<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[2215] 銀凡伝
Name: あ
Date: 2006/10/09 21:10
 帝国暦476年らへんに、稀代の英雄と悲劇の英雄に挟まれた凡人はただ虚空を見つめて座っていた。

聞こえない、俺は何も聞こえない・・・そう俺はサル!!見ざる・言わざる・聞かざるなのだ
俺を挟んで、「ルドルフに出来たことが・・・」「あんな奴らの風に・・・」等々不穏な会話が聞こえるが
全て空耳です!!!気にしたら負けです。下手にかかわって平穏な日々を奪われたら洒落にならん。

ちょっとパニクッてきた・・・こういうときは素数じゃなくて自分の生い立ちを見つめなおして冷静になろう

!!朝起きたら銀英伝へようこそ!!な乗りで、平凡な大学生から
門閥伯爵家の親無し次期当主(7歳)になってしまいました。
まぁ、例の内乱時の選択さえ間違わなければ、平穏なウキウキセレブライフがおくれるんで三年ぐらいマッタリ過ごしていた。
(当然、凡人らしい葛藤や苦悩が会ったわけだが詰まらん上長いので省略)

それでも、平穏無事にいければいいかと、何とか納得、もとい諦めてセレブライフを幼ながらに楽しんでいた。
いや、人生って甘くないね~後見人が勝手に貴族幼年学校に入学手続きをしてくれましたよ。立派な軍人になって死ねってことですか?
まぁ、こんなどうでもいい経緯で学園に着て今に至る訳です。

どうやら現実逃避してる間に、迷惑な両隣はさらに盛り上がってます。頼むからよそでやってくれ!
赤髪「ラインハルト様!誰が聞き耳を立てているか分かりません!ご自重ください。」
金髪「大丈夫だ、キルヒアイス。我々以外は下らない会話に夢中で聞いていないさ。」

赤髪「たしかに、ですが私たち三人以外に漏れれば唯ではすみません。」
金髪「ふっ・・キルヒアイスは心配性だな。大丈夫だ。ちゃんとわきまえているさ。そうだろうヘイン?」

ちょっおまっr~三人じゃなくて二人だろ?名指しの上に笑顔で呼びかけるな!俺を簒奪に巻き込むなボケッ!?


・・・ヘイン・フォン・ブジン伯・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(苦痛篇)
Name: あ
Date: 2006/10/09 23:26
躍動し始めた宇宙は貴賎に関わらず人々を巻き込んでいく・・・

 そして、平穏無事を誰よりも好むヘイン・フォン・ブジン伯も時代の渦中に飲み込まれようとしていた。

赤髪「星を見ておいでですか…」
金髪「ああ、星はいい」

なんかお二人さん、また背が伸びたとかどうとか、下らん会話でストロベッてやがるよ
この会話で察しのいい人は今がアスターテ会戦直前の艦橋ということがお分かりいただけたと思う。

仲良く金赤が戦況を分析している間は、手持ち無沙汰になるので、こいつ等との付き合いを振り返ってみることにする。
少し、後ろを振り返ってみることが人には必要だと俺は思うんだ。前しか見てない暴走野郎の横にいるとなおさらな

~幼年学校時代~
いや、最悪だったね!ラインハルト派と思われたせいでクラスからは総スッカン。よく喧嘩もしたしな。もちろん全勝だった。
クラスメイトをバッタバッタなぎ倒す赤金コンビ。その時、俺は複数人に関節技をかけられ、タコ殴り…
嫌になって登校拒否しようとしても赤金に腕をつかまれ、連行される宇宙人のように毎日学校へ

~一軍人時代~
晴れて軍人になり疫病神とオサバラとは行かず、三人仲良く腐れ縁
食料も燃料もない極寒の作戦で死にかけたり、更年期障害の始まった女の刺客に狙われるなんてしょっちゅうよ!
あげくに、赴任先でお決まりの乱闘やるわで俺だけタコ殴り状態はもう日常茶飯事でまいっちゃう♪

たまに火曜サスペンスの乗りで安心してると上から小麦粉袋に押しつぶされ全治三ヶ月(赤髪はいつも金髪しか助けません)
ようやく戦地から開放されて、久々のセレブな晩餐会…金髪もたまには良いところに呼んでくれるぜ
と、思ったら…例の爆発テロ晩餐会ですよ!もちろん、赤髪は「ラインハルト様~」と連呼で俺は眼中に無し

でも、救助隊に翌日瓦礫の山から掘り返されるまで気付かないって、友達としてどうよ?
その後、金銀たらしと疾風助けに行くときは、なぜか俺だけ拷問係さんの電気鞭でビリビリされるわで、いままでホントろくなことない


ヘイン大将はここに宣言する。あの二人は大嫌いだ!!!ささっと死んでしまえ!!!
・・・ヘイン・フォン・ブジン伯・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(錯綜篇)
Name: あ
Date: 2006/10/11 06:57
巨星に飲み込まれる数多の小惑星…その刹那の輝きは人々の儚い命の輝きのようだ
巨星に挟まれ、両者の引力で捻じ切られて暗黒の宇宙空間で塵となる小惑星と比べるとより一層美しく思える…

ヘイン・フォン・ブジン伯は、帝国と同盟が生み出した。英雄が合間見える瞬間に立ち会おうとしていた。望むと望まざるとも…


二倍以上の同盟軍に三方から包囲されつつあると知り、
俺の顔など見たくもないと放言していた老将どもが、青くなって面会を求めているというのに
ヘインは特に興味もなさそうに虚空を見つめていた。相変わらずだなと‥自然に笑みがこぼれた

彼との出会いは、今思えば幼年学校生活で得た唯一の有益事象だろう。
彼は他の凡愚な貴族の子弟どもと違い。俺を迫害しようとしたことは一度たりとも無かった。
ただ、俺と必要以上に関わろうともしなかったが…

彼と初めて接触らしい接触をしたのは幼年学校の食堂だった…
その時、俺の目の前に出された食事は明らかに貧民用のものだった。能無しどもの低劣な嫌がらせだったのだろう
俺が屈辱と怒りに震えていたとき、彼が横に座って言ったのだ

ヘイン「お、猫マンマかよ!こっちの世界にもあるんだな~ちょっとくれよ!」

あのとき見せた、貴族の子弟どものあほ面をキルヒアイスに見せてやりたかったな
意図はどうあれ、門閥貴族の一角を担うブジン伯の次期当主に貧民食を食させてしまったのだからな…肝を冷やしたことだろう

だが、ヘインはそのことを利用して、件の子弟どもを排斥しようとはしなかった。凡夫など歯牙にもかけなかったのだ。
最初は安い同情でお節介する奴だと思っていたが、俺はその態度が痛く気に入り、彼に素直に感謝を述べることにした。

ヘイン「自分のために貧民食を食ってくれてありがとうだと?お百姓さんに謝れ!!」

ふっ、彼にいつも驚かされているが、アレが最初だったのだな…
彼は同情などでもなく、門閥貴族が一生口をつけるはずが無いであろう食事を旨いと思い、
それを作る平民に対して、誰よりも敬意を払っていたのだ。
俺は自分が心底嫌っている貴族が行う不当な貴賎の区別に、俺は知らず知らずの内に染まっていたのだ。

それを門閥貴族の彼に教えられたことは大きな衝撃だった。
その後、彼に興味抱くに至った俺は暇さえあれば、ヘインに声をかけるようになった。

ヘインは平民以上に平民の気持ちを知っており、また、驚くことに既に治世の真髄を理解していたのだ。

ヘイン「国を治める方法?簡単だろ!平民が肥えれば養って貰う王様は贅沢できて、平穏無事に過ごせるんだよ」

講師の小難しい単語を並べた薄っぺらな帝王学とは違う、本物をヘインに教わったのだ。
…俺はもう一つの翼を手に入れたのだ…


キルヒアイス「閣下、五人の提督が揃いました」


キルヒアイス、ヘイン俺は二つの翼によって、この銀河を誰よりも高く、遠く羽ばたいてみせる!!!


なんか、金髪が赤髪と俺を熱い目で見てますが、貞操の危機か?
すごく…行きたくないです。
でも、いつものように両腕を二人につかまれとるです。貴族なのに人権が無いとです…


・・・ヘイン・フォン・ブジン伯・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

            ~END~



[2215] 銀凡伝(呆然篇)
Name: あ
Date: 2006/10/20 22:34
 歴史の胎動が始まるとき、古き者は静かに消え、新しき者が刹那の光を放つ
才ある者が芽吹き、冬の平穏が乱されようとしていた。


大将に中将、少将と旗艦に将官勢揃い、まさに壮観そのものだなぁ~と
ぼーとしていたら、今にも反転しそうなエルラッハ少将に睨まれた…
やっぱ、参謀長として発言しないとまずいんか、いっちょやるか?

「参謀長閣下、意見具申を許可していただきたいが?よろしいでしょうか?」

ちょっまてまてまて~、人がせっかくやる気だして発言しようとしてたのに、トリップマン唯一の活躍の場を邪魔しちゃいかんだろっ!
その上、こいつの話はイメ-ジしていた以上に長いから、正直あんまり喋らせたくない。


        「うむ、発言を許可しよう。」

 
私は彼の熱意に打たれたので、胸を逸らしつつ大仰に発言を許可し、部下に耳を傾ける度量の広さを見せる事にした。
別にこいつの視線にびびって仰け反った分けではない。
 斯くして、食い詰め貴族が冷めた目で見つめるなか、理屈屋の、理屈による、理屈のための長~い演説が始まった…


 長いっ!ほんとに長い。正直、原作で5、6ぺージぐらいだったからすぐ終わると思ってた俺が甘かった。本当にごめんなさいだ
もう!既に!更に!シュターデン中将閣下の独演会が30分以上続いている。一向に終わる気配が無い。本当の地獄です!!
 斜め前にいるメルカッツ大将なんか眠たそうというより、ホントに寝ているような気がしてきた。
もう、限界です…どこまで進んでるか知らんが、なんか言って終わらせるしかない!!!


          「いや、その理屈はおかしい!」


ローエングラム伯の示した戦術は、老将たちには考えも付かないものだった。やはり、ただの孺子ではないらしい。
だが、より興味を引いたのはブジン伯のほうだ…、
絶妙のタイミングで、発言許可を与えたシュターデンをつぶし、司令官の反論に繋げる
あの辛辣な弁論術でしてやられたシュターデン中将はしばらくは立ち直れんだろう…
ただの、門閥貴族のお坊ちゃまに出来ることではないな…
  どうやら、老将達には面白くない時代が来ているようだ


なんか急に大人しくなった理屈屋を放置して、あとのこと全部『金髪』がやってくれました…
とりあえず、俺の力では理屈を止めるだけで精一杯だったので後は傍観

三方から来る敵は2倍でも、兵力は分散しているから一つ一つの艦隊で見ればこちらが有利、各個撃破の好機…

金髪が役者さながらにすらすらと戦術構想を謳いあげていく…
展開さえ知らなければ、驚きと好奇心で胸が躍ったのだろうか?それとも理解できず、いまと同じようにぽげ~としてたのかな?
どうでもいいことを考えながら、俺は分かりきった説明が終わるまでぬぼーと立ち尽くしていた


居並ぶ諸将の敵意を一身に受けながらも、臆する事無く必勝の作戦を説くラインハルト様を間近に見つめていると、
内容を事前に知っている私ですら興奮を覚える、ラインハルト様自身も些か高揚していらっしゃるように見えた
だが、僚友のヘイン伯には好意も敵意も見えなかった。いや、私では何も読み取ることはできなかった…
ただ、何を当たり前のことをと詰まらなさそうに佇んでいる様にしか見えなかった
彼の底はどこまで深いのだろうか、もし、彼がラインハルト様の道を阻む側に立ったら…私はラインハルト様を護れるのだろうか?
私はヘインの底知れぬ才幹に恐怖すると共に、僅かながらの嫉妬を覚え自己を嫌悪することになった。


   五人の提督は去った。そして俺の唯一の活躍の場も去った…


三人だけになると、赤髪が金髪の諸将への傲慢な態度を諌め、天邪鬼の金髪は「お前は心配性だな」とからかったりし始めた。
俺も話しに入るかと「お前、禿げるな♪」と笑顔で言ったら、満面の笑みを浮かべた赤髪に思いっきり張り倒されました。

横の金パーが『相変わらず、仲がよいな」とか抜かしているが、これはどうみてもいじめだ…
正直、殺してやりたいと思った。でも、絶対に勝てないと分かってるので考えるのをやめ、俺も笑った…
そう、俺に出来るのは金髪の410年製逸品ワインを、奴らより一滴でも多くがぶ飲みすることだけさ。

まったく、今宵の酒は目に沁みるぜ!!
・・・ヘイン・フォン・ブジン伯・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

            ~END~



[2215] 銀凡伝(逆流篇)
Name: あ
Date: 2006/10/25 22:29
帝国と同盟、戴く天が違うというだけで、互いに死者の山を築き上げる
アスターテの死者の山はどちらが高く積み上げるのか…知るは英雄と凡人…





第四艦隊と予定通り接敵、がぶ飲みしたワインの影響もあり最高にハイってやつだな!
とりあえずファイエルとか言ってみたり、敵の混乱に付け入り、艦載機による攻撃を全軍に指示したり
あとは各提督の裁量に任せるなんて、勢いで偉そうに命令しちゃった。その後はグロッキーになったので、
戦況を眺めてるだけ、まぁ、金髪が何とかしてくれる原作通りの必勝シナリオ…余裕綽々の展開…
戦闘そっちのけで、俺はひたすら吐き気との戦いに没頭した。


個人的な戦いが乱戦の様相を呈してきたとき、空気を読めない金髪が
次はどっちの艦隊を殺るか、?何時間で接敵するか?俺と赤髪に突然質問してきた。
どうやら、逆流に耐えている間に第四艦隊戦は終わっていたらしい。
察しの通り、すらすら答えるのは赤髪、急に話を振られた俺はポカーンとなった。
びっくりして内容物をぶち撒けなかっただけでも賞賛物だと思うが、


「こいつ、まったく話を聞いてなかったな!」


金髪の評価は違ったらしい、俺がどんなに過酷な戦いに耐えていたか、
露ほどにも気付かず、やつは怒った上に睨んできやがった!
計算の速い赤髪には笑いかけてるのに差別だと思う。エコヒイキに違いない!
これ見よがしに赤髪には笑いかけて、俺を睨みつけるなんて
ホントに大人気ないやつだ。いつか説教してやる!とか思ったが


俺は海より広い心の持ち主なので、潔くごめんなさいしてやった!




まず、先勝した帝国艦隊首脳部トリオは今後の方針について話し合い、
艦隊の航路の設定及び兵員に二交代休息をとらせる指示を出した。
それに加え、緒戦で負傷したものが迅速な治療が受けられるように、
参謀長ヘイン大将から全艦に対して、空きのある将官用医療室を
戦闘で負傷した兵卒にも開放するよう通達が出された。
明らかに黒猪が医療班を厚遇し、金髪の歓心を買った手法のパクリだった。
ヘイン伯は意外に細かいところを覚えているタイプの人間だった。


        だが、それ以上にうっかり屋さんだった。


なんてことだ、高級仕官専用室の鍵を落とすなんて・・・なんてべたお君なんだ
リッチな自室でだらだら過ごすのだけが、戦場で唯一の楽しみなのに、
このままでは酔いも醒ませない。部下を探して合鍵ではいる手もあるが動き回ると、
マジでヤバイ『逆流』ってヤツだ。仕方ないので一番近い兵員用タンクベッドへ・・・


息も絶え絶えにタンクベットフロアに付くと、
「タンクベッドっていまいちなんだよね~」とか言ってる兵士が邪魔で中に入れない
限界だった俺は地位が上なのを頼みに、叱り飛ばしてやった!軍隊は上官は絶対なのだ。


「贅沢を言ってないで、とっと入れ!入らんのなら先に俺が入るぞっ!」ってね、


突然の大将閣下の出現にビビッテ兵員みんな硬直状態
その間隙を突き、まんまと順番抜かしに成功しましたよ。おれって頭良いな~

うぅぅ、しまった・・・大声出した上に、走って飛び込んだりしちゃったから気持ち悪くなってきた・・・
とにかく、一旦入るのをやめてって、うおぉっ~い!
兵士諸君、笑顔で蓋を閉めるな、すまん順番抜きした俺が悪かった・・・
許してください!!時間いっぱいまで開かずの扉なんて堪忍よ~

口を開けば逆流のヘイン伯は、声をあげることも出来ず、静かに棺桶に収納された・・・
彼が耐えれたかどうかについては、銀河のどのぺージにも乗っていないので分からない、知りたくも無い・・・


ヘイン関連の資料としては、後の食い詰め元帥ファ-レンファイト少将のヘイン評が彼の部下によって残されている。

  その中では、

『初見時に持ったヘイン伯への印象は弁によって容赦なく人を利用し、
躊躇無くその舌で切り裂く油断ならざる人物という、恐れを含んだ印象であった。
その後、彼が特権を振りかざさずに兵士と寝食を共に過ごし、
身分の貴賎で区別する事無く兵士の命を尊ぶ指示を出すのを見聞きした。
最初は、兵士に対する見え透いた人気取りのように思ったが、
問題のある兵士を見咎めると、堂々と叱り飛ばしたという話も伝え聞き、
彼は紛れも無い英雄と思い知らされた。』

 と言ったやら言ってないやらと記述されている。 


これは、ヘインが平民や兵卒と門閥貴族から相反する感情を込められた上で
両者から『平民貴族』、『兵卒閣下』と呼ばれ始めたのとほぼ同時期である。
そのため、作者不明にも関らず『食詰め元帥語録』はそれなりに信憑性が認められ今に至る。

また、蛇足ではあるが、本人があの世に行って四半世紀ほど、小さな発見が銀河をちょっぴり騒がした・・・
アスターテ会戦後、安全面の向上のためタンクベッドを内側から開けれるように改良するよう
ヘイン大将からシャフト技術大将に強く依頼する書簡が発見されたのだ。
この発見によって、ヘインが技術面においても造詣が深かったという説がやや湧き上がることとなる。


・・・ヘイン・フォン・ブジン伯・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(悔恨篇)
Name: あ
Date: 2006/11/04 00:37
勝ちすぎて道を誤る・・・過去、数多の英雄が自ら演出した大戦果という美酒に酔い、階下に転落していった・・・
それは一見悲劇のように思えるが、一度も美酒に酔えぬ凡夫とどちらがより不幸なのだろうか?
その判断は、当事者の価値観に委ねるしかない・・・


地位は大物!おつむは小物のヘイン様は、今日も無駄にハイテンション!

ちゃちゃちゃっと行くぜ!第六艦隊撃破・・ムーア中将にラップ少佐は戦死、特に何をする必要もなかったぜ!
三隊に分かれて、自軍より少ない敵を相手に終始優勢に立ち勝利するなんてお茶の子さいさいだぜ!

勿論、全部金髪のお陰で俺は何もしてないのだ。何もしないでいいなら何もしない。
余計なことをするな、長生きのしたかったらな・・・・う~んまさにハードボイルドな俺。


周りのほうはというと、諸提督は大過なく己の職責を遂行しているため、お任せさんで問題なし。

唯一、心配なのは通信時に理屈屋さんの目が虚ろで何かぶつぶつ呟いていた点だ。たぶん大丈夫だと思うけど・・・
今の俺は中年のメンタルへルスに付き合ってやる余裕は無いのだ。放って置くに限る


赤髪と金髪のコンビの方は、ここまでこちらの読みどおりの展開なので上機嫌で安心しきっているようだ。
俺も一緒にだらけきっていきたいとこだが、そうもいっちゃおれん・・・参戦目はやつが本格的に出てくるのだから・・・


兵士も、指揮官も連勝と圧倒的な有利な状況により楽観論が蔓延し始めるなか、
一人だけ場違いに深刻な面持ちの男がいた・・・。

司令部へ提出する上官の定期報告書をもったメルカッツ提督の副官は、その悩める参謀長の姿を目撃することとなった。
その姿に疑問を持った年若い副官は、敬愛する上官に対して任務報告と併せて総参謀の様子を報告した。


その後、メルカッツ傘下の艦隊に慢心を戒める布告がだされ、緩みかけた軍規が引き締められた。


  少しだけ、ほんのちょっぴりヘインの行動が歴史を変えた瞬間だった・・
本人はそんなことに気付かずパニくっていたが


まずい、マズイ、不味い、拙い、MAZUIぞ!!!!!これがラストチャンスだったことにちょっと前に気付いたのだ
そう、今がグジグジ野郎のくそったれを殺す最後の機会だったことに・・

敵の指揮官はパエッタ中将で野郎の意見を全否定のナイスミドルだ。
途中でヤンに交代しても、勝敗の行方は変わらない勝つのは金ちゃんだ!俺は立っているだけでいい。

だが、今回問題なのは勝敗でなく、ヤンの奴が死ぬか死なないかという点だったんだ。
なぜかというと、ヤンの野郎が艦隊司令官じゃないのは今回が最後になるからだ。

つまり、手が付けられないヤン艦隊が結成されてしまう。
つまり、ここでパエッタと一緒に最低でも長期療養に入って貰わないといけなかったのだ

そう、奴が死亡かドロップアウトしてくれれば、同盟軍に俺が殺される可能性は格段に下がり、
俺は静かで平穏な世界で、パワーエリ-トとしてセレブライフを満喫できるようになる!!


はずだった・・・そう優秀なる未来を知ったトリッパー達は来るべき日に備えて、日夜鍛錬するなり準備し、問題クリアでウハウハライフが決定


でも、どちらかっていうとだめな僕ちゃんの場合はというと


うん、最後のチャンスだなんて全然気が付かなかった。ついさっきまでアスタ-テ楽勝やっぴ~、なんて気楽に考えてた。
チョー落ち着いてたね
当然、なんも対策もしとらんし、準備もしてない。後の祭りだワッショイだ状態
いまからヤン抹殺計画を考えても一般人にはどだい無理、なんも思い浮かばんのは確実だ


こうなると俺に出来るのは応援だけだ。とにかくデカイ声でひたすら全軍に撃ちまくるよう指示を出すくらいだ。
パエッタ負傷原因の命中弾が一発でも増えれば、一緒の旗艦に乗艦してるヤンも死ぬかもしれない。いや、死ぬにちがいない!


   そう、人生に必要なのは希望的観測なのだ!!迷うことなくシャウトしてやるぜ!!


ヘインが現実逃避と黒猪のパクリに一縷の望みを賭ける決意したそのとき、アスタ-テ会戦最後の戦いの火蓋が切って落とされた。


戦闘開始直後からヘインの怒号のような攻撃命令に、帝国軍全軍は奮い騰がり苛烈な攻撃を敵艦隊に浴びせかけている。


正直、ヘインの将才は俺の予想以上だった。あいつは人身掌握に長けた執政官タイプだと思っていたのだが、
事実、いままで全ての戦場で轡をともにしてきたが、俺やキルヒアイス以上に華々しい武勲を立てることは一度もなかった。
正直、今回の会戦でも総参謀長としての力量には余り期待していなかった。ただ嫌な奴がやるよりはマシだと言う程度だった


やってくれるではないか、不利な状況でも落ち着いているのは相変わらずだが、
歴戦の宿将達を弁術で手玉に取り、将兵の心を掴むでみせる手腕

キルヒアイスにはいつか大軍を率いる副将を任す為、この戦いが終われば優秀な参謀を探なければならないと考えていたが、
その必要はもうないかも知れないな、俺の隣にその優秀な参謀が既に立っているのだから・・・


       『全艦隊に告げる、私はパエッタ総司令官の次席幕僚ヤン准将だ』


終わった、俺のよごれちまった夢が今おわったよ・・・うふふのセレブライフが目の前で崩れ去っていく。
金髪にヤンの野郎に読まれている中央突破による攻勢を思いとどまらせ、半包囲陣形での攻勢に賭けるか・・・
だめだ、金髪が俺の言うことに従う光景が想像出来ない。


しばらく、俺が哀愁漂わせていると横から聞きたくない、二入組みの会話が聞こえてきた。
『紡錘陣形をとるとか』、『中央突破をなさるおつもりですか』等々
俺は無駄だと思いつつ、わずかなのぞみに賭けて


「一応敵が中央突破を読んでるかもしれない、半包囲陣形でこのままセフティーに行こうよ」


と言ってみたが、案の定、金髪の野郎が却下してきやがった。
そのうえ、『さきほどまで、大攻勢を謳っておられた総参謀長閣下と思えぬ発言ですな?』とからかう様に言って来やがった。
同じように、赤髪の野郎もからかいを含んだ笑顔で頷いてやがる。
冗談抜きでこの二人をブラスターで撃ち抜きたい。本当に撃ち抜きたい!


ヘインの思いを無視し、帝国軍は紡錘陣形のまま同盟軍の中央を突破していく。
それは、ヘインの血圧上昇速度以上の勢いで・・・


        遂に、アスタ-テのもう一人の英雄が産声を上げた


・・・ヘイン・フォン・ブジン伯・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(文通篇)
Name: あ
Date: 2006/11/05 23:38
         零れ落ちた命をもどすことは出来ない・・・
敵味方ともに己の命が零れぬように、目の前の相手を殺すことに専念していた・・・


あ~、どうしようもないね。中央突破で分断された同盟軍はそのまま二つに分かれたまま直進、
そんで、急には止まれないお馬鹿な帝国軍の後背に喰らい付いてきやした。う~ん見事に原作どおりです。

なんか、ほんと最初らへんがんばって怒鳴ってたのにぜ~んぶ無駄、のど嗄らしただけでヤンはピンピンしてるよ
なんか疲れちゃった。後は指揮卓に突っ伏してぐで~んてしてようかな・・・
横の二馬鹿の方からは『畜生!』とか『反転しますか?』等々聞こえるけどシラネ、無視決定!
後ことは全部、金赤で勝手にやってくれって感じだ。



サイコロを振って同じ結果続かないように、歴史の流れも同じ結果になるとは限らない・・・
表面上、同じように見えていても、異分子が加わった影響は少なからざるものがある。
凡人では気付きようが無いものではあるが・・・原作の流れと乖離が始まっていた!


■金髪■

完全にしてやられた・・エルラッハの低脳は敵前で回頭を行い戦死の報いを受け、傘下の艦隊は無力化しつつある
それに加えて、同じ狢のシュターデンの艦隊の覇気の無い動きは何たることだ!!
先陣と後陣がファーレンハイトとメルカッツでなければ全軍が崩壊してもおかしくない状況だ。

何たる無様な陣形だ・・・いや、その無様さ以上に苦しいのは、横のヘインの顔をまともに見れないことだ・・畜生・・

傍らのもう一つの翼に目を向けると、意思のこもった強い眼差しを返してきた
ああ、キルヒアイス分かっているさ、ヘインが見せてくれた物にはまだ応えれなかった。

だが、このままでは終われない・・・俺とお前だけでの力で巻き返して見せようじゃないか?
ヘインの奴に負けっぱなしって訳にはいかないだろう?



あれ、なんか予想以上の苦戦じゃん、ちょっとやばくねぇ?
なんか、メルカッツ艦隊の大健闘で何とか持ってるって感じじゃん。たしか、原作って痛み分けじゃなかったか?
おいおい、前見たとき理屈屋の野郎ぶつぶついってたけど、あっちの世界にまだ逝ってるのか?
エルラッハの艦隊並に混乱してるじゃねぇーよ!まじで頭痛くなってきた
ホントなんだか、やべーよ。おれは何も出来んぞ?金髪でもなんでもいいからどうにかしろよ



両軍が互いの尻尾を喰らいあう蛇のような陣形になり、消耗戦の様相を呈する中、
ヘインの精神力はそれ以上に消耗していた・・・
もっとも、無自覚に僚友の心を砕いたことが、苦戦の原因となっているので、自業自得ともいえるのだが・・・


何はともあれ、ヘインの進言を容れなかった後ろめたさを打ち消すため、必死になった赤金と
戦意の高さを、老練な指揮で十二分に生かしたメルカッツ艦隊の奮闘によって
アスターテ最後の戦闘はおおむね原作どおりの結末を迎えようとしていた。


戦闘が収束し、両軍の艦列に間が出来ると、ラインハルトからヤンに向け健闘をたたえる通信文が送られた。
お前もなにか送るか?と問われたヘインは

『おまえなんか死んでしまえ、だめなら退役してくれ!!頼むで俺を殺すな!』

とありのままの心情を通信に込めて送ったそうだ。
心身ともに激しく消耗し、投げやりになって通信文を送ったことが、
後日、相応の報いを呼び込み、後悔することになるとは露ほどにも思わず・・・



受け取り先は、前者を聞くと若干の微笑ましさと好意を感じ、若干口元を緩め、後者を聞くと眉を顰めた。

外聞を全く気にしない滅茶苦茶な内容を、公然と敵味方に垂流したのは『門閥貴族』の一人だった
彼は突然、予想していなかった欲望を見せ付けられ、得体の知れない物に遭遇したような不快感を感じていた。

前者が清廉であればあるほど、後者が澱んで見えてくる。
更に、後者がそれを見越して送ったものならば、何を意図して送ったのか?・・・と



意図せざる思考の闇に難敵を落とし込んだヘイン・・その因果の報いを受けるとき、


         彼は斃れずにいられるのだろうか?
・・・ヘイン・フォン・ブジン伯・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(決別篇)
Name: あ
Date: 2006/11/12 20:26
  帝国と同盟の衝突を当事者以上の関心を持って見守る勢力・・・

中継交易国家フェザーンの終身制統治者は、輝かしい恒星に紛れた銀河の屑石をどう評するのだろうか・・・

■黒狐■

忠実ならざる補佐官ボルテックが、アスタ-テ会戦についての報告を終え退室した後、
フェザーンの黒狐ルビンスキーは、一人の凡人に全く関心を寄せていなかった・・・


三方から押し寄せる二倍の敵に対し、各個撃破の好機として同盟を大いに破った金髪の小僧・・
優勢から劣勢に転がり落ちた軍を纏めあげ、尚且つ芸術的な用兵によって挽回したエルファシルの英雄・・

両者ともに注視するべき存在である事に疑いはない
今後はより情報収集を活発化させ、彼らを良く知っておく必要があるだろう。



ボルテック補佐官が作成したアスタ-テ会戦報告書は、
帝国はラインハルト、同盟はヤンについての報告が主となっていた。
凡人参謀長についての記述は、貴族階級には珍しく兵卒の支持が高いという程度の簡単な物でしかなかった。

そのため、メルカッツ艦隊の奮戦ぶりや、同盟首脳部の失策分析等々の報告に埋もれてしまい
    自治領主の脳細胞に、ブジン伯の名はそれほど刻み込まれる事はなかった・・・

■■

壮大なる新無憂宮の黒真珠の間で、金髪の宇宙艦隊副司令官ローエングラム元帥が誕生する瞬間を、
上級大将に階位を進め、伯から候に叙せられたヘインは、その光景をニヤニヤしながら見ていた・・・


正直、ここまで出世の出血大サ-ビスをやられるとは思わなかった。嬉しい誤算だな
上級大将へ昇進かなと思っていたら、まさかの侯爵叙任ですよ?
つまり、帝国宰相リヒテンラーデ候やリッテンハイム候と爵位だけなら同格ってことになる
なんか、小躍りしたい気分ってのこういう気分を言うんだろう。
とりあえず家にかえったら、ベットの上で布団かぶってジタバタしたり
無意味に部屋のドアを開け閉めしたりして、喜びを盛大に表現しよう

このぺースで行けば元帥、公爵への道もあっという間だな!こういうときだけは金髪様様だぜ
名づけて小判鮫立身出世!!ヘイン様の未来はあかるいぜ!!



華やかの式典の中無邪気に喜ぶアホの横では、羨望や嫉妬、陰謀の種が渦巻いていた

その対象の一つが、ヘインに対するいささか過剰な恩賞であった。
階級はラインハルトが上、爵位はヘインが上というねじれを作り両者の離間を狙った
リヒテンラーデ候の腹心、政務補佐官ワイツの姦策であった。

だが、この策はヘインの単純な大喜びの前に、全くその効を現す事は無く、水泡と帰した。


また、オフレッサー上級大将はニタニタするヘインを一瞥し、『怖気がするわぁっ!!』と吐き捨て、
傍らにいた宇宙艦隊司令長官は、金髪の孺子の話をしていたとき以上に半白の眉を顰めていた


知らぬが仏・・・ヘインは己に向かう敵意や策謀に、露ほども気づくことも無く
まるで係長や課長に昇進したリーマンの様に、ただ無邪気に喜んでいた。

■■

なんか音楽が流れ始めたと思ったら、式典が終わるみたいだ
途中からぼーとしてたから、全然気が付かなかったけど・・・ふと周りを見ると

筋肉原始人が今にも殺しそうな目で睨んできてるが、真面目に聞いてないとやっぱ不味かったか?
いまさら後の祭りなので、遺憾ではあるが金髪の影に隠れて退散しておこう。



筋肉原始人から離れ、金髪と一緒に赤髪の待っている部屋にいくと見たくないものを見た、いや居た・・・

若白髪で義眼の愛犬家だ・・・こいつもさっさと死んでくれると有難いが
今は如何こうする事は出来ないので、最高の笑顔で挨拶を交わしてすぐに分かれた。きっと好印象のはずだ
あいつへの対策はとりあえず、また今度だな、別に先送りするわけじゃない。今度は今度だ


今はどうやってアンちゃんに会わせてもらうかを考えることの方が先決だ
以前、はじめて会ってケーキを食わせてもらった時に冗談で

      『ケーキよりアンちゃんが食いたい』

と言ったのは流石に不味かったな、記憶が飛ぶほど金髪と赤髪に殴られ面会禁止にされてしまった。
まぁ、あれも今は昔だ!あいつらも奇麗に水に流して。今回は会わせてくれるさ


だめでした・・・一緒に会いに行く話しをしている二人に、『俺も連れてってよ』とお願いしたら

金髪は美の女神も隠れてしまうよな笑顔で『お前はだめだ、消えろ』と一言
赤髪の方は無機質で冷たい笑顔と、ブラスターを片手に『無理です』『無理です』『無理です』の連呼

うん、こいつらは友達じゃないな、最初から友達とは思っていなかったが、今確信したね
こいつらになんか仕返しをしてやる、フレ-ゲル男爵がやった様に見せかけてやってやる!


・・・厚い友情によって、二人と数日別行動をとる事になったヘイン・・・
その別行動が、銀河の歴史を大きく動かすことは多分無い。



ラインハルトとヘインの栄達は、貴族達の関心を大いに集めることとなる。

ラインハルトに対しては、主に妬みや敵対心を貴族達は持つこととなった。
しかし、ヘインに対しては門閥貴族でありながら、ラインハルトと懇意と言う点で敵視が当然あったものの、
門閥貴族の一角を担うブジン家に寄り添って、権勢を得たいと考える者や
自らの派閥に引き入れ、帝国内でより強固な地位を得ようと動く者達の方が多かった。

つまり、ヘインはセレブなパーティに引っ張りだこととなった訳である。

■■

いや~これですよ♪これ!やっぱ貴族は華やかな社交界で平和に贅沢を楽しまないと・・
もう、ほんと痛風になるんじゃねーかってぐらいに豪華な料理、タッパーで持ち帰りしたいぐらいだぜ
やっぱ、リッテンハイム候家の浪費振りは門閥貴族の中でもトップクラスだね!

さらに横に金髪が居ないだけで、貴族の皆さんが友好的に接してくれる・・・
その上、侯爵と上級大将への立身出世を祝われ、輝かしい武勲を褒め称えられる
もう快感だね~、貴族の脳みそが腐っても仕方ないって気がしてきちゃう
だが、俺は貴族達とは相容れない存在だ、なぜなら彼らは割引券も特売品も知らない

「そう、ブジン候ヘインは腑抜けた貴族と一味も二味も違うのだから!」
『見え透いた世辞でのぼせて、腑抜けた輩と一緒に散々飲み食いした後では、余り説得力が無いと思うが?』

こいつは・・ただ飯に誘ってやったのに何ていい草だ、喰う為に軍人になった貧乏貴族って話だから誘ったのは間違いだったか

■食詰めファーレンハイト■

門閥貴族の社交界に貧乏貴族を誘って何になるのだと思っていたが、どうして中々、面白いものを見せてくれるじゃないか、
見え透いた世辞には必要以上にはしゃいで見せて、二の句を告げさせない、
なおも言い募る輩には、飲食にかまけて煙に巻く手法、アスタ-テ以上の物を見せてくれる

これでは貴族達が、ブジン候の立ち位置を判別することは無理だろう。
ブジン候はいったい誰の派閥なのか、どの派閥に入るのか、新たに派閥を立ち上げるのか?・・・

寄るすべての者に好意を見せれば、誰の味方かさっぱり見えずという手法、
単純だが並の神経じゃ出来ない手だ、下手をすれば周りの貴族は全て敵になりかねないのだから

だが、貴族どもの底の浅さを笑ってばかりは居られないようだ。
体よく嵌められたのは俺も同じ・・宴の中で常にブジン候の傍らにいる将官、
周りの貴族の目には、彼の腹心と映ったに違いないだろう。
してやられたのだが、不思議と悪い気はしない・・・いつか彼の指揮下で戦ってみるのも悪くはなさそうだ・・・

■■

なんか、一応飯とかに満足したのか、貧乏貴族は満足げな顔で先に帰っていった。
こんどは庶民的な店で一席設けて飲むのも悪くなさそうだな、やっぱ金銭的価値観が近い奴とは話が合うね

相方も帰っちまったし、ヤン・ウェンリーよろしく裏庭から逃げるとしますかね
しかし、さすが門閥貴族のお屋敷だ。無駄に庭園の迷路が長いというか迷った・・・
そのうえ、性格が捻くれてそうな金髪のお嬢ちゃんがニヤニヤしながら付いてくる

あぁ、おれは迷路が大の苦手なんだよ。分かったらとっと消えてくれ。
変態スト-カー少女はお断りだ・・・何で俺によって来るのは、こうイカレタ奴ばかりなんだろう

『だっ誰が、変態ですってぇ!!この侯爵令嬢さまに向かって、そのような口を聞くなんて!!』

やばい、聞こえないように変態って罵ったつもりが・・・

いたい、痛いっ!!口を引っ張るなって糞女!!おい、グーで普通くるか?
やめろ、マウントはやりすぎ勘弁して、汚いパンツが丸みえだぞ!『もう、殺すッ!!』
くそ、もう頭にきたって手を上げると、ビクっと身を震わせおびえた小動物のような目で見つめてくる
なんて卑怯クセーんだこのアマ、俺以上に最低最悪ヤローだ『野郎じゃないわよ!!』


執拗な暴行が続き意識が薄れ、ヘインの命が塵となって今まさに消えようとするとき、救世主が光臨した

『ああ・・・我が友ヘイン、この事態は一体?ランズベルク伯アルフレッド驚嘆の極み!!』
「おぉ、友アルフレッドよ!このお嬢さんが、俺に馬乗りになって組み敷き、口と体を執拗に攻立てているのだ!!」

俺の詩的な表現を用いた状況説明を聞いた友の反応は・・・

『なんたる破廉恥!!あぅう・・、ランズベルク伯アルフレッド興奮の極み!!』

          ・・・グ チ ャ リ・・・

一瞬の出来事だった、金髪の魔獣の足が動いたと思ったら、我が友が崩れ落ちていた・・・
それを見つめる加害者は、不可侵条約などまるで知らないといった顔で、その光景を退屈そうに見ていた

           さよなら・・・アルフレッド・・・

ぼくはそのあとのことをよくおぼえていない・・おもいではいつだってあやふやのほうがいいいんだ・・・

■■

俺は腐った魚のような目で、ポマード臭いちょび髭親父の話を聞いていた、親父いわく猛禽類のようなご令嬢は
先天的な遺伝異常のためちょっぴり感情の起伏が激しいそうだ。
当然俺は、「ちょっとじゃねーだろう!!」って突っ込もうとしたよ
でも、うしろで『オホッホホ』とワザとらしい笑いをあげている魔獣は、その整った唇の形を巧みに変え

 ヘ タ ナ コ ト ハ イ ワ ナ イ デ ネ? ア ナ タ ノ ハ ツ ブ シ タ ク ナ イ ワ♪

と声を用いず俺に伝えてきていた。
もう、おれにできることは話を聞き、頷きつづけることだけだった・・


その後、ときたま娘の住む別邸を訪れてほしいなどと、色々と無茶なお願いをされた。
俺はこれから、ジャイアンリサイタルに召集されるような気分で、この屋敷に通うことになるのだろうか?


この日を境に、ヘインはアルフレッドのポエム会ではなく、
金髪の魔獣が棲む館を度々訪問する事となる。

ヘイン・フォン・ブジン候・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(決断篇)
Name: あ
Date: 2006/11/26 21:19
元帥から一兵卒まで等しく休息を楽しむ・・・束の間の休息が、明日の殺戮を支えるのだ・・・

そして、我らが凡人候は休息を楽しむどころか、惰眠を貪ろうとしていた。
それを、気まぐれで意地悪な運命の女神が、許すかどうか本人が分かろうはずもなかった・・・

■■

まったく、旧知のアンちゃんに会うのを拒否っときながら、今日は元帥府の人事で相談したいだと?
金赤コンビはいつもこっちの都合はお構いなしだ。だれが行くか・・・
行く気が起こらんから、人事案をメ-ルで送りつけてやることにした。で、内容の方は・・・

『種無し・たらし・黒猪・元撃墜王・鉄壁・射撃王・芸術・義手
沈黙・ロリコン・首吊り・看護婦マニア・最後の宿将・食詰め』

とりあえず、一級品クラスとして描かれている提督リスト送ることにした。
味方に優秀な奴が多すぎて困ることはない。ついでに二級品クラスのやつも送っとくか
・・・あとは赤金まかせだな、原作以下の結果にはたぶんならんだろう

そう!!今、俺が考えなければならないのは、人事ではなく、いかにしてアンちゃんに会うかだ!
どうせ会うなら、野獣みたいな金髪美少女よりも可憐な金髪美人がいいだろ?

ちなみに、ヘインさまのファ-ストチョイスは『儚げな金髪美人』のアンちゃん!
次点で、元気いっぱい『聡明さわやかガール』のヒルダちゃんだ。
男爵夫人や、人妻エヴァちゃんも大穴でいけたら狙ってみたいものだな・・・

刃傷沙汰を起しそうな金髪美少女2号はアウトだ!彼女のことはたらしにお任せだ

■赤髪■

ラインハルト様は苛立っておられた・・・、原因は明白、彼が来ていないからだ。
元帥府の人事は、ラインハルト様が征かれる・・・いや、我々が進む道を左右しかねない重大事
彼に相談せず、決定出来るような事ではない。それは彼も十分に知っているはずだが?

           『見てみろ!!キルヒアイス!!!』

ラインハルト様が突然、歓声のような声をあげて執務室から出てこられた。
私は目の前に、突き付けるように出された一枚の紙切れを見た瞬間に、
全ての疑問が雲散することとなった・・・

彼が作成したリストの人物は、私たち二人が描いていた人事案とほぼ一致していたのだ。
いや、それ以上の者を彼は作成していたのだ・・・、
艦隊指令だけでなく参謀・分艦隊指令を任すに足る人物も列挙されていた・・・

一見すると、ただ人名が列挙されている簡単なリストに見えるが、
数多の将校の中から、一定水準以上の能力を持った人間をこれだけ抽出する・・・
確かな人物鑑定眼と、対象者の膨大な情報を分析する時間が必要だったに違いない

彼は来ないのではなく、来れなかったのだ・・・


疲れて動けないと思い込み、警戒心が緩んでいる二人を尻目に、
ヘインは着々と宮廷工作を進めていた・・・ただ、いい女に会うために

■■

男がアンちゃんに会うためには、宮廷にいって皇帝の許可を貰う必要がある
その皇帝に会うためには、何か上奏するようなことが必要となってくるが
帝国宰相代理リヒテンラーデ候との『宮廷内会談』を実施することで何とかなるはずだ

会談内容は、イゼルローン要塞の危機的状況を改善するためとかでいいだろう
うまく要塞の指揮系統を統一する上奏が通れば、ヤンが要塞を落とせず死ぬかもしれない
アンちゃんに会えて、ヤンもこの世から消える!まさに一石二鳥だぜ!!

       うん、世の中って都合よく出来てないってことが再確認できた!

ひたすら爺の愚痴を聞かされる三時間・・・、要塞の危機的状況の話で簡潔に終わらそうと思ったのに、
門閥貴族の跳梁跋扈による国庫の疲弊、伝統と格式の薄れる風潮に対する憤り等々
興味も無い国政についての知識が増えただけで、アンちゃんどころか皇帝にすら会えなかったぜ

仕方ない、買って来たお茶菓子や花束を捨てるのも勿体無いので
帰り道にある野獣の邸宅に一度くらい顔出してやるとするか
まぁ、義理で一回だけ行けばいいだろう。下手に関わっても内乱時に厄介な事になりそうだからな



野獣のいる侯爵家別邸は侯爵令嬢のお屋敷にしては、鄙びた感じがしていた。
まぁ、俺が住んでいた下宿先とかと比べると、十分に豪勢だから飯の方は大丈夫だろう
せいぜい上手い夕飯を、ただで食わして貰おう・・・食詰めも誘ってやればよかったかな?

