凄惨さを極めた太平洋戦争の戦いの中、地を這い泥を啜ってでも戦い続けた日本兵は数多かっただろう。しかし、彼ほど一人で強烈な印象を残した兵士は他に早々思い浮かばない。
映画ランボーも怖くない鬼神の如き白兵戦の戦果を挙げているのだが、あえてここは彼の不死身とも言えるタフさに注目しよう。
軍医に自決用手榴弾を渡される程の怪我でも翌日には不思議と回復している。
傷口に火薬を注ぎ込むことでそこに湧いた蛆を退治。
敵前哨陣地を突破して米軍指揮所テント群に突進した時には大小24の傷、そのうち重傷5という有様だった。
この時自爆失敗したのは頸部を撃たれ昏倒したからであるが、この時米軍医に戦死と判断されたにも関わらず三日後に息を吹き返した。
人間離れというレベルではないとそう評する以外ない。
個人的武勇の噂だけで米軍全体の士気を低下させた男、舩坂弘は2006年2月11日に静かに天寿を全うした。
そう、そのはずだった。
『私は身を持って知っていただけだ。「もうダメだ」なんて状況も意外になんとかなる、とね』
後年、その出来事をしみじみと思い出してただこう一言語ったという。
彼の第二の人生は深い闇の底から始まった。
散々死線を彷徨った彼だったが、こんな経験はない。
舩坂は幸運なことに畳の上で命数を尽くしたはずだったのだ。底の見えない程深い、それでいて甘美な眠りに引きずり込まれたのに、どうしたことか彼の意識は再びはっきりと覚醒し始めていた。
――やれやれ、起きたら三日経っていたりしないだろうな。
半分冗談、半分不安な笑みを浮かべながら瞳を開くが、そこは暗闇であった。本来見えるべき天井などどこにもない。
それも、感覚的には直立しているのに足の裏に地面の感触がない。宙に浮いているような感覚だ。
地獄にでも落ちたのか、と思ったがそれにしては平和すぎるし、閻魔大王に会った記憶もない。
はてどうしたことかと顎に手を添えようとして腕を持ち上げたその瞬間、柔らかな感触が手に伝わった。同時に、胸部でなにかがぶつかった感覚も起こる。
酷く、嫌な予感が舩坂の体を駆け巡る。恐る恐る自分の身を見下ろすと、たわわに実った双丘がある。
「な、なんだこれはっ!」
叫んでみてまた驚く。声が高い。まるでというよりそのまんま女性のそれである。
慌てて全身を見回す。
身にまとっているのは飾り気がない真っ黒な衣服一枚。しかしぴっちりと纏われておりその幻惑的な体のラインが浮き出ている。さらに舩坂が頭を動かすのと同時に揺れるのは銀の長髪。
「……ありえん」
それでも、認める他なかった。
舩坂弘は女になっていた。それも、彼視点でのいわゆる外人である。
金属と金属の当たる音が室内に響き、コンクリートに反響する。
「っ! ……なにもんだてめぇ。管理局の魔導師か?」
ルーデルにハンマーのような形をしたデバイスを受け止められた後すぐさま退いて距離を取ったのは、ボロボロになったなのはに止めをささんとしていた少女だ。
敵意をむき出しにしたその視線を受けながら、ルーデルはゆっくりとスツーカを眼前に構えなおす。
「なに、好敵手にして、友達さ」
「ちっ!」
不敵な笑みをサービスしてやると、相手は舌打ちした後、ビルの外へ脱出を図る。
「残念だが私の前にきた以上はそうやすやすと逃がしはしないぞフロイライン!」
「うっせぇ! 誰が逃げるか!」
「ユーノ、なのはの怪我は任せた! さあ久しぶりの空だぞスツーカ!!」
「Yes, sir.」
一言残し、ルーデルは赤い衣服を纏った少女を追って飛び出す。
しかし、一瞬だけ彼女が視線を寄越し、好戦的ではない穏やかな笑みを浮かべたのをなのはは見逃さなかった。
「ルーデル……ちゃん?」
「ごめんなのは、遅くなっちゃった」
「ユーノくん!?」
呆然としていたなのはをはっとさせたのは、かつてジュエルシード事件で友となったユーノ・スクライアだった。
なのはの治療を行いながら、ことのあらましをユーノは説明する。
「ルーデルの裁判が終わって、なのはに連絡しようと思ったんだけど繋がらなくて、調べたら謎の結界が海鳴に張られてたってわかったんだ。そしたらルーデルが『なのはになにかあったら一大事だ! 解析している暇はないぞさあ出撃だ!』って騒いでね、とりあえず僕らだけ送ってもらったんだ。まあ今回はルーデルのおかげで助かったみたいだけど」
「そっか……ふふっ」
「なのは?」
突然笑い出した彼女に、ユーノは首をかしげる。そんな彼にごめんと謝ってから、なのはは内心を吐露する。
「なんかね、ルーデルちゃんらしいなって思ったの。それに、ちょっとだけ嬉しいなって」
「確かに、ルーデルだったら『敵に違いない出撃だ!』しか言わなそうだしね」
「うんうん。でも、わたしのこと気にかけてくれたんだなって思うと、やっぱり嬉しいよ」
ユーノは笑顔だけを浮かべ、なのはの治療に専念する。
心地よい治療魔法のぬくもりを感じながら、なのははルーデルとの出会いを思い出す。彼女と出会ったのは春だった。今は12月で、夏も秋も通り過ぎて冬になってしまっている。ビデオメールのやり取りをしていたとはいえ、正直なところ不安で一杯だった。
だけれど、ルーデルはいつもどおりで、心配していた自分がバカらしくなってしまった。
彼女は、相変わらず凛とした瞳を持った空の似合う女の子だった。
ビデオメールで、ルーデルの精神が実は違う世界からの来訪者であることを明かされた時は驚いた。ルーデル自身は未来に来たと思っていたらしいが、この世界の地球には「ハンス・ウルリッヒ・ルーデル」と言う軍人がいた記録がなかったので、よく似た平行世界から精神だけやってきたのだろう、とリンディ達が判断したらしい。
はっきり言ってなのはには難しいことだったが、彼女が最後に言ってくれた一言だけはよくわかるし、今思い出しても笑ってしまう。
『だが、そんなことはどうでもよろしい。今の私に必要なことはプレシア・テスタロッサの娘でルーデル・テスタロッサということだけだ』
本当になんでもないことのように言ってのけた彼女は、いつものように笑顔で、ユーノと共にあっけにとられた後に大笑いしたものだ。
だからなのはも平行世界がどうたらこうたらというちんぷんかんぷんな部分は、彼女を見習って「どうでもよろしい」ことにした。必要なのはたった一つだから。
――わたしとルーデルちゃんは友達だもん、ね。
そっとなのはは目を閉じる。体の傷はユーノにより徐々に癒えている。
――はやく、わたしも行かなきゃなぁ。
さっき助けてくれたルーデルのお手伝いをしたいとなのはは切に思うのだった。
なぜなら、二人は友達だから。
ユーノになのはを任せたルーデルは赤い少女た相対していた。
少女は意外に手ごわく、戦い慣れしているのか地力が高い。まあ、あのA-10性能(ルーデル主観)であるなのはを追い詰めていたことからもわかるのだが、こうして戦ってみると肌で感じる。
「だが、私とスツーカには敵わん!!」
赤い少女の飛ばしてきた鉄球をスツーカで打ち払いながら、自慢のスピードで一気に肉薄する。
「くっ……ちょこまかと!」
「機体の性能を最大に生かしただけだ!!」
赤い少女は射撃は間に合わないと判断したかハンマーを振りかぶり、ルーデルもサイス・フォームのスツーカを構える。
「つぶれろ!!」
ハンマーが空気を切って振るわれる。だが、それが敵を打ち据えることも、受け止められることもなかった。
ただ文字通り空気を切ったのだ。
「Sonic move.」
「なっ!?」
スツーカがコアを点滅させると同時に、ルーデルの姿が視界から消える。
「どこ行きやがった!?」
左右と背後を見回すがルーデルの姿はない。
もしこの時ルーデルを知る人物が少女の味方であればこう叫んだであろう。
「上だ!!」
「っ!?」
だが、声はルーデルのもので、咄嗟に空を見上げた少女にはもう彼女の急降下砲撃を避ける暇はなかった。
少女の青い瞳に、月を背に笑うルーデルの笑顔が写りこむ。
「ははははは! 言葉をそのまま返そう『つぶれろ』とね!」
だが、事態は中々上手くいかないものだった。
「させん!!」
「むっ!?」
「ておあああああああ!!」
ほとんど少女の至近距離で撃ったルーデルの砲撃。チャージ時間がないため威力は全力に遠く及ばないとは言え、体のスペックが高いルーデルである、並の魔導師であればノックアウトだし、相当の魔導師でも喰らえば無事ではすまない。
だが、砲撃の直前で少女とルーデルの間に割り込んだ筋骨隆々の男は、白い三角形の防御魔法で急降下砲撃を防ぎきったのだ。
「ざ、ザフィーラ!?」
「危なかったなヴィータ」
「ああ、あいつなんかやべぇぞ」
「わかっている、抜き打ちで俺の障壁をここまで削れたのだからな」
「まじかよ……」
「だが、我らは負けるわけにはいかん」
「だな」
一度後方へ下がったルーデルに対して油断なく構えるザフィーラは背後のヴィータと言葉を交わす。
一方で、ルーデルはアルフと合流していた。
「大丈夫かいルーデル!?」
「ああ、私は攻撃を受けていないからなにも問題はない。それと、だ。あっちの大男、なかなかやるな」
「確かにねぇ、ルーデルの一撃を防ぐなんて驚きだよ」
「ふっ、二回もやらせるつもりは私にはない……そこの男!」
次は決めると決意を固めて、ルーデルはザフィーラへ声をかける。
「なかなかやるようだが、その耳と尻尾はどうかと思うぞ?」
「それは余計なお世話だ。俺は人間ではなく守護獣だ」
「守護獣? ……なあアルフ、守護獣は使い魔なのか?」
「あー、うん。そんな感じじゃないのかい?」
「そうか……なら、あいつはアルフに任せるが、いいか?」
「もちろん! 任せてよ!」
どんと胸を叩いてみせるアルフに満足そうに頷き、ルーデルは再び空を翔ける。
「さあ! まだまだこれからだぞ!」
「へっ! あたしに勝てるってのかよ?」
「悪いけど、あんたにゃさっさと退場してもらうよ!」
「舐めるな!」
ザフィーラとヴィータが二手に別れ、それぞれが一対一の様相をみせた。ちょうどその時だった。
ヴィータを追っていたルーデルは首の後ろに微弱な電気が流れるような感覚を覚える。考えることもなく軍人の勘に従い、スツーカを防御するように前方上方へ向ける。
「紫電……一閃!!」
「っ!」
隼のように鋭く降りてきたのは長身の女性であった。
だがルーデルにはそのようなことに頓着している暇などなく、驚きだけが心を占めていた。
確かに敵の意表を突いたいい奇襲だし、急降下からの攻撃だという点は評価してやってもいいのだが、ルーデルは反応できていた。スツーカで女性の剣を受け止めたはずだったのだ。
それが、炎を纏ったその剣はスツーカの柄の部分を真っ二つにし、そのままルーデルを吹き飛ばした。
――なん、だとっ!?
