<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

HxHSS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[2186] Greed Island Cross(現実→HUNTER×HUNTER)【完結】
Name: 寛喜堂 秀介◆1262f39c
Date: 2021/08/11 20:34

※リメイク版のグリードアイランド・クロスをハーメルン様に投稿させていただいております。




 グリードアイランドをご存知だろうか。

 HUNTER×HUNTERの作中で出てくるゲームの名だ。

 実際のゲームではない、架空のもの。とはいえ、これが単品でも話ができるんじゃないかってくらい、よく練りこまれている。

 これを実際にゲーム化してみようという動きは、かなり早くからあった。酔狂な話だ、と、そのときは思っていたものだ。

 それがいつの間にか、β版まで開発が進んでいたのだから侮れない。

 ゲームのタイトルはGreed Island Online。

 グリードアイランドの完全再現をうたったオンラインゲームだ。ファンならば当然気になるこの作品。

 そのテストプレイヤーに、このたび選ばれた次第である。

 好きな作品だけに、嬉しい。友人も一緒に選ばれて、大喜びしていた。

 オンラインでしか話したことのない友人だが、俺などよりはるかに濃いファンなのだから当然だろう。



 ――そして本日、俺はグリードアイランドへと旅立つ。

 

 なんて妙なテンションで考えながら、数秒前にできたばかりのアイコンをクリックする。

 タイトルロゴが表示された。

 不覚にも、期待感に胸が高鳴る。タイトルをみているだけでわくわくしてしまう。

 とはいえ、ずっとそうしていても仕方ない。先に進めると、キャラクター作成場面に移った。

 容姿の設定は、かなり自由度が高い。パーツのバリエーションも豊富で、たぶん原作キャラはほとんど再現できるんじゃないだろうか。

 クオリティの高さに、感心を通り越して呆れるしかない。

 とりあえず性別は女を選択する。

 あらかじめ友人と相談して決めていたことだ。押し付けられたともいう。

 名前はユウ。ハンドルネームと同じだ。

 実は妹の名前をもじったものだから、女の名前としても違和感はないだろう。

 ちなみに先代のハンドルネームは、件の友人と知り合ったとき、変えた。モロカブリしていたから、不便だったのだ。

 それから容姿のパーツを入れ替えて遊んでいるうち、なんだか妹そっくりなやつが出来た。

 うん。つり目気味で気強そうなところとか、怖いくらいそっくりだ。

 これはヤバイ。

 万一妹に見られたら、俺の日常とか兄としての尊厳とか色々終了になるくらいヤバイ。

 髪を日本人形からオカッパくらいに短くして、さらに胸を増量……これはこれで妹に抹殺されるかも知れん。

 いじっているうちに、なんかいい感じになったので、一応容姿は決定。

 歳は、このときの主人公達とつりあう感じ、ではちょっと犯罪っぽいから十五歳ほど。セミロングの黒髪に猫系のつり目、日系の顔立ちで、スタイルは歳相応くらい。服は黒系パーツで揃えてみた。

 これで一応OK。

 次に進むと、生い立ちなどの設定項目があった。

 舞台がグリードアイランドだけに、全員が念能力者だが、戦闘経験やハンターライセンスの有無などは、ゲームにも影響しそうだ。

 一応正統派でプロハンター。

 というのも考えたが、そういうのは友人の方がやるだろう。あいつは絶対王道設定で来る。

 だったら、俺の方はちょっとひねくれよう。

 たとえば……キルアの姉貴で母親そっくりのヒス持ち過保護女とか。

 うん、妹のイメージにもちょっと合う。

 設定しようとすると、いきなりエラー音が鳴った。



“本作に深く関わる人物、あるいは強い影響力を持つ人物の血縁、恩人、友人などには設定できません”



 そんなメッセージが出てきた。

 まあそんな設定でやれば、いろいろ矛盾が出てきそうだしな、と、納得。

 でもせっかくだから、ちょっとくらい縁があったほうが面白いのに。

 端役で権力なさそうなヤツならいいのだろうか、たとえばトンパの姪っ子とか。

 絶対いやだけど。

 それなら……ヨークシン編あたりで良さそうなキャラを考えてみようか。あの辺の雰囲気とか好きだし。

 流星街からマフィアに“戦力”として提供された人間……これじゃあ、あまりにも自由がなさそうだし、現実的じゃないな。

 兵隊じゃなくてスパイ的なエージェント、とか……なかなか良さそうだ。

 グリードアイランドに来たのは、このゲームに逃げ込んだマフィアの敵を探し出して、始末するため。そういうことにすれば、つじつまも合う。

 考えてるうちに面白くなってきて、かなり詳しいところまで書き込んだ。

 特にエラーもなく、すんなりOKだった。

 次は、心理テストのようなもの。



“キャラクターになったつもりで質問に答えてください”



 こんなメッセージに続いて、およそ五十問。結構な量だった。



“あなたは特質―具現化系の念能力者です”



 あ、これで念能力が決まるのか。

 しまった。けっこう適当に答えてしまった。

 まあ、友人の方が強化系だろうし、バランスはいいのかもしれないけど。

 続いて、具体的な念能力の設定画面。

 設定せずに、後で念能力を作ることもできるらしいが、具現化系ではちょっと厳しい。

 具現化系でも、使い潰しのきく能力なら、と考えて、文珠的な物を設定してみる。

 浮かべた文字でいろいろ効果が違うというあれだ。

 エラー音。



“メモリ不足です”



 などと画面に出てきた。

 いまのレベルでは作れないということだろうか。

 一応、誓約と制約の項で一個作るのに十日かかるとか加えてみたけど、それでもメモリオーバー。

 ちょっと無理っぽい。

 あきらめてエージェントっぽい能力を考えよう。暗殺専門の能力とか、追跡専用の能力とか。

 で、考えた能力二つ。



背後の悪魔ハイドインハイド



 人間の死角から死角に移動する能力。ターゲットに視認されている限り、この能力は使えない。移動距離は能力者の力量次第。現時点で十メートルほど。



甘い誘惑スイートドロップ



 舐めている間、念にかけられた制約を全て「この飴を舐めている間のみ」に差し替える飴を具現化する能力。ただし、飴を舐めていた時間だけ、その後強制的に“絶”状態になる。



 こんな感じで入力すると、今度はすんなり受け入れられた。

 なんとかメモリが足りたらしい。



“ゲームを始めますか”



 設定は無事終了したらしい。画面に“ユウ”の顔と、GAME START の選択肢。

 それを押した瞬間――モニターが強烈な光を放つ。

 その光量に押し流されるように、一瞬、意識が真っ白になった。









 頭がくらくらする。

 どうも目だけでなく、脳にも響きそうな光だった。実物など見たことはないが、閃光弾の直撃を食らえば、こんな感じになるのだろうか。

 思い切り直視してしまったせいか、光は収まっているはずなのに、視界は白く塗りつぶされたままだ。

 と、突如、あたりにどよめきが起こった。まるで周囲に大勢の人間がいるみたいだ。

 パソコンから聞こえている――ありえない。音は全周囲から聞こえてきている。

 じゃあ、これはなんだ。

 いま何が起こってるんだ?

 なにも見えないのがもどかしい。かすむ目でなんとか辺りを探ろうとして――気づいた。



 ――風?



 風が、頬を撫でている。

 同じ風に揺られ、かさかさとこすれ合う草の音。

 そこでようやく。椅子も机もないことに気づいた。

 むりやり目を凝らすと、ぼやけた視界に緑が映った。

 見渡す限り広がる草原。まばらに散らばる人間は、それでも二、三百人はいる。

 というか。まだ顔立ちまではわからないが、みんな服装が異様だ。カジュアルとかフォーマルって言葉に泥塗ってんじゃないかってくらい個性的な気がする。

 金髪っぽいやつもいるし、それ以上に銀髪が多いってのはどんな人口比なんだよ。

 わけがわからない。



「何なんだよ」



 その声に、自分で驚いた。



「俺の声か?」



 ひどく高い、女のような声。

 なんとか回復した目で両手を見れば、これまた女のような指……と言うか胸がある。

 はっきりとある。言い訳できないくらいある。

 それに着ている服の取り合わせに、ものすごく見覚えがあった。見間違えるはずがない。つい先ほどまで、モニターに映っていたものだ。

“ユウ”の服装だ。

 いったいどういうことなんだ。混乱して思考がちっともまとまらない。

 まわりのやつらも各々混乱しているらしい。ざわめきは大きくなるばかりだ。

 ――と、耳が空から飛来してくる“何か”の音を捉えた。

 いやな予感がする。

 だが、なにか行動をおこす間もない。次の瞬間にはそいつは群集の中央に降り立っていた。

 人間だ。でかい。プロレスラーと見まごうほどだ。筋肉の鎧に張り付いたような服を身につけたそのすがたは、どこか記憶にひっかかるものがあった。



「あ、レイザー」



 誰かがいった。

 いわれてみればその通り。男の特徴は、レイザーのものだ。

 ただ、漫画のキャラとしてデフォルメされていないので、判らなかったのだ。



「これは、大層な数の侵入者だな」



 目を細めた顔は、微笑んでいるようにも見える。

 だが、見た瞬間わかった。こいつは圧倒的な強者だ。コイツにかかれば、俺など被捕食者に過ぎない。



「どうやってこんなところまで忍び込んだのかはわからんが、とりあえずここに来るのなら正しく入島してくれないとな」



 そういってレイザーが取り出したのは一枚のカード。それがなんなのか、確認せずとも分かってしまった。



「“排除エリミネイト使用オン



 不法侵入者を島から排除する呪文スペル は、容赦なく使用された。









「……うおっ!」



 思わず身構えたその姿のまま、恐る恐る目を見開くと、そこは小高い丘になっていた。

 辺りに人気はない。



「いまのがオープニング、だったり……しないよな、やっぱり」



 とりあえず、木陰に腰を落として気を落ち着かせてみる。



「何なんだ、一体」



 ふと見る。手近なところに花が生えていた。

 手折って鼻を近づけてみる。

 濃厚な香りが鼻腔をくすぐった。どう考えても、本物の花としか思えない。

“ユウ”になった自分。現実としか思えないこの世界。

 それを異常と思う自分と、許容する自分がある矛盾は、多分、俺の頭に混じったもののせいだろう。

“ユウ”と、そう呼ばれた少女の15年ほどの人生経験が、頭の中に焼き付いていた。

 自分が設定した以上に、事細かに。

 それが幸いして、と、いうべきだろうか。自分が女であることに、違和感は感じなかった。

 逆にキツイのは、“ユウ”の過去。人を殺した感触なんて思い出したくなかった。



「あー、どうすりゃいいんだよ」



 途方にくれるしかない。

 地面に体を投げ出し、空を眺めた、そのとき。視界を光がよぎった。

 思わず飛び起きる。

 あれは、たぶん仲間。レイザーの“排除エリミネイト ”で飛ばされたやつだ。

 なんという幸運。

 エイジアン大陸のどこかに吹き飛ばすという“排除エリミネイト ”の呪文スペル

 たかだか数百人程度の人間がばら撒かれて、似たようなところに飛ばされるなんて、ほとんどありえない幸運だ。

 見失うわけにはいかない。夢中で光を追いかける。

 後ろに吹き飛んでゆく景色に一瞬驚いたが、神経系からだ の方が動き方を覚えているらしい、性能に振り回されることはなかった。

 光が落ちた。丘を降りて平地になったところだ。そこに人影があった。

 思わず足を止め、息を吐く。

 息ひとつ切れていなかったが、見失わずにすんで、安心してしまったのだ。

 目を凝らせば、姿までわかる。

 ぼさぼさの金髪に整った顔立ち、この世界では違和感もない服装は、漠然と“主人公”という言葉を連想させる。年の頃はたぶん“ユウ”とさほど変わらない少年。

 だけど、断言できる。こいつは、仲間だ。

 少年は、なにが起こったのかわかっていないようすだった。一応警戒を呼ばないようにゆっくりと近づいていく。



「一体何――うわっ!」



 少年はこちらを見つけると、大仰にのけぞった。



「あな――キミは? じゃなくて、ここどこ……って」



 混乱しながらも、一瞬で現状を把握したらしい。少年はすぐに落ち着きを取り戻した。



「オレはシュウってんだけど、ここ、どこだか教えてくんない?」



「ってシュウか! まじで?」



 思わず叫んだ。

 友人の名前だった。

 そう言えば外観も王道主人公風、思いきりあいつの趣味っぽい。



「俺だよ、ユウ!」



「……ユウ? マジで?」



 シュウはあっけにとられたようすだ。

 無理もない。こんな姿になっているのだ。



「ユウ?」



 こちらを指差してくるシュウ。肯定してやると、その手が、なにかを我慢するように震えだした。



「うわはははははは! 信じらんない! マジでユウ!? ナニそのかっこ」



 大爆笑。ありえない。こいつ外道か。



「お前が女にしろっつったんじゃねえか!」



「でっ、でもっ! マジでユウが女だぁ!」



 爆笑するシュウに、本気で殺意を覚えた。









 ここがゲームの中なのか、HUNTER×HUNTERの世界なのか、実際この世界を調べてみなければわからない。

 とにかく俺達が“現実ではないどこか”にいる事は確かなようだった。

 冷静になって考えれば、怖い。

 ひとりで放り出されていたら、どうなっていたか分からない。だが、幸い、シュウがいた。

 パートナーとして、これほど頼もしい者はいない。



「まず、自己紹介だな」



 そういって、シュウは“自己紹介”をはじめた。

 名前は、ハンドルネームと同じ、シュウ。

 トップハンターを目指すなりたてハンター。

 念能力は、有名になればなるほど力が増す“英雄補正ネームバリュー ”と、心の高ぶりを拳に宿す“正義の拳ジャスティスフィスト ”。

 なんかいやになるほどの主人公っぽさだ。

 続いて俺の“自己紹介”

 名前は、同じくユウ。

 生まれは流星街で、赤子の頃に教育係の老爺にマフィアの刺客としての教育を受ける。だが、実際にマフィアの駒として働く前に、母体であるマフィアは、一人の念能力者に滅ぼされてしまう。



「ファミリーの仇を討て、そうすればお前は自由だ」



 衝撃で病を得た老爺の最後の言葉に従い、ユウは犯人の手がかりを求め、グリードアイランドを訪れた。



 こんな設定で、念能力は“背後の悪魔ハイドインハイド ”と“甘い誘惑スイートドロップ ”の二つ。



 シュウいわく、設定しすぎだろう。ゲームのキャラそこまで練りこんでどうするんだよ。

 大きなお世話だ。



「で、これからどうするんだ?」



「ああ、それなんだけどな。天空闘技場に行こうと思う」



 相談すると、そんな答えが返ってきた。



「帰る方法、考えなくていいのか?」



「情報が足りないしね。取り合えずグリードアイランドのクリア特典で“離脱リープ ”ってのが一応有効な線かな? でも、オレたち今の実力がどんなモンかわかんねえじゃん? まあゲームの初期値ならグリードアイランドに入った当初のゴンやキルアくらいの実力ならいい方だろうけどね。だったら性能チェックと実力強化を兼ねて天空闘技場に行くってのは悪くない選択肢だと思うけど?」



「うわ、お前結構考えてんだな……でも、たとえば仲間を探さなくていいのか?」



「いまは要らない」



 にべもない言葉だった。さすがにむっとなる。



「なんでだ?」



「一回のクリアで手に入れられるのは“聖騎士の首飾り”に“離脱リープ ”二枚。二人分しかないんだ。ヘタに一人二人仲間に入ったり、あるいは大人数になると話がややこしくなる。それに、俺らいま金もない状態じゃねえか。そんな状態で寄り集まってもいいことないよ」



 足手まといは要らない。足手まといにはならない。シュウの言葉は明確だった。

 あまり気持ちのいい話ではない。だが、それを否定する言葉が、俺にはなかった。



「異論は、ない。にしても、天空闘技場まで行くなら金が要るな。シュウ、いま手持ちいくらだ?」



「あー、だめだ。小銭レベルしかないよ。あ、でもハンターライセンスがあるか。ユウは?」



 シュウの言葉に、服をまさぐる。



「ナイフ、ナイフ、ナイフ、銃……930ジェニー」



 でてきたのはそれだけだった。

 どうやって生活していたんだろうか、この暗殺者女。

 いや、記憶はあるんだけど。



「ライセンスないのか。じゃ、とりあえず金の調達だな……でもユウ、お前パスポート無しにどうやって国境超えるんだ? 流星街出身じゃあ戸籍もないだろう?」



 とりあえずかっこいいからと、ライセンス取らなかったり流星街出身とか設定して喜んでたリアル俺をぶん殴りたい。

 いったいどうすりゃいいんだよ。






[2186] Re[2]:Greed Island Cross(現実→HUNTER×HUNTER)
Name: 寛喜堂 秀介◆fc28485b
Date: 2007/09/30 13:03







 一応、“ユウ”が知っていた非合法な手段を使い、暗殺者としての矜持とか仕事道具とかいろいろ失いながら、俺達はなんとか天空闘技場にたどり着いた。

 正確には、苦労したのは俺だけ。

 シュウはハンターライセンスのおかげでタダ同然で来ていた。一体この差はなんなんだろうか。



「格闘技経験……か。暗殺術は格闘技に入るのか?」



「一応十年って書いとけ。ややこしい事考えなくても適当でいいって。原作でもそうだったろう?」



 そう言って臆面もなく格闘技経験10年と書くシュウ。その図太さはうらやましい限りだ。

 書類を書くと、闘技場の中に案内された。

 石造りの舞台が十六面、それを囲うように観客席がある。だだっ広い空間を感じさせない人の入りに、熱気が渦巻いている。



「1314番、2000番の方、Aのリングへどうぞ」



「あ、オレだ。じゃ、ちょっと行ってくるわ」



 何の気負いも無しにリングに向かうシュウ。

 いや、念も使えるし、一階クラスじゃ問題ないのは、“ユウ”の感覚でもわかるけど……本気で図太い、というか、ここまでネットとリアルで変わらない人物も珍しいんじゃないだろうか。

 ちなみに、試合は張り手一発。ゴンの試合をそのまま再現しやがった。



「2001番、2006番の方、Cのリングへどうぞ」



 今度は俺の番だ。やっぱり緊張する。平然としているあいつの方がおかしいのだ。



「両者リングへ」



 リングへ登り、相手を確認する。

 ……いや、これはないだろう。俺は、自分の不運を呪いたくなる。

 身長2メートル近くはあろうかと言う大男、グラブをはめているところを見ると、大方ボクサーだろう。そして念能力者。



「なんで俺だけ」



 一応考えておくべきことだったが、二百階クラスの実力でも最初は一階からだ。こういう組み合わせになることもあるのだろう。



「それでは始め!」



 始めの合図に、相手は身構える。相手も念能力者、こちらの念を警戒しているのだろうか。

 サウスポーのハメドスタイル。身のこなしから、実力は、ほぼ互角と知れる。

 ただしこちらは暗殺術サイレントキリング が専門なのだ。正面からでは分が悪い。



「シッ!」



 相手のジャブを退がりながら避ける。

 それを追うように右ジャブ。だが、スピードなら重量級相手に負けるはずがない。

 相手のジャブに合わせて内に入り、そのまま腹に張り付くようにぴたりと身を寄せる。



「このっ!」



 相手の、退がりながらの左アッパーを読んで、体を入れ替える。

 そのまま巻き込むように肘、では届かないから剣指を相手の首筋に叩きこむ。



「痛っ!」



 痛っ! で済むのかよ。

 やっぱり“凝”じゃないと無理か。オーラ量が互角じゃ元々の体格がモノをいうのだ。もともと攻撃力をナイフや銃に頼っている“ユウ”は、“流”も上手くない。リスクを押さえるならここはダメージを無視してポイントを取る戦いに切り替えるべきかも知れない。

 だが、さっきの攻防でわかった。

 コイツは喧嘩も野試合もしない、正統派のボクサーだ。実戦での引き出しは、たぶん驚くほど少ない。

 なら、こちらにもやりようはある。

“凝”で、足にオーラを集中する。

 相手は顔色を変え、身構えた。ここからどんな攻撃をしてくるか読めないのだろう。

 それこそこちらの狙い。いきなりしゃがみこんで地を這うように飛び出す。

 ボクサーのパンチでは地面すれすれにいる俺には届かない。

 地に背を向け、押し上げるように蹴り、はフェイント。腰を入れていない蹴りをすぐに引き戻す。

 直後、空を裂く相手のパンチ。

 再び伸び上がり、相手の腹に本命を叩きこむ。

 相手は瞬間的に胸にオーラを集める。だが、思う壺。狙いは破壊ではなく押し出しなのだ。



「ぐっ!」



 直撃を喰らい、吹き飛ぶ相手選手。放物線を描き、相手は場外――ギリギリに落ちる。どれだけ丈夫なんだよ、この人。

 

「2001番、キミは50階へ」



 よかった。どうやらシュウに遅れをとらずに済んだようだ。



「おい、やったなユウ」



 観客席に戻ると、シュウが話しかけてくる。



「なんで俺だけあんなヤツが相手……」



「まあいいじゃん。早速性能が試せたんだし」



 笑顔のシュウに、ちょっと殺意が湧く。



「一応な。全体的に能力の底上げしないと上の方じゃきつい感じかな」



「もともと暗殺者スタイルだし女の子だもんね」



 だから、悪意がないのはわかってるが、言ってることがいちいち神経逆撫でするんだよこのやろう。



「ユウも次、50階だろ? もう一試合あるだろうし早く行こうぜ」



 どこまでもわが道を行くシュウに、ため息をついた。

 次の試合も相手が念能力者、などといったことはなく、順調に勝利を収めた。

 それから一週間。150階クラスまで登った俺の貯蓄は、有り金全部シュウに賭け続けたことも手伝って、ありえない額になっていた。

 もっともシュウは実力を隠すこともしないので、オッズは常に低かったが。



「押し出しのシュウ」「手刀のユウ」 



 何故かどこかで聞いた事あるような異名も賜った。

 全く嬉しくないのだが。

 そんなある日、シュウが200階クラスの試合のチケットを買ってきた。



「シン対オビト戦ねえ、聞いたことないな」



「200階クラスには確か180人くらい選手がいるからな。今の内にやばそうなヤツはチェックしといた方がいい」



「相変わらず考えてんな。そっか、本編じゃあの3人としか戦ってなかったから、もっと少ないのかと思ってたよ」



「オレは“英雄補正ネームバリュー ”で自分を強化する目的もあるからな。フロアマスターまでは目指すつもりだから」



 そうか、天空闘技場のフロアマスターならかなりの知名度になるだろうしな。“英雄補正”、結構便利かも知れない。



「俺は、金が稼げなくなったらとりあえずは用がなくなるからな。200階で1、2戦したら本格的に動いてみるよ」



 俺の言葉が意外だったのか、シュウは目を見開く。



「そうか……じゃあ、連絡手段も考えなきゃな。これ見に行ったあとで携帯でも探そう」



 なんか、目に見えて肩を落としている。俺が悪い事したみたいだ。



「拠点はここにするつもりだし、ずっと会えないわけじゃないって。仲間はともかく他に巻き込まれたやつと情報交換でもできたらいいしな」



「うん、そうだね……」



 なんか、マジで元気ない。どういう風の吹き回しか。









 取り合えず試合やビデオなどでやばそうな人物を逐一チェックしていくと、一人の人物が目に入った。



「やっぱりいたな」



 シュウが、冷や汗を流しながらつぶやく。



「ああ、ほんとにハンターの世界に来たって実感した」



 ビデオに映っている人物はヒソカ。もちろんあのヒソカだ。



「うわ、やばい。絶対あたりたくねぇ」



「オレもコイツだけは勘弁だ」



 関わらずに済むなら関わりたくない人物の中でトップクラスだろう。

 まあ試合と準備期間とかしっかり考えてれば、そうそう当たることはない。

 こいつと、ほかに2、3人、ヤバそうなヤツがいたのでこれは要チェック。

 絶対当たらないようにせねばなるまい。









 それからさらに数日、いよいよ200階クラスに登った。

 念を使える俺たちは洗礼を受けることなく、無事に選手登録できた。



「すぐに戦える?」



 シュウが係員に尋ねる。



「一応希望日を指定していただければ、それに合わせて試合を組ませていただきます」



「じゃあ俺もそうしようかな」



 そんな会話をしていると、俺たちを観察するような視線を感じる。

 新人キラー達だとしたら大歓迎だ。

 あのレベルなら念能力の、格好の試金石。

 そんな事を考えていたけれども、よく考えれば指定日を全く一緒にすれば、結果は見るまでもなく分かるはずなのに……なんでこう迂闊なのか、俺というヤツは。



「さあ今日は大注目の一戦です! 破竹の勢いで勝ちあがってまいりましたシュウ、ユウ両選手が早くも登場!」



 目の前にいるのはシュウ。強化系と具現化系のガチンコなんて、勝負は見えたようなものだ。

 だが、俺だってタダで負けるつもりはない。

 俺はいつもの服装に、体のラインが完全に隠れるようなゆったりとした外套を用意して来た。

背後の悪魔ハイドインハイド ”は相手の死角にいないと発動しない能力だが、外套で目隠しすれば、能力を使う機会も増えようというものだ。

 シュウの方はいつもと同じスタイル。腹が立つほど平然としている。

甘い誘惑スイートドロップ ”は俺の奥の手だ。こんな衆人環視の場では使えない。



「始め!」



 試合開始の合図と共に、シュウが猛ダッシュで襲ってくる。

 拳を握り込まずに掌ということは、場外に“押し出す”つもりか。

 退がりながら、ギリギリで躱す。

 シュウの突き出された掌には、攻防力60ほどのオーラが集まっていた。



“流”! それも実戦レベルだ。



 これはなりふり構っていられない。シュウの脇に回りながら外套の裾を広げ、相手の視界を遮る。その一瞬を突いて“背後の悪魔ハイドインハイド ”。

 移動した先はシュウの頭上やや後方。機会を逃さず、攻防力80ほどの攻撃をシュウの背に叩きこむ。

 だが、俺の渾身の一撃は、シュウの“堅”に阻まれる。激しく吹っ飛んだシュウだが、ダメージ自体は無いはずだ。



「おおっと! シュウ選手の突きがユウ選手を襲った刹那、いつの間にか後ろに回っていたユウ選手がシュウ選手を背後から攻撃! シュウ選手吹っ飛んで、これはクリティカルアンドダウンで3ポイント!」



 アナウンスを聞いている暇はなかった。

 ゆっくりと起き上がったシュウ。その目が、全然笑ってない。



「うふふふふやってくれるねユウくん」

 

 怖い、というかヤバイ。

 シュウのオーラ量、ここに来た時は同じくらいだったはずだが、“英雄補正ネームバリュー ”のおかげか桁違いに増えている。



「なんか女の子ぶん殴るのは気が引けてたけど、これで心置きなく殴れるよ」



 そう言って拳に念を集中するシュウ。



「ちょうどいい。試すわ」



 言うが早いか、シュウはこちらにダッシュしてくる。



正義の拳ジャスティスフィスト !!」



「うわマジか!?」



 必死で避ける。

 一撃、二撃をかろうじて躱す。

 三撃目をしゃがんで躱したところに打ち下ろしの四撃目。

 かろうじて転がって躱す。直前まで俺がいたリングの石板が粉々に砕け散った。

 

「殺す気か!」



 青ざめながら、飛び散った石版の破片で出来た死角を利用して、瞬間移動。

 今度はシュウの後方右下に現れる。

 さらに、連続で移動。限界地点のリングの端まで跳ぶ。

 シュウが後方に振るう拳が、ものすごい音をたてて空振った。



「シュウ選手の石板をも破壊する強烈な連撃、それを全て躱してユウ選手、高速の移動でリング端に現れたあ!」



 アナウンス、自重しろ。“正義の拳ジャスティスフィスト ”は感情の高ぶりに反応するんだ。見えないのかあのキメラアント編のゴンかと見紛うまでの強烈なオーラを纏った拳が。



「ふふふふふ」



 だから怖いって、シュウ。

 到底手加減してくれそうにない。降参するのも手だが、それもシャクな話だ。

 仕方ない。覚悟を決めた。

 外套を外し、シュウの視線を遮る。

 刹那、跳ぶ。目標はシュウの後方。

 だが、跳んだその先には、シュウがこちらを向いて構えていた。

 3度目ともなれば、こいつならば合わせてくる。そう読んでいた!

 シュウの拳を躱しざま、上着を引きちぎってシュウの顔めがけ、投げつける。

 さらに今度は……跳ばない。

 上着の上から攻防力80ほどを込めてシュウを殴りつける。

 が、上着の向こうからはシュウの掌の感触が感じられた。



 ヤバイ! 読まれていた!



 手を引く間もなく腕を捕らえられる。

 続けざま、上着を引き裂いてシュウの拳が襲いかかってきた。

 ぽこん、と、“堅”で身構えた俺の鎖骨あたりを叩く音。

 見ればシュウ、気の抜けたような表情で、こっちを見ている。

 よく考えたら、上着の下に特に何か着ていたわけではなく、上半身下着姿になっていた。“正義の拳ジャスティスフィスト ”は感情で威力が左右される。ということは、威力が下がることもあると言うことだ。



「なんだそりゃあっ!」



 羞恥ではなくあまりの馬鹿らしさに、俺は思い切り突っ込んでいた。



「ダウン、勝負あり! 勝者ユウ!」



 こうしてあまりにも馬鹿らしく、シュウと俺の対戦に決着がついた。









 それから数日。今度はヤバイのがいる辺りを避けて試合日を設定したので、2ヶ月近く空いた期間をいかに活用するか、シュウと相談していた。

 シュウの意見は、まず電脳ネットで同じような境遇の人を探してみよう、ということ。言われてみれば、なるほどその通り。各地に散らばってしまった彼らが真っ先に目をつけそうなのが電脳ネットだ。調べてみる価値は充分ある。

 この天空闘技場も、俺たちの同類なら目をつけそうなスポットだ。異常なスピードで勝ち進んでいる者、念能力者の中に同類がいるかもしれない。

 もちろんグリードアイランドに関しての情報も、常にアンテナを張っておくべきだろう。

 もう一度、正規に入りなおすなら、あのゲームを手に入れる必要があるのだ。

 シュウが天空闘技場で同類を探す方を受け持ってくれたので、こちらはネットでの調査を引き受けた。

 それはすぐに見つかった。

“Greed Island Online”、そんな単語検索でトップにヒットしたサイトの名称だ。



“わたしはゲームマスター。わたしはあなたを排除した。わたしは誰?”



 入室するのに必要なパスワード。そのヒントは、見る者が見れば一目瞭然だ。

 レイザー、そう入力する。



“ようこそ、同胞よ”



 開かれたページにはそう書かれていた。



“ようこそ、同胞よ。この文章を見ている者は、あのゲームのおかげでこの世界に迷い込んでしまった仲間だろう。ここは、そんな同胞達が、情報を交換し、元の世界に帰るために協力する場所である。我々はキミ達の応援を待っている”



 そんな言葉だった。

 とりあえず、自分達が何故この世界に来たか等の考察全般が書かれているページをめくる。

 Greed Island Online、現実世界のこのゲームは、あまりにも真に迫っていた。

 いや、本物のグリードアイランドと呼んで差し支えないほどの再現度であったため、架空のグリードアイランドと“こちら”のグリードアイランドが交錯してしまった。

 そのせいで俺たちは、Greed Island Onlineを通してこの世界に飛ばされてしまったんじゃないか、と、要約すればそんなことが書いてあった。

 正直、考察については、どうでもいい。俺達にとって重要なのはそんな事でなく、戻り方なのだ。

 だが、それに関しての考察は、シュウの意見と、大して変わるものではなかった。

 やはり、“離脱リープ ”が最有力候補。

 ゲームを介してこちらに来た以上、戻り方も同じだろう、ということだ。

 あと、設置してある掲示板に、4、50人くらいの人間の所在地やプロフィールなどが書いてあった。

 それを見る限り、天空闘技場には仲間は居ないようだ。

 300人の内の4、50人じゃあ、絶対と言う確証はないけれども。

 それにしても、意外と主人公達に縁の深い場所にいる人は少ない。やっぱり危険度が高いからだろうか。かと思えば、ククルーマウンテンで掃除夫やってますなんて剛の者もいる。正直どんな神経してんだと思う。

 それから、一番の収穫。

 現在は本編開始一年前らしい。

 これは結構重要。いろいろヤバイ場面を避けなきゃいけないから。

 とまあ初日にして大収穫だったわけだか、掲示板に俺らの事を書くのはやめておいた。シュウに相談せずにやっていいことだと思えなかったから。



「まだやめとけ」



 シュウの答えは、半ば予想していたものだった。



「こんな事態に陥ったとき、人間が取る行動は何種類かに分かれると思う」



 人指し指を立て、講義口調になるシュウ。



「ひとつ、元の世界に帰るのをあきらめ、この世界で暮らす事を選ぶ。ひとつ、元の世界に帰るために努力する。そして最後に、その尻馬に乗ろうとする。自分の負うリスクを最小限に押さえ、不用意に徒党を組み、足を引っ張る上に権利を主張してくる。このサイトに集まってる奴には、そういうのが多い。グリードアイランドに入れる人数自体が制限されているんだ。こういう奴らに、自ら関わることはない」



 それは冷たい物言いだった。だけど、グリードアイランドに入れるのは、バッテラ氏が手にいれる事になる分だけで2、30人。

 到底みんな入る事などできない。確かに多人数で徒党を組むのは、もめる元だろう。特に元の世界に戻れるか否かの瀬戸際では、血を見ることになるかもしれない。



「ただ、100人超えたら名前だけでも出しといた方がいい。出会ったときの印象が、それだけでも違う」



 本当に、シュウはいろいろ考える。

 これは俺に足りないところ。

 俺は、できれば巻き込まれたみんなも帰れたらいいと思う。でも、それは、俺が帰ることと引き変えにしていいほど大事ではない。

 俺は帰りたい。それこそ何に換えても。その上で、手が空けば、皆を助ければいい。

 これは優先順位の問題。だが、俺は、それを誤るときがある。

 シュウはいやな事でもあえて言ってくれる。それが、本当ありがたいと思う。












[2186] Re[3]:Greed Island Cross(現実→HUNTER×HUNTER)
Name: 寛喜堂 秀介◆fc28485b
Date: 2007/09/30 13:05







 その日、久しぶりに夢を見た。

 たぶん、この世界に来て初めての夢。

 ぼやけた意識が次第に鮮明になっていき――はじめに目に映ったのは老人だった。

“ユウ”を暗殺者として育て上げた老人は、アルフォジオファミリーが消滅してから明らかに健康を損なっていた。

 よく肥えた福福しい老人だったのに、一月も経たぬうちに骸骨に皮がついているだけの、弱弱しい存在に成り果てた。



「ユウ、お前を奉公に出す前に、わしの方でお迎えが来そうだな」



 絞り出すような声は、あまりにもか細い。



「もっとも、ファミリーはもう無い。奉公に出しようも無い、か」



 おそらくそれは、ユウに向けての言葉ではない。ただの自虐。ユウは、そんな老人をじっと見る。



「ユウ、最後の命令を出す。これができればお前は一人前だ。一人前で……そして自由だ」



 自由と言う言葉は、ユウにはわからない。だが、それが命令であれば、ユウは応えるつもりだった。



「わしらのファミリーを潰したクソ野郎を殺せ……殺してくれ、頼む」



 老人の言葉は、次第に哀願する調子になっていった。

 実際、老人にはもはやユウを縛りつける権力は無かった。ユウは、そのつもりならいつでも自由になれた。だから、その言葉が老人の最後の呪縛。



「了解した」



 ユウが答えた、ただの一言。

 彼女は自分の言葉で自らを縛ったのだ。









 そんな事は知っていた。俺の中には、ユウとしての記憶も経験も、ユウと呼ばれる彼女の思考形態さえある。

 だけど、その呪縛が、俺さえも縛っているとは思わなかった。

 夢に見たのはただのきっかけ。だが、思い出してしまった以上、ユウはここで安穏としてはいられない。



「――と言うわけで、俺、ハンター試験を受けてくる」



 目覚めて即、シュウの部屋に押しかけ、開口一番そう言った。

 シュウは寝ぼけ眼でオニがどうとかつぶやきながら、しばらくぼうっとしていた。



「やっぱりいろんな所旅すんのに毎回非合法手段なんかに頼ってられないし、ハンター専用の情報サイトなんかも活用したいしな。一年前ことし なら、ライバルとかも少なそうだし」



 覚醒したのだろうか、シュウは怒ったり呆れたり青ざめたり、ひとしきり百面相してから、拗ねたように口を尖らせた。



「いいよ。うかつちゃんなユウなんて一回痛い目見ればいいんだ」



 シュウのそんな言葉を聞き流して、俺はハンター試験に受験申し込みした。









 試験日当日。なんとか試験会場にたどり着いた俺は、シュウの言った言葉の意味を、痛いほど思い知った。

 試験会場。超高層マンションの二階フロアを埋め尽くす人の群れ。

 その中にヒソカの姿があった。

 忘れてた。そういえば本編で前回の試験官とやりあってた気がする。

 本気でありえない。何考えてんだ、俺。

 しかも、ざっと見渡しただけで念能力者が10人ほどいる。

 区別はつかないが、たぶん“同類”のヤツも混じってるんだろう。

 ていうか、ブラボーがいる。

 キャプテン・ブラボー。例の漫画のアレ。あれ絶対“同類”だろ。わかりやす過ぎて何かの罠かと思ってしまう。



「よ」



 そんな感じで辺りを見渡していたのが目立ったのだろうか。ふいに声をかけられた。



「オレはトンパ、よろしく」



 トンパかよ! お前もいるのかよ! リアル化するとわかりにくいよ!



「俺はユウ。よろしく」



 心の中で目いっぱい突っ込んでから、一応無難に答える。



「新顔だろ? 君」



「ああ。それがわかるトンパはベテランなんだな?」



「おう、受験回数30回を超えるベテランだよ。わからないことがあったら、なんでも答えてやるよ」



「じゃあ……」



 と、念能力者達を指して何者なのか聞いてみる。



「それがな、あいつらも新人らしいんだけどヤバ過ぎて近寄れなかったり、なんか知らんがいきなり喧嘩腰だったりでな、まともに話せたのはあんたくらいだな」



 そのヤバイやつの中にブラボーも入っているに違いない。



「おっとそうだ」



 そう言ってトンパは懐からジュースを取り出す。下剤入りのアレか。



「お近づきの印だ、飲みなよ」



 言ってくるトンパの前に、すっと手をかざす。

“ユウ”の体は、キルアみたいに毒に耐性があるわけじゃない。変に耐性ができると、いざという時に自殺が出来ないからだ。

 だから、これを飲むわけにはいかない。



「悪いけど、他人からもらったものは体が受け付けないんだ。職業柄、そう出来ている」



「職業?」



 聞き返してくるトンパに、俺はとびきり剣呑な笑みを浮かべ、こう答えた。



「暗殺者」









『うおおおおおお!!』



 一次試験開始の合図と共に、足音が轟音と化す。

 一次試験の内容は、部屋中に放されたアシハヤネズミを生きたまま捕獲する事。

 平均時速30キロオーバーで小回りもきくこいつを捕まえるには、反射神経だけでなく、ほんのわずかな仕草から癖を読み取る観察力も要求される。



「っと!」



 掴んだアシハヤネズミを取り逃がしかけ、両手でしっかり押さえなおす。

 これで一応合格、だけど油断は出来ない。最後までこいつを確保して、初めて合格となるのだ。

 真っ当に捕まえる以外にも、試験に合格する方法はいくつか考えられる。

 それを、他の受験生が考え付かないわけがない。

 と、背後に殺気。何かが振り下ろされる気配を感じ、身体半分横に移動して躱す。

 そのまま攻撃してきた受験生のアゴを拳で打ち抜いた。

 こうやって、捕まえたやつから奪い取るってのが、まあ手っ取り早い方法だろうか。

 このネズミが捕まえられないような奴らに後れを取るつもりないけど。



「ハヤテ! 行って!」



 向こうでは念能力者とあたりをつけた、深窓の令嬢かと疑うような豪奢な身なりの女性が、念獣を操り、獲物を捕らえている。



「いけっ!」



 別の場所で、どこかで見た事のある鎖を駆使する、透明感のある中性的な少年。



「ブラボー! おおブラボー!」



 コイツに関しては、もはや何も言うまい。



 そしてヒソカ。トランプを次々と投げ、アシハヤネズミを殺してまわっている。

 試験の合格条件はアシハヤネズミを生け捕りにすること。

 殺してしまえば、合格者は減る計算だ。

 一応、考えつきはしたが、躊躇いもなく実行に移す辺り、さすがヒソカだ。



「てめえ、何すん……ぎゃああああっ!」



 一人の受験者が、ヒソカに喰ってかかって返り討ちに遭った。



「こいつ!」「やっちまえ!」



 血を見て激昂した受験者達が、ヒソカに襲いかかる。

 だが、ヒソカは片手にアシハヤネズミを捕らえた状態のまま、もう片方の手に挟んだカード一枚で、一瞬にして全員の頚動脈を掻き切った。

 寒気すらもよおす手練の業に、思わず身をこわばらせた刹那、影が疾った。

 あの念獣を駆る女性だ。



「なにをしますの!」



 怒りもあらわに、念獣を走らせる女性。ヒソカはぞっとするほど凄絶な笑みを浮かべ――カードで念獣を切り裂いた。



「くうっ!」



 念獣が負った傷と、全く同じ傷を受ける女性。身を庇う彼女に、ヒソカが襲いかかる。



 間に合わない!



 とっさに判断して、思わず体が動く。

甘い誘惑スイートドロップ ”を具現化して咥える。これで“背後の悪魔ハイドインハイド ”の、相手に視認されていれば能力が使えないという制約を無視する。

 少女の死角、即ち背後に跳んで、続けざまにヒソカの後方に、距離を限界までとって瞬間移動。

 他人を巻き込んで移動するには、俺のオーラが対象全体を包んでいなければならない。即ち“円”が必須。“円”の苦手な俺だが、それでもそんなものを展開していれば、相手に見つかるのは自明の理。

 すぐさまこちらに向きなおるヒソカ。

 目が合った。

 瞬間、こいつの実力を思い知らされた。

“ユウ”になって、天空闘技場で“ユウ”の技術を自分のものにして、強くなったつもりだった。

 だが、そんなもの、こいつ相手には何の対策にもなりはしない。

 かつてレイザーに感じたような、絶対的な捕食者に対する絶望感に苛まれる。

 ヒソカは口の端を三日月のごとく吊り上げ。

 

「そこまでにしておきたまえ!」



 追いかけて来るヒソカと俺達の間に、誰かが割って入った。

 見れば、目の前に立つのは白の防護服に身を包んだ男。

 ブラボーだ。

 ブラボーの珍妙な格好に気勢をそがれたのか、それともその身を包むオーラの力強さにか、ヒソカの足が一瞬、止まる。

 そこに、ようやく試験官が止めに入ってきた。

 ああ、でも、俺は結果を知っている。

 なぜなら駆けつけてきた試験官は、ヒソカと因縁のあった、あの試験官だったのだから。

 案の定ヒソカは試験官に手を出し、失格。退場となった。

 最後までこちらを見ていたのが無茶苦茶怖かった。

 目をつけられてないと、いいんだけど。

 念獣使いの彼女もやはり怪我がひどいらしく、急ぎ、担架で運ばれていった。



 でもって。



「ブラボーなガッツだ、少女よ。君のおかげで同士の命が救われた!」



 俺はブラボーに絡まれる羽目になった。



「わたしの名はブラボー。キャプテン・ブラボーと呼んでくれたマッ!」



 え、まで言えず、ブラボーはつんのめった。

 どうやら真後ろにいた、例の鎖使いの少年に後頭部を蹴られたらしい。



「何をする同士・カミト!」



「何をするじゃないでしょう!? あんな危ないヤツと関わんなって言ったでしょうが!」



 なんと、少年――カミトは女口調で話し始めた。

 俺、ドン引き。

 なまじ美形なだけに、恐ろしく気色悪い。たぶん、俺も人のこと言えないんだろうけど。



「だが、ミコが襲われていては……」



「だからわたしが試験官呼んで来たんでしょうが! 考え無しに前に出んなっての!」



 ひとしきりブラボーに怒りをぶつけると、カミトは今度はこっちに向きなおった。



「有難う。あなたも、もしかして“そう”なの?」



 カミトが言外に含ませた意味は、同じ境遇ならよくわかる。と言うか、ブラボーの連れってだけで丸わかりだ。



「たぶんそう」



「うわ、やっぱそうなんだ。ブラ馬鹿とミコ以外で始めて見たわ」



 ミコ、と言うのは、たぶんさっきの彼女の事なのだろう。カミトは感心すると、珍しそうにこちらを見てくる。



「あなた達はなぜハンター試験に?」



 俺の問いに、カミトはああ、とため息をつく。



「設定の時にそのほうが自然かなって。まあものすごく後悔したけど」



「わたしもだ。本当なら二つ星ハンターに設定したかったのだがな。それが無理だったので、いっそ無い方がブラボーだ、と」



 こころなしかブラボーの声にも力が無い。



「俺もそんな感じ、で、やっぱりいろいろ動くのに、俺の場合戸籍すら無いから不便なんだ」



 ああ、と納得する二人。



「流星街か」「苦労したんだね」



 わかりすぎだろう。



「わたし達はちょうど近郊の大都市でコイツ発見して集まったの」



 やっぱりそうか。俺もこれはいい目印過ぎると思っていた。



「わたしはカミト。よろしくね」



「ユウ。よろしく」



 こうして、俺はこのものすごく濃い二人組と出会った。ほかの念能力者達はこちらに関わってこない。と言うか露骨に目を背けてる。気持ちはわかる。俺もできればお近づきになりたくなかった。

 ちなみに、一次試験の合格者は58人。念能力者たちは、ヒソカとミコをのぞいて全員合格していた。



「ただ今より、二次試験の内容を発表する!」



 試験官が病院送りになったからだろう、その放送が流れたのは小一時間ほど待たされた後だった。



「15分以内に、このビルの屋上までたどり着くこと。手段は不問とする」



「――手段は不問、ね」



 放送を聞いて階段やエレベーターに詰め寄る受験者達を尻目に、カミトは不敵に笑う。



「エレベーターは止められてるみたいだね。地上120階の屋上に行くのに、階段では間に合うかどうか微妙」



「――なら、こうするまでだ」



 ブラボーは、そう言うと、深く屈伸した。

 何をする気なのか、ながめていると、ブラボーは猛烈な勢いで飛び上がった。



「昇撃! ブラボーキック!!」



 天井をぶち抜いて、ものすごい勢いで登、いや、昇っていくブラボー。



「ユウちゃん、お先!」



 カミトも、天井に空いた穴を飛び抜け、登って行った。



「ま、そういうのが一番早いか」



 俺もその有効性は認めるが、どうも暴れ解きくさい。

 階段ルートで行くと、7、8秒で一階を登っていかなくてはいけない計算。

 何もなければ不可能な数字ではないが、さて、求められているのは単純な体力なのか。

 何か、機転を求められている気がする。

 と、ひらめく。

 エレベーターは、止められているだけなのだ。

 皆が階段を駆け上る中、下へ。同じ考えに至ったのだろう、5、6人ほどが同じ方について来る。

 目指すはエレベーター等の電気設備を制御する制御室だ。

 そこでエレベーターに電気を通し、稼動させる。

 残ったのが俺を合わせて7人では、定員オーバーになり様がない。

 展望直通の高速エレベーターは、わずか3分で屋上階に俺達を運んだ。

 2次試験の合格者は20名。内訳は、エレベーター組7人、階段組10人、ブラボールート3人だった。

 階段に向かった人数がほぼ五分の1になっている事を考えれば、やっぱり階段には何か仕掛けがあったらしい。

 ちなみに念能力者も一人消えていた。何があったのやら。









 次の3次試験会場に向かうため、屋上ヘリポートから出発したヘリは、約3時間かけて洋上の豪華客船に着陸した。



「みなさんご苦労。俺は三次試験の試験官、ギルだ」



 迎えに出てきた男が名乗った。

 白の背広にちょび髭、ポマードで髪を後ろに撫でつけた、胡散臭い雰囲気の男だ。

 だが、身に纏うオーラに、独特の雰囲気がある。何らかの達人なのは間違いない。



「ここは俺の主催する海上カジノだ。素人もいればプロも混じっている。今から君達に元手として10万ジェニーを渡す。方法は問わない。これをどうにかして3倍に増やすこと、それが合格条件だ」



 ギルはそう言って指を鳴らす。

 奥からきわどい格好をしたバニーガールが現れ、受験者の手元に、次々と現金が配られていく。

 俺は、その格好に驚くより、何も感じない俺自身に驚愕した。

 結構ナイスバディなのに。モロ好みなのに。性欲は頭じゃなく身体だと言うのだろうか。



「―――ただし、盗みは無しだ。ここでのルールを守った上で、金を増やして来い。以上だ」



 ギルの言葉に、受験者達が三々五々散ってゆく。

 俺はショックでしばらく呆けていたようで、それをぼうっと見ていた。

 今はそんなこと考えてる場合じゃない。気を取り直し、とりあえずカジノの中に入って様子を伺う。

 カジノなんて、俺も“ユウ”も行ったことないが、なんとなくルールが分かるゲームもある。

 トランプを使ったゲームや、スロットや、ルーレット。この辺りは、たぶん分かる。分かっても勝つ自信はさっぱりないが。

 ざっと見てみると、目の配り方や物腰が只者でないやつが混じっている。たぶんギルの言っていたプロのギャンブラーだろう。

 受験生達は、まだ大半が様子見。数人だけがすでにゲームを始めている。



「心眼! ブラボーアイ!」



 うち一人がブラボーであることは言うまでもない。

 強運と眼力で、瞬く間にスロットの下にドル箱が積み上げられていく。それに乗せられたのか、様子見していた数人もゲームを始めた。

 だが、よく考えたほうがいい。ギャンブルの勝率なんて、いいとこ五割だ。運の要素が強くて、どうやったって勝率10割にはならない。

 そんな試験を、試験官が考えるはずがない。

 絶対、いく通りかの抜け穴があるはずだ。

 確実に勝つ方法。イカサマができればそれも可能かもしれないが、俺にそんな技術はない。

 何か参考にならないかと、素人がプロのギャンブラーにカモられている様子を見てみる。

 急所で上手くすり替えなどをやりながら、相手を熱くさせて身ぐるみを剥ぐ。イカサマはしても、やり過ぎはしない。絶妙な業だ。



「嬢ちゃん、面白そうに見てるけど、どうだい? ちょっとやってみないか?」



 じっと観ていたのが興味深そうに見えたのだろうか。プロの方が話しかけて来る。

 今度はこちらをカモるつもりか。冗談じゃない。

 言いさして、ふと妙案が思いつく。確実に勝つ方法。試してみるのもいいかもしれない。



「――いいけど、一応カードは替えてね」



 指先の手練は目を見張るものがあるが、彼は念能力者ではない。普通のギャンブラーだ。

 そして職業は違うが、こちらも相手の虚を突く術は心得ている。逆に言えば、どんなときにイカサマするかもわかると言うことだ。見破れないということはないだろう。



「お、嬢ちゃん、判ってるな。人の触ったカードはカットしろ、封の空いたカードで勝負はするな、ってね」



 調子のいい事を言いながら、男はディーラーから封のついたカードをもらってくる。

 封自体は純正のちゃんとしたもので、カード自体に仕掛けは無いと見た。



「さっきのヤツと同じ、ポーカーでいいかい?」



「うん。でもひとつ、いいかな」



「何だい?」



「わたし、こういうとこ始めてなんだけど、家では結構カードをやるんだ。そのルールでやっていい?」



「どんなルールだい?」



 男の顔が、一瞬、鋭くなった。やはり、ギャンブルに関しての嗅覚は鋭い。



「ワンチェンジでドロップ無し。3戦やって勝ち越したほうが、あらかじめ賭けた全額がもらえるってルール」



「……へえ、面白そうだ」



 男は、一瞬でルールを反芻し、特に問題ないと考えたのだろう、にやりと笑った。



「あと、重要なんだけど、イカサマの類は一切厳禁。イカサマが判ったら反則負けで掛け金を倍づけにして相手に払う。いい?」



 わざとイカサマ警戒を強調し、さらに甘めの罰則を申し出る。この甘すぎる罰則で、男はわたしを完全に舐めたらしい。たぶん半端にギャンブルをかじってる素人、くらいに思ったんじゃないだろうか。甘い顔を作って諒解してきた。

 結果は言うまでもない。

 男のイカサマを見抜き、俺は見事チップを3倍に増やした。

 この試験は皆かなり苦戦したらしく、合格者はたったの10名だった。

 ブラボーの勢いに乗せられ、まともにギャンブルした奴らの大半が不合格だったのは言うまでもない。









 洋上で一泊した受験生達は次の日の朝、停泊した島で降ろされた。

 停泊所こそあるものの、どうやら無人島らしい。そのまま海岸まで連れていかれた俺たちを待っていたのは、巨大なアヒルだった。

 正確にはアヒル型の足漕ぎボート。それが人数分きちんと用意されている。

 この時点でイヤな予感はしていた。



「四次試験の内容は、このボートで島を一周すること。無事戻ってくれば、合格だ」



 試験官の言葉で、不吉な予感は倍増した。

 ――もちろんその予感は正しかった。

 潮流の関係上、人を襲うサメが生息していたり、渦潮地帯があったり、潮の目を読まなければ即座礁の暗礁地帯があったり、何故か10年に一度の台風が襲ってきたりで、ゴールしたときには3人ほどが行方不明になっていた。

 一昼夜にわたる旅の末、無事ゴールしたあと、二本の足で立てたのはブラボーだけだったことからも、どれだけ厳しい試験だったか知れよう。

 というか、ブラボー。突撃バカっぽいくせに万能超人だなんて、すげえ理不尽だ。



「よし、次は俺が乗るボートについて来い」



 試験が終わってほっとしたところへ、四次試験の試験官がモーターボートで沖に走り出した。

 すぐについて行けたのはブラボーだけ。あとはカミトですらよろよろと力なくポートに向かった。

 俺も例外ではなく、ただ気力を振り絞ってボートをこぎ出した。一人は、ついに動かなかった。

 2、3キロも進んだころだろう。

 スワンの向かう先に、試験官のモーターボートが停泊していた。

 その向こうには、大型のクルーザー。その甲板に、試験官達が並んでいるのが見えた。



「おめでとう、諸君。最終試験、合格だ」



 そう言われたとき、言葉の内容が理解できなかった。



「肉体を極限まで酷使した四次試験直後、不意に襲った想定外の試練。それに立ち向かうブラボーなガッツこそが、ハンターに必要な資質なのだ!」



 他の受験者達も、似たような様子だったのだろう。先に到着していたブラボーが試験官に代わって皆に説明した。

 彼の言葉に、皆思わずスワンに突っ伏した。気力も消耗し尽したのだろう。

 とにかく、これで無事、試験に合格したのだ。俺はひそかに、小さくガッツポーズをした。









 クルーザーの中で一泊し、港からほど近い事務所でライセンスをもらったあと、俺とブラボー、カミトは喫茶店でこれからの事を話しあっていた。



「ユウは、これからどうするの?」



「俺は、天空闘技場に連れが居るからな。取り合えずそいつの所に戻るつもり」



「へえ。どんなやつなの?」



「性格と能力を一言で言えば……計算高いゴン?」



「うわ、マジ? ちょっと会ってみたいけど……わたし達、ミコが治るまで動けないから」



 そういえば、忘れていたが、二人にはもうひとり連れがいたのだ。

 その後が一気呵成過ぎてすっかり忘れていたが……いやなこと思い出した。

 そう言えばヒソカも時々天空闘技場に出没するんだよな。

 絶対出会わないように気をつけないと。



「ああ。こっちもいろいろ動かなきゃいけないからな。一応、俺の携帯番号とホームコード渡しておくよ」



「うむ。こちらも何かあれば連絡させてもらう。離れていても我々は同士だ。同士・ユウよ」



 いきなり同士にされた!



 いや、いっしょに試験受けるうちになんだか奇妙な連帯感が生まれたのは確かだけど。

 何か、そのうち“ブラボーとユカイな仲間達”に組み込まれそうですげえイヤだ。

 人格的にじゃなくて、ヴィジュアル的な問題なんだけど。

 まあその後、二人と何でも無い雑談をして、喫茶店を出た。

 正直別れは苦手だけど、またすぐに会えると確信できるから、さっぱりと分かれられた。

 違う道を行っても、目的地が同じなら、きっと道はまた交錯する。

 それを楽しみに、二人に向かって手を振り上げた。












[2186] Re[4]:Greed Island Cross(現実→HUNTER×HUNTER)
Name: 寛喜堂 秀介◆356db487
Date: 2009/10/14 20:00









シュウと別れて約2週間。今度はハンターライセンスを使って堂々と天空闘技場に戻ってきた。

 ……シュウ、あいつこんな楽してたんだな。



「ユウ! 大丈夫だったか!?」



 合格してから一応メールは送っておいたのだが、それでも心配してくれていたらしい。飛行船の停泊場まで、シュウが迎えに来てくれていた。



「ああ、無事ライセンスを取った。そっちは? なんか変わった事あったか?」



「ん、ぼちぼち。何人かお仲間が闘技場に来た」



「へえ、ハンター試験でも何人か参加してたな」



 こちらに飛ばされて一月ほど。状況も落ち着いてきて、みんな行動に移り始めたらしい。



「後はオレが闘技場で9勝してフロアマスターまであと一歩」



 にやりと笑い、ブイサインを送ってくるシュウ。



「え? まじで?」



 俺が出発した時点で、シュウの成績は3勝1敗だった。そこから2週間で6戦した事になる。



「ああ。フロアマスターになったら、本格的に動き出すぞ」



 にやりと笑うシュウの笑顔は、自信に満ちていた。

 全く、こいつは頼りになる。会ったとたんに燃料を放り込まれたような気分だ。

 こちらも、負けていられない。そんな気持ちが湧きおこってくる。

 帰ってすぐに、最寄りのネットカフェでハンター専用サイトにアクセスする。

 調べる内容は、マフィアの項、アルフォジオファミリーについて。

 アルフォジオファミリーについての詳細、ボスの名前、そして、3年前に滅ぼされたことが記されている。

 さらに詳しく調べる。

 一千万ほど払って手に入れた情報。そこには、犯人の名が記されていた。

 悪魔紳士。聞いた事のない名だ。

 さらに情報を求める。

 幻影旅団、団員番号8、悪魔紳士。常に黒のスーツとシルクハット、ステッキを持ったいでたち。ギャンブル関係またはゲームを好んで盗む。性格念能力その他詳細不明。

 数億も突っ込んだが、出てきた情報はそんなものだった。

 幻影旅団にそんな人物はいなかったと思う。少なくともヨークシン編の時点では。

 おそらく、彼はほうっておいても死ぬ。だが、それで“ユウ”が救われるのだろうか。

 ゲームを好むと言うことは、ひょっとしてグリードアイランドが絡んでくるかもしれない。それゆえ“ユウ”はグリードアイランドに入ったのだろうから。

 だが、今のままでは勝てない。ヒソカに会って思い知らされた。旅団員と戦うには圧倒的に実力が足りない。

 だからこそ、グリードアイランドが要るのかもしれない。己を鍛える格好の場として。

 5日後、シュウはフロアマスターの称号を手にし、俺たちは天空闘技場を離れた。



「で、どこへ行くんだよ」



 飛行船に揺られながら、シュウに尋ねる。ちなみに個室。ここに来た時からは考えられない贅沢だ。



「バッテラ氏の家」



 シュウの答えは、やけにあっさりとしたものだった。



「グリードアイランドをプレイさせてもらいにか?」



 その問いを、シュウは否定した。



「保険だよ。グリードアイランドの予約に行くんだ」



「予約?」



「そう。バッテラ氏にとって、グリードアイランドが必要無い物になったら、俺たちに一本買い取らせてくれって。どうせ後2年しないうちに必要なくなるんだしな」



「ちょっと待ってくれ、グリードアイランドやるの、あと2年も待つのか?」



「だから保険なんだよ、最悪の場合の。こっちにいる“お仲間”が三百人弱。空いているグリードアイランドがいくつあんのか知らないけど、あきらかに需要過多なんだ。これくらいの備え、当然だと思うぜ?」



「……」



「なんだよ?」



「いや、やっぱお前、腹黒ゴンだわ」



 その言葉に、シュウは酢を飲んだような顔になる。



「なんだよそれ、じゃあお前はうっかりキルアかよ」



 そう言われてみれば、実は暗殺者とか被ってるところはある。だけど、うっかりなキルアって、それ、ほとんど良いとこないじゃないか。

 それにお前ほど被って無いぞ、ジャンケングー(ジャスティスフィスト)とか必殺技まで似すぎだろう。



 そんな言葉を交わしながら、バッテラ氏の住む屋敷までの旅は、比較的穏やかなものになった。

 アポイントメントをとって、バッテラのに会う事が出来たのは1日後、たぶん早い方なのだろう。天空闘技場のフロアマスターというのは中々のネームバリューらしい。



「どうも最近、グリードアイランドをやらせてくれと申し込んでくる者が多くてうんざりしていたのだが、君くらいの実力者なら大歓迎だよ、シュウ君」



 書斎に案内された俺たちを、バッテラ氏は歓迎してくれた。

 話から察するに、ここにも、すでに同胞達が訪れていたらしい。



「そこまで買っていただいて光栄なんですが、そうじゃないんです」



「なに? では一体何の用で来たというのかね」



 気組みを外されたような表情のバッテラ氏。

 シュウは数拍間を置き、バッテラ氏が再び気構えるのを待った。



「失礼ですが、あなたが何故そこまでグリードアイランドを欲するのか、調べさせてもらいました」



 その言葉は、バッテラ氏にとって意外だったのだろう。彼の面に驚きの感情が浮かんだ。



「何にかえても救いたい者があると言う事に、素直に感銘を受けます。だけど、いくら揃えようと、目的を達してしまってはゲームは不要になる。そうなった時、オレにゲームを売ってくれませんか?」



 シュウの言葉を反芻するように、バッテラ氏はしばし考える様子。ややあって。



「キミ達がどうやって調べたか、あえて問うまい。プロハンターならばそう言う事も出来るのだろう」



 前置きし、バッテラ氏は俺達の目をじっと見て来る。

 その目は美術品を鑑定するように、俺達を見徹す。

 ややあって、バッテラ氏は口を開いた。



「……確かに、必要な物を手にいれれば、グリードアイランドは要らなくなる。それを買ってくれるのなら、願っても無いことだ」



「有難うございます」



「よろしい、書類を整えよう。文面はこちらで用意させてもらって良いかな?」



「ええ、あとでチェックさえさせていただければ」



 たぶん、バッテラ氏は俺達を品定めしていた。グリードアイランドを売ってくれたと言うことは、俺達はその眼鏡にかなったと言う事だろうか。

 まあ、俺はオマケ程度にしか見られていなかっただろうが。



 大成果でバッテラ氏の家を出ると、門の前で何かをわめいている女性がいた。



「いいからバッテラ氏に会わせなさいよ! わたしはクリアに必要な情報いろいろ持ってるのよ!」



「ですから、バッテラに会いたいのであれば、アポイントメントをお取りくださいと」



「それで会えないからこうして来てるんじゃない!」



「お帰りください。警察を呼びますよ」



「だからバッテラ氏に会わせてって言ってるのよ!」



「あ――」



 言いかけて、シュウに止められる。



「やめとけ。ああいうのは性質が悪い」



 言いたいことはわかる。だけど、同じ境遇の者が、こんな醜態を見せているのをみれば、どうしても切ない。



「通しなさいよぉ!」



 激昂して応接係に殴りかかる女性。



 拙い!



背後の悪魔ハイドインハイド ”で女性の背後に飛び、首筋を打って当て落とす。



「あ、有難うございます」



 ほっとした様子で礼を言ってくる応接係。



「いや……興奮してるみたいだったし、未遂で済んだんだから、こいつも許してやってくれないか」



「あ……はあ……」



 居たたまれなくなって、そのまま踵を返した。もう一瞬たりとも彼女を見ていたくなかった。



「お人好し」



 肩に置かれたシュウの拳の感触が、やけに暖かかった。









 それから数日、俺たちはバッテラ氏の屋敷にほど近い場所で滞在していた。

 別にのんびりしていようと考えていたわけじゃない。

 オレの体調がそれを許さなかったのだ。

 生理。まあ、“ユウ”の場合はそれほど重いものじゃない。それに、こちらに来て数度も体験していれば、落ち着いて対処もできる。

 ただ、今回は間が悪かった。彼女の場合、乗り物が全然だめになるのだ。乗っているだけで、めまいや吐き気がし、たかだかタクシーで五分ほどの距離も乗れない。

 あわてたシュウが、俺をホテルに寝かせて、生理用品をいろいろと買ってきてくれた。



「なんか慣れてるっぽいなあ」



 そう言うと、シュウはむ、と口を引き結び、不機嫌な顔になった。



「オレん家姉貴がいてさ、いやでも詳しくなるんだよ」



 うちには妹は居るけど姉はいない。その差なのかもしれない。苦労してんだな、シュウ。

 

 そんな会話を交わしてから数日、体調も元に戻ったころ、一通のメールが来た。

 差出人はブラボー。

 一度会ってみないかと言う内容だった。









OTHER'S SIDE  サイド・ブラボーパーティー









 時々思う。こいつは、真正の馬鹿なんじゃないかと。

 繁華街のど真ん中、見るからに堅気でないやつら同士、しかもどちらも大人数。

 二組が向かい合うど真ん中に、割って入っていくバカ一人。



「君達、争い事はやめたまえ! このキャプテン・ブラボーが双方の話を聞こうじゃないか!」



「いちいち厄介ごとに口を突っ込むなぁっ!」



 ブラボーの後頭部に思い切り蹴りをくれた。

 ブラボー。フルネームはキャプテン・ブラボー。

 だがもちろん、こいつは漫画の登場人物ではない。漫画のブラボーそっくりに設定されたキャラクターなのだ。

 一緒に行動するようになって一月近くになるが、いまだにこいつの暑苦しい性格にはうんざりする。

 Greed Island Onlineのおかげでハンター世界に飛ばされ、見知らぬ地でたった一人になって、孤独に押しつぶされそうだった。

 だからこいつの姿を見たとき、本当に嬉しかった。

 キャプテン・ブラボー。その姿を見て、間違いなくこいつは同類だと確信できた。



「ほう、君は同胞か。俺の名はキャプテン・ブラボー。ブラボーと呼んでくれ!」



 声をかけたわたしに、こんな反応を返してくるブラボーを、一瞬本気で“本物のブラボー”かと疑ってしまった。

 漫画から出てきたんじゃないかと疑うような性格、言動。暑苦しい行動を取るコイツだが、元の世界に戻るという目的は変わらない。

 この世界に飛ばされた同胞にも、いろんなやつがいる。

 帰る事をあきらめたヤツ、こちらのほうがいいと言うやつもいれば、一刻も早く帰るために、グリードアイランドをプレイすることしか頭に無いやつもいる。ただ悲嘆に暮れているだけのやつもいる。

 実際本腰を入れて帰還のために動いているのは、おそらく全体の半数程度。その中で、わたし達ほど計画性を持って行動しているやつは、そうはいないだろう。

 この異常な状況を、共に戦う仲間として、リーダーとして、悔しいがこいつは理想的な資質を持っている。

 何より異邦人だらけのこの世界で、心の底から信頼できる仲間がいる。そんなことが、どれだけわたしを救っているか。



「同士・カミト、痛いではないか」



 やっぱり行動は馬鹿なんだけど。



「あんたね、やっとこさミコが退院できるってのにいちいち厄介ごとに首突っ込まないの」



「しかしだな、目の前で問題が起こっているというのに――」



「ああ? ふざけてんじゃねえぞ!!」



 背後から、そんな声と共に、銃を撃つ乾いた音が聞こえた。

 それが判っていても、あわてる必要はない。わたしもブラボーも、防御に関しては絶対的と言っていい念能力を持っているのだ。

 案の定、ブラボーの防護服とわたしの鎖に阻まれ、銃弾は力無く地に落ちた。

 しかし腹が立つ。こう言う事を平気でやってくる奴らなら、多少痛い目を見せても悪くはないだろう。



「ブラボー、手伝ってあげる」



 にやりと笑う。



「全員病院送りになれば、喧嘩する心配はないでしょうしね」



「……同士・カミト。お手柔らかにな」



 ブラボーの声は、多少怯えを含んでいる気がした。



「――さて、ミコが退院したら、どうしましょうか」



 1分かけずに争っていた集団30人ほどをノして、ブラボーに話しかける。



「本格的に仲間を集める。グリードアイランドを制覇するためにチームの中核をなす、信頼のおける実力者が必要だ」



「一回のクリアで20人ってのは、多いんだか少ないんだか」



「一坪の海岸線に参加する者全てをフォローできるというのは大きいと思うがな」



「ま、そうか。んじゃ、まずはユウあたりはどうかな? 信用できるし、実力も問題ないし」



「ああ、とりあえず彼女を当たってみよう」

















 ブラボーのメールが来てから3日、俺たちは天空闘技場で待ち合わせた。

 俺の試合期日が近づいていたし、ここが両者の所在地の、ほぼ中間地点だったからだ。

 シュウがフロアマスターになっている263階に集まり、久闊を徐す。ミコ――ハンター試験でヒソカにやられた女性には命を助けたお礼を無茶苦茶丁寧に言われ、かなり恐縮した。

 何故か、シュウの目が冷たかったが。ヒソカに正面から向かったこと、怒られそうだから黙っておいたのが、ばれちゃったからなあ。

 それはさておき、ブラボーたちの用件は、グリードアイランドをクリアする仲間にならないか、と言うことだった。

 シュウは難色を示した。

 やはり、クリア1チームに対し、手に入れる事ができる“離脱リープ ”が2枚というのがネックなのだ。



「安心して。クリア1チームで帰ることができる人数は、最低でも20人だから」



 カミトの言葉に、さすがにシュウも驚いた。



「№86“挫折の弓”。これがあれば10回の“離脱リープ ”が撃てる」



「……なるほど、そんなアイテムがあったのか。最低20ってのはクリア報酬の三枚に重複して指定できるか分からないから、か……それじゃあ全然事情が違ってくる」



 シュウは、考え込むような姿勢になった。



「ええ。ネックになりそうな“一坪の海岸線”や、協力できる人数の縛りがゆるくなる。そこで信頼できる実力者を集めているの」



「そこまで考えているなら、当然グリードアイランド入手法も考えているんだろうね?」



「普通に入手できるのが一番だけど、万一の時は、何人かをバッテラ氏の所へ送って、グリードアイランド内から脱出できなくなった人に、脱出と交換条件で手に入れるつもり」



「へえ……アンタ、女にしてはやるね。よく考えてる」



“カミト”は男だが、シュウにはある程度確信があるらしい。カミトに賞賛を送った。



「アンタもね。ぱっと出てきた疑問で、どれだけ見通し立ててたか分かるわ」



 シュウとカミトの、妙なオーラすら見える話し合いに、何故か自然と冷や汗が流れる。

 と言うか、否定しないところを見ると、やっぱり女だったのか、カミト。

 よかった。これでちょっと安心してカミトと接することができそうだ。



「大筋問題ないけど……実力の方はどうなのかな? あんたらの“練”を見せてよ」



“どれくらい強いんだ”そんな意味のシュウの言葉に、カミトはにやりと口の端を吊り上げた。



「分かったわ、わたしの念能力はこれ」



 カミトは、両手の袖から一本ずつ、鋼鉄製の鎖をじゃらりと地面に落とした。



「ユウちゃん、何かやってきて」



 そう言われ、とりあえずナイフを投げてみると、左手の鎖がふわりと浮き上がり、ナイフを絡めとった。



「攻撃に対し、自動的にわたしを守る“鉄鎖の結界サークルチェーン ”、右手のは攻撃用の“追尾する鉄鎖スクエアチェーン ”。操作系の念能力」



 なるほど、クラピカみたいな能力かと思っていたが、かなり戦闘向きの能力らしい。



「次はわたくしですわね」



 言って前に出たのは、ミコ。



「ハヤテ」



 言葉とともに、彼女の首に巻かれたスカーフが、あのときの念獣に変化する。



「念獣、ハヤテ。基本的に獣型ですが、人型や無機物に変形できます。わたしはハヤテと五感を共有し、最大10kmほど離れても行動可能です。ただし、距離が離れるほど力は衰えるのですけれど。能力名は“ハヤテのごとくシークレットサーバント ”」



 なるほど、戦闘特化型の念能力ではないらしい。それでヒソカに立ち向かったのは、無謀かもしれないが、その正義感は信頼に値する。



「そしてわたしの念能力は――」



「あ、いいよ、ブラボーは。見ればわかるから」



 ブラボーの言葉を遮るシュウ。

 ひでえ。いや、俺も見当つくけど。

 

「オレは強化系で、感情の高ぶりに応じて威力を増す“正義の拳ジャスティスフィスト ”ってのを持ってる。よろしくな、ブラボー、カミト、ミコ」



「ブラボーだ」



 シュウの差し出した手をブラボーが硬く握った。

 よかった。密かに心配してたんだ。シュウが、てめえらなんかと組めねえよ、とか言い出さないか。



「よろしく」



 一応、俺も三人に一礼する。



「ええ、よろしくね……一応ユウちゃんの念能力も教えておいてくれる?」



 カミトが言ってくる。俺の能力は、カミトたちは知っているはずだが、ミコもいることだし、まあ自己紹介のかわりと思っておこう。



「俺の能力は、カミトたちも知ってるかもしれないけど、相手の死角から死角に瞬間移動する“背後の悪魔ハイドインハイド ”、それに念能力の制約を一時的に外す“甘い誘惑スイートドロップ ”を造り出す能力を持ってる」



 本当は制約を外す、じゃなくて制約を“飴を舐めている間だけ”に上書きする、なんだが、説明がややこしくなりそうなので、こんな言い方をした。まあ、おおむねこの理解で問題ないだろう。



「へえ、制約が外せるってのは便利ね」



「そのかわり、外してた時間だけ強制的に“絶”になるんだけどね」



 なるほど、と頷くカミト。きっと利用方法とか考えているんだろう。



「で、カミト。これからどう動くんだ?」



 シュウが、カミトに尋ねる。

 やるべきことは、仲間集めとグリードアイランドの確保か。まあ向こうには歩く広告塔がいることだし、あっちが仲間集めでこっちがゲームを確保するのが順当なところだろう。



「基本的にあなた達は好きに動いてくれていいわ。時期が来たらこちらから連絡するから。もし、あなた達が必要だと思ったらこちらに連絡を頂戴。わたし達はこれから仲間を探すつもりだけど、こっちも逐一連絡するわ」



「わかった」



 カミトの言葉を反芻し、シュウは頷いた。

 思ったよりもゆるい連携は、こちらの力を信頼してのことか。とにかく、カミトの提案はかなり意外だった。

 変に馴れ合うよりずっといい。たぶんシュウならそう言うだろう。それに結局のところやることは変わらないのだ。のびのびさせたほうが良いと考えているのかもしれない。

 ふと思う。カミト、ひょっとして人を使うの、慣れてるんじゃないだろうか。“中の人”の事を考えるのは、この際無粋な話だけど。









 それから、こちらに来てから得た情報を交換し合い、天空闘技場を一回りしてからブラボー達は此処を発っていった。

 そのあと、シュウは“Greed Island Online”やハンターサイトを回り、指定ポケットカードを確認しようとしていた。

 あれだけ硬い握手をして見せて、まだ裏を取ろうとするのかシュウ。

 徹底しすぎていて、もうなんと言うか、いっそすがすがしい。










[2186] Re[5]:Greed Island Cross(現実→HUNTER×HUNTER)
Name: 寛喜堂 秀介◆fc28485b
Date: 2007/09/30 13:08







 ブラボー達が去っていった次の日、天空闘技場で俺の対戦相手が発表された。

 対戦相手の名はギド。原作に出てきた独楽使いだ。



「これってラッキー、なのか?」



 相手が弱いと言うのは歓迎かもしれないが、修行にならなくても困る。



「ユウ、明確な格下の念能力者と戦うの、初めてだろ? それはそれで勉強になると思うよ」



 すでにフロアマスターになったシュウは、のんびりとしたものだ。

 言われてみれば確かにそうだろう。それに、これは自分がどれだけ強くなったかを量る、良い物差しかもしれない。

 シュウの部屋(と言うかフロア)から自分の部屋に戻る途中、どこかで見たことのある二人連れに出会った。

 片腕と車椅子の念使い。サダソとリールベルトだ。



「やあ、誰かと思ったら、フロアマスターに色仕掛けで勝ったお嬢さんじゃないか」



 ……ひょっとして、こいつら、俺に目をつけたのだろうか。

 見る目が無さ過ぎるだろう。

 まあ、先の戦いはまともに戦ったとは言い難いけど。



「どうでもいいけど、喧嘩売ってるなら相手選びなよ? 俺は温厚なほうだからいいけど、相手によっては100mもぶっ飛ばされたりするんだぞ」



 主にシュウとか。まああんなヤツに正面から当たる気はないだろうけど。

 俺の反応が予想外だったのだろうか、二人は口詰まった。

 ふと思いつく。こいつらと戦ってみるのもいいかもしれない。



「喧嘩なら闘技場で買うよ。なんなら今から登録に行こうか?」



「……ふははははは! 大したハッタリだ! よし、後悔させてやろうじゃないか!」



 カモ2匹、フィッシュ。

 あんまり嬉しくないけど、リールベルトみたいなタイプとは、一度やって見たかったしね。









「さあ本日のメインイベント、ギドVSユウ! ユウ選手はフロアマスター、シュウ選手に唯一土をつけた存在です。さあ、本日はどんな戦いを見せてくれるのでしょうか!」



 アナウンスと共に、試合開始の合図。

 オレは手早く終わらせるつもりでギドの後ろに回りこむ。

 だが、同時にギドが竜巻ゴマで応戦してきた。

 さらに、無数の独楽を飛ばす“散弾独楽哀歌くショットガンブルース ”。

 至近からの攻撃に、“堅”で対応する。

 文字通り散弾のような独楽の嵐だが、“堅”のガードを貫くほど強力な威力はない。



「くっ、だが、お前の方もこの状態のオレには攻撃できまい!?」



 自信満々のギド。

 確かに、竜巻ゴマは攻防一体の優れた技だ。だが、彼我のオーラ量に格段の差のあるこの戦いでは、絶対の防御法にはなり得ない。

 おそらく、今の俺が、攻防力50ほどの強いオーラを集めて攻撃すれば、この状態のギドでも仕留められる。

 だが、この体勢、そこまでしなくても打破できる。

 俺はギドの独楽の軸、鉄製義足を狙い、足の裏で押すように、思いきり蹴りつけた。



「おおおおおおっ!?」



 ギドは回転しながら床を滑っていき、リング外に落下した。

 それを追いかけ、俺はリングに戻ろうとするギドの目の前に立つ。

 この時点でギドは死に体。一本足義足のギドではリングに戻るとき、どうしても無防備になる。



「どうする?」



 油断無くオーラを拳に集めながら問いかける。



「ま、まいった」



 ギドは俺のほうをじっと見たあと、ギブアップした。



「――ユウ」



 試合終了後、シュウはため息混じりに話しかけてきた。



「お前の悪い癖だ。正面からやってもなんとかできるのに、勝ちを拾いやすい方法をとろうとする。悪くないんだけど、そればっかりじゃあ、自分の体がどれだけ無茶が利くのかわかんないだろう」



 どきりとした。試合中にも考えていたことだ。

 リスクを減らし、無茶を避ける戦いを重ねていくと、かえって鈍ってしまうものがある。

 だが、この戦い方はユウの身に染み付いた戦い方でもある。

 暗殺術を修めたユウ。だが、最後の指令を果たすために必要なのは、技術でどうにかできる領域などはるかに凌駕する、圧倒的な“実力”なのだ。

 シュウの言葉で、それを思い出した。

 で、それに触発されて真正面から戦うと決めてかかったサダソとの戦い。

 やりすぎてしまった。

 試合開始と同時にダッシュ。相手のガードの上から思い切り放った右ストレートは、サダソの右腕を折り、それでも勢いが止まらず顔面をジャストミート。

 サダソの体はリングサイドの壁にぶち当たってバウンド、ピクリとも動かなくなった。

 初めて、自分が強いかもしれないと思った。

 続いてはリールベルト戦……だったのだが、試合当日になって彼が棄権し、不戦勝になってしまった。

 いや、気持ちはわかる。あんな人身事故みたいな惨事は、俺もご免被りたい。

 だけど、前日まで電撃鞭を研究し、対策を何通りも用意して来たのにそれは無いんじゃないだろうか。









 電脳ネットでうわさが流れている。

 ハンター狩りが行われている、そんなうわさ。

 それが目に止まったのは、グリードアイランドの情報を集めている最中でのことだった。

 少し興味を持ち、調べてみると、この2ヶ月弱で30人近いハンターが殺されている。

 共通点は、怨恨の線が薄いこと。個人行動のハンターであること。そして、とあるサイトに書き込みしたらしいこと。

 そのサイトの名は、Gleed Island Online。



「ああ、こりゃ“口減らし”だな」



 シュウに相談すると、彼は断定口調で言った。



「グリードアイランドの攻略が覚束ないような無能な連中に、限りあるグリードアイランドのワクを占領されたくない。そう考える連中がいてもおかしくないだろう?」



 シュウの言葉には到底承服できない。

 おかしい、おかしくないで言うなら、明らかにおかしい、人として異常な考えだ。その行動を、絶対に認めるわけにはいかない。

 だが、そこまでしても、何に換えても帰りたいと言う気持ちだけは、わかる気がした。



「何とかできないのか?」



「ユウ、またおまえはそんな甘いことを……いや? 悪くないな。こういう奴らはゲームでも厄介な存在になるだろうしな。今のうちに潰しとくのはアリか」



 シュウは意外と乗り気で、俺の方が気組みを外された感じだ。

 だが、シュウがやる気なら、正直頼もしい限り。相手が何だろうが全く負ける気がしない。



「どうやって相手を探すか……と、こう言うのは、昔から決まりきった手法だな」



 俺はシュウににやりと笑いかける。シュウも同じような笑み。



『囮だ』



 二人の言葉が重なった。



“こんにちわー。ユウともぅしまーす。わたしもゲームでこっちの世界に来ちゃったコですー。いっしょにグリードアイランドやってくれる仲間をさがしてまーす。住所は○○国○○市……”



「すっげーアタマ悪そうな文章なんだけど……というかこんなのに俺の名前使うの本気でイヤだ」



「相手もそう思ってくれたら御の字だな」



 シュウはニヤニヤ笑っている。

 コイツのこういう所、すっげー腹立つ。リアルでもピンポイントで連想させるヤツいるし。

 俺の名は、天空闘技場じゃあ名が通ってしまってる。犯人の耳に入らないとも限らないので、市内のマンション借りて、そこで犯人を待つことにした。

 シュウは偽名で隣の部屋を借り、助けに来る準備は万全だ。

 俺は部屋に篭って毎日例のサイトにアクセスし、イタいコメントを書き続けている。

 これが一番キツイ。

 なんと言うか、激しく精神力を消耗する。

 そんな生活が続いて五日ほど、俺の部屋の呼び鈴が鳴らされた。

 シュウとは基本的に携帯電話での連絡すら控えていたので、おそらくハンター狩りの犯人に違いない。



「はーい」



 返事をして、無警戒を装ってドアを開く。

 銀髪、金銀妖眼、中性的な美形という、なんと言うか中二病総攻撃! みたいな人がそこにいた。



「え、と、どちら様、でしょうか?」



 ものすごく、反応に困る。



「君がユウだね? ボクはセツナ。君の、あのサイトでの書き込み、見せてもらってね。話がしたいと思ったんだ」



「わぁ、じゃああなたも仲間を探して?」



 気どったもの言いに寒気がするが、我慢。ここは話を合わせておくことにする。



「ああ。実はボクも一人では限界を感じていてね、仲間を探していたんだよ」



「そうなんですかぁ。嬉しいなー」



 隣で、何やら壁をどんどん叩く音がする。シュウ、絶対笑ってやがる。

 その音に、セツナは顔をしかめた。



「ここじゃあ落ち着いて話せないようだね、どうだい? 落ち着いた所で話さないかい」



「そ、そうですねー」



 シュウ……お前何やってんだ。

 冷や汗をかきながら、断るのも不自然なので同意した。

 セツナに連れられ、やってきたのは高級ホテルのレストランだった。

 昼間のこととて、客も2、3人しか居ない。

 そこで雑談を交えながら、今までの経緯などを、こちらは即興で考えて話した。

 演技も寒ければ相手の態度も寒い。いい加減我慢の限界に達したところだった。

 水で溶いたような薄い殺気が、一瞬、漂った。

 殺気の主まではわからない。だが、間違いなくこちらに向けられたものだ。



「? どうしたの?」



 とぼけているのか、それとも本気であの書き込みで仲間になりに来たスカ野郎なのか。どうも後者のような気がしてきたけれども。



「お客様」



 ウェイターがこちらに頭を下げてきた。

 

「なんですかぁ?」



「死ね」



 その言葉よりも、むしろ殺気に反応して、俺はウェイターの腹めがけて突っ込む。



「ぐっ!」



 吹き飛んでいくウェイター。

 その手には念を込めたナイフが握られていた。

 同時に席を立つほかの客達、そのいずれもが念能力者。このレストラン自体罠か。



「なっ? 何なんだ!?」



 うろたえるセツナ。こいつ、やっぱりシロか。

 ウェイターは立ち上がると優々とホコリを払う。



「尾行させていた小僧を期待しても無駄だぞ。今頃俺達の仲間が始末している」



 その言葉に、心が冷える。シュウは元の世界からの大切な友達だ。それに、こんなに簡単に「死ね」などという奴を、気遣ってやる謂れはない。

 天空闘技場のような“試合”ではなく、殺し合いでもない。“ユウ”生来の業を使う。

 スイッチを入れるように、覚悟する。人を殺す覚悟を。



「死ねぇっ!!」



“わたし”に襲いかかってくるウェイター達。それより早く、“甘い誘惑スイートドロップ ”を口に放り込む。



背後の悪魔ハイドインハイド



 正面から向き合い、警戒しているウェイターではなく、客に変装していた敵の背後に跳び、念を込めたナイフで頚椎に一撃、続けざまに跳んでもう一人殺し、最後にウェイター。

 刃と刃がかみ合う、鈍い音。さすがに背後を警戒されていた。



「くっ! おまえ、戦い慣れているな!?」



 戦い慣れてなどいない。“わたし”は、殺し慣れている・・・・・・・んだ。



「ちぃ!」



 本気になったのだろう、ウェイターの纏うオーラが力強くなる。

 強い。正味な所、実力は五分だろう。不意打ちで二人殺せたのは僥倖だった。

 相手の念能力は不明。“甘い誘惑スイートドロップ ”を使ったからには、速攻で勝負を決める!



背後の悪魔ハイドインハイド ”でウェイターの後方に、やや距離を置いて現れる。

 ウェイターは背後にナイフを振り回してくる。だが、届かない。敵のナイフは“わたし”の鼻先をかすめて空を切る。

 その隙を見のがさない。

 オーラを纏わせたナイフを投擲する。念能力の系統的に不得手なジャンルだが、このナイフだけは別。

 常日頃わたしの“周”を受け、“わたし”のオーラが乗りやすくなっているナイフだ。無論、操作系や放出系の能力者のそれには敵わないが、充分実戦で使えるレベル。

 残り二本、売ってしまったことがつくづく悔やまれる。



「ぐっ!」



 ナイフを利き腕に喰らったウェイターは、持っていたナイフを取り落とした。

 殺気立った目で睨んでくるが、遅い。

“わたし”はすでに背後に跳び、投擲したナイフを手に収めている。

 それをウェイターに叩き込もうとした瞬間、突如、“わたし”が持つナイフが燃え上がった。



「なっ!?」



 あわててナイフを放り投げる。



「ひゃははっ! “燃えさかる魂くバーニングブラッド ”! 俺の血は“燃え”るんだよ!」



 言うや、ウェイターの体が炎に包まれる。

 一瞬の躊躇、その隙を突き、ウェイターは窓を破ってビルから飛び降りた。



「あばよ、嬢ちゃん! この礼はまたするぜ!」



 甘い! こちらは最初から逃がすつもりなどない!