■野獣サビーネ■
・・・うるさい!!なんなんのよこの音は!?・・・

それが来客を知らせる呼び鈴の音だと気付くために、私と使用人は十数秒の時間を要した。
情けない事に、私の屋敷に呼び鈴を鳴らすような客が来た記憶がないからだ
両親だって、めったに訪れないから忘れたってしょうがない
考えても惨めになるだけなので、私は『初めてのお客さん』に会ってみる事にした。

来賓の間にいくと有得ない人物が、そこに座っていると言うより寛いでいた。

   『よう!じゃましてるぜ?って、汚ねーな!大口開けて涎たらすなよ』

いままでと同じで絶対来ないと思った。私の正体をみて来た人は、今まで一人もいなかったから
でも、ブジン候はちがった、憎まれ口を叩きながらも約束を守ってくれた・・・


ヘインのサビーネ邸訪問は狙い通りの結果と、誤算が入り混じる物であった
たしかにタダ飯は旨い。だが、タダより高いものが無いことを、彼は失念していたのだ。

サビーネ付きの侍女、カーセ・イフミータ著の『侍女は見た』
(リッテンハイム家の令嬢は野獣!?そのとき侍女がドアの影から垣間見たものは!!)
に記された二人の会話を読めば、彼が食べた料理のツケの高さを窺い知る事が出来る…

■『侍女は見た』(一部抜粋)■

「侯爵家の別邸にしては、豪奢じゃないな?侘び寂びってやつか?」
若い貴族紛いの男は、だれであろうと持つ疑問をまず口にした。
私も最初に派遣されてきた時は驚いたが、お嬢様の秘密を知って今は得心している。

『いえ、私のような爪弾き者を訪ねて下さる殿方もなく、自然と鄙びてしまいました。』
お嬢様も中々のもの、不遇の儚げな令嬢を装って同情を引き、男の庇護欲を擽ろうとする

「ああ、おまえ友達いなさそうだもんな。」
男の手の甲に、ナイフが突き立てられたような音が聞こえた。(私は何も見ていない)

『今日は大変楽しい一日でしたわ、『おれは重症だぞ!!』次はいつ来てくださいます?』
どうやら、お嬢様はこの男に懸想しておられるのか、いたくご執心のご様子だった。

何度か鈍い音がした後、若旦那様の定期訪問の日時が決まり、ご帰宅されることに
お嬢様は若旦那様の乗った車を、見たことの無いほど嬉しそうな表情で見送られました。
そして、車が見えなくなると、一転寂しげな表情に雲代わりしてしまいました。

そのわがままで単純な、愛らしい姿を守るために、
私が覗く場所は、この日から二倍に増えることとなった。


こうして、ヘインがだらだら過ごす中、歴史は確実に進み、
ラインハルトの元帥府の歴々は、ヘインのリストを参考に原作通りの歴々が並ぶ事になり、
カストロプの動乱はキルヒアイスによって鎮圧され、彼はその功によって中将に昇進

そして、ヤンの手によって難攻不落のイゼルローン要塞は陥落した。
その凶報は帝国に、激震を走らせた。一部のものを除いて・・・

そう、ヘインは既に要塞のことは諦めていたので驚く必要が無かったのだ。
彼が心配しているのは、近い将来に再び現れる、義眼の男をどうするかであった。
元帥府へ向かう車の中、その後の運命を決めかる可能性が高い選択を前に、
凡人なりに、ああでもない、こうでもないなと悩んでいた。

■■

やっぱ、義眼の奴は元帥府に助けて~ってやってくるだろうな?
金髪に雇われないと、イゼルローンの万歳提督を見限って逃亡した罪で銃殺刑だからな

だが、金髪は原作と違って『優秀な参謀』探しをやってないから
正直、どうなるか分からなくなった。何も言わんでも金髪は見捨てるかもしれん

どっちがいいんだ?たしか、義眼ってかなり帝国への貢献度は大きかったはずだ
やっぱいないと不味いから、助命嘆願してやっって恩売っとくか?

いや、俺の身の安全を考えると、金髪に見捨てさせるってのがベストかな?
第一、義眼は助けてやったぐらいで恩に着るような奴じゃない
それに、優秀な陰謀家ってのは頼もしいが、あいつは味方も嵌めるからな
俺の場合だと狙われなくても、勝手に嵌ってついでに処分されかねん

うん、義眼がいなくてもたぶん何とかなる!!
今回は参謀を探す必要ないみたいだし、義眼見捨てるのに決定だ!!
やっぱ、自分の平穏を乱す可能性は、少しでも低く保たないとだめだ。


ヘインはまだ知らない…、元帥府への登用が決定していたことを
彼が決断終えた時には、ラインハルトとオーベルシュタインの面会は既に終わっていたのだ。

もし、ヘインが朝に強かったら、歴史は変わっていたかもしれない。
だが、すべては後の祭りである。


ヘイン・フォン・ブジン候・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(窃盗篇)
Name: あ
Date: 2007/01/02 19:14
イゼルローン失陥!!神聖不可侵の領土を叛徒に侵された衝撃は
帝国軍三長官が揃って辞表を提出するという形で、表に現れていた…

天才と凡人は能力を異にしているが、不思議と同じ場所に立つことが多かった。
今回も、国務尚書リヒテンラ-デ候を通じて、二人は皇帝の前に立たされる。
正確には、皇帝が金髪を呼び、国務尚書がヘインを呼んだという形ではあるが

■■

皇帝が軍務尚書・統帥本部総長・宇宙艦隊司令長官の辞表を金髪に見せ、
『どの職がほしい?』とやるきなさげに聞いている。
横の国務尚書は青筋ぴくぴくだ。高血圧で倒れないか少し心配だ・・・

やっぱり、金髪はどのポストもいらないと皇帝に答えたようだ、
与えられるものに価値は無いか、相変わらずプライドの高い奴だ

その答えに対して国務尚書が、三長官の俸給返上で勘弁する案をだして話がまとまった。
一つぐらい俺にポストが回ってくるかもと、少し期待していたので残念だ。

皇帝に三人とも下がれといわれたので部屋を出る。ここからが本番だ!
金髪には野暮用があるといって、その場で別れて来た道を引き返す。
そう、何もいわずに黙って大人しくしていたのは、この瞬間を待っていたからだ!!

俺は金髪の間抜けと分かれダッシュで国務尚書の爺を追いかける。
そう、皇帝のバラ園に入りアンちゃんとの面会を直訴するためだ!!
いまなら金髪と赤髪も妨害できないだろう。

…爺が超はやくて追いつけませんでした…

仙人じゃないかと思うぐらいの速さで駆け抜けていきやがった。
俺は足だけは人並み以上に早かったはずなのに…釈迦力爺恐るべし…
だが俺は諦めない、少々時間を食うが、窓から外に出て温室に潜り込む事に

■薔薇園■

「怖れながら陛下、ご不興を被るのを覚悟の上で申し上げまするが」
 『ローエングラム伯のことか?それともブジン候のことか?』

『余が、アンネロ-ゼの弟に地位と権力を与えすぎ、
その知己の門閥貴族を肥大化させすぎる事についてであろう?』


暗愚と思われた皇帝は、ラインハルトとヘインが簒奪を企む可能性について
国務尚書が憂慮していることを言いあてるのみでなく、
意外に明晰な言動でその事実を話した事によって、彼を驚かせた。
そして、皇帝は滅びすら容認する発言と低く乾いた笑いで彼を戦慄させた。

もしも、国務尚書が横で必死に温室のガラス板外そうと、格闘しているアホの姿に気付いていたら
彼の心配の種は、少なくとも半分は減っていただろう…

■■

かって~、このガラス丈夫すぎ!!蹴っても叩いてもひびも入らんぞ。
もう、頭に来たね!バールのような物で修復不能なぐらいに抉じ開けてやる
ムシャクシャしてカッとなった、ブジン候の力を思い知らせてやろう!!

うん、開けて入ったのはいいけど誰もいないね。
どうみても骨折り損のくたびれもうけです。でも、ただでは帰りたくないな
そう言えば薔薇の花は高いって聞いたことがある。花束用に持って帰ることにしよう。
愛を込めてアンちゃんに送ってあげよう。直接渡せないのは本当に残念だが仕方が無い…

…余ったのは、魔獣にでもくれてやろう。手土産代が浮くからちょうどいいな。
ホントは行きたくない。でも、圧力や暴力に立ち向かえるほど俺は強くないのだ…

くそっ!!こんな目にあうのも全部、口髭親父の野郎が悪いんだ!!
俺に好意を寄せている女性が全く現れないのは、魔獣を押し付けるため
リッテンハイム家が妨害しているに違いない。そうこれは陰謀だ!!
絶対内乱で痛い目に合わさせてやる。そうキルヒアイスにおしおきさせてやるぞ!!


畏れ多くも皇帝陛下が丹精込めて作った薔薇を盗み、温室を破壊した不届き者の噂が
宮廷中を駆け巡るものの、捜査の目がヘインに向けられることは無かった

これは宮廷付きの憲兵の無能さだけが原因では無く、
ランズベルク伯しか知らないような地下通路を使ってヘインが逃走したことと、
侯爵が手土産代惜しさに犯行に及ぶという、だれも思いつかないような動機が原因であった

しかし、大胆不敵な犯人を知った者も僅かながら存在した…
そう、何度もその薔薇を受け取っているアンネロ-ゼとその話を聞いた金赤である。
金赤は、その大胆不敵で痛快な犯行に大いに満足するとともに
薔薇を隠すなら薔薇の中と、証拠を完全に隠滅する鮮やかな手腕に舌を巻いていた


そして、花束を贈られたもう片方の女性も、何故か真実に辿り着いていた。
彼女の侍女が覗いていたからなのか、真偽は定かではないが…
彼女はこのネタを使い、ヘインを脅し賺し、最終的には腕力を用いて
数ヵ月後に迎える14歳の誕生パーティへの出席を、ヘインに確約させる。

また、彼女は贈られた薔薇を挿木にして大切に育てるようになる。
これ以後、ジョウロを片手にニコニコと水をやる令嬢を覗くことが、侍女の朝の日課となった。


要塞失陥の衝撃がようやく収まった8月、新たな衝撃が帝国にもたらされた。
フェザーンから同盟が帝国に対して、大規模な侵攻作戦を企てていると情報が入ったのだ

その後、対応策について国務尚書は大いに頭を悩ませた後、
叛徒迎撃の任を開設後十分に陣容を整えた、ラインハルトの元帥府に当たらせる事にした。

■元帥府だよ!全員集合!!■

元帥府からの緊急招集を受けた提督たちは、
我先にと血気に逸る心を抑えながら、ラインハルトの下に集おうとしていた。

■■

元帥府の前で双璧と遭遇、礼儀で軽く声をかけてみることに…
「よっ、たらし!!女誑かすのに飽きて出勤か??」
『卿は相変わらずのようだな。いや、もてぬ男の僻みがより増したか?』
『ヘイン、ロイエンタール止さないか!ささっと行くぞ』

小粋な挨拶に、憎まれ口を返しやがった。
くそ、女誑しの野郎、俺よりもてるから調子に乗ってやがるな
種無しがいなかったら、軍服にこっそりガムつけてやったのに
いつか、クナップとグリルをお前の幕僚に推薦してやるから、覚えとけよ


部屋に入ると挨拶というより怒声に近い声をかけられた
『おそいぞ!!ヘイン、待ちくたびれたぞっ!!』
「静かにしろ、ちょっとは上官を敬うとかないのか?」
『ハッハハハ、細かいことを気にするな平民閣下の名が泣くぞ?』
「わかったから、バシバシ背中を叩くな!!ほんとに泣くぞ!!」

相変わらず声がでかくて乱暴なやつだ。
まぁ、今度こっぴどく怒られて縮こまるだろうから許してやろう。


優等生軍団の方は、すでに赤髪の前に勢揃いして談笑中のようだ。
どうでもいいけど、芸術家がインチキおじさんに見えるのは俺だけだろうか?
おまけにルッツとワーレンの区別がつかんのも俺だけか?
似ているわけじゃないけど、地味ーズ属性が原因で区別がつかんぞ
早く腕を千切って貰わないといかんな
ケンプは典型的な堅物のおっさんだな、なんか話すと疲れそうだし
近づくと親父臭が漂ってきそうだから、極力寄らないようにしよう。

これで、元帥府のメンバー勢揃い、帝国領侵攻作戦に対策会議のはじまりはじまり~?

     『閣下、参集した諸提督全て揃いました…』

オベルベルッベルベールシュタインメッツリンガーイエスブルッツ!?!?

なんで、こいつが金髪の横に立っているんだ?義眼の話は何も聞いてないぞ?
もしかして、俺の知らぬとこで歴史が一ぺージってやつか?

   なんか、お先真っ暗でヘインこまっちゃう♪

■踊らない会議室■
ヘインがバットトリップしているなか、同盟軍8個艦隊、総勢3000万の侵攻作戦に対する
対応策が練り上げられていく、会議の流れは原作通りで、敵を領土深くまで誘い込み
同盟軍の兵站に過大な負担をかけ、物資の不足と疲労が極限まで達したときに
反攻作戦を開始し、各個撃破殲滅する案が採られた。

また、その同盟軍の物資不足をより早めるために
ラインハルトは辺境領土から食料を根こそぎ持ち去る策を立案した。

そのとき『赤ん坊のミルクが無い』というセリフを思い出したヘインは、
乳幼児用のミルクや食料、病人や栄養失調者用の栄養剤、点滴等は残し、
地中等に隠しても大丈夫な、缶パン等の隠し保存食を与える修正案をだした。
赤髪も大いに賛同し、へインの修正案が採られることとなった。

この瞬間、ブジン家が保有する食料品メーカー証券の値上がりが確定し
ヘインは棚ぼたで大儲けすることになるとは全く気付いてはいなかったが…

それにいち早く気付く事になるのは、遠く離れたフェザーンの黒狐だった。
一見すると、民衆の支持と財力をノーリスクで得た様に見えるヘイン
彼の脳細胞に警戒すべき存在として、ヘインの名前が刻み込まれることとなった。


会議は終わり、反攻作戦が開始されるまで各員準備に励む中
ヘイン作戦の成功ではなく別の問題に思いを巡らせていた。
勝利が確定している戦いより深刻な問題について…

同盟の物資が枯渇するまで50日弱、9月の魔獣の誕生日まで30日弱…
ヘインは出征を理由にしたドタキャンに、一縷の望みを繋いでいたが
その希望的観測はあっけなく崩れ去ったというわけだ・・・

代案として、だれか別の女をエスコートして難を逃れようと目論むが、
現皇帝の直孫で、門閥貴族の雄リッテンハイム家のご令嬢に
ケンカを売る度胸がある女性がどれだけいるだろうか?
そもそも、ヘインにそこまでして手にいれる価値はあるのか?
様々な要因が合わさり、彼の目論見が上手くいくことはなさそうだった

近く、めでたい発表があるらしいという噂が漏れ聞こえる中、
ヘインは近い将来の同盟軍以上に、絶望的な戦いをつづけていた。


ヘイン・フォン・ブジン候・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(同衾篇)
Name: あ
Date: 2006/12/29 22:27
同盟軍八個艦隊が、帝国領内に深々と侵攻してくるなか、
帝国軍は迎撃の準備を着々と整えつつあった。臣民の犠牲によって得た時間を使って



帝都オーディンでは、ブジン候がやつれ憔悴した顔で、ふらふらと街を徘徊していた
その姿を見た民衆は、臣民が苦しむ作戦に心を痛め、
食を断っているのでは?という噂を実しやかに流すようになっていた。

実際には、ヘインはもりもりご飯をたべていたし、もりもりうんこもしていた
心痛の原因は他人のことではなく、自分のことであった…

■■

結局、女に声をかけてもリッテンハイム家の圧力と、
それを跳ね除けるほどの魅力が俺になかったせいか定かではないが
奴の誕生日まで、パーティーに一緒に行ってくれる女性は現れなかった
  
『それで、俺が女の代わりに呼ばれたという訳か?』

さすが食詰め君、理解が早くて助かる…、
その面白がっているような表情が無ければ、親友に昇格してやるところだ
全く、豪華なただ飯を喰わしてやる俺に少しは敬意をもてんのか?
まぁ、いい…とりあえず喰って呑んで、帰って寝ることを目指すとしよう。
しかし、無駄に豪華な食事は門閥貴族の必要条件といったところか?
こんな贅沢をしていたら、内乱後はぶちきれた民衆に落ち目の貴族は…

ブラウンシュバイク、リッテンハイム家は特に酷い目に遭うだろうな
原作では特に描写が無かったが、流刑地で野垂れ死にならいい方だろう
あそこで無邪気な笑顔で、手を振ってるバカは、
哀れな末路が待っているなんて思いもしていないだろう…

ちょっぴりかわいそうだとは思うが、俺は一緒に滅びるような趣味は無い
かわいい嫁さんは欲しいが、野獣みたいに凶暴な嫁さんはいらない
もうこれ以上は関わりたくない、そう関わるべきではないのだ

ここはヤン・ウェンリーよろしく、パーティを抜け出させて貰おう。

          
『ヘイン様、どちらへ?』

俺は必死に言い訳をした。死刑宣告をされたあとに命乞いをする囚人のように
だが、厠に行くところだといえば、そっちには無いと即答されたのだ!
そして、彼女は俺の手を強く握ってきた…
美人に手をもたれるのは嫌いではないが骨がみしみしいうほど握られるのは嫌だ。
美人に見つめられるのも嫌いではないが、今にも殺しそうな目で見つめられるのは嫌だ…



しばらくすると、宴の主役サビ-ネの席へ哀れな子羊が
侍女に半ば引きずられるようにして、連れて来られていた

『権門同士、実にお似合いですな』『婚約の発表が楽しみですな』

彼の耳には数々の祝辞や皮肉は届かず、ただ現実逃避のため
酒に溺れ、酒に斃れようとしていた。正に自棄であった…

その様子を傍らで、幸せそうに見つめる少女と
その少女を満足気に見つめる侍女…
事の推移を興味深げに見つめる食い詰め提督…
加害者に共犯者と傍観者…彼らは宴を存分に愉しんでいた

やがて、門閥貴族たちの欲望と打算の渦も収まり、
宴も終わりを迎えることとなる。
ヘインにとって最悪の形ではあるが・・・


■金髪のお嬢さん■

カーセは結婚の影がちらつくと、男は逃げ腰になるといっていたけど
彼はいつも私に対して逃げ腰のような気がする(正直、凹む…)

まぁ、たいした問題じゃない!要は彼と結婚してしまえばいいのよ
過去の様々な問題は全て水に流され、後は幸せな生活が待っている!!

っと涎を垂らしてる場合じゃない…いまは、まだ婚約すら成立してない
ちょっと恥ずかしいけど、カーセの立てた作戦を実行しないと…
この無邪気な顔で眠っているやさしい人を、誰にも渡しはしないのだ

■■

古来、酔った勢いというもので、いい結果を得た者はごく僅かという
俺もその慣例にしたがって、いい結果とは程遠い状態に置かれている

端的に状況を説明すると、ベッドに男と女が横たわっている
正確に言うと、同じベッドに半裸の男と女が…という状態だ
こういうときは『やってまった~』と慌てるべきか?

横で寝ている凶暴な狸は、それを望んでいることだろう
まぁ、俺が少し動くだけでビクビクしているようじゃ
何も無かったですよ~と言ってるような物だ

本当なら「まったく、餓鬼が背伸びしてるんじゃねーよ」と
渋く決めたいところだが、パンツ一丁じゃ説得力なくて困っちゃう♪
その上、今の状況じゃ言い逃れの仕様もないって状態?
完璧に嵌められちゃった。二度寝していいいかな?やっぱだめ?

『だめです!これは完璧に黒ですね。これからは若旦那様とお呼びした方がよろしいかしら?』
『まぁ、諦めが肝心といったところかな?結婚が墓場になると決まっている訳ではない』

うん、侍女さんがいるのと、結婚を薦めるのは納得できる。
だが、なんで食詰めがここにいて、侍女と並んで立っているんだ?

『あぁ、卿を運んだのは俺だ、別に礼はいらんよ。』

うん、分かり易い説明ありがとう。謝意より殺意が湧いてきたよ。
お前は料理だけ口に運んでればいいんだよ!!節約元帥!!!
くそっ、絶対にげてやる。貴族連合入りだけは勘弁だ!!


必死に言い逃れをするヘインの努力も虚しく、
完全に犯人よりな侍女と、被害者を助ける気が無い友人の助力を得た
サビ-ネは、概ね満足しうる結果を得ることが出来た。
半年後、正式に結婚することをヘインに認めさせたのである。

これに対して、ヘインのだした条件はたった一つ
その事実を来年3月の半ばまで公表しないという簡単なものであった。
どこぞの夫人のような予知能力を待たぬ少女は
素直に秘密を守ることを了承した。ヘインの一世一代の悪足掻きとも知らず…

また、二人の悪意ある証人も、権力闘争の波紋を極力抑えるための
ヘインの処世術と思い込み、特にこの条件に異を唱える事は無かった。
権門両家の縁組が決定的になれば、政争の火種となる可能性は高く
ヘインが結婚の約束を、婚儀の直前まで隠そうとすることは、
特に不自然な事ではなかったためである。

執拗に追う狼と逃げる獲物、最後に笑うのは
ヘインから貰った(婚約?)指輪をニヤニヤ見つめる狸ガ-ルか
予定通りの内乱勃発を期待する凡人か、決着の日は近いかもしれない

ヘイン・フォン・ブジン候・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(怠惰篇)
Name: あ
Date: 2007/01/02 19:15
帝国暦487年9月
ヘインが女性問題で頭を悩ませている中
優秀なる元帥府の面々によって、迎撃準備は最終局面を迎えていた。

その中でも、もっとも際立った働きを見せていたのは
副参謀長として参謀長ブジン上級大将の下に配属された、
未来の軍務尚書候補オーベルシュタインその人であろう

彼は、大規模な反抗作戦に必要なヒト・モノを効果的に活用する
方策を次々と立案し、実行していった…
ヘインは彼の能力に掣肘を加える気はさらさら無く、全てを任せていた

その結果、『対面早々に決済印をオ-ベルシュタインに渡した』という噂も
最初の内は、半信半疑の者が多かったが、今では疑う者は皆無となっていた

その話を聞いた元帥府の面々は、ヘインの度量の広さに感嘆する者や
人材活用の妙を褒める者が過半を占めていたが、例外も当然あった

『バカが怠けているだけでは無いのか?』
『利用したつもりが、逆に利用されている道化ではないと言い切れるか?』
『そうだとしても、彼なら喜んで道化を演じて見せそうだな』
『そして、功績だけでなく、観客の歓心と賞賛も全て己がものにするというわけか…』

後に帝国の双璧と呼ばれる垂らしと種無しは、些か穿った評価を下し、
黒猪のみが真実を言い当てていたが、だれにも賛同されることはなかった



主がめったに姿を見せぬ元帥府の参謀長室では、
噂のもう一方の当事者である義眼の男が、ヘインというただの凡人を測りかねていた。
後に『ヘインリスト』と呼ばれる人材録に、自身の名が無いことも
彼の疑問を膨らます、大きな助けとなっていた。


     『推挙に値しない者に、なぜ全権を与えるのか?』


たまたま、リストから漏れたと考えることも可能ではあった。
しかし、辺境地区や無名の仕官であっても、ある水準以上の能力を持った者は
ほぼ全てと言っていいほど記載されていた。
やはり、評価の対象になった上で、リストから外された…

義眼の男が持った疑問の答えは、

『見捨てようとしていたからリストに入れなかった。』
『俺より間違いなく優秀だから全部やらせれば楽で良いや。』

と余りにも稚拙で単純な理由だったため、
彼のドライアイスの頭脳をもってしても、解を弾き出す事が出来なかった。

時には己の身を犠牲にすることすら厭わない、冷徹なる秀才と
常に自分の身がかわいくてしょうがない、ただの凡人

重なることのない価値観と、才覚のズレが生み出す両者の関係は
どのような結末を迎える事になるのだろうか



10月に入り、帝国軍が着々と反攻作戦の準備を整える中、
同盟軍の置かれている状況は、悪化の一途を辿っていた。

ヘインの進言で配布及び残された乳幼児用食料や
栄養失調者用の医薬品のお陰か、占領地の住民に餓死者こそ出ていないものの
占領地の物資の窮乏状況は目を覆いたくなるほど酷く、
同盟軍は住民に対して、膨大な戦略物資を供与せざるを得なかった

遠征による疲弊と、物資の不足によって同盟軍は
もはや戦える状況では無くなっていた。

補給戦略に失敗し、絶望的と言ってよい状況の中、
僅かな護衛しか付けられていない、輸送艦隊がイゼルローン要塞を出航した。
その輸送艦隊が運ぶ補給物資が届くまで、必要な物資を現地調達しろという
無責任な総司令部命令が発令されるのと同時に・・・

■魔術師■

やれやれ、総司令部の無責任ぶりもさる物だが、
元々、選挙の勝利や、自身の栄達のためという無責任な動機で決定された出兵だ。
実施運営が無責任になるのも当然かもしれないな
だが、補給担当のキャゼルヌ先輩の苦労を笑ってばかりはいられないな…

「まったく見事だ、ローエングラム伯、ブジン候」

たとえ民衆に犠牲を強いる事になっても、金髪の天才は最良の戦略を採った
自分にはここまで徹底的にはやれない。やれば勝てるとは分かっていても
それが、私と伯の決定的な差だろう。

そして、弱者に物資を残したブジン候…、一見して人道的な処置だ
彼の処置のお陰で弱者が倒れ、それが原因となる暴動は『まだ』起きてはいない
だが、占領地政策の決定的な破綻である暴動の発生を遅らせ、
同盟軍が撤退を決断する事を遅らせる事が、本来の目的だとしたら?

考えすぎかもしれない、だがアスタ-テでのことを考えると
候を表裏の無い人物と見たら、痛い目を見る事になりそうだ

まったく、とんでもない強敵達を、不利な状況で迎え撃つ羽目になるとは
彼の言うように、退役できていたらどんなに良かった事やら


本来は、単数形でよい強敵に、ヘインを加えたヤンは、
撤退準備を急ぎ整え、同僚の提督達にも撤退を促していた

まずはウランフ提督と撤退について協議し、
ビュコック提督に対して、総司令部への撤退案の具申を依頼した・・・

その結果、老提督に叱責された侵攻作戦の立案者であるフォーク准将は
ヒステリーを起して、あちらの世界に飛び立ち、めでたく入院
だが、総司令官ロボスの昼寝は、誰にも邪魔する事は出来ず、
撤退案の採決には、もうしばらくの時間を要す事に…

その煮えきらぬ同盟軍司令部の報いを最初に受けたのは、
護衛を碌ににつけていない、スコット提督が率いる輸送艦隊と
遂に暴発し始めた民衆の矛先となった、前線の将兵であった

キルヒアイスの輸送艦隊襲撃によって始まった、
帝国軍の反攻作戦は、同盟軍にとって厳しい物となりそうだった

■帝国軍総旗艦■

興奮した通信仕官が、赤髪が輸送艦隊を撃破したことを報告してきた。
周りの奴らがイゼルローン陥落以来の勝利に歓声をあげるなか、
義眼の副参謀長を見ると無表情だった。
しばらく凝視していると、目が遭ったので声をかけてみた

「こういうときは、普通は驚いて喜ぶもんじゃないか?」
『閣下、まだ緒戦に勝利したに過ぎません。
 それに閣下も余り喜んでいるようには見えませんが』
「そんなこと無いぜ!ヘイン感激!ウレピッピ~♪」

ノーリアクションで前を向かれた、自分でも外したとは思うが
一応、義眼の上官なんだから、社交辞令でも笑うべきだと思う
よし、怒らせたら怖いから、ソフトに注意しとこう

「社交辞令でも、わらえばいいと思うよ」

顔どころか、視線すら動かさず無視されました…
なんかやるせなかったので、みんなでプロ-ジットした後
余ったワインを、兵士と一緒にがぶ飲みしちゃったぜ!



兵士と戯れながら酒を飲み交わす、ヘインの姿を、じっと見つめるものがいた
彼は当然、自分が見られている事に気付いてはいない。
もう、ベロべロのぐでんぐでん状態に早々となっていたからだ

『よく分からぬ男だが、門閥貴族でありながらもロ-エングラム伯以上の
 支持を兵卒から集めている。やはり、ただの人物ではないということか…』

こうして、ヘインは義眼の副参謀長から、ただの人物ではないという、
彼にしては珍しく、大雑把で曖昧な評価を得ることと為った。



ヘインが二日酔いで寝込んだりしている中、
元帥府の提督たちは、迅速な行動で次々と同盟軍を攻撃していた

黒猪はウランフ提督を討ち、
種無しはアル・サレム提督を討って、疾風ウォルフの異名を得た
その他の提督も、同盟艦隊に容赦の無い攻撃を加えていった…

この状況では、参謀長が特にすることは無く
各艦隊からもたらされる勝利の報告に、ヘインはとりあえず頷くだけだった
その他の参謀業務は義眼以下の士官に全て任せてあるので、
作戦行動になんら支障が出ることはなく、金髪は参謀チームの働きに満足していた

そして、したたかに打ちのめされた同盟軍はというと、
自らの墓所をアムリッツァ星域に定め、集結しつつあった

それに対して、帝国軍は緒戦の大勝利の勢いに乗じて
敗残の同盟軍を一挙に殲滅せんと、同じように終結していた。
大会戦の火蓋が遂に切って落とされようとしていた。

■■


今回、同盟軍は後方を大量の機雷によって守っているが
指向性ゼッフル粒子を利用して、機雷を無効化した赤髪の別働隊に
後背を衝かれ、さらに本隊と挟撃される形になって逃げ出す。
たしか、こんな感じで進むはずだったな
さっき聞いた、金髪の説明もほぼ同じだったから、
原作と同じながれで変更はなさそうだった

そうなると、今回の作戦で注意し無いといけないのが黒猪の猪突だ!!
黒猪のせいで、一時とはいえ戦線が崩壊する危機に陥ったと原作にも書かれ、
黒猪は会戦の終わりに大目玉を金髪に貰っていたからな

つまり、参謀長として黒猪の猪突を抑えれば、ヤンをぶっ殺せるかもしれん
今回は、アスタ-テと違って言う事を聞かせるのは、
階級が下の黒猪だ。上官の命令が絶対の軍隊なら言うことを聞くはずだ!!
よっしゃ!!!参謀長らしく、久々に指示をだしてやるかな!

「提督一同に告ぐ!!この決戦において自らの功に逸って、友軍に危機を招く猪突は
 参謀長へインの名によって禁ずる!!各員、己の本分を弁えて奮戦せよ!!!」

かぁ~決まったね、俺ってカッコよくない?って義眼はまた無視かよ
まぁ、いいこれで史実は変わり、黒猪のせいでピンチにもならずに大勝利と!

■■

うん、また甘かったね…俺の言うことちゃんと守る奴だったら
みんなに黒猪なんて呼ばれたりしないよな。
でも、俺に出来るのは指示を出すぐらいだから仕方ないよね?

結論から言うと、黒猪のせいでピンチになり、ヤンとかにも逃げられました。
どう見ても、原作通りで、俺の演説の効果はナッシングでした。

むこうで金髪に『卿の艦隊を赤髪に預ける』とか言われて猪が小さくなってます。
言うことを聞かない馬鹿にはいい薬だ。

うん、さすがに可哀想だから、さらに追い討ちをかけてやろうか?
命令を無視されて、俺はちょっぴり腹が立っているのだ!

 「よかったな、楽できてビッテン♪艦隊運用しなくていいんだろ?
いや、もう艦隊と言える程の形じゃないから、楽になったとはいえないか?』

これぐらい言えたら、ちょっとはすっきりするんだろうな~
でも、ほんとに言ったら、ぶん殴られて殺されそうだから言えない
まぁ、とりあえずは勝ったからいい、さっさと部屋に帰って寝よう

そもそも、俺に出来ることなんて、多寡が知れている。
今は内乱の事で一杯一杯だから、ヤンの事とか他事まで気が回らん
とりあえず、死なずにゴージャス生活が維持できるように
一旦、領地に戻って考えるだけ考えてみよう。


ヘインが去って、しばらくすると黒猪への厳しい処罰は、
味方に敵を作るべきではないと、赤髪に諌められた金髪によって取り下げられた。
その寛大な処置に益々、黒猪は金髪に傾倒していく事になる。

また、指示を無視され、一番怒っているだろうヘインが
自分に文句を一言も言わなかったことに対して
怒らず、慰めずにそっとしてくれた配慮に感服していた。
黒猪は出来るだけ、ヘインの指示を守るようにしようと思った。
あくまで、出来るだけではあるが、

これに対して、その他の提督たちの反応は
義眼は、赤髪と金髪の関係を原作通りに、好ましくない物と断じ、
我関せずと早々と引き上げた凡人に対しては、
本来、諫言をすべき重職にありながら行わず、
組織の不調和の芽を、敢て見過ごしたのでは?と
疑惑とまでは行かぬが、少々の引っ掛かりを感じていた
どうせ赤髪がやるからと、人任せにした報いだろうか?

問題視したり、疑惑を持つものがいる一方で
艦隊指令たちは、ラインハルトとヘインの度量の広さに
概ね好意的な印象をもっていた。
正確には、一度も怒気を見せなかったヘインの方が
前者より度量については、若干高評価を得たようであるが
それに気付いた、赤髪は金髪の最大の障害
やはり、ヘインではないかと危惧をより深めていた

このような、会戦後のちょっとした事件と
それに伴う、諸人の錯綜する思いは、
より大きな事件によって、すぐ吹き飛ばされる事になるのだが
それを知るのに凡人以外は、いま少し時間を要しそうだった。

ヘイン・フォン・ブジン候・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(帰郷篇)
Name: あ
Date: 2007/01/04 20:15
フリードリヒ4世崩御…遂に黄金樹の枯木が落ちた
神聖不可侵の新皇帝の座を巡り、策謀の嵐が吹き荒れる中

渦中の最も近くにいる凡人の代表は
「テ○東みたいにムー○ンとかアニメ放映する局は無いのかよ」
と、リモコンと格闘していた。



ライハンルトの元帥府に属する将官が一同に会していた。
次期皇帝を推す誰につくかを決定するために

会議は当初の予想に反し、すぐ散会することとなる。
ブジン候が開口一番に、推すと予想されていたサビーネではなく、
リヒテンラ-デ候の担ぐヨーゼフ2世を皇帝にと積極的に発言し、
ラインハルト以下の将官がすべて賛同したためである。

このブジン候の姿勢は、本人にもさることながら
ブジン家を確実に取込もうとするリヒテンラーデ候によって大いに喧伝された。
当然それを伝え聞いたリッテンハイム候は、怒りに身を震わせることになる
だが、ヘインが期待した婚儀の約束を反故にする連絡は届かなかった。

しかし、ブジン家とリッテンハイム家の蜜月は終わった事に変わりは無く
ローエングラム伯にブジン侯爵とリヒテンラーデ候の枢軸と
ブランシュバイク公とリッテンハイム候の門閥連合の対決構造が
エルフィン・ヨーゼフ二世の即位によって完成することとなる。

そして、新帝側についたローエングラム元帥府の中には
アムリッツァ会戦の功績以上の恩賞にあずかる者がいた
新たに公爵へ階位を薦めた、帝国宰相リヒテンラーデの引き立によって

ラインハルトは伯から候へ階位を進め、宇宙艦隊司令長官に就任し
キルヒアイスはその副司令長官に就任し、一気に上級大将に昇進する
また、オーベルシュタインも昇進し、元帥府事務総長兼、宇宙艦隊副総参謀長に付く

そして、凡人も公爵へ階位を進め、元帥に昇進するだけに留まらず
宇宙艦隊総参謀長及び幕僚総監に就任した。
赤髪が危惧する金髪と凡人の同格化が、宰相の手によって更に加速する事となった

また、この枢軸の中核をになう者たちの栄達に
憤懣やるかたない門閥貴族達は不穏な動きを加速させることとなる…

■■

いや~、ここまで大盤振る舞いの出世は予想外だったけど
やっぱうれしいね~、何がおいしいかと言ったら
元帥になったお陰で、終身年金がたんまり貰える

さらに、大逆罪以外では刑罰に問われない!!
つまり、電気屋でアイロンとか金払わずに持って帰っても捕まらないって事だ
まぁ、民事の関係で金は後でとられるとは思うが、
まぁ、細かいことはいい。とにかく目出度い!

久しぶりに領地に帰ったら、故郷に錦を飾るって奴だな。
きっと空港とかでも熱烈歓迎で、黄色い声援とかもありそうだ
もう、領地にハーレムでも勢いで作っちゃおうかな、ビバッ!酒池肉林!!



身に余る地位や権威で舞い上がった小人は、
第二の故郷である領地への思いを馳せていた。

そのため、職務を義眼に全部任せるもとい、丸投げする事にしたが
さすがに、『なんかやらんと怒られるかも』と小心な考えに至り、
義眼に対して指示を残し、休暇願いを書いてから帰郷する事にした

・近い将来ラインハルトが同盟でクーデター起させる際に、
同盟に送り込む謀略の実行者には、リンチ辺りが適任と候補を挙げる
・また、そのために行うであろう捕虜交換式には赤髪を代表にして送る
自分も補佐として一応付いていくかもしれん

以上の2点を金髪に伝えて、準備を整えるようにしろと義眼に伝えた
そして、それ以外は全て任すといって足早に執務室を去っていった。

ヘインの指示を聞いたオーベルシュタインは
『閣下の慧眼には畏れ入りました。仔細の手筈は直ちに整えさせましょう。』
とだけ返答し、全ての下準備を整えさせた。

後日、その顛末を義眼から聞いた金髪は『へインは私の心をよく知っている』
と満足気に頷き、同盟に対する謀議を着々と進めていった。

■宇宙港■

なんとか、何事も無く無事に宇宙港まで着いたな…
門閥貴族と縁切りするため、幼帝擁立を声高に叫びすぎたのが不味かったか?
いまや、貴族連合達の殺したいランキング一位に堂々のランクインだ

特に、リッテンハイム候は冗談抜きで俺を殺そうとしているらしい。
まぁ、それを理由にして野獣のうちにも行ってないし、電話や手紙も無視して
徹底的にフェードアウトできるから結果オーライだ。
あとは、さっさと領地に引きこもったりして、自分の身の安全を図り
内乱が始まるまでやり過ごすだけだ。楽勝楽勝♪

おっと、もうそろそろ搭乗時間、荷物を持っていくかな
しかし、自前の航空会社のVIP席に座れるなんて夢のようだ
それもこれもブラッケやリヒター、シルヴァーベルヒにブルックドルフ
おまけにマインホフやグルックを登用し、領内の発展に努めた結果だな

そうだ!帰ったらリヒター達にお願いして、
お小遣い制から、自由に財産を使える形に変えてもらおう
もう充分に民衆は豊かになっているし、多少の酒池肉林ぐらいは
許してもらえるはずだ。かわいい嫁さん5、6人位は許容範囲だろう

ヘインは間近に迫った危機に露ほども気付かず
ただ、幸せな妄想でニタニタしていた。


■ブジン星系改革記■

ヘインは幼少の金髪にこう語っている

『平民が肥えれば養って貰う王様は贅沢できて、平穏無事に過ごせるんだよ』

彼は12歳で当主にたった後、その言葉通りの領地経営を行ってきた。
正確には、原作でラインハルトに登用された優秀な官僚達を使ってだが

ヘインは先ず、門閥貴族らしい凶悪な税制を、まともな税制に変更し、
上記の優秀な未来の官僚達を、三顧の礼さながらの鄭重さで勧誘する
詳しく言うと、地面に這い蹲っての懇願や泣きの一手、
何でもいうこと聞くから、一生のお願い!等、見苦しい方法であったが
(この時、ヘインはお小遣い制を大人になるまで守ると約束する)

このヘインの低姿勢か税制改革、どちらが評価されたのかは分からないが
勧誘された者はみなブジン領に来ることを(快く?) 了承した

また、ヘインは広大なブジン宮殿を庁舎や議場、図書館・博物館として
最大限に有効活用し、自身は敷地内の守衛用の一戸建てに移り住んだ
この事は、招聘した官僚達には、改革の意思が本物であると確信させ
また、民衆には税制改革と合わさって、
ヘインが庶民の味方という認識を強く植えつけさせる事となる。

実際は、でかすぎる屋敷で一人だと落ち着かないヘインが
己の身の丈にあった新居に移っただけなのだが

こうして、名君ヘインが誕生するわけだが、
領内で時々、街の飲み屋で酔いつぶれたり、
女性に言い寄っては手酷く振られる等の醜態を晒しており
親しみを持たれてはいるが、あまり尊敬はされていなかった。

だが、領民のほぼ全てがヘインに対して、深い感謝の念を持っていた
なぜなら、驕った貴族に比べれば、ヘインは十分マシな統治者であったから

■無賃乗車■

さぁ、搭乗するかと思ってシャトルに乗ったら
何でこいつらが乗ってるんだ!?VIP席は他の客はいないはずだろ?
そこの乗務員!!『悪りぃ』て感じの手サイン出してるんじゃない!

『偶には休暇をとって遠出をするのも悪くないと思ってな。チケットなら持ってるぞ?』
食詰め!!!なに得意げに出してんだ!!それは見送り人用の入場券だボケ!!

『ヘイン様、ご友人と友情を深めるのも大変結構なことですが、
婚約者であるお嬢様との親睦を深める事も、大事ではありませんか?』
いや、カーセさん入場券を握りつぶしながら、笑顔で言われたら怖いです…

『約束の日は守らない、電話には出ないし、手紙の返事は一度も帰ってこない
 色々、事情があるのだって分かる。でも事情ぐらい聞かせてよ!婚約者でしょ?』
くそ、野獣の癖に涙目+上目遣い攻撃だと?本性バレバレなんだから無駄だ!!
今日こそ、はっきりいってやるぞ!もともとお前なんかと結婚する気は無ッ

「ヴッゴァォ」『私に嫌われるようなこと、わざと言わないでいいんだよ?』

この女、笑顔で肋折りやがった・・・
いつも通り、都合の悪いことも聞く気がないみたいだ
まずい、非常にまずいぞ!誰でも良いから助けを求めないと

おい、勝手に座ってる食詰めじゃなくて、アーダルベルト様!!お願い助けて!!!
って、新聞で顔隠して見てない振りするな!!薄情者!!


『どうしたのかな?ダーリン♪事情聞かせてくれるよね?』


下手なことを言えば、奴の手で塵屑と化した入場券と同じ運命・・・
やっぱり、完全ブッチしたのが此処に来て裏目に出たか?
マジ切れしてやがる。もう誤魔化しは効きそうにもない
だが、俺も公爵位に帝国元帥の地位は伊達じゃない!
もう一度、はっきり断ってや・


・・れる訳ありませんでした。
俺は、多分死んだような魚の目をして、金髪・宰相の枢軸側なので
貴族連合側のサビーネと立場上付き合う訳には行かないと説明しました。

『うんうん、家同士の争いで、引き裂かれそうになる
 愛し合う二人、まるでロビンとフッドの悲恋みたいね!』

ああ、おまえなら悪代官を倒すどころか、リンゴも片手で握りつぶせるさ
アハッハハ・・ハハハ…、ハァ…



仲良く旅する、不愉快なヘインと愉快な仲間達

なんだかんだでヘインの隣の席が嬉しく、ご機嫌な家出娘
それを見て満足気に頷く、家出幇助の侍女
さて、どちらについたものか?と思案する食詰め提督

  
   乗客の様々な思いを乗せ、シャトルは静かに星海をゆく・・・


ヘイン・フォン・ブジン候・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(失恋篇)
Name: あ
Date: 2007/01/08 18:37
一時の休息と保身をもとめた逃亡者とそれを許さない追跡者
決着が付く日は近いかもしれない・・・



ヘインがシャトルで苦悩する中、
もう一方の主役が住む自由惑星同盟内でも
帝国領侵攻作戦の失敗による、大規模な人事刷新が行われていた。
主戦派の評議員は政権を追われ、出兵に反対したトリューニヒトを
首班とする暫定政権が発足した。

一方、軍部でも統合作戦本部議長のシトレ元帥や
宇宙艦隊司令長官ロボス元帥が引責辞任に追い込まれた。
後任には大将に昇進したクブルスリー、ビュコックが任命される。

また、総参謀長グリンーヒル大将は査閲部長へ左遷
キャゼルヌ少将も辺境地区へ飛ばされることに

そして、もう一方の主役の処遇はというと
次々と辞令が飛び交う中、英雄である魔術師ヤンに対する辞令は
幕僚総監や総参謀長等、引く手数多のため中々出されなかった
最終的にイゼルローン最高司令官に任官されることとなる。
原作通り、最前線を任されるのはヤンしか居ないと言うことだろう。

こうして、同盟軍が再編にいそしむ中、
帝国内部の火種も煙を出し始めていた・・・・

■■

まったく、人の気も知らずに幸せそうな顔で寝てやがる。
この時期に、俺とこいつが一緒にいる事がどれだけマイナスなのか
正確には分からんが、かなり不味いには違いない。

なんか、嫌になってくるぜ。何のために幼帝擁立を声高に叫んだと思ってるんだ
こいつは人の苦労もしらないで安眠か、

チャンスじゃないか!この隙にリッテンハイムの縁者に連絡して
空港まで迎えに来てもらって強制送還させよう!!
それがいい、今ならまだ間に合うだろう。

これが、お互いのためだ。悪く思うなよ
内乱勝利後、生きていたら助命嘆願位してやるからさ


 『ヘイン様、その必要はありませんよ。もう当家の者が・・・』

へっ?カーセさん!?二人とも寝てたんじゃねーの?

『落とせなかったらすぐ帰るって約束してた・・・やっぱりだめだったなぁ・・・
 ホント、最後まで迷惑そうな顔してるんだもん♪少しも隠そうとしないし!
でも、嘘やご機嫌とりされるより、嬉しかった・・・・・今までありがとう・・・・』

あの?狸ちゃん展開が急すぎてよく分からんのですが?
なんか汚れちゃった私には、その笑顔は眩しすぎるんですが・・・


っ痛、食詰め・・・・?・・テメェなにすr・・・!・・

『少し、眠っていてやれ。見せたくない顔もあるという訳だ』



ヘインが肋骨と頭部の痛みで跳ね起きたとき、そこには誰もいなかった
そして、まるで最初からだれもいなかったように錯覚するほど、静かだった・・・

しばらくすると、乗員から突然リッテンハイム家所有の艦に接舷され
その際、三名が下船したと説明された。

彼は『そうか』と興味なさげに一言だけ答え、
こぶを擦りながら、さっさと帰った食詰めに文句を言いつつ
やがて、深い眠りに付いた。

その後、ヘインは時間が来れば食事や睡眠を取り。
暇になれば、新聞やラジオで時間を潰し
領地に着くまで数日間、何事もなく穏やかに過ごした。

■帝都震撼■

『リッテンハイム家令嬢逐電す!?』の報は帝都中を駆け巡っていた
枢軸派と連合側を区別する事無く、まるで疾風の如く

サビーネがブジン公領を目指し逐電した事を聞いた者たちは
異なる感情でその衝撃を受取ったが、
特に動けないという点は共通していた。

ブラウンシュバイクは静観を保ち、一人ほくそえみ
リッテンハイムは今更船首の向きを違える事は叶わず、臍を咬む
そして、リヒテンラーデも戦力減を招く、金髪との離間を策謀する訳には行かず
陰謀家の血が疼いたが、結局動くことは出来なかった。

敢て動きがあったと言えるのは、ラインハルトの元帥府か?

