第38話 「さあ、おとぎばなしを始めよう(後)」
【2001年3月28日 アメリカ合衆国・ワシントンD.C.】
合衆国大統領ロバート・コルトレーンは目の前の光景に困惑していた。
(ここは確かホワイトハウスの執務室…つまりこの私の仕事場の筈だったな。 確か今日はホワイトハウスに一般の見学者を招く予定日ではなかったと思うが…ブロードウェイのショウダンサーやコメディアンを誰かが招いたのか?)
「オマエハオマエヲシンジナサイ、ホレシンジナサイ、ホレシンジナサイ…」
黒のスーツと黒ネクタイ、黒眼鏡…全身黒づくめの男たちが意味不明な歌を唄いながら輪になって踊っている。
そんなシュールな光景を執務室に入った瞬間に見てしまったのだから困惑するなと言う方が無理な相談であったろう。
そして警護のシークレット・サービスたちが慌てて彼らを取り押さえ連行して行った後、自分の机の上に置いてあった1枚のメモに大統領は気付いた。
『カイザーの物はカイザーに、アメリカの物はアメリカに返却します。
M-78』
少し考えた後で大統領は秘書官に彼らの詳しい調書を出来るだけ急いで直接自分に持って来るように指示し、自分の友人に連絡を取り始めたのであった。
【4月2日 土管帝国・某所】
《モロボシさ~ん、こっちの準備は出来ました~~~》
「そうか、それじゃあそのままスタンバイしておいてね」
《は~い》
≪マスター(管理者)、重力制御システムやスタビライザー等のチェックは終了しています。 こちらの作業も間もなく完了するでしょう≫
「こっちはかなりデリケートな作業になるからね、念には念を入れてやってくれよオシリス」
≪そう思うならこんな狂った作業内容を設定しなければいいでしょうに、マスター(管理者)の妄想を基に作業を行う私の身にもなってください≫
…どの口が狂った妄想云々を言ってるんだろうねこのイカレAIは。
《モロボシは~ん、予定のポイントにアメリカや国連の軍艦が近付いとるで~~》
「そうか、どうやら予定通りに行きそうだな」
≪いよいよマスター(管理者)の狂気の野望を世界に見せる時が近づいてきましたね…自分の恥を世界に晒す気持ちはどんなものですか?≫
そうだな…何故か目の前の狂ったAIを破壊したくてたまらない気分だね。
さて、いよいよ我が『土管帝国』が世界にその姿を晒す時が近づいて来た。
先日会社に侵入して私を拉致しようと試みたCIAの皆さんを逆に捕獲、そのまま土管帝国へ連行…もとい御招待して様々な接待をさせて頂いていた訳なのだが、このイベントの予告のために彼らを直接ホワイトハウスに送り届けてついでに私のメッセージを大統領に渡してもらったのである。
…当初彼らは軽いパニック状態だったが、薬物の投与や軽い催眠暗示、あとはタチコマくんたちの親切な接待等が功を奏したのか最終的には大変従順で大人しい人たちになってくれた。
やはり時間をかけた説得と接待こそが相互理解への近道だと確信した出来事だったな、うん。
私も自分の宴会芸を披露したり、彼らに歌と踊りを教えたりと苦労した甲斐があったというものだ。
(もっとも何故か先生と大堂大尉は私の事を生温かい目で見ていたし、月詠大尉と侍従長は氷点下の視線を向けてくれたが……何時かは解ってくれるだろう、多分)
そしてそれと並行してウォーケン上院議員ともコンタクトを取り、我が土管帝国が世界にその姿を見せる事とその場所や日時を伝えておいた。
それは結果として個人的な伝手で大統領にこちらが何をするか教える事となり、彼の指示で国連軍所属の米海軍の軍艦が東経160度のナウル共和国近海に向かう事となった訳だ。
そしてもう一か所、国連と合衆国の宇宙軍が駐屯している“ある場所”の方にも注意するようにと伝えてあり、そちらの方でも緊張が高まって来ているようだな…そろそろ頃合いか。
「ジェイムズくん、帝都城と横浜基地のチビコマたちに回線を繋ぐように言ってくれ。 もうすぐ始まるぞ」
《心配せんでももう言うてあるで~~》
…よろしい、ではカウントダウンに入ろうか。
【太平洋上 東経160度付近】
「…ふむ、まもなく予定時刻か」
戦艦“ミズーリ”のアダムス艦長は誰に言うともなくそう呟いた。
つい数日前、ハワイから出港しようとしていた自分の艦に突然意味不明な航行スケジュールの変更が伝えられた時はさすがに温厚な紳士で知られるアダムスも怒鳴り声を上げそうになった。
だがそれが国防省でも国連上層部でもなく、事実上大統領からの指示に基づく命令であると聞いた彼はそれ以上何も言わずに命令を受諾した。
(さて、一体この海域で何が起きるのだろうな?)