 飛び降りたウェイターの顔が見えるくらい至近に跳ぶ。

 落下の勢いで炎は下面には及ばない。気付くのが遅れた彼の首筋を、ちょいと“掻いて”やる。

 頚動脈を切られ、勢いよく炎を噴射する彼から逃げるように跳躍。ビル内部に跳んだ。

 着地すると、“甘い誘惑スイートドロップ ”を吐き出す。

 瞬時に“わたし”の身体からオーラが消える。念能力の反動だ。

甘い誘惑スイートドロップ ”を舐めていた約2分間、強制的に“絶”状態になるのだ。

 だがまあ、今は好都合。長時間使ってみて分かったが、“甘い誘惑スイートドロップ ”は、かなりオーラを消耗する能力だ。発現と維持に、大体“堅”をやっているくらいのオーラが持って行かれる。そのまま戦闘すれば、二倍消耗する計算だ。

 今後の使用法も、考えておかねばならない。

“俺”は、驚くほど冷静だ。

 よく考えれば、俺が人を殺したのは、これが初めてだ。なのに、何の感慨も湧かない。

 殺した者が、おそらく同胞で、自分と同じ世界で生活していたはずなのに、だ。いくらユウがそういう人種だからといって、俺は俺、普通の人間だったはずだ。

 果たして、異常なのはユウの影響か、それとも俺にその素養があったのか。

 ――と、今そんなこと考えている時じゃない。シュウの方も、敵に襲われていたのだ。

 無事を確かめるため、シュウに電話すると、すぐさま繋がった。

 どうやら俺が食事していたレストランに駆けつけたところだったらしい。こちらの無事を喜び、すぐに駆けつけて来た。



「あの男――セツナは?」



「ああ、あの男なら、お帰り願ったよ。いつまでもくっついていられると困るし」



 俺が尋ねると、シュウは、妙な笑みを浮かべて応えた。

 その笑みの剣呑さに、背筋に冷たいものが走る。

 一体どのように願ったのか、知りたくないなあ。












[2186] Re[6]:Greed Island Cross(現実→HUNTER×HUNTER)
Name: 寛喜堂 秀介◆fc28485b
Date: 2007/09/30 13:10







“同胞殺し”の件から数日、目的の情報を手に入れた。

 ここ数年で失踪したプロハンター、ないしは念能力者。その中で失踪直前にグリードアイランドを手に入れた人物。できれば縁故のない人物が望ましい。

 その条件に、ぴったり当てはまる人物がいた。

 ――と言うか、モタリケなんですがね。



「モタリケか」



 原作に登場する人物ということで、シュウも渋い顔をしていたが、ある意味交渉は容易いかもしれない。



「急いで行きたい所だけど、俺は試合があるからな……ユウ、ひとっ走り行って押さえておいてくれないか?」



 シュウは3日後に試合を控えていた。フロアマスター挑戦権を手に入れた選手が、シュウを指名して来たのだ。

 モタリケの家の所在地まで行くには、最低でも2日かかる。

 試合までに往復するのは不可能だし、5日のロスは無視できない。



「一応、法的には押さえとくから、ユウ、すぐに出てくれ。こういうのは早い者勝ちだしな」



 そう、競争者はいくらでもいるのだ。のんびりしているわけにはいかない。



「飛行船のチケット、すぐに取れるか?」



「指定席……と、個室が空いてる。最寄りの都市まで直行便が出てるからこいつで行きゃいい」



 シュウはすばやい操作で予約した。



「ん、じゃあ今から出てくる。ゲーム押さえたら、とりあえず連絡するから」



 その日の夕方の便で飛行船に乗り込み、最寄りの都市までは1日。そこからバスや列車を乗り継いで一日、片田舎の町の借家がモタリケの家だった。

 ちなみに近所づきあいはなく、家賃光熱費その他は口座からの自動引き落としにしていたため、失踪の事実自体ほとんど知られていないという悲惨っぷりである。

 シュウがどうやってか手配して来た権利証を見せて家の鍵を受け取り、大家立ち会いの元、家に入る。意外に几帳面なのだろう、家の中はきちんと整頓されている。ただ、分厚くつもったホコリの量が、家主が長い間不在である事を物語っていた。

 そんな家の一室で、こっそり起動していたグリードアイランドを、ジョイステⅡごと回収した。

 これで一応任務完了。シュウに連絡を入れておく。まっすぐ帰りたいところだったが、思ったよりも時間を取られてしまい、今日のところはこの町で泊まることになった。

 とはいえ、本当に田舎町。宿などあるのか不安になっていたのだが、町のはずれに旅館があるということで、そこに泊まることにした。

 夜も更けたころ。宿には温泉もあると聞いたのだが、グリードアイランドから不用意に目を離すわけにはいかないので、温泉に関しては諦めることにする。

 電源を引き抜いても起動し続ける機械をザックに突っ込み、部屋に引き篭って遅めの夕食を取っていた。

 田舎料理ながら、舌を楽しませるには充分な味の、郷土料理の数々。

 久しぶりに、お袋の味というやつを思い出した。



「ちょっと! お客さん! 困ります!」



 そんな感じでしみじみと食事をしていると、渡り廊下のほうが騒がしくなる。

 耳を済ませて聞けば、どうも無理やり押し入って来た者がいるらしい。

 ――と言うかどうやら向かっているのは此処っぽい。



「すんませんっ!」



 そう言って入ってきたのは、なんというか、“赤い”男だった。

 黒のパンツに目に痛いほど真っ赤なジャケット、つんつん頭の、二十歳前後の男。暑苦しいまでに濃く、熱血漢めいた顔立ち。

 でも、なんと言うか、何だろう。この全身からたちのぼる三下オーラは。



「あんた、モタリケの家からグリードアイランド持って行ったハンターっスよね!?」



「そうだけど……盗んだわけじゃあないぞ? このゲームは、法的にはすでに俺の所有物だ」

 

 正確にはシュウの物だが。話がややこしくなるので黙っておく。



「いやっ! よこせとかそう言うんじゃないんっス! ただ、俺にもプレイさせてもらったらうれしいんでスけど」

 

「あ、それ無理」



「なっ!? なんでっスか!? 俺が頼りないからっスか!?」



 いちいち暑苦しいな、こいつ。



「じゃなくて、俺、仲間がいるから。席が空いてないんだよ」



「そんなー。お願いしまっす! 俺も帰りたいんスよ!」



 土下座して頼んでくる男。かわいそうだけど……こんな奴を仲間にはできないよなあ。



「一応……“練”を見せてくれるかな」



 断る口実にするつもりで言った。



「え? いや……見せなきゃダメっスか?」



「不合格でいいならな」



 そういって男に見せられた念能力はお世辞にも“使える”ものではなかった。

 少なくともグリードアイランドとは破滅級に相性が悪い。

 

「悪いけど……」



 断るつもりで口を開きかけたところ、突然あたりの電気が一斉に落ちた。



「な!?」



 とっさにグリードアイランドの入ったザックを引き寄せる。

 そこに、何者かが襲いかかってきた。

 暗闇の中とはいえ、動き自体はオーラで判別できる。相手の攻撃をガードし――とんでもない力で吹っ飛ばされた。

 窓を突き破り、庭園部分まで吹き飛ばされて、やっと足が地についた。

 受身を取り、そのまま一回転して立ち上がる。



「やるな? さすが、ロックス達を始末しただけのことはある」



 俺の泊まっていた部屋、破れた窓ガラスを吹き飛ばして姿を現したのは、吸血鬼だった。

 映画に出てくるドラキュラそのままの格好。ご丁寧に牙まで生やしている。

 どんな種類の念能力者か、容易に想像がつく。



「ロックス、と言うのは、同胞狩りをしていた連中のことか?」



「ああ。レイズの奴も大分執心だったし、捕まえて渡してやろうと思ってたいが……気が変わった。お前は俺が吸ってやる」



 禍々しく、強大なオーラ。異常な怪力。

 間違いなく、こいつは強い。本能が、経験が、全力で警鐘を鳴らす。

 自然、流れる冷や汗に顔をしかめながらナイフを取り出し、“甘い誘惑スイートドロップ ”を口に含む。

 庭石や立ち木など、身を隠す場所には困らないが、こいつを相手にするのに、いつでも“背後の悪魔ハイドインハイド ”を使える状態にしておきたい。

 続けざまに“背後の悪魔ハイドインハイド ”で吸血鬼もどきの背後に跳んでナイフで首筋を狙う。

 だが、相手はナイフが刺さるのもかまわず腕を振り回してきた。

 とっさに発動させた“背後の悪魔ハイドインハイド ”が間に合い、俺はこの怪物から離れたところに跳び移った。



「聞いているぞ! 瞬間移動の能力!」



 確実に致命傷を与えたはずだが、吸血鬼もどきは平気な顔でいる。

 ――どころか傷が、急速に塞がっていく。



「再生能力?」



「その通り! 夜の吸血鬼に、そのようなものでダメージを与えようなど笑止!」



 拙い。“ユウ”はもともと攻撃力がある方じゃない。、先ほどのようなナイフによる刺突が、俺の持つ最高の攻撃だ。

 それで殺しきれないのなら、俺には奴を殺す手段が無いも同然。



「逃げられるとは思わないことだ。すでにこの一帯は我が支配下にある!」



 その言葉に、ちらと辺りに目を配る。逃走経路となるであろう要所々々に人間が配置されていた。

 念使いではない。だが、一様に空ろな瞳でこちらを観ていた。

 感情を宿さぬ瞳が、視線すら感じさせずこちらに向けられている、という状況に、ぞっとする。



「吸血鬼に噛まれた者はその下僕になる。これぞ我が能力“血の同胞くブラッドパーティ ”!」



「何から何まで吸血鬼か!」



 だが、これほど強力な念能力ならば、弱点も再現されているはず。

 時間帯的に日光、場所的に流水は期待できない。十字架も銀も調達できない。

 白木の杭あたりか。

 宿の庭にはきれいに手入れされた庭木が植えられている。

背後の悪魔ハイドインハイド ”で木立の影に跳び、ちょうどいい太さの枝をナイフで切って即席の杭に仕立て上げた。

 再び跳躍し、怪人の背後に回る。



「甘いわ!」



 読まれていたのか、顔面近くに蹴りが飛んで来る。

 続けざまに上空に跳び、これを躱す。



「喰らえっ!」



 わざと声を出し、杭を手に襲いかかる。



「宙に跳ぶとは不用意な!」



 迎え撃つ吸血鬼もどき。交錯の瞬間、跳ぶ。背後に飛んで、後ろから心臓を撃ち抜いた。

 そう思った瞬間。

 衝撃が襲った。

 左肩の痛みとともに、地面と空が交互に視界に入る。



「ぐっ!」



 転がるように吹き飛ばされ、庭石にぶつかってやっと止まる。

 その衝撃で、口から飴玉が放り出された。

 拙い。

甘い誘惑スイートドロップ ”は舐めていた時間だけ強制的に“絶”状態になるリスクがある。

 その間に、この怪人の攻撃を一度でも受ければ間違いなく終わりだ。

 とっさに庭石の陰に身を隠す。

 

「“絶”で身を隠そうとも無駄だ!」



 都合よく勘違いしているらしいが、窮地が変わるわけじゃない。

 加えて先ほど攻撃を受けた肩は使い物にならない。

 本気で拙い。とりあえず“絶”のまま1分ほどやり過ごさなくてはならない。



「安心しろ。我が下僕として存分にかわいがってやる」



 なんと言うか、視線で全身を舐めまわされる感覚がして身震いする。

 じりじりと距離をつめてくる吸血鬼もどき。押されるようにこちらも退く。



「ま、まてっ!」



 と、横合いから声が入った。

 声の主を探ると、泊まっていた部屋の、破れたガラス窓の向こうに立つ赤い人影。



「それ以上狼藉を働くと言うのなら、このレットが相手っス!」



 青年――レット氏が、勇敢に吸血鬼もどきを指差す。

 よく見ると足が震えてるんですけど。



「なんだね君は?」



 怪物は、興醒めした様子でレット氏をねめつける。



「くっ……怖い、怖いっスよ……でも!」



 レット氏は、なけなしの勇気を振り絞るように拳を握りこむ。

 レット氏の念能力は制約が厳しい。

 敵が多数、ないしは相手の実力が自分より上であること。さらに自分以外の誰かが危機に陥っている事。

 窮地に立つ者を守るためにだけ、彼の念能力は発現する。



「変……身!」



 レット氏の言葉とともに、彼の身が真紅のバトルスーツに鎧われる。

 そう、彼の念能力は変身――と言うか変身ヒーロー。変身後に普段に数倍する能力を手に入れる代償が、この厳しい制約なのだ。



「レッドキィーック!!」



「むっ!?」



 レット氏の跳び蹴り。それをガードした怪物の顔が、鋭くなる。

 おそらくその威力に脅威を覚えたのだろう。



「お、俺のレッドキックが効かないっス」



 何か、ものすごく驚愕しているレット氏。



「いや、ガードしたからだし。充分戦えてるから」



 レッド氏に駆け寄り、声をかける。

 見たところレッド氏と吸血鬼もどきの攻撃力は互角。充分戦いになるはずだが、彼は今の蹴りに相当の自信を持っていたらしい。思いきり及び腰になっている。



「こうなったら必殺技しか……でも、アレの制約はもっと厳しいし……」



 ぶつぶつとつぶやくレット氏。



「おい、何かいい手があるのか?」



「は、はいっス。必殺技を使えれば、たぶんあいつを倒せるっス。でも……」



 そこまで聞けば、細かい所は必要ない。

甘い誘惑スイートドロップ ”の副作用はちょうど終わったところ。

甘い誘惑スイートドロップ ”をレット氏に手渡す。



「これを舐めろ。念能力の“制約”を外せる」



「え? いや、こんな時に……」



「いいから舐めろ」



「いや、マスクがじゃまで――」



「それ取ってとっとと舐めろぉーっ!!」



「ち、ちょ――ムグ」



 無理やりレット氏に飴を舐めさせる。“甘い誘惑スイートドロップ ”は燃費の悪い能力なのだ。ぼやぼやしてるとこっちがへばってしまう。



「舐めたら必殺技!」



「はいっス! 必殺、サンライトブレード!」



 レット氏の声とともに、陽光を集約し、刃にしたような光の剣が彼の手に握られる。

 ――これは嬉しい誤算。太陽の光は吸血鬼の弱点そのものだ。



「くっ! 日の光……勝負は預けるぞ!」



 向こうには、さぞ剣呑なものに映ったのだろう。

 吸血鬼もどきは身を翻し、逃げていった。波が引くように、他の吸血鬼もどきも退いていく。

 助かった。本当に死ぬかと思った。

 死地を脱した実感に、思わずため息が漏れる。



「レットさん、助かった」



「……ほんとっスか?」



 俺の礼に、レット氏は何故か恐る恐るこちらを伺う様子。



「ああ」



「じゃあ、俺も仲間にいれてくださいっス」



「え」



 いや、一応恩人だし。だけど、こんな奴連れて言ったらシュウに殺されるかもしれない。



「お願いしまス! なんでもしまス! 荷物もちでも肩もみでも! パシリは俺の得意分野っス!」



 恥も外聞もなく土下座するレット氏。

 と言うか言ってる内容、限りなく情けない。まだバトルスーツ着た格好なのに。

 変身ヒーローの土下座。限りなくシュールだ。



「お願いしまスうぅ!」



 本当にかわいそうになってきたし、命の恩人だし。



「……一応、仲間に相談してからな。紹介はしてやるから」



「ありがとう! 有難うございまス!」



「肩をもむなぁっ!!」



 さすがに我慢も限界。俺の拳が、レット氏のアゴを貫いた。












[2186] Re[7]:Greed Island Cross(現実→HUNTER×HUNTER)
Name: 寛喜堂 秀介◆fc28485b
Date: 2007/10/01 19:28







「うわー、俺、こんな立派な上等な部屋、始めてっスよー」



 グリードアイランドを手に入れ、帰りの飛行船の中。旅の道連れとなったレット氏は、おどおどと部屋を見回す。

 なんと言うか、小市民的、と言うか、小動物的な動きだ。



「レットさん、こっちに来てからどうしてたんだ?」



 ふと気になって尋ねる。

 レット氏は「レットでいいっスよ」と言いおいて、今までの経緯を話してくれた。

 彼が飛ばされたところはエイジアン大陸でも先進国の地方都市だった。

 ハンターライセンスもなく、金も持っていなかった彼は、行き倒れていたところを喫茶店のマスターに拾われ、住み込みのアルバイトをして働いていた。

 そのかたわら、グリードアイランドについて調べていたとき、偶然モタリケの情報を聞き、バイトで貯めたなけなしの金で旅をしてきたらしい。

 何か……いじまし過ぎて涙が出てくる。



「じゃあ、実戦ってあの吸血鬼もどきが初めてだったのか」



「ハイ。怖かったっスよ」



 まあ、それなら先の戦いの腰砕けな反応も納得がいくし、鍛えればどうにかなるだろう。



「じゃあ、ある意味ちょうどいいのかもしれないな。天空闘技場なら、いい修行の場になる」



「はいっス! 見捨てられないようにがんばるっス!」



 レット氏は意気込んで答えた。



 次の日の朝、停泊所から天空闘技場に向かった俺たちを待っていたのは、シュウが大怪我をしたと言う知らせだった。

 フロアマスター挑戦者との戦いで、接戦の末かろうじて勝利を収めたものの、シュウもすぐさま病院送りになったらしい。

 あわてて病院に向かい、病室を訪ねると、全身包帯巻きのシュウがベッドで寝かされていた。



「シュウ、大丈夫か」



「――全治6ヶ月」



 シュウは不機嫌そうに答える。



「左手尺骨単純骨折。右手中手骨数箇所複雑骨折、右腕上腕骨単純骨折。肋骨第6、7、8番骨折。右足大腿骨単純骨折、右足中足骨粉砕骨折……骨だけでこれ。くっそ、あいつ、腹立つ!」



 ベッドを叩いた衝撃が傷に響いたのだろう、うめき声をあげるシュウ。

 シュウは悔しがっているが、相手の方はもっとひどい有様だったらしい。運ばれた病院で「10tトラックと喧嘩でもしたのか」と、聞かれたのだとか。



「大事にしてくれよ。命の方が大切なんだからな……で、ちょっと紹介したい奴がいるんだけど」



 言って、俺はレット氏を連れてくる。



「誰? これ」



 胡乱気にレット氏をねめつけるシュウ。



「レット。同胞で、俺の命の恩人なんだ」



 軽く紹介して、出会った経緯と彼が仲間になりたがっている事などを説明した。

 シュウは最初渋い顔をしていたが、話を聞き終わると、あきらめたようにため息をついた。



「ま、オレもこのざまじゃ文句はいえないな……いいよ、レット、君を仲間と認める」



「あ、有難うございますっス!」



 物腰も低く、感謝の言葉を述べるレット氏。



「――ただし! ユウ、責任持って使えるレベルまで鍛えとけよ。オレが治るまでにな」



 そう来たか。

 まあ、責任も恩もあるし、否とは言えない。



「了解。期限は6ヶ月だな?」



「ああ。なんだったらグリードアイランドを使ってもいい」



 どうも大盤振る舞いのシュウである。だが、いずれにせよ俺も6ヶ月もグリードアイランドを放置しておく気は無かった。

 仇を討つためにも、ゲームをクリアするためにも、今の実力では不足が過ぎる。

 強くならねばならない。今より、はるか高みに登らねば、旅団の一員である“ユウ”の仇には届かない。



「わかった。俺も鍛えておくよ。お前に追いつけるようにな」



 シュウがいないと言うのは不安だが、こいつに頼りっきりになるわけには行かない。

 まっすぐにシュウの目を見すえ、絶対の決意をもってそう誓った。









 それから二週間、レット氏を天空闘技場に放り込み、実戦を経験させながら、俺のほうは彼に賭けて私腹を肥やし続けた。

 レット氏自身、基礎能力は低くないのだが、勝負度胸のなさと弱腰とヘタレオーラのせいか、オッズは常に高い。

 結果、俺の預金残高がものすごいことになっていたりする。グリードアイランド、原価でなら買えるんじゃないかって位。

 毎回危うい試合なのでその分寿命も縮む思いだったが。

 それはさておき、俺自身は現在静養中だ。

 本来なら俺も修行がてら戦いたかったのだが、吸血鬼もどきの攻撃を受けた肩の骨にヒビが入っており、全治一ヶ月と診断されたので、大事をとったのだ。

 その怪我もほぼ回復し、レット氏もかなり戦い方を覚えてきた。200階クラスでの戦いも、危なげながらも順調に勝っている。

 ――まあ、一度ヒソカと対戦という大チョンボを犯し、仮病を使って出場拒否したものの、相手の方も現れず、両方バックレ無効試合というミラクルを起こしたが。

 これ以上を天空闘技場で望むよりは、グリードアイランド内で鍛えたほうが近道かもしれない。そう判断した俺は、シュウと相談し、グリードアイランドをプレイすることにした。



「念のため、本体はここに預けてくれ」



 正直病室に預けるのは心配だったが、まあ、シュウなら対策を考えられるだろう。

 シュウの言葉通り、本体を彼の医務室に持って行き、ベッド横の台の上にセッティングした。

 シュウとレット氏の見守るなか、目を閉じて集中し、ゲーム機にオーラを集める。

 次に目を開くと、全く違う光景が目の前に広がっていた。

 真っ暗な空間に、幾何学模様が浮かぶゲート。いつのまにか一人、そこに立っていた。

 感動に、身震いする。

 間違いない、グリードアイランドの入り口。ついに、ここに来たのだ。

 入り口の女性に説明を受け、階段を下りていく。

 その先に広がった光景。見渡す限り広がる広大な草原は、俺たちの始まりの光景。

 地面の草を引き抜く。



「うわ」



 香りを嗅ごうとしたのだが、草がいきなりカードになった。

 そういえばそんな設定だった気がする。

 しばらく花や石ころをカード化して遊んでいると、レット氏が辺りを見回しながら階段を降りてきた。その動きは、やっぱり小動物的な感じだ。



「うわー、グリードアイランドなんスよねー」



「よそ見してないで行くぞ。あんまりここでじっとしてると他のプレイヤーが来るかも知れないしな」



「ハッ、ハイ! 急いで行きましょうっス! さあ、さっさと行きましょう!」



 いや、何も絶対に来るってわけじゃないし、そう怯えなくてもいいと思うけど。



「……じゃあ、とりあえずマサドラを目指そうか」



「え? アントキバじゃないんスか?」



 目を見開き、尋ねてくるレット氏。



「言ったろ? ここには修行で来たんだ。とりあえずゴンとキルアがやった修行をなぞって行こう」



 たぶん、それが強くなる近道だろう。

 暗殺者として育てられた“ユウ”はまっとうな修行法というものを知らないし、その辺りの知識をレット氏に期待するのも酷な話だし。



「えー、あれ、かなりキツイんじゃ……すみません! 精一杯がんばらせてもらうっス!」



 俺の眼力にレット氏はひれ伏した。

 そんなバカな事をやっていたのが悪かったのだろうか。ふいに何かが飛来してくる音が聞こえてくる。

 既視感とともに沸き起こるイヤな予感。

 だがそれは、地に降り立った者の姿を見て払拭された。



「ああ、フィンクス達に殺されてた……」



「ラターザっス、ユウさん」



 ああ、何かそんな名前だった気がする。

 と言うか、レット氏、よく端キャラの名前まで覚えているな。

 当のラターザは本に何かカードをはめ込み、調べている様子。



「ふーん? ユウちゃんとレット氏、ね」



「へえ、こんな風に調べられるんだ」



「うおっ!?」



 俺が背後から本を見ているのに驚いたのか、ラターザは驚いてのけぞった。

背後の悪魔ハイドインハイド ”を使っただけなんだけどね。彼、こんな距離で敵から目を切るし。



「“再来くリターン使用オン !! マサドラへ!!」



 よほど驚いたのだろう。ラターザはこちらに呪文スペル カードすら使わず、逃げて行った。



「マサドラ、あっちだな」



 ラターザが飛んでいった方向を確認すると、そちらに向かって歩き出す。



「距離、どれくらいって言ってたっけ?」



「ここから北へ行けばアントキバ、さらに北へ80km、だったと思うっス。さすがに細かくは覚えてないっスけど」



「充分だ」



 というか、わかると思って聞いたわけじゃなかったんだけど。詳しすぎだろう。



「じゃあアントキバをスルーして、とりあえずマサドラに行って見るか」



「そうっスね。爆弾魔、怖いっスよ」



 そっちはそこまで心配してないんだけどね。まだ表だって動くころじゃないし。

 一番警戒しなきゃならないのはハサミを持った殺人鬼、ビノールト位か。それだって今の俺の実力なら、勝てない相手ではないはずだ。

 

 それから3時間ほどかけ、アントキバ北の森林地帯まで走ってきた。

 深い森の中、辺りに注意を払いながら走っていたのだが、何も出てこない。

 山賊が出るかと思ったのだが、どうやらフラグが立っていないと出ないらしく、何事もないまま岩石地帯に出てしまった。

 そういえば、原作ではここでビノールトと戦ったんだったか。まあ、向こうも別にここをねぐらにしてるわけじゃないだろうし、そうそう会うことも無いと思うが。



「いよいよっスね、魔物がうようよいる岩石地帯」



「ここで泣きごと言ってるようじゃ到底レイザーとは戦えないぞ」



「わ、わかってるっスよ。それにこの辺の怪物の弱点は把握済みっす。やるっスよ!」



 気合を入れるレット氏。まあ、ほんの数分後に怪物に囲まれ、悲鳴を上げることになるのだが。

 攻略方法がわかれば怪物を倒すことはさほど難事ではない。

 とはいえ“ユウ”が訓練していなかった事に関してはお手上げで、どうしてもバブルホースを捕まえることができなかった。

 レット氏に至っては“レット”自身がそれほど訓練された念能力者ではなかったので、数種の怪物にかなり苦戦していた。

 怪物退治に半日を費やし、いい加減フリーポケットの中身も一杯になってきたので、一度マサドラに向かう。

 途中、キャンプ場のような小さな村で一泊し、マサドラに着いたのは次の日の昼ごろ。

 フリーポケットのカードを全部売り払い、デパートでロープやスコップなど、必要な物を買いつけ、再び山岳地帯へ向かった。

 レット氏は強化系らしいので、原作で出てきた修行法。

 俺の方は系統別修行方法がわからないので、“ユウ”が修行して来た、おそらく正道でない修練法で念を鍛えながら、手近な山を、スコップで掘り抜く修行を並行して開始した。

“周”の得意なユウだが、持続力がそれほどあるわけではない。

 始めは一日一山が限度で、次第に距離を伸ばして行ったものの、再びマサドラについたのは12日後のことだった。

 この修行においてはレット氏の伸び幅が非常に大きく、前半全然頼りにならなかったレット氏が、後半はかなりの助けになった。

 再び山岳地帯へ戻り、今度は怪物退治。

 修行の成果もあったのだろう。俺がバブルホースを捕まえたのは8日後、レット氏が全怪物を倒したのは1ヶ月後だった。

 レット氏が怪物退治にいそしんでいる間に、俺は“堅”“流”と、基礎トレーニング。

 特に苦手分野の“流”の修行と、基礎的な身体能力の底上げは必須事項。日々大石を抱えて動き回る俺に、レット氏は畏怖というより恐怖に近い目を向けてきた。

 それも物足りなくなってきたころ、ちょうどレット氏の怪物退治が済んだので、レット氏とともにマサドラに向かった。

 モンスターのカードを全て売り払い、全額貯金する。ついでにスコップやロープ等の道具類は全てレット氏に預けた。



「なんで俺にっスか?」



「ああ、俺、一度ゲームから出ようと思うから」



 不思議そうに聞いて来るレット氏に、答える。



「修行の道具で、こっちで手に入りそうにない物がほしいからな。お前の分も買って来てやるよ」



「あらかじめ何なのか言っておいてくれないと、心の準備が……」



 極めて情けない事を言うレット氏。



「ただの重りだよ。ゾルディック家でゴン達が着けてたようなヤツ」



 青ざめるレット氏を尻目に、俺は港に向かった。

 港に着くと、所長を殴り倒して通行チケットを手に入れ、ゲートをくぐる。

 天空闘技場から最寄の港に出ると、その足でネットカフェに立ち寄り、とりあえず500キロ分の重りと、それが仕込める上着の制作依頼をしてから飛行船で天空闘技場へ向かった。

 グリードアイランド内にいたのはおよそ一月半ほどか、シュウの方も大分元気になっているだろう。

 

「シュウ、帰ってきたぞ」



 言って病室の扉を開けた、そのままの姿勢で、俺は思わず固まった。

 シュウが瞑想するように目を閉じ、そこにいた。

“点”、念の修行法。それを行っているシュウから感じられる、恐ろしいまでの意識の集中。

 ゾクリとした。

 シュウは念すら使っていない。だが、“点”を見ただけで、シュウも、以前のシュウではないことがうかがい知れた。



「……ユウ?」



 シュウは、ゆっくりと目を開くと顔をこちらに向ける。



「ああ、ちょっと必要な物があってな、いったん帰ってきた。そっちの具合はどうだ?」



「オレの方は、大分治ってきた。このままなら4ヶ月で済みそうだって」



 と、大分薄い物になったギブスを振り上げてみせる。



「ブラボーから何か連絡は?」



「仲間探しに梃子摺ってる。“同胞狩り”のおかげで他のやつらも慎重になってるみたいだな」



 思ったよりも状況は動いていないらしい。なら、こちらもまだ修行に時間を費やせる。



「あとユウ、天空闘技場の準備期間、一月ぐらいしかないだろ? 一試合くらいして行けば?」



 シュウの言葉に、そういえばそんなものもあったな、と、思い出した。

 もう200階クラスに未練は無いが、特注の重りができるまで、どうせ待たなくちゃならない。それなら修行の成果を試してみるのもいいかもしれない。

 病室から闘技場に直行すると、届けを申請し、その日は久々に自室で眠った。

 次の日、早速対戦相手が発表された。

 相手の名はマッシュ。かつて、天空闘技場の一階で戦ったボクサーである。



「注目の一戦です! 200階クラスで無敗の4連勝! フロアマスターにも勝利しているユウ選手と、こちらも200階クラス3勝無敗! マッシュ選手です!」



「久しぶりだな」



 久しぶりに見るマッシュの体は、以前より一回り大きく見える。

 身に纏うオーラの量といい、相当鍛えたらしい。



「オレは、お前に倒されて以来、鍛えに鍛えた! ボクシングの弱点も克服し、そしてここで勝ち続けた! ひとえに、お前に勝つためにだ!」



 マッシュは、審判の開始の合図を尻目に、演説をぶち始めた。

 どっと、会場が湧く。



「ユウ! お前に負けるまでオレは無敗だった! アマでも、プロでもだ! それどころか、誰もオレからダウンすら奪えなかった!」



 燃える瞳でこちらを見据えてくるマッシュ。

 そりゃあ、あの体格で念能力者じゃプロアマ通して負け無しも当然だろう。見たところマッシュは二十代後半位か。それまで無敗ってのは結構な記録だっただろう。

 だが、こいつ、いったい何を言いたいのか。



「――衝撃的だった。このオレが宙に浮かされ、3メートルほどもぶっ飛んだんだからな! だから、オレはあの時、誓ったんだ!」



 マッシュは、そこで一拍おいて、思いきり息を吸い込んだ。



「ユウ! この試合、オレが勝ったら、オレと付き合ってくれっ!!」



 ドーン



 そんな擬音さえ背負ってぶちまけた一言で、俺のアタマの中が真っ白になる。



「なっ! なんとおっ!! マッシュ選手、試合中に、ユウ選手に交際を申し込んだぁっ!」



 アナウンスの声とともに、試合場にマッシュを応援する声援で満ちる。

 ふつふつと怒りがこみ上げてくる。

 試合中に何考えてんだとか。なんで俺が男に告られにゃならんのだとか。そもそも俺は15だぞこのロリコンめとか。

 

「さあっ! ユウ! 試合開始だ!」



 その言葉を最後に、マッシュは俺の正面からの全力キックを受け、闘技場の壁にぶち当たって気絶した。

 当然の末路と言える。



「――待ってくれ!」



 次の日、午前中に届いた重り入りの上着を手に、病院に向かう俺を呼び止める声があった。

 振り返ると、そこに立っていたのはマッシュだった。



「何の用だ?」



 冷たい声で言い返す。と言うかこいつ、昨日の今日でよく動けるな。つくづくタフな奴だ。



「オレは、あんたを倒すために、必死で修行した! 限界を超えて鍛えてきた! だけどあんたは、オレよりはるかに強くなっていた! オレは強くなりたいんだ!」



 正面から目を見て、頭を下げて頼んでくる。

 その目を見て、怒りはどこかへ失せた。強くなりたい、そんな力への渇望は、俺も持っているものだから。



「頼む、オレを鍛えてくれ!」



「――わかった」



 俺が肯くと、マッシュは目を輝かせた。



「ほ、本当か!?」



「ああ。そのかわり、こっちも手伝ってもらうからな」



「ああ! 何でもやる! やってやるさ!」



 喜んでガッツポーズをするマッシュ。

 ボクサーだし、実力も申し分ないし、きっと戦力となってくれるだろうけど。

 思わず、乗せられてシュウに相談もせずに決めてしまった。

 シュウにどうやって切り出そうか。

 考えると憂鬱になってきた。












[2186] Re[8]:Greed Island Cross(現実→HUNTER×HUNTER)
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:fc28485b
Date: 2007/10/01 19:33







 心配していたが、案ずるより生むが易し。マッシュの加入を、シュウはすなおに喜んでくれた。

 勝手に決めたことも全然気にしてない様で、俺はそっと胸を撫で下ろした。

 マッシュを連れ、再びグリードアイランドに入ると、一直線にマサドラに向かう。

 今の俺なら一日で駆け抜けることができる、と、思ったのだが、さすがに500キロの重りを抱えていては無茶な話で、岩石地帯の村で一泊し、次の日の昼ごろにマサドラに着いた。

 マッシュも“ゲームの中”ということで最初は驚いていたものの、生来図太い性格らしく、途中出遭った怪物を見てよろこんでいた。

 マサドラの宿でレット氏と落ち合い、マッシュとレット氏は互いに自己紹介。

 互いに胡散臭げな目を向けていたのが印象的だった。



「じゃあ、レットは穴掘りと念の基礎修行を、マッシュと組んでやってくれ。重りは自分で加減しといて」



「はいっス」



 マッシュの訓練をレット氏に任せ、俺は単独での修行に移る。マサドラから岩石地帯まで来るのに、今の二人なら1週間くらいで来れるだろうか。

 その間に先に岩石地帯に赴き、とりあえず重りを100キロにして、付近の怪物達を倒す訓練を始める。

 動きも鈍り、体力の消耗も半端ではない。重量装備をつけての狩りは、よりシビアに動作一つ一つの効率を追求しなくてはならない。

 動きは最短、最速、最小限で。獲物の動きから、自分の行うべき動作を最短時間で割り出さなくてはならない。

 もちろん念能力も積極的に使っていく。

 求めるものはハイレベルな基礎能力ではなく、実戦で使える総合力。“ユウ”の経験を“俺”にフィードバックし、さらに実戦的に鍛え上げなければ、きっと仇には届かない。

 7日後、レット氏達が岩石地帯にたどり着いた。気がつけば100キロの重りは、ほとんど苦にならなくなっていた。

 修行場所を二人に明け渡して、穴掘りの道具をもらう。

 今度は掘るのではない。重りを倍に増やして、先日掘ったトンネルを埋めていく。

 トンネル掘りの逆だから同じような負荷かと思えば、これがかなりの重労働で、重りの負荷とあいまって初日は一山埋めることもできずに終わった。

 マサドラにたどり着いたのは2週間後。そこからレット氏達の掘った穴を埋めながら戻り、10日後にやっと岩石地帯にたどり着いた。

 ちょうどレット氏達も怪物狩りを終えたところらしく、岩石地帯にはカード化限度枚数を超えた怪物達が死屍累々と横たわっていた。

 とりあえずレット氏達を探して歩き回ってみる。だが、いない。

 それどころか付近一帯に微細なオーラすら感じられない。

 ――いやな予感がする。

 重りを外し、岩山の頂上に登ってあたりを見渡す。

 何もない。

 倒された怪物以外、そこには何もなかった。

 だと言うのに、危機感はいや増す。



「おや」



 そこにいたのかい



 声が、聞こえた。

 その声が、俺を恐怖のどん底に着き落とした。

 致命的な何かに捕らえられた。確信。



「おいでなさい」



 念の力ではない。魔的な力が働いたとしか思えない。俺は魅入られたように、声のする方へ向かった。

 その先にいたものは、少年だった。

 どこから用意したものか、椅子に腰をかけ、テーブルの上で両肘をついている。

 年齢に似合わない、老成した雰囲気を持つ少年は、見徹すような目で、俺を射抜いた。



「ゆ、ユウさん……」



 その対面に座っているのはレット氏だった。

 泣きそうな顔になりながら、レット氏はこちらを見てくる。



「助けて下さいっス……俺、死にたくない……」



 その手から、はらりとカードが落ちる。



「キミの負けだよ、レットくん。罰ゲームを受けてもらおう」



悪魔の迷宮ループ・ループ・ループ



「うわああああぁっ!!」



 少年の言葉と同時。レット氏は、足元に出来た闇に飲まれていった。

 それを、薄暗い笑みで見届ける少年の姿に、悪寒が消えない。



「さて――」



 少年は、ゆっくりとこちらに向きなおる。

 なんとなく気付いた。

 俺は、こいつが怖い。いや、俺だけじゃない。俺の中の“ユウ”もこいつを恐れている。

 それが何故なのか、思い知った。

 この禍々しいオーラはヒソカを見ているようで、年齢に見合わない装いは、ネットで調べたそのままじゃないか。

 こいつこそ、“ユウ”の仇。

 即ち、彼が悪魔紳士。



「はじめまして。わたしの名はツェールという」



 悪魔紳士、ツェールは静かに言った。



「お嬢さん、ゲームをしないかね」



 平然とした仕草に、吐き気をもよおすような異様なオーラが混じっている。

 圧迫感に、息が詰まる。



「……レットを、どうしたんだ」



 かろうじて、それだけ声に出せた。

 レットに、おそらくマッシュも、こいつにやられた。だが、やられてどうなったのか、わからなかった。



「ああ、ここに居た男達か。彼らなら、わたしの迷路の中だよ。まだ元気に動き回っている」



「……迷路?」



「わたしの念能力だよ。ゲームの敗者を闇に叩き落とす、ね」



 そう言ってツェールは椅子にかけていたステッキを軽く叩いた。

 闇のゲーム。そんな言葉が連想された。

 あの二人は、自らそんなゲームをするようなタイプではない。

 マッシュは強くなることしか頭にないし、レット氏は、あの通り気の小さい男である。おそらく、実力を見せ付けられ、無理やりゲームをさせられたのだろう。



「知り合いならちょうどいい。ゲームをしよう。君が勝てば二人を助けてあげようじゃないか」



 気を落ち着かせる。

 正面から戦っても敵わないのはわかっている。なら、この勝負は、ある意味渡りに綱じゃないか。



「――ゲームの内容は?」



「君にもわかりやすいように単純にやろう。使うのはカード、互いに1から10と、ジャック、クイーン、キングの13枚を持ち、一枚ずつ場に出して数字の大小で勝敗を決める。ジャックは11、クイーンは12、キングは13として扱う。もちろん数字が大きいほど強い。ただし、エースはキングに勝つ。勝ったほうは双方のカードを得点として手にいれ、13回戦った結果、より多くの点を得た方が勝者だ」



 言う間に、カードが配られてくる。



「もちろん、敗者には罰ゲームを受けてもらう」



 そう言って、ツェールは一枚目のカードをテーブルの上に置いた。

 このカード一枚一枚が、俺の命を握っている。そう思うと、身がすくむ。

 まず、様子見に“7”を出す。

 ツェールはゆっくりとカードを裏返す。

 “2”だった。

 とりあえずの勝ちに、安堵する。

 だが、この勝負、出せるカードは一種の数字につき一回と定められている以上、数字の差が少ないほどいい勝ち方になる。そういう意味では、この勝ちは、微妙かも知れない。

 次に俺が出したのは“3”相手が持つ中で、“A”以外では最弱のカードだ。

 ツェールが出してきたのは“3”。引き分けだ、これは、どちらの得点にもならない。

 3回戦、俺が出したのは、負けを覚悟で“2”。ツェールが出して来たのは“A”だった。



「ふむ、こんなものかね」



 ツェールは淡々とつぶやいた。



「では、本番といこうかね」



 あくまで淡々と言った言葉に、異様な気配を感じた。

 その4回戦、俺は“8”を出した。ツェールは“9”で、向こうの勝ちとなった。

 一点差の負け。一番拙い負け方だ。

 5回戦。俺のカードは“11”、ツェールが出してきたカードは“12”。

 連続で、一点差負け。しかも大きな数字でだ。

 冷や汗が流れる。

 まさか狙って一点差にしているわけではないだろうが、完全に思考の方向性を読まれている。

 続く6回戦も、“4”対“5”。一点差で負けた。



「――もちろん気付いていると思うが、これは念能力の類ではないよ」



 わかっている。こんな勝負を挑んだ以上、俺は常に“凝”で相手を見張っている。

 こいつが何かをやった形跡など、何もない。

 だとしたら、これは純粋な実力。

 間違いない。ツェールは完全にこちらの思考を読んでいる。念を抜きにして、だ。

 おそらく最初の三回の勝負。向こうは最初から勝負を捨て、俺のカードの出し方から俺の本質。勝負の場で顔を出す心理の指向性を量っていたのだ。

 しかも、これで得点はこちらが12点に対しツェールが49点と、大幅に負け越した。

 拙い! 焦燥が身を苛む。

 必勝を期して望んだ7回戦、こちらのカードは最強の“13”。

 だが、相手のカードがめくられた時、俺は血の気が引いた。

“4”相手に残された、最弱のカードだ。

 完全に読まれた。まるで、こちらの思考を追ったかのように正確極まりない。

 これが、差だと言うのか。

 こんな単純なゲームで、ここまで差をつけられるものだろうか。



「どうかしたのかね」



「う……う」



 少年ながら、ツェールの全てを見透かすような目。それが、たまらなく恐ろしい。



「レイズやアモンから聞いたのとは大分違うな。気丈なお嬢さんと聞いていたのだが」



「なっ!?」



 言葉が、衝撃となって俺を襲った。レイズという名は、あの吸血鬼もどきが口に出していた。すなわち、こいつは“同胞狩り”の仲間ということになる。



「“同胞狩り”の仲間なのか!? 旅団員が何故!?」



「―――簡単な事、わたしも仲間だからだよ」



「そんなはずはない! “旅団員”なんて設定にできるはずがない!」



 そう、そんなことは不可能だ。

 初期設定で、原作に深く関わる人物、あるいは強い影響力を持つ人物の血縁、恩人、友人などに設定することは、禁止されていたのだ。



「もちろん、本来ならばその通り。だが、わたしは特別でね。こんな設定でも可能なのだよ」



 言葉のニュアンスに、思考を刺激するものがあった。。



「改造? いや、違う……開発者」



 間違いない。発表間も無いβ版のゲームをそこまでいじれる者など限られている。



「その通り。まあこうなっては同じ“被害者”だがね」



 ツェールは、悪びれもせずに答えた。



「そんな……あんたがプレイヤーキャラなら、なんで俺の仇なんかに設定されているんだ」



「ほう? いや、なるほど。設定の穴を埋めるために同じプレイヤーキャラが使われた、ということか。興味深いね」



 ――なるほど。“ユウ”に設定以上の記憶、経験が付与されていたように、ほかでも同じようなことが起こっていた、と言うことか。



「だが、お嬢さん。今はそんな事を考えている暇じゃないだろう?」



 そう、衝撃的過ぎて現状を忘れかけていた。

 今は、負ければ必死の闇のゲームの最中なのだ。

 だが今のは、頭を冷やすいい機会になった。おかげで少し冷静になれた。

 手札を見直す。

A”5”6”9”10”12”

 相手の手札は6”7”8”10”11”13”である。

 こちらの5”6”より低い数字が相手の手札にない以上、この二枚は死に札だ。

 これで、きれいに負けなくてはならない。11”や13”の時に合わせられれば理想的……なんだが。



 ―――違う。



 ひらめきが走る。

 天啓と言ってもいい。とにかく、俺の中の何かが、俺の考えを否定した。

 だから、考える。この直感を逃すわけにはいかない。

 考えるべきは自分の都合でなく、相手の心理。俺は今、負け札の処理を考えた。

 こんなものいつまでも抱えてはおきたくない。そんな、負の思考。

 相手はそこを突いてくる。



 ――だったら、それに噛みついてやる。



 ツェールの目を見る。今度は、怖くなかった。

“わたし”は、カードを一枚場に伏せる。

 相手のカードは“6”、わたしのカードは“6”引き分けだ。

 続く9回戦、相手のカードは“10”、わたしのカードも“10”だ。

 嘘のように完全に読みどおり。こちらの勝ち札をなるべく消費せず、相手の勝ち札を減らす。

 だが、いまだこちらが圧倒的に不利。

 こちらの手札“A”“5”“9”“12”に対し、相手は“7”“8”“11”“13”。こちらの“5”が完全に死に札だと言う事を考えれば、勝ち様がないように見える。

 だが、仮に先の読みで相手の“6”“10”に勝ち札を被せれば残るのは“A”“5”“6”“10”。点数のアドバンテージ以上に死に札がのしかかってきて、勝ち筋が細く危うい物になるだろう。

 続く10回戦、相手は“8”これに“9”を被せて、勝利をもぎ取る。

 46対49。得点的には追いついた。

 ツェールの顔色が変わる。

 たぶん、彼はまだ気付いていない。

 心理を読みきった“俺”から、“わたし”に、相手が切り替わっている事を。

 たぶん、ツェールの読みは絶対。

 読みとは違った札を出してくる相手に、彼は困惑している。

 だから、ここでツェールは勝ちがほしい。数字的なアドバンテージを取りたい。必勝の“13”を出したいところだろうが、まだこちらには“A”が残っている。

 だからこそ、この場面で出すのは“7”。“A”“5”の2枚に勝ち、負けたとしても相手の唯一の勝ち札を使わせる必勝のカード。

 だから、こちらは“5”を出した。負け札にして、相手を地獄に引きずり込む魔の札。46対62、点数差は16。だが、そんなものは関係ない。

 次に出す札で、勝敗は決してしまうのだから。

こちらの手札は“A”“12”、相手の手札は“11”“13”。どちらを出しても勝率は5分5分。この状況に来て、わたしの“A”は勝ち札に化けた。

 ツェールは信じられるだろうか。こちらに“12”がある状態で、“11”の強さを。

 できない。

 相手の心理傾向を量るために弱い札を使い、強い札を温存するツェールでは、この状況で、“11”の強さを信じることはできない。

 読みの鋭さこそ恐るべきものがあるが、どこか“安全”を抱えていなければ勝負できない。“罰ゲーム”と言う恫喝の元でしか強者たり得ない。それが、ツェール……いや、“その中身”の正体だ。

 いくらツェールの設定が最強でも、操っているのはプレイヤーに過ぎない。

 その齟齬が、“わたし”のつけ目。



 ツェールの“13”に対し、“わたし”のカードは“A”。最弱のカードが、勝負を決めた。

 

「ぐっ」



 勝負が決まり、ツェールはテーブルに突っ伏した。

 その瞬間。虚空から憔悴しきった様子のレット氏とマッシュが落ちてきた。二人は、生還できて気が緩んだのだろう、崩れるように気絶した。

 よかった。こんな所で仲間を失っていたら、一生後悔していただろう。

 

「―――ぐぎぎぎぃ」



 奇声に驚き、振り返る。

 ツェールが、何かに耐えるように歯を食いしばっていた。

 見れば、ツェールから放たれていた禍々しいオーラ。それが全て彼のステッキへ吸い込まれていく。

 何が起こっているのかわからなかった。だが、これはツェールがゲームに負けたことに起因している。それだけはわかった。

 後に残されたのは痩せこけた子供の亡骸。対してステッキの方は、禍々しいオーラを発している。

 たぶん、ステッキの方が本体。そんな設定なのだろう。怨“念”の宿ったステッキが“悪魔紳士”と呼ばれる存在を作り出したのだ。

 改造までして造り出したキャラクター。最後は、設定に足を引っ張られたのだ。

 わたしは、渾身の念を込めてステッキを踏みつける。

 ステッキは、乾いた音を立て、二つに折れた。

 子供の遺体が、オーラに包まれて消えうせる。グリードアイランドのゲームオーバー。



 わたしは、仇を討った。

 そして、仇を討ってしまった“わたし”は、何かどうでもよくなって、地面に倒れ込んだ。









 ――夢は見ない。



 呪いから、解放されたから。

 わたしを縛る言葉は、もう無い。



 ――夢は見ない。



 復讐以外に、何もなかったから。

 それがなくなった今、何をしていいのかわからない。



 ――夢は見ない。



 そう教えられたから。

 師に叩き込まれた希望的観測を許さぬ思考法が、わたしに告げる。

 オマエハモウ、ヒツヨウナイ――と。



 だから―――誰かが告げる。

 わたしは、あなたでいい。あなたであることが、わたしの全て。









 そう言われて、相手が“ユウ”だと気付いた。









「―――!」



 声にならない声を上げて目を覚ます。

 辺りを見回すと、倒れた時のままの光景――気絶している男共を含めてそのままだった。

 違和感がある。違和感、と言うより、過剰にしっくりする感じ。

“なじむ”という表現が、より近いように思う。

 “俺”の部分と“ユウ”の部分が分かれていた以前より、より混じりこみ、渾然として区別がつかない。

 要するに、“ユウ”の部分が、完全に俺のものになってしまったのだ。

 だが、それは俺にも影響があるわけで、俺はわたしでもある。そんな変な状態になっている。

 まあ、急いですべきことも無くなってしまったし、少しはゆっくりできるだろうし。

 何か、一気に緩んだ。

 俺、今まで結構テンパってたんだな。

 ぶっ倒れている二人を見ながら、ふと、この世界を見て回るのもいいかな、と思った。









 目を覚ましたレット氏とマッシュにとりあえずグリードアイランドから出る事を告げる。

 マッシュは、ここはいい修行になるから、しばらく残りたいと申し出た。

 強くなることに貪欲なのはこっちとしてもありがたかった。レット氏にも、微妙にいい影響を与えてるみたいだし。

 マッシュの言葉を聞いたからか、レット氏も、ここでできる事をやってみたいっス、などと言ってきたので、とりあえず魔法カードの買い込みを頼んだ。

 今のうちに注目されても拙いので、指定ポケットのカードを集めるのは後回しにした方がいいだろう。あんまり動き回って危険な奴に会っても困るだろうし。



「――じゃあ、また戻ってくるまで」



 そう、二人に別れを告げ、港からグリードアイランドを出る。

 その場でシュウに電話をかけ、一言。仇を討った、そう言うと、シュウは我が事のように喜んでくれた。



「でな、ちょっとガス抜きしようと思ってな。いろんな所、行ってみようと思うんだ」



 そう言った俺の言葉から何か感じたのか、電話の向こうでシュウのため息が聞こえてきた。



「行く前にオレんとこ顔出せよ」



「ああ」



 大きく頷いて電話を切ると、空を見て歩き出した。

 初めてまともに見たこの世界の空は、途方もなく大きく見えた。












[2186] Re[9]:Greed Island Cross(現実→HUNTER×HUNTER)
Name: 寛喜堂 秀介◆fc28485b
Date: 2007/10/03 00:23







 OTHER'S SIDE  サイド・ブラボーパーティー









「しっかし居ないねー、ご同胞。どうなってんだろ」



「“同胞狩り”の一件があったからな。向こうも警戒しているのだろう」



 カミトさんのぼやき混じりのつぶやきに、ブラボーさんが応える。

 黙って二人について行くわたし。

 カミトさんは、格好は男の子なんだけど、中身は女の人みたいで、女の子口調。

 黙っていれば美少年なのに、口を開けばみんなが遠ざかってしまう。

 たぶん、誰も彼がハンターだなんて思っていないと思う。

 ブラボーさんは、もう“ブラボー”としか言えない。漫画の登場人物そのままの、キャプテン・ブラボー。とっても頼りになるんだけど、ちょっと馬鹿。

 二人とはハンター試験で出会った。

 ハンター試験を受けたのは、グリードアイランドを手に入れるのに、それが近道だと思ったから。

 わたしのキャラクター、“ミコ”は一応良家のお嬢様だったけど、あのむちゃくちゃ高いゲームが手に入れられるほどじゃない。

 だから、とりあえずライセンスがほしかった。

 結局わたしは合格できなかったけど、二人に会えたのは大収穫だった。

 おかげで、元の世界に戻る、具体的な方法とかが分かってきた。

 わたしも“ミコ”も、世間知らずなおかげで、二人の助けにはなれないけど、足だけは引っ張らないようにしなくちゃいけない。

 わたしの“ハヤテのごとくシークレットサーバント ”は、遠くまで飛ばせるタイプの念能力なので、探索には向いている。

 いまも、わたし達の上を鳥に化けて飛んでいる。

 その目が、ちょうどこっちを伺っている念能力者の姿を捉えた。



「ブラボーさん。こちらを伺っている方がいるようですけれども」



「それはブラボーだ。ぜひ話し合ってみよう!」



「使える奴だといいけどね」



 お二人のテンションは、まるで違うけど、変に息が合っていて面白い。



「そうですわね。ユウさん位の使い手ですとよろしいのですが」



 ユウさんはわたし達の仲間で、すごい使い手で、わたしの命の恩人でもあるひとだ。

 女の人なのに、男の子の言葉を使ってる、たぶん本当は男の人。



「ミコはユウちゃんLoveねえ」



「な!? そのようなこと」



 何を言い出すのかこの人は。



「わ、わたしはただ相応の使い手としてあの方の名を挙げただけでそのようなことは―――」



「はいはいそう言う事にしときましょう。とりあえずユウちゃんはおいといて、仲間を物色しますか」



「うむ。今は大事を優先しよう」



 人の話を聞かないカミトさんに、ブラボーさんはマイペースに同意する。

 まったく。ユウさんはそんなんじゃないというか命の恩人で女の人で、でも本当は男だと思うけど女の人かもしれないし年上だし……いや、それはさておいて、こちらを伺ってる人もいることだし、今は仲間探し優先だ。

 元の世界に帰るためにも、こんなところでぐずぐずして居られないのだ。









 吸い込まれるような深い青色の空。それをながめながら、思う。

 数ヶ月、この世界を歩き回ってみた。

 一年前に、この世界に突然現れた、三百人近い念能力者達。だが、何も変わらない。

 俺たちが来て、俺たちが関わって、元の世界とは変わっているはずだけど、結局、なんら変わらない。

 ただ、ゆっくりと。俺たちの変えてしまったはずの流れは、本来の大きな流れに飲み込まれていくだけ。

 それを、実感する。

 マフィアンコミュニティーの十老頭に、幻影旅団と関わる危険を忠告した者が居た。

 もちろん、まともに受け取ってもらえなかったようだ。

 キメラアントについて、その危険性を示唆するレポートを学会に提出した者がいた。

 一笑に付されて終わったらしい。人間大のキメラアントの発生を想定すること自体ナンセンスだ、と。

 公にNGLを非難した者は、名誉毀損で訴えられたあげく、正体不明の者に命を狙われているらしい。

 何か大きな力が歴史を変える行為を妨げているかのように、何も変わらない。

 歴史だけでない。主人公達の周りでも、そんな事が起こっている。

 たとえば、ゾルディック家の掃除係をやっていた奴は、“同胞狩り”に殺された。

 クラピカに近づこうとして緋の目を手に入れた人物も、第三者に殺されてしまった。

 旅団に近づいた者は……言うまでもない。

 あの“ツェール”も、結局ヨークシン編が始まる前に死んだ。

 歴史は原作から外れない。少なくとも、それに抗う力がなくては、運命は変えられない。

 グリードアイランドもそうなのかも知れない。ブラボー達の見通しが甘いと言うのではない。より以上に、この世界が俺たちに厳しいだけなのだ。

 それに関して、シュウは言う。

 

 別に、世界が俺達の動きを抑制してるわけじゃないだろうさ。

 単に俺達が流れに逆らって進もうとしているだけ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだろうよ。

 世界に、時流に指向性があるなら、別のベクトルに向かえば向かうほど進んでいくのが困難になるだけだろう。

 無理に逆らって行けば、あるいは、無理に加速すれば、力のない奴は、そりゃあ淘汰されるだろうよ。

 主人公回りに関しても同じ。あいつらは、いわば“英雄候補”で、“流れ”そのものと言ってもいい存在だからな。関わって、影響を与えるほどの要素になることが、どれだけ困難か。想像に難くない。

 だから、なるべく主人公回りに関わるのはやめておけ。少なくとも、考えに影響を与えるような近しい存在になるな。



 シュウの物の見方は独特だったが、大筋で俺の意見と間違っていない。

 ただ、何をやっても抑制力のようなものが働くわけではない、と、シュウはそう言いたかったようだ。

 だから、怯えるな、と。胸を張って進め、と。

 きっと、シュウは戦う。激越な意思で、己を通し抜く事を、あきらめはしない。

 だから俺も、戦うことだけは、きっとあきらめない。何があっても、最後の目標からは、目をそらさない。

 それが、この世界を巡って得た、俺の結論だ。

 

「――何がみえんの?」



 いきなり、声をかけられた。

 声の主を求め、振り返ると、そこに少年が立っていた。

 銀髪の少年。10代前半。猫科の猛獣を思わせるしなやかな挙措。

 その特徴の主を、俺は知っている。キルア・ゾルディック、主人公の一人だ。



「別に。見てたのは空」



 あまり関わりたくない。それゆえに、不愛想に応えた。

 だが、その答えを不思議に思ったのか、キルアは俺の横に陣取ってしゃがみこむ。



「なんで空なんて見てんの?」



「いや……」



 訪ねられて、一瞬答えに詰まる。



「見ていたのは空じゃない。自分だな」



 しばらく考えて、出した答えはそれだった。



「わけわかんねえ」



 キルアはそう言って、立ち去るのかと思えば、顔をこちらに近づけてくる。



「あんた、同業者なんだろ? なんでそんな無駄なことすんの?」



「“元”同業者だ。今は一般人」



「なんだ、モトか」



 キルアはがっかりした様子で完全に腰を落とした。



「あーあ、賞金首なら路銀の足しにしようと思ってたのになー」



 こいつ、そんなこと考えてやがったか。だが、あいにく俺は賞金首になるほど大した“仕事”はしていないのだ。



「で、暗殺者のキミは、なんで路銀に困ってるんだ」



「それがさー、オレも“モト”なんだよ。家が代々の暗殺者でオレも教育されてきたんだけどさ、いやんなって家出してきたんだ」



「……金がいるのか? いくらだ」



 とりあえずとっとと何処かへ行ってほしくて、そう言ってみた。



「くれんの? マジで? じゃあとりあえず2、3万でいいや」



 財布から3万取り出して渡す。



「サンキュ。ハンターになってオヤジ達の賞金もらったら返しに来る」



 そう言うと、キルアは喜び勇んで駆けて行った。

 もしかして、受験料すら持ってなかったんだろうか。

 まあキルアならどうにかして調達したんだろうけど。通りすがりのごろつきでもぶっ殺したりして。

 とりあえず死なずに済んだ、顔も知らない人の無事を祝っておいた。









“俺たち”の行動を抑制する力が働いている。

 俺は、そう考えていた。だが、まさか自分が同胞達の邪魔をする羽目になるとは。

 キルアに遭った後、シュウから連絡があった。

 シュウとは携帯やネットで、わりと密に連絡を取り合っているので、それ自体は変わった事ではない。

 度肝を抜かれたのはその内容。

 俺にハンター試験の試験官をやってほしい。そんな連絡が審査委員会からあったらしい。

 今年のハンター試験といえば、主人公達が受験する大切な試験だ。

 その試験官に俺が選ばれた、その意味。

 ――おそらく今年は去年より、同胞の受験者が多い。

 試験の内容から回答まで、全部知っているわけなのだから、確実に合格を狙うなら、俺でもそうする。

 同胞の中でライセンスを持っていないのが3割ほどと仮定すれば、100人弱ほども受験する可能性があるということ。

 きっと、試験は収拾がつかないくらい混乱するんじゃないだろうか。

 それを跳ね除けるために、俺が選ばれたということか。

 いやな役どころだが、同時に好機。

 今まで捉まらなかった仲間を物色する絶好の機会なのだ。

 現状、俺達の準備は、かなりのところまで来ている。

 シュウの怪我が治ってグリードアイランドに入ったことで、下準備は着々と進み、すでに数人のゲームから出られないプレイヤーと交渉し、15人分の空きスロットまでもう少しという所。

 ブラボーの方も仲間を数人見つけ、あと少しでグリードアイランド攻略に乗り出すつもりらしい。

 俺の方も、試験が終わったら攻略に加わる事を約して、シュウとの通信を終えた。

 向かうはザバン市。ハンター試験会場だ。

 ザバン市ツバシ町2-5-10 外観はどう見ても定食屋。その地下こそ、ハンター試験会場なのだ。この冗談みたいな会場は、あの会長の趣味に違いない。

 地下に下り、試験官の控え室で、一次試験の試験官だったサトツさんと2、3相談をして、待つこと半日ほど。

 予定の時間になったので、控え室を出る。

 受験者の人数は、手元に回された資料では461人。主人公達が最後の方で、400何番かだったと思うから、50人近くの同胞達が受験している計算だ。

 ベルを鳴らす。

 一同の目が、一斉にこちらに向けられた。



「このときを以て受付を終了。これよりハンター試験を開始する」



「え」「そんな」



 疑問の声を上げたのは、たぶん同胞達。

 そんな声を尻目に、一団の先頭に向かい、歩いていく。

 地面に一直線に引かれた、白線。その線上に立つと、受験生達に向き直った。



「知っての通り、ハンターと言うのは強くなければ勤まらない職業だ。キミ達がどんなハンターを目指すのかは知らないが、“強さ”はハンターにとって最低条件だ」



 言いながら、あたりを見渡す。

 去年の受験生達は、俺の顔くらい知っているだろう。途中、キルアと目があったので、目だけで挨拶しておいた。



「この中でも知っている者も多いと思うが、俺も去年はそちら側に立っていた。ライセンスをとって一年にならない新米ハンターだ」



 念能力者の数は、およそ30人ほどか。ただし、“纏”を行っていない者の中に、力強いオーラを持つものが混じっている。それも、おそらく同胞だろう。



「1対1。俺に拳を叩きこめた者は、合格にしてやる」



「へっ、なら俺が一番に合格してやるぜ!」



 言いながら出てきたのは、一般の受験生。

 襲いかかってきた受験生の拳を、真正面から押してやる。

 伸び切った状態の腕を押された受験生は、一瞬宙に浮き、そのまま膝を折って蹲る。。

 利き腕の関節は肩からはずれ、受験生は気絶している。これでも、充分手加減しているのだけど。



「―――もちろん、この条件では厳しすぎる。だから試験内容を変えさせてもらった。この線を抜けて向こう側に行った者は、合格者としてそのまま二次試験を受けてもらう」



 線を足で指し、続ける。



「こちらに残った者は戦って合格すれば、三次試験に進んでもらう。もちろん失敗すれば不合格だ。5分以内に選べ」



 わたしの言葉に、半数以上の人間が線を超えて歩いていく。

 その中には、キルアやギタラクルの姿もあった。手を抜いたとはいえ戦闘に身をおいたのだ。さすがに俺の技量を正確に読み取ったらしい。ギタラクルのほうは、間違いなく俺以上の使い手だが、おそらくキルアを見守る事を優先したのだろう。



「ゴン。何を考えている!? 敵うわけないだろう!?」



「でも、やってもいないのに試験から逃げるなんてできないよ!」



 何やらもめている主人公達。



「なら、試してみるか? 3人までは特別サービスだ。二次試験も受けさせてやろう」



「やるよ!」



 俺が声をかけてみると、ゴンが元気よく答えた。



「待て、オレが先だ」



 自信たっぷりにゴンの前に出たのは、念能力者の青年。銀髪紅眼の特徴を鑑みるに、同胞だろう。こんな見分け方もどうかと思うけど。



「えー!? ずるい!」



「心配しなくても3人目は君にしておく。まあその気も失せるかも知れないがな」



 言って、男と対峙する。

 男は屈み込むような低い体勢から宙に舞い、頭上から攻撃してきた。

 それに合わせるように、掌底。

 念能力者だから死ぬ心配はないだろうと、かなり強めに打ち込む。男は天井に打ちつけられ、弾かれるように地面でまたバウンド。ピクリとも動かなくなった。



「ま、こいつ以下の実力ならやめておいたほうが無難だけどな」



 この惨状を見て、ほとんどの人間が線の向こうに逃げていく。



「ゴン、やめておけ。とても敵う相手ではない!」



「そうだぜ! ヘタすりゃ死ぬぜ!?」



 二人の言葉にも揺るがず、ゴンは前に出て来る。



「行くぞ!」



 ゴンは先の男と同じように思いきりジャンプし、宙から釣竿を投げてきた。

 それを紙一重で躱し、迎撃体勢を崩さない。

 ゴンは、もう一度釣竿で攻撃。それを躱したところに、浮きが壁に当たって跳ね返ってきた。

 それを手で捌く一瞬。図ったかのようにゴンは竿を倒し、釣り糸で俺の体を拘束する。

 そこを狙って、後ろに回りこんでのパンチ。攻撃のセンスはいいが、絶対的に身体能力が足りない。

 優々とパンチを受ける。



「はい、キミも不合格」



「ええー!? なんで!?」



「線を超えたら無条件で不合格って言っただろう?」



 そう、後ろに回りこんだゴンの足は、線を超えていたのだ。

 

「ううー」



「はい、とっとと線の向こうに行く」



 悔しがるゴンの頭を叩いてやる。

 クラピカとレオリオも、ゴンについて線を渡っていく。

 残ったのは、ほとんど全てが念能力者。

 その中に、ヒソカや、何処かで見たことあるような顔が2、3残っているのが気になるけど、まあほぼ予想通り。



「じゃあ一次試験、本番を始めよう」



 言葉と同時に、押さえていたオーラを解放する。

 念を使える受験者達が、青ざめる。

 みたところ、ここにいる同胞達は、俺はおろかレット氏にも、はるか及ばない。それでも“良い”オーラをしているのは4人ほど。3人はすでに線の向こう、残った1人は、冷静にこちらを伺っている。

 腹が立ってきた。こいつらこの一年、何をしていたんだ。



「死にたくなかったら線の向こうに行ったほうがいいぞ。“使える”者には加減しない」



 俺の、言葉というより無言の威圧に、ぞろぞろと受験者達は線を渡っていく。

 残ったのはヒソカと、同胞一人と、数人の一般受験生だけ。

 彼らを尻目に、線を渡った受験者達に告げる。



「後から渡った奴。キミ達は不合格だ。とっとと去れ」



「なんで!?」 「うそだろ!?」



 俺の言葉に、非難の声。



「言ったろ? ここに残った者は戦って合格するか、不合格になるかのどちらかだ、と。試験開始を宣言してから線を渡った者は、どのような理由があろうとも不合格だ」



「でも、それはあなたが言ったんじゃない!?」



「ああ、言ったよ。死にたくなかったら線を渡れ、と。死なれちゃさすがに寝覚めが悪いからな。その前に自分から不合格になったほうがいいと言ったんだ」



 その言葉が、受験者達に伝わるまで、一息。



「キミ達は俺の実力を見誤った。これがひとつの失点。キミ達は試験官の言葉から試験の意図を推察しなかった。これが二つ目の失点。二回続けての失敗というのは現実ならば致命傷だ。さらに言わせてもらうなら、ちょっと困難にぶつかったくらいで自分の意思を貫けず、心折られるようじゃあハンターを目指す資格すらない。お前らは何のためにハンターになりたいんだ!」



 眼力にオーラを込めて、辺りを睥睨する。

 圧倒されたように後じさる受験生たち。どの道この程度の奴らじゃあハンター試験をかき回す程度しか出来ないだろうし、それを未然に防げたのだからこれでいい。

 試験の目的は、こんな中途半端に実力があるくせに判断力に欠ける、厄介なヤツを弾くこと。これはもともと戦う試験でなく、判断力の試験なのだ。

 適正に実力差を読みきり、挑戦を放棄するか、あるいは逆に実力を知らされても、敢然と立ち向かうか。それが、合格条件。

 うなだれる彼らをしり目に、今度は残った者達に向き直る。



「線を超えなかった者達。おめでとう、君達は合格だ。“次”を求めず今、この瞬間に挑む姿勢。機会を薄めず、あくまで挑戦しつづける姿勢。それこそハンターに必要な資質だ」



 言って、合格者達を祝福する。

 サトツさんの行う二次試験の方に回った同胞は3人ほど。予想より削れ過ぎている気がするが、まあ良しとしておこう。

 ヒソカが入っているのがかなり気になったが、よく考えたらこんな試験にした時点で残ってくるのは確実で、つまるところ完全な俺のミスだ。

 その後、試験合格者達をチャーターしておいた小型の飛行船で、二次試験会場まで運ぶ。

 その最中、じっとこちらに向けられる視線ひとつ。

 いや、それが誰のものかわかってるけどね。何か、現実逃避もしたくなる。



「くっくっく ♥」



 もう完膚なきまでに、ヒソカにロックオンされていた。

 殺気自体は無いし、今すぐどうこうとか言うわけじゃなさそうだけど、精神衛生上、非常によろしくない。

 だいたい、全身を舐めまわすような視線が気色悪いんだよ。

 と言っても変に刺激するわけにもいかないし、極力惚けた振りして誤魔化すことにした。ネテロ会長がやってたあんな感じ。

 そう、自分に言い聞かせていたが、だめだ、どうにも耐えがたい。

 ヒソカがサトツさんの試験を受けなかったことが、どんな影響を与えるか。気になったが、無理だ。向こうに着くまでの精神的苦痛で胃に穴が開きそうだ。

 途中、通りすがった街の、高層ビルの屋上に人がいるのを見つけると、渡りに綱と“背後の悪魔ハイドインハイド ”をつかい、とっとと退散させてもらった。

 

「さ、て、ちょっと試験は気になるけど、試験終わってから天空闘技場行ったらヒソカと出会っちゃいそうだし……」



 圧迫感から解放され、軽く伸びをしながら、つぶやく。背後で、びっくりしてる人がいたが、まあ気にしない。



「行きますか。グリードアイランド攻略」



 自分を奮い起こすように、声に出して言った。












[2186] Re[10]:Greed Island Cross(現実→HUNTER×HUNTER)
Name: 寛喜堂 秀介◆fc28485b
Date: 2007/10/03 21:55







「よう」



 天空闘技場に着くと、その足でシュウの部屋に向かった。

 半年近くも放置していたので、200階クラスからは登録抹消されているのだ。



「ああ、ユウ、久しぶり」



 久しぶりに見るシュウは、一回り大きくなったように見えた。



「シュウ、背、伸びた?」



「ん? ああ。まあ、成長期だから」



 何処か自慢げに胸を張るシュウ。



「ユウもちょっと感じ変わったよな。何か、女らしくなったというか……いや、自然体になったって感じか」



 いや、そんなこといわれても、こっちはどう反応していいのかわからない。



「ユウ、ブラボーから連絡。ブラボー達もグリードアイランドに入るってさ」



「仲間が見つかったのか?」



「大方、な。残りはグリードアイランドの中で見つけるつもりらしい」



「よし、じゃあ……」



「始めるか。グリードアイランド攻略」



 互いにぐっと、握りこぶしを作る。

 何でだろうな。こいつと居ると気が大きくなってくる。無条件に信頼できるやつがいる。ただそう思うだけで、力が湧いてくるのだ。



 グリードアイランドに入ると、あらかじめ示し合わせていたのだろう、マサドラの宿のひとつで、レット氏達と落ち合った。



「あ、ひさしぶりっス、ユウさん、と、シュウさん」



 久しぶりに見るレット氏は、相変わらず三下オーラ全開だったが、身に纏うオーラが数段強くなっている。



「ユウ。久しぶりだな」



 顔を輝かせて、マッシュは抱擁のポーズ。やるわけないだろうが。

 腹に突っ込みを入れてやる。



「ぐ、ぐ、ぐ、久しぶりだというのにご挨拶な……」



「え、突っ込み待ちじゃなかったのか」



 前かがみになるマッシュ。でも、叩いた感触から、腹筋が数段発達しているのがわかった。



「お前達も、相当鍛えたみたいだな」



「ええ、シュウさんが直々に……」



 言いかけて、レット氏の瞳から光が消える。



「――ちょ、待ってくださいっス! それは拙いっス! シュウさん! お願いですからパピヨンの刑だけわぁーっ!!」



 がたがた震えながら悲鳴を上げるレット氏。フラッシュバックって奴か。



「巨乳は罪デス。貧乳バンザイ。妹サイキョー」



 つられて、マッシュまで機械的な口調で妙な事を言い出す。



「……シュウ、お前こいつらに何やったんだ」



「修行してやっただけだよ。レットの場合、あまりにも度胸ないから度胸をつけてやっただけ」



「……尋常じゃないトラウマになってるみたいだけど……で、マッシュの方はほんとに遊びだろ。何だよアレ」



「じっ……啓蒙?」



「洗脳だろう、どう見ても」



 と言うか、何やってたんだこの数ヶ月。クソ、これで強くなってるんだから、余計に腹が立つ。









 レット氏達と合流した後、かねてより打ち合わせていたとおり、マサドラから少しはなれた平原に向かった。

 俺達が着くと、そこにはすでに、ブラボーを先頭に8人ほどが集まっていた。



「紹介しよう、同士達だ!」



 俺たちを迎えるように並び立つ仲間をブラボーは指差す。



「エース。強力な念を込めた球を操る、操作系の能力者だ!」



「よろしくな。ブラボーからあんた達の事は聞いてるぜ」



 紹介された、野球帽を被った長身の男は、気さくに笑いかけてくる。



「ダル。体をゴム状に変化させる特質系の念能力を持つ!」



「つーか、あれなんだけどね、ゴムゴム」



 言いながら手を、フニャンと撓らせるダル。……これは、かなりの生理的嫌悪感だ。

 元ネタは好きだけど、生理的にこれは受け付けない。

 軽く引いていると、ダルはにやりと笑い、手足をくねらせながら近づいてくる。



「ほーら、ぐにゃぐにゃだよー」



「ちょ、マジやめて――」



「成層圏までぶっ飛べぇーっ!!」



 俺の言葉が終わるより早く、シュウの“正義の拳ジャスティスフィスト ”が、ダルを上空へすっ飛ばした。

 まあ、ゴムだし、大丈夫だろう。



「……ミオ。筋力強化に特化した強化系の能力者だ!」



「よろしくねー」



 ブラボーもしばらく上空を眺めていたが、いつまで経っても落ちてこないので、気を取り直したように紹介を再開した。

 紹介を受けた10過ぎの少女は、しまりのない顔で笑みをこぼす。



「D(ディー)。オーラを“波紋”に変化させる能力者だ!」



「よろしく」



 と、奇妙なポーズを取るD。

 というか、“ジョジョの奇妙な冒険”を知ってる事を前提に説明しないでほしい。

 まあ、波紋といえば、相手を操ったり、物を手に吸いつけたり、水を固定したりと、いろいろ使い勝手のいい力だ。いい念能力なのかも知れないけど。



「ヒョウ。“変化しない”という変化系の能力の持ち主だ!」



「わかりにくいよな……ま、こう言うこと」



 ヒョウは、一団を離れるように歩いて行き、空を見上げる。

 ちょうどそこに、ダルが落ちてきた。

 どこまで上がっていたのかしらないが、たとえゴムと言えど、その直撃を受けて無事ですむはずがない。ものすごい衝突音と共に、双方あらぬ方へ吹き飛んだ。

 

「……と、まあ、こんな感じ」



 何事もなかったように立ち上がるヒョウ。

“堅”すらしていなかったはずだが、全くダメージは無いようだ。



「“我は変わらず在りイモータルハート ”。対象の状態をそのまま保持する念能力だ」



 これは……かなりすごい能力なんじゃないだろうか。



「彼らが、新たに仲間になった5人だ!」



 ブラボーがびしっとポーズを決める。

 それに対し、こちらからはシュウが一歩前にでた。



「じゃあこちらも紹介させてもらおう。レット。この場では使えないが、各能力を大幅に底上げする念能力を持っている、強化系の念能力者」



「どうも、レットっス。よろしくお願いしまス」



 シュウの紹介に、レット氏はぺこりと礼をする。

 何か、一瞬で、こいつの立ち位置が決まった気がする。

 うん、これだけ人数増えても、こいつが一番下ってことは変わらなそうだ。動物の優位性的に。



「同郷ではないが、協力者でマッシュ。強化系で、“何もない所を蹴る”能力を持つ念能力者だ」



「マッシュだ、よろしくな」



 なるほど。マッシュの念能力、ボクサーの彼にとっては最適の能力かもしれない。

 何せ、ボクサーゆえの攻撃的死角が、この能力で消せるのだから。



「ユウ。相手の死角から死角へ瞬間移動する特質系の念能力者。あと念能力の制約を一時的に外せる飴玉を作れる」



「よろしく」



 ぺこりと、礼をする。



「そして、オレはシュウ。強化系で、パンチ力を増幅する念を持ってる」



 簡単に説明するシュウ。



「うむ、それに私とカミト、ミコの12人で、とりあえず作戦を行う事にする」



「作戦?」



「2人でチームを組み、攻略地域を担当する。各地の指定カードを、それぞれコンプリートし、しかる後“一坪の海岸線”に挑戦する。これによってコンプリートまでの妨害を最小限に押さえる」



 なるほど、1チームあたりおおよそ25個ずつじゃあ、この“チーム”に気付かない限り、警戒はされにくい。

 加えて短期間での収集が可能になるから、対策を打たれにくいのが利点だろう。



「グリードアイランドを4分割し、それぞれ担当する。ほかに、入手難度SSのカードを専門に追うチームが2つ。即ち、6チームに分かれる。一応適正をみてチーム分けを考えてみた。異論があれば言ってくれ」



 そういってブラボーはチームを発表する。



 北東地方チーム



 レット、マッシュ組



 北西地方チーム



 ブラボー、D組



 南東地方チーム



 ミオ、ダル組



 南西地方チーム



 カミト、エース組



“大天使の息吹”チーム



 ユウ、ミコ組



“ブループラネット”“一坪の密林”チーム



 シュウ、ヒョウ組



「―――といったところだが、誰か意見があるかね」



「……聞きたいんだけど」



 何か、感情を押し殺すように、シュウ。



「なんでオレとユウが別れてんの?」



 ……押し殺せてない。むっちゃ怒ってる。

 たかが班分け位で怒りすぎだろう。



「“大天使の息吹”を手に入れるには、マサドラで呪文スペル カードを集めてもらわなくてなならない。他のプレイヤーと出会う危険が大きいからな。探査系のミコと、呪文スペル カード有効圏内からすぐに逃げられるユウに組んでもらうのがベストと考えたのだが」



「いいじゃないか、シュウ。適正を見てのことだし」



「……ユウがそういうなら、いい」



 ふてくされ、拗ねきったように口を尖らすシュウ。

 確かに、オレもシュウと組んだ方が安心できるが、仕方ない。



「よ、よろしくお願いしますわ! ユウさん」



「あ、ああ、よろしく」



 ミコさん、意気込んで挨拶してくれるのは嬉しいけど、タイミングを考えてほしかった。シュウの眼がすげー怖いから。



「先にグリードアイランドに入っていたシュウ達が、おおよそのカードの入手法を把握している。それから、彼らの集めた呪文スペル カードは“大天使の息吹”担当のユウ、ミコに渡す」



「とりあえず“堅牢プリズン ”“聖水ホーリーウォーター ”以外は揃えた。“擬態トランスフォーム ”“複製クローン ”は枚数に余裕があるから“神眼ゴッドアイ ”は各チームに一人、回せると思う」



 ブラボーの言葉に、シュウは本を開き、カードをこちらに差し出してくる。



「最後に、ひとつ。ミコとユウ以外は、なるべくマサドラに近づかないように。あそこは全てのプレイヤーが集まる場所だ。後の混乱を避けるため、なるべく他のプレイヤーとの接触は避けてほしい。呪文スペル カードが必要になれば、二人に調達してもらってくれ。それではみんな、頼んだぞ!」



 ブラボーの言葉を合図に、皆それぞれの担当する方角に散っていった。



「ミコ、まずはどうする?」



 マサドラに向かいながら、ミコと方針を考える。



「えっ――と、まず、上手いこと呪文スペル カードショップが見張れるところが陣地に欲しいですわね。それからお金を貯めて、プレイヤーがいない隙にカードを買って行けばよろしいかと」



「なるほど」



 おおむね、俺が考えていたプランに等しい。

 ただ、シュウ達が半年がかりでコンプリートできなかったことからも、“大天使の息吹”の入手が難しいのがわかる。たぶん、“ハメ組”の呪文スペル カード独占のせいだろう。

 時期的に考えれば、まだまだ煮つまってはいないだろうが、あと2枚を手に入れるには、かなりの長期戦を覚悟しなければいけない。



「とりあえず、拠点だな」



「ええ」



 オレとミコは肯きあって、マサドラへの歩みを速めた。









 マサドラでの呪文スペル カード入手は、予想通り困難を極めた。

“ハメ組”のせいでカード化限度枚数が極端に減ったレアカードは、容易に入手できない。



「いっそ“宝籤ロトリー ”で出ないものかしら」



 一月ほどもマサドラに張りついて呪文スペル カード集めをすれば、さすがにいやになるのだろう。

 しかも俺達は連絡の拠点になって、たまに呪文スペル カードを渡しにいくだけで、ちっとも攻略している実感がない。

 ミコがうんざりした様子でぼやくのも、仕方ない。

 一緒に行動していて気付いたけど、ミコって思ったより子供っぽいし。

 ミコの言うように“宝籤ロトリー ”で出てくればいいんだけど、残念ながら、“宝籤ロトリー ”から出て来るカードはアイテムカードだけなのだ。



「でも、カードも貯まってきたしな。使っておいていいカードはどんどん使わないと」



 カード化限度枚数の多い下級カードのダブりがひどい。移動系カードはミコに預かってもらっているが、それも溢れ気味。攻撃系の呪文スペル カードなんかは、仲間も必要としないし、俺達も使わないので出る端から破棄していっている。

宝籤ロトリー ”も出るたびに使って、おかげで指定ポケットのカードも10種近く入手してしまった。



「お? おおおおおっ!?」



 カードを購入し、また“宝籤ロトリー ”を3枚ほど入手してしまって、作業的に使った瞬間、俺は思わず叫んでいた。

 あらわれたのは指定ナンバー001“一坪の密林”。入手難度SSのレアカードだった。



「ゆゆゆゆ、ユウさん」



「ああああ、やった、やったぞ」



 ウソのような幸運に、二人とも声を震わせている。



「と、とりあえずシュウ達に連絡しよう」



「え、ええ“交信コンタクト使用オン 、シュウ」



 とりあえずシュウに連絡をつけ、“一坪の密林”を手に入れた旨を伝えた。



『ユウ達はまだ呪文スペル カードコンプしてないのか?』



「ええ、未だに2枚とも出ていない状態ですわ」



『……なら、考えがある。“一坪の密林”と“複製クローン ”、あと探知系の呪文スペルカードを持ってきてくれ』



 シュウの言葉通り、アイテムを渡した数日後。シュウは“堅牢プリズン ”“聖水ホーリーウォーター ”を持って現れた。



「どうやって手に入れたんだ?」



「交換だよ。“一坪の密林”の“複製クローン ”と交換したんだ……ツェズゲラとだけど」



 そういえば……ツェズゲラが入手した“一坪の密林”は、誰かが“宝籤ロトリー ”で当てたやつだとか言っていた気がする。

 このことだったのか。

 とにかくこれで、俺達は“大天使の息吹”を手に入れた。

 探知されると怖いので、すぐさま“擬態トランスフォーム ”で別のカードに変えたけど。












[2186] Re[11]:Greed Island Cross(現実→HUNTER×HUNTER)
Name: 寛喜堂 秀介◆4667f81e
Date: 2007/10/05 19:29







“大天使の息吹”を手に入れてから数日。

 急激に暇になった俺達は、拠点で待機する日々を送っている。

 いや、ミコは呪文スペル カードショップの見張りを続けているから、暇なのは俺だけだけど。

 指定ポケットカードを集めているみんなも、早いチームは後数枚というところまで来ているので、かなり順調と言っていい。



「それにしても、思ったより“同胞”が居ないな」



 たった一ヶ月、とはいえ、全てのプレイヤーが集まるマサドラで、今のところ一人も見当たらない。

 あるいは上手くプレイヤーに紛れ込んでいてわからないだけか。



「本当ですわね。わたし達しかこのゲーム内に入っていないのでしょうか?」



「いや、俺達は別に最速を目指したわけじゃない。下準備とかで、グリードアイランドを手に入れるのに結構寄り道をしている。その上で他のやつらより早いっていうのは、自分達を買いかぶりすぎだろうな」



「じゃあ、たまたまショップに寄っていないだけなのでしょうかね」



「それか、一度グリードアイランドから出ているか、かな……どうした、ミコ」



 会話の途中、いきなりミコの視線が宙を彷徨いだす。



「……いえ、おそらく同胞の方、ですけれども……ダメですわ。あれに関わっちゃダメです」



 ぶんぶんと首を振るミコ。

 一体何を見たのだろうか。



「そう言うわけにもいかないだろう。一体どんな奴なんだ?」



「……一言では説明できませんわ……ユウさん、気にされているなら一度生で見られることをお勧めしますわ。一度に、仲間に誘う気が失せますから」



 ミコにそう言われ、呪文スペル カードショップに行ってみることにした。

 一目でわかるような奴とは、一体どんな奴なのか。慎重に距離を測り、ショップが見える位置まで詰める。



「ぶっ!」



 見た瞬間、吹いた。

 三人組の同胞、その中に、見覚えのある顔があったのだ。



「あー、やっとここまで来れたなー」



 一人は、名前は知らないが、ハンター試験の時にいた奴。



「ふっ、ジョーくん、満身創痍と言ったところだね」



 二人目は、同胞狩りの時に会った、あの気色悪い男だ。何故か全身ぼろぼろになっている。



「お前もやろうが、セツナ。ワシらまとめてこいつの足引っ張りまくってたやんか」



 ジョーが指を指した先に、第三の男。たぶんミコが見て固まってたのはこいつのせいだろう。



「ふっ、気にするな、わたしも途中から役立たずになったしな」



 そう言った男は、なんというか、教育上非常によろしくない格好をしていた。見た瞬間、目がその姿を記憶することを拒否してしまった。



「ああ、全く、なんでこんな苦労してるんやろな、もー。予定やったらさくっとクリアできるはずやのに……元はと言えば、あのハンター試験がケチのつき始めじゃ。あの小娘、こむずかしい理屈こねよってからに」



「ボクもだよ。あのユウとか言う女と関わってから、碌なことがない」



「ユウて誰やのん」



「ほら、あのGreed Island Online に書き込みしてた……」



「ああ、あのイタイ書き込みしてた子がそれかいな。ありゃきっとリアルでもイタイ子やで」



 もう帰ろう。こいつら仲間にしても、お互いにいいことなんて、きっとない。

 ――と言うか、とても居たたまれない。



「むう……しかし、パンツが破れてしまったのは痛い」



「なんでキミ、“パンツ被ったら超人化する”なんて変な能力にしてんな。いや、むっちゃオイシイけど」



「替えの下着、探さなきゃいけないみたいだね。確か、15、6歳の、美少女の下着がいいのだったかな」



「うむ……まあ完全にわたしの趣味だがな。それが一番パワーアップするのだ」



 その言葉を聞いて、俺は脱兎のごとく逃げ出した。

 俺とこいつらは会わなかった。そう言う事にしておこう。









 それから一週間。

 グリードアイランドに入ってからわずか46日。

 俺たちは98枚の指定カードを集め、再びマサドラ近くの草原に集まっていた。



「さあ、これで残すはあとひとつ、“一坪の海岸線”のみ」



「ああ、いよいよ終わりが見えてきたぞ」



「――だが諸君、油断はするな。君達が如何にブラボーな戦士と言えども、相手はあのレイザー、油断はできない」



 緩みがちな気持ちを、ブラボーが引き締める。

 そう、相手はあのレイザー。今までに出会った誰より危険な存在なのだ。

 シュウが調達して来た、人数合わせの3人を加えてソウフラビへ“同行アカンパニー” で飛ぶ。

 ソウフラビの町中を探索し、順調に“レイザーと14人の悪魔”の情報を手にいれると、海賊の巣食う酒場を訪れた。

 よどんだ空気の中に、柄の悪い男達がたむろしている酒場。その中に、足を踏み込む。



「なんだ? テメェら。今日はオレ達の貸切だ。帰んな」



 名前は忘れたが、レイザーに殺された、太った男が、こちらを胡乱気に睨めつけてきた。

 無言で、ブラボーが一歩前に出る。



「この町を出ていきたまえ」



 ブラボーの言葉に、爆笑が巻き起こった。

 そういえば、漫画でもこんな感じだったな。そんなことを考えながら見ていると、太った男が酒を撒き散らして炎の土俵を作る。



「オレをこの“土俵”から外に出せたら、船長ボス に会わせてやるぜ?」



「ブラボー、あたしがやるよ」



 言ったのはミオだ。頭のでっかいリボンをぴょこぴょこ揺らしながら、躊躇いなく土俵に入っていく。



「なんだ? チンチクリンのガキか。泣いても知らねぇぞ?」



 馬鹿笑いする男。だが、その笑いは10秒と続かなかった。



「―――ねえ、それで全力なの?」



「ぬおおおっ!!」



 全力で押し出そうとする男だが、ミオは平気で突っ立っている。

 なんか力学とかいろんな物理法則とかを完全に無視した絵面だが、それだけミオの実力がすごいということなのだろう。

 理不尽極まりない絵面なのは変わらないけど。



「よいしょっと」



 ミオは軽々と男を持ち上げ、ゆっくりと炎の外に放り出した。



「んな、バカな……」



 呆然とする男、それを見て海賊達のリーダー格らしい男が、立ち上がった。



「ついて来な。ボスに会わせてやる」



 皆黙って男について行く。酒場の裏手には灯台があり、その中に設けられた巨大なトレーニングジムが、目的の場所。

 そこに、レイザーがいた。

 久しぶりに見るレイザー。以前は一瞬の邂逅だったが、正面から見れば、その実力が、いやと言うほどわかる。

 まともに戦っては勝てない。そう、否応無しに実感させられた。

 レイザーの提案で始まった勝負は、スポーツ形式。先に8勝した方が勝ちという条件の元、試合が始まった。

 一番手の男が決めた勝負形式はボクシング。

 こちらから出るのは、当然マッシュだ。



「マッシュ、油断するなよ」



「もちろんだ」



 マッシュは余裕の笑みをたたえ、リングに上がった。

 相手の男も小さくはないが、正面から向きあうと、マッシュはさらに頭ひとつ大きい。

 天然の体重無制限ナチュラルへヴィ 級に、相手もやや気圧されているようだ。



「ファイト」



 開始の合図とともに、マッシュが前に出る。ステップインと共に、右ジャブ。

 相手はガードしたはずだが、パンチの威力に体が10センチほどズレた。

 ジャブの威力じゃないだろう、あれ。

 堅実に、重いジャブで相手をコーナーに追い詰めるマッシュ。

 アマ、プロ両方キャリアを積んだだけあって、“ボクシング”がむちゃくちゃ上手い。

 リングの使い方、プレッシャーのかけ方、あらゆる面で相手を凌駕している。

 相手は、確か放出系でパンチの拳を飛ばすはずだが、そんな小細工をする間もない。

 マッシュの打ち下ろしの左ストレートが相手のテンプルに突き刺さり、決着がついた。



「よっし!」



 マッシュはガッツポーズを決める。図らずも名勝負を見せられた気になり、思わず拍手を送ってしまった。



 続いての勝負はリフティング。こちらから出たのは、ミコだった。

 お互い、ボールを持って、合図と共にリフティングを開始する。だが、ミコのボールは“ハヤテのごとくシークレットサーバント ”が化けたもの。地面にボールが落ちるわけもない。早々に相手のボールに念獣が化けたボールをぶつけ、勝利をもぎ取った。



「やったわね、ミコ」



「……辛勝でしたわ」



 カミトの祝福に、ミコは何故かおしりを押さえて応えた。

 ……そう言えば、念獣と感覚を共有してるって言ってたっけ。それを蹴り続けていたら、そりゃあ辛いだろう。



「ゴムゴム、超高度アターック!」 「喰らえ、“波紋”入りのバレーボールを!」



 次の勝負、ノリノリな二人がバレーで勝利を収めた。一人一勝だから4勝の計算だ。

 続いての勝負、バスケと卓球、ボウリングでは、かねてからの予定通り、人数あわせを投入してわざと負ける。



「命が惜しかったらソッコー負けろ」



 と言うシュウの言葉通り、彼らは勝負すらせずに負けた。

 これで4勝3敗。だが、数字以上の実力だと見切ったのだろう。レイザーが8対8のドッジボール勝負を挑んでくる。

 すでに7試合行っているので、残った8人。俺、シュウ、レット氏、ブラボー、カミト、ヒョウ、ミオ、エースがメンバーになった。



「――レイザー、ちょっといいかしら」



「ん?」



 カミトが、レイザーに声をかけた。



「わたしの鎖、念で実体化したものじゃないんだけど、持ち込んでもいいのかしら?」



「かまわないさ、そのほうが面白そうだしな。ただし、それでの攻撃は反則だぜ。それに、鎖も体の一部として判定することになるが 」



「いや、充分よ」



 カミトは腕を組んで不敵に笑った。

 “鉄鎖の結界サークルチェーン ”が使えるなら、カミトの防御力は格段に上がる。

 OKが出たのはありがたい。



「外野は俺が行く。俺の“我は変わらず在りイモータルハート ”は、こんな場面では壁くらいにしかならんからな」



「わかった。お願いね」



 ヒョウの言葉に、カミトは頷いた。



「スローインと共に試合開始です! レディ―――ゴー!!」

 

 スローインのボールは最初から譲るつもりだったのか、ジャンプすらせずに、レイザーの分身は退がっていく。



「球技となれば俺の出番だ。任せろ!」



 エースが、ボールを手に、振りかぶる。



「おりゃあっ!!」



 ボールに込められた強力な念は、さすが操作系。

 強烈な剛球が、4番をコートの外へ吹っ飛ばす。



「ほう、なかなかの能力者だな」



 レイザーは余裕の表情。

 外野のヒョウから返されたボールを、再びエースが受け取り、5番を吹っ飛ばす。



「―――準備OKだな」



 レイザーの言葉の意味は、わかる。外野に3人揃えることこそレイザーの目論見。



「―――だが、あんたの出番は永遠に来ないぜ!」



 エースの投げた球は、7番を吹っ飛ばす。

 だが、7番は吹っ飛びざまにボールをコート内に投げ返し、レイザーがそれを捕球した。

 これは、セーフだ。



「さて、厄介な奴が居るようだな」



 言って、レイザーは念を凝らし、投球。狙いは―――エース。



「当たるかよ!」



 それをギリギリで躱すエース。

 だが、その影にいたカミトに、ボールが襲いかかる。

 ボールがカミトに当たるかと思われた刹那、金属をこする音と共に、ボールはカミトの鎖に絡め取られていた。

鉄鎖の結界サークルチェーン ”。カミトを自動的に守る、鉄壁の防御だ。



「―――ほう? やるな」



 レイザーは、眼を細めたまま笑みを浮かべた。



「お返しだ!」



 カミトからボールを受け取り、再びエースが投球。

 7番を襲うかと思われた球は直角どころか戻ってくるような急角度で曲がり、2番を吹っ飛ばした。



「どうだ! 変化球の変化を増幅させる“魔球Xミラクルボール ”の味は!」



 ガッツポーズを取るエース。



「ほう。どうやら実力も申し分ない様だし……本気でやるか」



 レイザーの言葉と、発せられたオーラに、場の空気が凍りついた。

 彼から発せられるオーラは、俺達の中でオーラ量が一番多いシュウと比べても桁違い。



「上手く当たってくれよ」



 ――当たり所が悪ければ死ぬからな。

 そう言って投げられたボールは恐ろしい速度でエースの襲いかかる。



 ヤバイ! 顔面直撃コース!