元帥府内で、ある提督は『声高に幼帝擁立を叫んだは、面従腹背が故か!!!』と
周りの諸提督が顔を顰めるほどの怒声をあげる者がいるなど
一律の反応ではないが、みな多かれ少なかれ動揺していた。

そして、怒声などをあげる事に、時間を費やす気が毛頭ない男が
宇宙艦隊司令長官の執務室の門を叩いた・・・

■アタックNO.2■

短い挨拶と共に、執務室に入った義眼の副参謀長は、
一瞬、傍らにいる赤髪の副司令官を見咎めたが、特に気に留めた様子は見せず、
いつものように無感動な声で、己の持論を若き主君に説き始めた・・・

「閣下はブジン公が、リッテンハイム家令嬢と共にあるとの
 風説を既に、聞き及んでいるとは思いますが・・・・』

義眼の言いたいことを即座に理解した若き長官は、友人の部下の言葉を遮った
「卿は上官でもあるヘインを讒訴するというわけか?」

『御意』

「卿の率直な物言いは賞賛に値するが、出過ぎるにもほどがるぞ!
 私は友人をもつ際に、いちいち卿の許可が必要であるという事か!?』

ここで激発しかけた主君を、赤髪が意外(金髪にとって)な事に、
義眼の男を援護するような形で諌めた。

『閣下、副参謀長にも何か考えがあってのことでしょう。
 不興を買う覚悟での進言、最後まで聞くべきです。』

まさか、赤髪が義眼側に立つなどと思っていなかった金髪は
虚を突かれると共に、気勢をそがれ義眼の主張を聞く事となる

義眼は赤髪に対する懸念と同じような事を繰り返すだけでなく
門閥貴族が有機的結合する可能性を排除するべきではと説いた
それは、極端すぎかつ短絡的であると反論する金髪であった。

しかし、赤髪に『ヘインを即座に召還し、まずはサビーネと引き離す』
また、『それに応じないようであれば二心ありと判断する』という修正案を
あくまで揺るぎかけた結束を固めるために行う必要があると
普段より若干、積極的に決断を迫られたため、
金髪はその案を渋々ではあるが受容れた・・・

示し合わせた訳ではないが、副副コンビの珍しい連係プレーであった。
残念な事にその成果は、実行される機会を得なかったが・・・

なぜなら、実行前に令嬢をブジン公が即座に送り返したとの報せが
先の報せと、そう変わらぬ速度で帝都中を駆け巡ったからである。



誰もが動きたくなるようなスキャンダルであったのに、
誰も動くことが出来ない、もしくは動いてもそれほど利がないタイミングで
始まり、そして終わったために、表向きは何事もないように見える
しかし、裏面で巻き起こった歪みは、消して小さくはないだろう

一部の聡い者達は、この茶番を仕掛けた者を探ろうとしたが、
その行動は全て徒労となり、報われることはなかった。

何故かというと、それが権力や利益を求めて行われたのではなく、
また、放火したら影響が出ないように、即鎮火させ終わらすという
奇妙な動機と方針によって為された物だったせいである

簡単に言えば、想い人にかける迷惑は
出来るだけ少なくと言った所だろうか?

■ブジン星系首都星ブジン■

今振り返ってみても、
なんか勝手に盛り上がって勝手に終わって
最後まで、ほんと勝手な奴だったなぁ・・・・

若くてかわいいって所が惜しかった気もするが
酒池肉林の前には些細なことだしな

まぁ、領地についた事だし、だらだらと過ごすか
とりあえずリッテンハイム家とは切れたことだし
一番のピンチが去ったからルンルンだぜ!

後は適当に捕虜交換について行って、
ヤン艦隊の奴らに一度会って手加減とかお願いして見るのも悪くない
亡命なんて事になった場合の顔つなぎにはなるだろう
そうそう、ヒルダちゃんとも会って置くかな
上手く口説けば奥手の金髪に先んじれるかもしれん

内戦時には虐殺かっこ悪いって金髪に言えば赤髪も助かるだろうし
赤髪には前線でがんばって貰わないとな

いや~♪疫病神が消えたせいで夢が広がってきたね~



ヘインの里帰りは非常に有意義なものとなった
内乱時の懸念材料は失恋少女と共に消え去ったのが大きい
また、小遣い制廃止には至らなかったが、多少の増額にも成功
酒池肉林が却下されたのは不満が残る点ではあったが

そして、領地は十分豊かになり軌道に乗っているようなので、
いちいち口うるさい官僚を追い出す口実として
帝国社会再建計画を立案するように命じ、帝政に関わる準備を進めさせた。
金髪に対しても推挙書を早々に送信し、己の欲望を着々と成就させんとしていた。

しかし、優秀な官僚が集めた後任スタッフ達は能吏揃いである
当然、ヘインの欲望成就を阻む事になるだろう。
彼がその事に気付くのは、もう少し先のことではあるが・・・・

こうして、大過なくヘインの帰郷は終わることとなる

■金髪の女の子■

なんで、追いかけて来ないのよ!?
『押してだめなら引いてみろ作戦』は完璧だったはずなのに!
家も何もかも全て捨てての、決死の求愛!
そこまでしたのに、自分の感情を殺して身を引く
弱弱しさ全開の引きまで見せたのに~

もう、即効で追いかけてきて『自分の気持ちに気付いた!結婚してくれ!!』
な~んて展開になるのが普通なのに!!電話の一本すらないなんて・・・

私が悪いのは分かってる、わがままだってことも
それでも構って欲しいって気持ちは我慢できなかった・・・

でも、もう終わっちゃったかもしれない・・・
あそこまで言ちゃったし、今更会いになんていけないよ・・・
私って、だめだなぁ・・・


リッテンハイム家別邸では、サビーネが盛大に落ちていた
しかし、侍女は逆に至福の時を過ごす事となった

ヒクヒク泣くサビーネを思い切り抱きしめられ、
寂しがる彼女の手を繋いで一緒に寝るなど
サビーネを思う存分甘やかすことが出来たからである。

年はそう変わらぬが、生まれゆえに不遇な扱いを受けることが多い主人を
カーセは主人であると同時に、守るべき妹と思っていた。
彼女は主人が望むことを、出来るだけ叶えようと決意を新たにしていた。



笑うヘインに、泣くサビーネ・・・・
策に敗れた哀れな少女に巻き返す手は残されているのだろうか?


ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(面会篇)
Name: あ
Date: 2007/01/28 17:57
帝国暦488年、宇宙暦797年・・・
帝国と同盟に住む人たちは、内乱の嵐に晒される

帝国と同盟の捕虜交換の準備が進められる中
進むべき道を選ぶため、人々は各陣営の門前で右往左往していた
そして、凡人もある場所で右往左往していた。

■■

遂に来たな・・・・リュッケ中尉の『暇なんですね・・・』という嫌味に耐え
受付近辺をうろちょろしてきた甲斐があった。
ヒルダちゃん来訪の瞬間に立会えたのだから!!

弛まない努力によって掴んだ好機!!!
ここで一気に攻勢をかけて、未来の嫁さん候補ゲットだぜ!!

■決戦は受付前■

女性の要望を満たそうと、若い士官が関係部署へ働きかけている最中に
招かれざる凡人が、えっへん、えっへんと胸を反らしながら近づいてきた
     
「何事かな、リュッケ中尉?」

また来たよ・・・もう勘弁してくれといった顔で、
人のよい中尉は、上官の質問に少し怒ったように質問に答えた

『こちらの方が、ローエングラム閣下への面会を求めておられるので
 小官が取次ぎを行おうとしている次第であります!ブジン元帥閣下!!』

ヘインは彼の剣幕にビビッテいる事を、悟られないように精一杯の努力をし、
なんとか大物ぶった口調でヒルダに話しかけることに成功した。

「ふむ、失礼ですが、お嬢さんは面会のお約束を?」
『いえ、御座いません。ですが、多くの人の生命と希望がかかっております。
 どうか、ブジン公のお力でローエングラム候へ取次いで頂けないでしょうか?』

ヒルダは再び、少々芝居がかかった必死な表情をみせ懇願する
せっかく、人の良い士官が取成してくれて上手く行きかけた物を
ここで失うわけには行かなかったのだ。
彼女の肩にマリーンドルフ家の命運がかかっているのだから
なんとしても金髪に会わなければならない。

だが、先ほどの青年士官とちがい、ヘインは彼女の期待と異なる返答をした。

「フロイラインは何か勘違いをしておられる。私の権限は規則を遵守させるためにある
 一部のものを特別扱いすることはできません。あなたならご理解頂けると思いますが?」

ヘインの戦法は『筋の通った大人作戦』だった。年下インテリガールには
鼻の下を伸ばして言うことを聞く奴より、確かな考えを諭す人間の方が好印象
(セリフ自体はクブルスリー本部長がフォークに言っていた事のパクリではあるが)


「まぁ、今回は部下である私が一度内容を確認し、重要且つ危急性が高いと認められれば
総参謀長として、職制を通した形で面会を上申いたしましょう。どうでしょうフロインライン?」

そして、ただ諭すだけでなく、即座に代案を提案して優しさを見せる・・・
女誑しの意見等を盛り込んだ必勝の策であった。

で、効果のほどは・・・
最初の正論で、ショボンと俯きかけたヒルダであったが、
ヘインのあざとい妥協案を聞くと、パッと表情は明るくなり
『是非、お願いします!』といって、嬉々として凡人の執務室へ付いていく

結構好感触で戦果は上々と思ったヘインは、だらしなく表情を緩めて歩いていく
リュッケはそれをげんなりとした顔で見送った・・・


ヘインは執務室にヒルダを招き入れると、
彼女が口を開くのを制止して、
彼女が元帥府に来た用件を先に喋り始めた。


今度の内乱でマリーンドルフ家は金髪に味方することを伝えにきた、
そして、領地等を保障する公文書も必要としている

また、用件だけでなく、味方する四つの理由もつづけて語った

1、皇帝を擁して敵対勢力を賊軍とする大義名分を持つ、

2、巨大な貴族連合に入っても軽く扱われるが、
金髪陣営に加われば勢力が強化され、政治的効果もあり厚遇される。
(ブジン家が金髪側に入るが、ブジン・リッテンハイム連合よりの貴族は
ブジン家がサビーネを当然推すと思っていたために殆どがリッテンハイム派についた
そのため、原作より貴族連合参加者が多く、勢力比はほぼ原作どおりである)

3、貴族連合は一時的に手を結んだだけで、結束力が余り無い
それに対して金髪陣営は優秀な指揮官も多く、指揮命令も統一されている

4、実際に戦う兵士の多くは平民出身であり、門閥貴族ではない
金髪陣営に対する民衆の支持は高く、士気は充分で戦意は高い
逆に貴族側は兵士の暴動や反逆に悩まされることになるかもしれない


原作の内容をそのまま諳んじただけであったが、
当然、そんなことを知らないヒルダは畏敬の念を込めて凡人を見つめていた。
残念ながら、それは凡人が期待する種類の視線ではなかったが・・・



完全にヘインは調子に乗っていた。
サビーネとスッパリ切れて浮れていたのかも知れない。
かわいい娘にカッコ付けようとして周りが見えていなかった。

斜め前に座っている副参謀総長が、黙々と職務をこなしている事など
気にも留めて居なかった。ヒルダを金髪の所へ案内するため部屋を出るとき
彼の存在に気が付いたが、あぁこいつ居たんだぁ~程度にしか思わなかった。

自分が義眼に警戒されるべき地位に就いているという自覚が不足しているのだ
そう、彼は迂闊だった。しかし、へインがいくら保身に気を使ったとしても
ぼろが出るのは仕方が無いのではないだろうか・・・・だって凡人なんだもの


後にフェルナー准将は二人の上司の関係を冗談交じりに
『浮気が気になってしょうがない新妻と鈍感な旦那』と評するが
それは、もう少し先の話である・・・

■■

いや~ヒルダちゃんは性格よし、器量よしに頭も切れるで完璧だね
どこかの、わがまま暴力魔獣ちゃんとは雲泥の差だ!!
アンちゃんの色気には負けるがいい子なのは間違いない
奥手の金髪を出し抜くのも難しくは無いだろうし、
結構、本気で狙っちゃおうかな?

そうか、リュッケ君が怒ったのは俺に嫉妬したからだな
俺にヒルダちゃんを取られたと思ったのだろう。
よし、失恋した哀れなリュッケ君を慰めるために宴会開催だ
もう今日は気分いいから、おじさん奮発しちゃうぞ~♪



魔獣の呪縛から開放され、連日のようにはしゃぐヘインと
それに付き合う兵士達彼らは、ただそのときを愉しんでいた。
明日の身も知れぬ境遇を忘れるために・・・
兵士達は嵐の日が近づいていることを、本能で薄々とだが気付いていたのだ。


ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(日記篇)
Name: あ
Date: 2007/01/28 18:04
暦は更に進み2月中旬、キルヒアイスを長とする捕虜交換団は
イゼルローン要塞を目指していた。

ヘインはこれには同行せず、既に先遣団長として数日早く出立していた。
表向きの名目は、捕虜に一刻も早く帝国の酒や料理を振る舞い労う
真の目的は、一度ヤンとかに会ってみたいという下らない理由である。
もちろん、仲良くなって手加減して貰ったり、亡命先を確保したいという
純粋な下心も当然あるにはあるが・・・・

何はともあれ、ヘインのイゼルローン滞在が始まることとなる。

■ ■

先遣隊の記録として日記を書く事にする。
魔獣に貰った新品のままの交換日記帳を再利用するためだ。
使わずに捨てるのはもったいないからな!物に罪は無しだ。

■2月13日■

イゼルローンにやってきた。ほんとに大きくて何度見てもびっくりする。
要塞に降り立つと出迎えがいた。フレデリカ大尉が来るのを期待していたが
ムライ少将とラオ中佐だった・・・・、正直へこんだ。加齢臭がただよって来そうだ

とりあえず、帰還兵の為に持って来た物を配る手筈を整えるよう指示してから
滞在用の部屋までラオ中佐に案内をしてもらう。
ラオ中佐はなかなかいい人で、他愛無い会話ではあったが
非常に有意義な時間を過ごせた。一杯どうかと誘ってみたが勤務中のため断られた
残念だったが、ささやかな歓迎会を開いてくれる予定があるそうで
その機会に付き合いますよといってくれた。なんか嬉しかった。

ラオ中佐が帰ってから話し相手が居なくなり
歓迎会まで暇だったので、外を散歩したいといったら
監視つきで構わなければと許可が出た。

監視員はユリアン少年だった。
なんか良い子すぎてムカつくが、どこか憎めない子だ
これが人の上に立つ者の魅力って奴だろうか?うらやましい限りだ

冗談で、ヤン提督に探って来いって言われた?と聞くと
一瞬硬直していた。なんか警戒されるようなことしたかな?
とりあえず、特に意味は無いがニヤニヤしておく。

しかし、同盟軍って思っていたより女性兵が多いみたいだ
ホントうらやましい。ユリアン君に女性兵って他でも多いのと聞くと
隠しても分かることだからと前置きして、アムリッツァ会戦後の人的不足で
女性兵の比率が益々上がっていると教えてくれた。
不謹慎だが、女性比率が上がるなら偶には負けても良いかなと思ってしまった。

少し疲れたので公園のベンチに二人で腰掛けていると
可愛らしい少女兵達がクスクス言いながらこちらを見ている。
残念ながら俺の噂ではなく、ユリアン君のことを話しているのだろう
ちょっと悔しかったので、ユリアン君をからかう為
彼女居るの?何人ぐらい喰った?って聞いたら

あわわと顔真っ赤にして『居ないし、そんなことしません!』と言われた。
なんか、青春だな~と思った。汚れた大人には少し眩しかったよ

『帝国軍人の方はみんな真面目だと思ってたのに、
ポプラン少佐見たいな事言う人がいるなんて・・・』
と言われた。どうせなら言動だけでなく、女性関係もそっくりになりたいものだ。

その後、ポプランとコーネフのコンビの話を
ユリアン君に聞きながら、遅めの昼食をとる事にした。
昔から噂をするととよく言うが、話題のコンビがやってきた。
たぶん、野次馬根性で話しかける頃合を見計らっていたんだろうが

『よう、悪の元帥と仲良く昼食か?ようやくヤン提督を見限る決心がついたか?』
「申し訳ない。こいつは一億光年先に礼儀と言う言葉を忘れてきたような男でね」

予想通りの奴らで思わず笑ってしまった。
彼等もユリアン君と同じで堅物元帥だと思っていたらしく
嫌味に怒るか、嫌そうな顔をするだろうという予想がはずれ
二人とも一瞬あっけに取られた顔をしていたが、
さすがは撃墜王コンビだ。すぐに驚きの表情を消して軽口を返してくる。

彼らとの話が予想以上に盛り上がり、少々長めの昼食となったが
たまにはこういうのもいい。食事には団欒が必要だ
ついでだが、俺の乗艦を撃墜するのは勘弁してくれと言っておいた。


そうこうするうちに、歓迎会の時間が近づいてきたので一旦部屋に戻る事に
式典とかの準備や、ヤンの世話で忙しいはずのユリアン君を
ながながと引っ張り回してしまった事を詫びると
気にしないで下さいと笑顔で言われた。女でないのがほんとに惜しい子だ。


■歓迎会■

ささやかな歓迎会と聞いていたが、そこそこ豪勢な料理と酒が出ていた
結構気を使ってくれてるみたいだ。なんか嬉しくなった。

最初に挨拶を頼まれたが
ヤン提督お決まりの短いスピーチの事を考えると
長々と話すわけにもいかなさそうだ。まぁ特に話すことも無いので
適当な自己紹介とお礼を言う事にした。

 「ども、ヘインです。歓迎会ありがとうございます。今日は楽しみましょう。」

流石に二秒とは行かなかったが、まぁ及第点だろう。
その後、ヤン提督の二秒スピーチを合図にパーティーが始まった。

今日の日記は此処まで・・・
なぜなら、この後の記憶がほとんど無いからだ
お決まりのように呑み過ぎてしまったのだ。
たぶんアッテンボローと保革論争で取っ組合いをしたり
エースコンビと呑む時間がほとんどだったと思う。
残念な事は、ヤン提督と話す機会があまりなかったことと。
グリーンヒル大尉とお喋りできなかった事だろうか

また、ボコボコにされて酔いつぶれた俺を
ラオさんとユリアン君が部屋まで運んできてくれたらしい。
迷惑をかけて申し訳ない限りだ。ちょっとは呑みすぎに気をつけよう


■2月14日■

昼の2時過ぎだが、激しいノックの音で目を覚ます。
二日酔いの頭痛に耐えてドアを開けるとアッテンボローがいた。

昨日ボコボコにした侘びだと言って、万年筆や時計と靴下をくれた。
正直、あまり欲しくは無いが、貰える物は何で貰っておくことにする。
よくわからん役人の名前が付いているせいで価値が半減しているが、
使用には問題ないので善しとして置こう。

アッテンボローには返礼に帝国製ワインをやった。
他の捕虜にも配ってやるらしく、革命提督は礼を言うと酒瓶片手に走っていった。
どこかで伊達と酔狂が待っているのだろうか?

さすがに朝も昼も飯を食っていないと腹が減る。
備え付きの固形食だと味気がないので、外食をする事に
もちろん監視員はユリアン君だ

できればグリーンヒル大尉にお願いしたいと言ったのだが
当然のごとく無視されたようだ。まぁ、指令官の副官は暇ではないのだろう
もし来てくれたら、大尉ははさむのが得意ときいたので、
私の■■■を大尉の■■■で挟んで下さいって言おうと思ってたのに残念だ
(※何者かに紙の一部が削り取られたため、記述内容は不明である)

士官食堂で遅めのブランチを取っていると、ユリアン君から質問を受けた

『ヘイン元帥はヤン提督をどう思いますか?』

まぁ、憧れのヤンが敵にどう思われているのかが気になったんだろう。
別に答える義務は無いが、色々と世話になったし、
ユリアン君のことを結構気に入ってしまったので、結構真面目に答えた。

「野心を剥き出しにすれば金髪にすら勝てるかもしれんなぁ・・」
『お世辞じゃなく、本当にそう思っていらっしゃるんですか?』

「ああ、昔、さっさと死ぬか退役してくれるとありがたいって
通信文を送ったこともあったような気もするし、正直戦いたくない」
『ヘイン元帥でも勝てないんですか?ヤン提督はすごく元帥の事を
 警戒しておられます。そうローエングラム候以上にですよ!!』

へぇっ?金髪以上に警戒!?誰が???

どうやら、ヤン提督は盛大に勘違いしているようだ。
そう、俺にとって全然嬉しくない勘違いだ!!
魔術師に警戒されるなんて、死亡リストに上位ランクに掲載されるようなものだ

俺はユリアン君に必死にそれが誤解だと伝えた。
自分がいかに小さな人物で、大したことが無いか
それに比べて、ヤンや金髪を始め他の人間がどれだけ優秀であるか
事実の解説、詳しい人物評付きで懇切丁寧に説明してやった・・

『少しですけど、ヤン提督が元帥を警戒する理由が分かりました。
ご自分を誇示しないところとか、全く違うのに何か似ているんです』

もう何を言っても無駄だった。素直ボーイは尊敬の眼差しで俺を見ている
もう、どうしようもない事を知った俺は・・・真っ白に燃え尽きたね。

つまり、今日の日記はここまでという事だ。
こんな限界状態でも、日記はしっかり書けと言う奴とは
友達になりたくない。そういう事なのだ・・・・


■2月15日■

とくにする事も無く、部屋でごろごろする以上!

■2月16日■

ローゼンリッターの訓練に参加する・・・
不良中年に会ったのが運の尽きだった

本当に酷い目に遭った。腕どころか全身が痛いので
今日の日記はここまで!

■ 2月17日■

まぁ、いろいろな人としゃべった。
ユリアン君とエースコンビと飯を食った
筋肉痛と打撲は継続中!以上!!

■ 2月18日■

テレビを見た以上!!

■ 2月19日■

一週間、長いようで短い滞在だった。

捕虜交換式に赤髪が予定通りやってきたのだ。
一応先遣団長として式典に参加するため
寝坊した俺を起しに着てくれたユリアン君と一緒に宇宙港に向かう

何とか間に合って式典にぼけ~と参列していると、
赤髪をみて同盟女性兵が『素敵!』とか言っているんですよ
馬鹿女め!■■■して■■■■やろうかと本気で思ったな
特に最前列の女!!赤髪見た後にこっちをみて
あからさまにガッカリ&哀れみの瞳を向けるな!!!!!
いつか捕虜にして■■■■や■■■■してやるぞ!!
泣いたって■■■■で■■■■■のフルセットだ!覚えてろよ!
(※この部分も何者かに削り取られ、内容は不明である)

■送別会■

まぁ、色々と腹立たしいこともあったが、無事に式典が終わってよかった。
式典後の歓迎会では改めて世話になったラオさんに
お礼を言ったりして親睦を更に深めることが出来た。

また、撃墜王コンビや革命提督に不良中年と
話す機会が持てたのは本当に貴重な経験だった。
ちゃんと殺さないでねとお願いもしたし、多分大丈夫だろう・・・

そして、何度も世話をしてくれたユリアン君にささやかなお礼として
人生の先輩として今後の助言めいた物をする事にした
ちょっとお兄さんぶってみたかったのだ。
今思えば恥ずかしい事を言ってしまったと思う。

ヤン以上に良い所をいくつも持っていること
それを焦らずに伸ばしていって欲しいと言ってみたり
空戦や陸戦に艦隊運用とかは名人と競う必要は無く
自分の得意分野に引きずり込んで競えばいい等等

酔っていたので支離滅裂になっていたと思うが
まぁ、要するにお前はいい奴だからがんばれよっと言った訳だ

ホント柄にも無い事を話してしまった・・・
きっと、ユリアン君の人に好かれる天賦の才がそうさせたのだろう

また俺の要領を得ない助言をニコニコと聞いてくれるだけでなく、
帰還の際に『貴重な助言ありがとう御座いました!』なんて言って
わざわざラオさんと見送りに来てくれて、ちょっとウルっときたな
問題児軍団も来てくれたのに気付いたときにもグッと来たな。
なんか、お馬鹿な学生生活みたいな本当に楽しい時間だった。

これでイゼルローン滞在日記は終了だ
正直、7日間も日記を書くなんて奇跡と言える。
日記を書き続けた点だけでもユリアン君は英雄だと思うな

また、気が向いたら日記を付けることがあるかもしれない
その時のために、家に帰ったら本棚に置いておこう。
今日は疲れたからよく眠れそうだ・・・・



彼の死から半世紀ほど経って、
ある人物の墓からこの日記帳が発見されることとなったが
余りにも特徴的な字であるため、非常に解読に時間がかかっている。

また、ヘインが残した文献は数が少なく、
このような赤裸々な内容が綴られている物は皆無である
彼の筆跡を真似た数多くある贋作の一つではないか?という可能性も捨てきれない

ただ、一つ確かな事はこの日記帳は、墓の主である女性にとって
大切な品の一つであったと言うことだ。
私は全てのぺージを複写した後、彼女に無断拝借を深く詫び
日記帳を彼女の横に丁寧に置いた・・・

        正確に言うと彼の横でもある場所へ・・・


ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(邂逅篇)
Name: あ
Date: 2007/02/24 21:05
ヤン・ウェンリーとヘイン・フォン・ブジン・・・・
生い立ちや主義主張に性格もまったく異にする二人だが
奇妙な事にヤンを知るものはヘインに接すると
彼はヤンにどことなく似ていると答えるものが多かった

私が最初にその類似点を認識したのは
まだ年が15に届くか届かないかという時期であった・・・

彼との邂逅に焦点を当て綴った稚拙な手記を読むと
その当時の光景を、今でも私は鮮明に甦らすことが出来る・・・

■2月13日■

『招かれざる客』が今日イゼルローンにやって来た。

ヤン提督が最も警戒する人物ブジン公が、先遣団の団長として
わずかな人員を引き連れて要塞に乗り込んできたのだ。

提督の話では、公は欲望に正直で悪知恵も回るし、どんな醜い行為でも
自己の利益になるなら平気でする悪魔のような男らしい。

だから、出迎えは御自分では行かれないんですか?と尋ねると
『その通り、よく分かったね』と得意顔で言われた。

自分の嫌な事をムライ中将とラオ中佐に押し付けて
暢気な顔で怠けている姿を見ると、少し敬意が薄れそうになるな
でも、そんなところも良い所だと、ついつい思ってしまう僕は
グリーンヒル大尉の次位にヤン・ウェンリーに毒されているんだろう。
キャゼルヌ中将にユリアンは過保護過ぎると注意されても文句は言えないかな?

■散歩■

すごいチャンスがやって来た!
なんと僕がブジン公の監視役を任されたのだ。
捕虜交換式を目前にして、みんな忙しいためか
一応、最高司令官の被保護者で従卒の僕に御役が回ってきたのだ。
こういのを親の七光と言うかも知れないが、嬉しい物は嬉しいのだ。
僕は胸の鼓動をいつもより、少しばかり速めながらブジン公の部屋へ向かった。

ブジン公は僕の姿を見ると、一瞬驚いた顔をした。
もっともだと思う。帝国重鎮の接待役兼監視役がこんな若造なんだから
無礼だと言って怒っても不思議ではないと僕も思う。

  『よう、少年!手間かけるがよろしく頼む』

でも、ブジン公は怒ったりせず、気さくな挨拶をかけてくれた。
とてもじゃないけど、ヤン提督が言うような恐ろしい人には見えなかった。
もしかしたら、油断を誘う演技なのかもしれないけど
僕なんかを油断させたって1ディナ-ルの得にもならないから
狙っているとしたら僕の後ろにいる人達なんだろう。

  『ヤン提督に探って来いとか言われた?』

びっくりして心臓が止まりそうになった。
ヤン提督にブジン公の人となりを探って欲しいと
出掛ける間際に言われたのを聞いていたのでは?と
そんな馬鹿馬鹿しいことまで思ってしまった。
やっぱり、ヤン提督と同じでこの人も見かけ通りではないのだ

部屋を出てしばらく会話をしながら歩いているうちに
僕はヘインさん(ブジン公はやめてくれと言われたので)のことを
すごい人だと思うと同時に生意気にも気に入ってしまった。
きっとヤン艦隊の空気になじみやすい人なんだと思う。
もてないポプラン少佐、もしくは女たらしのヤン提督みたいだからかな?

昼食時にポプラン少佐とコーネフ少佐が現れて
席を一緒にしたけどほんとうに楽しい時間だった。
撃墜王コンビも彼の事を『気に入った』みたいだった。

ポプラン少佐なんか、女にもてない点を除けば
『帝国のオリビエ・ポプランを名乗るのも許してもいい』と言うくらいだ

『向こうの方が幾分ましだが、まさかあいつと同レベルの奴がいるとは・・・』
コーネフ少佐はそんな二人を見て呆れてるみたいだったけど
口元はしっかり笑っているのを僕は見た。
なんだかんだで三人ともヘインさんに骨抜きにされてしまったみたいだ。


■宴の後■

今日の歓迎会には残念なことに僕は参加できないけど、
参加者にヘインさんの事を聞くことは出来る。
色々な人の意見を聞く事によって彼の人となりを
より詳しく知ることは悪いことではないと思う。
正直に言うと好奇心が動機の大半を占めているのには目をつぶって欲しい

歓迎会の終了時刻が近づいたので提督を迎えにいくと
泥酔してケンカしたような酷い状況でヘインさんが潰れていた
なんでもアッテンボロー提督と酔ってケンカになり、
一方的にやられてしまったらしい。

当事者はムライ少将にお説教で捕まっているようなので
何が原因かは後日聞くことにしよう。大事にならなければいいけど
とりあえずはヘインさんをラオ中佐と一緒に部屋まで運ぶ
ほんと酔っ払いっていうのは『こまったものだ』

■2月14日■

昨日に続いて僕がヘインさんのお相手をする事になった。
アッテンボロー提督は『首都の蛆虫』の相手が無ければ
自分が相手をしてやれたのにと残念がっていた。
どうやら昨日の喧嘩は仲がいいほど・・・と言うやつなのだろうか?

二日酔いの公爵様と士官食堂で食事を取っているときに
僕は思い切って、ヤン提督をヘインさんがどう評価しているか質問してみた

ヘインさんの答えはヤン提督を最上級に認めたものだった。
本人が聞いたら頭を掻きながら『それほどでもないさ』と言いそうなぐらい
でも、ただ褒めるだけじゃなく、野心があればロ-エングラム候に勝てると
ヤン提督を評価したことが気になった。

シェーンコップ准将にその事を話したら人の悪そうな笑みを浮かべて
イゼルローン居住区の各階層に一つはある別室に行ってしまった。
何か面倒ごとが起こらなければいいけど、原因を作った僕が言えた義理ではない


■2月15日■

今日はヘインさんとのお出かけはなかった。
少々残念ではあるが、彼から聞いた様々な人の人物評を
自分なりに消化してみようと思う。

ついでにヤン提督にもヘインさんの名士評を詳しく話してあげると
書斎に篭ったきり出てこなくなってしまった。
ちゃんと食事の時間には出て来てくれるか、ちょっぴり不安だ

でも、それだけ真剣に考える価値がある情報なら
それを得た僕は提督の役に立てた事になると思う。
ヘインさんには心の中でお礼を言っておく事にしよう

■2月16日■

先日、僕がある人物に余計な事を言ったがために
酷い目にあった人がいるらしい。
ローゼンリッターに体験入隊した哀れな子羊ブジン公だ

ヘインさんは朝目覚めるとパックティーの香りを愉しみつつ
マッタリとした時間を過ごしていたそうだ。
そんな至福のときは無遠慮なノックの音で中断され
扉を開けると目の前には装甲服に身を包んだ兵士達

あっというまに拉致されてしまったらしい。
拉致された先で『不良中年』にあった後の事は話してくれなかった。
仕方ないので僕はもう一方の当事者である『不良中年』に話を聞く事に



泣きじゃくりながら部屋に返してくれとジタバタする帝国元帥
亡命者たる隊員達も、かつての祖国の元帥の無様な様をみて
嘲笑より失望の感情の方を刺激されたらしい。

訓練を受けさせる価値もないといって
部屋に返して来たらどうだ?という意見も隊員から出たらしい
その意見にエイリアンよろしく連れて来られた人物は
盛大に同意の意を表明したけど、あっさり准将に無視されたそうだ。

とりあえずさっさと終わらせようという流れになり
元連隊長の要塞防御指揮官との一騎打ちが決まったそうだ

■決闘者■

模擬戦用のトマホークを掲げる両雄・・・・
帝国を捨てた男と、帝国の重鎮と呼ばれる男の対峙
緊迫した空気が流れていた・・・はず?

先に動いたのはヘイン、彼はその行動によって
同盟でも有数の肝を持った男を驚かせる事に成功する。

そう、ヘインさんは一目散に駆けたのだ、相対する敵ではなく闘技場の出口へ
少しでも早くに逃げるためトマホークを放り投げて・・・
その余りにもな光景に魅せられてシェーンコップ准将は
あっけに取られて動けなかったそうだ。

一瞬の隙を付いたヘインさんは出口からまんまと逃げだすことに成功する
その後の連隊地獄の筋トレ三セットからは逃げられなったみたいだけど
ご愁傷さまです。

■2月17日

今日はポプラン少佐とコーネフ少佐と一緒に
筋肉痛と打撲で痛々しいヘインさんと食事を取った。
お互い敵同士という事を忘れてしまいそうな
そんな平和で楽しい時間だった・・・・

■2月18日■

いつも書いている日記には書いたが、
明日、キルヒアイス上級大将が捕虜交換の代表として
イゼルローン要塞にやってくる。
階級はヘインさんより下だが、捕虜交換に関しての役職としては上になる
普通だったら色々と問題になるような気がするけど
あの人は上下の関係に無頓着そうだからまったく問題はないんだろう

そういった点もやっぱりヤン提督に似ているんだと思う。
そして、僕はそんなところに惹かれているんだと思う。

■2月19日■

昨日は似ているところがいいと書いたが前言撤回しようと思う
式典の当日に寝坊するなんて、ずぼらな所まで似なくても・・・

僕は寝ぼけ眼のヘインさんを引き摺って
なんとか式典に間に合わせることが出来た。
ほんと最後まで周りをひやひやさせて、退屈させない人だと思う。

■送別会■

送別会ではヘインさんは色んな人に囲まれて
挨拶をしたり、お礼をしたりでとっても忙しそうだった。
改めて要人高官に囲まれている姿を見ると
僕なんかと住む世界が違うことを、今更ながらに実感した。
なんだか無性にそれが寂しく感じた。

僕が会場の隅で所在無さ気に立っていると
人の輪から抜け出してきたヘインさんが僕の方に近づいてくると
そのまま腕を掴んで会場の外まで連れ出されてしまった。

■公園■

僕を公園のベンチに腰掛けさせたあとに
カップのコーヒーとホットドッグを二つもって
ヘインさんは僕の横に腰掛けて話を始めた。

たぶんヤン提督と言う大きな存在を前にして
悩める少年を励まそうとしてくれたんだと思う
なんだか要領を得ないけど必死に僕に話しかける
ヘインさんはとっても暖かい感じがした。



ヘインさんの見送りには沢山人がきていた。
なんだかんだで、みんな彼に好意を持っていたんだと思う。
もちろん僕も好意を持っている内の一人だ
正直もっと色々な話がしたかったけど、こればかりはどうしようもない

次ぎに会うときは戦場になるのだろうか?できたら戦いたくないな
同じように向こうも思っていてくれると僕も嬉しい。

だけど、同盟と帝国は戦争をしている。
戦う必要があれば僕は出来る限りのことをして
ヤン提督が勝てるように力を尽くすつもりだ
たとえ相手がヘインさんであっても・・・・

ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(密婚篇)
Name: あ
Date: 2007/02/25 17:26
捕虜交換が終わり同盟に分裂の種を蒔いた後も、
ラインハルトは着実に帝国内の勢力基盤を固めていき
反ラインハルト連合は日に日に追い詰められている錯覚をより加速させていた



ヘインがオーディンに帰還して間もない頃、ブラウンシュヴァイク公の別荘がある場所で
反リヒテンラーデ・ラインハルト連合が一同に介し、リップシュタットの盟約が結ばれた
リップシュタット貴族連合の誕生である。
その中には、ヘインがなんだかんだで金髪の野獣に引き込まれると読み
早い段階に貴族連合側に接触していたファーレンハイトの姿と
少し斜めに傾いているランズベルク伯アルフレッドの姿もあった・・・・

この盟約の参加者はブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム候の二派閥に加えて
旧ブジン公派という微妙な集団を加えた三派からなっており、
数の上では原作以上の勢力であったが、結束の面ではより不安定であった
不安材料を抱えた貴族連合の船出は原作以上に暗雲が立ち込めていた・・・

■■

う~ん、バレンタイ中にイゼルローンに行ったのは失敗だったな
アンちゃんからのチョコを直接貰いたかったのに実に残念だ
それに、この差出人不明のチョコを誰が郵便受けに入れたかも分からんし

だが、珍しく金髪OR赤髪に渡してくださいって依頼文が無かったのだ!!
さらに『愛するヘイン様へ』のメッセージ付だ。
どうみても本命チョコです。ほんとうにありがとうございました。

とりあえず、誰かは分からんが御礼を言っておく事にしよう。
しかし、このヘイン自慢じゃないが貰ったチョコより渡した数のほうが多い
正直、誰がくれたか全く思い浮かばん。
恥ずかしがり屋の奥ゆかしいご令嬢か、名前を書き忘れちゃううっかり屋さん

もうどっちでもいいぞ!おにいさんが受け止めてあげるからいつでも来い!!



ヘインが浮かれている間に事態はどんどん進展していく・・・
貴族連合軍の総指揮官にはメルカッツ上級大将が就任することになったのだ

ヘインも一応はメルカッツの家族に護衛を派遣して
彼の中立を守ろうとはしたのだが、
一方からどのような形であっても利益や助力を受ければ
最早中立の立場ではなくなると本人に固辞されてしまい
身辺に注意してくれと忠告する事しか出来なかったためだ

べつにおっさんに興味が無いから対応が適当だった訳でもないし
自分の護衛に人を割き過ぎて、回せる人員がいなかった訳ではないはず!?

ヘインがこつこつと保身に走る中、
ブラウンシュバイク公の参謀三羽烏は来るべき蜂起の準備や
自陣営の勝利のためにあくせくと働いていた
アンスバッハは各陣営の調整や組織の構築に腐心し
シュトライトやフェルナーはラインハルトやアンネローゼ襲撃計画を立案していた

後者の襲撃作戦は汚名を何よりも嫌う公の意向によって却下されたが
天邪鬼なフェルナーは独断によって襲撃作戦を敢行した

リップシュタット戦役の幕開けである・・・・・


■シュワルツェンの館■

フェルナー大佐に率いられた300名の工作兵は
赤髪に率いられた5000名の精鋭に蹴散らされていた
天才二人は襲撃を予見しており、余裕すらみせて
喧騒のなか、最も大切な女性の前で寛いでいた・・・

  『はじまったようだなキルヒアイス・・・』

  『ハイ、ラインハルト様!』

  『ジーク、あまり無理はしないでね・・・』

  『ハイ、アンネローゼ様!』

この会話を呆れながら聞いていた護衛の一人は
『帝国桃○郎』と言う作品を作ったとか、作らなかったとか?



この襲撃事件を境にオーディンは大騒乱に陥った
黒猪が軍務省を制圧し、軍務尚書を拘禁すると同時に
ヘインも統帥本部を新参のミュラー中将と共に制圧していた

この時のミュラーの活躍はその能力の高さを元帥府の同僚達に
知らしめるのに十分な物であったという。
しかし、謙虚な好青年は手柄を譲ってもらっただけと恐縮しきりであったが・・・

また、帝都の中心をラインハルト派に押さえられた事を知った
貴族連合の人間達は宇宙港に殺到したが、
既に封鎖を完了していたミッターマイヤーに悉く拘禁された・・・

こうして、予定外の蜂起で始まった首都の騒乱は
ラインハルト派の迅速な対応によって終息を向かえることとなる

さらに、一週間も経つと、拘禁者の処分が次々と決定されていった。
ラインハルトの暗殺等を示唆したシュトライトやフェルナーは拘禁されたが、ともに罪を許された。
その後、前者は野に下る道を選び、後者はヘインと義眼の部下となった。


■新たなる襲撃■

いや~物騒な騒乱も終わってとりあえず一安心だ。
金髪に統帥本部を落とせって言われたときには
何すりゃいいか全然分からんから焦ったけど
鉄壁君が全部やってくれたからホント助かったな

こんど飯でもおごってやるかな
できたら食詰めも誘ってやりたいところだが
今や敵同士になちまったからな~人生って分からんな
まぁ、今日は色々ばたばたして疲れたから
何も考えずに風呂は行って寝よう!!

  『おかえり♪』『おかえりなさいませ』

        バタンッ・・・

っと疲れていたせいか部屋を間違えたらしい
そう部屋が間違っているか、疲れが幻覚を見せていることにしよう
そして、扉を再び開けずに執務室に戻ろう。男は仕事が命だ

うん、踵を返して執務室に帰ろうとしたんだ
でも、悪魔の手がそれを許してくれなかった
俺の首根っこをがっしりと捕まえて、引き摺りながら部屋へ・・・
とりあえず窒息しそうです・・・・・・・・・・・・


■■

『どうぞ、砂糖はおひとつでよろしいですか?』

ああ、ありがとうカーセさん、とてもおいしい紅茶ですよ
よこでニコニコ顔のバカがいなければ最高に嬉しいんですがね

まずは冷静に事態を把握しなければならないな
貴族連合の副盟主の御令嬢が何で?どうやってここに居るのか?
とりあえず当事者に聞くのが一番手っ取り早いだろう

『えーと、理由はもちろんあなたに会うため。方法はふたりで一緒に歩いてきたよ♪』

つまり、逃げ惑って混乱してるリッテンハイム家から抜け出して
某有名映画のように白昼堂々とあるいてやって来たというわけか
確かに外に出て逃げようとする貴族の警戒で、軍は手一杯だったらしいからな
で、俺のことは奇麗さっぱりあきらめたお前がなんで俺に会いに来るんだよ

『三月になったら結婚するって約束したじゃない♪』

えーと、かわいそうな頭ってのは相変わらずだってことは分かった。
いや、今のは失言でしたカーセさん!腕が折れそうです・・ホント勘弁してください

とりあえず、うでを捻りあげるのを止めて貰い冷静に話しをすると
前の諦める発言は『押して駄目なら引いてみろ』作戦で実は諦めてない
さらに、悲しい事に前のチョコはこいつの自作らしく
(畜生、もしかしたらヒルダちゃん?と興奮した俺の純情を返せ!)
それを喰った俺は愛を受容れたと言うことらしい


完全にイカレてやがる・・・なんとしてでも逃げなければ
永久就職、いや永久捕食されるはめになる。
そのうえ『賊軍の御令嬢』と一緒にいることがバレたら
間違いなく義眼に処分されてしまう。非常にまずい


おれは「うんこしたい!うんこ漏れる!」と野獣とカーセに懇願し
何とかトイレに行く許可を得る・・・そうこの場所にさえ来れば
ケータイで憲兵を呼んで二人とも拘束してやる・・・
さっき俺を哀れむような目つきで見送ったことを泣いて後悔させてやる

ってなんで圏外になってるんだよ!!べつに昨日まで普通にかかってただろう
くそ、落ち着け!こういうときのためにトイレに緊急電話を設置しておいたのだ
どこかの戦国武将もトイレで襲われてもいいように刀を置くスぺースを作り用心していたという。
ってどうでもいいから早く110番しておまわりさんを呼ぼう

あれれ、なんで!!なんでウンともスンともいわねーんだよ!!
もしもし、もしもし!!!くっそコードが切られてやがる
おいおい、あいつらは元看護婦の殺人鬼かなにかか?
マシなのはミザ○ィよりかわいいって所だけか?!

          
          コンコン、コンコン・・・

  『ヘイン様?もうそろそろ悪足掻きをおやめになっては?
   お嬢様も待ちくたびれております。扉を開けてください』


やばい、タイムリミットが近いようだ・・・
「便秘でウンコが出そうで出ない」「切痔でやばいんでちょいタンマ!」
と言っても聞きやしないぞ・・・、もうノックから叩く音に変わってるし
ドアノブが悲鳴を上げ始めている。蝶番ももうそろそろ限界だ


 そこで問題だ、この窓も無い個室からどうやって逃げるか?


① ハンサムなヘインは突如脱出のアイデアがひらめく
② 仲間がきて助けてくれる
③ 逃げられない、現実は非情である


俺が○を付けたいのは②だ!!金髪に赤髪や義眼でも誰でもいい
銀河でも有数の優秀な人間がこの事態を察知して助けてくれる!!

って無理だ!みんな外に逃げようとする貴族の拘束や
捕まえたやつの尋問とかで手一杯だから、こいつらが此処にいるんだった

じゃぁ①だ! そう天才へイン様には秘策が!?
ってもう緊急電話はさっき使いもんにならなかっただろうが!!!!

       
         答え③ 答え③ 答え③

       やはり答えは③だ現実はあまくない・・・・


■■

バールのような物で扉をこじ開けられ、俺はトイレから連れ出された。
不思議と気分は落ち着いていた。なんというかすごくまわりが静かなんだ

俺は野獣から今から三人だけの簡単な結婚式を挙げようと言われたときも
衣装を着替えるときも、即席牧師のカーセさんの説法?を聞くときも
そして、目の前にいる花嫁姿の野獣を見ても心は醒めていた
多分悟りを開くってのはこういう事なんだろうか?
そして、おれは虚ろな目をしながらブツブツと誓いの言葉を述べていた

   『では、誓いの口付けを・・・』

おいおい、お嬢さんなに恥らってるんすか、
目つぶって顔近づけて何する気ですか?
おれは先ほど悟りを開いて煩悩を断ち切っているんですよ?

そんな色仕掛けに・・・・引っかかりました。
まぁ、おとこの本能って奴は正直なんだからしょうがないな
あとあとすごくマズイことに発展しそうだけど
どの道逃げられんのだからしょうがないじゃないかな・・・?
そうこうしてるうちに式はいつの間にか終わってるし
もしかして、ほんとに野獣と結婚しちゃった????

  『らんぼうものだけど末永~く、よろしくね♪』

確かに間違ってないが、そこは普通不束者と言うんだバカ・・・
なんだか先行き不安で引きつった笑い・・ヒクヒクが止まらないぜ!!


