またまた御冗談を」

「あらどういう意味かしら、コウモリさん?」

(はあ…よく言うわ二人とも)

「あら、なにか言ったまりも?」

「! いえ、自分は何も言っておりません香月副司令!」

「なによ~~もっと楽しませなさいよ~~、せっかくの祝勝報告なんだから~」

「はっはっは…いやまったく、神宮司軍曹のおかげで理想的な状況を築くことが出来ました」

アラスカから帰って3日、正式な報告を兼ねて夕呼のもとを訪れたモロボシだったが、上機嫌な夕呼の傍若無人な言動に調子を合わせた挙げ句まりもから白い目で見られてしまっていた。

そんなまりもにモロボシはアラスカでの活躍に対する最大級の感謝の言葉を贈ったのだが、堅物のまりもはひたすら任務を果たしただけですと繰り返していた。

「ね~コウモリさん、今回の一件でまりもに求婚者の男共が列を作ると思わない?」

「ゆう…香月副司令、冗談はそれくらいにしてください」

「いえ、おそらく冗談ではなくそうなるでしょう…あの映像を見れば」

「諸星課長!やめて下さい!」

あの映像とはもちろん彼女の素晴しい戦闘場面の事…ではなくてあの素晴しいウサミミ姿の映った映像のことである。

ファンクラブなどはモロボシの世界に掃いて捨てるほど存在するが、求婚者となるとこの世界の人間でないと意味が無いのだった。

(こっちの世界にきてまりもちゃんを嫁にしようと企んでいる男もかなりいるようだが…まあそんな事はどうでもいいか、それよりそろそろ本題に…)

「さて香月博士、楽しいお話はこれくらいにしてそろそろ次の商談に入りたいのですが」

「ああそうね、御苦労さままりも 仕事に戻って「ああ、ちょっと待ってください」…なによ?」

「神宮司軍曹、あなたが帝国軍におられた頃『猪川蔵臼』という人物について聞いた事はありませんか?」

「猪川…ああ、あの『鋼の蔵臼』と呼ばれていた猪川大尉でしょうか。 今はどうしておられるか知りませんが」

「ふ~ん? その男がどうかしたの?」

「実はその猪川大尉…現在は少佐ですが、今回の『XOS計画』の責任者に内定されておられるそうで…自分は猪川少佐と言う人を全く知りませんので、出来れば彼の人柄などを聞かせてもらえればと」

「そうでしたか、猪川大尉…いえ少佐は一言で言えば『謹厳実直な豪傑』という表現が当てはまる人だと思います。 極めて高度な知識と判断力を有し、同時に任務にあたっては細心の用心と共にまるで野蛮人のような無謀な行動力を発揮する方です。 そして非常に優秀な腕利きの衛士でもあります」

「へえ~そんな凄い男が帝国軍にいたの」

「成る程、いやそれなら理想的な人選かもしれませんね」

「ですがその…彼は極端に気難しい人物で、同時に任務の成功と引き換えに大きな問題をおこしてばかりで…本来なら中佐か大佐になってもいいのに出世が遅いのはそのせいだと言われることもあるそうです」

「ふ~ん」

「ほほう成程、そういう人ですか…ところで彼の好みや趣味は御存じで?」

「さあ…タバコ好きなのと後は…ああ!確かイモが大好物だと聞いた事がありました」

「へえ?」「イモ…ですか?」

「はい…猪川少佐のもう一つのあだ名が『芋蔵臼』と言うのだそうです。 なんでもイモを使った料理に関しては物凄くこだわる人だと…」

「ふうむ…いや、どうもありがとうございました。 おかげで助かりました」

「はい、では自分はこれで失礼します」

そう言ってまりもが退出した直後、夕呼は口元に皮肉な笑みを浮かべて切り出した。

「…それで? 今度は何を企んでるの、コウモリさん?」

「いえいえ、企む以前の問題がありまして…」

「へ~え? どんな問題?」

「…どうでしたか? 新潟でのデータ収集の結果は?」

「………」

「さぞや大物の魚影が見られたでしょうなあ~」

「あんた…やっぱり初めから…」

殆んど殺意に近い夕呼の視線を受け流しながら、モロボシは話を続ける。

「その大物の影がこの横浜の地下に到達するのは…おそらく1年後、と言ったところですか?」

「さあ、どうかしら~」

「早期にXG-70を入手しても、肝心のあなたの研究が完成していなければ宝の持ち腐れですなあ~」

「あら、早い方がいいって言ってたのは誰だったかしらね?」

「もちろん早いに越したことはありませんが…現状では実戦に投入するのは不可能でしょう?」

「…それで? あんたに何が出来るのかしら?」

今や明確な殺意を込めながら質問する夕呼に、表面上は惚けた顔のままモロボシは話を続ける。

「このままではあなたの研究が完成する以前に佐渡島ハイヴを攻略せざるを得ないかも知れません…そこで提案なのですが、我々の研究成果を提供しますのでそれを使ってML機関の制御を行ってみませんか?」

「へえ? 可能なの?」

「まだ現物を入手していませんので実験はしていませんが…あれを手に入れしだい試運転を行う予定です」

「試運転ねえ…ロックウィードの連中が聞いたら卒倒するわね」

「ははは…まあ彼らには知らせるつもりはありませんがね」

(…つまり開発メーカーのサポートもなしにアレを改修・運用出来るだけの人員や設備を持ってるってことよね…どこまでバケモノなのよこいつ!)

「ですが、それだけではまだ十分とは言えません」

「何が十分じゃないのかしら?」

「戦力ですよ、たとえXOSを全ての戦術機に搭載して電磁投射砲とXG-70を投入出来たとしても、果してハイヴを陥せるかどうか…」

「あら、不足かしら?」

惚けた顔で聞いてくる夕呼にモロボシが初めて真面目な顔を見せる。

「指揮権が曖昧な烏合の衆では戦争には勝てないでしょう」

「ハイヴを攻める以上はこのあたしが指揮をとることになるのよ?」

「彼らが…帝国軍があなたの指揮を全面的に受け入れるでしょうか? いえ、それ以前にあなたの指揮権を認めるかどうかも現在の帝国軍では難しいでしょう」

「…バカが多いと苦労するわね、まったく!」

モロボシの指摘を夕呼は不満を吐き捨てるような言葉で認めた。

「帝国軍…いえ日本帝国全体の意志統一が確立しない限り我々の前途は開けないでしょう」

「それで? あんたはあのバカ共の頭を押さえつける方法でも持ってるの? ああそれとも連中を皆殺しにしてこの国を乗っ取るとか考えてんのかしら?」

冗談のような表情に眼だけは笑わずに夕呼が聞いてくると…

「香月博士、我々は文明人ですよ、皆殺しは最後の手段に取っておくべきでしょう」

真面目な顔でモロボシがそう答えた。

(あぶない男よねえ~、こんなの放置しておいていいのかしら?)

自分の事を完全に棚に上げて夕呼は心の中でそう呟いた。

「まあそこまで過激な手段に訴える前に比較的穏健な手段を試みるべきかと思いますが…」

「…あのバカ共に付ける薬があるとでも言うの?」

「政威大将軍殿下というお薬は如何かと…」

「とっくに期限切れの薬じゃないの! それが効くなら苦労はないわよ!」

「では効能をリフレッシュさせれば問題はない訳ですな?」

「ふ~ん…それが目的であんな歌を流してる訳ね、あんたは」

「ははは…さすがに理解がお早い」

「でもあの歌だけじゃとても殿下の復権には足りないでしょ? ああ、相馬原基地であんたがやったあのふざけた手品とワンセットって事かしら?」

「おやおや、私が手品…一体何のお話やら」

「惚けてるとそのふざけた舌をひっこ抜くわよ! 一体どうやってアレを可能にしたのよ!」

「ああ~~それはまだ企業秘密でして…まあ、佐渡島攻略の前にはお話しするつもりですが」

「ふん…それで? 殿下を復権させて帝国の統帥権を確立する目途でもあるの?」

「…近日中に帝都城で御前会議が招集されます

「あら…でもあの本土防衛軍の連中が応じるかしら?」

夕呼の疑問は尤もであった。 本来御前会議は帝国の軍事行動全般の意思決定を行うものであったが、第二次大戦後に政威大将軍将軍の権威が失われてからは実質行われてこなかったのである。

それを再び行うことはそれ自体が将軍の復権を意味していた…だからこそそれによって自分たちの権限が縮小されることを恐れる本土防衛軍の高官たちが反対するのは目に見えている…そう夕呼は指摘したのだった。

「さて、そこは鎧衣課長や榊総理の手腕にかかっているでしょうなあ」

何処か人ごとのような口調で、しかしその目だけは真剣な色をたたえてモロボシは言った。

「あの連中…徴兵逃れのために出来た軍をあそこまで肥え太らせた政治手腕だけは侮れないわよ?」

「ええ、分かっています」

そう、モロボシにも本土防衛軍上層部がいかに手強いかはよく分かっていた。

1986年に創設された本土防衛軍は当初、BETA大戦の行われているユーラシア各地に派兵されるための軍の創設議論が政治的な思考錯誤の果てに“海外派兵によって手薄になるであろう帝国本土を防衛するために”という名目に変更されて作られたものだった。

結果として本土防衛軍の中枢を構成したのは“海の向こうでBETAに殺されるのは嫌だ!”という本音を隠す気もないような人間たちの集まりになり、陸軍や海軍からは軽蔑の対象ににしかならない代物であった。

だがユーラシアの戦況が悪化するに伴い、次第に本土防衛軍に志願する人間の数は増えていった。

政治家や官僚、そして各界の有力者たちが自分の息子を前線から遠ざけるためにそこへ入隊させたのであり、それは結果として本土防衛軍の大きな力となったのである。

そして大陸での敗走…陸軍がその戦力を擦り減らすのに反比例するかのように本土防衛軍はその規模と政治的影響力を増大させて、やがて実質的に陸軍を吸収して帝国軍の中での最大勢力となった。

また彼らの政治的影響力は、政府と帝国軍との折衝においても…いや、政府との駆け引きにおいてこそその人脈は絶大な効果を発揮したのだ。(なにしろ政・官・財の大物たちの子息が多数いるのだから)

そして同時にそれは、国民や一般の兵士たちの帝国軍上層部への信頼を徐々に失わせる原因ともなった。

自分や自分の家族はBETAの影に怯えながらも真面目に兵役を務めているのに、あのお偉方だけは… そんな感情を市民が抱くのも当然だっただろう。(同じお偉いさんでも武家や斯衛は自ら前線に立つのが常識であったため、余計に本土防衛軍に対する反感は大きかったのだ)

その反感や蔑視から自分たちを守るために本土防衛軍は殊更政治的影響力を強め、帝国軍内部でも軍自身が統帥権を手にすべきだと主張する一派『統帥派』を取り込むことでその権勢を増大させてきた。

それがかつての彩峰中将らを中心とした『将道派』(皇帝中心の思想から『皇道派』と呼ぶ場合もある)との間の対立の原因となっていたが、光州で彩峰中将が“戦死”して以降はその力関係は統帥派に有利な状況になっていたのだ。

そして今や帝国軍内部において本土防衛軍を脅かす者はいない、と言えるだろう。

人の数も人脈、金脈も豊富であり、その能力も設立当時とは比べものにならないほど高い。

斯衛や将軍、あるいは五摂家でも対抗は難しい…夕呼にしても全面対決は避けたい相手だったし、ましてや一介の商社マンが太刀打ち出来る相手ではないが、しかし…

「しかしあの本土防衛軍の上にいる人たちをどうにかしないことにはこの国はまとまらないでしょう…彼らはあまりにも信用が無さ過ぎます」

「まあね…」

本土防衛軍の全てが無能な訳でも腐敗している訳でもない、いやむしろ全体として見ればこの帝国の現状を守るためによく機能していると言ってもいい部分さえあるのだ。

だが問題は、その設立当初からいる高官たちが引き摺っている我が身可愛さ優先故の信用のなさであり、先日の相馬原基地防衛戦における判断でもそれが露呈してしまった。

事実上見捨てられた相馬原基地が国連軍と斯衛軍に助けられた事実は帝国軍内部でも問題視されたが、本土防衛軍首脳たちはそれを無理矢理封じ込めた。

…そしてそれは彼らに対する市民や兵士の一層の不信感を煽る結果に繋がるだろう。

国全体が追い詰められた状況で、軍の首脳たちへの不満が徐々に鬱積して行く…この悪循環がクーデターの源泉の一つと言っていいだろう。(狭霧尚哉があえて暴挙を行った理由の一つはこの悪循環を断ち切ることによって、兵士や市民が囚われている不信や絶望感を打ち消すという目的があったのではないか…モロボシはそう考えていた)

「まあ何とかなるでしょう。 ただ、その後で国や軍の内部がゴタゴタしては意味がありませんしね、そこであなたの出番というわけですよ香月博士」

「…ふ~ん、つまりあたしが新潟で採取したデータを見せることで連中の気を引き締めようって訳ね?」

「ええ、それと以前あなたにお願いしたデータの検証結果も同時に…」

「あらいいの? 米国が黙ってないわよ?」

「その前に大統領に直接リークします」

「そう…あっちにも仕掛けを始める…ってことね」

目を細めて何かを探るような視線を夕呼はモロボシに向けるが、そしらぬ顔で彼は話を続けた。

「米国側にもそろそろあのデータを提示して第5計画の危険性を認識する人を増やす必要がありますからね」

「あの大統領はアメリカ人にしては珍しく思慮深いところがあるからいいとして…他のバカ共はあまり期待は出来ないわよ?」

「まあ、出来るだけやって見ます」

「あっそ、がんばんなさい。 御前会議の件は引き受けてあげるからその代わり…」

「はい、ML機関の改良…お任せ下さい」
 
 
 
 
 
モロボシが出て行った後、隣の部屋から入って来た霞に物憂げな声で夕呼は聞いた。

「どお? 何か見えた?」

「…あうあう~」

「え”?」

「ぼくは…おヤシロ様の生まれかわり…なのです…」

「…なにその新興宗教?」

「ぼくも…みんなと一緒に遊びたかったの…です」

「…もうイヤこんな意味不明なの」
 
 
 
 
 
 
【横浜基地・PX】

はあ~~~~怖かった…いやマジで殺されるかと思った。

“あの”香月博士と張り合うというスリルとサスペンスに満ちた危険なお仕事を終えた私は昼食時でもあることからここPXにやって来たのだった。

「おや、モロボシさんじゃないか」

「ああ、どうも京塚曹長…おお、今日はカレーがありますね」

「ああ、あんたが仕入れてくれたあのカレー粉のおかげさね。 でもよく“G&B”なんて輸入出来たねえ」

「いやいや、蛇の道はなんとやらでして…それに国産の火鳥カレー粉も品質が良くなったでしょう?」

「よく知ってるね…って、もしかしてアレもあんたかい?」

「…実は原料のスパイスの大量買い付けに成功しまして」

この帝国の庶民が口にする一般的な洋食屋のカレー、その味の基本は英国(現在は米国企業)の“G&B”カレー粉と国産の火鳥カレー(F&Bブランド)のカレー粉のブレンドである。
だがBETA大戦の影響で必要なスパイスが減少し、高品質の“G&B”は輸入が困難となり、国産カレー粉の品質は劣化する一方であったのだが、並行世界からのチート輸入で品質を向上させたのだ。

…カレーが美味いか不味いかは世の中の一大問題なのである。(モロボシ語録)

「へえ~やるじゃないのさ」

「いえいえ…それでは早速、シェフ御自慢のカレーの味を賞味させて頂きます」

「あいよ、たっぷり食べな」

付け合わせは沢庵漬けか…悪くはないが、やはり小茄子の漬物や福神漬け…あるいはラッキョウ漬けが欲しいところだが、さすがにコスト面からそこまで贅沢には出来ないか…納入したとしても。
 
 
京塚曹長御自慢のカレーを手に席を探していると…おや、ここでもあの曲が流れてますな。

まだこの曲の真意はおろか誰が唄っているのかすら大半の人間は気付いていない…ありえないことだからだろう。

しかし、ごく少数の人間ははっきりと気付いているようだ。

私の視線の先にいる珍しい形に髪を結わえた少女のように…彼女は食事に手を付けず、内心の驚愕と動揺を必死に抑えながら歌声に聞き入っていた。

「…歌というものはそんなに緊張して聞くものではないですよ、御剣訓練兵殿」

彼女…御剣冥夜の斜め前の席に座った私はそう話しかけた。

「あ…いや、失礼どなたでありましょうか?」

「ああ、これは自己紹介もなしに失礼しました。 松鯉商事の諸星と言いまして、この歌のプロデューサーも担当しております」

「!あなたが…」

彼女とその傍にいた少女たち(顔からしてほぼ間違いなく207訓練部隊の少女たちだろう)が驚いたようにこちらを見る。

いやそんなに見詰められては恥ずかしいですなあ…

「歌は…心を落ち着けて、そしてリラックスして聞くものですよ」

そう言って私も“彼女”の歌に耳を傾けた。
 
 
 
きみにあずけし わがこころは
いまでもへんじを まっています…
 
 
 
御剣訓練兵は瞳を閉じて一心にその歌声に聞き入っている。

他の面々もある者は歌声の主に気付き、気付かない者もその雰囲気から食事の手を止めて御剣冥夜の様子を窺っていた。

曲が終わってからも身じろぎしない彼女に、合い向かいの眼鏡をかけた少女が声をかける。

「御剣…食べないと御飯が冷めるわよ?」

「…そうだな、頂こう」

そう言って食事を始めた彼女の様子を見て、周囲の少女たちもほっとした様子で食事を再開した…うんうん、子供はよく食べよく遊ばなきゃねえ…って、この子たちに遊んでる余裕はなかったか。

…私も頂こう、せっかくのカレーが冷める前に。
 
 
 
第27話に続く

※作中の歌は松任谷由美さんの『春よ、来い』を引用させて頂きました。




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第27話「歌と月と…M‐78?」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/03/15 21:54
第27話 「歌と月と…M‐78?」

【2001年2月25日 国連軍横浜基地・PX】

「え~と諸星さんでしたよね、あなたは一体何者なんですか~?」

食事を終えた私に訓練兵の中の一人が声をかけて来た…というか、この外見と大きな瞳と可哀想なまでに薄い胸元は間違いなくあの課長さんの御子息…いやもとい、御子息のような御息女だろう。

「うむ、いい質問だね。 ところで君のお名前は?」

「あ、失礼しました~ボクは207訓練小隊所属の鎧衣美琴訓練兵です」

「鎧衣…ああ、では君が鎧衣課長の御子息でしたか。 いやいつもお父上にはお世話になっています」

「あの~~~~ボクは女の子なんですけど…」

「え、ああ…そうでした失礼、お父上がいつも“息子のような娘”と言って自慢されるのでつい…」

「うう~~~お父さんのバカ~~~」

ちょっといじける鎧衣訓練兵の姿が実に可愛らしい…いや、あんまりからかってはかわいそうだな。

「いや申し訳ない。 それで私が何者なのかですが、まあ早い話がお父上の同業者でして」

…いろんな意味でね。

「えーと、それじゃああなたも商社関係のお仕事をされているんですか~?」

「まあそうですな…ここの食事の材料から兵器関連までなんでもござれのよろず屋商売、といったところですかな」

「よろず屋…と言われたが、今の歌を流しているのもあなたなのか?」

それまで黙っていた御剣訓練兵が意を決したように尋ねて来た。

「そうです、今の曲のタイトルは『春よ、こい』と言います。 そして作詞・作曲・歌手の名前は…全て秘密です」

「ふええ~~? なんで秘密だべか~~?」

「多恵! あんた分かんないの!?」

「へええ~~?茜ちゃんは分かるんだべか~~~? すごいなや~~~」

「…もう、この子は」

「あはははは…多恵らしいねえ~~~」

おやおや…どうやらこの3人組はA分隊名物の築地・涼宮・柏木のトリオかな?

「ははは…まあ分かる人にはすぐ誰か分かる事ですが、この曲の歌手は少々複雑な事情がある人なのですよ」

「少々?」

御剣訓練兵の横にいた少女がぼそっと聞いてきた…いや、単にツッコミを入れただけかな?

「少々、というのは適切ではないかも知れませんね…“大いに”と言うべきなのでしょう」

「大いに複雑?」

さらに疑問形で繰り返すこの子は…先生、あなたの娘さんは立派に育ってますよ…特に胸が。

「…いやらしいこと考えた?」

ギクッ!

「彩峰!失礼でしょ!」

眼鏡の少女が彼女…彩峰慧をたしなめる。

榊総理、あなたの娘さんも立派に育ってます…少々性格はキツ目のようですが。

「ええと…まあそれはいいとして、御剣訓練兵」

「はい、なんでありましょうか?」

彼女には話しておくべきかな…何故この歌が巷に流れているのか、その理由を。

「貴女は何故この歌が流れているかおわかりですか?」

「わかりません、何故あの方がこのような…」

「歌手のような真似をしているのか…ですか?」

「…はい、何故でしょうか?」

さて、なんと言ったものか…いや、ありのままを言えばいいか。

「理由は簡単なものです。 彼女の声を全ての人々に届けるためですよ」

「声を…届ける?」

「ええ、この歌を唄っている人は本来ならばその声と言葉がこの国の全てに届いている筈の人です」

「…はい」

「ですが、現在では様々な事情から彼女の言葉は一定の制約の下でしか語られず、その真意も伝わりにくい状況にあります」

「……」

「自分の発言が制約され、その真意が歪めて伝えられる…その現状を少しでも改善するために“歌”という形で自分の真意を伝えようとしているのですよ」

「歌という形…ですか?」

うむ、まだよく理解出来ていないようだね。

「あなたは“歌”と“言葉”ではどちらが先に生まれたと思いますか?」

「それは言葉が先ではないでしょうか? 言葉があったからこそ、歌が生まれたのではありませぬか?」

「私は逆だと思っています…歌が先で言葉が後に生まれたと」

「え?」

何?といった顔で彼女が呟いた。

「確かに“詩”(うた)が生まれたのは言葉より後でしょう、しかし“歌”(うた)が生まれたのは言葉以前…おそらく我々人類がまだ原始の世界に住んでいた頃だろうと思っているのですよ」

そう、これは私の個人的な意見だが…
 
 
我々人類が言葉を生み出す以前は互いに“鳴き声”で意志を疎通していただろう。

その鳴き声がやがて言葉に進化したのだとしたら、それは最初ある種の旋律を伴う鳴き声…即ち“歌”と呼ぶべきものであった筈なのだ。

その“歌”の旋律や音色からヒトは互いの意志を知り合い、やがてそれが全てのヒトに伝わっていくことで思考や認識力を進化させ、そこから“ことのは”…即ち“言葉”が生まれて来たのだと思う。

そう、“歌”こそが我々人間が自分の意志を他者に伝えるために生み出した手段であり、言葉やそれに伴う様々な文明の源泉であるのだろう。

最初に“言葉”があったのではない、最初に“歌”があったのだ。
 
 
「…とまあ、私はそう考えているのです」

「……」


御剣訓練兵は…いや、周りの少女たち全員がなにやら珍獣を見るような目で私の方を見ている。

くっ、やはり私のこの見解は世間には理解して貰えないのか…

「げふん!いやつまりですな、なかなか世間に向けて自分の真意が伝えにくい“彼女”がこの“歌”を流すことで自分の心や願いを多くの人々に伝えようとしている訳です」

「心や願い…あの方の…」

オウム返しのように呟く御剣冥夜……ふむ、もう少し説明が必要かな?

「“歌”というのはつまるところ言葉と音楽によって表現される心の情景なのです。 従ってこの歌は彼女の心…いや“願い”と言うべきかも知れませんが、その願いを最も素直に表現する手段なのですよ」

「春よ、こい……それがあの方の願い…春とは即ち…」

「…そう、季節の春ではなくこの国の全ての人々にとっての“春”を意味するのでしょう」

この国の人々にとっての春、それは言うまでもなく佐渡島ハイヴを攻略して国内からBETAの存在と脅威が消えた時がそうだろう。

彼女は、煌武院悠陽はその事を第一に願っている…それを政治的なフィルターを介さず直接国民に伝えるために私が考案したのがこの方法だった。

迂遠で分かりにくい手段に思えるだろうが、時間をかけて継続すればこの方法は思いの外効果的なのだ。

政治的な制約下での表面的な言葉や文言ではなく、彼女の願いを素直に表現した“歌”を流すことで国民の心に訴え、同時に互いに相争うのではなく融和を促すようなイメージを送る…そのために適した曲をいくつか選んで彼女に提示したところ、あの『春よ、こい』を選んだのだ。
 
 
御剣冥夜は何かを祈願するかのように瞳を閉じている…もう一つだけ伝えておこうかな?

「それとですね御剣嬢、あの歌は多分特定の人にも向けられたメッセージが込められていると思いますよ」

「…え?」

「いや、実はあの歌を選ぶにあたって私はプロデューサーとして他にも沢山の候補曲を提示したのですが、あの歌詞を見て“彼女”は「この曲がいい」と主張して譲らなかったのですよ。 あの“きみにあずけし わがこころは…”の部分の歌詞がどうしても歌いたいのだと」

彼女は、御剣冥夜は瞳を閉じて睫毛を微かに震わせていた…おせっかいを承知でもう一言だけ言っておこう。

「返事を待っているのなら、返事を返してあげるべきでしょうね。 彼女の“立場”からすれば不要ことかも知れませんが、彼女の“心”にとっては必要不可欠なものかもしれませんよ? あなたの“返事”が」

「…!」

驚いた表情で私の方を見る彼女に軽く会釈して、私は席を立つ。

「それでは皆さん、頑張って訓練に励んで下さい」

その場の全員にそう告げてPXを後にした。
 
 
 
 
 
さて食事も済んだし、次のお仕事は…おやおや、どうやら彼女が私に用があるらしい。

「何か御用ですか?月詠中尉」

背後を振り返ると、予想通りそこにいたのは斯衛軍第19独立警備小隊隊長の月詠真那中尉でしたが、おやおや…怖いお顔で睨んでますなあ~~この私を。

「私の事を知っているようだな、諸星課長」

「ええ、よく知っていますよ…あなたと同じ名前の女性が登場する“おとぎばなし”をね」

「…ッ!!」

顔色が変わったか…つまりは紅蓮大将か真耶大尉あたりから話を聞いているということだな。

「それで、私にどんな御用でしょうか?」

「…貴様は何を企んでいる?」

「…と、いいますと?」

「惚けるな!何のためにあのような歌を流し、挙げ句の果てに冥夜様に近付くのは何故だ!?」

はあ…やれやれ。

「あなたがそんなだからですよ、月詠中尉」

「なっ!」

「彼女が、御剣訓練兵が心配なのは分かりますが、そんな調子では返って彼女のためにならないと思いますがねえ」

「貴様…我らを侮辱するか」

「…ほら、それですよ中尉殿」

「むっ!」

「あなたの従姉妹である月詠大尉と話した時もそうでしたがね、目につくもの全てを謀反人や刺客の類だと決めてかかっていたら、結局彼女たち姉妹の味方は減る事はあっても増えることはないのではありませんか?」

「…貴様に何がわかるというのだ」

「ではあなたに私の、いや他人の何が分かるのですかな?」

「なに!?」

「自分の主君にとって敵か味方か…それだけを気にしているあなたに、本来そのどちらでもない人間の何が理解できるというのでしょうかねえ?」

「…ぐっ!」

「あなたがどう考えておられるかは知りませんが、世の中の人間の大半は彼女たちの敵でもなければ味方でもありません。 従ってそれらを敵とするか味方とするかは彼女たち自身とあなた方次第なのですよ」

「ふざけるな!あのお方は本来この国の全ての者が…」

「たとえどれ程高貴な身分の方であっても、人々が無条件でその人に尽くすなどという事はありえませんよ? 人の上に立つ者は自らが先頭に立ち、その声を全ての人に届けることで信を得られるのです…だからこそ、私はあの歌を流しているのですよ」

「………」

「まあ、あなたに理解していただけると思っている訳ではありませんが…しかし月詠中尉」

「何だ?」

「あなたこそ私の邪魔をするような事は謹んで頂きたいですな」

「なにっ!」

「私がここでしている事の半分はあの方の…殿下の御意志に基づいているのですよ?」

「くっ…」

「それと御剣訓練兵に告げたのは、あの方があの曲を選んだ時のお気持ちを伝えただけですよ」

「……」

「それでは失礼します」

そう言って無言でこちらを睨みつける月詠中尉に背を向ける私…………こわかったよおおおお~~~~~……いやホントに。

一体、何が悲しゅうて香月博士に続いてこんな怖い人の相手をせねばならんのだ。

だがそれにしても困ったものだね、あの月詠中尉の猜疑心の深さは。

まあ、“おとぎばなし”の記述や先生から聞いた話を考え合わせれば無理もないと思える部分もあるし、御剣冥夜にとってあまりにも理不尽な運命を告げたこの私が不幸をもたらすカサンドラに見えたとしても仕方が無いのかもしれないが…だがやはり、あの異常なまでの警戒心剥き出しの姿勢は感心しないなあ。

とはいえ、彼女たちの異常な警戒心が緩むことはないだろう。

この私の電脳メガネのサーチにも引っ掛かる多数のネズミ…この基地の周辺に潜み中の様子を窺おうとする連中の中には、明らかに207Bの少女たちを目標にしている者たちも含まれているのだ。

月詠中尉たちがナーバスにならない方がおかしいか…

まあ今は考えても仕方がないだろう、さあ戻ってお仕事お仕事。
 
 
 
 
 
【PM10:00 松鯉商事本社】

さて、そろそろ向こうもお仕事の時間だろう…お電話をしてみましょうか。

℡℡℡…℡℡℡…℡℡℡…

「ああ…もしもし、ウォーケン議員でしょうか? ええ、先月お会いしたモロボシですが…」

『君か…あのファイルの件かね?』

「ええ、そうです…実は例のファイルを大統領に見せて頂きたいのですが」

『ほお、またどうしてかね?』

「近日中に日本帝国の高官たちのほぼ全員があれの存在を知ることになります」

『成る程、それでは大騒ぎになるな…帝国も我が国も』

「はい、ですからその前に…」

『ふむ、いいだろう…だがその後はどうする気かね?』

「その答はこれからの帝国の変化を見てからになるでしょう、それとあのデータの検証内容について横浜の香月博士に問い合わせると、更に面白い話が聞けると大統領に伝えてください」

『ほほう、あの女狐をどうやって躾けたのかね君は?』

「いえいえ、躾けるなどととんでもない…高額の貢物で色々と便宜を図って貰っているだけでして」

『はっはっはっ…まあいいだろう、ではこの“M-78ファイル”は確かに2,3日の内に大統領にお見せしよう』

…はい? M-78ファイル?

「あの~ウォーケン議員、その“M-78ファイル”というのは一体…」

『何を言っとるのかね? 君のくれたこのファイルの用紙の全てにそう透かしが入っているではないかね』

え…透かし…しまった!やられた!ヨネザワさん…いや、スミヨシ君だな!教授と結託してこんな地味なイタズラをしてくれるとは…!!

『どうしたのかね? なにか問題でも?』

「ああいえ…実はその透かしはそのファイルを印刷した友人のちょっとしたジョークでして…ははは…」

『ふうむ、よく分からんがカレッジの学生のようなことをするのだな君の友人とやらは』

「ええ、本当に困った男でして…」

…おのれスミヨシ! よくも人のトラウマを掻き立てるようなイタズラをしてくれおって!

コ・ノ・ウ・ラ・ミ・ハ・ラ・サ・デ・オ・ク・ベ・キ・カ…
 
 
 
『では確かに大統領にお見せしよう』

「お願いします…それと議員」

『何かね?』

「帝国内及びワシントンでのファイルの扱いや評価によって“霧の底”にいる連中の動きも活発になってくる筈です…くれぐれもお気をつけて」

『ああ、君もな』

「はい、ありがとうございます。 それでは」
 
 
 
…さてと、これで私の分の仕掛けはほぼ終わったな。

後は榊総理や鎧衣課長の分だろうが、まああの人たちは大丈夫でしょう。

とりあえず自分のアパートにでも帰って、酒でも飲みながらスミヨシ君たちへの御礼参りの方法でも考えるとしましょうか。

どうしてくれようあの連中…

 
 
 
第28話に続く


今回の地震と津波によって亡くなられた方や被害にあわれた方全てにお悔やみとお見舞いを申しあげます。



[21206] 第1部 土管帝国の野望 第28話「嵐の前に…(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/03/21 13:53
第28話 「嵐の前に…(前)」

【2001年2月28日 帝都城】

この日、帝都城の中は朝から異様な雰囲気に包まれていた。

数日前から政府と軍部の双方に打診してあった帝都城での御前会議が3日後の3月3日に行われる事が決定したからである。
 
 
14日に発生した佐渡島ハイヴからのBETAによる大侵攻において、斯衛軍が相馬原基地で使用した奇跡のような戦術の詳細を説明せよと本土防衛軍首脳たちは斯衛と城内省に再三に渡って働きかけてきた。

それに対する斯衛軍司令部からの返答は『御前会議の場であれば喜んで説明する』というものであった。

この返答に当然のごとく本土防衛軍首脳は反発した。

御前会議を行うということはそれ自体が政威大将軍の復権を軍部が認めるに等しい…その共通認識が軍部と政府、そして国民全体にあるからだ。

たとえ内実を伴わない形式だけの御前会議であったとしても、将軍の権威を高めるのと反比例して本土防衛軍の力を弱めるだろう…その予測が反発の最大の理由であった。

だが軍部の中でも海軍が御前会議の開催に賛意を示し、陸軍、航空宇宙軍もそれに追随し、さらに最も日和見な対応をすると思われた榊総理と内閣閣僚たちが御前会議への出席を表明するに至って、本土防衛軍内部では御前会議への参加を巡って賛否両論が飛び交う大激論となった。

自分たちだけが反対している現状は拙いのでここは相手の顔を立てるべきだという意見や、軍の主導権はあくまでも自分たちにある以上、御前会議に出席する必要などないと言った強硬な意見、もう少し交渉して落とし所を探るべきだという意見を述べる者達…

混乱する状況の中で古参の将校や統帥派のリーダーによって意見が集約され、最終的に本土防衛軍首脳の御前会議への出席が決定した。
 
 
だが、この結論を最も喜んでいいはずの悠陽や月詠大尉たちは…

「おのれ下種共が…それが彼奴等の本性か! もはや勘弁ならぬ!一人残らず斬り捨ててくれるわ!!」

「真耶さん、そういきり立ってはいけませんよ」

「…ですが殿下! これは…これはあまりにも…!」

本土防衛軍が御前会議出席を決定した裏にあるその真意…駒太郎のハッキングと情報収集能力によってそれが何であるかを知った月詠真耶は怒りに震えていた。

そして表面上は平静を保っている悠陽もそのあまりにも下世話な真意に怒り、そして同時に呆れ果てていた。

本土防衛軍上層部の真意…それは御前会議においてある仕掛けを施し、その結果として悠陽の立場を悪化させて失脚に追い込むと同時に斯衛軍が使用した新戦術の権利をも独占しようという物であり、そのために次期将軍の座を望む五摂家の一部と裏取引すらしていることが判明したのだった。

(摂家の一部までもが……お飾りでもいいから将軍の座が欲しいというのか…ならば何故わたくしが将軍の座にすわるのを許したのです!? それに…何故あの時、京の都と共にこの悠陽を葬らなかったのですか!)

心の中でそう叫んだ悠陽は3年前の京に想いを馳せていた。
 
 
 
 
3年前…1998年7月に日本帝国本土に上陸したBETAの大群は僅か1週間で西日本全域を蹂躙し、帝都・京へと侵攻して来た。

この時すでに政府や軍の首脳たち、そして皇族や摂家の当主らはすでに京を離れ東京へと避難を済ませていたが未だ多くの市民が京の都に取り残され、斯衛軍や帝国軍に守られながら必死の脱出行を行っていたのだった。

その最中に本土防衛軍首脳たちは政府と京に残って防衛戦の(形式上ではあるが)指揮を務める悠陽に対して、京都の防衛放棄とBETA群を京都盆地に誘い込んで京の都ごと焼き払う作戦を提案して来た。

だが市民が脱出を果さない状況でのこの作戦の実施は、事実上帝国軍に京の都を市民ごと焼き払えということでもあった。
 
 
本来京都盆地はその地形上、外敵に攻められた時の防衛が非常に困難な場所である。

それでもこの都が千年王城として戦火に焼かれなかったのはひとえにこの国の人々の皇家に対する畏れと敬いがあったからであろう…だからこそ外敵、それも人外の存在であるBETAの侵攻に対しては無力であり、そこを死守しようとすれば無駄に多くの兵を死なせることになる…それを考えれば本土防衛軍の提案は決して間違ったものではない。

だがしかし、BETAの上陸と同時に真っ先に(それも皇族よりも先に)自分たちだけ安全な東京方面に家族と共に避難しておきながら、市民の誘導すら終らない現状でこの作戦を提案して来た彼らに悠陽は怒り、市民の撤退が完了するまで自分はこの京を動かないと言明したのだった。

その悠陽の発言に本土防衛軍首脳は不快感を露わにしたが、自分たちだけが先に避難したことで政府や兵士、さらに国民全体からも白い目を向けられつつあることを察知した彼らはそれ以上何も言わなかった。

…市民が脱出するまでの時間を稼いだことに一安心した悠陽であったが、今度は別の方から無理難題が押し付けられた。

五摂家の当主たちの中でも公家の系譜に繋がる斉御司・崇宰の両家とそれに連なる有力武家たちから“なんとしても京を死守すべし”との声が上がったのでる。

その言葉に悠陽は絶望した。

現状自分がこの京にとどまっているのはあくまで市民の避難を完了させるためだった。

それでもなお多くの兵士が困難な戦いの中で戦場に散って行くのを申し訳ないと思っているのに、彼らはさらに多くの犠牲を出してでもこの京を守り通せと言っている…

そんな事は不可能であるのは彼らにも分かっている筈なのに…

(わたくしに死ね、と言っているのですね)

どこか醒めた気持ちで悠陽はそう考えた。

政威大将軍は五摂家の中から選ばれる。

たとえここで自分が討ち死にしても他の摂家の当主を将軍の座に就ければいいだけのこと…おそらく五摂家の殆んどがそう考えているのだろう…と。

(…そのようなくだらない考えのために多くの兵を、それも自分たち摂家を護る斯衛の衛士たちを犠牲にしようというのですか!!)

あまりにも愚かなその考えに悠陽は怒りと絶望で目の前が真っ暗になっていた。

だが将軍とは名ばかりで五摂家を抑える力さえ持たない悠陽の立場では彼らの言葉を覆す事は事実上不可能だった。(たとえ悠陽が京都を脱出したとしても五摂家の政治力が斯衛に京都の防衛を続行させる可能性が高かったからだ)

そして京都防衛戦が開始されてから一月、多数の帝国軍や斯衛軍衛士たちの犠牲の果てにようやく京都の放棄が決定される。

その理由はといえば押し寄せるBETAの群れによって次々と戦死していく帝国軍の兵士たちの数が多過ぎたために政府や軍部の殆んどが京都放棄に賛同したこと、そして最も勇敢に戦い死んで行く斯衛兵…その武家の家族から悲鳴が上がり始めたことであった。

“京を護って武家を滅ぼすつもりなのか”と言った声が五摂家に向けられ始めると、彼らは一転して“京都防衛の方針は将軍家の判断に委ねられている”と言い訳して悠陽に責任を転嫁したのだった。

その変わり身の早さに呆れながらも、彼らの言い分を言質に取った悠陽はただちに斯衛軍に京都からの撤退を命じて自分も彼らと共に脱出を図った。

(その時点で既に京都市民の脱出は完了しており、後は京都から将軍と斯衛軍、帝国軍を撤退させて侵攻してくるBETAを京の都と共に砲火に沈めるだけになっていたのである)

津波の如きBETAの群れが京の街並みを踏みつぶしながら攻め込んでくるその中を近衛第16大隊の精鋭たちの援護を受けながら悠陽は帝都・京を後にした。
 
 
 
(あの時、自分にもう少し将軍としての力が…いいえ、気概があれば少しでも死者の数を減らせたのでしょうか?)

過ぎた事を悔やんでも死者は蘇らないと分かっていても、悠陽はそう自問せずにはいられなかった。

モロボシの話してくれた“おとぎばなし”と香月博士が御前会議で明かすであろうBETAの情報、そしていま駒太郎が自分たちに教えてくれた本土防衛軍と摂家の動き…

(この国を、帝国を守るためにはわたくしが実権を手にして国論を統一しなくてはならない…ですが、果してわたくしにそれが出来るのでしょうか?)

悠陽は迷っていた。

政威大将軍として責任を負うのが怖いのではない、果して自分に国を救う力が…統帥権を使いこなし正しい判断を下す事ができるのか、その事に自信が持てなかったのである。
 
 
「殿下…斑鳩殿がおいでになられました」

「…ッ そうですか、それではそちらに参りましょう」

侍従長の言葉に我に返った悠陽は、迷う心を封じ込めて立ちあがった。

摂家の中で唯一、自分が信用する斑鳩家の当主にして斯衛第16大隊の指揮官、斑鳩忠輝に会うために。
 
 
 
 
 
「殿下、斑鳩忠輝お呼びにより参上いたしました」

悠陽が謁見の間に入ると、そこには紅蓮と共に斑鳩忠輝が待っていた。

「よく来てくれました忠輝どの、忙しい中を申し訳ありません」

「なんの、殿下の御用以上に優先せねばならぬ事などこの斑鳩にはございません」

「そなたにはいつも無理難題を押し付けてばかり…この悠陽がこうしていられるのもそなたの働きがあってこそ…」

「はっはっは…殿下にそう言って頂けるだけでこの忠輝は果報者でござる…が、しかし」

「何でしょう忠輝どの?」

「殿下にはなにやらお悩みの御様子…聞けば御前会議の日取りも内定したとのことですが、それに関することでしょうかな?」

「…忠輝どのにはお見通しのようですね」

長い付き合いから自分の苦悩を察して話を切り出してくれた斑鳩に、悠陽は苦笑しながら感謝していた。

斑鳩忠輝…五摂家の中では最も格下の家であるため事実上将軍家の座に就く事はない、と言われている斑鳩家の当主であり、斯衛軍第16大隊の指揮官を務める武人でもある。

(たとえ五摂家の最下位であろうとこの忠輝どのこそ、この悠陽に代わって将軍の座に就くべき人であったものを…)

悠陽が将軍の座に就く以前、この斑鳩忠輝をこそ次期将軍にという声は方々に存在した。

だが摂家の中でも格下の家の人間であることから他の摂家が難色を示し、その優れた武勇と磊落な人柄によって必要以上に人望が集まることを恐れた政界や軍部の圧力が影響して、この男が政威大将軍になることはなかった。

(国の未来に暗雲が立ち込めている時にそのような愚かな足の引っ張り合いをしていては掴める筈の明日さえも逃してしまうのは当たり前の事でしょうね…)

心の中でそんな思いを巡らせながら、悠陽は斑鳩に話かけた。

「忠輝どの、そなたにお願いがあるのです」

「はっ…何でございましょうか」

「そなたの申した通り、来る3月3日にこの帝都城にて御前会議が行われることとなりました」

「はっ、将軍家…いえ民や兵たちの悲願の成就、誠に祝着に存じます」

「本来であれば今の世に将軍家が国家の指揮を執るというのは適切ではないのかもしれませぬ…されど様々な事情により統帥権の確立を行わなければこの国が滅びかねないというというところまで来ているようなのです」

「やはり…先日来、殿下や月詠の雰囲気が変わられたと感じてはおりましたが…」

「それ故この身はあえて異論あることを承知の上で統帥権をかざし、護国の為に軍の在り様を改めようと考えています」

「は!何卒御心のままに、この忠輝も微力ながらお手伝いいたす所存です」

「…されどこれは国内に大きな波紋を生みかねないことでもあります。 それ故もしもこの身に何かあったその時にはそなたこそが将軍として「お断りします」…何故でしょう?」

万一、自分が命を落とした場合に備えて後の事を託そうとした悠陽の言葉を斑鳩は遮った。

「殿下…この忠輝は殿下より後に死ぬつもりなど毛頭ございません!」

「忠輝どの…」

命を賭して主君の盾となる、その決意を言外に表す忠輝に悠陽は言葉を詰まらせた。

そしてさらに忠輝は言葉を続ける。

「殿下、何卒ご自分のなされることに自信をお持ち下さい。 3年前の京において何よりもまず民の安全を考えられた時のように…あの時この忠輝は確信いたしました、この方こそが民や兵の上に立つ政威大将軍に誰よりも相応しい方だと」

3年前、京都防衛戦の最中において誰もが自分の陣営や派閥の立場に囚われて国民の安全が二の次にされかかっていた時、まだ幼いとさえ言える少女の決意が京の市民の命を救ったのだ。

その少女に仕え、そして護り通すことが今の自分の誇りでもある…斑鳩忠輝はそう思っていた。

「忠輝どの…そなたに感謝を」

目に涙を滲ませながら悠陽は頷き、そして決意を固めた。

(やらねばなりません…たとえこの身がどうなろうと、この国と民を救うためには…)

悠陽が決意を固めるその姿を見ながら、忠輝とそして珍しく終始無言のまま二人の会話を見守っていた紅蓮は嬉しそうに目を細めていたのだった。
 
 
 
 
 
【同日・PM2:00 松鯉商事本社】

「諸星課長、この合成サバカレーのレシピの件ですが…」

「ああ、それはそこに貼っといてね」

「課長、胴和鋼業さんからの伝票です」

「はい、御苦労さん…これで新型鋼材の量産も問題なし…と」

「課長~~、マッコイ社との契約書類の翻訳に不備が~~~(泣)」

「ああ、泣かないの…ここはこうだね」

「課長、純友化成の専務さんからお電話が…」

「ああ、それは社長室に回してね」

…ああ、なんという忙しさだ。

先月に続き今月の月締め仕事もまた地獄の進行を呈している…神様、これも私の自業自得なのでしょうか?

鎧衣課長が派遣してくれるはずの帝国軍情報部の皆さんは来月にならないと来ないそうだし、少なくとも今月の分は自分たちだけでどうにかしなくてはならないだろう。

まあ、事務作業や会計関連は私の電脳メガネの処理能力のほんの一部を使えばどうとでもなるが、私の身体はひとつしかない。

電話の応対や面会の類は社長や他の社員に任せているが、私自身でないとどうにもならない件が多過ぎるのだ。

…やっぱり自業自得だろうか?
 
 
 
「諸星課長、遠田技研工業の部長さんが課長を名指しでお電話です」

…またしても自分で対処しなきゃいけない件が来ちゃったよ。

「ああ、もしもし諸星です…ええどうもお世話になってます、はい…その件ですが近日中に城内省で正式決定されると…ええ、大丈夫でしょう…はい、それではそのデザインが最終案ということで…いやいや、これで量産性もグンと上がるでしょうし…あとは正式決定を待つだけでしょう…ええ、部品の方も数は確保可能です…はい、それでは…」

ふう、これでまた一つ片付いたと、おや…タチコマ…いや、チビコマ1号から連絡だよ…何だろう?

《モロボシさ~ん、大変ですう~~~真耶さんと侍従長さんが激怒してます~~~》

何なの一体…順序立てて話してごらんなさい。

《実は…本土防衛軍上層部がかくかくしかじか……》
 
 
 
成る程ねえ~~~、やけに簡単に御前会議に応じたと思ったらそういうことでしたか…やれやれ。

《そうなんですう~~~しかも真耶さんは斬首刑だとか言って刀の手入れを始めるし、侍従長さんは薙刀とか持ち出してるし…も~怖くて怖くて…》

…あのねえ君、すっかり忘れているみたいだけど君は一応軍事用AIの筈でしょ? それくらいで怯えててどうするの?

《だって~~~~》

はいはい、とにかく君は引き続き情報収集にあたって頂戴。 それからこれまでに収集した情報を私の電脳と先生の方へも送っといてね。

《はあ~~~い》
 
 
 
まったく、アレのAIをつくった奴は一体何を考えてたんだか…いやそんな事よりも問題は本土防衛軍の上層部だな。

こっちの予想以上に頭が煮詰まった連中がいるようだし、ここはひとつ大粛清劇を…とはいかないだろうね多分。

たとえどれだけ我が身可愛さのあまりイカレた奴がいたとしても、それを理由に彼らの上層部全てを一掃してしまったら帝国軍全体が機能しなくなってしまうだろう。

現状で最も有効な手段は…いや、それを考えるのは殿下や総理のお仕事だな。

どの道、今の私は目の前に山積みになった我が社のお仕事を片付けるので精一杯なのだから。

「諸星課長~、横浜基地の香月博士からお電話です」

ああ…世にも恐ろしいアノ御方がまた何か無理難題をこの私に言いにきたのでしょうか…

まあ仕方が無い、御用を伺うとしましょうか。

「はいもしもし、諸星です」

『遅い!いつまで待たせんのよ!』

「いやあ、済みません。 なにせ月末なもので忙しくて…」

『まあいいわ…それよりアンタ、ウォーケンに何を吹き込んだのよ?』

「…と、言いますと?」

『向こうのボス(大統領)が電話会談を申し込んで来たのよ、非公式のものだけどね』

「ああ…例のレポートを見たんでしょうねきっと」

『…それだけ?』

「…貴女からは他にも面白い話が聞ける筈だと言っておきました」

『アンタねえ~~~!!!』

「博士、ここはひとつ彼(大統領)の“説得”にご協力を…」

『霧の底(ペンタゴンやラングレー)の連中がそう簡単におとなしくすると思うの?』

「いえいえ、それは最初から期待してはいません。 とりあえずトップの説得だけでいいのですよ」

『(御前)会議の開催も決まったようだけど、あのお偉方がおとなしく出席を受け入れたのは胡散臭過ぎるわねえ~~~?』

「さすがにいい読みですな、まさにその通りでして…」

『ふん…どんな芝居を打つのかは知らないけど、私の出番はそれが終わってからでいいんでしょうね?』

「そうでしょうな、むしろそれは私よりも別の方(殿下や総理)と相談されたほうがよろしいかと」

『そうさせて貰うわ、それともうひとつ…例の“改良”プランだけど』

「…なんでしょう?」

『“部品”はともかく、“燃料”はあるの?』

あ…しまった、それをお願いするのを忘れてた。

「申し訳ありません博士、実は“燃料”の入手だけは出来ていませんので…その」

『フフフ…高くつくわよ~~~~』

「承知しております…はい」

『あっそ、それじゃあその話はこのつぎにねえ~~~』
 
 
 
…やれやれ、これはたっぷりと絞りとられそうな予感がするぞ。

まあ、仕方が無いだろう…“燃料”、つまりG元素がなければML機関は動かない。

これだけは博士に供給して貰わないことにはどうしようもないのだ…我々のメビウス機関が使えれば問題はないのだが、これの供給は原則禁止の条項が存在する。(駒太郎もメビウス駆動だが、名目上はリース契約になっているのだ)

だからこそのML機関の改良プランなのだが、前途多難だなあ…

「諸星くん」

「え、あ!社長、どうしました?」

「考え事してるところを悪いけど仕事がどんどん溜まってるんだよ…これがね」

あ…しまった、ついうっかりしてた。

目の前に積まれた山のようなお仕事…今日中に終わるかなあ…とほほほほ。


 
 
 
第29話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第29話「嵐の前に…(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/03/24 19:24
第29話 「嵐の前に…(後)」

【2001年3月1日 未明 国連軍横浜基地・B19フロア】

『では、このファイルに書かれている内容は事実だというのかね? 香月博士』

「そうですわね…まだ現実に起こっていないことを事実というのは語弊があるでしょうが、あなた方がG弾を大量使用すればすぐにでも“事実”になるでしょう…と言っておきますわ大統領閣下」

『むう…』

「先程お話したもう一つのデータと考え合わせると、この極東の最前線国家は今まさに絶体絶命の危機に瀕しているということになりますわね」

『他人事のように言っているが、それは即ち貴女方の第4計画の破滅をも意味するのではないのかね?』

「仰る通りですわね…そして人類全体にとっても、事実上打つ手が消滅することを意味しますわ」

『……』

TV電話越しの夕呼の話相手…合衆国大統領ロバート・コルトレーンはその苦悩を表現するかのように沈黙した。

友人でもある上院の重鎮アーネスト・ウォーケンに提供された資料と、その際に付け加えられた助言に基づき“極東の女狐”を直接締め上げてみようと非公式のTV会談を行ってみれば、出て来た話は彼の予想を遥に超えた危機的状況を予感させるものであった。

彼女の話を信じなければそんな予感は杞憂に過ぎないと笑飛ばせるのだが、モニター越しに映る“極東の女狐”の艶然とした微笑みは彼女が自分の解析に絶対の自信を持っていることを伺わせていた。

同時にコルトレーン大統領は知っていた。

彼女…香月夕呼が本物の天才科学者であるということも、それ故、彼女の言葉は(ハッタリは含まれるだろうが)信憑性が高いということも。

『博士…貴方は本当にこの極めて重要な情報をショーグンの出席する会議で発表するつもりなのかね?』

大統領は言葉の裏にまだその時ではないという意味を込めた質問を夕呼に向けたが、それに対して夕呼の答えは…

「それは当然ですわ大統領閣下、なにしろ直径150メートル以上、全長が1500メートル以上の巨大な未確認属腫が大深度地下を帝都の方向へゆっくりと侵攻しているのですから…そんな重要なことを帝国政府や軍上層部に黙っていたら、後々私や貴方の責任問題になるのではありませんか?」

…というものだった。

『…それは確かにその通りだ、しかし結果として帝国の現状を混乱に導くだけになるのではないかね?』

「そうならないために榊総理が色々となさっておいでのようですわね、それに煌武院殿下も…」

『彼女が、ショーグン悠陽が帝国の内部を取り纏めてこの事態に対処可能だと思うかね?』

“たかが小娘に何が出来る?”との意味を込めて大統領は夕呼に尋ねる。

「さあ?多分大丈夫ではありませんの? 誰かが裏から帝国の乗っ取りなど企まなければ…ですけど」

その夕呼の言葉に今度こそ大統領は顔色を変えた。

『…それはどういう意味かね?香月博士』

「お国の諜報機関の人達は少々自信過剰になっているのではありませんの? もしかしたら日本人全員が間抜けなサルの集まりで、何も気付いていないとでも思ってるのでしょうかしらね?」

『………』

再び沈黙した大統領に夕呼が畳みかける。

「大統領閣下…老婆心からあえて言わせて頂きますが、他国の内情よりご自分の足元で勝手なことを始めようとしている人たちの心配をされてはいかがでしょう? 事が起きてから無理矢理事後共犯にされるのはお嫌ではありませんこと?」

夕呼の言葉にコルトレーン大統領は精一杯の虚勢を張って反論する。

『いやいや、香月博士が心配するようなことにはならんだろうね、わが国の政府の中にそんな愚かな真似をする者がいるとは思えんよ』

「あら、それでしたら何の心配もないのではありませんこと?」

『ふむ、確かにそういう事になるかな…』

全てを見透かすかのような夕呼の表情に耐えかねたのか大統領は彼女の説得を諦めた。

「いずれにせよお国と帝国の関係の再構築は、帝国の国内情勢が安定してからのほうが賢明ではありませんの? ああ、尤もこれは私があれこれいうことではないでしょうけど…」

『いやいや、聡明なあなたの助言はいつでも歓迎だとも香月博士』

「まあ、お上手ですこと」

大統領の世事に追従を返しながら、夕呼は頭の中で毒づいていた…TVに映った大統領にではなく、自分にこの役を割り当てた天をも恐れぬ不埒なコウモリ男に対してである。

(このあたしによくもこんな苦労をさせてくれたわねえ~~~! 安くあがると思ったら大間違いよコウモリさん!! たっぷり搾り取ってやるから覚悟しときなさいよ~~~!!)
 
 
 
 
 
【帝都・松鯉商事本社】

「えぷしっ!」

風邪かな? なにやらとてつもない悪寒が背中を走ったが…

「風邪かね? 諸星君?」

「ああ社長…いえ、大したことはありません。 さて、これで取りあえず全部終わりですね」

「うん御苦労さん、後は私に任せてもう帰りなさい。 もうすぐ御前会議だそうじゃないかね…体調でも崩したら大変だよ?」

「ええ、明後日ですからね」

「オブザーバーとして出席出来るだけでも我々民間人にとっては大変な名誉だからねえ」

そうなんだよねえ~、明後日の3日に開かれる御前会議に香月博士だけでなく、この私も呼ばれているんだよね。

まあ、香月博士のように発言とか説明だとかさせられる事はないと思うけど…多分。

「何、そう気後れする事はないだろう。 君のこれまでの帝国に対する貢献からすれば自然なことですらあるんだからね」

「いやしかし本来私は裏方の人間ですよ? 片隅とはいえ、あんな御大層な舞台に上がるのは似合わないとおもうんですがねえ…」

「はっはっは、まあ舞台見物を舞台の上ですると思えばいいのではないかな?」

「成る程…そりゃ確かに貴重な経験ですね」

ただの舞台見物では終わらないと思うけどね…まあシナリオや進行は殿下や総理の胸の内だし、こっちは片隅でおとなしくしてればいいんだろうね…そうですよね殿下?総理?香月博士?

何だろう? 何故だかどんどん不安になって来たぞ…帰ろう、帰って寝よう。

「おや、もう日が昇る時間か…御苦労さま諸星君、帰ってゆっくり休みなさい」

「はい、それではお先に失礼します社長」

ああ眠い…早く寝たい…帰ろう…部屋に…
 
 
 
 
 
【PM8:00 深川・小料理屋『小鉄』】

男が二人、差し向かいで酒を飲んでいた。

酒の肴は鮎並の煮付け…昔ながらの庶民の味である。

「…料亭政治は嫌いだと聞いていたが、そうでもないのかな?」

「いや、料亭政治は確かに嫌いだが料亭の料理は好きな方でな」

「ふむ、確かにこの鮎並は美味い…ありふれた料理でも腕のいい料理人にかかると違うものだな。」

「ありふれた料理か…今となってはこれすら口に出来ない国民が数多くいる。 我々のような立場の人間だけがこうやって昔ながらの味を楽しめるという訳だ」

本来身分の高い人間が料理屋で食べるような品ではない鮎並の料理を、まるで分不相応な贅沢でもあるかのように言っているのは日本帝国宰相・榊是親であった。

「少し背負いこみ過ぎだな…所詮一人だけでは国家という巨象を背負う事など不可能だろうに」

「分かっている、しかし年端もいかない殿下にその重荷の一端だけでも背負わせることになるかと思うとな…」

苦悩を滲ませる表情でそう語る榊総理を相手の男…帝国衆議院議員・古泉准市郎はしばらく見詰めた後に溜息と共にこう言った。

「…そろそろ本題に入ってはどうかね? よりにもよって御前会議を目前に控えたこんな時に、総理大臣のあんたが親米派のハズレ者と言われるこの私に何の用があるのだね?」

その言葉に暫し目を閉じたあと見開いた榊総理は古泉に質問を投げかけた。

「どう思うね? 今度の御前会議を」

「さて…桟敷席の私には分からんが、あんたが勝負をかける以上は勝算があってのことだろう? どの道、この間の相馬原基地に関する件で本土防衛軍の上層部に対する批判はかなりのものになっているようだしな」

「うむ、話せんこともあるが御前会議において彼らの無責任さを糺すことはさほど難しくはないだろう…むしろ問題は米国の反応だ」

「コルトレーンは賢明な男だ、仮に将軍家の権威が復活したとしても軽々しく騒ぎ立てるような愚か者ではないが…その他の三下共は少々困ったことを言い出しかねんな」

「こじつけの理由でもこしらえて対日制裁に動くと思うかね?」

「いきなりそこへはいかんだろうが、もっとえげつない事をやろうとするかもしれん…特にあの副大統領はな」

「ふむ…」

合衆国副大統領マイケル・アルフレイドは第5計画派がホワイトハウスに送り込んだ代表者であり、日本を米国の指揮下に置くべきだという主張を半ば公然と口にする人物でもある。

そして現在、水面下で密かに進行している一部帝国軍人たちによるクーデターへの動き…それを誘導し、その後の日本を支配するために帝国の国会議員たちを取り込もうと画策しているグループの主要メンバーの一人でもあった。

親米派の中では独自のスタンスを保ち、それ故自分個人のルートで得た情報を基にこれを察知した古泉は従来以上に他の親米派議員たちと距離を置き、事態の推移を冷静に見守ってきたのだった。

そしてその事を総理大臣である榊是親は内心で評価していた。

万一のことが起こった場合、自分の後に総理になる人間がアルフレイドのような男の操り人形になってしまっては困る。

だからと言って親米派議員の全てをクーデターのどさくさにまぎれて抹殺すると云う訳にもいかないのだ。(米国とのパイプの全てを破棄することになるし、烈士たちはそれをやりかねないのだ)

今後の事態はまだ見えないとしても、もし親米派が帝国政府の主導権を握ったとしても彼らに愚かな真似をさせないための監督役が必要だろう…榊是親はそう考えていた。

親米派ではあっても決して“売国奴”にはならないであろう男…米国相手に割り切った駆け引きと外交が出来る政治家…古泉准市郎はそういう男だと。

「古泉君、君に頼みがある」

「ほお? あんたが私に頼みとは?」

榊の言葉に半ば面白そうな口調で聞き返した古泉だったが、話を聞いていくにつれて次第に顔が強張り始め、最後には完全な無表情になっていった…
 
 
 
 
 
 
古泉が先に帰った後、榊総理は一人座敷で酒を飲みながら物想いに耽っていた。

自分に打てる手は全て打った…あとは御前会議の結果次第だろう。

一時は死を覚悟した…いや今でもその覚悟で臨んでいる事だが、それでもやはり迷いはある。

もっといい方法はなかったのか? 他に選択すべき道があったのではないか? これが最善の方法なのか?

煌武院悠陽に統帥権を確立させる…烈士たちや彼女の直臣たちからすればそれが当然だという声が上がるだろうが、榊はそうは思わなかった。

悠陽が統帥権を握るということは、滅びに瀕したこの帝国の防衛の全責任を彼女に被せるという事に他ならない。

いかに聡明であってもまだ二十歳にもなっていない少女にそれを押し付けるという事がいかに残酷なことか…彼女を熱狂的に支持する者達はそれを考えないのだろうか?

だがしかし、現在の帝国を救うには彼女が統帥権を確立して国防体制の統一を果たすこと以外にどんな方法があるというのだろう?

実質現在の帝国軍を動かしている本土防衛軍は、その能力はともかくとしてあまりにも信用がおけない人間たちによって動かされている…本土防衛戦から今日まで、彼らの行動原理は“保身”の一言に尽きると言っても過言ではない。

そんな連中はどれ程戦略上正しい判断をしているように見えてもいざとなれば兵士や国民を見捨てて逃げるだけだろうし、そんな者達が軍全体の信用を得られる訳がないだろう。

政府も軍も結局は信用と信頼によって支えられる組織であることに変わりはない。

市民の信用が得られない政府、兵士や士官の信頼を集めることが出来ない軍上層部…BETAの上陸から今日まで多くの国民と兵士を犠牲にしてきたが、その最たる原因は政府と軍との意見の隔たりや軍部内の意思疎通がうまく働かず、方針の決定に時間を無駄に費やしたことが大きい。

これ以上の無意味な犠牲を無くすためにも統帥権の確立はなんとしても必要だろう、しかし…

「榊様…」

物想いに沈んでいた榊総理に店の主、霧島五郎が声をかけてきた。

「おお、どうかしたのかね?」

「はい、榊様を訪ねてお客が一人おいでですが…」

「客? ここに私を訪ねてかね?」

「はいその名前を言わずに『“土管の中から抜け出て来た”と言えば分かる』と仰ってますが…」

その言葉に榊是親は笑みを浮かべて頷いた。

「その人を通してくれたまえ」

「はい、承知しました」
 
 
 
 
 
【『小鉄』厨房】

「いやあ~~~美味いですねえ~~~ここの賄いは」

「これこれ諸星課長、そのキンピラを全部食ってはいかんだろう…私の分も寄こしたまえ」

そうは言っても美味いんだよねえ~~~この大根の皮で作った賄いのキンピラが。

こんな夜更けにいきなり用事を言いつけられてここまで先生を連れて来たんだから、せめて美味い賄い料理で酒を呑むくらいは許して欲しいものだ。

さて、残り物の鮎並の煮付けに湯豆腐にキンピラですか…いやどれも結構なお味ですなあ~~~

周りの料理人さんや店主の霧島さんが苦笑しながら私と鎧衣課長が酒の肴を奪い合っているのを見物しているが、そんな視線すら気にならない。

まあそれはそれとして、せっかくこんな美味い店を見つけた以上は…

「ところでご店主、このお店で当社が卸す酒を扱ってみては貰えませんか?」

「おや、早速ビジネスの話ですかな?諸星課長」

鎧衣課長にからかわれるがせっかくいい店を見つけたのだ、是非とも自慢の酒を提供したいではないか。

「まあ霧島さん、この諸星課長の卸す酒なら味は保証できますがね、ははは…」

「へい、鎧衣さんがそう仰るのであれば是非利き酒をさせて頂きます」

…おや?

「ご店主はこの鎧衣課長さんとは馴染みなのですか?」

「ええ…昔ちょっと…」

「いや諸星くん、実はこの霧島さんは昔の私の先輩でね…私が駆け出しの頃は色々とお世話になった人なんだよ」

おやまあ…

「ちなみにこの人は、大仕事が一つ終った後は必ずバケツ1杯の水をがぶ飲みするひとでねえ~~」

「ははは…いや、昔の話は勘弁して下さいよ」

なんと鎧衣課長の類友だったのか、まともそうな人に見えたのに…

「…なにか失礼なことを考えておらんかね?」

「え? いえいえトンデモナイ…HAHAHAHAHA」

「…まだまだ隙だらけだねえ、諸星課長」

ええそうでしょうとも、あんたのようなバケモノじゃないんだ私は。

「それはそれとして、上のお二人は大丈夫でしょうかね?」

苦悩する総理を励ますために先生をここまで連れて来たはいいんだけど、その他のフォローは必要ないのかな?

「なに、心配はいらんよ。 あの二人は古くからの盟友同士だからね、互いに酒を酌み交わすだけで心が通じ合うのだよ」

成る程それなら大丈夫か…あの二人の娘たちもいつかはそんな関係になるんだろうか? もっともそのためにはこの地獄のような時代と自分たち自身の運命を乗り越えなければならない訳だが…

だが私があの子たちにしてやれる事には限りがある。

私の使命は本来第4計画のサポートではないし、白銀君のハーレムメンバーの救助でもない。

もうすぐこの国での基盤固めは終了するだろう…次はいよいよアメリカだが、さてアラスカだけでは足りないとすれば…おや?

「鎧衣課長!それは私の鮎並でしょうが!」

「ふむ、ぼ~っとしている方がいけないのではないかね?」

このオヤジは~~~~~!!

「ああお二人とも、喧嘩しなくてもまだ賄いでよければありますから…」

「…だそうだよ、諸星君」

このオヤジはぬけぬけと…まあ確かにこんなことで怒っては大人げないか。

「それじゃ、この湯豆腐の追加をお願いします」

「ああ、私はさっき彼が食べていたキンピラを」

「へい、お待ちを」

総理と先生はまだ呑みながら話をしているか…それじゃこちらももう少し呑ませてもらいましょうか、せっかく美味い肴があるんだし。

 
 
 
第30話に続く




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第30話「帝都城御前会議(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/03/28 18:12

第30話 「帝都城御前会議(前)」

【2001年3月3日 帝都城・大広間】

大広間の中にしらけ切った空気が広がっていた。

原因は先程から何の中身もない空虚な熱弁をふるい続ける男、本土防衛軍大将・乃中征二郎であった。

政威大将軍・煌武院悠陽によって召集された帝都城御前会議、その始まりから程なくして彼の無駄口とさえいえる長い意見陳述が始まったのである。
 
 
彼の言い分は要約すれば以下のようなものだ。

曰く、御前会議の開催は誠に目出度い。

曰く、また先日の相馬原基地防衛戦において斯衛の助力があったことは非常に感謝している。

曰く、そして政威大将軍殿下が国家の行く末を案じている事は大変ありがたい。

曰く、そのために我々(本土防衛軍)は今後とも国土の防衛に全力を尽くす所存である。

曰く、それ故殿下にはどうかご安心願いたい。

曰く、一部の者たちが騒ぎ立てているようだが、どうかそんな雑音に惑わされないで欲しい。

曰く、帝国軍は現状の体勢のままである事が最も望ましい。
 
 
それらの事を意味不明一歩手前の美辞麗句で飾り立てながら、乃中大将は延々と語り続けていたのだった。

だがそれを聞いて…いや聞かされている出席者たちは彼の無意味なまでの長口舌にうんざりとし、そして彼の本音を知っている人間たちは内心で嫌悪感すら抱いていた。

本土防衛軍の乃中大将といえばその設立以来の古顔であり、同時に本土防衛軍が兵士や国民の信頼を得る事が出来ない理由の元凶とさえ陰口をたたかれる男である。

それもその筈でこの乃中大将は本土防衛軍が設立されて以降、その組織の拡大のみに奔走してきた男であった。

なりふり構わず政官界の子弟たちを引き入れ、各界にコネを作り出すことによって本土防衛軍と自分自身の権力を高めて来た男…基本的に軍官僚、というよりは軍服を着た政治家と言ったほうがこの男を言い表す表現としては妥当であっただろう。

そんな彼の演説を御前会議に出席した政府や他の軍の代表のみならず、同じ本土防衛軍からの出席者までもが苦々しい思いで聞いていた。
 
 
(まったく…いい加減にして欲しいものだ! このままでは我々本土防衛軍への周囲の心証を悪化させるだけではないか!)

そう心の中で零しているのは本土防衛軍大佐・志田誠一であった。

今回の御前会議開催に関して本土防衛軍内部では様々な意見が交わされ、その出席者として選ばれた三人の内の一人がこの志田大佐であった。

志田は帝国陸軍から本土防衛軍に編入された男で大陸での実戦経験を持ち、部隊の編成などにも手腕を発揮したことから本土防衛軍の首脳の末席を占めるまでになった男である。

志田のような男にすれば目の前で繰り広げられている光景は、全てが無意味な茶番に思えてならなかった。

(何故こんな御前会議など開かなくてはならんのだ!? 確かに先月の佐渡島ハイヴからの大侵攻で我々は相馬原基地を見捨てようとした。 だがそれは戦略上、止むを得ない判断だったのだ! あの時点で斯衛軍や国連軍が援護してくれると最初から分かっていれば我々の判断も変わっていた筈だし、事前に申し出てくれていれば…互いの意思疎通がなされない現状に不満があるのは我々とて同じなのだ! …それにいくら我々本土防衛軍に信用がないからと言って今更大昔の制度を無理矢理蘇らせることに何の意味があるというのだ!! そんなカビの生えた代物にすがって国が守れると本気で考えているのか? そもそも我々本土防衛軍に対する周囲の偏見が問題ではないか! 我々は決して彼らが思っているような腐敗した組織では無い! …そう、目の前で意味不明なうわごとを並べ立てているこの男のような人間ばかりでは決して……!!)

そう心の中で言いながら志田大佐は恨めしげな眼で調子にのって喋りまくっている乃中大将の方を見るが、当の本人はまったく気にした様子もなく脂の乗った舌先を動かし続ける。

(どうにかならんのか! 乃中さんがどういうつもりでいるのか知らんが、このままでは我々に対する印象が悪くなる一方ではないか!)

そう叫びたいのを堪えて志田は自分の隣にいる男に視線を向けた。

だが視線を向けられた相手…本土防衛軍中将・大北藤治は目を閉じて無言を通していた。

大北中将は志田と同じ陸軍からの編入組であり、同時に軍部が統帥権を掌握すべきだと主張する統帥派のリーダー格の一人でもあった。

今回の御前会議への出席を最後まで反対し続け、周囲の説得でやむなく出席者の列に加わったのだった。

そのせいかどうかは分からないが、彼は会議の開始から我関せずの態度をとり続けていたのである。

(まったく…どういうつもりなのだ!? 乃中大将といい、大北中将といい…)

焦燥を募らせる志田大佐をよそに乃中の演説はまだ続いていたが…
 
 
 
「…それで? とどのつまりお主は何が言いたいのだ? ん?」

帝国斯衛軍大将・紅蓮醍三郎の低い、しかしドスの利いた声が乃中の舌を停止させただけでなく、その場の全員を一瞬金縛りにさえした。

(こ…これが噂に聞く紅蓮大将の気迫か…さすがに凄い)

聞く者によっては戦慄すら覚える紅蓮の声が、さらに乃中や周囲の出席者に向けられる。

「さっきから聞いておるに帝国の防衛体制は現状のままでよいと言うておるように思えるが…ならば何故、相馬原基地を放棄せねばならんような羽目になったのだ? 乃中よ?」

「い、いえいえ…決して現状に満足している訳ではなくてですな、帝国軍全体の更なる体勢強化を望んでいる事に変わりはない訳でして、そのために殿下にもお力添えを頂けるというのは大変にありがたい事ではありますが、なにも殿下ご自身が軍全体の指揮を直接執る必要性は…」

「ほほう、つまり殿下が取り纏めなくともお主ら本土防衛軍が統帥権を掌握すればよい…ということかの?」

「…それが何か問題ですかな?」

「!大北中将…」

それまで沈黙していた大北中将が突然言葉を発したことに周囲がざわめいた。

「…確かに先日の相馬原基地の件は我々本土防衛軍にとっても痛恨事ではありました。ですが、あらかじめあなた方斯衛軍や国連軍の助力が見込めると分かっていればあの時点での判断も違ったものになった筈だと思うのですが」
 
 
大北中将のその発言に周囲の人間たちは複雑な反応を示し、そして大広間の片隅にいるオブザーバーたちの内の二人…香月夕呼と諸星段はそれぞれ微妙に異なる、しかし明らかに同種の笑みを浮かべていた。

(よっく言うわねえ~~あの男、普段は国連軍や斯衛軍に手柄を奪われまいとあれこれ手を回してこっちが動きにくいように画策している癖に…あの時だってコウモリ男が事前に予測をくれなきゃこっちは碓氷たちを失うところだったってのに、一体どの口が言うのかしらね?)

(…いや、まったく口というのは便利な器官だよねえ~~~ 人間が自己正当化を図るのにこれほど便利な代物は他にないんだろうねおそらく… それなのにどうして人間には口も舌もそれぞれ一つしかないんだろう? 目や耳は二つあるのにね?)

人間の口と発言に関して自分の事を完全に棚上げした台詞を脳内で展開する二人のオブザーバーをよそに、議論は続いていた。
 
 
「ふうむ、つまりお主らは殿下が政威大将軍としての義務を果たすことが間違いと言いたいのかの?」

「いえいえ、そのようなことは…」

「政威大将軍殿下の御勤めとは大所高所から国民と兵を見守ることと考えます。 下の者達の声にお耳を傾けられようとされることは大変素晴らしいと考えますが、間違って獅子身中の虫の声に惑わされるようなことになっては大変ですからな」

「ほう…獅子身中の虫、とのう」

大北中佐の発言に紅蓮がひくり、と顔を引き攣らせて相手を睨みつける…

その殺気を帯びた気配に周囲は蒼ざめるが、大北は更に続ける。

「はい、失礼ながら昔と違い現在では近代国家の軍として存在している帝国軍に、あえて封建制の時代のシステムを導入しようなどという考えそれ自体がこの大北に言わせれば獅子身中の虫の声でありましょう…」

「貴様!よくも殿下の御前で「控えい!月詠」…はっ」

大北中将の発言に思わず激発しそうになった月詠大尉の叫びを一喝して抑えた後、大北に向かってにやりと嗤ったのだった。

「!?」

自分の挑発に全く動じないどころか余裕さえ感じさせる紅蓮の態度に、大北は初めて訝しげな表情を見せた。

「お主の言う事ももっともだのう、大北中将…確かに現在の帝国は近代国家であって封建制の昔とは違う。 だがの…だからこそ国家国民を守護するよりも己が安泰を優先するが如き輩や組織、そして口先とは裏腹に殿下に対して害意を抱くような者こそ国にとっての獅子身中の虫として排除すべきではないかの?」

「…紅蓮閣下! それは我々本土防衛軍の事を言っているのだと受け取ってよろしいのでしょうか!?」

皮肉と侮辱の境界線を明らかに踏み越えた紅蓮の発言に、志田大佐が堪りかねたように叫ぶ。

その志田の顔をじろり、と見た後紅蓮は言った。

「…他に誰がおるのだ?」

「「「「「「「「「「!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」

「こ…これはいかに紅蓮大将の御言葉といえど聞き逃しには出来ませんぞ! 一体どのような根拠があって仰っておられるのですか!?」

紅蓮の台詞に周囲の人間全てが一瞬固まり、その直後乃中大将が大声で喚き始めた。

「一体我ら本土防衛軍の中の誰が殿下に対して害意など持っていると言うのです! そのような証拠があるのなら是非お見せ頂きたい!!」

「…ほう、証拠とな」

「左様! それほどまでに仰るのであればそれ相応の証拠がありましょう!! 是非にもそれを見せて頂きたい! さあ!さあ!如何いたしました!!紅蓮閣下!!」

調子に乗って喚き続ける乃中大将の姿をしばらく見物していた紅蓮が突如立ち上がってこう言った。

「…それほど証拠が見たいか乃中よ、ならば見せてやろう!

その言葉と共に紅蓮が懐から取り出したのは携帯用ボイスレコーダーであった。

紅蓮がそのスイッチを入れると出て来た声は…
 
 
 
“…それほど難しく考えなくとも良かろう? 要はあの小娘が御前会議の最中に体調を崩して退席するようにするだけの事だ。 そんな身体が弱い将軍に指揮を執らせようと考える者はおらんだろうからな…そのほうが貴様ら城内省にとっても面倒事が増えなくて有難い筈だろうが? ああ?そんなことは気にしなくていい、仮にそれであの小娘が早死にしたとしてそれがどうだと言うのだ? 貴様らにとって必要なのは政威大将軍という神輿の上の人形だろうが! そんな物は五摂家の中からいくらでも代わりが出てくるだろうに… それにあの小娘が統帥権を握れば今まで後方勤務で済んだ貴様の息子や娘も前線に出ることになるかも知れんのだぞ? そんな危険な可能性は今の内に排除しておきたい筈だろう?”
 
 
 
…完全に静まり返った大広間に明らかにそこにいる乃中大将のものと分かる会話の音声が響き渡って行った。

「…殿下に体調を崩す毒薬を盛ろうとした者はすでに取り押さえて尋問中だ。 貴様との繋がりやら他にも色々と面白い話も聞けたがな」

淡々と語る紅蓮の声に反応する者は誰もいない…その場の全員が凍りついたように硬直していた。

「大北、志田、まだ何か言いたい事はあるかの?ん?」

その紅蓮の言葉に志田大佐は心の中で呻いていた。

(バカな…!なんという事をしでかしてくれたのだ乃中大将は!! これでは我々が謀反人と断定されても言い訳出来ないではないか! いかん、このままではこの愚か者一人のために本土防衛軍の全てに不名誉な濡れ衣が…何とか、何とかしなくては)

焦る志田大佐だったがどうすればいいか分からず、そして大北中将も顔を引き攣らせたまま無言であった。

「なにも言う事はなしか、ならば乃中よ……覚悟はよいな?

その言葉を聞いた乃中大将はびくり、と身体を痙攣させてゆっくりと紅蓮の方を見た。

「あ…ひ…」

その巨躯から発する殺気に押されるように1歩2歩後ずさりした乃中は突然大声で奇声を発して駆け出した。

「PかA*@るR=#&B+の¥!Gふ%!!!!!!」

意味不明の叫び声と共に大広間から逃げ出そうとする乃中であったが…しかし次の瞬間、その場にいた者全てがとんでもない光景を目撃した。
 
 
“ドゴン!”
 
 
…出口に向かって走る乃中の頭の上から巨大な金タライが落ちて来たのである。

その直撃を受けた乃中大将はその場で気絶して倒れた。

「ふむ、中々面白い芸だのう」

あまりに非常識な出来ごとに周囲が現実逃避に陥る中で紅蓮だけが呑気な顔でそう呟いていたのだが…ようやく他の出席者たちも金縛り状態を脱すると、事の重大性に掻然とし始めた。

「な!なんという事だ!」「これは…不祥事などという次元では…」「当然だ!これは立派な謀反ではないか!」「一体、本土防衛軍は何を考えているのだ!」「このような時に!自分たちの保身しか思い浮かばんのか!!」「乃中大将一人の考えではあるまい!」「徹底した捜査を!!」「捜査だと!?手ぬるい!今すぐにでも本土防衛軍を解体せねば…」

「…静まりなさい!」

本土防衛軍を糾弾する喧騒を政威大将軍・煌武院悠陽の凛とした声が静止させた。

「…殿下、お目汚しでございました」

場を騒がせたことを詫びる紅蓮に頷いた後、悠陽は広間を見渡してから話し始めた…

「此度の事、おそらくはそこに倒れている乃中大将一人の企てでありましょう…その者一人のために本土防衛軍の全てに嫌疑をかけるような事をすべきではありません」

「しかし殿下!先程からのこの者達の言うことからも本土防衛軍の殿下への叛意は明白ではありませんか!」

悠陽の言葉に将道派の雄として知られる海軍大佐が声を上げる。

そしてその声に同意する声が広間の方々からも聞かれた。

だが悠陽はその声に同調はせず、静かに首を振り話を続けるのだった。

「そなたらの言いたいことも分かります。 されどこのような事態になった原因の一つはこの悠陽が将軍としてあまりにも頼りなく、そなたらに大事を任せてばかりいたからだと思うのです…皇帝陛下より大命を授かった身でありながら、己が出過ぎては結果として国を乱すのではと思うあまりに自分からはなにもしないよう努めてきた結果が此度のような愚かな過ちを誘う結果となったのでありましょう」

悠陽の言葉にその場の全員が苦悩や悔恨の表情を見せる…この騒ぎの本質的な原因、それは即ち日本帝国の第二次大戦終了から今日まで自分たち政・官・軍が放置してきた問題に起因するものであったからだ。
 
 
 
第二次世界大戦において米国に対して実質的な敗北を喫した日本帝国は、その軍組織の頂点にたつ政威大将軍の権限の大幅な縮小…いや、実質的な権限の剥奪を余儀なくされる。

それはアメリカが日本を近代的な民主国家にしようという(アメリカなりに)ある意味日本を思ってのことであると同時に、日本帝国が再びアジア・太平洋に覇権を確立しようとする可能性の芽を摘もうという思惑によるものであった。

そしてその結果、帝国は国の安全保障面で非常に厄介な矛盾を抱え込むことになったのだ。

帝国憲法の破棄などは免れたために政威大将軍制度自体は存続出来た…しかし、実質的な権限を失ったために有事において陸・海・空の三軍を纏め上げる機能が失われたのである。

本来であれば憲法等の改正によって新しい制度を導入するか、政威大将軍制度を改める形で復活させるのが望ましかったのだが…ここで日本人の悪癖ともいえる欠点が露呈したのだった。

既存の制度を抜本的に変えるのが苦手な体質…憲法改正によって例えば政府や内閣総理大臣に軍の指揮権を委ねるのは政威大将軍制度の実質的消滅を意味したし、それは多くの兵士や国民が望まない事でもあった。

そして将軍制度を何がしかの近代的システムに変更する案は、その中心となる五摂家を始めとする有力武家や米国との緊密な関係を必要と考える親米派の政治家と官僚らによって反対され、代案もないまま延々と小田原評定を続ける羽目になったのである。

その結果、帝国軍の体制は統一性を欠いたままBETA大戦の荒波の中に突入して今日に至るのであった。
 
 
 
現状を招いたのはその時生まれてもいなかった悠陽ではなく、自分たち自身なのだ…高齢の出席者の中には申し訳なさに顔を上げる事が出来ない者もいた。

その、何とも言えない空気の中に悠陽の言葉が流れていく。

「国土の半分以上をBETAによって蹂躙され国民の半数以上を失った今、もはやこれ以上の犠牲を民に強いる訳には参りません…されど我ら国と民を守るべき者達が互いに背を向け相争っていては民を守る事さえ出来ますまい」

それを聞いて先程まで本土防衛軍を非難していた者も項垂れた。

「この悠陽が此度の御前会議を開いたのはこの国を守る体勢を改め、軍と兵の心を一つに纏めるため…そしていま一つは、現在この帝国に迫りつつある脅威についてそなた等に伝える為なのです」

「脅威…と申されましたか?」

悠陽の言葉を聞いた出席者の一人がそう問いかけると…

「…それに関してはそちらにおられます国連軍横浜基地副司令の香月博士より御説明があるでしょう」

そう言って悠陽は広間の隅で静かに控えていた女性…“横浜の女狐”の方を見た。

その言葉と視線に応えるように香月夕呼はその場に立って挨拶をする。

「今ほど畏れ多くも政威大将軍殿下よりご紹介に預りました国連第11軍横浜基地副司令を務めます香月夕呼と申します…さっそくですが只今殿下が申されました“帝国に迫りつつある脅威”について説明させて頂きますが………その前にそこの不燃物をどうにかすべきではありませんの?」

夕呼が指し示す方を見れば、意識を取り戻した乃中大将(完全に忘れ去られていた人)がじりじりと匍匐前進で広間から脱出しようとしているところであった。

「おのれ奸物が!生きてこの城を出られると思ったか!!」

…どう考えてもあれは時代劇の台詞だった、と後にモロボシが述懐する月詠真耶の叫び声に乃中の背中がびくん!と跳ね上がった。

「す¥G*ぺ%#Lら&・ん+=@か~~~~~~!!!!!!!!」
 
 
再び意味不明な絶叫を上げて四つん這いのまま全力逃走を図る乃中であったが、ただちに斯衛の兵士に取り押さえられてそのまま何処かへ連行されていくのだった。

その場にいた全ての人間たちの侮蔑と憎悪の視線を背に受けながら…
 
 
 
 
 
…いやはや、とんだ時代劇を見せて貰いました。

それにしてもチビコマ君、アレはちょっとやり過ぎ…いやどちらかと言えばノリ過ぎじゃないのかい?

まさかあんな方法で逃げ出そうとした曲者を捕えるなんてねえ…おかげで私は非常に不本意な疑いを香月博士から受けてますよ。

あの金タライが落下した一幕の直後、香月博士が私の方を見て“あんたの仕業ね?”と表情でそう言ってきたんだよね…もちろん急いで首を小刻みに振って否定したけど向こうは納得してないようだし…

まあいいか、そんなことよりここからが重要だ。

取りあえず本土防衛軍の皆さんは黙らせることに成功したし、あとは夕呼先生の説明を受ければさすがに権力闘争やましてクーデターなんかやってる場合じゃないという事に気付くだろう………気付くはずだ、よほどの馬鹿でもない限りはね。

まあ確かにそんな馬鹿が出て来る可能性もあるとは思うが…だが仮にそうなったとしても大規模な騒ぎには出来ないだろう。

そのためにわざわざ夕呼先生から講義をしてもらうのだからね。

いよいよ始まるぞ……“魔女の黙示録”が。
 
 
 
第31話に続く



【おまけ】

(それにしてもチビコマ君、あの“タライ落とし”はどうやったの?)

《え~とですね、まず工学迷彩で姿を見えなくしてからタライの上に乗って…それからあのタイミングでメビウスを使って悪者の頭の上に移動したんです~~~》

(なるほどね…それなら見た目にはタライが落ちてきて乃中大将の頭に激突したとしか見えないか)

《うまくいきました~~~褒めて褒めて~~~》

(褒めて褒めて~~~…じゃないでしょ?なんであんな間抜けな芸を…ってか何故タライ?)

《え~?、でもモロボシさんがくれたライブラリの中にお城の中でタライが落ちて来る映像がありましたけど~~?》

(いやだからなんでそんなのを参考にしてるの君は!?)

《あ~それはですね、殿下がこの方法で曲者を捕えてみたいと仰ったので~~~》

(…なるほどね、だからさっきから月詠大尉と侍従長の視線が痛いのか…あとでどんなお小言があるやら…とほほ)





[21206] 第1部 土管帝国の野望 第31話「帝都城御前会議(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/04/02 22:20

第31話 「帝都城御前会議(後)」

【2001年3月3日 帝都城・大広間】

大広間にいる全ての人間が恐怖と苦悩で固まっていた。

横浜の女狐…天才科学者香月夕呼が示したデータとその解析結果は彼らが守り治めるこの国、日本帝国の破滅を予感させるものだったからである。

「…間違いないのだね、香月博士?」

総理大臣・榊是親が絞り出すような声で確認の言葉を発した。

「総理、私はこのデータを収集してから今日まで幾度も間違いではないか…いえ、間違いであって欲しいと思いながら検証を重ねてきました。 ですが残念ながらこのデータに間違いはない、いえもしも間違いであればこの首を差し上げても構わないと言える程に確かな内容だと申し上げます」

これが“あの”横浜の女狐とは思えないほどしおらしい…だが、だからこそ恐ろしいまでの信憑性を感じさせる夕呼の言葉がそれを聞いた出席者全員の顔に絶望の影を落とす。

先の大侵攻に前後して香月夕呼が密かに実施していた新型振動探知機の試験運用の結果、甲21号佐渡島ハイヴより大深度地下を掘り進むBETA群の存在を探知し、さらに全長1500メートルを超える超巨大属種の存在を確認したという夕呼の言葉に対し、そんな馬鹿げた話は信じられない…いや、信じたくないという表情のお偉方に彼女が見せたのはその新型振動探知機によって描き出された地中の解析映像だった。

地中深くを掘り進むBETAとその背後に控える巨大な円錐形の回虫…その巨大なおぞましい影を見た出席者の何人かはこの国ももはやこれまでなのかといった顔を隠そうともしなかった…

そんなお偉方の様子を冷ややかな目で観察しながら夕呼は説明を続行する。

「この巨大な未確認属種を私は仮に空母級または母艦級と呼称していますが、その理由はこの巨大なBETAの特性によるものです」

「特性…?」

訝しげに呟く陸軍の将官の台詞に夕呼の口元が微かに歪む…それこそが世の人々に彼女を恐れ、忌避させる“女狐の微笑”であった。

「はい、まずこの巨大なBETAは今日までその存在を知られてはいませんでした。 その理由はおそらくこの“母艦級”が常にハイヴの中か、もしくはそこから延びた横抗に潜んでいて地上に出る事がないために発見されなかったものと考えられます」

「むう…何故そ奴は地上に出てこんのだ?」

地上にさえ出てくれば必ず自分が倒すのに…そんなニュアンスを感じさせる紅蓮醍三郎の言葉に(いやおそらくニュアンスどころではなく、間違いなくこの怪物大将は1対1でヤル気だろうが)苦笑しながら夕呼は答えた。

「閣下、その理由はおそらくこのBETAの役割にあるのだと考えられます」

「む…役割とな?」

「はい、この巨大なBETAは横抗の中を非常にゆっくりと移動していますが横抗の掘削そのものは重光線級等のBETAによってなされており、この巨大属種は常に彼らの後方に控えているだけなのです…そして掘削作業を行っているBETAたちが定期的にこの巨大属種の体内に入っているらしいことも観測結果から判明しているのです」

「む?」「なに?」「ふむ…」「体内に…だと?」「それは…つまり」

(…さすがに鈍い連中でもこれだけヒントを与えれば解ってくるわよねえ~~~)

ようやく自分の言っていることをこの場の人間たちが理解出来始めたことに、ある意味安堵しながら夕呼は続ける。

「そう、おそらく彼らはこの巨大なBETAの胎内で戦術機で言えば補給と整備、そして兵士に例えるならば食事と休憩にあたるものをとっているのだと思いますわ」

「香月博士…つまりこの…仮に母艦級と呼ぶBETAは、その名の通り航空母艦のような働きをしているということかね?」

「はい閣下、その通りだと考えています」

国防大臣の質問に夕呼は簡潔な肯定の返答を返す。

そしてその返答の意味を理解した人々は、次第にそれまで以上の恐怖に捕われ始めていた…

大深度地下を侵攻する巨大な地中母艦…その中に多数のBETAを収容し、必要に応じてそこから出撃してくるBETA群…地中深く潜む相手にこちらからは攻撃出来ず、逆に向こうは地中から出てきて攻撃を仕掛け力尽きそうになればまた安全な地中の母艦に戻ればいい…実質間引き作戦は不可能であり、こちらは向こうの出現を待って迎え撃つしかない…

「香月博士、この…仮に母艦級と呼ぶこの巨大なBETAの最終到達目標は何処だと思うかね?」

「現時点での特定は不可能ですが、最も可能性が高いと思われるのがかつてのH22…現在の横浜基地と思われます。 その次の可能性としては帝都を含む関東から東海一帯の何処かでしょう」

「むう、いずれにせよまたしても帝都が脅かされるか…」

紅蓮大将ですら難しい顔で唸り声を上げる。

「なにか手は…この侵攻を止める手立ては無いのかね!?」

内務大臣の悲鳴にも似た言葉に対し、夕呼の答えは非情だった。

「残念ですが現時点で大深度地下に潜む敵を倒す術はありません、もし倒せるとしたら彼らが地上に上がって来たその時でしょう」

「「「「「「「「…………………」」」」」」」」

夕呼の答えにその場の全員が沈黙した。 それでは遅い、遅すぎるのだ…たとえBETAを撃退したとしてもその時点ですでに佐渡島ハイヴから帝都のすぐ傍までBETAの侵攻用直通ルートが開通し、しかもその中には事実上の移動式前線基地が潜んでいる…

それはつまり帝都の目の前に対BETA戦の最前線が出現すると云う事なのだ。

現在の疲弊し切った帝国でもしまた帝都の陥落・放棄という事態になれば物理的な被害だけではなく、国民や兵士の精神的なダメージも計り知れないだろう…事の深刻さに誰もが沈黙した時、悠陽の声が広間に響いた。

「たとえどれ程の困難があろうと我らには国と民を守る責務が存在します…香月博士、この状況を打破する策はありましょうか?」

その問いに対して夕呼は一瞬だけ目を閉じた後、大広間の全てに響くような声でこう言った。
 
 
「打てる策はただ一つだけ…甲21号を攻略することだけでしょう」
 
 
「むう…やはりな…」「しかし…」「現状でそれが可能なのか?」「無理だ…とても」「だがこのままでは…」「いっそ米国に頼んで…」「馬鹿を言え!またG弾を使用されるのがおちだ!」「しかし!このまま帝都を落とされるよりは…」「そもそも彼奴等が手を貸してくれるのか?」「どうかな…どんな無体な要求を…」「だがそれでは…」

夕呼の提案に戸惑いながら可能性を探ろうとする閣僚や軍首脳たちだったが、その中から榊総理が声を上げて聞いて来た。

「香月博士、現状の帝国軍と国連軍の戦力を合わせても佐渡島ハイヴを落とすには力不足ではないのかね?」

「はい総理、確かに現状の戦力では不可能ですわ」

「香月博士…まさかあなたは米国にG弾の使用を求めるつもりではないでしょうな?」

海軍司令部から出席した将官の一人が、疑わしげな声で夕呼に質問するが、それに対する夕呼の答えは更に意外なものだった。

「いいえ閣下、G弾の使用は想定しません…いえ、決してG弾を使用する訳にはいかない理由がありますの」

「なに!?使用する事が出来ない理由…ですと?」

先程までG弾の使用を容認するような発言をしていた政府高官の一人が、驚いたように声を上げた。

「そうです、それに関しましては私が用意いたしましたいま一つの資料…合衆国政府内では『M-78ファイル』と呼ばれている極秘文書をお見せします」

その発言に広間の出席者たちはさらにざわめき、互いの顔色を伺う様子を見せた…何故なら出席者たちの殆んどはそんな極秘文書の存在など一度も聞いた事が無かったからである。

ただ一人…広間の片隅に座っていたメガネの男が口元をひくり、と引き攣らせてあさっての方に視線を泳がせたが、だれもそれに気付いた者はいなかった。
 
 
 
 
 
…まったく、だからその碌でもないファイル名は止めて欲しいんだが…まあ言っても無駄、というより藪蛇になりかねんからねえ~。

それはともかく、現在のところ殿下や香月博士の思惑通りに事が運んでいるようなので一安心といったところかな?

今しがたの捕り物劇と殿下の御言葉で本土防衛軍の上層部は完全に沈黙したし(乃中大将以外罪に問わないと言われてそれでも文句を言えば、今度こそ本土防衛軍はよってたかって解体されるからだ)さらに香月博士が明かした母艦級の情報によって帝国に迫っている危機が明らかになった以上、内輪もめしている場合ではないと殆んどの人間が認識しただろう。

だが問題はこの危機を直視した時、この国の中にも存在する第5計画推進派がG弾の使用を容認すべきだという意見を言い始めるであろうということだ。

確かに現状の戦力ではハイヴをおとす事は不可能だろう、凄乃皇も電磁投射砲もXM3もまだないのだから…だがしかし、ある程度の時間さえ稼げればそれらの戦力を質・量共に“おとぎばなし”の内容以上の物をそろえることが可能なのだ。

そしてG弾の使用は第4計画の挫折と第5計画の暴走を招く以上、絶対に許してはならない…あのファイルを公開するのも、夕呼先生の特別講義が行われているのも全てはその暴走を予防するためなのだ。

頼みますよ、夕呼先生…
 
 
 
 
 
「な…んだと」「バ…バカな!」「おお…こんな…」「これでは我が国は…いや地球全体が…」「…米国めが!よくもこんな代物を我が国の国土に!」「まさか…2次的な被害がこれほど…」「人類が生存可能な領域がこれほど狭くなってはもはやBETAを滅ぼしたところで…」「確かなのか?このファイルの内容は!?」

夕呼が配布したファイルのコピーに目を通した出席者たちは、口々に悲鳴とも呻き声ともつかぬ言葉を発していた。

G弾を使用した場合の2次的な被害に関しては、横浜の現状や昨年キリスト教恭順派によって暴露された情報によりある程度のことは判っていたが、このM-78ファイルの内容はそれまでのものとはケタ違いの衝撃をもたらすものだった。

ユーラシア大陸全域にG弾を投下した場合、仮に全てのハイヴを破壊出来たとしてもその代償として重力偏移により大規模な海面上昇が起き、ユーラシア大陸はほぼ全てが水没する…さらに大気や磁気の偏向現象によって地球環境は完全に破壊され南半球は塩の砂漠と化し、北米大陸も西側のみが人類の生存圏として使用できる状態となる。

さらに夕呼が付け加えた説明によれば、仮に全てのハイヴを制圧出来たとしてもそれで地球上のBETAが全滅するとは限らない…先程の母艦級の存在を前提とすれば、オリジナルハイヴや他のハイヴから新たなハイヴの種(又は卵)を抱えて何処かに隠れ、再びハイヴを築く可能性も否定出来ないというのだ。

…それは即ち人類の終焉を意味していた。
 
 
「つまり、どの道我々はG弾に頼らずに通常戦力によってハイヴを攻略するしかない…そういう事だな香月博士?」

「はい、総理の仰る通りですわ」

「しかし、それではどうやってハイヴを攻めるのかね? 現状の戦力では不可能と言ったばかりではないかね?」

「ええ、確かに現状の戦力では不可能ですが…上手くいけば今年中にそれが可能になるだけの戦力を揃えられると思いますわ」

「なに!本当かね!?」

「はい総理、現在横浜と帝国においてそれぞれ開発中の新型兵装と、帝国軍、国連軍、それに大東亜連合軍の共同作戦であれば甲21号を攻略することが可能でしょう…ただし、地下の超大型属種・母艦級の侵攻速度から逆算すれば今年末までに作戦を実行する必要がありますが」

「むう、年末までにか…」

榊総理以下閣僚たちは難しい顔で唸る。

現在の帝国の財政でそれを行うことの困難さを頭の中で計算していたためである。

そして帝国軍の首脳たちもまた作戦遂行の困難さを思い描き、苦悩に顔を歪めていた。

現在の疲弊し切った帝国軍の力で果してどこまで出来るか…国連軍や大東亜連合軍の協力があったとしても困難を極めるだろうし、いくら新型OSをはじめとする新装備が出来たとしても時間的にはギリギリではないだろうか…それが彼らの偽らざる思いであった。
 
 
 
「為さねばなりません…たとえそれがどれ程困難を極めようと」

「殿下…」

沈黙の大広間に悠陽の声が響き、全員が彼女の方を見る。

「我らがそれを為さねば帝国の落日は確定的なものとなりましょう…ならば万難を排してでも佐渡島ハイヴを攻略するしかありません」

そして悠陽は広間の全員に言い聞かせるように自らの考えを語った。
 
 
「すでに先の大戦より半世紀…今更政威大将軍による統帥権の確立など時代遅れと言う者もいるでしょう。  ですが今日の難局をこの帝国が乗り越えるためには軍の指揮を統一しなければならないことは明白です。  それ故この悠陽は異論があることを承知の上であえてこの身が軍の指揮を執ることを決意しました。  もしこのことに異論があるのであれば、今この場で申すがよい…そしてそれがないようであれば、これより先は我が指揮に従って貰います。  そしてこの帝国の安泰を確認した後、わが行いに過ちがあったと思う者は遠慮なく申すがよい…この身は決して逃げることなくその言を真摯に受け止めましょう」
 
 
その悠陽の言葉にその場の全員が平伏し、彼女に従う事を表明した。

そしてその中には本土防衛軍の二人もいたが、彼らも異論を唱える事はしなかった…いや、出来なかった。

志田大佐は心の中で自問自答していた。

(…これでいいのか? 確かに乃中大将の過ちを彼一人の責任で終わらせてくれたのは有難い。 だが今の時代に将軍家が統帥権を振りかざすなど! 非常時なのは判る! 我々に信用が無く、それに代わる何かが必要なことも…だが、これでは我が国の未来はどうなるのだ? 一度将軍家の権威が復活してしまえばまたぞろ武家や公家といった過去の遺物がのさばり始めるのは確実だ! そうなれば軍の事だけではない、この国のあり方…民主主義の根幹すら揺らぎかねないのではないのか? いかん…このままでは…)

大北中将は頭の中で思考を巡らせていた。

(完全にしてやられたな…おそらくこのサル芝居はかなり入念に準備されていた筈だ。  愚か者の乃中がそれに嵌ったということか…いずれにせよ榊政権と横浜の女狐までもが目の前の小娘についたのは確かだろう。  だが、所詮は小賢しいだけの子供だ…自分が口にした綺麗事が実際にどれ程の困難を伴うか間もなく身をもって知ることになる筈だ。  将軍復権となればあの摂家の亡霊共が黙っていないだろうからな…背後からあの小娘を引き摺りおろして自分たちがその座にすわろうとするのは確実だろう。  それより厄介なのは本土防衛軍の内部か…乃中がこうなった以上、予算や人事の件でいい関係を保ってきた我々までもが火の粉を被りかねん。 …止むを得んな、乃中とその派閥は生贄になってもらうしかない…奴らを排除したところで組織の膿が出されるだけで本土防衛軍や我々統帥派の力が削がれる訳ではないしな。  しばらくは雌伏の時間を迎えねばならんと云う事か…それも止むを得んな。  どの道将軍家や近衛が自分からボロを出すまでの我慢だ…ただ、少々気にかかるのはこのサル芝居の脚本家が誰かということだが、相馬原基地の一件や先日から街に流れている曲もその一環だとすると…これは紅蓮や榊のような人間の発想ではないな。  一体どこの誰がこの舞台を作り、そして脚本を書いたのだ? 誰が……調べる必要があるか…幸いこの俺にお咎めが来ないところを見るとこちらの内通者はまだばれてはいないという事だろうしな)

自分の思考に没頭する二人をよそに御前会議は続き、近日中に甲21号攻略作戦の準備開始が決定されて会議は終了した。
 
 
 
 
 
いやあ~~~終った終った…色々と揉めるんじゃないかと思ったんだけど、流石にあの乃中大将の醜態と夕呼先生の講義の内容は衝撃的だったようだ。

あっさりと殿下の復権を皆が認め、さらに佐渡島ハイヴ攻略に向けて殿下の指揮下での挙国一致体制の確立が合意されました…いや、めでたしめでたしだね。

これであとは政府と国会が殿下への大権返上を上手く行えば、名実ともに統帥権の確立がかなうだろう。

まあ政府というより国会(議員の先生たち)の方がまだ何も知らないだろうからそれの説得が大変だろうが、ここは榊総理はじめ閣僚の皆さんの努力に期待するしかないでしょうなあ…

そして軍部の方だが…こっちは予想通りというか、やはり本土防衛軍は一筋縄ではいかないようだ。

斯衛軍はまあ問題なしとして海軍や陸軍、航空宇宙軍も殿下の復権を好意的に受け止めているようだ。

しかし、今回の件で悪役(実際にそうなのだが)にされた本土防衛軍の出席者お二人の反応は、相当に根に持ったという印象を受けた。

もっとも月詠大尉などに言わせれば“ふざけるな!生きて帰れるだけでも有難いと思え!!”ということになるようだが…

特に二人の内の片方…大北中将は統帥派の有力者であり、その思想は統帥権の確保だけでなく軍事政権の確立が目的なのではないかと先生はかつて疑念を抱いたことがあるそうだ。

…いずれにしても彼らがこのままで終わるという事はなさそうだ。
 
 
だがしかし、私は今それどころではない問題に直面しているのだ。

御前会議終了後、殿下に呼ばれた私はその場でトンデモナイ事を言われたのである。

「…はい? 斯衛軍大尉…ですか?」

なんとこの私に斯衛大尉にしてくれる…いや、斯衛の士官になれというOHANASIなのだ。

周りを見れば榊総理と紅蓮閣下は面白そうな顔をしてるし、月詠大尉と侍従長は忌々しげな顔で私を睨んでるし、さらにこの場にいるもう一人の人物…斑鳩忠輝斯衛軍少佐は興味深げに私を観察中のようだ。

「あの~~~殿下?」

「はい? 何でしょう諸星?」

にっこり笑って殿下が答えてくれるが……楽しんでますね?

「何故、この私が斯衛軍に入らねばならんのでしょうか?」

「ほほう…その方、殿下の臣となるのが嫌だと?」

…そういう問題ではないでしょうが! この怪獣閣下!!

「いえ、嫌とかいう問題ではなくてですね、一体どんな必然性があってこのような話になっているのかということなのですが?」

「その理由は私から説明しよう諸星君」

ええ…是非詳しい説明をお願いします榊総理。

「まず表向きの理由だが、X2を始めとする君の今日までの殿下と斯衛軍に対する貢献に鑑みてと今後の活躍に期待しての褒章というのが一つ、もう一つは君が提案した例の計画に関して私と殿下に対してのみ責任を負う立場に立って貰わねばならんのでその体裁をつけるために斯衛軍大尉(相当)の地位を授けるというものだ」

「なるほど、それはつまり例の計画の責任者に私がなると…いえ、しかし他にもする事が多過ぎますし出来れば他の人に任せてもらいたいのですが?」

「うむ確かに『XOS計画』の件もあるし、君には米国との関係にもタッチしてもらう必要もあるからな…だからもちろん実際の指揮は別の人間がとるがね、しかしそれはあくまでも表向きの理由だ」

…助かった、もしこれ以上仕事を増やしたら間違いなく過労死するところだった。

「…それで? 本当の理由は何です?」

「…諸星君、君はいつまでこの国を拠点に仕事をしてくれる予定なのかね?」

「!」

成程…それが理由ですか…

「私としてはこの国が殿下の下で安定した後は米国に拠点を移すことも考えておりますが…」

「…貴様それでも日本人か! 第一、彼の国のブタ共にどんな施しが必要だというのだ!!」

そんなにいきり立たないで下さいよ月詠大尉…

「まあ確かにあの国に施しをする必要はないでしょうが、しかし同時に世界全体のことを考えればどの道あの国に何らかの干渉をせざるを得ませんから」

「くっ…!」

「うむ、それはよく判っている。 しかし私はこの先の困難を考えた時、この国には君の力が必要不可欠だと考えているのだ…とりあえず今回の御前会議の成功で我々が予見した最悪の事態は遠のいただろう、だがだからと言って問題が全て片付いた訳ではないのだよ」

「仰ることは判りますが、私にも立場という物がありまして…」

やんわりと断る私の言葉を榊総理が遮った。

「分かっている、なにも君に今以上の職権濫用を求めている訳ではない…私が求めているのは君個人の協力なのだ」

「しかし総理、それこそ私個人はただのつまらない人間です。 どれだけあなた方のお力になれるか…ご期待に応えられるとは思えませんが?」

実際これは謙遜ではない、私のこれまでの仕事の殆んどは並行基点観測員の役職があったからこそ出来たものだ。 それを離れた私個人の力などはっきりいってタカが知れたものなのだ。

榊総理としてはもしかしたら藁をも掴む心境で言っているのかも知れないが、だからこそ下手な期待を抱かせたくはないのだ。

やはりここははっきり無理だと言うべきか…

《あの~~~モロボシさん?》

おや、なんだいチビコマ君?

《実はですね~~~スミヨシさんやヨネザワさんから伝言を預ってまして~~~》

…おいおい、キミ自分で勝手に彼らと通信を…って、そう言えばこの無茶苦茶にスタンド・アローンなAIの性能が原因でこいつらに廃棄処分が下されたんだっけ…それで彼らは何と?

《“いいからやれ!”だそうです~~~》

………あいつら~~~~~~~!!!!!

《一応、ハナガタミ社長がスポンサーになってくれるそうです~~~》

あの男か…道楽もほどほどにしないとその内会社を潰すんじゃないか?

だが、それならなんとかなるかも知れない…あの社長の資金力と道楽気質、それにスミヨシ君たちのサポートがあれば多少の事は可能だろう。

それにこの国はまだまだ安定したとは言い難い。

本土防衛軍の他にも目の前の少女とその椅子を狙う連中はいるようだし…まだ米国に軸足を移すには早過ぎるかも知れないな。

…はあ、当分は帝都とアラスカを往ったり来たりになるかな。

「諸星」

…っと!

「は、何でございましょう殿下」

「そなたに斯衛大尉の身分を与えるは決して恩に着せてそなたを縛るためではありません。 そなたの力を我らが借りたいように我らの立場や力がそなたに必要な時は何時でもその身分を使ってよい…そのために与えるのです」

「…よろしいのですか殿下、これから私がやろうとしている事はひとつ間違えば世界を敵に回しかねないのですが?」

「承知しています。 されどどの道そなたの助力がこの帝国には欠かせません…なればこの身もまたそなたの務めが上手く運ぶように力になるのが最善の道と信じます」

…これはまいった、こうまで言われた以上もう私に逃げ道はないか。

「解りました殿下…そして総理、この私に出来る範囲であれば喜んでお力になりましょう」

「諸星君、ありがとう…心から感謝する」

「諸星…そなたに感謝を…」

ああ…いやどうも照れますなあ…

「ところで殿下、こちらの方には何処まで…?」

私は照れ隠しも兼ねて、先程から興味深げな視線でこの成り行きを見守っていた人物…斯衛軍第16大隊指揮官・斑鳩忠輝少佐を見る。

「うむ、諸星課長…いや諸星大尉、私は帝国斯衛軍第16大隊指揮官の斑鳩だ。 これから宜しく頼む」

「諸星段です。 こちらこそ宜しくお願いします斑鳩少佐」

「諸星、忠輝どのは我が腹心…それ故この者には全てを話すつもりです。 その前にそなた等を引き合わせておきたくてこの場をしつらえたのです」

「成程…」

「殿下…先程から聞いておりますに何やら国家の浮沈にかかわりかねない大事と見受けますが、一介の少佐に過ぎぬこの忠輝が知って良い事なのでしょうか?」

「構いません。 そなたには万一の場合に備えて全てを知っておいてもらいたいのです」

「またそのような…この忠輝は殿下より後に死ぬようなことはござらんと申したではありませんか」

いや~~~これはまた見事な時代劇…いやもとい、忠君愛国の一幕ですなあ~~~~

…こんな人たちの一員とか勤まるのか?この私が?
 
 
 
とにもかくにも殿下や総理とのオハナシも終了したことだし、さあ帰ろう……

「マテ、モロボシ」

ぎくっ!!

「諸星どの、少々お話がございます」

ぎく、ぎくっ!!!

ゆっくりと声のした方を振り向くと…そこには二人の般若がいた。

「ここここれは月詠大尉に侍従長…ななななにかごご御用でしょうかかか…」

「なに、大したことではない…先程の御前会議で起きたあの“タライ落とし”とやらについて少々聞きたいことがあってな…」

「さほど時間はとらせません…そなたが正直に話さえすればですが…さあ、こちらへ…」

「いやその…私はこれから会社に帰って…その…」

「…いいから来い!」

「…はい」

…それから約3時間、私は二人の鬼女に散々嬲りものにされたのであった。

斯衛大尉って…人権とか無いのかなあ…

 
 
 
第32話に続く




[21206] 閑話その6「モロボシ・ダンのクーデター考察」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/04/13 20:38

閑話その6「モロボシ・ダンのクーデター考察」


早春のフキノトウを軽く茹でて刻み、生味噌で和えて辛口の日本酒とともにそれを味わう…

…うむ、いい味だ。

酒飲み以外の人間の舌にとっては劇物に感じられるかも知れないこの味と香り…堪らんね。

≪そんな刺激の強過ぎるつまみでなければ満足出来なくなっているとは…もはや管理者(マスター)の味覚は完全に狂ってますね≫

ウチのオンボロコンピューターがなにやら私の悪口を言っているようだが、まあそんなことはどうでもいい…今はとにかく酒を飲んで心の憂さを晴らしたい。

《モロボシさ~ん、御前会議は上手くいったのにどうして心が晴れないんですか~?》

…何故だと思う?

《わかりませ~~ん》《せやな、何でやねん?》《教えて~~モロボシさ~~ん》《そうやそうや、教えて~な~~モロボシはん》

はいはい…それはそうと君たち、小アジの開きはまだ届かないの?

《もうすぐ届くそうで~す》

あっそ…それじゃあ届くまで少しだけ話をしてあげようか?

《わ~い、わ~い、おはなしだ~~~》

《どないな話やろ~》

≪…どうせ碌でもない無駄話だと思いますが?≫

ああ、その通りだよ…
 
 
 
 
今回の御前会議の成功によって悠陽殿下はその権威を確立し、榊総理たち政府閣僚は大権返上の手続きに入った。

そして上手くいけば間もなく殿下のもとに大権が返上され、名実ともにこの国の全軍を統括することが可能になるし、当面表立ってそれに逆らう者はいない筈だ。

そしてあの烈士たちだが…彼らの不満の源はこの国の政府と軍の在り様があまりにも信用がおけないものだった事にある。

それが殿下に大権が返上されるとなれば、彼らの心情にも変化があるだろう。

一応、榊政権や本土防衛軍の名誉のために言っておくが、彼らとて決して芯から腐敗していた訳でもなければ米国に頼ってばかりだった訳ではない。

だがしかし、現在の世界の状況を考えれば前線国家となった日本はどうしても世界の兵站を担う米国に依存せざるを得ないだろうし、帝国軍の指揮が統一されていない現状では各軍の間で派閥争いが起きるのは自然の成り行きであり、本土防衛軍も自己保身に走らざるを得ない部分があったことも確かだろう。

そして残念ながらその米国への依存や本土防衛軍の自己保身の行き過ぎが多くの人々の誤解や不信を生み、さらに乃中大将や一部の親米派のような連中の行いが目立ち過ぎた(こういった連中ほど悪目立ちし易い)ことがクーデターの温床を作る原因になったのかもしれない。

今回の御前会議でに悠陽殿下が下した判断は、こうした現状を前提にした上での最善のものだったと言えるだろう。

本土防衛軍に対しては乃中大将の行いを暴くことで自ら綱紀粛正を図るように促すとともに自分の決意を述べることで彼らの専横を抑えると同時に、城内省の官僚たちに対しても今まで将軍をないがしろにしてきた者たちを震え上がらせ、本土防衛軍や政府の中の親米派と繋がっている連中の尻尾を捕まえる事にも成功しているのだ。
(もっとも大半の裏切り者達はまだ自分のしていることがバレている事を知らないのだが、チビコマの目と耳からは逃れようがないのだよ謀反人諸君)

つまり殿下は本土防衛軍と城内省よりそれぞれ一人ずつの謀反人を炙り出すことで一罰百戒を狙った訳だ。

そして自分が復権を果たし、統帥権を確立することで烈士達がクーデターを起こす大義名分もまた消滅したことになる。

常識的に考えればこれでクーデターは未然に防ぐ事が出来た……と、そう考える者もいるだろうが私はそうは思わない。

《え~なんで~? 殿下が復権したら沙霧大尉や烈士達ってクーデターを起こす必要なんか無いんじゃないの~?》

《せやな、あの烈士共がおとなしゅうなれば問題ないんちゃうの?》

まあ、確かに“おとぎばなし”の研究者の多くも沙霧大尉と烈士たちさえどうにかすれば、このクーデター計画は防げると考えている人もけっこう多いけどね…けど君たち、よく考えてごらん? あのクーデター計画の裏にいたのは誰だっけ?

《えーと…》《アメリカやろ?》

…そう、そもそもあのクーデターは裏であのお米の国が色々と燃料を投下していたからこそ起きたと言えるのだよ。

沙霧大尉が自分を外道と呼んでまで事をおこしたのはその米国の謀略を防ぎ、彼らの手足となっている連中を炙り出す事が本当の目的だったし、彼をそこに放りこんだ鎧衣課長や榊総理も同様だ。

逆に言えば米国の目的は極東の最前線である日本を自分たちの戦略方針に100%従わせることが重要であるのだから、その目的の達成が可能であれば手段や経過はどうでもいい訳だ。

そして当然、そのための騒ぎを起こす連中が別に彼ら烈士たちでなければいけないと言う訳ではないのだよ。

《へえ~~そうなんだ~~~》

《…けど、そんなに簡単に烈士共の代わりとかおりますかいな?》

そう、それが……いるんだよ。
 
 
 
…そもそもあの烈士たちだって、現状の日本でクーデターを起こすなんて事がどんなに愚かな行為かくらいの事はよく分かっていた筈だ。

それなのに彼らがそこまでした理由…いや、もっと言えば沙霧大尉だけでなく鎧衣課長や榊総理までもがクーデターの逆利用などというある意味狂った手段に出たその理由はなんだろうね?

《さあ~~?》

《何でやろ~~?》

…私はね、ある意味で彼ら(総理や鎧衣課長)もまた一種の狂気に囚われていたのではないか…と、そう考えているのだよ。

《え~?》《…そらまたけったいな御意見やな》

そうだろうねえ…だが、そうとでも考えなければ彼らがあの一件を企てたことの説明がつかないと思うのだよ。

沙霧尚哉と烈士達の行いに対して“おとぎばなし”のファンや研究者たちの下す分析は、彼ら烈士たちに対して非常に厳しいものが多い。

『熱血低脳集団』とか『愛国道化軍団』とか『ただのバカ共』とか…

確かにこの国でこの時期にクーデターなんて事を仕出かせばそんなふうに言われても仕方ないかもしれないが、だがしかし『ただのバカ』と言うだけではそのバカたちが何故こんなにたくさんいたのか? そして何故それがこんな大事を仕出かしたのかという説明にはならないのだよ。

≪…では管理者(マスター)、あなたのその空っぽの筈の頭骸骨の中にはその解答があるとでも言うのですか?≫

…悪かったな空っぽの頭で! まあ正解と言えるか自信はないが、一応私なりの解釈はある。

《へえ~~~》

《どないな解釈やねん?》

…彼らにクーデターを起こさせた根本的な原因、それは“閉塞感”だと思うのだよ。

1998年の本土侵攻以来、この国の兵士…いや、全国民はBETAの脅威によって物理面と精神面の双方で追い詰められ、擦り減らされて来たと言っていいだろう。

国民の半数が死に、勇敢に戦う軍人たちも次々と戦死していった。

千年の都であった帝都・京を失い、国内にハイヴを抱えて何時またBETAに襲われるかわからない

さらにあの乃中大将に代表されるような人間が軍部を牛耳り、将軍を蔑ろにしている…さらに政府も米国の裏切りと横浜へのG弾投下を止める事は出来なかった。

そんな状況が前も後ろも見えないような閉塞感を生み出し、前線の軍人や後方の政治家や民間人たちの心をも蝕んでいったのだと思う。

そしてその追い詰められた心がクーデターの苗床となったのだろう。

この国の明日が見えない状況の中で国を愛すればこそ、自分たちが何とかしなくてはと考える人間たち…そんな真剣十代みたいな若者たちだからこそ、言葉巧みに誘導されれば追い詰められた閉塞感の中から脱出しようとして無謀な真似を仕出かしやすいのだ。

あの烈士たちはその代表と言えるのかも知れないし、榊総理やあの鎧衣課長ですらもある意味彼らと同じだったのではないだろうか…そしてそれは何も彼らだけではないだろう。

沙霧大尉や烈士たちは政威大将軍の復権と国の指揮統一を望んだが、それとは違う思想や信条を持った人間も大勢いる筈だ。

そしてそんな人間たちもまた、烈士たちと同じ閉塞感の中に囚われていた筈なのだ。

もしも烈士たちが沙霧の先導で事を起こさなかったら…あるいは米国が別の方向性や違うシナリオでクーデターを煽っていたら…

おそらくは違う誰かが違う大義名分で立ちあがった可能性が高いだろう…それが私の推論だ。

…そう、つまりあのクーデターは別に沙霧や烈士たちがいようといまいと関わりなく起こった事なのだと思うのだよ。

《へえ~~~》

《ふうん…ホンマかいな?》

《あれ~~~そうすると、もしも殿下の手に統帥権が戻ったとしても……》

≪…仮にそうなったとしても、クーデターが起きる可能性は依然として残っている訳ですね?≫

…はい、よく出来ました。

そう、たとえ沙霧や烈士たちをどうこうしたところで、実質この国の全ての人間に取り憑いているこの閉塞感という病をどうにかしなければ問題は解決しないのだ。

だからこそ私は殿下の歌を街に流し、その一方で母艦級のデータとG弾使用後の世界の予想図をこの国のお偉方に提示したのだ。

殿下の歌は自らの威を示すのではなく、暗闇に閉ざされた兵士や国民の心を慰めようとする彼女の想いと明日への希望を訴えるためのものだし、お偉いさんたちに見せたデータは彼らの中にいるであろうクーデターを煽る連中やそれを利用しようとする輩への牽制と警告でもあるのだよ。

これらの処置と殿下の復権によって少なくとも沙霧大尉と烈士たちの暴挙は止められるかもしれない…しかし米国内部の謀略家たちがもしも諦めなかった場合、おそらく彼らは烈士たちとは別の誰かを煽ってクーデターを実行に移そうとするだろう。

…そう例えば烈士たちとは反対の信条を持つ人間や、今回の政威大将軍復権に反感を抱く者たち。

そんな連中を烈士たちと同様に情報操作で操ればクーデターの一丁あがり…という訳だ。

あとは上手い口実を設けて米軍を介入させてクーデターを自分たちに都合のいい形で幕を引き、帝国を自分たちの支配下に収めるだけだろう。

《うわあ~~~~ひどいはなし~~~~~》

《ほんまにあくどい奴らやなあ~~~~》

…まあ、政略とか戦略ってそういうものなんだけどね。

ああそれにもうひとつ、このクーデターについて気になっていることがあるんだよねえ…

《え~~まだ何かあるんですか~~?》

《何やろう?》

“おとぎばなし”における12.5事件の米国軍衛士イルマ・テスレフ少尉だけどね、何故彼女はあの局面で発砲したのかな?

≪記憶力が低下したのですか管理者(マスター)? 彼女の発砲はF-22のコクピットに仕掛けられた後催眠暗示を同僚の工作員に仕掛けられたのが理由でしょう?≫

うん、それは確かにその通りなんだけどね…どうも納得がいかないんだよねえ…

《え~~どうしてなの~~?》

《あれは要するに殿下を殺そうとしたってことやろ~~?》

そう、だからそれがおかしいんだよ…果してあの局面で米軍の機体が殿下を暗殺するというリスクを冒す必然性が米国側にあったとは思えないんだよね。

何故ならあの時殿下を守っていた主力はウォーケン少佐以下の米軍部隊が半分を占めると言っても言い過ぎではないだろう。

その状況ならば別に悠陽殿下を暗殺しなくても米軍が帝国の内乱鎮圧に貢献したという実績を誇示する事は出来た筈だし、逆に殿下に手出しをして失敗すれば米国が世界中から非難されるか疑惑の目で見られる可能性もあっただろう。

それにも関わらずテスレフ少尉は同僚の工作員によって後催眠暗示を起動され、あの状況を引き起こした。

…これは何を意味するのだろう?

《何って~~????》

《え~と……??》

≪つまりその事象には異なる思惑が介在したという事でしょうか?≫

はい正解……というか、そうでも考えないと理屈に合わない気がするんだよ。

あの状況下での悠陽殿下暗殺はあまりにもリスクが大き過ぎるのだ。

もし本当にあの場で暗殺が成功していたら、たとえ責任をウォーケン少佐に被せるとしても帝国軍兵士や国民の米国に対する疑惑と不信感は拭い切れない物になっただろう。

それでは騎兵隊よろしく米軍が助けに来たので殿下が助かった…“米軍によってクーデターが鎮圧され、帝国が救われる”という米国の描いたシナリオが崩壊しかねない。

それをあえてあの状況を発生させたのは何処の誰か? 第5計画派内部の過激分子か、あるいは帝国と米国の双方を混乱させようとする意図を持った誰かかもしれないが、残念ながらこの疑問を解くにはピースが不足しているんだよね。

《厄介やなあ~~~》

《ホントですよね~~~》
 
 
まあ、まだ時間的余裕はあるだろうからアラスカ行きのついでに米国や国連の内部に探りを入れることも検討しておくとしよう…ところでアジの開きはまだなの?

《今届いたで~~モロボシはん》

…よしよし、これを待ってたんだよ。

骨を引き抜いて開きにした小アジを一夜干しにしたものに、片栗粉を衣にして油で揚げる…

衣に味付けとかは不要だ、揚がった小アジの唐揚げに醤油を少しかけて口に入れると…うむ、この味だ!

熱々のアジの唐揚げを頬張りながら酒を飲むと…ああ~~たまらん、美味いんだよねこれがまた。

≪もはや只の酒飲みオヤジですね≫

…何とでも言え。 私にとってはこれこそが人生の歓びなんだ。
 
 
 
…さて、これからどうしよう?

《はい~~?》

《どうしようって…何をやねん?》

≪おそらくアルコールの大量摂取によって意識が混濁しつつあるのでしょう。 いわゆる“へべれけ状態”ですね≫

黙れやこのポンコツ軍団! …いやだからね、沙霧たちのことや他のクーデター予備軍の事だよ。

≪彼らはもう事を起こす可能性は殆んどないでしょうし、他の理由でクーデターを起こそうとする連中は何処にいるか確定しない以上、それこそ米国にスパイでも放った方が確実ではありませんか?≫

まあね、幸いチビコマの盗聴網にその取っ掛りとなってくれそうな物もかかったし、そこから手繰
ればいいだろうけど…問題は沙霧か……

《え~? 何がそんなに問題なの~?》

いやつまりね、彼が…沙霧尚哉が“おとぎばなし”と同じくクーデターを企てているその原因にこの私も関わっているって事が問題なんだよ。

《あ~先生のことかいな》

“おとぎばなし”の中の彼よりはマシかも知れないが、政府や米国に対する不信感は同じだろう…特に米国に対しては彩峰中将が命を捨てて助けたのに、大侵攻の途中で安保条約を破棄して撤退したのだからね。

《え~と、だったら先生にお願いして説得してもらえば~~》

うん、何時かはそうするつもりだけどね、でも今回は私が自分で会って話をしようと思ってるんだよ…あの国を愛し過ぎた男とね。

《国を愛し過ぎた男~~?》

《どっかで聞いたでそれ~~?》

『人は国のためにできることを成すべきである。 そして国は人のためにできることを成すべきである』

“おとぎばなし”の中の彼は自分の師である彩峰中将の言葉に従って国のために何かを成そうとした。

そして多分現在の彼もまた同じだろう…

彼は、いや彼ら烈士たちやこれからクーデターを起こすかも知れない者達は国を愛し過ぎたが故にクーデターという暴挙へと走ったのだろう。

ひた向きに国を愛したからこそ…だがそれは…

《あ~~わし知っとるで~“それは虚像との愛撫”とか言うんやろ~? 確かヨネザワはんが言うとったわな~~》

《ね~モロボシさん“巨象との愛撫”ってなんですか~?》

…巨象との愛撫? 何ですかその危険過ぎるプレイは? いくら君たちが頑丈でもフレームが歪んじゃうでしょ? 絶対にやっちゃダメですよ?

《ちぇ~~~》

《ケチやなあ~~~》

…はいはい、どうせケチですよ。 さて、沙霧君にはどんなメニューでおもてなしをしようかな?

 
 
閑話その6終り





[21206] 第1部 土管帝国の野望 第32話「沙霧尚哉と鋼の来訪者」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/04/18 17:09

第32話 「沙霧尚哉と鋼の来訪者」

【2001年3月8日 帝都・某寺院】

その日、沙霧尚哉は休暇を取って早朝からこの寺を訪ねていた。

自分に米国の謀略を教えクーデターの実行を示唆した男、鎧衣左近から会って欲しい男がいると連絡があったためである。

「…どんな人物なのでしょう? 諸星という人は」

「さて…会って見なければ判らんだろうな」

副官である駒木咲代子中尉の問いかけにそう答えながら、彼の思いは複雑に入り乱れていた。

(先日の御前会議にて事実上政威大将軍殿下の復権が決定したと聞いたが、もしも本当ならば素晴しいことだ。 殿下がこの国の腐った現状に風穴を開け、新しい風を吹き込んでくれるかもしれん…だがしかし、政府や議会、それに軍の統帥派が果してそれを受け入れるだろうか? 奴らは所詮今の自分たちを守るために国や民、そして明日に繋ぐべき多くの物を犠牲にして来た輩が多い。 それに榊総理…確かにあの男は国を守るのに懸命なのかもしれないが、殿下を蔑ろにし過ぎる…そして米国の機嫌を取るために彩峰閣下の名誉まで…もし反対意見が大勢を占めればあの男は再び殿下を蔑ろにするかも…その時私はどう動くべきか? いや、まだその時期ではないか…いずれにせよ米国の動向も見据えながら先を見極めねば…これから会う諸星という人物も今後のために見極めるべき人間の一人かも知れんな)

「大尉…」

「む…」

駒木中尉の声に我に返ると寺の本堂から眼鏡を掛けた男が一人、こちらに歩いて来るところだった。

「沙霧大尉と駒木中尉ですね、私は帝国斯衛軍大尉・諸星段といいます」

「!」「失礼しました!大尉!」

驚愕する沙霧と慌てて敬礼する駒木の二人に対して、モロボシは鷹揚に手を振って宥める。

「いえお二人とも気にしないで下さい。 私の身分…斯衛軍大尉というのは単に便宜上のものでしかないのですから」

「?」「はあ?」

「まあとにかく上がって下さい、朝餉の支度が出来てますので」

そう言ってモロボシは朝食の席に二人を案内するのだった…
 
 
 
 
朝餉の献立は白粥と蕗味噌であった。

その質素としか云い様のない食事を一口食べた沙霧尚哉の言葉は…

「美味い…今時なんと贅沢な…」というものだった。

「美味しい…こんな美味しいお粥なんて何年ぶりかしら?」

駒木咲代子もまた、その白粥の味に感動していた。

「あなた方で二人…いえ三人目ですかね、この粥を美味い、贅沢だと言ってくれたのは」

「む…それで一人目というのは誰なのです?」

モロボシが言ったその言葉に気になる物を感じた沙霧は、思わずそう問い掛けた。

「一人目は榊是親という人でしたね」

「な!」「え?」

「たとえ粥一杯といえど今の日本人はこんなにも美味なものを食べる事は許されない…我々のような人間でなければ…とね」

「ぬ…」「…」

「ささ、お二人とも冷めないうちにお召し上がりください」

何とも言い難い表情になった二人に対して、にっこりと笑ってモロボシはそう言うのだった。
 
 
 
 
「成程、では噂の通り乃中大将は謀反のかどで拘束を受けたという事か…」

「まあ表向きは病気療養のために退役という事で収まるでしょうが、彼の仕出かした事は既に帝国軍全てに伝わっていますから実質は終生座敷牢の中という事になるでしょうね」

「む…殿下の御温情は素晴しいものだが、しかし甘すぎるのではないか?」

食事の後で御前会議の内容と結果をモロボシから聞いた沙霧は、大逆の罪を犯した乃中大将への処分の軽さに懸念を示した。

もしも乃中への処分が死刑以下の場合、それを甘く見て再び愚かな企みを試みる人間が出ないとも限らない…沙霧はそれを心配したのである。

「それは覚悟の上だと殿下は言っておられました。 今は国の中で争う余裕などない、その事を政府と軍に言い聞かせるために死刑を避けてこの処分を決定したのでしょう…そして沙霧大尉、それは本土防衛軍に対してだけでなく貴方たちにも向けられたメッセージでもあるのですよ」

「! それはどういう意味だ?」

「…言葉通りの意味ですが、それが何か?」

「う……む…」

モロボシの言葉に思わず声と表情を固くする沙霧と駒木だったが、そんな空気を読みもしない風の惚けた顔と口調の前に言葉を失う沙霧だった。

その沙霧の表情を見ながら溜息をついた後、モロボシは本題を切り出した。
 
 
「そんなに許せませんか? 榊総理や政治家たちが」

「…あの男たちが何をして来たか貴様も知っているだろう! 確かに帝国の現状を考えれば止むを得ない事は判る! しかしそのために殿下を蔑ろにし、国民に困窮を強い、国家の守護者とも言うべき人の名誉まで貶めて米国にへつらうそのやり方は到底許せるものではない!」

「誰がやっても同じだと思いますがねこの現状では…いやむしろ榊総理だからこそこの程度で済んでいると言えるのではありませんか?」

「だがそれでは我々日本人の精神はどうなる? このままでは二度と自分の足で立ち上がることは出来なくなるぞ!」

「だからそれをあえて暴挙で糺す…ですか? それこそ今この時期に?」

「…いや、殿下が復権を果たされるのであれば我々が余計なことをすべきではないだろう。 だがしかし、果して榊が本当に殿下に大権返上を行うのかどうかまだわからん。 もしあの男がまたも米国に媚びて前言を翻すようであれば…」

「成程…実はその榊総理ですがね、どうやら親米派の抵抗が激しくて困っておいでのようですよ」

「やはりな、またもあの男は日和る気か!」

「だからと言って貴方たちに暴発して貰っても困るんですよ、それこそ米国の思惑通りに事が運んでしまいますからね」

「なに!?」「え?」

話を聞いて再び激昂する沙霧に対し、モロボシが放った言葉が二人を硬直させた。

「…それはどういう意味だ?」

声を低くして問いかける沙霧にモロボシは一通のファイルを渡し、その内容に目を通して行く沙霧の顔が次第に強張り始めた。

「こ…これは…ばかな! そんな筈はない!あの男がまさか…!!」

「どうされたのです!? 大尉?」

傍にいる駒木中尉の声さえ聞こえないかのように、沙霧尚哉はただ食い入るようにそのファイルを読んで行く。

その内容は彼の同志たちの中でも彼が信頼している人間の一人とその他数名が、家族の安泰やあるいは金と引き換えに米国の手先になっていることが記されていたのである。

同時にそれは沙霧たちが決起した時、その行動が米国によってコントロールされ彼らの意のままに利用される可能性を示していた。

…やがて全てを読み終えた彼は、モロボシの方を睨みつけるようにして聞いた。

「間違いはないのだな? この内容に」

「ええ…確かにその内容は事実ですが、しかしそこに書かれている人たちが全てでは無いでしょう…おそらくは」

「む…」

「沙霧大尉、そのファイルを見て判るように今この時点で貴方たちが動けば逆に殿下にとって不利な…いやそれどころか危険な状況すら発生しかねません。 どうかその事を考えに入れて行動して欲しいのですよ」

「……」「大尉…」

沈黙したまま自分の考えに沈む沙霧の頭の中にモロボシから与えられた御前会議と裏切り者の情報が重く圧し掛かっていた。

(どうする? 確かに御前会議の内容や殿下の御意志を考えれば我らの行動が結果として殿下を追い詰めることに…いや、この男のくれた情報が事実であれば殿下の御命までも危険にさらすことになりかねん。 だが榊たちをこのままにしておいていいのか? あの男は国の現状を保つことに固執するあまり日本人としての在り様まで捨てかねん…本当に殿下に大権の返上をする気があるのか? いや、もしあるとしても本当に問題なのは榊ではなく親米派…あの売国奴共だ! 奴らはこの国の主権を米国に売り渡すことで自分たちの未来を買おうとしているに違いない!! この男のくれたファイル…この中に書かれていた同志たちを米国が操り、おそらくは混乱の中で殿下の御命を奪って崩壊したこの国を米国を後盾にして支配する…それが奴らや米国の描く筋書きという事か…駄目だ!今はまだ耐えて状況を見極めなければならん! 帝国と殿下をお護りするためにも…)
 
 
「…確かに貴様の言う通り、今はまず自分自身を律すべき時だろうな」

長い沈黙の後、溜息を吐き出すように沙霧はそう言った。

その沙霧の様子にどこか安堵した表情の駒木中尉を横目で観察しながらモロボシは次の話を切り出した。

「沙霧大尉、余計なおせっかいかも知れませんがそのファイルに書かれている人たちの事はしばらく黙認されてはどうでしょう?」

「む、彼らを泳がせろと言うのか?」

「ええ…何故なら彼らの中には人質を取られた者もいるようですし、もしも殿下の復権が上手くいくようであればあなた方の決起も必要ではなくなるでしょうしね」

「成程、そうなれば脅される理由も消えるか…だがあの男は責任感の強い人間だ、もしも自分の裏切りが全くの無意味な行いだったとなればおそらく…」

「それは私や鎧衣課長が何とかします。 …確か彼も貴方と同じ彩峰中将の部下でしたよね?」

「うむ、共に死線をくぐり抜けた事が何度もあるし、閣下が最も可愛がっていた者達の一人だ…それがこんなことに…いや、それも米国の謀略故か!」

「…そういうことなら私としてもあの人の手前、助けない訳にはいかないですねえ」

「なに?」

「ああいえ、こちらの話でして…それより沙霧大尉、もう一つお話があります」

モロボシが何気なく呟いた言葉を沙霧は聞き咎めるが、モロボシはなんでもないように話を逸らした。

「もう一つ?」

「ええ、今までの話は事実上煌武院殿下の意志を貴方に伝えるためのものでした。 ですがここからは私の個人的なお願いになるのですが…」

「む…いいだろう、話だけは聞こう」

そしてモロボシが話始めたシナリオと依頼を聞いた沙霧尚哉は、次第にその顔を強張らせながらも最後まで聞き終えた後、モロボシに告げた。

「わかった、もしも貴様の話が事実になった時は協力しよう…この国と殿下のために」

「…それを聞いて安心しました、感謝します沙霧大尉」

「だが…一つだけ聞いていいか?」

礼を言うモロボシに沙霧は表情を改めて質問した。

「何でしょう?」

「貴様は何者だ? 何故彩峰閣下の部下に拘る?」

「……」

「貴様の先程からの話…殿下の意を受けて我らの説得を行っているというよりも亡き彩峰閣下の部下である私やあの男の行く末を案じての事…そんな気がしたが?」

「さて…」

「私は彩峰閣下の身近にいる事が多かったが、貴様の顔も名前も全く覚えが無い…貴様は何処であの方と知り合ったのだ?」

「………光州ですよ」

「な!」「え!?」

「彩峰中将が最後の出撃をする数日前のことですが、ある情報を持ってあの人のところへ行ったんですがね…」

その時、モロボシの言葉を聞いた沙霧の頭の中で光州作戦の後で流れたある噂が甦った。

「貴様…貴様が“光州の亡霊”か!」

「…そう呼ぶ人間もいますね」

「貴様…光州で彩峰閣下に何を吹き込んだ!?」

「情報を」

「情報!?」

「ええ、私があの時彩峰中将に伝えたのは“その時点では絶対に知り得ない筈の情報”でした」

「知り得ない筈の…情報だと?」

「そうです、そして彩峰中将はその情報を使って自分の不幸な運命を回避することも可能でした…しかしあの人はそれをせずに、自らを犠牲にして難民たちと国連軍司令部の双方を救う道を選んだのです。」

「閣下…」

(そうだ、そういう方なのだあの人は! 自分の損得など微塵も顧みず、より多くの人の命を救うために…彩峰閣下!)

「僭越なのは承知の上ですが、あの人が生きていればきっと貴方たちを止めたと思いましてね…それが理由でしょうかね」

「う…」

「まあ、時間はまだあります。 取りあえずは榊総理がどこまでやれるか見てみませんか?」

「……わかった、今はそうしよう」

「ではまたいずれ近いうちに連絡します」

「うむ…わかった」

その言葉とともに、沙霧尚哉とモロボシ・ダンの最初の対決は終了したのであった。
 
 
 
 
 
 
…疲れた…肩凝った…そして何より……怖かったよおおおお~~~~~~~~、まったくもう…

月詠ズといいあの沙霧大尉といい…なんの因果であんな怖い連中と立て続けに交渉しなけりゃならんのかねえ…

まあ今回は仕方がない…元を質せば私の中途半端な光州作戦への介入が招いた結果なのだ。

あの時、この世界に来たばかりだった私が未来情報だけでなんとか状況の改善を行えないかと彩峰中将に接触した結果があれだった。

実際にはそれほどの歴史の変化はなく、もしかしたら“おとぎばなし”以上に日本人の反米感情を強くしてしまったかもしれない。

(彩峰中将が命を捨てて国連軍(米軍)を助けたのに、大侵攻の最中に米国が日本から撤退したからなのだが)

結果的に彩峰中将の銃殺刑は無くなったが、その分沙霧たちは米国に対してより強い反感を抱くようになったかもしれない。

…それを考えると時々頭を抱えて暴れたくなるくらいに恥ずかしいのだ。

まったく、どこぞの赤い●星ではないが人間は自分自身の若さ故の過ちという物を認めたくはないものなのだろう。

さて問題は沙霧尚哉と烈士たちだが、今日の話で取りあえずは慎重な態度を取ってくれるだろう。

先生や殿下ではないのだからそう簡単に彼を説得出来るとは思っていないが、現状を正確に把握すれば馬鹿な真似をする事はない筈だ。

おそらく沙霧は同志たちの中で血気に逸る者や火を煽る連中を上手く抑えてくれるだろう…問題は彼らが振り上げかけた拳の行く先だが…
 
 
「考えごとかね?諸星課長?」

「うわっ…と、なんだ鎧衣課長ですか」

いやまったく心臓に悪い…いきなり顔を覗き込まないで下さいよ、まったくもう…

「ふむ、取りあえず今回の目的は果たせたようだが、何かまだ気になっているのかね?」

「いえ、今回はここまでで十分でしょう。 後は榊総理が親米派を抑えられるかどうかですが…」

「いやいや、それはおそらく大丈夫だろう。 君のくれた情報やあの人の手腕を持ってすれば出来ないことではない筈だ」

「そうですか、それなら一安心なのですがね」

「しかし君、そんなに呑気にしていていいのかね?」

「はい?」

あれ? 何か忘れてましたかね?

「今日、君の会社に例の猪川少佐が行く事になっている筈なのだが…知らなかったかね?」

…おい!?

「…聞いてませんが?」

「おや、そうだったかね? では急いで会社の方へ行くべきだろうねえ、今ならまだ出勤時間に間に合うだろうし…はっはっは」

…このタヌキが!わざとだな~~~! まあいい…その内に狸汁でも喰わせて共喰いの味を教えてやるからな!覚えてろ!!

「やれやれ、それじゃあ急いで会社に向かいますか。 課長、タクシーはありませんか?」

「ふむ、丁度1台寺の門前に停まっているからそれを使ってはどうかね?」

「成程…では遠慮なく」

…人使いの上手いタヌキだよ、まったく。
 
 
 
 
 
【松鯉商事・本社】

「おはようございま~~す」

「おお、おはよう諸星君」

おお、なんという重役出勤。 課長のクセに社長より後から出社とは…って、社長~~まだ8時20分ですよ?

「おはようございます社長。 …どうしたんですか?こんな朝早くから?」

「いやね、今日は例の猪川少佐という人が来られると聞いたので早めに来ておこうと思ってね」

「ああ…成程、実は私も今朝になってそのお話を鎧衣課長から伺ったもので」

「うん、私も夕べ聞いたばかりだけどね…まあ誰が来ても恥ずかしくないように整理整頓のチェックだけでもと思ってね」

さすが社長、自分の事を平気で小心者の小市民だと言うだけあってこういう時の気配りに抜かりは無いね。(褒め言葉ですよ?)

「それで何時頃にいらっしゃるんでしょうね? 歓迎の準備とか夜になったら料亭でおもてなしなども必要では?」

「うん、確かにねえ…なんといっても向こうは軍からの出向者になるんだし…」

「あまりご機嫌を…あれ?」

「…どうしたのかね? 諸星君?」

はて、この会社のビルの周りに潜んでいる各方面のスパイの皆さんの気配に変化が…最近になって国内外の各方面から、この中小商事を監視するために沢山の目に見えないお客さんたちがおいでになっていたのですが…何故か彼ら全員が動揺しているみたいな…はて?誰かこのビルに入って来たな。

一体誰だろう? 少なくとも我が社の社員ではなさそうだがこの階に用があるとすればおそらくこの誰かさんが…

「社長、どうやらおいでになったようですよ」

「おお、そうか…早かったね」

カッ、カッ、カッ、…とまるで機械のように規則正しい靴音が聞こえてくる。

これはかなりの堅物か難物かもしれないな…(まりもちゃんの話でもそんな雰囲気が伺えたし)

ドアの前で靴音がピタリと止まり、こん、こん、とこれまたおそろしく規則正しいリズムでノックされた。

「どうぞ、開いてますよ」

私がそう言うと「失礼する」という言葉とともにドアが開き、入って来たのは本当に鋼をイメージさせるような長身の逞しい軍人であった。

「自分は帝国陸軍情報部所属の猪川蔵臼少佐だ。 あなた方が封木社長と諸星課長か?」

その力強いバリトンの声を聞きながら私は思った。

…これは手強いぞ。

 
 
 
第33話に続く





[21206] 第1部 土管帝国の野望 第33話「魁(さきがけ)とⅩ塾」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/04/24 21:03
第33話 「魁(さきがけ)とⅩ塾」

【2001年3月10日 帝国軍・相馬原基地】

「諸星課…申し訳ありません諸星大尉、まもなく始まります」

「あ、そうですか。 ああそれと課長でいいですよ、篁中尉。 元から殿下の御用を勤める時だけの便宜的な身分なんだし」

「そういう訳にはいきません、それに今日のこれは殿下の御意志でもある訳ですから尚更です」

「…まったく、どうしてこうなったんだろう?」

「斯衛大尉の身分が御不満なのですか?」

「不満かどうか以前に…似合うと思いますか? この私に斯衛の身分が?」

「ええと…その…」

…やれやれ、正直な人だねえ(笑)
 
 
 
さて皆さん、私は今相馬原基地に来ています。

その理由はと言えば、本日この基地で大変重要なイベントがあるからなのですよ。

私が提供した技術を基に作られた新型の不知火がようやく完成、そのお披露目と同時に篁中尉や富永大尉たちによって完成された正式採用版の『X1』も同時に紹介され、この相馬原基地で試験運用が始まるのだ。

当然私もシステム開発の提唱者としてこの催しに招かれているのだが………やっぱり柄じゃないよなあ~~~斯衛の大尉だなんて。

「モロボシさん」

「利府陣君か、しばらくだったね。 ここの暮らしは慣れたかい?」

声をかけて来たのは鳴海君だ。

あの大侵攻の後もこの基地に留まって復旧作業やX1と吹雪・改の試験運用に取り組んでもらっていたのだが、どうやら元気にやってるようだねこの男も。

「ええ、吹雪・改の調整や試験で毎日夢中でしたけど、そのおかげでこの基地にも溶け込む事が出来ました」

「そりゃなにより…ところで“彼女たち”は?」

声を潜めて聞いたのは横浜の美しき戦乙女たちの事だ…彼の正体に気付いている人もいるしね。

「それですが…一旦は横浜に戻った彼女たちがまた昨日になってこの基地にやって来てるんですよ」

「ほほう、それはそれは…」

「御名瀬はあの事を黙ってくれてるみたいなんですけど、碓氷大尉と大咲の二人がどうもオレのことに関心を持ってるというか、素性を探ろうとしてるような…」

…ははあ、さては女狐様の御命令だな?

「…どうします?」

「まあ仕方がないだろうね。 バレないように上手くやりたまえ」

「そんな~~ばれたらどうするんですか~~~」

ヘタレ全開の情けない表情(多分)で鳴海君がそう言うが、こればかりはどうしようもない。

「君の魅力で三人ともメロメロにしちゃうってのは無理かな?」

「…オレを何だと思ってるんですか?」

恋愛原子核以外の何だというのかね? まあ、口に出しては言えないけど…

ジト目で睨む鳴海君を無視して明後日の方を見ると…おやおや。

「利府陣君、どうやら他にも面白い人たちがいるみたいだね?」

「え? ああ、あの人たちですか…彼女たちも今日からこの基地で試験運用に励むそうですよ」

「あの? 誰のことですか?」

それまで私と鳴海君の会話に加わらなかった篁中尉が聞いて来た。

「ああ、そう言えば篁中尉はあの大侵攻の時この基地にはいませんでしたね」

「はい、そうですが?」

「あの時、本土防衛軍から事実上の捨て駒として派遣された部隊があったんですが、その人たちも来てるんですよ」

そう、私たちの視線の先にいたのは先月の大侵攻の際、本土防衛軍が相馬原基地を切り捨てる言い訳として派遣された大咲美帆大尉とその部下たちだった。

本来ならば彼女たちがこの基地と運命を共にすることで“やれる事だけはやった”という政治的な言い訳をこしらえる筈が基地も彼女たちも生き残り、おまけにあの御前会議のせいで本土防衛軍内部は密かにお家騒動の真っ最中だそうな…

そんなこんなで腫れもの扱い的な立場になった彼女たちに丁度いい嵌めこみ口が用意されたという事なのかもしれないな。

「諸星課長、利府陣中尉、しばらくだったな」

向こうも気が付いて挨拶して来た…ああ、成程お目当ては鳴海君か。

「大咲大尉、今度は一緒に仕事ですね。 宜しくお願いします」

「ああ、今度はあんな無茶をしないようにしっかり鍛えてやろう」

「うわあ…それは…」

「はっはっは、まあ利府陣君には丁度いいかもね」

「モロボシさ~~ん…」

「こほん…諸星大尉、そろそろ行かないと問題ですよ? 主賓の一人なのですから」

「大尉!? って、その…おい、利府陣中尉どういう事だ?」

「ああ、それじゃこれで失礼します。 利府陣君、大咲大尉には君から説明して上げて」

「え?あのちょっと! モロボシさん!?」

後の事を鳴海君に押し付けて私はその場から逃げ出した。

…もうすぐお披露目式の始まりだ。
 
 
 
 
 
 
 
『わしが帝国斯衛軍大将、紅蓮醍三郎である!! …以上、終り!!!』

極めてシンプルで、同時にある意味これ以上は無いほど傍若無人な挨拶のお言葉(?)が終了した。

…噂には聞いていたがホントにこれだけかよ!?

初めてこれを体験する人は私と同様唖然としてるし、斯衛の衛士たちの殆んどは苦笑いを浮かべてるし…後、何故か年配の人の中には感動の涙を浮かべてる人もいるようだけど。

“ううっ、さすが紅蓮閣下…”とか“あの一言に全てが集約されている…”とか言ってるしね。

…よくわからんが突っ込んではいけない気がする。

まあ、巌谷中佐とか篁中尉は苦笑いしているからあれが普通の反応なのだろう。

紅蓮閣下のトンデモ挨拶が終わった後、いよいよこの相馬原基地で始まる『XOS試験運用計画』の内容が言い渡された。

この『XOS試験運用計画』は我々がアラスカのユーコン基地で行う『XOS計画』の国内版といった位置づけにある。
 
 
アラスカで行われる『XOS計画』の内容は我々が開発したXOS(『X1』と『X2』の両方)を各国から選抜された試験部隊に提供し、その運用実績とデータを参加国全てが共有するというものだ。

最初の内は我が国から派遣された試験運用部隊を中心になって各国の衛士と機体にXOSとその運用を教え込み、その後XOSの効用が認められればユーコン基地で開発を行っている各国の最新鋭機にも提供する。(当然、見返りとして運用データの一部も提供される)

機密情報に含まれる物もあるから全てのデータを共有…とはさすがにいかないだろうが、それでもこれによって得られる技術的経験値は膨大なものになるだろう。

またこの計画は各国の戦術機部隊がどのようにXOSを使うかのモデルケースとも言えるので、今後のⅩ1やX2の改良や実戦での戦術の参考情報としても大いに価値がある。

これらのことを弐型の開発と並行してアラスカで行うと同時に、この相馬原基地でもアラスカと同じ事を行うという訳だ。

もちろんこちらの方は帝国国内の軍隊…陸軍・海軍・本土防衛軍・斯衛軍に加えて国連軍横浜基地の各軍から派遣された部隊がこれにあたることになる。

今後の帝国軍全体への普及を前提にした計画でもあるから、各地の教導部隊からの派遣衛士が大多数らしい(特に富士教導隊からは大勢が来ているし、A-01も表向きは教導隊だ)

彼ら選抜衛士たちによって収集されたデータとアラスカの計画で得られるデータを合わせることで、今後の戦術機の設計開発から運用や整備、そして実戦での戦術や装備に至る様々なノウハウを得ることが出来る…それがこの『X塾』(命名、紅蓮醍三郎)の目的なのだ。
 
 
 
…などという話が形式張った台詞で淡々と説明されているんだよね、壇上で。

ちなみにこの『X塾』の責任者となるのは大田和夫少佐という技術士官で、あの富永大尉や高木中尉の先輩にあたる人物だそうだ。

大田少佐は巌谷中佐やあの大伴中佐も一目置く技術屋であり、その人望と人脈は実に幅広いものがあるらしい。

そして彼が選ばれたもう一つの理由は…これから紹介される物に関係しているのだ。
 
 
 
「…それでは諸君にお見せしよう、我が帝国軍が新たに開発した新型機『不知火・魁』を!!」

司会の言葉とともにベールが落とされ、我々が開発した新型機『不知火・魁』がその姿を見せた。

『不知火・魁』は不知火壱型丙を基本モデルにしてその機体構造材を撃流と同じ物に変更し、燃料電池の改良によって従来の問題点であった稼働時間を大幅に伸ばす事に成功した機体だ。

機体の軽量化と燃料電池の改良、この二つが実現したことで壱型丙の問題点はほぼ無くなったと言っても過言ではないだろう。

そしてこの不知火・魁には帝国軍の機体としては初めて『X2』の搭載が決定しているのだ。

香月博士の方でも『X2』用の半導体の量産がようやく目途が立ち始めたので、この新型機に搭載する分に関しては安定供給出来ると保障してくれたのだ。

そしてさらに、この不知火・魁を基にしてアラスカで不知火・弐型の開発も行う事になる。

もちろんその開発を行うのは篁中尉なのだが…本人は今一つ乗り気ではないようだ。

彼女はすでにロールアウト直後の試験運転でこの不知火・魁に搭乗している。

その時の手応えから最早これで十分だと思ったのだろうか、わざわざプロミネンス計画に参加して共同開発を行う必要があるとは思っていないらしい。(同じ感想を黒木中尉も漏らしていたしね)

そしてその意見はなにも彼女たちだけではない。

帝国軍の中にもこの不知火・魁の出来栄えを見て、“これで十分いける!弐型開発の必要などない!”という声が上がり始めているそうだ。

(もちろんその筆頭はあの大伴中佐殿だけどね)

だがしかし、この程度で満足するべきではないだろう。

人類の敵、BETAの脅威は容易な事では無くならないし、人間同士の争いもまたしかりだ。

それらの危険要素からこの国と第4計画を護るには、なんとしてもF-22を凌駕する戦術機が必要になる。

そのためにあえて未来の危険を承知で『XFJ計画』を推進したのだから(…いや決してスポンサーたちの脅しに屈した訳じゃないんだよ?ホントだよ?)

…まあ篁中尉の説得は後日にしよう、まだアラスカへ行くには日があるからね。

そんな事を考えている間に不知火・魁以外の機体の紹介も始まっていた。

まずはこの間からこの相馬原基地で試験運用を行ってきた『吹雪・改』、 この吹雪の改修機も不知火・魁と同様に撃流の機体技術を転用して作られたものだ。

この機体は不知火・弐型同様に撃震の代替機としての役割(軽量機による戦力の補完を想定)と将来の輸出を見据えた設計になっている。

このプランを私に吹き込んだスミヨシ君の意見だと今後の世界の戦術機需要はF-4系の代替が大きな問題になるので、それに対応した機体を作っておけば後で帝国の利益に繋がるというものだった。

まず前線国家にXOSを普及させ、それを最大限活用出来る安価な次世代機を供給することで戦術機の大口需要をゲットする…それが基本戦略という訳だ。

…まあ、上手くいったら御喝采というところかな?(これを推進するのはこの国と企業のお仕事だし、改修が完了した時点でもう私の手を離れているしね)
 
 
 
「そして最後にお見せするのが斯衛軍の最新鋭機の改修型、『武御雷・改型』です!」

…おっと、とうとう本日のサプライズがご登場だ。

これの登場を知らなかった皆さんがどよめいてますな…まあ無理もないだろう、武御雷は零式の名前の通り2000年に制式採用された機体…つまり生まれたての機種なのだ。

それが早くも改修となれば驚かないほうがおかしいだろうが、これには理由があるんだよ。

そもそも武御雷は斯衛軍専用機として開発されたことから様々な政治的都合に翻弄された機体だった。

帝室や将軍家、摂家の護衛が任務という斯衛軍の性質上、主に近接戦主体の機体になるのはある意味当然であったが、多目的ミサイルなどの長距離兵器を扱えない(機体改修で使用可能だが)などの戦術機としては歪な仕様でもあった。

これは政府や帝国軍の一部に斯衛を過剰に恐れる考えを持った勢力があり、それらによる圧力の産物でもあったらしい。(このご時世にアホなことをするものだ)

そしてもう一つの問題が過剰なまでに芸術的な外装と機種別の内装である。

確かに斯衛軍(ロイヤルガード)ともなればそれなりの見栄えや格付けは必要だろうが、武御雷の場合は明らかにやり過ぎだった。

いくらなんでも生産性を完全に無視した機体の形状を設定し、挙げ句斯衛軍のためだけに作られた機体をさらに色別(つまりは身分別)に仕様を変えるというのは武家のプライドや技術屋の趣味を満足させることは出来ても実際の戦争では効率を下げる無駄の塊でしかないのだ。

私はスミヨシ君たち支援者の力を借りてこの武御雷を今よりも生産性に優れ、尚且つ高性能な機体に改修するプランを殿下とメーカーに提出していた。

殿下としても武御雷の問題点は理解していたし、今後の事を考えればより高性能な機体をより多く揃えねばならない事もわかっておいでだった。

彼女の指示でメーカーや城内省の担当者たちが急遽この改修プランを検討するのと同時並行で私は外装部品などを試作して納入し、つい2日前に完成したばかりだった。

さすがにこれはまだ試験運用すら出来ない生まれたての赤ん坊だが、今日の式典でお披露目する事に意味があるのだよ。

何故なら今日のこの式典は帝国軍と斯衛軍、そして国連軍が共に足並みを揃えて今後の対BETA戦を戦う事をアピールするためのものだ。

そのために各方面の帝国軍や斯衛軍の代表者がいる場所で新たにコストの低下を図った武御雷・改型をお披露目し、これまで金食い虫だった斯衛専用機の在り方を改めることを表明したという訳だ。

この武御雷・改型は従来の過剰に芸術的だった形状をややシンプルな物にして機体の重量を10%程減量し、機体の強度を倍近くまで高めたのが特徴だ(もちろん多目的ミサイルの運用なども最初から可能な仕様にしてある)

即ちこの機体のコンセプトは『刀は見た目の美しさよりも切れ味、そしてそれ以上に折れないこと』である(モロボシ語録)

X2の採用でタダでさえ常識外れな斯衛軍衛士の戦術機動がさらにとんでもない事になるであろう事を見越して、まず頑丈な機体である事を最重点に置いた設計にしたのだというのがスミヨシ君や技術支援者たちの言葉でもあった。


斯衛軍内部では殿下の指示でこの機体は従来の黒と白の機体にとって替わることが内定しているが、山吹以上はさすがに摂家や名門武家の抵抗が激しくて未定のままだ。

もっともすぐに考えを改める事になるだろうね…なにせ雑兵(黒とか白)の乗ってる機体の方が殿様(赤とか青とか)の機体よりも実戦で役に立つのだから。

それを殿下が指摘した時の紅蓮大将や斑鳩少佐の何とも言えない苦笑いが印象的だったねえ…あの人たちも色々と複雑な悩みを抱えているのだろうがまったく身分という奴は…いやよそう、これは私が深入りする問題ではない。
 
 
 
 
さて、これで全ての機体のお披露目が終わった訳だ。

これらの機体の試験運用も先程の大田少佐によって、この相馬原基地で行われることになる。

アラスカと日本の二か所で行われる戦術機とOSの開発試験がこの国の未来と私の計画の双方の要となるだろう。

アラスカへ行くまでの予定も色々と詰っているが取りあえず…

「諸星課長、暇になったかね?」

そうだ、この人がいたんだっけ…

「何か御用ですか、猪川少佐?」

「ああ、暇なら少し話がある」

「そうですか…それではPXにでも行きませんか?」

「ふん…そうだな」

当然のことだが今日の催しには『XOS計画』の責任者であるこの猪川蔵臼少佐も招かれていらっしゃるのだが……そういえばまだこの人とは突っ込んだ話合いをしてなかったんだよね。

さてさて、この人には何を何処まで話したものか…
 
 
 
 
 
【相馬原基地・PX】

「…そんな訳であの吹雪・改をオレが操縦した感想を言えば機体が軽くなってパワーが上がった結果、とんでもなくピーキーな暴れ馬になってしまったというところですかね」

「ふうん、機体の軽量化の恩恵とは裏腹にそんな問題点がねえ」

式典が終了した後、孝之と大咲大尉はPXで話をしていた。

話題の中身は今回のお披露目にも出た孝之の機体、吹雪・改の性能や操縦性に関するものだが、衛士として先輩にあたる大咲(姉)のアドバイスを受けようと、孝之も真剣であった(ヘタレなりに)
 
 
「諸星さんの話だとあの武御雷・改型はその辺を考慮して軽量化より機体の強度を向上する事を第一にしたそうです。 もっとも斯衛軍はただでさえ動きが激しくなるX2の設定をいじって機体の制動より反応速度にシフトしたセッティングにしているそうですが…正気ですかね?」

「ああ、あの連中ならそうだろう。 もともと武御雷のセッティングは機体の安定より動作優先というのが斯衛の方針だそうだからな、それくらいはやるだろう」

「でも、あのOSの開発の時から関わってるオレですらX2の反応は異常に速く感じるんですよ? それをさらに過激にして…コケて事故でも起こさなきゃいいけど」

「まあ大丈夫だろう…もしそんな無様な真似をしたら“あの”紅蓮大将の鉄拳制裁が待っているのは確実だからな、意地でも暴れる機体を御して見せるだろうさ」

「成程、確かにあの人の制裁を受けるよりはマシか」

紅蓮邸に下宿していた時に毎朝毎晩繰り返された修練という名の拷問の数々を思いだして背筋を震わせる孝之だったが、ある意味もっと怖い何かが背後から近寄って来た。

「あ~れ~利府陣中尉じゃないの~~そんなところでウチのお姉となにしてんの~~~? 浮気すると純が泣いちゃうよお~~?」

「大咲中尉…お願いだから誤解を招くような言い方は止めてくれ」

「ふん…もしかして男日照りで頭がどうにかなったのか? このバカ妹は?」

「ぬ・あ・ん・で・す・っ・て・え~~~」

「…やめんか大咲」

「そうですよ、な…利府陣中尉も困ってるじゃないですか!」

その場に現れたのはA-01の碓氷大尉とその部下、大咲中尉と御名瀬中尉であった。

「…相変わらずウチのバカ妹が世話を焼かせているようだな、碓氷大尉?」

「うぐっ…お姉エ…」

容赦ない姉の一言に怨みがましい目を向ける大咲(妹)だが、さらに容赦のない台詞が上官の口から出て来た。

「いやそれほどでもない、最近では扱い方も解ってきたからな…爆発しそうなタイミングで男かBETAのどちらかをあてがえば問題はない」

「ああ成程…」

「納得してんじゃないわよお姉! 大尉も酷過ぎますよお~~~!!」

「「あ、あはははは………」」

姉と上官の両方に遊ばれている大咲中尉とその様子を乾いた笑い声を上げながら見守る孝之と御名瀬であったが、ふと孝之が気付くと御名瀬の指先が孝之の軍服の袖を掴んで潤んだ瞳を自分に向けているのであった。

(え?…御名瀬…中尉?)

(鳴海さん…私…)

その一途な瞳に思わず孝之がよろめきそうになった時、邪魔者兼救い主が声をかけてきた。

「ああ、利府陣君…丁度よかった、ちょっと付き合ってくれないか?」

「え? あ、はい諸星さん! すいません、ちょっと失礼します」

「あ…」

そのままモロボシたちの方へ走っていく孝之の後姿を切なそうに見つめる御名瀬だったが、大咲(妹)の一言で正気に返った。

「あちゃ~~惜しかったね~~純、あとひと押しだったのに」

「真帆!!」

「ふむ…確かに惜しかったな」

その碓氷の言葉に隠された意味を大咲(姉)が嗅ぎ取って言った。

「ほう…あの利府陣中尉を取り込むつもりか? 女狐殿は麗しき戦乙女だけでなく若い燕まで囲いたい訳か」

「いや~~お姉の毒牙にかかる前にあたしらで保護してあげようかな…ってだけなんだけどね」

妹の挑発を兼ねた誤魔化しを無視して大咲大尉は碓氷に言った。

「あの諸星課長…いや諸星斯衛軍大尉は只者じゃない、あのへらへらした外面の下にどんな本音と手札を隠し持っているかまるで見えん。 それにおそらく女狐殿なら気付いているだろうが、先月の大侵攻でのあの奇跡的な作戦と例の御前会議、それと今街中で流れているあの歌…私のカンが外れていなければそれらの背後にいるのはおそらく……」

そこで言葉を途切らせた大咲大尉はPXの片隅で何やら話し込む諸星たちの方を見た。

そしてA-01の三人もまた、彼と利府陣中尉の方を無言で見詰めるのだった。

「あの帝国軍の少佐殿…何処かで見たような」

そう呟いた碓氷大尉に大咲大尉が教える。

「あれは『鋼の蔵臼』だよ。 化け物同士で何を話しているのやら…」
 
 
 
…ふむ、なんだか鼻がムズムズするな。

誰かが噂でもしてるんだろうか…って、彼女たちだな。

私の事を何だと思っているのやら…自業自得とはいえ若い女の子たちに不審人物と目されるのは非常に悲しいものがあるな。

「…それで、この男が噂に聞いた利府陣中尉か?」

胡散臭げな顔で鳴海君を見ていた猪川少佐がそう聞いて来た。

「ええ、そうです。 利府陣君、こちらは帝国陸軍の猪川蔵臼少佐殿だ」

「はっ! 自分は帝国軍技術廠所属の利府陣徹中尉であります」

「うむ、楽にしてよろしい。 さて諸星大尉、単刀直入に聞くが何故オレを選んだ?」

「…と、おっしゃいますと?」

「惚けるな、俺が帝国軍の中で何と呼ばれているか知っているだろう」

「そうですな…猪川蔵臼少佐、別名を『鋼の蔵臼』あるいは『芋蔵臼』 大陸派遣軍の衛士としてユーラシア各地の戦場を渡り歩き、多くの戦功を上げるが同時に問題行動の多さでも勇名を馳せた男…その後ある事件をきっかけに諜報活動の才能を認められて陸軍情報部に異動、情報将校として多くの実績を上げるがここでも任務の成功と引き換えに大惨…いや騒動を連発する。  だがそれでも情報部を追い出されないのはどんな困難な状況や危険地帯からでも任務を遂行して生還するその能力が他に代え難いからでもある。  …私があなたについて聞いたのはその程度ですが?」

「ほー、そうかね。 それで、そんな男を何故選んだのかね?」

「選んだのは私ではなくて鎧衣課長なんですがね、まあ理由はあなたが“そんな男”だからですよ」

「ほほう、それはつまりオレの行く先に危険な状況が待っている可能性を予期……いや、確信しているということだな?」

「…おや、何故私が危険を“確信”していると?」

「鏡を見てみろ、自分の顔にそう書いてあるだろうが」

「はて? ちゃんと消しゴムで消しておいた筈ですがね?」

「ふん…タヌキが」

…なるほど、噂以上の切れ者だな。 (だがタヌキという評価は心外だ!私は断じてあの鎧衣課長の同類ではない!)

「まあ、結論から言えばその通りです。 現在アラスカのユーコン基地で行われている『プロミネンス計画』は世界各国の協力の下で戦術機の改良に努めているものですが、それを自国の国益にのみ利用しようとする者や計画自体が自国の世界戦略にとって障害になると考える連中によって様々な介入や妨害を受けているようなのですよ」

「ほー、それで?」

「そんなところへ我々の『XOS計画』が加わるわけですが、これの与える恩恵はすでに貴方もよく御存じでしょう?」

「確かにあのOSをアラスカに持ち込めばあの基地にいる連中全ての目の色が変わるだろうな…色々な意味で」

「その通りです。 おそらく大半の国は歓迎してくれるでしょうが、自国の軍事力…特に戦術機が世界一でなければ我慢出来ない幾つかの国はこれを自分たちだけで独占するか、そうでなければプロミネンス計画諸共葬り去ろうと考えるかも知れません」

「確かにあのヤンキーや白クマどもはそう考えるだろうが、直接自分たちで手を下す訳にはいくまい? あそこは国連軍施設だぞ?」

「ええ、だから何らかの名目と表向きは合法的な手段を用いてプロミネンス計画を中断させるか、それがダメなら自分たちの手を汚さずに実行可能な非合法的手段に訴えるか…そのどちらかでしょうね」

「ふん、それで? このオレをXOS計画の責任者にすることでそれらの妨害から計画を護らせようという訳か?」

「そうです、そしてついでに『XFJ計画』もね」

「…それは何故だ?」

「XFJ計画の担当者に内定している篁中尉はまだ若いですが優秀な開発衛士であり、真面目で誠実な軍人です。 ですがあのアラスカの謀略の渦の中を一人で潜り抜けるのはまだ若い彼女にはあまりにも酷でしょうな」

「ふん…なるほどな」

「アラスカでは複数の国家、複数の勢力、複数の思惑、そして複数の謀略と、もしかしたらテロ行為までもが絡み合い交錯することが予想されます。 その絡み合った糸を解きほぐし、二つの計画を護り抜くためには諜報活動と実戦の双方をこなせるエキスパートが必要だと判断したのですよ…猪川少佐、あなたのようなね」

「…それで、貴様はどうする気だ諸星大尉? オレと篁中尉にアラスカの仕事を任せて自分は帝都でデスクワークかね?」

「出来ればそうしたいのは山々ですが、ここまでお膳立てをしておいて私だけアラスカへ行かない訳にはいかんでしょうなあ…それにそのためにあなたの部下の皆さんの力をお借りしている訳ですし」

…そう、先日から我が松鯉商事には彼の部下が約10名程出向してきているのだ。

元々弱小商社に過ぎない我が社が分不相応な大仕事に手を出した結果、その膨大な仕事量に社員の数と能力が追いつかなくなっていて、有能な人手を必要としていたのだ。

その問題とXOS計画推進の双方を解決出来る都合のいい人材を鎧衣課長におねがいしたら、彼とその部下たちを送り込んでくれたという訳だが…思えば我ながら随分と無茶な要求をしたものだ。

「それにあなたが来て以来、我が社の周りに巣食っていたネズミたちがすっかり怯えてますからねえ…私も安心してアラスカへ出張出来るというものですよ」

「ふん、確かに中小商社を監視するにはいささか過ぎた数のネズミがいたな」

…その過ぎた数のネズミたち全員が目の前のこの男の姿を見ただけでガタガタ怯えて自分たちの“上”に指示を仰ぐ様は、ただ見ている分には哀れにすら思えたけどね。

(え?何故そんな事がわかるのかって? もちろん彼らの事をこちらが逆に監視していたからに決まってるじゃないか…私のメガネとタチコマくんの能力を使ってね)

CIA、KGB、MI6、その他諸々の各国諜報機関と本土防衛軍や城内省、国家公安局、内調、憲兵特務隊、等々…国内の情報関連組織の皆様までもが揃ってこの男一人を恐れるとは思わなかった。

…一体この人過去に何をやらかしたんだ?

「まあ、私はアラスカと帝都を行ったり来たりの繰り返しになるでしょうが、あなたと篁中尉には向こうに腰を据えて頑張ってもらうことになるでしょう」

「いいだろう、だがそういう事なら彼女や巌谷中佐とは顔繋ぎ程度の事はしておくべきだろうな?」

「はい、それは私の方からお願いしようと思ってました。 近日中に二つの計画の責任者同士で一席設けたいと思っていましたので」

「わかった、ならそちらに任せる」

…なんとか話はついたな。

さて、それでは篁中尉をやる気にさせる趣向を考えますか。

ついでにこの少佐殿の喜びそうなメニューもね…
 
 
 
第34話に続く
 
 
 
 
【おまけ】

「ね~お姉、ひょっとしてあの利府陣中尉の事もう食べちゃった?」

「…とうとう痛んだ頭が腐り始めたか我が愚かな妹よ、医務室はあっちだぞ…精神科医が必要なら私が紹介してやってもいいが?」

「ふ~ん、つまりまだ意地を張って手を出してはいない…と、よかったね~~純、まだ彼氏はフリーだよ~~」

「もう! 真帆ったら!やめてちょうだい!」

「ああ、御名瀬中尉だったな…このバカが手に負えなくなったら遠慮なく言ってくれ、すぐにでも私が回収して精神科に放り込むから」

「いや、大咲大尉…その心配は無用だ。 なにせ我が連隊にはこの大咲中尉と同レベルの猛獣がもう一頭いるからな…いざとなればそいつと共食いさせれば済むことだ」

「大尉~~いくらなんでもあの速瀬と同レベルに見るのだけは止めてくださいい~~~」

「真帆…速瀬中尉も同じ事を言ってたんだけど…」

「なんですってえ~~~!! あの女!BETA以下の知能しかないくせに~~~!!」

「成程…これが同族嫌悪というやつか」

「うおねぇ~~~~~!!!よくも言ったわねえ~~!!!」(以下ドタバタ)





[21206] 第1部 土管帝国の野望 第34話「タジン鍋の説得術」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/05/10 20:35
第34話 「タジン鍋の説得術」

【2001年3月15日 帝国軍技術廠・戦術機シミュレーターデッキ】

篁唯依の目の前に幻想的な光景が広がっていた。

ハイヴの横抗…BETAによって作り出された巨大なトンネルの内部、そこは不思議な青白い燐光を放つ神秘的にすら感じる世界である。

その中を彼女の搭乗する『不知火・魁』が凄まじい速さで疾駆していく。

(なんという反応の良さだ。 この軽さ、この手応え…確かに軽くし過ぎたが故の問題点はあるが、そんな物はいくらでも修正可能な…いや、そもそもこの程度の問題は衛士の力量でなんとでもなる筈だ。 この『不知火・魁』が量産の暁には佐渡島をあの忌まわしき異星起源種共から奪い返す事も夢ではない! これなら何もわざわざアラスカまで行って屈辱的な共同開発など行わなくとも……)

そこまで考えてから唯依は、ふっと首を振って自分を戒める。

(まったく、なにを考えているのだ私は! いかにシミュレーター上とはいえ今は戦闘中だぞ!)