制御が利かない体はビルに突っ込む。
「ううむ……」
久々に喰らった中々の一撃に唸るが、彼女の内心は穏やかでない。
――まさか、この私が急降下でやられるなど……屈辱だ!
「ルーデル大丈夫!?」
「ユーノか……なのははどうした?」
「取りあえず、あらかた終わったから今はフィールド型の治療魔法の中で大人しくしてもらってる」
彼女が飛ばされたのを見ていたのだろう、大慌てでユーノが飛んできた。
「そうか。私は大丈夫だ。スツーカも……よし、コアは無事だな」
「Recovery.」
スツーカは左右の手に別れてしまっていたが、幸いやられたのが柄の部分であり、魔力を流し込むことで再生させる。
「ユーノ……取りあえず結界をどうにかするのを任せる」
「ええっ!? でも、それだとルーデルが二人相手になるんじゃ……」
「ふっ、なに。先ほどは遅れをとったが、そう簡単にさっきと今とで変わられてたまるか!」
獰猛な笑みを浮かべ、女性とヴィータがいる方向をヴィータは睨みつける。
「私のスツーカはまだ空の戦いに敗れてはいない! さあいくぞスツーカ、この半年の成果を見せてやろうではないか!」
「Yes, sir.」
軽く腰を落とすと、そのまま弾丸のようにビルの外へとルーデルは飛び出した。
半年の間、ルーデルは無為に時間を過ごしたわけではない。鍛錬も怠らず、自分なりになのはに負けた原因を考えていたのだ。彼女が出した結論というのは、とても簡単ではあるが気づきにくいものであった。
つまり、魔法での空中戦は飛行機での空中戦とは似ているがやはり違うということだ。
もちろん、スツーカ乗りとして鍛えられた彼女の勘や技術、経験はバカにはならない。しかし、それは魔法ではない。
ルーデルはもう一度自身の体のスペックを見直した。
長所として上がるのは、魔力・速度・遠近対応可能な魔法の才。短所としてはとても心もとない防御力に、遠近共に超一流(遠距離のなのはなど)には劣るというところである。
急降下爆撃機であるスツーカとは運用が異なるのは明らかであるのだが、ルーデルは強く意識することはなく、その現実と彼女の思考の差異が、なのはとの戦いでの敗北を生んだのだ。
だから、ルーデルはこの半年、徹底的に魔法戦闘に自身を最適化することに費やした。長年の間に定着してしまった思考や体の動きを矯正するのは並大抵のことではなされず、半年やそこらで完了したなどと言う気も彼女にはない。だが、半年前とは全く違うと胸を張って言えるのは確かである。
伊達に「もう君と模擬戦はしたくない!」と叫ぶクロノをアルフと一緒に訓練室へ運ぶ日々を過ごしていたわけではない。
「やはり、無事だったか」
ビルから飛び出してきたルーデルに対して女性が零した。
「あいにく私は31回撃墜されても生き延びるような人間なのでね」
ちなみに、高射砲に落とされたのが30回で、なのはに落とされたのが1回である。
「先ほども、完全に決めたと思ったところにデバイスが割り込んできて思ったが、見かけによらず相当の手練のようだな」
「おいシグナム……」
なに敵と喋ってるんだと口を挟もうとしたヴィータを、シグナムは左手で制する。
「敬意を表して、お前の名とデバイスの名を聞こう」
「ルーデル……ルーデル・テスタロッサと、スツーカだ」
「Nice to meet you.」
不敵な笑いを浮かべながらスツーカを構えるルーデルに、シグナムも鷹のような鋭い眼光はそのままに薄く笑みを浮かべた。
「我が名はシグナム、そしてこれが愛剣のレヴァンティンだ」
「レヴァンティン……大層な名前だ」
沈黙が流れ、ルーデルとシグナムの視線がぶつかり合う。
先に動いたのは、息をついたシグナムであった。
「強者との出会いはとても心踊るが、残念ながら私たちには時間がない。レヴァンティン、カートリッジを」
「Nachladen.(装填)」
レヴァンティンの柄の上の辺りが煙を吐き出したりと動きをみせた。しかし、ルーデルは別の部分に対して眉をひそめる。
――いまのは間違いなくドイツ語……なるほど、どうやら次元世界はフリードリヒ大王の時代のように同じゲルマン民族でも国が分かれているようだな。
一方のシグナムはルーデルを真っ直ぐに見据える。
「二対一となることを、許せとは言わん。ただ、受け入れろ」
「なあに、戦争でそんなのは日常茶飯事だ。それに私の経験で言えば、敵が二倍ならまだ優しいものだ」
「ふっ……お前はおもしろいな」
一瞬瞼を閉じた後に開かれたシグナムの目の色は変わっていた。
「レヴァンティン!」
「Explosion.」
再び炎を纏ったレヴァンティンと共にシグナムが突っ込んでくる。
さすがに再びスツーカを一刀両断されるのは嫌なので、ルーデルは飛んで避ける。
「あたしもいるんだ忘れんな!!」
「むっ!」
だが、避けられることも織り込み済みだったのか、ルーデルの先にはヴィータが待っていた。
「面倒な!」
「うっせぇてめーが言うな! いくぞグラーフアイゼン!」
「Jawohl.」
ヴィータのデバイス、グラーフアイゼンをスツーカで受けるが、ルーデルはそのまま吹き飛ばされるようにして距離を取る。
「やってくれるな!」
「Photon lancer.」
だが、シグナムは追って来る。フォトンランサーを顔面めがけて発射するが、レヴァンティンに弾かれる。
ベルカの騎士二人と戦車撃墜王の舞踏は続く。
連携して獲物を追うシグナムとヴィータだったが、速さに自信のあるシグナムをも凌ぐ圧倒的速度と絶妙な射撃魔法の使い方でことごとく避けられてしまう。しかし、隙を見て反撃するルーデルも決定打は繰り出せない。
膠着状態が続いていた。
それでも、傍目に見て危うく見えるのはルーデルだった。
「ルーデルちゃん……」
ユーノの張った防御と治療を共に行うフィールドの中で、なのははぎゅっと手を握りながら呟いた。
自分があんなにあっさりやられてしまったあのヴィータというらしき赤い少女を圧倒しただけではなく、シグナムという女性と二人を相手にできてしまっているルーデルは凄いと思う。だけど、それだからこそ、今の自分の無力さが余計に悔しい。
『ユーノ! 結界の破壊はまだかい!』
『やってるんだけど……これ相当意地悪い構成で、一人だと解除まで凄い時間が取られる』
『よし、なら私が守護獣も相手するからアルフはユーノに協力を――』
『いくらなんでも君でも無茶だ!』
『バカなこと言うんじゃないよルーデル!』
『いや、最悪でも片足もげるくらいで済むと思うが……』
『『もっとダメ!』』
念話で厳しい会話が交わされている。
どうやらルーデルも相当苦しいらしくいつも以上に話の内容がぶっとんでいる(なのは視点)。
――わたし、は……
どうにか皆を助けなきゃと願うなのはの願いが聞き届けられたのか、それまで沈黙を保っていた彼女のデバイスがボロボロになりながら小さく語りかけてきた。
「Shooting Mode, acceleration.」
フレームが軋む音をたてながら、レイジングハートは砲撃体勢にその身を変え、桃色の羽のようなものも展開する。
「レイジング……ハート?」
「Master, let's shoot it, Starlight Breaker. (マスター。撃ってください、スターライトブレイカーを)」
「そ、そんなダメだよ! レイジングハートが壊れちゃう!!」
顔を青くしてなのはは首を振る。確かに、レイジングハートならこの結界を破壊することが出来るだろう。だが、今のままでそれをやれば、負荷でレイジングハートがどうなるかわかったものではない。
それをわからない彼女ではないだろうに、レイジングハートは毅然と、なのはに言い聞かせるように言い放つ。
「I can be shot. (撃てます)」
「で、でも……」
「I believe master. So please trust me, my master. (私はあなたを信じています。ですから、私を信じてくださいマスター)」
なぜだか、今までずっと手にもっていたのにぐっとレイジングハートが重くなったような気がして、なのはは力を入れなおし、そして構えた。
「うん……わかったよ。わたし、レイジングハートを信じる。だから、一緒に撃とう。みんなを助けよう」
「All right.」
なのはの足元に魔法陣が広がり、レイジングハートの先端に魔力が集まり出す。
「Count nine, eight, seven, sixe, five, four……」
徐々に大きさを増す魔力球と反比例してレイジングハートのカウントは減っていく。
だが、軋み続ける彼女の体にはスターライトブレイカーの負担は大きすぎる。
「Three, three……three……」
「レイジングハートっ?」
カウント減少が止まり、レイジングハートの音声もノイズが走った。
なのはは慌てて声をかけたが、レイジングハートはすました声で、答えるのだった。
「No problem. Count three, two, one……」
着々と時は進む。
「なんだかわかんねぇけどやらせるか!」
「やらせないよ!」
「くっ、邪魔を!」
「残念だが、私を無視して先に進めるとは思わないことだ!」
シグナムとヴィータはなのはの収束させた膨大な魔力に気づいているが、先回りしたユーノと後から追いついたルーデルが邪魔をさせない。
「おのれしつこい!」
「そりゃあたしは世界で一番の魔導師ルーデル・テスタロッサの使い魔だからね!」
ザフィーラの方はアルフが立ちはだかる。
相談もせずに始めたというのに、みんながなのはを援護するように動いてくれていた。
――みんな、ありがとう。
心の中だけで感謝を零す。言葉で言うのは、全部終わってからにしようと、そう思いながら。
なのに、胸のうちのその決意を知っていたのかのように、カウントの完了と同時に襲撃者は現れた。
「Count zero.」
「え……あ?」
体の奥底を貫かれた感覚と同時に、全身の魔力の流れが異常をきたす。
見下ろした先、胸のところからおそらく女性であろう手が生えており、小さな輝くなにかを握っていた。
なのはは直感的にそれがリンカーコアだと理解した。
――た、耐えなきゃ!!
