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[21719] 赤目のシャルロット(現代FT R-15 GL風味 チラ裏から)
Name: リリック◆6de4ea34 ID:ca14817a
Date: 2010/11/01 13:53
 初めまして、リリックと申します。
小説を投稿するのは今回が初めてです。
かなり趣味で書いていますが読んでもらえれば幸いです。
チラ裏からオリ板へ移動しました。

ちなみにR-15とありますが、多少性的表現が出てくるのでご注意ください。
現代に転生した魔王が前世で宿敵だった聖女といちゃいちゃしたり、一緒に敵と戦ったりする話です。
百合ん百合んですが結構えっちありな感じ。(直エロなし)
FTと恋愛は半々くらい。
また、男性キャラも多数登場します。

主な要素は以下の通り

現代ファンタジー·ガールズラブ·主人公変態
転生·魔王·ラブコメ·等々。









更新履歴
2010/09/05 17:44 一話前編 投稿
2010/09/05 17:46   後編
2010/09/07 14:09 2話前編
2010/09/09 2話前編を加筆修正 
2010/09/11 2話中編を投稿 各話にタイトル追加
2010/09/14 2話後編を投稿 登場人物一覧を追加
2010/09/17 幕間を追加 登場人物を加筆
2010/09/18 3話その1、その2 を投稿
2010/09/19 3話その3を投稿
2010/09/21 3話その4を投稿
2010/09/24 3話その5を投稿
2010/09/26    3話その6を投稿
2010/09/27 全体的に推敲中 そろそろ慣れてきたのでオリジナル板に移動
タイトル変更検討中
2010/09/28 三話 その7を投稿
2010/10/01 三話 エピローグを追加
210/11/1 4話追加



[21719] 1話 魔王と聖女 前編
Name: リリック◆6de4ea34 ID:ca14817a
Date: 2010/09/27 15:46
 私はいつもの夢を見る。とても、とても現実じみた夢。
 踏みしめる血に塗れた大地、手に握る鋼鉄、そして死の匂いのする風これらすべてがまるで現実のように生々しい。
 しかし、モノクロカメラで撮った写真のように色あせ、ところどころぼやけた世界。
 だから私は此処が夢だということを直感で悟る。
 
 夢の中で私は暴君だった。
 誰よりも強い力を持ち、力に怯えるものはすべてが跪いた。
 誰よりも魔導に優れ、指先一つで世界を支配した。

 歯向かう者はすべて殺した。恐怖に怯えた彼らの顔は私にとっての御馳走だ。
 女は凌辱した。初めは抵抗した女たちもやがては快楽に溶けて、堕落しきった声で私の愉悦を満たしてくれた。
 私は絶対なる力で、己が成すことを成した。ただそれだけだ。
 そして人々は私を指して一つの呼び名を付けた。
……すなわち、魔王と。

 だが、そんな私にも終焉は訪れる。
 魔王の圧倒的な力を前にしてなお、私に抗うものが現れたのだ。
 どれだけ叩きつぶし、命を辱めようとも、彼らは決して諦めなかった。
 それどころか、仲間の死を乗り越え、力を会わせ、固い結束を持って私に対抗した。
 滅びる部下。敗北する軍隊。
 彼らの奮闘ぶりに、私たちは次第に追い詰められていった。
 ついに私の城にまで彼らの手が届く。

 私の最後の戦いが始まった。

 美しい聖女が彼らの中核だった。
 理知的な顔で少し強気な彼女。
 かつて何度も凌辱し、それでも私に屈しなかった女性。
 彼女を見て、つい思ってしまう。何故私のものにならなかったのかと。
 彼女は美しく、気高い。私はそれが気に入り、力ずくで己のものにしようとした。
 その願いは叶わず、彼女は私の手の中から離れて行ってしまった。
 聖女の隣にいるのは勇者。彼女達を率いる若い男。
 私の手から聖女を奪った憎むべき存在。我が敵たちの希望。
 奴が憎い。殺してしまいたい。その顔を絶望に染めたい。
 けれどそれは叶わない。

 勇者の剣が私の胸を貫いた。
 
 胸が灼熱のように熱くなり、口から何かがこぼれ落ちる。
 それが血だと行くことに気づくまで数瞬。
 私は敗北したことを悟った。
 
「これが貴様が今までしてきた暴虐への報いだ。貴様が今まで犯した罪、それがどれほどのものか思い知れ!」

 勇者が憎しみの言葉を吐き捨てる。その表情は血走っていて、どれだけ私を憎悪していたか嫌でもわかる。

 だが、私が死ぬ、だと。ははっ。
 愚かなことを言うものだ。
 勇者に見せびらかすように笑みを浮かべる。傷口が広がるが構わず、ありったけに勇者を見下す。
 私の最後の意地。最後の時まで強者たるための。

「――くくっ。……残念だったな。私は……死なぬ!ここで肉体が果てたとしても、いつの日か蘇り……世界を再び手に入れる。ははっ……その時には貴様はもう生きてはいまい……貴様ら人間は…せいぜい……私に怯えながら…過ごすが言い……くくっ、あーはっはっはっは」

 ザシュッ。
 視界がぶれ世界が反転する。勇者が私の首をはねたのだ。
 黒に染まる視界の中、最後に見えたのは私を憐れむように見る聖女の顔だった。
 私は聖女に手を伸ばそうとするが、ああ、既に体は無い。
 募る思いは届かない。
 ――ああ、来世には彼女がいないのだな。
 それは本当に残念なことだ。


 赤目のシャルロット 第1話 前編


 夢から覚めるといつもの天井だった。

「ぬ~お~わ~」

 この夢を見たのはいったい何度目だろう。
 10歳を超えたころから夢を見るようになり、最近では特に頻繁に繰り返される。
 夢の中の自分は魔法によって人間を超えた魔王となり、暴虐の限りを尽くしていた。
 その中身は毎回異なる。戦場で剣をふるっていたり、魔法で城壁を破壊したり、玉座の上で臣下達に畏怖されたり、果ては女を犯していたり。
 だが最後は毎回同じ。
 魔王の城へと攻め込んできた勇者と聖女率いる一軍に打ち取られる。
 記憶に残るのはいつも最後に見た聖女の顔だ。
 彼女へ向けた思いは自分にも強く、強く刻まれた。

 夢を見るようになってもう何年もたつ。
 しかし、それは夢と言うには強烈な現実感を伴っていて、現に体は熱く、息が荒くなっている。
 まるで戦場に立った後のように。
 夢の出来事のはずなのに、剣を握った感触は手に残り、不思議な高揚感に包まれる。
 だが、そもそも、だ。これが最大の問題なのだが……。
 笑いながら人を殺し、女を凌辱して悦に浸る夢。
 それはどう考えても……

「17歳の乙女が見る夢じゃないだろー」

 彼女の名前は天城サツキ。現代を生きる女子高生である。



 今日もいつもの『日常』が始まる。
 天城サツキは市内の私立高校に通う17歳の高校生だ。
 家族は父、母、そして弟が一人。
 もっとも県外の高校を受験したため、現在は一人暮らしだ。
 家族との仲は……正直、いまいちだ。乙女には悩みが多いのである。
 身長は170cmと女性にしては高く、スタイルもいい。目立つのが腰まで伸ばした闇のように黒い髪。
 本人はあまり自覚していないが、男女ともに人気も高い。何気に美人なのだ。
 ちなみに今まで告白してきた人数は男性よりも女性の方が多かったりするのだが……

「魔王はきっと聖女に恋していたんだ」

 夢のことを考えながら、朝食の準備をする。思考にふけりながらも、鍋を持つ手はしっかりとして、慣れた手つき。
 ご飯とみそ汁と目玉焼き。日本人の朝食としてはごく一般的だ。

「自分の絶大な力を目の前にしても恐れない相手、気高い心に美しい容姿。魔王はそれに魅入られた。敵であり憎まれているって知っていても、それでも欲しいって感じた」

 卵をフライパンに入れてからふたをする。
 内容について考えるのは、夢を見た日の朝の習慣になっていた。
 もう7年も見続けてきた夢だ。何か重要なメッセージがあるのではないか?
 というかあの悪夢のような内容だ。心が病んでもおかしくはないと思うが、幸いにもサツキはこの年頃の女子にしてはやたら図太くなったくらいですんだ。
 おかげで動物の死体を見ても動じなくなってしまったのだが。

「だから体だけでも?それとも堕とそうとした?少なくとも聖女の中には魔王の存在は強く刻まれたんだろうけど―――出来たっと」

 目玉焼きを皿に乗せ野菜と盛り合わせて完成。ご飯をついで、みそ汁もお椀にいれる。

「どっちにしろ魔王は間違えた。暴力では彼女は手に入らなかった。手に入れたかった人は、その手からこぼれ落ちていってしまった。

 卵焼きと目玉焼き、サツキの周りには卵焼き派の方が多いが、サツキは目玉焼き派だ。半熟の黄味やつるんとした白味が大好きなのである。ちなみに醤油をかける。ソースは邪道だ。
 
「なら私ならどうしただろう?魔王と同じような状況になることはないだろうけど――」

 思考にふけるが答えは出てこない。気が付いたら既に朝食を食べ終わっていた。

「うーん。っと、いけね。もうこんな時間だ」

 時計に目をやると時刻は8時になろうとしている。サツキの学校は8:30までに入らなければならないので、結構危ない。
 ただでさえ最近は遅刻が多いのだから、そろそろ生徒指導室に呼ばれるかもしれない。不注意での遅刻は避けるべきなのだ。



「セーフ。セェーフ!」

 現在8:29分。
 極めてギリギリだが間にあった。教室の中にはすでに多くの生徒が席に付いている。
 サツキも彼らに習って自分の席へと向かった。教室の一番窓側で真ん中にある席。
 そのひとつ前の席には既に友人が着席していた。

「よう、さっちん。今日もギリギリだねぇ~」

 友人はサツキに気がつくと、張りのある明るい声で挨拶する。
 サツキより頭一つ背が低くて、ふわふわした印象のある女の子。
 黄泉路アカネ。サツキの前の席で、クラスでも特に仲のいい友人だ。

「おはよう、アカネ。なんとか間に合った!」
「今日もチャリでブッ飛ばしてたけど、今日はどういった理由なの?」
「いやぁ、ちょっと夢見が悪くて」
「ほほう、それはどんな夢なんだい?」
「別に変な夢じゃないって、ただ、いつもの」

軽く誤魔化して説明する。アカネはサツキがたびたび同じ夢を見ることは知っている。しかし、その詳しい内容までは知らない。あまり人に話す内容でもない。

「でも、すっごくエロい夢なんじゃない?前にウチに泊まりに来た時のさっちんは寝てる時の姿がとっても色っぽかったし」

 思わず女に欲情するとこだったよ。とアカネ。

「ちょ、ちょっとアカネ!?」
「ほんとほんと。吐息とかも、ハァ、ハァ、って凄かったんだから」

 アカネはからかい口調だが、そんな場面を見られていたサツキはたまったものではない。きっと自分は恥ずかしさで赤面してしまっている。

「あはは、ゴメンゴメン。冗談だよ。そうそう、借りていた小説なんだけど――」

 話の内容は趣味の話に移り、話しているうちに担任の南田がやってきた。
 今日もいつも通りのHRが始まった。



「そうそう、さっちん知ってるかい?でっかいニュースがあるんだよ」
「どうしたの?楠さんが別れたことならもう聞いたよ」

 昼休み。サツキとアカネは学食で昼食をとっているところだ。
 アカネはよく友人の噂をニュースといって広める。
 大抵が恋愛関係だが、サツキもまれにネタにされるので困ったものだ。
 自分に関するとある噂を積極的に広めたのも彼女である。

「ちがうよー。うっちーのネタはもう古いし!」
「いやいや。本人未だ凹んでるって!かわいそうだから古いとか言わないで」

 楠というのは二人のクラスメートで最近まで野球部のエースと付き合っていた。昨日彼氏の方が二股をかけているのが発覚し、破局となったわけなのだが……
 アカネはそんなことどうでもいいとばかりに胸を張って言った。

「いいかい、さっちん。あたしはすごいことを知っているんだよ」
「どんな?」

 サツキはそんなアカネを見ながら、パクリとチキンカツを一口かじる。
 口いっぱいに広がる鶏肉の味。学食相応の安っぽい味だ。
 アカネはそんなサツキを余所にえへんとあまりない胸を張った。

「実は明日、転校生が来るの!」
「ほうほう」
「もう!反応うすいなー。もっとすげー、とか、うほほおー、とかいいリアクションが欲しいよ」
「前者はともかくうほほおーって何のリアクションよ。そりゃま、確かに転校生は珍しいわね。どんな人なの?」

 転校生。なるほど、結構興味の持てる内容ではないか。

「うーんとね。わかんない」

 がくっ。サツキの頭が下がる。

「わからんのかっ!わからんなら何故振った!?」

 思わずツッコミ口調になってしまった。
 アカネは心外だな、という顔で。

「もう、さっちんはせっかちなんだよ。転校生が来るって言ったら、それだけでニュースになるようなものなの。ほら、どこかの御曹司だったりとか、お嬢様だったりとか、どんな人かを想像して楽しむのがいいんだから」
「そうなの?」
「そうなのさ!」

 えへん、とアカネは胸を張った。威厳のない平らな胸である。

「大企業の御曹司とかがやってきて、あたしを高級車で迎えに来てくれるの。きっと未来は夢のセレブ生活」
「アンタはもともとお嬢様だろ」

 サツキの知っている限りでは黄泉路グループは日本でも有数の企業集団だ。アカネの父親はそこの大株主で代表取締役だったはず。御曹司など選り取り見取りに違いない。

「あ、そうだった、てへ」
「だいたいその御曹司がとんでもない鬼畜野郎で、連れて行かれた先で監禁調教とかいうこともあるかもしれないじゃん」

 アカネはサツキの発言にうげっっと顔をしかめる。
サツキは気が付いていないが、日常会話の中で鬼畜だの調教だの使ってしまうあたり、しっかり夢の影響を受けているだろう。
 サツキはそうは言ったもののアカネが監禁調教される姿など、想像もつかない。
 そうなる前にSPの集団が戦車なり軍用ヘリなり持ち出して片づけてしまうだろうから。

「さっちんの例えは怖いよー。いいもん、そんな時はこのツトロン社製の遠距離対応スタンガンで撃退するから」
「あんたは学校になんてもの持ってきてんのよ!?」
「乙女の護身具だよ」

アカネが懐から取り出した黒光りするブツをみてサツキはげんなりした。
いつものことだが彼女の懐には護身用武器が何かしら入っている。

「だって今は危ないじゃん。ほらシャルロットちゃんの噂もあるし」
「――え?……あ、ああ!あれね。でも、あれは所詮噂だし」

 聞きなれた単語に一瞬ひやりとしてしまうサツキ。しかしアカネは気がつかなかったよう。

「うーん。それはそうなんだけど」

『それ』を再びしまうとアカネはツインテール頭を傾け、何かを悩むようなしぐさをした。

「ん~。でも、さっちんには夢がないよ。年下にすごい人気あるんだから、もっと恋とか楽しんでもいいと思うけどな~」
「うーん。アカネの言うことももっともだと思うんだけどね~」

 苦笑を浮かべて頷くサツキ。
 だって仕方ないではないか。興味自体はあるのに、魅かれる相手がいないのだから。
 エッチしたいとか、そういうのじゃなくて、好きになれる相手がいない。出会えないのだ。
 心に思い浮かぶのは、夢で見たあの人。あの悲しそうな目だ。
 だが何故だろう、興味はないはずなのに、転校生という言葉に胸騒ぎがした。



 やがて、今日の授業が終わり、放課後となった。
 サツキは部活動に入っていない。なので放課後になると特に残ることもなく帰宅する。それがいつものことだ。
 手芸部に入っているアカネと別れ、自転車置き場に向かう。
 帰宅すると夕食の準備をし、TVを見たり、集めたぬいぐるみを眺めたりして時間を過ごす。
 趣味に没頭したりしながら、深夜になるのをゆっくりと待つ。
 ここまでがサツキの『昼』の日常だ。

 ここから『夜』の日常が始まる。
 時計を見る。――9時。
 六月で日が落ちるのが遅くなっているが、もう外は闇に覆われている。
 サツキは立ち上がるとクローゼットを開いた。
 普段使うものとは違うクローゼット。中には黒基調の洋服が並んでいた。いずれも動きやすそうな服だ。
 その中から一つを取り出しそれに着替える。
 体のラインがはっきりと出て、また肩が露出しているのが魅力的に見える。
 下もスカートではなくズボンだ。このほうが動きやすい。
 着替え、靴を履きベランダに出るとやや蒸し暑い空気が肌に当たった。

 あたりを見回し誰もいないことを確認すると『闇のカーテン』を纏う。
 夢で魔王が使っていた魔術を模倣したもの。
 驚くことにそれは、この現実の中でも使用できた。
 サツキの目からは変化はないが、これで外からは見えなくなったはずだ。
 脚に力を込め、いっきに跳躍する。
 アパートの4階から見えない影が飛び立った。

 民家の屋根を伝い移動する。
 ただ一つの音さえ立てず、ただただ素早く跳躍を重ねる。
 こうして高い場所から鳥のように見降ろし、今日の獲物を物色するのだ。
 自転車や車で移動するよりもさらに早い速度で公園までやって気た。
 昂り真紅に染まった眼で周囲を探る。
 すると公園を歩く一人の女子生徒を見つけた。
 サツキと同じ高校の制服を着ている。同じ高校の生徒だが知らない顔である。
 それをみてほくそ笑む。これから行う行為に胸が高まり、舌なめずりをした。赤く、ぱっくりと裂けた口元。隙間からのぞく、桃色の舌。
 都合がいい。
 決めた。彼女を今日の一人目にしよう。



 アタマがぼうっとする。
 赤い眼をした背の高い女の子が現れて……どうしたんだろう?
 よくわかんない。

「ん、ちゅ、ああ……ちゅ、ん」

 ああ、わたし女の子にキスされてる。
 舌と舌が絡まりあってとってもあまい。
 女の子は他にも私の首筋とか、耳とかに舌を這わせる。
 くすぐったいな。
 チクっと、少しさすような痛み。

「ふぁ!?……あ、あぁ」

 首筋に噛みつかれたんだ。でも思ったより全然痛くない。
 女の子は私の血を舐めてるけど、そこがなんだか熱いな。
――わたしなんでこんなことしてるんだっけ?
 べつにいいか、きもちいいし。

 また女の子と目があった。夜の雰囲気と合っていてぞっとするくらい綺麗な子。
 可愛いなぁ……。


 唇を離し、身を起こす。
 まだぼうっとしている女の子を覗き込む。一応今のことは忘れているはずだけど……

「大丈夫?しっかりして」
「……え!?あの、わたし、何を?」

 女の子が目をぱちくりとさせた。今どんな状況か多分解ってないのだろう。

「ずっとここでぼーっとしていて、ちょっと様子がおかしかったから声をかけたんだけど、大丈夫?」

適当な嘘を言う。もちろんさっきまで私にキスされて蕩けてたの、なんて言えないけど。

「えっと、ごめんなさい。ちょっと疲れてたみたいです」
「そう。気をつけてね。最近は危ない人も多いから。家まで送って行こうか?」
「えっ……だ、大丈夫です。それじゃわたし失礼しますね」

女の子はなぜか顔を真っ赤にして去って行ってしまった。
うっすらとだけど、覚えてるのかな?
まあ、いっか。
今のでサツキも結構満足できた。
夜は長いのだし、次に行くとしよう。



 夢で最後に魔王は勇者たちに言った。
 いつか必ず蘇ると。
 それは本当なのだろうか?
 本当だとしたらいつ?どんな形で蘇るのか?
 そして、何故自分はあんな夢を見るのか。
 繰り返し見る夢の意味。

 自分こそが魔王の生まれ変わりなのではないか?

 サツキがそのように考えるのも無理はなかった。
 証拠もある。サツキが扱う魔術。
 夢で魔王が使ったものをサツキも同じように使うことができた。
 この現実ではありえないはずの奇跡は、驚くほどサツキの手に馴染んだ。今では限界を超えない限り、意のままに扱うことができる。
 しかし、魔王とは人々に恐れられる存在。
 では自分は破壊と殺戮を振りまく存在になるのか?
 それには自身を持って否といえる。
 サツキ魔王は別の人格だ。例え繋がりがあったとしても、魔王そのものになることはない。
 魔王の記憶に目覚めたとしても17年生きた自我は消えはしないのだ。
 そしてサツキは殺戮など望まないのだから。

 しかし、夢が与える影響は確かにあった。
 その一つが感覚だ。魔王の感じた興奮、昂りが確かにサツキの体に残るのだ。
 それは言い知れぬ衝動となってサツキを襲う。
 時間を置けば置くほど狂おしい衝動となって体をかけめぐる。
 戦いたいという衝動、女を犯したいという衝動。支配されることはなくとも、サツキはそういった感情に焦がされる。
 だから時折こうして夜の街へと繰り出していた。

 我ながら変態だと思う。
 こうして夜な夜な同性を魅了し、口づけを交わし、血をすすっているのだから。
 それ以上のことは得にしない。ほんの少し互いの精気を交換しているだけだ。
 だがそれは甘くとろけるようで、たちまちサツキを魅了した。
 体は熱くなるが、それは体に残る微熱をも押し流してくれた。
 気づけばサツキは中毒患者のように相手を求めていた。

「赤目のシャルロット。確かそんなふうに呼ばれてるんだっけ?」

 都市伝説だ。アカネいわく、闇にまぎれて現れ、夜道を歩く女性を魅了する。目があってしまえばもう遅い。彼女にキスされてしまう。そのテクニックは凄いもので、キスだけで相手を絶頂させるほどのテクニシャン。消える時もまた音もなく、風と共に去ってゆく。この街にいる謎の怪人。
 そしてそいつは今も闇にまぎれあなたを狙っているかもしれない。夜道を歩く時は気をつけろ。
 だ、そうだ。
 この話を聞いた時、サツキは飲んでいたジュースを思わず吹き出してしまった。
 つーかシャルロットって誰やねん。
 
「記憶はちゃんと封じたはずなんだけどなぁ。やっぱどっかから漏れちゃうのか」

 相手には認識疎外の魔術をかけている。相手にサツキの輪郭を曖昧にし、ぼんやりとしたイメージしか持たせない。全てを夢だと感じさせる。
 しかし個人差はあり、対象が多くなれば効き目が薄い相手も当然いる。
 そういった人物からやがて噂になり、都市伝説・怪人赤目のシャルロットは誕生した。
 強く記憶を封じると相手の人格に影響を与えるかもしれないからこの手法をとっているのだが、サツキはこういったところで詰めが甘かった。

「ま、いっか。明日も早いし、そろそろ帰ろうかな。そういや、明日は転校生が来るんだよね」

 熱はもう収まった。なぜかチリチリと肌に刺さる感覚があるがこれは衝動とは別物だ。
 再び『闇のカーテン』を纏うとサツキは闇の中へと消えていった。

 しかし、サツキは気付かなかった。
 このときサツキの一連の行動を監視していた人物がいたということに。
 木々の影から人影が現れる。
「やはり……彼女は……」
 その声は何処にも響かないまま、影はやがて闇の中へと消えていった。



 翌日。
 六月だが梅雨にはまだ早い水曜日。
 その日はなぜか胸騒ぎがした。
 転校生。
 その言葉が妙に心に引っかかる。
 半ば確信めいた、何かが変わるという予感があるのだ。
 昨日遅く就寝して、今日もまた遅刻しそうになりながら自転車を走らせる。

「でも、今は遅刻しないことが大事だよねっ」

 全力でペダルをこぐと、傍を通った子供が目を回す。
さらに加速すると、やり過ぎて原チャリを追い抜いてしまった。



 やばい、完全に遅刻だ。
 階段を駆け上り教室を目指す。
 噂の転校生はもう来ているだろうか?
 きっと自分は遅刻の多いダメなやつだと思われるだろう。

 教室の前に到着しても慌てない。
 ここでドアを焦って開くとアホな子に見える。落ち着いてゆっくり堂々と申し訳なさそうに入るのだ。
 そうすればきっと担任も怒らないに違いない。
 ドアを開く。
 声が聞こえた。

「初めまして。東京から来ました、牧野セツナです」

その声を聞いた瞬間、心が震えた。
初めて聞くのによく知っている声だったから。

「まだこちらに来たばかりで不慣れですが、どうぞよろしくお願いします」

 その、声の方を向く。
 目があった。
――冷たい視線。
 始めて見る顔。
 だけど、確かに知っていた。
 何度も、何度も視た顔なのだから。

 ドクン、と鼓動が高鳴った。

彼女の顔。
それは何度も夢で見た聖女と同じ顔だった。




[21719] 1話 魔王と聖女 後編
Name: リリック◆6de4ea34 ID:ca14817a
Date: 2010/09/27 16:06
「牧原セツナです。まだこちらに来たばかりで不慣れですが、どうぞよろしくお願いします」

 転校生の女子生徒。
 彼女は夢で見る聖女にそっくりだった。

 赤目のシャルロット 第1話 後編

「転校生は謎の美少女だったよ」

 目の前でアカネが騒いでいる。その転校生はというと、休み時間になってからさっそくみんなに質問攻めに合っていた。
 どうやら人当たりのいい性格のようで、みんなからの受けも非常に良好だ。

「男の子じゃなかったのは残念かもだけど、これはこれで悪くないかなー。
――さっちん、どうしたの?さっきからぼーっとしちゃって」

 具合悪い?とアカネが心配そうに聞いてくる。

「え?あ、ああ。ちょっと考え事をね。あはは」
「また遅刻で呼ばれたから凹んでるんだろ!」

 そういったのはクラスメートの斎藤和人だ。
 彼は確か騒ぐのが好きだったはずだが、こういった騒ぎに参加してないとは珍しい。

「ああやって、一人の女の子を大勢で囲むのもどうかなって思うんだよな」

 と和人。

「で、どうしたんだ?とうとう天城の留年が確定したのか?」
「違うわよ!6月で留年決まってたまるか!!」

 確かに今日の遅刻で先生に呼ばれたが、まだ、そう、まだ大丈夫のはずだ。
 遅刻2回で欠席扱いになるといっても、20回には達していないはず。
 地味に出席日数のピンチなサツキであった。

「じゃあ、あの転校生か?さては一目ぼれしたとか」
「ぶほっ」

 なぜかドキリとして咽てしまった。ははは、何を言ってるんだこいつは。

「おお!さっちんが新しい扉を開いたんだね。――大丈夫、あたしはさっちんがどんな道を進もうとも友達でいてあげるよ!……友達以上にはなれないけど」
「い、いや、違うって!なんていうか知ってる人に似てるっていうか……」
「ほぉ、そうやって口説くつもりなのか」
「だあぁ!」

 和人は何やらニヤニヤしていた。まったくもって腹立たしい。

「似てるって、前に言ってた夢に出てくる人のこと?」

 アカネには夢のことは話していたんだっけか?

「うん。なんかイメージがぴったり合うっていうか、目があった瞬間この人だって思ったの」
「そいつぁ、何とも運命的じゃないか!即座に妄想を造り出すとは、やるな」

 頭の中で何かが切れる音。
 ガシッ。和人の顔をサツキの腕が掴んだ。
 そのままアイアンクローを極める。ギリギリと頭蓋骨を締め付け、にこっと造った笑顔で告げる。

「いい加減上げ足を取るのやめない?オマエそろそろ黙ろうか?」
「ぎゃぁぁ!――お、オーケーボス。了解だ」

 和人が両手をあげて降参のポーズを取る。

「ふふふ、さっちんとかずくんって仲いいよね。いっそ付き合っちゃえばいいのに」

 アカネがそんなことを言いだした。
 和人と付き合う?冗談じゃない!