彼はこの任務にあたって戦術機3機を“ミズーリ”に艦載し、特殊部隊の準備も怠らなかった。
彼に与えられた命令は“この海域で起きる『異常事態』の映像をリアルタイムで国連及びワシントンに流すように、そして出来るだけ戦闘を避けるように”というものだった。
だがしかし、どんな事態が発生するのかも分からないのに戦闘の準備をしないという訳にはいかなかったし、他の艦船(豪州や太平洋諸国)へのけん制が必要となるかも知れない…それらを考慮しての判断でもあった。
「! 艦長! レーダーに反応が…何だこりゃああ!!!」
突然、レーダー管制の士官が頓狂な声を上げた。
「どうした、一体何が…なんだあれは!?」
レーダー管制官の方を見ようとしたアダムス艦長だったが、しかし彼は艦橋の窓から見えた光景に一瞬思考を停止させた。
そしてそれは同じ光景を見た全ての人間がそうであった。
…空の上に突然、巨大な釘か画鋲のような物が現れたからである。
「馬鹿な…」「おお…神よ…」「何だこれは…」「まさかBETAの…」
「落ち着け、諸君」
艦橋にいる全ての人間が困惑と不安の声を上がる中、アダムス艦長の落ち着いた声が響いた。
「副長、ワシントンと国連本部への回線は繋がっているか?」
「はい艦長! 回線は正常に繋がっています!」
「そうか、では向こうもこれを見ている訳だな… 副長、ワシントンのベイツ提督を呼び出してくれ」
「了解!」
「チーフ、なんか上の方が騒がしいですね」
ミズーリの厨房でコック見習いのティムが自分の上官にそう言った。
チーフと呼ばれた男は無言のままブイヤベースの鍋を見ていたが、ティムのその言葉にちょっと首を傾げてから質問に答えた。
「今回の出港は突然の予定変更によるものだったからな、おそらくその特別な任務の場所にでも辿りついたのかも知れんな」
「へえ? それじゃアンタの出番かもしれないなチーフ」
そう言ったのはこの厨房の古参であるデーブだった。
「え? どうしてですか、デーブ軍曹? 何でチーフが…」
「ティム、デーブ、無駄口を止めて仕事に励め」
ティムの質問を遮るようにそう言ったチーフは夕食のオードブルの支度にとりかかった。
彼は心の中で思っていた。
今更自分の出番などある筈がない…あの日、オペレーション・ルシファーの後で情報将校を殴った事で自分の軍歴は終わったのだ。
今の自分は恩人でもあるアダムス艦長の下で好きな料理に没頭するただの料理番に過ぎない。
それにこの艦の艦長、アダムス大佐は冷静で優秀な判断力を備えた人物だ。
今更自分が出しゃばらなくても彼と彼の部下たちならどんな困難にも立ち向かえる筈だ…
チーフと呼ばれる男はそう思っていた……しかし数時間後、彼のその予想は裏切られる。
他ならぬアダムス艦長の命令によって、チーフことケイシー・ライバック曹長は前代未聞の突入作戦を指揮する事になるのであった。
【同時刻 土管帝国・某所】
≪マスター(管理者)、間もなく先端部分が海面に接触します≫
「慣性制御の方はどうだ? 負荷は大丈夫……みたいだな」
《モロボシはん、なんでこんなハデな真似せなアカンのや?》
《いくらボクたちの技術でもこれは相当に危険な賭けになると思うんですけど~~?》
「成功率は95%以上だろ? そんなに心配しなくても大丈夫だって」
≪普通この手の作業で2%以上の危険性があったら即座に中止になる筈ですが…どうやらマスター(管理者)の狂った脳味噌にはその程度の常識さえも残ってはいないようですね?≫
黙れやこの痛コン(痛いコンピューター)が! てめえに狂っただの常識がどうしただのと言われる筋合いだけは断じてないぞ!!
