煌々と火が燃え続ける―
橙色を交えた紅の炎の中からは、時折パチッ、パチッと木がはじける音が辺りに奏でられる。
木や草を燃やして昇る火は、まるで蛇がうねるようにも、風に揺れるカーテンのようにも見える。
灰色の煙が立ち上る火の周りには、既に黒く炭化した塊がゴロゴロと転がっていた。
3つ,4つ,5つ...いくつあるかは定かではないが、あるモノはその表面にわずかながら火を纏わせており、またあるモノは湯から上ったばかりのように、その身から白い煙を上げていた。
その景色を、一人の少年が見つめていた。
朝日か夕日に当たっているかのように橙色に染まる少年の顔には小さくも、あちらこちらに傷が刻まれ、燃える火と同じような紅の髪が印象的である。
そして両手には何の材料で作られたかは定かではないが、革をなめして作られた手袋がはめられている。
その少年、ジョルジュはおもむろに地面に置かれた木の枝を拾い上げた。
枝はまだ水分を含んでいるのか、折れた枝の断面は湿り気を帯びていた。
ふいに、ボコッ、ボコッと火の中からなにか、土を押しのけて出てくる音が聞こえてきた。
ジョルジュは木の枝を火の中へ入れ、それを巧みに動かしながらそれらを外へと出した。
地面には周りに転がる黒い塊同様、表面が黒く炭化したモノが少年の足元に集まった。
ジョルジュは手袋に覆われたその手を、黒い塊へと持っていき、ぐっと力を入れた。
バリバリバリっと破ける音が響き、その瞬間
もわっと白い湯気が上がった。
「モンちゃーん!!!焼けただよー!!」
「・・・・アンタ達...何してんのよ?」
長く感じられた午後の授業が終わり、明日の休日に何をするかで生徒達がざわめく日。
ルイズは女子寮から少し離れた場所で焚き火をしているジョルジュを見かけ、トテトテと近づいてきた。
ルイズがジョルジュのそばまで来ると、どこから持ってきたのか、焚き火のそばに置かれた椅子に座ってモンモランシーもいた。
そして二人とも、手に湯気の立つ何かを持ちながら口をもごもごとさせていた。
そばにはバターやクリームなどが入った木の箱が置かれている。
「いんやさ?この前オラ実家に戻ってただろ?その時実家の畑で採れたイモ持ってきたから、学校で作ったハーブと一緒に焼いていたんだよ」 ムグムグ
そう言ってジョルジュは、焚き火のそばに転がる黒い塊を拾い上げてルイズに見せた。
表面の黒いモノは焦げた紙であり、紙を破くと中からはハーブの緑色の茎と、表面が少し乾いたイモが出てきた。形を見る限りでは、ジャガイモのメークイーンに似ている。
ドニエプル領では麦のほかに様々な作物を育てているのだが、その中にはジョルジュが見たこともない作物もあれば、逆に非常に地球の作物と似ているモノもあった。
このメークイーンに似たイモも後者の一つで、名前も同様に「ジャガイモ」であったため、そのことを聞いた時ジョルジュは、「案外この世界って地球と一緒なものが多いんじゃねえだか?」と考えたのであった。(中には全く知らない作物も見かけた。「ハシバミ草」と呼ばれる野菜を食べた時は、あまりの苦さに漏らしそうになったこともある)
「ちょっと夕食前にそんなの食べて大丈夫なの!?というか学院で焚き火しながら調理って何してんのよ」
ルイズは半ばあきれたような口調でジョルジュに言った。
そもそも学校で焚き火どころか料理する貴族なんて聞いたことない。
ルイズは改めて、この少年が普通とは大分ずれてることを再確認した。
「一つや二つぐらいなら大丈夫だよ~モンちゃんなんかもう3つも食べてるだよ?そだ!ルイズも食べるか?」
ジョルジュは紙を取り除いてイモを二つに割った。
白い湯気が割ったところからフワッと立ち上り、ジャガイモのホクホクとした白い実に染み込んだ、ハーブの優しくも心地よい香りが鼻先をくすぐった。
夕食前にお腹を空かせたルイズにとって、ジョルジュの何気ない言葉がまるで悪魔の誘惑のように体に響いた。
そしてそれに抗う術を、どうやら彼女は知らなかったようだ。