「アカネ。私はね、自分より小さい男には興味ないの」
「俺だって自分よりデケぇ女はごめんだ」

 サツキ身長170cm。和人168.7cm。
 小さいように見えて大きい問題なのだ。

「2人とも小さいところにこだわるなー。たったの2cmじゃない」
「小さい言うな!男子の中じゃ真ん中よりちょっと前側なだけだ!!」
「あー、短小が五月蠅い」
「身長とアレの長さは関係ねぇぇぇ」
「かずくん、汚いよ」
「ぬおおおおぉぉぉ!?」
「あははははっ!」

 さっきまでとは立場が変わり、和人ががくっと項垂れた。
 転校生のことからはすっかり話がそれてしまった。
 まぁ、おかげでだいぶ調子が戻ったか。
 サツキはこっそりアカネと和人に感謝した。

 そんな時だ。サツキの机の中に何かが入り込んできたのは。
 メモのような小さな紙切れ。
 それには、「昼休み屋上で」とだけ書かれてあった。



 昼休み。サツキはアカネに先に昼食を取っていてくれと伝えた後、一人屋上へと向かった。
星簾高校の屋上は基本的に立ち入り禁止だ。そのため屋上の鍵は常に閉めてある。
 だが今回に限っては、鍵は開いていた。
 つまり先客がいるということ。

 ドアを開けると、屋上の風が吹き抜ける。同時に薄暗い階段に入りこんでいた日差しが少しだけ眩しい。
 すぐ右手を見ると人影が一つ。遠くを見ているようで、こちらからは背中しか見えない。
 こちらに気がついた人影が振りかえる。夏服にスカート、ほっそりした体、サツキより少し低い身長、セミロングの髪。
――サツキを見る冷たい目。
 その顔を見てやはり、と思う。

 噂の転校生。牧野セツナ。
 彼女の顔を眺めるだけでなぜかサツキの胸は高まった。

「あのメモ。牧野さんだったんだ。待った?」
「いいえ。私もさっき来たばかりです」

 セツナはそういって薄く笑った。
 ただそれは表情だけで、目は依然として冷たい光を持ったまま。

「そっか。それで私に何の用なのかな。まさか愛の告白とかじゃないよね」

 冗談交じりに聞く。でも、もしそうだったらどうしようか?
 う、嬉しい?女の子同士なのに。私が言うのもなんだけど……。
 勝手に舞い上がるサツキを余所に、セツナの答えは非常に明瞭だった。

「はい。あなたに――」

 サツキの背に緊張が走る。
 セツナは微笑んだままサツキに片手を向けた。

「死んでもらおうと思いまして」
「なぁ!?」

――紫電。
 セツナの手のひらから紫の光が放たれる。
 サツキはこの現象を知っていた。

「魔術かっ!?」

 ガガァァン。
 サツキは咄嗟に体制を崩し、放たれた電撃は地面を削るだけに終わった。
 だが、そこにセツナが動く。体制の崩れたサツキは死に体だ。
 体は押さえつけられ身動きが取れなくなった。

「ま、まって、待ってって。どういうこと!?」
「いまさら命乞いですか?見苦しい」
「違うって!死んでほしいってどうゆうことなの?」

 グググッ。
 腕を締め付けられる。今の自分は彼女の意思一つで死んでしまうだろう。

「その理由ならあなた自身がよくわかっているでしょう」
「それがわからないんだって。そもそも今日出会ったばかりなのに殺すなんて」

 セツナは腕を緩めない。サツキをじっと見たまま質問する。

「本当にわからないのですか?私の顔に心当たりは?」

 それならば、ある。

「牧野さんによく似た人を夢で見たことがある」
「はい。その人は何をしていましたか?」
「夢の中ではその人は聖女だった」
「その時あなたは誰でした?」
「――魔王!」
「そう。それが答えです」

 セツナは冷ややかに告げた。電撃のように広がる理解。
 かつての疑問がだんだんと確信に変わっていく。

「私は魔王の生まれ変わり?」
「はい」
「そして貴女は聖女の生まれ変わり!?」
「そうです。私は貴女を今度こそ滅ぼすためにこの世界に転生しました」

 では、いいですね。腕を振り下ろそうとするセツナ。

「ストップ、ストーップ!!ねぇ、私が魔王の生まれ変わりだからって、それだけで殺すのはちょっと早計だと思うんだけど!?」
「確かにあなたは私の知っている魔王とは違うようですが、あなたがまた私の知るような魔王にならないとは限らない」
「ならない。ならないよ!私は魔王になりたいなんて思ってないんだから」

 サツキはなんとかセツナに思いとどまってもらおうと、説得をする。

「ですが、私はこの世界でも貴女が危険だと判断するに足る根拠があります。まさか身に覚えがないとは言わないですよね、赤目のシャルロットさん?」

 え?セツナの動きがピクリと止まる。

「本当は長期間監視する予定だったのですが、貴女がこんなにも早く尻尾を出してくれて助かりました。まさか、あのような淫らな行為を行うとは」
「シャ、シャルロットってだれかな~」
「あの程度の偽装、この世界の住人ならともかく、私に見破れないと思っているのですか?」
「い、いやぁぁぁぁ」
「夜な夜な、闇に紛れ道行く女性を誘惑して回る。あなたの変態さを表していると言えるでしょう」
「ひぃぃぃぃ」

 セツナに殺されるよりも先に羞恥心で死にそうだ。いっそ止めを刺してくれというサツキに、なぜか手を止めたセツナ。

「しかし、少し騒ぎすぎましたね。下から人がやってくるようです。もともとここで決着をつけるつもりはなかったですし、天城さん。昨日貴女がおいたした公園で待っています。
――私自打ち取ってあげましょう。もちろん誘いに乗らなくても結構です。そのときはこちらも手段を選びませんが……」

 そういうとセツナはサツキの体を離し、その姿は光と共に消えた。転移したのだろう。

「えーと。いろいろ有り過ぎて困ってるんだけど……とりあえず私も此処から逃げないとね」

 サツキはのろのろと起き上がった。階下からは声と足音が響く。
 静かに闇のカーテンを纏うとサツキもまた屋上から飛び立った。



 時刻は10時。あたりは真っ暗だ。
 クローゼットを開く。そこには無数の黒い服が並ぶ。自分でもわからないが何故こんなに集めたのだろうか……?
 サツキはノースリーブの黒の洋服に着替え、昼間のことを考えていた。

 天城サツキは本当に魔王の生まれ変わりだった。
 牧野セツナは夢で見た聖女、エレンシアの生まれ変わり。
 ここでひとつ問題が出てくる。
 セツナはサツキを殺そうとしているということ。
 これから行くのはセツナの待つ決闘場。行けば引き返せない。
 しかしこれがセツナと和解できる最後のチャンスだろう。

 長い黒髪をたなびかせ、闇夜を駆ける。
 公園に入るとそこはすでに異界。人払いの結界が張られ、部外者の侵入を許さない。

「待っていましたよ。さあ、始めましょう」

 公園の中心。噴水の前にセツナが立っていた。
 こちらとは対照的に白の戦装束に身を包み、すぐ傍に鋼の聖剣が突き刺さっていた。
 鋼の金の装飾が施された大剣。
 彼女は聖剣を引き抜くとそれを正眼に構えた。
 サツキは臨戦態勢を取る彼女へと問いかける。

「えーっと。話し合うっていうのはないのかな?」
「はい、言いたいことがあるなら私を倒してからにしてください」

 つまり問答無用ということだ。どうあっても自分と戦うつもり。
 仕方がない。やり方は体が知っているはず。
 まずは相手を黙らせる。
 サツキの目が真紅に染まる。
 同時に魔力の剣が構成されサツキの手に握られる。
 その剣を夢と同じ構えに持ちセツナを睨んだ。

「いいですね。やはりこのほうが私たちらしい。行きますっ!はあぁ!!」

 踏み込みは一瞬。それだけで10の距離を0にしたセツナの剣をサツキは受け止める。
 しかし拮抗せずサツキが押し負ける。サツキは勢いを受け流すと距離を取った。
 肉体を魔力で強化しているサツキ。
 動揺におそらく向こうも強化の術を使っているのだろう。
 しかし地の力は向こうが上。おまけに加速付きだ。
 押し負けるのも当然か。

 砲身、展開。弾丸、装填。照準、良し。
「fire!」
 サツキは即座に魔術を展開し、魔力の砲弾をセツナに放つ。
 ガァァァン。
 セツナはそれを聖剣でガードした。威力を殺しきれず体がよろける。
「ハァッ!」
その隙を逃さずサツキが突っ込む。手に握る剣は2本に増え、双剣を持って臨む。
 連打、連打、連打。
 力で勝るセツナに、速度を持って挑むがその防御はなかなか崩れない。

「やりますね!ですが、やはり魔王に比べると劣る」
「そう、ッね!あなたは記憶とほとんど変わらないように見えるけど」
「ええ、私は転生の秘法によって生前の力を維持していますから!!」
「ずるいわね!それっ!!」
「いいえ!あなただって十分脅威ですよ!!」

 一度死を経由したからか、サツキの力は魔王より大きく劣る。せいぜいかつての3割くらいだろう。また、いくら魔王の記憶を体験したからといっても、サツキ自身にはそこまで戦闘の経験はない。所詮魔王の模倣なのだ。
 対して、セツナの力はかつてとほとんど変わらない。転生の秘法は聖女の力を維持したまま、セツナをこの世界に産み落としたのだ。
 だが、もともとの力は魔王が上。それはセツナにとって決定的なアドバンテージにはならなかった。
 ゆえに二人の力は絶妙なバランスの元に拮抗する。

 安定した攻撃と防御で戦うセツナ。双剣に魔術と手数で戦うサツキ。
 既に30分は斬りあっただろうか。お互い少し息が上がり始めている。
 膠着した状況の中、先に仕掛けたのはセツナだった。

「このままではらちが明きませんね。次で決めましょう」

 セツナの剣に光が集まり始める。
 サツキの目には剣に膨大な魔力が集束していくのがわかった。
――まずい。あれを食らえば自分は塵一つ残さないだろう。
 大地を真っ二つにするほどの雷による一撃。
――さすがに市街地の真ん中なのでそれぼどの規模ではないが、今の自分では防御不能。
 消し済みでも残ればいい方だ。
 だが……

「そんなものぶっぱして、あたるとでも思ってるの?」

 どんな大砲だろうと当たらなければ意味がない。
 タメが長く、射程は直線。妨害もし放題となればいかようにでも止められる。
 サツキは充填中の無防備なセツナに魔術を放とうとした。
 しかし……

「ええ、あなたはかわせません!!」

公園に隠されていた魔法陣が起動する。

「え、なに……これ!?」

 陣はたちまちサツキの体を拘束し、動けなくする。

「私の切り札です。実は初めからここに魔法陣を刻んであったんですよ。あなたは気付かなかったようですが……」
「な、そんなの見えなかったわよ!?」
「あなたがかつて作り上げた『闇のカーテン』。その応用ですよ。人ではなく魔術に対して使うことで、その魔術を隠ぺいできる。便利なものですね」
「なぁ、ひ、卑怯よ!」
「気付かなかったあなたが悪いのです。自分の術にやられるなんて良いざまですね」
「このぉ……」

 そういう間にも剣の輝きはいっそう強くなる。サツキは魔術の解除を急ぐがギリギリで間にあわない。新たな魔術の展開も出来ない。

「これで、終わりです!!」

 セツナが大きく剣を振りかぶる。
 光が放たれようとしたその時だった。

「ええ、私の勝ちよ」

 サツキがにやりと笑みを浮かべた。
――照準、良し。

「ぶち抜けぇ!!」

あらぬ方向から飛来した魔力の砲弾がセツナをブッ飛ばした。

 倒れ伏すセツナ。サツキは魔法陣を解除するとセツナに歩み寄る。
 その首筋に魔力の剣を突き付けた。

「はい、私の勝ち」
「いったいどうやったのですか。あの状況をひっくり返すなんて」
「やったことはあなたと同じ。市庁舎のてっぺんに、砲撃の魔術をセットしておいたの。あそこならこの公園もよく見えるし、人払いの結界の外だからあなたも気づかないだろうと思って」
「後は私が隙を見せるのを待って、引き金を引くだけ、ですか」
「そうゆうこと」

 勝利を確信し、攻撃を放つ瞬間
 それは絶好のチャンスだったに違いない。

「勝利したのはあなたです。さあ、ひと思いにやってください」
「だから、私にそんな趣味ないってば」
「そういえばあなたも魔王も女を嬲って喜ぶ変態でしたね。いいですよ、さあ」

 セツナは体の力を抜き好きにしろと言わんばかりだ。
浅く呼吸する姿は魅力的で、一瞬、本当に滅茶苦茶にしてやるたい欲望に駆られる。
どすんっ。サツキはセツナの上に馬乗りになった。
セツナはこれから起こるっことを予期して目を瞑った。

――ちゅっ。

「へっへぇ。セツナちゃんを凌辱してやったぞ」
「ほっぺにキスして何を言ってるんですか?あなたは」

「うーん、でもセツナはきっと私のことを誤解していると思うんだ」

 夢と衝動に付いて詳しく説明する。

「ただの変態の犯罪者じゃないですか。それで女の子をかどわかしていたんですか?変態ですね」

 おっしゃる通りで返す言葉もない。

「それなら恋人でも作ればよかったんですよ。なんなんですか、都市伝説になる公衆わいせつ女って」
「うー」
「だいたい気持ちよければいいってものではありません。相手の女の子が傷ついていたらどうするんですか。完全に忘れてしまうわけでもないんでしょう?」
「はい」

 そのあたり、魔王の感覚に影響を受けているサツキは配慮ができていない。

「だいたいなんで女なんですか?」
「夢で見た女の子たちが可愛かったから」

 魔王の虜にされて女たちはとても可愛らしかった。その、性的興奮を覚えるほどに。

「ねぇ、いまいいこと思いついた」
「何ですか?」
「私と付き合わない?」
「な、何をアホなこと言ってるんですか!?」
「私、転生体だからわかるの、魔王はあなたにメロメロだったのよ。夢を見ている最中にもそれはしっかり伝わってきた。そして、いつの間にか私もあなたのことが好きになった」

 戦う時の凛々しい顔、女性としての優しさに満ちた顔、そして快楽にとろけた顔。
 そのすべてが魅力的だった。

「そもそも私たちは同性です」
「知ってるよ。今日初めてこの目であなたを見たとき心が震えたの。きっとこれを恋って呼ぶんだと思う」
「無理です!あなたがよくても私は無理です」

サツキの下でセツナがじたばたと慌てる。サツキはそれが可愛くてギュッと抱きついた。
耳元に近づき囁く。

「ねぇ。あの後どうなったの?」
「あの後?」
「かつての私を倒した後。やっぱりアレクセイと結婚したの?」

 アレクセイとは勇者の名前。

「ええ、そうです」

 元聖女、かつてのエレンシアは頷いた。それに別に腹は立たない。自分は敗者なのだから仕方のないことだった。

「やっぱりエッチしたんでしょ?」
「まぁ、夫婦でしたから」
「満足できたの?」
「な!?」
「私にあんなに凄いことされた後で、普通の男で満足できた?」
「な、なんであなたにそんなこと言わないといけないんですか!?」
「いいじゃない。教えてよ」
「……彼は優しかったです」
「ふーん、そうなんだ。で、私と彼どっちがよかった?」
「……知りません!」
「でも私なら、いろいろ出来るよ?ほら、魔王の生まれ変わりだし」
「……」

「ともかく!!この話はこれまでです!!」

 そういうとセツナはサツキを押しのけて立ち上がった。

「私の負けですから、今回は諦めます。しかし、あなたは危険です。これからもしっかり監視させていただきますので」

 どうやらこれでしばらく殺されることはないようだ。
 サツキとしては一気に落とせなかったのが残念だが、いなくなる訳ではないようなので安心する。
 と一つ気になっていたことを尋ねてみた。

「セツナってさどうやって私の居場所見つけ出したの?」
「この世界のにも魔術師のようなものはいます。彼らは魔物退治のようなこともやっていて、その人たちと協力関係を結びました。私ぐらいの使い手はこの世界にもほとんどいないようですから。私はさまざまな情報をもらい、自身の魔術と合わせてあなたを見つけ出した、というわけです。それと彼らには、あなたのことは教えていません。安心してください」
「ふーん」

 そういえば昔、自称退魔師と会ったこともあったがあれもそうなのだろうか?

「ねぇ、セツナ。そこって私もアルバイトできる?」
「そうですね……いいですよ。今度紹介しましょう。あそこは常に人手不足ですから」

「それではサツキ、また学校で」
「セツナも。また明日ね」

 そういうとセツナは今度こそ去って行った。
 明日から楽しくなりそうだと、サツキは思った。

 現在12時を過ぎており、明日もまた遅刻することになるのだが、それはいまのサツキには知る由もなかった。



[21719] 2話 転校生と歓迎会 前編
Name: リリック◆6de4ea34 ID:385ae2e2
Date: 2010/09/16 15:16
 今日はいつもの夢は見なかった。
 しかしサツキは目を覚まして10分しても未だ布団にくるまったまま。
 眠気が残っているわけではない
 体調が悪いわけでもない。
 一晩経って冷静になり、そして……ただ顔を真っ赤にして羞恥に震えていた。

 昨日の夜、自分は何をした?
 サツキは自問自答する。
 昨日の夜、セツナと戦い、ギリギリのところで自分が勝利した。
 そこまでは問題ない。
 そのあと何をした?
 倒れているセツナに馬乗りになってほっぺにキス。そして告白。
 おまけにあんなことまで言って自分の性癖をカミングアウト……
 本当にどうしようもない。

「うにゃぁぁ~」

 恥ずかしくてごろごろと転がり、気持ちの置き場がなくて枕に噛みついた。
 シャルロットになった時にも味わったことのない羞恥心。
 いつもの肉体的な興奮とは違う、心の高まりを感じる。
 まったくもって昨日の自分はどうかしていた。
 夢を見たときとは少し違う、セツナに出会った衝撃と、全力で戦った高揚とでおかしくなっていたに違いない。
 今日自分はどんな顔でセツナに会えばいいのだろう?

「いっそ休もうか……」

いやそれもだめだ。
 昨日の夜セツナは確かに言ったのだ。明日また学校でと。
 約束というほどではないが、破るのは不義理に感じてしまう。
 胸は昂り熱くなる。
 なんだかドキドキする。
 けれど会いたい。セツナに会って話がしたい。セツナのことが知りたい。
 そのためには学校に行かないと!
 触れ合いたい。ギュってしたい。キスしたい。
 キスして、その次は――

――まいったな、本当に惚れてしまったようだ。

 もやもやした気持ちを抱いて考える。
 いつもの夜どうしていた?もっと自分は積極的に行動していたはずだ。
 もっと前向きになれるはずだ。
 なのになぜ自分はこうして震えている?
 
 ベットの中で布団を巻き付け転がる。
 気持ちの整理がつかないまま、熱だけがたまっていく。
 気がつけばパジャマのボタンに手をかけていた。
 手を衣服の中に潜らせ、胸元に手を這わせる。
 優しく、時に激しく。
 胸の突起と指で弾く。
 脳を刺す刺激に吐息がこぼれた。
 それを隠すように、枕を強く噛み締める。
 こらえきれず下腹部に手が伸びる。
 サツキのそこは洪水のように濡れていた。
 
 時刻は8:25分。
 熱を帯びた頭で時計を見た。
 どうせ遅刻なのだからいい。今はこの火照りをなんとかしたい。

 赤目のシャルロット 2話 前編


「よう、さっちん!社長出勤御苦労さま。先生が後で来いってさ」
「おはようアカネ。うげっ、また呼ばれたの?」

 結局、サツキが学校に来たのは一限終了直前だった。休み時間になって、アカネに教師からの呼び出しがあると伝えられた。

「うん、もうなんかね、あっちも諦めてるみたい。っていうか、さっちんは成績優秀なのにこういうところで評価下げてるからねぇ」
「こういうところで評価下げてもいいように、普段頑張ってるのよ」
「それはなんか違う気が……。今日はなんで遅刻したの?いつもより盛大だったけど?」
「あー、それはね……」

 どうしようか?昨日夜セツナと戦っていたとか、まして朝から一人でXXしていたなんて言えない。

「大丈夫?さっちんなんか顔赤いよ。熱でもあるんじゃない?」
「え?あ、ははははは。そうだね、ちょっと熱っぽいかも」

 心配そうに見るアカネ。
 もちろん熱があるわけではない。まだちょっとアレなのだ。

「サツキ。おはようございます」
「ひゃい!?お、おひゃようございます!!」

 アカネの後ろからかけられるセツナの声にサツキの心臓がはねた。
 思わず声が上ずる。
――まずい、セツナの顔が恥ずかしくて見れない。どうしよう。
 サツキの視線は弱冠セツナからそれ俯きぎみだ。
 セツナはそんなサツキの様子を不審そうに見て、眉を下げた。

「少し顔が赤いですね。もしかして体調がよくないのでは?その、昨日は」

――夜遅くまで付き合わせてしまいましたし。
 申し訳なさそうなセツナの声。

「ああ、違うよ!セツナは何にも悪くないから、うん!!これは私が自爆しただけで」

 自分がしたことに羞恥心を感じ堪えられなくなっただけなのだ。
 間違ってもセツナのせいではない。
 しかし、慌てて弁明したせいでセツナとはっきり目があってしまった。

かあぁぁぁ。
サツキの体感温度が急上昇する。きっと真っ赤になっているだろう。

「本当に大丈夫ですか?」
「は、はい!大丈夫です!」

 セツナは不審げにサツキを見る。
 そもそもなんで自分だけこんなに真っ赤になっているのだ?
 セツナはずるい。自分だけ昨日と同じ態度で……
 しかし同時に優しい人だとも思う。少しは誤解が解けたとはいえ、彼女の中では敵であるはずのサツキを心配しているのだから。

「むう、なんか二人とも凄く仲良くなってない?」

 と、いままで黙っていたアカネが二人に言った。
 すっとサツキの隣に来てセツナに自己紹介をする。

「こんにちは牧野さん。私は黄泉路アカネだよ。さっちんと昨日なんかあったみたいだけど、何してたの?」
「牧野セツナです。よろしく。えー、っと。そうですね…サツキには越してきたばっかりだったのでいろいろとお世話になりました」

 なんだか含みのある言い方である。アカネはそれに気がついたのかどうなのかセツナに笑顔を向ける。

「そっか。よし、さっちんの友達は私の友達さ。よろしくね、牧野さん」
「はい、こちらこそ」

 アカネが自然と手をセツナに差し出す。セツナも自分の手を差し出すことで答えた。
 2人はとてもにこやかに握手する。あの自然さがサツキも欲しい。

「牧野セツナだから……まきのんって呼んでいい?私のことはアカネでいいよ」
「えー。出来ればチェンジで……」

 セツナは少し困り顔。確かにアカネは初対面ではその独特のペースに戸惑うだろう。
 話してみると面白いのだが。

「じゃあせっちんなんてどうかな?」
「え、えーと、まあ……」
「よし、じゃあ決まり!」
「ちょ、ちょっと!?」

 ああなってはもう遅い、よほど嫌がらなければアカネはサツキをせっちんと呼ぶだろう。
 何気に自分とおそろいだ。うむうむ。

 しかし、こうして見ているとやはりセツナはいつも通り。昨日のことを思い出して恥ずかしかったのはサツキだけのようだ。
 忘れられていたらそれはそれで悲しいがしかし、セツナは昨日の告白を覚えているだろう。
 サツキの中をグルグルとした思考が彷徨う。
 一つ深呼吸。
 思い出すのは昨日の夜、そして多くの少女たちと過ごしてきた過去。
 ふう。とため息をつく。一度言ってしまったものは仕方がない。もう取り返しがつかないのだから。
覚悟を決めるのだ。これから彼女と向き合っていくための覚悟を。

「よしっ。―――セツナ!!」
「はい。何でしょうか?」

こちらに振りむくセツナ。サツキは一歩近づく。

「その、今さらだけど……改めてよろしく!」
「はい?―――ええ、よろしく」

 ぱちくりと瞬きするセツナの手を取ってギュッと握る。そしてしっかりと逸らすことなく目と目を合わせた。
 綺麗な瞳。形のいい鼻。柔らかそうな唇。音もなく揺れるセミロングの髪。
 今度ははっきりと顔を見ることができた。
 そして言葉を紡ぐ。これは自分に対する宣誓だ。

「私ね、昨日言ったこと嘘じゃないから」
「昨日言ったこと、ですか……」

 困惑気味のセツナの頬がほんの少し朱に染まる。思い出してくれたようだ。

「嘘じゃないから……それだけは覚えておいて」

 もう一度、言い聞かせるように。
 セツナにだけじゃない、自分にも言い聞かせる。
 自分自身が逃げ出してしまわないように、だ。
 これから彼女にアタックしていくのだから。

「うーん、やっぱり今日のさっちんは変だよー」

 蚊帳の外のアカネがそう呟いた。



 昼休みのこと。
 サツキは教師にこってりと絞られた後、購買でパンを購入し教室へと向かっていた。
 そこに声がかけられる。

「よう、天城。ちょっといいか?」
「ん?どうしたの斎藤にアカネと……」
「よう」
「倉敷くん」

 和人だった。それにアカネに和人と仲のいい倉敷京次だ。
 彼は一見粗暴な印象を受けるが話してみると意外と人のいい性格なのがわかる。
 和人と並んでサツキと仲のいい男子生徒の一人である。

「天城は牧野とは仲がいいのか?」
「ん?」
「さっちんはせっちんと仲いいんだよ。ちょっとアヤシイくらいに」

 アカネが今朝のことを振り返えってかニヤニヤしながら言った。
 サツキとしては果たして仲がいいといっていいかはたはた疑問なのだが……
 サツキは好意を持っているが、向こうがどうかはわからない。
 だがそれを聞いて和人はアカネによしっ、と頷く。

「よし、というわけで勧誘役はお前だ」

 びしっ。っと和人がサツキを指さす。
 なぜかその態度にむかっと来る。

「どういうことよ?チビ」
「チビいうな!これでも168.7だ!!チビって言った方がチビなんだぞ!」
「何言ってんの?チビにチビって言っても身長は変わらないのよ?0.7を強調するあたり、アンタの小ささが垣間見えるわ」
「ああ、テメー。また小さいって言いやがった。そもそも、お前がでかすぎるだけなんだよ。背が高くておっぱいでかけりゃいいってもんじゃ、ぐgひゃあ!?」
「だまれ小」
「がひょおぉぉ!」

 は、いけない。気が付いたらアイアンクローが。

「まあまあ二人とも落ち着いて」

 アカネに窘められる。
 サツキが和人を離したのを見て、京次が言った。

「ここじゃ少し目立つから、少し場所を変えようか」



ところ変わって部室棟の手芸部の部室。
やや散らかっており、各所に普段の活動の跡が見えた。
 4人のほかには人はおらず、外とは違って静かなものだ。
 鍵は部長のアカネが持っていて、今は完全な私室状態。
 みんながそれぞれ座るのを待ってから京次が用件を話し出す。

「セツナの歓迎会?」
「そうだ。彼女もまだクラスになじめてないし、ここでいっそこうゆう企画をやってはどうかとこいつがな」

 そういって京次は和人を指さす。その和人は未だサツキが握った後を抑えていた。痕になっていて痛そうだ。

「で、こっそりとクラスで有志を募ったら何人か集まった。後はどうやって誘うかなんだが、天城が牧野と仲がいいって聞いてな」
「ふーん。面白そうね」
「でしょ?かずくんもたまにはいいこと言うよね」

 楽しそうだと思う。最もサツキとセツナが仲がいいかは少し疑問だが。

「乗ってくれるか?」

 少し考える。二人っきりではないがセツナと遊ぶ初めての機会。
 いいんじゃないか。
 それにセツナはクラスでの知りあいもまだほとんどいない。
 本人が柔和な話し方なので気付かないが、気楽に話せているのはサツキとアカネくらいのようだ。
 ここでみんなと仲良くなってほしいとおもう。最も仲良くなりすぎたら妬いてしまいそうだが。

「いいよ。でも私もセツナとは昨日会ったばっかりだけど、いいの?」
「ああ、かまわないさ。俺達よりは幾分か親しいだろ」
「そりゃ、まあ」

 今朝のセツナの反応を見る限り、思ったほど嫌われてはいないようだった。
 なら、多少は仲良くなっていると自惚れてもいいだろうか?

