それいけぼくらのまがんおう特別編 IFEND
「地下から上がってくればこれ、か……。全く、やはり騒動とは縁が切れないらしいな。」
そう呟いたひでおの周囲では、次々と世界有数の実力者達が倒れ伏していく。
聖魔杯最終決戦のスタジアムで、世界を手にする権利を得られるだけの実力を持った者達が、だ。
空を仰ぐ。
そこには、今まで誰も見た事の無い様な、満天の暗黒が広がっていた。
或いは、外宇宙や深海の様な、太陽の光すら届かない様な場所なら、これに似た暗黒を見る事ができるかもしれない。
「バイバイ、パパ。そして死ね、屑共。私をいらなかった世界!屑の住む世界なんて、消えて、無くなれェェェェェェェ!!!!!!!」
「やっても構わんが、意味は無いぞ。」
水を差す様なその言葉に、会場中があっけに取られる様に沈黙した。
「何言ってるの、ひでお君?これはあの地下の岩盤を最後に開けるためのものだよ。本当に核を……。」
「知っているとも、確認したからな。だからこそ、押しても意味は無いと言っている。」
「そんな、馬鹿な事……!」
そして、押された。
しかし、何も起きない。
「余計な犠牲を出さないためにも、遠くから中継器を介して爆破する必要があった。なら、中継器を使えなくすればいい。幸い、目に付く場所に堂々とあったから細工は簡単だった。」
地下洞窟内で穴掘りをさせられている間、ある程度アルハザン側の狙いはほぼ完全に予測できた。
ザジの様な魔導力に依存しない手練だけが配給に現れ、それ以外は殆ど姿を見せないし、エレベーターの構造や地震の原因etcetera……。
アルハザン側の企みを知るため、然したる抵抗もせず、ウィル子に伝言だけを残して去っていったのだが……なんともまぁ、あの金髪聖人らしからぬ真似をするものだ。
恐らく、摩耗してしまった結果なのだろう。
「えるしおん」も2000年以上芽の出ない行いを続けていたら、流石に発狂していた事だろう。
「そうだろう、ウィル子?」
そう呟くと、傍らにすっ…と姿を現す者がいた。
既に子供の姿ではなく、女性と少女の中間とも言える姿で彼の相棒が立っていた。
大人びた微笑みに妖艶な黒の衣装とそこから延びる肢体。
驚く程の成長だが、ひでおは全く内心を出さない。
今、自分達をこの会場の誰もが見ている。
彼らの意志を集め、ウィル子に注がなければならない今、驚きの感情を表に出す訳にはいかない。
あくまで泰然とした様を周囲に見せつけなければならない。
そうした姿は人々から期待という意志を引き出していくからだ。
「…何故……あそこは私の転送陣からしかいけない筈……。」
「いやー魔術的な偽装は凝ってましたけど、電子的に見ては結構杜撰でしたよ?御蔭で殆ど出番が無かったのです。」
疑問を露わにするアーチェスに、ウィル子はさも楽しそうに解答を述べる。
外との連絡役程度にしか働いていなかったし、殺されそうになって鬱憤が溜まっていたのかもしれない……まぁ、周囲には余裕に見えるので、良しとしておこう。
「…霧島嬢、理解できたか?オレは、オレ達は優勝が目的なんじゃない。誰も死なせないために来た。それは、君も例外じゃない。」
顔を上に向け、全天を埋め尽くす暗黒に向かって正面から告げる。
「誰一人、あれに殺させたりはしない。オレ達はただそのために今ここにいる。」
宣戦布告、それもかの『億千万の闇』に向かって。
天界が全力を出してもまだ止められぬとすら言わしめるそれに、ただの人間が正面から告げる。
「…ほん、とに……本当、に……?」
「あぁ。事が終わったら、今まで通りの明日にする。」
そこで、レナは全身から力が抜けた様に、その場にくず折れた。
その顔には、もう狂気は無く、ただの童女の様な期待に満ちた眼差しがあった。
「娘をこの手に掛けずに済んだ事は礼を言います。ですが…暗黒神は既に蘇りました。貴方達に止められるとでも?」