術式の制御が揺らぎ、せっかく収束した魔力が霧散しかけるのを、どうにか耐える。
どうにか両足を踏ん張り、ふらつく体を支える。
――まだ、私はなにもしていない!!
震える左手を無理矢理動かしてレイジングハートを掲げる。
「スターライト……ブレイカー!!」
桃色の砲撃が天を割った。
なんとも奇妙な気分である。ドア一枚隔てた向こうからは、驚きとざわめきが聞こえ、ついため息をついた。
確かにルーデルは二回目の人生ではある。
――だがもう一度幼年学校……ではなく小学校だったか? それをやり直しというのもな……
先日ビデオメール越しではない出会いをしたアリサとすずかは、9歳とは思えない大人びた少女たちであったが、他の生徒全員がそうとは限らない。
が、ルーデルが同じクラスだと聞いたなのはがあまりにも喜んでいたため、リンディに断ることができなくなっていた。
「テスタロッサさん、どうぞ」
「はい」
それに、バリアジャケットの時は戦闘に集中しているので気にならなかったが、こうして「いかにも女の子」な服を着ているというのも慣れない。特にスカートなどは、なんだかんだで普段着もリンディやエイミィの推薦を交わしてズボンにしていたからしっくりこない。まだ、ロングスカートなだけましなのかもしれないが。
とりあえず半分は自業自得であるし、ここは肉体年齢に合わせて我慢するしかないかとルーデルは腹をくくり、教室の中へと入った。
まあ、相談なく決めてくれたリンディには受けてやってもいいかと思っていた養子縁組の話を報復として蹴ってやろうと心に決めたが。
教室に入った彼女を見詰める視線は、なのは、アリサ、すずかを除けば珍しい外人の転校生を興味深そうに見つめている。
――総統閣下に勲章を下賜して頂いた時のことを思い出すな。
懐かしい思いをかみ締めながら、教卓の中央まで到着すると、華麗にターンをして席につくこれからの級友たちを見回すように体の向きを変える。
「ルーデル・テスタロッサだ。これからよろしく頼む」
気負うことなく堂々と言い放ち、満面の笑顔を見せた。
――うむ、危うく敬礼をしそうになったがどうにか耐えたぞ!
内心でルーデルは自画自賛するが、どうにも反応が鈍い。
「…………」
なぜかみんな驚いたようにルーデルを見詰めるだけで、その視線を一身に受ける彼女もなんとなく動くのがはばかられてしまい、時がとまったようになる。
日本人にはない金髪が原因かと思ったけれど、視界に入ったアリサも金髪だし外人である。
内心でわからない疑問を抱えていると、そのアリサが苦笑を浮かべながら拍手をし始めた。すると、それがきっかけにあったかのようにクラス中に拍手が広がり、温かい歓迎の気持ちがルーデルに伝わってきた。
「……」
目の合ったアリサは得意そうにウインクをしてきて、ルーデルはそれに肩をすくめて返事をした。
ルーデルが私立聖祥大付属小学校にやってきて最初の休み時間。当然のことながら、珍しい外国からの転校生にこの年頃の子ども達が興味を抱かないわけがなく、彼女の周囲は人ごみができ、質問が飛び交っていた。
「どこから来たの?」
「ドイツだ」
「生まれたのは?」
「ニーダーシュレジエンという町だな」
「でも、あんまりドイツって感じの名前じゃないよね?」
「ああ、生まれはドイツだが私の親はイタリア系でね」
ドイツ出身というあたりは決して譲れなかったルーデルだった。
「好きな飲み物は?」
「うーん……牛乳かな」
「あっちの学校はどんな感じだったの?」
「それはだな――」
矢継ぎ早に繰り出される質問に対してもルーデルは如才なく答えていく。
「なんというか、思ったより心配いらなかったわね」
その人ごみを離れて見守るのはなのは、アリサ、すずかの三人で、アリサは頬杖をつきながらぽろりと零した。
背筋をぴんと伸ばしてどんと構えたその姿は、見た目の可憐さにはちょっと似合わずちょっと背伸びしているように見えなくもないが、彼女の口調が合わさるとかっこいいという形容詞がぴったりに思える。
「本当に堂々としてるね」
「まあ、ルーデルちゃんだからね」
感心したように言うすずかに、ルーデルが褒められて嬉しいらしいなのはが胸を張って答える。
「それにしても……男前よね」
「確かに、男前だね」
「それは否定できないの……」
頷きを交わす三人娘であった。
ルーデルが小学校に通い始めてから暫くたった夜。
なのはの魔力も完全に回復、リンカーコアも復調というその日、闇の書の守護騎士たちが発見された。修復と改良を行ったがまだ試運転もされていないそれぞれのデバイスを手に、ぶっつけ本番に及ぶ。
カートリッジシステムを搭載したスツーカとレイジングハートを掲げ、名前を呼んだ。
「スツーカJu87!」
「レイジングハート・サンダーボルト!」
彼女らは装いを変えると、それぞれのデバイスを構える。
「今度は、お話聞かせてもらうよ!」
「私の撃破スコアの一つに加えてあげよう! まあ、戦車でないのが残念だがな」
対するのは、相手の結界の内側とはいえこのままでは危険と判断して突入したシグナムに、発見されたザフィーラとヴィータ。
「気をつけろ、見たところ奴らのデバイスにもカートリッジシステムが搭載されている」
「そうだなザフィーラ。確かにデバイスの力の差はもはやないだろう」
「だけどよ……結局あの金黒女のが面倒なのは変わらないわけだろ?」
「ああ……あっちは私とザフィーラがやる。白い魔導師はヴィータ、おまえがどうにかしろ」
「心得た」
「へっ! 誰に言ってんだよ、一対一ならベルカの騎士に負けはねえんだ! お前らこそ足引っ張るんじゃねえぞ!!」
五人が衝突した。
相変わらずの闇の中に舩坂はいた。
「ふむ……」
もう女性の体にもこの空間にも慣れたもので、見えないソファの上で横になっているかのように浮かび足を組みながら、分厚い本を読んでいる。
本の名前は『夜天の書の取扱説明書』で、女性になって暫くに現状をどうにか教えて欲しいと思ったら手元に現れていた。とりあえずと試しに開くと前書きで、
『ページがある程度たまらないと出れないうえに、無限転生機能のせいで無駄に暇が多いし、もしかしたらなにか忘れてしまうかもしれないから、暇つぶしを兼ねてこんな本を作って置こうと思う』
などと書かれていた。はずれかとも思ったのだが、他にはなにもないのでとりあえず読み進めていたのだった。その結果わかったことは、読んでみてよかったということと、現状はそうとうやばいということだ。
この本の作者は舩坂の体の持ち主だったらしいのだが、それは夜天の書(現在は闇の書と呼ばれている)の管制人格というものらしく、しかも夜天の書は魔法の本なのだという。
最初はまさかと思った舩坂だが『私が元から使える魔法一覧』とやらにあった魔法をやってみたら実際に使えたので信じざるをえなくなっていた。
この夜天の書は色々な人のリンカーコア(魔法の源だという)を回収してページを埋めるととてつもない力を誇るらしいのだが、歴代の主がめちゃくちゃな改変を重ねてくれたおかげで、主に負荷をかけるだけにとどまらず、ページが埋まると暴走して次元世界を崩壊させる最悪な本となっているのだという。しかも夜天の書自身は無限転生機能とかいうもののせいでまた違う主のもとへ転移するという最悪な仕様らしい。
『管制人格などもはや名ばかりで、私はただ殺戮の力を振るうだけだ。なにもできることなどない』
だからか、悲しそうにこう記されていた。文字がそれまでと違いわずかに震えて見える。
何度読み返してみても、困難の二文字しか舩坂の脳裏には浮かばない。
「ううむ……」
本をぱたんと閉じると、舩坂は顎に手をあてて考え込む。
第三者の視点から見ても、はっきり言って現在の状況はほとんど詰みだ。お手上げといっていい。さっさと管理局とやらに見つかって吹き飛ばされたほうがいいとも言える。
だが、舩坂はそうは思わない。
彼もかつては殺戮の力で恐れられたが、戦後は大盛堂書店を立ち上げたりと全く関係ないところで頑張れたのだ。
「『もうダメだ』ほど当てにならないものはないからな」
自身の戦場での経験は一言でそれに尽きる。
不可能だ、と思って思考停止した瞬間が本当の終了であり、あがけばなんとかなるものなのだ。
舩坂は無言で本に書かれていた魔法を使い、目の前にウィンドウを浮かび上がらせる。
そこには、記録の中にあった無感情な守護騎士はなく、車椅子に座った少女を中心に笑顔を浮かべる、幸せそうな家族だけがあった。
「それに、彼女がいたか」
腕を振ると、団欒シーンは消え、ある一人の少女が浮かんだ。
夜天の書がなぜ転生機能を用いない限り、同一人物の蒐集を行うことができないのかというと、リンカーコアは指紋と同じで、全く同じ人間が存在しないのだ。つまりリンカーコアはその人間を表すといっても過言ではない。取り込んだリンカーコアの人物が使う魔法だけではなく、簡単なデータも採取することができる。
舩坂はその中で金髪の少女の注目していた。
最初は、高い能力に目を奪われた。次に、なにやら感じ入るところがあって注視した。
「ルーデル……か」
その名前で思い出すのは第二次世界大戦におけるドイツの伝説的爆撃機乗り。普通であればただ思い出すだけで、名前以外に関係性を感じさせることはないだろう。だが、そう切って捨てられないものが彼女にはある。
守護騎士二人を纏めて相手にできる実力や、デバイスをスツーカと呼んだりするのもそうだが、それ以上にリンカーコアが普通ではない。せいぜいが10歳であろうはずの外見にも関わらず、そのリンカーコアの年季は70年近くに達している。
さらに、彼女の瞳を正面から見たとき、舩坂の勘は是と結論を出したのだ。あの瞳の灯火は凡百のものではなく、英雄のそれである、と。