「・・・・そ、そうね!せっかく勧められたものを断るのは失礼よね!!一個いただこうかしら!!」
そう言ってルイズはジョルジュから焼きジャガ(ジョルジュが言うにはこの料理の正式名称であるらしい)を受け取ると、用意されていたバターをたっぷりとつけ、豪快にかぶりついた。
下品だけどしょうがないわよね?ナイフもフォークもないんだから モグモグ
ああ、確かにこれは美味しいわね…モグモグ なんというかこういうのって外で食べると美味しさが増すっていうか…モグモグ
このバターとの…モグモグ 組み合わせがいいわね…モグモグ 淡白な味に程よい味付けで…モグモグ あれ?クリームとかもあるの?モグモグ
モグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグモグ・・・・
その後、ルイズはすぐに2個目に手を伸ばした。
夕食の時間が迫るなか、女子寮塔そばの焼き芋の会は、ルイズを増やして進められていた。
ジョルジュはせっせと濡らした紙に、ハーブとジャガイモを一緒に包んで焚き火の中に放りこんでいく。
そして杖を出して何やら唱えると、まるで土が水になったかのようにイモがズブズブと沈んでいった。
どうやら土に埋めて焼いているようだ。
焚き火の番をしながら焼き芋を作っているジョルジュから少し離れた所で、ルイズとモンモランシーは談笑しながら「焼きジャガハーブ包み焼き」(命名ジョルジュ)を口に入れていた。
「そういえばアナタの使い魔どうしたの?もう傷は治ったんでしょ?今日は一緒に授業にも来てなかったし」 モムモム
モンモランシーはルイズにそう言うと、いつの間に用意したのか、グラスに注いだワインに口をつけた。
ルイズはすでに3個目をほおばりながら、さも不満そうに顔をしかめた。
「サイト?サイトは今日は傷の状態を確認しに保健室に行かせてたの。今は厨房に食事貰いに行っているわ。なんかあの決闘の後で気に入られちゃったらしいのよ」 モグモグ
それを皮切りに、ルイズは次々と不満を漏らしてきた。
あのバカ犬私の下着ダメにしたとか、最近メイドのシエスタにデレデレしてたりとかと、
次々とルイズは言うのであるがモンモランシーは半分以上は聞き流しており、ジョルジュも焚き火の管理に集中しているため聞いていないのだが、気付いていないルイズは次々と口から不満を垂れ流した。
しかし時折、口にイモを運ぶのは忘れなかった。
ルイズの愚痴が一通り済むと、モンモランシーはグラスに残ったワインをクイッと飲み込み、ジョルジュの方へ差し出した。
「ジョルジュ。ワインついで」
「ハイだ!!」
先程まで焚き火をしていたはずのジョルジュが、いつの間にかモンモランシーのそばにいた。
そしていつの間にか手に持っていたワインの瓶から、モンモランシーのグラスへとついで言った。ルイズはそれをポカンと見ていたが、やがて思った事を口にした。
「ハイだって...モンモランシー、アンタ達いつから『主人と下僕』になったのよ...」 モグモグ
モンモランシーはクルッとルイズへ向くと、さも意味ありげにニコッと笑った。
そして優しく、しかしどこかしら威圧感を纏わせながらルイズに説明した。
「アラ、これはジョルジュが進んでやっているのよ?ジョルジュッたら私が上げた香水をその日に落としているの。ギーシュが拾ってくれたからいいけど…人様から貰ったモノを落としたんだからそりゃ私だって怒るわよ。だからジョルジュはお詫びに一か月間何でも聞いてくれるって言ってくれたの。ね?」
それを聞いたジョルジュは慌てて抗議した。
「そんなモンちゃん!?最初は3日で始まったのにまた増えてるだよ!?なんか雪だるま式に日数が増えてる気がするだ・・・って痛い痛い痛い!!笑いながらつねらないで!!」
ルイズは目の前でじゃれる2人を見て、なぜだか心の奥から、イライラが湧きあがるのを感じた。
なんなのこの二人?バカなの?バカップルなの?もう結婚すればいいんじゃない?