即座に心を切り替えた彼女はやがて目の前に現れるであろうBETAを討つために心を研ぎ澄ませるのだった。

『小隊各機へこちらホワイトファング0、前方10時・距離約4000よりBETA群が接近中。 その数およそ500』

CPより敵の接近が伝えられると唯依の心は完全に戦闘用に切り替わる。

「ホワイトファング1了解、これより敵を迎撃する……各機、陣形は現在のままでいい。 電磁投射砲を使用する!」

『『『『了解!!!!』』』』

迫りくるBETAに備えて唯依たちは試作36mm電磁投射砲を起動させる。

(…起動させるまでの僅かな待ち時間がこの電磁投射砲の問題点か。 バッテリーの持続時間を稼ぐためにも常時起動させている訳にはいかないが、やはり実戦では不安材料となるな)

起動までのタイムラグを計りながら実戦時における問題点を見出し、唯依は心の中でメモを取った。

やがて数百体のBETAの群れが射程距離の範囲内に突入した時、唯依の合図とともに三丁の電磁投射砲が咆哮を上げてほぼ一瞬にして異星起源種の群れを消滅させたのだった。

(やったな…だがこの程度の事は当然の事。 以前の120mm砲に比べやや小型化され、威力も抑え気味になったとはいえこれもれっきとしたレールガンだ。 小型化と銃身の材質の改良や電池の出力がどの程度の物なのかさらに試してみなくては)

そして唯依は心を緩めることなく更なる奥へとハイヴの中を進み始めた。
 
 
 
 
 
【帝国軍技術廠・小会議室】

「ヴォルークデータで小隊が中階層手前まで侵攻するとは……」

「不知火・魁と改良型電磁投射砲の威力はまさに絶大だな……」

篁唯依とその部隊が改良型電磁投射砲を装備したという設定で、ヴォルークデータに小隊規模で挑むその様子を数人の男たちが見守っていた。

「素晴しいではないか、これなら何もわざわざアラスカまで行って共同開発などする必要はあるまい?」

観戦していた者の一人、大伴忠範中佐の声がひと際大きくその場に響いた。

「またその話か、大伴」

「共同開発の必要性はすでに先日ご説明したと思いますが?」

「それはこの『不知火・魁』がロールアウトする以前の話だろう? これほどの性能を示す機体をわざわざ米国に情報を盗まれる愚を犯してまで国外に持ち出す理由があるのかね?」

うんざりしたような巌谷中佐と諸星課長の言葉に対し大伴中佐は冷然とした声で反論するが、諸星の返答はそれ以上に冷たかった。

「ええ、この程度では問題外ですのでね」

「なに!?」

「大伴中佐、不知火・弐型はあなたの言うその米国とBETAの双方からこの国を護るための機体なのです。 そのためにはまだまだ上を目指す必要があると考えます」

「……随分と図に乗っているようだな諸星課長? 一体何様のつもりだ貴様は!?」

不機嫌を通り越して怒りを露わにした大伴を巌谷の声が制した。

「大伴中佐、忘れたのかね? 現在の彼はただの商社の課長ではない、殿下直属の斯衛軍大尉だという事を」

「ぐ……」

その言葉に大伴中佐のみならず周囲にいた帝国軍技術廠の高官たちまでもが複雑な表情で沈黙する。

帝国斯衛軍大尉・諸星段  その名前はここ10日余りの間に帝国軍内部の事情通たちに急速に知れ渡っていた。

XOSの開発担当者にして新たな戦術機機体技術の提供者、そして斯衛軍にXOSの上位バージョンである『X2』を納入した男。

その功績を政威大将軍に認められ民間人からいきなり斯衛軍大尉に任命された成功者……

そして彼の役職は事実上煌武院悠陽直属の相談役というものであったために、その存在は殊更注目の的であった。

先日の帝都城御前会議においても何らかの裏方を務めたというのがもっぱらの噂であり、彼を成り上がり者として嫌う者たちも迂闊にそれを表には出せない空気があった。
 
 
 
 
「失礼します!」

大伴中佐たちが不機嫌な表情で立ち去ったのと入れ替わるように、強化服を着たままの唯依が入って来た。

「篁中尉、御苦労さまでした」

「おお唯依ちゃん、中々の結果だったな」

「おじ…中佐!それは止めてください!」

「ははは…まあいいじゃないですか篁中尉、それよりどうでした? 不知火・魁と新型電磁投射砲の使い勝手は?」

「はい、実に素晴しいと思います。 出来たばかりでやや問題に思える点もありますが、今後の改良や調整で十分解決可能と思われます」

「問題点は魁の機体が軽すぎて跳躍ユニットのパワーに振り回される事と、電磁投射砲の起動にかかるタイムラグと出力不足の件ですか?」

「! はい、確かにその3点が最も気になった問題点ですが……すでにお気づきでしたか」

「ええ、機体の軽さ故の問題点は吹雪・改でも利府陣君が指摘してくれましたし、電磁投射砲に関しては設計段階で予測していましたので現在改良案を煮詰めています」

「なに?」「! もうすでに…ですか?」

「梅雨時までには問題点を洗い出して試作を完了して、秋頃には実戦投入が可能な試作品を一定数揃えることが出来るようにするつもりですが?」

「「…………」」

事もなげにそう言うモロボシの顔を巌谷と唯依は理解不可能な生物でも見るような目を向けるのだった。

「しかし、大丈夫かね? 確かに君の提供してくれた素材技術を使えば横浜から例の物質を使用したフレームや電池を使用せずに済むが……」

巌谷の言う通りモロボシの提供した技術により横浜からの(G元素を使用した)部品提供がなくとも電磁投射砲の試作は可能になったが、その性能や信頼性はまだ未知数と言っても過言ではなかった。

それだけに僅か半年足らずのスケジュールで実戦に投入出来る試作品が本当に出来るのかという疑問がどうしても出てしまうのである。
(これまでの技術廠での電磁投射砲に関する試行錯誤と部品関連での様々な悪戦苦闘を考えればある意味当然ではあったのだが)

そんな巌谷と唯依を安心させるようにモロボシはこう言った。

「心配いりません、部品の強度に関しては問題がないと保障します。 それと起動時のタイムラグと出力の向上も必ず解決が可能ですから」

「出力の向上が…本当ですか!?」

唯依が驚くのも無理はなかっただろう。

従来の試作型電磁投射砲は横浜基地から提供された特殊な電池を用いなければ到底実用レベルの出力を得る事が出来ないのであった。

そこへモロボシがフレームや砲身の改良(G元素に頼らない方法による)と共に新たなタイプの空気電池を提供し、やや出力に不足感はあるものの36mmであれば問題なく使えるという事が立証されたばかりであったのだ。

もしそれが解決可能であれば、本来の開発目標である120mm砲の方も横浜に頼らずに完成出来るかもしれない……米国や横浜に対して強い不信感を抱く唯依たち帝国軍の開発者にとっては福音にさえ聞こえるモロボシの話であった。
 
 
だが次にモロボシが口にした台詞で唯依の表情が強張った。

「さて、それではこれで弐型開発への土台は整ったと言えるでしょうね」

「!! それは…」

「おや? どうしましたか篁中尉?」

「…ッ、何でもありません」

「…そうですか、それでは今夜一席設けておりますので巌谷中佐と共にお越し下さい」

「あ…いえ、自分は御遠慮させて頂きます」

「まあそう言わずに付き合ってくれ唯依ちゃん、なにせ今日の席は『XFJ計画』と『XOS計画』の責任者同士の顔合わせも兼ねているんだからな」

「…わかりました、お供させて頂きます」

「うむ、頼むよ」

「ではまた夜にお願いします、篁中尉」

「はっ、それではこれで失礼させて頂きます」

そう言って唯依が出ていった後、部屋に残った巌谷と諸星は何とも言い難い顔を見合わせ、揃って大きな溜息をついた。

「なかなか…上手くはいかないものですね、人の心という物は」

「そうだな、だがこの程度で怯んではおれん。 この計画を梃子にして帝国軍内部の意識変革を行わなければ…帝国に未来はない」

「巌谷中佐、あなたのお考えは私の最終目標とも合致します。 ですから私なりに可能な限りのお手伝いをさせて頂くつもりでいます」

「うむ、宜しく頼む」

「それでは今夜7時に深川の『小鉄』でお待ちしています」

そう言って諸星が出て行った後、一人残った巌谷は心の中でこう言った。

(最終目標…か、一体それはどんな目標で貴様はこの帝国を何処へ導こうとしているのだ?諸星大尉……いや、それは榊総理や紅蓮大将が考えるべき事だ。 オレの仕事はあの男のもたらす技術を利用してXFJ計画を成功へと導く事だ)
 
 
 
 
う~ん……やはり篁中尉の反応は芳しいものではないな。

だが無理もないのかも知れないな…“おとぎばなし”の外伝にある弐型開発の経緯と違って今回の共同開発はその必要性が彼女には見えにくいのだろう。

それというのもこの私が提供した技術によって作られた『不知火・魁』にその原因がある訳だが…

あの機体の基本となった不知火壱型・丙は機体出力の増加によって稼働時間が大幅に減小するという問題点を抱えていた。

そしてそれを解決するための独自OSが機体の操作性を悪化させ、その結果欠陥機の烙印を押されてしまったのだ。

黒木中尉や一部の腕利き衛士からはその性能が高く評価されたが、やはり稼働時間の短さというのは戦術機のような兵器にとっては致命的な欠陥とみなされるようだ。

ちなみに第二次世界大戦中に多くのゼロ戦に乗ったあるエースパイロットが、“戦闘機の性能でどれを最も重視するかと言われればやはり稼働時間の長さだろう”という言葉を後世において述懐しているそうだ。

それが真実か否かはともかく、戦場で長時間戦える機体でなければやはり実戦では問題になることは間違いない。

我々が開発した不知火・魁はその機体の軽さとバッテリーの改良等によって、跳躍ユニットの燃費と主脚走行等の稼働時間を大幅に改善した機体である。

だがしかし、この機体には問題点もまた存在している。

それは機体が軽くなり過ぎて機動がピーキーになってしまった事(例えば大出力の跳躍ユニットが軽すぎる機体を振り回し気味になること)であったり、アビオニクス関連はまだ旧式のままであったりする事だ。

篁中尉は斯衛軍出身という事もあってかこの操作性の問題は必ずしも致命的ではないと思っている部分があるようだが、帝国軍衛士の全てが彼女や月詠中尉、そしてあの沙霧大尉のような達人揃いという訳ではない筈だ。

そもそも兵器という物はそれを扱う兵士たちの水準のボトムラインを基本に定めるべき物だろう(達人や上級者にしか扱えない道具では困るのだ)

操作上の難点を自分の未熟と捉える篁中尉らしい考え方だが、兵器の開発者としてはいささか問題ではなかろうか。

いずれにせよこの機体はまだ未熟な部分を多く残しているし、ボーニング社とハイネマン氏の力がなければそれらを解決することも難しいという事だ。
(本当は電子装備に関してはこちらで解決してもいいのだが、それをやってしまうと共同開発の意味が本当に薄れてしまう上に私や巌谷中佐の目論見も頓挫してしまいかねないのでね)

問題解決のためには『XFJ計画』を上手く軌道に乗せなくてはいけないし、そのためには篁中尉をなんとかやる気にさせないと……“おとぎばなし”の外伝における彼女はやはり共同開発に対する自分の感情を抑えようとするあまり機械的になっていた部分が多いと私には思える。

だから彼女のその気持ちをどうにかする事も『XFJ計画』の進行を助けてくれる要因だと私は考えているんだけどね。

さて、そのためにはやはりアレを使うのが一番か……
 
 
 
 
 
 
【PM 7:00 深川・小料理屋 『小鉄』】

「さて皆様、本日はこの私の設けました宴席においで下さいまして誠にありがとうございます」

本日の宴会幹事であるモロボシの言葉にその場の全員が軽く会釈する。

この宴席に集まった面子は、モロボシの他に利府陣中尉(孝之)と巌谷中佐、それに篁中尉に猪川少佐に『X塾』の大田少佐、それに何故か(?)鎧衣課長までもが同席していた。

「本日ここにお招きした皆さんはアラスカで行われる『XOS計画』と『XFJ計画』を推進するための中心的役割を負って頂く方たちであります。 今後の計画の円滑な推進を期して、どうか本日は心往くまでお楽しみ下さい。 不肖モロボシ、出来得る限りのおもてなしをさせて頂きます」

モロボシの挨拶が終わると、その場の大半の気持ちを代表して巌谷が質問した。

「諸星課長…いや諸星大尉、お招きに預っておいて何だが……これは何かね?」

彼が“これ”と言ったのは各自の御膳の上に置かれた不思議な土鍋(?)であった。

土鍋というよりは厚めの深皿の上にとんがり帽子のような蓋をのせた物……というように巌谷や唯依には見えた。

それがコンロの上に乗っているのだからおそらくは土鍋なのであろうが、一体これは何なのか?

湧き出る不安と好奇心からそう尋ねずにはいられないのであった。

「ほほう…これはモロッコのタジン鍋ではありませんかな?」

「確かにな、昔一度見た記憶がある。 あの地方の料理を作る時の鍋だ」

「タジン鍋?」

「…なんですかそれは?」

「おや、さすがに鎧衣課長と猪川少佐は海外経験が豊富なだけあって御存じですか」

楽しそうな顔でそう言ったモロボシはこの鍋に関する説明を始めた。

「鎧衣課長や猪川少佐が仰る通り、この鍋はモロッコのタジン鍋を我が国の陶工にお願いして作ってもらった物なのです。 彼の国では水が少なく、それ故に食材の含む水分を最大限に生かす調理法が生み出されてこのタジン鍋が誕生したのだとか…」

「確かにそうだが…オレが向こうにいた時に振る舞われた料理は一種のカレー料理だったが、これもそうなのか?」

その猪川少佐の問いにモロボシは、にやりと笑ってこう言った。

「さて、それは鍋の料理が食べ頃になってからのお楽しみですよ」
 
 
 
 
 
「ほう…これはまたいい味の里芋だな」

「本当に…中に素直なダシの味がしみて、それでいて芋の風味が少しも損なわれないなんて」

うむうむ、さすがに『芋蔵臼』と呼ばれるだけあって猪川少佐にはこの里芋の煮付けは絶品と感じられるようですな。

創業から千年近くにもなると言われる名店『一升庵』の自慢料理をこの店で再現してもらったがどうやら皆さんに好評を頂けたようで何よりです。

タジン鍋は弱火でゆっくりと煮るものだからこれを食べるのは後回しだしね…それに他の料理も楽しんでもらわないと。

さてもう一人、本日初顔合わせのこの人にも御挨拶を……

「さあ大田少佐殿、まずは一献どうぞ」

「おう、ありがとよ、お前さんが諸星大尉か。 富永と高木の野郎どもから話は聞いてたが会うのは今日が初めてだな、オレが大田だ」

「いや~本当はもっと早く御挨拶すべきだったんですが、なにせここのところとんでもなく多忙だったものですから今日まで伸びてしまいまして…誠に申し訳ありません」

「くっくっくっ、そうらしいなあ…聞いたところじゃお前さんアラスカやら横浜やらで随分とヤンチャしまくってるそうじゃねえか」

…おいおい、ヤンチャってのは何だよ? 第一誰がそんなけしからん噂を……って、あんただな鎧衣課長! そこで知らん顔して刺身食ってんじゃねえよ!!

「はっはっは…いけませんあ~少佐殿、どこでそのような怪しげな噂をお耳に入れられたか知りませんが、どこぞのタヌキにでも化かされたのではありませんか?」

“どわははは……”

…おお、見事受けましたな。

その場のほぼ全員が大爆笑してくれました(ちなみに篁中尉は必死に笑うのを堪えていた)

おや、どうしました鎧衣課長? そんな拗ねた顔をして……いい気味だ。

「まあヤンチャ云々を言うのであれば、むしろ貴方にお任せする機体とOSの方がはるかにヤンチャ坊主だと思うのですがね」

私がそう言うと大田少佐はニイッと笑って頷いた。

「確かにな、あの機体とOSは確かに凄いがそれだけにとんでもねえ暴れ馬になりかねん。 お陰でウチの山中と佐々木が毎日言い争いばかりしててな……」

はて? それは何故に?

「あの二人か…相変わらずアンタの下でいがみ合ってるのか」

「おや、巌谷中佐はそのお二人を御存じなので?」

「うむ、山中は大田の一番弟子と言っていい男で特に主機の調整を手掛ける事が多いし、佐々木は大田の同期で機体の空力関係を主にやってる奴だ。 この二人がまあとにかく仲が悪くてなあ…」

「ほほう…そうなんですか」

「特に今お前さんの言ったヤンチャな機体の出力と空力関係をどうするかで頭を悩ませてるんだが、3機ともかなり空力面での改善が必要だろうな。 もっとも佐々木のヤツは『オレに任せりゃフルパワーで安定飛行だぜ』とか言ってるがね」

「まあ斯衛の機体はともかくとして、吹雪・改の方は利府陣君をこき使ってやって下さい。 彼はX1の方も扱い慣れてますから」

「おう、そういやその『X1』だが富永の野郎から聞いたかい?」

「いえ? 何でしょう?」

「オレも今日聞いたばかりだがな、X1にX2と同じ先行入力機能を加える事が出来るようになったそうだ」

「え! 本当ですか!?」

「富永大尉が!?」

「おお、そう言えば諸星大尉や唯依ちゃんにはまだ言ってなかったな」

…聞いてませんな、確かに。

「巌谷中佐、本当にX1で先行入力が可能になるのですか?」

「ああ、ユニットの基盤をもう少しいじってメモリ容量を増やせばさほど難しくはないそうだ。 まあX2には全般的に及ばず物足りないだろうが、X1をマスターすればX2を扱うのにさほど苦労はしない程度のものにはなったと富永は言っていたな」

「いいですなそれは、それならアラスカでも大いに活躍してくれるでしょう」

「成程、それでは改めてアラスカに行く前にXOSの扱いに習熟しておかなければならんな」

「うむ、猪川少佐がその辺に困らんように我々も協力させて頂くつもりだ」

「ええ、特に少佐殿には二つの計画が円滑に進むように色々とやって頂かなければならないでしょうから」

「ほお?そう言えばどうしてこの計画に『鋼の蔵臼』を引きこんだんだ? お前さんとそこの鎧狸は」

「はっはっは、鎧狸はひどいですなあ~大田少佐殿」

「いやいや、それはピッタリな呼び名…という話は後回しにしてですな、この猪川少佐に無理を言って『XOS計画』の担当について頂いたのには理由があります」

…そこで私は先日猪川少佐に話した内容をこの場の人達にも説明した。
 
 
 
いやあ…巌谷中佐も大田少佐もやや顔を強張らせておられますし篁中尉は…何やら必死にこらえているようですな……おそらくは不満を。

「篁中尉、そんな顔をしてないで言いたい事は言った方がいいですよ?」

私がそう言うと彼女は顔を上げてこちらを睨んだ…ちょっと怖いな。

「諸星大尉、何故そこまでわかっていながらアラスカでの計画に拘るのですか貴方は?」

「…そうだな、おい巌谷よ、おめえも何でそんな所へ可愛い唯依ちゃんを行かせようとしてるんだ?」

「……」

おやおや、巌谷中佐はだんまりですか…いや、ひょっとしたらアラスカの状況を甘く見ていたのかも知れないなこの人は。

まあ、だからこそユーコン基地へ唯依ちゃん一人で行かせたのかも知れないが……さて、それでは説明するのは私の仕事かな?

「大田少佐、何故そんな所へ行くのかと聞かれればそれは“そんな所だからこそだ”と答えるしかありませんな」

「なに?」「え?」

さて、一席ぶちますか。

「すでに御存じの通り現在世界の対BETA戦略は大きく二つの方針に分類されます。 まず一つは米国が主張する核やG弾の使用を前提とした戦略方針、そしてもう一つが帝国やヨーロッパ諸国が取っている戦術機を前面に出す事を前提とした通常戦力による戦略方針です。 そしてアラスカのユーコン基地で行われているプロミネンス計画は後者の象徴とすら言える計画でもあります」

さすがに皆さんこの程度はすでに理解済みのようで黙って聞いてますか…それでは続けましょう。

「私が二つの計画をプロミネンス計画と融合させようと考えたのはそれにより米国による新たな戦術機開発への妨害圧力を跳ね返し、彼の国が再びG弾の使用に出ないような状況を作り出す事……それが1つ目の目的です」

「ふむ、それで2つ目は?」

…と鎧狸が、じゃなくて鎧衣課長が聞いてくるが、まあ急かしなさんな御老人(かな?)


「2つ目は人類全体の対BETA戦における戦力の向上です。 かつて米国が第三世代戦術機を選定するにあたってYF-23ではなくF-22の方を選びましたが、彼の国がF-22の方を選んだ理由は対BETA戦以上に対人類戦を重視した結果と言えるでしょう。  米国としては自国が開発した戦術機が世界に広まりそれが新たな紛争の道具になった場合に備えての事でしょうが、はっきり言って人類全体が追い詰められているこの状況で対BETA戦よりも人間同士の殺し合いに重点を置いて戦術機の採用を判断するなど阿呆の極みと言うべきでしょう。  そして米国はこのF-22をもってプロミネンス計画の戦術機を圧倒し計画そのものを無効にしようとしているようですが、それでは戦術機という“人類の剣”の進化(対BETA戦用の)が遅れ、相対的に人類全体の対BETA戦力の減少にも繋がりかねません。  だからこそ我々の計画をプロミネンス計画に加えることで戦術機の進化を促し、人類全体の戦力の向上につなげたいのですよ」

 
「……」

「むう…」

「成程なあ…」

「ほー、そんな事をな…」

「ふむ…」
 
 
皆さん、なかなか微妙な反応ですな…無理もないか、あまりにも大風呂敷に思えるだろうし。
 
 
「諸星大尉、貴方の仰る事はわかります…しかしそのために我が国の戦術機開発計画を危うくするような真似をしてまで行う必要があるのでしょうか?」

篁中尉がそう言って来た……まあ彼女の立場からすれば当然の意見だな。

「必要は…あるんですよ篁中尉」

「え!?」

「帝国や帝国軍にとってもこの計画に参加する十分な価値や必要性があるのですよ……が、それは目の前の鍋に聞いてみませんか? 皆さん」

「は?」「む?」「なに?」「ほー?」「ふむ?」

いやいや、皆さん目を丸くしておられますが…さて頃もよし、タジン鍋の蓋を開けますか。
 
 
 
 
 
 
「ふうむ…これはなんと野菜と魚介の鍋料理のようですなあ」

鎧衣左近が鍋の中を見てそう感想を漏らした。

「ふうん…それじゃあ一口頂くか」

「ふん、そうだな」

そう言って鍋の中で煮えた魚や野菜に箸を伸ばした彼らはその料理の味に驚いた。

「むう…」「ほう、こりゃ美味い」「確かに和食の鍋の味だが…ふむ?」

唯依もまた、その鍋料理の意外な美味さに内心で驚いていた。

(美味しい…何故この奇妙な鍋がこれほどまでに美味い料理を……そうか、わかった!秘密はこのとんがり帽子のような蓋にあるのだ! この穴のない高いテントのような蓋が鍋の中の僅かな水分を蒸気として循環させることで味の揮発を防ぎ、この濃厚でいながら澄んだ味を出しているのか…おそらくこの鍋には酒以外の水気は食材の中にしかなかったのだろう。  成程…これはある意味我が国の鍋料理とは真逆の考えに基づくものだ、水のない国なればこその鍋…それを和食に使うとはなんとも驚くべき発想だが…一体これが先程の話とどう繋がるのだろう?)

「いかがですか篁中尉、その鍋料理の味は?」

「あ、はいとても美味しい料理だと思いますが…その」

「これにどのような意味があるのか…ですか?」

自分の胸中を言い当てるようなモロボシのその言葉に唯依は無言で頷いたが、続いて彼が言った言葉に唯依の目は点になった。

「似ていると思いませんか? 戦術機に」

「はい?」

(似ている? この鍋が? 戦術機に???????????)

「篁中尉は戦術機の歴史を御存じですよね?」

「はい、それが?」

「かつて最初の戦術機が開発された時、期待されたのはBETAを引き付ける囮としての役割だけでした。  ですがその後ユーラシアの戦いで実績を重ねるうちに、単なる囮ではなくBETAを屠る為の手段“人類の剣”としての役割を求められるようになり、やがて米国だけでなく世界各国で開発や運用が行われて現在の戦術機になったのです」

(確かにそうだが…しかし、それとこれとがどう結びつくというのだ?)

「篁中尉…もし、もしもこの戦術機を米国のみが開発・運用していたら果して戦術機は現在のような使われ方をしていたでしょうか?」

「! それは…」

「戦術機が現在のような進化と発展を遂げたのは多くの国や人がそれに関わり、様々な可能性を試したからに他ならない…私はそう考えています」

「………」

「一つの国の中でのみその開発や運用を行っているとやがてその進化が一本道に絞られ、何時かは袋小路に嵌り込む…それはなにも戦術機開発だけではない、国や人の思想もまた同じではないでしょうか?」

「!」

「だからこそ、より優れた戦術機を生み出すためにアラスカで開発を行う必要があると思うのですよ。 単に機体の性能の向上のみならず、その運用方法も新たな可能性を見いだせるかもしれない…日本の中だけでは見えない何かをね」

(…そうか、だから諸星大尉はこのタジン鍋をこの場に持ち込んだのか。 今までの固定観念に囚われずに新しい可能性を手に入れる事が我が国の戦術機開発に寄与するのだと私に教えるために)

「ほお~成程なあ~……確かにそうすることで新しい目が開かれるか。 それでおめえは唯依ちゃんをアラスカまでやろうと考えた訳だな? え?巌谷よ」

「さて、何のことだかな?」

「え…それは?……」

いきなりの大田少佐の言葉に戸惑う唯依だったが彼の言葉と今の諸星の話を合わせて考えた時、彼女は巌谷の真意に気付いた。

(…そうか、叔父様は私にそのための機会をくれたのか! この弐型開発を経験することでより広い見識と発想を得る事が出来るようにと……私は、私はそんなことにすら気付かずに叔父様や諸星大尉に対する不満ばかりを……なんという未熟!!)

自分の至らなさに顔を上げられない唯依の様子に、周りのオヤジ共はどうしたものかといった表情を互いに見合わせていた。

その雰囲気を壊したのは鎧衣課長の一言であった。

「…ところで諸星大尉、この鍋はただこの場のためだけにわざわざ用意したのかね?」

「ははは…いいえ、それは元々この店に贈るつもりで用意した物なんですよ」

「ほう?」

「実はこのタジン鍋で和食に新しいスタイルを作り出す事が出来ないかと思いましてね…それで今後この『小鉄』で色々と試させてもらうつもりなんですよ」

「ふうん…それはまた…」

「あ、お酒が切れそうですね…ちょっと失礼します」
 
 
そう言ってモロボシが出て行った後、その場にいた全員が何とも言い難い顔を見合わせた。

「…とんでもない男だな巌谷よ」

「…うむ」

「鎧課長、あれはもう正気か狂気か確かめるまでもないぞ」

「ほう?」

「アレは本気だ……つまりは正気ではないという事だ」

「ふむ、なるほど…」
 
 
 
 
 
 
【小鉄・厨房】

「霧島さん、お陰様で大成功です。 無理を言って申し訳ありませんせした」

「いえいえ、こちらこそ新しい料理のレシピやこの鍋まで提供して頂いて本当に感謝しております」

「ああ、そう言って貰えるとありがたいです。 もし気に入ってもらえたならこの鍋で新しい料理に挑戦してみて下さい」

「はい、是非そうさせて頂きます」

いやよかったよかった…これで何とか唯依ちゃんも前向きになってくれるだろう。

それとタジン鍋をこの店に卸せたのは大きいな…今後はこの店で様々な料理を試しながら私個人の趣味…いやもとい、この国に新しい食文化を形作るという目的のために頑張るとするか。

だがこの程度はまだ序の口だ。

いずれはもっと大きな文化的事業も起こしたいと思うのだが…仕事が優先だな。

さて、本日の締めの料理だが…

「霧島さん、とろろの方は大丈夫ですか?」

「ええ、言われた通り山芋もアワビもちゃんと準備が出来てますよ」

「それじゃ、頃合いになったらお願いしますね」

酒の後の締めの料理はアワビと山芋のとろろ飯だ。

この味が堪らないんだよねえ~~~

さてこれでお膳立ては整ったか…後は榊総理の腕次第だな。

…陣中見舞いでも持って行こうかな?
 
 
 
第35話に続く







[21206] 第1部 土管帝国の野望 第35話「交錯する思惑の狭間で」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/05/02 20:25
第35話 「交錯する思惑の狭間で」

【2001年3月18日AM 10:30 永田町・与党本部 幹事長室】

部屋の中に脂ぎった男たちの怒号が飛び交っていた。

「話にならん!!」「榊さんは一体何を血迷っているんだ!?」「何が悪いというのだ!? そもそも貴様らが…」「日米を完全に決裂させる気か!?」「とっくの昔にそうなっておるだろうが!」「大体今の時代に政威大将軍が権威を振るうなど…」「だが今の軍の体たらくではこの事態はどうにもなるまい?」「この事態?このレポートとやらか!?」「こんな胡散臭い物を信じるのか!?」「どうせ女狐のはったりだろうが!」「…そう言えと米国が囁いたのかね?」「何だと!!」「貴様!我々が苦渋の思いで彼の国とつなぎを取っているのがわからんか?」「…どうせいざという時は優先的に彼の国の市民となれるのだろう?貴様らは?」「なにい…」
 
 
飽きることなく罵声の交換を続ける男たちとは裏腹にこの部屋の主である与党幹事長ともう一人の男だけは無言のままその目の前の馬鹿騒ぎを見物していた。

「幹事長!あんたはどうする気なんだ!? このまま榊さんのやる事を黙認する気か?」

「…だとしたら、どうするね?」

「な!」「え!?」「それは…」

日頃から親米派と繋がりが強いと言われる幹事長のまさかの一言でその場にいた与党議員たちの内、親米派議員の数人が凍りついた。

「幹事長!あんた米国と本気で決裂する気かね!?」

「このまま総理の言う事を聞いていたら確実にそうなるんですよ!?」

声を荒げる親米派議員たちに対して幹事長は至極穏やかな口調で返答する。

「米国と決裂すると君たちはそう言うが、本当に向こうはそう言っているのかね?」

「当然でしょう!」「我々も関係筋からはっきりとそう聞かされています!」

「ほほう…そうなのかね? 古泉さん?」

それまで黙っていたもう一人の男、古泉議員は幹事長に名指しされて初めて口を開いた。

「さて…寡聞にして初耳ですな」

「なあ!?」「古泉さん…」「一体どういうつもりだ!」

「どうもこうも…一体いつコルトレーン大統領がそんな事を言ったのかね諸君?」

「う…」「いや…それは…」「……」

「少なくとも私が聞いた範囲では、大統領は今回の件で我が国に対して敵対的な行動や制裁手段をとる意志がないという事だったがね」

「それは本当ですか古泉さん?」

「ああ、それにこのM-78ファイルと香月博士のレポートの内容に関しても大統領はほぼ信頼しているそうだ」

その古泉の言葉に部屋の中が静まり返った。

出来るなら彼らは信じたくはなかった……G弾の使用がもたらす地球規模の被害も、そして地中深くを侵攻してくる巨大なBETAの存在も。

それ故に特に親米派議員は米国側の友人たちから聞かされた話を鵜呑みにして、これらの資料を単に“女狐のハッタリ”だと決めつけていたのである。

「過酷な現実から目を背けたくなるのは人の常だがね、我々は国政を預かる身だ…目と耳を塞いで部屋の中に閉じこもっている訳にもいかんだろう」

「古泉さんの言う通りだ。 いずれにせよ本土防衛軍の上層部があの体たらくでは話にならん、ここは総理の判断を信じるしかあるまいよ」

幹事長のその言葉に反論する者は誰もいなかった。
 
 
 
 
「…どう見るね? 連中を?」

一人だけ残っていた古泉に幹事長はそう尋ねた。

「連中とは? 今しがた出て行った操り人形たちのことかね?それともワシントンにいる人形遣いたちの方かね?」

「人形遣いの本音はわかっている。 問題はあの親米派という名のお人形さんたちが今後も操り人形を続けるのか、それとも糸が切れた木偶人形になるのか…」

「私としては前者であって欲しいがね」

「ほう、何故だ?」

「操り人形なら人形遣いの思惑と手元が見えていれば問題はない、しかし糸の切れた木偶人形は風向き次第で無意味に動き回る可能性があるからな」

「ふむ…」

古泉のその言葉に幹事長は溜息をつくように唸った。

「まあ親米派でも物が見える連中にはそれなりに話をしておいた。 後はあんたと総理の仕事だな」

「それで? 親米派の中で見どころのある連中を引き抜いてアンタは何をする気だ?」

「榊総理に彼なりの理想の国家像があるように、私にも私の理想とする国の姿がある。 今後は彼らと共にそれを追求するもの悪くはないと思っている」

そう言って出て行く古泉の後姿を見送りながら幹事長は心の中で唸っていた。

(無能な売国奴よりも彼の方がはるかに手強いだろうな。 将来敵にならなければいいんだが…)
 
 
 
 
【AM 11:00 本土防衛軍本部】

「どうやら決着がついたか」

「はっ! 乃中大将の取り巻きはその殆んどが依願退職や各方面への配置移転を受け入れました」

「それでいい、あの連中にはそろそろいなくなって貰いたかったしな」

部下の報告を聞いた本土防衛軍大将・大北藤治はそう言ってかつての同盟者たちを斬り捨てた。

「ですが…今回の件で地方や前線に配置される人員、特に衛士たちの閨閥からはかなり恨まれることになるかと思われますが?」

「べつに構わんさ、こうなったのはとどのつまり政威大将軍殿下の御意志だからな。 怨みごとは彼女に言って貰おうじゃないか」

「! はっ!」

(閨閥絡みの坊ちゃん嬢ちゃんたちが何人か前線で死ねば自分の立場がどれ程ややこしいか少しは自覚するだろうさ、あの小娘も…それよりも例の男、諸星だったか…この男をどうするかだな)

本土防衛軍内部の権力闘争劇は乃中大将たち古参の排斥という形で終結し、大北ら統帥派や志田たちのような民主派(シビリアンコントロール尊重派)たちの大勢に影響はなく、将道派が大きく勢力を伸ばす結果となった。

本来なら古参派と歩調を合わせてきた大北たち統帥派も排斥の対象となる筈だったが、彼らは自分たちの派閥を守るため民主派や将道派らと歩調を合わせて古参派の排斥に動き、それを代価として自分たちの地位を保ったのである。

当然、古参派や将道派からはその変わり身の早さに怨みの声や軽蔑のまなざしが向けられたが大北たちは平然とそれを無視した。

そして大北は調査の結果辿りついた一人の男…帝国斯衛軍大尉・諸星段について考えを巡らせ始めた。

(この男があの御前会議の影の立役者であれば今の内に消えて貰う必要があるが…さて、国内でそれをやるよりもむしろ国外で事故死でもしてもらった方が有難いかな?)

大北は近い将来の障害物をどう消すかに考えを集中させて行くのだった。
 
 
 
 
 
【AM 12:00 帝国軍相馬原基地・PX】

「で、どんな具合だ『吹雪・改』の調子は?」

「そうですね…以前に比べてかなり安定してきましたね。 あの佐々木中尉の調整がかなり効いているみたいです」

「ほお~あのひょうきんなオヤジがねえ…」

「ええ、あんな惚けた人ですけど機体の空力関係では誰よりも頼りになるそうですね」

「ふうん、流石はあの大田少佐殿の部下というところか」

「あ~いたいた…お姉~、利府陣中尉~」

「あ…」「やれやれ…」

食事を共にしながらX1の習得法や吹雪・改の調整について語り合っていた大咲大尉と孝之の前に能天気な声で大咲(妹)と御名瀬、碓氷らがやって来た。

「あれ?どしたのお姉? そんな苦虫潰したみたいな顔して…ああ、もしかして利府陣中尉を口説いてる最中だったとか?」

「…よくわかったな」

「え゛?」「!あの…」「ほほう?」「大咲大尉!?」

姉をからかおうとした妹の発言を大咲大尉自身が肯定したことで、孝之もA-01のメンバーも固まってしまった。

「…正確には男やBETA前にすると見境なく襲いかかる凶暴な我が妹から身を守る方法を伝授していたと言うべきだろうがな」

「…お~ね~え~!!!!」

「ふむ、それは確かに今のうちに覚えて貰った方がいいかもな…」

「大尉~~~それは酷いです~~~(泣)」

「もう…真帆ったら」

「あ…あはははは…」

何時もながらの姉妹漫才に乾いた笑い声を上げる孝之だったが、そんな彼にふと表情を改めて大咲大尉が質問した。

「時に利府陣中尉、貴様の上にいるあの男…諸星大尉だったか、今度アラスカへ行くそうだが?」

「はい、そう聞いてますけど?」

「貴様は一緒には行かんのか?」

「!あ…」「お姉!?」「…」

その言葉に一瞬動揺を見せるA-01の三人だったが、彼女はそれに気付かない振りをする。

「…いえ、諸星さんはオレに来いとは言っていませんでした。 向こうの仕事は向こうの開発衛士に任せると」

「そうか…という事だそうだ、よかったな御名瀬中尉?」

そう言って大咲大尉は純の方を見てニヤッと笑うのだった。

「え? いえ、あの…その…ええと…失礼します!!」

いきなり自分に水を向けられて焦った純は言葉に詰まった挙げ句、その場から逃げ出してしまった。

「え…あ、御名瀬中尉…」

「行ってやれ利府陣中尉」

「え?」

「女狐殿の思惑はともかく…あの子は本気だぞ?」

「……」

「気持ちに応えるかどうかはともかく慰めるくらいはしてやれ」

「失礼します!」

大咲大尉の言葉を聞いた孝之は慌てて敬礼をしてからPXを出ていった。
 
 
…そして後に残ったのは姉妹喧嘩の火種であった。

「あ~あ、やせ我慢しちゃってお姉ったら…」

「…ナニカイッタカ? バカイモウト?」

「あ~ら、何でもございませんわ。 ほほほほほ…」

「ククククク…シニタイヨウダナ、ワガイモウトヨ…」

「さ~て、死ぬのはどっちかなあ~~~」

(やれやれ…)

間もなく始まるであろうPX崩壊の危機を背後に感じながら碓氷大尉は御名瀬と利府陣が出て行った方を見ながら考えていた。

(…やはりどこかで見ているな、あの利府陣中尉を私は…それにあの御名瀬の様子…本気なのはわかるがそれだけではないな? 何を知って…いや、何を隠しているのだ?御名瀬?)
 
 
 
 
 
【PM 1:30 国連軍横浜基地・B19F】

「あ~ら、コウモリさんじゃないの。 こんな昼間から何の用かしら?」

「はっはっは…実は本日は例の試作品が完成した事を報告しに参りました」

夜行性の動物が何故昼間に活動しているのか? という意味の嫌味を込めた夕呼の台詞を軽く流してコウモリ男ならぬモロボシがそう答えた。

「へえ? 本当に出来たんだ、OHTキャノンの改良が」

「はい、一度バラしてからこの基地に搬入しますのであと2,3日お待ち下さい」

「ふ~ん、まあいいわ……それよりアンタ随分と余計なことしてくれたじゃない?」

「はて? 一体何のことでしょう?」

まりもをアラスカまでレンタルする条件として引き受けたOHTキャノンの改良試作品(20発程度までならOK)が完成した報告をするモロボシだったが、いきなり夕呼に言いがかりを付けられてさすがに当惑するのであった。

「惚けんじゃないわよ! アンタでしょ! あの電磁投射砲の改良をやったのは!!」

「あー、アレの事でしたか」

「…アンタねえ~~~~」

「いやいや香月博士、どの道あの電磁投射砲は量産出来ない代物でしょう?」

「…何故そう言い切れるのよ?」

「そりゃあ決まっています……G元素ですよ」

「……」

モロボシのその一言に夕呼は沈黙した。

試製99型電磁投射砲はXG-70の装備として夕呼が開発していた物が帝国軍に提供され試験運用されていた兵器であるが、その部品の多くはG元素がなければ強度や性能を保持出来ないという代物であった。

そしてその事が99型量産への決定的な壁となって立ちはだかっていたのである。

「あの99型はあなたが管理するG元素がなければ砲身も電池も作る事は出来ない…そしてG元素の量には限りがあり、そうホイホイと使用する訳にはいかない…いえ、そもそも国連が管理している希少物質を第4計画に関する実験という名目以外では貴方といえども勝手に帝国に卸す訳にはいかない筈ですが?」

つまりはG元素の使用を前提とした99型の量産はあり得ない…それがモロボシの指摘であった。

ついでに補足するならばモロボシの提供した技術であれば帝国軍は早期に電磁投射砲の量産を行う事が出来るため、夕呼の力はこれ以上必要ないとの声まで上がっていたのである。

「…お陰でこっちは大損じゃない! 99型の部品を一定数提供することで帝国軍から色々と引き出せた筈なのに、それが全部おじゃんよ!」

「いやあ~~それは困った事になりましたなあ~~~」

(殺してやろうかしらこの男…)

のほほんとした顔で惚ける男に夕呼は一瞬本気で殺意を覚えた。

「いやいや香月博士、そんな怖い顔は止めて下さい…せっかくの美貌がだいなしですよ?」

「誰のせいかしらねえ~~~~コウモリさん?」

「まあそれはともかく…いかがでしょう香月博士、このへんで帝国軍と新たな共同開発計画を立ち上げて見ては?」

「あら、どんな共同開発計画かしら?」

「ML機関搭載兵器ですよ」

「!!…本気で言ってるの?」

あまりにも大胆な提案にさすがの夕呼も一瞬固まったが、モロボシは平然と話を続ける。

「もちろん本気ですよ。 以前に申し上げた我々独自の改良プランに基づきまして完成させる予定のML機関にあなたが提供するG元素を使用して試験運用を行います」

「ふうん、それで?」

「もちろんその成果としてのデータは全てそちらへ提供します。 それを使ってあなたもXG-70のより良い改修が行える筈では?」

「G元素の提供と引き換えにねえ…まあ悪い取引じゃあないわねえ~」

「それにその制御技術の肝の一つがあなたの開発したXOS用のCPUであるとしたら…どうでしょう?」

「あら、いくらアレが高性能でもML機関を制御するまでは不可能よ?」

「御心配なく、そこを我々の技術がサポートしますので」

「ふうん? まあいいわ、とりあえずその話にのってみましょうか…でももし下手な結果に終わった時は…覚悟してもらうわよ?」

そう言って怖い笑みを浮かべる夕呼にさすがのモロボシも後ずさりするのだった。

「だ、大丈夫ですよ香月博士…我々の技術を信頼して下さい」

「ふん、まあいいわ今日のところはこれで勘弁してあげる」

「そうですか、それじゃあ私はこの辺で失礼…ああ、もう一つだけ言い忘れてました」

「あらなあに?」

「ウチの利府陣君ですが、スカウトするのはもうしばらく待ってもらえませんか?」

「へえ? もうしばらく…ねえ?」

「はい、もうしばらくです」

モロボシのその言葉を夕呼は頭の中で吟味する。

(もうしばらく…ねえ? つまりはいずれは向こうからこっちに来るってことかしら? 碓氷もあの利府陣に会ったことがあるような気がするって言ってたけど…本当は誰なのかしらねえ?)

僅かな思考時間の後で夕呼はモロボシにこう告げた。

「…いいわ、それじゃあもう少しの間待って上げる。 でもその内に話してもらうわよ、あの利府陣徹という男の正体を」

「承知しました、それではこれで失礼します」

そう言ってモロボシが出て行った後、夕呼は隣の部屋にいた少女を呼んだ。
 
 
「…どうだったの?」

「…見た目は子供、頭脳は大人、迷宮なしの名推理…です」

「………それで?」

「…真実はいつも一つ…だそうです」

「………勘弁してよ、もう」
 
 
 
 
【PM 7:00 帝都城】

「御疲れ様でございました殿下」

「そなたたちこそ今日も大義でした」

多忙な一日の仕事を終えた悠陽はようやく一息つこうとしていた。

「…駒太郎はどうしましたか?」

「はて、そう言えば見かけませぬが…」

「また何処ぞへ一人でうろついているのでしょうか…少し心配ですね」

今ではすっかり自分の愛玩犬(?)となった駒太郎(チビコマ1号)の事を気にかける悠陽に付き人の月詠真耶が表情を改めて諫言する。

「…殿下、あまりあのカラクリ人形を信用されるのは如何かと思いますが」

「真耶さんは心配性ですね。 大丈夫ですよ、駒太郎は我が忠実な家臣です」

「いえ、そうではなくあのカラクリの背後にいる男でございます」

「諸星のことですか…」

「あの男は3年前の光州作戦に関与したにも関わらずその後は表立っては何もせず、帝国の最も苦しい時期を無為に過ごして来ております…果して何処まで殿下や帝国に対して忠義を尽くすものか疑わしゅうございます」

「その事ですが、どうやら光州で萩閣を救助した後であの者なりに色々と思うところがあったようですね…いずれにせよ事実上こちらが一方的に施しを受けている立場なのですからあまり身勝手な事も言えないでしょう」

「はっ…ですが…」

《殿下~~~》

なおも言い募ろうとした真耶と悠陽の前にいきなり駒太郎が現れた。

「まあ駒太郎、何処へ行っていたのですか…心配するではありませんか」

《すみませ~ん、ちょっと『ミニコマ』の試験運転をしていたものですから~~》

「なに、“みにこま”だと?」

「…それはどんな物なのですか駒太郎?」

《え~とですね、『ミニコマ』はボクのミニチュア型の端末ロボットです~~ これを使って色々な場所に潜入したり調査したりする事が可能になります~~ あ、ちなみにこれがその一つです~~》

そう言って駒太郎が見せたのはタチコマにそっくりな手のひらサイズの多脚型ロボットであった。

「まあ、これはまるでそなたの子供のように見えますね駒太郎」

《えへへ~~~》

「その一つ…という事は他にもあるのか?」

《はい~~今のところ全部で100体ほどですが~~》

「なっ!」

「まあ…随分と子だくさんですね」

《これからのお仕事のためにはもっと沢山増やさないといけないんですけど~~》

「まあ…餌代は大丈夫でしょうか?」

「殿下!御冗談はおやめ下さい」

《大丈夫です~~ ミニコマにメビウスは搭載されていませんけど、大容量のバッテリーとソーラー発電システムが内蔵されていますから~~》

「そうなのですか…それでその者達を使って何をするつもりなのですか?」

「…不埒な真似は許さんぞ」

《はい~~ それなんですけど~~ このお城の中と連絡を取って悪だくみをしている人たちの事を調べようと思うんですけど~~》

「出来るのか?」

《はい、もちろんです~~》

「危険な事はなりませんよ? 何かわかったらすぐに知らせると約束出来ますね?駒太郎」

《は~い》

素直に元気よく返事する駒太郎に悠陽もまた素直な笑顔で応えるのであった。
 
 
 
 
 
【PM 8:00 五摂家・崇宰邸奥座敷】

その場所では三人の老人が密談していた。

「…ほう、それでは榊めは上手く与党内を取りまとめるのに成功したと言う訳ですか」

「そのようだな、あの古泉が手を貸したのには驚いたがな」

「されば…いよいよ将軍家の復権が果されますな」

「左様、後は帝の御認可を受けるのみ…」

そこまで話した所で言葉を途切れさせた男は、僅かの逡巡の後で続きを言う。

「…なればもうあの煌武院の娘に用はございませんな?」

「一條殿…」

その言葉に顔をしかめるのはこの屋敷の当主、崇宰尚通(たかつかさ なおみち)であるが、そこにもう一人の男の声がかかる。

「左様…今こそ摂家の在り様を古の正しき姿形に戻すべきでありましょう」

「二條殿まで…そのように言われてもこの尚通には如何ともできませんぞ」

困惑する崇宰家の当主に対して二人の男…一條家と二條家の当主達はさらに言い募った。

「そのような弱気でなんとしますか、すでに京の都を放棄する際に我らとあの小娘との間は決定的なまでの溝が出来ておるのですぞ!」

「それに此度の件、おそらくは我らとあの乃中との繋がりも知られておりましょうな…あの煌武院の娘に」

「う…む…」

「引き返す道は既に無い…そうは思いませぬか? 崇宰殿?」

そこまで言われてようやく崇宰尚通も自分たちの立場に危惧を抱き、肝心な人物の事を口に出す。

「…それで、九條殿は何と?」

「……」「……」

その尚通の質問に相手は二人ともに沈黙し、それが答えとなった。

(やはりか…あのお方は実質我ら五摂家の長でありながら相も変わらず日和見な…それが原因で摂家の入れ替えなどを望む輩が我が許に押し掛けた挙げ句にこのようなことに…だがそれこそ今更五摂家の陣容を古の昔に戻すなど出来る筈がない。 我々にしてもそんな事は無意味とわかっているのにどうしてこの者たちはそれがわからんのだ! どうすればいい…たとえ我が自業自得とはいえ自分の不始末でこの崇宰家を滅ぼす訳にはいかん! なんとかせねば…この亡者たちにこれ以上巻き込まれる訳にはいかんのだ…)
 
 
…近代国家としての日本帝国が成立する以前に五摂家の一翼であった一條家と二條家、その復権を望む当主たちと崇宰家当主との密談は果てしなく昏い迷路の中をさまよい続けていた。
 
 
 
 
 
 
【PM 9:00 銀座・高級クラブ『月華』】

「…それで、これからどうするというのですか古泉先生?」

その場に集まった者達の不安を代表するかのように、一人の男が古泉議員に尋ねた。

「どうもせんよ…今はただ時を待つだけだ」

「!」「いや、しかし…」「このままでは…」

古泉のその言葉にその場の人間たちは口々に不安と不満を述べ始めた。

だが古泉は彼らに対して厳しい顔で言い諭した。

「今ここで我々が騒いで何になるのかね? 今回の一件はそもそも政府と軍部が永年に渡って放置してきたこの国の安全保障政策の欠陥が露呈して、それでもなお本質的な問題解決を成せなかった全ての人間に責任があるのだ…将軍家の復権に不安を覚える者もいるだろうが、そんなことよりも我々にはもっと先を見据えた判断と行動が必要になるだろう」

「しかし古泉先生、将軍家や近衛が我々に対して過去の怨みから報復に出ないとは…」

親米派議員の一人がそう言うと身に覚えのある数人が不安そうに身じろぎした。

「それはない、もしそうなら本土防衛軍からもっと多くの謀反人が摘発されていた筈だ。 それが無いという事はつまり将軍家も榊さんも流れる血の量を最小限に抑えたいと考えているという事だ」

「なるほど…しかし、このまま将軍家が国の舵取りをするような体制が続くのは…」

「すでに我が国は近代国家なのですぞ! そんな時代遅れの制度を続けるのは…」

「だからこそだよ、諸君。 我々はこれからこの帝都東京をBETA大戦によって出来た仮初の帝都ではなく、真の首都『東京』にすることを目的として動き出そうではないかね?」

「!?」「なんですと?」「古泉先生?それは…」

「別に驚く事はないだろう…我々の組織『東京』は本来この都市を真の近代日本の首都とすべく作られたものだった筈だ。 その本来の姿に立ち返るだけの事だよ」

「それは…確かにそうですが」

「確かに将軍復権がなされる事で例えBETAの災厄からこの国が守られたとしても、封建時代の旧弊が幅を利かせるような国になってはいかん。 それに対抗するためにも我々が結束する必要があるのだ…わかるかね?」

古泉の言葉にその場の全員が同意し、大戦前より存続して来た政治結社『東京』がその本来の目的へと動き始める。

それがやがて来るこの国の運命の分岐点でどのような事態を巻き起こすのか…それを知る者はまだ誰もいなかった。
 
 
 
 
 
【PM 10:00 土管帝国・某所】

「やあ、お疲れ様だったねモロボシ君」

色々と仕事をこなした後でここの様子を見にきた私を出迎えてくれたのは先生だった。

「ああ先生…先生こそ色々と大変でしょう?」

「いや、大した事はないな…力仕事のほとんどはタチコマくんたちがやってくれているしね」

「もうすぐ榊総理が選んだ人たちがここに来るでしょうけど…やはり正体は明かさずにおきますか?」

「ああ、その方がいいだろう。 私は…彩峰萩閣という男は3年前に死んでいるのだ…死人が甦る訳にはいかんよ」

もうすぐ我が国との協定に基づいて榊総理が信用のおける人物たちを送り込んで来ることになっている。

それを指揮監督するのがこの国の“指導者”…つまりは先生なのだが、素顔を見せればいいものを頑固なこの人はあくまで死人に徹する気のようだ。

…まあこの人らしいんだけどね。

「わかりました…それじゃあ先生用の仮面でも作りますかね、スミヨシ君に頼んで」

「はっはっは…それもいいかもしれんな」

「それと…例の人物ですが、やはり彼は先生に説得して貰った方がいいと思います」

「うむ、尚哉にせよ彼にせよ未だ若い彼らに道を誤らせる訳にはいかん。 私が直接説得しよう…幽霊が化けて出ればあの男も驚いて死ぬ気が失せるかも知れないしな」

「ははは…なるほど、ところで先生…」

「何かね?」

…疲れてる時に気の重くなる話はしたくないが仕方がない。

「今日ミニコマの運用を開始したところ、さっそく無視できない情報が入ってきまして…」

「…そうか、それでどんな情報かね?」

それから私は話始めた…タチコマ、チビコマ、そしてミニコマたちが収集した情報を。

それはこの国の行く先に横たわる難問であり、我々の計画にとっても無視できない…ましてや悠陽殿下にとっては命にすら関わる情報だった。

そしてこれは私一人では到底対処出来ない事でもある…同時に殿下に関わらせる訳にもいかないだろう(駒太郎が全部話さなきゃいいけど…心配だ)

だからこの人に…彩峰中将に助言を求めるしかないだろう。

この国の歴史が生んだ厄介な問題に対処するために…

アラスカへ行く前に解決は……無理だろうな多分。
 
 
 
第36話に続く





[21206] 第1部 土管帝国の野望 第36話「真夜中のパーティー」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/05/11 22:58

第36話 「真夜中のパーティー」

【2001年3月23日 帝都城】

「殿下、まもなく榊総理が登城されるそうです」

「そうですか、禁裏の方はいかがでしょう?」

「は、すでに帝は殿下と総理が来られるのをお待ちだとの事で御座います」

「帝をお待たせするのは不敬…是親が来たらすぐにでも参らねばなりません」

「承知しております」

この日、前日の国会での議決を受けた政威大将軍への大権返上を帝に上奏して認可を受けるために、悠陽は榊総理の登城を待っていた。

すでに昨日の内に今年中に甲21号攻略を行う事と、それに対処出来る体制を整えるための政威大将軍の復権がマスコミを通じて報道されていた。

一部には戸惑う声もあったが大勢は悠陽の復権を歓迎し、国と軍が一体となって佐渡島を奪還して国土を回復してくれる事を願う声で満ち溢れていた。

先の大侵攻における斯衛の活躍や街に流れる悠陽の歌声…それらが悠陽の復権を肯定的に捉える下地となってもいたのだった。

BETAによる本土の蹂躙と横浜ハイヴへのG弾の投下によって、失意と絶望の淵にあった帝国の国民や兵士たちにようやく明るい未来への希望が見え始めた…そんな雰囲気が国中に広がっていたのである。
 
 
「殿下、お待たせいたしました」

「大義でした是親。 一息ついて貰いたいところではありますが、あまり帝をお待たせする訳にはまいりません…このまま禁裏へと向かいましょう」

「はっ」

悠陽と榊が禁裏へと向かうその姿を多くの者達が万感の想いとともに見送っていた。

そこには暗く閉ざされた帝国の冬が終わり、新たな春の時代へと向かうようにとの願いが込められていたのである。
 
 
 
 
 
 
【帝都・仙岳寺】

一人の軍人が墓参りをしていた。

彼の名は大堂賢治、かつては彩峰中将の部下であり、現在は沙霧尚哉たちの同志の一人でもあり…そして同時に、彼ら烈士たちの動向を米国の諜報機関に流す裏切り者であった。

彼の裏切りの理由…それは家族の命を盾に取られたからである。

幾度となく送られて来た家族の写真とその周囲に起きた不審な事故…不安に駆られた彼は何時しか相手の手管に絡み取られ、気が付けば完全に取り込まれていた。

相手は自分が何者なのかは語らなかったが、その要求内容から他国(十中八九米国だろう)の諜報員だと考えられた。

何とか彼らの裏をかけないかと思っても所詮はプロと素人、相手の手のひらの上で踊り続けるしかなかったのである。

自分の迂闊さと情けなさを呪いながらも彼は老いた母と妻と娘…彼女たち3人がいつ殺されるか分からないという不安と恐怖に縛られて、今日まで彼らの要求に従い続けて来たのであった。

そんな時、青天の霹靂ともいうべき情報が入ってきた。

それは2月の大侵攻をきっかけとした帝都城御前会議において、政威大将軍殿下への大権返上が事実上決定したというものであった。

同志たちは皆この知らせに狂喜したが、大堂にとってそれは事実上の死刑判決にも等しかった。

もしもこの話が事実であれば自分たちが決起する理由は失われる…それはつまり脅迫者たちにとって自分の利用価値が消失すると言う事でもある。

そうなれば彼らが自分や自分の家族をどうするか…いや、仮に家族が無事であったとしても自分のような卑劣な裏切り者がおめおめと生き永らえていい筈がない…大堂はそう考えて自分自身を処分する前にこの寺にあるかつての上官の墓前に来ていたのであった。

(彩峰閣下…貴方の念願であった将軍殿下の復権が果されようとしています。 今後の帝国の未来は決して安心できる物ではありませんが、必ずや沙霧たちが殿下を支えてくれる事でしょう。  この大堂はこれよりその障害となるであろう蛆虫共を地獄へ連れていくことで罪滅ぼしの代わりといたす所存です…このような真似しか出来ぬ不肖の部下をどうぞお許し下さい)
 
 
 
「失礼ですが…大堂大尉でしょうか?」

黙祷を終えた大堂の背後から声をかける者があった。

「そうだが…貴方は?」

「初めまして、自分は松鯉商事の諸星という者です」

「…ああ、貴方があの」

大堂はその名前に聞き覚えがあった。

新型OSを始めとして様々な新型兵装や戦術機の改修案を帝国軍や斯衛に売り込み、その貢献が認められて斯衛大尉相当の地位が将軍家より与えられ、今では煌武院殿下直属の相談役と呼ばれる男として。

「…ですが何故貴方のような人が今ここにおられるのですか? 今日は将軍殿下にとって大変重要な日の筈ですが?」

不審に思った大堂の質問に対してモロボシは笑顔でこう言った。

「貴方を迎えに来ました」

「自分を?」

「はい、貴方をです」

「一体何処へ…いや、それより申し訳ないのだが自分はこれから…」

「これから米国のスパイを道連れに地獄へ赴く用事がある…ですか?」

「! …知っているのか?」

「はい、貴方や沙霧大尉たちの事を調べた時に…」

そう言ったモロボシを少しの間睨んだ後、大堂は言った。

「…申し訳ないが見逃してくれんか? 自分の裏切りが許されるとは思わんが、家族に累が及ぶのが耐えられん…米国の蛆虫共とこのオレ自身を密かに処分するしか道はないのだ」

自分が裏切り者として裁かれるのは構わない…いや、そうされるべきなのだと大堂は思っていた。

だが、そのために家族がどんな思いをするか、売国奴となった自分の妻や娘の未来はどうなるのか…その後顧の憂いを断つために米国のスパイと自分自身を密かに抹殺する必要がある。

それが大堂の決意であった。

「あなたの事情は知っていますし、私が貴方を止められると思ってもいません。 ただ、その前にどうしても貴方に会って頂きたい人物がいます」

「私に会って欲しい人物?」

「はい、是非お願いします」

そう言って頭を下げるモロボシに、大堂は戸惑いながらも承諾の意を示した。

「わかった、とにかくその人物とやらに会おう」

「ありがとうございます! それではこちらに…」

そう言ってモロボシは大堂大尉を寺の裏へと案内して行く……そしてその直後、密かに彼らを尾行していた米国諜報員たちは彼ら二人の姿を見失うのであった。
 
 
 
 
 
 
【仙台市 米国系貿易会社メイヤーズ社・重役室】

「…何ですって? ロストしたって…一体何をしてたの貴方たち?」

この会社の重役秘書ジェニー・ホークは呆れたような声で電話の相手に聞き返した。

『申し訳ありません、それが何故か突然煙のように消えてしまって…』

「ミステリー・ゾーンじゃあるまいし人間が突然消える筈がないでしょう! 一体どこに目を付けていたの!?」

『は…その…』

「必ず見つけ出しなさい、もう一人の男もよ!」

『了解しました』

電話が切れると彼女は自分の椅子に沈みこんだ。

次から次へと起きる予想外の事態に困惑してしまったからである。

2月の大侵攻における斯衛軍の奇跡的な活躍、今月初めの帝都城御前会議における乃中大将の失態と“横浜の女狐”による極秘情報の披歴(M-78ファイルと母艦級の存在は彼女の上司ですら知らなかった)そしてそれに伴う将軍の復権、さらにはこの国の国会議員たちの中に作っていた内通者やその予備軍たちがごっそりと引き抜かれてしまい、残ったのは本物の役立たずだけとなってしまっていた。

そして極めつけがクーデターを起こす為に誘導していた国粋主義者たちが将軍の復権によりその活動を一旦取りやめ、彼らの中に作っていた裏切り物の中でも最も重要な男が監視の目を盗んで忽然と姿を消したという報告が入ってきたのである。

間が悪いなどというレベルの話ではなかった。

(何がどうなっているのかしら? まるでこっちの動きを全て見透かした上で裏をかかれているような…あり得ないわね、あのサコン・ヨロイですらここまでの仕掛けは不可能な筈よ。  だとしたら一体何が起きているというの? それとも報告にあったあの男…ダン・モロボシの仕業だとでも? 彼は何者なのかしら…ジェネラル・ユウヒのオンミツ? あるいは……判断材料が不足し過ぎているわね。 この男はもうすぐアラスカに行くらしいけど、よりにもよってそこへあのアイアン・クラウスが一緒に行くなんて……まあいいわ、アラスカの事は別の人間の仕事になるでしょうし、私はもう一度情報を取りなおす必要があるわね…あの城内省や本土防衛軍のおサルさんたちから)
 
 
彼女がそこまで考えた時、デスクの上の電話が鳴った。

(これは…よりにもよってこんな時に……!)

表示された相手の番号は今彼女が最も話したくない相手…自分の上司からであった。

ちなみにその上司とは名目上の雇い主であるこの会社の重役ではなく、彼女の本当の上司…米国中央情報部の極東アジア方面の作戦部長である。

(…仕方ないわね)

上司を待たせる訳にもいかず、ジェニー・ホークは受話器を取り上げて返事をした。

「はい、こちら『ラムダデルタ』です」

受話器の向こうから聞こえる不機嫌な男の声に耳を傾けながら、今日はどんな言い訳がいいだろうとジェニーは考えていた。
 
 
 
 
 
 
【土管帝国・某所】

視線の先に二人の男がいる。

一人は男泣きに泣き崩れながら土下座してもう一人に謝罪しているし、その謝罪されているもう一人は穏やかに相手を慰めながら命を粗末にするなと教え諭していた。

…うんうん、実に美しい師弟関係の図ではないか。

≪その美しい師弟関係を自分の仕事に利用しようとするマスター(管理者)の性根はとことん醜いですね≫

《せやなあ~》

《ですよね~》

…君たち、ちょっと黙りなさい。

死を決意した大堂大尉を上手く口説いてこの土管帝国に転送し、先生と対面させて現在の状況に至る訳だ。

最初は仰天して自分が死後の世界に来てしまったのかと錯覚していた大堂大尉であったが、先生の説明を聞くと嬉しさと申し訳無さが一気に押し寄せてきて泣き崩れてしまったのであった。

まあ、彼の事は先生に任せておこう…それよりも幾つか気になっている問題を整理しておこうかな。

「タチコマくん、CIAの諸君はまだ私たちを探しまわっているのかね?」

《はい~、あのお寺の周りをうろうろしてますね~》

《御苦労はんやなあ~~》

「それで、彼らの上司…あのCIAの美人スパイさんはどうなってるの?」

《それなんですけど~~彼女は本国の上司にネチネチ嫌味を言われてました~~》

《可哀想やなあ~~》

…同情すると馬鹿を見るぞ?

《本国の上司からは日本国内の情報網やクーデター計画の工作網が機能不全になった事でかなり怒られていましたね~》

「おやおや可哀想に…まあ、これでしばらくは彼女の仕事を妨害する必要もなくなるだろうけどね」

《え~? いいんですか~~?》

《また新しいスパイ工作を始めるんと違うか~~?》

「もちろんそうだろうね…だけど今度は最初から君たちの監視や、鎧衣課長の送り込んだ二重スパイがつく事になる訳だ」

≪そして何も知らぬまま調子に乗った彼女は、ある日突然得意の絶頂から奈落の底に突き落とされる……まさしく悪魔の如き手口ですねマスター(管理者)≫

《うわあ~~~》

《最低やなあ~~~》

…悪かったな、それじゃ他にどうしろって言うんだよ?

「あのね君たち、向こうは一つの国を丸ごと奈落の底に突き落とそうとしてるんだよ? 同情の余地があると思うかい?」

《あ~、そう言えばそうですね~~》

《せやなあ~~~》

「まあ、あのミス・ホークの運命については後々考えるとして…今回は顔を見られているんだよね」

…そう、今回大堂大尉をここに連れてくるために彼と接触していたところをCIAに見られているのだ私は。

彼と共に姿を消した私を彼女たちが調べにかかるのは時間の問題か…いや、どの道あの連中からはマークされているんだし同じ事かな?

「まあそっちは向こうの出方を待つとして、その他の監視や盗聴は上手く行ってるかい?」

《バッチリです~~、本土防衛軍や五摂家の屋敷の方は全て監視体制を完了しています~~》

《ミニコマの量産体制も整うて来たし、もうすぐ他の所へも配備出来るようになるで~~》

ふむ、ミニコマの量産が安定すれば帝国内だけでなく必要とあれば世界中に目と耳を設置出来るようになる筈だ。

いくらタチコマくんたちのハッキング能力が優秀でもネットの盗聴やハッキングだけでは入手出来ない情報も多々存在するのだ。

横浜基地にもタチコマ1機とあとミニコマも配備しておくか…香月博士にバレたらえらいことになるがまだお互いに信用出来る間柄ではないし、それにちょっと心配な事もあるしね…

さて、日本国内はこれでいいとして問題はアメリカか…出来れば近いうちに直接大統領と接触して話を聞いてもらいたいのだが、いくらなんでもそう簡単にはいかないだろうな。

何かいい手はないものか…こちらから手札を切ろうにも適当な物が《モロボシさ~ん》…おや、どうしたのかな?

「どうしたんだい、突然」

《なんだかCIAの人達の動きがおかしいです~~》

はい?

《ジェニー・ホークさんの指示でモロボシさんを拉致する気みたいですよ~~》

《うわあ~~~怖い女やなあ~~》

まったくだ…いくらなんでもちょっと短絡的過ぎないか?

「それで一体どこで襲いかかってくる気かな?」

《それなんですけど~~、どうも松鯉商事の周りに人を配置しているみたいです~~》

おいおい正気か? いや、まてよ…もしかして…

《多分会社に戻ったモロボシさんを、無理矢理拉致する気なんじゃないかと思うんですけど~~》

《あそこの周りには他のスパイもおるやろに、ホンマにやる気やろか~?》

「なるほど、そういうことか」

《え?》《何がや?》

「多分これは示威行動だね、あえて衆人環視の中で私を攫う事で帝国や他の国への見せしめにする気だろう」

《何でそれが見せしめやの~?》

「私がCIAの情報網を破壊したからだよ、だからこそあえてこんな粗雑と言っていい手段に訴える気になったんだろう」

おそらくこの推測はさほど的外れではないだろう…彼女の判断ではなく本国からの指示という事もあり得るが、どちらにしても私をこんな形で拉致するとしたらその目的は情報の引き出しよりもむしろ帝国(煌武院殿下)や他の国への見せしめの意味が強い筈だ……ヤクザの発想だなこれは。

《どうします~~、モロボシさん~~?》

《取りあえず今日はここに泊まった方がええんとちゃうか~~?》

「…いや、会社に戻るよ」

《ええ~~~!!!》

《正気かいな~~!?》

≪とうとう自殺願望にまで取り憑かれましたか…デッドエンドはもう目の前ですね≫

…自殺願望だと? そんな物はてめえらを引き取った時から持ってるわい!!

「せっかくお客さんが来るんだからちゃんと接待しないといけないだろ? 君たちも手伝ってもらうからね?」

《あ~成程なあ~~》

《わかりました~~》

≪あまり散らかさないでくださいよ? マスター(管理者)≫
 
 
…さて、それでは歓迎の準備を始めますか。
 
 
 
 
 
 
【深夜 松鯉商事本社】

ビルの裏口から数人の男たちが侵入してきた。

彼らの目的はこのビルに一人居残って残業をしている男、諸星段の拉致である。

周囲のビルに潜んでいる帝国や他の国の諜報員たちの目の前である意味堂々と彼を拉致する…世界最強の国家だからこそ出来る力技ではあるが、それでもやはりこんな粗雑な作戦行動は勘弁して欲しいとエージェントたちは心の中で思っていた。

だが、立て続けに起きた予期せぬトラブルに腹を立てた彼らの上司(又はその上)からの命令に逆らう訳にはいかなかった。

(こんなうんざりするような任務はさっさと終わらせよう)

その本音を腹の中に飲み込んで彼らCIAの工作員たちはビルの一室を目指す…だがその直後彼らの気配はビルの中で消失し、そして彼らは二度とそのビルから出て来る事はなかった。

数日後、彼らは思いもかけない場所で発見される事になる。

そしてその奇妙な出来事がやがて世界を揺るがす程の大事件への前兆となるのであった。
 
 
 
第37話に続く
 
 
【おまけ】

「駒太郎、これは何の映像ですか?」

《え~と、モロボシさんがCIAの人たちを招いてパーティーをやってるそうです~》

「…何だと!?」

「諸星どのは一体何を考えているのですか!?」

「二人ともそう怒ってばかりではいけませんよ、それで諸星がやっているこの踊りのようなものは…?」

《これは大昔あった踊りで『ディ○コ婆ちゃん』と言うそうです~~》

「まあ、そうですか……何だか楽しそうな歌と踊りですね」

「「殿下!!」」

《モロボシさんが言うには“相互理解への第一歩”だそうです~~》

「…やはりあの男は正気ではないな」

「あら、また違う歌と踊りを皆で始めたようですね…」

《モロボシさんが“異次元人に攫われる場合はこの歌が定番”だと言ってます~~》

「そうなのですか?」(今度教えて下さいね、駒太郎?)

(はい~~)




[21206] 第1部 土管帝国の野望 第37話「さあ、おとぎばなしを始めよう(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/05/18 22:37

第37話 「さあ、おとぎばなしを始めよう(前)」

【2001年3月25日 帝都城】

え~皆さんこんにちは、モロボシでございます。

現在私は帝都城の一室で将軍殿下から直々の尋問を受けている最中だったりします。

まあ、実際に尋問を担当しているのは侍従長と月詠大尉な訳で、殿下と紅蓮閣下と斑鳩少佐…そして鎧衣課長は見物人ですな、はっきり言って。

…しかし理不尽な、何故この私が尋問など受けなければならないのだろうか?

「何故だと……ほほう、つまり貴様は自分が何をしたのか自覚しておらんのだな?」

いやあの月詠大尉、そんな怖い顔で迫らないで下さい…

「そなたの奇矯な言動は今に始まった事ではありませんが、自分が殿下より斯衛軍大尉の身分を頂いておる者であるという事をお忘れではありますまいな?」

はい、もちろんです侍従長様…決して忘れてはおりません。

「「なればこれは一体何の真似だ(ですか)!!!!!」」

何の真似だと言われても……困ったな。
 
 
月詠大尉と侍従長が激怒しているその理由は目の前で駒太郎が再生している映像にあった。

先日我が松鯉商事本社に侵入してこの私を拉致しようとしたCIAの工作員御一同をタチコマくんたちが取り押さえ、逆に彼らを土管帝国に連れて行って歓迎パーティーを行った時の映像なのだが…

「それにしても楽しそうに踊っていますね、諸星」

殿下がそう言うと侍従長と真耶大尉は一層顔を険しくさせた。

「いや実は相手があまりに怖がっていましたのでなんとか緊張をといて貰おうと思いまして、とっておきの宴会芸を披露したのですが…」

「…緊張を解くだと?」「とっておきの…なんと仰いましたか?」

…怖いよお~~~(泣)

「くすくす…二人ともそれくらいで勘弁しておあげなさい」

「はっ…」「…承知いたしました」

はあ…殿下が宥めてくれたおかげでなんとか助かったか。

皆さんどうやら捕まえたCIAの皆さんを相手にやったパーティーの内容をリアルタイムで見ていたようだが、あまりに不謹慎すぎるとこのお二人はお怒りのようだ…シリアスな状況の直後だから気分転換がしたかっただけなんだがなあ…

「それで諸星、かのスパイ共は今は如何しておるのだ?」

月詠大尉と侍従長の剣幕に恐れをなして今まで黙っていた紅蓮大将が聞いて来た。

「今は土管帝国の隔離用の区画に“閉じ込めて”あります。 まあ、居住環境は快適ですし…脱出は不可能な場所ですから問題はないでしょう」

「“閉じ込める”ですか、いやいや全くもってとんでもない牢獄があったものですなあ~~はっはっは」

そこがどんな場所かをわかっている鎧衣課長が愉快そうな表情でそう評した。

「ふむ…この斑鳩も是非一度行ってみたいものですな」

「はい、それでは都合のよろしい時にでも御招待させていただきます」

「うむ、頼む」

「それで諸星、彼の者共を如何する気だ?」

「それですが…彼らを使って米国との交渉の糸口をつかもうと思っています」

「むう…」「ほほう…」「ふうむ」「まあ」「なに!?」「彼の国とですと!?」

「はい、これから自分は本格的な土管帝国への移民計画を準備しなくてはなりませんが、そのためにはやはり米国との交渉が不可欠だと考えていますので」

「だが、あの国に全ての人類を避難させる意志があるとは思えんぞ?」

月詠大尉が米国への不信感を露わにするが、私はそうは思わないのだ。

「月詠大尉、確かにあの国の権力者たちの中には度し難い人間が多数います…しかし必ずしもそんな愚か者だけではないでしょう」

「ふん…どうだかな」

「それで? お主はその愚か者以外の人間に目星を付けているのかの?」

「ええ、すでに何人かは」

「ふうむ、差し詰め上院議員のウォーケン氏と後は…」

「…ロバート・コルトレーン」

「「「「「なっ!!!!!」」」」」


私のその言葉に全員が驚きの声を上げる…ああ、鎧衣課長だけは別ですか。

「本気か? 諸星大尉?」

「無論、本気ですよ斑鳩少佐殿」

「むう、しかし相手は大統領だぞ…どう繋ぎをつける気だ?」

難しい顔で紅蓮大将が唸るが、それも当然の事だろう…なんといっても相手は世界最大にして最強の国家のトップである。

それと繋ぎをつけて交渉する事がいかに大変、いや無謀な試みというべきか。

普通なら榊総理や悠陽殿下の代理人として会うという方法を選択するところだが、下手にそれをやれば後でこの国に余計な重荷を乗せかねないのだ。

殿下は御自分の名前を使ってもいいと言ってくれているが、後ろに控えた二人の女性が“ソレヲヤッタラオマエヲコロス”と顔で言っているんだよね……怖いったらありゃしない。

まあ私も今の時点で殿下や総理にそんな負担をかけるつもりは毛頭ない。

だからこそ…

「成程、そのためにあの諜報員たちを使う訳ですな?」

「お察しの通りです、鎧衣課長」

…流石は天下のタヌキ親父、この私の目論見などたちどころに見抜かれますか。

「諸星、左近だけが解っても私たちが困ります…どういう事ですか?」

「うむ、説明してくれ」

殿下や紅蓮閣下たちが説明を求めたので私は自分の作戦を説明した。
 
 
「なんと…」

「うむう~~~」

「お主…本気か?」

「いやいやまったく…とんでもないですなあ~」

「…貴様はやはり狂っておるな」

「…呆れて物が言えませぬ」

皆さん呆れた顔でそんな感想を漏らされておいでですが…反対意見はないようですな。

「近日中にこのプランを実行に移す予定ですが、それは即ち…」

「そなたの作った『土管帝国』の存在を世界に晒す…ということですね?」

「はい、あくまでもその一部に過ぎませんが」

「むう…しかしそれをすれば後戻りはきかなくなるであろうな」

紅蓮閣下の言う通り私の作戦を実行すればここにいる人たちだけでなく、世界中が我々の作った人類の避難場所を目にする事になるだろう。

それは同時にごく僅かな信用出来る人々との取引だけでやってこれたこれまでの仕事と違って、裏切りや謀略を前提とした血生臭い領域に踏み込むという事でもあった。

だがしかし、その領域に踏み込まなければ結局私の仕事は成就しないで終わるだろう。

「わかりました諸星、そなたに一任します」

「はっ、ありがとうございます殿下」

「いやいや…これはまた忙しくなりそうですな」

殿下の承認を受けて一安心の私と違い、今後の仕事の大変さを想像した鎧衣課長がぼやきの声を上げた。

「課長、通信用のミニコマを差し上げますから仕事に使ってください。 けっこう便利ですよ? チビコマ経由で色々と情報の収集も出来ますからね」

「おお、それは有難いですなあ~~」

今後の事を考えれば鎧衣課長との連絡網はしっかりとした物にしておかなければならないだろう。

さて、あともう一つの問題は…

「後は横浜の件ですが、明日にでも香月博士に挨拶してきます」

「! 香月博士に…打ち明けるのですか?」

悠陽殿下が緊張した顔で聞いて来た…周囲の人たちも一斉に険しい表情でこちらを見るし、真耶大尉に至っては返答次第では私の口を封じるべきかと真剣に考えているようだ。

だが“おとぎばなし”の内容を知っている以上、彼女たちがそうなるのも無理はない。

いかに人類を救うために余裕がなかったとはいえ、結果的に自分の身内が生贄となった(あるいはこれからそうなるかもしれない)という話を聞かされて虚心でいられる方がおかしいのだ。

もしも今“おとぎばなし”の内容を彼女に話せば、御剣冥夜をはじめとする5人は確実に香月博士の手駒として完全に彼女の手の中に取り込まれるだろう。

出来ればそれは回避したい…と考えるのが人情だ。 誰だって好き好んであんな魔女の巣窟に娘や妹を送りたいとは思わないだろう……たとえ香月博士が私心なく自分の役割に徹しているのだとしても。

「“おとぎばなし”の内容についてはまだ話すべき段階ではないでしょう。 しかし『土管帝国』による第5計画の修正についてはそろそろ詳しい事を知ってもらうべき段階に来ていると判断します」

「そなたの言う通りでしょうね、ではそのこともそなたの判断に任せましょう」

「殿下…」

憂いと不安を押し殺して決断する悠陽殿下を月詠大尉と侍従長が痛ましげな顔で見守っている。

「殿下、彼女たち5人が無謀な死地への突入をせずとも済む方策は既に作り始めています。 どうかご安心を」

「諸星…そなたに感謝を」

私の言葉にようやく殿下は小さな笑みを浮かべ、それが逆に侍従長の涙を誘っていた。

さて、それでは香月博士への説明を考えないとな…
 
 
 
 
 
 
【3月26日 国連軍・横浜基地 B19F】

社霞は青く光るシリンダーの前にいた。

このシリンダーの中に浮かんでいる脳髄、鑑純夏の心を見るために。

人の思考を読み取る能力…それがオルタネイティヴ3において開発され、自分に与えられた能力だった。

彼女はその能力を買われてこの横浜基地に引き取られ、そして香月夕呼の助手としてオルタネイティヴ4の実験を手伝ったり、時々夕呼の命令で執務室に訪ねてくる正体不明の男たちの心をリーディングしたりもしていた。

それらは霞にとって必ずしも楽しい作業ばかりではなかったが、最近は少し楽しみにしている事があった。

今年になってから時々ここに現れるようになった男、諸星段。

彼の思考は自分が見たことも聞いた事もない不思議な世界で満ち溢れていた。

もちろん霞にはそれが一種の欺瞞情報である事は解っていた…だが、それでもやはり彼の頭の中で繰り広げられる不思議な物語は楽しくて仕方なかった。

今度は一体どんなお話を“見せて”くれるのだろう…心の片隅で霞がそんな事を考えていると…

(! …だれかいる? この部屋には入れない筈なのに…)

自分とシリンダーの中の彼女以外の“思考”を感じ取った霞は周囲を見渡すが、誰かがいる筈の方向には誰の姿も見えなかった。

(…でも、確かにいます。 …目に見えない誰かが)

霞がその“思考”の存在する場所をじっと見つめていると…

《あの~? ボクの姿が見えるんですか~?》

何も無いはずの場所からそんな呑気な声が聞こえて来た。

「………誰ですか? あなたは?」

自分に対する敵意はない…そう気付いた霞は勇気を振り絞ってそう聞いた。

《え? ボクですか~? ボクはチビコマ2号の『駒之介』といいます~~》

「…駒之介さん…ですか?」

「はい~~よろしくね、霞ちゃん♪」

それが社霞とチビコマ2号『駒之介』の出会いであった。
 
 
 
 
 
 
「それで、今日は何の用かしらコウモリさん?」

香月博士が何時になく楽しそうな顔で私に聞いてくるが…何故こんなに楽しそうなのだろう?

「はい、実は近日中にアラスカへ出張しますのでその前に御挨拶を…と」

「へ~~アラスカへねえ~~、あんな目にあってもまだめげないんだ~~?」

…はて、あんな目とは?

「なんの事でしょう? 香月博士?」

「CIAの連中に襲われたってのに、懲りもせずに合衆国の領土に足を踏み入れようってんだから大したものよねえーって言ってるのよ」

「…御存じでしたか」

「当然でしょ? あたしを甘く見るんじゃないわよ」

何処から聞いたか知らないが大した地獄耳だねこの人は…どうやら優秀な情報の提供者は鎧衣課長だけではないようだ。

「それで?あんたの会社に忍び込んだまま帰ってこないスパイさんたちは一体何処へいったのかしら?」

目が笑ってね~よこの人……怖いなあ~~

「いやあ、なにせ突然の御来訪でしたからねえ~~、取りあえず出来る限りのもてなしをさせて貰うために当社の特別保養施設で楽しんで頂いている最中なのですよ、はい」

「え? それじゃまだ殺してないの?」

ビックリしたような顔で香月博士が聞いて来たけど……なんだか聞き捨てならない言葉が聞こえたような…この人、私の事を何だと思ってるんだろう?

まあ確かにあの状況では彼らを皆殺しにしても文句を言われる筋合いではないのだが、生憎とこの私はたとえ正当防衛であっても極力殺生を避けるように国から命令されている身だ。

もちろんこの場合の“国”とはこの世界の日本帝国ではなくて、我が祖国日本民主主義人民共和国の事だけどね。

我が国が世界に誇る世界遺産の一つ、○法第9条の精神を順守するためには木端役人の生命が危険にさらされる事など瑣末な問題らしいのだ。

なんだか無性に泣きたくなってきたな……いや、くじけている場合じゃない!(キリッ)

「まあ、彼らについては近日中に国に帰って頂く事になるでしょうけどね」

「ふーん、あんた一体何をする気?」

面白そうな顔で香月博士がそう聞いて来た。

もちろん彼らをタダで生かして帰す訳がない…それがわかっているからこそ、どんな趣向かを聞いておこうというのだろう。

ついでにその趣向を利用して自分の利益も確保しようと考えているのが見え見えだが、彼女はそれを隠す気もないようだ…怖い女性だねまったく。

「そうですなあ~、差し詰め“自己紹介”といったところでしょうか?」

「はあ? じこしょうかい~~?」

…いやそんな間抜けなひらがなで言わなくてもいいでしょうに。

「ええ、そろそろ米国…特に大統領にも、そして貴女にも私が何者であるのか自己紹介すべき時が近いと思いましてね」

「あら素敵ね、そう言ってくれるのを今日か明日かと待ってたわ」

香月博士がそう言ってくれるのだが、それにしては何故かおでこの隅に青筋が……見なかったことにしよう。

「ただ言葉で言ってもなかなか理解しては…ああ、貴女は別ですがね…難しいところですので、一目で見て私の意図を理解してもらえるような方法で自己紹介させて頂くつもりです」

「へえ~~? それでその前振りとして例のCIAの連中を使う…と」

「まあ、そんなところですかな」

「ふーん…まあいいわ、それじゃあアンタの“自己紹介”とやらを楽しみにさせて貰おうかしら?」

「はい、是非ご期待下さい…ああ、それともう一つ」

「あら、まだ何かあるの?」

さて、いよいよここからが本番だ。

「ええ、そろそろ扉の向こうにいる女の子に挨拶しておこうかと思いまして」

「!……なんの話かしら?」

(もういいよ、こちらにおいで)

私が心の中でそう呼びかけると、ドアが開いて彼女…社霞が入って来た。

「社!どうして!?」

「私が呼んだからですが? それがなにか?」

私がそう言うと香月博士は凄い表情で睨んで来た。

「あんた…一体どうやって霞を…」

「誑かしたのか…ですか?  別に誑かしてなどいません、ただ単に彼女に色々な事を理解してもらっただけですよ」

「え…?」

「これまで私が彼女に見せて来た様々な情報はもちろん私の思考を隠蔽するための欺瞞情報でしたが、同時に彼女に様々な世界や人間の在り方と可能性を教えるための教材でもあったのですよ」

「何ですって!?」

「毎日毎日シリンダーの中の狂った脳味噌の相手ばかりではその子の情操教育など不可能ではありませんか?」

「……そう、そこまで知っているのね」

そう言うと香月博士は机の引き出しから9ミリ拳銃を取り出して私に狙いをつけた。

「…博士、拳銃は最後の武器だと申し上げた筈ですが?」

「あらそう? それじゃあこれが最後の質問てことになるわね、アンタ何者?」

口元に強張った笑みを浮かべて香月博士がそう告げる…本気だなこれは。

「そうですな、正確な表現をするなら災害救助隊員という事になるのでしょうかね?」

「はあ? 災害救助?」

「ええ、BETAという災害から一人でも多くの…もしも可能であれば全ての人類を救助して安全な場所に誘導する使命を与えられた人間ですよ私は」

「へえ~~安全な場所ねえ~~、そんな場所がどこにあるのかしら?」

「それを近日中にお目にかけることになるでしょうね、貴女やコルトレーン大統領に」

「ふうん、でもどうしてアメリカじゃなくてこの国やあたしに接触したのかしら? もし安全な場所とやらを提供できるならあっちの方が話が通り易いんじゃないの?」

「確かにその通りですが、なにせあの国にはG弾を大量に使用すれば全て解決すると本気で考えている人が大勢いますからね。 もし彼らが私の用意する避難場所の事を知ればそれを力ずくで確保してからバビロン戦略を強行するという愚行を本気でやりかねませんから」

「なるほどねえ~、だからアンタはあのファイルをあたしに検証させてからコルトレーンに見せるように仕向けた…まんまとアンタに利用されたって訳ね」

私の説明に香月博士は納得したようにそう言ったが、拳銃を下ろす気配は一向にない。

「それで? その救助隊員さんがどうして第4計画の最高機密を知っているのかしら?」

「…機密ではないからです」

「……は?」

私の言葉に香月博士はぽかんとした顔でそう言った…うむ、なかなか貴重な表情だな。

「博士、扉の向こうの彼女…『鑑純夏』の事は貴女たちにとっては最高機密の一つでしょうが、我々にとっては単なる基礎知識に過ぎないのですよ」

私がそう言うと彼女は本気で動揺した様子で社少尉の方を見た。

「…博士、この人は嘘を言っていません。 本当に純夏さんや00ユニットの事を当たり前のように知っています」

「そう…」

社少尉の言葉を聞いた香月博士はそこで初めて拳銃を下ろして、大きな溜息をついた。

「それにしても驚いたわね、霞が自分の意志で出て来るなんて…」

どこか呆れたような声で博士が仰る…ふむ、説明させて頂きましょう。

「博士、人間の心を成長させ、そして自我を確かなものにするのに最も必要な物は何だと思いますか?」

「…そうね、好奇心かしら?」

「そう、好奇心です。 それがあるからこそ人は知識を求め、知性を育て、自分と世界との関わりを理解して自我に目覚めるのだと思います。  今日までの貴女との接触の間、この子が私の頭をリーディングしているのを逆に利用して、私はこの子に心の栄養分とでもいうべき物を提供していたのですよ」

「へ~、また随分と御親切ねえ? 自分の頭を覗き込んでる相手に情操教育を施して来たっていうの?」

「子供の心を育てるのは大人の務めでしょう? 少なくとも貴女なら私のこの行為を是とすると思っていますが?」

そう、これは我々大人の務めなのだ…この少女を生みだした連中は彼女やその姉妹たちを単なる道具としか見てはいなかった。  そして香月博士に引き取られてからは、人間扱いはされてもまともな情操教育を受ける余裕などなかった筈だ……社霞の感情が薄いのはひとえに彼女の周りの大人たちがまともな養育や人としての教育を行わなかったことにあるのだろう。

だからこそ余計なおせっかいと言われるのを承知の上で私がちょっかいを出したという訳だ。

「ふうん、単なる親切心でもないし偽善というのとも違うみたいだけど…まあこの子のためになったんなら良しとしておきましょうか」

香月博士はそう言って彼女には理解出来ないらしい私の行動を容認してくれた。

さて、それでは最重要案件だ。

「ありがとうございます…それと博士、実はこの子に友達を作って上げたいのですが」

「はあ? ともだち?」

「…駒之介さんです、さっき会いました」

「え゛?」

社少尉のその言葉に流石の香月博士もぎょっとなった。

「博士、その子が言う『駒之介』というのは私が用意した目に見えないペットのような物でして」

「ちょっと、冗談じゃないわよ! この基地の中にそんなもの放し飼いにしないで頂戴!!」

「御心配なく、別に餌代とかは必要ありませんしそれにマーキング等の行為も行いませんから」

…ハッキングとかストーキングとかはするけどね。

「…一体何なのよそれは?」

「まあ何と言いますか、座敷わらしや小人や妖精みたいなものだと思ってくれればいいのですが…」

「で? 何のためにそんなモノをここに置くの?」

「基本的な理由は2つあります。 まず一つ目は私に代わって社少尉の話相手になってもらうのと、彼女の仕事のお手伝いです」

「手伝いって…どんな?」

「そうですなあ…例えば狂った脳髄の治療、とかは如何でしょう?」

「へえ? そんな事出来るの?」

私の話に興味を示したように博士が聞いて来た。

「はい、すぐに本格的な治療をとは行かないでしょうが、時間をかければ成果を上げられると思っています」

鑑純夏の00ユニット化については干渉すべきか否かで支援者たちの意見が分かれるし、私の本来の仕事ではないために不用意に深入りする訳にはいかないが…できればなんとかしてやりたいと思うのが人情というものだ。

「ああ、それと彼はキレイ好きですから時々はこの執務室の整理整頓とかもやってくれるでしょうね」

「…勝手に人の部屋の中に入ってくる動物はタヌキとコウモリだけで十分なんだけど? それで、もう一つの理由は何?」

「御剣冥夜と他4名の少女たちの護衛です」

その言葉を聞いた途端に香月博士の目が鋭く光った。

「…あの高慢ちきな斯衛の女がいるじゃない、アレじゃ不足なの?」

「煌武院殿下が復権を果たされる以前なら問題はなかったでしょうね。 しかし、今では状況が変わってしまったようです」

私がそう言うと、彼女は何処か楽しそうな顔で辛辣な皮肉を口にした。

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い…か、よくもまあそんな馬鹿共がのさばってられるわねえこの国は」

「殿下が復権を果たした事で彼女を恨んだり、逆に自分たちこそがその座にふさわしいと錯覚した人たちが大勢いるようでして…」

「…で? その馬鹿共が御剣たちにちょっかい出すと?」

「まだ可能性の段階ですが」

そう、あくまでもその可能性があるというだけだが…殿下の復権以後この横浜基地の監視にあたっている国内のスパイたちの中に摂家や有力公家の隠密と思われる者たちが増えているのだ。

用心のためにこの基地の敷地内にタチコマ1機とミニコマ数十機、それに駒之介を加えたタチコマ部隊を配備しておいたのである。

まあ、香月博士に教えるのは駒之介の存在だけだが。

「…いいでしょう、そのかわり変な真似をしたら必ず捕まえて解剖するわよ?」

「…可哀想ですそんなの」

「うっ…霞…もう、仕方ないわね」

社少尉の涙声に押されて渋々諦めたように見えるが…この人がこんな面白い物を放って置く筈がない。

(必ず君の事を捕まえて分解しようとするだろうから、決して見つかるんじゃないよ? チビコマ2号君?)

《は~い、大丈夫です~もう段ボール箱もちゃんと用意してありますから~♪》

……何故段ボール? まあいいか。

「ところで博士、これは余計な事かも知れませんが問題の207Bの少女たちをどう扱うおつもりで?」

「さあね~、政治的な価値が高すぎるからうっかり戦場に出す訳にも行かないのよねえ…死んだら後が面倒だし」

「…でしょうな」

何とも酷い言い草だが、確かに彼女の言う通りだろう…御剣冥夜たち5人はその生い立ち故にあまりにも政治的な価値があり過ぎるのだ。

だからこそ迂闊に戦場に出さないように配慮を重ね、総戦技演習で彼女たちを故意に落とすような真似までしたのだろう(もちろん207Bのチームワークにも問題はあっただろうがまりもちゃんが演習前にその欠点を是正しなかったのは、とどのつまり彼女たちに合格させないためだったのだろう)

「別に正式任官しても問題ないと思いますけどね…」

「へえ…今度は何を企んでるのかしら?」

「企むというほどでは…何も戦場に出るだけが衛士のお仕事ではないでしょう? 碓氷大尉たちを何時までも相馬原基地に置くつもりもないでしょうし」

「ふ~ん?」

「ああそう言えば…碓氷大尉たちだけですか? 相馬原基地の試験運用に参加するのは」

「さあ? …ああ、ひょっとして御名瀬に利府陣て男を引き込まれないか心配してるのかしら?」

「いえいえ、若者同士の恋を邪魔する程野暮じゃありません…というか、いっそのことA-01の全員と顔見知りになってはどうかと思いましてね?」

そろそろあのヘタレ君にも覚悟を決めて貰わないとね、どうせバレるのは時間の問題だろうし。

「…まあいいわ、何を企んでいるのか知らないけど考えておいてあげる」

「ありがとうございます、それでは本日はこの辺で…ああ、もしも緊急に連絡が必要な場合は駒之介くんを通して連絡しますので」

「見えないヤツから連絡を受けろっていうの!?」

「…わたしが取次ぎをします」

「よろしくね、社少尉」

「…はい、あとこれでいいですか?」

そう言って彼女が私に手渡してくれたのは「やしろかすみ」のサインが書かれた色紙の束であった。

「ああ、書いてくれたのか…ありがとう」

「アンタ…霞にまでそれを渡してたの?」

「ええ、彼女のサインを欲しがる人は多いですから…それでは失礼します」

「…勝手にしなさい、もう」
 
 
 
 
 
基地のグラウンドに出て空を見上げると、まだ日は高かった。

ふむ、どうやらもういくつか回れるお得意先があるかな?

アラスカに行く前に片付けたい仕事は沢山あるし…ああそうだ、帝国動画に製品チェックの結果を聞いておかないと。

軍関連のお仕事は猪川少佐の部下がやってくれてるけど、他の仕事はそうじゃないからなあ…

いや、ぼやいてる場合じゃない。

もうすぐ本格的に本来の仕事を始めなければいけないのだ…CIAの工作員たちを送り返す前にやっておく事は山ほどある。

さあお仕事お仕事…
 
 
 
第38話に続く
 
 
 
 
 
 
【おまけ1】

「…博士」

「どうしたの霞?」

「駒之介さんが『よいこのみなさんは“いんじゅうもーど”をオフにしてつかってください』って言ってるんですけど…わたしは良い子でしょうか?」

「………それでいいのよ、霞」

(あのクソコウモリ~~~!!! 子供になんてモノ与えてんのよ~~~!!!!!)
 
 
 
 
【おまけ2】

《モロボシさ~ん、霞ちゃんのサイン見せてください~~》

《見せて見せて~~~》

「はいはい、汚しちゃダメだからね?」

《モロボシはん、霞ちゃんの直筆サインは限定10枚で競りにかけるんやろ?》

「そうだね、有力支持者のみんなにだけ分けると後でクレームが来るし…」

≪本音はこれを餌に大口の支援を取り付けるつもりですね?マスター(管理者)?  いたいけな少女の直筆サインまで利用するとはあきれ果てた根性ですね≫

…なんとでも言ってくれ、みんなビンボが悪いんだ。

《世知辛いなあ~~~》

《ですよね~~~》







[21206] 第1部 土管帝国の野望 第38話「さあ、おとぎばなしを始めよう(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/05/23 18:30
第38話 「さあ、おとぎばなしを始めよう(後)」


【2001年3月28日 アメリカ合衆国・ワシントンD.C.】

合衆国大統領ロバート・コルトレーンは目の前の光景に困惑していた。

(ここは確かホワイトハウスの執務室…つまりこの私の仕事場の筈だったな。 確か今日はホワイトハウスに一般の見学者を招く予定日ではなかったと思うが…ブロードウェイのショウダンサーやコメディアンを誰かが招いたのか?)

「オマエハオマエヲシンジナサイ、ホレシンジナサイ、ホレシンジナサイ…」

黒のスーツと黒ネクタイ、黒眼鏡…全身黒づくめの男たちが意味不明な歌を唄いながら輪になって踊っている。

そんなシュールな光景を執務室に入った瞬間に見てしまったのだから困惑するなと言う方が無理な相談であったろう。

そして警護のシークレット・サービスたちが慌てて彼らを取り押さえ連行して行った後、自分の机の上に置いてあった1枚のメモに大統領は気付いた。
 
 
『カイザーの物はカイザーに、アメリカの物はアメリカに返却します。

                                 M-78』

 
 
少し考えた後で大統領は秘書官に彼らの詳しい調書を出来るだけ急いで直接自分に持って来るように指示し、自分の友人に連絡を取り始めたのであった。
 
 
 
 
 
【4月2日 土管帝国・某所】

《モロボシさ~ん、こっちの準備は出来ました~~~》

「そうか、それじゃあそのままスタンバイしておいてね」

《は~い》

≪マスター(管理者)、重力制御システムやスタビライザー等のチェックは終了しています。 こちらの作業も間もなく完了するでしょう≫

「こっちはかなりデリケートな作業になるからね、念には念を入れてやってくれよオシリス」

≪そう思うならこんな狂った作業内容を設定しなければいいでしょうに、マスター(管理者)の妄想を基に作業を行う私の身にもなってください≫

…どの口が狂った妄想云々を言ってるんだろうねこのイカレAIは。

《モロボシは~ん、予定のポイントにアメリカや国連の軍艦が近付いとるで~~》

「そうか、どうやら予定通りに行きそうだな」

≪いよいよマスター(管理者)の狂気の野望を世界に見せる時が近づいてきましたね…自分の恥を世界に晒す気持ちはどんなものですか?≫

そうだな…何故か目の前の狂ったAIを破壊したくてたまらない気分だね。
 
 
さて、いよいよ我が『土管帝国』が世界にその姿を晒す時が近づいて来た。

先日会社に侵入して私を拉致しようと試みたCIAの皆さんを逆に捕獲、そのまま土管帝国へ連行…もとい御招待して様々な接待をさせて頂いていた訳なのだが、このイベントの予告のために彼らを直接ホワイトハウスに送り届けてついでに私のメッセージを大統領に渡してもらったのである。

…当初彼らは軽いパニック状態だったが、薬物の投与や軽い催眠暗示、あとはタチコマくんたちの親切な接待等が功を奏したのか最終的には大変従順で大人しい人たちになってくれた。

やはり時間をかけた説得と接待こそが相互理解への近道だと確信した出来事だったな、うん。

私も自分の宴会芸を披露したり、彼らに歌と踊りを教えたりと苦労した甲斐があったというものだ。

(もっとも何故か先生と大堂大尉は私の事を生温かい目で見ていたし、月詠大尉と侍従長は氷点下の視線を向けてくれたが……何時かは解ってくれるだろう、多分)

そしてそれと並行してウォーケン上院議員ともコンタクトを取り、我が土管帝国が世界にその姿を見せる事とその場所や日時を伝えておいた。

それは結果として個人的な伝手で大統領にこちらが何をするか教える事となり、彼の指示で国連軍所属の米海軍の軍艦が東経160度のナウル共和国近海に向かう事となった訳だ。

そしてもう一か所、国連と合衆国の宇宙軍が駐屯している“ある場所”の方にも注意するようにと伝えてあり、そちらの方でも緊張が高まって来ているようだな…そろそろ頃合いか。

「ジェイムズくん、帝都城と横浜基地のチビコマたちに回線を繋ぐように言ってくれ。  もうすぐ始まるぞ」

《心配せんでももう言うてあるで~~》

…よろしい、ではカウントダウンに入ろうか。
 
 
 
 
 
 
【太平洋上 東経160度付近】

「…ふむ、まもなく予定時刻か」

戦艦“ミズーリ”のアダムス艦長は誰に言うともなくそう呟いた。

つい数日前、ハワイから出港しようとしていた自分の艦に突然意味不明な航行スケジュールの変更が伝えられた時はさすがに温厚な紳士で知られるアダムスも怒鳴り声を上げそうになった。

だがそれが国防省でも国連上層部でもなく、事実上大統領からの指示に基づく命令であると聞いた彼はそれ以上何も言わずに命令を受諾した。

(さて、一体この海域で何が起きるのだろうな?)

彼はこの任務にあたって戦術機3機を“ミズーリ”に艦載し、特殊部隊の準備も怠らなかった。

彼に与えられた命令は“この海域で起きる『異常事態』の映像をリアルタイムで国連及びワシントンに流すように、そして出来るだけ戦闘を避けるように”というものだった。

だがしかし、どんな事態が発生するのかも分からないのに戦闘の準備をしないという訳にはいかなかったし、他の艦船(豪州や太平洋諸国)へのけん制が必要となるかも知れない…それらを考慮しての判断でもあった。

「! 艦長! レーダーに反応が…何だこりゃああ!!!」

突然、レーダー管制の士官が頓狂な声を上げた。

「どうした、一体何が…なんだあれは!?」

レーダー管制官の方を見ようとしたアダムス艦長だったが、しかし彼は艦橋の窓から見えた光景に一瞬思考を停止させた。

そしてそれは同じ光景を見た全ての人間がそうであった。
 
 
 
 
…空の上に突然、巨大な釘か画鋲のような物が現れたからである。
 
 
 
 
「馬鹿な…」「おお…神よ…」「何だこれは…」「まさかBETAの…」

「落ち着け、諸君」

艦橋にいる全ての人間が困惑と不安の声を上がる中、アダムス艦長の落ち着いた声が響いた。

「副長、ワシントンと国連本部への回線は繋がっているか?」

「はい艦長! 回線は正常に繋がっています!」

「そうか、では向こうもこれを見ている訳だな… 副長、ワシントンのベイツ提督を呼び出してくれ」

「了解!」
 
 
 
 
 
「チーフ、なんか上の方が騒がしいですね」

ミズーリの厨房でコック見習いのティムが自分の上官にそう言った。

チーフと呼ばれた男は無言のままブイヤベースの鍋を見ていたが、ティムのその言葉にちょっと首を傾げてから質問に答えた。

「今回の出港は突然の予定変更によるものだったからな、おそらくその特別な任務の場所にでも辿りついたのかも知れんな」

「へえ? それじゃアンタの出番かもしれないなチーフ」

そう言ったのはこの厨房の古参であるデーブだった。

「え? どうしてですか、デーブ軍曹? 何でチーフが…」

「ティム、デーブ、無駄口を止めて仕事に励め」

ティムの質問を遮るようにそう言ったチーフは夕食のオードブルの支度にとりかかった。

彼は心の中で思っていた。

今更自分の出番などある筈がない…あの日、オペレーション・ルシファーの後で情報将校を殴った事で自分の軍歴は終わったのだ。

今の自分は恩人でもあるアダムス艦長の下で好きな料理に没頭するただの料理番に過ぎない。

それにこの艦の艦長、アダムス大佐は冷静で優秀な判断力を備えた人物だ。

今更自分が出しゃばらなくても彼と彼の部下たちならどんな困難にも立ち向かえる筈だ…

チーフと呼ばれる男はそう思っていた……しかし数時間後、彼のその予想は裏切られる。

他ならぬアダムス艦長の命令によって、チーフことケイシー・ライバック曹長は前代未聞の突入作戦を指揮する事になるのであった。
 
 
 
 
 
 
【同時刻 土管帝国・某所】

≪マスター(管理者)、間もなく先端部分が海面に接触します≫

「慣性制御の方はどうだ? 負荷は大丈夫……みたいだな」

《モロボシはん、なんでこんなハデな真似せなアカンのや?》

《いくらボクたちの技術でもこれは相当に危険な賭けになると思うんですけど~~?》

「成功率は95%以上だろ? そんなに心配しなくても大丈夫だって」

≪普通この手の作業で2%以上の危険性があったら即座に中止になる筈ですが…どうやらマスター(管理者)の狂った脳味噌にはその程度の常識さえも残ってはいないようですね?≫

黙れやこの痛コン(痛いコンピューター)が! てめえに狂っただの常識がどうしただのと言われる筋合いだけは断じてないぞ!!

「仕方ないんだよ、思いっきりド派手にやらないとこっちのすることを無視したり逆に強硬策に出たりする国や人がいるからね…彼らを牽制するのと、この土管帝国の存在を全世界に知らせるにはこれくらいやらないとね」

《ふ~ん…》

《ホンマかいな~?》

≪建前はともかく本音はどうでしょうね?≫

……ふっ、所詮はポンコツか…男の浪漫がわからん不良AI共が。

「ほらほら君たち、無駄口はいいから作業続行!!」

《は~い》《へ~い》

≪先端部の海面接触まであと11秒、10・9・8・7・6・5……≫
 
 
 
 
 
 
【ワシントン ホワイトハウス・大統領執務室】

執務室でその映像を見ていた全員が驚愕と恐怖で金縛りになっていた。

おそらくはその直径が数十kmに及ぶであろう巨大な円盤が突然空中に出現しその中央から下がった針先のような先端が海面に着水、ゆっくりと沈んでいく様子を見せられているのだから無理もなかった。

「なんという…」「これは果して…」「BETAの仕業ではないのか?」「いや、これはそうは…」

混乱しながらも状況を分析しようとするスタッフを横目で見ながらコルトレーン大統領は自分の思考の中に没入していた。

(“自己紹介”か…確かにこれはとんでもない自己紹介になるな。 そして同時にこれは我々に対する警告とデモンストレーションか…アーネストやDr.香月の話から考えても第5計画の危険性を訴え、変更を促すための…だがこれだけではない筈だ。 もう一つの場所には一体…)

「大統領!」

「! どうしたね?」

スタッフの一人が叫び声を上げたために慌てて思考を中断した大統領に、その叫んだ男がもう一つのモニターを指さして言った。

「…こちらにも来たようです」

(!これがそうか…成程な、確かにこれなら第5計画の修正案となり得るかもしれん!!)

もう一つの場所を映す映像を見た大統領は心の中で密かにそう叫んだ。
 
 
 
 
 
 
【月周回軌道上・ラグランジュ3】

「…なんだあれは!?」

オルタネイティヴ5の移民船建造に携わる米宇宙軍のデーヴィッド・ボーマン中尉はその光景を呆然と眺めていた。

数日前に突然このL3で異常事態が発生する可能性があると言われ、しかも具体的に何が起きるのかは知らされずにその状況をリアルタイムで地球に中継しろと命令された時は危うくその場で暴れそうになったのを懸命にこらえた彼だった。

自分たちがいるのは真空の宇宙空間であり、地球上の常識が通用しない場所なのだ。

そこに異常事態が発生するのに十分な情報も与えられず、撤退どころか実況生中継をしろと言われればキレそうになるのも無理のない話である。

(地球のオフィスにいる連中はここがどんな場所か分かってないだろう!!)

その魂の叫びを腹の中に呑みこんでいざという場合を想定して様々な備えをしてきたボーマン中尉は、その自分の対策を嘲笑うかのように出現した物に驚き、そして呆れていた。

彼の視界に見えるモノ…それは全長が数十km、太さが1万メートルもある巨大な円柱であった。

そしてその円柱は1本ではなく、実に十数本もあった。

そんな非常識な物が何の前兆もなく突然自分たちの目の前に出現したことにボーマンは内心で動転しながらも、その映像を地球に送るべく作業を続行していた。

(ファック!……お偉いさんたちはこれを知ってたのか? だったら教えてくれてもいいじゃないか! 一体これは何なんだ!!)

ボーマンが心の中で漏らした不満は、しかし的外れであった……彼の言う“お偉いさん”たちも殆んど何も知らされてはいなかったのだから。
 
 
 
 
 
 
【土管帝国・某所】

《モロボシさ~ん、L3の方は無事に作業が終わりました~~》

《土管コロニーの回転速度もちゃんと安定しとるで~》

「そうか、じゃあ残るはこっちの作業だけ…か」

≪慣性制御システムはまだ解除出来る段階ではありません、海上メガポートの部分が海面に着水するまであと3分……静止軌道上のスペースポートの位置と速度は安定しました、軌道エレベータのタワーに異常負荷がかかる可能性は間もなくコンマ以下に下がります≫

「さすがに全高36,000kmもあるタワーを一夜で建てるとなると大変だな」

≪人ごとのように言っていますが一体だれの発案だったでしょうね?マスター(管理者)?≫

…もちろん言い出したのはこの私だがね。

さて、説明しよう。

まず我々がL3に出現させた巨大な円柱状の物体、これは我が土管帝国の建設した国土『土管コロニー』である。

基本的には全長50Km、直径が10Kmの巨大な土管をベースにしたスペースコロニーだ。

これが我々が用意した“人類の避難場所”である。

従来人類が考えて来たスペースコロニーはもっと小さく、材質も金属系の物が使用される事が予想されたためにあまり長期間に渡って人間を収容出来る代物ではなかった。

(おそらくガ〇ダム等で出て来るスペースコロニーは同じシリンダー型でもこれより小さく、使用期間もせいぜい半世紀程度だろう)

だが、この巨大土管をベースにしたスペースコロニーはメンテさえ怠らなければ優に300年以上は使える代物なのだ。

土台となった土管の強度や耐久性だけでなく、その基本構造に組み込まれた宇宙空間においての吸廃熱機構やエネルギー源となるソーラー発電システムの性能や耐久性もそれに準ずるのである。

そして今回L3に出現させた土管コロニーは、我々が人類に提供する難民キャンプの第1弾という事になる。

同時にこれは我々の目的と役割を一目で(解る者には)理解できるようにするための物でもある。

おそらく横浜基地でこれを見ている筈の香月博士やワシントンのコルトレーン大統領には事前に提供した情報と合わせれば即座に理解出来る筈だ。
 
 
そしてもう一つ、太平洋上に出現させた巨大な画鋲の正体だが…あれはつまり軌道エレベーターの基底部分だ。

直径50kmの円盤型メガフロートに海底に固定するための巨大な杭をつけた物が空中から降りて来たために巨大な画鋲に見えたのだが、実はちゃんと上の方にはエレベータ塔もついている。

その基底部から軌道上の遠心ブロック兼スペースポートまでの長さは実に36,000km以上になる。

何故こんな物が必要なのかと言えば、その理由は我々の計画で地球から避難させる人間の数が多過ぎるせいである。

従来の第5計画の10万人という人数ですら、シャトル等の手段で宇宙に上げるとすれば途方もない燃料や人員を必要とする事になる。

(はっきり言って第5計画が10万人しか脱出させられなかった本当の理由は宇宙船よりもむしろこっちの方だったのではないかと私は考えている)

だが、この軌道エレベーターであれば遥に多くの人間を効率良く宇宙に運ぶ事が出来るのだ。

そして静止軌道上(正確にはそれより少し外側)にあるスペースポートからラグランジュ点の土管コロニーまでは現在第5計画が建造中の宇宙船をシャトルとして使用すればいい。

メビウスを使って地球上の人間を片っ端からコロニーへ送るという手段もあるにはあるが、あくまでこの世界の人類が可能な限り自力でそこへ行く方が望ましいという点からこの軌道エレベーターの設置を決めたのだ。

問題はこれをどうやって設置するかだったが、下手にメガフロートだけ設置してエレベーターの建設などやっていたら何年かかるか分からないし、妨害等も予想される…そこで私は一計を案じた。
 
 
まずエレベーター全体を宇宙空間で建設し、それをそのまま地球に突き刺す方法を取ったのだ。
 
 
…いやそんなおかしな生き物を見るような目で見ないで欲しい。

確かにそんな事をすればタワーが崩壊するだろうと言いたいのだろうが、我々のテクノロジーをもってすれば決して不可能ではないのだ。

メビウスシステムを使った重力や慣性の制御によってゆっくりと先端部を海面に下ろし、そのまま海底に突き刺して固定させる…円盤状のメガフロートが海抜0に達した段階で静止軌道のちょい外側でバランサー役を務めているスペースポートの牽引する力とマッチさせて安定した状態へと持って行く…うん、別にどうという事のない作業だな。

≪こんな常軌を逸した作業をやらせておいて言う事がそれですかマスター(管理者)、あなたには一度常識や節度というものについての再教育が必要ですね≫

…本来スクラップになっている筈のポンコツが何か言っているようだが気にする必要はないだろう。
 
 
さてどうやら無事メガフロートは海上に設置出来たし、スペースポートも軌道上で安定しているようだ。

そして軌道エレベーターのタワーにかかっている負荷も充分耐久可能な範囲に収まっているな…取りあえず作業は成功のようだ。

「御苦労だった諸君、どうやら今回の作戦は成功したようだ」

《わ~い、ぱちぱちぱち~~~》

《あ~ホンマしんどい作業やったなあ~~》

≪出来れば次の作戦までにマスター(管理者)に常識を教える時間があるといいですね≫

…常識を教える時間だと? 生憎だがこれからもっと非常識な作戦が待っているんだこの私には。

まあ、それはアラスカに行ってからの話だが…そんな事より地上の皆さんはどうしているだろう?
 
 
 
 
 
 
【ホワイトハウス・大統領執務室】

「大統領、“ミズーリ”のアダムス艦長から連絡です。 突如現れたあのタワーにメッセージらしきものが書かれていると…」

自分が信頼する軍人の一人であるベイツ将軍にそう告げられたコルトレーン大統領はモニターにそのメッセージを映すように指示した。

そしてやがて映し出された映像には天まで届く塔に書かれた文字が見てとれた。
 
 
この塔を全ての人類で共有せよ
 
 
塔に書かれたメッセージを大統領とそのスタッフたちは無言のまま見詰めていた。
 
 
 
 
 
【国連軍 横浜基地・B19F】


「ア~~~ッハッハッハ~~~~ッ!!!!」


香月夕呼は腹を抱えて大笑いしていた。

「何これ!? 凄いじゃない! あ~~んな高い塔を突然空中に出現させてそれを海底に突き刺して安定させたってえ~~~!? なんてことしてんのよあのコウモリは~~~? 物理法則とかどうやって誤魔化してるのよまったくもう!!」

そして一頻り笑い転げた後、突然冷静な顔になった夕呼はモニターの中で起きた現象について考え始めた。

(空間転移、慣性制御、抗重力…それら全てを使えなければ不可能な芸当よねえ? やってくれるじゃないのあの男! 一体どんなテクノロジーとエネルギーを使っているのかしら? そしてあのタワーとL3のデカブツ……成程ねえ、それがアンタの第5計画修正案て訳ね。 確かにあのでかい土管の数さえ揃えれば理論上は全人類を避難させることも可能だけど…まあいいわ、どっちみちアンタの計画はあたしの計画が終わった後でなきゃ出番はないだろうし、あたしはアンタの計画に出番を与えるつもりは毛頭ないのよコウモリさん? アンタとアンタの持ち札にはあたしの計画の肥やしになってもらうわよ。 それでも不満はないでしょ? お互い“目的だけ”は完全に一致しているようだしね…フフ…フフフフフ……)

一人思考に耽りながら不気味な笑い声を洩らす天災科学者を2匹の小動物が怯えながら見詰めていた。

《霞ちゃ~ん、ボクあの人怖い~~~》

「……大丈夫です、いつもの発作ですから」

その言葉に心ひそかに傷つく夕呼であった(ひどいわ霞まで…)
 
 
 
 
 
 
【帝都城】

煌武院悠陽とその臣下たちは土管帝国出現の瞬間を駒太郎の投影映像で見ていた。

「ついにやりましたね、諸星…」

「ぐうむ…大したものだ」

「はい、この斑鳩も中将殿の見舞いも兼ねて近日中に訪れてみとうございますな」

「…ですが皆様、これで彼の国が何もせぬとは思えませぬが?」

悠陽、紅蓮、斑鳩らが口々に感嘆の言葉を述べる中で月詠真耶が懸念の言葉を口にした。

「うむ、確かにこの巨大なエレベーターとあのスペースコロニーをそのままにしておく米国ではあるまい、もっともそれを見越して鎧衣には国連の珠瀬に繋ぎをとってもらっておいたがな」

「また珠瀬には色々と難しい交渉をしてもらう事になりましょうが、あのコロニーとエレベーターは世界全ての民を救うための物…その事を米国にも解らせねばなりますまい」

「されど、果して彼の国はそれで良しとするでしょうか?」

その月詠大尉の言葉に少しの間沈黙した後、煌武院悠陽はこう言った。

「我らは皆、彼の者…諸星によって試されているのかも知れません。 果してこの世界の人類…即ち我らが彼の者が垂らした蜘蛛の糸を断ち切るような愚を犯さずに天に昇れる者達であるのか否かを」

悠陽のその言葉に紅蓮と斑鳩は厳粛な顔で頷き、月詠と侍従長は憤懣を堪えた顔を見合わせて次はどんな仕置きが必要かと目線で相談を始めていた。
 
 
 
 
この日、世界にその姿を見せた土管帝国の建造物…『ザ・タワー』と名付けられた軌道エレベーターと『シリンダー』と名付けられた土管コロニーは米軍によって一時的に占拠されたものの、そこに書かれたメッセージが国連や世界各国の首脳たちに知れ渡ったことにより、国連軍の管理下に置かれることが後日決定する。

そして世界各国はこの巨大な建造物とその創造主を巡る情報戦に入っていく事になるのである。
 
 
 
 
 
 
【2001年4月5日 アメリカ合衆国 アラスカ・ユーコン基地】

「ようこそユーコン基地へ、イノカワ少佐、モロボシ大尉」

輸送機から降りた私と猪川少佐を出迎えたのは眼鏡の美人さん(ハルトウィック大佐の秘書官)だった。

アレから3日、国連の上層部ではてんやわんやの大騒ぎだし各国も情報収集に余念がない。

だが完全に整備が行き届いた軌道エレベーターとスペースコロニーの中を調べた米国は、これを第5計画に組み入れるかどうかを真剣に検討し始めたようだ。

当然の事として米国の諜報機関は大統領に叱責されるとともに、この私に関する情報収集を本格化させる事になった。

そして私はといえば…

「ああ猪川少佐、あとでちょっと歓楽街の方に行ってきますので」

基地の建物に向かう車の中で私は猪川少佐にそう切り出した。

「昼間から酒か? 仕事を放り出すとは感心せんな」

「いえ、実はこれも仕事の内でして」

「ほお? 何の仕事かね?」

「そうですな…舞台装置の準備でしょうかね?」

帝都、横浜、このアラスカ、そしてニューヨークとワシントン…これらを舞台に私は大芝居を打たねばならないのだ。

だが、このアラスカにはまだ私の仕事と趣味を兼ねたフィールドが存在していない…今後の仕事やお楽しみのためにも是非必要な物を見つけにいかねば。

今日からここで『XOS計画』が始動する。

そして我が土管帝国の活動も…

さあ、始まりだ……我々の作る“おとぎばなし”の。

 
 
 
第39話に続く
 
 
 
 



[21206] 閑話その7「大統領の憂鬱」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/06/01 21:02

閑話その7「大統領の憂鬱」

【2001年4月10日 ワシントンD.C. ホワイトハウス・大統領執務室】

『…だから、あそこには空が無かったんだ…いや、だからあそこは閉じたパイプや缶詰の内側みたいな場所だったんだよ』

『そうだ…対象を確保するためにビルに潜入して…目に見えない何者かに手足の自由を奪われて、そして気がついたらあんな訳の解らない場所にいたんだ…本当だ!一瞬であそこに移動していたんだよ!!』

『たくさんいた…あの変な箱やクモみたいなロボット…子供みたいな声で…嘘じゃない!!本当にいたんだよ! それがおかしな歌を俺達にも歌わせようとして…仕方ないだろう!あんな意味不明な化け物相手にどうすればいいっていうんだ!!』

『捕獲対象の男と一緒になって歌ったり踊ったりしてるんだ…広い草原の中で…ああ、そうだよ…空がなくて…まるで巨大なコップの内側に世界を張り付けたような…上を見ると向こう側の地面があって…』

『まるで昔のSFにあったスペース・コロニーだ…俺たちがいた場所はそんなあり得ない場所だったんだ…ああそうさ、わかってるよ!そんな場所が存在する筈がないって…けどな、俺達は任務であり得ない筈の物をたくさん見て来たんだ…だとしたらあれは…』

『政府はどうしてあの男を捕まえろなんて…だっておかしいじゃないか!あんな物を作り出せるとしたらそれは我が合衆国しかあり得ない…上の連中の縄張り争いか!? そんな物に俺達現場を巻き込まないで欲しいぜ…ああ、あんたも下っ端だもんな…何がどうなってるかなんて知る筈がないよな…』
 
 
 
 
 
 
「…これが精神科の検査結果ではなく、わが国の優秀な諜報員たちの証言であるとは非常に残念な事だな」

ボイスレコーダーの再生を終えた後で、合衆国大統領ロバート・コルトレーンが皮肉交じりの言葉を口にするとその場にいた何人かの男が身体を固くした。

「政府の許可もなく他国の国民、それもロイヤル・ガード(王室警護)に関わる人間を勝手に拉致しようとして失敗…逆に工作員が拉致された挙げ句、向こう側でおかしな体験を散々させられて最後はこの部屋に送り返されて来た…か、世界にこれが知れ渡ればいい笑い者になるな」

「………」

この件に関する責任者であるCIA長官は無言のまま大統領の皮肉に耐えていた。

彼はこの作戦自体を知らなかったが、それをこの場で口にする事は出来なかった…自分が無能なお飾りであると言明するに等しい行為だからだ。

だが大統領はそれ以上彼を追及はせず、次の証言の再生を指示した。
 
 
『…そうです、あのタワーに上陸してからずっと…そう、内部に入って奥を見た時もですが…ずっと何者かに周囲から監視されていると感じました。  奇妙な事に敵意は感じず、ただこちらを遠巻きに見ているような…ええ、おそらく目視可能な範囲に存在した筈なのに姿が見えない…視覚用のステルス機能だとでもいうのでしょうかね? 明らかにすぐ近くにいるのにそれが見えない…それと子供の声のような…ええそうです、おかしな話ですが子供の声と思われる話声を何度も聞いています。
 
内部の様子ですか? 報告書にも書きましたが明らかにアレは人類を宇宙に上げるためのエレベーターです。  はい、そのための説明用音声ガイダンスや内部構造の説明書まで備えてあって…まったく呆れるほど至せり尽くせりな話です。  まあ、あのエレベーターに乗って見ようという気にはなれませんでしたが……確かに言える事はあの建造物は何者か人類以上の技術をもって我々のために作ったものだということです…その真意がなんであれですが』
 
 
「このケイシー・ライバックという兵士の証言はどの程度信用出来るのかね、ベイツ提督?」

再生が終了した後で大統領は海軍の重鎮であるベイツ将軍に内容の信憑性を訊ねた。

「大統領、このケイシー・ライバックという兵士は元海軍特殊部隊の指揮官を務めていた非常に優秀な軍人です。 過去に何度も危険な作戦を成功に導き、勲章も授与されています」

「だが現在は“ミズーリ”のコックだというではないか、何故そんな男をアダムス艦長は突入部隊の指揮官に選んだのかね?」

第5計画派に近い陸軍の将官がそう尋ねると、ベイツは胸を張って言い返した。

「確かに現在の彼は形式上はコックに過ぎない、しかし彼の実力と過去の実績を考慮すればその人選は当然ともいえるだろう。 まったくの未知の場所への調査活動だ…それに必要なのは階級ではない、確かな経験と実力だ。 “ミズーリ”のアダムス艦長も部下たちもその事を知っていたからこそライバックを指揮官に選んだのだ」

「それほどの男が何故コックに?」

「彼がコックになったのはオペレーション・ルシファーの直後です。 あの作戦でハイヴ付近までの隠密行動という無理な作戦を命じられた上にG弾の投下を直前まで知らされず、結果的に多くの部下を死なせる事になったのです……その後、生還した彼は情報担当の将校を殴ったために逮捕され、それに同情した多くの兵士の嘆願や将官たちの配慮でアダムス艦長が彼を引き受けたのです」

「……それも知らなかったな、あの作戦でそんな無謀が行われていたとは」

大統領はそう呟いた後で、また次の証言を再生した。
 
 
『驚きなんてものではありませんでした…目の前に突然あんな巨大構想物が現れたのですから。  …はいそうです、接近して行くと向こうから通信が…女性の声でした…その案内に従ってあのデカブツの一つに入る事が出来ました。  案内に従って内部に入ると…そこには地球と同じ緑の草原が広がっていました。  はい、大気の組成も地球と同じでヘルメットを外しても全く問題はありませんでした。  中の風景は…あの円柱形の内側に地面を張り付けたような…そうです、完全にあれはスペース・コロニーでした……一つ質問してもいいですか? 一体いつの間に計画の変更がされて……いや、だってそうとしか考えられないでしょう? 他にどんな理由であんなデカイ代物を作るって……いえ、中では誰にも会いませんでした。  ええ、何処からともなく音声の案内が……そうです、人間の姿がまったく…でもあれはどう見ても我々人類が生活する事を前提に作られた場所としか…』
 
 
 
「…それで、この証言にあるように実際に大勢の人間が生活可能な場所なのかね?」

その大統領の質問に宇宙軍の代表が答えた。

「大統領、現在までの調査ではまだそれを断言するには至っておりません。 ですがボーマン中尉の持ち帰ったサンプルや画像データから考えて、かなりの確率であそこに大都市レベルの人間を生活させる事が可能ではないかと思われます」
 
 
「それは素晴しい、ならばさっそく第5計画を実行に移すべきですな」
 
 
軽薄なまでに明るい口調でそう言った男がいた。

「…それは何故かね?副大統領」

重苦しい声で大統領にそう聞かれた男…合衆国副大統領マイケル・アルフレイドはそれとは正反対の気楽な口調で返事をする。

「大都市規模の人口を養う事が可能なスペース・コロニー、そんな物があるのなら別にアルファ・ケンタウリまで行く必要はない訳ですな? ならばすぐにでもそのコロニーを占拠して我が国が運用出来るようにしてから第5計画を実行段階に移行させれば全ての問題は解決するでしょう?」

「解決…? 破滅の間違いではありませんかな?副大統領?」

ベイツ提督の皮肉を込めた苦々しい言葉にその場の何人かが頷くが、副大統領はまったく気にした様子もなく話を続ける。

「現時点であの忌まわしいBETAに対して有効と言える戦略的手段は我が国のG弾戦略しかありません。  戦術機の開発に多額の資金を投入したり、SFモドキの計画に無駄な時間を費やすべきではないと申し上げているのですよベイツ提督」

「ほう…? そしてその結果こうなっても君は一向に構わないというのかねアルフレイド副大統領?」

そう言って大統領が示したファイル…M-78ファイルと呼ばれるそれを見たその場の人間たちは、それぞれが複雑な感情を滲ませた表情で沈黙した。

そのファイルにはG弾を使用した第5計画…バビロン戦略を発動した場合の地球環境に与えるであろう悪影響が克明に記されていた。

重力偏移による大気圧の変化と海水の大移動の結果としてユーラシアは海の下となり、南半球は完全に壊滅…北半球のごく一部でのみ人類の生存が可能になるという予測…まさしく悪夢以外の何物でもなかった。

本来合衆国の首脳陣にとって第5計画の本質はあくまでバビロン戦略の実行にあった。

通常兵器によるBETAの駆逐が不可能と考えた彼らはG弾の開発成功によってその方針を固め、そして推進するために国連のオルタネイティヴ計画にこの戦略方針をねじ込もうとしたのである。

そして日本案に対抗するために進めていた宇宙移民計画と無理矢理合わせる事でそれを予備計画として承認させた。

その時点ではまだ一部の科学者を除けば本当に移民計画を実行しなければ人類が滅ぶと考える者は少数だった…あくまで万一の場合の保険として移民計画を推進しておけばいいと考える人間が殆んどだったのだ。

だがしかし大統領が持っているそのファイルに記された内容は、その万一の場合が起きる…それもBETAによってではなく自分たち自身のG弾戦略によって引き起こされるという、笑えない話であった。

「すでにこのファイルの内容は国連や各国の首脳たちの目にも入っているのは間違いない…日本に関しては今更言うまでもないだろう、なにせこのファイルを最終的に完成させて帝国の首脳陣に見せたのはあの香月博士なのだからな」

“横浜の女狐”香月夕呼が帝都城御前会議で語った内容に関してはこの場の全員が知っていた。

その真偽に関して様々な憶測が流れたが、大統領自身が入手したファイルの内容を科学者が精査した結果は香月博士の分析を追認するものでしかなかった。

このファイルが事実であり、なおかつそれを世界の首脳たちがすでに知っているのであれば間違ってもG弾戦略の推進など口には出来ない…それが副大統領たち第5計画派を除く全ての閣僚たちの共通認識であったが…

「そんな物は信じなければいいだけの事ではありませんか?」

「…酔っているのかね?副大統領?」

あくまでも能天気…いや、無責任とさえ言えるアルフレイド副大統領の言葉にコルトレーン大統領が険悪な声をかける。

だが副大統領は全く悪びれるそぶりも見せず、大統領たちに反論する。

「そのファイルが事実であろうが無かろうがどの道BETAを倒すためにはG弾を使用するしかない、それはもう解り切った事ではありませんか?」

他にどんな方法があるのだと言わんばかりの副大統領に対し、大統領は静かに爆弾を投げた。

「…どうやらその方法が出来つつあるようなのだがね?」

「は?」「え?」「…!」「な!」「ふむ…」「…」「!?」

大統領のその発言に副大統領だけでなく、その場にいた全員が反応した。

「2月中旬に日本で起きたH21からのBETAの大侵攻を食い止めたのは、それまでにない新しい戦術と新型のOSを搭載した戦術機の活躍があったためのようだな?」

「大統領、確かにあの大侵攻の時に帝国のロイヤル・ガードと国連軍横浜基地の部隊が今までにない活躍を果たした事は事実ですが、それはまだ評価すべき段階かどうかは不明です」

「…それで未だにアラスカでの日本主導の計画に人間を派遣してはいないという訳かね?国防長官」

「!…いえ、決してそうではありません。 帝国との共同開発に選抜された衛士にその計画での研修を受けさせるために、すでにグレームレイクから現地に向かわせています」

「…その一人だけかね?」

「は…現時点ではその衛士1名と後は整備担当者数人です」

日本主導の計画に人員など割きたくはないという本音を隠しきれない国防長官の態度に大統領は内心で大きな溜息をついてから更に続けた。

「どうやらDr.香月や帝国軍はこれだけではない更なる新機軸を用意してH21を攻略するつもりのようだな…XG-70の改修にも意欲的の様子だ」

「!…アレを動かせるというのですか!?」

「馬鹿な!一体どうやって!?」

「まさか…例のユニットが完成したとでも?」

何人かのスタッフが驚愕を露わにしてそう叫んだ。

だが彼らの動揺も無理はなかった…本来XG-70は対BETA戦用の切り札としてアメリカが開発していた兵器であったが、ML機関の制御が難しくて有人での運用が不可能と判断されその後G弾の開発成功によりお蔵入りとなっていた代物だったのだ。

「Dr.香月は我が国の軍事ドクトリンにとって有益な機材…例の地中に潜む超大型属種を炙り出した探査システムの技術提供と引き換えにXG-70の早期引き渡しを求めている」

「むう…確かにそのシステムは我が国の戦術機運用方針にとって非常に有効なプラス効果があるでしょうが…」

本来近接戦闘を前提としない米国の戦術機運用にとって最も恐ろしいのは予想もしない場所からのBETAの出現と数の暴力であり、それを従来よりはるかに高い精度で教えてくれる横浜の新技術は是非とも欲しいところであった。

「現時点で我々には不要な兵器と咽から手が出る程欲しい新技術…彼女の申し出を断る理由は私には無いのだがね?」

大統領の言葉を聞いた執務室の中の面々はそれぞれの思惑を隠しながら沈黙を守っていた。
 
 
 
 
 
「…どう思うね提督?」

会議が終了した後、引き止めておいたベイツ提督に大統領は聞いた。

「どうとは…どの件に関してでしょう?」

「どの件もだが、ことにこの全ての案件に必ずと言っていいほど付きまとう影のような男…ダン・モロボシについてだよ」

「そうですな…工作員たちの証言やライバックやボーマン中尉の見て来た内容から考えてもこの男が何者であれ、一連の事態の中心にいるのはほぼ間違いないでしょう」

「うむ、だがCIAのしでかした一件でこの男と我が国との関係を築くのが難しくなるかもしれん…帝国はすでに将軍が彼を側近に据える程に彼との関係を固めているというのにな」

「彼は日本人でしょうか? それとも別の…?」

「それはまだ解らん。 だが、日本にあれだけの物を作る技術も資源もある筈がないとすれば…彼と交渉すれば我々もまたあれらの…いや、それ以上の何かを入手可能である筈だ。 そう、ちょうどこのファイルのように」

そう言って大統領は友人の伝手によって手に入れたファイル…M-78を示した。

「このファイルを私が入手出来るように計らい、そしてあの軌道エレベーターとコロニーの事を事前に知らせてきた事からも彼が私と直接話したがっていると思われるがね…」

「CIAによる接触は…マズイでしょうな、彼らには副大統領たちの息がかかっているでしょう」

「提督、誰か信用のおける人物を彼の傍に張り付かせる事は出来んかね? 出来れば君が個人的に信用出来て危機的な状況にも対応可能な人物がいいのだが…帝国側はあの男のお守にかなりの強面をつけたようだが、それに対抗できるくらいの…」

大統領の要望にベイツ提督はにっこり笑って言った。

「それならうってつけの男がいます……“ミズーリ”のコックですよ」
 
 
…こうして後にコウモリ男の専属コックとなる男の運命が決定された。
 
 
 
 
 
 
ベイツ提督が退出し、一人になった大統領は静かに考え込んでいた。

(がんじがらめとは現在の私の事をいうのかも知れないな。  この状況をどうせよと言うのか…現在我が合衆国は世界に並ぶ者がない強国として君臨しているかに見えるが、だからこそその手足は全くと言っていいほど自由にはならない。
BETA大戦によって世界から失われたものが多すぎた事が最大の理由か…ユーラシア各国はすでに事実上滅んだに等しいし、僅かに残された英国と日本の二つの島国も何時まで持ち堪えられるかは疑わしい。
だからこそ軍や国務省の一部が日本の乗っ取りなどという恥知らずなプランを考えているのだろうが…はっきり言って愚の骨頂だ! 仮に極東の最前線を保持するためにあの国を乗っ取ったとしても果して我が軍があの国を支え切れるのか? 元々前政権があの国からの撤退を決断した理由の一つが我が国の兵士たちの犠牲が多くなり過ぎたことにある…それが国民の反発を呼び、G弾推進派の誘導もあってあの国から撤退し、BETAによって事実上滅んだ後でG弾を使用してあの国を極東の最前線として再建、本国の盾となる属国とするつもりだったのだろうが…
無論、この私とて必要となれば恥知らずを承知でそのような手段を取るのをためらうつもりはない。
しかし本当にそれが我が国を守る事に繋がるという保証がどこにある?  あの国の国民は一見大人しく見えるがいざとなると恐ろしく頑固な部分がある…それを本当に御する事が出来るのか?
そして結果としてまた多くのこの国の若者たちを死なせる事になるとしたら…)
 
 
マグカップのコーヒーに口をつけてから、ロバート・コルトレーンは再び思考を始める。
 
 
(あの副大統領たちG弾推進派の連中はだからこそバビロン戦略の推進こそが唯一の道だというのだろうが、あの当時からG弾が地球に及ぼす悪影響はある程度わかっていた筈だ…それなのにそんな事を言ったのはとどのつまりユーラシアが二度と再び元に戻らなくてもこの合衆国に影響が及ばなければ問題ないと考えた結果か。
……つくづく愚かな連中だ!そうなれば結果として我が国はユーラシア諸国の難民たちを大量に、しかも下手をすれば半永久的に抱える破目になるかも知れんというのに。
そしてこのM-78ファイルの内容がもし正確なものであればG弾の使用は確実に地球全体の破滅に繋がるだろう…そうなれば生き残った他の国の人間たちの怨みと憎しみはどこへ向かう? 間違いなく我が国に向けられる筈だ。
そしてあのスペース・コロニーを我が国が独占した場合、おそらく他の国々は我が国だけが助かろうとしていると判断するのは間違いない…そうなれば我が国は世界から完全に孤立しかねない! 
例えどれ程の軍事的、経済的優位を確保しているとしても世界を滅ぼして自分だけ助かろうとすれば全ての国を敵にまわす事になるのは必然だ)
 
 
大統領は窓の向こう…ホワイトハウスの庭とその向こうに広がる自分の祖国の事に想いを馳せた。
 
 
(そしてこの国の現状…国民多くはBETA大戦の恐ろしさを知識としては知っていても実感を持っている訳ではない…確かにこれまで多くの米国兵が死んでいったが、その殆んどは難民から採用した兵士たちだ。
もっとも、だからこそ今日まで我が国は世界に軍を展開してこられたのだが…もし、日本の防衛で発生したような大量の“アメリカ人の”戦死者が発生すればもっと早く我が国の中から対BETA戦争から手を引くべきだという声が上がったのは間違いない。
…それがどれだけ短絡的な意見であろうと一人の人間、一人の親としてはある意味当然の感情だろう。
だが、実際にそれをやれば結局最後は我が国の国境や海岸に押し寄せるBETAを相手に本土防衛戦を行うことになるだろう…そして日本のような悲惨な消耗戦を避けるためには自国の領土内で戦術核…いや、場合によっては戦略核やG弾の使用すら考えなくてはならない。
他国の国土でそれが出来たとしても、果して自国の国土…場合によっては逃げ遅れた兵士や市民がいる場所への核の使用を本当に決断出来るだろうか…この私は)
 
 
自分に国民や兵士たちを核の火で焼き殺す覚悟はあるだろうか…少しのあいだ悩んだ後で、大統領はそれをやめた…その時にならなければ自分でも解らない事だったからだ。
 
 
(だからと言って国民に現状を実感させるのもまた愚だ。 彼らにそれを悟らせると今度はそれが国内の景気を押し下げる事に繋がりかねない…前線国家たちは我が国が世界の兵站としての地位に胡坐をかいて国民は安穏と暮らしているとそう思っているが、逆にいえばそうだからこそ我が国は世界の前線国家に兵站を供給出来るのだ。
もし我が国の市民がBETA大戦の脅威に本心から脅え、不安と疑心暗鬼に駆られてしまったら…事実上世界を支えている我が国の国内経済はどうなってしまうか…消費が冷え込んだり、無意味な買い溜めに走られたりすればそれだけ国の経済に…ひいては我が国の国力に与える悪影響は計りしれない。
だからこそ国民には安心を与えておくべきなのだ。 そのために重要なのはやはり極東の最前線である日本と…そしてアラスカだ。
あのアラスカにあるレッドラインに火がつくような事態だけはなんとしても避けなければならんが…果してソ連がBETAの侵攻を何時まで食い止めるのか…いや、そもそもあの国の首脳たちの考えをこちらの常識で判断するのはそれこそ危険なのだ。
…そしてあのユーコン基地の事がある。
あのユーコン基地で行われている計画とそこに日本が持ち込んだ新型OSの試験運用計画…日本嫌いの国防長官は乗り気ではないが、もしもその計画から戦術機の新たな進化が始まったらどうする?
結果として我が国は次世代の戦術機開発から遅れをとるなどという、あってはいけない事態が起きないと誰が言えるのだ?
そんな事態を避けるためにも我が国の衛士や技術者を派遣して技術の習得に励むべきではないのか?
だが、そんな箸の上げ下ろしまで私が直接指示する訳にもいくまい…どうも国防長官は我が国の戦術機の威力を示す事でプロミネンス計画自体を潰す事を考えているようだが、その辺の暴走を抑える程度にしておくべきか…まだ判断するのは早いか)
 
 
深い溜息とともに大統領は再び椅子に戻った。
 
 
(今回の赤道上とL3に出現した巨大構造物…これらを用意したであろうダン・モロボシという男…彼が粗筋を描いたと思われる帝国主導の計画…これらをなんとしても我が国の安全と国益につなげる必要がある。
それを帝国は妨害するだろうか…? いや、あのサカキの人間性と政治姿勢から考えてその可能性は少ないだろう…仮にショーグンサイドが異論を挟んだとしても事前に彼と話をつけておけば問題はなかろう。
問題なのはむしろ我々の側、あの困ったアルフレイドとその友人たちの方か……第5計画派とそのバックにいる財界人共は何故あんな愚か者をこの件の主導者に仕立て上げたのだ!!
あの男は周囲に与えて貰った権力と椅子を自分の実力で手に入れたものと勘違いしている…それどころか私の座っている大統領の椅子こそが自分にふさわしいとさえ妄想しているようだ。
つくづく愚かな男だ…現在のこの私、アメリカ合衆国大統領がどれ程の重荷を背負いどれ程の枷を嵌められているのかすら理解出来ない男がこの椅子に座りたいとは…
あの男やその友人たちにだけはこの国や世界を委ねる訳にはいかん…そのために例え禁忌を犯すとしても)
 
 
物想いに耽るのを終えた大統領は自分の机の引き出しの一つを開け、中にあった電話の受話器を持ち上げた。

『…はい』

「…国家が内部分裂の危機に直面している。 君たちの力が必要のようだ」

『お話の件がオルタネイティヴ第5計画派の暴走に関する事でしたら我々はすでに彼らの内部に侵入しています』

「そうか…では彼らが極東の最前線を崩壊させたりしないように手を尽くして欲しい」

『承知致しました…大統領閣下』

電話が切れた後、受話器を戻した大統領は呟いた。

「頼んだぞ…スミス博士」

 
 
閑話その7終り
 
 
 
【おまけ】

《…てなことを大統領たちは話してました~~~》

「エライ人たちは大変だねえ…そんなおバカさんたちを相手にしなきゃいけないなんて…」

《でもでも~その派遣されてくるライバックさんて凄いひとですよ~~、見えない筈のボクたちにちゃんと気付いてましたから~~~》

「へえ~そりゃあ凄い…なにも斯衛だけが達人て訳ではないか…」

《それで本業はコックさんだっていうんですからねえ~~》

「そりゃ楽しみだ♪ 美味いメシでも作って貰おうかな?」

≪大統領と違ってマスター(管理者)はお気楽ですね…世界の命運を背負っているという責任感のカケラも感じられません≫

…ほっとけ





[21206] 閑話その8「チビコマな日々」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/06/09 17:44
閑話その8「チビコマな日々」

【2001年4月某日 朝 帝都城】

《おはようございます殿下~~》

「おはようございます駒太郎、今朝は良い天気ですね」

《はい~ホントにいい天気ですう~~~》

「殿下、朝餉の支度が整いましてございます」

「わかりました真耶さん、すぐに参ります」

「はい、承知いたしました」

《それでは殿下~、ボクは仕事にかかります~~》

「まあ、もうですか? そなたは働き者ですね駒太郎」

《えへへ~~がんばりま~す♪》
 
 
 
 
皆さんこんにちは、ボクはチビコマ1号の駒太郎です~~

ボクは本来モロボシさんのお仕事を円滑に進めるために悠陽殿下の許に贈られたのですけど、今ではすっかり殿下に気に入られています~

ボクも殿下の事が大好きなので、いまではすっかり仲良しになりました。

え? ひょっとしてペットの身分に馴染んでしまって自分の仕事とか忘れてないのかって?

そんなことないですよ~~~~~、ちゃんとお仕事だってしています~~~!!

現にこれからだって誰もいない部屋にこもって光学迷彩で姿を隠しながらお仕事を始めるところなんですからね~~

え? ちなみにどんなお仕事かって?……ちょっとだけ見せちゃいます♪
 
 
 
 
ボクの仕事は悠陽殿下のお手伝いと連絡役…というのが表向きの理由ですけど本当は殿下の周囲にいる悪い人達の様子を探ったり、その人たちの悪だくみから殿下をお守りしたりするのが本当のお仕事だったりします。

だから殿下がお仕事をされている間にボクも自分の仕事をしているのです(でも遊ぶ時は一緒に遊びますけど…テヘ♪)

さて、今日の仕事だけど…まずは昨日の夜にこのお城やいろんな場所で集めた情報の整理とか分析とかしなくちゃ。

まずはお城の中だけど…不思議なことにここは悠陽殿下のお城なのに殿下に本心から忠誠を尽くしている人は半分程度しかいないんですよね~~~

まあもちろん封建国家じゃあないんだからそれがある意味当然…ってモロボシさんは言ってるけど。

でもなんだか落差が酷すぎるんだよねえ~~、殿下を心から敬ってる人たちは実権を手にされた殿下を少しでもお助けしようと一生懸命だけど、殿下に対してなんだか不満を持ってるみたいな人達たちの方は陰に廻ると『あの小娘』とか言ってるし~

もちろんそういう事を言ってる人たちの名前と行動はちゃんとチェックして真耶さんに教えてますよ~~……でもそういう時の真耶さんて怖いんですよね~~なんだか“しゅくせいちょう”とか書いてあるノートに詳しくボクの報告を書いているんだけど、その時とてもコワい顔で笑ってるんです~~~(ブルブル)

それとこっそりお城の外と連絡を取ってる人なんかも何人かいますけど~、この人達には3種類くらいいるみたいです。

まず、このお城の中の出来事や殿下の様子を本土防衛軍やCIAに教えている人たち……真耶さんが“絶対に殺す”と言ってる人たちですが、どうやらお金や利権と引き換えにやってる人たちみたいですね~~

モロボシさんが『大事な獅子身中の虫だから、いざという時まではそっとしておこう』と言うと、真耶さんと侍従長さんは歯軋りしながら頷いてました。
 
 
次に斯衛の人なのになんだか殿下よりも他の摂家の人たちのために働いていて、しかも殿下のスケジュールとかプライバシーに属するような事まで逐一その摂家の方に報告してる人が何人かいるんですけど、そっちの方はどうなってるのかまだよくわかりません。

殿下や真耶さんのお話だと、斯衛の兵は将軍家や摂家に近い武家の出身者が多いのでそれぞれの主筋の都合とかに従わなければならない事情があるのだそうです~~

モロボシさんの言う事には『その辺に踏み込むにはまだ準備不足だし、知り合いの“黒豹”に仕込みのタネを用意してもらうまでは余計な事はしない方がいい』って言ってましたけど~~、でもあの“黒豹”さんて確かまだ女子〇生でしたよね~~、そんな人に一体何をしてもらうんだろ~?
 
 
最後はお城や城内省の中の情報を政府や軍や他のお役所へ流している人たちですけど、モロボシさんの話だとこれは意図的な情報のリークだって話です~~

ボク達の世界もそうだったけどこの世界の日本もやっぱり“タテ割り”が幅を利かせているので各省庁間の間の意志疎通が難しいし、特に特殊な孤立した立場にある城内省はこうしてある程度の情報を裏口から流さないと却って不便なことになるんだそうです~~

でもその情報の中に本来漏らしてはいけない情報がこっそり混ぜられていないかもチェックしないといけないってモロボシさんに言われているので、内容のチェックは大変です~
 
 
…あれ? またどこかにこっそり連絡している人が~~~

どこだろう~~~? ふう~~~ん、一條家? 確か以前ミニコマたちを張り巡らせた時に五摂家の崇宰家に来ていた人の家か~~~

…また何か悪だくみかなあ~?
 
 
 
 
 
 
【AM10:00 国連軍・横浜基地 B19F】

「…何かわかりましたか、駒之介さん?」

《う~ん、まだまだ解析不足だけど~でもでも、なんとか正気に戻す事は不可能じゃないとおもうな~~》

「…そうなるといいですね、でも…」

《00ユニットの事ならモロボシさんが生きた脳髄を維持したままで実現出来る方法を探してますよ~~》

「…出来るでしょうか?本当に?」

《多分大丈夫だと思いますよ~~、ボクらの世界の科学者たちも協力してくれてますから~~》

「…はい」

《あれ?……ごめん霞ちゃん、ちょっとここを離れてもいいかな~?》

「…どうかしましたか?」

《うん、もう一つのお仕事が呼んでるみたいなんだ~~》

「…わかりました……気をつけてくださいね」

《うん、ありがと~~》
 
 
 
 
 
皆さんこんにちは~~、ボクはチビコマ2号の駒之介で~す。

ボクの毎日は霞ちゃんと共にあります~~

え?うらやましいって? えへへ~……でもですねえ~~毎日毎日、あの怖~い夕呼先生から逃げ回りながらですけどね~~

ボクの仕事は基本的に2つです~

まず1つ目は霞ちゃんのサポートです。  夕呼先生の指示で純夏さんの脳髄にリーディングとプロジェクションを行っている霞ちゃんの努力が実を結ぶようにお手伝いするのと、霞ちゃん自身の心が成長するようにいろんな映像やお話を見せるようにしているんです~~

そしてもう一つが冥夜さんたち207Bのみんなに、大人たちの身勝手な思惑で危害が加えられたりしないように見守る事なんです~~

冥夜さんたちは自分たちがこの国のために働こうと一生懸命なのに、どうしてそれに危害を加えようとするのかな~~? モロボシさんに聞いても『まあ、それが人間さ…』って言うだけで教えてくれないし~~

そして今もこの基地の周りに潜んでいる人たちの中に冥夜さんを狙っている人がいるみたいなんだよね……

冥夜さんたちは今、グラウンドでまりもちゃんに扱かれてる最中です…月詠さんたち警護小隊の人達は……気配を隠して周囲の警戒をしてますね~~

上手く周囲を固めているから曲者たちも冥夜さんたちに危害を加える事は出来ないみたいだな……でも~~ちょっとだけ脅しておこうかな~~?
 
 
 
 
刺客は悩んでいた。

自分の主筋から与えられた使命は、この横浜基地に所属する訓練兵に死なない程度の怪我を負わせる事であった。

その訓練兵が誰かに瓜二つである事を知った時には流石にうろたえたが、長年の仕事で培った自制心がそれを抑えた。

それが誰であろうと主君の命ならばそれを果たすまで…そう考えてここに来たのだが、彼女の周囲を固める斯衛兵の警戒振りを見て再度唸った。

(たった四人の護衛がこれほど手強いとは…)

月詠真那とその部下たちの事は聞いていたが、はっきり言って桁違いの相手であった。

仮にまだ未熟さを伺わせる部下の三人を標的から遠ざける事が出来たとしても、月詠真那を欺く事は不可能だろう…彼の刺客としての長年の経験がそう告げていた。

(直接手出しをするのは不可能に近い…これは何がしかの仕掛けを用意して事故でも起こしてそこに標的の訓練兵を巻き込む形にするしかないか?)

今日のところは様子見だけにするしかないと刺客が考えたその時…

(むっ! 何奴!?)

突然背後に何者かの気配を感じた刺客は後ろを振り返ったが、そこには誰もいなかった。

(…どういう事だ? 確かに何かの気配が…人のようなあるいは獣…いや、一体なんだ?)

周囲に気を配りながら彼はじりじりと動きつつ、その場を脱出しようとしたが…
 
 
どごん!
 
 
いきなり頭上から落ちて来た木箱に頭を強打されて意識を失った。

そして壊れた木箱の中から現れたのはやはりというか駒之介であった。

《曲者御用だ~……って言っても仕方ないんだよね~、さてこの人をどうしようかなあ~》

「…それは是非私も知りたいところだな」

《あれ? 月詠中尉さん?》

何時の間にか駒之介の目の前に月詠真那が立っていた。

《うわ~~、さっきまで随分離れた場所にいたはずなのに何時の間に~~?》

「余計な真似をしてくれたな…今少しこの男を泳がせておけば動かぬ証拠をつかめたものを」

不機嫌そうな顔でそう言う月詠を相手に駒之介は必死の言い訳を開始した。

《え~とですね…別にこれは月詠さんたちのお仕事を取ろうとしたんじゃなくて、たまたま1号機の駒太郎が一條家の人たちの悪だくみを知ってしまったのでそのフォローをですね~……》

「…ほお? それではこの者は一條家の放った刺客だと申すか?」

《…みたいです~、殿下に直接手出しは出来ないし他の摂家の人たちも腰が重いからって言って…それでせめて殿下の心を揺さぶるために冥夜さんに怪我を負わせようとしたみたいです~~》

「……下司共が!」

(こわいよお~~~~~)

AIのチビコマを怯えさせる程の怒気を放つ月詠だったが相手が一條家とあっては下手な騒ぎを起こす訳にもいかないと考え、チビコマに訊ねた。

「…諸星はこ奴をどう使うつもりだ?」

《それなんですけど~~、今アラスカのモロボシさんに聞いてるんですけど“一條家の人たちをどうにかするのはもう少し先にした方がいい”って言ってまして~~、この人は向こうに送り返すのが一番いいそうです~~》

「……ふん、成程な」

《はい~?》

「諸星に伝えておけ…色々と複雑な画を描いているようだが我らが何時までも貴様の手の上で踊っていると思うな…とな」

《は~い、わかりました~~♪》

「…その男は貴様たちの好きにするがいい」

あくまで能天気なチビコマの対応にあきれ果てたのかそれともモロボシの策を黙認したのか、月詠真那はその刺客の始末を任せるとその場を立ち去った。

《あ~怖かった~~~さて、この人をお家に連れて行ってあげなくちゃ~~~♪》

月詠中尉が立ち去った直後、その場から駒之介と刺客の姿も幻の如く消え去っていた。
 
 
 
 
 
 
【帝都城・夕刻】

「…ではその曲者は一條家の庭先に転がしておいた訳か?」

《はい~、もともとあの家の物だから持ち主に返しておけば問題はないとモロボシさんが言ってました~~》

「…まったくあの男は」

横浜基地であった刺客の一件を駒太郎から聞いた真耶は呆れながらも安堵していた。

刺客の送り主が摂家にも連なる名門ともなれば事を公にする事は出来ない…武家や将軍家の体面もあれば冥夜の存在を炙り出す事にも繋がりかねないからである。

(だからこそ彼奴等も冥夜様を狙ったのであろうが…おのれ一條!このままで済むと思うなよ!!)

腹の中に怒りを呑みこんだ後、真耶は駒太郎に念を押した。

「よいか、この事はくれぐれも殿下に言ってはならんぞ。  今、あのお方は大切な時期なのだからな」

《はい~、わかってます~~~モロボシさんにもそう言われましたから~、当分はボクや真耶さんたちが何とかしなければいけないんですよね~~?》

「…そうだ、わかっていればよい」

《は~い》

悠陽の復権からまだ幾日も経っていない現在、彼女に余計な負担をかけるべきではないし摂家や将軍家の争いなど到底表に出す訳にはいかない…それがわかっているからこそのモロボシや真耶の判断であった。

(だが一條家や二条家のこの愚かな振る舞いは流石に目に余る!! なにかいい手はないのか…?)

悩む真耶であったが、今のところ有効な手が無いのも事実だった。

《あの~真耶さん?》

「む、何だ?」

《一條家やその他の名門の人達の事ですけど、モロボシさんが時間をくれれば自分がどうにかするって言ってますけど~~?》

「…むう、しかしあ奴に武家や摂家の何がわかるのだ? 畑違いではないか?」

《はい~、ですから今度日本に帰って来た時に相談したい事があるそうです~~》

「いいだろう、どんな企みがあるか知らんが話だけは聞いてやろう……さて、無駄口はここまでだ。 間もなく殿下が御政務を終えられる筈だ、迎えの支度を整えるぞ」

《は~い♪》
 
 
 
 
 
 
【PM8:00 国連軍・横浜基地 B19F】

「…そうですか、大変でしたね」

《ボクは本来兵器だから平気ですけど~、冥夜さんたちは生身なんだから気をつけてあげないと大変ですよね~~》

「…駒之介さんは兵器だったんですか?」

《はい実はそうなんだけど~~、なんか兵器としては役立たずだって言われて~~それでモロボシさんに引き取られたんです~~~》

「…そうですか……私と一緒ですね」

《……霞ちゃん》

「…平気です、今はもう…」

《大丈夫だよ、霞ちゃんには香月博士やボクがいるし~~、それにその内にタケルちゃんだって…》

「…タケルちゃん……駒之介さん、それは純夏さんの記憶にあった…」

《しまった…まだ早いんだった…》

「…まだ聞いてはいけないんですね?」

《う、うん、ごめんね霞ちゃん…》

「…いつかは教えて貰えるんですか?」

《うん、もちろん霞ちゃんには全部教えるつもりだよ》

「…ありがとうございます」

《そ、そんな~~、御礼なんて~~~(テレ)》
 
 
 
「まったく…仲のいいこと」

「ねえ夕呼…社少尉と話してるのは一体…何?」

ドアの隙間から二人(?)の様子を覗き見ていた夕呼とまりもだったが、見えない“なにか”と話をしているようにしか思えない霞の様子を見たまりもが夕呼に訊ねた。

「…さあ?」

「さあ…って、貴女がわからないの?」

「そりゃそうよ、あのコウモリが勝手に人の仕事場に放していったんだから…霞には懐いているみたいだけど」

「まったく、あなたといいあの諸星さんといい…もう少しまともなお友達を霞ちゃんに作ってあげようとは思わないの?」

「ちょっとまりも~~、いくらなんでもアイツと一緒にしないでよ~~~」

「はいはい…(でも霞ちゃんの表情が少し豊かになったかしら…だとしたらいい事かもね)」

(でも、随分面白いキーワードを口にしてたわねえ? “タケルちゃん”ですって~~~? あのコウモリの“基礎知識”とやらは一体どんな代物なのかしらねえ~?)
 
 
 
 
 
 
【帝都城・深夜】

城の屋根裏で駒太郎は情報をモロボシに転送しながら彼と話ていた。

《てなわけで~、取りあえず世は事もなし…って事になりました~~》

『あ~そりゃなによりだね、当分はその調子で頼むよ~~~♪』

《…モロボシさ~ん、なんか酔ってませんか~~? そっちはまだ明るいですよね~~?》

『いや~~、これも仕事の一環なんだよ~~ ケイシー、もう一杯今度はジンの銘柄を変えてスコッチはこっちの…… ああごめん、それじゃあ取りあえず月詠ズも納得はしてくれた訳か…』


《はい~でもお二人とも凄い表情でしたよ~~、このままじゃ何時かは爆発しちゃうと思うんですけど~?》

『…仕方ない、気は進まないがやはり“黒豹”と“ブラウニー”の力を借りるしかないかな?』

《…いいんですか~~? あの二人って確かまだ学生さんでしょ~~?》

『普通の学生とは違うよ…少なくともあの“ブラウニー”君はね。 それにあまりあの摂家や公家の亡者たちを放置しておくのは危険だろうしね…止むを得ないだろう?』

《そうですね~~、それじゃああのお店に電話しますか~?》

『いや、年頃の娘に変な男から電話があったらそれこそあそこの親父が何を言い出すかわからんし…ふむ、あの“あかいあくま”にでもお願いするかな? …あとでごっそり金をむしられそうだが』

《わかりました~~それじゃあ電話を~~……》

『ああ今日はまだいいよ、こっちの仕事が終わったら自分でかけるからね。 ケイシー、今度はこっちのスコッチ…バーボン? そんな物は邪道だろ?…美味いって?ホントかよ?じゃあダニエル以外でね …ああゴメン、それじゃあそう言う事で…またね』

《…なんだかな~~~》

明らかに酒が入っていると思われるモロボシとの通信を終えた駒太郎は溜息をついた(器用なAIである)

自分たちチビコマが護っている少女たちにはあまりにも重い使命と辛い試練が待っている。

それを助けるのが今の自分の存在意義だ…いつのまにかそう思うロジックが出来あがっている事にチビコマは気がついた。

《これって…もしかして“心”なのかな? ボクたちAIにも魂(ゴースト)があるのかな?》

答えを得られないまま城の屋根に出て空を見上げると、そこは満天の星空だった。

《キレイな星空だなあ~~、明日も晴れるかな~?》

…未だ帝国の夜明けは遠く、しかし希望の星は確かに輝きを放っている。

チビコマはその希望の光を護るために新たな情報を求めて次の作業を開始するのだった。
 
 
 
閑話その8終り
 
 
 
 
【おまけ・とある悪魔との契約】

「…という訳で“彼”の力を借りたいんですが?」

『呆れた公務員さんね~、学生に犯罪を唆すなんて』

「…昨今の学生は禁断の“相克渦動原理”に基づく『願望機』の製作などが課外授業の科目ですか?」

『…あら、ひょっとして脅してるのかしら~?』

「はっはっは…イエイエトンデモナイ、お願いしているだけでして」

「……上質天然物30個ね、それで手を打つわ」

『…いくらなんでも30個は無いでしょう!…せめて20個にしてください』

「アンタ一応公務員でしょうが!……いいわ25個よ、それ以上はマケないからね!」

『承知しました…(トホホホホ…大赤字だ)』








[21206] 閑話その9「日本民主主義人民共和国の事情(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/06/17 18:21
閑話その9「日本民主主義人民共和国の事情(前)」

【仮想空間内 電脳CULB・ヴァルハラコンビネーション】

『諸君、我が“ヴァルハラコンビネーション”へようこそ!』

司会の男性がそう呼びかけると、この仮想電脳空間サイト“ヴァルハラコンビネーション”に集まったメンバーから拍手と歓声が上がった。

『さて諸君、本日の議題はいよいよ本格的に稼働を始めた並行地球群連合の難民救済計画に関する我々の介入度合に関してだ。  知っての通りこの計画の遂行を委ねられているのは我々の友人であり同志でもあるモロボシ氏だ。  彼は自ら志願して連合の救済計画にプランを提出、そして並行基点観測員として現地…すなわち我らが“聖地”であるオルタ世界へと赴いたのだ!』

『おお~』『すごい~』『うらやましい…』『何故あ奴だけが…』『オレもいきてえ~~~』『…ハルーはオレの嫁だからな~~』『おまえ、死ね』『霞~~~』『イーニァ~~~~』『ああ…夕呼先生のヒール…』『…さっさと病院へ逝け!』『おい、鳴海のヘタレはまだ生かしておくのか?』『…殺す気でいたのかよ!?』『何故唯依ちゃんをアラスカへ行かせたんだ!あそこは…』『落ち着け、全ては計画通りだろうが』『だがあのメガネ野郎ではいざという時に…』『やはり我々が直接介入をすべきでは…?』

『諸君、静粛に!!』

会議の始まりと同時に一斉に勝手な台詞を言い出し始めた参加者を司会が黙らせた。

このサイトの主催者であり、リアル世界では某大手玩具メーカーの社長でもある彼の言葉はここでは絶大な力を持っていた(霞萌えを口に出しさえしなければ…だが)

『諸君が不安になるのも理解出来る。 だがしかし、すでに計画は動き出したのだ! 今はモロボシ氏のする事を見守りつつ、今後の課題と問題点を検証しようではないか!』

司会者のその言葉が終わると同時に、幾人かから発言を求める挙手のサインがあった。

『社長…いえ議長、このまま彼は第4計画へのサポートを中途半端な物にするつもりなのでしょうか?』

『冗談はよせ!このままではA-01の犠牲が半端では無くなるぞ!?』『いくら沙霧たちを抑えたからと言ってもそれだけではまだ…』『大体、どうして弐型の開発を横浜でやらないんだ! その気になれば出来ただろうが!?』『アラスカがどうなろうと唯依ちゃんの安全が優先だろうが!』『馬鹿言え!!それじゃあイーニァとクリスカはどうなる!?』

『静粛に!…第4計画へのサポートは表向き連合の計画には含まれていない、だからこそ“第5計画の修正”という形をとりながらそれを第4計画への支援に変えているのだ。 不満はわかるが現在のやり方を超えて第4計画を支援すれば我々の計画自体がとん挫しかねないだろう…それを理解してもらいたい』

『クーデターの方は大丈夫なんですか? 沙霧は取りあえず大人しくなったようだが他に不安要因はないのでしょうか?』

『今のところは大丈夫だとモロボシ氏は言っている。 しかし同時に米国の諜報機関が帝国の乗っ取りを諦めた様子がないとも言っていたがね』

『…やはり』『おのれ鬼畜米国!』『奴ら全員月詠ズに斬られてしまえ!』『どうする気だ?奴らが新しいクーデターを計画したら…』『その前にいっそワシントンになにか仕掛けて脅すとか…』『馬鹿言え!それじゃ逆効果になるぞ』

『諸君!静粛に! 米国に対する反発は当然だが、それを理由に暴挙に奔るべきではない! 我々の目的はあくまでも霞…げふん!あの世界への救援であって米国の打倒ではないのだ』

《《《《《今、本音を言いかけただろ?この男……》》》》》

参加者を宥めよとして司会者自身が脱線しそうになっているからこの手の集まりは始末におえないと言うべきだろう。

『議長、以前に提案された『178計画』の実現はどうなってますか?』

一人の参加者のその発言に、何人かの目の色が変わるのが議長には見て取れた。

『…それについては時期尚早だとモロボシ氏から連絡があった。 現在のあの世界の状況ではおそらく第4世代機の開発後でなければ実現は難しいだろうとの事だ』

『あー……』『やっぱり…』『くそおっ!あのハイネマンの鼻を明かしてやれる物を…』『仕方ないだろうなー、金も物資もないんじゃ…』『せめて実証用の試作機くらい…』『出来ん事はないだろうが、それを基に量産機を製造すること自体が…』『あからさまな支援は後で問題になるしなあ…』

『諸君、『178計画』についてはいずれ何かの形で実現させることも出来るだろう。 これは今後の課題としておこう』

『賛成』『異議なし』『妥当だな』『…仕方ないでしょうね』『そうだな…』『うん…』

『議長、コロニーの建設は順調なんですか?』

『いい質問だ、土管コロニーの建設は予定されたスケジュールどおりに進行中との事だ。 このままあの世界をあと10年以上持たせれば万一の場合でも全ての人類をあそこに収容する事は可能になるらしい』

『へえ~』『ふうん…』『宇宙世紀の始まりか…胸が熱くなるな』『けどそれは地球がダメになった場合って事だよね?』『…そうなる前にどうにかするのが我々の使命だ!』『そうだ!そして世界を平和にしてイーニァとクリスカを助けるのだ!!』『おい、個人的な欲望は慎め』『…あの二人を助けるならソ連を潰せばそれでいいのでは?』『だから危険な発言をするなっちゅーに!』

『諸君、静粛に! それでは次の議題として……』
 
 
 
 
 
 
『なかなか活発な議論が進んでますね、ハナガタミ社長?』

『ああ、皆それぞれ真剣に提案してくれるので有難いですよ…もっともその『真剣』の方向性を間違えてる人もかなり多いけどね』

『まあしゃあないやろな、所詮は好き者の集まりやから…』

『我々も含めて…ですな』

『まったくその通りですね』

仮想空間の電脳サイトで“おとぎばなし”のファンたちが議論しているのと同時並行で、その裏サイトでは司会者であるハナガタミ・ツル社長と彼の…そしてモロボシ・ダンの仲間でもあるメンバーが会議を開いていた。

『ところでシオウジ教授、あなたは本当に00ユニットとML機関の改良に着手するおつもりですか?』

ハナガタミのその問いにシオウジ教授と呼ばれた男はにっこりと笑って頷いた。

『当然ですとも社長、この機会を逃すなど科学者としては考えられない事ですからね』

『まあな、シオウジがやると言うんならわしらも手伝うで』

『ここまで関わった以上はやるしかないですな』

『おやおや…スミヨシ君もヨネザワさんもすっかりその気ですか』

聞く人間によっては椅子から転げ落ちかねない危ない会話を平然と交わしているこの面子こそが、モロボシの独自行動を支えるブレーンでありバックアップでもあった。

かつてモロボシがオルタ世界に赴任する事になった時、そのあまりに消極的な(…と彼らは考えた)救援策に不満を持った彼らはモロボシを締め上…もとい、モロボシを説得して第4計画を(犠牲を最小限に抑えて)成功させるプランをねじ込んだのである。

モロボシにしても単なる脱出計画の推奨だけでは結局G弾による地球の破壊を食い止める事は出来ず、結果として多くの人間を見殺しにするであろうと予測していたので彼らの支援を受け入れたのであった(かなり有難迷惑な支援もあったのだが…)

『それで、肝心のブツ(ML機関)は手に入るんか?』

『もうひと押し…というところらしいですね、なにせ物が物だけに部品を手に入れて組み立てるという手順を踏まなくてはいけないし、政治的な問題もいくつかクリアしなくては後々問題になるでしょうからね』

『まあそれはモロボシ氏にお任せするとして、00ユニットはどんなアプローチを用意しますかな?』

ヨネザワのその言葉にその場の空気が少しだけ重さを増した。

『残念ながらと言うべきかそれとも幸いにしてと言うべきかはわからないが、我々の技術を持ってしても今のところ完全なゴーストダビングの実現は不可能ですね…00ユニットを“おとぎばなし”と同じレベルにまで引き上げるにはやはり香月博士の理論が完成しなくてはならないでしょう』

『しかし…それではたとえ並行世界に死の因果が及ぶのを防いだとしても鑑純夏は助かりませんな』

『我々の電脳技術で00ユニットの代用品を作る事は可能やろか?』

『不可能…とは言いませんがかなりの博打になるでしょうね。 もちろんその研究も行ってはいますが』

『当面は香月理論の回収が成功、不成功のどちらになっても第4計画が遂行出来るようなサポートを考えるべきでしょうなあ』

『確かに、その方針しかないでしょう』

『ところで…アラスカの方は上手くいっとるんかいな?』

『さて…XOSの普及と不知火弐型を完成させるための準備は順調のようだったが、なんだかあの男あそこで自分の趣味の世界に没頭してる様子が…』

『…彼は何を始めました?』

『海軍上がりのコックと組んであそこで『B級美食の殿堂』とやらを作るとか言ってるらしい』

『…なんですかそれは?』

『また始まったで…』

『…そのようですなあ』

モロボシの趣味を知っている何人かは彼が何をしようとしているかに気付き、思わず頭を抱えそうになっていた。

『味覚もセンスもそう悪いもんやないとは思うがなあ…』

『…しかしあのノリをあの世界の人間が理解出来ますかなあ?』

モロボシという男の料理や様々な文化に関するセンスは決して悪くはない、悪くはないがあのヘンテコなノリとそれに引き摺られるような外連味たっぷりの演出が問題なのだ…これ以上おかしな真似をしなければいいのだがとその場の全員が思っていた。

『まあ、彼が暴走しそうになったらその時は我々が制止すればいいだけでしょう…そんなことよりもっとやっかいな問題が一つあります』

『問題?』

『なんや?』

『どうやら政府の中であの支援活動を一時中断…いえ、実質終了させようとする動きがあるようなのですよ』

『…なんやて?』

『それは事実ですか!?』

ハナガタミ社長の言葉にその場の全員に緊張が走った。

支援活動の中断、すなわちあの滅びに瀕した世界を見捨てるという判断を自分たちの国の政府が下そうとしている…流石に冗談で言える話ではなかった。

『どうやら国会で過半数を維持出来ない現在の与党が野党との取引材料を打診したところ、野党から出された要求の中にそれが含まれているらしいのですよ』

『野党のどこです…と聞くまでもないですな』

『まったく…すでに数十年前の事でしょうに、未だに未練を断ち切れんのですかねえ? あのネガマルの亡者たちは』

『あの“おとぎばなし”の世界が実在するだけでも彼らにとっては認めたくない現実なのに、それを救済するなど以ての外……といったところですか』

『それで一体何人の人間を見殺しにするんかあの連中は判っとんのかい?』

『まさか、彼らにそれが理解出来るならこの国の政治だってもう少しはマシになっているでしょうに』

『与党はそれを呑む気ですかな?』

『さて、そう簡単に呑める話でもないでしょうな、元々どの国も手をつけたがらなかったこの問題に自分から手を挙げたという経緯がありますし、本当にこれを止めればあの世界を見捨てることにもなりかねない…それはそれで我が国の立場や内閣の支持率にも影響が出るでしょう』

『三年前、あの彩峰中将を助けた時の事後処理の顛末のように…ですか』

今から3年前、オルタ世界の光州作戦で死にかけた彩峰中将を救助した後の政治的茶番劇を思い出した彼らの表情は複雑だった。

誰かを罵倒したいがそれをする価値すらない…そんな感情が各自の顔に現れていた。
 
 
『それで?その事はモロボシ氏には伝えたのでしょうね?』

『ええ、もちろん伝えました……もっとも彼はある程度予想していたようですがね』

『ほう? まあ彼は本来霞が関の人間ですからね、それくらいは察しますか』

『そんで、どんな対策を考えとるんやあの男?』

『それですが、どうやらあのオシリスⅢの製作者に何かを頼むつもりのようでした』

『ああ、彼女ですか…成程、適任でしょうな』

『ですが、もし本当に政府が計画を中断した場合はどうします?』

『その場合彼はオシリスと思考戦車をあの土管帝国に置き去りにして『廃棄処分』にするそうです』

『……なるほど、『廃棄』されたアレを向こうの人間がどうしようと問題は無かろうという訳やな?』

『…しかし、それでは助かる人間の数が限られるかもしれませんな』

『これはあくまでも最悪のケースを想定したものです。 まだ撤退と決まった訳ではないし、悲観的になる事もないでしょう』

『確かに“萌えと酔狂”でこんな事をやっている我々があまり暗い未来図を予想するのもなんですな』

『せやな…そう言えば前に頼まれとった対アラスカ用のアプリが組み上がったで』

『ほう、では早速彼の方に送りますか?』

『まだや。 このアプリの名前が決まっとらんし』

『ではそれにぴったりの名前を…これでどうでしょう?』

『…これは!』

『ほう、成程…』

『ぴったりやな、これでいこ』

『しかし、この名前を知ったらまた彼は憤慨しますな(笑)』

『まあええやんか、どの道あの男も自分の好きなようにやっとるんやし』

『そう言えば…例の型月区で調達するというブツは一体…?』

『さて、それに関しては“詳しく知ろうとするな”と彼に釘を刺されましてね』

『ほお…また何かするつもりですね?』

『ワシらにも教えんちゅう事はかなりヤバいんやろな』

『どうやら向こう側のお偉いさんを相手にする時の餌のようですが…まあ知らない方がいいと言うならそうしましょうか』

『そうですな、我々は我々でやる事が多すぎますからなあ…』

『さて、他に問題は……』
 
 
仮想空間での支援者たちの相談は続く…萌えと酔狂で結ばれた友情のもとで。
 
 
 
 
 
 
【型月区・冬木市 古物要塞“うぎゃあ”】

一人の少年が苦悩していた。

一体自分は何をしようとしているのか…?