なら、自分と同じようにルーデルもこちらの世界に来ているのかもしれないと思ったのだ。
――そういえば、シグナムとザフィーラ、そして謎の仮面の男の奇襲でようやくルーデルのリンカーコアを蒐集できたのだったな。
聞き及んだ通りのはちゃめちゃ具合に小さく笑みを零すと、また腕を振って画面を変える。
今度並んだのは高町なのはの姿。
こちらには実はシモ・ヘイヘが……などということはなかったが、それでもルーデルが友と呼ぶ彼女のスペックは凄まじいものがあった。
ルーデルが第二次世界大戦というあの時代のために生まれた英雄とすれば、なのはは今の時代のために生まれた英雄であるとも言える。
「不可能を可能に変えるのに十分と言えば、十分か……」
守護騎士たちも強き思いを胸に秘めている。仮面の男の動きがわからないのは不安だが、舞台は整っているとも言える。
――なにより、この元の女性のためにも……か。
元の管制人格が書いた本の最後の一行をそっと思い出す。
『誰でもいい、惨劇の連鎖から私たちを救ってくれ』
夜天の書の完成は近づいていた。
代わり映えのありようもない真っ暗な世界の中だったが、いつもと一つだけ違うことがあった。
「ここ……どこや?」
舩坂一人しかいなかった世界に、茶色の髪を肩ほどで切りそろえた少女がいた。
その少女、八神はやては現状がわからないのか首をかしげている。
「真っ暗やし……なんや気味悪いわ」
「ここはそうだな、夢の中だ」
後ろからの声にはっとはやてが振り向いた先には、銀色の髪と真っ赤な両目を持つ女性。
「夢、なん?」
「ああ、夢だ」
「そっか、夢なんか」
小さく微笑むと、舩坂はかがんではやてに視線の高さを合わせ、声音に気をつけながら質問を投げかける。
「君は……なにを望む?」
「……へ?」
あまりに突然の質問に、はやては目を丸くする。
舩坂はそんな幼い主の姿に微笑ましいものを感じながら、同じ質問を繰り返す。
「君はなにを望む?」
「わたし、は……」
面を食らいはしたがこれは夢なのだと思い直したはやては、なぜ聞かれたか、は無視して質問の答えを考え込んだ。
しばらく腕を組んで黙り込んでいたが、一つ頷くと舩坂の目をしっかりと見据えて返事を返す。
「わたしは、今のままでええなぁ」
「今のままで、よいと? もう少々欲張っても構わないが?」
「うん、そうや。わたしは今のままで十分や」
にっこりと本当に幸せそうな笑顔で、はやては首をしっかりと縦に振る。
「体は相変わらず悪いし歩けないけど、もう一人ぼっちやない。優しい家族が出来たんや、これ以上なにもいらんよ。ただ……」
ちょっと表情を曇らせるはやて。舩坂は無言で彼女の言葉を待った。
「代わりって言ったらあれなんやけど、わたしからみんなを取り上げたりしないで欲しいなぁ、って」
物心つくかつかないかの時分に両親を失った少女の正直な思いだった。
願うのは唯一つ、今ある幸せをそのままにして欲しいということだけ。
――このような齢でこれほど達観した願いとは、美しくも悲しきことだな。
ずっと舩坂は魔法で覗き見ていたため多少は彼女のことを理解していたつもりだったが、こうして相対してみると、その悲惨な境遇にめげない強き芯が感じ取れた。
だが一方で、これほどに優しい少女がこれから否応なく戦いに巻き込まれなくてはならないのかと思うと胸が小さく痛んだ。
――大人のしでかしたツケは必ず子の代に降りかかる、ということか。
「なるほど。君の願いはわかった」
「あはは、なんやお姉さん天使なん? 神様に伝えでもしてくれるんか?」
それやったら嬉しいなあと零すはやての頭をそっと撫でながら、舩坂は笑顔を浮かべた。
「残念ながら私は天使ではない。だが、私は君に全力で協力することを誓おう」
「ほえ?」
なんでわたしなんかに? と質問をする前に、はやての視界は滲んでいく。
「Guten morgen, Meister. (おはようございます、ご主人様)」
守護騎士達のリンカーコアを吸収することで666ページの蒐集を終えた夜天の書が、家族を失ったはやての絶望に呼応してその力を解き放つ。
「Freilassung. (解放)」
はやての姿が変わっていく。体は一気に成人女性のそれへと成長し、髪は伸びながら銀色へと変わる。
背からは黒い羽が生え、黒き衣服に身を纏う。
「そうか……」
声も、全く違った。
離れたところでそれを見たルーデルとなのははあっけにとられていた。
「もう少し穏便に行くかと思われたが、やはりそう簡単にいかせてはもらえぬか」
夜天の書……いや闇の書の管制人格と主を強制的にユニゾンさせる効果によって半ば想定どおりに融合事故が起き、舩坂はその姿を現世に現していた。
取扱説明書に書かれていた通り、確かに身の内側から恐ろしいまでの破壊衝動が湧き上がり、世界を壊せと舩坂に命じてくる。だが、彼は尋常ではない精神力でそれを押さえ込むと、怒りを別の方向へ向ける。
「だが……私はお前たちの思い通りに動きはせん」
舩坂が真横に伸ばした手の平を下に向けると、血のようなどす黒い色をしたものがどろりと現れる。それは、徐々に日本刀の形を取り、完成するなり舩坂はその感覚を味わうようにしっかりと握りこむと振るう。
風が切られた鋭い音が響き、刀にうちつけられたコンクリートは鋭利に切り裂かれた。ブラッディダガーを舩坂なりに改良したものだが、思いのほか上手くいっていた。
「隠れているつもりかもしれんが、無駄だ」
転移魔法を展開し、飛ぶ。
切り替わった光景の目の前には仮面の男が、ルーデルとなのはに変身し卑怯な手を用いた二人がいた。
「っ!」
「遅い!!」
彼らはよく反応した。だが、舩坂にしてみればそんなものなど関係ない。抵抗を許さずに刀で切り伏せる。
「お前達ははやての純粋な願いを踏みにじった。これはその報いだ……どうせこの先失敗したら皆死ぬ。今は峰打ちで勘弁してやろう」
気絶した仮面の男達は変身魔法によるものだったらしく、猫の耳の生えた女性二人に戻ったが、気にすることもなくまた転移魔法を用い、辺り一帯で最も高いビルの屋上へと転移する。
そろそろ、暴れようとする体を押さえるのが難しくなるのを感じながら、舩坂は念話を飛ばす。
『管理局諸君に告ぐ。私が夜天の……いや諸君にとっての闇の書の管制人格だ。僭越ながら話がある』
すぐには返事が返ってこないが、とりあえず今は戦闘の意志なしと見せるために魔力で生んだ刀を消滅させ、舩坂はそれを静かに待つ。
管理局は管理局側で予想外の事態の連続に大慌てであった。
想定にない闇の書の暴走。
仮面の男がリーゼロッテとリーゼアリアだったこと。
暴走したというのにただ暴走しただけの今までとは全く違い理性的な管制人格。
地に足がついていない雰囲気を落ち着けるためにも、現場の責任者としてリンディは努めて冷静に対応をする。もし暴れ出すならそれは予想の範囲内、対話ができるなら儲けもの、最低でも時間稼ぎをといった感じではあったが。
『いいでしょう。お聞きします』
『感謝する。とりあえず、闇の書の永遠の輪廻を断ち切るために協力を願いたい』
『え……?』
さらに重なる予想外の言葉に、海千山千のリンディとは言え呆けた声を出してしまった。そしてそこに割って入ったのはクロノだ。
『そんなことできるものか!』
『可能だ。だが、諸君の協力が必要だ』
『その方法……教えていただけるのかしら?』
毅然とした態度を崩さない舩坂にリンディは警戒しながらも話を聞く。
『一重に闇の書の暴走の原因は防衛機能の過剰反応だ。こいつを切り離し次元の狭間へ消し去れば全ては止まる。あいにくと主以外が接続はできないから、どうにかはやてに命令をしてもらう他はないのだがな』
『確かに、アルカンシェルを使えばできないということはないでしょうね。ただ、はやてさんはあなたが取り込んでいるみたいなのだけれど?』
『いかにもそうだ。だが、それは私は責任を持って呼び覚まさせてみせる』
『あらあら、それはちょっと無責任すぎないかしら?』
『ああ、だからもう一つ頼みたいことがある』
舩坂の瞳は怪しい色を帯びている。
『ここまでは抑えてきたが、私はもうすぐ暴走する。だから、なるべく被害が及ばぬように私を止めていて欲しい』
『なるほど……ねえ』
リンディは考え込む。管制人格の言葉は、ユーノの掘り出した資料を比較してみても一応の筋は通っている。もちろん全面的な信頼はできないし、はやての呼び覚ましに失敗した時のリスクもある。
一方、管制人格の言葉が本当であった時のリターンは大きいし、持ちかけられた役割も、よくよく考えるとやることに変化はないのだった。
全力で、闇の書を止めるというその一点は。
なら、協力をするのもやぶさかではない。
『わかりました。とりあえずあなたのことを信用しましょう』
『感謝する』
小さく舩坂はお辞儀をし、そして次の瞬間には苦しそうに顔を顰めた。
『どうやらそろそろ限界のようだ……』
舩坂の右手が高く掲げられ、その手のひらに黒く魔力の渦が巻かれる。
『おそらく全力で反抗することになるだろう。どうか、止めていただきたい』
この一言を最後に、舩坂からの念話は途絶える。次に届いた言葉はその口からだった。
「闇に沈め……デアボリック・エミッション」
「なんという強さだ……」
肩で息をしながらルーデルは独語した。
魔力もこちらより高いし蒐集で得た圧倒的な魔法のレパートリーも、身体的なリードも相手にある。だが、それを差し引いても強いのだ。
遠距離では的確すぎる射撃で攻撃は相殺され、近づけば魔力で作った刀が襲い掛かる。その動きは洗練されており、なのはとルーデルの二人でも攻めあぐねている。
――しかし、なぜサムライであるなのはの父や兄と同等かそれ以上に華麗に刀を扱えるのだ?
