最後の戦いを、イゼルローン回廊へと向かう帝国軍は
共通の認識と興奮の中、決戦の地を目指していた
■ 大動員 ■
既に先鋒として、ヘインを総司令とするヘイン師団は回廊へ向かっていた
傘下には旗艦艦隊司令ファーレンハイト元帥を筆頭に、
ミュラー、アイゼンナッハの両上級大将が続き、総数5万隻の大艦隊であった
その先遣艦隊には第二陣として、ビッテンフェルト及びシュタインメッツが続く
また、本陣として皇帝ラインハルトは統帥本部総長のロイエンタールを伴い、
それと共に、ハイネセンを発つ宇宙艦隊司令長官ミッターマイヤー艦隊
第二陣と本陣の総数は7万隻を超える規模の物であった。
これにルッツの艦隊と入れ替えに帝都オーディンから長躯するワーレン艦隊1万5千は
遠くフェザーンを迂回し、イゼルローン回廊を目指していた
また、本来は帝都防衛にあたるケスラーであったが、予想以上の大兵力を持つヤン一党に抗する為
メックリンガー艦隊と共に、イゼルローン回廊から帝国領側への侵攻に備えるため、
回廊に向けて出陣していた。そのため、帝国方面からの攻略部隊は約3万隻に達していた。
軍務尚書オ-ベルシュタイン元帥に、フェザ-ン方面軍司令官ルッツ上級大将を除く、
元帥・上級大将を動員した回廊攻略軍は兵員2300万、艦艇数16万5千を超える大軍であった
ヤンと言うたった一個人を討つために、ここまでの規模の戦力が動員されたのである。
■4月テロ■
ラインハルトが回廊へと飛び立とうとする最中、一つの凶報がフェザ-ンから届いた
敗戦の傷心とヘインへの憤慨をもったルッツと
遥か遠くオーディンから回廊を目指すワ-レンは
フェザ-ンにて再会を果たしていた。
かつてはキルヒアイスの両右翼として艦首を並べて戦った仲であったが
今回は、一人は項垂れた状態で、もう一方は高揚感に包まれており、
まったく、正反対な精神状況での再会であった。
■
そんな事情を知ってか知らずか、最近めっきり影の薄いフェザーン代理総督のボルテックは
媚を売り、歓心を買うため二人の歓送迎会を企画した。
そのパ-ティには多くの政府・軍人の高官が出席する事になった。
軍務尚書をはじめ、宴の主役のルッツにワ-レンといった軍幹部
工部尚書シルヴァーベルヒといった政府高官も参加する盛大な物であった。
だが、その盛大な宴が始まって暫くすると、
会場に巧みに隠された軍用の高性能爆弾が爆発を起こした。
この爆弾テロにより、オーベルシュタインにルッツ、ボルテックが負傷
シルヴァーベルヒは残念な事に命を落とすこととなった。
次期帝国宰相も夢ではない男の死はあっけないものであった。
彼を私領発展のため登用し、国政に推挙したヘインは
その報せを聞くと『小遣い制、もう少しだけ我慢してやるか』とだけ呟いた
彼が副宰相となる一領主時代から、最も厳しく勤勉に政策案を提案してきたのは
シルヴァーベルヒであった。口うるさく煙たい存在ではあったが
自信家でありながら、妙に人懐こい性格を、ヘインは好ましく思っていた
惜しむらくは、原作において彼は端役過ぎた・・・死に至る事情をヘインは失念していたのだ
しかし、知っていたとしても史実とずれはじめた現状において
ただの凡人でしかない彼が、有効な対策を立てることは難しかったであろう。
忘却と変化によって、凡人唯一の武器『原作知識』は錆付き始めていた・・・