 だが、間一髪、エースとボールの間に腕が差し出される。

 ミオだ。

 ボールはミオの手を弾き、威力を減じながらエースの野球帽を吹っ飛ばした。



「ミオ! 大丈夫!?」



 エースは、頭をかすめたボールで脳震盪を起こしている。

 掠ってこれだ。直撃したミオが無事で済むわけがない。



「いたたた、絶対骨にヒビくらい入ってるよ」



 だが、ミオはそう言ってひょこりと立ち上がり、腕を庇いながら外野に歩いていった。

 呆れるほど丈夫なお子様である。

 レイザー側の外野からゲームは再開される。

 レイザーに戻されたボールは、レイザーの手から外野に全力パス。

 高速のパス回しは、眼で追うのが精一杯。

 そこへ、2番が飛んだ。

 5番に投げられた2番は俺達の上空でボールを受け、こちらに投げつけて来る。

 横の動きに眼を慣らされていた俺には、とても捉えられない動き。

 気がついたときには、ボールはブラボーに直撃していた。



「ってこっちに―――」



 クッションボールがレット氏に直撃、レット氏はもんどりうって倒れた。なんと言うか、つくづく幸薄い人だ。



「む、う、不覚」



 ブラボーはそう言って地に膝をついた。

 その程度で済んでいるのは、例の武装錬金な念能力のおかげだろう。クッションボールを受けたレット氏ですら気絶しているのだから、大したものだ。

 だが、これで残ったのはシュウと俺、カミトだけ。

 少々心もとない。



 仕方ない。この場では使いたくなかったが。

 俺は“甘い誘惑スイートドロップ ”を口に含む。

 四面を敵に囲まれているこの状態では、“背後の悪魔ハイドインハイド ”が使えないのだ。



「シュウ、跳ぶぞ」



 ボールを受け取った俺は、シュウの影に隠れ、“背後の悪魔ハイドインハイド ”で7番の背後に回りこむ。

 体が地面につくまえに投球。6番とレイザー、ともにフォローしにくい位置からの攻撃だ。対処する暇もなく、ボールは7番の足に当たって転々と転がっていく。



「ほう? 瞬間移動の念能力とは珍しいな」



 頭上にはレイザー。その威圧感に、冷や汗が浮かぶ。

 その手にボールがパスされる。



 そういえば、こいつ外野にも攻撃していた!



背後の悪魔ハイドインハイド ”! 何も考えず、シュウの背後に飛ぶ。

 次の瞬間、轟音が地面を揺らした。レイザーが、ボールを地面に叩きつけたのだ。

 俺が先ほどまでいた地面に。

 ボールは天井でバウンドし、再び地上に落ちてくる。

 それを、一本の鎖がもぎ取った。

追尾する鉄鎖スクエアチェーン ”、カミトのもう一本の鎖だ。

 こちらのボールになったところで、こっそりと“甘い誘惑スイートドロップ ”を吐き出す。とりあえず、こちらにボールがあれば、“絶”状態でも安全になる。



「ユウ、ちょっと頼めるか」



 カミトからボールを受け取って、シュウが、こちらを向く。

 その眼が、強烈な怒りをたたえている。



「……ひょっとして、ジャンケングー?」



「頼む。オーラを高速で攻防力移動できるのはユウしかいない」



 買いかぶってくれる。

 俺が高速で攻防力移動できるのは、手にだけ。シュウの技とこの戦いを考えれば、そう言うこともあるだろうと密かに練習していたのだ。

 それも、完成度は8割ほど。

 だが、そこまで信頼されては、応えないわけにはいかない。

 両の手でしっかりボールを支える。

 角度良し。シュウが、拳を腰溜めに構える。

 膨大なオーラが、シュウを覆う。……これ、俺、ほんとに防御できるんだろうか。

 レイザーと比べても、ほとんど遜色ないくらいだ。



「いくぞ。ユウ」



「ああ、来い」



 内心穏やかではなかったが、そう言って応えた。



「“正義の拳ジャスティスフィスト ”!!」



 インパクトの瞬間、高速でオーラを拳に集める。それでも腕ごと引っこ抜かれそうな衝撃を受けた。

 ボールは、飛んで行く影も見えない。気がつけば、レイザーをコートの外に吹き飛ばしていた。



「バックしろよ。まだオレの気は済んでないぜ」



 レイザーに向かい、シュウは言葉を叩きつける。怒りを含んだ言葉は、恐ろしいまでの威圧感。



「―――いや、まいった」



「え?」



 レイザーの言葉に、眼が丸くなる。



「その球は、ちょっと受けられそうにない。お前が何を怒ってるのかも想像がつくし、完全に失策だな。オレの負けだ。約束通りオレたちは町を出て行く」



 両手を挙げて、降参のポーズ。

 この瞬間、勝利が確定した。












[2186] Re[12]:Greed Island Cross(現実→HUNTER×HUNTER)
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:4667f81e
Date: 2007/10/05 19:37







“一坪の海岸線”を手に入れた俺たちは、協力してくれた人数合わせのプレイヤー達に、報酬として“離脱リープ ”を渡すと、郊外の草原に移動した。

 12人のチームで、合わせて99枚の指定ポケットカード。これは、たぶんどのプレイヤーも把握していない。

 それも当然。わずか2ヶ月足らずの電撃作戦だ。

 この12人で行動していることなど誰も知らないはず。

 そもそも、ほとんど誰とも出会っていないという状況なのだ。たとえランキングで察知しようとも、場所の特定など出来ないだろう。

 チームリーダーで、なおかつ出会ったプレイヤーの少ないブラボーが、ひとつ、またひとつと、指定ポケットにカードを入れていく。

 99枚目のカードが本に収まった時、本から声が流れた。



「プレイヤーの皆様にお知らせです。たった今、あるプレイヤーが99種の指定ポケットカードをそろえました。それを記念しまして今から10分後にG.I.内にいるプレイヤー全員参加のクイズ大会を開催いたします――」



“支配者の祝福”を手に入れるためのクイズだ。

 回答はブラボーやカミトに任せ、俺やシュウ、マッシュ等の、出会ったプレイヤーの多い連中は辺りの警備。

 万が一誰かがカードを奪いに来た場合、それを排除するため、戦闘に備える。

 だが、とりこし苦労だったらしい。

 最高得点者としてブラボーの名が発表され、梟が一枚のカードを運んできた。



「うむ。どうやら城へは一人で行かねばならないようだな」



 そう言ってブラボーは“支配者からの招待”のテキストを読みあげた。

 どうやら招待状にバッジが同封されていて、それを付けた奴だけ中に入れるらしい。



「でも、キルアとか中に入ってたっスよ? 仲間なら大丈夫なんじゃないっスか?」



「まあ全員入れないこともないんだろうけど、大人数だと目立つだろ。ここはブラボーだけに行ってもらったほうがいい」



 レット氏の疑問に、シュウはそう言った。

 なるほど。カード名からどこでイベントがあるかはわかるだろうしな。



「じゃあ、リーメイロまでいっしょに飛んでいきましょう。わたし達は城下街で待ってるから」



 カミトが応え、皆で“同行アカンパニー” を使ってリーメイロに飛んだ。

“支配者からの招待”をゲインし、中に入っていたバッジを胸に、ブラボーが門の中に入っていく。

 これで、本当に最後。“挫折の弓”を手に入れれば、現実に帰れるのだ。

 期間にして一年とすこし。希望も何もない状態から始まった。

 シュウが支えてくれて、ブラボー達に出会って、仲間が集まって、やっとここまで来た。

 力を合わせて、ここまでやれた。それが、嬉しい。



「――ほら、ゴムゴム! イッキだ!」



「任せろ! 一番ダル、樽イッキやります!」



「うおおおっ! すごいっス!」



「二番、D! これからイッキ飲みをしよう!」



「うわっ!? ワインが空中でゼリーみたいに!?」



 で、今、こんな状態。

 酒場を借り切って皆で宴会騒ぎの最中だ。

 ミオは、コップ一杯でダウンして、ミコが彼女の介抱をしている。男連中は中央の円台でバカな飲み比べを始めていた。

 わいわいがやがや。

 皆が楽しく飲む中、カミトは一人、窓辺に陣取って飲っていた。

 酒を楽しむ姿が嘘のようにハマっていて、そんなところ、大人だな、と思う。



「カミト、混じらないのか?」



「わたしは、ああいう雰囲気、パスだわ。どうも性に合わないみたい」



 言いながら、ブランデーの香りを楽しむカミト。



「ユウちゃんは? 混じらないの?」



「俺、アルコールが効かないから」



 どんな状態でも“仕事”がこなせるように。

 そうやって訓練されたせいか、それとも元からなのか、ユウはアルコールで酔いはおろか鈍りもしないのである。

 酒の席に、一人しらふでは、取り残されたような寂しさがある。



「ねえ、ユウちゃん。わたし達、やったのよね」



 カミトは、静かに話しかけてくる。



「ああ」



 返事をすると、カミトはそれに返すように、酒に口をつける。



「――でも、不安になるのよ。上手く行き過ぎてて怖いというか、肝心なものを見落としてるって言うか」



 カミトのような不安は、俺にもある。

 あまりにも、何の妨害もなく終わったグリードアイランド攻略。それが、何か不吉なことが起こる予兆のような気がして、逆に怖い。



「こら、ユウ! 飲んでるかー!」



「こっち来て一緒に飲もうぜ!」



 マッシュとシュウが、いきなり俺を拉致する。



「ち、ちょっと待って、今カミトと話してる――」



 俺の言葉を遮るように、カミトは俺を追いやるように手をひらひらと上下させた。



「いってらっしゃい」



「ほら、お許しがでたぞ。行くぞ」



「こういうときは、飲んだほうがいいんだよ」



 静かに微笑をこぼすカミトを尻目に、俺は酔っ払い二人に拉致された。

 シュウとマッシュに、席に座らされ、コップに酒を注がれる。



「まったく。いいのか? シュウ、お前まで飲んで」



「いいんだよ」



 シュウは思いきったように酒をあおる。



「カードを持ったブラボーは城の中だし、カードを狙って来るやつらがいたとしても、ここでじゃないだろうさ」



 珍しく、シュウは楽天的だ。



「マッシュも。酒はボクサーにとって天敵じゃないのか? 確か筋肉のイカ作用がどうとか聞いたことあるけど」



「何言ってんだ。酒はガソリンみたいなもんだぜ? まあ、次の日に残すほど間抜けなことはしないさ」



 まあマッシュは大人だし、そういうとこキチンとしてるんだろう。だが、バカ騒ぎしている面子がそこまで考えてるか、非常に怪しい。



「――さ、ユウもどんどん飲めよ」



「ほら、ユウ、もっと飲め」



 しきりに酒を勧めてくる二人。



「――いっとくけど俺、酒に酔わない体質だからな。飲ませてもどうもならないぞ」



 俺の言葉に、二人はあからさまに期待を裏切られたような表情になった。

 何考えてたんだこいつら。



「俺よりも、ヒョウとか面白いんじゃないか? あいつが酔ったとこ、見てみたくないか?」



 そう言って、馬鹿共が騒ぐ傍でその様子をじっと見ているだけのヒョウを指差す。



「――飲ますか」



「飲ませますか」



 シュウとマッシュはにやりと、いやらしい笑いを浮かべ、ヒョウの席に突撃する。

 いろいろ言いながら、二人ともきっちり酔っ払っている。



「ほらヒョウ、飲め!」



「飲みやがれー!」



「うわっ、いや、俺は下戸で――」



 無法者と化したシュウとマッシュに、悲鳴を上げるヒョウ。

 それを尻目に、俺は少し離れたところで横になっているミオと、その側にいるミコの様子を見に行く。



「様子はどうだ」



「あ、ユウさん」



 ミコはミオの頭を膝に乗せ、介抱している。



「まだちょっと気分が悪いみたいです。まったく、まだ小さいのにお酒なんか飲むから」



「悪いな、みんな騒いでるのに、ミコにだけこんなことさせて」



 俺の言葉に、ミコはゆっくりと首を横に振る。



「いえ、わたくしは、お酒にさほど興味がありませんし……正直、楽しいですわ。妹が出来たようで」



 慈しむようにミオを見下ろすミコ。

 それを邪魔したくなくて、俺はその場から離れた。



「――ほらユウ、こっち来い! ヒョウが面白いぞ!」



 シュウが、声をかけてくる。

 酒に酔わない俺でも、場の空気に浸かるだけで楽しくなりそうな雰囲気。

 今日くらいはそこに混じってもいいと思った。



 その日は皆で深夜まで騒いだ。

 飲んで、騒いで、次の日、城下街で盛大なパレードが行われた。

 輿に乗せられたブラボーを取り巻き、民衆に混じって一緒になって騒いで、はしゃぎまわった。

 半ば、見張りのつもりだったが、他のプレイヤーの気配はおろか視線も感じない。それに不審を感じながらも、お祭り騒ぎを思い切り楽しんだ。

 そして深夜未明、俺達は港へ向かって出発した。

 目立たないよう、夜の闇にまぎれて一息に港に着く手はずだった。先に何人か港に送っておいて、“同行アカンパニー”を使うと言う手段も考えたが、「分散するより固まったほうがリスクが少ない」と言うシュウの意見に従い、こちらの手段を選んだのだ。



「――ここで待っていれば会えると思っていた」



 港に向かう途中、俺達の前に立ちはだかるように現れた集団。

 その中から、ツェズゲラが前に出て、声をかけてきた。

 ツェズゲラのチーム、爆弾魔のサブにバラ。ほかにも多数のプレイヤー達。その数ざっと50人ほどが、獲物を狙う獣のような目をこちらに向けて来る。

 なるほど。出口で待ち構えていれば、こちらは必ず現れると踏んでいたのか。



「我々を倒して、指定カードを奪う腹積もりか」



 ブラボーが一団をねめつける。

 言われなくても、彼らの殺気を見ればわかる。

 おそらく、彼らは皆、バッテラ氏に雇われたプレイヤーなのだろう。バッテラ氏がグリードアイランドのクリアに出した懸賞金は、人を狂わせるには充分な額だ。

 たぶん、いまさらバッテラ氏に頼まれたわけじゃないと言っても、信用されないだろう。用心深くコミュニケーションを避けてきた弊害だ。



「ブラボー、オレ達が食い止める。先に行け」



 シュウが、身構える。

 そう。ここは、奴らを足止めしてブラボー達を港に逃がすしかない。

 なんの躊躇いもなく、“オレ達”と言ってくれたシュウの、その信頼に応えるため、覚悟を決める。



「お、俺もっスか?」



「レット、お前の能力は、まさにこの状況向きだろう」



 怖気づくレット氏に、マッシュが呆れたようにため息をついた。



「わたくしも、残りますわ」



 ミコが、前に出て来る。



「ミコ……はぁ」



 決意に満ちたミコの表情。それを見て、カミトはため息をつきながら前に出た。



「……わかった。ミコが残るんならわたしも残るわ。ブラボー、先に行って」



「―――わかった、任せたぞ!」



 言って、ブラボー達は港に向かって駆け出した。



「逃げたぞ!」「追え!」



「ハヤテ!」



「“追尾する鉄鎖スクエアチェーン ”!!」



 ブラボー達を追いかけようたした数人が、ミコの念獣に、カミトの鎖に襲われる。



「―――あいつらを追おうってのなら、相手になるぜ」



 シュウが、加減無し、全開の“練”を見せる。

 俺も、ツェズゲラに向かい視線を投げつける。



「ツェズゲラ、あなたも賞金首ハンターなら幻影旅団を知っているはず」



「……それが?」



 気圧されたようにわずかに後じさるツェズゲラ。



「幻影旅団の悪魔紳士。彼を、俺が倒したといったら、どう思う?」



「なに?」



 衝撃を受けたようにのけぞるツェズゲラ達。

 彼のことだ。ここまで言っておけば、おそらく出方も慎重になるだろう。



「――ふん、そんなに強そうに見えねぇがな。あんたらが行かねぇのなら、俺がいくぜ」



 そう言って前に出たのは、サブとバラ。俺に向かってきたのは、サブの方だ。

 皆が見守る中、対峙する。

 ハッタリとはいえ、ああまで言った以上、苦戦は論外、長引かせてもダメ、速攻でケリをつけて見せなくてはならない。

 発せられるオーラ量から観て、俺とサブの実力はほぼ互角。筋力ではやや劣り、戦いの駆け引きもあちらが上だろう。だが、あちらにもネガティブな要素はある。

 周りを囲むプレイヤー達が、必ずしも味方ではないこと。回りにいるのは、目的が同じだけの競争相手だ。しかも、俺を倒し、ブラボーを追いかける段になれば、たちまち敵へと変わるのだ。

 そんな場面で、俺に全力を注げるはずがない。

 そして、“戦って勝つ”のではなく、“ただ殺す”ことに関しては、俺の方が上だろうと言うこと。

 集中する。

 目の前のこの男だけを見ていればいい。バラはシュウ、他のやつらは、きっとカミト達が押さえてくれる。

 だから、それを信じて、相手の攻撃に対応することだけを考える。

 早々に勝負を決めようと放ってきたサブのパンチは、恐ろしいまでの威力を秘めているが、やや大振りになっている。

 そこを狙う。

 パンチをすれすれで躱し、腕が伸び切った――その一瞬、死角を縫って手刀を送り出す。

 相手のパンチの下を縫い、俺の手刀は腋間の急所に突き刺さった。

 本来ならナイフを使う、必殺の“殺法”。師は、相手に気付かれ、ましてや戦いになるなど下の下だとは言っていたが、そう言いながらも叩き込まれた格闘術は全て奇襲に近い殺し技。初見の相手はまず躱せない、心理の意表をつく奇術。

 サブは、俺の手刀を喰らって激しく咳き込み、うずくまった。

 その延髄に手刀を落とし、気絶させて再びツェズゲラ達に向き直る。

 見ればシュウの方も、“正義の拳ジャスティスフィスト ”でバラを吹っ飛ばしたところだった。



「全員と戦るのもいいが、うまく手加減できるとは限らないぞ?」



 ハッタリだ。実はさっきの攻防もギリギリ。一撃で倒すか、それとも倒されるかの博打に近い攻撃なのだ。



「本来なら言ってやる義理はないんだけどな。あんたら全員無駄足だぜ? オレ達はバッテラに頼まれた口じゃないんでな」



 もちろん、本来ならばこのシュウの言葉に聞く耳持たないところだろう。

 だが、相当の実力者を瞬殺したことで、彼らは気圧されていた。



「……本当か?」



「ああ。オレらにはどうしても要るアイテムがあるからな。折り合いがつかないんだよ。あんたもバッテラに頼まれたプレイヤーはほとんど把握しているはずだぜ? 2、3人ならともかく、10人以上の人間全員知らないということはないはずだ」



 シュウの言葉に、ツェズゲラは思案する様子。



「――“同行アカンパニー使用オン 。アントキバへ」



 シュウの言葉に得心がいったのだろうか、ツェズゲラは去り際に一瞬だけシュウに目配せすると、呪文スペル カードを使った。

 それに従うように、漁夫の利を狙っていたプレイヤー達は次々と去っていく。



「やったな」



 全員がこの場から去ったところで、シュウが安堵のため息を漏らす。



「すごいですわ、お二人とも。あの二人を倒すなんて」



「やるわねー。さ、いきましょうか。現実に戻るまで気を抜いてられないからね」



 たしなめるように言ったカミトだが、この人の頬も緩んでいる。

 だが、ツェズゲラの目配せが少し気になった。

 そう言えば、シュウは彼と会っているんだったか。ひょっとして、そこで何か話していたのかもしれない。

 もしかして、あわよくばカードをかすめ取ろうとやってきたプレイヤー達。それを追い散らすためにツェズゲラを利用したんだろうか。



「バッテラに頼まれた口じゃない」



 あの言葉は、他のプレイヤーにいい聞かせた言葉で、それに説得力をつけるためにツェズゲラを利用したのかもしれない。

 シュウならやりかねない。そう思って視線をやると、シュウは全てお見通しだよ、とばかり、微笑んで来た。

 怖いなあ。

 でも、それならあらかじめ言っといてくれりゃあ無理してハッタリかます必要なかったのに。

 何か、思い出して恥ずかしくなってきた。



「と、急がなきゃな」



 余計なこと考えている時間が惜しい。

 時間のロスはほんの少し。ブラボー達を追って、港への道を急いだ。












[2186] Re[13]:Greed Island Cross(現実→HUNTER×HUNTER)
Name: 寛喜堂 秀介◆4667f81e
Date: 2007/10/07 08:08







 ――目の前に現れた光景が、俺には理解できなかった。



 “外”の港に着いた俺達の目の前に広がったのは、本当に冗談のような光景だった。

 夜の闇の中でも見間違えようがない。

 倒れて動かなくなった仲間達。

 微塵に刻まれたエース。全身黒焦げになったダル。心臓を一突きにされたヒョウ。いずれも、疑いもない致命傷。



「――!!」



 あまりの光景に、ミコが気を失い、地面に崩れ落ちた。



「そんな」



 カミトも絶句。

 俺も、あまりの光景に頭が真っ白になる。



 何故だ、一体何が起こったって言うんだ。わけがわからない。俺達は、帰れるはずだった。それがなんでこんなことになっているんだ。

 

 呆然と、立ち尽くす。



「カミ、ト、か……遅いぞ」



 と、死体の中から、か細い声が上がった。

 驚いて声の主を探る。見れば、ヒョウの目が開かれていた。心臓を一突きにされたはずのヒョウ。だが、彼の念能力は“不変”。それにより、なんとか命をつなぎとめているようだった。



「ヒョウ!」



 カミトが駆け寄る。



「いきなり……襲われてな。俺も、不意を、討たれて、このざまだ」 



 ヒョウの顔は青ざめ、声にも力が無い。

 だが、まとわりつく“死”を拒絶するため、必死の意思を込めた瞳だけは、輝きを増している。



「誰!? 誰がこんなことしたの!!?」



「……わからん。いきなり、心臓を、刺されて……気がついたら、みんな、やられてた。ブラボーも、攫われた、ようだ」



 ヒョウは、疲れたのか、そこで一息置いた。



「吸血鬼に、気をつけろ。Dとミオは、殺されて、吸血鬼にされた」



 その言葉で、敵が何者かわかった。

 同胞狩り。あいつらの仕業だ。



「ヒョウ! しっかりしなさい! 今病院へ……」



「よせ」



 自分を抱えあげようとしたカミトを、ヒョウは止めた。



「心臓を、貫かれてるんだ。“我は変わらず在りイモータルハート ”は、それほど長続き、する能力じゃない。今の、体調なら、なおさらだ。どうやっても、あと数分で、俺は死ぬ……お前らに敵の、存在を、知らせたくて、今まで、命をつないで、きたんだ」



 死に臨みながら、ヒョウの意思は揺れない。



「正直、致命傷の激痛を、感じ続ける、ってのは、耐えがたいんだよ。だから、お別れだ」



「ヒョウ!」



「おまえらは、絶対に、元の世界へ……」



 そのまま、ヒョウはカミトの腕の中でこと切れた。

 カミトは、呆然と、腕の中のヒョウをながめている。



「ユウ、まだ遠くまで行ってないはずだ! 探すぞ!」



 シュウの言葉で、我に返る。

 そう、ブラボー達との差は10分も無かった。相手はまだ近くにいるはずだ。



「レット、マッシュ! ミコ達を頼む! 俺達は敵を探す!」



 言って飛び出したシュウに従いかけて、足を止める。

 気づいたのだ。辺りが、異様な気配に包まれている。殺気ではなく、オーラでもない。この不穏な空気を知っているのは、たぶん俺とレット氏だけ。



「シュウ! 気をつけろ! 囲まれてるぞ!」



 俺の言葉に、シュウが足を止めたのとほぼ同時、建物の影から吸血鬼の群れが、姿を現した。

 本体の吸血鬼もどきならともかく、手下の吸血鬼のなど、ザコ同然。だが、その数が異常だった。

 確認できているだけで、ざっと二、三百人。

 その大群がこちらに向かい、一斉に襲いかかってきた。



「“正義の拳ジャスティスフィスト ”ぉ!!」



 先頭に立つ形になったシュウが、吸血鬼の先頭集団を微塵に吹き飛ばす。

 そのすさまじい威力に、こいつがどれだけ怒っているか、痛いほど理解した。

 シュウに粉々にされた吸血鬼は、塵に帰した。あの吸血鬼の念能力、“血の同胞ブラッドパーティー ”と言ったか。その特性は、本当に吸血鬼を再現しているらしい。

 俺もこの大群を迎え討つため、シュウに肩を並べる。



「ユウ! シュウ! 先に行きなさい!」



 その時、カミトが強い口調で命じて来た。

 鎖が、地を這う音が響く。



「こんな所で手間取っている暇は無いわ! ミコ達はわたしが守るから、早く!」



 カミトとミコ、仲間の遺体を守るように、鎖が這い回る。

 うねるようにうごめく鎖は、その結界を侵す者を容赦なく蹂躙していく。

 だが、吸血鬼達はとめどなく現れる。先ほどの一群も氷山の一角。もはや地面を埋め尽くすほどの大群が、こちらに向かってくる。

 鉄鎖の結界すら侵そうかという吸血鬼の洪水。



「変――身!!」



「シッ!」



 それに抗うように、レットが、マッシュが立ちはだかる。



「お二人とも! ここはまかせて行って下さいっス!」



「行けッ! ここは任せろ!」



 異口同音。こちらに向けられた言葉に微塵の迷いも無い。



「――わかった、行くぞ、ユウ」



「ああ」



 シュウの意図を察し、“甘い誘惑スイートドロップ ”を口に含む。

 そして“円”。未だに2メートル程度のものだが、シュウを入れるには充分。

 そのまま、吸血鬼達の頭上を超え、建物の上に跳ぶ。



 ――高所に立つと、改めてその異常な量に戦慄を覚える。

 吸血鬼の大群は、この一帯を埋め尽くすように、わらわらとうごめいている。



「カミト、レット、マッシュ、ミコ……きっと、無事でいてくれよ」



 口の中でつぶやくと、“甘い誘惑スイートドロップ ”を吐き出し、屋根伝いに走り出す。



「シュウ! どうやって探す!?」



「いくら“絶”で隠れていようとブラボーの気配は隠しようがない! あいつのオーラを探れ!」



「わかった! 俺は西を探す! シュウは東側を!」



 走りながら、オーラを探る。

 グリードアイランドでの修行は、俺の感覚を数段鋭いものにしている。

 だが、どうもおかしい。

 辺りに人の気配が、全く無い。

 時間が時間とはいえ、屋内にすら人の気配を感じないというのは、異常に過ぎる。

 この街全体がおかしい。何かとんでもないことが起こっている、そんな予感。

 ひょっとして、この街の住民全員が吸血鬼になったのだろうか。

 ――有り得る。この吸血鬼の量を考えれば、そう考えたほうが自然ですらある。



「なんて真似を」



 歯噛みする。

 吸血鬼。血を吸って仲間を増やす、化け物のような念能力者。あいつが、その力で、この町を死のと変えてしまったのか。



「―――久しぶりだな、ユウ」



 俺の独り言に応えるように、吸血鬼は姿を現した。真円を描く月の、蒼褪めた光を背負って、マントをはためかせる威容。

 その姿は以前より一層禍々しく、この眼に映った。

 辺りに目を配れば、俺を囲うように現れる吸血鬼ども。

 後ろに1体、両脇の建物の上に1体ずつ。先ほどの吸血鬼達とは違う、おそらく念能力者の吸血鬼。オーラ量自体は大したことないが、無視していい相手ではない。

 さらに、吸血鬼の横に侍るように、一人の男が立っていた。

 赤く輝く瞳に、長大な犬歯。吸血鬼と化したD。



「D……」



 声をかけたが、反応は無かった。



「呼びかけても無駄だ。そいつはもう、わたしの人形だ」



 胸の奥に湧きあがった衝動を、無理やり押し殺す。

 この化け物相手に、怒りに身を任せて戦うなど無謀に過ぎる。



「――なぜ、仲間達を殺した? 殺さなくても奪えたはずだ」



「禍根を残すつもりはないし……この世界ともおさらばだからな。殺し納めだ」



 その言い草に、あっさりと。抑えていたものは決壊した。

 もういい。こいつの言葉など、もはや一秒でも聞くに耐えない。

 ナイフを取り出し、吸血鬼に向かう。

 迎えうってくる吸血鬼。その振り下ろされた手を、ナイフで断ち割る。

 ――不死身なだけあって防御には無頓着だ。防御の分を割り振っているだけあって、攻撃に関しては戦慄を禁じえないが、体を守ると言う考えすら無いように思える。



「ほう? やるな、だが」



 ピクリ、と、吸血鬼の腕が動く。

 そのまま腕が吸血鬼の肩に飛んで行き、ぴたりと元の位置に収まった。



「わたしに斬撃は効かない」



 得意気な吸血鬼。

 知っている。ただ、どの程度不死身なのか知りたかっただけ。

 そのまま、音もなく建物の影に隠れる。

 今までとは違う。

 遮蔽物に事欠かないこの場所こそ、俺の性能を100%活かせる環境。

 そのまま“背後の悪魔ハイドインハイド ”で、別の建物の影に移動する。

 吸血鬼は、背後の警戒をおこたらないまま、じっと構えている。



「どうした? 来ないのか?」



 安い挑発には乗らない。

 確実に、あの吸血鬼を暗殺する。

 不思議だ。怒りで沸騰しそうだというのに、頭の片隅が、常に醒めている。

 怒りに身を任せたまま、アレを殺すための手段を、冷静に考えている。



「ここだ」



 声を出してやり、また移動。

 吸血鬼は、声のする方に向かって行くが、そこには誰もいない。

 その間に、屋上の1体を破壊。隣の一体が“硬”で殴りかかってくるのをすり抜け、心臓を的確に破壊する。

 間近で視てわかったが、死体の中には核となる異質なオーラが存在する。おそらくそれが擬似的な生命活動を行わせているのだろう。

 それなら、死体がオーラを操って攻撃してくることにも納得がいく。



「どこを見ている」



 声をかけて、また移動。

 吸血鬼には影も捕らえさせない。



「ここだよ」



 今度は、吸血鬼の背後に移動。ナイフを突き出すが、割って入ったDの腕を抉っただけだった。

 拙い。吸血鬼とDで死角を消されれば、“背後の悪魔ハイドインハイド ”が使えなくなる。

 Dの目の前に手をかざし、目隠しして跳ぶ。



「こっちだ」



 姿を、見せてやる。

 そのまま路地裏に逃げたかと思うと建物の上へ。

 化け物達を処理しながら、巧みに吸血鬼を誘導して行く。

 だが、厄介なDが残っている。

 ――だから、俺は正面から向かった。

 全くの無策。ただ、正面から全力で切りかかるだけ。だが、吸血鬼は“背後の悪魔ハイドインハイド ”を警戒してDを後ろに配置し、ありもしない奇策、奇襲に意識を裂いた。

 そんな状態で、俺の全力が受けきれるわけが無い。

 ナイフが吸血鬼の腕をかいくぐり、首を掻き切った。

 いや、俺の念を込めた一撃は、吸血鬼の首を両断し、宙に飛ばす。

 てん、てんと、転がってこちらを向いた首が、にやりと笑いかけてくる。



「――何を考えている? この程度では死なない」



 うそぶく吸血鬼の首をすばやく捕らえ、体から離す。

 体の方は、首を求め、俺を追いかけてくる。それに従うD。

 全力で、それから逃げだす。



「無駄だ! 首を離したぐらい死ぬわたしではない! それに、身体能力が落ちると思わないことだ!」



 こいつの言っていることは、おそらく正しい。首を切り離したぐらいで死ぬのなら、そこを守りすらしないということは無いだろう。それに、身体能力に関しては、現在進行形で立証されている。



「――だろうな。だが、場所が悪かった」



 話している内に、目的地にたどり着いた。着いた先は、波止場。目の前には海が広がっている。



「ここは港街なんだよ」



 吸血鬼は流水を渡れない。

 切り離されたパーツをつけることはできても、再生はできない。

 ならば、こいつを倒す答えはこれしかない。



「まさか! やめろ! やめてくれ!」



「いままで殺してきた奴の恐怖と無念を存分に味わって……死ね!」



 そのまま思い切り、首を海に投げ入れた。

 絶叫を上げながら落ちていく吸血鬼の首。

 胴体は、そんな首を求めてうろうろと彷徨う。



「朝日が出るまで、そうやってあがいてろ」



 言い捨てて……Dに向き直る。

 Dは、呆けたようにその場に立ち尽くしている。

 仲間として、協力して来たD、だが、その身はすでに動く死体と化している。

 こいつはもうDじゃない。Dの尊厳を守るためにも、ここで殺さなくてはならない。



「待ってろ、D、今、介錯してやる」



 手が、震える。

 Dは、すでに死んでいる。だが、俺は、これから間違いなくDを殺すのだ。



「――無理するな。手が震えているぞ」



 それが、誰の言葉か、最初わからなかった。

 Dの口が開き、Dの声で発せられた言葉だが、あまりにも意外で、そうと認識できなかった。



「あいつの支配が解けたようだな。自由に動く」



 手を握り、開く。その動きには、間違いなくDの意思が反映されていた。



「D、無事なのか?」



「無事じゃないな。なんせ今の俺は動く死体だ」



 自嘲気味に笑うD。パシリ、と乾いた音が聞こえた。



「D? どうした」



 不吉な予感を覚え、Dに尋ねる。



「俺の能力が“波紋”で良かった。あんたにいやな役目を押し付けずに済むからな」



 Dの頬に、ヒビが入った。

 太陽の力、波紋。吸血鬼にとって天敵とも言える力。それを、自らの体に使っているというのか。



「D! やめろ! やめてくれ! もうすぐ帰れるんだぞ! いっしょに帰ろう、D!」



 言う間にも、Dの身体が、どんどん崩れていく。



「ああ。そうできたら、いいな」



 Dの乾ききった口の端が、わずかに持ち上がる。



「――なら」



だが断る・・・・



 次の瞬間、Dは、きっぱりと言い切った。



「俺には感じるんだ。今、俺に自我が戻ったのは、ただの偶然。死の間際の一時の奇跡だ。いつ失われるかわからない、不安定なもの……なら、俺は俺の意思で、俺のまま終わる事を選ぶ」



 その言葉を、否定したかった。だが、俺には、それを否定する言葉が、どうしても出て来なかった。



「だが断る、か……一度リアルで使ってみたかったが、そんな機会があるなんて……な」



 言いながら、安らかな笑みを浮かべ、Dは崩れていった。後に残ったのは、一握の灰だけ。

 それを掬い取り、ポケットに入れて、俺は無言で駆け出した。

 ブラボーを探すために。

 元の世界に帰るために。












[2186] Re[14]:Greed Island Cross(現実→HUNTER×HUNTER)
Name: 寛喜堂 秀介◆4667f81e
Date: 2007/10/08 21:34







 街中を走っていると、突如、轟音が響き渡った。



「くっ! なんだ!?」



 あわてて足を止め、高所に登って轟音の発生源を探る。

 探すまでも無かった。見れば、河を挟んで向こう側にある工場地帯が燃えている。

 夜の闇を朱に染める炎は、天を焦がす。

 向こうに敵がいる。直感的に判断し、そちらに向かった。



「おおおおおっ!」



「くそったれええ!!」



 目の前に展開されている光景に、俺は固まった。

 工場地帯の片隅、開けた空間は、朱に染まっている。

 ブラボーと、炎を使う同胞狩り。二人はそこで、拳を合わせていた。

 殺したはずの男が生きていた事実より、その異常なる戦闘を目の当たりにして、俺の体は凍りついたように動かなくなった。



「燃え上がれ! “燃えさかる魂バーニングブラッド ”おおおぉっ!!」



 男の全身から、炎が放射される。その熱量が、離れていたところで見る俺の頬すら焼く。

 このような開けた場所でなければ延焼確実だろう。

 

「喰らいやがれええっ!!」



 男がパンチに乗せた炎は、長い尾を引き、ブラボーに襲いかかる。



「破ッ!!」



 その炎を、ブラボーは腕を突き出し、真っ向から受け止めた。



「ちいっ」



 男は舌打ちして、ポケットからカプセルのようなものをジャラリと取り出した。狙いを定めたとも思えない位無造作に、投げられた大量のカプセルは、あらゆる場所に着弾し、炎を撒き散らす。

 おそらく、男の血液で出来た爆弾だ。

 その物量に、2つ3つ、ブラボーにも当たったが、鉄壁の装甲を破るほどではなかった。



「――レイズ、諦めなさい」



 二人とは違う、第三者の声が聞こえた。



「あなたでは、彼には敵わないわ」



 その声に、聞き覚えはない。ただ、ブラボーの味方であろうと言うことは察することができた。



「――チイっくしょう!! くそくそクソクソクソ喰らいやがれええぇ!!」



 男――レイズの身体から炎が迸る。いや、すでに彼自身が炎と化したかのような、すさまじい炎。



「おおっ!!」



 ブラボーのパンチがレイズを襲う。拳はあっさりレイズの腹を貫いた。



 ――違う。貫いたのではない。通り抜けたのだ・・・・・・・



 レイズから炎が発せられているのではない、彼自身が、炎と化している。

 これが、あいつの本当の力。以前の戦いで頚動脈を切ったと思っていたが、体を炎と化して躱していたのか。

 と、我に返る。思わず見入ってしまったが、ブラボーに加勢しなくてはならない。

 とはいえ、炎と化したあれに有効な攻撃手段など、俺には無い。だいいち炎があちこちに飛び火していて、ろくに動き回れそうに無い。

 何処かに貯水槽でもないものか。周囲を見渡していると、思いつく。工場地帯なら、消火のための強力な道具でもあるかも知れない。

 そう考えて手近な施設の中をを探しまわり、粉末消化剤と書かれた巨大なボンベをみつけた。

 四苦八苦しながら、なんとか装置からボンベを取り外し、俺は再び戦場に駆けもどる。



「――はああああっ!!」



「――おおおおおっ!!」



 炎化による物理攻撃無効のレイズ、絶対的と言ってもいい防御力を持つブラボー、お互い有効打を与えることができない膠着状態。

 こいつで、それを打破する。

背後の悪魔ハイドインハイド ”でレイズの頭上に跳び、ボンベの栓を開ける。

 かなりの反動と共に、すさまじい勢いで消化剤がぶちまけられた。



「――くっそ、なんだこりゃあ!!」



 消化剤にまみれ、レイズの体から炎が消えた。消化剤の目隠しがあるうちに、すばやく離れた地点に跳び、空になったボンベを捨てる。



「くそっ! またてめぇか!」



「破ッ!!」



 レイズの目がこちらに向いた一瞬の隙、それを見逃さず、ブラボーの拳がレイズに直撃した。

 今度はまともに入った。レイズは人身事故のような勢いで吹っ飛んでいく。



「……ぐ、畜生」



 ふらふらと、レイズが立ち上がってくる。だが、消化剤にまみれた体では、炎が上手く出せないようだ。

 

「残念ね、炎になれないのなら、こちらのもの」



悪夢の館スプラッターハウス



 声とともに、レイズは黒い何か・・ に飲み込まれた。

 後にはなにも残らない。

 思わず、それをやったであろう人物を見る。

 長い黒髪を腰まで垂らした、美しい女性だった。身に纏う衣装は、黒のゴシックロリータ。



「ユウ」



 ゆっくりと、ブラボーの目がこちらに向けられる。



「ユウちゃんって言うの?」



 と、女性の方に声をかけられた。



「アマネ」



 彼女を呼び止めるブラボーの声色は、何処か馴れた感じがあった。

 どうやらブラボーの知り合いらしい。



「ありがとうね」



 女性――アマネは握手を求めてくる。

 それに応えようとした、瞬間。



「――がっ!?」



 横合いから、何者かにタックルを受け、吹き飛ばされた。

 視界がズレ、受身を取る暇も無く、地面に押さえ込まれる。

 見れば、俺を横抱きに抱えているのは、シュウだった。何か文句を言う前に、俺の目の前を黒い何か・・かが横切った。

 先ほどレイズを飲み込んだものだと、やっと気付く。



「な、何を!?」



「あちゃー、失敗か」



 何事もなかったかのように、アマネは言った。

 その顔が、あまりにも平坦で、かえって恐ろしい。



「油断するな、ユウ。エースを殺したのはこいつだ」



 その言葉の意味を理解するより早く、アマネの背中で、白い何か・・がはためいた。

 ぼとり、と、その中から落ちてきたのは、寸刻みにされた肉片。

 エースと同じ殺されかた。その意味が、わからないはずがない。



「仕方ない。ブラボー、始末しちゃって・・・・・・・・



 その言葉を聞いて、それでも、反応が遅れた。

 躊躇も何も無い。気がついたときには眼前に拳が迫っていた。

 腕では間に合わない。とっさに肩にオーラを集め、受け止める。

 それでもなお、体が吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。



「ぐ」



 詰まる息を、無理やり吐き出し、呼吸を整える。今、戦闘体勢を崩せば、致命傷だと、経験が告げていた。



「よくもユウをっ!!」



 ブラボーと、シュウの拳が咬み合う。

 仲間だったはずなのに、お互いに躊躇も無い。



「“正義の拳ジャスティスフィスト ”おぉっ!!」



「流星! ブラボー脚!!」



 ブラボーのキックとシュウの必殺技が宙で衝突する。

 その光景に気を取られて。



「あなたは、わたしがお相手しましょう」



 気がつけば、黒い何か・・ に包まれていた。



 視界を覆っていたものが消えた時、目の前の光景は一変していた。

 古い洋館。そんな言葉がぴったりくる、石造りの建物。広間の中央に、俺は立っていた。

 カチ、カチと、やけにゆっくりとした振り子仕掛けの、大時計の音が、異様に耳に障る。



「ここは……」



「ようこそ。我が“悪夢の館スプラッターハウス ”へ」



 赤絨毯の引かれた階段。階下を見下ろすように、アマネは立っていた。



「お前は……なんで、こんなことするんだ! いったい何なんだ!」



 俺の叫びに、アマネは艶麗に口の端を綻ばせる。



「おお、かわいそう。何も知らないのね」



 言いながら、彼女は階段の手すりにしなだれかかる。



「せっかくだから教えてあげましょう――とでも言うと思ったかしら?」



 艶のある声は、この上も無く酷薄。



「わたしは優しいから、何も知らせないままに殺してあげるわ。あなたが知りたくも無い事実でしょうしね、彼が裏切っていただなんて……あら、結局教えちゃったかしら」



 ころころと、鈴を転がすように笑うアマネ。だが、彼女の言葉に、俺は衝撃を受けた。



「ブラボーが……裏切り者だって!?」



「そう。彼が、レイズ達にあなた達がクリアして出てくる港を教えたのよ」



 こちらをなぶる様に、アマネは粘質の笑みを浮かべる。



「嘘だな」



 だが、俺は信じない。あの男が、そんな事をするはずが無い。



「俺はブラボーと言う奴を知っている。あいつは、仲間を裏切ったりしない」



「その通ぉり。だ・か・ら、あなた達を裏切ったのよ彼は」



「……どういうことだ」



 暗い悦びの灯った瞳で、アマネはその言葉を口に出した。



「ブラボーは、最初から、レイズやアモンの仲間だったのよ。何しろ、Greed Island Online の製作者仲間なんだから」



 心が、奈落に叩き落とされた。

 元の世界に戻るため、皆を集め、協力し合い、皆のために労を惜しまなかったブラボー。あいつが、“同胞狩り”の仲間で、最後の最後に裏切ったとは。



「きゃはははは。いいわあ、その貌。信じていたものに裏切られた、絶望に満ちた貌ね」



「違う。それなら、何で味方同士で殺し合いをしてたんだ。嘘に決まっている!」



「……強情ねえ、でも、ホントは心のどこかで納得してるんでしょ? さっきの表情はホント、良かったもの」



 うそだ。絶対にそんなはずは無い。こいつは、俺を落としいれるためにこんな事を言っているんだ。



「ブラボーがレイズと殺し合ったのは、わたしのため。わたしのために仲間を裏切ってくれたのよ。あは、二重に裏切り者だなんて傑作ね」



「ブラボーが、お前のために?」



「そう。彼はわたしのために仲間を裏切って、仲間のためにあなた達を裏切った。誰が大事なのか、はっきりしていて気持ちいいわよねえ」



「な、ぜ」



 もはや、それだけしか言葉が出ない。



「わたしと彼が、恋人だからよ」



 そう言って、アマネは左手の薬指につけられた銀の指輪に口づけした。



「愛し合っているの」



「――なぜ、俺達を殺そうとする」



「……ホントはね、どうでもいいの。あなた達が帰ろうが、レイズ達が帰ろうが。でも、彼まで帰る気になられると困るのよ」



 その瞳に浮かぶのは、狂の色。



「わたしと彼は、こっちでずっと暮らすの。だから、“向こう”に対する未練は、わたしが残らず処分してあげるのよ……だから、死んじゃって」



 ――“悪夢の館スプラッターハウス ”。彼女は言った。

 その言葉に応えるように、館が蠢いた。



「!!」



 頭上の空気が揺れるのを察知し、跳び退る。

 轟音とともに、鼻先をかすめてシャンデリアが地面に落ち、四散した。



「さあて、あなたはどこで死んじゃうのかな?」



 そう言って、アマネは奥に退がっていく。

 それを追いかけようとして――悪寒。無理やり足を止める。地面から、無数の槍が飛び出してきた。



「まてっ!」



 とっさに“背後の悪魔ハイドインハイド ”でアマネの背後に跳んだ――刹那。俺とアマネの間を振り子仕掛けの刃が横切った。

 こちらを全く見ようともせず、アマネは奥に引いていく。



「心配しなくても、もう一人の男の子もこちらに送ってあげるわ。いっしょに死ねば、寂しくないでしょ?」



「ま、まて! シュウをどうする――」



 俺の鼻先で、扉が閉じられた。

 押しても引いても、扉は開かない。

 ふと、気付く。

 振り子時計が時を刻む音。それに混じって、何かが風を切る音が、後ろから聞こえてくる。

 振り返って見れば、機械仕掛けの人形が、刃を手に、回転しながら近づいて来ていた。

 ゆっくりと、ゆっくりと。だが、確実に迫ってくる。

 あの、異常に遅い振り子時計の音に合わせるように、ゆっくりと、道幅いっぱいに刃を振り回す人形。



 逃げ場は、無い。









 ――俺以外には。



背後の悪魔ハイドインハイド

 人形が後ろを向いている時を見計らい、無音のまま一気に階段の傍まで跳ぶ。そのまま階段を飛び降り、広間に戻った。

 玄関の扉は――開かない。どころか、上からギロチンの刃が落ちてきた。

 かろうじて躱し、広間から通じる扉を片端から開けていく。客間では、重厚な高級調度品が、群れをなしてこちらを挟み殺そうと迫ってきた。キッチンでは包丁の群れが、俺を食材にしようと容赦なく襲ってくる。

 この館の部屋一つ一つが死のトラップ。なんとか逃げおおせ、扉を閉じた俺は、やっとそれに気付いた。

 考えろ。アマネの入っていったあの部屋、あれが出入り口だろう。

 たぶん、あの扉を開くには、何か条件があるはずだ。

 死ぬまで出られない。そんな致命的な念能力の発動条件が、あの黒い物体に触れるだけ、なんて軽いものですむはずが無い。

 どうすればいい。ホラー物なんて読んだことも無い。こんな場合の定番ってなんだ。

 考えているうちにも、あの殺人人形が時を刻むように、じりじりと迫ってくる。



 ――あれか?



 だが、あれを倒すことぐらい、あの同胞狩りも考え付いたはずだ。あいつができなかったことが俺にできるものか……と、気付く。

 よく見れば、かすかにだが、館の壁や床に焦げ付いたような痕跡が残っている。

 レイズが足掻いた痕跡。

 その痕跡が、ひとつの扉に向かって続いていた。

 アマネが出ていったほうとは逆。階段を登った左に見える扉だ。

 あそこに向かっていたのか、逆にあそこから逃げてきたのか。どちらにせよ、他の扉を選ぶより、状況が打破できる可能性は高い。

 また追い詰められても厄介なので、人形をギリギリまで引きつけ、二階に駆け上がった。

 慎重にドアノブに手をかける。

 鍵はかかっていないようで、あっさりと扉が開いた。



 そこは寝室だった。天蓋つきの豪奢なベッドに、高価な調度品の数々。その中で目を引いたのは、テーブルの上に広げられた、豪華な装丁の本だった。

 何かヒントになればと、目を通してみる。どうやら日記のようで、悪趣味なことに、この屋敷が化け物屋敷へと変貌を遂げて行く過程と、屋敷の主人の苦悩が書き綴ってあった。

 読み進んでいくと、日記に一枚の紙片が挟んであった。



“この先を読むな! かぎとけいのなか――A”



 走り書きでそう書いてあった。

 罠、では無い。A……エース。彼が残したヒントだ。

 おそらく、この本を読み進めると、致命的な罠が発動する。そう言いたかったのだろう。

 エース。彼は、自分の死が間近に迫った絶望の中で、それでも仲間のために、このメモを残してくれたのか。



「エース……ありがとう」



 俺は紙片をポケットに入れ、部屋を出る。

 鍵は時計の中。

 この部屋にある時計では無いだろう。鍵を隠すには小さすぎる。たぶん、広間の大時計だ。

 部屋を出て、二階に上がったところだった殺人人形を“背後の悪魔ハイドインハイド ”で跳び越え、階段を下りて大時計にたどり着く。

 振り子仕掛けの大時計を開き、振り子を止める。

 その裏側に、金色の鍵が嵌っていた。

 それをもぎ取る。同時に、館全体が震えた気がした。

 カチ、カチと、大時計が正常に時を刻み始める。

 異様な気配にとともに、鈍い光が目に入った。見れば、あの殺人人形が、異常なオーラを帯びて、階段からこちらを睨んでいる。

 どうやら、鍵を取れば発動する何らかの仕掛けらしい。

 トン、と、階段から飛び下りて来る人形。その動きは、今までとは比べ物にならないほど速い。

 ここは、逃げの一手。人形の脇をすり抜け、階段に向かい、駆ける。人のように滑らかな動きで追ってくる人形を、階段を登ったところで蹴落とし、そのまま右手奥の部屋に鍵を差し込む。

 真っ暗な部屋の中に、白い物体がういている。あの黒い物体と対になるそれは、間違いなく出口。

 後ろから、あの人形がすさまじい勢いで迫って来る。

 俺は覚悟を決め、思いきって白いそれに身を投げた。









 ――戻ってきた瞬間、頭に衝撃を受け、吹っ飛ばされた。



「あら残念、戻ってこれたのね」



 アマネの声が、聞こえてくる。

 俺に攻撃したのはアマネだろう。不覚だ。無事に出てこれた時、それがわかるような条件をつけておくのは、当然の備えだ。

 それを予想していなかったのは、俺の完全な落ち度。



「ユウ!」



 脳が揺らされてふらつきながらも、その声を聞き分ける。

 シュウは、どうやらまだ無事らしい。

 とはいえ、見ればシュウは体に無数の傷を負っている。

 ブラボーの方も、無傷ではなく、数箇所ほど防護服が破られていた。



「俺は……無事だ」



 何とか、立ち上がる。膝が笑っているが、どうにかバランスは取れた。



「残念ね、変に戻ってこなかったりしたら、いっしょに死ねたのに。一度館から生還したら、もうどうやっても入れないのよ?」



 嘲弄するようなアマネの言葉は、無視。シュウに言葉を向ける。



「シュウ、いつも通り役割分担だ。ブラボーは任せる。こっちは、任せろ」



「ああ……任せた」



 互いに背を向け、相手に向かう。泣きたいような、こんな状況でも、顔が自然と綻ぶ。



甘い誘惑スイートドロップ



背後の悪魔ハイドインハイド



 もはや身の一部になったような二つの能力を併せて、使う。

 グリードアイランドからこちら、ほとんど休み無しの連戦で消耗し過ぎた。まともに一戦、戦いきるオーラなど残っていない。

 短期決戦で決着をつけるしかないのだ。

 アマネの頭上に跳ぶ。アマネが背後を振り返るが、そこには誰もいない。

 その背後に、俺は跳んだ。

 相手は無警戒。その隙を縫って、ナイフで心の臓を狙う。

 

 ―― った。そう思った瞬間。パン、と。乾いた音が聞こえた。

 鈍い痛みとともに、ナイフが弾き飛ばされている事に気付く。

 やったのは……ブラボー。シュウの拳を体に受けながら、こちらに銃口を向けていた。

 ありえない。“周”でオーラを纏わせた俺のナイフが、ただの拳銃に弾かれるなんて。



「がわいげの無い娘ね!」



「――ぐっ」



 アマネの蹴りを腹に受け、俺はまた吹っ飛ばされる。飴玉が、空中で唾液の尾を引いて落ちていく。



「――そうか、防護服が再生されないから、どうもおかしいと思っていたけど……それがあんたの本当の念能力か」



「……“最大強化パワーブースター ”。“性能”を強化する念能力」



 手にした銃を捨てながら、ブラボーは応えた。

 その声に、わずかな苦痛の色が混じっている。



「なるほど、あの異常な防御は、防護服の性能を極限まで高めていたからか」



 二人は互いに構えた。先の一撃は、ブラボーに多大なダメージを与えている。お互い、これを最後と見定めたのだろう。

 なら、こちらも最後だ。

“絶”状態からは回復したものの、すでに、“背後の悪魔ハイドインハイド ”を使うオーラも残っていない。

 だが、あちらも“悪魔の館スプラッターハウス ”が使えない以上、条件は同じだ。

 全力で、駆ける。

 迎え撃つアマネ。

 正面からの攻撃に、カウンターを被せられた。

 鈍い衝撃とともに、意識が遠のく。



 届かないのか。俺は、こいつに届かないのか。仲間を殺したこいつに、一矢も報いることはできないのか。

 このまま、何も出来ず、俺は死ぬのか。



 ――負けないで!



 不意に、誰かの声が聞こえた気がした。

 それが、かろうじて意識をつなぎ止める。



 そうだ。死の激痛を維持してまで、俺達に忠告をくれたヒョウ。自分であることを望み、自分のまま死んで行くことを選んだD。死の恐怖と戦いながら、後に続くものを助けようとしたエース。

 あいつらのためにも、俺は最後まであがくのをやめたりしない!



 不思議と、力がわいてきた。スズメの涙ほどの、それでも、一撃を放つには充分な力。

 体が、何かに突き動かされるように動く。

 勝利を確信した表情のアマネは、その貌のまま俺の手刀で腹をぶち抜かれた。



「か、は」



 もう、身を支える気力も無い。

 だが、この手がアマネの命に届いたことだけは、確信出来た。



「さんきゅ……“ユウ”」



 最後まで、俺の意識をつなぎとめてくれた意識もの につぶやくように言って、そのまま地に膝をついた。



「そ、ん、な……」



 アマネは、ゆっくりとくずおれる。



「いやだ、死にたくない。せっかく、いっしょに、なれるのに……いやだ。いやだよう」



 血反吐を吐きながら、涙を流すアマネ。



「兄さま、お声を聞かせて。兄さま、こちらを向いてください。兄さま、どうか、わたしを、わたしだけを見ていてください。兄さま、兄さま、兄さま、兄さま、兄さま兄さま兄さまにいさまにいさまにいさまにいさまにいさま……」



 すでに瞳はなにも映していない。

 振り絞るような声が次第に弱くなっていき、ついには途切れた。

 と、その時、アマネの指についていた指輪が、消える。あれも、何かの念能力だったのだろうか。

 と、その時、激しいぶつかり合いの音が聞こえた。

 見れば、シュウとブラボー双方の拳が、お互いの体にめり込んでいた。

 シュウの拳はブラボーの胸に、ブラボーの拳はシュウの腹に、突き刺さった格好のまま、お互い凍りついたように動かない。

 数瞬の硬直の後、シュウの体が揺らぎ、そのまま地面に崩れ落ちる。

 ブラボーは、拳を放った体勢のまま、持ちこたえていた。



「――」



 無言で、ブラボーがこちらに近づいて来る。

 俺に応戦する力は残されていなかった。

 オーラは枯れ果て、体も言う事を聞かない。だがそれでも、意思だけは折らず、ブラボーを見据え続ける。

 だが、ブラボーは何を思ったのか、自分の指輪を外し、こちらに向けて放ってきた。



「何のつもりだ」



「……すまない」



 ブラボーは、それだけ言った。その言葉が、俺の怒りを煽った。



「裏切り者」



 一言、言うたびに、俺の心の方が傷つけられる。



「恥じて死ね」



 言って、力を振り絞り、指輪を投げ返す。こいつの施しなど、死んでも受けるものか。

 目から、熱いものが込みあげてくる。

 ブラボーは、指輪を手に持ったまま、動かない。



「……オレが、もらっておく」



 意外な方向から、声が聞こえた。あまりにも聞きなれた声の主は、見るまでも無い。



「シュウ!」



 倒れたままの姿だったが、シュウの目が、確かに開かれていた。



「カミト達のために、もらっておく。ただし、一枚でいい。それで、充分だ」



 シュウの言葉に、血の気が引いた。

 俺は馬鹿だ。一時の感情のために、俺は皆が命を賭して手に入れたものをドブに捨てるところだった。

 何があっても、あれだけは受け取らなければならなかったのだ。

 それを……俺は馬鹿だ。

 ブラボーは無言で指輪を指にはめた。よく見れば、彼の指には、もうひとつ、指輪がはめられている。アマネが身につけていたものと同じ指輪だった。

 ブラボーは挫折の弓を実体化し、シュウのそばに置くと、アマネの遺骸を抱えて俺達に背を向けた。

 その背に、シュウが声をかける。



「何故、最後に手を抜いたんだ?」



 ブラボーは、語らない。ただ、背を向けたまま、上を向く。



「それに、銃でユウ自身を狙う事も出来たはずだ」



 ブラボーは、そのまま微動だにしない。



「その指輪。その女の念能力なんだろ? お前、あいつに操られてたんじゃ――」



「――全て」



 シュウの言葉を遮るように、ブラボーは口を開いた。



「全て、わたしの招いたことだ」



 それだけ言って。

 それ以上言葉など発せず、ブラボーは闇の中に消えていった。



「――なあ、ユウ」



 そのまましばらく、地に伏したままでいると、ふいにシュウが話しかけてきた。



「なんだ」



「あいつら、兄妹だったんだな」



「知るか」



 俺は、会話を打ち切った。どんな理由があろうと、ブラボーが裏切ったのは事実で、あいつのせいで何人もの仲間が死んだことにはかわりが無い。

 ブラボーを許すつもりは無いし、あいつに同情の余地など欠片も認めたくない。



「……オレ、あの女の気持ち、ちょっとわかるかな」



「シュウ」



 かまわず、口を開くシュウを止めようとして、あきらめる。

 俺だけでなく、シュウも、きっと傷ついている。思いを吐き出すことで楽になるのなら、それを、手伝ってやってもいい。



「兄妹で愛し合うなんて許されない……でも、こんなことが起こって、不意に、それが許される状況になったら、何に換えても手放したくない。そう思っちゃっても、仕方ないんじゃないかな」



「――思うだけならな。実際やったらただの犯罪者だ」



 俺は、吐き捨てるように言った。

 ブラボー以上に、あの女に同情の余地など無い。

 シュウは、倒れたまま空を仰ぐ。暗い闇に何を見ているのか、俺にはわからない。



「……そうだね」



 その言葉からも、感情は読み取れなかった。



 シュウと共に空を見上げて、ふと思った。

 この空に、後どれほどの同胞が生き残っているのだろうか。

 こんな不毛な喰い合いをして、皆この異邦の地でのたれ死ぬ運命なのだろうか。



 帰りたいな。



 あらためて、そう思った。












[2186] Re[15]:Greed Island Cross(現実→HUNTER×HUNTER)
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:4667f81e
Date: 2007/10/08 20:32







 俺も、シュウも、お互い満身創痍で、港への道のりはキツかったが、吸血鬼の群れを引き受けたみんなが心配で、体を引きずるように先を急いだ。

 港は、灰に覆い尽されていた。

 風もない夜が、こんなときには恨めしい。

 人が、死んだと言う事実が、こんなにもはっきりと残るのだから。

 辺りに、動くものはない。

 ただ、数人の人影が、闇の帳越しでもはっきりと見えた。



「カミト」



 声をかける。

 唯一、二本の足で立っていた鎖使いの同胞は、ゆっくりと、こちらを向いた。

 その足元には、ミコの姿。それに、疲れて大の字に寝転がっているレット氏とマッシュの姿があった。



「勝った」



 それだけ、言った。

 それ以上、言えなかった。



「そう」



 カミトが口に出した言葉も、それだけ。

 だが、カミトが手に持っている赤いリボン。ミオがつけていたそれが、カミトの手にあることで、ここで何があったか知れた。

 だから、何も聞かない。



「こっちも、勝ったわ」



「そうか」



 ただ、カミトの言葉に返事を返しただけだった。

 ブラボーのことも、本当のことが言えるはずがない。ただ一言のみ言った。

 ブラボーは死んだ、と。

 その言葉に、カミトの肩がピクリと震えた。

 俺は、カミトに何か声をかけようとして、息を飲んだ。

 カミトが一瞬浮かべた、どこか納得のいった表情。それが、全てを見透かされたように思えた。

 だが、それも一瞬、決意を秘めた瞳でカミトは顔を上げた。



「帰るわよ……それが、目的なんだから。そのために、皆死んだんだから」



 感情を押し殺すように、カミトはエースやヒョウの遺体を集めていく。



「カミト、何を?」



「連れて帰るのよ。せめて、死体ぐらい返してやらなきゃ……救われないじゃない」



 ミコをお願いね。カミトはそう言って、俺達に背を向ける。



「カミト、どこへ?」



「船を借りるのよ……帰るためにね」



 カミトが、歩いていく。ブラボーの事を聞こうともしないカミトは、ひょっとして気付いているのかも知れない。

 だから、話にも出さなかった。

 カミトはもっとも長くブラボーと行動を共にした人だ。彼の裏切りに、傷つかないはずがない。

 それでも、カミトは気丈に振舞う。それが、やるせなかった。

 待つこと小一時間。カミトが回してきたのは、大型のクルーザーだった。



「さ、行くわよ」



「……どこへだ?」



 シュウの質問に、カミトは力なく笑う。



「グリードアイランド島。その中で“離脱リープ ”を使うことが、考え得る、最も確率の高い現実への帰還方法だから」



 船に乗り込んだのはエース達の遺体とカミト、ミコ、レット氏、俺、シュウの5人。

 マッシュは残って見送る事になった。

 彼は、グリードアイランドに入りながら、定期的に天空闘技場で試合していたらしく、準備期間に余裕が無くなっていたのだ。

 カミトは、マッシュに簡単に挨拶して、操舵室へと向かって行った。ミコは、船室で寝かされている。



「ユウ、レット、シュウ……またな」



 そう言って笑ったマッシュは、俺達がもう帰ってこない事を知っていたのかもしれない。

 知っていて、平然と見送ってくれた。

 だから、俺達も笑って返した。

 マッシュはこちらの人間だけど、間違いなく俺達の仲間だった。



「またな、マッシュ! どうせなら、バトルオリンピア優勝を目指せよ!」



 ぐっ、と、シュウは拳を宙に突き出す。



「おう!」



 マッシュも、親指を立て、応えた。



「マッシュ、ありがと」



 何か言いたかったが、言葉に詰まって、口から出たのはそれだけだった。



「おいおい、礼を言うのはこっちだぞ? ユウのおかげで、俺はここまで強くなれたんだし、これからも強くなっていく。いくら感謝してもしたりないぐらいなんだ」



「マッシュ……」



「それにレットも、ライバルがいるってのは、思ったより張り合いがあって、楽しかったぜ」



「マッシュ……それは、こっちのセリフっスよ」



 船が、ゆっくりと動き出す。



「――ああ、ひとつ言い忘れてたことがあったな」



 ゆっくりと離れていくマッシュが、声を上げる。



「最初、お前に交際を申し込んだけどな、あれ、無かったことにしてくれ。お前ら、お似合いだぜ!」



 とびきりの笑顔で、そんな事を言ってきた。

 思わずつんのめりかける。

 勘違いもはなはだしい。だが、まあ、マッシュが勝手に自己完結してくれるなら、わざわざ訂正する必要は無いだろう。



「いやー、そうっスかねー」



『いや、おまえじゃないだろ』



 奇しくも、何故か勘違いしているレット氏へのツッコミが、重なった。

 それを見て、マッシュが爆笑する。



「またなーっ! みんなーっ!!」



 マッシュに応えるように、大きく、手を振る。船が動き出し、だけど、姿が見えなくなるまで、俺たちはマッシュに向かって手を振っていた。

 俺も、シュウも、かなり負傷が厳しかったので、比較的軽症だったレット氏を操舵の交代要員に任命し、その日は船室で泥のように眠った。









 次に目覚めたのは2日後だった。

 どうやら、予想より疲労が激しかったらしい。

 目を覚ますと、寝台で寝ているのはレット氏とカミトだけだった。

 重い頭を無理やり起こし、体調を確認する。

 体が重いのは、たぶんオーラを限界まで絞り尽したからだろう。腹や顔にある痣は、もう数日は確実に痛みが残る。完調ではないが、まあ、静養が必要なほどではない。

 船室を出、操舵室を見れば、シュウが船の運転を任されていた。



「よ」



「お、ユウ。もう起きられるのか?」



 それは、どう考えてもお前に言うべき台詞だと思うぞ、シュウ。

 肉体的なダメージに関しては、お前の方がよっぽどひどかったんだから。



「シュウのほうはどうなんだ? もう起きていいのか?」



「ん、完璧完調」



 人間ワザじゃないだろう、その回復力。



「ミコは?」



「甲板に出てる……やっぱり、ちょっとショックだったみたいでな。今はまだ、話かけない方がいいかもな」



「そうか……」



 妹が出来たみたいだって言ってた、ミコ。やっぱり、ショックなのだろう。

 俺は、甲板に出た。

 ミコは、波間をみつめるように、甲板の端に立っていた。

 俺は、黙ってミコの隣に立った。

 言葉も、何もない。

 ただ、一人にしておけなくて、そうした。



「――なんで」



 長い間、ずっと無言でいたミコだったが、ポツリ、ポツリと、話し始めた。



「何故、みんなが、死ななければならなかったのでしょう。みんな、みんな、いい人でしたのに」



 俺は、無言。その、原因となった者の名を、ミコに教えるわけにはいかなかった。

 誰かを憎めれば、楽だけど。

 きっと、それ以上にミコは傷つくことになる。



「ミオは、ミオはまだ10歳で、あんなに小さかったのに……」



 ミコの声は、震えていた。



「こんなに、小さくて、私に膝にのって……それが……う、うあああっ」



 ミコは、こらえ切れず、声をあげて泣き出した。

 俺は、黙って胸を貸した。

 こう言うとき、もうちょっと身長があればサマになるんだろうけど、ミコのほうが背が高いから、抱えあげられているような、つんのめった体勢になったけど、俺は黙ってミコの背を撫でてやった。

 ヒョウの死も、ダルの死も、Dの死も、エースの死も、そしてミオの死も、決してなかったことにはできない。

 でも、みんな、ただ死んだわけではない。

 みんな、仲間のために、戦った。最後まで、俺達の戦いを助けてくれた。

 仲間の、帰還を願って、最後まであがいた。

 そのおかげで、今の俺達がある。

 だったら、その意思を、無にするわけにはいけない。

 元の世界に戻って、当たり前の生活を送って、当たり前に笑い、当たり前に騒ぐ。そんな当たり前の幸せを、あいつらは俺達に託すしかなかった。

 背負わされた命は、重いけど、その重みの分だけ、幸せにならなくちゃいけない。

 いつだって、あいつらに、胸を張っていられるように、前を向いて歩いて行こう。

 そう、心に誓いながら、不覚にも、熱いものがこみ上げてくるのを押さえ切れなかった。









 泣き疲れてそのまま眠ったミコを船室に運び込み、寝かしつけていると、奥の方からいい匂いが漂ってきた。

 みれば、簡易キッチンにカミトが立ち、腕を振るっていた。匂いからして、シチューを作っているらしい。

 くつくつと煮えるシチューがかき混ぜられるたび、食欲を誘う香りが漂ってくる。

 クウ、と腹の虫が鳴った。よく考えれば、丸二日、何も食べていないのだ。



「あら、ユウちゃん。ミコ、寝ちゃったのね」



 俺に気付いたカミトが、振り返って微笑みかけてくる。



「泣き疲れて、今寝たとこ」



 言いながら、俺は据え置きのテーブルについた。



「ごめんね、ユウ。面倒見させちゃって」



「当然だろ? ミコは大切な仲間だ」



「そうじゃなくて……ユウもキツイのに、任せちゃって」



 カミトは、視線を落とした。

 それを言うなら、カミトのほうがよっぽどキツイだろう。あの5人も、ブラボーも、カミトのほうが付き合いは長いのだ。



「……ま、それは置いといて、とりあえずご飯にしましょ。人間空腹じゃあ碌なこと考えないものだし。一人ならなおさら、ね」



 どうも、この人と話していると、見透かされている気がして落ち着かない。



「レットと、シュウも呼んできて頂戴。この辺りなら自動操縦に任せられるはずだから」



 眠りこけるレット氏をたたき起こし、操舵室のシュウを呼んでくると、匂いにつられてか、ミコも起きだして来た。

 5人で雑談しながら暖かい食事をしていると、不思議と重苦しかった心が楽になった。

 ほんとにカミトは、お見通しだなあ。



「――あ、そうだ。ここ、ラジオついてるんスよね。喫茶店でバイトしてた時、よく聞いてたんスよ」



 レット氏が、思いついたようにラジオを付けた。

 どこの電波を拾ったのか、スピーカーは軽快な音楽を吐き出しはじめる。

 聞き慣れない曲調だが、素直にいい曲だと思えた。



「やっぱ、こっちでも、音楽の良さは変わらないっスよね」



 音楽を楽しむように、目を細めるレット氏。なんだか意外な一面を見た思いだ。

 音楽を肴に、しばし談笑。



『え!?』



 いきなり聞こえてきた、耳慣れた歌に、みなが思わず声を上げた。

 ラジオから流れているのは、ボーカルが違い、微妙にアレンジされているものの、間違いなくもとの世界の歌だった。



「これって……あれ、だよね」



「間違いないっスよ」



「これはわたしも知ってるわ」



 おそらく、同胞が歌っているであろう、その曲に、皆、思わず顔を見合わせる。

 ややあって、カミトがくつくつと笑い出し、それがみなに広がった。



「……世界が違っても、音楽の良さは変わらない、か」



 ひとしきり笑ってから、カミトがつぶやいた。

 本当にその通りだと、そう思い、初めてこの世界が、こちらに優しく微笑みかけてきた気がした。



 その夜半過ぎ。

 なんとなく目がさえて、俺は甲板に上がった。



「よ」



 俺を待ち構えるように、シュウはそこにいた。



「シュウ、寝てないとだめだろ? 当番で疲れてるんだから」



 俺の言葉に、シュウは首を振った。



「眠れないんだよ。いよいよ明日にはグリードアイランドに着く。それで帰れると思うと、な」



 そう言って、シュウは夜空を眺めた。



「わあ」



 つられて見上げた空に、思わず歓声がもれる。

 人の明かりのない夜空に描かれた、光のイルミネーション。漆黒の闇の中、見たことないくらいの量の星が、散りばめられていた。



「こっちで最後の夜空かと思うと、余計きれいに見えるな」



「いや、それ抜きにきれいな星空だよ」



 星空が、本当にきれいで、思わず見とれてしまう。



「――ユウ」



「何だよ、あらたまって」



 声をかけてきたシュウ。その真剣な表情に、思わず息を呑んだ。



「オレさ、やっちゃなんねーことやりかけた」



 その言葉に何か返しかけて、言葉に詰まった。

 シュウの纏う雰囲気が、言葉を拒絶していた。



「たぶん、お前や、カミト達に顔向けできねーくらい自分勝手なわがままで、取り返しのつかないことをやりかけたんだ」



 シュウは、そこで息を継ぐ。

 鬼気さえ感じるシュウの独白に、俺はなにも返せない。



「ユウ、俺を殴ってくれ」



「何だよ、いきなり」



 シュウの言葉に、困惑する。



「そうじゃないと、オレの気がすまないんだよ」



「わけがわからない」



 俺は拒否しようとして、シュウの貌に、息を呑んだ。

 後悔の念に押しつぶされそうな、シュウ。彼の顔が、苦痛に歪んでいる。



「頼む、ユウ」



 その一言で、覚悟を決めた。

 それでシュウが楽になるなら、いくらでも殴ってやろう。

 無言で、手加減なく、シュウの頬を殴った。

 にぶい音と共に、シュウは甲板の端まで吹っ飛んでいった。



「おーい、シュウ、大丈夫か?」



 傍まで歩いて行き、甲板に大の字になったシュウを見下ろす。

 シュウは、何処かすっきりしたような顔で、やおら笑い出した。



「手加減無しかよ……ユウ、やっぱお前大好きだわ」



 言いながら、笑うシュウ。

 俺は呆れて、船室に足を向ける。



「そのまま寝ないようにな」



「だったらちょっとは加減しろ!」



 シュウは、なおも笑いながら応えてくる。

 そのまま船室に向かおうとすると、物陰に隠れるように、カミト、レット氏、ミコが並んでいた。



「お前ら、何やってんだ」



「いや、まー、その……」



 カミトが、何処か言葉を探すような仕草。



「端的にきくけど、シュウ、ひょっとしてとんでもなく下品なお願いでもして来たの?」



 その言葉に、初めてカミトの頭に拳骨を落とした。









 よく朝未明、クルーザーは大きな島にぶつかった。グリードアイランド。地図には存在しない、幻の島。

 海岸近くまで船を寄せ、ボートで海岸に向かう。

 海岸に一人の男が待ち構えていた。

 レイザー。不法侵入してきた俺達を、排除するもの。

 俺達は広がるように展開し、身構える。が、カミトは、ためらいなくレイザーに相対した。



「レイザー、わたし達は“異邦人”よ」



「……そうか。ドゥーンから話は聞いている」



 何故か友好的な様子のレイザーに、構えていたこっちが戸惑ってしまう。



「どうした?」



 その様子を不思議に思ったのか、レイザーが尋ねてきた。



「いや、何でそんなに物分りがいいのかと」



「別に。俺だって事情を聞けば協力したくもなるさ。ゲーム運営の支障にならない限りはな」



 レイザーの表情は、笑い顔のまま変わらない。

 そうか。てっきりレイザーは敵だと思っていたけど、ちゃんと事情を話すという方法もあったんだな。



「ブラボーが、城で話してたんだな」



「ええ、わたしは、その話を聞いていたから」



 シュウとカミトの会話は、意識的に聞かなかったことにする。

 冷静にあいつのことを振り返るには、まだ時間が足りない。

 レイザーの許可の元、俺達はボートから岸に降り立つ。

 同時に、抱えていた死体袋が、オーラに包まれ、中身を失った。



「グリードアイランドが、みんなの死を認識したんでしょう。変則だけど、これで帰れることが証明されたわね」



 必要なのは、ゲームを使わずにここに来ること。

 この世界と、あちらの世界の、唯一の交錯点であるここで、正規手段に寄らず入島し、“離脱リープ ”を使うこと。

 それが元の世界に帰れる、唯一であろう手段。



「……やるわよ」



 言って、カミトは“挫折の弓”を手に持ち、レットに向かう。

 これが別れになることは、わかっていた。

 だが、話したいことは、全て船の中で話してしまって、何も出てこない。



「“離脱リープ使用オン ・レット」



「みなさん、さよならっス」



 敬礼と共に、レット氏は消える。

 なんだか、レット氏らしい、別れ方だった。



「“離脱リープ使用オン ・ミコ」



「あのっ! あっちにかえっても――」



 思いついたように何か言いかけて、ミコが消えた。

 そのあわて振りに、思わず苦笑してしまう。



「ユウ、シュウ……ありがとうね」



 カミトは、絞り出すような笑顔で一言、そう言って。



「カミト」



 シュウの言葉で、呪文が中断される。

 シュウは、手荷物を丸ごとカミトに放り投げた。



俺にはもう必要ないから・・・・・・・・・・・カミトが預かっていてくれ・・・・・・・・・・・・



 シュウの言葉に、カミトは一瞬ぽかんと口を開け――苦笑を浮かべた。



「“離脱リープ使用オン ・ユウ、シュウ……ありがとね、二人とも」



 その言葉が、この世で聞いた最後の言葉だった。

 こっちこそ、本当のことをいえなくてごめん。そう言いたかった。だが、それを言い出せないまま、俺達は眩い光に包まれていった。









 ――そう言えば、“ユウ”に何か言うの、忘れてたな。唐突に浮かんだ考えに、何かが否定の意思を送ってきた気がした。









 OTHER'S SIDE サイド・ブラボー







「グリードアイランド、実際に作ってみないか?」



 最初は、ただの冗談みたいな一言だった。

 それが、いろんな協力者が現れ、私自身関わっていくうち、どんどん具体的な物になり、出来上がったゲームは、人に見せて恥ずかしくないものになった。

 密かに、名作になると自負してもいた。

 作品への愛と、確かな技術があれば、当然とも言えた。

 それが、何故こんなことになったのか。

 β版のテストプレイヤーを選出し、我々開発者の内数人も、それに参加した。

 そして、気が付けばあの草原に立っていた。

 同じくこちらに来たはずの仲間を探すうち、旅の道連れができ、ハンター試験を受け、ゲームを探す間にも、仲間は増えていった。

 彼らとなら、きっと元の世界に戻れると確信できた。

 ようやく待望の開発者仲間を見つけたとき、私の心は闇の淵に叩き込まれた。

 彼らは、“同胞狩り”になっていた。



「確実に帰るために必要だと思ったんだよ。あんたがそう言うなら、やめとくって」



 そう言って調子よく謝るあいつらを、何故信用してしまったんだろうか。

 お互い、顔も合わせた事もないが、同じ物が好きで、同じ作品に取り組んだあいつらを、俺は、紛れもない盟友だと思っていた。

 だから、グリードアイランドをクリアしたら一緒に帰ろうと、連絡をつけておいたのだ。

 だが、あいつらは、自分の楽しみのためだけに、仲間を殺した。

 さらにアマネの暴挙が止めを刺した。

 こちらに来て、初めてアマネに会ったのは、開発者仲間に会った時。アマネは、同胞狩りと行動を共にしていた。

 私を見つけるために、彼らと同行していたらしい。

 協力して、一緒に帰ろう。そういった私に、アマネは逆に、ここにずっと住もうと言って来た。

 その時初めて、あいつの心を知った。だが、私にどうしろというのか。相手は、実の妹なのだ。

 それだけは、できない話だった。

 再びアマネに会った時、すでにあいつは鬼と化していた。

 いきなりの不意打ちでヒョウを殺し、私とエースはアマネの念能力で閉じ込められた。

 エースの命が惜しければ。そう言ってアマネが渡してきた指輪を指にはめて、おれは、皆を裏切ってしまった。

 指輪に心を操られ、アマネのことしか考えられない人間になった。

 結局、散々毒を撒き散らし、アマネは死んだ。私には、それを止めることもできなかった。

 いっそ、何もかも忘れてしまっていれば良かった。だが、残酷にも、記憶は私の物として克明に記録されていた。



「恥じて死ね」



 そういったユウの言葉よりも、私の裏切りに、ユウが深く傷ついたことが、痛いほどわかって、それが、私を打ちのめした。

 私のやったことは、取り返しのつかない事で、最も重い罪であると、思い知らされた。

 償いようがない。

 贖いようがない。

 そんな罪を犯して、それでも、手の中に残ったものがある。

 二枚の“挫折の弓”。

 これを残してくれたシュウの意図は、痛いほどわかる。これでやることなど決まりきっていた。

 救おう。この世界に取り残された同胞を。

 この身を、それだけに使い潰そう。

 償いではない。それがただの代償行為だとしても、この身がすでに罪にまみれていたとしても。

 今度は決して、私がブラボーである事を裏切らない。

 そう誓って、立ち上がった。

 この身は、人を救うために。ただそれだけの道具であればいい。

 そう自分に言い聞かせ、決して歩を緩めず、歩いていく。

“俺”はブラボー。キャプテン・ブラボーだ。









「――う」



 眼も眩むような光に、眼が開けない。

 いつの間にか机に突っ伏していたようで、顔に冷えたものが当たっている感触。

 目を開くと、そこに広がっていたのは懐かしい我が部屋のものだった。



「おニイ」



 しばらくボーっとしていると、いきなり扉が開いて、妹が顔を出してきた。

 あまりにも懐かしい顔に、一瞬見とれてしまった。



「おう、友、久しぶり」



 俺の言葉に、友は怪訝な顔を見せた。



「何寝ぼけてるの―――あ、また一晩中ゲームしてたんでしょ」



 なんと言うか、普通過ぎる反応に、戸惑う。

 俺、一年以上いなくなってたはずなのに。



「あ、あ、あー。今、何月何日」



「おニイ、呆けるのも大概にしてよね。11月18日に決まってるでしょ」



 なんと、俺が体感した一年が、こちらでは一晩のことだったらしい。



「朝ごはん、早く食べてよね。休みだからってゆっくりしてられたら、片付かないんだから」



 呆れたような友の髪を、くしゃりと撫でてやる。



「な、あ……おニイ! 子供扱いしないでよ!」



 顔を真っ赤にして怒り出す友。

 朝飯を食べたら、すぐにネットに繋げよう。

 それで、シュウの無事を確認して……また、ゲームをやってみるのもいいかもしれない。今度は普通に、当たり前のゲームを。

 ふと、ためしに“練”をやってみる。

“練”はおろか、オーラが見えることもない。



「うん、これが普通なんだよな」



 何もできなくなっているのに、やけに楽しくなる。



「おニイ、奇行に走らないでよ」



 呆れた眼でこちらを見る妹に、適当に誤魔化し、部屋を出る。

 途中、つけっぱなしのディスプレイをちら、と見て、俺は階段を駆け下りた。



「友、飯だメシ!」



「階段走らないでよ、危ないでしょ!」



 注意されながらも、浮き立った心は収まらない。









 一夜の夢のように消えた一年を越える時間。

 その中で、多くのものを得て。多くのものを失った。

 だけど、変わらないものがあって、大切なものがひとつ、出来た。

 とりあえず、飯を食ったら、シュウと話そう。

 二人で無事を喜びあって、それから、話したいことはいくらでもある。

 でも、まずは、一人の少女の話をしよう。

 俺の心に仮住まいしている、一人の少女の話を。









 画面にはひとつのメッセージが流れていた。



“わたしはあなたと共に”












[2186] Re[16]:Greed Island Cross(現実→HUNTER×HUNTER)
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:4667f81e
Date: 2007/10/10 21:14





 エピローグ if~架空交差点









「――ああ、いい天気だな」



 晴れた空を見上げながら、つぶやく。

 休日、せっかくの陽気。なのに、俺は何をやっているのか。



「おニイ、なんで逃避気味?」



 隣を歩く妹のマークは完璧。逃げようがない。

 わざわざ休日つぶして妹の服選びに付き合わされてる俺の気を察しろとか。

 知り合いにこんなとこ見られたくないとか。

 これから何時間もお前の買い物に付き合わされるんだ逃避ぐらいさせろとか。

 いろいろ言いたいことはあるけど……



「仕方ないでしょ。晴美たち急に行けなくなったんだから。かわりにお昼はご馳走するからさ」



 一切合財読まれてて、猫に首根っこ押さえられたネズミのようなものだ。

 俺は、ため息をつくしかない。

 対照的に友のほうはやたらと上機嫌。先日ばっさりと切った髪を振り回しながら鼻歌など口ずさんでいる。

 もともと友がベースだったからだろうか。髪型まで似せると、本当に“ユウ”に見える。

 どうも“元ユウ”としては、目の前に“ユウ”がいるというのは、複雑な心境だ。



「でも、本当にいい天気だな」



 ビルの隙間から見える空は、高く、遠く、一炊の夢のようだったあちらの世界を思い出させる。



『みんな、どうしてるかな』



 何故か、俺と友の言葉が重なった。



「いや! 晴美たちだよ!?」



 あわてたように言ってくる友。



 びっくりした。

 本当に心を読まれてるのかと思った。



「――そりゃないっスよ!」



 不意に聞こえてきた、聞き慣れた語調。俺は思わず声の主を探した。

 家電量販店の前。大学生くらいの青年と、中学生くらいの少年が向き合っていた。



「ダメだぜ、センセイ。模試で満点とったら、ゲームなんでも買ってくれる約束じゃん」



「だからってゲーム本体はひどすぎるっス! キミの家庭教師代何月分だと思ってるんスか!」



「約束は約束じゃん。安請け合いしたセンセイが悪いと思って、ここはひとつ……」



「せめてソフトにまけて下さいっス!」



「……どうしたの?」



 友が不審そうにこちらを見てくる。二人の掛け合いに思わず足を止めていたのだ。



「あ、いや、なんでもない」



 いくら口調が同じだからって、そんな偶然があるはずがない。

 きっとただの思い過ごし。



「――母さん、まって!」



 視線を戻すと、前から女の子が走ってきた。

 きっと何かに目を取られていたのだろう。先を行く親を追いかけ、女の子は俺の脇を通り過ぎていった。。

 なんとなくそれを目で追った、その先。女の子の母親らしき女性を見て、思わず目をしばたかせた。

 その女性の外貌が、“ミコ”を、もう少し大人びさせたような姿だったのだ。



「美琴、ぼうっとしてちゃダメでしょう? もう、来年から中学生のお姉さんになるんだからしっかりしなきゃ」



「だって、ちょっと知ってるかも知れない人がいたから……」



「――おニイ?」



 親子の様子を見ていると、隣から絶対零度の声が聞こえてきた。



「わたし、小学生をナチュラルに目で追う兄を持った覚えはないんだけど」



 その言葉と表情が怖すぎる。

 俺はあわてて視線を戻し、歩き出す。

 休日の繁華街。人通りは次第に多くなってきていた。



「――で、どうだったよ。おまえ、Greed Island Online」



 交差点で信号待ちをしていると、そんな声が聞こえてきた。俺は思わず辺りを見まわす。

 だが人ごみの中、声の主など見つけようがない。



「どうって、まだやってないよ」



「なんで? お前、帰ったら速攻やるって言ってたじゃん」



「それがさ、キャラ作って始めたんだけど、気がついたら寝ててさ、いつの間にかキャラ、消失ロストになってるし……」



 信号が青になり、皆が歩き出す。声は次第に離れていき、聞こえなくなった。



「あ」



 友が、隣で声を上げた。

 横断歩道を渡ったところで、後ろを振り返る友に、釣られて振り返る。

 道を挟んだ向こう側。

 信号はすでに青になっている。だというのに、横断歩道の前で一人、立っている女性が目に止まった。

 20台半ばくらいに見える。

 長身にスーツ姿の似合う女性で、しゃんとした姿に、自然と目がいった。

 気のせいかもしれない。だけど、ほほえましげな視線は、確かにこちらに向けられていた。



 と、いきなり。横合いから伸びてきた手が、俺の頬をねじりあげる。



「――っ!!」



 痛みに、声も出ない。



「なんで今日に限って女にばかり目が行くかな、おニイは」



 思いきり誤解だ。いや、確かにちょっと好みではあったけど。

 と言うか、おまえが先に見てたろうが。

 痛む頬を押さえる。今のは尋常でない力が込められていた。

 俺達の掛け合いに、女性はふ、と笑みをこぼし――人ごみの中に埋もれてく。

 一瞬、その笑みが、カミトのそれと重なった気がした。

 あわてて探しても、すでに彼女の姿は見当たらなかった。



「さ、行こ。今日は思い切り振り回してやるんだから」



 何故か頬を膨らませ、友は強引にこちらの手をとらえる。

 どうも妙な日だ。次々と仲間を連想させる人に行き会う。

 となると、そろそろシュウが出て来ても良さそうなものだが、残念ながらシュウの姿は見当たらなかった。



「おニイ、行こ」



 ずるずると引きずられていく俺。

 そういえば、この強引さはなんだかシュウを連想させるよなあ。

 引きずられるように歩きながら、空をながめる。

 同じ空の下に、仲間がいる。

 たとえ会うことがなくても、それだけは確かで。

 そんな当たり前のことを、尊いと感じた。









 はるか遠い空の下、遠い国の遠い街。

 ブラボーは一人、歩く。

 その先に、待ち構えるように、立っている者がいた。



「――やっと、会えたわね」



 その声に、姿に、ブラボーは否応無しに立ち止まらされた。



「……カミト。どうしてここに」



 よほど驚いたのだろう、ブラボーはしばし無言だった。

 やがて、口を開いたブラボー。

 彼の言葉に、カミトは極上の笑顔をで答えた。



「決まってるでしょ……わたしが、あなたのパートナーだからよ」












[2186] Re[17]:Greed Island Cross 外伝 (現実→HUNTER×HUNTER)
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:4667f81e
Date: 2007/10/16 00:34



 Greed Island Cross 外伝 Sisters







「友……俺、やっと気付いたんだ」



 甘い憂いを帯びた兄の表情が、まっすぐわたしに向けられて来る。



「こんなに、こんなに傍に大切な人がいたなんて……」



 とろけそうな、甘い声。

 熱い視線に、わたしもとろけそうになる。



「友、俺はやっと真実の愛に目覚めたんだ……」



 幸福感に、全身がしびれる。

 やっと、やっと気付いてくれた。

 生まれた時からずっと秘めてきた想いを、兄が認めてくれた。



「ああ……」



 自然、声が漏れる。

 手が届くほど近くにいながら、決して許されない最後の一歩。

 願ってやまなかった瞬間が、ついに訪れるのだ。



「――紹介するよ。俺の恋人、ユウだ」









「――え?」









 気がつけば、兄の隣。寄り添うように女が立っていた。



「よろしく、友」



 わたしの顔をした別人が、微笑みかけてくる。



「本当に、なんで気がつかなかったんだ。こんなに傍に、理想の人がいたなんて」



「そう、わたしは君の理想の姿だ。友と違って胸もある」



「そうだな、やっぱり胸は、あるに越したことはないよな」



「あはははは」



「うふふふふ」



 ハチミツを溶かしたような甘い空間。

 壮絶に疎外されているわたし。



「――って」









「そんなにオッパイが大事かこのバカ――ッ!!」



 ガバリと、身を起こす。



「……」



 辺りを見回し、しばし沈黙。状況を把握した。

 夢。

 頭を抱えたくなった。



 なんてバカな夢見てるんだ、わたし。



 夢の中で勝手にエキサイトしていた自分に、しばし自己嫌悪する。

 全く、なんであんな夢を見てしまったのか。



 元はと言えば、兄が悪いのだ。

 兄が、どんなタイプの女が好きなのか。ふとした悪戯心から、Greed Island Onlineで兄に女キャラでやるよう押し付けた。

 超絶不可思議なトラブルでハンター世界に飛ばされたのはさておいて。

 兄のプレイヤーキャラ。わたし。

 いや、細々違うんだけど、どう見てもわたしをモデルとしたとしか思えないのだ。

 あれで、何か妙なスイッチが入ってしまった。

 知人達からブラコン扱いされるわたしだが、当人としてはそんな自覚はカケラもなかった。

 そりゃあ、兄のことは家族として好きだったし、今考えたら別人に成りすまして会話を楽しんだり、ベッドの裏をチェックしたり、以前からそういう傾向はあったのかもしれない。

 だけど、はっきりと自覚してしまったのは、こちらで“ユウ”の姿を見せられてからだ。

 あれで、今まで漠然としていた想いの方向性が定まってしまったのだ。

 兄が、自分の分身とも言えるプレイヤーキャラにわたしの姿を選んでくれたと言うのは、正直嬉しい。

 ただ、兄のプレイヤーキャラ。“ユウ”とわたしでは、致命的な相違があった。

 胸。

 いや、わかってる。

“ユウ”の胸なんて、せいぜい同年代の平均を超えない程度だ。

 だが、わたしのそれは、はるかに慎ましやかなのだ。

 以前は、そんなこと気にもしていなかった。

 だが、こうもあからさまに示されては、ショックも大きい。

 しかも、夢にまで見るか。

 深いため息をついた。



「おい、どうしたんだ?」



 隣部屋から、マッシュが駆けつけてきた。

 あわてた様子を見れば、何か大事でもあったのかと心配してるんだろう。

 なんでもない、と答えると、彼を部屋に返した。

 寝ぼけて叫んじゃいました、なんて、言えるわけない。

 考えて見れば、グリードアイランドに入ってから一ヶ月。その間、兄の声すら聞いていないのだ。

 どうも、いろいろとフラストレーションがたまっているらしい。

 と言うか、いくら夢とはいえ、イタ過ぎる。

 何だ、あの甘々なシチュエーションは。

 願望? わたしの潜在意識の顕われ? 