というかこんなに仲良かったらギーシュ初めから勝ち目なかったわね…
あっ、でもギーシュ最近ケティって娘と付き合ってるらしいわね…なんかギーシュが申し込んだって聞いてるけど…
「・・・・ルイズ?」
ルイズがそう頭の中で考えていると、モンモランシーが喋りかけていたのではっと彼女の方に顔を上げた。
隣では少し顔を赤くしたジョルジュが目に涙をためて頬をさすっていた。
「まあ状況がどうであれ、平民が貴族のメイジを倒したんだから、そりゃ憧れの的にもなるわね~それにあなたの使い魔かなりの剣の使い手なんでしょ?明日は虚無の曜日だし、剣でも買ってあげたら少しは言うこと聞くようになるんじゃない?ジョルジュ!バター持ってきて!」
「サイトに?・・・・まあ確かにアイツは私の使い魔だしね…私を守らせるために剣ぐらいは必要かも・・・・あっ、ジョルジュ私もう一個食べたい。あとオニオンクリーム」
「2個欲しい。あとハシバミドレッシング・・・」 モギュモギュ
「ルイズもまだ食べるだか!?よっぽど気にいった...ってタバサァ!?いつの間にいるだかよ?」
モンモランシー、ルイズの座る椅子のすぐ後ろに、一体いつから居たのか、自分の体より長い杖を持ったタバサが立っていた。
その手には杖のほかに、なぜかジョルジュが焼いたジャガイモが握られており、既に四分の三は消えている。
「タバサ!?あんたいつから居たの?全く気付かなかったわ!」
ルイズが叫ぶとタバサは口を動かすのを止め、
「ついさっき...外からいい臭いがしてきたから...やってきた」 モギュモギュモギュ
タバサはルイズに答えると、ジョルジュの方に顔を向けた。
「それよりも...ハシバミドレッシングを...この料理にはハシバミドレッシングが合う・・・」 モギュモギュモギュモギュ
「いや。ここにはねえだよタバサ...ってかそんなドレッシング聞いたことねんだけど...」
「なければ作って!!」モギュモギュモギュモギュモギュモギュ!!
「急に何言い出すだよこのコ!?」
その後、すぐに夕食の時間がやって来たのだが、何事もなかったかのように夕食を食べ進む女性陣を見たジョルジュは後にこう語った。
「『甘い物は別腹』って言うけど、あの3人を見てると『何もかもが別腹』て風に思えるだね」
「物理的なダメージに弱いねぇ。あのハゲ、いい情報をくれたじゃないか」
夜も大分更けた頃、オスマン学院長の秘書ロングビルは学院内のとある一室の前に立ち止まっていた。
彼女の前の部屋は宝物庫として扱われており、中には国宝級の宝をはじめ、市場に出回れば莫大な値がつくであろうモノが置かれているはずであった。
ロングビルは先ほど同じ教職員であるコルベールから、宝物庫にかかっている固定化の強さ、そしてこの倉庫の弱点などを聞き出していた。
もっとも、「聞き出した」というよりは「勝手に喋ってくれた」に近いが...
「あのコっぱげ、『どうでしょうか?今度一緒にご食事でも』って私がアンタになびくわけないじゃないかっての!もう少し人の本性を見るようにするんだね。だから盗まれることになるんだよ」
ロングビルはそう呟くとニヤリと口の端を吊上げた。
そしてロングビルは通路に誰もいないことを確認すると、宝物庫の扉を入念に調べ始めた。
材質は木で出来ているようだが、見るからに分厚く造られているようだ。コルベールはかなり強力な固定化がかけられていると言っていた。これは正面からでは侵入出来そうにない。
「こりゃやっぱり外から行くしかなさそうだねぇ...外行ってみるか」
一人愚痴った後、ロングビルは外へとつながる階段をコツコツと降りていった。
もう季節は春とはいえ、夜はまだまだ冷え込むらしく、風が吹く度にロングビルは肩をすくめ、もう少し厚着してくれば良かったと愚痴った。
ザクザクと歩を進めるロングビルは、丁度見上げると塔が目の前にそびえる場所までやってきた。
塔の上部は、壁を通して宝物庫へつながっている。魔法できっちりと切り揃えられた当の外壁は、いかにも侵入者を寄せ付けないようそびえ立っており、物理攻撃に弱いといっても壊すとしたら相当な苦労はするだろう。
ふと寮の方に目をやると、まだ起きている生徒がいるのか、いくつかの部屋の窓から明かりが漏れている。
ロングビルはしばし外壁を見ていたが、やがてフゥとため息を吐くと少しずれた眼鏡を直した。緑色の髪が、春の夜風にさらっとなびいた。
やっぱり、ゴーレムで外壁を壊してそこから侵入するしかないな。そして盗んだら...