「それで歓迎会って、いったいどんなことをするつもりなの」
「それじゃ、今からそれを説明しようか」

 そういうと京次は静かに本日のミッションを語り始めた。




[21719] 2話 転校生と歓迎会 中編
Name: リリック◆6de4ea34 ID:385ae2e2
Date: 2010/09/27 16:24
 彼女は確かに魔王とは違う。
 この私、牧野刹那が天城皐月に対して抱いた感想だ。
 サツキは魔王の生まれ変わりである。それは間違いない。
 ただし、サツキは魔王のように邪悪ではなかった。私の知る限りでは魔王になる前の『彼』に近い。
 少し捻くれているが優しい人。頼りになるけどちょっとエッチ。
 サツキもそんな彼に似ていると思う。

 もし彼女が魔王だったなら私の手で始末をつける。だがもしも違った場合は……

 それを確かめるためにも、彼女を屋上まで呼び出した。

 そして、時間が過ぎ、真夜中の決闘。
 激闘の末、勝利したのはサツキだった。
 敗北した自分を彼女はどうするだろうか?
 殺すか、それとも凌辱するか……
覚悟を決めたが彼女は意に反して特に何もしなかった。

 いや、トチ狂ったことを告白されはしたが……

 確かに。考えてみれば解ること。
 時を超えて生まれ変わってもそれはもう別人だ。かつての人格はそこにはない。
 自分のように転生の秘法でも使えば話は別だが、彼は死ぬ直前、不完全な形でしか術を行使できなかった。
 魔王の行った不完全な転生の秘法。
 自身の記憶や力を維持したまま来世へとつなげる禁術。
 成功するかどうかはかつての私たちには知りようがなかった。
 魔王は復活しないかもしれない。だが、子や孫、もしくはもっと後の時代になって彼が復活する可能性だってある。
 その時復活した彼を止められるものはいない。

だから自分は彼が死んで数年後、周囲の反対を押し切り完全な形で秘術を使った。
夫は、自分も付いていくと言った。私はその申し出を受け入れることはできなかった。
今の彼は新しい王である。彼がいなければまだ生まれたばかりの国は歩くことができない。
私は周囲に押し切られる形で結婚したが、私の役割はシンボルだと理解していた。代わりならそれなりにいる。
私が行くことはないという者がいた。けれど私以外にこの術を使える者なんていない。それに今でなければ彼の魂を見失ってしまうかも知れない。
何よりこんなことを人任せにするのは私のやり方ではない。
私は側室に夫のことを頼むと、一人儀式場に向かった。

 そして私はその生命を全うすることなく魂の旅に出た。今度こそあの男を滅ぼすために。

 予想に反して転生したのは別の世界だった。かつての世界とは違う技術、科学によって進歩し、今も歩み続けている世界。
 幼いころは奇妙な人生を歩んだが、そのおかげで今の養父と出会うことができた。

 私はこのあてのない世界で、不器用に生きつつも彼の痕跡を探した。

 そして『彼女』になった彼と出会った。

 彼女は彼とは違う。今の彼女は殺戮や破滅をまき散らしたりしないだろう。魔王ではない今の彼女を始末するつもりなんてない。
 けれども、彼は消えたわけでもないだろう。
 『夢』という形で彼の記憶を見るようだし、彼女の中にも破壊への願望は眠っている。
 なのでこれからも彼女の監視は続けるつもりだ。
 もし彼女がこの世界でもまたあの、そう『魔王』とでも呼べる存在になるのなら今度こそ私の手でその魂ごと始末しよう。
 私は彼女と戦ったその日、自らに誓った。

 ただ、私が彼女を警戒する理由はそれだけではなかった。

……そもそも、だ。
 彼女は少々嗜好が特殊すぎるのだ。
なんなのだ?あの露出度の高い格好で街をうろつき街ゆく少女に性的卑猥極まりない性的行為をするのは。
衝動を発散する?バカを言うな!どう見てもあれは楽しんでいるじゃないか!
私ははっきりと見た。彼女は女の子とキスをしながら、体を触ったり触らせたり。胸や首筋、果ては脚の間にまで手を伸ばしたり、こすりつけたりと変態としか言いようがない。
互いの唇と唇からは見るものが見れば精気を互いに交換していることが分かる。
あれなら普通の性行為以上の快楽を得られるかもしれない。
この変態め!!へんたい!
確かに魔王とだったころに比べればはるかにマシだ。
だけどまともじゃあない。都市伝説になるっていったいどんだけだ!?
無理やりやってないのがせめてもの救いだろう。

 おまけに私のことが好きだなんて言す始末。
 私の上に馬乗りになり、耳元で甘く囁かれた。
 つい、ドキッとしてしまったのは不覚といっていい。
 おまけに昔の夫のことまで引き合いに出して!
 満足できたかだって!?私にあんなことしておいてよく言えたものだ!

 今日の朝は今日の朝で彼女は妙に照れた表情だった。
 彼女は遅刻常習犯だそうだ。今日遅刻したのは私のせいでもあるが、普段の遅刻はあの変態行為をしているが故だろう。
 まったくもってけしからない。そう思っていると一限も終わるころ、妙に赤い顔で教室にやってきた。
 本当に体調が悪いのだろうか?
 そう思って声をかけて見るが、どうにも様子がおかしい。
 そして何かを考え込み、意を決したように顔を上げたかと思えば、真っすぐこっちを見て、昨日のことは嘘じゃないから、と言った。昨日の告白を指しているのだろう。
 訂正。彼女はやはり色ボケだ!
 それも女性専門でとびきりのキワモノ。
 このままでは魔王にならなくても、変態の道を極めいつか官憲に逮捕されてしまうかもしれない。

―――都市伝説のシャルロットつかまる!! 犯人は17歳の少女。深夜に繰り返し犯行を重ねていた模様。警察は事情を聴くとともに余罪を追及していくつもりだ―――

 なんてニュースでも流れたら……
 本人はともかく周りの人間は悲しむに違いない。
 彼女がそうなる前に事情を知る私が止めなければ。

 せっかく転生してかつてとは違う道を歩めそうなのだから……


 赤目のシャルロット 2話 中編


 太陽が傾き始め、空の色もやや薄くなる時刻。
 帰りのHRが終わり、今日の授業も終わりだ。
 生徒たちも帰宅するもの、部活や委員会で残るものと皆それぞれに行動を始めている。
 牧野刹那もそれに合わせ帰る支度をしていた。

「牧野さんは部活とか入らないの?」

 セツナに話しかけてきたのは隣の席になった筑紫奈々歌だ。
 落ち着いた優等生といった印象の彼女だが、話してみると意外と茶目っ気のある性格をしている。
 セツナからしても付き合いやすい性格だったので、ほどなくして友人と言える関係になれるだろう。

「部活ですか?多少の興味はありますが、今は入るつもりはありませんね」
「そっか、残念。もしよかったらVCに入ってほしかったんだけど」

 ボランティアクラブ、通商VCはナナカの所属している部活の名前だ。
 活動内容は読んで名のごとくらしいが、入学する際あそこにだけは入らないでくれと言われたのが妙に引っ掛かっていた。
 さらにいえばナナカは強い。おそらくは剣道のようなものをやっているのだろうが、セツナの目から見ても強いと言えるほどの実力者だ。
 ちょっと戦ってみたくもある。魔術抜きならいい勝負ができるはずだ。

「普段どんなことしているのか聞いてもいいですか?」
「ボランティア活動よ」

 造った笑顔で答えるナナカ。不自然に硬い表情。
 その笑顔にセツナは疑問を覚えた。

「具体的には?」
「そうね……去年したことならいくつか。まずは去年の生徒会選挙。立候補者の一人に対立候補をつぶしてほしいと依頼されたから、こっそりと忍びこんで下剤を盛ったり恥ずかしい写真を隠し撮りしたりしたわね」
「は?」

 今なんと?
 セツナの目が点になる。そんなセツナをよそにナナカは言葉を続けている。

「ただね、これでほとんどの候補をダウンさせたんだけど、一人うまく立ち回るやつがいて……水面下での攻防が取っても激しかったんだけど、結局そいつが依頼者の不正を暴いてそいつの一人勝ちになったの。もちろん私たちは完璧に証拠隠滅を行ったから追及が来ることはなかったけど、あれは悔しかったわね」
「はい?」

 ナナカはそういいつつも懐かしむような表情を造る。セツナは話の内容にただ聞くことしかできない。

「だから今の生徒会長とは凄く仲が悪いのよ。何度か失職させようとしたんだけどなかなかうまくいかないのよね……」
「あの……」

 相手も相当やり手なのよ、とナナカ。

「他には市長の髪がズラかどうか知りたい。という要望があったから、市民運動会の時の市長あいさつで京次を神風させて市長がズラだというのを証明させたわ。後は夜見祭で……」
「い、いえ、もう結構です!」

 セツナは慌ててナナカの言葉を遮った。なぜ教師があそこはやめろというのかがわかった。VCは変だ。変な部が多いこの学校でもかなり奇抜な方に入るのだろう。そもそもボランティアのかけらもない……

「どう?入らない?」
「入るわけないでしょう!」

 叫び半分に答えるセツナ。
 彼女と友達になっていいのかも疑問になってきた。友達は選ぶべきかもしれない。
 真剣にそう考えているセツナ向かって、しかしナナカは猫のようににやりと笑った。

「ま、そりゃそっか。いくらなんでも変だと思うわよね」
「筑紫さん、変だと解っててやってるんですか?」

 セツナがジト目になってナナカを睨む。ナナカは悪戯がばれた子供のような顔になった。

「あはは、まあ今のは特にぶっ飛んだ奴。普段はもっとまともな活動してるわよ?募金とかいろいろ」

 ナナカが言うには初めは変だと思ったが、なれると意外と楽しいらしい。

「本音は?」
「何かあった時に一蓮托生に出来る仲間がもうちょっと欲しいかなと」
「決して入りません」

 しかし、変な部であることは変わりないようだ。セツナは決して近づくまいと心に誓った。

 とそこで、セツナは誰かがこちらに近づいてくることに気がついた。
 女子にしては高い身長、腰まで伸ばした黒髪、クールな印象の瞳。
 昨日から何度も目にした顔の持ち主は天城皐月だった。

「セツナー。ちょっと話があるんだけど……って、げぇ、筑紫さん!?」
「天城さん?私がいると何か問題があるのかしら」
「え?いやー、別にそんなことはないけど……」

 なぜか目をそらすサツキ。その頬をたらりと汗が伝う。
 サツキを救ったのは教室のドアから入ってきた別の声だ。

「おーい、ナナカさん。そろそろ行くぞ」

 ドアの隙間から顔を出したのは背の高くしっかりと肉の付いた少年。クラスメートだが名前は覚えていない。

「あそっか。そろそろだもんね。ごめん!いま行く!」

 少年にそう言われるとナナカは荷物を持って教室の出口へ向かう。

「それじゃあ、二人ともまた後で」

 別れのあいさつをするとナナカはそのまま出て行ってしまう。
―――後で?
 ナナカのその言い方が少し気になった。

「そっか。倉敷君が主導してる時点で筑紫さんも来るんだ。もー、なんで倉敷君はあんなのと付き合ってるんだか……」
「サツキ、どうかしたのですか?」
「え、いやこっちの話。そうそうセツナってばまだこの学校に来たばっかりでしょ」

 セツナの質問を誤魔化しながらサツキは聞いてきた。
 これが話しかけた本題のようだ。

「だから私でよければこの学校の案内でもしようかと思って。どうかな?」

 サツキの提案になるほどと頷く。昨日は夜の準備にすぐに帰ったし、まだ学校内のことはよくわかっていない。
 いずれは一通り把握しておこうと思っていたので断る理由は特にない。
 ただし……。

「変なことはしませんか?」

 相手が変態だということはよくわかっている。一応は確認を取っておかなければ。

「セツナが私のことをどう思っているか一度しっかり話し合った方がいいかもね」
「前科持ちが何言ってるんですか?いつもの夜やっていることを思い出してください」
「あ、あれは……その、とにかく変なことはしないよ!」

 少し顔を赤らめるサツキ。ふむ、一応は信頼していいだろう。

「まあいいです。私も学校内をまわろうと思ってましたし、お願いしますね」
「うん、任せておいて!」



 ところ変わって手芸部部室。
 ここではセツナの歓迎会の準備が行われていた。

「テメェらには人間としての自覚がアンのかァ!役目を果たせない人間はもう人間じゃねぇ。クソ虫だ!ああ、てめえらの役目はなんだ、オイ和人言ってみろや!」
「イエス、マム!歓迎会の準備をすることであります!」
「ああ、そうだ!転校生の歓迎会をすることがお前らの使命だろうが!こんなチンタラやっていて間にあうとでも思ってるのか、クソ虫ども」
「イエス、マム!」

 なぜか知らないが罵倒する女性の声と元気よく答える和人。
 ああ、クソうぜぇ。
 京次は部室を飾りつけながら自分の姉と和人に対してそう思った。

「おい美弥、VCはどうしたんだ?」
「ああ?そんなもんお前とナナカがいないと話になんねぇだろ。あたしと祇園だけでどうしろっつーんだよ」
「来週の計画立てるつってただろ」
「めんどくせーよ、そんなもん」

 要は部員が少なくて暇だからこっちに来たらしい。
 迷惑な話だ。こんなことならナナカやアカネと共に買い出しに行けばよかったと思う。
 無論こんな場所に姉を放置などすれば何をするか解らないので、こうして手芸部部室に残っているのだが。
 まあ、歓迎会の時間には実力行使で追い出せばいいか。縛って埋めておけばさすがの姉でもしばらくは出てこないだろう。

 今回のミッションは大きく分けて3つ
一つ、会場である手芸部部室の飾り付けを行うこと。主にテーブルを並べたり、黒板に歓迎の言葉を掻いたりだ。
二つ、買い出しに行って食料などの買い付けをすること。これは後でセツナ以外の参加者で割り勘になる。
三つ、準備が終わるまでセツナを引きとめておくこと。現在サツキが頑張っているはずだ。

 サプライズなので上手くいくかどうかはそれぞれのミッションの成功にかかっている。
 だというのに、この妨害(美弥の襲来)である。京次の頭も痛くなるというもの。
 他の面々を見るとみんなは苦笑を浮かべている。

――嫌がられてないのがせめてもの救いか。

 美弥はあれでいてイベントを盛り上げるのは得意だからなぁ。
 副部長の祇園が時々やる大掛かりな活動をレポートにして配るのも受けがいい。

 この間やった噂のシャルロットを捕まえる作戦も確かに楽しかった。
 京次としては噂の怪人が実在するとは思っていなかったのだが、予想外の結果になった。
 ナナカが変装してシャルロットをおびき出し、のこのこやってきたところを隠れていたメンバーが一斉に捕まえる。
 どうせ来ないだろうという京次の予想に反して実際に彼女は現れた。
 上下ともに黒い服で下はジーパン、上はへそまで露出した夜道を歩くには大胆な服装。一点、白いおしゃれネクタイが妙に目立った。
 その顔はイメージがぼやけて認識できなかったがその瞳は確かに赤い。
 怪人がナナカに近づく。
――そして長い追いかけっこが始まった。
 
 シャルロットが近づいたのを確認すると美弥が合図した。
 一斉にメンバーが飛び出す。
 驚くシャルロットにナナカが殴りかかった。怪人に直撃したがあまり効いてはいないよう。

 京次が本当に驚いたのはここからだ。
 なんと怪人はぴょんと跳ねた。ナナカと出会ってから人間離れした身体能力をした人間がいるのは知っていたが、シャルロットもそうだとは思わなかったのだ。
 しかもそれだけでなく、少女のようにも見える怪人はナナカの背後まで飛び越えると、異常な速度で走ったり突然消えたりしながらこちらから逃走した。
 VCの面々も京次と美弥はバイクを駆使し、ナナカは何度も果敢に挑み、最初にナナカが仕掛けた発信機やたくさんの罠を使って捕まえようとしたが、相手も一筋縄ではいかず結局逃げられてしまった。
 特に水中に見げ込まれたときに発信機が壊れたのがいけなかった。
 朝方まで続いた追いかけっこは京次達の敗北で終わったのだ。
 最も美弥はシャルロットに会えて満足だったようだし、ナナカも久しぶりに全力を出せたと楽しそうだった。
 祇園も大変貴重な体験ができたと言っていたし、このことを新聞部にリークしたら思わぬ反響を呼んだようだった。

もっとも彼らの預かり知らぬところで、一晩中追いかけられた一人の少女が大いに凹み、それ以来、特に美弥とナナカに苦手意識を持つようになったのだが、それは京次にはわからないことである。
 
 と、こんな感じでこれまでも結構無茶をやったがそれでも結構人気はあるのだ。
 ライバルである生徒会とも毎回奇妙なことで張り合っている。
 教師からの受けは悪いが……
 京次は、もう一度美弥を見て、はぁ、とため息をつくと再び作業に向かう。
 早くナナカに帰ってきてくれと願いながら。



 一方そのナナカはと言えば……

「ねえねえ筑紫さん。この“エクストリーム味噌チキン”と“最果てからやってきたミックス”どっちがいいかな」

 ピザ屋の中で辟易としていた。原因は一緒に買い出しに来たアカネだ。
 買い出しチームはいくつかに別れたうえで行動していた。そのうえでナナカはアカネと一緒に食料を見て回っていた。
 二人が見ているのはもちろんピザのメニューなのだが……
――なぜこのピザは鳥の丸焼きが乗っているのか!?そしてもう片方は何故デフォルトで青いのか!?
 ナナカはアカネがチョイスしようとした2つのピザを見て困惑する。

「黄泉路さん?これ以外にももっといいのあるんじゃないの?……もっと普通のピザとか……」
「えー、だってそれだとインパクトがないじゃん。せっかくの歓迎会なんだからせっちんには喜んでほしいし」
「いや、それでも限度ってものが……」

――今までも変な活動してきたけど、食べ物系でヤバいのはなかったわね。
 ナナカは思う。
今日歓迎会をすることは、VCの部長達は知っている。あの人たちのことだから暇になって覗きに来る可能性もある。
そして覗きに来てこんな変なメニューが出されていると知ったらきっと興味を持つだろう……。
来週以降の予定はまだ未定だ。
だからきっとこう言いだすに違いない。
――夜見市にあるちょっと変わった食べ物を食べに行こうぜ――

「アウトッ」
「え!?どうしたの筑紫さん!?」
「黄泉路さん、もう少しいいものを検討しましょ?」
「うーん……それじゃさっきの店でにあった“ピクピク青汁ミートパイ”は?」
「……」

――この子の親友をやっている天城さんは凄いわね。
 新たな危険料理メニューを取り出したアカネを見てナナカは思った。
――京次達と一緒に会場準備でもすればよかった。
 アカネをどうやって止めるかを考えながらナナカは奮闘を開始した。


 歓迎会の準備は前途多難である。





[21719] 2話 転校生と歓迎会 後編
Name: リリック◆6de4ea34 ID:385ae2e2
Date: 2010/09/27 16:29
赤目のシャルロット 第二話 転校生と歓迎会 後編


「で、ここが食堂。この学校は大きいから食堂が2つあるけど、こっちの方が手ごろかな」
「大きいですね。これが2つもあるのですか?」

 星簾高校は生徒数1200人を超える大型校である。必然的にそれだけの人数を食べさせようと思えば食堂は巨大化する。
 セツナは興味深々に食堂を眺めている。

「ここは一番大きなやつで、もうひとつはカフェとかレストランみたいなイメージの店かな。庶民的な感じで300円あればそこそこ食べられるから、学生にはありがたいのよね」
「へぇ。結構人もいますね。かつ丼280円ですか」
「肉は安っぽいし、微妙だけど慣れれば意外と良いものよ」
「なるほど……サツキ、これはなんですか?」

 とそこでセツナは食券販売機の側面に張ってあるチラシに目を向ける。そこには大食い大会7月9日(金)開催とあった。
 それを見てサツキは苦笑する。

「ああ、それね。……時々フード同好会の連中が開催する大食い大会よ。結構多くの人が参加して人気はあるみたいね」

 大食い大会はだいたい一学期に一度くらいの頻度で開かれる。学校内での評判も良く見物者も大勢来るのだが……その戦いは激しく、醜い。
 汗が飛び散り、食べこぼしが散らかり、そして戦士たちの汗のにおいが室内に充満する。
 もっともその暑苦しさに闘争心を掻きたてられるとかで、運動部系になぜか人気があった。

「大食い大会ですか。面白そうですね。……優勝賞品は繁華街でのお食事券一万円分ですか」
「ちょ、ちょっと。セツナ参加する気?」

 それを聞いてサツキは目を見開く。セツナの体は細く、大食いに向いているようには見えない。
 あの勇猛なる戦士(デブ)たちと戦うのは無謀そうに見える。
 大量の食料を一気食いするセツナが想像できないのもあるが……

「面白そうなので……ダメなのですか?」
「いや、駄目じゃないけど……」

―――むにゅ。
 サツキはセツナのおなかをひとつまみ。

「ひゃあ!?な、何をするんですか!」
「う~ん、このおなかに入るのかなぁって……」
「突然は止めてください。それに失礼です!」

 顔を真っ赤にして抗議された。

「でもねぇ、あそこはヤバいから。……セツナ?」

 サツキとしてはセツナをあの汗とよだれとあぶらにまみれた世界に放り込むことには抵抗があった。

「知りません!さあ、ここはもう把握しましたから次に行きましょう!」

 セツナはそんなサツキの様子を気に留めず知らんぷりだ。
―――まあ、またその時になってアレを見れば気が変わるかな。ちょっと怒らせちゃったみたいだし。
 サツキはそう結論づけると再びセツナの手を取った。
 セツナが実際にこの大会に参加して優勝することを知らずに……

「それじゃ、次にいこっか……」



 次にやってきたのは何やら雑多な店。
 有名なディスカウントストアのようにあちこちに商品が押し込められている。
 
「ここが購買部。まあ見ての通りだけど、いろいろなものがあるよ」
「それは解りますが……あの甲冑や西洋剣はいったい誰が買うのですか?」
「……さあ?」

 店内には文具をはじめとして、掃除機や冷蔵庫などの家電製品、漫画や小説、雑誌等の書籍、さらには使用用途不明な数多くの商品があった。
 セツナはそれら商品を眺めていたが、不意に目まいのような感覚を覚えた。

「この店なんだか妙に気分が悪くなるのですが……」
「ああ、気をつけた方がいいわよ。ぼーっとしていて、気が付いたら財布の限界まで商品を買わされることがあるってもっぱらの噂があるから……」
「何ですか、これ。呪われそうなんですが、魔術でも使ってあるんでしょうか?」

 セツナがそういうのも無理はない。この店はある種独特と言うか、まるで異空間にあるかのような印象を受ける。
 手ごろなところに置いてある壺を見る。幾何学模様の壺は、静かに震えながら唸り声のような音を発している。……いかにも呪われそうである。
 セツナは慌てて伸ばしかけていた手を引っ込める。

「まあ、なんだかんだで何でもあるから、必要になったら来たらいいわ。用もないのに来るのは命知らずだけど……」
「ええ、肝に銘じておきます」

 二人はそういって購買部を後にする。魔術に精通している二人をも忌避させる購買部だった。

「ひーひっひっひ。ひーぃっひ。いいよ~転校生さん。ひ、ひひひっ!いづでもいらっしゃい。……ひっひ~ひっひ」

 2人の居なくなった購買部では不気味な店主がその雰囲気にピッタリな不気味な笑い声を響かせていた。



「さあ、次は何処に行こうか?」

 サツキは通路を歩きながら考える。このままいけば講堂がある。
 講堂もそれなりによく使う場所だし、案内しておいた方がいい。
 と、そこで前方から歩いてくる人影を発見。
 歩行停止。
 反転。
 そのままセツナを連れて去ろうとするが……

「何処へ行こうというのかね?」

 サツキがその場を去るよりも早く、その人物に呼び止められてしまった。

「げぇ、国広君」

 その人物、細身でサツキより背の高い男子生徒はニヒルに笑う。
 国広雄聖、星簾高校の生徒会長だ。
 極めて態度の大きい人物であり、
 サツキにとってはこの学校で会いたくない人間ベスト3に入る。

「“げぇ”とは何だね。せっかく私に会ったのだ。ああ、神にも等しい私に会えたとは、とこの幸運に感涙してもいいくらいだと思うが?」
「そういうところが会いたくないって気付かないかなぁ?」
「はっはっはっ!下民のたわごとが聞こえるが?」

 尊大に笑う雄聖。サツキは呆れ顔で首を振った。
 彼はもうどうしようもない人物なのだ。
 そこにセツナが口を挟む。

「サツキ、この方は?」
「この学校の生徒会長。変人だから関わっちゃだめよ」
「あなたをして変人と言いますか……」
「失敬な。私は君よりは常識人だ」
「……オマエら」

 二人の言葉にがっくりとうなだれるサツキ。
 雄聖はそんなサツキを置いてセツナを見る。その鋭い眼はどこか品定めをするようである。

「君が昨日転入してきたという生徒か?」
「はい、2年C組の牧野刹那と申します。あなたは?」
「2のAの国広雄聖だ。此処の生徒会長をしている」

 二人は軽い自己紹介を交わす。お互い相手をうかがっており、軽い緊張感が漂った。
 そこに一石を投げたのは雄聖だ。

「君は彼女の正体を知っているのか?」

 雄聖が刹那に問いかける。
雄聖の視線の先にはサツキがいた。

「!?……あなたは何処まで!?」

 予想だにしない問いかけにセツナが驚いた声を上げる。
まあそれはそうだろう。セツナはサツキが誰かに正体をばらしているとは思わないだろうから。
サツキは顔をあげて雄聖を見た。その目は少し険を孕んでいる。

「セツナは全部知ってるよ。国広君が知らないことまで」
「そうか」

 雄聖が納得した、と頷いた。纏う空気が穏やかなものへと変わる。
 そして雄聖は手を広げ、セツナに向けて高らかに言った。

「ようこそ、牧野嬢!星簾高校へ。この国広雄聖、生徒会長として君を歓迎しよう」

 響くように、謡うように、雄聖の声はよく響いた。
 さっきまでの緊張した空気からいきなり祝福されたセツナは、自体が飲み込めず目を白黒と瞬かせる……

「……気にしないでセツナ。こういう人なのよ」
「新たな仲間を歓迎するのは会長として当然のことだ。すまないね、牧野嬢。初めのあれはちょっとした確認だ。天城君には去年の選挙でいろいろと世話になったのでね」
「よく言うわよ。能力使わせて対立候補のこと調べさせたり、VCへの防壁にしたくせに」

 嫌なことを思い出してサツキは髪を掻き毟る。
あの時は大変だったのだ。こちらも向こうも血みどろになりかけていたし、相手は苦手意識の強いVCだ。
おまけに従わなければ“夜の変態行為をばらすが構わないのかね変態?”と言って脅す始末。
ああ、いったい自分にどうしろと!

「ああ、あの時は世話になったね。また何かあったら頼むよ。もちろんバイト代は弾む」
「サツキ!?魔術をそんなことに使ったのですか!?」

二人のやり取りにセツナは激しく反応した。サツキを睨んで昨日の晩のように問い詰める。
まあ、仕方ない。この世界では魔術は表ざたにすべきではないのだ。
だがそこに雄聖が弁護の声を入れる。

「牧野君。言いたいことは解るが知っているかい?去年の生徒会選挙では対立候補は私たちの食事に毒を盛るという手段を取った。これに対抗するためには、手段を選ばないのもやむを得ないと思うが」

 雄聖は大仰に芝居がかった演技をする。何とも弁舌が得意なことだ。
 案の定、セツナは丸めこまれかけていた。

「い、いえ、ですが……そうなのですか?」
「ふむ、その反応を見ると内容は知っているようだね。行って見れば私は、悪を駆除するために行ったに過ぎない。正義を名乗るつもりはないが、これは必要悪ではないかね?」
「……よく言うわ」

 実際は嘘のネタをでっち上げ相手の評判を落としたりと結構えげつない。
 しかも内容が○○氏とのホモ疑惑だとか、○○さんと付き合っていながら××さんと二股かけただのその後の学校生活にも響くようなことで容赦ない。

―――人形集めが趣味なのを暴露されて、支持を失った人もいたわね。

 他にも演説台を時限式で壊れるように細工したりなど数をあげればキリがないのだ。
 ただサツキも驚いたのは、この男、対立候補達から同じことを仕掛けられようとも、それがどうしたと言わんばかりにそのまま演説を続行した。
 そのあたりの精神力?もしくはただ図太いだけ?にはサツキも驚嘆してしまう。
 結果、雄聖は生徒会長の椅子に座った。大した人物だである。

「そういえば、筑紫さんがあなたはやり手だと言っていました」
「ふむ、彼女たちとも知り合いか……VCの面々はなかなか張り合いがいがあって面白いのだよ。ああいった連中がいないと、私も一人勝ちしてしまって詰らないからね」

 雄聖は楽しそうだ。実際、生徒会とVCの争いは見ている方もいい娯楽になる。
 巻き込まれない限りは楽しいのだ。サツキはなぜか会長側の先兵に使われてしまうが……



 生徒会長と別れた後も二人は様々な場所をまわった。
 準備の方はどうだろうか?そろそろメールが来てもいいはずだ。

「サツキ、次はどうします?」
「うーん。そうだね……」

 実際、もう主要な部分はもう案内した後だ。マイナーなところに連れていくのもどうかだし、後は時間まで休憩と言って暇をつぶそうか……

 そんな時だ、廊下の向こうから何人かの女子生徒が歩いてきた。どこかで見たことのあるような……?