 無意識下にしてもイタい。なんと言うか、終わってる妄想だ。しかも寝取られてるし。

 そう言えば兄がふらっと旅に出ていったのが2ヶ月前。

 女になっているからして、誰かと恋に落ちる――なんてことは、万が一にもないだろうけど……いかん、こんな妄想にナニ興奮してるんだわたし。ありえないだろう。

 乙女的にも人間的にも終わってる。

 どうも、この体になってから感情の抑制が下手になっている。

 いろんな妄想が渦巻いて、いい感じにカオス状態の感情は、コントロールしようがない。

 まあ、思春期真っ盛りのオトコノコの体だ。当然と言えば、当然かもしれないが……いつか兄を襲ってしまいそうで、我ながら怖い。



 ――って、だからそれで興奮してどうする、わたし。

 もうこれはどうしようもない。

 たぶん、限界なのだ。

 会いに行こう。いや、それができなくても、せめて声くらい聞きたい。

 そうすれば、きっとこんなモンモンから解放される。ここに残って我慢してるより、よっぽど効率いいじゃないか。

 なんだか自分を誤魔化している気がするが、あえて目をそらしておく。



「じゃあ、その間の特訓メニュー考えなきゃな」



 マッシュ達は兄から預かっている大切な仲間なのだ。責任を持って鍛えなきゃいけない。

 どうせ今からじゃ眠れない。わたしは不在中の特訓メニューを考え始めた。









「――じゃ、言ってくるけど、サボるなよ」



 マッシュ達に言い置くと、本からカードを取り出す。



「“離脱リープ使用オン・シュウ」



 瞬時に、“現実”に移動する。目に映るのは不必要にだだっ広い自室だ。高層建築の1フロアを占有できると言うのは、フロアマスターの役得だ。



「まずは、現状確認、っと」



 パソコンの前に座り、同胞の動向を調べる。

 兄に電話するのはいいが、寂しがって電話してきたとは思われたく無い。

 何か情報を手土産にしなければ。わたしにも矜持というものがある。

 わたしが今現在、把握している同胞は約80人。その8割ほどがGreed Island Onlineなどで何らかの足跡を残していった奴らだ。

 こいつらは基本的に“帰りたい”組。行動如何によって敵対することになるかも知れない奴らだ。

 無論、極力そんなことは避けたい。

 だからこそ、常に動向を把握しておく必要があるのだ。

 残りの2割は、これは“帰らない”と決めた連中。

 こいつらは、放って置いても害は無い。だが、同胞を調べていく中で見つかったので、一応動向は掴んでいるといった感じだ。



「うーん」



 機械的にチェックしていく。

 精力的に動いているのが12人、個人行動は居らず、2、3人でつるんでいる。

 グリードアイランドに届いているのはそのうち一組。状況に寄るが、数ヶ月の内にゲーム内で会うことになるかもしれない。

 他はせいぜい金策やら修行やら……まだまだ先が長そうだ。

 玉石混交、いや、“石”のほうが多いGreed Island Onlineのやつらじゃあこんなもんか。

 本当に警戒するべきなのは、掲示板には書き込んでない奴らだ。

 他のプレイヤーを警戒し、容易に情報を漏らさない。こいつらの動向はわたしでも容易につかめない。

 

「――ん? あれ? どういうことだ?」



“帰りたい”組のチェックを終え、こっちに居付いた連中を調べていると、どうもおかしい。

 わたしが把握していた連中の、半数ほどが行方不明、または死亡している。

 いつかの“同胞狩り”ではない。

 こいつらは帰るつもりなど無い連中だ。殺すことに、あまり意味は無いとおもう。

 不審に思って、被害者の共通点を調べていく。



「共通点は……ふん、“緋の目”に“旅団”か」



 浮かび上がったキーワードはそれだった。

 たぶん、この世界でも明らかに危険な領域。

 だが、あえてそこに首を突っ込んだのだ。彼らなりの、確かな成算があったはずだ。

 それが外れた要素は何か。何らかの外的要因でもあったのだろうか。

 それも調べて見る。結果、意外に早く、原因が判明した。

 ネット上に流通する、比較的入手しやすい情報。 餌でも置くかのように、その情報は流されていた。

 ある国の金持ちが緋の目を所有しているらしい。調べたところ、金持ちの方は厄介な縁故も無い。

 だが、これを狙ったと思われる連中は、ことごとく帰ってこなかった。

 旅団に関しても、似たようなもの。わざとハードルの低い“狙い目”な情報を、故意に流した形跡があった。

 誰かが悪意を持って行っているとしか思えない。

 わたし達に害の無いことだ。放っておけばいい、とは、言えない。

 兄が知れば、きっと憤る。それで、なんとかしないと、なんて言うに決まってる。

 だったら――その前に、わたしが解決しよう。

 そう決めた。

“緋の目”と“旅団”の情報が示す位置は同じ国。

 まず無いとは思うが、この情報を見て幻影旅団のメンバーが現れないとも限らない。

 そうなったら、兄がいれば非常に拙いことになるだろう。

 幻影旅団のメンバーの一人を倒した兄。

 それが知れたらどうなるか。勧誘か復讐。どう転んでもありがたく無い。

 だったら一人で解決したほうがマシである。

 けど、とりあえずは兄と話すため、わたしは携帯を手に取った。









 天空闘技場から飛行船を乗り継いで3日。エイジアン大陸の片隅にある国。罠っぽい情報が示す地方都市に足を下ろした。

 雑多で無秩序な建築物、露天、ともすれば野蛮ともとれる異様な活気。そんな風景に、うんざりする。

 どうも、アジアンテイストと言うか、この雑多な雰囲気には馴染めそうにない。

 方々からかけられてくる声を無視して大通りを歩いていく。

 ふと、一人の女性が目に止まった。

 この辺りでも観光客は少なく無い。だが、それを考えても異様な格好。

 ゴスロリファッションに身を包み、しかもそれが自然体で似合っている。容貌は、これもお人形さんのようなもので、等身大のビスクドールを見ているようだった。

 だが、それ以上に、身に纏うオーラが只者じゃない。

 ごく自然に行われている“纏”は、念能力者のあかし。だが、彼女のそれは、わたしより数段力強いものだった。

 彼女もこちらに気付いたのだろう。微笑をたたえ、軽く会釈してくる。

 思わずどぎまぎしてしまうわたし。

 だが、そんなことにも、まるで興味が無いんだろう。彼女はそのまま歩いていってしまった。



 あー、やっぱりこの世界にはあんな怪物がゴロゴロしてるんだなあ。

 

 

 

 

 目的の屋敷に着く頃には、すでに日は傾いていた。

 小高い丘の上に立てられた屋敷に、明かりはほとんど灯っていない。それもそのはず、この屋敷は件の富豪の本宅ではなく、別荘。

 普段は管理人が住んでいるだけなのだ。

 だが、買い込まれる食料品の量と、生活ゴミを調べれば、はるかに大勢の人間が長期的に滞在しているのがわかる。

 自ら罠を張りながら、お世辞にも慎重とはいえない。相手の底が知れようと言うものだ。

 だが、油断は禁物だ。

 相手は確実に念能力者。しかも複数なのだ。

 物理的な攻撃なら、大抵のものに耐える自身はある。だけど、たとえば毒、あるいは操作系念能力、相手を無力化する機能を付けた具現化系の攻撃、致命的なものはいくらでも考えられる。

 兄のためになら命を賭けたっていいが、それ以外の所で安く使うつもりは微塵も無い。

 人を雇って様子見か、それとも囮に使ったほうがいいだろうか。

 少しはなれた木立に背を預け、考えをめぐらせる。

 と、街の方から車の排気音が聞こえてきた。

 見れば黒塗りの高級車。それが目の前を通り過ぎて屋敷に向かっていく。

 一瞬だったが、車の中から感じられるオーラに、覚えがあった。

 あれほど強力なオーラを忘れるはずが無い、大通りで出会った美女のものに違いない。



 ――やめよう。



 そう決めた。

 はっきり言って命のほうが大事だ。あんな化け物と関わってこの異邦の地の土に返るなんてぞっとしない。

 やるにしても、兄のリアクション待ちだ。連絡をこまめに入れとけば、兄も一人で無茶するより、わたしの手を借りる事を選ぶ。

 それまでこの件は放置だ。

 そう思い、引き返しかけたところで、街の方からバイクの灯りがこちらに向かってくるのが見えた。

 危ないので脇に退こうとして……思いかえす。

 逆にバイクの前に出て両手を広げた。

 この先には、件の屋敷しか無い。

 時間も時間だ。連中の仲間に違いないだろう。

 都合のいいことに単独行動中なのだ。とっ捕まえて吐かせることができれば、手っ取り早い。

 車体を横に向けて急ブレーキをかけたバイクは、ぴたり、わたしの10センチ手前で止まった。



「危ねえじゃねえか、てめえ!」



 言いながらバイクを下りて突っかかってくる男。その腹に問答無用でパンチでもくれてやろうと拳を握ったとき、男の顔が目に入った。

 彫りの深い顔立ちに、特徴的な口ひげ、オマケに念能力者。暗闇の中とはいえ、間違えようがない。

 バショウ。クラピカとともにノストラードファミリーに雇われていた念能力者だ。

 それがなんでこんな所にいるのか、わけがわからない。



「この先にはあの屋敷しか無いだろ? 何の用なんだ?」



 わたしの疑問に、バショウはイラついた様子で舌打ちした。



「なんでテメエにそんなこと教えなくちゃなんねーんだ」



 言われて見れば、不躾な質問だったかもしれない。だけど、こちらも、ここは譲れない。



「答えによっては、あんたが敵になるからだ」



 そう言って、バショウの目を見据える。



「――何がなんだかわかんねーぜ」



 そう言いながら、バショウは頬を掻く。

 反応の温さから、わたしが追っている連中とは関わりが無いと、確信できた。



「オレはあそこの屋敷の主に頼まれて、こいつを納めにいく所だ」



 そう言って、バショウは肩に掛けたバッグを叩いて見せた。

 富豪のコレクションらしいその中身は、あまり聞きたい物じゃない。バショウみたいな人間を雇っていることからも、そうと知れる。

 それだけの関係なら、ちょうどいいかもしれない。



「あんた、その用が終わったら暇か?」



「ん? ああ、まあな」



 不意の問いに、バショウは律儀に答えてくる。



「だったら、オレに雇われないか?」



 そう言って、頭の中ではもう、彼をプランに組み込んでいた。



 あの屋敷に侵入した同胞が帰ってこない。無論不法侵入は違法なのだが、どうもワザとそれを誘うようなところがあって、その真相が知りたくてここまで来た。

 バショウに対しては、ほとんど包み隠さずに語った。

 彼の性格的に、そのほうが受け入れやすいと思ったからだ。



「――すまねぇが、半時間ほど待ってくれねぇか」



 腕組みし、目を伏せて考える様子のバショウ。彼が、再びこちらに目を向け、言った言葉はそれだった。



「これさえ渡せば、雇い主との契約も終わるからよ。それからってことなら、いいぜ? 雇われてやるよ」



 忌々しそうにバッグを掲げてみせるバショウ。よっぽど剣呑なものが入っているらしい。



「ああ、それで――」



 いい、と言いかけて、背後で爆発音が轟いた。

 驚いてふり返ると、あの黒塗りの高級車が炎上している。



「チ、どうやらのんびり交渉してる暇はねぇみたいだな」



「――みたいだ」



 バイクを回して走り出すバショウを追いかけて、わたしも走り出した。

 

 屋敷の敷地内、玄関前に止まっている車が炎をあげて燃え上がっている。

 そのすぐ傍、男のひとが一人、倒れていた。



「ん!? おい!」



 バショウは、男に駆け寄ると、あわてて抱え起こす。

 直後、車は爆発を起こした。



「無事か?」



 男を庇うように身を伏せていたバショウに声をかける。

 

「ああ――ああっ!?」



 返事をしながらこちらを向いたバショウの顔色が変わる。



「おおっ! オレのバイクがぁっ!?」



 彼の視線に釣られ、後ろを振り返る。

 見れば、バショウのバイクのエンジン部分に、車の破片が直撃していた。

 バショウは抱えていた男をほっぽり出して、頭を抱えている。



「おい、そいつがここの管理人か?」



 話しかけるが、ショックのためか、バショウの耳には入ってないっぽい。

 まあ、バショウと面識があるなら、間違いないだろう。

 壊れた人形のような格好で倒れている男の様子を調べる。

 外傷はなく、気絶しているだけ、だとおもう。

 炎上した車以外に、辺りに不審物はないようだ。ただ、正面玄関の扉が、半ば開かれていた。



 ――先客だろうか?



 慎重に、扉の隙間から中をのぞいてみた。重厚な内装。それに見合うように身繕われた美術品。

 家主の本当の趣味を知らなければ、センスの良さに感心するところだ。

 屋内に荒らされた形跡はない。

 だけど、油断はできない。

 いったん退いて、未だバイクの前で慟哭するむさくるしい男にひと蹴りいれる。



「何しやがんだ!」



「さっきの話の続きだよ。俺に雇われてくれ、そのバイクの修理代くらいは出るぞ」



 その言葉に、バショウが首を縦に振ったのは、あえて言うまでもないだろう。









「おい、中に入って大丈夫か?」



 屋内に足を踏み入れる前に、バショウに尋ねる。



「――あ? おお、セキュリティ自体は単純なもんだからな。通報と非常ベル位しかねぇはずだ」



「念のため、罠がないか探りたいな。あんた、どうにかできないか?」



「念には念を入れて、か?」



 言って、バショウは筆を取り出し、紙に何やら書き始める。

流離の大俳人グレイトハイカー ”。俳句にした内容が実現するバショウの念能力だ。



“我が声に 悪意の罠が 燃え落ちる”



 バショウはその句を詠みあげる。

 朗々と吟じあげられた詩に、反応はない。



「ん。罠はねぇみたいだぜ」



「便利な能力だな」



 いや、知ってて雇おうとしたんだけど。

 こんな場面での対応力は半端じゃない気がする。



「コレクションの収納場所は?」



「収納はしてねえよ」



 疑問が顔に出たんだろうか、バショウは付け加える。



「――堂々と飾ってあるんだよ。専用のギャラリーにな」



 屋敷のもっとも奥まった場所。屋敷の中央を貫句、長い廊下の突き当りが、その場所だった。

 バショウには残ってもらった。ここに根を張る連中に、侵入者。展開がどう転ぶかわからない以上、そろって行動するより、合図を待って適宜に動いてもらったほうが、対応しやすい。



 慎重に、扉を開く。



 そこに、黒い魔性がいた。

 

「あら? あなたがそう、と、言うわけではなさそうね」



 部屋に立ち並ぶ人体パーツは、怪しいまでの奇形。ある種の執念を以て収集された異様な人体芸術品。

 富豪の狂気じみたコレクションよりも、目の前の美女が発するシロモノに、冷や汗が流れる。

 蛇に睨まれたカエルのようなものだ。

 視線だけでどちらが格上か、決定的に思い知らされた。



「あなた、この屋敷に何の用なのかしら?」



「……ここで、多くの同胞が行方知れずになっている。それを、調べに来た」



 息を詰まらせながら、かろうじてそれだけ言った。



「あら、そう」



 彼女は、意外、といったように目を少し開いた。



「では、あなた達に用はないわ。用があるのはここにいる同胞達」



「同胞?」



 鸚鵡返しに尋ねる。



「ええ、同胞。正史とやらを守るためと言う名目の元、人を殺して喜んでいるお馬鹿さん達のこと」



「――言ってくれるわね」



 横合いから、声がかかった。

“絶”が完璧だったからか、それとも目の前の美女に呑まれていたからか、その気配に、気付けなかった。

 声とともに展示室の側面の壁が割れ、10人近い人数が姿を見せる。

 全員、念能力者。リーダー格らしい女性は、白を基調としたスーツ姿の女性だ。

 他の能力者に比べれば、彼女一人、頭抜けた感がある。



「わたし達の行為を非難しに来た、というわけ?」



 黒服の彼女はその言葉には応えず、敵を視線でひと撫でする。



「あなた方、これで仲間は全部なのかしら?」



 その言葉に、相手は無反応。美女はため息をついてみせる。



「手っ取り早く聞こうかしら。あなたの仲間に、あなた以上の実力者はいるのかしら?」



「いねーよ。ナツさん以上のヤツなんて」



 横合いから飛んで来た声に、女は再び、ため息。



「またはずれ、一体いつになったら会えるのかしら」



 そう言って肩を落とすと、女は目の前の員数など眼中にないとでもいうように、部屋から出て行こうとする。



「ま、待ちなさい。何がハズレなの!」



 追いすがろうとするリーダー格――ナツを、彼女は視線ひとつで立ち止まらせた。



「べつに? わたしは忙しいの。あなた達は勝手に自分の正義ごっこを楽しんでらしたら?」



 この言葉に、ナツの顔が紅潮する。



「な、言うに事欠いて正義ごっこですって!」



「――あら、違ったかしら?」



「わ、わたし達は、正当なるハンターの歴史を守るために、原作キャラに近づく不埒なやからを排除している! それのどこが正義ごっこだ!」



 声を荒げるナツに、女はふふ、と挑発めいた笑いを見せる。



「なら、どうして主人公を中心とせず、“緋の目”と“旅団”。自浄作用の強そうな二つの要素で釣っているのかしら? 正直に言ったらどうなのかしら――わたしの彼に近づくなんて許せないって」



 あざけりに耐えかねてか、それとも図星を突かれてのことか。ナツの顔がどす黒いもので染められる。



「こ、ころしてやる! みんな、かかれ!」



 言いながらも、完全には切れていなかったんだろう。本人は怒りに任せて突っ込まなかった。

 ナツの仲間達は、きっちり役割分担ができている。

 4人が女に突っ込み、4人が後方から支援。後方支援の内二人が、牽制のためか、こちらを向いてくる。

 別に味方じゃないんだが――まあ、こいつらが敵なのは変わりない。正直、わざわざ罠を張ってまで同胞を殺す、こいつらのやり方には嫌悪感を覚えている。

 瞬時に“凝”。

 一人はオーラを弓のように構え、もう一人は手を突き出す形。

 殺気が、肌を焼く。

 異様な高陽感とともに、オーラを足に集中。

“弓”に向かい、思い切り地を蹴りつける。

 爆発的な加速は、体を瞬時に敵の眼前まで運ぶ。



「な!?」



 言葉を発する暇も与えない。

正義の拳ジャスティスフィスト ”が敵の顔面を捉えた。

 頭骸骨を粉砕する異様な感触に、軽い興奮を覚える。



「はは!」



 高揚が、体のポテンシャルを引きあげる。

 天空闘技場で実戦を経験して来た気になっていたが、これは、全然違う。

 お互い“死んでもいい”ではなく、“殺すつもり”の戦い。

 殺し合い。

 それが、わたしを一段上のステージに上げる。

 もう一人の敵が、ようやくひるんだ様子でこちらに手を向ける。

 オーラの集中。殺気から意思の発露。全部わかる。

 どんな攻撃でも、攻撃の方向とタイミングさえつかめれば、ほら、怖いものじゃない。

 わたしが横に飛んだ瞬間、地面を打つ、鈍い音。



「“正義の拳ジャスティスフィスト ”ぉ!」



 次の瞬間、わたしは敵の腹を貫いていた。

 高揚のまま、次の獲物を求め、気配を探る。そこでようやく、わたしは部屋にいる人数が激減していることに気付いた。

 見れば、部屋の中央。黒に彩られた魔女は、何事もなかったかのように立っていた。

 その回りには、原型も留めない肉片がぶちまけられている。

 血に彩られた彫像のような姿は、怪しいまでに美しい。



「ふふ、このオブジェ、この部屋にぴったりだと思わない?」



 ナツに怪しい視線を向ける女。



「う、うああああーっ!!」



 ナツは絶叫しながら、両手を地に叩きつける。

 地面に亀裂が入るまでに強く叩きつけられた手。その勢いに応じるように、地面から巨大な人型が飛び出してくる。

 土人形――ゴーレムと言うやつか。



「やりなさい! ゴーレム!」



 ナツの声に応じるように、低いうなり声を上げてゴーレムは動き出す。

 だが、女はそれを見て、呆れたように問いかける。



「あなた、その状態で手、離せるの?」



 女の言葉に、ナツは蒼ざめる。



「“悪魔の館スプラッターハウス ”」



 彼女の言葉とともに、黒い何か・・がナツの頭上に現れる。



「ちょ、まっ――いやあっ!!」



 絶叫を残して、あっさりと、ナツは闇の中に消えていった。

 その光景に、思わず、見入ってしまった。

 わたしのものとは質が違う、純粋に、人を殺すための念能力。それを操る彼女の表情は、人形のように変わらない。



「――さて、と」



 背後から落ちてくる肉片など意に介さず、女はこちらに向き直る。

 トップギアに入ってる今なら、この女に負ける気はしない。

 だが、どうも、彼女には劣等感というか、苦手意識みたいなものが刺激される。



「あなたにも聞いておこうかしら?」



「オレより強いやつを知らないか、か?」



「そう。物分りのいい子は好きよ」



 嫣然と笑う彼女に、見とれそうになる。



「居なかったな」



 簡単に答えた。今のわたしより実力が上と言える者は、同胞には存在しない。ただ一人、例外があるとすれば、目の前の彼女だろう。



「そう」



 彼女は、もうオレに対する興味を失ったようで、こちらなど意に介さず、きびすを返した。



「探してる、やつがいるのか?」



「ええ。兄さまを」



 意外にも、答えが返ってきた。

 その声に、どこか甘さを感じて、わたしは、彼女に感じていた劣等感の正体を知った。

 この人は、わたしと同じだ。

 わたしと同じで、そして、何処か行き着いている・・・・・・・

 わたしが怖くて進めない一歩を躊躇いもなく踏み出す、行くところまで行ってしまった自分の姿。

 だから、怖いのだ。



「見つかるといいな」



 彼女の背に向け、そう言ってやる。



「ありがとう」



 あっさりと、そう言って、彼女は歩いて行った。

 その背に、一片の迷いもなく、わたしは思わず見とれた。

 彼女の姿が扉の向こうに消えて行き、ばたりと、扉が閉じられる。

 だけど、わたしはその場から動けない。

 バショウの声が聞こえてくるまで、わたしはずっと、彼女の消えていった扉をみつめ続けていた。









 いつの日か、この想いが抜き差しならない物になった時。わたしはどんな選択をするのだろう。 

 考えるだけで、怖くなる。

 だけど、これはいずれ、決着をつけなければならないことなのだ。

 だから、そのときが来れば、ちゃんと選べるように、自分の想いから、決して逃げない。目をそらさない。

 それを、心の中で、誓った。






[2186] Greed Island Cross 外伝2 (現実→HUNTER×HUNTER)
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:2a6a3b4c
Date: 2008/03/01 18:50



 いきなり目の端をよぎった姿に、目を疑った。

 なんか妙な物体が目に入った。目をこすって、もう一度みてみる。

 間違いない。ブラボーだ。ブラボーがいる。

 街のど真ん中で、両手を腰につけ、仁王立ちでいる姿は、漫画のキャプテンブラボーそのまんま――っと、見入ってどうする! やべぇ!

 あわてて数メートルほども飛び退り、建物の影に隠れる。

 遠間だったんで向こうには見つかっちゃいないと思うが、はたからみれば不審者だろ、しゃあないけど。



「ねぇ、エース。なにやってんの?」



 一緒に歩いていたお子様が、不審げに眉を顰めてきた。



「ボーっと突っ立ってんなよミオ!」



 あわてて首根っこ引っつかんで建物の影に隠す。

 とりあえずひと安心――って、あれ、なんかおかしくないか?



「ねぇ、あれ、もとの国の人じゃないの? 声かけなくていいの?」



 ミオが首をかしげる。

 そうだよなー。ご同胞なんだから、わざわざ隠れなくてもいいんだよなー。

 最近同胞狩りとか流行ってるらしいけど、あんな馬鹿全開の格好してるやつが同胞狩りだったら情報伝わってるはずだしなー。

 でも、こんなガキに指摘されるまで気づかなくて警戒全開だったなんて情けない話、言えないよなー。

 ミオがじっとこっちをみてくる。やべえこの二ヶ月こつこつ積み重ねてきた年上の威厳とか優位性が崩壊の危機っぽい。

 頬を冷や汗が伝う。考えろ俺!



「……なあ、ミオ。前に言ったじゃねえか。グリードアイランド一回のクリアで手に入れられる離脱リープは二枚までだ。そう簡単に仲間は増やせねえって」

「あ、そうか」



 言うとミオは、拳で頭をたたいてみせた。

 あー、なんとか誤魔化せたか。

 まったく。こいつは年のわりに聡くてこまる。



「だろ? 大体あんな格好恥ずかしげもなくやってる時点でバカだって。へたにかかわっちゃやべーぞ――って聞けよ!」



 なんか覗きこんでるし! 話聞いてなかったのかよ!



「でも、エース。なんか仲間いるっぽいよ?」

「ん、どれどれ? あー、確かにあのオーラはお仲間っぽいなー」

「でしょ?」



 といっても正直あんなのの仲間になってる時点で、関わるって選択肢皆無だ。

 にしても、なんだよあのオーラ。

 そろいもそろって格上かよ。あんなふざけた格好したやつらが。理不尽だろ。



「あれ? こっちくるよ?」



 ミオの言葉に、もう一回覗きこんで――うわ、ばっちり目があったじゃねーか!

 こっちロックオンされてるって!



「バッカ見つかってんじゃねーか! ずらかっぞ!」

「えー? けっこういい人っぽいけどなー」



 たわごとぬかすミオの襟首引っつかんで、来た道を全速力で逃げる!



「――って鎖ぃ!?」

「うわー」



 ジャラっと音が聞こえたかと思ったら、いきなり鎖が巻きついてきたぞ!?

 なんだこれ念能力かよ!?

 くそっ! ぜんぜん千切れねぇ!



「ミオ、千切れねえか!?」

「ちぎったほうがいい?」

「当たり前だ!」

「いや、それは困るな」

「俺はこまらねぇ!」



 ――って、もう来てるじゃねえか!

 ブラボー。鎖使い。お嬢様。やべえこいつら強ぇオーラでけぇ。



「わたしはブラボー! キャプテン・ブラボーだ!」



 うわなんだコレポーズかよ新種の変態かよ!?



「アホかあっ! 怯えさせるんじゃない!」



 トォッコーン、と音を響かせて、かなりいいのが変態の後頭部に直撃した。

 っつーかこいついま“硬”で殴んなかったか?

 仲間にやりすぎだろ。

 さすが白変態の仲間。

 っても、突っ込み役ならすこしはまともかも――



「ごめんなさいね。いきなり逃げ出すから。あなたたち、同胞よね」

「カマかよっ!」

「し、失礼ねっ! 中身と外見の性別が違うだけよ!」

「カマはみんなそう言うんだ! 近よんな擦りつくな気色わるい!」

「エース? なんかトラウマ?」

「やめろミオ言うな思い出させんなそしてカマ消えろ!」

「落ち着きなさいね」



 うわっ。絞まる、絞まってる! やべぇカマ顔笑ってねぇ!



「はい、とりあえず鎖はずしてください」

「何であたしまで……」



 ミオ、文句言うな。相棒は苦難を分かち合うもんだ。



「よろしい。ちなみに文字どおりの意味だから。というか、同胞なら素直に言葉どおりに受け取りなさい」



 ……あー、キャラが男で中が女って意味か。ふー。やべえトラウマリターンズかと思ったぜ――って。



「オイ。お仲間にあからさまにホッとされてっぞ」

「え? ちょっと……ブラボーにミコ?」



 やべえ。目つきやべえこいつ怖え。



「いや。疑っていたわけではないが、そういう可能性も無きにしも非ずというか――うむ、差別はよくないぞ、カミト」



 煽ってる。煽ってるだろオマエ!



「わわわわたくしは最初から女のかただと信じておりましたわ! ただやはり疑惑を疑惑のままにしておくのは精神衛生上よろしくなかっただけで」



 ぜんぜん信じてねぇ! つか説得力ねぇ!



「……はぁ」



 あれ、いきなり肩落としたぞ? てっきり怒りにまかせた暴走から破壊コンボ発動かと思ったのに。



「いいのよわたしなんてオカマで。鎖のモトネタも誰も気づいてくれないし」

「ん? クラピカの念能力じゃねぇのか?」



 うわ!? いきなりオーラまで黒くなった!? 暗っ!



「……あー。その昔、聖闘士星矢という漫画があってだな」



 あ、ブラボーの言葉が、なんかクリティカルっぽくヒット。



「わたしの青春時代をその昔とか言うなぁー!」



 吠える女男。魂の絶叫っぽかった。

 やべえみんな徹底的にヒイてる。なんかかける言葉もねえって感じ。つーかミオまで引いてるって。やべぇ初めてみたぞエアリード機能完全排除型殲滅兵器のこんな状態。

 妙な沈黙が流れて。

 いきなり、派手なクラクションが気まずい雰囲気をぶち破った。



「――何事だ!」

「引ったくりだぁ!」



 ブラボーの声に答えたわけじゃないだろうが、そんな声が聞こえて、黒のスポーツカーが目の前すさまじい勢いで横切ってった。



「ああ!」



 車が来たほうから、悲鳴が聞こえてきた。

 みたらばあさんだった。あー、引ったくりか。



「わたしの、わたしのバッグが!」

「どうしたのかね」



 うわはえぇブラボーもう行ってる?



「わたしのバッグが奪われたの。銀行から下ろしたお金がはいっていたのに」

「わかった。わたしに任せたまえ!」



 どん、と、胸をたたくブラボー。

 いや、安請け合いしすぎだろ。どうやってとっつかまえんだよ。



「カミト!」

「――はーい。そう言うと思って、徴発――借りてきたわよ」



 うわ! いつの間にか車回してきてるし! 手ぇ早っ! つか後ろで半泣きの兄ちゃん車の持ち主じゃねえのか?



「ミコ。強盗の位置は」

「そうおっしゃると思ってハヤテを付かせておりますわ」



 うわ、ひそかにこっちも手ぇ早っ! こいつら息ぴったりすぎんだろ!



「カミト、ご婦人を頼む」

「わかってるわよ」



 ブラボーと入れ替わるように降りてく来た女男は、おばあさんを励ましだす。

 ああ。これをみて思っちまった。

 こいつらはバカだ。だけど、信じていいバカだ。

 迷わずブラボーが乗り込んだ車の助手席に飛び乗る。



「俺も手伝ってやるよ」

「ああ」



 気のせいか、ブラボーの声はすこし嬉しそうだ。



「ミオ、オマエはそっちの女男と待ってろ」

「はーい」



 元気よく返事するミオ。後部座席にミコが乗り込み、ドアが閉まった。



「でも大丈夫か? この車軽じゃねぇか」

「安心しろ!」



 ブラボーがアクセルを踏み込んだとたん、強烈なホイールスピン音――って、なんだこの加速は!?



「――何を隠そうわたしは車(の運転)の達人だ!!」

「うそつけぜってーねんのうりょくだろぉぉぉぉ!」



 軽の加速じゃねぇぞこれ! 景色あっという間に吹っ飛んでくし! やべぇ! Gやべぇ! コレ何キロ出てんだよ! メーター振り切ってんぞ!



「ブラボーさん! まっすぐ西ですわ! ハイウェイに入るようです!」

「わかった!」

「アクセルベタ踏みからさらに加速すんなー!」



 怖ぇ! ジェットコースターなんて目じゃねぇ! なんだコレ! 巨大チョロQか!? 死ぬ! 死ぬって! うわ直下に曲がんな軽でドリフトすんな十メートルも飛ぶなぁー!



「――見えたぞ!」

「早ぇ!?」



 一直線の一本道になってようやく息がつけるかと思ったら、もう追いついたのかよ!?

 っと、マジだ。しんじらんねぇぜ。



「どうする!?」

「車を横付けにしよう! 後は任せる!」

「わかったぜ!」



 銃にさえ気をつければ、一般人相手じゃ楽勝だ。

 強盗の車に、軽がぴたりと張り付いて――減速していく。違う。向こうもスピードを上げたのか。

 こちらもスピードを上げるが、それでもじりじりと離されていく。



「ブラボー! どうにかならねぇか?」

「すまない。コレで限界だ!」



 アクセルもベタ踏み、念能力も、限界っぽい。さすがにスポーツタイプの車と軽じゃ地力が違うのか。

 どうする?

 ――って、考えるまでもねぇか。俺の念能力なんて、出し惜しみするもんじゃねぇ。



「――ブラボー! いまから俺が車を止める! 人質は頼んだ!」

「わかった! だが、どうするんだ?」



 ブラボーの言葉に、俺は肌身離さず持ち歩いてるものをみせてやる。

 野球の硬球だ。



「――俺の名前はエースだぜ? 決まってるだろ?」

「無茶だ! 立っていられないぞ。いま何キロ出てると思っているんだ!? それに、たとえ投げられてとしても、ボールは後ろに吹っ飛んでいくだけだ!」

「心配するな! 俺のボールはロケットエンジン搭載だ!」



 言いながら、パワーウィンドウを開いて屋根にはい出る。うわ! やっぱ風すげぇ!

 車間距離は、と、十八メートルってとこか――ちょうどいい。

 足場も、噛ます余地はあるし、充分だ。

 キャリアのヘリに足をかけて、両手をそろえ、腰だめに構える。

 風のせいで、ずいぶん前のめりに構える形だけど――いける。



「無茶だ! たとえ三百キロ以上の球を投げられたとしても、空気抵抗がある!」

「へっ、預けたんなら心配すんな! 俺の球は、風なんぞに負けねぇ!」



 俺の念は、投げた球の変化を増幅する能力だ。

 そして、俺はあらゆる変化球を投げられる。あらゆる変化球が魔球になる。それが“魔球Xrp>(ミラクルボール ”だ。

 投げる球は決まりきってる。

 目標は相手乗用車の左後輪。

 ピッチャー、第一球、振りかぶって――投げました!



「魔球っ――ジャイロォォッ!!」



 ジャイロボール。弾丸と同じ回転を持つ、極上の速球。この球に、風の抵抗なんて無意味だ!

 強烈な回転のかかった球は、オーラをまとわせ、タイヤめがけて吸い込まれていく。

 パン、と言う音とともに、車がスピンしだす。

 それを確認して、俺は後ろにすっ飛ばされた。ああ、そういや投げ終わった後のことなんて考えてなかった。



 あ、やべー走馬灯が……



 ぼふ、と、やわらかいものに包まれたかと思ったらうわ目が! 目が回る!? なんだコレ転がってんのか!?

 どん、と、衝撃が来て、やっと止まった。と思ったら、俺を包んでた何かがばさりと解けた。

 なんだコレ、布団?



「――まったく、無茶しすぎですわ」



 ぐるぐる回る頭で考えてると、お嬢様――ミコだったか、の声が聞こえてくる。



「いい加減退いて下さらない? 重いですし、背中擦りむいて痛いですし」

「え、あ、すまん」



 わけがわからず、立ち上がったら、ふわふわの布団が犬に化けた。

 あ、コレ、念能力か。



「サンキュ、助かったよ」

「別に――あれでお亡くなりになれば、寝覚めが悪いだけですわ」



 ふん、と、顔を背けてくる。なんだかツで始まる四文字熟語が頭に浮かんだけど――言ったら怒るな、ぜったい。



「ブラボーだ! 君のおかげで、ひとりのご婦人が救われた」



 いきなり、後ろから声が飛んできた。振り返ると、車を止めたブラボーが近くまで来てた。その手あるハンドバッグは、あのおばあさんのだろう。



「あらためて、名前を聞こうか」



 迷いなく、手を差し出してくる。

 ああ。こんなバカとは、関わったが最後だ。俺は、腹のそこからこいつを――こいつらを信用しちまってる。



「エース。俺の名はエースだ」



 俺は、迷いなくその手を握った。






[2186] Greed Island Cross 外伝3 (現実→HUNTER×HUNTER)
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:7d191d36
Date: 2008/03/17 22:31



 それは、とても“奇妙な”ポーズだった。

 体を妙にひねりながら両足を広げ、右手で服を押さえながら左手ではだけさせる。

 いうなれば“ギャング・スターに憧れるようになった”かのようなポーズだ。

 彼は、そのポーズのまま動かない。視線も、宙に据えたかのように、まったく動かない。

 むろん、過剰に衆目を集めていた。

 真昼間である。しかも繁華街の入り口だ。そのど真ん中にそんな人間がいれば、間違ってもお近づきになりたくはない。

 人の流れからぽっかりと開いた空間が、絶好の舞台になっていた。



「うわー」



 それしかいえなかった。

 時計をみる。待ち合わせの時間には、まだ早い。待ち合わせの相手は、まだ来ていないに違いない。

 とりあえず、そこらを一回りすることにした。









 ヒョウ、と、名乗りだしてもう半年になる。

 それは、この世界に放り出されて半年になるということだ。

 この世界――HUNTER×HUNTERの世界は、住む場所さえ選べば平和に過ごせた。日本で暮らすのと、感覚的には変わらない。

 いや、元の自分よりはるかに優秀な身体能力と、ハンターライセンスの恩恵を考えれば、理想の環境といっていいかもしれない。

 だが、この感覚。

 自分が、この世界では異物だと言う感覚が。故郷が手に届かないという、異常なまでの不安が、ときおり身を苛む。

 危険を避け、リスクを避け、安全に。

 そう考えていた自分が、いつしか危険を冒してでも帰ることを考えるようになった。

 元の世界に戻る方法、といえば、グリードアイランドのクリア特典で“離脱リープ ”を手に入れることくらいしか思いつかない。

 だが、クリアするには殺人鬼や爆弾魔を相手取り、さらにレイザーと戦わねばならない。

 独力ではとうてい不可能だった。



 ――仲間が、要る。



 そう考えるようになり、同胞を求めはじめた。

 とはいえ、たとえば同胞が立ち上げたサイト、Greed Island Onlineで書き込みしているような人間は、いかにも質が悪いように思えた。

 俺自身、戦闘力のあるタイプじゃないだけに、仲間選びは慎重に行わねばならなかった。

 俺の能力。“我は変わらず在りイモータルハート ”は変化を拒絶する絶対防御。

 オーラ自体が変質するので、同時に攻撃ができないという弱点がある。

 だが、仲間と組めば、絶対の盾として威力を発揮するのだ。

 その気になれば、仲間を探すのは困難ではなかった。

 俺と同じように、Greed Island Onlineで書き込みしている連中に不足を感じている者は、必ずいる。

 そう信じて電脳ネットを探るうち、ひとりの同胞と連絡を取ることに成功した。

 名前はD。

 話すかぎり、協力者としては及第以上の人物のようだった。

 場所を決めて落ちあうようにしたのだが、その場所に他の同胞がいるとは思わなかった。

 まさか、あんな馬鹿っぽいやつがDではないだろう。

 いや、そう思いたい。違うに違いない。

 考えているうちに、元の場所まで戻ってきてしまった。

 さっきの奴がいなくなっていることを期待しながら、様子を伺う。

 そこには、“奇妙”なポーズをした奴がいた。



 ふたり。



 増えていた。



 頭を抱えたくなった。

 さきほどの奴は、まったく同じポーズでいた。もうひとり、増えたほうは、手を十字にして斜に構えている。体は絶妙に傾いており、これまた“奇妙”なポーズだ。

 見なかったことにして、その場をあとにした。

 時間のあけ方が足りなかったのかもしれない。

 やや現実逃避気味なことを考えながら、喫茶店で時間をつぶすことにした。

 コーヒーを、三度おかわり。約一時間。完全に遅刻だ。

 だが、これくらい間をあければ、奴らも帰っているだろう。

 そう考えたのは、まったく甘かった。



「片手に!」

『ピストル!!』



 合唱が、繁華街を震わす。



「心に!」

『花束!!』



 足音のオーケストラ。



「唇に!」

『火の酒!!』



 熱気は、すでに天に昇るよう。



「背中に!」

『人生を!!』



 総勢百人にのぼろうかというジョジョ立ちだった。

 あきらかに、一般人まで巻き込まれている。

 中心に立つのはキャプテン・ブラボーだった。



 ――というか、ブラボーかよ!



 そこまで出かけた言葉を、何とか押さえる。

 事態は、奇妙な方向に発展していた。



「ブラボーだ、諸君!!」



 ブラボーが快哉を叫ぶ。



「君達の黄金の精神を、そのまま形にしろ! どんな形であれ、それが君達のジョジョ立ちだ!」



 割れんばかりの歓声。



「さあ諸君! もう一度だ! 片手――」

「――こぉの宇宙規模ド馬鹿ぁー!!」



 強烈な両足飛び膝蹴りが、ブラボーに直撃した。

 両手を怪鳥のようにひろげたその姿は、テキサスの空を舞うコンドルそのものだ。

 とん、と、ブラボーをふっとばして着地したのは、十代半ばの少年。透明感のある、中性的な容貌だが、身に巻きついた鎖のほうが、強烈に印象に残る。



「ミコ。あんたまでなにやってんのよ」



 少年は、ブラボーのとなりでボーズをとっていた女性に半眼を向ける。豪奢な身なりは、深窓の令嬢のようだ。



「も、申し訳ありません、カミトさん。つい」



 お嬢様――ミコは、恐れ入ったようすだ。



「つい、じゃないっての。こんな大人数で馬鹿やってたら、警察とんで来るわよ?」



 少年――カミトはため息をついてみせた。

 しん、と、場が静まる。

 彼の言葉が招いたわけでもないだろうが、ちょうどそのとき、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。

 わっ、と崩れる群集。

 別に参加していたわけではないが、絶対に巻き込まれる。

 逃げるしかなかった。



「――よう」



 パトカーから逃れるように走っていると、並走してくる者がいた。見れば、最初からあの場でポーズをとっていた男だ。



「あんたは、最初にジョジョ立ちしていた」

「そういうお前も、何度か覗いていたな。同胞、なのは間違いないとして――ヒョウか?」

「そういうあんたはDか……やっぱり」



 いいながら、足を止める。

 すでに現場から、充分過ぎるほど離れていた。



「不服か?」

「いや――あんな馬鹿騒ぎみせられたらどうでもよくなったよ」



 嘘ではない。

 同胞異邦折り混ぜた馬鹿騒ぎに、あれこれ考えていた自分が馬鹿らしくなっていたのだ。

 こんな馬鹿と付き合うのも、悪くない。そう思えるくらいには。



「俺の名はヒョウ。よろしく」



 肩を極端に傾斜させ、左手で顔を覆い隠すようなポーズをとる。

 黄金の精神の発露。悪くない気分だった。

 応えるように、Dが足を開く。左手が、彼の顔を覆い隠した。



「俺はD。黄金の精神を持つ――波紋の戦士だ」



 相似形のポーズが、Dの答えだった。



「――そしてオレはダル。ゴムの肉体を持つ、ゴムゴムの戦士だ」



 いきなり。第三の男が割り込んできた。Dと並んでジョジョ立ちしていた奴だ。



『誰だお前』



 思わず口から出た言葉は、Dと重なった。

 思わず顔を見合わせる。



「Dの知り合いじゃなかったのか?」

「知らん」

「をい」

「みたこともない。気づいたら隣でジョジョ立ちをしていた」



 ノリよすぎだろう。それ。



「――そして」



 さらに、背後から声が聞こえてくる。



「わたしがキャプテン・ブラボーだ! ブラボーと呼んでくれ!」

「カミトよ」

「ミコですわ」



 ブラボーと、カミト、ミコ。先ほどの三人が、そこにいた。



「ちなみにまったくの初対面だ」



 Dが付け加えた。

 もう、絶句するしかない。



「ブラボーだ! 君達の黄金の精神、見とどけた! 迷うことはない、わたしたちはすでに同士だ! さあ――片手に――」

「――それはやめろっつってんでしょ!!」



 カミトの一撃で台詞は中断されたものの。

 全員図ったかのように、決めポーズをとっていた。

 思わず、みなで顔を見合わせる。

 笑いが、誰からともなく起こった。つられてみんな笑い出す。

 俺も、我慢できずに声を上げてわらった。

 カミトの苦笑も、笑いに変わった。

 みな、しばらく笑いが収まらなかった。

 こちらに来てから、こんなに笑ったのははじめてだった。

 仲間がいる。もう、独り不安に怯えることもない。

 俺は誓う。黄金の精神にかけて。

 このすばらしい仲間たちのために、ともに戦うと。この身を盾に、仲間を守ると。

 あたたかい笑いの中、誓った。






[2186] Greed Island Cross 外伝4 (現実→HUNTER×HUNTER)
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:75f21922
Date: 2008/03/20 20:54



 世の中には、自分とそっくりは人が3人はいる、というのは有名な話だ。

 人間でさえそうなのだ。ゲームのエディットキャラなら、容姿がかぶる確率は、なお高い。それは、納得できる。

 だが。



 なんで俺のそっくりさんは、こうもはた迷惑なんだ!



「うわあああぁっ! しぬしぬしぬしんでしまうぅぅ!!」

「こらまて畜生!!」「行ったぞ! そっちだ!」「くそ、なんて逃げ足だ!」



 追いかけてくる連中は、剣呑なオーラを撒き散らしている。

 殺る気満々。

 そっくりさん、あんた今度はなにをしたんだよ。



「待て! ユウ・・!!」

「だから人違いだっていってんだろぉぉぉ!!」



 必死の叫びも聞く耳もたない。

 今日もやっぱり逃げるしかないらしい。ちくしょう。









 思い返せば一年前。

 ゲームのせいでHUNTER×HUNTERの世界にすっ飛ばされて。なんだか知んないけど身体能力と美貌を兼ね備えたパーフフェクトボディゲットだぜふひひとか喜んでたのもつかの間。

 金がなくなった。

 いや、最初から財布は軽かったんだけどさ。昼飯食ったら残金ゼロってありえねぇだろ。

 いや、金がないってのは普通にヤバイ。

 あの時俺にハンターライセンスがあったら、売っぱらってたね、絶対。

 しょうがないから、生まれて始めてアルバイトした。日雇いの肉体労働。こん時だけはこの体に感謝したよ、正直。

 何せ一日中鉄骨とか担いでも疲れねぇんだもん。親方とか大喜び。

 でも、女キャラにしたのは正直間違いだった。

 最初はなんか興奮したけど、自分の裸なんかみても全然嬉しくないし。男に迫られるとか普通にキモイし。不便なこと多いし。

 男って普通に楽だよなーって痛感した。イロイロと。

 そんな感じで、半年近く同じ街でバイトしてたかな。収入はけっこうな感じだったけど、同じくらいの勢いで減ってくんだよ。お金。

 人間、生きてるだけで金使うんだなって実感した。

 このままじゃマズい。

 そう思って、一攫千金とか考えはじめたとき、思い出したのが天空闘技場。

 あれ、上に登るだけで億とかいきそうだし。この俺にうってつけだひゃほーい。

 などとはしゃいでいたのが、テンションのピークだった。

 衝撃の事実判明。



 俺には戸籍がなかった!



 考えてみりゃ流星街出身じゃ当たり前だよなぁ。

 ゴンたちがふつーに乗ってた飛行船とかにも乗れないって……普通にひでえよ。

 仕方ないから大枚はたいてモーター付きのボートを購入。天空闘技場とかがある、隣の大陸に向け、かなり無謀な航海を敢行した。



 が。



 なんでプロハンターが国境警備なんかやってんだよ!

 あれか? 協専のハンターか? まがりなりにもプロが密入国取締りとかやってんじゃねえよ!



 かろうじて逃げ延びたものの、こんどは嵐に遭った。

 いや、あれ、普通に死ねる。

 波がなんかそんなかたちの魔物にみえた。偶然サーフィンしてたあんちゃんに助けてもらわなかったらあれ普通に死んでた。

 いや、マジ幸運。あんなところにサーファーでイナムラなハンターが居ようとは。

 で、ぼろぼろでよれよれになりながら、やっとのことでたどり着いた天空闘技場。

 思えばあれが、因縁の始まりだった。



「おい、ユウだぜ」



「手刀のユウだ」



 なんかそんなひそひそ声が聞こえてきたときから、すでにいやな予感はしてたんだ。

 受付に行ったら、なんか「上ですよー」とかいわれて、「期限ギリギリだからからすぐ戦ってください」とかいわれて。

 気がついたら二百階の闘技場に立たされてて。



「みなさま、お待たせしました! 八勝一敗。フロアマスター近し! シン選手対破竹の五連勝で勢いに乗るユウ選手の一戦です!」



 こんな放送がされても、俺の目は点だった。

 なんか相手ゴツイし。いきなり二百階クラスだし。念能力者だし。普通にオーラ強いし。



「手刀のユウが相手か。不足はない!」



 いや、俺ユウとかじゃないし。なんかどこかで聞いたことあるような二つ名も知りませんよ?



「全力で、お相手願おう!」



 だからユウって誰だよ。俺知らねえよ。かってにエキサイトすんなよ。



「始め!」

「おおおっ!」

「人違いだ勘違いだ筋違いだぁぁっ!!」



 なんか、テンパりすぎててあんまり覚えてない。念能力の相性でギリギリ勝てた事ぐらいしかおぼえてない。

 記憶掘り返しても“死ぬ”“人違い”“ヤバイ”しか出てこない。

 しかも、死ぬ思いして戦ったのに、収入ゼロジェニー。

 二百階クラスだから。



 ふざけんな。



 しかも、ユウじゃないと証明できなければ、俺は選手登録できないらしい。

 もちろん流星街出身の俺には証明手段がない。

 天空闘技場で荒稼ぎ作戦は、こうして頓挫した。









 次に向かったのは、どこだったか。

 バイトしながらふらふらしてたんでよく覚えてないけど、国境を越えた覚えはない。思えばあの事件も、そのときだった。

 いつもどおり、現場で土嚢袋を運んでいたときのこと。



「死ぃねぇっ!!」



 いきなり、そんな声とともに、黒い塊が突っ込んできた。

 驚いたの何の。とっさによけられたのが、我ながら信じられない。

 びっくりしてたら、なんか女がヒステリックな顔してまた突っ込んできた。

 よくみりゃナイフ腰だめに構えてるし。オーラをナイフに一点集中してるし。普通に殺る気だ。

 よくも――とか、バッテラ氏がどう、とか。興奮しすぎてなにいってるかわかんないし。

 無理やりまとめてみると、バッテラ氏の屋敷に行ってグリードアイランドやらしてもらおうとしたけど、俺に邪魔されてできなかった――らしい。

 むろん俺はかけらも知らない。

 そっくりさんの仕業に違いない。



「よくみろ、別人だって!」



 必死で主張したけどこの女、ちらっと顔みただけだからよく覚えてない顔以外知らないとかいいやがるし。



 そんなんで人殺そうとすんな!

 

 人の話聞かないし。逃げるしかないし。日当もらいそこねたし。

 どうせ来るなら朝か夜来いよ。半日無駄になったじゃねぇか!









 んでもって今度だ。

 マジで勘弁して欲しい。



「レイズさんが――」



 とか。



「アモンさんの――」



 とか、断片的に聞こえる情報じゃさっぱりわからない。

 で、やっぱりそっくりさんが原因らしい。



 またお前かよ。

 人の迷惑考えろよ。



 いってやりたいが、本人居ないし。

 どこにいるかもわかんないし。

 目の前にいたら絶対文句と拳をくれてやるのに。



「いたぞ! あそこだ!」

「追えっ!」



 なんかそれが永遠にできなくなるかどうかの瀬戸際っぽかった。









 一月。ハンター試験の季節だ。

 一攫千金作戦をあきらめきれない俺が、次に目をつけたのがハンターライセンスだ。

 名づけて“ハンターライセンス売っぱらって大金持ちになってやるぜ”計画。

 ハンター特典も魅力だから、ほんとに売っぱらうかは後で決めるつもりだけど。

 今年度の試験といえば、ゴンたちが受けることになる試験。

 仮にも俺は念能力者だ。合格確実だろう。

 試験内容わかってるし。

 なんかマラソンして詐欺師が出て焼き豚と魚おにぎりとクモの卵料理でロッククライミングな最強死刑囚で――うん。素敵にあいまいになってる。

 俺の記憶力、普通に頼りねぇ。

 第四試験、何だっけ?

 ポックルだかポックリだかが吹き矢使ってた印象はあるんだけど。あとorzなハンゾーとか。

 あとなんだっけ。

 ……うん。実際試験受ければ思い出すに違いない。本番に定評のある俺だ。

 というわけでやって来たザバン市。

 なんか例の定食屋、目の前にあるんだけど。

 ふらっと来てみたけど、たしかナビゲーターが一緒じゃなきゃ会場には入れないんだっけ?

 記憶はあいまいだ。

 まあ、ここは普通に確実な手段を取ったほうがいいだろう。来る途中の予備試験員のおっさんに、ナビゲーターの住所、教えてもらってるし。



「すみません」



 立ち去りかけたとき、なんだか声をかけられた。

 みたら、なんか見覚えのあるずんぐりむっくり。

 なんか居たな。豆の人。ネテロ会長の付き人だっけ?



「外へ出てらしたんですか。ちょうどよかった。どうぞこちらへいらしてください」



 なんか、店の裏手に案内してくれてるけど……会場へ行ってもいいってことか?

 念能力者はフリーパスなのか? やりいラッキー。



 そんなこと考えてた俺が馬鹿だった。



 うかうかと誘いに乗ってしまって、着いた先は会場ではなく会長室。

 なんかジジイが居る部屋だった。

 やべえ。オーラみただけで死ねる。普通に怪物だ。



「よく来てくれたの」



 なんか、話してる先から、肌がぴりぴりする。全身みられてますみたいな感じだ。

 性的な意味じゃなくて。



「試験の前に、お前さんとは話しておきたかったんじゃ」

「は、はあ。そうですか」



 なんでネテロ会長がわざわざ俺と話したいのか。意味不明だ。



「――たとえば、ここ数年の異常なハンター試験合格者数について、とか」



 視線に居抜かれた。

 けど。

 意味不明。



「はい?」

「とぼけんでいいよ。こっちもおおかた調べは――ちょっと信じられんが――ついとる。とりあえずお前さんたちをどうこうしようというわけじゃない。実情が知りたいだけじゃ」



 いや、だから、本気で意味不明。



「いや、会長が、なにがいいたいのか、わかりません」



 いってやるが、会長は表情を崩さない。



「ちなみに、ここにこんなものがあるんじゃが」



 いいながら、会長は机の上にあったパソコンをこちらに向けてきた。

 ネットにつながってるらしい。

 どこかのサイトが表示されていた。

 サイト名は――Greed Island Online。



「って、グリードアイランドオンライン!?」



 マジでか?

 こんなサイトあったのか?

 うわ、普通に知らなかった。



「ログもとっとるよ。これ、お前さんじゃろ?」



 さらに別のページが開かれる。



“こんにちわー。ユウともぅしまーす。わたしもゲームでこっちの世界に来ちゃったコですー。いっしょにグリードアイランドやってくれる仲間をさがしてまーす。住所は○○国○○市……”



 なにこれ。なにこれ。なにこれ。

 じいさんが「これ、お前さんじゃろ」って、これ、俺?



 痛っ!



 なにこのイタい文章。頭悪そー。

 っていうか。



「ユウかよっ!」

「そう、お前さんじゃ。発信元からみても本人に間違いないはずじゃが?」

「うわ素で痛っ!」



 天空闘技場で荒稼ぎしてて、他人から恨み買いまくってて、こんな頭悪い書き込みもするのかよ!

 どんな奴なんだよそっくりさん!



 ――っていうか、よく考えたら。



「用があるのユウにかよ!」

「なにいっとるんじゃ? ユウはお前さんじゃろうが」



 怪訝な顔で見てくるじいさん。いや、わかるけどさ。



「俺はユウじゃねぇ」



「そんなはずはありません。ハンター登録時に取ったパーソナルデータそのままの特徴、筋量は違っても骨格はそのままですから、間違えようがありません」



 豆の人が必死で否定してくれる。

 それはね、エディットで選択したパーツがそっくり同じだからなんだよ。

 なんて、どうやって信じてくれるんだよ。



「だから、それとは別人だっつってんでしょ。いっつも間違われて迷惑してんだよ、こっちも」

「ふむ、ならば、それを証明するものはあるかね?」



 そういわれても、戸籍がないし。免許取れないし。さすがにいっちゃまずいか。



「ない、です――いや」



「ふむ?」



「念能力。念能力が違うはずです」



 さすがに、念能力までかぶってるはずはない。

 会長に念能力をみせて、やっとのことで別人だと信じてくれた。

 が。

 Greed Island Onlineを知っていたということは、俺がユウと同類だと教えてるようなもので。

 その後半日たっぷりと、根掘り葉掘り聞かれた。

 つーかジジイ、聞くの上手ぇ。知ってること全部話しちまったじゃねぇか。



「――会長、二次試験なんですか……」



 そろそろ話すことなくなったし、早いとこナビゲーター探さないとな、とか思ってたら、豆の人が会長を呼ぶ声で、話が切られた。

 あれ? いま、とてつもなく聞き捨てならない言葉が……



「――って二次試験!?」

「え、ええ。どうも試験の雲行きが――」

「じゃねえ! なんでもう試験始まってんだよ!? 俺受験生なんだぞ!?」

「ええ? そうだったんですか?」



 驚く豆。

 はて? と、とぼけるジジイ。

 

 こうして、俺の“ハンターライセンス売っぱらって大金持ちになってやるぜ”計画は挫折を余儀なくされた。

 救済も一切なし。普通にひでえ。

 つーか、お礼とかいってくれた包み。包装紙越しにハンターライセンスとかみえたから普通に期待しちまったじゃねぇか。



 なんだよ銘菓ハンターライセンスせんべいって!!



 普通に美味いのがよけい腹つ。

 あとそっくりさん。

 試験官やってたのか。

 むやみやたらと落とすんじゃねぇよ! 五十人近い念能力者に追っかけられるこっちの身にもなってみろ!

 で。

 命からがら逃げのびたあと、俺は決めた。

 これはもう、あれだ。これだけ迷惑かけられたんだからぜひともそっくりさん本人に会って謝罪と賠償を要求しよう。

 いや、そうすべきだ。

 むこうは金持ちだ。上手くいきゃ普通に億単位でふんだくれるかも知れない。

 荒稼ぎ作戦パートスリーだ。

 そう考えると、なんだか楽しみになってきた。



「首を洗って待ってろよユウ! そっくりさんがいま行くからな!」



 天高く拳をつきあげ。



「あ! いたぞ!」「こっちだ!」



 全力で逃走開始した。







[2186] Greed Island Cross-Another Word 01
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:5d4fc035
Date: 2008/03/24 23:03


 目を覚ますと、森の中だった。

 四肢を大地に貼り付け、天を仰ぐかたち。木漏れ日が眩しい。

 いつの間にこんなところに来たのだろう。

 夢遊病の気などないはずだ。

 はやいとこ戻らないと。そう思い身を起こす。

 おかしい。

 体がやけに軽い、ことではない。それを苦もなく許容する自分に、違和感があった。

 自分は何者だろうか。

 考えてみれば、ふたつの名前が頭に上がる。

 あずまカイリ。アズマ。

 東カイリの意識が強い。アズマに関しては、映画で見るように現実感のない記憶だけだ。

 だが、ここはどう考えても“アズマの現実”なのだ。

 やっと思い出してきた。

 こんなところに飛ばされる直前、レイザーがいた。そしてさらに前。

 そうだ。あのゲームだ。



 Greed Island Online



 名前からわかるように、HUNTER×HUNTERの作中で描かれたゲームを再現したものだ。

 あのゲームをはじめた瞬間。いきなり画面が光りだして、気がつけば草原の真ん中に立っていたのだ。

 そういえば、アズマというのは俺の設定したキャラの名前だ。

 脳内のプロフィールをめくってみる。

 プロハンター・アズマ。十七歳。男。

 黒髪に黒ずくめ、ツンデレの幼馴染あり。念能力の系統は放出系。

 薄い設定だった。

 それはさておき。東カイリがゲームのキャラになってHUNTER×HUNTERの世界に飛ばされた。そう考えるのが正しいように思う。とても信じられないが。

 となると、現状が見えてくる。

 レイザーに“排除エリミネイト”されたなら、ここはアイジエン大陸のどこかだろう。

 アズマの記憶によれば、実家があるのもアイジエン大陸。ちょうどいい。

 とりあえず、実家に戻ることに決めた。

 これからどうするか、落ち着いて考える必要があったし、なによりツンデレの幼馴染というものを一度生で見てみたかったのだ。









 ハンターライセンス、というのは便利なものだ。

 あらゆる交通機関で、金を払う必要がない。そのうえ出入国もフリーパスだった。帰路になんの困難もない。三日後には故郷の地を踏むことができた。

 アイジエン大陸の西端にある某国ミヅキ市。その外れの住宅街に、俺の実家はある。

 庭付き一戸建てである。立派なものだ。



「ただいま」

「おそいっ!」



 実家の扉を開くと、少女が仁王立ちになっていた。

 金髪碧眼。猫を思わせるつり目にツインテール。なぜか某女子高の制服。

 ツンデレだ。



「なによツンデレって?」



 口に出していたらしい。とりあえず「専門用語だ」と、ごまかす。

 それにしても家族はどうしたんだろう、と、よく考えたらツンデレのことしか設定してなかった気がする。

 アズマの記憶を掘り返せば、どうやら両親は亡くなっているらしい。



「なんでうちにいるんだ?」



 尋ねると、ツンデレはなぜか顔を赤らめた。



「なっ、なによ。おかしい? あんたを待ってたの――別にあんたが心配だったってわけじゃないんだからっ!」



 見事なまでのツンデレ語遣いだ。



「なによ。久しぶりだってのにちょっとは喋りなさいよ」

「エスト」



 記憶にあった、ツンデレの名を呼ぶ。

 彼女に聞きたいことがあった。



「なによ、アズマ。あらたまっちゃって」

「おまえ、いつの間に念能力を?」



 そう、彼女はオーラを身に纏っていた。常人なら、煙が立ちのぼるように見えるはずだ。

 指摘するとツンデレはわたわたと手を振りまわし始めた。どうも焦っているようすだ。



「こ、これは――って、アズマこそなんで念能力なんて知ってるのよ」

「一応プロハンターだからな」



 慌てる彼女に、そう教える。ライセンス取っといてよかった。

 言葉に詰まったのか、ツンデレはしばし無言。

 思い悩む風に見えた。



「ねえ」



 と、彼女は真剣な面持ちを向けてきた。

 ためらいの色が、わずかに残っている。



「なんだ?」

「わたしがよその世界から来たっていったら、信じる?」

「ああ」

「ああって、そんなあっさり」



 拍子抜けしたのか、ツンデレの猫目が丸く開かれた。

 そんな彼女に、いってやる。



「当然だ。俺も別の世界の住人だからな」



 そう。ツンデレが念能力者だとわかった時から、その可能性は考えていたのだ。

 彼女が、同胞であると。

 妙な偶然、でもないだろう。たとえば、幼馴染がいる、という設定を、互いにしていたとか。しかもツンデレである。これはもう必然といっていい。



「え? ってことはあなたも……」

「Greed Island Online、だろう?」



 決定的な言葉を、口にした。

 元の世界の住人でない限り、知らない言葉だ。

 ツンデレはしばし、呆然としていた。やがて、ぽかんと開かれた口が閉じ、への字に引き結ばれる。なにやらプルプルと震えだした。顔が赤い。



「は」

「は?」

「はやくいいなさいよこのバカぁっ!」



 なぜか怒り出した。



「なんのために! 恥ずかしい思いして! こんなまねしてたと思ってるのよっ!」



 一言ごとに地面を踏みつけている。

 いや、演技なんてしなくても、充分ツンデレっぽい。

 見事だった。



「で、これからどうするの?」

「どうするっていわれてもな」

「なによ。アズマ帰りたくないの?」



 目を見開くツンデレ。同胞ならみな帰ることを望むと、互いに協力できると、疑いもしていないようだ。



「……そりゃ帰れるもんならな。でも、とりあえず雨風しのげる家があるんだ。落ち着いて、こちらの現状って奴を把握してからでも、動き出すのは遅くないだろ?」

「そうね。雨風だけは・・・しのげるわね」



 含みのある言葉だった。

 ツンデレの視線につられてあたりを見回す。そこらじゅう散らかっていた。

 散らかっているというより、荒らされているに近い。



「ここ、空き巣に入られてたみたいよ? 通帳とか軒並み盗られてた」

「本当か」

「わたしを差し置いてふらふら旅なんてしてるからよ」



 お前も飛ばされてたはずだ、という突っ込みは取っておくとして。

 なんでいちいち言動がフラグ立ってるっぽいんだ。



「し、仕方ないでしょ! この娘――エストがあんたのこと好きなんだから! いっとくけどわたし自身はあんたなんてなんとも思ってないんだから!」



 失敗した。また口に出していたらしい。

 しかし、ほんとにツンデレ分の多い娘だ。

 それにしても。家の中に入り、様子をうかがう。

 玄関、廊下、書斎、寝室、また玄関。

 くまなく荒らされていた。

 また、容赦なくやったものだ。金目の物はほとんどもって行かれている。

 現金が手元にないいまの状況では、正直痛かった。

 今日食べる晩飯を買う金すらない。

 

「し、仕方ないわね。今日はうちにご飯食べに来なさいよ」



 なんだか顔を赤らめながら、ツンデレはいってくれた。

 ありがたい話だ。人の情けが身に染みる。

 だが、ツンデレに感謝の言葉を送ろうとしたとき、ちょうど部屋の隅で見つけてしまった。

 バタフライナイフ。家のものではない。携帯には便利そうだが、こんなものを集める趣味は、俺にはない。

 おそらく犯人のもの。



「ちょっと? 返事くらいしなさいよ」

「ツンデレ。喜んでくれ」

「誰のことよ。ちゃんと名前で呼びなさいよ!」

「どうやら、今晩世話にならずにすみそうだ」



 ちょうど。

 本当に偶然だが、俺の念能力は、いまこの状況にうってつけなのだ。



「人の話を――って、ちょっと。こんなとこで念能力使うの?」

「ああ」



 発動する。



返し屋センドバッカー



 念の発動を受けて、ふわりと、ナイフが浮き上がった。

 獲物を狙い定めるように、刃先をうろうろさせたかと思うと、次の瞬間、ナイフは勢いよく外に飛び出す。

返し屋センドバッカー”。品物を、持ち主の元へ送る念能力である。

 当然ナイフは犯人の元へ飛んでいく。



「ちょっと行ってくる」

「ちょっと、待ちなさいよ!」



 ツンデレの声が背後で聞こえた。

 だが、ナイフを見失うわけには行かない。一息に外に飛び出した。

 直線距離で五キロ。すでに郊外だ。

 持ち主を求めるナイフは、緩やかに空を滑っていく。やがてそれが、ひとりの男にぶつかって落ちた。

 あぶない。刃の部分なら大怪我していたところだ。刃を仕舞えるようになっているのだから、そうしておけばよかった。



「お前か」



 男は、すでに顔色を変えている。

 ナイフを。それも、見覚えのあるものをぶつけられたのだから、当然だろう。



「空き巣だな」



 言葉と同時、空き巣は身を翻した。

 速い。

 あっという間に見えなくなった。すさまじい俊足だ。

 たぶん、俺の脚でも追いつけない。



「逃げられちゃったじゃない!」



 やっと追いついてきたツンデレがかみついてきた。



「なあ、ツンデレ」



「だから名前で呼んでってのに……」

「俺にはもうひとつ念能力があってな」



 いいながら、ナイフを拾う。

 もはや豆粒ほどになった空き巣に、刃をたたんで柄だけになったナイフを向ける。刃を出せば、殺してしまう。



「“加速放題レールガン”」



 発動するや否や。ナイフの姿が消えた。

 反動も何もない。だが、空気を切り裂く音が、尾を引いて残っている。

 物体を加速する能力。

 ただし、これだけでは当たらない。砲身も照準もない大砲をぶっ放しているようなものだから、当然。

 悲しいほどのノーコン。これだけはどうしようもない。

 だが、ここでもうひとつの念能力がものをいう。



返し屋センドバッカー



 ナイフは、持ち主の元へ送られる。

 強烈な加速を伴って。

 遠くで鈍い音が、確かに聞こえた。ここからでは米粒くらいにしか見えない空き巣は、倒れたまま動かないようだ。

 当たり所が悪かったかもしれない。



「なかなか便利だろう?」

「ちょっと見直した……かも」

「なに? よく聞こえなかった」

「うるさいっ! 何でもないわよ! それより、犯人捕まえに行くわよ!」



 顔を真っ赤にするツンデレ。

 この娘は、ツンデレ道を極めんとしているんだろうか。

 なら、やはり、ツンデレと呼び奉るのが筋だと思う。



「じゃあ行くか。ツンデレ」

「ちゃんと名前で呼びなさいよ! それにツンデレってなに!?」

「お前にふさわしい呼称だ」

「え? なにそれ……褒めてくれてんの?」

「当然だ」



 求道者はいつも貴い。

 それがツンデレ道なれば、なおさらだ。



「やっぱりバカにされてる気がするぅっ!」



 ツンデレの叫びを背に聞きながら、俺は今晩の飯代を確保しに向かった。






[2186] Greed Island Cross-Another Word 02
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:6578f8f8
Date: 2008/03/27 00:11



 焼き物、蒸し物、揚げ物。テーブルの上にくまなく並ぶ料理たち。

 非常識なボリュームである。

 満漢全席もかくや、といえば、いいすぎだろうか。だが、あれも数日がかりで食べるのだ。一食あたりに直せばこちらのほうが多いに違いない。

 あきらかに、胃の許容量を超えていた。

 向かい合うように座るツンデレが、箸をつける様子はない。

 じっとこちらを見ている。

 ものすごく落ち着かない。

 絡みつくような視線を感じながら、ちょうど目の前にあった魚の煮付けに箸をつけた。



「美味い」



 そういうと、とたんにツンデレの顔がほころんだ。



「そ、そう。ありあわせのものだったけど、口に合ってよかったわ」



 冷蔵庫の中身を全部ひっくり返して作った料理は、はたしてありあわせというのだろうか。

 字面的には正しい気がする。

 意味的には完全に間違いだろうが。

 とはいえ、好意は非常にありがたい。

 おまけにお世辞抜きで美味い。なによりのことだった。

 空き巣を捕まえて金を取り戻したはずの俺が、なぜこんな状態になっているのか、といえば、話は単純だ。

 空き巣はすでに俺の金を使い果たしていたのだ。



 早すぎる。もっと計画性を持て。



 そういってやりたいところだが、計画性があればそもそも空き巣になどなっていないだろう。世界を狙えそうな俊足が空き巣狙いとは、才能の浪費というしかない。

 とまあ、そんな事情で晩飯代が消え失せて。結局ツンデレの世話になることになったのだ。



「よかったらこれも食べて! これも、これも、これも!」



 ツンデレはものすごい勢いで料理を進めてくる。

 手間をかけたのはわかる。それだけに、食べる人の反応が気になるのも、わかる。だが、こうも凝視されては落ち着かない。

 それにツンデレは俺に料理を進めるばかりで、まだ箸をつけていなかった。

 割り当てを増やされても、非常に困る。



「わたし、あんまり食欲ないし、よかったら全部食べちゃって!」



 ツンデレは、なんだかすごくいい笑顔だった。

 水にも致死量がある、と、聞いたことがある。

 はたしてこのご馳走の致死量はどれくらいなんだろうか。そんなことを考えながら、腹をくくった。

 結局死なずにすんだ。

 

「ねえ、これからどうする?」



 食事を終えて。

 ツンデレが聞いてきた。



「そうだな。金ないし、職探さないとな」

「っていや、あんたハンターでしょうが。プロの」



 そういえばそうだ。

 プロハンター。

 よく考えれば自分が何ハンターか、設定もしていない。

 フリーのハンター。略してフリーター。

 弱そうだった。



「じゃなくて、もとの世界に帰るために、これからどうしようかっていってんのよ」

「俺もそのつもりでいってんだけど。まずは先立つものがないと困る」



 所持金はゼロだった。どこに行くにしても、その前に干上がる。ハンターライセンスでは、食費まではまかなえないのだ。



「まったく。仕方ないわね出してあげるわよ。わたしが」

「いや、それはよくない」



 ツンデレの提案は、断らざるを得ない。

 女に養われるなどあってはならないことだ。ヒモじゃあるまいし。



「ヒモってなによ?」



 また口に出してたらしい。

 専門用語だ、と誤魔化す。女の子に説明するのは、はばかられた。

 だが、本当にどうしたものか。

 短い期間で稼げる職とかあるといいんだが。

 むろんその手の職は危険が伴う。この場合、それもやむなしだろうが。



「じゃあ、いっそのこと天空闘技場に行かない?」



 考えていると、ツンデレがそんな提案をしてきた。



「天空闘技場?」

「戦って賞金もらえるところよ。あそこなら手っ取り早くお金を稼げるわ。どうせあぶない道わたるなら、どんと稼げるほうがいいでしょ」

「ああ。そんなとこあったな……って、お前も行くのか?」

「べ、別にあなたが心配なわけじゃないし、心配してるのはわたしじゃなくてエストなんだから!」

「前半があれば後半要らないと思う」

「う、うるさいうるさいうるさい! いいから黙って連れて行きなさい!」



 ツンデレの顔は真っ赤だった。

 うん。こいつ、素敵すぎる。個人的にはツンデレマスターの称号を奉りたいほどだ。

 とはいえ、これからどうするか。

 とりあえすのところは決まったようだ。









 飛行船に揺られること、たぶん数日。天空闘技場へは、まだ着かない。

 ずっと個室に引きこもっていたので、時間の感覚がぼやけている。

 どうも乗り物に長時間乗るのは苦手だ。

 生活のリズムがぶれて、頭の回転まで鈍る気がする。

 時計を見れば、正午過ぎ。

 扉が、開いた。

 両手に皿、口に割り箸わきにペットボトル。そんないでたちでツンデレが入ってきた。



「んー」



 ツンデレがなにかいってきた。咥えた箸のせいでなにをいっているのかわからない。

 とりあえず箸と、ペットボトルを取ってやる。



「ありがと。アズマ、ご飯にしましょ」

「すまない」



 見事ツンデレに養われている自分が、情けない。

 天空闘技場で稼いだら、きちんと返そう。

 ツンデレが買ってきてくれたのは、焼きそばっぽいものとフランクフルトっぽいもの。旅行中のジャンクフードってやけに美味そうにみえる。

 どうでもいいが、ひとつの皿に二人前ってのは、パーティーっぽくてなんとなく楽しい。



「焼きそばだけどね」



 また口に出していたらしい。

 そのうち致命的なことを口に出してしまいそうで怖かった。



「あと何日かかるんだ?」



 焼きそばっぽいものをつつきながら、ツンデレに尋ねる。

 どうでもいいが、正式名称を知らないせいで、いつまでもポイモノが取れない。



「二日ほどだって。なんだか気流の関係で遅れてるみたい」

「そうか。早く着かないかな」

「あんたも景色でも見てくればいいのに。楽しいわよ? 見にいかない?」



 ツンデレはそわそわしている。



「……行きたいのか?」



「わたしは行ったわよ。何回も。あんたが誘っても来ないからひとりでっ!? か、勘違いしないでよねっ! ひとりだと張り合いないだけで、別にあんたと行きたいわけじゃないんだからっ!」



 見事なツンデレ語だった。

 乗り物の中を動き回る、というのは苦手なんだが――うん。せっかくの旅なのだ。いっしょに楽しむというのも、悪くない。

 

 ――と思い、飛行船の展望スペースに来てみたのだが。



「雲しかないじゃないか」

「雲を見るのが楽しいんじゃない」



 どうやらツンデレとは、感性に隔たりがあるようだった。

 飛行船のゴンドラ最後部。奥面と底面の一部がガラス張りになっているが、そこからみえるものといえば雲と海、太陽くらいだ。いまは雲の比率が多い。

 あまり面白くない。

 とはいえ、楽しそうなツンデレを見れば、口にするのは野暮というものだろう。

 展望スペースには、ほとんど人の姿がない。

 出発して数日もたっているのだ。空の景色を見続けるのも、飽きたのだろう。

 貸しきり状態だ。

 しばらくツンデレに付き合って雲を眺めていた。

 ぼうっと見ていたのがよかったのだろうか。不意に、気づいた。



「ツンデレ」

「なによ――ってか、ちゃんと名前で呼んでよ」



 ツンデレは顔をしかめるが、いまは構っている場合じゃない。



「おかしくないか?」

「おかしい――って、なにが?」



 首を傾げるツンデレに、俺は雲間に見える太陽を指差した。



「太陽の位置だ。微妙にずれてきてる」

「どういうことよ?」

「軌道修正にしても、大きすぎる。たぶん回ってる。大きな円を描く軌道だ」



 それが示す意味を悟ったのか、ツンデレの顔がこわばった。



「いくぞ、操舵室だ。なにかがおかしい」



 なるべくなら面倒事はごめんだが。そうもいってられそうにない。









「ああ、お客さん。どうされたんですか?」

「すまん。この飛行船の軌道、おかしくないか?」



 操舵室に向かう途中。船員を見つけたので問いかけた。

 意外な質問だったのだろう。船員は面食らったようすだった。



「いえ? 気流の関係で、多少遅れていますが、ちゃんと目的地へ向かっているはずですが」



 いいながらも、不安そうな顔つきだった。

 どうも彼も、漠然とした不安を抱いているようだ。



「どうも見ていたら、方向がおかしいんだ。調べてみてくれないか」

「え? そ、そんなはずは……この時間は船長が操舵にあたって――」



 その瞬間、揺れた。



「きゃっ!?」



 ツンデレが、肩につかみかかってきた。

 とっさに、なにが起こったのか分からない。

 だが、さすがに船員にはわかったようだ。



「船が――急旋回!? そんなはずは!」



 あわてて駆けだす船員。行く先は――操舵室しかない。

 船員の後ろについていく。



「船長!? 船長!!」



 同じように以上を察知したのだろう。操舵室の前には、すでに数人の船員がいた。

 扉を叩いているところを見ると、鍵がかかっているらしい。



「どうしたんだ!?」



 手近な船員に尋ねる。



「わかりません! 鍵がかけられていて。ひょっとして――いや、その」



 客にいうべきことじゃないと思ったのだろうか。船員は口をつぐむ。

 だが、そんな場合じゃない。



「扉、破ればいいんだな?」



 返事は聞かずとも分かる。

 鋼鉄製の扉を思い切り殴りつける。

 金属がこすれる異音とともに、扉の取っ手付近が陥没する。



「うわ!?」



 驚く船員たちに構わずもう一発。さらに深く陥没する。

 あと一、二発。



「――どいて!」



 いきなり、後ろから掌が伸びてきた。

 その手が扉に張り付く。

 次の瞬間。金属がきしむ音とともに、扉がたわんだ、と、思った瞬間。蝶番も鍵も外れたのだろう。扉が奥に向かって倒れた。

 唖然として振りかえる。ツンデレだった。

 しばし呆然としていた一同だが、室内の光景に、ふたたびあっけに取られることになる。



「わはははっ!! 雲の海はオレの海だっ!! オレの果てしないアコガレだぁ!!」



 操舵室では、船長が舵輪を手に、トリップしていた。



「せ、船長!」



 さすがに我に返ったのだろう。船員たちは舵輪をぐるんぐるん回す船長を止めようとすがりつく。

 だが。



「わはははっ!!」



 まったく止まらない。

 船員たちはひとまとめにして吹き飛ばされる。

 俺も思わず止めに入る。

 振り払うような横なぎの一撃をガード、した瞬間。

 体が浮いた。

 部屋の入り口近くまで飛ばされ、やっと地面に足が着いた。

 力が強いとかそういうレベルじゃない。常識はずれだ。



「アズマ! だいじょうぶ!?」



 戸口に立っていたのだろう。

 ツンデレが心配そうに覗きこんできた。



「ガードした。にしても、いったいなんなんだ」



 なんにしても尋常じゃない。いろんな意味でタガが外れていた。



「……悪霊の仕業よ」



 真剣な面持ちで、ツンデレは船長に顔を向けた。



「ツンデレ」

「なによ」

「病院行け」

「なんでよ!!」



 叫ぶツンデレ。

 いや、いまの発言は、正気を疑われてもしかたないと思うが。



「あのね――まあいいわ。“凝”してみて」



 半信半疑で“凝”をしてみた。オーラを集中するのは苦手なんだが。



「うわ」



 見えたのは、ほんとに幽霊だった。

 船長の頭から人型のオーラが生えている。



「本編でもいってたじゃない、死者の念。あれを一般には幽霊といって」

「死んだ奴の執念ってやつか」



 そういえば、そんなこといっていた気がする。



「だけど、どうする? あれ、半端じゃないぞ?」



 悪霊から感じられるオーラは、異常に強い。しかも悪霊のオーラが船長を強化している。

 決して倒せなくはない。

 だが、悪霊本体を倒さない限り、操舵を取る人間が次々に乗っ取られるだけだ。



「だいじょうぶよ」



 ツンデレが自信ありげに口の端を吊り上げた。



「わたしの念能力、除念だから」



 除念。といえば、念をはずす能力。“怨念”もその範疇だろう。

 確かに、あつらえたようにうってつけの能力だった。

 ツンデレが、前に出る。

 オーラの質が変わった。

 色で例えるなら黄色から白。

 オーラ量にして、俺とほぼ同量か。ただ、散漫な俺のオーラに対して、より収束した印象を受ける。

 静かで、強い。神々しささえ感じられるオーラだ。

 ゆっくりと、ツンデレは船長に歩み寄っていく。

 その拳が、強く握られた。



「悪霊――」



 オーラが拳に集まっていくっておい!