彼女が疑問を感じている間に、なのはが管制人格と相対していた。
「一つ覚えの砲撃、通ると思ってか」
「通す!! レイジングハートがちからをくれてる! 命と心を賭けて、答えてくれてる! 泣いてる子を救ってあげてって! ACSドライブ!」
フルドライブ状態で槍のような形になったレイジングハートを抱え、一直線に管制人格に突進する。
「その心意気は素晴らしいが……」
管制人格は冷静に左手で展開したシールドで受け止め、そのまま右手の刀を構える。
「今っ!」
「Excelion.」
「バスター!!」
だが、止められるのもなのはの予想の範囲内であり、真の狙いは至近距離での砲撃。さすがの管制人格の堅牢なシールドもこれには耐えられない。
なのはも砲撃の余波を受け、飛ばされる。
――これなら、届い……た?
かなり高度を下げたどうにか体勢を立て直し、なのはは上空を仰ぐ。
「悪くはない……だがまだまだだ」
「え……?」
しかし、声が聞こえたのはなのはのすぐ後ろ。振り返るより先、管制人格の手がなのはの頭に置かれる。
「傷つけるのは心苦しい……夢の中で休め」
「Absorption. (吸収)」
「あ……」
闇の書が言葉を発すると同時に、なのはの全身が淡い光を発し、目を見開いたその姿のままで光の粒となり消えてしまう。
「なのは!? くっ、おのれ貴様年端もいかぬ少女になにをしおった!!」
あまりの事態にルーデルは怒りに目を燃やし、睨みつける。だが、管制人格は涼しい表情だ。
「彼女は死んではいない。ただ、眠っているだけだ」
「なら、さっさと返していただこうか」
「そうだな。やって見せろ、ハンス・ウルリッヒ・ルーデル」
「っ! 貴様、なぜその名を!?」
スツーカを構え、攻撃に移ろうとしたルーデルだったが、教えていないはずの前世の名を呼ばれ、動揺が隠せない。
「なに、私自身も本来の管制人格ではない」
「なら、まさか……!」
「そうだ。私もお前と同じ世界の人間だったさ」
管制人格が薄く笑う。
そして、ルーデルの中でピースが嵌る。
事前のビリーフィングとは異なる管制人格の出方。さらには闇の書としてのスペックでは説明がつかない強さも、ルーデルと同じように世界を飛んだ人間が優秀であるからなのではないか、と。
「どうやら中々名のある軍人のようだが、名前はなんだ?」
「なに、しがない一軍曹でしかないよ」
「私は大佐だぞ? なら尋ねられた以上答えるのが筋だろう」
「ふ、それもそうか。私は舩坂……舩坂弘だ」
「ほぅ……」
ルーデルの瞳が細められる。
不謹慎とは思うが、強者と見えることへの喜びが全身を震わせる。
「ヒロシ・フナサカと言えば日本の伝説的兵士じゃないか。なるほど、強いわけだ」
「かのルーデルにそう言われるとは光栄だな」
「謙虚なのは結構だが……なのはは返してもらうぞ!」
「ああ、存分に来い!!」
ルーデルが自慢の速度で舩坂へと向かった。
怒りと、強者との出会いに震えるルーデルは自身の全力でもって敵の撃破にかかる。
「いくぞスツーカ。どうやらこいつは私の元の世界の住人らしい。なら、私が私であったことを示してやろうじゃないか!」
「Yes, sir. Please order.」
「全力を見せろ。フルドライブだ!」
「Full Drive……Form Kanonenvogel.」
「さあ、戦争といこうじゃないか!」
「舩坂弘、推して参る!」
――あれ?
暗い中で、なのはは意識が浮かび上がってくるのを感じた。
――えーっと、わたし闇の書の管制人格さんと戦ってて……
とここまで思考が及んだところで完全に意識が覚醒する。
――た、大変だよ! 早く起きてルーデルちゃんを助けなきゃ!!
ただでさえ相手はあんなに強かったというのに、なのはがいなくなったらさらに苦戦することは想像に難くない。
なので、なのはは目を開き、なぜか横になっていた体を起こす。
「あ、起きたぞ?」
「おーなのはちゃん大丈夫かい?」
「お邪魔してるよー」
「すまないねいきなりで」
「ちーす」
なのはがいたのは自分の部屋のベットであった。
さっきまで戦っていたというだからこれも意味不明な事態であるが、なのはにとってもっと理解不能なことが目の前にはある。
「だ、だ、だ、誰ですかー!!」
なぜかなのはの部屋に円の形で座り込んでいる、見たこともない五人の外人の男達。しかも彼女が目覚めるのを確認すると妙にフレンドリーに接してきた。
「始めまして俺はシャルノヴスキー」
「自分はヘンシェルです」
「僕はロートマン」
「私はガーデルマンと申します」
「オレはニールマンだよろしく!」
そそくさと立ち上がり寄ってきては、未だベットの上であるなのはを包囲するように集まり、次々に自己紹介。
ただでさえ混乱していたなのはに、ちょっぴり恐怖がスパイスが加えられ、
「うーん……」
気絶してしまった。
ばたり、と再びベットに体が崩れ落ちる。
「お、おいなのはちゃん倒れちゃったよ!?」
「え、衛生兵ー! というより、医者ー!」
「医者ならここにいるじゃないですか」
「いえ、診察しなくてもわかります。ショックによる気絶ですよ」
「誰だよ驚かせたのは……」
なのは復活にはもう少々時間がかかりそうである。
銀と金が煌く。
「はあっ!!」
「ふんっ!!」
それは空中で交錯する二人は、戦いの最中だというのに笑みを互いに浮かべていた。
ルーデルが戦車も一撃で吹き飛ばすくらい強力な魔力弾を連射する。
舩坂は身を捻りそれをかわしながら、避けられない分は刀で真っ二つに切り裂き、ルーデルへ肉薄する。
デバイス同士が火花を散らす。
「やるな!」
「そっちこそな!」
お互いにお互いを押して一度離れると、ソニックムーブを用いてルーデルは舩坂の上空を確保、得意の急降下を敢行する。
「これが私の私たる由縁だ!」
至近距離でルーデルの射撃が舩坂に入り、爆煙が広る。だが真っ白な視界の中、彼女は異変を感じ取っていた。
――スツーカが動かん!?