「……天城せんぱーい!」
「ん?」



 セツナは携帯を開いて時刻を確認する。
 時刻は6時を過ぎたところだろうか。
 6月の太陽はまだ沈まず、窓から差し込む光は熱を持ってセツナの肌を焼いた。
――これは日焼け対策をしないといけませんね。
 眩しい光に目を細めてセツナは紫外線よけについて思考を巡らせた。

 そのセツナのすぐ傍ではサツキが同級生や下級生に囲まれていた。
 セツナの想像に反して彼女は周囲からの人気が高いようで、少女たちの顔には尊敬の色が見て取れる。
 中には手紙を渡したり、プレゼントを渡したりしているものもいて、そのことがセツナには意外だった。
 サツキはプレゼントをもらい、とても嬉しそうに女の子たちにお礼を言っている。
―――何故でしょう……無性に腹が立ちます。

 その光景をセツナは意識から追い出したかった。
 イライラした。別に変態のサツキが他の少女たちとイチャイチャしようとしても気にならないはずなのに。ただ、どうして今は自分の案内をしているはずなのに他の女の相手をしているのだ、とか、どうしてプレゼントをもらって嬉しそうに笑っているのか、といった思いがグルグルとセツナの胸の中に渦巻いていた。



 いけないいけない。セツナを案内する予定だったのにみんなに囲まれて時間を食ってしまった。

 ことの露見を防ぐため部室棟周辺には近付かないようにしつつ、頻繁に利用する場所からまわろうと食堂へ向かっていたら女の子の一団とばったり出くわした。

 その子たちにはサツキも見覚えがあった。
 白衣を着た彼女達は科学部の部員達で、この間展示会が近いからとアカネや手芸部のみんなと手伝いに行ったのだ。

 サツキたちは四苦八苦しながらも科学部を手伝い、結果苦労しつつも彼女たちをサポートすることができた。みんなが達成感のある笑顔を浮かべていたのは記憶に新しい。
 彼女達はその時サツキがいたことも覚えていてくれて、今回はそのお礼にと手作りのお菓子をサツキにプレゼントしてくれた。
――後で大切に食べなければね。
 サツキは頂いた袋を大切に鞄にしまうと、待たせてしまったセツナ向き直る。

「ごめんね。待たせちゃった」

 まずは待たせたことを謝る。せっかく案内すると言ったのに待たせてしまったのだから。
 だがセツナはサツキの方を見ずにそっぽを向いたまま……

「いいですよ。あなたはみんなに人気があるようですし、彼女達を無下にするわけにもいかないでしょう。……私のことなら構いませんから、彼女たちと仲良くすればいいんです」

……と言った。
 セツナの言葉は気にしていないといったニュアンスのものだったが、その言い方にはトゲがある。
 怒っているのだろうか。だがそれだけではないようだ。
 唇を尖らせ、そっぽを向くセツナ。
 その不機嫌そうな様子はどこか不貞腐れて拗ねた子供のようにも見えた。
―――これは!?
 まさか嫉妬なのだろうか!?
 他の女の子と仲良くするサツキを見て、セツナは嫉妬した?
―――か、可愛い。
 サツキの胸を暖かい気持ちが満たす。我慢できない。
 ぎゅうぅぅ。
 思わずサツキはセツナに歩み寄り、その細い体を抱きしめた。
 セツナ自身もそこそこ身長が高いためサツキの胸の中には収まりきらなかったが、両の手を使い互いの体を密着させた。体と体のスキマがゼロになっていく。

「な、何をするのですか!?」

 抱きついたままのサツキは答えない。
 誰かに見られてはいけないので周囲を確認してから、誰もいない廊下の上、闇のカーテンで二人の体を覆う。
 セツナの体はサツキとぴったり重なりあった。
 胸と胸、腰と腰、脚と脚がそれぞれ密接する。
 重なりあった体からセツナの体温を感じた。
 心地よい温度。これだけで凄く気持ちいい。

「セツナ、一人にしてごめんね……」
「な、だから別に気にしてないとっ」
「ん、でも寂しそうだったし」

 腕の中で力なく動くセツナに謝罪した。まさか彼女が自分に嫉妬してくれるとは思わなかったのだ。嬉しさからつい抱きしめてしまった。

「さ、サツキ!変なことはしないと言ったじゃないですか!?」
「変なことじゃないよ。愛情表現」
「十分に変です。なんで魔術まで使っているんですか!?」
「だって見られたら恥ずかしいかなって思って」

 サツキはセツナの体を名残惜しそうに離した。
 セツナはサツキから離れたところで、ゼェ、ゼェと息を整える。
 その顔はやや熱を帯びていて、瞳も水分を含んで潤んでいた。

「あなたは行動が突飛すぎなんです!急に抱きつくことはないでしょう」
「あはは、ゴメン、可愛かったからつい」
「サツキ!!」
「ごめんって、あははっ」

 セツナのその慌て方にサツキはつい吹き出してしまう。
 だがよかった。
 セツナは目を細め睨んでいるが、先ほどまでのような不貞腐れた様子は見受けられない。
 サツキは気を取り直すと、セツナの手を取った。
 剣を握っている所為か少し硬いが、繊細で女性らしい手のひら。
 その指に自身の指を絡める。
 照れて少し赤面するが構わない。

「それじゃあ、次に行こうか。大丈夫、今度はちゃんと案内するから」
「ですから……はぁ、もういいです。あなたには何を言っても無駄でしょう」

 セツナは何かを諦めた様子。しかしかすかに苦笑していて悪くなさそうな表情だ。

「また抱きついたりしたら帰りますからねっ」
「大丈夫、大丈夫。任せておいて」

 そしてちょうどいいタイミングでメール着信の音が鳴り響いた。
 サツキは携帯を開いて内容を確認する。……準備完了とのこと。
 あまりのタイミングのよさに思わず笑みが浮かんでしまう。

「ねぇ、セツナ。最後に一つ、連れて行きたいところがあるんだけど」



「ここは?」
 サツキとセツナがやってきたのは部室棟、手芸部の部室の前だ。
「手芸部部室。セツナを連てきたかった場所だよ」
「そうなのですか?……私は部活動をするつもりはないのですが……」
「うん、大丈夫。それなら解ってるよ。―――そうじゃなくて、会わせたい人たちがいるから……」

 サツキの言うとおりに付いてきたが、ここに連れてきて何をするつもりだろうか?
 部屋には窓が付いているがそれらすべてカーテンで覆われていて中をのぞくことはできない。
 手芸部といえばアカネが所属していたということを思い出す。
―――この中にいるのはアカネさん?
 よくわからないままにサツキに従いドアを開いた―――



クラッカーの音。みんなから掛けられる歓迎の言葉。
 よかった。どうなるか不安だったけど、ちゃんと準備出来てたみたい。
 セツナは本当に驚いているみたいで、いつもクールな表情がみょうちくりんになっている。

「サツキ……これは……?」

 不思議そうな顔で聞かないでほしい。そんなの決まってるじゃないか。

「セツナの歓迎会だよ。私があなたを案内している間、他のみんなで準備してたの」
「え、でも……」
「ほらっ、主役がいつまでも突っ立てないで、早く入ろうよ。みんな待ってるよ」

私はセツナの背中をグッと押し出す。おぼつかない足取りで歩いていくセツナ。
やっぱりこういうことには慣れていないのだろうか?

「いらっしゃい、歓迎するよ、だよ。せっちん」
「ささやかだけど、パーティーを用意したのだけど、気に入ってくれるかしら」
「アカネさん、筑紫さん……」

 あーもう、泣き出しそうな顔しちゃって。もう目がウルウルしちゃってるよ。

「ま、歓迎パーティーってやつだな。楽しんでくれると嬉しい」
「いろいろ用意したからよ。飲んで食って騒ごうぜ」
「倉敷くん、斎藤くん……」

 まあ、このために教師まで抱え込んだからね。こんな機会はめったにない。だから、クラスメートの半分近くがここにいるし。

「ぎゃはは、アンタが噂の転校生か。ま、よろしく頼むぜ」
「先ほども会ったが、今日は無礼講だ。教師が五月蠅く言うこともない。好きなだけ騒ごうではないか。改めて、歓迎するよ」

 倉敷君のお姉さんや、国広くんは何故いるのだろうか?

 まあ、でも心の底からこのパーティーを開いてよかったって思えた。
 だって……

「みなさん、本当にありがとうございます。こんな素敵なパーティーを開いてくれて。私、凄く、凄く嬉しいです!」

 そういって笑うセツナは、出会ってから一番きれいな笑顔だったから。





おまけ

「サツキ、このピザは画期的ですね。鶏一匹を丸々乗せるとは」
「って何コレ!?鳥の死に顔怖っ。鶏の部分切れないし!!」
「すごい。こっちのピザは青色ですね。どんな味がするんでしょか?」
「まって!食べちゃダメ!それ普通の食材じゃないから!!」
「な、なんと。こっちのパイはまるで生きているかのように動いていますよ!?」
「うわっ。ちょ……げ、何このパイ!?ピクピク震えてるじゃない!キモッ。ぎゃあぁぁ、変な汁が、ちょ……」
「得も言われぬ香りですね。ですが匂いに反しておいしい食べ物もあります。たとえばドリアンなどがそうです。まずは食べて見ないと」
「ア、 アカネでしょ!こんなもん買って来たの!!こらっ、何処行った!!」

「ひぃぃ、ごめんなさい。ごめんなさい」
「ナナカさん?どうしたんだ?」
「私じゃ止められなかったんです!私は悪くないの!!」

「おい会長。ちょっとコレ食ってみねぇ?」
「ふむ、美弥君。その食物は繁華街に売っている『筋肉と生クリームを合わせたマッスリームケーキ』ではないかね。そのピンク色の肉汁が何とも香ばしそうだね」
「って、コレやっぱりヤミ鍋通りで買ってきたのかよ」
「だろう。こういった奇抜なものはあそこしか作らない」
「で、食え」
「遠慮する。ところで、この味噌と7種類の臓物を合わせた……」
「いるかァ!ボケがっ!テメェで食え」
「普通にうまいと思うのだが……」

「うふっ、うふふ」
「アカネ?楽しそうだな」
「うん。とっても!かずくんはどう?タノシイ?」
「ああ、楽しんでるぞ。……ん?なんかニュアンスが」
「ふふふ」



???
病院

 ふと、目が覚めた。
 長い夢を見ていたようだ。
 自分は死んだのか?
 いや、覚えている。
 『この』自分の記憶は交通事故に会った所までだ。
 『今』の自分は?
 記憶にあるのは憎むべき相手と愛する人の顔。

―――魔王と……聖女。
 ヴォルター!
 自分が倒した憎き敵。
 エレンシア……。
 彼女は今どこに?
 
 はるか遠く。確かに懐かしい気配を感じる。
 
 そうだ、自分は……!



そして彼は―――全てを思い出した。




[21719] 人物紹介
Name: リリック◆6de4ea34 ID:385ae2e2
Date: 2010/11/01 10:13
登場人物紹介 2話時点


 ※パラメーターはあくまでネタです。

天城皐月(アマギ サツキ)

身長170cm B89 W56 H87
誕生日 5月18日  17歳
一人称 私 
家族構成 父 母 弟

Lv68 氷属性
HP1260 MP1723
AT 226 DF 187
MAT 798 MDF752
AGL 527

得意技(今現在) 魔力砲 肉体強化(AT、DF、AGL+400) 闇のカーテン

一応主人公。魔王ヴォルターの生まれ変わりの女子高生。セツナに一目惚れする。
前世の事を夢という形で見ることができ、その際、夢の中での出来事を自分の経験として蓄積できる。その際、激しい暴力的かつ性的衝動に襲われ、今でこそある程度制御できるが中学時代は荒れていた。そのため家族とは今でも不仲。
夜な夜な、黒い服を着て徘徊するのは衝動の発散のためと言いつつ、実は結構楽しんでいる。女性ばっかり相手にするが男にまったく興味がないわけではない(はず)。
本命のセツナに対しては大胆に行動するも内心ビクビク。
アカネ、和人と仲がいい。
趣味はぬいぐるみ集め。



牧野刹那(マキノ セツナ)

身長165cm B94 W55 H86
誕生日 8月3日   16歳
一人称 私
家族構成 義父 義母

Lv.72 雷属性
HP 1922 MP 855
AT 833 DF 882
MAT 450 MDF 478
AGL 430

得意技 雷獣の咆哮 闇のカーテン 肉体強化(AT、DF+250)

ヒロインにしてもう一人の主人公。聖女エレンシアの生まれ変わり。サツキに惚れられる。
サツキよりはっきりと前世のことを覚えている。
サツキを消滅させるために転生したが、今のサツキを見て考えを変える。
丁寧な話し方をするが、性格はけっこう強気。作者の意に反してなぜかゲテモノ食いに。
義父は退魔師でいろいろとお世話になっている



黄泉路朱音(ヨミジ アカネ)

身長153cm B78 W56 H82
誕生日 9月25日   16歳
一人称 あたし
家族構成 父 母 妹 弟
Lv3
HP43 MP12
ATK11 DF8
MAT6 MDF5
AGL22

装備 遠距離対応スタンガン 痴漢撃退スプレー 無反動ハンドガン
必殺技 SP召喚

高校になって出来たサツキの親友。明るい性格。
ゴシップネタや悪戯が好き。いつも護身具を持っている。
和人とは幼馴染。家がとんでもないお金持ち



斎藤和人(サイトウ カズト)

身長168cm B…こんなものはいらん
誕生日4月12日   17歳
一人称 俺


サツキの友達でクラスメート。お調子者でムードメーカー。
アカネの幼馴染。



倉敷京次(クラシキ キョウジ)

身長182cm   背が高く体格もいい
誕生日10月25日  16歳
一人称 俺
家族構成 父 母(両親は海外) 暴君(姉)
Lv10
HP 124 MP 115
AT 56 DF 42
MAT 40 MDF 34
AGL 52

特技 家事スキル熟練度Max 料理 掃除 洗濯 買い物

ナナカの彼氏。和人の親友。見た目は怖いが話してみるといい奴で、家事が得意ととことん見た目に反している奴。姉に無理やりVCに入れられる。
昔考えた小説の主人公だったのはナイショだ。



筑紫奈々歌(ツクシ ナナカ)

身長159cm  B84 W57 H86
誕生日1月11日   16歳
一人称 私
家族構成 父 母 兄 (現在一人暮らし)
Lv52 属性不明
HP 1190 MP 187
AT 653 DF 572
MAT 85 MDF 156
AGL 1230

特技 一刀両断 めり込みパンチ

京次の彼女。中学3年から付き合っている。
セツナと仲良くなるがサツキには苦手にされる。
ちなみにナナカはアカネが苦手。
昔考えた小説のヒロインだったのはナイショ。
結構強い。VCの主戦力。
師匠がいて、小さい頃は一緒に世界中を旅していた。
MSで言うとエピオン。



国広雄聖(クニヒロ ユウセイ)

身長176cm  細身だが引き締まっている
誕生日 4月1日 17歳
一人称 私 
Lv11
HP 108 MP 76
AT 62 DF 50
MAT 35 MDF25
AGL66

星簾高校の生徒会長。尊大で唯我独尊。
モデルは佐山御言



倉敷美弥(クラシキ ミヤ)

身長167cm  B91 W59 H92
誕生日11月7日 17歳
一人称あたし
Lv9
???

VCの部長。弟にまったく敬われない姉。気性が荒く、無茶苦茶を言うこともしばしば。
学校最大の問題児……の割には人気がある。


魔王ヴァルター 全属性

Lv112

HP15234 MP12000

AT 1980 DF 980
MAT 2012 MDF 800
AGL 888

 サツキの前世。むちゃくちゃ強い。



[21719] 幕間 もしくは3の序
Name: リリック◆6de4ea34 ID:ca14817a
Date: 2010/09/17 11:13



 時刻は夜11時を回ったころ。住宅街の路地は、通る人もなく電灯の明かりに照らさている。
 そんな夜に人影が一人……

 噂のシャルロット……つまり天城皐月である。
 今日は珍しくスカートをはいており、闇色の合間から月の光を反射する白い脚が伸びていた。
 ぱちくり。
 遠くを眺めるように瞬きをする。
 その瞳は真紅に輝いており、魔力の昂りと彼女自身の興奮を感じさせた。

 そして……
 今日の獲物を見つけたのだろう。彼女の体を魔力が渦巻く。
 圧倒的な魔力。この世界でも彼女に匹敵できる魔術師は、数えるほどしか居ないであろうほどの力。
 それほどの魔力を纏い、サツキは飛び立とうとして……

「何処へ行こうというのです?」
「っひゃん!?」

 背後から掛かった声につんのめった。


赤目のシャルロット 2話 幕間、もしくは3の序


「まったく、あなたは目を離すとすぐ変態行為に及ぶんですから……」

 サツキを呼び止めた声の主はもちろんセツナだ。
 彼女は冷たい目でサツキを睨んでいる。
 睨まれた蛙のような気分。

「い、いやこれは……」
「わかっていますよ。これから女性にいかがわしいことをしに行くのでしょう?」

 ジト目でにらむセツナ。
 何故だろう、普通に起こっているとき以上に刺々しい。
 困ったことにサツキは言い返せない。サツキが深夜徘徊しキスしながら回っている理由はいろいろあるが、セツナに好きと言っておいてこういった行為に及ぶのはさすがに後ろめたくもあった。

「えーっと。どうしてわかったの?」
「今日の深夜に出かけることですか?それなら簡単です。あなたが夜出かける日は魔力の動きが活発ですから、昼間確認しておいて、後は夜に動く前に待ち伏せしておけばいい」

 淡々と説明される。
 だが、サツキとしてもそうですかと納得して帰る訳にはいかない。
 意味もなく、ただ趣味だけでキス魔になっているわけではないのだ。
 放っておくと衝動は大きくなり、それが抑えきれなくなった場合、爆発する。
 だからこうしてシャルロットと呼ばれるようになっても、この活動を続けているのである。
 楽しんでいることは否定しないが。

「セツナ、あのね……」
「ええ、解っていますよ」

 浮気を弁解する彼氏のような気分で説得を開始しようとした直前、セツナの声が遮る。
 セツナはそれこそ聖女の微笑みを浮かべ、サツキに頷いた。

「あなたがこういう行為をしなければならないことは解っています。ですから、ここは私が一肌脱ぎましょう」

 サツキに一歩近寄るセツナ。
 その言葉にドクンッとサツキの胸が高まる。

 一肌脱ぐ?どういうことだろうか……

―――ま、まさか!セツナが私の衝動の解消に協力、つまりキスしてくれる!?な、なんて素晴らしい!!

 サツキの思考をよそにセツナはまた一歩サツキに歩み寄った。
 二人の距離が縮まる。
 サツキはそっと下を向いて目を閉じた。

―――キス、キス、キス……

 ピンク色に染まるサツキの思考。
―――だが

チャキッ。
鋭利な金属の音を立ててサツキのすぐ傍で何かが静止した。
そーっと、ゆっくり目をあける。

「ん?……何コレ……剣?」

幻想的な装飾の施された剣、初めて戦ったときにセツナが持っていた剣がそこにあった。
―――どういうことっすか?
 サツキの背を嫌な汗が伝う。

「ええ、あなたのその煩悩が消えるまで私が相手になりましょう。衝動を発散するのは戦闘行為でも構わないのでしょう?」

 銀の大剣を構えた戦乙女は微笑みながらそういった。

「え、えーと、確かにそれでもいいんだけど、私はセツナにキスして欲しいかな~、なんて……」
「い・や・で・す。さあ、時間は有限ですし、いきましょうか」
「ちょ、ちょっとストップって……ひぃぃっ。ま、待ってよ、話し合おう!」
「何故です?もう答えは出たでしょう。ほら、私と戦えば一件落着ですよ?」
「私はセツナとキスしたかったの~!……ひ、ひぃ!?」

スパン!剣が高速で振られた音。その風圧だけでひ弱な人間なら吹き飛ぶほどの圧力。
 逃げる黒い影と追う白い影。両者の戦いは日付が変わっても続けられていた。



 7月に入り、期末テストも終わった。
 学校はすでに夏休みムードへと移行し、授業中も浮ついた空気。
 セツナはもうすっかりクラスに馴染み、友人もたくさんできたようだ。
―――中がいいのはいいんだけどちょっと嫉妬しちゃうかな。
 これはサツキの偽らざる心境であった。

 そんなセツナだが、意外と……と言うかこれは完全にサツキの思い込みだったのだが、セツナは意外と今の文化に明るい。
 テレビの付けたかもわからないだろうと思っていたのに、
なんとリモコンはおろか、ケータイやパソコンまで使いこなしてしまうのだ。
 このことに驚くとセツナには絶対零度の視線を向けられてしまった。

―――だって仕方ないじゃないか。異世界のひとってこういうのに疎そうだもの。
もしそうだったら、私が手取り足取り教えてあげようと思っていたのに……だ。
 もちろん、授業料は……ふふふ、うふふふふ……えへへ。

 妄想に耽りつい、ニヤニヤしてしまうサツキだった。


 で、これはある日の土曜日のこと。
 セツナはサツキに招待され、サツキの家に遊びに来ていた。

「な、私のデンリュウを倒すとはやるわね……つーか、そのハピナスしぶとすぎるって!何よ、そのHPとたまご産みだけでもうざいのに、どくどくは酷いんじゃない?」
「負け犬の遠吠えにしか聞こえませんよ、サツキ。さあ、次のポケモンを選んでください」

二人がやっているのは某有名育成型RPGポケットモンスター。金色と銀色のリメイクだ。
 お互いに同じゲームをやっていることを知り、じゃあいっしょにやろうか……と言うことになった。
もちろんサツキは、それだけで終わらせるつもりはなかった。
勝ったら罰ゲームと称していろいろやってやるつもりだ。
―――ふふふ、待っているがいいわ。今にその顔を羞恥と快楽で染めてあげる。

「ふふ、いいですよ。勝てるというなら勝ってみてください」

そして始まった第一戦。お互いに手持ちのポケモンを繰り出した。



ゲームは佳境に入っている。こちらも向こうも残すポケモンは後3体だ。
だが、セツナのあの異常にタフな壁を破れる手札は果たして……
サツキは手持ちの中からひこうタイプの化石ポケモンを選択。

「しゃあ、こいつでいこっか」
「むう、プテラですか……そんな早いだけのポケモンなどっ!」

 先攻はこちら。すばやさトップクラスのプテラに対し、ハピナスは非常に遅い。
 効果の薄い特殊攻撃ではなく、薄い防御をついて物理攻撃を仕掛ける。

プテラのかみつく……ハピナスはひるんだ。

かみつく―――威力はほどほどだが一定確率で相手を怯ませる攻撃だ。

「な、運がいいですね……」

プテラのかみつく……ハピナスはひるんだ。プテラのかみつく……ハピナスはひるんだ。プテラのかみつく……ハピナスはひるんだ。プテラのかみつく……ハピナスはたおれた。

「なんですかこれは!?こんなもの認めません!!」

セツナはDSをぶんなげた!

「ほらほら、セツナの負けよ。次だして、次」

 ゲーム機を拾い上げ、画面を見て悩むセツナ。なんだかんだで二人してゲームに一生懸命になっている。

「仕方ありません……この子で行きましょう」

 現れたのは、白と赤のボールのようなポケモン。

「って、マルマイン!セツナだって早いだけのポケモン入れるてるじゃん」
「誰が使わないと言いましたか!さあ、やるのです、マルマイン!!」
「―――なんだかなぁ。って、うわ。向こうのほうが早いし……」

おそらく向こうは10まんボルトを使用してくるはず。対するこちらはじしんで迎え撃つ。
だが……

マルマインのだいばくはつ……プテラはたおれた。

自爆技。それはあらゆる攻撃の中で最大威力の物。防御の低いプテラは耐えられない。
抵抗力があろうとそれさえぶち抜いてダメージを食らわせる超威力の一撃。

「いやいやいや!!いきなりそれ!?」
「これが一番効果的でしょう?さあ、次が最後ですよ」
「む、仕方がない。最後に残ったのは……こいつだ!」

 サツキが出したのは可愛らしいムーミンのようにのっぺりとした竜。ドラゴンタイプのカイリューだ。
 対してセツナは……流麗なデザインの氷を纏った鳥のシルエット……

「ふふ、この勝負、貰いましたね」
「ふ、フリーザァ!?」

 氷タイプかつ伝説のポケモン、フリーザだ。
 氷タイプはドラゴンに対して強く、なおかつカイリューは飛行タイプも持っているため、サツキは断然不利だ。
 とゆうか弱点4倍の時点でほぼ勝てない……

「い、いや。負けない、負けないんだから!!」
「往生際が悪いですよ、サツキ!さて、最後はあっけなかったですが、終わらせましょう」

 たとえ不利な状況の中でもエロのためなら諦められないサツキだ。
 だがしかし、現実は非常である。
素早さはフリーザの方が高く、セツナの攻撃から始まる。
フリーザのれいとうビーム。
ガシャァァン。ヒット時に通常とは違い、景気のいい音が鳴る。

「げ、急所に当たった!」

この時点でダメージは弱点×2で4倍。さらに急所に当たって8倍。フリーザはこおりタイプなので同タイプの技は1.5倍になり12倍のダメージを受ける。

「いやぁぁぁ!?カイリュー!?カイリュー!!」
「残念でしたね。カイリューのHPはもう0です!」

そして、カイリューのHPが0になろうとして……1で止まった。

「なんてね」

カイリューはきあいのタスキでもちこたえた。
それは一度だけHP1で堪えるという驚異のアイテムだ。

「な、なんですと!?」
「ふ、ふ、ふ。備えあれば憂いなし、よ」

 セツナの驚愕の声。
ニヤリと笑うサツキ。チャンスを見つけた女の笑いだ。
サツキの攻撃。サツキが選んでいたのは……
カイリューのギガインパクト。高い攻撃力と高威力が合わさった一撃だ。
またも急所に当たる音。

「やった!」

今度はフリーザのHPがみるみる減少する。

そして……

フリーザはきあいのタスキでもちこたえた

「え゛ぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「備えているのが自分だけとでも思いましたか?甘いですね」

力なくDSを落とすサツキ。
もう一度れいとうビームがカイリューに直撃。
その画面には、セツナとのしょうぶにまけた。と表示されていた。



 崩れ落ちるサツキをセツナは鼻高々に見下す。
 何故だろう、あの場所には自分がいるはずだったのに。
今頃はセツナにあそことか、こことか、そことかいろんなところにご奉仕させてにゃんにゃんのはずだったのに!どうしてこうなった?