■
災厄に見舞われる者が多く居る中、
招待客でありながら、それから免れる幸福な人々も当然存在した。
一人は、義手の調子が悪くて会場入りが遅れたワ-レン提督である。
彼が遅ればせながら会場に辿り着いた時には、テロは実行された後であった
その後、負傷者を除く者の中で、彼が最上位であったため
事後処理に忙殺され、予定通りの出立が出来なくなったので
それほど幸運とは言えなかったが・・・
フォーシスターズにも宴の華として招待状が来ていたが
『ヘインの居ないパーティなんか面白くない』という三女の意見で
災厄から逃れることが出来ていた。
■ナースの追出し■
いくつかの事後処理を終え、後任への引継ぎを一段落させると
ワ-レンは傷ついた僚友の見舞うため、病院へ足を伸ばしていた
僚友の見舞いを受けたルッツは、ベッドから身を起こし、見舞いの言葉にこう応えた
『あのオーベルシュタインより早く死んでたまるか、奴の葬儀で心にもない弔辞を読んで
心で舌をだしてやる、ああ、ヘインの奴にもきつい一発を喰らわしてやらなければならん
その二つが楽しみで、今日まで生き延びてきたんだ。こんな爆弾テロ如きで死んでたまるか』
精神的にも肉体的にも復調の兆しが著しい僚友にワーレンが安心の度を深めていると
少し、ドジそうな新米看護婦が『先輩~すみません~』等、
騒がしい声をあげながら、どたばたと病室に入って来た。
彼女は病室にいる患者以外の人物を見つけると、少し不機嫌な顔をしながら
『面会時間は終わりですから、帰って帰って♪』と
苦笑いをするルッツを尻目に、ワーレンを慌しく追い払った。
結構、ルッツはいいご身分であった
■和平交渉■
はぁ、たしか原作だと食詰めと黒猪が先鋒じゃなかったか?
何で俺が総司令官で先陣を率いなきゃならんのだ!
俺がハイネセンで留守番してるよって発言を全員華麗にスルーしやがって
史実より多いヤン艦隊なんかとやり合うなんて、正気の沙汰じゃねーぞ!
うん、良いこと思いついた!どうせヒマですることないから
食詰め和平交渉に行って来い!
『なんだ、急に?ここに至って和平交渉などしてどうする気だ?』
いいか、聞いて驚くなよ!先ずヤンに要塞を寄越して服従すりゃ
みんな助けてやるのに加えて年金も払ってやるし
どっかの星系で民主政体の維持を認めてやると言うんだ
どう思う、これでヤンと戦わなくて済むかもしれない完璧じゃないか?
『サイテー、ヘインさん情けない』
うるしゃいぞ!ナカノ上等兵!子供はもう寝る時間だ!!
なんだ食詰め、アンスバッハ・・・そんな哀れむような目で俺を見るな
だって、ヤンが怖いんだからしょうがないだろ!!
『ヘイン、おまえがヤン提督を誰よりも高く買っていることはよく分かっている。
俺もお前と同意見だ。だが、俺は魔術師以上にお前のことを買っている
確かにお前の言うとおり、陛下がご到着まで最前線の無聊に耐えていては・・』
『兵の士気は下がり、油断や隙が生まれてそこをヤンに突かれる怖れがある
閣下は、それに対するため、敢えて不要な降伏を呼びかけ、敵を挑発し・・』
『え~っと意図的に緊張状態を作って、陛下のご到着まで兵の士気を保つってことですか?』
おいおい、食詰めにアンスバッハ、それにお穣ちゃんも・・・なに納得してるんだよ!
そのうえ上官を無視して、食堂に行く話なんかしていじめか?いじめなのか?
