「――好きです!付き合ってください!」
真っすぐに伝えられた想いのたけ
校舎裏に呼び出されて二人きり。なんてベタなシチュエーション。
校門から連なる桜の木には、満開の花がついている。
桜吹雪の中の告白。雰囲気もばっちりだ。
そして自分は告白される側。
中学三年生。卒業式が終わった後、後輩に。
こうもはっきりと好意をぶつけられれば悪い気はしない。
――ただ、自分自身の中でいまだ完全には割り切れてはいないのだ
こちらが何も返さないのが不安なのだろう、眉を寄せちらちらとこちらを伺う後輩。
相手は正々堂々と向かってきたのだ。こちらも真摯な答えを返さねばならない。
ならない、のだが――
「ごめんなさい、今は誰とも付き合う気はないんだ」
――逃げだ。
傍から見たならば、ただ単にそういう気がないから断ったととれる。
実際、そういう気にはならないから断った。
だけど、自分だけは分かっている。普通に断っているようでいて、その実真剣に相手に向き合ってなどいないのだ。
「そう――です、か……」
目に見えて落ち込む後輩。
いたたまれなくなって、心にもないことを言ってしまった。
「――――」
――これが間違いのもとになるとも思わずに。
ほんの気まぐれで、言ってしまったのだ。
それを聞いてしばらく立ち尽くした後、勢いよく頭を下げて走り去っていく。
後には一人佇む自分と桜吹雪。
自分で言うのもなんだが、そこそこ絵になる光景なんだろうと思う。
自惚れるつもりはないが、自分は十分――美少女、と呼べる容姿をしているだろうから。
――しかし、以前どこかこの場面に似たシチュエーションを客観的に見たことがあるような気が……
まぁ小説やゲームにありがちなベタなシチュだしな。そう感じることもあるだろう。
その時はそう断じて、踵を返し、その場を後にした。
その時、小さな疑問だろうと捨て置かずに、ちゃんと思い出しておくんだったと後悔することを、俺はまだ、知らなかった。
自分こと、九条楓には前世の記憶がある。
そのことに気がついたのは、物心がつき始めたころだった。
最初はそれはもうパニックになった。わけもわからず喚き散らした。
……今思い返すと恥ずかしいことこの上ない。
前世の自分は、学生のうちに死んでしまった。ろくに親孝行もせず、むしろ泣かせてばかりだったように思う。
だからこそ、今の両親にはめい一杯親孝行をしたい。
……幼少時代は色々と心配をかけただろうこともあるだろうし。
前世の記憶が蘇ったとき、パニックになったのは小さくなっていたというのもあるが、それだけではない。
あったはずのものがなくなっていることもそれに拍車をかけた。
そう、前世の自分は男であったから。
ナニがなくなっていたらそれは慌てるだろう。むしろ泣いた。あの時自分は何を口走っていただろう……。
思い出したくない過去である。黒歴史だ。
落ち着いたように見られた後も、女性になったことが認められず、男の子に交じって遊ぶことが多かった。
女の子の遊びなんて恥ずかしくてとてもじゃないができなかった。
それも両親を心配させる一端だったのだろう。せめて格好だけでも、と可愛らしい洋服を何着も買い与えられた。
それを着て遊ぶことはほとんどなかったし、着ても泥だらけになって帰ってくることが常だったけど。
今思うと申し訳ない。
小学生の高学年まで、自分は男であるのだと言い聞かせていた。
女の子らしくなんてしてやるものか、と。
だが、ある二つのことを転機に、少なからず思いなおすことになる。
――初潮と、初めての告白、である。
ある日学校から帰り、家でのんびりしているときである。
体がだるい。熱があるのだろうか、と思い用を足し早めに寝ようと考えた。
用を足しにトイレにいって……
泣いた。今生二度目のパニックだった。親にすがりついて泣いて助けを求めた。
あれは体験してみないと分からない。女のほうが血に強いわけを身にしみて分からされた。
今まで手のかからなかった子が頼ってくれたのが嬉しかったのだろう、母は満面の笑みを浮かべ、世話をしてくれた。
お赤飯も炊かれた。自分の顔も真っ赤だった。
自分は、親からすれば気味の悪いことこの上なかったであろう。
子供らしくもない言動や行動をとる幼児。子供らしく見せようと演技しようとはしていたが、うまくいっていたとは思えない。
そうであろうに、変わらずに――むしろ今まで以上に愛をそそいで育ててくれた両親には感謝してもしきれない。
落ち着いた今では、本当にそう思う。
……むしろ溺愛されすぎて頭を痛めることもあったりするが。
そのできごとは前世の男性像にすがっていた今までの俺をたたき壊した。
己は女である、とより現実的に示されたのだ。認めざるを得なかった。
それと同時期に、同級生の男子から告白された。
断りはしたが、それは男から自分が女として見られている、ということを知らしめるには十分なできごとであった。
母親に相談すると、ようやく自覚を持ってくれたと喜び、女の子としての振る舞いを手とり足とり教え込まれた。
もちろん満面の笑みだった。