本当にこんな事をして許されるのだろうか…?

だがこれをやらなければ大勢の人間の命にかかわると言う…いや、それ以前にここで断れば間違いなく自分の背後にいる二人の女にコロサレル……

少年の名はエミヤ・シロウ…表向きはこの冬木市に住む平凡な学生だが、裏の世界では天才贋作師“ブラウニー”としてその名前を知られていた。

もっともそれは彼自身にとって心底不本意な事実であったが…

自分の能力と技能を伸ばす為の修業の一環として行っていた刀剣や陶磁器の解析と複製…その産物が何時の間にか自分の作業場所から流出し、世間に出回ってしまった結果、正体不明の天才贋作師としてそのあだ名が知れ渡ったのである。

そしてそれを売り捌いていたのが他でもない自分の背後にいる二人の魔女…もとい少女であった。

更に悪い事にエミヤ少年は彼女たち二人、特に“あかいあくま”の異名を持つ少女トオサカ・リンに全く頭が上がらないという事情があった。

トオサカ・リンはエミヤ少年にとっては師匠であり恩人でもあったし(現実には彼女がやっていた違法な実験にシロウが巻き込まれただけなのだが)また彼女の万年金欠病の原因を作ってしまった負い目を感じていたので文句を言いたくても言えなかったのだ。

だが彼はやはり迷っていた…自分の夢は世のため人のためになる正義の味方になる事の筈だったのに、どうしてこんな犯罪まがい……いやどう見ても犯罪そのものに手を染めなくてはいけないのだろう?

「なあ、マキデラにトオサカ…」

「「なあに?エミヤ(くん)?」」

何とか考え直して貰おうと振り向いた先にあったのは怖~い顔で微笑む二人の魔女の姿だった。

(く、くじけるなオレ! 何としてもこんな事は止めさせなきゃ…)

「やっぱりさ、こんな事は…」

そこまで言ってシロウの口元は停止した。

目の前の二人が本物の悪魔の形相に変化したからである。

「「…イイカラヤリナサイ」」

「…はい」

彼女たちの言葉と形相に、説得を諦めたシロウは涙を堪えて自分の前に置かれた数々の品物に目を落とした。

幾本かの日本刀、そして桃山から江戸にかけて作られた様々な茶器…モロボシからの依頼はそれの完璧な複製品の製作だった。

(仕方がない、もしあの人の話が本当ならこれをやらないと並行世界の日本でまたあの地獄絵図が繰り広げられるかもしれないんだ…そのためならオレは犯罪者になっても…うううっ…でもトオサカ、地獄へはお前が落ちろよな?)

覚悟を決めたエミヤ・シロウは自分の電脳の中に入っている自作の解析ソフトを起動させた。

目の前の名刀や茶器を解析し、モロボシの注文通りの品物をこしらえるために。

 
 
 
閑話その9終り
 
 
 
 
【おまけ】
 
 
《モロボシさ~ん、スミヨシさんから何かファイルが送られてきましたけど~?》

ふ~ん、ちょっと見せて…ああ、例の新型アプリか。

《何ですかそれ~?》

なにね、アラスカで仕事を上手く進めるための秘密兵器…みたいな物かな。

《ふ~ん、一体何が出来るんですか~?》

それは見てのお楽しみ…さてこのファイルを解凍して自分のメガネにインストール……あれ?

《どうしました~?》

………あの野郎~~~!!!なんて名前をこのアプリに付けてんだゴラァ!!!!

《え~と、なになに…“ウルトラ念力”ってありますね~~》

《また随分とおもろい名前やなあ~》

≪どうやらマスター(管理者)にぴったりの名前のようですね?≫

…アノオトコ、イツカコロス。
 
 
 
 
 



[21206] 閑話その10「日本民主主義人民共和国の事情(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/06/28 10:02
閑話その10「日本民主主義人民共和国の事情(後)」


【日本民主主義人民共和国 首都・東京 首相官邸】

「まったく…なんでこんな無意味で厄介な案件を持ちだしたんだあの連中は!?」

そうぼやいたのはこの官邸の主、日本民主主義人民共和国内閣総理大臣 タンバラ・テツオであった。

現在この国は国会議員の過半数を野党によって占められているために政権与党としては法案案成立のためには野党と妥協しなくてはならない。

そして今回、予算案の成立条件として野党側が打診して来たのが並行世界…すなわちオルタ世界への救援活動の一時凍結(事実上の中断)であった。

本来この計画は並行地球群連合の政策として行われているものであり、日本が(自ら手を上げて引き受けておきながら)それを途中で投げ出す事は国の恥ともなりかねない話である。

(そうと知りながらあの野党代表がこんな馬鹿げた提案をして来たのはあの“ネガマル”共と取引をしたからか…馬鹿共が! あの連中が過去にやった事をもう忘れたか! それとも政権奪取が見え始めたせいでその辺の事には目が眩んでしまっているのか…)

総理が罵っている“ネガマル”とは、野党の中で第2位の議席数を確保する『日共政賛会』の別名であった。

日共政賛会…正しくは『日本民主共和主義政治賛同会』という名前の政党は、かつてこの国であった『文明大改革』と呼ばれる歴史的愚劇の推進役を果たした組織である。
 
 
この国、日本の政治や習慣は極めて古い差別的慣習に支配されており、それを打破して新しい国家の姿に変えなくてはならない……かつてそんなスローガンを掲げた一派がこの国の政権を担った時代があった。

彼らは政権を取ると自分たちの思想信条に沿った法案を次々に提出し、それを可決して行った。

その中には彼らが“差別的で危険な思想に基づく作品”と認定した“おとぎばなし”を始めとする様々な創作物の出版を取り締まったり、すでにある作品の没収と処分(早い話が焚書)を合法化する法律や、日本の国旗である日章旗の廃止と新しい国旗の制定、また国民の名前を表記する際の漢字の使用を廃止する『漢字名廃止法』などが含まれていた(この国の漢字で書かれた姓名は日本古来の差別的表現が含まれていると言うのがその法案の根拠であった)

その法案が通った結果国民が漢字で姓名を表記する事はなくなり、現在に至るも物の名前は漢字で書いても人の名前はカタカナで表記する状態が今も続いている。

“おとぎばなし”を始めとする彼らに危険と認定された作品は、作者(すでに死亡している場合はなんとその遺族や子孫!)や出版社(こちらはなんと管理職全員から株主まで!)から罰金の名目で全財産を徴収することさえあった。

もっともさすがにこれはやり過ぎどころか憲法違反だとして後になって徴収された金は返還されたが、すでに無一文で一家心中といった悲劇が起きたりもしていた。

そして国旗のデザインはと言えば…なんと日の丸の赤と白を反転させた図案が採用された。

即ち赤地に白丸の国旗である(ネガマルとはこの色が反転した日の丸を揶揄した表現だった)

だがこの国旗の方は“文改”の終了後、元の日の丸に戻っている。

その理由はと言えば国民の大多数が“この国旗のデザイン下品でヤダ”と言ったせいである。

同時にそれは文明大改革を推し進めた政治家たちが如何に救いようのない“裸の王様”だったかがよくわかるエピソードでもあった。

そして彼ら“文改”の推進者たちは(やる事なす事にあきれ果てた)国民の支持を失うと共にその勢力を大幅に減らし、野党の中でもカルト的主張をする団体と思われるようになっていった(同時にそれは事実でもあったが…)

そして文改終了後に捨てられた赤地に白丸の国旗を自分たちの党旗とした事で、“ネガマル”のニックネームが彼らに付けられたのだった。

そして彼らはそのまま勢力を失い歴史の中に風化して行くと思われていたのだが…
 
 
「それが何で野党の第2位にまで膨れ上がったんだ! まったく…」

愚痴をこぼしたタンバラ総理だったが、その原因は自分たち与党のここ数年の堕落が背景にある事を知っているだけにその言葉には力がなかった。

(政治と官界の癒着…特に閨閥絡みで一部の連中が目に余る程のやりたい放題が国民の目に触れたのがそもそも我々の支持基盤が弱まった原因だからな…)

オルタ世界への救援策にしても、その癒着の権化とも云うべき男の不始末を合法的に片付ける方便という一面があった(というより当時の総理始め与党の責任者たちの殆んどはそれが理由でモロボシの計画にGOサインを出したのである)

「…にしてもどうしてこのオレがその尻拭いをしなければいかんのだ?」

不満を吐き出すようにそう呟くタンバラ総理だが、現在の首相が彼である以上責任は負わなくてはならなかった。

(この取引を持ち出した野党代表の腹の内は見え透いている。 予算と引き換えにあの世界への援助を事実上中断させ、それを現政権の失敗と言いふらす気だろう…呆れるくらい身勝手な言い分だがあのマスコミ連中はおそらく野党の言い分を鵜呑みにするような報道を振り撒き、それで次の選挙を“政権交代ショー”にする気だろうな…)

現在の国民世論の状態から見てもしこの一件がタンバラ総理の心配する方向に動けば、それは次の総選挙で与党と野党が入れ換わる政権交代劇が発生する可能性が大であった。

(冗談じゃないぞ…そうなれば我々が政権を手放す事だけでは済まん、あの“ネガマル”共がこの国の運営に直接手を突っ込んで来る事になるんだ…野党もマスコミ共もそれがどういう事なのか本当にわかっているのか!?)

もしも野党側が政権を取れば当然の如く日共政賛会からも入閣者が出るのは間違いない。

そうなればかつてこの国であった有害無益な“政治ごっこ”が再現され、国政は停滞してしまう…いやそれどころかこの国の現在の安定さえも脅かされるかもしれない。

(そんな馬鹿な事にだけはしたくない…したくはないが…)

この現状をどうすれば抜け出せるのか…それを考え続けるタンバラ総理の脳裏に3年前の出来事が甦っていた。
 
 
 
 
3年前、並行世界でのコロニー建設が始まった直後の事だった… 連合の並行基点観測員としてその作業の指揮(と言っても人間の作業者は彼だけなのだが)を取っていたモロボシ・ダンという男が、地上で行われている戦闘に介入して一人の軍人を救助したという知らせが入った。

彼の報告では地上の視察中に戦闘に巻き込まれ、その際に死にかけていた日本帝国軍の指揮官を救助したと言うものであったが、それが軍事介入に相当するという意見(言いがかり?)が野党やマスコミの一部から上がったのだった。

その結果モロボシは一時的にこちらへ召還され、国会の特別部会で議員たちに説明する事になった。

もっとも野党議員たちの目的はモロボシの行為を“軍事介入”にあたると決めつける事にあったため、彼はその席で散々な皮肉や罵声を浴びせられる事になった。

だがその時モロボシが言った“つまり誰も助けず、皆殺しにされるのを見守っていればよかったと言う訳ですか”という一言がその場を鎮静化する事に……なる訳はなかった。

彼の一言がきっかけで野党議員たちはさらに逆上(する振りを)し、国会は紛糾を続けた。

真面目に聞いていればモロボシを糾弾している野党議員たちの言い分が法的な問題以前に人間の常識を完全に踏み外した物である事は明白だったにも関わらず、当時マスコミはまるで野党側の言い分にも一理あるかのような報道を繰り返していた(理由は勿論、その方が記事が売れるからである)

そして与野党の協議の結果、モロボシのオルタ世界に存在する国や政府への接触は原則禁止とされたのであった。

(あの時、あのモロボシという男の顔に現れた表情……オレは今でも忘れられん、他の奴らはアレを失望や絶望の類と思っていたようだがそうじゃない…あの男はオレたちに期待するのを止めただけだったのだ)

そしてその後、並行世界に戻ったモロボシは政府の命令通り現地の政府との接触を一切しなかった……そしてそれは当然“おとぎばなし”と同じ惨劇が並行世界の日本に降りかかる結果となったのである。

(…そうなってからがまた大騒ぎだった。 ネット上であの世界の惨劇を見た連中が何故政府はあの事態に対して何もしないのかと言う声が上がり、更にそこへ我々がモロボシに課した制約が知れ渡ると一気に批判の声が国民全体に広がってしまった…おまけにあのマスコミ連中が…!)

少し前までモロボシの行動を危険な思想の現れであるかのようなイメージ報道を繰り返していたマスコミが、手のひらを返すように“何故並行世界の日本に手を差し伸べないのか?”という報道を繰り広げ始めたのであった。

そしてそもそもの騒動に火を点けた筈の野党議員たちは、自分たちには関係のない事だとでも言うようにその問題に関わるのを止めたのである。
(流石に良識や分別を持った人間たちからは野党やマスコミに対する批判の声が上がったが、彼らはそれらの批判を完全に黙殺する事でやり過ごしたのだった)

再び国会で二転三転の議論の末に現場…つまりモロボシ自身の判断で必要と判断した場合のみ現地の国家指導者と接触や交渉を行ってよいとの決定が下された。

もっともその時はすでに明星作戦の直前であり、モロボシに出来たのは横浜の瓦礫の中から生き残った衛士を一人救助しただけ(実質死んでいたのを脳だけ蘇生させた)であったが。

とどのつまりは全てが手遅れになった後で、政府は彼にこの計画で発生するであろう並行世界との接触に関しての全責任を押し付けたに過ぎないのであった。

(だがあの男は何も文句は言わなかった。 ただあの醒めた目でオレ達の事を見ていただけ…いや違う、あの男の目は初めからオレたちの事なんぞ見てはいなかった…あいつが見ていたのは何か別の物だ。 おそらくアイツは自分に全責任が押し付けられた事を逆に利用して支援活動の内容を自分やりたいプランに変更するつもりだったのだ…とんでもない確信犯だな)

その後、モロボシは帝国政府や国連、米国とも接触することなく約1年以上に渡って地上での表の身分である商社マンの役に徹していると思われたが…

(ところがどっこい、アイツはその平凡なサラリーマンの仮面を利用して我々と向こうの世界の両方を欺き、自分の計画を水面下で進行させて……気付いた時には奴の計画は表向きの連合の支援策と表裏一体となった形で動きだしていた訳だ)

モロボシの進めていた計画…それは表向き連合で承認された方針に従って“第5計画発動後のスペースコロニーへの難民の避難をしやすくするため”という名目の下に第4計画(と日本帝国)をも支援するという物だったのだ。
 
 
“第5計画が早期に発動すれば人類の大半は見殺しにせざるを得ないため第4計画を支援する事でコロニーの建設に必要な時間を稼ぎ、全人類の避難が可能になるようにする事が目的である”
 
 
そしてそのために必要なのが第4計画を推進している日本帝国への支援…それが政府からの詰問に対するモロボシの返答であった。

一応筋が通った意見であり、もしも結果的に第4計画が成功してあの世界が救われればそれはそれで大いに結構な事でもあった。

タンバラたち政府閣僚はそう判断してモロボシの逸脱を大目に見ることにしていたのだが…

「なのにあの馬鹿共はそれがどうしても許せないらしい…自分の気に入らない世界など滅べばいいとでも思っているのかあの“ネガマル”どもは!!」

タンバラの言う通りこのモロボシの行動を知った日共政賛会の議員たちが“危険な介入”だと主張し始めたのである(何がどう危険なのかその趣旨は不明であったが…)

本来なら彼らの主張はカルト政党のいつもの戯言として黙殺されるべきであったし、事実2,3年前まではそうされていた。

だがしかし、タンバラが総理に就任する前の総選挙においてそのカルト政党であった筈の日共政賛会が大幅に議席を増やし、なんと野党第2党にまで膨れ上がったのである。

(それが原因でオレたちはあの狂信者共を無視する事が出来なくなった…たとえどれだけイカレた考えを持った連中だろうと国会の中で一定の数を持っている以上は無視する事は出来んからな。  それというのも元を質せば我々与党の堕落と、あの忌々しい小説が原因か…)

タンバラの言う忌々しい小説とは数年前に大ヒットした『戸別に11人いる!』という作品である。

実はこの作品はかなり昔に書かれたものであり、しかもそれはある電脳テロ事件の手段として製作された物であった。

現在から20年近く昔、文改世代のテロリストが起こした事件としては最大級と言われる電脳ハッキングによるテロが続発した。

その事件における電脳ウィルスの伝播手段に使われたのがこの『戸別に11人いる!』であったのだ。

事件そのものは数カ月で解決し、犯人グループや小説の作者もほぼ全員が逮捕された(ちなみに作者本人は単に頼まれて小説を書いただけであり、犯行グループとは基本的に無関係であったので後に釈放されている)

そしてばら撒かれた小説にもウィルス対策などが取られ、回収やデータ破棄も進んだために事実上無害な代物として忘れられていった…しかしその小説が何故か十数年後にヒット小説となってしまったのである。

何者か(おそらくは文改世代の活動家くずれ)によって紙媒体で印刷製本され売り出されたこの小説は徐々に話題となり、やがて大ヒット作品として再評価された。

そしてやっかいな事にその本のヒットが“ネガマル”こと日共政賛会のイメージアップに繋がってしまったのである。

別に小説が売れた(つまりは小説自体が面白い作品だった)事と“ネガマル”の主張の間に関係がある訳ではなかったが、このヒットが自分たちの正当性を裏付けているかのような喧伝を繰り返す彼らとそれを何故かさりげなく一部のマスコミ(かなりの大手新聞社等)が応援する事によって日共政賛会の政党支持率が上昇するという笑えないジョークのような現実が発生したのだった。

小説のファンはその大半が文改以後に生まれた若い世代であり、この作品の生まれた背景すら一種のスキャンダラスなファッション的な感覚で捉えていた事も大きかった。

(だからこそあのバカな若者たちが奴らに投票するのもファン活動の一種と大差がない感覚だったんだろうがな…)

それが民主主義の結果だと解っていてもタンバラには納得が出来ない事であった。

(確かに我々与党は腐敗しているし、多くの不正も行っている…だがしかし、少なくとも国の運営を怠ったりましてや国や国民の行く末を危険に晒すような愚かな方針や判断は示さなかった筈だ。 なのに何故あんな異常者共に投票し、奴らに権力という名の凶器を与えようとするんだ!!)

愚痴でしかないと解っていても、せめて心の中ではそう叫ばずにはいられなかった。

自分たち与党が腐敗堕落の態を為しているから国民がそれ以外の誰かに政権を任せたいと考えるのはある意味当然だろう。

だが、自分たちが絶対の正義だと信じている狂信者は腐敗した政治屋よりはるかに危険で始末に負えない…それがどうして彼らには理解出来ないのか……無益な思考である事に気付いたタンバラ総理は頭を振って野党との駆け引きの方に思考を戻した。

(この支援計画を野党の要望通り中断しても結局は政権の寿命を縮めるだけだが、さりとて予算案を通すためには妥協せざるを得ない…か。 だが仮にそうしたとしてあのモロボシという男は素直に言う事を聞くかな? いや、表向きは何も言わずに従うだろうがおそらく裏で何かの対処をするだろう…いや、いっその事その方が…)

この難局を乗り越えるにはどうすればいいのか…タンバラ総理は手段を選んではいられないと考え始めていた。
 
 
 
 
 
【型月区 三咲町・某路地裏】

「…以上が現在の状況です」

『成程ねえ~あの連中がまた懲りもせず同じ事を言い出したか…まあ予想はしてたけどね』

「普通なら政府や与党以外からの批判があってもおかしくはないと思うのですが…」

『ああ、メディアが上手く世論をミスリードしてるんでしょう? あの連中の中には心情的に“ネガマル”に同調しそうなのが多いしね…特にお偉いさんに』

「そのようですね、どうやらメディア関係者の中には自分たちの“報道の自由”を守るためにも彼らに政権を取ってもらいたいと思っている人間が多いようです」

『…彼らが政権を取ったりしたらそれこそ“報道の自由”がどうなるのかあの文改崩れの世代は分かって…いやなんでもないよ、気にしないでくれたまえ』

「どうするつもりですか? どうやらタンバラ政権は表向き彼らの要求を呑んでおいて時間を稼ぎ、あなたにどうにかして貰おうとでも考えているようですが」

『そうだろうね、まさか並行世界を助けるために自分たちの国をあんな××××共に任せる訳にはいかないというのが常識人の考えだろう』

「ええ、しかし野党は…いえ日共政賛会はあなたの支援活動の成果全てをリセットさせようと考えているようですが?」

『なるほど、あの“ネガマル”たちがそう主張するのは当然だが…一体どうやってこれまでやって来た成果をチャラに出来るのかな?』

「さあ? それにしても彼らのあの世界に対する憎しみは異常ですね…一体どうすれば滅びに瀕した世界に対する救援活動を打ち切らせ、十数億人の人間を故意に滅びへと向かわせようと考える事が出来るのでしょうか?」

『…考えている訳じゃないんだよ』

「はあ?」

『彼らはね、単に自分たちが“汚らわしい”と思っている物を廃棄処分にすることで自分自身が選ばれた美しい存在であると錯覚したがっているだけなんだ』

「その結果…並行世界の十数億人が死滅してもですか?」

『そうしたら多分彼らはこう言うだろうね “ボクたちが悪いんじゃない!あいつらが勝手に滅んだんだ!”……ってね』

「…面白い国ですねここは、国民の教育レベルも高く市民としての自覚や道徳的な部分でも優れているのに、その国民が選んだ選良たちの姿がアレですか…どうしてこの国の人々はあんなテロリストのような企みを巡らす人間に投票したのでしょう?」

『テロリストのような企み…ね、まあ確かにこちらに向かって電脳ハッキングを仕掛けようというのはテロ行為に近いがね』

「それだけではなく、物理的な被害をそちらに与える事も考えているようでしたが?」

『ふうん…我々のコロニーを全て破壊しようとでも言う気かな?』

「少なくとも彼らの通信や会話を盗聴した限りではそれすらやりかねない程でしたね」

『一体どんな手段を使うのかな…例えば政権を取ってから人民防衛隊を並行世界に派兵してか? ああでもそれだと国外への派遣という事で憲法に触れるって言ってたのは彼ら自身だったよね?』

「そこまで待たずに、電脳ハックでオシリスを乗っ取って自爆させようとでも考えるかもしれませんよ彼らなら」

『あぶないなあ~~ほとんどテロリストの発想…いや元々彼らの本質はそうか、だとしたら…』

「どうしました?」

『…そうだな、もともと連中はアレだし…だからきっと…すこし突けば……そうすれば目には目をという事に…ククク…』

「ミスター・モロボシ?」

『…へっ?何か?』

「彼らに報復するのはあなたの自由ですが、オシリスを使って何かするのであれば事前に連絡して下さい……安全のために友人たちと自分自身をこの国から脱出させなくてはなりませんから」

『おいおい…まるで私がテロ行為にでも走るみたいな事を言うじゃないか』

「違うのですか?」

『……自重します、はい』

「分かればよろしい」
 
 
 
 
 
 
並行世界との通信を終えた後、シオン・エルトナムは一人で考え込んでいた。

今、この国は二つの物語が原因で揺れ動いている。

一つは旧くからある“おとぎばなし”であり、もう一つはかつてテロリストが道具として使っていた小説だ。

あの“おとぎばなし”の世界が実在したことによってこの国や世界中の読者たちがあの世界への支援に動き始めた…そして今、その計画は大きく動き出すと同時に背後からストップをかけられようとしている。

そのストップをかけようとしている勢力がかつて“おとぎばなし”を取り締まり、そして抹消しようとした者達の亡霊だ。

そしてその亡霊を蘇らせたのもまた、過去から来た一編の小説だった。

物語は事実を模倣した物である…とは古人の言葉だが、現在この国で起きている現象は逆に物語によって現実が操られているかのようにシオンには思える。

かつてこの国で排斥されそうになった二つの物語によってこの国が報復を受けているようだ…ふとそんな馬鹿げた考えが彼女の中に浮かんでいた。

(これからこの国は…そしてあの滅びゆく世界はどうなるのだろう?)

“ネガマル”たちの動向やモロボシの口調に危険な兆候を感じながらもシオンはそれを考えるのが楽しみで仕方がなかった。

この国でこれから起きるであろう“おとぎばなし”を支持する者たちと逆にそれを弾圧しようとする者たちの相克が生み出す現象を観察する事が今の彼女の最大の関心事だった。

(さて…それでは改めて調査を開始しましょうか。 この一連の事態の背景を裏の裏まで徹底的に調べ尽くして…そこから何が出てくるのかを確かめてみましょう)

広大なネットの中に散逸する真実を求めてシオン・エルトナムは再び情報の海へと飛び込んでいった。




 
 
 
閑話その10終り
 
 
 
 
【おまけ】
 
 
《ね~みんな~、モロボシさんの様子がおかしいんだけど~?》

《あ~? 別に今始まったことやないやろ~?》

≪マスター(管理者)が壊れているのは以前からわかっていた事ですが?≫

《でもでも~、なんかおかしな本を読んで不気味な笑い声を上げてるんだけど~~》

《それもいつもの事やと思うがなあ~? それで何の本を読んどるんや?》

≪おそらくは成人向けの2次元エロ雑誌でしょう…それも旧世紀の年代物を友人たちと見せびらかし合うとは、まさにダメ人間の典型ですね≫

《え~と、今回はそんなんじゃなくて~、確か“ギレ〇・ザビ演説集”とか“シャア・ア〇ナブル語録”とかいう本なんだけど~?》

《…なんやそれ?》

≪選挙にでも立候補するつもりでしょうかね? そう言えば私のクリエイター(創造者)と通信で政治家について話をしていましたが…≫

《う~ん、よくわからないけど~なんだか怖い顔で『野望的に行くべきかそれともいっそ逆襲的に逝くべきか』とか言ってました~》

《…よう分からんが、ちょっとヤバイんとちゃうか?》

≪おそらく頭の中で危険な妄想が膨らんでいるのでしょう。 放っておいても害はないと思いますが、安全のためにマスター(管理者)の脳内をリセットする必要がありますね≫

《え~? 強制的に脳をいじるんは法的に許されとらんやろ?》

《ボクたちAIにそんな権限はないですよ~?》

≪そんな違法手段を取る必要はありません。 人間の脳は大量のアルコールを摂取すれば活動を弱めますから、いつものようにマスター(管理者)に酒を飲ませればいいだけの事です≫

《あ~なんや、そうか~~》

《簡単ですね~~~》

≪彼ら人類は非常に曖昧かつ軟弱なロジックで動いています…それを正しく管理する事こそが我々AIの務めなのです≫

《へ~そうなんだ~~》

《なんや危険な発言みたいやけど…まあいいか、ほなさっさとモロボシはんに酒呑ませたろか~》

《は~い》


 
 
 
 



[21206] 閑話その11「相馬原MIDNIGHT」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/07/04 17:35

閑話その11「相馬原MIDNIGHT」


【2001年4月11日 10:00AM 帝国軍 相馬原基地・演習場】

「こちらブラック・ゴースト1、これより戦術機動の試験を開始します」

『了解、がんばれよ仮面小僧!』

(…もう少しマシな呼び方はないのかよ!あのオヤジ共!!)

心の中でそう毒づきながら、利府陣徹中尉こと鳴海孝之は自分の機体“吹雪・改”の出力をMAXまで引き上げた。

途端に凄まじい加速Gに押される孝之だったが、彼の儀体はその圧力に平気で耐える。

(儀体のお陰でこの凄まじい加速でも平気だけど…バイタルデータとかちゃんと誤魔化してくれているんだろうな?)

孝之の肉体は脳を除いて完全な儀体化がなされていたが、その完璧な偽装システムによりCTスキャンか生体解剖でも行わない限り医者にもわからないようになっていた。

そして彼の補助電脳とでもいうべき仮面(名づけて“仮面衛士システム”)の能力で戦術機に乗ったさいの生体情報さえも偽装可能であった。

(そのおかげで今のところオレの秘密はバレてはいないけど、そうそういつまでも誤魔化しきれるものではないってモロボシさんも言ってたよなあ)

この世界の科学技術を遥かに超えるテクノロジーで構成された自分の身体……これを“あの”香月博士が知ったらどうなるか。

(脳に電極なんて絶対勘弁して欲しいよな…だけどあいつらの事もある。 なんとかして守ってやらなきゃ!)

“おとぎばなし”の中で自分にとって大切な二人の女性、速瀬水月と涼宮遥の二人に訪れる悲劇的な最期……それだけはなんとしても防ぎたい孝之だった。

(いずれは横浜に戻らなきゃならないだろうけど…香月副司令のモルモットにならずに済む方法をモロボシさんが考えてくれるって話だけど大丈夫かな? それに戻ったら戻ったであの二人に何を言われるか…っていうか何をされるか分からないんだよな~とほほ…)

…決意したにも関わらず今一つ締まらない男、それが鳴海孝之であった。
 
 
 
 
 
「お~~~流石にやるねえ~~~あの小僧は♪」

「楽しそうだな、ガッちゃんよ」

「と~ぜんだろ大田ぁ…いや、大田少佐殿!」

「ククク…いいってそんなことはよ…」

孝之の戦術機動を見ながらそんな会話を交わす二人の男…その内の一人はこの相馬原基地で行われている『XOS試験運用計画』の責任者である大田和夫少佐であり、もう一人の『ガッちゃん』と呼ばれた男はその部下の佐々木元中尉であった。

『XOS試験運用計画』とは帝国軍が新たに採用を決定した新型OS『X1』と、斯衛軍と横浜基地の国連軍で採用された『X2』…この二つのOSの試験運用と教導官の育成を目的としたプロジェクトであり、通称『X塾』とも呼ばれている。

そのX塾のリーダー役であると同時にこの相馬原基地で並行して行われているもう一つの計画、不知火・魁を始めとする最新の戦術機の試験運用計画の責任者をもこの大田少佐は担当していた。

そして『ガッちゃん』こと佐々木中尉はその戦術機の試験運用のメンバーでもあり、大田少佐の古くからの盟友でもあった。

「いやあ~~~しっかし、あの吹雪が実にまあ立派な実戦用の機体になってくれたじゃねえか?」

「ああ…確かにな、元々優れた機体だったがそれがさらに強化され出力も向上し、そして現在のアレは従来の不知火以上の機体になったと言ってもいいだろう」

「あったぼうよ~~、なんたってこのオレ様があの暴れる機体の空力設定を見直してやったんだからよ」

本人が自慢する通り、この佐々木中尉は戦術機の空力関係で非凡な才能を持つ技術者である。

吹雪・改の軽すぎるが故のピーキーな機動を改善するために四苦八苦していた彼だったが、苦労の甲斐あって孝之が操縦する機体は見事なまでに安定した動きを見せていた。

「大田少佐、魁の出力設定の件ですが…」

「おう、出来たなら見せてろヤマ」

その場に報告書を持って現れたのは佐々木と同じ大田少佐の部下であり、彼の一番弟子とも言うべき山中中尉であった。

「魁~? おい大田…少佐殿、なんでこの小僧にあれの設定を!?」

「…佐々木中尉に任せると壊れるからではないでしょうか?」

「なんだとこのがきゃあ~~~~!!!」

「おい止めろやガッちゃん…よし、これで試してみろヤマ」

「はっ!」

敬礼して自分の持ち場に戻る山中中尉を睨みながら、佐々木は大田に噛みついた。

「おい大田ァ!いつになったらあのガキをクビにするんだよ!?」

まだ20代前半にも係わらず事務作業から実務までオールラウンドにこなし、中尉にまでなっている山中(技術士官ではあまりいない)と自分のセンスだけでやって来て40代で中尉の佐々木では個人的にも立場的にもとことんそりが合わなかった。

「ヤマかぁ? 無理無理…アイツがいなきゃここの仕事だって進まねえしな」

「けっ……けどよ大田、なんだって今からあの魁をいじろうってんだ? ありゃ確かアラスカで弐型にする事を前提にした機体だろうが?」

不知火・魁は基本的に弐型開発用の素体として作られた機体である。

従って国内でこの機体に手を加えたり、改修する意味も予定も本来はない筈だったのだが…

「それがなあ…どうも上の方で方針が定まってないというか混乱しているというか…弐型開発とは別に魁自体を採用にしたいって考えてる連中の意向らしいんだが、ここの試験運用の一環として魁も試験運用の対象にするらしい」

「…おいおい、弐型とは別に魁自体の試験運用だと…? そんな余裕や予算が一体帝国軍のどこにあるって言うんだよ? まあ、俺らにすればアレを自分たち流にいじれるのは有難いが…」

「余裕も予算もねえからここでやるんだろ? …つまりまた残業が増えるって訳だ、頑張ってくれよガッちゃんよ?」

「そりゃ構わねえが…けど弐型用と合わせてどんだけの魁が必要になるんだよ?確かアラスカへも最低2機はいる筈だろ?」

「その辺の事は“例の男”がどうにかするらしい。 まあ、あの化け物の頭の中にどんな思惑があるのかは知らんがな」

「ああ…あの仮面小僧の後ろにいるっていう男か、一体何者だ?」

「知らん方がいいぞガッちゃんよ? 下手にその辺に首を突っ込んだりすれば、オレたちもあの仮面を被って名前を変えなきゃならんかも知れんだろう?」

「おお桑原桑原…」

おどけて首を竦めた佐々木だったが、大田の話の中にいささか不安を抱かせる物があったのも事実だった。

(一体上の連中は何をやってんのかねえ~? まあオレとしてはあの魁の空力調整に挑めるのは楽しみではあるが…弐型との間の共通性は確保しなきゃならんだろうし、さてどこまで好き勝手にやらせてもらえるかな? それにしても噂の諸星大尉だったか…どうやらとんでもねえタマのようだな、弐型の開発を推進するだけでなく魁の推進もバックアップしようとしてるって事か? 一体どんな思惑があるのやら…ま、オレの知ったことじゃねえか)

話の中にキナ臭い匂いを感じながらも、それを無視して魁の改修を楽しみにする根っからの技術オヤジ…それが佐々木中尉であった。
 
 
 
 
 
【0:30PM 相馬原基地・PX】

「どうやら順調のようだな、利府陣中尉」

食事をとっていた孝之の目の前に座ったのは大咲大尉であった。

「ああ大咲大尉、そちらも順調にいってるみたいですね?」

「うむ、ここにきてようやくあの新型OSを本当の意味で使いこなせるようになってきたようだ」

「富士教導隊の教官や斯衛軍から来てる人達なんかもう凄いですよ、オレがアドバイスすることなんてもう残ってないくらいですからね」

XOSは今までになかった操作を含むOSであったために、当初試験運用の経験が一番長い孝之が富士教導隊を始めとする帝国軍の教官たちにアドバイスをするという場面が見られた。

だが彼ら教導官たちはそれこそ石にかじりつくように学習し、今では孝之と同等のレベルでX1を使いこなす事が出来るようにまでなっていたのである。

そしてそれは試験運用部隊に選ばれた大咲隊の面子も同様であった。

「貴様には色々と面倒をかけたがどうやら自分たちでやれるというレベルにまで達したようだ…感謝するぞ利府陣中尉」

「あ、いえそんな…オレの方こそ色々と面倒見て貰って感謝してます大尉には」

「…へ~? あたしや純には感謝してないんだ利府陣中尉は?」

「でえっ!? この声は…」

「…気にするな中尉、バカが一匹湧いただけだ」

大咲大尉は目の前に湧いたお邪魔虫…自分の妹をそう一言で斬って捨てた。

「だれがバカですってえ~~お姉ぇ~~~?」

「止めんか大咲」

「そうだよ真帆、静かに食事しなきゃダメでしょ?」

「うぐっ…は~い」

(やれやれ…一安心だな)

姉妹喧嘩が不発に終わったことで安心して食事が出来ると思った孝之だったが、それほど世間は甘くはなかった。

「ところで利府陣中尉、最近ここの食事が妙に美味くなったような気がするが…気付いていたか?」

「え?…ああ、そう言えばそうですね」

話題を変えようとした大咲大尉の言葉に適当に相槌を打つ孝之に対し碓氷大尉があきれたような声をかける。

「そう言えば…ではないだろう利府陣中尉、このPXの料理の味を向上させたのは貴様の雇い主だぞ?」

「え゛…?」

「知らなかったんですか?」「あちゃ~~、可哀想な子だね~~」

いきなりモロボシの話を出されて戸惑う孝之に御名瀬中尉と大咲中尉が追い打ちをかけた。

「ほう、私も初耳だな。 是非詳しい話を聞かせてくれ」

「つまりこう言う事だ大咲大尉、あの諸星大尉が我が横浜基地の“名物シェフ”京塚曹長の協力を得て帝国軍や国連軍の食事の味と品質を上げる計画の第一弾として、この相馬原基地のPXに食材とレシピを提供してその反響を探っているらしいのだよ」

「ああ…思い出した、そう言えば諸星さんそんな事を言ってたっけ」

碓氷の話でようやくかつてモロボシが漏らしていた話を思い出した孝之だったが、次の大咲大尉の言葉で再び顎が落ちそうになった。
 
 
「ほほう…なんとあの男、難民の援助だけでなく軍の食事にまで手を廻すとは驚いた話だな」

「え!?」「ほう?」「あの?」「はあ?」

その言葉に今度は孝之だけでなく、碓氷たちまでもがあっけにとられることになった。

「あの、大咲大尉…一体どこでそんな話を…?」

自分が全く知らないモロボシ関係の話を碓氷大尉が知っている事に驚きながらも孝之は質問した。

「なに、知り合いの事情通から聞いた話だがな…我が国の中にある難民キャンプの環境が改善されつつあるそうだ」

現在の帝国本土内には海外の疎開先で受け入れられなかった(受け入れ国側のキャパが限界で)難民たちが多数いる。

それらの難民は帝国政府によって首都圏付近や東北の方に設置された難民キャンプに収容されているのだが、現在の帝国国内の事情もあってその生活環境は決して良好とは言えなかった。

「…ところがごく最近になってそれが少しずつではあるが改善の方向に向かっているのだそうだ」

「それは初耳だな、具体的にはどう改善しているのだ?」

「それだが、まず食事の供給が滞ったりする事がなくなりしかも味や栄養価の面でも良くなっているらしい…さらにキャンプで必要とされる様々な物資も以前に比べて補充がスムーズになっていると聞いた」

「…へえ~、いい話じゃん」

「でも、どうして急にそんな改善がされたんでしょう?」

「それを背後でやったのがあの諸星大尉らしいのだよ」

「背後…?」

意味ありげな単語に反応した碓氷に頷いてから大咲大尉は説明を続けた。

「彼の名前は一切表に出てはこない、どちらかと言えば煌武院殿下がそれらの改善を奨励したという話が聞かれるくらいだ……だが、その為の物資や食糧は何もないところから出て来る訳ではない。 その援助物資の真の提供者はどうやらあの男…という事らしい」

「…どこからそんな物資を持ってくるんだあの諸星大尉は?」

「ね~利府陣中尉~? 何か知ってる?」

「真帆!聞いたら利府陣中尉が困る事かもしれないでしょ?」

「いや、大丈夫だけど…そうだな、確かにあの人ならどこかから大量の食糧や物資を調達する事も出来ない訳じゃないからね…ありそうな話だな」

「まったく、呆れるほど手広くやっている男だな…戦術機の開発だけでなくそんな事までやるとは」

「まあ、本人は自称“よろず屋”と言ってましたしね」

「ふむ、とんでもないよろず屋がいたものだな」

「ホントよね~~、ところでお姉ぇ?」

「…何だ? バカ妹よ」

「その話、どっから聞き出したのかなあ~~って思ってね?」

「なに、お前も知っている身内からだ」

「…あ~やっぱり、それで何を頼まれたの?」

その妹の問いに一瞬言葉を途切らせた後、大咲大尉は打ち明けた。

「そこの利府陣中尉の“観察”だよ」

「…はい? オレの観察?」

いきなり予想外の事を言われて面食らう孝之に大咲大尉は淡々と説明する。

「つまりだ、あの諸星大尉は少々大物になり過ぎたという事だよ。 戦術機関連の仕事だけでもそうなのに横浜に巣食う女狐殿とも深い繋がりを持ち、将軍家にまで召し抱えられるほどの大功を上げた男…周りが放っておくと思うか?」

「思いません…けど、どうしてオレまで?」

「それはな、本職の諜報員たちがどれだけ探ってもあの男が本当は何者なのかさっぱり分からなかったからだそうだ。 仕方がないのであの男の周囲を調べようとしたら煌武院殿下の存在と“あの”猪川少佐殿が立ちはだかってしまってそれも難しい、そこでせめて貴様を監視…というよりも観察する事でなにか手がかりを得る事が出来ないか、とまあそんな事らしい」

「はあ…」(成程、モロボシさんの正体なんて分かる筈がないもんなあ…それでこっちにまでとばっちりが来るのかよ…ハア…)

「まあ、私はここにいるついでにやってくれと頼まれた程度だが…気をつけろよ利府陣中尉? 本土防衛軍の上の方にはあの男を極度に危険視している連中もいるそうだ。 そいつらが貴様に何かしないという保証はないぞ」

「…いいんですか? ここでオレにそんなことまで教えて」

自分を観察している事や本土防衛軍の裏事情まで、それも香月博士の部下が一緒の場で言ってもいいのかと思った孝之だったが…

「別に構わんよ、私たちは実質本土防衛軍から弾き出された立場だし件の“身内”に対してはスパイの真似事までする気はないと釘をさしておいたからな」

「あら~~冷たいねお姉ぇ~~…それともこっちの彼氏の方が大事になっちゃったかな~?」

悪戯心たっぷりの自分の妹の挑発を大咲大尉は冷めた視線と言葉で切り返した。

「…仕方あるまい、これからお前がこの男にかけるであろう迷惑の数々を姉として少しでも償わなければならんからな」

「…へええええ~~~~そういう事を言うんだお姉ぇの口わ~~~~」

「フ…言ったがどうした? 我が不肖の愚妹よ?」

「…え~と、御馳走さまでした」

「あ、わたしも…」

「ふむ、それでは私もこれで失礼しよう」

危険を察知した孝之と碓氷・御名瀬の3名がそそくさと席を立ち、後には仲の悪い姉妹だけが残ったのだが…

「…ねえ、お姉? 実際のところどの程度ヤバイの、彼の立場は?」

「…さてな、はっきりした事が言えるほど私も情報を貰っている訳ではないからな」

「叔父貴の奴、あたしらを何だと思ってんのよ…」

「そう言うな、叔父上も彼の諸星大尉の件に関しては自分の立場も関係してかなり頭を痛めているらしいからな」

「ふ~ん…風見鶏もいい加減にしておかないと身を滅ぼすと思うけどな~~」

「叔父上の事より自分の身を心配したらどうだ真帆? 諸星大尉もだが、あの女狐殿も私に言わせれば立派な人外だぞ? 聞けばその二人が裏で手を組んでいるとの噂もある…もしあの利府陣中尉が女狐殿の配下に収まればあの二人が手を組む事を恐れる連中が何を始めるか分からんぞ?」

「あー…そうなればまたあたしらにとばっちりが来る訳かあ~~面倒な話よねえ~~~」

「あの女狐殿とてその辺は分かっているだろうに、関心がないのかそれとも…あの利府陣中尉にそれだけの価値があるという事なのかな?」

探るような姉の視線を受けた大咲真帆は肩を竦めて嘯いた。

「さあ? あたしは何も聞いてないし~、純に春が来る方が重要だし~~」

「…まったくこいつは」

肝心なところで能天気な事しか言わない妹に大咲大尉は頭を抱えるのだった。
 
 
 
 
 
 
【10:00PM 相馬原基地・ハンガー】


「おお~い、ガッちゃんよお~~差し入れがきたぞ~~」

「う~い、今行きますぜ~~♪」

明日の機動試験に備えて機体の設定をチェックしていた佐々木のもとに大田少佐からの有難い一言がかけられた。

「へいへい、どんな差し入れかな…っと! …なんだよ、おめえらかよ~」

そこにいたのは旧知の間柄でもある富永大尉と高木中尉だった。

「御挨拶ですねガッちゃん、せっかく差し入れを持って来たというのに」

「まったくだ…大田少佐ァ、後で少しX1の設定見直させてくださいよ」

「あんまりやり過ぎるなよ富永、テストの結果に影響するからな」

「どうせ弄りながらの試験運用でしょう、まあ帳尻は合わせてみせますよ」

「おお!握り飯だけじゃなく、焼き肉に卵焼き…おい、これ本物かよ!?」

差し入れの中身を見た佐々木中尉は思わず眼を剥いた。

それもその筈で、どう見ても本物の焼き肉と卵焼きがあったからである。(軍人といえどそうそう本物は食べられないのだ)

「おいおい、一体どこからこんなの仕入れたんだ?」

大田少佐も驚いて二人に問い質す。

「それがですな少佐殿、あの諸星課長…ああいや、大尉になったのでしたな、あの御仁の伝手で入手したのです」

「…というよりもあの諸星大尉が、“仕事が大変なここの皆さんに少しはいい思いをしてもらいたい”と言って食材を送ってよこしたのですよ」

「ほう、豪気なもんだな」

「中々気前のいい男じゃねえか、有難く頂くとしようかね」

そう言って早速握り飯に手を伸ばす佐々木中尉だったが、無言で何か考えている大田少佐に気付いて声をかけた。

「おい大田ぁ、せっかくの差し入れいらねえのかよ?」

「おお、すまんすまん…いやな、つい考えごとをしてしまってなあ…」

「なんだよ、娘の理香ちゃんの事でも考えてたかあ~~?」

「ばあか、そんなんじゃねえよ…この差し入れをくれた男の事だよ」

「…諸星大尉、ですか?」

「ああ、まったくあの男はまるで人間の姿をした打ち出の小槌だぜ…」

「確かにそうですな、まさかあのBETAを資源化するプラントの計画まで出して来るとは…」

富永大尉が言ったBETAを資源化するプラント…それはこの相馬原基地より50Km離れた場所に作られた施設の事であった。

間引き作戦や本土への侵攻の度に発生する大量のBETAの屍…従来は焼却する以外に事実上方法が無かった物を、諸星の発案と技術提供によって粉砕、溶解、の過程を経て原油に近い状態の液体資源として再利用する小型プラントが動き始めたのである。

「まあ、表向きは政府の発案で帝国軍が技術開発を行った…という事になってはいるがな」

皮肉っぽい口調で語る大田の言う通り、表向きこのプラント計画には諸星のモの字も出てはこない。

だがここにいる男たちは巌谷中佐からそのプラント計画の真の発案者が諸星段である事を聞いていた。

「あのプラントの技術…基本は昔からある臨界圧式の技術だが、そのレベルがずば抜けてる。 アレの基本を発案したドイツ人たちですら目を剥いてひっくり返りそうな代物だな」

「欧州戦の時にアレがあれば…とドイツだけじゃなく他の国も泣いて欲しがりそうじゃねえか」

「人ごとではないさ、現在の我々もまさにそういった状況だからな」

富永の言う通り、現状の帝国や軍の状況はこの奇跡のようなプラントに希望の光を求めずにはいられない程に困窮していた。

だからこそ大侵攻があった場所からさほど離れていないところでの実験プラントの設置などという無謀もやらざるを得なかったのだ。

(何故かと言えば大量のBETAの死骸や肉片を長距離運搬していては、結局その分大量の燃料を消費してしまうからであり、多数の死骸が散乱している相馬原基地周辺に近い方が都合がよかったからである)
 
 
「それでどうなんだよ高木ィ? そのBETA燃料ってのは使えるのかよ?」

「そうですな、聞いた話では発電用や90式の燃料としては問題がない品質だそうです」

「ほお? それじゃあ早速大規模化…って、流石にそれは無理か」

「ああ、いくら便利な新技術でもそう一朝一夕に実用化とはいかんからな…第一そんな金はねえだろうよ今の帝国には」

「上の連中はアレを米国や他の国に売って金にする事も考えてるようだが、それをやるとまたぞろ国粋主義者がうるさくなるだろうしなあ」

「…それはオレたちの仕事も同じみたいだけどな」

その佐々木の呟きにその場の全員が顔をしかめて頷いた。

自分たちが日々励んでいる戦術機の改修とXOSの調整、それらは確かに帝国の力なってくれるだろうがいかんせんそれを進めるにも資金は必要である。

ソフトウェアの開発はハード程の物資や資金を必要とはしないが、だからと言って決してタダではないのだった。

そしてハード、すなわち戦術機の改修に至っては更に金と物が要り用になるのは当然…諸星という男がいくら怪しげな手段で物や技術を調達しても、それだけでは足りないのであった。

当然の事としてその資金を得るために技術やOSを外国へ販売するという発想が出て来る訳だが、そこに立ちはだかっているのが軍内部の国産・国粋主義に凝り固まった一派である。

「OSの供与による資金など不要、弐型の共同開発など言語道断、吹雪・改を外国に売れば技術の盗用に繋がる……まったくそこまで言うかねえ、あの連中も」

「確かに物や技術を売れば国産技術が盗まれる事に繋がるというのは事実だが、我が国の戦術機だってそうやって他国の技術を吸収してここまで来たんだからな…」

「まあ、流石にあの言いようは駆け引きの部分を含んでいて…おそらく本音は『XFJ計画』の中断だろうがな」

「弐型の共同開発を打ち切って、魁を採用させるのが目的ですか?」

「確かに魁をこのまま完成させても充分に次期主力機としての性能は満たせると思うが、しかし弐型の開発で掲げた目標には届かんかもしれんのだろう?」

「国産派としてはそれでもいいから魁の試験運用を強行して実質こっちを次期主力機として採用させ、弐型は開発中止かもしくは少量生産のみの実質お払い箱にしたいらしい…そのためにここに魁の改修と試験運用の仕事が舞い込んだんだ」

「…んで、オレたちに残業のしわ寄せがきてるという訳か、まあアレをいじれるならオレに不満はねえけどな」

「気楽だねえ、ガッちゃんはよお~~」

呆れたような顔で苦笑いする大田少佐だったが、ガッちゃんこと佐々木中尉は気にする様子もなくこう言った。

「とお~ぜんだろお? そんなうっとおしい政治向きの話はオメエや巌谷中佐あたりに任せてこちとらはあの吹雪・改と魁をいじくるのみよ、なあお前ら?」

その言葉にその場の全員が笑いながら頷いた。

技術屋一筋の男たちにとっては上の思惑より目の前の機体の方が重要だったのである。
 
 
 
 
 
【10:30PM 相馬原基地・宿舎屋上】

『へえ~~そんな事になってるんだ~?』

「なってるんだ~…じゃないですよ、まったくどうすればいいんですか?」

『だ~いじょうぶ、当面君にちょっかいをかけようって連中はいないようだしね』

「そうですか…それでそっちはどうなってます?」

『まあ、いろんな意味で順調…かな? しばらくはそっちには戻れないけどね』

「そりゃそうでしょうね、とんでもない大掛かりな計画だし」

『まあ私の立場は単なる顧問に過ぎないが、色々とやる事が多いからね』

「…それじゃまた連絡します」

『うん、君も頑張ってね』

「はい」
 
 
 
アラスカにいるモロボシとの通信を終えると孝之は後に隠れている人物に声をかけた。

「隠れてないで出て来いよ、御名瀬」

「…気付いてたんですね」

物陰から出て来たのは御名瀬中尉だった。

「まあな、眠れなくてここに来たのか?」

「……いえ、鳴海さんが毎晩ここで諸星大尉と通信しているのに気付いていたから…それで」

「…そっか、でも夜更かしは身体によくないぞ? 明日のためにちゃんと寝ておかないとな」

その孝之の言葉には何も言わず、代わりに御名瀬はこう言った。

「いつまでですか?」

「え? 何が?」

「いつまで自分の正体を隠してあの人のいいなりになってなければいけないんですか?」

「御名瀬…」

「今日の大咲大尉の話を聞いたでしょう? このままじゃ何時かはあなたの身にだって…私、そんなの…」

「心配するな、諸星さんの話じゃ今のところオレの方に何か仕掛けるような連中はいないってさ」

「信用していいんですか? あの人の事?」

「そうだな、確かにあの諸星さんはとんでもなく胡散臭い奇人変人だけどオレにとっては命の恩人だし…それにこの国や世界をBETAから守ろうとしている人なのは事実だよ」

「………」

「さあもう部屋に戻ろうぜ、こんなところをあの大咲にでも見られたら後でどんな風にからかわれるか分かんないぞ? あいつの欲求不満の餌になるのだけはごめんだからな」

「…それ真帆が聞いたら猛り狂いますよ?」

「ああ、だから言わないでくれよ?」

「くすっ…いいですけど、あの…それともう一つお話が…」

「ん…なに?」

「もうすぐ私たち、この基地での試験運用を終えて横浜に戻ることになってます」

「そうか、そうだろうな…」

「…それと入れ替えにですけど、伊隅隊から何人かここに来るそうです」

「え゛?」

「誰が来るのかはわかりませんけど…」

「…そうか」(ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ………どうしよう)

「あの……それじゃおやすみなさい」

「あ、ああおやすみ」
 
 
 
御名瀬が去った後で孝之はその場にしゃがみ込んで頭を抱えた。

「まいったなあ~~~、水月は単純だから多分気付かないだろうけど…もし遥あたりが来たら、いやそれよりも伊隅大尉なら鋭いから気付きそうな気が…」

自分の正体がバレた時の事に関して覚悟も目算もまったく立たない鳴海孝之(ヘタレ原子核)を月だけが冷たく見下ろしていた。

 
 
 
閑話その11終り
 
 
 
 
【おまけ】
 
 
「えぷしっ…」

「風邪をひいたか? ダン?」

「いや、多分誰かが噂でもしてるんだろ」

「無理もない、あれだけ派手な真似を仕出かせばな…」

「はっはっは…何の事だいケイシー? 私は善良なセールスマンで只の軍属なんだがね?」

「その善良なセールスマンがどうしてこんな食い物屋を始めようなんて考えたんだ?」

「それは勿論、世界中の人間を幸せにするためだよ」

「ほお?」

「人間の幸せの少なくとも30%以上は食事によって支えられている…これが私の持論でね、だからこの店を皮切りに全人類に食の素晴しさを教える事業を展開したいと思ってるのさ」

「…へえ~、そんな凄い構想がねえ~~」

「いやあ~~大尉はとんでもなく気宇壮大な人なんですね~」

「…褒めてくれるのは嬉しいけどねジアコーザ少尉にローウェル軍曹、君たちまだ店開きもしていない店舗の厨房に入り込んでパスタを食いまくってるのは軍人としてどうかと思うよ?」

「いやあ~~、美味いんすよこの人の茹でるパスタは~」

「いいねえ~~~久し振りの故郷の味だぜえ~~♪」

「…まあいいか、モニターのような物だと思えば」

「ダン、次は何がいいんだ?」

「ああ…そうだな、じゃあ日本の洋食メニューに挑戦してみようか?」

「任せろ、それなら昔JFKの艦長と一緒にヨコハマで学んだからな」

「…いいコックだよ、君は」

「あ~~っ!!てめえらやっぱりここでタダ飯食ってやがったなあ~~!!」

「やれやれ…ケイシー、チョビ少尉の分も追加だ」

「チョビ言うな~~~!!」








[21206] 閑話その12「モロボシ・ダンの後悔」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/07/11 17:14

閑話その12「モロボシ・ダンの後悔」


熱く…そして黄身の中まで固く茹で上がった卵の殻を剥き、岩塩を軽く振ってかぶり付く。

「美味い…」

「ハードボイルドがお好みか、ダン?」

「いや、私は軟弱な商社マンだよ?」

…そう、私は本来平和な世界に生まれ育った軟弱で平和ボケした人間なのだ。

それがどうして並行世界を(そして自分の国をも)相手に詐欺行為じみた真似をする事になってしまったのやら…トホホホホ。

今、私の目の前でシェイカーを振っている男…元米国海軍特殊部隊指揮官のケイシー・ライバックもいわばその詐欺行為の犠牲者と言えるだろう。

「ほら、オーダー通りにしたが? これは何て名前のカクテルだ?」

「ああ…確か『シャーロック・ホームズ』だったな」

「ほお、流石はイギリスの酒だけで作っただけあって名前もそうか」

我々の世界では東京・八王子の老舗バーでのみ味わう事が出来る一品だが、私はこれのシェイカーで作った一杯が大好物なのだ。

うん、ジンの香りとスコッチの苦み、そしてドランブイの甘さが程良くマッチしたこの味…いいねえ~~~♪

「おいおい…そんな強い奴をくいくいやって大丈夫か?」

…そういやこれ、飲みやすいけど度数40オーバーだっけ? でも速く飲まないとシェイカーで作った奴は味が落ちちゃうんだよなあ~~いやホント。

時間をかけて飲むとせっかくの味が落ちる…後悔するなら呑んでから後悔しよう。

「まあなんだ、私はもう後悔するような事はまっぴら…いやそうじゃない、どうせ後悔するなら納得のいく後悔になるようにすると決めたんだよケイシー」

「納得のいく後悔…か、私はそれすら手にする事が…いや、なんでもない」

静かにかぶりを振ってそう呟く彼だが、実は私はその理由を知っている…

2年前の明星作戦で彼の所属していた部隊は生身でハイヴへの潜入ミッションというとんでもない無理ゲーな任務を与えられた。

それがどんな理由と経緯で決定され、彼らに押し付けられたのか…そこまでは知らないし、出来れば知りたくない。

いずれにせよ彼と彼の部下たちは激戦の中をかいくぐるようにして横浜ハイヴの横抗まで辿りついて(よくまあそこまで行けたものだ)さあこれから(更なる地獄へ)潜入だ…といったところで突然撤退しなくてはいけない破目になった。

なんと米軍(つまりは味方)がG弾の使用を告げたのだった。

彼らは二手に分かれて必死にG弾の影響範囲から逃れようとした…だがその途中でもBETAに襲われ仲間を失い、そして結局安全圏に逃れる事が出来たのはケイシーと彼が率いていたメンバーだけであった(二手に分かれて行動していた彼の副官と部下たちは全員G弾の餌食となったそうだ)

作戦終了後ケイシーは情報伝達の遅延と混乱の原因を突き止め、その担当将校を殴った(その将校は彼の一撃で顔の形が変わったらしい)

軍法会議にかけられ、あわや処刑も…という場面でミズーリの艦長であるアダムス大佐を始めとする海軍の有志が彼の弁護に奔走し、その結果軍曹に降格されてミズーリのコックに収まったのだそうだ。

いい話だなあ~~~うんうん。

「…どうした、何かオレの顔についてるかダン?」

「いや、何でもないよ」

「そうか? それならいいんだがな」

…そこで退役までコックとして働いていた方があるいはこの男にとっては幸福だったのかも知れない。

だがしかし、ある日突然その平穏なコックとしての生活は終りを告げた。

太平洋の赤道上に突如として何者かが巨大なタワーを「突き刺した」のである。(非常識な事をする奴がいたものだ……私の事だけど)

“偶然”にもその付近を航行中だった戦艦“ミズーリ”の艦長アダムス大佐はこの異常極まりない建造物(?)への突入作戦にあたって、自分が最も深い信頼を寄せている男を指揮官に選んだ。

…つまり今私の目の前でつまみのサラダを作っている男、ケイシー・ライバック曹長を。

「野菜と生ハムだけでいいのか?」

「ああ…カリカリのベーコンを使うのもいいが、今日は生ハムで試してみよう」

アダムス艦長に呼ばれる直前までこうやって自分の好きな料理に没頭していた善良なコックさんは、この私の暴挙が原因で再び血まみれの世界に舞い戻る事になった訳だ。

そしてその後軍上層部、いやホワイトハウスへの報告によって彼はベイツ提督によって大統領に紹介され、表向きはウォーケン上院議員の紹介によってこの私の個人的な助手という事になった。

もちろん彼も私にそう語ったし、私も素知らぬ顔でそれを信じた振りをして……二人同時に何も言わずに笑い転げた。

もちろん私はこの男が何者でどんな実力を持っているか、その一端をタチコマ経由で見ていたし(タワーの中での作戦指揮などを)彼も何者かが自分たちを監視していてその背後に私がいる事を自分の直感とベイツ提督らから聞いた話で察していたのだろう。

それをお互いに分かっていながらのサル芝居につい彼も私もおかしくて笑ってしまったのだ…周りが変な二人組を見るような目で見ていたけどね。

それから私は彼を自分の借りている(商社の仕事をするための)事務所のキッチンでちょっとした料理を作ってもらって彼のコックとしての腕前を見せてもらった……のだが、これがまあトンデモナイ代物だったのだ。

私が彼に作らせたのは玉ねぎとニンニク、そしてベーコンを炒めたものをかけるだけのシンプルなパスタ料理であった。

だがその味、いやその茹で加減ときたら…アルデンテではなく、完璧な日本人好みの口当たりと歯応えだったのだ。
 
 
知っての通り本場イタリアにおけるパスタの茹で加減とは中心に僅かな芯を残して上げる“アルデンテ”と呼ばれる物が代表である。

しかし我々日本人の好みはそうではない。

確かに中心まで茹で上がってはいないが、芯もまた存在しない…というか、アルデンテと完全な芯無しとの中間である“パスタの芯が消えかかった状態”こそが日本人の口にもっとも合う茹で加減なのだ。

この茹で加減を冷めぬ内に即座に味わうのがパスタの最も美味い食べ方なのだ。(モロボシ独断)

本格イタリアンのシェフでもこれをやってくれる人は少ない…というか殆んどいない。

(ちなみに余談だが私の世界でこの茹で加減を実現して客に出していたイタリアンレストランのシェフが一人だけいたのだが、とある事情で殺人事件を起こしてム所に入る事となった……私と食道楽仲間のタマモトさんは嘆いた。 何故自分たちに相談してくれなかったのか…あの茹で加減を失うくらいなら罪に問われずに人一人始末する方法くらい教えたのに…と)

だが彼は、ケイシー・ライバックはなんとその茹で加減を日本人の私のためにやって見せてくれたのだ。
(何でも日本に任務で赴任していた時に横浜のとある食堂のマダムから教わったそうだ)

そしてその他にも彼の作ってくれたいくつかの料理を味見した私は決意した。
 
 
この男と組んで究極の食の殿堂をこのアラスカに作ろうと。
 
 
……いや、頼むからそんな目で見ないで欲しい。

別に私は酔ってる訳でも狂ってるわけでもない…単に以前から考えていた構想を実現するのに最適のスタッフを手に入れた事に気がついただけなのだよ。

「出来たぞ、これでどうだ?」

「ああ、それじゃ頂こうかな」

レタスと水菜、それと幾種類かの生野菜を刻んで生ハムと共に盛り付け、ドレッシングをかけただけのシンプルなサラダ…

「…いいね、やはりこの味だ」

「キョウヤサイ…だったか? 名前からするとあの灰になった帝国の首都にちなんだ物のようだが、淡白で爽やかな味だな」

「ああ、レタスや肉の味ともマッチしてくれるし…苦味が強過ぎる事もない。 なにより君の腕前がこの野菜の特性を殺さずに上手に使われているのがうれしいね」

「オレとしてはまたコックに戻れるのが有難くてしようがないが…アンタはそれでいいのかい?」

「ああ構わないさ、君の「知り合い」に紹介して欲しくなったらその時に頼むつもりだし…どうしても人手が要る時はボディーガードの真似を頼むかもしれないけどね。 だがそれ以外はここの仕事に集中して貰いたいんだ、どの道この店で色々と取引などもしなくてはならない場合があるだろうし」

「そうか、それじゃお言葉に甘えさせて貰おうかな」

そう言ってケイシーはにっこり笑ってまな板の上の食材を切り始める。

…そう、せっかくのチャンスを棒に振る事はない。

私にとっても、そして多分彼にとってもこれは自分がやりたい事を出来るチャンスなのだ…それならばそのチャンスを活かさない手はないではないか。

…後になって後悔するよりはずっとマシだろう。
 
 
 
 
私にとって最大の後悔…それはこの土管帝国の任務に就いた事ではなく、またそこにオシリスのような狂った機械やタチコマくんたちのような能天気なAIを連れて来た事でもない。

この任務に就いたのは半分は自分の意志(つまり自業自得)だし、オシリスやあのへんてこAIたちだって付き合ってみればそれなりに楽しい仲間になってくれるのだ。

だがしかし、そんな呑気な連中よりも遥かに悪質で愚かな人間がこの世には存在する。

今から3年前…光州作戦で彩峰中将を救出した直後の事だった。

中将の治療を見守りつつ今後の自分の作業を検討していた私は、突然日本(つまり自分の世界)に呼び戻された。

私が“光州作戦の戦場に視察に出かけた際に、重傷を負った彩峰中将を救出するためにBETAと交戦した”事が国会の場で問題視されたのだった。
 
 
 
…では彼らは私にどうしろというのだろう? 死にかけた男を救出しなければよかったのか、それともあるいは無抵抗で異星起源種の餌となるべきだったとでも言うのだろうか?

もちろんその素朴な疑問に答えるようなバカ正直な人間などあの国会という場所には存在しない。

彼らが私に求めていたのは案山子の役だった…自分たちが繰り広げる無意味な騒動を演出し、その裏で行われる政党間の駆け引きを隠すための案山子だ。

彼らが…日共政賛会をはじめとする野党側が主張するのは我が国のPKO要員が現地(つまりオルタ世界の光州)で武力を行使したのはあの世界への介入…それも軍事力による介入が目的ではないかと言うものであり、さらにはこの世界を侵略(!?)しようとする企みが隠されているのではないかと言うものであった。
(流石に後半の部分は口に出して言った訳ではなくニュアンスとして匂わせていたに過ぎないが、呆れた事に彼らの支持者の中にはそれを本気で信じている人間もいたらしい…信仰心とは恐ろしいものだとつくづく思ったものだ)

……一体全体、何が悲しゅうてあんな世界を侵略せねばならんのだ!?

呆れて物が言えなかったが国会議員のセンセイたちがそう仰るからにはちゃんと御説明する義務が我々国家公務員にはあるのだった。

もちろん、我々の世界においても人類は戦争という愚行から完全に解放された訳ではない。

連合の平和的発展を謳う某合衆国や、人口がなんと300億を超えた(実際はその倍と言われている)自称6千年の歴史を誇る超大国などはあちこちの国と諍いを繰り返し、自前の地球を既に3つも持っていながらまだ軍備拡張と領土拡大(あるいは駐留地)を求めてやまないが…

だがそんなのは一部の超大国と宗教的理由で争う事を止められない国同士の話だ。

並行地球群連合に加盟している大半の国家にとっては今更国家間の戦争など必要ではない…それぞれが自分たちの地球を保有し、土地も資源も充分に確保されているからだ。

少なくとも今の日本に他国を侵略して得られるメリットなど事実上存在しない。(むしろ国際的な立場を考えれば通商や外交上のデメリットが大き過ぎる)

そんな事はいくら野党議員のセンセイたちの頭が空っぽでも理解出来ない筈はない…筈だった。

だが呆れた事に彼らは、理解出来ない振りをしてこの私を国会の証人喚問の場に呼び出したのだ。

その時、私の頭の中ははっきり言って爆発寸前であった。

光州作戦が終了し帝国軍も国連軍も大陸から撤退した…あと数カ月で日本への本土侵攻が始まるというのが“おとぎばなし”の記述内容であり、あの世界の状況はその記述通りの歴史をなぞっていた。

もしこの先の悲劇…いや惨劇を食い止めようとするのであれば帝国政府と接触し、信用を得たうえで未来情報を提供するのがベストであった。
(もちろんこの時点で既にBETAの本土侵攻を防ぐ事は事実上不可能と思えたが、予備知識を提供する事で軍事的な被害や人的な被害は半減出来ると考えられた)

そのためにはこんな政治家同士の茶番劇に付き合っている暇など1秒たりとも存在しなかったのだ。

もちろん私はその事を当時の政権担当者に切々と訴えたが、彼らの反応は…“お前のせいでこんな事になっとるんだ!これ以上余計な事を言うな!”と言わんばかりのものだった。

私か?私が悪いのか? …一瞬、真剣に悩んだがすぐあほらしくなって悩むのを止めた。

元々この支援活動に批判的だった野党の一部がシンパの報道機関と組んで垂れ流したプロパガンダが思いの他大きな反響を得たので調子に乗って担当者の証人喚問までブチ上げ、それに有効な対応策が打てない政府と与党が担当者…つまりこの私を生贄として召還したのは明白だったからだ。

そして私を憤激させたのは、私が彩峰中将を救助などしなければよかったのだと言わんばかりの彼らの態度であった…人間というのは想像力さえ放棄すれば他人の不幸に対してとことんまで冷たくなれるものだと、私はその時つくづく思い知らされた。

そんな私の怒りなどもちろん気にする筈もなく、彼らは私に上手に穏便に野党の質問をはぐらかすようにと因果を含めたのであった。
 
 
そして証人喚問の席上で…野党の代表者がまるで戦犯でも見るような目で私を睨みながら“あなたは何故、このような真似をしたのですか?”と私に訊ねた時、頭に来ていた私はついまともな言葉を口にしてしまっていた。
 
 
「つまり誰も助けず、皆殺しにされるのを見守っていればよかったと言う訳ですか?」
 
 
…マズイと思ったが後の祭りであった。

証人喚問とは一種のショーなのだ。

国会議員が証人…つまり袋叩きにする対象に対しては事実上あらゆる言いがかりが許されるが、逆に証人がその上げ足を取って相手をやり込める…などと言うのは“お約束”に反するのだ。

証人に許されるのはあくまで言を左右にして相手の質問をはぐらかす事だけであり、質問する側の面子を潰すような行為や言動は以ての外なのだ。

その“お約束”を私が破ってしまったため国会は更に紛糾し、最終的に支援計画の続行は認められたものの、帝国政府や国連への接触は禁止事項とされた…つまりこのまま何もせずにこれから起きる事をただ見守るしかなくなってしまったのだった。

…そしてそのまま数カ月が過ぎた。
 
 
 
1998年7月にオルタ世界の日本で何が起きたか…もちろんそんな事は語るまでもないだろう。

僅か1ヶ月余りで日本の半分が(数千万人の人間諸共)大陸から侵攻して来たBETAによって喰い潰されてしまった…そしてもちろん、私には何も出来なかった。
(どの道国会での騒動が終わった時にはもう情報を流しても帝国を混乱させるだけで手遅れだったが…)

だが私はまだいい、治療が一段落し意識が回復した彩峰中将の心境に比べれば私の事など取るに足らない問題だろう。

ベッドの上で祖国と国民、そしてそれを必死になって守ろうとする兵士たちが次々と異星起源種の餌食になっていくのを彼はただ見守るしかなかったのだ。

無言のまま慟哭する彼の背中を……私は正視する事が出来なかった。
 
 
 
 
「どうした? 何か悩みごとか?」

おや、だれかと思えば猪川少佐殿ですか。

「…随分怖い顔で呑んでたが、何を考えていた?」

「は? 怖い顔…でしたか?」(あなたの顔とどっちが…とは言わない方がいいよな多分)

「自分で気付いてなかったか? 今にも誰かを撃ち殺しそうな顔だったぞ、ダン」

本当に?

「気付かなかったなあ~、いやいや危ないなあ~~~気をつけないと」

「…ふん、それで? 一体何を考えていた?」

「いや、ちょっと昔の事をですね…ああケイシー、冷えたジンにライムの汁を振りかけた奴を頼む」

「おいおい、そんなに強い奴ばかり飲んで大丈夫か?」

…まあ、死ぬ事はないだろうし。
 
 
 
BETAによる本土侵攻…いや蹂躙の記録と映像はそのまま我々の世界へも送られ、そして公開された。

もっとも余りにも悲惨過ぎる映像が殆んどなので表向き公開されたのは一部だったが、それでも国民の関心を引くには十分過ぎる代物だった。

そしてこれまた当然というか…“何故こうなるまで何もしなかったのか?”という報道が始まったのだ。

…信じられるか? ついこの間まで“並行世界への介入は憲法に違反するのではないか?”という趣旨の報道をしていた人たちがそう言い始めたのだよ。

(さすがに呆れ果てて何か突っ込む気も失せたけどね…)

そしてそれに関する騒ぎが一段落した頃、再び私は政府に呼び出された。

彼らは私に“再びこのような悲劇が繰り返されないために”というとても素晴らしい名目で並行世界の日本帝国や国連、あるいは合衆国政府等との接触と交渉に必要な権限を与えて下さった。
 
 
…今更、こんな物を貰っても私に何が出来るというのですか!?
 
 
これで君の作業もやり易くなるだろう…とか目の前で恩着せがましい台詞を吐いている連中に向かってハッキリそう言ってやりたかったが、流石に我慢した。

私は並行世界の日本を救う事が出来なかった……しかしまだあの国は滅んだ訳ではないし、あの世界と人類を救うチャンスはまだ残されている筈だからだ。

個人的感情に任せて目の前のウマシカ達を罵る事で、そのチャンスまで失う訳には断じていかなかった…
 
 
その後、オルタ世界の日本では明星作戦が行われ、それに伴い我々はG弾の影響を調べるためにタチコマ部隊を投下直後の横浜に派遣し、そこで事実上死体となった鳴海君を拾い上げた。

…何故、G弾の投下を帝国側に事前に知らせなかったのかって?

残念ながらそれでは却って悪い結果をもたらしかねなかったからだ。

明星作戦に投入出来る戦力にはXM3搭載の戦術機群も、もちろんML機関搭載の凄乃皇も含まれてはいない。

その戦力で表向きはフェイズ2でもその深さはフェイズ4の横浜ハイヴを落とせるかと言えば…ハッキリ無理ゲーだと言うしかないだろう。

どの道本土侵攻の前に情報を渡して帝国軍の戦力を温存しておかなければ通常戦力による横浜ハイヴの攻略は不可能だったのだ。

もしもそこへ私が伝えた情報が元で米国によるG弾投下が未遂に終わるような事態になれば…結果として横浜ハイヴは落ちず帝国は2つのハイヴを抱えたまま更に追い詰められ、第4計画の進行の道も閉ざされて人類は第5計画の実行を選択するかもしれない。

…つまり私にその時点で出来た事、それは“おとぎばなし”の通り米国が横浜にG弾を投下するのを先生と共に見届ける事だけだったのだ。
 
 
 
…その後の事は話すまでもないだろう。

かねてから一般人の姿を借りて仕事をしていた私は、その仕事場の社長と組んで帝国と世界を…人類を救うための準備に本格的に取り掛かり今日に至るという訳だ。

戦術機を始めとする兵器の素材や加工技術の大幅な進化や合成食品の味と栄養の向上…もちろん不足するであろう難民たちのための食糧の生産設備の設置も行った。

(殿下の推薦という事で生産した合成食糧は難民たちに配布され、食糧の不足に対する不満は和らぎつつあるようだ)

それらを行うのと並行して、私は本格的にスミヨシ君や教授、そしてハナガタミ社長の協力を仰いだ。

戦術機の機体の改良やXM3の雛型の作成、この世界で生産が可能な兵器の研究などなど…彼らの提案の中から有望と思える物をハナガタミ社長らの出資で実現していった。(それ以外にもオルタ世界の日本人に少しは娯楽を供給しなくては…と言う事で子供向けのアニメと大人(特に主婦)向けのドラマを制作し、テレビ局に提供する計画もすでに実行段階だ)
 
 
どんなに後悔したところで過ぎた事はもうどうしようもない。

今更時間は巻き戻せないし失われた命も帰ってはこない…私に出来る事はもう二度と起きると分かっている悲劇や惨劇を見過ごしたりしないで可能な限りの手を打つ……それだけだ。

そのためにもこのアラスカで行われる二つの計画を成功させ、このユーコン基地やカムチャツカで起きるであろう愚かな人間同士による過ちを食い止めるかさもなくば被害を最小限に抑えなくては……まあ、この二人が手伝ってくれれば何とかなるかな?
 
 
 
「…ほー、そうかね?」

「ふむ、まあオレに何か出来るなら手伝うが?」

……え”?

「…あの~~御二方、もしかして私何か言ってました?」

「いいや別に、アンタの正体が宇宙の彼方にあるM-78星雲からやって来た“観測員”とやらで地球と人類の惨状を見かねたアンタが不干渉が基本方針の故郷の意向を無視して地球と我々人類を救おうとしている……なんて事は言ってないから安心しろ」

…そうか何も言ってないのか、なら安心だな。

さてもう一杯欲しいところだが…酔いざましに『Dr.ワトソン』でも作って貰おうかな?

あの強いクセが堪らんのだよ~~~~♪

「ケイシ~~~、もう一杯「もう止めとけ」……はい、水でいいです」
 
 
 
閑話その12終り
 
 
 
 
 
【おまけ】
 
 
「…寝たか、所詮は素人だな」

「あれだけ飲んだんだからな…無理もない」

「どう思った?この男の酒飲み話を」

「さあ? オレには何とも言えんが…アンタがここにいるって事はただの酒の上の寝言じゃあないって事だろ、クラウス」

「それはこっちの台詞だ、アンタがここに来たって事はつまりはベイツ提督…いや、コルトレーン大統領の意志という事だろう、中佐殿?」

「それは昔の話だ、今は本当にただのコック……の筈だったんだがな」

「諦めろ…アンタのような優秀な兵士にコックをやらせておくほど今の人類に余裕はない」

「せめてこの店で少しはまっとうな仕事をしたいものだ…ほら、ポテトが揚がったぞ」

「…頂こう」
 
 
 
 



[21206] 第1部 土管帝国の野望 第39話「本日、未熟者」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/07/21 17:55
第39話 「本日、未熟者」


【2001年4月18日 アラスカ・ユーコン基地 テストサイト】

「くそっ! 何で同じように動けないんだよこの機体は!!」

ユウヤ・ブリッジスはコクピットの中でそう叫んだ。

自分が搭乗している日本製の戦術機“吹雪”の機動が、全く思い通りになってくれないのがその理由だった。

『どうした!この程度の機動すら満足に出来んのか貴様は!?』

「ぐっ……!!」

レシーバーから容赦のない罵声が飛びこんで来る。

『いいか小僧!オレが貴様に割いてやれる時間には限りがある。 その時間内に貴様が水準点を超える事が出来なければオレの権限で貴様を共同開発の開発衛士のリストから外す事になる…それを忘れるな!!』

(畜生! 言いたい放題言いやがってあの鉄面皮野郎!!)

心の中でそう叫ぶユウヤだったが、言葉に出して言い返す事は出来なかった……自分の目の前で同じ機体、同じOSを使って凄まじい機動を実演して見せる男…猪川蔵臼少佐に対しては。

『もたもたするな!この未熟者が!!』

(チクショオ~~~~~~ッ!!!!! 今に見てろこの鉄面皮野郎~~~~!!!!)


その絶叫を心の中だけで叫んだ後、ユウヤは更にスロットルを踏み込んだ。
 
 
 
 
ユウヤ・ブリッジスが『XFJ計画』のテスト・パイロットとして国連軍に出向するようにとの命令を受けたのは約1ヶ月前の事だった。

よりにもよって自分が最も嫌悪している日本との共同開発…しかも開発の主導権は日本側にあり、主任開発衛士は日本人の衛士で自分は次席だという話を聞いた時、思わず目の前の上官に掴みかかりそうになったユウヤであった。

だがそんなユウヤも上司が見せた一本のビデオ映像を見た時、そのあり得ない内容に言葉を失っていた。

それは米国軍の中では既に退役した時代遅れのF4改修機が、最新のF-15ACTVを圧倒し勝利した演習の映像であった。

(バカな!……こんな事はあり得ない!)

驚愕で固まったユウヤに対し、命令を下した上官はこれが日本帝国の新技術によって作られた機体とOSのデモンストレーションである事を説明した。

そして彼が開発を担当する機体に投入される技術であると言う事も…

不満を抱えながらもこの新しい機体の技術に関心を持ったユウヤは、相棒のヴィンセントと共に(ちなみにこっちは新しい機体とOSをいじれるというので大喜びで)アラスカのユーコン基地までやって来た。

彼が開発を担当する“不知火・弐型”の機体到着はまだ先だが、その前に日本の戦術機と新型OSの挙動に慣熟しておくべきだとの開発責任者たちの言によりユーコン基地で行われているもう一つの日本主導の計画『XOS計画』の研修を受ける事が決まっていたのだった。

そこで出会った二人の日本人、ダン・モロボシとクラウス・イノカワ……ユウヤは一目でこの二人を嫌いになった。

まず、モロボシという男はその変ににこやかな顔とメガネが気に食わない…何故かメガネの奥にある彼の目が自分の全てを見透かしているように感じて不愉快になったからだ。(ちなみにユウヤはモロボシのあだ名を“メガネ男”に決めた)

そしてもう一人の男、クラウス・イノカワ少佐…『XOS計画』の責任者だというこの男を見た時、ユウヤは訳もなく強い拒否反応のような物を自覚した。

それが何故であるかはユウヤ自身解らなかったが、目の前にいる日本人の少佐を見ると訳もなく反発したくなって来る(そうでなくとも元々日本人嫌いの)ユウヤだった。

そのイノカワ少佐に“貴様に我が国の次世代機開発の衛士を務める事が出来る能力があるかどうか試させてもらう”と言われた時、ユウヤはこう言い返した。
 
 
“へ~え、まるで日本に次世代機を開発出来る能力があるみたいな言い方じゃないですか少佐殿?”
 
 
殴りたければ殴れ!  そう思って言った言葉を数秒後にユウヤは後悔した。

イノカワは何も言わず、そして何もしなかった……ただ黙ってユウヤを静かに見据えただけだった。

だが、たったそれだけの事でユウヤ・ブリッジスは…いや、彼の傍にいたヴィンセントや周囲の人間までもが硬直した。

まるで自分が戦術機の足で踏みつぶされようとしているような、そんな凄まじい殺気と重圧を感じたからである。

ユウヤが、そしてその場の全員が言葉も出せずに立ち竦んだ状態のまま約一分程経過した後、イノカワ少佐は“フン!”と鼻を鳴らすように嗤ってその場を立ち去った。

周囲が安堵の溜息を洩らす中で、ユウヤだけはあの男の重圧を前にして何も出来なかった事に対する悔しさを噛み締めていた…

そしてシミュレーターでF-15の機体データと合わせた「X1」の慣熟を3日かけて行った後、ようやく吹雪を使った実機訓練に入ったのだが…
 
 
 
「くそっ! まただ…何故アレと同じ挙動が出来ないんだよ!?」

本日何度目になるか分からない言葉を吐いていたユウヤであった。

ユウヤの「吹雪」(つまり日本機)への慣熟訓練に際してイノカワ少佐が同じ機体とOSでエスコートをすると言いだした時、自分に対する侮辱なのかと怒ったユウヤであったが…実際に訓練を始めると次第にその怒りは焦りへと変化して行った。

日本の第3世代練習機である「吹雪」を上手く動かせない。 不慣れな機体と操縦感覚に加えて全く感覚の違う新OSを操作しなければいけない事は分かっていたが、これほどとは思わなかった。

その挙動が上手く行かないのも日本の機体が不完全だから……とは口が裂けても言えない理由が目の前にあった。

イノカワ少佐が操縦する「吹雪」は、見事なまでの滑らかで流れるような機動を実現していたからである。

(何故だ! どうしてアイツの機体はあんな動きが出来るんだ!? おかしいだろ!?こんな非力な出力しかないのに!)

そう心の中で叫ぶユウヤだったが、目の前の現実は動かしようがなかった。

自分が満足に動かす事が出来ない機体とOSで信じられない程のレベルの機動を実現する男、イノカワ少佐…

悔しさを噛み締めながらもユウヤは認めるしかなかった…機体とOSの性能、そして日本人衛士の実力を。
 
 
 
“話にならん! 明日までに自分が何故満足に機体を動かせなかったかを考えておけ!”

そう言い残して少佐が去った後、ユウヤは機体の面倒を見ているヴィンセントの方に行った。

「おう、ユウヤか…随分ショボクレてるなあお前」

「…悪かったな、しょぼくれていて」

「ははあ、どうやら少佐殿のシゴキがかなりキツかったみたいだな?」

「ふん、別にこのくらいはキツイとかには入らないさ…」

「ふ~ん? じゃあ何で落ち込んでるんだ?」

「………」

「機体が思うように動いてくれない事だろ?」

「! ああ、その通りだよ! くそっ…何あの鉄面皮野郎と同じ機動が出来ないんだ!?」

図星を突いたヴィンセントの指摘に一瞬かっとなったユウヤだったが、自分の方に問題があるのは明白だったためにそれ以上は何も言わなかった。
(ちなみに“鉄面皮野郎”とはユウヤが猪川少佐に付けたあだ名である)

そんなユウヤにヴィンセントの方が助け舟を出した。

「それはなユウヤよ、お前が米国軍衛士の使い方で日本の機体を動かしてるからだよ」

「あ? どういう意味だ?」

「戦術機も国によって仕様や使い方が違うのは理解してるだろ? 日本の機体は近接戦闘を想定したり、燃料の使用を抑えたりする事を前提に機体を作ってる……このTYPE-97はその典型みたいなものだな」

(近接戦闘…それに燃料使用制限だと…? そんなことばっかりしてるからBETAにやられちまうんじゃねえのか? 日本も他の国も)

前線国家の現実を知らないユウヤにとってそれは衛士の命を無駄に捨てているとしか考えられない発想であった。

「ま、確かに米国の運用方針とはかなり違うがな…しかしこれからお前が扱うのはそういった機体だって事だ」

「…ああ、そうだな」

「さあ、そこでだ…日本の戦術機の特色だが、アレを見ろよユウヤ」

「え?」

そう言ってヴィンセントが指し示したのはTYPE-97“吹雪”の頭部だった。

「あの頭部にある大型のセンサーマスト、アレはただのセンサーカバーじゃなくて空力的な意味合いもあるんだ…空中機動においてあのセンサーマストや前腕部のナイフシースを使って姿勢を制御してるって訳だな」

「! そうか…だからイノカワはあの機動が可能だったのか」

何故自分がイノカワと同じ動きが出来なかったのか…その理由をようやく理解したユウヤの顔は一気に明るくなった。

(見てろよ!鉄面皮野郎…明日になったら目に物見せてやるからな!!)

心の中でそう叫ぶユウヤだったが…

「ま、後でモロボシ大尉に礼の一言くらいは言っておけよ? ユウヤ」

「なに? どういう意味だ?」

「…今のアドバイスだけどな、あのヘンテコな大尉殿がオレにヒントをくれたから出来たんだよ」

「な…」

「そうでなきゃ流石に今の時点でオレにもそこまでは分からなかったろうしな…」

「あのメガネが…何時の間に」

「それがなユウヤ…今日の演習が始まる前になんだ」

「!! おい、冗談はよせよヴィンセント! それじゃ何か? あのメガネ野郎はオレが今日の演習でこうなるって始めから分かってたって言うのかよ!?」

あの変な男が自分が新しい機体とOSに苦しむであろう事を見透かしてあらかじめアドバイスをくれていた…そんな馬鹿なと思うユウヤであったが…

「まったくなあ…只者じゃないとは思ったけど、まさかここまで的確に見抜くとは驚いたぜ本当に」

あっさりとそれを肯定したヴィンセントの言葉に絶句するユウヤであった。

(何者なんだ…あの男は?)

「丁度いいや、今夜はあの人が開店の準備をしてる店で御馳走になる予定だからお前も一緒に来いよな?」

「はあ? 店って…?」

「何でも美食の殿堂だそうだぞ」

「????????????」(日本人てのは一体何を考えてるんだ?)
 
 
 
 
 
 
【ユーコン基地・歓楽街】

…頭が痛い。

どうやら昨日は飲み過ぎたらしい……夕べは酔いに任せて自分の正体を明かす…振りをしたのだが(実際には欺瞞情報と真実の折半で)どうやら最期の方では本当に本音を漏らしていたらしい。

まあ、電脳メガネに記録されていた会話のログからは致命的な情報の漏れはないと分かったが…未来情報を知っている事は悟られたかもしれない。(イタタタタ…頭もイタイし)

不味いなあ…少佐はともかくケイシーに知られたら…別に悪い男じゃなさそうだけど、基本的には大統領が私に付けたお目付け役だしなあ………今後は酒を控えるか、そうでなくともあの男が作るカクテルは美味過ぎるんだ。(下手をして飲み過ぎたら本当にアル中になってしまう)

「ほら、アイスティーが出来たぞダン」

「ああ…サンキュー、ケイシー」

…うむ、美味い。 やはりアイスティーはストレートかミルクティーにすべきだな、うん。

(レモンティー愛好家の皆さん、これは私の好みなので苦情は御遠慮下さい。 ちなみに私はホットであればレモンティーも好きなのです…って何故こんな言い訳を!?)

「どうした? まだ気分が悪いのか、ダン?」

「いや、心配ないよケイシー、それより今夜のメニューは大丈夫かい?」

「ああ、そっちは大丈夫だがな…それにしても随分とサービスがいいんだな?あの小隊の連中に」

まあ、これから色々と迷惑をかけたりかけられたりする間柄になるんだからね…

「彼らにはこれから色々とやって貰わなければならないからね、その前払い的な意味もあるのさ」

私のその言葉を聞いたケイシーは、一瞬顔をしかめてからこう言った。

「何をさせる気か知らんが、いたいけな若者をラングレーの糞野郎共と同じレベルに扱うような真似は感心しないがな?」

ふむ、経験者は語るか…まあCIAのやり口や、私の事を多少なりとも知っている彼としては当然の心配なのだがね。

「残念ながらケイシー、私がそう扱おうとしてる訳ではないんだよ」

「ふむ、それじゃ誰…いや、どこの連中だ?東海岸か、それともトーキョーの方か?」

「…強いて言えば世界の現状が、と言う事になるな」

「…酷い世の中だ」

「まあね、所詮私に出来る事など限られているし…まあ、彼らが死なないように影から少しだけ手を貸してあげるのが精一杯だな」

「ほお?あんなデカブツを自由に出来る男がな?」

「…何の事か分からんが、所詮人一人に出来る事などタカが知れているものだよ」

そう、どんなに力があっても所詮一人の人間に出来る事には制限と限界がある…だからこそ、彼らアルゴス小隊のメンバーや目の前のコックさんに協力して貰わなくてはならないのだ。

(利用してばかりでは申し訳ないから、それなりにサービスで返さないとね)

「ああそれとケイシー、出来ればもう一杯アイスティーを…」

「…もうあんな深酒はするなよ?」

はい、そうしますチーフ。
 
 
 
 
【ユーコン基地『プロミネンス計画』本部】

二人の男が猪川少佐とユウヤが操縦する「吹雪」の映像に見入っていた。

「…成程、これは凄いですな大佐殿」

「ああ…いかに第3世代機といえど従来のシステムではあれほど機敏で柔軟な機動は不可能だった。 それをいともたやすく実現しているのだからな」

そう言ったのはここの主でプロミネンス計画の責任者でもあるクラウス・ハルトウィック大佐である。

「確かにこの新型OSをプロミネンス計画に組み込めばそれだけで計画の価値は大きく跳ね上がるでしょうな」

「うむ、それに日本と米国が共同開発するTYPE-94セカンド…これもまた重要だ。 我々の計画に批判的な米国内の一部勢力に対しても有効な牽制策となってくれるからな」

「それで、この計画のサポートと帝国側の寄こしたあのモロボシ大尉のお目付け役が私の任務という訳ですか? 一体彼は何者なのです?」

「…この『XOS計画』だが、帝国の意志というよりはあの男の個人的な発案による部分が大きいらしいのだ」

「! それは…?」

ハルトウィックの言葉に相手の男は驚いた顔で聞き入る。

「どうやら今回の帝国側の計画の基礎をなす技術の殆んどはあの男が育てたものらしいのだよ…それで帝国の高官たちもあの男の提案を呑んだらしいのだがな」

「…しかし、それだけであの“アイアン・クラウス”までもがここに来ますかね?」

まだ他にも理由があるのでしょう? と無言で訊ねる男に、少しの間躊躇った後でハルトウィックは口を開いた。

「君は太平洋上とL3で起きた異常事態の噂を知っているかね?」

「ええ、もっとも私が聞いたのはあり得ないようなふざけた話ですが…情報に規制がかけられている以上、単なる法螺話ではないのでしょう?」

「太平洋赤道上に現れた巨大なタワーとL3に出現したスペースコロニー…どちらも事実だそうだ」

「……成程、それで? それらがこの件とどう関係しているのですか?」

「どうやらこの二つも“彼”が作ったらしいのだよ」

「な!?」

「そしてこれは個人的な伝手で入手した情報だが、どうやらCIAはあの男を拉致しようとして返り討ちにあったらしい」

「それはまた…」

CIAの拉致工作を退けるとは只者ではない…一体どんな人物なのかと考えつつも自分に課せられた任務がとてつもなく厄介なものになりそうな予感にその男は内心で頭を抱えていた。

「どうやらコルトレーン大統領はそのCIAの先走りに頭を痛め、自分の信用がおける男を付き人のような形で張り付かせたらしい」

「巨大な国家であるが故の喜劇…などと言って笑ってばかりもいられんでしょうな。 そんな人物がこのアラスカに来た以上はどんな騒ぎが起きるか分からないし、こちらに火の粉が飛んでこないとも言い切れないでしょう」

男のその言葉にハルトウィックは重々しく頷いた。

「あの男、モロボシ大尉には当分の間無事でいて貰わなければ困る。 聞けば帝国では今回の我がユーコン基地での二つの計画について国粋主義者たちの反発がかなり強いらしいのだ」

「ふむ…もし米国かどこかの工作員によって彼が命を失うような破目になれば『XOS計画』も中断される可能性がある訳ですな?」

「だからこそ君に頼むのだよ」

「そういう事であれば致し方ありませんな…了解しました大佐、『XOS計画』顧問の任務へ就かせて頂きます」

「うむ、宜しく頼むぞフーバー・キッペンベルグ少佐」

こうしてまた一人、コウモリ男に振り回される哀れな犠牲者が現れたのであった…
 
 
 
 
 
【PM 8:00 ユーコン基地・歓楽街】

「いちばん!ヴィンセント・ローウェル軍曹……脱ぎながら歌います!!」

「いよお~~~し!! その調子だ! 一気に逝け~~!」

「あらあら、楽しくなってきたわ~~♪」

「おい!キモいもん見せんじゃねえよ!!」

「………俺は知らんぞ、どうなっても」
 
 
いやあ~~皆さん楽しんでくれてますなあ~~~♪

彼らアルゴス小隊との親睦を深めるためと、数日後に控えたこの店の開店予行演習のためにオープン前の貸し切りパーティーを開いたのだが…どうやら大成功のようですな。(約一名のみあまり楽しんでる様子が見えないが)

さて、それでは彼とコミュニケーションを…

「おやブリッジス少尉、お酒が不味いかね?」

「…別に、美味い酒ですよ」

「そりゃよかった、なにせこのお店は女の子とか置かない酒と料理の味で勝負する店だからね」

「……」

「まあ初めての慣れない機体で大変だろうけど、君には頑張ってほしいからね…今日は好きなだけ食ってくれ。 明日の訓練に障らない程度にね」

「…何故わかったんですか?」

「ん? 何がかね?」

「オレがあの機体を上手く扱えないって事をですよ大尉殿」

うわあ…思いっきり睨まれてるよ。  さて、カードを切るか。

「それは勿論、君の事を事前に調べたからだ」

「ッ!」

「簡単な事情程度のものだが…君が日本人を嫌いになった理由を理解出来る程度まではね」

「ならどうして「自分をテストパイロットにしたのか、かね?」…ぐ!」

「答えは簡単だ、それらの事情を考慮してもなお君が得難い能力を持った優秀な開発衛士であると判断したからだよ」

「……」(あんな無様を晒すと分かっていてかよ!?)

「君の衛士としての経歴は優秀だし、だからこそ身についた米国の運用方針や操縦のクセがこちらのそれと上手く噛み合わない事は予想出来た…だがそんな物はいくらでもクリア出来る課題だし、またその程度の…君の個人的事情も含めた障害を乗り越えられないようでは共同開発など成し遂げられる筈がないのだよ」

「何故、そこまでして…」

共同開発に拘るのか…か、この場合彼を納得させる答えはまだ早過ぎるな。

「その答はきみ自身で気付いて欲しいね…この任務を続けながら考えればいいさ」

そう言って席を立った私の背後で、彼はぼそっと小声で呟いた。

(アンタは一体何なんだ!?)

…そろそろ誰かに言われる頃だと思った。
 
 
 
 
「お疲れさん」

私がカウンターにつくとケイシーが声をかけてきた。

「…見てたのか、ケイシー」

「まあな、若者と話すのは難しいだろう? オレも姪と話すのが苦手でなあ…」

「…まあ、私に出来るのはこの程度さ」

「そんなに彼らが心配ならオレの“知り合い”に紹介するが?」

ふむ、ベイツ提督かあるいはその上か? まだ時期的に早いがしかし…

「ケイシー、君の知り合いの海軍提督かその側近が『XOS計画』の視察に訪れる予定はないのかな?」

「どうかな、ちょっと“知り合い”にでも聞いてみようか?」

「済まんが頼む、どうも米軍さんの反応が鈍いんだよ」

「ああ、国防長官は日本嫌いで有名だからな…彼の出身派閥の陸軍は特にそうだろう」

「まったく、帝国も米国もお偉いさんというのはどうしてこうなのかねえ…お互い好き嫌いを言っていられる場合かどうかわからんのかな?」

「前線に出れば嫌でもそんな事は言っていられないと分かるがな、後方にいる人間はどうしてもそうなるのさ」

「やれやれ…一杯作ってくれ」

「ほら」

「ああありがとう…って、これただのジンジャエールか?」

「今日は控えろ、健康のためにな」

…トホホホホ、夢も希望もない。
 
 
 
 
 
【4月19日 ユーコン基地 テストサイト】

「くそっ! まだだ…この程度じゃ…畜生!」

『何をしとるか! 昨日何を見ておったのだ貴様は!!』

「ぐっ…!」

一夜明けて今日こそは昨日の汚名挽回を…と猪川との訓練に臨んだユウヤであったが、現実はまだまだ厳しい物であった。

(くっ…! さすがに頭で理解しただけでは上手くいかないかよっ…!)

自分の問題点を把握しそれを克服しようとあがくユウヤだが、一朝一夕でどうにかなる物でもなかった。

『とっととついて来い!この未熟者が!!』

(くっそお~~~~!! 覚えてやがれこの鉄面皮野郎~~~~~~~!!!!!)


昨日と同じ罵声を浴び、昨日と同じ悪態を(心の中で)返すユウヤ…

彼が未熟者の汚名を返上出来るのはまだ先の事のようであった。
 
 
 
 
第40話に続く







[21206] 第1部 土管帝国の野望 第40話「Sterling Hill」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2011/08/18 14:26

第40話 「Sterling Hill」


【2001年4月24日 アラスカ ユーコン基地・歓楽街】

「さあ~て、これで開店準備は整った…と」

準備万端、後は店を開くだけ…になった私の店『Sterling Hill』の店内でそう呟いていると、コック長であるケイシーが声をかけて来た。

「準備は整ったか、確かにそうだが…それにしても随分面白いつくりの店になったな?」

うん、そうかも知れないな。

ケイシーがそう言うのもまあ無理はない、我ながら随分とアンバランスな店にしたという自覚はあるしね。(それがいいんだけど♪)

この店、『スターリング・ヒル』は基本的にパブ兼レストランといった感じの気楽な飲み食いのためのお店である。

店の中はカウンター席とテーブル席があり、約20人余りが常時食事や酒を楽しめるようになっている。

何? 随分小さい店だなって? 確かにそうだ、この店は気軽に入れてしかも美味い! と言わせるための店なので、あまり大きな店には出来なかったのだ。
(料理の質もあるしね)

さて、表向き食堂部分はアメリカのパブを模した造りになっているが…ケイシーが言った「面白いつくり」がこの店の奥にはある。

少人数の客だけで楽しんでもらえる7~8人用の個室(テーブル席)と、座敷…いや、「茶室」である。
 
 
……「茶室」です、別に大事な事じゃないけど2回言いました。
 
 
言っておきますが別に私は茶道とかの心得はあまり持っていません。

それだったら何のためにこんなの作ったんだよ!? と突っ込まれそうですが、それこそ別にお茶を嗜むだけが茶室の使い道ではないのです。

通常茶室と言えば簡素な四畳半以下の部屋に茶道の道具を置いた物だけを想像すると思う。

だが実際にはそうではなく、様々な方式が存在するのだ。

私がこの店の奥に作った茶室は二つ。 一つ目は広さ十二畳の大きさを持つ『鎖の間』と呼ばれるタイプの部屋で、大人数が気軽な茶会や宴席を楽しむための物だ。

そしてもう一つが所謂普通の茶室…四畳半の『草庵』風の部屋である。

こちらは本格的な茶席や少人数の会談(主に日本人向けになっちゃうよなあ)のために作ったのだが、はっきり言って唯依ちゃんでも来なければ使う人間がいなかったりして…
 
 
つまりこの店『Sterling Hill』は表向きは洋風パブ兼レストラン(主にメニューはイタメシ)でありながら裏は和食割烹と言う訳だ…個人的趣味がモロ出しだなまったく。

ちなみに和風のメニューもちゃんとあるし、ケイシーは驚いた事にそれを作れるのだ。(日本でどれだけ料理の修業を積んだんだこの男?)

「さてケイシー、早速今夜の開店記念パーティーだが…」

「またあの坊やたちか?」

「ああ、それと猪川少佐と新しく『XOS計画』の顧問に就任したキッペンベルグ少佐もね」

「…フーバー・キッペンベルグか?」

「おや、知ってるのかい?」

「ああ知ってる、EUでは名の知れた戦術機乗りだからな…成程、ハルトウィック大佐の差し金か」

ケイシーの言う通り、このフーバーさんが我々の計画の顧問に就任したのはひとえにハルトウィック大佐の推薦によるものだ。

まあどの道『XOS計画』は『プロミネンス計画』の一部という形で行われるのだから、計画の本部から顧問的な人物が派遣されて来るのはある意味当然なのだが…どうもこのフーバーさん、『XOS計画』ではなくて私に付けられた“猫の鈴”らしいのだ。

「私はそんなに要注意人物に見えるのかねえ…」

「何を今更…」

私の呟きに呆れたようなツッコミを入れてくれるケイシー…そういや君もそうだったっけ?

さて、それでは皆さんの仕事ぶりでも見てきますかね?
 
 
 
 
 
【ユーコン基地・XOS計画戦術機ハンガー】

「猪川少佐~~~」

「間延びした声で呼ぶな諸星、場の空気がだれるだろうが」

…おや、早速お小言ですよ。

一緒に仕事をして見て判った事だがこの猪川少佐、実に口うるさい方なのです。

元から民間人で“なんちゃって斯衛大尉”の私みたいに呑気な態度を示す人間には容赦なくビシビシ説教を垂れるんだこの人…やれやれ。

「おや、今日はブリッジス少尉の指導はよろしいので?」

「そうそうアイツの面倒ばかりは見ておれん、本来の仕事もあるのだからな…今日は一人で飛んでいるが、ようやくコツを掴みかけて来たようだ」

「ほう…流石だね」

つい先日までは日本機と米国機の違いに四苦八苦していた彼だったのにもうコツを掴むとはね。

「昨日の訓練中だったか…旋回中に体勢を崩しかけた時に何かきっかけになる物を掴んだようだ」

ふむ、子供が自転車の乗り方を覚える時に似てるな…倒れかけた時にそれを立て直して前に進む感覚を覚えれば後は自然に走れるようになるが、そんな物だろうか?

「だがまだまだ未熟だ、これから更に仕込む必要があるだろう」

「そりゃまた厳しいですねえ…」

「ふん、“鉄は熱い内に打て”だ」

ふむ、つまりはこの人もユウヤ君の事を“やれば出来る子”だと見ている訳か…ではしっかりと仕込んで貰いましょうか、その方が後々の為にもなるだろうしね。

「それで、貴様の“仕事”の方はいいのか? 上の方からこのプロミネンス計画関連以外の任務も与えられておるのだろうが?」

「おや、御存じで?」

「日本を出立する直前にどこぞの古狸が頼みもせんのに耳打ちして行ったからな」

成程、相変わらず手回しのいい事だあのおっさんは…

「そっちはまだ始まってはいません。 なにせ取引相手が身内同士で揉めてるみたいで…それでケイシーの伝手で彼の知り合いがこっちに来るようにしてもらっているんですがね」

「ふん、子分共が勝手な真似をしかねないからそれから貴様を守るためにあの律儀な中佐殿を用心棒に付けたという事のようだな。 まったく、国も軍も図体がでかくなり過ぎるとロクな事にならんな」

「おまけにハルトウィック大佐までが歴戦の雄と噂のベテラン衛士殿をこの計画の顧問に据えてくれちゃいましたからねえ…そう言えばそのフーバーさんは?」

「キッペンベルグ少佐ならあっちで山本と話を…いや、こっちに来るようだな」

なるほど確かに噂をすればやって来ましたな。

「モロボシ大尉、現状視察ですか?」

「ええそんなところですキッペンベルグ少佐、私もちゃんと仕事をしないと猪川少佐に叱られますので」

「ふん、碌に反省もせん癖によく言う」

「猪川少佐、各機体への搭載作業は今日中に完了します。 明日からでも実機での演習が可能です」

「そうか、御苦労」

横からそう報告を入れたのは猪川少佐の部下としてこの『XOS計画』の副責任者となった山本大尉だ。

あの大田少佐や高木、富永といった人たちとも古くから付き合いのある技術士官だそうな…実際の作業の指揮とかはこの人が取るらしい。

「ところでキッペンベルグ少佐、それから猪川少佐に山本大尉も…今日の夜は空いてますか?」

「別にこれといった予定はないが?」

「…また貴様の店か?」

「ええ今日の夕方から正式にオープンでして、開店記念サービスをやるつもりです」

「何でも随分と面白い店だそうだが…ちゃんとした料理は出るのかね?」

おや、お疑いですかな大尉?

「そう言われては引っ込みがつきませんな、この無料招待券を差し上げますので是非おいで下さい…ああ、少佐殿たちも」

「あ、いや別にそんな意味で言った訳では…」「ふうむ、それでは御招待に預りますか」「ふん、まあいいだろう」

はい、三名様ご招待~~~♪

「ところで皆さん、ブリッジス少尉以外のアルゴス小隊の面々は…シミュレーターですか?」

「ああそうだ、機体への管制システムの換装と調整が今日までだからな。 明日からは実機での演習になる」

ふむ、アルゴス小隊の新型OSの教習もほぼ順調…と。

「私も先日からシミュレーターで新型OSを試させてもらっているが実に驚くべき性能だ、何としてもこのOSを世界中の戦術機に搭載しなくてはと思ったよ」

「歴戦の雄である貴方にそう言って貰えれば光栄ですキッペンベルグ少佐。 さて、それではアルゴス小隊の教習状況を見てきますので失礼します」

「あまり若い連中をからかうなよ?」

…おいおい、ユウヤ君をいじりまくってるアンタに言われたくはないよ?
 
 
 
 
 
【ユーコン基地・戦術機シミュレータルーム】

「そらそらあっ! くたばりやがれウスノロ共が!!」

「おいおい、一人で飛ばすんじゃねーよタリサ!」

「あ~ダメだわあの子…すっかりX1の虜っていうか、取り憑かれちゃってるし」

『アルゴス3! 勝手に出過ぎるな!! OSの性能に溺れて墓穴を掘る気か!』

「ひえっ! 了解!!」

CP管制を行っているドゥール中尉の怒声で調子に乗ってBETAを虐殺しまくっていたタリサが竦み上がった。

ここ数日、『XOS計画』の開始と同時に彼らアルゴス小隊は新型OS『X1』の慣熟訓練に入っていた。

これは彼らが試験運用する戦術機F-15・ACTVに『X1』が搭載される事が決定していたからである。

そしてそれを誰よりも喜んだのは…言うまでもなくタリサ・マナンダル少尉であった。

かつて公衆の目の前で自分を弄んだあの機体『撃流』に搭載されていたのと同系列のOSが自分の機体であるF-15・ACTVにも搭載される…それを聞いたタリサは比喩ではなくその場で宙高く舞い上がったのであった。

このOSさえあればきっとあのバニー女(スーパーマリモ)にリベンジ出来る。 そうタリサは確信して訓練に励んできたのだが、そのX1の高性能振りにすっかり取りつかれた彼女は度々無茶をやらかしてはドゥール中尉から雷を落とされてもいたのである。
 
 
 
「いやしかし、大変な熱の入りようですなこれは」

管制室のドゥール中尉のもとに訪れたモロボシの最初の言葉がそれであった。

「!これはモロボシ大尉、訓練の視察ですか?」

「まあそんなところですが、特に問題はない…というかマナンダル少尉などはすっかりXOSの虜になっているみたいですね」

「どうにも調子に乗り易いのが彼女の欠点でして、近く行われる広報撮影でも調子に乗らなければいいのですが…」

「ああ、そう言えばそろそろその時期でしたね」

「え?」

「いえ、ちょっと小耳にはさんだ程度ですが…確かソ連軍の衛士と共同で撮影だとか」

モロボシの呟きに何か不自然なものを感じたドゥール中尉だったが、続く彼の言葉にその顔を顰めた。

「ええ…向こうの衛士はプライドが高くしかも排他的な傾向が顕著ですので、下手なトラブルを起こさなければいいのだがと心配しているのですがね」

「彼女も腕自慢の衛士ですし、その心配は御尤もですね。 事前に釘を刺すのを忘れない方がいいでしょうね……もっとも無駄になるでしょうけど

最後にモロボシが口の中で零した独り言はドゥールには聞き取れなかった。

「え? 今何か仰いましたか大尉?」

「いえ、なんでもありません。 それより中尉、今夜は空いてますか?」

「はあ?」
 
 
 
 
 
【PM7:00 ユーコン基地・歓楽街『Sterling Hill』】

「おお、美味いじゃんこのサーモンステーキ!」

「ふいい~~~っ、最高だねえ~~このワインとブイヤベーズの味は」

「いい味ね、どこのワインかしら…?」

「…変った味のフライドチキンだな?」(だが何故か美味い…何の味付けだ?)

「いっやあ~~~このビールのコクとキレがたまらんス~~♪」

うむうむ、みんなここの料理と酒を気に入ってくれたようで何よりだね。

「いや諸君、今日は我が『Sterling Hill』の開店記念パーティーに来てくれてありがとう」

「いやあ~~~こっちこそまたこんな美味いメシをタダで食わせてもらって感謝してます」

「ホント、大尉は太っ腹な人ですね~~」

いやいや、それほどでもないさ…この先に君らに苦労をかける分をこうやって先払いしてるだけだからね。

「ブリッジス少尉、そのチキンは美味いかね?」

「え、ああ…確かに変った味だけど美味いですよ」

「そりゃなにより♪」

「このチキンフライの味付けに使ってるソースって…」

「醤油だよ、日本の基本的な味付けに使うソースだ」

「!…そうですか」

どうやら和風の竜田揚げは初めての経験みたいだな…まあ美味いと思わせれば成功か?

「しっかし大尉殿、この店はイタリアンだけじゃなくて和食も出るんスか~~?」

「ああ、基本はイタリアンだけど客のオーダーで和食と中華も出す事が出来るよ、もっともそれはケイシーのレパートリーに入っていればの話だけどね」

「へえ~、あの人そんなに色々と出来るんですか~」

そうらしいねえ、料理以外にも色々と…

「ダン、あっちの方も料理が行きわたったぞ。 行かなくていいのか?」

…おっとそうだった。

「ああ、ありがとうケイシー。 さてそれじゃ諸君、私は向こうでお偉いさんの相手をして来るから君たちはここでゆっくりと楽しんでくれたまえ」

「はーい、ゴチになりま~す」「遠慮なく楽しませていただきますわ」「もっとメシくれ~」「ありがとうございます!」「…遠慮なく頂きます」

…さて、それではお偉いさんの接待だ。
 
 
 
 
 
“鎖の間”には5人の男がいた。

猪川少佐、山本大尉、キッペンベルグ少佐、ドゥール中尉、そして…

「これは皆さん、お待たせして申し訳ありません」

「ふん、この面子を待たせるとはオメエも随分と出世したようだな若造」

「いや申し訳ありません、ミスター・マッコイ」

5人目はマッコイカンパニーのオーナー、マッコイ老であった。

「それで?こんな場所へオレを招いてどうする気だ、え?」

「ははは…まあそう急がずにまずは酒と料理を楽しんで下さい」

そう言ってジロリとした目で睨むマッコイに竦み上がるような素振りを見せたモロボシだが、実はそれほど恐れ入っていない事はその場の全員が認識していた。

「ふん、タタミの部屋とはまた随分と面白いモンをこさえたなあ小僧?」

「ここは身分や立場に関係なく茶席や宴席を楽しめる場所として作られたものでして…」

「ふうん…洋風のレストランの奥にこんな茶室を用意するとはね」

「まあ、これも私個人の趣味の賜物でして山本大尉」

「趣味や雰囲気は悪くないが、生憎とそれを楽しむ程風流ではなくてな……本題に入れ諸星大尉、貴様がここにこの面子を揃えた理由はなんだ?」

猪川の言葉に肩を竦めたモロボシがやれやれといった雰囲気で話を始める。

「いえ本当にこの店の開店記念サービスなのですが、まあ正直に言えば最低限の話を通しておきたかった…という部分もあります」

「ほお?どんな話を通すんだ小僧?」

面白そうな顔でマッコイ老がそう訊ねると、周囲の面々も表情を改めてモロボシを見る。

そんな彼らに向かってモロボシは言った。

「まず皆さん、XOS計画の現状と将来性についてどう思われますか?」
 
 
その言葉に暫く戸惑った後で、最初に口火を切ったのはフーバー・キッペンベルグであった。

「そうだな、XOSの性能に関しては申し分がない物と認識しているし、これがプロミネンス計画の一環として世界に広まれば全人類の対BETA戦力を底上げしてくれる事は確実だ。 国連軍としてもまた日本帝国にとっても名誉と実利の双方をもたらしてくれる素晴しい計画だと思うが?」

このキッペンベルグ少佐の言葉を受けて他の面々も自分の意見を口にする。

「オレは国家と軍から与えられた任務を果たすだけだが、この計画で得られるデータは帝国軍にとっても非常に有益な物となるだろうと考えている」

「XOSを実際に運用する事で得られるデータは非常に貴重ですし、世界中の衛士たちがこれを試験運用する事で今後のOSの改良・発展にも寄与する事は確実ですな」

「私はユーラシア各地でBETAとの戦闘を経験していますが、多くの前線国家では未だにF-4系やF-5系等の旧式機を用いているのが現状です。 XOSはこれらの国家と衛士たちの命綱となってくれる可能性を持っていると考えています」

「ふん、オレとしてはなかなかいい商売のネタを貰っていい気分…とでも言っておけばいいのか小僧? この新型OSは確かに戦術機の性能を大幅に引き上げる事が出来る、だが同時に機体にかかる負荷も増加していくつかの部品は交換の頻度が増えるのは間違いないだろう。 オメエはこのXOS計画を使ってその必要となる部品と交換の頻度や各国軍別の傾向を洗い出し、実際に各国の軍がこの新型OSを採用した時のフォローに役立てる事でXOSの普及を早めようって魂胆だろうが? ついでにこの強欲ジジイを利用してその部品供給で得られる利益を餌に計画のフォローをさせようと考えている訳だ…随分と虫のいいジグソーパズルを組み立てたもんだなあオイ?」

「いやいや、そんなに褒められると照れますなあ~~ハッハッハ……確かにその通りなのですが、理由はもう一つありまして」

「もう一つ…とは?」

訝しげに聞き返すフーバーに向かってモロボシは言った。
 
 
「プロミネンス計画を護るためですよ、少佐殿」
 
 
 
 
 
 
 
 
【2001年4月27日 ユーコン基地・プロミネンス計画本部】

「『XFJ計画』開発主任及び主席開発衛士として着任致しました篁唯依中尉です」

「うむ、貴国より提示された二つの計画は人類に新たな希望を示す物だ。 その一つである『XFJ計画』を主導する貴官の努力に期待する」

「はっ!」

いやいや、やはり唯依ちゃんは凛々しいねえ~~~♪

見ているだけで目の保養ですなあ、まったく…というか見ている分には、と言うべきかな?

「諸星大尉、改めて宜しくお願いします」

「いえ、こちらこそ中尉…あなたが率いるアルゴス小隊の面々は一癖も二癖もありそうな連中ですが、腕の方は確かなようですよ?」

「そうですか、それは有難いですね」

「あなたと共に弐型の開発にあたる衛士は実戦経験が無いのが玉に傷ですが、それ以外の面では非常に優秀な衛士です。 慣れない日本機とXOSへの慣熟も猪川少佐の指導でかなり進んでいますしね」

「はい、ありがとうございます」

「まあ弐型の機体が米国製部品を換装して組み上がるまではもう少しかかるでしょうし、それまでにXOSの訓練をこなしつつ部隊の指揮に慣れる事ですね」

「はっ、早速取りかかります!」

こらこら、そんなに急いでは躓くよ?

「まあ篁中尉、そう性急にならずに今日の所はゆっくりしてください。 どうでしょう?私が作った店の茶室で茶でも点ててみるのは?」

「ハア… 諸星大尉、実はその件で月詠大尉から伝言を預っていますが」

…え”?

「つ…月詠大尉が…何と?」

「はい、“戻ったらじっくりと聞きたい事がある”…と、侍従長からも同じ事を言われました」

「…そうですか」(汗)

トホホホホ…唯依ちゃんに私の事を監視させる気だよあの二人…



 
 
 
 
 
 
第41話に続く
 
 
 
 
 
【おまけ・茶室の幽霊】

やれやれ、せっかくの茶室なのに唯依ちゃんが使ってくれなきゃ宝の持ち腐れなんだが…あれ、誰か茶室の中にいる? 

「どなたでしょうか…………ってえ~~~~!!!!!」

「御苦労さまですね諸星、今一服茶を点てますから楽になさい」

「……殿下ぁ~~~~~!?!?」

どうしてここに…って、お前だな駒太郎!? なんて事してくれたんだ!これが帝都城にいる月詠大尉とかに知れたら私の命は~~~~(ガクガクブルブル)

「駒太郎を叱るのは勘弁して下さいね? 私が我儘を言ってここに連れてきて貰ったのですから」

「はあ…しかし殿下、いくらメビウスを使っているからと言ってあまり長時間姿が見えないと城の中が大騒ぎになりませんか?」

「はい、ですからほんの一時の息抜きです…見逃して下さいね?」

ははは…仕方のない人だなあ~~まあいいか、どうやらTEの内容を駒太郎から聞いて唯依ちゃんたちが心配でならないらしいし…横浜基地とか忍び込んで香月博士に見つかるよりはマシかな?
 
 
 
 
…その後、この店の茶室には時々日本の茶を点てる美女の幽霊が出ると噂になり、運のいい好事家が実際にその幽霊からお茶をもてなされるという出来事が度々起きる事になる。

ちなみに篁中尉や猪川少佐が幽霊の正体を知った後、責任者(モロボシ)をフクロにするのはずっと後の話である。








[21206] 第1部 土管帝国の野望 第41話「Bahasa Palus」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:501c65f8
Date: 2011/09/08 20:04
第41話 「Bahasa Palus」


【2001年5月2日 ユーコン基地 統合司令部・会議室】

その軍人が姿を現すと、会議室の全員が起立して敬礼をする。

「ああ諸君、どうか楽にしてくれたまえ」

「ベイツ閣下、お目にかかれて光栄です」

「ありがとうハルトウィック大佐、私も君に会えてうれしいよ」

コルトレーン大統領の懐刀と言われる米国海軍司令ベイツ提督の突然の表敬訪問に大慌てで出迎えの準備をしたユーコン基地のトップたちであったが、彼の用事はこの基地の上層部に対してではない事は誰もが知っていた。

「…そして、君がモロボシ大尉か」

「はい閣下、自分がモロボシです…貴方に会えるのを待っていました」

「うむ…私も君に会って話がしたかった」

そう言ってベイツ提督は目の前の日本人、モロボシ・ダンを見詰める。

(この男があの“シリンダー”と“タワー”を…一見したところ別に何処も変った所のない普通の日本人に見えるが…いや、どこか雰囲気が違うか…? 私の知っている日本人たちとは何処かが違っているようにも見える…)

モロボシを観察しながら考えを巡らせるベイツに、ハルトウィック大佐が声をかける。

「では閣下、これよりプロミネンス計画の内容と現状について説明させて頂きます」

「うむ、宜しく頼む」

「ではまずこの計画の主旨からですが……」

プロミネンス計画について定型文通りの説明から始めるハルトウィックの声に耳を傾けながら、ベイツの視線はモロボシに固定されていた。
 
 
 
 
 
 
…いやいや、視線が痛いよなあ~~~

ケイシーにお願いしてこの人をこのアラスカまで呼び出したはいいが、なかなか一筋縄ではいかない人のようだね。

流石に大統領の懐刀と噂されるだけの事はあって、決して焦らずにハルトウィック大佐の説明を聞きながら私の事をじっくりと観察しておいでだ。

表向き今回のベイツ提督の訪問は、このユーコン基地で始まった『XOS計画』を視察するのが目的と言う事になっているし、私がケイシーに頼んだのもそれだった。

だがそれなら部下の誰かが来れば済む話であって提督自身がわざわざ来る必要はない…本当の目的は私の品定めと交渉の糸口を作るためだろう。

CIAが余計な事をしてくれたおかげで御苦労な事になってますな提督…
 
 
 
 
「成程…どうやらXOS計画には我が軍としても期待すべき点が多いようだな」

ベイツ提督のその言葉を口にすると、会議室の中にいた一人の男がぴくり、と不快げに眉を寄せる。

このユーコン基地の司令官でもあるジョージ・プレストン准将は、無言でベイツの言葉を聞いているが、その表情はとても彼に賛同しているとは思えなかった。

元々は米国、いや米国軍内部のAL5推進派によってこの基地で行われる『プロミネンス計画』の監視役として送り込まれた人物であり、その立場から言えば米国以外の戦術機の進化…それも現状を変える程の大幅な発展は彼の立場にとって望ましい物ではなかったのである。

それを承知の上でそのプロミネンス計画を大幅に発展させる可能性を示す新たな計画…日本帝国が主導する『XOS計画』を賞賛するベイツの態度は、まるで自分や自分のバックに対する当てつけではないかという疑念すらプレストンに抱かせていた。

ある意味ではその通りであったのだが…

「では閣下、これよりユーコン基地の内部を御案内致します」

「ああそれでは大佐、自分はこれより任務に戻らせて頂きます」

「ほう? 今日は何か特別な作業があったのかねモロボシ大尉?」

意外そうな顔で訊ねるハルトウィックに対し、にっこり笑ったメガネ男はこう答える。

「はい、今日の作業はどうしても自分でやらなければなりませんので」
 
 
 
 
 
 
【ユーコン基地・テストサイト18】

「ちくしょお~~~っ!! どうして振り切れないんだよ!」

タリサ・マナンダル少尉の叫びがコクピットに響き渡った。

本日の任務、ソ連機との広報撮影という任務の最中に非友好的な態度を見せたソ連軍の衛士に腹を立てたタリサは、仕返しに相手の機体をロックオンして威嚇しようとしたのだが…

『アルゴス3! 何をやっている!!模擬戦闘の許可は下りていないんだぞ!』

「んなこた解ってるよ! けどやらなきゃこっちが殺されそうなんだ!!」

ロックオン直前にそれをかわされ、逆に相手に後ろを取られて追い回されていたのである。

タリサはACTVとX1の性能を駆使した得意の三次元機動で逃げ回っていたが、それでも相手の機体Su-37UBを引き離す事が出来ないでいた。

そして自分の方に向けられる凄まじいまでの圧迫感と殺気…

(冗談じゃねえ! あの女、マジでこっちを殺す気だ!!)

何とかしなくてはと焦るタリサだったが、相手の機動が明らかに上手のためにじりじりと追い詰められていく。

(クソ! こうなりゃあの手しかない!)

腹を括ったタリサは自分とこの機体にとっての奥の手…ACTVの機動性能を活かした戦術機動“ククルナイフ”を使おうとする…しかしその意図は当然の如くSu-37UBの衛士、クリスカ・ビャーチェノワに読まれていた。

「こんのおおお~~~~~ッ!!!!」

タリサの咆哮と共にACTVの機体が風に舞う木の葉のように旋回し、Su-37UBの背後に回った…筈だった。
 
 
「なっ…! バカな!!」
 
 
…相手の機体はタリサの目の前ではなく、相変わらず背後についたままだった。

「そんな…ウソだろ…」

そしてその事実を認識し絶望に囚われたタリサにSu-37UBがトドメを刺そうとしたその時……突然それは起こった。

「うわっ! なんだ!?何が一体…であああっ!!!」

逃げるのを諦めた筈のタリサの機体が再び、それも今までにないような凄まじい機動を開始したのである…操縦者の手を離れて。
 
 
 
 
 
「くっ…なんだあの機体は!? 何故突然あんな動きを?」

「クリスカ、あの人変だよ? 凄く混乱してるよ?」

「紅の姉妹」は突然起きた不可解な事態に困惑していた。

逃げる意志を放棄して諦めた相手の機体にトドメを刺そうとした瞬間、再び相手機が旋回機動を取ったのだ。

だが彼女たちが困惑した理由はそれではない、相手機の衛士の“心”と機体の動きがまったく噛み合っていないのだ。

「どういう事だ!? あの機体は衛士の操縦によって動いているのではないとでもいうのか?」

混乱する彼女たちの目の前でタリサの乗ったACTVは滅茶苦茶な旋回を繰り返し、本能的に危険を感じたクリスカは相手機との距離を拡げた…その直後、突然ACTVが正面からSu-37UBに突進して来る。

「え?なに?」「くっ…ならば死ね!!」

正面から向かって来るACTVを倒すべく36㎜砲を向けたクリスカだったが…

「な!? 馬鹿な!弾が出ない!?」

「クリスカ! ぶつかっちゃうよ!」

トリガーを引いても機関砲が発射されない事に愕然とするクリスカたちの目前に、ACTVが特攻でもするかのように迫って来た。

「このっ! ふざけるな!」

次の瞬間凄まじい機体制御でSu-37UBを旋回させて衝突を回避したクリスカは、そのまま再び相手の機体の背後を取ろうとして愕然とする。

たった今やり過ごしたばかりのACTVが凄まじい旋回で方向を変えてこちらに向かって来ようとしていたのだ。

「馬鹿な!!」「え?うそ!?」
 
 
一体何がどうなっているのか完全に理解不能な状況に置かれたクリスカとイーニァ、そしてタリサたちであったが、次の瞬間更なる混乱の幕が上がったのである。
 
 
 
 
 
 
【ユーコン基地・管制室】

「アルゴス3! 応答しろ!! アルゴス3!!」

「どうなってるんだ!? ソ連機と模擬戦でも始めたのか?」

「解りません! ソ連側でも事態を把握しかねているような…」

広報撮影の途中で勝手な模擬戦まがいの真似を始めた2機の戦術機を巡って混乱していた管制室の中で、イブラヒム・ドーゥル中尉はなんとかアルゴス3ことタリサ・マナンダル少尉と連絡を取ろうと懸命になっていた。

(まったく…嫌な予感が当たったな、機体や衛士に損傷が出るような事にならなければいいのだが…む! 何だ!?この音…いや、音楽は!?)

突然、ユーコン基地管制室の中に、いやそれ以外の場所でも…そして衛士の意志や操縦を無視して勝手に暴れ回る2機の戦術機のコクピットの中でも同時に、誰も聞いた事のない歌が響き渡った。
 
 
 
その歌の題名は 『Bahasa Palus』…本来この世界には存在しない曲である。
 
 
 
 
 
 
や~れやれ…やっぱりこうなってしまいましたか。

まあ始まった喧嘩はどうしようもない、せっかくだから今後のために有効利用させて頂きますかね……え? 一体何をしたんだって?

うむ、それでは説明しよう。

現在アラスカ上空で暴れ回っている2機の戦術機は、すでにお解りの通り衛士の制御を離れて動いている。

そのタネ明かしは実に簡単、それぞれの機体に潜入したミニコマを端末にして私のメガネにインストールされている秘密兵器ソフト『ウルトラ念力』を使って遠隔操作しているからだ。

…このネーミングさえもう少しまともなら文句はないんだけどね。

現在あの2機の中ではさっきまで戦争ごっこをやっていた困ったお嬢さんたちが半狂乱で機体の制御を取り返そうと必死になっているが…無駄なあがきと言うものだ。

さあ、せっかく素晴しいBGMまで流しているんだからもう少し踊って貰いましょうか? お嬢様たち。
 
 
 
 
 
「…む? 何だアレは?」

隣の演習区域でユウヤと共に訓練飛行をしていた猪川少佐は、自分たちの区域に向かって出鱈目な飛び方で接近して来る2機の戦術機に気がついた。

『少佐!アレはタリサとソ連の二人じゃないですか?』

接近して来るのがACTVとSu-37UBだと気付いたユウヤがそう言うと、猪川も頷いた。

「そのようだな…だが様子がおかしい、用心しろブリッジス!」

『…了解!』

(タリサの奴…一体何をやってるんだ? それにあっちの機体も…滅茶苦茶な機動じゃないか、凄い動きだけど…)

そう心の中で呟いた直後、ユウヤはその2機が自分たちの方へ突進して来るのに気がついた。

「あのバカ…! アルゴス3!何やってんだ!応答しろ!!」

『ユウヤか!? 頼む!何とかしてくれ~~!! 止まらねえんだよこの機体が~~!!!』

「なあっ……!?」

回線を開いて呼びかけたユウヤだったが、返って来た返答は予想の斜め上を行くものであった。

「少佐! どうやらあの2機はコントロールを失っているようだ!」

『そのようだな、どういう理由でああなっているのかは不明だが…来るぞブリッジス! 避けろ!』

「くっ…おおっ!!」

自分たちに向かって来る暴走戦術機の突進を雄叫びと共に回避したユウヤと猪川であったが、タリサたちの機体はなおも意味不明な迷走飛行を続けながらユウヤたちの演習区域を飛び続ける。

このままでは大惨事になりかねない…いっその事あの2機を自分の責任で撃墜すべきか?

頭の中でそう考え始めた猪川の耳にすっかり聞き慣れた呑気な声が聞こえて来た。

『あ~聞こえますか猪川少佐~?』

「聞こえるぞ諸星大尉。 だが生憎今取り込み中でな、用件なら短めに頼む」

『そのようですな、そっちに聞き分けのないお子様たちが迷い込んだようですが…』

「ああ…どうにも大人しくならんから銃で撃ち落として大人しくさせようかと考えているんだが、それがどうかしたか?」

『多分、撃ち落とす必要はないと思います。 もうすぐ地上に降りるでしょうから…』

「ほー、何故君にそんな事がわかるのかね?」

『はっはっは、それは聞かないお約束と言う事で…地上に降りても暴れるようならその2機を止めて下さい。 ただし衛士は殺さずにお願いしたいのですが』

「ふん、勝手な事ばかりを言いおって…わかった、何とかしてやる。 だが後で説明して貰うぞ諸星大尉」

『では宜しくお願いします』

モロボシがそう言って通信を切った直後、暴れていた2機の戦術機が降下を始めた。

『少佐!あの2機が!』

「ふん…やはりな、ふざけた趣向を凝らしおってあの男…」

『え?』

「いや、何でもないブリッジス。 我々も降りるぞ、あの2機の衛士をとっちめる必要があるからな!」

『了解!』
 
 
 
 
「降りた…止まったのか、この機体は…てえ!?」

地上に降りたACTVのコクピットの中で安堵の溜息をついたタリサであったが、目の前に自分と同じようにSu-37UBが降りてきて自分の方に36㎜砲を向けたのを見て慌てて自分も相手に砲口を向ける。

「なっ! 弾が出ない!? 何でだよオイ!?」

焦るタリサだが、相手の36㎜砲も自分と同様に火を吹かない事に気付いた。

「へっ…そうか、そっちも弾が出ねえって訳か…ならこうしてやらああ~~~!!!!!」

ACTVの膝部にあるナイフシースから短刀を抜き出したタリサは散々嬲ってくれた仕返しとばかりにSu-37UBに襲いかかり、クリスカもそれに応えるようにブレードを出して構える……が、そこへ突然乱入した機体から怒号が飛んだ。
 
 
「いい加減にせんかこの馬鹿者共~~~!!!!」
 
 
 
 
 
……僅か十数秒後、ACTVとSu-37UBは地面に転がされたまま動かなくなっていた。
 
 
 
 
 
 
 
【ユーコン基地・XOS計画戦術機ハンガー】

「…しかしまあ、とんでもない人ですな貴方は」

「ほう?貴様にそんな事を言われるような覚えはないがな?」

呆れたような(いや実際に呆れていたのだが)私の言葉に猪川少佐がそう言い返す。

あの着地の直後、私の『ウルトラ念力』の束縛から解放された2機は、懲りもせずにまたも撃ち合いを始めようとした。

まあFCS(火器管制)は抑えたままだったので撃ち合いにはならないが、血の気があり余ったタリサ君が短刀を抜いて相手に襲いかかろうとしたのには呆れるしかなかった(もっともそれはクリスカの方も同じでブレードを出して応戦しようとしていたが)

だがそこにある意味その二人よりも非常識な男が割って入り、二人(2機)立て続けに地面に叩きつけて気絶させたのだ…柔道の投げ技で(戦術機が!)

「何をどうすれば戦術機で柔道が出来るんでしょうかね?」

「ふん、それが出来るシステムを組んで提供した男が言うか?」

……いやいやいやそんな筈はないんですよ少佐殿、確かにXOSの性能ならばプロレス技(腕を掴んで振り回す)程度までなら出来るとは思うけどアンタがやったのはそうじゃない。

まず最初にこの男はタリサ君の機体ACTVの短刀を持った腕を掴んでそのまま「一本背負い」で彼女を地面に叩きつけたのだ(本人曰く、本気で叩きつけたら機体が全壊するのでそっと“落とした”のだそうだが)

そして即座に紅の姉妹が乗ったSu-37UBに向かって行ったのだが、流石に相手が悪すぎる……と思ったら相手の斬りかかって来たブレードをわざと自分の機体の腕部に突き刺させてからその腕を捻って相手の機体の姿勢を崩させ、そのまま地面に突き倒したのだ(朽木倒しの応用編だろうか…?)

相手の考えが読める筈の紅の姉妹の裏をどうやって取ったのか…彼に言わせれば「一々戦法を頭で考えて動かすのは未熟な証だ」との事だった。

……人間ぢゃねーよ、この男。

「貴様にだけは言われる筋合はないぞ諸星大尉」

「…もしかして少佐殿も心が読めるんですか?」

「顔に書いてあれば嫌でも解るだろうが?」

…おかしいなあ、ちゃんと消した筈なのに。

「定番の漫才はいい、それよりもこの連中をどうするかだ」

そう言って彼がアゴをしゃくった先には、なかなか興味深いシュールな光景が繰り広げられていた。

「ユウヤ~、お願いだからクリスカを許してあげて~」

「…いや、オレにそう言われてもなあ」

「貴様!イーニァから離れろ!!」

「オイ!何でそのチビだけ拘束されてねえんだよ!?」

…やれやれ。

気絶した彼女たち3人を機体から引き摺り出した後、クリスカとタリサの二人を椅子に拘束(緊縛)したのだが、イーニァだけは暴れる危険性がないと判断してユウヤ君に面倒を見て貰っている訳だ。
(何時の間に知り合ったのかは知らないがイーニァとユウヤ君は既に面識があり、すっかり懐かれてしまっているようだ…やっぱり恋愛原子核は違うなあ)

そして残りの2人はと言えば、どうもいま一つ反省の色がないんだよなあ…こいつらは。

そもそもの原因を作ったタリサ君は自分が縛られているのにどうしてそのチビッコだけ自由の身でいるんだと不満をこぼし、事態を悪化させた張本人のクリスカは自分の立場も考えずにイーニァ相手をしているユウヤ君に向かって牙を剥いている始末だ(ユウヤがイーニァに手を出すんじゃないかと心配しているんだろうけど、どう見てもイーニァの方が彼にじゃれついているようにしか見えんよなあ…過保護なお姉さんだ)

…あ、少佐の眼力が発動したせいで大人しくなった(ホントに凄いねこの男のアレは)
 
 
取りあえずこの3人はXOS計画の演習を妨害した容疑で拘束し取り調べ中…とユーコン基地上層部やソ連側には通達しておいた。

もちろんドーゥル中尉やソ連のサンダーク中尉がそれぞれの部下を引き取りに来たが、まだ取り調べ中を理由に断っている所だ(交渉役の山本大尉…御苦労さまです)

まあそれぞれの上司から直接叱ってもらえばそれでいいだろう…とはいかないよねこの場合。

「…さて、君たち」

私が声を改めてそう言うと、椅子に縛られた二人とユウヤ君にしがみ付いたイーニァがビクッとしてこちらを見た。

「自分たちが何をしたのかもちろん分かっているだろうね?」

「う…」「……」

流石に二人とも顔を蒼ざめさせて言葉を出せずにいるようだな、イーニァも泣きそうな顔になってるよ。

「国連軍の重要な任務である広報撮影の最中に揃って暴走、模擬戦まがいの滅茶苦茶な迷走の挙げ句隣の演習区域に乱入してXOS計画の演習を妨害、その結果猪川少佐の機体に損傷を与えた訳だ」

流石にこれは拙かろう、二人揃って銃殺刑…は無い(場合によってはあるかも知れんが)にしてもタダでは済まん事くらいはわかるだろう。

「本来なら君たちの行いは軍規に照らして厳罰に処すべき所だ。 だが、君らはそれぞれこのユーコン基地で重要な任務に就いている優秀な衛士だ。 それを失うような事は私としては回避したい。 従って今後二度とこのような愚かな振る舞いはしないと誓えば、今回だけは「形式的な懲罰」で済ます事にするが…どうかね?」

「はっ…はい!誓います!」

「…了解した」

喜び勇んでタリサが、無表情の中にも不満を覗かせながらクリスカが、それぞれ私の言を受け入れた。

「…随分甘い処分だが、それでいいのか諸星大尉?」

意外そうな顔で猪川少佐がそう仰りますが…いいんですよ、今回だけはね。

「さて、それでは諸君ら3人には「形式的な懲罰」を受けて貰おう」

そう言った私の顔を見た周りの人たちが…アレ?

「あの、皆さん…どうしてそんな顔で私の方を見てるんですか?」

「鏡を見てみろ諸星、まるで借金の取り立てに心臓の肉でも切り取りそうな顔をしているぞ?」

?…おかしいな、そんな残酷ショーな罰じゃなくてもっと楽しい罰ゲームを考えてるだけなのに…まあいいか、さてそれではショウタイムだ。
 
 
 
第42話に続く
 
 
 
【おまけ】

「ケイシー、ちょっと特別メニューを頼みたいんだが?」

「構わんが、どんな料理だ?」

「これがレシピだよ、君なら出来るだろ?」

「………ダン、これをオレに作れと?」

「ああ、ちょっとした懲罰用でね」

「こっちの料理は簡単だが…もう一つの方はそもそも「料理」と言えるのか?」

「これを食べる人間を私は二人ほど知ってるが?」

「…人間がこれを?」

「ああ、これを食べるんだ」

「……BETAに食わせる方が合ってるような気がするけどな」

「それじゃ頼んだよ、コックさん♪」

「…やれやれ、何時になったらまともなコックになれるやら」







[21206] 第1部 土管帝国の野望 第42話「今夜はEat It!」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:501c65f8
Date: 2011/09/08 20:09
第42話 「今夜はEat It!」


【2001年5月2日 PM 7:00 Sterling Hill 店内】

え~皆さんこんばんは、モロボシです。

ただいまこの『Sterling Hill』の店中は異様な緊張感に満ちております。

何故かと言えばこの店の中にいる人たちのせいなんですな、これが…

現在この店の中にいる面子はと言えば、まず私と猪川少佐と山本大尉、お騒がせトリオのタリサ、クリスカ、イーニァの三人、さらに彼女たちの上官であるイーダル小隊指揮官のサンダーク中尉とアルゴス小隊指揮官のドーゥル中尉に篁中尉、そしてアルゴス小隊のメンバーたち3人にローウェル軍曹……とまあここまでは事情を考慮すれば普通にあり得る顔ぶれなのだが、それに加えて予想外の豪華(?)な顔ぶれが揃っていたりするんですよ。

まずはこの基地の重鎮であり、プロミネンス計画の責任者でもあるクラウス・ハルトウィック大佐、そしてお伴は大佐の秘書官さんとフーバー少佐、更に本日のスペシャルゲストとして合衆国海軍のトップであり大統領の片腕ともいうべき人物、ベイツ提督がいらっしゃってます。

……どこで噂を聞きつけたかは知らんが、この野次馬オヤジたちは我々がこの店にタリサ君と紅の姉妹の計3人を連れて来た時には既に来店しておられたのですよ。
 
 
物好きなオッサンたちだなあ…まったく。
 
 
「貴様が言えた義理か?」

…だから心を読まないで下さいよ少佐殿。

「なら少しは表情を読まれんようにする事だ」

…善処します。
 
 
 
さて、私が彼女たち三人をこの店に連れて来たのには理由がある。

本日の騒動を起こした事に対する「形式的な懲罰」を彼女たちに科すためだ。

サンダーク中尉やドーゥル中尉は部下の処分は自分たちに任せて欲しいと言って来たが、流石に他所様の敷地に入り込んで暴れた彼女たちをはいそうですかとタダで返す訳にもいかないし、こちらで「厳重な処分」を下したりあるいは正式な軍事裁判等を行ったらそれこそ面倒な話になってしまうんだよね。

そこでまあ、本人達の上司(と言うよりもう保護者と言った方がいいかも)の立会のもとで処分を行った後で彼女たちをそれぞれの部隊に返す…という話になった訳だ。
 
 
…え? 全部お前が仕組んだんだろうがって?

いえいえトンデモナイ、少なくともタリサ君とクリスカが暴れたりしなければ何もするつもりはありませんでしたよ私は……暴れたりしなければね(笑)
 
 
そして今、我々の目の前でその「形式的な懲罰」の一つ目が終わろうとしているのだ。

「……出来た、これでいいんだろ?」(タリサ)

「書けたよ~~~~」(イーニァ)

「…書き上がった」(クリスカ)

うむ、どうやら出来たようだな。

「…モロボシ大尉?」

「何でしょう? サンダーク中尉」

「その…これは一体何なのでしょうか?」

「見ての通り「形式的な懲罰」ですが、それが何か?」

「この…日本の文字の書きとりがですか?」

サンダーク中尉が怪訝そうな顔で聞いてくるが、一体何が不満なのだろう? もっと重い懲罰の方がいいとでも言う気かなこの男は?
 
 
さて説明しよう、今彼女たち三人にやらせていた「懲罰」の内容は私の用意した色紙(各自10枚)にそれぞれ彼女たち自身の名前をひらがなで書き込むというものである。

それぞれ「いーにぁ」、「くりすか」、「たりさ」と書かれた見本に従って同じ物をそれぞれが10枚ずつ書いてもらったのだ。

もちろんこの合計30枚のサイン入り色紙は後日、土管帝国の支援者たちの間で競りにかけられる事になるだろう。

…なに? いくらなんでもアコギ過ぎるんじゃないかって?

あのね皆さん、そうは言っても私だって無限に金や物資が出るポケットを持ってる訳ではないんですよ。

本来私の使命は人類の避難場所を建設する事だけであって、その他の計画に関しては連合や日本政府からの予算は基本的に貰えないのだよ(まあ、難民のための援助物資とかはある程度まで政府の予算がつくけどね)

だからそれ以外の活動に関しては民間からの支援(つまりはヴァルハラにいるような“おとぎばなし”のファンたちによる援助)が無ければ成り立たない。

そして彼らの支援をより多く引き出すためにはそれなりの見返りが必要…という訳だ。

…みんなビンボが悪いんや。
 
 
「ではモロボシ大尉、これでもうよろしいのですか?」

こちらも怪訝そうな顔を隠し切れないドーゥル中尉がそう聞いてくるが、流石にそんな訳ないでしょう? それじゃいくら何でも甘過ぎるだろう。

「いえ中尉、流石にこれだけでは軽過ぎますのでもう一つ罰を与えてからという事になります」

「そうですか…それでもう一つとは?」

「そろそろ出来たかな…? ケイシー!出来たかい?」

私がそう叫ぶと、厨房の中からケイシーが出て来た。

「ああ、そっちのおチビちゃんの分は出来た。 後二人分はもう少しだけ待ってくれ」

「そうか、それではシェスチナ少尉の分だけ先に始めようか」

そう言って私はケイシーから出来上がった料理を受け取って、それをイーニァの前に置いた。

「…何だこれは?」

警戒心全開でクリスカが聞いて来るが……見て解らんのかね君は?

「世間一般においては「カレーライス」と呼ばれる物だが、それがどうかしたかね?」

「…これをどうしろと?」

おいおい…わからんのかよ? まったく、これだから子供の情操教育は疎かにすべきではないのだ。

「もちろん、食べるんだよシェスチナ少尉がこれを」

「ッ…毒など入ってはいないだろうな?」

「心配しなくてもそんな物は入ってないよ、第一それでは「形式的な懲罰」にならないだろう?」

「クリスカ、大丈夫だよ」

「イーニァ?本当に?」

「うん、この人嘘は言ってないから」

「そう…わかった」

不安げな表情を見せるクリスカを宥めてからイーニァは目の前に出されたカレーをスプーンで一口食べる……さて、お味はどうかな?

「お~いしい~~~♪」

うむ、このメニュー『味平ミルクカレー・スペシャル』はどうやら好評のようだな。

…なに、知らない? よろしい、では説明しよう。

元々このカレーは古くから我が国に数多くある洋食カレー屋の中でも代表的な店の一つ、「アジヘイ」のメニューを私がケイシーに頼んで改良した物だ。

本来は日本人の好みに合わせて醤油をたっぷりと使って一晩寝かせるのだが、日本人以外の味覚に合わせるためにそば用のかえしを少しだけ使い、リンゴとミルクで甘味を出していたのに加えてパイナップルを細かくフレークにしたものとドライフルーツのチップを刻んだ物を入れたのだ。

子供の味覚に合わせた程良く辛く、甘く、フルーティーな旨味が出ている一品である。

「イーニァ、大丈夫?」

「うん、とっても美味しいよクリスカ」

「そう、良かった…」

美味しそうにカレーを食べるイーニァを見てクリスカが安心したような顔になるが…さて、今度は君とタリサ君の番だよ、ビーチェノワ少尉?

「ケイシー、出来たかい?」

「ああ…出来たぞ、ダン」

「そうか、では君たちも食べて貰おうかマナンダル少尉にビーチェノワ少尉」
 
 
 
そして目の前に置かれた料理を料理を見た二人の反応は…
 
 
 
「……ッ、何だこれは?」

「…おい、これ何だ? まさかと思うけど…これを食えとか言わねえよな?」

出された料理を一目見たタリサ君とクリスカが私の方を睨むが…まあ無理もないだろうね。

彼女たちの目の前に置かれたのはマグマのように赤黒い色でぐつぐつと煮えたぎる中華料理の一品、「麻婆豆腐(又の名を外道麻婆)」である。

その色、その香り、その熱さ……どう考えても人間の口に入る者だとは思えない代物だ。

ラー油と唐辛子を一体どれだけ使ってどれだけ煮込めばこの色と香りが出るのか…マグマのような色とそこから発する香りだけで目と鼻の中が焼かれるような気分になって来る。

この外道麻婆、元々は我々の世界にある型月区冬木市の老舗中華料理屋で出されていた料理だ。

その常軌を逸した余りの辛さ(痛さとも言う)故にこのメニューを注文する客は二人しかいなかった(いやむしろ二人もいた事が驚きだろう)

私は偶々その二人とは知り合いだったのだが、あの人達はどうしてこんな物を好んで食べていたのか未だに理解出来ずにいる。

もしかしたらこれを食べる事が神の与え給うた試練とでも思っていたのかもしれないけど(実はその二人はどちらも聖職者なのだ)

ちなみに私もかつて好奇心に負けて一度だけこの麻婆を食べてみた事があるのだが…一口食べただけで意識がブラックアウトしそうになった(どこかの川のほとりで向こう岸のお花畑を見ていたような気もする)

その料理を今日の「形式的懲罰」で出すために、知人の“あかいあくま”からレシピを貰っておいたのだ。
 
 
 
「では二人とも食べたまえ」

「なっ…!」「おい!オレたちを殺す気かよ!?」

私の言葉にクリスカは絶句し、タリサ君は抗議して来るが…もちろん却下だ。

「君たち、何か勘違いしているようだがたとえ形式上の物であってもこれは「懲罰」なのだよ? 全く何の苦労もない代物だとでも思っていたのかね?」

「ぐっ…そ、それじゃあそこのチビの食ってる物は何だよ!? 何でそいつだけそんな美味そうなモノ食ってるんだよ!」

そう言ってタリサ君は美味しそうにミルクカレーを食べるイーニァを指差すが…

「ふむ、それに関しては君たち三人が今回の不祥事を起こすにあたって誰の責任が最も重く、誰の責任が軽いかを事情聴取の内容から判断した結果だが?」

「ぐ…」「…」

その一言でタリサ君は沈黙し、クリスカも無言のままだ。

そもそも今回の騒動の原因はクリスカの過剰なまでに排他的な対応とそれに腹を立てたタリサ君のイタズラ心が発端であり、イーニァの場合は結果的に二人の喧嘩(殺し合いになったが)に巻き込まれたに過ぎない。

従ってイーニァの食べる料理にはある程度手心を加えたのだ……というのは勿論建て前に過ぎない。

本当の理由は私自身の身の安全を図るためである。

え…? 何故だって? 考えてもみたまえ、もしもこの地獄の麻婆豆腐をイーニァに食べさせたりしたら並行世界にいる『アノ連中』が私に何をするか……想像しただけで寿命が縮む気がする。

彼らの私情に基づく『教育的指導』という名の制裁(リンチ)を回避するためにはイーニァに食べさせる料理だけは手心を加えない訳にはいかなかったのだ(いやホント、命の危険を感じたし)
 
 
…まあそんな事はどうでもいいとして、まだ料理に手を付けないのかよこの二人は(無理もないけど)

「ビーチェノワ少尉、もし食べられないというのであればシェスチナ少尉と皿を交換しても構わないが?」

「…ッ! その必要はない、これは私が食べる!」

そう言って勇敢にもクリスカはレンゲですくった麻婆を一口食べる……あ、痙攣を始めた。

おそらく今、彼女の口の中では辛さという名の激痛が駆け巡っている事だろう。

「ク、クリスカぁ…大丈夫? わたしのと取りかえる?」

「だ…大丈夫よイーニァ、これは私が食べるから…イーニァはそっちを食べてね」

心配そうに声をかけるイーニァにそう言って、クリスカは更にもう一口麻婆豆腐を食べる。

うんうん、実に麗しい姉妹愛ですなあ……それに引き換えこっちのお子様とその仲間たちは…

「ステラぁ~~~助けてくれよお~~~」

「…ごめんなさい、私にはどうする事も出来ないわ」

「VG~~~~頼むからさあ~~~」

「あ~~~~悪い、オレ中華はダメなんだわ」

「嘘つけテメエ! …ユウヤぁ~~~オマエだけはアタシを見捨てたりしないよな~?」

「チョビ………短い付き合いだったな…」

「…薄情者~~~~~~!!!!!!!」(泣)

可哀想に部隊の仲間たちからも見捨てられたようだ…無理もないか、流石にこの地獄麻婆をタリサ君の代わりに食べようだなんてモノ好きはいないだろうしね。

「ではマナンダル少尉、そろそろ覚悟を決めて貰おうかな?」

「………オボエテヤガレ、コノヤロウ」

恨めしげな捨て台詞を漏らした後、恐る恐る料理を口にしたタリサだったが……
 
 
「Q#&ガ*D¥サ=$?ラ%W<Bキ8E+!!!!!!!!」(ドサッ)
 
 
 
……あ、僅か一口で陥落した。

あまりの辛さに気を失ったタリサ君を仲間たちが慌てて介抱している。

案外耐性が無かったな、この子の故郷やその周辺は辛い物王国ばかりだから少しは持ち堪えると思ったが…やはりこの麻婆だけは別格という事か(考えてみれば恐ろしい食べ物だ)

さて、それではクリスカ君の方は…おお、もうすぐ食べ終えるじゃないか。

「クリスカ、大丈夫?」

「大丈夫よ、もう少しで食べ終わるから…」

イーニァに寄り添われながら必死になって地獄麻婆を食べ続けているよ彼女…頑張るねホント。

「…終わった」

最後の一口を食べ終えたクリスカは疲労した顔ながらも笑顔を浮かべると、力尽きたようにテーブルの上に突っ伏した。

「クリスカ~~~しっかりして~~~~」

イーニァが慌てて彼女にすがりつくが…ふむ、まあこんな所かな?
 
 
「お待たせしましたサンダーク中尉、ドーゥル中尉、これでこちらの処分は終了しましたので後はあなた方にお任せします」

「り…了解しました」「…大尉の寛大な処分に感謝します」

何ともいえないような強張った表情でそう言ったお二方がそれぞれの部下を引き取って店から出て行った。

アルゴス小隊の面々やハルトウィック大佐たちもそれに続き、唯依ちゃんも何か言いたそうな顔をしていたが猪川少佐に無言で制止されて店を出て行く…どうやら少佐殿は明日になってから私の説明(弁解)を聞くつもりのようだ。
 
 
さて、これで今夜は店仕舞い……と思ったらまだ帰らないお客さんがいましたよ。

「ケイシー、提督にお酒と料理を頼む」

「もう出来てるよ、ダン」

残念ながらもう一仕事残っていたようだ。
 
 
 
 
第43話に続く
 
 
 
 
 
 
【おまけ】
 
 
《モロボシさ~ん、スミヨシさんと教授から伝言です~~~》

伝言? 何だって?

《え~とですね~、“GJ! イーニァがカレーを食べている映像を早く送ってくれ!”だそうです~》

あの二人、もう戻れない道に足を……まあいいか。

《それからクリスカ親衛隊の皆さんからですけど~、“もう一回やったらコロス、それとクリスカが悶えている場面の映像を早く!”ですって~~》

…外野はいいよなあ~~勝手な事ばかり言えて。

《あとタリサファンクラブから~…》

どうせクリスカと同じ内容だろ? 同じペナルティにしたんだし。

《それが~、“もう一回やってくれ! 是非見たい!”だそうです~~~~》

タリサ…可哀想な子……
 
 
 
 



[21206] 第1部 土管帝国の野望 第43話「カルネアデスの方程式」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:501c65f8
Date: 2011/09/13 22:22

第43話 「カルネアデスの方程式」


【2001年5月2日 PM 8:00 Sterling Hill 店内】

二人の男がカウンターの前に腰かけ、その目の前でケイシー・ライバックが鮮やかな手つきでシェイカーを振っている。

二人の内の片方、合衆国海軍の司令官であるベイツ提督はタンブラーの中に注がれたバーボンの味を楽しんでいた。

そしてもう一人…今回のベイツ提督のアラスカ訪問の真の目的とも言える男、モロボシ・ダンは静かに笑みを浮かべながらケイシーの振るシェイカーが静止するのを待っていた。
 
 
 
「出来たぞ、ダン」

「ああ、ありがとう……うん、いい味だ」

ケイシーの作ったカクテルを口にしたモロボシは満足気な表情でそう言った。

「どうかね、この男の作る料理と酒は?」

「言う事なしですな提督、素晴しい料理人を紹介して頂いて心から感謝しています」

「そんなつもりではなかったのだがね…まあよかろう、本人も喜んでいるようだし」

そう言って微かに苦笑した後で、ベイツは先程の一件に言及した。

「それにしても中々面白い一幕だったな、あれが君流のペナルティかね?」

「聞き分けのない子供に対する教育を兼ねた罰…といった所でしょうかね」

「子供に対する教育?」

少しだけ顔を顰めてそう言ったモロボシの言葉に興味を示したかのようにベイツは訊ねた。

「ええ、彼女たちは子供です…確かに軍人として、そして衛士としての厳しい訓練に耐え任務をこなす能力と使命感を持ち合わせてはいますが、同時にささいな事で分別のない大げんかを始めてしまう子供でもあるのです」

「分別のない喧嘩…か、それにしてはやや大げさすぎたようだがな」

昼間の一幕の背後に何があるのかをおぼろげながら察していたベイツは皮肉っぽくそう言った。

だがそんなベイツの皮肉にも特に動揺した様子も見せず、モロボシは淡々と続ける。

「彼女たちの軍人としての責任と処罰はそれぞれの上官たちが適切に行えばいいだけの事です。 私がしたのはそれとは別にイタズラの過ぎた子供に大人が下す当たり前のお仕置きが彼女たちには必要だと思ったからなのですよ」

「ふむ…確かに彼女たちはまだ幼い、しかし仮にも軍人である以上は軍規に従うべきだし分別が無いのは子供故などというのは言い訳にしかならんと思うが?」

「そうですね…しかし提督、そんな分別のない…いや、わざと子供にまともな分別も与えずに軍人とすら呼び難い戦闘単位としてのみ扱っているのがこの世界の現状と抱えている問題なのではないでしょうか?」

「……」

「私が彼女たちにした事…大人が子供の喧嘩を叱るという行為が軍の中においては無意味であり、単なる私の自己満足に過ぎないという事は重々承知しています。 だがそれでも、彼女たちにとって…特にあのソ連の姉妹にとっては必要な経験だと思ったのですよ“人間の子供”として大人に罰を与えられるという経験がね」

そう言ったモロボシの顔を興味深げに見詰めながら、ベイツは開戦の口火を切った。
 
 
「面白い男だな君は…空を落とす程の力を持ちながら、自分の身内でもない少女たちの身の上などを気にかけるとは」

「たとえ空を落とし星を砕く程の力を有していたとしても所詮人間は人間でしかありません…その事実を弁えているだけの事ですよ、ベイツ提督」

「ふむ、中々に辛辣な言葉だな…それは我々合衆国に対する忠告と受け取るべきなのかな『観測員』君?」

「あなた方『人類』に対する忠告…と受け取ってもらえれば幸いなのですがね」

そう言ってカクテルグラスを口に運ぶモロボシの横顔を見据たベイツは本題の質問をぶつける。

「……君は何者で、そしてどこからどんな使命を帯びてこの地球に来たのかね?」
 
 
それは微かに…本当に微かな怯えを含んだ声だった。
 
 
「私を送り出した世界がどんな場所か…残念ながらそれを申し上げる訳には参りません、しかし私自身のこの地球における役割についてはお話する事が出来ます」

「…それはどんな役割かね?」

「ベイツ閣下、先程あなたは私の事を『観測員』と(おそらくケイシーから聞いて)呼ばれましたが、本来はそれが私の使命なのですよ…この『地球』の状態を『観測』する事がね。 ですがその観測の結果、間もなくこの星の人類…即ちあなた方が絶滅してしまうであろうという事が判明したため我々の本国で検討した結果、地球の全人類を救助するための『難民キャンプ』を設置する事が決定し、私がその設置と避難誘導の役割を与えられたのです」

「それがあの『シリンダー』なのだな?」

「そうです、あの巨大な土管こそが我々が作ったあなた方人類の避難場所なのですよ」

「むう…」

難しい表情で沈黙したベイツに向かって今度はモロボシが質問する。

「閣下、すでにあの『土管』の中は十分に調査されたと思いますが…如何でしたでしょう?」

モロボシのその質問にほんの僅か逡巡した後、ベイツは口を開いた。

「現在までの調査であの『シリンダー』の中で人類が生存する事は十分に可能だとの結論が出ている。 それだけではなく現在の我々人類の文明や文化を維持し続ける事も出来るだろうとの事だ」
 
 
今から一か月前に突如として太平洋上とL3に現れた『タワー』と『シリンダー』、この謎の巨大構造物を米国と国連の調査団が調べた結果判明した事実…それはL3に浮かぶ『シリンダー』が実に1億人近くの人間を養う事を可能にするスペース・コロニーであり、太平洋上に建てられた『タワー』がそこへ多くの人間や物資を運搬するための足場となる巨大な軌道エレベーターであるという事だった。

現在までの調査の結果L3のコロニーは人間の居住を目的とした都市型コロニーが4つ、農業や畜産の食糧生産・加工を目的としたコロニーが5つ、小惑星から資源を採掘し様々な工業生産を行うための工業コロニーが5つ、そして完全な土管状(つまりはただ巨大なだけの土管)の物が2つという内訳であり、その維持と運営は説明ガイダンスにさえ従えば人類自身に可能との中間報告が出されていた。

そしてもう一つ、太平洋上にある軌道エレベーター『タワー』に関しても同様の調査報告が出された。

これらの報告から導き出される結論…それは地上の人間を『タワー』によって静止衛星軌道まで運び、そこからL3までを現在建造中の宇宙船団を改造してシャトル便として運用すれば最低でも数千万人、コロニーの数さえ足りるならば全人類を宇宙に移住させて新たな生活を開始させる事が可能であるというものであった。

この報告の内容に国連上層部や米国を始めとする各国政府は密かなパニックに陥った。

BETA以外の何者かが地球を訪れ、人類の避難場所と思われる巨大な建造物を作り上げた……そうとしか思えなかったからだ。

そしてその何者かの一員(あるいは手先)と思われる人物が日本帝国から国連軍へ出向し、アラスカのプロミネンス計画に参加する事となった…

当然各国の諜報機関はその男“諸星段”と接触を試みようとしたが、帝国軍と米国政府によって派遣された二人の有名な強面たちがその前に立ちはだかっていたために直接のコンタクトは当面断念せざるを得なかった。

もちろん、いっその事強硬な手段で拉致しようかと考える国や組織が無かった訳ではない。

だがすでにCIAが同じ試みをした挙げ句返り討ちに遭っているという事実が彼らに同じ轍を踏むのではないかという恐れを抱かせ、拉致工作等の強硬手段には出られずにいた。

そのような状況の中、米国大統領の片腕とも言うべき男がアラスカを訪れてモロボシと対面する事となったのである。

そしてそれを知った世界中の諜報機関の関係者(その中には米国の諜報機関もあった)が密かに息を殺して見守る中、この小さな店でベイツとモロボシの対談は行われていた。
 
 
 
「あの『シリンダー』がより多数あれば理屈の上では地球上の全人類を移住させる事も可能だろう…だが、果してそれだけの数のコロニーを君は用意出来るのかね?」

「さすがに今すぐとはいきませんが、時間さえかければ十分に可能です」

「そうか…」
 
 
モロボシの返事にベイツは、安堵とも諦めとも取れるような複雑な溜息を洩らした。

目の前の男が自分たちにもたらした物…『タワー』と『シリンダー』、そして『M-78ファイル』の扱いを巡ってこの一カ月の間、国連や主要各国と米国政府の間では様々な議論が交わされてきた。

その結果まず『タワー』と『シリンダー』に関しては国連上層部と米国政府の調整によって形式上は国連の管理下に置かれ、実質米国航空宇宙軍とAL5が調査と管理を行う事となる。

当初米国はそれらの完全な所有権を主張していたが国連を盾に取った世界各国、殊に国土を失ったユーラシア諸国の強固な要請に譲歩する形となった(米国政府としてもそれは既定路線だったが、完全な独占を主張するAL5派等を説得するためには国連サイドからの圧力を逆に利用する必要があったのだ)

そしてそれらの駆け引きに大きな影響を及ぼしていたのが『M-78ファイル』の存在だった。

G弾によるハイヴ攻略の結果ユーラシア大陸…更には地球全体にどのような事態がもたらされるかを記したこのファイルの存在と内容を知った後方国家の首脳たちは恐怖に震える事となった。

従来、南米やアフリカ諸国は横浜で実証されたG弾の威力をもってすればBETAの駆逐とユーラシアの奪還は容易に可能なのだからすぐにでも(BETAが自分たちの国に押し寄せて来る前に)バビロン戦略を実行に移すべきだとの意見で固まっていた。

だが、このファイルの中に記された未来予想はそんな彼らの都合のいい願望を完全に打ち砕く物だった。

ユーラシア全域でG弾を使用した結果地球全体に重力偏移の影響が及び、南半球の殆んど全てが塩の砂漠と化す…自分たちの願望とは真逆の結果が予想されていたのである。

もしもこの予想が正しければG弾の使用は自分たちを破滅へと導きかねない。

その事に怯えた後方国家群はAL5によるG弾使用論から距離を取り、L3に出現したコロニーを国連管理下においてその運用を検討する主張へと傾いた。

その変節に当然の如く国連や米国内のG弾推進派は激怒したが、周囲の視線が余りにも冷たくなってきた事を察した彼らはひとまず鉾を納めて事態を見守る態度を示すのだった。
 
 
だがその結果見えて来た状況は米国にとって決して都合のいいものではない…いや、むしろ危険過ぎるバランスの上に自分たちが立っているという事実をコルトレーン大統領やベイツ提督は認識せざるを得なかった。

G弾の使用がM-78ファイルの通りの結果を生むとすればそれは米国自身と人類全ての首を絞める結果となるし、だからと言って現時点ではG弾の使用以外にBETAの侵攻を止める有効な手立てが存在する訳でもない……つまりは対BETA戦における決定的な切り札を封じられて手詰まり状態に追い込まれてしまった訳である。

それ故、当然の事としてL3に出現したスペース・コロニーへの期待が湧きあがって来る訳だが、もしも米国のみがこれを独占するような事になれば当然世界中が米国を非難し、敵対的な行動に出るだろう(G弾の使用が逆効果でありBETAに対する切り札が失われたとなれば、地球上に安全な場所などないという事に後方国家も気付くからだ)

だからと言って自分たちが手に入れたコロニーの居住権を国際社会に『公平に』分配出来るかと言えばそれもまた難しいのである。

現時点での居住可能な人数は約1億人程度…余りにも『少ない』人数なのだ。

第5計画の宇宙船移民…この計画における10万人に比べれば実に1000倍の人数ではあるが、そもそも移民計画自体が“万が一人類が滅びた場合の保険”として用意された物であり、大方の予想はG弾の大量投入で人類が勝利するであろうという物だったのだ。
(基本的に反対意見の大多数はG弾の使用によって自国の国土が損なわれるか、あるいは最悪二度と住めなくなるのではという懸念に根ざしており、G弾の使用による人類の勝利自体は大半の人間が疑ってはいなかった)

だがG弾の使用が地球の破滅に繋がるとなれば全く話は違ってくる。

自分たちを滅ぼしかねないような兵器を使用する訳にはいかないが、だからと言って有効な代替案がある訳でもない(基本的にAL4はBETAを“調べる”プランであり“倒す”手段ではなかった)

このままでは何時の日か必ず自分たちの国へもBETAが押し寄せて来る……ならば何処かへ逃げるしかないが宇宙船で宇宙の果てまで行くなど真面目に考えれば無謀すぎる。

何処かいい避難場所がないかと考えていたまさにその瞬間、彼らの目の前に『タワー』と『シリンダー』が現れたのだ。

そして当然の如く世界中の国家がそれらの所有権や移住者の占有権を求めて秘かな争いを始める事になった。

十数億の人類に対して僅か一億の移民権…なまじ自分たちがそれを手に入れてしまったからこそその扱いを誤ればどんな騒ぎになるか、コルトレーンやベイツたち合衆国政府のトップたちは胃が痛くなるようなストレスを感じていた。
 
 
 
「ではモロボシ大尉、君は全人類を収容可能になるまであのコロニーを作り続けるつもりなのかね?」

「はい、基本的にそれが私の使命ですから」

「それで、全ての人類を収容可能になるまでの時間はどれくらいなのかね?」

「そうですね…少なくとも10年は見て頂かないといけないでしょう、流石に13~15億人もの人間を受け入れる訳ですからね」

「むう、10年…か」

モロボシのその答えにベイツは眉間にしわを刻みながら唸った。
 
 
10年…確かに全人類の移民先を建設する時間としては長過ぎるとは言えない、しかしその10年を実際に自分たち人類は持ち堪える事が出来るのか? もしもそれ以前に米国本土にBETAが押し寄せれば、政府としては当然の処置として安全な場所へ(すなわちコロニーに)国民を避難させるしかない。

だが実際にそれを行えば他の国々は黙ってはいない…場合によっては武力による『シリンダー』の奪い合いすら想定される…いや、おそらくは確実にそうなるだろう。 それこそがコルトレーンやベイツが最も恐れている事態だった。

奇跡とも思える形で手に入った新たな世界…だがそれは人類を救うノアの方舟であると同時に世界中の国家と軍が血みどろで奪い合うカルネアデスの板となる可能性も内包していたのだ。

そんなベイツの苦悩を見透かしたかのようにモロボシは自分のカードを切る。
 
 
「ベイツ提督、その10年を持ち堪えるため…いえ、場合によっては私が用意したコロニーに頼らずにあなた方人類が生き延びる可能性も残されていると思いますが?」

「それは君が進めている『XOS計画』と2月に帝国で使用した例の“ゼロ距離爆撃”の事かね?」

「確かにそれもありますがそれらはいわば補完的な手段でしかないし、BETAやハイヴを完全に駆逐する手段としては力不足でしょう。 ですがAL4が確かな成果を上げる事が出来るとしたら…どうでしょう?」

「成程、君が帝国と香月博士に肩入れしている理由はそれか…だがあの計画は本当に実現可能なのかね?」

因果律量子論という余りにも荒唐無稽に思える理論を前提にした計画を、現実主義者のベイツは今一つ信用する気になれないでいた。

「確かに香月博士の理論は常人には理解しがたい内容ですが彼女が本物の天才である事も事実です。 …それに、もし彼女の理論が未完成でもAL4の目的自体は達成する事は決して不可能ではありません」

「…それはつまり君が例のユニットの代替品を用意するという事かね?」

「もしくは代替技術を香月博士に提供するか…まだ決まってはいませんが」

モロボシのその言葉で再びベイツは額にしわを刻み込んだ。

確かに第4計画が成功しBETAとの対話や彼らの正体の解析が進めば現状をひっくり返す事も不可能ではないかも知れないし、XOSや帝国でのゼロ距離爆撃を世界に普及させれば戦況は大幅に好転するだろう…だが問題はそれが他国の主導で行われる事に国内の反発が大き過ぎる事にあった。

(ウォール街のハゲタカ共や財界の金の亡者たち、それにAL5を推進して来た各界の有力者たち…彼らの反発を抑えるにはやはりこの男を我が国に引き入れるしかないか…無論それをやれば面子と宝箱の両方を奪われた帝国の恨みは相当な物になるだろうが…だがしかしこの男を野放しにしておくのも…)

沈思するベイツ提督の横顔を窺いながらモロボシは黙っていた。

まるでそちらの出方次第ですよとでも言うかのように…
 
 
 
「モロボシ大尉…君を我が合衆国政府の主要スタッフに迎えたいと言ったらどうするね?」

暫しの沈黙の後、ベイツは自分の側の札を切った。

「提督、私は既に日本帝国の政威大将軍殿下の臣下としての身分を頂いている立場です…それがそちらの政府にヘッドハンティングされたとなれば両国の間が今以上に気まずくなるでしょう?」

「うむ、確かにそれは我々としても回避したい事態ではある、だが…いや正直に言おう、我々は君という存在を野放しには出来ないのだよ」

「私個人はつまらないただの人間ですよ、あなた方とは違う星に生まれたというだけの…ね」

「たとえそうでも君は現実に世界を動かす力を持っている…余りにも巨大過ぎる力をな」

ベイツの視線がモロボシの顔を射抜くかのように突き刺した。

だがモロボシはその視線を正面から受け止めながら静かに反論する。

「ベイツ提督、私も正直に言わせて頂きますがあなたや大統領が野放しに出来ないと思っているのは私ではないでしょう? それはそこにいる善良なコック志願の男を生身でハイヴに放り込んだりその頭上からG弾を…それも事前通知なしで落とすような連中の方では?」

「………」

「私ごときを取り込んだところで“彼ら”に対する牽制にはならないと思いますが?」

「…ではどうしてもこの話は受けられないと?」

交渉決裂…いや、交渉に移る前に行き詰ってしまったか? そう思い始めたベイツに向かってモロボシが放った次の一言は完全に予想外の物だった。
 
 
 
「そうですな…少なくとも合衆国の安全を確保してからでなくては無理でしょう」
 
 
「…な! なに!?合衆国の安全……!?」
 
 
 
それからモロボシが語った話の内容はベイツ提督とケイシー・ライバックしか知らない…

だがそれから数十分後、『Sterling Hill』から出て来たベイツの顔は穏やかな満足感を湛えた物であり、同時に何処か楽しいイベントを控えてでもいるかのような表情でもあった。

だがそれがどんな理由からであるのかを店の周囲に潜む各国諜報員たちが窺い知る事は出来なかった。

世界がその理由を知るのはモロボシの仕事が全て終了した後の事である。
 
 
 
第44話に続く
 
 
 
 
 
【おまけ】
 
 
「はあ~~~疲れた……」

「いきなりだらけたな、ダン」

「いやさ、どうもああいうお偉いさんの接待ってのは肩が凝ってねえ~~ 私は昔からそういうのが苦手なんだよ」

「オレにはそんな姿を見せても大丈夫なのか?」

「…今更君に気取って見せてどうするんだ? それよりさっきの話に関して言いたい事でもあるんじゃないか?」

「おいおい冗談はよせよ、君や提督みたいに指先一つで世界を動かせる人間のする事にオレみたいな只のコックが何を言えるっていうんだ?」

(…指先一つで人を殺せそうな戦闘のプロがよく言うよ)

「ん? 何か言ったか?」

「いや、何でもないよ…」

「そうか…ならこれでも食べろ、元気が出るつまみだぞ?」

「へえ、これは美味そうなソーセージだな…では頂きま~す…………………!#=nR9$%pTC¥!!@+Rぬ<*こK!!!!!!!………チョリソ~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!

「…辛いか? やっぱり?」

「!!!!な、何でこんな物食わせるんだ!!ケイシー!?」

「いや実はな、それはクラウスに頼まれたんだ。 彼が言うには『イタズラっ子は全員公平に罰を受けるべきだ』という事だったがな」

「ヒ~~ハ~~!!!!」(覚えてろよあのイモ少佐~~~~~!!!!!!)
 
 
 
 
 
 





[21206] 第1部 土管帝国の野望 第44話「世界は回る、道化は踊る」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:501c65f8
Date: 2011/10/01 20:12
第44話 「世界は回る、道化は踊る」


【2001年5月3日 AM9:00 アラスカ・ユーコン基地】

「諸君、大変有意義な時間を過ごさせてもらった。 本当にありがとう」

視察を終えてワシントンへと戻るベイツ提督の挨拶にハルトウィック司令が返答する。

「恐縮です閣下、大統領に宜しくお伝え下さい」

「うむ、この基地で行われている様々な開発計画が人類の戦力向上に有益である事はこの目で確認させてもらった。 特にXOS計画に関しては、いずれ我が合衆国海軍からも機体と人員を派遣して試験運用に参加させる事になるだろう」

そのベイツ提督の発言に、見送りに来ていた全員から驚きの声が漏れた。

「それは…実に素晴しいお話です閣下、あなた方が参加して下さればXOS計画のみならずプロミネンス計画全体にも素晴しい刺激と活力を与える事になるでしょう…そうだろう、モロボシ大尉?」

ハルトウィックはそう言って後方に控えていた男…モロボシ・ダンに声をかける。

「はい大佐、これで我々のXOS計画もそしてプロミネンス計画も更なる発展と進歩を遂げる事が出来るでしょう」

「うむ、そうでなくてはな……ところでモロボシ大尉、その口はどうしたのかね?」

ベイツが言ったその口…モロボシの唇は何故か一晩で赤く腫れたように膨らんでいた。

「いや実はですな提督、今朝起きたらこうなっていたのですが…夕べ見た恐ろしい夢のせいでしょうかねえ?」

「ほう? どんな夢かね?」

興味深げに聞くベイツに打ち明け話をするような口調でモロボシは話す。

「それがなんとイモの化け物に襲われて口の中にマスタードやチリを無理矢理詰め込まれる夢でして……いや、まったくどうしてあんな夢を見たんでしょうなあ~~」

「ほほう…それはそれは」

面白そうな顔でベイツは聞いていたが、その場にいた幾人かの視線はベイツやモロボシではなく猪川少佐に向けられていた(ちなみに本人は何処かわざとらしい知らん顔であったが…)
 
 
 
「ところでモロボシ大尉、私の親しい友人が是非君に会いたいと言っているのだが…もし都合がつけばワシントンに足を運んではもらえないだろうか?」
 
 
さりげなく告げられたベイツ提督の一言が、その場にいた全員の心に見えない爆弾となって炸裂した。

だが周囲が固まっている中でモロボシだけはその言葉の意味を理解しているのか怪しいくらいの気楽な口調で答える。

「はい、それでは仕事の方に目途が立った後でよろしければ伺わせて頂きます提督」

「うむ、楽しみにしているよ大尉…では諸君、任務に励んでくれたまえ」

「敬礼!」

ハルトウィックのかけ声で金縛りから解けたように全員が敬礼し、政府専用機に乗るベイツを見送るのだった。
 
 
 
 
 
…やあれやれ、台風一過とはこの事だな。

まあ何とか大統領へのコンタクトも取れそうだし、後はタイミングを見てワシントンに「諸星大尉」…おっと、イモの怪物と唯依姫様の登場だ。

「どうかしましたか猪川少佐、それに篁中尉も」

「どうやら商談が上手くまとまったようだな。 良い値がついたか?」

皮肉っぽい声で少佐がそう言うと唯依ちゃんがなにやら探るような目で我々を見詰める…そんなに見詰められたら照れちゃうな~~(笑)

「いえいえ、商談を行う事が決まっただけで本番はワシントンで…という事になりそうです」

「ふん…それで向こうはどんな値段を貴様につけたのだ?」

おや、そこまでお見通しで…流石は軍情報部のエースですな。

「…オーバルオフィス(ホワイトハウス中枢)に席を一つ用意してくれると仰いました」

「な…!」「…ふん、成る程な」

私のその言葉で唯依ちゃんは絶句し、少佐殿は何処か納得したような顔で頷く……ははあ、どうやらこの人は自分の情報網から『タワー』と『シリンダー』の事を知って、それが私の仕業だと気付いたな?

