学園都市。
能力者を作ることにかけて世界で唯一であり、最大の開発都市。生徒達は1から5までの能力(レベル)わけがされており、その中でレベル5は優秀な生徒、1よりも下の能力者は、無能力者と呼ばれていた。
その無能力者の一人――つんつんの黒髪の少年、上条当麻は、ぼーっと歩いていた。
いや、正確にいえば、ただ歩いていたわけではなく両手に無駄に大きいビニール袋を抱えてだ。
「あ、あちぃ……なんでバーゲンセールの帰りに限ってこんなくそ熱い日差しが降り注いでるんでしょうか。まだ帰り道の時は日が影ってまだ涼しかったでしょ。フラグですか、上条さんにアイスを買いだめさせて溶けさせるためのフラグですか!?」
ビニール袋から滴り落ちるバニラやらチョコレートやらの汁が、下にある野菜やら肉やら浸透し、さらに破けた場所から滴り落ちていく。それに気づいたのは十分前。バスに乗ろうとも、お金はすでにバス代まで使っており、この日差しは体力奪い続け、最初あった走る元気もすでない。
「……ふ、不幸だ」
とりあえずとばかりにフレーズを叫ぶ当麻の前で、バスが止まる。
嫌味ですか、嫌がらせですか?とばかりに半目で睨む上条さんの前で一人の金髪美女が降りてくる。
長い金髪を靡かせ、スタイル抜群、豊かな胸元が揺れる二十代前半の美人さん。
なぜかこんな熱い中、黒いコートを着ているが、最新型の内臓冷風機が内臓されているタイプなのかな、と思った矢先。
「あっ!」っと金髪の美女がバランスを崩す。
学園都市のバスはバリアフリーの様子も加えられており、降りる人の歩幅に合わせて自動的に動くのだが、学園都市に入ったばかりの人はいつものバスと同じ階段のように降りようとする。それでバランスを崩すことが多い。
幸い、美人さんは転ぶことは無く、しかし黒いコートの内側から重々しい音を立てて何かが落ちる。あわてて彼女がバスから降り、地面に落ちたものを拾おうとする。その時、上条当麻と視線があった。
「………あ!」
「へ?」
突然目があったことに驚く上条当麻と、美女は暫く硬直。
その間に、バスは通り過ぎ、そして彼女は地面に落ちたものを拾うと、かがむ。
落としたことに、あわてふためく彼女に、何を驚いてるんだろうか、と疑問を浮かべながらも当麻は、とりあえず、落ちたものを拾おうと、腰を屈め―――硬直した。
機械仕掛けの破壊斧。
消防で使われる壁や機材を破壊して通路を使うための破壊斧。それが目の前の麗しい美女の手元から落ちてることもびっくりすることながら、それ以上に目を引いたのは、その先端にこびりついている黒い跡。
…………どう見ても血痕です。本当にありがとうございました。
上条は一瞬硬直した。今までに思い出される幾たびかの危険な事件のサイン。それが脳内で響き渡るのを理解して、硬直し、そしてくるりと踵を返す。そのまますたこら逃げようとする当麻の襟首をがしりと掴む手。
「ご、ごめんなさい。本当は貴方には協力していただくつもりはなかったのですが、任務に支障をきたすわけにはいかないんです」
そのまま路地裏へと連れて行かれる上条当麻。彼は叫んだ。
「不幸だあああああああああああああああああああああああああ!!」
路地裏。薄暗く、人々が通らず、腐った匂いが漂う無法(アウトロー)地帯……という展開は学園都市にはなかった。
街中を警備する無人ロボットと同じように清掃するロボットが常に動き回ってる学園都市では、よほどのことで立ち入りさえ禁止される場所ではないかぎり、ゴミが溜まるということはない。
その中に連れ込まれた上条当麻は目の前の美人さんを見て溜息をつき、そして引きずられるままに路地裏を幾つか通り、そして学園都市の一角に出る。
上条さんには見覚えが無い地区だった。
工業地区か、研究地区かわからないが、放課後の時間帯だというのに人の流れは全く無く、無数のビルが立ち並び、なぜか、一つだけベンチが道の片隅にある。
「あそこでいいですね」
金髪の美人さんは上条の襟を掴んだまま、ベンチへと座らせ、そしてその隣に座る。間近に見てもかなりの美人度にどきまきする上条さんを裏目に、美人さんは一言目―――
「緊急事態です」と言った。
「いや、待った。ちょっと待った。つーか、待った。なぜこの状況!?一般市民、一般ピープルである上条さんがなんでこんな状況。5W1Hですよ、本当に!」
「上条当麻さんですよね」
いきなり自分の本名を言われて、上条当麻は止まる。停止。硬直。脳みそを駆け巡る自分の名前を知られている状況。美人、斧、血痕。推測される結果――
「とんでもなく嫌な予感がするんですが、…もしかして、そっちサイドですか?」
「はい。必要悪の教会(ネセサリウス)とは協力関係にある、時空管理局本局からやってきました。フェイト・T・ハラオウンと申します。貴方の偉業は多くの人々からきいて来ました。よろしくお願いします」
「は、はぁ……」
「えっと、一つ聞きたいんですが」
「何でしょう?」
「さっきの斧。なんで血がついたんですが?」
「あれは血じゃないですよ。ちょっと都市に入るのに戦闘用防衛ロボットとやりあうことになってしまいまして。その返り血ならぬ返り液体です。も、勿論、人は誰も傷つけてませんよ」
「そうですか」
なぜか上条さんの脳内では雷を撒き散らすレベル5がロボット相手に無双状況が浮かび上がった。それと然程違わないんだろうな。
それにしても今頃、魔術サイドなんて――思わず疑い深くなりそうな自分を自重し、上条さんは訪ねる。
「今、俺の状況ってわかってますか?」
フェイトさんと名乗った金髪の美人さんは頷く。
「私達は今、貴方と敵対している神の右席とは関係ありません。今回は別件です」
「別件?」
「はい。今回私が呼ばれたのはこの町に入り込んだ一人の魔導師の確保です。幸いなことに相手は戦闘能力は高くありません。先頭の方で貴方に手を貸していただくことはないでしょう。ですが……」
「ですが?」
当麻は眉をひそめ、彼女――フェイトはまたコホンと息をつき――、頬を赤く染めて呟く。
「私のような直接的に学園都市と繋がりを持たない魔導師が、この都市に痕跡を残すわけにもいかなくて……それで………あの……失礼ながら…………」
「?」
「貴方の部屋に泊めていただけませんか? 宿泊代は渡しますし、禁書目録の方は私から説明しますので、お願いします」
1時間後―――
「トーーーーマーーー!」
「うぎゃあああああああああああああああああああああ!」
部屋に入った瞬間、白い修道服の少女に、頭を噛みつかれる光景があった。