「――退散!!」



 アッパーカットが、見事な軌道で船長の顎を貫いた。天に舞ったのは船長――ではない。その頭から生えていた悪霊のみ。

 理想的な弧を描いた悪霊は、虚空に消えていった。祓われたのだろう。

 それすら見ずに、ツンデレはこちらを向いた。



「これがわたしの能力よ。物理的な衝撃を、対オーラに変換する。つまり、念を破壊する念能力」

「……だいぶ変換されそこなってるようだけどな」



 ツンデレの後ろ、倒れた船長を指さす。

 船長の顎には、見事なまでに拳の痕がプリントされていた。



「え? ああっ!? 船長!!」

「ふはは。星が、星がみえるぞ。オレは星の海に出るんだ……」



 船長は素敵にトリップしていた。

 能力はすごいが、まだ未熟、ということだろう。それは俺にもいえることだが。

 しかしまあ、それは今後の課題として。

 あとはツンデレが、さっきから冷たい目でにらみつけてきている船員に、うまく説明してくれることを祈るばかりだ。







[2186] Greed Island Cross-Another Word 03
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:f9aaccc0
Date: 2008/03/30 20:44



 ツンデレのおかげで、しばらく針のムシロのような気分を味わえた。

 船長がすぐに正気を取り戻さなかったら、ひどい目に遭っていただろう。

 ともあれその後、飛行船は遅れを取り戻し、次の日の夕方には天空闘技場に到着した。

 それからわずか一週間。



「さあ、みなさま、お待たせいたしました! 破竹の勢いで勝ちあがってきております“ツンデレ”エスト選手の登場です!」



『うおおおぉっ!! ツンデレ! ツンデレ!』



 ツンデレが妙なことになっていた。

 この百八十階まで連戦連勝。疾風のように天空闘技場をかけ登ってきた美少女。

 熱心なファンがつくのも、無理はない。

 本名でなくツンデレで名が通っているあたり、素晴らしいというしかない。



『ツンデレー! ツンデレー! うおー!』



 はたして彼らは意味を分かって叫んでいるのか。そもそもこちらの世界にツンデレという称号が存在するのか。

 いろいろと疑問だった。

 それにしても、いったい誰が呼びはじめたのだろうか。



「――あんたよっ!!」



 いきなり後頭部に一撃入れられた。

 また口に出していたらしい。

 というか。



「ツンデレ。試合はどうしたんだ」

「あんなの秒殺に決まってんでしょ!」



 瞬殺だったらしい。



「もとはといえばあんたがツンデレツンデレいうから、ここの人たちが覚えちゃったんじゃない!! どうしてくれるのよ!!」

「いいじゃないか。お前がツンデレと呼ばれるなら、俺は本望だ」

「わたしはぜんぜん不本意だぁーっ!!」



 ツンデレの叫びが、会場に響き渡った。









 と、そんな恒例行事があって、帰り道。

 ツンデレの知名度は高い。通用路でもすれ違う人のほとんどが、振りかえる。

 当人は気にしてないようだが。



「あ、ツンデレだ」「おい、ツンデレだぜ」



 あえて無視しているのかもしれない。いちいち反応してたらキリがなさそうだし。

 そんな感じでエレベーターの前まで来たところで、ふと立ち止まった。



「ツンデレ」

「なによ――っていうか、いい加減名前で呼んでよ」

「さきに部屋に戻っててくれないムグ」



 いきなり、口を押さえられた。

 ツンデレは視線を繰り返し左右させる。人の目を気にしているようだった。ツインテールではたくくらい激しく首を振らなくてもいいだろうに。



「あんた、こんなところでなにそんな――妙な勘違いされそうなこと!」

「妙な?」

「だっ、だから、わたしとあなたが――ばかっ! いわせないでよ! もういい! さき帰ってるから!」



 あきらかに俺の声より大きい件について、ツンデレはなにを思うのだろう。

 謎だった。

 まあ、とりあえずそれは置いといて。



「――そこの人。なんの用?」



 ツンデレをのせたエレベーターが閉じるのを待って、柱の影に声を向けた。

 数秒の間。

 出てきたのは金髪の少年だった。

 十代半ばといったところか。少年誌の主人公的なぼさぼさ髪に引き締まった眉。目だけが、妙に冷たく見える。

 見知らぬ人物だった。

 だが、“絶”までしてこちらを伺っていたのだ。用がないというわけでもないだろう。



「あー、見つかったか。苦手なんだよな、“絶”」



 つぶやいた少年だが、彼の“絶”は完璧に近い。

 ただ、通り行く人の視線が集まるさきに何の気配もなければ、何事かと思う。



「用ってワケじゃない――つーか、顔合わせないために隠れてたんだけどさ」



 少年はばつが悪そうに頭をかいている。

 敵意は、まるで感じられなかった。



「ぶっちゃけていえば、あんたらがどんなヤツか、気になってこっちに降りてきたんだ」



 降りてきた、という言葉を使うということは、上――二百階クラスの闘士だろう。

 それを尋ねると、肯定の言葉が返ってきた。



「そ。二百階クラスのシュウ。聞いた事ないか?」

「知らない。あんまり興味ないから」



 いいようからすれば有名なんだろうが、なにせ二百階クラスに上がる気がないのだ。知るはずがない。



「へえ、ずいぶんだな」

「もとから金目当てだからね」



 俺の答えに、少年はなぜか満足したようすだ。



「あんた、同胞だろ?」



 少年は、唐突にいった。



「お仲間、なんだろ? 嫌でも目立つよ。連れをツンデレとか呼んでるし」

「まあ、それもそうか」



 おまけにあいつ、制服着てるし。隠す気ゼロだ。

 それがわかるということは、こいつも同胞か。



「すこし、話さないか?」



 背を見せるシュウに、とりあえずつきあうことにした。



「オレがあんたと話す気になったのは」



 自動販売機の前にたむろしていた選手たちを眼光一発で追い散らしたシュウは、コインを自販機に落としこみながら、つぶやいた。



「こいつなら、面倒なことにならないだろう、と思ったからだ」

「面倒が嫌いでな」



 その返しが面白かったのか。シュウはにやりと笑って缶ジュースを放り投げてきた。奢ってくれるのだろう。



「こんな状態になって、こっちも必死でな。正直、足手まといは要らない」

「そうだろうな」



 オーラ量で判断するなら、シュウのそれは、おそらく同胞でトップクラスだろう。仲間が要らないと豪語するのも頷ける。



「俺も、仲間にするなら信用できる奴がいい」

「そりゃそうだ」



 お前は信用できないといったようなものだが、当然のように受け止められた。

 どうもやりにくい。

 互いにプルタブをあけ、口をつける。

 味がしなかった。



「で? それなら、用はなんなんだ?」

「様子見だ。同胞らしきヤツがいれば、気になるだろ」



 それはそうだろう。

 俺でも、気にはなる。あえて声をかけようとは思わないけれど。



「で、見つかっちまったんだけど。まあ、あんた、正直切羽詰って帰りたいって風に見えなかったしな。話す気になった」



 そういったシュウだが、俺には彼のほうこそそう見える。強者の余裕というものだろうか。

 少なくとも自販機に背を預けるその態度は、過剰にでかい。



「それにしても相方、気安いな。恋人か?」

「まさか」



 まあ、そう思われても仕方ない。

 だが、まずはむこうで知り合いだったのか、とか聞くべきじゃないだろうか。



「幼馴染、という設定だ」

「設定って……ああ。ゲームの設定ね。ふーん。そんなことがあるんだ」



 聡い。

 頭の回転が速いのだろう。だが、先ほどからどうも言葉に虚実織り交ぜてるように感じる。苦手なタイプだった。



「他人が幼馴染になったり、妹が他人になったり。妙なことになってるな。でも、別に恋人になっちゃいけないってことないだろ」

「いや、後者は明らかにだめだろ」



 こっちで血がつながってなくても、妹は妹だ。



「いや、でもさ。法的にはイロイロクリアしちゃうんじゃないか?」



 なぜだか、シュウは妙に焦った感じでいってきた。

 いたな。そういえば。こういうこと熱く語る奴。



「そうだろうが、まともな人間ならそんなこと考えるはずがない。実際俺の知り合いに十人、妹持ちがいるんだが、そのうち九人妹属性ないやつだ」

「残りひとりは?」

「二次元の妹オンリー」



 シュウの肩ががっくりと落ちた。

 どんな答えを期待していたのだろうか。



「なんでだか、あんたとは決して相容れないものを感じる」



 シュウは恨めしげにそういってくる。

 妹萌えだったのだろうか。

 それから、すこしのあいだ雑談したあと、あっさりとシュウは去っていった。



「――じゃ、な。お前らもせいぜいがんばれよ」

「お前もな」

「ああ。オレたちもせいぜい頑張ることにするよ」



 去り際の会話が、なぜか印象に残っている。

 オレたち。

 シュウはそういっていた。

 あいつの眼鏡にかなった奴がいるらしい。いったいどんな奴なのだろうか。

 あんがい実の妹とかだったりして。妙にムキになってたし。









 翌日。天空闘技場百九十三階。

 鼻歌など歌いながら、ツンデレは上機嫌だ。



「嬉しそうだな、ツンデレ」

「あたりまえじゃない。今日のファイトマネーいくらだったと思ってるのよ」



 ツインテールが揺れている。スキップでも始めそうな勢いだ。



「嬉しいのか? 俺はすでに金銭感覚麻痺しそうだ」



 正直、使い切れそうにない額だ。



「そうね。ふふ、お金持ちー。これでなに買おうかな」



 まあ、いいけど。

 ツンデレが稼いだ金だし。



「あまり無駄遣いするなよ。将来のこと考えなくちゃいけないんだから」

「しょ、将来ぃ!?」



 なんだか過剰な反応が返ってきた。ツインテールはねあがったし。



「なに驚いてんだ?」

「でもでもあんたがそんな将来――こんなところでなにいいだすのよ!」

「これからいろいろ要り様になってくるかもしれないだろ。帰るために」



 ぴたり、と、ツンデレの動きが止まった。



「わかってたわよ! 勘違いしないでよねっ! 別に結婚とか考えたわけじゃないんだからっ!」



 妙な勘違いをしていたらしい。

 あいかわらず素晴らしいツンデレだった。



「まあどっちにしろ、もうここに用はない。どうするか、考えないとな」

「そ、そうねっ!」



 真っ赤な顔を隠すように顔をそらすツンデレ。

 崇めてよいのだろうか。









 部屋に戻ると、椅子に腰をかけた。

 二百階クラスに登録する気はないから、今日中に部屋を出なければならない。ゆっくりとしてもいられなかった。



「これからどうする?」



 ベッドに腰をかけながら、ツンデレが聞いてきた。



「やっぱり、グリードアイランドを探すセンでいこうと思ってる」



 かねてより考えていたことだ。

 なぜ、こちらに飛ばされてしまったのか。想像もつかない。

 だが、原因がGreed Island Onlineで、飛ばされた先がグリードアイランドだ。もとに戻る手段もそこにしか見出しようがない。



「でも、わたしたちふたり合わせてもお金、ぜんぜん足りないわよ?」



 買い物に未練があるのか、ツンデレは切なそうだ。

 別に締めろとはいってないのに。



「それについては、ちょっと考えてる」

「どんなよ」



 ツンデレは不審げな目を向けてくる。

 心配しなくても、ちゃんと考えているって。



「ツンデレ、グリードアイランドをプレイする手段。思いつく限りあげてみろ」

「えーと、グリードアイランドを買う。バッテラ氏にプレイさせてもらう」



 ツンデレは目を宙に泳がしながら答えてきた。

 過不足ない。話を進めやすい。



「普通に考えれば、そのあたりだろ。だけど、その手段は誰もが思いつく――ってことは競争率も高い」

「そりゃあ、そうでしょうね」



 ツンデレが頷く。

 テストプレイヤーが三百人ほどだったか。これが全て競争者になるのだ。シュウのようなトップランナーじゃなければ、まともな手段でプレイ枠に食い込むのは難しいだろう。



「だったら、どうするの? 別の手段でも取るの?」

「ああ」



 ツンデレの問いに、首を縦に動かす。



「考えたんだけど、あれはハンター専用のゲームだ。とはいえ、あんな額で売られたゲームだ。好事家たちが興味を持たないはずがない」



 コレクター心理というやつだ。少数限定販売、しかも超高額となれば、買う奴は買う。

 彼らの所有するグリードアイランドを、狙うのだ。



「なるほど……でも、実際問題、そんな人がいるとして、探せる? それにわたしたちがプレイさせてもらえるって保証もないじゃない」



 ツンデレはすっきりしないようすだった。

 だが、その疑問の解法も、織り込みずみだ。



「念能力ってのは、一般人には知られていない能力だ。だったら、プレイした奴ほとんどが死亡か行方不明のこのゲーム、巷でどう呼ばれてると思う?」

「え? ……人食いゲームとか、呪いのゲームとか――あっ」



 ツンデレも気づいたらしい。

 グリードアイランドは、そういうカテゴリに分類されるもので、ツンデレの念能力は除念。

“除霊”の専門家――ゴーストハンターになれば、その世界の情報を手に入れることも容易になる。

 そのうえ、ゲームをプレイさせてもらう名目も立ちやすい。

 ツンデレの念能力があるからできる、裏ルート。



「ゴーストハンターになるんだ。ゴーストハンターになって、依頼をこなす。そのコネクションから、グリードアイランドに、きっとつきあたる」



 そういって突き出した拳に、ツンデレの拳がガツンとぶつかってきた。



「やるわよ。やりましょう! ゴーストスイーパー!」

「いや、それ別だから」



 ツンデレの目がやけに輝いている。ボディコンでも着たいのだろうか。






[2186] Greed Island Cross-Another Word 04
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:b842a0bc
Date: 2008/04/02 19:06


 薄暗い、いやな天気だった。

 樹木の海を背負い、孤島のような小高い丘。その頂上にぽつんとある建物は、館というより砦の趣がある。



「ふんいき、あるわね」

「ああ」



 思わずツンデレと顔を見合わせた。

 外壁をびっしりと蔦で覆われた洋館は、得体の知れないオーラを放っている。

 さすが、幽霊屋敷といわれるだけのことはあった。

 ゴーストハンターの仕事をしていると、実際はガセだった、といった場合が多い。

 正味のところ、本物と向きあったことは、まだ数件しかないのだが……これは間違いなく本物だ。



「では、アズマさま。屋敷の鍵はこちらに。わたくしは車で待機させていただきます」



 依頼人は一礼を残して退いていった。初老の男で、黒背広に半白の髪を後ろに撫でつけたいでたちは、物腰とあいまって執事を思わせる。

 彼の判断は、妥当なところだろう。

 おとなしく除霊されるような悪霊は、希少価値だ。依頼人を巻き込む危険は、こちとしても避けたい。



「わかりました。任せておいてください」



 受け取った鍵で開錠し、扉を開ける。錆びた音が、屋敷の中に吸い込まれていく。

 一歩。中に足を踏み入れた。

 屋敷の中は、さらに薄暗い。

 目を凝らして、ようやく輪郭が判る程度だ。



「ツンデレ、懐中電灯を」

「えーと、ちょっとまってね……はい」



 ツンデレから受け取った懐中電灯を点ける。やっと、はっきりと足元が確認できた。

 内装は思ったより新しい。幽霊屋敷というイメージから受ける印象とは、まるで違う。

 ただ、建物自体はずいぶんと古いらしい。石畳を見れば、それが想像できる。

 まずは屋敷を一周しよう。そう思い、歩き出すと、何かがぴたりと張り付いてきた。

 ツンデレだった。



「ツンデレ」

「な、なによ」



 ツンデレの肩が震えるのがわかった。



「怖いのか?」

「な!?」



 そう尋ねると、ツンデレは飛び退るように離れた。図星らしい。



「違うわよ! ぜんぜん怖くなんてないんだから!」



 ムキになった。

 いい方が悪かったか。

 俺の手から奪うようにして懐中電灯をさらって、ツンデレは早足でさきに進んでいく。

 手と足が同時に出ていた。



「おい、危ないぞ――」

「きゃあっ!?」



 いったさきから転んだ。

 いわぬことではない。



「おい、ツンデレ、だいじょうぶか?」



 倒れたままのツンデレに声をかける。

 返事がない。

 背中にナイスオンした懐中電灯が妙にシュールだ。

 近づいていって様子を見ると、軽く目を回しているようだった。

 介抱しようと抱き起こした、瞬間。

 いきなりツンデレの目が開いた。



「ツンデレ?」



 薄闇の中でもはっきりと、ツンデレの目つきがおかしい。

 ツンデレは自分の両手をしげしげと見つめる。



「わはははははっ! やったぞ! 久方ぶりの肉体じゃっ!」



 ツンデレが大変だった。

 強く頭を打ちすぎたのだろうか。



「輝ける朔北の華! 永代の至玉! リドル・ノースポイント姫! いまここに大・復・活!!」



 いきなり飛び起きたツンデレは、高笑いしながら妙な名乗りを上げた。

 素で引く。



「と、こうしてはおれん! こうなれば早く征かねば!」



 なんだか屋敷の奥の方に駆けていくリドル・ノースポイント姫(自称)。

 あ。

 ひょっとして。

 取り憑かれたのか。

 ゴーストハンターのくせに間抜けすぎる。

 あっけに取られて見送ってしまったが、どこへいったのやら。

 まあ、さいわいツンデレの懐中電灯がある。



送り屋センドバッカー



 能力を使う。

 懐中電灯は、朧に光りながらゆらゆらと屋敷の奥へと向かっていった。

 これはこれでホラーな光景だよな。

 そんなことを考えながら、光を追っていく。

 角を曲がると、地面が開いているのが見えた。

 石畳が外れて、地下へと続く通路が口をあけている。懐中電灯は、そこへ吸い込まれていった。

 地下への道は、いっそう暗い。さきを行く光を見失わないよう、急いでもぐりこむ。

 湿気を含んだ空気を感じながら進んでいくと、奥からなにやらさわぎ声が聞こえてきた。

 ツンデレの声だ。



「あんた! いきなりなにすんのよ! ひとの体を!」

「五月蝿いわたわけ! 妾の肉体として使うてやろうというのじゃ! 有り難く思うのじゃな!」

「ありがたく思うわけないでしょ! とっとと出ていきなさいよ!」

「出ろ、といわれて出て行く馬鹿は居るまい! そもそも輝ける朔北の華と呼ばれた妾の肉体に、不足ながら使うてやろうというのじゃ。喜んで然るべきじゃろう」

「ふ、不足? アズマにもそんなこといわれたことなかったのに!」

「だいいち、チチが足りん。腰も細すぎるわ。これではろくに子も産めんではないか」

「産むもん! 男の子と女の子ひとりづつ!」



 以上全てツンデレの発言。

 えーと。

 なんだか割って入りにくい雰囲気なんだけど。

 とりあえず近づいていって、ひとり上手しているツンデレの頭をはたく。

 何か出てきた。

 もやもやしてわかりにくい。

 わーん、と、いきなり耳に響いた。

 なんだかもやがこっちに詰め寄ってきてる。

“凝”

 オーラを目に集めると、姿がくっきりとみえてきた。

 宝石のような青い瞳。流れるような金糸のごとき髪は、渦を巻いて流れている。白地に淡く朱をさしたような美しい意匠のドレス。それを飾る種々の宝飾。

 十歳前後の、少女だった。

 少女はなんだか口をパクパクさせている。

 耳にオーラを集めてみる。



「――聞いておるのかお主!? 第一妾に手を挙げるとはどういうことじゃ!」



 耳をつくような甲高い声が聞こえてきた。

 どうやら頭をはたいたことがご不満らしい。



「えーと、あんた誰?」

「妾を知らんのか!?」



 なんだか驚いたようすの少女。いや、そんな驚愕、みたいな表情されても困る。



「輝ける朔北の華! 永代の至玉! リドル・ノースポイント姫とは妾のことじゃ!」



 いや、さっきも聞いたけど。

 こんなちびっ子にそんな形容を奉った奴はロリだろ、常識的に考えて。



「ロリとはなんじゃ?」



 聞いてくるロリ姫。口に出していたらしい。とりあえず専門用語だということにして誤魔化す。



「で、そのナントカ姫って誰?」

「おぬし、このような短い名も覚えられんのか? リドル・ノースポイント姫じゃ!」

「で、そのリドル・ノースポイントヒメが何でこんなところにいるんだ?」

「たわけ! もとよりここは妾の居城じゃ! 気がつけばずいぶん様変わりしとった気もするが」



 何百年経ってるんだよ。

 砦っぽいとか思ってたけど、建物の基礎といい、もとは城だったのか。



「で、この屋敷に住んでる奴に悪さしてたのはあんたか?」

「違う」



 ロリ姫は否定した。



「この地には、死後悪霊と化した父君を封じてあるのじゃ。永の年月、妾はそれを見張っておった」

「そうなのか」

「最近ここに来た輩は地下をいじるような話をしておったから、警告もかねて脅かしてやったが」

「完全にあんたのことじぇねえか」



 どこから突っ込んだものやら。



「うむ。妾としてもこのような生活は飽いた。そこに丁度強い異能の持ち主が来たのじゃ。まさに好機。いっそのこと父君を退治てくれようと思うてな。ここに来たわけじゃ」

「そう、なのか」

「うむ、というわけで、つがいの身を頂くぞ」



 いそいそとツンデレの体にはいろうとするロリ姫。



「誰がさせるかぁ!!」



 ツンデレがいきなり飛び起きた。



「さっきから聞いてたら、なに勝手なこといってんのよ! っていうか、つがいって何よ! わたしとアズマは、まだそんなんじゃないんだから勘違いしないでよねっ!!」

「ええい! あきらめるがよい! 父君の封印はもう解いたのじゃ! おとなしく体を永久に明け渡せぃ!」

「あんた! よく聞いたらどさくさにまぎれてなにあつかましいこと要求してんのよ! 何で永久なのよ!」

「妾だってこの時代で生を満喫したいのじゃ! ちょっと百年くらいいいじゃろ!」

「百年って、ほぼ一生じゃない!!」



 ん? いま、会話の流れに、聞き捨てならないことがあったような。



「おい」

「なによ」「なんじゃ」



 割って入ると、両方からにらまれた。怖い。目がぎらぎらしている。



「いや、いま、えーと――ドリル・ナースポイント姫だったっけ? なんていった?」

「リドル・ノースポイント姫じゃ! なんじゃその物騒なオーラ漂う名前は!?」

「いや、父君の封印を、解いたって」

「うむ。完全に、後腐れなく。きれいに解いてやった。あとは滅殺するのみじゃ」



 ロリ姫は自信たっぷりにのたまった。

 よく見れば、ツンデレたちの足元には、妙な鉄の杭と鎖が落ちている。どこかで見たような、ミミズがのたくったような字が掘りこんであった。

 とてつもなく嫌な予感。

 ちょうどそのとき、低く呻くような地鳴りが起こった。

 激しい衝撃。

 雷が落ちたような錯覚すら、した。



「外じゃ! 父君め、逃げよった!」



 ロリ姫が飛んでいく。

 できれば行きたくない。が、一応仕事だ。ついていくしかないか。



「ツンデレ、いくぞ」

「ちょ、おいてかないでよ!」



 声をかけて、走り出した。

 玄関口まで戻って来たところで、姫君の背中が見えた。腕を組んで、しきりに戸口のほうをにらんでいる。

 不意に、扉があいた。

 その奥に立っていたのは、依頼人の老紳士だった。

 しくじった。依頼人を巻き込んでしまうとは。見通しが甘かったといわざるをえない。



「ふ、ふ、ふふふはっははははははっ!!」



 笑う依頼人。目つきが尋常じゃない。封じられたという君主の剣呑さをあらわすような笑い声。



「極北の黒獅子! 狂奔する雷声! ガイトス・ノースポイントここに復活っ!!」



 ノリが同じだった。



「娘よ! 久しぶりじゃなっ!」

「父君こそっ! お久しゅう御座いますっ!」

「それはそれとして死ねえっ」



 なんだかいきなり家具が浮き上がり、飛んできた。

 オーラつきで。

 さすがに、直撃すればただで済みそうにない。次々と襲い来る家具の群れを避け、またいなす。

 ロリ姫、俺の影に隠れるな。



「よくもワシを封じてくれたな!」

「それは父君が、死んだ後も城で騒ぎを起こすからでしょう!」

「うるさいわっ! ワシだって寂しかったんじゃ! 誰もワシだと気づいてくれんし!」

「ポルターガイストを起こすだけでは性質悪い悪霊だと思われるに決まってるではありませぬか! ちょっと父君を封印する過程で城を平らにしてしもうたくらいで、もろともに封印喰ろうた妾のほうこそいい迷惑じゃ!」



 なんだこのはた迷惑な親子。性質悪いのは両方だろう。



「えーい、今日こそ引導渡してくれるわ!」

「小娘! おぬし体を貸せぃ。肉体がないと話にならぬ!」

「嫌よ!」



 ロリ姫がツンデレに取り憑こうとまとわりつく。

 さすがに起きているときでは取り憑けないらしかった。。



「えーい、つべこべいわずに体を貸せい!」

「絶対嫌っ!」



 なんだか見えないところでものすごい綱引きがなされてる気がする。

 そんな中でも飛んでくる家具の嵐。



「ツンデレ、なんとかならないのか?」

「こんな状態じゃ無理よ! わたしの能力じゃ、オーラは消せても飛んでくる家具はどうしようもないし、とても近づけない! あんたのほうこそなんとかならないの!?」



 ツンデレの声は悲鳴に近い。



「俺の“加速放題レールガン”じゃ下手したら即死だ。依頼人殺すわけにはいかないだろ」

「えーい、七面倒臭い! おぬし、疾くこの小娘を気絶させるのじゃ! 妾ならこの程度!」

「あんたの力はなんなんだ!?」



 必死に避けながら、ロリ姫に問う。城を平らにするくらいだから物騒な力には違いないだろうが。



「父君を滅殺するに足る代物じゃ!」



 胸をそらすロリ姫。だから、殺しちゃだめなんだって。だめだこいつさっぱり理解してない。



「俺じゃだめか? それなら、この家具を何とかしながらツンデレの除念でいける」

「だめじゃ」



 俺の提案に、ロリ姫は首を横に振った。



「なぜだ?」

「男に取り付くなぞ、淑女のすることではない。だいいち気色悪いわ」



 そんな場合じゃない。

 といっても、耳を貸さないんだろうなこのわがままっ子。



「兎に角体を寄越せぃ!」

「いやっていってんでしょ!」



 ロリ姫の体が、完全に体にもぐりこんだ。

 と、いきなり。

 ツンデレの髪が縦ロールになった。



「良し――って何じゃこれは!?」



 髪が、ぴょこぴょこ動いてる。

 なにこれ。

 唖然として肖像画に自分からぶつかるところだった。

 どうやらツンデレ本人じゃなく、ツンデレの髪にとり憑いたらしい。むちゃくちゃすぎる。



「ちょっと、人の髪勝手になにしてんのよ!?」

「貴様が素直に体を明け渡さぬから妙なことになったのじゃろうが!」



 自分の髪とケンカするツンデレ。

 妙な図だ。

 そしていい加減突かれてきたんだけれど。



「ええい人を無視するでない寂しいではないか!!」



 完璧に蚊帳の外だった悪霊が、妙に情けない自己主張をしてきた。

 飛び交う家具の勢いが三割増しになる。

 これは、さすがにヤバイ。



「ええい、小娘! いまは構うておる暇はないわ!」



 そんな声が聞こえたかと思うと、いきなりツンデレの髪が伸びた。

 うねる髪が槍と化して飛んできた燭台と飾り鎧に突き刺さった――その瞬間。



「“天元突破スパイラル”」



 声とともに、燭台と飾り鎧がいきなり円錐状に変形した。円錐に刻まれた螺旋の溝は、まさしくドリル。



「なっ!? なによこれーっ!?」



 髪の毛がいきなり有線式ドリルと化し、ツンデレは悲鳴を上げた。

 ツンデレの動きが、一瞬止まる。

 そこへ、衣装ダンスが襲いかかってきた。

 避ける間もない――避ける必要もない。

 ドリルが、衣装ダンスを木っ端微塵に粉砕した。

 なぜかモーター音を上げて回転するふたつのドリル。

 正直、ちょっとかっこいい。



「行くぞ小娘!!」



 ツンデレから半分はみ出し、腕を組んだ姿のロリ姫。



「もうやけくそだぁっ!」



 走るツンデレ。



「なにぃ!?」



 飛び来る家具の群れを微塵に粉砕して、ツンデレの拳が依頼人を打ち抜いた。

 霧散する悪霊。吹っ飛ぶ依頼人。

 衝撃を対オーラに変換してるなら、理屈の上では相手を傷つけようがないはずなんだけどな。

 まあ、悪霊のほうはきっちり除霊できたみたいだけど。

 一応これで依頼達成、になるのか。

 もうひとりやっかいなのが残っている気がするが。



「やったな、ツンデレ」

「うむ、よくやった小娘。褒めてつかわす。これで妾も晴れて自由の身――」



 ロリ姫の言葉が、止まった。



「どうした?」



 なんだか、抜けようと思っても抜けられない。みたいな感じでロリ姫はひたすらもがいてらっしゃる。



「え? 後ろでなにが起こってるの?」



 不安そうなツンデレ。まあ、当人には見えてないのだから、当然か。

 やがて、ロリ姫はあきらめたように動きを止めた。



「――むう。妙に馴染んでしまったようじゃな。抜けられぬ」



 間抜けすぎる言葉だった。

 呆れるしかない。

 まてよ? よく考えれば、これで完璧に依頼達成になるのか。

 変わりになんだかとんでもないものに憑かれた気がするけど。



「――ま、いいか」

「わたしはちっともよくなーい!!」



 ツンデレの声が、館中に響いた。






[2186] Greed Island Cross-Another Word 05
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:79d21b80
Date: 2008/04/11 22:26



「――こうして男は、初陣においてレイブ卿の、ただの一撃で地に伏す事となったのじゃ」



 ロリ姫が語る。その一言ごとに、ツンデレの髪が巻いていく。



「男は三日三晩昏睡し、四日目にして目覚めた。正しく此の時が、後に言う北の勇将の目覚めであると言ってよい。片腕と、手痛い敗戦を代償に、男は異能に目覚めたのじゃ」

「いまで言う、念能力だな」

「うむ」



 ロリ姫は頷いた。ツンデレの毛先まで、いっしょに上下する。

 みごとにシンクロしている。仕様なのだろうか。少なくとも、熱心に語るロリ姫が意図してやっているようには見えない。



「男が得た異能は、失ったものを補ってあまりあるものじゃった。栄光の腕。そう呼ばれた輝く右腕の一振りは、陣さえ割ったという」

「放出系の念能力、だろうな。斬撃を拡大して飛ばす感じか」

「うむ。とはいえ、当時は全て神の奇跡か異能で括られたものじゃ」

「ロリ姫、あんたのドリルもか?」

「専門用語で言うでない。判りにくいわ」

 

 ロリ姫は顔を顰めた。どうやらロリを専門用語と理解しているようだ。



「妾のものも、大別すれば異能の類じゃろうな。とはいえ、教会権力の届かぬ辺境ゆえさしたる害もなかったが」

「なるほど」



 興味深い。

 次の目的地に向かう飛行船のなか、暇に任せて聞きはじめたのだが、予想外に面白かった。

 伝説や英雄譚も、当時の人間から聞くと、記録とはまた違った面白さがある。



「其れよりも、此れからが本題じゃ。一年後、男とレイブ卿は再び戦場で相見える」

「おお」



 身を乗り出す。



「人の髪と話すなぁーっ!!」



 ツンデレが、叫んだ。

 かんしゃくを起こしたように両手を挙げる姿は、非常に子供っぽい。

 ロリ姫はツンデレの髪の毛にとり憑いているわけで、自然ツンデレの頭に向かって話しかけることになるのは、仕方がないだろうに。



「だいたい、なんでわたしを無視してずっとこの子と話してんのよ!」



 いや、そんなことを言われても。お前もいっしょに聞いてるものだと思ってたし。



「――ふふん。嫉ましいか小娘?」



 ロリ姫が鼻を鳴らした。やけに自慢げだ。



「ね、ねたんでなんかいないわよ! こいつのことなんてなんとも思っていないんだから!」

「僻むな僻むな。輝ける朔北の華と呼ばれる妾と小娘とでは、所詮自ずから発する魅力が違うと云うものじゃ」

「なんですってぇ!?」



 胸をそらすロリ姫、叫ぶツンデレ。見ていてほほえましかった。

 なんだか妙な成り行きで、ツンデレの髪にとり憑いた幽霊、ロリ姫。

 正式名称は……ドリル……なんとか。

 触れたものをドリルにし、高速回転させる念能力の持ち主だ。

 たぶん操作系。理屈屋でマイペース、だったか。いわれてみるとそれっぽく見えるから不思議だ。

 ロリ姫がとり憑いたおかげで、ツンデレの髪の毛は、勝手に動いたり、勝手に縦ロールになったり、勝手にドリルになったりとやりたい放題だ。



「ほーれ、こうすれば手も足も出まい」

「はっ、離しなさいよ!」



 自分の髪に縛られるツンデレ。

 はて、ツンデレの髪はこんなに長かったのか。ともかく、素晴らしい光景だ。



「アズマ! あんた拝んでないで助けなさいよ!!」



 もがくと、よけい締めつけられると思うのだが。もっとやれ。



「あーずーまー!」



 さすがに。これ以上引っ張ると、本気で怒られそうだった。









 そうこうしているうちに、昼飯時である。

 飛行船の食堂。注文した定食が、机に並べられている。

 現代の料理が珍しいのだろうか。ロリ姫はしげしげとながめているが、幽霊である彼女の口に入ることはないのである。

 それに気づいたのだろう。料理の上をさまよっていた髪が、力なくしおれた。



「うむ、そうか。此の体では食えぬのじゃな」



 残念そうだった。

 まあ正直、味は普通。驚くほど美味しいものではない。気を落とすこともないと思う。

 だからツンデレのフォークをドリル化して遊ぶな。



「あん――むぐ」



 怒鳴りかけたツンデレの口に、ハンバーグを一口突っ込んだ。

 食堂内での騒ぎはごめんだ。

 とりあえず、意図は通じたのだろう。ツンデレはおとなしく口をもぐもぐさせる。



「……もう一口」



 嚥下すると、ツンデレは不機嫌そうに、そんなことを言ってきた。

 まあ、そのドリルフォークでものを食べろというのも、酷な話か。

 ツンデレの皿からハンバーグを切り分けて、口元にもっていく。

 それを器用に受け取り、頬張るツンデレは、心なしか嬉しそうに見える。

 なんだか雛に餌をやる親鳥の気分だ。



「ふむ、こうして見ていると思い出すのう」



 ツンデレの様子を見て、ロリ姫は感慨深げにつぶやいた。



「妾もシンに、よくこうしてやったものだ」

「シン?」



 ロリ姫の応えはなかった。思いしのぶように、彼方に向けられた視線は、やさしい。



「え? あんたにも、その、そういう相手がいたの?」



 ツンデレが驚いたように、ロリ姫に目を向けた。

 妙な質問だ。

 ロリ姫も不思議そうに首をかしげている。



「ふむ? シンは妾の飼っておった鷲じゃが」



 この答えを聞いて。

 なぜか、ツンデレは固まった。



「――わかってたわよ! 勘違いしてないわよ! 言っとくけど別にあんたがそういう相手ってわけじゃないんだから! 勘違いしないでよね!」



 なぜこちらに矛先が向けられるのだろう。非常に不条理を感じる。

 だがまあ、とりあえず。



 拝んでいいか?









 拝んだら、ツンデレは怒って帰ってしまった。

 悪ノリし過ぎたか。

 ツンデレ、あまり箸をつけてないのに。あとで何か買って行ってやろう。

 そんなことを考えていると、ふいに。



「てめえいまなんて言いやがった!?」



 怒声が、食堂に響いた。

 思わずそちらに目をやる。決して広くない食堂、人の入りも、多くはない。そんな中で、騒ぎの主は、嫌が上にも目だった。

 二、三人の、ガラの悪い男たちと、それに相対する一人の青年だ。

 青年のほうは、さらに目を引く。銀髪、金銀妖眼、中性的な美形。まるで冗談のような容姿だった。



「ふ。聞こえなかったのなら言ってやる。貴様のような汚物が呼吸した空間にいるのは、耐えがたい。とっとと失せろと言ったのだ」



 酔ったような声色だ。

 あまりに芝居めいた口調に、相手もなにを言われたか、とっさにわからなかったらしい。男たちも、呆然と立ち尽くしている。



「ふっ」



 銀の髪から流すように指を振りおろした青年は、優美な流し目で男たちを撫でつけた。



「聞こえなかったのならもう一度言ってやろう。キミたちのような薄汚い人種とともに食事をしなくてはならないなんて、苦痛だ、とね」



 繰り返した。なぜわざわざ。



「なんだとこのやろう!」



 さすがに男たちもいきりたつ。怒るなと言うほうが無茶だろう。

 男のひとりが、青年に殴りかかった。



「ふん」



 青年は、鼻を鳴らす。襲い来る暴力になど、微塵も揺るがない。

 いともたやすく、いなして見せた。

 あきらかに、レベルが違う。



「“白銀の堕天使”セツナ。キミを断罪する者の名だ。憶えておきたまえ」



 冷ややかな笑みを浮かべた青年――セツナは、男の首筋に手刀を落とした。男に、なすすべはない。いともたやすく地に沈むこととなった。



「キミたち相手に“四神”は勿体ない。素手で相手してやろう。かかってきたまえ!」



 えーと。

 うん。こいつ絶対同胞だ。

 念能力者だし。なんかこまごまキーワードがむこうのものっぽいし。

 それにしても、そこら変のガラ悪いにーちゃんに決め台詞連発してどうするんだろうか。

 まあ、彼は幸せそうだ。









 幸い、騒ぎはすぐに収まった。

 彼我の実力が、あまりにもかけ離れていたのだ。ものの数分で、男たちは床にのびることになった。

 そのあとセツナは悠々と去っていき、騒ぎの残滓の中で食事を進めることになった。

 それから、とりあえずツンデレが食べるものを見繕って部屋に戻ったのだが、あいにく彼女の姿はなかった。

 たぶん展望室だろう。ロリ姫も空の景色を気に入ってたし。

 そう見当をつけ、展望室に来たのだが。案の定、いた。

 窓際に張り付くようにして、ツンデレとロリ姫は景色を眺めていた。



「ツンデレ」

「なによ……あ、買って来てくれたんだ」



 振りかえったツンデレの顔に、怒りは見られない。

 とりあえず、機嫌は直ったらしい。何よりのことだった。



「お主が直ぐに追いかけて来ぬものじゃから、小娘、拗ねておったぞ」

「す、拗ねてなんかないわよ! なに言ってんのよ! あんたのことなんて、なんとも思ってないんだから!」



 だから、なぜ矛先をこちらに向けるのか。あとロリ姫、あんたも煽るな。



「まあ、とりあえず飯を食え」



 ベンチに皿を置く。盛られているのは、そばモドキだ。

 あいかわらず、名前を覚えられていない。何度名前を聞いても、もとの世界の名前で上書きされてしまうのだ。なんだか年寄りみたいだ。



「あ、ありがと。せっかくだからいただくわ」



 ぷい、とそっぽを向きながら、そばモドキに箸をつけるツンデレ。

 妙にかわいい。

 と、いきなり、ツンデレがふき出した。



「あ、あ、あんた! いきなりなに言ってんのよ!?」



 口に出していたらしい。いい加減この思考だだもれ状態どうにかしないと痛い目に遭いそうだ。



「わ、わ、わたしのこと、か、かわい、い、い、い、い――!?」

「落ち着け」



 目の焦点あってないし。顔真っ赤だし。テンパリすぎだし。



「あ、あ、あんたがいきなりそんなこと!?」

「だから落ち着け」

「そうじゃぞ。第一妾から言わせてもらえば、“かわいい”など褒め言葉の内に入らんぞ。やはり淑女たるもの、美しいや麗しい――は、小娘には早いの。せめて可憐くらいには形容されんと」



 ドリルは黙ってろ。

 まあツンデレの耳には、まるで入ってないっぽいけど。

 どうしたものか、と、視線をさまよわせる。

 ふいに、窓の外に不可思議なものが目にはいった。



「あれは」



 思わず、声を漏らす。

 竜だ。

 竜が、飛んでいる。

 白い竜。瞳は、青い宝玉のようだ。

 その姿は、どこか記憶を刺激するものだった。もとの世界で、見たおぼえのあるような気がする。



「あの、竜って……」



 ツンデレも、ため息を漏らした。だが、それ以上の言葉は、出てこない。

 気持ちは、わかる。

 優美な翼を広げ、天に舞う白竜。その荘厳な光景には、言葉を失うしかない。

 視界から消えていく白竜を見送りながら、自然、ため息が漏れる。

 どうやら。

 とんでもないものを、この世界に持ち込んだ者がいるらしかった。






[2186] Greed Island Cross-Another Word 06
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:7641b9ca
Date: 2008/04/18 01:47

 さて、ぶん殴って除霊するという方式は、依頼人の信頼を得るのに適していないのでは、と気づきはじめた今日この頃である。

 やっぱり依頼人や呪われた品物を殴って終わりじゃ一般人から見れば説得力に欠けるのだろう。報酬が後払いになることも、多々ある。

 今回の依頼人も、その類だった。



「いや、あれ以来悪夢にうなされる事もなくなりましてな。いや、感謝にたえません」



 依頼人は、当初とはうってかわって上機嫌だ。

 まあ、ぶん殴られていい顔していられる人間も、希少だろうが。

 最近のツンデレは腕を上げたのか、以前のように品物まで殴り壊すようなこともない。

 いいことだ。弁償しなくてもよくなったし。今回の依頼人も痣で済んだし。

 そう言えば、最近ふたりとも、“凝”が上手くなった気がする。

 ロリ姫と話すために、四六時中“凝”をしているせいかもしれない。そう思えば、ロリ姫の存在も、なかなかいい影響を及ぼしていると、いえなくもない。



「それはそうと、以前、呪いのゲームを気にかけておられましたな。あれからわしも調べて見たのですが、ちょうど知人が所有しているということです。腕のいいハンターを求めておりましてな。差し支えなければ、紹介させてもらって、構いませんかな?」



 依頼人の言葉に、思わず、ツンデレと目を合わせた。

 待ちに待った情報だった。









 グリードアイランドの所有者と思しき、依頼人の知人は、隣国の島国に住んでいるらしい。

 この季節、気流の関係で飛行船は大きく迂路をとる。それよりも、ここからなら船のほうが早い。

 そう聞いて、港を訪れた。

 定期便が出ているので、それに乗ればいい、と、思っていたのだが。



「ねえ、あれ、借りない?」



 ツンデレが、そんなことを言いだした。

 指をさしたのは、大型のクルーザーである。

 また無駄遣いを。

 とは、言えなかった。

 ツンデレ、なんだか目がきらきらしている。ついでにロリ姫も。



「乗るのか? 在れに乗れるのか?」



 さすがに。反対などできなかった。

 反対すればよかった。と、後悔するのは、すこし後の話。このときは俺も、楽しそうだと、思ってしまった。









 空の色はまだ淡い。とはいうものの、地域柄、気温は意外に高い。

 航海を楽しむには、うってつけだった。

 潮のかおりを楽しみながら、空を仰ぐツンデレ。それに対して、釣竿を器用に巻きつけ、釣りをしているその髪――というかロリ姫。そんな奇妙な絵面だった。

 どうでもいいが、船を止めない限り、ろくに釣れないと思うのだが。

 と、思っていたら、なんか釣れた。

 アルミボート。

 大物だった。よく糸が切れなかったものだ。かわりにツンデレが海に落ちたが。

 ツンデレ。濡れた体で縛られるのは反則だと思います。



 ――と、そんな風に航海を楽しんでいたのが三時間ほど前のこと。



 吹きすさぶ風。横殴りの雨。甲板をなぎ払う高波。

 現在、目下嵐に遭遇中である。

 むろん、素人の俺やツンデレは、どうしていいのか分からない。まったく、どうして船員をいっしょに雇わなかったのか。

 いまさら言っても仕方ないけど。というか、リアルに命の危機だ。

 激しく左右に揺られながら、舵だけは離さない。操舵をミスったら本気でヤバイ。



「ツンデレ! 次の波は!?」

「えーと、左から、おっきなのが来た!」



 大きく左に舵を取る。

 波に船首を向けて、耐える。

 素人知識では、そのくらいしか対処できない。

 と、船が、大きく揺れる。衝撃が、船全体に響いた。続いて、船底を引きずる音。



 しくじった!



「なんなの!?」

「ぶつかった! 多分、座礁した!」

「どういうこと!?」

「沈むってことだ!」



 言ってるあいだに船が傾いてきた。

 本格的にヤバイ。船から放り出されたら、この波だ。到底助からない。



「ツンデレ! 外だ!」

「この波で?」

「仕方ない! このままじゃ本気でヤバイ!」



 言いながら、船尾に出る。

 あった。

 勿体ないからと、船尾に括りつけておいたアルミボートは、まだ存在していた。波にさらわれなかったのは幸いだ。



「ツンデレ! 乗りこめ!」



 ロープを解いてボートに乗り込む。。

 倒れ込むように、ツンデレがはいってきた。



「ロリ姫! ボートから吹き飛ばされないように、頼む!」

「任せるがよい!」



 言うや、ツンデレの髪が伸びてきて、俺とツンデレの体をボートに縛り付ける。うん。これなら、心配ない。

 やけに密着しているのが、気にはなるが。



「なにをする気!?」



 なにをするもなにも、この状況でやることはひとつだろう。

 これほど巨大な物に使うのは、さすがに初めてだけど。命がかかってるんだ。やるしかない。

 可能性は低いと思うけど。願わくば、ボートの所有者が海で死んでませんように。



「いくぞ! つかまってろよ!」



 返し屋センドバッカーを発動。続けざまに加速放題レールガン発動!



 異様な加速感とともに、ボートは、嵐の海へ飛び出した。

 ツンデレの悲鳴と、ロリ姫の歓声が、かなり長いあいだ耳に響いていた。

 一時間近くも飛び続けていたろうか。ようやく陸が見えてきた。

 すでに嵐も過ぎ去っており、海は平穏そのものだ。

 もう、問題ない。

 念能力を解除する。すさまじい水しぶきを上げながら、ボートは着水した。

 人心地ついて。

 ふいに、眩暈がした。オーラを使いすぎたらしい。



「だいじょうぶ?」

「いや、けっこうきつい。ツンデレ、あと、頼む」



 言い置いて、そのまま目を閉じた。

 さすがに、疲労の限界らしい。意識は、速やかに闇に落ちていった。









 何か、ふにふにした感触を、後頭部に感じた。

 はて、これは何の感触だろう。薄目を開ける。

 ツンデレの顔と、それを邪魔するようなふくらみがふたつ、並んでいた。

 絶景だった。

 どうやら、膝枕をされていたらしい。

 さて、ここで、ふたつの選択肢がある。

 すなわち、このまま寝たふりをしてこの絶景を楽しむか、それともうなされたふりをして頭をこすりつけたりして、反応を楽しむか。



「起きなさい」



 手刀が降ってきた。

 声に出していたのだろうか。



「もう、着いたのか?」



 尋ねながら、半身を起こす。

 そこは、何の変哲もない海岸で。



「動くな!」



 なぜか、銃を持った男たちに半包囲されていた。

 えーと。

 なんだこの状況。

 ツンデレを見る。わからない、というように、ツンデレは首を振った。

 その動きさえ、男たちを刺激したようだ。幾人かの銃口が揺れた。

 見たところ、素人くさい。少なくとも、平時銃を持つことに親しんでいるようには見えない。



「お前たち、何者だ」



 誰何の声をあげた男は、一団のリーダー格らしかった。

 彼だけは例外のようだ。身のこなしからして違う。中背の、体から脂肪をことごとく削ぎ落としたような痩せた顔立ちだ。目つきは鷹のように鋭く、硝煙の匂いすらただよってくるようだ。

 にもかかわらず一団から浮いた感じがしないのは、彼らからよほど信頼を受けているということか。



「ゴーストハンターのアズマとツンデレだ。航海の途中、嵐に遭って、ボートでここまで流されてきたんだ」

「名前……」



 素直に話したほうがよさそうだようだ。

 そう判断して、事実を述べる。なぜか、ツンデレは不服そうだったが。



「プロハンター、か?」



 その問いを肯定し、ハンターライセンスを見せた。



「なんなら、ハンターサイトにアクセスできるか、確認してもらっても構わないけど」



 俺の提案に、男は首を横に振った。



「いや。悪いが、ここには電脳ネットにつなげる施設は一切無い」



 どうやら、よほど田舎らしい。

 座標を聞くと、目的の国からそう遠くはないようだった。



「ふむ。ひょっとしてちょうどいいかも知れないな……仕事を、引き受ける気はないか?」



 唐突に。男は、そんなことを言ってきた。

 周りの男たちは、不安そうな瞳を彼に送っている。



「仕事?」

「ああ。仕事だ」



 リーダー格の男――レントンは、語った。

 数ヶ月前、このあたりをぶらりと訪れた男がいた。

 男は村人を集めて、言った。

 今日から自分がここの支配者であると。月に一度、生贄を捧げろと。

 むろん、そんな馬鹿な話、聞けるはずがない。

 だが、そう言った仲間は、一瞬にして殺された。男は悪魔のように強かった。

 為す術もなく、支配を受け入れるしかなかった。

 この村だけでない。この一帯を、男は恐怖で支配している。

 自分たちでは、太刀打ちできない。だから――レントンは言った。

 あの悪魔を、倒してくれと。

 義理はない。

 だが、放置してよいことでも、なさそうだった。

 ツンデレの顔を見る。

 同じ言葉が、顔に書いてあった。

 すなわち、俺たちが何とかしてやる、と。

 最後に、レントンは言った。



「気をつけてくれ。奴は、竜を操る」









 港からすこし北へ向かうと、内地は荒野に近い。

 少しばかりの緑と、むき出しの岩肌が大地を彩る全てだった。

 生贄の祭壇。

 レントンたちが、自嘲気味にそう言うテーブル状の大岩までは、まだはるかに遠い。

 歩きながら、考える。

 竜を操る念能力者。

 否応なしに、連想させられる。一度見た、あの白い竜の姿を。

 時期も合う。

 同胞かもしれない。断じるにはまだ早いが、もし竜というのがあれ・・ならば、間違いない。

 ツンデレは、まだ、あの竜と、この一件が結びついていないようだ。

 言っておくべきか。

 すこし、迷う。



「……ツンデっ!?」



 肩が弾けた。

 そうとしか思えない衝撃が、いきなり襲ってきた。

 なにが起こったか、わからない。

 遅れて、火薬の炸裂音。



 ――銃か!



 気づく。狙撃されたのだ。これだけはっきり音が遅れて聞こえてくるということは、相当離れたところからだ。

 弾道の方向には、岩山が台地のようになっている。多分、そのあたりからの狙撃。

 あたりには、なんの遮蔽物もない。ヤバイ!



「アズマ!?」



 ツンデレが悲鳴交じりの声をあげる。

 ヤバイ。

 このままじゃ殺される。

 どうする? 動く? 逃げる?



 ――いや。



 とっさにひらめく。



「ロリ姫! ドリルだ! 地面を掘れ!」

「――!? 応!」



 とっさの言葉を、ロリ姫は理解してくれた。

 ツンデレの髪が地面に突き刺さると、そのままそれがドリルの形に抜き出される。

 高速回転。金属音。

 瞬時に、二メートルほどの縦穴ができた。

 その中にもぐりこむ、と、同時。

 すぐそばの地面がはじけた。

 危ない。間一髪だ。

 息をつく。痛みはない。ただひたすらに、肩が灼熱している。

 自然、あぶら汗が出る。



「アズマ、だいじょうぶ?」



 心配そうに言ってくれるツンデレだが、今はあんまり気にしたくないのだけど。状態わかったら痛みまで思い出しそうだし。

 まあ、そうも言ってられないか。

 早いとこ処置したほうがいいに決まってる。



「ツンデレ、どうなってる?」

「え、と。どう言ったらいいのかな。傷自体はそんなに大きくないけど、けっこう深い感じ」



 うわ、聞いたら痛くなってきた。

 貫通していないようだから、弾丸は体内にあるのだろう。

 原作ではけっこう簡単に弾いてたのに。やっぱり実力の差か。中途半端な念の防御が恨めしい。

 とりあえず、服を破って血止めした。

 それ以上の処置は、ここでは望めない。

 状況は、依然最悪だ。

 俺たちは、ここを動きようがない。相手は、俺たちが出てくるのを、ただ待てばいいのだ。

 いや、敵が複数であれば、それを待つ必要もないかもしれない。

 くそ。悪いほうに考えがいっていしまう。



「ねえ、ドリルで掘って移動できない?」



 頭を悩ましていると、ツンデレがそう言ってきた。

 本気か。



「ツンデレ」

「なに?」

「ちょっとこの辺掘ってみろ。掘り過ぎないようにな」



 ツンデレは、ロリ姫に頼んでドリルで掘りだす。見る間に削られる地面。そして掘り返した土がうずたかく積み上げられる。



「……狭くなった」



 言われるまでもなく、激しく居住空間が圧迫されていた。

 すこし考えればわかるだろうに。

 掘り返した土のやり場がなければ、穴自体が埋まってしまう。掘り返すから、かさが増えるし。

 かといって土を外に放り出すにも限度がある。土を除けるために、危険を冒して外へ出るんじゃあ、本末転倒もいいところだ。

 どうする?

 くそ。肩の熱が頭にまで回ってきた。考えがぜんぜんまとまらない。

 肩の弾丸が邪魔でしょうがない。



 肩の弾丸?



「……ツンデレ。弾丸、摘出できるか?」

「え?」



 声が引いてるぞ。いや、けっこう無茶言ってるとは思うけど。

 と、思いついた。



「ロリ姫、すまんが、俺の肩に埋まってるものをドリル化して引き抜いてくれ」

「ふむ? 解った」



 ロリ姫は、首をかしげながらも、望みを実行してくれた。

 ツンデレの髪が、背中に伸びてくる。



「ぐぅっ!」



 髪が傷口にもぐっていく、異様な感触。堪えるが、髪が動くたび、肩の筋肉が、意思とは関係なく緊張する。

 痛覚神経が直接刺激されているようだ。暴力的な痛みに、頭が逆に冴えてくる。

 我慢しろ。痛みには慣れてるはずだろう。

 肉が、引き攣れる。それとともに、体の一部が引き抜かれる感覚。

 あぶら汗が、どっと出る。



「取れたぞ」



 手元に弾丸が落ちてくる。先端が細く尖った、ライフルの弾丸だ。

 血のりをぬぐって、る。

 ごく淡く、オーラが纏わりついていた。

 念能力者ではない。念能力による狙撃なら、もっと色濃く残っているはず。

 おそらく、熟練のプロの業。

 名工の作品にオーラが乗り移るように、入魂の狙撃が、このような痕跡を残したのだろう。

 だが、それが仇だ。



返し屋センドバッカー――加速放題レールガン!」



 念能力を発動する。

 すさまじい勢いで、弾丸は空にかき消えていった。

 相手に命中したことは、見えずともわかっていた。









 外に出て、狙撃が来ないことを確認すると、弾道を追って高台に向かった。

 そこで倒れていたのは、レントンだった。

 腹部から出血している。

 浅くない傷だが、致命傷は免れたようだ。



「なぜ、こんな事を?」

「……簡単な話だ」



 切迫した息づかいで、レントンは言う。



「お前たちは、体よく生贄にされたのだ。村のためにな」



 他人事のような、それでいて自分たちを嘲るような、レントンの口調だった。



「俺たちが、敵を倒せる、とは、思わなかったのか?」

「思えない。あの悪魔を見れば、そんな気持ち、かけらも起きない」

「下らぬ」



 ロリ姫が、言葉を落とす。



「気概の無い男じゃ。心が折れて居るわ。さぞや悪魔とやらも支配し易かったであろうよ」



 ロリ姫の言葉は、常人のレントンには届かない。

 仮に届いたとしても、やはりレントンは、なにも言わなかっただろう。



「頼みがある」



 レントンは言った。



「私を、祭壇まで運んでくれ」



 その言葉が意味することはひとつしかない。

 彼自身が、生贄になるつもりなのだろう。それが、後悔からか、それとも自分の命を見切ってのことかは分からないけれど。



「頼む」



 レントンは懇願する。その表情が、不意に、驚愕に変わった。

 それが何によるものか。視線を追って、すぐに気づいた。



「あ、アズマ」



 ツンデレが指をさす。

 雲ひとつない青空に、ぽつんと浮かぶ白い影。

 それは、紛れも無く、竜だった。

 青い瞳を持つ白竜。それが、こちらを向かって飛んできていた。

 見る間に迫ってくる白竜。その腹が見えた瞬間。白竜の姿がかき消えた。

 かわりに、地面に降り立ったのは、一人の男だった。

 少年と呼んで差し支えないほどの若さだ。腕に巻かれた機械と、何よりそのいでたちに、強烈な既視感を憶える。



「ふ、ふん」



 見下ろすように。少年は鼻を鳴らした。

 海馬瀬人。遊戯王の登場人物にして、青眼の白龍ブルーアイズホワイトドラゴンを駆る決闘者デュエリスト――そのものの姿だった。






[2186] Greed Island Cross-Another Word 07
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:2360a5ed
Date: 2008/04/19 22:17


 突然現れた、海馬瀬戸。

 意表を衝かれた。と、言えば、嘘になる。

 同胞ならば、他作品の能力を念能力として再現することもできる。外見に関しても、同様だ。だから、そんなことも出来るとは、考えていた。

 だが。やはり実際にこうして見ると、改めて驚かされる。



「貴様らか」



 海馬が、口を開いた。

 見下すような視線は、はっきりとこちらに向けられている。

 強い。

 相対して、はっきりとそれがわかる。威圧感も、身に纏うオーラも、桁違いだ。



「ふん。総オーラ量2200に2400か。クズ決闘者デュエリストが。まとめてかかって来い!」



 腕の決闘盤デュエルディスクからカードが引き抜き、海馬は斬るように手を振りおろす。

 オーラが、さらに膨れ上がった。



 来る!



“発”を警戒し、一歩さがる。

 おそらく敵の念能力は、あの、白い竜を出していたそれ。十中八九、カードゲームの遊戯王がらみ。



「オレのターン! 手札より仮面竜マスクド・ドラゴンを召喚!」



 海馬が、宣言する。それとともに、赤と白、二色に彩られた竜が現れた。

 やはり、遊戯王系。

 カードを具現化して戦わせるタイプ。おそらく制約は、ゲームのルールに則って戦うこと。

 なら、とるべき手段は、速攻。

 あの青眼の白龍ブルーアイズ・ホワイトドラゴンのような強力モンスターが出てくる前に、倒す。



「ツンデレ! 援護する!」



 ツンデレに視線を送る。

 だが。

 ツンデレの足は、動かない。

 貌に浮かぶのは、微細量の、困惑。

 そうか。ツンデレは、同胞に会うのは初めてだ。ましてや、それが、外道。

 どうすればいいか、わからないのだ。



「小娘! 恐れるでない!」



 ロリ姫が、ツンデレを叱咤した。



「例え相手が強大であろうと、あの外道を打ち破らねば後は無いのじゃぞ! 妾を、妾と、己の力を信じよ!」



 ロリ姫は、ツンデレの迷いを恐れと視た。それは、敵を同胞と知らぬがゆえ。

 だが。



「ロリ姫――わかったわ!」



 ツンデレの顔つきが変わった。面に浮かぶは覚悟。

 ロリ姫の言葉は、確実にツンデレの迷いを払った。

 ツインテールが、異音を立てて大地に突き刺さる。大地を抉り取り、髪の両房にドリルが装着された。

 モーター音を上げて高速回転するドリル。それをモンスターに向け。

 ツンデレが走る。

 オーラを集中したひと蹴りで距離をつぶし、両のドリルが、蹴り足を凌駕する速度で繰り出される。

 その一撃は、不可避の高速を以って仮面竜マスクド・ドラゴンを貫いた。

 霧散する仮面竜マスクド・ドラゴン

 だが、その光景に。海馬の顔色はすこしも変わらない。

 ただ、不敵に鼻を鳴らすのみ。



「墓地に送られたことにより、仮面竜マスクド・ドラゴンの効果が発動する! デッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスターを特殊召喚することができる! 出でよ、神竜ラグナロク!」



 宣言とともに。

 虚空より、白い蛇龍が、尾を打ち鳴らしながら出現した。



「さらに、オレのターン! 手札より、融合呪印生物-闇を召喚! このカードは、己と融合素材モンスターを生贄に捧げることで、闇属性の融合モンスター一体を特殊召喚することができる! 出でよ! 竜魔人キングドラグーン!」



 白い蛇龍と闇色の塊が溶け合って。出て来たのは、上半身が人型、下半身が龍のモンスターだった。

 サイズの威圧感も、先の仮面竜マスクド・ドラゴン以上だ。



「さらに、竜魔人キングドラグーンの効果発動! 1ターンに一度だけ、手札からドラゴン族モンスター一体を特殊召喚することができる! 出でよ! わが僕青眼ブルーアイズ!!」



 青眼の白龍ブルーアイズ・ホワイトドラゴンまでが、一瞬にして召喚された。

 手がつけられない。最悪の事態だ。

 敵は、むろん、このゲームに熟練しているがゆえ、このような念能力にしたのだろう。とはいえ、一瞬にしてこんな態勢を築かれるとは思いもしなかった。

 だが、負けられない。

 相手は、生贄を求めるような悪人なのだ。負ければ命はない。俺も、ツンデレも。

 思考をめぐらす。

 これはデュエルではない。念能力戦。ルールは絶対ではない。何か、搦め手があるはずだ。

 だが。



「ふ、どうした。貴様も竜を使うのではなかったか」



 海馬の一言で、根本的な勘違いに気づかされた。



「……あんたが、“竜使い”じゃないのか」



 その質問に。海馬の動きが止まった。

 そう。こいつは件の竜使いではなかったのだ。

 竜使いというイメージから、勝手に結び付けてしまっていただけ。

 海馬はしばし、こちらをうかがい。



「ふん、人違いか。ならば貴様らに用はない」



 そう言うと、構えを解いた。

 眼中にないとでも言うような、そんな調子だった。



「俺たちも、竜使いを倒しに来たんだ」



 あっさりと。きびすを返す海馬に、声をかける。



「それがどうした?」

「目的は同じなんだ。協力できないか?」



 相対して、実力を思い知らされた。協力できれば、これほど頼もしい相手はいない。

 だが。




「ふん。邪魔だ」



 海馬は歯牙にもかけなかった。

 足手まといだと断じられて、それでも、返す言葉がない。俺と海馬が立つ位置は、それほど離れていた。

 海馬を背に乗せて、白竜が翼をはためかす。

 風圧が、髪を吹き撫でる。

 そのまま。白竜は大空へ舞い上がっていった。



「――なんなの、あいつ!」



 ツンデレは飛び去る影に、言葉をぶつけた。腹立ちを隠せない様子だ。

 確かに、傍若無人な態度だった。

 だが。

 気にかかることがある。それを、質さずにはいられない。



「――ツンデレ、そいつを頼む。村まで送ってやってくれ」




 倒れているレントンを、ツンデレに頼んだ。

 処置が早ければ、助かるはずだ。



「ま、まってくれ」



 うめくように、レントンの口から声がもれた。

 意識は、存外しっかりしているらしい。



「私も、連れていってくれ。私が生贄に――」

「もう遅い」



 迷いなく、レントンの懇願を切り捨てた。

 レントンは竜使いの逆鱗に触れることを恐れているのだろう。だが、海馬が向かった以上、そんな段階は通り過ぎていると考えたほうがいい。

 すでに戦いは避けられない。

 海馬か、竜使いか。どちらが勝つにせよ、レントンが賭ける命は無駄にしかならないだろう。



「ツンデレ、頼む」

「アズマは?」



 ツンデレは心配そうに聞いてきた。決まっている。



「俺も、あいつを追いかける」









 生贄の祭壇。

 テーブル状の大岩である。その岩肌は、生贄の血が染みこんだように、赤茶けている。

 その上に、独り。海馬は立っていた。

 この場所を知っている。それで、わかった。自分の目が、正しかったと。



「――ふん。木っ端決闘者デュエリストが。何をしに来た」



 海馬は視線を虚空に据えたまま、視線もくれない。

 文字通り、眼中にないのだ。



「聞きたいことがあって来た」



 俺の言葉に、海馬は応じない。ただ、切り捨てるようすもなかった。



「あんたも、頼まれて来たんだろう」



 このあたり一帯は、竜使いに支配されている。領内にある村は、レントンの村だけではないだろう。

 だったら、海馬は、そのいずれかで、頼まれたのかもしれない。そう、思ったのだ。



「それがどうした」



 海馬は、否定はしなかった。

 それで充分。この男は、信頼できる。



「同胞、なんだろう?」



 その言葉に、初めて、海馬の眉が動いた。



「――ふん。同胞、か。虫唾が走る」



 はき捨てるような言葉だった。



「同じ境遇であっても、志が違えばそれを同胞と呼ぶことはない」



 海馬は強く、断じた。

 おのれが鴻鵠であり、他を燕雀と断ずることを疑わない。そんな口調だ。



「なら、同郷者と言い換えてもいい。そんなあんたが、なぜ、こんなところで人助けを?」



 俺の問いに。

 ふん、と、鼻を鳴らす。



「竜を使役つかう者がいると聞いた。それだけだ」



 海馬の視線は揺るがない。

 なぜ、竜使いを探すのか。聞こうとして口を開いた、そのとき。

 不意に、地が震えた。

 どうやら本命が現れたらしい。

 熱気に近い視線を感じて、そちらを振り向く。

 地響きを立てながら、遠くから迫ってくる五つの影。

 大型の爬虫類を思わせるフォルムは、しかし、はるかに巨大だ。

 肉食恐竜。

 もとの世界の言葉に当てはめれば、それだろう。

 竜使いではなく、恐竜使い。

 そういえば、こんなものが普通にいる世界だったか。それもまた、盲点だった。

 五匹の肉食恐竜は、体を左右に振りながら、この巨大な晩餐のテーブルを前に静止する。

 はるかに高くそびえる、五本の柱。

 そのひとつ。ひときわ巨大な恐竜の頭上に、人影が見えた。



「ふーむ。きょうは二匹か」



 でかい。縦にも、横にもだ。

 伸ばしっぱなしになったぼさぼさの髪に、獣皮の衣服。ナチュラルな筋肉が、異様なボリュームで全身を鎧っている。

 原始人。それを連想させる姿だ。

 しかし。

 その野太い声など耳に入らぬかのように、海馬は鼻を鳴らす。



「ふん。竜違いか――まあいい、ついでに掃除してやろう」

「なんだと?」



 信じられない言葉を聞いたかのように、竜使いの目が丸くなった。

 数瞬の間を置いて、その顔が、怒りで朱に染まる。



「エサが」



 竜使いが、口笛を吹く。

 それに従い、一頭の恐竜が、海馬に襲いかかった。

 速い。

 巨体からは考えられない俊敏さだ。

 だが、海馬はさらに速い。

 恐竜の顎を避け、飛び退りながら決闘盤デュエルディスクからカードを引き抜いた。



「――よかろう。貴様に真の竜というものを拝ませてやる!」



 デュエル、と、海馬は叫んだ。

 全身から吹き上がるように。オーラが放射される。

 あらためて見て、理解する。

 海馬を覆うオーラの強さの正体。

 それは覚悟。

 デュエルに、戦いに対する覚悟が、そして覚悟に殉ずる決意が、海馬を強くしているのだ。



「オレのターン! ドロー!」



 巨大な鎌を思わせる恐竜の鈎爪を避けながら、海馬は叫ぶ。



「マジックカード、未来融合-フューチャー・フュージョンを発動! 融合素材となるモンスターを墓地に送ることで、二ターン後に融合モンスターを特殊召喚する! オレは青眼の究極龍ブルーアイズ・アルティメットドラゴンを指定! デッキより青眼ブルーアイズ三体を墓地に送る!」



 さらに、口笛が鳴る。恐竜が二頭、あらたに向かってくる。



 まずい!



 思ったときには、もう手を出していた。

 念弾を二発、それぞれ恐竜の頭にぶち当てた。腐っても放出系、この程度の芸当はできる。

 恐竜が一瞬、ひるむ程度の威力だけど。



「ふん、よけいな事を」



 海馬の舌打ちが聞こえた。

 確かに、海馬の身のこなしを考えれば、余計なことだったかもしれない。だが、攻撃を避けるばかりの海馬を、見ていられなかったのだ。

 三度、口笛。

 竜の顎が、こちらにも向けられた。

 こんどは、はっきりと俺まで、敵と認識された。



「――さらに竜の鏡ドラゴンズ・ミラーを発動! 自分フィールド上または墓地から、融合素材となるモンスターを除外することによってドラゴン族融合モンスターを特殊召喚することができる! 出でよ究極龍! ブルーアイズ・アルティメットドラゴン!!」



 襲い来る恐竜をものともせず。

 海馬が、宣言する。

 現れたのは、青眼の三つ首竜。

 その威容に圧されるように、三匹の恐竜は動きを止めた。



「カードを一枚、セットして、ターンエンドだ!」



 海馬の前に、伏せられたカードが実体化する。



「おのれ、ひるむな! かかれっ!」



 竜使いが口笛を吹く。恐竜が襲いかかってくる。

 だが、おそらく。それも海馬の目論見のうち。



「リバースカードオープン! 聖なるバリア-ミラーフォース!!」



 海馬の前に、突如鏡が出現した。恐竜たちの動きは、止まらない。だが、その攻撃は、ことごとくおのれに跳ね返った。

 首筋から血を流して、あるいは、口蓋からよだれを撒き散らしながら恐竜たちは、みな、倒れていく。

 倒れる竜から竜使いが飛び降りてきた。

 四つんばいになって、着地する竜使い。そうやっていると、本当に野獣のようだった。



「おのれ!」



 怒りに我を失ったのか、とびかかってくる竜使い。

 海馬は、避けもしない。

 ただ。

 あいだに、究極龍の巨体が割り込んできた。

 その口蓋からは、白い吐息が漏れている。



「受けて滅びろ! アルティメットバースト!!」



 究極龍から放たれた滅びの吐息は、竜使いをかき消した。

 格が違う。

 そうとしか言いようがなかった。



「ふん」



 下らなそうに、海馬はカードを収める。究極龍の姿が、かき消えた。

 そのうしろ姿を見て。



「仲間に、なってくれないか」



 自然、口を開いていた。

 信頼に足る、行動だった。傲岸不遜ながら、そこに信念を感じた。

 だから、本当に、仲間になって欲しいと、願った。

 海馬は、振りかえってこない。



「貴様に、何が出来る?」



 背中越しに、そう言ってきた。



「オレが、貴様のような凡骨決闘者デュエリストに手を貸すメリットはなんだ」



 冷たい、だが、あまりにも正しい意見だった。

 俺たちと海馬の実力差では、どうやっても一方的な依存関係にしかならない。それでは海馬のほうには、手を組むメリットがない。

 普通なら、そうだ。だが、こちらには、切るべき札がある。



「グリードアイランドが、手にはいる」

「話にならんな」



 だが、それも、あっさりと切って捨てられた。



「たかがそんな物のために、なぜお荷物を抱えねばならん」



 初めて。振りかえりながら、海馬は見下すような視線を向けてくる。

 グリードアイランド。同胞にとって、最も得がたい物を、たかがそんな物と言う。

 傲慢ではない。実力に裏打ちされた、確かな自負だ。



「なら、ひとりだけでいい。俺の連れを、仲間にしてくれないか。もちろん、グリードアイランドは手配する」

「愚か者!!」



 大気の震えが頬を打った。

 それが怒声だと気づくのに、しばし時を要した。



決闘者デュエリストの風上にも置けぬクズめ! 仲間を預けるだと? よくもそんなことが言えたものだ! 恥を知れ!」



 言われて。

 自分が言った言葉の意味を悟った。

 自分はどうでもいいから、ツンデレだけでも。それは、だが、俺が決めていいことじゃない。ツンデレが、決めるべきこと。

 俺は、ツンデレの意思をないがしろにしていたのだ。

 俺が言ったことは、間違いなくツンデレに対する、ツンデレの信頼に対する裏切りでしかない。

 それを考えもしなかった俺こそ、傲慢だった。

 冷や汗がにじむ。

 頭など、とても上げられなかった。

 不快気に鼻を鳴らして。海馬が去っていく。

 その姿が消えて。空を仰ぐ。

 雲ひとつない大空は、ひたすらに、深い。



「――痛いなあ」



 天に、ため息する。

 わりと、ものごとえお楽観的に考える性質だし、能天気なほうだと思ってたけど。それだけに、海馬の罵言は堪えた。

 見逃しにしてきたものを、否応なしにつきつけられた。



「覚悟、決めなきゃな」



 拳を、握りこむ。

 纏うオーラは、あの男よりはるかに小さい。

 だが。



「アズマーっ!」



 遠くから、ツンデレが駆けてくるのが見えた。



 ――確かに、あんたと比べりゃクズだろうけどな。



 拳を、ツンデレに向ける。



「この細腕で、きっと守ってみせるさ」



 転がるように駆けてきながら、屈託のない顔で。ツンデレは笑っていた。






[2186] Greed Island Cross-Another Word 08
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:de4368c5
Date: 2008/04/23 21:35



 グリードアイランド。

 ジン・フリークスらによって開発された、ハンター専用のゲーム。

 そして、俺たちをこの世界へ誘った原因の、かたわれだ。

 世に出回るその数、わずかに百本。さらに、先行プレイヤーや、バッテラ氏の存在が、入手難度を跳ね上げている。

 おそらく、遊んでいるグリードアイランドの数は、十に満たない。

 そのうちの一本が、いま、俺たちの元にある。



「このゲームを、クリアして欲しい。さもなくば、それができる者に託して欲しい」



 それが、所有者の依頼だった。

 グリードアイランドを手に入れた彼は、親友のプロハンターにゲームを託した。友人は意気揚々とゲームの中に消えていき。

 つい先日、変わり果てた姿で還ってきた。

 友人の残した手記から、このゲームがどのようなものかを知った彼は、友人の最後の望み。グリードアイランドをクリアできる人物を、探していたのだ。

 報酬は、前渡し。グリードアイランドの所有権と、友人の手記。



「どうか、彼の手記を役立てて欲しい。そして、どうか、この人殺しのゲームを、打ち破って欲しい」



 依頼内容は、こちらの目的と、完全に合致している。望外の条件だった。

 だが。

 想像する。

 ツェズゲラをはじめとする、バッテラに雇われたハンターたち。

 ゲンスルーたち爆弾魔。

 それに、同胞たち。ことにシュウや海馬などの規格外。

 彼らに対抗し得る実力が、今の俺にあるか?

 答えは否。

 こちらに来て数ヵ月。試合を除いた実戦経験というのは、実は二桁にも上らない。

 自力以上に、圧倒的に経験が不足しているのだ。

 ことに、念能力戦。いまだ、自分の念能力のポテンシャルすら、ろくに把握していない。

 これでは、とてもグリードアイランドで生きていけない。

 自分が何を出来るか。どこまでやれるか。それを知ることこそ、先決。

 そこで、ふたたび天空闘技場を訪れることにしたのだ。

 手軽に念能力戦を経験できる場所など、限られている。ここで、少しでも経験値を底上げするしかない。

 二度目のチャレンジ。

 百八十階からのスタートだった。

 ツンデレは五十階から。無駄なく稼ぐつもりらしかった。ほんとにボディコン除霊師への道を走るつもりじゃないだろうな。









「さあ。二ヶ月前、無敗のまま突如、天空闘技場から姿を消したアズマ選手! いよいよ真価を発揮するのか!? ここまで三戦して三勝のルーキー、アギト選手との対戦です!!」

「おっしゃぁぁぁっ!!」



 わずか二日後。二百階クラスの初対戦は、空手スタイルの武道家が相手だった。

 どこの国だか知らないが、日の丸鉢巻に空手着。げじげじ眉毛の、暑苦しい男だ。 たぶん強化系。オーラ量はこちらがはるかに上。筋力は、おそらくあちらに分がある。

“練”を体得しているところを見ると、最低限の念の修行はこなしているらしい。

 実験にはもってこいだった。

 

「始め!」



 開始の合図。同時にアギトがダッシュをかけてくる。

 速い。

 予測より二割増し。

 だが、充分許容範囲内。相手のパンチも、充分視える。

 紙一重。

 相手の拳を躱す。そのまま真半身になり、鋭く、前へ踏み出す。

 入れ替わる刹那。アギトの肩に触れた。



 ――加速放題レールガン



 場外に吹き飛ばしてやるつもりで使った。

 が。

 発動しない。

 一瞬の隙に、アギトの体が捩れる。

 拙い!

 身を折る。頭上を裏拳が吹き過ぎていった。

 危ない。間一髪。

 後方に跳んで距離をとる。

 どうやら“練”のように、強いオーラを纏っている対象には発動できないらしい。



「うおおおっ!!」



 考える暇も与えてくれない。

 気合声とともに、アギトが迫りくる。正拳突きを体ごとぶつけてくるアギト。

 飛び越えるようにして躱した――瞬間。

 アギトの体が旋回する。

 考えるより早く、加速放題レールガンを発動。

 すさまじい加速。一瞬気が遠くなる。

 四肢を踏ん張るようにしてブレーキをかけ、リングの縁でやっと止まった。真横に飛んでたら、間違いなく場外だ。

 自分への加速は、加減が難しい。

 それにしても、正拳は囮か。見事に騙された。

 リング中央ではアギトが舌打ちしている。空中で死に体になった獲物を逃した悔しさからだろう。

 今度はこちらの番だ。

 指を、アギトに向ける。

 放出系の基本技。念弾。威力は念弾を収束することで、補う。常時“凝”に親しんでいた俺にうってつけの手段だ。

 大きさはピストルの弾丸ほど。威力は、それでも戸板を貫通する程度。

 上位者との戦いには、まだ使えないだろうが、こいつ相手なら、充分通用する。

 と、思っていた。



「きえええぇぃ!!」



 気合一声。放った念弾は、アギトの拳に弾き飛ばされた。

 気合声をあげた瞬間、オーラが膨れ上がっていた。なるほど。声でオーラを水増しする念能力か。攻防力移動もろくに出来ないのに、まさかそんな芸当ができるとは。



「そんな小手先の業、この俺には通用しないぜ!」



 拳を、こちらに向けてくるアギト。

 誘っているのなら、もう一度くれてやるか。

 指先に、オーラを集中する。

 親指以外の、四本の指に。

 それを見て、アギトの目が見開かれる。

 両目両耳。オーラを常に分散集中していれば、この程度の芸当も、出来るようになる。

 いまのところ、四つが限界だけど。

 心で引き金を引き、撃つ。

 並んで飛ぶ念弾。



「うおおおおおおおっ!!」



 アギトの声は、絶叫に近い。その分、膨れ上がるオーラも絶大。

 並び飛ぶ三つの念弾全てを弾き飛ばされた。

 三つ。

 四つ目は、いまだ、我が指の中。

 遅れて一発撃ってれば、たぶん当たったな。

 アギトが、気の抜けたような顔になる。戦意喪失か。

 じゃ、最後に実験だ。

 足にオーラを集中して、跳ぶ。

 わずか一歩で距離をつぶした。相手の懐の内。拳を振り下ろさんとする相手に、背を向ける態勢。

 そこから。



 ――加速放題レールガン



 止まったところから、体がもうひと伸び。ちょうど体当たりのかたちで、アギトにぶち当たった。

 六十キロ強の人間砲弾。

 為す術もなく、アギトは観客席まで吹っ飛んでいった。見れば、目を回している。



「アギト選手失神KOとみなし!! 勝者アズマ選手ーっ!!」



 まだ、いろいろと甘いとこあるな。

 癖のない格下相手でよかった。

 ま。接近戦のパワー不足も補えそうだし。こうやって経験を積んでいくしかないか。









「で、たった十日で十戦?」



 呆れたような、ツンデレの顔。



「あんた、馬鹿でしょ」



 なぜか、説教を喰らっていた。

 やっぱあれか。試合が終わったあと、自分の部屋でぶっ倒れてたところを見つかったのが悪かったのか。

 まあ、確かに。五戦を過ぎたくらいから体調おかしくなってきたし。体だるかったし。

 それでも、そんな状態で戦う、いいシミュレーションになるかな、とか思ってたんだけど。

 最後なんてギリッギリの判定勝ちだったしな。

 念能力戦ってのは、やっぱり消耗するみたいだ。



「まあ、何とか無事にこなせたんだから、いいじゃないか」

「よくないわよ! 部屋行ったらいきなりあんた倒れてて。心臓止まるかと思ったわよ!」



 やっぱりそれが拙かったらしい。



「ま、しばらくは回復を待つさ。次はフロアマスターだしな」



 そう言うと、呆れたような顔をされた。

 その気持ちも、わからなくはない。

 だが、フロアマスタークラスなら、間違いなく念能力者としても一流だ。仮想ゲンスルーとまではいかなくても、仮想ビノールトくらいには、なるだろう。

 グリードアイランドに入る前に一度、それクラスの相手と戦っておきたかったのだ。



「無茶しないでよ」



 と、言われても。こっちはどれだけ無茶できるか知りたいんだけどな。

 まあ、怒られそうだから言わないでおこう。

 うっかり口にも出さないぞ、と。



「ツンデレ、明日あたり、外出ないか?」



 ふと、思いついて口にする。



「え?」



 ツンデレの口が、ぽかんと開いた。そんなに意外なんだろうか。



「ここのところ戦い詰めだったからな。休みがてら、久しぶりに遊ぼうか」

「え、それってでー」

「小娘、顔が真っ赤じゃぞ?」



 ツンデレが、凍った。

 ロリ姫、いまお前よけいな事言ったっぽいぞ。



「う、うるさいわね。勘違いしないでよね。仕方がないからつきあってあげるだけなんだからね!」



 なぜ矛先がロリ姫でなく俺に向かうのか。まあ、見事にツンデレだった。









 翌日。街まで出て、買い物することになった。特に必要なものがあるわけではないが、見て回るだけでも、楽しいものだ。

 ツンデレは上機嫌だ。

 しかし、たまに髪が不自然に動くのは、どうにかならないものだろうか。

 今日のところは省エネモードで、ロリ姫の姿も見えない。

 ツンデレが、たまに空中に向かって喋っている姿が、妙に痛々しい。

 そうか。一般人から見たら、こんなにイタい光景だったのか。今後人目は気にしよう。

 と。そんな感じで街中をぶらついていると、知った顔を見つけた。

 ぼさぼさの金髪。引き締まった眉。目だけが、妙に冷たい。天空闘技場で出合った同胞、シュウだった。確か、今はフロアマスターになっているはずだ。

 思わず目で追ううち、シュウは脇道に入っていく。

 何かあったのだろうか。妙に怖い顔つきだった。

 しばし考えて。



「――ツンデレ、向こうへ行くぞ」



 後をつけることにした。

 シュウに気づかれないよう、慎重に追う。道が、どんどん細く、寂びれていく。

 いったいどこへ向かっているのだろうか。



「ねえ、さっきから、なんか人通り寂しいんだけど」



 ツンデレが、不安と期待の入り混じった妙な顔で、尋ねてきた。

 そういえば、ろくに説明してる暇もなかった。

 まあ、決して楽しいことにはならないと思うけど。



「――おい」



 唐突に、シュウは足を止めた。

 慌てて自販機の影に隠れ――棒立ちでいたツンデレの手を引っぱる。

 文句は、口を塞いで封殺。

 よし、おとなしくなった。



「そこにいる奴。ウザイんだけど。出て来いよ。こっちはイラついてんだ」



 妙にざらついた、シュウの声だった。

 おとなしく出て行くか。

 足を踏み出しかけて。



「――ひぇひぇ」



 どこからか聞こえてきた笑い声に、踏みとどまった。



「この俺様の気配に気づくとは大ぃしたもんだ」



 いきなり。地面から染み出すように、男が現れた。

 隠れていたとか、そんなレベルじゃない。間違いなく、いなかった。



「五月蝿い。ウザイ。いま急いでんだよ」



 シュウのオーラが跳ね上がる。

 凄い。同胞とは思えないオーラ量。あの海馬に迫る勢いだ。



「とっとと消えろ! 正義の拳ジャスティスフィストぉ!!」



 速い。

 言葉と同時に、拳はすでに男の体を貫いていた。

 すさまじいオーラ。すさまじい威力。あれがシュウの必殺技か。

 だが。

 体を貫かれたまま、男の口が三日月を形作った。

 死んでいない――血が出ていない。

 念能力!



「ひぇひぇ。体を液体と化ぁす念能力、上善如水ミズガミ



 男は、言った。

 同時に、男の輪郭が崩れた。透明なシーツをかぶせたように、シュウの腕からぶら下がる液状のものは、とても人間とは思えない。



「このジェルにぃ、打撃はぁ効かんよ」



 大蛇のように。シュウの腕を、液状のものが巻き登っていく。



「そう」



 シュウが、腕を振るった。

 いや、見えたのは腕を振り上げたところと振り下ろしたところ。

 まるで瞬間移動のようだった。

 その勢いに、液体と化した男――ジェルは、吹き飛ばされて壁のシミと化した。

 だが。

 巻き戻しのように、壁からジェルが染み出てくる。ダメージは、皆無。

 拙い。

 こいつ、シュウとは相性最悪だ。



「ひぇひぇ。お前の相棒もぉ、レイズにぃ焼き殺されているころだ。おとなしく観念するがぁいい」



 その言葉に、シュウの顔が蒼白になる。

 恐れではない。怒りによって。



「あいつに指一本触れてみろ」



 シュウのオーラが、さらに跳ね上がった。



「お前ら全員、どんな手を使っても。ぶち殺してやる」



 殺気が固形化したようなオーラだ。

 おそらく。どれほど修行しようと、これほどの殺気を纏うことはできない。

 もう少し見ていたい。

 その誘惑を振り払い、足を踏み出す。

 同じように、ツンデレが並ぶ。事情は理解できなくとも、この状況で、黙っていられるわけがない。髪の毛も、激しくドリルだ。



「行け!」



 おもいきり、声を投げかけた。



「あんたは」



 俺の顔を覚えていたらしい。シュウの片眉が跳ね上がる。



「急いでるんだろう? 行けよ。こいつは俺らに任せて」



 シュウは、しばらく俺とジェルを見比べる。

 数瞬。だが、その間に彼はどれほどの思考をめぐらせたのか。



「済まない」



 迷いを振りきった面持ちで、シュウは駆けていった。

 それを見送って。



「ひぇひぇ」



 くるりと。ジェルの顔がこちらに回る。



「いいのかぁ。あの男がいればぁ、あるいは勝機はぁあったかもしれねぇぜ?」

「いいに決まってるさ」



自然、口の端がつりあがる。

 確かに。

 ジェルの実力は、俺より上。加えて体調は、平時の三十パーセントって所だ。

 だが、それでも。

 俺とツンデレが組めば、勝てない相手じゃない。

 なあ、と、ツンデレに視線を送る。目が合った。以心伝心。それだけで、作戦が伝わる。



 ――いまの人のこと、あとでちゃんと教えてもらうから。



 余計なことまで、伝わってきた。

 ともあれ。

 自販機のそばに設置されている空き缶入れを引っつかむ。

 

 ――加速放題レールガン



 中身の空き缶を、まとめて加速。

 手加減なし。高速で打ち出される空き缶の群れ。範囲威力とも、申し分ない。

 空き缶のつるべ打ちに、液体人間はふたたび壁に張り付いた。



「ひぇひぇ。俺様にぃ打撃はぁきかねえよ」



 ジェルの、余裕の笑みを覆い隠すように。

 二房の髪が、宙を踊る。

 ツンデレだ。

 オーラが、白い。相手のオーラを粉砕する、ツンデレの拳が、液状の体を、確かに打った。

 一瞬。ジェルの肌が、生身の質感に戻る。

 それに重ねるように。寸分たがわぬ場所に念弾を打ち込んだ。



「ぎいいぃぃ!?」



 金属をこすり合わせたような悲鳴が、上がった。

 威力自体はさほどでもないはずだが、ジェルは痛みにのた打ち回っている。

 ひょっとして、痛みに慣れていないのか。



「いてぇ、いてぇよぅ!」



 のたうち回るジェルの体が、地面に染みこんでいく。

 念弾を打ち込んだが、遅かった。あとには、染みひとつ残っていない。



「畜生ぅ。お前らぁ絶対殺してやるからなぁ」



 声だけが、響いてくる。

 さすがに、手の出しようがない。やがて気配も、消えた。

 思わず、ため息を吐く。



「なんだったの? あれ」

「わからん」



 聞いてくるツンデレだが、答えようがない。

 いったい何者なのだろうか。確かなのはシュウと敵対しているということだけだ。

 そして俺たちとも。

 なんだか厄介事を背負ってしまった気がする。



「まあ、今日のところはもう出ないだろうさ。行こうか、ツンデレ」



 きびすを返す。



「ちょ、いったい何なのよ――待ってよアズマ! うるさいわよロリ姫!」



 ツンデレの声を背中で聞きながら。

 考えていたのはシュウのことだった。

 あいつは、強い。肉体からだも、精神こころも。

 何より、あの殺気。



 ――試してみたい。



 自分が、あいつを相手に、どこまでやれるのか。

 あいつらに、どこまで迫れるのか。

 掌が、妙に湿っている。

 知らず、拳を握りこんでいた。






[2186] Greed Island Cross-Another Word 09
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:f3812fbc
Date: 2008/04/26 23:46



 シュウ。家名不詳。流派不詳。

 およそ三ヶ月前、天空闘技場に現れ、二ヵ月足らずでフロアマスターの座を手にした天才格闘家。

 年齢は十代半ば。現フロアマスターの中でも、とび抜けて若い。

 二百階クラスの闘士に必ずといっていいほど付随する、魔術的な技術は、これといって見られない。だが、身体能力は頭抜けており、来期バトルオリンピアでも注目のひとりであるのは間違いない。

 これがシュウの、天空闘技場における評価である。

 だが、見る者が見れば、また評価は違う。



「化け物だ」



 それが二百階クラスからの十二戦、すべての記録映像に目を通した感想である。

 勝った十一戦すべて、三分以内に決着をつけている。しかもすべて相手の念能力を引き出してのことだ。

 そのうえ戦うたびに強くなる。

 初戦とフロアマスター戦では、あきらかにオーラ量が違った。



「うわ、容赦ない。あれって同胞じゃないの?」



 ツンデレが見ているのは六戦目の映像だ。

 卍解とか叫んでる男に、容赦なく必殺技をたたきこんでいる。

 剣ごとぶっ潰しやがった。鬼だ。



「お主……妾の仲間入りを果たすやも知れぬな」



 ロリ姫。素直に言いすぎだ。あと嬉しそうに言うな。

 なまじ現実味があるから笑えないって。



「ねえ、本当に……するの?」



 ツンデレが不安になるのもわかる。

 強い上に、弱点が見当たらない。少なくとも闘技場という限られた空間では、シュウのような正統派はべらぼうに強い。

 何とかできるとすれば、念能力の相性。シュウ自身を操る操作系、もしくはシュウを弱体化ないし無力化する手段を付加した具現化系の念能力。ついでにシュウ以上の強化系か。すべて俺とは無縁のものだ。

 いや。弱点も、なくはない。実際、シュウは二百階クラスで一敗している。

 映像を、再生。



「なんだそりゃあっ!」

「ダウン、勝負あり! 勝者ユウ!」



 シュウが、唯一負けた試合。

 相手は、瞬間移動系の念能力者、ユウ。終始戦いを有利に進めていたシュウが、最後の最後で、もろ肌脱ぎになった彼女をみて硬直。ぶっ飛ばされるという、彼らしくない最後だった。

 女に不慣れなのだろうか。まあ、それを差し置いても、この一戦が、一番戦いになっている。

 もう一度巻き戻して――リモコンを取り上げられた。



「何じろじろ見てんのよ。いやらしい」



 いや、にらまれても困る。



「妬くな小娘。そこは知らぬ振りをしてやるのが女の度量と言うものじゃ」



 いや、だから肯定されても困る。それが見たいわけじゃないんだって。



「べ、別に妬いたりなんかっ! アズマのことなんてなんとも――」

「なんとも?」



 ロリ姫に凝視され、ツンデレは言葉に詰まった。顔が赤い。



「アズマのバカっ!!」



 枕が飛んできた。だから俺じゃないだろ。言ったのは。出ていかなくてもいいのに。

 それにしても。

 明日には、シュウと戦うのだ。そう思えば、震えがくる。

 逃げ場などない。自ら望んだことだ。

 やれることをやる。自分のすべてを出すだけだ。









「みなさま、お待たせしました! わずか十日でフロアマスターへの挑戦権を獲得いたしました鉄人、アズマ選手! いま天空闘技場の頂点、フロアマスターへと挑みます!」



 怒涛のような歓声が、降ってきた。

 中には黄色い声も混じっている。応援してくれる女の人も、けっこういるらしい。

 と、首筋がちりつく。殺気。観客席からだ。

 視線をめぐらす。

 ツンデレだった。むちゃくちゃにらんでる。怖ぇ。



「対するは、現在最年少のフロアマスター! バトルオリンピア優勝候補の一人と目されております、シュウ選手です!!」



 輪をかけたような歓声が降ってきた。黄色い声も、はるかに多い。

 人気あるんだな。シュウ。まったく眼中にないっぽいけど。

 自然体ながら、隙を見出しようがない。相対すると、改めてシュウの強さがわかる。

 審判が、開始を宣言する。

 シュウは動かない。



「一応、聞いておくけど」



 シュウが、口を開いた。瞳に宿る冷気が移ったような、冷たい口調だ。



「何で、わざわざ俺を選んだんだ?」



 シュウからすれば、当然の疑問だろう。

 同胞で格上。わざわざ相手にするなど、常識では考えられない。

 そう、これは暴挙。

 だが、俺は。



「足りないものを」



 想いを込め、拳を握りこむ。



「埋めるためだ」



 おもむろに。

 地面に拳を突き立てる。オーラを拳に集中した一撃は、石盤をたやすく破壊した。

 手ごろな破片を拾い――走る。

 加速放題レールガンは、命中精度が甘い。遠間から使うより、避けがたい近距離で使うほうが、より実戦的。

 間合いに踏み込む。

 シュウは動かない。

 いや、左の拳が、腰まで上がった。それだけで、砲身に弾が込められたと確信する。

 強烈な悪寒。



 ――左!



 とっさに身をひねる。

 鋭い風音とともに、拳が吹き抜けていった。

 速い。そのうえ威力も、間違いなくある。繰り出される拳を見てから動いては、間に合わない。

 見るべきは体の基点。初動を見逃さず、攻撃を予測するしかない。

 集中しろ。意識のすべてをシュウにつぎ込め。

 腰が捩れる。

 この動き。ローキック。

 ガード――無理だ。受けた足のほうがイカレる!

 地を蹴る。上に跳んで。

 その瞬間、失策を悟った。

 シュウの蹴り足が、つま先を掠めていく。

 その足が戻っていき。

 こちらは、まだ空中。地面が遠い。裸で大砲の前に立たされている気分だ。

 拳が、構えられる。



 ――加速放題レールガン



 シュウの姿が急速に遠のく。一気にリング際まで吹っ飛んだ。

 息が詰まりそうだ。ただの一合で、神経を根こそぎ削られたようだ。

 だが息をつく間もない。

 シュウが突っ込んできた。

 迎撃には一呼吸、いや半呼吸足りない。

 踵が沈んだ状態では回避は不可能だ。

 こうなれば方向なんておおよそでいい。



 ――加速放題レールガン



 全力で放つ加速放題レールガンは音を引き連れた飛ぶ。

 だが。

 直撃軌道から刹那の瞬間に、シュウは身をはずしている。

 とんでもねぇ。なんだいまの超反応。

 シュウが迫る。

 どこにも逃げ場はない。一瞬後には、どう動こうとあの大砲のような拳に捉えられている。

 なら――上!



 ――加速放題レールガン



 天地が逆になる。

 上に向けて落ちていくような感覚。

 頭上の大地にすべてを置き去りにして、天井に足をつけた。

 敵が、遠い。

 ひと呼吸。

 鋭く、より鋭く。集中を高める。

 足にオーラを集中して。

 思い切り、天井と言う名の大地を、蹴りつける。空中で半回転。シュウを狙った蹴りは、地面を貫く。

 轟音。

 石盤が舞い散る。

 避けられた。だがそれも、予測済み。

 舞い散る石盤から人の頭ほどの大きな破片を選択。加速放題レールガンを至近から放つ――つもりだった。

 直前までいた地点に、シュウの姿がない。

 どこだ――右!

 オーラを追って姿を見つける。すかさず加速放題レールガン

 石塊がシュウに突き刺さる光景が、確かに見えた。

 だが。

 止まらない。シュウの足が上がっていくさまが、スローモーションのように見える。

 だが、体が動かない。溶かしたアメの中を泳いでいるようだ。

 ガード。間に合わない。読め。オーラを集中してダメージを最小限にとどめるんだ。

 中段蹴りだ。オーラを左脇腹にかき集める。

 頭がぶれる。

 景色が吹っ飛んでいく。観客席が見る間に迫ってくる。とっさに加速放題レールガンで軌道修正。身をひねって、滑るように着地。

 わき腹に、鈍い痛みを感じた。肋骨が二、三本イってるらしい。

 一瞬、頭に喰らったと確信した。それほどの衝撃だった。

 凄い。

 あらためて思う。

 だが。



「ダウンアンドクリティカル! シュウ! 3ポイント!!」



 審判の宣言を聞き流しながら、リングに上がる。

 シュウは、油断なく構えている。

 間違いない。・・



「……何がだ」



 聞かれた。口に出していたらしい。



「俺が戦りたいのは、こんな・・・あんたじゃない……あんたにはもっと、殺気にまみれた、本当の姿があるはずだ」



 そう。いまのシュウには、闘気はあっても殺気がない。

 それじゃあ意味がない。俺が戦いたいのは、あの殺意の塊のような。修羅のようなシュウなのだ。



「本気を出してくれないなら、こっちにも考えがある」

「なんだ」



 シュウは問い返してくる。イラついたような口調だ。



「あんたの相方を、殺す」



 一瞬。

 シュウのオーラが一切消えて――爆発した。

 すさまじいオーラ。焼け付くような殺気。これだ。このシュウだ。



「上等だ」



 シュウが、口を開く。声色が、膨大な量の憤怒を思わせる。



「冗談でもそんな言葉、口にしたことを後悔させてやる」



 殺気に、微塵の揺れもない。

 間違いなく殺すつもりだ。

 なら、殺される前に――。

 ゾクゾクする。頭が痺れかえる。死の予感と殺意が、俺の壁を破壊した。確に、そう感じた。

 おもむろに石版を引っぺがす。



 ――加速放題レールガン



正義の拳ジャスティスフィストぉ!!」



 巨大質量による一撃は、一瞬にして破られた。石盤が粉微塵になった。

 まったく通用しない。だがそれでいい。

 正義の拳ジャスティスフィストさえ、使わせることができれば。

 正義の拳ジャスティスフィストは、気合か想いか。とにかくそういったものでオーラを上乗せする技だ。なら、必然的。攻撃自体も重くなる。ジャブや捨てパンチに、想いは乗らない。強度の調整が効かない。正義の拳ジャスティスフィストはそういう類の、文字通り必殺技だ。

 だから、隙もでかい。

 その隙を縫って懐に入る。

 シュウの体が迎撃に動く。

 対応してくるのはさすがだ。だが、やはり一瞬遅い。



 ――加速放題レールガン



 体ごとぶち当たる。

 六十キロ強の人間砲弾の直撃。さすがのシュウものけぞった。

 だが。

 体がきしむ。彼我のオーラ量の差が、攻防を一方的な結果に終わらせない。だが、ダメージは、向こうの方がはるかにでかいはず。

 シュウがたたらを踏んだ。

 違う。

 大きく重心を退げて無理やりバランスを取ったのか。

 蹴り。中段だ。意表を衝かれた。ガードするしかない。

 オーラを集中。これに耐えられれば、シュウにはあとに続く技はないはずだ。

 体が、ズレた。重い。あの体勢から放ったとは思えない。

 右腕が、意思とは関係なく垂れ下がる。折れていた。

 だが、耐えた報酬はでかい。シュウの腰は浮いている。動ける状態じゃない。



 ――加速放題レールガン



 オーラを集中し、頭から突っ込む。ガードするシュウの左腕を、確かに粉砕する感触。

 もろともに場外まで吹っ飛んだ。



「クリティカルアンドダウン! アズマ! 3ポイント!!」



 音が波うつ。脳が揺れたらしい。

 だけど、まだやれる。

 頭上を、何かが飛び超えた。

 シュウだ。口から血を吐いている。上手い具合に当たったらしい。



「上等だ」



 シュウの声が、揺れている。



「とことんまでやってやるよ」



  シュウの足が、揺れている。それがダメージによるものか、それとも視界が揺れているだけなのか。わからない。

 リングに上がる。

 シュウの拳が揺れている。それ以上に、俺は動けない。

 だが。

 左手にオーラを集中。



 ――加速放題レールガン

 

 拳だけを加速する。窮余の試み。それがカウンターとなってシュウを捉えた。

 肩が抜けた。当たり前だ。関節を無視した動きだ。

 シュウの腰が落ちる。

 違う。

 ローキック。避ける暇もない。右膝が砕かれた。

 構うものか。まだ戦える。

 足が死んでも加速放題レールガンがある。

 常時、加速放題レールガンで移動すればいい。攻撃も加速放題レールガン。脱臼した腕でも、この速度でオーラを集中して打ち抜けば、使える。

 まだ、いける。

 ほら、相手も崩れてきたじゃないか。

 やれる。やれるぞ。

 

 ――あ。



 気がつけば。敵の砲台の前に身をさらしていた。



正義のジャスティス――」



 いつの間に? 喰らいながら狙っていたのか?