「仕方ないんだよ、思いっきりド派手にやらないとこっちのすることを無視したり逆に強硬策に出たりする国や人がいるからね…彼らを牽制するのと、この土管帝国の存在を全世界に知らせるにはこれくらいやらないとね」
《ふ~ん…》
《ホンマかいな~?》
≪建前はともかく本音はどうでしょうね?≫
……ふっ、所詮はポンコツか…男の浪漫がわからん不良AI共が。
「ほらほら君たち、無駄口はいいから作業続行!!」
《は~い》《へ~い》
≪先端部の海面接触まであと11秒、10・9・8・7・6・5……≫
【ワシントン ホワイトハウス・大統領執務室】
執務室でその映像を見ていた全員が驚愕と恐怖で金縛りになっていた。
おそらくはその直径が数十kmに及ぶであろう巨大な円盤が突然空中に出現しその中央から下がった針先のような先端が海面に着水、ゆっくりと沈んでいく様子を見せられているのだから無理もなかった。
「なんという…」「これは果して…」「BETAの仕業ではないのか?」「いや、これはそうは…」
混乱しながらも状況を分析しようとするスタッフを横目で見ながらコルトレーン大統領は自分の思考の中に没入していた。
(“自己紹介”か…確かにこれはとんでもない自己紹介になるな。 そして同時にこれは我々に対する警告とデモンストレーションか…アーネストやDr.香月の話から考えても第5計画の危険性を訴え、変更を促すための…だがこれだけではない筈だ。 もう一つの場所には一体…)
「大統領!」
「! どうしたね?」
スタッフの一人が叫び声を上げたために慌てて思考を中断した大統領に、その叫んだ男がもう一つのモニターを指さして言った。
「…こちらにも来たようです」
(!これがそうか…成程な、確かにこれなら第5計画の修正案となり得るかもしれん!!)
もう一つの場所を映す映像を見た大統領は心の中で密かにそう叫んだ。
【月周回軌道上・ラグランジュ3】
「…なんだあれは!?」
オルタネイティヴ5の移民船建造に携わる米宇宙軍のデーヴィッド・ボーマン中尉はその光景を呆然と眺めていた。
数日前に突然このL3で異常事態が発生する可能性があると言われ、しかも具体的に何が起きるのかは知らされずにその状況をリアルタイムで地球に中継しろと命令された時は危うくその場で暴れそうになったのを懸命にこらえた彼だった。
自分たちがいるのは真空の宇宙空間であり、地球上の常識が通用しない場所なのだ。
そこに異常事態が発生するのに十分な情報も与えられず、撤退どころか実況生中継をしろと言われればキレそうになるのも無理のない話である。
(地球のオフィスにいる連中はここがどんな場所か分かってないだろう!!)
その魂の叫びを腹の中に呑みこんでいざという場合を想定して様々な備えをしてきたボーマン中尉は、その自分の対策を嘲笑うかのように出現した物に驚き、そして呆れていた。
彼の視界に見えるモノ…それは全長が数十km、太さが1万メートルもある巨大な円柱であった。
そしてその円柱は1本ではなく、実に十数本もあった。
そんな非常識な物が何の前兆もなく突然自分たちの目の前に出現したことにボーマンは内心で動転しながらも、その映像を地球に送るべく作業を続行していた。
(ファック!……お偉いさんたちはこれを知ってたのか? だったら教えてくれてもいいじゃないか! 一体これは何なんだ!!)