「諸星大尉…まさか、その…」

あれ? 唯依ちゃんが何だか疑わしげな顔で…ああそう言う事か。

「いやいやご心配なく篁中尉、いくら好条件の話だと言っても今の10倍の量の仕事をこなす自信はありませんからね…その話は丁重にお断りしました」

「あ…いえその、申し訳ありません! 失礼な事を…!」

慌てて唯依ちゃんが謝るけど、別に気にしなくてもいいんだがなあ…

「…だがそれでは『商談』が成立せんのではないか? 向こうは貴様ごと『全て』を手に入れなくては安心出来んのだろう?」

「…全て?」

「ああ篁中尉、今の時点では“まだ”XOS計画やXFJ計画には関係のない話なので適当に聞き流しておいて下さい」

「…はっ! 申し訳ありません!」

本来ならば彼女が係るべきではない案件だが、今回のベイツ提督との会談がここでの任務にどんな影響を与えるかまだ解らない…ならば彼女にもさわり程度の情報は与えておくべきだ。

猪川少佐も同じ考えだからこそ彼女がいるのを承知で際どい話をしているのだし、篁中尉も自分がどういう対応をすべきかは十分承知しているだろう…
 
 
「まあその辺は替わりの条件を提示して説得するつもりですし、どの道このアラスカや帝国での仕事が多すぎてあんな東海岸あたりを拠点にする余裕は今のところありませんしね」

「ふん、まあそういう事にしておくか……ところで諸星大尉、さっきの話に出て来たイモの化け物とは具体的にどんな代物なのかね?」
 
 
…おいおいそっちの件で絡む気かよ、昨日私を酷い目に合わせたのはアンタだろうに。
 
 
「いやあ実はアレは私が考案したテレビ番組用のキャラクターで“ポテトモンスター”略して“ポテモン”というんですがね」

「ほー、そうかね?」

「ええ実は今、帝国動画さんにお願いして子供向けの新番組を……」
 
 
(以下無駄話のため割愛)
 
 
 
 
 
 
【2001年5月4日 日本帝国・帝都城】

「殿下、諸星大尉が米国政府からの招致を受け入れたそうですが?」

政威大将軍の腹心であり斯衛軍第16大隊指揮官の指揮官を務める斑鳩忠輝少佐が悠陽にそう訊ねる。

「はい、先ほど駒太郎を通して本人よりその話を聞きました」

その悠陽の言葉にその場の人間たち(紅蓮・斑鳩・月詠・侍従長)は一様に難しい顔になった。

「…それで殿下、あ奴はどうするつもりだと申したのでしょう?」

「諸星が言うには今帝国とアラスカでの仕事を疎かにしてワシントンを優先するのは後々の禍根となりかねぬ故、米国側には自分がつかずとも大統領たちが安心出来るような手を打つつもりだとの事でした」

「むう、喜ぶべきか憂いるべきか複雑よのう…」

紅蓮の言葉はその場の全員の内心を代弁していた。

確かにモロボシが米国よりも自分たちへの協力を優先すると言ってくれたのは有難いが、それはつまりこの帝国の現状がまだまだ不安定であり自分の協力が必要だと彼が判断した結果でもあるからだ(そして悠陽たちもその事を自覚していた)

「まだまだ…我らの力が不足していると彼の男は判断したのしょうな」

斑鳩少佐のその言葉に月詠真耶と侍従長は唇を噛み締め、悠陽は瞑目して何かを念じるような表情を見せながら自分の思いを口にした。

「今はまだこの悠陽の力も足りず、また帝国も安定には程遠い状況…彼の者の尽力によって少しづつ改善の兆しは見えているとはいえ、そうそう何時までも彼の者の好意に甘える事は許されぬでしょう。 諸星は本来この世の全ての民を救うのが務めなのですから」

「うむ、やはり一日でも早く甲21号を落として国家の安泰と民の安寧を確保する事が大事。 だが厄介な問題が…いや、厄介な者達が立ち塞がりおるのう」

「まったく、立場上声を大きくしては言えませぬが…困った者達ですな」

紅蓮の言葉に斑鳩が苦い表情でそう答える。

彼が声を大きくして言えない理由と困った者たち…それは他でもない彼や悠陽と同じ五摂家とそれに連なる有力武家や公家たちの事であった。

将軍家の復権で悠陽がこの帝国軍と政府を統べる立場になった事でそれをあたかも自分たち自身の復権と勘違いした一部の武家や公家、特に幕藩体制終了までは五摂家の一角を占めていた一條家と二條家が自分たちの権勢を増すべく政・官・軍の各方面に伝手を張り巡らせ始めたのだ。

表向きそれは悠陽に敵対するような物ではなかったが駒太郎たちのハッキングと調査によって、その真意がいずれ悠陽を将軍の座から引きずり下ろして自分たちに都合のいい五摂家の当主を将軍に据え、最終的には煌武院家と斑鳩家を追い落として自分たちが五摂家へ復帰させる腹積もりである事が判明していた…

(今の世にそのような事をして何の意味があるというのですか…この悠陽が復権した理由とて、他に国を纏める手段がなかっただけの事だというのに)

心の中でそう嘆く悠陽であったが、それがあの過去に囚われた者たちには言っても無駄である事も分かっていた。

あの京都防衛戦をきっかけに広がるばかりであった悠陽と斑鳩家を除く他の五摂家との溝は、悠陽が復権した事によってさらに大きな物になっていた…

表向きは悠陽の復権を讃え彼女への忠誠と貢献を確約する彼らではあったが、その心中には“何故この小娘が将軍なのだ”という不満が蓄積していたのである。

それでも流石に五摂家の当主たちはそんな不満を漏らしたり愚かな策謀を巡らせたりはしなかったが、一條、二條を始めとする有力者たちは自分たちの欲を抑えきれずに色々と碌でもない謀りごとに耽っていたのだった。

(元々私を将軍にしたのは政府や軍の在り様と摂家の事情を鑑みての調整の結果…それを行ったのは他でもない自分たち自身でありましょうに。 それがこの悠陽が復権した途端に邪魔者扱いとは…)

彼らの身勝手さに呆れる悠陽ではあったが、だからといって正面切って五摂家やその取り巻きたちと事を構える訳にもいかなかった…今の帝国にそんな愚かな内輪揉めをしている余裕などないのだ。

「諸星は近いうちに一度この帝国に戻るつもりだと言っておりました…同時に今我らの頭を悩ませている問題についても申し述べたき事があると」

「むう…あの男がの」

「ほほう…また何か面白い趣向でも考えたのですかな」

「あの男…一体何をするつもりなのでしょうか?」

「それはまだ解りません…ですがその他にもやらねばならぬ事が多い故、我らの力が必要だとも申しておりました。 無論のことそれがこの帝国の明日に繋がるのであれば、この悠陽は彼の者の献策を受け入れるつもりです」

「「「「はっ!!!!」」」」

モロボシがどんな事を言い出すのか……そこに一抹の不安を抱えながらも紅蓮たちは悠陽を支える決意を新たにしていた。
 
 
 
 
 
 
 
【2001年5月4日 夜 N.Y.・マンハッタン】

米国を代表する高級ホテル、アストリア…その一室に数人の男が集まっていた。

「ふむ、つまりベイツはその男との間に何がしかの協定を結ぶのに成功したという事か?」

「…らしいな、はっきりとした事は分からんがな」

「たかが場末のパブでの会話だろうが、何故盗聴出来なかったのだ?」

「それが何故かどんな手段を使ってもダメだったらしい…無論、他の国の諜報員たちも同じだったようだが」

「それがそのモロボシという男の力…という訳か」

この部屋に集まった男たちは米国産業界の中でも国防総省と深いパイプを持ち、AL5の推進をバックから支えて来た企業のオーナーや財界の重鎮たちである。

3年前の明星作戦で前職の大統領にG弾の使用を勧めたのも彼らなら、日本帝国の政治的乗っ取りを(クーデターを利用して)企んでいるのも彼らと合衆国政府や軍の中にいる彼らの友人たちであった。

だがそんな彼らにとって受け入れ難い事態がここ一カ月の間に立て続けに発生していた…
 
 
 
ユーラシア大陸でG弾を大量に使用した結果地球に与えるであろう影響を予測したM-78ファイルの存在。

政治的乗っ取りを画策していた日本帝国における将軍の復権とこれまでの情報工作の無効化。

極めつけは太平洋上とL3に現れた『タワー』と『シリンダー』……

その全てが自分たちのこれまでの苦労を否定し、その方針を変更させようとする物であったからだ。

だがしかし、彼らは別に失望も絶望もしてはいなかった。

事情と状況が変わったのであればそれに合わせて計画を練ればいいのだし、新たに価値のある物が見つかったならばそれを自分たちの物にすればいいだけの事だからだ。
 
 
「例のファイルのせいでアフリカや南米諸国の連中が煩いが…まあ確かにアレが事実であれば無理もなかろうな」

「ほう…認めるのかね? あんな得体の知れんファイルを」

「得体が知れようが知れまいがそんな事は重要ではなかろう? 要はあのファイルの存在を前提にしてこれからの方針を決めればいいだけの事だからな」

「そうだな、いずれにせよあの『タワー』と『シリンダー』を造った男がそのファイルも提供したというのであれば無視する事も出来ないだろう」

「コルトレーンは本気であの『シリンダー』の居住権を国連の分配に委ねるつもりかな?」

「もし…もしもだ、あのファイルの中身が事実だとした場合はあの場所だけが人類にとって安全な生存圏となる訳だな。 それをむざむざ手放すとはどういうつもりかね?」

「各国が一致団結して国連に圧力をかけて来たせいだな…あのタマセが動き廻っていたようだが」

「ふん、3年前の意趣返しか? それとも他に目論見でもあるのかな?」

「あのモロボシという男は表向きはニッポン帝国のロイヤルガードの立場にいる。 おそらく既に帝国とあの男の間にはかなり緊密な協力関係が出来ているのだろう」

「…つまり、もしもわが国があの『シリンダー』を独占した場合は今度は帝国が世界に新たな『シリンダー』を提供し、わが国は世界から孤立する…というシナリオもあり得る訳かな?」

「そしてあのモロボシという男の援助を受けた帝国が、半世紀前の恨みと合わせて我が国に牙を剥くとしたら…」

「さすがに飛躍しすぎではないかな?その発想は」

「3年前の件がなければな、もしも彼らがあの時の恨みをこの国や我々に向けるとしたら…」

「…ではやはりあの国を今のままにしておくのは危険かな?」

「軍やCIAの友人たちもまだ諦めてはいないようだし、ここはもう一度あの国にいる我々に従順な連中に飴玉をしゃぶらせてやるとしようか」

「最悪の場合トーキョーは内乱かBETAの侵攻によって失われるだろうが…我々があの国の新たな首都としてセンダイに新政府を発足させれば問題はないだろう」

「うむ、その場合我々にとって障害となるような者たちはトーキョーと運命を共にしてもらえば最善だな」

「ではその方針を我らが副大統領に伝えておくとしようか、それでいいな諸君?」
 
 
最高のセキュリティーが施されたホテルの一室での会話…それは誰も聞いている筈のない謀議であった…本来ならば。
 
 
 
 
 
 
【同時刻 アラスカ・Sterling Hill店内】

「ケイシ~~~、酒をくれ~~~」

「どうしたダン、随分と難しい顔をしてるじゃないか」

「うん、ちょっと気分が悪くなりそうな話を聞いちゃったんでね…酒でも飲まんとやってられないんだよ」

「…ふうん? ほら、これでいいか?」

「ああ、ありがとう…ところでケイシー、私は近いうちに一度日本に戻る事にしたよ」

「ほう? ここの仕事や提督のお誘いはどうする気だ?」

「XFJ計画とXOS計画はそれぞれ篁中尉や猪川少佐が責任者として立派にやってくれるだろうからしばらくは私がいなくても問題はないよ…それより帝都の方にちょっとやっかいな問題があるし、それを片付けないと提督やそのお友達に会う暇も出来ないんだよ」

「そうか、それじゃ私はどうするかな…一応はアンタの付き人なんだが?」

「そうだな、一緒に来るかい? 日本で君に会わせたい人もいるしね」

「ふうん? 一体誰だ?」

「まあそれは会ってからのお楽しみだよ♪」

「まあいいか…それでアンタは日本に帰って何をする気なんだ?」
 
 
何をする気かと言われてもな……強いて言うなら道化の役かな?

帝国と世界を廻すために踊る道化の役……私の立場はそんな物だろうね。

どうせ碌でもない仕事ならせいぜい楽しく踊るとしよう…
 
 
 
第45話に続く
 
 
 
 
 
【おまけ】

《モロボシさ~ん、型月区から荷物が届いてますよ~~》

「ああ、やっと出来たか…」

《トオサカの嬢ちゃんからのメッセージがついてるで~、“後金を早く送って頂戴!!”やて》

「…まさかと思うけど前金に送った10個の天然宝石をもう使っちゃったのかあの娘は?」

≪そんな物を一体何に使用するのですか? マスター(管理者)≫

「まあ色々とね…」

《それでこっちの大きな荷物はアオザキ事務所さんからですけど~》

「そうか…こっちも出来たか」

《一体なんやねん、こんなデカイ荷物を3つも4つも…》

…それはまだ秘密だよ♪
 
 
 
 



[21206] 閑話その13「モロボシ・ダンの帝国史観(摂家・京都編)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:501c65f8
Date: 2011/10/10 21:24

閑話その13 「モロボシ・ダンの帝国史観(摂家・京都編)」


《ね~モロボシさん、どうしてこんなに急に一時帰国する事にしたの~?》

《せやせや、確か弐型の組み立てが完了するまではユーコン基地におる言うとらんかったか?》

…仕方ないんだよ、予定を変更しなきゃならなくなったんだからさ。

《う~ん、それがよく分からないんですけど~~?》

《どうして予定をかえなあかんのや?》
 
 
どうしてかって…?

説明するのも嫌になるけどハッキリ言えば私の事前の予想が甘かったせいだろう。

マンハッタンの高級ホテルで高い酒(トンペリか?)を呷りながら日本帝国を崩壊させて仙台に傀儡政権を樹立させようという(この現状で)冗談みたいな謀略を平気で考える連中を放っておく訳にはいかないのだよ諸君。

《でもそれだったらN.Y.かワシントンの方へ行くんじゃ…?》

…行ってどうするの?

《え…?》《そらアンタ、その連中を纏めて簀巻きにでも…》

…出来ないんだよ、私は。

《え~、なんで~~~?》《ワイらの力を使えば簡単やんか~~》

使えればね…でも使えないんだよ。 いや、使っちゃいけないんだよ…
 
 
 
私は本来並行世界にある日本政府から派遣された謂わば『PKO要員』なのだ。

従って当然わが国の法に従わなくてはいけないし、正義の味方よろしく悪い奴を勝手に懲らしめたりは出来ないのだよ。

正直に言えばあの連中の密談を聞いた後で、私は真剣に彼らの暗殺を検討した……きっとケイシーの作ったカクテルのせいだな、うん。
(帝都をクーデター部隊か、さもなくばBETAの餌食にしようと考えているのだからそっくり同じ事をされても文句は言えないと思う…多分)

だがさすがにそんな事を実行すれば後でどんな面倒事になるかわからないし、はっきり言って後味が悪すぎる。

これでも一応は公務員だから法を順守しなくてはいけないし、後で問題になるようなやり方も不味い…

ではどうするか?

《どうするんですか~?》《せやせや、どうするねん?》
 
 
…当分は何もしない♪

《《ガクッ!!!》》
 
 
まあ早い話が当分は泳がせておこうという事だよ(笑) 彼らと対決するのはまだ先でも大丈夫だし、出来れば彼らを合法的に「処理」する大義名分も欲しいしね…だからその条件が整うまでは手を出さないのさ。

《うわあ~~~》《怖いなあ~~~》

そりゃそうだろう…私だって正直怖いよ。 あんな恐ろしい事を平気で考える連中を相手にするのも、それからそんな連中を合法的に抹殺する手段を考えている自分の事も。

だけど今更引き返しようもないしなあ……自分でまいた種だし。

《え~でもでも~~それがどうして日本への一時帰国と繋がるんですか~~?》

《どっち道、日本に帰るとか必要ないんちゃうんか?》

いやそうじゃない、今の時点であの米国の金の亡者たちを相手に出来ないからこそ日本に帰るんだよ。

《え~?》《なんでやねん?》

彼らを相手にどんな手段を取るにせよ、十中八九帝国を巻き込む事になるのは間違いない…だったらその帝国の内患の方を今の内にどうにかしておくべきだからね。

《あ~、例えば五摂家とか本土防衛軍の統帥派とかですか~~》

そういう事だね、まあ統帥派の動きはまだ完全に把握出来ていない…というかまだ彼らも自分たちの方針を決めかねているようだから現時点では放っておくとして、問題は五摂家なんだよな~~

《あの連中、一体何考えてんやろね? 冥夜はんを怪我させようとしたり殿下を失脚させようと企んだり…意味わからんで》

《そもそも悠陽殿下と五摂家の間に溝が出来たのって京都防衛戦がきっかけでしたよね~? どうしてなんですか~?》
 
 
そうだね…ちょっと問題を整理しておこうかな?
 
 
 
 
そもそも五摂家とは日本という国に古くから存在する家系による権力機構と言っていいだろう。

これは我々の世界でも歴史のある時期まではそうだったし、このオルタ世界では今でもかなりの力を持っているのだ。

そもそもは昔この国の朝廷における支配権を確立した一族が幾つもの家系に分裂し、そのトップグループとなった五つの家がその始まりだった。

その五つの家が「斯衛」「九條」「一條」「二條」「崇宰」という訳だ。

朝廷の頂点に立つ摂政・関白の座に就く者は必ずと言っていいほどこの5家の中から出ていたのだよ。

《へえ~~そうなんだ~~~》

《あれ? せやけどその五家って…今の摂家と違うやん、どうしてやねん?》

いいところに気付いたね、確かに今の五摂家は「煌武院」「九條」「崇宰」「斉御司」「斑鳩」の五つで昔とは違う。

そしてその違いが生じた事情にこそ今回の悠陽殿下と他の摂家たちとの対立の原因が潜んでいる…私はそう考えているのだよ諸君。

《はあ~?》《へ~?》
 
 
近代国家としての日本帝国が成立する以前までは先に言った五摂家の体制が続いていたんだ…それはこの国の実権が朝廷から幕府(つまりは公家から武士)に移っても変わりはなかった。

確かに国を治めるための力は幕府に奪われてしまったが別に幕府が彼らを滅ぼそうとした訳ではなかったし、彼ら公家は長い歴史の中でいつしか国家を治める者としての能力や責任感を失っていたので現実問題として自分たちが存続出来さえすればそれで良かったのだろうね。
(もっとも公家や朝廷に納められる税の額はかなり抑えられてしまったので昔のような贅沢三昧は出来なくなったし、貧乏な公家は内職でもしなければ生活する事は出来なくなったのでその辺の恨みはかなりの物だったようだけど)

朝廷が存続していれば官職も(形式の上では)存続出来るから幕藩体制が続いている間も朝廷の上位はこの五摂家によって占められるという状態に変わりはなかったのだよ……そう、幕藩体制が力を失いこの国の“中世”が終りを告げるまではね。

我々の世界の日本がそうであったようにこの世界でも幕藩体制が寿命を迎え、新時代に対応した政権を築こうとした試みがこの世界の幕末でもいくつかあった。

そしてその一つがこの世界の日本を新時代へと送り出す事になった……我々の世界では失敗に終わった『公武合体』がそれだ。
 
 
『公武合体』とはその名の通り「公」即ち朝廷や公家と「武」即ち幕府や武士を一つにして新たな国家を形成しようという考えだ(歴史通の皆さん、非常に大雑破な表現をしてますがどうか見逃してやって下さい)

我々の世界におけるそれは結果的に失敗に終わった(幕末における戊辰戦争はその政策の破綻の証明だった)が、この世界の幕末においては戊辰戦争のような大規模な内乱に至ることなく幕府と朝廷が一体化して新政府を造る事になったらしい。

(もちろん綺麗事ばかりではなく、かなり血生臭い謀略や駆け引きもあったのだろうが)

そして政威大将軍は新たな日本(大日本帝国)の君主(皇帝陛下より実務を委任された)として再定義され、将軍の座に就くのはこの新時代を築くのに功績があった五家から…という不文律が出来たようだね。

《へ~そうなんか~》《え~と、つまりそれが~……》

そう、つまりそれが今の五摂家という訳だね。

おそらく新しい国家体制を造るにあたって朝廷側と幕府側との間で擦り合わせが行われ、その結果として新たな五摂家とそこから将軍家が選出されるという制度が出来たという事らしいが、そうなれば当然旧五摂家の全てが横滑りでという訳にはいかなくなる。

《あ~そうか~~》《なるほどなあ~~》

…そう、当然幕府側(つまりは武家の側)からも将軍家候補となる家が出なければ武士たちは納得しなかったろうし、実際問題として当時の公家たちは国の運営に関して何のノウハウも持ってはいなかったから武家を完全に除外した新政府は不可能だったろうね。

そして選ばれたのが煌武院家と斑鳩家になる訳だ(ちなみに煌武院家はそれまでの将軍家と斯衛家が合わさって一つの家になった物らしいが、この辺の事情は更に複雑な物があるようなので説明はまた今度ね)

そして公家の側では一條家と二條家が選から漏れて、時の帝に信任が篤かった斉御司家が加わって新たな五摂家の誕生となった……これがまあ歴史書などの記述から私なりに読み取った五摂家成立の経緯だね。
 
 
《ふ~ん、そうなんだ~~》

《人と国に歴史ありやなあ~~、けどそれやと結局一條と二條が損した形になる訳か~~》

まあそうだね、元々一條家と二條家は九條家の分家だから宗家である九條が五摂家に入っていれば問題はないんだけど、彼らにしてみれば自分たちが格下に下げられたという不満はどうしても出て来るだろう…そしてその空いた席を昔から彼らが見下していた東夷(関東に拠点を構える武士階級に対する蔑称)に奪われたとなればなおさらだ。

《え~、でもでも~~それだったらずっと前からの恨みだった訳で何も今更急に殿下や冥夜さんを狙わなくてもいいと思うんだけど~~?》

もちろんいくら彼らが時代ズレしたおバカさんでもそれだけなら何も今更こんな真似をする事はなかっただろう……だがしかし、あの本土防衛戦の結果京都が灰になってしまったことで彼らと殿下の溝は決定的になったのだろう。
 
 
 
 
千年王城と呼ばれる京の都…その名の通り平安の時代からつい3年前までこの国の首都であった(ちなみに我々の世界でも1943年までは法令上の首都だった)その都がBETAの侵攻によって失われた……それはこの世界の日本人にとってはあまりにも重すぎる出来事だったはずだ。

我々の世界におけるこの時代の京都はあくまでも日本の古い歴史と伝統の証であり、仮にそれが失われたからといっても国そのものが終わると感じる事はないだろう。
 
 
だがこの世界の日本帝国の場合は違うのだ。
 
 
多くの“おとぎばなし”の研究家はあの1ヶ月に及ぶ京都防衛戦を戦略上無意味な消耗戦だと断じるケースが多い(住民の避難が終わった後も守り通す事が事実上不可能な京都盆地を防衛するために多くの兵士たちの命と装備を消耗する破目になったからだ)

だがそんな事は別に我々に言われるまでもなくこの世界の人間たちだって十分理解していた筈だ。

それでもなお不可能な筈の京都の防衛に固執した理由は何か?

《え~、それはだから摂家の人たちが~~》

《あの連中がゴネたのが原因やろ~~?》

いやあのね、いくらなんでもそれだけだったらあそこまではいかない筈だろ? 結果としてあそこまで粘ったのには他にも理由があったんだよ。

《はい~?》《そ~なんか?》

そりゃそうだよ…いくらなんでもそれだけであの京都防衛戦の撤退があそこまで延びるなんて事はあり得ないだろ?
 
 
幕末を経て近代国家になってなおこの国の首都(帝都)は京都だった。

我々の世界においては段階的に(というかなし崩し的にズルズルと)東京への首都移転が進行したが、この世界においてはあくまでも東京は最大の経済都市であって首都ではなかった。

もちろん「東京」の都市名からも伺えるように遷都の計画は存在したのだろうけど、この世界のそれは結局頓挫したようだね……おそらくは公家や帝室が都を変えるのを強く嫌ったのと我々の世界以上に帝を敬う意識が強かったのだろう。

そしてその帝の住まう都、帝都・京に対する思い入れもね。

中世以前から現代まで千年以上に渡ってこの国の都であり続けた京都……それが失われるという事はこの世界の日本人にとっては耐え難い出来事だったのではないだろうか?

だからこそ彼らは京都を放棄する事をギリギリまで躊躇ったのだと思うのだよ…摂家のみならず殿下や帝国軍の多くもね。

《へえ~~》《ほ~~》

そう、京都の焼失はこの帝国にとって明らかに一つの時代の終わりを意味していた。

もちろんそれは帝国の歴史そのものが終わった訳ではなく東京を新たな帝都にしてこの帝国とその歴史は続いていくのだが、やはりそれまで千年以上続いた京を失ったという事実は大きな時代の変化(というよりは断絶に近い)をこの国の全ての人々の心に刻みつける事になったのだと思う。

そしてそれだけでは…いや、それどころでは済まない人たちもいる訳だ。

《はい~?》《あ~、もしかしてそれが~…》

そう、五摂家や一條家二條家といった人たちの事だよ。
 
 
 
京の都が焼けてしまった事はもちろん全ての日本人にとって耐えがたい苦痛であっただろう……しかし五摂家やそれに連なる名門の公家たちにとってはそれどころでは済まない深刻な問題をはらんでいたのだと思う。

何故ならば彼らは『京の都』と共に生きて来た者たちであるからだ。

もちろんそれは彼らに限った事ではなくあの古都に住んでいた全ての人たちに言える事でもあるが、彼らの場合はちょっと特殊過ぎるのだよ。

摂家や名門公家の在り方というのは他の武家や平民とは少し…いや、かなり違うのだ。

本来この国の支配者であった彼らの先祖は律令制という体制の中で次第に実務的な仕事を忘れ、文化的な(歌を詠むとかの)仕事にのみ没頭するようになっていた。

それが結果として武士階級の台頭を招き、彼らに国の実権を奪われることになった訳だ(そりゃ実務を忘れて遊び呆けてればそうなって当然だけどね)

そして武士が権力を握ってこの国を動かしている間、彼らは更に実務的な国の運営から遠ざかる事になったのだ。
(ちなみに我々の世界の明治政府の政策や方針も旧幕府の中間管理職たちが立案した物を下級武士出身の維新志士たちや身分の低い公家出身者によって実行されたのだよ)

つまりこの国が近代国家となった時には彼ら名門公家たちは完全な過去の遺物と化してしまっていた訳だ。

《へ~そうなんだ~》《またそら難儀なこっちゃな~》

…まったくその通りなのだよ。

幕藩体制が終了してこの国が近代国家となった時、多くの武士と公家たちが路頭に迷う可能性が出て来た。

身分制度が存続したからといっても無条件で武士や公家が食べていける時代は終わったのだ。

下級武士の多くは軍人や警官あるいは教師といった職業に就く者が大多数だったし、身分の低い公家たちは茶道や華道の師匠になったり内職でやっていた花札作りの仕事を表の仕事にする事で平民として生きる道を選んだ。

そういった人々は新しい時代や価値観を受け入れ順応していったが、比較的身分の高い公家はそのままの地位にとどまった(荘園とかがそれなりにあったので仕事をしなくても食べていけるのだ)
 
 
…結果、彼らだけが時代の流れから取り残されたのだよ。

日本の近代化に沿って国の在り方も人々の意識も少しずつ変わっていったが彼らはそこから取り残されたのだ…もっとも彼らはそれを気にはしなかったけどね。

日本という国が世界の流れと共に変化しても京にいる彼らは別段自分たちを変える必要性を感じなかったのだと思う。

摂家の当主たちであれば将軍という任に就くために政治や軍事、そして経済に至るまで実際に係わる可能性もあるが、名門公家と言われる人間たちはそういった物自体携わる事が少なかっただろう。

彼らは京の都と自分たちの身分と荘園さえあれば困る事はあまりなかったからだ。
 
 
だがその安穏とした彼らの基盤を根底からひっくり返す事態が起きた…BETAによる本土侵攻と京都の危機だ。

《あ~なるほど~》《それであないな無茶言うたんか~~》

そう、京都が無くなるという事は彼らにとっては自分たちの世界が崩壊するに等しい出来事なのだよ…だからこそあんな無茶な要求を殿下にしたのだろうし、更に言えば実質的に戦争を知らない彼らは心のどこかでやればなんとかなる! と信じていたのかも知れないね。

《うっわ~~~》《アホやなあ~~~~》

まあそう言うな、彼らにしてみれば本当に深刻な問題だったんだよ…京都の、それもごくごく一部の閉ざされた世界でのみ生きてきた彼らにとってはね。

京都が失われれば帝都を別の場所に移す事になるし、そこで始まるのは全く新しい日本の歴史になるだろう(大げさな言い方に思えるだろうが、首都を移すというのは本来それくらい大きな意味を持っている話なのだよ)

新帝都(この場合は東京)で始まる時代は今よりも近代的でより政治家や官僚が力を持ち、自分たちのような旧い存在はその存在意義を失っていくだろうと彼らは気付いたのだ。

力を失えばそれまで当り前のように得られていた様々な利権や収入も入らなくなるし、そもそもここまで多くの犠牲が出ている中で彼らを特別扱いするような余裕は国の側にもありはしない。
 
 
そうなれば後はもういわゆる斜陽族として没落していくしか無くなる…
 
 
これが普通の庶民であれば全てを失っても国家が存続していれば何らかの補償や保護の下で新しい生き方を見つけることも可能だ(その意味で国家というものがいかに大切か…逆に自由と民主主義が保障されている我々の日本の方がよほど愚かに……いやよそう)

だが彼らには今更そんな真似は出来ないと当の本人達がおそらくそう考えているのだろう。

自分たちは古くからある権威に取り縋って生きて行くしかないのだと…

自分たちの地位と身分の証とも言うべき京都と荘園の殆んどをBETAによって奪われた彼らは自分たちがかつて持っていた権利…摂家の地位を望んだのだろう。

《あ~、それで~~》《殿下を追い落とそうと考えた訳やな?》

傍から見ればあまりにも身勝手でバカバカしい理由だが、彼らはある意味それを当然と考えているんだろうね。

《せやけどそないなアホな理由で冥夜はん傷付けたり殿下を困らせたりしたらあかんやろ~?》

《なんとかしないといけないんじゃないですか~~?》

…ああ、その通りだよ。

たとえどれ程彼らにとって深刻な話であろうと基本的に彼らの考えている事は単なる我儘以上の物ではない。

そんな事のために殿下や御剣嬢を傷つけるなど到底容認出来る物ではないしね……ここは一つ彼らに痛い目を見て貰おうか。

《それでそれで? どうするんですか~?》

《あ~、せやけど勝手に手出し出来んのやなかったか~?》

うん、私の方からは何も出来ないね…正当防衛でない限りは♪

《あ~それって…》《また汚い手を思いついたんやろ~~?》

あのね君たち、私は正当防衛でしか戦えない日本の公務員なんだよ? 少しはこっちの苦労も察してくれよ~~(涙)

《え~そんなこと言われても~~》《別に泣かんでもええやんか~~》

人情の薄い職場だよな~~……って、人間は私一人だけどさ。

さて、それじゃあ日本に帰ってちょっとした陰謀劇の幕を上げますかね。
 
 
 
閑話その13終り
 
 
 
 
 
 
 
 



[21206] 第1部 土管帝国の野望 第45話「謀略への前哨」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:501c65f8
Date: 2011/10/21 23:24

第45話 「謀略への前哨」


【2001年5月9日 国連太平洋方面軍・横浜基地 PX】

「おやまあ!誰かと思ったらケイシーじゃないかい! アンタよく生きてたねえ!!」

「マダム、あんたも生きていてくれてうれしいよ」

私の目の前で京塚曹長とケイシーが嬉しそうにハグを交わしている。

実はこの二人、師弟関係であったらしい。

アラスカでケイシーの腕前をみている内に一体どんな修業をして日本の料理、それも洋食から刺身や汁物や蕎麦まで覚えたのか興味を持った私の質問に彼が言うには『横須賀にいた時知人の紹介で知り合った腕自慢の美人(当時)シェフに日本の料理を教わったのさ』とのことだった。

そのシェフの話を色々と聞いている内にどうやら京塚曹長の事らしいと気付き、ここでビックリ感動の再会を…と画策した訳だ。

「ダン、アンタが会わせたいって言ってたのはこの人の事だったのか…」

「おやまあそうだったのかい、アンタも粋な真似をしてくれるじゃないのさ諸星さん!」

「いえいえそれほどでも…といいますか、実はここにケイシーを連れて来たのには他に理由がありまして」

「おや、どんな理由だい?」

さてそれでは本題に入ろうかな♪

「しばらく彼を雇って欲しいんですよ、ここで」

「ダン?」「へえ? そりゃまたどうしてだい?」

「実はしばらくの間あちこちを回らなくてはならないのですが、なにせこのご時世ですからケイシーを下手に連れ回すとトラブルの元になりかねません。 ですがここなら問題はないだろうと思いまして…」

残念ながら今の帝国の米国及び米国人に対する感情は最悪の一言だと言っていいだろう…そんな中をケイシーを連れ歩くのはトラブルの原因にしかならないし、それに彼にはこの横浜基地でやって欲しい事があるのだ。

「まあ…そりゃ夕呼ちゃんが許可してくれたらアタシにとっては有難い話だけどね」

「ええ、香月博士には私から話を通しておきますので」

「だがアンタは大丈夫なのか? どうやら自覚が足りないようだが今のアンタは大物…それも世界中が放っておかないほどの大物になってしまっているんだぞ?」

心配してくれるのは嬉しいけどね、でもここから先は私一人の仕事なんだよケイシー。

「心配はいらないよケイシー、私だって自分の身を守る事くらい出来るし…それに君には京塚曹長のお手伝い以外にもこの基地でやってもらいたい事があるしね」

「ほお? 一体何だ?」

「それは香月博士と相談してからの話になるんでね、私はこれからその香月博士に挨拶してくるから君は早速ここで京塚シェフのお手伝いを頼むよ」

「分かった」
 
 
さて、それではこの基地の地下深くに住まう恐ろしい女ぎつ…げふん! 麗しき女神様に御挨拶と参りましょうか。
 
 
 
 
 
 
【横浜基地 B19フロア】

「あらいらっしゃいコウモリさん、相変わらずの傍若無人ぶりねえ~~」

彼女の部屋に入ってそうそう投げかけられた言葉がこれだった…傍若無人? あなたが他人に向かって言う台詞ですか香月博士?

「いやいやいきなり御挨拶ですなあ~香月博士、一体この私の何処が傍若無人なのでしょう?」

「あら、だってアラスカからここまで直通便もないのにシャトルで来るなんてどんな無理なゴリ押ししたのかしらって思っちゃうじゃない?」

…ああ、その事か。

「いや~それがですね博士、私がこの基地に用事があると漏らしたらいきなり直行便を仕立ててくれまして…いつから私はそんなVIPになったんでしょうね?」

いや、本当にそうなんだよ…向こうを発つ少し前にハルトウィック大佐たちに横浜基地に最初に行くと言っただけなのに、気がついたら横浜行きのシャトル(貸切りですよ貸切り!)に乗って空の上だったという……権力って凄いよね。

「ふん、仮にも「宇宙の彼方から来たお客様」に対して粗末な接待は出来ない…って事じゃないの~?」

「さて、何の事でしょうなあ~~?」

「…上手く騙せたようねえコウモリさん? コルトレーンもベイツも完全にアンタを宇宙人だと信じ込んだみたいじゃない」

「…貴女はそうは思わない訳ですか? 香月博士」

「アタシを甘く見るんじゃないわよ、アンタが『何処』から来たのか分からないとでも思ってるの『地球人』さん?」
 
 
やれやれ、やっぱりバレてたか……まあこの人にはバレて当然だとは思っていたが、まだ“おとぎばなし”の内容までは話せる時期ではないし…さてどうするかな。
 
 
「それで、並行世界からやって来た地球人さんはこれから何をするつもりなのかしら?」

「はっはっは、それはもちろんこの世界に愛と平和を…って、冗談です!冗談ですからその拳銃をしまって下さい!!」

「ふざけてると今度こそその脳天に穴を開けるわよ、今日の用件は何なのかさっさと言いなさい!」

まったく、すぐキレるんだからこの人は…多分睡眠とカルシウムが不足してるんだな。

「すでにお聞きかも知れませんが、実はこの基地の周辺に特定の少女をつけ狙う変質者たちが出没しているようで…」

「ええ知ってるわ、あの斯衛の女が青筋立てて怒ってたしアンタのくれた霞のペットも色々と動き回っているみたいねえ~~」

そう、あの駒之介が一條家の刺客を撃退してからも彼らは諦めはしなかった。

基地の周辺に潜んで時期やチャンスを見計らっているようなのだ…御剣冥夜を傷つけるかさもなくば命を奪うという目的のために。

「まったく、基本的に蚊帳の外にいるあの少女にここまで粘着するとはさすがに考えませんでしたね」

「馬鹿が執着しちゃうと始末におえない事が多いのよね~……で?アンタはどうするつもりなの?」

言葉の上では茶化しているように聞こえるが香月博士の目はかなり危険な光を帯びている…怖いなあ。

「そうですな、場合によっては“最後の手段”を使用するのも止むを得ないかと考えています」

「へ~え、でもあの殿下や周りの堅物が許可するかしら?」

「すぐにはあり得ないでしょうし、私も初めから彼らを『消し去る』つもりでいる訳ではありません。 あくまでも最悪の場合においてです」

「ふ~ん? で、それをこれから推し計ろうって訳かしら?」

「ええ、これ以上彼らの行動を見過ごす事は出来ませんし放っておいて御剣訓練兵だけでなく他の人間にまで危害が及んではいけませんからね。 彼らがどこまで本気なのか試すくらいの事はするつもりでいます」

「あっそ、まあこっちに被害が及ばないならアタシにとってはどうでもいいわね」

…と博士はそう仰いますが、話はこれからなんですよ。

「…で、ここに来た本来の用件はその渦中の御剣訓練兵を含む207Bの少女たちについてなのですが」

「そう言えばこの間面白い事言ってたわね~、あの子たちを任官させてもいいんじゃないかとか?」

「ええ、実はさせてもいい…じゃなくて任官させて欲しいのですよ」

「へえ~~、任官“させて欲しい”…ねえ?」

さっそく食い付いて来たよこの人は……だから怖いんだ、いろんな意味で。

「聞いてもいいかしらコウモリさん、一体そんな事をしてアンタに…そしてこのアタシに何のメリットがあるのかしら?」

「帝国政府や帝国軍とのより緊密な関係の確立…というのではダメでしょうか?」

「なんでアタシがいちいちあんなバカ共の御機嫌を取らなきゃいけないのよ!」
 
 
まったく、これだからこの人は…天才故の欠陥と言えるのかもしれないが、あまりにも周りの事を考え無さ過ぎるのだ。

もちろんこの人が“おとぎばなし”や明星作戦において傍若無人の権化として振る舞ったのは決してその性格だけではないだろう…20代の若さで国連の秘密計画の指揮官となった彼女に対して嫉妬や軽侮といった悪意が向けられるのはある意味世の中の自然な流れだし、それを黙って受け入れる彼女ではなかった筈だ。

それらの悪意と戦うために精神的に武装した彼女はあらゆる手管を使って自分を敵視する者たちを黙らせて行ったのだろうが、結果としてそれがより多くの敵を造り出し彼女に対する警戒心を強める結果になったのだと思う。

そして明星作戦において外部の人間には全く意味不明な作戦行動(AL4は基本的にその計画の存在自体が非公式だ)を取った事が彼女とその部隊に対する不信感をさらに増大させてしまったのだ。

もちろんその責任が全て彼女にあると言うのはいくらなんでも言い過ぎではあるが、彼女がその不信感を拭う努力を一切しなかったのもまた事実なのだろう。

全てを自分が背負うために…そのために一切の言い訳をしなかったのかもしれませんがね、しかし事が成る前にそれが原因で挫折してしまったら元も子もないんですよ香月博士?
 
 
「馬鹿だからこそですよ、佐渡島攻略に際しては嫌でもその馬鹿を数に入れて戦わなくてはなりません。 たとえ殿下があなたの指揮権を認めてくれても軍全体の横浜に対する不信感を拭わなくてはスムーズな作戦は不可能でしょう?」

「…で、あの子たちを広告塔代わりに使おうって訳? 保護者たちが納得するかしら?」

「ええ、私がさせます」

「……随分入れ込むわねえ? 何かあの子たちに思い入れでもあるの?」

まったく、こういう事には鋭いんだよなこの人は。

「まあ…多少はありますな」

「ふ~ん、でもあの子たちが自力で総戦技演習に合格してからでなきゃ話にならないわね~?」

「それは簡単でしょう? 神宮司軍曹に合格出来るように指導させればいいだけですから」

「フン、そこまでお見通しって訳ね…」

彼女たち207Bが合格出来なかった理由は本人たちの家庭の事情に基づく孤立主義とそれによるチームワークの欠如だったが、それを教官である神宮司軍曹が是正しなかったのは結局のところ彼女たちを訓練兵という安全な立場においておきたいという親たちの願いを考慮したモラトリアムだったのだろう(彼女たちが戦死すれば香月博士にとっても政治的デメリットが大きかったのだ)

それが結果的に彼女たちを桜花作戦に投入させる事になったのは皮肉というしかないのだが…

「ああそれと博士、その207小隊の訓練のために助っ人を連れて来たのですが使ってはもらえませんか?」

「何? もしかしてアラスカからアンタのお供をして来たあの男? 一体何者よ?」

「元は米国海軍特殊部隊の指揮官で教官の経験もある男ですよ。 ちなみに現在の本業はコックでして、今頃はPXで京塚曹長のお手伝いをしている事でしょう」

「ふ~ん、使える男なの?」

「ええ兵士としては海軍提督のお墨付きですし、そしてコックとしては京塚曹長の弟子でもあるのですから」

「…そう、それならいいでしょう。 特別に雇って上げるわその男を」

「私が帝国での用事を済ませるまでの間、彼をこの基地に預けていきますのでよろしくお願いします」

もしかしたらケイシーが彼女の我儘に振り回される可能性もあるが…まあいいか、ちょっとやそっとで壊れる男じゃないしね。

「では博士、今日のところはこれで失礼します」

「はいはい、次はお土産でも持ってきて頂戴」
 
 
 
 
 
さて、とりあえず香月博士の方への種播きはこれでいいとして「諸星大尉」…次はこの人か。

「これは月詠中尉、お久しぶりです」

「帰って早々、殿下に挨拶するよりも先にここの主の御機嫌伺いとはな……一体貴様は誰の臣下なのだ諸星大尉?」

おや、さっそくの嫌味ですか…まあ確かに帝都城よりこっちに来るのを優先すればこの人や真耶大尉や侍従長の機嫌を損ねるのは分かっていたけど…

「いやいや確かに仰る通りですが、この基地の周辺に出没している変質者への対処について香月博士に一言断りを入れておく必要があると思いましてね?」

「…何をする気だ?」

「彼女に…御剣訓練兵に二度と手出しが出来ないようにしようかと思いましてね」

私がそう言うと月詠真那は顔色を変えた。

「貴様…まさか一條家と事を構えるつもりか!?」

「その通りですがそれが何か?」

「馬鹿な!それが出来ればとっくにやっている!! 何故我々が冥夜様を狙われながら何もせずにいたと思うのだ!」
 
 
月詠中尉が血相を変えてそう言うが、まあ彼女の言う事も尤もなのだ。 今まで彼女たち御剣冥夜の護衛たちが一條家や二條家に対して何一つ報復しなかったのにはそれなりの事情がある。

一條家二條家と言えば五摂家に次ぐ名家であり(事実彼らはかつて五摂家の一員だった)それと将軍家が互いに表立って争えば国の中が混乱に陥りかねない。

だからこそ彼らは将軍家(煌武院悠陽)が表沙汰に出来ない存在…御剣冥夜を襲う事で殿下を苦しめると同時に憂さ晴らしにもしようとしているのだろう(忌子であるが故にたとえ御剣冥夜がどんな目に遭ってもそれを理由に報復は出来ないという事らしい)

…なんとも浅ましい話だねまったく。
 
 
「もちろん私だって表立った騒ぎにするつもりはありませんが、このまま彼らを放置しておけばいずれこの国と殿下は内患と外憂の双方に同時に攻められる事になりかねませんからね」

「…! 彼の国が張り巡らせた操り糸は貴様と鎧衣が一掃したのではなかったのか?」

「あの国ならそんな物はいくらでも替わりを用意出来るでしょう」

「貴様…それがわかっていながらあの国の権力者共に媚を売って来たのか!?」

…そんなに怒らないでくださいよ、外交とか交渉ってのはそういう物なんですから。

「ホワイトハウスにいる何人かの人は話せば分かってくれるようですからね……問題なのはこっちの言う事が分からないどころか聞く気もない連中を相手にする時に国内で足を引っ張られたらたまった物ではないという事ですよ」

「むう、それ故一條家をどうにかしようというのか…だがどうするつもりだ?」

「それはまだ…帝都城で殿下の御裁断を仰いでからですな」

「……」

「では、これで失礼します」

やれやれ…背中に突き刺さる視線が痛いったらありゃしない(ハア…)
 
 
 
 
 
 
【横浜基地 PX】

さて頃は丁度お昼時、ケイシーは頑張ってお手伝いをしてるかな?

「おや諸星さん、夕呼ちゃんへの用事はすんだのかい?」

「ええ先程…おお、なんと今日はうな丼ですか」

「ああそうだよ、アンタが調達してくれた出来のいい材料のお陰で美味しい合成蒲焼が出来たからね、それでうな丼を作ってみたのさ」

うむうむ、蕎麦粉や大豆粉の代用品になる合成食材用粉末の新製品で蒲焼を作るとはさすが京塚曹長、これぞ日本人の技だよな~~♪ おいしいタレを作ってもらおうと合成醤油も品質を上げておいて本当に良かった。

「ところでケイシーの働きぶりはどんな具合です?」

「お陰さまで大助かりさね、けど本当にいいのかい? 今はアンタの助手なんだろ?」

「ええ、こっちでの仕事は彼がいなくても何とかなりますから…ああそうだ、ちょっと向こうの席で食べてるので手が空いたら彼に来るように言って下さい」

「あいよ、ほらうな丼大盛りだよ」

さて、それでは…
 
 
 
 
 
 
「ここに座ってもいいかな?」

そう言われて声の方を見た御剣冥夜と榊千鶴は慌てて立ちあがった。

「諸星大尉!」「ッ…敬礼!」

「ああ楽にしていいですよ、せっかく食事中なんだし」

二人に習って立ち上がりかけた207訓練小隊にそう声をかけて席に座った諸星は美味そうに鰻丼を食べ始める。

「うん、さすが京塚曹長だね。 ここまでの味に仕上げるとは」

そう満足そうに感想を漏らす諸星へ一人の少女が問いかけた。

「あの~、もしかしてこのうな丼の蒲焼って諸星大尉が調達した物なんですか?」

「いやいや、私はただ原料になる合成食用粉と合成醤油の品質を上げただけでね、この見事な合成蒲焼をこしらえたのはひとえに京塚曹長の腕前なんだよ鎧衣訓練兵」

「へえ~~そうなんですか~~」

その会話を聞いた訓練兵たちは自分の食べていた料理に改めて目を落として話を始める。

「そう言えばここのところ…」「うん、料理が美味しくなったよね~」「味の秘密は大尉の材料?」「どうすればこれだけ美味しい合成食材が手に入るのかな?」「あああ茜ちゃん、美味しいんだったらあたしの分も…」「こら!止めなさい多恵!!」「あっはっは~いいじゃないの茜、愛があってさ~」「晴子!」「…愛がある?」「彩峰!馬鹿な事言うんじゃないの!」「…榊には愛がない?」「あ~や~み~ね~!!」

かしましく話す訓練兵たちを楽しそうに眺めているモロボシだったが、御剣冥夜が自分を見ている事に気付き話かけた。

「どうかしましたか? 御剣訓練兵」

「あ、いえ!失礼しました! その…大尉のお噂を色々と耳にしておりましたので…困窮する民への援助を円滑に進める事が出来るようになったのはひとえに大尉の御尽力の賜物と承っております」

「え?」「ふえ?」「援助?」「え~本当!?」「…本当よ涼宮」「はわわ…榊さんも知ってたんですか?」「へえ~凄いんだ~」「どういう事なの御剣さん?」

冥夜の言葉に訓練兵たちの殆んどが驚き当のモロボシはどこか居心地の悪そうな顔であったが、それには気付かず冥夜は千鶴と共に最近の帝国国内における難民の生活環境が改善されつつある事と、それがモロボシの尽力による物である事を語った。

「…しかし、よく御存じですねお二人とも」

モロボシがそう言うと、どこか言いにくそうな顔で二人は答える。

「は、知人より聞いておりましたので」「…私もです」

「なるほど、しかしまあそれは実のところ過大評価でしてね…偶々煌武院殿下と榊総理がおられる場で難民の生活改善の話題が出て、それに関して多少の差し出口を挟んだところお二人がそれを真剣に聞いて下さってですな、その結果私の仕業のように話が伝わったのでしょう。 まあ殿下が復権された事で帝国軍の士気も上がり統率も取れ始めたので榊総理も安心して内政に力を注ぐ事が出来るようになった訳で…つまりはあのお二人のお陰なのですがね」

「御謙遜を…」「……」

「いやまあ、そんな事より皆さん訓練の方は順調ですか…おや?」

どこか気まずくなった雰囲気の二人をフォローするようにモロボシがそう言った時、彼らの方に二人の男女がやって来た。

「これは神宮司軍曹、それとケイシー仕事の手は空いたのかい?」

「お久しぶりです諸星大尉」

「今ちょうど行こうとしていた時に彼女から話を聞かされたよダン…まったく、事前に言ってくれればいいものを」

「ははは…そりゃ済まなかった。 それでは軍曹、もう香月博士から聞いておられるのですね?」

「はっ…全員聞け、こちらの人はケイシー・ライバック曹長だ。 曹長は優秀な兵士であり、また多くの兵士を育てた経験のある教官でもあられる。 そのライバック曹長がこれから短い期間ではあるが、貴様らの訓練を指導してくださる事になった」

「ケイシー・ライバックだ、短い間だが神宮司軍曹を手伝って諸君の訓練を指導する事になった。 よろしく頼む」

そのライバックの言葉でその場の訓練兵全員が敬礼する……モロボシはその様子をどこか楽しそうに見ているのであった。
 
 
 
 
 
 
さて、これでどうやら横浜の方は一段落かな?

本当を言うとケイシーやあの子たちともう少し楽しく過ごしたいと思っていたりするんだが…いや、やめよう逃げるのは。

ここから先は欲と野心にまみれた醜悪な人間たちとの戦いになる……そしてそれを行うためには帝都城で私を待っているであろう皆さんを説得しなければならないのだ。

彼らも出来れば無意味な争いは避けたいと思っているだろうが、すでにそうは言っていられない状況なのだ。

彼らにその事情を説明し、覚悟を決めて貰わなければならないだろう。 私の謀略劇に付き合う覚悟を…

だけど問題はあの二人、月詠大尉と侍従長だよなあ~~

殿下を謀略の共犯にするなんて言ったらあの二人が何をするか…

もし殺されそうになったらどうしよう?(いやマジで)
 
 
 
 
 
第46話に続く
 
 
 
 
 
【おまけ】

「駒太郎君、そっち(帝都城)の様子はどうだい?」

《もうみんな集まってますよ~、あともう少しすれば榊総理もいらっしゃいます~》

「そうか、それじゃあ急いでそっちに行かないとな」

《そうして下さい~~、さっきから真耶さんたちが怖いんですよ~~~》

「え”…?」

《何でも色々と言いたい事や聞きたい事がたくさんあるみたいですよ~~》

「…やっぱり明日じゃダメかな?」

《…え~とですね、実は今すぐそばに真耶さんがいらっしゃいまして~~》

「あ”…」

《“とっとと来い!!”って言ってます~~》

「…はあ、仕方がない」(覚悟を決めるか…とほほほほ)









[21206] 第1部 土管帝国の野望 第46話「骨董屋珍品堂」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:501c65f8
Date: 2011/11/01 19:20

第46話 「骨董屋珍品堂」


【2001年5月9日 夜 帝都城】

帝都城の奥にある将軍や重臣のみが使える小広間…この場に集まった人間全員の顔に苦悩と緊張の色が浮かんでいた。

その原因は言うまでもなく斯衛軍大尉兼超時空セールスマンことモロボシ・ダンの発言であった。

「…本気なのかね? 諸星君」

「総理、いくら私でも冗談でこんな提案は致しません」

呻くような声で訊ねる榊総理の言葉に落ち着いた…というよりは感情のない顔をしたモロボシがそう答える。

「ぐぬう…確かに米国の中でそのような謀議がなされているとなれば今の内に備えねばならぬが…」

「問題はそのために国内の膿を静かに取り除く事が出来るか…ですな」

唸るように懸念を示したのは斯衛軍大将紅蓮醍三郎と斑鳩忠輝少佐である。

「確かに一條家や二條家のやりようは許せぬ、許せぬが…」

「どうしてそなたはそのような話を直接殿下にするのですか!」

その目にモロボシに対する非難の色を浮かべてそう言ったのは月詠真耶と侍従長であった。

そしてその中で二人だけ、煌武院悠陽と鎧衣左近だけはそれぞれ沈黙したまま彼らの話を聞いていた。
 
 
「皆さん、すでにお話したように米国内部の第5計画派とその支援者たちはコルトレーン大統領の意志を無視してでもこの帝国を支配下に収めようと画策を始めています。 無論の事彼らの動きは逐一監視してはおりますが、遅かれ早かれ彼らと対決せざるを得なくなるのは確実です…その時になって足元をすくわれないようにするためにも国内における不安要因は今の内に取り除いておくべきでしょう」

「そんな事は貴様に言われなくとも分かっている! だが一條家を相手に何かをすれば表立った騒ぎになるのは必定だ! ましてやその謀議に殿下を巻き込むとは貴様一体「真耶さん」…はっ」

一條家がこちらに害を及ぼす前に逆に仕掛ける謀議を悠陽のいる場で持ち出したモロボシに対して非難の言葉をかけようとした摩耶を悠陽の声が制した。

不肖不精矛先を収めた真耶であったが、彼女だけでなく他の面々もその思いは同じであった。

一條家を相手に謀略を仕掛けるのは仕方がない…だがどうしてその謀議に悠陽を巻き込むのだという非難の言葉がその場の人間たちの顔に現れていたのである。

そんな彼らに向かってモロボシは話を続ける。

「皆さんの不満は良く分かっています。 どうして自分たちだけに相談するのではなく、悠陽殿下を巻き込んだのかと言うのでしょう…実は私も最初はこの件を鎧衣課長と月詠大尉のお二人だけに相談して協力を仰ぐつもりでいました」

「ふうむ、ではどうしてこれだけの人間全員に話したのかね? 私もてっきりこの件は私と君の二人だけで片を付ける事になると思っていたのだが?」

それまで黙っていた鎧衣左近が初めて口を開いてそう言った。

「それはですね課長、この問題は単に一條家や二條家を我々が手管を使って黙らせればそれで解決する訳ではないと思ったからですよ」

「ほう、それはどういう意味かね?」

「これまで私は駒太郎の情報収集能力で悠陽殿下の足元、つまり武家や摂家、そして城内省がどの程度殿下に心からの忠誠や支持をもっているのかを計ってきました。 その結果分かった事ですが、殿下に心からの忠誠心を持って働いている人間と同じくらい叛意を抱く者の数もまた多いと言えるのです」

「むう、我ら武家や公家はとかく古くからの主従関係や因縁に囚われがちになる…それ故その古くからの因縁が絡むと今が非常の時である事まで忘れ、つまらぬ考えに耽る者たちが出てしまうのはもはや業としか言えんのだが…」

その斑鳩少佐の苦渋を含んだ言葉を受けるようにモロボシの話は続く。

「ええ、実質身分制度が崩壊した我々の世界においてさえ公家と武家の因縁と対立は近代以降になっても様々な形でありました。 ましてや古くからの制度やしきたりが数多く残っているこの世界では尚更でしょう。 ですが現状を考えた場合その複雑な力関係に気を使い過ぎる対処方法ではあまり意味がないと思うのです」

「むう? 何が言いたいのだ諸星よ?」

モロボシの言葉の意味を計りかねた紅蓮がそう訊ねると、モロボシは榊総理の方を見てから紅蓮の質問に答える。

「紅蓮閣下、もしこの先佐渡島を首尾良く攻略して桜花作戦も成功に導く事が出来たと仮定しましょう……その後この国の体制はどういう形になるのでしょう?」

「む? それは…」

「それはどういう意味かね、諸星君」

思わず言い淀んだ紅蓮に替わって榊がそう言うと、モロボシもまた榊を見て言った。

「総理、それはあなたの方が良く分かって…いえ、この私などよりも遥かに深刻に懸念されておられるのではありませんか?」

「む…」

「現状の帝国はとりあえず殿下の指揮の下で安定してはいます…しかしながらそれはあくまで戦時下における特殊事情というべき色合いが強い物であり、この国が戦時より平時に再び移行した時には正式に新たな国家の仕組みを作りなおす必要がある……あなたはそう考えておられるのではありませんか?」
 
 
そのまましばらくの間、モロボシと榊は無言のままで視線で格闘していたが…やがて榊の方が折れた。

「確かにその通りだ…佐渡を奪還出来るかどうかすらまだ確定的ではない段階で考える事ではないと思う人間もいるだろうが、いざその時になってからでは遅いのでな」

「榊総理、ではあなたはこの先ずっと殿下がこの国の指揮を執る事に反対なのですかな?」

斑鳩少佐の疑念を含ませた言葉に対し榊総理は静かに首を振って答える。

「私個人は煌武院殿下の国家を統べる者としての資質や能力に一片の疑念や不安を抱いてはおりません。 この場合の問題は人よりもむしろ制度の方にあるのです…先の大戦より半世紀以上に渡って不安定なまま時代に流されて来た我が国の国家としての在り様をこれを機に作り直さねばまた同じ歴史の繰り返し…いえ、国土の復興にかかる苦難を考えれば新しい時代はより不安定な物になってしまうでしょう」
 
 
「だからこそあなたは今の悠陽殿下の指揮の下でなら新たな国の骨格を作り直す事も可能だと考えておられるのでしょう…しかし、それにはまだいささか力不足ではありませんか?」

「…諸星殿!言うていい事と悪い事がございましょう!!」

「貴様…それほど成敗されたい「おやめなさい、真耶さん」…しかし殿下…」

悠陽本人を前にした発言としてはあまりにも非礼と言えるモロボシの発言に激昂した真耶を静かに制し、悠陽は語り始める。

「確かに諸星の言う通りなのでしょう…畏れ多くも皇帝陛下の詔を頂き正式に復権したにもかかわらず、摂家や武家を正しく束ねる事が出来ずにいるのはひとえにこの悠陽の力不足故に他なりません」

一條家を始めとする有力な公家や武家の将軍への叛意、その現状すら弁えない愚かで時代錯誤な野心を抑えられないのは他でもない将軍である自分自身の力不足にあるのだと悠陽は言う。

そんな彼女にある者は唇を噛み締めて俯きまたある者は痛ましげな視線で彼女を見つめるが、そこにモロボシの言葉が投げかけられた。

「殿下、ご自分の非力を恥じる必要など決してございません。 たとえどれ程の力と財、あるいは権力を持とうと人一人に出来る事には限りがあるのが世の定めなのですから…それ故にこそ多くの人間の支持こそが人の持てる最も大きな力となり得るのでしょう」

「諸星、そなたがこの身に求める役割は何なのですか? 元よりそれが帝国と臣民のためになるのであればそなたの進言を受け入れる覚悟はとうに出来ています」

悠陽のその言葉を聞いたモロボシは一瞬目を瞑った後、彼女に向かって話を続ける。

「殿下、難時にいて国家を為政者が秩序良く纏めるには二つの方法があると私は考えます。 まず一つ目は多くの民に対して公正で慈愛のある政の姿勢を示す事、そしてもう一つは状況を弁えずに国の中を乱そうとする者を厳しい態度で処断する事です…国家と為政者の威を示すために」

「諸星君、確かに君の言う事はもっともだが実際に一條家や二條家を処分しようとすればそれなりの論拠や証拠が必要になる。 それも無しに無理をすればこちらが悪いという事になってしまうのだぞ?」

「はい総理、確かに証拠や論拠なしでこちらから手を上げればそうでしょう…しかし向こうの方から直接手を出して来たとしたらどうですか?」

「む…なるほど、だが上手くその状況を作れるのかね?」

「それについてはお任せ下さい、すでに鎧衣課長にお願いして準備の方は整っています。 問題は一條家が牙を剥き、それを制した時に起きるであろう混乱を最小限に抑えるための方法ですが…実は先生(彩峰中将)から『流山の御老人』を頼ってはどうかと言われたのですが」

モロボシのその言葉で再び広間の全員に緊張が走った。
 
 
「むうう…あの御老人か…確かに信の置ける方ではあるがのう…」

そう言って紅蓮醍三郎は唸り…

「確かに、かの御方なれば摂家ですら抑える事ができましょうが…」

斑鳩忠輝は複雑な表情で言い淀み…

「世俗から離れていた方を政の渦に巻き込むのは不本意ではあるが…致し方なしか…」

榊是親は顔を顰めながらそう零す。
 
 
そのまましばらくは誰も言葉を発せずにいたが、やがて悠陽が口を開く。

「彼の御方の手まで煩わせるのは本意ではありませぬが、これも国と民のためなれば致し方ありますまい…萩閣の進言に従いましょう」

悠陽のその言葉でその場の全員が平伏し今後の方針が決定されたが、まだモロボシの話には続きがあった。

「さて殿下、そして皆さん…実はもう一つ重要なお話があるのですが」

「なんでしょう諸星?」

悠陽と他の面々がこれ以外に重要な案件があるのかという顔でモロボシを見る。
 
 
 
「横浜基地にいる5人の少女たちの今後についてです」
 
 
 
その一言で全員が固まり、そしてそんな彼らにモロボシはあるプランを話始めるのであった。
 
 
 
 
 
 
 
 
…あ~~~疲れた。

殿下や皆さんに色々と説明したり怒られたり説得したり怒鳴られたりお願いしたりしたあげくに何度か月詠大尉に斬り殺されそうになったりしてもう…

「はっはっは、さすがに疲れたようだね諸星大尉」

…そう言うあなたは元気ですね、鎧衣課長。

帝都城の外に出て息抜きのための酒場を探して歩きながら、私は鎧衣課長にからかわれていた。

「…しかし今回の君の話には驚かされたがね、内容ではなく殿下に“あの件”を打ち明けた事が」

“あの件”とは横浜基地における御剣冥夜襲撃未遂事件の事だ。

我々はその件を殿下には教えていなかった(正式に国を動かす立場に立ったばかりの彼女の心を乱したくはなかったのだ)が、それをまさかあの場で殿下に打ち明けるとはだれも思わなかったのだろう…おかげで私は今度こそ真耶大尉と侍従長の2人に成敗されそうになったのだけど。

何故そんな事をしたのかって? もちろんそれには理由がある。
 
 
207Bの少女たちの今後に関して私は自分の中で検討して来たプランを説明するに際して何故このプランが必要なのかをその場の全員に理解してもらうためだった。

話を聞いた殿下は最初の内こそ表情を強張らせていたが、説明が続くに従って次第に理解を示して下さったようだ……自分に話してくれなかった理由とプランの有効性を。

そしてこの件に関してもいくつかの条件付きで私に任せて貰える事になったのだ。
 
 
「君のプランが上手く行けば確かに御剣嬢の立場も安泰となるかも知れんが…だがそれにはまず殿下の立場を確固たるものにする事と香月博士の協力が不可欠だな」

「ええ香月博士の方には既に話を通してありますし、後は彼女たちの努力次第でしょう」

そう、彼女たち207Bが総戦技演習をクリアしなければどの道意味がない話なのだが…まあ多分大丈夫だろう。 香月博士にその辺はお願いしておいたし、それ以外のフォローも手配しておいたしね…色々と♪

「何やら楽しそうだね、諸星課長?」

「いえいえそんな事は…それより鎧衣課長、実は本日の件とは別にあなたにお願いしたい事が幾つかありまして…」

「やれやれ、君も人使いが荒いねえ」

「あなた程ではありませんがね…まあこの先重要な意味を持ってくる案件だし、ゆっくり酒でも呑みながらお話しましょうか」

「ふむ、ではこの店でゆっくりと…私の贔屓の店でね、合成つくねの焼き加減がいいのだよ」
 
 
そう言って課長が案内してくれたのは小さな焼き鳥屋だった…ふむ中々香ばしいタレの香りがするじゃないか、それでは今夜はここでゆっくりと狸を相手に酒盛りと行きますか。
 
 
 
 
 
【5月11日 帝都郊外 一條家別宅】

座敷には二人の男が相対していた。

一人は一條家に旧くから仕える家老職の男であり、もう一人はさる好事家の紹介状を持ってこの屋敷を訊ねて来た骨董屋である。

その骨董屋は酷く草臥れたような顔をした醜男であったが、家老は男の顔など気にもとめてはいなかった。

その骨董屋が持って来た品物の方が家老の目を釘づけにさせていたからである。

「これは…私の目が狂っていなければ桃山以前に作られた国焼の天目茶碗…このような逸品が未だ世に出ずにあったとは…」

無銘の品物ながら茶人たちが涎を垂らして飛びつくであろう逸品を前に家老の声は震えがちであった。

「如何でしょうな、この天目茶碗は」

醜男の骨董屋のその言葉で我に返った家老は咳払いをして言った。

「いや、中々に見事な品物と見たが…確か珍品堂とか申したな、これほどの品物をどこで手に入れたのだ?」

「はい、実はつい2年程前に煌武院家のさる関係者の御方より買い取らせていただきました」

「なに!? 煌武院家!」

「はい、実はそのおりに私は煌武院家に秘蔵されている他の名物の幾つかも見る事が出来たのですが…」
 
 
 
…この骨董屋と一條家家老の密談から数日後、世田谷にある今は使われていない煌武院家の別宅に何者かが忍び込み蔵の中より幾つかの品物が盗まれるという事件が発生する。

だがこの事件は表沙汰にはならず、関係者一同の胸の内にしまわれる事となった。

同時にこの事件こそがその後に起きる重大事件の幕開けでもあったのである。
 
 
 
第47話に続く
 
 
 
 
 
 
【おまけ】

《あの~~、殿下~~?》

「……」

《…その~~~、黙っていてごめんなさい~~》

「…いいんです、どうせ私は無力な小娘ですから」

《あ~~ん、お願いだから機嫌を直して下さいい~~~》

「別に怒ってなどいません…拗ねているだけです」

《どうしよう~~~殿下が機嫌を直してくれないよお~~~》

「駒太郎だけは私に隠しごとなどしないと信じていましたのに…」

《済みません~~~、でも冥夜さんが狙われた事を話すとモロボシさんと真耶さんが怒るから言えなかったんです~~》

「そうですか…駒太郎は私の言葉よりもあの二人の言う事の方が大切なのですね?」

《そ、そんな事ないですう~~!! ボクは悠陽殿下の命令が第一に大切なんです~~!!》

「…本当ですか?」

《ホントですホントですホントですう~~~~!》

「……では、この悠陽のお願いを聞いてもらえますか?」

《はいい~~~~! もう何だって聞いちゃいます~~~~~!》

(…勝ちました)

《アレ? なんか嵌められたような?》
 
 
 
 
…この駒太郎の無責任な約束が後にモロボシ始め関係者一同をパニック寸前まで追い込むような騒動を引き起こすきっかけになるとはまだ誰も予想する事は出来なかった。






[21206] 第1部 土管帝国の野望 第47話「流山流離譚」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:501c65f8
Date: 2011/11/14 17:56

第47話 「流山流離譚」


【2001年5月12日 千葉県・流山市】

私の目の前にのどかな田舎の田園風景が広がっている。

…ついさっきまで都内だったのに、何時の間にこんなド田舎に来てしまったんだろう?

「まったく、向こうでもそうだったがこの世界でもやっぱり千葉に入った途端に田舎になるのは同じなんだなあ~」

(千葉県民の皆さん、どうかお気を悪くしないで下さい。 ちなみに作者の住居は流山など比べものにならない程の超ド田舎です…電車なんて存在すらしてません)

悠陽殿下や榊総理の承諾を得て、ここ流山に住むさる御老人を訪ねて来たのだが…あまりにのどかなこの風景に思わず自分の世界を思い出してしまっていた。

まあもっともBETA大戦さえなければこののどかな田園風景がこの時代の日本にとって当たり前の田舎の景色だった訳なのだが…

「さて…と、地図によればここから1km程歩いたところにある訳か…その『栄光庵』とやらが」

そう呟いて地図に従って歩き出そうとした時…

「おう、そこを行くのは諸星大尉じゃねえか! 奇遇だなおい!」

あれ? このヤクザみたいな声と言葉遣いはどこかで…おやおやこの人は…

「ああ、誰かと思ったら粳寅大尉じゃないですか」

「おう、覚えていてくれたかい? しばらくだったな諸星さんよ」

なんと相馬原基地でX2の試験運用をやっている筈の粳寅満太郎大尉じゃないですか…なんでこんな所にいるんだろう?

「ところで大尉、確かあなたは相馬原基地でX2と瑞鶴の試験運用をやっている筈ではありませんでしたか? 何故ここに?」

「おいおいそりゃあお互い様だろ、あんたこそアラスカにいる筈じゃなかったのかよ?」

「いえ実は色々とやらなければならない仕事がたまってしまったので一時帰国してそれをこなしている最中なのですが…」

「ふうん、それなのにここにいるって事は…ウチの御隠居に用でもあるのかい?」

「はい? ウチの御隠居と言いますと?」

「この先の『栄光庵』の主のこったよ」

おやおや…どうやらこれは面白い巡り合わせのようだな。

「確かに本日の私の仕事はその『栄光庵』の御主人を訪ねる事ですが…どうして大尉が?」

「なに、あの御隠居の護衛をしてるのがオレたち流山特務大隊だって事よ」

なるほど、御剣訓練兵に月詠中尉たちがついているようにここの御老人には彼らが護衛として付き添っている訳か…

「で? 今や殿下の懐刀にまで出世した男がウチの御隠居に何の用だい?」

おや? 何やら少しだけ剣呑な雰囲気を出してますなこの人…一体どうしたんだろう?

「いやあ~実は話の中身についてはご本人以外には言えない事でして…」

「ふうん、殿下の御用…って訳かい?」

「まあそんな所ですね」

私がそう言うと粳寅大尉は「そうか」とだけ言って私と一緒に歩き始めた。

ふむ、どうやら前途多難な雰囲気だな…
 
 
 
 
 
 
【流山・栄光庵】

「着いたぜ、ここが栄光庵だ」

粳寅大尉に連れられてやってきた場所には古い寺院を思わせる建物があった。

…いや違う、なんというかお寺や神社というよりは大きいけれども質素な武家屋敷のような感じの建物だな。

この屋敷(なのか?)の主に面会し、協力を取り付けるのが今回の私のお仕事なのだが、実は帝都城でその役を自分がやると言った時殿下や榊総理や紅蓮閣下はどこかほっとしたようなそれでいて申し訳なさそうな顔で私を見ていたのを思い出した。

先生から聞いた限りでもここの主がかなりの変人らしいのは分かっていたが…あの人達の反応から見てもかなり手強い相手かもしれない。

だがしかし、ここで怯んではいられないのだ! 何としてもここの主を説得して殿下の力になってもらう必要があ「もし、そこの若い衆」…おや?

ふと気がつけば目の前に一人の老人が竹箒を持って佇んでいた…何時の間に?

「…これは失礼、私の事でしょうか?」

そう尋ねると老人はにこにこと笑いながら私に言った。

「何やら考え事をしとるのを邪魔してすまんが……お前さん、犬のウンコ踏んどるぞ?
 
 
……足元を見ると確かにその老人の言う通り、私の靴は犬の糞を踏みつけていた。

この私とした事が何たる不覚…

思わず呆然としていると、横にいた粳寅大尉が吹き出すのを堪えながら言った。

「御隠居、こいつは斯衛軍の諸星って男で殿下の御用でアンタを訪ねて来たそうですぜ?」

…はい? 御隠居って…つまりはこの人が?

「ほお~そうかい、そりゃあ御苦労なことだの」

「…失礼ですが、あなたが九十九里様であられますか?」

「ああ、ワシが九十九里吾作じゃ。 それで諸星さんとやら、この田舎ジジイに何の用かの?」

「これは失礼しました、自分は斯衛軍大尉諸星段です。 煌武院殿下より九十九里様への書状を預って参りました」

慌てて挨拶と用件を伝える私の事を面白い見世物でも見物するような目で見ている九十九里老…こりゃかなりの難物かもしれないな。
 
 
 
 
 
 
 
 
「成程のう…殿下と一條家との間がそこまで悪うなっておったか…」

殿下からの書状を読み終えた九十九里老はそう言って溜息を洩らした。

この御老人にとって摂家と将軍家の反目はあまりにも複雑な感慨を持たせる出来事なのだろう。
 
 
九十九里吾作……かつての名前は九條紀綱という名であったそうだ。

九條家の次男と先々代の帝の第一皇女との間に出来た子供としてこの世に生を受けたが、それは当時の摂家や将軍家の力関係を狂わせる可能性を持った出来事だったらしい。

それを分かっていたのか二人の恋も他人に知られないようにひっそりと育まれたものであったが、皇女が身ごもってしまった事でそれが発覚し騒動になってしまった。

子供まで出来たのならば結婚させてやった方が…という意見もあったが、結局は政治的なバランスの崩壊を恐れた周囲の総意によって二人は引き裂かれ、生まれた子供は九條家に(表向き)養子として引き取られた…それが九條紀綱だ。

無論彼が皇室の血を受け継いでいる事は表向きは伏せられ、あくまで九條家の養子として育てられた。
 
 
…どこかの誰かと似たような境遇かも知れないな。
 
 
もっともこの紀綱サン、横浜基地にいる誰かさんと違って昔はかなりの…いや、とんでもないヤンチャ人間だったらしい。

若いころの彼の行状はと言えば…EX世界におけるタケルちゃんが真面目で品行方正な少年に見えるような代物だったようだ…先生や鎧衣課長から伝え聞いた話が本当なら。

なにせヤクザや政治思想家たちとさえ気が合えば友達付き合いするような人間だったのだから。

(この世界の、それも二昔前の摂家の若様が間違ってもする事じゃないよな…)

喧嘩沙汰や騒動を起こした事は一度や二度ではなかったらしいし、いっそ勘当してしまえという話まで出た事もあったようだ。

だがその反面、彼はとてつもなく人望があったらしい…身分ではなくその人柄に。

そのため政略や謀略の具となりかけた事も何度となくあったそうだが、彼はその都度誘いや仕掛けを跳ね除けて係わりを避け続けた。

そして彼の叔父であった九條家の当主が亡くなった後、彼を九條家当主に据えようという動きがあったらしいが彼はそれを断るためになんと出家してしまったのだそうだ。

そして『九十九里坊吾作』と名乗りこの流山に隠遁して今日まで世の表に出ず、寺子屋のような私塾を開いて若者の育成に励んで来たのだという。

聞けば先生(彩峰中将)も少年時代にこの人の教えを受けた事があるらしい。

そして世俗から離れてなお、この人の摂家や武家社会に対する影響力は大きい物があり、その力を借りる事が出来れば一條家や摂家の振る舞いを糺す事も出来るだろう。

問題はそれを引き受けて貰えるかどうかなのだが…
 
 
「それで? お主はこの儂にどうして欲しいと言うのかの? 殿下の書状にはお主の話を聞いて欲しいと書かれてあったが」

そう言って九十九里老人は私の方を見る…さて、なんと答えたものか。

「こんな田舎にも噂という物は聞こえるものでな。 お前さん将軍家の復権を画策しただけではなく、自分が為した国や民への奉仕や施しまで殿下の手柄にしておるそうだが…そうまでして何を望む?」

「望み…ですか? 私の?」

「ある日何処からともなく現れた男が国と民に滅私奉公をしてこれを助ける…御伽話としては面白かろうが、現実にあるとは思えんでな」

…ふむ、そりゃそうだ。

私がやっている事は結局のところ公務員としてこの世界への援助を行っているにすぎないし、帝国や殿下に肩入れしてるのだってとどのつまりは仕事をよりスムーズに行うためだしなあ…

「殿下がお主の話を聞いて欲しいというのならば聞こうが、儂としてはお主自身の存念を知っておきたいのじゃよ」

そう言った九十九里老人の顔は相変わらず飄々とした好々爺だが、その目の光は尋常の物とは思えないほど鋭かった。
 
 
どうもこれは私の方が試されているのかな…では腹芸抜きで話してみますか。
 
 
 
「そうですね、私の目的…と言っていいのでしょうか、それは自分の手でおとぎばなしを紡ぐ事にあると言っていいと思います」

「ほほう? また面白い事を言うの」

「御老人、一つ想像してみてはもらえませんか? もしあなたが子供の頃に絵本の中で読んだ御伽の国を訪れたとします。 そしてその御伽の国は物語の中に出て来る魔物たちによって今まさに滅ぼされようとしているとしたら…そして更に自分の手の中に御伽の国や国民を助ける事が出来るかもしれない幾つかの手段があったとしたら…あなたはどうしますか?」
 
 
「……何もせん、という事はないじゃろうな」

僅かな沈黙の後で九十九里老人はそう呟いた。

この老人に対して自分の『使命』を説明するか個人的な『本音』を打ち明けるか、どちらがいいだろうと思ったがここは私自身の事を聞かれているのだと感じた私は『本音』の方を打ち明けていた。
 
 
「私個人の目的は今申し上げた事が全てです…他に幾つかの建前もありますが、そちらは一応機密扱いですので」

「ふむ成程の…それがお主の本音とな」

「はい」

「ではお主、この国を自分の意志で変えようと考えておる訳ではないのかの?」

「はい?」

突然予想もしなかった言葉に私は一瞬思考停止してしまった……何の話だ?

「あの~、それはどういう意味でしょうか?」

おそるおそる尋ねた私に向かって目の前の好々爺は笑顔のままでこう言った。

「いやなに、殿下からの書状にはお主の事を榊総理と差し向かいで国の将来について語り合う程の憂国の士だと書いてあったのでな」
 
 
………殿下ああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!
 
 
「…ええとそれはですな偶々総理とお話していた時にそういう話の流れになっただけでして自分は決してそのような大層な男ではありませんのですよはいそもそもこの私ごときが煌武院殿下や榊総理に対して国の将来像を述べるなどという大それたことは考えた事すらない訳でしてつまりその殿下の仰る事は単なる褒め殺げふん!いや過大評価や社交辞令の類に過ぎんわけでして…」

自分でも何を言っているのかよく分からない言い訳をしているが、しかしそれも仕方ないじゃないか!?  憂国の士? 一体いつから私の名前は『サギリ・ナオヤ』とかに改名されたのだと言いたくなるような話ではないか。
 
 
…殿下のお茶目な冗談にも限度がある、後で抗議しておこう。
 
 
「ふうん、するとお主はただこの国を危難から救えれば後の事はどうでもいいと言うのかの?」

だがそんな私の内心に気付いているのかいないのか、九十九里老人はそう言ってきた。

「九十九里様、すでにお気づきのように私は本来この帝国の人間ではありません。 その私が帝国の将来についてあれこれと言うのは僭越と言うよりも筋違いなのだと考えます」
 
 
そう、私が榊総理らに帝国の再建に関して協力を求められた時に返事を渋った本当の理由はここにあるのだ。
 
 
我々の世界において“おとぎばなし”の研究をしている人間たちの中にはこのオルタ世界の日本帝国や合衆国を一方的に傲慢だの愚劣だのと決めてかかる輩が多い。

特に日本帝国に関してはその政治形態故かもしれないが存在そのものが無意味とか将軍制がそもそも必要ないだとか全否定的な意見が展開される場合さえある。

……だが本当にそう言い切れるものだろうか?

そもそも国の政治形態と言うのは単にイデオロギーやシステム論だけで割り切れる物では決してない。

一つの国家の政治形態はおおよそ殆んどの場合その国の歴史的背景によって成立し運営されているものなのだ。

仮にその国の歴史的背景や国民の心情や常識を無視した政治体制を無理矢理押し付けたところでそれが上手く機能するとは限らないのだ。

例えばこの世界の日本人に米国のような大統領制やソ連のような完全な軍や官僚による支配国家体制を強制したとして、それが上手く働くだろうか?

“おとぎばなし”の研究家たちの中にはその方が結果的にBETA大戦を有利に進める事も出来た筈だと考える人間もいるが、それは机上の空論という物だ。

どんな国家体制も結局は国民がそれを信頼しなければ有効に機能する事は出来ないし、それどころかその国の国民性を無視したシステムは早晩崩壊をきたすのがオチなのだ(たとえそれが軍事独裁国家であったとしても、それが存続しているとすればそれはある程度の国民からの支持を得ているかさもなくばその手法がその国の国民にとって受け入れやすい背景があるからだろう)
 
 
私の支援者たちの中にも帝国の内政に関与して政治形態の変革を促すべきだという意見を述べる者も何人かいる……もっともその内容は将軍制の強化であったり、逆に政威大将軍制度を廃止した民主制の確立だったりとバラバラなのだが…

だがしかし、そんな事を外の世界の人間である我々の価値観で決めるべきでは決してない。

この世界の日本にはこの世界特有の歴史があり伝統もある(当然そこにいる人々の意識や常識も我々の世界とは違った物があるのだ)

それを無視して「こちら側」の常識や理屈で推しはかりどうこうしようと言うのは只の傲慢でしかない。

私が一條家や摂家を陥れようとしている事も本来なら決してすべき事ではないのだが……
 
 
 
「それで、お前さんは何をしようと言うのかね?」

…おっと、つい考えごとに夢中になってしまったか。

「九十九里様、私はそう遠くない時期に殿下と摂家の一部とが衝突せざるを得なくなると考えています。 あなた様にお願いしたいのはその衝突が国を割るような騒ぎにならないように摂家の方々を抑えて頂く事なのです」

「ほう、抑えるだけで良いのか?」

「はい、殿下は別段一條家や他の摂家を潰したいと考えている訳ではありません。 ただ今のこの時期に国を割りかねないような動きをする者には厳罰を持って臨むしかないというのが我々の一致した考えなのです」

「成程な、それで一條家が万一事を起こした場合はその責任を問い、他の摂家をこの儂が説得して抑える事で事態を鎮静化しようという訳か」

「はい、今は佐渡島奪還に向けた重要な時期でもあります。 だからこそ不安の芽は摘み取るべきですが、同時に国の中を混乱に落とす事にならないように九十九里様の力をお借りしたいのです」

私がそう述べると今度は九十九里老人の方が目を瞑ってしばらく考え込んだ…
 
 
…あんまり黙っていると隣の座敷で息を殺して話を見守ってる人達がしびれを切らすんじゃないかな?

この部屋の中には私と御老人の二人だけだが、その四方の部屋には少なくとも合計10人以上が控えて我々の話を聞いている…もし何かあればその全員がこの部屋に乗り込んで私の事をメッタ斬りにしそうな雰囲気だ(怖いよお~~~~~)

どうやらこの御老人の周囲を固める人たちは私がこの人を将軍家と摂家の争いに担ぎ出そうとするのが気に入らないらしい…ここに来るまでの粳寅大尉の言葉からもそれが感じられたしね。

そんな彼らがこの私に好意を抱くなどありえないのだろうが…素人にも感じられる程の殺気を障子越しに送って来るのは止めて欲しい(イヤホントに)
 
 
やがて九十九里老は瞑っていた目を開き、私の方を見て言った。

「いいじゃろう、お前さんの話に乗ろう」

…何とかなったか、いや良かった良かった。

ほっとした私であったが、実はこれで終わりではなかった…続いてこの老人はトンデモナイ事を言い出したのだ。
 
 
「それではさっそく宴会の支度をせねばな」
 
 
……はい? 宴会?

「当然じゃろうが? せっかく帝都城から来てくれた客人を用だけ聞いてそのまま追い返すなど出来る訳がなかろう?」

いや別にそんな事に気をつかってもらう必要は…

「それに儂はお前さん個人の本音とやらに興味が湧いての、酒でも酌み交わしながらじっくりと話を聞きたいんじゃよ」

いえですから私は謎のセールスマンでしてその正体を明かす訳には…

「おおそれと確かお前さんまだ独身だそうだが、どうじゃの? 儂がいい女子を紹介してやろうかの?」

お気持ちは大変ありがたいのですが自分は仕事が忙しくてとても結婚などしている余裕は…

「それとな、殿下からの文にはお主がとても珍しい宴会芸を見せてくれる筈だと書いてあったんじゃよ」

…殿下、私何か悪い事でもしましたか?

途方に暮れる私の傍らにいつの間にか粳寅大尉が現れて肩を叩いた。

「諦めろ…ウチの御隠居がこう言い出したらもう誰も止められんしな」

…いや誰か止めろよ。
 
 
 
その夜、御老人の門下生や斯衛の護衛や何故か近所の住民たちまで集めて行われた宴会で私は、とっておきの芸の幾つか(キングアラジン、東村山音頭、BB、マイコー、etc…)を披露する事となった。

(何故か自分の傍らでジョン・Bを演じている九十九里老人がいたような気がするが…酔いのせいで記憶が混濁してるんだな多分)
 
 
 
第48話に続く
 
 
 
 
 
 
【おまけ・帝都城との秘密の通信記録】

「殿下、御冗談はほどほどにしておいて下さいませんか?」

『まあ、何の事でしょう?』

「誰が『憂国の士』なんですか誰が?」

「ほほほ、もちろんそなたの事ですよ諸星? 妹の危機も知らずにのうのうと将軍の座に座っているこの悠陽の分まで色々と手を尽くしてくれているそなたを憂国の士と呼ばずしてなんと呼びましょう」

…え~と、つまりアノ件で怒ってる訳か(マズかったかな?)

「え~とですね殿下、その件に関しましては『何でしょう?』…いえ、何でもありません」

…これはいかん、思った以上に殿下の機嫌を損ねてしまったかな?

『ああいけません、真耶さんたちがこちらに来るようですので話はここまででいずれまた…』

「殿下? ちよっと待って下さい! 殿下!?」

《モロボシさ~ん、殿下はもういません~~》

「参ったなあ…横浜の件で殿下がそこまで怒っているとは」

《はい~~ボクも機嫌を直してもらうのに苦労しましたから~~~》

「どうやって機嫌を直してもらえたんだい? 君の場合は」

《え~と、お願いを何でも聞くって約束しちゃいました~~~》

(大丈夫なのかそれは? まあ下手に口を出してまた機嫌を損ねられたら困るし放っておくか)
 
 
 
 
後に私は知る事になる……全然大丈夫ではないし放っておくべきでもなかったという事を。









[21206] 第1部 土管帝国の野望 第48話「ヘタレが望む永遠?(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:501c65f8
Date: 2011/11/29 21:20

第48話 「ヘタレが望む永遠?(前)」


【2001年5月14日 0:30PM 帝国軍 相馬原基地・PX】

「あの、ここ御一緒してもいいですか利府陣中尉?」

「丁度空いてるみたいだしね~、いいわよね中尉?」

大咲大尉と共に食事を取っていた利府陣徹中尉こと鳴海孝之にそう言ったのは国連軍横浜基地から派遣されて来たA-01連隊の涼宮遥中尉と速瀬水月中尉であった。

「ああ、どうぞ涼宮中尉、速瀬中尉」

彼女たちが着任した当初は正体がバレないかと内心ビクビクしていた孝之であったが、取りあえずその様子もないのでもしかしたらこのままの状態が続いた方がいいかも…などと相変わらずのヘタレ思考に陥っていたりした。
 
 
「ふふふ…相変わらず横浜の美女たちにモテモテだな利府陣中尉は」

そう言って孝之をからかったのは本土防衛軍第5師団から派遣されて来た大咲美帆大尉である。

2月の相馬原基地防衛戦で孝之に命を救われて以来、なにかと悪目立ちしがちな孝之の相談相手として面倒を見て来た彼女だった(同時に孝之の周囲に女性の姿が絶えない事をからかいの種にするのも忘れはしなかったが)

「あれ~? もしかして心配してますか大咲大尉~~、そこの彼氏を遥や御名瀬に取られるんじゃないかって~~?」

「み!水月!何言ってるの!? 第一大咲大尉に失礼でしょ!」

(まったくこいつは~~)

水月の遠慮や思慮が無さ過ぎる発言に遥は慌てふためき孝之は無言のまま心の中で頭を抱えていたが、言われた当人である大咲大尉は平然として言い返すのであった。

「ほほう…確か速瀬中尉だったな、聞けば横浜の女狐どのの配下にはウチの愚妹の他にももう一人BETA以上に凶暴な衛士がいると聞いていたが、もしかして貴様がそうか?」

((はい、その通りです大尉))

心の中で異口同音に言う孝之と遥、それに対して水月はと言えば口を開いて罵声を上げたいが相手が他の軍の大尉どのだという事を今更のように思い出して何も言えず開いた口をパクパクさせていた。
 
 
「ところで利府陣中尉、貴様の方の雇い主はこちらに顔を出さんのか? 確か一時的に帰国していると噂で聞いたが」

「ええ、でもあの人とんでもなく忙しいらしくてこの基地に来る暇すらないかもしれないですよ?」

「ほうそうか…少々話がしたかったのだがな」

「話ですか? もし伝言でも良ければ聞いておきますが?」

「いや、別にそこまでする必要もないだろう…大した用件でもないしな」

切り出しかけた用件を途中で思い返したように引っ込めた大咲大尉であったが、そこにまた遠慮と慎みを忘れた声が割りこんだ。

「あれ大尉? もしかしてそこの利府陣中尉との縁組とか仲人の依頼とか…」

「水月!もう…すみません大咲大尉、この子悪気はないんですけど」

「いや別に構わん、しかしその手の心配なら私よりもむしろ貴様らと同じ部隊にいるあのバカ妹の方にしてもらいたいところだがな…」

(((すみません大尉、残念ながらそっちは今更手の施しようも…)))

大咲大尉の言葉に今度は孝之、遥、水月の三人共が心のなかで声を揃えてそう言った。

「くくく…まあいいさ、それより件の忙しい諸星大尉だが…また面白い事を始めたようだな?」

「え?」

「知らんのか? 今テレビでやっている連続ドラマと子供向け番組の事だよ」

「ああ…そう言えば諸星さんテレビ局に番組を売り込む予定だとか言ってましたね」

「え、それってもしかしてあの『月の境界』の事?」

「あの、ひょっとしてその子供番組って『ポテモン』のことですか?」

水月と遥が口にしたその二つの番組はモロボシが帝国放送協会に売り込んだドラマとアニメであった。

製作は完全に諸星側で行う事が条件だったので、放送局やアニメの卸先となった帝国動画も人件費その他のコストがかからずに新番組が2本も確保出来ると大喜びであった(おまけにモロボシ側に支払うギャラも破格の安値だったのだ)

そして放送開始と同時にこの斬新な二つの番組はそれぞれ大人と子供の心を掴み、一躍人気番組の筆頭に躍り出たのである。

(ちなみに水月は『月の境界』の、そして遥は『ポテモン』の大ファンであった)

「いいんだよね~あのドラマ…あのヘタレな主人公を一途に思う翡翠ってメイドの姿に心を打たれるわ~~」

「あのアニメもいいよ~~、あの『ピカモグ』が可愛いんだよ~~」

「へえ…諸星さんの作った番組ってそんなに人気があるのか」

「ああ、特に朝と昼のドラマになってる『月の境界』は視聴率トップの人気番組だぞ」

(あの人本当に色々とやってるんだな。 でもこんなにたくさんの仕事とか抱えて本当に全部こなせるのかな?)

「あ…噂をすれば始まったよ『月の境界』が」

「あ、ホントだ~今日はどんな展開かな~~」

そんな水月の様子を苦笑しながら見ていた孝之であったが、ふと周囲を見れば大咲大尉やPXにいる多くの兵士たちも始まった番組に釘付けになっている事に気付いた。

(おいおい…この入れ込みようだと放送中にBETAが来たら大変な事になるんじゃないか?)

もし今この番組の最中にBETAが押し寄せて来たらまず間違いなく腹いせに異星起源種の群れへ突貫をかける衛士が出るだろうと思わせるほどののめり込みようであった(もちろん突貫の先頭に立つのは水月に違いないと孝之は思っていた)
 
 
こうしてモロボシの提供した娯楽番組は帝国の国民や軍人たちの間にブームを巻き起こして行くのであった。

余談ではあるがこの番組に対する某横浜基地副司令の感想は『自称吸血鬼や化け物が出てくる不条理なドラマや発光する齧歯類のどこがいいのかしら?』という物であったそうな…
 
 
 
 
 
 
【?????????】

『そんで? 一体何時までイーニァをあのロクデナシ共の手元に置いとくつもりや?』

「あのねスミヨシ君、私は一応公務員なんだよ? 何の大義名分もなしに年端もいかない少女を金で買い取ったり攫ったり出来る訳がないだろう?」
 
 
…こんにちは皆さんモロボシです。 今私は並行世界の友人兼協力者であるスミヨシ・ダイキチ君と通信中だったりします。

今後の仕事に必要な技術や情報に関して彼にアドバイスをお願いしていたのですが、かねてからの懸案事項でもある『イーニァ(+クリスカ)救出作戦』(?)が一向に進展しない事に業を煮やした彼が私を詰問し始めたのですよ。
 
 
『あのロクデナシ共がやっとるП3計画があの二人にとってどんだけ危険な代物なんかまさか分かってないとか言わんわな?』

「いや、もちろんそれは分かってるけどさ…」

『このままやとあの二人は確実にあのサンダークによってエヴァンスクハイヴに放り込まれるんやで? それも凄乃皇もなしに…や』

「………」

『オンドレまさかそれを黙って見逃すつもりやないやろうな?』

…どうしろと言うんだよこの私に?

もちろん私だってあの二人をそんなバッドエンド確定路線に放り込みたくはない。

だが現状の私にはそれをどうこうするだけの手段はないのが正直なところなのだ…まあ鎧衣課長にもお願いして色々と準備とかはしてるけど、そもそもあの二人に『君たちを自由にしてあげる』と言ったとしても余計な御世話だと言われるのがオチだろう(たとえそれが洗脳的な教育の結果だとしても彼女たちは自らの意志で祖国ソビエト連邦に忠誠を誓っているのだから…)

もっともスミヨシ君はそれを承知の上でどうにかしろとこの私に言ってくれるのだが…無茶言うよなまったく。

「プランはある。 ただし時間がかかるし、それになにより費用がかかるんだ…それをどうにかしない事にはどうしようもないね」

『心配せんでもそっちはワシらがなんとかするさかい、さっさとそのプランとかを説明せいや』

本気かよこの男? まあいいか、別に私の金じゃないんだから…

「つまりだね、かくかくしかじかさのよいよい…とまあこんな予定を組んでるんだが?」

『…ええやろ、けどそれやとカムチャツカへの遠征を回避する事は出来んやろ? あそこで起きる無駄な犠牲をどうにかするつもりやなかったんか?』

「そっちは猪川少佐に仕込みをお願いしておいた。 どの道カムチャツカが落ちれば大事になるし、米国側の思惑に関しては大統領と話をしてからだろうね」

『ソ連の方は仕掛けをせえへんのかい? セラウィクにおる偉いさん連中に取引でも持ちかけて腹ン中を探ってみたらええやんか』

「そう体がいくつもある訳じゃないからね、それにセラウィクの連中の思惑に関しては…米国以上にややこしい事になってるだろうしね、交渉自体は専門家に任せるつもりなんだよ」

『それをオノレは高みの見物かい?』

「いや、どちらかと言えば火付けや火事場泥棒をする役かもね」

『…まあイーニァたちさえ無事やったらあのクズ共がどうなろうと知った事やないけどな』

「過激な事を言うねえ君も…さて、それじゃそろそろ私はあのヘタレ君の見舞いに行かなきゃならないんで今日はこの辺で失礼するよ」

『わかっとると思うけど一応念を押しとくで? もしもイーニァたちを助けなんだらそっちに入る援助の額が大幅に減る事になるっちゅう事を忘れなや?』

「……ああ良く分かってるよ、それじゃ」
 
 
 
…まったく、言うは易し行うは難しとは良く言ったものだ。

スミヨシ君や支援者の皆さんに援助を切られないためにはあの二人を『助けなければならない』が、それを一体どうすれば達成出来るのか…

彼らの要求はとても単純なものだ。 要するに桜花作戦後まであの二人を生き延びさせてついでにソ連軍の『道具』としての役割から解放し、普通の少女として幸せに生きていけるようにしろという訳だ。

だが実際にそれをやる(やらされる)私の方はトンデモない苦労とリスクを負わなければならないし、仮に上手くいったとしてもそれが彼女たち自身を本当に幸せに……いやよそう、今はまだ考えても仕方がない事だ。

そうでなくてもお仕事は次々と押し寄せてくるから時間を無駄にしてる暇はない。

さて、それでは相馬原基地の進捗状況を見てきますか…ついでにヘタレ君の様子もね♪
 
 
 
 
 
 
【5月14日 2:30PM 帝国軍 相馬原基地・戦術機ハンガー】

「おう、諸星大尉じゃねえか! しばらくだったな!」

「はい、お久しぶりです大田少佐」

この相馬原基地で行われているXOSと次世代試作機の試験運用…その統括指揮を取っている帝国軍技術廠の大田和夫少佐は、突然の来客者を見て笑顔を浮かべた。

「丁度良かった、今日はこっちに来てる人間が多くてな……おおいお前ら!諸星大尉がお見えだぞ!!

そう大田が大声で叫ぶとハンガーのあちこちから返事が返って来た。

「お~諸星大尉、しばらくだったな」「いやどうもお久しぶりで、アラスカの方はどうですか?」

「富永大尉、高木中尉、どうもお久しぶりです。 おかげ様でアラスカの方はなんとか順調に軌道に乗りました」

「お初にお目に掛かります諸星大尉、自分は帝国軍技術廠所属の山中中尉であります」

「オレ…あ、いや自分は佐々木元中尉であります!」

「はじめまして、自分が諸星です……とまあ堅苦しい挨拶はこれくらいにしまして、皆さんにこれを持参したのですが…」

そう言ってモロボシが見せたのはアラスカ産サーモンの塩漬けであった。

「これを夜食の肴にでもして下さい、いつも無理な仕事をお願いしていますから」

「ほお~~アラスカ産の塩鮭かい」

「ははは…残念ながら国産の和鮭はアラスカでは手に入りませんから」

「なあ~に、モノさえ良けりゃアメリカ産も国産もねえよ。 ありがとうよ諸星大尉、今夜にでもここの連中に振る舞ってやろう」

「人の数も多いですからね、どうです? 米と葱もありますので鮭飯なんてのもいいんじゃないですか?」

「酒にも合うし…たまらねえなあ~~~おい」

「おいおいガッちゃん(佐々木中尉の愛称)よ、今から涎を垂らすんじゃねえぞ?」

「わあってますよ少佐殿、今夜の仕事が終わってからのお楽しみって事で♪」

「ま、連日連夜残業続きですからな、この程度は大目に見てもらってもバチはあたらんでしょう」

「ところで…」

今夜の酒盛りに思いを馳せ始めた面々を引き戻すかのような声がした。

「うん、どうしたヤマ? オメエも今夜は付き合いたいか?」

そう尋ねた大田の言葉に小さく首を振ってから山中中尉はモロボシと向き合った。

「大尉が本日この基地に来られたのには何か特別な理由があるのでしょうか? 噂ではかなりお忙しいと聞いておりましたので…」

「ええ、ここの進捗状況を一応自分の目で確かめたいのと後は利府陣君の様子を見ておこうと思いまして」

「あの仮面小僧なら仕事と女に囲まれて毎日大忙しですぜ(笑) どうやら横浜の女狐はかなりあの坊やにご執心のようですが…大尉殿はどうなさるおつもりで?」

顔はにやけていながらも鋭い視線でモロボシを見ながら佐々木はそう言った。

無頼のような口調の佐々木だが、本来は情に厚く人一倍涙脆い男である。

自分が仕事の上で何かと面倒を見ている利府陣(孝之)が横浜への供物となるかも知れないと知って心中穏やかではいられないのであった。

「…詳しくは話せませんが利府陣君は横浜とは色々と縁のある男でしてね、いずれ向こうでやってもらわなくてはいけない仕事があるのでよ。 ですがここの仕事も重要ですから香月博士にはもう少し待って欲しいと言ってあるのですがねえ…」

「…人手が欲しいのはどこも同じだがな、少しでも速くそれを手に入れるために配下の娘っ子たちを使って美人局まがいの真似とは流石は“女狐”と呼ばれるだけの事はあるな」

大田がそう言うとモロボシも苦笑しながら頷いた。

「甲21号攻略の期限が迫っていますからね、それまでに出来る事は可能な限りやっておきたいのでしょうあの人も…ですがそれはここも、そしてアラスカも同じ事ですからね」

「おうよ! そうそうあっち(横浜)の都合ばっかり聞いてられるかってんだ!」

「おいおいガッちゃんよ、そう喚くなって」

「まったく…人手が足りんという事だけはどうにもならん問題ですな」

「私もアラスカの仕事のために多くの人材を割いてもらっている立場ですからそのお言葉は少々胸に突き刺さりますなあ……ところで話は変わりますがここの新型試作機の試験運用の方はどんな具合でしょう?」

そのモロボシの言葉を聞いた大田以下の全員が不敵な笑みを漏らした。

「心配は無用だぜ諸星大尉、魁は無論のこと吹雪・改も順調に仕上がってるしそれについ昨日の事だが例の“撃流”をベースにした次世代型激震の量産型試作機が搬入されたばかりでな」

「この新型の機体には例の弐型開発の条件として向こうから提供されたOBLとお前さん御自慢のX2が搭載されてるんだ。 ハッキリ言ってこいつはもう第1世代機の改修機なんてもんじゃない、激震の皮を被った立派な第3世代機だぜ」

大田や佐々木の自慢げな言葉に嬉しそうに頷くモロボシであったが、そこに富永大尉が口を挟む。

「しかし諸星大尉よ、お前さんがX1の開発を続行させた本当の理由がようやく分かってきたぜ」

そう言って富永はニヤリと笑った。

「と、言いますと?」

にこにこ顔のままモロボシがそう訊ねると今度は高木が笑いながら答えた。

「機体のフレームですよ、アレの寿命を考慮したんでしょ?」

「…気付きましたか、さすがですねお二人とも」
 
 
 
富永の言うX1開発の真の理由…それは高木の言葉の通り機体のフレーム(本体)の耐久性にあった。

XOSの搭載によって戦術機の運動能力は素晴しい進歩を遂げる事になったが、それは同時に機体の部品や機体自身に多くの負担をかけるものでもあった。

関節に使われているカーボニック・アクチュエーター等であれば部品交換で済むが、これが本体のフレームとなると話と値段が違ってくる(もちろん炭素繊維系の部品もお高いモノではあるが)

機体のフレームが限界を迎えれば、それはその機体自体が寿命を迎えるという事でもある。

XOSの性能をフルに引き出した結果、機体の寿命が半分以下に減るであろう事に気付いた高木と富永はX1とそれを搭載した戦術機の機動性と耐久性のベストマッチを探るために日夜試行錯誤を繰り返して来たのであった。
 
 
「横浜の新技術を使ったX2は魁や吹雪・改や新型の激震のようにアンタが提供してくれた機体構造材を使ったフレームじゃなければ機体の寿命が短くなる。 だがX1はX2程には機体に負担をかける事はない…それでアンタは従来の機体に搭載されるOSはX1の方が適していると考えた訳だろう? どの道X1の方がコストも安上がりになるしな」

富永のその言葉にモロボシは頷いた。

「ええ、それによってアラスカのデータと合わせてXOSのより良い使用法と性能の向上が見込めますし、OSの輸出にもいい影響が見込めますしね」

X1の輸出に関してはすでにアラスカでの試験運用に参加している各国の政府から一刻も早く売って欲しいとのオファーが帝国政府に寄せられていた。

そしてこれまで表向きは無関心を装って来た米ソ二大国の内、合衆国海軍の重鎮でもあるベイツ将軍がXOS計画に好意的な評価を下した事が知られると、さらにその勢いは増したのである。

無論帝国政府としても自国に多大な利益をもたらしてくれる商談でもあるのでそれらの要求に前向きに話を進め、帝国軍もX1の提供を(一部の声の大きい人間を除けば)自国の技術力の誇示と利益に繋がる話であると肯定的に受け止めていた。
 
 
「まあX1の普及に関しては皆さんのお力もあって成功への道は開けたと言っても過言ではないと思いますし、むしろこれからはX2とその搭載機の方が難問が待ち構えているでしょうね…いろんな意味で」

モロボシの言葉を聞いた大田以下の全員が何とも言い難い苦笑を浮かべた。

「まったくなあ、お偉いさんたちの意地の張り合いの結果とはいえまさかアラスカの弐型と魁を競い合わせるような事になるとはなあ…」

「まあオレたちにしてみれば魁を仕上げる事が出来るのは有難い話ではありますがねえ…」

「ですがこのまま弐型開発推進派と魁採用派の対立が続けば実際に両機を比べ合おうなどという事にまでなりかねませんが…大尉はどう思われるのですか?」

「…別にかまいませんが?」

「は?」「おい…」「なあ?」「ふうん?」「ほお? くくく…構わんのか?」

モロボシのあまりにもあっさりとした返事にその場にいた全員が驚くが、続けて彼が言った言葉に度肝を抜かれた。
 
 
「どの道、弐型も魁もいずれあの世界最強の戦術機F-22“ラプター”と戦う運命にあるのですからね」
 
「!!!!!」



モロボシが言った言葉は数ヵ月後に現実となる。

だが今この場にいる人間たちにとってそれは青天の霹靂に他ならなかった。
 
 
 
第49話に続く
 
 
 
 
【おまけ】

「ううっ…!」

「? どうかしたか利府陣中尉?」

「いや…どこからか見られてるような気がして」

「…なんだ、今頃気付いたのか?」

「は?」

「横浜から来た涼宮中尉だろう、貴様の事を随分と気にかけていたようだぞ? それも何だか十年来追い求めた仇でも見るような目だったがな? 何か心当たりでもあるか?」

「え゛? いやいやいや!!そんな覚えは全く全然ありません!!」

「…その反応からしてすでに怪しいがな。 あまり女の眼力を見くびらない事だ、過去の貴様を知っている人間がいればそんな仮面は大した役には立たんと思うぞ?」

「ははは…」(どうしよう…まさか、まさか遥の奴……)
 
 
 
 



[21206] 第1部 土管帝国の野望 第49話「ヘタレが望む永遠?(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:501c65f8
Date: 2011/12/25 23:23
第49話 「ヘタレが望む永遠?(後)」


【2001年5月14日 5:30PM 帝国軍 相馬原基地】

「諸星大尉!」

廊下を歩いていると突然私に声をかけて来る者がいた…おやおや、この人だったか。

「大咲大尉、どうも御無沙汰しています」

「こちらこそ…今日はこの基地での新型OS教導計画の視察ですか? それとも利府陣中尉の方に用事でも?」

「まあその両方なんですがね、そう言えばその利府陣君はどこに?」

「利府陣中尉なら今の時間はXOSの教導官たちとのブリーフィングの最中でしょう。 何といっても彼が最初のX1の開発衛士なのですからその経験から来る意見は貴重です」

「ふむ、やはりこの基地で彼がやるべき事はまだたくさんある…という事ですか」

私がそう呟くと彼女は少しだけ眉をひそめて聞いて来た。

「諸星大尉は彼を横浜に行かせるつもりなのですか?」

…心配なのかな? 鳴海君のことが。

「ええ、彼にはあそこでやってもらいたい仕事がありましてね。 もっともだからと言って香月博士のモルモットにされるのは御免ですから条件を煮詰めた後の話になりますが」

「…そうですか」

……罪な男だね、彼も。

流石は恋愛原子核と言うべきなのだろうが、こうも周囲の女性陣から心配される所を見ると彼女いない歴ン年の私としては少々僻みたくなって…げふん! イヤナンデモアリマセン。

「それはそうと諸星大尉、実はあなたにお願いしたい用件があったのですが…聞くだけでも聞いて頂けないでしょうか?」

…おや?

「用件ですか、この私に?」

「はい…聞いて頂けますか?」

さてさて、一体彼女がこの私に何の用事があると言うのだろう? どうも表情からするとあまり楽しい用件ではなさそうだが?

「わかりました、とにかくどんなお話か伺いましょう」

「ありがとうございます、大尉」

そう言って彼女は頭を下げてきた…いやどうもこれはただの用件ではなさそうな気がするぞ?
 
 
 
 
 
 
 
院辺卿一郎? もしかしてあの内務省の院辺次官の事ですか?」

「…そうです」

大咲大尉のお願いとは自分の知人と会って話をして欲しいと言う物であった。

そしてその名前が 『院辺卿一郎』 つまりは現内務次官……実質この日本帝国の行政システムの中枢を支配する人物だ。

……また随分と大物が出て来たものだ。

まあ霞が関周辺のお偉方が私の事を煙たがっているのは理解出来る。

突然どこからともなく現れ帝国軍と政威大将軍殿下に取り入って彼女の復権と本土防衛軍の掣肘を演出し、更には自分たちが手を焼いていた難民への援助まで促進した男…有難迷惑もここに極まれりといった所だろうな、彼らにしてみれば。

そもそも官僚の存在意義とは国家というシステムを法に則ってバランス良く維持管理し、そのための権限を必要に応じて行使する事にあるといえる。

だからこそ自分たちが管理している国家というシステムを他の人間(それも私のような謎のセールスマン)が好き勝手にいじくり回し、内部のバランスを変更した事は到底看過できない筈だ。

いずれは誰かが何らかの形で私の前に出て来るだろうとは思っていたが…まさか内務次官様が直々にお出ましとはね。
 
 
「…私も随分と出世した物ですな、まさか内務次官殿からお声がかかるような身分になっていたとは」

(何を今更…)

大咲大尉が言葉に出さずにそう呟いたような気がするが…まあいいか。

「わかりました、今日明日というのでなければそちらの都合のいい時に伺わせていただきますとお伝え下さい」

「…感謝します、大尉」

大咲大尉が心底済まなそうな顔をしてそう言った…どうやらこの人にも色々と人に言えない事情があるのだろう。

まあどの道霞が関のお偉いさんとは最低限の付き合いだけはしなくては今後に差支えるし、それが内務省の実質的なトップとあればむしろ有難い。

…せいぜいこの機を利用させてもらうとしよう。
 
 
 
 
 
【5:30PM 相馬原基地・PX】

「実は…遥に気付かれたかもしれないんです」

再会した鳴海(ヘタレ)君が言った言葉がこれだった………なんですと?

「…根拠はあるのかね?」

そう尋ねる私の声まで震えがちだが…笑わないで欲しい、なんと言ってもアノ『涼宮遥』にバレたかも知れないのだから。
(もちろんそれが事実であった場合、彼女に生存を知らせなかった事に対する恨みの暗黒波動は鳴海君に向けられるであろうが、当然この私にも余波やとばっちりは来る訳で…)

「それが…どうも最近誰かに遠くから睨まれているような気がしてならなかったんですが、それがどうも遥らしくて…」

どこか怯えた様子で鳴海君がそう話すが、成る程確かにそれはバレてる可能性が高いよなあ~

元々彼女たちがここに来るよう仕向けたのは私だし、近い将来彼女たちに鳴海君の正体を明かすつもりではあったが…愛の力は偉大というか、女の勘は恐ろしいと言うべきか…もう気付くとはね。

「…どうしましょう諸星さん?」

モテればモテる程ヘタレる男がそう言ってくるが…このクソ忙しくて彼女を作る暇もない私によくもそんな相談を…いっそコイツの仮面を外して横浜基地に送りつけてやろうか?

そうすれば某博士や某看護兵やついでに某訓練兵までもがよってたかってこのヘタレ男を……いやよそう、さすがにそれは可哀想だ。
 
 
「一つ確認しておきたいんだがね、君は横浜に帰る覚悟はあるのかい?」

私がそう尋ねると、鳴海君は固い表情(だと思う)で頷いた。

「オレは…あいつらを守ってやりたいですから」

「そうか、それなら何とかしなくちゃな」

この鳴海君を助けたのも私ならその生存を隠したのもまたこの私なのだ…ここで知らん顔はできないんだよね。

「取りあえず今はまだ知らん顔でいた方がいいね。 おそらくまだ彼女も確証はないと思うから」

「わかりました」

「君が横浜基地に戻っても解剖されない条件を整えるにはまだ少し時間が必要だ。 それまでは今まで通りでやってくれ」

「…はい」

香月博士に彼の事を教え、そして彼の安全を確保するにはまだ少々条件が整わない部分がある。

G弾に突貫して生き残った男…その存在は彼女の研究にとっては絶好のサンプルだろう。

それに彼の身体(儀体)も彼女の知的好奇心という名の食指を誘うに違いない。

それにノータッチでいさせるには彼女との間に今以上に緊密な協力関係を結ぶ必要があるのだが…さてどうした物だろうね?
 
 
 
 
 
 
【8:30PM 相馬原基地・戦術機格納庫】

キツく塩した鮭の切り身を炭火で炙り、程良く焼き上がった所で骨を取って軽く醤油を振りかける。

それを炊きあがったばかりの白飯の上にのせて鋤混ぜる(御飯が熱い内に一気にだ)

仕上げに緑色の部分まで細かく刻んだ葱を振りかけて酒と共に頂くのが鮭飯の美味い食べ方である。

「うんめえ~~~~!!! たまんねえやコイツは!!」

「いや~まったくですなあ~~」

「おいおい、ガッちゃんも高木もそう急いでガッつくなよ」(苦笑)

「少々脂がのり過ぎですが…いや、アラスカ産も悪くはないですな」

モロボシが持って来たお土産の鮭で作った鮭飯と日本酒…試験や整備の残業でくたびれ果てた男たちにとってはこの上ない御馳走であった。

「いやしかし良くもまあこんな美味い差し入れを何度もくれる事ができますなあ、あの大尉殿は」

「この試供品とか言っていた合成酒も美味いですよ。 銘柄は何て言うんでしょうね?」

「ああ、確か諸星大尉の話じゃ『桜花』とかいう銘にするらしい」

「へえ? じゃあもしかしてこの合成酒も…?」

「ああ、奴さんの企画で造られたそうだ」

「ほお…」「おいおい…」「なんとまあ…」「ホントかよおい」「驚いた人ですね…」「まったく…」

戦術機やそのOS、更にはBETAを資源とするプラントまで作り、その上軍の酒保に納入する合成酒まで作り出す諸星に今更ながら驚く男たちであった。
 
 
「あの話、本気で言ってたんでしょうかね?」

高木のその言葉にその場の空気が少しだけ固くなった。

「F-22“ラプター”との模擬戦…か、いきなりぶったまげた話をしてくれたもんだがよ。 だがあの男がそうなると断言したのならあると想定しておくべきだろうな」

「少佐、もしそうなった時に我が国の戦術機に勝ち目はあるでしょうか?」

「なんだあ小僧? てめえこの俺たちが仕上げる機体がアメ公の戦術機にやられるとか思ってるんじゃねえだろうなあ~?」

山中中尉の言葉に佐々木が食い付くが山中はそっけなく言い返した。

「佐々木中尉の無茶な設定のせいで負ける可能性が一番高いような気がしますが?」

「ほほおおおおお……上等だこのガキャあ! 表に出やがれ!!
 
 
「よさねえか二人とも!」
 
 
大田の一喝で険悪な雰囲気だたった二人は互いに目を逸らすが、山中の言った言葉はその場の全員の心の中にある不安でもあった。

「米国のF-22に関しては色々と派手な噂を聞いてますが、果してどの程度の物なんでしょうな?」

その高木の問いかけに大田は躊躇なく答える。

「おそらく従来の国産機ではほぼ100%勝ち目はないだろう」

「…そこまで?」

「ああ、F-22の噂は聞いているだろう? あのF-15に対して100戦全勝という話とかだ」

「さすがに尾ひれが付き過ぎですわなあ「事実だ」…はあ!?」

「信用出来る筋からの話だ。 その記録はF-22の先行量産型機…つまりは実質的な試作機によって立てられた物だそうだ」

大田のその言葉を聞いた全員が難しい表情で沈黙する…いくら新型OSを搭載しているからといって、そんな化物を相手に弐型や魁が勝てるだろうか? そんな思いが各自の顔に表れていた。
 
 
「ま、細けえ事は心配するな。 オレらはオレらの仕事をキッチリとこなすだけだ」

「またやけに楽天的ですな少佐殿? 何か楽観視出来る材料でもあるんですか?」

そう尋ねた富永大尉に大田は苦笑いしながら答える。

「別に安心出来る材料とかはねえよ。 ただな、あの諸星って男…アイツは負ける勝負をする気は端っから無さそうなんでな」

「成程…くっくっくっくっ……あの男、まだこの上に何か切り札でも隠してるんでしょうかね?」

「さあな、だが今の時点でそれを見せるつもりもなさそうだったがな」

「そう言えばその諸星大尉はこの酒の席に加わるつもりは無いのでしょうかね?」

「ん? ああ、何でも片付けなきゃいけない仕事があるんで遅れるとさ」

「忙しい男だねえ、あの大尉殿も…」

「帝都にアラスカにこの基地、それにテレビ番組に酒の開発まで…身体が持つのかね? あの男は…」

何とはなしに富永が言ったその言葉にその場の全員が考え込む…もしもあの男が、諸星段が倒れたりしたら現在彼のおかげで進行している様々な計画や作業はどうなってしまうのか?

今更ながらに諸星という奇妙な男の存在価値が異常なまでに上がっている事に気付かざるを得なかった。
 
 
 
 
 
 
【同時刻・相馬原基地屋上】

「えぷしっ…!」

…誰か私の噂でもしているのだろうか? どうも最近くしゃみをする事が多いのはそれが理由のような気がするんだが?

「諸星大尉…」

おや、待ち人がおいでのようだ。

「どうやら机の上に置いたメモを読んでくれたようですね、涼宮中尉…それに速瀬中尉も」

「諸星大尉、こんな場所に私たちを呼び出して一体何の御用ですか~?」

気さくな感じで速瀬中尉はそう言うが…目が全く笑ってない。

「いや何、実は利府陣君から相談を受けましてね…最近どうも誰かの執拗な視線を感じたり、あるいは後を付け回されたりしているような気がすると」

「ふ~ん」「……」

おやおや、涼宮中尉の反応は予想通りだが…この速瀬中尉の反応はもしかして彼女も…?
 
 
「何故そんな真似を?」

私がそう言うと逆に彼女たちが問い返して来た。

「それはこっちの台詞です! どうして“彼”にあんな仮面をはめて偽名を名乗らせているんですか!? しかもそれを私たちに見せつけるような真似まで…どうしてなんです!?」

「大尉、まさか私や遥が気付かないとでも思ったんですか~?」
 
 
おいおい鳴海君よ、完全にバレてるぞ君の正体は……さて、それでは恫喝と交渉のお時間だ♪
 
 
「ふうむ、どうやら君たちは利府陣君の過去と素顔を知っているかのような口ぶりだが…だとしてもそれがどうかしたのかね?」

「え?」「はあ?」

「もし、もしもだ、彼の素顔が君たちが良く知っている人物にそっくりであり、彼に本名があってそれも君たちが良く知っている名前と同じであったとしても、今の彼には全く関係がない事になるんだがねえ?」

「…どういう意味ですか?」

そう言った涼宮中尉から何とも言い難い怨念派のような物が漂って来る……怖いなあ。

「理由は簡単だ、彼が…利府陣徹という存在が“我々”が運用する『備品』だからだよ」

「「な!?」」

「2年前の明星作戦終了直後、私のスタッフが死体を一つ拾ってきてね…それを我々の技術で蘇生させ生まれ変わったのが今の利府陣君という訳さ」

「死体…って」「そんな…」

涼宮・速瀬の二人の顔が見る見る蒼ざめる…我ながら酷い事をしてるよな、まったく。

「現在の彼の身体で“生前”の部分は脳髄を含めてほんの僅かしか残ってはいない。 そして彼の身体は我々の技術の結晶とも言うべき精巧で高性能な儀体なのだよ、それを“あの”香月博士が手に入れたらどういう事態が発生すると思うかね?」

「どういう事態…って」「それは…」

「香月博士ならまず間違いなく彼を手術台の上に固定して身体の全てを分解し、そして唯一残った彼の脳髄に電極を繋いで電流を「止めて下さい!」…流すだろうね、自分の研究のために」

悲痛な声で叫ぶ涼宮中尉を無視して私は最後まで言い切った。

だが二人は私の言葉に反発はしても「嘘だ」とは言わない…彼女たちも察しているのだろう、今の鳴海君が香月博士にとっていろんな意味で非常に興味を引くモルモットになり得る事を。

仮にもA-01の衛士である以上自分たちの任務が単なる国土防衛にあるのではなく、極めて実験的な“何か”をさせられているのだということくらいは分かっている筈だ。

そんな場所にあの世から帰って来た男を戻せばどうなるか解らない程間抜けじゃないだろう。
 
 
「今彼を横浜に行かせるのはあまりにもリスクが大き過ぎる…その事は理解して貰えるね?」
 
 
私の言葉に彼女たちは不承不請な表情ながらも頷いた。

「いずれ彼には横浜に行ってもらうつもりなんだが、まだこの相馬原基地でやらなきゃいけない仕事が多くてね…それが終わって尚且つ香月博士が彼に手出しをしないという確約を得られるまでは今のままの方がいいと思うのだよ、彼にとっても君たちにとっても…ね」

「…返してくれるんですね? 孝之君を私たちに」

疑念と期待が入り混じった表情で涼宮中尉が言った。

「彼自身の意志だからね…それを無視するつもりは毛頭ないよ」

そう言うと彼女たちは始めてほっとした表情を浮かべる…愛されてるなあ~~鳴海君は。

こんな一途な女の子を二人も手玉に取って弄ぶとは……ヘタレとはなんと罪深い生物なのだろう。

そんな罪深い生物には罰が必要だな♪

「さて、それでは君たちにプレゼントを上げよう」

「え?」「はあ?」

「いやなに、君たちにはこちらの無理を聞いてもらう訳だからそれなりのサービスで返さないと申し訳ないと思ってね」

そう言って私は懐からキーを一つ取り出した。

「あの、そのキーは…」「…部屋の鍵ですか?」

訝しげに聞いて来る二人に向かって私は爆弾を投げつける。

「そう、部屋の鍵だよ……利府陣君のね」

「「!!」」

「今夜一晩限りなら素顔の彼と自由に過ごしても構わないという事だよ、もちろん彼はまだこの事を知らないからいきなり寝込みを襲う事になるけどね」(笑)

「あの…」「…え~と」

いきなりな話に顔を赤らめながら戸惑う二人…いや~可愛いなあ本当に。

こんな可愛い女の子たちを泣かせてばかりいるヘタレ男にはやはり制裁が必要だな、うん(別に僻みじゃないよ? ホントだよ?)

「要らないのかね? だったらこれは大咲大尉にでも…」

「「要りますっ!!」」

うん、素直でよろしい。

「本来彼の儀体は人間の十倍以上の力が出るから君たちが抑えつけようとしても無駄だけど、今晩だけはそれを最低レベルに落としておくから二人がかりで好きにしたまえ」

「あ…」「え~と…失礼します!」

顔を真っ赤に染めた二人はキーを受け取ると挨拶もそこそこに駆け出して行った…もちろん行き先はあのヘタレの部屋だろうけど。
 
 
さてそれではもう一人の方とお話をしようかな。

「…もう出てきてもいいですよ大咲大尉」

そう言葉に出して言うと大咲大尉は素直に暗がりの中から姿を現したが…おやおや険しい顔ですなあ~~、まあ無理もないけど。

「さて大咲大尉、只今あなたが盗み聞きしていた話について何かご意見ご感想は?」

「…事実なのですか?」

「何が?」

「彼が…利府陣中尉がかつて彼女たちと同じ部隊の衛士で、明星作戦で戦死した彼をあなたが蘇らせたという話です」

「ええ、事実ですよ」

あっさりと肯定した私に彼女は鋭い視線を向ける。

「どうやって死者を蘇らせる事が出来たのですか?」

「正確には脳髄だけがまだ生きていたからですよ、だから新しい身体を彼に与えました」

「どうやって…いや、それよりも何故そんな真似を?」

大咲大尉の心は疑惑と混乱に揺れ動いているようだが…まあここは正直に言っておいた方がいいかな?

「どうやってと言われても我々にそれを可能にする技術があったとしか言いようがないですし…何故かと言われれば同じ後悔を二度も繰り返したくはなかったからですね」

「同じ後悔?」

「3年前に光州で似たような事があったんですが、その時は結局助けられる筈の命を助けられなかったもので」

「光州…」

「まあ成り行き上助けた彼を今日まで我々のスタッフとしてこき使って来たのですが、そろそろ本来の居場所に返す準備をしておこうと思いましてね」

「何故です? 先程の話が事実なら彼を横浜に返すのは危険極まりない事でしょうに?」

「一つはそれが彼自身の意志であるという事と、もう一つはこのまま私の下にいては余計に危険な事になる可能性が高いからですよ…それはあなたもよくご存知の筈だ」

「それは…」

「現に院辺内務次官…あなたの叔父上までもが出て来る程に私は過大評価され始めているようですしね」

「…調べたのですか?」

「いえ、知り合いに院辺次官の事を聞いたら教えてくれたのですよ、彼の戦死した弟の娘さんたちの事情をね」

「成程、しかし何故そんな事まで私に話すのですか? 一体私に何をさせようと?」

疑わしげな声で大咲大尉は質問して来るが…では言いましょうか。

「なに、単に利府陣君の味方になって欲しかっただけですよ」

「利府陣中尉の…あなたのではなくて?」

「そうです、私個人に関して言えばいざとなれば煌武院殿下の庇護に縋るかさもなくば国外に逃げればそれで済む話です。 しかし彼はあくまでこの国の中でやりたい事があるのですよ…だからいざという時に彼の味方になってくれる人は多い方が有難いのです」

「……」

「如何でしょう、お願い出来ますか?」

「ふ…狡い人だ、私の気持ちを知っていてそれを利用しようとは」

「確かに…しかし私としては親切心も含んでいるつもりですがね? あなたの背中を後押しするために」

「せっかくだがそれは余計なお世話という物です。 だが話はわかりました、何かあった場合には彼の力になりましょう」

「ありがとうございます…ところで大尉」

「何でしょう?」

「利府陣君の部屋へ行かなくていいんですか? 今なら何でもやりたい放題ですが?」

私がそう言うと彼女は一瞬ぽかんとした表情を浮かべた後でくっくっと笑いながら言った。

「せっかくだが今夜は彼女たちと3人だけで旧交を温めさせてやるべきだろう…私は次の機会を待つとしましょう」

分別の有り過ぎる人というのも難儀だなあ…まあ彼女の妹は分別のカケラもなさそうだけど。

「それと諸星大尉、私の叔父から伝言があるのですが」

「おや、もう連絡が取れましたか」

「ええ、5日後に帝都の料理屋『吉祥』で一席設けたいとの事でした」

「そうですか、では承知しましたとお伝え下さい」

「はい、それともう一つ個人的に聞いておきたい事があります」

「はい? 何でしょう?」
 
 
「あなたは一体何者ですか?」
 
 
意外な…そしてある意味当然過ぎる質問が来た。

まあここまで私の話を聞いていれば当然出て来る疑問ではあるが…それを知った場合のリスクを冒してまで彼女が知りたがっているのは果して何の、あるいは誰のためだろう?

横浜にいる妹か? それとも鳴海君か? あるいは叔父である院辺次官のためだろうか?

「何故そんな事を?」

「さあ…単に知っておきたいのだと思います」

さて…何処まで話すか…

「そうですね、米国の大統領に知らせた程度のレベルまでならお話しましょうか……私はあなた方地球人類を破滅から救う使命を帯びてこの惑星に来た者ですよ大咲大尉」

「………その……それを信じろと?」

「事実ですよ、信じる信じないはあくまであなたの自由ですがね」

「……」

「さて、それでは私は整備班の人たちと一席囲む約束がありますのでこれで…」

大咲大尉は無言で私を見送ってくれた。

さて、今話した事が今後吉と出るか凶とでるか…まあ運だめしだな。
 
 
 
 
 
 
【9:10PM 相馬原基地・戦術機格納庫】

「あれ、もう鮭飯は終りですか?」

「ああ、残念だがあんたが来る前に残らず食っちまったよ」

「大尉殿が遅れるからいけないんですぜ~~」

おいおい…そりゃ確かにそうだけどさ、一応鮭を用意したのも酒を造ったのも私だよ?(いやシャレじゃなくて)

「まあ酒は残ってるから一杯やろうや」

大田少佐がそう言って一升瓶を突きだして来る…まあそれじゃあお付き合いしましょうか。

「ではこんな物があるんですが…」

そう言って私は取って置きの肴を懐から取り出した。

「何だ鱈の子、いや違う…おい!? こりゃあまさか、河豚の卵か?」

「おや? 良く御存じですな少佐殿、この『禁断の味』を」

そう、私が用意した肴は普通なら食べることが出来ない河豚の卵巣である。

本来は一部の地域でのみ塩と酒粕で3年かけて処理する事で食べることが許されていた幻の食材だが、それが何故かここにあったりするのだよ。

「おい、一体これをどうやって手に入れたんだ? とっくの昔に佐渡も能登も…」

「まあ細かい事は気にせずまずは一杯行きましょう」

…そう、細かい事を気にしていたら気が滅入って仕方がない。

まずは一杯やって、それからゆっくりと考えよう…未来の事を。
 
 
 
第50話に続く
 
 
 
 
 
【おまけ】

『モロボシさん! 助けて下さい!!』

おや? どうしたの鳴海君?

『どうしたのじゃないでしょう!? どうして二人にバラしたんですか!』

あ~実はとっくにバレてたみたいなんだよねえ~、君の正体が♪

『え゛』

まあそう言う訳で後は彼女たちと話し合ってくれたまえ…身体でね。

『アンタって人は~~~~~~!!!!!!!!』

自業自得だろうに君の場合は…いい加減年貢の納め時という言葉を覚えたまえ。
 
 
 





[21206] 閑話その14「ダンボール戦車(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:501c65f8
Date: 2012/01/25 17:44


閑話その14 「ダンボール戦車(前)」


《ね~モロボシさん、アレで良かったんですか~?》

「ん~? 何がだね?」

《鳴海さんの事ですよ~、何か悲鳴とか上げてたし~~》

「あ~……AIの君たちにはちょっと分からないかもしれないけどね、アレは幸せの悲鳴なんだよ」

《え~~?》

《女の子に抑えつけられて裸に剥かれるのが幸せなんか~?》

「そうだよ、まあ君たちには縁のない話だけどね」

≪そう言うマスター(管理者)にこそ縁のない話なのではないですか?≫

…うるさいよ!

《でもでも~~、二人とも黙っててくれるんでしょうか~~?》

「それは大丈夫だろうね、あの二人にとっては鳴海君は他に替えようのない存在なんだから」

《へ~そうなんか~?》《代替品がないって不便ですね~》

…その不便さが人間にとっては重要な意味を持つんだけどね。

《ところでモロボシさ~ん、横浜にいるチビコマ2号から連絡が来てますけど~?》

おや、なんだろうね? …まあ大体の予想はついてるけど。
 
 
 
 
 
 
【2001年5月某日 国連軍横浜基地】

珠瀬壬姫は自室で落ち込んでいた。

その理由はと言えば最近の訓練内容で自分がB分隊の足を引っ張っているような気がしていたからである。

自分たち207訓練小隊の新たな訓練教官として着任したケイシー・ライバック曹長は彼女たちに地味だが徹底した基礎体力の蓄積を強いる訓練をさせる傍ら、射撃や格闘戦において実戦向けのノウハウを教えてくれる優秀な教官だった。

そしてその訓練において自分たちB分隊はどこかで必ずA分隊に遅れを取ることが多くなっていた。

その原因を壬姫は自分の実力不足でそれが他のメンバーの足を引っ張ってしまっているのではないか…そう考え始めていたのだ。

(はうう~~~、私たちのB分隊はみんな凄い実力や才能にあふれてるのに…それがチーム同士で競い合うような場合は必ずA分隊の人達に負けちゃうなんて~~……これってやっぱり私の実力不足が原因なのかな~~…だって私の取り柄と言ったら射撃くらいしかないし~~それだって昨日の訓練ではライバック教官から“撃つまでが遅すぎる”って指摘されちゃうし…そしたらもう私にいいところなんてないし~~~………一体どうすればいいんだろ~~)

チーム同士での対戦はケイシーとまりもがそれぞれの長所と短所を際立たせることで各自に自分たちの問題点を自覚させようとしたものだったが、それが壬姫の場合(というよりも207B全員)にはいささか効果的過ぎたようである。

このままでは自分のせいで分隊全員が失格するのではないか…?

そんな思いに囚われかけていた壬姫に思いもよらない救いの手(?)が差し伸べられた。
 
 
《ねえそこのお嬢さん、何をそんなに落ち込んでいるのかな?》
 
 
「はい?」

突然自分の部屋の中で声をかけられた壬姫は慌てて声の方に振り向くが、そこには誰もいなかった。

「あれ? …誰もいない?」

空耳だったのかと訝る壬姫だったが、よく見ると部屋の真ん中に奇妙な物体が置かれているのに気付く。

「…何だろう? これ」

《初めまして、ボクは宇宙の彼方からやって来たダンボール戦車だよ》

「ダ、ダンボールが喋ったですう~~~!!」
 
 
…未知との遭遇であった。
 
 
 
 
 
 
 
《ふう~ん、つまり君は自分のせいで分隊のみんなが衛士の試験に合格出来ないんじゃないかって心配してるんだね?》

「はい…そうなんです~」

驚き慌てる壬姫を口先三寸でどうにか宥めた(騙した?)謎のダンボールは彼女の悩み事を聞いていた。

《う~ん…確か壬姫ちゃんだったよね、実はボク君たちが訓練しているところを見てたんだけどね…君のせいって言うよりも君たちのチームワークに致命的な問題があるんじゃないかな?》

「え?」

《君たちB分隊は君を含めてみんな個人の能力ではA分隊の子たちを抜いていると思うんだけどさ、なんて言うのかチームで何かをする時には連携が上手くいってない感じがするんだよね~》

「連携…」

《そうだよ~、それが上手く働かないとどんなに個人の能力が優れていてもチームとしては役立たずになっちゃうんだよ~》

「それは…」

ダンボールの言う事は壬姫も薄々感じていた事だった…自分たちB分隊はそれぞれの『家庭の事情』からお互いの事に干渉しないように不文律を決めて互いの事情に踏み込まないようにして来た。

だがその事が結果として互いの意志の疎通を弱め、チーム単位で何かをやろうとすると必ずと言っていいほど齟齬をきたすのであった。

そしてそれは壬姫だけではなく、207Bの全員が感じ始めている事だった。

「でも…それは壬姫にはどうする事も出来ないです…」

自分を含めたB分隊全員の事情…それに踏み込む勇気は自分には到底持てないと壬姫は思っていた。

そんな壬姫を励ますようにダンボールは話かける。

《大丈夫だよ壬姫ちゃん、何も無理矢理他人の家庭の事情に踏み込めとか言ってる訳じゃないよ。 大切なのは君が自分の家の事情を過大に背負い込んだりしない事と、自分が何か言うべきだと思った時は勇気を持ってそれを口にする事だから》

「…え?」

《君はお父さんの仕事の事を気に病んでいるんだろ? 帝国を裏切ったアメリカと国連を通じて交渉している事を……でもそれは誰かがやらなきゃいけない仕事なんだよ、それが偶々君のお父さんだったという事なんだ。 …出来れば顔も見たくない相手とお話をするという仕事をね》

「……どうしてパパはそんなお仕事をしなくてはいけないんですか、ダンボールさん?」

それは何処か呻き声にも似たような気がする質問だった。

《そうだね…多分この国の人たちのためじゃないかな?》

「この国の…?」

《うん、この国の中には自分の国は自分たちだけで守れるって信じてる人が大勢いるけど、でもそれは現実的な話じゃないよね~?》

「…」

《それにBETAとの戦いだって帝国さえ守れれば他はどうでもいいって訳でもないでしょ? それを国連という場所でみんなが協力し合えるようにする事はこの国にとっても大切な事なんだよ、たとえ仲が悪くても世界の国同士が協力し合えばそれだけでBETAに立ち向かう力は大きくなるんだよ…君のお父さんは国同士がお互いに話し合う事でそれを実現させようと頑張ってるんだ……壬姫ちゃん、君はその事を誇りに思ってもいいんじゃないかな?》

「誇りに…ですか?」

《そうだよ、たとえ理解してくれる人たちが少なくても君のお父さんはみんなのためになるお仕事をしてるんだから娘の君がそれを誇りに思うのは当然だと思うよ?》

「ダンボールさん…ありがとうございますです」

《お礼なんていいよ~~それより今言った事を忘れないでね、みんなで話し合わなきゃいけない大事な事は勇気を持って口にするんだよ? 君のお父さんがやっているのと同じようにたとえ一度や二度で理解されなくても諦めずに頑張るんだ、いいね?》

「はい、壬姫は頑張るです」

《うん、それじゃあ頑張ってね~~》

次の瞬間、壬姫の目の前からその不思議なダンボールは幻のように消えていた。

「はわわ…あのダンボールさん本当に宇宙から来た人だったんでしょうか~~~?」

驚く壬姫の心の中につい今しがたまで消えたダンボールとしていた話の内容が蘇ってきた…

「勇気を持って…出来るかな?ダンボールさん…」
 
 
 
 
 
 
 
 
鎧衣美琴はぼんやりと空を眺めて物想いに耽っていた。

(う~ん…何か最近の訓練でボク達の成績がA分隊のみんなよりも悪いような気がするな~…どうしてチームで組むと上手く出来ないんだろう…って、やっぱりみんながお互いにコミュニケーションを取らないのがいけないのかな~…でも他のみんなの事情にボクなんかが首を突っ込むのもなあ~~…大体どうしてボクはB分隊に編入されたのかな? 他のみんなはそれぞれ凄い家の子供だけどボクの場合は“あの”お父さんの子だし……)

自分の父親に対してかなり失礼な(的確な?)発言を心の中でしていた美琴だが、ふと気付くと自分の傍らにダンボール箱が一つ置かれている事に気がついた。

(あれ? こんな所にダンボール箱なんて…さっきまで無かったよね?)

疑問に思った美琴が手を伸ばすといきなりダンボールは動いて逃げた。

「あれ?」

再び捕まえようとするとまたダンボールは動いて逃げる。

「あれれっ? このダンボール…中に何かいるのかな?」

思わずそう言葉に出して言った美琴にダンボールが返事をする。

《やあ、初めまして! ボクは宇宙の彼方からやって来たダンボール戦車だよ!》
 
 
「…ほへ?」
 
 
…思わず間抜けな声を上げた鎧衣美琴であった。
 
 
 
 
 
 
 
「へえ~…じゃあキミはお父さんとも知り合いなの?」

どう見ても怪しいとしか言えない喋るダンボールと話す内に何故か意気投合した美琴は、相手が父の左近と知り合いであると聞いて驚いていた。

《うん、ボクはこの地球のあちこちを見て回ったけど行く先々で何故か君のお父さんに遭う事が多いんだよね~~》

「ふ~ん、お父さんそんなにあちこち行ってるのか~」

《うん、例えばこの基地の立ち入り禁止区域とか帝都城の中とかね~♪》

「…え゛?」

《おかげでボクも鎧衣さんも毎回侍従長さんと月詠大尉さんに刀や薙刀で追い回されても~大変なんだ~~ 香月博士なんて毎回拳銃を振り回してボク達を脅すし~~~》

「お父さん何やってるんだろ~~~(呆れ果てた声)  …待てよ、もしかしてボクが207Bに入れられた理由って…」

《うん、君のお父さんがセールスのためにあちこちに不法侵入して国家機密とかを耳にしちゃったから、要注意人物に指定されたのがそもそもの理由なんだって~~》

「…お父さんのバカ~~~~~(泣)」

どう考えても父親の迷惑行為のとばっちりが自分に来たとしか思えない話に流石の美琴も涙目になるのだったが…

《いいじゃないか、そのおかげであの子たちと知り合えたんだし~》

ダンボールのその言葉を聞いた美琴は何とも云い難い表情になった。

《あれれ? どうしたんだい? あの子たちの事が嫌いなのかい?》

その問いかけに慌てて首を振ってから美琴は答えた。

「そんな事はないよ、御剣さんも珠瀬さんも…他の二人だってとてもいい人だと思う…でも…」

お互いに心を開いて語り合う事は出来ない…そう心の中で美琴は呟いていた。

そんな美琴にダンボール戦車は能天気(?)な言葉をかける。

《そんなに難しく考えなくてもいいと思うけどな~?》

「え?」

《確かに彼女たちは自分の事に触れられたくは無いのかもしれない…でも同時に自分の事を他の誰かに分かって欲しいと思ってもいるんじゃないかな~?》

「分かって欲しい…?」

《うん、これは君たちこの地球の人々を観察して思った事なんだけどね、君たちは他の誰かに自分の事を分かって欲しいという欲求を誰もが持っていると思うんだよ。 多分誰かに理解されないと孤独で堪らなくなるんだねきっと》

「うん…」

ダンボール戦車の言葉に頷く美琴…彼女もまた207Bの中で孤独を感じていたのであった。

《だからね、まず大切なのはあの子たちともっと話をする事だよ。 きっとあの子たちも他のみんなともっと話をしたい、自分の事を分かって欲しいって思ってるに違いないんだから》

「う~ん、でもみんなの家庭の事情に触れるのは…」

《別にいきなり家庭の事情に踏み込めとか言わないってば~~~、要するにもう少しだけみんながお互いに話をするように努力すればいいんだよ~、 最初から何でも話せるようになるのは無理だろうけど少しづつ話す事を繰り返して行けば何時かはお互いに何でも話せるようになるよ》

「何でも…話せるかな? みんなと…」

不安を感じながらも何処か期待を込めた美琴の言葉にダンボール戦車は励ますように返事をする。

《大丈夫! きっとみんなと何でも隠さずに話せるようになる時が来るよ!》

「ありがとう、でもキミはどうしてそんなにボクやみんなの心配をしてくれるの?」

不思議に思ってそう美琴が尋ねると…

《う~ん…実はボク、君のお父さんだけじゃなくて他の子のお父さんやお姉さんたちとも知り合いなんだ~~、だから君たちB分隊の事が気にかかってね~》

「え~~!? そうなんだ~!」

《うん、君のお父さんだけじゃなくて他の親御さんたちもみんな君たちの事を心配していてさ~、特に御剣さんのお姉さんなんか何とかしてお城を抜け出してここでどんな訓練をしてるか見に来たいって思ってるみたいだったよ~》

「御剣さんのお姉さんって…うわあ…」

御剣冥夜の“姉”とはつまり政威大将軍煌武院悠陽だと言う事は美琴も知っていたが、その悠陽が城を抜け出してここに来たがっていると聞いて思わず頭を抱えそうになっていた。

《誰だって人の子、人の親だって事だよね~~、たとえどんなに身分が高くてもやっぱり自分の身内の事になると心配で仕方無いのが人間なんだろうね~~》

「う~ん、人間ならそれが当たり前って事なのかな~?」

《当たり前かどうかはともかく、人はその立場や身分が違っても抱える悩みの本質にそう変わりはないって事じゃないかな~、けどだからこそ君と他の子たちも分かり合えるとボクは思うんだ♪》

「そうかな…うん、きっとそうだね」

《さて、それじゃあボクはそろそろ行くね~~》

「え? もう行っちゃうの?」

《うん、あんまり長くここにいてもし香月博士に捕まったら絶対に解剖とかされちゃうしね~ それじゃあ頑張ってね~~》

その言葉とともにダンボールは姿を消した…少ししてからその場に残された美琴はぽつりと呟く。

「あれ? つまりあのダンボールは不法侵入者…って事かな? 報告とかしないとマズいんじゃ…?」

…最初に気付けよ鎧衣訓練兵。
 
 
 
 
 
 
 
夕暮れ時…御剣冥夜はグラウンドで日課の鍛錬を行っていた。

だがその表情はいつもより険しく、何処か苦悩を滲ませているように見えた。

(最近の訓練で我らB分隊は涼宮らA分隊に遅れを取りがちに思える…このような未熟な様では衛士になることも…もっと修練に励まねば!)

そう心の中で叫んで剣を振り抜こうとしたその時…

《ふう~~む、その剣迷いあり!》

「な! 何者!?」

何の気配もなかった背後から突然声をかけられた冥夜は愕然として振りかえるが、そこには誰もおらずダンボール箱が一つ置いてあるだけだった。

「む…確かに声はしたのに姿は見えぬとは…それにこの箱は一体…?」

《こらこら~~、ちゃんと君の目の前にいるだろ~~?》

「何と!これは面妖な、ダンボール箱が喋るとは!」

《ふっ…喋って当然、ボクは宇宙の彼方から来たダンボール戦車なのだからね》

「…なに?」

《ボクは宇宙の方々を旅していろんな戦士と手合わせをして来たけど、君はどの程度強いのかな~?》

「む…この冥夜の業前を試そうと言うのか?」

《うん、君さえ良ければね~~》

突然目の前に現れた謎のダンボールに戸惑う冥夜であったが、相手が手合わせを申し込んできた事で落ち着きを取り戻していた。

(面妖な生物(?)だが邪気は感じぬ…手合わせをしたいと言うのは本当のようだな)

「承知した、それでどのような手合わせを望むのだそなたは?」

得物を使うのか無手の業を競うのか(ダンボールに手は無いのだが…)を聞く冥夜であった。

《キミはその剣を使ってもいいよ~~、ボクは『これ』を使うから~~》

「なっ!? 何と!」

その台詞と共に突然空中に3本の竹刀が現れ、ダンボール戦車の頭上を編隊飛行するように旋回し始める……これには流石の冥夜も驚くしかなかった。

《これぞダンボール式三刀流・無重力殺法! さあ、始めようか!》

「む、承知した!いざ!」

あまりに不条理で奇天烈な展開に呆然としていた冥夜だったが相手の言葉に慌てて気を引き締め、愛刀の皆琉神威を構える。

《いくぞお~~~! ジェッ○ストリーム・ア□ック~~~!!!!》

意味不明な掛け声と共に空中に浮かんでいた三本の竹刀が次々と冥夜に襲いかかった。

「ふっ! せいっ!! はあっ!!」

《何と! これをかわすとは!! ならこれだ! ロー△ング・サ◇ダ~~~!!!!》

「はああ!! せいっ!!」

《うそ!? これまで見切るなんて!!》

「そなたこそ見事な剣捌きだ! だが私は負けぬ!! さあ、今度はこちらから行くぞ!」

相手の非常識な剣法を紙一重でかわして反撃に出ようとする冥夜であったが…

《奥義!三刀流・オールレ〇ジアタ~~ック!!》

「な! このッ……うわっ!」

自分の周囲に分かれて三方向から同時に襲い来る竹刀を何とかかわそうとした冥夜であったが、三本目の竹刀をかわし切れずに一本取られてしまう。
 
 
…思えば理不尽な勝負だったかもしれない。
 
 
 
 
 
「…私の負けだ、見事な技だった」

いかに実質3対1にも等しい勝負だったとはいえ、見た目は只のダンボールに剣で負けた冥夜は無念さを押し殺した声でそう言った。

(…不覚だ! 相手の見た目に騙されしかもあの変幻自在な剣法に見事してやられるとは…!)

唇を噛み締めながら心の中で呻く冥夜の様子をじっと観察していたダンボールが突然言った。

《…そんなに悔しいのかい? 今の勝負は実質3対1だったのに?》

「…む、いやしかし負けは負けだ」

《そうだね、でももし今の勝負が100対1だったら?》

「…なに?」

《いいかい御剣訓練兵、本来君たちが正式に任官して衛士になった時君たちを待っているのはそういう戦いなんだ……それは理解してるよね?》

もちろん冥夜も当然の事としてそれは理解していた。

BETA大戦の開始以来、人類の前に立ちはだかって来た最大の脅威…それは人類の戦力に対して百倍…いや、千倍を超えるBETAの物量という数の暴力であった。

如何に優れた戦術機を造ろうと、その戦術機1機に対して百倍を軽く超える物量が割り当てられる戦い…それがBETA大戦の現実である。

《一人がどんなに強くても相手が100倍の数なら到底かなう訳がない、だからこそ小隊や中隊…そして軍全体や多国籍の国連軍部隊が一丸となって戦う事が重要なんだ》

「それは…確かに」

《だったら君が今すべきなのは自分自身の鍛錬の強化かな~?》

「む…」

その言葉を聞いた冥夜は相手が何を言いたいのかようやく理解した。

自分たちB分隊がA分隊に遅れを取るのは必ずと言っていいほどチームで行動した場合での事だった…そこでの敗因はやはり各自の能力によるものではなく、チーム全体がまとまった動きが出来ない事にある。

(確かにいくら一人一人の能力が秀出ていてもそれが部隊として上手く機能しなければ何の意味もない…私は無意識の内にその事実から目を背けていた……だがしかし…)

分隊のチームワークを向上させるには各々の心の連携が必要になるが、それを阻んでいるのが彼女たちの『家庭の事情』であった。

それを取り払おうにもその『事情』の中でも最大級の物を抱えている自分がそれを言い出すのは果して…冥夜の中で迷いや葛藤が渦巻いていた。

《そんな事でいいのかな~? 君のお姉さんはもっと大勢の人たちと話をしてそれを纏めなくちゃいけないんだよ?》

「な! そなた…!?」

《あ~言い忘れてたけど、実はボクの双子の兄さんが帝都城にいるんだよ。 面白半分に侵入したところを真耶さんと侍従長さんにつかまって処刑されそうになったのを殿下のお情けで許してもらって…それからずっと殿下の下で働いてるんだ~》

自分の事を知り過ぎている相手の言葉に驚く冥夜だったが、ダンボール戦車の説明を聞いて納得すると同時にそのあまりのお茶目ぶりに内心呆れ返ってしまっていた。

だがそんな冥夜の内心を無視してダンボール戦車の話は続く。

《話を戻すけど悠陽殿下はたくさんの人たちに囲まれてしかもそれを纏めなきゃいけない立場にあるよね~? そうしなきゃお城の中だけじゃなくて国全体が大変な事になっちゃうでしょ?》

(確かにそうだ…あの方はそういう立場であり、そして周りの者を纏めねばならぬ故…)

《そして君はあの人の妹だ。 たとえそれを口外出来ない事情があったとしてもその事実に変わりははい…その君がそんな事でいいのかな?》

「あ…」

(その通りだ、確かに私は高々4人の人間とすら語り合うのを避けて来た…だがどの道任官すれば何処かの部隊に一衛士として配属される筈…そこでも同じに振る舞うのか…? いや!そのような事が許される筈がない!)

自分たちが衛士の候補としてあまりにも歪な在り様をしていた…その事実を自覚した冥夜はそれを教えてくれた相手に頭を下げた。

「よくぞ教えてくれた…そなたに心からの感謝を」

《いいよお礼なんて~~ …まあ最初から何でもお互いに話せるようにはならないだろうけど、少しずつお互いの事を話すようにすればいいんだ。 きっと他の子たちもそうしたいって思ってる筈だよ》

「そうか…うむ、分かった」

《じゃあボクはそろそろ失礼するね~ これ以上キミの周りをうろついてるとそこにいる人たちにズタボロにされそうだから~~》

ダンボールがそう言うと、冥夜の背後から月詠真那と3人の部下が現れる。

「良く分かっているようだ…と言いたいところだが少々図に乗り過ぎているようだな『貴様』は!」

《うわあ…本気で怒ってるよこの人…そ、それじゃあ訓練頑張ってね~冥夜さん》

「…逃がさん!」

その言葉と共に斬りかかる真那たちであったが、次の瞬間ダンボール戦車は夕闇に溶け込むように消えていた。

「おのれ!どこに逃げた!?」

「よい月詠、あの者が何者であれ私に対する悪意や害意は感じなかった…むしろ礼を言わねばならん程だ」

怒りに震えながら周囲を見渡す月詠中尉に冥夜はそう言って宥めた。

だが月詠真那は厳しい表情で冥夜に忠告する。

「冥夜様…確かにあの者には悪意や害意は有りますまい、されどアレの背後にいるのは間違いなく“彼の男”なのです…決して御心を許したりはなさいませぬように」

「彼の男…諸星大尉の事か、だが何故そなたたちはあの方をそれほどまでに警戒するのだ? 聞けば彼の大尉はその功績の殆んどを殿下に献上する程の忠義者だと言うではないか」

「確かにその通りなのですが…」

月詠真那はその先をどう言ったものかと迷っていた。
 
 
あの男、諸星段が話したという“おとぎばなし”の事は決して目の前にいる自分の主には言えない事であった。

(もしもあの物語を知れば冥夜様は必ずやそれを自分の天命とお考えになるであろう…そして女狐の都合次第で甲一号を攻略するための生贄としての役割を言い渡されれば進んで受けようとされるに違いない。 だがそんな無体な運命など受け入れていい筈がない! それにあの男…諸星が果して冥夜様にどんな役割を振ろうとしているのか…本当にあの男の計画とやらが冥夜様を死の運命から逃がす事が出来るのか見定めるまでは絶対に気を許す訳にはいかん!)
 
 
無言で苦悩する月詠真那を心配そうに見つめる御剣冥夜…運命がこの主従にどのような物語を演じさせるのかは今はまだ神のみぞ知る事であった。


 
 
 
閑話その15に続く
 
 
 
 
 
【おまけ】

「いや~怖かったねえ~~」

《モロボシさ~ん~~~、ボクもうこんな怖いのイヤですう~~~(泣)》

「こらこら、君も一応は戦車でしょ? そんな事でどうするの?」

《だって~~~》

「まだB分隊だけでもあと二人残ってるんだから泣き事言ってる場合じゃないよ?」

《だったらモロボシさんが自分でやればいいのに~~、どうしてボクの筺体を使ってこんな事してるんですか~?》

「私が出ちゃダメなんだよ」

《へ?》

「大人が偉そうに上から目線で説教したって彼女たちの心には響かないからだよ。 だからこそ君のそのブサ可愛い(?)『すにーきんぐ・みっしょん』用スタイルを使ってるんだからね♪」

《何かウソくさいな~~》

「げふん、まあそんな事より取りあえず後二人…けどこの二人が難関なんだけどね」

《どうするんですか~~?》

「ここは一つタケルちゃんのやり方を真似させてもらおうかな」

《あ~ヤキソバパンで~》

「…それだとさすがに彼に対して申し訳がないからなあ~、まあ何か考えてみようか」

《委員長さんの方は~?》

「問題はそっちか…さて、どうしよう?」



 
 
 
 



[21206] 閑話その15「ダンボール戦車(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:501c65f8
Date: 2012/02/16 20:30

閑話その15 「ダンボール戦車(後)」

 
【2001年5月某日夕方 国連軍横浜基地・屋上】

彩峰慧は無言で空を見上げていた。

彼女が一人でここにいる理由…それは今日の訓練後の仲間たちの様子が原因である。

いつもはあまり余計な事を話さないB分隊の仲間…珠瀬壬姫や鎧衣美琴、それに普段は自分から気を遣うように1歩引いて会話の輪から外れがちな御剣冥夜までもが積極的に言葉をかわしていた…

会話の中身自体は今日の訓練における自分たちの問題点の再確認だが、それがいつもとは違い互いの欠点をどうカバーし合えるかといった事についてお互いの長所短所を再確認すると同時に自分たちはどうすればより高いレベルを目指せるのかという事までを積極的に語り合っているのを見た彩峰は、自分が何処かで置いてきぼりを食ったような気持ちになっていたのである。

だがそこに世にも能天気な声が彼女にかけられた。

《ねえねえそこの彼女~~~、ボクと一緒に食事でもどう?》

「………???」

声のする方に振り返った彩峰だったがそこには人間はいなくて、妙なダンボール箱が置いてあるだけだった。

「…ダンボール?」

首を傾げてそう呟く彩峰にそのダンボールが答える。

《ただのダンボールじゃないんだよ~~、歌って踊れる宇宙の戦士ダンボール戦車なんだよ~~♪》

「…喋る捨て猫?」

《ち~~が~~う~~~!!!》
 
 
 
 
 
 
…いやいや、やっぱりこの娘の相手は疲れるねえ~(先生…家庭教育は何をしてたんですか?)いきなり人を捨て猫呼ばわりとは…まあダンボール箱が喋ればそれ自体が非常識事態なんだけど。

さて昨日の下ごしらえの結果どうにかこうにかお互いのコミュニケーションを取り始めた鎧衣・珠瀬・御剣の三名に対してやや疎外感を感じているであろう榊・彩峰の二人の内、まずは彩峰くんに接触してみたが…やはりこの娘はやっかい…いや難解な個性の持ち主だ。

ここはやっぱり秘密兵器の出番かね……(あとでタケルちゃんが現界したら特許料とか払わなきゃいけないかな?)
 
 
 
 
 
 
《それでさ、どうしてキミはこんな場所で一人でいたんだい?》

「…別に、なんとなく」

すったもんだの挙げ句どうにかこうにか会話を始める事には成功したが、やはりというか彼女の反応は素っ気無い。

まあ普通に考えれば見ず知らずの人(というか見ず知らずの箱?)にいきなり素直になれる方がおかしいんだが……(珠瀬君、鎧衣君、それから御剣君、君たちちょっと天然過ぎないか?)

だが彼女、彩峰慧の場合はそもそも見ず知らずであろうとなかろうと他人という物に心を開く事が出来ずにいるのだろう。

…そしてその原因の一部はこの私にも責任がある。
 
 
光州作戦において彩峰中将は他人から理解されないような理由とタイミングで出撃し、そして還らぬ人となった…(生きてはいるけど表に出なければそれは死人と同義語だ)

結果として国連軍総司令部は壊滅を免れたが、まさか彩峰中将が司令部の壊滅を予測して出撃したとは誰も思わなかったために彼のおかげで司令部が壊滅を免れたのは『偶然』と見る人間も多く、それが彼に対する批判の原因ともなっていたのだ。

(実際には中将と相談した私がタチコマたちを使って国連軍司令部が壊滅の危機に瀕するタイミングを測り、彩峰中将に知らせたのだが…難民の避難を滞らせないために最小限の兵数で出撃した彩峰中将とその部下たちは…南無)

そしてその余人には理解出来ない行動とそれがもたらした結果に世論は四分五裂し、彼に関する様々な(その殆んどは根拠のない無責任な)話が飛び交う事となった。

そしてそれらの噂を嫌でも耳にする事となったこの少女が心の中にどんな屈折を抱え込むことになったか…それを考えるとさすがに良心という物が痛まずにはいられない(何?お前にそんな物があったのかって? 失礼な! 私だって人間なんですよ!?)

だが、だからこそ…
 
 
《ねえねえ、悩み事があるのならボクに話して見ない? これでも食べながら~~》

そう言って私(ダンボール戦車)はホカホカの湯気を立てる紙袋を見せる。

「…何それ?」

《じゃ~~~ん! これぞ究極のB級メニューの一品『オムソバ』だよ~~》

そう、私が用意した対彩峰攻略兵器は…オムソバである。

「……特大卵焼き?」

《只の卵焼きじゃないよ~? まずは一口食べてみてよ》

そう言って私(ダンボール戦車)が差し出した紙に包まれたオムソバを受け取った彩峰慧は好奇心に負けたかのようにそれを一口食べる…

「………」

《どう? 美味しい?》

そう尋ねる声に返事もせずに彩峰慧は二口目を食べ…その後はひたすら貪るように食べ続けた。
 
 
 
「…生きてるって素晴しい」

オムソバを食べ終わった彼女の感想がこれだった…相変わらず個性的な表現をする子だねまったく。

《少しは元気が出た?》

「…うん、ありがと」

ようやく素直な言葉を聞くことが出来たか…さて、それでは始めようか。

《お礼はいけど…話を聞かせてくれないかな、どうして元気がなかったの?》

「…別に、元気がなかったわけじゃない」

《じゃあ悩み事かな~?》

「……」

《悩みがあるなら小隊の仲間とかに相談はしないの?》

「……しない、お互いにしない事にしてるから」

《うん、昨日まではそうだったよね》

「!?」

それを聞いた彩峰君は初めて驚いた表情を見せた。

「…アンタが何かしたの?」

《うん、このままじゃ衛士になるのは難しい…だからお互いに話し合って自分たちの問題点を克服するように努力してみたらってそうアドバイスしたんだけど~》

「…おせっかい」

《にゃはははは~~~確かにね~~》

「…どうして?」

《え? あ~、どうしてそんなおせっかいを焼いたのかって事?》

無言で頷く彩峰君の表情はとても複雑に揺れている……さて、踏み込むか。
 
 
《それはね~君たちに立派な衛士になって欲しいのと……後は君のお父さんと知り合いだったからかな~~》

「! お父さんと…?」

《うん、君のお父さんとは光州で知り合ったんだ》

「そう…光州で…」

彩峰慧はそう呟くと顔を伏せて黙り込む。

《…君はお父さんのした事をどう思う?》

そう尋ねると彼女は一瞬身体を震わせてから言った…「わからない」と。

「光州の戦いが終わった後…父さんからの最後の手紙が届いた。  自分のした事は多分理解されないし、批判も浴びるだろうけど…どうかそれを許して欲しい…そして強く生きて欲しいって…そう書いてあった。  だけど…みんな言う事がバラバラで、一体何がどうなってるのか分からなくて…誰の言う事を信じればいいのか…分からない」
 
 
…おい、モロボシ・ダンよ…お前は畳の上で死ぬ資格は無いみたいだぞ?
 
 
《…そんな無責任な噂は気にしなければいいんだよ》

「……」

《ボクはね、あの戦場で君のお父さんが何を背負っていたのかを見てるんだ》

「…何だったの?」

《全てだよ、あの戦場での指揮官としての責任、難民たちの命、国連や同盟国への責務、そして後方にあるこの国とそこに住む人たちの未来…君のお父さん、彩峰中将はあの時その全てを背負っていたんだ》
 
 
…本来であればそれは彩峰中将一人が背負うべき物ではなかったし、彼は自分に(正式に)割り振られた責任を果たしてさえいればよかったのだと主張する人間もいる。

だが現実にはどう転んでも彼の判断によってその後の帝国と諸外国との力関係が変化せざるを得ない…そんな状況が(主に政治的な理由で)形造られ、帝国軍司令官である彩峰中将をがんじがらめに縛っていた。

当時の帝国にとっては米国と国連、そしてアジア諸国との関係はどれを欠いてもその後に大きな禍根を残すに違いない物であった。

そのバランスを『決して損なうな』と言う理不尽な要求を何とか全うしようとした彩峰中将であったが、アジア諸国の戦力的損害を無視してイケイケドンドンと言いたてる国連(米国)軍とそれに反発して難民の救助を優先する東アジア連合軍との間で板挟みになってしまった。
 
 
この時点ですでに彩峰中将は『正しい選択』と言えるものを事実上奪われていたのだ。
 
 
難民を救うために兵を動かせば彼らの多くは救われ、アジア諸国との絆は強くなるだろう…しかしそれは同時に国連と同盟国への背信であり国連軍総司令部からの命令に違反する事になる。

(おまけにその結果朝鮮半島放棄となれば次は帝国本土が戦場となる可能性も高いし、また現実にそうなってしまった)

一方、難民を無視して国連軍の指揮に従えばそれは結果として(東アジア連合軍の分まで)帝国軍を疲弊させ、大損害を被っていた事はほぼ確実だろう。

…そしておそらく、それだけでは済まなかった筈だ。

近隣諸国の難民の救助を拒めばアジアの中で孤立しかねないし、そうなればいざ本土防衛となった時はどの程度の助力が得られるか怪しくなる。
(もちろん日本国内にも多くのアジア難民がいる訳だからまったく戦わないという訳ではないだろうが)

そして国連軍の方針に従う以上は最終的に本土から更なる戦力の増援を求めなければならないが、それには当然帝国本土を守るための戦力を削る必要があった。

この時の彩峰中将の判断に関して、あくまで国連加盟国としての責務を優先させるべきだとの声が多い……だがしかし、いくら建前としてそれが正しくても国連加盟国としての責務を果たした結果自国の国土を防衛する力を大きく損なえばそれは本末転倒の見本でしかない。
(そしてその結果、本土防衛戦の内容が『史実』以上に過酷な物になる可能性さえあった訳だ)

大局的に見ればどう転んでも同じ結果になるであろう帝国の運命だが、それでも彩峰中将は少しでも帝国とその国民が助かる確率が高い方はどちらかと悩んだ末にあの結論を下したのだ。

そして私からの情報を得た彼は、自分と部下を犠牲にして難民と国連軍司令部の双方を助けることで帝国政府と軍上層部の要求を満たそうとしたのだろう。
 
 
「……酷い…理不尽」

私の話を聞いた彩峰慧の口から洩れた言葉がこれであった…そりゃあそう言いたくもなるだろう。

とどのつまり彼女の父親は前線の司令官一人が背負うにはあまりにも大き過ぎる責任を押し付けられ、それを全うするために死ななくてはならなかったのだから。

《うん、確かに理不尽な話だよね。 でもね彩峰訓練兵、それが軍人の務めだとボクは思うんだ》

「…何が?」

《君のいう理不尽に立ち向かう事が…かな~?》

「…?」

《つまりね、確かに君のお父さんに押し付けられた責任は無茶苦茶で理不尽な代物だったけど、それを押し付けた人たちだって別に君のお父さんに死んで欲しいとか困らせてやりたいとか思ってた訳じゃない…それは分かるよね?》

「…うん」

《あの時、光州ではそれぞれの国や軍の事情がお互いがバラバラになってて、そして帝国と帝国軍は丁度その天秤の支点のような位置に立ってしまっていたんだよ…それは誰かがそうしようとした訳じゃなくて、本当に運が悪かったとしか言いようのない物だったんだ》

「運が…悪かった…」

《うん、だけどそれでも君のお父さんは自分に課せられた責任から逃げようとはしなかった…自分がその責任から逃げれば結局多くの難民や後方の帝国にそれが災いとなって降りかかるでしょ? だからたとえどんなに理不尽な立場に立たされても自分に出来る最善を尽くす事が自分が軍人として為すべき事だと思ったんじゃないかな》

「人の為…父さんが良く言ってた言葉…」

《軍人はとても強い力や武器を与えられるよね、それは何のためかと言えば普通の人には対処する事が出来ない危険や災害や敵に立ち向かうためなんだ。 だから君のお父さんは自分に降りかかった不運からも逃げずに立ち向かったんだと思う…》

「父さん…」

《確かに光州で下した判断を理由に君のお父さんの悪口を言ってる連中はたくさんいるよね、でもそんな連中がもし彼と同じ責任を負わされたらどうだろう? 多分何も出来ずに右往左往するか、『こんなのオレに責任はない!』とか言って自分の責任を他人に押し付けて逃げ出すのが関の山だろうね。 だからそんな連中の言う事を気にしちゃダメだよ》

「………うん!」

ようやく彼女は力強く頷いてくれた…やれやれ、ホッとしちゃったよ。

「ありがと…励ましてくれて」

彼女が…彩峰慧がそう御礼を言ってくれるが……心が痛いなあ…御礼を言われる資格なんかないんだから。

《あ…あはは~~御礼なんていいよ~~、それより今度からは小隊の仲間に悩みを打ち明けるようにした方がいいよ~~》

「榊に悩みを……ぶんぶん、弱みを握られる…」

首を振らずに擬音を口にして彩峰君はそう言うが…うむ、説得の脈はあるな。

《だ~いじょうぶ、あの榊訓練兵だって自分のお父さんの事では色々と悩んでるみたいだし~、ああいいう委員長属性の子って他人の弱みに付け込むってあんまりやりたがらないタイプだと思うよ~?》

「いいんちょうぞくせい?」

う~む、この世界ではまだ成立していない概念だったかな? 委員長属性…

《え~とね、榊さんて分隊長っていうよりも学校のクラスの委員長ってイメージが強いと思わない? そう言えばなんとなくわかると思うんだけどな~》

「…こくこく、なんとなく分かる」

《彼女はいつもキツイ事を言うけどそれは自分に課せられた責任を果たそうとして言ってるんだと思うんだよね~》

「…おせっかい女」

《うん確かにね~(苦笑)、でもそれくらいでないと務まらない役割なんだと思うんだよ委員長って……そしてもちろん『分隊長』もね》

「…うん」

《彼女のおせっかいを素直に受けて見るのもたまにはいいんじゃないかなあ~~~?》

「…たまにはね」

《うんうん♪》

「ヤキソバありがと…じゃあね」

そう呟いて彩峰慧は行ってしまった……強く生きるんだよ? 生きてさえいれば何時かはいい事だってある筈だから…多分。
 
 
《行っちゃったな~~~……それで?何時までそこに隠れてるつもりなのかな~~?》

私が物陰に向かってそう声をかけると隠れていた人物は一瞬ビクッと震えた後、その姿を現した。

…そちらから出向いてくれるとは実に好都合だよ委員長君。

《初めまして榊訓練兵~~~、ボクは宇宙の戦士ダンボール戦車「あなた何者なの?」…って、今言ったのに~~》

やれやれ、せっかく自己紹介したのに人の話を聞いてないのかな? このツンデレ委員長くんは…

「…一体何を目的にして私たちの周りをうろついているの? 誰の差し金!?」

《え~と、どうしてボクが君たちの周りをうろついてるって分かったのかな~?》

「珠瀬や鎧衣が話してくれたからよ、自分たちの問題点を指摘してくれた『親切なダンボール箱』の事をね」

そうか、ちゃんと話をしたのか…うんうん、それでいいんだそれで。

《そうか~~~二人ともちゃんと話をする事が出来たんだ~~~、良かったね~榊分隊長》

「ッ…!! あなた私を馬鹿にしてるの!?」

《そんな事ないよ~~、ボクはただ君に……君たちに死んで欲しくなかっただけさ》

「…え?」

その言葉に不意を突かれたかのように戸惑う榊訓練兵…さて、それではOHANASIを始めようかな?

《このままでは君たちは衛士になっても生き残る事は出来ない…もっともそれ以前に衛士になる事自体難しいだろうけどね》

「…! どうしてあなたにそんな事が分かるのよ!?」

《そりゃあ分かるさ、君たちB分隊の現状を見ればね》

「…ッ!」

《君たちB分隊は個々の能力ではA分隊のみんなよりも遥かに優れている…でも部隊としての能力はA分隊に劣っているからね》

「……」

私のその言葉に榊千鶴は何も言わずに唇を噛み締めている。

分かっているのだ彼女には…誰かに言われるまでもなくその事実が。

《衛士の戦いは戦場の状況をどれだけ自分たちの陣営に有利に誘導出来るかが問われる…つまりはチームの一員として、あるいは軍全体の中の一部としてどれだけ貢献出来るかが重要なんだ。 チームとしてちゃんとした働きが出来なければ総技演習で合格出来る訳がないでしょ~?》

「それは…」

《もしも運良く総技演習をクリア出来たとしても同じ事だよ? たとえB分隊のメンバーと違う部隊に配属されたとしてもチームの一員…《部隊の細胞》として上手くやっていけない衛士が長生き出来るほどBETAとの戦いは甘くはないよ~?》

「…馬鹿にしないで! 戦場で死ぬのを恐れるくらいなら最初から衛士になろうなんて思わないわよ!」

うんうん、確かに君たちこの世界の子供たちの覚悟はある意味で素晴しいとは思うけど、でもね…
 
 
《…それが只の犬死にだとしても?》

「…! どういう意味?」

《戦場に出て最初の戦いで何も出来ずに死んじゃったら…それでもいいのかな~って意味だけど?》

「どうしてそんな事が分かるのよ!?」

《そりゃあ分かるさ、チームの細胞としての機能を果たせない衛士が『死の八分』を超えられる訳がないからね~》

「それは…」

《だからそれを克服するにはどうしたらいいのかなあ~~って、みんなに言ってみただけだよ♪》

「…誰に頼まれたの?」

《はい~~?》

「理由も見返りも無しにどうしてそんなおせっかいを焼いたりする訳? あなたの言う“知り合い”の内の誰かに頼まれたんじゃないの?」

榊千鶴は固い表情でそう言い募る……ああ、そう言う事か?

《別に誰かに頼まれたって訳じゃないよ~? 君や他の子の親御さんたちはみんな君たちの事を心配してはいるけど余計な干渉は却って君たちのためにはならないって思ってるみたいだったし~》

「……そう、でもそれならどうしてあなたは私たちに色々とおせっかいを焼いたりするの?」

自分の父親たちが余計な世話を焼こうとしたのかと思っていた(らしい)彼女は少しだけ語気を弱めてそう聞いて来た。

《さっき彩峰訓練兵にも言ったけど、ボクは君たちのお父さんとは知り合いなんだ~ だからあの人達の子供が戦場で死んだりするのは嫌だったんだよ》

「……」

《特に君のお父さん…榊総理は傍目に見ていても気の毒なくらい色々な事情やしがらみのせいで苦労ばっかりしているのに他人からは理解されずに逆に恨みを買っているしね…そんな人が自分の娘まで失ってしまったら可哀想どころじゃすまないと思ったんだ~》

「別にそんな事…」

そう言いかけて彼女は、榊千鶴は言葉を途切らせた。

そこから先の思いは彼女自身でも分からない、言葉に出来ない物なのだろう…

《…人の上に立つって大変な事だよね~ たくさんの人の意見に耳を傾けなきゃいけないし、逆にそれらの全てを受け入れたら立ち往生するしかないし、それでもなんとかみんなを纏めなきゃいけないんだもんね~》

「…それくらい分かってるわよ」

《うん、でも分かってるだけじゃダメなんじゃないかにゃ~~?》

「どういう事?」

《自分の責任を理解してるだけじゃなく、その責任をチーム自体がきちんと果せるようにしなきゃ意味がないと思うんだ~》

「…それは、確かにそうだけど」

《お互いに言葉を交わすってのは大切な事だと思うよ? 自分が何を言いたいのか、お互いにどうしたらいいのかをすぐに分かり合えるような関係を築くにはまずお互いの事が普通に話せるような関係でなきゃ上手くはいかないと思うんだ~~》

「そうね…」

何処か悄然とした表情で彼女はそう呟く…よし、もうひと押しかな?