■新婚生活■

え~と昨日はたしか不本意ながら式を挙げて
三人一緒に披露宴パーティやって、俺はヤケクソ気味に騒いで・・・
えーと・・・その後は風呂にはいって・・・・と
あっ、カーセさんおはようございます

 『きのうは おたのしみでしたね』

あはっははははっはは・・・いや弾みというか過ちというか・・
まぁ、据え膳喰わぬはなんとやらというやつでして・・・

 『 よらないで けだもの 』

いや、無表情で距離を取らないで下さいよ
と二人でなんとも不毛なやり取りをしてると
元凶が目をさまして、ぎこちない足どりでやってきた

 『おはよう、ヘイン♪カーセ』

まったくこっちの気苦労も知らないで
朝から幸せそうな顔しやがって・・・
いったい俺のどこをそんなに気にいったんだか・・・

ここまで真っ直ぐに好意をぶつけられるとなぁ・・・
突き放されたら辺境送り以上が確定なのを覚悟の上で来るし、
受け止めざるを得なくなるじゃねーか、俺は保身第一の凡人だって言うのによ

  ・・・そのやさしさで、私のお嬢様を守ってくださいね・・・

そのうえ妙な威圧感を持ってるきれいなお嬢さんの期待が圧し掛かって来やがる
まったく、ムライのおっさんじゃないが『困ったもんだ』と言いたくもなるぞ?



黒猪以上の突進で凡人を切り崩した野獣と侍女
なんだかんだでかわいい娘には弱く流された凡人

この関係が銀河の歴史にどれほどの影響を及ぼすか
そう遠くない未来に判明するのだろうか?
今後のヘインや野獣に赤金、義眼と双璧に加えて同盟の動向などなど

疑問は尽きぬところではありますが、
ここは古来よりの慣わしとして『めでたし、めでたし』と
いったん締めさせていいただきましょうか・・・


ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(会議篇)
Name: あ
Date: 2007/03/03 18:47
昔話ならお姫様は王子様と結婚したらおしまい
でも王子様とお姫様は生まれてくる子供を養い、育てなければいけない
兄や弟がいれば後継者レースに勝たないといけないかもしれない
『末永く幸せに暮らしました』にするためには、
それ相応の努力と苦労が必要なのである・・・・



ヘインと野獣の密婚がささやかながら行われている間にも
貴族連合との対決の準備は着々と進められていた
疾風怒涛の季節の到来である・・・・

迅速に首都の騒乱を治めたラインハルト陣営は軍部人事の刷新を行った
まず、拘束した軍務尚書と統帥本部総長の地位をラインハルトが兼任したのだ
そのうえ金髪は帝国軍三長官の座を独占するだけでは満足せず、
皇帝から帝国軍最高司令官に己を任命させ、軍権を一手に握ることとなった

そしてもう一方の主役である貴族連合軍も
ガイエスブルク要塞への集結をほぼ完了していた。
軍事面での決定権を一応持っている総司令官メルカッツの
孤独で絶望的な戦いの幕も、既に切って落とされていたのだ。

■ガイエスブルク要塞■

ガイエスブルク要塞では終結した貴族・軍人が一同に会し
今後の戦略について討議を行っていた・・・・

まず、最初に口火を切った盟主は、本拠地までの道筋に軍事拠点を9つ設け
大規模な部隊を配置し、ラインハルト軍の疲弊を誘ったところで
ガイエスブルク要塞から一気に打って出て撃破するというものであった

これに対してメルカッツ提督は、各拠点をいちいち攻略せずに通信と補給線を遮断し、
各拠点を無力化したうえで、直進して本拠地を突かれたら全く意味が無い
また、兵力分散の愚を犯す事になると反論を述べ、公の戦略を全否定した。

その答えを聞いたブラウンシュバイク公の顔は真っ赤になり
まるで茹蛸のようであった。あまり美味しそうではないが・・・
しばらくすると、公は一応盟主の節度を何とか保って、
どうすればいいかメルカッツに尋ねることができた。

これに対して、メルカッツは公の内心などに意に止めた様子も無く
九ヶ所の拠点は放棄する必要は無いが、用途を監視と偵察にとどめ
実戦機能をガイエスブルクに集中するべきだと説いた。

これに対し、公は遠征による疲労のピークを狙って敵を撃つことかと
一応は納得して見せ、まるきり用兵に無知でない事を証明した。

それにメルカッツが『その通りです』と答えたときに
この会議の真の主役が声をあげた!!

 「フヒヒヒヒ、さらに有効な策がありましィヒヒヒ・・・」

そう、ヘインに与えられた精神的苦痛を乗り越えた?
理屈倒れのシュターデン大将だ!!!
完全に目が逝ってるが、多分大丈夫だ、性能に問題は無い

メルカッツに促されて理屈家が語った作戦は原作と同じで
ガイエスブルクへ敵をひきつける間に、大規模な別働隊で首都を落とすという物だ
当然これを言えば、あいつは黙ってられない!!

 「すばらしい!!!ランズベルク伯アルフレッド感嘆の極み!!!」

そう、片方の玉を失い微妙に斜めに傾いている玉無し詩人である

「で、だれが別働隊を率いて、首都を奪還するのでしょうか?
 大変な名誉と責任ではあると思いますが?」

彼が無邪気に体を傾けながら質問をすると、室内が静まり返った
その長い沈黙のなかアルフレッドの傾きは限界点を越え、
顔が地面に付くスレスレまで傾いている。こいつも突き抜けてしまっているようだ

そして、沈黙が終わると多くの者が別働隊の指揮を俺がやると騒ぎ始めた
なぜなら首都を押さえ皇帝を手にすれば、その巨大な武勲を背景にした
勅命出し放題で次期権力者が約束されたような物だからだ

こうなると盟主、副盟主共にメルカッツの作戦を強硬までに支持した
他の奴に権力を掠め取られるわけには行かないからだ。
作戦会議は理屈家のお陰で、内部の不和をまざまざと見せ付ける
政争の舞台に変化させられてしまった。
こうなることが分かっていったから、メルカッツは有効な作戦であっても
提案する事無く黙っていたのだ。まさに台無しである

       「フヒヒヒヒ・・・スミマセン・・・・」

■食詰め■

これほど趣味の悪い脚本は見たことが無いぞ
見込み違いで旗頭となる男はいないどころか、敵に回る始末
おまけに平衡感覚を失った哀れな詩人に
どこかに逝ってしまった戦略の専門家と艦首を並べて戦うとはな

さて、演じる側でなければ笑って見ていれば良いのだが、どうしたものか・・・
あいつが横に居ればこの状況も、存外面白いものになったかもしれんが
まぁいい・・・一度あいつとは砲火を交えてみたかったことも事実
武人の本懐たる、大敵との激闘に精々励まさせて貰おう・・・



ガイエスブルク要塞で総司令官メルカッツ上級大将の苦悩している中、
イゼルローン要塞の司令官も頭を抱えていた。

自由惑星同盟でも銀河帝国と同じように騒乱の時代が訪れていたのだ
首都ハイネセンではクブルスリー大将が逝ってるフォーク准将に撃たれ
ジャガイモ士官が統合作戦本部長代理に就任し、
辺境星域では叛乱が続発し、首都でクーデターが起こる始末
帝国から送り込まれたリンチが原作どおり仕事をやって見せたのだ。

グリーンヒル大将以下、救国軍事会議とヤン艦隊の戦いが始まろうとしていた。
銀河の騒乱はピークを迎えようとしていた・・・



貴族連合が不毛な議論を行う少し前にラインハルト陣営は臨戦態勢を整え
首都にモルト中将以下少数の防衛部隊を残し、
賊軍討伐のため進軍を始めた・・・・

本隊はラインハルトを総司令官とし、
総参謀長ヘイン元帥と副参謀長オーベルシュタインが参謀チームを運営する
実戦部隊として双璧や黒猪にケンプやミュラー等が付き従う

辺境星域の平定には宇宙艦隊副司令官キルヒアイスがあたり
自艦隊にワーレン、ルッツを傘下に加えて別働隊として
本隊に先駆けて首都オーディンを出発した

ヘインは新妻との短い新婚生活に別れを告げ、
部屋に匿っている野獣が見つからない事を祈りながら
激動の渦に身を任せようとしていた


ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(新婚篇)
Name: あ
Date: 2007/03/04 22:45
恋に生き、愛に斃れる・・・・
ただひたすら真っ直ぐに追い求めた事によって
彼女が得たものは、宝石でも奇麗なドレスでもなく
平凡な男だった・・・

■金髪のお嫁さん■

う~ん、べットの横にいるダーリンは・・・・
って、新妻を置き去りにしてささっと起きて行くなんて!
全く、朝起きてお互い顔を赤くしながら『おはよう』ってのが
新婚初夜明けのお決まりイベントじゃないの!!!

でも、ほんとに結婚しちゃったんだ。
自分でもちょと無理やり過ぎたってことは分かってる
だから、同情や勢いで彼は結婚してくれたんだと思う
考えると凹むけど、多分私のことそんなに好きじゃないんじゃないかな?

それでも、私はあきらめない・・・
うん、がんばってヘインを私に夢中にさせてしまえばいいのよ
かわいいお嫁さんを演じれば男なんていちころと
カーセも言ってたし、何とかなるはずよ!
よしッ!絶対にヘインを落として見せるわ!

        
      覚悟しなさい♪私のヘイン・・・・




新たな決意を胸に抱いた金髪の野獣の攻勢は
ヤン艦隊の集中砲火以上の猛威を奮っていた

かわいらしい服や少し背伸びした格好でヘインに迫ったり
手料理攻撃といった古典的なものを用いたり

自分の孤立無援の危機的状況を利用して
実は強がっているだけで、本当は不安でしょうがない
か弱い女性を演じて庇護欲を掻き立てる作戦で攻めるなど
多種多様な攻撃をヘインに加えていた

その戦果はというと、どんなカッコでもぬぎゃ同じだろ?の
生粋の女好きである凡人には目立った効果は無かった
本人曰く『ちょっと興奮するぐらい?』といったとこらしい

また、手料理攻撃についても『料理より女が喰いたい』と
広言して憚らない男なので、やはり効果は少なかった
蛇足だが、もし彼がそう言った女性が引くような発言を控えていたら
彼はそのステータスに相応しい女性関係を持てていたかもしれない

そして、最後の薄幸の儚げ美少女作戦は、本人の前科のためか
元気一杯の説明のせいかは分からないが、やはり効果は薄かった。
そもそもヘインにとって他人の不幸より、己の保身の方が大事なため
同情作戦など、最初から効果など望むべくも無いのだが・・・

まぁ、一応奥さんだから、義眼にばれない様に匿おうとはしている様ではある
ほんとにやばくなったら放り出さないか心配ではあるが
凡人から悪人に落ちるのは存外簡単なので注意して貰いたい物だ



さて、結論から言うとサビーネの攻撃は尽く空振りに終わった
しかし、彼の近場にクリーンヒットした人間もいるようだった・・・

そう、何を隠そうこの作戦を示唆した侍女のカーセだ!
彼女はビデオ片手に一生懸命へインを篭絡しようとする
サビーネの姿をひたすら覗き続けていた・・鼻血を垂らしながらだ

この一部始終は『侍女は見た』のなかで、激しい感情に任せて書き綴られている

『これほど、一生懸命なお嬢様は滅多に見れるものではなくてですね!
 適当な作戦を薦めた私が言うのもアレではありますが興奮した!大興奮です!
 だって、ほんとにかわいいんですよ!!もう、いじらしくていじらしくて・・』

どうでもいいが、両方の鼻穴から盛大に鼻血を垂流す姿は、
たとえ美人であっても、間抜け以外の何者にも見えなかった

■■

まったく、我侭な野獣ちゃんはお疲れでお休みか・・・
急に積極的になるし、喰いきれないくらい飯を作るわ
おまけに気持ち悪いぐらいブリッコ(死語?)する始末
またなんかのスイッチが入ったのか?

こっちは義眼にバレたら処分されるかも?と頭を悩ませてるってのに
はぁ、どうしたもんかね?正直に『俺さぁ、結婚したんだよ』って
金赤に報告した方がいいのか?

いや駄目だ、正直に言って『賊軍と通じるとは!!』と責められて
義眼やパウルとかオーベルシュタインに大逆罪で消されたらたまらん
何とかほとぼりが冷める内乱終結まで家で隠し通そう
問題という物は、解決する能力が無ければ先送りにするしかないのだ

一応、もっと手っ取り早くて楽な解決方法はあるんだが・・・
さすがに、敵の旗頭を捕らえたぞって突き出すような
鬼みたいなことはちょっと出来ないしなぁ・・・
こいつもぶっ飛んだ奴だけど、そんなに悪い奴じゃないからな

それに、こいつも結構かわいそうな部分もあるにはある
さっき聞いたサビーネの話を簡単に纏めると、
親には欠陥持ちってことで不遇な扱いをされていた
周りが認めるこいつの価値は、家と血だけしかなかったとのこと
そして、結論は『かわいそうな私をかわいがってください』だそうだ

まぁ、ストレートで分かり易い要求は嫌いではないが
庇護欲を掻き立てるんなら、元気一杯に力説しちゃ駄目だと思うぞ?
更に本人がかわいそうだからかわいがってくれって普通要求するか?
いや、こいつに普通を求めること事態が非常識だったな

まぁ、一応かわいい奥さんとして出来る範囲でかわいがってやるかね
俺なんかに捨てられないように一生懸命なお嬢さんは、
広い銀河を探しても、そうはいなさそうだからな・・・・

別に冷たくしたら侍女に何されるか分からないからとか
侍女にビビッて大事にするわけじゃないぞ!
心優しいヘイン様の大人のやさしさってやつだからな?!



サビーネの演技や作戦はヘインにそれほど効果は無かったが
彼女が持つ前向きな性格や、元気で明るい天真爛漫な性格等
彼女本来の魅力によって、ヘインは少しずつ落とされていた

もし、彼がその事を他者に指摘されたら全力で否定し
それを聞いた金髪のお嬢さんにナイフで刺されたりするだろうが
端からみても、概ね幸せそうな新婚生活に見えるので問題ないだろう

問題があるとすれば、この事実が既にある人物に握られていることだろう
ある人物は憲兵や独自の調査チームだけでなく、
新たに傘下に加えたフェルナーの持つ貴族連合内のパイプを利用して、
リッテンハイム家令嬢が消息不明という情報を掴んでいたのだ・・・

彼はその情報を掴むと、フェルナーに単独でヘイン家を内偵するよう指示を出した
そして、己の望む、予想した通りの結果を新参の部下から得ることとなった
彼はフェルナーに対して、この事実を他言しないように厳命すると、
新参の部下が、今後どうするのか?とどんなに問いただしても
口を閉ざし冷ややかな視線を投げ掛けるのみであった・・・



さて、己の知らぬところで、最も知られてはいけない人物に
事実を知られてしまった凡人は、どのような目に遭うのだろうか?

事実を知るもう一人の人物フェルナー大佐は一日千秋の思いで、
自らの調査結果が用いられる日を待つこととなる・・・


ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(早弁篇)
Name: あ
Date: 2007/03/17 23:28
古き体制を倒す戦いに向かう男を
旧体制の象徴たる血を受継ぐ少女が、手を振って見送る
それは皮肉な光景ではあるが、微笑ましいと言えなくも無かった

少女は純粋に男の無事のみを祈り、
男は周辺住民にばれることを怖れ、さっさと部屋に入ってくれと祈っていた
両者の別れの儀式は、いつも通りの温度差をもって執り行われた

■■

オイオイ・・・早く部屋に戻ってくれ・・・ほんとお願いします。
周辺住民に気付かれるだろう!!!『気をつけてね~』じゃねーよ!
おまえが気をつけてくださいだ!!!自分の立場を考えてくれ!!


ようやく見えなくなったな、ただでさえ元帥府に近い家でまずいから
絶対部屋から出るなって約束したのに速攻破ってやがる
ほんと不安だ・・・ものすごく不安だ・・・
あいつの笑顔を思い出すたびに不安が増して逝く・・・
もう大神オーディンでも何でもいいから縋りたくなって来る

「どうか、サビーネが大人しくしてばれませんように・・・」

とりあえず神頼みしてみた。やらない後悔よりやって後悔だぜ!

『往来の中心で跪いてどうした?物乞いでも始めるのか?』
『ぷっ・・ロイエンタール失礼だぞ・・確かにそう見えるが・・ククッ・・』

元帥府の前でちょっとお茶目な事をしていたら、茶々を入れられた
垂らしに種無しの双璧コンビだ。朝っぱらからいちゃついて不愉快な奴らだ
どちらかと言うと笑いを堪えている種無しの方に腹が立つけどな!

まぁ、一応は奇行に興じていた自覚はあるのだが
このまま馬鹿にされるのは癪である、一応誤魔化して『汚名卍解?』しておこう

「ふぅ、これはブジン家に伝わる必勝の儀式なのだよ?
 まぁ、ちみ達のような無教養で感性に欠ける人間には
 この崇高で神聖なる儀式を理解することは適わないだろうが」


『まったく卿は朝から元気が良いな、それに艦隊の再編も終了したようだな?』
「おう、久々の大会戦だ!先の会戦での屈辱晴らしてくれるわっ!!」

『ほぉ、それは楽しみだが、あまり入れ込み過ぎると卿のことだ
 再び、昔日の誤謬を繰り返す事になるぞ?まぁ、精々励むことだな』
「ふん、卿に言われなくとも分かっておるわ!まぁ、見ておれ
 貴族のどら息子どもに戦場が何たる物か、たっぷり教えてくれるわ!」

いや、ちょっと待ってよ~
自分でも滑ってるのは分かるけどさぁ?
三人仲良く無視は無いよね?黒猪ちゃん、この前一緒に飲んだ中じゃん
ねぇったら、ちょっと冷たすぎだぞ~☆ヘインいじけちゃうんだぞ♪

いや、ホントすいません。調子に乗ってました
露骨にドア閉めて鍵を掛けるのは止めてください
一応、私は元帥ですよ?幕僚総監兼宇宙艦隊総参謀長ですよ~?



一応、ヘインは元帥府の会議室に入れてもらったが
外で待ちぼうけが嫌なだけで、
めんどくさい軍議に参加する気はさらさらなかった。

しかし、その態度を見て不快に思った金髪から
賊軍(貴族連合軍)と戦うに当たっての基本方針を、
総参謀長から述べるように促される羽目に会う

そんなこんなで、金髪から突然話を振られたヘインハ
ちょっと怒り気味の金髪にビビッタのと
歴戦の将帥からの注目に緊張してしまったため
止せばいいのに、ラインハルトが原作で語った戦略方針(会議篇参照)
をべらべらと勢いに任せて喋ってしまった。

会議の列席者は彼が語ったその戦略の合理性と大胆さに
ある者は頷き、驚嘆したりとヘインの非凡な戦略センスを
あらためて認識もとい誤解することとなる。

その上、不機嫌そうな顔で話題を振った金髪も、

『既に総参謀長は我が心を知っていたか!』

と一声を発すると、いささか上気した面持ちで
彼の総参謀長が述べた大まかな戦略を実行可能な形にする指示を
大胆な戦略にまだ驚き覚めやらぬ列席者に告げていく

幸か不幸か、金髪が興奮したため細目の指示を
ヘインに述べさせるのでなく金髪自身が行ってしまった

そのせいでヘインが知っている知識を形にする実行力が無い事を
白日の下に曝すことには為らなかった・・・


■垂らし■

道の往来で珍妙怪奇な行動をしていると思ったら
ふざけた講釈で道化を演じる・・・

一見して、ただの阿呆にしか見えないことも無い
だが、奴は俺の知っているどの大貴族とも異なり
愚かにも己の地位を誇って、尊大な態度をとる事は無い
それどころか、一兵卒や庶民となんら変わらぬ態度を
ごく自然にとってみせて大衆の信望を得ている

そして、この俺ですら息を呑む働きを政戦両面で見せる
奴のこれまでの功績を辿っていけば
ローエングラム候が信を置くのも至極当然であろう

今回、奴が見せた戦略論もそうだ
貴族連合が烏合の衆だと分かってはいても
帝都を空にするような大胆な戦略は
凡夫が易々と思い描けるようなものではない!

そして、それを大した事でも無いように淡々と語る様は
奴の部下オ-ベルシュタインの姿を髣髴とさせた
あの姿を見れば、奴を御することが出来るのも納得がゆく

しかし、この俺が畏怖を感じる相手は
この銀河でローエングラム候、唯一人と思っていたのだが・・・
候が必ずしも絶対の支配者として、時代に選ばれた訳ではないと言うことか




列席者が次々と己の任務に精励するため退室する中
野心に見合った器量を持った人物は一人座して
左右の異なる目を危険な色に変化させていた
そのただ事ならざる空気を察した長年の同僚に退室を促されるまで・・・

本来、天才に奏でられるはずだった内容は、凡人によって話された
同じ内容であっても、話し手が変われば聞き手への影響も変わる
そこから導き出される結果も、何らかの変化を得る事になるかもしれない

■昼食は愛?■

さて、堅苦しい会議も終わったことだし、昼飯でも食うかな♪
先に出航する別働隊と違って、まだまだ時間に余裕があるし
仕事の方は義眼と新入りに丸投げで問題ないからな

『これからお食事ですか、小官もご一緒して構いませんか?』

ミュラーに声をかけられたとき、
なんで飯食いに行こうとしてるのに気付いたんだ?と思ったが、
『涎をたらしながら弁当箱もってうろついていたら誰だって分かりますよ』
とさわやかスマイルで言われてしまった。

後詰のため鉄壁君は飯食う時間があるそうだ
俺のほうも特に断る理由がないので、なかよく食堂で飯を喰う事にした
やっぱ、食を通じての交流は重要だからね!


うん、断るべきだった! 蓋を開けてビックリ愛妻弁当!!


やってくれましたね、サビーネさん
よくわたしの羞恥心を見事に打砕いてくれました
目の前のミュラーさんは全く反応がありませんね
あなたのベタなハートマーク弁当で絶句させられているのですか?
何時間かけて作ったのかは分かりませんが、これはちょっと意外でしたよ?
それにしても、あと一息で出陣と言うところでハート弁当が現れるなんて
一人身の鉄壁さんには残念でしたが、これを見られた私はもっとでしょうか?

はじめてですよこのわたしの羞恥心をここまで刺激したお馬鹿さんは・・・
まさか、こんな結果になろうとは思いませんでした・・・

ゆ・・・
ゆるさん・・・

ぜったいゆるさんぞおかずども!!!!
じわじわと噛みしめてくれるわ!!!
ひとつたりとも残さんぞ覚悟しろ!!!


俺に出来ることは喰うことだけだった・・・
目の前で絶句し固まる鉄壁君の目の前で

周りの男性士官からも生暖かい視線とヒソヒソ声が・・・
『いくら愛されてても、アレわな?』『正直、イタイよな?』
なんか女性士官たちもキャッキャなにか喋ってたような気もするが
頭が朦朧としてきてよく聞き取れなかった。

もう俺に出来ることは一刻も早く完食して、旗艦に乗り込むことだけなのだ

■アルテナ会戦■

ラインハルト率いる帝国軍が進軍を開始する中
もともと自制心に欠ける貴族連合軍は『賊軍』という呼称に激怒し
総司令官であるメルカッツ提督の意見を無視し、
好戦派が出陣を声高に叫び始めていた・・・・

所詮は名目上の司令官に過ぎないメルカッツには
その流れを止める権限はあっても、実力はなかった
遂に両軍は衝突することとなった・・

もちろん貴族連合軍先鋒の司令官はシュターデン大将だ
ヒルデスハイム伯以下の好戦派貴族と艦隊16000隻
相対するのはラインハルトに先鋒を任された
理屈家の元教え子のミッターマイヤー艦隊14500隻である


そして、両軍はアルテナ星域で激突する・・・・

ミッターマイヤーは原作通りに自艦隊の前に機雷を設置し
全く動くそぶりを見せなかった・・・・
また、シュターデンもフヒフヒいって伯らを怯えさせながら
敵の罠を疑い自ら動こうとしなかった

このまま一日、二日と時間が過ぎていくかと思われたが
最初は怯えていた貴族達も理屈家のぶっ飛びぶりに慣れてしまうと
司令官の消極性を批判し始め、心無い誹謗を浴びせるようになっていた

  『フヒヒヒ、スミマセン・・・・』
 
貴族連合軍では力ない理屈家の謝罪の声が虚しく響いていた
そして、不幸な情報が彼をさらに追い詰める・・・
ミッターマイヤー艦隊が本隊の合流を待って、
圧倒的な多数を持って敵を撃滅しようと画策していると言う情報である

この敵によって意図的に流された情報を聞いた
青年貴族たちは、戦闘を許可しないのであればと脅しを哀れな理屈家にかけた
遂に理屈屋の理屈屋による理屈屋のための最後の戦いが始まった

「ひひひっヒルデスハイム伯は4000隻をもって機雷群を迂回し
 敵艦隊の後方を付くべし!本隊10000隻は逆から迂回し挟撃する!!」

完全にぶち切れ状態で叫ぶ理屈家に残りの2000隻は?とツッコム勇者は存在しなかった



作戦の結論から言うと貴族連合のボロ負けであった
貴族連合が挟撃のために動き出した頃
ミッターマイヤー艦隊は既に機雷源から遥か後方に移動しており
そうとは知らずのこのことやって来た哀れな生贄の末路は悲惨を極めた

ヒルデスハイムの別働隊は敵と機雷に挟まれた状態で
側面から攻勢をかけられる原作通りの流れであっさり戦死
シュターデンも原作通り、別働隊を撃破して時計回りに急進して来た
敵艦隊に後背を突かれて大敗を喫し、原始人の穴倉に逃げこむ事に

残った2,000隻はうろうろしていた所を発見され、
全軍戦わずして降伏することとなった・・・
この2,000隻は予備兵力として本隊に組み込まれ
ブジン元帥預かりの分艦隊として再編成される事になった

その際、少数艦隊を率いるに優れたバルトハウザーが
ロイエンタール艦隊から副司令官として一時的に引き抜かれることと為った
ヘインからバルトハウザーを少し貸して欲しいと懇願された垂らしは
特に難色を示すことは無く、部下をある意味奪われる形であるにも関わらず
『公の人物眼は全てを見通すか・・・』と独語するのみであったという

これを聞いた諸将は、腰低く適材を求めたヘインの姿勢と
それを認め快く受容れたロイエンタールの度量を褒め称えた



緒戦は大半の貴族たちの期待を裏切る結果となり
凡人は原作通りの楽勝展開に安堵していた
その平穏がどこまでつづくかも知らずに・・・・

ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(脱糞篇)
Name: あ
Date: 2007/03/21 20:15
緒戦に大勝利したラインハルト軍は
敗戦と言う事実に凍えそうな敵兵を受容れた
原始時代の勇者が住む穴倉に迫ろうとしていた



シュターデン艦隊を完膚なきまでに叩きのめした
ラインハルト軍はその余勢にのったまま
オフレッサー上級大将が篭るレンテンベルク要塞を攻略していた

当初、配置された戦力比から見て攻略は容易であるかと思われたが
駐留艦隊を撃破した後の作戦進行は大幅に鈍ることとなった
真の野獣オフレッサー率いる装甲擲弾兵部隊によって
要塞中枢の制圧作戦が遅々として進まないためであった

■はじめ人間オフレッサー■

原始人との死闘は要塞中枢に続く第六通路で
9度にわたって繰り返された。ラインハルト軍の屍を積み重ねながら

そして、石器時代の勇者対策会議が総旗艦において開かれた
会議の参加者は総司令の金髪、副参謀長の義眼に実戦指揮官の双璧

そして、虐殺をどのように防ぐか前もって考えようとしている
珍しく計画的に物事を考えている凡人総参謀長であった

金髪が石器時代の勇者など、生かしても役に立たず、
本人も望むまいと発言し、精々派手に殺してやろうと提案すると

「どうやって生かすかが問題だな・・・」

司令官の異に背く発言を呟く者がいた・・・
虐殺から民衆をどうやって生かすか必死に考えていたヘインである
真剣に考えすぎて独言を聞かれ、注目されている事に気付いていないようだが

『私も総参謀長閣下の意見に賛成です。生かしたまま捕らえていただきたい
 総司令官閣下のお役に立ててごらんにいれましょう』

絶妙なタイミングで義眼が口を挟んだため、
金髪の質問対象はヘインから義眼へと矛先が変わった

『あの頑迷な男が私の役に立とうなどという気を起こすと
 総参謀と副参謀は本気で思っているのか?』

それに対して、義眼は原始人の意思など関係ないと答え
洗脳するのか?と更に問う若き君主に対して
そんな無粋なマネはしないと声を立てずに笑いながら答えた
そして、貴族たちに相互不信の種を蒔いて見せると提案した。

『よかろう、ヘインと卿に任せよう』

そう金髪が言ったとき、原始人から通信が入り
会議室に大画面で返り血まみれの野獣が映し出された

画面に映った原始人は放送禁止用語を連発しながら
金髪と彼の姉を口汚く罵りはじめた
彼の最も触れては為らない聖域を無遠慮に蹂躙したのだ

『ロイエンタール、ミッターマイヤー、あとへイン!!!』

激怒した金髪は原始人の手足を千切ってでも生きて連れて来いと
双璧と凡人に怒りを抑えようともせず命じた・・・・

■■

あちゃー、原始人の奴NGワード連発しちゃったな~
まぁ、垂らしと種無しさんよろしくだな
正直、あんな筋肉だるまの相手は御免だ

『ロイエンタール、ミッターマイヤー、あとへイン!!!』
そうそう、帝国の誇る双璧さんとヘインさんよろしくって!!???

            え、俺も?

■三方ヶ原■

うーん、ヤンに習い少し歴史について語ろうかな

ある東洋の島国の王となる男が、苦い敗北を喫したとき
彼はその敗北の屈辱と恐怖に彩られた自身を、
今後の戒めとして肖像画として残した話は有名である

また、敗戦の最中に彼は恐怖のあまり
馬上で脱糞したとも伝えられている。
この話が伝わっていることは、彼の器の大きさを証明する物だ
自らの恥を隠すのでなく、万民に知らしめることで
常に己を戒め自生する糧としているのだから
まぁ、あれだ皆さん察してくださいということだ・・・

そうそう、原始人は俺を含めた囮の三人を追いかけて
落とし穴の罠に嵌って捕えられてしまいました。
でも、追いかけられたときはホントに怖かったよ

結局、原始人は無傷で開放して貴族連合の所に送り返したけど
多分、原作通り内通を疑われて粛正されるんじゃないかな?

まぁ、敵の原始人なんかの心配より
戦いで汚れた体をシャーワーで清める方が重要なのだ
そして、今日は何もかも忘れて寝よう・・・それがいいのだ・・・



オフレッサーと共にレンテンベルク要塞は陥落した・・・
オフレッサーは内通者としてガイエスブルクで処刑され
貴族連合の間には相互不信がじわりと広がることとなった

そして、ヘインはつらい過去を忘れるために
己の指揮するヘイン分艦隊の再編成に勤しんだ
投降艦艇の集団であるため本隊の最後尾に連なっており
安全宙域の念のための哨戒が主な任務の予備戦力ではあったが

また、バルトハウザーには訓練編成を任せるだけでなく
近い将来、命令ではなく守らなければならないものの為正しい事をして欲しいと
内容については暈した曖昧な『お願い』を併せておこなっていた

バルトハウザーはヘインの正確な意図を掴むことは出来なかったが
ヘインが何時になく真剣な面差しであったため、
仮の上官からの『お願い』を快く受容れた

へイン分艦隊・・・その寿命はわずか数ヶ月と短いものになるが
その存在は歴史のぺージに輝かしく刻まれることと為る



ヘインが初めて持った艦隊に愛情を注いでいる間にも
辺境星域ではキルヒアイス率いる部隊が華々しい活躍を見せていた
キフォイザー星域会戦にて分派行動を取っていた
副盟主リッテンハイム艦隊を完膚なきまでに叩きのめしたのである

敗北した副盟主軍はガルミッシュ要塞に篭城したが
リッテンハイムが敗走するさいに、味方を砲撃した愚挙が災いし
兵士の叛乱によって司令部もろとも副盟主は吹き飛ばされ
無条件降伏という形で要塞はあっけなく陥落する

また、その叛乱の混乱によってリッテンハイム一族だけでなく
彼に付き従った貴族やその家族は、兵士に怒りの矛先を向けられ
大半はリッテンハイムと共に冥府の門をくぐることとなった・・・・

この知らせを聞いたリッテンハイム家唯一の生き残りとなった少女は
一言『そう・・・』とだけ呟き俯くだけであった・・・・
先天性異常と言う烙印によって両親からは忌避され、
皇位継承権を持つ道具として扱われる等、不遇の扱いを受けていた

そのため、親子の情は薄かったかもしれない。
だが、それでも親は親で、彼女はまだ15にもならぬ子供であった
表面上は平静を装っていたが、その心中は深く傷ついていただろう
侍女に見守られながら、少女はヘインに会いたいという気持ちを募らせていく

■■

リッテンハイムが死んで、ロイエンタールがメルッカツに不戦敗
そして、ガイエスブルク要塞で睨みあいに入った・・・

もうそろそろ、例の核虐殺が起こる頃だとおもう。
たしか、一旦貴族連合と決戦をした後だったかな?
多少は時期がずれるかもしれないし、ちょっと早めに対策を考えとこう
あれを防げば赤髪金髪の仲違いも防げて、平穏におさまるからな

まず、対策の第一案は説得だ!多分これが確実かつ楽だ
金髪も見殺しに最初は積極的じゃなかったはずだ
一生懸命説得すれば多分何とかなるだろう。

それに、反核や非核三原則を声高に唱えた過去はないが
200万人虐殺を見殺しにできるほど俺は大物じゃない
見殺しなんてマネは絶対にできない!

最悪、義眼の見殺し案に金髪が流されるようなら
バルトハウザーに頼んで核攻撃を実力で阻止するまでだ
命令無視になっても貴族の非道な虐殺を防いだ英雄を
処分するようなことはないだろう。うん、多分ないと思う。

完璧だ!久々というか初めて原作知識を有効に使える気がする!!
そう、これだよ!これっ!!!原作知識の有効利用!!
やっぱ未来を自分の都合のいいように変えないとだめだな!

『閣下、ローエングラム最高司令官がお呼びです。
 投降兵からの情報について協議を行いたいとのこと』

あれ?義眼から珍しく呼び出されたけど
もしかして、虐殺危機がちょっと原作より早まったのか?
まぁ、いいや♪対策は完璧だからいつでも御座れだぜ!!

■三者面談■

呼び出しの原因はヘインの予想通り
投降兵がヴェスターラントへの核攻撃計画を垂れ込みに対する協議だった

金髪は民間人への虐殺を阻止するため、艦隊を派遣しようと主張
参謀長へインも当然それに賛同した。

だが、冷厳なる副参謀長は異を唱えた。
あえて阻止せず、自らの領地を焼き払うという愚行を
ブラウンシュバイクに行わせて、民心を離れさせるべきと
原作通りの主張を行った・・・

それに対して金髪は抵抗を見せたが
義眼の内戦を早期に終結させて犠牲を最小限に抑える案に徐々に流され始めた
たしかに、この虐殺を見逃して帝国全土に貴族の非道を報道すれば
休息に民衆の支持は貴族連合から離れて行き、
内戦をより早期に圧倒的な形で終結させることが出来るのだ

200万の犠牲で500万が助かるならば?
統治者としての合理的な判断か、悪魔の囁きか・・・・
金髪は義眼の提案を承認しようと、形のよい口を動かそうとした

「ちょっとまった~!!虐殺かっこ悪い!見殺し、だめ絶対!!」

金髪が決断を下そうとした瞬間、ヘインが待ったをかけた
もし、このあと何事もなくヘインが金髪を説得すれば

歴史は変わったのだろうか?


■スキャンダルは突然に■

ヘインの説得は、義眼の糾弾と侵入者によって阻まれた

『内通者へイン・フォン・ブジンを拘束せよ!!』

三者しかいない会談室にフェルナー以下二名が荒々しく突入し、
瞬く間に、ヘインを地べたに這い蹲らせ拘束した

突然の拘束劇に事態を飲み込めぬ若き総司令官は
いたって平凡な質問を義眼にするのがやっとであった

『これは、どういうことか?』

その質問者に比して平凡な質問に対して、義眼は淡々と事実を語った
ヘインが行方不明のサビーネを自宅に匿っている事を

金髪の覇者は一瞬驚きの波を顔に走らせたが、静かな声で友を問いただした

       『ヘイン、それは真か?』「ああ・・・」

ヘインが観念して認めると、金髪の中で怒りが爆発した
もしもヘインが最初からサビーネの事を話していたら
金髪は今ほど怒りを覚えることはなかったかもしれない

赤髪と同等に思っていた者が、自分を欺きつづけていた
この裏切り行為は、少年の潔癖さを色濃く残す金髪を激発させるのに
充分な材料であったといえる・・・

『裏切り者!!』『とっとと連れ出せ!!』

金髪はオフレッサーのとき以上に感情を爆発させ叫んでいた
いつものヘインならひたすら謝ったかもしれない、
だが、彼の方には無辜の民200万人の命がかかっていた
黙って連行されるわけには行かないのだ!

「とにかく、虐殺は止めろ」『そいつを黙らせろ!!』

「シスコン!てめぇが黙れ!!言うこと聞かないと泣いて後悔するぞ!!」
 『貴様!貴様貴様!!裏切り者が!夫婦仲良く殺してやる!』

押さえ込まれ暴露されてパニクった凡人も最悪な事に切れてしまったのだ
この後の悲劇が分かっているからこそ、彼は平静ではいられなかった
また、本人は気付いてはいないが、夫婦もろともと金髪に言われたことが
より感情を昂ぶらせる原因となり、自制心という言葉を消し飛ばしてしまった

もう後は売り言葉に買い言葉であった。
徐々に罵りあいのレベルも下がっていったが、
金髪の『うんこもらし!!阿婆擦れ共々地獄へ送ってやる!!』に対して
ヘインが『姉貴でシ○ってろ!童○野郎!!!』と返した所で終局を迎える
激した金髪がヘインの側頭部を爪先で思いきり蹴って意識を刈り取ったのだ

『あのときは正直死んだと思ったね。鼻や耳からも血が流れていたし
 やがて痙攣が止まり、息を引き取っても不思議ではないと思ったな』

後にヘインを取り押さえて昏倒後部屋に運んだフェルナーこう語っている

また、内乱終結後に軍務省の部下に対して
義眼がサビーネ隠匿の情報をすぐに金髪に告発しなかったのは
戦局が定まってからと考えていたというより、
主君の少年性を見抜いたうえで、両者の亀裂を決定的にする次期を
狙って告発したのかもしれないと自身の考察を語っている



しばらくの間、金髪はヘインを即座に殺せと激していたが、
義眼にせめて内乱終結までは内密にと説得されるうちに平静を取り戻し、
ヘインがサビーネと通じている事を一旦秘し、
幹部クラスの将官のみに過労による不予とだけ告げて
その内容も緘口令を敷き情報の管理を徹底するように指示した

一方、したたかに蹴り付けられたヘインは幸い脳に目立った異常はないが
ショックが大きく、昏睡状態がどれだけ続くかわからないといった体であった



   ・・・一つの星で人々の営みが終わった・・・・


その光景は帝国全土に流され、急速に貴族連合は求心力を失っていくことと為る
その悲惨な光景を見た金髪は、自らが招いた事実に押しつぶされそうになった

しかし、そんな彼を支える友はもういないのだ・・・
そして、残ったもう一人の友もこの事実を許しはしないだろう・・・


ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(決戦篇)
Name: あ
Date: 2007/03/25 14:17
副指令は辺境制圧作戦中、総参謀長は倒れて不在
些か、ラインハルト軍は陣容が万全とはいえないが

ミッターマイヤーによる敗北の演技に好戦心を煽られた上に
虐殺の事実による求心力の低下に焦って
貴族達は平常心を失っており、決戦の火蓋が機って落とされようとしていた



ガイエスブルク要塞に篭る貴族たちは
もともと乏しい自制心を既に擦り切らしていた

もはや、総司令官メルカッツの指示を守る者は殆どなく
ラインハルトの見え透いた挑発に乗って出撃し、
敗北の擬態に騙され、益々増長して好戦的になる始末であった。

再び、ミッターマイヤー艦隊が要塞にのこのこと近づく振りをすると
貴族のバカ息子たちは我先にと出撃して行き・・・
盟主も参加する大決戦がなんの計画もなしに行われることと為った

両軍は激突した・・・種無しの艦隊は貴族連合と砲火を交えると
無様な姿を見せながら、後方へ後方へと撤退していく
それをみた貴族連合軍は前へ前へと馬鹿の一つ覚えで誘い込まれていった

だが、比較的後陣に位置するファーレンハイト艦隊は、
種なし艦隊の脆さを罠であろうと看過していた

『深追いはするな罠かも知れんぞ!敵の誘いに乗るな』

彼の指摘に貴族的は一旦進軍スピードを緩めるが、
種無しが引けば撃ち、撃てば引くといった絶妙の引きを見せ
貴族軍は更に前進させられ、金髪と義眼が作った縦深陣に嵌って行った

一直線に伸びた味方陣形の脆さを十二分に認識しているファーレンハイトは
味方の線から容易に離脱するため、艦首を右側方面に向けさせた
本来ならば敵艦前面に対して、艦艇の側面を見せることは自殺行為だが
ファーレンハイト艦隊の前には、盾となる貴族どもの艦艇が十分あり問題はなかった

そして、貴族連合軍の攻勢で始まった戦いは第二局面を迎える・・・



引いては返しを繰り返していた種無し艦隊が、突如急接近し猛火を浴びせたのだ
また、同じパータンと思っていたあほ貴族たちは一瞬で宇宙の塵となった

さんざん我慢していた種無しの攻撃は苛烈を極め、
戦線が伸びきり、指揮系統の維持すら難しくなっていた連合軍は
なすすべもなく屠られていくだけであった

その味方の混乱を後方で見る食詰めは艦首の向きを変えぬまま
動く機というものを我慢強く見極めようとしていた。

思うにこの時のファーレンハイトは、ヘインと雌雄を決したいという
ある種の軍人病にかかっており、原作よりはるかに高い戦意を持って
決戦に当たっていたのではないだろうか?
皮肉な事にヘインは昏睡状態で戦いには参加していなかったが
当然彼が知る由もないことであった・・・・

虎視眈々と戦局を見つめるファーレンハイトを尻目に
前線の貴族たちの混乱振りはますます酷くなっていた
両側から元撃墜王と口髭に攻め立てられているところ
さらに両翼に増援として鉄壁と黒猪が加わったのである

味方の艦艇に邪魔され思うように引けず、三方から攻められる
先陣の貴族軍はすでに崩壊と言って良い状態だった

そして、中陣のブラウンシュバイク公の旗艦に砲火が届かんとし、
貴族連合軍恐慌が最高潮に高まったところで戦局は第三局面を迎える

■食詰め■

    『閣下!!もう頃合ではないでしょうか?』

俺は副官のザンデルス少佐の意見に全面的に同意する指令を出す。

「ホフマイスターとブクステフ-デに伝えろ!わが艦隊は是より全速前進する
 敵艦、味方艦に目もくれるな!!唯ひたすら前進あるのみ!全艦遅れるな!!」

これでいい、長く伸びきった直線から一艦隊が抜ければ
一時的に空白地帯が出来、味方艦艇の後退が可能になる・・・
ことは単純、がきの頃に弟に作ってやっただるま落としと同じだ

だが、単純だからこそ破るのは難しい・・・・
盟主という最高の餌を前に我慢できるか精々足掻いて見せろヘイン!!