ボーマンが心の中で漏らした不満は、しかし的外れであった……彼の言う“お偉いさん”たちも殆んど何も知らされてはいなかったのだから。
【土管帝国・某所】
《モロボシさ~ん、L3の方は無事に作業が終わりました~~》
《土管コロニーの回転速度もちゃんと安定しとるで~》
「そうか、じゃあ残るはこっちの作業だけ…か」
≪慣性制御システムはまだ解除出来る段階ではありません、海上メガポートの部分が海面に着水するまであと3分……静止軌道上のスペースポートの位置と速度は安定しました、軌道エレベータのタワーに異常負荷がかかる可能性は間もなくコンマ以下に下がります≫
「さすがに全高36,000kmもあるタワーを一夜で建てるとなると大変だな」
≪人ごとのように言っていますが一体だれの発案だったでしょうね?マスター(管理者)?≫
…もちろん言い出したのはこの私だがね。
さて、説明しよう。
まず我々がL3に出現させた巨大な円柱状の物体、これは我が土管帝国の建設した国土『土管コロニー』である。
基本的には全長50Km、直径が10Kmの巨大な土管をベースにしたスペースコロニーだ。
これが我々が用意した“人類の避難場所”である。
従来人類が考えて来たスペースコロニーはもっと小さく、材質も金属系の物が使用される事が予想されたためにあまり長期間に渡って人間を収容出来る代物ではなかった。
(おそらくガ〇ダム等で出て来るスペースコロニーは同じシリンダー型でもこれより小さく、使用期間もせいぜい半世紀程度だろう)
だが、この巨大土管をベースにしたスペースコロニーはメンテさえ怠らなければ優に300年以上は使える代物なのだ。
土台となった土管の強度や耐久性だけでなく、その基本構造に組み込まれた宇宙空間においての吸廃熱機構やエネルギー源となるソーラー発電システムの性能や耐久性もそれに準ずるのである。
そして今回L3に出現させた土管コロニーは、我々が人類に提供する難民キャンプの第1弾という事になる。
同時にこれは我々の目的と役割を一目で(解る者には)理解できるようにするための物でもある。
おそらく横浜基地でこれを見ている筈の香月博士やワシントンのコルトレーン大統領には事前に提供した情報と合わせれば即座に理解出来る筈だ。
そしてもう一つ、太平洋上に出現させた巨大な画鋲の正体だが…あれはつまり軌道エレベーターの基底部分だ。
直径50kmの円盤型メガフロートに海底に固定するための巨大な杭をつけた物が空中から降りて来たために巨大な画鋲に見えたのだが、実はちゃんと上の方にはエレベータ塔もついている。
その基底部から軌道上の遠心ブロック兼スペースポートまでの長さは実に36,000km以上になる。
何故こんな物が必要なのかと言えば、その理由は我々の計画で地球から避難させる人間の数が多過ぎるせいである。
従来の第5計画の10万人という人数ですら、シャトル等の手段で宇宙に上げるとすれば途方もない燃料や人員を必要とする事になる。
(はっきり言って第5計画が10万人しか脱出させられなかった本当の理由は宇宙船よりもむしろこっちの方だったのではないかと私は考えている)
だが、この軌道エレベーターであれば遥に多くの人間を効率良く宇宙に運ぶ事が出来るのだ。
そして静止軌道上(正確にはそれより少し外側)にあるスペースポートからラグランジュ点の土管コロニーまでは現在第5計画が建造中の宇宙船をシャトルとして使用すればいい。
メビウスを使って地球上の人間を片っ端からコロニーへ送るという手段もあるにはあるが、あくまでこの世界の人類が可能な限り自力でそこへ行く方が望ましいという点からこの軌道エレベーターの設置を決めたのだ。