「――フィスト!!」



 避け――られない。直撃。オーラの防御も、たいした防ぎにならない。意識の九割が、消し飛ばされた。致命的な感触。

 こ、の。





 ――加速、放題レールガン







[2186] Greed Island Cross-Another Word 10
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:2244027f
Date: 2008/04/29 20:47



 目が覚めると、病室にいた。消毒液の匂いが鼻に障る。

 まだ夢の中にいるような、茫洋とした感覚。

 ここは、どこだろう。見慣れない病室だ。

 体は微動だにできない。ギブスで全身を鎧のように固められていた。

 人工呼吸器のマスクに、息を吹きつける。それだけで、体が疼くように痛む。



「ふむ。目が覚めましたか」



 すぐそばから声が聞こえてきた。それでようやく、かたわらに人がいると気づいた。

 首もろくに動かせないので、横目で見る。

 雪のように真っ白になった髪を後ろに撫でつけた老人だ。刻まれたシワが、自然に笑い顔をつくっている。白衣姿で、医者だとわかる。



「ここは」

「病院ですよ。天空闘技場とは、目と鼻の先です」



 そう言うことか。

 思い出してきた。

 シュウと戦ったのだ。最後のほうは記憶が定かでないが、その結果がこれらしい。



「俺は、どれくらい寝ていたんです?」

「はて……一月とすこし、といったところですか」



 老人の答えに、言葉を失った。

 一ヵ月。

 それほどの間、意識が戻らなかったのか。



「あなたは、運がいい」



 ものを噛むように、ゆっくりと。老人の口調は、あくまでやわらかい。



「たまたま、先生がいらっしゃらなければ、命を落としていたところですよ」

「……先生?」



 尋ね返す。どうやら、命の恩人が別にいるらしかった。



「わたしの師匠です。死すべき定めのものすら、治す。死神デスハンターの異名を持つ神医です。名は、ヘンジャクと」



 老人の目が、シワだらけのまぶたに隠れる。



「その腕に惚れて、わたしも、年甲斐もなく弟子入りした次第でして」



 老人は七十ほどに見える。その師が、彼より若いにせよ、老いているにせよ、それほどの歳で人の下に着くことを決意できる。この老人もまた、尋常ではない。

 七十を超えて、まだ向上さきを求めるものが、非凡でないはずがなかった。

 ゆったりとした老人の言葉に合わせて、時間まで緩やかになっていく気がする。

 だが、それを破るように。引き戸が乱暴に開かれた。



「おう、じいさん。どうかね」



 言いながら、入ってきたのは女だった。

 年の頃は、さて、三十前か。白衣姿に、ろくに梳かしてもいないぼさぼさの髪を後ろでくくりつけている。目鼻立ちは、よく見れば相当に整っている。だが、まるで磨かれていない、原石そのままの容貌だ。多くの人間は、目を素通りさせることだろう。



「ああ、先生。いま目覚めたところですよ」



 老人は顔をくしゃりと折りたたんだ。どうやら、この女性が神医ヘンジャクであるらしい。

 意外だった。

 老人の年齢から見て、五十より下ではあるまいと、勝手に想像していただけに、ひときわ若く思える。



「それは重畳」



 潤いのない、乾いた声だ。それが自然であるだけに、胸にはりついたふたつの巨大なふくらみに、強烈な違和感を感じる。

 でかい。



「ヘンジャクだ。どうだ?」



 若き神医は、乱暴な笑みで話しかけてきた。



「え、あ。まあ、全身痛いです」

「阿呆か」



 素直に言ったところ、にべもなく言い下された。



「その体のことなぞ、お前さんよりよほど知ってる。でなけりゃ恥ずかしくて神医なんぞ謳っちゃいないさ」



 平然と口にした言葉に、自信があふれていた。なるほど、確かにこれは、雰囲気がある。



「じゃなくて、感想だよ。えらく熱心に胸を見てたろう?」



 ばれていた。何でもお見通しらしい。

 と言うか、感想なぞ求めないで欲しい。どう言えと?

 老人はと見れば、楽しそうに笑顔を浮かべている。他人事だと思って気楽なものだ。

 冷や汗が伝うのを感じながら、言葉を選んでいると。



「ア、ズマ?」



 開かれた扉の向こうから、耳慣れた声が聞こえてきた。

 ツンデレだ。

 そう思い、目をやって――後悔した。

 髪が、すこし伸びて、すこし、痩せている。心配をかけた――のは、あとで謝るとして。

 その右手に、尿瓶が握られていた。

 俺のか。

 たぶん間違いない。

 うわ、何でツンデレがやってんだよ。そこはナースに任せて欲しかった。



「アズマぁっ!!」



 ツンデレが駆け寄ってくる。

 とびついてくる姿が、スローモーションのように見え――って、これあからさまな死亡フラグ!



「きゅ!?」



 間一髪。ツンデレの体が、空中で静止する。ヘンジャクが首筋を掴んでいた。



「患者に触れるときはもっとやさしくやれ。また殺す気か」

「あ、す、すみません」



 ツンデレは、しょんぼりとうなだれる。

 あやうく、抱擁と引き換えに入院生活が伸びるところだった。

 ヘンジャクには、感謝の言葉もない。



「――で、胸を見た感想はどうかね」



 聞きたいならあんたがぶら下げてる、鬼の顔をしたヤツの誤解を解いてください。









 俺の療養生活を、一月ほど延長させたツンデレが退場させられたことは、さておき。



「俺は、全治何ヵ月くらいなんですか?」



 ヘンジャクに、尋ねた。

 すでに一ヵ月経っているはずだが、体を動かすたび、痛みが疼く。後どれくらい待てば、動けるようになるのか。



「肉体的には、百八十六日と三時間ってとこだな。安静にしてりゃあ誤差八時間以内で保障する」



 細かすぎる。はたして全治とは時間単位で計れるものなのだろうか。

 彼女の言を信じれば、約半年ほどか。長すぎる。



「まあ、右腕は単純骨折だ。四十日ほどでギブスは外れるさ」

「なぜ右腕」

「あんたくらいの歳で、我慢しっぱなしは辛いだろう?」



 黙れエロ医者。その動きやめろ。あんたはオヤジか。



「そういえば」



 ふと、気づく。



「肉体的には、ってことは、ほかにも何かあるんですか」



 言葉の含みからすると、そんな気がした。



「ん? もう気づいてると思ってたけどな」



 女医は、意外そうに首を傾ける。



「たとえば、これだ」



 彼女の左腕が、ゆっくりと上がる。

 なにか、得体の知れない圧力が感じられた。



死線の番人グリーンマイル。触れているあいだ、対象がどんな状態に陥いろうと、死なせない。おまえを救った能力だ」



 ヘンジャクは言った。俺の目には、なにも見えない。

“凝”を――するまでもない。気づいた。

 念能力者が、オーラが見えないなどということは、ありえない。見えないということは。



「念能力が、なくなった?」

「いや。なくなったって表現は、違うな」



 神医と呼ばれる女は、首を横に振る。



「いわゆる“絶”状態。命にかかわる重傷に、体が生命維持モードに入ってるわけだ」

「なら、体が治れば、念能力も使えるようになるんですか?」



 傷を癒すため、自動的に“絶”状態になっているのなら、必要なくなれば、自動的に“絶”は解けるのではないか。そう期待した。

 だが、ヘンジャクは首を横に振った。



「ブレーカーが落ちたようなもんだ。強制的に“絶”状態にするために、精孔が硬く閉じちまってる。それを開くのは、並大抵のことじゃあ無理だ。まず、自然に回復することはないと思ったほうがいい」



 血の気が引く音を、聞いた気がした。

 つまりは。念能力はおろか、オーラすら失ったままということか。

 それは、まずい。

 念がなければ、グリードアイランドに入ることすら、適わない。それだけは、絶対にだめだ。



「どうすればいいんです?」



 すがるような気分で尋ねた。

 むう、と、唸ったヘンジャクの口が、への字に引き結ばれる。



「難しいな。一から精孔を開くより、ずっと難しい。無理に“起こせ”ば、間違いなく体に障る。かと言ってまともな手段じゃあ、一生かかっても念を取り戻せやしないだろうよ」

「なにか、手段は?」



 この際、手段を問うわけにはいかない。最悪、無理やり“起こす”ことも、考えなくてはならない。

 その様子に気づいたのだろうか。ヘンジャクは、難しげに頭をかきだす。

 ふいに、彼女の方眉が跳ね上がった。



「ある種の薬草が、精孔を開く、補助的な役割を果たす――らしい」



 それは、直感だった。

 ヘンジャクは自信がなさそうに言ったが、それだ・・・と確信した。



「それは、どこに?」

「わからんな。わたしも小耳に挟んだ程度だ」



 動かない体で思わず身を起こしかけて、ヘンジャクの指一本で押さえられた。



「その気があるなら、知り合いに植物プラントハンターがいる。蛇の道は蛇だ。紹介してやるから、そいつを当たってみな」



 そう言って教えてくれた場所は、エイジアン大陸の中央部。世界有数の高峰を抱える山岳地帯だった。

 さらに、件のハンターのホームコードを俺に伝えて。



「ま、これでわたしの役目は終わりだな」



 彼女は、そう告げた。



「もう診てくれないんですか」



 彼女以上の医者は望めない。それでなくとも医者を代えることは嫌だった。

 俺を見て、ヘンジャクは笑った。色のない笑みだ。



「わたしが診るのは、わたししか治せない患者だけだよ。あとは普通の医者で事足りるさ」



 自信にあふれた言葉だった。この若さで神医と呼ばれるその腕と、才。だからこそ許される傲慢だ。

 そこまで言われては、引きとめる言葉がない。



「一月も同じ患者を診ていらしたのも、実は珍しいんですよ。普通なら、危険な状態を通り過ぎれば、ふいと去っていくような方なんです」



 老人が、横からにこやかに付け足した。



「植物状態で治ったと言えるかよ」



 ヘンジャクは、とたんに顔を背けた。照れているらしい。



「まあ、いいものを見せてくれたお礼だ」



 そっぽを向いたまま、彼女はつぶやいた。



「いいもの?」

「あの試合だ。あれは、凄かった」



 あの試合とは。

 シュウとの試合だ、と、思い至ったのは、しばし考えてからだった。



「そういえば、シュウは」

「あいにく、わたしの手にかかるような怪我じゃなかったさ。それでも、普通なら六ヵ月近くはかかるだろうがね」



 途中から記憶になかったけど、善戦ぐらいは、していられたのだろうか。

 怪我のほどを見ると、痛み分けらしい。



「たまたま試合を見に来ておりましてな。あなたが倒れるや、飛び出して行かれたのですよ」



 老人は、ほほえましげに顔をほころばす。



「ジジイ、黙ってろ。戦う男の筋肉にくが触りたくなっただけだ」



 照れ隠しだろうが、最悪だ。このエロ医者。



「エロ医者。最後に」

「お前、いま、なにかとんでもないこと言わなかったか?」

「さて、取り立てて変わったことを仰ったようには、聞こえませんでしたが」

「ジジイ……」



 エロ医者は、据わった目を老人に移した。

 この老人とは、なかなか気が合いそうだ。



「この怪我を、早く治せるような、そんな能力者がいたら、紹介してくれないか?」



 望むところはそれだった。六ヵ月では遅すぎる。それほどツンデレを待たせるわけにはいかない。



「勧めないぞ。体のことを考えるなら、じっくり治すほうがいい……と言っても、お前はもう、わたしの患者じゃないか」



 ヘンジャクは、あきらめたようにため息をついた。



「ジジイ。お前なら二週間でいけるだろう。今度はヨークシンだ。先に行ってるぞ」



 そう言うと、彼女は扉から出て行く。



「はいはい」



 老人は好々爺然とした笑いを浮かべた。この老人も念能力者だったのか。それすらわからないとは、不便極まりない。

 と、ひょこりと、エロ医者が扉から顔を覗かせた。



「よかったな。二週間だったら、なんとか我慢できるだろう?」



 さっさと行け、エロ医者め。






[2186] Greed Island Cross-Another Word 11
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:3e685b01
Date: 2008/05/19 01:11



 ゆらり、体が揺れた。

 と見えた、刹那。“アズマ”の体が、見えざる力に弾かれたように吹き飛ばされた。

 いや、飛んだのだ。不恰好ながら視線は相手をまっすぐ捉えているのがその証左。

 飛び来る“アズマ”を迎え撃つシュウ。その踏み込みに先んじて、アズマの拳が不自然に加速する。

 拳は、容易くシュウを捉える。その体がずれた事からも、威力のほどが想像できた。

 シュウが足を踏みしめたときには、すでに“アズマ”は居ない。

 かと思えば、あらぬほうから拳が降ってくる。

 上下左右に跳ね回りながら止むことのない“アズマ”の攻撃を、シュウはあきらかにもてあましていた。

 速い。

 いや、シュウですら避けられない超加速の連続発動は、間違いなく己を滅ぼす。

 速さではない。早さだ。

 攻撃をする上で当然経るべきあらゆる動作を省いた分、攻撃の出が異常に早いのだ。

 しかも予備動作も初動もないから、予測がきわめて困難なのだろう。シュウの苦戦が、それを如実にあらわしていた。

 それにしても。動きにまったく“ヒト”が感じられない。まるで壊れた操り人形のようだ。

 その動きに、思わず見入りかけ――いきなり画面が暗転した。

 真っ暗な画面に映っているのは、包帯だらけの自分と、リモコンを持ったツンデレだけだ。



「何で消すんだ」

「だって、このあとアズマがむちゃくちゃにやられるんだもん。見たくない」



 髪の毛とリモコンの取りあいをしながら、ツンデレは不機嫌そうに口を尖らせている。

 まあ、気持ちは、わからなくもない。

 この怪我の原因だしな。かなりグロい光景だったろう。あのエロ医者がいなかったら死んでたらしいし。



「こんなもの見てないで、おとなしくしててよ。まだ安静にしとかなきゃだめなんでしょ?」



 リモコンの電池を抜きながら、ツンデレはため息をついた。



「まあ、そうだけど」



 息を、掌に落とす。そこに見えるべきオーラものは、かけらも見えない。

 シュウとの闘いの後遺症だ。死亡寸前の極限状態に、体が強制的にオーラを絶ってしまった。目が覚めてから八日。エロ医者――神医ヘンジャクに弟子入りしているじいさんのおかげで、怪我自体は順調以上に回復し、腕のギブスも今朝外れた。だが、いまだ念能力は戻っていない。

 さっきからリモコンのボタンを連射しまくっている髪の毛の操り主も、当然見えない。

 会話もツンデレを通してしかできないので、ロリ姫はいささか不機嫌らしい。今日は、六ヶ所で髪の毛がロールを巻いていた。

 ツインテールから四本、頭頂部から枝分かれして二本。ツンデレが気にするそぶりもないのはあれか、ツッコミ待ちなのか。

 もし本当に気づいてないのだとしたら、素晴らしいと言わざるを得ない。

 と。もうそろそろ二時か。



「ツンデレ」

「あ、そろそろ時間? 先生呼んでくるね」



 ドリルどころかリモコンまで髪に装着したまま、ツンデレはばたばたと病室を飛びだしていった。

 言ったほうがよかったのだろうか。まあ、じいさんがツッコムだろうな。どちらにせよ怒りはこっちに向いてくるんだろうけど。

 じいさんの能力は、回復力を促進させる強化系の念能力だ。一瞬で再生するような強力な力ではない代わりに、体への負担も少なく、効果も、一度の施術で二十四時間持続する。おかげで一日一度の診療以外、退屈極まりないのだけど。

 ため息を落とし、窓ごしに外を見る。

 今晩は、降るな。

 青空をながめながら、なんとなくそんなことを思う。勘だけは、やけに冴えている。じいさんにも、催促したほうがいいかもしれない。









 目を開く。薄暗い病室の中、湿度の高い空気が鼻を撫でた。夕方から降りだした雨は、消灯の時刻を過ぎても降りつづいているらしい。

 リノリウム張りの床は、暗がりでもそれとわかるほど湿っている。

 眠れない。“絶”状態のせいか、神経がひどく研ぎ澄まされている。廊下を行く看護師の足音から、身長や体型、仕草まで、手に取るようにわかる。

 女性看護師の重たい足音が詰め所のほうに遠ざかっていくのを聞いて。

 ふいに。はるか遠くから、視線が絡みついてきた。

 視線を送る。緑豊かな広場をはさんだ向かいの棟の屋上。姿はないが、そこだ。

 ここ数日、ずっとあのあたりから視線を感じていた。

 いや。

 意識を尖らせる。先ほどの位置と、わずかにずれがあった。

 動いている。

 ごくゆっくりと、だが確実に、気配はこちらに近づいてきている。

 怖い。

 そう思う。

 正体の知れない何者かは、明確にこちらを狙っている。にもかかわらず、俺には対抗手段がない。念能力はおろか、ろくに身動きもとれないのだ。

 不意に、死の匂いを感じた。

 シュウとの戦いでは、感じられなかった。感じる暇もなかった代物が、真綿で閉めるように、心を締めつけてくる。

 湿った気配が、角を折れた。

 薄暗い廊下を、何者かがやってくる。

 足音はない。だが、いまの俺には、明確に知覚できる。地を這いずるように。あるいは滑るように。

 確かに、迫ってくる。

 助けは来ない。

 ツンデレは、近くのホテル。じいさんはどこにいるのか分からない。もとより、間に合うものではない。

 すでに、気配は間近。

 扉一枚隔てて、濃密な死の気配が漂ってくる。

 と、水音が聞こえた。見れば扉の下から、水が流れてきている。

 糸のように細く流れ込んできたそれは、見る間に水溜りを作っていく。

 いくら湿気が強いといっても、ありえない光景だ。

 ベッド脇に置かれた花瓶を手に取る。

 花と水を抜いて、投げる。

 水溜りは、花瓶を避けた。

 あまりの光景に、投げた手を下ろすのも忘れた。

 水溜りは、どんどん大きくなる。それが、通常ではありえない肉厚を持ちはじめたとき、ようやく――わかった。



「やぁっと、会えたなぁ」

 

 水溜りは、声を発した。その声音は、確かに、聞き覚えがあった。

 ジェル。シュウを追っていた、体を液体と化す念能力者だ。シュウを行かせるため、傷つけたことで恨みを買った相手でもある。

 水溜りが浮き上がり、人のかたちを取った。



「この日をぉまぁって、いたぞぅ」



 その全身から発せられる正体明白・・・・な圧力に、心臓を鷲づかみにされる。生ぬるい汗が、頬を伝う。

 極寒の地で全裸で凍えながら、なぜつらいのかわかっていない。

 たしか、ゴンたちに念を教えたウイングは、そう言ったことがある。

 ならば、いまの俺の状況は、こう言うべきだろう。



 極寒の地で全裸で凍えながら・・・・・・・・・・・・・どうしようもない・・・・・・・・



「ひぇひぇ、念も使えなぃそのざまでなにができるぅ?」



 おそらく、ここ数日の監視で、確信しているのだろう。そう言ってジェルは哂う。

 絶望的だった。

 いま、この瞬間にも、ジェルの伸ばした腕が、あるいは飛ばしたオーラが当たりでもしたら、俺は死ぬ。そして相手はそれを知悉している。

 だが、それでも。

 俺の目にはジェルと言う男が、矮小なものに映る。

 致命的な状況を作りながら、なぜすぐさま殺さないのか。

 なぜ、わざわざ声を出すのか。

 見たかったのだ。俺が怯えるさまを。復讐と言う名の美酒に酔いしれたかったのだろう。

 だが、念能力だけで優位に立った気になるなど甘すぎる。



 こっちだって――必死なのだ。



 無言で、スイッチを押す。

 刹那。喉を裏返すような声とともに、ジェルの体が跳ね上がった。海老のようにのけぞった液体人間は地面に頭を打ちつける。液体のものでない、重い音。念能力を行使できていない証拠だ。

 間髪入れずに手元のスイッチを押す。

 ジェルの体が跳ねた。

 じいさんのつて・・で借りてきた電気ショックの機械。あらかじめ床を濡らしておいたので効果は抜群だ。

 およそ生物なら、電気ショックに対して例外なく体を硬直させる。

 痺れる、と、俗に言う状態。特別な訓練を受けていない限り、その状況下で念能力の行使などできはしない。

 とはいえ、ものが医療用だ。最大電圧でも人体に対して致命的とは言いがたい。

 なら。死ぬまで電気ショックを与え続けるだけだ。

 内臓を裏返すようなジェルの声にも、ためらわない。ここで殺さなければ、俺が死ぬ。

 スイッチを押す。

 スイッチを押す。

 スイッチを押す。スイッチを押す。スイッチを押す。スイッチを押す。

 スイッチを――押す、前に。

 ジェルの手が、わずかに動いた。その瞬間。液体人間の姿は、かき消えた。

 仕留めそこなったか。

 手を、落とす。

 息を吐いたのは、単純に安堵からだけではなかった。

 消える寸前、ジェルは何かの紙を破いた。おそらく、第三者の念能力。ヤツには、仲間がいる。

 面倒なことになった、のは、ずっと前からだけど。



「祟るな、ありゃ」



 それが、実感だった。









 OTHER'S SIDE



 空気が、変わった。と、同時に、言う事を聞かなかった呼吸器が脳の要求に応え、酸素を取り込みだす。

 息もつかず貪欲に酸素をむさぼり続ける。

 喉に絡むような呼吸も、次第に落ち着いてくる。それに従い、玉のような汗があふれ出してきた。

 死の、数歩手前まで来ていた。

 ジェルは、それを実感していた。保険がなければ、この異邦の地で朽ち果てていたところだろう。



「なんだ」



 不意に、声が、ジェルの耳をくすぐった。

 

「しくじったのか」



 至極つまらなそうな声、ジェルの心に冷たいものが走る。



「念も使えない同胞一人殺すだけじゃなかったのか」



 薄暗い部屋の中、古びた椅子に座って。声の主は、ジェルを見下ろしていた。

 漆黒の髪に切れ長の目、目鼻立ちは鋭いものの、どこか茫洋としたものを感じさせる男だ。

 ミナミ。同胞の一人である。ジェルの仲間でもある。だが、たとえば炎使いのレイズや吸血鬼アモンなどからは、とかく見下ろされがちなジェルとは違い、仲間内でも独特の存在感を持っている。



「たっ、頼むぅ。レイズたちにはぁ言わないでくれぇ!」

「ま、いいけど。どうでも」



 ジェルの懇願にも、ミナミは無関心な返答しか返してこない。



「またやれば?」



 心底どうでもよさそうな声にも、ジェルは救われたように顔を輝かせた。



「こんどはぁしくじらない!」



 拳を握り締めるジェルの様子にも、感心がないらしい。目をくれる様子もなかった。

 ジェルは、これ幸いと、部屋を出て行く。

 だから、ミナミの最後の声を、彼は背中で聞いた。



「なかなか……素晴らしい」



 ジェルには、それが何に対する言葉なのか、わからなかった。







[2186] Greed Island Cross-Another Word 12
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:8544f1c3
Date: 2008/05/29 17:37



「こんなものを買ってみたんだけど」



 ジェルとの一件から数日。傷もほぼ癒えたある日の昼さがり。ツンデレが持ってきたのは、なにやら液晶のついた機械だった。



「なんだそれ」

「ロリ姫と喋れないの、不便だと思って。ハンター通販で買ったの」



 言いながら、ツンデレは機械をこちらに寄越してきた。なんだか妙に嬉しそうだ。



「オーラに反応して、その人の本音がわかるんだって」



 言われて、あらためて掌の上にあるものをながめる。

 薄型の携帯サイズで、液晶画面もほぼそれっぽい。体につけるためか、ゴム製のバンドがつけられている。

 やたらと軽いのが、安っぽさをいや増していた。

 念リンガル。機械にはそう書いてある。



 ――怪しい。



 目いっぱい怪しい。

 そもそも、なんだよハンター通販って。胡散臭すぎる。



「あ、疑ってる。この通販、けっこう使ってるけど面白いの多いよ。オーラ式全自動食器洗い機とか、念力式自動三輪車とか、超念能力合体グランネテロとか」



 しきりに面白さを強調するツンデレだが、疑ってるのはそこじゃないんだけど。

 どう考えても興味本位が先に立ってる気がするし。

 と言うか、並べられた名前のほうに興味がわくんだけど。



「まあ見ててよ。わたしが試してみるから」



 ツンデレはいそいそと二の腕に念リンガルをとりつける。

 こんな怪しげなもの、よく不用意につけるものだ。しかも嬉しそうに。



「これで、つけてる人がどう考えているか、文字にしてくれるらしいけど……どう?」



 いっしょに機械を覗きこむ。



“大好き”



 液晶には、そんな文字が出ていた。

 ツンデレは、見事に硬直した。



「――な、何でこんなものが出るのよ!」



 ツンデレは悲鳴を上げた。

 画面には、さらに文字があらわれる。



“大好き”



「嘘だからね! あんたのことなんて、なんとも思ってないんだから!」



“嘘。大好き”



「嘘だから、違うから、そんなこと思ってないんだからっ!!」



 なんだかやたらと無駄な動きをしながら、ツンデレは機械をベッドにたたきつけた。顔が真っ赤だ。

 面白すぎる。



「ま、まったく、あてにならない機械なんだから!」



 まあ、確かに眉唾なんだろうけど。

 お遊びの道具としては最高だ。

 まったく、どこの紙一重が作った素敵機械だ。



「まあ、ものはためしだ。ロリ姫にもつけてみたらどうだ?」

「そ、そうね、こんなのインチキもいいとこだけど、面白いかも」



 俺の提案に、ツンデレは機械を髪に巻きつけた。精一杯興味なさげに振舞っているものの、思い切り目が輝いている。



「どう?」



 機械を見せるように、ツンデレは頭を傾けてきた。

 そこに表示されている文字を見て。

 おもわず言葉を失った。



「どうしたの?」

 

 不思議そうに尋ねてくるツンデレの目の前に、機械を持っていく。

 ツンデレも、微妙な顔になった。

 髪の毛がさかんに動いてるところをみると、ロリ姫は見ていないらしい。いや、そもそもロリ姫この時代の文字、読めないのかもしれないけど。

 まあ、知らぬが花だ。

 念リンガルには、こんな文字が表示されていた。



“愚民ども、ひれ伏すがよい!”



 妙にそれっぽいのが、よけい性質悪かった。









 両の足で病室の床を踏みしめる。

 昨日まで感じていた、淡い疼きにも似た痛みすら、感じない。

 手を、握りしめる。

 痛みはない。

 軽く、ステップをふむ。

 痛みはない。

 強く、一歩を踏み出し、拳を繰りだす。

 やや腰が浮くのは、鈍っているからだとして。やはり、痛みは感じられない。

 目覚めてから、ぴたり二週間。エロ医者の見立てどおり、みごとに完治していた。



「これで、わたしもお役ごめんですな」



 そう言って、じいさんは微笑ましげに目を細めた。

 このじいさんにも、世話になった。この病院にも顔が効くらしく、いろいろ便宜をはかってもらったし、何よりこれほど早く退院できたのは、じいさんの念能力のおかげだ。



「じいさん、ありがとう」



 あらためて、じいさんに頭を下げる。



「いやいや。礼ならそれ、そこのお嬢さんに言ったほうがいいですよ。なにせ、意識が戻るまでずっとあなたのそばについてらしたのですから」



 ゆっくりとした口調でそう教えられ、ツンデレに向きなおる。

 ツンデレは、居心地が悪そうにして、視線を合わしてこない。



「ツンデレも、心配かけた」

「べ、べつに気にしないでよ! 死んだら寝覚めが悪いから面倒見てただけなんだから――だから拝むなっ!」



 ひさびさのツンデレ節に、思わず手を合わせてしまったのが悪かったのだろうか。ツンデレはへそを曲げてしまった。

 その髪の毛が左右に動き、しきりに自己主張している。



「ロリ姫にも、心配欠けて済まなかった」



 俺の言葉に、髪の一房が反り返った。胸をそらして鼻を鳴らすロリ姫の姿が、目に浮かぶようだ。

 その光景に、じいさんはひとつ頷いて見せた。



「では、気をつけて。次はただの知人として出会えるように。無事を祈っております」



 そんな感じで病院を後にして。

 まずは念能力を取り戻すため、エロ医者に紹介された植物プラントハンターに会わなくてはならない。

 飛行船で十日、そこから車に乗り換えて二日。植物プラントハンターを訪ねてたどり着いたのは山岳地帯の小さな町だった。

 空気が薄い、と感じるのは高地ゆえだろう。黄色い大地に、それを淡く彩る背の低い植物。版築造りの家が建ち並んでいる。

 その中の一軒に、求める人物はいた。



「ほう? ヘンジャクからの紹介、ね」



 浅黒い肌に、鋭い目が印象的な男だった。髪は黒々として肌に艶もあるが、年齢が読めない。外見は三十そこそこだが、声を聞くと、五十を超えているようにも思える。植物ハンター、ハーブは、そんな人間だった。



「当代のヘンジャクとは、そうさな、代替わりしたてのころに会ったっきりか。どうだ、元気だったか?」

「当代?」

「おっと」



 思わず問い返すと、ハーブは口の片方を吊り上げた。



「知らねえのか。ヘンジャクってのは、芸名みたいなもんだ。代々名前と知識を受け継いでいってるんだよ。確か当代は十何代目か、だったかな?」



 一子相伝なイメージだ。能のようなものか。



「芸事とか、武術みたいなもの、ですか?」

「あー。正確には、ちょっと違うな」



 ツンデレの問いに、ハーブは首をひねる。



「オレがはじめて会ったのは、先々代のヘンジャクだ。まだ十かそこらの小僧のころだ」



 言葉を捜しながら、ゆっくりとした調子で。ハーブは話しはじめる。



「そんときゃ、親父を治してもらったんだが、白いひげの、よいよいのじいさんだったな。
 で、五年ほどあとに、先代に会った。黒々としたひげの、まんまるい大男でよ、ぎょろっとした目をこちらに向けて、言ってきたわけだ。よう、あんときの坊主か。親父さんの調子はどうだい? いや、あんときゃ驚いた」

「……記憶まで、どうにかして受け継いでるってこと、ですか?」



 言わんとしているところは、それだろう。

 知識だけでなく、経験まで受け継ぐ。となると、方法は予想がつく。

 おそらく念能力だろう。

 それを口に出すと、ハーブは肯定するように首を上下させた。



「そんなこと、できるの?」



 うそ寒いものをおぼえたのだろう。肩を震わせながら尋ねるツンデレに、ハーブは口の端を吊り上げた。



「どこぞの暗殺者育成施設では、念能力まで継承する法があるって噂だしな。取り立てて異常ってほどでもないだろうよ」



 なるほど。暗殺に特化した念能力を記憶ごと伝承すれば、ほとんど訓練すら必要なく、一流の暗殺者が出来上がる。しかも、それがいつでも使い捨てにできるのだ。合理的と言わざるを得ない。



「で、お前さん、念能力を失って、それをどうにかしたい、と」



 ハーブは語調を転じた。向けられる瞳には、試すような色がある。

 その瞳にまっすぐに視線を返し、肯定の言葉を口にした。



「……確かに、その種の薬草はある」



 ハーブの口から出た言葉は、俺にとって望ましいものだった。



「仙草の類だ。標高五千メートル以上の日の当たらぬ山影、垂直の崖にのみ生える。煎じて飲めば精孔がきわめて開きやすい状態になる。その場所も、わかっている。ただ、これがやっかいなんだが」



 ハーブの口が、一文字に引き絞られる。



「すこし前から竜が住みついてな。俺でも危なくて行けやしない」



 竜。恐竜か、それともこの世界独自の竜なのか。いずれにせよ、場所が場所だけにやっかい極まりない。

 それでも、行かなくてはならない。

 手を握りこみ、拳を震わす。

 俺にとって、これは避けては通れないことなのだ。



「だいじょうぶ」



 ツンデレが、横から声をかけてきた。



「アズマは、わたしが守るから」



 そう言うツンデレの顔には、切実なものが浮かんでいる。

 なんだかな。

 頼もしい言葉なんだけど。やっぱりこれじゃいけないよな。

 とりあえず、この情けない状態を、何とかしなくては。









 標高五千メートルと言えば、富士山よりはるかに高い。

 むろん、登山道などない。ロリ姫のドリルをザイル代わりにして、それでも登りきるのに二日かかった。いや、登りきっちゃだめなんだけど。

 寒風吹きすさぶ山の頂。ツンデレは、やっとそれに気づいたらしい。なんだか動かなくなったツンデレを、生暖かく見守っていると――足元に巨大な影が落ちた。

 上を見る。



「おいおい」



 思わず、口を開く。



「竜ってこっちかよ」



 唖然として、質量を無視するように軽やかに空を滑る代物をながめる。ツンデレも似たような状態だろう。

 黒い外皮に紅玉のごとき瞳。青眼と対をなすような姿を、俺は知っていた。



紅眼の黒竜レッドアイズ・ブラックドラゴン



 こんなときに、また。とんでもないものが出てきたものだ。






[2186] Greed Island Cross-Another Word 13
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:5bc0a776
Date: 2008/06/01 22:07



 空を仰ぐ。

 高地ゆえか、色合いの淡い空に、それはひときわ存在感を主張していた。



真紅眼の黒竜レッドアイズ・ブラックドラゴン



 その名の通り、紅玉のごとき赤い瞳を持つ黒竜だ。

 空を滑るように頭上を過ぎていった黒竜は、弧を描いて滑るように着地した。

 あらためて見れば、黒竜の巣だったらしい。浅いすり鉢状の山頂には人骨まで転がっていた。



 ――いや、ありえない。



 あれは間違いなくあちら・・・のもの。

 それもおそらく青眼の駆り手――海馬と同質の念能力だ。なら、それが野放しになっているなど、ありえない。

 黒竜は、異様な存在感をもってこちらを凝視している。

 俺にも見えるということは、実体に近いものなのだろう。

 黒竜は低くうなり。



「――ああ、おや、お客人ですか」



 不意に、言葉を吐きだした。

 やや高いハスキーボイス。男とも、女ともとれる。それは黒竜の口から――



「よっこいしょ、と」



 不意に、人骨が立ち上がった。

 ツンデレの悲鳴が耳をつんざく。

 そのコダマが収まらぬうち、人骨は体を払うしぐさをしてこちらに一礼してきた。



「はじめまして。その制服を見るに、同胞の方ですね? わたし、鈴木っ!?」



 なんだか巨大なドリルが骸骨をなぎ払っていった。

 むろんそんなことが出来るのはひとりしかいない。



「こ、この痴れ者がっ! 驚かすでないわっ!!」



 ロリ姫だ。乗っ取られてやがる。

 ということは、ツンデレは気絶したのか。

 ゴーストハンターとして、やっぱり問題ある気がする。いや、俺も心臓飛び出るかと思ったけど。



「ななな、何をなさるんですかっ!?」

「黙れ! その様な格好で現われるでない! 妾の心臓を止めるつもりか!!」

「いや、そんなこと言われましても」



 呆然とする人骨。まあ、確かに言われても困るだろうな。ロリ姫、とっくに死んでるんだし。

 それにしても、こんな外見モデルもあったのか。造るほうも選ぶほうも酔狂だ。

 骸骨に決闘盤デュエルディスクってまたやたらとシュールだし。

 ロリ姫の一撃喰らって平気な顔してるってことは、相当な実力のはずだ。それでいて俺が平気でいられるってことは、敵意がないのだろう。



「どうも、同胞――鈴木くんでいいか?」

「はい。いや、よかった。あなたは話の通じる方のようですねハグッ!?」



 言葉の途中でロリ姫のドリルが人骨を薙いでいった。



「妾の頭越しに話をするでない!!」

「ひいぃ、この人怖いですっ!」



 ロリ姫、自重しろ。

 鈴木くんが怯えているじゃないか。

 しかし、なんというか、ロリ姫も鈴木くんに過剰反応しすぎだと思う。

 ひょっとして、怖いんだろうか。



「にゃにおっ!? こ、怖いわけにゃいでありょうが!!」



 思わず口に出していたのはさておき。図星だったのだろう。ロリ姫は慌てたように手を振りまわしておもいきり自己主張する。

 どうでもいいけど舌かみすぎだ。

 まあ、ロリ姫はおいといて。



「それにしても、何であんた、そんな悪趣味なモデル使ってるんだ。グリードアイランドで出合ったら、絶対モンスター扱いだぞ?」



 その言葉に、人骨はもじもじと体をゆすらせる。不気味だ。



「いやその、わたし……こっちで死んじゃったんですよ。いや、参りました。ははは」



 カラカラと笑う鈴木くん。

 いや、ひどい目にあってるはずなのに。なぜだろう。その様子がやたらと滑稽に見える。



「それにしても、あなた」

「アズマだ」

「アズマさん、どうしてこんなところへ?」



 ひとしきり笑って。鈴木くんはそんなことを聞いてきた。

 まあ、言っても問題ないだろう。



「念能力を失うはめになってな。この崖に生えてる草が必要なんだ」

「あーあーあー」



 人骨は拳で掌をたたく。乾いた音しかしなかったが。



「これですね」



 人骨は懐からなにやら草をとり出した。その色合い形状から、ハーブの言っていた仙草だとわかる。



「って、いま、どこから出したんだ」



 鈴木くんは完全無欠な人骨である。服すらない。身につけているものといえば決闘盤デュエルディスクだけだ。



「はて……? ま、どうでもいいじゃありませんか」



 まあ、いいけど。存在自体冗談みたいなヤツだし。



「この草も、わたしにはもう必要ないものですんで、よかったら差し上げますよ」



 そう言って、無遠慮に。物言う骸は仙草を差し出してきた。



「いいのか?」

「ええ。わたしには、ほら、もう必要ないものですし」



 言って、体を示して見せる鈴木くん。

 まあ、そうみたいだけど。軽いな。



「その言い方だと、生前は必要だったのか?」

「はい。わたしの念能力の誓約が、負けたらオーラを行使する力の喪失でしたので、万一のために、と。まあ、それで死んじゃったら元も子もないんですがね」



 人骨は軽い調子でカラカラと笑う。



「ま、そんなわけで、わたしには必要ないものなんですけど……かわりにすこし、働いていただけませんかね?」



 鈴木くんはそんなことを言ってきた。



「何をすればいいんだ?」



 やや警戒して尋ねる。

 たいていの要求は呑むつもりだが、それでも頷けないことは、ある。

 だが、気組みを外すように。物言う骸は軽い調子で下顎を落とす。



「いやなに、電脳ネットでも何でも、噂を広げていただければいいんですよ。この山に黒竜が出る、とね。わたし、自縛霊らしくてここから動けませんので」

「竜が出る? それだけでいいのか?」



 言葉をなぞって、頭に閃くものがあった。

 竜が出る。その噂を追っていた人物がいた。この骸骨と、同じ能力の持ち主。



「ええ。おそらく、それでわかるでしょう――いえ、けっこうです。まったくけっこうになりました」



 意味がわからず、口を開きかけ――気づいた。見えないからこそ、くっきりと感じられる気配。

 ふり返る。

 はるか遠くに、青眼の姿が見えた。









「変わり果てたな」



 地面に降り立ち、開口一番。海馬瀬人はそう言った。

 視線は俺を通り越し、骸と化した決闘者デュエリストに向けられている。



「ええ。少々どじってしまいまして。ですが、まあ、決着はつけられそうで、なによりです」



 物言う骸も、それに応えるように視線を返す。

 もはや、俺たちなど眼中にない。お互いの気が高ぶっているのが、はた目にもわかる。それに弾かれるように、身を引いた。

 辛い。

 自然に放射されるオーラが、“絶”状態のこの身には毒だ。

 この場にいることさえ、できないのか。

 と。目の前に、ロリ姫が割って入ってくる。

 とたんに、楽になった。

 まだ辛いが、居られないほどじゃない。



丈夫おとこの勝負よ。止めるは無粋」



 そう言って、ロリ姫はにやりと笑う。



「それより、主にはやるべきことがあろう」



 言われて、気づく。

 そうだ。何のためにこんなところへ来たんだ。俺の手にあるものは、何だと言うんだ。

 迷わず、口の中に放り込む。

 煎じて呑めといわれていた気がしたが、構わない。砂ごと汁になるまで咀嚼し、嚥下した。

 目立った変化はない。だが、すこし楽になった気がした。



「……貴様がなぜ、その様な姿になったか。あえて問うまい」



 海馬は、静かに口を開いた。

 超然とした居住まいは以前のまま。だが、すこし威圧を増したように感じる。



「総オーラ量8000。オレに等しい力を具えて、いま、この場にいる。それがすべてだ」



 ゆっくりと、海馬は人骨に近づいていく。

 応じるように、彼も近づく。両者の手にあるのは、カードの束。



「――わかっているな。オレたちの念能力」



 お互いデッキを交換しながら、海馬が口を開く。



「ええ。決闘デュエル戦闘バトルする能力。敗れれば、念能力はおろか念を行使する力すら喪失する」



 カードをシャッフルしながら、物言う骸は答える。



「すなわち、幽霊であるわたしは、消滅するというわけですな」



 平然と、彼は言った。その言葉すら、道化じみて聞こえる。



「これまた不利な条件ですな」



 彼の言葉を、海馬は鼻で笑った。



「あくまで、条件は五分だ。でなくば対等の勝負とは言えまい」



 海馬は言う。



「オレが敗北すれば、この命を差し出そう」



 その覚悟に、彼は無言で応じた。言葉すら無粋とでも言うように。

 お互いのカードを返して。二人は互いに背を向け、距離を取った。高地の静寂に、ただ二種の足音だけが逆らっていた。

 対峙し、互いに無言。

 痛いほどの沈黙を海馬の指が切り払った。



「――よかろう。貴様に引導を渡してやろう!!」

「そう簡単にやられはしませんがね」



 芯まで響く強い声に、軽妙な軽口が返った。



決闘デュエル!!』



 二人の声が重なった。

 互いに五枚のカードを引き抜くと、人骨の決闘盤デュエルディスクに赤い光がともった。



「わたしのターン!」



 肉のない乾いた指が、決闘盤デュエルディスクからカードを引き抜く。



「マジックカード発動! 未来融合-フューチャー・フュージョン! 融合素材となるモンスターを墓地に送ることで、二ターン後に融合モンスターを特殊召喚します! 指定するのはF・G・Dファイブゴッドドラゴン! 五体のドラゴン族モンスターカードを墓地に送ります! さらに、手札よりデコイドラゴンを召喚! このモンスターを除外し、わたしはレッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンを召喚します!!」



 骸骨の言葉とともに、黒い金属質の外皮を持つ、機械じみた翼竜が現われる。



「レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンの効果発動! 1ターンに1度だけ、自分のメインフェイズ時に手札または自分の墓地から同名カード以外のドラゴン族モンスター1体を自分フィールド上に特殊召喚する事ができる――出なさい真紅眼の黒竜レッドアイズ・ブラックドラゴン!」



 応えるように。現われたのはさきほどの黒竜だ。



「そしてマジックカード“黒炎弾”を発動します! 真紅眼の黒竜レッドアイズ・ブラックドラゴンの元々の攻撃力分のダメージを相手ライフに与える!」



 竜の顎が開かれた、と、見えたと同時。漆黒の火球が海馬を襲った。



「ぐっ!」



 なす術もなく、海馬は直撃を受ける。

 ダメージは見られない。かわりに海馬から感じられる圧力が減った――いや。



「オーラが、減じた?」



 脇でロリ姫がつぶやく。

 その通りだ。仙草が聞いてきたのか、おぼろげながら見える。

 海馬のオーラが減っている。

 おそらく、彼らがやっているのは、本当に決闘デュエル。オーラをライフポイントに見立て、ダメージのかわりにオーラを減らす。

 そして、オーラをすべて失えば、オーラを使う術すら失うのだ。



「ふん」



 だが。そのような重圧など皆無だと言うように、海馬は鼻を鳴らす。



「俺のターン! 手札よりマンジュ・ゴッドを召喚! このカードは自分のデッキから儀式モンスターカードまたは儀式魔法カード1枚を選択して手札に加える事ができる! 高等儀式術を手札に加え、カードを一枚セットしてターンエンドだ!」



 海馬が召喚したのは、体中に手の張り付いた羅漢のようなモンスターだ。

 鈴木が召喚した二体のモンスターより、明らかに見劣りする。



「わたしのターン! 融合呪印生物-闇を召喚し、効果を発動! このカードと真紅眼の黒竜レッドアイズ・ブラックドラゴンを生贄に捧げ、出でませいブラックデーモンズドラゴン!!」



 黒い塊と、真紅眼の黒竜レッドアイズ・ブラックドラゴンの像が歪み、凶悪なフォルムをもった竜とも悪魔ともつかないモンスターが出現した。



「この二体で攻撃です!!」

「――甘い! リバースカードオープン! 激流葬!!」



 二体のモンスターがモンスターに襲いかかろうとした、刹那。海馬の伏せられていたカードが表を向く。

 そこから噴き出してきた怒涛のような水は、モンスターたちをすべて洗い流していった。



「くっ、さすがです。ではカードを一枚場に伏せてターンエンドです!」



 人骨の前に伏せられたカードの像が浮かび上がる。



「俺のターン! 手札より仮面竜マスクド・ドラゴンを召喚! 仮面竜マスクド・ドラゴンでダイレクトアタック!」



 以前にも見た、赤と白、二色に彩られた竜が物言う骸に襲いかかる。

 その鍵爪の先が触れる、直前。



「――リバースカードオープン! 正当なる血統! 墓地より蘇りなさいレッドアイズ!」



 現われた黒竜が、それを阻んだ。



「ふん」



 海馬は鼻を鳴らし、仮面竜マスクド・ドラゴンを退ける。



「カードを二枚セットしてターンエンドだ」



 海馬の前に、二枚の伏せカードが現われた。

 攻防は、互角。いや、鈴木のほうがやや優勢にもみえる。なら、最初に大ダメージを喰らっている海馬のほうが、不利か。



「わたしのターン! 未来融合-フューチャー・フュージョンの効果で、現れなさいF・G・Dファイブゴッドドラゴン!!」



 その予感を助長するように、鈴木の前に巨大な五つ首竜が現われた。サイズ、威圧ともに、あの究極龍をしのいでいる。



「さらに竜の鏡ドラゴンズ・ミラー! 自分フィールド上または墓地から、五体のドラゴン族モンスターを除外しF・G・Dファイブゴッドドラゴンを召喚です!!」



「リバースカードオープン! 神の宣告! ライフポイントの半分を代償に、二体目のF・G・Dファイブゴッドドラゴンの召喚は阻止させてもらう!」



 海馬の言葉とともに、現れかけた二体目の五つ首竜は虚空で破壊された。

 だが、代償は大きい。ライフポイントの半分、ということは、オーラを半ば、削られたに等しい。

 そして。



「いまの神の宣告であなたのライフはのこり2800、ですか。仮面竜マスクド・ドラゴンの攻撃力は1400。対してF・G・Dファイブゴッドドラゴンの攻撃力は5000。攻撃が通れば、あなたの負けです」

「ふん」



 物言う骸の宣言に、海馬は鼻を鳴らす。



「遠慮は無用だ。その一撃で俺を殺せると思うのなら、やってみるがいい」



 絶対の窮地に、海馬の目は死んでいない。それが伏せられたカードによるものか、それともただの強がりか。まったく読めない。



「ならば行きなさい、F・G・Dファイブゴッドドラゴン!!」 



 五つ首竜が、仮面竜マスクド・ドラゴンに襲いかかる――刹那。



「速攻魔法発動! 収縮!」



 海馬のカードによるものだろう。F・G・Dファイブゴッドドラゴンのサイズが半分になる。

 それでも、五つ首竜の額は仮面竜マスクド・ドラゴンをとらえ、その余波が海馬に襲いかかる。



「くっ! 仮面竜マスクド・ドラゴンの効果で仮面竜マスクド・ドラゴンを守備表示で特殊召喚!」



 破壊されたモンスターにかわり、あらたな仮面竜マスクド・ドラゴンが召喚された。

 と、海馬が揺れた。



「――ふん」



 何とか体勢を立て直す海馬だが、あきらかに精彩を欠いている。

 それも当然か。F・G・Dファイブゴッドドラゴンの攻撃力が半分の2500だったとしても、いまの攻防で残りライフは2000を割っている計算だ。

 目に見えるオーラも、明らかに減じている。



「何とか生きながらえているようですね!」



 物言う骸の揶揄にも応えない。

 だが。海馬の目は、いまだ死んでいない。



「オレのターン、ドロー!」



 そのカードを引いて、海馬の口が不敵に歪んだ。



「手札よりマジックカード大嵐を発動!」

「なんですって!?」



 海馬の手より、風が巻き起こった。荒れ狂う風はまさに大嵐。それが鈴木の前に浮かんだ二枚のカード、正当なる血統と未来融合-フューチャー・フュージョンを破壊した。

 同時に、F・G・Dファイブゴッドドラゴンとレッドアイズが破壊される。



「そして手札より高等儀式術を発動! デッキより青眼を墓地に送り、儀式モンスターカオスソルジャーを召喚!!」



 現われたのは、鋭角的な鎧を着込んだ戦士だ。手に持つ剣に、まがまがしいものを感じる。



「征けっ! 仮面竜マスクド・ドラゴン! カオスソルジャー!!」



 二体のモンスターが鈴木に襲いかかる。



「ぎゃああああっ!!」



 魂消る悲鳴があがった。その痛みは、俺にはわからない。だが、その様子すら滑稽に見える。



「くっ。わたしのターン、ドロー!」



 人骨が、笑った。肉のない、空ろな口蓋が、確かに笑みをかたどった。



「こちらも引きましたよ。黒竜の雛を召喚! そしてそれを除外し、レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンを召喚します!! その効果でふたたび出なさいレッドアイズ!」



 ふたたび。二匹の黒竜が現われる。



「レッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンで仮面竜マスクド・ドラゴンに攻撃です! ダークネス・メタル・フレア!!」



 輝く火球が仮面竜マスクド・ドラゴンを貫く。



「ぐっ!!」



 海馬は、口をゆがめる。



仮面竜マスクド・ドラゴンの効果発動! 仮面竜マスクド・ドラゴンを守備表示で特殊召喚する!」



 だが、間髪入れず。



「レッドアイズで仮面竜マスクド・ドラゴンに攻撃です!」



 レッドアイズの攻撃が、仮面竜マスクド・ドラゴンを蹴散らした。



「……仮面竜マスクド・ドラゴンの効果でミストドラゴンを守備表示で特殊召喚する」

「いまの攻撃で、あなたの残りライフは300ですか」



 物言う骸が、がらんどうの口を開く。



「おまけに手札は一枚っきり。いよいよもって進退極まりましたね」

「ふん。笑止」



 海馬は、その言葉を鼻で笑う。



「その様な台詞は、オレのライフポイントをゼロにしてから言え! オレのターン、ドロー! カオスソルジャーでレッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンに攻撃!」



 海馬の命のもと、カオスソルジャーがレッドアイズ・ダークネスメタルドラゴンを斬り伏せる。



「わたしのターン、ドロー! 手札よりキラートマトを召喚します!」



 言葉とともに、凶悪な面相をしたトマトが召喚される。



「キラートマトで、カオスソルジャーに攻撃!」



 馬鹿な。

 カオスソルジャーとあのトマトでは、明らかに前者のほうが攻撃力は上。みすみすライフを減らすようなものだ。

 案の定、キラートマトはカオスソルジャーに斬り伏せられる。

 かわりに現われたのは、闇色の塊。



「キラートマトの効果により、デッキから融合呪印生物-闇を攻撃表示で特殊召喚します! そして効果発動!! レッドアイズと融合呪印生物-闇を生贄にふたたび出でませブラックデーモンズドラゴン!」



 巻きなおしのように、ふたたび現われる、竜とも悪魔ともつかぬまがまがしい融合体。

 それに対するはカオスソルジャー。混沌の戦士。だが、わずかに及ばない。



「このターンに決めてしまわないと、わたしの勝ちが決まってしまいますよ」



 おどけたように、物言う骸は下あごを落とす。

 その仕草は、道化じみていながら、どこか物悲しく見えた。



「――オレのターン!」



 海馬が、カードを引き抜く。

 このターン、有効なカードを引かなければ、海馬が負ける。

 それは、念能力の喪失。そして己の死を意味する。

 だが。

 ちらとカードに目を流し、海馬は不敵に笑った。



「ふっ。手札よりマジックカード融合を発動! 手札の融合代用モンスター、沼地の魔神王と場のカオスソルジャーを融合し――出でよ! 究極竜騎士マスターオブドラゴンナイト!!」



 カオスソルジャーの像が歪む。現われたのは、青眼の三つ首竜。いや、それを駆る戦士か。



「なんとまあ」



 物言う骸は、苦笑した。



「鬼のような引き、さすがです。まさかこの状況で究極竜騎士マスターオブドラゴンナイトを召喚するとは」



 対峙する二匹の竜。だが、明らかに海馬の切り札のほうが、強い。



「あなたの勝ちです」



 その言葉に重なるように。



「ギャラクシー・クラッシャー!!」



 究極竜騎士マスターオブドラゴンナイトの攻撃が、ブラックデーモンズドラゴンを粉砕した。

 衝撃が、一面を薙いだ。

 見ているこちらにまで、それは牙を向く。激しい圧力にさらされて、応えるように体からオーラが噴き出して来た。

 瞬間、見えた。

 吹き飛ばされる人骨に重なった彼の本当の姿を。そしてその満足げな表情を。

 急速に、骸骨がばらばらに崩れ落ちていく。

 念を失った以上、もはや彼は存在できない。物言わぬ骸が、地に散らばった。

 主を失った決闘盤デュエルディスクが、主の敗北を主張している。

 それを超然と見下ろし。海馬は、決闘盤デュエルディスクを拾い上げた。

 彼に対し、海馬は何を思うのか、わからない。

 ただ、海馬は彼の形見デッキを抜き取り、そして空になった決闘盤デュエルディスクを投げた。

 硬い地面に、なぜか決闘盤デュエルディスクはつきささる。

 なぜか、それが墓標のように見えた。



「仲間、だったのか?」



 背を向け、去っていく海馬に、尋ねた。どうしようもなくそれが気になった。

 海馬が背中越しに寄越した答えを、俺は忘れることはないだろう。



「ただの、“同胞”だ」



 海馬は、そう言った。






[2186] Greed Island Cross-Another Word 14
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:a38366fe
Date: 2008/06/05 01:35



 ツンデレのまぶたが開いた。



「起きたか」



 ひとまず安堵の息を落とした。

 状況が理解出来ていないのだろう。ツンデレの青い瞳は焦点を失い、はるか彼方に向けられている。



「……骸骨は?」

「いつの話だよ」



 呆けた問いに、思わず突っ込んでしまった。

 ツンデレとしては自然な問いなのだろう。だが、その後起こった決闘の印象が強すぎて、ツンデレが気絶するにいたった出来事など遠い過去のように思える。



「って、あ、わたし」



 気まずそうに目を伏せるツンデレ。そりゃばつが悪いに違いない。仮にもゴーストハンターが幽霊見て気絶したんだから。



「全く、不甲斐ない。動く屍程度で心を騒がすとは。腹の据えようが足らんわ」



 ここぞと言い募るロリ姫だが、あんたもけっこう怖がってただろ。

 まあ、ツンデレは知らないのだから、いくらでも吹けるのだろうが。



「ここは?」

「山から下りてきたとこ。ぜんぜん目、覚まさないし、ロリ姫に運んできてもらった」

「うわ」



 ツンデレは、表情を隠すように頭を抱えた。

 と思ったら下を向いた顔が、すぐさま跳ね返っってきた。



「って、念能力、戻ったんだ」



 ツンデレが目をしばたかせる。そういやそれも知らないのか。



「何?」



 ツンデレの言葉を聞いてロリ姫は目を見張る。なんであんたまで驚くんだよ。

 山頂からこちら、ツンデレの操作に気をとられていたにしても、遅すぎだ。



「よかった」



 ツンデレは、胸を撫で下ろした。

 あらためて言われると、こそばゆい。



「あ」



 視線の置き所に困っていると、ツンデレは声をあげた。

 なにやらしきりに身をゆすっている。



「アズマ」



 遠慮がちに、ツンデレは声をかけてきた。



「何だ?」



 問い返すと、ツンデレは、すこしためらう風を見せた。

 やがて、意を決したように、ツンデレは口を開く。



「わたしのこと、どう思ってる?」



 どういう意味だろう。

 ツンデレの真剣な表情を前に、言葉を咀嚼する。

 ツンデレのことをどう思っているか。そう問われて、答えるべき言葉がとっさに見当たらない。

 大切に思っているかと問われれば、はいと答えるだろう。

 頼りにしているかと問われても、肯定するつもりだ。

 好意も否定しない。

 だが。

 どう思っている。

 そう問われて、どう答えればいいのか。

 考えていると、ツンデレが腕を取ってきた。そこに、妙な感触をおぼえ、あらためて見る。

 念リンガルだった。目的、これか。



「ツンデレ」



 ツンデレが、念リンガルに表示された文字を読みあげる。



「おお」



 思わず、手を打った。

 ツンデレのことをどう思っているか。

 ツンデレ。

 素晴らしい。これほど見事に俺の気持ちを表す言葉など、他にない。



「普段言ってることと変わらない」



 こんな素晴らしい回答にも、ツンデレは不服気だ。

 そりゃそうだろ。言動に表裏はないつもりだし。奇抜な答えを期待されても困る。



「ツンデレってなによ」

「専門用語だ」









 念能力も復活して。いよいよグリードアイランドへ挑戦する時がやってきた。

 まず向かったさきは実家。

 グリードアイランド本体を保管する場所をツンデレとも相談したのだが、結局実家がいいということで落ち着いたのだ。ツンデレが金をかけることを嫌ったとも言う。

 空き巣に這入られたとこに置くのも抵抗があるけど。地元だし、多少融通も利くし、まあ問題ないだろう。

 飛行船での長旅の末、故郷に戻ってきたのは七日目の昼過ぎだった。

 故郷の空は、記憶にあるそれより深みを増したように思う。季節はもう初夏である。以前訪れたのは初冬の頃だった。

 あの時は、こんな連れが出来るなんて思っても見なかったけど。

 まあ、感慨は脇に置いて。

 帰る前に、とりあえず食事だ。目に入った店に、空腹を抱えて飛び込んだ。

 適当に入った店だったが、味はそこそこ。値段もかなり良心的だ。何より、ウェイトレスの着ている衣装が素晴らしかった。

 至福の内に食事を終え、ツンデレの注文したデザートがやって来た――瞬間。

 鈍器がツンデレの頭を直撃した。

 悶絶するツンデレ。うろたえるウェイトレス。

 ツンデレを襲ったのは、ドリル化したプランターだった。すなわち、襲ったのはロリ姫。

 ロリ姫は遠慮なしにツンデレを操り、ケーキにフォークを伸ばす。



「うむ。美味」



 蕩けるロリ姫。

 ツンデレを操っている間、味覚も共有できると知ったロリ姫は、時々こんな暴挙を犯すようになった。

 飛行船の中でツンデレの体重を一キロ増やした件で大喧嘩になったのに、懲りない人だ。

 ロリ姫のフォークがふたたびケーキに伸び。その先がぴたりと止まった。



「――痛ったいわね、何すんのよ!」



 ツンデレの表情が、急に怒りに染まる。

 意識を取り戻したらしい。

 まあ、何度も喰らってたら学習するか。



「ふん。小娘の分際で、妾を差し置いてその様な物を食べようとするからじゃ」

「あんたね! つい三時間前に泣く泣くモンブランを譲ってあげたでしょ!?」

「其れと此れとは話が別じゃ!」

「――あ、すみません。こういう奴なんで、気にしないでください」



 恐怖に近い目を向けてくるウェイトレスに声をかけ。

 さて、この喧嘩が収まるのはいつだろうか。考えながら、なんとなく窓から風景をながめることにした。ウェイトレスを観察してたら、怒りがこっちに向きそうだし。

 店から見えるのは、繁華街の賑わい。道行く人の流れは、止むことがない。ツンデレたちの喧嘩も、止む気配がない。

 と。大きなオーラを感じた。

 念能力者だろうか。こんなところで珍しい。何の気なしに目をやって。

 釘付けになった。

 女だ。

 綺麗すぎて、嘘のようだ。そう評すしか術を持たない。顔の造作から体のラインまで、そのすべてが異様に整っている。作りものだといわれれば、信じてしまうだろう。

 身に纏うのも、いわゆるゴスロリ。それがまたどうしようもなく人形を連想させられる。

 目が、離せない。



「……アズマ?」



 冷えた声が、水をさした。

 ツンデレだ。いつの間にか、喧嘩をやめてこちらをにらんでいる。目が怖い。



「別に、知り合いに似ているな、と思っただけだよ」

「え?」



 ツンデレの目が、丸くなった。



「え? リアルであんな美人な知り合いいるの?」



 ツンデレは急に焦りだした。



「ああ。まあ、顔見知りって言うか……」



 仲間と言うか、相憐れむ仲と言うか。そんな感じなんだけど。



「ふむ」



 ロリ姫が口の端を吊り上げた。



「不安か? 此奴に見目麗しき女が居る事が」

「なっ!? ち、違うわよ! そんなことなんて、全然ないんだから!!」



 いや、いじるなよ。



「隙有りっ!」

「って、わっ!?」



 ふたたび飛んできたプランターを、ツンデレは片手で防いだ。



「あんた、さてはまだケーキを狙って」

「ふふふ。あやつの事となると兎角隙が出来るからの」



 ふたたびデザート戦争が勃発した。よくやる。

 まあ、ちょうどいいか。

 席を外して店を出る。まだそう遠くまでは行っていないはずだ。

 姿は、もう見えなくなったが、あの気配だ。一キロ先でもわかる。



「さて、追いかけるか」

 

 店の中では、いまだツンデレの怒鳴り声が聞こえていた。









 気配を追いかけ、女の後ろ姿が見えたとき。ふと、こちらに向けられる視線に気づいた。

 ねっとりと粘性を帯びた視線。その中に淡い殺意が揺れている。何者か。問うまでもない。



 ――タイミングが悪い。



 息を落とす。奴が来た以上、向こうはあきらめざるをえなかった。

 脇道に入り、通りから遠ざかっていく。気配が動いた。視線の主は確かについてきている。

 誘いに乗る気十分らしい。

 路地裏の、人の気配がなくなった辺りになって、滑るように。水溜りが目の前に現われた。それが唐突に、目の高さまで盛り上がり、人のかたちを取る。



「久しぃぶりだなぁ」



 それは、三日月のごとき笑みを浮かべた。

 ジェル。シュウと敵対していた、そして俺を恨んでいる同胞だ。

 性懲りもなく命を狙ってきたか。



「しねぇっ!!」



 問答無用。ジェルの腕が、まるで槍のように伸びてきた。それを避け――枝分かれして襲い来る水の槍を、首を振って避ける。

 紙一重。頬が浅く裂かれた。

 面倒な攻撃だ。

 だが、不思議と怖くない。

 コンクリートの壁に、拳を打ち込む。砕け散った破片から、手ごろな物を選んで――加速。

 それが直撃する寸前、ジェルが縦に潰れた。

 いや、水溜りと化したのだ。

 

「この前のようなぁ手がぁ通用するとおもうなぁ」



 水溜りから、笑いを含んだジェルの声が聞こえてくる。

 確かに。今回のジェルに油断はないようだ。

 だが、それでも。まるで負ける気がしない。

 足元に転がる石塊の中で、ひときわ大きい物を選び、拾いあげる。

 覚悟も、信念も、それを貫徹する強烈な意志も、ジェルからは感じられない。あるのは、粘質の執念と生ぬるい殺気だけだ。

 シュウや海馬のような凄みがない。そんな奴は、怖くない。

 地を滑るように襲ってくるジェルに向けて、口の端を吊り上げる。

 体を液体と化す。確かにやっかいな能力だ。

 だが、無敵の能力ではない。

 電撃に弱い。熱に弱い。冷気に弱い。毒に弱い。その他あらゆる反応物に弱い。穴だらけだ。

 むろん、それらは手元にない。だが、もっと手軽なものが、ここにある。



「ガチンコ漁法って知ってるか?」



 地面に向け、全力で加速放題レールガンを撃つ。

 ジェルの悲鳴が上がった。

 たとえ液体になっても、いや、だからこそ自身を奔る音の衝撃波を防げない。まともな聴覚を備えているのなら、それだけで気絶ものだ。

 ジェルは動かない。人間の姿に戻っているところを見れば、気絶しているのだろう。

 いや。わずかに、その手が動いた。手にあるのは、紙。

 ジェルの緩慢な動きを制し、紙を奪い取る。

 見れば何の変哲もない紙だ。これ自体に仕掛けがあるようには見えない。

 だが、確かに、ジェルはこれを破って瞬間移動していた。

 仕掛けではない。たぶん制約を積極的にメリットにする……シズクのような念能力。この紙が無事な間だけに限った瞬間移動とか、そんなものだろう。

 しかし、この能力。まさか。



「う、う」



 うめき声を聞いて、思考を振り払う。

 いまの内に、殺しておくべきか。

 その覚悟があるか、と問われれば、ある、と言える。

 だが、思わず口が歪む。自問した時点で、迷いがあったということだ。

 しかし、こいつが生きていれば、間違いなく仇を為す。見逃す理由などない。

 ためらいを振り払い、拳をあげて。

 不意に。ツンデレの気配を感じた。

 気になって探しにきたらしい。距離は離れているものの、速い。ここに着くまで数十秒ってとこか。



 ――ツンデレに、死体を見られるな。



 そんな思考がよぎったとたん、殺意が失せた。

 まあ、ここは見逃してやるか。

 だが、釘はさしておく。

 ジェルがうめき声をあげるのに構わず、顔をひねり上げる。



「また来いよ。殺してやる」



 言葉とともに、殺意ををたたきつけてやる。本気だ。次に会ったら、即座に殺す。

 それがわかったのだろう。うめくジェルの、焦点の合わない瞳から反抗の色が失せた。

 明らかに、牙が折れた。

 こんなところか。ジェルを放り出す。

 すくなくともしばらくは襲ってくる気も起きないだろう。確信して、その場を後にした。





 OTHER'S SIDE



「畜生」



 ジェルは歯噛みした。完膚なきまでに、反抗の意志をたたき折られた。

 あの、アズマの目。言葉に込められた強い覚悟。

 アズマは自分を間違いなく殺す。そのために、手段はいとわないだろう。ジェルにはそれがわかりすぎるほどわかる。

 怖い。二度と手を出したくない。

 だが、ミナミにどう釈明するか。

 板ばさみに悩まされるジェルを、ふいに悪寒が襲った。

 見れば、通りの角を曲がり、女が近づいてくる。



「こんなところで、何をしてるのかしら?」



 女はそう言った。人形めいた美女だ。等身大のビスクドールを見ているようだった。

 だが、身に纏うオーラは、桁外れだ。間違いなく念能力者、そして同胞だ。それも。

 ジェルの思考はよどみなくひとつの推理を生み出した。



「その力。あ、あんたぁ、ひょっとしてぇ。お仲間かぁ?」



 ジェルの問いに、女は目を瞬かせた。



「その言いよう。ただ同胞に向けた言葉、と言うわけでもないようね。なら問います。――はどこかしら?」



 女は、逆に問うた。

 その名前は、ジェルがよく知る者の名だった。



「知らないぃ。仲間はぁ数人集まっているがぁ、あいつとはぁ、まだぁ出会ってぇない」

「そう」



 ジェルの答えに落胆する風でもなく、女はただ、鼻を鳴らす。

 それっきり、興味を失ったらしい。女はジェルに目もくれず、きびすを返した。



「ま、待ってくれぇ。助けてくれぇ」



 ジェルは焦って呼びとめた。

 彼女を行かせるわけにはいかない。失敗を重ねたジェルには、多少なりともその穴埋めが必要だった。“仲間”の知人だ。あわよくばグループに引き込めるかもしれないと、ジェルは皮算用していた。

 だが、女は、首だけ返して視線を投げ落としてくる。



「あの人がいない以上、あなたに用はないわ。わたし、忙しいもの」



 そうはいかない。ジェルにとって、彼女は格好の手土産なのだ。



「仲間のぉ連絡先をぉ教えるぅ。見つけたらぁ連絡するぅ。ひとりで探すよりはぁ、いいだろうぅ?」



 ジェルの必至の言葉に、女は息を落とした。



「まあ、それはもらっておきましょう」



 言いながら、女は仲間のホームコードを要求してきた。気ぜわしい。思いながらジェルはそれを教える。



「あなたの名前は?」



 ホームコードを確認して、女が尋ねてきた。



「ジェルだぁ」



 何の気なしに、ジェルは答える。



「では、ジェルは死んだと、伝えておきましょう」

「何?」



 あっさりと、女は言った。

 その意味を理解する暇もなく。ジェルは闇に呑まれた。 

 あとにはなにも残らない。



「面倒ですものね」



 そう言って女は踵を返す。人形めいた容貌に、微塵の揺れもない。

 その背後から、肉と血の混ざったものが落ちて地を汚した。






[2186] Greed Island Cross-Another Word 15
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:baf078de
Date: 2008/06/08 22:46



 真っ青な草原に、風が走っている。

 某月某日。俺たちはグリードアイランドに入った。

 のだが。

 目の前に立つ少年の姿に、口をゆがめる。

 シソの木から出てきて、いきなりこいつと会うとは。



「……まあ、遠からず会うとは思ってたけど」



 少年――シュウは、目を眇めながら、わざとらしくため息をついてみせる。



「何でこんなとこで出くわすんだよ」



 それはこちらの台詞だ。

 言うかわりに、似たような視線を返した。

 どうもこいつとは相性が悪い。

 頭は切れるし実力もあるのだが、どうしても好きになれない。

 俺はシュウを無視して、シソの木にもたれかかる。

 シュウも、こちらを無視する事に決めたのだろう。無言で背を向けた。



「……何だよ。行かないのかよ」



 しばらくして。

 背をそむけたまま、シュウはそんなことを聞いてきた。



「俺は連れを待ってるんだ。お前こそ、どこかいけ」



 目も向けず、言い捨てる。



「オレも人を待ってんだよ。目障りだからよそで待ってろよ」

「うるさい。お前こそ消えろ」

「てめえが消えろ」



 もういい。話してるだけで腹立ってきた。

 無言の内に時が過ぎる。

 ツンデレ、遅いなぁ。何とかならないのかこの気分悪い空気。

 ほんと、早くどこか行かないかな、こいつ。

 心中で毒づきながら、待つことしばし。



「アズマ」



 やっとツンデレが下りてきた。

 その気配を感じていたのだろう。シュウはすでに木の裏手に回っている。

 まあ、ツンデレもあいつのこと嫌ってたみたいだし、よかったけど。

 やっとシュウのヤツから離れられる。

 そう思うと清々する。



「とりあえずどこ行く?」

「ルビキュータ」



 ツンデレの問いに、特に声を押さえるようなこともせず、答えた。むろん、シュウにも聞こえたはずだ。

 これで間違っても向こうで鉢合わせることはないだろう。









 グリードアイランド攻略の前任者、レンド。

 彼の残した手記には、その死までの約一年に及ぶグリードアイランドでの冒険記録が残されている。

 手記によれば、ルビキュータ郊外で、入手難度の高いレアアイテムが手に入るらしい。

 指定ポケットカードではないものの、売り値は超高額。今後役に立つこと受けあいだ。



「さあ、いざアイテムゲット!」



 町に入り、必要な情報を集めて。

 ツンデレは早速アイテムを手に入れようと意気込む。毎度思うんだが。なんか金がらみになると目の輝きが違うよな。

 意気揚々と進むツンデレの後姿を生暖かい目でながめていたときだった。

 不意に、風に煽られて何かが顔に張り付いてきた。

 慌てて取り払う。

 紙切れだった。



「なにそれ。なんの紙?」



 ツンデレが振り返って聞いてくる。

 見れば、紙にはなにやら絵が描かれている。



「……地図だ」



 紙に描かれた模様をつぶさに調べながら、答える。

 町と、木、それに丘が記されただけの単純な地図だ。

 町はルビキュータ、木はシソの木と書いてある。丘の絵には注釈などなく、ただ矢印が描かれているだけだ。

 位置関係から考えて、この町から南南西に十キロほど行った辺りだ。

 これは、さて、どんなイベントのフラグなのか。



「行ってみる?」



 ツンデレは、後ろ髪引かれるような調子で聞いてきた。そんなに金が欲しいか。

 まあ、後まわしにしても問題ないだろうけど。

 指定ポケットカードがらみのイベントなら、早めにこなしておいたほうがいいかもしれない。



「行こう」



 そう決めて。

 目的地に、視線を投げかけた。









 ルビキュータの町から内地へ進むと、緩やかな丘陵が見えてきた。地図が示す地点は、その頂上付近らしい。

 地図と照らし合わせながら、そこを目指して登っていく。緑豊かな草原に、不自然に盛り上がった丘陵は、どこか陵墓を思わせる。

 頂上まで来たところで、その感想が正しかったことが証明された。

 丘の中心にぽかりと穴が開いている。

 近づいて見れば、石造りの階段が、中の闇に向かって続いていた。壁も石造り。明らかに人工物だった。

 一歩、足を踏み入れる。

 張り付くように、ツンデレが続く。

 暗い。が、よく見ると、奥の方がほの明るい。

 奥に何かあるらしい。

 明かりを頼りに、石段を下りていく。

 やや段差のある石段を、二十段近く下りただろうか。足場が、平らになった。

 暗がりに立つと、奥に見える薄明かりも際立つ。

 どうやらこのさきに石室があり、そこに光源があるらしかった。

 壁に手を沿わせながら進み、石室の縁に手がかかる。

 淡い光が、一面を覆っていた。部屋自体が発光しているような、不思議な空間。その中央には、直方体の石細工――おそらく石棺がある。

 侵しがたい雰囲気に、息をのんだ。



「きれい。部屋中が蛍みたい」



 ツンデレの嘆息が聞こえた。



「ヒカリゴケの一種であろう。土地によっては灯り代わりに使うと、伝え聞いたことが有る」



 ロリ姫の言葉が、おそらく正しい。さすが古い人だ。

 警戒しながら、部屋へ一歩踏み出した――瞬間。

 奇妙な浮遊感とともに、視界が暗転した。









 冷えた空気が、肌に染みる。

 湿気が強い。

 明かりひとつない闇の中だ。どうやら、どこかへ飛ばされたらしい。



「ツンデレ」



 声をかける。気配から近くにいるのはわかるが、まったく見えない状態では、不安になる。



「アズマ?」



 しっかりした声が返ってきた。無事らしい。

 それにしても、なにも見えない。こんな中で立っていると、平衡感覚がおかしくなってくる。座り込んでしまいたいが、危険を考え、自重した。

 

「ここはどこなの?」

「わからない。たぶんイベントだと思うが」



 周囲に気を配りながらながら、目が慣れるのを待つ。

 と、闇の中から声が聞こえてきた。



「ようこそ。ここは古の闘技場。あなたたちは、これから剣闘士として敵と戦っていただきます。勝ち抜くことが出来れば、ここから脱出することが出来ます」



 無機物が発するような冷たい声だった。



 ――なるほど。そういう趣向か。



「どうぞ、こちらへ」



 重いものが擦れる音が響く。それとともに、淡い光が差し込んできた。

 扉が開いたのだ。

 明かりに照らされて、初めてわかった。いままで小さな石室に閉じ込められていたらしい。

 扉の向こうには、ヒカリゴケで照らされた通路が浮かび上がっている。

 こちらに進め、ということだろう。

 道をまっすぐに進んでいくと、広まった場所に突き当たった。

 天井が高い。この薄明かりでは、部屋の向こうまではつぶさに見えないが、見えている範囲から類推するに、直径百メートルほどの、ドーム状の空間なのだろう。

 風を全く感じないあたり、外とは隔絶しているようだ。



「では、第一試合、始めてください」



 言葉とともに、薄明かりのむこうから何者かが近づいて来る気配。

 身構える。

 現われたのは、三体の巨人だった。

 でかい。

 体長は俺の五倍はありそうだ。見上げていると、丸い単眼で睨まれた。

 って、あれ?

 雑魚じゃないか。

 ロリ姫のドリルで二体、俺の加速放題レールガンで一体。仕留めるのに五秒もかからなかった。

 続いて出て来たトラのような怪物も、入手難度はE。難なく撃破して、続く三回戦。現われたのは三人の剣闘士。



「――人?」

「いや」



 ツンデレの言葉を否定する。

 十把ひとからげのモブ顔だ。一人だけ鎧が豪華なヤツがいるが、おそらくそいつがリーダーだろう。



「たぶんこのイベントがらみのキャラクター。平たくいえば人間型のモンスター」



 すばやく“凝”で確認する。

 リーダーだけ、オーラ量が違う。他の剣闘士よりワンランク上に見ておいたほうがいい。



「――加速放題レールガン!」



 ロリ姫のドリルが雑魚を押さえ、出来上がった道を一直線。加速を乗せた肘撃の前に、剣闘士は沈んだ。



「おめでとうございます。あなた達には勝者の栄誉と――」



 いきなり、声が途絶えた。

 不審に思い、顔を見合わせていると、ふたたび声が響く。



「なかなかやるな」



 声が変わった。抑揚のきいたしぶい声だ。出所はわからない。だが、この声の主は、間違いなく生きた人間だ。



「何者だ」



 虚空に声を投げかける。



「ジェルの仲間、といえば、想像がつくだろう?」



 その言葉に、思わず絶句した。

 ジェルの仲間。であれば、この状況におかれた意味が、全く違ってくる。

 相手はこの地を致命の罠に変えているかもしれない。

 だが、どういうことか、声からは敵意が伝わってこない。



「お前たちは、なかなか見所がある。だが、本当に使えるか、ためさせてもらうぜ」

 

 声の主が、そう言った途端。闇の奥に気配が生じた。

 また、怪物か。

 闇の奥に目を据える。



「――さあ、最後の試験だ」



 言葉とともに、気配が闇から生じた。

 姿は見えない。だが、纏っているオーラは、間違いなく一級。

 無言のまま、闇の中から現われたのは二人の人間だった。

 二メートル近い長身とそれにふさわしい体格のボクサー。真っ赤なジャケットを着込んだ、熱血漢めいた顔立ちの、しかし、どこかそれを裏切る――ぶっちゃけしょぼい男。

 怪物などではない。おそらくプレイヤー。ジェルの仲間だろう。



「うわ、少年少女っスよ。どっちも目つきひねくれてそうだけど」



 赤ジャケ男がこちらを指さして言ってきた。

 開口一番それかよ。腹立つな。三下っぽい癖に纏ってるオーラは強いし。



「俺は男の方をいただこうか。レット、お前はあのドリルの嬢ちゃんのほうだ」



 ボクサーの方がそう言って、こちらに構えを取った。

 いい雰囲気を纏っている。

 間違いなく強い。



「……らしいよ」



 ふり返らず、ツンデレに声をかける。



「わかった。じゃあ、とっととぶっ潰してサポートするから」

「此方は任せておけい」



 自信に満ちた、そんな声が返ってきた。

 まったく、頼もしい。

 ツンデレといると、負ける気がしない。

 虚空に、目を向ける。



 ――試験と言ったな。上等だ。なにを試したいのか知らないが、そう思い通りになると思うなよ。



 自然、口の端がつりあがる。

 意識を集中し、身構える。

 相手はボクサーか。ガタイからしてヘビー級。グラブをはめているが、そのままでも並の人間の頭部くらい粉砕できるだろう。

 接近戦は分が悪そうだ。

 指先をボクサーに向け、念弾を放つ。

 それが開始の合図。念弾を避け、猛然と迫り来るボクサー。

 放たずにおいた念弾三発をすかさず解放する。

 唸りをあげて飛ぶ三つの念弾は、パーリングでたやすく弾かれた。

 心中で舌打ちする。足止め以上のことを期待するつもりはなかったが、足止めにもならない。

 ボクサーは瞬く間に距離を詰めてきて――ステップイン。

 それに反応し、左側の空間に体を押し込む。

 同時に巨大な塊が吹き抜けていった。

 速くて、重い。威力のほどが想像できる。



 ――と、悪寒。



 本能に任せて身を沈める。

 しなう大鉈が、頭のあった位置を刈っていった。

 右ジャブから右フックのコンビネーション。視界の外から襲ってきた拳は、まったく見えなかった。

 まずい。こいつ、上手い。

 体勢を整えるために、加速放題レールガンで上空へ逃れる。

 天井は高い。とはいえ、闇の中に身を投げる作業は、神経を削る。

 天井への衝突に備えて身を翻したものの、足は虚空を掻くばかり。もう少し高く飛べそうだ。

 これならまた、違った戦い方が出来る。

 逆さの地面を“”る。

 闇の中に立ちのぼるオーラが、人の姿を浮かび上がらせている。

 と、ボクサーが身を沈めた。足にオーラを集中している。

 跳びあがってくるつもりか。

 だがそれは、好都合。

 ボクサーの足元で、オーラが爆発した。そう見えた次の瞬間には、ボクサーの拳が間近に迫っている。

 だが、加速放題レールガンの発動の方が一瞬早い。

 力を加減し、動いたのはほんの数メートルほど。

 しかし、ボクサーの狙いを外すには充分。

 目標を失ったボクサーが吹き抜けていく。その上昇が限界に達したところで、加速放題レールガン。身動きのとれないボクサーに切り込んでいく。

 俺は勝利を確信し――だが、ボクサーは、得たりとばかりに笑った。

 ボクサーが身を縮ませる。今度はこちらが吹き抜けて行く軌道。行きがけの駄賃に、蹴りを打ち込む。

 それより、わずかに速く。

 急速に、ボクサーの体が伸びあがってきた。

 無駄なこと、地面を噛んでない状態で、活きたパンチが打てるものか。

 構わず打ち込む。

 それが、仇となった。



魔法仕掛けの足グレイトフット



 パンチが肩口に命中した。刹那。

 強烈な衝撃とともに、吹き飛ばされた。否応なしに体が回転し、切りもみ状態で天地を失っているうちに、地面に突き刺った。

 すかさず身を起こす。地面がコケに覆われていたおかげで、衝撃自体はたいしたことはない。

 だが、肩に喰らった一撃は効いた。

 痛みは当然として、当たり所が悪かったのだろう。強い痺れで右腕が言うことを聞かない。

 それでも、こちらの蹴りで狙いがそれた結果だ。もし頭に喰らっていたら、間違いなく沈んでいた。

 間違いなく生きたパンチ。それを為したのは、足。

 おそらく、空中を蹴る念能力。

 シンプルだが、やっかいな能力だ。空中戦の利点が消えたと思ったほうがいい。

 考えている場合じゃない。着地したボクサーが、すかさず襲いかかって来た。

 強いステップイン。



 ――ストレート!



 読んでしゃがみこむ。

 大砲のような拳圧が、空気を焼いていった。

 間一髪。だが。



魔法仕掛けの足グレイトフット!!」



 ボクサーの体が、斜めに傾いた。

 そんな体勢から撃てるはずが――加速放題レールガン

 本能の赴くまま、体を後ろへ逃がす。

 激しい衝撃が、地面を炸裂させた。

 ヒカリゴケで覆われた地面に闇の線を刻みながら、やっと二本の足で地面を踏み締める。どっと冷や汗が流れた。

 きわどかった。

 ボクサーの持つどのようなパンチも届かない死角だったにもかかわらず、パンチは俺の残像を貫いた。

 おそらく、敵の念能力の、これが本命。

 ボクシングはルール上相手の上半身前面しか打てない。自然、パンチの打ち方も、それに特化している。

“ボクシング”で戦う以上、どうしても出来る攻撃の死角。だがそれも、空中を蹴ることが出来るなら、消える。

 空中戦を行うためなどではない。“ボクシング”で戦うための、これは念能力なのだ。

 強敵だ。しかもジェルなどにはなかった“信念”を感じる。



「――っ!」



 いきなり目の前に、ドリルが打ち込まれた。次いでツンデレの体が吹き抜け――ピンと張られた金髪が、それをとどめた。

 ツンデレは、片膝をついて着地する。

 敵の攻撃に吹っ飛ばされたらしい。



「やれるか?」



 尋ねる。が、愚問だった。



「冗談」



 ツンデレの瞳が、燃えている。

 ロリ姫が腕を組んで、相手をにらみ据えている。



「ちょっと油断しただけ。あんな三下、すぐに四つ折りにしてやるわよ」



 おそらく、それはおのれを奮い立たせるための言葉。

 だが、その言葉が俺の心にも火をつける。



「征くぞ小娘。心してかかれ。二対一で遅れを取る様な無様は、許されぬ」

「――ええ」



 ツンデレが征く。俺も休んでなどいられない。



“練”



 オーラを奮い起こす。



「へっ」




 ボクサーの、喜ぶような声。

 呼応するように、相手のオーラも膨れ上がった。

 思考しろ。

 オーラ量はほぼ互角。にもかかわらず、これほどの痛撃を食らうのは、純粋な筋力だけの問題ではない。念能力系統の差。

 おそらく相手は強化系。

 だが、あの能力。魔法仕掛けの足グレイトフットは放出系、ないし操作系の念能力。

 習熟度を考えれば、無制限に空中をかけ回れるわけではないと見た。

 接近戦では、あきらかに分が悪い

 なら。

 ボクサーの拳が迫る。それより早く、上空に向け加速。ボクサーは迷わず追ってくる。誘いに乗ってきた。

 避けるように、軽く加速。

 追うようにボクサーは空中を蹴ってきた。それを避け、さらに天へ向け、加速する。

 一蹴り、二蹴り。

 敵は迷いなく追ってくる。それを――加速して側方に逃れる。

 ボクサーの目に、わずかにためらいが浮かんだのを、見逃さない。そろそろ限界か。追ってきたボクサーから逃れ、さらに加速。

 今度は下方。ボクサーを掠めて地面に向かう。

 相手は追ってこない。

 地面を蹴って折り返し、敵の懐へ飛び込む。

 だが。ボクサーの足が空を噛む。



 ――フェイントか? だが、呼び込みが甘い!