って食詰めのやろう手にあるのは俺の食券カードじゃないか!いつのまにかギッテやがる
■
ヘインのヘタレ提案は、過去の彼の実績が災いして、ただの冗談としてしか受取られず
不幸な事に、兵の士気を維持するための方策としか見られなかった。
彼らだけで無く、人々にとってブジン大公は激戦の数々で、勝利と武功を重ねた不死身の名将である。
そんな彼が、一戦も交えず宿敵ヤンと仲良く手を繋ぐなどと誰が信じられようか
こうして、ヘインから『降伏すれば、命だけは助けてやる』といった
ベタな挑発とも取れる降伏勧告が、イゼルローンに篭るヤン達の下に送られた
■お返事どうしましょ?■
前夜祭気分で浮かれるイゼルローン要塞に集った反帝国戦力は
艦艇数では旧帝国・フェザ-ン系陣営が約2万隻、
旧ヤン艦隊を中心とした旧同盟陣営が約3万隻と
帝国の先鋒部隊とほぼ同数の5万隻を超える戦力を有していた
しかし、大兵力といっても所詮は寄せ集めであり、
統一された軍事行動を行うための再編成と訓練を急ピッチで行う必要があった。
また、急速に膨張した勢力を維持するため。キャゼルヌは事務処理に忙殺され
補給路や交易路の確保と維持のためハウサーのアイデアは絞り尽くされ
資金確保のためのアルフレッドのハッタリは詐欺と脅迫をとうに超え、狂信の域に達していた。
決戦を支えるための後方部隊の戦線は、開戦をまえに激戦の様相を呈していた。
そのため、ヘインから来た降伏勧告への対処を決める会議には
比較的なヒマな前線組みの幹部達のみが協議することとなった
■■
ヘインからの『降伏しろ、命だけ助けてやる』と書かれた通信文を
ディスプレイに移しながら、ヤンは会議の列席者に意見を求めた。
「さて、あのブジン大公から通信文が届いたわけだが、どう思うアッテンボロー中将?」
『文学的感受性とやる気が皆無な文章ですな』
「いや、そうじゃなくて・・・こういう通信文を送りつけてきた理由を訊いているのさ」
『あのヘインですからね、一見意味がなさそうだが、実はあるとも思えますね』
その後輩の観測にヤンは全面的に賛成だった。
ブジン大公は意味がないように見えて、結果として最良手を打っていたと分かることが度度あり
何も手を打たずに放置すれば、どんな目に合わされるか分からない
そんな不安を常に与えてくれる、ある意味ラインハルト以上に厄介な敵手である
『閣下、ブジン大公に返信なされますか?』
「いや、やめておくよ。正直なところ彼とは手紙の遣り取りをしたくない」
『先輩、嫌だから送らないって、子供じゃないんですから』
後輩がワ-ワ-言ってきたが、ヤンは絶対に返信しないと言い張り
ヘインからの降伏勧告は無視される事になった。
もとより、この時点で降伏などする位なら、そもそもこんな辺境で蜂起などしない
『では、ブジン大公の返信は置くとして、敵の先鋒部隊への対応をどうしますかな
もし、彼らの部隊を各個撃破の対象とできたら、多少なりとも戦力差を
是正することがかなうかもしれません。返信代わりに武を用いてみてはいかがか?』
『だが、相手は大軍であり、司令官はブジン大公だ。メルカッツ提督の言葉どおりに
各個撃破が上手く行き戦力差を縮小できたとしても、緒戦で本隊と戦う力を
失ってしまう可能性も大いにあります。相手の指揮官達はそれだけの力を持った存在です』
議題はヘインへの返信から、先鋒部隊にどう対処するかに移っていた。
まぁ、最初の議題がそもそも前座ともいえぬ物であったので、ようやく本題に入ったと言えよう。
この本題に対して、年長組みのメルカッツとムライは積極策・慎重策といった
両極端の方針を打ち出した。
座して相手の戦力が整うのを待つか、準備が完璧じゃないまま打って出る危険を冒すか
答えのない選択をヤンはいつもの如く求められていた。
まったく司令官と言うものは、実に損な役回りをさせられるものである。
「確かに、本隊が到着すれば戦力差は、絶望的に広がることとなるだろう
だが、今回の主戦場は狭い回廊内だ。やり方次第で大軍の利をかなりの割合で