問題はこれをどうやって設置するかだったが、下手にメガフロートだけ設置してエレベーターの建設などやっていたら何年かかるか分からないし、妨害等も予想される…そこで私は一計を案じた。
まずエレベーター全体を宇宙空間で建設し、それをそのまま地球に突き刺す方法を取ったのだ。
…いやそんなおかしな生き物を見るような目で見ないで欲しい。
確かにそんな事をすればタワーが崩壊するだろうと言いたいのだろうが、我々のテクノロジーをもってすれば決して不可能ではないのだ。
メビウスシステムを使った重力や慣性の制御によってゆっくりと先端部を海面に下ろし、そのまま海底に突き刺して固定させる…円盤状のメガフロートが海抜0に達した段階で静止軌道のちょい外側でバランサー役を務めているスペースポートの牽引する力とマッチさせて安定した状態へと持って行く…うん、別にどうという事のない作業だな。
≪こんな常軌を逸した作業をやらせておいて言う事がそれですかマスター(管理者)、あなたには一度常識や節度というものについての再教育が必要ですね≫
…本来スクラップになっている筈のポンコツが何か言っているようだが気にする必要はないだろう。
さてどうやら無事メガフロートは海上に設置出来たし、スペースポートも軌道上で安定しているようだ。
そして軌道エレベーターのタワーにかかっている負荷も充分耐久可能な範囲に収まっているな…取りあえず作業は成功のようだ。
「御苦労だった諸君、どうやら今回の作戦は成功したようだ」
《わ~い、ぱちぱちぱち~~~》
《あ~ホンマしんどい作業やったなあ~~》
≪出来れば次の作戦までにマスター(管理者)に常識を教える時間があるといいですね≫
…常識を教える時間だと? 生憎だがこれからもっと非常識な作戦が待っているんだこの私には。
まあ、それはアラスカに行ってからの話だが…そんな事より地上の皆さんはどうしているだろう?
【ホワイトハウス・大統領執務室】
「大統領、“ミズーリ”のアダムス艦長から連絡です。 突如現れたあのタワーにメッセージらしきものが書かれていると…」
自分が信頼する軍人の一人であるベイツ将軍にそう告げられたコルトレーン大統領はモニターにそのメッセージを映すように指示した。
そしてやがて映し出された映像には天まで届く塔に書かれた文字が見てとれた。
この塔を全ての人類で共有せよ
塔に書かれたメッセージを大統領とそのスタッフたちは無言のまま見詰めていた。
【国連軍 横浜基地・B19F】
「ア~~~ッハッハッハ~~~~ッ!!!!」
香月夕呼は腹を抱えて大笑いしていた。
「何これ!? 凄いじゃない! あ~~んな高い塔を突然空中に出現させてそれを海底に突き刺して安定させたってえ~~~!? なんてことしてんのよあのコウモリは~~~? 物理法則とかどうやって誤魔化してるのよまったくもう!!」
そして一頻り笑い転げた後、突然冷静な顔になった夕呼はモニターの中で起きた現象について考え始めた。
(空間転移、慣性制御、抗重力…それら全てを使えなければ不可能な芸当よねえ? やってくれるじゃないのあの男! 一体どんなテクノロジーとエネルギーを使っているのかしら? そしてあのタワーとL3のデカブツ……成程ねえ、それがアンタの第5計画修正案て訳ね。 確かにあのでかい土管の数さえ揃えれば理論上は全人類を避難させることも可能だけど…まあいいわ、どっちみちアンタの計画はあたしの計画が終わった後でなきゃ出番はないだろうし、あたしはアンタの計画に出番を与えるつもりは毛頭ないのよコウモリさん? アンタとアンタの持ち札にはあたしの計画の肥やしになってもらうわよ。 それでも不満はないでしょ? お互い“目的だけ”は完全に一致しているようだしね…フフ…フフフフフ……)