そして、メルカッツ提督が伊達に年を食っていないという事を
そのふざけた脳みそにしっかりと焼き付けるが良い・・・



ファーレンハイト艦隊が抜けた穴に向かって、
貴族連合軍は雪崩を打って後退していった
その一時的な撤退速度の上昇によってできた両軍の空白地に、
左右のラインハルト軍の四艦隊は殺到し、ごった返しの状態に陥いる醜態を晒す

平時であれば各艦隊の司令官達は無能とは程遠い能力を有しており
このような事態には陥らなかっただろうが、敗走する敵軍に何が出来るという油断と
目の前にぶら下がった盟主というファーレンハイトが用意した最高の餌に
部下が戦意過多に陥るだけでなく、己自身も喰らい付いてしまったのだ

この前線の提督醜態に双璧は苦笑い、金髪は舌打ちして不快感を表したが
一時的に戦線が無様な形を取っただけで、貴族連合軍には反撃する余裕はなく
ファーレンハイト艦隊への対処も垂らしと金髪本隊の艦隊で十分可能であった

この時点では、一時追撃の手が緩み画竜点睛を欠くことを不快に思った程度で
ラインハルト軍首脳は既に勝利が規定路線と楽観視していた・・・

しかし、彼らの楽観論を新たな敵影によって脆くも打ち破られた
ファーレンハイトよりはるか後衛に位置していた老提督が急進して
盟主という餌の目前でまごつく艦隊に猛火を浴びせたのだ

   ・・・戦局は遂に最終局面を迎えることとなる・・・



メルカッツ艦隊の猛攻によって、
ラインハルト艦隊と前線艦隊は少なくない損害を被り一時的な混乱状態に陥る
その対処に双璧の艦隊と本隊は追われることとなり
一旦、戦線を離れる動きを見せる食詰めの艦隊に構う余裕など当然なかった

こうなると我先に逃げようとしていた貴族たちの艦隊も落ち着きを取り戻し
散発的ではあるが、多少効果的な反撃を行えるようになっていた
形勢は一時的ではあるが貴族連合に傾きはじめていた・・・

その戦況の変化を見てメルカッツはもう潮時だと考えていた・・・
恐慌をきたしていた貴族艦隊も秩序を取り戻しつつある
さらに、要塞に撤退可能な宙域まで戦線も後退してきている
これ以上盟主を危険な戦域に置く必要はなく
無傷にちかいファーレンハイト艦隊と連携して、要塞主砲射程まで引くべきだと

撤退の動きを見せれば、ラインハルト軍も十分な戦果を得ており、
これ以上の消耗や出血を覚悟で追撃することはないと
メルカッツは予測しており、是は正しい読みであった。

一方、決戦まえから一度も打ち合わせはしてはいないが
食詰めもメルカッツが、どう動き何を考えているか、
そして司令官の予測が恐らく当たっていることも分かっていた
だが、彼は此処でこの決戦に幕を引くなどという気はさらさらなかった

食詰めは直感と自身の洞察力で理解していたのだ
次はもうないと・・・盟主の餌としての価値は今よりあがることはない
そして、失った戦力は回復する事は無く、
敵に増援が加わり戦力差が今以上に広がることを

つまり、ヘインと雌雄を決するチャンスはこれが最後だと・・・



食詰めの艦隊は側進から緩やかに旋回し方向を変え、
ラインハルト艦隊の横腹に猛然と襲いかかった
金髪や双璧はメルカッツのもたらした混乱の対処に未だ忙殺されており、
食詰め艦隊に有効な対応を取ることが叶わなかった・・・

これは、ラインハルト軍の失策といえるだろうか?
まず、常道から見て依然として危険な状況にいる盟主を無視するに止まらず、
友軍の撤退援護すらも放棄して、敵の大軍に闇雲に突撃をかけるなど、
有能な敵が行う訳がないと考えても無理からぬことであろう
逆に、そう考えていながら側背の攻撃に備えた陣形を組んでいた事は
ラインハルト艦隊首脳部の慎重さと勤勉さが
賞賛に値する物であったということを証明している

そう、惜しむらくは食詰めが更に上手であったということだ・・・

自軍の失態を計算にいれ、絶好の機を逃さぬよう待ち続けた忍耐力
盟主ですら餌にして敵を心理的罠に引き込み、敵全体を狂乱させる智謀
そして、唯一まともな友軍の動きを予測し、決死の戦線離脱を成功させ
戦場のだれも予測し得なかった猛攻を実行した行動力

この時の食詰めは、ヘインという虚構の巨人を倒さんがために
同盟の魔術師に匹敵する戦術センスを見せ、
戦場全体の動きを完璧に読みきり、コントロールしていた

     ・・・・・・唯、一つの例外を除いて・・・・



食詰めの苛烈なまでの横撃によって、金髪の本隊は無残に引きさかれ
多くの艦艇が火球となって宇宙の塵と消えていった・・・

そして、遂に食い詰め艦隊は総旗艦のブリュンヒルトを
その砲火の牙の射程に捕らえようとしていた・・・

  『ここまでか・・・』「ヘイン、悪いが勝たせて貰おう・・」

両軍の主役が対照的なセリフを読上げたとき、
絶叫とともに最後の主役が戦場に姿を現した・・・・

  『閣下!!10時の方向に敵増援!!識別ヘイン分艦隊です!!!』

■曲解の艦隊■

決戦前、義眼からヘイン不予の話を聞いた副指令官バルトハウザー准将は
当然、今後の任務と艦隊運用について問いただした

これに対して義眼は、これまで通りヘインの出した指示に従って行動しろと
簡単な命令だけを告げて通信を一方的に打ち切った。
後方哨戒任務の分艦隊などに、彼は貴重な時間を割く必要性を認めなかった

開戦からしばらくは本隊の後方でヘイン分艦隊は大人しくうろうろしていた
まるで副司令官の心の揺れを表しているかのように

しかし、バルトハウザーが悩むことを許された時間は長くはなかった
戦況が一転して貴族連合に傾き始めたためだ

彼はついに前線に立って武勲を挙げたいという願望と
友軍の危機を見過ごす訳にかないという一種の義侠心から
ヘインのお願いを曲解した・・・・

守るべき者は総司令官!!それが正しいことであると
そして命令、つまり後方哨戒などの任務など無視して構わない
ブジン元帥が予見していた危機を乗越えるために前線に急行せねばと

バルトハウザーは全軍に命令した・・ブジン元帥の密命に従い前線に急行し、
司令官および友軍の危機を救い、我らの手で勝利を決定づける!と

その命令に、全艦隊構成員は熱狂と勤勉を持って応えた
ヘイン分艦隊は急増艦隊としては及第点以上の速さで戦場へ駆けた

・・・・遂に、曲解と熱狂を奏でながら両軍に終焉を知らせる鏑矢が放たれた・・・

■決着■

    『閣下!!10時の方向に敵増援!!識別ヘイン分艦隊です!!!』

副官ザンデルスの絶叫に近い報告によって、
旧知の名を久々に聞いたファーレンハイトは
水色の瞳に一閃の雷光を走らせてスクリーンに迫る光点の群れを見やった・・・

彼の顔には敵意とは程遠い、久しぶりに旧友と再会したような表情が浮かんでいた

         「よろしい、本懐である」

唯、一言つぶやいて、ファーレンハイトは新たな敵に対する対処と、
これを機に安全圏まで引こうとする敵旗艦のへの追撃を
卓越した戦術手腕をもって同時にやってのけてみせた

傘下の艦隊を再編成し、ヘイン分艦隊の攻撃を防ぎつつ
ホフマイスター少将を中心とする第二戦団によって
ブリュンヒルトへの二度目の攻勢をかけたのだ・・・

その作戦は半ば成功し、遂に旗艦を捕らえたかと思われたが・・・
寡兵の扱いに長けるバルトハウザーの手によって
その攻勢はいま一歩のところで頓挫することとなる

ファーレンハイトが艦隊を再編するのと同じく
へイン分艦隊も別働隊を即興で編成し、旗艦の防御に回らせたのである
即興の編成までは司令官の手腕による物であったが、
攻撃を阻止できたのはどちらかというと
幸運と呼ばれる物による作用が大きかったように見える


偶然の結果ではあったが、此処が勝敗の分岐点となった


最大の危機を脱したラインハルトは、へイン分艦隊が作ったわずかな時間で
艦隊態勢を整えると、自陣深くに入り込んだ敵艦隊を包囲殲滅せんと
巧みに艦隊を操作していく、彼もまた戦闘の天才であるのだ・・・・

加えて、ヘイン来援の報を聞いたライハルト軍は大いに勇気付けられ
全軍の士気が大いに向上し、各艦隊の混乱が終息に向かい始めたのだ
もちろん、各艦隊の指揮官の有能さが前提の結果であったが・・・

ここに至ってファーレンハイトに副官から持たされる報は
すべて、彼に不利を伝えるものになっていく

一時的に過密状態になって混乱に陥った敵前線が落ち着きを取り戻し始め
小康状態を取り戻しただけの貴族艦隊では対処しきれなくなっていた

そのため、メルカッツは貴族と盟主の援護に戦力を割く羽目になる
結果、双璧に対する圧力が弱まり、逆に彼らの艦隊による圧力で
ファーレンハイト艦隊を取巻く環境は更に悪化していった。

本隊突入後から5時間、へイン分艦隊参戦から2時間・・・
開戦からほぼ正確に戦況の推移を読み、
終盤においては終始主導権を握っていた男は撤退を決断した

大軍に囲まれた撤退戦は困難を極める物であったが
乱入者のヘイン分艦隊とラインハルト本隊の間隙を突き
包囲網を完成させるため急行した双璧が到着する前に
敵陣を突破してガイエスブルクへ帰還する事に成功する

     ・・・ファーレンハイトの戦いは幕を閉じた・・・



          ・・・・『烈将会戦』・・・・

後にアイゼンヘルツ会戦はこの別名で広く呼ばれることとなる
この会戦で最も活躍した人物の智勇が大いに讃えられ
烈将ファーレンハイトと称されるようになったことが由縁である

だが、彼の墓の裏には広く親しまれた『烈将』ではなく
『食詰め元帥ここに眠る』とだけ刻まれている・・・



食詰めという主役が舞台を降りて間もない頃
辺境星域を制圧した次幕の主役が、深刻な蟠りを抱えながら
親友でもある若き主君の下に到着していた・・・・


確実に歴史のぺージが埋められていく中、
一人の男はベッドの中で未だ眠りの世界に止まっていた・・・

もし、彼が起きていたら『烈将?食詰めのくせに生意気だ!』と
旧友の持ちあっげられぷっりに、悪態でもついていたのだろうか?


ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(惜別篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:6295e6ff
Date: 2007/05/06 20:50
帝国と同盟において同時期に発生した内乱の勝敗は既に決し、
あとはいかに終わりを迎えるかを模索する状況であった。



辺境地域を平定して戻った赤髪は金髪に
原作と同じくなぜ虐殺を見逃したのかと詰り、
その上、ヘインの諫言を無視するに止まらず、
大功ある重臣を誅することなど愚の骨頂であると金髪を詰問した

これに対し、金髪は激して赤髪を退出させることと為る。
ヘインだけでなく、赤髪にまで同じ苦言を言われ意固地になったのであろう
怒りに任せて昏倒させたヘインの艦隊によって救われたことで
金髪の少年めいた敗北感や屈辱感が噴出してしまい
彼の感情が負の方向に爆発してしまったのだ・・・・・



最後の決戦によって金髪の首を取り、過去の敗北を清算しようとする
愚かな好戦派青年貴族に説得をされた盟主ブラウンシュヴァイク公は
残存戦力を纏め要塞から出撃し、無謀な決戦をラインハルト軍に挑んだ

その際、ファーレンハイトは長期戦を強いて、状況の変化を待つべしと
無謀な出戦を拒否し、それに従う将兵と共に要塞の防御に当たる事となった

貴族軍は良く戦ったといえるだろう・・・・しかし、実力と兵力の差は如何ともし難く
後背から別働隊の赤髪率いる大艦隊が攻勢に出ると、瞬く間に勝敗は決した・・・

ガイエスブルク要塞は陥落した・・・・
要塞主砲は発射されることはなく、抵抗しようとする者は降伏しようとする者に討たれた
貴族連合は戦うべき理由を既に失っていたのだ・・・・

敗北した貴族連合の末路は悲惨なものが大半を占めることとなった
戦艦同士の決闘を申し込むも誰からも相手にされず、部下に射殺されたフレ-ゲル中将
いやだいやだと喚きながら毒を呷らされた盟主ブラウンシュヴァイク公・・・

敗残の身を亡命と逃亡に身を任せた者達・・・・
同盟へと落ち延びる総司令官メルカッツ提督とその副官
シューマッハ大佐と共にフェザーンを目指す者たち
ロマンとポエムを片手に宇宙へ斜めに飛び出す青年貴族

全てを出しつくし、満足して捕囚の憂目を受容れる食詰め
心に秘した物をもって主君の亡骸と共にある腹心・・・・


一人の老兵が給料を配り歩く中、未曾有の内戦は終局を迎えた・・・
そして、一人の男が深い眠りから恐怖と絶望を抱えながら目を覚ます
捕虜引見と戦勝式典開催はもう間近であった・・・

■最強物■

ブジン元帥が目を覚ましたのは戦勝式典と捕虜引見が始まる直前といっても良い時間だった
彼は監視員の私に現在の状況を確認しようと質問してきた。

私は質問に答える事を拒んだ。内通の容疑者に情報を与えることは出来ない
元帥閣下であっても賊軍と通じるのは大逆罪である。
私はブジン元帥の質問に答えない事を毅然として宣言した・・・

『賊軍と通ずとは如何なる事か!!私をブジン公と知っての言か!!!』

さすがはブジン公と言った所か、その怒声はまさにルドルフ大帝のそれに匹敵するようだ
しかし、賊軍リッテンハイムの息女と通じている事は言い逃れが出来ない・・・
私は自信と余裕に満ちた表情でその事実を、気勢を吐いたブジン公に告げた

『我が妻、サビーネ・フォン・ブジンはブジン家の者!!誹謗中傷は許さん!!』

まさか、ここまで自信に満ちた顔で通るはずもない詭弁を吐く人物がいるとは
結婚したらリッテンハイム家からブジン家に移るので賊軍とは通じていないと言う事か?

まるで子供のいい訳だ・・・だが、その言葉には不思議と重みと威圧感があった・・・

常に総司令官と戦場を共にし、将兵の信を得てきた実績・・・
先のファーレンハイト艦隊の猛攻を防ぎ、総司令官の窮地を救った事実
彼が、門閥貴族どもと同じ穴の狢などと誰が信じられようか!!

横を見ると同僚が膝を屈している・・・いや、同僚も俺と同じように頭をたれて膝を屈していた
ブジン公こそ我らが仰ぐお方・・・、彼の進む道を阻むことなど出来はしないのだ

 『やれやれ、これは副参謀長殿にこってり絞られそうだ・・・まぁ、いいでしょう
  小官がブジン参謀長閣下を式典会場までエスコートさせて頂きましょうか』

■最弱者■

なんか、テンパって強気で押し通したら部屋から出られました
すごく恥ずかしい発言をしたような気もするが人類最強なので気にしない

『先ほどの演説、ご内儀がきいたらさぞ喜ばれるでしょうな』

フェルナーの野郎がニヤニヤしているが人類最強なので気にしない
義眼の野郎にはさっきの詭弁じゃ通用しないと思いますよとか言っているが
人類最強だから気にしない・・・ホントは凄く気になるどころか怖ろしいけど気にしないのだ

もう、こうなったら金髪赤髪を危機一髪で助けて許してもらおう作戦だ!
あとは責任とって引退するといって、一生遊んで暮らせる金だけもって静かに暮らそう
義眼の奴もとりあえず表舞台から去って実力を失えば、多分許してくれるかな?
いや許してくれるに違いない!許さない訳があるだろうか!!!

 『ちょと難しいというか、無理があるのではと小官は愚考いたしますがね?』

うるさい奴だな、人生には希望的観測というものが必要不可欠のエッセンスなのだよ

 『まぁ、どうでもいいですが・・・急がないとアンスバッハ准将の引見に間に合いませんよ』

いかんいかん、せっかくこいつを金髪暗殺の危機を防ぐためといって説得したのに
間に合いませんでした・・・なんて事になったら笑い話にもならん・・・


■9月9日■

捕虜引見は概ね恙無く進行していた。
理屈家大将が『HEY!RIKUTU!YO♪YO♪RIKURIKUⅡ~♪』と
小粋なラップを見せてつまみ出されたぐらいで、至って穏やかな?進行であった

しばらくしてファーレンハイトが引見の場に現れると
列席者一同は姿勢を正し、最も苦戦を強いた敵将に敬意を払った

『ファーレンハイトか、ずいぶん卿には肝を冷やされた。会うのはアスターテ以来か?』
「御意・・・・」

食詰めは悪びれた様子もなく堂々と答えた
金髪も自分を今一歩というところまで追い詰めた敗将を辱めようとしなかった

『ブラウンシュバイク公に与したのは卿らしくない失敗かと最初は思ったが、
 先の戦いを見ると十分勝算を見込んでのことだったようだな、まぁいい・・・
 以後、私に従って武人の生を全うしないか?烈将に相応しい地位を約束しよう』
「私は帝国の軍人です。閣下とヘインが帝国の軍権を握られたうえは謹んで従いましょう
些か遠回りをしたような気もしますが、これからはそれを取り戻したいものです。
ただ、ヘインの首を取れなかったことは些か残念ではありますが・・・」

金髪はヘインの名を聞くと一瞬不快な表情をしかけたが、それをすぐに隠して頷き
食詰めの手錠を外し、赤髪の向かいに立つよう指示した・・・
その指示によって列席者は大きくざわめくこととなる。
なぜなら金髪は席次によって大将である双璧と同格以上の扱いをする事を
はっきりと宣言したからである。

そのざわめきが静まらぬなか、あらたなざわめきがもたらされる
忠臣アンスバッハ准将と盟主ブラウンシュバイク公の遺体が引見の場に現れたのだ


■忠と狂■

私はゆっくりと棺と共にローエングラム候の前進み出た
冷笑を浴びせる参列者の目には、私は主君の屍体を土産に降伏する
卑劣な男と映っているのだろう・・・それでいい・・・その思い込みが隙を作る

候に恭しく一礼した後、棺のケースを開ける。自分でも怖ろしいぐらい冷静だ
この後起こる狂騒を知っている者の余裕ということか?
下らぬな・・・今は感傷に浸っている場合ではない!
ただ、主君と交わした誓約を果たすのみ!!!


 『ローエングラム候!!我が主君の仇を取らせていただく!!!!!』




主君の屍体に隠していたハンドキャノンをアンスバッハは素早く取り出すと
口上を述べるや否や金髪に狙いを定め弾丸を放った。
金髪にとって幸いな事に狙いは外れ、後方の壁を吹き飛ばす事となった

アンスバッハの無念の絶叫を聞きながら
余りの事に呆然と動きを止める参列者の中、唯二人動きえたものがいた
赤髪とフェルナーに警備兵の相手を任せたヘインだ!!!


忠義を背負い、己の全てを賭けて次弾を装填するアンスバッハ・・・・
親友の生命と敬愛する女性との約束を守るため身を挺するキルヒアイス
とにかく保身のために必死のスライディングで飛び込むヘイン


ハンドキャノンの砲口をずらすキルヒアイス
ハンドキャノンは床に叩きつけられ金属的な音を弾けさせた
更にアンスバッハの後ろから決死のスライディングでヘインが襲い掛かる

ヘインの突撃でアンスバッハは倒されて取り押さえられるかのように見えたが
その一瞬前にキルヒアイスの胸の前にアンスバッハは自分の甲を押し付けた

白銀色の条光が赤髪の背中から噴出した・・・・

アンスバッハが指輪に擬したレーザー銃を放ったのだ
その直後、ヘインの突撃が彼の足に命中し望まぬ床との抱擁を彼に強いた。

胸部を熱線で焼かれてもなお凶者の手を掴んで話そうとしないキルヒアイス
再びアンスバッハの指輪が不吉な光を宿したときヘインがその腕を押さえかかる
白銀色の条光が再び放たれた、第一撃と違うのは貫かれる対象が凡人に代わったことぐらいか
いや、痛みですぐアンスバッハの手を離したのも前者と大きく異にしている点であろう

赤髪と凡人の鮮血が舞い散る中、ようやく動きを取り戻した参列者達は
不貞なる暗殺者を捕らえんと動き出し、アンスバッハを床にねじ伏せた

『医者だ!医者を呼べ!!』『もう、遅い・・・』「痛い!!死にたない!医者!医者!」

ミッターマイヤの指示に両者が両極端の返事を返す中、乾いた笑い声が式典場を木霊した・・・

『申し訳ありませんブラウンシュバイク公、この無能者は誓約を果たすことが
出来ませんでした。金髪の小僧の両翼を捥ぐ事しか叶いませんでした・・・』

           『黙らぬか!貴様!!!』

ケンプが平手でアンスバッハを叩き付ける・・・だが、彼は殴られたかを床の上で動かしながら
なおも言葉をつむぐのを止めようとはしなかった・・・

 『ブラウンシュバイク公・・・力量不足ながらこの私がお供いたしまモガッガ・・・』

アンスバッハの意図を察したロイエンタールが制止の声をあげる前に
既に知っている凡人が最後の力を振り絞って爪先をアンスバッハの口に突っ込み
彼の自殺を止める事に成功する。その直後にアンスバッハは黒猪の手で意識を刈り取られた



ラインハルトは深遠の中にいた・・・・
提督や参謀、暗殺者の姿も彼の蒼氷色の瞳には映らなかった・・・
彼は唯、自分の命を救ってくれた二人の親友を見つめていた・・・

彼の生命を救ったキルヒアイス、彼はいつでも、どんなときでも自分を助けてくれた
初めて会った少年の日から、敵が多かった自分をかばい助けてくれた親友・・・
それを他の提督たちと同列に扱おうとしたのだ・・・彼がもし武器を携帯していたら
暗殺者は武器を手にした瞬間、彼に射殺されていたのだ・・・

キルヒアイスが血を流して倒れているのは自分のせいなのだ・・・

ヘイン、最初会ったときは憎むべき門閥貴族の一員だと思っていた
しかし、彼は違ったのだ・・・民衆と心を同じにし、民政家としての才能は俺を軽く凌駕する
そして、軍事面でも人物の推挙に止まらず、常に正しい助言をしてくれた
伴侶とした女の血筋等という下らない理由で排斥したにもかかわらず、
自身の艦隊に密命を与え、自分の窮地を救ってくれた・・・
それだけでも充分なのに、命を賭して暗殺者に立向かって
自分とキルヒアイスを救おうとした彼の友情を自分は疑っていたのだ・・・

『キルヒアイス・・・ヘイン・・・・』
  『ラインハルト様、ご無事で・・・』「いや、どうでもいいから早く医者!医者!!」

既に自分に近づくラインハルトも、横に横たわるヘインも
キルヒアイスの視界から翳みはじめていた・・・・
彼は急速に近づく死と言うものを理解し始めていた

だが、不思議と死に対して恐怖を感じることはなかった。
むしろ、今後の人生をラインハルトやヘインと共に過ごすことが
出来ないことの方に恐怖を感じていたのかもしれない

それよりも、今は言っておかなければならない事を言うほうが重要である・・・

『もう、私はヘインと共にラインハルト様の
お役には立てそうにありません。お許しください・・・・』
  『ばか、何を言う!ヘインも言ってやれ!!』
  「とにかく医者だ!医者がくれば何とかなる!早く医者だ!!」

『そうだ、もうすぐ医者が来る。こんな傷、すぐに治る。なおったら、ヘインもつれて
姉上のところに勝利を報告しに行こう。いや、ヘインはやっぱりだめだ、な、そうしよう』
『ラ・・ンハル・トさま・・・・』
『おい、どうしてもアンちゃんにあわさない気か!!』

『もう、医者が来るまでしゃべるな・・・』『どうか・・・宇宙を・・・・』
『・・・ああ、ヘインと三人で宇宙を手にいれよう』

『それと・・アンネローゼさ・・にお伝・・ください。ジークは昔・・誓いをヘイ・・ンと共に守ったと』
『いやだ、俺はそんなことは伝ない!お前とヘインの口から伝えるんだ。おまえたち自身で。
俺は伝えたりなんかしないぞ!!いいか?一緒に姉上のところに行くんだ・・・』

『ヘイン・・・』「なんだ?最後だから聞けることなら聞くぜ!」『ヘイン!最後などというな!』

『ラインハ・・ルトさま・・良いのです・・・、ヘイン・・わたしはあなたの・・・才に嫉妬・いました
 許して・・・下さ・・い。・・・そして・・・どうか・・その・・才でライン・・トさまを・・・助けて下・・い・』
「馬鹿やろう、買いかぶりだ!!あやまんじゃねー、それに金髪のお守はおめぇの仕事だ!!
 はやく医者だ!医者はまだかよ!!痛くて痛くてしょうがーね、横の奴死にかけてんぞ!」

ヘインの返答を聞いたキルヒアイスは一瞬微笑んだような
やわらかい表情をして目を閉じた・・・・



親友の不幸を認めることが出来ない若き帝国元帥

早く医者を呼べと叫び続ける凡人・・・・

    悲劇を子守唄に赤い髪の青年は静かに眠りについた・・・


ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(誘惑篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:6295e6ff
Date: 2007/05/13 23:00
歴史的な大勝利は、それを上回る悲劇によって後味の悪い物になった
その結果、歴史の流れはわずかに停滞することと為るが
それは疾風怒涛の季節が到来する前の踊り場に過ぎなかった・・・



凶弾によってもたらされた衝撃は大きく、ラインハルトは後悔と自責の念で
一人自室に引きこもって満足に食事も取らない状況に陥り、
ヘインも重症をおって再びベッドの住人となっていった

前面の門閥貴族は斃れたが、依然として帝国宰相の一派は帝都に健在である
いつまでもガイエスブルク要塞で沈黙を続けるわけにはいかなさそうだった

■高級士官クラブ■

『ローエングラム候とヘインの様子は?』『候はあいかわらず自室でヘインはベッドだ』

問う側も応える側も事態の深刻さを思うと声に力がなかった
戦勝式典の惨事はここに集まった提督とこの場にいない
義眼を含む僅かな人間にしか知らされず、厳重な緘口令が敷かれていた

今後の対応について提督たちが協議を連日続けていたが
有効な方策は見いだせずにいた・・・・

トップ3が揃って不在という危機的状況は、
扉をあけた来訪者によって拭い去られることとなった

提督たちにとっては不愉快なことではあるが、
智恵を借りようかと検討していた人物が姿を現したのだ

『測ったようなタイミングで現れたな』

義眼の来訪に対して種無しは好意を著しく欠いた言葉を投げ掛けた
しかし、それに続いた人物をみて彼は180度態度を変えた言葉を投げ掛けた

『ヘイン!!もう傷は大丈夫なのか?』「大丈夫じゃねーよ!めちゃくちゃ痛い!」

凡人の登場によって陰鬱とした討議の場に明るさと楽観が戻ることと為った

■陰謀家ヘイン■

義眼が入った直後に、俺も士官クラブに入れたのは幸運だった
ここでなにもせずに病室で寝ていたら、義眼に宰相の爺共々消されかねない
なんせ、俺は多分奴が憎むべき唯一のNO2為ってしまったのだから・・・

『卿らの討議も長い割には、なかなか結論が出ていないようだな』
『なにしろわが軍はつい先ほどまでトップ3が不在でまとめ役を欠いていたからな』

おいおい、いきなり垂らしと義眼の舌戦ですか、
しかし、見てるだけで胃が痛くなる遣り取りだ

『で、参謀長か副参謀長には良い思案がおありか?』
「ないこともないぜ」『ないでもない』

『ほう?』
「『「アンちゃん」『ロ-エングラム候の姉上』にお願いする』」

『それは、吾等も考えなくもなかったが、それだけで拉致があくか?』

やっぱり、アンちゃんに伝える役はだれもやりたがらないようだった
そりゃそうだ、俺だってそうだし、普通の奴なら誰だって嫌がる役目だ
だから、普通じゃない義眼に任せる事にしました。

「そっちの方は義眼に任せるけど、みんなにはキルヒアイスを襲った犯人を捕まえて欲しい」
『どういうことだヘイン?犯人は眠らせてあるアンスバッハではないか?』

俺は至極まっとうな疑問をもった垂らしに、原作で義眼した説明を行った
要約すると金髪の『赤髪があんな小物にやられるなんてイヤイヤ』という倒錯した心理が
大物の犯人を求めているのを満足させるため真犯人をでっちあげようとって感じだ

これを聞いて垂らしが、門閥貴族が殆ど死に絶えた今誰が候補なのだ?と聞いて来たので
俺は渋かっこよく答えた


             『帝国宰相リヒテンラーデ公』




ヘインの示した策謀は集まっていた提督を驚愕させる事に成功する。
種無しなどはヘインが本当に味方でよかった。もし敵だったらと感嘆するほどだった

一方、自分とほぼ同じ考えを述べたヘインの指示を受けた義眼は
真犯人のでっち上げに励むこととなる。原作と違い実行犯が生きているため
ガイエスブルク陥落の際に戦死したアンスバッハの部下が宰相の息がかかった者で
アンスバッハに薬物を用いて洗脳し、暗殺者として操ったという事実を苦心の上捏造する

上記の指示に加えて、ヘインは旧赤髪艦隊や金髪艦隊等の数個艦隊を
留守舞台としてガイエスブルク要塞に残し、
他の艦隊に帝都を制圧してリヒテンラ-デを捕らえるよう指示を出した

最後にヘインは略式の宇宙葬を行って赤髪を埋葬した事実を伝えると
些事については義眼によく確認するようにいって病室に戻った

なにからなにまで、原作での義眼の策のパクリであるため
ヘインの指示は概ね理にかなったものであり、皆それに従ったが
彼に凄惨な陰謀家としての一面をださせるほど
赤髪の存在は大きかったのだと諸提督は再認識することとなる

■帝都急襲■

ルッツ、メックリンガーやオベルシュタインを除く
艦隊提督たちは老獪な帝国宰相の宮廷クーデターを未然に防ぐため
神速をもって帝都オーディンに急行した

その際、大きな功績を挙げた者が三名いた・・・双璧と烈将と呼ばれる男達だ
種無しは宰相府疾風の異名に恥じない速度で制圧し、国璽を手中に収め
垂らしはリヒテンラーデ公の私邸に踏込み公の身柄を拘束する事に成功する
また、食詰めも禁忌をものともせず宮廷内に武装突入し幼帝を確保し
宮廷から宰相派を一掃する事に成功する

こうして、一瞬の喧騒と共にリヒテンラーデと一族の命運はあっけなく尽きることとなった
ヒルダが評したように活気に満ちた時代の幕開けに相応しい変事であった

■続捕虜引見■

艦隊提督が帝都を目指し、義眼が金髪の姉に連絡して金髪と話をさせている中
中断された戦勝式典の捕虜引見とそれに伴う罪状認否を行っていた

最高司令官の代理としてというと大層な仕事のように思えるが
基本的には義眼の作成した脚本を読むメックリンガーに
うむうむと頷くだけの簡単なものでただの残務処理であった
ただ、量刑についての権限は一応ヘインに与えられていたが
本人は判断を下すのがめんどくさいので、権限を振りかざす気はさらさら無かった

だが、ある人物が登場することでそれは変化を来たす事となる・・
変革をもたらしたのは賊軍盟主の娘エリザベート・フォン・ブラウンシュバイク

彼女はガイエスブルク陥落時、真っ先にラインハルト軍に拘禁されたため
暴徒と化した貴族連合軍の一般兵に嬲り殺しされる運命から逃れることが出来たが
だが、目下のところ哀れな少女の寿命は数週間延びただけである
義眼の作成したリストには、彼女の名の横に『死罪』と一言短く書かれていた

彼女が弱弱しい足取りで入場すると列席者は、等しく彼女に目を奪われた
数日の拘禁で化粧や髪を結う余裕もなく、豊かな黒髪はただ重力に従う唯のストレート
化粧も満足な物が無くただ薄紅をさす程度であったが、かえってそれが清清しく
彼女の持つ元来の可憐さが少しも損なわれなかったためである

■ライフカード■

ほんと気だるいわ、鎮痛剤で頭がぼけっとしてるのに口髭メックに頷くだけ
出てくる奴はおっさんバッカリだし、俺はけが人だぞ?少しは休ませろよ

        『エリザベート・フォン・ブラウンシュバイク』

ああ、たしか公爵の娘だったな・・・、死罪ってのはかわいそうな気もするが
盟主の娘で皇帝の孫ともなるとどうしようもないか・・・

しかし、この嬢ちゃんも親に似ずかわいい顔してんなぁ
それに自分がどうなるか多分想像がついてるんだろう
ブルブル震えて今にも倒れそうじゃないか?どっかのだれかさんにも
この半分ぐらいの繊細さがあればいいのに、従姉妹でも偉い違いだな

           『あっ、はい・・・』

ほんと、声なんか弱弱しくて守ってやりたくなるって感じだし
あいつにこの娘の爪の垢でも耳垢でも何でもいいから煎じて飲ませるかな

『貴女は貴族たる責を果たすどころか、悪戯に民衆から搾取するに止まらず
 父親が自領の民衆を虐殺することを阻止することなく見逃したことは
 許されざることであり、その罪は帝室の血を持っても贖う事は出来ない』

『お、怖れながらもっ申し上げます・・・わたし・・いえ、わたくしはなにも知りませんでした
 おとうさま・・父がしたことはお詫び申し上げます。お願いですどうかご慈悲を・・・』
 
いや、そんな涙目で見つめられてもヘイン困っちゃうぞ?
だって、義眼に貰った脚本に下手な情けは無用、貴族の横の連帯は絶つべしって
太字で書いてあるんだもん!勝手な事をしてこれ以上睨まれたらヘイン消されちゃう
みるな、みるな!頼むから縋る様な目でみるな~!!おれは悪くない・・悪くない

『エリザベート・フォン・ブラウンシュバイク罪状を申しつける!閣下御裁可を』

ちょっ!?メック!!さっきまで『御裁可を』なんて俺に振ってなかったじゃないか
こいつ嫌な事を俺に振る気か!「ロン毛ちょび髭おやじってインチキ臭いよな?」って
酔った勢いでこのまえ言った事を根に持ってやがったのか・・・?
いや、奴の描いた絵にお決まりの肉とか邪眼を描いたのが不味かったのかな??
くっそ~ちょっとしたお茶目なのになんて執念深い奴なんだ


『あっ・・あのヘイン様、どうかご温情をお願いします・・お願いします・・お願い・・』

おいおい泣きながら懇願なんて勘弁してくれよ!ここで死罪なんて言ったら
いたいけな少女を無慈悲に殺す極悪人じゃないかよ!

『ふむ、閣下・・小官の私見ではありますが、親の罪を子に問うのは悪しき風習
 とはいえ、賊軍盟主の家門に連なるものを不問にするのも難しいことではあります
 ですが、家門がブジン家のような大功ある名門に変われば・・前例もあるようですし』

メック!!貴様知っているな!!!ってフェルナーの野郎!
面白がってサビーネのこと言いふらしやがったな・・・ルッツの野郎もニヤニヤしてやがるし

『英雄色を好むと古来より言われており、公ほどの権門ならば側女の一人や二人
 それに、ご内儀への説明の労も新たな花を愛でる幸に比ぶれば些少なことで御座いましょう』

フェルナーの野郎!メックにサビーネのわんぱく振りまでしゃべりやがったな!
あいつやカーセさんに側室ができましたなんて言ったら殺されてしまう


             『どうするよ!俺!』




なかなか選択のカードを切ることが出来ないヘインであったが
『ヘイン様、あの微力ながら精一杯にお使え申上げます』と
少女に頬を染めながら言われると、あっさり陥落し助命することを決定してしまう

一応は、妻の従姉妹というブジン家の家門に連なる者を庇護する義務が
家長にはあるという苦しい理由を付けてではあったが
かわいい2号さんを得ることより、凶暴なお嫁さんと美しい侍女に
虐殺されるのを怖れたヘインは庇護者になるという選択肢を選ばざるを得なかった

また、蛇足ではあるが未だ眠りの住人であるアンスバッハの助命と
ヘインの副官任命がこの捕虜引見の際に決定した事を追記する
あくまでもリヒテンラーデに洗脳されて心身喪失であるため罪は問わずという
これまた、滅茶苦茶な論法ではあるがアンスバッハが生きている以上
真犯人を捏造するには止むを得ない処置であったため、義眼も特に異を唱えなかった

また、義眼によって設けられた姉との会談で立ち直った金髪も最初は難色を示したが
ヘインが許すならば自分は何も言うことはないと、それ以上の異は唱えなかった



ロイエンタールから帝都制圧の報を聞いたラインハルト以下の諸将は
それぞれの想いをもって帝都への帰途に着く、あるものは後悔と悲しみをもって、
また、あるものは新たな花に対する言い訳をどうするかという苦悩を持って

ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(通院篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:844ad2dd
Date: 2007/05/27 16:31
オーディンに凱旋した兵士達は帰れなかった戦友の分も
喜びを爆発させていた、不合理で不条理な貴族支配の終焉を歓迎しながら・・・
新しい時代の幕開けであった・・・



数ヶ月ぶりに家族や恋人の元に帰れる喜びを隠さない兵士達の中
一人浮かない顔をした偉人位をほぼ極めた人物がいた

見た目は申し分もなく、守ってやりたくなるようなしおらしさと
従順さを併せ持つ美少女の庇護者となったブジン公へインである

賊軍盟主の娘であるエリザベートは己の立場をよく弁えていた
庇護者となったブジン公によって生かされている事を

そして、その圧倒的に優位な地位を利用してブジン公が
無理な要求や無体な扱いをすることは無く
自分に対してあくまで庇護者として紳士的な態度をとっている事を
深く感謝すると共に、好ましく思っていた

実際のところは、帰ったときにサビーネにどういう釈明をするか
ヘインはその点だけに全精力を傾けて思考を巡らしていたため、
彼女に構っている余裕がなかっただけであったのだが・・・

■帰宅拒否■

はぁ、横には優しく微笑むかわいいお嬢さん
秋空の優しい陽光のなか、ふたりでゆっくりと家路を辿っていく
普通なら、うひゃっうひゃっしちゃう状況だが、

困った、ほんとに困ったものだ
多分嫉妬深い野獣ちゃんに『今日から新しい家族が出来ました』なんて言えん
下手したら尖ったナイフでぶすっと刺されちゃうかもしれない

一応、誕生日プレゼントに適当な結構高い首飾りを用意したが
そんな物で納得するだろうか?いや、納得しまい・・・・
『この泥棒猫とヘインを殺して自分も死ぬ』とかいいかねん

あぁ、近づく我が家が黒く見える・・・・
玄関のベルを押すことが死刑執行ボタンを押すように思えてきた

おちつけ、落ち着くんだヘイン!!!
おれはやましい事はとりあえずしていない、つまりやっちゃいないんだ
ちょっとかわいさにクラっときたのは事実だが、ぜんぜんセーフで無問題だ

    「お恥かしながら、ただいま帰宅しました!なんちゃって~」



ベルの音を聞くや否や、扉を勢いよくあけてヘインにサビーネは飛びついた
彼女は、しばらく会えなかった寂しさからかぴったりと彼に抱きつき
久しく感じることができなかった夫の体温を堪能することとなる

時間にして数十秒、微笑ましい軍人と新妻の再会であったが
来訪者によって紡がれた言葉によって終幕を迎える・・・

『あの、サーちゃんお久しぶり、しばらくご厄介になるけどよろしくおねがいします』

その瞬間、肉がつぶれるような音と骨が軋む音が軽快なワルツを奏で始め
カエルが鳴くような絶望的な歌声が響き渡った

『エリザ姉さん!?久しぶり~♪すぐカーセに頼んで部屋を用意するからね♪
 あ、さっきに中に入ってて!私はちょっと旦那様とだい~じな話があるから♪』

『あ、うん・・・あっありがとう・・じゃぁ、さきに入るね・・』

来訪者が審判の門を閉ざしたあと、異端審問会さながらの尋問が始まった

『なんでエリ姉が家に来るの?』「なんででしょう?」『はぐらかさないでよ!』

しどろもどろになるヘインに、激しく詰め寄るサビーネ
浮気をした事実は全くないとヘインは説明するが、
徐々に興奮してきたサビーネは一向に追及の手を弛めようとしなかった

彼女は自信がなかったのだ・・・・
押しかけ女房どころか、半ば脅迫紛いの狂言で結ばれた関係であることを
常日頃とまでは言わないが、彼女なりに気に病んでいたのだろう

そんな折に別の女性を伴ってヘインが帰ってくれば
平静でいろと言う方が難しいという物だ
しばらくは、不毛な追求と弁明の応酬が続いたが
サビーネがうわーんうわーんと幼子のように泣き始め
ヘインをより一層困惑させることとなる

■■

おいおい、さんざん責めたてられたうえに泣かれるなんて
俺のほうが泣きたいよ。まったく泣いた者勝ちかよ!

へいへい、泣く子にはこのヘイン様もお手上げだ
古典的だが物でつろう。ちゃんと準備したんだから使わなきゃ損だしな

ほら、遅くなったけど誕生日プレゼントだ
大した物じゃないが、良かったら貰ってくれないか?


    『へぇっ?・・いっ・・いらない!』


あぁ、そうかい・・・じゃぁお店に返してくるかなって
手を離してくれんか?いらないんだろ?痛い!!手噛むなバカ!!
イテテッ・・・全くあいかわらずめちゃくちゃな奴だな!!


  『やっぱ貰う・・ありがと///…でも、ちゃんと説明はしてね?』


おいおい、俺が浮気なんてする訳ないだろう?俺は銀河一の聖人君子だぜ!
なんでい、なんでい、その疑いに満ちた目は?ちょっと腹立つなぁ~
うん、まぁ一応泣き止んでくれたからよしとしよう


  『犬も喰わぬなんたやらですね・・』『サーちゃんいいなぁ~』


おっほん!!とりあえず家庭の平穏無事をとりもどせたから
ドアから覗いている侍女と来訪者の無礼は不問にしておこう
正直、これ以上冷やかされるのはさすがに御免だってのもあるが

その後は、機嫌を直して笑顔一杯の単純サビーネとカーセさんに
エリザを加えて食事をとりながら団欒するなど、そこそこ楽しい時間を過ごせた
誰かさんに痛めつけられたせいで、体が悲鳴をあげてなければなお良かったが・・・




騒々しい帰宅の翌日早朝、ヘインは珍しく早起きをしていた
新たな庇護者を伴ってある場所に行く必要があったためである

彼は無用な面倒事を避けるため、小さな寝息を立てる妻を起こさぬ様
細心の注意を払って寝所を抜け出し、エリザを伴って玄関を出たのだが
そこには既に、腰に手をあて得意げに胸を反らせて立つサビーネがいた
そして、彼女は二人だけのお出かけは認めない、自分も付いていくと主張した

彼女の主張に対しヘインは『別にいいけど、大して面白くないと思うぞ?』と答え
彼女の予想に反してあっさりとその要求を受容れた。

結果、先帝の皇孫二人を含む三人で目的地に向かうこととなった
また、その結果に少し本来の同伴者であるエリザベートが残念そうな顔をした事には
幸いサビーネとヘインの両者共に気付くことはなかった
もし、どちらかが気付いていたら一悶着や二悶着はあったかもしれない・・・



3人が訪れたのは地上車にのって30分ほどの軍病院であった
そこに入院中の患者に会うことがヘインの目的であった

受付で聞いたその患者の病室の前に着くと
ヘインは二人に外でしばらく待っているように告げると
ノックの返事を待たずに病室に入った・・指示を無視したサビーネと一緒に

■忠義のかたち■

「おい、外で待ってろって言っただろう!」『どうせ!女の子のお見舞いなんでしょ!』

入った途端にギャーギャー揉め始めた二人であったが
病室の主人がベッドと入り口を隔てたカーテンを引き
些か生気の欠けた声をかけた事によって不毛な争いは終焉を迎える

『さて、遺命も果たせぬ無能者に何用ですかな?ブジン公・・・』
「息災そうで何よりだアンスバッハ“少将”」

自嘲の影が色濃い挨拶をしたアンスバッハにヘインは特に動じた様子も無く
本来の階級よりも一つ高くしてアンスバッハに挨拶を返す
一方の予期せぬ昇進を宣言された男も、特に感銘をうけた様子は見られなかった

『“少将”ですか・・・・刑死に特進の例があったとは思えませぬが?』
「違う違う、特赦する上に昇進させて俺の副官になって貰うって事よ!」

ヘインの信じられない提案には、アンスバッハも半瞬ほど思考を停止させられた
賊軍の許されざる凶弾者の自分を助命するだけでなく、
自分の腹心に取立てるなど、正気の沙汰とは思えなかったからだ
後ろに立つ闖入者サビーネですら、あきれ返って固まっていた


『噂通り酔狂な方ですな、過分な温情痛み入りますが、小官も武人の端くれ
 主君の遺命も果たせず、いまさら生き恥を晒す気など毛頭ありません』
「だめだ!晒して貰う!俺のためというかエリザベートのためにだ!」


ヘインは外で待つエリザベートの名前を出し、先代の遺命を果たせないなら
遺児ぐらいの面倒を見るのが忠義ってもんじゃないのかと語り
賊軍首領の娘を守ってやれるぐらい働いてくれないかと頭を下げた
冗談めかして「後ろのお転婆さん一人で俺は手一杯なんでね!」と付け加えながら


   『非才の身ではありますが、微力を尽くさせて頂きましょう』


ここに至って、頑迷な忠臣も遺児を守るため仰ぐ旗をかえることとなった
ヘインは闖入者と共に病室を辞し、主賓に先に帰るからゆっくり話してこいと告げ
エリザベートを病室に入れると足早に病院を後にした
柄にもない事をして気恥ずかしくなったのか、やけに早足であったという

■闖入者■

最初はエリザと一緒にデートでもするのかと思って
無理やりついてきちゃったけど、全然違った・・・

正直、病院に着いたときも誰かかわいい女の子のお見舞いでもするのかと
私はまだ疑っていたから、わがまま言って病室に入ったけど・・・

     うん、惚れ直しちゃった・・・エリザだけじゃない
    わたしの旦那様はだれにもやさしい素敵な人なんだ・・・

     それに、わたしだけでいっぱいって言ってくれた

          すごく、うれしかった
       この人を絶対に離さないって思った!

    いま、腕を組んでいるだけで・・・並んでいられるだけで
      ほんとに幸せなんだよ?気付いてるヘイン?