この技は急降下爆撃を参考にしたもので、奇襲的な接近から砲撃しその余波で離脱という手順を踏む。なのに、今回は離脱しようとしてもなにかに捕らえられたようにスツーカが動かない。そしてスツーカを手放すわけにもいかないルーデルも離脱できずにいる。
「捕らえ、た……」
「貴様!?」
爆煙が流れ見えたのは、スツーカの先端部分をがっちりと掴んで話さない舩坂の左手。舩坂はかなりダメージを代償に、速度に勝るルーデルを押さえ込むことに成功していた。
血が流れ出ている口角を吊り上げながら思い切り右の腕で刀を振り下ろす。
「がっ!」
ルーデルは左肩に思いっきり攻撃を食らい、スツーカもろとも錐もみ状態になって海面へ叩きつけられた。
どうにかまだ動かすことができるが、肩は熱を発し激痛を脳へと伝えてくる。
――足を持っていかれた時と違ってくっついているだけ幸運だな。
本物の刀ではなく魔法で形を真似たものであることがいい方向に働いた。
無事な右腕で前髪から滴る海水を拭い去ると、見下ろしてくる舩坂を睨む。
「さすがヤーパンのサムライだ。やるようだな……」
「そっちこそ、空の魔王と呼ばれるだけある……」
ルーデルの一撃を貰った舩坂もただでは済んでおらず、手の甲で溢れてきた口元の血を拭っていた。
「だが、まだ戦うのだろう!?」
「当然!!」
なのはの部屋(仮)は、一応の落ち着きを取り戻していた。
再び目を覚ましたなのはを驚かさないように、スツーカドクトルことガーデルマンがゆっくりと事情を説明。どうにか現状を飲み込む、というより諦めてありのまま受け入れたなのはは、五人の男達に加わり、六人で輪を組んで座っていた。
「えーと、つまり皆さんはルーデルちゃ……さんの後部機銃席? とかいうのに座ってた人たち、でいいんですよね?」
「その通り。言うなればルーデル歴代の相棒大集合ってところかな」
ヘンシェルが満足そうに頷くが、なのはの表情は晴れない。
「あの、それはいいんですけど、なんでわたしのとこに来たんでしょうか?」
「は?」
恐る恐る手をあげて質問したら、なぜか逆に不思議そうになのはは見返されてしまった。
「なんでって……なあ?」
「わからないのかい?」
「えと、はい……」
なぜだか自分が悪いように思えてしまったなのはは申し訳なさそうにこくんと頷く。
「ちょっとみなさんあんまり怖がらせないで下さいよ」
自室であるはずなのに恐縮してしまっているなのはを見かねてガーデルマンがフォローを入れ、他の四人を宥める。
「とりあえず、だね。なのはちゃん?」
「あ、はい」
「君を含めた私達六人には共通点があるんだよ」
「共通点、ですか?」
「ああ、そうだよ」
優しく語り掛けてくれているガーデルマンから始まり他の四人を順番に見ていくなのは。
全員なのはとは人種も国籍も違うし、一番年齢が近そうなシャルノヴスキーとさえ、かなりの年齢差がある。共通点らしい共通点が見出せない。
「えっと……?」
「わからないかな? ハンスだよ。いや、君にはルーデルと言ったほうがいいかな?」
「ああっ! ルーデルちゃんですか!」
ようやく合点がいったなのははぽんと手を叩く。
先ほど彼らはルーデルの後部機銃席にいた人たちだと説明を受けた。そしてなのははルーデルと友達。
世界の違いこそあれ、共通点と言って申し分ないわけだ。
――うんうん。確かに共通点だね!
疑問が解消して満足そうに笑みを浮かべるなのはだが、すぐに次の謎が鎌首をもたげてきた。
「ってあれ? でも結局なんでわたしのところに来たのかの答えにはなってないような……?」
「うん、そこが本題なんだ」
柔和な表情を途端に引き締まったものに変えたガーデルマンが肩に手を置いてきて、なのはの表情も自然と強張った。
「正直、末期の第三帝国でもまだ徴兵年齢に達しない年齢の君にこんなことを言うのはとても気がひける」
「……」
「だが、だがだ。君が選ばれし人間となってしまった以上そうも言ってられないんだ」
「選ばれし……人間?」
「ああ……」
零れ落ちたなのはの言葉にゆっくりと頷き、ガーデルマンは言い含めるように語る。
「ルーデルに……選ばれし人間さ」
「へ?」
目を点にして固まるなのは。
ただ彼女の気持ちが理解できるのか、男達は順番になのはの肩を叩いていく。
「それっていったい……?」
「つまりだね。君はルーデルに背中を預けることを認められた人間で、私たちの仲間ってことだよ」
「えーっと……」
なのはは曖昧な笑みを浮かべるだけだったが、ガーデルマンを気分を害することもなく、続けた。
「君も、色々とルーデルに振り回されて困ったことあるだろう?」
「そ、それは、まあ、はい」
「でも、嫌いじゃないよね」
「もちろんです!」
瞳の奥を覗き込むように聞いてくるガーデルマンの視線に気後れすることなく、これだけは胸を張って答えることができた。
それを見た男達は満足そうに頷く。
「私たちはね、そんな人間の集まりなんだよ」
「おめでとうなのはちゃん。君も今日から『ハンス・ウルリッヒ・ルーデル後援会』の一員だ!」
ガーデルマンに続いて笑顔で祝ってきたのはヘンシェルだ。
「はい、これ会員証ね」
横合いからロートマンがなにかを差し出す。
反射的に受け取ってからまじまじと見てみると、十字の先がやや広がっている白で縁取られた黒十字だ。
「これ? なんですか?」
「ああ、会員証代わりの鉄十字章だよ。うちの政府はとっくに潰れちゃってるから僕の自作だけど」
整備兵ということもあり、ロートマンは手先が器用だったので、中々上手く作っていた。
「いやしかしまさか閣下も戦場にまで幼い女の子を連れて行くとはなぁ」
「まあでも、彼女たぶんこの中で一番強いだろうし」
どこからか取り出したのかビールをお互いに注ぎあって、ニールマンとシャルノヴスキーは語らっていた。
なんとも和やかな空気が場を支配し始めていて、つい気を抜いてしまいそうになるのだがなのははぐっと堪えると、全員に聞こえるように大きく声を上げた。
「あのっ! 皆さんの気持ちは嬉しいんですけど、わたし、その……」
五人の男達は一切の動きを止めてなのはをじっと見詰める。身に突き刺さるような視線に耐えながら大きく深呼吸をして、ぐっと両手を握りこむ。
「わたし、戻ってみんなを助けなくちゃいけないんです!」
返事が返ってきたのは時間的にはすぐだったけれど、なのはにとっては長い沈黙で、唯一聞こえる時分の心臓の鼓動を百回は聞いた気がした。
「なあんだ、そんなこと?」
「それをわかってなかったら自分たちいないよ?」
「新入りを助けるのも先輩の務めだからね」
「忘れちゃだめだなぁ、オレらはあの空の魔王様の相棒だぜ?」
なんてこともなく言ってくる男達の言葉に理解が追いつかないまま、最後にガーデルマンが言う。
「大丈夫ですよ、私たちが君を元の世界に帰してあげますから」
一斉に男たちが浮かべた笑みは悪戯っぽく、どこかルーデルの不敵な笑みの欠片が感じられた。
凄惨な戦いは続いていた。
ルーデルの一撃が空を割れば、舩坂の一太刀が空気を切り裂く。
どちらもぼろぼろで、バリアジャケットのところどころが破け、血を流しながらも空を翔けぶつかり合う。
「はぁっ!」
「ふっ!」
常人ならば戦うこともできないだろう傷を負いながらも、戦いは収束に向かうどころか激しさを増す。
海鳴の海上を舞台とする戦いは、誰も手を出せない戦争だった。
お互いの得物が正面からぶつかり合い、鍔迫り合いの中至近距離で獰猛な笑みを交し合う。
「いい加減にタフだな!」
「アウンガルの時の方が酷い怪我だった。これくらい唾をつけておけば治る」
「まったくとんだ化け物がいたものだ」
「お前にだけは言われたくない言葉だ」
再び両者は距離を取る。
リーチと言う点では成人の体をしている舩坂がまだ少女の身であるルーデルに勝る。だが、舩坂はこの体での戦闘は初めてで、元の体との違いや魔法にはまだ慣れておらず、その点ではもう自身の体を知り尽くしており魔法との付き合いも長いルーデルに利があった。
「ほらこっちだ!」
「ちっ!」
死角から打ち込まれる一撃を身の捻りでどうにか避ける。
重い一撃を叩き込むという信念は変わることはないが、圧倒的な機動性とまだ小さく小回りの効く体を活かしてルーデルは舩坂を撹乱する。
「そこか!」
「むっ!」
だが、舩坂も押し込まれっぱなしということはない。
体は変われども勘が変化していないため、その鋭い斬撃はあわやというところで避けたルーデルのマントを切り捨てる。
どちらも気を抜けばそれで終わりだ。
肝を冷やすような展開が続くがその中で両者は笑みを絶やすことがない。
「なかなかやるな!」
「そっちこそな!」
もちろん、はやてが立ち直るまで舩坂を押しとどめることが目的の戦闘だということはわかってはいるが、掛け金は命といって過言ではない限界線上での戦いに、踊る心を抑えられないのも事実だった。
「まだ時間がかかるのか? このままでは私が勝ってしまうぞ?」
「なぁに、お前が倒れるまでにははやては帰ってくるさ」
「言ってくれる!」
もう何度目かの金色の砲撃が轟いた。
膝を抱え、自らの顔を押し付けたはやては小さくすすり泣いていた。
「なんで、なんでなん……」
周囲の空間はまるで彼女の心を投射したかのように真っ黒で、冷たく音もない。
「わたしはただ、みんなと一緒にいたかっただけやのに」
そんなはやての元に、ゆっくり歩み寄るのは舩坂だった。
「こんなの、酷すぎるわ。いつもいつもそうや。わたしは、幸せになったらあかんの……?」
「泣いてばかりではなにも起きないぞ」
「……」
聞こえた声の方向に、目だけをはやては向ける。その目は涙に塗れ赤くなっていた。
「なんや、ウソつきのお姉さんやん……」
「ウソつきとは心外だな」
「だってそうやん」
視線を舩坂から外してぽつりぽつりと内心を吐露する。
「お姉さんに言うたやろ? わたしは家族みんなで暮らせればいいって、それを奪わないで欲しいって。なのに、シグナムもヴィータもシャマルもザフィーラも、みんなみーんないなくなってもうたんやから」
「そうだな」