「逆に言うが、お前には止められるのか、暗黒司祭?如何に聖魔杯と言えどその大元は多くの神々の力の結晶だ。その更に上を行く暗黒神を、お前がどうこう出来るのか?」
「そういう契約ですので。」
「なら、今すぐ魔人以外への干渉を止めてみせろ。現状は貴様の意志に即しているようには見えない。」
「………ッ……。」
返ってくるのは無言のみ。
やはり、無理だったか。
まぁ、どの道防ぐのだから、意味は無い。
「…すぐ見透かされる程度の欺瞞なら無駄よ。暗黒神は眠りを妨げる者に容赦しない。地上は闇に埋め尽くされるわ。」
今や地べたに這い蹲っている有様のエルシアを皮切りに、同調する様に幾つかの声が上がる。
そのどれもが諦観を露わにするものである事から、やはり敵わないのだろう。
だったら、常識(ルール)なぞ端から無視すれば良い。
魔法的なアプローチだけでは、あれをどうこうする事は出来ない。
なら、真逆の方向から行けばよい。
科学的な観測上あれはただの闇、光が存在しない空間に過ぎない。
なら、極大の光を以て照らせばいい。
生憎と太陽神の類はこの場にはいないが、それでも十二分に代役を果たせるモノは此処にいる。
そして、そのために必要な燃料もまた、ここにある。
なら、後は場を整えるだけで済む。
「…ヒデオ君、もう良いでしょう。人間である貴方や精霊であるウィル子さんにとって、魔人がどうなろうと構わない筈です。」
「どうしたアーチェス?さっきから、随分と焦っている様に聞こえるぞ?」
「何を言って…」
「恐ろしいか?企みがここまで来て御破算になるのが?」
言って、にぃ…と口を僅かに歪め、言葉を紡ぐ。
「言った筈だぞ。『オレ達』は来た、と。」
「…まさか……ッ!?」
そうして、会場中の視線が一点へと集中していく。
他ならぬ、ウィル子へと。
そう、信じればいい。
彼女なら或いは、と。
既に絶望に塗れた他のカミではなく、未だ未知なる部分を残す彼女だからこそ。
この状況を打破してくれるのではないか、という期待を抱く事が出来る。
それは、彼女への信仰へと繋がり、力へと変換されていく。
「全力だ、ウィル子。一切合財出し切れ!!」
「イエス、マイマスター!!」
電子の精霊が両手を広げ、それと共に巨大な電光の両翼も開いていく。
それこそが、異界の境界から外界へと繋がる神の見えざる手。
「電子たるモノ我が元へ集え!電脳たるモノ我に従え!神器、『億千万の電脳』…発動ッ!!」
瞬間、異空間から伸ばされた精霊の腕は、球面に落ちた水の一滴の様に、地球上に存在するありとあらゆる記憶装置を駆け巡った。
数千年を超えて蓄えられた人類のありとあらゆる叡智を集め、掌握する。
精霊は万能に及ばずとも全知に至り、それを以て新たな神はその相方と昨夜誓った通りに、導き出し、構築する。
(………!!)
ひでおの五体に凄まじい負荷がかかり、意識にノイズが走る。
覚悟していたにも関わらず身体が押し潰されそうな感覚を受けるが、それこそが彼女が「解答」に至った証拠だと悟り、膝をつくだけで何とか耐え切る。
「どうやら、ハッタリもここまででしたか。」
「…そうでも、ない。後ろを見ろ。」
そして、誰もが驚愕した。
都市中央にあったセンタービル。
その姿は既に無く、代わりにそれと同じシルエットの、しかし、全く別の用途のものがあった。
砲身長400m超、有効直径50m超という、攻撃のための単一能なら、間違い無く
史上最大の兵器。
超巨大なレーザー砲が、会場内の全てを見下ろす様に聳え立っていた
(しかしマスター、これ以上はもう何も出ません。)
脳裏にウィル子からの声が響く。
そうだろう、あれを生成し、維持するだけでも相当の負担だ。
これ以上は無理だ。
(だが、起動すれば打ち払えるんだな?)