制限できると思う。皇帝ラインハルトの到着を待っても戦術レベルでの優劣は
それほど変化はしないだろう。それに、今回の目的は完全勝利なんてもんじゃない」
『つまり、ヘインに皇帝と帝国軍を尽く負かす必要がない。金髪の坊やを少々
痛めつけてなにかしらの譲歩の得られればそれで善し、と言うことですかな?』
あなたならもっと出来そうなものだと言う、相変わらず自分を焚きつけるような視線を無視し
ヤンはこの戦いの目的が、あくまでも民主共和制の種を残すためのものであり
帝国を打破し、滅ぼすなどと言う荒唐無稽な事を実現する気はないと重ねて述べた
目的はあくまで皇帝であり、彼からどんな些細なものでも良いから
民主共和制存続のお墨付きを得なければならないのだ。
そのためには、ブジン大公と言う巨大な敵とぶつかるようなリスクは極力避けるべきである。
幸いな事に、敵の先鋒部隊は本隊の到着前に回廊へ侵攻する素振りを見せてはいない
彼らが皇帝ラインハルトの到着を待つならば、こちらも併せて待つのが一番得策であろう
■
『ふむ、前門の虎を相手にして、その後ろから迫る獅子と戦う力を失うわけにはいかないと
ならば、後門の狼を討って見てはどうだろうか?狼の危機を見て虎が回廊に入ってくれば
メルカッツ提督が言うように各個撃破の対象とすればよい。入ってこなければ狼を討てばよい』
ここまで沈黙していたアルフレッドは、別の視点で積極策を唱えた
ヘインが与しにくく、各個撃破が難しいならば回廊の帝国側の出口に居る部隊を撃てばよいと
この意見にも、ムライは後背からブジン大公の部隊に攻撃されて、
挟撃される怖れがあると慎重論が出したが、
要塞に一万隻と自分を残してくれれば、回廊にブジン大公が侵攻してきても、
しばらくは持ちこたえるとハウサーが慎重論を抑えた。
アルフレッドの提案によって会議の趨勢は決した。
ヤンはハウサ-に要塞防衛の準備を行うように求めると共に
アッテンボローに対して回廊の入り口付近への機雷設置を命じた
また、帝国側回廊出口への出撃準備をその他の幹部に命じると、
バクダッシュに通信妨害の強化を命じて、回廊両端の通信遮断を図り
帝国軍の連携を一分でも遅らせるための努力を行った。
第二次回廊外会戦が始まろうとしていた・・・
■第二次回廊外会戦■
かつてケンプやミュラーが行ったイゼルローン要塞攻略が行われた際
ヘイン達が援軍としてイゼルローンを目指し、ヤン艦隊と回廊の出口で激戦が繰り広げられた
今回のヤン征伐のため、帝国両側に配置された部隊は、
偶然と言うよりも、戦略的立地条件の必然性によって過去の会戦と同じ星域に布陣し
ヤン艦隊の待ち伏せを経過しながら回廊の中へと進軍しようとしていた。
今回の遠征でメックリンガーとケスラーに課せられた使命は
後ろに広がる広大な帝国領をヤンの侵攻から守るのみではなく
状況に応じて帝国側から回廊を脅かすという重大な使命を持っていた。
そんな彼等の前に、ヤン率いる大艦隊が現れたのは4月29日の昼を少し過ぎた頃であった
■
『敵艦隊接近、その数・・・4万隻!!!4万隻の大艦隊接近中!!!』
メックリンガーとケスラーが通信士官から、ヒステリックな報告をほぼ同時に受取っていた
両指揮官は予想以上の戦力の侵攻に一瞬色を失ったが、ほんの半瞬で冷静さを取り戻し
非常事態の対応へと思考を切り替えた。ここで無様に敗れれば
ヤン艦隊の前に無防備な帝国領全土を晒す事になる・・・
この戦いは帝国軍にとって、勝つことより負けないことが重要であった。
■■
「提督、つまり帝国軍は負けないために積極的策は採れず、
ブジン師団の参戦までの時間稼ぎに終始することになると?」
『その通り、だからここは敢えて兵力分散の愚を犯してでも
帝国領を突く素振りを見せるんだ。相手はたとえ罠だと思っても・・』
「無防備の帝国領、帝都オーディンを守らざるを得ない・・ですか?」
ヤンは明敏な弟子の回答に満足すると、4万隻のうち1万5千隻を