短く、声音を変えることなく相槌をうち、はやてに全部吐き出させる。
「ずっと一人ぼっちやった。だから、とっても嬉しかった。血は繋がってないけど、そんなの関係なくて、温かくて幸せで……」
寒いのか身を震わせ、自分の肩を抱く。
「わたしでも幸せになれるんやなぁって思ってた。なのに……」
再びはやての瞳に涙が浮かび上がってくる。
「結局元に戻ってもうた。どうせ消えてしまうんやったら、こんな酷いことしないで、全部夢で起きたら家にやっぱり一人ぼっちだったっていうほうが余程よかった」
またはやては舩坂をじっと見上げる。
「なあ、お姉さんって管制人格ってやつなんやろ?」
「そうだ」
「じゃあ、あの時わたしのお願い聞いて、なにがしたかったん? もしかして、わたしがまた不幸になるのを楽しんでるんか?」
涙目ながら、睨みつけてくるはやての視線を逃げることなく受け止めると、舩坂は屈みこんで視線をはやてに合わせる。
「わたしは君の本心を聞きたかっただけだ。それに先に言ったはずだな『私は君に全力で協力することを誓おう』と」
「ならやっぱりウソつきお姉さんや」
「違うさ」
大人びて見えていたけれど、やはりまだ10に満たない女の子なんだなと感じた。
「私は『協力する』と言った。君がなにか動けば、私は誓いの通りに全力を尽くそう。だが、君はまだなにもしていない」
「そんなこと……」
「ないと言い切れるのか? 君は今まで世界から受けることをただ感受するばかりでなにも自らの手で掴みとろうとしていないだろう」
「それ、は……」
心の奥底を見透かしたような舩坂の視線に耐えられず、はやては視線を落としてしまった。
「世界はそこまで人に優しくない。幸せは都合よく落ちてはいないし、幸せな人はおすそ分けなどしてくれない。ただ世界に挑めば仲間が出来るだろう、手助けをしてくれる人も現れるだろう。そう、自分で掴み取らなくてはならないものだ」
「……」
「足掻かねば、嫌なものばかりをいいように押し付けられてしまうだけだ」
「……でも、どうしろって言うん?」
ぎゅっと膝の上に乗った両手を握り締めてはやては漏らす。
「どうしろって言うんや! わたしは足は動かないし、近くには頼りになるような人もいない! それに子どもや! それなのにどう頑張れって言うんや!!」
俯いていた顔を上げると、きっと舩坂を睨みつける。
「結局、そんなの頑張れる人だから言えることなんや! どんなに正しくたって、わたしみたいに頑張りたくてもどうしようもない人にそんなこと言っても嫌味にしかならへん!」
「だから、私は言っただろう。私は君に協力すると」
薄く、狼が浮かべるような笑みを舩坂は表に出すと、すっと立ち上がって、はやてに手を差し伸べる。
「君が幸せに手を伸ばすというのであれば、私はその足となり剣となり盾となろう。そして必ず幸せの先まで送ってみせる」
半ば呆然と見上げてくるはやてを見下ろしながら、自信満々に続ける。
「やる前から諦めるのは、つまらないだろう?」
「……」
ゆっくりと、はやての顔に温かい色が戻っていく。
手の甲で目じりに残った涙を拭い去ると、はやては笑った。
「やっぱり変なお姉さんや」
「変で結構。それで、どうするんだね?」
「頑張ってみる。世界に、喧嘩売ってみるわ」
「よろしい」
差し出された舩坂の手をしっかりと握る。
「そういえば、お姉さん名前なんて言うんや?」
「名前は……」
舩坂弘だ、と答えそうになって口を閉ざした。この身は自分のものであって自分のものではないのだ。長き地獄の日々を過ごした元の管制人格の者であり、自分は彼女の願いを叶えるためにここにいるようなものなのだからこの名前を名乗るわけにはいかない。
突然口をつぐんだ舩坂をはやては怪訝そうに窺う。
「お姉さん?」
「私は今まで一介の管制人格でしかなくて、名前はない」
「名前、ないんか?」
「ああ、だから……君が名前をくれないか?」
元の管制人格と一緒に自分は新しい人生を歩む。それが一番だと舩坂は思い、目の前の少女に、夜天の書の今の主に命名を任せた。
「わたしなんかでええの?」
「君しかいないさ」
「そっか。じゃあ、そやな……」
腕を組んで悩みこむはやてを舩坂はそっと見守りながら結論を待つ。
「うん、決まった」
はやてが顔を上げると、舩坂は騎士が主人に対するように傅いた。
「新しい名前は、そう。わたしを幸せのところまで連れて行ってくれる『祝福の風リインフォース』」
「拝命いたしました。それでは主、ご命令を」
「うん、みんなを取り返しにいこう。それで、もうこんなこと終わりにしよう」
「御意」
リインフォースは深く頭を垂れた。
成人している五人の男と、幼い少女一人という奇妙な組み合わせは、部屋の真ん中で円陣を組んでいた。
「それじゃあみんなグラスは持ったかな?」
「ばっちりだ」
「もちろん」
「たりめえよ」
「大丈夫です」
「だ、大丈夫です……」
ガーデルマンが確認を取ると、全員から返事が帰ってくる。
皆が皆、これまたシャルノヴスキーがどこからともなく取り出した赤ワインを並々と注いだグラスを天に高く掲げていた。
「ルーデルの進む道は厳しかれど」
ガーデルマンがまるで詩を詠むように言う。
「我らはただ着いていくのみ」
シャルノヴスキーが続ける。
「それは天の意にあらず、自らの意に基づく」
ロートマンが引き継ぐ。
「我が身は届くことあたわずとも、魂は側にあり」
ニールマンが後を受ける。
「今、高町なのはとハンス・ウルリッヒ・ルーデルの武運を願わん」
ヘンシェルが締めくくる。
一瞬の間。
皆が息を吸い込む音が聞こえ、それがはじける。
『Zum Wohl!』
グラスが宙で打ち合わされ、世界が割れた。
闇の中、二人を中心に白銀の魔法陣が輝く。
「主八神はやての命令を受託」
目を閉じ、胸に手をあてリインフォースが呟く。
「命令のもと夜天の書の防衛機構切り離し作業を開始」
リインフォースの右腕が天に伸ばされる。
「ユニゾンシステムの再調整を開始……完了」
目を開き、はやてを見る。すると彼女はしっかりと頷いてきて、リインフォースは彼女に笑顔で答えた。
「それでは、戦場へ参りましょう」
右手の指が高らかに鳴り響き、暗闇を切り裂いた。
相手の動きが急に鈍くなった。
「む? まさか時間か?」
「そのようだ……」
「ふむ、決着がつかなかったのは残念だが、これで問題は解決というところかな」
「まだ戦いは続くぞ?」
「お前より強い奴などそういまい」
「ふっ……」
小さく笑うと、その体が光に包まれ、黒い羽が舞う。
それらが晴れるとそこにいたのは先ほどまでの女性ではなく、八神はやてであった。
彼女はそっと目を開くと、目の前に浮かぶ杖を手に取る。背には漆黒の翼を生やし、そこにはまがうことなき夜天の主がいた。
だがそれだけでは終わらない。
上空に、一筋の光が差し込んだと思えば、その光の中から取り込まれたはずのなのはが降りてきたのだ。
「ルーデルちゃん! それにはやてちゃんも!」
本当に嬉しそうになのはは笑みを浮かべる。
「やれやれ、ようやくこれで役者は揃ったかな?」
「ううん、まだおるよ」
「なに?」
ルーデルが訝しげにはやてのほうを見やるが、彼女は杖を構え、魔法陣を展開していた。
『ルーデル、まさかあれだけ戦った彼らのことを忘れたわけではあるまいな?』
「彼らって……ああ、なるほど」
リインフォースからの念話を受けて、ルーデルは納得する。
「みんな、またもう一度わたしと一緒に……」
『守護騎士システム再構成開始』
魔法陣が白銀の光を放つと、はやてを囲み守るように四人の守護騎士が再び現れる。
「我ら、夜天の主のもとに集いし騎士」
「主ある限り我らの魂尽きることなし」
「この身に命ある限り、我らは御身のもとにあり」
「我らの主、夜天の主、八神はやての名のもとに」
舞台に役者が揃い、因縁を終わらせるための戦いが始まった。
闇の書の闇は滅ぼされ、はやてを蝕む呪いも消えて、全てが平和に解決するはずだった。
「なのに、なんでなん! なんでなんやリインフォース!!」
「はやて!?」
「はやてちゃん!?」
雪の降り積もる中、車椅子という不利な条件でありながら息を切らして現れたはやてに守護騎士やなのはは驚きの表情を浮かべるが、一方でルーデルとリインフォースはやっぱりな、といった様子で小さく息を漏らした。
「せっかく家族みんな揃ったのに、なんでリインフォースは消えなくちゃならんの!?」
「一度滅ぼされたとは言え、私が今のまま存在していれば直にあの防衛システムは復活してしまう。そうしたら意味がない」
「でも、リインフォースがいなくなっても意味がないやんか!」
悲痛な叫びを上げるはやての元にリインフォースはゆっくりと歩み寄る。
「あまりわがままを言っても困るんだがな」
「いやや! だってリインフォースが言ったんやんか幸せは自分で掴むもんやって。だからわたしはリインフォースを手放したりなんか絶対しない!」
小さい子どものように駄々を捏ねるはやてに対して、小さく笑みを漏らすとリインフォースはそっと彼女の目線に合わせる。
「私は生命力だけは自信がある。そう、三日だ。三日だけもらえればいい」
「なんで?」
「三日くれれば、私は地獄の底で閻魔大王を切り伏せ黄泉の底から再びこの地へ帰ってきてみせる」
「……ほんとに?」
「ああ、本当だ。約束しよう」
「絶対なんか?」
「絶対だ」
「……」
少し悩み込んでから、はやては小さく頷いた。
「わかった……」
「ありがとう、はやて」
「でも、三日たっても帰ってこなかったら、わたしらみんなで連れ戻しに行くからな!!」
びしっと指を突きつけて宣言する。
一瞬ぽかんと目を丸くしたリインフォースだったが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「ああ。その時はな」
すっと立ち上がると、そのままにしてあった魔法陣の中心へと歩む。
「すまないな、お前らにも迷惑をかける」
「Don't worry. (気にせずに)」
「Take a good journey. (良き旅を)」