  『うん、どした?カッコイイヘイン様に惚れちゃったか??』
    「うん!惚れちゃってる!あなたが大好き!!!」

あーあ照れちゃったみたい♪『馬鹿いってんじゃねーよ』とか
お決まりな事いって横向いてるし、顔真っ赤だよ?
もう、一気に止めをさしちゃおうかな・・・


     「今日はいっぱいかわいがってください♪」




帝国暦488年10月、ラインハルトは爵位を公爵に進め帝国宰相の座に着いた
帝国軍最高司令官の称号もそのまま持ち、政戦の大権は一個人の手中に落ちた
これに伴い人事は大きく刷新されることとなる

ファーレンハイト、ロイエンタール、ミッターマイヤーにオーベルシュタインの
4名は上級大将となり、そのほかの艦隊司令官も大将へと昇進を果たす

ブジン公は先の内戦にあって総参謀長の重職にあって勝利に貢献にするに止まらず
全軍崩壊の危険を予知し、小艦隊を用いて司令官を救い、
暗殺者からも身を挺して赤髪と共に司令官の窮地を救っている
さらに、事後のリヒテンラーデ前宰相の排斥を主導し、
政争の勝利にも大功があったと評価され、勲功第一の栄誉を受けることとなる

爵位階級は既に公爵、元帥と頂点を極めているため、
軍務尚書・統帥本部総長・宇宙艦隊指令長官の帝国三長官全てに任じられ
現職の宇宙艦隊総参謀長と幕僚総監の地位も引き続き兼務することとなった

また、辞任したゲルラッハに代わり帝国副宰相に任じられ
帝国宰相とともに皇帝陛下を輔弼する国政の重鎮たる地位を得る

もはや、ナンバー2なんてレベルじゃねーぞという状態である
義眼や垂らしどころか、種無しですら懸念を若き主君に伝えたが

金髪に、功には相応の賞を与えねばならないと返されると
諫言を行った者はヘインの大功を否定することが出来ず、
これ以上の諫言を諦めて、引き下がらざるを得なかった

これらの役職に加えて、帝国暦489年1月を目処に
ブジン元帥府開府の勅命が下される。
その内容はというと、元帥府の構成は三個艦隊5万隻を上限とし、
人選については金髪とブジン公に一任するというものであった



強大な権力を得た金髪に次ぐ、権限と実力を得たヘイン・・・
内乱を収めイゼルローンに帝国の宿将を招きいれる事に成功した魔術師
両陣営の顔ぶれが大きく変わる中、あらたな戦いの予兆が見え始めていた


     ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(激務篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:844ad2dd
Date: 2007/06/03 19:49
新たな権力者による改革は活力に富み
帝国全土にプラスの波紋が広がりつつあった
だが、その波紋の中心にいる男達は
些かマイナスの感情に囚われていたが

■井戸端会議■

帝都での専らの話題といえばブジン元帥府の人事であった
ブジン公がどのような人選をするのか、
ヘインリストの中から大半が選ばれるだろうと予想はされていたが
それでも人選される高級将校の興味は尽きることは無かった

「卿は栄えある三長官閣下が誰を自らの元帥府に招聘すると思う?」
『そうだな、俺や卿にファーレンハイトにオーベルシュタインの内
 少なくとも一人はブジン公の元に集うこととなるだろうな・・・・』

興味津々の種無しに表向きは平静を装って垂らしは応え、
離れた席で怒声を挙げる黒猪と違って本心を曝け出すような事は無かった

「ヘインが最強を望むなら我が黒色槍騎兵を欲するはずだ!!」
『小官もブジン元帥の傘下で働く機会を与えられるなら
 自分の持てる才の全力を持って公を補佐する所存です』

帝国軍最強の矛と盾もブジン元帥府に招聘されることに
思いのほか乗り気のようであった。
黒猪は金髪と違って崇拝するのではなく
出来の悪い後輩をいっちょ助けてやるかといった風であったが



新たに開府する元帥府の主役である噂の中心人物は、別の仕事に追われていた
ヘインは帝国軍三長官と副宰相を兼任しているため、その人事に忙殺されていたのだ
まぁ、金髪が帝国軍最高司令官として三長官の権を握っているため
軍権についてはヘインの負担はそれほどではなかったが、

副宰相として国政人事に関して金髪はほぼヘインに丸投げであった
ヘインの領地経営の実績と幼き頃の発言が、若き独裁者を大きく勘違いさせていた

だが、勘違いされた男は見事に金髪の期待に応えた
リヒター、ブラッケを中心とした自領の能吏たちを
次々と中央に招聘し、改革を驚くべき速さで成功させていったのである

副宰相府では連日新たに登用された官吏達が
新制度や改革案を国政の重鎮たるブジン公に説明していた
一方、説明を受ける凡人たるヘインは能吏が何を言っているか
中々理解することができず『よくわからんけど?』『まぁいいやそれで』
などといい加減な返答をするだけであった

それでも、上司への説明責任を果たさないことを良しとしない優秀な官吏達は
必死にヘインの理解が得られるまで、何度も何度も説明を根気よくおこなった

しかし、ブラッケやシルヴァーベルヒといった
少々発言が過激なものや己の能力に自負を持っている人間は
不毛ともいえるヘインへの説明が終わるたびに
『あんな無能はみたことがない』『理解する気があるのか!!』と
人目を憚らず、ヘインへの不平不満を本人や周囲にぶちまけていた

以前の領地経営時は、ヘインが殆ど不在であっため自由に改革を行えていたが
それが国政にかわった途端、首都から動くことが少ないヘインに
説明する機会が増えたことが、彼らを憤らせる原因となっていたのだ

だが、その結果出来た『ヘインでも理解できる改革案』は非常に分かり易く
地方のごく平均レベルの官吏達も理解し、運用できるようになっており
新制度や改革案の帝国全土への浸透をより早める結果となる

このことは両者もよく分かっており、ブーブー言いながらも
『あの、ボンクラはどこだ!』『執務室にいないぞどこへ行った!!』と
直ぐに仕事をサボって執務室や副宰相府から抜け出そうとする
ヘインを追い掛け回すことが日常茶飯事となっていた

後年、ブラッケは盟友リヒターにこう語っている
『ブジン公の理解を得るのは、滝の水を逆行させるが如くの難行であったが
 忌々しい事に時代の変革を進めるためには欠かすことが出来ない物であった』と



金髪の補佐であっても三長官を兼ねることとなったヘインは
統帥本部総長代理に義眼を就任させ統帥本部と宇宙艦隊司令部を任せ
軍務省官房長官にアンスバッハ少将を大抜擢し、周囲の度肝を抜く
豪胆でなる種なしも大胆なことをするものだと感嘆を漏らすほどであった

また、フェルナーも准将に階位を進め、
参謀チームの職務に加えて軍務省調査局長も兼ねることとなった

このように元貴族連合の優秀な参謀たちを次々と重用する事によって
新体制が実力を正当に評価し、広く人材を求める事が証明された
結果、各地に埋もれていた人材が金髪とヘインの元に続々と集まることとなる

■ブジン元帥府へGO!■

ようやく、仕事が一段落着いたな・・・・
まぁ、仕事を丸投げする奴を決めただけだけどな

今度は、栄えあるブジン元帥府のメンバー選びと行きましょうか!!
第一に副官だな!これは当初の予定通りアンスバッハ少将で決まりだな
優秀だし執事としての力量も完璧だ!それに義眼との遣り取りも期待できる

三人の艦隊司令官は誰を選ぶかなと思っていたんだが・・・・
何で俺の開府まえの元帥府に食詰めがさも当然のようにいるんだ!!
って、何勝手に私物のカップとか持ち込んでるんだ!

『まぁ、卿と艦首を並べるのも悪くないと思ってな』

なにがわるくないだバーカ!おまえが来てから備品の消費量が上がってるんだよ
コーヒーを何杯お替りする気だ!ツルセコ元帥め!!

まぁ、いいだろうこいつも優秀ってことには変わりは無いし
一応、友人だからな・・・こいつには旗艦艦隊司令官兼参謀長をやって貰おう
あとは大将クラスを二人だな!優秀な奴を選んで選んで楽をしないとな!

うん、鉄壁君にしよう!善良で誠実そのうえ俺の盾になってくれそうだ
黒猪なんかより全然いい!特に俺の盾になってくれそうなところが!!

あと一人か、そうなると・・・あいつしか居ないな
わが心のともを呼ぶとしよう・・・

■おれ、おれおれ!おれだよ■

~アスターテ後~
「おれ、おれだよヘインだよ!!久しぶり!あぁいいよ!いいよ!
 お前は何も言わず聞いてくれんるんだろ?わかっているさ心の友よ!」
『・・・・・・・・・・、・・・・』

あのときは、セーフティに反包囲で行こうっていう意見を無視した
赤髪と金髪への不平不満をだまって聞いてくれたなぁ

~サビーネ遭遇~
「おれおれ!おれだよ!うんおれ!俺ヤバイ、まじでヤバイよ
 どれぐらいヤバイかって言うとお前が言葉を失くす位ヤバイ!」
『・・・・・・・・・・・・・!?・・・・』

ぶっとんだサビーネと会ったときの事話したら
あいつ言葉を失うほど驚いていたなぁ・・・・

~元帥府勧誘~
「あぁ、おれ!おれだよ・・・もう分かってるんだろ?そう・・・そういう事だ!
俺の元帥府にはお前の力が必要ってわけよ!おっと返事はする必要はないぜ!
俺達には言葉はいらないからな?そうだろう?一月の開府式には遅れるなよ!」
 『・・・・!?×■?!!・・・・//○・・・▲!?』

やっぱ言わなくても分かってくれる友人ってのはいいね~
とりあえずは副官に艦隊司令官の人選も終わったから一息つけるな



烈将もとい食詰め元帥のファーレンハイト上級大将
ディフェンスに定評のある鉄壁ミュラー大将
心の友沈黙提督アイゼンナッハ大将

この三名に副官アンスバッハ少将がブジン元帥府の中核を担って行くこととなる
この人選が発表されたとき、選ばれた者・選ばれなかった者共に
攻守、バランス共に非常に優れた構成だと認めることとなる

■開府式■

年が明けて489年の1月
旧ミュッケンペルガー元帥府改めブジン元帥府では
開府の新年パーティーが盛大に開かれていた・・・・

「みなさん、楽しくやりましょう」

とりあえずはヤンのスピーチをパクったヘインの挨拶で宴が始まる
そのパーティーには政府高官や軍首脳に加えてその家族もたくさん列席していた
宴の華には宰相府首席秘書官のヒルダ、ブジン夫人サビーネ
なぜか食詰めのパートナーとして来ているカーセに
アンスバッハと一緒に、賊軍の人間が参加して大丈夫かと少しキョどっている
エリザベートも来ていたが、ミュラーが卒なくエスコートしていた

それを見てヘインはイチャつきやがってと不機嫌になっていたが、
横のサビーネは上機嫌そのものでパクパクと良く食べる健康児振りを発揮していた

「なんだか微笑ましくて妬けしまいますわ」
『俺たちだって負けてないさ、そうだろエヴァ?』
「ミッターマイヤー先に帰っても構わんか?」

種無し夫妻につきあう垂らしは少々疲れが見え始めていた

義眼とフェルナー、シュトライト、アンスバッハの参謀カルテットは
だれが皿に残った最後の料理を食すか不毛な心理戦を繰り広げていたが
無遠慮に手掴みで料理を平らげた黒猪に不覚を取っていた
智者に勝る愚者ありといったところだろうか

ルッツ、ワーレンにベルゲングリューン、ビューローにジンツァーといった
旧赤髪艦隊の面々は久方ぶりの再会を祝していた

金髪と首席秘書官ヒルダにメックリンガーやケスラーは
歓談しつつも政務や軍務の話題が中心の色気のない物であった
ケンプやアイゼンナッハといった妻子持ちは
各々の家族サービスに忙しいようであった



それぞれ、自分にあった楽しみ方で新年を祝っていた
そのうち何人が翌年を祝うことが出来るだろうか・・・


ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(過労篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:844ad2dd
Date: 2007/08/06 21:54
役不足に力不足・・・
明らかに力不足の人間を周囲が役不足と誤解する
みなさん働きすぎには注意しましょう・・・

■過重労働■

一月以降の新たに元帥府を開府したヘインは仕事に追われていた
基本的に軍務は義眼や食詰めに丸投げをしていたが
国政面ではブッラケ等による説明地獄は容赦なく行われ
副宰相府を出るのが深夜になる事も多々あった

それでも家に帰ればサビーネの相手を疎かにすることも出来ない
仕事と家庭の両立は凡人にとって骨が折れる作業であった

そんな状況下にあってはシャフトの動きを抑える余裕はなく
ラインハルトとヘインの軍務を丸受けしたオーベルシュタインによって
無謀なイゼルローン攻略作戦が進められる事となる

ヘインは政務に終われてテンパっていたのと
軍務に関する決済をすべて金髪と義眼に任せていたせいで
要塞ワープ計画の進行を知ったのが、
もう計画の中止が無理な手遅れになった後になってしまった

そして、月日は淡々と流れ
金髪と凡人の両元帥府共同回廊攻略作戦の副指令就任が内定しているミュラーから
ワ-プ実験実施予定日の報告を受け、ようやく事態の深刻さを知ることとなったが
国政面に忙殺され疲労困憊のヘインは特に有効な対策を採る事は出来なかった

■実験どっか~ん■

やっちまったな・・・
すっかり忙しさにかまけてシャフトのこと忘れてた
いまさら義眼が比較的主導してた作戦案を潰すなんて俺には怖ろしくて出来ない
とりあえず、要塞に要塞ぶつけろとミュラーにアドバイスをしたが
『ブジン公はなかなかに過激な方ですね』と笑って取り合ってくれなかった
残念だがエリザと乳繰り合ってる報いだ!死んで来いアホの壁が!!!

鉄壁が駄目なら次だ!次!!!
連続ワープで回廊を飛び越える作戦も提案したが
巨大質量を何度も連続でワープさせるのは危険極まりないと
シャフトの禿に説教された・・・そんなに危険ならやんなよ

もういい、俺があっという間に解決してやるから俺にやらせろ
攻略法が分かっているなら、多分俺でも出来るだろう

『もうよい、ヘイン・・・この実験が終了すれば侵攻作戦は実行される
 ここは、ケンプとミュラーに任せてみようではないか、卿が動く事もあるまい』
『御意、ヘイン閣下の懸念は理解できますが、閣下の御身は一つ、今必要とされるのは
 国政にて発揮される手腕、遠い前線で振るうのは才の浪費ではないかと?』

くそう、もう勝手にしろ!戦争馬鹿に策謀馬鹿コンビが
失敗したって知らないからな!!ぷんすかぷんだ!



諸将のいるなか金髪と義眼に足してヘインがぶつぶつ文句を言っているため
この作戦にヘインが不満を持っていることが公然の事実となった

これに対してヒルダ等の侵攻作戦に疑問を持つ一派は、
ヘインに与して金髪を説得しようと試みたため、
一瞬軍部内に亀裂が走りかけたが、
食詰め元帥が『結果を前にして外野が騒いでは不味かろう』と
決定的な対立構造が出来る前にその場を収めた
これに対し、胸を撫で下ろす親友の横で、瞳に僅かな失望の色を灯した男がいた
幸いな事に、周りの重臣達が彼の不穏な様子に気付くことはなかった・・・

そうこうしているうちに、実験は成功し巨大な要塞がスクリーンに映し出された
その光景を見ると、黒猪ほどではないが皆、驚嘆の声をあげていた

こうして実験に成功したガイエスブルク要塞には、
多数の艦隊と将兵が搭乗し、イゼルローンへ向かうことが正式に決定された
帝国暦489年三月十七日のことだった

 ■秘書官■

『ヘイン・・・ガイエスブルクへ行こう・・・』

赤髪の青年が斃れた大広間に入ることが許されたのはブジン公だけだった・・・
ラインハルトは彼の横にいる人物と死者にしか心を開かないのだろうか?
ブジン公がいる間はいい・・・・でも、もしもかれが先に逝ってしまったら・・

ラインハルトには戦争や政争で戦う力でなく、
横にいてくれる友人達のほうが何倍も必要なのではないだろうか・・・
これは自分よがりの勝手な考えかもしれない・・・
けれども、ラインハルトの何者をも拒絶するような冷たい表情を見ると、
そう思わずにはいられなかった。

■大広間■

「なんだぁ、俺は男と二人でしけこむ趣味はないぞ?」
『ヘイン・・・少し黙っていろ!まったく、卿には感傷というものはないのか?』
「ケッ、生憎とセンチぶって悲劇の主人公になれる器量は俺にはないんでね」

自らの責で大事な友を喪った場で、罪悪感を片手に
盛大に沈み込もうとしていた金髪であったが
傍らの飄々としているヘインの態度に重い空気は吹き飛ばされ
彼の滑稽さに呆れのため息と笑い声をあげさせられる事となった
そして、その顔からは負の陰影はすっかりと消え去っていた

『ヘイン、そうだな・・俺たちは宇宙を手に入れる・・立止まっている暇はない』
「へいへい、それじゃ帰りますか?かわいいヒルダちゃんもお待ちかねだろうし」

金髪は亡き友との誓いを果たすため、力強い一歩で部屋を後にした
まだ横にいてくれる友の期待を裏切らないようにするため・・・・

■■

まったく、世話が焼けるぼっちゃんだ・・・
叱られて泣きそうな悪がきみたいな顔しやがって
生意気な弟の御守り役なんて俺の柄じゃねーぞ?
こっちはヒルダちゃんと仲良くなるのに忙しいっていうのによ!
まぁ、多少は元気になったみたいだから良しとしますかね?

しかし、冷や冷やしたな・・・こんなところに二人っきりになろう何て言い出すから
『やらないか?』→『あっー!!』のコンボか、色々とマズイ事がばれたかと思ったぜ



堅く閉ざされた扉からじゃれ合うように出てきた
二人の若き独裁者の姿を見ると、ヒルダの言い知れぬ不安は消し飛んだ
ブジン公の姿を見ると悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなったのだ

人生は決まってなどいない・・・銀河一悲劇の似合わない男が彼の横にいる
その事実は、ヒルダの沈んだ表情を上気させ輝く笑顔を取り戻した。
そして、その結果を生んだ功労者に彼女は最高の笑顔で労をねぎらった


『お疲れ様でした。ブジン閣下♪』


その笑顔にデレデレになったヘインは上機嫌で舞い上がり・・・
興奮の絶頂を迎えた後に、白目を剥いて泡を吹きながら倒れた・・・

■凡人論■

無謀な出兵を帝国三長官の重責を担っていながら
なんら有効な防止策を講じることも出来なかったヘインを
声高に批判する後世の歴史家は意外なほど少なかった

このときのヘインがあくまで便宜上の三長官兼任者であり、
実際の軍権は帝国軍最高司令官の金髪が握っていたという事実、
また、ヘイン達が主導した国政改革によって救われた臣民の数が
無謀な遠征の犠牲者を遥かに上回っていたためである。

しかし、一部の批判者は軍の重職にいる者が
敗戦の責めを負うのは当然と尚も主張するが、
過労で倒れるほど臣民のため労を惜しまず、
結果をだした為政者に対する贔屓の目は強く

一人にあまりにも多くの事を求めすぎるの酷であり、不可能ごとである
事実、国政の大半を担ったブジン公は過労で倒れたではないか?
と擁護者達に抗弁され黙ることが殆どであった

実際のところは、理解が遅く改革案の説明が長時間になるという
自業自得といった原因や、元気一杯の奥さんの相手が原因で
疲労が溜まり倒れたという余り誇れる物ではなかったのだが・・・
まぁ、真実などはそんなものである
世間の評価は得てして表向きの事実が優先されがちになってしまう物なのだ

■他人の不幸は■

ブジン公不予の報は帝国内に止まらず、フェザーンを経由し
遠く自由惑星同盟にまで届いていた・・・

フェザーン自治領主の補佐官ルパート・ケッセルリンクと
その上司たる自治領主ルビンスキーの策謀に嵌められ
ヤンを査問会に召還した愚劣なる同盟の高位高官の人間達は、
前線から名将を引き抜く危険性に全く気付く事無く
降って湧いた帝国の不幸を無邪気に喜んでいた・・・・


そして、当事者たるヘインは休暇を満喫・・・していなかった・・・

■在宅勤務■

人生は甘くないし、現実は厳しい・・・
ブラッケ、シルヴァーベルヒはお構いなしだった
もちろん、サビーネはもっとお構いなしである

前者はヘインが逃走できないことを喜び、
後者は単純に一緒にいられる時間が増えた事を喜んだ
両者が共通していたのはヘインが疲れていようが、弱っていようが
自己の欲求さえ満たされれば問題ないと考える点であった


『ヘイン様って大人気ですね!サーちゃんも嬉しそう♪』
『旦那様がお嬢様の相手をするのは当然です』


他人事な傍観者に見守られながらヘインの受難の日々は過ぎていく・・・


ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(休暇篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:f7653df7
Date: 2007/08/13 23:11
束の間の休息・・・・
共に過ごしてくれる人がいるなら
それは、幸せなことだ・・・

■長期休暇■

過労で倒れたヘインは、自宅のベッドの上から逃げることができず
政務に精励する羽目になったが、
優秀な官僚陣のおかげで思いのほか改革は進み、
ヘインはお役御免、もとい長期休暇を得ることになった

ヘインはこの休暇を利用して、内乱後に得た旧リッテンハイム領と
旧ランズベルク領の視察に単身で赴く事にした

官僚やサビーネに四六時中囲まれ、彼は一人になる時間が欲しかったのだ
ヘインは『自分探しの旅に行く』と頭の弱い書置きを残し、
一人、家を出て星の大海へ繰り出そうとしていた・・・・

■孤独な冒険者■

使い古したバックを一つ抱え
未知なる世界への冒険心で飛び出す!
う~ん男のロマンだね!しがらみの無い自由の世界が
そう!いつだって俺の前には広がっているんだ!!
いざゆかん!宇宙の果てイス○ン樽へ!!!


       『うんうん!レッツGO~♪』


そうそうレッツGOって~!?
まぁ、いい帝国三長官はこの程度ではうろたえない

   『お嬢様、忘れ物は御座いませんか?』

あ、カーセさんそのリュックかわいいですねって
ちがうちがう・・・そういう問題じゃないんだ

   『アンスバッハ、申し訳ありませんが留守を頼みますね』

そうそう、留守番はしっかりしないとねって!
三人ともどうみてもお出かけルックです。本当にありがとうございました。

   『そろそろ準備もよさそうだな、では行こうか?』

食詰め君も一緒ですか、そうですか?
分かりました分かりましたよ!!!みんなで仲良くいきゃ~いいいんでしょ!


   『それじゃ!改めて出発進行~!!』「『おぅ~!』」


■ ?!○  ●=  ■

ヘイン漂流記ではなく、ヘインの珍道中へと変更となったが
前線で血を流しあう二つの要塞に篭る兵士よりは十二分にマシな状況であった

ヤンが首都の査問会に呼び出され不在のイゼルローンに
突如として現れた帝国軍の巨大要塞・・・・

「イゼルローンなみの要塞ということか・・・・」

帝国軍要塞出現の報を受けたキャゼルヌはさすがに平静で入られなかった
それだけ色々な意味でとんでもないことであったのだ
どちらかというと、こんなばかげた事をする奴がいるとはの意味で

その後、シェ-ンコップやムライといった首脳部は
ただ座して待つわけには行かず、とりあえずの対応を協議し
直ぐにヤンを戻すよう首都に連絡する事を決定した。

魔術師が帰還するまで何とか持ちこたえなければならない状況が
イゼルローンが陥落すれば同盟領が丸裸の状態になるという事実と合わさり
大きな重圧となって司令部に圧し掛かっていた・・・・


■バカンスが止まらない■

前線で緊迫した状況の最中、ヘインたちは常夏のリゾート地で
危機感ゼロの状態でバカンスを満喫していた

■■

あつい、クーラーの効いたホテルに帰りたい
だいたい海に来たからビーチに来るなんて短絡的だ

そもそも、文明人たる現代人は快適な空調施設の中
極力、体力を消耗しない休暇を過ごすのが本来あるべき姿ではないだろうか?

『じゃーん!水着美女の登場で~す!!』
『なんか、久しぶりの水着だからちょっと恥ずかしいかな?』
『いえ、お嬢様もエリザ様も良くお似合いですよ』

 
         夏 空 ビ ー チ に 乾 杯 !


うんうん、やっぱ海は最高だぜ!!男のロマンだね
やっぱ照りつける太陽で開放的になるのはいいいね!!

『相変わらずというか、卿らしいというか・・・』

いや、おまえは余計なこと言ってないで、少しは金を払ったどうだ?
男に驕ってやる趣味は生憎と俺にはないぞ?

『さて、だれが元帥府開府の実務を取り仕切っていたかな?
 責任者は職務を全うせず、ベッドで高いびきだったと聞いているが?』

わかったよ、お前には感謝してるよ!もう、好きなだけ飲み食いしてくれ・・・



無邪気に海辺で愉しんだヘインであったが、
夜、ホテルに戻ると新領地に派遣された自領の優秀な官僚達に捕まり
遊びの疲れを癒すどころか、新領土の内政に励む羽目にあった

首都での生活の昼夜を逆転させただけという皮肉な状況であった・・・
まぁ、要塞戦や政府による査問会という精神的リンチに遭っている
不幸な人々から見れば十二分にうらやましい状況であった

■無益な激戦■

帝国軍の要塞攻略部隊はヤン不在によって後手に回る同盟軍に対し
開戦から常に先手先手と攻勢を仕掛けていた

第一撃は要塞砲による大技で同盟の度肝を抜いた・・・
その結果、要塞砲同士の撃ち合いが両者の破滅をもたらすと示し
同盟首脳の思考を一時膠着状態させる事に成功する

そして、同盟軍の方策が定まらぬ撃ちに
第二撃として揚陸艇等を利用した歩兵の降下作戦を実行したが
ローゼンリッターの活躍もあって要塞を陥落させるまでには至らなかった


司令室からイゼルローン要塞を見つめながらケンプとミュラーは会話をしていた

『工兵部隊は失敗したか・・・まぁ、良い。何もかもがこちらの思惑通りに
 進んでくれるとは限らんからな。さしあたって次の手を考えるだけのことだ』

「しかし、相手はロ-エングラム公が一目を置き、ブジン公ですら恐れる
 あのヤンが相手です。生半可な作戦では攻略は難しいかと・・・・」

『ふん、ブジン公が恐れているからといって我々も臆病風に吹かれる必要はない!』

敵を恐れるという言葉が、大敵に当るを良しとする根っからの武人であるケンプに
少なからぬ不快感をもたらし、ケンプは少しばかり語気を荒げることとなった

「しかし、相手は侮れぬ難敵である事には違いません」
『そんなことは卿に言われずとも分かっている!そんなことより例の準備はどうなっている?』

「申し訳ありません、出すぎた事を申しました。準備の方は全て整っております」
『いや、私の方も気が逸っていたようだ。ミュラー例の件は頼んだぞ』

一瞬、ヘインに対する認識の差から、両者の間によからぬ緊張が走ったが
目前の敵への対応が最優先されることを良く弁えており、
両者の関係に亀裂が走るまでには至らなかった
やはり、ヘインは堅物の軍人からは余り好かれていないようであった



轟音と共にイゼルローン要塞が一瞬揺動した
ガイエスブルクからの要塞砲による突然の攻撃であった
この唐突な攻撃に同盟首脳陣は共倒れの主砲の撃ち合いを仕掛けてきたかと思ったが
要塞砲が陽動で真の狙いが艦隊と陸戦部隊による攻勢であると
直ぐに気付かされることとなった

幸いな事に一時的に艦隊指揮権をあずかったメルカッツによって
その帝国軍の作戦は阻止されることとなった

これは大きな意味を持つ攻防であった
帝国軍は回廊攻略の最後の好機を逃したという点で
なぜ最後かというと、魔術師の帰還が迫っていたためである

ミュラーのみヤンの不在に気付き、その帰還を阻止しようと考えたが
先の攻防の失敗によって司令官ケンプの信を得られず、
帰還阻止作戦は実行に移されることは無かった

■避暑より美人秘書でしょ!■

海から山の避暑地と場所を変えたが
相変わらず、朝昼は無邪気に遊んで
夜は官僚に内政討議で捕まるという生活を過ごすヘインであったが

『ヘインでも分かる改革案』がほぼ完成していたため
首都にいるときと比べると大分短時間で済んでいた

また、合間合間に紅茶を運んだり、資料の整理等をサビーネが
たどたどしい手つきながら、懸命に手伝った甲斐もあって
帰還予定の一週間前にヘインは全ての公務を終えることができた

■■

やれやれ、二ヶ月は完璧にさぼる予定だったが
完全オフが7日足らずになっちまうとは大誤算だな

まぁ、明日から思い切りダラダラ過ごすかな~
ここはタイダ・ムショク伯ニートの言に倣って
働かない日々をすごそう、そうじゃないと負け?だっていうし

『あの、入ってもいい?』
おう、いいぞ!ようやくブラッケチルドレンが帰ったところだ

『実はたまたまこの星で知り合った女の子に聞いたんだけどね
 この星にはすっごいきれいな高原とかがあって乗馬とかもできるんだって』

ほうほう、観光地化されてる場所があるって訳か
そうか、あした惑星観光開発課の奴に広報費の増額でも連絡してやるか
やっぱ多少はメジャーにならないと採算とれずに寂れちゃうからな

『あ、うんそうだよね・・・じゃぁ・・・私先に帰るね・・・』

おう!明日は其処に視察に行くから早めに寝ろよ!!
おれも直ぐ片付けて帰るからな。弁当期待してるぞ?


        『うん♪まっかせなさ~い!!』


やれやれ、フラグクラッシャーへの道は遠そうだ
まぁ、女にとってはハネムーンってのは重要な物らしいしな
窓の隙間からボウガンで狙っている佳人に殺されないように
精々、かわいいお嫁さんの相手を頑張らせて貰いましょう・・・



一週間後、幸せそうなお嬢さんと凡人は仲良くオーディンに戻ってきた
お互い語りたいことや伝えたいことが山ほどありそうな表情ではあるが
残念な事に銀河の歴史とは別ページでカーセの記録にも残っていないそうだ
彼らの遅めの新婚旅行が語られるためには
二人の日記が墓から発見される日を待たなければならなかった

■要塞戦始末記■

回廊攻略戦の膠着化の対応として、金髪は首都に戻ったヘインを指揮官に任じた
双璧および烈将の三上級大将で構成する総数4万2000隻に及ぶ大軍勢を
イゼルローン回廊に追加派兵する事を決定した

作戦行動については全てへインに一任するとだけ金髪は告げ
回廊攻略の続行および中止といった全ての権限をヘインが持つこととなった


■■

ヘインの発想の大胆さに比する者はこの銀河にはいないかもしれない
なにせ出戦の前から要塞を要塞でぶつけろなどと言っていたのはあいつだけだからな

俺やロイエンタールも気付く事が出来たとしても、
要塞をみすみす二つも宇宙の塵に帰すことに躊躇いを覚え、
最初の段階から実行することはできなかっただろう・・・



『今回の出征は面白い事になりそうだな?卿とだけでなく
ヘインの指揮で烈将とも艦首を並べて戦えるのだからな』

ロイエンタールの奴も興奮を抑えられないようだったが
それも、無理からぬことだろう・・・
俺自身もあいつと同じく気が高揚しているのが良く分かる

なにせ、ケンプ達の後始末や尻拭いといった観が強い今回の出征だが
俺たちだけでなくファーレンハイトやヘインまでもが加わった
帝国軍最高と言って良い陣容で編成されているのだからな。

しかし、この人選・・・参加将兵の士気を高揚させるにこれほどの陣容はない
さすがは、宰相閣下といったところか、またブジン公に全権を任せる度量の大きさも
宇宙の覇者として相応しいものだろう。唯一、危惧することがあるとすれば
『あの』オーベルシュタインがヘインを危険視し、排斥を画策しないかという点だけだが

まぁ、ヘインとローエングラム公の絆の深さを考えれば
俺の心配など所詮は杞憂に過ぎんだろうが・・・



後に帝国軍随一の勇将はこのときの危惧を
万感の想いをもって振り返ることになるとは
この時点では全く予見することはできなかった・・・


また、彼が予想すべきことは他にあった
ガイエスブルクの爆炎を合図に繰り広げられるであろう
魔術師と凡人による対決の推移である


ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝(捨石篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:f7653df7
Date: 2007/08/18 23:29
激戦の回廊に向けて大軍が宇宙を駆ける
すべては手綱を握る凡人に委ねられている



ヘインが率いる軍は『ヘイン師団』と呼称される
この『ヘイン師団』は先の内乱で勇名を響かせた『ヘイン艦隊』と共に
歴史の中で一際大きな輝きを放ち、語り継がれる可能性を大いに秘めいていた

なぜなら、後陣の旗艦艦隊16000隻の指揮官には烈将ファーレンハイトが
前陣には13000隻を従えた疾風の異名を持つミッターマイヤー、
中陣にはロイエンタールが前者と同数の艦艇を従え
帝国軍将帥のなかで最も優れた者達が集まっているのだから

だが、イゼルローン回廊方面の軍権全てを握る総司令官は
勇名を馳せることより、何事も無く首都に帰還することだけを
ただひたすら考え続けていた。

■ 陥落 ■

回廊に迫るヤン率いる同盟増援部隊に対し、ガイエスブルク要塞駐留の
帝国艦隊は合流を阻止せんと、猛然と攻勢を仕掛けたが
ヤンの魔術と、ユリアンの機知によって無残に蹴散らされる事となった

回廊攻略軍の命運は尽きた、ケンプは自らの矜持を保つため
要塞を要塞にぶつけるという自爆攻撃を決意する
しかし、全ては遅すぎた。ヤンに看過された彼の最後の策はあっさりと破られ、
ガイエスブルク要塞と共に周りの艦隊を巻き込みながら激しく爆発した

大迫力で始まった回廊攻略戦の華々しくもあっけない幕切れであった
帝国の残存艦隊は重症を負ったミュラーと
間一髪で脱出したフーセネガーに率いられ絶望的な撤退戦を開始した

『ブジン公の忠言さえ聞き入れていれば・・・だが、このままでは終わらぬ!
 必ずや司令官の復習は果たす!ヤンをいつか・・いつか必ず討ち果たして見せる!』

奇しくも原作通りに命を永らえた副司令官は
良将への道の一歩を踏み出し始めた・・・二度と戻らぬ犠牲を糧に・・・

■ A面 ■

『さて、出征にあたってなにを目的とするのか、総司令官閣下にお伺いしたい』

いささか、挑戦的な響きを含んだ垂らしの発言によって
ヘイン師団の戦略方針を決める討議が始まった

「回廊観光なんちゃって?」

『膠着状態であれば援軍、勝利していれば残務処理
 既に敗北していれば、敗残兵救出を行うといった所か?』
『だが、最初の場合以外は、ここまでの大軍を擁する必要がないが・・・』

ヘインの発言は華麗にスルーされ、食詰めと種無しによって話が進められる・・・
これに垂らしを加えて、さらに状況分析や行動方針案について討議が進められていく
完全にヘインはいらない子状態であった・・・

『いずれにせよ、我々は援護か、救援するにしても過剰とも言える大兵力を有し
 軍事行動についても総司令官閣下に全てが一任されているという状況にある
 ヘイン、どうするかはお前が決めろ。我々はお前の命に従い最善を尽くそう』

垂らしに決断を促された凡人は、ゆっくりと自分の考えを述べた
それは、ひどく曖昧で軍人らしからぬ発言であったが
幸いな事に、三人の名将を納得させる充分な効果を持っていた


      「無理して死にたくねー、そんだけだ」


その発言は、戦略方針というよりヘインの本音そのものであったが、
たとえ大軍を擁しても驕る事無く、あくまで自然体を保ち
無謀な出征を行う気がないとの意思の表れだと好意的に受け止められていた

日ごろの誤解や勘違いの積み重ねも馬鹿にはできないものである


■ 乖離 ■

ケンプたちを完膚無きまでに打ち負かした同盟軍は
戦勝気分で浮かれ上がっていた・・・敗残兵を追って執拗な追撃をするくらいに

追撃を続けるアラルコン少将とグエン少将が率いる
5000隻の艦隊を連れ戻すため、ヤンは本隊を率いて回廊の外を目指していた

原作通りならば先行した追撃部隊を双璧が撃破して終了であったが
今回は、帝国軍の艦艇数が多すぎたためか、同盟軍に発見されるのが原作より早かった
そのため、その大軍勢に驚いた先行艦隊は追撃を中止することとなり、
ヤンの本隊と合流し、回廊の出口で両軍が睨みあう形となった

■ B面 ■

『先輩、敵艦艇数はおよそ4万2千だそうですよ』
「やれやれ、こっちは増援と併せて1万8千、向こうの半分以下だね」

伊達と酔狂をこよなく愛する後輩に、ヤンは心底うんざりした声で答えた
なにせケンプ率いる大軍を破って直ぐに、その二倍以上の大軍を見せつけられたのだ
ヤンで無くても嫌気がさして溜息の一つや二つ付いてもおかしくは無い

さらに、その大軍の指揮官が双璧や烈将を従えたあのブジン公なのだから・・・
後にユリアン・ミンツはこのときの事をこう語っている
『ブジン公の名を聞いたときのヤン・ウェンリーの心底嫌そうな顔は
 彼が軽蔑する国家元首がTVの画面に現れたとき以上の物だったと』

『それでは、戦わずして引きますかな?もちろん、
 楽に退かせてくれるような相手ではありませんが』

敵の指揮官達の多くと敵と味方の双方で戦った経験のある宿将の言葉は重く
艦橋は沈黙に包まれた・・・・彼らの司令官が口を開くまで

「戦おう・・・彼らと今より有利な状況で戦えるとは限らないからね」
『宿題は早めに片付けるに限るというところですかな?』
「できたら、他の人に代わりにやって貰いたいところだが」
『わたしはあなたなら飛び級だって楽にこなせると踏んでいますが?』

不敵な要塞防御指揮官に買いかぶりだと返し、
心底やれやれといった表情でヤンは指揮卓についた

舞台の幕が魔術師によって開かれた・・・


■ 撤兵 ■

おいおい、重症のミュラー回収して追っかけてきた
黒猪もどきをちゃちゃっとやっつけて帰るつもりだったのに
なんか、追撃止めてヤンたちと合流してますよ

まったく、あんな大軍引き連れたヤンに高々二倍強の戦力で勝てる気がしないね
ここは逃げよう。敗残兵は回収したから充分だろう。
ヤンは無意味な戦闘はしない奴だ、原作通りに撤退すれば追っかけてこないだろう

「残兵を収容しつつ、敵部隊を十二分に警戒しながら後退!」



ゆっくりと正面を向きながら整然と退いていくヘイン師団
その積極性の無さを傘下の提督たちはヘインの深謀と曲解し、
ヤンたちを回廊の遥か外に引き込み、決戦を強いるか、
そうなる前に急襲をかけてきた同盟軍に逆撃を与え雌雄を決する
そのどちらかであろうと思い込んでいた。

一方のヤン率いる同盟軍は、圧倒的に優勢でありながら退くという
ヘイン師団の不可解な行動のせいで、より深刻な決断を迫られることとなった

■ 困惑 ■ 

『敵、緩やかながら後退して行きます!! 』

オペレーターの報告を聞いたヤンはベレー帽を二度被りなおした後に口を開いた

「まったく、見事だよブジン公は!こっちが不利な決戦を覚悟したら
 あっさりと後退しはじめる。これじゃ、無謀な突撃を仕掛けるか
 このままずるずると帝国領奥深くまで引き摺られていって
 アムリッツァの二の舞を演じるしか選択肢がないじゃないか」

『閣下、それでは我々も撤退しますか?相手の策に乗ることもないでしょう
 幸い十分とはいえませんが敵との距離はあります。無理をする必要はないのでは?』

ヤンのしてやられたと言う発言に動じる事無く、
ムライは相手の策に乗る危険を避ける極めて彼らしい常識的進言を行った

この司令官と参謀長のいつもの遣り取りが、
どんな突発的で絶望的状況であっても、日常の一部であるかのように
皆を錯覚させ、艦橋全体に不思議な安心感や落ち着きをもたらす効果があった

もちろん、横でいかにも納得したように『ふむ、ふむ、なるほど』と頷く
大柄な副参謀長の態度も、将兵の安心感を高めるのに一役を買っていた

こうし、ヘインのあまりの逃げ腰ぶりに浮き足立った首脳陣が
いつもの儀式によって紡がれ時間によって平静さを取り戻すと、
彼らの指揮官は特に気負った風も無く、ゆっくりとした口調で、
これからどうするか、再び語り始めた・・・

「ムライの言うように撤退したいところだが、既にブジン公の掌の上だ
 ここで後ろを見せれば、あの疾風ウォルフの追撃を要塞に辿り着くまで
 受ける事になる。残念な事に我々は退くも進むも地獄という状況だ
 どうせ同じなら、最初の予定通りに決戦を挑もうと思う。今すぐにね」

『たしかに、時が経てば経つほどに帝国領深くに入り込む事になる
 司令官閣下が仰るように仕掛けるならば、早いに越したことはありませんな』

ヤンの方針にメルカッツが賛同の意を表明すると、
通信スクリーンに映るアッテンボローを始めとする分艦隊司令官や
司令部の幹部達も口々に賛同し、急襲の準備に取りかかった

■ 応戦 ■

おいおい、なんですごい勢いでヤン艦隊が突っ込んでくるんですか?
もう要塞戦は終わってるじゃないですか!!
おかしいですよ!フレデリカさん!!

それにヤンは無理しないはずだろ!!突っ込むのは黒猪の仕事だろ!!
クソ!クソッ舐めやがって!!ちょうイラつくぜ!!!
俺をなめてんのか!?クソックソッォ~
 
ヘインが盛大にパニクってあっちの世界に飛び立っている中
副官のアンスバッハは予想されたパターンの一つである
同盟の急襲に対する対応を取るため艦隊提督達との通信を開いた

『どうやら急襲の方を選んだようだな・・・相手は紡錘陣で来るようだな』
『ならば俺とロイエンタールが左翼・右翼のU字型陣形を敷くか?』
『そうだな、彼我の戦力差は2倍以上だ。多少は中央を薄くしても良いだろう』

ヘインが口を開かないうちに話が進み、旗艦艦隊指揮官の食詰めが
種無しの案に賛同して作戦会議は終わりかと思われたが
危機感大爆発のヘインの発言で会議は思わぬ方向に転ぶこととなった

「まてまて、相手はヤンだぞ!もっと警戒しないと駄目だ!殺されるぞ!
 あの魔術師が不利を承知で攻めてくるってことをちょっとは考えろよ
 食詰めもアルテナ会戦位の気合を入れんと負けるぞ!遠慮せず全力でやれ!」

『ほう、総司令官閣下もああ言っておられるのだ。良いだろう』
『そうだな、ファーレンハイト!卿の烈将たる由縁をみせてやれ!』

うん?なんか、いやな予感がしてきた・・・そう、あの感覚だ
いつもの如く地雷を自分で埋めて踏んだような感覚だ!!

『では、遠慮なく魔術師が無理をしてでも欲した・・
 ヘインの首を奴の目の前に吊り下げてやろう!!!』

やっぱり~!!!だから来たくなかったんだ!!!
うそだ!嘘だと言ってよ食い詰め~!

ヘインの許可が出たと勘違いした三提督は
最も効率的な作戦を実行する事にした。
魔術師の消失のマジックの対象を、彼の前に転がす事にしたのだ



ヘインの心の叫びが虚しく響くなか『チョウチンアンコウ作戦』が発動された

作戦の内容事態は単純そのもので、囮のヘイン艦隊が攻勢に耐えている間に
U字型陣形の本隊が前進し、ヘイン艦隊に群がる同盟艦隊を包み込み殲滅するだけである
囮の生存さえ除けば、非常に単純且つ成功率の高い作戦といえた

当然、ヤンもその作戦は看過するが目的がヘインならば喰い付くしかない
ヤンは左翼と右翼の双璧とU字の底辺の食い詰めが殺到する前に
凡人を撃破し、なおかつ戦場から離脱しなければならないのだ

つまり、ヘインの致死率(同盟の目的成功率)は同盟に有利、
会戦自体の勝率は圧倒的に帝国のほうが有利といったものである

■ 驚愕 ■

「私は彼の事を誤解していたかもしれないな・・・」
『どういうことですか、ヤン提督?』

帝国の陣形をみて独語したヤンに、たまたま彼の独語の可聴域にいたユリアンが聞き返した

「以前、彼からの通信文を受けたことがあってね。その内容から
 自分だけ安全圏にいようとする保身主義者だと思っていたが・・・」

『提督!ヘインさんはそんな卑怯な人物じゃありません!!』

「うん、そうだね・・・彼は尊敬すべき敵手のようだ。安全な所に隠れず
 敵からも慕われる好人物だ。だからこそここで討つ必要があるんだ」

師弟の会話は砲火の応酬が始まったことで終わりを迎えた・・・

■ 死線 ■

食い詰めが降りた旗艦オストマルクを含む帝国艦艇3千5百に
火力に特化したアラルコン・グエン艦隊約5千が猛然と襲いかかり
回廊外会戦が始まった・・・

本来なら同盟軍は全軍を持てヘインの囮艦隊を半包囲殲滅したいところであったが
半包囲のため陣形を横に広げれば、それだけ帝国の両翼に包囲され易くなるため
一部の攻撃に特化した部隊で攻勢を掛けざるを得なかった

序盤は優勢の同盟軍、劣勢というか壊走の帝国軍といった戦局であった



戦闘開始から6時間、左翼の種無し艦隊が同盟艦隊後方に現れたとき
半数近くまで撃ち減らされたヘインの囮艦隊は歓声をあげる
さらに遅れること1時間右翼の垂らしの艦隊も到着し、
完全に同盟軍『本隊』の後方を包み込んでいた

そう『本隊』の後方を扼した双璧は少数の同盟軍に
有利状況で攻勢をかけていた、このままいけば囮艦隊に割いている
攻撃部隊も反転させて対応せざるを得なくなり
ヘインは九死に一生を得ることができたはずであったが・・・
世の中はそんなに甘くは無かった


           「『してやられたな』」


双璧の二人が別々の場所で同じ声をあげたとき、
少なすぎる『本隊』を救うため後方から猛然と
アッテンボロー率いる分艦隊5千が帝国軍に襲いかかった

そう、ヤンは双璧が到達するまでに手持ちの兵力では
ヘインを討ち果たすことができないと正確に洞察し
その対応のため、劣勢の兵を分けて遊兵をつくるという
大胆な戦術を執ったのである。まさに戦場の魔術師に相応しい芸当であった

この同盟の乱入者によって双璧は内と外から挟撃される形となったが
巧みに両艦隊をスライドさせ種無しが分艦隊に、
垂らしが本隊にあたるという一級の連携プレイを見せ
戦線の崩壊を防ぐ事に成功した。

もちろん、こんな状況ではヘインへの援護なんかできる状態ではない
囮艦隊は更に艦艇数を撃ち減らされながら後退していた
このとき既にヘインが垂らした冷や汗の量は3リットルを優に超えていた



『もう、ここまでだろう。あきらめて有利なうちに逃げるとしようか』

戦闘開始から15時間、食い詰め艦隊の襲来が近いとして
ヤンは撤退を全軍に指示したが、ヘインを今一歩のところまで追い詰めいている
アラルコン・グエン両艦隊が猛然と反論し、命令を無視して追撃を続行した

彼らの根拠は、敵の後方部隊は囮艦隊を迂回して包囲行動を取らなければならず
襲撃まで時間的余裕があるといった物であった
囮の虚像の大きさが、将兵の冷静な判断を奪っていたのだ。
食い詰めの心理的な罠にまんまと嵌ってしまったといえる


     『ヘイン、待たせたな。悪運強く生きているようなので安心したぞ』


遂に1000隻を割り込み、風前の灯火となったヘインの前に
無傷の食い詰め艦隊が現れ、猪突したおろかな同盟艦隊に猛然と襲い掛かった
10分足らずでアラルコンは宇宙の藻屑となり、
それから5分も立たぬうちにグエンも僚友と同じ運命を共にした

これをみて、ヤンは先行部隊の救出は断念し、
アッテンボローの分艦隊と連携しつつ撤退を開始した

■ 終結 ■

激しい攻防を繰り広げた回廊外会戦は、両軍併せて約1万5千隻を失うという
大きな損害を残して終わった。失った艦艇数、戦死者共にほぼ同数であった

旗艦でアンスバッハに残務処理を丸投げしていたヘインは
垂らしから追撃するかと聞かれたが、首を振って必要ないと答え
負傷兵等の救出を急ぐように指示を出すと、艦橋に大の字に寝転がった。


ヤンもまた疲労困憊といった体で顔にベレー帽を被り
いつものように指揮卓に足を投げ出し寝転がっていた

       「もう二度とあいつとは戦いたくねー」
       『もう二度と彼とは戦いたくないな』


両軍の将は奇しくも、同じような姿勢で同じような独り言を同時に呟いていた・・・


ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・
             ~END~



[2215] 銀凡伝(帰還篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:f7653df7
Date: 2007/09/09 21:54
万骨枯れども功は無し・・・・
回廊出口で行われた帝国と同盟の激しい衝突は
多数の将兵を冥府の門へと追いやるのみで
勝利という名の栄光はどちらにも渡る事は無かった

■品評会■

なんとか魔術師との激闘を終え、首都への帰路を進むヘイン師団
彼らの足取りはそれほど軽い物ではなかった

そんな彼らの論評に勤しむ者たちは、戦場とは無縁のもう一方の回廊に居た
富と策謀が渦巻くフェザーンに・・・



自治領主府の執務室で、その部屋の長たる自治領主アドリアン・ルビンスキーは
若く野心的な補佐官ルパート・ケッセルリンクの報告に耳を傾けていた・・・

『回廊攻略失敗後、帝国が派遣した大艦隊とヤン艦隊の先頭の結果は
損耗率では帝国軍約18%、同盟軍約42%と帝国側に優位な数値でありますが
損害艦艇数が両軍7500とほぼ同数であるため、相手に倍する兵力を擁しながら、
それに値する戦果を得ることが出来なかったとも言うことが出来ます。
この結果から・・・・、                          』

正確で克明な報告を続ける補佐官を手で制止した
ルビンスキーの為すべき事は、正確な結果を聞くことではないからだ
彼のすべき事は未来を読み、それを自信に最も都合がいい形に書き換えることだからだ

「結構、補佐官の状況分析には異論は特にない。問題はこれからのことだ
 回廊で帝国は大敗を喫し、更なる増派も成果を生み出すことが出来なかった
 また、同盟軍も頼りになるヤン艦隊が痛撃を受け、艦隊の再編で手一杯だろう
 フェザーンの方針としては両国に更なる疲弊を期待したい所だが、
 今の状況を見ると両国に厭戦感情が広がり、補佐官の努力が水泡に帰すかもしれん・・・」

イゼルローン回廊絡みの帝国、同盟双方の被害が当初の予想を大きく超えたため
ルビンスキーは帝国によって宇宙を統一させ、影からフェザーンが支配するという
遠大な計画の一部に修正を加える必要があるかも知れないと考えていた

もし、補佐官が進める陰謀が、その計画の完成に問題となるようなら、
彼は補佐官ごと切り捨てることも厭わないだろう。
彼は今までも、これからも不要になった『物』を平然と捨てることが出来る人間であった

『そのような心配は無用です閣下。厭戦論など一煽りですぐに主戦論へと
変化させることが可能です。皇帝というカードの重みは閣下が一番ご存知かと?』

半瞬ほど、切り捨てられようとする感覚に捕らわれた『物』は
平静を保ちながら自身と『陰謀』の有用性を訴え、その労は報われることとなった
あくまでも、この時点においてではあるが・・・・

「いいだろう。計画の進行については補佐官に任せよう」
 
■黄金のカルテット-1■

さて、なんとか生きて帰ることが出来たけど
結構やられちまったんだよな・・・そう、俺の指揮下で・・・
あやうく俺も死ぬところだったし、今思い返してもちびりそうになる
もう二度とヤンの野郎とは戦争したくないね


『深刻な顔をして、いい釈明は思いついたのか?』
『ロイエンタール!!我々は出来うる限りの事をやったではないか』

『だが、得たものは何も無かったというところか、ヘイン?』

なんか、よこで三人が勝手に盛り上がり始めたぞ?俺にどうしろって言うんだ

まぁ、結果だけれ見れば食い詰めの言う通りだ
だが、種無しの言うように魔術師相手にはあれが精一杯だったろう
かといって、あれだけの大軍で大した戦果も挙げられなきゃ
垂らしの言うように釈明の一つや二つもしなきゃいかんだろうし
よし!ちょうどいい機会だし引退しよう。もう危ない橋は御免だぜ!