 逃げるのではなく、むしろ前に――加速放題レールガン

 拳をが飛び出すより速く、二段加速で敵に衝突する。

 だが、崩れない。倒しきれない。この大男のタフネスを、見誤っていた。

 代償を求めるように、ボクサーの両腕が後ろに回された。

 逃れる暇もない。

 体が締め上げられる。骨がきしむ。

 強化系の力だ。このまま締め落とすのも、容易いだろう。

 だが。

 こちらから、相手の体に抱きつく。そのまま体勢を入れ替え――加速放題レールガン

 地面に向けて、加減なし。

 意図に気づいたボクサーがもがく。

 だが、遅い。

 逃げる暇も与えず、ボクサーの脳天を地面に打ちつけた。

 今度こそ、確かな感触。

 充分にそれをかみ締めて、跳び退る。

 地面に杭のように突き刺さっていたボクサーは、ゆっくりと崩れていった。

 そのまま、微動だにしない。

 勝った。

 小さく拳を、握りこみ。



「よしっ! 大勝利!!」



 ツンデレの高ぶった声が聞こえてきた。

 見れば三下は、ツンデレに足蹴にされ、目を回していた。ドリルにまで突きまわされているのは、すこし哀れな気もするが。

 ともあれ、これで勝った。

 ということは、当然、黒幕が出てくる算段だろう。

 その予測どおり、それは、虚空から現われた。

 闇に沈んで、見えない。だが、纏うオーラは、強大そのもの。



「素晴らしい」



 ぱちぱちと、手をたたきながら、そいつは闇から現われた。






[2186] Greed Island Cross-Another Word 16
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:84e5b3f4
Date: 2008/06/16 01:12



 闇から現われたのは、三十がらみの男だった。

 黒いサングラスに黒のスーツ。灰色の髪を乱暴に後ろに撫でつけている。

 中背だが、分厚い筋肉のせいで着膨れしているように見えた。



「誰だ」

「戦いの仕掛け人さ」



 誰何に答えたその声は、先ほど聞いた声と同じ。

 だが、直に感じられる威圧は、別物のように強い。



「勝ったほうを誘おうと思っていたんだ。お前ら、俺の仲間にならないか」



 唐突に、男はそんなことを言ってきた。



「一体、何者なの?」



 ツンデレは警戒する様子を隠さない。

 対して男は口の端を吊り上げた。獣の匂いのする、不敵な笑みだ。



「名をブランと言う。開発者――Greed Island Onlineの作り手さ」



 衝撃に、一瞬、思考が凍結しこおった。



「Greed Island Onlineの……作り手?」



 呆然と、言葉を繰り返すしかない。



「ああ。そうだ」



 そんな俺に対し、男――ブランは笑みを深めた。



「だから巻き込まれた奴らを、もとの世界に還す義務がある。俺は、そう思ってる」

「……どうやって?」



 思わず、疑念を漏らした。こちらの世界に来た同胞、およそ三百人。手に余る人数だ。

 返ってきたのはあきれ混じりのため息だった。



「おいおい。学校じゃないんだぜ? ちっとは考えろよおぼっちゃん――おい。あんた、どうやったらこの世界から還れると思ってる?」



 男の問いは、意外なものだった。

 とはいえ、こちらの飛ばされてから八ヵ月、常に考えていた疑問だ。答えは口をついて出た。



「“帰還リープ”」

「そんなの、“帰還リープ”を使うしかないじゃない」



 ツンデレと、言葉が重なった。



「三十点だ」



 ブランの指が三本、立てられる。



「“帰還リープ”の効果ってのは、ゲームの外へ帰還する、だ。だが考えてもみろよ。それをどこで使う? ゲ-ムの外で使って、はたして効果はあるのか? だからといってグリードアイランド内で使っても、こちら側・・・・のゲームの外に出るだけじゃないのか?」



 否定しようがない。

 ブランの言うとおりだろう。“帰還リープ”の効果を厳密に考えるなら、このスペルカードでもとの世界へ還ることは出来ない。

 いや。

 そうではない。男は三十点と言った。俺たちの答えに、真実が含まれていると言うことだ。

 “帰還リープ”がもとの世界への帰還に絡んでいるのは間違いない。

 そうして考えると、ひとつの道筋が見えてきた。



「……入ってきたときと同じ状態。すなわち正当な手段を経ずにゲームに進入し、そのうえ外に出る条件を満たす」

「そうだ。やれば出来るじゃないか――だったら」



 男の唇がめくれ上がり、犬歯が露出した。



「俺たちがどんな方法をとってきたか、判るだろう?」



 ああ。いやになるほど分かってしまった。こいつはジェルの仲間だったのだ。



「……ゲームの外に出るもうひとつの条件。すなわち、プレイヤーを死亡させる」



 はき捨てる。

 グリードアイランドにプレイヤーの死を認識させれば、中身は元の世界に戻れる。

帰還リープ”を手に入れる労力と比べれば、はるかに容易い。

 確かに、効率的な手段だ。納得してしまった自分に腹がたつ。



「あらためて聞くぜ? 坊主、お前俺たちの仲間にならないか」



 その問いに対する答えは、もう出ている。



「ふざけるな」



 湧き怒る怒りを、言葉にして叩きつける。



「俺たちに同胞を殺す片棒を担げというのか? 第一、あのジェルがそんな義務で動いていたとは思えない」



 あいつは、あきらかに殺しを楽しんでいた。



「確かにそうだよ」



 ブランは苦虫を噛み潰したような顔になる。



「ジェルや、他の奴らも、楽しんでやってる奴らが多い。怖いねえ。バーチャル感覚だ……ま、だからこそお前みたいな奴が欲しいんだけどな」



 なんだろう。

 こいつの考えは、ジェルなどに比べればよほど健全だ。やり方こそ肯定できないが独特の“理”がある。信念すら感じる。

 だが、それ以上に。ブランからはたとえようのないゆがみ・・・を感じた。



「ひとつ、聞きたいことがあるわ」



 ツンデレが、乾いた声あげた。洞内の湿気以上に、渇きを覚える。



「何だ?」

「こちらに留まりたいって人もいたんじゃない?」



 その質問に、男は鼻を鳴らした。



「ああ、いたな。向こうにいても良いことはない、なんてほざいてた奴らが」



 ブランの声には、明白な侮蔑の響きがある。



「そいつらは」

「殺したよ」



 あっさりと、男は答えた。本当に何でもないと言うような、一言。



「てんでガキだ。むこうに残された親兄弟や友人知人、そんな奴らのことを考えもしやがらねえ。ほんとなら知ったこっちゃないんだがな。こんな状況に放り込んだ責任上、ガキの面倒くらいは見ねえとな」



 ツンデレが唇を噛んだ。

 俺たちがここにいると言うことは、むこうには居ないと言うことだ。肉親を、友人を、あるいは恋人を、突然失った人間がいると言うことだ。

 なら、無理やりにでも戻すことは、おそらく正しいのだろう。

 だが、そのために殺す。そんな行為が、はたして許されるのか。



「……お前も、とっくに狂ってるよ」

「だろうよ」



 事もなげに、男は肯定した。おのれの狂気を、平然と是認した。

 絶対に許容できない。

 たとえそれで救われる人がいたとしても、俺はこいつを。



「――許せない」

「お前は、ここで倒す」



 ツンデレの言葉を継ぐように、覚悟を口にした。ロリ姫も、想いは同じ。応えるようにドリルがうなりをあげて回転する。



「そうか。残念だ」



 それも、わかっていたのだろう。当然と言うように、ブランは背広のポケットをまさぐりだす。

 取り出したのは、ハサミだった。何の変哲もない、ただのハサミ。



「これか? ただのハサミだ。念能力じゃない」



 男はハサミを手の内でもてあそぶ。



「これは――こう使うんだ!」



 ハサミが熔けた。熔けて腕を流れていく、と、そう見えた。

 次いで腕が伸びた。いや、鋼の光沢に覆われたそれは象の角のごとく反り返り、鋭く尖っていく。

 鋏。男の手首から先が、長大な鋏となっていた。纏うオーラも、凶暴なまでに研ぎ澄まされている。



「あらゆるものと融合する能力。“九十九神ザ・フライ”――いくぜ」



 男の屈めた足が、爆発的に伸びあがった。

 十メートルほどの距離を一瞬でつぶし、大鎌のような腕がまっすぐに伸びてくる。

 速い。とっさに半身になって避ける。

 その右耳を掠めて刃が通り過ぎ――逆再生のように戻っていく。

 二段突き。たまらず退がる。

 そこに、横薙ぎの一撃。男の左湾曲刀うでがうなりをあげる。

 巻き込まれる――寸前。



「アズマ!」



 高質量の物体同士が衝突する、重い金属音。ツンデレのドリルが男の刃を弾き飛ばした。



「ちっ」



 舌打ちとともに、ブランが退いた。

 危ない。いまのは紙一重。加速も間に合ったか怪しいタイミングだ。

 リーチが長い。受けることも出来ない。やっかいな鋏だ。その上ブラン自身、強い。



「どうした。こんなもんで手も足も出ないようじゃ、見込み違いもいいところだぜ?」

「なにを!」



 ツンデレが怒りの声をあげた。

 応えるように、高速回転するドリルが、男に襲いかかる。



「――ふんっ!」



 気合声とともに、ドリルだったものが地面に落ちた。男の鋏に一刀両断されたのだ。ロリ姫のドリルは、もとは岩石。とはいえ、念で強化され、さらには高速回転しているのだ。それを斬るとは、おそるべき鋭さ。

 だが、同時に。ツンデレの拳が鋏に突き立てられていた。

 オーラを破壊するツンデレの能力。その威力を証明するように、ブランの腕から伸びた大鋏が消滅する。もとに戻ったハサミが、コケに覆われた地面に突き立った。

 もう一方ドリルがブランに突き刺さる。

 弾かれたように、男は闇の際まで吹き飛ばされた。



「やった!?」

「いや、油断するでない」



 拳を振り上げたツンデレを、ロリ姫がいさめる。



「つっ」



 あっさりと、ブランは立ち上がった。スーツこそ腹の辺りでらせん状に破れているものの、本人にダメージは見られない。



「除念か念能力の無効化か。こりゃいい」



 言ってブランは、犬歯を見せる。そして懐から取り出したのは――銃。

 まずい。

 見る間に、男と銃が融合する。ブランの半身が、丸ごと銃のようになった。右腕が銃口。それが、こちらにぴたりと照準を合わせている。

 つんざくような音と衝撃。銃弾が放たれた。



「おおっ!!」



 同時に、ロリ姫がドリルを繰り出す。

 銃弾と、ドリルの先端が合わさった。

 衝撃が、肌を裂いた。火花を立て、せめぎあう両者。



「っ負けるものかぁ!!」



 ロリ姫が吠えた。

 ツンデレの髪の一房が地面に伸び、ドリルを作る。それが、銃弾を側面から襲った。

 わずかに軸がずれる。

 銃弾はドリルの側面を滑り、吹き抜けていく。

 背後で炸裂音が響く。

 ふいに光がさした。

 銃弾が壁をくりぬき、地上まで貫通したのだ。とんでもない威力だ



「っはあっ! はぁっ!」



 ロリ姫が肩で息をしている。相当オーラを消耗したらしい。

 見れば、ドリル全体にヒビが入っていた。

 ヤバイ。

 弾いても消耗が激しすぎる。銃弾は、あと何発残っているのか。自動式拳銃なら最低でもあと――考えるだけ無駄だ。あきらかに許容量を超えている。

 どうするか。

 すこしの逡巡の後。



「ロリ姫」

「アズマ」

「ツンデレ」



 三人の声が揃った。

 視線が、すべてを語っている。おそらく想いは同じ。ならば、迷う事はない。



「ふたりとも、俺に命を預けてくれるか」



 その言葉に、二人は笑顔をそろえた。



「もちろん」

「無論じゃ」



 後ろからツンデレを抱く。へその辺りで頑強にフック。

 ツンデレの二本の髪が地面に撃ち立つ。それが、ひとつの巨大なドリルと化す。



 ――加速放題レールガン



 敵にめがけて一直線。迷う事はない。全速の加速放題レールガン



「そうだ! そうでなくっちゃな!!」



 男の顔が歓喜に歪む。

 たて続けに、銃声が聞こえた。

 とたんに衝撃。

 だが、そう簡単に壊れはしない。この覚悟が、砕けてたまるものか!

 二度。衝撃が後ろに流れていき、そして轟音。

 銃弾とドリルの先端が、がっきと噛みあう。

 ドリルが、壊れる。ロリ姫に限界が訪れたのだ。だが同時に、銃弾もまた、微塵と化した。



「いけっ! ツンデレ!」



 フックを外す。加速を受け、ツンデレが矢のように飛ぶ。

 次射より速く、ツンデレの拳が銃身に突き刺さった。



「やるな! 相打ちか」

「――いや」



 ブランの言葉を否定する。

 すでに、この手には勝利の鍵が握られている。

 地面に落ちた、男の所有物であるハサミが。



「俺たちの勝ちだ」



返し屋センドバッカー”、“加速放題レールガン”。必中の一矢を、全オーラを込めて放つ。

 その速度は音を切り裂く。



「甘い!」



 男は神速の反応でハサミを避けた。



「――甘くはないさ」



 言葉の意味を悟らせる暇も与えないままに。

 高速をもって、ハサミの刃が男を貫いた。



「ぐっ」



 ブランの膝が落ちる。ハサミは男の背中から、おそらく内臓を傷つけている。

 すでに戦闘不能だろう。



「勝負あったな」

「いや参った。やるじゃないか。ますます欲しくなった、が。まあ、とりあえずは置いておこう」



 怪我など無視するように、ブランは笑って見せた。痛みを感じていないはずはない、どころか、下手に動けば命を縮めかねない状況で。



「逃がすと思うか?」

「さてね。どうする? ミナミ」



 構える俺たちなど無視するように、男は虚空に声をかけた。



「――別に、お前の好きにすればいい」



 応えるように。そいつはいきなり現われた。

 高速移動とか、気配を消していたわけじゃない。完全に居なかった。



「じゃあ、とりあえず尻尾を巻いて逃げるか」

「逃がすわけないでしょっ!!」



 ツンデレが飛びだす。

 ミナミと呼ばれた男は、ブランをかばうように立つ。そこへ、ロリ姫のドリルが襲いかかった。

 ミナミは、動く気配もない。



「――移送放題リープキャノン



 眠たげに、そいつは言った。

 瞬間。大岩がツンデレに衝突した。いや、いきなり出現した大岩に自ら突っ込んだのだ。

 ツンデレは、倒れて起き上がる様子もない。ロリ姫も、消耗が過ぎたのだろう。姿を見せない。

 息をのむ。

 移送放題リープキャノン。物質を、瞬間移動させる能力。

 そんな馬鹿な。ありえない。



「あばよ、また来るぜ。それまでにまた、考えといてくれよ」



 ブランが懐から出した紙を破きながら、口の端を吊り上げる。

 ブランの姿が、かき消えた。



「おい」



 訪れた静寂に逆らうように。ミナミに、声をかける。

 声が震えていた。



「お前は誰だ」

「さて」



 心底どうでもいいというような、そんな様子だ。



「その能力、移送放題リープキャノンは俺の考えた能力だ」



 そして、それを知る者は、たった一人しかいない。この世で、たった一人しかいないのだ。



「そうか、おまえか」



 そこで、ようやく。ミナミは感情らしきものを表した。

 背筋が凍った。それほど凄絶な笑みだった。



「それは、素晴らしい」



 口癖のようだった、あの人の言葉。それを残して、ミナミは消えた。

 あとに残されたのは、地に伏す三人だけ。



「なんなんだ。どうしちまったんだよ」



 歯軋りの音が聞こえた。俺の口からだった。






[2186] Greed Island Cross-Another Word 17
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:ba62d67b
Date: 2008/08/13 09:13


 しばらくして、ツンデレが目を覚ました。

 覚悟は、とうに定まっていた。



「ツンデレ」

「いたた――なによ」



 ツンデレはぶつけたところが痛むのか、頭を抱えながら返事してきた。

 ロリ姫は、まだ目覚めていないのだろう。ツインテールは力なく垂れ下がっている。



「話がある」



 そう言って、ツンデレと正面から向きあった。ツンデレは怪訝な視線をこちらに向けてくる。



「あらたまって、いったいなに?」

「ブランとミナミ」



 その言葉に、ツンデレの眉がはねた。



「あいつらは強い。いまの俺じゃ、逆立ちしてもかなわない。でも、俺はあいつらを、あいつらのやることを絶対に許せない」



 だから、止める。そのために、強くなりたい。強くならなくちゃならない。あいつらの傲慢を支えるその実力ごと、あいつらを叩きのめすために。

 だけど、それは確実に、遠回りになる。もとの世界に還る――俺たちの最終目標から。

 それでも俺は頼まなくちゃならない。ツンデレに、力を貸してくれ、と。

 至極都合のいい話だ。

 いままで助け合ってきたのは、もとの世界に還ると言う共通目標があったからだ。などと言い切るつもりはない。そんなことを抜きにしても、ツンデレは大切な仲間だ。

 だが、俺たちのつながりの根幹にあるところはそれで、この件は、それとはまったく関係ない。俺の、単なるわがままなのだ。



「勝手な話だと思う。だけど、頼む。お前の時間を、俺にくれ」



 頭を下げた。

 表情を見るのが怖くて、とても頭を上げられない。

 時が止まったように、静寂が流れる。

 ツンデレのため息が落ちてきた。



「――ほんとに勝手ね」



 見上げると、ツンデレの苦笑が目に映った。



「目的がどうとかなんて、関係ない。すっと前から、わたしは、あんたのこと……っな、仲間だって思ってるんだから!」



 ツンデレは腕を組んでそっぽを向いてしまった。顔が赤い。

 なんだろう。

 ちょっと感動してしまった。



「まったく、お前の時間を俺にくれ、なんてプロポーズじゃないんだから……」



 なにやら小声でつぶやいているツンデレに、感謝の言葉を送ろうとして。



「あーあー、そこのストロベリってる少年少女たちー?」



 いきなり、横合いから声が投げかけられた。

 声のほうを振り向く。なんかいた。

 ブランが洞窟に開けた大穴。そこからこぼれる光を背負って、腕組みしている。

 逆行の中でも悪目立ちする、メイドとシスターの融合体のような奇天烈な姿をした銀髪の女だった。

 いきなりの登場に目を見開く俺たちを前に、女がふたたび口を開く。



「力が欲しいか。なら、くれてやるーなんちってー」



 沈黙が流れた。軽い。つか誰だよ。どうすんだよ、この空気。



「私は――うわっ!?」



 女の言葉をさえぎるように、光の塊が飛んできて地面に突き刺さった。

 この現象には見覚えがある。グリードアイランドでの移動系の呪文だ。

 身構えたのは一瞬。光が消えたとき、現れたのはよく見た顔だった。

 剣呑な怒りのオーラを漂わせたシュウと、その哀れな犠牲者だった。たぶんとっつかまってスペルカードを使わされたんだろう。小動物のように震えている中年のプレイヤーには同情を禁じえない。

 ちょうど折悪しく、地面に倒れていたボクサーが息を吹き返した。



「っ痛てー。あー。負けたか」



 ボクサーはそう言って、存外平気そうに半身を起こしてきた。あの手ごたえなら半日は起きないだろうと思っていたのだが。タフな男だ。



「おい、レット。起きろ」



 ボクサーはシュウには気づかず、隣で大の字になって寝ている青年をつつく。

 ツンデレに倒された青年は、むにゃむにゃと口を動かした。ガン寝してやがる。素晴らしい。



「うーん。そんな、ユウさん。そんなところ……」

「うらやましい夢みてんじゃねえよ、起きやがれ!」



 今度は拳骨がレット青年の頭に落ちた。

 青年は頭を押さえて転がりまわった。



「――何するんスか!? せっかくいい夢みてたのに!」

「阿呆。敵にやられていい夢みてんじゃねぇよ」

「っと、そういや戦いはどうなったんスか?」

「この状況見て察しろよ。ボロ負けだよ」



 見事なまでに、シュウの存在に気づいていない。コントのようだ。あるいは見たくない光景に、脳が理解を拒絶しているのかもしれない。

 無視されたシュウのオーラが、また跳ね上がった。恐ろしすぎる。



「言いたいことはそれだけか?」



 冷えた声が、洞窟を吹き抜けていった。



「し、シュウさん」



 青ざめた顔のレット青年。歯の根が合ってない。



「これは――マッシュが悪いんスよ! ユウさんに点数稼ごうとして、シュウさんとの待ち合わせあるのにカード集めようとか言いだして!」

「それに乗ったのは誰だよ」



 ボクサー、マッシュのほうは慌てず冷静に、相棒を共犯の泥沼に沈み込めていく。すでに言い逃れるのはあきらめているらしい。

 意外だ。まさかシュウにこんな愉快な仲間が居ようとは。



「だいたいあんた、その年でユウさんとか犯罪寸前じゃないすかこのロリコン!」

「ロ……リ?」



 小声で言ったシュウの言葉は、ふたりには聞こえなかったらしい。だが、えり首つかまれた哀れなプレイヤーは、気当たりで気絶寸前だ。



「まあ、確かにユウは俺の歴代でも飛びぬけてお子様だけどよ」

「……お子様?」



 あのな、シュウ。俺らがさんざん苦戦したブランのオーラ量とか気軽に超えちゃいけないと思うんだ。あと声を押し殺して笑うな。こわいから。



「どうやら最も基本的なところから教育してやらなきゃいけないみたいだな」



 俺はあのプレイヤーのおっさんが哀れでならない。



「おい、シュウ」



 苦笑いをかみ殺しながら投げたものを、シュウは片手で受け止めた。その掌に収まったのは、古ぼけた手帳――グリードアイランド攻略の前任者、レンドの手記だ。



「アズマ!?」

「これは、グリードアイランド攻略の道半ばにして倒れた男の手記だ。使ってくれ」



 そう言うと、シュウは不審げな目を向けてきた。



「いいのか?」

「内容はもう頭にはいってる。俺たちはちょっと遠回りすることになったからな、一番にクリアするヤツに持ってて欲しいんだ」



 たとえいけ好かなくとも、シュウは一流だ。おそらく、グリードアイランドをいち早くクリアするのは、こいつだろう。

 どの道俺たちは、遠回りすることになる。だったら、この手記は彼らのもとにあるべきだ。

 妙な感傷かもしれないが、そうしなければならないと思った。



「礼は言わないぞ」

「言われたら気持ちわりいよ」



 互いに鼻を鳴らして。



「おい、同行アカンパニー、マサドラだ」

「は、はいっ!! 「同行アカンパニー仕様オン! マサドラ!」



 嵐は去っていった。



「タイプの違う三人の男たち……ないすきゃすてぃん!」



 そして変態が残った。



「私の名前はシスター・メイ」



 変態はそう自己紹介して来た。

 シスターでメイドだからシスターメイか。まんまな名前だ。



「Greed Island Onlineの開発にちょろーっと関わってた人なんだけど」

「あいつらの知り合いなの?」



 身構えるツンデレに、シスターは首をひねった。



「うーん、知り合いっつっても、モニタ越しでしか知らないような仲なんだけどね。私としちゃあいつらのやり方はとうてい納得できないし、それで、何とかしたいと思ってたところで、ほら、あんたたちががんばってくれそうだったから」



 無責任な物言いである。



「あんたは何にもしないの?」

「俺たちの戦いを見張ってたのか? どうやって?」



 シスターに向けて、同時に疑問を口にした。



「そのふたつともの答えは、いっしょなんだけどね」



  シスターは俺に向かってに腕を突き出てきた。抵抗もなにもない。腕はそのまま俺の体をすり抜けた。



「こんな体……ってより、念能力だから」



 シスターは言った。



ガラス越しの世界スタンドアローン。常時発動の念能力。私は他人との物理的な接触が出来ない。だから、助けが要るの」



 なるほど。干渉できないかわりに干渉されない、そんな性質の念能力なのだろう。

 何もしないじゃなく、なにも出来ない。そしてそれゆえ、気配すら感じさせずに覗き見ていられたのだろう。

 だが、それでは、協力してもらうにしても……正直役に立たない。



「アドバイスが出来るよ。私の、もうひとつの念能力でね」



 俺の心の声が聞こえたわけではないだろうが、シスターはそう言って笑いかけてきた。その目が淡く輝いて見えるのは、“凝”のせいだろう。



「そっちの仏頂面。あんたの念能力は放出系。物体を加速させる念能力。人にも使えるけど、強いオーラで守られている相手には使用出来ない。弱点は――その精度の低さ。二メートル程度の距離で、狙ったところから十センチも外れてたら、戦闘じゃお話にならない。ま、工夫して使ってるみたいだけどね。
 もうひとつの能力、所有者に持ち物を返す念能力も、実戦的とは言いにくいわね。あくまで一番強く残存しているオーラで判断する念能力だから、所有者が次々と入れ替わっていたり、オーラの強い人物に“上書き”されると意図しない結果になる場合もあるだろうね」

「……同感だ」



 痛いところをずばりだ。



「ツンデレちゃんのほうは、物理的な衝撃を、オーラに対するものに変換する――つまりオーラを攻撃する念能力ね。除念として使うにはいいけど、やっぱり戦闘ではいまひとつかな? 相性に極端に左右される念能力ね。具現化、操作系には強そうだけど、強化系とは相性が悪過ぎる。ドリルの彼女がいなかったら、さっきの情けない男の子にも勝てなかったはずよ」

「う……」



 ツンデレは言葉に詰まった。おそらくその通りだろう。

 念能力の特徴、本質を、ことごとく言い当てている。観察力だけじゃ済まない。そう言う念能力に違いない。



分析解析一析サンセキ。この目で見た念能力を理解する念能力。たぶん、あなた達の念能力に関して、あなたたちよりよく知ってる――もちろん敵の能力もね」



 素晴らしい、としか、言いようがない。



「協力しない?」



 シスターは聞いてきた。ツンデレと目を合わす。迷う必要はなかった。






[2186] Greed Island Cross-Another Word 18
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:c95dfe0c
Date: 2008/07/26 23:45



 まず、グリードアイランドから出るべきだ。と、シスターメイは言った。

 何故か。問うまでもない。

 グリードアイランドには呪文カードがある。その中には、出会ったことのあるプレイヤーのもとへ移動するカードもあるのだ。



「加えて言うのならあのスカシ目――ミナミの念能力、移送砲台リープキャノンは、最大補足範囲が約百キロメートル。グリードアイランド内でならどこにでも現れることが出来るわ。まあ、だれそれのそば、とかじゃなくてきちっと三次元座標を指定しなくちゃいけないから、あらかじめ位置を知られてなければ、奇襲の心配はいらないんだけど」



 それゆえに、相手の襲撃を防ぐため、身をおくべき環境は考えぬかなければならないのだ。



「成る程、其れでお主等、こんな所に居る訳か」



 ロリ姫が深く頷いた。

 絶海の孤島である。周囲百キロ、陸はおろか人工的な建造物は、なにひとつない。よくこんなところがあったものだ。



「まあ、お主等がやると言うのなら、妾も異論は無いのじゃが……こやつは誰じゃ?」



 ロリ姫が半眼を向けた。その先にいるのは。



「金髪! 碧眼! 縦ロール! ロリ! お姫さま! 萌え!」



 語るまでもない。シスターでメイドさんと言う変態的なファッションに身を包んだ変態だ。



「ねえ仏頂面、この子もらってもいい?」



 ダメに決まってるだろう。

 何しに来たんだお前。

 そんな言葉を視線に込めてにらみつける。



「う、そんな目しないでよ。わかったわよ、修行でしょ? ちゃんと考えてあるんだから」



 シスターは視線を跳ね返すように胸を張ってみせた。

 まあ、嘘ではないのはわかる。この島に来るまでに、ブイやらパイプやら、わけのわからないものを大量に買わされたのだが、あれは修行に使う道具だろう。



「さて、ツンデレちゃんはまず、能力を防御にも使えるよう、練習してもらいます」

「防御に?」



 シスターの言葉に、ツンデレが目を見開いた。



「あなたの念能力は、物理衝撃でオーラを相殺するもの。だったら、理論的には敵の攻撃を自分のオーラで無効化することも出来るはずよ」



 なるほど。逆の発想というやつだ。

 相手の攻撃による衝撃を、オーラを破壊する力に変えれば、攻防力の調整さえ間違わなければ己のオーラで無力化することも可能かもしれない。

 いや、念能力を分析する念能力者であるシスターの言葉だ。可能なのだろう。



「ロリ姫ちゃんは、ツンデレちゃんに攻撃。ただし、最初は加減すること」

「判った」



 ロリ姫は頷いた。

 それにしても、俺やツンデレのときとは声色が違う。歪みなく変態である。



「仏頂面はあそこ、沖にブイが浮いてるでしょ?」

「俺が浮かべたんだ」



 聞きはしないだろうが、一応言っておく。

 この島に着くまえに設置させられたのだ。



「まあいいじゃない。あれに当てる訓練よ。目指すは百発百中」



 案の定聞いてない。あきらめてブイまでの距離を軽く目算する。



「……二百メートルほどか」



 石ころを拾い上げ、充分に狙いを定め――撃つ。石ころはブイから十メートルほど離れたところに波紋をつくった。まともに当てる事すら難しそうだ。



「これはあくまで第一段階。これが出来なきゃお話にならないんだからね」



 と、シスターには言われたものの、たやすいことではない。加速放題レールガンはそれほど燃費の悪い念能力ではないが、それでも

発動回数は三桁に乗らない。事実、初日は八十回ほどで限界に達した。ちなみに命中はたったの三回である。

 夕方になってツンデレと落ちあった。

 双方気が散るからといってシスターが別の場所で修行させていたのだ。

 青あざだらけの体を見れば、むこうも苦戦しているのがわかる。



「どうだ、調子は」



 尋ねると、ツンデレは辟易とした顔で息を吐いた。



「まだまだ。そっちこそどうなの?」

「道は遠そうだ」



 食事中にも互いに愚痴めいたことは言い合ったものの、弱音は吐かなかい。

 コツどころか、その手がかりさえつかめていない状態だが、これさえできれば自分は一段上に登れる。そんな妙な確信があった。ツンデレも同じだろう。

 ちなみに。

 目の前のケーキを奪わんとロリ姫が巨大な砂塊を振り上げているのだが、どうしたものか。



「はやく言えぇっ!!」



 声に出してしまったらしい。砂塊は地面を打ち、あとはケーキをめぐって壮絶な戦いとなった。

 保存効かないから、つぎいつ口に入るかわからないもんなあ。









 次の日から、鉄パイプを持たされた。

 やや細身だが、なんの変哲もない普通の鉄パイプだ。長さは一メートルほど。これを銃身に見立てて的を狙うのだ。

 むろん小石などでは、鉄パイプの内径に合わせることは難しい。そのために、パチンコ球を使う。手配したときはなにに使うのかと思ったものだが、なるほど、このために用意させたのか。

 理屈も、なんとなくわかる。射線を安定させる補助器具のようなものだ。

 鉄パイプをまっすぐブイに向ける。

 肩から鉄パイプの先端にいたるまで、一直線に固定する。射線がブイを間違いなく貫いているのがわかる。

 そのまま――撃つ。

 狙いたがわず、パチンコ球はブイに命中した。



「よし!」



 思わず、拳をにぎる。



「仏頂面、わかったわね?」



 背後から声をかけられた。

 見れば、いつの間にかシスターメイが来ていた。気配がないだけに、野生の動物より知覚が困難だ。



「ああ……これが、俺の欠点だったんだな」



 シスターが、なぜこんなことをやらせたのかわかった。



「あんたの弱点は、その照準の拙劣さ。いままであんたがやっていたのは、たとえるなら銃身のない拳銃でめくら撃ちしてたようなもの。そんなんじゃ、敵に当たるかなんて神頼みだわ」



 そう。俺の念能力は、まだ未完成だったのだ。

 照準が甘い。ずっとそう思い、それがこの念能力の特性だと思ってきた。だが、違ったのだ。



「その鉄パイプが、あんたの銃身バレルよ。手にしてなくてもその姿が目に浮かぶくらい、まずは使い込むことね」



 シスターの言葉を最後まで聞かず、射撃を再開した。

 胸が躍っている。強くなれる。俺の念能力を完成させる鍵が、見つかったのだ。

 じっとしていられるわけがなかった。

 連日、限界まで打ち込み、百発百中までいったのが2週間後。百六十回の試射すべてブイに命中させた。この頃にはすでに、鉄パイプは体の一部になっていた。



「ほぼ文句ないレベルまで来たようね」



 浜辺でぶっ倒れていると、シスターが声をかけてきた。

 にやついた軽い声も、すでに頼もしく聞こえるようになっていた。気の迷いかもしれないが。



「おかげさまでな。そう言ってくれるってことは、次の段階に行っていいのか?」

「ご明察」



 ぱちぱちと、拍手された。



「鉄パイプを使って撃つ。その感覚は、すでにあなたのものになってる。そろそろ手放してもいいころよ」



 その通りだった。鉄パイプがなくても、今の俺にはその冷えた感触が、重みが、姿が、知覚できる。見えないパイプが感覚としてそこにあった。

 なら、素手であろうと結果は同じ。

 勢いをつけて立ち上がり、がたがたの体で照準を定める。



 ――加速放題レールガン



 恐ろしいほどスムーズに、念能力が発動した。

 パチンコ球がブイに突き刺さった。

 偶然かもしれない。数千に及ぶ射撃に耐えていたブイは、そのとき破裂した。



「カリキュラムその一、クリア……で、いいのかな?」



 その問いに、シスターはにやりと笑って答えた。



「ええ。ふたりとも・・・・・、予定より一週間も早くね」



 その日の夜は、シスターの提案でお祝いとしてささやかなご馳走が食卓に乗ることとなった。

 保存食と島で取れる魚や果物に慣らされた舌にとっては望外の楽しみである。

 ツンデレが、ふたり分を胃に収めるハメになったのは言うまでもない。ロリ姫には世話になりっぱなしのツンデレなのだ。



「わたしの理想体重さん? どこにゆかれるのですか?」



 空ろな目のツンデレが、すこし哀れな気がした。



「ロリ姫タン。腹ペコキャラ……」



 へんたいしすたーはすこしだまったほうがいいとおもいました。









 翌日は、蓄積した疲労を回復するため、休暇をとるはずだった。

 だが、未明に一通の電子メールが届いた。

 助けを請う。急ぎ、ヨークシンまで来られたし。恩人からのメッセージだった。

 修行途中とはいえ、ほうっておけることではない。急ぎツンデレたちとも相談した。

 無論、ツンデレも助けに行くことに同意してくれた。ロリ姫も同様だ。



「男? ほっとけない恩人って男?」



 そしてシスターがウザイです。



「あんたな、そんなことしか考えられんのか」

「ふふ、正直そんなことばっかりですよ」



 開き直りすぎだった。



「たとえば、仏頂面とツンデレちゃんの中の人が両方男だったらとか……ご飯三杯はいけますよ!」

「気色悪い事言うな!」



 筋金入りである。



「まったく、頭の中は男ばかりか」



 ぼやくようにつぶやくと、シスターはすこし首をひねった。



「ロリ姫ちゃん、萌え!」

「黙れ変態」



 なんだかコミュニケーションをとるのがむなしくなってくる。

 ともあれ変態も、事情を聞けば文句は言わない。急ぎ船に飛び乗り、ヨークシンを目指すことにした。






[2186] Greed Island Cross-Another Word 19
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:c95dfe0c
Date: 2008/07/27 23:41



 ヨークシンに着いた瞬間、柄の悪い男たちの手厚い歓迎を受けてしまった。

 ちなみに、文字通りの意味である。



「ようこそ、アズマさん、ツンデレさん。お待ちしてやした」



 などと中腰になる黒背広を筆頭に、下へも置かぬ歓迎ぶりである。

 さすがに面食らったところへ、いきなり人の群れが真っ二つに割れた。モーゼの十戒の光景を見るようだ。



「お二人とも、お元気そうで何よりです」



 現れたのは白衣姿の老人――ヘンジャクの弟子の老医者だった。



「すみませんね、アズマさん。事情は車内で説明させてもらってよろしいか?」



 老医者の示すさきには、異様な長さのリムジンがつけてあった。

 確かに。強面の男たちを見回しながら思う。

 事情を聞いていられる状況ではなさそうだった。



「さて、どこから話したものでしょうか」



 ため息をついて、爺さんは説明してくれた。

 天空闘技場で別れてから、ヘンジャクは多くの人間を助けた。老若男女、身分の貴賎区別無くである。

 ところがその中に、本来死ぬ予定だった、死んでいなくては計算が立たない人間も含まれていて、それがどこかの組織の逆鱗に触れたらしい。

 ヘンジャクを恨みに思ったある組織が、とある暗殺者に殺人を依頼した。そんな情報が、同じマフィアンコミュニティーの人間から送られてきたのだ。



「その暗殺者と言うのが問題なのです」



 老医者は言った。



「ジグザグ――この名を、ご存知ですかな?」

「ジグザグ?」

「暗殺者を示す符丁です。最悪の、と言っていいでしょう」



 老人の言葉の端に、冷めた怯えがこびりついていた。



「質は、悪い。必ずと言っていいほど、ターゲット以外の死傷者を出しております。それでいて常に闇の名声を得ているのは、彼がどのような依頼であろうとターゲットを殺し損なったことがないからです」

「どんな依頼でも?」

「どんな依頼でも、どんな状況でも、です」



 老医者は言い切った。



「それに、正体がまったくつかめない。死んだかと思えばまた別の姿で現れる。神出鬼没にして変幻自在。相手を走り回らせて混乱に乗じてターゲットを仕留める。その手口から、ジグザグの名はつけられたのでしょう」



 老医者は再びため息をついた。

 ジグザグ。ジグザグに動き回り、ジグザグに動き回らせ、相手を殺す暗殺者。ヘンジャクは厄介なものにつけ狙われているらしい。



「いま先生は、とある場所にかくまわれております。先生がお世話した、さる方の別荘でして」



 そのさる方と言うのが、マフィアのボスであることは、想像に難くない。

 あの黒背広たちを見れば一目瞭然である。



「油断できない状況です」



 老医者の一言が、事態が切迫していることを物語っていた。









 屋敷に着くと、護送するようについてきていた車の大半が、回れ右をして来た道を帰っていった。



「数を頼りに守りを固めておりますと、相手の思う壺ですので。残っていただくのはある程度実力のある方だけなのです」



 そういうことらしい。屋敷の前に残った黒服は三人。いずれも身のこなしから、相当できる・・・とわかる。



「どうぞ、お入りください」



 老医者に案内されて、屋敷の中に入った。

 ひやりとした空気が、肌をなで、思わず身震いする。冷房が効き過ぎているようだ。地階の奥まった部屋に、ヘンジャクはいた。

 極上のソファに腰をかけ、茶色い液体に口をつけている。ここからでも甘いにおいが香ってくるシロモノを珈琲とは呼びたくない。いくつ砂糖を入れてるんだ。

 黒服を二人、背にはべらせている姿は女王様――と言うには、やはり身なりが悪すぎる。ろくに梳かしてないぼさぼさの髪を無造作にひっくくり、薄化粧すらしてないのだ。胸がでかいのが、まだ救いと言えよう。



「おう、久しぶりじゃないか」



 ヘンジャクはひょいと片手を挙げ、口の端を曲げた。



「右手の調子はどうだい?」



 知らねえよ、このエロ医者。

 命を狙われてるというのに、ちっとも変わってやがらん。



「そのナチュラルなセクハラ発言――できる!」



 お前は何で主人公キャラのポテンシャルに戦慄するライバルキャラみたいな顔してんだよ変態シスター。



「それにしても、この上さらに女を増やすとはね。腎虚にならないか心配だよ」

「あんたはどうしても俺をエロキャラにしたいようだな!」



 第一ナチュラルにロリ姫まで数に入れてないか?



「まったく、ある意味相変わらずのようだな」



 もはやあきれすら通り越した。



「ジンキョってなに?」

「それはね、せい――」

「そこの変態! 教えんな!」



 ツンデレになに教えようとしてやがりますかこの変態シスターは。



「おーこわ。そんなに青筋立てて怒んなくてもいいじゃない。ねえ、ツンデレちゃん?」

「そうよ。ジンキョ、教えてくれてもいいじゃない」

「保護欲全開だね。この年頃の少女なら教えても問題ないと思うがね」

「そーだよ仏頂面のかほごー。黒服たちに掘られちゃえばいいんだー」



 俺に味方はいないのか。つかこの変態どさくさにまぎれてなに言ってやがる。



「何だかよく分からんが、察するぞ」



 ロリ姫に励まされた。人の情けが身にしみる。

 その気遣いをほかのやつらに分けてやってくれ。



「……やはりロリか」

「こらそこの変態シスター、ロリとか言ってんじゃねえ」

「だって、男女がだよ? 一ヶ月近くも無人島で一緒に住んでてなにもないっておかしくない?」

「馬鹿なことをまじめな顔で言うな」

「その話、詳しく聞きたいものだねぇ」



 エロ医者まで入ってくんな。収拾つかねぇよ。



「――よろしいですかな!!」



 いきなり。じいさんの大音声が喧騒を吹き散らした。



「先生、いまは暗殺者に対する術を講ずるのが火急事と存ずるのですがいかが」



 有無を言わせぬ迫力である。さすがにエロ医者と変態シスターも首をすくめた。



「まったく、先生は命を狙われていると言う自覚をお持ちなのですか」

「いや分かった。悪かったよ」



 エロ医者は平謝りである。少しいい気味だった。

 さておき、とりあえず部屋の間取りとセキュリティーの類を図面で見た後、屋敷を見て回ることにした。

 実際に歩いてみてどこになにがあるか把握しておく必要を感じたのだ。

 といって、エロ医者を放置しておくわけにもいかないので、ツンデレとシスターには残ってもらった。

 じいさんに案内され、部屋を見て回る。

 と。唐突に、銃声を聞いた。



「アズマさん!」



 じいさんの声を聞くよりも早く、とっさに走っていた。

 断続的に発砲音が続く。

 その発生源を求め、庭に飛び出したとき、すでに銃声は止んでいた。

 倒れているのは三人の男。そのすべてが絶命していると知れた。そのうち二人は黒背広である。いずれも傷は頸部のみ。頚動脈をナイフで一撃されていた。

 残る一人は、うって変わってひどい状態だ。全身くまなく銃弾――しかも大口径のものを浴びて、人の形をとどめていない。両手と右足が千切れ飛び、頭は丸々吹き飛んでいる。おびただしい血の臭いに、吐き気がした。



「すまない。ここの掃除を」



 血の絨毯と化した庭の後片付けを黒背広たちに任せて、逃げるようにじいさんと中に避難した。



「なにがあったの!?」



 肺に残った臭気を吐き出すように深呼吸していると、様子を見に来たツンデレたちと出くわした。



「見ないほうがいい。敵が襲ってきて二人死んで、敵はミンチになった」



 聞いただけで、ツンデレの顔が青ざめている。

 ロリ姫やシスターは平気な顔をしているが。



「それってジグザグ? にしちゃあっさり死んで……」



 シスターが首を傾ける。



「おそらく、ジグザグの手の者かと。手探りに送りこんだのでは?」



 じいさんの推測が、正しいものに思える。

 と、そのとき。黒背広の一人が屋敷に入ってきた。



「うっぷ」



 嘔吐を我慢しているのだろう。口を手で押さえながら、奥に小走りで駆けていく。

 さすがに、マフィアの武闘派でも、あんな死体の始末は精神的にきついものがあるか。

 ツンデレはそのさまを青ざめて見送っている。



「仏頂面! 追いかけて!」



 いきなりシスターが叫んだ。

 この状況でこんな言葉が出て、その意味が分からないはずがない。



あれ・・か!?」

あれ・・よ!!」



 言葉にするのももどかしい。黒背広、いや、それに扮した刺客・・・・・・・・を追いかける。

 すでに刺客はヘンジャクの部屋の扉を開けようとしている。

 

 ――くそっ!



 とっさにポケットからパチンコ玉を取り出す。



 ――加速放題レールガン!!



 風切り音は一瞬。

 狙いたがわずパチンコ玉は刺客の、右のくるぶしに命中した。

 刺客はつんのめって膝を落とした。



「先生っ!!」



 爺さんが走っていく。

 狙いをつけるのに、足を止めたおかげでじいさんが先行する形となった。



「ツンデレ! 頼む!」



 言いながら、駆けだす。

 猛然と突き進む二人をまったく避けようとせず、刺客はにやりと笑って――己の首をかき切った。



「ひゃひゃひゃびゃひゃひゃはらびゃあ!!」



 空気と血泡の混じった狂笑をあげながら、血の海に沈む刺客に、思わずみな凍りついた。

 屋敷中が静まり返る。



「先生っ!?」



 我にかえった老医者が、部屋に駆け込む。



「――仏頂面! あのお爺さんを止めて!」



 考えもしないシスターの言葉に一瞬、動きが止まり。



「じいさん!? どうしたんだ!」



 ヘンジャクの悲鳴が聞こえた。



「あいつは相手を乗っ取る・・・・・・・念能力者よ!」



 シスターの言葉に、やっと足が動く。

 すでにはヘンジャクに襲いかかっている。

 遠い。

 五メートルほどの距離が、限りなく遠く見える。



「このぉっ!!」



 先行していたツンデレが壁をドリルと化し、さらに微塵に砕いた。

 壁がなくなり、最短距離をツンデレが突き進む。

 ぽっかりと開いた穴から、姿が見える。

 ヘンジャクと、襲いかかる老医者との間に巨大なドリルが割り込んだ。

 瞬間。

 老医者の足元でオーラが炸裂し、その体が真横に吹き飛ぶ。その先にあるのは――窓!

 止める間もない。老医者の体は窓の外に吸い込まれていった。



「じいさん――!」



 青息をつきながら、ヘンジャクは唇をかみ締めた。

 みな、血の気が引いている。

 ほんの数十秒の間の、取り返しのつかない出来事だった。









 その日の夜、一通の手紙が届いた。



 ――爺の命が惜しければ一人で来い。



 ヘンジャクを止めるすべを、俺たちは持っていなかった。






[2186] Greed Island Cross-Another Word 20
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:c95dfe0c
Date: 2008/07/29 22:13



 すでに夜半を回った。星一つ見えない曇り空である。町の明かりは遠い。

 闇の中、懐中電灯の明かりがゆらゆらと揺れているのが見える。

 ヨークシン郊外の岩場である。

 幻影旅団がマフィアたちと戦った。あるいはクラピカがウボォーギンと戦った岩場と言ったほうが分かりやすいかもしれない。

 両脇から迫る岩盤はまるで巨大な壁のようで、おのれが崖の底にいるような錯覚を覚える。

 ヘンジャクはひとり、歩いていた。

 足音に歪みはなく、呼吸にも揺れがない。

 静かな覚悟が、限られた情報からでも読み取れた。

 やがて、奥のほうにひとりの人影が見えてきた。それが間違えようもなく老医者だと確認できるまで近づいて、ヘンジャクは持っていた荷物を地面におろした。回診に使う黒カバンだ。

 深く、息を吐く音が聞こえた。



「来てやったぞ」



 ヘンジャクは言った。



「重畳」



 老医者の声で、ジグザグは短く応えた。

 二人の距離が近づいていく。ジグザグの目の前まで来て、やっとヘンジャクの足が止まった。



「一人で来たようだな」

「当たり前だ」



 ヘンジャクは、挑むように言った。



「じいさんを放せ」



 強い覚悟が、言葉を強く、静かなものにしている。



「ああ」



 老医者が、唇をゆがめた。



「お前を殺してから、な」



 銀光が尾を引いてヘンジャクの首を通った。

 鮮血が噴水のようにほとばしった。

 まさに。狙った瞬間が訪れた。

 直線距離にして二キロメートル強、ジグザグの警戒網のはるか外。モニタ越しにその映像を捉えて、迷わず念能力を発動した。



 ――“返し屋センドバッカー”・“加速放題レールガン”!!



 音を従え、必中の魔弾は夜の空に吸い込まれていく。モニタの中で、ジグザグがのけぞった。

 驚愕の表情が、見えずとも分かる。殺人を終えた後の奇襲など、想像できるわけがない。

 そして姿の見えぬ第三者に気をとられたジグザグは、またも奇襲を食らうことになる。

 死んだはずのヘンジャクが繰り出した一撃は、ジグザグの意識を吹き飛ばした。

 神医と呼ばれたヘンジャクの、念能力の正体をジグザグが知るはずもない。

 死線の番人グリーンマイル。触れた相手に死ぬことを許さない、死神の鎌を跳ね退ける神の手ゴッドハンド。だからこそ、ヘンジャクはジグザグの刃におのれから身を投げられたのだ。

 じいさんを、ジグザグの支配から解放するには、ツンデレの除念に頼るしかない。

 シスターはそれ以外の、あらゆる可能性を否定した。

 だが、ツンデレを連れて行くわけにはいかない。約定を違えれば、じいさんの身の保障はできないのだ。

 なら逆に、ツンデレの前にジグザグを持ってくればいい。ジグザグを気絶させて、その間に除念すればいいのだ。

 ヘンジャクは医者である。というより、そのハイエンドだ。人の体のどこをいじればどうなるか、骨の髄まで理解している。相手の意識を奪うことなど、目をつぶっていてもたやすい。

 だが、戦闘に関しては素人のヘンジャクがそれを実行するためには、どうしても相手の注意を自分から逸らす手段が必要だった。

 ヘンジャクが殺されることで相手の油断を招き、そこへ不可避の一撃をお見舞いする。ジグザグの注意をよそにやって、死んだはずのヘンジャクが意識を刈り取る。返し屋センドバッカーが有効なじいさんの私物などいくらでもあるし、暗視機能つきの小型監視カメラは、別荘にあったものを流用し、カバンに仕込んだ。

 最後の問題は、ヘンジャクの失血が致死量に達するまでに処置ができるか、だったが、それもクリアしたらしい。いつの間に処置したのか、ヘンジャクの出血はすでに収まっていた。

 賭けに勝った。



 ――そう信じた、刹那。



 鮮血が飛んだ。

 気絶するまでの一瞬の間に、ジグザグはおのれの首を掻き切ったのだ。



「っじいさん!」



 思わず叫ぶが画面越しに声が届くはずもない。

 鮮血を撒き散らしながら、老医者の体がくずれおちる。ヘンジャクはすばやくじいさんの体を支え。



 ――“死線の番人グリーンマイル



 ためらうことなく、老医者へ念能力を使った。



「馬鹿! 死ぬ気なの!?」



 シスターが叫ぶ。

 ヘンジャクの首から、血がにじみ出てきた。応急処置が十分ではなかったらしい。

 いや、それだけではない。

 死線の番人グリーンマイルをじいさんに使ったのだ。いまのヘンジャクには死を拒絶する術はない。動脈からの出血は、一瞬とはいえ彼女から大量の血を奪ったのだ。無理していい状況では、決してない。それを彼女に言うのは、釈迦に説法と言うものだろう。

 彼女は、おのれの安全より老医者の命を選んだのだ。

 その選択をあざ笑うように、黒い影がモニタに落ちた。人だ。ジグザグがこの場にいることを許す人間。素性は明確だった。

 まずい。

 ヘンジャクは気づいていない。老医者を助けることに集中しているヘンジャクには、そのような余裕などないのだ。



「つかまれツンデレ!」



 返事を聞かず、おのれの体に加速をかけた。それより早く、白い腕が体に絡んでいる。

 急激な加速に人間の体は耐えられない。加減をした加速から、徐々に加速を強めていく。四度目の加速で最高速。瞬く間にヘンジャクの姿が見えてくる。



「ブレーキ!」

「分かった!」



 一瞬にして意図を飲み込んだロリ姫が、地面にドリルを打ち込む。

 がくんと、体が後ろに引っ張られる。

 降り立ったのはヘンジャクたちのすぐそばだった。

 すぐに異変に気づいた。

 ヘンジャクを狙っていた影の姿は、もうない。

 かわりに、老医者が地面に身を横たえていた。

 心臓付近に大穴を空けた老医者に、命の痕跡は見られなかった。

 立ち尽くすしかない。

 十秒にも満たない時間の間になにがあったというのか。



「じいさんがな……」



 放心したように座り込んでいたヘンジャクが、口を開いた。



「庇ってくれたんだ」



 ポツリポツリと、ヘンジャクは状況を説明してくれた。

 ジグザグが気絶していることを識っている・・・・・ヘンジャクは、じいさんを助けることに全力を注いでいた。背後で命を狙われているとは、思いもよらない。

 その油断を突かれた。

 最初から予測していたのか、それともただの保険だったのか。隠れていた刺客がヘンジャクの心臓を一突きにしようとし――意識がないはずの老医者が、ヘンジャクを振りほどいて彼女を庇ったのだ。

 ヘンジャクは言う。老医者は確かに気絶していたと。なら、なぜ老医者の体が動いたのか。神ならぬ俺には、分かるはずもない。

 その現象を医学や科学でに解き明かすつもりはない。老医者がヘンジャクを守った。その事実に、付け足すところは何一つなかった。



「人は死ぬ」



 真っ青な顔で、ヘンジャクはつぶやく。



「それが自然であり、だが、死から逃れようと人があがくことも、また自然なのだ――そう、あんたは、言ってたっけな」



 動かなくなった老医者に、ヘンジャクはやさしく語りかける。



「その意思を尊び、力を添えるのが、医者だと。なあ、じいさん。わたしはあんたの命を引き換えにしてまで……なあ、じいさん。あんたぁずるいよ」



 ヘンジャクの声が、涙混じりになる。

 その姿を見ながら、引いた血の気が返ってくるのを感じた。

 腹が煮え変えいるというのは、こういうことを言うのだと初めて知った。

 許せない。

 じいさんは恩人だ。見ず知らずの俺に、暖かく接してくれた。じいさんがいなければ、俺はいまだにベッドに縛り付けられていたかもしれなかった。

 間違っても、こんなところで骸を転がされるようなザマになっていい人じゃない。



「ジグザグは」



 短く、聞いた。じいさんを殺した以上、そいつはジグザグになっているに違いない。



「逃げた。逆のほうにだ」



 短く、ヘンジャクは答えた。

 ジグザグを許せない。それ以上に、じいさんの意思を無にはできない。ヘンジャクを守る。なんとしても。そのためにもジグザグは――殺さねばならない。

 目を"凝”らして、じいさんの死体を観察する。

 死んで間もないせいだろう。微弱なオーラが残留している。

 さらに視る。

 異種のオーラが混じっている。それが知覚できる。そのうちひとつは慣れ親しんだもの――俺のオーラだ。加速放題レールガンでの攻撃の際、付いたのだろう。

 さらに、もう一種のオーラはすぐそばにいるヘンジャクと同じもの。

 そして――見つけた。



「ヘンジャク」



 声をかける。



「じいさんの体、使う・・ぞ」

「まさか……できる・・・の?」



 遅れてたどり着いたシスターが、意図に気づいて尋ねてきた。

 彼女が戸惑うくらい、無茶なことだとは分かっている。

 だけど。



できる・・・。ジグザグの居場所を、必ず突き止めてやる」



 やるのは初めてだ。だが、これくらいの芸当ができなければ、奇跡を起こして見せたじいさんに申し訳が立たない。



「やってくれ」



 ヘンジャクの言葉を聞いて、能力を発動させる。



「――“返し屋センドバッカー”」









 OTHER'S SIDE



 ヨークシンのはずれに廃ビル群がある。

 時間も時間である。ヨークシンの中心から外れたこの辺りでは、治安の悪さも手伝って、ほとんど人影もない。

 寝床を探してうろついていた浮浪者を視線で追い払うと、ジグザグはそこに腰を落ちつけた。



「じいさん。失敗したな」



 ジグザグはそう言った。辺りに人の気配はない。だが、呼びかけるような調子だ。



「失敗と言うのは、決定的にターゲットを殺せなくなったとき以外は口にすべきではない。また狙えばいい」



 呼びかけに応えるように。異質な音が発せられた。重年の磨耗を感じさせる、錆びた声だ。

 どちらの声の主もジグザグである。

 すでに十年近く、ジグザグは闇の世界で名を馳せている。だがそれ以前から、彼は長きにわたって闇の世界を生きてきた。



「蜂の巣」

 

 蜂とは暗殺者の隠語である。暗殺者の集団、あるいはその養成組織と言った意味になるだろう。

 それが、ジグザグ以前の、彼の呼び名だ。

 別人ながら同じ者の手としか思えない痕跡に、人々は巨大な暗殺者集団の存在を想像したのだ。

 およそ五十年にわたる長期間、彼は「蜂の巣」の一員であり続けた。個人を証明できない彼には、実績を作ることはできない。「蜂の巣」の看板がすべてだった。

 十年前、彼が一人の少年に憑依したことが、始まりだった。素養か偶然か、少年は彼に憑依されても自我を残していた。

 稀有なことである。

 ただし、同じ器の中で経験を共有する少年は、すでにおのれを“彼”と認識していた。

 この幸運な偶然が、暗殺者ジグザグを生み出したのである。

 “心渡りジグザグ”の使い手二人が組めば、こなせない殺人などない。ジグザグはためらうことなく「蜂の巣」を捨て去った。

 二人の“心渡りジグザグ”。ジグザグに交錯する暗殺者の円舞。二人にして無限の暗殺者、それがジグザグなのだ。



「少年」



 老いた声が、部屋に響く。



「今度は二人でやるか」

「そうしよう。それが確実だ」



 二種類の声が、ともに低い笑い声を発した。

 それが収まったとき、ふいに窓から何者かが飛んできた。驚いて飛び退ったジグザグは、空中でその正体を知った。

 死体である。

 それもつい先ほどまで、おのれの肉体であったものだ。



「――“天元突破スパイラル”」



 反応する暇もない。

 老医者の死体に続いて躍り出た影により、ジグザグの体はコンクリートの壁に押さえつけられる。間を置かず、無数の細長いドリルがジグザグの四肢を壁に縫いとめていた。



 ――拙い。



 ジグザグはとっさに、奥歯に仕込んだ毒を嚥下した。

 飲めば速やかに死に至る猛毒である。

 だが、望んだ死の瞬間が訪れることはなかった。



「――“死線の番人グリーンマイル”」



 冷めた女の声が聞こえた。

 ジグザグの体に触れてそう言ったのは標的の女医者である。



「お前にはもっとふさわしい死に場所を用意してやるよ」



 その酷薄極まりない笑みに、ジグザグは血の気が引くのを感じた。









 廃ビルのほど近く、ふらふらと浮浪者は歩いていた。

 ねぐらにしていた廃ビルを追われて――ではない。襲ってきた敵から逃れるためだ。

 浮浪者はジグザグだった。

 敵に襲われた瞬間、老いたジグザグはちょうど視界に入り込んだ浮浪者に乗り移った。

心渡りジグザグ”は死を発動キーにした念能力である。死に際して膨れ上がった強烈な思念を叩き込んで対象を乗っ取るのだ。

 平時では、非念能力者ですら、乗っ取るのは難しい。

 だが、老いたジグザグはあえてそれをやった。

 賭けであった。だから、若いジグザグは残した。

 自分は“心渡りジグザグ”が成功するか。彼は生き延びることができるか。どちらも賭けであるが、共倒れになる可能性は、最も低かった。

 いずれにせよ“ジグザグ”が残ればいい。そう判断しての行動であり、そして彼は賭けに勝った。浮浪者の意識を乗っ取ることに成功した。

 とはいえ、老いたジグザグは乗っ取った対象に不満だった。

 年のせいか、体が満足に動かない。その上、内臓に致命的な欠陥を抱えているようだった。

 こんな体はとっとと捨ててしまうに限る。

 廃ビルから逃れながらジグザグはそれを考えていた。

 その願いはすぐに果たされることとなった。

 道の向こうから、足音が聞こえてきたのだ。姿も、すぐにあらわになった。

 女だ。若い。少女と言っていい年齢だ。

 だが、体は極上。

 無駄なく鍛えられた筋肉にくと、洗練されたオーラ。身のこなしから、相当の使い手と知れる。ジグザグは、彼女を次の体と決めた。

 ひそかに、彼はおのれの体にナイフを突き刺した。浮浪者が護身用に持っていたものである。手入れしていない、錆の浮いたナイフが脾腹につき立つ。

 激痛に耐えながら、ジグザグはゆっくりと歩いていく。

 ちょうど、少女の目の前でこの体は死ぬはずだ。

 冷静に体の余命を計算し、歩いていく。その体が傾いで地に倒れる寸前、死の直前に、ジグザグはおのれの目を疑った。

 目を離した覚えもないのに、少女の姿は忽然と消えていた。

 かつんと、背後で何かが落ちる音がした。

 ジグザグが最後に見たのは、地面を転がる飴玉だった。

 致命的な失敗。それが何故なのか分からぬまま、絶望を抱えて。ジグザグは死の淵に落ちていった。



「あー……確かにものすごい殺気だったんだけど……いったい何なんだ?」



 黒髪の少女は、出てきていきなり死んだこの浮浪者を見下ろし、しきりに首をひねっていた。

 無論、自分が命拾いしたことなど、気づくはずもなかった。









 この夜を境に、ジグザグの存在は闇の世界から消える。

 彼が死んだいま、その存在を証明する一片の痕跡すらない、残ったのはジグザグの名だけだった。

 その名すら、彼とイコールで結ぶものは、なにもない。

 彼が生きた証は、この世界のどこにも存在しなかった。






[2186] Greed Island Cross-Another Word 21
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:c95dfe0c
Date: 2008/07/31 23:43



 ヨークシンの郊外に、じいさんは眠ることになった。

 ヘンジャクが手ずから立てた墓。その墓碑にはこう書いてある。



 ――最も多くの命を救った医人、ここに眠る。



「じいさんがいなければ、わたしは死んでいた。じいさんが救ったのは、わたし一人の命じゃあない。これからわたしが救うだろう億千万の命を助けたに、等しいんだ」



 そう言ったヘンジャクは、墓を作ると早々に去っていった。



「この一件で、だいぶ時間を無駄にしたからな」



 ぶっきらぼうに言っていたが、彼女の思いは理解できる気がした。

 墓碑銘の文言を事実とするため、より多くの命を助けるために、ヘンジャクはいち早く旅立ったのだろう。彼女が自ら刻んだ墓碑銘は、彼女の胸のうちにも刻まれている。それは、もっとも尊き誓いだった。

 たぶん、じいさんの名は、ヘンジャクとともに永遠に語り継がれるだろう。

 だが。ヘンジャクも、そして俺も、そんなものより生きたじいさんにいてほしかった。



「――行こうか」



 墓に手を合わせると、ツンデレたちに声をかけた。

 俺たちには俺たちの、やるべきことがある。そのためには、いつまでも足を止めていられなかった。









「ツンデレちゃんの修行レッスンⅡ!!」



 島に戻って。

 まだ重さを引きずった空気を吹き飛ばすように、シスターはハイテンションだ。



「今回はツンデレちゃんの課題その二をやってみたいと思います」

「俺は?」

「あんたはもうクリアしちゃった」



 尋ねた俺に、シスターは肩をすくめて見せた。



送り屋センドバッカーで、任意のオーラを選択し、発動させる。それがあんたの第二課題だったの」

「なるほど」



 知らないうちに課題をクリアしていたと言うことか。



「となると、俺はレッスンⅢか?」

「まだ早い――っていうか、レッスンⅢはツンデレちゃんと一緒にやってもらわなくちゃいけないんだけど……んー」



 シスターは腕を組んで視線を虚空に投げた。

 待つことしばし。



「うん」



 シスターが手を打つ。



「どうせだからツンデレちゃんの課題、手伝ってもらおう」



 と言うことで、ツンデレの特訓を手伝うことになった。

 課題は“相手の攻撃を、相手のオーラで相殺できるようになる”こと。

 本当にできるなら――シスターが言う限り、できるのだろうが――どんな相手の攻撃も無効化する無敵の能力になるかもしれない。



「やろうか、ツンデレ」



 訓練法を聞いて、早速対峙する。近い。ちょっと手を伸ばせば相手に手が届く距離だ。

 目と目が合う。

 ツンデレの顔が、いきなり横へ向いた。心なしか顔が赤い。



「何故顔を逸らす」

「うっ、うるさいわね! どうでもいいでしょう!!」



 訓練とはいえ殺傷能力を秘めた拳が飛んでくるのだ。危険極まりないんだけど……深く突っ込まないほうがよさそうだ。

 

「じゃあいくぞ」



 言いながら“堅”。オーラを爆発的に解放させる。

 同時に、ツンデレのオーラも膨れ上がった。総量でいえば、ツンデレのほうがやや上か。

 目で合図をして右拳を繰り出す。

 ツンデレの前に突き出した腕に、鋭く拳をねじ込む。

 手ごたえはなかった。

 奇妙な感触だ。インパクトの手ごたえは無いくせに、自分のオーラとツンデレのオーラがぶつかる感覚だけが、確かに感じられた。

 これがツンデレの念能力ちからか。

 なるほど、面白い。だが。



「いまのは自分のオーラで相殺したよな」

「……仕方ないでしょ、初めてなんだから。いまのはちょっと失敗しただけよ。次!」



 ツンデレは口をへの字にして声を張り上げた。負けず嫌いである。

 まあ結局。

 この日のうちに成果を見ることはなかったが。

 手ごたえがつかめなかったためだろう。修行が終わっても、ツンデレはまだ消化不足な顔をしていた。とはいえオーラが無い以上、訓練を続けることはできない。

 不承不承といった感じで、ツンデレは食事の準備に向かった。



「不満そうね」



 ツンデレの姿が船内に消えていくのを見ていると、シスターが話しかけてきた。



「……ツンデレの能力だけどな。あれ――」

「――実戦で使えない」



 続けようとしていた言葉を口にしたのはシスターだった。



「そう言いたいんでしょ?」

「ああ」



 思わず苦笑いを浮かべた。お見通しである。



「両手でしか能力を発動できないのは、まあいい。たとえそれが未熟のせいだとしても、欠点じゃない」

「わかる?」



 シスターは口笛を吹いてみせた。



「ああ。全身で、同じことができる必要はない。むしろいまの段階じゃ害になりうる。そう思ったんだろ?」



 物理衝撃を相殺するのにオーラを消費する。それはすなわち、オーラに対する防御力が落ちると言うことだ。

 強力なオーラを伴う攻撃。たとえば“硬”を相殺しようとすればどうなるか。ましてや体で受ければ……結果は考えるまでもない。

 四肢などの、体の末端部分にはオーラを集めやすい。とっさの時も“流”で対応できる。両手が無敵の盾であれば、体はむしろ本来の、オーラによる防御に任せたほうがいい。



「正解。ま、全身で攻撃相殺ができるようなレベルまでは、求めてないんだけどね」

「そうなのか?」

「覚えさせると、仏頂面がいま言ったように、危ないってのがひとつ。もうひとつの理由は、ツンデレちゃんにはロリ姫ちゃんがいるから」



 シスターは理由を数え上げ、二本の指をひらひらさせた。



「腕が四本あるようなものだからね、二本を防御に回してぜんぜん問題ない。防御に専念できる状態で、無敵の盾が二枚あって、その上で体にまで装甲を施す? そんな時間があったら、オーラ量増やす特訓したほうがよっぽどいいと思わない?」



 納得である。まったく同感だ。

 ツンデレの、両腕のガードをすり抜けたとして、その先にあるものが十のダメージまでを無効化できるねんか、ダメージを十減らすオーラか。大して変わらない。そしてオーラ量を増やせば、盾の性能も上がるのだ。



「その件に関しては、俺もそう思う。だが俺が聞きたかったのは、相手の攻撃を、相手のオーラで相殺する。そんなことが本当に可能なのかってことだ」



 分析能力があるシスターだが、やはり今回ばかりは荒唐無稽なことに思えた。



「できるわ」



 シスターは言い切った。



「だけど、難しいことも確かよ。私はこの修行、三ヵ月の期間を見込んでるわ」

「三ヶ月か……」



 長い。

 その間、あの人たちは、どれだけの同胞を殺すのか。



「だけどね、仏頂面。私はあんたの第二課題も、同じだけの期間を見込んでたのよ。それをあんたは一息に駆け抜けた。たとえあの状況で、極限まで集中力が高まっていたとしてもね。ツンデレちゃんも、きっとやってくれるわ」



 ぽんと、肩をたたくマネをするシスター。頼もしい笑みだった。









 夕食時。いつもの保存食メニューのほかに変わったものが並んだ。

 薬である。



「世話になった礼だ」



 と、ヘンジャクがくれたものだ。



「こっちの練り薬が疲労回復用で、粉薬のほうはオーラの回復用だって」



 ツンデレが指をさしながら説明してくれる。

 だがもうひとつ。茶色の小瓶に入った飲み薬が、俺の前にだけ置いてある。



「それは仏頂面用って書いてあったよ」



 シスターが言った。



 ……何故わざわざ俺にだけ。



「飲んでみれば?」



 言われて、恐る恐る蓋をあけてみる。腹の底がむかむかするような匂いが漂ってきた。

 何だかいやな予感がひしひしとするのだが……まあ、ヘンジャクの好意を疑うのも悪いか。

 ままよ、と、一気に飲み下す。ひどく薬臭い。

 吐き気をこらえていると、急に腹のあたりがが熱くなってきた。

 戸惑っていると、熱が頭のほうに上ってくる。体が火照ってきた。



「アズマ、顔真っ赤になってるけど」



 耳が熱い。腹が熱い。そして、なんだか腹の下からこみ上げてくるものがある。



「“分析解析一析サンセキ”――あー、仏頂面? これ精力剤だわ」

「信じて損した!!」



 思わず腹の底から叫んでいた。

 マジで性質悪い。なに考えてんだあいつ。冗談にしても悪趣味すぎる。

 いや、本気でむらむらしてきた。

 目の前のツンデレが、なんだかすごくかわいく見える。

 本気でマズイ。



「すまん、ちょっと一人にしといてくれ」



 ほとんど逃げるようにしてその場を離れていく。



「アズマ、いきなりどうしたんだろ」

「それはね、性欲をもてあますな状態になっちゃって一人で――」

「悪質なデマを流すな変態シスター!!」 



 聞きとがめて思わず足を止め、怒鳴りつけた。

 とんでもないやつだ。いきなりなんてこと口にするんだ。



「いいか、絶対にツンデレに妙なこと教えるなよ!」

「押すなよ? 絶対に押すなよ!? とかって誘ってるとしか思えないよねー」

「頼むからせめて会話しろーっ!!」



 まったく、切れるのかブチ切れてるのか。さっぱり分からない変態だ。









 砂浜に寝転がって星空を眺める。

 星が多い。あらためて、それが分かる。心が洗われる光景だ。こうやっていると、むらむらも……ぜんぜん収まってくれねぇ。どうなってるんだこれ。効果強すぎやしないか?



「……だいじょーぶ?」



 足音も立てずに、シスターが声をかけてきた。



「ぜんぜん大丈夫じゃない」

「のわりには発散させようと思わないんだねー。お姉さんてっきりズボン半分下ろしたとこが見られると思ってたよ」

「覗きに来たのかよ!?」

「三十分くらい前からね」

「そんなに前からかよ!!」



 この変態め。



「はっはっは。こんな体じゃなかったらお姉さんが処理してあげるのにな」

「さらっととんでもないこと言うな」



 つーか無駄に刺激しようとするな。

 結構いっぱいいっぱいなのだ。なんか視線が自然に胸とかに行ってしまう。



「あんたがその性格じゃなかったら考えてもよかったけどな」



 転がって相手に背を向けながら、憎まれ口をたたく。



「むむ? そのココロは?」

「外見だけは結構好みだから」

中身わたし全否定!? て言うかマイナス要素!?」



 そりゃあマイナスもマイナス。大マイナスである。銀髪とかメイドとシスターの融合体のような格好はやりすぎだけど、基本、美人だし。スタイルいいし。

 いやいや。

 正直こいつにすら反応する自分にヘコむ。



「つーか、おちょくりに来たんならとっとと帰ってくれ」

「いやいや。覗いてたのはあくまで趣味と実益を兼ねた私の欲望の暴走のなせる業でして、決しておちょくりに来たわけじゃないんですよ」



 変態はそう言って胸を張った。頼むからいま胸を張るな。



「仏頂面に、大変残念なお知らせです」



 シスターはニヤニヤ笑いを浮かべている。



「その精力剤、効果は一晩中続くそうです」



 なーむー、と、手を合わして、シスターは去って行った。



「……あのエロ医者め。とんでもない置き土産していきやがって」



 眠れない予感をひしひしと感じながら、エロ医者に対する恨み言をつぶやいた。






[2186] Greed Island Cross-Another Word 22
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:c95dfe0c
Date: 2008/08/02 21:26



 手を、突き出す。

 その手が触れそうなところに、ツンデレの体がある。



 ――“加速放題レールガン



 発動の意思すら静かに、掌中のパチンコ玉が加速を受け、ツンデレの手に突き刺さる。

 衝撃はない。音すらない。

 パチンコ玉は、ただ、ぽとりと落ちた。



「――完璧パーフェクト



 シスターメイが賞賛の言葉を送った。

 この第二課題をはじめてから二月に満たぬ間に、ツンデレはこの難問を解いて見せた。素晴らしいとしか言いようがない。



「あんたに素晴らしいとか言われると、どうも褒められてる気がしないんだけど」



 ツンデレは納得いかぬ気に、唇を尖らせた。

 口に出していたらしい。



「文句なし。これでレッスンⅡはクリアよ」



 こんぐらちゅれーしょん、と、手をたたくシスター。



「やっと第三課題か。内容を教えてもらえぬかな?」



 第二課題中ヒマしてたロリ姫が、気ぜわしく尋ねた。



「ふふ、第三課題――レッスンⅢは」



 そこでシスターは、勿体をつけるように間を置いた。



「実戦よ」

「実戦?」



 三人そろって鸚鵡返しに尋ねる。



「そう、実戦。というか、実戦形式の試合をやってもらおうと思ってるの。今まで覚えた技術の実戦転用と、相方の能力を、完全に把握してもらうためにね」

「異論はないんだけど。後者についてはなぜか、聞いてもいいか?」

「おーけーよ。本番――同胞狩りあいつらと戦うとき、あなたたちには協力して戦ってもらう。客観的に見て、一対一で戦えるレベルには、まだ達してないだろうしね。だから、相方が何ができるのか。どんなときに何をやろうとするか。とことんまで把握して、息を合わせる。その訓練よ。もちろん一日中ぶっ通しで戦えってのも無茶だし、一日三戦、残りの時間はオーラ総量を底上げする基礎修行をしてもらうつもりだけど」



 シスターの考えは、至極納得のいくものだった。

 実戦のうちに相手の呼吸を知れば、それに合わせられる。それは、爆発的に戦闘力を引き上げるだろう。

 ちらと、ツンデレに目をやる。青い瞳が輝いている。完全にやる気になっていた。



「手加減したら怒るわよ」

「当たり前だ。悪いが手を抜くつもりは、かけらもないぞ」



 手を抜けば修行にならないのは当然として、たぶん、かすり傷ひとつつけられずに終わる。

 今のツンデレと、ロリ姫が組めば、それくらい強い。



「当然よ」



 ツンデレは笑った。邪気のない笑みだった。



「はいはーい! 全力を尽くしてもらうためにひとつていあーん!」



 と、シスターが手を挙げて割って入ってきた。



「何だ、シスター」

「三日続けて勝ち越せたら、負けたほうは、勝った人の言うこと、なんでもひとつだけ聞かなくちゃいけないってのは?」

「のった!」



 ツンデレが勢いよく挙手した。



「……ま、ツンデレがいいのならいいけど」



 モチベーション上がってるみたいだし。



「おお、妾も好い事を思いついた」

「なによロリ姫」

「協力してやるかわりに、一日一オヤツというのはどうじゃ?」



 言いながら、ロリ姫はにやりと笑う。

 こいつ、完全に足元を見てやがる。

 ロリ姫の協力がなければ、ツンデレに攻撃手段はほとんどない。すなわち、ツンデレに勝ちの目がなくなると言うこと。



「わかったわよ……うう」



 涙を流しながら承服するツンデレだった。このところ体重減ってきたって喜んでたからなあ。

 初日、三戦二勝で俺が勝ち越した。

 次はツンデレが勝ち越して、俺、俺、ツンデレ、俺、ツンデレ、という風に続いていき、どちらかが三日連続で勝負を取ることはなかった。

 勝ち数的には俺のほうが多いが、ツンデレは決して連敗しない。比べて俺は三連敗する日もあり、安定を欠いている感じだ。



「見た感じ、戦いの勘やクレバーさは仏頂面のほうが上なんだけど……きっとモチベーションのコントロールが苦手なのね」



 シスターは俺の欠点を、そう説明した。



「実戦のテンションとは明らかに違うし、必要なときにテンションをあげることができない。一度緩めたら自分では締められない。きっとそれが原因だわ」



 なるほど、と思うところはある。だが、モチベーションのコントロールと言われても、理解したからと言ってたやすくできるものではない。



「ま、本番では間違いなく最高の状態になってるだろうし、いいんだけどね」



 肩をすくめて見透かしたようなことを言うシスターだった。

 そういえば、シスターと二人きりになったとき、問われたことがある。



「一度ちゃんと聞いてみようと思ってたんだけど、何であんたは同胞狩りあいつらを止めようとしてんのかな」



 その問いに、戸惑った。

 同胞を殺す。そんなことをしているやつらを憎むのは当然で、それを承知での問いには、おのずから含みがあった。



「あんたってさ、ホントはもっと冷たいやつでしょ? 身内以外興味ない、みたいな、そんな感じ」

「ま、否定はしないけど」

「なのに、何でわざわざこんな物騒は事件に首突っ込んできたのか、それがよく分かんないのよ」



 シスターの見立ては間違ってない。身内が起こした問題でなかったら、たぶん俺は同胞狩りを放置していた。



「あの洞窟で、ツンデレとの会話を聞いてたんじゃないのか?」



 探るように、そう尋ねた。



「聞いてたわよ。その想いも疑ってない……でもあんた、肝心なとこ言ってないでしょ?」

「……何でそう思う?」



 驚きを見せぬよう、慎重に口にした問いに、シスターはすまし顔でこう答えた。



「オンナのカンね」



 その言葉に、苦笑いしか浮かばない。

 女の怖さは、まあ、知ってるつもりだけど。



「変態の直感も侮れねぇな」

「訂正された!? いやむしろ訂誤! 猛省とともに認識の改善を要求する!!」

「却下だ。まあそれは置いといて、あんたのほうはどうなんだ」

「置いとかれた!?」

「何であんたはあいつらを止めようと思ったんだ」

「んー、あー。――うーん」



 この質問に、シスターは、言葉を捜すように首をひねった。



「……やっぱり仲間だから、だと思う。特に片方は、ネット越しでも直で話してたやつだし。そんなやつらがあんなことやってたら、止めたいと思うのが人情でしょ?」

「俺も同じだ」

「え?」



 短く答えると、シスターは答えの内容がまだ腹に伝わってないような、頼りのない返事をした。



「質問の答え。お前とまったく一緒だ。知り合いがあんなことやってたら、止めずにいられないだろ?」



 その意味が、伝わるまで数秒。



「そういうこと」



 シスターはうなづいた。やわらかい笑みが、端正な顔に浮かんでいた。



「俺の場合、リアルの知り合いだけどな」



 先輩――と、呼んでいたのは知人の兄だからで、取り立てて何の先輩、と言うこともない。会う機会が重なって、自然と親しくなった。

 先輩たちが作っているゲームについて、いろいろ話したし、その中で念能力とかも話し合った。Greed Island Onlineをくれたのも先輩である。

 責任感の強い先輩だった。

 だからこそ、なんとしてもプレイヤーを元の世界に戻したかったのだろう。

 だが、この世界に現実を感じるものにとって、その行為は、ただの虐殺でしかない。

 そんなことは許されない。そんなことはさせてはいけない。何より、別人のようになったあの人など、見ていられない。

 だから絶対に止める。俺はそう決めたのだ。









 ツンデレに、三日続けて勝ちを許したのは、それからしばらく後のことだった。

 二日続けて三連勝したせいで、妙な遠慮が働いてブレーキをかけてしまったから、トップギアのテンションを保っていたツンデレについていけなかった――とは、シスターの言。返す言葉もなかった。



「なに聞いてもらおっかなー」



 半眼でこちらを舐るように見てくるツンデレに、いやな予感しかしない。



「早いとこ決めてくれ」



 ため息とともに、言葉を吐き出す。

 もはや、まな板の上の鯉である。



「うーん。やっぱりまた後で聞いてもらおう」



 しばし悩んでから。目を閉じるように笑顔を作って、ツンデレはそう言った。



「やっぱここ無人島で何にもないしね。街に戻ったときの楽しみにしとく」

「無人島になくて、街にある……むー」

「深く考えないでよ!」



 ツンデレが真っ赤になって怒り出す。

 別にへんなこと考えてたつもりはなかったけど。



「ち、ちょっと買い物に付き合ってもらおうかなって思っただけよ! ほかに、変な意図なんてないんだからね!」

「なんだ」



 ちょっとほっとした。もっと無茶言われる気がしてた。



「それくらい、頼まれりゃいつでもつきあうのに。もったいない」



 そのどうでもよさ気なもの言いが気に障ったのだろうか。

 ツンデレの顔が真っ赤になり、眉が一気につり上がった。



「勘違いしないでよね! アズマと買い物したいんじゃなくてアズマに荷物持ちさせてそれを見るのが楽しみなんだから! わたしは別に――」



 ツンデレがさらに言いかけて。

 辺りが、いきなり暗くなった。

 思わず空を仰ぐ。上空、およそ百メートル。通常よりはるかに低い位置を、飛行船が飛んでいた。

 おかしい。このあたりは航路からも外れているのだ。この島の上空を、それもこんな低空でを飛ぶ船があるわけがない。

 いやな予感は、実体となって現れた。

 船が作った影の中に、さらに濃い影が浮かび上がった。

 飛行船が過ぎ去り、闇のベールが剥がれ落ちる。

 黒いサングラスに黒のスーツ。灰色の髪を乱暴に後ろに撫でつけたその姿は、忘れようもない。



「ブラン!」

「むっ!?」



 ツンデレが戦闘体制をとる。それに合わせ、ロリ姫がツインテールを地面に突き刺した。



「よう、待たせたな」



 ブランは口の端を吊り上げ、犬歯を見せる。

 同時に、四つの影が現れた。



「紹介してやろう。右から“燃えさかる魂バーニングブラッド ”のレイズ、“血の同胞くブラッドパーティ ”のアモン、“移送放題リープキャノン”のミナミは知ってるだろう? 最後に“悪魔の館スプラッターハウス ”のアマネ。俺の仲間だ」



 一人一人が、ブランに匹敵するオーラの持ち主だ。その威容に、気圧される。

 完敗だ。

 この状況を打開する要素など、どこにも見当たらない。

 まったくの想定外だった。この場所を知られることも、向こうから攻めて来られることも、そして向こうが最初から総力戦で挑んでくることも。

 俺たちの反応を楽しむように、にやりと笑って、ブランは言った。



「迎えに来たぜ。仲間にな」






[2186] Greed Island Cross-Another Word 23
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:c95dfe0c
Date: 2008/08/04 23:09



 レイズ。炎を連想させる見事な赤毛の主は、挙動こそ軽薄なものに見えるが、そこに一部の隙も見出せない。

 アモン。吸血鬼のイメ-ジをトレースしたような大男の、真紅の瞳は強く魔を想起させる。

 アマネ。黒ゴスロリの艶麗な美女が放つオーラは、ひときわ凶悪だ。

 ミナミやブランは言うまでもない。五人が五人とも、恐るべき実力者だ。いまの俺たちには勝機どころか逃げきる可能性すら見出せない。



「よぉ、ブランのおっさんよ。仲間にするってこいつらかぁ? ――おい、わざわざ俺ら全員揃えるなんて、どんなやつかと思いきや――はっ! なんだこのヌルそうなやつらは」



 こちらとブランを見比べ、レイズは唇をゆがめた。



「こいつらなら、“ユウ”のほうがよほどよいわ」



 アモンが同意を示すように吐き捨てる。



「――時間の無駄使いは感心できないわねぇ」



 撫でつけるような調子で、アマネが言った。

 アマネか。よく見れば、驚くほどよく似ている。まあ、たとえ彼女があいつ・・・だとしても、彼女を動かせるのはただ一人だけだ。現状はまったく変わらない、

 ミナミは無言だった。なにを考えているのか、もう、わからない。



「仲間? なに言ってるのよ! あんたたちは――」

「――敵、だろ?」



 腹から搾り出すように発せられたツンデレの言葉を、ブランは引き継いだ。

 顔には笑いすら浮かんでいる。



「いいんだいいんだ。その認識、大いに結構。そのほうがやりやすい」



 そう言ってブランは。



「やれ、アマノ」



 ここには居ない人間の名を呼んだ。



 ――その、意味を、知る間もない。



「――“以心乱心アベコベ”」



 背後から声が通り抜けた。

 とっさに振り返る。これほどの使い手たちから一瞬でも背を向けるのは、危険極まりない。それでも、未知の敵の可能性を考えれば振り向かざるを得なかった。

 声の主は、すぐに見つかった。

 ツンデレよりさらに拳ひとつほど小さい小男が、そこに居た。

 先ほどまでは気配を消していたのだろう。見事な“絶”だったが、ブランたちはおろか、俺やツンデレよりも、実力ははるか下と視えた。

 危険の度合いを認識し、意識の比重をブランたちに傾ける――刹那の間。

 真横から、なにかが吹きぬけた。

 視界がゆがむ。わけもわからず、腰を落としていた。

 揺れた視界が戻ったとき。

 拳を突き出し、そこに立っていたのは――ツンデレだった。



「な、何をする、ツンデレ!」



 ロリ姫の声は悲鳴に近い。

 それを冷然と無視して、膝をついた俺に向け、ツンデレの足があがる。



 ――“加速放題レールガン”。



 とっさに加速をかけ、避けた。

 ツンデレの足が、無遠慮に振り上げられた。

 愕然とする。攻撃に、明白な殺気がこもっていた。



「止めんか!」



 ロリ姫が髪を巻きつける。雁字搦めにされたツンデレの動きが、やっと止まった。



「放せ――むぐっ!」



 さらに、髪の猿轡がツンデレの口を封じた。

 腹の底が冷える。ツンデレの瞳には、まぎれもない。俺に対する憎悪が見て取れた。

 心臓が爆ぜた。血液が沸騰し、それをオーラに変えて足元にたたきつける。



「何をやった!」



 アマノの元までの距離を一歩でつぶし、その襟首を掴みあげる。



「ひっ――」



 じたばたと暴れる小男。その、腹の据わらない態度に、怒りが膨れ上がる。

 それを小男にたたきつけようとした刹那、横合いからの殺気が邪魔をした。

 とっさに飛び退った直後。

 小男との間を隔てるように、炎の壁が湧き起こった。



「――落ち着けよ。慌てなくてもすぐにお仲間にしてやるからよ」



 へっ、と、鼻を鳴らしたレイズ。その指先に巻きつくように、炎が揺れていた。



「おとなしく――眠れいっ!」



 続けざまに、大男が掌を振り下ろした。



 ――“加速放題レールガン



 膝をついていた状態から、真後ろに飛び退る。



「まぁ」



 冷えた声が、真後ろで聞こえた。

 指一本。そこに集められた莫大なオーラに、微動だにできなくなった。



「おとなしくしていてくださいな」



 その間に、むせ返っていた小男が立ち上がる。



「げへっ……この野郎!」



 恨みのこもった蹴りが飛んできた。頭に血が上っているせいか、痛みはまったくない。ただ、視界がぶれた。



「答えろ。ツンデレに何をした」



 怯むという能力すら忘れた。ただ、憎悪を小男にぶつける。

 小男の顔が、怒りにゆがむ。



「この――」

「――アマノ。俺はこいつを傷つけることを、お前に許可した覚えはないぜ」



 冷えたブランの声が小男に突き刺さる。

 小男はすくみあがった。



「す、すみやせん。でやすが」

「お前のやることはただひとつだぜ。アマノ」



 不満げに言葉を返す小男に、ブランは言葉を投げつけた。それで、アマノは反論する意思も失ったらしい。怒りを抑えたような表情で、こちらに向き直ってきた。



 ――ツンデレにかけた念能力を、俺にも使う気だ。



 それがわかっても、アマネに抑えられて動けない状態で、何ができるだろう。



「――“以心乱心アベコベ”」



 避けようのない光の中、何かが横切った気がした。



「“以心乱心アベコベ”。相手が抱く感情を丸逆にする、操作系の念能力」



 ブランが歯をむき出して会心の笑みをこぼした。



「お前らが俺たちに抱いていた敵意の大きさだけ、それは強固な信頼となる」

「ですが、ブランさん。あっしの念能力は、知っての通り集中持続型。強制力は強いが持続時間には限度がありやすぜ?」



 悠然と微笑むブランに、アマノが口を挟む。



「わかってないな。だからこそ俺はお前を雇ったんだ・・・・・・・・・・・・・・・

「な? どういう――」



 その言葉の意味を十分に理解するまもなかったろう。突然、アマノは炎に包まれた。激しくうねる炎が小男を一瞬にしてもみ消す。

 炎の残滓を拳に揺らめかせ、レイズが犬歯を見せた。



「こういうこと――ってわけだろ? ブランのおっさん」

「ああ」



 レイズの言葉にブランはうなずいた。



「死んで後、強まる念の強制力。それを利用して敵を味方にってわけだ。えげつねーやり口」

「必要なことだぜ?」



 あきれたような口調のレイズに、ブランは平然と答えた。



「まあな。ツェールまでやられたんだし、戦力を埋めるやつ探すのはわかるって。あのガキ殺したのも同胞だし、オレらが危ないレベルの同胞も育ってきてるわけだからな。でなきゃたとえおっさんの命令でもわざわざこんな辺地に来るかっての。ま、おかげでお仲間が増えて万々歳ってわけだ」



 レイズはそう言うと、懐から紙片を取り出し、それを燃やす。



「じゃあな。先に帰ってるぜ」



 真っ黒に燃えた紙片が風に散っていく。レイズの姿はもうなかった。



「わたしももう帰ろう。“領地”の手綱を放しておくにも限度がある」



 アモンが、乱暴に紙を引きちぎる。彼の姿も一瞬にして消えた。



「とりあえずはやることもないのだけれど。まあ帰らせてもらいましょう」



 紙の破れる音。背後の気配も、それで消えた。



「ツンデレ」



 ツンデレに近寄る。

 蹴りが返ってきた。



「近寄らないで! あんたなんて見るのも嫌!」



 その意思に同調するように、髪から伸びたドリルが音をあげて回転している。



「まあそう言うな。俺たちゃ仲間なんだぜ? とはいえ、そうだな、とりあえずは離したほうがよさそうだ。先に帰っていてもらおうか」



 ツンデレを抑えるように間に立ったブランが、ミナミに目を向ける。



「了解した」



 ミナミはうなずいた。感情のない、機械を思わせる声だった。



「――“移送放題リープキャノン”」



 ツンデレの、そしてミナミの姿が消える。



「さて、俺たちも――っ!?」



 ブランの頭があった位置を、音を引いて、パチンコ玉が走り抜けていった。

 ブランの頬に、赤い線が走っている。

 惜しい。想像より反応が四分の一拍早かった。



「貴様、効いてないな!? どうやった!!」



 驚愕に付随する疑問を、ブランは言葉にしてたたきつけてきた。



「簡単な話だ」



 驚くほど、口から出た声は冷たかった。



「ロリ姫が、庇ってくれた。ただ、それだけだ」



 あの一瞬、オレと攻撃との間に割り込んできたのは、一房の髪の毛だった。ロリ姫が、身を挺して俺をかばってくれたのだ。



「ち、しくじったな」



 ブランは吐き捨てる。それはこちらの台詞だ。予定では、ここでブランを殺していなくてはならなかった。

 そのまま間を置いて同胞狩りがバラけるのを待って返し屋センドバッカーでツンデレの居場所をつきとめ、取り返す。

 ブランの存在の有無で、成功率がまったく違ってくるのだ。



「仕方ない。とりあえずは一人で良しとするか……じゃあな。仲間になる気になったらまた来い。俺はいつでも待ってるぜ――それと、シスターメイ」



 ブランは虚空に声を投げかけた。

 応えるように、何処からか、シスターの姿が浮かび上がった。



「……気づいてたのね」

「よくぞ用を果たしてくれた。ご苦労だったな。お前も戻って来い」



 言葉の意味など、考えるまでもない。返事を聞かぬまま、ブランの姿が消えた。

 俺とシスターメイだけが、あとに残された。

 

「仏頂面、あいつの言葉は」

「わかってる」



 肩越しに声を投げる。いま彼女の顔を見れば、爆発しそうだった。



「嘘だってわかってる。あんたが味方だって、ちゃんとわかってる。仲違いを狙った策だってのもわかってる――それでも!」



 肩が震える。



「それでも、あいつの言葉を完全に否定できない以上。もう背中を預けられない」



 ああ、嫌と言うほどわかってる。最初から、ブランの目論見に嵌まるしか手は残されていないのだ。

 ツンデレを助ける。ロリ姫を助ける。それは絶対で、何よりも優先すべきことで、だからこそ、不安要素は排除しなければならなかった。



「ひとりでツンデレちゃんたちを助けに行く気? できると思ってるの?」

「それしか手がないなら、やるしかない」



 そう言い返すしかない。

 背後で、深いため息が聞こえてきた。



「あー、わかったわよこの意地っ張り。でもね仏頂面、あいにくツンデレちゃんたちは、私にとっても大切な仲間なの。私も、一人ででもツンデレちゃんたちを助けるわ。行き先が同じなんだから偶然・・あんたの三歩あとを歩いてても文句言わないでよね。私もあなたも単独行動なんだから」



 シスターの言葉に、思わず振り向いた。

 彼女はこちらに背を向けて、腕を組んでいる。

 思わず泣きたくなった。

 彼女のことを、俺は心の中で切り捨てた。だが彼女は。それでも手をさしのべ続けてくれている。



「シスター」

「何よ」

「あんたほんとに――いい女だ。こっちの世界に来て最初に出会ったのがあんたなら、きっと惚れてたぞ」



 シスターの背中がもぞもぞと動いた。照れているらしい。



「馬鹿なこと言ってないでツンデレちゃんを追わなくちゃ。あ、独り言だけど」



 とってつけたようなシスターの言葉に噴き出しかける。



「ああ、急ごう。もちろん独り言だけど」



 背中合わせのまま、独り同士。

 宵闇の海へ船を乗り出していった。






[2186] Greed Island Cross-Another Word 24
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:c95dfe0c
Date: 2008/08/07 00:02


 港に着いてから、ツンデレの私物に“返し屋センドバッカー”をかけ、方向を確認して解除した。

 強さ、方向からして南東方向二百キロメートル以内。距離は大体だが、方向は寸分狂うことなく一直線だ。ツンデレの居場所は相当絞り込める。



「小器用なまねするわねー」



 シスターが感心したように腕を組んで見ている。

 別れたはずなのに三歩どころか一歩も離れやがらねえ。



「これからどうすんだろ? まさかさすがのアズマさんでもまっすぐ敵陣に突っ込むような無謀なマネはしないでしょうね。あ、独り言ね」



 シスターはまだ“独り言”を止めない。協力はともかく、会話するくらいかまわないと思う。イジメかこれは。



「こっちも独り言だけど、除念師を探す。ツンデレたちにかかった念の解除手段を確保する」



 顔を向けずに答えた。

 ほかにも可能性は考えられるが、もっとも有望なものがそれだった。

“聖騎士の首飾り”だと、ロリ姫まで成仏してしまいそうだし。



「アズマさんの頭の中に浮かんでるのがアベンガネ――ゴンたちがグリードアイランドで出会った除念師なら、無駄だと否定しなきゃならないでしょうね。解除条件を持たない死者の念を抱えるリスクは、どんな報酬を積まれても割に合わない。彼ってそういう計算はちゃんとするタイプっぽいし」

「わかってるよ。でも実際に尋ねもせずに臆断してあきらめるのは、ただの怠慢だ。失敗の公算が高いにせよ、可能性の芽をつぶす真似は、するつもりはない」



 と、そこまで言って、振り返る。

 近すぎる距離にいたシスターは、くるりと背を向けた。



「私たちが組んでいたら、そっちはアズマに任せてこちらはブランたちの動向を探るために別行動をとるんだけど、仕方ない。私は勝手にブランたちを探りに行かせてもらうわ」



 ツンデレの居場所を突き止めておいてやるから納得行くまで動け、と言うことらしい。まったく、おせっかいな変人だ。



「気をつけろよ」

「悠長に回り道してると、私が先に助けちゃうわよ」



 互いに言葉を投げあって、別の道を歩き出した。









 電脳ネットとハンターライセンス、そして俺自身が持つコネクションを駆使し、程なくしてアベンガネの消息をつきとめた。

 それから連絡を取り、会って話す約束をするのにも困難はなかった。

 だが。



「悪くない条件だが、その話、断らせてもらおう」



 事情を話し、協力を仰いだものの、返ってきた答えは芳しいものではなかった。



「すでに死んでしまった念能力者が遺した念は、オレには除念できないからな。だが、たとえ死者の念を祓う専門家でも、異なる二種類の呪いのうち、一種のみを除念するなどと言った芸当は不可能だと忠告しておこう」



 専門家に断言されては、いたしかたない。

 もとより、実現の可能性は低いと思っていた。ツンデレには“以心転心アベコベ”とロリ姫、二種類の念が憑いている。“以心転心アベコベ”だけ選択して除念するなど、神業の域だ。このアプローチは、考え直さねばならない。

 足労の礼にいくばくかを包み、アベンガネと別れた。









 OTHER'S SIDE



「うわ、すご」



 シスターメイは息をのんだ。

 アズマの示した地点から同胞狩りの拠点になりそうな場所を割り出し、しらみつぶしに探して十数件目、見つけた場所は街外れの一軒家だった。

 ただ、そこに待機していたのはツンデレのみ。ブランとミナミは居なかった。

 どうやらツンデレには電脳ネットでの情報収集を任せ、ブランたちは同胞狩りに出ているらしかった。

 だが、それにしても。目の前に広がる光景には、さすがのシスターも引かざるを得ない。



「アズマ。アズマ。アズマ。アズマ。アズマアズマアズマアズマあずまあずまあずま――」



 ぶつぶつとつぶやきながら、ツンデレはアズマの顔写真をハサミで延々切り刻んでいる。

 目がやばい。イってる目だった。



「ツンデレちゃんがヤンデレちゃんになってる……」



 見てるだけで毒されそうな光景に、シスターはうめくようにもらす。

 だが考えてみれば、この執着は利用できる。

 たとえブランたちがいなくても、家の中に攻め入るのはまずい。ミナミの念能力は、名前こそ移送放題リープキャノンだが、実は送還を主眼に置いた能力だ。警報一発、どこにいたとしても瞬時に戻ってくるだろう。