―おや。そこにいらっしゃるのはロングビル様ですね?―
ロングビルの心臓はドキンと跳ねあがった。
気配さえも気付かず、直接頭に響いてきた声にロングビルは思わず杖を引き抜いて周りに目をやった。
すると10メイルばかりのところから近づいてくるモノがいた。
ロングビルは最初、平民の女性かと思った。しかしそれは女性というか人間ではなく、頭には大きく伸びた葉っぱが歩くたびに上下に揺れていた。
「えっと...あなたは確か...ミスタ・ドニエプルの使い魔の...」
―アルルーナのルーナと申します。以後お見知り置きをロングビル様―
ルーナはロングビルの近くまで寄ると、ぺこっと頭を下げた。
ロングビルはルーナの事を見かけたのは一度だけであった。偶々学院の広場を歩いている時、体に蔓を絡ませて歩くルーナを遠目で見ただけである。
後は他の教師や、生徒から聞いた話だけであるが...噂では相手の頭の中に直接話かけてくると聞いていたが、なんだかひどく気味が悪い。
まるで頭の中を全て見られているような...
ロングビルはそう考えながらルーナにじっと目を向けながら、やがてゆっくりと杖をしまった。
ルーナは暗くて分かりづらいが、にこっと笑っている。
そしてルーナはロングビルへと再び話しかけた。
―ところで、ロングビル様はこんな夜更けにどうして外へ?もう草木も眠る頃ですのに...まあ、私は起きていますけど―
ルーナはクスクスと笑った。
ロングビルもそれに合わせて笑うそぶりを見せるが、内心は冷や汗をかきっぱなしであった。
ロングビルは無理やり笑顔を作ると、
「え、ええ...ちょっと眠れなくて...気晴らしに散歩してたんです。ルーナ..さんも、こんな夜更けにどうしたのですか?」
―私はこの時間に歩くのが日課なんです。マスターに呼び出される前は、いつもこの時間に世界を歩いていたので―
ルーナは笑顔のまま、ロングビルに言った。ロングビルは直感的に、このままいたらマズイと考え、そろそろ話を打ち切って部屋に戻ろうと判断した。
幸い、この使い魔は自分の「正体」は知らないようだし...
「あのルーナさ―ところでロングビル様。私たちアルルーナがどのように生まれてくるかはご存知ですか?―
ルーナの質問に、ロングビルの思考は一瞬停止した。
その後、すぐにルーナが尋ねた質問の意味を考えたが、なぜ急にそんなことを聞いてくるのかロングビルには分からなかった。
ルーナはロングビルの返答を待たず、ロングビルへと語りかける。
ロングビルの頭では既に警鐘が鳴り響いている。
ヤバい・・・すぐにここから離れないと・・・
―私たちアルルーナはですね。他のマンドレイクとは違って条件があるんです...盗賊や盗人が死んだ時、その体液が染み込んだ地面からでしか完全なアルルーナは生まれてきません。まあ私も最近はちょくちょく種を落として、それが育ったりしているんですが、すぐ死んでしまったりとか、魔力がなかったりとか、やはり完全な子は生まれないんです。やはり『盗人』の死んだところではないと...―
何の話をしてくるんだこの使い魔は!?
バレテいる?
私の正体が?
いやそれよりも早くこの場から逃げ出したい。頭に響く一言一言がプレッシャーに感じる...
ロングビルからは既に余裕がなくなっていた。
足は小刻みに震え、背中にはゾクゾクと寒気が這い上がってくる。
向かいに立つルーナはやはり笑みを浮かべてロングビルの方を見ている。
―だからですね。私は「あの!!わ、わたし眠くなったんでそろそろ戻ります。おやすみなさいルーナさん...」
それだけ言うと、ロングビルはルーナに背を向け、部屋がある塔の方へと早足で戻って行ってしまった。
ルーナは少しの間立ったままであったが、少し小首をかしげながらトコトコと反対側に歩いていった。
―「素行が悪くならないように、結構子育てはしようと思うんですよ」って言おうとしたんですが...慌てて帰って行ってしまったから何とも歯がゆいですわ―
そう頭でぼやきながら、ルーナは自分の寝床である花壇まで着くと、大きく空いた穴に自分の体を埋めていった。
―まあ、いくら「盗人」が近くにいるからって、殺したりはしませんよ。ロングビル様もあんなに動揺しなくてもよろしいのに―
顔が地面に潜る直前、ルーナの顔がわずかに微笑んだ。