「俺が総司令官としての責任をとらなきゃいかんだろうな」

『たしかに、そうかもしれんが・・何も卿一人が責任を全て負うことはない
 我ら三人、卿のみに責を擦り付け、地位を全うするような気はないぞ!』

「まぁ、気にすんなミッターマイヤー!ちょうどいい機会だと思うし・・」

『どういう意味だ!?ヘインまさか・・・』

「さあてと、赤点の上に遅刻までするわけには行かないからな
 とっととラインハルトに会って、こってり怒られてこようぜ♪』

まったく種無しがいらぬ、ほんとにいらないお節介を焼く前に
とっとと金髪の所にいって辞意をつげて引退しよう♪

後ろで垂らしと食い詰めが、『怠けるために逃げる気だ』とか
言ってるけど気にしない気にしない!

■ 事後報告 ■

ヘイン達が宰相府に結果報告に訪れる前に金髪は
義眼と要塞戦から回廊外会戦までの処分について会談を行っていった

そこで、シャフトについて収賄等の罪によって処分することや
ミュラーについては敗戦の罪を問わないこと等を決定した。
これはケンプを失って、さらに優秀な提督を失うことを避けるためであった

義眼がつづけて大軍を擁し、際立った戦果をあげることも無く帰還した
ヘイン師団の作戦行動について、金髪に処分の裁可を求めると
大敗を期したミュラーを罰せずに、奮闘したヘイン師団を罰せることは出来ないと
義眼の提案を一蹴した。金髪は自らの半身とも言えるヘインを切り離す気は全く無かった

なおも処分を言い募る義眼であったが、『ヘインの功に比してお前が何をした!』
『大功あるものを讒訴するのが卿の職務か!』と激しく叱責されると
出過ぎたまねをしたと非礼を詫び引き下がった
思った以上にあっさり引き下がったため、金髪も少し言いすぎたかと思い
あくまで軍規をただすためヘインを減給し、その分を戦没者年金に回すとして
義眼の進言を一部受容れることを了解した。
また、囮艦隊にあって奮闘したアンスバッハには中将への昇進を持って報いることを決定した

■隠遁宣言■

『ヘイン!征旅大儀だったな、息災そうで何よりだ』

ラインハルトはヘイン師団の面々が報告に訪れると
上機嫌そのもといった体でヘインに声をかけた

この時の若き独裁者の精神は、些か単純ならざる物があったように思われる

確かに、唯一無二となってしまった友の無事な帰還を
純粋に喜ぶ気持ちが大半を占めていただろうことは疑いがない事実ではある

その一方で、自分が勝てなかったヤン・ウェンリーにヘインも勝てなかったことが
些かマイナスの方向ではあるが、彼の自尊心を満たすことに一役を買っていたのだ

しかし、金髪の最高の笑顔は、ヘインの言葉によって凍りつくこととなった

「この度の征旅において、敵に倍する大軍を皇帝陛下から預かりながら
 さしたる功を立てる事無く、虚しく陛下の兵を損なわせたことは
 すべて総司令官たる私の責、ここに至っては全ての職を辞する事によって
 軍規を質すことが、非才の身にできる唯一の選択肢であると愚考いたします」

ヘインの予想外にクソ真面目な辞意を告げる言上は金髪にとって
いや、垂らしや食い詰め以外の人間にとっては青天の霹靂であったろう

義眼は暗躍するために表舞台から姿を消す気ではと勘ぐり
金髪は余を見捨てるのかと悲壮な顔で、強く慰留する等
宰相府は四半刻ほど狂騒に包まれることとなった

結局、やめるやめないでと言った感じで金髪と掴み合いになり、
一方的に金髪にやられ、意識を飛ばしかけた所でヘインが折れ
当初の処分案である減給(小遣い減)を受けることとなった

この辞任騒動は地位に固執しない潔い姿勢と
部下であるミュラー等の責任を全て取ろうとした男気の表れだと
大いに曲解された見解が市中に広まり、
ヘインは将兵や民衆からの支持を更に高めることとなった

■奥様は野獣■

チャイムの音がしたから全力で玄関にいって扉を開けたら
やっぱり!愛しのダーリンだった♪

ちょっと勢い付け過ぎてドアで吹き飛ばして怪我させちゃった・・
可愛いお嫁さんを寂しく待たせたんだからそれぐらいの報いは当然かな?
でも、ちょっと痛そうだ・・・反省・・

当然、怪我をさせられたダーリンはムッとしちゃった
けど、抱きついて腕に胸を当てたら顔を赤くしながら機嫌を直してくれた♪
カーセの言ったとおり男なんてチョロ・・・じゃなくて、彼は純粋でかわいいのだ



夕食はカーセやエリ姉と一緒に一生懸命作った
やっぱり愛しい人には、手料理を食べてもらって褒められたい

結果は、エリ姉が一位、僅差で私が続いてカーセが最下位だった
正直、カーセがダーリンに作った料理は悪意の塊にしか見えなかった
でも、作ってるときのカーセの笑顔が怖くて私は何も言えなかった
ごめんね!



夕食の団欒はダーリンとその武勇伝がやっぱり中心になった
なんでも、自ら囮になって危うく死に掛けながらも
同盟軍を罠にかけてなんたらかんたらで大活躍だったらしい
正直よくわかんないし、退屈だったけどニコニコしておいた
そんな、私を見て照れてるダーリンの顔を眺めるのが私は大好き

あと、『どんな武勲より、貴方が無事に帰ってくれることのほうが嬉しいです』と
手を取り、潤んだ瞳で見つめながら言ってみた。
これはエリ姉に聞いた必勝パターンだったけど
既に彼がぐでんぐでんに酔っていたせいか、余り効果は無かった

エリ姉がプッと笑ったのがムカついたので
TVのチャンネルをつまらない番組に変えてみた
ちょっと子供だったかもしれない・・・少し自己嫌悪・・・

エリ姉は苦笑いしながら、『ごめんね』といって私の頭を撫でてから
隣の自分のうちに帰っていちゃった。こんどちゃんと謝ろう

気が付くとカーセも夕食の後片付けを終えて
いつのまにか居なくなっていた。
たぶん気を利かせてくれたのかな?



う~ん、戦場帰りの男って気が立ってるとか言うけど
なんか、ほんとみたい・・・ちょっとダーリンの目がぎらついていて怖い

でも大丈夫!戦地にいった夫の帰りを待った妻は最強なのだ!
今日もがんばって、わたしの魅力で骨抜きにしちゃおう♪



一時の平穏を取り戻したヘインであったが
陰謀は少しづつ蠢き始め、新たなる衝突が生み出されようとしていた
そして、あの男が帝都に舞い戻ろうとしていた

『再びゴールデンバウムの栄光を取り戻すために、オーディンよ!私は帰ってきた!』


ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・
             ~END~



[2215] 銀凡伝(潜入篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:3f91b846
Date: 2007/09/23 22:26
栄光の終わり・・・斜陽の王朝・・・
終幕の夕焼けの美しさを彩る誇りと忠義
打算と陰謀が渦巻くなか、黄金樹は朽ち果てていく

■玉無しのアルフレッド■

少し、ある男の変遷を語ることとしよう・・・
かつて、ヘボ詩人と揶揄された男はある事件を経て
玉無しとまで蔑まされるようになった・・・

その経験が甘ちゃんであった男を大きく成長させた・・・
緩い環境のなかでは知ることができなかった人の痛みを
自らが蔑まされる立場に立つ事によってようやく知り、
同時に自分の無知や視野の狭さに気が付くきっかけとなった

以後、彼は自分が何を為すべきかを考え、誇りを取り戻す方法を追い求めるようになった
それは失った片方の玉の喪失感を埋める為だったのかもしれない

やがて、黄金樹の誇りを心に宿すこととなった男は
『不屈の玉無し』と呼ばれるようになるが、それはまだ先の話である



幼帝を逆心から救出するため、ランズベルク伯とレオポルド・シューマッハは
首都オーディンにフェザーンの協力の下で潜入する事に成功していた。

彼らはフェザーンの元高等弁務官レムシャイド伯とフェザーンの若き補佐官の
陰謀を成功させるための手駒であったが、参加した動機は些か異なっていた

ランズベルク伯は自身の誇りのためにこの陰謀に加担し、
シューマッハの方は、苦心の上で部下と作った農園を潰すと
ルパートに脅されやむなくといった形であったが



皇帝を救出し、同盟に亡命して銀河帝国を再興させる
亡命貴族の喜劇のような構想は、フェザーンにとって都合のいいように作られた物だった
憎むべき守旧派の門閥貴族と自由惑星同盟を結びつかせ、
ラインハルトに同盟討伐の大義名分を与え、恩を売って後の布石とする

今回の幼帝誘拐によって利益を得るのはラインハルトで
代金を受取るのがフェザ-ンであったのだ

代金を回収するため、フェザ-ンは実行犯の密入国を密告し、
ラインハルトの下へはオーディン駐在弁務官ボルッテクが
直接交渉を行う予定になっていた。

■ターゲット■

ケスラーによってフェザーンから意図的に流された密告の報告を聞いたラインハルトは
彼を退出させた後、その場にいたヒルダに意見を求めた

「フロイラインはどうお考えかな?意見を聞かせて貰いたい」
『ランズベルク伯らのことですか?彼はブジン公の良き友人だったと
それと同時に、大変なロマンチストだったとも聞いておりますわ』

そのヒルダの返答は乏しい金髪のユーモアのセンスを刺激する事に成功したようで
彼は見る者が見れば息を呑むような澄んだ微笑を浮かべた

「フロイラインの観察には疑問の余地もないが、ヘインの友人のへぼ詩人が
 ただ故郷に帰る事にロマンを見出したとは思えない。何らかの目的のためでは?」

彼女に彼らの真の目的を続けて問うたが、彼らの目的が体制へのテロであり
そして策謀するのがフェザ-ンならば、暗殺ではなく誘拐を行う可能性が高く
その標的に自らの姉がいると聞かせられると、金髪の表情は一変し激怒した・・・

その憤怒の様相は激しく、ランズベルク伯を口汚く罵るなど興奮しまくりだった
もし、その場にヘインがいれば『自重しろシスコン』とでも言ったであろう

その金髪の様相に慌てたヒルダは軽率な発言を詫び、か弱い女性を狙うことは
ランズベルク伯の主義に反し、金髪を浚う事は陰謀の主犯が望まないと説明し
金髪をひとまず落ち着かせる事に成功する・・・

そして、4人の誘拐候補のうち可能性が高い幼帝と『ブジン公』の名を挙げた

実の所、幼帝は金髪の手の内にいては何ら役立たないカードであり、
逆に下手に簒奪を行おうとして処分すれば、幼児殺しの汚名を着る事になってしまう

その問題を解決するため、フェザーンは幼帝を誘拐し、同盟に亡命政権を作る事によって
使えない手札を捨てさせ、尚且つ金髪に同盟侵攻の口実を与える事によって
恩をラインハルトに売り、何らかの利益を得ようとしているのではないか?と
少なくともフェザーンに不利益になることはなそうであると

これは、ラインハルトがほぼ洞察することと同じであったので
聡明な秘書官の説明を聞きながら、彼は満足気に頷き同意を示していた

つづいて、ヘインについて自分の考えをヒルダは述べようとしたが
ラインハルトはそれを手で遮り、その端正な口からヘインが標的となる理由を紡ぎだした

ヘインが標的となる理由は、次の皇位にもっとも近いという点である
ブジン家は権門であり、皇統とも何度か交わることがあった
加えて妻は皇孫であるサビーネであり、もう一人の皇孫のエリザベートも掌中にいる
そして、その声望の高さは帝国どころか同盟にまで響いている

フェザーンが将来の禍根となる前に、代わりに手を売ってやろうと
恩着せがましく提案してくるといったところだろう

もしも、ヘインと自分の関係に間隙があった場合だが、と最後に付け加え
今度は逆にヒルダの考えとほぼ一致する回答をして見せた

彼らの推論の正しさは、程なく訪れるフェザーンの弁務官
ボルテックの言によって証明されることとなる・・・・



ボルテックが意気揚々と恩を売りにラインハルトと面会し
逆にフェザ-ン回廊の通行権の要求を呑まされ、
己の失点を帳消しにするため、不相応な野心に酔い始めた頃
今回の舞台の主演俳優はホテルの一室で優雅に食事を取っていた

■黄金樹の精神■

        『大佐、一献どうだね?』

アルフレッドに声をかけられたシューマッハは無言で応えた
自分がフェザーンに踊らされる陳腐な役者だと思うと憂鬱であった
自分は伯爵と違って皇帝を救出するという行為に意義を見出せなかったのだ

   『大佐はフェザーンに踊らされるのが不満かね?
    それとも彼らに切り捨てられるのが不安かな?』

アルフレッドがまさか自分の心を、いや彼自身も含めた立場を
正確に洞察している事に、シューマッハは驚かされた

伯がただ甘美なロマンチズムに酔っているだけの男ではないと
認識を改める必要があることを彼は認めた。そして、一つの疑問が湧き上がる・・

分っていながら、なぜこの下らない危険な任務に加担したのか?と・・・
彼は、その疑問を本人に直接問う事によって解決する事にした

『誇りのためだ・・・黄金樹の精神を受継ぎ次代に繋げる!それが帝国貴族の使命!
 時代に逆行する愚かな事かもしれぬ・・・だが、止めることは・・できない!!
止める事は己の存在を、誇りを否定することだ。私がいる限りゴールデンバウムが
倒れることはない。私のなかには消えることのない輝く黄金樹の精神がある!!』

シューマッハはこの企みが終わったら精々
フェザーンの利益を損なう行動をしてやろうと思っていた・・・

・・・しかし・・・しかしである!!

ただの甘ちゃんだと思っていた伯が、全てを看過したうえで
なおも自身の誇りの為だけに戦おうとする姿をみせつけられた
それはなんとも愚かしい行為に見える!!
だが・・・彼の中に確かにある黄金樹の精神はそれを覆すほどの光を放っていた!

シューマッハは伯のため、己のために作戦を成功させようと考えるようになっていた
愚かしくも気高い精神に、彼は魅入ってしまったのである

■共犯■

暴走している実行犯の二人組みを他所に、
皇帝誘拐のもう一方の加害者である金髪は、義眼をよび対策を相談していた

金髪から皇帝誘拐の話を聞いた銀眼は全く驚きの表情を見せなかった
少なくとも、金髪は彼の表情に変化を見出すことは出来なかった

金髪は実行犯の二人を監視させる事を義眼に命じ
警備を手薄にしてはどうかという義眼の提案は退けた
元々大した警備でない後宮から皇帝一人連れ出せない輩とは
表面上であっても手を結ぶ必要性がないと感じたからであった

また、フェザーンの陰謀の生き証人である二人が消されないように注意促し
監視中のゲルラッハを仮初の真犯人として逮捕する準備を整えるよう指示を出した

そのあと、警備責任者であるモルト中将を犠牲にするかという問答が行われ
義眼の主張に折れた金髪は、モルト中将のみを犠牲にする事は了承し
その上官たる、憲兵総監ケスラーを処分することは退けた
義眼に甘いといわれても、これ以上の犠牲を金髪は認めることが出来なかった

■皇帝選定■

一度、義眼を下らせたラインハルトであったが
直ぐに呼び戻すこととなった。その呼び出し予測していた義眼は
素早く呼び出しに応じ、ラインハルトの前に姿を現していた

また、その場にはようやく政務から開放され帰宅しようとしていた
ヘインも不機嫌そうな顔をしながら立っていた

■■

金髪が次期皇帝をどうするか?と義眼に聞いている
はっきり言ってどうでもいい!俺は疲れているんだ二人で勝手に決めて
ささっと帰らしてくれ!!どうせ赤ん坊にするんだろ?

『ヘイン、どうする?今日では卿が最も至尊の座に近いと目されているが?』

はぁ?俺が皇帝に最も近いだって・・・・マジですか?
そういえば、サビーネの奴は皇帝の孫で、俺はその旦那だもんな
その上、ブジン家は皇室の血も何度か入っている名門中の名門・・・

   新皇帝へイン誕生!!ハーレム建設万歳!!
   アンちゃん、ヒルダちゃんみんな集まれ~♪

 熱っ!?ほっぺが熱い!!!今なんか金髪の野郎がブラスター発射しませんでした?

『オーベルシュタイン、もう既に人選は出来ているのだろう?誰にするのだ』

なんか、華麗にスルーされました。ほっぺから血が垂れているのですが?
アンちゃんの名前を出すのは流石にまずかったとですか?

一応、皇位に一番近い私の存在を無視して、二人で赤ん坊を皇帝にするとかどうとか
話を進めちゃってます。ちょっとあんまりな仕打ちです。
なんか、話がほぼ終わったようで・・あごで帰れとか合図されてます。
僕ちゃん、すごくエライはずなんですが扱いが酷いとです・・・

『よかろう、その赤子に玉座をくれてやろう。父親の借金はヘインが払ってやれ』

ちょっ、おまっ!?何で俺がハーレム建設駄目な上に他人の借金まで払わないかんのだ!
熱い、熱っ、わかった払う払う。撃つな撃たないで!



じゃれあうラインハルトとヘインを尻目にオーベルシュタインは
次帝擁立について思案を巡らす以上に、ヘインの存在について考えていた

今回、ブジン公にとって皇帝・・銀河の支配者になる絶好のチャンスである
正統な皇帝である幼帝が消え去れば、実力・血統の双方申し分のない
ブジン公が皇位に立つことは、それほど不自然ではないはずであると
義眼はブジン帝即位の可能性について、冷静に分析を行っていた

また、自分以上に先を見る目があり、
リヒテンラーデを廃した手腕もっているブジン公ならば
ただ即位するだけでなく、唯一の権力者となるために
ローエングラム公を廃すことなど造作もないはずと、義眼は判断していた

今回、即位と金髪の排除をしないのは、単に個人的友誼が野心に勝ったか
その時期ではないと彼が考えただけではないのかと・・・そう深読みしていた

また今後の危険性についても、ブジン公自信に野心が無くとも、
彼の声望と実力に群がる者達によって担ぎ上げられる可能性もある
ブジン公という虚像に心酔する者は数多くいるのだから・・・

ブジン公はゴールデンバウムの残党以上に、ルドルフの系譜を保存する
厄介極まりない存在であり、いつか排除しなければならないのではと
義眼はより一層、ヘインに対する警戒心をより深めていった・・

■ミッションポッシブル■

シューマッハの幼帝誘拐実行計画には欠かせぬ要素があった
それは、陽動作戦である。実行を容易にすることとフェザーンを巻き込む
この二点が陽動作戦を行う理由である。

このことをアルフレッドに提案すると、彼は二つ返事でそれを認めた

『大志をなす為には、志を持たぬ者の力を用いる必要もあるということか
 よかろう、差配は全て大佐に任せる!せいぜい狐共を巻き込ませてもらうおうか』

当然巻き込まれたくないボルテックは、陽動作戦への協力を渋ったが
アルフレッドに『卿だけが観客席に居られと信じるならばそれも良かろう』と
静かに告げられると、背筋に垂れる冷や汗の不快感に耐えながら協力を了承した



仕組まれた共和派アジトの大規模摘発によって、帝都が喧騒に包まれる中
二人の侵入者がノイエ・サンスーシーの地下通路に降り立った

『大佐、滑稽な話だとは思わないか?全宇宙の支配者を呼称する者が
 暗殺や叛乱を怖れ居城の下に脱出路を作らなければならないとは・・・』

「御意・・ですが、それを利用して幼帝を連れ去ろうとする
 我々の方も、多分に道化と言えるのではないでしょうか?」

大佐の返答にアルフレッドは頷くと、無駄な話を打ち切り
軽車両から降り、静かに天井を見上げた。目的地に着いたのだ



二人は静かに目的の建物に入った・・・

先帝の時代であれば、何度か近衛兵に出くわしていたかも知れないが
殆どの地区が閉鎖され、警備の人員も削減されていたため
さしたる警戒の必要もなく、目的地に付くことが出来たのである

       『皇帝陛下・・・・お迎えに上がりました・・・』

恭しくアルフレッドが幼帝に目的を告げると
幼帝は興味なさげに手に持つくまの縫いぐるみを齧っていたが
後ろに跪かずに立つシューマッハを見咎めると癇癪を起こした

その瞬間パンッと乾いた音がすると、幼帝は天蓋付きのベッドから転げ落ちた
アルフレッドが癇癪を起こして跪けといった幼帝を張り倒したのである

『やかましいぃっ!!自ずから頭を垂れられる徳を持ってからものを言え
 そのような惰弱な精神でゴールデンバウムの栄光が取り戻せると思うか?
 その惰弱な性根をこのランズベルク伯アルフレッドが叩きなおしてくれる!』

晴天の霹靂であった・・・まさか幼帝をアルフレッドが張り倒すとは
シューマッハも思わなかったし、それと同時に確信していた
伯はやるといったらやる漢だといことを・・・

しかし、夜中に大声で幼児を張り倒して泣かせば
当然、周囲の者に気付かれる。騒動を耳にした若い侍女が幼帝の寝所に入ってきたのだ

侍女が侵入者をその視界に収めると、下あごをさげたが、その絶叫は未発に終わった
彼女の口をアルフレッドが濃厚な接吻で塞いだからである・・・

アルフレッドが口付けを終え力強く『私について来い!』と言うと
侍女は頬を染め頷いた・・・これは運命の出会いだと僅かな時間に確信したのだ

アルフレッドは俗に言うお姫様抱っこをすると、颯爽と来た道を戻り始めた・・・



シューマッハは頭がどうにかなりそうだった・・・
幼帝を誘拐しに来たと思ったら・・・閣下が侍女を抱きかかえていた
何がどうなったのか意味が分からなかったし、彼自身も全く展開についていけなかった

やがて、シューマッハは答えがでないので考えるのを止めた

彼は幼帝の頭を鷲掴みにして持ち上げながら、
アルフレッドと来た道を戻る事にした。



この日、幼帝と侍女が宮殿から姿を消し、
アルフレッドやシューマッハと同じ道を歩むこととなった

以後、四人は奇妙な絆で結ばれながら激動の宇宙を駆け抜けることとなる
彼らの道は困難に溢れているが、彼らの心にある黄金樹の誇りがある限り
彼らは歩みを止める事はないだろう・・・


   ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・
             ~END~



[2215] 銀凡伝(転機篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:3f91b846
Date: 2007/10/14 12:29
幼帝誘拐・・・この事実は厳重に秘されることとなった。
その事実を知ることが許されたのは帝国の幹部といえる者だけであった。

彼らは、心地よい眠りを妨げられて金髪の元帥府に参集したが
一人を除いて眠そうな顔をしていなかったのは、さすがと言うべきであろう

■おやすみヘイン■

ねむい・・まじでねむいぞ・・・
なんだか皇帝が行く所はとかどうとか言ってるけどどうでもいい
べつに幼帝誘拐事件って、俺がなんかする必要あるんか?

というか、なにしたら俺のプラスになるのかが良く分からん
こういう場合は原作通りに限るね!調子に乗って歴史を変えようとして
先の展開が読めなくなったら、本末転倒だ

なにもしない!命の危険がない限り基本的にはノーアクション
君子危うきに近寄らずでいこう。

どうでもいいけど早く、結論だして帰ろうぜ・・・
正直、くそがきの事なんてどうでもいいいんだよ



盛大に船を漕ぐヘインに白い目を向けるものも居れば
豪胆な男だと感心するものも居たが、やがて完全に寝入ったヘインを無視して
今後の展望について、優秀な諸将は話題を転じていった

幼帝を匿う勢力、旧貴族派はどこか辺境に根拠地を築いているのか?
第二の自由惑星同盟の存在も考慮されたが、

義眼の自由惑星同盟を考慮に入れるべきでは?という発言によって
門閥貴族旧勢力と民主共和勢力のあいだに共闘態勢が出来る可能性も
考慮されるまで話題が膨らんでいった・・・

このまま、永延と討議が続くと思われたが、
金髪がやがて判明するであろう皇帝の居場所が分かるまで
皇帝は病気として事実を秘し、傘下の艦隊をいつでも襲撃させられるよう
厳戒態勢をしくように指示して散会を命じた。

その時、眠りの住人であったヘインは誰にも起こして貰えなかった

■お出かけ■

宮殿を抜け出した誘拐劇の加害者と被害者の四人は
首謀者であるフェザーン弁務官オフィスの一室に身を潜めていた!?

『閣下、いくらなんでもこの時期に外出など、軽挙にもほどがあります!』
「大佐、少し落ち着きたまえ、軽挙ならそれ以上の事を既に我々は既に行っている」

『しかし・・・』と、尚もアルフレッドの軽挙を止めようとするシューマッハであったが
手で反論を制され、覇気に満ちた視線を向けられると、肩をすくめ降参の意を示した

アルフレッドは部屋を出てロビーにいくと、外出すると告げ車を用意するように言った
この事態に驚いたのはフェザーン弁務官の職員であった。
それも当然である、こんなところで幼帝誘拐の実行犯に捕まってもらったら
せっかく立てた陰謀が水泡に帰すどころか、フェザーンの立場も危うくなる

『伯爵閣下!!そのような事に我々は協力することは出来ませんぞ!!』
「そうか、では歩いて行く事にしよう・・・途中で捕まらなければ良いが・・・な?」

静かな恫喝であった・・・優秀な職員は自分達がとんでもない者を
手駒にしようとしていたことを理解した・・・
間抜けな伯爵は金髪以上に御しがたい存在だったことに遅まきながら気付いたのだ

職員は一応事情を説明し、ボルテックの許可を取り
公用車をアルフレッドのために用意した。いや、せざるを得なかったのだ

『“ある軽挙”の証拠が表にでたら誰が困るであろうな?』とまで言われては
歯噛みしながらでも要求を呑まざるを得なかったという訳である。

■旧家■

アルフレッドの目的地は郊外の別荘地であった
その別荘は、もう棲む者もなく鄙びかけていたが
それでも、かつての持主の隆盛の名残は充分に残っていた

閉ざされた門の前に車を止めさせると
運転手の制止を無視する形で車をおり、屋敷の奥に足を踏み入れる

ヘインがサビーネと出会い、アルフレッドが屈辱を受けた地・・・
旧リッテンハイム邸の庭園である。

彼は自身の分岐点に・・・今一度立つ事によって決意を固めようとしたのだろうか?



この日、二人の青年と年若い侍女に少年を加えた不揃いな4人組は
フェザーン方面に向かう船で宇宙に飛び立った

後ろを振り向くことをやめた漢は、ただ前に向かって歩みを進め始めた・・・

■銀河帝国正統政府■

四人の逃亡者がフェザーンから同盟領に入り約一ヶ月の調整を経て
ようやく、同盟と帝国亡命政権のねじれた協定は完成した

調整が難航したのは、亡命政府が将来の立憲政治への移行に反発したためであるが
背に腹は変えられぬという事情と、政権樹立の最大の功労者であるランズベルク伯が
強く立憲政治への移行に賛成した成果もあり、何とか合意に漕ぎ付けた

こうして、首相件国務尚書レムシャイド伯を首班とする銀河帝国正統政府が誕生する
閣僚リストには亡命貴族の名が並ぶこととなったが
軍務尚書にはメルカッツ『元帥』が任じられ、
正統政府軍統帥本部総長と宇宙艦隊司令長官も兼務することとなった

指揮する艦隊どころか、まともに兵卒すら居ない3長官の誕生であった
その補佐には、次官を勤めるランズベルク『上級大将』と
シューマッハ『中将』が当たることとなった

この軍部の異常とも言える昇任人事は
『実態のない地位など安売りしても構わん、それで蟻を群がらせろ!』と
アルフレッドが強引に評議を進めた結果であった
幼帝に全幅の信頼と畏敬の念をもたれる彼の意見には、
亡命政権首班のレムシャイド伯であっても易々と異を唱えることは出来なかった

また、アルフレッドは強引な人事だけでは満足せず
シューマッハと協力してメルカッツの到着を待たずに軍部の強化を進めていく

先ずは、半ば恫喝とも言える方法でフェザーンから資金と物資を拠出させた
そして、実力次第でかつての地位に関係なく抜擢する大胆な人事を行った

この強攻策が功を奏し、正統政府軍は急速に規模を拡大していくこととなる

■独り立ち■

オーディンからフェザーン、ハイネセンと歴史の渦中が目まぐるしく変わる中
亡命政権と同盟政府に対し、迅速で苛烈なまでの宣戦布告を帝国は行った。

憎むべき敵である門閥貴族の残党とそれを手助けする同盟を打ち倒せと
帝国中で同盟討伐の機運が高まっていた・・・

そんな中、一人の少年が独り立ちをする時期を迎えていた
メルカッツの正統政府への異動と共にユリアン・ミンツ少尉は
同盟政府のささやかな嫌がらせによって養父の下から引き離され
フェザーン駐在武官へと異動することとなっていた

■イゼルローン出立日記■

・・・798年8月22日・・・

ぼくは、今までに何度か『最悪な日』を経験してきたが
嬉しくないことに今日は、そのなかでもとびっきりの最悪な日だった

ぼくが訓練を終えて部屋に帰る途中、グリーンヒル大尉に呼び止められ
ヤン提督が呼んでいるといわれた時、
未熟なぼくはこのあと、どんな『仕打ち』が待ち受けているか全く知ることが出来なかった。

まさか、ヤン提督の下から自分が離れるなんてことが起こるなんて
ポプラン少佐が女嫌いになるか、アッテンボロー少将が伊達と酔狂を捨てさる位
有得ないことだと、自分勝手に思い込んでいたからだ。

その後のぼくの態度は酷かった・・・
いま日記を書いていても恥ずかしくなるぐらい子供の態度だったと思う。
でも、ぼくにとってそれほど大きな出来事だったんだと思う。

そのあと、ぼくが一人で植物園のベンチで座り込んでいると
ヤン提督がやってきて、いろいろな話をしてくれた
保護者に気を使わせるなんて被保護者失格だと思うし、
情け無く思うけど、本当に嬉しかった

そして、今日話したフェザ-ンとロ-エングラム公の目的や
同盟と帝国の存在意義について話したことをしっかり覚えていようと思う

いまのぼくじゃ全てを理解することは出来なかったけど
いつか役に立つ日が来ると思う。なんたって同盟軍最高の知将が
ぼくのため(少し自惚れが強いかな?)だけに話してくれたことだから・・・



一人の少年は多くの人と別れを惜しみながら
第二の故郷ともいえる巨大な要塞から出発した

居心地のいい箱庭からの旅立ちは、少年を大きく成長させるだろう
そんな期待と大きな寂寥な念を持って保護者達は少年を見送った

歴史の支点がイゼルローンからフェザーンへ移ろうとする中
小さくも大きい1コマであった・・・


ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・
             ~END~



[2215] 銀凡伝(借金篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:3f91b846
Date: 2007/10/15 23:43
同盟への宣戦布告を行った帝国は
来るべき同盟領侵攻作戦のための準備に追われ始めていた
それは、終わりの始まりを予感させる慌しさであった

■金策■

さて、9月といえば奴の誕生日だが、プレゼントをやる金がない
ちょいと前にミュラーの快気祝いで金使ったから、正直な所サイフが軽いのだ
その前にも女帝の親父のツケを何故か俺が払わされたし
ワンコイン亭主状態になってしまった。元帥なのに・・・

なんとかこの金欠状態を打破するため
渋ちんの官僚どもに『小遣いをあげろ!前借させろ!金をよこせ!』と
どこぞの特務大佐のように迫ったが、『ワロス!』の一言で粉砕されてしまった

よし!困った時の友人頼みだ!誰でもいいから金を借りよう

「もしもし、食い詰め?ちょっと頼みがあってさぁ~、ヘインのお願い聞いてくれる?」
『ほう、侵攻作戦を前に忙しい中、傘下の艦隊編成をすべて俺に投げておきながら
 礼を言うどころか、卿はさらに『何か』を、この俺にお願いしようというのだな?』
「あはっあはは・・・いや君は良くやっているよ!うん、この調子でよろしく~」

やっべ、そういやここ最近の軍務は全部あいつに丸投げだったからな
完全にMK5状態だ・・こんな状況じゃ金かしてなんて言えないな

まぁ、いい・・・俺には皆まで言わなくても分かってくれる
『心の友』がいるのだから・・・・

「ああ、俺!おれだよヘインだ!今日はナッハに頼みがあってさ♪
 そうそう、いいにくいんだけどさ、え?遠慮いらないって?
 さすが心の友だぜ!黙って金を貸してくれるのはお前だけだな!!」
『・・・・・!!・・・・・!!!!!■×!!○×△!!!!』

くくっく・・・アイゼンはいつものように何も言わない計算どおりだ
このまま押し切れば・・・うん?なんだこれ・・・文字が出てきたぞ?

『ちょっと~ウザインですけど?てゆーか?『心の友』ってナニ?
ハッキリ言ってきもいんですけど?正直ハァ?って感じー
 この前、声かけなしで旅行いっておきながら金貸せー?
 チョー虫がよくなくない?マジありえないんですけどぉ』

おのれ!デジタルハイビジョンか!!!

なんで半端なギャル調なんだとか、色々と突っ込むべき所はあるが
ちょっとあの無口な顔とギャル文のコラボは見るに耐えんので
思わず回線を切ってしまったぜ!べつに首は吊らないから安心してくれ!

畜生、こうなったら手当たり次第に電話かけてやるぜ!!!!
帝国の重鎮、ヘイン人脈の底力を見せてくれるわ!!!




うん、だめだった・・・ブラッケとかブラッケとかが俺に金かすなって言いまくってるみたいで
誰も貸してくれませんでした・・・今、食い詰めの気持ちが非常に分かった気がしました

お金がないのです。別にあいつのことがどうとかじゃなくて
記念日になんも無しってのは、男の沽券に関わるというか
はぁ、ちょっと・・・いや、かなり情けないかもな・・・・・

  『はい、紅茶入れたから良かったら飲んで?』

おう、わりぃな・・・なんだかお前が天使に見えてきたぜ・・・

   『へっへー♪惚れ直しちゃった?かわいいと思った?』

あぁ、そうだな・・・世知辛さに負けそうになったが
かわいいお嬢さんのために、もう少し頑張ってみようって気になりましたよ
紅茶ありがとさん。煎れるのうまくなったなぁ。旨かったよ・・・

『うん、いっぱい練習したからね。あと、あんま無理しなくてもいいよ?』



結局、ヘインはファーレンハイトに泣き付き
ささやかな記念日を演出する事に成功する

その後、精力的に元帥府で事務処理に励むヘインの姿が見られるようになり
つまらない男の意地は、中々高い代償を必要としたようである

まぁ、新しい櫛を握りしめながら鏡の前で、
毎朝くねくねしている妻の姿を見ることが出来る
代償として考えるならば安い物かもしれない

■いちおくまんにん■

一億人、100万隻体制という言葉が、同盟への宣戦布告後
帝国軍首脳部を中心に広がりつつあった

平民の間でも軍籍にない者から次々と志願兵があつまり
門閥貴族への積年の恨みと、それに結びついた同盟に対する敵愾心の
双方を発散させようという潮流が生まれていた

ローエングラム・ブジン両元帥府の面々が集まった最高会議は
帝国元帥ラインハルト、ヘイン、主席副官のシュトライト少将と次席のリュッケ少佐
副参謀長のオーベルシュタイン上級大将、軍務省官房長官アンスバッハ中将
同省調査局長フェルナー准将に秘書官ヒルダを加えた作戦本部メンバーと

実行部隊メンバーとして双璧の両上級大将に加えて食詰めをいれた3上級大将及び
復帰したミュラーを含めた9名の大将が集められていた

この会議を招集した時点で既に帝国軍の中では、
第一級の出動準備態勢が整えられており、金髪とヘインが一声かければ
12万隻と5万隻の大艦隊がいつでも出動できる状態にあった

『卿らに今日集まって貰ったのは、叛徒どもにたいして武力を持って
懲罰を加える、その具体的な方策について意見を求めるためだ』

ラインハルトは優美な金髪を揺らめかせながら、上段からゆっくり
諸将の中心に歩みを進めながら、前置きをすると一度ヘインに目配せをしてから
淡々とではあるが力強く宣言をした・・・

『私とヘインの腹案を述べるが、過去の例に倣う事無く新たな侵攻路で
 フェザーン回廊を侵攻ル-トとすることだ。つまり、フェザーンは
 軍事的にも政治的にも中立を放棄し、帝国陣営につくこととなる!!』

ラインハルトから放たれる言葉によって、侵攻作戦の具体案を聴かされていなかった
実行部隊を中心にしてどよめきが広がっていく

それを見やりながら、ラインハルトは静かに手を挙げ、合図を行った
その場に居るものたちは等しく示された扉に目を遣り、
親衛隊長キスリング大佐に伴われたボルテック弁務官に視線を送った

「あそこのボルテックが俺らに協力してくれるわけだ
 当然、商人だからボランティアでやってくれるわけじゃない」

あらためてヘインが下手な冗談とも皮肉とも取れる発言をしながら
協力者である弁務官を紹介する。
そして、帝国とボルテックの間で結ばれた密約の内容までは説明しなかったが

ボルテックは帝国のフェザ-ン回廊通過に全面的に協力する代わりに
ルビンスキーの後釜に付けさせてもらう取引をしたのだろうと
その場に居る優秀なメンバーは粗方感づいていた
ただ、それを口に出す者と出さない者に分かれただけである

  『つまり、この『商人』は祖国を売るという訳ですか?』

黒猪は普通そこまで言わないだろうと言うぐらい露骨に言い嫌悪の表情を向けた
この発言にボルテックは気付いたような顔を浮かべながら
あくまで自分が売るのは形式的なフェザ-ンの独立であると述べたが
黒猪はなんとでも言える便利な舌を痛烈に揶揄したが
ラインハルトに窘められた。



その後、垂らし等にフェザ-ン回廊を用いた侵攻作戦について意見を求めたが
フェザ-ンが裏切った場合に敵中に孤立する危険性が提起され
それに対して、武力によって裏切り者に制裁をすれば事が足るなどと黒猪から
積極策が出たが、垂らしに反転する際に同盟に追撃されたらどうすると返されると
大半の提督は押し黙り、積極策を述べようとしなくなった

『だが、イゼルローン回廊に死屍を重ねる方策を採るよりマシだろう
 ロイエンタール提督の懸念は最もだが、両元帥の侵攻案は敵の意表を突く物でもある
 どちらかの回廊を使って侵攻するしかないなら、より侵攻が容易になる方を選択すべきだろう』

食詰めが述べた意見にラインハルトは頷き、フェザーン回廊を侵攻ル-トとして
選択する事を宣言し、イゼルローンに大艦隊を派遣して陽動を行い
同盟の眼を引き付けた上で、フェザ-ンを通過して同盟を征服する戦略案を述べた

「基本は俺もそれでいいと思うけど、ヤンが要塞捨てて迎撃に来たらどうする?」
『その時は、ヤン・ウェンリーを主力とイゼルローン方面軍で挟撃すればよい』
「そう、うまくいくか?あのヤンが相手だぞ?」
『うまくいかせるさ、こちらにはこのヘインがいるんだからな』

珍しいラインハルト軽口によって、緊迫した会議の緊張は緩んだ
『一本取られたな』と種無しにヘインは小突かれて不機嫌な顔を浮かべていたが

その後、作戦名を問われた金髪が『神々の黄昏』と答え
ただ独り俺は参加したくない。家にいる方が良いという男を除いて
皆、その壮大な作戦に参加させてくれるように若き主君に求めた

こうして、興奮と高揚に大半が包まれた中、会議は終焉を迎えた

■イゼルローン方面軍■

はい、意味不明・・・なんで作戦に参加したくないって言った次の日に
イゼルローン方面軍の総司令官の内示が下るんだよ!!
たかだか5万隻でヤンとイゼルローン要塞の相手が出来るかって言うんだ!

もし、シェーンコップとかリンツやブル-ムハルトにシェーンコップとかが
原作みたいに旗艦に乗り込んできて白兵戦になったらどうすんだよ
シェーンコップとかシェーンコップみたいなシェーンコップとかが殺しに来るんだぞ!

クソ!くそくそー、ヘインとシェーンコップなんて名前から言って
向こうの方が強そうじゃないか、まぁ実際向こうの方が強いけど
ヘインで勝てそうなのなんてチンネンぐらいだっつーの!!