メルカッツとシューマッハに与え、戦線を離脱して帝国領に侵攻する動きを指示した。
これに帝国軍は大いに動揺した。ケスラーやメックリンガーと言った一線級の指揮官はともかく
兵卒達に動揺するなと言う方が無理であった。常に劣勢を覆して帝国軍を破ってきた魔術師が
自分達以上の戦力で襲い掛かってくるだけでなく、
自分達の後方を絶つか、故郷へ侵攻しようとする動きを見せたのだから
この動揺でできた艦列の乱れを名人フィッシャーは当然見逃さなかった
即座に紡錘形の分艦隊を四つ形成すると、帝国軍の艦列の乱れた部分に
ピンポイントで突き刺して言ったのだ。もちろんヤン艦隊十八番の一点集中砲火のオマケつきで
『密集陣を形成しろ!!!側進するメルカッツ艦隊への備えはこの際後回しだ!!』
『後退しつつ、陣形を再編する。逆に敵艦隊を帝国領に引き込め!』
どちらかというと理性的な両指揮官もさすがに平静ではおれず、
怒号をあげながら、艦列の再編に終始していた。もともと不利な戦力比
その上、動揺する兵卒を率いての戦闘でジリ貧状態を維持するだけでも
彼らが非凡な将帥であることを証明していた。
だが、惜しむらくは彼等の優秀さを持ってしても勝敗を覆す要因にならなかった事である
帝国領を突くような動きをしていたメルカッツ率いる別働隊が
大きく戦線を迂回して、帝国軍の後背に襲い掛かると
防戦一方といった戦況が、一方的な虐殺へと様変わりしていった。
最早これまでと、全滅を覚悟した両司令官であったが、
ヤン艦隊の攻勢が唐突に終わり、整然とした艦列を保ちながら後退を始めたのだ
回廊のもう一方に居るはずのヘインが、回廊へ突入したのだと二人は悟ったが
1万5千隻近くの艦艇を失った現在、ヤン艦隊を追撃することは不可能であった。
回廊の帝国側に陣取る二人の提督は、敗北の屈辱に耐えながら
勝者とも思えぬ逃げ足で、戦線離脱するヤン艦隊を見送っていた。
■アイデアマンの死■
ヘイン達がヤン艦隊の動向に気付いたのは、回廊外での戦いの趨勢が決まった後であった
回廊を出てきたアルフレッドとハウサー率いる艦隊と、アッテンボロー率いる分艦隊は、
回廊内へ誘い込もうとする罠であり、無視するべきだとヘインは判断し
突出してきた敵艦隊と砲火を交えようとはせず、緩やかに後退していた。
しかし、出てきた敵の総数が1万隻程度と少なく、ヤンの旗艦が見あたらなかったため
急に小物の気が大きくなり、後退から全軍突撃と一挙に行動を逆転させる。
この変化は別働隊にとって、非常に困難な撤退戦を余儀なくさせる。
ヤン艦隊の本隊が回廊外の敵を討つ時間をより多く稼ぐために
罠を警戒して後退する帝国軍を追走していたことが仇となった。
回廊との距離は、当初の想定以上に離れていた。
いくら逃げるのが上手いヤン艦隊であっても、
5倍の自軍以上に錬度が高い敵からはそう簡単に逃げることは出来ない
それどころか、このままでの勢いで回廊に突入されれば
ヤン率いる本隊が帰還する前に、自分達と言う防衛艦隊を全て失った
丸裸のイゼルローン要塞を労無くして占領されているかもしれない。
回廊の両端の戦況は、全く正反対の形で推移していた。
■■
「持ちこたえて見せると大言壮語を吐いたからには、むざむざと逃げるわけにもいかんか
ランズベルク閣下とアッテンボロー提督は艦隊の半数を率いて要塞を目指して下さい」
決意を讃えた目で話す稀代のアイデアマンは二人の答えを聞かずに、通信を切った
それからのハウサーの指揮は凄まじかった。浮遊する隕石群に仕掛けた機雷を
絶妙なタイミングで爆破し、その真横を通る帝国軍を度々混乱させ
その隙を突いて、小艦隊を次々と楔のように突撃させて進軍を遅らせた。
それでも、数が違いすぎた・・・回廊の入り口に達する頃には
ハウサーの指揮する艦隊は4000隻から600隻程度まで撃ち減らされていた。
このまま、ヘイン率いる大艦隊に粉砕されれば、先行するアルフレッド達の艦隊も全滅を免れない。
だから、ここで止める!!