その二つのできごとは、自分を女であると知らしめるだけでなくどこか夢のように感じていたこの世界を自分にとって現実であると知らしめる、という結果ももたらした。
今まで見えなかった両親の愛に気づくようになり、中学からはいいところを見せようと運動、勉強にうちこみ、いわゆる優等生を演じるようになった。
両親も結果を出すたびに褒めてくれ、それが自分にとっても嬉しかった。
一人称も妥協案として使っていた『僕』から『私』を使うようにし、心配をかけぬよう努力した。
――だが、ある一点、両親を不安にさせることがあった。
色恋関係である。
溺愛する娘に妙な虫がつくのは許せないが、浮いた話の一つもない、というのは心配させるに十分なことであったようだ。
女らしく振舞うようになってから、目に見えて美しくなっていく娘である。
誰これから告白された、という話はすることはあるが、好きな子はいるのか、という話は出てこない。
中学三年間、まったくないとなれば、尚更であった。
ちなみに中学に入るころにはもう女の子に対しそういった感情は持てなくなっていた。
ふとしたしぐさなどにドキッとさせられることはあれど、恋愛感情を持つには至らない。
だからといって、男に対してそういう感情を持つのも、前世が前世なのでいまだ難しそうだった。
中学では、男嫌いであると噂されていたようだ。
そうやって色恋沙汰では両親をやきもきさせつつも、成績優秀、文武両道を通し、中学卒業に至った。
その際卒業式の後にあった告白など、頭からすっかり抜け落ちていたのだ。
いつものことだ、と。
小さなことと捨て置かず、ちゃんとその時に抱いた疑問について考えておくべきだったのだ。
すでにこの世界が自分にとって現実であると認識しているからこそ、気付かなかったのかもしれない。
そして高校二年生になっての入学式。
物語は、動き出す。
「新入生総代――日下部裕樹」
「――はい」
新入生代表が呼ばれる。
在校生の席から、壇上に上がった生徒の顔を見る。
――目があった?
ような気がしたが、気のせいだろう。
顔立ちは幼いながらも、凛々しさの伺える少年から青年に移りゆく様子がその顔立ちからうかがえる。
……ありゃあ、もてるだろうなぁ。
イケメンである。総代になるのだから、頭もいいことになる。
あれで性格もよければ完璧だろう。まるでゲームの主人公のような……
と考えたところで、ふと頭に引っかかった。
何かを思い出しかけている……それが何か分からなくてもどかしい。
そう頭をひねっているうちに挨拶は終わったようだった。
そして、席に戻る道中――
嬉しそうにこちらを見る彼がいたのに、気が付かなかった
放課後、下手箱の中に手紙、という今時ないような手段で呼び出される。
またかと思いつつも、無下にするわけにもいかず、指定された場所まで行くことにした。
満開の、桜の木の下。
中学の卒業式の後のあの場面の、焼き直しのような。
そこにたたずむ男子生徒。
先の入学式で見た――
「日下部裕樹君……だったっけ。何の用かな?」
微笑み、話しかける。
入学式から感じていた違和感が思い出したようにだんだんと強くなっていく。
なんだこれは。俺はこれと同じ場面を――見たことがある?
声を聞いた男子生徒、日下部裕樹は、なぜか少し悲しそうな顔をした後
「久しぶりです、九条先輩。先輩に言われた通り、新入生総代になって、追っかけてきちゃいました」
そう言って彼は笑う。
その言葉に卒業式のあの場面がフラッシュバックした。
「言いましたよね、九条先輩」
そう、言った。言ってしまった。
―― 私の入る高校、県一の進学校だって、知ってるよね? ――
―― 一年後、私のことがまだ好きで、新入生総代になって追いかけてくるような気
概があるなら……考えちゃってもいいかもね ――
そうして彼は実際にやってみせた。
「俺はまだ、あなたのことが好きです。……考えて、くれるんですよね?」
さすがにここまで一途に思われると、照れる。顔が赤くなっているのが分かる。
そしてここまで来て、ようやく感じていた違和感、認めたくなかった事実が頭に思い浮かぶ。
―― 一途に恋を貫くか。それとも新しい出会いを見つけるのか。 そんなキャッチフレーズで発売された恋愛アドベンチャー
『SincereHearts』
この世界は、その舞台。そして――
彼、日下部裕樹は主人公。
自分はそのゲームの、いわゆるメインヒロインだという、事実が
続く?
◆◆◆◆◆◆
さて、プロロ―グでした。
駄文にお付き合いいただきありがとうございます。
へたれTS大好きです。主人公もへたれさせます。
転生してヒロインになったら面白いかも、という意見は聞けど、見たことはない。
なので書いてみたらこうなった。
後悔はしていない。
追記:「小説家になろう」様にも投稿しました。長いこと音信不通で申し訳ありません。書き方が変わってしまっているかもなので、リハビリしつつになり、以前のような速度は出せません。修正が終わり次第、こちらも追記していこうと思います。