「さて、サツキ。この勝負は私の勝ちです。なので……」

 セツナは息を吸って一呼吸。愉しそうな表情。
 サツキの背筋に少し悪寒が走った。

「罰ゲームをしましょうか」
「え゛?」



おまけ

とあるボロアパートでの会話。
 
「いいにおいね。何してるの?」
「コーヒー作ってんだよ。じいちゃん直伝のな」

 男がいじっているいる機械からはとてもいい香りがした。
少しずつカップにたまっていく液体を二人で眺める。

「何かコツとかあるの?」
「愛情をこめること、だそうだ」
「愛情って……そんなものどうやってこめるのよ?そもそもわからないんじゃない」
「そういうことじゃなんだよ。まあ、たしかにわかりにくいよな。――ほら、愛情だけでおいしくなるんなら奈々歌さんの作る飯はもっとうまいはずだからな」
「わるかったわね。どうせ私は料理が下手よ」
「……いや、まあつまりだ、何が言いたいかっていうと、愛情っていうのはコーヒー一杯にどれだけ手間をかけられるかっていうこと。時間を惜しまず、その一秒一秒を注意深く見て、最善の状態を維持する。雑になるとそれがすぐに味にも出てしまうから、大切にするように……それが愛情ってこと」
「……」
「なんだよ?」
「ううん、あなたがこんなにコーヒーにこだわるって思わなかったから」
「失礼だな。ちゃんと美弥のお墨付きもあるんだぞ。ま、あんまり人にふるまったりはしないけれども」
「別にばかにしてはいないわよ。ふふ、いいにおいね」

流れる時間。
ゆっくりと進む時間を楽しむ二人。

「―――できた。ほい、一杯どうぞ」
「ありがと。…ん、ふふっ、おいし♪」

彼女は幸せそうな笑顔を浮かべた。



市内。某所。カラオケに男3人。
「は!?」
「どうした、和人?次の曲入れないのか?」
「いや、いま、俺の友達……いや、裏切り者がリアルを満喫している気がした」
「どういうことだお?」
「俺たちがこうして男三人むさ苦しくカラオケだってのに、その俺達をあざ笑うかのように女といちゃついてる裏切り者がいるってことだ!」
「なに?それは本当か?」
「ああ、間違いない」

「つってもなー」
「だお、そこそこもてる男が言うのもどうかと思うお」
「だからアカネとは別に何でもねぇって!」
「誰も黄泉路さんのこととはいってないぞ」
「……」
「……吉岡」
「だお」
「おい、和人」
「ん?」
「リア充は死ねェェェェェェェ!!」
「だおぉぉぉぉぉぉ!!」
「ぐほぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ぐぁ……これも全て京次の所為だ……ガクッ」



??? 日本国内某所

「ハァ、セイッ」
とある家の庭。剣を振る音が鳴り響く。

「最近の悠ちゃんは精が出るわねぇ」
「おばさん、悠斗って目が覚めてからずっとこうなんですか?」
「ええ、何かに目覚めたみたいに鍛え出して……どうしたのかしら?」

現在勇者修行中。ただいまのレベル5。



えーと、幕間の話です。本編とは直接関係ない日常をちょっと書いてみたかったので……。
3000字くらいでまとめようと思ってたんですが、なぜかポケモンの話に。ちなみにハピナスをひるませて封殺したのは実話で、小学生の時に旧金銀であったことです。友達ブチ切れてましたね、ほほほ。

3話は今までの話よりもやや長くなりそうです。
あ、ちなみにこの話は8話か9話で完結……出来たらいいなぁ。



[21719] 3話 退魔師とストーカー その1
Name: リリック◆6de4ea34 ID:385ae2e2
Date: 2010/09/27 16:29
Side セツナ

夕暮れ時。
私がいるのは市内にあるとあるビルの6階、私が協力している退魔機関の夜見支部です。
今部屋にいるのは6人。
私と支部長、それに退魔師が3人。支部長以外は今回チームを組むメンバーとのこと……
そして最後の一人。この部屋の招かれざる客。
その彼女が私にしか聞こえないような声で囁きます。

「はぁ、はぁ……セツナのおっぱい触り放題……はぁ、はぁ、はぁ」

 この怖気の走るような声の主であり、さっきからナメクジどころかアフリカマイマイのような手つきで私の胸をまさぐっているのは、いうまでもないですがサツキです。
御丁寧に隠蔽魔術を使って、私以外の人物から姿を隠し、私が反応しにくい今の状況を作り出し、この痴女行為に及んでいるわけです。
他の方たちも支部長の話ばっかり聞いてないでサツキを追いだしてくれればいいのに。
やはり彼女を連れてきたのは間違いでしたね。あとでお仕置きしておかないと……
いい加減、仕事中なのに気持ちよくなってしまいそうです。

―――は!?私は何を……



赤目のシャルロット 3話 その一



「私の仕事について行きたい……ですか?」
「そ、一度セツナが普段どんなことしているのか知っておきたいって思って」

 学校の帰り道、公園の日陰のベンチで一休みしている最中のこと。サツキは制服の胸元をパタパタさせていて、少し暑そうです。
7月になってから帰宅部の下校の時間帯は相当に熱いですからね。今度プールに行こうという話にもなりました。サツキと一緒に行くことに危険を感じなくもないのですが、人の多いところでは自重するでしょう。
私は自販機で購入したジュースを一口。復刻版の仮面サイダーです。

「えっと、アルバイトの話なら今度義父を紹介しますよ?」

 サツキが退魔機関で働くことを考えてるのは知っているので、今度父を紹介しようと考えていたところでした。
退魔機関の最近の傾向やサツキの性格を考えると、直接所属するよりも私と同じような協力的なフリーの魔術師として参加した方がトラブルも少ないでしょう。
そのため、国内の機関どころか海外の組織にも顔のきく義父に紹介してもらおうと考えていたのですが。

「ううん、そうじゃなくてセツナの働いてる姿を純粋に見たいなって」
「……難しいと思いますが……」

 サツキは気持ちいいくらいの笑顔でいいますが、あそこの人たちはプライドが高い。
遊び半分だと思われて怒られるでしょう。
そのことを伝えるもサツキは自信満々に胸を張りました。
どうでもいいですが、胸元を開き過ぎです。

「大丈夫、大丈夫!私には策がある」
「策って……どんな?」
「その時のお楽しみ♪任せておいてよ!」
「ちょっと、抱きついてこないでください。ええい、暑苦しい!!」
「セツナに私のおっぱいの感触を楽しんでほしいの」
「ちょっと……!?ひゃあ、冷たい」

 私の腕にその胸を押し付けるサツキ。その衝撃で持っていたジュースがこぼれてしまいます。
冷たく濡れた感触。仮面サイダーは私の制服、丁度胸の部分に……
ああ、下着が透けているじゃないですか。

「もう!こぼれてしまったではないですか。変に抱きついてくるのはやめてください!!」
「あはは、ごめん。……ん……はっ!これは……」

 私はジュースを拭こうとハンカチを取り出して……サツキ?
 なにか思いついたようですが―――嫌な予感。

「――ねぇセツナ。私が……拭いてあげる♪……ん、ちゅ……ちゅ、じゅる」

 差し出される舌。
湿った制服と大きく張った胸部。サツキの吸いつく音。
私の制服にかかったジュースを吸い取って綺麗にしてくれるようですね。
――ってちょっと待ってください!

「どうして、すぐエロに走ろうとするのです!?普通に拭けばいいでしょう。それに此処は公園ですよ。人が来たらどうするんですか!」
「ん、ちゅう……エロ?何のことよ……私はん、ん、こぼしちゃった汚れを吸い取っているだけだけど?……じゅる……私がこぼしちゃったんだから、私がきれいにしないとね」
「ひゃ、……そ、そこを舐めるのは関係ないでしょう。と、とにかくやめてください!」
「ん、……大丈夫、誰か来ても私がなんとかするから」

私の制服を押し出している胸を這う舌。制服の上からだけど、その舌使いは、かつての魔王にそっくりな荒々しさと、女性らしい繊細さが相まった抗いがたいもの。
かつてのこの体ではなく魂に刻まれた感覚。気を抜けばあっという間に屈してしまいそうな気持ちよさを感じる。

「ちょっと、サツキ!ん、ふぅ…本当に、ふぁ、駄目です!」
「何で?んふぅ、セツナのおっぱい、こんなに柔らかくて気持ちいい♪」
「ほら、もう目的がエロになってるじゃないですか、やっ」
「ふふっ、このブラも邪魔ね。とっちゃえ♪」

 神速で動くサツキの手。なんとそれは一瞬で下着のホックをはずし、抜き取ってしまいました。

「どこで覚えたんですか!?そんな技?」
「乙女のたしなみよ。ん?なんかこういう言い方アカネみたいね……ま、いいか、じゅるる」
「あ、ひゃん。ちょっと、んあ、下着を、ん、返してください」
「まあまあ、んふ、後で返すから……ちゅ、ちゅあ、この制服越しの生乳の感触が素晴らしいと思わない?」
「おもいませ、ン、ンん…よ!」
「あははっ♪」

 数分後、やっと解放してくれたサツキ。その頬は上気していて、瞳も潤んでいました。私もきっと同じような顔なのでしょう……
息が荒く、はぁはあと呼吸の音が聞こえます。これは私の音でしょうか……
そして……

「あら、どうしたの?セツナ……」
「……」

 しかし、湿り気を含んだ眼であるもののその反応はいつも通りで、拍子抜け。
ちょっと物足りない感覚。
いつもなら此処で皮肉の一つでも投げるのですが、どうにもスイッチが入ってしまったようです。
体が……熱い、です。

けれど、こんなことサツキに言うわけには……

「ねぇ、セツナ……」

 サツキの優しい笑顔。心の中まで見透かされたよう。
ふいに泣き出しそうになってしまいました。
ズキッと心の内に響く疼き。

サツキは何も言わず私の仮面サイダーを取り上げました。
持ち上げられる仮面の缶。
……なぜか、あの絵の仮面の腹筋が憎らしいです。
そして、それを……

「セツナ……こぼしちゃった」

 私よりほんの少しだけ小ぶりな胸。けれど形がよくて綺麗な形のサツキの胸。
その胸に押し出された制服にサイダーが吸い込まれていきます。
透けて下着まで見える制服。
とても、きれい。

「ねぇ、……拭いて?」

唾を飲む。心臓は速く波打って鼓動は高い。
指先が震える。けれど視点はずっと同じところに固定されたまま。
――――私からこう言った行為をするのは初めてです。
不快感はなく、むしろドキドキが強まるばかり。
今日は熱いですね……きっと私もやられてしまったんです。
サイダーは流れ、サツキのスカートや脚を伝い流れ落ちていきます。

仕方ないですね、私が全部舐め取らないと。
私はそーっとサツキの体に口づけをしました。





そして翌日。学校が終わると、一度帰宅し、着替えてからバイクに乗ってここ、機関の夜見支部へとやってきました。
バイク……を停め、ヘルメットを脱いで一息つきます。今の私は学校の制服でも、戦闘用の戦装束でもなく私服です。

「セツナって、いいバイク持ってるのねー。免許はあるし、私も今度買おうかしら」

と誰もいないはずの空間から声が聞こえました。魔術で姿を隠したサツキです。家を出る前は夜用の黒い服を着ていましたね。本人には言いませんがかっこよかったです。

「いないはずの人間が喋らないでください」
「ぐふっ」

 サツキがいそうな空間をド突きます。
サツキの声と崩れ落ちる音。ヒットしたようですね。

「闇のカーテンも絶対ではないんですから、やばくなったらすぐ逃げてくださいね」

 サツキが今使っている魔術、闇のカーテンは姿と気配を消す魔術だが欠点も多いのです。
今回の場合は現代機械への弱さが問題になるでしょう。視覚効果はばっちりなのでカメラに映る危険はありませんが、赤外線センサーは無理ですね。そもそも向こうには赤外線という概念さえなかったですし。
とはいえ、この施設の防犯設備は魔術に頼り切っています。闇のカーテンは魔王が作っただけあって退魔術効果は高いので問題ないでしょう。

 最初この案を聞いた時は馬鹿かと思いましたが、後から考えると意外とそうでもありません。まず、サツキの隠蔽を見破れる術者なんてほとんどいませんしね。
この世界の魔術は秘匿技術ですから、そもそも魔術師自体がいませんし、その中で実力者なんで数えるほどでしょう。
この支部には居ないと断言できます。

 次に現代機器ですが、彼らは妙にプライドが高く自信過剰ですから、科学に頼りたがらないんですよね。これははっきりした彼らの欠点でしょう。
そのおかげでサツキはこうして侵入しようとしていますし……

うずくまっていた気配が立ちあがる気配。

「セツナ~。ひどいよ~。どつくことないじゃん!」
「すいません。ついどこにいるか解らないので加減が」
「いやいや」

さて、ではそろそろ行きますか……

「サツキ、付いてきてくださいね。くれぐれも中では静かに……」
「わかってるって。ウッシッシ」

何故でしょう。嫌な予感がしますよ?








[21719] 3話 その2
Name: リリック◆6de4ea34 ID:385ae2e2
Date: 2010/09/27 16:28
 3話 退魔師とストーカー その2

Side 旭

 街のど真ん中にある機関の夜見支部。そこに所属しているあたし、旭 桜は凡庸な退魔師だ。
退魔師。つまりは魔を退けるもの。言い換えると妖怪退治。

なにを間違ったのか先祖代々退魔を生業とする一族の末端に生まれてしまい、こうして日の当らない仕事をに就いている。一族は古い因習にとらわれた場所で、そこに生まれたあたしは退魔師以外の職業への選択肢がなかった。
その仕事もろくなもんじゃない。
命の危険なんてざらで、町中から山奥まであっちこっちに行かねばならず、人手不足で休みもない。おまけにウチは分家だから立場も低い。こき使われて死んだらそこまでの消耗品。
なんだかなぁ……。
職場も閉鎖的で出会いの場もない。
いるのはスキンヘッドの坊主か50盛りの太った支部長くらい。おかげで26にして男の影さえないのだ。
実力があれば待遇だってよくなるんだけど、あたしはせいぜい並みくらい。
これで給料が良くなければ、間違いなく生きることに希望を失っていただろう。


 今日は今日で新しく此処の所属になる退魔師二人が来た。名家の大事なお子さん達らしい。
経験を積ませるために実践に出すらしいが、どうにも嫌な予感しかしない。
名家などその立場に奢り昂った下のことを鑑みない存在。あたしたちにとっちゃ迷惑でしかないのだ。
実際に会ってみると、見た目こそ良かった。14歳という年相応に可愛らしい容姿。双子の男女で、そっくりな容姿はとても整っていた。
 だがしかし、その第一声。

「おいオマエ、ジュース買ってこいよ」

にっこりとした顔で男の子。
 このクソ餓鬼舐めてんのかブッ殺すぞオラ……と言いたい。言いたいのだがそれはあたしには出来ないのだ。
あたしは分家、向こうは家は違えど本家の御坊っちゃん。悲しいがこの世界では立場の違いは絶対だ。従わないといけないのである。
おまけに様付けを強要される始末。14歳のチビに様だぞ様。ねーよ。
支部長はもう諦めたのか、さっそくへらへらしてるし。

この日あたしにまたひとつ絶望が増えたことは間違いない。

しかしこんな職場にも例外はいる。
この閉鎖的な機関の数少ない例外である牧野刹那。凄腕の退魔師である牧野誠五郎の義理の娘で自身も優れた使い手。
この親子には機関も一目置かずにはいられない。協力者という立場なのに一般の人員よりも高待遇で、報酬も非常に良いと聞く。
あたしは初めて彼女に会う時、きっとほかの術者見たいに高慢な人物なのだろうと思っていた。
ところがなんだ、実際に会った彼女は高慢どころか、誰にでも優しくまさに聖女のような人物ではないか。
容姿も美人だし、あたしのように仕事に疲れた顔もしていない。
いまでは彼女に会うのが数少ない楽しみでもある。

 そういえば彼女が来るのは今日だったか……



 デスクに座って窓の外を眺める。夕暮れ時。
日は沈もうとしているが、あたしたちにはこっからが本番。退魔師の活動時間だ。
室内では入ってきたガキどもが、ぎゃーすぎゃーすと騒がしい。支部長もよく相手するものだ。
 スキンヘッドはもういない。今日は本部の方に行くんだったけ?

「そうだ。旭君」
「なんですか、支部長?」

 支部長に声を掛けられる。子供たちに遊ばれて疲れたのか、薄くなってきた髪から汗が流れている。おっさんくせぇ。
あたしはお茶を一口飲んで、眺めていた書類を机に置いた。

「今日の任務だが……彼らも連れて行ってくれ」
「ちょっ、マジッすか!?」

いかん、つい大きなリアクションを取ってしまった。彼らというのは今日きたクソ餓鬼たち。
案の定、そのガキ共が反応する。

「なんだよオマエ。僕等に文句でもあるのか」
「蒼夜ちがうよー。きっと嬉しいんじゃない?わたしたちがいると楽に終わるから」
「ああそっか。仕方がないな、これだから実力のない分家は」
「そ、そうなんすよー、あはは、すいませんねー」

ビキビキ。青筋が立つ音。ぶん殴りたいのをこらえて、支部長に詰め寄る。
そっと哀愁の漂う背中を引き寄せ、ガキどもには聞こえないような声で支部長と話す。

「しぶちょー。どういうことっすか?今日の仕事はあたしとセツナの2人で行くって予定じゃ……」
「それなんだけどね、彼らが腕試しするっていって聞かなくて……仕方ないから一緒に言ってくれないか?」
「いやっすよ。なんであたしがあんなのの……」
「……そういわず頼むよ。志波君には絶対無理なことは解ってるから、頼めるのは君しかいないんだ」

 懇願する支部長。そんなつぶらなオッサンアイで見つめられてもなあ……

「そりゃあのハゲに任せたらとんでもないことになるのは解ってますけど、今日はセツナも来るんですよ。あいつにゃなんて言うんで?」
「牧野君にも行ってもらおうとおもっている」
「はぁ?それでどうするんです?あのガキ共と一緒にして……どうなっても知りませんよ?」

 あのプライドの塊のようなガキ共とセツナを合わせたら、どんな反応を引き起こすか解らない。下手すれば貴重な協力者を失いかねないだろう。

「それは承知の上。むしろ牧野君の実力を見せつけて、あの子たちの自信をへし折ってほしいのだが……」
「たしかにそりゃあいい考えかもしれません」

 二人して頷きあった。なるほど、それであの子たちが自信をなくしあわよくば地元にでも帰ってくれれば万々歳。明日からの平穏を確保できる。

「今回のターゲットはランクC+。牧野君がいれば無茶しても問題ないレベルだし」
「あのクソ餓鬼どもに現実を見せてやりましょう!」

支部長と二人頷きあう。
よし、それで行くとしようじゃないか。



 それからセツナがやってきたのは30分もしないうちのこと。
あたしは多少心にゆとりをもって伊右衛門を飲んでいた。支部長もゆったりしながらパソコンをいじっているみたいだった。子供らは二人で何かしている。

「失礼します。少し遅れましたか」
「いいや。まだギリギリ大丈夫だ。牧野君」
「よっ、お疲れさん」
「お疲れ様です、旭さん」

 セツナがやってきたのは集合時刻直前の時間。少し急いだのかかすかに上気している。
スーツのあたしや支部長と違って私服。まあ問題ない。彼女はその気になればすぐに装備を呼べるのだから。

―――ぶるんっ。

!?なんだ?今セツナの胸が不自然に揺れたような……

―――むにむに……

「ひゃい!」
「ん?」

 セツナが奇妙な声を上げる。……おかしい、何か不自然だ。

「おい、セツナ……大丈夫なのか?」
「え、ええ。大丈夫です」

 セツナの言葉に反してその顔は赤い。―――熱でもあるのだろうか?

「セツナ、体調が「ああ、そうかそうか。牧野君悪いが今日も頼むよ」」

あたしが言おうとした言葉を支部長が遮る。

「旭君。今日の目的を忘れたのかい。あの子たちに現実を教えることだ。牧野君に今帰られたら困るのは君だよ」
「ええ、ですが……」
「幸い、牧野君もそこまで酷くはないだろう。なにもしもの事があったら君がなんとかしてくれ」
「はぁ、仕方ないっすね」

社長の一応引き下がる。まあセツナなら多少調子が悪くても大丈夫だろうし。

―――はぁ、はぁ。セツナのオッパイ。はぁはぁ。

?なんだ?今何か聞こえたような……
と、そこで今まで静かだった子供たちが話しかけてくる。

「ねぇ、支部長さん。その人だーれ?」
「ああ、紹介しましょう。こちらは協力者の牧野刹那君。牧野君、こちらは今日配属になった深山 蒼夜様と緋月様だ」

 支部長が二人をセツナに紹介する。つーか50のオッサンが中学生に様付けするのって凄く違和感があるな……

「……様?」
「なんだ、協力者ってことは機関にも所属できないカス術者かよ」
「今日もお金を恵んでもらいに来たのね」

 がああ。こいつらは……!あたしは慌ててセツナに近寄った。

「セツナ、すまんが抑えてくれ。わけは後で話すから」
「旭さん。大丈夫ですよ。こういうことには慣れてますし」

 そういって笑ってくれるセツナ。さすが女神さまだ。
だが子どもたちは黙らない。依然としてセツナに侮蔑と嘲笑を送る。

「なんだ、なんとか言えよ!ああ、そうそう、ちゃんと僕らに話しかけるときは敬語を使えよ。そのぐらいわきまえてるだろ?」
「ジョーシキだよね。まさかそんなことも解らない無能者じゃないだろうし」
「もちろん僕らに逆らったらどうなるか解ってるよね?深山家っていったら日本の10家の内の一つなんだから」

 セツナはそれでも微笑を浮かべている。さすが、この精神の強さには感服するしかない。

「セツナ。悪い。彼女達は今日私たちと一緒に出かける予定なんだ」
「そうですか……」

 それを聞くとさすがにセツナも苦笑っぽくなった。
 変化があったのはこの直後。

「おねぇさん。オッパイすごく大きいのね」
「どうせ色仕掛けでお金もらってるんだろ?そうしないと稼げないだろ?」

 さすがにちょっと酷い。支部長もなんといって諌めようか悩んでいる。
だが次の瞬間、空気は凍った。

「旭さん、大丈夫で『オマエ、今なんつった』」
「は?」
『オマエ、今なんつったっていってんだよ』

殺気。それもケタ違いに強いものがセツナの背後から放たれる。
体が震える。今までどんな妖魔と対峙した時よりも明確に感じる死の気配。
怖い。カクカク膝が笑う、魔王とでも会えばこうなるのだろうか?
子供たちも一瞬で顔を真っ青に変えた。ぺたんと地面に座り込む。

『おい、そこの蒼いチビ』
「ひっ、ひぃ」
『テメェ、体を五つに裂いたあとで、死ねないように処理してから、ずっと晒してやろうか?』
「ひぃ、ご、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃ」

 響くのはいつもより幾分か低い声。
 悪魔のようなセリフを吐きながらもセツナの微笑は固まったまま崩れない。
 セツナを怒らせるとこうなるのか……心底恐ろしい。

『そこの赤いチビ』
「……ヒッ、ぃ、ぃゃぁ」
『犯すぞ?』
「ゃ、やぁ」
『そうだな。腹を虫の巣にしてやろうか?蟲が出てくるたびにたまらない絶頂を味わえるぞ。それとも……』
「いやぁぁぁぁぁぁぁ」
 
ついに泣きだす悲鳴。聞こえる水の音。鼻にツンと来る匂い。
子供たちのどちらかが漏らしたのだろう。
正直子供たちがいなければあたしが泣いていただろう。
ビキッ。セツナの額に青筋が走った。
この状況でなお怒り狂っているというのか!?

『そうだ。オークの子供を孕ませるのも悪くない』
「お、おい牧野君」
「あなたは黙っていてください!!」
「うおっ」

 紫電。そして轟音。
セツナが電気を纏った拳を後ろの壁にたたき付けた。
木っ端みじんに吹き飛ぶコンクリートの壁。
死ぬ気で止めようと思った支部長の声を遮って放たれた拳は、この部屋の壁一辺を粉々に破壊した。

 そしてつかつかと泣いている子供たちに歩み寄る。

「良いですか?年上の人やお仕事で会う人にはもう少し敬意を持ちましょうね?」

 優しく子供たちをなでるセツナ。子供たちはセツナに触れられてビクッと体を震わせる。

「良いですか?」

―――ぶんぶん。子供たちはものすごく素直にうなずいた。

「旭君。これは一応作戦成功ということでいいのかな」
「あたしは知りません……」

 とりあえず、絶対にセツナは怒らせないようにしようと思った。


「サツキ、あとでお仕置きですからね……」




[21719] 3話 その3
Name: リリック◆6de4ea34 ID:ad451fd8
Date: 2010/09/27 16:28
Side ???

 暗闇の中。うごめく影が一つ。
――グチャ、グチュ、ガリッ、……ンググ。
 何かを咀嚼し、噛み砕き、飲み込む。
 それは動かない塊。人間という名の敗北者。ただ食われるだけの運命の者。

「さあ、君は新しい力を得た。君はそれを使ってどうしたい?」

問いかける声。しかしそれは答えない。もとより答える知能を持たぬ闇は蠢くばかりである。

「ふむ、知能までは習得できていないか……まあいい。これからどんな力を得たのかじっくりと見せてもらうよ」

そして、闇の中、影は静かに動き出し……

 物語の幕は上がった。


3話 その3

Side サツキ

 振り出される電気を纏った拳。私はそれを間一髪交わすが、その代償にビルの壁が大破した。
セツナが一瞬こっちに向けた視線には、はっきりと浮かぶ怒りの色があった。
 怒っているんだろうなぁ……


「すいません。支部長、ちょっとお手洗いに……」
「ああ、構わんよ。どの道一度収集を付けないといけないからね」
「ありがとうございます。あ、それと支部長、壊した壁の代金は私の報酬から差し引いて構いませんから」
「ああ。わかった」

 部屋を出ていくセツナ。一瞬こちらに視線が投げられた。
ついて来いということだろう。
私は姿を消したまま、静かにセツナに続いた。

 人気のないトイレの中静かにセツナが振りかえる。
うわー、怖い。完璧に怒ってるなこりゃ。

「サツキ」

呼ばれた私はゆっくりと姿を見せる。陽炎が揺らめくように世界に顕現する私の体。それをセツナはきつく睨みつけた。それを受けて私の体はビクッと、蛙のように震える。

「えー、セツナ……怒ってる?」
「私が怒ってないように見えますか?」

 見えません……

「何か言うことはありますか?」
「ごめんなさい」
「それを私にいってどうするんです?謝るべき人はもっと別にいるでしょう?」
「だって……」

 セツナの詰問に窮する。セツナの言いたいことは解る。けれど……

「だって、あの子たちセツナのことあんな風にいって……」

 好きな人のことを貶されて怒らない人はいない。仕方ないじゃないか、私はあの子たちのことをどうしても許せなかったのだから。

「それにしてもやり過ぎです。あの子たちが本気で怯えているのが解らなかったのですか?」
「それは……」

 見えていた。けれどやめようとは思わなかった。――――怯えるあの子たちを見て私は確かに興奮していたのだから。けれど、そのやり方は……

「サツキ、さっきのは“魔王”のやり方です。力で無理やり脅して、従わせる。相手が逆らいようのない圧倒的な力で怯えさせ、あげくあなたはそれに愉悦した……」

 セツナはしっかりと私の目を見て語りかける。とても、とても真剣な瞳。

「あなたは言いましたよね。自分は魔王ではないと、ですがさっきのは……」
「うん。わかってる。魔王みたいだったね、私」
「……二度と、しないでください」
「うん」
「絶対ですよ。次にやったら絶対に許しませんから」
「うん。約束する」
「もしやったら、すっごく酷いお仕置きしますからね」
「……それは、ちょっと興味あるかな……」
「サツキ!」
「あはは、冗談」

 少し笑いあう私たち。

「サツキ」

今度はセツナが私をギュッと抱きしめた。
突然のことだったからびっくりした。どうしたんだろう?

「セツナ?」
「私のために怒ってくれたんですね。ありがとうございます」

 私に感謝を告げたセツナは、驚いて身じろぎした私をもっとぎゅっと抱きしめてくれた。
胸が暖かくなる。
私も優しくセツナの背に腕をまわした。

「嬉しかったですよ、サツキが私のために怒ってくれたの。やり方はよくありませんでしたが、私はサツキが怒ってくれたことを忘れません」
「うん………セツナ」
「はい」
「ありがと―――」
「はい」



セツナに怒られちゃった。
魔王にならないって言ったのに、魔王みたいなことしてしまってそれで怒られた。
でも不思議と嫌な感じはしない。むしろ胸の中があったかくってぽかぽかしてる。
とってもいい気持ち。なんでだろう……きっとセツナが抱きしめてくれたからだ。

 セツナは今支部の人たちと一緒に廃墟の周りを調べている。
やっぱりさっきの影響かみんなどこかぎこちない。その様子にごめんなさいと心の中で謝る。
でも、ぎこちないながらもみんなをまとめ上げているセツナは凄いと思う。
あの高慢ちきだった子供たちの目にも、畏怖と尊敬の色が見て取れるし。って畏怖は私の所為か……

 聞いた限り今回の任務は都市部に出没した妖魔の討伐。
 死者はいないものの既に数名の被害者が出ているとのこと。
 要はそれが危険だから狩って来いってことね。
想像できる対象の強さはC+ランク。此処の支部に所属している旭さんて人が一人でなんとかできるかどうかの強さ。
だから、今回はセツナがバックアップする予定だったらしいけど、突然おまけが二人追加。
それでも彼らは脚を引っ張るってほど弱くはないから何とかなるだろう。名家というだけの力は持っているように見える。

けれど、なんだろう、このざわめく感じ。予感とか勘だとかそういった類の物だけど、気持ちが悪い。魔王の夢だとこういったときは決まって予想外のことが起こる。それも悪い方向の。

―――ォォォ。

 何かの声。動物みたいな……遠吠えだろうか。
 遠くから、世界を伝うように響く……物理的ではなく魔術的な伝わり方。
 深く、頭の芯に響くような―――

……え?何この聞こえ方。……これはおかしい!
 普通ならあり得ない。だってこの声は……魔力を孕んだ魔性の咆哮―――

―――セツナッ!