「それに、嫌な役を押し付けたな」
「今更だな」
「大丈夫ですよ、わたしたち待ってますから」
「ふ……」
リインフォースは自らを囲む人物全員を見回すと、小さな頬笑みを湛えながら、目を閉じた。
「それでは、行ってくる」
あの日と同じように雪が降っていた。
上に向けた手のひらに乗っては溶けては消えていく雪を眺めながら、はやては白い息を吐いた。
とても寒い。だけどどうしてか外でこうしていたかった。
「感心しないな、こんな時に外にいるのは」
「ええやん別に」
「風邪を引くぞ?」
「大丈夫。もう家に戻るから」
「どうしてだ?」
「だって、なぁ……」
ゆっくりとはやては自分の真後ろに振り返る。
悲しくもないのに涙が零れそうだけどそれをどうにか我慢して、笑顔を浮かべると、それと共に言葉を送る。
「おかえり、リインフォース」
「ああ、ただいま……」
そっとリインフォースの手がはやての頭の上に薄く積もった雪を払った。
それは温かい手だった。
冬も過ぎ、春の香りがしてきた三月。
海鳴にやって来てから六度目の春だ。
「♪」
とあるマンションの一室で、鼻歌を歌いながらフライパンを巧みに扱う女性はリンディ・ハラオウン。現在はアースラ艦長の座を退き、総務統括官へと栄転している。
「む……牛乳が切れるな」
「あら、じゃあ帰りにでも買ってこないといけないわね」
「ああ、お願いする」
冷蔵庫に頭を突っ込んでいたのはルーデル・テスタロッサ。ハラオウン家の養子になることはなかったが、同じ屋根の下でほとんど家族同然に過ごしている。
日課である体操を終え、シャワー上がりの牛乳をぐびっと飲み干した。
「いつも言っているけど、もうちょっと女の子らしくできないの?」
「善処はしているのだが……」
困ったように答えるが、リンディの反応はため息。
少女であった時代は遠い昔でも、今や身長はリンディを越え、体つきも女性らしくなった。スタイルは男女を問わずの理想の的、姿勢もいいし黙って立っていれば素晴らしい美人であるというのに、本人に自覚がない。
口調は相変わらずだし、やることなすことがいちいち男らしい。男前と言えばそうなのかもしれないが、バレンタインデーの度に山のようなチョコレートを受け取ってくるのはなにか間違っているとリンディは思う。
この前などついに「彼氏にしたい管理局員ランキング」で堂々と7位にランクインしてしまった程である。たまたま彼女が「お姉さま」などと呼ばれているのを聞いた時は人目を忘れて頭を抱えてしまったくらいだ。
「ああ、そうだ。今日はレジアスとゼストのついでとしてどっかのお偉い主催のパーティに出なくてはならないから、私の分の夕飯はなくていい」
「あらあら大変ね。でもお酒はまだだめよ」
「あんなドレスを着せられるんだ、せめてそれくらいの役得があってもいいと思うのだが……」
「いーえ、いけません。まだあなたは15歳なんだから」
「ううむ……」
現在ルーデルは地上本部の首都航空隊所属である。
彼女のプロジェクトFという出自を考えると危ない方面から手が伸びることも考えられたため、リンディとしては自分の目が届きやすい本局においておこうと思い、六年前になのはたちも含めて「地上本部が本局より重要度が劣るっていうことはないけれど、仕事も多いし出撃回数も多くて学生との両立は難しいわね」と言ったのだが、忘れてはいけないことに相手はルーデルであった。話を聞くや否や「なに!? 出撃が多い? それは素晴らしいなよし私は地上本部へ行く!」と即決即断。取り付く島もなかった。
地上本部も、Sランク級魔導師(当時)が自ら望んでくるなど滅多にないこともあって、お前らどこから金出した金欠じゃなかったのかとばかりの高給与で彼女を抱きこんでしまった。しかもいきなり三等陸尉待遇である。
さすがに地上本部でも反対する者が現れたのだが、あの強硬派として知られるレジアス・ゲイズが「前科者なのは気に食わんが、陸が高ランク魔導師を手中にする機会などそうそうない以上、仕方あるまい」と言ったために決定したらしい。
勿論実力は折り紙付きで、ゼスト隊所属時には戦闘機人プラントの破壊を遂行するなど、あれよあれよといううちに三等陸佐。今では首都航空隊のルーデル隊と言えばゼスト隊と並ぶ地上の大エース部隊であり、ミッドチルダの治安向上に大貢献をしている。あまりの嬉しさにあのレジアス・ゲイズが本局高官からの嫌味を笑顔でスルーしたという逸話もあるくらいだ。
海よりも身近な存在だし安心して暮らせるようになるからという理由だけでなく、彼女自身の容姿の可憐さと、出撃したいがために功績を誇るどころか仲間に分けてしまうその姿勢とで、ちょっと余波被害が大きすぎると苦言がありはするが、概ね市民からは熱狂的な支持を受けている。これは管理局に出資する政府の高官や大企業の重役たちの間でも同じで、本人の好き嫌いに関わらず、何かと会食に呼ばれることも多いのだ。
「それよりも、さっさと朝ご飯食べちゃいなさい。さすがにこんな日に遅刻はだめでしょ?」
出来立てのベーコンエッグが乗った皿をルーデルに渡す。
――でも裏じゃあ「閣下」とか呼ばれて畏怖されてるのよね……この子。
「ほな、行って来るな?」
もうすっかり自分のものだという自覚も根付いた二本の足で立ち、玄関で八神はやては振り返る。
現在彼女は一等陸尉でルーデル隊の副隊長……と言う名の実質隊長をしている。ひたすら出撃することしか頭にないのがルーデルなので、結局部隊の色々な書類仕事は彼女の仕事のなってしまうのだ。当然、ルーデルの出す余波被害に対する謝罪や賠償の手配もである。
その職務の大変さは、当初は旧闇の書の主ということで色眼鏡で彼女を見ていた局員も、あまりの不憫さにすっかり偏見を無くしたほどだ。
ちなみに以前過労で倒れた時、夢の中でなのはと五人の男に祝福され、某後援会の会員になっていたりする。
「はやて行ってらっしゃい」
「はーいいってらっしゃいはやてちゃん」
「お気をつけて」
「道中気を抜かれませぬよう」
順番にかかってきた声は、はやての大切な家族である守護騎士の四人。
家族最後の一人が、広げていた新聞から顔を上げて笑みを浮かべる。
「今日は有給も取ってあるからあとで式に参加するが、あまり無様な姿を見せないようにな?」
「そんなことせんわ!」
「ふっ、ならいい。気をつけて行ってこい」
赤い瞳を細くして笑ったのはリインフォース。
こちらもルーデル同様にかなりの美人なのに、本人にその自覚がなくシグナムを越える男前。八神家を知る人物全員からは「八神家のお父さん」という称号を貰い、昨年の「彼氏にしたい管理局員ランキング」ではルーデルとの女性同士のデットヒートに勝利し六位に食い込んだ(これは教導隊として様々な部隊に顔を出していたことが勝因ではないかと言われている)。
元々前世では道場で後進の指導に当たっていたこともあり、現在は本局航空戦技教導隊の教導官となって局員の指導を行っている。広域殲滅魔法などの対集団魔法の他にも遠距離魔法を持ち、接近戦は言うまでないこと、さらにミッド式とベルカ式と両方を扱えるということからとても重宝されている。
今では「陸のルーデル、空のリインフォース」という管理局最強コンビの一角として数えられるほどだ。
そのため、戦技披露会で両者の対決を望む声は大きいのだが、その話が持ち上がるたびに緑髪の妙齢の女性を中心としたある集団に潰されている。なんでも「死人が出かねない」かららしい。
「そんなん言うんならこなくてもええんよ?」
捨て台詞を残してはやては学校へと向かう。その顔には笑みが浮かんでいたが。
「あ、やっときた! ルーデルちゃん遅いよー!」
「む、すまないな待たせた」
額に手を当てて遠くを眺めていたのは高町なのは。
彼女はなんと本局の執務官である。なのはが執務官になるのには色々とあった。
なのはの適正自体は武装局員向きだったのでリンディやクロノたちもそれを、特に教導官を目指すことを勧めたのだが、本人曰く「そういうのはルーデルちゃんやリインフォースさんみたいに生粋の武人向きだと思うんです」となにか悟ったような表情で返されなにも言えなかった。
結局、二回試験に失敗はしたが不屈の心で三度目の正直を呼び込んだなのはは、執務官試験に13歳という若さで合格したのだから選択ミスではないだろう。
あのルーデルにまともにがつんと意見を言える人物であり、また彼女の被害者の気持ちをよく理解しており真摯に相談にのってくれるので、密かになのはは局員から尊敬されており「管理局の白い天使」とも呼ばれている。ルーデルの大暴れに対して胃を痛める者同士だからか、最近妙に上司であるアースラ艦長クロノ・ハラオウンと仲がいい、というのはアースラの乗員の一致した見解であった。
たまにではあるが突然休暇中にやってきては「出撃だ! 休んでいる暇はないぞなのは!」と拉致同然に戦場に連れて行かれることを除けば、はやてにルーデルのお守りの大部分を押し付けることに成功してもいるし、ちゃっかり一番の勝ち組かもしれない。
「あんた最後の最後まで遅いのね……」
「まあまあアリサちゃん」
「というより、一番に来てたら夢じゃないかと思うんやけど」
ルーデルに呆れた表情を見せるアリサに、苦笑しながらそれを宥めるすずかという変わりのない五人の面子。
「最後くらいしっかりしようよ」
「とはいえなのは、せっかくの卒業式だ。つまらないことはどうでもいいではないか」
「ルーデルちゃんは小さいこと気にしなさすぎなの!」
相変わらずの毎日だった。
『後書き』
とりあえず閣下の続き。なんとなく舩坂さんも登場させる。
A’sは色々書きたいとこ多すぎて無印みたいにダイジェスト的に削るのが大変だったので、中盤はずばっとさようなら。最後の方もSSではただ技名叫ぶだけになりそうなフルボッコシーンもすっ飛ばし。なので今回もクロノの出番はほぼなしだごめんクロノ。まあそれでも長いけど。
それにしても15歳時代はどうしてこうなった。なのは執務官とかなぜか恐ろしい調査が行われそうだ……
クロなの気味なのはマイジャスティスだから許してね。