一人思考に耽りながら不気味な笑い声を洩らす天災科学者を2匹の小動物が怯えながら見詰めていた。
《霞ちゃ~ん、ボクあの人怖い~~~》
「……大丈夫です、いつもの発作ですから」
その言葉に心ひそかに傷つく夕呼であった(ひどいわ霞まで…)
【帝都城】
煌武院悠陽とその臣下たちは土管帝国出現の瞬間を駒太郎の投影映像で見ていた。
「ついにやりましたね、諸星…」
「ぐうむ…大したものだ」
「はい、この斑鳩も中将殿の見舞いも兼ねて近日中に訪れてみとうございますな」
「…ですが皆様、これで彼の国が何もせぬとは思えませぬが?」
悠陽、紅蓮、斑鳩らが口々に感嘆の言葉を述べる中で月詠真耶が懸念の言葉を口にした。
「うむ、確かにこの巨大なエレベーターとあのスペースコロニーをそのままにしておく米国ではあるまい、もっともそれを見越して鎧衣には国連の珠瀬に繋ぎをとってもらっておいたがな」
「また珠瀬には色々と難しい交渉をしてもらう事になりましょうが、あのコロニーとエレベーターは世界全ての民を救うための物…その事を米国にも解らせねばなりますまい」
「されど、果して彼の国はそれで良しとするでしょうか?」
その月詠大尉の言葉に少しの間沈黙した後、煌武院悠陽はこう言った。
「我らは皆、彼の者…諸星によって試されているのかも知れません。 果してこの世界の人類…即ち我らが彼の者が垂らした蜘蛛の糸を断ち切るような愚を犯さずに天に昇れる者達であるのか否かを」
悠陽のその言葉に紅蓮と斑鳩は厳粛な顔で頷き、月詠と侍従長は憤懣を堪えた顔を見合わせて次はどんな仕置きが必要かと目線で相談を始めていた。
この日、世界にその姿を見せた土管帝国の建造物…『ザ・タワー』と名付けられた軌道エレベーターと『シリンダー』と名付けられた土管コロニーは米軍によって一時的に占拠されたものの、そこに書かれたメッセージが国連や世界各国の首脳たちに知れ渡ったことにより、国連軍の管理下に置かれることが後日決定する。
そして世界各国はこの巨大な建造物とその創造主を巡る情報戦に入っていく事になるのである。
【2001年4月5日 アメリカ合衆国 アラスカ・ユーコン基地】
「ようこそユーコン基地へ、イノカワ少佐、モロボシ大尉」
輸送機から降りた私と猪川少佐を出迎えたのは眼鏡の美人さん(ハルトウィック大佐の秘書官)だった。
アレから3日、国連の上層部ではてんやわんやの大騒ぎだし各国も情報収集に余念がない。
だが完全に整備が行き届いた軌道エレベーターとスペースコロニーの中を調べた米国は、これを第5計画に組み入れるかどうかを真剣に検討し始めたようだ。
当然の事として米国の諜報機関は大統領に叱責されるとともに、この私に関する情報収集を本格化させる事になった。
そして私はといえば…
「ああ猪川少佐、あとでちょっと歓楽街の方に行ってきますので」
基地の建物に向かう車の中で私は猪川少佐にそう切り出した。
「昼間から酒か? 仕事を放り出すとは感心せんな」
「いえ、実はこれも仕事の内でして」
「ほお? 何の仕事かね?」
「そうですな…舞台装置の準備でしょうかね?」
帝都、横浜、このアラスカ、そしてニューヨークとワシントン…これらを舞台に私は大芝居を打たねばならないのだ。
だが、このアラスカにはまだ私の仕事と趣味を兼ねたフィールドが存在していない…今後の仕事やお楽しみのためにも是非必要な物を見つけにいかねば。
今日からここで『XOS計画』が始動する。
そして我が土管帝国の活動も…
さあ、始まりだ……我々の作る“おとぎばなし”の。
第39話に続く