 だが、たとえばこのツンデレに、アズマの居場所を教えたら。

 尻に帆かけて飛び出ていくに違いない。

 その光景をリアルに思い浮かべて、シスターは肩を震わせた。












 シスターメイから一通の電子メールが送られてきたのは、アベンガネと別れてしばらく経ってからだった。



「拠点にはツンデレちゃんのみ。ツンデレちゃんはアズマに非常に執着している模様」



 内容は、簡潔な情報のみ。それでどうしろ、とは、いっさい書かれていない。

 それは、俺がシスターに対して抱く、しこりを慮ってのことだろう。

 俺の考えも、作戦も、相談する必要はないし、だから外へ漏れる心配もない。安心して作戦を立てることができる。

 その配慮に応えるべきものは、感謝の言葉ではなく、目的の達成のみ。



「当方に秘策あり」



 ただ一言だけをメールに封じ、シスターに送った。

 それから数日後。同胞狩りの拠点からほど近い丘陵地で、俺はツンデレを待っていた。

 前日に住所を突き止めて、俺の所在を簡潔に書いた手紙を送っておいた。手紙が届けば、この距離だ。ツンデレは飛んでくるだろう。

 静かにオーラを沈めながら待っていると、こちらに向かう人間の姿が見えた。

 シスターだった。



「あら、私のほうが先に着いちゃった?」

「来てくれとは、言ってないんだがな」



 半眼で吐き出した俺の台詞を無視して、シスターは無遠慮に近寄ってきた。



「ツンデレちゃん、すごかったわよー。あんたいったい手紙になに書いたの?」



 そう言われても、取り立てて妙なことを書いた覚えはない。“アズマ”の所在地を匿名で教えてやっただけだ。

 そう伝えると、シスターはうわ、と額を手で押さえた。



「それであの反応か……本格的にヤンデレちゃんねー」



 なんか、そう言われるとものすごく気になってきた。

 ヤンデレなツンデレ。

 やばい、実物アマネ知ってるから想像がやけにリアルだ。



「秘策、期待してるわよ」



 シスターの口元に、微細な笑いが浮かんだ。。

 秘策、という言い方はしたが、成功する確率は、高くない。分の悪い賭けのようなものである。

 だが。やるしかない、と、覚悟して、ここまで来たのだ。



「いざって時は……ほんとにいざって時は、私が何とかするつもりだから」



 なんと言うか、悲壮ともいえるシスターの顔つきで、かえって心が落ち着いた。



「……ま、できるだけ頼らない方向で考えるさ――と、来たか」



 丘の向こうから、遠くからでもわかるほど強力なオーラが迫ってきていた。

 ほどなくしてツンデレがたどり着いた。

 ここまで走りっぱなしだったのだろう。ツンデレは肩で息をしている。



「アズマ……」



 口に上るその声色には、強い怒りが含まれていた。



「ツンデレ」



 無造作に、近づいていく。



「親しげに話しかけないでっ! わたしはあんたなんか、大嫌いなんだから!」



 反転しても、ツンデレっぽい言葉だった。素晴らしい。



「そうかい」



 なお、歩みを止めない。

 ツンデレに近づいていく。



「うおおおおっ!!」



 ツンデレの声が、より高い声と重なる。

 髪の二房が地面を穿ち、現れたのは二本の巨大なドリル。



「だけどな、ツンデレ」



 大蛇のごとくうねるドリルを避けて、ツンデレの懐に入り込む。



「俺は、お前のことが――大好きなんだよ」



 念能力を無効化する二本の腕。それを大きく押し広げて、ツンデレに顔を近づける。次の瞬間。



「なっ――ムッ!?」



 俺はツンデレの唇を奪っていた。

 一瞬、ツンデレの持つすべての機関が停止した。

 あっけにとられたツンデレの口の中に舌を割り込ませ、上下の歯がものすさまじい勢いで閉じられる前に、置き土産をして唇を放す。

 間髪いれず“加速放題レールガン”で跳び退る。

 ツンデレは自分で自分の顔を殴りつけ、倒れることとなった。

 一応、念能力抑制の手錠――神字が刻んである、念能力を持つ犯罪者用のやつだ――をはめてやる。これで、暴れていた髪も治まった。



「それがあんたの言う秘策ってわけ?」



 あきれた口調で、シスターが息を落とした。



「おねーさん無理やりってのは、男同士以外は感心しないんだけど」



 もはやあんたの特殊な趣味には言うことはないが。つかだめだろ、男同士とかでも。



「かなり無茶じゃない? ツンデレちゃんの除念を、自分に打ち込んでもらうなんて」

「だからこそ、あんなマネをやったんだ。あれはただキスしたわけじゃない。――こう」



 俺は舌を突き出し、その先からオーラの塊を出す。出てきた塊は、ふわふわと宙を浮いている。



「……器用なことするわね。もうちょっとがんばれば口から怪光線も夢じゃなさそう」



 いや、怪光線はご遠慮願いたい。



「舌も一応体の末端部分だからな。オーラを放出するイメージはしやすいんだよ」

「中華キャノンですねわかります」

「黙れ変態。で、これを口に含まされたツンデレは、危険を感じて自分を除念したってわけだ」



 逆上しすぎて威力をだいぶ変換しそこなったみたいだけど。

 加えて、顔の前面を叩くなら、髪の毛にとり憑いているロリ姫への影響は少ないはずだった。



「ええ。“以心転心アベコベ”の怨念が霧消するのが、私にも見えたわ」



 シスターが視てくれたのなら、間違いない。

 と、ツンデレが起き上がった。



「う、む……此処は?」



 頭を掻くツンデレに、先ほどのような殺気は見られない。



「ツンデレ、正気に戻ったか?」



 無造作に、ツンデレの体を支えてやり――ふいに、違和感。



「アズマ! 危ない! ロリ姫ちゃんよ!」



 シスターの叫び。言葉の意味を飲み込む。ツンデレに注意を向けた。表情を隠していて、感情は見えない。だがどこから出したのか、拳銃を右手に持っていた。それがゆっくりと俺に向けられる。

 とっさに“加速”をかけた。

 だが、体がまったく動かない。銃口は、すでにこちら。拳ひとつの距離から腹に向けられている。

 体は、まだ動かない。

 いや、よく見れば、ツンデレが引き金を引く動きも、緩慢きわまるものだ。

 それで、ようやく。俺の周りを流れる時間が、緩慢極まりないものになっているのだとわかった。

 鈍い音。それとともに、銃弾がごくゆっくりと発射される。その回転すら、目でとらえられる。“纏”ではフォローできそうもない、大口径の銃弾だ。



 死を、幻想した――瞬間。



「――“分析解析一析サンセキ”!!」



 声とともに、ツンデレの纏う狂気が、瞳から霧散していくのが見えた。

 時間が戻ってくる。

 同時に、体が思い切り後ろに引っ張られた。“加速放題レールガン”の効果だ。

 念による加速は、銃弾の初速にくらべ、はるかに遅い。とはいえ、真後ろに跳んだのがよかったのだろう。それによって威力を減じた銃弾は、オーラの防御に阻まれ、俺の腹に火傷の痕をつけただけだった。

 それにしても何が起こったのか。

 急いで現場に戻っていくと、そこには倒れたツンデレと、肩で息をしているシスターがいた。



「おい、大丈夫か? いまの力は」

「……“分析解析一析サンセキ”はね、言葉どおり三つの能力なの」



 シスターは話す。



「見た者の状態を把握する“分析”。見た者の念能力を理解する“解析”。そして、マイナス析。分析解析から析を引いた言葉、すなわち“分解”。相手の念を極限まで理解し、掌握することではじめてできる、念能力を分解する能力」

「そんな能力があったんなら」



 文句を言いかけて、気づく。シスターの姿は、ひどく薄い。まるでロリ姫を見ているようだ。



「これがそのデメリット。使えば使うほど、私のもうひとつの念能力、“ガラス越しの世界スタンドアローン”の力が強まって、最後には、私の声すら、あなたたちに届かなくなってしまう」



 うつろな笑いを、シスターはこぼした。

 恐ろしい能力だ。おのれの存在を、誰にも気づいてもらえない。究極の孤独。それは、死より、ずっと恐ろしい。



「それでも、設定上は十回以上はもつ計算だったんだけどね。シスターメイならぬ私の精神力じゃ一回でも危なかった。よかったよ、一人にならなくて」

「シスター……」



 言葉にならない。シスターはおのれの存在を引き換えにしてまで、俺を助けようとしてくれたのだ。



「おっとお礼はかんべんだぜ。ほんとなら最後まで使う気はなかったんだから。さっきのは、ほんとにとっさにやっちゃったって感じ」

「無茶しやがって」



 安堵とあきれの入り混じったため息を落とす。

 ともあれ、シスターの体はここにある。この僥倖を、感謝せねばならない。



「アズマ……すまぬ」



 ロリ姫の声が聞こえてきた。姿は見えない。出てくる気はないらしい。



「ロリ姫も、気にするな」



 ロリ姫がいなければ、洗脳から逃れられなかった。礼を言いたいのは、こちらのほうだった。



「う……ん」



 と、ツンデレの口からうなり声が漏れた。

 目が覚めたらしい。



「ツンデレ、大丈夫か?」

「……あ、アズマ?」



 目が合った瞬間。

 ツンデレの顔が、真っ赤に染まった。



「おい」

「ごめんちょっとまってうわちょっとにゃー!!」



 なんだかわからない動きで、ツンデレは逃げていく。



「……どうしたんだあいつ」

「キスシーンとか全部覚えてたに一票」



 シスターが手を挙げて言った。

 むこうではツンデレが髪の毛に巻きつけられて転び、そのままわめきながら転がっていた。






[2186] Greed Island Cross-Another Word 25
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:c95dfe0c
Date: 2008/08/10 00:28



「ブランたちと、決着をつけよう」



 そう決めたのは、たんにツンデレたちを取り戻した勢いからでは、ない。確たる成算あってのことだ。

 ツンデレは同胞たちの所在地をブランたちに伝える役目を負っていた。これをうまく利用すれば、偽の情報でブランたちをおびき出すことも可能だ。

 さいわい、いま現在アマネとレイズはアモンの“領地”で待機している。個別に撃破する、またとない機会だ。



「ツンデレちゃんが正気に返ったことは、早晩気づかれる。ブランはああ見えて切れるとこあるから、そうなって対策打たれる前に討つ手は、あり・・ね」



 シスターはそう言って同意を示した。

 ツンデレやロリ姫も、否やはない。早速ツンデレに偽の情報をブランたちに送ってもらった。

 指定した場所は、ヨークシン郊外。偽情報に説得力をもたせるためと、位置関係を計算に入れてのことだ。

 準備を整え、待ち構えるために時間は必要だが、あまり間を空けるとブランにツンデレが正気に返ったことを気づかれるかもしれない。そのぎりぎりの線がヨークシンだった。

 それだけ用意してから、飛行船に乗り込んだ。目的地まで、わずか五日の距離である。









「やー仏頂面、ご機嫌いかが?」



 飛行船の個室に、ノックもせずに入ってきたのはシスターメイだ。



「わお、いつもにも増して仏頂面ね」



 人の顔を見るなり、シスターはそんなことを言ってきた。失礼である。

 とはいえ、暇をもてあましていたところだ。この騒がしい珍客の乱入は望むところだった。



「なあ、シスター」

「なーに?」

「俺、ツンデレに避けられてないか?」



 思い切って聞いてみた。このところツンデレの様子がおかしい。それがなぜか、は、まあ、想像できなくもない。

 だけど、それで避けられるのは、ちょっと納得がいかない。



「……えーと、念のために聞いておきますが」



 シスターは恐る恐る、と言った風に聞いてくる。



「なんだ?」

「それ、いまやっと気づいたわけじゃないよね」



 それは鈍すぎだろう。どこのハーレム漫画の主人公だ。



「俺はそこまで鈍くないつもりだけど」

「それに関しては、半分しか同意してあげない」



 シスターは、なぜかやたらとニヤニヤ笑いを浮かべている。



「前者には、半分くらい引っかかってそうだしね」



 前者とはいったいなんだ。まさかやっぱり口に出していたというのか。

 あっはっは、と笑ってから、シスターはさらりと笑いを納めた。



「ツンデレちゃんのことだけど……ツンデレちゃん、妙にうぶなとこ、あるからね。あんたにディープキスかまされて妙に意識しまくってるだけでしょ」

「……そういやあれ、ディープになるのか」



 言われて気づいたけど、行為としてはまさにそれだ。ツンデレを助けることしか頭になかったせいで、全然意識してなかった。

 ああ。そりゃツンデレも意識するなってのは無茶か。



「あー。アズマ」



 深く深く、息を吐き出したシスターの顔が、急に真剣になった。



「あんたはあれ、一種の救命行為のつもりで、必要だからってやったんでしょうけど、ツンデレちゃんにとっては特別な意味があるの。ツンデレちゃんにキスしたこと、絶対に軽く扱っちゃだめよ」



 妙に怖い顔で迫られ、わかったよ、と、返した。意外にこういうことにはまじめらしい。



「……明日にはもう、ヨークシンに着くんだな」



 ひと息ついて、つぶやいた。



「ええ。そして明後日には決戦よ」



 シスターの言葉に、ああ、と答えた。その言葉に、すべての感慨がこもっていると実感した。



「明後日の夜も、ちゃんと四人でご飯食べようね」

「待て、それは死亡フラグくさいぞ」

「この戦いが終わったら、私、故郷に帰って結婚するんだ」

「それははっきりと死亡フラグだ」

「あとは私は絶対に死なない、死ぬもんか! とか、大丈夫、あなたは私が守るから、とか……」

「死亡フラグを乱立させるな!」



 縁起でもなさすぎる。



「はっはっは。これだけあからさまに死亡フラグ立てたら、逆に死なないっぽくない?」

「……そうかも知れんがそれを言っちゃったら逆に死亡フラグくさいぞ」

「ああっ!? しまった!!」



 まったく。彼女らしい。

 頭を抱えるシスターに、苦笑を向ける。

 人格的にはまったく尊敬できないけど。まぎれもない変態だけど。

 なんだかんだ言って、彼女には、いくら感謝しても足りないくらい、世話になっていた。



「シスター」

「なによ」

「ありがとな」



 感謝の思いを、一言にして吐き出した。

 シスターが、あっけに取られたほうな表情になる。



「……仏頂面にひとつ問いたい」



 たっぷり一呼吸の後。微妙に目を伏せながら、シスターは聞いてきた。



「なんだ?」

「私を、口説いちゃったりしてるわけじゃないわよね?」



 今度はこちらが停止した。どこからそんな話が出てくるんだ。



「俺にそんな酔狂かつ奇特な嗜好は存在しない」

「なんだかものすさまじく貶められてる気がするけど……だったら、その無駄に素敵な笑顔はツンデレちゃんのために取っときなさい」

 

 そう言って、シスターは顔を背けて空を仰ぐ。ないことに、微妙に頬を赤く染めている。

 やばい。ちょっと素晴らしいとか思ってしまった。



「仏頂面」



 去り際、シスターはいつもの調子で呼びかけてきた。



「なんだ?」

「勝とうね」



 笑顔と共に出てきた言葉に、笑って返す。



「もちろんだ」









 シスターが去って、ほどなくしてドアがノックされた。

 ドアを開くと、立っていたのはツンデレだった。



「アズマ」

「ツンデレ……じゃ、ないな。ロリ姫か」



 仕草や口調で、そう判断する。



「うむ」



 それを肯定するようにうなづくと、ロリ姫はベッドに腰をかけた。

 妙に端に座っている。



「参れ」



 ロリ姫は、ぽんぽん、とベッドを叩く。隣に座れということらしい。

 いざなわれるまま横に座ると、ロリ姫は妙に詰め寄ってきた。ベッドに置いた互いの手と手が交差する距離だ。

 そこに腰を落ち着けると、ロリ姫は視線を虚空へ投げた。



「お主等と共に旅を始めて、どれ程になるかの」



 無言の時が過ぎ、ふいにロリ姫は、切り出してきた。



「そろそろ一年になるな」



 自然、俺の目も、遠くなる。あの洋館でツンデレの髪にロリ姫が取り憑いてから、もうそんなに時間が経つのだ。



「一年か……短い。実に短い一年じゃ」



 感慨深げに、ロリ姫は嘆息した。



「最初は、ただ、あの場所から離れたかった」



 目を伏せて、ツンデレは足を遊ばせる。妙に子供っぽい仕草は、ロリ姫にはめずらしい歳相応なものだ。



「じゃが、お主等と付き合ううち、何時しかお主等の存在が、かけがえの無いものになっておった。お主等と喜びを分かち合うことこそ、妾が存在する理由となっておった」



 ロリ姫は、一人ごちる。

 それは、こちらも同じだ。

 ロリ姫がいてくれたから、この歳のわりに妙にマセた、勇気と思慮と侠気を兼ね備えたお姫様が俺たちを援けてくれたから、いまここに俺がいるのだ。

 視線を、ロリ姫に沿わす。

 その先に見るものは、同じはずだった。

 やがて、ロリ姫の口が開く。



「お主等は、帰るのであろう?」



 ポツリと、ロリ姫はつぶやいた。



「無論今直ぐの事ではない。其れは分かっておる。じゃが、妾は、決めた。お主等が帰る、其の時こそ、妾は成仏しよう」



 静かだが、その口調に揺らぎは無く、決意の深さがうかがえる。そんなロリ姫の言葉だった。



「ロリ姫」

「妾はもとより死霊よ。在るべき理由が無ければ、そこが妾と言う存在の死だ」



 そう言って、ロリ姫は微笑んだ。ツンデレの貌でありながら、それは間違いなくロリ姫の笑顔だった。



「お主には言っておきたかったのじゃ」



 自ら、消える。それを決めた彼女の思いは、俺にもわかる。

 俺は、その意思を告げられた仲間として、家族として、ロリ姫の覚悟を受け止めなくてはいけなかった。



「――妾の用は其れだけじゃ。ツンデレが如何しても逃げようとしたのでな。連れてきたのじゃ」



 やおら調子を変え、ロリ姫はベッドに身を横たえた。

 しばらくして、細いうなり声があがる。

 ぱちりと目が開いた。



「ん? あ――ああああああああああずまなんでこんなとこっ――!」



 舌を噛んだらしい。目に涙を浮かべ、舌を放り出しているのは、ロリ姫ではなくツンデレだ。



「大丈夫か?」

ひたひイタイ



 あまり大丈夫じゃなさそうである。見れば、血がにじんでいる。痛そうである。



「ツンデレ」

「ん――なに?」



 顔をむけると、ツンデレの目が逃げていく。



「このところ俺のこと、避けてたよな」

「な!? べ、別にあんたなんか避けてたわけじゃないんだからね! ちょっと予定が合わなかっただけなんだから!」

「飯もさっさと食べちゃうし、部屋に戻ってもすぐ寝てて返事もないし」

「なによ! なんか文句あるわけ!?」



 逆切れ気味に怒鳴られた。逆に詰め寄られるような形になり、体が後ろに傾く。

 その体制のまま、俺は口を開いた。



「ある。ちょっと寂しかった」

「な――な!?」



 おお。ツンデレの顔が紅潮ってレベルじゃなく赤くなってる。

 手足をわたわたと動かしながら、挙動不審に口をパクパクさせるツンデレ。ここまで反応されると、こちらまで気恥ずかしくなってくる。



「あ、そういえばさ、ツンデレ。感情が反転してるとき、どんな感じだった?」



 ふと、思いついて尋ねてみる。



「どう、って。別に、なんだかあいつらの仲間でいることが普通で、わけわかんないくらいアズマのことが大――」

「だい?」

「っつ別に! あんたのことが! 大好きだから! 大嫌いになったわけじゃないんだから! 家族としての好きが、反転したんだから勘違いしないでよね!!」



 久しぶりのツンデレ節全開である。

 素晴らしい。やっぱり、ツンデレにはツンデレの神が憑いているに違いない。



「だから拝むなっ! 崇めるなぁーッ!!」



 とまあ、恒例のやり取りのあと。



「あーほんとに、なんかいろいろ悩んでたわたしが馬鹿みたいじゃない!」



 肩で息をしていたツンデレは、ばん、とベッドを叩いた。

 なんだかものすごい勢いで、ツンデレがいつものツンデレに戻っている。



「勝つわよ! まずはそれから! ほかの事は全部後回し! いいわねっ!」



 があっと吼え、ツンデレは拳を突き出してくる。



「ああ。勝とう」



 勢いよく拳を合わせて、ツンデレの気合を受け取った。






[2186] Greed Island Cross-Another Word 26
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:c95dfe0c
Date: 2008/08/13 09:15



 翌朝。

 到着予定時刻に先立つこと、わずか二十分前。朝もやの中に、すでにヨークシンの街並みが浮かび上がっていたときだった。

 いきなり、強い浮遊感に襲われた。

 飛行船が高度を下げたらしい。そう思い、窓から外を覗くと、思いのほか地面が近い。

 墜落する。そう感じるほど、飛行船は急速に高度を下げていた。見る間に地面が迫ってくる。

 船体が一度、大きく揺れ、止まった。着陸したようだった。

 船内が一気に騒がしくなった。乗客も、この異常事態に気づいたらしい。

 喧騒の中、ふいに、船内放送で呼び出しがかかった。アズマ一行様、と、名指しである。

 不審に思いながらも船内下部にある警備室を訪ねと、なかから船員が青い顔をして出てきた。



「アズマさんと、そのお連れ様ですね」

「ああ」

 

 誰何に応えると、船員はまず謝り、そして船から下りるよう懇願してきた。

 なぜ、と、問う必要は無かった。

 開かれた搭乗口から外を見たそのときには、原因は九分通り理解できていた。

 追われるように俺たちが地面に降りると同時、飛行船は待ちかねたように飛び立っていった。

 それを悠然と眺めながら、待ち構えていた男はこちらに視線を戻す。

 黒いサングラスに黒のスーツ。獣毛を思わせる灰色の髪を、後ろに撫でつけたその姿は、見まごうはずもない。



「よう、アズマ。待ってたぜ」



 同胞狩り――ブランは、俺のあらゆる想像を超えて、この場にいた。



「なぜ、分かった」



 端的に問うたのは、わざとではない。驚きのあまり、それしか口に出せなかった。

 質問に対して、ブランは喉を震わせた。



「おいおい。見くびってくれるなよ。俺はお前のこと、高く買ってるんだぜ? だったらお前を相手にして油断なんてできるわけねえだろ?」



 高く評価するからこそ、それを相手にするときは油断しない。万難を排し、あらゆる事態に備えておく。

 完全に見誤っていた。ブランがそこまで周到なやつだとは思いもしなかった。



「とはいえ、想定していた可能性の中でも最悪のケースだ。よくあの念能力を外せたもんだ。素直に感心するぜ」



 ため息が落ちる。ブランは顔を伏せ、くしゃりと髪をかきあげた。

 その奥から、瞳がこちらをひと撫でした。



「なあお前ら、俺とつるめよ。お前らと組めるのなら、同胞狩りは止めて、レイズのやつらと縁を切ってもいいんだぜ?」



 ふいに、ブランはそんなことを言ってきた。

 視線をツンデレたちに向ける。それだけで、意思が通じた。

 そう。答えは決まっている。



「断る」

「冗談」

「誰が」

「ふん」



 俺の言葉に、シスター、ツンデレ、ロリ姫が続ける。

 たとえブランの言葉が真実でも、独善的な正義のもと、蛮刀を振り回すこいつの仲間になどなれるわけがなかった。

 その答えに、ブランはかえって楽しげに、口の端を吊り上げた。



「そう言うと思ってたぜ。実を言うとだな、お前を仲間にしたいのと同じくらい、俺はお前らと戦うのを楽しみにしてたんだよ」



 むき出しにした野獣の笑みの奥に、燠火のごとき狂気があった。

 これがこの男の本質。理性の仮面を外せば、その中にある貌はまちがいなく戦闘狂。



「さあ」



 ブランが手を広げる。同時に、ミナミの姿が現れた。おそらく飛行船から下ろさせた仕込みは、このひとの手だろう。



「戦いを始めようか」



 ブランはそう、宣言した。









 四種のオーラが、同時に天に昇った。

 ツンデレの髪が、音をたててアスファルトの地面に突き刺さる。

 地面を食い破り、ツインテールの先端にできた巨大なドリルは、モーター音にも似た音を立て、高速回転する。

 間合いは十メートル強。両者にとって無いも同然の距離だ。

 ブランは両腕を開けて攻撃を誘ってくる。

 ミナミは斜に構え、ブランの後ろに控えている。

 そのオーラ量は、ざっと見積もって俺の倍近い。

 もとより、相手は格上。修行の成果を絞りつくさねば、勝機すら見いだせない。



 ――“加速放題レールガン”!



 パチンコ玉にオーラを込め全力で撃ち出す。

 右目をピンポイントで狙ったのだが、ブランは首を傾けるだけでそれを避けた。

 だが、これはあくまで牽制。本命はすでにブランの前まで飛び出している。

 ツンデレだ。

 ドリルがうなりをあげ、ブランを襲う。



「軽いぜ!」



 オーラを集中したブランの右腕に、左のドリルが打ち払われる。

 だが、それもツンデレの目論見のうち。一のドリルに重ねるように、次のドリルがガードの開いたブランの胸を狙う。込められたオーラの量は、先に倍する。

 ブランは犬歯をむき出しにして哂い、後方に飛んだ。足に集中したオーラを瞬時に爆発させ、跳んだのだ。

“流”の速さが尋常じゃない。

 だが。

 着地点、ブランの右足を狙いパチンコ玉を放つ。

 それを避け、体勢の崩れたブランに、“加速放題レールガン”のつるべ打ちを見舞う。

 それをことごとく防がれるのは、半ば予測どおり。

 ツンデレの追撃が、“加速放題レールガン”に続く。

 打ち合いになった。

 片方は拳。片方はドリル。

 手数も重さも、ブランが上。だが、ロリ姫のドリルはツンデレの筋肉の緊張、意思、闘志、いずれからも読み取れない。

 自然、“視て”から対応することになる。その一瞬のタイムラグに加え、ドリルの軌道はブランの死角を狙える。

 それが、彼我の戦闘力の差を大幅に縮めていた。

 二人の攻防に目を凝らす。

 ブランには、必ず隙ができる。それを、待っていた。

 二人の攻防は続く。

 左脇を狙うドリルが弾かれ、正面からのドリルはブランの頬を浅く裂いただけ。

 ストレート。

 ブランの攻防力の大半を裂いたパンチが、ツンデレをガードごと打ちぬく――はずだった。

 音すらない。

 ツンデレの身にまとう白いオーラが、ブランのパンチを完全に無力化していた。

 そこに、吹きぬけたドリルが返ってくる。

 ブランの意識がそちらに裂かれた、一瞬。

 ツンデレはブランの仲間になっていたとはいえ、彼女の念能力を知らない。それは確認済みだ。

 だからこそ、このチャンスを待っていた。

 ありったけのオーラをパチンコ玉に込めて、ブランに放つ――寸前。

 背中に悪寒。



「後ろよ仏頂面!」



 シスターの声を最後まで聞かず、とっさに前へ転がる。

 寸前までいた空間を、すさまじい勢いで何かが吹きぬけていった。

 肩越しに目をやると、先ほどまでブランを挟んで反対側に控えていたミナミの姿がそこにあった。

移送放題リープキャノン”。三次元座標さえ把握していれば、自身の移動には何の制約もない。逆に言えば、常におのれと敵、そして常に変化していく周りの状況を把握しておかねばならないのだ。

 ブランにできた隙。それを狙う俺の動き。それを確認してから飛んだのだとすれば。化け物と言うしかない。

 肩越しに“加速放題レールガン”を撃つ。同時に念弾が飛んできた。

加速放題レールガン”で無理やり体を浮かし、念弾を避ける。間一髪だ。

 ミナミは放出系の念能力者。“移送放題リープキャノン”だけに気を取られていると命とりだ。



「きゃっ!?」



 ツンデレの悲鳴に、あわてて目を向ける。

 ミナミが放った念弾がツンデレを掠めたらしい。

 狙っていたのか。



「おら、余所見は禁物だぜ?」



 一瞬の隙。ブランの拳が、ツンデレのガードを抜いた。

 肩口を打ちぬかれ、ツンデレは数十メートルも吹っ飛ぶ。



「ぐうっ!」



 ツンデレはなんとか堪え、すぐに体勢を整えた。“流”でのガードが間に合ったらしい。



「おらぁっ!」



 ブランの追撃。

 その拳が、ツンデレの体を貫くさまを、幻視した。



 ――“加速放題レールガン”!!



 とっさに加速する。

 ブランとツンデレのあいだに、身を割って入ろうと。

 だが。

 ツンデレは、逆にこちらに向かってきた。

 その動きを、迷わず受け入れ――交錯する。

 同時だった。

 俺の拳がブランの攻撃をかいくぐって命中し、ロリ姫のドリルは俺の背後の空間を突いた。

 それが俺を狙ったミナミに対しての攻撃だと悟り、会心の笑みが浮かぶ。



「おおっ!!」



 拳を体に張り付かせたまま、“加速放題レールガン”。体の中心から拳を結ぶ線を精密にたどって、加速する。

 不可避の寸剄による追撃に、ブランはたたらを踏んだ。

 彼我のオーラ量の差が、ダメージを大幅に軽減したようだ。



「痛っ、無拍子かよ。まさかそんな技まで身につけてくるとはな」

「無拍子?」



 顔をしかめてブランがつぶやいた、耳慣れない言葉に、思わず聞き返す。

 ブランは目を見開いた。



「知らねえのか? 攻撃の初動を“隠す”ことで、相手に知覚も予測も許さない体術の究極域だ。武術の精華とも言える超高等技術だぜ?」



 先ほど見舞った拳の痕をさすりながら、なおブランは哂う。



「そしていまのはそれどころじゃなかった。初動は隠したんじゃなく――おそらく、無かった。念能力によって攻撃に必要な動作を大幅にはぶいた予測不可能な神速の体捌き。無拍子の概念をより純化した――言わば純正無拍子ってとこか」



 派手に名づけてくれるが、やったことはシュウとの戦いの焼き直しだ。

 あの時は加速放題レールガンの命中精度の拙さもあって手足を加速させていた。それゆえ、こちらにも深刻なダメージがあったのだが、いまの俺なら重心加速を、寸分たがわず拳撃方向に合わせることができる。その結果が、ブランの言う純正無拍子なのだろう。



「面白れえ。目をつけていただけのことはあるぜ」



 犬歯をむき出しにしながら、ブランはポケットから拳銃を取り出す。

 拙い。グリードアイランドで十メートル以上ある洞窟の壁をぶち抜いたあれだ。



「本気を出すぜ」



 ブランは哂う。

 見る間に、拳銃が溶けだした。

九十九神ザ・フライ”。あれを使わせてはいけない。



「ツンデレ! ロリ姫!」



 言いながら、地面を蹴る。

 ツンデレの除念は本命。俺は前に出て露払いを引き受ける。



「――“移送放題リープキャノン”」



 正面に、ミナミが割って入ってきた。

 とっさに。

加速放題レールガン”で体当たりしていた。

 ミナミの体ごと、吹き飛んでいく。

 その先にブランがいた。

 音もなく、ミナミはブランにぶつかった。

 ミナミの頭がブランにめり込む。肩まで入り、彼の体が胴まで埋まったところで、おぞましい可能性に気づいた。



「がっ、ぐ、ぐ、ぐ、ぐ」



 苦しみながらも、なおブランはミナミを体に取り込んでいく。

 間違いない。ミナミとブランが融合しているのだ。

 ミナミの体は、もはやすべてブランの中に納まり、かわりとでも言うようにブランの顔に、体に、ミナミの特徴が浮かびだす。

 そして。破滅的なまでにオーラが膨れ上がった。



「あ――あ――はははははははははははははははははははっ!」



 オーラが、爆発した。そうとしか思えないほどすさまじいオーラが、彼から放射された。

 馬鹿だ。

 俺は、決してやってはいけないことをやってしまった。



「ツンデレ!」

「わ、わかったわ!」



 悲鳴に近い声で、俺はツンデレに賭けた。彼女の除念なら、あるいは二人を元に戻せるかもしれない。

 だが。

 彼の体に突き刺さったツンデレの拳は、何も起こさなかった。



「なんで? 何で何で何でっ!?」



 狂ったように拳を打ち込んでも、何も起こらない。

 おそらく。理由は単純。

 彼が自然に放つオーラがすさまじすぎて、それを相殺するのが精一杯なのだ。肝心の“九十九神ザ・フライ”には、ツンデレの除念は届きもしない。



「おいおい、こりゃあ、まじかよ」



 ブランの声で、彼は驚きをあらわした。

 いや、表に浮かんだその哂いも、ブランのもの。ミナミの特徴は、外見以外には見受けられなかった。



「へっ。参ったな、こりゃあ、一方的に決まっちまうかも知れねえが――恨むなよ?」



 ブランが腕を払う。さして力を込めたとも見えないそんな一撃に、ツンデレの体は弾丸と化し、吹き飛んでいった。



「ツンデレ!」



 一瞬。ツンデレの行方を目で追ったほんの一瞬のうちに、ブランは目の前にいた。



「うわああっ!!」



 恐怖を振り払うように純正無拍子で拳を打ち出す。全身のオーラのほとんどを攻撃に回したその一撃は、たしかにブランの体に当たった。

 だが、ブランは小揺るぎもしない。

 攻撃は、当たる。彼の技量が伸びたわけではない。ただ、圧倒的なまでのオーラ量が、ダメージを許さないだけだ。

 シンプルな答えだ。シンプルで、かつ、絶望的。



「おらよっ!」



 上から、はたかれた。それだけで、俺の体は地面にめり込んだ。

 衝撃が、体を通り抜けた。巨大な圧力をかけられたように、身を起こすことすらできなくなった。



「さて。悪いがもう酔狂は起こさねえぜ。きっちり止めをくれてやる」



 喜悦を含んだブランの声が、降ってきた。

 絶望するしかない。そんな状態で。



「――ごめん」



 と、謝って。シスターが飛び出してきた。

 その表情には悲壮な決意が見える。何をやろうとしているか、明白だった。

 ともる術も、手段も、俺には残されていない。

 シスターの口から、言葉がつむがれる。



「――“分析解析一析サンセキ”」



 嘘のように澄んだ声だった。









 時が止まった。

 そんな気さえ、した。刹那の光景が、いまだ残像を残している。

 このまま時が止まることを願い、だが、時間は残酷に流れていく。

 シスターのオーラが消えた。その事実だけを残して。



「ち、早まりやがって」



 目の前に、腰を落としたのはブランだった。



「……素晴らしい」



 そして、視界の端に足だけ見えているのは、ミナミだろう。



「なにが素晴らしいだ。ばか。くそっ! 乱暴に分解しやがって。体中ぼろぼろじゃねえか」



 ブランが毒づく。言葉のとおり、ブランは体中にダメージを負っていた。おそらくミナミも同様だろう。

 好機、と、言いたいところだが。あいにくこちらの体も、ろくに動かない。

 だが。

加速放題レールガン”で垂直方向に体を持ち上げ、直立する。

 シスターが身を挺して作った好機、逃すわけにはいかない。



 ――“加速放題レールガン”!



 体当たり。それしかないと決め、ためらうことなく体ごとぶつかっていく。



「ぐっ」



 オーラの壁にぶつかる感触。骨がきしむ。

 ブランはあきらかに本調子ではない。オーラ量が激減していた。

 さらに――加速。

 同時に、今度は本物の壁にぶつかった。

 確認できなかったが、おそらくミナミの仕業。岩塊でも移送させたか。

 衝撃で、意識が飛びかける。暗闇が視界を遠くに追いやっていくのを、かろうじてつなぎとめた。



「アズマっ!!」



 遠くから、ツンデレの声が聞こえてくる。



「ミナミ、こりゃあ拙いぜ。もう一度、やろう」

「わかった」



 ミナミは頷いた。

 なぜ、ブランにそれほど忠実なのか。疑問は口まで上らなかった。意識をつなぎ止める作業で精一杯だった。



「“九十九神ザ・フライ”」



 声とともに、ミナミがブランに飲み込まれていくさまが、おぼろげながら見えた。

 そして。

 ミナミの最後のパーツ――右腕が、ブランの体に吸い込まれる直前。

 ブランの頭が吹き飛んだ。

“硬”。オーラを集中したミナミの拳が、ブランの頭にぶち込まれたのだ。

 血しぶきを撒き散らしながらも、融合は進む。人と人との融合体は、人の姿を取り戻す。

 首から生えてきたのは、ミナミの顔だった。

 ミナミは、おのれの新しい手を握り、また開く。

 体は傷だらけ。頭を飛ばしたせいで、血すら足りていないはずだが、オーラだけは、禍々しく放射されている。



「ははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!」



 ふいに、爆笑が巻き起こった。

 そこに込められたあまりの狂気に、怖気がふるう。



「素晴らしい! 自由だ! これで俺は自由だ!!」



 天に向かって、ミナミは叫んだ。

 ありえない。

 こいつが、先輩だなんて、絶対にありえない。



「お前は……いったい何者だ」



 俺の問いに、ミナミは瞳をこちらに向けた。人語を解す獣に観察されているような、異様な感覚だ。

 そしてミナミは答えた。



「気づかないか? 俺はお前だ。東カイリ」



 謎の言葉を残して、ミナミの姿が消えた。



「アズマ、大丈夫?」



 駆けつけてきたツンデレが、声をかけてきた。見れば、ツンデレもぼろぼろだ。



「おお。無事だったか」



 ロリ姫も、心なしか煤けているように見える。

 意識は、まだ手放せない。シスターのことを、話さなくてはいけなかった。









 OTHER'S SIDE



「……あー、やってしまいましたよ、私」



 シスターメイは、目の前に広がる光景に、捨て鉢気味につぶやいた。

 風景から、人の姿が消えている。

ガラス越しの風景スタンドアローン”が強まった結果だ。

 もう、どれだけ念をふりしぼっても、仲間の姿は見えない。完全に独りだ。



「何で後先考えないんですかね、私というやつは」



 後悔しても仕方ない。もう、すべてが遅い。



「……んー、よしっ!!」



 だが、シスターメイは。彼女は、絶望を振り払うように声をあげた。



「姿が見えなくても、声が聞こえなくても、伝える手段はきっとある! それを、探そう!」



 あんな別れ方なんてしたら、あの仏頂面も、ツンデレも、ロリ姫も、きっと気に病む。



 ――だったら伝えよう。私はここにいるよって。



 手を振り上げて、シスターメイは歩き出した。



「手紙とか……は、あいつらがどこにいるかわかんないし、やっぱりどうせやるなら派手に伝えたいわね」



 迫りくる孤独感に抗うように、彼女は声を張り上げる。



「そうだ、歌とか、いいね。ラジオとか公共の電波使ってド派手にやっちゃおうかな」



 シスターの孤影は、荒野の向こうに消えていった。









 数日ののち。

 公共の電波で、一曲の歌が流れた。聞くものが聞けば、それはこの世界ではないどこかの国のヒット曲だと気づいただろう。

 通常の番組を乗っ取って流されたこの曲は、のちに国を超えた大ヒットとなるのだが、それはともかく。

 この歌を流した彼女の、本当のメッセージは、受け取り手には確実に伝わった。

 しかし、それを知る手段は彼女にはない。

 だから今日も彼女は歌い続ける。大切な仲間たちに、声が届くように。



 ――みんな、この声が、届いてる?






[2186] Greed Island Cross-Another Word 27
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:c95dfe0c
Date: 2008/08/19 23:57


 ヨークシンの中心部にほど近い、高級ホテルの一室。ブランたちとの戦いで負った傷を癒やすため、俺たちはそこにいた。

 ラジオからは、シスターメイの歌が流れている。人を唸らせるような上手さはないけれど、澄んだ声に込められた想いが、心を打たずにはいられない。

 最初、この歌を聞いたとき、泣きたくなった。

 私はここにいるから。大丈夫だから。あんたたちは、振り向かないで前を向いてなさい。

 そんなシスターの声が、聞こえてくるようだった。



「シスターのカタキ、討たなきゃ」



 最初に言い出したのはツンデレだった。

 カタキを討つ、と言うのとは、少し違うかもしれない。シスターはブランたちにやられたわけではなく、俺を守るために自ら能力を使ったのだ。

 シスターが消えたのは、ふがいないのは俺のせいで、ミナミは関係ない。

 だが、もし彼女がこの場にいたなら、絶対にミナミを何とかしようと言い出すに違いない。

 だったら、彼女に命を救われた俺たちがすべきことは、決まっている。



「――無論じゃ。だが、どうやって倒す?」



 腕を組んだロリ姫が、片目をあけて言った。

 さすがのロリ姫も、思案しあぐねているようすだ。彼女の思考に添うように、ツンデレのツインテールがねじれていく。

 どうやってあの怪物を倒すか。それが問題だった。

 いまの俺たちの技量であいつを倒せるか。そう問われれば、否、と言うしかない。

 少なくとも正攻法では無理だろう。



「人を使うか? いまの俺たちの所持金、すべて使って賞金を懸ければ、大物狙いの賞金首ハンターも動く」

「それはイヤ」



 俺の提案に、ツンデレは即座に首を振った。



「あいつは、わたしたちの手で倒さなきゃ」

「……だったら雇って協力してもらうか? 相手を操る操作系の念能力者が理想だけど」

「相手を操る操作系……シャルナークとか?」

「無理無理無理。これ以上厄介なやつ引き込んでどうする」



 即座に思いっきり否定する。実際問題協力してもらえるかどうかはさておき、いまの状況でこの上旅団と関わるなどありえない。

 とはいえ、あの反則的なオーラに対抗するには、旅団それクラスの実力が必要なのかもしれないか。

 ツンデレは首をひねってうー、と唸る。



「ねえ。それならヘンジャク先生とか、海馬とかに手伝ってもらうわけにはいかない? それから……イヤだけどシュウのやつとか」

「……無理だろうな。ヘンジャクは人命救助に忙しいだろうし、あの海馬にしても、協力してくれるとは思えない。そもそもどうやって連絡を取ったものか。シュウも、グリードアイランドに入ってからあれほど時間が経ってるんだ。元の世界に返っていないとしても、大詰めにさしかかってるころだろう。こっちに関わってる余裕なんてないはずだ」

「でも」

「わかってる。同胞に協力を仰ぐにせよ、海馬やシュウクラスの実力がないと話にならない。だったら、当たってみるのもアリだ。ツンデレにはそっちを頼みたい」

「わかったわ。三人に声をかければいいのね」

「それと、ハンター。できれば操作系の念能力者がいい」



 意気込んで出て行こうとするツンデレに、声をかける。



「アズマ。お主は如何するのだ」



 去り際にロリ姫が、そう聞いてきた。

 組んだ手に力を込め、答える。



「考えるのさ。勝ち方をな」



 それから数日。部屋にはいろいろと物騒なものが集まっていた。



「うわ、これどうしたの?」



 さすがに、呆れたようにツンデレが聞いてきた。銃器や軍用兵器、得体の知れない物体が所狭しと並んでいれば、それも当然かもしれない。



「電脳ネットとこの辺の闇ルートから」

「これで勝てるの?」



 大口径の拳銃を手に持って、ツンデレはいぶかしげに聞いてきた。

 ちなみにその銃、彼女が俺を撃ったものである。



「正面からやったんじゃバズーカでも効きゃしないだろうよ」



 パソコンに向かいながら答える。



「こいつらはあくまでパーツだし、何十通りか考えた戦いに合わせたものだから、実際には使わないものも多いと思う」

「また無駄遣いを……これはなに?」

「スターライトスコープ。星の明かりを拾って夜でも昼間みたいに見られる」



 その値段を聞いたツンデレはまじめな顔をして、どう戦うか決めてから買い物しなさい、と、諭すように言ってきた。えらい迫力だった。









 この街に来たのなら、立ち寄らねばならないところがあった。

 ヨークシン郊外。じいさんの墓である。

 十字を切ったものか、手を合わせたものか。作法より想いだろうと、故郷での慣習に従い、手を合わせた。

 それはどんな奇縁か。

 心の中で報告を済ませた帰リ道。遠くに見覚えのあるオーラを感じた。



「アズマ」



 ツンデレが抑えた声で話しかけてきた。



「ああ」



 小声で返す。

 感じたオーラは、間違えようがない。ミナミのオーラだった。



「どうする?」



 ツンデレはすぐにでも飛び出して行きたそうな顔をしていたが、さすがにいまはまずい。



「――尾行すつけるか?」

「ああ。尾行する。できれば潜伏場所を特定しておきたい」



 声を押し殺したロリ姫の言葉にうなづく

 国外へ出た形跡がなかったので、そう動いていないとは思っていたが、まさかこの辺りにいたとは。



「ツンデレは待っていてくれ。ロリ姫がいるお前じゃ完全な“絶”はできないだろう」

「……わかったわ。悔しいけど足引っ張るわけにはいかない。気をつけてね」



 足を止めたツンデレは、悔しそうに唇をゆがめていた。

 ツンデレと別れ、尾行すること小一時間。郊外の廃ビル群に、ミナミは足を踏み入れていた。

 あたりは、昼でも薄暗い。慎重に身を隠しながらミナミの不気味な背を追っていく。

 立ち並ぶ廃ビルの一軒に、ミナミは入っていった。おそらく、ここが潜伏場所なのだろう。



 ――このあたりが限界か。



 居場所さえ確認できれば十分と、きびすを返したところで。首筋を冷気がなめた。



「お前か」



 振り返った先に、ミナミがいた。

 驚きのあまり、声も出ない。



「何しに来た、とは、愚問か」



 静かに。ミナミは尋ねてきた。

 先日の狂気は影を潜めている。



「連れはどうした。まさか一人で戦いに来たわけではないだろう」

「いや……一人だ。尾行していただけだから」

「そうか」



 妙だった。ミナミには、殺気も敵意もない。



「殺さないのか?」



 乾いた喉から声を押し出すと、ミナミから、はじめて感情らしきものが漏れた。



「ブランと融合したとき、頭は飛ばしたのだけどな。ブランの妙な性質を受け継いだらしい。いま俺は、ものすごく――戦いたいんだ」



 ミナミはそう言って哂った。ブランそっくりの笑いだった。



「すぐに戦え、とは言わないさ。考えられるだけのことを考え、準備できるだけのことをしてこい――と、ブランなら言うだろう」



 つぶやくように、ミナミは言葉をつむぎだす。はじめて、目の光に狂気がさした。



「だが、俺はブランほど気が長くない。三日、待つ。それより先は、俺がお前たちを追うものと思え」



 禍々しいオーラが、猛っている。

 それに負けぬよう、腹に力を込め、言い放つ。



「受けた」



 口にした、ただの一言が、腹を据えさせた。

 準備は十分じゃない。人手も集まらない。三日の余裕も、ないも同然だろう。だが。ここで逃げたら、おそらく一生シスターに顔向けできない。

 だから。戦うと、決めた。



「お前は何者だ」



 最後に、そう尋ねる。



 ――お前は俺だ。



 そう、ミナミは言った。こいつが先輩ではないことは確かだが、この言葉の真意は、図りかねた。



「言ったろう? 俺は東カイリだと――もっとも、いまとなってはそれでさえなくなったが」



 そう言ったミナミの表情からは、何も読み取れない。虚ろが、貌に浮かんでいた。



「俺こそ問いたい。お前は何者だ、と。俺がいる以上、お前がここにいるはずがない」



 わけのわからない言葉だった。

 俺には東カイリの記憶がある。知識がある。何より、俺を俺たらしめているのは、“アズマ”ではない。“東カイリ”だ。俺が東カイリであることは疑いなかった。

 ミナミはどうなのだろうか。いや。

 俺は心の中で首を振った。こいつの正体など、考えなくていい。

 素性がどうであれ、こいつは敵だ。俺とこいつは、ともに天を戴くことなど、けっしてできない。

 それだけは確信できた。また、それで充分だった。









 月明かりの照らす廃ビル街。ツンデレと並んで歩いていた。

 二人。ロリ姫を加えて三人である。

 連絡は、つながらなかった。ヘンジャクにも、海馬にも、むろんシュウにも。頼みの操作系年能力者も、期限内には見つからなかった。それでも勝つことをあきらめずに俺たちはここに来た。

 闇の、はるかむこうからは、取り違えようのない、強大なオーラが感じ取れる。

 ツンデレは、意気込みが過ぎるのかしきりに肩を震わせている。



「落ち着くのじゃ、ツンデレ」



 そんなツンデレを、ロリ姫がいさめた。



「戦う敵は強大で、味方も少ない。じゃが、見よ。妾が居る。アズマが居る。妾を信じよ。アズマを信じよ。そして、妾らが信頼するツンデレ、おぬし自身を、信じるのじゃ」

「ロリ姫……ありがとう」



 肩の震えが収まった。

 まったく。ここぞと言うときの腹の据えようは、さすがと言うほかない。

 俺も信じよう。ツンデレを、ロリ姫を、そしておれ自身を。できるだけの準備と、策を用意して、俺たちはここに来たのだ。

 プレッシャーを押しのけ、歩を進める。

 道のむこうに人の姿が、月明かりに照らされてはっきりと見えた。



「待っていた」



 こちらの姿を認め、ミナミが哂う。無機質な表情しか持たないミナミだが、この笑いだけは違っていた。



「決着をつけに来たぞ」



 覚悟を込めた言葉とともに、天に向けて引き金を引いた。俺とツンデレで立て続けに三発。空で、爆発が起こる。

 用済みになった擲弾筒を地に捨てた。



「何のつもりだ?」

「わからないか? お前の念能力を封じたんだよ・・・・・・・・・・・・・



 その言葉に不穏さを感じたんだろう。ミナミは空を仰いだ。降ってきたのは氷晶にも似た、金属質にきらめく薄片だった。



「それ自体は、ただの金属フィルムだ。ただし、ここではビル風が巻いている。数十分はこの空間を漂っているだろう」



 さすがに、俺の意図が読めたようだ。ミナミの眉がピクリと動いた。

移送放題リープキャノン”は高速移動ではなく空間転移。壁の中に出てしまうようなアクシデントを防ぐために、転移先に物体があれば能力自体発動しないようになっている。

 雨が降れば最高だったのだが、残念ながら今日の降水確率は10パーセント未満。代替手段として擲弾筒でチャフをばら撒き、この空間での念能力使用を封じたのだ。

移送放題リープキャノン”は俺の考えた念能力。それゆえ、弱点もわかっていた。



「さあ――はじめようか」



 オーラを爆発させ、戦闘体勢に入った。

 呼応するようにミナミのオーラが天を衝く。



「いくわよっ! ロリ姫!!」

「応っ!」



 ツンデレのツインテールが地面を穿ち、二本のドリルをその先に造りあげる。



「来い」



 言って、ミナミはおのれの腹を打ってみせた。このあたり、ブランの性質を深く受け継いでいるようだ。

 望むところだ。

 こちらとしては放出系オーラの差しあいになるのが一番怖い。誘いに乗らぬ手はなかった。

 身を沈める。

 足もとにオーラを炸裂させ、一気に間合いをつめる。

 割いたオーラは攻防力八十ほど。全力で送り出した拳は、ミナミの差し出した腕に突き刺さる。

 衝撃に拳がしびれた。パンチの威力ごと跳ね返されたような感触だ。

 だが。

 委細かまわず連打する。その背中から。

 ロリ姫のドリルがミナミを襲った。

 さすがのミナミも、貫通力のあるドリルを手で受けることはできないだろう。

 だが、ロリ姫の、全精力を注いだと言っていいドリルの一撃に、ミナミが差し向けたのは片腕のみ。

 左腕の一振り。それで、ドリルは粉砕された。



「ちっ!」



 ロリ姫は舌打ちし、すかさず髪の毛を側面のコンクリートに打ち込む。

 瞬時に、新たなドリルが出来上がった。

 再び、拳とドリルが乱れ舞う。

 それも、あるいは受けられ、あるいは砕かれ、微塵も通用しない。

 だが、ミナミの攻撃も当たらない。

 オーラが爆発的に増加したと言っても、動きまで強化されているわけではない。ツンデレはボルトで固めたように中間距離を維持しているし、俺のほうは純正無拍子で先読みの効かない動きができる。“移送放題リープキャノン”が使えないいま、おいそれと当たるものではなかった。

 それでも、一撃当たれば終わりなのは変わらない。ミナミの拳が吹き抜けるたびに、背筋が凍る。

 集中力が切れたときが最後だった。

 二対一。しかもこれほど有利な場を用意したにもかかわらず、戦況は圧倒的に不利。

 だが。そんなことは承知の上で挑んだのだ。

 重心を前に預けたまま、“加速放題レールガン”で後方に飛ぶ。ツンデレも呼吸を合わせて退いた。

 腰に下げていたものを手に取る。

 狙いは最初からひとつ。ツンデレの除念で“九十九神ザ・フライ”を解除することだ。

九十九神ザ・フライ”さえ解除されれば、この状況下でなら必ず勝てる。

 だが、それを成すためには、ミナミの桁外れのオーラが障害となる。

 ミナミが自然と放射するオーラが、ツンデレの除念を“九十九神ザ・フライ”まで届かせない。

 そのための対策も、用意してきた。

 念能力封じの神字が刻まれた手錠。ツンデレを取り戻すときにも使ったものである。

 即座に、間合いをつめる。

 俺の手の内にある物を見て、ミナミの瞳に警戒の色が浮かんだ。



 ――遅い。



 純正無拍子で繰り出した腕が、ミナミの腕を狙う。

 刹那、ミナミが哂った。

 次の瞬間。ミナミの念弾が、手に持ったものを砕いていた。

 念リンガルを。

 むろん、ミナミは自分がいま砕いたものの正体を知るはずもない。

 切り札のひとつを打ち砕いた確信が、いままで距離を一定に保ってきたツンデレの急接近に気づくのを、コンマ一秒、遅らせた。

 充分過ぎる時間だった。

 ロリ姫のドリルが、ミナミを襲い。

 ミナミがそれを砕こうと、腕を振り上げ。

 ツンデレが、ミナミの腕に向け手錠を振り下ろした。

 手錠がミナミの右手にかかる。

 直後、ツンデレの左拳が、ミナミの顔に打ち込まれた。

 完璧だった。

 思い描いた図を、そのままトレースしたように、策はハマった。

 しかし。



「う、そ」



 拳を引いたツンデレの顔色が変わる。

 ミナミに変化は見られない。

 除念が効いていなかった。



「目のつけどころは素晴らしい――だが、死者の念を甘く見たな」



 ミナミは口の端を吊り上げた。

 言葉と同時。ひやりとした冷気が首筋を通り過ぎていく。

 ミナミの手を見る。ミナミの左腕には、いつの間にかハサミが握られていた。そこに赤い滴りを見たとき――首筋が一気に灼熱した。

 人は死ぬ直前走馬灯を見ると言う。

 おのれの一生分の回想を、死ぬまでのわずかな時間に見る。時間が限りなく圧縮される。だから、見て取れる光景が限りなくスローになったのも、そのせいだろう。

 ツンデレの驚きの表情。ミナミの無表情。ロリ姫が、怒髪天を衝くさま。ツンデレはまだ理解が追いつかない。ミナミの興味はツンデレたちに移る。やるならいま。そう思って挙げようとした手が、微塵も動かない。むしろ膝から力が抜けていく。

 首筋から、何か大切なものが抜け出ていく。それとともに、恍惚にも似た感覚が、全身をやさしく包んでいく。

 それが死だと、おぼろげながら感じて――

 ふいに。冷えた手の感触が、俺の背中を支えた。

 世界に音が戻ってきた。



「――“死線の番人グリーンマイル”」



 言葉とともに、三度、首筋に衝撃を受ける。それで、噴水のような出血はぴたりと止まった。

 ミナミが顔をしかめて退き、ロリ姫の繰り出したドリルが空を切った。



「あ……あ」



 ツンデレの貌に、喜びの感情が浮かび上がった。

 背後に目をやる。

 そこにいたのは、いるはずのないヘンジャクの姿だった。



「なぜ?」



 驚きで、それしか口にできない。次に会ったら言ってやりたいと思っていたことが山ほどあったのだが、そんなものは一瞬にして吹き飛んだ。

 そんな俺を見て、白衣の奇人は笑う。



「妙なこと言うもんだ。ホームコードにメッセージくれたのは、そっちだろうに」



 その飄々としたもの言いが、いまはとてつもなく頼もしい。



「来てくれたのね、先生!」



 ツンデレが破顔した。ヘンジャクも、からりと笑う。



「ほかならぬあんたらの頼みなら、来なきゃなるまいよ」

「……新手か」



 無表情のまま、ミナミが哂う。

 その様子を見て。ぼさぼさの髪を掻きながら、ヘンジャクは目を眇めた。



「ふん。そんなにうれしいかい?」

「ああ。なぜだろうな。強いやつと戦えるのは――すごく、うれしい」



 念能力を封じられた状況で、それでもミナミは哂っている。無邪気な子供のように、戦えることを喜んでいた。

 ふと思う。こいつは本当に子供なのではないかと。

九十九神ザ・フライ”で最初にブランとミナミが融合したとき、精神面にミナミの影響は、まったく見られなかった。いまは逆に、ミナミがベースであるにもかかわらず、ブランの影響はミナミを大きく蝕んでいた。

 ミナミという人物が幼児のように純粋で、染まりやすい精神の持ち主なのだと考えれば、今の彼の状態を、説明できる。

 一瞬、視界が暗くなった。失血のせいだろう。手足の指先に、痺れを感じた。

 意識を集中し、拳を握りこむ。まだ、戦いは終わっていない。

 対峙する中、金属のきらめきが夜を彩る。

 銀光が走った。次の瞬間、ミナミの右の親指は地に落ちていた。

 その結果。念能力封じの手錠は、ミナミの腕から滑り落ちた。

 最優にして狂気の判断。ミナミは親指一本と引き換えに、おのれの絶対的なアドバンテージたるオーラを取り戻した。

 顔に狂気の哂いを貼り付けて。



「っは――さあ、戦おう」



 ミナミは、悦びもあらわに腕を突き出してきた。



 ――念弾!



 判断して備える。

 オーラが、ミナミの手のひらで爆発的に膨れ上がった。

 でかい。人の身長ほどもある。

 それは、無造作に放たれた。

 オーラの玉が尾を引いて迫る。

 とっさに避けた、その背後で、念弾が炸裂する。コンクリートが飛び散り、鉄筋が捻じ曲がり、そして俺たちは嫌応なしに衝撃に巻き込まれた。



「くっ」



“堅”の上からでも息が詰まるような衝撃だった。見れば、ビルには直径五メートルほどのトンネルが造られていた。

 だが、その威力に、ミナミは首をひねる。



「何をした」



 ミナミが目を向けたさきは、ヘンジャクだ。



「別に。強力な回復薬を打っただけだよ」



 とぼけて言ったヘンジャクの右手には、注射器が握られていた。ヘンジャクとミナミが交錯したのはただ一度、俺を助けたときだけだ。呆れた早業である。



「ただ、この手の薬には、自己回復力を高めるため、大なり小なりオーラの発生を抑制する成分が含まれていてな。“絶”状態とはいかないが、なかなか効果があるだろう?」



 はじめて。ミナミは怒りを面に出した。

 憤怒とともに念弾がつるべ打ちに放たれる。

 減じたとはいえ、いまだミナミのオーラ量は俺たちよりはるかに上。無造作に放ったように見える念弾の一つ一つが、重い。

 受けるは論外。避けるにしても、余波で傷つくことを覚悟せねばならなかった。

 だが。

 突然頭上を掠めるように放たれた光の奔流は、そんなことなど委細かまわずすべての念弾を飲み込んでいった。



「おおっ!?」



 その先にいるミナミすら、巻き込んで。光の奔流は吹き抜けていった。

 見覚えのある、攻撃だった。

 忘れようもない、一撃だった。



「滅びの……バーストストリーム」



 こんな能力を使うやつは、世界で一人しかいない。

 ミナミの驚愕の視線の向く先を、振り返る。

 青眼の白竜ブルーアイズが、空を舞っていた。

 その背の上。眼下を見下すように睥睨する姿はまぎれもなく、海馬瀬戸。



「妙な花火があがったと思えば、やはり貴様らか」



 頭上に留まる青眼の背で、海馬は心底不機嫌そうに鼻を鳴らした。



「海馬」

「ふん。勘違いするな。この男にせがまれて送ってきただけだ」



 口をひき結んだまま、海馬はあごで後ろを指し示す。

 入れ替わるように前に出てきた男は、ためらうことなく青眼より飛び降りる。

 ミナミに向けて一直線。それは、さながら白い流星。



「流星――ブラボー脚!!」



 朗々たる声が、気合とともにほとばしった。

 避ける時間は、おそらくあった。だが、男の姿をみた瞬間、ミナミは一瞬、硬直した。それが、致命的。

 次の瞬間。人間大の白い大杭は、ミナミの体を地面に縫い止めていた。

 衝撃は地面に小規模なクレーターをつくり、足は完全にミナミの体を貫いている。

 致命傷だった。

 男は、その足でミナミを貫いたまま、黙然とそれを見下ろす。

 白の防護服に身を包んだ、キャプテンブラボーそのままの姿。纏うオーラは強靭にして歴戦による練磨を感じさせた。

 

「ずいぶんと、暴れていたようだな。放置していた俺の――責任だ」



 おのれを責めながら、ブラボーの声に揺らぎはない。そこに、強固な覚悟と意思を感じた。



「お、まえは」



 消え入りそうな声でミナミは尋ねた。



「お前の製作者・・・だ」



 ブラボーの答えは短かった。



「そうか……貴様が」



 怒りの表情を浮かべ、ミナミはブラボーを睨みつける。



「だが、俺は、もう東カイリではない。俺を俺たらしめているものは、お前の組んだプログラムではない。それ・・に従うしかなかった東カイリは、すでにない」



 だんだんと、ミナミの息が切迫してくる。

 ブラボーはそれを無言で見つめている。



「俺は……俺だ」



 最後に大きく息を吸い、ミナミははっきりと、そう言った。

 目を見開いたまま、瞳に虚ろを映して。ミナミはそれきり動かなくなった。

 かける言葉などない。

 どんな事情があろうとミナミは敵であり、最後まで敵であり続けた。斟酌すべきものは、なにもない。

 そして。

 あらためて、ブラボーを見る。

 涙が出てきた。

 東カイリを知り、東カイリを模したAIプレイヤーを製作できる。そんな人物は、この世に一人しかいない。



「せん……ぱい?」



 震える声で、そう言った。

 驚いたように。ブラボーは視線を向けてきた。



「ひょっとして……カイリか? ――ブラボーだすばらしい



 その言葉が、むこうでの先輩の口癖と重なった。

 それで、安心してしまったのが悪かったのだろう。かろうじて意識をつなぎとめていたものを、手離してしまう。

 スイッチが切れるように。そこですべての感覚が途切れた。






[2186] Greed Island Cross-Another Word 28(完)
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:c95dfe0c
Date: 2008/08/19 23:51



 目を覚ますと、病院のベッドで寝かされていた。

 またぞろみんなに迷惑をかけたらしい。情けない話だった。



「あ、アズマ」



 そばについていてくれたのだろう。ツンデレのうれしそうな声が、上から降ってきた。



「何日寝てた?」



 寝返りを打って体を横にし、ツンデレを見上げながら尋ねる。

 ツンデレの、猫を思わせる青い目が、柔らかく細められた。



「丸一日よ。ヘンジャク先生と海馬は帰っちゃった」

「……お礼、言いたかったのにな」

「それが嫌だったんだと思うよ。とくにあの海馬は」



 それはそうかもしれない。顔を横に向け、ふん、と鼻を鳴らす海馬が目に浮かぶようだ。



「先生呼んでくるね」



 そう言ってうれしそうに出ていったツンデレと入れ替わるように、部屋に入ってきたのはキャプテンブラボーだった。



「おお。目が覚めたのか」



 その声には気色が見えた。

 先輩、の、はずである。しかし、どこから見てもキャプテンブラボーだ。ものすごい違和感があった。

 ブラボーは、新たに椅子を引っ張り出してきて、枕元に腰を据えた。

 互いに顔を合わせ、しばし無言になる。

 言いたいこと、聞きたいこと、たくさんあった。だけど、思いが余って言葉にならない。



「カイリ、すまない」



 ブラボーは、いきなり頭を下げてきた。



「どうしても、ゲームの中にお前の姿を残したかった。だからカイリを模したキャラクターを作ったのだが……まさかこうなるとは。すまなかった」

「先輩」



 苦渋をかみ締めて、再び頭を下げようとするブラボーを、手で制した。



「あれが同胞狩りをやっていたのは、別の製作者ブランに命じられてだろうし、その後は自分の意思でです。けっして先輩の責任じゃない」



 この件で先輩を責めるつもりはなかったし、なにより俺のことを慮ってのことだと分かっていた。

 俺の言葉に、ブラボーはうなずかない。

 帽子を目深にかぶった彼の感情は、読めなかった。

 でもまあ、そんなことより、聞きたいことがあったり。



「ときに先輩」

「なんだカイリ」

「どうしてあれ・・が俺なんですか」



 目が眇められているのが、自分でも分かる。

 むちゃくちゃ納得いかない。やたらと目つき悪いし。無愛想だし。そもそも、根本的なところからして間違っていた。



「やけに怖いぞカイリ」

「当然です。返答いかんによって、これから先輩に対する態度を変えなくちゃいけないんですから」

「む、そんなにおかしかったか? なるべく似せたつもりなのだが」



 戸惑った様子のブラボーに、深い深いため息をつく。

 まあ、そんなことだとは思ってたけど。なんと言うか、呆れるしかない。

 この人、いままでずいぶんとイベントスルーしてきてるんだろうな。でもって押しの強くて執念深い、鎖でがんじがらめに束縛するような女にとっつかまるに違いない。そう思うと、哀れすらもよおす。



「いや、もういいです。かなりどうでも」



 思いっきり脱力して、ため息を吐いた。なんと言うか、怒る気すら失せた。

 そこへ、パタパタと走りくる足音。



「アズマ。来てもらったよー」



 微妙な空気を吹き払うように、ツンデレが帰って来た。









「帰る手段がある」



 診察を終え、医者が去ってからしばらく。

 おもむろにブラボーは言ってきた。



「グリードアイランドのクリア特典。“挫折の弓”。これで十六回の“跳躍リープ”が可能だ」



 その言葉に、俺とツンデレは顔を合わせる。

 理解が追いついたとき、互いの面に歓喜の表情が浮かんでいた。



「やったな、ツンデレ」

「ええ、アズマ。これで還れるのね」



 思わず、手を握りあう。



 ――そう、これで、ツンデレを還せるのだ。



「――ツンデレ“を”ってなに?」



 いきなり、冷えた声が向けられた。気づけば、ツンデレの顔から表情が抜け落ちている。

 あ。

 致命的な失敗に気づいた。しまった。口に出していたのか。



「あんた、ひょっとして、帰らないつもり?」

「いや、べつに――」

「――ちゃんとわたしの目を見て言って」



 ツンデレの目が据わっている。とても誤魔化せそうになかった。



「ツンデレ」

「アズマが帰らなきゃ、わたしも帰らないから!」



 俺の言葉をさえぎるように、ツンデレは叫んだ。

 そう言うと思ってたから、黙ってたんだ。



「ツンデレ。そんなこと言うもんじゃない。むこうにいる親とか、友達はどうする」

「そんなのどうでもいい!」



 かんしゃくを起こしたように、言葉が叩きつけられる。

 ツンデレはこちらを見据えて、握りあった手を砕かんばかりに握りこんできた。



「ここに来た時、決めたの。こっちで“エスト”として生きようって。

 アズマと会って戻ろうと思って、でもやっぱり戻りたくなかった。だけど、アズマがいるなら、アズマが還るならいっしょに還ってもいいと思ってた。アズマが帰らないなら、わたしも帰らない。あんな嘘っぱちの関係の中になんか、帰りたくない!」



 顔を真っ赤にして、目に涙すらためて。ツンデレは叫びながらかぶりをふった。

 ツンデレの想いは、正直涙が出るほどうれしい。でも、俺は、決してそれを肯定することはできなかった。



「ツンデレ。正直、俺は帰りたい」

「なら!」

「でも、俺は帰れないんだ」



 俺はついに、身の上を話すことを決意した。



「ツンデレ、むこうの俺は、病気なんだ」



 深く息を吐いてから、口を開く。

 ツンデレは息をのむ。



「余命一年。そう言われたのが、三年も前の話だ。治る見込みはない。発作も、いつ起きるか分からない。俺はそんな体だったんだ」



 そのあいだ、病院を転々として、医者が変わるたび、荒んでいった。いまの医者にかかるまで、ずいぶんと手をかけたものだ。



「親は、痩せたよ。ずっと、覚悟のさせっぱなしだった。それでも、俺は生きつづけて、削られつづけるあの人たちを、見ていられなかった」



 あの人たちのことを思うと、いまでも心が締め付けられる。

 だけど、だからこそ。わずかな余命を抱えて還ることは、できなかった。



「俺は、戻れない。あの人たちを、俺から解放したいんだ」



 そう、決意して。自ら命を終わらせる決意をして。その前に、最後に先輩が完成させたゲームに名前だけでも残しておきたくなって――こちらの世界に来てしまったのだ。



「ツンデレは、俺とは違う。おまえには、時間があるじゃないか」



 俺は、言った。切なる願いを込めて。



「ツンデレ、頼む。俺が生きられなかった未来を。むこうの時を、生きてくれ」

「知らない! 馬鹿!」



 目に星が散った。走っていくツンデレの目から、涙の粒がこぼれていた。



「……いいのか?」



 静かに押し黙っていたブラボーが口を開いた。



「いいんです。もともとそのつもりだったんだから」



 言ってしまった以上、決別に近い別れになるのは覚悟のうえだった。

 それでも、やはり、心が痛い。

 ふいに、めまいを覚え、額を手で押さえる。



「まだ体が本調子ではないのだろう。眠っておけ」



 その様子を心配したのか、半ば無理やりにベッドに押さえつけられた。



「俺は、彼女と少し話してこよう」



 俺を寝かしつけると、ブラボーはそう言って席を立った。









 その日の夜。病院自体が眠る真夜中のころ。ブロンドのツインテールを揺らして、彼女は忍び込んできた。

 暗がりの中でも、それが誰だかわかった。



「ロリ姫か」

「うむ」



 半身を起こして確認すると、ツンデレの体を操る彼女は、首を上下させた。



「小娘は、還る」



 椅子を探り当て、その上に座ると、ロリ姫は言ってきた。



「お主の言葉と、あの丈夫おとこの説諭が効いた様じゃ」

「そうか」



 その言葉に、安堵の息を落とした。

 先輩が、説得してくれたらしい。いつまでも、世話をかけてしまう。



「じゃが、まあ、あの様子ではな。別れも言えそうに無い。止む無く体を借りて来たと言う訳じゃ」



 ツンデレは、よほど怒っているらしい。

 当然だろう。仲間のような顔をして、ずっと旅をしてきて――肝心なことを黙っていたのだから。



「ロリ姫は、なにも言わないんだな。俺が帰らないことに」

「おぬしが決めたことじゃ」



 ロリ姫は目を伏せて、静かに答えた。



「それに、事情が事情じゃ。思いとどまらせる心算つもりは無いわ。

 じゃが、ひとつ聞きたい。この世界で生きるお主の横に、ツンデレが居ってはいかんのか?」

「いや」



 短く、答える。

 本音を言うと、そばにいてほしかった。どんなに居心地が良かったとしても、この世界は俺にとって異郷だ。そんなところに、一人で取り残されることを思うと、ぞっとする。



「だけど、俺のわがままで。ツンデレの、むこうの世界での可能性を摘むなんて、絶対にやっちゃいけないんだ」

「アズマ……」

「俺にも、夢があった。だけど、病でそれをあきらめざるを得なかった。むこうの世界で俺に残された作業は、死ぬことだけだった。

 ツンデレには、俺にはない未来がある。なんでもできるし、なんにでもなれる」

「……そうじゃな」



 ロリ姫は、ツンデレの体でため息をつく。体まで沈みこみそうな、深いため息だった。



「おぬしも妾と同類であったか。ツンデレに、己には無い未来を見て居った」

「ああ」



 ロリ姫も。すでに死霊となった彼女も、同じだったのだろう。

 ふいに、ロリ姫は、おのれとツンデレの面に笑顔をつくった。



「じゃが。妾はお主の先にも、同じものを見て居る。これまでも、そして、これからもな」



 そう言うと、ロリ姫は席を立った。

 部屋を出て行く前に、ロリ姫は肩越しに声をかけてきた。



「ではな」



 短すぎる、別れの言葉だった。









 次の日、ツンデレはブラボーと去っていった。

 よほど腹に据えかねたらしい。別れの挨拶もなかった。



「さて、これからどうするかな」



 回復の早さに対する驚きとともに退院のお墨付きをもらい、病院を出て。天を見上げながら、ひとりごちた。

 一番の目標が達成されてしまって、正直、どうすればいいのかわからなかった。

 ひとりの寂しさを紛らわせるように、自然と故郷に足が向いた。

 故郷と言ってもぴんと来ない。ここ数年来、自宅など見た記憶も無いのだが、むこうの世界の家こそ故郷として心に刻み付けられていた。

 なにより、ツンデレのいないこの地を故郷とは思えなかった。

 とはいえ、自宅へ近づくにつれ、懐かしさがつのる。

 自宅の扉を開けると、いきなりツンデレが仁王立ちで待ち構えていた。

 それは、わずか一年半前の出来事だった。

 苦笑を浮かべながら、家の敷地に入った。

 ずいぶんと空けていたせいだろう。自宅はうらぶれた雰囲気をかもし出している。



「ただいま」



 誰もいるはずがないのだが、とりあえず習慣として口にする。



「おそいっ!」



 だが、ないはずの答えが返ってきた。

 実家の扉を開くと、少女が仁王立ちになっていた。

 金髪碧眼。猫を思わせるつり目にツインテール。なぜか某女子高の制服。

 ツンデレが、なぜか、そこにいた。

 驚きのあまり、しばらく声も出なかった。



「……還ったんじゃなかったのか」

「ええ。還ったわよ?」



 かろうじて出た言葉に、ツンデレは笑顔で答える。



「還って、また戻って来たの。家族といるより、わたしはアズマと居たい。だから、周りにケリつけて、戻ってきた。なんか文句ある?」



 挑むように、ツンデレは口の端を吊り上げた。

 素晴らしすぎて声もない。



「妾も居るぞ」



 もそりと、髪が動いた。

 ロリ姫が、ツンデレの頭から顔を出してきた。



「ロリ姫」

「言ったじゃろう? 妾の在る意味は、お主等じゃと。お主等の旅が終わらぬのに、どうして成仏できよう」



 その笑顔に、不覚にも涙腺が緩む。



「お前ら……」

「文句は言わせないわよ。修行での三本勝負、勝ったときの願いがまだだったわよね。“また、三人で、旅すること”……ずーっとね!」



 文句なんて、あるはずがない。ある、はずがなかった。



「もちろん拒否権はないわよ。いやだって言っても、一生、連れまわしてやるんだから!」



 ツンデレの笑顔に、笑顔を重ね、空を仰ぐ。

 ツンデレが、そしてロリ姫がいるだけで、こんなにも空がやさしく見える。みんながいれば、俺はなんでもできる。なんにでもなれる。

 未来は、ここにあった。









「……しかし」



 素直にこちらに笑顔を向けてくるツンデレを見て、あらためて思う。



「ツンデレがツンデレでなくなったら、俺はツンデレの事をどう呼べばいいんだろう」

「名前で呼べぇーっ!!」



 晴れた空、ツンデレの叫び声がおおきくこだました。

 








[2186] Greed Island Cross 外伝5
Name: 寛喜堂 秀介◆f631922d ID:a45bd770
Date: 2009/06/06 20:42


 表――クラピカから見た彼女




 その少女に出会ったのは、宵闇に光を奪われた、暗い森の中でのことだった。
 焚き火の光に誘われるように、彼女はゆっくりとあらわれた。

 最初、わたしはそれが人だとは思わなかった。
 たしかに人の姿をしている。
 ただし有する色彩は異質。わたしの知るどんな人種にも当てはまらないものだった。


 虹色。


 炎の朱に照らされてなお褪せぬ虹の色彩を、その髪と瞳は有していたのだ。


 ――魔獣の類か。


 そう判断したのは妥当だった。
 人語を解し、人並みの、あるいは人を超える知能を有する獣、魔獣。その中には人の姿を借りることができる種があると、知っていたからだ。

 異貌だけではない。そもそも年端もいかぬ少女が人の手も入らぬ森の中にいること自体が異様であり、それもわたしの確信を深めた一因だった。


「止まれ」


 なにかに憑かれたようにように、ふらふらと近づいてきた少女を、わたしは呼び止めた。
 反応は無かった。
 虹色の視線はただ一点を見据えている。
 焚き火に炙られ、香ばしい香りをあげる獣肉。彼女はそれに鼻をひくつかせていた。


「食べるか」


 声をかけると、少女はゆっくりと虹色の瞳をこちらに向けた。はじめてこちらん気づいたような、そんなしぐさ。
 そのあとの行動は、わたしの想像を超えていた。


「ク……ラッ!?」


 驚愕とともに、いきなり木に張り付いたのだ。
 わたしが不審に思ったのも当然だったろう。
 だが、それ以上に面食らわざるを得なかったのは、つづく彼女の言動である。


「な、なんでこんなところに!? っていうかありなのかこんな偶然!!」


 そう言って少女は頭を抱えた。
 意図の端もつかめなかった。ただ、未知の人間に見せるには、奇妙に過ぎる彼女の反応に、不審はいや増した。彼女が人以外のなにものかであるという確率は、逆に低くなったが。

 どうものっぴのきならない事情があったようだが、警戒が先に立っていたからだろう。わたしはあえて立ち入ることをためらった。
 だが、不審の視線が障ったのだろうか。こちらの意図を察したように、少女は至極ばつが悪そうに虹色の髪を掻き揚げて言った。


「じゃあそういうことで、失礼しました」


 なにがそういうことなのかわからなかったが、くるりと背を向けた彼女が――正確にはその腹が発した音の意味は、この上なく明確にわかった。
 つまるところ、彼女は何の底意も無く純粋に、飢えていたのだった。




 少女が人を喰らう可能性を考慮しながらも、わたしは彼女を供応することにした。
 終始居心地が悪そうに肩を揺らしながら、彼女はわたしの用意した食料をきれいに平らげた。

 飢えを満たせばたとえ猛獣でも危険ではない。緊張とともに口が緩んだ彼女から事情を聞きだすのはわけがなかった。

 少女はライと言った。
 わざわざ「ライ」と呼んでくれ、と頼まれたときは、およそ偽名の類だろうと思ったのだが、話を聞くうち、どうやら愛称であることがわかった。本名については、はよほど毛嫌いしているらしく、とうとう教えてくれなかった。

 人間であることは、間違いないようだった。だがそうすると、どうしてこんな森の奥に入り込んだのかがわからない。
 問いただしてみると、人を避けるために森へ入ったというのだ。

 呆れたものだ。自然の中で自活する術を、彼女が持っていないのは明白だった。衣類を森で汚した形跡がほとんど見られない。つまりは森に入って日が浅い。
 にもかかわらず飢えていると言うことは、そうであるに違いなかった。

 無謀と言うほかない。熟れたものにとって森は生きていく上での糧を充分に恵んでくれる場所だが、素人ではそうもいかない。たとえば木の実や茸ひとつとっても毒の有無を見分けられなければ、生死に関わるのだ。


「それでも人の目を気にするよりはましだと思ったんだ」


 少女、ライがそう言うには、わけがあった。
 彼女が纏う虹の色彩。生まれもってのそれは、彼女に不幸しかもたらさなかったらしい。さる宗教団体には神の御子として、また好事家からは希少な変異種として追われ、一般市民からはあまりに人からかけ離れた色彩ゆえ、恐れにも似た感情をもって避けられる。両親もすでに故く、孤独に暮らしてきたのだ。

 彼女はそれをさらっと語った。まるでプロフィールを読み上げるような調子で。
 他人事のような表情がひどく印象的だった。




 蓄積した疲労ゆえか。しばらくするとライは眠りについた。
 後ろから見れば背がすっかり隠れる太い木の下で、身を預けるようにまどろむ彼女から、隙というものをまったく見出せなかった。

 彼女は強い。おそらく、わたしより。
 だが、それに驚くよりも、うらやむよりも、悲しくなった。
 十になるかならぬかという少女が、生きていく上でそれほどの強さを必要とすることに、である。


 それも、虹色の異貌ゆえか。


 そう考えると、自然、感情に波が立つ。
 わたしの一族も、ある身体的特徴により滅びたからだ。

 緋の眼という。
 感情が高ぶると顕われる瞳の色彩は、世界の七大美色に数えられる。
 それゆえ、狩られた。
 一族の者はみな、瞳を抉られ、殺されたのだ。偶然その場にいなかったわたしだけが、助かった。
 そのときから、わたしは復讐のためだけに生きてきた。
 だからこそ彼女の強さが、わたしには悲しく映った。




 異様な気配で目をさましたのは、月が中天より傾いたころだった。
 針を忍ばせた真綿を押し付けられるような感覚は、いまをもって忘れがたい。
 およそ自分が知るどんな獣のものとも似つかぬその気配に、むろんライも気づいた。


「妙なオーラ」


 彼女が言った意味は、いまではわたしにも理解できる。
 まさにそれは念能力者の気配だったのだ。
 だが、このときのわたしが知る由もない。
 悟りきったようなライの表情。ついで告げられた別れの言葉が、彼女との最後の会話だった。


「ごめん。ご飯ありがとう。もう行くよ」


 闇に消えていった彼女は、帰って来なかった。
 彼女がどうなったのか、知る由もない。生きているのか、死んでいるのか、それも分からない。

 だが、なんとなく予感がある。
 いずれにせよ、彼女とは遠からず出会うと。
 所詮、あまりにも近すぎるのだ。わたしと、彼女が住む世界は。狩る側と狩られる側、立場が違うだけで。

 願わくば、彼女とは二度と出会わないよう。
 目的のためには、わたしはあの少女をすら、狩ることをためらってはならないのだ。




 裏――彼女たちに対する、彼女の弁明




 だから、ほんとに偶然なんだって! なんであんなとこにクラピカいると思うよ!? この髪と目のせいでいろいろ言われるのがイヤで逃げてきただけなんだって!

 なにイヤなら染めろ? 無理なんだよ! 染料もカラーコンタクトも受け付けないんだよ、この体!

 大体あんたら同胞なんだろ? なんでちょっと話しただけで怒るんだよ?
 正史? そんなのあれくらいで変わるわけないだろ! だいたい自分の話しかしてないし! 飢えてたところ助けてもらったんだから話しふられたらつきあうしかないだろ! 無茶言うな!

 はあ。初犯だし許してやる? 犯罪者あつかいかよ。まあ、どうでもいいけど。

 名前? ライだよライ。
 フルネーム? なんでそんなの……念能力でチェックするため? 保護観察処分かよ。まあいい。別してマフィアには関わりたくないしね、本編に首突っ込むつもりはないから不都合はないさ。

 ラインヒルデ・ザ・レインボーだよ笑うなよ失礼だろ! 世界観に全然合ってないし名前ドイツ人名なのに姓が英語だしそもそも中二病なネーミングセンスなんだろわかってるよこっちだって恥ずかしいんだよ! こっちに来てから中二病から卒業したんだよ手遅れだったんだよ察しろよ!

 じゃあこれでいいだろ? もう行くぞ。
 あばよ、趣味人ども。




[2186] 登場人物(ネタバレあり)
Name: 寛喜堂 秀介◆f631922d ID:a45bd770
Date: 2009/06/06 20:55

ユウ

 本編主人公。プレイヤーは男だがアバターは少女。流星街出身の暗殺者。念能力は"制約誤魔化し”と"空間転移”。グリードアイランドクリア後、手に入れた"挫折の弓”で現実世界へ戻る。




シュウ

 ユウの相棒。現実世界でもネットを通しての友達、と言うのは仮の姿。その正体はユウの実妹。ひねくれた性格のわりに王道が好き。アバターは男性で正統派熱血主人公タイプ(性能的には)。念能力は必殺パンチ。ユウとともに現実世界へ帰還。




レット

 ユウの仲間。戦隊ヒーローの赤色のようなアバターだが、中身は三下へたれ。念能力はヒーロー化。ユウたちとともに、グリードアイランドクリア後、現実世界へ帰還。




マッシュ

 ユウの仲間。H×H世界の住人。天空闘技場にてユウと対戦し、それがきっかけで仲間になる。ナチュラルへヴィのボクサーエリート。ユウに惚れている。"空を蹴る”念能力を持つ。現実世界へ帰るユウたちとわかれ、天空闘技場へ帰る。生存中。








キャプテン・ブラボー

 同胞の一人。キャプテン・ブラボーな外見の、暑苦しい性格の熱血漢。ユウたちと手を組み、グリードアイランドを攻略した。触れた物を強化する念能力を持つ。
 実はGreed Island Onlineのゲームマスター(GM)の一人。仲間と信じていたGMの裏切りにあい、また自身も操られてそれに加担してしまった。それを悔いてすべてのプレイヤーを助けようと心に誓っている。生存中。




カミト

 同胞の一人。ブラボーの仲間。外見は中性的な美少年だが、演技する気皆無なため、カマっぽく見られる。鎖を操る念能力者。グリードアイランドクリア後、ユウたちとは別れ、H×H世界に残留。ブラボーを助ける。生存中。




ミコ

 同胞の一人。ブラボーの仲間。外見は二十すぎのお嬢さまだが、歳のわりに幼いところがある。偵察、戦闘をかねる汎用性の高い念能力を持つ。グリードアイランドクリア後、ユウたちとともに現実世界へ帰還する。




エース

 同胞の一人。ブラボーに協力する。外見は熱血球児。念能力は“投球操作”。グリードアイランドクリア後、プレイヤーキラー(PK)の罠にはまり死亡、ゲームオーバー。




ミオ

 同胞の一人。エースとともにブラボーに協力する。外見は十歳くらいの幼女。精神年齢も似たようなもの。念能力は“筋力強化”。グリードアイランドクリア後、PKの罠にはまり、吸血鬼化。カミトたちに討たれる。ゲームオーバー。




ヒョウ

 同胞の一人。ブラボーに協力する。外見は中性的な美男子。念能力は"無変化”グリードアイランドクリア後、PKの罠にはまり死亡、ゲームオーバー。






 同胞の一人。ヒョウとともにブラボーに協力する。外見はジョジョ系。黄金の精神の持ち主。念能力は“波紋”。グリードアイランドクリア後、PKの罠にはまり、吸血鬼化。おのれの念能力で自害する。ゲームオーバー。




ダル

 同胞の一人。ブラボーに協力する。捉えどころのないふざけた性格。念能力は"ゴム化”グリードアイランドクリア後、PKの罠にはまり死亡。ゲームオーバー。








レイズ

 PK。同胞狩り。GMにしてブラボーの仲間。炎の念能力を持つ好戦的な念能力者。仲間の裏切りに遭い、死亡。ゲームオーバー。




アモン

 PK、同胞狩り。吸血鬼の力を持つ、きわめて好戦的な念能力者。ユウに殺される。ゲームオーバー。




悪魔紳士(ツェール)

 GM。レイズたちの仲間。グリードアイランドに根を張り、死のゲームを行う。幻影旅団員。圧倒的な実力を持っていたが、死のゲームでユウに敗れた。ゲームオーバー。




アマネ

 同胞狩りに協力、後裏切る。キラートラップ満載の擬似空間へ転移させる念能力と、たった一人の人間を操る念能力を持つ。ブラボーの実妹。エースたちやレイズを殺す。ユウに殺される。ゲームオーバー。








 セツナ

 同胞の一人。銀髪オッドアイ中性的美系なアバターの持ち主。中身も中二病真っ盛り。念能力は“四神”。なんとか生存中。




 ジョー

 同胞の一人。セツナの仲間。ハンター試験に落ちた。関西弁。生存中。




 変態仮面?

 同胞の一人。セツナの仲間。パンツをかぶると超人化する念能力者。生存中。




 そっくりさん

 同胞の一人。ユウと全く同じアバターを持つ。そのせいでとばっちり受けまくり。なんとか生存中。




 ナツ

 同胞の一人。レイズたちとは別口の同胞狩り。原作キャラクターに過剰に近寄る意図を持ったものたちを排除する。ゴーレムを作る念能力を持つ。アマネに殺される。ゲームオーバー。








 アズマ

 Another Word の主人公。黒尽くめで目つきの悪い男のアバターをもつ。念能力は“物体加速”と“物体返還”。さまざまな経緯をたどり、同胞狩りと対立、これを打ち破る。H×H世界に残留。生存中。




 ツンデレ(エスト)

 アズマの相棒。金髪碧眼猫目ツインテール女子高生風ツンデレ。現実世界での知り合いではないが、H×H世界では設定上幼馴染。オーラを破壊する念能力を持つ。現実世界へ帰還、のち再臨。カミトいわく「馬鹿ってすごい」。元気に生存中。




 リドル・ノースポイント(ロリ姫)

 ツンデレのツインテールにとり憑いた幽霊。金髪碧眼ドリルヘア幼女。触れた物をドリル化する念能力を持つ。男気のあるロリ。絶賛死亡中。




 シスターメイ

 同胞。GMの一人。同胞狩りを止めるためにアズマたちを鍛える。“相互不干渉”な念能力を持つ。念能力の副作用で現在消失中。








 ヘンジャク

 神医。シュウと戦い、瀕死になったアズマを助ける。巨乳の“着飾ったら美人”な女医。アズマたちとは互いに恩人の関係。命をとどめる念能力を持つ。




 じいさん(本名不詳)

 ヘンジャクの弟子。推定七十以上。好々爺然としているが、わりと毒を吐く。ヘンジャクをかばって死亡。




 海馬瀬人

 同胞。海馬瀬人なアバターの持ち主。念能力もデュエリスト仕様。孤高の精神の持ち主だが最終的にアズマたちを助けた。ツンデレ。生存中。




 鈴木くん

 同胞。海馬とは知り合い。海馬と同じくデュエリスト仕様な念能力を持つ。志半ばにして死亡。自縛霊として存在していた。海馬と命を賭けたデュエルで敗北、成仏。ゲームオーバー。








 ブラン

 PK。同胞狩りのリーダー。GM。目的はブラボーと同じくプレイヤーの帰還だが、グリードアイランドクリアの手間を省くため、もう一つの脱出条件であるプレイヤーの死亡を選んだ。“融合”の念能力を持つ。アズマたちとの戦いでミナミと融合しようとするが、融合途中でミナミに殺される。ゲームオーバー。




 ジェル

 PK。同胞狩り。体を液状にする能力を持つ、好戦的な念能力者。偶然出会ったアマネに惨殺される。ゲームオーバー。




 アマノ

 ブランに雇われた念能力者。相手の心情をアベコベにする念能力を持つ。アズマたちを味方にするため、念をかけた状態で殺された。




 ミナミ

 PK。同胞狩り。物体を転移させる念能力を持つ。もとはブラボーが作り上げたGreed Island Online上の東カイリ(アズマ)であり、ゲームをサポートする役目を持つNPCだった。しかし、ブランと融合することで自我が芽生え、凶悪な戦闘力を持つに至った。アズマたちとの戦いの末、ブラボーに体を貫かれ、死亡。ゲームオーバー。








 Another Word 終了時点、原作時系列 天空闘技場編 開始前後。
 生還者――十四名。
 ゲームオーバーで戻った者――三十四名。
 死亡未帰還者――七十八名。
 生存者――百八十四名






感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.31616282463074