「帝国の随一の道化師ブジン大公もご照覧あれ!!我が一世一代の機雷マジックを!!」
『くたばれヘイン!!』『ビバ!デモクラシー』『くたばれ皇帝!!!』
残り少ないハウサー艦隊を粉砕せんと回廊の入り口に殺到したヘイン師団は
自らを業火に晒すことも怖れぬ機雷の大量爆破によって、艦の熱センサーが異常作動し
意味不明な反転行動を繰り返すなど、大混乱に陥った。
その混乱に乗じて僅かに残った艦隊を脱出させるハウサーであったが
最後尾で味方を支え続けた激戦で、傷ついた艦のエネルギー中和システムは限界を超えており
機雷の業火と灼熱が滾る中で、旗艦と運命を共にした・・・
反帝国連合陣営の運用面を、その無尽蔵のアイデアで支えた男は
回廊外の大勝利を置き土産に、華々しく宇宙の塵として消えた
その姿を、ランズベルク伯アルフレッドは艦橋で敬礼したまま
瞬きもせず、永延と宙空を見つめ続けていた
誇りという絆で結ばれた友との静かな別れであった・・・
■
ハウサーのアイデアと犠牲によって作られた時間によって、
ヤン率いる本隊はイゼルローン要塞に帰還することが叶った
この情報を激しい通信妨害の中から、何とか手に入れる事に成功したヘインは
即座に追撃を停止し、回廊の出口近辺まで後退を開始する。
この二つの前哨戦で失われた艦艇は、メックリンガー、ケスラー両艦隊では14,867隻
ヘイン師団では2,165隻の被害で、帝国軍は約17,000隻の艦艇を失った。
一方、ヤン率いる本隊は2,487隻の艦隊が失われ、要塞防衛隊は5,825隻の艦艇を失い
ヤン艦隊は総兵力の6分の1程度の8000隻を超す艦艇を失っていた
数字だけで見れば、帝国にヤンは二倍を超す損害を与えていたが
もともとの戦力比は二倍以上に開いており、依然として劣勢に変わりはなかった。
だが、緒戦において帝国軍に対して大損害を与えたということは
皇帝ラインハルトの心理に、少なからぬ影響を及ぼしそうであった・・・
■大脱走■
帝国と同盟が回廊の両端で激しく衝突するなか、
ある精神病院が炎に包まれ、多くの患者が死亡、行方不明となっていた
だが、フェザーンでのテロや回廊での戦いに人々の視線は集中されており
数年前の内乱以降、精神に異常をきたしているとして
入院させられていた将官の姿が消えたことなど、誰の気にも留められなった
その小さな事件が、地球教による卑劣な陰謀の始まりであるとは
この時点では、実行者以外に知るものは居なかった・・・・
ヘイン・フォン・ブジン大公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・
~END~