(それは、まぁ…。でも、これ以上マスターから吸い取ったら、本当にマスターが…。)
まぁ、そんな所だろう。
元々、ノーリスクで勝とう等とは思っていない。
だが
(ウィル子、君達精霊にとって最も効率の良いエネルギー源は何だ?)
(ますたー、何を考えているのですか?)
だが、犠牲は最小限に留めなければならない。
(ウランもプルトニウムもあれを動かすには幾ら用意した所で足りるまい。なら、手っ取り早くエネルギーそのものを作り出せ。)
(はい?しかし、そんなものの元になるものなんて…)
(質量保存の法則曰く、質量はエネルギーだそうじゃないか。それを使えば)
(ですから、元となるものが無ければ…!)
(あるじゃないか、ここに。)
精霊や神といった人間以上のオーバーロード。
精神に重きを置く彼らにとって、生贄という形で他者の精神、即ち魂を取り込む事は大幅に自身を強化する事に繋がる。
今あの砲を動かす事ができずとも、『真摯な信仰を持った人間一人分の質量』なら十二分に目的を果たす事だろう。
(ダメです!認められません!)
(そうは言ってもな……。)
こんな手よりも、もっと良い、最善の手があるかもしれない。
犠牲を容認するような、こんな手よりも。
だが、2000年の経験を積んだだけの凡人であるオレには、これしか考え付く事が出来なかった。
ならば、凡人なりにそれを全うしてみせよう。
それが、嘗て己が支えていたと自負していた世界から逃げ出してしまった、オレなりのケジメだ。
(ダメ!絶対にダメです!)
これ以外、オレに、オレ達に打てる手立ては、無い。
(嫌です!嫌です!!)
そして、もう考える時間も残されていない。
「どうやら、結局ははったりだった様ですね。」
掛けられた声に、ノイズ塗れだった視界が明瞭になる。
アーチェスが寒々しい無表情で立ち、その手にサーベルを抜いていた。
「あの大砲が起動する様子はありません。原因は貴方がたを見れば解ります。」
冷徹な宣告に、それでもひでおはニタリと口の端を歪める。
「所がそうでもない。まぁ、直ぐには動かせんのは正解だ。」
「直ぐには…?」
頷き、地に突いていた膝を上げる。
「精霊に、カミにとって最も効率的なエネルギー源は信仰、要は人の意志だ。オレ一人からの供給量は少ないが、それでも徐々にだが力は溜まっていく。そうだな……あの砲を動かすには10分はいるかな?」
無論、はったりである。
たかだか一人の人間からの信仰では、あの砲を起動させる事は到底できない。
この会場にいる人間全員分をかき集めても、まだ起動には満たないだろう。
「たった一人分で、あの大砲が起動するとでも?」
「お前、何を焦ってるんだ?」
「は?」
唐突な言葉に、アーチェスから間の抜けた声が漏れる。
「なぁ、アーチェス。何であんたはとっととウィル子に切り掛からない?それとも出来ない程に弱っているのか?」
「あなたは、一体どこまでッ!!」
ウィル子を殺されれば、或いは無力化されてしまえばこちらは完全に詰みだ。
だが、アーチェスはそれをしない。できない。
既に力の9割以上を暗黒神に捧げてしまった彼には、もはや本来の身体能力と気力しか残っていない。
無論それでも十分に脅威だが、ウィル子を退けるには不十分だ。
「魔族のお前を倒すとしたら、今しかないって事だろう!!」
馴染んだ神器、『狂い無き天秤』を手の内に召喚し、槍の様に構える。
天界由来の数少ない神器にして、24の魔導力全てで構成された魔導具。
二度目から引き継ぎ、三度目の今もなお自分に付いて来た「彼女」との契約の証明。
(これを使うのも、今日が最後だな。)
漠然と、今から起こる事を思う。
きっと皆泣くだろう。
ある者は知己を失った悲しみで、ある者はひでおの行動への憤りで、ある者は自身への不甲斐無さで。
だが、どんな大きな悲しみでも、この都市の者達ならきっと何時か乗り越えていく事だろう。
単なる信頼か、それとも計算づくの予測か。
どちらでもあるが…まぁ、前者の方が割合は多いと思いたい。
こんな時でも冷静に計算している自分に、ひでおは内心で苦笑する。
(全く、こんな事ならもう少し家族孝行をしておくべきだったか…。)
三度目における家族を思う。
両親に妹、自分には勿体ない程に皆優しく真っ当な心根の持ち主だった。