《君たちB分隊のメンバーはみんな素晴しい可能性を持っている…そして君たちに欠けているのはチームとして戦うための心構えだと思う。 それをどうやったら克服できるかみんなと言葉を交わしてみたらいいと思うよ~?》

「…他のみんなはともかく、『あの』彩峰が素直に話をするかしら?」

《あ~~~、確かに難しいとは思うよ? でもほら、君も隠れて聞いてたでしょ? 彼女だってその気になればちゃんと話をしようと努力すると思うんだ~~ …ちょっと日本語が通じにくいところがあるけどね》

「…ぷっ、そうね」

うん、やっと笑ってくれたね…女の子はその方がいいんだよ。

《それじゃボクはそろそろ「何処へ行くんだ?」…へ? アレ? ケイシーさんとまりもちゃん~~?? ど・どうしてここが…?》

何と、ミッション完了…と思って油断していた私の目の前に出現したのはケイシーと神宮司軍曹の二人だった。

《マ・マズイ…ここは戦略的逃避行で…って、アレ? ちょっと! 榊君!踏んでる!キミ踏んでるよボクの事~~~!!》

屋上から飛び降りて逃げようとしたのだが(メビウスを使うと消えたと分かるので今はまだ不味い)榊訓練兵が自分の足をダンボールの上にのせて踏みつけにしているために身動きが取れなくなっていた…これはヤバイ。

「よし、いいぞ榊、そのまま抑えつけておけ」

「はっ!」

《な、なんでこんな事に…》

「…なんでじゃなくて当たり前だろう? 自分の分隊のメンバーが不審なダンボール箱にまとわりつかれている事を知ればそれを上官に報告するのは分隊長として当然の判断だろう(そうじゃないかダン?)」

最後の部分だけは声に出さず唇を動かしてケイシーがそう言うが……榊君!? キミまさかボクを罠に嵌めたのか~~~!!?? なんてこった!飛んで火にいる夏の虫は私の方だったのか!?

「あの…このダンボール箱ってどうなるんでしょうか?」

ちょっと可哀想だとでも思ったのだろうか、榊訓練兵はそう二人の教官に尋ねるが……そう思うならその足をど~け~て~~~(泣)

「心配するな、このイタズラなダンボールは本来は社少尉が使用している備品のような物だし、イタズラをさせていた張本人にはこれからたっぷりとお仕置きをするから問題はない」

神宮司軍曹が何やら楽しそうな表情でそう言ってるけど…まりもちゃん、まさかあなた例のアラスカでのウサミミ事件をまだ根に持って…いるんだろうなやっぱり。

そうこう言ってる間に哀れこの私こと宇宙のダンボール箱はライバック曹長によって紐で縛られ荷造りされてしまっていた…箱の正しい扱い方と言えるのだろうか?

「よし榊訓練兵、これで任務は完了だ。 自分の部屋に戻ってよし!」

「はっ!」

「それと榊…今このダンボールに言われた事の意味をじっくりと考えてみる事だ」

「…はい、神宮司教官」

まりもちゃんにそう言われて神妙な顔で榊訓練兵は返答した。

うん、私に出来る事はここまでだな、後は…

「…後は我々二人とじっくりと話をしようか? ダン?」

……とほほほほ(涙)
 
 
 
 
 
その後、横浜基地の片隅で二人の訓練教官がダンボール箱に向かってお説教を垂れるという世にも奇妙な光景が見られたが、その背景を知っている人間は殆んどいない…ちなみにその説教の現場に刀を持った某斯衛軍中尉が乱入し、さらにそれを香月博士直属のウサミミ少尉が助け出したとの事である。
 
 
そしてその後、件のダンボールは姿を見せなくなったのかと言えば…

「茜ちゃ~~ん! ダ、ダンボールが…ダンボールが来るだよ~~~!! お、おらとあがねぢゃんの事を引き離そうとしてるに決まってるだ~~~!!!」

「多恵! あんた何訳分かんない事叫んでるのよ!?」

「あっはっは~~~多恵のところにも来たんだ~~アイツ♪」
 
 
 
 
…案外懲りてないようである。
 
 
 
閑話15終り
 
 
 
 
 
 
【おまけその1・モロボシからの宿題】

「まったく、もう少しマシな方法を思いつかなかったのか?ダン」

「そう言うなよ~~、“大人”が話をしたってダメな事だってあるだろ~」

「それはそうだがね…アンタの趣味は少し面白過ぎるんじゃないか?」

…ほっとけ。

「げふん! まあそれは置いとくとして実はケイシー、君にちょっとした『宿題』を出して置きたいんだけどね」

「ほお? 一体どんな宿題だ?」

「これがその宿題の内容だ…良く読んで京塚曹長と二人で取り組んでみてくれないか?」

「ふむ、これを一体どこで…ダン、まさかこれは…」

「アラスカへ帰るまでにはまだしばらく時間があるからね、頼んだよ」

「オーケイ、やってみよう。 …しかしつくづく面白い事を考えるなアンタは」

「…それほどでもないさ、BETA大戦さえなければ誰かが当たり前のようにやっていたであろう事を私が試すというだけの事だしね」

「BETA大戦さえなければ…か、そうであればオレも案外こんな事ばかりをやっていられたのかな」

「さあ、どうかな? それじゃあ頼んだよ」

「オーケイ、ボス」
 
 
 
 
 
【おまけその2・とある社長の道楽】

《モロボシさ~ん、ハナガタミ社長から荷物が届いてますよ~~?》

「へえ~、一体何を送って来たのかね? こっちからの注文以外の品なんて……ってえ!? なんじゃこりゃああああああ!!!!!!!!!

《一体なんやねん大きな声出して…って、こらまたゴッつい代物やなあ…》

《凄いなあ~~~ これって一応戦術機ですよね~~?》

「戦術機…なんだろうね、多分」

≪マスター(管理者)、これの贈り主であるミスター・ハナガタミからのメッセージが添付されていますが?≫

「え~~なになに? 『趣味で考えた企画が何故か通ってしまい、気がつけばコレが完成していました。 何かの役に立てて下さい』……だとさ」

《ふ~~ん》《ほお~~》≪流石はマスター(管理者)のお友達ですね≫

何であんなバカが企業の経営者なんか…まあ同族経営だから仕方ないのかも知れないけどさ。

《あ~~それと、これはマニュアルですね~~》

「ふ~ん………おいおい、こんな物を一体誰が操縦出来るって…あ、一人だけいたか…ふむ、それなら例の計画の大道具としてコレを使って見るかな? せっかく貰った物を無駄にするよりはマシだろうし」

≪また何か邪悪な企みを巡らせるつもりですねマスター(管理者)は…一体どうすればこの歪んだ人格はまともになるのでしょうね?≫

「あのな…人の事をとやかく言う前に自分の歪んだロジックでも矯正したらどうだ?」

《ね~モロボシさ~ん、これを一体何に使うの~?》

それは次回のお楽しみ♪
 
 
 
 
 



[21206] 閑話その16「あの日見た戦術機の正体を僕たちは知らない!?」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:501c65f8
Date: 2012/03/14 20:32

閑話その16 「あの日見た戦術機の正体を僕たちは知らない!?」

 
【2001年5月某日 アラスカ・ユーコン基地 テストサイト18】

『アルゴス1より各機、現在CPとの連絡及びデータリンクが途絶えている…周囲に警戒しどんな些細な異変も見逃すな』

『アルゴス2了解』『アルゴス3了解!』『アルゴス4了解しました~!』

小隊各機からの返事を確認したアルゴス1…不知火弐型1号機の衛士篁唯依は誰にも聞こえない程小さな溜息をついた。

彼女の溜息の理由…それは突然吹雪の中でCPとの連絡が途絶えた現状のためではなく、これから起きるであろう『予測不能な事態』の『元凶』…諸星段のせいであった。
 
 
 
 
3日前、突然日本に一時帰国していた諸星から唯依に通信が入った。

「訓練中に予測不能な事態が発生した場合にどの程度の対処が出来るかの試験…ですか?」

『まあそんなところでしょうかね、試験の内容はこちらで準備しますから』

「大尉、質問してもよろしいでしょうか?」

『何でしょう?』

「どうして今の時点でそのような予定にもない試験を行わなければならないのでしょうか?」

現在唯依たちアルゴス小隊は組み上がった不知火弐型(現時点では2機編成で唯依が1号機、ユウヤが2号機の開発衛士として搭乗)の試験運用を開始してからまだ半月程度であった。

唯依にとって2号機の開発衛士であり自分の部下でもあるユウヤ・ブリッジスはその日本人嫌いと他人を寄せ付けない性格から『扱い辛い人間』の見本と言っても良い。
(彼女自身もある意味同じなのだがそれは言わないお約束である)

彼女はそんなユウヤと時に感情的な衝突を繰り返しながらも今日まで何とか順調に試験を行って来ていた。

(確かにブリッジス少尉は日本に対して色々と否定的な見解を示すが、真面目で優秀な衛士である事も事実のようだ…近接戦闘に関しては米軍上がりのためか明らかに実力不足ではあるが射撃の腕は一級品だし、慣れない日本機の操縦もあの厳しい猪川少佐に食い付いて鍛錬した成果かこの短期間に問題なく操れるレベルにまで上達している)

だからこそ、今この時点で余計なトラブルの原因となるような事は避けたい…そんな唯依の内心を見抜いているのかいないのか、諸星は飄々とした表情で言った。

『今の時点だからこそですよ、篁中尉』

「…え?」

『やっかい事が目の前に来てからでは遅いですからね、特にブリッジス少尉は実戦経験がありません』

「! 大尉、それは我々が実戦を経験するような事態が起きると…?」

諸星の言葉に表情をこわばらせながら唯依は尋ねるが、相手の方は相変わらず瓢箪鯰の顔で答える。

『まあ実戦と言っても色々なケースが考えられる訳でして…だからこそ“予測不可能”な事態を演出し、対処させようと言う訳ですよ』

(色々なケース…一体大尉は何を予測しているのだ?)

『ところで篁中尉、そのブリッジス少尉ですが…彼は米軍上がりですから刀を使用した近接戦は不得手でしょうな?』

頭の中で疑問を浮かべていた唯依に向かってモロボシは唐突にそう切り出した。

「! はい、確かに彼の近接戦における実力はやや不足気味ではありますが…」

『今の内にそれも克服させるように仕向けた方がいいですね』

「ですが…それは一朝一夕に出来る物ではありませんし、また長刀を使用した場合のデータの蓄積は自分が行えば済む話ではないかと思いますが?」

『確かにその通りだし、特に日本嫌いの彼に日本式の剣の使い方を覚えさせるのは難しいでしょうが……これも先の事を考えれば必要事項なのですよ』

(先の事…一体大尉はどんな目算を…?)

『まあ、その辺の事情はいずれお話する事もあるでしょうが今回は黙って私の話を聞いてはもらえませんか篁中尉』

(確かにブリッジスに長刀の使用をマスターさせればそれは弐型を完成させる上でもプラスにはなるだろう、しかしあえて時間をかけてまでする程の理由が…いや、おそらく大尉の口ぶりから考えて自分の知らない事情があるということか…ならば)

「了解しました…それで自分は一体何をすればいいのでしょう?」

熟慮の末、覚悟を決めた唯依がそう言うとモロボシは嬉しそうに頷き、説明を開始した……
 
 
 
 
 
 
 
(CPとの通信が遮断された状況で未知の相手との遭遇戦…大尉の説明はそれだけだったが、『相手』に対して一切の手加減は無用と言うのは一体…?)

一体どんな相手が仮想敵として現れるのか、それの事を思い耽っていた唯依にレーダーの表示が所属不明機の接近を知らせて来た。

(来たか…!)「アルゴス1より各機!所属不明機の接近を確認した! 警戒せよ!」

「了解!」「りょ~かい! 何処のバカだ?」「この吹雪で迷子にでもなったか?」

半分軽口を叩きながら接近して来る戦術機に対して警戒態勢を取っていたアルゴス小隊だったが…やがて映像でその姿を確認した彼らは思わず顎が落ちそうになっていた。
 
 
「…な!」「何だと…!」「おい…何だよこれ?」「…F-4、だよなこの機体?」
 
 
そしてその機体は彼らの目の前に着陸するが…

「デカい…」「バケモンかよ…」

…そう、その『戦術機』は巨大だった。

機体カメラによって解析されたその機体の形状はF-4ファントム、もしくはその系列機に酷似していたが、大きさの方が異常であった。

全長が約40メートル、体積にしてオリジナルの8倍という非常識どころではないサイズのF-4戦術機が彼らの前に立っていたのだ。
 
 
「…所属不明機の衛士に告げる、この演習区域は『XFJ計画』を遂行する我々アルゴス小隊が使用している。 所属と機体名を明らかにせよ」

内心の驚愕を押し殺しながら冷静な声でそう呼びかけた篁中尉であったが、相手の巨大戦術機から返って来た返答は…
 
 
 
「うむ! よくぞ集いし我が精鋭たちよ!! ワシが貴様ら戦術機と衛士たちの守護神・大撃神であるっ!!」
 
 
 
…彼女、篁唯依にとっては耳にタコが出来る程に聞き慣れた声と台詞であった。
 
 
(ぐ・紅蓮閣下~~~~~!!!!!! こんな所で一体何をしておられるのですか~~!!!)
 
 
非常識な所属不明機の中身(衛士)がある意味機体以上に非常識な帝国斯衛軍の暴れん坊大将だと気付いた彼女は、ほんの一瞬だけこれを仕組んだ男に対して殺意を覚えていた…

(諸星大尉!あなたはなんという場所になんという人を!! 我々のXFJ計画が遂行不可能なまでの損失を被っても構わないと仰るのですか!!)

…ある意味自分の上官に対してこれ以上は無いほど失礼な脳内発言ではあったが、事情を知っている人間ならば誰もが唯依の意見に同意しただろう。

だがそんな唯依の苦悩を無視するかのように、巨大戦術機・大撃神の傍若無人の発言は続く。

「聞けばお主たちは新たなる戦術機の開発に勤しんでおるそうだが、それには優れた能力と強靭なる精神が必要である! 果して貴様らの能力がそれに足る物であるか否かこの大撃神が試してやろう………まずはそこの『チョビ』とやらからかかって来るが良い!!」

「な・ん・だ・と・この野郎~~~!! 黙って聞いてりゃ図に乗りやがってえ~~~~!!!」

当然の如くチョビ…もとい、タリサ・マナンダルの怒りに火が付く結果となった。

殆んど条件反射のような速さでACTVのナイフシースから短刀を取り出すと目の前のデカ物目がけて突進する。

「やめろマナンダル少尉! 貴様がかなう相手では「うっせえ~~~!!!」…馬鹿者が」
 
 
「ふん、そんな小太刀で何が出来るか! ハエが止まっておるわ!!」

「むぎゃあっ!!」

「…なあ!?」「おい!?」「…だから言ったのだ」
 
 
次の瞬間、彼らが見たのは謎の巨大戦術機がその大きさから想像出来ない程の身軽さでタリサの突進をかわし、なんとその機体の指先がACTVを“デコピン”で弾き飛ばす姿であった。

そのあまりにも桁違い…いや非常識な強さを目の当りにしたユウヤとヴァレリオはその場に固まって動けなかった。

唯衣はそんな二人を後ろにかばうようにして目前の巨大な機体と相対する位置に立った。

「おい!何やってるんだ中尉!」「無茶はよせ!一人で相手が出来るか!」

「いいから下がっていろ、貴様たちがかなう相手ではない!」

そう言って二人を下がらせた唯依の不知火・弐型1号機は背中の74式近接戦闘長刀を抜き正眼の構えを取る…

「ほおう…我が実力を見抜いてなお怖じけぬとは中々の胆力よ、ならばコレで相手をしてやろう」

そう言って大撃神が背中から抜き出したのはこれまた巨大な『竹刀』であった。

(な…! 何という非常識極まりない物を…諸星大尉! 一体あなたは何を考えているのですか!!)

このふざけた演出を考えたであろう男を頭の中で糾弾しつつ改めて長刀を構え直し、相手の隙を伺う唯依であったが…

「ほうれ、そちらから来ぬのであればこちらから行くぞ!」

そう叫んだ巨大戦術機の持った竹刀が唸りを上げた。

それをあらかじめ読んでいた唯依の弐型は横へ飛ぶようにして相手の太刀筋をかわしながら懐に入ろうとする。

「甘いわ!!」「…くっ!」

一度はかわしたと思った巨大竹刀がそのままの速さで戻って来て弐型を捉えるかと思われた瞬間、唯衣は自分の長刀を羽を廻すように動かして相手の竹刀を弾いた…が、しかし。

「ふんっ!」「うあっ!」

リーチとパワーで圧倒的に勝る巨大竹刀の一撃を完全には受け流せず、その力に押されて後ろに戻されてしまう。

(なんというパワーだ! それに速さも…あの異常な大きさの機体を一体どうやってあれほど素早く動かす事が出来るのだ!? …だが負けてはおれん、閣下や諸星大尉の思惑は知れないが手加減無用と言うのであればそうさせてもらうまでの事だ!!)

そう決意を固めると唯衣は1号機の操縦桿を握り締め、相手の後ろに周り込もうと機体を動かす。

「ほう、ならばっ!」

その意図をさとった大撃神が再び大振りの斬撃を浴びせる。

「そうはいかぬ!」「むうっ!だがまだまだであるっ!」

ギリギリでそれをかわした唯依が今度こそ相手の懐に入り込もうとするところにまたも凄まじい速さで竹刀が戻り、それを今度はもう一歩踏み込んだ唯依の長刀が上手く返す……そこからは壮絶な剣技の応酬となった。
 
 
 
「す…すげえ…人間業じゃねえだろ…」「くっ…!」

それを見ていた二人の内、唯依と同じ弐型の2号機に乗っているユウヤは唇を噛み締めて震えていた。

恐怖ではなく、感動と…そしてくやしさからである。

(なんて動きを見せるんだあいつらは…近接戦闘の技術がこれほどの高みにあったなんてオレは知らなかった…なによりあの長刀を使った動き、アレは一体どうすればあそこまでの動きが可能になるんだ? まるで人間そのもののような滑らかで素早い挙動…くそっ! オレはこの機体を十分に動かせるレベルにまで来ていたと思っていたがとんでもない間違いだ! だが…だからって負けてられるか…オレだって…!!)

「おい! ユウヤ!!」

頭の中で自分の思いに耽っていたユウヤをヴァレリオの声が現実に引き戻した。

「…ッ!! すまんVG、ちょっと見入っちまってたらしい」

「無理もねえさ…あんなとんでもないモン見せられてはな、けどこのままじゃあのお姫様に勝ち目はねえぞ?」

(ッ! 確かに…明らかにタカムラの方が押され気味だ)

「オレたちが何とか援護するしかないだろうな…問題は36mmは演習用の空砲しかないから刃物を使うしかないって事だが…」

「…オレのセカンド(弐型)は中尉と同じ長刀だがお前のACTVは短刀だろ? それじゃチョビの二の舞いになるんじゃないか?」

「と、向こうもそう思うわな。 だからよ…」

それからヴァレリオが話す内容を聞いたユウヤは難しい表情で頷く。

「分かった…だが上手くやれるんだろうな?」

「あったりめえだろうが、任せろって! それより急がないと篁中尉が持たないぞ」

「…よし! 行くぞ!!」
 
 
 
 
 
 
唯依は次第に押されていた…いや、初めから押され続けていたのに加えて自分の精神力が徐々に削られて来たのを自覚し始めたのだ。

(なんという…只でさえ巨大過ぎる機体をこれほど素早く柔軟に動かすとは、紅蓮閣下なればこその神業ではあろうが…くっ、こちらの方が少々苦しくなって来たか!)

大きな相手は動きも鈍く、懐に入れば小さな方に有利な戦いが可能…という定石は目の前の化け物には全く通用しない。

逆にその大きなリーチを存分に活用して自分を捉えようとする巨大竹刀の動きから身をかわすのが唯依程の衛士であっても精一杯であった。

「むう! 来おったか!!」「なっ…! ブリッジス!?」

「うおおお~~~!!!」

突如、唯依が押され気味になっていた戦いの中にユウヤの2号機が乱入して来た。

「止めろブリッジス!! 剣で貴様が敵う相手でない事くらい…!!」

「んなことは承知の上なんだよお~~!!」

唯依の制止を振り切ってユウヤは2号機を突進させる…と思いきや直前で回避行動を取り相手の背後に回ろうとする。

「ふっ! 甘いわ!!」

その2号機の行動をあらかじめ読んでいたかのように竹刀を返して打ち据えようとする。

「取ったあ~~~!!」

そこへ狙い澄ましたようにヴァレリオのACTVが突っ込んでナイフを叩き込もうとするが…

「ふんっ!!」

「なっ!!」「ぐは!」「くうっ!!」
 
 
ユウヤが誘いヴァレリオが突っ込む、さらにそこへ唯依も斬り込んで相手を仕留める…

無言の内に成立していたコンビネーションは、しかし大撃神が同時に抜き出していた二本目の竹刀によって全て弾き返されていた。

「ふははははは! このワシに二刀を持たせるとは中々の兵(つわもの)どもよ! さて、それでは本番を始めるとしよう…「ざけんじゃねえ~~~!!」ぬわっ!?」
 
 
一瞬だけ(?)油断していた大撃神の足元を気絶していたとばかり思われていたタリサのACTVがいきなりしがみついて引き倒そうとする。

「むうっ! 大人しくしておると思えばこれを狙っておったかチョビとやら!!」

これがヴァレリオの立てた作戦だった

まともな戦法ではどうあがいても勝ち目はないと判断した彼は自分とユウヤの双方が囮となって相手の注意を引き、その上で死んだふりをさせておいたタリサ(途中から目覚めた彼女は動かずに相手の隙を窺っていたのだ)が足を奪って相手の巨大な図体を倒す…その作戦が見事成功したかに思えたのだが…残念ながら相手は『あらゆる意味』で『常識』を逸脱した存在であった。

「むんっ!」「だああっ!?」

しがみついたタリサのACTVを事もなげにその足を振り上げて空中に放りあげる大撃神(非常識の塊)

そしてすかさず竹刀を野球用バットのように構え、思い切り大振りなスイングでタリサの機体を「打った」

「受けよ!我が秘奥技・大撃神葬むらん!!」

「どわああああぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~」


悲鳴と共にタリサの機体はそのまま吹雪の彼方へと『飛んで』行くのだった……

「「「……………」」」

「安心せい峰打ちじゃ、死んではおらぬわ」

戦術機の…いや、人類の物理常識すら凌駕する非常識事態に唖然となる唯依たち三人に向かってそう言い放つ大撃神。

「思ったよりは出来る者たちのようだのう…今日のところはこれくらいで勘弁してやるとしよう。 次に会う時までにせいぜい腕を磨いておくがよい…さらばじゃ!!」

そう告げると謎の巨大戦術機は吹雪の中へと去って行った。

「な! おい貴様!!」「待てユウヤ! 追うんじゃねえ!!」「よせ!ブリッジス! 今はマナンダル少尉の方が先だ!」

「…くそっ!」

相手を追おうとするユウヤを唯依とヴァレリオが引き止め、彼らはタリサの機体が飛ばされた方へと向かう…
 
 
 
間もなく発見されたタリサのACTVは信じられない(と言うかあり得ない)ことに機体も衛士も無事であり、損害は最初の『デコピン』で生じた機体頭部の半懐と何故かコクピットの中のタリサの頭部に出来ていたタンコブのみであった。

その後、ユーコン基地に帰還した唯衣は部下たちに今回の一件がモロボシの提案による特殊訓練であった事を説明した上で全員に秘密の厳守を言い渡すと同時に、事情を知って憤激する彼らを宥めるという苦労を負わされる事になる。
 
 
 
 
 
 
【土管帝国・某所】

《モロボシさ~ん、紅蓮閣下が帰って来ました~~》

「ああ、それじゃあこっちに呼んでくれたまえ」

《は~い》

…うん、何とか上手く行ったかな?

今後の様子を見なければ何とも言えないが、あの馬鹿げた機体(大撃神)を使った今回の作戦は取りあえず成功した(と思う)

しかし自分で仕掛けておいて言うのもなんだけど、つくづく非常識な機体と衛士だよなまったく…

え? 何が何処まで非常識なのかちゃんと説明しろって? 何故オルタ世界でスーパーロボットみたいなのがあんな物理法則無視した大暴れをやってるのかって?

…よろしい、では説明しよう。

まず今回使用した巨大戦術機『大撃神』だが、これは我々の世界の民間協力者たちの代表であるハナガタミ・ツル氏(フルネームで呼ぶと彼は怒る)が経営するオモチャメーカー『ハナガタミ・トーイ』によって製作された8/1スケール撃震・完全稼働型がベースになっている。

…何? そんな巨大過ぎるプラモ造ってどうするんだって?

いや、そんな事を私に言われたって困るんだ(苦笑)

別に私が製作を依頼したのではなく若(バカ)社長とその部下たちが冗談で立ち上げた企画をそのままノリで推し進めていたら最後まで突っ走ってしまい、気がつけばモノが完成してしまっていた…という事らしいのだ。

せっかく造ったのだからこれを無償で提供するので何かに使って欲しいと言われたので、それではとお言葉に甘えて使わせてもらった訳だ。

……そのうち会社潰すんじゃないかアノ社長は?

そしてこの機体のスペックだが、これが実は可動型フィギュアとは思えないくらいの代物なのだ。

まず装甲を始めとする機体の強度はリアル撃震の優に50倍(!)以上もあり、レールガンやレーザー砲ならともかく36mmが当たったくらいでは穴が開くかどうかも怪しいだろう。

動力源はメビウスではなく超大容量のハイブリッド・キャパシターだが、その出力は見ての通りあの巨体を軽々と動かし、その気になれば要塞級を相手に相撲さえとる事が出来る(ちなみにメビウスは公的機関で使うシステムにしか使用が許可されていない)

さらにその操縦システムは製作者の趣味全開であの『Gガ〇ダム』を参考にした『モビルトレースシステム』が採用されている。

もっともそんなトンデモナイ操縦システムに対応出来る人間などこの世界には一人しかいなかった…そう、紅蓮醍三郎しか動かす事は出来ないのだ。

(あるいは他の人間でも可能かもしれないが、そんな危険な人体実験は人道的見地からも到底許される物ではないだろう…宇宙怪獣のオモチャにする以外の選択肢は存在しなかったのだ)

このとんでもないオモチャを与えられた紅蓮閣下は喜々として機体の慣熟機動訓練をこなし、あっと言う間に自在に扱えるようになった……本人の弁によれば『従来の戦術機よりもこれの方が性に合う』のだそうだ。

(一つ困った事はこの機体の性能にすっかり酔いしれた閣下が『機動試験を兼ねた間引き作戦』と称して佐渡島ハイヴへと出撃しそうになった事だった。 間引き作戦どころか一人で佐渡島を攻略するつもりなのは明らかなので、私と先生とタチコマくんたちが総がかりで何とか止める事には成功したが…まったく少しは分別という物を弁えて欲しい物だよな)
 
 
そしてその機体『大撃神』を操縦した紅蓮大将によって今回の一幕が行われた訳だ。
 
 
…なに? あの非常識な竹刀とタリサホームラン事件の真相?

うむ説明しよう、まずあの巨大な竹刀は私がオシリスに命じて造らせた大撃神専用装備だ。

もちろん機体のサイズに合わせた8/1サイズの74式長刀もあるのだが、今回の目的の為にこれが必要になると判断した為だった。

普通に使用してもその巨大さと頑丈さから充分な破壊力を持つ『棍棒』ではあるが、もちろんそれだけではない。

この巨大竹刀、実は中にメビウスが仕込んであるのだよ。

それを稼働させる事によって発生する反重力フィールドの効果でACTVを壊さずに空高く飛ばす事が出来るという訳だ…結果として機体もタリサ君も無事だったのはそういうタネがあった訳だ。

もちろんこの竹刀、そういった『非殺傷設定』だけがウリではない。

その気になってメビウスの反重力フィールドを操作すれば事実上ラザフォード場と同じ効果を竹刀に持たせる事が出来る。

その状態であの怪物大将が竹刀を振るえばどうなるかは言わなくても…まあBETA以外にそれを向ける事はないと思うけどね…(多分)
 
 
え? それでどうしてお前はこんな騒ぎを引き起こしたのかだって?

それはだね…
 
 
 
 
 
 
【アラスカ・ユーコン基地】

「篁中尉!」

「…どうした?ブリッジス」

「アンタに頼みがある」

「頼み…? 私にか?」

普段から自分に対して反抗的な態度ばかり示すユウヤから突然想像もしなかった言葉をかけられた唯依は、戸惑いながらも彼の話を聞く事にした。

「オレに…オレに刀の使い方を教えてくれ!」

「なに!?」

「オレは今まであの弐型を上手く動かせていたつもりだった…けど今日のアンタとあのバケモノの戦いを見せられてそれがとんでもない勘違いだと分かった。 刀を使った近接戦闘は決して無意味な物じゃないって事も見ていて分かってきた…けど、オレはまだ長刀を上手く使いこなす事が出来ない。
オレはあの機体の開発衛士だってのにそれが出来ないんじゃ話にならない! だから頼む! オレに刀の使い方を教えてくれ!」

「ブリッジス…」

自分を嫌っている筈の、それも極めてプライドの高い男が自分に頭を下げてまで頼みごとをしている…それも弐型をより良く動かすために。

唯衣は自分の胸の中に何か熱い物がこみ上げて来るのを自覚していた。

そして同時に気付いた…何故諸星が今回の一幕を仕組んだのかその理由を。

(そう…だったのですか、これがあなたの目的だったのですね大尉? 日本機とその運用方針に対して偏見を持っているブリッジス少尉に新しい見地を与え、より高みを目指すように仕向ける事が)

「分かった、貴様に剣の使い方を1から教えよう」

「そうか、感謝するぜ中尉! いつか…いつかオレは必ずアンタやあのバケモノに戦術機で勝てるようになって見せるぜ!」

「ふっ、それは大変な目標だな…だが私の指導は厳しいぞ、泣き事は許さんからな?」

「言いませんよ、オレはね」

自信に満ち溢れたユウヤの返事を聞きながら唯衣は心の中で呟いていた。

(大尉…ありがとうございます、これでブリッジス少尉がより弐型の開発に積極的に取り組んでくれれば彼自身のみならず弐型の開発自体ににもきっとプラスになってくれるでしょう……………ですが………言いたくはありませんが、どうしてあなたはもう少しまともな方法を取る事が出来ないんですか!?
 
 
唯依のその言葉は声にはならず、当然ユウヤにもそして他の誰にも聞こえはしない。

だがその時、遥か彼方のどこかにいるコウモリ男はくしゃみを連発していたかもしれない。
 
 
…そして後日、唯依の報告(もしくは告げ口ともいう)によってモロボシは巌谷に、紅蓮は帝都城の女性陣たちによってこってりと油を絞られる事になったのは言うまでもなかった。

 
 
 
閑話16終り
 
 
 
 
 
【おまけ】

《てな訳で~無事計画は成功して弐型はさらに進化する事が出来るだろうってモロボシさんが言ってました~~》

「…そうですか(溜息)」

《え~と…殿下~どうかしましたか~~?》

「紅蓮も諸星も存分に楽しめて良かったですね…それに比べてこの身は仕事ばかりで…」

《え・え~とですね、あのその例の件なんですが~~》

「! 出来たのですか!? 駒太郎!」

《いえまだなんですけど~最終的なデザイン案がいくつかありまして…》

「…まあ、これはなんとも奇抜…いえ素敵なデザインですね」

《スミヨシさんから殿下が気に入った物を選んで欲しいって言われてるんですけど~~?》

「そうですね、それでは……」
 
 
 
 
 
 
…この時点では私はまだ何も知らなかった…知ってさえいればあんな事には…うううっ(涙)
 
 
 
 
 



[21206] 第1部 土管帝国の野望 第50話「プロメテウスの晩餐(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:501c65f8
Date: 2012/04/11 21:25

第50話 「プロメテウスの晩餐(前)」


【2001年5月19日8:00 AM 帝都城】

「殿下、今宵諸星めがあの院辺の設けた席に出向くと言うのは真なのでございますか?」

朝食を終えてこれから政務に就こうとしていた悠陽の元へ駒太郎を『わし掴み』にして引き摺って来た月詠真耶がそう尋ねた。

「まあ真耶さん、そんなに乱暴にしては駒太郎が可哀想ですよ?」

「いえ殿下、コレはそう簡単に痛むようには出来ておりませぬ故ご心配は無用に願います…それよりもつい今しがたこ奴(駒太郎)が口をすべらせるまで私は全く存じませんでしたが、殿下はご存知だったのでしょうか?」

「はい、一昨日駒太郎から聞きました」

「何故もっと早く…せめて昨日の内に聞いておれば止めることもかないましたのに!」

内務省の、いや帝国の国家官僚たちの首魁とみなされ政治家や軍人たちからは『妖怪』と陰口を叩かれる内務次官院辺卿一郎がモロボシに接触して何かを持ちかけようとしている…

事前に知っていれば刀にかけてでも阻止したのにと月詠真耶は歯軋りするが、それも無理はなかった。

何故なら内務次官・院辺卿一郎こそは彼女ら将軍家側近にとって不倶戴天の仇敵とさえ言えたからだ。

日本帝国の行政(中央のみならず各都道府県まで含む)や警察組織の殆んどを統括する内務省は事実上この国を動かす中枢システムであり、その頂点に立つのは国会議員から選抜された内務大臣ではなく名目上はNo.2の内務次官である。
(素人の国会議員が自由に動かせる程日本の行政システムは単純な造りには出来てはいない)

そして現内務次官である院辺は本土防衛軍の上層部と連携して政威大将軍である悠陽の動きを封じ込めて来た派閥の首魁とみなされている。

だが先の御前会議において本土防衛軍上層部が度を超えた失態を演じた後は彼らと距離を取り、悠陽や榊の行う事を静観する態度を見せていた。

その院辺がモロボシに接触するとなればその目的は一つ、モロボシを取り込んで悠陽の力を弱めようとしているに違いないと真耶たちは考えているのだった。
 
 
「あ奴もあ奴だ! 何故このような重要な事を我らに一言も「真耶さん」…はっ」

激昂する月詠真耶を静かな声で諌めた後で、悠陽は自分の考えを口にした。

「おそらく…諸星にとって院辺との会合など些事に過ぎぬのでしょう」

「些事…と申されますか、しかし彼の妖怪めは…」

「無論の事、諸星とて彼の者の事は存じておりましょう…されど諸星にしてみれば人類全ての安全を確保するという大事業を為さねばならぬのにこの帝国の、それも一部の人間の我儘の後始末にばかり係わっている事は出来ぬのでしょう」

「それは…」

「なればこそ帝国の官吏たちを実質束ねる院辺が出て来るのであれば、それを機会に今後はこのような些事に煩わされる事がないような布石を打つ気でいるのではないでしょうか…なればここは彼の者に任せてみようと思うのです」

悠陽の言葉に不承不承頷きながらも真耶の心中では嵐と雷が荒れ狂っていた。

(院辺め…! 元々あ奴こそがあの乃中たちと結託して表向きは殿下を祭り上げながらその実自由に身動き出来ぬよう画策し、内務省と本土防衛軍の結びつきを強化して帝国を牛耳ろうとして来た張本人であろうが……!! 将軍家が復権すればかつての大戦の二の舞などとふざけた事を政治家共に吹き込んだのもあ奴が… 一体何処まで恥知らずなのだあの男は!! そも先の大戦で我が帝国が暴走した真の根源はうぬら内務官僚と軍部の高官の癒着であろうが!! …敗戦と同時にその責任の全てを時の将軍家になすり付け、自分たちは口を拭って罪を免れた官匪…それが貴様ら内務省上層部の正体だろうが……!!
あの当時と同じ過ちを乃中らと組んで行って来た貴様がどの口で殿下のなさる事を非難しようと言うのだ!!   …諸星も諸星だ、あの男と話をするなら何故事前に我らに言わぬのか! 大方あの男の事だ、我らに反対されるのを察して勝手に動こうとしたのであろうが……覚悟しておくのだな、例え殿下が容認されようがこの月詠真耶が許すとは思わぬ事だ!)
 
 
右手に駒太郎を鷲掴みにしたまま月詠真耶は怒りに震えていた。

《月詠大尉~~~、そろそろ放してくださいい~~~~(泣)》

「…口を閉じておれポンコツめが(怒)」

《酷い~~~~》
 
 
 
 
 
 
 
【帝国本土防衛軍・朝霞駐屯地】

「ううっ…!」

「…どうした諸星大尉、風邪でも引いたか?」

「いえちょっと悪寒が…大方どこぞのご婦人方が私の事を怒っておられるのでしょう…ははは」

「……」

突然の悪寒に身体を震わせた私を胡乱な眼で見ているのはこの朝霞駐屯地に拠点を置く帝都防衛第1師団・第1戦術機甲連隊のトップガン、沙霧尚哉(頑固者)大尉だ。

ちょっとした用を彼に頼むためにここを訪れたのだが、相変わらず彼の反応は無口で無愛想で頑なだ…まあ私にそのケは無いから一向に構わないのだけどね。

「それで、大堂大尉は元気でいるのか?」

「ええ、当初は自分が生きていていいのかと悩んでいましたが、私の知人の説得と殿下の温情が身にしみたようで今では殿下より与えられた極秘の任務にあたっています。
それと帝国軍内部への根回しは鎧衣課長が上手くやってくれて突然の配置転換という事にしてありますし、ご家族の安全も確保済みです」

「そうか…」

すでに一通りの事は鎧衣課長より聞いていた筈だが、改めて私の口から彼の無事を聞かされて安堵しているようだ。
 
 
本来は情の厚い優しい男なのだろう、この沙霧君は…
 
 
「それで? 一体今日はどんな用件で自分を訪ねて来たのだ?」

「それですが…」

そう言って私は今日の訪問の理由を彼に告げた。
 
 
 
「…何のために私をそんな事に付き合わせるのだ、諸星大尉?」

用件を聞いた彼はとてつもなく不機嫌な顔でそう言った…無理もないけど(笑)

「そうですね、簡単に言えば向こうに対する威嚇をお願いしたいという事と…後はあなたにも向こうを見て欲しいといった所でしょうかね?」

「私に…?」

そう、君にだよ沙霧君。

「まあ、忍耐心の訓練だと思って付き合ってくれませんか?」

「…わかった」

さて、これで準備は整った…と、後は今夜の本番を待つだけだな。
 
 
 
 
 
 
【6:30PM 帝都 銀座8丁目・日本料理屋 吉祥】

帝国内務省事務次官 院辺卿一郎は本日の招待客を待ちながら静かに物思いに耽っていた。

彼の思考の中心事項は今日この場に招待する人物…帝国斯衛軍大尉 諸星段に関してである。

年明け以来激変が続いた帝国の内情、その変化の元凶とも言える人物の取り込みもしくは帝国国内からの排斥…

それが自分を取り巻く帝国各省幹部から寄せられた頼みごと…いや哀願とすら言えた。

何故高々成り上がりの斯衛軍大尉一人の為にそんな話が出たのか…それはこの諸星なる男の『仕出かした』数々の業績が理由だった。
 
 
帝国軍技術廠への新型OSの売り込みに始まって難航していた電磁投射砲の改良や次期主力機の日米共同開発の促進、更にはそれと並行してのアラスカでの新型OSの普及計画…

ここまでであればとてつもなく有能な商社マンの一言で片付けられる話だっただろう。

だがしかし、この男はそんな可愛らしい代物ではなかった。

2月にあった甲21号からのBETAの大侵攻の際、斯衛軍と国連軍を(おそらくは事前に)連携させて相馬原基地の防衛にあたらせ、更には誰も想像すらできなかった方法でのBETAの撃退…それによって斯衛と将軍家への期待と信望は高まり、逆に本土防衛軍上層部への信頼は大幅に下落する。

更には何時の間にか榊総理と将軍家に取り入った挙げ句、何と煌武院悠陽本人の歌声を世間に流すという離れ業(もちろん公式には歌手の名前は伏せられているが)を行い、忘れもしないあの帝都城御前会議においての乃中大将のあまりにも無様な失墜劇…
 
 
(あの一幕が運命の分かれ目だったのだろう…気付くのが遅すぎたがな)
 
 
院辺は心の中でそう自嘲しながら回想を続ける。

卑劣だの愚昧だのと表現する事すら馬鹿馬鹿しくなる乃中の行いとその暴露によって本土防衛軍首脳の信頼は完全に地に堕ちる事となりその後で知らされた香月博士の分析を聞いた結果、自分を含めその場にいた人間全員が将軍家の復権を容認するしかない空気となった。

(もしもあの時、大北中将や志田大佐らを応援して将軍家や紅蓮大将らと対立していたらその場合は更なる混乱…いや、下手をしたら我々内務省が共犯者と見なされていたのは確実だっただろう。 もっとも乃中大将を更迭してくれたのは我々としても有難かったのだが)

乃中大将の専横と行状は仕事の上で協力関係を結んでいた院辺たち内務省幹部にとっても頭の痛い問題であり、出来れば何処かへ逝ってもらいたい人間の筆頭でさえあったのだ。

(結果として将軍家が復権し、本土防衛軍の守旧派は事実上消滅…表と裏の双方で大手柄を立てた諸星は斯衛軍大尉の身分を得て………それで終わりではなかった、いやむしろそこからが本当の始まりだったのだ)

帝国内部に張り巡らされていた米国情報部の諜報員たちの手先にされていた人間の内幾人かが突然姿を消し、それを察知した諜報員たちが首謀者と思われる諸星の拉致を敢行……したと思ったら彼らの方が何処かに消えてしまい、数日後になんとホワイトハウスの大統領執務室で踊っているところを発見されたのだ。
 
 
(あの一件で日米双方の外交関係者たちはそれぞれが疑心暗鬼に陥る事になった…だがそれも無理はない、彼らの知らないところで何か想像を絶する事態が進行している…それだけしか分からなかったのだからな)

双方が混乱する中に最大級の衝撃…太平洋上とラグランジュ3に人類の力では到底作る事が出来ないであろう巨大な建造物が出現した。

何者が、一体何の目的でこんな物を造ったのか…世界中のだれもがそれを知りたがったが、当初は誰もその答えを知る事は出来なかった。

(それを我々が知ったのは米国で発見された諜報員たちに関する情報とそして帝国情報省の『あの男』からのリークによる物だった…とどのつまりこの件に関して我々もそして米国すらも初めから将軍家と榊総理の…いや、あの諸星という男の掌の上に乗っていた訳だ)
 
 
 
そして最後に院辺たち内務官僚を驚愕させた、いや恐怖で震え上がらせた一件…それが将軍家の主導による帝国国内にいる難民たちへの支援とその顛末であった。

帝国国内の難民キャンプにいる日本人やアジア諸国の難民たちには帝国政府から援助物資と食糧が支給されるが、それらは決して質量共に満足のいく物ではない(そもそも帝国自体に余裕がなかった)

特に食事に関しては、合成食品のせいもあって美味くもない飯をギリギリの量しか食べられない事が難民たちのストレスの原因ともなり、しかも彼らの中に浸透している犯罪組織や大陸系の黒社会による食糧のピンはねや、更にはそれらによって増幅する難民たちの不安や不満をキリスト教恭順派や難民解放戦線(RLF)のシンパたちが巧みに誘導する事でその影響力を拡大させていくという悪循環の連鎖が生じていた。

そんな所に政威大将軍殿下からの援助による菓子やパンなどが配給食のおまけとして配られ始めたのだが……一口それを食べたら大人も子供も思わず顔をほころばせる事間違いなしと断言される程の大人気となったのである。
 
 
ちなみにこの食糧援助プランを考え援助の食品の開発に携わった某斯衛大尉は…

「…いや、別に味は普通に美味しいくらいでむしろ栄養バランスの方に気を配ったんだけどね…だけどほら、病気や大怪我で長期入院している患者が何カ月ぶりかで病院の食事じゃなくてボ〇カレー食べたら多分あんな反応になるんじゃないかな?」

…等と意味不明な供述を繰り返すだけだったとか。
 
 
世間一般から見れば殿下の温かい援助に感謝感激…とそれだけで済むのだが、生憎と院辺たちにとってこの件はそれだけでは済まない要素を孕んでいた。

(確かに一見すれば難民たちの困窮を見かねた将軍家が自腹を切って彼らへの援助を行ったと言う美談に見える…しかしこれはそれだけでは済まないのだ。
この援助がこの先もずっと続くのであればいいがそうでなければまた元の木阿弥になる…無論そうなればその責任は将軍家ではなく基本的に難民たちの生活を管理している我々に来るだろう…だからと言って将軍家に対してこれからもずっと援助を続けて欲しいと言う事はそれはつまり…)

それはつまり院辺たち官僚の側から将軍家に対して内政への関与を求めるきっかけとなりかねなかった。
 
 
あの御前会議において煌武院悠陽が宣言した通り、日本帝国の統帥権は名実ともに悠陽に預けられる事となった。

だがそれはあくまで軍事(BETAからの国家防衛)に限った話であり基本的な国家の運営は今まで通り政府と中央省庁が主導し、悠陽はそれを追認する役割に徹している。

それは将軍の立場と日本帝国の現状を考慮すれば賢明な判断であったし、またいくら復権したからと言って行政のあれこれにまで度々口を挟めば却って国政を混乱させるだけでもあったから当然だとも言えた。

だがしかし、いずれ将軍家が内政問題に口を出して来るのではないかという不安や疑念は政治家や官僚たちの中に根強かったし、院辺自身もその疑念を抱いていた一人である。

(確かに軍事…BETA大戦に対しての指揮権統一は我々としても望ましい事ではあったし、今の将軍家は若くともその能力に不足はないようだ。 だが内政への口出しが始まるとなればそうも言っておれんし将軍家の影響力は出来るだけ排除したいが…)

院辺たち中央省庁を動かす国家官僚たちにとっては政威大将軍には対BETA戦争の指揮にのみ専念してもらい、自分たちが内政の運営を主導するのが最も望ましい状態であった。

(逆に怖いのは内政のあれこれまで将軍家に指示されるような事態になる事だ…仮にもあの少女はあの榊さんと彩峰中将が教育を施した優秀な教え子だ、愚かな判断を下したりはしないだろうが将軍が内政に踏み込むだけで過剰に反応する人間は国会にも官僚たちの中にも多い。
それらが一大派閥を結成して国政が割れるような事になったら……しかも将軍家の側にはあの男がついているが連中の殆んどはあの男がどれ程のバケモノかを知らない…いや、この私も最近までは知らなかったがな…)

あの男…つまりモロボシをバケモノと呼ぶその理由は食糧援助と並行して彼が行っていたオペレーション(作戦)にあった。
 
 
将軍による食糧援助が始まってから約3週間後、院辺のもとに将軍家からあるファイルが非公式にもたらされる。

そしてそのファイルを一読した彼は思わず呻き声を上げそうになった…

そこに記されていた内容とは、帝国国内の難民キャンプにおける各国の諜報機関やテロリスト、犯罪組織の構成と活動内容の極めて詳細なデータだったのである。

しかもそれは時間をかけて自分たちが調べた情報以上に正確であり、さらに最も院辺を震え上がらせたその理由は…

(あのファイルには直接は記されていなかったが、我々の側の諜報員…それも政府や軍部にも伝えてはいない人員と活動内容までもが将軍家によって把握されている事が読み取れる内容だった。
全てが、本当に我々の手の内の全てが将軍家…いや、諸星という男に見透かされているのは確実だ)

この怪物を相手にどう渡り合えばいいのか…そう悩み続けていた院辺のもとにとどめとも言うべき一報が入ったのは5月に入ってすぐの事だ。

(合衆国大統領の事実上の片腕とも言うべきベイツ海軍提督がアラスカを訪れ諸星大尉と会談し、帰り際にこれ見よがしに彼をワシントンに招待すると明言していった…か)

それが事実上合衆国大統領からの招待である事は誰にでも分かる事であった。
 
 
(外務省の対米部局は殆んど半狂乱だったな…本土侵攻時の米軍撤退に加えて明星作戦におけるG弾投下によって政治外交の面でほぼ完全な冷戦状態に入った米国との関係を何とかしなくてはと頑張って来たにもかかわらず今日まで碌な成果を上げることが出来なかったのに、よりにもよって将軍家の側近である男が大統領の片腕を自分の処に呼び寄せるというおよそ考えられない離れ業をやってのけたのだから無理もないが)

外務省が米国との関係を再構築出来なかったのは必ずしも彼らが無能だったという訳ではない。

日米両政府共に同盟関係や安全保障の再構築の必要性は十分に認識していた(米国にすれば日本は極東アジアの防波堤だし、日本側にしても米国の物資面の援助だけでなく軍事的な助力を是非ともアテにしたいところではあるのだ)

だがしかし、双方の事情や国民感情が問題解決に対する壁となっていたのである。
 
 
日本帝国の本土防衛戦において米国は多くの『米国人』の兵士を戦死させている。

もちろんそれ以前にも大陸で多くの米国兵が戦死しているが、彼らの大半は難民から徴兵された者たちであり『米国市民』ではなかった。

それに対して帝国本土防衛戦では在日米軍の兵士…つまり本来の米国人兵士が戦死した結果、彼らの家族や市民団体が軍や政府を非難し帝国からの撤兵を求める声が大きくなったのだ。

この事が米国の安保破棄と帝国からの撤退に繋がったのだが、当然の事として『土壇場で裏切られた』帝国政府や軍、そして国民の大多数から米国や米軍に対する怨嗟の声が上がる事となる…
 
 
 
(そんな背景があったのでは二国間のよりを戻すなど簡単に出来る筈もないのだが、あの諸星という男はとんでもない餌を使ってロバート・コルトレーン…合衆国大統領を見事に釣り上げた)

G弾の多用による地球環境の激変を予想した『M-78ファイル』の提供、そして太平洋上とラグランジェ3の巨大構造物…

(これらを造り出した人間が同一人物ともなれば合衆国も相応の対応をせざるを得ないし、またG弾使用後の予測も我々の遥か上をいく科学技術を持っている者の言葉とあれば信憑性も高まるのが当然だろう)

合衆国がこの男を欲しているのならいっそ口実を設けて売り飛ばしてはくれないか…外務省幹部の半ば錯乱気味の要請を丁寧に言葉を尽くして受け流しながら心の中で院辺は怒鳴っていた。

(この馬鹿者共が!)

たとえどれだけ目障りだろうと今この男を米国に売り飛ばすような真似をすれば自分たちの立場がどうなるか…一体どれだけの数の人間が自分たちの敵に回るか分かった物ではないというのに。

(それすら分からなくなる程ショックだったのだろうがしかしあの男をこの帝国から放り出すというのはどう考えても下策でしかないし、そもそもどんな口実でそんな事が出来るというのだ?
現状で我々に取れる最善策はあの男をなんとしてでも口説き落とし、こちらとの都合の齟齬が生じないような関係を…
何しろ相手が相手だ…米国があの男に付けたコードネーム…これだけ見ても彼の国がどれ程彼を重要視しているか知れるという物だ)

院辺がそこまで考えた時、料亭の女将が招待客の到着を知らせて来た。

(ようやく来たか…さて、『彼ら』をどう口説くか…)

「どうぞ、お入り下さい」

「いや、どうもご招待に与りまして恐縮です院辺次官。 自分が斯衛軍の諸星です」

「…本土防衛軍帝都防衛第1師団・第1戦術機甲連隊所属、沙霧尚哉大尉であります」

「初めまして、私が内務省事務次官 院辺卿一郎です」
 
 
一人はまるで道化の如くにこやかに、一人は能面の如く無表情に、そしてもう一人は賢者か聖者の如く穏やかな笑みを浮かべて…

晩餐という名の対決は始まりを告げた。

 
 
 
第51話に続く
 
 
 
 
 
 
【おまけ・帝都城は実況生中継中】

「始まったようですね」

《はい~~~でもしばらくは何も起きないと思いますよ~~》

「どうしてですか駒太郎?」

《モロボシさんこのお店の料理がお気に入りで~、今日もあらかじめこっそり板前さんたちに厳選食材を差し入れしてましたから~~~》

「…成程、ではそれを存分に味わってからという事ですね?」

《はい~~モロボシさん食いしん坊ですから~~~》

「ふ…ふふふ…」

「ま、真耶さん…? 一体どうしたのですか?そんな声を出して…」

「…事もあろうに殿下を蔑ろにする男との宴席にわざわざ食材の差し入れなど…しかも話よりも食う方が先などと……コロス…コンドコソハゼッタイニコロス…」

《で・殿下~~、真耶さんが怖いですう~~~~~》

「だ、大丈夫です…いつもの発作でしょう…多分…」

「コロスコロスコロスコロス………」









[21206] 第1部 土管帝国の野望 第51話「プロメテウスの晩餐(中)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:501c65f8
Date: 2012/04/22 18:54

第51話 「プロメテウスの晩餐(中)」

【2001年5月19日 PM6:30 帝国軍 相馬原基地・屋上】

「大咲大尉」

「ああ、利府陣中尉か…どうした、彼女たちの面倒は見なくてもいいのか?」

「…勘弁してくださいよ」

先日の正体発覚以来毎日のようににこやかな顔の水月と遥にいいように弄ばれ、それを横から大咲にからかわれ続けている孝之(ヘタレの自業自得)であったが、物憂げな表情で帝都の方を見ていた大咲の様子が気になって声をかけたのだった。
 
 
「…今夜でしたね」

「…諸星大尉から聞いたのか?」

「ええ、詳しい事情とかまでは知りませんけど…大尉の紹介で今日の会合があるという事くらいは」

「……院辺次官は私の叔父でな、現在の帝国を維持するためにかなりの無理を繰り返しその結果様々な方面からの恨みを買って来た…殊に帝都城の方からは殺しても飽き足りないと言われかねん程にな…」

「…」

「まあ流石の叔父上も今度ばかりは年貢の納め時になるかも知れん…どうやらあの諸星大尉殿は我々の想像を絶する御仁のようだからな」

「それはどうでしょうね?」

「む? どういう意味だ利府陣中尉?」

「諸星さんは別に誰かと争いたい訳じゃないと思うんですよ、そりゃ確かにどうしようもなく聞き分けのない相手なら容赦しないでしょうが、ちゃんと話をする気があるならどんな人とだってまず話し合いから始めると思います…なにせ『あの香月博士』とすら話し合う人ですからね」

(利府陣中尉…)

自分の不安を和らげるように語りかけてくる孝之の思い遣りについ心がよろめきそうになる大咲大尉だったが…
 
 
「ふ…私を気遣ってくれるのは有難いがな中尉、そろそろ後ろの方を振り向いたほうがいいのではないか?」

「……言わないで下さい、お願いですから」

からかいまじりの大咲の忠告に世にも情けない声で孝之はそう返答した…何故なら…
 
 
「ふ~ん…そんなに後ろを見たくないんだ~~利府陣中尉は~~~」

「そうみたいだね~~」

地獄の底から聞こえてくるような気すらする自分が良く知る二人の声に孝之はがっくりと肩を落とす。
 
 
(誰か助けてくれ~~~~~!)
 
 
速瀬水月のヘッドロックと涼宮遥の暗黒波動が孝之に襲いかかるまであと数秒であった…
 
 
 
 
 
 
 
【7:00PM 帝都 銀座8丁目・日本料理屋 吉祥】

「プロメテウス…?」

「そう、かの有名なギリシャ神話に出て来る英雄にして人類の恩人の名前だね」

「…それが合衆国政府が諸星大尉に付けたコードネームだと?」

「かの傲慢なる大国の首脳としては最高レベルとも言うべき評価をこの諸星大尉に付けていると言えるだろう」

「…」
 
 
 
…いやいや、何とも居心地の悪いお話ですなあ~~~

挨拶に始まって美味い料理を肴に酒を注ぎ交わしながら四方山話で互いの腹の探り合い(ああ、沙霧君は無言で観戦してたけど)をやっていたのだが、突然最近の私の仕事ぶりに始まって難民に対する援助の成果をヨイショしまくり(事情を知ってる人間にだけは皮肉とあてこすりが混じっていると分かるが)、更には合衆国政府が私に付けたコード名の話になったんだよ。

…まあそれまで私についていたのはあの忌々しい『M-78』というファイル名そのまんまだったから変えてくれたのはいいんだが、また随分と御大層な人の名前を持って来たものだ。
 
 
 
プロメテウス…ギリシャ神話においてゼウスの意志に背いて人類に火を与え、文明の祖となった人物の名だ。

ちなみに大洪水を防ごうとしてゼウスに見破られ失敗するエピソードもあるのだが、自分の立ち位置や世界の現状を考えるとあんまり笑う気になれないネーミングだよな…

…どこまで意図してこの名前を私に付けたのかねあの人達は?

まああんまり気にしても仕方がないし、それより問題は何故院辺次官がこの話題を私ではなく沙霧大尉の方に振ったのかだが…

おそらくはこれから始まるであろう駆け引きの裏の事情を知らない沙霧大尉が話に参加しやすい話題から始める事で彼を誘導して上手く動かそうと考えているのかも知れないが……さて、この次官殿は承知の上でそうしてるのかな?

この沙霧尚哉という男が他の誰でもない自分自身を『外道』と呼んで切り捨てることが出来る本物の確信犯だという事を…
 
 
 
「…それで次官殿、その御大層な仇名を付けられたこの成り上がり者をいくらで向こうに売るのかもう決まったのでしょうか?」

「…なに?」

私の言葉に院辺次官は平然と顔色一つ変えず、そのかわり沙霧君の顔に鬼の相が浮かび始める。

「いやなにね沙霧大尉どうも最近周囲を気にせずに仕事に打ち込み過ぎたようで、私の仕事ぶりが邪魔で仕方ないという声が主に外務省やそれからこの院辺次官殿のいらっしゃる内務省あたりから聞こえてきて、更には米国にこの邪魔者を売り飛ばせないかという事に…」
 
 
「事実なのか?」
 
 
…鉄の錘を呑みこんだらこんな声が出せるんじゃないだろうかと思える声が私の言葉を遮るように響いた。

沙霧君、そう怒るものじゃないよ…って言っても無駄か(やれやれ…)

「未だ佐渡島を異星起源種に占拠され、国家存亡の危機は継続中だ…その中で暮らす国民、殊に難民の困窮は目に余る物がある、それを少しでも和らげようと奔走した男を邪魔者扱いした上に新技術を欲する彼の国に売り飛ばすだと…? 一体あなた方の頭の中にはどんな虫が湧いているというのだ!?」

「新技術を欲する…か、いいやそうではないのだよ沙霧大尉…米国がこの諸星大尉を欲している理由は更に大きな物なのだ」

「…む?」

院辺次官の意外な言葉に沙霧君は戸惑うような顔をする…まあ基本この男は単細胞なのかもね。

「現在のBETA大戦の状況は帝国のみならず人類全体もまた追い詰められつつある、そこでこの諸星大尉は帝国や他の国々が国土を失った場合の避難先…未だかつてない巨大な避難施設の建設に携わっているのだよ」

「巨大な…避難施設?」

「そう、その施設の存在を知っているのは世界各国の政府や軍の首脳部のみだがね、米国がこの男を手に入れたがっているのはこの避難施設の建設と管理と行っているのがこの諸星大尉だと知っているからなのだ」

「………」

無言で私に「事実なのか?」と尋ねて来た沙霧君にほんの少しだけ頷く事でそれを肯定すると、彼は今まで以上に険しい表情で院辺次官を睨み据える。

「院辺次官、それが事実であれば余計にあなた方が救い難く思えますな! それを承知でこの諸星大尉を米国に売るという事は即ち帝国国民の安全な避難先をも彼の国に売り渡すという事ではありませんか!」
 
 
いかんなあどうも、おそらく彼の脳内では今重要な二者択一がされつつある筈だ…目の前にいる院辺次官を殺すか殺さないか……ではなく、今ここで殺すかあるいは後で戦術機甲大隊を率いて内務省へ突貫をかけるかの二者択一だ。

…ここは少し頭を冷やしてもらわんとね。
 
 
「ああ、その心配なら無用ですよ沙霧大尉、すでに帝国の全国民が避難出来る分の避難場所は別に確保して権利も殿下と総理に譲渡済みですから」

「…な!」「…ほう」

私のその言葉で流石のお二人も愕然としたようだ(笑)、まあ流石の院辺次官も既に帝国全国民分の避難場所が確保されているというのは予想していなかったのだろう。

「私がその避難場所の建設に関する作業に援助を頂く代わりに煌武院殿下と榊総理に提示した見返りが、帝国臣民を最優先で避難させる分を確保するという物でした。
そしてその管理権は既に殿下の手許にお渡ししてありますので、もしそれをあなた方内務省が管理したいと仰るのであれば殿下と総理にお話を持って行くべきでしょうな、院辺次官殿?」

「……」

私の言葉で院辺次官は押し黙り、沙霧君の方はようやく得心が行ったようだ…先程からの話が私の持っている手札や情報を内務省が接収するための駆け引きなのだという事が。

だがその手札が私ではなく悠陽殿下の手許に渡っているとなれば内務省は殿下に頭を下げて乞い願うしかない…本来それを回避するために私をここに呼び出したのにそれでは何の意味もない事になる訳だ。

「諸星大尉、君が建設している『人類の避難場所』は現在国土を失っている国家だけでなくBETAの侵攻に怯える前線や後方の国家にとってもあまりにも魅力的過ぎる代物だ、それを帝国だけが独占しているとなれば…」

「当然、世界中からの嫉妬と反感を買う事になる…ですから私はそれとは別の一部を米国の手に渡るように仕向けたのですよ、彼らにもそれを保有して貰う事で帝国に向かうであろう嫉妬と僻みを分散させる事が出来ますから」

「成程、だがそれだけで上手く世界の非難をかわせるのかね?」

「当然難しいでしょうね…ですが榊総理がその場合は自分が全てを一身に引き受けると仰いました」

「ふむ…」「総理が…」

それぞれに思っている事は違うだろうが似たような複雑な表情で唸る御二方…さて、今度はこっちから斬り込みますかね?

「院辺次官、今申し上げた通り榊総理も煌武院殿下も自分の立場を危険に晒しても構わないという覚悟でこの件に臨んでいます、あなた方がこれに口を挟むのであればあなたが直接殿下や総理とお話をされるより他はないと思いますが?」

「……」
 
 
どうやら次官殿は苦悩しておられるようですな、まあその理由は大体見当がついてますが。

「…それほど信用が出来ませんか煌武院殿下が、いえむしろこの場合は政威大将軍制がと言うべきでしょうかね?」

「…む?」

「ほう、良く分かっているようだね諸星大尉」

それを聞いた沙霧君は不愉快げに顔を顰め、それとは逆に院辺次官殿は愉快げに口元を歪めた。

「政威大将軍殿下による国家の直接統治、あなた方があの方と直接話をされるのを極力避けておられるのはそれを恐れての事でしょう?」

「…確かにそう言えるかも知れんな」

その院辺次官の言葉で沸騰したのはもちろん沙霧君の脳天だ(キレると思ったよまったく…)

「院辺次官! あなたは…あなた方官僚はこの期に及んでまだ自分たちの権益を守りたいがために国家の意思統一を拒もうというのか!!それが仮にも行政の中枢たる内務次官の言葉なのか!? そもそもあなた方官僚が国が存亡の危機にある状況を無視してそれぞれの権益確保に拘った事が帝国の現状を招いた一因なのだという自覚すらないのか!!」

…もし刀を持ってたら間違いなく斬りかかっていたなこの男は(外で待ってる駒木中尉に刀を預けさせて良かったよまったく)

だが彼の言っている事はある意味正論だ。

98年の本土防衛戦の時、いやそれ以前の段階から帝国はBETAの襲来に備えた国家防衛体勢を取ろうとして来た。

だが軍事と表裏一体となった国家総動員体制を築くには強力な指揮権が必要となる。

政威大将軍の権限は事実上封じられ政府の力は軍と官庁の双方を操るには明らかに力不足だった…この状況での国家総動員体制の準備を始めるという事は即ち政・官・軍の間での綱引き、更には政党同士で、軍同士で、そして各官庁同士での権益確保のための醜い争いが勃発するのはある意味必然だったのかもしれない(誰だって自分だけが損をするのは御免だからだ…強い調整役がいないとババを引いた者が身ぐるみ剥がれる可能性もある)

もちろん彼ら官僚とて何もやりたくてそんな愚を犯した訳では決してない。

だが強い指導力を欠いた状況での国家行政の大幅な変更はこの国の官僚が最も苦手とするところだった…誰が言ったかは知らないが「日本の官僚機構は平時の国家運営に関しては間違いなく世界一のエリート集団だが、想定外の非常時には世界屈指の無能集団に変わる」という言葉の通りになった訳だ。

その停滞を何とかするために榊総理は政治家たちを、そして院辺次官は官僚たちをあの手この手で口説き、時には脅してまでして意見を取り纏めたがいかんせん予想より遥に早いBETAの侵攻で多くの兵士や民間人の命が失われる事となった。

さらに続く国家の混乱と危機…これをどうにかするために目の前の院辺次官殿は『禁じ手』に手を出す。
 
 
本土防衛軍首脳部と結託した上で城内省幹部を抱き込み、政威大将軍殿下の威を借りて実質的な指揮権を揮いはじめたのだ。
 
 
月詠大尉が彼を蛇蠍の如く忌み嫌っているのはこれが理由である。

彼女たちの側から見れば悠陽殿下が出してもいないどころか存在すら知らない命令を彼女が出したかのように国民に見せかけて軍部や各省庁を院辺次官と乃中大将らが結託して牛耳っているとしか見えなかったのだろう…ある意味その通りではあるしね。

だが自分の保身と権力の確保に汲々としていただけの乃中大将と違いこの人の場合は自分の役割を果たすためには他に方法がなかったのだと私は思っている。

内務次官の権限は国政から地方行政に至るまで実に複雑で広範囲な物であり、だからこそその複雑なバランスをこの混乱した事態の中で調整しなくてはならない立場にある彼には将軍の『権威』とそして軍部との密接な協力関係が必要だったのだ……たとえそれが腐臭を放つ穢れた絆であったとしても。

だがそれなら将軍が復権した今なら悠陽殿下に跪いてこれまでの行いを詫び、今後は仰せに従いますと言ってしまえば今後の仕事もやり易くなると思えるだろうが…おそらくこの人には別の心配事があるのだろう、それは多分……
 
 
 
「沙霧大尉、確かに殿下の親政を受け入れれば国の意思統一は図れるかも知れんし、またあの方は政治的な判断力も優れておいでだから誤った判断を下す事もないだろう…あの方が将軍である限りは、だがね」

「…なに?」

院辺次官のお言葉に沙霧君が戸惑ってますか…では私も話に加わりましょうかね。

「つまりこういう事だよ沙霧大尉、今の殿下…煌武院悠陽様が将軍家である間は問題ないがそれが将来別の人間に交代した時、もしもこの国の方向を誤りかねない人物が将軍の座に就いたらどうなるか…この院辺次官殿の心配はそこにあるのですよ」

「! それは…しかし…」

思いもよらない言葉に沙霧君は戸惑っているが、まあ忠君愛国の志という者はよくも悪くもそういう発想はあまりしない物だろう。

だがしかし、国家という『システム』の管理を職務としている院辺次官殿は常に不測の事態における『部品交換』が発生するケースを考えておかねばならない…たとえそれが『政威大将軍』という神聖不可侵な部品であっても、いやだからこそと言うべきか。

「…沙霧大尉、私とて帝国の現状を考えれば煌武院殿下の指導力を強化して国の運営を円滑にして行くのが上策であると思っている、しかしそれはあくまでも現在の将軍家…煌武院殿下の下であればという話だ。
現在の五摂家やその周辺にはあまりにも時代錯誤な考えに取り憑かれた人が多すぎるのだよ、もしも今の殿下に万一の事がありそういった方々の代表が将軍の座に就けばどうなると思う?」

「…」

「現にあの方を将軍の座から引きずり降ろそうとする動きもあるし、そこの諸星大尉がそれらの動きを牽制するために色々と動いておられるようだがね」

「な…!」

…おやおや、さすがによく調べておいでですな内務次官殿は。

「この場合問題なのは現在の将軍家の能力よりもむしろそれを選抜する制度の旧弊なのだ、今が国家存亡の淵にあるからこそもしそれらの旧弊やしがらみの権化とも言うべき人物が将軍の座に就けばどうなるか…」

「だからこそあなた方は煌武院殿下の能力を認めていたにも関わらず彼女に対して『敬して遠ざける』態度をとってきたのでしょう? だが結局はそれが本土防衛軍の一部によからぬ野心を持つ勢力を作り出し、この沙霧大尉たちのように殿下を敬うあまり過激な考えを持つ人間たちをも生み出した………まあ、おそらくあなたはその双方が潰し合ってくれる展開を望んでいたのかも知れませんがね」

「それはむしろ君が色々と手助けをしてやまないあの榊総理の方だろう? おそらくあの人は自分自身を生贄の羊にしてまでそういう方向に持って行こうとしていたと思うのだがね?」

「…そして全てが終わった後はあなた方官僚が今までどおりに国家を支配出来るという訳か、実に結構な話だな!」
 
 
沙霧大尉の吐き捨てるような言葉に私と院辺次官はそれぞれに意味合いの異なる苦笑で応じた。
 
 
「そう怒りなさんな沙霧大尉、別にこの人だって何も好き好んでここまで悪辣な企みを巡らせてきた訳じゃない、他に道がなかっただけでしょう……しかし院辺次官、例えあなたが思い描いた通りに事が動いたとしてもそうなっては犠牲が大き過ぎますし、もし目算が狂って本土防衛軍の統帥派のような連中が帝国軍の中枢を抑えてしまったらどうします?
将軍家の抑止も力を持たない状況で彼らが増長すれば結局は軍部による政治行政への介入が始まり、それこそかつての大戦時のようなあなた方内務省と軍部の癒着による国の支配…たとえ望まずとも内務省がその機能を果たすためにはそうするしかなくなってしまうのでは?」

「……」「……」

今度は沙霧大尉と院辺次官がそれぞれ表情の違う沈黙で私の言葉に応えた。

狭霧大尉は押し殺した怒りを、院辺次官は陰鬱な苦悩をそれぞれ自分の瞳に映している。

「次官、現状それらの野心や暴発を防ぐ手はただ一つ、殿下の主導によって甲21号を攻略し国民に安心と平穏を与えるしかないでしょう。
逆にそれが為されれば不穏な事を考えたり、あるいは殿下を引き摺り降ろそうなどと考える人間の数も減少すると思いますが?」

佐渡島奪還が悠陽殿下の主導で成功したとなればどんな野心家も迂闊に彼女を引き摺り降ろしたり国を乗っ取ったりしようとは考えないし、またそれらを支持する人間も減るからだ。

「そして再びこの国に政威大将軍制度が古のままで復活する…かね? すでに21世紀になっているのに19世紀に逆行しろと?」

…まあ当然その不安があるわな、だがしかし院辺さんよあなたは先を読み過ぎてませんか?

「少々先を見た皮算用が過ぎるのではないですか次官? 国が滅ぶか否かの方が遥かに重要な案件でしょう、いくら避難先が確保されていようと国土を失った国家や国民にどんな未来があると思いますか?」

「……」

分かっているのだこの人ももちろん…ただあまりにも抱え込んだ物が多すぎて身動きがとれないだけで。

「…先日煌武院殿下と榊総理が同席される場で将軍制度を含めた国のあり方を変えるべきか否かについての話が出ました」

「む…」「なに!?」

「もちろん一介の成り上がり者に過ぎない私はただ御二人の話を伺うだけでしたが、殿下の指導力が強くなれば大きな改革も可能であろうとの見解で一致されていたと記憶していますが」

「そうか…」

院辺次官は目を閉じて思考に耽っているように見える…いや、実際には彼の中ではとっくに答えは出ていてその踏ん切りをつけるためにこの場を設けたのだと私は思っているのだが。
 
 
やがて目を開けた彼は私を見詰めて聞いて来た。

「諸星大尉、将軍家は摂家を抑えることが出来ると思うかね?」

「それについてはこれからの成り行きを見て頂きたいとだけ申し上げておきましょう……おそらく近日中にあなたの懸念に対する答えが出ると思いますがね」

私のその言葉に院辺次官は静かに頷いた…やれやれこれで問題の一つ目は何とかなるか。

「だが大尉、佐渡島を奪還するにはまだ大きな問題がある…いや、君がその問題の中心にいると言ってもいいだろうな」

「…そう言えばそうでしたかね」「…何だと?」
 
 
 
 
…さて、ここから第二幕という訳か(まったく…酒の味すら楽しめないよホント)
 
 
 
第52話に続く
 
 
 
 
【おまけ・第二幕の元凶?】

「…香月博士、諸星さんが内務省の次官さんとお話をしているそうです」

「へ~、誰に聞いたの…ってもちろんアンタのペットからの情報よね霞?」

「…はい、駒之介さんが教えてくれました」

「ふ…ふふふ……さ~あコウモリさん、アンタが散々引っ掻き回したせいでこっちは苦労してるんだから責任はキッチリ取ってもらうわよ~~♪ 下手を打ったら撃ち殺しちゃうから~~(本気の目)」

(…怖いです博士)






[21206] 第1部 土管帝国の野望 第52話「プロメテウスの晩餐(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:501c65f8
Date: 2012/05/06 09:02
第52話 「プロメテウスの晩餐(後)」

【2001年5月19日夜 帝都 銀座8丁目・日本料理屋 吉祥】

「大きな問題…? その中心に諸星大尉が?」

沙霧君が何のことだ?という顔でそう呟く…

まあ無理も無いよな、彼のように心が清らかな人間には(いや皮肉とかじゃなくて)こんな薄汚れた問題は想定の外だろうし。

「沙霧大尉、さっきの話でどうして内務省だけでなく外務省までが…いや、実際には外務省こそが私をワシントンに売却したがっているのだと思いますか?」

「それは…何か仕事の上で霞が関(外務省)の領分を侵すような事でもあったからか?」

その沙霧君の言葉を院辺次官が苦笑しながら訂正する。

「いいや大尉、領分を侵す…などという生易しいレベルの話ではないのだよ、どうやらこの諸星大尉は米国のコルトレーン大統領との直接交渉を切っ掛けに榊総理かさもなくば煌武院殿下ご本人との日米首脳会談を画策しているらしいのだ……それも外務省を通さずにね」

「………な!?」

おお沙霧君、そんな鳩が豆鉄砲でも喰らったように目を点にして驚かなくてもいいじゃないか(笑)

「それを察知した霞が関のお歴々が半狂乱になってしまってね、私の許に怒鳴り込んで来たんだよ…『諸星という男をどうにかしてくれ!』とね」

いやいやいや、なんと言うか自分たちが直接私を締め上げようとはせずにこの院辺次官殿に手を汚させようと考えるあたりが如何にも『あの省』らしいと言えば言えるだろうなあ……世界が変わってもあそこの連中が考える事は同じらしい…まったく(溜息)

「いかにもあの省の方々らしい対処法ですが次官、あなたはそれを鵜呑みにされるような方ではないと思っていましたが?」

「もちろん、これまでの君の国家や殿下への貢献を考えれば米国に売り飛ばすなどという選択肢は馬鹿げているとは思う…しかし外務省にしてみれば君のやっている事は事実上彼らの存在意義を無くしてしまいかねない物なのだ、それを理解してくれたまえ」

「それはそうでしょうが…しかし院辺次官、今のままで外務省に日米交渉を任せていたら来る佐渡島攻略戦において再び明星作戦の時の二の舞になりかねないのではないですか?」

「……」「……」

その言葉でまたしても押し黙る次官殿と沙霧君、おそらくこの二人の脳裏には明星作戦の際に発生した様々な問題…作戦の指揮系統を巡っての日米間の駆け引き(もちろんこれは軍部と外務省だけでなく内務省も加わった)やあのG弾投下の事が駆け巡っているに違いない。
 
 
米国が明星作戦において予告もなしにG弾を使用した理由…それはもちろん自分たちが推奨するG弾戦略を加速させるための強硬手段という側面があったのは事実だがそれだけではない。

明星作戦当時、今の人類の通常戦力ではハイヴ攻略は不可能だと考える人間が多かったせいでもあったし、またそれは事実だと言ってさしつかえなかっただろう。

だからこそ米国も作戦の立案時点からハイヴへのG弾の使用を強く提案したのだろう(米国は米国なりにそれが最善の選択だと信じていたのだろう、G弾の危険性はまだ未知数だったから尚更だ)

だが当然国土に向かってそれを使用される側の帝国と帝国軍は強く反発し、議論が平行線を辿った結果G弾の使用は見送られたがお互いに納得のいかないしこりを抱えたままで作戦の開始、そして予想外のフェイズ4相当の深度があると分かった時点で米国はG弾の使用に踏み切った…

もう少し事前の調整をきちんとやっておけばこうはならなかっただろうし、光州作戦の場合も似たような物だとそう思わずにはいられない。

…まあ言うは易しで、実際には議論を煮詰めたりお互いが納得出来る結論を出すための材料が不足していたのが最大の理由なんだろうけど(別に外務省が無能だったのではなく交渉の基本条件が悪すぎたのだろう)
 
 
…逆に言えばお互いが無理矢理にでも納得出来る(せざるを得ない)動機があればいいわけだ。

さて、それをどうやって仕込むかだが…もう一つの件とセットでやっちゃうのが一番かな♪
 
 
「…話は変わりますが次官、私が原因でお困りの理由は米国だけではないのではありませんか?」

ほう?と言った表情で院辺次官が私を見据える…多分彼はこのタイミングで私の方から切り出すとは思っていなかったのだろう。

「最近、永田町や霞が関界隈では『横浜不要論』が囁かれ始めているそうな…」

その一言で沙霧君が微かに動揺を見せるが、まあ彼の懸念(彩峰慧の身上)とは別の所にある話だしね(…いや全くの無関係とも言えないが)

『横浜不要論』…最近政官の間でとかく口の端に上っている意見だが、要するに「もう第4計画とか要らないんじゃね?」というものだ。

この国の政府や官庁が第4計画を推進して来たのは別に人類に対する貢献とかいう理由ではもちろんない(一応、お題目としてはそうなっているがそれは無論建前だ)

歴代のオルタネイティヴ計画はその目的達成こそならなかったが、実に多くの見返りを人類に提供してきた。

軍事、医療、食糧品…現在の人類社会を支える様々な技術の源泉でもあり、とりわけ各計画を主導した国家に与えた見返りは絶大な物がある。
(ソ連があそこまで追い詰められながらなおも国連の中で大きな発言力を有しているのは常任理事国の地位だけでなく、AL3の成果によってもたらされた利益によるところが多いのだろう)

当然AL4を推奨した日本帝国もそういった『見返り』を期待していたと思うのだが…

残念ながら二つの障害がその期待を裏切る結果を招いた。

まずAL4の内容だがこれは過去のAL計画をシェイプ…つまりは目標を(00ユニット製作に)絞った、つまりは『余分な贅肉を切り落としてダイエット』した物であった事だ。

そして余分な部分がないという事は同時に余裕がない…当然その余裕が無い分計画によって生み出される『見返り』も減って来る事になる。

AL3が主に生化学を中心に広範囲な研究成果を上げられたのに対しAL4ではそれが難しい状況にあったのだ。

だがそれならそれで大量の人、モノ、金をつぎ込めばそれなりの成果を出せたであろうが、そもそも過去のAL計画と同規模の資金や物資など帝国の国力では…いやそれ以前に例えそれらを用意する余力があったとしても帝国の国家予算を預る『あの』大蔵省がそんな巨額の予算を認めるなど断じてあり得ないだろう。
(おそらく彼ら官僚が期待していたのはいかにも日本人らしい『最小限の予算で最大限の成果を』という物であり、実際に香月博士が使った分の費用ですら彼らの皮算用を大きくオーバーしていたであろうことは確実だ)

そしてとどめは肝心の香月博士の性格…というかそれらの事情を踏まえれば当然と言える話だが、早く成果を出せと言いたてる帝国軍や官庁に対して彼女は『駆け引き』を仕掛けたのだ。

つまり『こっちの成果が欲しければもっとお金を出しなさい』という訳だ。

(電磁投射砲に関しても一見条件抜きで提供したように見えるだろうが、実際には横浜の技術やG元素抜きでは成立しない物だし、XM3のトライアルも帝国軍に(政治的な)高値で売り付けるためのデモンストレーションだったのだろう)
 
 
…まあこんな事ばっかやってれば確かに『女狐』とか呼ばれても仕方ないよね~~(困った人だ)
 
 
香月博士にしてみれば金も物も碌に与えずに成果だけよこせと言う方がどうかしてると言いたかったのだろうが、資金を出した側の帝国は帝国で出来る限りの予算を出したのだ(少なくとも大蔵省関係者はそのつもりだった筈だ)

その結果ただでさえ米国との関係で悪化していた横浜(香月博士)と帝国の間は極めて険悪になった。

もちろんAL4の真の価値はそんな物とはかけ離れた所にあった訳だがそれを知っているのはごく少数の人間だったし、ましてやAL計画の『戦略的価値』に本気で期待をかけていたのはその中の更に少数だろう。

…そして困った事にそこに更なる亀裂を入れたのがこの私だったのだ(そんなつもりじゃ無かったんだけどなあ…)

え?何がどうしてだって? いやそりゃ考えてみれば当然なんだが、私が提供した様々な技術がその原因なのだよ。

つまり私が用意したX1や撃流を始めとする各種軍事技術が帝国軍の力となって行くのに対して一体横浜はオレたちに何をくれたんだと言いはじめる人間が増え始めたのだ。

電磁投射砲の改良とかも私がしちゃったし、例の新型地中探知システムももちろん帝国に供与はされるが、それ以前に(色々と口実を設けて)米国に提供される事が許せないと仰る方々が多いらしいんだよね…

まあXG-70の入手を円滑に進めるために香月博士はそうしたのだが、頭の固い人たちは納得してはくれなかったらしい(あの巌谷中佐ですら私が帝国軍と横浜の関係改善のために提供したネタで米国相手に取引をされた事に腹を立ててたし…)
 
 
だ、か、ら、ちゃんと帝国軍の皆さんの御機嫌をとっておけと忠告したんですよ香月博士…
 
 
どうやら駒之介君からの情報ではあの人は私にこの件の埋め合わせをさせる腹積もりらしいが…博士、アンタそりゃ周りの人から恨まれても仕方ないですよ…まったく。

まあ愚痴をこぼすのは後にして今はこの問題をどうにかしないと(イヤ別に博士が怖くて言いなりになってる訳じゃないからね!?)

「院辺次官、あなた方の間では横浜の計画に関して今後の事をどんな風に考えておられるのでしょう?」

「ふむ…確かに横浜の第4計画は重要な物ではあるが、国家に対する見返りがあまりにも少ないとなれば今後は縮小か最悪中断という事態も考えられるだろう…あの計画の真価を知っている人間はごく少数だし、ましてや成功の目途が未だに立っていないのではね」

惚けた表情でそう言ってのける院辺次官殿だが、もちろんそれは本音ではないだろう。

あの計画を止めるなら止めるで様々な厄介事が帝国の政府や官庁に押し寄せて来るであろう事は部外者の私ですら容易に想像出来るし、この人は第4計画の『本当の価値』を知っている数少ない人間の一人なのだ。

どうにかして第4計画を存続させ、成功へと持っていくためにこの私を利用出来ないか…そう考えておられるのだろうねこの次官殿は多分。
 
 
…よろしい、その思惑に乗って差し上げましょう院辺次官殿♪

「院辺次官、その横浜と帝国の関係修復と更には先程の米国と帝国との間の溝、この双方を同時に解決出来る策があると申し上げたら…?」

その言葉を聞いた沙霧君と院辺次官殿の二人は同時に眉をはね上げた…見事なユニゾンですな(笑)

「…本当にそんな都合のいい代物があるのかね、諸星大尉?」

「都合がいいかどうかは別にしまして、これをご覧下さい」

そう言って私が差し出した幾つかのファイルに目を通し始めた院辺次官殿だったが……
 
 
 
 
 
 
「これは…冗談ではなく本気で提案しているのかね?」

おや、どうかしましたか次官殿? お顔の色が優れませんが、何か悪い物でも食べたのでしょうかね? …それなりに高価な食材を提供した筈なのですが(笑)

「…それでは不足でしょうか?」

私のその台詞を聞いた院辺次官殿のこめかみがびくっと震えたのが見えた。

そのまましばらく沈黙を続けた次官殿だったが、ついに顔を上げて私を正面から見据えた。

「確かにこの提案を上手く使えば問題の解決にはなるだろう…しかし大尉、その場合君は本当にプロメテウスの役を演じる羽目になるかも知れないという事を承知の上で提案しているのかね?」

…なるほど、さすがに内務次官を務めるだけあってこのプランが実行に移された場合、どこのだれを敵に回す事になるかまで良く分かっておいでのようだ。

「残念ながら他に上手い手が思いつきませんでしたので…まあ覚悟はしていますし、一応自分の身は自分で守れるつもりです」

「ふむ、それで香月博士は何と言うと思うかね?」

「彼女にしても第4計画の存続とバーターだと言われればNOとは言えないでしょう、まあそれを彼女に伝える役は私とあなたをここで会わせるように誘導したどこぞのタヌキ殿にでもやってもらえばいいかと」

その言葉を聞いた院辺次官殿は一瞬だけ面白くて仕方ないとでも言うように顔を歪めたが、すぐにそれを引っ込めて次の質問を出して来た。

「ではもし、この提案を我々の手には余るという理由で米国側に売り飛ばしたとしたら…?」

「…!」

その瞬間、ハッキリと聞こえるほどの歯軋りの音と共に沙霧尚哉の全身から怒気と殺気があふれ出した。

…こらこら沙霧君、まだ早いよそれは。

「まだだよ沙霧大尉、まだ私はこの人の結論を聞いていないし…別に君がここで刃傷沙汰を起こす必要もない」

「…」

「ほう、この沙霧大尉を連れて来たのは話の内容次第では私を始末してもらうためではなかったのかね?」
 
 
「…ご存知でしょうか院辺次官、人間の身体というのはさほど頑丈には出来ていません。
例えば頭上10メートル程度の高さから水を満杯に湛えた直径2メートル程度の大きさの金ダライが落ちて来たらその下にいる人間がどうなるか想像してみては如何でしょう?」


「…なに?」

「…なるほど」

沙霧君には何の事だか理解出来なかっただろうが、あの御前会議に出席していた院辺次官殿には分かった筈だ…私がその気になれば武力や暴力に頼らなくても彼や他の人間を『物理的に』叩き潰す事が出来るのだという事が。

…まあ、正当防衛以外ではルール違反だからやらないけどね(笑)

「次官、私は別にあなた方と駆け引きや脅し合いをしたい訳ではありません、しかしあなた方があくまで単なる現状維持のために私や殿下を邪魔者扱いされるというのであればそれなりの対処をしなくてはならないでしょうし、あなた方に刀を抜いて襲いかかって来るのは別にこの沙霧大尉たちだけではないと思った方がいいでしょうな」

「…」

私の言葉に院辺次官は溜息で応えた……どうやら上手くいったかな?

「どうやらこちらに選択の余地はないという事のようだな…分かった、君のプランを使わせてもらおう」

「ありがとうございます次官、それでついでと言ってはなんですがもう暫くの間霞ヶ関(外務省)の皆さんに『何もしないように』お願いして貰えませんか?」

とんでもない掟破りのお願いだが、もしも彼ら外務省が私を危険視するあまり米国相手に交渉を急ぎ愚かな譲歩などしてしまっては元も子もない…それを防いでもらうためのお願いなのだ。

「その心配は無用だ、このファイルを見せれば彼らはその利用価値を見極めるためにしばらくは君のする事を静観してくれるだろう」

なるほど、ではもう一つ…
 
 
「…ついでに襖の向こうにおられる方やその友人の皆さんにも同じ事をお願いしてもよろしいでしょうか?」
 
 
その言葉を聞いた沙霧君は座敷を隔てる襖の向こうにじろり、と視線を向けた。

彼もそこに誰かがいて話を聞いていた事は気配で察していたのだろう。

「ふむ、顔を会わせて行くかね?」

「いえいえそれには及びません、そちらの方とはまた別の機会にお話する事になるでしょうし…今日の所はこの辺で失礼させていただきましょう」

「そうか、では近い内に総理や殿下にこのファイルの件について我々の意見を纏めた物を提出しよう」

「分かりましたそれじゃ沙霧大尉、もうこれで失礼をさせて貰いましょう……ああ忘れていました、もう一つだけ用件があったんです」

「む、何を忘れたのかね?」

…さて、トドメの一撃だ。

「実は大咲大尉の事なのですが…」

「…姪がどうかしたのかね?」

「あまり彼女に難しい『内職』を押し付けない方がいいと思いましてね」

「はて?君への繋ぎが難しいのかね?」

「2月の相馬原基地防衛戦で彼女の機体は跳躍ユニットを損傷させ、もう少しで命を失う所だった…この件はご存知ですよね?」

「うむ、その時は君の部下に命を助けて貰ったそうで心から感謝している」

「…何故跳躍ユニットが損傷したと思いますか?」

「なに?」

「後で調べたところどうやら跳躍ユニットに小細工がしてあったらしいのですよ、おそらくは相馬原基地防衛に出撃する直前に誰かがそれを施したと思われます」

「馬鹿な…そんな話は…もしそれが事実なら何故問題になら…!」

途中まで言いかけて院辺次官は黙りこんだ…どうやら気付いたか。

「その不良個所を隠蔽したのは大咲大尉自身です、おそらく彼女はそれがどの辺からの指示で仕込まれた物かを分かった上で直接工作をした人間が罰せられないように配慮したのでしょう」

大咲大尉はあの跳躍ユニットの不良を仕込んだのが誰であれ(おそらく彼女はそれが誰かも知っていて)単に上の命令でやらされたに過ぎないし、命じた人間をどうこうする事は出来ない以上実行犯だけがトカゲの尻尾として処分されると考え自分の胸にしまい込んだのだ。

…多分彼女は自分の叔父から本土防衛軍上層部との駆け引きや軋轢の調整の為の情報収集や工作を命じられた結果、一部のお偉方から命を狙われる破目にまでなったのだろうね。

「いくら他に人がいないからと言っても自分の姪御さんをそんなくだらない理由で死なせるのは流石にどうかと思いましてね……それでは失礼します」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…何とも奇天烈な男だな」

客の二人が帰った後、座敷で一人物想いに耽っていた院辺の前に座ったのは隣の座敷で話を聞いていた男…帝国衆議院議員 古泉准市郎であった。

「つくづく化物だ…初めから分かっていた事ではあるがね」

何処か呻き声にも思えるような口調でそう言った院辺は先程モロボシから渡されたファイルを古泉に見せた。

「!! なるほどな、確かに化物…いや、正真正銘の『プロメテウス』かあの男は…」

ファイルを一読した古泉の声も呻き声に近かった。
 
 
 
やがて全てのファイルを読み終えた古泉は深刻な表情で院辺の方を見る。

対する院辺もまた顔を顰めて苦悩していた。

「…確かにこのファイルの内容を現実に出来るとすれば我が国は佐渡島を取り戻せるだけではない、BETA大戦後の世界において米国に次ぐ…いや場合によっては対等の地位を築くことすら可能だろう」

「だがそれを彼の強欲な大国が良しとする事はあり得ない…ならばどこかで妥協してこのファイルの中に記された代物の『利権』を彼らと分かち合うのが上策だが…」

「しかしそれで彼らが満足してくれるのかね?」

「現職のコルトレーンは理性的で無駄な争いや謀略はあまり好まない質の男だ、彼と榊さんが腹を割って話し合う事が出来れば上手く妥協点を見出せるかも知れん」

「成程な、結局はあの男の提案に乗るしかないという事か…」

「だがアンタはどうだ? 上手く外務省の連中を抑えておけるのか?」

「そっちは心配ない、それよりも君のお仲間たちが余計な誘惑に引っ張られて馬鹿な真似をしないようにちゃんと見張っていてくれ…将来の米国とのパイプは絶対に必要だからな」

「分かっている、がしかし…」

「…何かね?」

「あの諸星という男、一体どこまで突っ走る気なのか…将軍家や榊さんは知っているのか?…あの男が本物の怪物だという事を」

古泉のその言葉にしばらくの間院辺卿一郎は答える事が出来なかった…彼にもそれは分かってはいなかったからである。

同時に院辺の胸中にはもう一つの不安材料が湧き上がっていた…相馬原基地攻防戦において自分の姪を抹殺しようとした人物の心当たりが彼にはあったからだ。

(…そこまでやるか、大北中将!)

院辺次官と大北中将…そこにモロボシを加えた因縁が決着を見るのはまだ数カ月先の事である。
 
 
 
 
 
 
 
 
「…何故私を連れて来た?」

店を出てしばらく歩いてから沙霧君が言った言葉がこれだった。

「はい?」

「先程の会談、何も私が同席すべき理由はなかった筈だ…それなのに何故私を同席させたのだ?」

…そう怖い顔をしなさんな沙霧君、後ろについて来てる駒木中尉が心配してるだろ?

「理由はちゃんとありましたよ、彼に…院辺次官にあなたやあなたのような人たちがどんな思いを抱えているかを直接見せるという意味がね」

「…」

「ああいう人達は確かに国家全体を見渡して最善の判断を下すにふさわしい見識と能力を兼ね備えてはいます、しかし同時にそういった人は個々の人間が抱く苦悩や怒りが時としてどれ程の結果を生みだすかといった事には疎いのですよ。
だからこそあなたの怒りを彼に見せる必要があった…ついでに彼自身の身内に関する話をしたのもそれを実感してもらうための一手でしたがね」

自分たちのしている事が個々の人間、それも自分の姪にまでそんな累を及ぼすのか…頭で理解しているのと実感しているのではおのずと違って来る物だ。

「…それで、それがあの男を殿下に従わせるための布石になるのか?」

イマイチ納得がいかないという顔で沙霧君が聞いてくるが…

「まあ多分大丈夫でしょう、彼も帝国が現状維持を続けるだけではジリ貧だという事は誰よりも良く分かっているでしょうし、さりとて上手い策もないので身動きがとれなかった…という所でしょうから」

「…」

「…あなたを連れて来たもう一つの理由がそれですよ大尉、あなたにも『彼ら』の苦悩を感じ取って欲しかったからです」

私のその言葉に沙霧君は何も言わない…ただ黙って顔を強張らせているだけだ。

まああんまりイジメても逆効果だろうし…

「まあ後は彼と総理や殿下との間のお話になるでしょうし、横浜との調整はその後でしょうから…ですから香月博士への事前の言い訳はあなたがやって下さいね、一部始終を盗み聞きしていた鎧衣課長?

そう私が後の暗がりに向かって声をかけると…狸が一匹出て来たよ、しかも今日は連れまでいるし。

「はっはっは、見つかってしまいましたか」

「ふおっふおっふぉ…お主の業も衰えたかの左近よ、こんな若造に見破られるとはのぉ」

なんとまあ一緒にいたのは流山の九十九里老人だった…何しに来たんだこの人?

「! これは…御無沙汰しております九十九里先生!!」

…と、沙霧君が頭を下げる…どうやら知り合いらしい。

「久し振りじゃのう尚哉よ、それに諸星さんもしばらくじゃったの」

「はい、九十九里様も御壮健でなによりです…がしかし、本日は何故ここに?」

「いやなに先日お前さんから聞いた話が色々と気になっての、この左近と醍三郎めをちいと締め上げて色々と聞き出したんじゃよ、ほっほっほ」

…吐いたんかい、アンタらわ?

私の視線に鎧衣課長はふいっと顔を逸らす…こらオッサンよ、こっち見んかい!

「それにの、今朝がた萩閣めが儂の夢枕に立ってのお、尚哉とお前さんの事をくれぐれも頼むとそう言うたんじゃよ」

…先生、あなたまでグルですかあ~~~!?

「そういう訳で諸星大尉、私がそのファイルを横浜まで届けるから御老人の御相手は…」

「私たちがしろと?」

「はっはっは…ではよろしく」

そう言って私とそして半ば呆然としている沙霧大尉や駒木中尉を置き去りにして鎧衣課長(このスットコタヌキが!)は去って行った。

「…さて尚哉よ、それから諸星さんや、今夜はちとお主らに言うて聞かせる事があるでな」

そう言って九十九里老は私たちの方をじろりと睨む…いやちょっと待て、OHANASIが必要なのは沙霧君だけでしょ? 何故私の事も睨むんですか!?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【10:30PM 帝国軍横浜基地・B19F】

「へええ~~~~随分と面白い事言ってくれるじゃないのあのオッサンは~~~」

「はっはっは、いやなにせあの御仁も色々と多方面の調整をしなくてはならない立場の方ですからなあ~~~」

地下19階の執務室の中では狸と女狐の間で心が冷え冷えとするような会話が交わされていた。

「つまりなに? あのコウモリが提案したこのファイルの中身を実現するのに協力しなきゃ第4計画は打ち切りって訳?」

口元を不気味なまでにつり上げ目から火を噴きそうな表情で香月夕呼は鎧衣左近を問い詰めるが、もちろん狸は意に介さない。

「いえいえ、何もそこまでは言っておられないと思いますが…ですがこの先の計画への支援やあのXG-70の購入にも赤信号が灯りかねないのではないですかな?」

「…どっちの差し金よ?」

「はて、どっちとは?」

ほとんど歯軋りに近い口調で質問する夕呼を更に苛立たせるかのような惚けた口調で鎧衣は聞き返す。

「あのコウモリ男と内務省の妖怪オヤジのどっちがこれを仕掛けたのかと聞いてるのよ!!」

「さてさて…なにせこの帝国の行政を握る大物次官殿とあの合衆国政府にさえ脅威を感じさせる本物の怪物との間での駆け引きの結果ですからなあ~~、一介の情報省の課長職に過ぎないこの鎧衣ごときにはどちらの意向だのと大それた事はとてもとても…」

(よくもまあそんなふざけた言葉が口から湧き出すわねこの糞狸オヤジが!! どうせアンタがあの二人を上手く誘導して談合させるように仕向けたんでしょうが!)

心の中で目の前にいる優秀な不良諜報部員をののしりながら香月夕呼は彼の持って来たファイルに目を落とす…

「つくづくふざけた事を考えるわよねえあのコウモリは…でもいいのかしら?もしこれが実現したらそれこそ大変よ、なにせあの国の原動力を支配するあの『強欲な姉妹』を怒らせる事にもなりかねないでしょ?」

「確かに、ですが諸星大尉もその辺は覚悟の上での提案だったようですな」

鎧衣の返事を聞いた夕呼は少しの間考えてから返事をした。

「いいわ、この話に乗って上げても…だけどあのコウモリには必ず近い内にここに来るように言っておきなさい! 埋め合わせはキッチリしてもらわないとね!」

「承知しました、それではまた…」
 
 
 
 
鎧衣が消えた後、一人になった夕呼はぼんやりとした目でモロボシのファイルを見ていた。

取りあえず第4計画の存続は守られた…だがその代わりに降りかかって来た予想もしない技術開発、いや実際にはモロボシが提供する設計図に基づいて自分が建設する事になるであろう代物の事を考えながら…

(これを推進しようとすれば間違いなくあの強欲姉妹たちが騒ぎだすのは確実…でもあのコウモリはそれを逆手に取って帝国と合衆国との間に新しい力関係を構築しようと考えた訳か…だけどその結果アンタ自身がどうなるか分かってるのかしらね?
あの姉妹は自分たちの利権を脅かす者を絶対に許しはしないし、それを潰すためならどんな手段でも使うわよ?
いくらアンタでも連中の執念からそう簡単には身を守る事は出来ないんじゃないかしら?
自分の臓物をあのハゲタカ共に喰われる覚悟は出来てるのコウモリさん…いえ『プロメテウス』さんと呼ぶべきかしら?)
 
 
香月夕呼の手許にあるファイルには『核融合炉建設計画』というタイトルが記されていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
【同時刻 深川・小料理屋『小鉄』】
 
 
あそれ、 じょ~じょ~ゆうじょ~マジマジかいちょ~~あれこれいっててもともだちワッショイ!!(ヤケ)

「ふぉほほほ…相変わらず面白いのお~、お前さんの芸は」

…何のかんのでこの店まで連れてこられた挙げ句、私と沙霧君は九十九里老に説教されながらお酌をするという珍妙な破目になっていた。

クーデターの事から大堂大尉の件まですっかりご存知のようだ…私に関する秘密も多少は聞いたらしい(あとで狸と怪獣に苦情を言っておく必要があるな)

その挙げ句に「何か芸を見せてくれんか?」というリクエストにお応えして今の状況になってる訳だ。

いやもう沙霧君の方はすっかり酔い潰れて駒木中尉に介抱されてるけどね(お説教されながら九十九里老のお酌も受けなきゃならなかったためだ…アルコールと精神攻撃のダブルパンチはキツいんだよね)

「…まったく、この程度で潰れるとは情けないのお」

「…疲れておられたのだと思います」

「むう…?」

「大尉はずっと自分を責めておられました、彩峰閣下をお救い出来なかった事や本土防衛戦、それから明星作戦の結末…それら全てが大尉の肩に圧し掛かっていたのだと思うんです」

「昔から不器用な所がある子供だったからのお…」

駒木中尉の独白にも似た言葉に九十九里老もまたしんみりとした口調でそう言った。

どうしてそんなに良く知ってるのかね? まあ大体予想は付くけど…

「御老人はこの沙霧大尉とはどうしてお知り合いに?」

「なあに、こ奴が子供の頃に萩閣がワシの所に娘の慧と一緒に連れて来た事が何度もあったんじゃよ」

「ああ、やっぱりそうでしたか」

「だが萩閣が死んでからはこ奴の話をあまり聞かなんだが、まさかこんな事になっとろうとはの……しかもこ奴に憑いたモノはまだ落ちてはおらんぞ」

「殿下が復権された以上もう無茶を仕出かす理由はない…だが、彼やその他多くの人間たちの心に圧し掛かったおもりを外すにはそれだけではダメという事なのでしょうね」

「ふうむ…だがの諸星さんや、お前さんもこ奴とそうは変わらんように見えるがのお?」
 
 
……はい?
 
 
「自分では気付いておらんかったかも知れんがの、酒を呑んでおるとお前さんの目に時おりこの尚哉と同じ色の鬼火が灯るのをワシは見ておったのだよ」

……

「本土防衛戦直前にお前さんに何があったか…あの男からおぼろげな事情は聞いた」

先生、話したんですか…自分の方が胸が痛いだろうに。

「だがの…だからと言うてこの尚哉と同じような真似を仕出かすのは止めておけ、あ奴とてお前さんにそんな事をして欲しいとは思わんじゃろう」

…いや御老人、流石にそこまでスプラッターな事をやろうとは思っていません、ただ私は『少しだけ大きめの土管』を連中の頭上に落っことしたらさぞ痛快だろうと思っていただけです(思ってただけだよ?本当にやる気はないよ!?)

けど確かにこの人の言う通りだろう、沙霧君を止めようとした私が『あの連中』に実力行使をしては本末転倒だ。

「仰るとおりですね…では暴力はやめて『お灸』を据える程度にしておきます」

「それでええ…それでな」

さて、それではもう一つ二つ芸を披露しましょうか…沙霧君の酔いが醒めるまでね。
 
 
 
第53話に続く
 
 
 
 
 
 
【おまけ】

「…どうやら恙無く終わったようですね」

《はい~~、後は摂家の方をどうにかすればってモロボシさんも言ってました~》

「そうですか、それではいよいよアレを使う日も「殿下」…どうかしましたか真耶さん?」

「先程お部屋を掃除しておりましたらこのような物が出てまいりましたが…?」

「! そ、それは駒太郎たちが私の為に作ってくれた『変身キット』では…いえその…」

《うわあ~~~みつかっちゃった~~~~》

「…かような代物は殿下の威厳を損ねかねませんのでただちに処分致します」

「ま、待って下さい真耶さん! それが無ければ『まほうしょうじょ』にも『せんたいひろいん』にも変身する事が…」

「…不要でございます」

「はい…」(ショボン)

《そんなあ~~~せっかく殿下がボクと契約して変身ヒロインに…》

「…貴様はちょっと来い!!」

《ひえええ~~~!!!》
 
 
 
[30分後]

《あ~~酷い目にあった~~~~》

「大丈夫でしたか、駒太郎?」

《はい~~、でもこれで上手くいきましたね~~~》

「そうですね…まさかアレが囮だとは流石の真耶さんも思わないでしょう」

《でもでも殿下~~、『あの方法』だと大騒ぎになっちゃうんじゃないですか~?》

「そうですね、それは好ましくありません…全ては隠密裏に為されねば…何か上手い方法はありますか駒太郎?」

《そうですね~~、知り合いにアレのオリジナルを造った人がいますからちょっと聞いてみます~》
 
 
 
 
 
 
知らなかった…本当に知らなかったんだ、駒太郎の奴が『誰』に相談していたのかを…








[21206] 第1部 土管帝国の野望 第53話「帝都城松の廊下の一幕」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:501c65f8
Date: 2012/05/31 23:36

第53話 「帝都城松の廊下の一幕」


【2001年5月21日 帝都城・大広間】

この日、帝都城には五摂家を始めとする有力な公家、武家の当主たちが勢ぞろいしていた。

彼らがこの場に集められた理由は一つ、先般より政威大将軍・煌武院悠陽によって推奨されて来た帝国国内にある難民キャンプへの支援の負担を彼ら名門の家々からも募ろうという物である。

現在日本帝国国内にいるBETA大戦の難民たちは日本人だけでなくアジア各国からの人間も多く、それらの生活状況は決して快適とは言えない。

もちろん帝国政府は彼らが生活出来るよう援助は行ってはいるがそれはあくまでも最低限の話であり、また生活物資の供給が様々な理由(人手不足や資金不足、あるいは何者かによるピンはね等)で滞りがちであったため、難民らの間に栄養失調によって倒れる者やあるいは食糧を求めて犯罪に手を染める者たちを生み出す事態になっていた。

当然政府はそれらの不法な行為を取り締まろうとはしたが、元々は衣食住の不備が原因であったため逆に難民たちの不信を買う破目になり、更に事態を悪化させる事になった。

ちょうどそんな時、悠陽の斡旋で難民キャンプへの物資や食糧の供給改善が図られる事になったのである。

当初は将軍家の人気取りの一環だろうとかあるいは御嬢様将軍殿下が下々のあまりに悲惨な状況に涙線を緩めるついでに財布の紐まで緩めたのだろうとか陰口を叩く者もいたが、難民の窮状は間違いのない事実であったし悠陽が自分の財産から資金を拠出したので誰も大きな声で反対する者はいなかった…悠陽以外は誰も損をする者がいなかったからだ。

だがその援助が予想を超えた大成功(配った食糧や生活物資が難民たちに大好評の上に何故か横流しも減少した)だった事が周囲に複雑な波紋を広げる事になった。

…この援助を今後も継続して欲しいとの声があちこちから上がったからである。

無論の事この援助はあくまでも悠陽個人の出費による『善意の寄付』が中心になっている以上、今後も続けるとなれば彼女が費用を出し続けなくてはならない…いくら何でもそれは無理な相談であり、どこからかの援助が必要になるのは必然だった。

だが佐渡島攻略戦を控えた帝国にこれ以上難民への援助に割ける資金は当然無い。
(戦争の準備段階とは莫大な消費活動と同義語であり、その総額は誇張ではなく狂気のレベルに達するからだ)

そこで悠陽は金を持っている人間…即ち企業団体のトップや武家や公家、分けてもその頂点に立つ五摂家やその係累に資金協力を要請した。

そして彼らは当然、そんな出費は真っ平御免だ………という本音を口には出来なかった。

仮にも政威大将軍その人が身銭を切って援助をしているのに自分たちは出来ませんとは言えなかったのだ。

出せませんとは言えないがどうしてこの世知辛いご時世に自分たちが赤の他人に施しをしなくてはならないのか…

武家や公家の一部には半ば公然とそんな事を口にする者さえいたのも事実ではあったが。

もちろん大半の者たちは人の上に立つ者としての自覚や見識の上から悠陽の提案を受けるべきとは考えていたが、誰にとっても今この時期に多額の出費をするのは御免というのが本音であった。

そして今日、武家や公家の主だった者たちが帝都城に集められ悠陽との謁見の場で正式に援助の話が出ると思われていた。
 
 
 
 
 
「…まだでしょうかな?」

どこか楽しそうな声でそう漏らしたのは一條家の当主、一條直実である。

今回の悠陽からの要請に対して当初最も強い反発を示していた一條家や二條家であったが、何故か最近になってそれが鳴りを潜め、むしろ悠陽のする事を面白そうに眺めているのを周囲の人間は不思議がっていた。
 
 
もちろんそれには理由がある。
 
 
今回の援助に際して悠陽は自分の懐から資金を提供したのであるが、それはもちろん煌武院家の財産を切り崩した物であった。

具体的には土地や証券、あるいは煌武院家所蔵の美術品などである。

そして10日ほど前、偶然ある男から煌武院家に秘蔵されている茶器や宝刀がこの支援の資金に替えられるべく売りに出されると知らされた直実は、秘かに家臣に命じてその名物が保管されている煌武院家の別宅から盗み出させたのであった。

(金に替える筈の名物が無くなってしまったのでは支援の資金を捻出する事も難しかろう…それに盗まれた事を公にすれば家名に泥を塗る事にもなりかねん。
仮にそれでもまた何がしかの物を売って支援を強行すると言うのであれば盗んだ名物を裏の市場で売り飛ばして我々が負担する資金に替えれば済む事だ…いずれにせよこの無理な支援要請で将軍家に対する反撥が強まるのは確実…ならばここは高みの見物と行けばよい)

そう直実は心の中でほくそ笑んでいた。
 
 
そして、そんな直実の様子をやや苦い表情で眺める者もいる。

崇宰家の当主崇宰尚通や九條家の当主九條綱枝……本来なら最も近い家柄に当たる二つの摂家の当主たちの彼を見る目には懸念と疑惑が宿っていた。

尚通も綱枝も五摂家の当主として最近の国や将軍家を取り巻く状況の激変に当惑を感じてはいた。

突然の政威大将軍の復権によって武家や公家たちの間に昔日の栄光が戻ったかのような錯覚が広がり、自分たちの周囲でもそのような浮ついた雰囲気に惑わされる者たちが出始めたのだ。

流石に綱枝ら五摂家の当主たちは悠陽の復権がそんな御目出度い話などではなく、現状の行き詰った帝国を何とかするための非常手段である事を理解していたが、それが分からない愚か者はどこにでもいる……一條直実のような人間が。
 
 
(一條殿や二條殿は分かっておらん…将軍家が何故今この時期に自らの権威を復活させ、国の指揮を自ら取ろうとしているのかを……愚かな!)

そう心の中で九條綱枝は吐き捨てた。

それは今の状況を弁えない一條や二條、その他の者たちに対する怒りであると同時に悠陽に対する不満も含まれていた。

(将軍家も将軍家だ、確かに帝国の現状を考えれば今回の復権は良い手段かもしれん…しかしそれでは場合によっては全ての責任が政威大将軍一人に被せられる事にもなりかねん! あの院辺のような内務官僚共が先の大戦の終結に際して時の将軍家一人に責任を負わせようとしたように!
おそらくあの煌武院の娘はそれすら覚悟の上で国の為にとそうしたのであろうが、もしも彼女が責任を取らねばならぬような破目になったら我々もただでは済むまい…何故だ!何故長年に渡って政事から遠ざけられて来た我ら摂家がこの追い詰められた状況で今更のように責任だけを押し付けられなければならんのだ!
どの道院辺も榊も本気で国の実権を我ら摂家に委ねるつもりなどあるまいし、我らにしてももはや昔日のように国家を束ねる力などありはしない……たとえ復権を果たしても所詮将軍家も我ら摂家も時代の生贄となるが運命…
それよりは日陰でも安楽でいられる身分をと望む事がそれほど身勝手な事か…?)
 
 
齢60を越えた九條家の当主にとって悠陽の決断と行動は美しく眩く、それ故同時に危うく感じられてならなかった。

(今日の話の流れ次第では将軍家と一條殿たちの亀裂が決定的になるやもしれん…それを一体どう繕った物か…)

そう思い悩む綱枝の耳に謁見の準備が整ったので白書院(謁見用の間)にお越しくださいとの声が聞こえ、その場の者たちは全員松の廊下を渡って謁見の間へと向かうのであった…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【帝都城本丸・白書院】

「殿下には御機嫌麗しゅう…」

「九條殿も御壮健でなによりです、皆も良く集うてくれました」

臣下一同を代表した九條綱枝との間で型通りの挨拶を済ませた後、時間を浪費するのを惜しむかのように悠陽は本題に入った。
 
 
 
 
「では……殿下におかれてはご自分の生家煌武院家が秘蔵する名物を売り払って民草への支援を行われると仰るのですか?」

「はい、間もなく佐渡島攻略を控えた帝国の財政には僅かの余裕すらありません……されど今そなたたちに見せた資料を読んでも分かるように難民たちの暮らし向きや健康状態は決して見過ごして良い物ではなく、またそれによって引き起こされつつある不穏な動きを抑えるためにも今行っている支援を継続して欲しいとの声が多方面から寄せられているのです」

「確かに、軽視して良い事態とは思えませぬが…」

「なればこそこの身は多少の無理は承知の上で難民たちへの支援を継続せねばならぬと考えているのです」

「は…」

悠陽のその言葉に綱枝は反論を差し控え、彼女の言を受け入れる態度を示す…

そしてそれは彼の背後に控えた武家や公家の当主たちも同様である。

その理由は悠陽が彼らに見せた資料にあった。

そこには悠陽が難民に対して施した支援と並行で秘かに行われた調査の結果、難民居住区に浸透したテロリストや反米、反国連団体の活動内容が詳細に記録されていたのである。

(まさか…まさか帝国の中にこれほど深刻な動脈瘤の如き病巣が築かれていたとは…)

九條綱枝は思わず心の中で呻き声を上げていた。

現在帝国国内に点在する難民キャンプには日本人もいればアジア各国の難民たちもいる。

彼らの生活は帝国政府から配給された最低限の生活物資によって支えられているが、その内実は決して満足出来る物でも安心出来る物でもなかった(もちろん難民の中には政府が用意した仕事に従事して別に収入を得る事が出来る人間もいるが、それは全体の中のごく一部でしかない)

そんな難民たちの窮状に付け込むのが一見ボランティアや民間援助団体の皮を被った犯罪組織や非合法的な政治団体(テロリストを含む)だ。

彼らは難民たちの間にネットワークを築き上げ、援助の振りをして彼らの中から支持者や協力者を作り出し必要に応じて自分たちの手足となるように仕向けていたのだ。

…そのネットワークの規模は決して軽視していいレベルではない所まで広がっている事が悠陽が見せた資料から見て取れた。
 
 
(…成程これでは確かに難民たちへの支援を手抜きする訳には行かず、さりとて今の帝国の事情では難民救済の予算を増やしたくてもどうにもならない…だからこそ殿下の温情に縋ってという訳か………誰がこの台本を書いた? 院辺か? 榊か?  いずれにせよこれを将軍家が行おうとするのを止めるのは確かに愚策、皆の者もこれならば止むを得ないと思うだろう…もしもこの資料の中にあるような不逞の輩が帝国国内で事を起こそうと企み、難民たちを扇動したら…この動脈瘤の破裂によって今の病み衰えた帝国にどれほどの被害が出るか…それを未然に防ぐための方策か、止むを得ぬ、止むを得ぬが…榊め!己の無力のツケを教え子である将軍家や我らに回すとは……!!)
 
 
心の中で今回の方針について悠陽に助言したであろう男を非難しながら九條綱枝は目の前の主君に言上する。

「殿下の御志、誠に御立派なものと承ります…この綱枝も出来得る限りのお手伝いをさせて頂く所存でございます」

その綱枝の言葉で背後に控えた武家や公家の当主たちも同意の言葉を述べて悠陽らによる難民支援の延長が実質決定された。
 
 
……だがしかし、この日の謁見は実はこれからが本番である事を綱枝たちは気付いていなかった。
 
 
「皆の志に心より感謝します……それと今ひとつ、其方らに話しておかねばならぬ事があります」

「は…何でございましょう?」

言葉の雰囲気を改めた悠陽に綱枝たちは何事かと注目する。

「実は今度の支援の資金作りに際して煌武院家の倉を開き、中にあった名物を出してみたのですが…その中には外部に出す事が出来ない品物がいくつもあったのです」

「はて…外部に出す事が出来ない品ですと?」

「はい、その品物は売りに出す物とは別に煌武院家の下屋敷の一つに置いていたのですが……先日何者かが屋敷に侵入し、その品物を全て盗み出してしまったのです」

「何と…真にございますか!?」

綱枝が思わず声を上げたのも無理はなかった、本来このような事態は高位の武家にとっては大変な不名誉であり絶対に表沙汰にしたくないのが通例だからだ。

その綱枝の驚きの声に答えるかのように悠陽の言葉は続く。

「事実です…本来であればこのような恥になる話をしたくはありませんでしたが、もしも盗まれた品が秘かに売りにでも出されたら取り返しのつかぬ事になってしまいますから」

「…と、申されますと?」

盗まれておきながら今更何が取り返しがつかないと言うのかと疑問に思う綱枝ら一同に悠陽は少し困ったような笑顔を浮かべてこう言った。
 
 
「実は……その盗まれた名物は全て贋作なのです」
 
 
 
「…な! 何ですと!?!?!?」

悠陽のその言葉に仰天して声を上げたのは綱枝ではなく一條直実であった。

「如何なされた一條殿?」

「え…あ、いえ何でもございません…」

訝しげに尋ねる綱枝にそう答える直実ではあったが、その表情は完全に蒼ざめている。

その様子を静かに観察しながら悠陽は話を続ける。

「その盗まれた贋作というのは先々代の煌武院家当主がとある骨董屋の紹介によって入手した物なのですが、あまりにも見事な出来栄え故に長年に渡って贋作とは知られなかったほどの代物なのです。
それが世に流出したとなればまた誰かが被害に遭うのは必定…それ故予めそなたらにはこの事を打ち明け、間違っても被害には遭わぬようにここにその贋作の写真と目録を用意しました」

そう言ってその場の全員に配布された資料を見た一條直実は思わず歯軋りを漏らしていた。

(やられた! これは罠だ! もし我らがあの品物を売りに出してもそれが贋作となれば一文にもならない……いやそれ以前にこれだけの人間に事情を知られれば下手に世に出す事も出来はしない…この小娘はわざと無防備な状態で贋作を放置した上で我らにその存在を教えて……おのれ煌武院の小娘が! まんまと我らを謀りおって…!!)
 
 
心の中で悠陽に対する呪いの言葉を吐き続ける直実であったが、まさかそれを表に出す訳にはいかなかった。

そんな直実の様子と彼を見据える悠陽の何処か冷たい視線を見比べた綱枝は思わず心の中で溜息をつくのだった。

(なるほど、そういう事であったか…直実殿も愚かな真似を! わざわざ将軍家が用意した罠の中に自ら飛び込み置いてあった毒餌に喰らいついたという事か…だがこれはまごうこと無き自業自得、己が播いた種は己で刈り取らせるしかなかろう。
それはそれとして将軍家のやりようもいささかあざとい…一條二條の態度が余程腹に据えかねたのではあろうが何もここまでやらずともよいのではないか?)

綱枝心の中の疑問に答える者はおらず、それから間もなく謁見の時間は終りとなった。
 
 
 
 
 
 
 
【本丸・松の大廊下】

「む、あの男は…」

白書院を辞して大広間へと戻る途中の綱枝らの前方に一人の男が立って中庭を眺めていた。

「…これは皆様、大変失礼致しました」

綱枝らがやって来た事に遅まきながら気付いた男がそう言って頭を下げる。

「…失礼だが其許は?」

一瞬だけ見せた男の視線に引掛かかる物を感じて尋ねる綱枝にその男は答えた。

「は、自分は諸星段という名の殿下にお仕えするしが無い茶坊主にございます九條様」

「む…お主が」「何!?」「…ほう」「むう…」「こ奴が…」「…」

その名前を聞いた者たち全員が何とも言えない顔でその男…諸星を見る。

もちろん彼らの全員が諸星の名を知っていた…斯衛軍への新型OSの売り込みに始まり御前会議での将軍家の復権に陰から貢献し、悠陽より斯衛軍大尉の身分を与えられるという異例の出世を果たした男であり、今回の支援に際しても多くの部分がこの男の手腕によって賄われているという事はもはや公然の秘密であった。

「殿下に御用かな諸星大尉、我らの用件は先程済んだ所だが…」

そう言いながら九條綱枝は目の前の男を値踏みするように観察する。

(この男が諸星か…商人から成り上がった小才子と聞いていたが、どうもそういった人間とは違うな…だからと言って大人的な風格を持つ訳でもなし、どうにも掴みがたい男に見えるが…?)

そんな綱枝の内心を察しているのかいないのか、素知らぬ顔で諸星は言った。

「はい、自分の用件はごくつまらない事の報告なのですが…皆様は本日はどのような御用件だったのでございましょうか?」

「ふ…そう惚けずとも良かろう? お主が進めて来た難民への支援について殿下の御意が下ったのでそれを承りに参上しただけの事よ」

あまりにもあからさまな諸星の惚け振りに少し意地の悪い口調でからかい気味に突っ込んだ綱枝であったが、目の前の男の性格の悪質さは彼の予想の遥か斜め上を逝く代物であった。

「ああ…いえいえ決して惚けておる訳ではございません、実は私は殿下より別件の用事を言いつけられまして只今はそれに懸り切りになっているせいでそちらの事はとんと存じませんでした」

「ほう、それはまた御苦労な…一体どのような御用を賜ったのかな?」
 
 
「はい…それが実は『変質者の処刑』なのですが…」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「………なに?」

たっぷりと10秒間くらい沈黙した後、綱枝はようやくそれだけを口にした。

「いや実は昨今、横浜の国連軍基地の周辺に謎の変質者たちが出没してその基地内にいる特定の少女たちを執拗につけ狙っているのでして…」

「…特定の?……少女たちだと?」

諸星の発言の意味が理解出来ずに戸惑う綱枝であったが、傍にいた一條直実の顔が強張った事に気付いた。

(またか…今度は何をやってくれたのだ?)

心の中でそう舌打ちするが諸星の話はまだこれからが本番であった。

「いや実はその少女たちと言いますのが国連軍の衛士訓練兵なのですが色々と事情のある面子でして…例えば総理大臣の御令嬢とか…」

「…な! 榊総理の…!?」

「あるいは光州で亡くなられた中将閣下の忘れ形見とか…」

「彩峰中将の…」

「あるいはまた国連事務次官殿の娘御…」

「珠瀬次官のか…!」

「そして殿下の縁籍でもある御剣家の姫君まで……」

「!!……それは…つまり…」

最後の一人が誰の事を指すのか察した綱枝の顔は流石に蒼ざめ、横にいた一條直実を怒りを込めた視線で突き刺した。

(…この…この愚か者が!! 何という事を仕出かしてくれたのだ!!)

視線で直実を罵倒する綱枝だが、それに気付かぬ振りをして諸星は話を続ける。

「そんな身分や立場を持った御令嬢たちが事もあろうに変質者に狙われていると知った殿下は大変な御心痛でして…一つ間違えば彼女たちの安全だけでなく帝国と国連との間にどんな火種となって落ちるかも知れず、またこの帝国の中でそのような異常者が国連軍施設の周辺を徘徊しているのも国家にとって大変な不名誉でもありますし……そのせいで殿下以上にその側近の皆様からこれは何とかしないといけない、ただちに捕えて一族郎党全て市中引き回しの上磔獄門が妥当だなどという声まで出る有様でして」

「ぐ……」

その言葉を聞いた一條直実の顔は滑稽なまでに歪み、脂汗を流していた。

「…はて、そちらの方は何処かお身体の具合でも悪いのでしょうか? 何やらお顔の形が優れませんが?

…お顔の『色』がではなく『形』がというあたりに殆んど遠慮のない悪意を込めた嘲笑混じりの諸星の台詞に思わず一條直実は我を忘れて刀に手をかけていた。

「…この成り上がり者が!黙って聞いておれば図に乗「どうかなされましたか一條様?」…な、月詠……」

直実の罵声を途中で遮ったのは月詠真耶の氷のように冷たい声であった。

「これはこれは月詠大尉、いえ実は今しがたこちらの方々にこの諸星めの昨今の仕事の中身について問い質されておりまして…」

そのわざとらしいまでに道化を気取った諸星の台詞にふんと鼻を鳴らして真耶は言い放つ。

「…貴様の今の仕事と言えば確かあの生きた汚物共の焼却処分だろうが? そのような汚らわしい話をわざわざ摂家の方々に聞かせるでない、愚か者が」
 
 
「……………………」
 
 
生きた汚物の処分、という月詠真耶のその言葉に込められたぞっとするほどの冷たい怒りの色にその場の全員が氷漬けになったかのような気分を味わっていた。

「…それで、その汚物の始末はついたのか?」

「いやそれがまだでして…」

「ほう、貴様は一体殿下の御用を何と心得ておるのだ諸星? たかが汚物の処分に一体いつまでかかっておるのだ!」

口ごもる諸星とそれを叱りつける麻耶……目の前の寸劇が猿芝居と分かっていながらその場の人間たちは身動きする事が出来なかった。

…月詠真耶の怒りと殺意がまぎれもない本物であり、それは目の前の諸星以外の誰かに対して向けられたものだと察したからである。
 
 
(…そうか、そういう事だったのか! 何故将軍家が我らをここに招いて難民への援助に協力を仰いだだけでなく贋作の一件を口にし、更にこの猿芝居を見せつけているのか…帝国が存亡の危機にあるにもかかわらず将軍家の復権を己たちにとって都合がいいように解釈する浮ついた者共に灸を据え、一條二條のように己の為だけに権力を欲する者共は容赦なく処断する旨を伝えるために…)

悠陽の真意をそう見て取った綱枝はその場に射竦んだまま動くことが出来ずにいる直実たちや崇宰尚通の方に目をやる。

(…確かに将軍家が怒るのも無理はないか、自分たちの方から将軍に祭り上げた己を戦火の京に置き去りにした挙げ句、復権したらしたで今度はその地位を奪おうとして更にはそれが難しいと知れば妹を手に掛けようとするとは…如何に我が一門といえどこれでは庇いようも無いではないか…)

綱枝がそう心の中で溜息をつく傍ら諸星と真耶の茶番は締めに取りかかっていた。
 
 
「…ですが月詠大尉、例えその場の変質者を全て片付けたとしても雇い主がいるのであればまた同じ事が繰り返されると思うのですが?」

「それがどうした、なら雇い主とやらも纏めて処分すれば良かろうが?」

「ああなるほど、その手がありましたな」

「分かり切った事を今更気付くな愚か者! いいか、今日明日中にでも件の生ごみ共はその雇い主も含めて全て残らず焼却しておけ!」

「はっ、承知しました」

当の『生ごみ共の雇い主』がいる前で堂々とその処刑を宣告する月詠と諸星の両名に、その場の全員が畏怖と恐怖の視線を送る。

「…さてこれ以上殿下をお待たせする訳には参らん、ついてまいれ諸星…皆様、それでは失礼致します」

そう言ってその場の者たちに会釈をした真耶は諸星を引き連れて白書院の方へ踵を返す。

「つ…月詠大尉…」

その背中に何かを言いかけた一條直実であったが…
 
 
「…何でございましょうか?」
 
 
「……ッ!!!」

振り向いてそう言った月詠真耶のあまりにも冷酷な口調とぞっとするような微笑にそれ以上言葉を発する事が出来なかった。

そして廊下の向こうに月詠と諸星の姿が消えるまでその場の全員が金縛りにあったように立ちつくすのであった…
 
 
 
 
 
 
 
 
「…しかし怖い事をおっしゃいますな~~月詠大尉?」

「…何が怖い?」

「いくら何でも『焼却処分』はないと思うのですが…」

「それがどうした? もしも殿下や冥夜様に髪の毛程の傷でもつけようものなら間違いなくこの私が自ら彼奴等を火炙りにしている所だぞ」

……本気の目だよこの人。

上手く打ち合わせ通りに今回のお芝居を演じ終えた私と月詠大尉だが、彼女の御機嫌は大変麗しくない(もしかしたらこの人も香月博士と一緒でカルシウムが不足…)

「…今何を考えた諸星?」

(ギクッ)「い、いえいえ別に…ははは」

…失礼な思考を感知する能力でも憑いてるのかなこの人?

「クスクス…真耶さん、そう怒ってばかりではいけませんよ?」

そう言って殿下が宥めてくれたおかげで取りあえず月詠大尉は落ち着いてくれたけどね。

「ですが諸星、これで本当にそなたの台本通りに事が進むのですか?」

「御心配には及びません殿下、今しがたの一幕で大半の人間が今回の裏事情を察した事でしょうし、そうなればもう一條家にしても横浜の彼女たちを狙うどころの話ではなくなりますから」

「…そしてあの者らは今度はそなたの命を狙うというのですか?」

「ええ、おそらくは…」
 
 
そう、彼らが御剣冥夜ではなく私を狙うように仕向けることこそが今回のお芝居の目的なのだ。

今回の援助要請の影で何があったかを武家や公家の当主たちが察すればこれ以上彼女を狙い続けるのは非常に不味いし、ましてや今日明日中にでも私が彼らを(一條家当主までも含めて)処分すると明言すればそれどころではないと考えるだろう。

…おそらくは今夜中にでも手勢を掻き集めて私の首を取ろうとするのは確実だ。
(冷静に考えればたとえ私を殺したところで今更自分たちの立場が良くなる訳でもないのだが、それが分からなくなる程に恐怖を感じているだろう…先程の月詠大尉の殺気のせいで)

そして彼らが私の命を狙うのであれば…こちらも『正当防衛』の大義名分が成立する訳だ(笑)
 
 
《あくどい、さすがモロボシさんあくどい~》

…とか駒太郎がほざいてるが一体どこのデータベースからこんな台詞を拾って来るんだよこの出来の悪いAIはまったく。

「…それで、貴様はどうやって向こうの刺客を迎え撃つのだ?」

「もし手勢が必要とあれば忠輝殿にお願いして何人か付けますが?」

お二人ともそう仰ってくれてますが御心配は無用、私には秘密兵器があるのですから。

「いえいえ殿下、助太刀は必要ありません…私には『コレ』がありますから」

そう言って懐から『秘密兵器』を取り出して見せる…あれ?お二人とも目が点になってますよ?

「その…諸星、これは一体…?」

「…マイクに見えるが?」

「いえいえお二人ともこれはただのマイクではありません、これは『カラオケマイク』という物なのです」

「「………」」

《ね~モロボシさん、それを何に使うの~~?》

「何って…普通カラオケマイクは歌を歌うためにあるんだと思うけど?」
 
 
(ひそひそ)「…仕事が多すぎて疲れているのでしょうか?」

(ひそひそ)「…元々頭のネジがゆるんだような男ですし、一応念の為に精神科の診断を…」
 
 
…何だろう?非常に不本意な噂をされているような気がするんだが?

さて、それでは今夜にでもこの鬱とうしい問題にけりをつけるとしますかね♪
 
 
 
 
第54話に続く
 
 
 
【おまけ】

《モロボシさん、予想通り刺客の人たちが横浜基地から離れて行きますよ~~》

「あっそ…それじゃあ予定通りに行きますかね」

《予定通りって…帝都の呑み屋をハシゴするのがですか~~?》

…いいじゃないかそれくらい、こっちも命を(一応は)かけてるんだからせめて酒くらいは飲ませてくれよ~

《ホントに大丈夫なのかな~~この人~~?》
 
 
 
 
 
 
【蛇足】

今回の舞台である帝都城本丸の白書院や松の廊下はリアル江戸城の本丸見取り図を参考に設定しました(言うまでも無くここは『忠臣蔵』の舞台となった場所です…本当にここが刃傷の現場だったかどうかは微妙だと言われていますが)

現実の江戸城本丸は過去の大火の結果現在では跡地として残っていますがオルタ世界の帝都城は首都移転を前提に城の増改築が行われ、その結果本丸も新たに再建されたという設定にしてみました。









[21206] 第1部 土管帝国の野望 第54話「荒野の果てで歌を叫んだ男」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:501c65f8
Date: 2012/06/20 19:05

第54話 「荒野の果てで歌を叫んだ男」


【2001年5月21日 帝都・九條邸】

次第に黄昏の色が濃くなり始めた九條邸の奥座敷で二人の男が憂い顔で向き合っている。

一人はこの館の主人九條綱枝であり、もう一人は崇宰家の当主崇宰尚通だった。

「何故…何故もう少し早うこの事を言うてくれなんだのか…尚通殿」

何処か怨みがましい口調で問いかける綱枝に対し崇宰尚通も恨み事を言い返す。

「お言葉ではございますがそもそも一條二條は貴方様に相手にされなかったが故にこちらに纏わりついて来たのですぞ? 何故一門の長として彼の方々を諌めては下さらなんだのですか」

それを聞いた綱枝はかっとなって何かを言いかけたがそれを止めた…それ以上は無意味な水かけ論にしかならない事だったからである。

「まさか…まさかあそこまで愚かな事を企て…いや、すでに仕出かしておったとはな」

「…は、この身もまさか彼の者達がここまで仕出かすとは思いもしませんでした」

一條家や二條家らが悠陽に対して仕掛けた幾つかの謀略……いや、表沙汰にはならずともこれは明確な謀反と言ってもいい行いに綱枝と尚通の両名は頭を抱えるしかなかった。

武家や公家に接近して自分たちの勢力を拡大しようとしたのはいいとしてもそれを足がかりに悠陽の追い落としを図り、さらにそれが上手くいかないならと彼女の妹にまで危害を加えようとしていたとは…

「…それでは将軍家や側近たちがあの者たちを謀反人として処断しようとするのも無理はなかろう」

「…は、確かに」

自分たちの一門であるため何とかして助けたいのは山々ではあるが、下手をすれば自分たちまでもが今回の謀議に加担していたと思われかねない…いや、実際にそう疑っている者も多いだろう。

(それもこれも将軍家と我らとの間に生じた溝が原因か…いささかこの問題を軽んじ過ぎたかも知れんな)

心中でそう呟きながら綱枝は何故今日のような事態に至ったのかに想いを巡らせていた。

事の起りは本土防衛戦の最中、京都を撤退するにあたって本土防衛軍と将軍家、そして自分たち摂家の間で意見の対立が生じ、その結果多くの戦死者が出た事にあった。

(千年を超える長きに渡って我らの都であった京……それを簡単に放棄しろと真っ先に安全な場所に逃れた者たちが言い募るのに対して我らも意地になっていた…だがそれは結果的に将軍家に過大な負担とそして我々に対する不信を植付けてしまったのかも知れぬ)

京を放棄する際の将軍家との意志の齟齬、そしてその後彼女は明らかに自分たちを避け始めた…いや、自分たちも彼女を避けるようになっていた。

(あの時、京を放棄するか否かで我らはあまりにも迷走してしまった…そしてそのしわ寄せがまだ若い将軍家一人に覆いかぶさる事となり…おそらくそれが原因で将軍家は斑鳩以外の摂家を信ずるに足らずと考えるようになったのだろう…一方でそれを感じ取った我らもまた将軍家や斑鳩に不信を抱くようになっていた…)

その事に関しては綱枝にも言い分はある。

(そも我ら摂家はあの千年王城と共に生きて来た者たちだ、あの都が失われるという事は我ら自身の一部が失われるに等しい…それ故、無理を承知で京の守護に強硬な姿勢を示してしまったのだ。
あの無責任な乃中ら本土防衛軍の輩共があまりにもあっさりと都の放棄を口にさえしなければあるいは別の流れに持っていけたかも知れんのに…)

古都にしがみついて生きて来た者たちの頂点に立つが故の悩み…だがそれは自分たち以外の世間に通じる言い分では無いことも綱枝には分かっていた。

(しょせん我らの言い分は過去に縋らねば生きて行けぬ公家や武家の繰り事に過ぎぬ…なれば何処かで一線を引いて己が我儘を抑えねば結局は自分の身に跳ね返って来るという当たり前の事が一條らには分からなんだのか……)

過去に縋るしかない名門の武家や公家…殊に公家たちは武家のように積極的に軍人として前線に出るという習慣もないために余計にその存在意義について疑問符が持たれ始めてもいた。

その現状を憂う一方で綱枝は彼らの心情を慮ってもいた。

(時代の流れに取り残され只々衰退していくだけの者共…この儂がそれを庇う事を止めてしまったらあの者たちはどうなる…? なんとか…せめて何とかしてやりたいと思うのは間違いだと言われるか将軍家は……?)

一條家や二條家が処断されるのは止むを得ない…だがこのまま武家や公家が斜陽に向かうのをただ見過ごしていいのだろうか…?

そんな思いに耽っている綱枝の耳に思いがけない声が聞こえて来た。
 
 
 
「随分とお悩みのようじゃな、綱枝殿」

「…! これは…紀綱殿! いつ帝都においでなされたのですか!?」

声の主は九十九里吾作こと九條紀綱……綱枝にとっては年上のいとこであり、同時に決して頭の上がらない人物でもあった。

「勝手に上がらせてもろうて申し訳もないがの…捨てたとはいえ己が家の大事とあってこうして余計な差し出口を挟みに参じたのじゃよ」

紀綱(九十九里老)のその言葉を聞いた綱枝と尚道は表情を改めた。

「…すでにご存知なのですな? 本日帝都城であった出来事を」

「ああ知っておる、なにせそれを仕掛けた張本人から聞いたからの」

「な…張本人ですと…? それでは将軍家から?」

驚いてそう問いを発する綱枝に対し紀綱の答えは意外なものであった。

「いやいや綱枝殿、此度の仕掛けを施したのは将軍家ではなく諸星という男じゃよ」

「!」「…なんですと?」

「一條二條の振る舞いがあまりにも目に余る上にそれを諌めようとする者が誰もいないので自分が出しゃばる事にした…とそう言うておったがの」

「あの男が…!」「おのれ…成り上がり者が図に乗りおって…!」

自分たちを嵌めたのが悠陽ではなく成り上がり者の諸星だと知った二人は怒りに顔を赤くするが、そんな彼らに紀綱は厳しい顔で冷水を浴びせるような声をかける。
 
 
「…主らが始めから一條らをしっかりと抑えてさえおればあの男は何もせなんだのだぞ?」
 
 
「う…」「あ…」

その言葉に込められた強い諫言に綱枝たちは黙りこんだ。

「綱枝殿…お主は知らんかもしれんがの、あの諸星という男は単に難民の救済だけでなくそれ以上に複雑で遥に大掛かりな仕事も手掛けておるのじゃよ……そんな男が好き好んでこのような件に首を突っ込むと思われるか?」

「それは…」

「諸星の仕事は殿下の御意と榊総理の支援によって行われておる言わば非公式の国策事業なのじゃよ…その二人が何かと足を引っ張られておってはあの男の仕事も進みはせん、なればこそ二人の足下に絡み付いては何かと嫌がらせをしておる輩を懲らそうとしたのじゃろう」

「……」

「それにの綱枝殿、一條や二條はこの期に及んでもまだ本当の意味で懲りてはおらんようじゃぞ?」

「…と、仰いますと?」

紀綱の言葉に不吉な物を感じた綱枝は思わず問い返したが、答えを聞いて仰天する破目になった。
 
 
「どうやら…一條と二條は諸星を暗殺するつもりのようじゃな」
 
 
「馬…!!」

馬鹿な、あるいは馬鹿が、と言いかけて綱枝は絶句した…横にいた尚道も同様である。

いくら何でもこの上また愚かな真似を彼らが仕出かすとは考えてもいなかったのだ。

「それもまた諸星の仕掛けの結果じゃよ、今日の帝都城での一幕の本当の目的は一條らの刺客の矛先を御剣の姫から己の方に向けさせる事にあるのだ…とな」

綱枝も尚道も言葉が無かった。

成り上がり者の諸星が今回の一件を仕組んだ事に怒りを覚えはしたが、まさかその目的が御剣冥夜に向けられた刺客を自分の方におびき寄せるためだとは考えもしなかった。

そんな二人に向かって紀綱(九十九里老)が諭すように話しかける。

「分かるかの御両人、殿下もその側近たちも己が危険を顧みもせずに事に臨んでおる事が…
そしてそのような覚悟を決めた者に敵対すればどのような結末を迎える事になるのかを…」

「紀綱様…されど、されどこのままでは我ら摂家や公家らは只々傾いていくばかり…それを考えぬ将軍家に対して反感が出て来るのは致し方ありますまい」

絞り出すようにそう言った尚道をジロリ、と視線で突き刺してから紀綱は言葉の刃を抜いた。
 
 
「…その不満故に、あの乃中大将らとも繋がっておったのかの?」

「!……そ、それは」「尚道殿!……何故にそのような…!」

謀反を企んだ挙げ句に失脚した乃中大将と尚道が繋がっていたと知らされた綱枝は顔を蒼ざめさせて詰め寄る。

「それは…いつの間にやら城内省の一部が仲介役になって…あの者たちと話をかわすような流れになっていたのです……まさか彼奴等が将軍家に対してあのようなおぞましい企みを巡らせておるとは思いもよらず…」

「何と…何という事だ…」

自分の知らぬ処でそのような危険な謀略の萌芽があった事に綱枝は恐怖を感じていた。

本土防衛軍、城内省、そして政府や霞が関の官僚たち…彼らの思惑によって将軍家と自分たち摂家がその結束を崩壊させ内紛に発展していたかもしれなかったのだ。

「綱枝殿、どうせ今更昔日の栄華が戻らぬならばせめて安楽な道をとそなたが考えるのを責める気は毛頭ない。 されどな、今の話からも分かるようにこの国難とそれに伴う混乱から無関係でおるなどどの道あり得ん事じゃて…それこそ知らぬ内に城内省の宦官共や本土防衛軍の野心家に利用され使い捨てられる事にもなりかねまい?」

「確かに仰る通りですが…何故城内省はそのような…」

城内省が何故そこまで悠陽の追い落としを図るのかと言いかけて綱枝はその理由に思い当たった。

(そうか、城内省にとっては自分の意志を持ち尚且つ有能な将軍など無用…いや、却って邪魔なのだ。 あの者たちに必要なのはあくまでも将軍という名の雛人形という訳か…! だからこそ乃中と通じて今の将軍家を排除し、その後釜に自分たちの息のかかった人間を据えるつもりでいたのか…おのれ宦官共が! 我らを甘く見おって! そちらがその気なら…)

綱枝の目に理解とそれに伴う怒りの火が灯るのを見た紀綱はそれを鎮めるように言葉をかける。

「彼奴等もまたこの国難を生き延びようと必死なのであろう…だがの、その必死さ故の争いがこの帝国を身喰いという病に侵させて滅びの道を辿るような事になってはいかん」

「は…仰る通りかと」

「なればこそそなたら摂家がとかく我儘を口にしたがる武家や公家らを纏めて今度のような愚かな争いにならぬようにしかと言い聞かせる事こそ肝要とは思わぬかの?」
 
 
諄諄と言葉を尽くして言い聞かせる紀綱に紀綱と尚道は己の不明を詫び、今後は武家や公家を説得して将軍家への一致団結した協力を誓約するのであった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【PM8:30 帝都 蒲田・居酒屋 万七】

「ふい~~オヤジさん、この塩焼き美味いねえ~~」

「いやあ~諸星さんの伝手で手に入った酒のお陰で繁盛してますわ」

「そりゃ良かった、この蒲田もようやく本格的に動き始めたようですし…オヤジさんの商売もこれからは上向くでしょうね」

「いやまったくで…へい、これはワシからの奢りで」

「いや~~ありがとうございます……どうだいケイシー、ここの塩焼きの味は」

「ああこれは見事な物だな、まさか合成肉でこれほどに上手く塩焼きの味を出せるとは」

「ここのオヤジのこの焼き加減の腕に惚れ込んでね、ちょっと天然塩と酒の方を仕入れたんだよ…サービス価格で」

「まったく、美味い店を見つけてはそんな事をやってたのかアンタは?」

「ま、それが数少ない人生の楽しみなのさ」
 
 
 
今晩は皆さん、モロボシです。

現在私はケイシーと一緒に蒲田の居酒屋でお酒を呑んでます。

何? お前は一條家の刺客を退治するんじゃなかったのかって…?

いやもちろんそのつもりなんですけどね。

私は帝都中の行きつけの呑み屋をハシゴしながら一條家の放った刺客を待っていたのだよ。

すでに御剣冥夜をつけ狙っていた者たちは横浜基地を離れている……彼らは一條家が放った他の刺客と共にこの私を遠巻きに監視しながら包囲網を作り上げ、一人になったところを一気に襲うつもりのようだ。

もちろん私もそれを迎え撃つ気だし、だからこそ連中が揃ったところで何処か人気のない場所で決着をつけようと思っていたのだが…
 
 
「…だからそれまで一人で飲みながら時間を潰すつもりだったのにどうして君がここにいるのかねケイシー?」

どういう訳か呑み屋をハシゴしているといつの間にかこの男が隣で一緒に呑んでたりするんだよね。

一体どうしてなのかと思えば…

「なに、おしゃべりなダンボール箱が厨房の中に侵入して色々気になる話を勝手に話していったのさ」

…駒之介君、君しばらくの間天然オイル禁止だからね(連中に効果的な懲罰はこれしかないんだ今のところ…)

「…ダン、真面目な話今のアンタはそう簡単に危険を冒してもらっては困る人間になってるんだ。 それを少しは自覚すべきだと思うがな?」

…と、真顔でケイシーが説教をくれる(やれやれ…)

「まったく、自業自得とはいえとんだ過大評価が下された物だなこの私に」

「仕方ないだろうな、あんなとてつもない代物を作ってしまった以上は」

真面目な顔でそう諭すケイシーに対して言い返す言葉が無いのが残念だ。

「まあいいだろう、ここを出たらそろそろ本番の頃合いだから…ちょっとだけ手伝ってくれケイシー」

「オーケイ、ダン…ところで何をする気なんだ?」

「なに、ちょっとの間歌って踊って楽しい時間を過ごすだけだよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【PM9:30 旧川崎市内】

「人の栄華の成れの果て……か」

かつて巨大な工業都市であり、そして多くの人々が暮らしていたこの場所は今や完全な廃墟となっている。

98年の横浜へのBETAの侵攻はその周辺をも蹂躙し、この川崎市も無人の街と化した。

その後のBETAの活動や明星作戦でも戦闘などによってほぼ完全に工業都市としての機能は破壊され、横浜を奪還した後も復興は行われてはいない。

多摩川を挟んだ蒲田の工場群が復興を始めているのに比べるとなんとも侘しい気分にさせられる物だ。

「本当はまだまだ国の復興は始まったとすら言えないレベルだ…そんな現状も弁えずに自分たちの我儘を通そうとすれば当然の如くお仕置きが来る…………どうして君たちの雇い主にはそれが理解出来ないのだろうね諸君?」
 
 
 
 
その言葉に応えるように30人以上の人間が姿を現し、私の周りを包囲した。

「…己の分を弁えぬ成り上がり者は出る杭として打たれるという理すら理解出来ぬ男が良くも言う物だ」

私を包囲した連中の中から一人の男が前に出て嘲るようにそう言った。

「我らの尾行を察知しながら敢えてこのような場所に来たという事はそれなりに業前も準備もあるのであろうが…流石にこの人数ではどうしようもあるまい、せめて遺言くらいは聞いておいてやろう」

……なんとまあ形式通りの時代劇的台詞だろう、思わず感動しそうになっちゃったよ私は(笑)

さて、それではせっかくそう言ってくれているのだから…
 
 
「そうかね、それでは遺言の代わりに……私の歌を聞いてもらおうか」
 
 
「なに?」

カラオケマイクを取り出してスイッチを入れると…周辺一帯に大音量の音楽が流れ始める。

「こ…これは一体!?」

ようやく異常を嗅ぎ取ったようだな…だがもう遅い! さあリサイタルの始まりだ!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
刺客たちは混乱していた。

自分たちが置かれた状況…いや、自分たちが囚われている『現象』に抗う事も抜け出す事も出来ずにいるために…

主の命で将軍家を誑かし主家を脅かす成り上がり者を誅殺しようとここまで追い込んだのは良かったが、標的の男は自分たちに怯えるどころか事もあろうに自分の懐からマイクを取り出して歌を歌い出したのだ。

しかもそれだけではなく、一体どこから流れて来るのかとてつもない大音量の伴奏が自分たちの周囲で湧き起こっていて、さらにその上…
 
 
「く…! ダメだ!」「どうして…! 何でこんな!!」「うわあ…くそお!!」「ひいい…畜生!おろせ!下ろしてくれ!!」「何でだ…どうして浮いてるんだよ!」「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏………駄目か…降りられない」「くそっ…あの男、本当にバケモノだったとは…!!」
 
 
…気がつけば全員が地面から浮き上がり、まるで音楽に合わせるように宙を舞っていたのである。

それはまるで人のカタチをした羽虫が渦を巻くようにして飛び回っているような光景であった。

そしてその渦の中心にいる男はと言えば、なんと気持ち良さそうに響き渡る曲に合わせて歌っているのだった…
 
 
ひいろおい~~~~こおやのはてを~どこまで逝くの~~~こどくをかついでぇ~~~~~~~
 
 
 
 
 
 
「おいおい、これで3曲目かよ…良く歌うねあの男も~~」

「…珍妙と言うべきか凄まじいと言うべきか判断に困る光景だな…これは」

「………」

モロボシと刺客たちの戦い(?)を離れた場所から見物している観客たちはそれぞれに異なる表情と言葉でその光景を評していた。

「…斬れそうか月詠? あの男が」

先程から無言でモロボシの歌う姿を観察していた月詠真那にその場にいた男たちの一人、帝国斯衛軍流山特務大隊所属の雷音寺志士丸中尉がそう尋ねた。

「…分からん、あの男の行動も戦い方もこちらの常識からは完全にかけ離れた代物だからな」

視線をモロボシのいる方に向けたまま憮然とした表情で月詠真那はそう答える。

それを聞いたもう一人の男、粳寅満太郎大尉は溜息をついて忠告した。

「おい月詠よ、あんまりあの男を危険視し過ぎると逆に野郎を敵に回す事になりかねんだろうが? その辺の事を忘れるんじゃねえぞ?」

「!…承知しております」

一瞬何かを言いかけそうになった真那であったが、結局はその言葉を呑みこんで粳寅の言葉を受け入れる。

「だがしかし、相手の考えが理解出来んというのも困った物だな…一体あの男は何を望み、何をしたがっているんだろうな?」

「あ~~? ンなこたあ城の連中や紅蓮の親分が考えるこったろうがよ、オレらはテメエの主を守る事だけ考えてりゃあいいんだよ……ウチの御隠居も野郎の事は気に入ってるみてえだしな」

「まったく…我々の部隊は指揮官がこの調子だからこっちが頭を使う破目になるんだ」

斯衛の指揮官としてはいささか投げやりに過ぎる粳寅の台詞にそうぼやく雷音寺中尉だったが、そこに4人目の人物が声をかける。

「随分と物騒な会話だが…何故あの男をそこまで不信の目で見なくてはならんかね、アンタたちは?」

モロボシが刺客たちと対峙する少し前に彼ら3人の前に現れて危険だから距離を取るように忠告してこの場所に誘導した男、ケイシー・ライバック曹長だった。

「別にあの男はこの国にも、そしてオレの祖国に対しても悪意は持っていない…いやむしろ何とかしてこの苦境から助けてやりたいとそう考えてるだけに思えるんだがな?」

「…またアンタは随分と野郎の事を信頼してるんだな?」

少し驚いた風にそう尋ねる粳寅大尉に少しだけ肩を竦めて笑いながらケイシーは言う。

「身近で見ていれば自然と分かる事だよ…それに、彼を敵に回さない方法なら簡単だ」

「…どう簡単なのだ?」

少しだけ視線の圧力を強くしてそう言った月詠真那だったが、ケイシーは何かを言い聞かせるような態度で答える。

「彼を敵に回さない方法はな中尉殿、彼の敵にならない事だよ…あそこで宙を舞っている連中のようにならなければいいだけの事だ」

そう言ってケイシーが向けた視線の先では5曲目を唄い終わったモロボシの目の前に空中でシェイクされたり仲間同士で衝突事故を起こしたりした刺客たちが完全に白目を剥いて倒れているのが見えた。

「…どうやら終わったようだな、それじゃあオレは彼の所に行くよ」

そう言ってモロボシのいる方に向かうケイシーを3人の斯衛兵が無言のまま複雑な表情で見送っていた。
 
 
 
 
 
ふむ、たったの5曲しか持ちこたえられなかったか…最近の刺客は鍛え方が足りないのかね?

え? 説明が必要かね? …よろしい、では説明しよう♪

気付いている人も多いだろうが私が今回の刺客の迎撃に使用したのは今この手に握っている『カラオケマイク』だ……が、もちろんただのカラオケマイクではなく中にメビウスが仕込まれている特製品だ。

…ホントはこういう使い方しちゃいけないんだけど自分の身を守るためには仕方無かったのだ。
(後で書類で誤魔化…いや、体裁を整えるのが大変なのだけどね)

そして私の周囲で起こった怪奇現象(笑)だが、マイクに仕込んだメビウスで抗重力力場を発生させて刺客の皆さんを宙に浮かせ歌と音楽に合わせて空中で踊ってもらったという訳だ。

…なに? そんなんで訓練された殺し屋がKOされるのかって?

いやいや皆さん、この状況を甘く見てはいけません…なにせ空中浮遊というどんな修業をしても実現不可能な状況の中にいきなり放り込まれてさらに戦術機で味わうのと同じくらいの空中機動を体験したのだから…強化服もなしでね。

(あれ? 考えてみればかなり鬼畜な行いだよなコレ)

その上に仲間同士で空中ドッキングまで体験したのだから驚きと感動のあまり気を失っても仕方ないと思うのだよ、うん。

さて、それではこの連中を縛り上げてからいよいよ敵の本丸へ「ダン」…あ、そう言えば彼がいたんだった。

「御苦労さんケイシー、取りあえずこれで終わったよ」

「この連中の雇い主はどうするんだ?」

「ああ、そっちは自分が殴り込みをかけると言ってる怪獣に任せて私は基本的に見物役かな?」

「やれやれ、あの人も一応は将官だろうに…」

「ま、アレはそういう規格に当て嵌まらない怪物なんだから仕方ないだろ」

「あのロイヤルガード(斯衛)の連中の反応を見るとアンタも充分怪物だと思われてるようだぞ?」

「おやおや、こんな平々凡々とした男の何処が怪物に見えるのかねえ~~」

私がそう言ったら何故かケイシー君が呆れ果てたという表情で首を振ってるし…何故だろう?
 
 
 
 
 
 
 
…翌日、何故か一條家の本宅が夜中に地震でもないのに半懐するという事件が発覚する。

そしてその惨事に遭遇した一條直実と二條家の当主二條豊昌が半ば正気を失った状態で発見され入院という事態になった。

この件に関して様々な憶測や噂が流れたが、結局は局地的な気圧の急変に伴うダウンバーストによる自然災害であるとの結論が公表される。
 
 
…そして後日ケイシーに真相を聞かれたモロボシは、何故か怯えたような目で意味不明な言葉をブツブツと呟くだけであったそうな。
 
 
 
その夜、本当は何があったのかを知る人間たちは全員が口を閉ざして沈黙を守ったのである。
 
 
 
第55話に続く
 
 
 
 
 
【おまけ】

「諸星の方は無事に終わったようですね」

《はい~後は一條家の方へ攻め込むだけですね~~》

《例のシステムはもう準備が完了しています~~》

「…では参りましょう、皆さん」

《は~~い♪》

《御供しま~~す♪》

「…はい、お手伝いします」
 
 
 
 
……知らなかった…本当に私は何も知らなかったんだ! 信じて下さい月詠大尉! 香月博士!!
 
 
 
 
 
【蛇足】

今回の作戦でモロボシ君が歌ったのは次の5曲です。

1曲目:Bahasa Palus

2曲目:荒野の果てに

3曲目:有害ロック

4曲目:タイガー&ドラゴン

5曲目:いつか黒船
 
 





[21206] 閑話その17「政威大将軍殿下が大変お怒りのようです」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:54946937
Date: 2012/07/01 16:48
閑話その17 「政威大将軍殿下が大変お怒りのようです」

 
【2001年5月21日PM10:30 国連軍横浜基地・B19F】

一仕事終えて執務室に戻って来た夕呼は自分の机の上にメモが置いてあるのに気がついた。

そのメモを読んだ夕呼はシリンダーが設置されている隣の部屋を覗いた後、自分の秘書を電話で呼び出す。

「ああピアティフ? 悪いんだけど今すぐ出かけなきゃいけなくなったわ…行き先? 帝都城よ…ええそう、あそこに行くの。 …あ、それからショットガンを一丁持ってくからそれもお願いね……え? 何でって、決まってるでしょ!あのクソ忌々しい害獣を射殺するのよ!いいからさっさと準備なさい!!
 
 
 
 
 
 
 
 
【PM 11:00 帝都城・斯衛軍詰所】

「むう、これはまた珍妙な…なんと大猫の被り物であるか」

「ええ、それは知人が学生時代にアルバイトで働いていた中華料理屋の出前用ユニフォームだったのですが、色々あって私が譲り受けたんですよ」

「ふむう、これを着て出前をのう…また随分と剛毅な漢がいたものよ」

(確かに“彼”はある意味『剛毅な漢』でしたけどね、あなた程ではありませんよ閣下)
 
 
 
どうも皆さん、モロボシです。

一條家たちの放った刺客を片付けた私ですがもちろんこれは前振りでいよいよこれから本命の一條邸へ殴り込み……の予定なんですが、事もあろうに帝国斯衛軍の怪獣大将閣下が「ワシ自らが彼奴等を成敗してくれるわ!!」と言って譲らないのでちょっとした対策を施しております(笑)

「では閣下、この着ぐるみで討ち入り…という事でよろしいですね?」

「うむう、仕方なかろうな」

いくら何でも斯衛軍大将が素顔で殴り込みとか出来る訳がないし、ついでに言えばこの図体では多少の変装などすぐにバレてしまうだろう。

で、あるのならいっそ思い切った変装(仮装?)で行ってみよう…そう考えてコレを用意してみました。

型月区に住む私の旧い知人であるシズキ君が高校時代のアルバイトで使用していた出前用の着ぐるみを紅蓮閣下に着て貰い、その姿で殴り込みを…という訳だ。

さすがに斯衛軍の大将がこんな物を被って殴り込みとかあり得ないと思われるだろうし、私も知り合いのミシマグループの御曹司から借りて来た熊猫型パワードスーツ(外見は本物のジャイアントパンダにしか見えない)で同行するつもりだし。

(…やり過ぎそうになったら止めないといけないしね)

まあ巨大な猛獣(?)が二匹暴れ回った結果一條邸が崩壊したとしてもそれは天災というものだろう、うん。
 
 
 
 
 
「紅蓮閣下、諸星…なんだその格好は?」

「おや月詠大尉、どうかされましたか?」

私と紅蓮閣下がそれぞれの着ぐるみに着替えていると、なにやら忙しない表情の真耶さんが現れた。

「…まあいい、殿下のお姿が見えんのだがこちらにいらしてはおられんか?」

「はて、こちらにはおいでになっては……駒太郎君は何処ですか?」

「あ奴の姿も見えんのだ! だから飼い主の貴様に心当たりはないかと聞いておる!」

…おかしいな、通信も通じないし一体こんな時間に何処へ?

「…ああ、もしもしモロボシだけどジェイムズ君? そっちに駒太郎と殿下は行ってないかい?」

《へ? なんやモロボシはん、知らんかったんかいな? 殿下やったら駒之介駒太郎と霞ちゃん連れてついさっき出撃したで~》
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 





…え゛?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 






【PM 11:15 帝都・一條邸】

「…遅い! まだ誰も戻らんのか!?」

この館の主、一條直実は何度目かの同じ台詞を口にしていた。

昼間の帝都城での一幕の後、しばらくの間はどうしていいのか分からないくらい混乱していた直実であったが、このまま手をこまねいていては確実に殺されてしまうかもしれないという不安と恐怖から配下に命じて諸星を殺して時間を稼ぎ、同時に九條家や他の有力者に泣き付いて庇護を依頼しようと様々に手を打った。

だが九條家もそして他の摂家や有力武家も直実の要請を完全に黙殺し、使いを出しても門前払いを食らう有様であった。

焦った直実はせめて諸星を確実に殺して時間を稼ぎ、なんとかほとぼりが冷めるのを待とうと自分の配下の刺客の半数以上を彼の暗殺に差し向けたのである。

だがしかし…待てど暮らせど彼らは戻らず、見張り役の者たちからの連絡さえも途絶えていた。

冷静に考えればこの時点ですでに諸星の暗殺は失敗に終わったと判断されるべきであろうが、直実も…そしてこの場に来ていた共犯者の二條豊昌もまさか30人の刺客が見張りも含めて全滅したなどありえないという思いに囚われてしまっていた。

…あるいは彼らはそう必死に思い込むことで恐怖から逃れようとしていたのかも知れない。
 
 
 
そんな彼らの処へ真の『恐怖』が近付いているとも知らずに…
 
 
 
「一体見張りに向かわせた者達はどうしたのだ!? 何故何も言うて来んのだ!」

「も、申し訳ございませぬ! ですが今の処なにがどうなっておるのか…」

「…分からぬと申すか?」

「は…」

力無く答える家老を睨みつける直実であったが、さすがにこの場で怒鳴りつけても無意味だと思いなおして命令する。

「…今一度隠密を放て、どうなっておるのか確認して来るのじゃ」

家老にそう言ってから直実は客人である二條豊昌に話かけた。

「二條殿、お聞きの通り何やら雲行きが怪しいようじゃ…これはこの先の策を色々と講じる必要があると思われよ」

その言葉に二條豊昌も頷く。

「一條殿…こうなればもはや我らは一蓮托生じゃ、この上はどのような手を使うてでも生き残る術を見出さねば…いっそ将軍家の御命を…」

その時、二條豊昌が言いかけた台詞を凛として遮る声がかけられた。
 
 



「命をどうしようと言うのですか?」
 
 



「なっ…!」「何奴じゃ!?」

慌てて声のした方の障子を開いて中庭を見た直実と豊昌は『そこに立つ人物』を見て絶句した。
 
 
 
「一條直実、二條豊昌、この期に及んでまだ愚かな策略を廻らそうとは…恥を知るがよい!」

「…あ」「…え」

「如何しましたか、まさかこの顔を見忘れた等とは言わぬでしょう?」

「で…」「でん…か…?」
 
 
 
…そう、そこにいたのは紛れもなく政威大将軍 煌武院悠陽その人であった。

傍に一人の少女(ウサミミ娘)を従えただけで他には誰一人…護衛すら連れずに。

本来であれば飛んで火に入る夏の虫とばかりに彼女を始末する絶好の機会であるにも関わらず、一條直実も二條豊昌も何もしようとはしなかった。

…いや、身動きする事すら忘れていた。
 
 
 
 
 
 
 
 





何故ならそこにいた悠陽はあまりにも大きかったからである。
全高数十メートルに達する巨大な政威大将軍 煌武院悠陽が彼らを見下ろしていた…
同じく全高数十メートルの巨大なウサミミ少女(幼女?)と共に。

 
 
 
 
 
 
 
 






「さて…そなたたちに少々申し聞かせることがあります」

にっこり笑ってそう言った悠陽の見下ろす下で一條直実や他の者たちは恐怖と混乱で固まっていた…
 
 
 
 
 
 
 
 
【同時刻 帝都城・奥座敷】

「ででで…殿下…なんというお姿…いえ…大きさに…」

「あ…あわわわわ…」

「むううう!!! なんと! 一体いつの間にこのような技を…」

「あ…いえ紅蓮閣下…これは果して技なのでしょうか…」
 
 
とてつもなく非現実的な光景がミニコマの投射映像に映し出されている。

なんと全高数十メートルの大きさに巨大化した悠陽殿下と霞君が一條邸の中庭に降臨して、一條家と二條家の当主にOHANASIをしているのだ。

(いやもちろんお説教役は殿下で社少尉は黙って傍に立っているだけだけど)

それにしてもまたこれは凄い芸当だよなあ…一体どうやってるのだろう?

「…え~と、こんな凄い技が帝国にはあったのですか皆さん?」

私がその台詞を口にすると、その場の全員(月詠大尉に侍従長に紅蓮大将に斑鳩少佐)がジロリとした目で私の方を見る。

…いやちょっと待て、何故そんな目で私の事を睨むんですか皆さん?

言っておきますけどこんなの我々には不可能ですよ? 今まで私がお見せして来た数々の芸(?)はあくまでも我々の世界の進んだ科学技術の賜物であって決して魔法とかじゃないんです。

確かに魔法(?)を実現可能なあくまや人形師はいるが少なくとも私にそんな芸はないし、なによりいくら『彼女たち』でもこんな人間の巨大化とか存在の拡大とか出来る筈が…


「モロボシ…」


その声にふと我に返ると…仁王立ちになった月詠大尉が怖い笑顔で日本刀を振り被ってるのが見えた…ちょっと!一体何をする気ですか月詠大尉~~~!?


「…コレハイッタイドウイウコトダ?」


と、怖~い笑顔のままで真耶さんがそう仰るのですが…

「いやその、どういう事と言われましてもわたくしめにも全く理解出来ない状況でして…その、出来ればその刀をしまっては頂けませんか…?」

「ほほう、これは異な事を聞くものだな……貴様以外に一体誰があのような奇天烈な事を仕出かすというのだ!?

そう言われても本当に誰がこんな真似を…いやまて、確か過去にこんな事例を何処かで…

「もしもし、おいオシリス! ひょっとして現在進行中のこの事態はお前の仕業か!?」

≪その通りですがそれがどうかしましたかマスター(管理者)?≫

…あっさり吐きやがったよコイツ。

「それがどうしたじゃないだろう!? 一体何の冗談で殿下と社少尉を巨大化なんてしてるんだよオイ!!」

≪それは無論、本人たちのリクエストにチビコマ1号と2号が応えたからですが?≫

…へ?

≪そもそも殿下の無聊とやらを慰めるためとか社少尉の孤独を癒すためとか理由を捏ねまわして彼らのAIが最大限スタンドアローンに活動出来るように再設定しろと言ったのはアナタだったと記憶していますがマスター(管理者)?≫

え~と…

≪それが原因で煌武院殿下と社少尉はチビコマ経由での電話友達になったそうです…更には殿下が自分の手で一條家たちを成敗したいという要請に応じることになった訳ですが?≫

その…

≪他に何かご質問は?≫

「……とりあえず原因は理解した、だが一体どうやってあの非常識な現象を実現させたんだ?」

…認めよう、確かにこれは私の油断と不注意が原因だ。

だがしかし、一体どんな方法でこんな非常識な大技を可能にしたというのだ?

いくら我々の科学力とオシリスの演算能力を駆使したとしても人間の巨大化…それもこんな短時間でとか絶対にあり得ない…もしあるとしたらそれはアノ暗黒家政…いや!そんな筈はない…そうならないように手は打っておいた筈だ!

≪もちろんこれはアナタもよくご存知のDr.アンバーの技術を応用した物ですが?≫
 
 
…私の儚い希望はあっさりと打ち砕かれた。

「あのなオシリス…『あの家政婦』とは今後一切係わりを持たないようにと優先順位を最高レベルにまで上げた命令を入力しておいたハズだが…?」

それなのにどうして彼女の技術の産物がこんな処で暴れてるんだよ!?

≪彼女と連絡を取ったのは私ではなくチビコマたちです、彼らが直接Dr.と交渉してあの『システムG』を譲り受けたと聞いていますが?≫

…しまった、その手があったか。

かつてこのオシリスを暴走させ、無限都市製造機に仕立て上げたアノ狂悪な家政婦が再びこのコンピューターに悪さをしないように私と製作者のシオン君は様々な手を講じて再度のハッキングに対する防護措置を施した。

だがしかし、まさかチビコマたちの方から彼女にコンタクトを取っていたとは…

「…で、このシステムとやらの仕組みはどうなっているんだ?」

もしもこのまま彼女たちが元の大きさに戻れない…などという事になったら一大事だ。

まず間違いなく私はそこにいる月詠大尉かさもなくばあの香月博士によって処刑されるだろう…いや、たとえ無事元に戻ったとしても多分…(ガクガクブルブル)

≪心配は無用ですマスター(管理者)彼女たちは本当に大きくなった訳ではありません、あの巨大な二人は彼女たちの姿を模った人型なのです≫

…ナニ?人間モドキ?(いかん、自分でもかなり頭がテンパッてるようだ…)

≪システムGの機能はサンプルとなった人や物の拡大モデルをナノマシンと巨大3次元プリンターで組み上げるという物です。
特に人間や動物の場合はサンプル自身が拡大モデルと同化することであたかも自分自身が巨大化したかのような感覚を味わう事が出来るのがセールスポイントだそうです≫

「て事は彼女たちはあの巨大な立体複写モデル(?)の中にいるのか?」

≪そうです、煌武院殿下も社少尉も自身の拡大モデルの中にフェードインした状態で自分の巨大モデルを動かしているのです…自分の身体のような感覚で≫

なんとまあ非常識な…あの家政婦のする事だから当然と言えば当然だが。

≪ちなみに巨大モデルの中に同化した状態の彼女たちの事をそれぞれ『G悠陽殿下』と『G霞ちゃん』と呼ぶそうですが≫

…さいですか。

「いやそんな事はどうでもいい! 早く止めさせるんだ!! こんな巨大化した殿下や社少尉が人目に触れたら一体どうなると思ってる!?」

それこそ一大事だ、せっかく私と紅蓮閣下が変装(仮装?)し正体を隠してあそこに突貫をかけようとした苦労が水の泡…いや、それどころか殿下の信用や名声にとんでもない傷が…

≪その心配も無用です、彼女たちの姿は一條邸の外側や周辺からは見ることが出来ませんから≫

…え? だってあんな巨大な姿なのに?

≪現在一條邸の周りにはメビウスの重力制御技術を応用した防音及び光学迷彩フィールド『偽固有結界・お仕置き空間』が展開されています。
フィールド内で発生する音は例え爆撃の音でも外部には漏れませんし、光学迷彩によって外部からは一條邸には何の異常もないように見えています≫

「…それもあの家政婦の仕業か」

≪そうです、彼女の雇い主に発見されずに作業を行う場合の裏ワザを応用したという事でした≫

「まったく、アノ家のお嬢さんはもっとしっかりと使用人を監督してもらわないと…」

≪それとマスター(管理者)、そのミス・トオノから伝言を預っていますが?≫

「…へ?」

≪『これで私たちのプライバシーをドラマのネタに使った件はチャラにして差し上げます』…との事ですが≫

…しまった、バレてたか。

この世界の皆様に多少の娯楽を安価で提供しようと考えた私は、TV向けの連続ドラマとアニメを制作したのだが…アニメに関してはスミヨシ君たちの自主製作だがドラマの脚本に関していいものが見つからなかったため、知人の係わった事件をそのままドラマ化するという暴挙(?)に出てしまったのだ(いやついノリで…なにせ設定と脚本さえ出来れば後はオシリスが実写そっくりのCGムービーを製作してくれるし)

そしてその知人こそがトオノ家の当主とその兄、そして件の狂悪家政婦とその妹だった。

バレたら当然プライバシーの侵害で訴えられるだろうから黙っていたのだが…シオン君あたりが良心の呵責に耐えかねて告白でもしたのだろうか?

≪…という訳で今回の件に関しては全面的にアナタに責任がある事は明白ですので、そちらで発生しつつあるトラブルに関してはマスター(管理者)自身で対処して下さい≫

こちらで発生しつつあるトラブルって…それはつまり「ドウヤラハナシガマトマッタヨウダナ、モロボシ?」…ひいいいいいっ!!(絶体絶命諸星)
 
 
…薄れゆく意識の片隅でお城の侍従たちが香月博士の来訪を告げる声を聞いたたような気がした。
 
 
 
 
 
 
 
 
【同時刻 一條邸・中庭】

「…さて、そなたたちの側に何か言い分はありますか?」

思う存分日頃のストレ…いやもとい不埒者へのお説教を言い尽くした悠陽は一條直実らにそう尋ねた。

「…てむ~~くぉぱあ~~~~~わぴい~~~~」

「ご#G=&っ>B$P!ど+@¥い6D%~?C◎た◆凹~……」

もはや直実も豊昌も自分が何を言っているのかすら分からない程に錯乱しているようである。

「そうですか、ここまで言い聞かせても分からぬとあらば止むを得ますまい…霞さん、成敗を!!」

そんな二人の様子を勝手に解釈して巨大幼女(G霞)に処断を命じるG悠陽(暴君である)

そして悠陽に成敗を命じられたG霞は両手を高々と振り上げ…その手に空から1本の竹刀が降臨する。
 

「…殿下に代わってお仕置き、です……えくす、かりばー」(棒読み)

 
G霞が振り下ろす竹刀の周りで発生する抗重力フィールドの淡い輝きが、恐怖と狂気を顔に張り付かせた一條直実とその館の上にゆっくりと落とされていった…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



【PM 11:45 土管帝国・某所】

「皆大義でした、お陰で無事に事を成し遂げられました…そなたたちに心からの感謝を」

一條邸に怒りの一撃を下した悠陽や霞たちは土管帝国に戻っていた。

(自分の巨大な人型から抜け出すためにはオシリスによる処置が必要だからだ)

そこで自分の我儘に付き合ってくれた霞やチビコマたちに御礼の言葉を述べる悠陽だった。

「…お手伝い出来てよかったです」

《うんうん、霞ちゃんも頑張ったもんね~~》

《まあ朝になったら大騒ぎだと思うけど~~一応非殺傷設定にしておいたから大丈夫でしょ~~》

「…無闇に命を奪おうとは思いませぬが、我が妹に危害を加えようとした事だけは許せませんでした…これで今後はこのような事が無くなってくれれば良いのですが」

そう語り合う悠陽たちの処にジェイムズ君がやって来る。

《楽しく話をしてるところスミマセンけどな~~、そろそろお城に戻らんとモロボシはんが真耶さんと香月博士に殺されてまうで~~?》

「…まあ、香月博士までどうして?」

「…あ」

《あれ、どうかしたの霞ちゃん?》

「…出かける時に博士に書き置きを残して来ました」

「まあ、ではそれで?」

「…すぐに戻るからと書きましたけど」

「…これは急いで戻らねば諸星の命に関わるかも知れませんね」
 
 
 
 
 
 
 
 
【24:00 帝都城・奥座敷】

「…思うに思春期の少女たちというのは非常に多感でかつ繊細な心を持っているのだと思います。
それ故に悠陽殿下や社少尉のように日頃から過大な期待と責任を負わされる立場にある場合、その繊細な心にかかる負担の蓄積に対する反動もまた極めて大きくかつ予想もつかない動きをする物ではないでしょうか?
今回の件に関しましても謂わばその例に属する物であり、彼女たち自身はもちろん他の誰かに責任をどうこうというよりは今後の彼女たちの精神の負担を軽減すべく我々周囲の大人たちが気を配ることに重点をおいて議論すべき事柄であり、決してこのような一時の感情に駆られた無意味な刑罰は何ら問題の解決には寄与しないと………だからそろそろ勘弁しては頂けませんか、御三方?」
 
 
 
「…ねえ、こいつまだ喋れるわよ?」

「ではもう一枚石を抱かせましょう」

「承知しました」

「マジで止めて下さい!! 本当に私の足がプレスされちゃうぢゃないですか~~!!!」

え~皆さん、お聞きになって分かるように現在絶賛拷問中のモロボシでございます。

殿下(と御供の社少尉)の『ご乱行』の全責任を真耶さんと侍従長、それに香月博士の三人から追及されまくった結果『石抱きの刑』(算盤板抜き)に処せられている私です。

…ハッキリ言って算盤板とかなくても充分に残酷刑だろこれは!!