 グルアァァ―――

 人気のない深夜の廃ビル。建物の隙間を縫って現れる影。散乱していた瓦礫が飛び散る。
 黒い巨躯。らんらんと輝く銀の瞳。


 グオォォォ―――
 闇夜に響く魔獣の咆哮。それは犬や狼のような可愛らしいものでなく、魂を深くえぐる様な聞く者に死を感じさせる声。

―――巨大な、犬。

 私の眼にはそれが確かに犬に見える。けれど大きい。尻尾を含めない胴体だけで5メートルは超すだろう。
 たしか出発する前に言っていたっけ。ランクC+。並みの術者が数人いれば問題ないレベルだと。
 とんでもない!これはそんな生易しいものではない。
―――並み。そんな言葉で形容できる程度の人間にどうにかできるわけがない。
 これは化け物だ。人間を超えた同じ化け物でしか対峙する資格はない。

 グルル―――
魔獣の上げる唸り声。その銀の視線の先にはセツナ達がいる。
どうするか……。此処で出て行くべきかどうか、それが問題だ。
あれ一匹ならばセツナがいればどうにかできる。だが他の、あの退魔師達を守りながら戦うことは……

だが……

―――グルルァ!

 廃ビルの壁をぶち抜いて飛び出してきた影。
―――もう一匹!?
 最初の個体に比べれば大きさは半分ほどだがそれでも十分危険なレベル。

「危ない!」

 セツナは咄嗟に近くにいた女の子の方を引っ張って攻撃をよける。
 無事にかわせたみたいだけど他の二人と魔獣を挟んで分断さてしまった。

「旭さん!その子を連れて一時撤退してください!私も後から行きます」
「ッ、セツナ!……わかった、そっちの子を頼むぞ!!」

 旭さんは瞬時に状況を判断すると、即座に退却を始めた。今の彼女では足手まといになるだろうからいい判断だと思う。問題はセツナの手元に残った女の子か?なら私が……

―――グオァァ!!

「な!?」

犬の一匹が逃げていく旭さんを追いかけ始めた。まずい……

 セツナが一瞬こっちを向く。交る視線。
 その意図を読み解くことはできる。一瞬で互いの意図を把握した。

 私は身を翻し、路地に消えていった影を追いかける。旭さんと確か……蒼夜くんだったけ?を助けるために。

 私の背後。その場に残って、女の子を庇うように立ちふさがるセツナ。

―――グアァァァァ!!
「ハアァッ」
 再びの咆哮。それに続くセツナの呼気。剣戟の音。
 大丈夫だ。私はセツナの勝利を誰より信じられるから。




[21719] 3話 その4
Name: リリック◆6de4ea34 ID:385ae2e2
Date: 2010/09/27 16:28
Side サツキ

闇の中を走る。追うのは前を行く二人。そして続く漆黒の魔獣。
かなり早いが、私の速度なら追いつける。私のことも露見してしまうが、この際仕方がないよね。あとでセツナと一緒に言い訳しよう。

黒い影との距離が縮まる。この距離なら当たるか……
砲身、展開。
弾丸、装填。
照準……良し。
 私は魔獣めがけて魔力の弾丸を打ち出そうとして……

「邪魔をしてもらっては困るな」

 横から入ってきた人物に遮られた。



  第3話 退魔師とストーカー その4



Side 旭

大地を削り迫りくる牙。漆黒の獣は低いうなり声と共に、低く跳躍しあたしに突進してくる。

「―――うおっと」

 あたしはそれを強化した脚力で間一髪かわした。突っ込んできた巨体はそのまま朽ちかけたビルの壁を破砕し、奥へと消えていく。
舞い散る砂埃と轟音。
まったく、今日は何もかもが付いていない。何がCランクだ。どー見てもさっきのは犬はAランク。ちょい小さめのこいつもB相当だっての。
それでも一人で逃げるだけならなんとかなるんだが、あいにく今回は足手まといも一人。

「―――ああ、あああ……」

この良家の御坊っちゃん、どうにもパニックになりかけてるな。こりゃ本格的にまずい。

「大丈夫っすか?しっかりしてください、自分を見失うと死にますよ!!」
「ッ!?う、うるさい!!お前に言われなくても解ってるよっ!!僕は深山の人間だぞ。このくらいの妖魔ごときに!!」

 だから、そういった対応するところがまずいんだって。自分と相手の力量の差を把握できていない。やっぱり置いてくれば良かったのだ。
 てか、セツナの一件の所為で情緒不安定になってるんじゃ……支部長ォ!
いや、今さら言っても仕方がないか。この状況を打開する方法を考えないと……

あたしは焦る気持ちを押さえつけ、今打てる手を模索する。

先ほどの巨大な方の魔獣はあたしたちでどうにかなるものではなかった。ゆえに足手まといにしかならないあたしたちは撤退。支部に応援を呼びに行こうとした。あるいはセツナなら、あいつに対抗しうるかもしれない。そのためあの場を任せた。
セツナを残したことに反感を買うかもしれないが、全滅だけは避けるべきなのだ。
しかし2匹目。一匹目に比べ少し小柄なそいつは、今あたしたちを追ってきている。
子供の内、女の子もあの場に取り残された。

―――まずいな。

今打つべき手は、此処を速やかに撤退。支部に連絡後、この地区を閉鎖。応援を待って、確実に奴らをしとめる。
だが問題もいくつかある。まず今追ってきている魔獣から逃げられるかどうか。次に自分たちが逃げ出してからいくばくかの時間、奴を野放しにしてしまうこと。
Aランクの妖魔が町中に出現すること自体、緊急事態な訳だから、それも止む無しかもしれないが……。

―――グオオォォォォ

魔獣の咆哮。
あたしの目に飛び込んできたのは闇の中から放たれた火球。
即座に懐から符を取り出し、防壁を展開する。

「―――セイッ」

 火球が壁とぶつかり火花を散らす。
拮抗はほんのひと時。ガラスが割れるような音を発し押し負けたのはあたしの術だ。
だがそれだけあれば十分だ。あたしはコンクリートを蹴りつけ跳躍し、火球が当たる前にその場を離れる。
あたしは爆炎に紛れ建物の暗がりに入り込んだ。

やつは―――

瓦礫と化した建物の中に強大な気配を感じる。
動いていない。こちらを見失ったのだろうか……。
だとしたらチャンスか?この距離なら、上手く隠れれば逃げられるかも。

だけど、自体はもっと深刻になっていく。

「う、うあああああああ!!」
「な、馬鹿かっ!?」

 霊力の発光。発動する術。見ればそれなりに“綺麗な”術が魔獣に向かって放たれた。
 あたしはそれを見て舌打ちする。
あんのクソガキ、無謀にも特攻しやがった!
術は構成こそ綺麗で、込められた霊力も大したものだが、その強さを決める“意思”が弱い。素早く、大きな術を使っても絶対的な威力が不足しているのだ。

ゆえに発動した術は敵を倒せない。放たれた火炎弾は魔獣に当たっただけで、ダメージを与えることなく霧散する。

「う、うそだ」

絶望の声。今さら泣いても遅い。

―――グギャアアァァァ

 銀の目が獲物を睨む。御坊っちゃんは、呆けた顔でその場に座り込んでしまった。
せっかく魔獣があたしたちを見失ってたってのに馬鹿しやがって!
 あのままでは蒼夜は死ぬだろう。未熟者はこの世界では生き残れないから。あたしは今引けば確実に逃げられる。あの子一人を見捨てれば、その後あの魔獣に殺されるかもしれない人たちを助けられる。

 一瞬の迷い。決断は速かった。

あたしは建物の隙間から飛び出すとあの子に向かって駆ける。霊力を練り作り上げた風の刃を、今にも襲いかかろうとしている魔獣へと解き放った。

ザシュッ。
あたしの放った刃は深くこそないが、魔獣の毛皮を突き破り、その肉にダメージを与えた。
飛び退る獣。
その隙を逃さず、蒼夜の首根っこをつかむと強化した脚力で距離を取る。
動こうとする犬に牽制の風。
 さらに符を取り出し、建物を狙って爆破の術をかけた。
 崩れる廃墟。魔獣に瓦礫が降り注いだ。



 背の低い建物の屋上に着地する。

「痛っ!?」

鈍い痛みが足に奔る。
 しまった。無理な動きをしたせいで足を痛めたか。
だがそんなこと今はいい。
手に持っていた蒼夜を放り投げる。

「お前、なんッ―――」

 ぶん殴る。蒼夜が何か言っているが関係ない。首根っこ引っ掴んで引き寄せてぶん殴る。

「いい加減にしろやこのクソガキが!!なんであんな馬鹿なことをするんだよ!!!」

 あたしはキレていた。いい加減怒りが限界に達している。
 敬語とか知るか!ガキはガキじゃねぇか。
ああいう経験はあたしにもある。未熟な頃、自分より強い敵と初めて会った時、それでも、その現実が受け入れられなくてああなったことはある。
その時あたしをぶん殴ったのは先輩だった。あたしはそれで自分の未熟さを理解できた。
だからあたしもぶん殴る。こいつにこれから生きてもらうために。

「ってぇ、何するんだよ!」
「テメェの力じゃどうにもならない相手だってわかんねぇのかよ!死ぬところだったんだぞ!」
「うるさいっ!僕は本家の人間だぞ。力があるんだ!僕の力があればあんな奴―――」
「やかましいわ!!」

 グダグダグダグダうるせえクソガキだな。

「いい加減、自分自身の未熟さを知れよ!お前の御自慢の力とやらを使ってどうなった?あいつを倒せたか?ちがうだろ。お前は無謀に突撃した揚句、なにも出来ずに死にかけた。無駄死にだ。何の価値もねぇ」
「あ、え、……うう」
「お前より強い奴なんていくらでもいるんだよ!支部でセツナを見たときに気がつかなかったのか。テメェはまだまだ未熟で、何にも知らなくて、自惚れてるだけの子供だって!」

蒼夜をつかみ、あたしの目を向かせる。戸惑いの色。そんな蒼夜を見るあたしの眼には炎のような怒りが浮き出ているだろう。

「お前があいつに突っ込んだ時、あいつはあたしたちを見失っていた。もしあの時逃げていれば、支部まで帰って応援を呼んで、あたしたち数人だけよりも効率的な対応ができたはずだ。だが結果はどうだ。今あたしたちは追い詰められ、危険な状態だ。お前の軽率な行動の所為でな……。もしあたしたちが此処で全滅すれば最悪だ。被害はもっと増える。死ななくてもいい誰かが、お前の所為で死んでしまうかもしれない」
「あ、うああ」

 蒼夜の言葉は声にならない。だが理解はしてくれたようだ。目の色が変化する。どこか泣きそうな顔。

「あたしの言いたいこと、解るな?」

 頷く蒼夜。あたしはそれを見て掴んでいた首元から手を離す。
 これで多少まともになってくれればいいけど……。

 しかしまいったね。これからどうするか……。
遠い廃ビルからは衝撃音と魔獣の叫び。
 それらすべてが戦いの歌だ。砂煙が立ち、ビルが倒壊していく。
 派手にやってるなあ。さすがセツナだ。
 案外、セツナに任せておけば全て大丈夫なのかも。
 ついそう思ってしまうがそれはよくない考えだ。あたしはあたしで出来ることをしないければ。

 ……携帯電話は……だめだ、繋がらない。
 今回の件は人為的なものか?

 懐から煙草を取り出し火をつける。仕事中は吸わないようにしているのだが、今日は特別。なんせこれが最後の一服になるかも知れない。

「蒼夜。よく聞け」

 煙を吐き出す。
ん、ちょっと薄いな。って、うげ。いつもの奴とちがうじゃん。こんなときに買い間違えるなよ、あたし。いやいや、選んだコンビニ店員の所為だな、きっと。
最後の一本に正直これはないだろう。

「今からお前に大事なことを任せるからな。よく聞けよ……今から支部に戻ってこの状況を伝えて来い。今どんくらい人員がいるかわかんねぇけど、少なくともこの地区の人払いくらいはできるだろ。そうすりゃ、被害はグッと小さくなる。わかるな?」
「え?あ、ああ」

 戸惑いつつも、頷く蒼夜。
常に人手不足の支部に期待しすぎるのは良くないが、スキンの奴が帰ってきていれば、こいつらを封じ込めることもできるかもしれない。

「うし、わかったら今すぐ行け!」
「あ、あんたは?」

 はあ?何を言っているんだこいつは……

「あたしはここであいつの足止めだ。放置しておくわけにもいかねぇから、当然だろ」

建物の下側からは膨らんでいく獣の気配。復活の早いことで。

「は?お前が、なんで?死ぬかもしれないだろ」

 死ぬ?それはそうだ。命を賭けるのだから。

「しかたねぇだろ。誰かがそれをやらないといけない。さっきのときはセツナがやった。今度はあたしがやる。お前がやるよりはあたしがやった方がマシだろ……」

 それに足痛めちゃったしな。
 煙草を吸いこむ。まだ一本の半分以上も残っている。だが……

―――グオァァァ

 はぁ。一服さえさせてくれないとは短気なやつだ。

ドシンッ。
建物を軋ませ着地する魔獣。―――見つかってしまった。
 あたしは煙草を踏み潰し、蒼夜を背後に静かに立ちはだかる。

「蒼夜、時間だ!行け」
「無茶だろ!」
「いいから、早く行け!」

 魔獣から目を離さず、手を振って蒼夜を促す。

「―――お、お前……いいか、後で覚えてろよ!!」

 後で、ね。ま、生きてたらな。
 背後から蒼夜の気配が消える。行ったようだ。
 さて、ではお仕事するとしますか。
 気はのらないがアレをしよう。



 全身に霊力と妖力を行き渡らせる。
 ビキビキッと肉体の変化する振動。あたしの体が本気で戦うための体に変化する。
 聴覚、嗅覚が鋭敏になる。魔獣の匂いもはっきりと感じ取れる。

―――臭えな……これは人の血のにおいか。―――食いやがったな。

 邪魔になる靴を脱ぐ。スーツを押しのけ尻尾が生える。刻々と変化していく肉体。
その間も、目の前の敵からは決して眼を離さない。いつ襲いかかってきてもいいように。
だが、魔獣はじっとあたしの行動をうかがっている。警戒しているのか……。
好都合だ。その間に変化は終わったのだから。
さっきまでより一段階上の力が漲る。
軽く腕を振るう。ヒュッと空気を裂く音と巻き起こる鎌伊達。
この姿、あんまり好きじゃないんだけどなぁ。
これでもこいつに勝つのは厳しいだろう。足は痛めたままだし、そうでなくてもやっぱり厳しい。

―――けれど。

 あたしはニヤリと笑う。金色の瞳を歪め愉快に笑う。生えてきた尻尾をぶるっと振り回す。

―――お前は楽しいか?あたしは愉しいぜ。なんせ、こんなにも生きているんだから。

魔獣の唸り声。その表情は読み取れないが、身を低くし、今にも飛びかからんとしている。

 あたしは首元のチョーカーを指でそっと撫で、懐から短刀を取り出し構える。
 さあ、始めよう。

あたしは短刀を振り術を展開し、犬の姿の魔獣は跳躍。

 そして―――

 二人の攻撃が交差した。




[21719] 3話 その5
Name: リリック◆6de4ea34 ID:ae8bc2dc
Date: 2010/09/26 19:43


第3話  その5


Side セツナ

迫りくる巨体に刃をたたきつける。
その太い胴体に切れ込みが入り、開いた傷から液体が噴き出します。
吹き飛ぶ魔獣。
しかし……。

「再生ですか……」

黒い体毛に覆われた傷跡。内側から肉が盛り上がり、あっという間に傷口はふさがってしまいました。
大した再生力ですね。気合を入れて掛からないといけないようです。

私は白の戦装束を召喚。一瞬で着替えて、再び剣を構えます。
もちろん着替えの時に、光って裸になったりなんかしませんよ?サービスなんてありません。

後ろをちらり、少し意識を向けます。建物の物影の中へと。
そこには茫然と立ち尽くす緋月ちゃん。あの魔獣の力を感じ取れたのか、足が震えています。

「緋月ちゃん。決して前には出てこないで隠れていてください。大丈夫、あれは私がなんとかしますから」
「ひゃ、ひゃい!セツナさん!!」

どうも、支部での一件以来ぎこちないですね。仕方のないことですが、サツキはちょっとやり過ぎです。
そんな緋月ちゃんの足元には私の張った結界。動きはとれなくなりますが、魔獣に認識されにくくなり、戦いの余波から守ってくれます。ま、ゲームの呪文で言うとアストロン見たいなものですね。
ほら、あるじゃないですか、アバン先生がハドラーと戦う時に生徒を守るために使った奴。
あそこまで強力ではないですけれど……。
現状、彼女に撤退を促しても、下手に動きまわられ、巻き込みかねないですから。片が付くまで下がっていてもらいましょう。

「グオオオォォ!!」
「甘いですよ。体が大きいだけで勝てると思いましたか!」

魔獣のタックルに私は体をぶつけて対抗します。衝撃に押し返される魔獣。
重さは向こうが上。しかし私はそれすら撥ね退けられる。
魔力で強化した肉体は、あの獣すらしのぐ膂力を発揮します。
――そして追撃。
怯んだ魔獣に私は大剣による一撃を放ちました。その首を斬り飛ばし、しかし直ぐに肉の触手がつなぎ止めてしまいます。再生しくっつく首。
……腹が立つほどタフですね。

では、これならどうでしょう?

虚剣、構成。
複製、準備。
イメージするのは無限に生成される雷のツルギ!

「雷よ!斬り裂きなさい!!」

私の剣から放たれた雷。それが2本、4本、8本と数を増やし、無数の刃となって魔獣へ殺到します。
私の魔術の中でも、速さと威力を兼ね備えた必殺技。これならば再生力を上回るダメージを与えられるはず!
ジィッ。ザシュ、ザ、ザ、ザ、ザッ。
エグい効果音と共に、黒い毛皮を引き裂く電光。
魔獣はその一つ一つの小さな刃にすら耐え切れず、数多の肉片へと姿を変えました。

「凄い……」

緋月ちゃんの漏らす声。
緋月ちゃんとは無事に帰れたら、一度ゆっくり話をしたいですね。彼女は、まだ何も知りません。この世界では無知は罪ですが、それはこれからの経験で補っていけるものですから。

私は再び魔獣へと目を向けます。凄惨なピンク色の肉塊。まき散らされた体液。

「此処まで切り刻めば、いくらなんでも――――なっ!?」

むくむくと蠢きだす肉塊。それはスライムのように不定形に動き、非常に気持ち悪いです。
肉塊はすぐに6つの細い枝を作り、それは2対の脚、尻尾そして頭へと形を整える。
瞬きする魔に、さっきの魔獣の出来上がり。
……呆れる様な再生力ですね。
もはや、跡形も残らないほどに消し去るしかないのでしょうか……。

私は再び剣を構え握りしめます。相手があり得ないような再生力を持っていたとしても、私の闘志は一向に衰えることはありません。むしろ、先ほどから炎のように燃え盛っているほどです。

「グオオオオ!!」
「また体あたりですか?芸がないですよ……ハァッ!!!」

突っ込んでくる巨躯を受け止める私。魔獣のビルの壁を軽々と破壊する体あたり。その協力な一撃を私は一歩も後退することなく受け止めます。
力は元よりこちらが上、厄介なのは再生力のみ。
ならばどうやって倒すか、それが問題でしょうね……

―――しかし。

「な、くぅ…」
「グルアア――――!!!」

突然膨れ上がる魔獣の体。黒い毛皮を突き破って現れる無数の触手。それらが私に向かって一斉に飛びかかってきました。

私は体あたりを受け止めている状態で、身動きがとれません。

「ああ、もう変な芸ばっかり達者で、この!!」

触手に絡め取られる私の体。それぞれの触手が四肢を縛り、私を宙吊りにします。
それら触手は滑っていて、生理的嫌悪を感じます。
ぬめぬめと私の体を拘束しながら這いまわる触手。
ああ、気持ちが悪いですね。
手や足を這いまわるように動いて、その一つ一つが私を舐めまわすように、いやらしい動きで体の上をなぞってゆきます。
胸の谷間を一本がぎゅっと締めつけ、ぞぞっと鳥肌の立つ感覚。

そして触手の先端が開いて―――

「なっ!?」

ブシューっとまき散らされる液体。私はそれを正面から浴びてしまいました。液体は服に染みこんで吸われていきます。
濡れて水分を孕んだ衣装、締め付けられる肉体、そしてはちきれそうに付きだした服の胸部。
もう!何でこんな恥ずかしい格好になっているんですか!!
必死になって足掻くが、ぬるついた触手が上手く力を吸収して拘束を破れない。

「ん、やぁ、……気持ち悪い」

だんだんと頭がぼーっとしてくる。
―――体が熱い。
気付けは息が荒く、体は火照っている。

はぁ、はぁ。

呼吸に合わせて上下する胸が、その先端が熱を帯びる。

「これは……媚薬!?」

遠い昔に味わった感覚。強制的に引き起こされる性感と、欲望。
それを扱っていたのはかつてのサツキ。
ですが今は……。

「―――私を犯す気ですか」

体の背部から触手を伸ばす歪な魔獣。
その股間には1メートルほどのアレ。
人間の子供一人分のサイズほどありそうなそれは、とても逞しいですが、ある意味滑稽に見えます。

それをみて私は……。

「……ふざけないでください……」

怒りに震える。体は熱い。けれど、お前じゃ駄目だ。確かに自分の体は火照っている。でも全然ダメ。オマエのそれはまがいものだ。私を犯すのを認められない。

バチ、バチ。
電気をため込み充電する。


触手は体を這いまわり、私の性感を高めようとする。けれど、私の心は震わない。
媚薬は私の皮膚から吸収され、今も私の体を焦がしているのでしょう。
……だからどうしたというのです?

「ぜんぜん、ダメ……」

ため込んだ電気が、漏れ出し火花を散らす。その小さなスパークを浴びただけで吹き飛ぶ触手。
極大のエネルギーをため込み、発光する私の体。
魔術の準備は万端です。

魔獣は一歩一歩と近づいてきます。アレもどんどん膨らんでますね。きっと犯されることに恐怖する私を楽しもうという魂胆なのでしょう。その足取りはゆっくりとしています。
―――まだ、まだ、もう少しだけ我慢です。
やがて魔獣はすぐそこに……
吊られた私にのしかかる魔獣。アレがぴとっと私の目の前に掲げられる。
グフフ、と魔獣の吐息。笑っているのでしょうか?そんな感情があったとは。
気持ちの悪い!

キッと魔獣を睨みつける。
―――いまだ!
すべて、すべて解放します。

「あああああああああああああああ!!」

体にためた全ての電気を解放。荒れ狂う稲妻。私を中心に発せられた雷が魔獣の身を焼きます。
湧きあがるのはただただ、怒り、憎悪、嫌悪。

「その程度で私に触れるな!!汚らしいんですよ!!安っぽい媚薬なんかで女を犯そうとするなんて!!」

吐き捨てる。思い出すのはかつての暴虐。そしてなぜか今の彼女を思い浮かべる。

「あなたじゃダメなんですよ!そんなつまらないやり方じゃあ……その程度で……はぁ、はぁ」

自分でも何を言っているのか全然わからない。ただ、猛烈に腹が立ちました。
サツキがやった時とは全然違う嫌悪感。
わけがわかりません。何なんでしょう、この感覚。

「私に触れていいのはあなたじゃない……」

本当に、何なんでしょうか。

答えるものはおらず、残ったのはただの消しズミだけ……。
魔獣は私の電撃で今度こそ跡形もなく消滅したようです。
体は未だ熱い、けれども、その炎は私を焦がさない。

―――はぁ。

一息ついでから振り返ります。
そういえば緋月ちゃんを結界に入れたままでしたね。無事でしょうか?
旭さん達は、サツキが向かっているならなんとかなるでしょうね。

後方に緋月ちゃんを発見すると無事を見てから結界を解除。
緋月ちゃんはとぼとぼと私の方へ歩いてきます。その足取りは覚束ないよう。

「セツナさん―――――あ、ッ!?」

べちゃ。こけてしまいましたね。顔面からずっこけて。
しかも運が悪いのか緋月ちゃんは水たまりに突っ込んでしまってビショビショですね。
ん、水たまり?

「うえ、なにこれ……口に入った……うう、っ」

てっ、ああ!それはさっき魔獣が吐きだした液体じゃないですか!!
ダメです。早く吐き出してください。

「緋月ちゃん。大丈夫ですか!?」

私は緋月ちゃんに駆け寄って問いかけます。
彼女は、ゴシックロリータの服が汚れるのも気にせずペタンと座り込んでいます。
あの汁を服が吸い込んでいますがダメですよ。早く起き上がらせないと!
ここはR-18ではありません。

「あ、え?……はい、大丈夫です」

私を見上げる座り込んだ緋月ちゃんはなんだか顔が赤いです。大丈夫でしょうか?
私を見上げる目は潤んでいてちょっと可愛らしいですね。
私もいまハイになっている自覚はありますが、道行く少女を惑わすときのサツキってこんな気持ちなのでしょうか?

「大丈夫ですよ。―――セツナ様」

頬を赤く染め、少し恥ずかしそうに緋月ちゃんが言いました。

「わたしはすっごくいつも通りですから、セツナ様♪」
「そうですか―――えっ?」

―――様?




[21719] 3話 その6
Name: リリック◆6de4ea34 ID:ca14817a
Date: 2010/09/27 16:27
3-6

Side サツキ

「悪いね……君がいるとあの子の実力を試せないままに終わってしまいそうなので、介入させてもらったよ」
「あなた……誰?」

私は建物の屋根にいる男に問いかける。7月の熱い中、全身黒装束、特に異彩を放つのが肩にかかったマント。変態だ!
そしてもう一人……。

「マスター、邪魔者はさっさと排除した方がよろしいかと」
「め、メイドさん!?」

その男の傍に佇む銀髪を背負ったメイドさん。
年のころは私と同じくらい。こうして喋っている間もずっと無表情で、無機質なイメージを持てる。
そして何より、この角度からだとちらりとのぞくガーターベルトが何とも素晴らしいじゃないか。さらにいえば作り物のような美人。
最高ね、メイドさん。

「そう焦らないでくれ、リース。――私は、そうだな……クロウリーと呼んでくれ」

そういった黒衣の男、いや魔術師クロウリーは大仰に格好を付ける。
渋いオッサンだがキザだ。今の生徒会長が大人になったら、ちょうどこんな感じになるのではないだろうか?
ともかく二人合わせて、この夜の中、とてつもなく異常な匂いを発している。
こんな事態でもなければ絶対にお近づきになりたくない。

「マスター、マスターの悪い癖は、いちいち楽しもうとする癖があることです」
「余興は大切だと思わないかい?」

ニヤリと笑うクロウリー。少し気持ち悪いぞ。

「マスター。その笑い方は気持ち悪いので前に辞めろと言わなかったかですかゴラァ!」
「グフォァ!?――――リース……主人を殴るものではないよ」

と思ったらメイド…リースの鋭いツッコミ。素早く付きだされた拳がクロウリーの鳩尾へと付きこまれた。えぐり込み吐血するクロウリー。
この二人、どうにもついて行きにくいわね。

「漫才をやるなら、私はもういってもいいかな?これでも急いでるんだけど?」
「ま、待ちたまえ。……い、いったろう?邪魔をさせてもらうと。と、通さないよ」
「あなたボロボロじゃない。そんなので大丈夫なの?」

ゼイ、ゼイと息をつくクロウリー。
彼はリースの攻撃を受けて既にへとへとで、その見た目だけでいえば三下っぽくもある。
ただ、私の闇のカーテンを破ったりしたあたり、支部の術者達よりか実力があるとみていいかな。油断はできないわね。

「ああ、心配には及ばないさ。リース!行くんだ!」

って、おいおい。メイドさんを戦わせるの?クロウリーは高々と叫んだけど、リースの見た目はセツナと同じくらい華奢な体つきね。あまり強そうには見えないけれど。

「そこで人任せにするのは、非常にマスターらしいでしょうね。このクズがっ、といわせていただきます」

うわっ、ひどい。あの無表情であんなこというんだ……。
案の条、リースに冷たくされるクロウリーだったが……。

「優秀な前衛として頼りにしていると言わせてもらおう」
「私もマスターのことは信頼できる盾として期待しています」
「そこは後衛として頼りにしているというべきではないかなあ!」
「魔術師としての能力と肉壁としての性能を比較した結果です」
「さっき隠れていた彼女を見つけたのは私なんだが……」
「私のスカウターにも反応していました。というわけで、マスターの活躍は未だ皆無です。この役たたず」
「ああ、変な機能を付けた私が間違っていたかな」
「いえ、私が極めて高性能という照明になります」

また私を放り出して二人話し出す二人。私、なんか空気化してない?