すまない、と一言だけ内心で告げる。
…見事に二度目の家族をスルーしている辺りにトラウマの深さが伺えるひでおだった。
2000年、世界をどうにかできないかと足掻いてきた。
その努力は……まぁ多少は実っただろうが、最早確認する事はできない。
この三度目の世界で今しようとしている事も……ほぼ確実に確認する事はできないだろう。
それでも良いと思う。
元より、何か見返りを求めての事ではない。
最初はただ成り行きで、次第に倒れていった者達から思いを継いで走り続け……気付いたらこんな所に来ていただけだ。
「ますたー、何を考えているのですか!?そんなの…世界の事なんて他の人達に任せれば良いじゃないですか!?ますたーはもう十分に戦ってきたじゃないですか!?」
「ウィル子。」
泣きながら必死に静止の声をかけるウィル子を、ひでおは断固とした口調で呼び掛ける事で止める。
「解った事が一つだけある。オレは、英雄にはなれなかったが、それでもこんなオレについてきてくれた者達から、結果的には背を向けて逃げ出してしまった。」
「…ッ!?」
今度は繰り返さない。逃げない。
言外にそう告げるひでおに、ウィル子は絶句した。
「君に、呪いを残す。」
ただ傍らにいる少女に振り替える事すらしない。
残すのは、たった一言だけ。
「『私』の後を継げ。」
それは呪いの言葉だ。
世界が滅ぶその時まで、自身が滅ぶその時まで。
永劫の彼方まで、この世界をより良き方向へと導いていけと。
嘗て2000年もの間世界を導いていった漢の言葉。
これから永くを生きていく少女を縛る言葉。
「いや゛です!!」
途端に返ってくる拒絶の言葉。
嗚咽のせいで正確に発音する事すらできない。
あぁこんな事を言いたいんじゃない、どうかこの人が思い留まる様な言葉を。
「どうでも良いんです!ウィル子はもう!神なんて世界なんて!あなたなら無事なら、ウィル子は…!!」
「君と出会ってからたった二ヶ月だ。そう嘆く程の」
「一生です!!!」
その叫びに、ひでおはほんの僅かに目を開く。
「ウィル子がこの世界に生まれてからの一生です!!あなたが連れ出してくれました!あなたが導いてくれました!確かにあなたは多くを語ってくれませんでしたけど、それでもウィル子に多くの事を教えてくれました!あなたの生き方!あなたの矜持!あなたの経験を!ウィル子はウィル子は…ッ!」
辛いな、とひでおは思う。
だが、今から行う事は世界が続いていくには必要なプロセスなのだ。
そこに誰もが涙する結末があったとしても、それは欠かせない結末だ。
だから
(世界が続いてくれるなら……まぁ、良いだろう。)
二度目では失敗してしまったかもしれないけど、思いを継いでくれる者は確かにここにいるのだから。
「君は、21世紀を望む神になれ。」
嗚咽を漏らす彼女の傍ではなく、穏やかな気持ちで一歩前に、剣を構えるアーチェスへと踏み込む。
「…まるで今生の別れの様ですね。」
揶揄する様な言葉に、ひでおは口の端を吊り上げながら否定する。
「誰も負けるとは言っていないさ。それにお前ではウィル子は殺せない事は証明された。で、どうするんだアーチェス?あの砲塔を止めるには、供給源であるオレを殺すしかない。」
もっともただで殺されてはやらんがな。
まるで肉食獣の様に歯をむき出すひでおに、アーチェスは構えを変える事で答える。
「あなたには驚かされっぱなしですね。しかし、それもここまでです。召喚師の私だからこそ解りますよ。既にあなたもかなり『持っていかれている』でしょう。その神器の発動すらままならないのでは?そうなれば、私の勝ちは揺るぎません。」
右手のサーベルを後ろに引き、左手を添えて半身になる。
ただ速さだけを追求した突きの構えだ。
「お前さんは、優しすぎるな。」
呼吸を一つ、失敗は許されない。
ただ相手の目を見ながら告げる。
「漸くここまで来たんだ。今や人権や平和が世界中で叫ばれている。漸くお前の思想に世界が追い付いてきたのに、ここでお前はその努力を放棄するという。」
何千年も待っていた。何千年も戦ってきた。
その艱難辛苦を耐えてきた精神力こそ、二度目においてえるしおんがバーチェスを認める最大の長所だったのだ。
…側近の残りの蛇目シャギーは……しぶとさ?