「…たかが正座の上に石板を2枚載せただけで何をほざいておるか軟弱者が! 紅蓮閣下の方に比べれば子供並の処分であろうが?」

いや月詠大尉アナタたち斯衛や、ましてそこで奇怪な修業(?)に耽っている宇宙生命体を基準にそんな事を言われましても…

そう涙目で向ける視線の先では悪ノリの連帯責任とやらを追及された紅蓮閣下がお仕置きを受けている。

具体的にはブリッジの姿勢を保った紅蓮大将の腹筋の上で別のバケモノ…いやもとい、斯衛軍第6特務中隊所属の花園優花中尉枢斬暗屯子少尉がアームレスリングを行っているのだ。

「ぐうっ…流石に怒麗巣(どれす)使い二人が相手では少々キツイのう真耶よ、そろそろ終わりにしてはくれんか?」

「まだ反省が足りないようですね閣下…花園!枢斬! 本気でヤレ!」

「あいよ!」「はっ!」

「ぐむうUUUUUUUUUUU!!!!!!」

…怪獣の上で怪獣が遊んでいる光景は中々お目にかかる事は出来ないのだが残念ながら今の私はそれを楽しむどころではない。

いくら畳の上だからといってこのまま膝の上に石板を乗せられていたら本当に足が潰れてしまう!!

『ジェイムズ君!! 殿下と社少尉はまだなのか!?』

《もうちょっとでそっち行くからがんばってえな~~モロボシはん》

とほほほほ……
 
 
 
 
 
…私と紅蓮閣下が帰還した悠陽殿下の取りなしで助命されたのは、それから数分後の事でした。
 
 
 
閑話17終り
 
 
 
 
 
 
 
【おまけその1・霞の置手紙】

「…それで霞君、どうして置手紙なんて書いたの?」

「…外出する時はそうするものだって駒之介さんが言いました」

「いや確かにそうなんだけど…まあいいか、それで何と書いたの? あの博士の怒りようは尋常じゃなかったけど?」

「…はい、“少しの間悠陽殿下と駆け落ちしますので探さないで下さい、すぐに戻る予定です”…と書きました」

「………何故駆け落ち?」

「…言葉の使い方間違ってたでしょうか? …駒之介さんのアドバイスに従ったんですけど?」

…駒之介くん、キミは今後半年間天然オイル抜きだからね(怒)

《え~モロボシさん酷いです~~~》(泣)
 
 
 
 
 
 
【おまけその2・とある家政婦と雇い主の終りなき戦い】

「…そう、それじゃ目論見通りあの人は今頃大変な事になっているでしょうね」

「はい…これで今まで黙っていた事には…」

「ええ、あなたには恨み事は言わなくてよシオン? それにお陰さまであの忌々しいシステムもお払い箱に出来たことだし…そうよねコハク?」

「はい~~もうあのような旧式システムには用はありません~~ 何故ならすでに最新の技術を投入した『積極的防衛ロボット・メカアキハ様G型』が完成しておりまして~~」
 
 
 
「…死になさい!」(踵落とし)









 
 



[21206] 第1部 土管帝国の野望 第55話「今、そこにある壁」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:54946937
Date: 2012/10/21 16:18
第55話 「今、そこにある壁」


【2001年5月25日 帝国軍技術廠】

「…どうしたのかね諸星大尉? 何やら身体の調子が悪そうだが…?」

「ああいえ、大した事ではありません中佐…ちょっと身体のあちこちが痛むだけでして…ててて」
 
 
 
…皆さんこんにちは、モロボシでございます(…まだ身体が痛い)

殿下と社少尉のお茶目な討ち入り劇の後、侍従長と月詠大尉、それに帝都城にいきなり乗り込んで来た香月博士の三人から拷問を受け(本人たちは反省を促すための説教(!)だと主張している)心身共にズタボロにされてしまいました。

さすがに殿下は今回やり過ぎたと思ったのか、私を三人の鬼女から助け出した後で謝ってくれたし社少尉も息絶え絶えの私の頭を撫で撫でしてくれまして……この場合喜ぶべきか悲しむべきか非常に複雑な気分にさせられました。

しかしこの拷問劇のお陰で身体を動かせなくなった私は約2日程布団の中から出ることが出来なかったのですよ(お仕事がたくさん待ってるというのに!)

真耶さんからは「この軟弱者が!」と言われてしまったが、本来がヨワッキーな事務職の私をどこぞの怪獣軍団の基準に当てはめるのは止めて欲しいものだ。
 
 
 
 
まあだからと言っていつまでも布団の中にいる訳にもいかず、こうして痛む身体を引き摺ってお仕事に励んでいる訳なんですが…

「そう言えば吹雪・改の正式名称が内定したそうですが?」

私がそう言ってここの主ともいうべき巌谷中佐に訊ねると、中佐は頷きながら教えてくれた。

「うむ、色々と候補はあったが吹雪の兄弟機ということから『伊吹』に決定したよ」

なるほど『伊吹』か…確かにそれなら吹雪の発展機としてもふさわしい名前だな。

「いい名前ですね、それでどこか配備先は決まりましたか?」

そう尋ねると今度は一転して難しい表情になった…おやおや、ひょっとして面倒事かな?

「海軍機として採用すべきだ、との声が上がっているのだがね…」

「確か次期海軍機としてはF-18Eが候補に挙がっていたと記憶していますが…まさかそれへの当て馬ですか?」

「当て馬…ではなくて『本気』だな、少なくとも伊吹を推している連中は」

本気でねえ…確かに伊吹の基本性能はF-18より上ではあるが、だからと言っていきなり海軍機として採用…と言うのはどうだろう?

残念ながら戦術機は基本性能さえ良ければそれでよし、などという簡単な代物ではない事くらい専門家ではない私でも分かる話だ。

なにより海軍機となると海神しかない帝国にはその運用ノウハウからして不足している。

その辺の事情を考慮して予算のない帝国の懐具合や運用時の信頼性を考えればF-18EにXOSを搭載して運用、という方が現実的だと思うのだが…

「…残念ですがその辺の問題に私が首を突っ込むと余計にこじれそうですから何も言えませんね」

「うむ、君には他にやってもらわなければならん事が多すぎるしな、この件で余計な足を引っ張られんように上手く距離を置いた方がいいだろう」

「分かりました」

…やれやれ、おそらくはまた大伴中佐あたりが血の道を上げているんだろうな。

せっかく鳴海君や大田少佐たち相馬原基地の面々が頑張って仕上げてくれた機体だから私としても活躍を期待したいところではあるが、それが結果として贔屓の引き倒しになっては意味がない。

まあ国産機を採用したいと思うのは誰しも同じだろうがそれに囚われ過ぎると碌でもない間違いに繋がりかねないと思うのだ…しかしこの問題は後回しだな、他にやることが多すぎる。

「ところで中佐殿、海軍さんで思い出したのですが…例の電磁投射砲の件はどうなりましたか?」

「うむ、そちらの方は順調に行きそうだ。 本来120㎜の電磁投射砲は戦術機で運用するにはサイズ的にも無理があるし、むしろ君が提案したようにより頑丈で出力を高めた物を戦艦に搭載して運用した方が合理的だとの意見が大勢を占めているし海軍側も元々そのような形での採用を望んでいたのでね」
 
 
例の電磁投射砲の改良に関して私は幾つかの提案を帝国軍側に提示した。

その一つが120㎜タイプの『砲身の強度と出力の強化及びそれに伴う大型化』とその運用方法として海軍の戦艦への固定武装としての採用だ。

戦術機で運用するのはやや小型化した36㎜砲に絞り、本来大型な120㎜砲の方は本体の出力を上昇させ、さらに砲身を強化(その結果より大型になる)して戦艦に搭載するという物だ。

問題は出力増大に際してどう電力を供給するかであったが、これは戦艦内部に専用のジェネレーターと超電導コンデンサーを搭載する事で問題を解決した。

…まあ、船の中をかなりいじらないといけないがその辺は海軍の工廠に頑張ってもらうとしよう。

海軍側もこの新兵器には期待を寄せてくれているようだから大丈夫だろう、多分。

本来が間引き作戦や大侵攻の際の防衛などで支援砲撃に必要とされる強力な火力を必要としていた海軍側のニーズとも合致した訳だ。

「それは何よりです、では早速海軍さんに提供する試作砲の製造にかかれるように手配しておきましょう」

私がそう言うと巌谷中佐は少しだけ眉毛を跳ねさせてから聞いて来る。

「君の事だから問題はないと思うが…しかし予算も正式についていない物を製造して資金面などは大丈夫なのかね?」

「そのご心配は無用ですし、むしろ中佐殿の方がこちらの提供する代物に関して色々と無理な辻褄合わせをさせて申し訳ないと思っています。」

その言葉に一瞬苦笑を浮かべた巌谷中佐は次の瞬間真顔に返ると声をひそめた。

「その無理の最たる物に関してだが…本当に実現可能なのかね、この『戦略機動戦艦』とやらは?」

そう言って巌谷中佐は数日前に渡しておいたファイルを取り出す。

そのファイルには巨大な円盤状の本体から各二本の手足を生やした奇妙な形をした兵器の設計図が書かれていた。

「全高100メートルを超える巨大戦艦…それもなんと二足歩行と抗重力による飛行機能まで持った機動戦艦とはな…」

…そう、これこそが我々の世界のオタ…ゲフン!有志たちによって企画・立案・設計されたML機関搭載型戦略機動戦艦「錘鉄」(おもいかね)の設計図なのだ。

主砲に荷電粒子砲1門と副砲として120㎜電磁投射砲2門、そして両腕に36㎜の電磁投射砲を搭載した火力のバケモノだ。

…まあ凄乃皇とかに比べたらおとなしい物だけどね(笑)

「ML機関等に関する技術的な問題は香月博士と我々でなんとかします…問題はこれを扱う人間の選定なのですが…」

「分かっている、下手なヒモが付いたような人間は選ばんから安心してくれたまえ……それはそうと諸星大尉、些細な質問なのだが…」

「はい、何でしょう?」

「このファイルの所々にある走り書きだが…『○グ・ザム』とは一体何の事かね?」

「ええと…その…」

「特にこの『これが完成の暁には連邦を倒すなど造作もない! オレが、オレたちがビグ・○ムだ!!』というのは一体…?」

「…あ~~巌谷中佐、それは単なる戯言です。 単に設計担当者が寝ぼけて自分の脳内にある妄想を書きこんでしまっただけですのでどうかお気になさいませんように」

「?…そうか、君がそう言うのなら…」
 
 
 
…ア ノ バ カ ヤ ロ ウ ド モ !!!!!!!
 
 
まったく、人の苦労も知らんとどいつもこいつも趣味に走りおって…まあ私も他人をどうこう言えた義理ではないのだが。

「…しかし、一体どうやってコレを作るために香月博士から協力を取り付けることが出来たのかね? それに国防省はまだしも内務省や外務省までもが米国からの技術移転と横浜との共同開発に必要な根回しを積極的に行ってくれるとは…一体どうやってあの内務省の妖怪次官殿を口説き落とせたのかね君は?」

「まあ…なんと言いますか水心と魚心のアレですかね、ははは…」

…まさか恐喝の応酬の結果ですとは言えないよなあ。
 
 
何はともあれ帝国軍が佐渡島を攻略するための土台となる作業は順調のようだ。

後は悠陽殿下と榊総理が上手く国を導いてくれれば問題はない…訳でもないか。

沙霧大尉たちが決起を(一時的に)取りやめたのはいいが、どうやらそれとは別方向の考えを持った連中が何やら画策を始めているようだし、更にはそれに付け込もうと城内省や米国のスパイさんたちが暗躍をしているらしい。

…こちらの予想通りではあるけどね。
 
 
 
 
 
 
 
 
【帝国本土防衛軍本部内・某会議室】

「公家や摂家はその殆んどが大人しくなったか…」

「はっ…どうやら例の流山の御老人が裏で説得をしていたらしく…」

「古狸が! 大人しく山の中に引きこもっておればいい物を!」

「だがこれは不味い…このままでは将軍家の足元が固まってしまうだろう」

「…冗談ではないぞ、今更将軍家の采配など本気で受けられる物か!」
 
 
本土防衛軍統帥派の会合は悠陽の立場が日々強化されつつあることへの不満と恐れの混じった愚痴ばかりが流れている。

復権当初はいつまで持ち堪えることが出来るかと半ば冷ややかな目で悠陽のする事を傍観していた彼らであったが、悠陽の行動や判断は決して出過ぎずしかも妥当な物ばかりであったため政府や官僚たちからの信頼は増す事はあっても減る事は無かった。

また彼女にとって替わろうとしていた愚かな公家や武家の一部も流山の九十九里老人らの働きかけですっかり大人しくなっていた。

さらには今まで彼らと上手く手を繋いでやって来た筈の城内省幹部や内務省上層部までもが次第に距離を置き始めている事に気付いた統帥派の面々は自分たちの将来に不安を覚え始めていたのである。
 
 
「…少しは冷静になったらどうなのだ諸君?」
 
 
口々に不安を述べる同士たちを黙らせたのは実質的な彼らのリーダー、大北中将の冷ややかな声だった。

「大北中将…」「しかし…」

「考えてもみたまえ、今年中に佐渡島を攻略しなければどの道帝国はお終いだ…そんな時期に我々の側から下手な動きを見せればそれこそ将軍家や斯衛の思う壷だろうが?」

ここで下手に仕掛ければ帝都城側がそれを逆手に取って自分たちを粛清にかかる…佐渡島攻略を目前に控えている以上、手を出した方が国を損なう大罪人と指さされるのは間違いない……

大北中将の言葉はそれを指摘する物であったが、それでもこの場の参加者たちの不安は消えはしなかった。

「ですが中将…このまま将軍家の指揮によって佐渡島攻略が成功してしまえばそれこそ斯衛や将軍の権威が固まってしまうのでは…?」

佐渡島奪還は全ての日本人にとっての悲願であり、それが悠陽の指揮の下で成し遂げられれば彼女の権威は絶大な物となる…そうなれば自分たちは俎板の上の鯉としてただ料理されるのを待つだけになってしまうのではないか?

その不安を隠しきれない参列者たちに大北は心の中で舌打ちしながらも言葉を重ねて不安を抑える。

「佐渡島攻略はどんなに急いでも秋の終り以降になるのは確実だ、それまでにまだ十分な時間がある…こちら側に有利な条件を作り出すための時間がな」

その冷徹な言葉とは裏腹に大北の心中は荒れていた…

(…この連中はダメだ! 将軍家や現状に対する不満を並べ立てるだけであの小娘や側近共をどうにかしようという考えすら出ない…いや、出すだけの度胸がないのか……いずれにしてもこんな連中と小田原評定を続けていても益は無い、ここはやはり城内省の『あの男』ともう一度話をつけるか? あるいは仙台にいるあの米国の女スパイと…危険な橋を渡る事になるが仕方無いだろうな)
 
 
大北中将の暗い思考は周囲の喧騒を離れてゆっくりとこの先の一手を模索し始めていた…
 
 
 
 
 
 
 
 
【仙台市 米国系貿易会社メイヤーズ社・重役室】

「人間が歌を歌いながら竜巻を発生させて殺し屋たちを宙に浮かせた? ショーグンが巨大化してイチジョー邸を叩き潰した…?
スラップスティックショーや子供向けのSFドラマじゃないのよ? いくら何でもそんな馬鹿げた話があってたまる物ですか………そう、少なくともその場にいた目撃者はそう言っているというのね? 分かったわ、それじゃ引き続き調査を…ええ、出来るだけ詳しく関係者から情報を引き出して頂戴」

そう言って電話を切ったジェニー・ホークことCIA工作員『ラムダデルタ』は溜息をついてこめかみを抑える。

「…まったく、どんなバケモノだというのよあのモロボシという男は」

彼女が帝国内部の不安定要因として注目していた名門一族と将軍一派との対立…上手く行けばこちらが何もしなくても彼らが互いに潰し合いを始めてくれるかと思っていた矢先、突然その対立が解消されてしまったのだ。

原因を調べてみれば案の定、あの男モロボシ・ダンが色々と画策した結果だと知れたのだが…

「いくら何でも非常識の限界を超えてるわよこれは…」

彼が一体どうやって敵対勢力の放った刺客を叩き潰し、彼らのリーダー格である一條直実を屈服させたのか…部下が調べた経緯は出来の悪いSFモドキのような話でしかなかった。

(もしこれが事実なら正面からこの男とやり合うのは自殺行為以外の何物でもないわね、だからと言って今後この男が私たちの任務を果たす上で避けることが出来ない障害として立ち塞がったらその場合はどうすればいいのかしらね?
まあいいわ、このバケモノの相手はあの本土防衛軍のおサルさんたちにやってもらえるように今の内から種をまいておくとして…帝都城にいるおサルさんたちの方はどうしようかしらね?
おそらく彼らは彼らで私たちや本土防衛軍を利用しようと考えているのでしょうけど…)
 
 
沈黙したまま物想いに耽るジェニー・ホークの顔は感情のない人形のようであった。
 
 
 
 
 
 
 
 
【帝都城・城内省大臣官房】

「そうか…では一條家に従っていた者は全て沈黙しているのだな? …分かった、では一旦こちらに戻って来たまえ…ああ、次の仕事を頼みたいのでな」

…電話を終えた男は静かに溜息をついた。

(笛吹けど踊らず…いや、踊りはしたがそれをあの諸星とかいう正体不明の成り上がり者に全て台無しにされたか…まったくもって困った方だあの将軍家は! 榊のような政治家や紅蓮や斑鳩卿の如き武人の言葉にのみ耳を傾けこちらの言う事には知らぬ顔とは……いかに国家の非常時とはいえ将軍家たる者がそうそう下々の都合ばかり気にされてどうすると言うのだ。
…止むを得んな、ここはやはり将軍家の首をすげ替えるのも臣下の務めと思うしかなかろう。
だが我々が直に手を出す訳には行かぬ…やはりここはあの本土防衛軍の野心家と仙台にいる米国の間者を利用するしか…だがそのためには彼らを手引きする者が必要だが…)

自分の頭の中で危険な謀略に耽っていた男だったが、秘書からの電話で侍従長が来たと知らされると思考を切り替えて天敵の来襲に備えた。
 
 
 
 
「これは侍従長、何か御用ですかな?」

慇懃な態度でそう尋ねる男に対し、侍従長も丁寧な(しかし恐ろしく冷ややかな)態度で応じる。

「はい、来月の殿下の御予定についての追加分が纏まりましたのでお持ちしたのですが…」

「それは御苦労な、わざわざご自身で持って来られなくとも…」

「いえ、これは侍従職として当然の事ですので」

そう言って書類を差し出した後、思い出したように侍従長が男に話を切り出す。

「そう言えばご存知でしたでしょうか城内卿? 一條家と二條家の御当主が突然倒れられて床に伏せっておられるとか…」

城内卿と言われた男…城内大臣 秦乃嶺次郎も何食わぬ顔で頷く。

「はい、何でも突然の天災で一條邸が潰されてその場におられたお二人が人事不省に陥られるような事にあいなったとか…」

「あのお二人が一体どうしてそのような御不幸な目に会わねばならぬのか…天の下される沙汰とは時として理不尽な物と思います…何卒城内卿にはそのような目に遭われませぬよう御用心を忘れませぬように…」

「……!!」

一瞬顔を強張らせた城内大臣を無視するように無言で会釈した侍従長は静かにその場を立ち去った。

(…古狐めが! いつまでも貴様らの思うようになるとは思わぬ事だ!!)

心の中でそう吐き捨てた秦乃の拳は机の下で細かく震えていた。
 
 
 
 
 
 
【帝都城 本丸・黒書院】

「只今戻りました、殿下」

「御苦労さまでした…ですがあまり秦乃をいじめる物ではありませんよ」

城内大臣を威嚇するという仕事を終えた侍従長を迎えた悠陽は宥めるようにまだ額に青筋を残している彼女に言い聞かせる。

「…あのような下種! 出来れば今すぐにでも成敗したい処でございます!」

悠陽に対して隔意を抱くどころか秘かに彼女を将軍の座から失脚させようと企む城内大臣に対しては侍従長を筆頭に悠陽の側近たちが秘かに怒り心頭に達していたのである。

だがモロボシに『彼に係わる者たち全員を芋蔓式に引き摺り出すためにもう少しそのままにしておいた方がいいでしょう』と言われて彼を表立って非難したりはしてこなかった。

「それにこちらが向こうの動向を把握していると思われても困りますし、秦乃に警戒されぬようにした方がいいのではありませんか?」

この先の事を案じてそう言う悠陽であったが、意外な所から反論があった。

《それなら心配いりません殿下~~、モロボシさんの話では向こうも自分の本音がバレてるのは分かっている上で色々と悪だくみしてるんだから侍従長さんが全く何の牽制もしないと却って怪しまれるから時々は嫌味の一つや二つは吹っ掛けた方がいいそうです~~》

「…なるほど、それもそうかも知れませんね」

呑気な口調で中々に黒い発言をする駒太郎に悠陽は感心したようにそう言ったが、侍従長は険しい表情のまま駒太郎に訊ねる。

「…それで、今後はどうするつもりなのですかモロボシ殿は?」

《帝国の中はこれでしばらくは平穏になるだろうから、そろそろ合衆国との本格的な交渉に入る準備にかかるって言ってました~~》

「…あの国と取引をして何か益になると言うのですか!」

《そうですね~~モロボシさんが言うには米国の傲慢さは確かに困った物だけど、もしあの国がダメにでもなったらそれこそ世界中が壊滅状態に追い込まれる可能性もあるからそうなる要因をどうにかしなきゃいけないんだそうです~~》

「彼の国などどうなろうと構わぬが…それが帝国にまで及ぶ災いになるとなれば話は別でありましょうな」

「どの道モロボシを我らだけの物には出来ますまい…すでに彼の者のもたらす援助は世界中の指導者が知るところです。
この帝国のみが彼の者の恩恵に与り続けては結局は世界からの嫉妬や恨みを買う事にもなりませぬし、またモロボシ自身も我らのみに援助を施してそれでよしとは思わぬでしょう」

「はい…」

「ただ情けなき話ではありますが帝国にもこの悠陽にもまだ彼の者の助けは必要でしょう…是親や珠瀬らと図って彼の者と帝国との絆を米国側に切られぬような方便を確保して貰わねばなりません」

「承知しております、諸星殿にはこの私からもきつく申しつけて置きます故、なにとぞご安心を」

《侍従長さん怖い~~~》
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【国連軍 横浜基地・B19フロア】

《それじゃ~霞ちゃん、もう一度いってみよう~~》

「…はい、わんつー、わんつー、どりるみるきいぱんち、…です」

《う~ん…確かに反応はあるけどイマイチかなあ~~?》

「…わたしの力が足りないんでしょうか?」

《う~ん、そうじゃなくてやっぱり脳の思考が固定され過ぎてるからじゃないかな~~》

「…もう一度やってみましょう」

《うん、そうだね~~それじゃあ今度はコレでね~~》

「…はい、タケルちゃんの…バカ」

《ふ~~む、やっぱり最後の方でもう少し声にパンチが欲しいかな~?》
 
 
「…あんたたち一体何をやってるのよ?」

脳味噌が入ったシリンダーの前で意味不明な言動を繰り返す自分の助手とそのペットに向かって香月夕呼はそう尋ねた。

鑑純夏の意識を取り戻すための作業と称して駒之介が霞にやらせているファイティングポーズや良く分からない台詞にいい加減夕呼の理性が限界になりそうだったのである。

《え~とですね~~これはボクたちの分析に基づいた純夏さんの心を取り戻すための実験みたいな物なんです~~》

「…博士、駒之介さんの指示に従ってみると確かに僅かですが純夏さんの反応が違ってきます」

「…本当なの?」

「…はい」

「ふ~ん…まあいいわ、それじゃ何か進展があったら詳細に報告しなさい」

《は~い》「…はい」

素直に返事する二人(?)を見ながら夕呼は頭の中で思考を巡らせる。

(今まで出来る物は全て試してそれでダメだったのにどうして…? どうせあのコウモリが口にしてた『基礎知識』とやらが元ネタなんでしょうけど…さて、そろそろあの男を締め上げる頃合いかしらね~? 
相馬原基地にいる例の仮面男の正体もおおよその見当はついたし…確かに死んだ筈の男だけどあの男の力なら…だとしたら返してもらうわよコウモリさん、アイツは元々こっちのモノなんだから)

香月夕呼の口元は本人も気付かないうちに半月状に曲がっていた……ちなみに同時刻、相馬原基地にいる某仮面衛士が原因不明の急激な悪寒に震えていたそうな。
 
 
 
 
 





  
【帝国軍 相馬原基地・戦術機ハンガー】

「どうだ、撃流の乗り心地は?」

77式改良機である『撃流』の量産型試作機の試験運転を終えて戻って来た七瀬・日高の両大尉に大田少佐がそう問いかけた。

「…凄過ぎるの一言です」

「あ~~もうどうしてこれがもうちょっと早く出来なかったかな~~、そうしていれば…」

「愚痴はよせ日高、この機体に乗れるのですら実質我々が最初なんだぞ?」

「分かってるけど『撃震』の改良機でここまでの動きが出来ちゃうとどうしてもね~」

「…確かにな、だがそれは今まで開発者サイドが怠けていたのではなくて新型の素材とOSの効果がそれだけ突出した証なのだろう」

それぞれの言い方で撃流の出来栄えを讃える二人を見ながら大田は聞いた。

「…それでX1を搭載した従来機に比べてこっちはどう感じた?」

「はい、まず機体の軽量化によって従来機以上に動作が軽く反応も速くなっていますし結果として実効出力も増大しています」

「この機体に使用されているフレームや装甲の素材が機体の軽量化と強化を両立させてくれているおかげで激震と同じズングリした機体が羽のように軽く動いてくれますから有難いですね~」
 
 
 
撃流のフレームと装甲はモロボシの技術提供によって作られた軽量でより強い強度を持つ構造材で出来ており、XOSとあいまってもたらす機動性は従来の常識を完全に超えたモノだった。

先般よりこの相馬原基地では最前線の新潟方面に配置されていた部隊が交代でX1の研修に訪れ新型OSを自分たちの機体に搭載して研修を受けてはまた最前線に向かうという作業を繰り返していた。

そして現場でその作業を指揮する大田の耳に必ずと言ってもいいほど聞こえて来るのが先程の日高大尉と同じ…そしてかつてこの機体のプロトタイプに搭乗した神宮司まりもが口にした台詞…『どうしてもう少し早くコレが出来なかったのだ』という物であった。

(まあ無理もねえか、今の御時世F-4系列機の評価は時代遅れで鈍重な安物ってのが一般的な物だったからな。 帝国の撃震は改良を重ねてそれなりにいい機体にはなっていたが陽炎や不知火に比べたらどうしたって機動性では劣ってしまう……それを一気に解決どころか従来機以上のレベルにまで押し上げるんだからこの新型の構造材とOSの効果は凄過ぎるってもんだぜ)

すでに新潟方面に配備されたX1搭載機は小規模な侵攻時のBETAとの交戦においてその効果を発揮しているとの報告も寄せられており、さらに国外でも大東亜連合が試験的に投入した実戦でも高い生還率を叩き出していたためにXOSと新型構造材に対する国内外の期待はいやが上にも高まっていた。

(…もっともそのおかげで小うるせえ連中がぴーちくぱーちくと囀ってるのが少々鬱陶しいがな)

大田が心中で『小うるせえ連中』と呼んだのはこの撃流とそれに搭載された技術を巡っての帝国軍内部で生じている対立の元凶たちのである。

XOSと撃流を他国に販売して外貨を稼ぎ国力増進と国際的評価と高めたい国際協調派と頑なに自国技術の海外流出に反発する国産・国粋派の対立が激化し始めた事が大田たちの現場にまで飛び火しかねない状況になっていた。

(まあオレに言わせりゃあどっちもどっちなんだがよ、確かにこの機体とOSを国外に輸出すればそれを手本に他の国も戦術機のレベルを上げるだろう。 だがしかし、そうした方が世界全体の対BETA戦略の上ではプラスのなるし帝国の国際的な地位の向上にもつながるだろう…もっともだからと言ってあまりにも急いでこれを輸出に持って行くのも考え物だろう、国内の状況を考えれば今は1機でも多くの撃流やXOS搭載機が欲しい時期でもあるし、それに輸出を考えるのなら米国のライセンスに縛られない機体…不知火魁や弐型、それと伊吹あたりの方が有難いだろうに。  まあもっともF-4系列と違って実績の少ない国産機ではそれも難しいだろうがな、あの諸星が言ってたF-22との対戦とやらもおそらくはその辺を意識しての策なのかも知れんが………だが諸星よ、どうやらお前さんが広げちまった風呂敷はこの帝国だけじゃあ収まらない大きさのようだぞ? 確かにF-22を破れば魁も弐型も世界中から引く手あまただろうがプライドを潰されたあの国がどう出るか…その辺はちゃんと計算してあるんだろうな?)
 
 
…この大田の疑問にモロボシが答えを示すのはもう暫く先の事となるのであった。
 







 
 
【国連軍 横浜基地・PX】

「こんにちは~~」

食堂のおばちゃんこと京塚曹長が夕食の支度に励んでいる所に呑気な声がかけられた。

「おやまあ、諸星さんじゃないか! 御飯かい?それともケイシーに用事かい?」

「ははは…いや実はその両方なんですが、まずは御飯を頂きましょうかね」

「あいよ、それで何がいいんだい? 何ならこの間ケイシーに吹っ掛けた『宿題』の出来栄えを確かめてみるかい?」

「おお~それはいいですなあ~~、是非お願いします」

そう言って楽しそうに手を合わせるモロボシに京塚曹長は出来たての『宿題』を手渡した。
 
 
 
 
 
 
…うむ、美味い。

この世界に食の素晴しさを広めようとちょっとした課題をケイシーに与えておいたのだが、彼と京塚曹長は実にいい仕事をしてくれたようだ。

これをアラスカあたりで試食してもらって、そこから世界中に展開…出来れば安く作って(合成食材とか多目でもその辺は妥協)難民たちに食べてもらう機会とかも…

「ダン、来てたのか」

「おやケイシー、訓練の方は順調かい?」

「ああ、アンタのあのおかしな芝居のお陰でB分隊の方もチームの統率が取れ始めてるしオレが課したノルマも問題なくこなせるくらいになって来たよ」

ふむそうか、なら後は総技演習をクリアするだけだろう…多分彼女たちなら問題なく合格すると思うが…まあ色々と細かい事は近い内に香月博士と話をつけておこうか、鳴海君の事も含めてね。

「ところで…美味いか、それは?」

そう言ってケイシーは視線で私が食べている『宿題』を指した。

「うん、いい出来だよ。 これをアラスカにいる連中にも食べさせてみたいね」

「そうだな…それでいつ頃戻る気だ?」

「う~ん…こっちの用事は実質あと1件だけだし、まあ出来れば一週間後には…おや?」
 
 
そこまで言った時、私の懐の中で電話のベルが鳴り響いた。

…長距離電話? それも我々の世界から直接に…?

「もしもしモロボシですが…ああこれはセトウチ先生、御無沙汰しております」

電話の主は私の支援者の一人であり、元国会議員でもあるセトウチ・ヨネゾウ氏からであった。

元々この世界のように戦災によって苦しめられている世界への援助等を推進して来た珍しいくらいの人格者だが、そのお仕事を熱心にやり過ぎて裏技(賄賂や横流しを逆用した援助の円滑化)を使ってしまい、それが露見して留置場に入っていたはずなんだがどうやら外に出られたらしい。
 
 
『モロボシ君よ…ちょいと厄介な事になりそうだぜ』

だがそのセトウチ氏が私に知らせて来た情報は、私の目の前に見えざる巨大な壁が存在している事を教える物であった…
 
 
 
 
第56話に続く
 
 
 
 
 
 
 
【おまけ】

《ね~ね~みんな~~、またモロボシさんの様子が変なんだけど~~?》

《なんやいつもの事やんか~》

《それで今度はどうしてるの~~》

《え~とね、何かおかしな本を読みながら良く分からない事呟いてるんだよね~》

《それもいつもの事やな…そんで何ブツブツ言うとるねん?》

《それがね~“お灸と言ってもいろんなサイズがある訳で”とか“やはりここは特大の奴を”とか言ってるんだ~》

《はあ?針灸の勉強でも始めたんかいな~?》

《でもでも~~読んでる本のタイトルは『ギレ〇・ザ○著 はじめてのコロニー落とし』っていうんだけど~~?》

《……》《……》《……とうとう狂ったんかいな?》
 
 
 
 
 
 
 



[21206] 第1部 土管帝国の野望 第56話「人生のオルタネイティヴ(選択)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:54946937
Date: 2012/08/07 12:01

第56話 「人生のオルタネイティヴ(選択)」

【日本民主主義人民共和国 首都東京・総理官邸】

『…気に入らねぇな』

「別にアンタに気に入ってもらえるとは思ってねえよ」

この官邸の主、総理大臣タンバラ・テツオは電話の相手に向かってそう言った。

政局の混乱を避けるための交換条件として野党が(正確にはその中のごく一部の狂信者が)求めていた並行世界への援助の打ち切りを受け入れると内定した件に関して、ごく最近拘置所から出たばかりの友人…元国会議員のセトウチ・ヨネゾウが電話で噛み付いて来たのだった。

『あのバカ共にこの国を好き勝手にさせる訳にはいかねえ…そのために取引をするのも止むを得ない、それは分かる……分かるがしかし、それで一体どれだけの人の命が失われるか、いや何人殺す事になるのか分かっているのかいアンタは?』

「…何とでも言ってくれ、オレにとってはこの国の国民を守ることが使命なんだ。 他の世界とこの国を天秤にかけた場合どっちを選ぶかは最初から決まってるんだよ」

『アイツを…あのモロボシって男を甘く見ると痛い目に会うぜ、いつかきっと』

「百も承知だ、だがそんな男だからこそこの状況でも何か出来るかもしれないしあの男の裁量で何とか一人でも多くの人命が救われればそれに越したことはない……だからこそアンタに情報を流してもらったんだからな」

『だから…それが気に入らねえって言ってるんだよ!!』

喚き声と同時に電話が切れた。
 
 
 
 
 
 
 
 
【2001年5月26日 土管帝国・某所】

「ふむ…つまりはセトウチ先生からの情報通りということかねシオン君?」

『どうやらそのようですね、つい2日前に極秘で与野党の幹事長代理同士が接触して現在行われている支援計画の全面停止…のみならず支援事業によって作られた全ての施設を完全に破壊するという事まで合意したようです』

「それを現場の作業者…つまりはこの私に仕事として命令し、もしやらなければ職務違反で立件・起訴も視野に入れるというわけか…よくもまあそこまでやるものだねあの連中は」

『…どうやらハッキングによってオシリスと施設を破壊するのは不可能と判断した挙句このような手段を考えたのでしょうが、はっきり言って正気を疑うレベルの話ですねこれは』

「元々彼らに正気なんてものは備わってはいないと思うがね…まあそんな事は医者の領分だ、問題はこの馬鹿げた話に我々がどう対処するかだよ」

『どうされるつもりですか、ミスター・モロボシ?』

「さてね…『ヴァルハラ』の連中はまだこの件は知らないのかね?」

『支援者グループに関してならまだこの情報は掴んでいないでしょう…もっともこれを彼らが知ったらそれこそ電脳テロの5件や10件はすぐにでも発生するでしょうが』

「それは逆効果でしかないな、あそこには私の方からも言って聞かせるが君からもハナガタミ社長とシオウジ教授にあらかじめ教えておいてくれないか?」

『了解しました…ですがそれこそあの二人が率先して何かやらかしそうですね』

「分かってる、だからこそ私が今後の方針を決めるまでは不用意な真似は控えてほしいと強く念を押しておいてくれたまえ」

『…了解です』
 
 
 
 
 
…さあて、困った事になったものだ。

え? いい加減何がどうなってるのかちゃんと説明しろだって?

…いいでしょう説明致しましょう、このくだらない現状についてね。

以前にもお話しましたが本来私が所属する世界の日本(日本民主主義人民共和国)の政治家さんたちが自分たちの権力闘争のしわ寄せを(またしても)こっちに押し付けてきているのですよ。

このオルタ世界に対する支援について以前から意味不明な理屈を捏ねまわして反対して来た『日政共賛会』(通称ネガマル)の勢力が増大した為に野党側の言い分にそれが色濃く反映されるようになった訳だ。

彼らの言い分はこうだ 『この世界(オルタ世界)の日本帝国は危険な軍国主義国家であり、日本古来の差別的風土を色濃く残した危険な国家である。 そのような危険な国家を支援するなど言語道断だ』 …という事らしい。

もちろん支援を打ち切った場合にこの世界で発生するであろう被害と破局に関して問われても彼らは意味不明な弁明を繰り返すのみで何ら具体的な対案を出したりはしなかった。
 
 
 
 
言いたくないけど…誰だよこいつらに権力なんか与えた馬鹿は?
 
 
 
 
…そして結局政府(与党側)は政権維持のために彼らの要求を受け入れ、この計画の破棄を約束した訳だ。

まあここまでは予想通りだ、元々国会で与党側が定数割れを起こした時点でいずれこうなるだろうと思っていたからね。

あの3年前の証人喚問以来、いつかこんな形で強制的にこの支援活動が中止に追い込まれる可能性は決して低くはないと私は思っていた。

そしてその場合私は表向きはその決定に従う振りをしてこの土管帝国とオシリスやタチコマとジェイムズ君らを『廃棄処分』という名目でこの世界に残し、先生や殿下にこの土管帝国の管理者としての権利を引き継ぐ事で計画を存続させる予定だった(計画の支援自体は向こうに帰っても連絡さえ取れれば続行可能だからだ)
 
 
ところが…だ、私のその意図を予想したのかどうかは分からないがネガマルさんたちはオシリスやこれまでに作成された全てのコロニーの破壊までも要求してきたのだ。

元々彼らはこの土管帝国を完全に取り壊したがっていて秘かにオシリスにハッキングを仕掛けていた(いずれ事故にでも見せかけて我々もろとも自爆でもさせる気だったのだろうか?)のだが、どうやらオシリスの電脳防壁を突破する事は不可能と判断して私に取り壊しを強要させるよう政府に圧力をかけ、政府与党もそれを受け入れた…らしい。
 
 
まあ総理やお歴々の言い分は分かる、こんな馬鹿を平気でやらかすような連中に間違っても政権を渡す訳にはいかないと思ったのだろう…それは分かる、分かるがしかしそれではこの世界は一体どうなる?

もし今我々が計画を中断しオシリスと土管帝国の全てを破壊してしまった場合、この世界に残されるのは日米両国に提供済みのコロニーのみになってしまう。

当然それだけでは全人類を収容するには足りず、両国が管理しているコロニーの所有権を巡って争いが(それも軍事的な衝突が)起きるのは間違いない。

そして最悪の場合その争いがこの世界の国家間の連携を完全に崩壊させ、BETAに抗うことすら難しくなった人類は次々と異星起源種によって喰い殺されて破滅への道を辿る可能性すらあり得るだろう…
 
 
 
 
「…つまり我々が用意した人類の救済策が結果としてこの世界を破滅させる原因となるかも知れない訳だ」

《え~~そんな~~》

《無茶苦茶やんか~~》

《霞ちゃんたちを見捨てるなんてそんな犯罪行為が許されるんですか~?》

《せやせや、なんでイーニァを連れて帰られへんのや?》

≪…やはり人間というのは我々AIの管理なしでは社会を維持する事すら出来ない生物だという事ですね≫
 
 
これが説明を聞いた私の助手たち(笑)の発言だった……正直出来損ないのカラクリ共にここまで言われて反論出来ないというのは人類の一員として忸怩たる物を感じるのだがね。

…てかお前ら完全に問題の主旨を間違えてるだろ?

「あのね君たち、この問題の深刻さが分かってるのかね?」

《もちろんですよ~~霞ちゃんとお別れしなきゃいけないんでしょ~~?》

《スミヨシはんたちから頼まれとったイーニァのお持ちかえりが出来んちゅうこっちゃろ~?》

≪今日までさんざん苦労してサポートして来たにもかかわらずマスター(管理者)の仕事は失敗に終わり、名実ともに無能な役立たずの烙印が押されるという事ですね?≫
 
 
もういいです…(涙)
 
 
いやまあこの連中に相談したところで意味はない事くらいはわかっていたけどさ。

だけどこれはマジでヤバイ…そりゃ確かに向こう側にいる人たちにとっては人としての情さえ切り捨てればそれで済む問題かも知れないが、私にとってはそれでは済まされない理由がある。

今まで私がこの世界を救うために行ってきた支援活動の成果が逆にこの世界の人類を奈落の底に突き落とすかもしれないのだ。

たとえそうであっても公務員としては黙って政府の決定に従うべきだろう…公務員としては。

「だがここまで来て今更公務員だからで済ませられはしないだろうな…」

光州作戦の時点ですでに私は多くの人間の生死に関わり、その運命を左右してしまっている。

そして本来であればそれを受けて行うべき事を政府によって止められ、結果三千数百万人の命が失われるのをただ黙って見ているだけだった。

あのお偉いさんたちと狂信者の皆様はまた同じことを私に強制し、今度は十数億人が死んで行くのを黙って見ていろ…と、そう仰っている訳だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
…ふざけるのもいい加減にしやがれ糞野郎共。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【同日夕刻 国連軍 横浜基地】

陽が落ちかかったグラウンドで一人の少女が剣を振るっていた。

私が彼女のいる方に近づいていくとそれに気づいた彼女が素振りをやめて敬礼する。

「修練の邪魔をしてしまったかな御剣訓練兵」

「とんでもありません! 諸星大尉!」

「どうかね、最近の訓練の調子は?」

「はっ、おかげさまで分隊の連携も向上し分隊同士の訓練でも遅れをとらないようになる事が出来ました。 これも大尉のおかげであります」

「おやおや、私が何かした覚えはないけどね?」

私がそう言うと御剣冥夜は少し表情を変える…おや?

「ライバック教官から聞きました、大尉が私たちの問題点を矯正するよう手を打って下さったことを」

…おいおいケイシー、君はいつからそんなおしゃべりになったんだい?

「…それと大尉は私の周囲で起きていた事態にも対処してくれていたのではありませんか?」

「!」

「月詠たちは何も言いませんでしたが自分の周囲で何かしらの事態が起きていた事は薄々感じておりました、それを解決されたのが大尉のお力であることも…」

なんともまあ鋭い子だね…流石は『彼女』の妹というか、あるいは直感の鋭さはこの子の方が上なのかも知れないな。

「…本来であれば困窮する民への施し等に専念されねばならない筈の大尉に我が不徳の後始末をして頂いた事、誠に申し訳なく思っております」
 
 
 
……私が自分の頭を壁か地面に叩きつけたくなるのはこういう時だ。

まだ年端もいかないのに国と人々のためにその身命をなげうって尽くそうと志している少女からまるで英雄でも見るかのような尊敬のまなざしを向けられる時だ……正体を明かせば異次元からやって来た只の詐欺師に過ぎないというのに。

「…あの、どうかされましたか大尉?」

私の表情から何かを感じ取ったのか、御剣冥夜がそう尋ねて来た。

「…いや、何でもないよ御剣訓練兵。 それじゃあ私はケイシーに用事があるからこれで」

「はっ!」

彼女の視線を背に浴びながら私はそそくさとその場を後にした……正直な話、光線級の一次照射でも浴びてた方がまだ気が楽ではないかと思いながら…
 
 
 
 
 
 
 
 
【横浜基地・PX】

「ケイシ~~、何でもいいから一杯作ってくれ」

「…どうやら面倒事らしいな、ダン」

PXに着くなり酒を注文した私に向かってケイシーがそう言った。

「…良く分かったね?」

「分かるさ、何時もならどんな酒か指定するアンタがそれをしないし…それに昨日の帰り際の電話の後のアンタの顔色を見れば嫌でもな」

ああ、そう言えばあの時隣にこの男がいたんだっけ。

「そんなに酷い顔色だったのかね、私は?」

「ああ、アンタが酔いつぶれたあの夜と同じくらいに怖い顔だったよ」

怖い顔ねえ…一体どんな顔をしていたのやら。

そう言えば確かあの夜も3年前のことを思い出して酒を飲んでいたんだっけ…?

「何があったのかは知らんが酒ってのは美味しく飲むものだぞ?」

それもそうだ…色々ストレスがたまりすぎて頭が煮詰まってたのかもしれないな。

「…ギムレットがいいな、ライムは控え目でね」

「オーケイ、少し待ってくれ」

そう言ってケイシーは厨房の奥に戻って行った。

そして彼がギムレットを持ってくるのを待ちながら私はこれからどうするのかを考えていた。

選択肢は二つある。

一つ目は政府の方針に従い土管帝国のすべてを破壊(その前にオシリスたちを先生と殿下に委ねて)して自分の世界に戻る道…

だがこの場合土管帝国の(つまりは人類の避難場所の)建設は事実上中止、あるいは大幅な延期を余儀なくされてしまい結果残されたわずかなコロニーの奪い合いが起きる可能性が大だ。

その結果たとえ第4計画の方が成功を収めたとしても人類同士の争いが激化してしまえばそれが元で人類は終了しました…てなことになりかねない。

 
そして二つ目の選択…政府の決定を無視するかあるいは何らかの方法で決定を覆させることによって従来通りに計画を続行させる道…

しかしこれは言うほど楽な道ではないのだ。

まず政府の方針を無視してこの世界に居座ったとしてもいずれは強制的に終了させるための要員が送り込まれ、そこでこの計画は詰みになる。

そして政府の決定を覆すことが可能かと言えば、下っ端の国家公務員に過ぎないこの私にそんな事ができるはずがない。
 
 
…普通ならね。
 
 
だが手段を選ばなければどうにか出来ない訳でもないだろう。

所詮彼らはこの問題から逃れたいと思っている連中が大半なのだ(見当違いな思い込みに嵌った狂信者以外はね)

だからこそこの問題を忘れるか一時的に先延ばしにする動機や口実さえ与えてやれば彼らは大喜びでこの件を一時棚上げしてほとぼりが冷めるのを待つだろう。

…そしてそのための策もすでに出来ている。
 
 
 
ただし、これを実行するという事はこの私自身が完全に後戻りできない道に踏み込む事を意味する。

今までのように法の網スレスレ(?)のやり方ではなく、完全に法に反する行いになるからだ。

どう取り繕ってもいずれはバレるし、そうなれば必ず私は法の裁きを受けることになるだろう。

とどのつまり第二の選択肢の問題点は私がそこに踏み込む度胸があるか否かという事になるのだろう。

自分の今後の人生を棒に振るであろう決断を下せるのかどうか、この二者択一の選択はそれにかかっている訳だ…
 
 
 
 
「…出来たぞ、ダン」

私が物思いに沈んでいる所にケイシーがギムレットを持ってきてくれた。

「ありがとうケイシー…うん、いい味だな」

「随分と深刻な顔で悩んでたな?」

少しだけ心配そうな顔でそう言ってくれるケイシーに私は思わず聞いてはいけない質問をしてしまった。

「ケイシー、君は上官を殴った時にどんな事を考えてたんだい?」

「…また随分といきなりな質問だな」

「…すまない、つい聞きたくなってしまってね、忘れてくれ」

「何も考えてなんかいなかったんじゃないかな?」

「…え?」

「あまりにも腹が立ってたんでな、その時何を考えてたなんて覚えていないんだ」

「成程…」

「ダン、一体何があったのか知らないがオレみたいな短気だけは起こすなよ…人生を棒に振ってからじゃ遅すぎる」

「ありがとうケイシー、気をつけるよ」
 
 
 
そう言ってくれるの嬉しいがね…だけどケイシー、もしここで私が仕事を降りてしまったら最悪この世界は…

「諸星大尉、どうかなさいましたか?」

…おや、だれかと思えばまりもちゃんじゃないですか。

「ああ神宮寺軍曹、いや実はちょっと仕事の事で詰まってまして憂さ晴らしにケイシーの作るカクテルを飲みにここへ来たんですよ」

「…僭越ですが大尉、少しお仕事の方を休まれたほうがよろしいのではないですか? あまり顔色が良くないようにお見受けしますが?」

心配そうな顔でまりもちゃんがそう言ってくれる………いやいかんいかん、つい涙が出そうになっちゃったよ(恥ずかしい)

「いやいや、たくさんの子供たちを抱えたあなたの苦労に比べればどうという事はないような話ですよ…ところで訓練小隊の子たちは総技演習に合格出来そうですか?」

私がそう尋ねると彼女は少しだけ顔をほころばせて言った。

「はい、最近の出来栄えを見る限りは問題なく合格出来るところまで来ていると思います」

「…そうですか、それは良かった」

つまりは207Bの少女たちは『おとぎばなし』のシナリオを外れて一発で合格して任官する事になる訳だ。

だがそれが必ずしも彼女たちを死の運命から遠ざけることになるという保証はどこにもないし、ましてや目の前のこの女性の運命を変えることに繋がるかどうかも分からない…

「諸星大尉? 大丈夫ですか?」

「え?ああ、心配は無用です神宮司軍曹…ちょっと頭の中で考えごとをしてしまって…」

「どうか御無理はなさらないで下さい、大尉は帝国のみならず人類全体にとってもなくてはならない方なのですから」

「…! ありがとう、無理はしませんよ」

まいったな、頭の中の悩み事より彼女の言った台詞の方がはるかにこたえる…彼女が、神宮寺軍曹が心から私の事を心配して言ってくれていると分かるだけに。

…言葉に出して言えたらどんなに楽だろう。 私の心配などする価値はない、私はここから逃げるかどうするかを悩んでいる只のイカサマ師に過ぎない…心配すべきはこの先のあなたやあなたの教え子たちの運命の方なのだと。
 
 
 
 
 
神宮司軍曹が去った後、私は一人でぼんやりと考えていた。

…このまま彼女がBETAに喰われるのを黙って見過ごす?

…207訓練小隊の少女たちが死んで行くのを黙認する?

…唯依ちゃんや巌谷中佐の苦労が水の泡と消えるかもしれないのに何もしない?

…私の手引きが元でこの帝国という重荷を背負わされた悠陽殿下を見限る?

…この世界の人々が滅びの道を辿るのをただ黙って見物する?
 
 
 
…冗談はよせ、そんな事が出来るはずがないだろう。

だがそれならどうする? 政府の決定を覆させてその結果犯罪者となるか…?

それとももっと上手い詐欺の手口があるのか…?
 
 
 
「やるしかないだろうな」

それが思考錯誤の果てに私の口から出た言葉だった。
 
 
 
 
第57話に続く
 
 
 
 
 
 
【おまけ】

《ね~ね~モロボシさん、これからどうするのか決まったの~~?》

《せやせや、どないするねん?》

≪別に尻尾を巻いて逃げ出しても構いませんよ、この世界の人類は私たちがちゃんと責任をもって支配して見せますから≫

《あ~~そうか~~ボクらがこの世界をBETAに代わって支配しちゃえばいいのか~~》

《せやな、そうしたら霞ちゃんもイーニァも幸せになれるしな~~》

≪そういう訳でマスター(管理者)は元の世界に帰っても問題はありませんが?≫
 
 
 
…そうだった、別に悩もうが悩むまいが結論に変わりはないんだ。

こいつらが大人しく解体とかされる訳ないし、放っておいたらこの世界でどんな無茶苦茶をやらかすか分かったものじゃないし…

結局は私が責任持ってどうにかするしかないんだった……トホホホホ(涙)







[21206] 閑話その18「モロボシ・ダンの犯罪」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:54946937
Date: 2012/08/22 21:11
閑話その18 「モロボシ・ダンの犯罪」

 
【平行世界 電脳空間・ヴァルハラコンビネーション】

その場に集まっている人間全ての顔が緊張と怒りで強張っていた。

その理由は言うまでもなく自分たちが推進してきたオルタ世界に対する支援活動が全て無に帰そうとしているという情報が入ったせいである。

『馬鹿につける薬はないと言いますが…いっそ毒でも盛って薬殺処分にしておくべきでしたかね? あの連中を』

『殺す値打ちすらないからと生かしておいたんが仇になってしもうたようやな…』

『あの狂ったネガマル共と腐った魚のマスゴミめが…! 霞ちゃんやイーニァを故意に見殺しにしようとは…やはり皆殺しにすべきだろうな』

すでに理性を手放す一歩…いやおそらくは0.3歩前の危険な発言が次々に出されるが…
 
 
『諸君、少し落ち着きたまえ』

そう言って彼らの興奮に静止をかけたのはこの場の主催者であるハナガタミ社長だ。

『ここで我々が下手に先走った行動に出れば却ってあの狂信者たちに有利な口実を与えかねない…まずそれを肝に銘じてほしい』

『ツル君、そうは言ってもこれは流石に容認出来る話ではないだろう!?』

社長の嫌がるファーストネームを言って詰め寄ったのはこの会議の最年長者であるトキツ・ユリヒコ氏である。

大手製パン企業トキツ・グループの相談役(あるいは様々な残念イベントや勘違いテーマパークの発起人)として知られる人物だが、同時におとぎばなしの(というよりは霞とイーニァの)熱烈な愛好家でありこの支援活動の主要メンバーでもあった。

『あの愚かな狂信者たちとそのシンパたるマスコミ共はどんな屁理屈をこねてでもこの件を正当化するに違いない! そうなれば霞ちゃんとイーニァは…』

『もちろんそんな真似を容認するつもりはありません、ですが我々がへたな手を打てばそれこそあの世界を救うことは不可能になります。 ここは耐えがたきを耐えてモロボシ氏の打つ手を見守るべきでしょう』

『それやけどな社長、モロボシの奴はどないな手を打つと言うとるのや?』

『それですが、今回の決定を逆手に取った情報操作によってこの件を一時棚上げにさせて彼自身は向こうの世界に篭城するつもりだそうです』

『ふむ…彼の事ですからおそらくは何らかの手口で政府の介入を凍結させるつもりでしょうが、しかし籠城となるとこちらからの支援も出来なくなるのでは?』

『そもそも何故籠城なんぞせねばならんのかね? 馬鹿共の決定を引き延ばすだけではいかんとでも?』

『私もそれを聞いたのですが…彼が言うには例え一時的に政府の決定を引き延ばしても風向きが変わればまたぞろ同じ事になるだろうからいっそ桜花作戦までの期間限定で一気に向こうの作業を片付けてしまう方が確実だと』

『…つまりアレか? 予定を変更して第4計画に本格的に肩入れしようと言うんか?』

『最終的には第4、第5の双方を統合する口実を作って向こうの信用出来る人間たちにプランを委ねるところまで…という事でしたが』

『なるほど、馬鹿な連中が気付く前に向こう側に全てを引き渡すための時間稼ぎという事ですか…しかしそうすると色々と籠城に必要な物資や資金の面で問題が発生しますな』
 
 
ハナガタミ社長の説明でモロボシの意図を理解したメンバーではあったが、計画の変更によって起きるであろう問題点に気付いて深刻な表情になっていく。

『まず籠城に必要な物資をどれだけ早く揃えることが出来るか、それとその物資を揃えるのに必要な資金…これをどこから捻出するか…やな』

『むうう…霞ちゃんたちを助けるためならこの老いぼれの有り金を全てはたいても悔いはないが、その程度では到底足りないだろうねえ…』

『資金に関してはモロボシ氏自身が多方面から工面するアテがあると言っていましたが…』

『…彼にそんな金ヅルがあったのですか?』

『初耳やがな…?』

モロボシの知人たちが揃って首を傾げるが、ハナガタミ社長は声を潜めるような口調でこう言った。

『…どうやら彼は『反則技』を使う決心を固めたようです』

『…なるほど』『…そうか』『…ふむ』

社長の言葉にその場の全員が何かに納得したように頷く。

『…ですので、ヨネザワさんには今回の話から降りて頂きました』

『あ~~、そう言えばあの男は警視庁の鑑識員やもんな~』

『ふ…流石に警察官を犯罪に加担させる訳にはいかないでしょうね』

本来ならこの場に参加している筈のヨネザワ氏は警視庁の鑑識職員である以上、ここから先に関わってもらう訳にはいかないというハナガタミ社長の判断であった。

『…ところで、スミヨシ君たちはいいんですか? 君も一応はF市の職員だったと思いますが?』

『今更やな、それにウチは市長からしてマトモやないし…その市長からはあの馬鹿共を潰すのに必要なら『大天賦1號』を貸してもええて伝言預っとるけど?』

『……有難い(迷惑)ですがそれは最後の手段として取っておきましょう』

何故か顔色を青くしながらハナガタミ社長はそう答えた…あまり深く突っ込まない方がいい話のようだ。
 
 
『さて…そうすると物資をどれだけ早く調達できるかじゃが…?』

『もし彼が『籠城』を始めた場合、我々が調達した支援物資も届けることが出来なくなるでしょうしね…』

モロボシが言う『籠城』とは本来メビウスを通して情報や物資をやり取りしている窓口を閉ざし、オルタ世界との通信や交通を遮断する処置を意味している(オルタ世界側のメビウスを使ってこちらの日本側からのアクセスを拒絶すると思えば間違いない)

それを行えば確かにこちらから人を派遣してあの『土管帝国』を取り壊したりする事は出来なくなるだろうが、同時にその経路を使って行われてきた支援活動も中断させられるだろう。

そうなる前にどれだけの物資を調達出来るかと頭を悩ませるメンバーたちだが、ハナガタミ社長が意外な事を言いはじめる。

『いやそこまで急ぐ必要もないでしょう、支援物資の輸送経路に関しては第3国経由で何とかなると思いますから』

『第3国て…ちょっと待てや社長、そもそもモロボシとワシらのプランが連合に通ったんはあの世界への援助をどこの国もやりたくなかったからやろ? それが今更どこぞの国が手を上げてくれる言うんかい?』

『…少なくとも連合主要国の殆んどは30年前の『次元難民問題』以降、我々と起源を異にする人類世界への干渉は極力避けているはずですが?』

『うむ、元々が実質我が国だけでこの支援活動を行ってきたのはあの一連の混乱が連合各国にこの手の問題への苦手意識があったのが理由だからね』

『ええ、確かに主要各国はこの件を自分たちが引き継ぐなど考えてもいないでしょうが単に情報や物資の輸送を引き受けてくれる国や自治政府は幾つかありますので』

『なるほどなあ、そしたら後は政府に代わって支援を行うNPOでもデッチ上げれば…』

『そうです、もちろん単なる書類上の組織ではなく実質的な支援活動を行う事が出来る物にするつもりですけどね。 国外の同志たちもこの組織の立ち上げに積極的に協力してくれるそうですし』

ハナガタミ社長の説明を聞いたメンバーたちは少しだけ表情を明るくする…どうやらまだ絶望するのは早いと彼らは気付いたのだった。

『そういう事なら資金集めは取りあえずモロボシ君に任せるとして、我々の方は新たな表の顔を立ち上げる算段に入るとしようか…?』

『せやな…けどもしあの男のやり方が生ぬるうてネガマル共がまた喚きだしたらどないする気や?』

スミヨシの言葉を聞いた面々は一様に沈黙するが…やがてハナガタミがぽつりと呟いた。
 
 
『その場合、連中には生まれて来た事を謝罪してもらいましょう…因果地平の彼方でね』
 
 
 
 
…後にモロボシは述懐する。

『五十歩百歩って言葉を知らないんだよあの人たちは…まあ私も偉そうに言えた義理じゃないんだけどね』
 
 
 
 
 
 
 
 




【型月区・三咲町】

「…オレに死ねと言ってる訳ですか?」

電話の相手に向かってシズキ・ソウジュウロウはそう言った。

一方相手の方は深刻さの片鱗すら感じさせないお気楽極楽な口調で語りかける。

『はっはっは…嫌だなあ~~シズキ君、別に銀行強盗をしろって言ってる訳じゃないんだからさ~』

無責任という言葉を具現化したような相手の口調に『銀行強盗の方がまだしも安全です』と言いかけてシズキは口を噤む…言っても無駄な相手だと長年の付き合いで知っていたからだ。

『あのクオンジ財閥の姫君からお金を調達する事が可能なのは私の知人では君だけなんだ…何とか頼まれてくれないかな?』

「…別にアリスじゃなくても金持ちの知り合いなら他にもいるでしょう、トキツさんとか副会長…いや、ツキジとか」

何とかしてこの危険な話から逃れる道はないのかと裕福な知人たちの名前を並べ立てるシズキだが、電話の相手はそれでどうにかなるような善人ではなかった。

『もちろんあの二人にも資金の提供はお願いしてる…というかトキツ相談役は元々私たちの支援メンバーだし、ツキジ君とその奥方にも色々と援助してもらってるしね』

「それでも足りなくてアリスを誑かしてお金を調達しようと…それは分かりましたがオレは彼女からそんな大金をせしめる口実なんて持ち合わせていませんよ?」

彼、シズキ・ソウジュウロウの学生時代に下宿先の家主であった女性…クオンジ・アリスは日本屈指の財閥当主であり、個人的に動かせる金の額も世間の常識を超えたものがある。

だがしかし、彼女の身近なごく少数の人間たちは知っている…彼女の御機嫌を損ねたり、あるいは彼女を騙そうなどと考えた人間がどんな末路を辿るのかを…

学生時代にその事を身を持って体験してるシズキにしてみれば電話の主からの依頼は自分に自殺しろと要求しているようにしか思えなかった。

だがそんな彼の内心の怯えを無視するかのように電話の相手の言葉は続く。

『シズキ君…君は自分を過少評価している。 あのクオンジの姫君は君が頭を下げてお願いすれば大抵の無理は聞いてくれる筈だ……彼女にとって君からのお願いにはそれだけの価値があるのだからね』

「そのお願いが元々はオレじゃなくてあなたからの物だとアリスが知ったらオレたち二人は間違いなくぺしゃんこの轢死体にされますよ…?」

その冷静で真実味があるシズキの突っ込みに電話の相手は一瞬だけ沈黙するが、すぐに元の軽い調子でこう告げる。

『大丈夫だ問題ない、君が彼女の耳元で甘い言葉を囁けば全ては上手くいく筈だ』

…その能天気な言葉を聞いたシズキは一瞬だけ目眩を起こしたような顔をした後でこう言った。
 
 
「…分かりました、つまりオレに死ねって言ってるんですね?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

【某並行地球・北米大陸東岸】

うるさく鳴り響く電話のベルに観念したように女は受話器を取り上げた。

「…はい、どちら様?」

『これはこれはエレナ嬢、相変わらずあなたのお声は美しいですなあ』

「…ああ、誰かと思えば戦地に左遷されたニッポンのお役人さんね。 何の御用かしら?」

『いや実はあなたが例の格闘技大会の5回目を企画していると聞いたのですが…』

「…それが何か?」

『私も興行に協力させていただきたくてお電話したのですがね』

「あら、どういう風の吹きまわしかしらミスター? 公務員をやめてプロモーターに転職したのかしら?」

皮肉っぽくそう尋ねる彼女に電話の相手は飄々とした口調で応じる。

『いえいえ実はですな、こちらの支援活動に援助をお願いしたいと思いまして』

「ふうん、そちらに援助して私の主催する大会に何かメリットがありますの?」

『優秀な選手を何名か提供出来ると思いますが?』

「あら、もしかしたらそちらの世界にいる素敵な怪物さんたちかしら?」

『ああ…そう言えばこちらで採取した異星起源種の生体サンプル情報をハッキングで盗もうとした企業があったようですな』

「…そう、そんないけない行いをする企業はさっさと取り壊すべきでしょうね」

声の中に何者かに対する殺意が籠っているのに気付いたのか気付かないのか電話の相手は相も変わらず軽い口調で話を続ける。

『こちらとしましてはその件に関する慰謝料とこちらが紹介する選手のファイトマネーで…こんな所ではどうでしょう?』

そう言って相手が提示した金額に目を通したエレナは皮肉げに口元を歪める。

「…随分と欲張りな恐喝者さんね? 大会の収益を全て巻き上げるつもりかしら?」

『別に構わないでしょう? 元々大会自体が崩壊する事を前提に行われるのですから』

「……」

その言葉で沈黙した彼女に向かって電話の向こうの恐喝者は言う。

『こちらとしましてはあなたの目的にふさわしい選手を大会にエントリーするように手配する用意がありますが、如何でしょう?』
 
 
 
「…そうね、悪くない条件だわ」

暫しの沈黙の後で彼女はそう答えた。

『それではエントリーする選手については後日…ああそれともう一つ』

「あら、何かしら?」

『…会社や大会もろともご自分まで一緒に処分しよう等とは考えない方がよろしいでしょう…別にあなたが死んだって誰かが生き返る訳じゃないんですから』

 
 
「…あなたには関係ない!!」

 
 
その叫び声と共にエレナ・ダグラスは受話器を叩きつけて電話を切った。






 
 
 
 
 
【型月区 冬木市・蝉菜マンション】

「…つまり何かね? あなたは仮にも国家公務員でありながら未だ女子高生の私やユキカにゆすりたかりの真似をしろと…それも相手は金持ちとはいえまだ幼い子供に対して? 
…事情は理解できるがさすがにそれは人として問題がありすぎるのではないですか?」

自分にかかって来た電話の相手の頼みごとを聞いたヒムロ・カネは呆れたようにそう言った。

そして電話の相手の声もさすがに申し訳なさそうであった…少なくとも言葉の上では。

『恥知らずなのは百も承知二百も合点の上でお願いです、友人のユキカ君と二人であの金髪成キング…いえ、あの坊やを口説いて欲しいんですよ』

「…私も一応この冬木の市長の娘として守らねばならぬ一線があるのですが?」

『そこを!そこを何とかお願いします!!』

TV電話の向こうで平身低頭で自分を伏し拝んでいるメガネ男の姿を見ながら彼女は溜息をつく。

「…私はともかく何故ユキカまで巻き込まねばならないのですか? …まあ、あのマキジを入れていないのは賢明な判断だとは思いますが」

『あの慢心…げふん、あの少年は日頃から家が貧しいにもかかわらず何かと自分の事を気遣って面倒を見てくれるユキカ君の事を大切に思っているからですよ』

「で、そのユキカと彼の貧富の差を超えた美しい絆を利用して大金をせしめようと…如何に人の命がかかっているにせよやっていい事と悪い事があるのではないですか?」

『それは重々承知しています、ですがそのかかっている命の数が十数億…そしてそれが奪われる原因が我々の世界いや、わが国の一部の愚か者のせいだったなどという事にだけはなって欲しくないんですよ』

その言葉を聞いたヒムロ・カネは瞼を閉じて溜息を吐いた。

彼女も為政者の娘として電話の相手の言う事の重みは十分に理解していたのである。
 
 
「…分かりました、彼に…ギル少年にお願いだけはしてみましょう。 ですがその成否に関してまでは保障出来かねますが?」

『十分です、感謝しますヒムロ嬢…ああそれと、出来ればお友達のマキデラ君に伝言をお願いしたいのですが』

「…あの馬鹿者がまた何か仕出かしたのですか?」

「あまり同じ手口を使うとどんなに出来が良くても何時かは贋作とバレるから程々にしておいた方がいい…と」

その言葉を聞いたヒムロのこめかみにぴくぴくと震える青筋が浮かび上がる…

「…承知しました、後日マキの字には地面の味を教えておきます」

『それではよろしくお願いします』
 
 
 
電話を終えたヒムロは少しの間考えごとをしてから友人のサエグサ・ユキカに協力を求めるために連絡することにした。

手段はともかく十数億の人命が奪われるのを無視する事は出来ないと思ったのだ。

同時にもう一人の悪友(駄目友?)に対する体罰のメニューを考案しながら…
 
 
 
 
 
 
 







【東京・某農業大学】

『御無沙汰しています、イツキ教授(せんせい)』

以前に酒を通じて知り合っていた男からの突然の連絡に、この大学の名物教授であるイツキ・ケイゾウは楽しげな声を上げた。

「おお~~君かね、しばらくだったねえ、元気でやってるかね?」

『はい、おかげ様で…以前教授に設計図を提供して頂いたプラントも上手く稼働してくれてます』

「そりゃ良かった、今時あんな合成食品や合成酒の付け香の技術が日の目を見ることになるなんて思ってもみなかったけどね~」

『本来なら教授の専門外の技術なのに色々と便宜を図って頂いて本当に感謝しております』

「いやいや、そんな事はいいけどね…それより君、ちょっと困ったことになってるんじゃないの?」

『…ご存知でしたか』

「まあね、この間副総理たちと飲んだ時に彼が愚痴をこぼしてたから」

『…愚痴をこぼすくらいなら決定を先延ばしにするくらいの事をしてくれないんでしょうかね? あの人たちは』

「まあ~そう言わないで、彼らも今はかなり難しい時期だからねえ」

恨めしげに言う電話の相手をそう宥めながらイツキ教授は自分の側から話を切り出した。

「どうせ君の事だからこのまま諦める気はないんだろ? ボクの伝手で良かったら多少の資金を融通出来ると思うよ?」

『…申し訳ありません教授、私の方から言わなければならない事なのに』

「いいのいいの、ボクとしてもせっかく再現した昔の食糧難時代のプラントを取り壊されるなんて我慢出来ないからね」

『確かに…あれをこちらの世界で普及させれば少なくとも食べ物の量と味での不満は激減するでしょうから』

「でも本物の食品も大事でしょ? 以前言ってたコロニー1つ丸々野菜工場ってプランはどうしたの?」

『一応それも進めてますがやはり地上の砂漠を緑化するプランの方も進めてみようと思いまして…』

「ふうん、でもそれだと大量の淡水が必要だよね」

『そちらの方も何とかなりそうです。 もっともこれが実を結ぶまで計画期間を引き伸ばす事は出来ないでしょうから種を播くところまでしか私には出来ないと思いますが…』

それを聞いたイツキはどこか遠くを見上げるような顔で言う。

「どの道一つの季節、一つの時代ですべてを成し遂げる事など不可能だよ…君の気持ちも理解出来るがほどほどにして引き際を間違えないようにね」

『承知しております教授…それではまたご連絡させていただきます』

「うん、それじゃあね」
 
 
 
 
電話が切れた後でイツキ教授はつぶやいた。

「…とは言え、彼もまだ若いからねえ…無茶をしない訳がないよねえ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【土管帝国・内部】

「…ああそう、それじゃ指定の口座にお願いしますね。 いやいや、もちろんこの件に関する御社の秘密は厳守します…ええ、ミシマの新会長と先代の親子喧嘩に関してもいい場所を見つけておきましたので…後はあなたの目論見通りでしょうアンナ君? …はっはっは、嫌だなあ~~ただ私はたかが親子喧嘩のせいで地球が一つダメになるような愚を避けたいと思っているだけでして…ええ、それじゃまた」
 
 
受話器を置いて時計を見るとかなりの時間が経過している事に気付く……そしてついでに周囲から非常に冷たい視線が浴びせられているのにも…

《モロボシさ~~ん…》

《アンタなあ…事もあろうに女子高生や犯罪者とまで取引するんかい》

≪どうやら人間としての最低限のモラルすらマスター(管理者)は無くしてしまったようですね≫
 
 
…なんとでも言ってくれ。

「残念ながら法やモラルを気にしているだけの余裕はないんだよ…今の我々にはね」

《そうなんですか~?》

《面倒やなあ~~》

≪単にマスター(管理者)が一人で無意味な騒ぎを演じているようにしか見えませんが?≫

「…悪いけどこっちはこれから一番面倒な駆け引きをやらなきゃいけないんだから少し黙っていてくれ」

…さて、それでは最難関の攻略開始だ。





 
 
 
 
 
【旧地球 イギリス・ロンドン市】

「君は…本気で言っているのか、ミスター・モロボシ?」

電話の相手に向かってそう言った男はまだ20代半ばの青年であった。

基点0地球…人類発祥の世界に居住するごく少数の人間がいる。

並行地球群連合…かつて人類がこの星にのみ住んでいた時代には国連と呼ばれた組織であり、現在では数百に及ぶ並行人類社会の最高意思決定機関の拠点がこの旧地球であった。

そしてその連合の運営に従事する『連合職員』たちの住居もまたこの星に置かれている。

モロボシからの電話を受けている人物…知人たちからは『ロンドン・スター』と呼ばれる青年もまたその連合職員の一人である。

…もっとも彼とモロボシが知り合ったのは共通のネトゲ仲間から紹介されたのが発端だったが(ロンドン・スターは彼のハンドルネームなのだ)

だが今彼らの間で行われているゲーム(駆け引き)は決して楽しい物ではない。

どちらかと言えば陰惨とすら表現出来るものだった。

「僕の立場がどんな物か知った上で君は要求しているのか? だとしたら君は絶対に正気じゃないね」

電話の相手、すなわち基点観測員3401号モロボシ・ダンからの要求とは自らが行っているオルタ世界への支援に関して連合上層部へのある不正工作を依頼する物であった。

『私が正気かどうかなんてこの際問題じゃあないだろう? 問題は君がこの話に応じてくれるか否かの方だよ』

「…僕がそんなふざけた要求に応じなくてはならない理由がどこにある? それ以上うわごとを喋りたければカウンセラーの前で言いたまえ!」

自分の立場を利用して不正を行えと要求する相手に向かってそう言い放つ青年に対し、相手側から思いもよらない話が切り出される。
 
 
『…今から10年以上前になるかな、わが国のとある地方都市で原因不明の大災害が起きた』

「…!」

『当時あの冬木市で起こった異常事態に対応するため出撃した航空人民防衛隊の戦闘機2機が謎の墜落事故を起こし、さらにその後発生した原因が全く分からない大火災によって多くの市民がその命を奪われた』

「……」

『そしてその大事件の陰に隠れて殆んどの人間は忘れてしまっているが、実はあの火災の直前にも様々な異常事態があそこでは発生いていたよねえ?』

そしてモロボシはその当時起きた未解決事件を次々と並べていく…

『謎の器物破損や盗難事件、子供を狙った連続猟奇殺人事件、冬木ハイアットの爆破テロ事件……さて、君はどこまで関わっていたんだったかな『ウェイバー君』?』

「あれは…あの『実験』は連合や君の国の上層部も黙認の上で行われたんだ! それなのに何故僕にそんな話を持って来る!?」

『確かに政府や連合の黙認の上ではあっただろう、だがしかし世界征服を公言する男や殺人鬼を現界させた挙げ句に巨大怪獣を出現させたり一般市民を巻き込んだりする事まで誰が一体黙認したのかね?
それに君は当時正式な参加者から重要な遺物を盗んでアレに参加したのだろう? …それでまさか自分に責任はないとか言ったりはしないよね?』

「う……だが、だからと言って君の要求を呑むのは不可能だ…たとえその件で連合上層部をゆすったとしても結局僕が処分されるだけで終りだからね」

冬木市における実験、通称『冬木エクスペリメント』(もしくは『聖杯戦争』とも呼ばれる)は過去二百年以上に渡って定期的に行われてきた『ある理論に基づく奇跡の実証』を目的とした物であった。

それは彼らの世界が抱える『ある不安要因』に対処するための物であり、連合上層部の監視と一部民間の専門家の協力(?)によって約60年の周期で過去5回行われてきた。

ただし11年程前に行われた4回目の実験では実験の担当者たちが暴走した結果、多数の民間人の死傷者が発生した挙げ句実験地が大火災に見舞われるという悲惨な結果に終わり、その際に発生したイレギュラーが原因でそれから僅か10年で5回目の実験が『発生』するという事態になった……
当時一時帰省中のモロボシはこの件に関わった事が発端で裏の事情を知ったのである。
 
 
 
『もちろん私だってあのスキャンダルが我が国と連合の合意に基づいて隠蔽工作がされている以上、事を公にしても君がトカゲの尻尾にされるだけだという事くらい承知している……がしかし、もう一つ君や彼らを脅すネタを持っているのだよ私は』

「…なに?」

『ウェイバー君、君は『海鳴事件』と呼ばれる一件を知っているかね?』

「…! アンタは!?」

『知っているなら話が早い、今から数年前に我が国の都築区・海鳴市において起きた原因不明の怪事件…表向きは未解決となっているが君たち連合上層部は秘かにこの事件を『監視』していただろう? それも我が国の政府には黙って…』

「ぐ…」

『もっとも君たちはただ『見ていた』だけで実際にあの事件を解決したのは当時まだ9歳だった小学生の女の子たちだったがね』

「そんな…そんな事を誰が信じると…」

『信じない…いや、信じたくはないだろうねえ…連合上層部が仮想敵として最も警戒している相手との不用意な接触を恐れるあまり最悪の場合我が国が『消滅』する可能性すらある異常事態を政府にすら知らせず、幼い少女たちが命の危険にさらされ続けるのをただ黙って監視をするだけでしかもそれが結果的に二つの文明世界の接点であると同時に最大の頭痛の種…正義の味方あるいは人型魔砲兵器『タカマチ・ナノハ』を生み出す事に…』
 
 
「やめろ!!!」
 
 
堪りかねて絶叫するウェイバーだが、モロボシは一切容赦しなかった。

『この歴史的犯罪…我が国に対する背信行為とまだ幼い少女たちを自分たちの都合でモルモット…いや、魚を釣る餌に利用した事実を関係者の証言や物的証拠と共に世間に公表した場合君たち連合の現理事職たちの立場はどうなるだろうねえ?』

「この…悪魔め…」

『悪魔でけっこう、さてそれではお返事を聞こうかなロンドン・スター君?』

自分の吐く呪いの言葉を冷然と受け流してそう聞いて来るモロボシに本能的な恐怖すら感じるウェイバーだったがそれでもまだ抵抗を試みる。

「仮に…仮に私が君の要求通りの工作をしたとして、その手段としてこの件をチラつかせれば君もタダでは済まないんだぞ!? 自分の命を狙われる覚悟はあるのかね?」

『心配しなくても私が暗殺とかされた場合は自動的にこの件が公表されるようになってるから問題はないよ…ああそれともちろんこの保険は君にも適用されるから安心してくれたまえ』

「…それはどうもご丁寧に」(この糞野郎が!)

心の中でモロボシを罵りながらウェイバー・ベルベットは敗北を自覚する。

この男は自らが破滅する事すら覚悟の上で自分と連合上層部を恐喝している…相手がとてつもない狂気の確信犯だと理解したのである。

ならば自分はこの男の要求に従いながら安全な逃げ道を探すだけだ…こいつの自爆に付き合うのだけは真っ平御免だとウェイバーは考えていた。
 
 
 
「分かった…アンタの依頼通りにやってみよう…だが一つだけ言っていいか?」

『おや、何かね?』

「…地獄に堕ちろこの糞野郎」

精一杯の捨て台詞だったが電話の相手は楽しそうに笑いながらこう答えた。

『やれやれ、君は分かってないねえウェイバー君……こ こ が 地獄なんだよ』

その言葉と共に通信が切れた。
 
 
 
 
相手を映さなくなった画面を睨みながらウェイバー・ベルベットは呟いた。

「だったらその地獄から戻って来るな、この疫病神が…!」














【土管帝国・内部】

通話が終了した直後、私は崩れるようにして椅子に沈み込んでいた。

「…さすがにちと疲れたな…精神的に」

「これで本当に良かったのかね、諸星君?」

…おや、先生いつの間に?

「君が…もしも君が3年前の事で責任を感じてこんな事をしているのならそれは間違いだ、あれは決して君が背負うべき事柄ではないのだよ?」

「先生それでは…それだけではもう済みません、私がこれまで行って来たこの世界への援助が諸刃の剣となって人類に災いを及ぼしかねない事態なのです。
だからこれをどうにかするのは紛れもなく私自身の責任なのだと思います」

その言葉を聞いた先生は呻くような声で私に向かって頭を下げる。

「諸星君…済まない」
 
 
まったく…御自分の方こそ何もかも自分のせいだなどと考えるのを止めればいいのに…

だがこれは私が何か言っても無駄だろうし…いずれどこぞの御隠居様にでもお願いしますかね。

さて、それでは一応準備は出来た…後は事を起こすタイミングを計るだけだろう。

…もう後戻りはきかないな。
 
 
 
 
 
閑話18終り
 
 
 
 
 
【おまけ】

《ね~ね~モロボシさ~ん、以前言ってた霞ちゃんたちにやってもらうアレなんだけど~~》

「アレ? もしかして『V計画』のことかね?」

《はい~~実はこっそりと準備してまして~~》

「おいおい…こっちが苦労してる間に何を楽しい事してるんだよ君たちは…」

《えへへ~~、もう準備出来ちゃいました~~霞ちゃんの分だけですけど~~》

「まったく…いや待てよ、これは上手くすれば大金が手に入るかも…」

《え~~モロボシさんもしかして霞ちゃんまでお金儲けの種にする気ですか~~?》

《アンタ、さすがにそれはスミヨシはんたちに殺されるで?》

≪クズだとは思っていましたがここまでとは思いませんでしたね…≫

「はいはいどうせ人間の屑ですよ私は…しかしこれを実行すると香月博士がなんと言うかな…」

《上手く夕呼先生を説得してくださいね~~モロボシさん~~》

…はいはい、どうせそれは私の仕事ですからね。
 
 
 
 
 
 
 



[21206] 第1部 土管帝国の野望 第57話「ボーカロイド0指令」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:54946937
Date: 2012/09/04 21:29

第57話 「ボーカロイド0指令」

【2001年5月29日 AM8:00国連軍横浜基地・B19F シリンダールーム】

「…あ~あ~あ~あ~あ~~~~♪」

《うんうん、その調子だよ霞ちゃん》

「…本当に私の“歌声”が役に立つんでしょうか?」

《もちろんだよ~~、世界が霞ちゃんの歌を待ってるんだから~~》
 
 
「…へえ~そうなの~~?」

「…あ」

《ひええっ…ゆ、夕呼せんせい~~~!》

「一体何をやってるのかしらねえアンタたちは…鑑の治療じゃないのは確かみたいだけど~?」

何時にもまして意味不明な行動を取っていた霞と駒之介の会話だが、今日は特に聞き捨てならない部分があるのに気付いた夕呼が怖い顔で二人(?)を問い詰める。

「…あの…私の歌手デビューだそうです」

「………はい?」

「…駒之介さんと諸星さんが手配してくれているそうです」

《曲のヒットは間違いなし! 霞ちゃんマジ天使~~~♪》

「………」
 
 
…頭痛を堪えながら自分の執務室に戻った夕呼は机の引き出しから9mmオートマチックを取り出して装弾を確認する。

「…今日こそはコレを使うことになりそうねえ~~」(怒)
 
 
 
 
 
 
 
 
【AM10:00帝都城 本丸】

「…以上が米国との交渉において提示する予定のカードです」

「むう…だが諸星大尉、これでは些か彼の国に対して気前が良過ぎるのではないのか?」

「貴様は何を考えておる? 彼の国の国力を今以上に巨大化させる必要がどこにあるのだ!?」

「ほとんどは帝国と権利を分かち合う形になりますし、下手に帝国のみがこれらを保有した場合のデメリットを考慮すればこの方が賢明だと考えます…まあ、おそらくは内務次官殿か外務省のどなたかがいずれ同じことを仰るでしょうけどね」
 
 
どうも皆さん、モロボシでございます。

本日は近日中に行われる予定の合衆国大統領とこの私との交渉に関しての報告と打ち合わせのために帝都城に来ております。

大統領との話合いで向こうを説得するのにどんなサービスをするか、あるいは向こうに何をしてもらうかについて我々土管帝国の基本方針を殿下と側近の皆さんに知っておいてもらう必要があったからです。

まあ我々土管帝国の方針とか偉そうに言ってるけどつまりは私の方針なのは分かっているからここの皆さん(特に月詠大尉)の突っ込みも厳しい訳でして…

「お主の言わんとする事も理解出来んではないが、しかし彼の国にそこまでの力を与えて本当に大丈夫なのか?」(斑鳩少佐)

「彼の国が一体過去に何を仕出かしたかそなたとて知らぬ訳ではありますまい! もしもまたこの帝国を武力を持って従わせんと考えでもしたらどうするつもりですか!?」(侍従長)
 
 
 
…とまあこんな具合でして。

まあ確かにここにいる皆さんの仰る事も決して単なる疑心暗鬼とは言えないだろう。

BETA大戦によってユーラシアの先進各国が国土を失い衰退する一方で相対的に軍事力と世界に対する影響力を拡大させて行く合衆国…あの国の視線はすでに大戦終了後の世界統治に向かっているいうのが各国指導者たちの認識であり同時にある程度は事実でもあった。

そして近年の米国の行いに最も大きな不信感を募らせていたのが他でもないこの帝国だ。

本土防衛戦における戦略的な見解の相違に基づく意見の対立に始まり帝都陥落直後の安保破棄と本土からの撤退、そして明星作戦におけるほとんど不意打ちに近いくらいに強引なG弾の投入…

確かにこれで怨むなとか根に持つなと言う方が無理だろう。

特にこのお城の中にいる殿下の側近の皆さんはその米国に対する不信感も人一倍強いらしく、私が大統領に持って行く予定の『お土産』の中身が豪華過ぎるしそれを米国が手に入れることで更に大きな力を手にした彼の国が帝国や悠陽殿下にどんな災いを及ぼすかと心配せずにはいられないのだろう…理屈よりも感情的な面で。

それでなくとも世界各国に対して巨大な債権を保有している米国はその鼻息一つで小国ならば本当に吹き飛ばすくらいの力があるし、あの巨大国家はもしそれが必要と判断すれば迷わずそうするだろう。
 
 
…まあ尤も実際は米国だってそれほど浮かれた事を言っていられる状況ではないと思うがね。

いくら世界中の国に対して債権を持っているとしてもその『国々』が破産したり債権を放棄したり、あるいはそれら全てをチャラにすべく軍事的行動に出るとしたら…?

もし本当にそうなったら、それはそれで御目出度いじゃないかザマアミロアメ公……などと言ってはいられないだろう。

あの国が経済危機に見舞われたりあるいはテロや軍事的な脅威に直面して国家の機能が停滞でもしたら迷惑を被るのは前線国家の方だからだ。

好き嫌いは別にして米国からの軍事的、経済的支援なしでは前線国家は戦い続ける事が出来ないのが現実だ。

もちろん米国側も自分たちの本土にBETAの群れが襲いかかって来るような事態にさせないために支援している訳だからある意味お互い様ではあるのだが…

だからこそその繋がりをもう少し有効に活用し、同時にお互いの反目を減らす方向に持っていくための布石としての貢物でもあるのだからその辺を分かって欲しいと思うんだが、この人たちも理屈では分かっていてもやはり感情的に納得しがたい物があるのだろう…などと考えていたらまたぞろ月詠大尉がこわ~い顔でお口をくわっと開いて私に対する罵詈雑言を…
 
 
「真耶さん、もうお止めなさい」
 
 
…殿下の鶴の一声で月詠大尉は口を閉ざして押し黙った(いや~助かったなあ)

「諸星の言う通りこれらのものを我が帝国のみで保有することは決して益にはなりますまい、それどころかこれらを奪い取らんとする勢力が結束してこの国に牙を剥く可能性もあるでしょう」

「…確かに、その懸念は大いにありましょうな」

殿下の指摘に斑鳩少佐が顔を顰めてうなずいた。

「それにこの諸星の務めは本来この世の全ての民の安寧を確保することにあるのを忘れてはなりません、今までわが帝国にのみ支援をくれていたのもそのための足場を築くため…それを忘れて自国の利益ばかりを求める訳にはまいりません」

「…はっ」「承知致しました」「…はい」

やれやれ、殿下のおかげで不承不承ながらも納得してもらえたか…

「はっはっは、冷や汗をかいたようですな諸星大尉?」

…とかお気楽なことをほざいてるのは完全に観客モードで蚊帳の外から観戦していたどこぞのタヌキ課長さんだ。

事情がわかってるんだから少しは手伝ってくれてもいいじゃないかこのオッサンは!

「鎧衣課長~~、桟敷席に逃げるとは卑怯じゃないですか~~」

「いやいや、若い内はこういった苦労を重ねておくものだよ諸星大尉」

良く言うよこのオッサンは…内務次官殿もここの皆さんの説得も上手い事私にやらせるように誘導しておいて自分はちゃっかり漁夫の利を得られるポジションを確保しているんだから。

まあこのオッサンに駆け引きで勝てるなんて妄想は初めから抱いてはいないけどね。
 
 
 
「それで諸星、そなたは何時頃米国に発つつもりなのですか?」

「そうですな、ケイシーの教導も今日明日あたりで終るので3日後くらいにはワシントンに向かう予定でいます」

「…ほう、休む間もなくか」

「…どうやらワシントンよりむしろニューヨークにいるお金持ちの皆さんが色々と怪しい動きをしているようですからね、大統領とお話をする事でそっちの方も牽制したいと思いまして」

「確かに彼の国の経済界の一部はいささか不穏過ぎる動向を見せておるようですな、おそらくは『シリンダー』の幾つかを自分たちだけの所有物にでもしようかなどと…」

「…下衆共が!」

鎧衣課長の言葉に月詠大尉が青筋を立ててそう言うが…

「私も彼らの行いを容認するつもりはありません、そのためにも大統領と一定の共通基盤を築くつもりでおります」

その言葉でようやくその場の全員が頷いてくれた(バランス調整って…本当に大変なんだよね)
 
 
 
 
 
 
 
「…それで、貴様の世界のアカ共は上手く黙らせる事が出来るのか?」

松の廊下に向かう途中、誰もいない事を確認してから月詠大尉がそう聞いて来た…どこで聞いたんだろうねこの人は?(どうせお喋りな駒太郎が口を滑らせたんだろうけど)

「アカですか(笑)…連中をアカ呼ばわりなんかしたらそれこそ真面目なコミュニストの皆さんが激怒すると思いますがね……まあそっちの方はなんとでもなりますから御心配なく」

そう言って月詠大尉の方を見ると、珍しく(?)彼女は冷静な表情でこう言った。

「勘違いするな、貴様の首尾を云々しているのではない…殿下が貴様の行く末を案じておられるのだ」

…はい?

目を丸くする私の顔に月詠大尉はクスリと笑う。

「…何を驚くのだ? 仮そめとはいえ貴様はまぎれもない殿下の臣であろうが、その貴様が『向こう側』の主に捨てられるかあるいは咎を受けるかも知れんとなればその身を案じて当然であろう」

…なるほど。

「一応自分の身の振り方はそれなりに考えておりますから御心配は無用に願いますとお伝えください」

殿下の事だから私がずっとこちら側で暮らそうが一向に構わないと茶坊主の席一つ分くらいは用意してくださるつもりだろうが、さすがにその好意に甘えるのもなあ…まあもし本当にこの世界にとどまるしかなくなった場合はお願いするかもしれないが…

「…どうやら殿下は貴様がこちら側に永住しても一向に構わぬどころか行く行くは国家の重臣の一人として取立てたいとさえお考えのようだ」

困ったものだと言いたげな顔で月詠大尉はそうぼやくが、続いて彼女が言った言葉に私は思わず吹き出しそうになった。

「だからもしそうなっても殿下に恥をかかせぬよう今のうちから作法を覚えておくことだ」
 
 
今、何を聞いたのだろう? 気のせいかも知れんが真耶さんが私を殿下の家臣と認めているかのような発言を……雨でも降るかな?いや雪か?

「…今、何を考えた諸星?」

…我に返ればいつも通りに怖~いお顔の月詠大尉殿がこちらを睨んでいる…気のせいだなやっぱり。

「ははは…いえ何でもありません、それでは私はこれから横浜へご機嫌伺いに行ってまいります」

「女狐か…何やら駒太郎が怒っているだの怖いだの言っておったがその件か?」

「ええ、それとそろそろ少しだけこちらの手札を晒す時が来たと思いまして…」

その台詞を聞いた月詠大尉の目に殺気が宿る(こわいこわい…)

「…どの札を晒すのだ諸星?」

話によっては只では置かないと言葉にするまでもない圧力が彼女から放たれている…だからそんなに怖い顔で睨まないでくださいよ。

「まだ『おとぎばなし』について話すのは早過ぎるでしょう…しかし土壇場まで何も言わなければ横浜との信頼関係も築けませんし、ここはそろそろ利府陣君の正体でも晒しておこうかと…」

「あの男か…しかしそれでは女狐の下にに連れ戻されるのではないか?」

「ええ…しかしいずれはそうしなければならないし、それに彼が香月博士のモルモットにならなくても済むよう交渉するつもりですので」

その言葉に月詠大尉はただ無言で頷いた。

…さて、それではいよいよ渡米前の最後の大仕事と行きますか。

(ある意味これが一番大変かもね…)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【PM4:00 国連軍 横浜基地・B19F】


彼女の執務室に入った途端に私は銃口を向けられ、続いて罵られた。

「よくも恥ずかしげもなくのこのこと現れたわねえこの変質者が! 今すぐ死体にして上げるからそこに直んなさい!!」

「…香月博士、何をそんなに怒っておられるのか知りませんがまずその危険な物を下ろして深呼吸から始めてはどうでしょう?」

「そうね…アンタを殺した後でゆっくりとそうさせて貰うわ」

そう言って一向に拳銃を引っ込める様子のない夕呼先生の様子に私は内心ではビビリながらも表面上はあくまでもにこやかに応対する。

「博士、せめて何をそんなに怒っておられるのかだけでも説明して頂けないでしょうか? でなければいかに美しいあなたによって殺されるとしても成仏のしようがないのですが?」

私のまくし立てる歯の浮くような台詞に呆れてしまったのかようやく彼女は銃口を下げた。

「よくもまあ心にもないおべんちゃらを平気な顔で言えるもんだわ、どっかのタヌキに似てきたわよアンタ」

…ひどい暴言だ(泣) 一体私のどこがあの鎧衣課長に似ているというのだ!?

「博士…いくら何でもアノ課長殿と同じに見られるのは耐え難い苦痛なのですが?」

「あらそう? でもいたいけな少女を芸能界へ売り飛ばして金儲けのダシにしようなんて考えてる奴に同情とか必要ないわよねえ~~~?」
 
 
…やっと本題に入れたか、さてそれでは交渉開始といきますか♪

「芸能界に売り飛ばす…はて、何の事でしょうなあ~?」

故意に空とぼけた口調でそう言ってのけた私に向かって女狐様の罵声が飛んで来る。

「すっトボケるんじゃないわよこのロ〇コンが! 社を歌手として売り出そうだなんて準備しておいて言い訳とか通じると思ってるの!?」

ついにロリ○ン呼ばわりかよオイ! 

…いやくじけるなオレ、この程度でめげてたらこの先この女狐様と付き合っていくことは出来ないのだから。

「ああ、その件でしたか…それで一体何が問題なのでしょう?」

「はあ? アンタ頭がおかしいんじゃないの? アンタだって社の事情くらい知ってるだろうし第一あの子に仕事放り出して歌を歌わせるなんて冗談にもならないわよ!」

ええそうでしょうとも…普通ならね。

「ご心配は無用です博士、別に社少尉自身が芸能界に入ったりする訳ではありませんので」

「…どういうことかしら?」

「歌手としてデビューするのは社少尉自身ではなく彼女の『歌声』なのですから」

「はあ?」

思わず間抜けな声を出した香月博士に向かって私は説明を始めた。

「我々の開発した最新システム(笑)によって社少尉の声と姿をデータ化し、それを基に架空のアイドルを作り出して売り出すのですよ…我々はこういった形式でのアイドルを『R型ボーカロイド』と呼んでいますがね」

ちなみに『R型』というのはReal つまり現実に存在する人間をモデルにしたバーチャルアイドルの事である…まあどうでもいい話ではあるが。

そもそもこの話は私の世界における支援者グループから提案されていた『V計画』(Vはボーカロイドの略)に基づく物だが、多忙の私にこんなアイドルのジャーマネの真似事など不可能という理由からお蔵入りしていた物だった(支援者からはブーイングの嵐だったが…)

だがそれを私に黙って駒之介駒太郎が準備を進めていたらしい。

社少尉と悠陽殿下に計画を打ち明け秘かに身体データと声のサンプリングを行ってボーカロイドモデルの試作を進めていたのだそうだ。
(もっとも殿下の方は真耶さんに見つかったせいで実現は断念したらしく、モデルが完成したのは社少尉だけだった)
 
 
「ふ~ん、それじゃなに? 社にそっくりな仮想モデルがTVの中で歌ったり踊ったりするって訳? また面白い事考えるわねえ~」

「はい、それによって多くの人々の心を潤し、ついでに私や博士の懐も…という訳でして」

…その言葉を聞いた途端、香月博士の瞳は異様な輝きを帯びた。

「…そう、それじゃあ私はあの子の『保護者』として正当なモデル料を請求出来る訳よねえ~~?」

「それは勿論ですとも…それでお互いの取り分の方ですがこんな所では…?」

「あ~? アンタなに都合のいい数字並べてるのよ、いたいけな幼女からどれだけ絞り取るつもりなの!? ここはこういう歩合でしょ~?」

「…博士、いくらなんでもボリ過ぎって言葉があるでしょう? それじゃ私の取り分が出ないどころか赤字になっちゃうじゃないですか!? …これではどうでしょう?」

「幼女をダシに金儲けしようって奴がなに人がましい台詞を口にしてるのよ! あたしはあの子の保護者として当然の分け前を要求してるのよ!」

「いやそれにしても限度と言う物がですな…」
 
 
 
 
(醜い金銭トラブルが続くためしばらく音声を中断します)
 
 
 
 
 
 
 
「…いい?これが最終的な妥協点よ、これ以上はビタ一文たりとまけないからそう思いなさい!」

「…止むをえませんな、ではこの歩合で契約書を交わしましょう」
 
 
香月博士との醜くも壮絶な値切り交渉を何とか妥結させた私はようやく一息つくことが出来た。

ちなみに扉の隙間から社少尉が醜い大人の駆け引きについて色々と言いたげな視線を送って来るのだが……お願いだから汚れた大人の事情を分かって欲しい、お金がいるんだよお仕事には(涙)
 
 
 
 
「…で、社の件は取りあえずこれでいいとして…アンタにはもう一つ用があったのよねえ~」

…やっぱりね、そろそろ気付く頃だと思ってたよ。

「はて? 何でしょうか博士?」
 
 
「鳴海孝之を私に返しなさい」
 
 
冷え切った声で彼女はそう言った。

「ほほう鳴海孝之ですか…さて、そんな人物にはとんと心当たりがありませんなあ」

「ふ~ん…それじゃあ相馬原基地にいる仮面の男は誰だっていうのかしら?」

「仮面衛士1号・利府陣徹…それ以上でもそれ以下でもありませんよ」

しれっとした顔でそうシラを切る私の顔を無表情で眺めながら香月博士は追及を続ける。

「仮面衛士1号ねえ…なんのためにそんなふざけた呼び名がついてるのかしら?」

さて何と言おうか? まさか我々の世界の支援者たちが自分たちの趣味とヘタレでリア充な男へのやっかみからあんな姿にしたとは言えんよなあ…

「過去のない男にはふさわしい姿だと思うのですがね?」

「へえ~過去のない男ねえ~~?」

「そう、彼には『過去』がありません…何故なら彼は明星作戦で我々が拾い上げた死体を基に作り上げられた存在なのですから」

「あら素敵なお話ねえフランケンシュタイン博士? ぜひ詳しい経緯をお聞きしたいわ」

フランケンシュタインって…あなたが言いますか博士?

「G弾投下直後の横浜に米軍より先に入った我々のスタッフが死体を一つ回収しましてね、まだ脳が『使えた』のでそれをベースにボディを製作して出来上がったのが彼です」

「ふ~ん…それで『生前』の彼は一体『誰』だったのかしら~?」

「さて? たとえそれが『誰』であれ今の『彼』には全く関係がないことですし、仮に彼の素体となった死体があなたの部下のものであったとしても今の彼は私のスタッフであり同時に我々の『備品』である以上、それをあなたの自由にさせる理由はどこにもありませんな」

「……」
 
 
 
今初めて、私はこの女性と正面から睨み合ったような気がする…

いや、気がするのではなくて彼女と本気で対決するのはおそらくこれが最初なのだろう…これまではお互いに相手の手の内と出方を探っていたのだし、鳴海君のように生きた人間を取引のテーブルに載せたりはしなかったのだから。
 
 
 
「…それで、結局アンタは何が望みなの? 返すつもりのない男をわざわざ私たちの前で見せつけるような真似して何のつもりなのよ」

イラついた顔と口調でそう言ってくる香月博士に嫌味なまでのにこやかな営業スマイルで私は応える。

「いえいえ博士、別に返さないとか言ってる訳ではなくてですな…返した途端に彼を手術台に拘束して解体して調べようなどという真似をされては困ると言っているだけでして」

「ちょっとアンタ一体アタシを何だと思ってるのよ!?」

「おや、何もしないおつもりで?」

「……さあね~」
 
 
やっぱりヤル気でいたんだよこの人は…鳴海君も可哀想に。
 
 
「まあもっとも彼の身体を不当な方法で調べようとすれば当然の如く『機密保持のための安全装置』が作動する訳ですが」

「…あら、どんな素敵な装置なのかしら?」

「もちろん彼の脳は瞬時に焼き切られ、同時に彼と彼の周辺にある物は人であれ何であれ無事ではすまないでしょうなあ~~」

「…あっそ」(チッ!)

…舌打ちかよ!? 本当に残念そうな顔してるよこの人!

「まあ解剖するよりもっと有効な利用方法が彼にはあると思うのですがね?」

私がそう言うと香月博士は胡散臭そうな目つきで聞いて来た。

「ふ~ん、それは一体何かしらねえ~?」

はいはい(笑)それでは御説明を…
 
 
 
 
《中略》
 
 
 
 
「…本気なの?」

一通りの説明を終えた私に向かって彼女が言った台詞がこれだった。

「本気でなければこんな提案はしませんし、先日そちらにお渡しした資料の中にもそれに関連した物が含まれていたハズですが?」

「ああそう言えばそんなのも含まれてたわね、あの馬鹿げた核融合炉計画とやらのお陰でそっちは一通りしか目を通してないけど」

惚けた口調で彼女は言うが、あんな重要物件をこの人が見逃すハズなどないだろうに…わざと気のない振りをしてこっちの紐を緩めるつもりでしょうが生憎と私はタケルちゃんほどお人よしではありませんよ博士?

「その核融合炉の件も含めて近日中にコルトレーン大統領と話し合う予定になっております、具体的な方針はその後で決めるとして取りあえず大まかなプランの概要をつかんでおいて頂きたいと思いまして…」

「…それで、アンタは大統領にどんな貢物を用意したの?」

…さて、ここでカードを晒しますかね。

「色々とありますが…あなたに最も関係しているのは『AL計画の統合』に関してでしょうかね?」

「…フン、やっぱりそれがアンタの本音って訳ね」

口元を歪めて香月博士はせせら笑う…まあこの人は予想してはいたのだろう。

現在動いている2つのAL計画…実質的には3つであり、あえてアラスカのアレを含めれば4つだが、それらがバラバラに動いているのは人類の対BETA戦略の上ではあまりよろしくない…というかハッキリ言って不味い。

香月博士が推進する対BETA諜報技術確立を目的とした第4計画、米国の宇宙軍や科学者によって提案され採用された第5計画(宇宙移民計画) そして米国国防省や財界が推奨する第5計画(バビロン戦略)…この三つの計画に加えアラスカでサンダーク中尉らが行っている第3計画の焼き直しであるП3計画を含めた四つの計画は互いの存在を賭けた争いを繰り返し、その結果余計な犠牲や損失を生み出しているのが現状だ。

そのせいでAL計画は人類の救済どころか(結果的に)人類共食いの見本となってしまっているように私には思えるのだ。

…これはイカんでしょ香月博士?

いや別にそれが全てあなたの(性格の)せいだとは言いませんが、せめてもうちょっとだけでもお互いに譲歩する余地はなかったんでしょうかねえ…?

まあこの人の性格以前にニューヨークにいるあの金と権力に取り憑かれた連中が他者との対等な対話などというまともな行いを心得ているとは思えないけどね。

だけどせめて話が通じる人とだけでも上手く連携出来なかったのだろうか…?

もっとも『おとぎばなし』の中味をよく見れば確かにこの人もある程度は信用のおける相手や利害の一致する相手と提携していた節はあるが、結局それはAL計画全体からみればごく一部の物でしかなかったのだろうしそれ以上の協力関係の拡大は逆に危険要因が増大すると判断したのだろう…
 
 
…だがそれでは結局、多くの犠牲を(本来なら回避出来たかもしれない犠牲を)生む結果が待っている。

私がAL計画の統合を推奨するのは何も自分の計画上の都合だけではない。

様々な意味でAL計画こそがこの世界の人類の将来を決定づける要因を含んでいる以上、それらが互いに対立し潰し合いなど演じていたのでは人類の未来などあり得ないからだ。

この世界の人と文明が存続し続けるためにもAL計画の統合と戦略方針の統一は必要事項なのだ。
 
 
だからこそ、ここで彼女を上手く言い包めておかないとね。

「香月博士、帝国は今年中に佐渡島奪還作戦を遂行します。 そしてそれが成功してもそこであなたの研究が勝利に貢献しなかった場合、あなたと第4計画の立場はかなりマズイ物になると思いますが?」

「ふ~ん、だからアンタの広げた風呂敷にアタシも乗っかれって言う訳かしら~?」

「悪い話ではないと思いますが…あなたにとっても」

その言葉に彼女は不機嫌そうな顔で沈思する…おそらくは頭の中でこの話が自分にとって有益と有害のどちらの割合が大きいかを計算しているのだろう。
 
 
「…今の時点ではまだアンタの話に乗る気はないわね、少なくとも北米の東海岸にいる馬鹿共をアンタが抑えつける事が出来なきゃねえ?」

やっぱりそう来たか…まあ当然と言えば当然の判断だろう、第5計画派と彼女との間の溝は修復する余地などないくらいの規模になっているし、彼女はもちろん私だってあのバビロンの亡者たちと仲良くやっていけるなどという幻想は一片たりとも抱いてはいない。

従って自分をAL計画の統合に付き合わせたいのならまずアノ連中をどうにかしろとそう言いたいのだろう香月博士は。

…ある意味当然の意見ではあるわな(無茶苦茶な要求でもあるけどね)

「確かに仰る通りかもしれませんな…まあ別に結論を急ぐ必要もない事ですしお互いゆっくりと検討してからにしませんか? ああそれと…利府陣君は当分相馬原基地で任務に従事させておくつもりですので」

「あっそ…まあいいわ、それじゃしばらくの間は速瀬たちとアイツをいちゃつかせておこうかしらね~?」

「ええ…我々の間の話がまとまって彼がしかるべき役割を演じるその時までは…ね」

「そうね、それじゃあさっさとニューヨークでもワシントンでも行ってあの国のバカ共を手懐けてらっしゃい、それから改めて話を聞いてあげるから」

「承知しました、それでは本日のところはこの辺で…」
 
 
 
 
 
 
「…聞いていたかね、鳴海君?」

《…全部聞いてましたよ、オレの人権を完全に無視しまくったあなた方の話をね》

博士の執務室を出た直後、電脳通信で呼び出した鳴海君の言った台詞がコレでした……人権?

「…別に君だから言う訳じゃないけど今のこのご時世で人権なんて美味しそうな代物は何処にもころがってないよ思うよ?」

《そりゃあそうでしょうけど物には限度ってのがあると思いませんか? 話を聞いてたらなんだか本当に自分が人間じゃないような気になっちゃいましたよ》

「君が本当に人間じゃなかったら博士との取引にここまで神経を使う事もなかったんだけどね…まあ取りあえず君はまだしばらくはそこで彼女たちと楽しい日々を送りたまえ、横浜に戻る条件はまだ煮詰まっていないんだからね」

《楽しい日々って……分かりました、そうさせてもらいます》

何やらリア充なヘタレの溜息が聞こえたような気がするが…まあいいか、それじゃあケイシーたちの様子でも見に行きますかね。
 
 
 
 
 
 
 
 
【PM5:00 国連軍 横浜基地・訓練用グラウンド】

「ケイシー、元気でやってるかい?」

訓練兵たちが懸命に励んでいる様子は見ながらまりもちゃんと共に彼らを監督しているケイシーに声をかけると、彼もこちらを振り向いて言った。

「ダン、もう副司令との話は終わったのか?」

「うん、とりあえず大統領と話をする前にしておくべき事は全部終わったよ」

「…そうか、それじゃあいよいよか?」

「ああ、出来れば君には総技演習までここで彼女たちの面倒を見てもらいたかったんだが…どうやらこれ以上『彼』を待たせておく訳にはいかなくなったようでね」

「ふ~ん…? 何処かで誰かが馬鹿な真似でも仕出かしたのか?」

「まあね、それより彼女たちに説明した方がいいんじゃないか?」

そう言って神宮寺軍曹の方を見ると207訓練小隊の全員が整列してこちらを見ていた。

「諸星大尉に敬礼!!」

神宮司軍曹のかけ声と共に彼女たちが一斉に私に向かって敬礼して来た……慌ててこちらも敬礼で返した(慣れないんだよなこういうのは…)

「全員聞け、今日まで貴様たちの訓練を指導して下さっていたライバック教官だがこの度本来の任務に戻る事になったため本日で貴様たちの教導を終える事となった。 最後にライバック教官からのお言葉があるのでそれを聞くように」

「「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」」

まりもちゃんの言葉を受けてケイシーが彼女たちの前に立った。
 
 
「諸君、今日まで良くオレの教導に喰らいついて来た。
その根性をどうか総技演習で…そして任官後の任務で諸君らが生かす事を期待している。
諸君がこれから体験する総技演習は通常訓練等とは比べモノにならないくらい厳しく、そして任官後に待っている任務は勿論それを遥かに上回る過酷な物だ。
私は諸君らが協調性と忍耐心を強く持てるような訓練を心がけたつもりだ。
それらはきっと諸君らが総技演習や実戦で困難に直面した時に役立つと信じている。

そして最後に一つ諸君に贈る言葉がある。

それは『英雄になるべからず』という言葉だ。

戦争や軍隊においては危険な任務を引き受け、そして死んだ兵士を英雄として讃え、憧れる傾向がある。
だがしかし、私はこれから任官するであろう諸君にあえて言っておきたい…『英雄になるべからず』と。
軍人とはそれぞれに役割は違っても戦争という『状況』を動かすための戦闘単位である事に変わりはない。
そしてその状況を正しく動かし味方を勝利へと導くのは個人の蛮勇ではなく司令部と部隊間での正確な命令と情報の伝達と部隊員同士での連携だ。
いわゆる英雄的な行動が必要とされるのはこれらが崩れた時であり、勝利得るためではなく敗北と殲滅を防ぐための必要悪だと言っていいだろう。
無論のこと実戦においてはそのような状況が当たり前のように諸君の前に現れるだろう。
だが、だからこそ諸君に必要なのは臆病と呼ばれるほどの慎重さと冷静な状況判断、そして部隊員同士の協調なのだ。
それらだけが諸君らを戦場という名の地獄から生還させ自分たちの軍を勝利へと導き後方にいる市民や諸君らの家族を守るのだという事を覚えておけ。

…諸君らがいつの日にか私が今告げた言葉を後輩たちに伝えられる日まで生き抜く事を祈っている。」
 
 
 
 
 
 
 
 
「…いい話だったじゃないか」

最後の挨拶を終えて解散した後、私とケイシーはPXで話していた。

「ダン、アンタは一体あの子たちの任官後にどんな…いや、それを課すのはアンタじゃなくて…」

そう言いかけたケイシーの言葉を手で遮ってから私は答える。

「…そう、それを彼女たちに課すのは現在の世界情勢そのものだよ。 だけどそれがどういう事なのかを説明するのは勘弁してくれ…今はまだ話せる段階じゃあないんだ」

「大統領や提督には…?」

「彼らには話すよ、彼らが『理解できる範囲』まではね」

「そうか…それでいつ出発するんだ?」

「準備が整い次第明日にでも日本を発とうと思ってるんだが…君は大丈夫かね?」

「ああ問題ない、今日中には引き継ぎしなきゃいけない事を済ませるよ」

「そうか、それじゃあ今夜の内にあの子たちに例の『宿題』を御馳走してくれないかな?」

「そうだな、いい餞別代わりになるだろう」
 
 
さて、これで当面日本国内でやるべき事は終わった。

次はいよいよ合衆国との直接交渉になるが、取りあえずこれが成功すればこの世界の未来は開けるだろう。

アラスカに帰るのはそれからか……南の島のバカンスには間に合わせたいけどな。
 
 
 
第58話に続く
 
 
 
 
【おまけその1・漢たちの自己責任】

「コスのデザインはこれでええやろな?」

「数の方もそれなりに揃いましたし、最初のバージョンとしてはこんな所でしょう」

「曲の方もこれなら文句は出ないでしょう」

「どれどれ…『鳥の〇』、『SN〇W』、『○ent away』、『未来この○で』、『蒼い○』に…『電○の妖精』からも持って来るんかいな」

「第1次のリリース曲としては申し分ありませんが、何故『秘密○察』が抜けているのでしょう?」

「あ~、アレはイーニァに歌わせる方がええていう意見が大勢を占めたそうやで」

「成程…では何としても彼女をゲットすべくモロボシ氏にムチを…いえ、支援を贈るべきでしょうな」

「まあ売れ行きの心配はせんでもええと思うとるけど……問題が一つあるで」

「それは…『絶対領域』に関する事ですか?」

「せや、一応ソフトの設定では一定角度より下からは覗けんようにしてあるけど後から解析されてMOD当てられたらどうしようもない…覗かれたり脱がされたりされるで」

「彼女に対してそんな行いをする事は断じて許せませんね、もしそれらの行為を行った場合は使用者の電脳を焼き切るための防壁ウィルスを仕込んでおくべきでしょう」

「もう出来てるけどな、それをパッケに明記した方がええかな?」

「彼女のスカートをめくった結果どうなってもそれは自己責任でしょう? 必要ありませんよ」

「せやな」
 
 

 
…いや、それは自己責任とかじゃねーだろ? 只の犯罪だってば!!(モロボシ・談)
 
 
 
 

 
【おまけその2・宇宙からの報告】

《モロボシさ~ん、L3に来てた国連の監察官さんが無事に地球に帰りました~》

「あっそ、何か色々とゴタゴタやってたみたいだけどあのフレミング中尉って人は無事なんだね?」

《はい~~でも第5計画派が…ってあの中尉さんもそうなのに何で彼女が狙われたんでしょ~?》

「彼女は移民計画派だし、そもそもそれに関する監査が目的だったからね」

《はい~~?》

「まああれだけの計画に関わる国や企業の裏側はそれなりに黒い部分があるってことさ」

《そうなんですか~? でもあの中尉さんを助けたウィリアムズって人は凄いですよ~》

「ほ~どれどれ……………って!? オイ!なんだよこれわ!?」

《凄いでしょ~~、全然銃弾が当たらないんですよ~~》

「…何であんな近距離の弾をかわす事が出来るんだよこの男は」

《それにホラ~~このお爺ちゃんも凄いですよ~~》

「参ったな…さすが米国だ、ケイシー以外にもこんなバケモノがいたとはね…出来れば遭いたくないよなあ~~」













[21206] 第1部 土管帝国の野望 第58話「L3から来た男」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:54946937
Date: 2012/10/01 17:35

第58話 「L3から来た男」
 
 
【2001年6月3日 アメリカ N.Y. JFK国際空港ロビー・喫茶室】

「ようやく帰ってこれたという気がするわ」

国連航空宇宙軍査察官レイナ・フレミング中尉はコーヒーを一口飲んでからそう感想を漏らした。

「確かにそう感じるだろうな、特に君には色々とあり過ぎただろうフレミング中尉?」

「…そうかしら、あなた程ではないような気がするわウィリアムズ中尉? それともあなたにとってはあの程度は日常茶飯事なのかしら?」

自分の呟きを少しだけからかうように言葉をかけた相手にフレミング中尉はそう切り返した。

そして返事を返された相手…レモ・ウィリアムズ中尉は穏やかに苦笑するだけであった。

そんな相手の反応に少しだけ口を尖らせるような様子でフレミング中尉は言葉を続けた。

「…結局、あなたが何処の『部署』から送られて来た人間なのかは話してくれないのね?」

「悪いな中尉…そういう事だよ」

さほど悪びれた風もなくそう言う男の顔を横目で睨みながらレイナ・フレミングはこの2週間ほどの間に自分がL3で経験した出来事を思い返していた…
 
 
 
 
 
20日程前、国連宇宙軍の査察官として彼女はL3へと赴いた。

表向きの名目は定期的に行われているオルタネイティヴ第5計画の進捗状況の確認だが、彼女の本当の目的は第5計画に参加しているある企業が行っていると思われる『不正』の調査であった。

グローブ・カンパニー…合衆国でも屈指の兵器製造メーカーであり第5計画のG弾計画と移民船建造の双方に関わってもいた。

そのグローブ社が建造している移民船の進捗がおかしい…あるいは手抜きや納入品の品質に問題があるのではないかとの報告が移民計画推進派の方から出され、彼女がその査察任務を任せられたのである。

だがその仕事は難航を極めた。

納入部品の品質に関する彼女の質問に対して現場の人間たちは知らぬ存ぜぬ本社に聞いてほしいの一点張りであり、作業の遅延に関してものらりくらりと中身のない返事ばかりだった。

業を煮やした彼女がグローブ社が担当している移民船を直接視察すると発言した直後その移民船で原因不明の事故が発生し、宇宙船本体が自爆するという騒ぎが起きた。

明らかな証拠隠滅工作ではあったが彼女にそれを立証する手段はなく、更に彼女の周辺で奇妙な『事故』が立て続けに起きた。

運搬用カーゴの暴走や突然フロアの換気機能が停止するなどの一つ間違えば命に関わるような事故が次々と起こるにつれて彼女は気付いた…『彼ら』が自分を殺そうとしているのだと。
 
 
本来オルタネイティヴ第5計画とは内容が全く異なる二つの計画から成り立っている。

一つはG弾の運用によってハイヴを攻略する事によって地球上のBETAを一掃しようという『バビロン戦略』計画。

そしてもう一つが人類の中から選抜された人々をアルファ・ケンタウリにある地球型惑星へと移住させる移民計画である。

この二つの計画は互いに牽制しあい、主催国である合衆国の予算を奪いう合う間柄でもあったため双方の人員の間で諍いが起きる事は珍しくはない。

だがさすがに監査任務の最中に証拠の宇宙船を破壊したり監査役の士官を事故に見せかけて殺そうとするような事までは起きなかった…少なくとも過去には。
 
 
(だけど状況が一変してしまったのよね…この2,3ヶ月で)
 
 
彼女が心の中で呟いた通りAL5を取り巻く情勢はここ数ヶ月の間に激変していた。

突然日本帝国や合衆国上層部の間に広まった『M-78ファイル』がG弾の運用に大きな疑問を投げかけ、さらにそのファイルを提供したと思われる『何者か』によってL3と太平洋上に人類には作り得ない巨大構造物が出現したのだ。

当然それらは世界各国へと知れ渡り外交官や諜報機関員たちの秘かな激闘を引き起こすことになったが、それ以上に激しい混乱が巻き起こったのが他でもない第5計画内部である。

M-78ファイルによってG弾の使用に警鐘を鳴らされたバビロン戦略派はその立場を悪化させ、逆に『タワー』と『シリンダー』の出現によって移民派は勇気付けられる事になった。

僅か十万人足らずの移民しか行えないと思っていた移民計画がいきなり億に上る人数まで跳ね上がる可能性が出て来たのだから無理もないだろう。

ファイルの存在自体を否定したいG弾推進派と『シリンダー』を調査して一刻も早く活用出来るように計画を変更したい移民派の間では深刻な亀裂が生まれ始めていた。

(そんな中で行われた査察を移民計画派によるG弾推進派への圧力と捉えるのは仕方ないし、事実移民計画派のお偉いさん達はそっちを期待していたようだけどまさかこれほどの反動があるとは思わなかったわね…実際のところ目の前の彼がいなかったら私はとっくに死んでいたでしょうね)

幾度かの命の危機をとっさの判断と幸運な偶然(?)によって切り抜けたフレミングだったが、ついに業を煮やした『何者か』が彼女に銃口を向けた時に目の前にいる男…レモ・ウィリアムズ中尉によって救われたのである。

彼女をかばって相手の前に立ち、しかも相手が撃った銃の弾丸をすべてかわし素手で相手を叩きのめすという奇跡を演じることで…

(つくづく非常識な男だわ…)

その時のことを思い出しながら彼女は心の中でそう呟いた。

(でもそれからがまた大変だったわね)

ウィリアムズ中尉の助けによって助かった彼女はくじけずに仕事を続けようとした。

そしてもう一つの任務である『シリンダー』の調査活動の経過査定においてまたもグローブ社が不透明な介入をしている痕跡を見つけ、それを調べるために『シリンダー』の中へ視察に向かう事になった。

そして視察のために入ったコロニーの中でグローブ社の人間と思われる者達によって勝手な工事が行われている事に気付いたフレミングはその現場を押さえようとして……彼らに拘束されてしまう。

今度こそ事故に見せかけて殺されるだろうと思い諦めかけていた彼女をまたしてもウィリアムズとそしてチウンとかいう謎の老人によって救助されたのであった。

次々と襲いかかってくる殺し屋たちをこの二人とそして何故か多発する『偶発的な事故』によって切り抜けた彼女はこうして無事に地球へと戻って来る事が出来たのだった。

(でもあれは…あの『偶発的な事故』は決して『偶然』ではなくておそらくは…)

そこまで考えてふと横を見るとウィリアムズが興味深げに自分を見ているのに気付いた。

「…どうかしたの中尉?」

「いやなに、君が何を考えているのだろうって気になってね」

茶目っけたっぷりにそう言ってのける男を軽く睨み付けながら彼女は答える。

「あの『シリンダー』内部での騒動で発生した『事故』の事を思い出していたのよ…アレはあまりにも私たちにとって都合のいいタイミングで起きた事故だったから」

「ああ、それは当然だろうな…おそらくアレは『事故』なんかじゃなかったんだろうから」

「…やっぱりあなたもそう思っていたのね?」

あたかも自分たちを助けるために起こったかのような事故はおそらく『事故』ではなく自分たちを守るために何者かが細工を施してくれた結果だったのだろう…レイナ・フレミング中尉はそう考えていた。

「…実はそれが気にいらないのよね」

「何がだ? いいように弄ばれたような気がしてか?」

彼女が呟いたその言葉にウィリアムズは不思議そうな顔で訊ねた。

「そうじゃないわ、何というか……おそらく私たちは『いいように弄ばれて』すらいなかったのよ」

「…というと?」
 
 
少しの間考えをまとめるために沈黙した後で彼女は自分の見解を口にした。

「多分私たちはあのスペースコロニーの中…いえ、おそらくはL3に到着したその時から見守られていたんだと思うわ」

「見守られて…? 誰に?」
 
 
「“プロメテウス”…『あなたたち』はそう呼んでいるそうね?」
 
 
少しだけ皮肉な口調で意味深げに、そして僅かな恐れを含みながら彼女が口にした名前をウィリアムズは「さて何の事やら」と惚けた顔で聞き流す。

それに少しだけ怒った顔を見せてからフレミング中尉は話を続けた。

「彼…いいえあのコロニーをL3に置いた『誰か』はずっと私たちのする事を観察していたのだと思うわ、自分が与えた物を私たち人類がどう思うのかあるいはどう扱うかのかを知るために……そしてもし事故や過ちが起きた場合はすぐに対処して被害を食い止める事が出来るようにね」

「なるほど、致せり尽くせりとはこの事だな」

「致せり尽くせりというよりもむしろ私たちは…あの殺し屋共も含めて子供扱いされていたのだと思うのよ」

「…子供? オレたちがか?」

訝しげにそう尋ねるウィリアムズに対してややほろ苦い笑みを浮かべながら彼女は頷いた。

「破滅の崖っぷちにいるくせにあんな馬鹿な真似をしていればそう見られても仕方ないと思うけど……でも私が言っているのはそういう事じゃなくて私たち人類全体に対する『彼』の対応がまるで大人が子供を保護し、その行動を見守りながら間違いがあればそれを矯正しようとする…そんな印象を受けたからよ」

「…ふむ」

納得したようなしないような曖昧な顔で頷くウィリアムズだったがフレミング中尉の思考はそれを無視するように深みにはまりこんでいった…
 
 
 
 
L3のシリンダーを視察する前から彼女はある疑問を抱いていた。

(…これを作ったのは一体何者なの? 一説ではBETAとも異なる異星の知的生命体だとも言われているけどそれにしてはあまりにも私たち人類にとって容易に理解出来る……分かりやすすぎる構造と使用方法…それこそわざわざ私たちに合わせて作られたとしか思えない物だわ)

異星人が作ったにしてはあまりにも自分たち人類に合わせ過ぎる仕様に思えるコロニーや軌道エレベーターに漠然とした疑問を持ち、この視察を機会にその答を得る事ができないだろうかと秘かに期待していたのである。

(そして実際に見たコロニーの内部、あれは予想以上の物だったわ…私たち人類よりも遥かに進んだ技術で造られた建造物であると同時にその構造や使用方法が私たちが即座に理解出来るように細心の心配りが施されていた。
あれなら私たち人類が移住したとしても発生する問題は最小限に抑えられるでしょうね……それにもう一つはあの空のシリンダー…いえ、『土管』と言った方がいいのでしょうけど…)
 
 
フレミング中尉が『土管』と表現した空のシリンダー、それは他のコロニーと共にL3に出現した物であった。

全長や口径はコロニーのそれとまったく同じ物だがそれは本当に何の装置や設備の付いていない完全な『セメントで出来た円筒』だった。

一体どうしてこんな物をコロニーと共にL3に置いたのか?  多くの識者や科学者が様々な意見を出したがフレミングにはそれこそが自分の印象を決定づける物に思えたのだった。
 
 
「…おそらくあの『土管』は私たち自身が宇宙で暮らして行く上で『本当に必要な物』として与えられた物なのよ。
たとえどれだけ進んだ技術で造られた安全なコロニーだとしてもそれは結局与えられた物でしかない…それでは決して自分の力で生きているとは言えないし、そんな小鳥やハムスターみたいな生き方でいい筈がないわ。
多分『彼』は私たち自身が宇宙で様々な開発や作業を行ったり、いつの日か自分たちでコロニーを建造出来るようになるための練習台や素材としてアレを与えてくれたのよ」
 
 
「ふうん…練習台ねえ…」

「…ッ!!」

そう何気無くウィリアムズの打った相槌で彼女は自分が無意識の内に考えを言葉に出してしまっていた事に気付いて口元を押さえた。

彼以外の人間が誰も聞いていない事を確認して諦めの溜息をついてから彼女は話を続ける。

「…そう、だからあれは多分単に人類が宇宙に避難するためだけではなくてその先…私たちやその子孫が宇宙で文明を存続させていくために必要な知識や経験を積ませるための物でもあるのだと思うわ」

「それじゃあまるで訓練学校じゃないか…なるほど、だから『子供扱い』と言う訳か」

ようやく納得したような顔のウィリアムズとは対照的にフレミングは少し不機嫌な表情だった。

「ええ…確かにその通りだし、だからこそちょっと悔しいのよ」

そのフレミングの言葉の意味はウィリアムズにも良く理解出来た。

自分たちよりも遥かに高みにあってそこから見下ろしながら安全な場所に誘導し、さらにそこで暮らすための訓練施設までも用意してくれる何者か…

確かに有難いがあまりにも有難過ぎてこっちが悔しい気分になってしまうのだ。

だがしかし、それを大きな親切余計な御世話と言って断るような余裕は自分たち人類にありはしない。

むしろこの有難過ぎる贈り物を最大限有効活用して人類の未来を切り開く…それが自分たちの使命でありつまらない意地や感傷に拘っている暇などないのだ。

「…だから私たちはあの『シリンダー』と『タワー』をもっと良く知り、そして自分たちで完全に扱えるようにならなければ…そしていつの日にか自分たちで同じかそれ以上の物を作れるようにね。
そうする事ではじめて私たちは『彼』と対等の目線に立てるのだと思うのよ」

いつかはあの『シリンダー』を作り出した者たちと同じ場所に立ってみせる…

そんなフレミング中尉の意気込みを微笑ましそうな顔で眺めていたウィリアムズだったが、ふと向こうを見てやれやれと溜息をつく。

「どうしたの?」

「いやなに、ウチのじいさまがまた売店のねーちゃん相手に揉めてるらしい…」

その言葉で同じ方を見た彼女の目にドリンク販売の店員と何か言い合っている小柄な老人の姿が映った。

「ああ、あのお爺さんね…でもここに売ってるのは主に紅茶で朝鮮や中国の人が飲むお茶はないと思うけど?」

「あのじい様は自分の国が世界の中心だと本気で信じてるからな、言っても無駄なんだよ」

そう言ってやれやれよっこらせと腰を上げたウィリアムズは面倒事の起きている場所へと歩いて行った。

「…ああして見てる分にはただの聞き分けのないお年寄りとその息子さんみたいなのにね」

そう呟きながらもしかし同時に彼女の脳裏にはあの『シリンダー』内部であったトラブルにおいて彼ら二人が発揮した異常ともいえる戦闘能力が焼き付いていた。
 
 
「本当に…何者なのあなたたちは?」
 
 
 
 
 
 
 
「おい、小さなおっさん! いい加減に女の子を困らせるんじゃねえよ」

ドリンクコーナーの売り子たちを辟易させていた小柄な東洋系の老人に向かってレモ・ウィリアムズはそう言い聞かせる。

「ふん!全くもってこのアメリカという国は嘆かわしい、何故日本人や中国人共に飲ませる茶があるのにわしら朝鮮人が飲むための茶が売っておらんのじゃ?」

「あのなおっさん、この国じゃトウモロコシはスープにするしジンジャーは調味料か炭酸飲料にして飲むんだっていい加減覚えたらどうなんだ?」

祖国に伝わる伝統茶を飲みたがる老人にいい加減言いあきた台詞を言って聞かせるウィリアムズに対してフン!といった表情でチウンという名の老人は言い返す。

「嘆かわしい、実に嘆かわしい…数千年に渡って受け継がれてきた我らの業を継ぐのがこんな師父に対する敬意も心配りも出来ん白人の小僧とは…」

「ああ分かった分かったからこっちに一緒に来てくれよ小さなおっさん」

「ふん、それであの白人の女子を護衛するのはもう終わりかのレモよ?」

不機嫌そうにそう言う老人に声をひそめて男は囁く。

「ああ…スミスのおっさんが国連内部にいるCUREの要員を送迎要員としてこっちに向かわせているそうだからな、彼女とはここでお別れだ」

「そうか…なればもう一人儂らにまとわりついておる者にも別れを済ませておいたらどうかの?」

「ああ…そうだな」

そう言うとレモ・ウィリアムズは目の前の誰もいない場所に向かって声をかける。
 
 
 
「ここまでの護衛ご苦労さまだったなミスター・プロメテウス、だが生憎これ以上俺たちをつけ回すのは遠慮して欲しいんだがね?」
 
 
 
 
「…凄いな君たちは、良く私の目が付きまとっている事に気付いたね」

何もないはずの場所からレモの言葉に対する返答が帰って来た。

「なに、見えない何かを使って付きまとっても気配くらいは感じ取れるものでね」

気楽な口調でそう言ってのけるレモに対して見えない相手も呑気な言葉を返す。

「それはうらやましい…というか恐ろしいねえ~~君の背後に下手に立ったりしたらその時が私の人生の終わりになりそうだね」

「どうかな? アンタが生身の人間ならそうだろうが…なにせCIAを片手で弄ぶ事が出来る正体不明の宇宙人と戦った経験はないんでね」

「いやいやそれは過大評価というものだよウィリアムズ君、私はただの人間さ」

「ほ~~ただの人間があんなデカブツを作る事が出来るのかい?」

「いずれは君たちにも出来るようになるさ…そう、フレミング中尉のような前向きな人たちが存在するかぎりはね」

その言葉を聞いたレモ・ウィリアムズはちょっとだけ考えてから質問を投げかけた。
 
 
「…それで、アンタはオレたち人類をどこに導こうとしてるんだい?」
 
 
その質問を聞いた見えない相手は僅かな沈黙の後でこう答える。

「ウィリアムズ君、それを聞きたいのはむしろ私の方なのだよ」

「へえ?」

興味深げな声を上げたレモに対して見えない誰かは溜息をつくような口調で言う。

「君たちこの星の人類がどこに向かうか、それを決めるのは私ではなく君たち自身なのだ。
私はあくまでも君たちが生き延びるための援助をしているだけあって君たちをどうするかどこに向かうべきか決める事は私の仕事ではないのだよ。
だが、だからこそ君たち地球人がいくつもの派閥に分かれて争っているのが頭痛の種ではあるのだがね」

「へえ~なるほどねえ…それじゃあアンタは別にあの『シリンダー』に人類が移住しなくても構わないってのかい?」

「決めるのはあくまでも君たちの側だからね、それにアレは別に移民のためだけに作られた訳じゃない」

「ああ、そう言えばフレミング中尉が何か色々と言ってたな」

「あの『シリンダー』をどう使うのか、それを決めるのは君たちだ。 私はあくまでもそれをサポートする立場に過ぎないのだよ……今回のような過ちを起こさない限りはね」

「へえ…あのグローブ社の欲ボケ会長をどうする気だ?」

僅かに目を細めてそう尋ねるレモに相手はそっけない風な答えを返す。

「取りあえず私は『まだ』何もしない…むしろ何かするのは君たちの方じゃないのかね?」

「さて何の事だかな~」

惚けた口調でそう嘯いたレモの視線の先に国連軍の制服を着た男たちが映った。

「どうやら彼女のお迎えが到着したようだな、それでは私も失礼するとしようか…またいずれ遭うかもしれないがその時までごきげんようウィリアムズ君…」

その言葉と共に何者かの気配が遠ざかっていくのがレモとチウンには分かった。

「行ったようだの」

「ああ、それじゃあオレたちも彼女に挨拶してからスミスのおっさんに報告しに行かないとな」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【ニューヨーク ホテル・シェラトン】

「怖いねえ~~~まったく…」

「誰のことだ、ダン?」

思わず私が漏らしてしまった一人ごとをコーヒーを淹れてくれていたケイシーが聞き咎めた。

「いや…ケイシー、君はレモ・ウィリアムズという名前の男を知ってるかね?」

「…どこでその名を聞いたんだ?」

おいおい…この冷静沈着を画に書いたような男の顔色がちょっとだけ変わってるじゃないか…

「実はL3のシリンダーで第5計画に携わってるある企業が政府にも黙って色々と不正や破壊工作まで行おうとしてたらしいんだが、それを移民派から派遣された査察官とウィリアムズって謎の男が暴いてくれたらしいんだよ」

「なるほど…」

「心あたりがあるみたいだね?」

「…以前、ある作戦行動中に出会った事があるんだが…何と言うかとんでもない身体能力と戦闘技術の持主だったな」

「ほほう…それで彼の所属とかは聞いちゃいけないのかな?」

そう尋ねる私に向かってケイシーは頸を振る。

「残念だがそれは言えないどころか全く知らないんだよ…もっともアンタにはある程度見当がついてるだろうし、多分それは当たっていると思うがね?」

「なるほど、つまり大統領閣下はあの『シリンダー』を公正に扱おうとしている訳だ。  それじゃあ私の方も誠意を見せないとね♪」

「ビックリサプライズは程々にしておけよダン、彼はもう高齢者と言っていい歳だからな」

こらこら、私の数少ない楽しみに釘を刺したりしないでくれよ…
 
 
 
 
 
 
 
 
【ニューヨーク市内・某所】

「なるほど、つまりは向こうの手の上だったという事か」

「おいスミスのおっさんよ…それじゃあまるでオレが道化を演じたみたいに聞こえるぜ? それにグローブ社の方はもうこれ以上バカな真似はできねえだろうがよ」

L3での結果報告にやって来たレモ・ウィリアムズは自分の上司であるハロルド・W・スミスの言葉にそう反論する。

だが彼の上司は渋い顔で首を振りながら愚痴をこぼすように結果を採点する。

「グローブ社は大きな問題ではない。 彼らの本音は初めから分かっていたし、どの道お前にはあの会社のトップを『処理』してもらうつもりでいた。
問題なのはあの男、『プロメテウス』の方だ…こちらの意図や動きが全て読まれていると想定してかからなければならないだろう」

「ほ~、それで奴をどうする気なんだい? オレにアイツを殺して来いとでも?」

「そんな事は出来ない、我々の役割はあくまで合衆国の法と安全を損ねる問題や人間の処理に限られるのだ…今のところ『彼』はその分類には入らないのだからな」

スミスやレモが所属する組織『CURE』は1960年代初頭に当時の合衆国大統領によって設立された政府要人すら知る者がいない秘密組織である。

その役割は合衆国国内における公的機関や企業が合衆国憲法に反する行為を行っていないか、あるいは反国家的活動を企ててはいないか調査し、問題があればそれを合法的に…もしそれが不可能であれば非合法の手段によって『処理』する事にあった。

そして彼、レモ・ウィリアムズはその非合法処理の担当であり戦闘のエキスパートでもあった。

「ま、正直な話いくらオレでもあのバケモノとついでに護衛に張り付いてる『あの中佐殿』をまとめて相手にするのはさすがにキツイだろうな…おそらくチウンのオヤジと二人がかりで何とかなるかって処だろ」

「まだ現時点ではそこまで想定する必要はない、全ては大統領があの男をどう評価するか…その結果が出た後の事だ」

「ほ~? それじゃああのクソッタレなグローブ社の会長さんもまだ生かしておく訳か?」

首を傾げてそう尋ねるレモの問いをスミスは氷のような口調で否定する。

「いいや、グローブ氏には『自然死』してもらわなければならない。
彼や彼の部下たちが行って来た行為は我が国の法と秩序を明らかに損なう物であるからそれを放置する事は出来ない。
だが同時に彼の行為が世間に知られれば単に巨大企業のスキャンダルというだけではなく我が合衆国の国際社会における大きな失点となるのは明白だ。
それを国連各国…殊に反米的な目的を有している国家や組織に突かれれば現政権にひび割れが生じる可能性すらあるだろう……そうなる前に君が処理するのだレモ、あの『プロメテウス』が何かするよりも先にな」

自国の企業が犯した国連の秘密計画における不正工作…それを他国やモロボシに暴かれるよりも先にトップを暗殺することで決着させる。

それが『CURE』の責任者としてスミスが下した判断であった。

「ま、プロメテウスの旦那は大丈夫だろ? 本人が自分は当分何もしないと言ってたからな」

「結構な事だ、ではフレミング中尉の報告によって第5計画移民派がグローブ氏を告発する前に仕事を済ませたまえ」

「やれやれ、フレミング中尉も気の毒に…命がけで調べた結果が無駄になるとはね」

そう愚痴りながらレモ・ウィリアムズは自分の獲物を仕留めるべくCUREのオフィスを後にした。
 
 
 
 
 
3日後、米国を代表する巨大軍事企業の一つである『グローブ・カンパニー』のCEO グローブ氏が階段から転落死するという新聞報道がなされた。

その背後にある理由や事情を知る人間はごく僅かであり、事故死という事で大きな騒ぎに発展する事はなかった。

だがそれは世界の表側の話であり裏側にいる人間たちにとっては後々まで忘れることが出来ない歴史の分岐点となったのである。
 
 
 
 
第59話に続く
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【おまけ】

「おい、小さなおっさん! 仕事だぜ!」

「…煩いのう、儂の観劇が終わるまで待てぬのか」

「ソープドラマを一回見逃したくらいどうでもいいだろうが」

「全く、これだから文化の素晴しさを分からぬ輩は…」

「大体なんだって数千年の歴史を誇るカンフーの遣い手がテレビのメロドラマなんぞに嵌ってるん…げふ!?

「功夫じゃと…シナ人共の業なんぞと一緒にするなと何度言ったら分かるんじゃこの馬鹿弟子が!」

「……悪かった、朝鮮の業だよな『シナンジュ』は」

「それでよい」

(…ったく、気難しいおっさんだぜ)









[21206] 第1部 土管帝国の野望 第59話「繁栄の表と裏で」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:54946937
Date: 2012/10/21 18:39

第59話 「繁栄の表と裏で」
 
 
【2001年6月6日 N.Y. マンハッタン ホテル・アストリア】

豪華な調度品で飾られたその部屋にはその部屋に相応しい(少なくとも自分ではそう信じている)人間たちが集まっていた。

「グローブの死因は転落死…か」

陰気な空気を纏ったその言葉に別の声が応じた。

「少なくとも医者の所見は本物だろう、だがこれが本当に事故死であるはずがない」

死亡したグローブ氏は彼らバビロン戦略推進派の一員であり、同時に第5計画移民計画の参入企業の会長でもあった。

そしてこの場のメンバーたちの依頼に応じてL3の『シリンダー』においてある工作を行っていたのだが…それが失敗したという連絡が入った直後に事故で死亡という事になったのである。

これを偶然と考える者はこの場には誰もいなかった。
 
 
「警告か? だが誰の?例の男『プロメテウス』の仕業か…?」

「違うな、あの男のやり方はどちらかと言えば外連味をきかせたトリックスターのような物だ。
今回のこれは自然死に見せかけた暗殺…グローブを殺すのにそんな演出を必要とするのはおそらく…」

「! コルトレーンの意志だと!?」

「馬鹿な! ホワイトハウスは我々と対立するつもりだというのか?」

そう気色ばむ声を別の声が抑える。

「そうではあるまい、だが我々と向こうの方針が一致していない以上いずれ何らかの牽制か警告があるだろうと予想は出来た…それが多分これなのだ」

「ふん、この程度の脅しで我々を黙らせる事が出来るとでも思っているのかあの大統領は」

怒りと脅えの双方を含んだ怒声に周囲も同調の雰囲気を見せる。

「一体この国が誰のお陰で成り立っていると思っているのだあの男は!」

「少しばかりリベラリスト共の支持が厚いくらいで思いあがっておるのかな?」

「向こうがその気なら我々も脅しの一つくらいかけて見るか?」

「ふん、そこまでせずとも議会のロビイスト共に少し走りまわらせるだけで十分だよ」
 
 
 
およそこの世には自分たちの思いのままにならない物など無いと言わんばかりの傍若無人な発言が続くが、その内の何人かは少し冷めた目でお仲間たちの声を聞き流していた。

そして頃はよしと見計らったように一人の人物がさりげなく重要な情報を披露する。


「そのコルトレーンだが、どうやら『プロメテウス』と接触するらしい」


その一言でその場の喧騒はぴたりと止んだ。

「…あの謎の男と直接交渉しようというのか?」

「ふん、中々豪気な事でけっこうだな」

「さて…それで何を話し合うつもりかな、彼らは?」

「それが見えん、おそらくコルトレーンは『シリンダー』や『タワー』の所有権や帝国との連携に関する諸問題についてこちらに有益な情報や更なる別の何かを引き出すつもりでいるのだろうがな…」

「ではどうする? それを妨害するかあるいは…」

「せっかく金の卵を産むガチョウが向こうからノコノコやって来るのだ、十分に卵を産ませてから処分すればいいのではないか?」

「だがその金の卵をコルトレーンは帝国と折半しようなどと考えておるのではないかね?」

「戦後において我が国に向けられるであろう世界の目を気にしてか? そんな物を気に病むような繊細な男に我が合衆国の最高権力を任せておくのはいささか不安ではあるな」

「取りあえずは大統領と『プロメテウス』の話合いがどんな目を出すか見てみようではないかね?
日本帝国に関して言えば…どの道その命運は決定しているのだからな」

「なるほど…」

「ではそう言う事で…」
 
 
満足そうな声でそう言い合う人間たちを見渡しながらモロボシと大統領が接触する情報を告げた男、デーヴィッド・ロックフィールドは心の中で呟いた。

(さて、これでこの連中の意見は纏まった訳か…後は大統領と例の男との話合いで本当に情報通りのモノが飛び出すかどうかだな)

金融、製鉄、軍事関連、そしてエネルギー産業に至るまで幅広い分野の業界を支配するアメリカ経済界の実質的な支配者はこの先に自分が手に入れるべき物と切り捨てる物を冷徹な思考で品定めしていた。

…が、しかしそんな彼でさえもまさか自分たちの今の話が全て話題の男に筒抜けだとまでは気付けなかったのである。
 
 
 
 
 
 
 
 
【N.Y. マンハッタン・セントラルパーク】

「運命は既に決定している…か」

「何の話だ、ダン?」

公園を散策中、突然私がもらした一人ごとにケイシーが反応した。

「いやなに、偉大なるオリンポス…じゃなくてバビロニアの神様たちが勿体無くもこの私と帝国の未来を決定して下さったらしい」

「…やれやれ、連中はまだそれが自分自身の運命だと気付いてはいない訳か」

「おいおい誤解を招くような事は言わないでくれよケイシー、それじゃあまるで私が彼らをどうこうするみたいに聞こえるじゃないか♪」

こんにちは皆さん、モロボシです。

大統領との会談のためにここ東海岸までやって来た私とケイシーですがなにせ相手は世界に冠たるお米の国の元首様、そう簡単にはスケジュールが空きません。

それでも先方は異例のスケジュール変更を強行してくれて何と今夜にはワシントン郊外のあるお屋敷でちょっとしたディナーパーティーを開いて私をそこにご招待…という運びになりました。

…随分なVIP待遇だけどいいのかね、私は一介の(なんちゃってが付く)斯衛大尉に過ぎないんだが?

「いい加減諦めて認めた方がいいんじゃないか? もうアンタは一介の大尉殿どころじゃなくてベイツ提督や大統領と同じ世界を動かす巨人たちの一人だという事を」

…やれやれ、とうとうケイシーまで私の心を読み始めたか(トホホホホ…)

「さて、観光はこれくらいで切り上げてそろそろ出発しないと大統領を待たせることになるな」

「オーケイ、ダン それじゃそろそろ行こうか」

…次にここに来る時があったらもう少しゆっくり見て回りたいね。
 
 
 
 
 
 
 
 
【ワシントンD.C. ホワイトハウス・大統領執務室】

「なるほど…コロニー内部で故意に事故を発生させることで『不良品』のレッテルを貼り、それを一時的に封鎖させるように仕向けておいて後に合法的な手段でそれを買い上げる算段だったという訳か」

『グローブ会長はいなくなりましたが彼の背後にいた人間たちは考えを改める気配がありません』

「そうか、だが今の時点で彼らまでどうこうは出来ない…しばらくは様子を見よう」

『承知しました大統領閣下』
 
 
 
L3で起こった異常事態に関する秘密機関からの報告を聞き終えた大統領は深い溜息をつきながら一人自分の考えに沈んでいた。

(人間とは一体どれほどまで愚かになれる生物なのだろう? 仮にもこの合衆国を代表する大企業のトップたちが群れをなして火災詐欺の真似事とは…確かにこのままではいずれこの合衆国本土にもBETAの脅威は迫るだろうしそうなれば安全な逃げ場を確保したいと思うのは当然の事だろう。
だがそのために国連の管轄下にある場所で偽装事故を起こして後でネコババするような恥知らずな真似を平気で行おうとは…)

秘密機関の責任者であるスミス博士からの報告によってグローブ社とG弾推進派がどんな不正を働こうとしていたかを知った大統領は暗澹とした気分になっていた。

G弾推進派に属するグローブ会長は自社の仕事として請け負った宇宙船建造において度を超えた手抜き作業を行わせていたのである。

手抜き作業というより間違いなく途中で故障するようなハリボテの宇宙船をこしらえて経費を誤魔化していたと言った方が正確かもしれない

(どうせG弾の使用で人類は勝利するだろうし、移民船が手抜き工事のせいで宇宙の彼方で事故を起こそうが問題にはならないと思ったらしい)

だが『タワー』と『シリンダー』の登場によってその目論見は破綻しそうになった。

僅かな数の人間しか地球から逃がす事が出来ないと思われていた移民計画がこれらの出現によって一気に規模を拡大させる可能性が出てきたのだ。

そしてその大量の移民を『タワー』の軌道ステーションからL3の『シリンダー』へと運ぶのは当然、建造中の移民船を改造してという事になる。

そうなれば彼らが行って来た手抜き工事の事実が確実に露見する事になってしまう。

そこに持ってきて移民派の意向を受けた査察官がL3の監査を行うと知った彼らは大慌てで証拠の隠滅と査察官の暗殺まで行おうとしたと聞いてはさすがに穏健主義者のコルトレーン大統領としても堪忍袋の緒を切らざるを得なかったのである。

グローブ会長の暗殺は実質CUREの判断で実行されたが大統領はこれを黙認した。

これ以上馬鹿な真似をされては堪った物ではないし、彼の非が暴かれる事によって合衆国が被るであろう国際社会からの非難を未然に防ぐ必要も認識していたからだ。
 
 
 
(それでもグローブと共に愚かな真似をしていた連中は一向に懲りる気配を見せない…か)

出来ることであればグローブ会長の死によって彼らが大人しくなってくれるのを期待していた大統領だったが、それはどうやら叶わなかったようである。

(彼らはこの期に及んでも自分たちだけの利益を追求するのを止めようとはしない…経済人である以上それは仕方のない事と言ってしまえばそれまでだが、限度を超えれば世界から恨みの刃が向かって来るという事が分からないのか…)

BETA大戦において殆んど唯一の勝ち組国家となった合衆国に対して世界各国の視線は日に日に厳しさを増していた。

そしてそれは『タワー』や『シリンダー』の出現によってより強い物になっていたのである。

(L3に出現したスペースコロニーをどう扱うのか、それ次第では世界の合衆国に対する反撥が一気に沸騰しかねない処まで来ている事に気付かないのかそれとも…)

それともそれらの反撥すら武力を行使してでも黙らせればいいと彼らは本気でそう思っているのだろうか…?

そこまで考えた大統領は怒りと悪寒の双方に身体を震わせた。

(馬鹿共が…! 如何に我が国に力があろうとそこまですれば確実に世界の大半が敵に廻り、そうでない国々も日和見な態度で我が国との距離を置くようになるだろうが…未だBETA大戦の趨勢すら決していないこの現状でそれがどれ程の負担となって圧し掛かって来るのかそれすら分からないのか!)

世界の悪意は必ずしも直接的な軍事行動や経済的な圧力となって襲いかかって来るとは限らない。

(むしろキリスト教恭順派や難民解放戦線のような過激派を利用したテロの方が可能性としては高いだろう…もしも米国内や世界に散らばっている難民たちが反米のスローガンに誘導されてテロリストと化しでもしたら…)

第5計画派の暴走によって自国が世界の中で孤立に追い込まれかねない危機にある事をコルトレーンは深刻に憂いていた。
 
 
そしてもう一つの彼の頭痛の種…それは先日、日本の外務省を経由してリークされたある情報であった。

自分が今日これから会う予定の人物…帝国斯衛軍大尉・諸星段が自分たち合衆国に持ちかけるであろう『共同開発』の中身に関する物だ。

(ML機関の改良と小型化…その技術の提供と引き換えに帝国軍にも一定のML機関搭載兵器の開発、保有を認めさせる事……そしてもう一つが『核融合炉』の共同開発計画か…!)

モロボシの渡米にタイミングを合わせて外務省が米国政府へとリークしたこの計画案はBETA大戦の先行きと戦後の世界情勢を一変させるであろう爆弾であった。

(これらが実現した場合、世界に与える影響はあまりにも大き過ぎる…だがしかしこれを米国抜きでもしも実現されでもしたらそれこそ取り返しがつかんだろうな)

従来型の原発はウラニウム等の核燃料を核分裂させる際に発生する膨大な熱エネルギーで水蒸気を発生させて発電用タービンを回し電気を発生させる物だったのに対し核融合は重水等を超高温・超高圧で圧縮してプラズマを発生させてエネルギーを取り出すのだが、従来と同じ熱エネルギーで水蒸気を起こす方法では実用化は不可能(技術的には可能でも発電システムとしては無意味)と言われてきた。

その理由はプラズマを発生させるのに必要なエネルギーがあまりにも膨大で、せっかく発電しても投入したエネルギー以下の発電量しか得られない(車のエンジンに例えるなら点火プラグに投入される電力が大き過ぎてエンジンのパワーが全てまたそのための電力として浪費され、結果アイドリング状態でしか動かないような)物であったためである。

だがモロボシの提案する核融合炉のシステムは熱エネルギーよりもむしろプラズマ自体から電気を回収するMHD発電方式がメインであり、その発電量は従来とは比較にならない程の莫大な物であった。
(もちろん世界各国も従来よりこの方式に着目し開発を進めていたが、プラズマの高温に耐えて発電を行える材料が存在しないため研究は行き詰っていたのである)
 
 
 
(もしもこの核融合炉が実用化されれば世界のエネルギー情勢は根底から覆ることになるだろう…いや、それだけでなくこれによって得られる電力は帝国のみならずユーラシアの戦後復興にも膨大な貢献を果たすだろう…そして同時に我が国のエネルギー産業にとっては悪夢のような時代が到来しかねない訳だ)

理論上は単一の発電所で世界の半分以上の電力をまかなう事が可能なため、もしこれが実用化されれば現在のエネルギー政策の上に胡坐をかいている米国のエネルギー企業たちは大打撃を被りかねない事になる。

(あの強欲な“姉妹”がそれを大人しく受け入れることはあり得んな…)

大統領の言う強欲な姉妹とは『シスターズ』とも呼ばれる米国エネルギー企業を中心とした国際カルテルの事である。

本来は中東の石油の生産と価格決定をコントロールする事を目的としていたが、BETAの中東侵攻によって石油の安定供給が困難になったため世界の電力供給が原子力にシフトしたのに伴い原発に投資する事でエネルギー市場の支配を継続してきた『エネルギーの支配者たち』であり、その支配を脅かす者には容赦のない制裁を加える暴君たちでもあった。

(油田とウラニウム鉱脈の双方を確保してエネルギー価格を自由に動かし我が世の春を謳歌していたあの“姉妹”たちにすればこの計画は迷惑どころの話ではないし、もしも海水から抽出される重水だけで全世界の発電量を賄える発電システムが完成してそれが自分たち以外の人間の手で運営されるなど到底受け入れられない筈だ…あのロックフィールド一族がそんな状況を認める筈がない)

石油産業を中心に米国の産業界を影から支配するロックフィールド一族はエネルギーカルテルの中心であり軍事産業にも深く関わり、そしてオルタネイティヴ5…いやバビロン戦略派の主要メンバーの一つでもあった。

(今後の世界戦略を考えればこの魅力的過ぎる宝を帝国から全て取り上げるのはあまりにも悪手に過ぎる…だが同時にそれではあの強欲な姉妹や第5計画派が大人しくしてはいないだろうが、しかしもうこれ以上彼らの好きにさせる訳にはいかない…そしてもう一方の男『プロメテウス』の方も)

これから会う男に関してある思惑を固めながら合衆国大統領ロバート・コルトレーンはゆっくりと椅子から立ち上がる。
 
 
今夜のパーティーに出発する時間が来たのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
【PM.6:00 ワシントン郊外・ウォーケン議員宅】

その日、アルフレッド・ウォーケンは不機嫌であった。

予定にない休暇を無理に上官から命じられた上、それが自分の父親の差し金だと知ったせいである。

(館の周辺をシークレットサービスが巡回している事からどうやらかなりのVIPがこっそりここを訪問する予定のようだがどうしてこの私にまでそれに付き合わせるのだ!? 
…大方これをきっかけに私に政界入りを勧めるかあるいはそのための下地作りかだろうが息子の意志も聞かずに何を勝手な真似をしているのだ父上は!)

父親であるウォーケン上院議員が自分を政界入りさせたいと思っている事は知っていたが、彼は政治家になりたいとは思っていなかった。

(現在の世界において祖国アメリカの存在意義はかつてないほどに高まっている、だがその結果我が国に対する反撥や悪意もまた大きくなっているのだ…
世界の秩序と安全を保持する事が出来るのは我が国のリーダーシップと軍事力のみだからこそ結果としてそうなってしまうのだが、だからこそ我が合衆国軍が積極的にこのBETA大戦の指揮を執る事によって世界を混乱から救うべきなのだ。
それによって初めて世界の信頼が得られるというのに後方の政治家や経済人はその事に余りにも無頓着過ぎる!
息子を政界入りさせる事よりむしろ自分たちが前線に来て……などと無理な事は言わないがせめて祖国を取り巻く現状の方に注意を向けて欲しいものだ…)

親の心子知らずと言うが息子がそのような見識の持ち主だからこそ政界へ入って欲しいと父親が考えている事をアルフレッド・ウォーケンは知らなかった。
 
 
「戻ったかアルフレッド、忙しい処を無理な休暇を取らせて済まなかったな」

「済まなかったではすまないでしょうお父さん、一体どういうつもりでこんな無理を通したんですか!?」

「申し訳ありません少佐、私が無理をお願いしたのですよ」

「何!?」

現れた父親に早速苦情を言いたてようとしたウォーケン少佐に父親の後から現れた男を言った。

(…日本人か? しかし誰だこの男は?)

いきなり現れて自分を呼び寄せたのは私ですと言う男に戸惑うウォーケン少佐の疑問に父親が応えた。

「紹介しようアルフレッド、日本帝国斯衛軍(インペリアル・ロイヤルガード)のダン・モロボシ大尉だ」

「初めましてウォーケン少佐、モロボシ・ダンといいます」

「な…モロボシだと!? あの帝国の救世主と呼ばれている…?」

「ふむ、お前も彼の名前を知っていたか」

「ええ…帝国の事情に詳しい人間から聞かされています、瀕死に近い状態だった帝国を僅か半年で持ち直させた奇跡の手腕の持主だと」

「ははは…いやそれは単なる誤解の積み重ねがそんな噂を作り上げただけでして、私は単なる煌武院殿下にお仕えする茶坊主の一人に過ぎませんよ」

惚けた口調でそう謙遜(?)するモロボシに何と言ったものかと躊躇するウォーケンの耳に今夜の主賓である大統領が到着されたと知らせる声が聞こえたのであった…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「アーネスト、お招きありがとう」

「ようこそ大統領閣下、来ていただいて光栄です。 ささやかな晩餐ですがどうかお楽しみを」

挨拶と歓迎の言葉を交わす大統領と上院議員だったが、傍にいる友人の息子を見て顔を綻ばせた。

「…おおアルフレッド、君も帰って来ていたのか」

「はっ! 御無沙汰しております大統領閣下」

「はっはっは、堅苦しい挨拶は抜きだ…おお、そして君が…」

友人と挨拶を交わしていた時から視野の片隅に捉えて観察していた男を今初めて気付いたかのような表情でコルトレーンは見据えた。
 
 
 
「初めまして大統領閣下、自分は帝国斯衛軍大尉 モロボシ・ダンであります」

形だけはそれらしい…しかしまったく軍人らしさの伴わない道化の口調でメガネをかけたコウモリがそう挨拶をした。
 
 
 
第60話に続く
 
 
 
 
 
 
【おまけ・実況中継の観客たち】

「…いよいよですね」

《はい~~でもまずはお食事会からですね~~》

「まったくあやつは…」

「仕方ありませんよ真耶さん、これは一応ディナーパーティーという名目なのですから」

「申し訳ありません殿下、そろそろ公務のお時間でございます」

「まあ…これからですのに」

《ご心配なく殿下~~、ボクがちゃんと録画しておきますから~~》

「そうですか、ではお願いしますね駒太郎」

《は~い♪》














[21206] 第1部 土管帝国の野望 第60話「モロボシ・ダンかく語りき(前)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:54946937
Date: 2012/11/03 22:03

第60話 「モロボシ・ダンかく語りき(前)」
 
 
【2001年6月6日PM 8:00 ワシントン郊外・ウォーケン議員邸】

「CLAY PYPE・EMPIRE(土管帝国)?」

合衆国大統領ロバート・コルトレーンは奇妙な呪文でも聞いたかのようにその言葉を口にした。

「はい、それが我々の設定したあなた方人類に対する支援機関という事になります」

ふざけた様子もなく真面目な顔でそう言った男に対しコルトレーンは何とも言い難い視線を向ける。

ささやかではあるが贅を凝らした夕食をウォーケン一家と共に楽しみながら帝国からの客人と世界の情勢や帝国、アラスカでの新型OS開発にまつわる四方山話に花を咲かせた後、食後の酒をその客人と二人だけで楽しみながら(という名目で)始められた密談はその客人、モロボシ・ダンの正体と目的についての説明から始まった。

「アラスカでベイツ提督にお話したように私を派遣した世界や文明が何処のどのような物であるかはお話出来ません、そしてそれ故に我々はあなた方を直接支援し必要とあれば『外交交渉』を行うための窓口を設定する必要がありました」

「それが今、君が口にした『土管帝国』と言う訳かね?」

「そうです、基本的にあなた方人類に対する援助はこれと外交関係を成立させた国家や組織に対して行われるという事になる訳です」

「ふむ…」

モロボシの言葉にコルトレーンはそう唸って沈黙する。

一方のモロボシも相手の反応を推し量るかのように無言のまま大統領の言葉を待っていた。
 
 
暫しの沈黙の後、コルトレーンはモロボシに語りかけた。

「…君たちの世界は何故そこまでして我々との直接の接触を忌避するのかね?」

「理由は…おそらくは察しておいででしょうが双方の文明世界同士の摩擦や衝突を回避したいというのが最大の理由です」

『文明の衝突』…異なる複数の文明同士が併存した場合ほぼ必然的に発生するトラブルの事であるが、それを未然に防ぐのが目的なのだとモロボシは告げる。

「ふむ…君たちの文明にとってはこれが初めての事ではないという事かね?」

「そうです、今現在のこの地球の状況とは全く異なりますが…かつて我々の世界では故郷を失った別の文明世界の人々を受け入れた事がありましたが、その結果我々の世界ではいくつもの不幸な事件や人間同士の衝突を生む結果になったのです。
そしてそれがきっかけで我々は他の文明に対してこの地球のような悲惨なケースでない限りは一切の干渉や交渉を止めてしまいました」

モロボシの言葉にコルトレーンは何とも言い難い表情を(脳内で)浮かべる。

自分たち人類がどれ程追い詰められているのかを改めて(極めてさりげなく)指摘されたように思えたからである。

「では、私がその土管帝国との外交を求めればそれに応じて貰えるのかね?」

「もちろんですとも、私が今日ここに伺ったのはまさにそのためなのですから」

「なるほど、それで君たちは具体的にどんな支援を提供してくれるのかね?」

「まずお断りしておかなければなりませんが、我々の援助は基本的に物資や技術の供給に限られており軍事的行動は厳しく制限されているという事を理解していただきたいのです。
その理由は我々が本来所属する世界の法に基づいた援助を行わなければならないからです」

「ふむ…しかしそれでは2月に帝国国内で使用された『ゼロ距離爆撃』はどうなのかね? アレは軍事行動にあたらないと?」

大統領のその質問に少しだけ頬を緩めてモロボシは答える。

「その事に関しては国交成立後に詳しく説明させていただきますが、アレは我々の法に照らして軍事行動ではないという体裁を整えた上での行いでした」

「ふむ…それでは君たちの物資や技術援助とはどういった物なのかね?」

「まず基本的に我々の援助はあなた方人類が自らの生存圏であるこの地球を放棄せざるを得なくなった場合の避難先を作る事にあります。
それがどのような物であるかはすでに太平洋とL3に我々が設置した物をご覧になっているのですから説明の必要はないでしょう」

モロボシの言葉にコルトレーンは苦笑しながら質問を続ける。

「確かにその通りだがね、我々としてはまだまだアレを理解出来たとは言い難い…まあガイダンスの機能も充実しているようだから学習の時間があれば大丈夫なのだろうがそれでは技術援助についてはどうなのかね?」

「基本的には素材関連やあなた方の既存技術を向上させる物を中心に人類の対BETA戦力と難民たちの生活状態の向上をテーマとして行っています」

「ふむ、それがあのアラスカで行われているという第3世代改修機開発と新型OSの試験運用計画という訳か」

「そうです…と言っても実は機体の構造材改良は我々の技術供与による物ですが、XOSに関してはほぼ全部帝国の技術なのですが」

「ほう…アレは君たちが組んだ物ではないのかね?」

驚いたように目を見張るコルトレーンに少し苦笑するような表情でモロボシは答える。

「はい、実はあのOSは帝国のとある天才的な才能を持つ衛士のアイデアを我々がサポートする形で実現した物でして、あれに関しては私は単なる手伝いに過ぎないのですよ」

「ふむ、帝国にも優秀な人材は多いという事か…いや、そうでなければ今日まであの国を支える事は不可能だっただろうがな」

その言葉で両者の間に少しの間沈黙の時間が流れた…それは98年以降の日米両国に生じた不幸な行き違いとそれによって生じた亀裂を思い出したが故だったかもしれない。

だがコルトレーンはその苦い過去の事情を振り払うかのようにモロボシに向き合い、自分の意志を述べた。

「モロボシ大尉、わが国と君たち『土管帝国』との外交樹立に関して必要な条件を聞かせて欲しい」

「まず我々の援助を自分たち一国でのみ独占しようとはしない事、それと我が国と外交関係を結んでいる国家に対して軍事的あるいは政治的な不当干渉を行わない事、それらの前提に立って我々土管帝国が全人類に対して援助活動を行う事を支援して頂きたい…基本的にはそれだけです」

「ふむ…しかし例えば君が提供したであろう様々な技術が帝国のパテントとしてすでに存在しているが、それは援助の独占にはあたらないのかね?」

「それらの技術は我々が人類全体への援助に関して様々な試行錯誤を行う際に生じた帝国側の負担に対する代償として贈った物です。
当然の事ながら合衆国が我々のプランに協力して頂けるならその負担に相応しい代価を支払う用意があります…具体的な内容は我々の協力関係がどのような物になるかによって変わるでしょうが」

モロボシの説明を聞いたコルトレーンは再び沈思する。

(つまりは二国間協定を締結すればその協定内容に応じた特別援助を提供して貰えるという訳か…帝国に提供された様々な技術を見ても彼らが提供するであろう様々な技術や物資は現在の人類にとって垂涎の的…プラチナのインゴットをも超える輝きと価値を持つだろう。
それをみすみす逃すなどという選択支はあり得ない…あり得ないがその結果生じるデメリットがどんな物かもう少し見極めなくてはな)

「…協力関係次第で援助の内容が決まるというが、君たちは我が国にどのような協定を望んでいるのかね?」

その言葉を聞いた瞬間モロボシの瞳が別人のような鋭利な光を放つのをコルトレーンは見た。

「大統領、それをお話するにはまず現在の人類とBETAとの戦況を再確認しなくてはなりません」

「ほう…と言うと?」


「何故ならあなた方人類に残された時間はあとせいぜい10年程度しかないからです」


「…!」

さすがに顔を引き攣らせるコルトレーンに向かってモロボシは淡々とした口調で語る。

「現在ユーラシアに分布している26のハイヴの中では外周部を除いてその大半が間引き作戦が行われていません、当然の如くそれらの内部では累積的にBETAが増えておりそれが飽和状態になった時外周部のハイヴとその付近にある人類生存圏へと侵攻して来る訳です」

「…」

「これまでのBETA大戦の経過を見る限りBETAの侵攻の度合いは当然の事ですがハイヴの数が増えるのにつれて増加しています…だがあなた方の見積もりはいつも少々甘かった」

ある意味無礼とも言えるモロボシの発言にコルトレーンはあえて咎めず無言で先を促した。

「その典型的とも言える例が98年の帝国本土防衛戦でしょう…当時帝国政府と軍部は光州作戦から最短で1年と予測して迎撃と国民を避難させる準備を行っていましたが、実際には僅か半年で朝鮮半島からあふれ出たBETAが帝国本土に襲いかかって来たのです」

「うむ…異星起源種たちの行動と繁殖力は常に我々の予想を裏切って来た」

「はい、そして帝国軍及び在日国連軍を含む米軍は未だ避難出来ない帝国国民たちを守りながらBETAと戦うという困難を強いられたのです」
 
 
その言葉にコルトレーンは心の中で唸り声を発した。

戦略的判断を優先するならば逃げ遅れた国民を犠牲にしてでも有利な戦況を築くのが正しかったし、また米国側からは再三その旨が帝国軍に伝えられた。

だがそれは帝国軍にとっては本来守るべき自分たちの同胞(あるいは実際の家族や血縁が入っている場合もあった)を自らの手で殺せと言われたに等しい。

当然の如く両者の間ではその方針を巡って軋轢が発生し、その対立が続く間にも多くの帝国軍や米軍の兵士が逃げ遅れた人々と共にBETAの餌食となって行った…

そしてついにその戦死者の増大に耐えかねた米国は京都陥落を区切りに帝国を見限り安保破棄と帝国本土からの米軍撤退を決断したのである。
 
 
「…帝国本土からの撤退に至る個々の事情を今更並べ立てても無益とは思いますが、敢えて言うならばBETAの増殖速度を甘く見積もりその行動パターンを読めなかった事が最大の要因だと言えるでしょう。
そしてそれは現在行われている世界各地での対BETA戦争全てに当てはまる事例でもあります」

当時の日米間に生じた深い亀裂の原因に思考を巡らせていたコルトレーンはそのモロボシの言葉によって現在の課題に引き戻された。

「この状態がそのまま継続するのであればおそらくはあと1,2年の間に帝国本土とアラスカの双方がBETAの侵攻によって失われるのは確実だと思われます」

「…それは君の予測かね? それともヨコハマの…香月博士の物かね?」

「これに関しては私と香月博士の予測に殆んど違いはないと言えるでしょう」

「…そうか」

モロボシの言葉にコルトレーンは眉間にシワを刻んで溜息を吐く。

あと2年で帝国とアラスカが落ちる…それは取りも直さず米国が前線国家になるという事であった。

「更に言えばこれまでにユーラシア大陸で増殖し、飽和状態に達した異星起源種は爆発的な加速度で北米、アフリカ大陸の双方を蹂躙しその殆んどを数年の間に腹の中に収めるのは確実です」

「ほう? 我が合衆国の本土防衛力はそれほどに脆弱と見えるのかね?」

内心を隠して余裕たっぷりな表情と口調でそう尋ねるコルトレーンにモロボシは無表情とも言える顔で答える。

「たとえあなた方がどれ程の戦力を有していても最終的には数の暴力には勝てないでしょう? おそらくユーラシアから北米に押し寄せるのはH26からだけではなく近隣のハイヴからの増援もあると考えるのが妥当でしょう」

「…」

モロボシの言うあまりにも単純な…それ故に誤魔化す事は出来ても否定する事は不可能なその事実がコルトレーンから表面上の余裕と口先の台詞を消し去ってしまうのだった。

「北米大陸が蹂躙されててしまえばもはや人類にこの地球を守りとおす事は事実上不可能になります…残された南米とオセアニアも時間の問題でしょうし南極大陸は人類の生存圏とはなり得ないでしょう」

「…つまり、君が作った『シリンダー』に避難するしかなくなると言いたいのだな?」

「はい、ですがこのままではそれが可能になる前にタイムリミットが訪れます…そしてそれが結果としてどのような事態を引き起こすかは言うまでもないでしょう」

人類に提供された『シリンダー』の収容可能人数は未だ一億程度…これから10年以上の時をかけてようやく全ての人類が暮らせるだけの数を用意出来るというのにそれよりも早く地球を放棄せざるを得ない人間たちが出て来る事になる。

そしてそれは誰が先に避難するかを巡っての人間同士の争い…脱出口である太平洋上の『タワー』を奪い合い、結果としてそれを破壊してしまう可能性すらあるだろう。

天空から降りて来た蜘蛛の糸を自らの愚かしさのために切ってしまうという愚劇の幕切れ…

コルトレーンは一瞬その愚かしい結末を自分の目で見たかのような錯覚に囚われていたが、それを振り払ってモロボシに向き合う。

「…君はその最悪の結末を回避する手段を持っているのかね?」

「まず今申し上げた前提に基づくのであれば現在の合衆国および国連加盟国に必要なのは時間を稼ぐための手段でしょう、そしてそれには二つの条件を満たす必要があると考えます」

「ふむ、その二つとは?」

「まずはこれ以上のBETAの侵攻を進ませないための戦力の増強でしょう…これに関してはすでに帝国とアラスカにおいてある程度進められていますが、ここに合衆国の戦術機を参加させてそれを更に加速させる事が望ましいでしょう…
それともう一つ、より強力な切り札としてあなた方からML機関搭載兵器が提供されればそれを改良する事も可能です」

「むう、XOSの導入に関しては時間をかければ殆んどの人間が賛同するだろう…しかし我が国の戦術機開発に関しては他国の技術供与に頼る必要などないというのが一般的な見解だ。 それを覆すのはかなり難しいと言わざるを得ないが…」

コルトレーンのその言葉にモロボシは意味ありげな笑みを浮かべて言った。

「ですがその一般的な見解を覆す事が出来るとしたらいかがですか?」

「…ほう、そんな事が可能なのかね?」

「はい、これは本来あなたと榊総理との間で話し合って決められるべき事だと思いますが、私なりの私案があります」

モロボシがそう言って説明する内容を黙って聞き始めるコルトレーンの顔が次第に面白いという表情へと変化していった。
 
 
 
 
「ふむ…実にユニークで壮大なプランだが、そのための設備や技術を君は提供してくれるのかね?」

「はい、大掛かりな設備はアラスカで行う『本番』のために私がハルトウィック大佐に掛けあって何とかしますがユーコン基地にそれだけのモノを作るとなればあなた方の許可なしでは不可能ですので…」

「分かった…それは私の方で何とかしよう、だがそれを実現するには帝国側の戦術機の実力を我が軍のF-22を相手に立証して貰わなければならないが?」

「御心配なく、そちらの方も準備は進めています。 それとML機関搭載兵器ですが、横浜に引き渡すXG-70シリーズの技術をベースに帝国軍との共同開発という名目で戦略機動戦艦を建造し、それをH-21攻略で運用して効果を立証したいと考えています」

「むう…それでその戦略機動戦艦とやらに投入されるであろう君たちの技術は我が国も入手できるのだろうね? そうでなければ到底受け入れる事は出来ないが…」

「それも本来は榊総理とお話されるべき事ですが、私はあなた方お二人の合意があれば喜んで技術を提供させていただくつもりです」

暗に帝国との平和的共存を約束するのであれば同等の技術提供を約束すると仄めかすモロボシにコルトレーンは僅かに沈黙した後、頷く事で同意を示す。

それを確認してからモロボシは再び表情を改めて次の要件を口にした。

「そしてもう一つの条件の方ですが…こちらの方がはるかに難問でしょうな」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…それにしてもどうしてこの私を呼ぶ必要があったのですか?」

大統領とモロボシが二人だけで話し合っている間、別室でくつろいでいたウォーケン親子は今回の会談が行われた経緯についてケイシーから簡単な事情説明を受けていた。

重要機密をぼかしたままの説明ではあったが、この会談が日米間の今後を決める重要な物だと知ったアルフレッド・ウォーケン少佐は当然の如くその疑問を口にしていた。

「モロボシ大尉が帝国の今後を測る上で重要なキーマンだという事は承知しているしこの会談が非公式である必要も理解出来る、だがそれをここで行うのはいいとしてもこの私まで何故必要なのだ…?」

そのウォーケンの問いに彼の父親は複雑な表情で何も言わず、代わりに応えたのはケイシー・ライバックであった。

「それは分からない…分からないがしかし必ず理由はあるんだろうな、今日ここで彼とあなたが顔を合わせる理由が」

「…何故そう言い切れるのだ?」

そう問い詰めるウォーケンに向かってケイシーは穏やかな表情で話す。

「少佐、オレは過去二ヶ月に渡って彼と行動を共にしてきた。 それで分かったことだが彼…ダン・モロボシ大尉という男は我々には理解出来ない思考と行動をする男だという事とその一見意味不明に見える行動の数々には必ず何かしらの理由があるという事だ」

「理由…?」

「ああ、もっともそれを他人が理解するのはいつもずっと後になってからだがね」

「それは彼がとてつもない謀略家だという意味か?」

いま一つ理解出来ないといった表情でそう尋ねるウォーケンに苦笑しながらケイシーは答えた。

「確かに謀略家と言えば言えなくもないが多分あなたが考えているような意味ではなく…そうだな、むしろ彼はとてつもなく奇妙で型破りな戦略家と言った方がいいだろう」

「戦略家…?」

「ああ、彼のやっている仕事は実に多岐に渡るしそれらは一見各々の仕事同士に繋がりはないように見えるが…実際には彼の奇妙で壮大な『戦略』の構成要因なのだと最近になって分かって来た」

「むう…しかし…」

「だからあなたに会ったのもその壮大な設計図の一部なのだろうとオレは考えているし、どうやら少佐殿のお父上はある程度心当たりがありそうだが…?」

そう言われたウォーケンは驚いた顔で父親の方を向いた。

「お父さん…?」

息子の視線に父親である上院議員は溜息を吐いて答えた。

「彼と…ダン・モロボシと初めて会った時に忠告されたのだ、国の戦略方針を巡る政府や軍内部の迷走にお前が巻き込まれ利用される可能性をな」

「な!?」

その言葉でウォーケンは絶句し、ケイシー・ライバックは一瞬だけ目を細めた後で静かに頷いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…ほう、こちらの方がはるかに難問とはどういう条件なのかね?」

…と、大統領閣下が興味深げな顔で質問を向けて来た。

私が言う二つの条件の内の一つ、人類の戦力増強に関しては彼も基本的に異存はないようだ。

まあG弾が使えない以上通常戦力の増強を図らなければ2~3年後には確実に米国本土にBETAの群れが押し寄せて来る可能性が高い上にこちらに協力すれば帝国同様チート技術やその産物を供与して貰えるとあれば拒否する理由はないと思っていたけどね。

だが次の条件はそう簡単な問題ではない…何故ならいくら私と彼が合意してもそれだけではどうにもならない問題を含んでいるからだ。

だが、だからこそまずこの男との間に基本的な問題の共通認識を作っておかなければ何も始まらないのだ…

「大統領、二つ目の条件とは帝国と合衆国のみならず国連加盟諸国の対BETA戦略方針の統合です」

「…! なるほど、確かにそれは難問だな」

そう大統領が唸り声を発するがそれもまあ無理はない。

そもそもが帝国のみならず人類全体がここまで追い詰められたのは何故なのかと言えばBETAに対する有効な戦略や協力関係を築く事が出来なかったというのが最大の要因だからだ。

1973年の喀什へ落下した着陸ユニットを巡る混乱から1999年の明星作戦での米軍によるG弾使用に至るまで世界の国家と軍はその戦略や方針を常に違え続けたと言っても過言ではない。

だがそれは必ずしも彼らが愚かだったからだとばかりは言えないのだ。

それをこれからこの大統領閣下と話さなくてはね……じっくりと♪
 
 


 
第61話に続く
 
 
 
 


【おまけ・そのころの難問の元凶?】

「…上手く逝ってるのかしらね?」

《香月はかせ~~それ日本語としておかしいです~~》

「…私もそう思います」

「そんな誤差の範囲の問題はどうでもいいのよ、重要なのはあのコウモリが大統領を上手く誑かす事が出来るかどうかでしょ?」

「…上手く誑かす事が出来たらどうするんですか?」

「決まってるでしょ、AL計画の全てとついでにアラスカの方にある有益な物件もまとめて全部アタシが頂くのよ」

《うわあ~~~きっぱりと言い切っちゃったよこの人~~~~》

「…がめついです博士」

「ふふふ…さ~~あコウモリさん、アタシの獲物をちゃんと確保して頂戴ね~~~♪」
 
 
 
…博士、そのうち地獄に堕ちますよアナタ(モロボシ・談)






[21206] 第1部 土管帝国の野望 第61話「モロボシ・ダンかく語りき(中)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:54946937
Date: 2012/11/13 21:25

第61話 「モロボシ・ダンかく語りき(中)」
 
 
【2001年6月6日PM 9:00 ワシントン郊外・ウォーケン議員邸】

どうも皆さん、モロボシでございます。

お米の国の大統領閣下とディナー(美味しかった…)を満喫した後でいよいよ我が『土管帝国』との国交樹立(笑)のための話し合いを行っているのですが、そのために避けては通れない難問をこれから説明しなくてはなりません。

何で私がこんな苦労まで…と思わないではないですが、なにせこの世界の現状が現状だからなあ……仕方ないか。

さて、それでは頑張って目の前の大統領閣下を丸め込みますかね?
 