「ねえ、本当に私行くよ?」
「それは困るな!リース!!」
「イエス、マイマスター!目標の排除を開始します」

こいつら切り替え早っ。私を指さすクロウリーにこたえ、リースは武器を呼びだした。
何処からか取り出した槍を構えるリース。その構えには隙がなく、一流の実力を感じさせるが……。
何なんだろう?このおいてきぼり空気。
今回私がいる意味ないような……。
いやいや。
こうして目の前に容疑者がいるのだから、ふん縛ってぎゃふんと言わせないとね。
そしてさっさと旭さんの援護をしなければ!

「じゃあ、いくわよ!」
「マスターの目的のため、あなたを排除します」



―――スッ。
カインッ!
風切り音を響かせながら心臓めがけて付きこまれた槍を、魔術で作りだした剣ではじく。
左手の剣で槍を受け流し、右手の剣で反撃を行う。
―――ヒュッ。

「無駄」

リースの槍の柄の部分で受け止められた。リースはそのまま円運動を行う。

「ふっ」
「おっと!?甘い甘い!」

繰り出される薙ぎ払い、回し蹴り、突きの連続攻撃を私は両の剣を使い綺麗に受け流していく。
此処までに数合打ちあったが、軍配はどちらにも上がらない。
単純な体術で私と互角。この子、強いな。

ならば違う手でと、魔術を起動する。そのために私は一度距離を取り、リースがそれに対するアクションを取る前に魔術を高速で起動。
砲身、展開。
弾丸、装填。
照準、良し。

「食らいなさい!!」

ロックオンされたリースめがけて魔術の砲撃を行う。古代の城壁をもたやすく打ち破った一撃だ。当たればひとたまりもないわよね!
―――しかし。

「させんよ!」

私の魔術に合わせてクロウリーが魔術を起動。リースの前に防壁が展開される。
私の魔術は防壁に阻まれ、リースを傷つけることなく霧散してしまった。
これには私も唖然とするしかない。

「マジで!?」
「ふふふ、どうだね?私の魔術は?そこらにいる凡人術者と一緒にしてもらっては困る」

自慢げに笑うクロウリー。私はただただ驚くばかり。
無茶苦茶だ。さっきのは魔王の得意とした術の一つで、その威力は計り知れないもの。
いくら今の私の性能が私が魔王の劣化版だといっても、セツナ以外の相手に容易く防がれるなんて……。
さっきは私の闇のカーテンを見破ったみたいだし、こいつもしかして強い?

「どうだいリース?彼女は私の素晴らしさに言葉も出ないようだが?」
「ちょっと活躍したからっていい気にならないでください。ちなみにマスターは今のところ、盾として以外に何の役にも立っていません」
「手厳しいね。では私も活躍するとしよう」

そういって魔術を起動するクロウリー。見た目は変態だが、その技は精緻で高速だ。

「させない!―――はああああ!」

肉体強化を使用し、跳躍。一瞬で神速の世界に入った私は、クロウリーまでの距離をわずか3歩でゼロにした。
私は神速の加速のまま魔法剣による斬撃を叩き込む。その一撃はクロウリーが魔術を起動する前に彼を真っ二つにするだろう。
だがそれさえも封じられる。私と同じく神速で移動したメイドさん、リースによって……。

ガギン――。
弾かれる私の魔力剣。
クロウリーとの間に入り込んできた槍に、私は目を見開き動揺する。
この速度にはセツナさえ大きく引き離すのに。彼女は私と同じ速度で動いた!?
―――まずい。

「がはっ」

攻撃をガードされて硬直した私をリースの槍が薙ぐ。それをもろに食らい、魔法剣を取り落とし、たたらを踏む私。手からおちた魔法剣がパリンと砕け散る。
追撃の手は止まない。

「食らいたまえ。“闇獣の牙”」

クロウリーの前の魔法陣から飛び出した黒い靄。それはふらつく私を襲い、強い衝撃と共に私を弾き飛ばした。
飛ばされた勢いのまま、ビルに突っ込む私。壁を突き破り粉じんの中へと落ちる。
全身を覆う鈍い痛みと、痺れた感覚だけが確かなもの。

あれ、あれれれ?
何気に私、押されてる?

傷ついた体を起こす。癒しの魔術は不得意なので、体のあちこちが裂け流血してジンジンとした痛みが私を苛む。
まいったなぁ。相手が予想外に強くてボコボコにされてしまった。
特にあの二人のコンビネーション。一人づつならそれぞれ魔術、体術と相手の苦手分野で各個撃破出来そうなのに、厄介な。

遠くでは轟音と共にビルが崩壊してゆく。あっちはセツナだろうか。
もう一方では二匹の獣の咆哮?この気配はあの退魔師さんだろうけど、何をやってるんだろうか。
みんな頑張ってるし、此処で負けたらセツナに顔向けできないよね。

魔剣、構成。

右手に剣を作りだす。さっきまでの倍の魔力を込め、闇を詰め込んだような家の刀身が暗く発光している。

銃身、展開。――弾倉、装填。

左手には銃撃魔術。砲撃用のものより小さくコンパクトにまとめた術式。連射可能で取り回しがしやすい。こうやって常時、準備しておけるしね。

右手に剣を、左手に銃を、ってね。
向こうが魔術と武術の絶妙なコンビネーションで来るならどうするか?
こっちも同時にやればいいじゃないの!遠距離攻撃用の魔砲と近距離用の魔剣。
めちゃくちゃ思い付きだけど、結構どうにかなりそう?やってみなきゃわかんないよね!

「準備は良し。後は始めるだけ」

しっかりしろよ、元魔王。相手は強敵といえど、かつて部下だった四天王くらいの強さじゃない。
ゲームで言えばあいつらはジャミラスよ。中ボスよりもちょっと格上くらいのやつら。
ジャミラスに負ける魔王がいるかしら?いや居ないわ!
ならば魔王だった私は勝利するしかないじゃないの。

「さて、リベンジと行きますか!!」



Others

「リース。彼女は死んだと思うかい?」
「その問いにはNOと。彼女の実力は私たち一人よりも上。ならば確実に生存しているでしょう」
「……まったく世の中は広いものだね。“6つの栄冠”に名を連ねた私とこうもやりあえる魔術師がいるとは」

しみじみと呟くクロウリー。
数ある魔術師たちの結社、その最高峰である“6つの栄冠”という組織にクロウリーは属している。
一人の賢者が自身を含む6人の最精鋭の魔術師たちを集め結成した魔術師たちの頂点に立つ組織の一つである。
クロウリーはそこの第4席を拝借している。この世界で最も優れた魔術師の一人、のはずだったのだが……。

「先ほどの一撃、私の防壁もギリギリだったようだね。いやはや、実験にきたつもりがとんだ大物が出てきたようだ」
「Yes。マスター、あちらも……」

リースが少し離れた場所、大きいほうの魔獣が戦っている場所を指し示す。
クロウリーが視線を向けた先で、天まで届くような紫色の雷が立ち上る。
上から落ちるのではなく、下から突き上げるように空へと昇っていく。
クロウリーの目には、それが膨大な魔力によって引き起こされた現象だということが理解できた。
あれではあの再生力に優れた魔獣でも塵も残さないだろう。
思わず、笑みを浮かべてしまうクロウリー。それは、純粋な感嘆を表すもの。
こんなにも優れた魔術師たちに会えた感動だ。

「ははっ、リース。今日は本当に来て良かった。すごい、すごいな。彼女達に比べたら、あそこの老人達だってまだまだ子供じゃあないか」
「……マスター。仮に彼女達二人と交戦した場合、私一人ではマスターを守りきることができません。この場は撤退することを推奨しますが」
「出来ない相談だよリース。今私はとても楽しくなってきている。此処でやめたらきっと後悔してしまうよ」
「マスター、ですが……」

リースはなおも食い下がる。表情は無表情のままだが、クロウリーには彼女がクロウリーの身を案じているのがわかった。
言いたいことは解る。今回は想定外の自体が多すぎた。
もともと実験も突発的なもの。それにこれだけイレギュラーが発生したのだから。

「リース、解っているよ。引き際は間違えない。危険になったら引き上げる。それでいいね?」
「……はい。……全力でマスターを支援します」
「ああ、よろしく頼むよ」

渋々と引き下がるリースにクロウリーは微笑を浮かべて頷いた。
もとより今回の実験はそこまで乗り気でなかった。たまたま手に入れた薬の実験。それが目的だった。薬は力の弱かった妖魔を劇的に進化させ、災害級のそれへと進化させた。
だがそれだけ。
これだけはた迷惑なことをしでかしてなんだが、彼はその結果にあまり満足できなかった。
その結果は確かに大したものだったが、彼の本業である人形作りには活かせないものだったから。
けれど、現れた術者達。おそらく退魔師である彼女達は優れた使い手だった。
クロウリーは優秀な人間が好きである。相手の人格によるところもあるが、彼女達のような人物なら尊敬できる。語り合ったり、戦ったりするだけで新たなインスピレーションがわいてくる。
しかも今回は滅多に会えない格上だ。
だからもう少しだけ楽しみたい。
クロウリーは隣を見る。
リース。
クロウリーの最高傑作だ。もはや何をするにも欠かせない大事な相棒。
絶対に自分を裏切らない、最高のパートナー。

「リース。……期待しているよ」
「Yes、マスター。お任せを」

先ほど、敵が飛び込んでいった廃墟を見る。高まる魔力。そろそろ第二ラウンドが始まるだろう。

クロウリーの予想通り、数瞬後、ガレキの中から彼女は飛び出してきた。
彼女の左手から放たれる無数の弾丸。それ一つ一つが強力な魔力のこもった一撃だ。
高速で弾丸をまき散らしながら彼女は叫んだ。

「ジャミラス死ねェェェェェ!!」




ちょっと予想より長くなって終わりませんでした。サツキ対魔術師&メイドさん。
でも3話は多くても後3編くらいで終わわせよう。長くし過ぎた……。だいたいひとつ3000~5000字でそれが6つかぁ。
今回はメイドロボの登場です。クールな感じが作者の好み。
……と言いつつちょっと登場人物多くし過ぎたかと後悔も……。
いろいろ出てくる世界観の設定も割と広めに作ってあるんですが、ごちゃごちゃしてわかりにくいかもしれません。
一度どこかで解説を入れたいと思います。



[21719] 3話 その7
Name: リリック◆6de4ea34 ID:ae8bc2dc
Date: 2010/09/29 13:04
3-7



Side 旭

問題は片足だけで何処までやれるか、か。
無理な動きをしてしまったためのあたしの機動力は大きく削がれている。
で、あっちは元気満々。威勢良く突進してきてるじゃねぇか。おまけに体中に炎を纏って、だ。近づいただけで熱いんだよ、このやろう。
パワー、スピードともにあいつの方が上。
ジリ貧じゃねぇか!
まったくこの仕事初めて何回目だよ、こんなピンチ。
ほんっとに命の危険しかねぇ。そうだ、これが終わったら101回目の辞表を出しに行こう。そうしよう。

足りない機動力を、風の術を使うことで補う。片足と長い尻尾を使ってひねった足の分を補いつつ、突進を回避。不本意だがこの姿は便利だな。

「あぶねぇンだよ。このクソ犬が!!」

魔獣に向かって叫ぶ。3mを超す巨体は炎を纏い壁の中に消えていく。あたしのきしゃな体では直撃すれば木っ端微塵。ひとたまりもないってね。

「くたばりやがれ!はあああああああああ!!」

呼び出すのは、風の槍。一点に集束し、矢のように敵を狙い撃つ。

「ガアアアア!!」

響く叫び、爆ぜる風。あたしの風に貫かれた魔獣が苦悶の叫びをする。
そこそこダメージを与えたが、致命傷にはならない。あいつの纏っている火の影響もあるかね。炎と風。相性が悪いったらない。

燃える、燃える。火が付いてるのは建物か?いいや、あたしのハートだね。
ハイになる。魂が叫ぶ。もっともっと生き続けろと。何度も何度も窮地を経験したあたしの本能。危険にあってこそ、発揮される真価。

昔に比べれば強くなった。多くの敵と戦った。知識が増えた。強い術を使えるようになった。……いつの間にか変身まで出来るようになった。
それらたくさんの経験の土台があって今のあたしがある。
そして、これからも、な!
まだまだ、死ねないよ。……いまの姿を仲間に見られたら死ねる自信あるけどね。



Side サツキ

「らあああああああっ!!!」

私は叫びながら魔力の弾丸を乱射する。この魔術は取り回しを良くしているため、大口径の一撃と比べると一発の威力は劣る。また照準の補助がないので精度もいまいち。
だけどその連射性と、扱いやすさは抜群なのよね。

「おっと、危ないな」

私の攻撃を跳躍してよける二人。ジャミ……じゃない、クロウリーは既に反撃の魔術を用意している。さっき私を吹っ飛ばした一撃。当たればかなり痛い。
だから向こうが魔術を発動させる前に先制する。要は攻撃させなければいいのだから。

弾倉、交換。

銃身を維持したまま弾をリロードする。そして、クロウリーの飛んだ方向に発射。
ダダダダダッ。
景気の良い音を出して発射される弾丸。狙いは弱冠甘いけど何発かは当たるでしょ。

「くっ」

私の攻撃に構築中の魔術を破棄し、防壁を張るクロウリー。
弾丸は壁に阻まれクロウリーに届かない。さすがにこの弾じゃあ貫けないか……。

よろしい。ならば格闘戦だ。
私はクロウリーへ数発の牽制弾を放ってから、肉体強化を一段階上昇。
強化された脚力で神速の世界に入ろうとして……

「マスターに危害は加えさせません」

リースの放った横槍に邪魔される。でもそれも想定の内。
私はリースの鋭い突きを右手の剣で受け流した。私の脇腹のすぐ横を流れていく穂先。その結果、私とリースの距離がぐっと近づいた。目の前にあるリースの頭。私はそれに……。

「ふんっ!」
「がッ!?」
「って、痛い!?あたま硬っ!!」

頭突きを叩き込んだのだが、予想外にリースのあたまは硬くてお互いに怯んでしまう。
しかし、私は怯んだだけだけど、リースはその衝撃で膝をついた。
彼女はしばらく動けないみたい。チャンスだ。

「させないよ。―――飛べっ!」
「ああっ、もう!やっぱりやりにくい!!」

リースに斬撃を放とうとして、すかさずクロウリーの放った闇のボールに邪魔をされた。
これに私は後退するしかない。ほんっとうにやりにくいなぁ。
この二人を攻略するにはコンビネーションを崩して、どっちかを倒すしかないよね。
セツナがいれば2対2で楽なんだけれど……。セツナはセツナでやることがあるし、居ない人に期待しても仕方がない。

「くっ、マスター……」
「リース、大丈夫か?」
「ええ、戦闘行動に支障ありません」

起き上がるリースとそれを支えるクロウリー。黒衣の魔術師と無表情メイド。演技かかった声と、まったく抑揚のない声が私の耳に届く。
二人はあべこべに見えて、これ以上なく息がぴったりだ。
やはりコンビネーションを崩さないとだめか……。
しかし、強いなぁ。

「この世界にもいるところには居るのね」
「何か言ったかね?」
「何でもないわ。―――次、いくわよ!」

私は2人に向かって銃撃。弾丸は予想通り防壁に弾かれた。
だから私は次の手を打つ。

照準、良し。

発射。二人の横っ面から叩きつけられる、魔力の砲撃。
私がしたのは何のことはない。
セツナと戦った時と同じ仕掛けを使っただけ。魔術を設置した罠。
さっき飛ばされた時に仕掛けておいたのよ。
見破られないかどうかだけが心配だったけどね、やつらは仮にも私の闇のカーテンを破ったわけだし。

「なにっ!?……くっ、こんなもの」

それでも防壁を間にあわせ、二つ目の壁を作るクロウリー。その技量には感服するけど、さすがに限界でしょう。
――――パリン。
ガアアアアアン。
予想通り防壁は耐え切れずガラスのように砕け散った。防壁と押し合いなお殺しきれなかった弾丸の威力に、クロウリーは吹っ飛ばされた。
二転、三転して倒れるクロウリー。しかし直ぐに起き上がろうとする。
もともと大魔力が強いのか知らないけど、細い体つきな割にタフね。

「マスター!?」

リースの焦った声。なんだ、完全な無表情かと思えばそんな顔もするんだ。
でも悪いけど、その隙は突かせてもうわよ。
加速。
私は一気にリースの懐に潜り込む。
ここでリースは初めて私に気づき、槍で対応しようとするが、その柄の長さの所為で行動に遅れが出でしまった。
もうこちらは必殺の距離まで入っているのだから、今さら対応しようとしても遅い。
魔力を集束する。向ける先は右手の魔法剣。
これを暴走させる。
バチバチ、魔力が充填されスパークした魔剣、それを私は力いっぱいリースに叩き込んだ。

「食らいなさい」
「が、あ、あああああああ!!」

轟音。多すぎる魔力をため込んだ魔法剣が、力に耐え切れずはじけ飛ぶ。
くあっ。私も反動で少しダメージを受けたかな。右手の感触がない。

リースはゆっくりとスローモーションで飛んでいっている。
ん、なんだこれ?リースだけでなく全てのものがゆっくりと動いて行く。
舞い散る粉じんや、私自身の体の動きの動きもスローだった。時間の流れが遅くなったのか?
いや、違うか。
私の思考が異常に加速していて、時間の流れる速さがゆっくりと感じ取れるようになってるんだ。
多分極度の集中によるもの。私がこうなるのは初めてだけど、魔王の時に何度か時間がゆっくりとなった経験はあった。
飛んでいくリースは左肩からメイド服が大きく破れていた。大きなダメージを受けているのに、空中で体制を整え私に反撃しようと槍をこちらに向ける。
させない、鈍い右腕でなく左手の銃口をリースに向けた。
自分の体の反応も遅いから、思うように動かないことにじれったさを感じてしまう。
目視で狙いを付け、発射する。一分間に数百発撃つはずのそれは、加速した意識の中でダン、ダン、ダンと一つ一つ丁寧に打ちこまれてゆく。
弾丸の雨をもろに浴びたリースは、倒れ伏し槍を落としてしまった。
破れたメイド服の隙間、傷口からこぼれるのは血……ではなく?……なんだろう?
まあいいや、終わらせよう。

魔力を集束。構成するのは得意の魔砲ではなく、滅多に使わないエレメント。
やはり体を動かすのと同じようにゆっくりと集束する魔力。平常時よりはかなり早く展開しているけど、うーん、どうにもやりにくいぞ。
私を取り巻く空気の温度が下がってゆく。全てを凍結させる必殺の一撃。
魔力は白の色を持ち、魔術師でなくとも視認できるほどに濃く、魔術師はその内包するチカラに絶望するほどの威力。
クロウリーもリースも一発でかっちんこっちんだ。
問題はタメの長さで、普段は高威力かつ扱いやすい魔砲を使うのだけど、今はだいぶ改善され私から見ればゆっくりだけど、高速で展開されている。
発動に支障はない。
視界の端でクロウリーが起き上がったのを感じとる。術式をみて顔色を変えるがもう遅い。
―――完成だ。

「コキュートス」

短く呟く。魔術は発動され、世界を凍結させる白い波が広がってゆく。

「リィィィス!!」

波に覆われる直前、白に染まる視界の中でクロウリーがリースの元へ飛び込んで行った。
無駄なことを、何をしても今さら遅い……って、あれ?
これが直撃すれば、あいつら死ぬんじゃないの!?
私は顔を青ざめて、波の中に消え去った2人を探す。
無茶苦茶強かったし、つい夢の中で勇者と戦った時みたいにやってしまった。
あのブラックホールに叩き込んでも復活する勇者と一緒にしてはいけなかった。
この事件の容疑者だし、後で説明させるためにも捕まえないといけないのに。
慌てて術をキャンセルしても、既に2人は氷の世界に取り込まれている。
あわわ、どうしよう!?

しかし、予想に反して二人は無事だった。リースを抱きかかえるえ膝をついているクロウリー。凍結波はクロウリーの今までより遥かに強力な結界によって遮られていた。
結界の中心には透明な結晶体。それがひび割れ、粉々になった。
あの結晶を媒体に強力な術を使ったのか。彼の奥の手ってところだろう。
それを見て私も一息をつく。やり過ぎなくてよかった。
やがて速度を取り戻していく世界。

そして。

「―――え?」

急にふらつく私。さっきの反動だろうか、平衡感覚がおかしくなり、体にあまり力が入らない。魔力の感覚もおかしくて上手く操ることができない。
まずい、このまま戦えば確実に負けるだろう。
だけど……。

「我々の負けだ」

リースを抱きかかえたままクロウリーは敗北を認めた。リースの方はぐったりとしていて動く様子はない。

「今回は負けを認めるよ。」
「じゃあ、大人しく捕まってくれるのかしら?」

だめだ、ふらついて魔術も使えない。私はそれを悟られないように平常を取りつくろいクロウリーに相対する。

「悪いがつかまる訳にはいかないのでね。退散させてもらうよ」
「逃がすと思ってるの?」

強気に言うがこのままでは確実に逃げられるだろう。

「難しいだろうね。だが、なんとかするのが私の仕事だ。彼女はこんなになるまで私のために戦ってくれたのだし」

リースを心配げに見つめるクロウリー。その目には心から相手を思う気持ちが込められているが……。

「自動人形?」

疑問を口に出す。リースの体から流れ落ちるのは血ではなくエーテル。傷口からは肉や骨でなくチューブや金属が覗いていた。

「私の最高傑作だ。いつどこに行くにも欠かせない、愛おしいパートナーだよ」
「に、人形フェチ!?」
「失敬な。理想の相手を自分で作り出せる、これ以上素晴らしいことはないだろう?」

うっとりと眼を細めるクロウリーだが、私は少し引いていた。
リースの作りは凄まじく精緻に出来ている。外面は人間とまったく差異がないほどだ。
これほどのものを作り出すには、いったいどれほどの労力をつぎ込めばいいのだろうか?……まったく想像がつかない。

「機会があれば君にも作って差し上げようか?」
「結構よ。私は好きな人いるし」
「そうかい?残念だ」

そもそもちゃんと恋愛をしている私とオマエみたいな変態を一緒にしてほしくない。
私には愛する人がいるのだから。
まだ両想いと言えないのが少し残念だけど……。

「だいたい機会があればって、逃げられると思っているの?」
「隠しているつもりだろうが、君だって消耗が酷いだろう?魔力の流れが激しく雑になっているよ。私たちを此処でとらえるのは難しいのではないかな?」
「う゛……。ばれてたの?」
「私だって魔術師だ。これだけ近くにいれば気がつくよ。とはいえ私たちもたいして変わりはない。リースをこのままにしておくのも忍びなくてね。此処は手打ちにしないかい?」

考える。遠い場所、感知もうまくいかないが、セツナは旭さんの方へ向かったようだ。
援軍を期待するのは難しい。
私一人ではどうしようもないこの状況。
―――仕方がないか。

「悔しいけど私にはどうしようもないわね」

両手を広げて肩をすくめる。見逃すのは腹が立つけど、どうしようもない。
大人しく二人が去っていくのを見逃すことにした。
最後に思いついた疑問を投げる。

「ねぇ、今回の目的はなんだったの?」
「一応、実験だったのだがね、それはいま一つの成果だったよ。進化を促す薬とやらだが、気が向いたら調べて見るといい」

実験、ねえ。
それでこの被害なのだから、魔術師というのは何処の世界でも変わらないようだ。
どこまでも好奇心の奴隷。外道の探究者。

「改めて名乗ろう。アルヴァン=アーガイルだ。魔術結社“6つの栄冠”の第四席にして“至高の人形遣い”“無色の鴉”と人は呼ぶ。良かったら覚えておいてほしい」
「いやよ。二度と会いたくなんてないし」
「手厳しいね。では君の名を聞かせてくれないかい?」
「それも御免よ。さっさと行け」
「そこをどうにかならないものかな。仮にも私を破った魔術師の名前ぐらい知っておきたいだろう?」
「はぁ、……じゃあ、シャルロットとでも呼んで頂戴」

本名を名乗るのは嫌だったので、私は咄嗟に出てきたアレの名前を言ってしまった。

「シャルロット?――――都市伝説のかい?」
「ブッ、知ってるの!?」

何でこんな地方のマイナー都市伝説知っているんだ!?慌ててクロウリー、いやアルヴァンを見るが、彼は眼を細めるだけだ。

「なるほど、都市伝説というのも馬鹿にはならないのだね。この街には都市伝説も多かったはずだから今度調べて見ようか」
「ちょ、ちょっと!?」
「最後に面白いことが聞けたよ。ではまた会おうシャルロット」
「やめて、ちょっと、マジでその名前で呼ばないでってば、私の名前は……」
「さらばだ」
「いや、ちょっと待てって!……じゃなくて二度と来るな!!絶対二度と私の前に顔出すなよ!!!いいな、絶対だぞ!!!!」

懐から取り出した宝石をを空に投げるアルヴァン。仕込まれた転移の術が発動する。二人は消え去っていった。
おそらく指定された何処かへと飛んでいったはずだ。
興味を持たれた。絶対に変な興味を持たれた。本当にまたやってきそうで怖くなる。
人形フェチと無表情自動人形。
変な連中だった。
あー、もう疲れた。くらくらした目まいが一層強くなっり、思わず座り込んでしまった。
まあ、じっとしていれば、そのうちセツナが来るだろうから、大人しく待っていよう。



Side 旭

「旭さん。……大丈夫ですか?しっかりしてください」

誰かに引き起こされる感覚に目を覚ます。
あたしは何をしていたんだっけ?今日は確か双子の新入りが来て、セツナが来て、セツナが切れて、それから一緒に仕事に出て……っは!?あの犬は何処に行った!?
がばっと身を起こす。その衝撃で体中の火傷が痛む。目の前には心配そうなセツナの顔。

「セツナ!あいつは何処行った!?」
「旭さん、落ち着いてください。……魔獣ならあちらに」

セツナの示した方にはミンチになっている何かの肉塊。
あー、私の全力の術をぶつけたんだっけ?私も相打ちになって丸焼きになりかけたけど……。

「相打ちになっていたようですね。幸いにして旭さんは火傷が酷いですが、致命的な損傷ではないようですね。あちらの魔獣も、もうひとつに比べるとあっさり死んでくれたようですし」
「あー、あたし生きてるのか?」
「死んでいる人は返事をしませんよ?」
「それもそうだな。あー、あたし生きてる」

あたしは立ち上がって背伸びした。死にかけた後に生還すると気持ちいいなぁ、おい。

「あのー、旭さん……」
「ん、どうした、セツナ?」

セツナの声に振り替える。その時、尻尾がくるっと弧を描いた。
セツナの視線はその尻尾へと注がれている。
―――ん?