「今ここでそれを放棄すれば、お前の背負ってきたもの全てに対し裏切りという結末を叩きつけるだけだぞ。それでもお前は構わないと言うのかッ!!!」
ひでおの大喝に、しかしアーチェスは揺るがない。
彼もまた傑物、既に己の道筋を決めてこの事態を引き起こしているのだ。
「…何故、君の様な人間ともっと速く出会えなかったのでしょうか?何故、君の様な人間がもっと大勢いなかったのでしょうか?」
耐えかねたかの様なアーチェスの静かな言葉に、ひでおもまた静かに返す。
「これから出会っていけばいい。これからやり直していけばいい。事が終わって生きていたら、そう約束してほしい。」
こんな、こんな自分でもやり直せたのだ。
幸か不幸か教え子と同盟者に殺され、何の因果か迎えた三度目の人生。
ただひたすら自分のために使ってきた人生の中、二度目で培った経験が苛み続ける。
そして、漸く目を背けてきたものに立ち向かい、二度目で残した禍根を払う事ができる。
自分にできて、自分以上に戦ってきたこの漢にできない筈がない。
アーチェスだけじゃない。
レナだって、リュータだって、皆だって。
生きていけば、やり直しの機会には何時か出会うのだから。
そのめに、オレは、この身を以て世界を続けよう。
「…残念です。」
何かを振り切った様なアーチェスの声。
目と鼻の先にアーチェスの姿を確認したと同時、すっかり力が抜けていた身体に灼熱の痛みが走る。
既に戦うだけの力が残っていなかった身体は、容易に死へのカウントダウンを開始する。
「ますたーッ!?」
「…ッ」
喉奥から血の味が広がり、瞬く間に意識が希薄となっていく。
そして、悔恨する様にアーチェスが目を背けながる。
「やはり、あなたでは私を止められなかった…!何故、こんな、馬鹿げた真似を…!」
もうひでおの瞳にはまともな視力は残っていない。
それでも後ろに倒れ行くひでおの瞳に映った空は今まで見た何よりも深く黒かったが、どんな空よりも高く、明るく、透きとおり、輝いて見えていた。
(く、くくく……。)
あぁ、全く。
悔いも未練もあるけれど、楽しい人生だった。
最後に、この世界に一言だけ残してから退場するとしよう。
これにてオレ(私)という物語は完結となる。
「オレ達の、勝ちだ……!」
満足げな笑みで倒れていく。
末期の時だというのに、その顔には一遍の曇りすら無く、不自然な事に一滴の流血すら無かった。
ただ光が溢れ出し、粉となって舞い上がっていく。
「あ、あぁあ、あ……っ」
ウィル子はその光景を否定した。
あんなに確かだった繋がりが消えていく。
儚く、呆気なく、こんなにも簡単に消えていく。
あの人が消えていく。
「ああああああああぁぁ…ッ!」
だから、ウィル子は喰った。
泣きながらひでおを喰った。
それが彼の望みだったから。
彼の望みが、己の全てを継ぐ事だったから。
その精神、肉体、魂。彼を構成する全て。
三度もの人生で培った全て、生きてきた証すら求めず、過去も未来も今日も全てを君に継いでほしい。
走馬灯すら見ずに、ただ世界が続いてくれる事だけを願って死に行く彼がそう望んだから。
川村ひでおの全存在を、彼の望みのためだけに喰った。
「ああ、ぁああああ…っ」
己の中にある最愛の人をただエネルギーへと変換していく。
その一欠片すら溜める事も許されず、唯一彼の記憶と経験だけをコピー・保存する事しかできなかった。
出会わなければ良かった。
あの日、出会わなければ良かった。
折角地上に出られたのに。
再会して、以前の自分に戻れたと、ただいまと喜んでいたのに。
私は結局そんな彼を喰いつくすウィルスだった。
加護も与えずただ喰いつくすだけの悪霊だった。
彼から貰ったたくさんの、本当にたくさんのものを、たった一つも返していないのに。
私なんて生まれてこなければよかったのに。
なのに、自分の中から彼がこう言うのだ。
神になれ、ウィル子。
君は君なりにこの世界を良くしていってくれ。
(Yes…!)