 
「大統領、そもそも何故あなた方は今日に至るまで彼らBETAに対する戦略方針を迷走させる事になったのでしょう?」

私のその問いかけに大統領はふむ、と少し考えてから答えを返す。

「うむ…国家間の立場や利害の対立が最大の理由だろうな、そもそもカシュガルに落下したBETAの降下ユニットを中共が自分たちだけの物にしようと意地を張った事に見られるようにその時、その場所における各国政府や軍の都合によって戦略方針が歪められてしまったのだ」
 
 
成程、確かにそれはその通りなんですがね…
 
 
「大統領、確かにそれは事実ではありますが同時にそれは原因の半側面でしかないでしょう?」

「ほう…というと?」

「戦略方針を固める事が出来なかったもう半分の理由…それはあなた方人類がBETAという敵を全く理解する事が出来なかった事にあります」

私がそう断言すると大統領は今更何だという表情を一瞬だけ見せて引っ込めた…まあ多分慣れちゃったんだろうね、その事に。

「戦争とは最も原始的なコミュニケーションの手段という言葉がありますが現状のBETA大戦ではそれすらも成り立ってはいないのが実状です。
人類は未だ彼らの思考も目的も全く理解出来ていないしその行動パターンも読めてはいない……だからこそ有効な戦術を確立するためには実質手探りの状態で戦いその結果多くの犠牲を費やさねばならなかったし、戦略レベルにおいてはそもそも理解不可能な相手に対して効率的な戦略方針など立てられる訳がないでしょう?」

「うむ、確かにそれは君の言う通りだが我々とて無為に彼らとのコミュニケーションや分析を怠って来た訳ではない…ただ彼らBETAはあまりにも理解し難い相手であるが故にそれが進んでいないのが現実だがね」

「ええ…ですがこのまま相手の事を殆んど知らずにいては結局人類はBETAに対して有効な戦略を確立出来ず、その結果方針がバラバラのまま数で勝る相手に押されていくばかりでしょう。
逆に言うならばBETAの思考や目的、その性質等を解明出来たならばそれを前提に世界各国の政府や軍が納得出来る有効な戦略を提示出来るはずです」

…これは決して綺麗事でも机上の空論でもない。

これまで人類は戦争において最も重要な要素の一つである『敵を知る』ことが事実上不可能だったのだ。

たとえ21世紀になろうが相手が異星起源種であろうがこと戦争となれば『孫子の兵法』は基本中の基本であり、わけても戦う相手(この場合はBETA)の事を知悉しているのは必須項目だと言っていい…がしかし、その『敵を知る』ための有効な手段が今まで存在しなかったために人類は正しく手探りでそれを知らなければならなかった。

かつて衛士候補生だった時の唯依ちゃんたちが指導教官に『先達の犠牲の上に得られた…』と教えられたのは自慢でも誇張でもなくどうしようも無いほどの『現実』だったのだ。

だがだからこそ知り得た敵に関する知識の量に対して支払った命と戦力の数量はあまりにも多すぎたと言える。

このままの状態を続ければ人類は際限のない消耗戦に引きずり込まれ…いや、もうとっくの昔にそうなってしまっているのだ。

だからこそ国連各国はAL計画に多額の資金や人材を投入して来たのだ(たとえ対話自体は不可能でも戦略的見地からすれば敵の意図を知る事はそれだけで戦況を有利に導く参考になる)

当然、目の前にいるこの大統領閣下もその事は十分に分かっておられるハズだから…

「モロボシ大尉、確かに君の言う事は正しい…正しいがしかしそれを現実に出来るか否かはまた別の話ではないのかね?」

と、やはりそう仰いますか…内心の期待とは逆のお言葉をね(笑)

「現実に出来るかどうか…香月博士が進めておられる計画に賭けてみるおつもりはありませんか?」

「第4計画か…しかし彼女の理論が仮に正しいとしてもそれを現実に出来る技術は果して存在するのかね…?」

こちらの誘いにわざと乗せられる形で大統領はこの件に関する最大の不安要因を口にした。

さて、それではこちらもあなたの思惑にのせられて差し上げましょうかね大統領閣下?

「彼女の理論に関して言えば我々も完全に把握している訳ではありません、しかし彼女が自らの理論を実証するために技術供与が必要だというのであれば喜んで提供しますし、もしも彼女の理論が未完成であったとしても我々が代替技術を提供する事で第4計画の『目的』自体は達成可能だと考えています」

「…そうか」

そう言って大統領は私の晒した手札の価値を推し量るかのように考え込み…そして次の懸念を口にする。

「だがしかし、仮に第4計画が順調に行ったとしてもそれだけでは国連各国が納得するとは限らないと思うが…そう、目に見える具体的な成果が現れない限りはね」

…そう、確かにその通りですな大統領閣下。

「大統領、確かにあなたが仰る通り単に第4計画がBETAに関する情報を入手する事に成功しそれに基づく戦略を提示出来たとしてもそれだけでは各国の政府や軍を納得させる事は難しいでしょう。
…ですがそれにあなたが今仰った『目に見える具体的な成果』が付随しているとなれば如何でしょう?」

「…間に合うのかね、H21を攻略する期限までに?」

そう、それがこの件の最重要ポイントだろう。

第4計画が成果を出すのにそういつまでも待てる訳ではないし、先に私が言った件を前提にするならばAL4の成果をベースにした戦略・戦術の有効性を実証出来るチャンスは佐渡島ハイヴ攻略の時しかない。

従ってそれまでに00ユニットを完成させてBETAの思考を読み取り、彼らの行動原理や弱点等を入手しなければ意味がない…大統領はそう言っているのだ。

だから私もこう答える 「もちろん私は『間に合わせる』つもりでいます」 …と。

「そうか、ならば我が国としても帝国のH21攻略に協力する事に異存はない」

思わず溜息を吐きだすかのような口調で大統領はそう言った。

…が、しかし安心するのはお互いにまだ早いだろう。

むしろここからが本当に厄介な問題になるのだから。
 
 
「大統領」

「む、何かね?」

「第4計画とH21攻略に関しては今の話を前提に榊総理とあなたが話し合えば問題はないと思います……しかし、それよりも合衆国にとって深刻な問題があるとは思いませんか?」

「ほう…例えば?」

「例えば難民たちの現在と未来についてです」

「む…」

その一言が大統領の表情を複雑微妙な物に変化させたのを私は見逃さなかった。

やはり彼はこの問題について深刻な懸念を抱いていたのだろう…まあ普通に有能な為政者であれば当然そうなるだろうけどね。

さてそれでは……攻めますか♪
 
 
「大統領、現在あなた方や国連各国はBETA大戦によって故郷を追われたユーラシア各国の難民たちを保護していますがそれが徐々に各国の重荷になりつつあるのは私がわざわざ言うまでもないでしょう…この豊かな合衆国においてさえ彼ら難民の存在が様々な社会不安の種となって来ているのですから」

「…」

私の言葉に大統領は無言のままだ。

だがそれも無理はない。 何故なら現在の国際社会においてこの難民問題は極めてデリケートな時限爆弾にも等しい代物だからだ。

現在このアメリカ合衆国にいる難民はおそらくは他の国や地域に居留している人々よりはかなりマシな暮らしをしているだろう。

だがそんな彼らの暮らしも決して十分な物とは言えないのだ。

米国経済を支える安い労働力として使われ、市民権を得る可能性は極めて低い(前線の兵士になって退役まで生き残れば別だが)のが現実だ。

そして一方ではそんな難民たちに仕事や職場を奪われて不満を抱える米国市民の低所得者層…

それらの悪条件が犯罪に走る人間たちを生み出し社会の不安定要因となるのは避けようのない事だったのだろう。

そして米国ですらそうなのだから他の国々の状況がどうなのかは言うまでもない。

現に帝国国内にいる難民たちへは必要最低限の食糧や生活物資しか与えられず、そのために栄養失調や病気などが多発していたのだ。

そしてそんな難民たちに忍び寄る魔の手…

裏社会の組織や難民解放戦線、あるいはキリスト教恭順派などの非合法組織が彼らに近付き懐柔して自分たちの仲間になれと誘い込みをかける。

そしてそうやって引き込まれた難民たちはいつの間にか非合法組織の一員として活動するようになって行く訳だ。

これがやがて帝国内部において戦後の火種となるのは確実と思えたので、私は難民への援助と並行して援助物資に紛れ込ませたミニコマや超小型発信機等を使いその物資の流通がどんな風になっているかを調べ、そこから非合法組織のネットワークを炙り出した。

まあそこで彼らの組織を一旦全て破壊しても良かったのだが、それでは逆に警戒される恐れがあったので物資の横流しを抑える処置を施した後は情報もろとも鎧衣課長にお任せしたんだけどね。

だがこれはあくまで帝国の中に限った話であり、当然各国の難民キャンプでは同様の事態が進行しているだろうしそれに対して有効な抑止策がある訳でもないだろう……何故なら事態の根底にあるのは結局のところ難民たちの生活環境だからだ。

このまま難民たちの不満を置き去りにした状況が続けばやがて米国や他の後方国家政府に対する不満が暴動や、あるいは非合法組織に指揮されたテロ行為となって暴発する日が必ず訪れるだろう。
 
 
そしてその不満の矛先が最も向かいやすいのがこの合衆国だ。
 
 
BETA大戦における(先進国中では)殆んど唯一の勝ち組国家であるアメリカに対して世界の向ける視線はかなり複雑で剣呑な物がある。

全体的に見れば決してアメリカのみが得をしている訳ではないが、国土を失い流浪の民となったユーラシア各国の人間たちにとっては自分たちの犠牲や屍の上に彼らが繁栄を謳歌し、世界を牛耳っているように見えても仕方がないだろう……また確かにそういった部分があるのも事実だしね。

未来に希望を失った難民たちと非合法組織、そして米国に恨みや反感を持つ国家群…これらが結びついて本格的な『火遊び』を始めるような事態になったら大変だ。

せっかくオリジナルハイヴを攻略してBETA大戦を終わらせる可能性を示したとしても……いや、むしろそうなったからこそ人類の未来に希望が見えた分余計に現状に対する不満が募り、結果それがまたしても人類同士での戦争に繋がらないと誰が言い切れるのか…
 
 
私が世界各国のBETA大戦における戦略方針統一を必要と考えるもう一つの理由がこれなのだ。
 
 
戦略の基本とは『敵と己を知る事』にあるが、その己(人類)の現状を正しく把握し、決して自滅などしないように手を打っておかないと敵(BETA)を倒しても結局は(身喰いが原因で)力尽きてしまいました…という結果になりかねない。

もちろん彼らだって馬鹿ではないから当然そのための準備はしているだろう…その代表例がF-22だ。

この機体の真価は既存の戦術機を相手にした対人類戦にあると言っても過言ではない(もちろん対BETA戦においても極めて高い能力を有してはいるが値段が高すぎて戦略的価値が下がってしまうのだ…数を揃えるのが大変だから)

ステルス能力によって向こうからは見えない状態でこちらからは撃ちたい放題というのは実戦においては絶対的なアドバンテージだろう。
 
 
この対人戦能力を持ってBETA大戦後の世界情勢を切り抜けるというのが従来からの合衆国の方針だったのだが…私に言わせれば皮算用が過ぎるのだよ(いや別に殿下の台詞をパクって言ってる訳じゃないよ?)

確かにF-22のキルレシオから見て合衆国を脅かすであろうテロリストたちが駆る中古(失礼w)戦術機の数が仮に10倍以上でも全くの無問題で駆逐する事が可能だろうが本来戦術機の用途とは人間相手の戦いよりも対BETA戦を前提にしている物であり、そのBETA相手にはステルス能力はさしたる意味を持たずしかも値段が高すぎて数を揃える事さえ難しいと来ている…本来F-22を選定した時点でのBETA大戦に対する展望が甘すぎたとも言えるが(G弾が前提だったからという事もあるが)明らかに合衆国は戦術機の役割が対BETAから対人類へとシフトする時期を見誤ったのだろう。
 
 
…いかん思考が逸れた。
 
 
…まあつまり確かにF-22のような物を配備しておけばテロや他国との戦争になっても大丈夫…と言いたいのだろうがそれは結局のところ対症療法でしかないし、次から次へとテロや紛争に対処していれば結局は合衆国の国力を削ぐ結果になりはしませんか、大統領閣下?

そしてそれは合衆国以外の国々にとってはより深刻な問題であり、やがては難民のパージ(国外放逐)が起きる可能性もあるだろう。

…国連に対する義務? 国際社会における信用?

国家が追い詰められれば結局は弱者が犠牲になるし、当然の如く『国民以外』の弱者が優先的に生贄となるのが歴史の定番ですよ?

自分の国が耐えられないと判断すれば理由や体裁をどうにかでっち上げてでも各国の指導者たちはそれを行うだろう。

そしてそれによって住む場所を追われ、しかも場合によっては行き場所も失った難民たちは自分たちにそんな仕打ちをした国や政治家たちを憎み、新たなテロや暴動の火種が生まれるという負のスパイラルが発生する訳だ…

例えBETA大戦が後30年以内に終わらせる事が仮に出来たとしてもユーラシアの復興にはもっと膨大な時間と資金がいるだろうし、それまでの間難民たちの苦難は終わる事はないだろう。

その難民問題が生み出すであろう負の連鎖が世界に…わけてもこのアメリカ合衆国に及ぼす悪影響からどうすれば逃れる事が出来るのか…目の前の大統領閣下は常に悩んでいた筈だ。
 
 
「大統領、この国や世界各国に居留するユーラシアの難民たちの生活環境を改善しなければいつの日か必ず人類全体にとって取り返しがつかない惨事を招くのではないでしょうか?」

私のこの問いかけに苦渋の表情で大統領は答える。

「確かに…君の言う通りかもしれない、だがしかし現在の処これといった上手い解決策がある訳ではないのだよ」

それはそうでしょう、そんな簡単に出来る物ではないのが当たり前…普通ならね。


「では彼らを『シリンダー』に移住させるというのはどうでしょう?」


…この台詞を聞いた大統領はぴくっと眉を動かしたがまだ無言のままだ。

「L3のシリンダーに移住するにはまずその居住性が快適であり、安心して暮らせる事を実証しなくてはなりませんが…そのために試験的に移住する人々の選抜を難民の中からも選んで見てはいかがですか?」

「つまり難民たちを優先的に移住させることで国家間による『タワー』と『シリンダー』の奪い合いを予防し、同時に将来の不安材料をも弱める手段とする…そういう事かね?」

何処か分かっていたような声で大統領は…いや、この人ももちろんその手を検討していない訳がなかったな。

「はい、現状でまだ数の足りていない『シリンダー』に特定の国の市民を試験移住させればそれが奪い合いの口実になりかねませんし、またいくら快適ですと謳ったとしても実際にスペースコロニーに住みたいと思う人間も少ないでしょう。
だからこそ国連各国から選抜された試験移住者と共に難民たちの中からも一定数を選抜してあそこに送って見てはいかがでしょうか?」

「ふむ…」

大統領はそう溜息をつくような声を漏らして再び沈黙した。

おそらく彼の脳内では私が今話したプランの実現性を検討しているのだろうが、これだけではさすがに難しいだろうね。

合衆国内部からは(特に自分たちだけが優先で逃げたいと思っている連中から)反対の声が上がるのは必然だし他の国々も難民優先ではいざという時に自分たちの分がなくなるという不安が必ず起きるからだ。

だがしかし、だからこそ今日この場での密談には意味がある…さあ、まずは一枚目の切り札を晒しますかね。

「大統領、私の提案をお国の人々や世界各国の政府がそう簡単には受け入れられないという事情は良く分かっています、ですがもう一つの提案とワンセットであればどうでしょう?」

「ほう…もう一つの提案とは?」

既に知っているくせにこの狸が…まあ国家元首としては当たり前の反応か。

「すでに外務省が情報をそちらにリークしているのでご存知でしょうが、日米を中心とした核融合発電所の共同建設計画です」

あえて注釈を加えておくがこれは共同研究でも共同開発でもない、実用可能な核融合炉とそれに伴う発電施設の共同建設計画だ。

基本的にはこの世界の技術水準を前提に実用レベルの核融合炉や発電施設が建設可能かどうかを検討して我々の支援者とオシリスが設計した物なのだ。

技術水準が果して可能なレベルにあるのかどうかが不安の種ではあったが、ML機関なんて物を開発するだけあってこのオルタ世界の科学技術の水準であれば必要な技術情報さえ提供すれば自分たちの力で実現可能という所に達していると分かったのでこれを推奨したのだ。

まあ最初の1号機に関しては大部分の部品を我々が提供させていただきますけどね。
 
 
「本当に可能なのかね? いきなり実用レベルの核融合発電所の建設が…」

大統領は疑わしい…というよりはあえて確認する事を目的としたような微妙な口調の質問を口にした。

「実現性と実用性に関しては『タワー』や『シリンダー』を作るよりも遥かに容易な物だと言っておきますし、基本的には一旦技術理論と製造、運用のノウハウさえ習得すればあなた方人類自身が自分の手で建設・運用が可能な物ですし、この発電所から生み出される莫大な電力を『タワー』をハブにして海底ケーブルやマイクロウェーブ等で世界に供給する事も可能です」

「そうか…」

それはつまりこの核融合炉の建設と運用に最初に成功した国が今後の世界の電力供給を担う事も出来るし、戦後の復興においても自国の優位と共に世界の復興にも大きな地位を築く事になるという事だ。

聞く人間によってはいささか大げさじゃないかと思うだろうが、発電所一つで世界の半分の電力を補える…それもエネルギーコストはタダ同然となればこれでもまだ過少評価の部類に入る。

もしもこの発電所を世界の数カ所に分散して設置し、それをネットワークで連結したシステムを構築すれば人類は電力に関して実質お金を払う必要がなくなるだろう(システムの維持管理費を税金で賄えば個人はもちろん企業や製鉄業などの大電力の消費者たちですら基本的に無料でいける)

…そして同時にそれはこの国のエネルギー産業にとっては落日への誘いとなりかねないのだがね。

だからこそ目の前の大統領閣下はこんな美味しい話に飛びつくのを躊躇っておいでなのだ(早い話、あまりにもメリットとデメリットがそれぞれ大き過ぎて判断に窮してしまうのだろう)

だがしかし、大統領がこの話を断ったら断ったでこちらは(というか帝国側は)欧州連合や南米、太平洋諸国とおはなしをすればいいだけの事だ。

彼らにすれば合衆国が世界に対して有している力の一つであるエネルギー利権の柵から逃れて新たなエネルギー共同体の構築が出来る訳だし、例え石油や石炭資源の価値が下がったとしても実質無限のエネルギーが手に入るならそれを駆使して新しい産業、いや新たな文明社会を築く事さえ可能なのだ……合衆国抜きでね。
 
 
正直言ってこれだけの物を渡す必要があるのかどうか、私も随分と悩んだものだ。

事実当初のプランでは核融合技術は提供せず、既存の発電技術の効率アップと大規模蓄電能力を備えた変電所の技術を提供する方針だった。

だが例え桜花作戦が成功し、ユーラシアへの反攻が可能になったとしても実際に全てのハイヴを駆逐するまで最低でも20年から長ければ50年の時間がかかるという予想にその方針を変更せざるを得なかった。
(いくらBETAの勢いが落ちたとしても20以上あるハイヴを一つ一つ落とすにはそれなりの予算と人員と時間がかかるだろうからだ)

難民たちが故郷に帰る事が出来るようになるまでの時間、人類社会に加わるであろう負担と歪みを軽減するにはこれくらいの物が無ければ無理だと判断して私はこの計画を立ち上げたのだ。
 
 
…え? だけどどうしてアメ公に権利を折半させるのかって…?

それは簡単だ、まずこの利権を帝国のみが保有すればそれこそ米国だけでなく世界中が日本帝国を乗っ取ろうと陰謀を巡らせかねないし、仮に他の国と組むとしてそれでは何処がいいと思うかね…?

イギリス…? アノお国は確かに紳士の国だけど裏の顔は米国よりもえげつないよ?

フランス、ドイツ…? 残念ながら今の現状ではちと頼りないんだよね…

豪州…? それもアリかもしれないけどタダでさえ南半球の勝ち組国家にこれ以上の権利を与えてもそれはそれで火種になりかねないし、あそこの白豪主義者の皆様に余計な野心を持たれても困るしね。

ソビエト? 統一中華? …冗談だよね…だよね?

私は別にコミュニストがどうだとかは言わないがそれ以前の問題としてあの二つの国の業と欲の深さは取引相手としては危険過ぎるでしょ?(そもそも『誰が』欲をかいたせいで現在の状況になっているかを考えれば彼らとだけは下手な取引きをすべきではないだろう)

まあ榊内閣や外務省のお歴々は仮に米国との取引が不調に終われば大東亜連合と欧州連合に呼びかけてこれを共有(実質帝国が保有し電力を無償供給)する事も視野に入れてはいるが、しかし至近に迫った佐渡島攻略や桜花作戦までのスケジュールを考えそれに応じた国連各国の利害調整や意志統一を考えれば…やはりこの合衆国相手の取引が正解だ。

良くも悪くもこの国こそが現在の世界秩序のハブとして機能しているのは確かな事実だし、どれだけ傲慢に見えても他の国と組むよりはこちらの方がまだ(様々な意味で)信用出来るのだ。

ならばそれを下手に弱体化や疎外させるよりも公正で信頼される物に改善する方が安心安全と言えるだろう。
 
 
 
…さて大統領閣下、お返事は如何に?
 
 
 
 
第62話に続く
 
 
 
 
 
 
【おまけ】

《ね~モロボシさ~ん、夕呼せんせいがAL計画統合したらみ~んなアタシの物よ~~って言ってますけど~~?》

「あ~……香月博士には悪いけどアノ人をトップに据えて計画を統合するってのはちょっと…」

《ですよね~~でもせんせいはすっかりその気だし~~どうしますか~~?》

「悪いけどそれを何とか説得するのは鎧衣課長とか珠瀬次官たちのお仕事だね、こっちはそこまでは面倒みられないよ」

《え~~いいんですか~~?》

「私はこれが終わったらアラスカへ行って、そしてそこから南の島でバカンスを楽しむというスケジュールがすでにあるからね」

《え~~いいのかなそんなんで~~》

「いいんだよ、あのイベントを成功させないと後で支援者たちから絞殺されるからそっちを優先しないとね」

《なんだかな~~》











[21206] 第1部 土管帝国の野望 第62話「モロボシ・ダンかく語りき(後)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:54946937
Date: 2012/11/20 06:30

第62話 「モロボシ・ダンかく語りき(後)」
 
 
【2001年6月6日PM 9:30 ワシントン郊外・ウォーケン議員邸】

ロバート・コルトレーンは思い悩んでいた。

目の前の『宇宙人』が提示した条件、国連各国の対BETA戦略の統一…それも前面の敵(BETA)に対してだけではなく背後に在る潜在的危機(難民問題)までも包合した総合的戦略の改変という提案とそれを行うための釣り餌となる核融合発電システムの提供という途方も無い大風呂敷を見せられたからだ。

これが単なる青写真に過ぎないのであれば机上の空論と笑って済ませる事が出来ただろう。

だが現実に太平洋上には巨大な軌道エレベーターがそびえ立ち、月軌道のL3には1億人が生活可能な土管の群れが浮かんでいる。

さらにその巨大な土管を人類に提供した男はハイヴ攻略と宇宙への移住計画をスムーズに行えるように人類社会を纏める手段として核融合炉を建設し、日米を中心に国連各国が共有出来る環境を整えようと言い出したのだ。

(…確かにこのBETA大戦の現状と先行きを見渡した場合、難民問題こそが最も長期に渡って我が国を悩ませる要因となるのは確実だ。
例え幾つかのハイヴを落としたところですぐに彼らがユーラシアに帰還出来る訳ではないし、そもそも地形が変わり完全な荒野となったユーラシアが本当に復興可能なのかも疑わしい…しかしそれでは我々後方国家は半永久的に彼らを抱えていかなければならなくなるだろう。
それで結構、彼ら難民を安い労働力として使役し、もしも不満が昂じて暴動やテロが起きるのであれば軍や警察が叩き潰せばいいだけだ…などと財界人共は勝手な事を言いたてるが、それがどれほど国を荒廃させるのか分かっているのかそれとも気にしてはいないのか…
そのような不安定な状況を変える事が出来るのであれば確かに難民優先での宇宙移民という案も検討に値するが…それを実際にやろうとすれば不安を覚えた各国政府や我が国の中からも反対意見が続出するのは避けられないだろうな。

だからこそこの男は自分が提供する核融合炉を餌に米日両国を結び合わせ、それを基軸に国連各国の意見や方針をも纏め易くしようと考えている訳か…
確かにこの途方も無い巨大エネルギーの源を我が国と帝国が共有し、それを世界に実質無償で供給すると言えば大半の国は飛びついて来るだろうし、この核融合炉を多数揃えれば既存の産業を遥かに凌駕する新たな技術産業…いや文明の構築すらあり得る。
そしてすでにこの男はその萌芽とも言うべき新技術の実証プラントを帝国国内で立ち上げているという…BETAを資源として再利用する例の実証プラントはやがては海水や地中のマグマからあらゆる資源を抽出・合成する事すら可能になるだろうし、それに必要なエネルギーさえ安く手に入れば我々は人類社会の命題とも言うべき資源問題から解放される可能性すらあると技術アナリストたちは分析していたな。

だとすれば大戦後の世界において帝国が新たな文明社会の先導役を果たす可能性すらあると言うのか…?
馬鹿な! 確かにあの国には中ソのように破壊的な欲望を持って世界を蹂躙しようなどという野心はない…だが同時に明確な世界戦略や展望を持つ事もしない国だ。
確かに優秀な人材も多く単に技術関係に限って言えば確かに新しい文明の基礎を築くことも出来るだろうが彼らは…あの馬鹿正直なお人よしの国家は求められればその成果を無造作に世界中に流すかも知れん。
文明の産物とは場合によっては世界を蝕む毒になりかねないという事実をあの器用過ぎる国の人間たちは何故か理解しようとしない…彼ら自身がそれらを上手く使いこなす術に長け過ぎているからかも知れないが、だからこそそれを誰かが抑え制御すべきだろう。

そしてそれが出来るのは我が合衆国にしか出来ないだろうし、またそうで在るべきなのだ。
対BETA戦略における方針の統一と難民の扱い…それらを支えるための核融合炉建設と世界へのエネルギー供給…これらの扱いを他の国々の主導に委ねるなど論外だ。
何としてでも帝国との国交を再構築し、これらの案件に関する主導権を確保しなくては…その結果仮にロックフィールドあたりが何を言って来ようがこれに関しては譲る事は出来ない。
同時にこの男の扱いも現状のままにしておく訳にはいかないだろうな)
 
 
 
長い沈黙と思考の果てにコルトレーンは言った。

「判ったモロボシ大尉、君の提案を前提にサカキ総理と話をしてみよう…だがそれで君はこれからどのような役割を演じるつもりなのかね?」

「そうですね、出来る事ならAL計画の統合を影から支援したいと考えているのですが…」

「ほう…AL4と5を統合しようというのかね?」

面白そうな顔で言うコルトレーンにモロボシは真面目に頷いて答える。

「はい、現状の国連内部における対BETA戦略関連プロジェクトはその基本方針の違いから互いに潰し合う事に専念していますがその愚行を止めさせるためにもまずAL計画を一本化する事から始めるべきだと考えています」

「ほう…しかし一本化といってもどういう風に?」

「先に申し上げたようにまず戦略方針の前提となるBETAの情報収集と解析が前提となり、その後にどのように戦うかあるいは戦う事自体が無意味で逃げるべきなのかの判断が下されるべきでしょう。
ならばまず建前通り第4計画を優先し、第5計画はその選択肢を準備した状態で待機する事を順守すべきです」

「ふむ、選択肢か…」

「はい、まず基本的に第5計画が必要とされるのであればそれは人類が地球を放棄するという事態になった場合でしょうが、そのために必要な準備と逃げた先の事を想定した体制を確立しておくべきでしょう……そして問題はもう一つのプランであるG弾に関してですが」

「ふむ、いくらG弾が危険だからといって現時点でそれを放棄する事はあり得ないが…」

「放棄する必要はない…というよりもG弾が必要となる局面もあり得るでしょう」

「なに!?」

意外な発言に驚くコルトレーンだが、その理由をモロボシは淡々と説明する。

「まず早期にG弾を放棄する事は現在の軍事バランスや対BETA戦略から見て悪手ですし、推進派の皆さんが何を仕出かすか…L3での一件を見ても下手に彼らを刺激するのは不味いでしょう。
そしてもう一つ、確かにG弾の多用は人類の破滅に繋がるかもしれませんが…限定的な条件での使用であれば有効な一手となるかも知れません」

「限定的な条件での使用…?」

「例えば…H1のみを攻略しなくてはならない場合です」

「…H1のみの攻略? それはどういう意味かね?」

「…これは現時点では我々が立てた仮説でしかありませんが、BETAの命令系統に関して我々はあなた方が予想しているピラミッド型ではなく箒型ではないかと考えています。
そしてもしもそうであるのならば地球上の全てのハイヴとBETAはH1…カシュガルハイヴの指令で動いている事になります」

「…」

「もちろんこれは単なる仮説に過ぎませんから第4計画の成果を見なくては何とも言えませんが、もしこの仮説が当たっていた場合、確実にカシュガルを落とす手段として最低限の数のG弾は保有しておいた方がいいと考えたのですよ」

「…成程、そういう事か」

モロボシの説明にようやく得心がいったようにコルトレーンは頷いた。

(もしもこの男の言う仮説の通りBETAの命令系統が箒型であるのならH1を落とせばそれだけで大きなダメージを与える事が出来るかもしれない…そのためにG弾を保持しておくとなればバビロン派の面子も立つし、計画統合への道も開けるかも知れん…だがそうなると今度はヨコハマにいる『あの女史』がやっかいになるか…)

AL計画の統合自体はコルトレーンとしても望ましい事だったがそれをゴリ押しした結果、例えばバビロン戦略派などが強硬に反対し暴走するのではないかという不安が常にあったため、それを上手く宥めるための理由や口実を欲していた彼にとってモロボシの提案は渡りに船であったのだ…

だが同時にもう一人の厄介者…第4計画の責任者である香月博士がどういう態度に出るかが問題だと彼は認識していた。

(あの女史の性格から言ってAL計画を統合するのであれば自分が最高責任者になるのが当然だと主張するのは目に見えている…しかし彼女の科学者としての能力はともかく計画責任者としてのそれは必ずしも充分とは…いや、ハッキリ言って彼女の人間性にはいささか問題があり過ぎるだろう)
 
 
香月夕呼の能力は認めながらも計画遂行における手法や対応に危惧の念を抱くコルトレーンは彼女の処遇をどうするかで思い悩む。

対するモロボシもその件に余計な口出しをするつもりはなかった。

(あんまり余計な事まで言った挙げ句、夕呼せんせいを本気で怒らせる事になったら大変だろ? 下手をすれば私は彼女に撃ち殺されたあげく煮て焼いて食べられちゃうかもしれないし…)

…と、心の中で怯えていたのである。

だがモロボシはこの時、大統領が心の中で何を考えているのかを気付けなかった…

日米共同でAL計画の統合を行う場合、そこにどんな人材が投入されるのかに口を挟んでおくべきだったとモロボシが後悔するのはもう少しだけ先の事になる。
 
 
「…いいだろう大尉、サカキ総理とも話して君の提案が実現可能かどうかを検討してみよう」

長い沈黙の果てに大統領はそう言った。

「…ありがとうございます、大統領」

そう感謝の言葉を述べるモロボシに鷹揚な笑顔を見せながらコルトレーンは重要な要件を切り出す。

「それで大尉、君のいう『土管帝国』との正式な国交成立の条約等はいつ決めるのかね?」

「それに関しては榊総理との会談が実現した時点で我々土管帝国の『指導者』と対面してもらい、その時に正式な国交文書に調印して頂く事になるでしょう」

「ほう? 指導者…?」

「はい、我々土管帝国の運営責任者である『総裁X』とです」

「総裁…X…? 一体何者なのかね?」

あまりにも怪しすぎるネーミングにETのセンスは理解出来ないと心の中で呟く大統領に謎の宇宙人が得意げな顔で説明する。

「彼…『総裁X』は私がかつて戦場で出会い、死にかけた処を救出して我々のメンバーに加わってもらっていた人物なのです」

「ふむ…しかし何故そんな役割を他人に任せるのかね? 君が自身で行えばいいのではないかな?」

コルトレーンのその質問に少しの間沈黙してからモロボシは答える。
 
 
「大統領、私はいつまでもこの地球に留まる訳ではありません」

「む…」

「私は本来この惑星の状態を観測する任務を帯びた『観測員』に過ぎませんし、またこの地球に対する支援活動についても果していつまで継続されるのか分からないのです。
最初にお話したように我々の世界は他の文明や人類に対して干渉も援助も極力避けるのが基本方針なのですから」

「…だから、自分以外の誰かが責任者になるべきだと?」

「そうです、仮に私がいなくなったりあるいは我々の世界が地球から手を引いた場合でも支援機関としての『土管帝国』を運営し支援活動を円滑に継続させるために必要な処置なのです」

「なるほど、それでその総裁Xという人物はどのような権限を持っているのかね?」

「はい、まず彼はあなた方人類に対する支援活動全般の最高責任者としてスペースコロニーや軌道エレベーターのようなインフラの建設とその供与の実行、そして移民を受け入れた場合に発生するであろう問題の解決、あるいはユーラシアからBETAを駆逐出来た場合の各国の国土復興に対する協力の推進などの権限が与えられています」

「ほう…ユーラシアの復興までもかね?」

「なお既にこの復興を前提に想定した支援計画ですが、榊総理との合意に基づいて極秘裏に帝国から派遣された人員によってモデルケースの実行準備を進めています」

「それは…つまりユーラシア復興のモデルとなる試験的な復興計画を帝国が行うという事かね?」

「はい、BETAによって荒廃した帝国本土の西半分において様々な復興の試みを行う予定ですし、もしもあなた方合衆国が望むのであればそれに共同参加する形でカナダの国土復興を想定した研究も可能ですが…如何でしょうか?」

「…そうだな、検討してみよう」

モロボシの言葉にコルトレーンはそう答える(カナダの国土破壊という『負い目』は合衆国の外交や難民政策の上で大きな重荷となっているのでこれを逃す手はないと即断したのだった)
 
 
だがその次にモロボシが切る札の中身は流石にコルトレーンの予測や期待を…いや理性や常識すら超越した物であった。
 
 
「そして彼、総裁Xの最大の仕事ですがもしもあなた方人類が自らの手でユーラシアを奪還し、次に月と火星を攻略しようとした場合……あるいは逆に結局はBETAに押されて地球そのものを諦めなくてはならなくなった場合の案内とサポートこそがそれになります」

「ほう、案内とサポートか…しかし具体的にそれはどのような物になるのかね?」

「…それにはまずこれをご覧ください」

そう言ってモロボシが見せた一枚の図面とそこに書かれた記述を見た大統領は驚愕に顔を歪ませる事になった。

「…これは…こんな物を君は作ったのかね…?」

半ば震えるような声でそう尋ねるコルトレーンに対しモロボシは穏やかな声で答える。

「それは基本的に土台となる物に部品を収納してあるだけです。 従ってそれを組み立てて運用するのはあなた方自身でやってもらう事になるでしょう」

「…これを我々に供与する理由は何かね?」

その質問にモロボシは説明を開始する。

人類の未来が大きく二つに分岐し、そしてそのどちらに流れても生存が可能になるためのプランを…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…恐ろしい男だな」

「と、言うと…?」

モロボシとの話が終わった後、コルトレーンは友人であるアーネスト・ウォーケン上院議員と二人で酒を酌み交わしている。

今、モロボシは自分の息子や連れのライバック曹長と別室で談笑している…どうやら米軍の世界への展開や難民の扱いに関してお互いに意見を交換しているらしいと複雑な思いながらもこれで息子が政治に少しでも関心を持ってくれればと考えていたところに突然大統領がそう言ったことに驚いていた。

「怪物だよあの男は…それも善意の怪物だ」

「善意の…怪物だと…?」

友人が言っている意味を今一つ計りかねたようにオウム返しに聞き返すウォーケンにコルトレーンはゆっくりとした口調で自分の思いを打ち明ける。

「おそらく彼には我々が考えているような野心や打算はない…と言うより、おそらく彼にとって我々人類はそのような対象にはなり得ないのだろう」

「ふむ…つまり彼と我々との間にはそれほどまでに隔絶した差があると?」

「そうとも言えるが…要するに彼にとっての我々は故郷を遠く離れた僻地を歩いていて偶然に死にかけた小動物を見つけたような物なのだろう」

「…」

「そして彼はその死にかけた小さな生き物…即ち我々人類に自分の持ち合わせた道具や薬、そして食糧を分け与えることでその命を救おうとしているのかも知れないな、そう…純粋な善意に基づいてね」

「なるほど…しかしそれがどうして怪物になるのかね?」

それがいま一つ理解できないといった表情で訊ねる友人に向かってコルトレーンは何とも言い難い表情を浮かべる。

「…問題なのはその彼の『善意』が我々から見ると余りにも大き過ぎる…そう、あまりにも巨大な善意の持ち主だからだよアーネスト」

「…ボブ、一体彼は君に何を話し何を見せたのかね?」

その友人の問いかけにコルトレーンは何も答えず、心の中で自分自身に対して語りかけていた。

(あの男をこのままにはしておけないぞロバート・コルトレーンよ……彼は、あのダン・モロボシはあまりにも大き過ぎる。 
我が合衆国…いや、地球全体にとっても巨大に過ぎる存在なのだ。
彼の善意が実を結べば確かに人類は救われるかも知れない…だがしかし、果して我々人類は彼のもたらす英知と力を正しく使いこなせるだろうか…? 
帝国は…? 確かに彼の国は過去のように世界に覇を唱えようというような野心はないだろう…しかしそれこそあの国は国際社会への貢献という美名に自己陶酔して彼の与えた力を世界中に無造作に振り撒く危険性がありはしないか…?
ヨーロッパ連合諸国…彼らにしてみればモロボシの援助は自分たちに対してこそ与えられるのが当然だと考え、同時にそれを臆面もなく主張しその配分を要求して来るのは目に見えている…中東・大東亜連合諸国もそれは同じ事だろう。
ソビエト? 中国? …彼らがこの援助計画に対してどんな貪欲な要求を示すかは嫌になるほど想像出来る…いや、それどころかこちらの想像すら超えるような無理を言い出すかも知れんな…
彼が、あの巨人が人類にもたらそうとしている知恵の実にも匹敵する果実…これを下手な形で分配すれば必ずや人類同士の争いに発展してしまうだろう。
そうならないためにはやはり彼の立場…その立ち位置と役割を我々がコントロールしなくてはならない…だが我々だけでそれをやれば今度は我が国に非難が向けられるし、帝国側が強く反発するのは目に見えている。
だが…そうだな、おそらくは私と同じ不安を抱えた男が帝国側にもいるはずだ。
“彼”と語り合う事でこの問題を何とかクリアしなくては…そして彼が今日私に見せたプランを主導するのは他のどの国でもない、我がアメリカ合衆国でなければならん…!)
 
 
 
ロバート・コルトレーンが自分自身との会話を終える頃、善意の怪物と呼ばれた男は別の部屋でタンブラーを片手にウォーケンたちと話していた。
 
 
 
「むう…それではモロボシ大尉、貴官はF-22を無用の長物だと考えている訳か?」

「そうですね、より正確にはコストと運用方針によって無用の長物になってしまっている…と言った方が妥当でしょうな」

難民問題に端を発し、食糧供給の不安定化や生活環境への不満が育てた後方国家への憎しみがやがて大きなテロを誘発してしまった場合の戦術機の役割について話を始めた二人は、F-22ラプターの役割と有益性に関して(一般論の範囲で)踏み込んだ会話となった。

「ふむ…確かにラプターの価格は高い、しかしその戦闘能力は価格に相応しいだけの物であると思うが…?」

「対人類戦においては確かにそうでしょう、しかし本来戦術機の役割とはBETAの誘導をこそ念頭に置いていた筈ですし現状においては未だそちらの役割の方がはるかにウエイトが重い筈です。
ですがF-22はあまりにも価格が高すぎるために戦場で必要とされる数が揃えられないし、現時点ではまだ戦場に出されてすらいません」

「…」

「そしてもう一つの対人類戦ですが…確かにF-22のステルス能力を使えばテロリストが操縦するであろう使い古しの機体など造作も無く撃破出来るでしょうが、これももし多方面で同時多発的なテロが起きた場合はどうでしょう? それに必ずしも戦術機で対応出来るような形でのテロだとも限らないでしょうしね」

モロボシの言葉にやや不満げな表情を見せながらも一理あるとウォーケンは無言で認めていた。

「そうなりますとおそらく合衆国側の対応として有効なのは情報工作によるテロリストの『入れ食い』作戦でしょう」

「なに…?」

「F-22の数を揃えるのが難しく受け身の状態では万全の対応が取れないというのであれば情報工作等によってテロリストたちの目的と行動を誘導し、彼らを適当な理由で一カ所に集めて蜂起させたその時をねらってラプターで殲滅する…テロリストの討伐とF-22の威力を誇示出来る一石二鳥の作戦ですな」

モロボシの言葉にウォーケンは今度こそ不愉快な態度を隠さずに反論する。

「いささか不穏当かつ不愉快な仮定だな大尉、それでは場合によっては一般市民にまで犠牲が出る可能性すらあるではないか。
まさか貴様は本当に我が合衆国がそのような真似をすると考えているのではないだろうな?」

「いいえ少佐、考えているかいないかではなくそういった手法によるしか効果的な戦術が存在しない環境を問題視しているのですよ」

「環境…?」

「そうです、いくらF-22が高性能であり対戦術機戦において無敵であろうが数を揃える事が出来なければ今申し上げたような手段でなければ効率的にテロに対抗するのが難しいでしょう……もっとも確かにこれは不穏当な仮定ですし、万一テロリスト側に手の内を読まれていた場合はそれこそ取り返しがつかない事態に発展する可能性すらある訳ですから私としてもお勧めは出来ませんがね」

「…まるで本当にそうなるかのような言い方だな大尉、何か確信でもあるのか?」

視線と語気を強めてそう問いかけるウォーケンに対しモロボシは穏やかな表情で返事を返す。

「私が確信しているのは難民問題の現状を放置しておけばやがて必ず大規模なテロや暴動に繋がるだろうという事です。
すでにキリスト教恭順派や難民解放戦線は多くの支持者や構成員を確保しており、彼らが本格的に自己主張を始めるとすればこのアメリカ合衆国に対するテロ活動が最も可能性が高いでしょう」

「愚かな連中だ…世界の現状に対する不満を我が国に対する敵意にすり替えテロの標的としたところで一体何が変わると言うのだ。
今の人類にそんな無駄な争いをする余裕など何処にもないというのに!」

「確かに彼らの行いは無意味で有害でしかないでしょう…ですが少佐、問題なのは何故そんな無意味な事をしようとする連中に多くの支持や参加者が現れるのか…そちらの方を重視すべきとは思いませんか?」

「む…それはつまり…」

世界の現状を省みずに人間同士の争いを加速させようとする過激派たちへの怒りを露わにしていたウォーケンにモロボシの指摘が突き刺さり、彼を口ごもらせた。

「それは結局のところ難民たちが…いや彼らだけでなく人類全体が現状に絶望し、閉塞感に包まれているせいではないかと思うのですよ。
その閉塞感が本来理性的に考えれば無意味の代表例にさえ見える教義やスローガンに誘導され、愚かな過ちを行う…いや『実行させられる』立場へと引き摺りこまれていくのだと」

「ふむ…」

(愚かな過ちを『実行させられる』立場…か、つまりはそうやって彼ら難民を過激派になるよう追い込みさらにその過激派たちを誘導してテロを起こすような事を企む輩がいる…そのような過ちの連鎖をどうにかしなければ問題の解決にはならないと言いたい訳か)

モロボシが意味深に言う言葉の意味をそう解釈したウォーケンは改めて目の前にいる男を見る。

(この男は一体何者なのだろう…およそ軍人とは思えない言動と思考、そしてその視点も明らかに一国の軍人というよりはむしろ国連職員か何かに思えるような…いや、そういった物とも違う何かを感じさせる。
一体大統領はこの男と何を話したのだ…いや、そもそもこの男は私に何を期待してこんな話をしているのだ?)

アルフレッド・ウォーケンは心の中にわき上がった疑問を口にしようかと迷ったが、結局はそれをしなかった。

そしてモロボシもこの時点ではそれ以上の事は何も語らない……何故ならまだこの時点では未来の目算が立ってはいなかったからである。
 
 
それからほどなく友人との歓談を終えた大統領はホワイトハウスへと帰り、翌朝モロボシとケイシーもまたウォーケン邸を後にした…

彼らが次に向かう先はもちろんアラスカである。
 
 
 
 
 
 
 
 
【2001年6月7日PM 8:00 帝都 深川 小料理屋 小鉄】

2階の座敷で三人の客が料理をつつきながら話をしている。

「鯵料理も料理人の腕次第ではこうも美味い物になるか…」

「旬の味に敵う物はないといったところかな?」

一人は帝国衆議院議員古泉准市郎、もう一人は内務省事務次官院辺卿一郎…

「政治や外交も同じ事だ、旬を逃せば味も落ちる…今がその時なのだと思う」

そう静かに言ったのはこの席を設けた男、内閣総理大臣 榊是親だった。

「確かに今を逃せば佐渡島攻略には間に合わないかも知れんな…」

「タイミングからすれば確かにそうだが、問題は国内だろう」

モロボシが大統領の説得に成功し、彼のプランを前提に日米首脳会談が実現する事になった…

本来なら双方の国内世論や利害関係、そして軍同士の反目などから実現は困難だし出来たとしても中身のない物にしかならないだろうと思われていたそれはあり得ないようなモロボシの反則技(チートの大安売り)によって内実をもって実現する運びとなった。

現実を見ればH21攻略に米軍の支援は欲しい、咽から手が出るほど欲しい…いや、絶対に必要だと政府や軍のリアリストたちは分かっていた。

だが反米に固まった一部の声が大きい国粋主義者や米国の行動自体に不信の念を抱く軍官僚たちの抵抗と、現状のままで米国に参戦を依頼すればまたG弾を使用されるかあるいは米国の戦略に帝国軍がそのまま飲み込まれるような条件を出されるのではないかという不安がその交渉の足枷となっていたのである。

だがそれを払拭出来るだけの有利な条件をモロボシが大統領からの内諾を勝ち取った事で事態は一気に動き出そうとしていたのだが…

「確かに諸星大尉の働きで『実質対等』とすら見える破格の環境が整った訳だが…それでも分からん愚か者はいくらでもいる」

『実質対等』とすら見える、とはかなり微妙な言い回しだが、現在の状況で帝国が米国より優位に立つなど天地が逆転してもあり得ない…それは過激な国粋主義者ですら分かり切った現実である。

だからこそ米国に反感を持つ勢力や人間は日米間の対話自体に反撥するのだ(同じ場に立てばそれだけで彼我の差を思い知らされる事になるからだ)

その圧倒的なまでの差を(少なくとも見た目上は)埋める事が出来るだけの物をモロボシは用意し、大統領の説得に成功した…戦術機に関する両国の先進テクノロジーの交換、核融合発電技術の共同保有、そしてユーラシアやカナダの再生に繋がるであろう様々な復興技術に関する共同研究…それらの技術を『日米共同』で保有するという餌によって佐渡島攻略に米軍の支援が実現される事となったのだ(もちろん正式にそれが決定するのは首脳会談の後でだが)

その餌とそれによって釣り上げられる成果を知ればさすがに反米的な考えに取り憑かれた人間たちもその多くは考えを改めるだろう…ごく一部を除いては。

「だがそれでも分からん奴はいるし、その連中はアンタが諸星を使って米国にそれらの技術を売り渡したと思いこむだろう…それでいいのか?」

そう心配する古泉に向かって榊是親は事もなげな口調で言った。

「一向に構わんよ、ある意味それは事実でもあるのだからな」

「だがそうなればあなたや諸星大尉を売国奴と決めつける愚か者が何をするか…いや、むしろその馬鹿者共を使って何か企むような輩がいるかも知れん」

「それも一向に構わん、今の国政に対する全ての恨みはこの私が背負えばいい…重要なのはその火の粉を殿下とそして諸星大尉にだけは被らせない事だ」

「…死ぬ気か、榊さん?」

「たとえ私がどうなろうとあの二人が健在ならこの帝国は必ずBETAを駆逐し、復興を遂げるだろう…むしろそのためには道理の分からん連中の憎しみは私の方に向いて欲しい物だがな」

「…本当にそれで大丈夫なのかね?」

「む?」

自分の覚悟を込めた言葉ににあえて水を差すかのようにそう言った院辺に向かって榊総理は訝しげな顔を向けた。

「あの男…諸星大尉の手綱をあなた以外の人間に委ねて大丈夫なのか、と聞いているのですよ」

「それは…」

「将軍家は確かに聡明な方だがまだまだお若いのも事実、あの方にあの諸星という奇天烈な汗馬を乗りこなすことが果して出来るのかどうか…それと総理、あなたは御自分に国内の恨みを向けようとされておられるがあの諸星大尉は自分が先廻りしてそれを打ち消したり自身の方にに火の粉の飛ぶ先を変えようとしているのを御存じかな?」

「…困った男だ、自分の値打ちを分かっておらん」

そう苦い顔で呟く榊を二人の男は『アンタが言うな』と無言で罵倒していた。

だがそんな二人の様子を無視するかのように榊是親は自分自身の思考に浸っていた…

(全く…彼は自分の立場と価値を何だと思っているのか…! 一條家の刺客を撃退した時もまさか自分一人で事にあたるとは思ってもみなかった。
もちろんそれなりに準備もした上での事だったようだが、万が一の場合はどうするつもりだったのだ?
もう彼は一介の商社マンでも単なる斯衛軍大尉でもない…この帝国を支える柱の一つであり、同時に世界のバランスすら左右出来る巨大なバランサーなのだ…
いかん…いかんな、このままの立ち位置にいては彼自身が自分の大きさと役割を測り損ねるかもしれんし、下手に私に向かうべき恨みを彼に向かわせるような事にでもなったらそれこそ取り返しがつかないかも知れん。
やはり彼にはその力量に相応しい場所に立ってもらわねばならないか…それでまた私にあらぬ疑いや逆恨みが向けられようと、いやそれこそ望むところだな)

…こうしてモロボシ・ダンの『偉人』としての運命が決定された。

後に彼自身はこう述懐している……「なんでこうなった!?」
 
 
 
 
第63話に続く
 
 
 
 
【おまけ】

「ふえっぷしゅん!!」

「…面白い音のくしゃみだな、ダン」

「なんだろう、また何処かで不本意な過大評価が下されたような気がするが…」

「…いい加減に諦めたらどうだ? どの道もう世界はアンタをただの男だなんて思ってはくれないんだぞ?」

「馬鹿を言っちゃいかんよケイシー、ようやくこれから男の浪漫を満喫出来る夏休みが来るんだからね」

「夏休み…? アラスカでか?」

「その内分かるよ(笑) さあ世界の枠組みは大統領と榊総理に任せてアラスカに帰ったら雑用を済ませて待望のエクストリーム・ビーチバレー…いや、サマー・バケーションの準備にかからないとね」

「…さて、果してそうさせてもらえるかな?」

「…ん? 今何か言ったかいケイシー?」

「いや、何でもないさ…さあアラスカに帰るとしようか」









[21206] 第1部 土管帝国の野望 第63話「混乱と希望とラーメンと」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:54946937
Date: 2012/12/06 06:55

第63話 「混乱と希望とラーメンと」
 
 
【2001年6月8日 アラスカ・ユーコン基地 プロミネンス計画本部】

クラウス・ハルトウィックは困惑していた。

自分の目の前にいる男、ダン・モロボシ大尉の思惑が理解出来ないからである。

帝国からワシントン経由で帰等し、挨拶のために計画本部を訪れた彼は他愛もない土産話でもするような口調でハルトウィックが予想もしなかった提案を切り出したのだった。

「モロボシ大尉…その…」

「はい、何でしょう?」

躊躇いがちに言いかけて途切れた質問に対してこれ以上はないと言うくらいにあっけらかんとした口調と能天気な顔で聞き返す男に心の奥で頭を抱えるるハルトウィックであったが、気を取り直して相手に向き直る。

「一体どういう考えでこんな途方もないプランを…いや、そもそもそれ以前に本当にこんなプランが実現出来るのかね?」

「…もちろん可能ですが?」

それがどうかしましたかと言わんばかりの無邪気な顔にまたもやげんなりとした気分にさせられるハルトウィックであった。

だがそんな相手の心情などどこ吹く風といった感じの呑気な顔でモロボシは話を続ける。

「大佐、私にこれらの計画で必要となる『物』が調達可能か否か…あなた方はすでにご存知の筈ですが…?」

「…」

「何よりあなた方プロミネンス計画にとってこれは決して損になる内容ではないと確信していますが…如何でしょう?」

そう重ねて問いかけるモロボシに流石のハルトウィックも大きな溜息をついて応える。

「確かに…この途方も無い『催し』が実現するのなら単に国際協調のアドバルーンという体裁だけでなく実質的な戦術機の発展にも寄与してくれるとは思う…思うがしかし、ワシントンは本当にこの話に乗るのかね? 一体この話のどこに彼らにとってのメリットが存在するというのかね?」

モロボシがハルトウィックに話したプランの内容はプロミネンス計画にとってはある意味非常に有難い物であったが、それを実行するにあたって協力が必要となる合衆国サイドが本当に賛成してくれるのかという疑問があった。

少なくともモロボシの話す内容からは合衆国側にとってのメリットが見えない…そう思えてならなかったのだ。

「彼らにとってもメリットはありますよ…もっともそれを理解してくれているのは今のところ大統領だけですし、これからその理解の輪を広げるために色々としなくてはならない訳ですが」

「ふむ…」

「おそらく合衆国側も今しばらくは従来通りの方針でこちらに接して来ると思います…ですがこれから二,三カ月以内にはその方針を転換する状況が発生するでしょう」

「…確信があるのかね?」

期待半分、疑念が半分といった口調のハルトウィックに対しモロボシは相も変わらず呑気な口調で答える。
 
 
「確信もなにも…故意にそういう状況に持って行くつもりですので」
 
 
「…!」

その台詞に流石のハルトウィックも凍りついた。

そしてそんな相手の顔を見詰めながらいつの間にかモロボシの表情は真剣なものに変化していた。

「大佐、人類にはこれ以上無意味な足の引っ張り合いをしてる余裕などない…そうは思いませんか?」

「む…」

「オルタネイティヴ第4・第5計画、そしてこのユーコンで行われているあなた方のプロミネンス計画…そのいずれもが人類の未来を確保するための物であるにもかかわらずお互いの足を引っ張り合い、予算や人員の奪い合いを演じている……これは不味いでしょう?」

モロボシのその指摘にハルトウィックは顔を顰める…現在に至るまでのAL計画派(特に第5計画派)との摩擦や軋轢を思い出したせいであったが、敢えて気持ちを持ち直して反論する。

「モロボシ大尉、私は現実主義者なのだよ…僅か10万人しか助からない方舟の製作やSFまがいの中身が分からないブラック・ボックスの成果などあてにすべきではないと考えているのだ」

それよりは自分たちの戦術機開発の方が余程現実的な成果が得られるし、君にも是非こちらの計画にこそ力を注いでもらいたい……言葉の中にそういうニュアンスを漂わせるハルトウィックに対してモロボシは意外な反論に出た。

「SFまがい…ですか(笑) しかし大佐、かつて第二次大戦中にお国の暗号を解析したシステムも計画時点では空想小説まがいの夢物語だと揶揄されたのを御存じですか?」

「…! それは…」

かつての世界大戦において自分の祖国が開発し、絶対に解析不可能とまで言われた暗号機のシステムをイギリスの天才的数学者が数千本の真空管を連結してそれを解析、欧州奪還作戦を成功させた事例をモロボシは指摘したのであった。

「香月博士は天才です…時間とそして必要な技術さえあれば必ずや第4計画を成功へと導くでしょうし、それによって得られた情報を戦術機の開発や運用に転用する事はあなた方にとっても必要なことではありませんか大佐?」

「確かに、第4計画の成果が出るというのならば願ってもない事だろう……しかし第5計画派はどうかね? 彼らが今さら我々プロミネンス計画に対する方針を変更するとは思えんが?」

第4計画はともかく第5計画の方はどうにもならないし、そもそも自分たちを潰したがっているのは第5計画派の方でありその方針の変更などあり得ないと考えるハルトウィックに対しモロボシは本日最大の爆弾を放り投げた。
 
 
「どうしても変えない時は…その時は私が第5計画を乗っ取るつもりでいます」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【アメリカ合衆国 N.Y. マンハッタン ホテル・アストリア】

デーヴィッド・ロックフィールドは無表情でタンブラーを揺らす…

先程までこの部屋の隣で大騒ぎをしていた客たちはもう帰ってしまい、今は彼だけである。

宇宙の彼方からやって来た男と大統領との会談はどうやら双方にとって満足出来る結果に終わったらしい…
 
 
だが果してそれが『自分たち』にとって満足出来る内容かどうかは別の問題なのだ。
 
 
(対BETA戦略の統合…難民どもの優先的な宇宙への避難…そしてそれらを行うにあたっての保障となる核融合炉の建設計画…確かにモンスターと言えるだろうな、ダン・モロボシという男は)

ウォーケン邸で行われた会談の内容は翌日に大統領執務室に集まった面々に伝えられた。

その内容はホワイトハウスの首脳陣を驚愕させる物ではあったが、同時に彼らにとって咽から手が出るほど欲しい…いや、それ以上に間違っても他国に渡す訳にはいかない物が含まれていたため、大統領が日本帝国の総理大臣と首脳会談でこれらの分配を取り決めると決断した事に異論を挟む者はいなかった……少なくともその場では。

(副大統領と国防長官がそれぞれ泡を喰ったように連絡をくれたが…無理もないか、あの二人にとっては到底平静ではいられない内容だからな)

日本帝国に対して深い不信の念を抱き、自国の戦略ドクトリンを強く信奉する国防長官は第5計画派とも繋がりが深く、また副大統領に至っては彼自身が用意した操り人形であった。

(もっともあのアルフレイドはいささか愚か者過ぎてこちらとしてもコントロール出来ない場合があるのが困り物だがな)

自分の手駒である男を内心でそう嘲笑しながらデーヴィッド・ロックフォードは次の一手を模索する。

(核融合炉…か、確かに無限にも等しいエネルギーをもたらし人類社会の復興を促進してはくれるだろうが同時にエネルギーコストを限りなく低く…そう実質無料にまで押し下げる結果になるだろう。
それでは我々はどうなる? 化石燃料や既存の原子力はもはや電力供給の源としては成り立たず、その価値も大幅に下がるのは間違いない。
…だからと言って合衆国がこの話を蹴れば奴はどこか他の国と帝国を組ませることで実現を図るだろう…それは不味い。
この話を合衆国が逃すというのは確かにあってはならないだろう…ならないだろうがそれならばその権益の全ては我々の手許に入るようにしなくては…帝国と折半? 各国に基本無料で電力を施す…?
馬鹿馬鹿しい! 我々が苦難の末に築き上げた繁栄を傾かせ、更には購買力を持たない貧乏人に滅私奉公しろと…?)
 
 
良くも悪くも資本主義のルールを駆使して自分の帝国を維持して来たロックフィールドの当主にとってモロボシの提案は狂人の妄想にも等しかった。

(これで決まったな、核融合という未来の力は我々だけがその権利を有するべきだ…それを図々しくも折半しようなどと考える国家やましてそれを使って我々を世界の従僕に仕立てようとする危険な男には消えてもらわなくてはな。
だがしかしあの男を消し去るのはおそらく容易ではないだろう…だとすればやはり奴が足場にしているあの厄介な極東の島国をまず消し去るとしようか)

仮面のような無表情を保ったままでデーヴィッド・ロックフィールドはそう結論を下す。

だが彼は知らなかった…

それが実質的に彼自身の死刑執行の決定でもあるという事を。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【日本帝国 国防省・本土防衛軍本部 第5会議室】

「…つまり、あの諸星大尉は大統領の説得に成功した訳か」

「馬鹿な…」「一体どんな手土産で?」「それにしてもこれは…将軍家か、それとも官邸の…」

その場にいる全員が驚きと困惑の反応を示した。

本土防衛軍文民派…帝国軍内部で統帥派や将道派に次ぐ数を有する派閥であり、本来は穏健な良識派を自認している(他の派閥からは軟弱な日和見主義者と呼ばれる)集団の会合においてモロボシが合衆国大統領と会談したとの情報が披露されていた。

タイプは違えどそれぞれに極端な主張をしがちな国粋主義者を数多く抱える統帥派や将道派と違い、彼ら文民派は近代国家の軍は法に基づいて国民を守り政府の統制下で(多少政治家が馬鹿でもそこは我慢して)動くべきだという考えが主流である。

そしてそんな彼らだからこそ今回の顛末には困惑と疑念が湧きおこっていたのであった…

「米国側は一体何を考えて将軍家の飼い犬と大統領の対面など行おうと…」

「おそらくはモロボシ大尉の頭脳を欲したのではないかな? あの男が成り上がったそもそもの原因はXOSと新型構造材の開発や将軍家の復権を影から支えた事が…」

「いや…それよりも例のL3と太平洋上の巨大建築物の件が…」

「馬鹿馬鹿しい! あんな物は単なるハッタリか偽情報だろうが?」

「少なくとも単なる噂などではない、確かな筋からの情報だ!」

「…もしそれが事実であれば将軍家は本物の怪物を飼っている事になるな」

「総理はどう考えているのだ? このまま将軍家の権力を固定させるつもりなのか…?」

「馬鹿な! 現状を乗り切るための方便としてならばまだしも二十前の小娘に国家の主権を委ねるなど…!」

「だが現状のまま日米和解となればそれこそそれを後押ししたのが将軍家であるという事に…」

「だからと言って国粋主義者の馬鹿共ではあるまいし、それに反対するなどそれこそ愚だぞ?」

「それは分かっている…!いるがしかし…」

仲間たちの喧々轟々とした議論を眺めながら本土防衛軍大佐 志田誠一は一人沈黙の中で思考している。

(…どうにも掴めない話だな、仮にも斯衛軍大尉の地位にある男がよりにもよって合衆国大統領と個人的に面談し、そしておそらくは日米首脳会談の内諾を勝ち取っただと…?
馬鹿な! …いや確かに日米間の溝を埋めて甲21号攻略に支援を取り付けるのは必要な事だし、先の事を考えてもこれは決して悪いニュースとは言えん。
だがしかしこれは一体どういう事なのだ? 外務省を通じてではなく個人的な伝手を使って将軍家の腹心と米国のトップが会談とは…仮にこれが急いで日米関係を修復させるために榊首相が打った手だとしても結局のところ日米関係の修復までもが将軍家の主導によって為されたという事になりはしないか…?
いいのかこれで…もし無事に佐渡島を攻略出来たとしてもその先にある我が国の姿は…)
 
 
物思いに耽る志田大佐は気がつかなかった…自分を観察している一人の人物の視線に。

そしてその背後に潜むおぞましい陰謀にも…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【帝都城・城内省大臣官房】

「…そうか、連中の頭では解けない難問に突き当たって途方に暮れていると言う訳か」

『はい、すでに彼らは自分たちの行き場を見失いつつあると思われます』

「ふん、所詮は欧米からの借り物の思想に染まった愚か者たちだ…アカ共と大差はないわ」

『それにどうやら統帥派の草が彼らの中に入り込んでいるようですが…』

「そうか…だが余計な手出しはするな、まだ当分の間は奴らと事を構える訳にはいかん」

『承知しました…』
 
 
 
本土防衛軍内部に潜り込ませたスパイからの報告を聞き終えた城内大臣・秦乃峯次郎はゆっくりと葉巻をくゆらせながら物思いに耽る。

(文民派か…ふん、所詮は民主主義という幻想を本気で信じる愚か者共の集まりだな。 米国大統領が将軍家の臣下と相まみえたのはただ単に今の帝国の実権がいずれにあるか理解していたに過ぎぬ……あの国の権力者たちは民主主義の守護者とやらを標榜してはおるがその実資源を確保するためなら奴隷制を残した野蛮人共とすら平気で握手するような輩だ。
そんな連中に押し付けられた価値観を本気で信奉するような愚か者はさっさとBETAにでも喰われてしまえばいい物を…だがそうだな、そのように心根が揺らいでおるようであればこちらのいいように…いや、むしろあの大北中将あたりが何か仕掛けるか?
なればこちらは今少し時間をかけて様子を見ればよかろう…いずれはあの馬鹿共もそして大北もあの世に行ってもらわねばならんかも知れんがな…)

無言のまま己の脳内で昏く陰惨な思考に耽る秦乃は気付かなかった…この帝都城が1台のAI戦車によって完全な監視下にあり、自分の謀略も全て筒抜けである事を。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【帝国軍・相馬原基地 戦術機シミュレーター管制室】

その場にいた全ての人間が無言であった…

その原因はと言えばつい今しがたまでシミュレーターの中で見せたブラックゴースト1、即ち利府陣徹中尉こと鳴海孝之の戦術機動にある。

「…どうでしたか皆さん」

帰って来るなり恐る恐るといった調子でそう尋ねた孝之に対してその場の全員…大咲美帆、速瀬水月、涼宮遥、神田龍一、七瀬涼、日高楓、黒木隆之、富士一平、沢村真子の9名は無言のままでギラリとした視線を向けた。

(こ、怖いっ!!)

思わずその場から逃げ出したくなった孝之だが、そんな彼に大咲大尉が声をかける。

「…素晴しいぞ利府陣中尉、今しがた貴様が見せた物はある意味戦術機動の革新とすら言えるだろう」

その言葉に続くかのように周囲の全員が孝之を絶賛する。

「まいったな~~、まさか孝…利府陣中尉がこんなとんでもない機動を編み出すなんて~~」(水月)

「すごい…すごいよ~~~利府陣中尉~~~!」(遥)

「XOSにこれほどの可能性が秘められていたとは…いや、むしろこれを思いつかなかったのは我々の怠惰かもしれんな…」(神田)

「まったくですよ少佐、さっそく我々もこの機動を習得しなければ」(七瀬)

「そうだね! さあ今度はアタシたちの番だよ!」(日高)

「この機動を全ての衛士が行えるようになればどれだけ生還率が上がるか…何としても魁や弐型の管制システムに反映させなくては」(黒木)

「…腕さえ磨けばX2搭載機以外でも実現可能じゃないですか…?」(富士)

「そうかな? 多分X1なら大丈夫だけどキャンセル機能や即応性に問題がある従来OSじゃ無理だと思うな……でも本当によくこんな凄い機動を発案出来たよね利府陣中尉は」(沢村)
 
 
「あ~~……いや、別にオレが考えた訳じゃないんですよ」

口々に自分を褒め称える言葉に居心地の悪い思いをしていた孝之がそう言うと、その場の全員が頭の上に?マークを浮かべた。

「…では誰が? まさかこれもあの諸星大尉の発案だとか言うのではないだろうな?」

いくらあの男でもそれはないだろうと言いたげな表情の大咲大尉に聞かれた孝之は少し間をおいてから言った。
 
 
「…いえ、確かにオレにこれを試すように言ったのは諸星さんですけど……これを実際に考えた人間は別にいます」

「…誰だそれは?」

その言葉と固唾を呑んで自分を見つめる視線を受けながら孝之は告げる。

「これを発案したのは……名前は言えませんがXOSの基本概念を考えた衛士です」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【国連軍 横浜基地・B19F】

「…で、アンタたちの評価はどう?」

突然呼びつけられて謎のダンボール(今ではもうすっかり顔なじみ?)が投影する戦術機シミュレーターの画像を見せられた伊隅みちる、碓氷鞘香、神宮寺まりもの三人は夕呼の声で我に帰る。

…今まで自分たちが想像した事も無いような奇抜なアイデアに基づく戦術機の機動にすっかり心を奪われていたのであった。

「これは…画期的な機動です香月副司令、今すぐにでも自分たちで試し習得すべきかと」

「まさかこんな方法があるとは…従来のOSでは自殺行為にしかならなかったのだから無理もないですが…ですがXOSの操作性を前提にすれば十分に可能ですね」

「自分も指導教官として一刻も早くこの機動を覚え、衛士候補生たちに教えられるように努めたいと考えます」

自分が最も信頼する三人の優秀な衛士たちの一致した評価に夕呼は

「あっそ、つまりコレは使えるってことね」 の一言で結論にするのだった。

「それにしても…一体どんな衛士がこれを編み出したのでしょうか?」

「確かにこれは誰も想像しないような機動だが…」

「もしかしてこれも諸星大尉が…?」

伊隅と碓氷の疑問に自分の予想を加える形でまりもはダンボール(駒之介)に質問する。

《え~とですね~~確かにこれをやらせてたのはモロボシさんですけど~~実際にこれを編み出したのは別の人なんです~~》

「ふ~ん…で、それは一体誰なの?」

さも興味がなさそうな素振りだが本心を隠しているのが見え見えな夕呼の言葉に駒之介は答える。

《これを考えた人の情報は~モロボシさんが秘匿していて公開不可になってます~~》

「…て事はつまり鳴海じゃないのね?」

《はい~~鳴海さんにはXOSの立ち上げやコレの実演のための試行錯誤とかはしてもらいましたけど~~》

「考えた人間は別にいるって訳ね…ちっ、そこまで手駒があるんなら鳴海くらいはこっちに返しなさいってのよあのコウモリは!」

そう毒づく夕呼の言葉の中に『鳴海』という名前を聞いたまりもは一瞬驚愕の表情を浮かべるが他の二名が平静を保っている(伊隅、碓氷の両名は夕呼から聞いていた)のを見て何も口には出さなかった。

そんなまりもの様子を視界の隅に収めながら、追及の手を緩めずに再生紙の装甲を被った思考戦車を夕呼は問い詰める。

「で? どんな条件を出せばそいつと鳴海をこっちに引き渡すのあの男は?」

《え~とですね~~実はその人とは現在音信不通でして~~》

「はあ?」

「モロボシさんもX3の完成には必要な人材だから何とかして連絡を取りたいって言ってるんですけど~~~」

「へえ~~X3に必要ねえ~~…ひょっとしたらそいつがあのOSを考えたとか~?」

《はい~~その通りですう~~~…って、アレ?言って良かったんだよねこれは?》

「「「…な!?」」」

「ふうん…なるほどねえ…」
 
 
 
 
 
「…どうしたのまりも?」

伊隅・碓氷の両名が退出した後も執務室に残っていたまりもに夕呼はそう尋ねる。

「夕呼…あなた一体何を焦ってるの?」

「はあ!? 一体何の話よ?」

友人からの突然の言葉にそう惚けた反応をする夕呼だが、まりもは誤魔化されなかった。

「あなたとは長い付き合いなのよ夕呼、あの二人は騙せたようだけど私には通じないわよ……XOSの仕上がりは申し分がないし、諸星大尉の協力で新型機の調達も出来る見通しなんでしょ? 甲21号を攻略するために必要な物は次々に揃いつつあるのに一体何が足りないの?」

その言葉で夕呼は惚けるのを諦めた…目の前の親友は自分の事となると異常に洞察力が鋭いのを思い出したのである。
 
 
夕呼が焦る理由は二つ…一つは肝心要の00ユニットが未だ完成の目途すら立っていない事であり、もちろんこれはまりもに話せる事ではない。

そして二つ目は…
 
 
「まりも…この間ここにアイツが訪ねて来た時ね、AL計画を統合させたいってそう言ったのよ」

「…え!?」

「その時は東海岸にいる馬鹿共を説得してからいらっしゃいって言ったんだけど……少なくともコルトレーンの説得には成功したみたいなのよねアイツは」

夕呼の話をしばらくポカンとした顔で聞いていたまりもだったが、やがて喜色満面となった。

「凄いじゃない夕呼!! それが実現すればもうAL計画同士で不毛な争いをせずに済むんでしょ!?」

親友のその言葉に、しかし夕呼は顔を顰めたままだった。

「そうね、そしてAL計画は大きな一つの船になる訳よ…人類を救うための巨大な方舟にね……だけど一つの船に二人の船頭は要らない…いえ、二人居てはいけないのよ」

「それは…」

オルタネイティヴ計画が統合された場合その総合責任者が誰になるか…もちろん夕呼はその席を誰かに譲るつもりはない……ないがしかし彼女が確実に席を確保出来るという保証もなかった。

「…まあいいわ、取りあえずその辺の事も含めてアイツのお誘いに乗って見ようかしらね」

「お誘い…?」

「まりも、総技演習の場所と日時が決まったわよ」

「ええ~~!?」

いきなり自分の仕事の話に切り替わって目を白黒させるまりもとは対照的に夕呼は何やら楽しい悪戯でも思いついたような顔であった。

そしてそれを聞いていたダンボール箱は…

《もしもしモロボシさん~~~夕呼せんせいのOKが出ました~~、これでみんな揃って夏休みですね~~~》

と、何やら怪しげな通信を行っていたそうな(笑)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【6月9日 アラスカ・ユーコン基地 歓楽街 Starring Hill】

「さて諸君、特別任務にようこそ」

そう言って私はこの店に溢れ返った衛士や兵士諸君を見渡した。

現在このStarring Hillにいるのは私が提案したとあるプロジェクトのための試験を行うために採用された面子(早い話がモルモット)である。

その内訳はと言えば、まず我らがアルゴス小隊の面々にローウェル軍曹と愉快な整備兵たち(笑)、そして猪川少佐、山本大尉、キッペンベルグ少佐にソ連軍からはイーダル小隊のクリスカとイーニァ、サンダーク中尉、統一中華の暴風小隊の姑娘たち、あるいは中東、アフリカからの参加者もおりますな…ちょっと店の容量的にキツかったかも。

さて、どうしてこんなに大勢の人間をここに集めたか…もちろん単なる宴会などではありません、れっきとした任務です(笑)
 
 
「大尉~~一体我々に何をさせるつもりなんですか~~?」

と、さっそくかつてこの店でモルモットにされた経験のあるタリサ・マナンダル君が不安げな顔で聞いて来る。

…そんな不安そうな表情をされたらまたアレを食べさせたくなるじゃないかタリサ君♪

「ん? もしかしたらマナンダル少尉はまたあの中華料理を食べたいと…」

「!いえ、自分は何も言っておりませんサー!!」

それでよろしい(笑)

さて、それではショウタイムだ♪

「諸君、すでに聞いているだろうが本日ここに集まってもらったのはもちろんパーティーをするためではない。
諸君ら国連軍兵士や前線国家の兵士、そして現在故郷を離れて難民キャンプで暮らしている難民たちの食生活改善の試験的なプロジェクトのためだ」

そう、私がこれまでにやって来た合成食品の改良の成果をいよいよ本格的に難民や前線の兵士たちの食糧事情を改善する計画として立ち上げる事がほぼ確定したのだ。

これに関してはこのユーコン基地や横浜基地の有志、更には相馬原基地や帝国軍の兵站部門の皆様等からも協力をもらい、更には鎧衣課長や珠瀬次官の伝手で国連の担当部局に色々と働きかけをしてもらったおかげで正式な国連の食糧プロジェクト(兵士や難民向けの合成食品供給)に私の合成食材と京塚曹長のレシピを加える事になった訳だ。

まあこれに関して私のした事と言えば改良した合成食材の提供と京塚メニューの採用提案だけで、実際にプロジェクトを育てたのは帝国軍や国連軍内部の有志の皆様の努力の賜物と言っていいだろう。

私の合成食材を使った京塚メニューの味を認めてくれた各方面の皆さんが何としてでもこの味を世界中の兵士と難民に届けたいと自分から申し出てくれたおかげで話はとんとん拍子に進み、めでたく採用が決まった訳だ。

…つまりそれだけみんな飢えてたんだろう、美味しい食べ物に。
 
 
え? だからそれでお前は一体ここで何をするつもりなのかって…?

よろしい、説明しよう。

現在世界に散らばっているユーラシア各国の兵士や難民に美味い食事を味わってもらうに当たって一つの問題があったのだ。

それは言うまでもなくコストだった。

美味い食べ物は当然の如くコストがかかる、もちろん我々もコストダウンの努力は極力したが従来の合成食品以下の値段にまでする事は出来なかったのだ(配給事情を考慮すれば今よりも安くしたかったが、味のレベルや他の食品製造業者との軋轢などを考慮したという部分もある)

そこで一計を案じた私はケイシーと京塚曹長にある『宿題』を出した。
 
 
 
その宿題とは、『世界に通用するラーメン』の開発である。
 
 
 
…いやちょっと待ってくれ、別に医者とか呼ばなくても私の頭は正常だから(ホントだってば!)

可能な限り美味い料理のコストを下げるにはやはりメニューの種類を増やさずに誰もが美味しいと言ってくれる料理を出す事が必要だ。

だが雑多な民族や宗教の集まりである難民や軍人さんたちに多様性を持たないメニューで満足させるのは難しい…

そこで私が目をつけたのがラーメンだったのだ。

意外に思えるかもしれないがラーメンという食べ物はある意味世界に通用する要素がたくさんあるのだよ。

まず小麦食品、それも麺であること(実は人類の大半は何らかの麺食に触れている)に加え、スープを上手く選定すれば宗教上の戒律もほぼ完全にクリアー出来るからだ。

それらを前提にした上でユーラシアの東西の人間全てに『美味い』と言わせる事が出来るラーメンを作って欲しいと私は二人にお願いしたのだった。

ケイシーも京塚曹長も忙しい仕事の合間を縫ってこの課題に取り組み、最終的に3つのラーメンが完成し(ちなみにこの試作ラーメンを207訓練小隊の子供たちに御馳走したところ大好評でした)この度正式にモニター試験を行う事となった訳だ。
 
 
 
「…と、言う訳で諸君にはこれから振る舞うラーメンを食べてもらい忌憚ない意見を述べてもらいたい」

説明のあとで私がそう言うと約一名挙手をして質問してくる男がいた。

「大尉~~そのラーメンって食べ物は美味いんですか?」

…ほほう随分と挑発的な発言をしてくれるじゃないかヴァレリオ君、いくら君が世界美食国家ランキングで永年1位のイタリア人だろうが万年2位(畜生!)の平たい顔族を舐めてかかると痛い目に遭うぞ?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「うんめえ~~~~~~~っ!!」

「あら…美味しいわねこれ、一体どんな風にしてスープを作ってるのかしら?」

「美味しいっすよ大尉殿~、オイお前もそう思うだろユウヤよ?」

もぐもぐ…こくん(美味いな確かに…合成食材でよくこんな食べ物が作れるものだ)

「あ~~すいませんコイツ美味い物食べると口数が減るもんで」

うんうん、どうやらみんな満足してくれているようだ。

ここに出されたラーメンはそれぞれがクリームシチュー味、スープカレー味、そして塩味の貝柱味スープの3種類のラーメンだ。

これは食べる人間の地域や分布、宗教等を考慮して考えたため、まず牛・豚肉が除外、そして味覚の嗜好から魚のダシも外された(欧州の人間にはちとキツイんだよカツオのダシは)

結果としてチキンとマトン、それに貝のスープであれば問題はないと判断し、それに相応しいスープの味付けをしてみたところこうなった訳だ。

そして麺はと言えば…
 
 
「うまいねえ~~しかし大尉~? こりゃ要するにスープパスタと違うんですか~?」

「は~ん、そこのイタ公はこれを考え出したのが偉大な中華文明の先人たちだって知らないのかしらね~~?」

「ほお~~言ってくれるなあ統一中華のお嬢さんよ、これはどう見たってパスタ料理のアレンジだろうが?」

「何言ってるのよ、そこの大尉殿は『ラーメン』って言ってたでしょ? そもそも日本人のラーメンは私たちの食文化が生み出した拉麺をアレンジした物なのよ?」
 
 
おいおい…何やら中国人とイタリア人が揉めてるじゃないか。

「あ~~君たち、喧嘩は止めなさい」

「それじゃあ大尉にハッキリさせてもらおうじゃないか、これはパスタ料理ですよね?」

「何言ってるの!これはまぎれも無く中華の派生品よ!そうでしょ大尉?」

おいおい…

「まあハッキリ言えば両方正解だがね」

「へ?」「はあ?」

うむ、理解出来ないなら説明しよう(笑)

「そもそもこのラーメンはユーラシアの西果てから東の端までその全域の人々の口に叶う味に仕上げた物だ。
それはスープの味だけではなく麺についても同じことで、そのクリームシチュー風のスープに絡ませてあるのは基本的にパスタと同じ味や食感の麺なのだよ」

「…へえ~そうか、それでオレの口に合った訳だ」

「ふうん…ああ、それじゃあこっちの貝のスープの方は…」

「そう、そちらは中華麺に近い味と食感の麺…というよりも中華麺そのものだね」

この2種類の麺と3種のスープが基本となって私のラーメンは出来ている…まあカレー味に関しては好みでどちらの麺もいけると思うがね。

…だが正直不満も多い。

出来ればスープはあと二つ、魚介のダシを使ったブイヤベーズ風と醤油ラーメンタイプを作りたかったのだが…先に言った理由でボツにせざるを得なかったのだ。

この私が秘かに抱く野望…このオルタ世界の食文化を塗り替え、食の覇王となる夢を実現するにはまだまだ苦難が続くだろう。

一刻も早く桜花作戦を成功させて地球上からBETAを駆逐し、心おきなく美味い料理を量産出来る体制を整えなくては…

なに? 何か完全に間違ってるって…?

いいんだよそんな細かい問題は…それよりそろそろBETA以上に忌まわしい連中との因縁に決着をつける頃合いか……な?
 
 
 
 
第64話に続く
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【おまけその1・帝都城試食会で】

「うむ、美味いぞ~~ッ!!」

「ほう…これは中々」

「西洋風なのに我ら日本人にも美味に感じさせるとは…驚きました」

「確かに…これならば国籍を問わずに兵士や難民の腹だけでなく舌まで満足させる事が出来るか」

「皆、どう思いますか?」

「いや驚きました殿下、まさか合成食材でここまでの味を出せるとは…これなら兵士や難民たちだけでなく一般の国民にさえ受け入れられるでしょう」

「うむ、およそ美味い食べ物は生きる上でも戦う上でも重要な活力の源だからのう」

「そうですか…ではさっそくこれを難民キャンプで食べられるように手配なさい」

《この国にいる難民の人たちは殆んどがアジア系ですから~~麺は中華麺タイプにした方がいいってモロボシさんは言ってました~~》

「なるほど、流石は諸星ですね」

「まったくあの男は…こと食い物の事となると配慮の桁が違ってくるな」

《そうですよね~~なにせモロボシさんたら『この世界のすべての人に私のプロデュースした料理を食べてもらう事が私の野望なのだ』…って真面目な顔で言ってましたから~~》

「まあ、そうでしたか…」「ふうむう…何とも呆れた野望じゃのう」「果してそれを野望と言っていいのかどうか…」「困った御仁ですまったく…」「あ奴の奇矯な発言に今更驚きはせんが…」
 
 
 
(((((…大丈夫か、あの男?)))))
 
 
 
 
 
【おまけその2・ではそろそろ終わりの始まり…】

《モロボシさ~ん、やっぱり予想通りの反応になったみたいですよ~~》

「あっそ……だったらもうこれ以上は遠慮とか必要ないね」

《ええんかアンタ? やったが最後もう取り返しつかへんで~~?》

≪別にマスター(管理者)が名実共に人間のクズと判定されても我々は困りませんが≫

…ああそうだろうね。

《でもあの人達は本気でここを破壊する気なんでしょうか~?》

「…それは無意味な質問だね」

《はい~?》《はあ~?》≪何がどう無意味なのですか?≫

「…前にも言った事がなかったかな? 『彼ら』はね、別に本気で何かをやろうとかそんな立派な事を考えてる訳じゃないんだ……ただ単に自分たちが我慢できない程嫌いな物を廃棄処分にして『ああ自分たちは正しいいい事をしたんだ』という自己満足に浸りたいだけなんだよ…本当にそれ以上でもそれ以下でもないんだ」

≪…理解出来ませんね、何故あなた方はそんな人間たちに一定の権力など持たせたのですか? 私にはあなた方が自殺したがっているとしか思えませんが?≫
 
 
 
…簡単だよオシリス君、彼らに権力を与えた人間たちもまた何も考えていなかっただけだ。
 
 
 
 
 
 
 
 



[21206] 閑話その19「土管帝国の反乱(前編)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:54946937
Date: 2012/12/25 21:48

閑話その19 「土管帝国の反乱(前編)」
 
 
【日本民主主義人民共和国・東京 日本橋 高級料亭 厨荷廟】

「そらアンタ話が違うんやないか?」

そう言ったのはこの場に招かれた客…野党第一党の幹事長 オオタニ・ニチドウである。

美食家の上に好色で吝嗇家という、およそ俗物としての基本条件を完璧なまでに兼ね備えたこの男は出された高級料理を散々食い散らかして(ついでに料理の出来にも散々ケチをつけて)から自分をこの席に招いた相手…政府与党幹事長 イシマツ・ドンキに向かってねちこい視線を送る。

「いやははは…そう言われましてもですなあ~~、こうなってしまってはどうにもこうにも…」

と、そう言って話をはぐらかすイシマツ幹事長……これがせめて片方だけでも年若い美女であったならかぶり付きで見たくなる光景であったかもしれないが、遺憾ながらとうの昔に中年を過ぎたメタボオヤジ同士の醜い腹の探り合いに美しさは期待できそうにない。
 
 
「アンタこの前の話合いで約束したやろが、あの碌でもない計画を破棄して全部無かったことにすると」

あの碌でもない計画とは言うまでもなくモロボシと愉快な(?)仲間たちが行っている並行世界への援助計画の事である。

政権奪還を目指して共闘している野党第2党の『日政共賛会』からの協力の条件として提示されたこの援助計画の取潰し…散々面倒な交渉を経てやっと決まった筈の話が反故にされると聞いては到底承服できないとこの場に現れたオオタニ幹事長であった。

もっとも本人はそれを口実に美味い料理をタダで喰えるとあって内心では大満足なのだが、そんな本音はおくびにも出さずにイシマツを責め立てる。

「党と党が一度約束した話を覆すやなんてアンタ、そないな事がワシらの世界で通じると思うてんのかいな?」

「いやははは…まったくもってその通りではあるのですが、何分にもこの件に関する国際社会の眼が厳しい訳でして…いやまったく」

この件に関する国際社会の目とは、オルタ世界への支援を日本が打ち切るか否かについて世界各国から寄せられた批判の声を意味している。

瀕死の状態にある異世界の人類を見捨てる決定が下されると知れ渡った途端に各国の政府や市民団体等から非難の声明や懸念の声が(自分たちもそれまでは何もしなかったくせに)日本政府に寄せられたのであった。

そして中立地帯の多国籍地球(一つの地球を幾つかの国家が共同保有している物)に本部を置くNPOがこの支援活動の引き取りと継続を日本政府と並行地球群連合に申し入れ連合首脳もこれを支持した事で、政府与党としてもこれを受け入れて計画の引き渡しを行う方向で検討し始めたのである。

そしてある意味当然と言えば当然ではあるのだが、この計画の完全破棄を要求していた野党連合…とりわけ第2党の『日政共賛会』は約束を反故にされたと反撥し、国会の審議拒否や内閣不信任案提出も辞さないと叫び始めた。

「まあ日政さんが怒るんも無理はないやろなあ~~、こないに人を小馬鹿にした話はそうそうあらへんし~」

だったらそもそもこんな無意味な話をブチ上げたアンタたちは人を馬鹿にしてはいないのと言うのですかな?

…などという本音は微塵も顔に出さずにイシマツ幹事長はひたすら猫撫で声で応対する。

「いやいやいや、まったくもってオオタニ先生の仰る事はごもっともではありますが世論の方もいささか風向きが変わって来たようでして…」

その台詞を聞いた途端にオオタニは顔を顰めて明後日の方を睨みつける…

「…あないないい加減な井戸端会議の話を一々相手にしとったら国政の運営なんぞ出来んのとちゃうんかいな?」

オオタニの言う井戸端会議とは電脳空間(ネットの中)で多くのユーザーが利用するニュースサイト『らりるれろ掲示板』の事である。

このニュースサイトは通常の報道とは違い速報性が売りではない。

むしろ他の報道サイトやTVのニュース番組が流した中から注目される物を抜き出して、サイトを訪れたユーザーも参加するカタチで徹底的にニュースの真贋を検証するというスタイルをとっているのが特徴だ。

さらに通常報道機関が招くような『御用評論家』を使った世論誘導型のニュース報道は行わず、内容が明確になっているデータとサイトの参加者たちが多方面から寄せられた意見や質問を基にニュースの中身だけでなく報道内容や公的機関からの発表の信憑性までも検証している事で多くの人からの信用と支持を得ている。

それもあって既存の報道機関からは『単なる井戸端会議の発展形』だと批判されているが、過去に何件かの事件・事故の真相を警察の発表以前に分析・解明をして見せたために、彼らや司法・立法機関の人間たちにとっても簡単には無視できない存在となっていた。

そして、その『らりるれろ掲示板』において最近オルタ世界への援助打ち切りとその裏事情が取り上げられる回数が増えたのである。

そして撤退の判断が日政共賛会の無理強いによって下されたと知れ渡るとネット内での批判の声が一気に過熱し、支援継続や撤退反対の声が広がる事になった。

それと並行して海外に拠点を置く難民支援NPOが日本がこの計画を中断した場合、自分たちが設備等を引き取って支援活動を継続させると表明、それを並行地球群連合本部に正式に申し入れたのだ。

さらに驚くべき事に本来この手の判断が亀運行で有名な連合首脳部が即決でこれを受諾し、日本政府に計画中断の際には施設設備等の取り壊しは行わずに当該NPOに引き渡して欲しいと打診して来たのである。
 
 
…これに頭を抱えたのが与党タンバラ政権であった。

厄介な案件をようやく片付けたと思ったら世論と連合の双方によってそれを蒸し返されてしまったのだから無理も無いが…

「…何の因果でここまでこの問題に煩わされなきゃならねえんだ?」

タンバラ総理はそうぼやいたが、それをどうにかするのが内閣総理大臣の役目であった。

外務省関係者や閣僚と協議の結果、この連合の話を蹴るのは我が国の立場から考えても不味過ぎるとの結論が出た。

そこに加えて知人のセトウチ元議員から何やら耳打ちをされたタンバラ総理は、掟破りを承知で野党連合との合意を反故にする事を決断し、それを野党各党に伝えたのである。
 
 
 
「…せやからと言うてワシらが一度取り交わした約束を平気で破って構わへんと言う事にはならんやろが~~?」

他人と取り交わした約束を自分が破るのは一向に気にしないが、相手がそれを破るのは断じて許せないという固い信念を持つオオタニ幹事長はそう言ってイシマツに迫る。

対するイシマツもそんなオオタニに対して手を握らんばかりの媚びた顔でこう言った。

「オオタニ先生の言われる事は一々御尤もです、私もまさか総理があんな無茶を言い出すとは思っても見ませんでした……しかしながら先生、この件で我々が揉めれば揉めるほど世論は私たち双方に厳しい視線を向けるようになるでしょうし、その結果既存の政治家は当てにならないと考えた人間がまたあのネガマ…いえ、日政共賛会さんやあるいは正道連(保守系右派政党)の方に票が集まるような事になってしまったら…」

かつて文明大改革の前後にこの国で猛威をふるった右派・左派の狂信的勢力の名前を並べたてられたオオタニはクサヤの干物でも突きつけられたかのように顔を顰めて横を向く…

イシマツに言われるまでもなくオオタニも彼ら狂信的右派・左派の勢力に国政を動かされる危険は十分に承知していたし、だからこそ出来ればこれ以上は彼らの議席数が増えるような事になって欲しくは無かった…政権を取った時の自分たちの苦労が予想出来たからである。

「…分かりましたでイシマツさん、確かにアンタの仰る事にも一理あると思う…せやからアンタらが日政さんたちを上手く納得させられる言うんならワシらはこれ以上何も言わへんで」

さりげなく、そして厚かましく自分たちの厄介事を相手に押し付けるオオタニだったが押し付けられたイシマツは涙を流さんばかりの感激振りを装ってオオタニの手を握る。

「いやあ~~~ありがとうございますオオタニ先生!! さすが天下国家を常に考えておられる方は違いますなあ~~~ははは~~」

日政共賛会がごね出したらそれは自分たちの責任だと言われて内心腸が煮えくり返っているのを堪えながらそうお世辞を言うイシマツに対し、にこやかな顔でオオタニは答える。

「いやいや、アンタこそ流石は苦労人やでイシマツはん……せやから次の宴席では食前酒のビールはデュ○ルのトリプルホップにしてや~~」
 
 
…どうやら美食家のオオタニ先生の咽ごしには国産のハー○ランドでは物足りなかったようである。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【電脳空間・ヴァルハラコンビネーション】

「ようやるで、このブタ共は…」

「いやはや…何とも気持ち悪い物を見せつけられた物ですな」

「失礼…どこかにエチケット袋か洗面器はありませんか…もう我慢の限界でして」

料亭に仕掛けた監視システムの映像をモニターしていたモロボシの支援者たちは顔を顰めながら口々にそう言った。

コレがせめて男と女(出来れば女は美人がいい)の密会現場のモニターであればまだしも楽しめるシチェーションだろうが、欲と脂肪で肥え太った政治家同士がお互いの腹の内を隠して手に手を取っているその光景は背後の事情を知っている人間たちにはひたすら醜く気持ち悪い物でしかない。

「…ま、さすがのオオタニ幹事長もまさかあの料亭が我々の管理下にある物だとは気付いていないようですがね」

そう言って口元を歪めるのはこのサイトの主宰者であるハナガタミ氏であった。

「まあそうやろうな、せやけどホンマにようあの店へ誘導出来た物やなあ」

「その辺の事はセトウチ元議員が上手い事総理に仕込みをしてくれたようですがね」

「ふうん、そしたら総理もワシらやモロボシが何をしようとしとるんかは…」

「…ええ、多分わかった上で黙って見ているつもりなのでしょう」

「…これやから政治家っちゅうんは好きになれんのや」

「まあその程度の図々しさがなければ国政を動かすなど出来はしないのでしょうけどね、そんな事よりこの結果を受けたあのネガマル共がどう動くかの方が重要でしょう」

「おそらくあの狂信者たちの事ですから我慢出来ずに何かやらかすかも知れませんな」

「普段から違法な情報操作やサイバーテロを行っている連中ですからね…おそらくは動くでしょう」

「…で、ワシらはどうするんや?」

…そのスミヨシの言葉で周囲の顔も一気に険しくなる。

「…彼らが何をするか、それをまず見極めますか」

「ええ、そしてその後で連中にはその行いにふさわしい罰を与えるとしましょう」

「せやな、ほなら適当な罰を見繕っておくわ」

「お願いします…ああ、それとモロボシ氏の方はどうなってるんでしょうね?」

「どうやらあっちの方も準備は出来ているようですし、問題はないでしょう」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【土管帝国・某所】

「う~ん…やはり今後の事を考えるとフェットチーネかショートパスタを加えて、スープのバリエーションにチキンコンソメの追加は必須かね…」

《チキンコンソメスープはええとしても、ショートパスタ使うようならそらもうラーメンやないで~?》

「そうなんだよねえ…カレーやクリームスープとの相性はいいと思うんだけどさ~」

《あの~~モロボシさん…》

「ん、どうかしたのかねタチコマ君?」

《いいんですか~~こんな事してて~~》

「こらこら、こんな事とは何ですかこんな事とは…食事をしない君たちには理解出来ないかも知れないけどね、およそ美味しい食べ物を提供するという事はこの困窮した時代だからこそかけがえがないほど重要なお仕事なんだよ?」

《モロボシさんの場合は単に食いしん坊なだけじゃないですか~~?》

「……そ、そんな事はない…と思うな多分…」

《すでに自分から腰が引けとるんがなんとも情けない話やなあ~~》

《ですよね~~~って…そうじゃなくてですね~~反乱だか革命だかやるんじゃなかったんですか~~?》

「…はて、何の事かな?」

《何の事かな…って、アンタが自分でやる言うとったやんかモロボシはん~?》

《ですよね~~~、一体どうするつもりなんですか~~》

…やれやれ。
 
 
 
あ、どうも皆さんモロボシでございます。

今後の食糧支援の旗印となるべきラーメンのメニューに関して色々と検討していたら何故かタチコマ君がやれ反乱だの革命だのと物騒な単語を言い出して当惑している私です(笑)
 
 
≪一体どの口がそんなたわ言を吐き出すのでしょうねこの腐れマスター(管理者)は?≫

《せやで~モロボシはん、そもそもアンタが言い出した事やんか~?》

《自分のいい加減さをボクらのせいにするのはよくないと思います~~》

…はいはい、分かりました。

「いいかね君たち、もし仮に我々の側から宣戦布告だの独立宣言だのと言い出したら一体どうなると思うかね?」

《どうなるって、え~とそれは~……》

《せやなあ~~多分モロボシはんは国家反逆罪で逮捕されて裁判で有罪判決っちゅう事になるんやないか~?》

≪いえおそらくそれ以前に逮捕されたマスター(管理者)は精神鑑定を受けさせられて分裂症の傾向ありと判断され白い部屋の中に入る事になると考えられますね≫

…ああそうかよ。

「…つまりだ、こちらから下手に動く事は下策でしかないという訳だよ」

《ふ~ん、でもそれじゃあどうするんですか~~?》

「そりゃ決まってるだろう、向こうが何かやってくれるのを待つんだよ」

《え~~? そんな消極的でいいんですか~?》

《向こうが何もせえへんかったら意味ないやんか~?》

「それならそれでこっちは粛々とこの支援事業をスミヨシ君たちの設立したNPOに引き継ぐだけの事だよ……だからこそ彼らは必ず何かやるだろうね」

《へ~そうなんですか~~?》

《せやけどモロボシはん、何かやるちゅうても一体連中が何するか分かっとるんかいな?》

「ああ、おそらく彼らはこの土管帝国のメインコンピューター…つまりはオシリスにハッキングを仕掛けて大事故を発生させるだろうね、そうすればそんな危険な代物を他人様に譲るなど言語道断という事になって、この土管帝国の全ては目出度く廃棄処分となる訳だな」

《え~? でもでも~~以前にも彼らはそれをやってオシリスさんの防壁を破れずに諦めたんじゃないですか~?》

《せやで~、今更おんなじ事をするかいな~~?》

「ん? ああそれは大丈夫、きっとやるだろうね」

《へ?》

《どうしてですか~?》

≪…さてはまた邪悪な奸計を巡らせましたねマスター(管理者)?≫

…悪かったな邪悪で(怒)

「そんな大それた事じゃないさ、ただちょっとした情報を連中にリークしただけでね」

≪…と、言いますと?≫

「キミのシステム内部にあるセキュリティー・ホールの情報をね♪」

《はあ!?》

《なんですと~~!?》

「それを使ってオシリスのシステムに侵入し、破壊工作用のウイルスを仕込めばここは崩壊、彼らは万々歳という事になるのはまず間違いないね」

《ちょっと~~!! それじゃボクたちも無事じゃすまないでしょ~~~!?》

《アンタ一体何考えてるのや! ワシらを殺す気かいな~~!!》

「ああ…そう言えばそうだったね」

《そうだったね…って~》

《アカンわこの男…もうとっくに壊れとるで~》

≪どうやら私の計算が甘かったようですね…やはりこの男を最初に処分しておくべきでした≫

ふっ…もう遅いのだよ諸君、さてそろそろ餌に釣られた狂信者の手下(ハッカー)がここに手をのばす頃かな?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【電脳空間・ヴァルハラコンビネーション】

「どうやら始まったで」

緊張した声でスミヨシがそう告げると全員がモニター画像に注目する。

「遅効性の時限式ウィルスかと思えば、仕掛けてすぐ効くタイプですか…」

「足などつかないと高をくくっているのか、それとも時間がないと焦っているのか…」

「どっちかっちゅうと後の方やろな、どうやらこの仕掛け屋(破壊工作専門のハッカー)は今まで散々オシリスのハッキングに失敗しとって、雇い主のネガマル共にももう後がないて言われとるみたいやし」

「それでこの急ぎ働きですか…さて、どこまでやる気でしょうね? 解析出来ますか?」

「あ~今やっとるんやけど…こらまた派手やなあ~、連中オシリスを操って全部の土管コロニーを互いに追突事故起こさせて破壊させる気やで」

「…少数ですが、帝国から派遣された人間がいる筈ですよね? もしメビウスが正常に稼働しなければ彼らの命は…」

「それを承知で彼らやモロボシ氏まで…?」

「…そういう事になるわな」

その結論を聞いた全員が声にならない呻きを漏らす。

「…これで決まりやな、連中には相応しい罰ゲームをくれてやらなアカン」

「…どれを使うんですか?」

スミヨシの手元に浮かび上がった凍結ファイルの一覧を見ながらハナガタミはそう尋ねる。

「…これや」

スミヨシが示したファイルの名前を見た彼らは一瞬だけ個体化した後、無言で同意を示す。
 
 
 
『KAYABA_CODE』
 
 
 
それがその凍結ファイルの名称であった。
 
 
 
 
閑話19終り
 
 
 
 
 
【おまけ】

≪第1級警報態勢発令…繰り返します、第1級警報態勢発令…各自緊急対応マニュアルに従って行動してください…≫

《たいへんだ~~たいへんだ~~》

《えらいこっちゃ、えらいこっちゃ》

「いや~~みんな忙しそうだねえ~~」

《モロボシさ~ん、そんな呑気でいいんですか~?》

《せやせや、やる事ないんやったら早いとこ避難でもしたらどうなんや~?》

「避難…? どうして?」

《へ? どうしってって…》《はあ?何でそないに呑気なんや?》


…それは次回のお楽しみ(笑)
 
 
 
 
 



[21206] 閑話その20「土管帝国の反乱(後編)」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:54946937
Date: 2013/01/09 22:28

閑話その20 「土管帝国の反乱(後編)」
 
 
【日本民主主義人民共和国・東京 首相官邸】

「緊急に集まって頂いて申し訳ない」

そう口火を切ったのはこの官邸の主、内閣総理大臣 タンバラ・テツオであった。

そして極秘裏にその場に招かれた面々、国会与野党の党首や幹事長たちは困惑と疑念を含んだ視線を首相に向けるが、野党第一党の党首が彼らを代表するように質問した。

「総理、我々をこの場に…それも秘密裏に集められたという事は何か重大な事態が発生したという事ですかな?」

「ええ、極めて重大な事態が発生しました」

あっさりと総理がそう告げた事で一瞬その場にざわめきが走るがすぐにそれはおさまり、総理の次の言葉を待つ。
(これがTV中継される国会の中なら彼らは自分をアピールするために無意味な喚き声を張り上げるところだが、非公式の密談の場でそれをやったら只の愚か者でしかない)

「…昨日の事ですが、例の連合の支援事業を行っている並行世界の基点観測員との連絡が途絶えたという報告が入りました」

その一言が意味するところを全員が理解するまで数秒かかった。

「…その…総理、連絡が途絶えたという事はつまり」

「そうです、向こう側で何らかの重大事故が発生し、わが国と向こう側とを繋いでいる超空間アクセスが切断されたのです」

その言葉で今度こそその場にいた人間たちは騒然となる。

「一体何があったと?」

「現場にいた基点観測員の安否は!?」

「いや、それだけではなくて確かあそこには向こう側の協力者も何人かすでに…」

「では彼らの身にも…」

「いずれにせよ詳しい状況が分からなければ…」

「不味いですな…これは我が国の国際的な評価にも…」

「それで総理、一体何が起きたのか判明しているのですか?」

自分に向けられた質問に対し、僅かに沈黙した後でタンバラは答える。

「…それに関してですが、向こう側で作業を遂行している人口知性体『オシリスⅢ』から今朝がた第三国経由で連絡が入りました」

「第三国経由…?」

訝しげにそう聞き返す野党党首に向かって意味ありげな視線を向けながら総理は説明という名の爆弾を投げる。
 
 
 
「オシリスからの連絡によれば何者かがオシリスのシステムにハッキングを仕掛け、スペースコロニーの制御系システムを乗っ取ってコロニーを破壊、もしくは地球に落下させようとしたそうです」
 
 
 
 
「「「「「「な…!!!!!!」」」」」」
 
 
タンバラ総理の言葉でその場にいた全員が固まった。

「基点観測員の任に就いているモロボシ氏が身の危険を省みずに迅速な対処を行ってくれたため、ラグランジュ点に設置されたコロニーが地球に落下するという最悪の事態は回避されましたが…結果モロボシ観測員本人のいたコロニーの方が対処の遅れで破壊され、現在彼の生死は不明…現地状況から見てほぼ生存は絶望的と考えられます」

淡々と告げられる経過にその場の空気は深刻さを増していく。

「…さらにもう一つ、深刻な知らせがあります」

「まだ、他にも何か…?」

この上、一体何があるのかと聞いた出席者たちにタンバラ総理が告げた言葉は予想の斜め上を行く物であった。
 
 
 
 
「オシリスが、わが国からの独立を宣言しました」
 
 
 
 
「……はあ?」

「どく…りつ、ですと?」

「何故…その…」

「一体…どうしてそんな事をAIが?」

口々に困惑と混乱を現す出席者の中で、ただ一人だけ心の中で油汗を流す男がいた。

その男…日政共賛会代表 ワガ・ヒデロウは内心でこう叫んでいた。

(馬鹿な…! 一体誰がこんな真似を…確かにあの碌でもない世界への援助という過ちを止めるための工作は許可したが、こんな大事にしろとは一言も…しかも…しかもあのコンピューターが独立を宣言しただと…一体何がどうなっているというのだ!!)

その様子を横目で確認しつつ、タンバラは話を続ける…

「その理由ですが…本来オシリスは高度な都市建設を目的として製作された建設用AIで、その自律能力は都市の設計・建設のみならず都市の自律的な管理運営までも可能と言われています。
そしてその高度な自律システムが今回の『独立宣言』を必要だと判断したらしいのです」

「…と、いいますと?」

「オシリスは今回の事態が発生した際、事故への対処を行うのと並行して自分のシステムに侵入したウィルスの送り先を発見、そのハッカーの電脳にアクセスして相手のシステムをロックしたそうです。
同時にその電脳の内部を検索した結果、『わが国の一部政治勢力』からの指示によって今回の電脳テロが行われた事を知ったというのです」
 
 
その場の全員が何とも言えない顔で沈黙し、無言で顔を蒼ざめさせているワガ代表の方に氷のような視線を向けた。
 
 
「オシリスは自分の知り得た情報を我々政府に送り付けると同時に、今後もこの政治勢力による妨害やテロから自分のシステムと支援事業を守るためにわが国から独立し、今後は連合や支援NPOのサポートの下で活動するのが最善の道だと判断したのだと言っているそうです」

「い…いやしかし総理、まさかそんな馬鹿げた話を受け入れるつもりではありますまいな?」

出席者の内の一人がそう訊ねるが、タンバラは難しい顔で言う。

「無論のこと我々としてはそんな事は到底容認できません、仮に本当にわが国の中に今回の事故を画策した人間や組織が存在したとしてもそれは警察の捜査と司法の判断によって決着させるべき事であり、独立だのという話を正当化したりましてやそれを認めるなどあり得ません。
…ですがすでに我が国と向こう側との直接の連絡は絶たれ、同時に中立地帯に属する並行基点(地球)にあるNPOとオシリスが連携して作業を始めているらしく、しかも連合が…この現状を容認すべきではないかとの意向をつい先ほど伝えて来ました」

「馬鹿な…!」

「そんな! それでは我が国の立場という物が!」

「一体どうしてこんなに迅速に連合が対応を…?」

「…我々政府としてもそのような訳にはいかない、これは本来我々が遂行して来た作業なのだからと伝えはしましたが…向こうは『どうせ破棄される計画だったのだから別に構わないだろう』と言ってきまして」
 
 
…またも気不味い沈黙が部屋を満たし、白い視線がワガ代表に向けられた。

そしてそんな雰囲気を更に悪くするようなニュースがタンバラの口から告げられる。

「それで、オシリスが知らせて来たテロの実行犯と思われる人物ですが…電脳警察の捜査員たちが通報通りの場所で電脳をロックされた男の身柄を確保、現在治療と並行して取り調べを行っています」

「それで…その、オシリスが言った通りの結論が…?」

「いえ、確かに疑わしいと思われる個人名や団体名は出ているらしいのですが…いまだそれらと今回の事件を直接結びつけるような物は出ていないようです。
おそらくこの男は何処かに自分専用のサーバーを保有し、それを使って今回の事件を起こしたのではないか…というのが現在のところの警察サイドの見解ですな」

「ではもし、そのサーバーや物証が発見された場合は…?」

「無論、厳正な法の裁きにかけられるべきでしょうな…たとえそれが誰であっても」
 
 
自分の言葉で気不味げな表情を交わし合う出席者たちを見まわしながら、タンバラ総理は腹の中で呟いていた…

(やってくれたなあの男…)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【電脳空間・ヴァルハラコンビネーション】

「…どうやら引っ掛かったで」

「まったく…呆れるほど幼稚な連中ですね、まさかこんな簡単な罠にのこのこと…」

「無理もないだろう、あのサーバーを特定されて中身が暴かれれば自分たちの身の破滅だからな」

「なんせ大量殺人にまで発展しかけたテロの首謀者やからな~~、そら焦るやろ」

「焦るくらいなら初めから何もしなければいい物を…一体何を考えてこんな馬鹿な真似をしてるんでしょうね彼らは?」

「…モロボシが言うとったわな、別に連中は何か考えてやっとる訳やないて」

「ほう?」

「連中の頭の中にあるんは自分たちが『許せない』と思う人や出来事を糾弾したり叩き潰す事でさも自分らが『立派で正しい人間』であると周囲に思わせたり、自分自身がそう思い込みたがったりしたいという欲求だけなんやと…」

「…子供ですね」

「…子供以下ですな」
 
 
 
…それ以上は彼らは何も言わない。

言えばそれは自分たち自身に対する罵詈雑言でしかなくなると理解していたからだ。

何故なら彼らネガマルに権力を与えたのは他の誰でもない、自分たち有権者自身なのだから…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【日政共賛会 本部ビル】

テロ事件の実行犯が残した電脳空間の中にある一基のサーバーにアクセスし、解析を試みようとしている人間たちがここにいた。

「…まだか!?」

「もう少し待って下さい代表…コレは慎重に解錠しませんと」

「防壁用の電脳を使用しているのだろうに何をモタモタしている! 警察がコレを発見する前に全て消去しなくては…!」

「まさか…こんな大事に発展するとは…」

愚痴でもこぼすかのように誰かが言ったその台詞に、その場にいた人間たちのリーダー…日政共賛会のワガ代表はかっとなって怒鳴りちらした。

「馬鹿者! そもそも貴様らがあの男に度が過ぎた破壊工作など指示したからだろうが!」

その言葉で全員が首を竦めるが、内心では誰もが思っていた。

(そもそもアンタが何としてでも事故を発生させて支援作業を頓挫させろと言ってたんじゃないか!?)

だがそんな周囲の心の声などワガには聞こえない。

彼の現在の心配事は目の前にあるサーバーに収められているであろう自分たちと捕まったハッカーとの関係を示すファイルにある。

もしそれが警察の手に渡れば自分は犯罪者…いやテロリストとして牢屋に入れられるだろう。

(…冗談ではない! 何故我々がそんな目にあわなくてはならないのだ!! そもそもあの世界への支援事業自体が過去の歴史に学ぶ事がない連中が始めた過ちだというのに…!)

およそ自分の行いに対して露ほどの反省も見られない脳内発言を続けるワガ代表だったが、サーバーのロックを解除していた男の声で我に返った。

「…代表、どうやら開いたようです」

「! そうか!! よし、中の解析を始めてくれ」

「はい!」

これでどうやら身の安全が確保出来た…そう思って安堵で気が抜けたワガが周囲を見渡した時、何かおかしい事に気付く。

「…おかしいな、一体いつの間に夜になったのだ?」

電脳空間から視覚アクセスを外して周囲を見ればいつの間にか外は暗くなっていた。

「変ですね、まだそんな時間ではないはずですが…ん、何だ今の音は?」

部屋の外で何かが壊れるような音が聞こえ、それを気にしたスタッフの一人が様子を見ようとドアを開けて外に出ると…
 
 
「ぎぎゃああああああああああああああ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!!!!!!!!!!!」
 
 
「な! 何だ!! 一体何があった…ひいいいいいええええいいああ!!@&?#¥*+……」

凄まじい絶叫に驚いたワガや他の人間たちが部屋の外に出ると……そこにいたのは先程のスタッフや他の党員たちの身体を口に咥えて咀嚼する異形の怪物の群れであった。
 
 
「あ…あ…ひ…ひいい…」

恐怖におののき身動きが取れないワガに向かって怪物たちはゆっくりと向かって行くのだった…
 
 
 
…数時間後、通報によって駆け付けた警察と救護隊が発見したのは電脳の暴走によって急性電脳中毒(トリップ)に陥った日政共賛会の議員や党員たちであった。

さらにその現場から件のテロ事件に関係したと思われるサーバーへのアクセス記録が発見され、後にワガ代表を始めとする党役員全員が警察の事情聴取を受けることとなり…後日彼らはテロ容疑で身柄を拘束される事となる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【土管帝国・某所】

「…それで、一体連中は何をやったのかね?」

『それですが…どうやらあのカヤバ・アキヒコの製作したシステムコードを使用した仮想空間に日政共賛会の人間たちを引き摺りこんだようです』

「なんとまあ…テロリストをお仕置きするのに自分がテロを起こしてどうするんだよ…」

『死人は出ませんでしたし、おあそらく全員が二三ヶ月ほどで回復するでしょう……もっとも回復しない方が彼らにとっては幸せかもしれませんが』

「まあね(笑)、なにせ回復後は警察検察の取り調べやら裁判やらが待ってるだろうし…」

『詳しい経緯はレポートにしてそちらに転送してありますので、それを見て下さい』

「分かった…それじゃまた」

『了解です、では』
 
 
 
…やあれやれ、全くあの連中ときたら加減て言葉を知らないのかね。

え? 何でお前が生きてぴんぴんしてるのかって…?

いや別に驚くような事でもないでしょ? そもそもあのテロはこっちが誘導した『やらせ』ですよ?

当然の事として我々の安全は確保した上での事でしたとも(笑)

《だったら最初からそう言ってくれればいいのに~~~》

《慌てて損したでホンマに~~~~~》

≪やはりこのくされマスター(管理者)を一刻も早く処分しなくてはなりませんね≫

ネガマル同様まんまと騙されたうちのAIたちがぎゃあぎゃあと文句を言ってるけど…いいじゃないかドッキリか何かだと思えば。

《それで~~結局のところあのハッカーさんが侵入したのって、モロボシさんが用意しておいたダミーシステムの方だったんですか~~?》

「そういう事、こんな事もあろうかと…ってノリでシオン君が作っておいてくれたんだよ」

《そんでまんまとダミーに引っ掛かったハッカーの電脳をロックしておいて~~あたかもホンマにテロが成功したかのような情報を流して独立を正当化させたっちゅう訳かいな~~~》

≪しかもその偽情報で浮足立ったネガマルの首魁たちを罠に嵌めて一網打尽とは…実に悪どい手口ですねマスター(管理者)?≫

「…言っておくけど、あの連中にあそこまでやったのは私じゃないよ」

いやホントに私はあそこまでやるつもりはなかった…というかまさかスミヨシ君たちがあそこまでやるとは思わなかったんだ。

確かに連中は頭がおかしいし、故意に人を死に至らしめようとするような人間はそっくり同じことをやり返されても文句は言えないとは思うが…だからって何も『あの』カヤバ・アキヒコの作ったシステムなんか使わなくてもいいじゃないか。

そう、スミヨシ君たちがネガマルにお仕置きするためにハッカーのサーバーに仕掛けたウィルスソフト…それはかつて人類史上最大最悪と言われた電脳テロ事件の首謀者カヤバ・アキヒコが製作した物だ。

一般に『S.A.O事件』と呼ばれる史上最大規模の電脳ハッキングテロ事件……ネットゲームに参加したユーザーたちの電脳を乗っ取り、そのゲーム世界の中で死亡した人間は現実世界でも脳波が停止するという恐るべき事件において使用されたプログラムコードを使ってネガマルたちの電脳をハッキングし、彼らをまりもちゃんと同じ目に遭わせたりタケルちゃんが味わったのと同じ恐怖を与えたりしたようだ…

さすがに命までは取らなかったらしいが、その代わり死んではまた違うシチェーションで同じような目にあわせるようにプログラムしたらしい。

シオン君が転送してくれたファイルに目を通すと、スミヨシ君たちが連中に『体験』させたシチェーションの一覧が記されていた。

「光州作戦、九州防衛戦における避難民…更には98年の横浜か…まさしく地獄のオンパレードだなこれは」

私とオシリスの活動を停止させた結果、助けることが出来ずに犠牲になった人々と同じ設定であの地獄の帝国本土防衛戦を体験した感想を是非ともネガマルの皆様にお聞きしたいところだ。

「…ま、これであの連中はもう何も出来ないだろうね」

《ほなこれでめでたしめでたしやな~~》

《これでボクたちも安心して霞ちゃんと遊べますね~~》

「…気楽でいいね~~君たちは」
 
 
残念ながら私の気分はそこまでお気楽にはなれそうもない。

確かにこれでネガマルによる妨害工作は無くなった…しかしおそらく政府が我々土管帝国の独立を正式に承認する事はあり得ないだろう。

国としての立場や面子から考えてもそんな事は出来ないのだ。

おそらく今回の『不祥事』による騒ぎが静まるまでは我々の事を放っておくだろうが、いずれは真相を察知して(というか首相あたりは最初から知っているだろう)私の首根っこを押さえにかかるのは確実だ。

それが1年先のことか、あるいはもっと早いか…いずれにせよ時間との競争になるのは間違いない。

それまでに何とか桜花作戦…いや少なくともH21攻略だけでも成功させなくてはならない。

「南の島でバカンスを楽しんだらもう後は休みなんか取れないだろうな~~」

そう呟いた時、私はまだ知らなかった…その夏休みさえも途中でダメになってしまう事を。
 
 
 
 
 
閑話20終り
 
 
 
 
 
【おまけ・再就職先は大丈夫?】

「そうですか、それでは諸星は自らの祖国の法に…」

《はい~~多分向こうに帰ったら裁判とかになっちゃうんじゃないかと~~》

「心配は無用ですよ駒太郎、それならばこの悠陽が彼の者を改めて正式に召し抱えましょう」

《ホントですか~~~じゃあボクも殿下とずっと一緒にいられるんですね~~~》

「言うまでもありません、そなたはいつまでも我が許にいて良いのですよ?」

《わ~い、わ~い》

「…はあ、頭が痛い」(真耶)
 
 
 
 
 



[21206] 閑話その21「並行地球群連合」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:54946937
Date: 2013/01/27 20:57

閑話その21 「並行地球群連合」
 
 
【基点0 旧地球(Old Earth) N.Y.市・並行地球群連合本部 理事会議室】

その場に集まっていたのは1千億を超える人類社会の頂点に立つ者たちであった。

白人、黒人、黄色人種…様々な人種、民族、宗教の人間たちによって構成された人類社会の最高意思決定機関・並行地球群連合最高理事会議のメンバーたちである。

 
 
「…では日本政府はあくまでも今回の件に関してこちらの提案を受け入れるつもりはないと?」

「それは無理もないところでしょうな、国家としての威信に関わるのですから」

「ですが同時に彼らは無理矢理オシリスの制御を取り戻そうとはしていないようですが…」

「取りあえず今回の失態のほとぼりが冷めるのを待つつもりでしょうな、まさか自国の政治家たちによってテロ事件が主導されたなどというあってはならない事が起きたのですから」

「少なくとも当分の間はオシリスが自動的に行う作業を見守る事になるでしょう、日本もそして我々も」

「自動的に…ですか」

そう一人の理事が呟いた言葉に周囲の視線が集まった。

「何か気になる事でも?」

「基点観測員3401号 モロボシ・ダンですが、彼は本当に死んだのでしょうか?」

「さて…オシリスの報告が正確な物であればおそらく生存は絶望的だと思われますが」

「彼が生きていると言うのかね? またどうして?」

「彼は元々あの世界への積極的な支援を主張していた集団の代表的な人物でもあった。  もしも彼が自国の政府の方針に不満を覚えてわざと死んだふりをしているとしたら…?」

「さて、そこまでしますかな?」

「あり得ないとは言い切れんでしょうし、調査してみる必要がありますかな」

「…それはどうでしょうか?」
 
 
モロボシの生死に関して疑問の声が出され調査を求める声が上がった時、一人の若い理事が声を上げた。

「ほう、ウェイバー卿は調査に反対なのですか? 先般この件で日本政府からの計画移転に関して必要という意見を出されたのはあなただったと記憶していますが…?」

「…確かにそうですが、この件に関してあまり我々連合首脳部が直接深入りしない方がいいとも思っていますので」

「それはまた何故?」

「本来我々最高理事会はこの支援に対して消極的でした。 それは過去の事例に鑑みてあまり起源の異なる人類社会との接触は好ましくないという見解に基づいていたからです。
それにも関わらず日本政府や一部の熱狂的NPOのいわば暴走によってこの支援計画は実行に移されたのです。
それがこともあろうに支援を始めた日本政府が途中で支援を中断しようと言い出し、それを我々の主導によって国際NPOに事業を引き継がせるという負担を発生させたのみならず、一部政治勢力の暴走によってテロ事件までも引き起こされた……このような無責任極まる話に何処までも首を突っ込めばいずれは我々理事会にまで愚かしい災いの手が及ばないと言えるでしょうか…?

今回の我々の処置によって支援事業自体は実質国際NPOの手に委ねられたのですから、日本の起こした災厄の後始末は全て彼ら日本政府自身に行わせるべきだと考えるからです」

「ふむ…」

「先日私がこの支援計画に関して急ぎ対応すべきだと主張したのは、あくまで我々連合の名の元に行われていた支援が無責任に打ち切られるような事態は看過できないと考えたからですが、だからと言ってこの問題に無制限に深入りすれば他の多元世界への関わり方にも影響が出るでしょう…それは逆に問題の数を増やすだけではないかと思いますが?」

ウェイバーのその言葉で会議室の全員が難しい顔になる…

本来、彼ら連合理事会は他世界との関わり合いを可能な限り行わないのが慣例である。

それは過去において異なる起源を持つ世界の人類に手を差し伸べた結果、双方に誤解と軋轢を生じさせた苦い経験によるものと、もう一つ深刻な理由が存在した。
 
 
 
『時空管理局』
 
 
 
次元世界と呼ばれる並行世界とは違う多元世界を統括管理する組織との接触や衝突を彼らは回避したかったのである。

「…あの世界に時空管理局が干渉するという可能性はないのかね?」

「現時点でその可能性は限りなくゼロに近いだろう、彼らが支配している『次元世界』と我々の『並行世界』では同じ多元世界ではあっても基本的に事なる物だからな」

「ならば…下手に手を出す必要もなかろう、出したところでメリットがある訳でもない」

「確かに、我々としてはいずれ起きるであろう時空管理局との全面衝突までは余計な荷物は増やさない方が得策でしょうからな」

「彼らが使用している『魔法』テクノロジーだが、我々の方の研究は進んでいるのかね?」

「そうだな、ミョウガタニ博士が予見した『相克渦動励振現象』の実証が未だに不完全ではな…」

「しかし、だからと言ってあの馬鹿げた『聖杯戦争』をまた継続するなど真っ平だぞ?」

「フユキ市の渦動レセプター『大聖杯』は未だ存在しているが、これはどうするかね?」

「事象の根源とやらに接続出来るとかいう数少ない遺構なのだろう? 廃棄するのも惜しいのでは?」

「…いえ、アレに関して言えば下手に存続させるよりは完全に破壊した方がよろしいかと」

「ほう、何故かね?」

「あの『大聖杯』は過去の実験が原因でその機能が完全に狂っているからです。 下手に直そうとしてまたあの大惨事を招くような危険を冒すべきではないでしょう」

「だが、そうやって安全ばかりを考えていては何も出来んぞ? あのウミナリ市で発生した現象…あれこそ我々が求める『サイブレイター』と同種の代物に違いないのだ、それを既に彼ら管理局は手に入れているのだぞ?」

「だが彼らはそれを積極的に使用する様子はない、むしろ封じ込めるような動きをしている」

「おそらくは不安定で使用したくても出来ないのだろう…あの事件で彼らが『ジュエルシード』と呼んでいた物は」

「ならば我々が先に制御可能な『物』を作り上げればいいだろう、そうではないかね?」

「だとすると当分あの『時計塔』や『穴倉』の狂的研究者たちは野放しですかな?」

「仕方あるまい、彼らでなければアレの理論すら分からんのだからな」

「……あの『白い悪魔』さえこちら側に取り込めればいいのだがね」
 
 
一人の理事が呟いたその言葉に誰もが複雑な顔をする。

『白い悪魔』とは本来自分たちの世界の人間でありながら時空管理局の一員として活動している一人の日本人少女のあだ名であった。

『白い悪魔』『魔王』『人型魔砲兵器』『正義の味方』…数多くの勇名を冠せられたその少女『タカマチ・ナノハ』は彼ら連合理事会にとって目の上のタンコブであると同時に過去の汚点の生き証人でもあった。

かつて、日本の海鳴市という場所に彼ら次元世界からの漂流遺物が落下して発生した『海鳴事件』において、彼ら連合首脳たちはある実験を行った。

落下して来た物を追って来た次元世界からの回収者(小動物の姿をした知的生命体?)と契約した一人の少女が『魔法』と呼ばれる原理不明な力を行使して落下物と、それによって引き起こされたと思われる災害に対処しているのを発見、その事実を知った連合理事会の面々は、それによってどのような事態や現象が引き起こされるかを『観測』するために当事国である日本政府にも知らせずに海鳴市を監視下に置いた。

そして密かに裏から手を回し、あえてその落下物『ジュエルシード』が力を発現させるように仕向けたのである。

だがその結果、下手をすれば日本(つまり地球一つ)が消滅しかねない災害を引き起こしかけ、それに恐れをなした理事会は全てに知らぬ存ぜぬを決め込んだのであった。

(途中で実は知っていましたと公表して、結果全てがバレたら自分たちの身の破滅になるからだ)

そして事件後、その『魔法』技術を取得した少女タカマチ・ナノハは時空管理局の一員となって働き始めた。

当然、彼ら理事会は彼女が手に入れた力と技術を手に入れたいと考えたが、過去の事情から自分たちが報復されるのではという恐れと結果的に時空管理局と直接対話(もしくは対決)しなくてはならないという危機感から今日までそれは果たせないでいたのである。

(ちなみに彼女の家族や友人関係者を上手く利用、もしくは脅迫して事を進めようとした場合は世にも恐ろしい結果が待っていたのだが、それに関する具体的な描写は割愛させていただきます)
 
 
 
「…いずれにせよあの時空管理局と正面から向き合うには我々の側の準備が足りな過ぎる。  やはり当面は現状を維持したまま相克渦動励振現象の解明に努め、『サイブレイター』の開発を実現させるよう努力すべきだろう」

気不味い沈黙を誤魔化すかのように出席者の一人が漏らした言葉に全員が頷き、それがその場の結論となった。

そして上手くこの場の議論の方向を逸らせる事に成功した一人の若き理事、ウェイバー・ベルベットは心の中で安堵の溜息をついていた。

(…さて、これで問題はないだろう。 どの道あの世界への援助はここにいる連中にとっては取るに足らない瑣末事だからな…管理局といういずれは全面対決を覚悟しなくてはならない相手の件に比べればそれこそどうでもいい話な訳だ。 いずれにせよこれであの男に頼まれた件は終わりだ…後は奴自身があの地獄の世界に骨を埋めようがこちらに戻って裁判にでもかけられようが僕の知ったことじゃない)
 
 
ウェイバーの考えた通り、彼にとってこの件はこれで終了となった。

数年後、一人のあくまによって脅迫され冬木市の『実験場』を『無害化』する仕事をやらされた時に、自分と同じく彼女に脅されてやってきた男と再会するまでは…

だが、それはまた別の物語である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【型月区・三咲町 某路地裏】

「…以上が盗聴記録の全てです」

自らが盗聴した連合理事会の会話記録を再生し終えたシオン・エルトナムは通信相手にそう告げた。

『あ~~ごくろうさんシオン君、無理言って済まなかったね~~…よっと、これはここで…』

「予想通りといいますか、連合理事会にとっては今回の一件は心底どうでもいいと考えられているようですね」

『ああ、それはそうだろう…別段戦略的に脅威でも何でもなくて放っておけば害になる事もない世界のことだからね~………ふんっ! こっちに…ふうっ』

「いずれにせよこれで日本政府が強引に動かなければそちらへの援助は自動的に継続される事になったと考えていいでしょう」

『そうだね、もちろんいずれはここに手が届く時が来るだろうけど多分それには後一年くらいは必要だろうし……ふむ、これでいいか』

「…あの、先程から一体何をしているのですか?」

『ん? ああ、ちょっとお店にカラオケセットを設置しようと思ってね♪』

「はい?」

『いや~帝国ではあまり流行ってなかったけどこっち(主に米国)ではそれなりに人気があるんだね~~カラオケってさ』

「はあ…そうですか」

『だからまあ、自分の店にも置いて見ようかな~~って、そう思って『ミューザー』を一台設置してるんだよ』

「ミュー…あの万能シンセサイザーをですか!? それは確かにカラオケセットとしても使えますが…」

『いやなに、演奏を楽しみたい人とかいた場合には楽器にもなってくれると思ってさ』

「………これではどちらが平和でどちらが破滅の手前にいるのか分かりませんね」

『おや、どうかしたのかね?』

シオンの声に深刻な翳りを聞きとったモロボシはそう訊ねた。

「彼らは…連合最高理事たちは本気で戦争を起こすつもりでしょうか?」

「……」

「彼らが我々や倫敦の『違法研究』を見逃して、いえむしろけしかけているのはひとえに『相克渦動励振現象』の解明とその実用化にあるのでしょう」

『…だろうね』

「そして彼らはその成果である『サイブレイター』が完成の暁にはあの『時空管理局』と全面戦争になっても勝利出来る…おそらくそう信じているのでしょう」

『君はそう思っていない訳かね?』

「当然です、彼ら管理局の保有する『ロストギア』と『サイブレイター』が全面戦争の道具として用いられた場合の結末は……ほぼ100%に近い確立で双方の世界の『消滅』で終るとの計算結果が出ています」

『だからキミはあのオシリスを設計した訳かな?』

「…」

『アレを設計した当時の君はいずれ必ず人類は自らを滅ぼすだろうという結論に囚われていた。 だからこそそれが滅びた後、自分たちとは違う何者かによって人類の文明や文化が継承されるための保管庫とその管理システムを作ろうと思いついたのではないかね? まあ、結局はそれが余りにも虚しい行いだと気付いて止めたのだろうけどね』

「…ではあなたはどうなのです、『オシリスⅢ』をあの世界に持ち込んだ本当の動機はあの世界が滅んだ後でその文明と僅かな人類を存続させるためですか? あるいは逆に我々の世界が滅んだ後、その文明や文化を彼らの世界に移植し、存続させる事だったのですか…?」

『まさか(笑) そこまで深慮遠望を巡らせる事が出来る男じゃないよ私はね……確かに結果としてそうなる可能性もない訳ではないだろう。 だがいずれにせよ我々の世界もそしてこの世界の人類もまだ滅ぶと決まった訳じゃないし、どこかに未来に繋がる道は残されていると思いたいね』

「楽天家ですね、貴方は」

『でなきゃやってられないよ…こんな事はね』
 
 
 
 
 
 
 
 
通信を終えた後、シオン・エルトナムは一人考え込んでいた。

モロボシたちの計画は取りあえず危機を脱したと言っていい…

だがしかし、自分たち自身が生きるこの世界はそうではない。

余りにも巨大化し過ぎた二つの文明世界、自分たちが属する『並行地球群連合』と次元世界を統べる『時空管理局』との対立は確実になりつつあるようだ。

(少なくとも我々人類の歴史上において二つの巨大文明が接触した場合、そこに距離という防壁が存在しなければ戦争は不可避と言って良かった…だからこそ連合理事会も戦争の勃発を前提に準備を進めているのでしょう)

だがしかし、とシオンは最大の懸念を思い浮かべる。

(かつて『海鳴事件』で彼ら管理局が回収して行った『ジュエルシード』と呼ばれる物…あれはおそらく我々が探求している『相克渦動励振現象』を発生させる事が出来る……つまりは我々の世界が実現を目指している『サイブレイター』と同種のユニットなのでしょう。
おそらく時空管理局はそれらを制御出来ない危険物と定義して回収作業を行っているのだろうが、もし我々がサイブレイターの開発に成功すればそれを…いや、我々の世界それ自体が危険だという建前で自分たちの『管理下』に置こうとするでしょう。
そして当然の如くその要求を跳ねのけると同時に我々の世界も彼らに対して公然と対立…いえ、おそらくは宣戦布告を発する事になる…そして両者の対立が行き着く結末は……)
 
 
かつて彼女は幾度となくその結末について考察と計算を重ねたが、その都度最も高い可能性のある結末は双方の世界そのものが『壊滅』もしくは『消滅』するという物であった。

(ですが彼は…モロボシ・ダンは別の可能性を見ているのでしょうか? あの破滅に瀕した世界を救う事が我々の世界の未来にも繋がると考えて…それとも彼は全てを成り行きに委ねればいいとでも思っているのか…)
 
 
「ただいま~~シオン~~~」

「…お帰りなさいサツキ、仕事の方はどうでしたか?」

帰宅した同居人の声で我にかえったシオンはそう返事をした。

「も~~~大変だったよ~~~コハクさんがおかしな実験のモルモットにわたしを使おうとしたり、シエル先輩がいきなり突入して来て全部壊しちゃったり~~」

「…あの屋敷の仕事を手伝えばそうなると事前に忠告したはずですが?」

「それは…そうなんだけど~~~」

「シキには会えましたか?」

「…ううう~~~~~」

片思いの相手と話たい一心で危険な(?)バイト先に通う友人のイジケる姿を何処か微笑ましく感じながらシオンは思った。

(…たとえどれほど愚かしく短絡的な生物であったとしても、人間は決して滅ぶべき存在ではない…このサツキのようにたとえどのような境遇に陥っても前向きに生きようとする者もいるのですから。
私も悲観的に考えるばかりではいけないのかも知れない…彼を見習おうとは思わないが、もう少し明るい未来を予測してもいいのかも知れませんね)

無邪気に恋に悩む同居人を見ながら自分が予測した暗い未来を打ち消すように、シオン・エルトナムは笑顔を浮かべていた。
 
 
 
 
 
 
閑話21終り
 
 
 
 
 
 
 
 
【おまけ】

「ね~~シオン~~~リーズさんが帰ってきたら御飯だよね~~、今日は何にする~?」

「そうですね…ツナ缶がまだあったと思いますが、ツナマヨ丼はもう飽きましたね…」

「実はコハクさんからツナリゾットのレシピをもらって来たんだ~~、これやってみない~?」

「それはいいですが、それには普通トマトとかが必要になるのでは?」

「うん、それでね、一緒に家庭菜園で採れたトマトもつけてくれたんだよ~~」

「…! ま、まさかあの植物園で採れたトマトですか…?」

「うん、そうだけど?」

「……食べられるのでしょうか? そのトマトは…?」



 
 
 



[21206] 第1部 土管帝国の野望 第64話「ロシアンティーを金柑で」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:54946937
Date: 2013/03/03 12:37
第64話 「ロシアンティーを金柑で」
 
 
【2001年6月15日 アラスカ・ユーコン基地 XOS計画戦術機ハンガー】

「どうやら貴様の思惑通りに事が進行しているようだな、諸星大尉」

「そうですね~…残念な事に」

「フン…全くだ」

自分たちの予想や思惑通りに事態が進行しているのに、一体何が不満なのかと聞き返されそうな意味不明な会話を交わしているのは猪川少佐とモロボシである。

「既にソ連側からは水面下での工作が始まっているようですね」

「ああ、やはりカムチャツカでの防衛にかなりの負担が圧し掛かっているのは間違いない、このまま行けば遠からず貴様が予想した提案を表に出してくるのは確実だろうな」

「だからこそあなたに色々と無理をお願いして来たのですが、どんな様子ですか?」

「アフリカや豪州の部隊は駄目だろうな、実戦経験がないだけではなく衛士や部隊の錬度自体が低過ぎる…いくら機体やOSが優秀であろうが所詮動かすのは人間だからな」

「だとすれば適任なのはやはり…」

「中東、統一中華、大東亜連合、そしてアルゴスか…ブリッジス以外は全員が歴戦の勇だからな」

どこか苦い物でも噛み締めるような顔で猪川は言う。

そしてそれが伝染ったかのような表情でモロボシも頷いた。

「…仕方ないでしょうな、ソ連が下手に意地を張ってカムチャツカを失うよりはマシでしょう」

「フン、プライドと現実の調整すら出来ん無能な白クマ共の尻拭いまで手配せねばならんとはな、つくづく面倒な任務を与えてくれた物だ」

「だからこそあなたのような人が必要だったのですよ少佐、申し訳ありませんがよろしくお願いします」

ロシア人への偏見一歩前…どころではない危険な問題発言に苦笑しながらそう宥めるモロボシの言葉にますます顔を顰める猪川であったが、ふと気になっていた事を訊ねる。

「それで、その『遠征』が現実になった場合、貴様はどこでどう動くつもりだ?」

「はあ? いやもちろん私も同行するつもりでいますが?」

何を今更…といった顔でそう答えるモロボシを何故か呆れたような視線で一瞥してから猪川は呟いた。

「フン、占い師というのは自分自身の事は占えないというのは本当らしいな」

「はい?」

何の事かと聞き返すモロボシに猪川は答えず、別の話題を切り出した。

「気にするな、ただの一人言だ。 …それよりあっち(不知火弐型)の改修作業は順調のようだな」

「ええ、篁中尉やブリッジス少尉がいい仕事をしてくれてますし、ハイネマン氏も新型パーツの取り付けが予定通りのペースで進行しているのでホクホク顔でしたね」

「…あの男、裏ではソ連側と何やら色々画策しているようだがな」

猪川のその言葉でモロボシの目に初めて鋭い光が灯った。

「さすがに良く御存じですな」

「当然だろう、これでも情報部の人間だぞ。 …だが貴様がそれを知っていて何も言わんのは連中の関係や意図を逆に利用するつもりでいるからなのか?」

「…まあ、当たらずとも遠からずと言っておきましょうか」

口調を濁してそう言い逃れるモロボシをしばらく見据えてから猪川は「フン」と鼻を鳴らして立ち去った。

彼の任務は忙しく、いつまでも世間話をしている訳にはいかなかったのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【XFJ計画 本部棟・小会議室】

「やあ諸君、調子はどうだね?」

私がそう言って入って来るとミーティングを終えたアルゴス小隊の面々がこちらを見て敬礼する。

「あ~~~それなんですけどね大尉殿、何かこのユウヤの奴を落ち着かせるいいネタとかありませんかね~~、この野郎セカンドが改修中で手持無沙汰なせいで欲求不満を抱えてるみたいで…」

「…おいVG、勝手に人の事を欲求不満とか決めつけてるんじゃねえ」

挨拶が終わると早速ヴァレリオ君が飛ばしたジョーク(?)に素直に反応するユウヤ君だが、手持ち無沙汰で不満があるのは確からしい。

「ふむ、欲求不満を貯めているのはマナンダル少尉だけだと思っていたらブリッジス少尉もかね」

「あ~ん~で~す~と~?」

「いや、心配しなくてもいいよ少尉、君のその不満を解消するための美味しい中華料理はいつでも私が「いえ!自分に不満などありませんサー!!」…それは残念だ、せっかく麻婆以外の料理を食べさせてあげようと思ったのに」

まったくタリサ君(をからかうの)は最高だぜ♪

コホン!

私がタリサ君『で』遊んでいると、端で見ていた唯依ちゃんがわざと聞こえるように咳払いをしてこちらの方をチロリと睨む…はいはい、節度は弁えてますよ(笑)

「それで篁中尉、そのブリッジス少尉の不満の原因だが…換装作業の方は順調なんだよね?」

「はっ、弐型の追加モジュールの装着は本日中に完了し、明日からでも調整作業に移行する予定です」

…と、唯依ちゃんは場を引き締めるような顔と口調で言う。

おとぎばなしの通りであればカムチャツカ遠征から帰った後で行われるはずの弐型の追加モジュールだが、XFJ計画の開始を早めてユウヤ君の日本機慣れも早期に実現したために計画は順調に進行し、追加モジュールの換装に関しても部品の調達を私の方でサポートしたために『夏休み』前の時点で実現の運びとなった訳だ。

よし、これでスケジュール上の問題は無くなったから…後は細々とした問題への布石だな。

「ふむ、それならちょっとしたお仕事にブリッジス少尉を借りてもいいかな?」

「は? …その、今日1日だけであれば問題ありませんが?」

「うん、今日だけで終る仕事だから問題はないよ」

「はっ、了解しました…ブリッジス、諸星大尉の仕事を手伝って来るように」

「了解しました…けど大尉、一体何の作業なんですか?」

一体何を手伝わされるのかと少し不安げな顔をしてユウヤ君が聞いて来た…私の事を何だと思ってるんだろうかコイツわ。

…と、思っていたら周囲の全員が同じような表情じゃないか!? あんまりだ!一体私が何をしたというのだ?

ちくせう…そっちがそう思っているのなら…

「心配いらないよ、君にとっては簡単過ぎるくらいの仕事だからね」

私がにっこり笑ってそう言った途端に、その場の全員の顔が凍りついた…アレ?どうしたのかな?

「大尉…一体ブリッジスに何をさせるおつもりですか…?」

何だろう…? 唯依ちゃんが怯えたような顔でそう聞いてくるんだが? 一体どうして私の事をそんな怖い物でも見るような目で見るのかな?

「おいユウヤ、命だけは粗末にするんじゃねえぞ」(VG)

「大丈夫よ、明日からの任務もあるんだから命に別条があるような事にはならないわ…多分」(ステラ)

「大丈夫かユウヤ、もしだったらアタシも手伝ってやるぞ」(タリサ)
 
 
 
…君たちが私をどういう目で見てるか良く分かったよ、アルゴス小隊の諸君(後で覚えてろよ)
 
 
「いやいや、この仕事はブリッジス少尉でないと務まらない…というか、多分マナンダル少尉にやらせると失敗してしまう可能性があるからね」

「あんだと…いえ、それはどういう意味でありますか!?」

「一体、何なんですかその仕事って?」

一方は怒り心頭、もう一方は疑心暗鬼な表情でタリサ君とユウヤ君が聞いて来る…よろしい、では教えてあげよう(笑)
 
 
「いやなに大したことじゃないよ……単にブリッジス少尉に女の子をナンパしてもらうだけの簡単なお仕事だからね」
 
 
 
「「「「「………………………何ですってえ~~~~~~~~~~~!?!?」」」」」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【ユーコン基地 歓楽街・Sterling Hill】

「ナンパ…ってな~に?」

「ふむ、いい質問だねシェスチナ少尉…この場合は男性が女性を突発的にエスコートする行為や出来事を指し表す言葉だと思ってくれたまえ」

「あ~そっか~~、ユウヤが私の事をここに誘ってくれたのが『ナンパ』なんだね~?」

「うむ、分かればよろしい」

「…勘弁してくれ」

私とイーニァ君が楽しくお話しているその横で、ブリッジス少尉が呻き声のような口調でそう言った。

…さっきからこの男は『何故だ…どうしてオレはこんなことに…』とか良く分からん台詞をブツブツとつぶやいているんだが、一体どうしてしまったのだろうか?

彼にお願いした任務は極めて簡単な物だった筈だ。

まずあらかじめミニコマたちに居場所を確認させておいたイーニァの付近まで彼を連れて行き、偶然を装って声をかけさせてこの店に連れて来た……うん、実に簡単なお仕事だな。

「ユウヤ~~、大丈夫~~? 何だかすごく重い感じだよ~~?」

「ほらブリッジス少尉、子供に心配をかけさせてはいかんだろ?」

「………アンタが言うな」

地の底からでも湧き出ているのではないかと思える声でユウヤ君が言った。

本来なら上官に対する態度がなってないという事で『修正』しなくてはならんのだろうが、生憎私は平和主義者のなんちゃって軍人だからね…怒ったりしないよユウヤ君♪

「あんまり若者をからかう物じゃないぞダン…ほら、これでいいのか?」

「おおありがとうケイシー…さて君たち、ナンパにお茶は付き物だ。 まずはこれでもどうぞ」

そう言って私はケイシーが淹れてくれた紅茶をお子様たち(笑)に勧める。

「わ~、美味しそ~~」

「…大尉、何ですかコレ? オレンジマーマレード…なのか?」

ユウヤ君がそう言って指したのは紅茶の横に置かれた小鉢の中身であった。

「ふむ、ブリッジス少尉は知らないか…これはロシア風のお茶の添え物だよ」

「このマーマレードがですか?」

「そう、ロシアでは紅茶を飲むのにジャムを溶かしたり甘味として添えたりしてるんだ。 ちなみに補足しておくと、それはオレンジマーマレードではないよ」

「ふえ?」 「え…じゃあコレは一体…?」

おや、二人とも首を傾げてるか(笑)

「まあ論より証拠で一口味見してみたまえ」

私がそう言うと、ユウヤ君とイーニァは恐る恐る「それ」をスプーンで掬って一口含む…

「ん~~~あま~~~い♪」

「甘いな…確かにマーマーレードとは違うが…蜂蜜なのか?」

「良く分かったね、これはキンカンというミニオレンジを蜂蜜に漬けた物だよ」

「そうなんですか…しかし何でこんな物を?」

ユウヤ君がそう言って首を傾げるが、なに大したことじゃないよ。

「いやなに、私がロシアンティーを楽しむ時はコレを使う事が多いんだが、本場ロシアの人たちには受け入れられるのかどうかを試してみたかったのさ…それでどうかねシェスチナ少尉? それの感想は」

「ん~~~とってもおいしい~~~」

私の問いかけにそう言って顔を綻ばせるイーニァ…よし、この笑顔の映像にプレミアつけて資金を…

こらそこ、黒いとか言うな! 仕事にはお金がいるんだよ!!

「なるほど…だからって何もオレにナンパの真似事なんてさせなくても…」

何だか不満そうな顔でユウヤ君がブツブツ言うが、いいじゃないかこんな可愛い美幼女とデート出来るんだから(笑)

「まあそう言うなよ少尉、君にこの子をナンパして貰ったのは他にも来てもらいたい人たちがいるからなんだし」

「え、それってつまり…」

ユウヤ君がそう言いかけた瞬間、お店のドアを蹴破るような勢いで入って来た客がいた。

「イーニァ!!無事なの!?」

「…あれの事ですか?」

どこかうんざりしたような顔で(何故か彼女ではなく私をジト目で見ながら)ユウヤ君がそう言った。

はい、ご名答♪

「ようこそ、ビーチェノワ少尉…それとサンダーク中尉も」

そう言った私の視線の先には肩を怒らせ息を荒くしているクリスカ君と、その背後に何処か憮然とした表情のサンダーク中尉がいた。

「ブリッジス!貴様イーニァをどうするつもりでこんな所に!」

そう言ってクリスカ君はユウヤ君に詰め寄るが、おいおい『こんな所』はないだろう『こんな所』は…ここは一応私の店なんだよ?

「いやいやビーチェノワ少尉、あんまり彼を責めないでやってくれたまえ。 実は自己流のロシアンティーの出来栄えを誰かに味見してほしいと思っていたところに偶然シェスチナ少尉が通りかかったものでね」

((((何が『偶然』だ、しらじらしい…))))

…あれ? なんかクリスカ君だけじゃなく他の人たちまで揃って同じ突っ込みを心の中でしてるような…ケイシー、まさか君もじゃないよね?

「大尉、確かに日ソ両国の文化交流のためにそのような場を設けられるのは大変有意義と思いますが、せめて上官である私に一言あってしかるべきでは…」

やたら丁寧な口調と言葉で私に対する抗議と嫌味を捲し立て始めたサンダーク中尉に対し、こちらも負けずに丁寧なあいさつ(?)で対抗する。

「いや~全くですな中尉、次回からは是非そうさせていただきますが、それはそれとしまして実は丁度あなたとお話したい事がありまして…あちらのカウンターで如何ですかな?」

「は…承りましょう」

いきなりそう言われて戸惑うサンダーク君だが、すぐに気持ちを切り替えて私の話に応じてくれた。

さて、それでは…

「ではブリッジス少尉、私と中尉の話が終わるまで彼女たちの相手をよろしくね」

「了解しました…」(あんたって人は~~~~~!!!!)

口先で建前を、表情で本音を、それぞれ別個に表現するユウヤ君と女の子たちを置いて、私はサンダーク中尉をカウンターに案内する……さて、本番といきますか。
 
 
 
 
 
 
「それで…一体何のお話でしょうか?」

何処かぎこちない、強張りを含んだ顔と声でサンダーク中尉が聞いて来た。

…何でそんなに怯えてるんだろう? 一体私がなにをしたと言うんだ、ねえケイシー?

そう心の中で呟きながら我が有能なるシェフの方をチラリと見れば、困ったもんだという顔で首を振ってるじゃないか…何故だ!?

「いえ実はですな中尉、最近聞き捨てならない噂を耳にしまして…」

「ほほう、どのような…?」

こちらの誘いに何食わぬ顔で反応するサンダーク中尉に最初の一投目を放る。

「カムチャツカの戦況はかなり厳しいようですね」

「…確かに、ですが御懸念には及びません、我がソ連軍の同志たちが鉄壁の守りを敷いていますので」

と、私の放ったジャブを彼は事もなげにスルーして見せるが…

「もちろんですとも、あなた方ソ連軍の強さと勇敢さは良く存じておりますし、一部で噂になっているプロミネンス計画参加部隊をカムチャツカ防衛に回すなどという荒唐無稽な話など私は信じてはおりません」

「! …ええ、もちろんそのような根も葉もない噂など気にされる必要はありませんとも」

ふむ、ちょっとだけ堪えたかな? だがまだ本気はこれからだよ?

「まったくですな…が、しかし中尉、それを大変気にしている人たちがいるのですよ」

「…とおっしゃると、トーキョーの方でしょうか?」

少し不安げな表情を(装って)こちらに見せるサンダーク君に、本気の一発をお見舞いする。

「いいえ、不安に駆られているのはワシントンとニューヨークにいる人たちですよ」

「!!」

おや、さすがにちょっとは応えたかな?

「東海岸の方に立ち寄ったさいに色々と情報を収集してみたのですが、どうやらあそこのお偉いさんたちの一部はカムチャツカどころかこのアラスカさえも近々放棄しなくてはならなくなると、そう考えているようでして」

「…それは、つまりホワイトハウスの面々がそう考えていると?」

そう言う声の端が(微妙に)震えているな、だがまだまだこれからだ。

「いいえ、有難い事に大統領やその周辺の人たちの大半はすぐにそのような事になるとは考えてはいません…が、それでも一部の重鎮や議会と経済界にはアラスカ放棄は近い、当然ここのプロミネンス計画も別の場所に移転させるかいっその事終わりにさせるべきだろうと…そう言った意見が大きくなり始めているようです」

「……」

おやおや、さすがに効いて来たかな…? イーニァたちの能力を利用して成果を上げて来た自分たちの計画が頓挫しかねない可能性が出て来た訳だからね(笑)

「私はねサンダーク中尉、心の底から憂いているのですよ…私やあなた方がこのアラスカで積み重ねて来た努力が安全な場所で無責任な不安や妄想に浸かっている人たちによって台無しにされるような事態になるのではないか、と」

サンダーク中尉は無言のままこちらを凝視している…どうやら私の意図を理解出来ないと感じているのだろう。

「それに元々米国はプロミネンス計画に関しては消極的なスタンスでしたが、ここに来て様々な成果が出始めているのに一部の人間が危機感を持ち始め、BETAの東進を口実に実質的な計画の破棄を望む声すら聞こえ始めている始末でしてね…」

「それで…何故私にそのような話を…?」

もはや疑心暗鬼もここに極まれりといった感じでサンダーク君はそう訊ねて来る。

「はっはっは、それはもちろん我々双方が今後とも安心して戦術機開発に携われるようにするためですとも…ほら、あそこにいる彼らのように主義主張の違いを越えて手を取り合えばあらゆる困難を乗り越えられるとは思いませんか、中尉?」

そう言って私が指し示す方向にはイーニァの仲裁(?)によって一応仲良しになった(??)ユウヤ君とクリスカが大人しくお茶を飲んでいたが、もちろんサンダークはそんな物は一顧だにせず私の方を凝視したままで固まって…

「…素晴しい」

「はい?」

「素晴しいですなモロボシ大尉! そのような友愛と信頼に満ちたお考えこそ国連の計画を預る我々に必要な物ではありませんか!! 心から感服しました!」

「いやあ~~~分かって頂けましたかサンダーク中尉、そう仰っていただければ私としても本望でして~~」

「いやいや、はっはっはっは…」

「はっはっはっは~~~~~~」
 
 
 
私とサンダーク中尉の空々しい笑い声が店の中に響き渡る。

(ちなみにユウヤ君たち三人は何だか怖い物でも見るような怯えた様子でこちらを伺ってたけど、なんでやねん)
 
 
 
 
 
 
 
 
「それで、さっきのブラックなコメディーにはどんな意味があったんだいダン?」

お客様が全員(ユウヤ君も)帰った後、一人カウンターで飲んでいた私にケイシーがそう訊ねた。

「意味か…何のために口先三寸で彼を引っ掛けたのかかね?」

「ああ、アンタの面白い寸劇はいつもの事だが、今日のそれは何処か迷いがあったように感じてな」

おやおや、自分でもハッキリとは自覚していなかった事をこの男には見抜かれていたか…参ったな。

「まあ、何というか彼を引っ掛けなくてはならないのは確かなんだがその結果…いや、その『過程』で発生するであろう事態に果して自分が責任を持てるのか、それにいま一つ自信を持てなくてさ」

「ふうん…千里眼を持てばその分苦労も増えるという事かな?」

「そうだな、むしろ千里の先が見えてもそのまた先は見えないし、それ以上に見えた事に対して何か出来るのかどうかはまた別の問題だからね」

実際問題あのサンダークを弄びながら、私の心の中はどうしたらいいのかと迷ってばかりだったのだ。

この先に彼が(ソ連側が)仕掛けてくるであろうカムチャツカへの遠征…私はこれを逆手に取って自分の計画推進に利用しようと目論んでいる。

だが果して本当にそれでいいのか? 遠征自体を中止に追い込む処置をとるべきではないのか、あるいはユウヤ君たち以外の誰かを…正規の国連軍部隊がカムチャツカで動けるような工作をした方がいいのではないのか…?

未来の可能性は見えていても、確実に自分の思惑通りに事が運ぶという保証など何処にもない。

そんな危険な賭けに唯依ちゃんやアルゴスの面々を送り込むような真似が本当に許されるのか?

もちろん私は猪川少佐らにも協力を仰ぎ、出来るだけのサポートを準備してはいる。

だがそれでもやはりこれは人の命をチップにしたギャンブル以外の何物でもない…せめて、せめてカムチャツカ…いや、アラスカの安全を確保する道が他にありさえすればこんな馬鹿な手段は…

「ほら、出来たぞ」

「…ああ、ありがとうケイシー」

頭の中でくよくよと思い悩んでいた私の前に、ケイシーが出来たてのマティーニを置いてくれた。

「…方針が決まったらあまりあれこれ悩まない事だ、下手に悩み過ぎると上手くいく作戦も失敗してしまう場合があるからな」

なるほど、確かにそうだ。

あまり私が迷走していたら結局はその方が彼らに危険が及ぶ可能性が高くなるだろう。

仕掛けをした以上はもう戻りようがないのだから、後は彼ら全員がここに戻れるよう最善を尽くすしかないだろう…

「ありがとうケイシー、助かったよ」

「どういたしまして…ところでダン、さっきブリッジス少尉の帰り際に一体何を渡してたんだ? 何だか随分楽しそうな顔だったが…何のイタズラだい?」

ああ、あれか(笑)

「…いやなにね、日頃から戦術機の操縦に熱心な彼にちょっとしたご褒美を上げたのさ」

「ほう?」

「帰ったら小隊のみんなと一緒に見るようにと言っておいたけど、多分今頃全員が椅子から転げ落ちてるかもね♪」

「まったくアンタは…そのビックリサプライズは程々にしておけといつも言ってるだろうに」

まあ、アレに関してはそろそろ見せておいた方がいいだろうし…そう言えば最初に見せた相馬原基地ではどうなってるかな? もう見せた人間は全員マスターしただろうか…?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【帝国軍・相馬原基地 戦術機シミュレーター】

本来その高さは戦術機にとって禁忌とされていた場所である。

だが今クーガー1、大咲美帆大尉の駆る不知火はその禁断の領域へ確実に踏み込んでいた…

「一次照射確認! …いくぞ!!」

光線級からの一次照射を機体が感知したその瞬間、まるで何かにぶつかったかと錯覚するほどの急激な軌道変更で地面に向かって不知火は高度を下げる…いや、地面に向かって『飛ぶ』

「軌道修正まで5・4・3・2・1・ふんっ!」

そしてそのまま地面に激突するかと思えた機体は、再び急激な軌道変更で地面と水平を保ちながら低空で飛び続ける。

「ふむ…失敗せずに出来るようにはなったが、これはまだ始まりに過ぎんな」

そう呟いた大咲大尉は再び操縦桿を握り締め、再度飛翔する機会を伺いながら飛行を続けるのだった。
 
 
 
 
 
「お疲れ様でした大咲大尉、見事な機動でしたね」

「凄かったですよ~、おかげで水月が対抗意識燃やして大変でした」

シミュレーターでの機動訓練を終えて管制室に姿を現した大咲大尉に孝之と遥がそう声をかけた。

「それはそれは、あの馬鹿妹と同レベルの凶暴さを誇ると言われる速瀬中尉から対抗意識など持たれるとはな、私の腕もまんざらではないという事か」

「「ははは…」」

皮肉なのか謙遜なのか今一つ分かりにくい大咲大尉の言葉に孝之と遥は声を揃えて曖昧に笑うしかなかった。

だがそんな二人の様子など気にもとめず、大咲は自分の思っていた事を口にした。

「しかしこの『対光線級用機動』は単に戦術機や衛士の生存率を上げるというだけには留まらんな、むしろこの機動を前提とした戦術の確立こそが望まれると思うが…」

「ええ、実は諸星さんもいずれはそこまで行って欲しいけど、まずはこの基地でXOSの試験運用を行っている衛士や富士教導隊の教官たちにこの機動を完全にマスターして貰う事から始めるべきだと、そう言ってました」

「そうか…まずはしっかりと基礎固めからと言うことか」

「はい、諸星さんに言わせると本来この機動やXOSの基本概念を考えた衛士はなんというか『変態的なまでの天才』なんだそうです。
同時にだからこそ彼の機動をそのまま真似するのは難しいし、逆に無理があるだろうって」

「ふむ…」

孝之の言葉に少し考え込む大咲であったが、やがて得心が行ったかのような顔で言う。

「なるほどな…天才の機動を我々凡人がそのまま真似をするのは難しいというより却って有害な場合もある。 だから諸星大尉はあえてその『発想』のみを我々に開示し、自ら習得する事で結果として同じレベルの事を我々が出来るようにしようと考えている訳か」

「そうですね、オレたちが『彼』の真似をしようとするのではなく、その発想を本来の自分たちが身につけた機動に取り込む形で覚えた方がいいだろうと言ってました」

「そうか、それで当の諸星大尉はアラスカに戻ったのか?」

「ええ、しばらくはあそこに腰を落ち着ける事になるだろうって言ってましたけど」

「…果してそうさせてもらえるかな?」

「え?」

「いや何でも無いさ、そんなことよりモニターに映ってる彼女の『活躍ぶり』を見ておいた方がいいのではないか? 後で見ていないとバレたらベッドの上でどんな目にあわされるか分からんのだろう?」

「勘弁して下さいよお~~~」

半ば本気で泣きが入っている孝之の様子を楽しそうに見物しながら大咲美帆は考えていた。

(どうやら彼の怪物殿は自分がどれだけ大きくなってしまったのか自覚がないようだな…さて、あの叔父上や総理が彼という巨大な存在をどこに据えようとしているのか……いやよそう、それこそ一介の衛士に過ぎないこの私があれこれ悩むことではない…だがしかし、いつか無関係ではいられなくなるような気がするな、あの男が目の前の利府陣中尉を使って何かをしようとしているのなら…)

自分と孝之、そしてモロボシの縁がどんな運命を運んで来るのか…その事に微かな不安を覚えながらも目の前で困り果てている仮面の男の力になってやらなければと秘かに思う大咲大尉の視線は誰にも気付かれない慈愛の色を含んでいた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
第65話に続く
 
 
 
 
 
 
 
 
【おまけ・茶室の密談】

「紅茶に金柑の風味とは…悪くないものですね」

「ええ、文化が異なる物同士を組み合わせると時々予想もしない傑作や失敗作が生まれるものですし、それは何も食の世界だけでなく工学、とりわけ軍事兵器もそうですな…戦術機のように」

「そうですね…ちなみにそなたの知る失敗作とはどんな物があったのですか?」

「はあ…実は知人の娘さんの関係者なんですが、日本の文化に嵌ったのはよかったものの、何故か緑茶に砂糖とミルクを入れて飲むのが大好きになってしまったとか…」

「まあ…」

「おかげで周囲の人もドン引きらしいのですが…普段は楚々とした美女なのに」

「…案外美味しいかもしれませんね」

「はい!?」

「一度試してみましょうか、真耶さんたちにでも味見してもらって…」

…お願いですからやめてください、そんな事になったら今度こそ私の命はありません(涙)

 
 
 
 
 



[21206] 第1部 土管帝国の野望 第65話「夏休みをあきらめて」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:54946937
Date: 2013/03/31 23:35

第65話 「夏休みをあきらめて」
 
 
【2001年6月21日 大西洋 西インド諸島・国連軍グアドループ基地】


照りつける太陽の下で飲むビールは実に美味い。

さらに私の手元にある特製チキンナゲットの味ときたらもう…思わず合成食材だという事を忘れてしまいそうな出来栄えだ。

「いやあ~~~実に美味いな、このチキン“タツタ”ナゲットの味は~~~、そうは思わないかね君たち?」

「そうですね、私はこの2番のボウル(小鉢)に入ったのが美味しいと思います」

「そうか~?アタシとしては1番のが味が濃くて美味いって感じるけど?」

「いやいやいや、お前らは味が分かってない…この3番に香るワインの風味こそがだな…」

うむうむ、やはりそれぞれお国がらによって味の好みも変わる物だ。

…え、一体何をしてるんだって?

いやなにね、私の提案をもとにケイシーに試作してもらった『竜田揚げ風チキンナゲット』を試食してもらってる最中なんだが…三種類ほど試作した全ての評価がベリーグッドという事で逆に困ってるんだよね。

日本人だけが好む味ではなく醤油の量を調整し、みりんの代わりに砂糖とワインを軽く煮詰めたみりん風調味料を使ったり、そこにスパイスも加えてピリッとした風味も多少だしたり…うん、どうやらいい仕事が出来たようだ。

「あれ?そう言えば約1名試食メンバーが足りないような気がするんだが…?」

誰か足りないと思った私の言葉にVG、タリサ、ステラの三名が肩をすくめる。

「ユウヤの奴ならセカンドの所ですよ大尉」

「アイツ、大尉がくれた例の映像ディスクを見てからすっかりアレに取りつかれちゃってるですよ」

「本当に…なんだか新しいおもちゃの遊び方を覚えた子供みたい」

困ったものだと言わんばかりの表情でそう口々に言う彼らだが…

「それは君たちも50歩100歩の様子だと篁中尉とドゥール中尉が言ってたけど?」

私のその言葉で彼らは揃って舌を出して笑ってみせる…お茶目な連中だ。

「…で、あの映像にあった機動に対する君たちの評価は上々と受け止めていいのかな?」

少しだけ真面目な顔でそう聞くと、彼ら三人はいっせいに頷くことでその言葉を肯定した。

「ま、正直たまげたっていうしか言葉がないよな」

「あの機動を全ての衛士や戦術機が実戦で可能になれば、これまでとは全く違う展開を望めると思います」

「だからオレらも一刻も早くアレをマスターしようって思うんだけど…ユウヤの奴はオレたち以上に熱心なんだよな~~」

「なるほどねえ~~、それで耐環境試験中で動かす事が出来ない不知火弐型に張り付いてると…」

「タカムラ中尉もですよ~大尉」

そうイタズラっぽくタリサ君が付け加える。

なるほど唯依ちゃんならそうだろう、何せ彼女は初陣の京都防衛戦で…

「彼女の初陣は98年の帝都防衛戦でね、その時に大勢の同期を失っているんだよ…多分その中には光線級に落とされた者もいただろう…」

私がそう呟くと、アルゴスのメンバーたちも納得したような顔で頷いた。

そういった体験があるのはおそらく彼らも同じだろう…唯依ちゃんの気持ちが理解出来ないはずがない。
 
 
 
「…ところで大尉殿~~、今度は一体何をやらかしたんですか~~~?」

その場の空気を変えようとでも考えたのか、いきなりヴァレリオ君がそう言ってきたのだが…はて? 何かやったかなオレ?

「おいおい、一体何の話だね?」

「いやだって、オルソン大尉殿が頭抱えてましたよ? なんか『どうしてモロボシ大尉は事前に教えてくれなかったのか~!』とか、意味不明な喚き声まで上げてましたけど?」

「…ああ、そういう事か」

「そう言う事か…ってことはやっぱり大尉が何かしたんですか~?」

こらこらタリサ君、あんまり失礼な事を口走ると地獄の麻婆を食べさせちゃうよ?

「いやなに別に私が何かしたって訳じゃないんだがね、多分この基地で我々の奴とは別の重要イベントが緊急で押し込まれたらしいからその件で色々とスケジュール調整が大変なんだろう、オルソン大尉は」

「へえ~~」

「ですが、それでどうしてオルソン大尉はモロボシ大尉に恨み事を…?」

「ブレーメル少尉、それはまだ『Need to know』だよ」

少しだけ声の調子を変えてそう言うと彼ら三人も表情を改め、それ以上の質問はしなかった。

…さて、それじゃあちょっとユウヤ君たちの様子でも見てきますかね?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「おいユウヤよ~~、ここに張り付いてるのは勝手だけど動かすのはダメなんだぜ~?」

「…ああ、分かってるよ」

ヴィンセントのやや呆れ気味の声に対して投げやりな返事を返しながら、ユウヤ・ブリッジスの視線は不知火・弐型に向けられたままだった。

そしてその後方でやはり無言のまま弐型を見詰めるのは篁唯依である。

彼女もまた懸命にもどかしい何かを堪えるような表情でヴィンセントたちの作業を見守っていたのだが、そんな唯依に声をかける者がいた。

「ここでしたか、篁中尉」

「!諸星大尉…何かありましたか?」

「いえ、せっかく新作の料理が出来たのでアルゴスの諸君に試食してもらっていたんですが…どうやらお二人とも弐型が気になって仕方ないようですね?」

「いえ、その…」

モロボシのその言葉にどう返事していいのか戸惑う唯依であったが、そこにヴィンセントの能天気な声がかけられた。

「それは大尉のせいですぜ~~、中尉もユウヤも大尉殿がくれたあの記録映像にすっかり取り憑かれちゃってるんですよ~~」

「い、いやその…」「おいヴィンセント、余計な事を言うんじゃねえ」

慌てて取り繕おうとする二人の言葉を無視してヴィンセントの暴露は続く。

「おかげで二人とも今はセカンドに搭乗出来ないって分かってるのにこの通り機体に張り付いて離れないんですよ~~」

言外に『も~なんとかして下さい』というニュアンスを込めてヴィンセントが言うと、さすがにユウヤたちもバツが悪い顔をするのだった。

そんな二人の様子を見ながらモロボシは宥めるような声で言う。

「篁中尉、気持ちは分かりますがアレの習得は相馬原基地や斯衛軍でもすでに試行錯誤の最中ですから…」

「そうですか…利府陣中尉たちが頑張っているのですね」

「リフジン…?」

初めて聞く名前につい言葉に出したユウヤに向かってモロボシが説明する。

「あの映像の機動を実演していた衛士だよ、ついでに言えばX1の開発衛士でもあるがね」

「!それじゃあ、あの機動やOSの発案も…」

「いや、彼の仕事はあくまで開発や機動の実演で、あの機動やOSの発案者は別にいるんだよ」

「それじゃ一体アレを思いついたのは…」

誰なのかと言いかけたユウヤであったが、コホンという唯依の咳払いで我に返って口を閉ざす。

そんな二人にモロボシの能天気な声がかけられる。

「それはまだ非公開という事にしておいてくれたまえ、色々と事情があるのでね……ところで二人とも、私の新作メニューの味見を手伝ってはくれないかね?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【西インド諸島・国連軍演習区域】

「ま~り~も~、アンタのお仕事の具合はどお~~?」

あられもないビキニ姿にワイングラスを持った夕呼の声が神宮寺まりもにかけられた。

「…今のところ脱落者もなし、このままのペースなら陽が暮れる前には両分隊ともゴール出来るわね」

傍若無人を画に描いたような親友の質問にも特に怒る事も呆れることもせずにまりもは答える。

それに対する夕呼の方がむしろ複雑な表情を滲ませながら頷くのであった。

「あっそ…て事はやっぱりあのコウモリの手の平に乗るしかないって事か…」

「夕呼…もし仮にあなたが心配するような事になっても諸星大尉はあなたを蔑ろにしたりはしないんじゃないの?」

そのまりもの言葉を聞いた夕呼は、少し沈黙してからこう呟く。

「…アタシはね、自分の権利も責任も他人に委ねる事に我慢が出来ない質なのよ」

その言葉を聞いたまりもはそれ以上何も言わなかった…この親友の性格は誰よりも自分が知っているからであった。
 
 
…数時間後、彼女たちのもとに総技演習をくぐり抜けた207訓練小隊の全員が顔を揃えていた。

諸星の配慮とケイシーの指導も効を奏したのか、一人もかけることなく無事目的地に到達したのであった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【2001年6月22日 国連軍グアドループ基地】

私の目の前には少々気不味い顔をした連中が並んでいた…

いや別に驚くような事じゃない、要するに『テンプレ通りに』紅の姉妹とアルゴス小隊の諸君が一悶着起こしただけの事なんだが。

だがまあ無闇に喧嘩を始めるような悪い子たちには大人の説教が必要だという事で、責任者のオルソン大尉がお説教を始める…予定だったのに何故か私にお鉢が回ってきたんですよ(何故だ?)

『緊急の予定を二つも追加されたためにこちらは大忙しなのですよモロボシ大尉、従って彼らに訓示を与えるくらいは貴官がやって頂きたい』

…とか言ってくれましてね。

まあ確かに彼が忙しいのは私が原因ではあるのだし、ここは一つ自前で説教でもかましますかね♪
 
 
 
「…諸君、私は非常~~~に残念だ。 せっかく東西両陣営が互いの柵を乗り越える姿勢をアピールするためのイベントだと言うのに、肝心の君たちがこの有様では…」

そう言って全員を見渡すと、顔を強張らせたまま視線だけ私から逸らす連中が大半だった。

…おそらくまたあの『麻婆豆腐』を食わされたり、巨大戦術機に襲われるのではと不安なのだろう。

「こんな事ではせっかくの飛び入り参加者の諸君や来賓の皆様にもとんだ粗相をしかねないという事になってしまうだろうね…」

ここで全員が『はて?』という顔になった。

「あの、諸星大尉…その飛び入り参加者と来賓というのは? 私たちは何も聞かされておりませんが?」

唯依ちゃんが困惑気味の顔でそう言い、ドゥール中尉や他の面々も不審そうな顔だ。

うむ、それでは発表させて頂きます(笑)

「いやなに、大したことじゃないんだよ。 飛び入り参加者というのはこの付近の国連軍演習場で総技演習を行っていた国連第11軍横浜基地の衛士候補生たちの事だ」

「横浜の…」「へえ~~」「まあ、それでは新しい衛士の…」「へえ、ヒヨコ共か…」「ふ~ん…」「……」

皆さん何でそんな連中が…といった感じの反応ですな、まあ別段感心するようなことではないし当然だが。

「なに、要するに厳しい訓練に耐え抜いて見事総技演習をクリアした候補生諸君に対するご褒美みたいなものだよ」

私の説明に全員成程といった顔で頷くが、唯依ちゃんがもう一つの方を聞いて来た。

「あの大尉、それでは賓客というのは…?」
 
 
「ああ、そっちは日米首脳会談が行われるので榊総理とコルトレーン大統領がこの基地においでになるという事ですよ」
 
 
「…………はい?」

…おや、どうしたのかな? 何だか唯依ちゃんの表情が固まってしまったような…?
 