「なぜキツネ耳と尻尾が生えているのでしょうか?」
「あああああああああああああああああ!!!?み、見るなあああああああああああ!!」

やばい死ねそうだ。















[21719] 3話 エピローグ
Name: リリック◆6de4ea34 ID:385ae2e2
Date: 2010/11/01 10:12
「うー、……さぶい……セツナがこないよ~」

夜見市の郊外にある廃墟群。ボロボロに崩れた建物の影で、サツキは一人うずくまっていた。
時刻はもう日付が変わって、午前3時。迎えを待っても一向にセツナは来なかった。

「私はいつまで此処にいればいいんだろ?……くちゅん……あー、しゃむいよー」

いまは7月、いかに深夜といえどそれなりの暑さなのだが、サツキは寒さに震えていた。
原因はサツキを中心に半径約2メートル以降の地面が凍りついていること。サツキの位置からでもコンクリートの上に霜がこんもりと厚く降り積もっていることが確認できた。
もちろんこんな現象が発生しているのは、サツキが使用した魔術の所為だ。
魔術の効果は未だ健在で、冷え切ったコンクリートは周囲の温度を真冬以下に変えていた。
そしてサツキは動けない。
体の平衡感覚は未だ戻らず、一度座り込んでしまえば立ち上がることさえできなくなってしまった。
半分は自業自得なのだが、これらによってサツキは寒さの牢獄に閉じ込められていた。

「セツナ~、早く助けにきてよ~。……私死んじゃうよ~?ほんとに寒いんだってばー」

 ガクガクと体を震わせ、足を抱え込み、なんとか体温を保とうとするサツキ。
結構限界が近いかもしれない。

「死ぬ~、マジでヤバいって……そうか、これが放置プレイ!!セツナはきっと凍える私をどこかで楽しんでるんだ。……セツナのいぢわる」

とうとう頭までおかしくなったのか、不思議な妄想をし始めるサツキ。
頬を赤く染め、恋する乙女のように切なげな表情、しかしこらえきれず歪む口元。
体は震えているのに彼女の表情はどこか楽しげに笑い始めた。

「いいよ。もっと、もっとして。ああ、……もうセツナったら、可愛いんだから」

夏の夜、廃墟の中で膝を抱えて座り、妄想に浸りながら寒さに震える少女……。
この上なく、不気味な光景だった。
そんなとき近づいてきた影が一つ。

「……いったい何をしているんでしょうか?」

セツナはサツキの現状を見て、当然の疑問を口にした。





3話 エピローグ





「……それで、今の今までこうしていたわけですか……」
「う゛~、セツナ~、寒かった~」

 サツキから一部始終を聞いてため息をつくセツナ。
その表情は驚き半分、呆れ半分だ。今回の件に黒幕がいて、サツキがそれと戦っていたこと、相手がサツキに比肩するほどの実力者だったことにはセツナも動揺を隠せない。
この事件を起こした目的は何か?彼らの正体は何者か、など疑問も尽きない。

「とりあえず、不審な人物がいたことに関しては私から支部に説明しておきましょう。しかし……」
「ん?……なに~」

 しかし、だ。今のこのサツキ。セツナにおんぶされてぶるぶる震えているサツキをどうしたものかと真剣に悩む。

「珍しいですね。サツキが魔術で自爆するなんて……」
「ん~、なんかよくわからないんだけど、ものすごい集中して戦ったらこうなった」
「集中、ですか?」
「うん、時間の流れがゆっくりになるくらいに。相手の動きもゆっくり見えたし、魔術もいつもより上手く出来た。けどね~」
「その副作用か、身動きが取れなくなってしまった、ですか」

ようするにこうしてセツナがおぶって連れてこなければ、今もあの場所で震えていた、ということになる。
背中から感じるサツキの感触は柔らかいが冷たくもあった。

「うー、面目ない」
「注意してくださいね。下手をしたら負けていたんですから」
「うい」

力弱く響く疲れた声。いつもの元気は半減以下だ。
こんなふうに弱っているサツキも珍しい。力なくセツナの背に寄り掛かるサツキを見てなんだか優しい気持ちがこみ上げてくるのだ。
サツキの方もいつもに比べ何処か穏やかな雰囲気。
静けさに包まれた深夜を人影がゆっくり歩く。

「えへへー。セツナにおんぶされちゃった」
「あんまり子供みたいにはしゃがないでくださいね」
「はーい。ねぇ、セツナ……」
「なんですか?」
「今日は疲れちゃった」
「そうですね。いろいろありましたから」
「セツナの家に泊まっていい?」
「泊まる、ですか……?」
「うん、今日はもう変なことしないから」
「前科がある人が何言ってるんだか……。いいですよ。今のあなたを放っておくと熱でも出して寝込みそうですし」
「やった……ん……すぅ」
「サツキ?……眠ったのですか?……ふう、普段人騒がせなのに、急に静かになると……」

背中から聞こえる寝息。既に激闘の時は遥かとおく、今は静寂のみが時を刻む。

「でも、たまにはこういった時間も悪くないですね……」





後日、退魔機関夜見支部。

「え~、そういうわけで牧野誠五郎氏の紹介で協力員として助力してもらうことになった天城サツキ君だ。彼女の実力は誠五郎氏、およびセツナ君の保証付きでね、ゆえに扱いはセツナ君と同様のものにするつもりだ。ま、よろしく頼むよ」

 哀愁漂う支部長の声。その隣に立つサツキは、これが人生に疲れた中年かと納得する。

あの事件から一週間とちょっと過ぎただろうか、事件のことは隠蔽され人々の記憶にさえ残ることなく、街はいつも通りの平穏を過ごしていた。
その影に埋もれていったのは身元不明の死体が二つ、支部で怪我を負ったのが一人、それと崩れ去った建物達だった。
死体というのは事件後発見された食い残しのことで、あの魔獣の被害にあった人たちのこと。秘匿性の問題から仕方のないことだが、それが誰だったのかわからないまま闇の中へと忘れられていく。
壊れた建物達は、いつの間にか取り壊されたことになっていた。セツナによればこういったことはたまにあるらしい。
そして、支部で負傷した旭は、今サツキの前で松葉杖を脇に座っている。戦闘直後、結構な負傷をしていたらしいが、そこは術者。何らかの方法で治療し、現在回復に向かっているようだ。荒っぽくスーツを着こなした姿は、非常に元気そうに見える。

 支部の方ではそれらに伴うごたごたがあったそうだが、サツキもこの短い期間の間に、騒がしい日々を過ごしていた。
特にセツナの義父と合ったこと。その詳細は此処では省くが、結果としてこうして支部に顔見せしているわけだ。
とうとうセツナと一緒に働ける。そう思うとなんだかわくわくしてくるサツキだった。

「支部長ー。それはいいんですけど、あたしの辞表届はどうしたんですか~?」
「おや、私の机の上に解読不能な紙切れがあるのだが……?」
「ちょっ、それあたしの辞表じゃないですか!!何さりげなくシュレッダーに入れてるんだ、コラ支部長!!?」

なんだか人数が少ない割には騒がしい場所だなぁ。
一応今はサツキの紹介中のはずなのだが、旭と支部長はサツキを置いて追いかけっこを始めてしまった。
哀愁漂うおっさんを野性的な美女が追いかける様はなんだかなぁ……。

「気にするな、いつものことだ。――それよりも、歓迎しよう。俺は志波だ、よろしく頼む」
「あ、こちらこそ。天城です。どうぞよろしく」
「腕利きだそうだな、頼りにさせてもらうぞ」

スキンヘッドで筋骨隆々の男性だった。年のころは30半ばくらいか。
見るからに暑苦しいが、サツキと握手を交わすときの微笑みはとてもさわやかな印象だった。これが筋肉スマイルというやつか……暑苦しい。
こうして目にするのは初めてだが、彼も此処の術者なのだろう。

支部の中は普通のオフィスと変わらない。この間セツナが粉砕した壁だけが今もシートで覆われていた。
そのセツナは部屋の奥の方、机に座ってゆったりと。ちっちゃな女の子、確か緋月…だったか、と何か話している。
む。
なんとなくそれを見てムッとしてしまうサツキ。
サツキがせっかく支部に来たのだからセツナはもっとサツキに構ってくれてもいいと思うのに。
それなのにサツキをほっぽいて小さなことお話しているセツナ。
これは嫉妬しちゃいますよ?

そーっと、セツナに気がつかれないように死角から近づくサツキ。
一歩、二歩と慎重に。そして後ろからギュッと抱きついて驚かしてやろう。
素早く、静かに、いやらしく。獲物を狙う猛禽類のごとく近づいて行くサツキ。
セツナとの距離はあと3歩ほど。
ふっふっふ、待っていろ。今にその乳を揉んでくれる。
羞恥に顔を染めるセツナを想像し愉しくなるサツキだが、そこでサツキにも予想だにしないことが発生した。
セツナではない。傍にいた緋月のほうだ。

「セツナ様大好き♪」
「緋月ちゃん?」
「なあああ!?」

サツキがセツナに飛びかかろうとした一歩手前。そのタイミングで緋月がセツナに抱きついたのだ。
呆然とするサツキ。窒息しそうな魚のようにあんぐりと口を開いている。

「あ、あ、あ……」
「あの、緋月ちゃん?」
「ふっ、ふーん。セツナ様って柔らかいんですね」
「あああああああああ!!」

 セツナにギュッと抱きつく緋月。
彼女は呆然とするサツキを見て……

「ベー」

猫のようににやけて、意地わるそうなあっかんべー。
……わ、私のセツナが寝取られちゃう!?お、乙女の危機じゃないの!?

「緋月ちゃん?……サツキ?どうしたんですか、そんなところで固まって?」

一人、状況を飲み込めていないセツナだった。



登場人物紹介

旭 桜
女性 26歳 163cm
Lv32→40(変身) 風属性

退魔機関夜見支部に所属する術者。十代のころから術者として仕事をしていたため、26にしてなかなかの使い手。
退魔師の家系にうっかり生まれてしまったばっかりに半ば強制的に機関へと入れられた。
たびたび辞表を提出しているが、受け取られることは無いといっていいだろう。
本人はまだ未熟だと思っているが、後輩には結構頼りにされている頼りになる先輩。
性格は荒っぽく、雑で家事など一切できない。周りの人のフォローで何とか生活している状態。
ぼろの下宿に住んでいて、大家さんと仲がいい。というか彼に家事のほとんどを依存している。
作中出てきた変身姿は、若いころの失敗が原因で、17の時にとあるキツネの神様と戦い、ボロ負けして無理やり眷族にされたらしい。



支部長
男性 54歳 169cm
Lv22     土属性

 哀愁漂うおっさん。支部の管理を一手に引き受け、細かいサポートもこなしたりと、実は役に立つおっさんだったりする。
出世の見込みは失ったが、今をそれなりに楽しんで生きている。妻子あり。



深山 蒼夜・緋月
双子
14歳 蒼夜 162cm 緋月 154cm
共にLv25    火属性

 退魔師のとある一族の宗家の子供たち。生意気な面が目立つが、事件後多少改善されたようだ。蒼夜は旭、緋月はセツナになついた模様。
緋月はなぜかサツキと火花を散らし、蒼夜はなぜかサツキが怖いらしい。
宗家の名に恥じず、才能は相当なもの。成長しきれば一流の術者へと進化するだろう。



アルヴァン=アーガイル
男性
29歳 178cm
Lv62  闇属性

 魔術結社“6つの栄冠”の第四席にして至高の人形遣い。魔術結社の頂点に位置しながら派閥を持たない稀有な人物。
人形作りにおいて他者の追随を許さない高い技術を持ち、それを買われて大賢者にスカウトされた。
己の作った人形達を溺愛しており、その中でもリースにはひときわ愛をささげる。
ちなみに表世界向きの人形も製作しており、こちらは普通に高い評価を得ている。
その製作者名として彼はクロウリーを名乗る。

リース
?歳  160cm
Lv59  無属性

 アルヴァンの作った自動人形。どうやって作られたのか詳しいことは解らない。
常に無表情で、感情がないように見えるが、アルヴァンには読み取れるほどの小さな表情の変化があるらしい。
主人には常に冷たく接するもののアルヴァンとは緻密な連携を取り、高い戦術を扱うほど息が合っている。





[21719] 4話
Name: リリック◆6de4ea34 ID:385ae2e2
Date: 2010/11/01 10:15


 ドアを預かっている合いカギで開け、自分の部屋よりも一回り大きいアパートの部屋に足を踏み入れる。
 住んでいる人の性格が表れているのだろう、隅々まで掃除の行きとどいた綺麗な部屋だ。

「で、その住人さんは何処かなっと……」

サツキは袋いっぱいの買い物袋を手に部屋のドアをゆっくり開いた。

 吐く息は熱っぽく、視界は靄がかかったようにはっきりとしない。呼吸に合わせて胸が上下しているのが見て取れた。
 ベッドに横たえている体は毛布の中で弛緩し熱をもっている。朝からずっと動く気がしなかった。
――風邪だ。
 友人(……)の風邪が移ってしまったのだ。まるで風邪をひきそうにない友人が以外にも風邪をひき、自分も柄にもなくお見舞いなどに行ってしまったためのこの結果だ。
 ざまあない。
 似合わないことなどするからこうなるのだ。
 風邪をひいて弱っている友人が可愛らしいなどと思っていた一昨日の自分を罵ってやりたい。あなたの所為で私は今最悪な気分なのだと……。
 いけない。頭まで熱にやられたのか、思考までマイナス方向へと向かっている。
 気を取り直さねばと思うも、だるさの所為で動く気にもならない。
 このまえのサツキもこんな気分だったのだろうか?
――薬も飲まずにただ寝ていたので、つい起こして無理やり世話を焼いてしまったのだが、今思えば迷惑だったのかもしれない。
 彼女は自分に比べれば大雑把だ。そういった所を見るとつい口を出してしまうのだが、今度からはもう少し考えてから……
 ああ駄目だ。また変なことを考えている。
 ともかく今日はこのまま……。

「せーつなっ!お見舞いにきたよ」

と、そこまで思い悩んだところで友人、天城サツキが部屋に入ってきた。

 綺麗な部屋だ。それがサツキがセツナの部屋に入って抱く感想だ。
 きちんと整理されていて、衣服や本が散らかっているということもない。
 けれど何故だろうか。何処か女の子らしくないなと入るたびに想ってしまう。
 無機質なのだ。飾り気がない。
 サツキはセツナの好きなブランド、化粧品、果てはゲームや漫画などを知っているがこの部屋はそれをあまり感じさせない。
 大好きな人にはこう、きゅん、と来るような部屋に住んでほしいと思うのはサツキのわがままだろうか。

 どさり、と部屋に入ってすぐ長ネギの飛び出たビニール袋を床に下ろした。
 魔術で強化した体にはこの程度のものは重くない。けれど早くセツナに会いたいサツキには邪魔なものだ。
 足は早足に奥へと向かう。
 ドアを開いて部屋に入ると、停滞し籠っていた空気が動き出す。
 ベッドの中で横になっているセツナ。彼女に風を移したのは自分だ。
 先週の戦闘のあと、寒い空間にずっといたサツキは熱を出してねこんでしまった。
 それをセツナはお見舞いに来てくれたのだが、どうにも移してしまったらしい。
 ならば今度は私がお世話しないと、と思い立ったサツキは早速学校をさぼってお見舞いに来たのである。

「セツナ、お見舞いにきたよ。……ごめんね、風邪移しちゃったみたいで」
「ん、あぁ……サツキ……ですか……」
「あっと、体起こさないでいいから、無理しちゃだめ。うわ、凄い熱だね。まってて、今冷やしたタオル持ってくるよ」

 セツナの体は予想以上に熱かった。サツキは冷やしたタオルをセツナの頭へと乗せてやる。
 気の所為か、しゅーっと音を立て湯気が立ったような気がした。
 体温計には40.9度との表示されている。

「ねえセツナ、食事は何か食べたの?」
「いえ、食欲は全くなかったので、ずっとこのままです」
「病院には……いってなさそうだね」

 はい、とセツナは熱い息を吐く。
 それを見てサツキはムっと眉を寄せた。セツナは朝から何をしていたのだろうか。きっと、気分が悪いからとずっと寝ていたんだろう。
 先日同じように寝込んでいたサツキに、ちゃんと栄養を取れだのと言ったのはセツナなのに、この有様。
 許せない。だから口をへの字見曲げて宣言する。

「セツナさんに重大なお知らせがあります」
「……なんですか……」
「セツナさんは現在、自分の体調管理がまったくできてない状態です。これは良識あるサツキさんとしては非常に許せないことなのです。よってこれからセツナさんが快癒するまで、セツナさんの生活の一切をサツキさんが面倒見させてもらいます!!」
「……はい?」
「異論は認めません。いいですね!」
「サツキ……学校は?」
「い・い・で・す・ね!!」

 ぴっと指を立てて宣言した。もう決めた、絶対に元気になるまでサツキが面倒を看ると。
 サツキが移した風邪なので、サツキに帰ってくる心配は無い。これから昼も夜も朝もずっとサツキが世話をするのだ。
――――なんだかウキウキしてきたぞ。



 さて、まずは栄養を取るところから始めようか。病人だからこそしっかり食事をしないと。

「セツナ、朝から何も食べて無いでしょ。おかゆ作ったんだけど、食べる?」
「……そうですね、では頂きましょう」
「よしきたっ」
「ありがとうございます。……サツキ?」
「はい、あーん」
「あの、サツキ……これは?」
「いいから、いいから。はい、あーん」

 サツキは自分で作ったおかゆをそっとセツナに差し出す。
お粥がのったスプーンに戸惑うセツナ。
 しかし結局押しの強さに負け、パクリと加えた。

「どうよ?」
「どうよ、と言われましても、おかゆですとしか言いようがないですよ」
「む、そうじゃなくて私の愛情を感じるとかそういうの」
「強いて言うなら塩加減がもう少しあってもいい、でしょうか」
「もう、つれないなぁ」
「病人に変なことを期待しないでください」
「――――あはは」

 おかゆを片づけて、さてっと一息。時刻は3時を回ったころ。
おかゆ効果かセツナは少しだけ元気になったように見える。
けれど油断は禁物だ。

「こーら、ちょっと体調がよくなったからって、起き上がろうとしないの。セツナは病人なんだから寝てないとダメ」
「ですが少しは動けるようになりました。サツキに頼ってばかりでは……」
「さっき言ったとおり、セツナの面倒は私が見るの。セツナはずっと私にお世話されてればいいんだから!!」

 起き上がろうとするセツナを両手で押しとどめる。
 まったく、人に頼ろうとしないのはセツナの悪い癖だ。
 こんな時くらいサツキに任せてくれたっていいじゃないか。
 もう魔王と聖女の関係じゃないんだから。

「セツナ~」
「なんですか?」
「ここにでっかいネギがあるんだけど……」
「ええ、サツキが買ってきたものですね」
「ネギをお尻に入れたら熱が下がるんだったけ?」
「ぶはっ、違いますよ!首に巻くんです!!ごほ、ごほっ」
「あはは~、ゴメン間違えた……ちぇっ」
「ごほっ、今何か……」
「何でもない」

 そんなこんなで買ってきた荷物を冷蔵庫に入れ、こもった部屋の空気を喚起したりして、なんだかんだしているうちに時間はたった。
 
「セツナ……寝ちゃったか」

 いつしかセツナは穏やかに眠っていた。頬を汗が伝っているが汗をかくのは熱が下がった証拠だ。

「普段は意地っ張りなんだけど、こうして見ると可愛いのよね。まあ、意地っ張りなところも好きなんだけど」

 愛おしそうにセツナを眺めるサツキは、ゆっくりとベッドの傍で椅子に腰かける。

――そういえば、遠い過去の記憶にもこんなことがあったっけ?
 色あせた記憶を引き起こす。
 彼女が来ていたのは学校の制服でも、今着ているパジャマでも無い神聖な法衣。
 自分は鎧やマント、まだ“私(わたし)”ではなく“我(おれ)”だった。
 長い虜囚生活に限界を迎え倒れた“彼女”を柄にもなく我が看病した。
 あの時は普段は罵ってばかりの彼女もしおらしくなかったか。
 珍しく穏やかな時間だった。
 あの時は何を間違ったのか……。
 気がつけば彼女を勇者に奪われていた。
 欲しいもの。
 世界、富、……彼女。いつの間にか全てが手のひらからこぼれ落ちていった。
 そして敗北。
 魔王ヴァルターは敗北し、聖女エレンシアは勇者と……。
 むかっ。そういえば、そういえばだけどセツナは勇者のことどう思っていたんだろうか。
 セツナは周囲に望まれて結婚したなんていっていたけれど、あんなことやこんなことまでしたんじゃないか!?
 いやいや、前世の私があれだけ激しく調教したんだから勇者なんかじゃ満足できないはず。……大丈夫、大丈夫。それに今のセツナは間違いなく処女だし。
 でも、勇者のことを愛していないとも限らない。あいつ外面だけはかっこよさそうだったもの。
 よし、今度確かめよう。
 もし勇者が好きだったとしても、この世界には居ないんだし、私の魅力で虜にすればいいだけだもんね。セツナの弱点ならいっぱい知ってるし……。

 などと、いろいろと妄想しているうちにサツキもうとうとと夢の世界へと堕ちて行った。

ここは夢の世界だ。
いつか見た牢獄。けれどその中心には豪華なベッドがあって、内装も綺麗だ。
貴人を閉じ込めておくために作られた専用の部屋、それが正しい表現だろう。
そして今、エレンシアはベッドで寝込んでいた。原因は疲れだろう。虜囚としての生活はストレスの溜まるものであるし、その、此処の主である魔王ヴァルターはいろいろと激しい。何が、とは言わない。そしてエレンもそれに屈するつもりは無かった。
けれど肉体的な限界はあるもので、エレンは熱を出してこうして寝込んでしまったのだ。
そして何の間違いか、魔王自身がいまエレンの隣で仏頂面をしてエレンの看病をしていた。

「……魔王、何のつもりですか」
「何がだ?」
「とぼけないでください、いまあなたがしていることです。何故あなたが私の看病をしているのですか!?」
「ほう?何か問題でもあるのか?」
「大ありでしょう!私たちは敵同士ですよ。それなのに何故私が貴方の世話を受けなければならないのですか、ごほっ、ごほ」
「ほら、吠えるでない。貴様は病人なのだから大人しくしているがいい。それに気力を無くし床に臥せっているいる貴様など面白くないではないか」
「ごほっ……そうだとしても侍女にやらせれば良いでしょう?何故あなた自身が……」
「我がしたいからだよ。それがどうかしたのか?」

 ククク、と愉快そうに笑う魔王。腹立たしい、今の自分は何処までも魔王の手のひらの上だ。
 エレンは忘れない。魔王がエレンの部下を目の前で引き裂いたことを。やめてと絶叫するエレンの目の前で泣き叫ぶエレンが楽しくてしょうがないと言わんがごとく、魔王はエレンの仲間を次々と殺して行った。
 その時の憎悪と悔しさをエレンは決して忘れない。
 けれど目の前に座っている魔王は、暴君とはまた違う表情で笑っていた。
 その表情になぜか心惹かれてしまう。つい眼を離せなくなる。
 憎いはずなのに憎しみだけで魔王を見れない。そのことにエレンはいらだちを感じた。

「ククク、どうした?とうとう我のものになる気になったか?」
「誰が……」

 魔王は何処までも不遜だ。今こうしている間もとてつもなく大きな存在感が部屋を満たしている。

「まあいい。我はいずれ全てを手に入れる。この大陸も、富に権力、あらゆる力も、そしてお前もだ、エレンシア」
「……」

 エレンをじっと見つめる魔王。それだけで飲まれてしまいそうになる。
 魔王ヴァルターには確かにあるのだ。世界をつかめるかもしれないと思わせるだけの力が、圧倒的な才能が。それは確かに人を引き付ける。
 けれど、けれど。

「それを成すまでにいったいどれほどの血を流すのですか?あなたの所為で何人の人が死んだと思ってるんです」

魔王は死を呼ぶ。魔王軍の通った後に屍の無い道は無いと噂されるほどだ。

「多くの人が死んだだろうな、そしてこれからも死ぬだろう。そんなことは解っている」
「何故です、何故そうしてまで戦いを求めるのですか?」
「何故?決まっている。それが手に入るところにあったからだ」
「あなたは……」
「生まれた時、俺は望めば王になれる立場にあった。だから王になった。女がいた、手に入れられると思った。だから抱いた。ある時隣国を落とせると気がついた。だから侵略した。――――伸ばせば手が届くものを何故求めない?俺は欲しいと、手に入れられると思ったものを取りに行っているだけだ。そして今、世界が手に入ろうとしている。どうして求めない理由がある?」
「だから殺すのですか!?自分に歯向かう者を!その障害になるものを!そして何の関係も無い力無き人たちまで!!」
「そうだ。我は手に入れるためならあらゆることをする。だがそれはお前達だって同じだろう?」
「何を!」
「お前たちだって我が軍の兵士を殺すだろう。命を奪うと言うことなら、例え身を守るためといっても殺しは殺しだ」
「馬鹿な!私たちはあなたの暴虐からみんなを守るために」
「だが殺すだろう、我は我に従うものは殺さぬぞ。結局は貴様らも貴様らの都合で戦乱を振りまいているのだ。もし仮に、全てのものが我に従えば世界は平和になる」
「ふざけ――何のつもりですか?」

 勢い余って起き上がろうとしたエレンを魔王が押しとどめた。

「お前は病人だろう?病人は安静にしておくものだ。それとももう元気になったのか、それなら例の続きをしようか?ああ、さっきのは冗談だ、ククク、ハハハ」
「ふざけないで――――魔王、あなたが悪である限り私は絶対にあなたのものにはなりません」

凛として言いきった。それはエレンの中で変わらない絶対のものだ。
魔王がどんなことを言ったともしてエレンの守る国の民を害する、そんな存在を振るしてはおけない。
それに魔王は笑みを深くする。エレンは何故だか底知れないものを感じた。

「じゃあ、そうだな……もし我が悪でなくなったとしたらどうする?」
「え?」

場面が切り替わる。さっきまでの色あせた牢獄ではなく、最近まで見なれた部屋だ。
魔王の姿も変化した。鎧は消え去り、姿も自分と同じくらいのものに。来ているのは制服、腰まで伸びた黒い髪が綺麗な女の子。

「世界も富も権力も、全部全部要らない。私はただセツナだけが傍にいてくれればいい」
「――あ」

 気が付いたらエレンの格好も変わっていた。エレン、いやセツナはすぐ傍で微笑んでいるサツキを見た。

「私はセツナが好き。好き、大好き。――愛してる。ねえ、だからお願い、ずっとそばにいて」
「あ、あああ」

 頭がぐるぐるする。どうして魔王がサツキになっているのだろうか!?さっきまでエレンは魔王と話していたはずで、ああ、でもサツキは魔王の生まれ変わりだから……。
――魔王がサツキで、私のこと好きって言って、それでいて悪い奴じゃないんだったら、私は。

「セツナはさ、いっつも凛としてるところがかっこいいよね。私がえっちないたずらすると怒っても恥ずかしそうにしてるところが可愛い。意外とゲームが好きだよね。ポケモンやってたのにはびっくりした。他にもいっぱいあるんだけど、私が知らないこともいっぱいある。私もっともっとセツナのこと知りたいよ」
「……サツキ」

 わけがわからない。心臓がバクバクしている。本当にどうしたらいいんだろう。
 魔王のことは許せないけれど、今こうして話している彼女は――!
 けれど、セツナのそんな気持ちは目の前のサツキには伝わらなかった。

「――そっか。そうだよね」

 セツナがパニくってる間にサツキは何かを悟ったのか、影を落とした悲しそうな表情になって……。

「私のしたことを許せるわけないもんね。ゴメン……セツナは私なんか大嫌いだよね」
「え、ちが……あ」

すっとサツキは立ち上がって悲しそうな表情のままドアへと歩いて行く。
ドアの向こうは暗闇だ。きっと二度と会えなくなってしまう。
さよなら、とその唇がつぶやくのが見えた。

「――待って!!サツキ、やだ!」

 慌てて静止の声をかけてもサツキは止まらない。立ち上がろうとしても、病の体は重く、ピクリとも動いてくれない。
 静止の声もサツキを止めるには至らない。
 そしてサツキの姿がドアの向こうに消えて……

「いやあああぁぁぁぁぁ!!」



 飛び起きた。
 背中は汗でじっとりと濡れていた。さっきまでと同じ部屋。違うのは窓から日の光が差し込んでいること。
夕暮れ時か……。

「サツキ!?――――あ」
「……すぅ、すぅ」

 慌てて姿を探してみたら、サツキはすぐ傍で寝ころんでいた。上半身をベッドにうつぶせにして眠っている。
 どうやらさっきのは夢だったようだ。
 確認してから、急に肩の力が抜けた。
 掛け布団の上からセツナのおなかに乗りかかっている形なので、正直ちょっと重かった。
 サツキは穏やかな表情で眠っている。夢で最後に見た暗さなど微塵もない。
 その横顔に優しく触れた。
 本当に魔王の生まれ変わりだろうかと疑うほどに可愛らしい横顔。
 普段の変態なところも微塵も感じない。本当にただの女の子みたいだ。
 その女の子がセツナのことを好きだと言ってくれる。
 サツキがセツナの目の前から消えようとした時、自分はどう思っただろうか?
 最後の一瞬、目の前が真っ暗になって、そしてセツナは……。

「本当に、あなたは…………。私のことをこんなにもかき回しておいて、自分だけは一人ぐっすり眠っているんですから」

言ってから気がついた。自分はもう手遅れなのかもしれないと。きっと彼女に関わった時点でもうどうしようもなく駄目だったのだ。
けどそのことがセツナには嫌ではなかった。心の中にすとんと落ち付いて納得してしまった。妙にくすぐったくて、けれど心地よい感情。
この日セツナは、自分が恋していることを初めて自覚した。


 彼女は笑った姿がとても素敵だ。いっつも元気がよく私に笑いかけてくれる。
 本人はあまり自覚していないがとても美人。背が高くて男女問わず人気がある。
 けれどちょっと意地悪だ。よくえっちな悪戯をするし、そんな時の彼女はオヤジっぽい。
 夜な夜な変態的な徘徊をしているのもどうかと思う。彼女が他の女の子とキスしていると腹が立つ。
 ぬいぐるみを集めるのが好きで、部屋には一杯ぬいぐるみがある。
 他にも、他にも、知ってることも知らないこともたくさんある。
 そんな彼女を、セツナは好きになった。



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