さぁ見せてやろう。
大会には敗れたが、オレ達こそが最高のタッグだった事を見せてやろう…!
(Yes,Master…!!)
何が最古にして最強の神だ。
最新最高の神の力を見せてやれ。
あの日のオレ達の出会いこそ、何ものにも代え難かった奇跡だと教えてやれ。
(Yes,My Master!!!)
そうだ、それでいいんだ。
すまない、ウィル子。
本当に、ありがとう!!
「ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
その叫びが、新たな神の産声だった。
空間そのものに激震が走る。
激情のままに無尽蔵にウィル子に生み出されるエネルギーが、空間の許容量を超えかけているのだ。
それは純粋な質量変換から得られるエネルギーなど足元にも及ばない。
2000年にも及ぶ研鑽で鍛え上げられた極上の魂、26次元全ての魔導力を持った神器、彼の持つありとあらゆる知識と経験。
それら全てがウィル子の中で実を結び、彼女は霊的な階梯を数段飛ばしに駆け上がる。
ただの悪霊精霊を彼方に置き去りに、多神教のマイナー神から多神教の主神クラスへと。
砲塔は既に過剰過ぎる供給に自壊寸前だった。
だがその前に設計段階からコンマ数秒で見直され分解・再設計・再構築。
魔法と科学双方の最高峰の知識によって新たに創造されたそれは形状こそ殆ど変わらぬものの、構造材表面に一部の隙間も無く各種の魔法陣と魔術文字に埋め尽くされる。
それらの意味は一つ、「光あれ」。
砲塔がその全体を輝かせながら、誕生の喜びに咆哮する。
だがそれでも電子の神の気は済まない。
電神はやがて空を満たす闇すら喰らい始める。
闇がこの都市を浸食した時の様に、ウィル子は淡雪の様に降り来るそれらを浸食・分解・消化し、真逆の光へと変換していく。
ウィル子の姿もまた変化する。
少女と女性の中間から、成熟した女性にまで。
妖艶さすら置き捨てて、神々しさすら感じさせ。
「………ッ!!」
新たな女神は涙を流すまま、空を仰ぎ睨みつける。
消えて無くなれ。
私達を引き裂いた者よ。
我が力を見よ。
我が最愛の使徒が託した力を見よ。
「さようならMyMaster!!本当に、本当にありがとう―――ッ!!!」
別れの言葉と共に、光が溢れだす。
空間に存在する遍く闇を照らし出し、全ての陰に存在を許さぬ極光。
彼であったものは一切残らず、ただ白き光が空へと放たれていった。
それいけぼくらのまがんおう特別編 IFルート「ひでおは光になりました」end
(※この後ひでおは帰ってきません)
本来なら元旦に投稿予定でしたが、思いの外筆が進んで長引いてしまいました(汗。
内容に関しては……今年もよろしくね☆