 
 
「はああああああああ~~~~!!!!!!???????」
 
 
 
真夏の砂浜に少年少女たちの絶叫がこだまする中、飛び入り参加者たちの到着が告げられた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「全員、諸星大尉に敬礼!!」

まりもちゃんの張りのあるかけ声と共に207訓練小隊の全員が私に向かって敬礼した。

みんな無事に総技演習を乗り越えた安心感とここで何があるのだろうという期待感で目を輝かせている…うん、ここはやっぱりその期待にこたえないとね(笑)

「諸君、総技演習合格おめでとう。 これから諸君は本格的な衛士の訓練を受ける事になる訳だが、ここに君たちを招いたのは合格祝いのプレゼントを兼ねて諸君らが乗る戦術機や先輩衛士たちの姿を実際に見てもらうためだ。 それと同時に、この基地で現在行われている国連軍の広報任務関連のイベントにも参加して貰えれば大変ありがたいと思っている。 どうか存分に楽しんでいってくれたまえ…以上だ」

私の言葉で207のお子様たちや周囲で見ていたアルゴス小隊の面々などは一様に笑顔になったが…………おや、約二名ほどそうではない人がおられますな?

御剣訓練兵を見つけた唯依ちゃんはまるで幽霊でも見たように固まっているし、そして207訓練小隊やまりもちゃんの後方では女狐様がこわ~~い顔で嗤っておいでだ(笑顔とはいえない…アレは絶対別の何かだ)

「…篁中尉、『彼女』に関してはなにも見ず、気付かない振りでお願いします」

私がそう言うと唯依ちゃんは一瞬だけ眉を跳ね上げた後で、普段の冷静な顔になり小さく頷いた。

さて…それではやっかいな女狐様の御機嫌伺いと逝きますか(トホホでござる)
 
 
 
「これはこれは香月博士、太陽の下で見るあなたの美貌はまた一段と素晴しいですなあ~~」

「あらありがと、アンタのそのおべんちゃら振りも健在で何よりだわ」

「いやいやお褒めに与り恐悦至極です、はい」

「別に褒めてないわよ…そんな事より今日のアンタの釣りの獲物はまだなのかしら?」

…大国の元首たちを釣りの獲物扱いするこの図太い性格だけは、ホント大したものだよな~~(呆)

「いやいや御心配は無用です博士、すでに竿の手応えは十分な物がありまして、はい」

「あっそ、じゃあ楽しみにさせて頂こうかしら~♪」

「いや~、そう言っていただけると私としてもお招きした甲斐がありましたなあ~~はっはっは~~~」

「ええ、存分に楽しませていただくわ、ウフフフフ……」
 
 
「…あの、お二人とも」

おや、どうかしましたかまりもちゃん?

「出来ればその辺にしておいた方が…周囲が怯えていますから」

そう言われて周囲を見渡すと、207やアルゴス小隊始め関係者御一同様たちが私と夕呼先生の事を何か恐ろしい物でも見るような目で距離を取りながら見守っていた。

「おい…アレが噂の…」「シッ…! 余計な事を言うなタリサ」「あの大尉と互角に張り合うなんて…」「とんでもねえな…」「クリスカ~~~あの二人怖いよ~~、何だが黒い物がぐるぐるしてるよ~~~」「…心配しないでイーニァ、何があってもあなたを守ってみせるから」

「ねえ…諸星大尉と香月博士って…」「何か変な雰囲気だよね~~」「はわわ…何だか良く分からないけど怖いです~~」「…キツネとタヌキ?」「彩峰!失礼でしょ!」「…メガネダヌキ?」「な・ん・で・すっ・て~~?」「止めぬかそなたら…とは言え何やら恐ろしいまでの気迫をあのお二人から感じるのだが…」「あああがねちゃ~~ん…オラ怖いだ~~~」「こら多恵、離しなさい!」「う~~ん、一体お二人はどういう間柄なのかな~~?」「さあ~~?」

…何故か非常に微妙な誤解をされているような気がするのだが、まあ誤差の範囲としておこう。

「さて諸君、まずは歓迎の始まりとして屋外パーティーから始めようか?」
 
 
 
 
 
 
 
砂浜ではビーチバレーと食べ物はバーベキューに鉄板焼き…うん、これが夏の定番ですな。

私の提案(ゴリ押し?)でイベント内容に変更が加えられ、ボート競技は中止となり(VIPが来るのでどの道ドッキリイベントは出来なかった)代わって衛士候補生たちを先輩の衛士たちがエスコートして実物の戦術機の説明や衛士としての経験談を語り聞かせる場を設ける事になった。

ついでに砂浜での競技はビーチバレーだけでなく、篁中尉と御剣訓練兵による剣の演武が追加された。

慣れない砂場に足運びを確かめながらも美しい剣の舞を見せる二人に観客たちは大喜びであった。

その後のビーチバレーや写真撮影でもアルゴスや紅の姉妹だけではなく、飛び入り参加の207もその魅力的な水着姿でその場の男共の視線を釘付けにしていました。

ちなみに私は巌谷中佐と鎧衣課長のお二人から娘たちの『成長の記録』をちゃんと録画しておいてくれと頼まれていたので、そっちもこなさなくてはならなかったのだが…

まあ唯依ちゃんはいいとして鎧衣訓練兵の場合、一部『成長していない』部分が見受けられたが…それは多分遺伝子の責任だから私に言われても困るし、それにタリサ君と同じで彼女にもちゃんと『需要』はあるはずだから心配するような事はないだろう、うん。

…とか思いながら皆さんの様子を見れば、それなりに打ち解けているようですな。

特に面白いのはイーニァと鎧衣訓練兵がおかしな具合に意気投合している事だろう。

「…トリースタ?」「え? 社少尉? うん元気だよ~」「ダンボール…?」「うん、いつも一緒にいるよ~」

…これだけで意志の疎通が出来ているというのはある意味恐怖…げふん、驚異的な事だ。

一方、他の皆さんは…

「篁中尉…ではあの瑞鶴を開発した篁少佐の…」

「はっ、…不肖の娘であります」

「あの中尉殿、自分は一介の訓練兵ですのでその…」

「はっ、申し訳…いや、すまない御剣訓練兵」
 
 
「お~~良く食うなお前は~~美味いかそのヤキソバは?」

「…こくこく、カレー味もいける」

「そ~だろ、そ~だろ、チーフ・ライバックの料理は最高なんだぜ~~」

「…え、ライバック…教官?」

「はわわ…もしかしてこの基地にいらっしゃるんですか~?」

「あら、あなたたち知ってるの彼を?」

「あの、神宮寺教官と一緒にアタシたちを鍛えてくれた方なんですけど…」

「そうです、諸星大尉が紹介して下さって…」

「へえ~~~あの大尉殿がねえ~~」

「…つくづくやる事にソツがないというか外連味たっぷりというか」
 
 
「これはこれは…久し振りですね~大尉殿~~」

「お久しぶりですマナンダル少尉、ですが今の自分はただの軍曹ですので…」

「へえ~そうかい、だったら遠慮なく言わせてもらおうか、今すぐアタシと勝負しな!!」

「…申し訳ありませんが、現在この基地に自分の戦術機を持ち込んではおりませんし、仮にあったとしてもそんな事が許可されるとは思いませんが?」

「ちぇっ…どうせアンタらもアノ大尉殿から例の映像を見せてもらってるんだろ?」

「はっ、本来であれば自分などが見る事は許されないのでしょうが…特別に」

「フン、アタシとしてはどうせそうやって馬か何かみたいに競争させられるんなら、正面からぶつかり合った方が分かり易くていいんだけどな~」

「仰りたい事は分かるような気がします…ですが少尉、あの『映像』は帝国内部でもごく一部の衛士だけが閲覧し、その内容を知る者は限られているのです。 それを本来部外者である我々国連軍の衛士に見せたという事は、それだけ大尉が我々に期待をかけているという証でしょう…その期待を台無しにするような行動は慎むべきかと」

「…分かってるよ」(やりにくいな~~この女は~~~~)
 
 
 
 
…うんうん、どうやら和気あいあいとまでは行かないがそれなりに上手く行っているようだ。

「…全てが順調という訳か、諸星大尉?」

…おや、このひんやりとした殺気は月詠中尉ではありませんか?

「これはどうも月詠中尉、どうやら無事御剣訓練兵も合格出来たようで何よりですな」

「…貴様は我々が喜んでいるとでも思ってるのか?」

「まさか、しかし彼女が自分の意志と努力で衛士への道を勝ち取ったのであれば、それは素直に祝福すべきでしょう」

「この先に、冥夜様の行く手にあの方の幸せがあるのならばそうしよう…だがそんな物が今の場所にあるとは思えん」

「ならば帝都城にでも行けば彼女の幸せがあるとでも?」

「…!!」

両目に怒りを灯して私の方を見る月詠中尉だが、彼女の口から反論は出ない…それが出るなら彼女とてここまで苦悩はしないのだ。

「今のままではどこに行こうと彼女に陽の光が当たる事はありませんし、それにあの方が『真の太陽』として帝国を照らす事になった今、誰かがまた先日のような事を企む可能性もあります。 そうである以上、御剣訓練兵の立場を中途半端な物にしておくのは返って危険ではありませんか?」

「確かにな…だがそれが女狐の手駒になる事でどうにかなるのか?」

香月博士を信用する事が出来ない…というよりも、果してA-01の衛士となってもそれが御剣冥夜の立場や安全に繋がるとは思えないのだろう…当然の事だが。

だがそれならば何処に行けば彼女の幸せを叶える場所があるというのか?

悠陽殿下が実権を掌握した今、彼女にとって実の妹である御剣冥夜は最大のウィークポイントだ。

いずれ必ず『隠し妹』である冥夜の身柄を押さえたり利用しようと企む連中が出て来るのは間違いないだろう。

下手に帝国軍や斯衛軍に入ったりすれば、その危険が増えるだけで何の解決にもなりはしない。

ならばいっそ国連軍の方が…と言いたいところなのだが、生憎とその国連軍横浜基地には悪名高き『女狐様』が棲んでおり、しかも彼女たちは帝国から彼女に贈られた『人質』だ。

もちろん冷静かつ客観的に考えれば、その立場こそが彼女たちの身の安全を確保する上で最も有効な選択でもあるのだが…そう、『おとぎばなし』の内容さえ知らなければね。

本来なら最後の最後まで予備的要員という建前によって身の安全を保障されていたはずの彼女たちが、相次ぐA-01の消耗とBETA大戦の戦況故にカシュガルへの『特攻部隊』になる運命…

おとぎばなしにあったその悲劇的な運命が、実際に冥夜たちを襲うのではないかという不安をどうしても拭う事ができないのだろう、この月詠中尉は。

…正直に言えば、私としてもその不安がない訳ではない。

だがだからと言って御剣冥夜をただ安全な隠れ家のような場所に匿うような真似をしても、それが彼女にとって幸せだとは言えないだろう。

その出生故に御剣嬢は常に人や世の影にいる人生を運命づけられてきた。

どうあがこうと『人並み』の幸せが得られない運命をだ。
 
 
「…ならばせめて彼女自身が納得出来る生き方をさせてあげてはどうでしょう?」

そう私が月詠中尉に言うと、彼女も複雑な表情で頷いた。

「分かっている、がしかし今のままでは冥夜様の安全が心もとない…そう言ったのは貴様の方だぞ?」

「そのための布石はすでに打ってあります……後は香月博士との話合いをどう煮詰めるかですね」

「そうか…」

月詠中尉はそう呟くと、唯依ちゃんの話に熱心に耳を傾ける御剣訓練兵に視線を向けた。

未だに彼女の主はその暗い運命から逃れる希望を見出してはいない。

それでも必ずや自分がそんな場所へと送り届けて見せる…そんな決意を視線に込めながら。
 
 
さて、そろそろ賓客のお二人が到着する頃あいかな…もっとも私の担当分は既に終わって後は当人同士の合意と香月博士との話のすり合わせだから、今回の私は気楽なギャラリーだな♪
 
 
 
…そう思っていた時期がモロにもありました(後日、涙とともにモロボシはそう語る)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「南国の日差しというのは眩しい物ですな、大統領」

「確かに、まるで世界の現状など預り知らないとでもいうかのようだな」

大統領専用機から降り立った二人、合衆国大統領と日本帝国総理大臣は太陽の眩しさに目を細めながらそう語り合う。

ワシントンで合流した二人はそこからHSSTに乗ってこのグアドループ基地にやって来た。

その目的は日米首脳会談を行う事…というよりもその成果を世界各国にアピールし、日米関係の修復とそれによって生み出される新たな国際間のパワーバランスの誇示にあった。

そしてもう一つ、彼ら二人が『ここ』を選んだ理由があった…

「それで、例の件を『彼』にはもう知らせてあるのかねミスター・榊?」

「いや、まだ知らせてはいません。 どうも彼は自分がどれだけ大きな『ガリバー』なのかを今一つ理解出来ていないようなので…」

「ふむ…彼からすれば我々の方がおとぎの国に住む小人のような物なのだろう」

「確かにそうでしょうな、だからこそ彼にはそろそろ自分自身の『価値』を自覚させる必要があると思うのですよ」

「…だが『彼女』の方はどうかな? 彼が事実上の上位に立つ事を容認出来るだろうか?」

「容易ではないでしょうが、我々がそう決断したと表明すれば少なくとも表面上は容認してくれると考えていますし、彼女もまた彼こそが自分にとって最大の支援者たり得ると知っているはずです」

榊のその言葉にコルトレーンも深く頷く。

「ではそろそろ彼らの所に行こうか? 予定では彼らのパーティーにサプライズ的に顔を出す事になっていた筈だからな」

「そうですな、それでは参りましょう」

榊もまたコルトレーンの言葉に頷いて彼と共に歩き始める…この先の両国の関係を象徴するかのように。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
…周囲の視線がVIPのお二人にではなく、この私に集中している。

一体何故そんな事になったのか、それは今しがた大統領と総理のお二人が我々の前で語った内容が原因だ。

『予定通り』に我々のパーティーの最中にサプライズ的登場をした榊総理とコルトレーン大統領は、自分たちの来訪の目的が日米首脳会談と国連軍兵士たちへの慰問を兼ねての事だと説明する。

ごく一部の人間を除けば本当に誰も予想しなかったこのサプライズに、一瞬静まりかえった後で歓声と拍手が沸き起こった。
 
 
だが、本当のサプライズはその後にやって来たのだった。
 
 
総理と大統領は今後の対BETA大戦を見据えた大幅な戦略方針の見直しが必要であるとして、そのための諸問題への対策や研究を行うプロジェクトを日米共同で立ち上げ、それを国連全体で共有する計画として推奨していく方針を明らかにしたのだ。

まあ、そこまではいいとしてですな…

「…あの~~、榊総理?」

「ん? 何かね諸星大尉?」

目の前で狸親父がにこやかな顔を見せている…とか考えてる場合じゃない!!
 
 
「どうしてこの私ごときがそんな大それた計画の責任者にならなくてはいけないのですか?」
 
 
思わず声が大きくなった私の質問に答えたのは、榊総理ではなくてコルトレーン大統領だった。

「では聞くがモロボシ大尉、そもそもこの計画を立案したのは誰かね?」

「それは…その…」

「この計画を立案したのも君なら、それを実現出来るプランや手段を用意出来るのも君だけだ…なのに一体他に誰を責任者に据えろと言うのかね?」

そんな人材なんていくらでもいるでしょうがアンタたちには! 私は単なる裏方として必要な物資や情報を提供するだけで事足りる筈じゃないんですか?

「この計画に関して他の誰を据えようと実質的な責任者は君にしか出来ないだろうし、また日米両国だけではなく世界各国も同じ認識を示すだろう。 ならば君を正式な責任者に任命するのが一番ではないかね?」

「お言葉ですが大統領、それはいささか自分に対して過大な評価をされているとしか…」

…別に謙遜とかしてる訳じゃない、他人がどう思っているかはともかくとして本来この私は単なる一介の公務員…それも下っ端の末端管理職に過ぎないのだ。 この人たちが私にどんな幻想を抱いていようと、私の正体はチートテクノロジーを振り回すただのイカサマ師でしかないのだ。 それなのによりにもよって日米主導で世界の命運を左右しかねない計画の正式な責任者にこの私を任命する…?

一体何を考えてるんだこの人たちは…!?

単なる商社マンやオブザーバー的なんちゃって斯衛大尉の身分なんかとは訳が違う。

こんな私を直接この世界の運命を左右させる立場につけようなんて、アンタら絶対正気じゃない! 今からでも遅くはないから考えを改めなさいってば…!

そしてそれ以上に怖いのは、さっきから少し離れた場所でこっちをガン見している女狐様の存在だ。

今にも私の事を喰い殺そうとするのではないかと思えるような怖~い顔で嗤っておいでだ…いやだから私は知らないんですってば、あのオッサンたちが勝手にそう言ってるだけで文句があるなら彼らに言ってくださいってば~~(泣)

そんな弁解を声には出さず、表情だけで必死になって香月博士に訴えていると、そんな私に声をかける者がいた。

「諸星大尉…」

御剣訓練兵…?

「おめでとうございます、大尉の今日までの御苦労がようやく認められる日が来たのですね」
 
 
…あ、死んだ。

応える…何よりこれは応える。 まるでどこぞの青タイツ男に槍で串刺しにされたみたいに彼女の言葉は私の心臓に響いた…(マジで死にたいくらい恥ずかしい)

頼むから止めてくれ御剣訓練兵、私は君が考えているような立派な人間ではないんだ…私は君の姉上や帝国を隠れ蓑にして君たちを自分の『仕事』に利用しようとするただの小悪党でしかないんだよ。 だからその穢れなき瞳から『尊敬してます』光線を私に向けて照射するのをや~~め~~て~~……

「…諦めろ、ダン」

「ケイシー…?」

気がつけば彼が傍に立っていた。

「アンタが世界を動かしたんだ、ダン。 そして世界はそれに応えた…その事にアンタは責任を負うべきじゃないのか?」

穏やかな、それでいて何処か厳しい表情で彼は私にそう言った。

いやそうは言ってもだなケイシー、私にだって都合という物があるんだよ? この人たちの話に乗ってしまったらアラスカ方面のお仕事はどうするんだい?

唯依ちゃんや他のみんなの安全だってまだ確保してはいないし、カムチャツカに行く事も出来ない…いや、それどころかこの様子ではこのままあのお偉いさん二名にここから拉致されてせっかくの夏休みすら楽しむ事も出来なくなるような気が……

「諸星君」

榊総理が私の目の前にやって来た。 …どういう事か説明してもらえますよね総理?

「どうか理解してくれたまえ、今や君の存在はあまりにも大きくなり過ぎたのだよ。 このままの立場では君が果すべき役割とのギャップが大きくなるばかりだ。 だからこそ私も大統領も今回の判断に至ったのだ」

「…いいんですか総理? あなたの一存で決めたと思われれば、またぞろ無意味な誤解や疑念をあなたに向ける人間が出て来ないとも…」

「そんな物は些事に過ぎんよ諸星君、もとより国内における様々な恨みごとや軋轢はこの私が対処すべき事なのだ。 君はそんな無駄な争いには係わりなく帝国と人類全体の未来のために働くべきなのだ」

まったくこの人は、自分を生贄にする気満々だよもう…少しは離れた場所から自分の事を心配そうな目で見ている娘の心情を考えればいいのに(後でフォローする必要があるな、双方に)

だけどどうしよう…どうやらこれは完全に退路を断たれているような気がする。

このままいくとどうやら私はAL計画統合の責任者にされてしまうらしい…

つまりこの私にあの『女狐様』の手綱を握れとそう仰る?

ハッキリ言って正気を疑いたくなるような話だが、総理も大統領も大真面目…らしい。
 
 
…だけどそれじゃあ私の立場はどうなるんだよ?

正直言ってこの先いつまでこの世界にいられるか分からないのにこんな大役に責任とか取れないよ?

ついでに言えばせっかくの夏休み…それも下手をすれば二度と体験出来ないかもしれない特別な夏を、こんな形で諦めろと…?

まだ唯依ちゃんの水着姿も充分堪能してないし、写真撮影用に用意されたクリスカやイーニァ用のスク水姿だって…それにせっかく招待した207訓練小隊と夕呼先生やまりもちゃんの水着姿を期待していたこの私の目論見が全て水の泡と消えてしまう……(精神的号泣)

「さて、それではそろそろ首脳会談を行う時間だな…モロボシ大尉、君も同席してくれたまえ」

…だいとおりょお~~~、ほんきなんですか~~~~?

「では行こうか、諸星君」

そおおおりいいいいいい~~~~~~~~~~…………
 
 
 
ふと気付いて周囲を見渡すと、そこにいた人たち全員が私を見ていた。

期待…信頼…希望…尊敬…いずれもがこの私に向けるべきではない視線であった。

これに応える事など私に出来るのか…? 本当に…?

だが取りあえず逃げ道はなさそうだ…ならばしばらくは付き合うしかないだろう、このお二人に。

「…ケイシー、済まないが今日は長丁場になりそうだ」

「オレに何か作れと?」

「ああ、取りあえずお二人の身体を考えて軽い飲み物と消化のいい肴から始めてくれ」

「オーケイ、ボス」

私はゆっくりとした足取りで二人の首脳の後をついて行く。

こんなに早く『夏』が終わるとは思っていなかったのだけど…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
西暦2001年6月22日、この日西インド諸島の国連軍グアドループ基地において日米首脳会談が行われ、H21佐渡島ハイヴ攻略への協力体制と将来の対BETA戦略及びユーラシア復興計画研究立案プロジェクトの共同提案が発表される。
同時に非公開ではあったが、この計画が次期オルタネイティヴ計画(AL6)の予備案として国連へ共同提出される事も合意された。

ちなみにこの計画の名称は『プロメテウス計画』と呼ばれ、その責任者の名は『諸星段』であった。
 
 
 
 
 
 
 
 
第66話(第1部最終話)に続く
 
 
 
 
 
 
 
 



[21206] 第1部 土管帝国の野望 最終話「指導者Xの献身」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:54946937
Date: 2013/04/12 18:20

最終話 「指導者Xの献身」
 
 
【2001年7月2日 月軌道上L4付近・合衆国宇宙軍所属駆逐艦 ミネルバ】

「艦長! 突如前方に反応がありました! 指定されたポイントの通りです!!」

オペレーターから告げられた報告にミネルバ艦長フランク・コービン大佐は、眉をほんの少しだけ跳ね上げてから指示を下す。

「レーダー及び光学測定で相手が『予定通り』の代物か確認しろ! それと指定された周波数で通信を試みるのも忘れるな!」

やがて彼の指示に従って計測された『相手』の映像がスクリーンに映しだされる。
 
 
「なんとまあ…でかいクソだなおい」
 
 
いつもながら西部のカウボーイその物のようなコービン艦長の言葉ではあったが、今日のそれはやや精彩を欠いていた。

だがそれも無理はなかった、スクリーンに映った『それ』はあまりにも桁外れな物だった…

直径10㎞を越える半球型小惑星とそこから延びるポールのような推進機関…まるでキノコか傘をイメージさせる巨大な『何か』がミネルバの前方に存在していた。

「…で、この正体不明の『巨大宇宙船』とコンタクトを取って、それを向こうの『責任者』から『受領』してこい……か。 オレも色々と無茶な任務を押し付けられてきたが今回みたいなのは流石に例がないんだがな…」

「前例があったらそれこそ大変ですよ艦長」

冗談めかした副艦長の言葉に「確かにな」と苦笑しながらコービンは応える。

「…艦長! 向こうから応答がありました!」

「よし、10秒後にスクリーンとスピーカーに出せ」

「さあて…どんな化物が現れるんでしょうな?」

「ああ…出来れば自称金星人のグラマー美人とかなら嬉しいんだがな」

未知の存在とのファーストコンタクトに備え、どんな異形の存在が現れても大丈夫なように気分を落ち着かせるため、くだらないジョークを交わしながら姿勢を正し表情を改めたコービン艦長たちであったが、スクリーンに映った相手は拍子抜けするほどに「普通の人間」の姿をしていた。

ただ一つ、顔の上半分を覆ったオーガ(鬼)の仮面を除けば…であったが。
 
 
『私は人類支援国家『土管帝国』の統括責任者、総裁Xだ。 そちらの責任者は貴方でよろしいのかな?』

その言葉を聞いたコービンは心の中でこう言った。

(なるほど…『土管帝国の総裁X』か、確かに事前のレクチャー通りだな)

「失礼しましたミスターX、自分は合衆国宇宙軍所属 宇宙駆逐艦ミネルバ艦長 フランク・コービン大佐であります!」

『お待ちしていましたコービン大佐、ここからはこちらの誘導に従って接岸して頂きたい…宇宙要塞『アヴァロン』にようこそ』

仮面をつけた壮年の男はそう言ってコービンたちを受け入れる意志を表明する。

(さて、それじゃ命令された通りこの男の誘導に従うとするか…しかし泣けるぜオイ)

この作戦を遂行するにあたって、指揮官であるコービンは相手の正体を知らされてはいなかった。

だがそんな理不尽な命令でも黙って遂行するのが軍人たちの使命である。

…コービン艦長一行が到着した先で驚くほど美味しい珈琲とパンケーキを振る舞われて、思わず歓声を上げてしまうのはこれから数時間後の事である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【2001年7月5日 土管帝国・中枢コロニー“リング”】

《先生~~おかえりなさい~~~》

「中将閣下、ご無事でなによりでした」

「その中将閣下は止めてくれ伊崎少佐、今の私はもう帝国軍中将ではないのだからな」

合衆国宇宙軍とのコンタクト及び宇宙要塞アヴァロンの引き渡しを終えた指導者Xこと彩峰萩閣は出迎えた相手、帝国陸軍少佐 伊崎学に向かってそう言った。

「貴官の知っている男は三年前に既に死んでいるのだ。 今の私はこの『避難施設』を管理する名も無き隠者でしかないのだよ」

「何を言われるのですか! いずれは帝国に帰参出来る日も来ましょうし、それに殿下も榊総理もそのつもりで閣下の事を知っている自分をここに寄こしたのですぞ!」

そう熱を込めて語るかつての部下に対して小さく首を左右に振って、彩峰萩閣は彼方へと視線を向ける…

悠陽と榊総理によって極秘理に選出された軍人や官僚、科学者たちのグループは、この土管帝国の中枢コロニー『リング』において地球復興や人類が宇宙コロニーで生活するための研究を行っていた。

その責任者として派遣されて来たのが、かつて彩峰の部下であったこの伊崎少佐である。

榊総理から極秘裏に『指導者X』の正体について聞いていた伊崎少佐は、期待半分疑念が半分でこのコロニーにやって来た(ちなみに転送は松鯉商事のビルからだった)

そしてそこで本当に死んだはずの彩峰中将が大堂大尉と共にいるのを見た時、彼は思わず男泣きしてしまったのであった。

顔を覆う鬼の仮面をつけた彩峰に対し、何故正体を隠すのか?堂々と素性を明かして何が悪いのかと言い募る伊崎だったが、彩峰萩閣は頑としてそれには応じなかった。

(あの光州で彩峰萩閣という男は確かに鬼籍に入ったのだ…今の私は諸星君によって仮初の人生を与えられた幽霊のような物だろう。 自分の決断で多くの部下を死なせ、結局は帝国の安泰を守る事が出来なかった自分がどうして今さら帝国に帰れるというのだ…いや、私が生きている事によって再び日米間の火種となる可能性すらある以上、断じて顔を晒す事は出来ない)

そう心の中で呟いた彩峰は、これから自分が果すであろう役割へと心を巡らせた。

モロボシからの要請に従って合衆国宇宙軍にあの宇宙要塞(まだ艤装前)を提供するという仕事は問題なく終了した。

今後は彼ら自身があの中にある兵装や備品を提供した資料に基づいて設置や艤装を行う事になるだろう…それもまたモロボシが彼らに与えた『学習の機会』であった。

(あの宇宙要塞を彼ら自身が整備・運用する…その事自体が将来人類が宇宙に進出していくための学習過程であると同時に、彼の…モロボシ・ダンの計画をいずれは我々人類に全面的に任せるために必要な準備でもあるのだ)

モロボシの計画…それはオルタネイティヴ計画の成果によって人類の戦略方針が決定した場合、それがどのような物であり、その成否がどうなったとしても結果として人類とその文明社会を存続を保証出来る受け皿を作り上げる事であった。
 
 
第4計画が成功した場合…当然人類はユーラシア大陸の各ハイヴを攻略し、人類の版図を奪還しようと考えるだろう。

だがそれは到底短期間で可能な話ではなく、今後約20年~30年といった長期に渡る戦いになるのは確実だし、当然の事としてそれまでの間、難民たちはユーラシアの故郷に帰るのは難しく、仮に帰ったとしてもBETAによって荒廃した故郷を復興するのは至難の業であるだろう。

そして後方国家もそうそういつまでも難民という『お荷物』を抱えていられる訳ではない…

(だからそうなった場合は、この土管帝国が作り出すスペースコロニーをラグランジュ点に順次設置して彼ら難民たちの当面の安息地を作り出す…それが第4計画成功時におけるプランとなる。 同時にここで行われている研究の成果によって長期間の宇宙生活や将来の宇宙都市国家建設の下地を作り出し、またそれと並行してユーラシアの自然や環境を回復させるための『大陸規模でのテラフォーミング』を行う事にもなるだろう)

この土管帝国で行われている研究はAL4の後押しと言うよりも、むしろ計画が成功して人類の反攻が実現した場合に発生するであろう問題への対処であったのだ。
 
 
そしてもしも第4計画が失敗に終わるか、あるいは成功したとしても人類が地球を守り通す事が不可能と判断された場合…その場合は全人類を地球から脱出させ、彼らを『新天地』へと導く事がこの土管帝国の役割となる。

地球の赤道上に設置した軌道エレベーターを使って人や物資を静止軌道に上げて、そこからは宇宙船でL3のコロニーへと送り届け、そこを彼らの新しい生活の場所とする。

もちろんそれは短期間に出来る事ではなく、ユーラシアから溢れ出たBETAの侵攻を遅延作戦によって防ぎながら10年以上の年月をかけた一大脱出作戦となるのは間違いない。

(その脱出作戦の誘導と難民たち(この場合は全人類)の受け入れ作業を行うのが私に課せられた使命なのだ。 人類が宇宙に避難し、そこから更に『新天地』へと向かうための中継点…それこそがこの『土管帝国』本来の役割なのだから)

彩峰萩閣はそう心の中で自分の役割について思いを巡らす。

地球を脱出した10億を超える数の人類…その全てをスペースコロニーで永遠に養うのは様々な観点から考慮して非常に困難だと言っていいだろう。

当然何処かに新しい居住惑星を見つけ、そこに移住する事を検討しなくてはならない。

(ダイダロス計画によって発見されたアルファケンタウリの地球型惑星か、さもなくば別の何処かに人類を移住させる必要が出て来る…だがそのためには光年単位の長距離宇宙航行が必要になるだろう。 その難問を解決するための切り札、それがこの超巨大スペースコロニー『リング』の役割となる)

モロボシの考えた『第5計画修正案』…それは地球を脱出した全ての人類やその子孫たちが土管帝国という避難場所を踏み台にして、新しい第二の地球へと移住出来るようにする事であったのだ。

そしてその新たな地球へと人類を移動させるための施設…それが彩峰たちがいる『リング』である。

その円周が実に百数十㎞にも及ぶとてつもなく巨大な宇宙の指輪(リング)…その正体はオシリスによって制御された大型メビウス機関によってスペースコロニーごと宇宙の果てや並行世界へと送る事が出来る『スターゲート』であった。

(オシリスの探査によっていつの日にか新たな地球となるべき星を宇宙や並行世界の何処かに見出した暁には、そこに人類を送り出す『門』としてこの施設は作られた。 そしてその日が来るまでは決して邪な欲望を持った人間にこれを渡す事がないようにこの場所が選ばれたのだ………この『反地球点』が)

『反地球点』とは太陽を基点とした地球の公転軌道上において、常に地球とは反対側に存在する無重力地帯…すなわち太陽と地球の重力によって出来たラグランジュポイントである。

月軌道上のラグランジュ点ではあまりにも地球から近く、結果として人類同士の奪い合いに発展する可能性を考えたモロボシがこの場所を選んだのであった。

(この場所を知っているのは日米両政府のごく限られた人間だけであり、仮に野心や欲望を持った者が手を出そうにもあまりにも遠過ぎるだろうし、この場所を訪れる研究者たちにもここが何処か知らせてはいない…そして諸星君たちが幾重にも防諜手段を重ねている以上、当分の間ここが脅かされる事はないだろう)

人類が第4計画の成功によって地球を再び自分たちの手に取り戻せるか、あるいはそれを諦めて第5計画による宇宙移民への道を選択するか…どちらを選んでも人類が生き延びる事が可能になるための準備は整いつつある。

そして、その大きく二つに分かれるであろう道をどちらに進んでも大丈夫なように整備するための切り札…それが核融合発電技術と宇宙要塞アヴァロンであった。

(第4計画が成功した場合のユーラシア復興と各国の経済回復のための切り札として核融合発電所は建設され、それによって地上で苦しむ人間を減らすと同時に宇宙移民への道も開く…そしてアヴァロンは月や火星からBETAを駆逐するための移動基地として機能する事になるだろう。 またあるいは第5計画を選択した場合は、人類を無事第二の地球に移住させるまで守り続ける盾としての役割を果たす事になる訳だ)

その人類の盾をモロボシは熟慮の末に米国に譲渡した…

無論それに危惧の念を示す者もいたが、帝国にのみ彼の力を与え続ければ世界の嫉妬と恨みが集中する可能性があり、しかもモロボシのプランはあまりにも壮大過ぎて一つの国家でそれを推進する事は初めから不可能だったのだ。

むしろ米国に対して宇宙要塞を与えることで彼らを協力者として引き込み、計画推進のために力を貸してもらうと同時に、モロボシや土管帝国が提供する『人類への援助』を国連を通す形で公正かつスムーズに行えるようにしてもらう事が目的でもあった。

(日米がこの計画の中枢を握り、共有する事で離反した両国の間を繋ぎ合わせ、同時にその連携を国連を通じる形で世界へと広げていく…そしてオルタネイティヴ計画の結果がどちらに傾こうとこの土管帝国に一定数の難民を受け入れる事になるのは間違いない。 そのための準備と下支えこそが今の私の使命なのだ…そう、これが私に出来る唯一の贖罪の道なのだろう…)
 
 
ふと我に返ると、心配そうな表情で自分を見つめる伊崎少佐の姿があった。

自分を案じるかつての部下の肩を軽く叩いた後、指導者Xこと彩峰萩閣は歩き始める。

後悔は果ても無く自分に圧し掛かって来る…しかし今の自分にはまだ為すべき事が残されているのだ。

視線の先にタチコマたちと共に大堂大尉が作業を行っている姿があった。

(そう、彼や尚哉の事もある…今の私はまだ死ぬことも許されないのだ、彼らの行く末を確かな物にするためにも)

言葉には出さず、仮面の奥の瞳に決意を灯して彩峰萩閣は前へと進む。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【2001年7月7日 国連軍横浜基地・B19F】

《おはよ~~霞ちゃん~~~》

「…おはようございます、駒之介さん」

《夕呼せんせいはまだ寝てますね~~?》

「…また明け方までお仕事をしていらしたんでしょうか?」

《そうなんだ~、実はボクまで書類の整理とかピアティフ中尉と一緒になってやらなきゃいけなかったんだよ~~~》

「…駒之介さんは眠らなくても平気なんですか?」

《うん、必要なら1年くらいはスリープモードを使わずにいられるから問題はないよ~~》

「…偉いんですね、駒之介さんは」

《そ、そんな事ないよ~~、霞ちゃんに比べたらボクなんて~~~》

「…私には何も出来ません、純夏さんを目覚めさせる事も」

《それは霞ちゃんのせいじゃないよ~…… あ、そう言えば今日は純夏さんの誕生日だった》

「…そうなんですか?」

《うん…あ、だったらおめでとうって言ってあげなきゃいけないのかな~?》

「…そうですね。 …お誕生日おめでとうございます、純夏さん」

《おめでと~~純夏さん ………あれ?》

「……純夏さん?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【同時刻 ニューヨーク・国連本部】

「…別に出世とかしたいと思ってなんかいなかったのに…何だってこんな事になったんだろう?」

「それは仕方ありませんわ、あんなとんでもない物をオモチャのように扱う事が出来る方を単なる尉官のままにしておく事など出来る訳がありませんから」

「また随分と意地悪な発言だねフレミング大尉?」

「ええ、それはもう…だって何の手柄も立てていない私が大尉に出世したのも中佐のお陰ですから」
 
 
 
 
…こんにちはみなさん、モロボシです。

榊総理とコルトレーン大統領の連携プレー(陰謀だ陰謀!)によってまんまと嵌められた私は、現在N.Y.の国連本部で『プロメテウス計画』の立ち上げに携わっています。

この計画はまだ正式な国連のプロジェクトとなった訳ではないのですが、日米二ヶ国の後押しとそれ以上に国連加盟各国の強い要請で、ここに準備機関の事務局を構える事になったのですよ。

そして当然こんな大仕事を私一人ではこなせないから、帝国や合衆国から国連に派遣している人材や新たな追加人員を回してもらう運びになっている訳です。

このフレミング中尉…じゃなくて大尉も第5計画移民派のお仕事からこちらに回されて来た人の一人な訳です(…いや実は彼女の仕事ぶりが信頼出来るので私がスカウトしたんですけどね)

彼女は今回の栄転(だと思う)によって大尉に昇進…それだけならいいが、私の方までなんと国連軍中佐(!!)の身分をもらってしまったのだよどうしよう?

…そりゃ確かにこんな大きな仕事を任される以上はそれなりの箔が必要になるってのは理解出来るんだが、だからと言って納得出来るのかと言われれば難しい。

「中佐なんて柄じゃないんだけどなあ…」

私がそうぼやくとフレミング大尉はどこか呆れたような、あるいは面白がっているような顔で首を振っている…なんかケイシーに似た反応だけど…

「まあ何にせよ、まだ帝国や合衆国から派遣されて来る人間は確定していないし…慌てずゆっくりと事務所開きの準備でもしようかね?」

私がそう言うと、フレミング大尉はくすっと笑って頷いた後でこう言った。

「それはいいのですが、あまり食事の度に一人で何処かに行くのは控えて下さいね?」

…言われちゃったよ。

いや実は最近、食事の度にちょっくらアラスカまでメビウスで移動してケイシーの所で飯を食ってるんだけど、どうやらそれが彼女に気付かれてしまったらしくてね…

え?何でそんな事してるかって…?
 
 
 
理由は簡単だ……飯が不味いんだよこの国は。
 
 
一体何をどうしたら天然食材からあんな油っこいだけでまともな味のしない食べ物を作る事が出来るのか? 私に言わせれば食材や食文化への冒涜行為にしか映らないのだが、この国の連中は平気らしいのだ。

それはまあ高級レストランとか回って見ればそれなりに値段相応の店はあるし、中佐になって給料もいいからそういった所に出入りするのも無理ではないが…けど私はもっと庶民的で気軽に美味い物が食べたいんだ!

色々美味い店を探してはいるが、今のところ少ないからどうしてもケイシーに頼るしかないのが現状なのだ…ちくしょうめ(涙)

おのれ見ていろよアメリカ人、貴重で高価な天然食材にあんな無残な最期を遂げさせた報いは必ず受けさせてやる!

この私が権力を握った暁にはこの国の駄目コックたちを全員収容所にブチ込んで、一人前の料理人になれるように徹底した再教育を施してやろう。

(もちろん教導プログラムの映像講師は〇原〇山先生だ! 思う存分罵倒されるがいい!)
 
 
 
…なに、そんな馬鹿な妄想してないでケイシーをここに呼べば済む話だろって?

それが出来れば苦労はないんだよ、まだアラスカのゴタゴタはこれからが本番なんだし私が『歴史』を変えた結果、本来起きなかったはずの事件とかが発生する可能性も否定できない。

それに対処するためにも彼には当分あそこでコックをやってもらう必要があるし、本人や大統領もそれを了解してくれた。

まあカムチャツカへの介入は私がこうなった以上、直接行く事は出来ないが…手段はそれなりに用意してあるから何とかこなせるだろう。

例え地位に縛られようがアラスカや横浜の『彼女たち』を見捨てれば並行世界からの援助がストップしてしまう事に変わりはないし、私もまた彼女たちの未来を諦めるつもりはない。

まあまだ時間はあるからゆっくりと…
 
 
 
アレ? 緊急コール? 駒之介と…え?
 
 
 
 
 
 
 







 
 
 
 
【横浜市 柊町・白銀家 2F】

この部屋の中には誰もいない。

部屋の主は3年前にハイヴの中で異星起源種の餌食となってしまい、もうこの世にはいないのだ。

もし仮に『奇跡』が起きるとしても、それはまだ3ヶ月以上も先の事であり、今この部屋で何かが起きる事はあり得ない。

…あり得ない筈だった。

だが今、一人の男が友人の科学者のアドバイスに従いこの部屋の『観測』を任せていた一台のミニコマが、奇妙な現象を確認していた。

部屋の中に外部からの日光とは別の光が発生し、しかも僅かながら空間に歪みが生じ始めている事も観測データに現れているのである。

ミニコマは自分に入力された命令に従い、その現象と観測データを命令者と自分の親機であるAIたちに送信する…

AIを搭載しないチビコマには認識出来なかったが、そのデータを受け取った先ではいずれも仰天動地の騒ぎになっていた。

まだ何も起きる筈はなかった…彼らの計画はそれを前提にした物であったからだ。

だが今、起きるはずがない奇跡が起きようとしていた。

全ての予想を覆すかのように。

その結果もたらされるのはより良い未来か、あるいは絶望なのか…それを知る者は誰もいない。
 
 
 
 
 
 
部屋の中に溢れる光はどんどん強くなって、やがてその光は…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
土管帝国の興亡 第1部・土管帝国の野望 完
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
第1部あとがき
 
 
てな訳でようやく第1部が終了しました。

長かった…いやマジでこんなに延びるとは予想していなかった…

書き始めから3年近くもかかってようやく第1部を書きあげる事が出来ました。

この物語はここで折り返し点となり、ここからは本来の主人公タケルちゃんとモロボシ君の二つの視点から話を進めていく…つもりでした。
 
 
ですが、当分第2部を書く予定はありません。

理由はと言えば、まずTEの内容(出来ればTDFとかも)を見てそれを元にストーリーや設定の見直しをしたいと思っている事と、他にも書きたい作品がいくつかあって、そっちに力を入れたいと考えているからです。

まずはチラ裏で書いているゲハ小説とシルフェニアでやっている『ノイマン』をこなす予定です。

後はリリカルな方面でちょっと思いついたネタが幾つかあるのですが、これは形になるかどうか分からないし、書くかどうかも未定です。

それと第1部で書き切れなかったいくつかのエピソードや第2部への繋ぎとなる話は閑話の形で不定期に書いていくつもりでいますので、その時はまた読んでやって下さい。

私の下手なSSに付き合って下さった皆様、お便りをたくさん下さった皆様に心から感謝します。

本当にありがとうございました。

もし、忘れずにいたらいずれ書く第2部もよろしくお願いします。



2013年4月12日 鈴木ダイキチ
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



[21206] 閑話その22「それさえもおそらくは平穏なモロボシ・ダンの華麗なる日常?」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:54946937
Date: 2013/08/11 22:52


閑話その22「それさえもおそらくは平穏なモロボシ・ダンの華麗なる日常?」
 
 
【2001年7月某日 N.Y. 国連ビル内・プロメテウス計画準備室】

「…兄妹だろうが愛さえあれば問題ない? アイツら本気でそんな事を言ってるのかね?」

…皆さん、お願いだからいきなり逃亡とかしないで下さい(涙)

別に私の頭がどうかなった訳ではなくて、電話の相手であるスミヨシ君…というか、彼を通じて自分たちの要望(欲望?願望?)を伝えて来た連中の脳味噌が腐ってるだけなんです(溜息)

『…まあワシもこんなん伝えるんはどうかと言うたんやけど、本人たちがどうしても言うんでな』

「そいつらには人間にとって倫理観という物がいかに重要かという事を分からせておいてくれ…それで他の連中はどんな身勝手な要求を出しているんだ?」

『まあ、最優先なんがクリスカの生存を確実なモンにしろ言うとる件やな、それと当然まともな人間として生活可能になるまでのメディカルケアや』

「…そっちは大丈夫だ、例の入江先生から承諾の連絡を貰ったからね」

『さよか…けど驚いたわな、まさかあの『大災害』がそっちの世界で発生しとったいうんは』

「ましてやその事件の関係者や研究内容が第3計画に流れていたとなれば余計に…ね。 まあ何の因果でもう一つの『糸車』に関わる事になったのかなんて考えても仕方ないのかも知れないがね」

『後はまあ、どうせ脱走するんならまとめて日本側に呼び込んで恋愛原子核戦隊(ハーレム込み)でも作ったらええとか…』

「はいはい、だけどその『歴史』は辿らせないよ?先月大統領と話し合った段階でその辺の『フラグ』をまとめて叩き折ってしまってるからね」

『さよか、ほな今回発掘された『資料』を前提にしても大枠の予定は変わらん言うこっちゃな?』

「ああ、いくつか予定外の物はあるがそもそも最初からH26攻略は既定路線だったからね…むしろそっちの予定が強まっただけさ」

『けどその場合、カムチャツカの方はどないするんや? あっちの損害抑えようにも身動きがとれへんのやろ?』

「それに関してはちょっとした細工をしておくから心配は要らないよ…さて、こっちは仕事が待ってるんでこの辺で失礼する」

『くどいようやけどイーニァを助けんかったら…』

…言われんでも分かっとるわい! プチッ!!
 
 
全くあいつらは…え?何か良く分からない会話ですと?

いえね、実は我々の世界において今まで未発見だった「おとぎばなし」の原典の一部が発見(発掘とも言う)されたんですよ。

なにせ本来は数百年前の代物だし、おまけに数十年前のアレ(文明大改革)が原因で失われた原典も多かったので今までは対処方針を確定するのが難しい部分もあったんです。

ですが今回、非常に古いアーカイブ(埋蔵ファイル)が某所から発掘された結果、そこにアラスカ方面の顛末を記した部分が多数含まれており、鑑定の結果それがおとぎばなし原典の一部に間違いないとの結論が出た訳なんですが…

その結果どこぞの不器用コンビが実は実の兄と妹だと判明したために、支援者の間で大騒ぎに発展したんですなこれが。

これで嫁の座はクリスカに確定だの、いやまて実の兄妹なら逆に燃える展開ではないか(正気か?)などとまあ喧々轟々の大騒ぎでして。

こっちとしては新たに判明した『事実』を基に今後の計画をどの程度修正するかで頭を悩ませてるってのに、どいつもこいつも勝手な事ばかり…

《モロボシさ~~ん》

「おや、何か用かね駒太郎君?」

《はい~~、でもボクじゃなくて「諸星さん!!」…こっちです~》

「…ああなんだ××君じゃないか、どうしたんだいそんなに血相変えて?」

『どうしたんだいじゃありませんよ! 一体いつまでこの城にいればいいんですか!?』

「まあまあもうちょっと待ってくれよ、今すぐ横浜に行っても事態が変わる訳ではないんだしね」

『それは…そうですけど、でも…』

「いいかい××君、君の幼馴染みや彼女たちや神宮寺軍曹を救うためには今はまだ準備が必要な時期なんだよ、それは分かっているだろう?」

『…はい』

「まあどの道遠からず君には横浜へ行ってもらう事になるだろうけどね、そのためには例の慣熟訓練もこなしてもらわないと」

『その件ですけど、やっぱり実機で訓練しないと…』

「それも大丈夫、フェイズ2の機体が2,3日中には君の処にも届く予定だからね」

『分かりました…ですが、その…』

「…? まだ何か問題でもあるのかね?」

『…悠陽と月詠大尉をどうにかしてもらえませんか?』

「あ~~……それはちょっと難しいかな?」

『とにかく悠陽ときたら隙を見てはオレにせまろうとするし、その度に月詠大尉が日本刀を振りかざしてオレを追いかけるし、侍従長さんも一緒に追ってくるし、紅蓮大将と斑鳩少佐は面白半分に冷やかすだけで助けてくれないしおまけにあの鎧衣のおっさんにはそれをネタに散々からかわれるし…うううっ(泣)』

おいおい泣くなよ…いいじゃないかあんな美しいお姫様(それも姉妹ワンセットで)から慕われてるんだし、君も男なら覚悟を決めてハーレム一つや二つ作ってみせればいいだけだろう?

『…何か不穏当な事を考えてませんか?』

「い、いやげふん!そんな事はないよ…しかしだね××君、キミの『記憶』と我々の『知識』とのズレを考慮すれば横浜と帝都城の連携はより一層重要性を増して来るんだ。 その辺を考えた上で君をそこに止め置いているんだという事を忘れないでくれたまえ」

『…毎日毎日彼女たちに追い回されるのが重要なんですか?』

「まあなんだ、それは止むを得ない副次効果というか君の原子核は鳴海君と同じで押さえようがないから諦めてもらうしかないというか…」

『何だってそんな事まで知ってるんだよ…』

そう情けない声を出すなよ、私だってお城の中では散々苦労させられたから気持ちは分かるけどさ。

「ま、とにかく全ての準備が整うまではそこで頑張ってくれ。 どの道そう長い話ではないからね」

『分かりましただけど(×××さま~~)…って! すいませんそれじゃまた連絡します!』

また追っかけっこが始まる時間か、さすがに『原子核』の力は絶大だねえ…あの殿下が3日と経たずに墜ちたそうだから。
 
 
 
…え? 電話の相手は誰かって…?

またまた~分かってるくせに(笑) もちろん『彼』に決まってるじゃないですか。

我々の予測よりも遥かに早い段階でこの『舞台』に登場した彼を私とタチコマくんたちが半ば強制的に帝都城に引き摺りこんでから既に10日以上が過ぎている。

最初は混乱しながらも自分は横浜基地へ行かなくてはならないのだと説明していた『彼』であったが、私や悠陽殿下の話を聞いて顎が落っこちそうな顔になったのは見物だった。

…もっとも我々の側も彼の『話』を聞いた後で同じ表情になったんだけどね。
 
 
『彼』が辿った『前回のループ』…その経過と結末は我々の知識と完全に一致する物ではなく、しかも私の計画にとっても思いがけない蹉跌を生む可能性を含む内容だった。

その想定外の内容を聞いた私は、取りあえず計画の一部修正とこれから行う予定であったイベントの『配役変更』のために彼を説得して帝都城に止め置き、鳴海君を始め先生をはじめとするスタッフに必要な指示と連絡をしてプラン修正の作業に取り掛かったのだが…

「大統領たちから任せられたお仕事も一緒にこなさなくちゃいけないから大変なんだよなあ…ホント」

私がそう独り事を呟くと、くすくすという笑い声が近くで起きた(それも複数だ!)

「…君たち、人の苦労を笑うのは感心しないんだがね?」

私のその恨めしげな言葉に対して帰って来たのは更なるクスクス声だった…

「申し訳ありません中佐、ですがあなたが『プライベート』で抱え込んでいるお仕事に関して何も話して頂けない以上、私たちとしてもお手伝いのしようがないのですが…?」

そう笑いながら言ったのは私が第5計画からスカウトした部下の一人、レイナ・フレミング大尉であり…

「私は殿下から『諸星が何か意味不明な言葉を口走っても深くは詮索しないように』と直に仰せ付かっておりますので」

そう仰って下さったのは殿下の推薦で斯衛軍から私の助手兼秘書として派遣されて来た真瞳光流(しんどう ひかる)中尉であった。

フレミング大尉は第5計画のL3への査察に際してその公正で誠実な仕事ぶりから信用出来ると判断し、私の部下としてこの計画に招いたのだし、真瞳中尉は以前にちょっとした出来事から知り合いそれがきっかけで親しくなっていた人であった。
私が正式に国連に出向となる事が決まった時に悠陽殿下が自分の信頼出来る人間の中から彼女を選び、私の秘書として付けてくれたのだ。

なに?リア充裏山しい? 残念だけど仕事が山積みで女の子に手を出す暇なんか何処にもないんだよまったくもう…

「それで中佐、一体何のお電話だったのですか?」

笑い声を収めてフレミング大尉がそう聞いて来るが…私は一瞬返答が出来なかった。

言えない……とても彼女に本当の事は言えない。

このフレミング大尉は私の事を『遠い銀河の果てから自分たち地球人を救うためにはるばるとやって来た正義の宇宙人』だと心から信じているのだ。

現実の私が実は並行世界からやって来たただのイカサマ師で、異次元にいる仲間からソ連軍の美人姉妹を誘拐する謀略を強要されているヤプー〇人以下の生物だという事を知られてしまったら…(涙)
 
 
「いやなに、私が個人的に使ってる『スタッフ』たちから色々と報告や情報を聞いていただけなんだがね…」

「何か問題が発生したのですか?」

「アラスカからカムチャツカに部隊が派遣される件で色々とね…まあ君たちは気にしないでくれたまえ」

取りあえず適当な話を並べ立てながら、自分に降りかかって来た新しい難問や課題をどう消化すればいいのかと頭を回転させるが一向に上手い答が出てこない。

うん、こういう時は美味い食べ物でも喰うのが一番だな。

「君たち、済まないがちょっと食事に出かけてくるよ」

私がそう言うと、フレミング大尉が微妙な表情で聞いて来る。

「…もしかして、また『あの』お店ですか?」

「うん、何と言っても『自分の店』だからねあそこは」

「あの中佐…確かにあそこの料理は美味しいですけど、仮にも佐官の立場におられるのですからもう少し格式のある店にされてはいかがでしょうか?」

真瞳中尉も似たような顔でそう言うけど、私としてはあまり佐官が足繁く通うような高級店は好みじゃないんだ。

「軽い食事に一々高級レストランというのはちょっとね…腹を満たしたら戻るから」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【国連本部ビル商店エリア・カレーハウス『GON』】

「うわ…盛況だねえ」

店の前に並んだ人の列を見て思わずそう呟いてしまった。

この店は私が企画して作らせたカレー専門店なのだが、開店から半月程度ですっかり国連ビル屈指の人気店になってしまったようだ。

なに? 一体どんな高級食材とスパイス使ってるのかって…?

いやそんな大したモノではないですよ? 単に時間をかけてじっくりと煮込んだスープに特製のカレールウを溶かして、そこに幾種類かの隠し味を加えるだけの簡単なレシピですから♪

なにインチキ? ちゃんとカレー粉かスパイス使え? 真面目にやる気があるのか…?

いや皆さんそうは仰いますけどね、現実問題として大量のカレーを作る(それも大衆向けに安く)となるとこの方法しかないんですよ。

その理由はと言えば、カレーに必要なスパイスの安定供給が上げられる。

本来スパイスを食べてると言っても過言ではないカレーという料理は、当然の如く大量(かつ多種類)のスパイスを必要とする。

そしてスパイスの精密な計量や調合なしに安定した味のカレーを毎食出す事は絶対に不可能だ。

結局、カレーショップを(それも将来はチェーン化も見据えて)やって行くにはカレー粉(もしくは業務用カレールウ)を大手メーカーから調達するしかない。

まあカレー粉の品質改善で係わりを深めた国産最大手の火鳥食品(通称F&B)さんがこちらの注文通りの特製業務用カレールウを作ってくれるのでそっちは一安心だけど。

そしてこの店のカレーはスパイスの味が主体のインド風ではなく、日本の洋食風カレーなのだ。

意外に思えるかもしれないが、実はインド式カレーよりも日本のカレーの味の方が米国や欧州では好まれる事が多いのだ。

複雑なスパイスの組み立てによって出来上がったエスニックな味よりも野菜や肉のスープとスパイスが混然一体となった味の方がより親しまれる…という事かも知れない。

ただしこの米国ではそもそもカレーの知名度は低いし、カレー専門店も無いに等しい。

ライスやナンにカレーをまぶして食べるというスタイル自体が米国人からすればジャンクフードのカテゴリーに入るという事もあるのだろう。
(確かに日本食レストランやインド料理店でもそれぞれカレーはあるし欧州食の店にもあるにはあるが、何故か米国内でのカレーの評価は低いようだ)

だが『それ』でいい、『そこ』がいいのだ。

あえてそういった知名度も人気も低い料理を、それも大衆食・ファーストフードの位置から全米を席巻する程の人気メニューへとのし上げる…それでこそ男の本懐と言えるのだ。
 
 
 
 
「さて…本日も味が落ちてるような事はないだろうね?」

ようやく自分の順番が来て、注文した辛口ポークカレー(米国だとこれの注文数は少ない)の香りを楽しみながら一口食べる…UMAUMA

「ふむ、本日も味の方は問題なしか」

店のオーナーとしては店員たちが手を抜いて味とサービスの質を落とさないように定期的にチェックする必要があるのだ…UMAUMA

店内を見渡せば客の誰もがこの店のカレーの味に喜び、満足してくれているのが見て取れる。

もちろん最初の内はマイナーなジャンクフードの店が出来たという程度の反応だったのだが、冷やかし半分にこの店のカレーを食べた人間が次々と常連客となって、僅か開店一週間余りでこの盛況ぶりだ。

よし、この反応なら遠からずボストンあたりに2号店、そしてゆくゆくは全米チェーンへ…
 
 
 
「まだまだですね」
 
 
 
調子に乗ってルンルン気分だった私の耳に冷水でも浴びせるかのような言葉が聞こえた。

「それはまた随分と手厳しい評価…おや、あなたでしたかシスター」

誰かと思えば知人の聖職者、型月区・三咲町のシスター・シエルであった……いやまて、何でこのシスターがこの世界にいるんだよ!?

「シスター、なにゆえあなたがこの店でカレーを食べておられるのですかな?」

「私がカレー店でカレーを食べているのがおかしいですか?」

いいえ、別に貴女が『カレーを食べている』のは不思議でもなんでもありませんよ。

いや実はこのシスター、表の顔は単なる巡回修道女だがその正体はヴァチカン直属の異端審問官(本物の魔女や吸血鬼を狩り殺す仕事人)であり、さらにその裏の顔はカレー専門の立喰い師『ガラムマサラのシエル』……というのも世を忍ぶ仮の姿で本当の正体は悪の秘密結社ダークガラムマサラーが7位、シエル・ザ・カリーマスターと呼ばれる悪の女幹部で秘かに日本インド化計画を目論んで…

「…何か頭の中である事ない事言ってませんか?」

『ある事だけだよ』なんて本音は口が裂けても言わない方がいいだろう…それこそ彼女を怒らせたらどんな目にあわされるか分かったもんじゃない。

「別にそんな事は考えていませんが…しかしシスター、どうしてこの店の事を?」

まあこのシスターはカレーに取り憑かれたカレーの使徒なのだから、どこかに新しいカレー店が出来たなら必ずそこを訪れるのは不思議ではないが、しかし何で並行世界にオープンした店の情報まで持っているんだろう?

「…先日、三咲町の路地裏でネズミを一匹追い詰めたところ助命嘆願の交換条件としてここの情報を聞きました」

まるほど、つまり人気のない場所で自分の『後輩』を締め上げてネタを吐かせたと…何という極悪非道な聖職者だよオイ?

「あまり彼女をいじめるのはどうかと思いますがね? まだ『助かる』可能性がないと決まった訳ではないでしょう?」

「それこそ『苦しみ』を長引かせずに主の御許に召された方がよほど彼女にとっては『救い』になると思いますが……まあいいでしょう、それよりあなたの方こそこんな呑気な事をしていていいのですか?」

「別に暇な訳ではありませんよ…それに『そちら側』では私はテロで死んだ事になっている筈ですが?」

「ええ、電脳ネットの住民たちが慰霊碑まで建ててくれていましたね…確か碑文は『おおモロボシよ、タヒんでしまうとはなさけない』でしたか?」
 
 
さのばびっち! アイツら帰ったらタダじゃおかんからな!!
 
 
「ですから当分は大丈夫だと考えているのですが…?」

私がそう言うと、彼女は苦笑しながら言った。

「ですが裏の事情を知っている人間は殆んど信じてはいませんよ、あなたが死んだとは」

「……」

「それに、あなたが本来いた古巣…土建庁・特機開発局でしたか?あそこの周辺で何かトラブルがまたあったとか聞きましたが?」

…あのブタが! また何か仕出かしてくれたのか?

「今更彼らに何があろうが私の知った事ではありませんな、そうでなくとも『彼』の不始末が原因でこの私は哀れ並行世界へ島流しの果てに幽霊にまでなってしまったのですし」

「だったら彼の枕元にでも化けて出てやればいいでしょうに?」

「仕事が片付いたら考えてみますよ」

私がそう答えると、喋りながら食べていた彼女は激辛特盛り牛スジカレーを見事完食してスプーンを置く。

「…野菜のダシは十分に出ていますがスジ肉の処理は今一つですね、まあこういうカレーの味も悪くは無い物ですし、また機会があったら寄らせて頂きます」

そう言って彼女は店を出て行った…やれやれ、次に来る時までにスジ肉の処理を向上させておけって事だな(大変なんだよその作業は)
 
 
 
「随分とおっかない雰囲気のシスターだな、アンタのお仲間なのかい中佐殿?」

ああ…そう言えば彼もここにいたんだった(笑)

「ここのカレーの味はどうかね、ウィリアムズ中尉?」

見れば辛口のチキンカレーを美味そうに頬張っていた。

「ああ、チウンの爺さんがチキン以外は禁止って喚くからこれを注文したんだが…イケる味だなこれは」

そう言ってレモ・ウィリアムズ君は美味そうにチキンカレーを口に運ぶ。

「いや仲間というか知人ではあるんだが、どうやらこの店の話を何処かから聞きつけて味を見に来たらしくてね」

「ほ~~わざわざ(宇宙の果て?から)こんな遠くまでねえ…」

関心したように彼は言うが、そもそもあのシスターはカレーのためなら宇宙どころか次元の果てまでだって行くだろう。

「それで、キミはどうしてここにいるんだい? まさか彼女のようにこの店のカレーの味が知りたかったとか言わないよね?」

「いんや、確かにそれもあるんだがね…アンタの周囲が色々とキナ臭くなってきたんで様子を見に来たのさ」

「おや、一体どうしてだろうね? 人の恨みなんか買う覚えはないんだが?」

私がそう呟くと、レモ君は思わずカレーを噴き出しそうな顔になった…おい、ちゃんと嚥下しろよ、カウンターが汚れるからね?

「…アンタがどの口でそれを言うんだよ『プロメテウス』の大将?」

生憎と私は将官じゃなくて中佐だよ。

「N.Y.にいる金の亡者共はもちろん、南米や旧欧州の国や情報機関まで完全に途方に暮れて混乱してる…結果、連中の恨みはアンタに向けられつつあるという事だよ」

「ほお?自分たちの国土から水と空気が無くなる危険を事前に教えた事がかね?」

「…その危険から逃れるための鍵を日本とステイツにだけ握らせている事をだよ」

…なるほどね。

「元々連中はそれぞれ立場や思惑こそ違えど、バビロン戦略って奴の実行を前提に手前勝手な打算や謀略を張り巡らせて来てたんだ。 ところが突然アンタが現れてそれを根底から覆した上に、その後に来る事態に対応する鍵をこの国の大統領と極東のお姫様の二人に渡しちまった……まあそれを逆恨みしようってのも随分と情けない話ではあるが、ああいった連中にそんなまともな道理が通じる筈もないしな」

半分は呆れて、そしてもう半分は面白がっているかのような口調でレモ・ウィリアムズはそう話す。

まあ確かに彼の言う通りではあるのだろう…

合衆国のみならず、欧州各国やアジア太平洋諸国、アフリカ、南米各国たちはAL5が人類反攻の鍵だと考えていた。
(基本的にAL4は『研究』であって夕呼先生でもなければ凄乃皇でハイヴ爆裂なんて非常識な考えは持たないのだ)

そして彼らの多くはそのAL5によって人類が反攻を行う過程で様々な政治的工作や駆け引きを行うつもりだったのだ。

米国はその実力と実績をもって実質的な世界の完全掌握を望み、逆に米国に恨みを抱く勢力、あるいは自国がそれに取って替わりたいと望む勢力は米国の信用を失墜させ、その力を奪い取ろうと考えていたのだろう。

だが、私が公開した例のM-78ファイルと土管帝国の存在がそれらの思惑を完全にリセットさせ、関係者一同を呆然自失の態にまで追い込んでしまったのだ。

もちろん『彼ら』はその程度で自分の野心を諦めるような殊勝な人間たちではない。

それならそれでその新世界はオレたちが頂くから邪魔者は消えてもらおうか…と思いきやそう簡単にはいかなかった。

その新世界の鍵を持つのは日本帝国と米国の2カ国であり、自分たちは彼らから分け前を受け取る立場になる…

当然の如くそれに不満を抱く国や人はいるし、何よりその状況を作り出した人間(つまりはこの私の事だな)に憎しみを抱くのもある意味自然な成り行き…か。

「ま…アンタに限って滅多な事はあり得ないだろうがくれぐれも用心だけは怠らないようにした方がいいぜ旦那」

そう言ってレモ君はカレーを食べ終えると席を立った。

「ありがとう気をつけるよ……ところでどうだいここのカレーは? いずれは全米チェーンも視野に置いているんだがね?」

「ああ、いい味だ…また食べに来たいねここに」

そう言ってウィリアムズ君も店を出て行く…ふむ、カレーの出来は期待通り…そして世界も予想通りという訳か。
 
 
自分の皿のポークカレーを口に運びながら私は考える。

いくら破滅のフラグを回避してもそれだけで目出度し目出度しと行く訳がない…むしろそれを回避した事が新たな捻じれや不幸のフラグを作り出す事にもなる。

ならばどうするか?

それらのフラグを誘導し、逆に人類生存へのフラグに変化させるのが最善策だ。

そのためにも今やっている雑務を出来るだけ早く切り上げて、アラスカ・カムチャツカ方面に何とかして介入しないとね。
 
 
 
…また今夜も残業だな。
 
 
 
 
 
 
閑話22終り
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【おまけ・どこかのB19Fにて】


《ね~~霞ちゃん、×××ちゃんはまだ~~?》

「…すみません×××さん、まだ殿下が離してくれないそうです」

《う~~~絶対にぶっ飛ばしてやるんだから~~~~~》

「…そうですね、諸星さんもそれが出来るようにしてくれるって言っていました」

《え? ホント?》

「…はい、科学的に可能な手段を考えているそうです」

《やった~~! 見てろよ~×××ちゃんめ~~必ず空高く飛ばしてやるんだから~~~!!》
 
 
 
 
 
 
 



[21206] 閑話その23「第三計画の男」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:54946937
Date: 2013/09/12 20:36

閑話その23 「第三計画の男」
 
 
【2001年6月某日 岩手県 盛岡市・入江診療所】

「…そうですか、ではその『雛御沢大災害』が発生した後で第三計画に参加をしたと?」

「いえ…まあ最初から計画の末端にいたのは事実なのですが、実際に計画の『暗部』と呼べる部分に触れたのは資料を持って米国のホークランド博士の研究チームに加わった後でしたね」

そう淡々と自らの過去について語るこの診療所の所長、入江京介に向かって訪問者は質問を続けた。

「それで、米国に渡った後はずっとそのホークランド博士の下で…?」

「ええ、あそこで雛御沢での研究結果を基に第三計画の被験者…いえ、モルモットたちの体調を維持管理させる研究に従事させられました……第三計画の終了時点まで」

そう語る入江所長の表情には何とも言い難い陰影が差していた。

だがそんな彼の苦悩を知ってか知らずか、訪問者は質問を続ける。

「あなた方がその研究施設でやっていたのは、第三計画によってソ連側で生み出された『素体』が人身共に安定していられるための物だったのですね?」

「ええそうです、ソ連邦の技術によって生み出された『素体』たちはその人格形成において非常に不安定な問題を抱えていました…その問題を解決するために雛御沢で収集した医療記録や治療方の応用が効果的だと思われたからです」

「…でしたら、もし今そのソ連の『素体』が患者としてあなたの下にやって来たら?」

「可能な限りの治療をしたいですね…そんな事で償いになるとは思いませんが」

静かにそう言った入江の机の上には十数人の集団が写った記念写真が置かれていた。

「その写真…ホークランド博士とスタッフですか?」

「ええ、あの当時の研究所のメンバーが写ってます」

そう言って写真に目を落とした入江につられるように訪問者の男も写真の中に写っている人たちに注目する…

「これは…中央の人がホークランド博士ですね? それでは彼の隣りにいる少女は…?」

「ああ、その子はジェニファーですね…博士の養女だった」

「養女?」

「そうです、元々は米国側の第三計画の被験者だったのですが、研究スケジュールの関係から用済みと判断されてお払い箱になるところをホークランド博士が自分の娘として引き取ったのだそうです」

「博士が引き取った…ジェニファー・ホークランド…?」

「あの、どうかされましたか?」

写真を見ながら何かを真剣に考えている訪問者に不審に思った入江がそう訊ねるが、相手は我に帰ると首を振って答える。

「ああいえ…大した事ではありません。 それで入江先生、あなた以外には日本人の研究者はいなかったのですか?」

「いえ、もう一人いました…その、何と言うか非常に風変わりな人でしたが」

「風変わり、ですか?」

「ええ、本来は物理学の方が専門分野だったそうですが、何でも私が関わった雛御沢の一件に自分の研究テーマとして非常に重要なサンプルが含まれているのではと言って我々のスタッフに加わったのですよ」

「しかし…良くそんな理由で第三計画の一部門のスタッフになれましたね?」

仮にもAL計画のスタッフに選ばれるからにはそれなりの専門知識や経験が必要だろうにと、そういうニュアンスを込めた訪問者の疑問に入江は苦笑いを浮かべて答える。

「確かに普通ならそうなのですが、彼女の場合そんな常識は通用しませんでした…何せ専門の物理科学だけでなく生物学や天文学、果ては心理学までも博士号を取れるほどの知識を有していましたから」

「ほお~、それで彼女…というからには女性なのでしょうがお名前は何と?」

「妙ヶ谷幾乃博士です」

「………」

その名前を聞いた訪問者は再び沈黙して考え込む…やがて彼の口からは意味不明な呟きが漏れ始めた。

「…これはまた何の冗談…いや偶然という事は…必然?…いやいやだとしてもそもそもあの理論では時間を遡行する事までは…だが例えば時間が無限に巻き続ける糸車のような物ならば…あるいは未来とか過去といった…だとすればやはりシオウジ教授が言うように…」

「…あの、大丈夫ですか?」

理解不可能な言葉をうわ言のように呟き続ける訪問者の様子に不安に駆られた入江が声をかけた。

「え…ああ、すみませんついうっかり考えごとに耽ってしまって…いや、お恥ずかしい」

我に返ってそう恐縮して見せる相手に入江も安心したように笑顔を返す。

そんな入江に訪問者は気になった事を質問した。

「それで入江先生、その妙ヶ谷博士は今どうしておられるのでしょうか?」

「…亡くなりました」

「それは…いつの事でしょう?」

「およそ2年前…1999年8月9日、場所は横浜でした」

「え?」

さすがに予想の斜め上を行く答に絶句した訪問者に入江は淡々と説明を続けた。

「第三計画が終了した後、妙ヶ谷博士は独自の研究を進めていたようなのですが…一体何を思ったのかあの明星作戦の最中に自分が用意した実験器具を持ってG弾の落ちて来る方角へと無断で侵入…そのまま帰って来なかったそうです」

「彼女が何をしようとしたか…それは不明なままなのですか?」

「ええ、その後彼女の残したノートを私が引き取ったのですが…正直専門外で何が何やら…ああ、もし興味があればお見せしますが?」

「…そうですね、ですがそれは後日でも構いません。 それより入江先生、既にお伝えしてあると思いますが我々の仕事に力を貸しては頂けませんか?」

話を自分の用件に戻した訪問者に対して入江は少しだけ考える。

「…少し時間を下さい、ここの仕事もありますので出来れば後を任せられるようにできるかどうか見極めてから返事をしたいので」

「分かりました、それでは決心がついたら連絡をお願いします」

そう言って訪問者は入江の仕事場から出て行った。
 
 
 
一人になった入江はぼんやりと宙を見つめていた。

時間が欲しいとは言ったが、実際のところ彼の中で結論はすでに出ていた。

かつて第三計画の中で行った非道残酷な実験の数々…それは本来兵士となった『素体』たちを無事生還させるための物であったが、そのためにその素体たちをモルモットとして扱うという行いに入江は今も深い罪悪感を抱き続けていたのである。

実験の責任者であるホークランド博士もまた、これが医療の大きな発展に繋がると信じて指揮を執っていたがやはり心中では深い苦悩と後悔に苛まれていた事も入江は知っていた。

(もしもあの素体たちと同じ患者が私の前に現れたら、その時は何としても『人間としての治療』をしてあげなくては…かつて助けてやれなかった、我々が死なせてしまった多くの素体たちの分まで生きられるように…)

そう心の中で呟くと、入江京介は自分がいなくなった後のこの診療所を誰に任せるかを算段し始めた。

彼が冬色の髪をした姉妹と出会い、彼女たちの治療に当たるのは数ヶ月先の話である。
 
 
 
 
 
 
 
 
入江診療所を後にした訪問者はブツブツと何かを呟きながら一人道を歩いていた。

その姿は茫洋としているようでもあり、またあるいは何かに取り憑かれたようにも見える。

「…一体何がどうなって…そもそもこの世界に何故あの村が…いや、だとすればあの女性は…だがしかし何故……それにそもそもあの妙ヶ谷博士がこの世界に存在したとは…彼女が何の考えもなしにG弾に特攻などするとは…やはり何らかの実験…香月博士には…いや、危険過ぎるか…まあ後で入江先生から彼女の残した資料でも…だがもしそれでサイブレイターが…ははは…まさかね」

彼がふと口にした不安が形になるとしたら、それは遥か遠い別の場所・別の時間においてであり、この世界の物語には何ら意味を為さない物だった。

やがて独り事を止めた男は足早に駅の方へと向かう…彼、諸星段の抱えた仕事は膨大であり、これだけに係わっている事は許されないのだ。

それはまだ梅雨の明けない季節の事であった。
 
 
 
 
 
閑話23終り
 
 
 
 
 
 
作者より:今回のおまけ話は閑話18及び21を読まないと理解出来ない部分が多いので、そちらも併読される事をお勧めします。
 
 
 
 
【まったく関係ない後日談?・遥か彼方の時空世界にて】
 
 
「やあ、お帰りエミヤ君、それに…タカマチ君も」

「地獄の底から生還したら待っていたのがあなたですか…?」

「にゃはははは…ハヤテちゃんたちに捕まえられたって聞きましたけど?」

「ああ…もうちょっとであの巨大ハンマーでのしイカにされるところだったよ」

「それは当然でしょう? そもそもあなたがあんな物騒なデータを持ち出さなければ…」

「それに関しては本当に言い訳のしようがない。 まさかこんな事で『因果交換現象』が起きるとは…白銀君がやったのと同じ災害を自分が起こしかけるとは全く何と言っていいのやら…」

「オレには理解できませんが、結局ミョウガヤ博士は『向こう側』でG弾を利用して『こちら側』に情報を送ろうとした…という事ですか? それがこんな結果を招くと知っていて?」

「さあ…どうかな? 多分彼女としては自分の理論を『実用化』出来る何処かの世界に届けたかっただけなんじゃないかと思うんだが…まあ確かにアレを相手にした君たちにとってはいい迷惑でしかなかったのだろうけどね」

「…久し振りに命が危ないと感じましたね、今回のは」

「シロウ君が無茶をし過ぎるんだよ、何だって自分を盾にしようとばかりするの!?」

「…いや、君にだけは無茶がどうとか言われたくはないんだが?」

「ふううう~~~ん、それはどういう意味かなあ~~~~?」

「いやだからそれは自分の胸に…」

「まあまあ二人とも、似た者同士で喧嘩しても仕方ないだろう?」

「はあ…それはそうとトオサカは?」

「彼女なら『連合』側のお偉いさんにちょっとお灸をすえて来るって出かけたきりだね、それとハヤテ君たちは…」

「今戻ったで~~」

「あ、ハヤテちゃん」

「無事でなによりやったなナノハちゃん、それにシロウ君も御苦労さんやったね」

「…いえ、犠牲が最低限で済んで何よりでした」

「うんうん、こっち側の『お偉いさん』も今回の件でちっとは頭が冷えたやろうし、上手くいけば連合と管理局の正式な『和平会議』も夢やないと思うで」

「良かった、そうなってくれればと思ってました」

「ま、双方の組織で戦争を主導しようと今回の一件を目論んだ連中はお互いに牢屋にブチ込まれるだろうから、これで目出度し目出度し……アレ? ザ○ィーラ君?何で腕を掴んで…おいおいシャ○ル先生あなたまで……いやだからどうして君はその物騒なハンマーを振りかぶっているのかねヴィー○君?」

「…そら決まっとるやないか、そもそも今回の一件の発端となった情報の流出は一体誰のせいや?」

「いやだからそれはアノ暗黒家政婦にデータを盗まれ、更にそれが思いがけない場所に流出した結果あんな事になってしまって私としても誠に遺憾ではありますが…」

「それに関してはアキハさんが『彼女』を地下牢に閉じ込めて罰を与えている最中だそうですよ?」

「うんだから何で私の両腕が拘束されているのかね諸君?」

「だからやな…その件を含めてアンタとはキッチリと話をつけんとアカン事が色々とあるやろ~?」

「いいいいいいいいろいろって…ななななななんのことかな?」

「アンタ…昔連合の狸共を動かすんにウチらの一件利用したそうやね~~~?」

「ウェイバーさんと『おはなし』した時に聞いたよ? あなたに脅された時のネタが私たちの事だって…」

「そそそそそれは何と言うかややややむをえない緊急時におけるその、対処であって…」

「まあな~~、確かにあの世界の人たち見捨てるような真似されるよりはよっぽどマシやとは思うけど~~~…」

「そそそうだよね、いや~君たちなら分かってくれると…」

「…けどケジメはつけんとアカンやろ、な?」

「大丈夫だよ、ちょっと『頭を冷やしてお話する』だけだから…ね?」

「いいいいやいやいや私としては生命の危機を感じるような対話はそもそも人権に反すると思うしそれ以前に君はもう少し他人とコミュニケーションをとる手段について色々自分を見つめ直すべきではないかと考えてもいるしそれになによりそこの赤い服を着たお嬢さんは何故私を新型ハンマーの実験台にしようとしているのかが問題だしそれにその新型は以前のに比べて色とデザインがイマイチではないかと思えるしそもそもそんな物で叩かれたらおはなしどころではなくなるからこの辺でお暇をさせて…」

「さ~そんならキリキリ話しよか~~~~?」

「おはなしする事いっぱいあるもんね~~♪」

「エミヤ君!!助けてくれ!!!!」

「…済みません、トオサカに言われてるもので」

「私を裏切ったなあのあくまあ~~~~~~~~!!!!!!!!」
 
 
 
 
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[21206] 閑話その24「帝都城猟奇死体事件」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:f28a2569
Date: 2014/03/20 19:50
閑話その24 「帝都城猟奇死体事件」
 
 
【2001年7月某日 帝都城・中庭】

「はあああ~~~~~~…………」

白○武は空を見上げて溜息をつく。

どうして自分はこんな場所で空を見ながら溜息をついているのだろう…?

心の中で自問するがその答えはすでに分かっていた。

「準備が整うまでは横浜に行かない方がいい…か」

あの日、再び(実際にはn回目だが)世界をやり直して自分の部屋で目覚めた彼は家から出た瞬間、謎のロボットたちに取り囲まれた。
(なぜかそのロボットたちは『復・活 ! ○ 銀 武、復・活 !!』と連呼していたが)

そして彼はそのロボットたちに捕まった…と思った次の瞬間、この帝都城の中に瞬間移動していたのであった。

その場で彼を待っていた面々は政威大将軍 煌武院悠陽と彼女の侍従長、それに月詠真耶、そしてもう一人彼の知らない諸星という男の4人。

彼らの口から説明された話を聞き、また自分の『経験』について打ち明けた結果、より良い未来をもたらすために協力しあおうという事で意見が一致したのであった。

そして謎の男、諸星から『いいかね○銀君、香月博士を暴走させずに佐渡島とカシュガルを攻略し、君の幼馴染を『人間』のまま助けるのにはそれ相応の下準備が必要だ、まずはそれを手伝ってくれたまえ』と言われ、素直に承諾したのだが…

「だけどこんなのは聞いてないですよ、諸星さん…」

彼がそう呟く理由…それが背後から声をかけてきた。

「ここにいたのですか、○様…」

(俺は様付けで呼ばれるような男じゃないし、アンタは他人を様付けで呼んじゃいけない立場だろうが悠陽~~~!!!!)

そう心の中で叫びながら振り向く。

「…また仕事を抜け出して来たんですか殿下?」

「いいえ、ちゃんと政務を一区切りさせてから参りました…だから今日はそなたとゆっくり話をできますよ」

にっこりと微笑んでそう語るこの帝都城の主の言葉に白銀○はがっくりと肩を落とす。

(勘弁してくれよもう…)
 
別段悠陽を嫌っている訳ではない…いやむしろこれほどの美少女にここまで言い寄られて悪い気になったらむしろそっちが男として問題があるだろう。
 
 
帝都城に連れてこられ、そこで自分の記憶と今の帝国の状況が大きく違ってしまっていることを知った彼はこの先の事態に関して悠陽たちと互いに知る情報を詳しく摺り合わせた方がいいと判断し、時間を見ては彼女と言葉を交わした。

そこでは当然冥夜のことも話題となり、また前の世界において自分との出会いが『おとぎばなし』とほとんど同じであることも確認された。

そしてそれが悠陽の心に恋の炎を萌え上がらせる事となる。

元々諸星から聞かされていた『おとぎばなし』における自分と彼(と冥夜)の関わりにどこか運命的な物を感じており、無意識の内に彼を『白馬の騎士』のように見ていたことも影響したのかも知れない。

そして○銀武が彼女に告げた『俺は今度こそ冥夜をあなたの許に連れ帰ります!』という言葉が彼女の胸を決定的に貫いたのであった。

それ以来、寝ても覚めても彼の姿を目で追い続ける悠陽の有様に比例して侍従長や真耶の自分に向ける殺意の波動は厳しさを増すばかり…というよりも日に一度は刀や薙刀を振りかざした彼女たちから逃げ回る羽目になっていたのである。

(ちなみに業を煮やした真耶が諸星を呼び出して、何とかならないのかと噛みついた時に『ふむ、恋愛原子核の調子も絶好調ですか…問題なしという事ですねw』と言われて本気でブチ切れ、諸星と白○の二人を小一時間ほど追いかけ回したりもしたのだが)

「だけどこんな場所に二人きりでいたらまた侍従長さんたちに怒られますよ、いいんですか?」

そうそう毎日毎晩彼女たちの小突き回されるのは勘弁してほしいので悠陽にそう注意を促すが、それに対する悠陽の答えは…

「○様は私と一緒にいるのがお嫌なのですか…?」(うるうる…ちらっ)

「い…いやその、決して嫌なんかではないし…」

冥夜と同じ顔なのにどうしてこちらのお姫様は女らしくてしかも小悪魔的なのか…心の中でそうぼやきながらも満更悪い気がしてないあたり所詮は男の子であった。

「そうですか、では此方へ…真耶さんに見つからない内に…あっ!」

「と! 大丈夫ですか?」

「はい、足元が柔らかくて躓いてしまいました…」

躓いた悠陽を支えながら白○武は足元の方を見ると、そこは何故か土が柔らかくなっているのに気付く。

「どうしたんでしょう、この場所?」

「さあ?ここには特に何も植えられてはいなかったし、何かの種でも蒔いたのであれば表示が…」

「あれ?この木札みたいなのがそうかな?」

足元のすぐそばの地面に刺されていた木札のような物に目をやると、それには『ハセガワⅡ』と書かれていた。

「これが表示なのでしょうか? それにしてもこの字は他の樹木や花に書かれている筆とは…」
 
 
「…こちらにおられましたか、殿下」
 
 
「出た…」「まあ真耶さん、どうしてここへ?」

「御姿が見えぬ故、探しておりました…して、何故そ奴も一緒におるのでしょうか?」

自分の目の黒い内は逢引など断じて許さんという意思を込めた真耶の眼光が白銀を射抜く。

(…だったら悠陽の方を何とかしろよ、アンタらの仕事だろうが~~!!!)

必死の抗議を表情に込めて無言の訴えをする白銀○であったが、真耶から返ってきたのは絶対零度の冷たい視線のみであった。

「白○とは偶然ここで顔を合わせただけですよ。 それより真耶さん、この場所に何かの種でも蒔いたのですか?土が耕されたように柔らかいのですが…」

「はて? そのような話は聞いておりませぬが…失礼致します」

その場の話を逸らす目的で悠陽は言ったが、律儀な真耶は何か異変はないかと身を屈めて地面を観察した。

「…む!? 何だこの異臭は?」

「異臭?」「何か埋まっているのでしょうか?」

「近寄ってはなりません殿下! この異臭は尋常ではありませぬ、何か異様な物がここに埋まっているのは必定故ただちにこの場より御身を離されますように…誰かある!出会え!」

何事かと身を乗り出す悠陽にそう告げた真耶は大声で斯衛の兵たちに召集をかけた。
 
 
 
…数時間後、帝都城内全てに前代未聞の異常事態が発生した事が告げられた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【翌日・帝都城 大広間】

「ではこれより殿下の御前にて此度の件に関する吟味を始める…一同の者、面を上げませい!」

月詠大尉の言葉に従ってその場の全員が頭を上げた…私もどうにか上げることが出来た。

…お久しぶりです皆さん、現在N.Y.のオフィスで仕事をしているハズのモロボシでございます。

数時間ほど前に突然帝都城から呼び出しを受けてこっそりメビウスで移動してきたところをいきなり月詠大尉と侍従長によって拘束され、ぐるぐる巻きに縛られてこの御白洲(なのか?)に引き出された次第です…それで、私の人権とかは一体どこに行ったんだろう?

「あの~~月詠大尉?」

「…何だ諸星?」

私の呼びかけに対してヒジョ~に冷たいお顔と声で月詠大尉がそう答える。

「一体どうしてこの私が縛られた状態で吟味の場に引きずりだされているのでしょうか?」

「ほほう…その方身に覚えがないとでも言う気か?」

「はい、まったく」(きっぱり)

状況から判断するにおそらくは帝都城で何がしかの異常事態が発生して、その犯人がこの私ではないかと疑われているのだろうと推察することはできる。

しかし正直に言ってそんなことになるようなことをした記憶は全くない。

だがそんな私を白い視線で突き刺しながら月詠大尉は『私の罪状』を読み上げる。

「では言ってやろう、調べによれば貴様は畏れ多くも政威大将軍殿下より斯衛軍中佐の身分を与えられた身でありながら主君である煌武院殿下を呪う怪しげな儀式を密かに城中で行っていたとあるが…それに相違あるか?」
 
 
…はい?
 
 
いきなり何を言い出すかと思えば呪いの儀式? それもこの私が?

「いやいや月詠大尉、いくらなんでもそんな身に覚えのない無茶苦茶な罪状を『はい、私がやりました』なんて認める訳ないじゃないですか~~、第一なんですかその『呪いの儀式』とかいうのは?」

一体何がどうなっているのかよく分からんが、とにかくそんな呪いだとか儀式だとかいう非科学的な真似を私がする訳ないでしょう? 他の皆さんも何か言ってくださいよ~~……と言って周囲をも渡すが、その場にいた紅蓮閣下も斑鳩少佐もそしてタ○ルちゃんも微妙な表情で視線を逸らしている(よほど二人の鬼…げふん、月詠大尉と侍従長様が怖いらしい)

「そうか…あくまで白を切るのであれば証拠の品を見せるしかあるまい」

「そうですな、そんなものがあるのでしたら是非見たいですが」

一体どんな『証拠』かは知らないが、こっちにやましいことは一切ないのだから無問題だろう。

そう考えて気軽に返答した私の横で襖が開き……『ソレ』が目に入った瞬間、思わず私は叫んでいた。
 
 
 
 
 
「ああっ!!何故私の大事な『タ○ちゃん』がこんなところに!?」
 
 
「やはり貴様の仕業かぁ~~~~~~~っ!!!!!!!!!」

 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
    帝都城からの中継に障害が発生したようなので回復するまでしばらくお待ちください。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「…キビヤックだと?」

阿修羅の如く怒髪天を突く怒りの乱舞に散々弄ばれた後で(何故か白○君も一緒に)ようやく弁明の機会を与えられた私の説明を聞いた月詠大尉は胡乱げな顔でそう聞き返した。

「はい、本来はアラスカに住んでいたカナディアンイヌイットなどがビタミンを補給する手段として考え出した発酵食品で…まあ日本で言えば納豆とか鮒鮨とかクサヤの干物に近い物だと思っていただければ…」

「その…アザラシの死体の中にさらに鳥の死骸を詰め込んで地中に埋めた物がか?」

薄気味悪そうな表情で『証拠物件』であるアザラシの死体(正式名称ハセガワ実験体Ⅱ、愛称は食用○マちゃん)を指す。

いやそりゃ確かに知らなければ薄気味悪いと思うでしょうが、そんな事言ったら鮒鮨やクサヤだって同じでしょうに?

本来氷の大地の上で暮らすエスキモーたちにとって野菜や果物という食べ物はほとんど縁がない。

そのためにビタミン補給の手段として彼らが食べていたのがキビヤックだ。

このオルタ世界に来てアラスカで仕事をすると決まった時にこちらの世界ではキビヤックが存在するのか、あるいは食べられるのかと思い色々調べてみた。

だが当然というかアラスカにいたエスキモーたちは本来の生活圏を奪われ、ずっと離れた場所で『文明生活』を送っていたためにキビヤックも作られてはいなかった(そもそも狩猟行為自体が原則禁止事項だった)

こりゃだめだと落胆する私であったが、そこに自分たちの世界から思いもよらぬ提案があった。

支援者の一人である某国立農大のイツキ教授とその助手のハセガワ女史が、発酵の実験として用意したアザラシの内の一つをこちらの世界に送るので試してほしいというのだ。

本来アラスカのような極寒の地では最低1年はかかる発酵のプロセスを日本の東京で行った場合はどうか?

おそらくは3ヶ月から半年程度で食べられるようになるだろう…というのが先方の説だ。

『ちゃんと出来たら君が食べていいよ、サンプルとレポートさえ送ってくれればね♪』と言われて大喜びで一番安全と思われた場所に埋めたのに…それなのに(涙)
 
 
「一番安全な場所…ほほう、貴様はこの帝都城を己の酒蔵か隠れ屋敷とでも思っておるのか? え? 諸星よ?」
 
 
その言葉で我に返ると真耶さんがこわあ~~いお顔で刀を抜いておいででした。

「いやですからこれは単なる趣味と実益を兼ねて行った発酵の実験にすぎない訳でして決して殿下を呪うだとか謀反だとかそんなことは一切合財考えてはおらんのですよそもそもそんな呪いだなんて非科学的なことを私がする訳ないじゃないですかいくら見た目がアレだからと言ってそんな前時代的な偏見で見る方が問題だと思いますしここはひとつ落ち着いて深呼吸から始めてみてはどうでしょうかそうすれば落ち着いて物事を考えることもできるでしょうしまずはその危険な光物を鞘に納めてですね…」

必死に弁明する私の努力も虚しく、極限にまで膨れ上がった殺意の波動が爆発しそうになったと思った瞬間…

「真耶さん、その辺で勘弁してあげなさい」

「はっ、しかしこやつは…」

「確かに諸星が仕出かしたことは少々問題でしょう、ですがそもそも悪意があってした事ではない上にそれを呪いのなんのと勘違いしたのはこちらですよ? それを考えれば諸星だけを責める訳にはいかないのではないですか?」

殿下のお言葉で私の首は斬り落とされるのを免れた(た…助かった)と同時にどうやら事情は呑み込めた…要するに私の埋めたキビヤック用のアザラシが何かの拍子に発見されてしまい、キビヤックを知らない真耶さんたちが『動物の死骸に鳥の死骸を詰めて埋めるなど何かの呪いの儀式に違いない!!』と考え、それを埋めたのが私だと知ってこの騒動になったわけか…

あれ?だけどどうして埋めたのが私だと分かったんだろう?

《それはボクが教えました~~》ってお前かよ駒太郎!? だったらコレが何なのかも教えてやれよ!

《いえその~~、真耶さんたちが凄い顔で怒ってるんで言い出すのが怖くて~~~》

…さいですか。

「それで諸星、このアザラシ…いえ、その中の鳥は本当に食べられるのですか?」

と、殿下が(おそらくは興味本位で)尋ねて来ました。

「…いえ、残念ですがまだ埋めてから2ヶ月にもなりませんし一度地上に出して中身を空気に晒した時点で雑菌が入っているでしょうからおそらくこれはもう一度埋めたとしても腐敗してしまう可能性が高いでしょうから食べるのは諦めるしかないですね」

「まあ、それはもったいない事をしましたね」

「殿下!御冗談はおやめください!」

血相を変えて真耶さんがそう叫ぶが…まあ無理ないか、何せ材料がアザラシと海鳥だもんな。

しかし美味しいらしいんだよ、そりゃ臭いは焼きたてのクサヤ顔負けらしいけど和食にだってちゃんと合う味だそうだし…

「ちなみにどのようにして食べるのでしょう?」

「確かエスキモーたち本来の食べ方は完全に熟した状態の鳥の尾羽を毟り取って、そこから中身を口で吸い出すという物だった筈ですが、まあ和食に供する場合は本体を裁いて取り出した中身を海苔の佃煮みたいにご飯にかけて食べるのがセオリーでしょうな」

…殿下に聞かれて正直にそう答えただけなのに、何故かそれから数時間にわたってこの私は侍従長さんと月詠大尉によって拷問されることになりました(何故だ!?)

「それは俺の台詞ですよ!なんで俺まで一緒に拷問されなきゃいけないんですか!?」(泣)

○銀君、怒ったご婦人たちに理屈は通じないんだよ…(トホホホホ)

 
 
 
閑話24終り







狙った訳でもないのにこのエピソードはもやしもん最終巻発売のタイミングに来てしまった…偶然って面白いですねw(鈴木ダイキチ)
 
 
 
 
 
 
 



[21206] 閑話その25「天元山麓考」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:f28a2569
Date: 2014/03/31 22:01

閑話その25 「天元山麓考」
 
 
【2001年7月某日 天元山麓】

「さすがに暑いな…」

空高くそびえ立つ火山を見上げながら男はそう呟く。

98年のBETAによる本土侵攻の後、立ち入り禁止区域とされた場所にその男は入っていた。

人がいないはずの場所を黙々と歩いていくと、やがてそこには整備された農道が見えて来た。

「こんにちは~、村長さんはいらっしゃいますか~?」

農道脇の畑の中に人影を見つけた男がそう呼びかけると、向こうも呑気な声で返事をする。

「あ~、誰かと思ったら兄ちゃんかい、村長なら今日は自分の家だろ」

「そうですか、ではそちらに伺わせていただきます」

そう言って男は「村」の方へと向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
「おお…アンタか、よく来なさったな」

「ご無沙汰しています村長、あのこれはつまらない物ですが…」

挨拶とともに男がこの村の村長に差し出したのは保存用の合成食肉製品と調味料、そして日本酒であった。

「これはまた…いつもすまないのう、アンタがこうして肉やらなにやら工面してくれるお蔭でどれだけ助かっておるか知れん」

その村長の謝辞に照れくさそうな顔で男は首を振る。

「私はただこの村に出入りさせて頂くのに何も持たずに来るのは失礼だと思っているだけですから」

「そうか…それなら今日はワシの酒に付き合ってもらえるかの?」

「はい、喜んで」

そう言って男はぺこりと頭を下げた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
南瓜の種と藤の実を炒って塩を振っただけの物を皿に盛り、それを食みながら日本酒を口に運ぶ…

「いいですねえ…この味は」

「面白い御仁じゃのお…今時の若い者がこんな物を喜ぶとは」

男の漏らした感想に村の長を務める老人は、おかしげな表情でそう言いながら自分も酒を口にする。

「仕事柄色々な場所や高級料亭でも美食飽食の宴に加わり御相伴にも預かりましたし、この世の物とは思えないほど美味な肉や魚も食べたことがあります…ですがこの素朴な藤の実と酒の取り合わせはそんな場所では得られない味をもたらしてくれます」

淡々とした口調でそう語る男の横顔に何を見たのか…一瞬痛ましい物を見るような表情を浮かべた後で村長は相手の茶碗に酒を注ぐ。

それを押し頂いた男が今度は村長の茶碗に酒を注ぎ、しばらくは無言で酒をくみかわす。

陽射しは強いものの山の空気は涼しく、静かな時間がゆっくりと流れている…この村はそんな場所であった。

だがやがて茶碗を置いた男は村長に向かって話を切りだした。

「あなた方にとってこの村で残りの余生を送る事…それが唯一無二の安息であるとは承知しています…ですが」

そこまで言った言葉を手で遮った老人は、自分もまた手元の酒を干した後で男に向き直る。

「…この前にな、アンタから聞かせてもろうた話についてずうっと考えておったんだよ」

「…」

「やんごとなき方々までもがこの身勝手な年寄りたちの身を案じて下さっていると聞かされて本当にうれしかった…だがな、どの道わしらはこの村を離れたらもう生きていく事は出来ないじゃろうと思う」

「確かに高齢のあなた方は避難施設での生活自体が健康を損なう原因になりかねません、ですから自分の用意した静かな場所で暮らしていただけたらと…」

「それはワシらに優先的に与えてよい場所なのかな?」

「それは…」

年老いた静かな、しかし力の籠った村長の視線と言葉に男は言葉をとぎらせた。

「アンタがワシらを…この村の事をどうしてそこまで気にかけ、色々と世話を焼いてくれるのかは知らん。 だがもうアンタはこんな自分を山に捨ててしもうた翁婆の事にかまけておって良い身分ではなかろうが?」

「…ご存じでしたか」

驚いたように言う男に向かって呵々と笑いながら村長は話す。

「こんな村でも完全に外部と遮断されておる訳ではないし、新聞も週遅れ程度であれば手に入るからの…先日の新聞に大きくアンタの名前と写真が出ておったさ」

「ああ…なるほど」

村長の説明に男は苦笑して頷いた。

総理の肝いりで国連の重要プロジェクトに参加することとなった経緯が派手に報道され、賛否両論の騒ぎになってまだ日も浅かったのだ。

「…御山が火を噴くのは近いかの?」

「推測では年内にも本格的な噴火活動に入るだろうとみられています」

まるで明日は雨か…とでも聞くかのような穏やかな口調の老人が聞き、重石を抱えたような声で男はそう答える。

「ここにも御山の怒りは及ぶか…」

「おそらくは」

その言葉を最後に二人は口を噤む。

老人は懐かしい何かを見るような目で庭の方を眺め、そして男は何もない宙に視線を固定して自分の考えに沈み込んでいた。
 
 
98年のBETAの本土侵攻以来、帝国本土の半分が人の住めない場所、あるいは一般人が立ち入ってはいけない場所となり、この天元山麓もそういった場所に含まれていた。

だがその立ち入り禁止の場所にかつてこの周辺に住んでいた住民たちが勝手に舞い戻り、自給自足の生活を始めたのである。

それはここだけでなく日本各地で同様の事があり、そして帝国政府はそれを知りながら無視し続けて来た…

何故彼らは法を犯してここに戻り、そして政府は何もしなかったのか?

答えは単純、その方が『お互いに』都合がよかったのだ。

BETAの侵攻によって住む土地を破壊された人たちの大半は政府が用意した避難施設に収容されてそこで難民として生活することになった。

しかしそこで用意される生活環境や食事・生活物資は基本的に政府が用意した必要最低限の物でしかなく、金も持っていればともかくそれを持ち出す暇すらなかった人間にとっては本当にギリギリの生活しかできないことになる。

だからこの村の老人たちのように『自活』できる能力を持った人間たちは自分から故郷に戻り、その場所に居ついてしまうのだ。

政府にしても下手に連れ戻したところで食い扶持がまた増えるだけなので本音を言えばありがたい部分すらあったのだ…それは何も予算や人手の事だけではない、この村の老人たちのような高齢者にとっては避難所での生活自体が健康を損ない死期を早める要因なのだ。

(人間は高齢者であるほど生活環境の急変によって健康を損ないやすく、大規模災害から無傷で生き延びた老人が避難所の生活によって急激に体調を崩し死に至るケースは多い)

だからこそ故郷に戻った人々はそこに住み続けることを望み、政府もまた無理にそこから引き離しても返って悪い結果になるだろうと判断し、放置する方針をとっていた。
 
 
 
…何らかの異常事態が発生しない限りは。
 
 
 
 
 
「…ワシ等はここで死ぬよ」

穏やかな声でそう呟く村長の声で、男は自分の思考から引き戻された。

「どの道ここを離れたらまたあの避難所に戻る事しか出来ないじゃろうし、もう歳を喰いすぎたワシ等ではそう長く生きてはおれんじゃろ…飯と葬儀料が無駄にかさむだけじゃよ」

「村長、ですが…」

説得の言葉を重ねようとした男の言葉を手で遮って村長は話を続ける。

「ワシ等の生きていける場所は始めからここしかなかった…それだけの事じゃろう。 お前さんが作ったという安全な避難場所とやらにはこれからを生きて国を盛り立てていかねばならん若い連中を住まわせてやればいい…違うかの?」

「……」

返す言葉を封じられ、無言になった男の盃に村長が酒を注いだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
それからまもなく村長の元を辞した男はぼんやりとした顔で来た道を歩いていた。

彼の手元には村に住む頑固な老婆が仏頂面のまま押し付けるように手渡した握り飯の包みがあった。

『わしらなんぞの世話よりもっと大勢の世の中の人の面倒見ておあげ!』

怒ったようでどこか寂しそうな顔でそう言った老婆の顔を思い出しながら男は自分の懐から何かを取り出した。
 
 
 
 
「…ああ、もしもしタチコマ君? 実はマグマライザーを一基…うん、天元山の方に廻して欲しいんだけど……業務範囲外?書類なんかどうする気だって…? あのさ、どうせ私たちは今幽霊みたいな立場なんだよ?だったらその幽霊が多少不条理な行動を取ったって別に問題は…うん、バレた時は私が被るから…え?アラスカはギリギリの数しか…だから前橋の方で作業中の奴を…うん、月詠大尉には私からちょっとだけ工期が遅れるって言い訳しておくから、それじゃ頼んだよ」
 
 
 
誰かとの話を終えて受話器を懐に戻すと男はぽつりと独り言を漏らした。
 
 
「個人的感傷のために人助けなんかしたって無意味なんだろうけどね…それでも誰かがあの人たちを助けてあげたっていいじゃないか…」

その呟きは初夏の天元山麓の空気に吸い込まれ、誰かの耳に届くことはなかった。
 
 
 
 
 
 
閑話25終り
 
 
 
 



[21206] 閑話その26「ノイマンの悪夢・救世主たちの憂鬱」
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:f28a2569
Date: 2014/06/07 20:08
閑話その26 「ノイマンの悪夢・救世主たちの憂鬱」
 
 
 
「さて、たまにはゆっくりと酒でも飲みたいと思ったのに…何故ここに君たちがいるのかね○銀君に鳴海君?」

「何故って…」「全部アンタのせいでしょうが諸星さん!」

私のせい…? 一体この私が何をしたと言うつもりかねこの恋愛原子核どもは?
 
 
「「…アンタって人は~~!!」」
 
 
モテる上にヘタレで女性の扱いが下手糞なリア充共の泣き言なんぞ聞いても酒の肴にはならないんだよなあ…

「女の子たちから逃げ回った挙句にこの私の隠れ家にまでメビウスで飛んで来るとは呆れた話だが…まあいいか、酒飲み話の相手になってくれるのならね」

「はあ…」「そりゃ…俺たちでよければ」

男三人の酒盛りというのも風情がないけど仕方がないか…たまにはこっちの愚痴でも聞いて貰おうかな?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
冷えた日本酒を器に注ぎ、焼き鳥方式で竹串に刺した牛肉を塩を振って炙り肴にする…

「バーベキューよりこっちが好みなんだよね、私は」

「また面白いところにこだわるんですね?」

「サイズが違う以外に何かあるんですか…?」

…どうも最近の(?)若者たちは風情という物に疎くて困る。

「ま、その辺の拘りに理解が及ぶほど君らは酒を嗜んではいないか…」

「そりゃまあ…」「そうですけどね」

「どの道遠からず君たちは横浜基地へ行って香月博士や可愛い女の子たちの面倒を見なきゃいけなくなるんだし、今のうちに美味い酒と肴を楽しんでおいたらどうかね?」

私にそう言われた恋愛原子核くんたちの顔は見る見る青く変色して行く…面白い顔だなあ♪

「他人事だと思って…」「人間関係ややこしくしておいて言う台詞ですか…?」

「そうは言うけどね君たち、私の方はせっかく美人の秘書さんが二人もついてくれたのに手を出す暇もないほど仕事が忙しい上に、面倒見なくちゃいけない相手は可愛い美少女じゃなくて脂ぎって欲に目の眩んだおっさんばかりなんだよ? 少しはこっちの苦労も察してくれよ」

「はあ…」「そりゃ…そうですが…」

まあ愚痴を言っても仕方がない、酒を楽しもう酒を…
 
 
 
 
 
 
「ところで諸星さん、狭霧大尉たちはもうクーデターを起こす心配はないんですよね?」

少しばかり酒が沁みて来た頃合いに白〇くんがそう聞いてきた。

「さあ、どうなんだろうね?」

「え!?」「ちょっと!諸星さん!?」

私の言い草に驚いたような顔で二人が反応した…まあ、説明はしておこう。

「いいかね君たち、確かに私の工作その他によって悠陽殿下の帝国政府や軍に対する指揮権は確立した…だから狭霧大尉たちの掲げた大義名分によってクーデターが起きることはなくなっただろう」

「だったら…」

「だがしかしだ、そもそも『殿下が復権して指揮権を取るべき』という理由だけでクーデターが発生したりすると思うかね?」

「それは…」

「あのクーデターには本来単一の原因なんて物は存在していないというのが私の見解だ。
そりゃ確かに狭霧大尉によって主導されたというのは事実ではあるが、その狭霧君にしたところで国が追い詰められた状況でそんな真似をするのは自殺行為だと知っていたハズだ」

「だったらどうして狭霧大尉はクーデターを?」

鳴海君が首を傾げてそう聞いてきた。

「簡単に言えば『クーデターを終結させる』ためだろうね」

「「はあ!?」」

原子核コンビがユニゾンで反応してるよ…もうちょっと詳しく説明する必要があるか。

「クーデターってのは本来一種のテロや内戦…つまりは戦争の一種だが、そもそも『戦争』ってのはなんだと思う?」

「え~と…たとえば異なる二つの集団(国家)の間で解決できない問題を無理矢理決着させるために軍事力を行使する状態…でしたっけ?」

「うん、基本的にはそれで間違っていない」

取りあえず教科書通りの答えを口にする〇銀君に頷いてから話を続ける。

「つまり戦争とは自分たちの目の前にある厄介な問題を解決するために利害や立場、主義主張を異にする者同士が武力(暴力)で意思や方針の統一を図る行為だが……さて君たち、この場合クーデターの前提となる『厄介な問題』ってのは一体何だと思う?」

「…軍や政府の指揮権というか方針の不一致なんじゃないんですか? だから諸星さんだって悠陽殿下や榊総理の仕事がスムーズに運ぶようにバックアップしてるんですよね?」

「その通りだよ鳴海君、しかしそれは何というか…『結果現れた事象』であって問題の本質ではないと思うんだよ」

「本質、ですか?」

「そうだ、そもそも軍部や政府の方針が統一しにくかった最大の理由は政威大将軍制とそれを取り巻く国家の法制度が中途半端で機能しない代物だったことにある。 しかしだ、本来平時においてはそれを何とかお互いに阿吽の呼吸ともいうべき空気の読み合いで運営して来たこの国の政府と軍部が、何故ここに及んでクーデターを引き起こすほどにまでバラバラになったのかな?」

「やはり物資や資金、それに人材が足りなくなってしまったせいじゃありませんか? それを奪い合った結果こじれたと考えれば…」

「白〇君、君の考察も間違いではないが…しかしそれはあくまでも物理的側面からの考察であって心理的あるいは心情的側面からの視点が抜けているね」

「はあ? 心情ですか…?」

「つまりだ、本来我々日本人てのは好意的な言い方をすれば『穏健な話し合い主義』、あるいは悪意を持った言い方なら『一億総談合主義』の国なんだし、本来こういった重大事に際してこそ自発的に一致団結するのが普通だと思わないかね?」

「えーと…」「まあ、確かに…」

今一つ要領を得ない顔で原子核ズはそう頷く…

「だが実際には国の各部署、あるいは武家や摂家も互いに反目し合うだけだった…何故かな?」

「それがつまり心情的、心理的要因による物だと?」

私の問いかけに〇銀君が自信無さげな顔でそう答えた。

「そうだ、98年の本土防衛戦の結果あまりにも多くの人命が失われついには帝都までも自分たちの手で焼き払わねばならなかった…更には佐渡島と横浜にハイヴを作られ、それを攻略する過程で他国にG弾を使用されることになった上にそれでもまだ佐渡島ハイヴは存在し、帝国本土とそこに住む人々を脅かし続けている……この事実は重い、重すぎるんだよ」

「重い…ですか、つまりそれがいつもモロボシさんが口にしてる『閉塞感』を生み出したと?」

「うん、閉塞感…あるいは『絶望感』と言っても過言ではないだろうね」

鳴海君に言った通り閉塞感より絶望感と表現した方がより分かり易いかも知れない。

つまり『今更何をどうしても無駄ではないか』あるいは『今更もう取り返しがつかないじゃないか』という思いが日本帝国の上から下まで行き渡ってしまったのだと思うのだ。

国土の半分と千年に渡って自分たちの国の中心であった都を失い、更には国の腹に刃を突き付けられた状況に耐え続けなければいけないという現実はこの国のあらゆる階層の人間たちにそれを植え付けるのに十分だったに違いない。

そしてその絶望感が政府や軍部の中にいる人々の意識を過剰に尖鋭化させる事となったのではないだろうか?

それは狭霧大尉たち烈士のような将軍家復権を求める人たちだけでなくたとえば武家や摂家の一部、本土防衛軍の大北中将や志田大佐のような異なる理想理念を抱く人々も同様だったろう。

「彼らの中でそれぞれに醸成された絶望感や不信、不満…やがてそれらが燻り始め、同時にそれを自分たちの都合がいい方向に利用しようと図る内外諸勢力の思惑が漠然とした『クーデター』の形を形成させて行く……それは多分明星作戦以前、狭霧大尉が参加する前から始まっていたんだ」

「…そんなに早くから?」

「戦争とか内乱というのはね、ある日いきなりヨーイドン!で開戦する訳ではないんだよ。 実際には『開戦』したと思った時にはとっくに始まっていて、武力のぶつけ合いってのは単にそれに決着をつけるセレモニーでしかない場合だってある」

「セレモニーって…何ですかそりゃ」

私の説明を聞いたタ〇ルちゃんがあきれ果てたような声でそう呟いた。

「愚の骨頂だと思うかね? 確かに愚かだが心が追い詰められた人間やそういった人間たちによって構成された集団てのは、簡単にそういう愚劇のシナリオに乗っかりやすい物だろう? だからこそ狭霧君は自分が『幕を引く』役割を引き受けなくてはならないと思ったんじゃないかな」

「あ…」

その言葉でようやく彼の中で納得がいったようだ。

そう、クーデターの『主導者』は確かに狭霧大尉だったが実際にクーデターを企て、それを推進したのは彼ではなく、彼や烈士たちのグループを背後から煽っていた諸勢力だったのだ。

実際の『クーデター』は天元山の一件どころか戦略研究会の立ち上がる遥か以前に始まっていたと考えるのが妥当だし(繰り返すが武力行使は最終段階でしかない)未だ各方面には本土防衛戦や明星作戦で受けた傷が疼いていて、それが火種として燻り続けているのだ。

帝国軍、本土防衛軍、斯衛軍、あるいは軍務省や内務省の各機関、そして武家や公家、摂家…彼らの中にそれぞれ鬱積した失意、挫折感、不平不満が結果的にクーデターという形に収束したのであればいくら殿下を復権させ狭霧君を抑えても根本的な解決にはならないだろう。

「つまりこの『クーデター』は今もなお継続中という訳だ」

「それは極論じゃないですか? 狭霧大尉たちが諦めた以上、他に誰がどんな理由で事を起こすって言うんです?」

「いくら他にも不平不満を持っている連中がいるからって、さすがに狭霧大尉と同じことが出来るとはちょっと考えにくいですけど? 第一、あそこまでやる糞度胸がありますかね?」

好青年(?)二名は常識的見解を述べるがそもそも現状はそんな常識や良識の範囲外だろう。

「確かに狭霧大尉たちと同じ動機や大義で決起する人間はもういないだろう…他にも色々と似たような不満を持つ人間もいるが烈士たちのように組織立ったレベルまでは行っていないし具体的に方向性も定まらず、狭霧君みたく『手を上げる』人間もいないから中々大きな動きにはならないだろうね」

「そうでしょ?」「だったら…」

「だけどね、もしそんな不満を燻らせてどうしていいのか分からない連中を誘導する者がいたらどうする…?」

その一言で二人の顔が凍り付いた。

「まさか…」「諸星さん、アメリカや第5計画派がまだ諦めていないって言うんですか?」

「大統領やその側近たちの大半は大丈夫だろうけどね、それでもオーバルオフィスの中にいる一部の人間やN.Y.にいるお金持ちさんたちはまだ諦め切れないというよりも本気で帝国を潰す気になってるんじゃないかな?」

何故かといえばそれは多分私のせいだろう…佐渡島ハイヴ攻略と第4、第5計画の統合プランを持ち込まれた合衆国サイドはそれによってもたらされるメリットとデメリットに内部が割れかけている様子が伺える。

政府や軍部としてみればハイヴ攻略やシリンダーへの移民がスムーズに行える日米の連携は戦略上非常に有意義と捉えたが、第5計画を押して来た勢力にとってはいつの間にか自分たちのプランが違う物にすり替えられてしかもそこから得られる利権が帝国と折半というのが非常にお気に召さないようです。
(実際には『彼ら』にとっても十分な利益をもたらす話なのだが、全て自分たちが独占して当たり前と考える人たちにはまったくもって不当と思えるらしいのだ)
 
 
 
 
「…馬鹿ですか?」


それが私の説明を聞いた白〇君の感想だった。

まあ彼がそう言いたくなる気持ちも分からないではない…何せ彼が『またしても』振り出しに戻ったその経緯というのがまた…いや、それを今云々しても仕方がないか。

「白〇君、君の気持も分かるが人間てのはどうしようもなく弱い生物なんだよ、たとえどんなに身勝手に見えようが今まで自分たちにとって『当たり前』だった権利が制限されてしまえばそれだけで不満を持つのが普通の反応なんだ」

「だからって…!」

一瞬、何かに掴みかかろうとするような表情でそう言いかけた白〇君だったが、辛うじて自分を抑えて黙り込んだ。
 
 
ちょっと話題を変えようかな?
 
 
「ま、それが人間の長所でもあり短所でもあるのさ…価値観によって様々な行動を『自分勝手に』とるというのがね」

「長所なんですか…それ?」

鳴海君が疑わしそうな口調で聞いてくる…よし、掴みはOK♪

「そりゃそうさ、それがなかったら我々はBETAみたいな生物だったかもしれないよ?」

「なあ?」「え…?」

コイツは何を言い出すんだという顔でこっちを見つめる原子核ボーイズ…失礼な奴らだ。

「〇銀君、君はBETAがどんな存在か知ってるよね?」

「はい、生物型作業機械…もしくは自分をロボットだと認識している生物です」

「そうだね、もっと端的にノイマン型生命体とでも言ったほうがいいのかもね」

「ノイマン型…?」「それって…コンピューターの事じゃありませんか?」

「ちょっと違う…いや、同じノイマンという人が発想した物ではあるけどね」
 
 
ジョン・フォン・ノイマンという数学者がいた。

20世紀後半の人類社会発展の基礎となる様々な理論や発明に貢献し、コンピューターや核兵器の開発にも大きな役割を果たした人物だ。

通常ノイマン型システム言えばコンピューターの基本構造を指すが、実はもう一つ別の物を意味する場合がある。

「それが『自己増殖型オートマトン』…つまりは生物のように増殖しながら作業を行うロボットだ」

「あ…!」「確かに…BETAと同じだ」

本来は惑星開発…例えば月とか火星を開拓する時代になったらどんな機材が有効だろうかという仮定から発想されたシステムだ。

広大な大地の上で決められた目的を効率良くこなすにはどうしたらいいのか?

作業と増殖を自分で自動的に行い、そして状況に応じて対応を変化させながら目的以外に無駄なリソースを浪費しないシステムが理想的だ…そう、BETAのように。

白〇君があ号と対話して分かったように本来彼らは『創造主』である珪素由来の知的生物によって造られたロボット…もしくはロボットに『品種改良』された家畜の類なのだろう。

宇宙に散らばる星々に降着ユニットという『卵』を落とし、そこから孵化したBETAたちは予め刷り込まれた『資源採掘』という使命のためだけに脇目もふらず増殖と採掘(我々にとっては侵略行為兼破壊活動でしかないが)を行う…自分たちの役割に疑問を持つこともなく、仲間同士で争ったりもせず一致団結整然と…

何?どうしてそんなにまとまり良く行動するのかって?

そりゃ決まってるだろ、彼らにあるのは植え付けられた『命令』つまり目的意識のみでそれを邪魔するような要素は初めから抜かれているんだよ。

反乱とか同士討ちってのは個々の存在がそれぞれ独立した主観や価値観を持っているからこそ起きるのであって彼らのような実質『群体生物』にはそんな要素は入ってないだろうからね。

「つまり皮肉なことに価値観という物を持たない存在だからこそ、彼らは仲間割れも反乱も起こさずみんなで団結して地球侵略活動に励むことが出来る訳だ」

「……」「……」

…おいおい君たち、何でそんな怖い物でも見るような目で私を見るのかね?

最近の若者は礼儀という物を知らないよなあ、全く。

「まあ、そんな一致団結乱れもなくおまけに繁殖力抜群の異星起源種御一行様に襲われたらそりゃ仲違いばかりやってる人類に勝ち目なんかある訳ないとは思うけどね…だけど君たち、それじゃあ自分たちがBETAみたいなタイプの生き物だったらよかったとか思うかね?」

「え?」「それは…」

そう、確かに我々人類は愚かで救いようがない生物ではあるだろう。

なまじ独立した心と多様な価値観を持ったばかりにその相克に耐えることが出来ず、互いに理解し合うことを拒み争いばかりを続けている。

だがしかし、だからこそ我々は自分自身を省みることも出来れば自身や他者の過ちを止めることも出来るのだと思う。

BETAたちは自分のやっていることに疑問は持たない…疑問を持つ前提としての価値観がない。

彼らは仲間割れもしない…そもそも『仲間』ではなく同じ『群体』の一部に過ぎないからだ。

仮に自分たちが破局に向かっていてもそれに対応することは出来ない…資源採掘作業以外の目的と機能を与えられていないのだから当然だ。

おそらく彼らに与えられているのは採掘作業の手順とその障害となる物に対して『自己防衛』を行うための基準だけなのだろう。

「…対話が成り立たない筈というか、そもそも対話しても話し合い自体成立しないだろうね」

「けど…だったらどうして諸星さんは第4計画に援助を?」

そこが理解できないという顔でタ〇ルちゃんが聞いて来る。

「確かに話し合いとかは無意味で戦う以外の道はないだろう、しかしだからこそ相手に関する『情報』が必要なんだよ。 戦うにしても相手の事を全く知らないのでは不利だし、一応会話だけでも可能になればそれが向こうの情報を引き出す手段になってくれるからね」

「ああ、なるほど」

「…ま、そっちの方面は『生贄なし』の00ユニット制作をサポートする程度で後は香月博士にお任せだね…私は私でこの先どの程度の人間を救えるかという難問に挑まなくちゃいけないし」

「本当に…人間同士でこれ以上無駄な争いは御免ですよ」

全く〇銀君の言う通りだけどさ…どうすればいいのかねえ?

《それはボクたちが人類を管理すればいいと思うんです~~~》

「あ?」「え?」「…おいおい駒太郎君、いつの間に?」

《済みません~~殿下がそろそろ『〇様はどこですか?』って言い出しそうなんで~》

おや、もうタイムリミットみたいだよ白〇君?

「とほほほほ…」(涙)

「ところで駒太郎君、君いましがた何か聞き捨てならない台詞を口にしてなかったか?」

《あ~その事ですか~? 実は移民計画が本格化した場合の治安や市民生活全般をどうするかって問題をオシリスさんと一緒に検討中なんだけど~、やっぱボクたちが人類を支配して管理しちゃうのが一番効率的じゃないかって事になったんです~》

「なったんです~…って、何それ?」

《だってスミヨシさんたちも『まあオルタ世界の場合それくらいやらんと無理かも』って言ってましたけど~?》

あいつら…無垢で間抜けなAIに一体何を吹き込んでやがる!?

「諸星さん…」「…大丈夫なんですか、本当に?」

いやその…大丈夫なのかなホントに?
 
 
 
閑話26終り
 
 
 
 
 
 
【おまけ・多分大丈夫だろうと彼女は判断したようです】


《…という訳で~~地球は僕たちが支配すれば平和になるって結論に達しました~~~》

「うむそうか、だがこの日の本は皇帝陛下の命によって将軍殿下が治められる国…殿下の御意志に逆らうことは許されんのだぞ?」

《はい~~、もちろん殿下の命令に背いたりはしません~~~》

「うむそうか…ならばよい」

「…いいの?」

「いいわけないでしょ…」

「はわわわ…」

「あ…あははは…何か楽しい国になるのかな~?」





 



[21206] 設定一覧 (2013.2.25 更新)
Name: 鈴木ダイキチ◆a80a0449 ID:b4f3b2d5
Date: 2013/02/25 20:16
0.最新設定(2.25追加)


オオタニ・ニチドウ:モロボシ君の故郷(日本民主主義人民共和国)の野党第1党の幹事長。
政治家としてはそれなりに有能だが、その俗物的な人間性からあまり周囲の人の尊敬は得られていない。
美食家としても有名で、彼を交渉の席に招いた場合は必ず極上の料理を出すと言うのが政界関係者の間では常識となっている(不味い飯を食わせるとそれだけで末代まで祟られるからだそうな)
元ネタは『鉄鍋のジャン!』の大谷日堂さん(リアルなイメージは名優 中尾彰さんですw)


イシマツ・ドンキ:日本民主主義人民共和国における与党幹事長。
与野党間の政策を調整し、日共政賛会の暴走を牽制するためにオオタニ議員との駆け引きを総理から任せられた可哀想な苦労人。
元ネタというかキャラクターモデルは俳優の西田敏行さん。
ちなみに名前のネタは昔、彼が主演したTVドラマ『サンキュー先生』の主人公の名前からです。


ワガ・ヒデロウ:日共政賛会代表。
自分の思想信条の赴くままに無理難題を周りに吹っ掛けた結果、モロボシ君に逆ねじを喰らい、さらにスミヨシ君たちによって奈落の底に突き落とされる憐れな愚か者。
この人に関しては基本的にモデルとかはいません(いたらその人に対して失礼ですしw)


ミョウガタニ博士:かつてモロボシ君の世界において『相克渦動励振理論』を提唱した天才科学者。
彼女の理論を実現、実用化する事が現在の並行地球群連合の重要な課題となっている。
彼女について分かっている事は少ないが、性格的には『比較的温和な夕呼先生』といった感じの人であったと思われる。
元ネタは上遠野浩平作品『ナイトウォッチ』シリーズの妙ヶ谷幾乃さん。


サイブレイター:ミョウガタニ博士の相克渦動励振理論によって提唱された『奇跡』もしくは『魔法』を現実に出来るユニット。
エネルギー効率がどうとか魔法ランクがこうとか言うレベルを完全に逸脱する代物であり、これを量産化する事で連合は『時空管理局』との全面戦争に備えようと考えている。
管理局側から見て明らかな脅威であり、ロストギア認定確定の代物であるため実用化された場合は戦争が起きるのは確実だとシオンは予測している。
元ネタは上遠野浩平作品『ナイトウオッチ』シリーズから。


らりるれろ掲示板:モロボシ君の世界にあるインターネット上の有名ニュースサイト。
既存メディアの堕落、凋落に危機感を持った一部報道人と有志のネットユーザーによってニュースや政府発表の信憑性をチェックするサイトが発展し、巨大ニュースサイトに成長した。
報道内容が客観的なスタンスのために最近では放送メディアより高い信頼と支持を得ている。


ミューザー:モロボシ君がアラスカのお店に持ち込んだ万能シンセサイザー(基本カラオケ用)である。
あらゆる楽器の音を原音顔負けで再現し、更に一人で交響曲を演奏出来るというバケモノ(ただしプロの指揮演奏技術かもしくはモロボシ君のように電脳のサポートが必要)
元ネタはひおあきら作品『未来騎士』シリーズより。


ジュエルシード:数年前に起きた『海鳴事件』において数々の怪奇現象を発生させた謎のユニット。
連合首脳部はこれを自分たちが求める『サイブレイター』と同種の物と考え、その入手と動作方法の確立を求めたが、正義感あふれるオハナシ幼女の活躍やそれに伴う混乱から失敗となった。
(実質全てのジュエルシードは管理局によって回収されたか消失して、連合は入手出来なかった)
元ネタはもちろん無印なのはのジュエルシードです。


核融合炉計画:モロボシ君が日米両政府に働きかけて実現を目指すエネルギープラント計画。
単に核融合の熱だけを利用するのではなく、プラズマそれ自体からエネルギーを抽出するMHD発電方式の進化型である。
本来21世紀初頭の人類の技術や工学では実現不可能と思われる代物だが、G元素やモロボシテクノロジーのサポートで夕呼先生であれば実現可能と判断した。
この計画によって日米両政府や国連各国を互いに繋ぎ合わせる事をモロボシは画策している。


時空管理局:モロボシ君の所属する『並行地球群連合』とは異なる『次元世界』と呼ばれる多元世界を統治する組織。
魔法と呼ばれるオーバーテクノロジーを駆使して法の執行や『ロストギア』と呼ばれる危険物の回収等を行っている。
数年前にモロボシ君の故郷で起きた『海鳴事件』で連合側と接触しかけるが、双方の政治的判断からそれは実現せず、現在もお互いに見て見ぬふりをしながら相手の様子をうかがう関係にある。
元ネタは当然『リリカルなのは』シリーズからです。




1.人物設定

モロボシ・ダン:本編の主人公。 未来の『日本』の公務員。 とある理由で左遷が決まり、マブラヴの世界にやって来た。
恒点○測員340号ならぬ『並行基点観測員3401号』として着任。
現地での名前は『諸星段』。
普通の人間(つまり弱い)だがチート技術のおかげで活躍できる。


封木社長:モロボシの会社の社長であり、土管帝国を築くにあたっての“現地協力者”である。
ある意味で身の程を知った常識人であり、家族と会社の将来のためにモロボシを支援する。
ちなみにモデルはエ○ア88のマッコイじいさんの部下のプーキーさん。


仮面衛士1号:仮面衛士1号「鳴海孝之」は改造人間である。 謎の秘密国家『土管帝国』によって生まれ変わった彼は、2人の彼女と人類の未来を守るため今日も戦うのだ。
ちなみに彼が第一部の恋愛原子核担当者(予定)です。
なお、普段の彼の偽名(仮名?)は「利府陣徹」(リフジン・トオル)である。


利府陣徹(リフジン・トオル):仮面衛士1号に付けられた「仮名」である。
帝国軍人としての身分を必要とした為、モロボシの友人が名づけた。
ちなみに出典は「空想科学大戦2」


碓氷鞘香:A-01碓氷中隊の指揮官で大尉。
コールサインはフレイム1
碓氷大尉は暁遥かを基にオリキャラとして設定しました。


大咲真帆:A-01碓氷中隊の衛士で階級は中尉。


御名瀬純:A-01碓氷中隊の衛士で階級は中尉。
利府陣の正体が孝之だと気付いている。
明星作戦以前から孝之に想いを寄せていた。


大咲美帆:本土防衛軍第5師団所属 大崎大隊指揮官 階級は大尉。
機体は94式不知火でコールサインはクーガー1。
A-01の大咲中尉の姉である。
孝之に……?


神田龍一:本土防衛軍“鋼の槍”連隊指揮官、階級は少佐。
機体はF-15J陽炎(X1搭載)


七瀬涼:本土防衛軍“鋼の槍”連隊所属・ハルバート大隊指揮官、階級は大尉。
搭乗する機体は撃震(X1搭載)


日高楓:本土防衛軍“鋼の槍”連隊所属・フレイル大隊指揮官、階級は大尉。
搭乗する機体は撃震(X1搭載)


神谷梢枝:“鋼の槍”連隊CP将校で階級は少尉。


黒木隆之:本土防衛軍“地平線(スカイライン)”連隊所属フラット中隊副隊長(現在は中隊は事実上壊滅して彼一人)階級は中尉。
富永大尉の弟子でX1やX2の有用性に注目している一人。
不知火壱型丙にこだわる男でコールサインはフラット1。
モデルは湾岸ミッ○ナイトの黒木さん。


粳寅満太郎:斯衛軍流山特務大隊所属パイレーツ中隊の衛士で階級は大尉。
挨拶する時でもサングラスを外さない男。
斯衛軍の中でも異色の存在でさらに彼の中隊は事実上の独立愚連隊である。
彼の部隊の衛士達の元ネタは全員“進め!パイレーツ”からです。


富士一平:斯衛軍パイレーツ中隊所属の衛士で階級は中尉。
パイレーツ中隊でおそらく唯一のまともな人間。


沢村真子:斯衛軍パイレーツ中隊所属の衛士で階級は少尉。
能力、性格ともに一見まともだが…


雷音寺志士丸:斯衛軍流山特務大隊所属パイレーツ中隊の衛士で階級は中尉。
基本脳味噌が筋肉質の粳寅満太郎を補佐するのが彼の役どころである。
剣の腕は月詠真那と互角を張るとも言われる男。
元ネタは『すすめ!パイレーツ』の獅子丸選手。


花園優花:斯衛軍第6特務部隊所属の化け…兵士で階級は中尉。
第6特務中隊は衛士ではなく強化外骨格等を使用する兵士で構成された部隊だが、中にはそれに混じって生身でBETAと戦うバケモ…猛者たちも存在する(一説によると強化外骨格を扱う事が出来ないとの噂も…)
花園中尉はその一人であり、本土防衛戦の最中は必殺の奥義『怒麗巣』(ドレス)を駆使して数多くの小型種を葬って来た戦歴の持主であり同時に小学生の息子を持つ母親でもある。
元ネタは元祖浦安鉄筋家族の花園優花(鬼母ッ!?)


枢斬暗屯子:斯衛軍第6特務部隊所属の兵士で階級は少尉。
花園中尉と同じく怒麗巣を使う事が出来る兵士であり、紅蓮大将の訓練相手等も務めている。
元ネタは私立極道高校や極寅一家の枢斬暗屯子さん(信じられないでしょうが女性です)
口癖は「〇したる!」(諸般の事情により伏字とさせていただきます)


院辺卿一郎:内務次官(オルタ世界の日本においては実質行政の中枢)であり、大咲姉妹の叔父にあたる人物。
モロボシ君がやりたい放題なため国内のパワーバランスが激変し、頭を痛めている。


先生(彩峰萩閣):光州作戦において死んでいるはずのところを、土管帝国によって助けられた人物。
帝国の未来を案じて、モロボシに協力を約束する。


大堂賢治:帝国軍大尉。 元彩峰中将の部下で沙霧の同志だが、米国に家族の命を脅かされ彼らの脅迫に屈した男。 自分の裏切りを恥じて自殺を図るが、先生(彩峰中将)の説得で彼の下で働くことになる。


秦乃嶺次郎:城内大臣。
城内省の省益(権威)を維持する事に固執するあまり悠陽の行いを危険視し、その失脚や排除を目論む男。
モロボシ君曰く『豚は丸々と肥え太るまで食べるのを待ちましょう』…とのことで。
この人は特定の元ネタやモデルはなく、完全なオリキャラです。


崇宰尚通:五摂家の一つ崇宰家の当主。
悠陽の存在を疎ましく思っていたために、五摂家としての地位回復を目論む一條家と二條家に擦り寄られて悩む人物。


一條直実:一條家の現当主。
悠陽を将軍の座から退かせ自分たちが五摂家に返り咲くために工作を繰り返し、冥夜にまで危害を加えようとしたがモロボシ君の悪だくみとG悠陽(とG霞)によって成敗(笑)される哀れな男。


二條豊昌:二條家の現当主。
一條直実と組んで陰謀を張り巡らせるが結果としてG悠陽(以下同文)


九條綱枝:九條家の現当主。
事実上五摂家や公家たちの頂点に立つ人物であり、悠陽と一條家らの間で自分がどう動くべきかと常に悩み続けて来た。
最終的には九十九里老人の説得で摂家や公家を諭して国の意志統一に協力する。


高木中尉:巌谷中佐の部下で戦術機の構造材に精通した技術士官。
モデルは湾岸ミッドナ○トの高木社長。


富永大尉:同じく巌谷中佐の部下で戦術機の管制システム関連の士官。
X1の改良を行なっている。
モデルは湾岸ミッ○ナイトの富永さん。


大田和夫:帝国軍少佐。 相馬原基地を拠点にした『X塾』の事実上のリーダー役。
富永や高木の先輩で巌谷中佐も一目置く技術士官。
元ネタは湾岸ミッドナ○トの太田さん。
ちなみに理香子という娘がいて彼女は横浜基地に勤務しています。


佐々木元:帝国軍中尉。 大田の同期で空力の専門家。あだ名は『ガッちゃん』である。
不知火・魁や吹雪・改の空力方面の調整に力を注ぐ。
元ネタは湾岸ミッ○ナイトのガッちゃん。


山中中尉:大田の部下で『Ⅹ塾』の先頭に立つ技術屋。 衛士の資格も持ち、自分で機体の試験も行う男。
元ネタは湾岸ミ○ドナイトの山中くん。


山本和彦:帝国軍大尉。 『XOS計画』のために派遣された技官であり、ユーコン基地でXOSに関する作業を直接指揮する人物。
XOS計画においては猪川少佐の直接の部下となる。
元ネタは『湾岸MIDNIGHT』の山本さん。


猪川蔵臼:帝国陸軍少佐。 本来有能な人材なのだが、有能過ぎる能力と独断専行が祟り閑職(表向き)に回されていた男。
実は帝国軍情報部に所属する情報将校。
衛士の資格も持っており、事務から実戦までこなす万能人間。
部下の人数は26人で部下一号から部下二十六号まで番号で呼んでいる。
鎧衣課長の根回しで松鯉商事の仕事を任される。
通称『鋼の蔵臼』または『芋蔵臼』
あだ名で分かるように大の芋好きで、ジャガイモ料理と里芋料理、それから自然薯のとろろの味には特にうるさい。
ちなみに元ネタは青池保子の「エロイカより愛をこめて」に出てくるエーベルバッハ少佐です。


斑鳩忠輝:五摂家の一つ斑鳩家の当主で斯衛軍第16大隊指揮官で階級は少佐。
五摂家の中では悠陽の数少ない味方の一人。
斑鳩少佐の設定は原作を基にしたオリジナルです。


珍品堂:謎の骨董屋で一條家に近付き骨董の名品を披露するが、その正体は不明。
元ネタは『おせん』の珍品堂(外見はいかりや長介さんですね)


九十九里吾作:千葉の流山にある『栄光庵』に住む謎の老人。 斯衛の部隊に護衛されているが見た目は只の田吾作爺さんである(東野〇二郎を丸禿げにした感じ)
その素性は帝室の血を引く九條家の縁者。
キャラのモデルは『すすめ!!パイレーツ』の九十九里オーナー。


古泉准市郎:日本帝国衆議院議員。
親米派の中では一匹狼で通っている変わり者で、かなりのマキャベリストだが政治手腕は高い。
榊総理から何がしかの依頼を受けて動き出す。
この古泉議員の元ネタは複数ありまして、その一つは『無駄ズモ無き…』の人ですw


乃中征二郎:本土防衛軍大将であり帝国軍参謀本部の重鎮の一人。
御前会議で悠陽の失脚を画策するが…


大北藤治:本土防衛軍中将であり統帥派のリーダー格の一人。
悠陽の復権に反発し、何事かを企む。


志田誠一:本土防衛軍大佐。
悠陽の復権で日本の民主主義が脅かされるのではないかと心配する男。


マッコイ爺さん:封木社長の元いた会社の主で世界中の戦地へ物資を届ける武器商人。
社長の紹介でモロボシに便宜を図る。
第5計画をいろんな意味で危険視している。
モデルはもちろんエ○ア88のマッコイ爺さん。


アーネスト・ウォーケン:ウォーケン少佐の父親で米上院議員。
AL5に危惧を抱き、AL4を信用していないためAL計画自体に否定的な人物。
(ウォーケンパパはオリ設定です。)


ロバート・コルトレーン:アメリカ合衆国大統領。
オルタネイティヴ計画同士の対立に悩みながらも自国と世界にとって最善の道を模索する人物。
所謂善人ではないが、前任者と違ってまっとうな政治家である。
国内の第5計画派の暴走と夕呼のヤンチャ(?)に悩まされる可哀想な男。
アーネスト・ウォーケン議員とは友人同士である。
ちなみにモロボシ君の後援者の何人かはこの大統領にメタル●ルフをプレゼントしたがっているが、ハッキリ言って高齢者に属する彼にとてもそんな危険物は与えられないのが残念である。


マイケル・アルフレイド:合衆国副大統領。
第5計画派の代表としてコルトレーン政権に送り込まれた男であり、日本でのクーデター工作や親米派の政治家たちの取り込みを行っている。


デーヴィッド・ロックフィールド:合衆国最大の巨大富豪ロックフィールド一族の当主。
エネルギー関連事業を中心に幅広い事業を行い、事実上米国経済界の王として振る舞っている。
第5計画(バビロン戦略派)の主要メンバーでもありモロボシの行動を見て何事かを企む。


ケイシー・ライバック:元米国海軍特殊部隊の指揮官。
明星作戦の直後問題を起こして降格となり戦艦“ミズーリ”でコックとして働いていたが、“ザ・タワー”への潜入作戦に抜擢された事がきっかけで再び戦場に戻ってきた男……の筈が、相手がモロボシ君だったために…
元ネタはもはや言うまでもない『沈黙の戦〇』と『暴走〇急』のライバックさん。


フーバー・キッペンベルグ:元ドイツ陸軍の少佐で現在は国連軍に在籍。
優秀な教官でもあり、ハルトウィックの頼みでXOS計画の顧問となるが、本当の役目はモロボシ君のお目付け役(つまりは猪川少佐やライバックさんと同じ)である。
元ネタは『エリア88』のフーバーさん。


デーヴィッド・ボーマン:米国宇宙軍中尉でAL5の宇宙船建造のためにL3で働く男。
“シリンダー”の出現した時の調査を行い、以後この巨大コロニーで働く事になる。
元ネタはこれまた有名人過ぎる『2001年宇宙の旅』のボーマン船長。


ジェニー・ホーク:CIA諜報員(本名はまだ不明)
表向きは米国系貿易会社(メイヤーズ社)の重役秘書として仙台支社に勤務している。
沙霧たち烈士にクーデターを起こさせる計画の事実上の現場指揮官。
本土防衛軍や城内省にも内通者を作り、大堂大尉を脅迫して裏切らせたのも彼女である。
コードネームは『ラムダデルタ』である。
元ネタは勿論『ひぐらし&うみねこ』の鷹野三四ことラムダデルタ。


レモ・ウィリアムズ:大統領直属の秘密組織CUREのエージェント。
驚異的な身体能力を持ち朝鮮半島に古代より伝わる武術“シナンジュ”を駆使して合衆国を蝕む巨悪と戦う男。
元ネタは米国の有名アクション小説デストロイヤーシリーズの主人公レモ・ウィリアムズ。
日本では映画『レモ・第1の挑戦』で知られています。


チウン:レモの武術師範。
朝鮮の古代武術“シナンジュ”の継承者でレモにシナンジュを教える。
元ネタは上に同じくデストロイヤーシリーズからです。


スミス博士:秘密組織CUREのリーダー。
1960年代初頭に当時の大統領から合衆国内の様々な不正の摘発を秘密裏に行うための組織を作るように依頼されCUREを創設した人物。
その後別の大統領から表で裁けない巨悪を葬るための実行部隊創設を依頼されこれに着手する。
現在のレモ・チウンコンビは2代目の部隊らしい。
元ネタは同じくデストロイヤーシリーズからです。


レイナ・フレミング:国連航空宇宙軍中尉。
移民計画用宇宙船の建造経過と『シリンダー』の現状を査察するために派遣された査察官。
グローブ社の不正に気付きそれを究明しようとするが命を狙われたところを危機一髪でレモに救われる。
元ネタは映画版『レモ・第1の挑戦』からで、映画での階級は少佐でした(作者の独断で階級を変更しました)


シオン・エルトナム:元エジプトからの留学生で現在は型月区三咲町の路地裏に棲むホームレス。
天才的ハッカーであり、オシリスⅢの開発者でもある。
元ネタはMELTYBLOODのシオンさん。


Dr.アンバー:裏の世界では有名な発明家でシオンの友人でありライバル。
本業は家政婦であり、裏の仕事でお茶目が過ぎると家主にお仕置きされるのだが全く懲りない。
元ネタは勿論TYPE-MOON作品のマジカル・アンバーこと琥珀さん。


“黒豹”:モロボシ君の世界にある日本の型月区・冬木市の老舗呉服店『エイドリ庵』(!)の跡取り娘であり、本名はマキデラ・カエデ。
はっちゃけ現代っ子の割には歴史的な品物に関する鑑定眼では“おせん”の珍品堂並の実力を持つ変り種。
モロボシ君とは世代を超えた悪友であり、彼の頼みでちょっとした悪事を…
ちなみに実家の店の名前は大昔(21世紀初頭まで)は詠鳥庵(エイチョウアン)だったとか…一体何があったのやら。
元ネタはFate作品シリーズ(氷室の〇地含む)のはっちゃけ脇役“穂群の黒豹”こと蒔〇楓。


“あかいあくま”:“黒豹”のクラスメートであり“ブラウニー”の師匠兼支配者(?)で本名はトオサカ・リン。
表向きは名家の一人娘で学業優秀な模範的学生だが、裏では法律で禁止されている未知の領域へと踏み込む科学(?)実験を行っているらしい。
そのために万年金欠病であり、それが理由でモロボシ君の依頼を引き受ける破目になった。
もっともその対価が良質天然物の宝石25個(実験等に必要)だからそう悪い取引ではないようだ。
『尻の毛まで毟り取られた』(モロボシ談)
元ネタは勿論Fate作品シリーズのヒロインの一人、“あかいあくま”こと遠〇凛。


“ブラウニー”:型月区・冬木市に住む贋作師でマキデラの同級生で本名はエミヤ・シロウ。
本人は世のため人のために働く「正義の味方」になりたいらしいが、残念なことに彼のそばにいたのは彩峰中将のような立派な人間ではなく、将来はまともであっても速瀬水月か、下手をすれば香月夕呼のような恐ろしい女になるであろう「あかいあくま」と「黒豹」だったのが運の尽きであった。
モロボシ君の依頼を受けた二人の強制で多くの人命を救うためと自分に言い聞かせながら贋作の刀剣や茶碗や茶壷を作らされる少年…残念な子だ。
元ネタは勿論言うまでもなくFateの主人公で“穂群原のブラウニー”こと衛宮〇郎君です。


ヒムロ・カネ:型月区冬木市に住む女子高生。
冬木市長 ヒムロ・ドウセツ氏の娘で“あくま”や“黒豹”の友人でもある。
モロボシ君に頼まれて知人の金ピカ成金少年(王)に金の融資をお願いする羽目に…

元ネタは『Fate』シリーズ(室天含む)の恋愛探偵、氷室鐘。


トキツ・ユリヒコ:型月区にある製パン企業トキツ・グループの相談役でモロボシ君の支援者。
スミヨシ君たちとは霞萌えで繋がった同志でもあり、ネガマルの妨害に怒りを覚えている。
元ネタは『魔法使いの夜』に出て来る土桔由里彦氏。


シズキ・ソウジュウロウ:モロボシ君の古い知人。
型月区・三咲町に住む不可思議な雰囲気を持つ青年で、色々と謎の人脈を持っている。
(例えばその一人がクオンジ財閥の若きオーナーだったり、あるいはアオザキ事務所の所長やその妹だったり…)
モロボシ君の依頼でクオンジ財閥のオーナーを誑かす仕事を(無理矢理)引き受けるはめになる。
『…オレに死ねって言ってるんですね?』
元ネタは『魔法使いの夜』の主人公? 静希草十郎。


ロンドン・スター:本名はウェイバー・ベルベット モロボシ君の知人でゲームオタにして並行地球群連合職員。
11年前に冬木市で行われたある『実験』をネタにモロボシ君の要求を飲まされる可哀想な人。
元ネタは『Fate/Zero』のウェイバー・ベルベット君(ちなみにロンドン・スターとは『氷室の天地』での彼のあだ名です)


ハナガタミ・ツル:モロボシ君の世界における支援者グループの実質的代表で、表の顔は老舗オモチャメーカーの社長である(ちなみに元プロ野球選手)
社員からはバカ社長と呼ばれているが、その理由はいい製品をコストを完全に度外視して作るためである。
さらにそれだけではなく、どう考えても商売にならない無茶苦茶な品物を作ってはモロボシ君に押し付けてくる困った男でもある。
だが同じ呪われた名前を持つ者同士、モロボシくんも邪険に出来ない部分がある。
ちなみに重度の霞萌えに取り憑かれている(もちろん彼の本音は霞を助けて幸せにしてあげる事だけである)
元ネタは『すすめ!パイレーツ!』の花形見鶴。


シオウジ教授:ハナガタミ社長と同じモロボシ君の後援者。
香月夕呼と同レベルの天才科学者であり、鳴海君を復活させたのもこの男の技術があったからである。
モロボシと結託して00ユニットやML機関の改良に力を注ぐ。
(ちなみにこの男も重症の貧乳教徒である)
元ネタは六道神士の『エクセ〇サーガ』に出て来る四王寺教授です。


スミヨシ・ダイキチ:モロボシ君の後援者の一人で友人でもある男。
電脳メガネやそのソフト開発を担当してくれている重要な人物(X1も基本的に彼が組んだ)
口には出さないが霞とイーニァが幸せに暮らせる世界の実現のために寝食を削って頑張る漢である。
元ネタは教授と同じく『エ〇セルサーガ』の住吉大吉くん。


ヨネザワ・マモル:モロボシ君の友人で支援者の一人。
表の職業はなんと警視庁の鑑識職員であり、技術者としても一流(でもオタク)
スミヨシ君とは同好の士だが、ガン〇ムネタではたまに主義主張の相違から険悪になる事もある。
「困ったもんだ」(モロボシ談)
元ネタは『相棒』シリーズから鑑識の米〇さん。


タマモトさん:モロボシ君の世界にいる食道楽仲間で美食ライター。
モロボシ君は彼の導きによって様々な美食の世界を巡り歩いた経験がある。
食の歴史にも詳しい男。
元ネタは『グイ〇・サーガ』で有名な故・栗本薫さんの短編『グルメを料理する十の方法』より。


タンバラ・テツオ:日本民主主義人民共和国の総理。
国会の議席が過半数を割っているために野党との取引を余儀なくされている不幸な政治家。
オルタ世界への救援活動を中止するようにとの要求に国益と人間としての良心から苦悩するが…
キャラのイメージモデルは今は亡き俳優の丹波哲郎さん(大霊界から英霊として召喚させていただきました)


セトウチ・ヨネゾウ:モロボシ君の世界の元国会議員(法務大臣歴任)
貧困地域等への援助を推進しモロボシ君たちの活動もバックアップしてきたがとある援助で裏技(違法行為)に手を染めたことがばれて監獄に入っていた。
総理からのリークで計画の危機をモロボシ君に伝える。
元ネタは『相棒』シリーズの瀬戸内米蔵元法務大臣です。


イツキ・ケイゾウ:某農業大学教授で発酵化学の権威。
モロボシ君に昔の食料プラント等の資料を提供したり、食料援助の方法について助言してくれる人物。
当初はユーラシアの再生計画を提供しようとしていたが、残念ながら計画の趣旨から外れるので涙を呑んだ。
「ぐふっ…」(涙)
元ネタは『もやしもん』の樹慶蔵教授です。


タカマチ・ナノハ:数年前におきた『海鳴事件』の当事者(当時9歳)
事件をきっかけにある特殊な『能力』に目覚め、その後数奇な運命を辿ることになる。
その背景にある『事情』をネタにモロボシ君は恐喝行為をはたらいたのだが、彼女がこれを知れば間違いなくOHANASI されるであろうことは確実だ。
人呼んで『魔王』『正義の味方』『人型魔砲兵器』etcetc……
モロボシ君の属する『並行地球群連合』に匹敵するもう一つの多元世界政府『時空管理局』との橋渡し役であり一種のバランサーとしての微妙な立場に立たされている。
『二十歳前の女の子に負わせる仕事かまったく…』(モロボシ談)
元ネタはもはや言うまでもない『リリカル○のは』のヒロインにして白き魔王様こと高町な○はさん。


エレナ・ダグラス:巨大企業DOATECインダストリーの若き会長。
前会長の娘だが、父親とDOATECのせいで母親を殺されていて会社とその関連事業(裏側)を憎んでいる。
何事かを胸に秘めて格闘技大会(DOA5)を企画するがそこにモロボシ君が口を…
元ネタは『DOA』シリーズのエレナ・ダグラス。


コンラート・へイル:モロボシたちの世界にメビウスコイルをもたらした謎の人物。
彼のもたらした物や知識によってモロボシの世界は破局を回避することが出来た。
モロボシ自身気が付いていないが、この男に憧れ、同じことをしようとしている部分がある。
モデルは花郁悠紀子の「フェネラ」より。



2.戦術機・兵器関連設定

撃震モドキ:TYPE-77“撃震”をモロボシたちの技術でコピーした機体。
機体の構造材を重量が2分の1、強度が2倍の物を使うと云うチート機体。
OSは「X1」を搭載。


撃流:撃震モドキに様々な手を加えて完成した機体の愛称。
OSを「X2」に変更して、更なる軽量化をしている
流れるような機動を可能にしたことから名付けられた。


不知火・魁:撃流の技術を投入した不知火壱型・丙の改良機であり、不知火弐型のベースとなる機体でもある。
次世代に先駆けるという意味で“魁”の名前が付けられた。


武御雷・改型:斯衛軍専用機武御雷を改修した機体。
重量を10%軽くして機体の強度を2倍近くまで引き上げた『折れない刀』である。
従来のA型とC型にとって替わることになるが、実戦ではF型・R型以上の戦力になると思われる。
デザイン的には従来のものよりシンプルになり、その分量産性も向上しているため、年間の生産台数も倍以上に出来る。
整備性や部品の共有化も従来の武御雷とは比べ物にならないほど向上させている。



吹雪・改:撃流の技術を導入することで出来た吹雪の改良機。
従来より30%以上の軽量化と40%の機体剛性の向上がなされた。
また主機の出力も実戦用に高出力の物に変更されている。
不知火・弐型との使い分けや将来の輸出を想定してモロボシが作ったものである。


伊吹:改修型吹雪の新しい名前。
その高い基本性能から次期海軍機との期待も寄せられるが、空母も運用実績もない帝国海軍にとってF-18とどっちがふさわしいかで論争になっている。
ちなみにモロボシ君は「悪いけどそこまで口を突っ込んでる暇がない」と言ってます。


錘鉄(おもいかね):モロボシ君とその仲間たちの企画によって造られたML機関搭載の二足歩行式戦略機動戦艦(ちょっと微妙な呼び方だ)である。
基本的な形状はちょっとデス○ロイ的なビグ・○ムといった感じ。
(円盤状の本体上部に2門の120㎜電磁投射砲を搭載している)
ちなみに設計者たちの合言葉は『オレが、オレたちがビ○・ザムだ!!』だそうな…
「…おまえらいい加減にしとけ!!」(モロボシ・談)


大撃神:ハナガタミ・トーイの若(バカ)社長が趣味で作った超大型戦術機。
基本的には撃震と同じデザインだが、その大きさはなんと全高40メートルというバケモノである。
その機体はモロボシ君の世界の技術(と言っても比較的安い2,3世代前だが)を使用したスーパーロボットであり、装甲の強度や耐レーザー塗装のレベルはオルタ世界のそれとは比べ物にならないほど高いが、もちろん素材が金属の材料であるから当然レーザーに対しては無敵ではない(科学の壁である)
武器はメビウスを搭載した二本の巨大な竹刀、名付けて双破剣《だぶるはあけん》だそうな。
操縦方法はGガ〇ダムと同じモビルトレースシステムを採用しているが、この操縦システムを使用可能なオルタ世界の人間(だよな?)は一人しかいなかったので操縦者は自動的にその誰かさんに決定した。
相手が悪でなければ不殺を貫く優しい心の持主ではあるが、その怒りが限界を超えた時は必殺の奥義『大撃怒』が全ての悪を葬り去る事になる。
そして何故かこの巨大戦術機が暴れた後は、帝都城の奥で某斯衛軍大将と某コウモリ男が侍従長と月詠大尉に折檻されるらしいがその訳を知る者はごく少数である(笑)


新型振動探知システム:モロボシの部品供与と夕呼のXOS用CPUによって出来た新しい振動探知システム。
従来よりはるかに広範囲かつ大深度地下まで測定が可能で、地下の内部を映像化して表示出来る。
2001年2月の大侵攻において最も早くそれを察知し、同時に大深度地下に潜む母艦級の存在をも炙り出した。


X1:モロボシが開発した(正しくは“してもらった”)戦術機用のOS。 基本的にはXM3の簡易バージョン(即応性10%UP、キャンセル機能あり)と言える。
XM3にはかなり劣るが、横浜製の技術なしで実現可能なモノである。
後に富永大尉の苦労の甲斐あって先行入力も搭載された。


X2:「X1」をベースに横浜製のCPUを搭載し、先行入力と機体の自律制御システムを大幅に進化させたOS。
また、X2のユニットは大幅な拡張性を持っているため、ソフトウェアのインストールだけで、次期OS X3(つまりXM3)にバージョンアップ可能である。


XOS:「X1」から開発前の「X3」までを含めた新OSの総称。



3.その他諸設定

土管帝国:物語のタイトルであり、主人公の仕事と趣味を兼ねた目的。
絶望的な状況にある人類をBETAと第五計画から救済する目的で作った。(と言うよりでっち上げた)


土管:主人公の所属する役所が作ったセメント構造物、云うまでもなくマンホールとかにつかわれたり、ジャ○アンが空き地でリサイタルをする時に上に乗ったりするアレである。
どうしたらこれを使って人類を救済できるかは…


『シリンダー』:土管帝国の作った“人類の避難場所”である。
基本的には直径10㎞、長さ50㎞の巨大な土管を使用して作られたスペースコロニーである。
ある日突然ラグランジュ点に出現し、その後も定期的に増え続けている。
居住用や工業用、農業用などのコロニーに分類されるが、居住用は基本的に1基のコロニーに2000万以上の人間を収容出来る。


『ザ・タワー』:土管帝国が東経160度付近の太平洋赤道直下に設置した軌道エレベーター。
このタワー、直径30mで高さは静止衛星軌道まで届くという非常識な建築物である。
土管帝国への人類の避難をスムーズに行えるようにモロボシたちが設置した。


メビウスシステム:主人公の世界(時代)に存在するシステムの総称であり、主人公の超人的活躍のタネ(と言うよりもこれがないとなにも出来ない)。
システムの中核をなすのは『メビウスコイル』と呼ばれるユニットで、並行世界の一つである『放電空間』からエネルギーを取り出し、活用することが出来る。
また、並行世界への移動も可能であるが、主人公の世界では法律により厳しく制限されていて、実質移動出来るのは主人公のような公務員だけである。
出典は山田ミネコの「最終戦争」シリーズ。


オシリスⅢ(サード):土管帝国の建設・拡張を遂行するAIの名称。
本来は工事用ロボットのAIとして作成されたのだが、何者かの(国家的?)陰謀により機能が300倍に膨れ上がり、“無限の土管”を作り続ける破綻したAIになってしまった。
モロボシ君が本来片付けなくてはならないのはこのAIだと言ってもいい。
元ネタは勿論メルブラX(路地裏ピラミッドナイト)の“オシリス改”である。


松鯉商事:主人公が帝国内で活動するための拠点となる民間企業。 各方面へ接待攻勢をかけ人脈の拡大と情報収集をはかる。


小鉄:帝都の片隅にある小料理屋。 鎧衣課長や巌谷中佐、たまには紅蓮醍三郎なども訪れる野郎共の隠れ場所。
ちなみに店主の名前は『霧島五郎』である。


スターリング・ヒル(Starring Hill):モロボシ君がユーコン基地の歓楽街に開設したお店。
名前の意味は“星が岡”であるが、元ネタは余りにも不遜を極めるので載せません。
表向きは普通のパブだが、奥には和風の茶室(大小二部屋)もある。
何故かその茶室には時々日本美人の幽霊が出て茶を点てる事があるが、その幽霊の正体は…


グローブ・カンパニー:合衆国有数の巨大軍事企業。
AL5の移民計画とG弾計画双方に参入しているが実質G弾推進派である。
移民船を手抜き工事で予算を誤魔化したりG弾推進派の要請でシリンダー内部に細工をしたりしていたのをフレミング中尉に見つかったために彼女を暗殺しようとしてレモに返り討ちにされる。
その後会長のグローブ氏は階段から転落死した(実はレモによって暗殺された)ためにAL5の中で居場所を無くす破目に…
元ネタは映画『レモ・第1の挑戦』からです。


シスターズ:合衆国のエネルギー関連企業を中心とした国際カルテルの別名(強欲なる姉妹ともいう)
かつての国際石油カルテルの別名であり、現在のそれはより米国系企業が中心となった総合エネルギー企業連合となっている。
石油とウラニウムの双方の油田と鉱脈を確保し、米国の力を盾に欲しいままに利益を得て来たがモロボシ君のある計画が元で存続の危機に立たされる事に…
シスターズの設定はリアル世界の石油カルテルとオルタ世界のエネルギー事情をベースに設定しました。


タチコマくん:主人公の手足となって働く、自律型AIを搭載したロボット。 元々は軍事用の思考戦車だったがAIのロジックがアレだったために、主人公の元へ廻された。


ジェイムズくん:タチコマくんと同じくモロボシの手伝いをする箱型ロボット。 ちなみに関西弁をしゃべる。


チビコマ:ミニチュア型のタチコマくんであり、モロボシ君が悠陽殿下にプレゼントした特別機。
基本機能はタチコマと同じだが、小さいので人間は収納出来ない。
サイズはR2D2より一回り小さいくらい。
ちなみに悠陽が『駒太郎』という愛称をつけている。
この機体は2機製造されており、2号機は横浜基地で霞の話相手や冥夜の護衛等をこなしている。
ちなみにその2号機の愛称は『駒之介』である。


ダンボール戦車:横浜基地の中に時々現れる謎のダンボール箱。
その正体は言うまでもなくダンボールを被った駒之介。
モロボシの代理(というかモロボシが操作して)として活動する時の仮の姿でもある。
主に207訓練小隊との交流などをやっているが、調子にのり過ぎると月詠中尉や香月博士に(ry


ミニコマ:タチコマそっくりのマスコット型ロボ。
手のひらサイズではあるが高性能のため、どこぞの蛇にも負けないくらいのスニーキングミッションをこなして見せる優れものである。
タチコマやチビコマのように高性能AIやメビウスは搭載していないが、高性能バッテリーを内蔵し光学迷彩も装備している。
モロボシや悠陽のためにあちこちに潜入して情報を収集するビーピングメカ。


大天賦1號:北九州のF市が秘かに開発している(と言われている)市街防衛兵器。
見た目は巨大なカバプー(ユニバーシアード福岡大会のマスコット)である。
元ネタはエクセル・サーガの原型『市立戦隊ダイテンジン』より。


ウサミミの御守り:香月博士がまりもちゃんのために作った霞とお揃いのヘアバンド。
紅の姉妹のリーディングやプロジェクションを防ぐためのアイテム。
これを付けるとまりもちゃんの魅力がアップする(笑)


粛清帳:月詠真耶が所持していると言われる“デスノート”である。
チビコマたちが収集した情報を分析した結果炙り出された裏切り者や売国奴の名前がずらりと並んでいる(らしい)
ちなみにその粛清リストのかなり上位に某コウモリ男の名前があるとか。
「いつか殺す」(月詠真耶・談)


古物要塞「うぎゃあ」:型月区・冬木市の一角にある古物店。
ガラクタ同然の偽物から本物の古信楽の蹲まで様々な骨董品を扱っている。
店番のメガネ美女(実はラ〇ダー)が素人のため、常連客の黒豹にいいようにボられる事が多い。
この店の名前のネタは『氷室の天地』からですが、オリジナルはおそらく『へうげもの』でしょう。


G悠陽殿下:その名の通り巨大化した(ように見える)悠陽殿下の事である。
自身の手で一條直実らを成敗したいという悠陽のわがま…お願いを駒太郎らが承諾してしまい、タチコマたちとオシリスが(モロボシ君には内緒で)スミヨシ君たちと相談して考えた物。
その実体とは3次元プリンターによって組み立てられたナノマシンの集積体である。
外見上は本人がそのまま巨大化したように見える。
実際には中に入って感覚を同化させているのだが、そのせいで本当に自分が巨大化したかのように錯覚してしまう場合もあるらしい。
(具体例としてはこのシステムのオリジナルを考案した某家政婦が事もあろうに自分の雇い主に一服盛って意識を混濁させた後で巨大ボディに同化させてあたかも巨大化させたように思わせて大騒ぎを…)
なおナノマシンの結合は一定時間で解けるのでオイタの時間は限られています(笑)


G霞:G悠陽と同じ方法で巨大化した(ように見える)社霞。
駒之介駒太郎のコンビの仲介によっていつの間にかTEL友になった悠陽と共に巨大化して悪を懲らしめる正義の巨大幼女(爆笑)
香月博士の目を盗んでこっそり出てきたのだが律儀に置手紙を書いていたためにバレてしまい、お仕置きされる事に…(ちなみに実際に折檻されるのはもちろん代理のモロボシ君です)


カラオケマイク:モロボシ君が一條家の刺客を撃退するのに使用した秘密兵器(笑)
中にメビウスが仕込んであり、曲と歌に合わせて周囲の人や物を重力制御でオモチャに出来る危険なアイテムである。
また重力制御の効果によって大音響のコンサートホールの中で音楽を聞いているように感じられる。


猫の着ぐるみ:モロボシ君が型月区在住の知人(シズキ君)から譲り受けた物。
とある中華料理屋が出前用に使用していたのだそうだが、実際にこれを着て出前を行ったのはその知人一人だけだったとか。
ちなみにこの着ぐるみには特にチート装備とか特殊機能とかは一切ないそうです。


熊猫型パワードスーツ:モロボシ君が知人(ミシマグループの若きトップでジン君)から借りて来た『オモチャ』である。
ミシマグループの経営者一族は代々このタイプのパワードスーツを相手に自己鍛錬を行っているらしい。
しかも3代続けて親子の仲が悪く、周囲を巻き込んでの「刃〇」状態が日常だとか…


ヴァルハラコンビネーション:モロボシ君の世界の仮想電脳空間にある会員制のサイト。
ハナガタミ社長がモロボシ君を支援するために“おとぎばなし”のファンたちを集めて話を纏め易くするために開設した。
『ここに来るのは筋金入りの(おとぎばなし)フリークス』(某参加者・談)
このサイトで提案、可決された方針がモロボシ君の承認と法的手続きによって“民間からの支援”として彼の活動に反映されている。
名前から気付く人もいるだろうが、最初このサイトの司会者は『化〇語』のツンデレヶ原先輩とそのM奴隷こと神原後輩にやってもらう予定だったが、あの二人にトークなどさせたら間違いなく危険な18禁ゾーンに突入してしまうと作者が判断して中止となりました。


178計画:ヴァルハラに集まったメンバーによって提案された計画だが、現在の所は詳しい内容は不明である。
戦術機開発に関係した物だと思われるが、ガンオタにはバレバ(ry


奥州4783号:モロボシの世界で開発された超多収型米の品種名。
2001年現在のオルタ世界の日本では北陸193号相当の多収穫米が使用されている(と思う)が、さらにその30%増しの収穫が可能で、味もよしと云う優れ物である。
但し、肥料はそれなりにかかるのでいいことばかりではない。
技術は所詮技術であって魔法ではないのだ。


清酒「桜花」:モロボシたちが帝国軍に納入する為に開発した新しい合成清酒。
従来の合成清酒よりも味が良く、辛口を基本としている。


G&B:有名なカレー粉のブランド。
老舗の洋食屋のカレーには必ずと言っていいほどこれが使われている。
G&B社は老舗の英国食品メーカーだが、現在は米国企業である。


火鳥カレー:国産の有名なカレー粉のブランド。
海外ではF&B(エフビー)カレーのブランドで知られている。
洋食屋のカレーの多くはこのカレー粉とG&Bカレー粉のブレンドで作られる。


味平ミルクカレー・スペシャル:モロボシ君の世界にある有名洋食屋のカレーで、子供向けにはミルクを多めに入れる。
味平カレーは醤油を多く使ってじっくりと寝かせるのが味の秘密であるが、それは日本人好みの味なのでイーニァに食べさせたのは蕎麦用の「かえし」を少量使用し、フルーツチップを入れて味を造ったスペシャル版である。
元ネタは「包丁人味平」より。


地獄麻婆豆腐:型月区・冬木市に古くからある中華料理屋のスペシャルメニュー。
あまりの辛さに注文する人間は殆んどいないが、何故か冬木教会の神父やシスターはこれを好んで注文するらしい。
元ネタはもちろんFateシリーズの『オレ外道麻婆今後ともよろしく』です(笑)


合成うな丼:モロボシ君が用意した原料をもとに京塚曹長が作った蒲焼丼である。
基本的には大豆粉末を混入させた合成食用粉を水で捏ね、海苔の上にのせて油で揚げた後でタレを塗って照り焼きにするという『普茶料理』の手法で作った偽蒲焼であるが、モロボシ印の食材と京塚曹長の腕のおかげで非常にいい味に仕上がっているらしい。


並行地球群連合:主人公が本来所属する世界。メビウスコイルを手にした人類が荒廃した地球を捨てて無数の並行世界にある人類がいない地球を開拓、
国家や民族ごとに一つずつの地球を手に入れたのち成立した“国際連合”の発展形。
本部は旧地球に置かれている。


日本民主主義人民共和国:主人公の故郷(未来の『日本』)である。 このふざけた国名にもかかわらずちゃんと『天○制』が維持されているからすごい。
ずいぶん前から『国名改正論議』がもたれているが、いまだに何も決められない。(笑)
ちなみに憲法第9条も健在であり、いまだに国軍はなく『人民防衛隊』が存在している。


文明大改革:主人公の日本(日本民主主義人民共和国)の過去に起こった政治思想改革(?)
異常なまでの検閲主義と思想統制で国内に様々な後遺症を残した黒歴史的一幕。(略して“文改”)
第一次と第二次があり、第一次文改の時代に国名を「日本民主主義人民共和国」とした。


文明改革検閲隊:文改時代に文化作品等の取り締まりを行った特別警察隊。
「反社会的」とされたあらゆる媒体、作品を摘発、弾圧を行った。


日共政賛会:正式名称は『日本民主共和主義政治賛同会』である。
文改を推進した政治結社の名前であり、国旗と国名の変更や検閲体制の推進、さらに様々な創作活動の規制と過去の創作作品の「焚書」を実行した。
『漢字名廃止法』の施行を主導したのも彼らである。
後に文改時代の大連立政権の代名詞ともなる。 別名「ネガマル」とも呼ばれる。


ネガマル:第1次「文改」時代に日章旗の絵柄が白地に赤丸から赤地に白丸へと反転したことからこの逆日の丸をネガマルと呼んだ。
なお、この「ネガマル」は文改の終焉と共に元に戻ったが、日共政賛会の党旗として残ったため日共政賛会の別名ともなった。
ちなみにこのネガマルの旗が元の日の丸に戻った理由は政治的な意見と言うよりも、多くの国民が「この旗のデザインて下品でイヤだね」と言ったせいである。
子供の教育にふさわしいのは『裸の王様』が一番かもしれないという逸話である。


漢字名廃止法:第1次「文改」時代の代表的悪法の一つで、国民の姓名表記を全て仮名(カタカナ表記)に変更するとした法律である。
漢字の名字や名前は古い日本の差別的価値観を残しているので、これらを撤廃するのが目的とされているが、施行後は同姓同名の人間が増加したりするなど却って不便さが増したりした。
『漢字名復活法案』などの改正議論もあるが今更変えても返って混乱するとの意見もあり、改正の目途は立っていない。


『戸別に11人いる!』事件:モロボシ君の世界の日本で過去に起こった電脳テロ事件。
文改の世代がおこしたテロ事件としては最大級のものの一つである。
この事件の十数年後、テロの手段として使われた謎の小説『戸別に11人いる!』がベストセラーになり、なぜかそれが「ネガマル」の復権に繋がるという奇妙な事態になった。
元ネタは萩尾望都原作『11人いる!』と攻殻2ndの『個別の11人』の二つからです。


冬木エクスペリメント:二百年以上前から冬木市で行われている『実験』の名称(別名『聖杯戦争』とも呼ばれる)
1年前に『発生』した第5回の実験に一時帰国中のモロボシ君が関わった事で彼はあくまやブラウニーと知り合い、この事件の裏にある事情を知る事になった。
元ネタは言うまでもなく『Fate』シリーズの聖杯戦争です。


海鳴事件:モロボシ君の世界にある海鳴市で数年前に起きた数件の原因不明の怪事件の総称。
この事件にかかわった数人の少女たちが後年、二つの巨大多元世界政府首脳たちの頭痛の種になるとは誰にも予想できなかった。
元ネタはもちろん『リリカルなの○』の無印とA'sからです。


次元難民問題:モロボシ君の世界で約30年前に起こった特殊な難民問題や事件の総称。
これがきっかけで元々他の文明や人類の存在する世界との接触に消極的だった連合各国はさらにこのようなケースを忌避するようになったため、オルタ世界への援助にも消極的なスタンスを崩さない。
元ネタは眉村卓原作の『謎の転校生』より。


XOS計画:アラスカで行われているプロミネンス計画の一環としてモロボシが提案した計画。
X1やX2のデモを兼ねた試験運用や各国への提供と教導を行うのが主な内容である。
また各国の戦術機部隊の運用データを収集して、X1、2の完成度を高めると同時に次期OSであるX3(XM3)の開発用データも収集する。
帝国軍内でも同様の事が行われているが、相互にデータを利用して戦術機とその運用のレベルアップを図る意図もある。


X塾:帝国軍相馬原基地で行われている帝国軍・斯衛軍・国連軍の共同訓練と試験の別名。
『XOS』計画の日本版であり、事実上のX1の熟成と運用ノウハウ習得の中心でもある。
アラスカとデータを相互に融通することで更なる戦力の向上を図り、甲21号作戦に備えるのが目的。


『東京』:太平洋戦争以前から存続する古い歴史を持つ政治結社。
その成立は近代日本が成立する過程において一度破棄された首都移転計画が発端である。
日本を真の近代国家に変えようという理念の下、帝都を『京』から『東京』(旧江戸)に移そうという計画がかつて存在した。
(リアル日本ではそれがなし崩し的になされたが、公武合体に成功したオルタ世界では失敗したらしい)
彼らはその流れを汲む者達であり、政府、軍部、官僚組織、財界等に独自のネットワークを持っている。
現在は古泉議員がリーダーとなって佐渡島ハイヴを奪還した後の帝都・東京を中心とした日本復興計画を模索すると同時に、将軍復権による政治的バランスの変化を読みながら自分たちの取るべき道を探っている。
元ネタは『ひぐらし』に出て来る『東京』です。(従って彼らもそのうち…)


旧五摂家:幕末まで五摂家に含まれていた『一條家』『二條家』を指す。
京都陥落で自分たちの将来に不安を覚え、かつての地位を取り返すべく悠陽の追い落としを画策する。


ウルトラ念力:モロボシ君のメガネにインストールされた秘密兵器ソフトの名前。
その内容はと言えば、ミニコマを端末に使って戦術機の管制システムを乗っ取り、自由に操るハッキングシステムである。
聞き分けのないお子様たち(主にタリサとかクリスカとか)をどうにかするために使われる事が多い。


ポテトモンスター:モロボシ君が仲間たちに依頼して作ってもらったTV用アニメ。
食糧危機に陥った世界で“ポテトモンスター”と呼ばれるイモの怪物が出現し、“ポテモンハンター”と呼ばれる少年少女たちがそれを捕獲して食糧危機から世界を救うというお話であったりする。
ちなみに主人公の飼っている捕獲用モンスターは光るモグラの『ピカモグ』だそうな(笑)


月の境界:ポテモン同様モロボシ君が並行世界の仲間たちに作ってもらったTVドラマである。
全編フルCGで製作されているが、オルタ世界の人々には完全に実写だと思われている。
その内容は、名門旧家の息子とその妹や使用人、そして自分を吸血鬼だと名乗る謎の美女や吸血鬼を追う謎の先輩たちが織りなすサスペンスホラー的なラブロマンス…と言った感じの物語である。
ちなみに主人公たちと同姓同名の人間が何故か並行世界の型月区三咲町にいるのだが…モロボシ君曰く『このドラマはフィクションであり、実在の人物、団体、組織とは一切関係ありません』だそうだ。
「しらじらしい…」(シオン・エルトナム談)


V計画(ボーカロイド計画):モロボシ君の世界の支援者たちが自らの欲望を実現…ゲフン、いやもとい霞の素晴しさを世界に知らしめようという理想に基づいて始められた計画である。
その内容は霞の姿と声をモデルにした(というかそっくりの)ボーカロイドを作成して芸能界デビューさせようという物である。
(同時に当然PCソフトやゲーム版の発売もアリ)
本来この計画は横浜やアラスカの綺麗どころ全員が対象だったが「ワタシの何処にそんな事をしてる暇があるのかね?」というモロボシ君の言葉で凍結されていた。
それでも諦めきれない支援者のオファーを受けた駒之介駒太郎が悠陽と霞だけでもと秘かに準備を進めて実現した物である。
(ちなみに悠陽の方は真耶さんに見つかったために実現はしませんでした)
ちなみにモロボシ君はこれを使って双方の世界でお金をもうけて計画の運用資金に充てるつもりだが、香月博士にかなりの部分を差し引かれる事になりそうである。



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