畜生、俺様をなめやがって超イラつくぜ!!
がたがた体の震えが止まらないぜ。前死にかけたときのトラウマって奴か?
PTSDを訴えて家に引き篭もるか?だめだ、敵前逃亡で金髪に殺されちまう
くそったれー!まじでヤンたちがコワイ!ほんと勘弁して下さいだ

酒だ!そうだなにもいい方が浮かばんなら酒を飲んで気分をかえよう
って、しまった金欠で発泡酒すらもうないんだった・・・

      『ヘイン・・・眠れないの?大丈夫?』

ああ、大丈夫だ。ちょいとばかし疲れが溜まっただけだ
今日はささっと寝ますかね・・・ちょっと汗かいたから風呂はいってくるわ
悪いが、先に寝といといてくれ・・・

       『うん、おやすみ・・・あんまり無理しないでね』

とりあえず、大丈夫な振りしちゃったけど
全然大丈夫じゃねー!もうママーとか泣き叫んでるトンガリ君状態だ
何とか男のやせ我慢で耐えたが、まずは風呂に入って落ち着こう
確か風呂は命の清算だっけ?なんか違う気がするが
疲れた日にはいいもんに違いないからな、
多分今回も他の誰かが何とかしてくれるだろう。
そうだ、食詰めとか鉄壁や沈黙に期待しよう!うん、それで無問題だ・・多分・・・



先回の戦いでヤン艦隊の怖しさを十二分に味わったヘインは
イゼルローン方面軍指令を拝命した直後は
ガクガクブルブル状態に陥っていたが
元来、緊張感が持続しない性格のためか、次の日はケロリとしていた

心配して一晩中、手をにぎり頭を撫でてあげたサビーネは骨折り損だったのだが、
本人は自分の愛の力で元気付けたと勘違いしていたので何ら問題は無かった



ユリアン・ミンツが未だフェザーンに着かぬ
帝国暦489年9月の半ば、幼帝が廃位され生後8ヶ月の女帝カザリンが即位した
ゴールデンバウムの終わりが近づき、新時代を迎えるための激流が間近に迫っていた・・・

ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・
             ~END~



[2215] 銀凡伝(開幕篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:3f91b846
Date: 2007/10/16 00:07
新しい時代と古い時代の交代劇
その華やかさに比例して歴史は多くの物資と血を呑み込もうとしていた
それが正当な消費なのか、浪費なのかは人の智で測ることはできない



『神々の黄昏』の実行に当たって大規模な軍事演習が決定された
旧年の同盟軍による帝国領侵攻作戦に匹敵する大侵攻を成功させるべく
実戦さながらの激しく大規模な訓練を実施する必要があったのだ

訓練には輜重を担当する後方勤務予定の高級将官が一同に会していた
その中に、場違いなほど平凡な男も当然含まれていた・・・

■大軍事演習■

ロイエンタール査閲総監の下、苛烈な軍事演習が続くなか
帝国の艦隊提督たちは激しい模擬艦隊戦を繰り広げていた

『ヘイン、卿も少しは訓練に参加したらどうだ?一翼の将がそれでは示しがつかんぞ?』

訓練の全貌を眺める演習本営において完全にだらけきっているヘインに
垂らしは演習の最高責任者として、また純粋にムカついたので苦言を呈していた

「あわてない、あわてない。真打は遅れて登場する者だよ」
      『ほぅ、その言葉忘れるなよ・・・』

こめかみに青筋を立てている垂らしに気付く事無く
ヘインは横に寝転がり一休み一休みしていた・・・その余裕が最後まで続くと思いながら


■インセクターヘイン■

白組 総大将ロイエンタール、副将ミッターマイヤー、ファーレンハイト
   参謀長メックリンガー、シュタインメッツ
   艦隊指令 沈黙、鉄壁、、義手、射撃、首吊、炉利、以上

赤組 総大将ヘイン、以上

■ずっと俺のター○■

垂らし『俺のターン!中性子ビーム!!』
ヘイン「ギャァッーーーーー!!!」
食詰め『分艦隊をドロー、ミサイルで総攻撃!!』
ヘイン「ギャァッーーーーー!!!」
種無し『ドロー!沈黙を囮にだして、黒猪で突撃!』
ヘイン「ギャァッーーーーー!!!」
『ドロッー!!』「ギャァッーーーーー!!!」『ドロッー!!』「ギャァッーーーーー!!!」
『ドロッー!!』「ギャァッーーーーー!!!」『ドロッー!!』『ドロッー!!』
『ドロッー!!』『ドロッー!!』『ドロッー!!』『ドロッー!!』『ドロッー!!』
「ギャァッーーーーー!!!」「ギャァッーーーーー!!!」「ギャァッーーーーー!!!」
「ギャァッーーーーー!!!」「ギャァッーーーーー!!!」「ギャァッーーーーー!!!」

苛烈なまでに厳しい訓練で溜まったストレスの全てが
独り楽をしていた愚か者にぶつけられる事となった
どうみても自業自得です。本当にすみませんでした・・・



最終的にMr.レンネンによる『正しい軍人のありかた』を
徹底的に叩き込まれる事によってヘインに対する制裁は完成しつつあった
そんな中、今までにない大規模の軍事演習は概ね満足のいく結果を得て終わりを迎えた
あとは、ラインハルトからの出撃の命令を待つだけとなった。

自由惑星同盟に対する最後の戦いを挑む準備は整ったのである・・・

■不機嫌な親子■

経済と外交の中心地であったフェザーンが
軍事上の要所へと世間の認識が、未だ改められないなか
捻れた親子が陰惨な会話に勤しんでいた・・・

帝国駐在弁務官ボルテックは虚実を織り交ぜた情報によって
自分が金髪にしてやられたことを、べールに包んだ気になっていたが
明敏な自治領主と若き補佐官には当然そんな誤魔化しは通じていなかった
しかし、気付いていたとしても、それほど有効な手を打てるわけで無く
そのせいか、二人の会話はいつも以上に負の瘴気を放っていた

『ボルテック弁務官の立ち回り、些か興味深い物になっているようですな?』

帝国弁務官の不審な行動を指摘されたルビンスキーはひとしきり
功を焦った無能な部下を罵った。その様を見てルパ-トは無能者を重用した
自治領主の失策を言外に含ませ、無能な男だったと述べた
その言葉は痛烈な反撃を持って返されることとなったが

「たしかに、無能だと思った敗残者が、獅子であったなどざらにある話だからな
 最近は与える餌を持った手すら食いちぎる勢いらしいな?予備費にも限度があるぞ」

■流亡の小覇王■

敗残者たるランズベルク伯は勝手に正統政府フェザーン弁務館を設置し、
『潤沢な資金源』を背景に人や物資を勢力的に集め、
優秀な人材を利用し急速に組織化と戦力化することに成功しつつあった

そう、彼の本質は『動』である。言葉を紡ぐ詩人などではないのだ
彼は貪欲なまでに動いた・・・・、そして行動によって人を惹きつけた

また、後にランズベルクファミリーと呼ばれる者たちも
アルフレッドに負けじと行動していた

シューマッハは有名無実の軍隊を組織化するため
シュナイダーと協力し事に当たった・・・

アルフレッドの伴侶は幼いヨーゼフの厳しく優しい姉として
ハイネセンで幼帝をよく教育していた
ヨーゼフはアルフレッドに覚悟を学び、
その伴侶によって愛情を与えられ、やさしさを知っていった・・・
幼帝にとっては確実に良い変化が起きていた

流亡の小覇王が急速に力を増しつつあることが
帝国と同盟の二大勢力の衝突に少なからぬ影響をもたらすかも知れない・・・

■ぼくは駐在武官■

フェザーン自治領・・・・
イゼルローン回廊と同じく同盟と帝国を繋ぐ要所である
もちろん、今回初めて来る場所でぼくの新しい任地である

この新しい任地での上司は正直言って好きになるのが難しい人だった
その上、フェザーンの同盟駐在弁務官事務所は完全にアウェーで
ここを拠点に、ヤン提督が看破した帝国軍のフェザ-ン回廊通過作戦を阻止するのは
正直、骨が折れる作業だと思う。

それでも、なんとかフェザーン独立商人のプライドを刺激して
帝国の回廊通過に抵抗させない事には、同盟政府の未来が望めない
非常に難しい仕事だと思う。ヤン提督じゃないけど少しぼやきたくなるな



あんまり考えていても仕方がないので、マンシュンゴを連れて町並みを見物することにした。
街中を観察して情報を収集することも立派な駐在武官の仕事の一つだ

フェザーンの街中は予想以上に活気に溢れていた
道行く人は色とりどりの服を着て、治安も良さそうだし
店の服や生活用品も豊富で物価も安定しているようだ
社会と経済を運営しているシステムは正常に働いているみたいだった

それでも、同盟と帝国の流した血で肥太っていると思うと
やっぱりこの街を好きになることは出来そうにない
ヤン提督には偏見の目で見ないようには言われていたけど
やっぱり、気に喰わないものは気に喰わないのだ

そのあと、お決まりのコースで帝国の弁務官事務所を外から眺めにいくことに
多分、向こう側もお決まりでぼくの顔でも眺めているのだろう
フェザーンの人々から見れば滑稽極まりない行為だと思うけど

■正統政府弁務官事務所■

やっぱり、お決まりのコースだけじゃ芸がないので
ぼくは、最近『話題の中心』?になっている場所を訪問した
そう、巷ではハッタリと恐喝で出来たといわれる正統政府の弁務官事務所だ

マシュンゴの話による正統政府の高官のランズベルク伯が
フェザーン自治領役人を宥め賺し、時には脅して資金を引き出して
正統政府の勢力を伸ばす様は、独立商人達の公務員嫌いと合わさって
今では街一番の話しの種となっているらしい



やはり、時の場所というだけはあるなと思った。
事務所内の喧騒は、賑やかなフェザ-ンの中でも際立っているといって良い
見渡す限りヒト、ヒト、ヒトである!
一旗挙げようとする亡命者や傭兵、新たなビジネスチャンスを掴もうとする独立商人
まったく、マシュンゴが身を挺してくれなければ、
ぼくなんか、あっという間に人ごみに飲まれてしまっただろう

こんな状況では、ランズベルク伯に会うなんて無理だと半ば諦めていたけど
駐在武官という肩書きに助けられたのと、
シュナイダー『大佐』が伯の片腕であるシューマッハ中将に
ぼくのことを色々と話してくれていたお陰で、
何とか取り次いでもらえることに、どうやら今日はツイてるみたいだ

■会談■

 『お待たせして申し訳ない。結構、この際時は一粒のルビーより貴重だ
  さっそくですまんが、智将ヤン・ウェンリーの秘策とやらを聞かせて貰いたい』

噂どおり、伯は正しく『動』の人だった・・・
立って礼をしようとした僕を手で制すると、一気に会談の確信の部分を付いてきた。
この人には腹芸は一切通用しない、ぼくの直感がそう告げていた

ひとしきりヤン提督の読みと、独立商人の反骨心を煽り、
帝国の回廊通過を妨害するという謀略の全容を包み隠さず話した。
もちろん、すでに実行する時間すら残されていない可能性についてもだ

『正に、驚嘆の極み!!ヤン提督の神算鬼謀にはこのランズベルク伯アルフレッドッ!
 蒙を開かれた!!時はないかも知れぬが、正統政府としても全力を挙げた協力を約束しよう』



会談は予想外の大成功だったと思う。
あれだけの人や物が集まる中で流言をばら撒けば、ぼく一人でやるのより百倍効率が良い
そして、それを手伝ってくれるのは『行動の人』ランズベルク伯だ!
過剰な期待は禁物かもしれないけど、でも十分期待しても良いと思う

あとは、驚いた事に伯はなんとヘインさんと旧知の仲らしい
言われてみると、旧体制の貴族とは思えないほど伯は気持ちが良い人だった
そして、彼の友人だけであってこの人も『非凡』な才能を持っているみたいだ

いつか、ぼくもヘインさんの友人たちと並んでも
恥ずかしくないぐらいの人物になりたいと思う。
それも出来るだけ早くにだ・・・
そのためには、もっと背伸びをしないと思うと先が思いやられるけど

■辞令交付■

フェザーンが反帝国色に染まる兆しを潰すかのように
『神々の黄昏』の準備は進み、侵攻作戦の最終人事が下された

最初に陽動としてイゼルローンに大軍を動かし、
その間隙をついてフェザーンを落とし、その余勢に乗って同盟をも呑み込む

フェザーンを陥落させる第一陣には双璧の二人が当たる
疾風の勢いで落とし、狡知を極める布陣で万全の占領下におく
相性、作戦遂行能力を考慮しても極めて妥当な人事と言えよう

第二陣は攻守にバランスが取れたワーレン大将があたり、本隊と先陣のバランスを担う

第三陣は総司令官ラインハルト率いる本隊
総参謀長にオーベルシュタイン上級大将、主席副官シュトライト少将、
次席副官リュッケ少佐、首席秘書官ヒルダに
親衛隊長キスリング大佐が加えたメンバーが旗艦に乗り込む

直属の艦隊指令にはトゥルナイゼン、アルトリゲン、ブラウンヒッチ、
カルナップ、グリューネマン等5人の中将が傘下に入った

第四陣にはシュタインメッツ大将が指揮を取る。口髭が生えている

第五陣はルッツ大将、射撃が旨い

予備戦力としては最も破壊力をもつ艦隊を率いるビッテンフェルト大将
彼の戦力は、来るべき大会戦の決戦兵力として申し分がない。
もう一人の予備戦力はレネンカンプ大将、追い詰められると首を吊る

また、メックリンガー大将は後方にて軍務省や統帥本部、元帥府の事務の決済及び
補給や後方部隊の編成等の大任にあたり、帝国本土にて待機
同じく、ケスラーは帝都防衛司令官として帝都及び帝国領内の治安維持に当たるため
帝国領内に止まることとなった

そして、もう一方の主役とも言えるイゼルローン要塞攻略を
担うのはブジン元帥府の面々である

イゼルローン方面軍総司令官ヘイン
旗艦艦隊司令官、烈将ファーレンハイト上級大将
総参謀長、忠臣アンスバッハ中将
第二艦隊司令官、沈黙提督アイゼナッハ大将
第三艦隊司令官、鉄壁ミュラー大将

総計5万隻を超える大艦隊であり、昨日の要塞攻略戦に動員した数を大きく上回る
陽動としては過剰とも思える大兵力である

頭さえ除けば、正に威風堂々たる陣容である



遂に、帝国と同盟の命運を賭けた天才と凡人が生死を競う、
壮絶な戦いの幕が、静かに揚がろうとしていた


ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・
             ~END~



[2215] 銀凡伝(退屈篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:6d77f0ec
Date: 2007/10/22 22:24
不敗の魔術師と不滅の凡人・・・
才気においては天と地ほどの差があったが
互いを最大の脅威と感じていた点では共通していた

■最後の軍拡■

史実の流れでは首都の政治屋共は、不敗の魔術師と難攻不落の要塞を頼みにし
ケンプ戦以後に大した軍備増強や要塞への増派は行っていなかったが

過日の『回廊外会戦』においてヤン艦隊が痛撃を受けたことが契機となって
蜂の巣を突付いた後のように大慌てで、社会基盤の維持を無視した軍拡を進める

今回は、その無謀な軍拡政策が功を奏したと言えよう
結果論ではあるが、イゼルローン要塞に2万隻を超える艦隊が駐留し
ヤンに原作より、少しだけ大きい翼を与える事に成功したのだから

戦時国債の乱発も中央銀行による国債買取り等の財政暴挙も、
国があってこそ出来るのだから・・・

■働いたら負けかな?■

さて、ついにやってきたよでイゼルローン・・・
無敵のヤン艦隊に難攻不落の要塞なんて、戦おうという気も起こらん
原作じゃ垂らしが嫌がらせで戦って、旗艦で白兵戦とかやらかす羽目になっていたが

このヘイン様は違う!!なぜなら、下手な事をしなきゃヤンは要塞を捨てて逃げるからだ
つまり、可能な限り遠くで関係ないところで何もしないだけで要塞が手に入るのだ!

『ほぅ・・つまり、司令官閣下は5万隻もの艦隊をむざむざと遊ばせるというわけか』
『小官も、ヤン提督の手強さを良く知っていますが、些か消極的に過ぎるのでは?』
『・・・・・・・・・・・』

うるさいうるさいうるさーい!!!!いいか、相手はヤン!ミラクルヤンだ!
それで、難攻不落の要塞も付いている!こんな状態でケンカを売るなんて馬鹿だ!
とにかく、大人しくしてやり過ごしてればいいんだ
しばらくすれば、本隊フェザーン通過を知ってヤンは要塞を必ず放棄する

その時に空になった要塞を占拠して、ゆっくりと逃げるヤン艦隊を追いかければ
労せずして、同盟本土に肉薄できるわけだ!

だから、交戦は絶対だめ!とにかく安全な所で細心の注意を払って監視を継続!OK?

『まぁ、お前が総司令だ・・・先を見越しているならば俺も文句は言わん』
『ケンプ提督の復仇を果たせぬのは残念ですが、仕方ありませんね』
『○・・・・・』

やれやれ、ひさびさに原作知識が役立ちそうだぜ
ホント血の気が薄い奴らで助かった・・・もし、黒猪なんか部下にしていたら・・・

とにもかくも、安全で効率的な方法で要塞攻略するおれは天才だな♪
ヤンが逃げる時に仕掛ける爆弾に注意すれば一先ずOKだ

もう一つの罠の合言葉は紅茶がなんたらだったと思うけど


         わ  す  れ  た 


俺が要塞指令になる訳じゃないから、まぁいっか・・・?
うん、無理!思い出せない、とりあえずは先送りにしよう。

■不審と戸惑い■

哨戒によって発見した帝国軍の規模の大きさに驚いたヤン艦隊首脳であったが
それ以後、異常なまでの警戒を周囲にしつづけるだけで
一向に要塞に近づこうとしないブジン師団の不気味さに頭を悩ましていた

『ヤン、奴さん達、要塞主砲射程どころか近づく気配すらないぞ』
『相手は、あのブジン公ですからな・・・面白い事を企んでいそうではありますな』

厄介ごとに頭を抱える要塞事務官と、自分を値踏みしながら不敵な発言を行う
要塞防御指揮官にヤンは所定の規約に基いた要塞防衛準備を命じた

あまりにも簡素な指示しか出されなったので、
参謀長が一同を代表して、その他の指示の有無について確認したが
ヤンは一言「ない」といってささっと自室に戻ってしまった

ヤンの頭痛の種は、後方に大きく芽吹いていたのだ
もう一方の回廊から無遠慮に帝国軍が侵攻してきたら
首都の高官達は狼狽し、前線の状況を無視して
救援に駆けつけろと命令するのではないか、その時どうするのか?

救援には赴かねばならないのは分かっている
ユリアンにも言ったが、軍人は命令を受けたら
自己の意思で行動することは出来ないことも理解している

だた、最悪な自身の予想がまたもあたって
帝国軍の指揮官が最も警戒すべきブジン公である以上
いくら救援要請が首都から発せられようと、そう簡単には引かせくれないだろう
現に要塞の遥か遠くに布陣し、こっちの思考の枠から外れた行動を取り
どのような作戦行動に出てくるか全く予想できない有様だ

最悪の場合、首都救援に向かったらブジン師団に追撃され
後背からの攻撃を無抵抗に受け、無残に叩かれる事態になりかねない

考えるだけで頭痛がしてくる、高官はいつも言うだけで良いが
実行する側は正直溜まった物ではない
まったく、要塞を確保しつつ首都の救援を行うなど
それこそ奇跡でも起こさなければ無理な話だ
その無理を聞かなければならないほど、自身の待遇が良いとも思えない節が多すぎる



ヤンは要塞防衛に当たって、敵が接近する前に艦隊出して回廊内に伏せておき
要塞と駐留艦隊で敵を挟撃するプランを立てていた

原作では、ロイエンタールの行動が迅速で整然としていたため、実行できなかったが
今回は、回廊の端でグズグズして接近すらしてこないので計画を実行しようが無かった
ヘインは腰の引けっぷりのお陰で、ヤンの奇策から偶然にも逃れることが出来ていた

また、ヤンは無駄とは思いつつ、この帝国軍の行動がフェザーン回廊を利用した侵攻という
壮大な戦略構想の一環であるという見解を付して、敵襲を報らせるだけでなく
フェザーン回廊方面の防衛を固めるよう求めた
無益とは思いつつも、孤軍奮闘する司令長官のせめてものサポートのため
それは、必要なことであった・・・

こうして、『神々の黄昏』の中で、最も退屈な1Pが開かれる
前回の直接対決の積極策から一転して、両者とも消極的な動きしか見せず
異常とも言えるほど静かな終わりの始まりであった・・・・

■山々山々■

「動かぬこと山の如く、動かないこと山の如く、
全く動かぬこと山の如く、とにかく動かんのは山の如く」
と動きの無さに痺れを切らし、交戦を主張する提督の進言を
ヘインがだだっこのように無視していたころ

イゼルローン要塞の司令官もヘインと同じように
『だめ!』『とにかくだめ!』とアッテンボローの出撃要請を突っぱねていた

■ふたりは撃墜王♪■

「こんな退屈な戦いははじめてだ」

戦闘服に身を包んだままパイロット用の食堂で食事を取りながら
オリビエ・ポプラン少佐は不平を鳴らしていた
彼らが警戒態勢に入ってから、全く戦闘の気配が感じられず
出撃するどころか、敵の艦船すら碌に見えない有様である

このように、ただお互いがじっと睨みあうだけの戦場など
ポプランのような気性の人間には苦痛でしかなかった

『どうにも敵の動きが解せないな、ヘインのやつ怠けてるんじゃないか?』

イワン・コーネフはそういって僚友に自身の考えを確認するかのように問うと
ポプランは食べかけの食事を、一気に飲み物で飲み込んでから答えた

「勤勉に戦争をする奴より、怠ける奴の方が、俺は好きだがね」

『おれはお前さんの嗜好を問題にしているのじゃない。ヘインの思惑が気になるんだ』

「それはよくわかるが、お前さんが気にしてる相手は怠け者のヘインだ、
 とっくに同類の司令官が考えているだろうよ?恋人としては落第点だが、
 戦略家としてなら右に出るものはあのふざけたヘインがいる位だからな」

『二人ともお前さんと反対に、か?』

その皮肉に腹を立てるかなと思ったコーネフだったが
同盟の若き色事師撃墜王は、悠然と笑って僚友に答えた

「おれは、それほどうぬぼれちゃいないよ。あの二人と違って勤勉に
量をこなしているだけだからな。博愛主義っていうのと勤勉さは、
このさい減点の対象になるんでね                」


             『勤勉?誰が?』




確かにヤンは帝国軍全体の戦略構想は、ほぼ正確な形で洞察していた。
しかし、ポプランが期待するヘインの考えを読むことは全く出来ていなかった

さすがの魔術師も、戦意のなさが未来を知っているからという
とんでもな状況まで読むことが出来なくても仕方がない

かくして、2ぺージ目も退屈そのもので、どこぞの革命家と撃墜王の
フラストレーションは溜まり続けることとなる



イゼルローン回廊で両軍が無為の時を過ごす中
膠着状態を打開するため、双璧を先陣とする増援部隊が派兵されることが発表された

退屈なぺージは捲り尽くされ、もう一方の回廊に時代の激震が走ろうとしていた

ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・
             ~END~



[2215] 銀凡伝(演説篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:6d77f0ec
Date: 2007/11/04 11:55
一方が停滞すれば、もう片方が動く
『神々の黄昏』は止まらない・・・
フェザーン回廊に新しき時代を告げる嵐が迫っていた

■援軍■

遅々として進まないイゼルローン要塞攻略に対して
帝国宰相ロ-エングラム公は業を煮やし、更なる増派を宣言し
あらたな『回廊』攻略軍として双璧率いる二個艦隊の出兵を決定した

だが、彼らの目的地はフェザ-ン、フェザ-ンを占領し
同盟侵攻の橋頭堡を確保するのが彼らの本当の任務だった

この任務は彼らの能力から考えれば、さして困難な物ではなったであろう
フェザーンには二個艦隊の警備艦隊が駐留しているとはいえ
一度も実戦を経験したことがない者が殆どで、
奇襲ともいえる今回の侵攻には全くの無警戒だと考えられ、
帝国の双璧に対抗するなど、常識的に考えればまず不可能であったからだ

また、侵攻作戦の実行者達も占領後の統治こそ困難であると考えていた。
彼らの予想の正しさは、そう遠くもない未来に証明される

だが、困難さの度合いは彼らの予想を大きく裏切っていた
歴史の変わり目に、新たな英雄が彗星の如く現れたためだ・・・

■誇りは共に・・・■

銀河正統政府フェザーン弁務官事務所
野心と欲望と活力に満ちた人々で溢れかえりだけでなく、
偉大なる誇りに包まれた場所であった・・・

そして、帝国軍の真の侵攻回廊を陰謀当事者達以外では
最も早く知ることが出来た場所であった



『閣下、やはりミンツ中尉の言うとおりの結果になりましたな』
「そのようだな、もう少し時が欲しかったな・・・いや、今更と言うべきだな
 ローエングラム公とヘインの迅速さと実行力に我々は敗北したという訳だ」

シューマッハから回廊の入り口に帝国軍が進入したとの報を受けたアルフレッドは
さして、取り乱した様子も無く、大敵を賞賛する余裕すらあった

「さて、敗残者は敗残者らしく、悪足掻きを精々させて貰おうか?」

シューマッハは主君の言葉に頷くと、己の職務を果たすため足早に部屋を出て行った

圧倒的な力を持つロ-エングラム公が目前に迫ってきてはいたが、
彼ら二人には一片の不安もなかった、黄金樹の誇りは揺るがない・・・



ヤンはフェザーン中に独立不羈の精神を呼び起すことは叶わなかったが
彼の愛弟子ユリアンとフェザーンの小覇王と呼ばれる男の奇妙な縁によって
三分の一程度のフェザーン人の独立心を擽ることに成功する

偶然か、必然か・・・場違いな男の登場により
歴史は正道から確実に乖離し始めていた・・・・

アルフレッド達が行ったことは単純であった
弁務官事務所に来る人間に虚実を織り交ぜた情報を流し
不安を煽り、時には義侠心を擽り、あらゆる階層に協力者の根を伸ばしていったのだ
アルフレッドのカリスマと、シューマッハの組織力のどちらが欠けていても
上手くはいかなかったであろう難事を、彼らは精力的な行動によって成し遂げた

時が足りず、フェザーン全体を掌握することは叶わなかったが、
最もフェザーン統治能力が低下する『最後の日』なら
一時的にならばフェザーンを掴むことが出来そうであった

■終焉の前夜■

12月24日、驚きという名のプレゼントがサンタではなく
帝国の双璧によってフェザ-ン中にばら撒かれた


帝国軍の侵攻はあっけなさ過ぎる形で半ば成功しようとしていた
警備艦隊は演習のため、母性に駐留していた艦隊は半数程度
その半数も予想外の侵攻に浮き足立つだけで
さして抵抗することなく中央宇宙港の制圧を許してしまっていた。

市中も混乱を極め、自治領主官邸には指示を求める連絡が相次いだが、
ルビンスキーは既に地下に潜っていたため、それに答える者はいなかった

この狂騒と混乱の中、ユリアン・ミンツは己の職務を果たすため
興奮する人々を掻き分けながら弁務官事務所を目指し駆けていた


そんな興奮の渦が最高潮を迎えた中、演劇の主役が舞台に踊り出た


■ゲリラライブ■

『突然ではあるが、フェザーンの全放送局を我々、銀河正統政府が借り受けることととなった
 これより、全フェザーン市民に対して軍務省次官ランズベルク伯から重要な宣言を行う・・・・』


事態の推移を見守ろうとTVを食い入るように見つめていた市民の前に
見慣れぬ二人の帝国軍人が全てのチャンネルに姿を映し出された

シューマッハとアルフレッドであった・・・・・
彼らは陸戦部隊の9割以上を投入し、混乱する治安当局を尻目に
放送局を帝国軍よりも早く占拠する事に成功したのだ


「誇り高きフェザーン商人の諸君!歴史の敗残者へと立場を変えつつある今の気分は如何かな?
 まぁ、私も歴史の寵児たるロ-エングラム公に、強かに打ち負かされた同じ敗残者である
 だが、敗残者であっても私は誇りを失ってはいない!「黄金樹の誇り」が常に傍らに有る!!
 諸君らはどうだ!?賢しくも帝国と同盟の争いの血を啜って肥太るうちに気が付けば
 小利口を気取った愚かな敗残者になっているという訳だ!このままで良いのか!!!
 己の才覚のみを頼みに宇宙を駆けた独立不羈の誇りはどこへいったのか?消えたのか!?
 否!!!!我々と同じだ!諸君らの中にも強大な英雄を相手にしても屈せぬ誇りがある!!
 重ねて言おう!我々は敗残者である!!だが「誇り」が残っているではないか?
 いまこそ、帝国、フェザーン、同盟の枠を超越し、誇りを共に抱き立たねばならん!!!
 フェザーンの誇り高き独立商人よ!いm・×vチュ~ン」


               ぶ  っ  ち  ん
        
 
同盟弁務官事務所で帝国軍に貴重な情報を利用されないようにするため
自らが責任を取ると啖呵を切って破棄していたユリアンは
五月蝿かったのでTVのリモコンで無造作に切った・・・

そして、ユリアンが『なげーんだよ、馬鹿』とつぶやくのを偶然聞いた
ルイ・マシュンゴは俯きながら「こんなユリアンは嫌だ!」と首を振っていた・・・


多少のイレギュラーを交えながら、フェザーンの終焉は最終楽章を迎えようとしていた


■マリーネ・スーク■

演説を終えたアルフレッド達が味方に引き入れた同士
『急遽決まった』軍事演習のためにフェザーンを『たまたま』離れていた
駐留艦隊と合流するため、地下に潜伏するなか

ユリアンとマシュンゴ達もヤンの元に帰るためフェザーン市街に潜伏していた
おまけに弁務官事務所全職員に見捨てられたヘンスロー弁務官もいた

彼ら三人の当座の目標は同盟に向かう船を調達することであった
アルフレッドの演説の成果か、独立心を刺激された
一部の市民が反帝国的感情を爆発させているため
占領地の治安沈静化に双璧は追われていた。
そのため、帝国郡は船舶の航行には過敏になっており、中々船の調達は進まなかった

そんな、八方塞がりのなか救いの女神が現れる
女神というには少々かわいらしすぎたが
マシュンゴが潜伏先に連れて来た女神は、ボリス・コーネフという男が
船長を勤める船の事務官であり、ユリアンたちを同盟に送り届ける仕事を引き受けたのだ

『マシュンゴ、ぼくは正直焦っている!だから笑えない冗談なら聞きたくない』
『中尉の仰りたいことは分かりますが、彼女は確かに同盟へ行ける船を持っています』

自分より年下の少女が船長代理と聞いたとき、ユリアンは性質の悪い冗談だと思った
しかし、現在の不安定な状況で船を出してくれる人間が
まず存在しないことも事実であった。つまり、最初から選択肢はなかったのだ
ユリアンは観念し、マリーネと名乗った自分より2・3歳若そうな少女に頭を下げた

「ふん!最初から素直にたのめばいいのよ!別ににアンタのために
 船をだすんじゃないんだから!!勘違いなんかしないでよね!♪」

『マリーネタンハァハァ・・・・』と突然萌えはじめたヘンスローは
マシュンゴの熱い抱擁で骨を軋ませ、眠りの世界に送られていた

「たまたま、ボリス船長の知り合いの知り合いだから手助けするだけよ!
 そう!フェザーン商人は縁を大事にするから・・それだけなんだから!!」

『うん、危険な仕事請けてくれてありがとう、マリーネ』

こうして、顔を真っ赤にした少女とユリアン、マシュンゴに変態を加えた一行は
フェザーンを脱出し、一路ハイネセンを目指す契約を結ぶこととなった
もちろん、代金は失神した変態の財布からギッた金である

■無血占拠■

マリーネが商魂逞しく、その他の乗船者を探す中
大侵攻の一翼を担う凡人は怠惰に過ごしていたが、
その余りの体たらくに方面軍首脳部が業を煮やし、開戦を強く主張し始めていた

このまま無為に過ごし、フェザーン回廊を通過した本隊によって
ハイネセンが落とされ、終戦となったら自分達は大軍を擁しておきながら
いくらヤン艦隊とはいえ、たったの一個艦隊の足止めしか出来なった無能者として
終戦後、オーベルシュタインによって糾弾され栄達から程遠い場所に追いやられる

そんな、方面軍幹部達の危機感と糾弾されても仕方がないヘインの怠惰振りが
開戦の狼煙を無理やりにでも揚げさせようとしていた・・・

■■

『いい加減に働いたらどうだ、お前のことだから途方もない考えがあるんだろう?』

すいません・・『なぁ、いってみろよ』みたいな目で見られても
「わたしなんか・・・ただの凡人なんです!できませんコーチ!」って言いたい状態だ

うわっ、食詰めだけじゃなく鉄壁に沈黙、アンスバッハまで熱い視線を送ってきやがる
俺にどうしろって言うんだ!おれがヤンに勝てるわけがないだろ
向こうが待ってたら勝手に逃げてくんだからここは大人しく・・・・って!?

そうだ!いいことおもいついた♪おまえ俺のケツのry
じゃなくて、そうだったよ!ヤンところには民間人がいる
軍人は民間人には手を出せない!民間人が避難するまで攻撃できないとか
適当なこといって、とにかく誤魔化してその場を凌ごう!!!

「イゼルローンには民間人がいる。軍人が民間人を危険に晒すのは不味い
 まずはヤンの奴に攻撃しないから民間人を避難させろって勧告しよう
 それだけで敵味方含めて一滴の血も流す事無く、要塞が手に入る筈だ」

たぶんだけどなw、だめだったらまた適当なこといって誤魔化そう!

■会議後■

『なるほど、フェザーンの事を知った今となっては敵も要塞に張り付いている
 訳にもいかんということか、先に足の遅い民間人を出して追撃を容易にするか・・・』

・・×・・・・・・・・・・・?

『やはりブジン公は怖ろしい方だ・・・辛辣で狡知を極める策で御座いますな・・・』

・・×××???・・・・・・・・・・・・

『中将もそう思いましたか、小官にはとても思いつくことが』できない策です』

『卿はそのままでよい。誠実で正道を歩む・・・変節家である中将や俺、
そして上に立つヘインには真似をしたくてもできない生き方だ・・・』

・・○◎・・・・・・・・・・・・・・



盛大に深読みをしすぎるヘイン元帥府の面々以上に
アイゼンナッハの一人称形式には無理がありすぎた・・・・

まぁ、とにもかくにも首脳陣開戦の進言を何とか退けたヘインは
イゼルローン要塞に向けて民間人退避勧告を行うこととなった

イゼルローン回廊もようやく慌しくなりそうであった・・・


  ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・
             ~END~



[2215] 銀凡伝(泥酔篇)
Name: あ◆b329da98
Date: 2007/11/24 17:30
無能が無能なままでいられる平穏は過ぎ去り
激動の乱脈が波を打ちイゼルローン要塞を震わせていた

■立ち退き■

     『民間人は攻撃しないからとっとと避難させろ、ヘイン』

フェザーン失陥に伴い全ての軍事行動の裁量をヤンに任せるという
宇宙艦隊司令部からの命令文が伝わると同時に
ヘインからのなんとも言えない民間人退避勧告文が届いていた・・・
これを受け、ヤンは艦隊首脳部を召集。今後の方策について会議を開くこととした



首脳部が集まったにも関わらず、ベレー帽を手で回すだけで発言しない司令官に代わって
最初に口火を切って発言したのはムライ参謀長だった

『閣下!既に帝国軍はフェザーンを征しており、ハイネセンも最早安全とはいえません』

あえて言う必要のないことではあったが、司令官が発言しない時は
参謀長が常識論を述べて会議を進める・・・これがヤン艦隊のセオリーである

『ヤン・・それでお前さんはどうする気だ?幸いにも奴さんは
 民間人は攻撃しないと言っている。退避の手筈は一応前々から
 進めている。実行面での問題はないと考えてもらって良いぞ』

民間人退避の実務担当としてキャゼルヌが再度、司令官に真意を問うと
ヤンは髪を一二度撫でた後にベレー帽を被りなおし発言した

「どうせなら民間人だけでなく、我々も退避しようと思っています」
       『どういうことでしょうか、閣下?』

ムライがようやく発せられたヤンの発言を問いただす間に
シェーンコップやキャゼルヌにアッテンボローと言った面々は
司令官の奇謀に対する心構えを終えていた

       「我々も退避し、イゼルローン要塞を放棄する」

ほぼ同じ内容を繰り返したヤンに対し、ムライが具体的な説明を求めると
ヤンは頷き、参謀長を含めた艦隊首脳陣に説明を始めた



既に一方の回廊が帝国に奪われた今となっては
イゼルローン要塞に固執したところで戦略的に無意味であると
たとえ要塞によって戦果をあげ、帝国と講和を結べたとしても
その講和条件には必ず要塞の明け渡しが盛り込まれる。
どのみち渡さないといけないなら、さっさと渡しても変わらないだろうと

『それで問題になるのが、ヘインの動きって訳ですよね?』

「そいうことになるね」とヤンは戦意過多の後輩に答えるとさらに説明を続けた
なぜ?この時期にブジン公が民間人の退避を勧めてきたか

一つは民衆に対するブジン公の特有の人気取りであると言う考え方
だが、この時期にわざわざ敵国の同盟市民の機嫌をとる必要はさほどない

つまり、ブジン公の真の狙いは民間人の退避に伴う時間を得ること
また、その時を利してヤン艦隊を葬り去る事にあるかもしれないと言うことだ

『なるほど、建前であっても我々は民主主義の軍隊、民間人より先に逃げるという
訳には行きませんからな。また、閣下の性格から攻撃されない民間船を盾にしつつ
首都まで逃げおおせようとはしないだろうと読んだ上での提案と言う訳ですかな?』

少々皮肉屋な防御指揮官に「その通り」とだけヤンは素っ気無く答え
ヘインの辛辣な策についてより詳細な解説を行った

民間船を盾にすることが出来ない以上、艦隊はその後方について行かざるを得ない
そうすると相手に追撃される可能性が非常に高くなる
それならば、民間船が十分に退避するのを待ってから要塞を出る方法もあるが
それでは時を失いすぎて、帝国に対する勝機を完全に失することになってしまう

一番良いのは攻撃しないと言っている民間船を盾に全力で逃げることだが、
さすがにそこまで非人道的な方策は取れないし、第一に自分自身が採りたくない
つまり、選択肢は極めて少なく、最善の方策はある意味タブーである
その上、どうするか考えて時を使えば使うほど相手の思う壺になってしまう

結局、ブジン公率いる大艦隊が追撃してきた場合、矛を交えざるを得ないのだ

まったくブジン公という奴は本当に悪辣でいやらしい奴だ!
なんだってわたしがこんなに悩まなくちゃいけないんだ!
そもそも、あきらかにこれは給料分以上の・・・・・



『おちつけヤン!お前らしくもない・・・相手の思惑は分かった
 それを分かった上で、要塞を放棄して撤退する方針なんだな?』

珍しく声を荒げて愚痴る後輩を窘め、方針を再確認すると
キャゼルヌは民間人および艦隊の退避準備に慌しく取り掛かった

なにはともあれ、フェザーンが失陥した状況ではイゼルローンを放棄せざるを得ない。
精々、要塞に細工をして少しでもヘインたちの足を止める方法に智恵を回す必要があった。

そして後々のためにも罠を仕掛けなければならない
急に忙しくなってきた状況にヤンの機嫌は加速度的に悪化していった


■要塞占拠日記■

○月×日

なんか、民間船が次々と要塞から飛び立っているみたいだ
とりあえず、静観する。民間人は攻撃してはいけないのだ
べつに、怠けているわけじゃないぞ!

○月△日

どうやらヤン艦隊も要塞から離脱をし始めた様だ
もちろん手は出さない!食詰めとかが追撃を主張してきたが
まずは、要塞奪取が重要と宥めた。相変わらず五月蝿い奴らだ

ヤン艦隊が全部逃げたあとにアンスバッハ率いる工作隊を突入させた
合言葉は不覚にも忘れてしまったが、爆弾を仕掛けていたことはちゃんと覚えている

案の定、要塞内には爆弾が仕掛けられていたようだが
アンスバッハ達の活躍もあり、全部解除する事に成功したようだ

『そのまま追撃して爆発に巻き込まれた所にヤン艦隊の逆激を受けたら大変な事になりましたね』
と鉄壁が尊敬の眼差しで見つめてきた。相変わらず間抜けな奴だ
ヤンの真の狙いに全く気づいてないようだ

○月◇日

爆弾解除の指示をした所までは良かったんだけど、
もしかしたら一つぐらい見逃した爆弾が時差で爆発するのが怖かったから、
要塞に入港するの先延ばしにしていたが、食詰めにビビッてるのがばれて白い目で見られた

「だって怖かったんだもん」と可愛らしく言ってみたが無視された
ちょっとムカついたが、言った自分が言うのもなんだが
ちょっとキモかった気がするから見逃してやった。別に負け惜しみじゃないぞ!

○月◎日

とりあえず、要塞の占拠が落ち着いたので形だけヤン艦隊を追撃する事に
食詰めや鉄壁が張り切っているけど無視だ無視!
わざわざ好き好んで一番危ない奴に近づく必要はない

とりあえず、沈黙艦隊を要塞防衛に残して出発する
短い滞在だったが久しぶりに来たイゼルローン要塞は寂しい感じがした
きっとユリアン君やポプランもコーネフもいないからだと思う
戦争が終わったら彼らを訪ねてみるのも悪くないかもしれない

■杞憂■

ヤンは後に近しい者にイゼルローンからランテマリオ会戦参戦までの逃避行を
『無駄であったが人生で一番労力を使った逃亡』と語ることになる

ヤン艦隊はハイネセン方面へ民間人を離脱させつつ、
追撃してきたブジン艦隊に逆劇を喰らわせる陣形を保ったまま
撤退速度を極力最大船速に近づけると言う離れ業をやってのけていた
艦隊運用を任されたフィッシャー提督は指揮中に二度意識を失い、
その後、30分もしない内に二度復帰すると言った獅子奮迅働きを示していた

実の所、一番無駄な労力を使ったのはヤンではなく、フィッシャー提督であった
また、同盟軍兵士達はこの激務振りと、撤退を完遂した彼の手腕を讃えて
『二度寝のフィッシャー』と本人がなんとも反応に困る異名で呼ぶようになった



ヘインのやる気のない追撃を、神経を摺り切らせながら振り切ったヤン艦隊は
ランテマリオでフルボッコにされかかっていたビュコック率いる宇宙艦隊を
崩壊寸前の所で救う事に成功する。

一兵も損なう事無く、敵の大軍を寄せ付けずに民間人全てをハイネセンに送り届け、
ランテマリオで窮地の味方艦隊を救ったヤン

同じく、一兵も損なう事無く、難攻不落のイゼルローン要塞を占拠
また、ヤンの奸策を見抜き要塞爆破の危機を防いだヘイン

どちらの功が大きいかの判断は、後世の歴史家を大いに悩ます事になった
しかし、どちらが楽をしていたかは明白であった・・・・・

■目指せハイネセン■

ここで歴史の針をいま少し戻したい
ヤン・ウェンリー達がイゼルローンを放棄しようと準備する中
フェザーンでマシュンゴ達と共に潜伏を続けていたユリアンは
脱出の目処が立たたず、焦燥感を隠せなくなっていた

「マリーネ、いつになったら出発できる?」
『なによ!あたしだって一日でも早くって一生懸命やってるわ!って
べっべつにあんたのために必死になってるわけじゃないんだからね!』

ついつい不満を漏らすユリアンであったが、マリーネが頑張っていることも
よく分かっていたため、それ以上の不満を漏らすことは控えた

『マリーネたん~はやく!はやくぅ~はやくぅ~いかせてぇ~』
そんな空気を読めずに何を催促しているか分からないヘンスロー弁務官は
またマシュンゴの地獄の抱擁によって別の世界に旅立とうとしていた・・・

『ところでマリーネさん、さっきから少しそわそわしている様子だと
 何か良いことがあったとお見受けしましたが、ちがいますかな?』
『ふーん・・・准尉って意外と鋭いのね、正解♪じゃーん!これな~んだ♪』

マシュンゴに指摘されたマリーネは、上機嫌でポッケから三枚の公認通行証を出した



ユリアンたちはフェザーンを脱出し、ハイネセンを目指した
その道中では、地球教の秘密の一端を知ることになったり、
帝国軍の駆逐艦を乗っ取っとるなどの大立ち回りを演じることになった。

その際、マリーネ達のベリョースカ号は宇宙の藻屑となってしまうなど
若干?のハプニングはあったものの、ユリアン一行は無事にハイネセンに到着し
ヤン艦隊の面々とユリアンは『駆逐艦を奪った若き英雄』として再会することになる

それと同じ頃にランテマリオ会戦の勝利に酔う帝国軍本隊に
ヘイン率いる別働隊が合流し、ちゃっかり戦勝パ-ティーに参加していた
天才と凡人が久々に邂逅することとなった・・・・


■将官だらけのパ-ティー!ポロリはないよ!■

建設途上のウルヴァシー基地の中、
イゼルローン回廊とフェザ-ン回廊を制圧した偉業と
ランテマリオで緒戦を飾った事を祝う盛大なパーティーが開かれていた

■■

やっぱ偉くなるもんだね~!出される料理とかの質が違うね
うまい、超旨いぜ!この何かよくわからないソースがかかった肉!
それに酒!もう飲み放題だし、多分このワインとか最高品質の奴だと思う
よく分からんけど飲みまくって損はないはずだ

『ヘイン・・・・相変わらずというかお前らしいと言うか・・・』
「今日はガンガン喰って飲んで、飲んで喰って飲んじゃうぜ~!
よし、ラインハルト!お前も飲め!飲んで呑まれて飲んじまえ??」

って、おい!逃げるな!飲酒の女神が下着をちらつかせてるんだぞ?
金髪の野郎逃げやがったな。ヒッゥック・・全然酔ってないっちゅ~の!

『ヘイン、お前飲みすぎだぞ。そろそろ自室に戻ったらどうだ?』
「あ~んだと~!!俺を誰だと思ってるんだ!って誰だっけ?アヒャヒャ?ヒヒ
 そ~んなことよりカーセさんとこの前どこ行ってたんだよ!俺はゆるさんぞ!」

いいか、カーセさんは美人でしっかりしてるけど、エリザより一個年下なんだぞ!
まったくロリコンはケスラーだけで充分だって言うんだ!!
なぁ、おまえもそう思うだろう?『ウルリッヒお兄様~』じゃねぇっつうの!

「・・・・・・・・・・・」「・・・・」「・・・・・・・・・・」

そうだよな!やっぱナッハ最高だよ!おまえだけだ俺の話を黙って聞いてくれるのは
ホント、いつの間にかワインボトルみたいになっちまったのには驚いたが
俺とおまえが『心の友』だって事には変わりはないぜ!!

『たしか、アイゼンナッハはイゼルローン要塞だったよな?』
『あっちを向くなミッターマイヤ、俺はワインボトルと談笑する趣味はない』

なんだ?あいつらぁ~?いつもつるんで『二人はホモ達』ってか?
って種無しの野郎、さっきからチラチラ見てるけどアイゼンのケツを狙ってるのか?
ヤバイぞナッハ!コルク栓じゃなくて奴のナニで栓をされちまうぞ!

よ~し!ヘイン様がおまえを遥か彼方に逃がしてやるぜ!!


            飛 ん で け ~ ♪




愚か者は自らの手で狂態の幕を降ろすこととなった・・・

ヘインは心の友と信じて疑わないワインボトルを勢いよく放り投げた
その投げた先には、運が悪い事に上機嫌に酒を飲む黒猪が立っていた
突如、後頭部に衝撃を受け倒れる黒猪・・・
痛みに耐え、立ち上がり振り替えると犯人と思わしき人物を見ると

『痛みに耐えてクララが立った!感動した!!』などと喚いていた
こいつを見て切れない奴は黒色槍騎兵じゃないね!
短慮が全軍を崩壊の危機に晒したと説教もされたが
関係ないね!こいつはブチのめす!黒色槍騎兵のボスとして
あのクソったれの酔っ払い野郎をメタメタにしてやるぜ!!!

といった形でヘインは黒猪に張り倒され、既にあっちにいっている意識を
より遠くに飛ばされるほど殴られることとなった

半日後、意識を取り戻したヘインは原因が全く分からない激痛で
自室のベットでもがき苦しむこととなる・・・・

■向かい酒と友■

なんか体中もイタイし、まわりの視線もかなりイタイ、なんかやっちゃったようだ
だが、一番痛いのはアタマ!つまり、二日酔いって奴だ

ホント頭がガンガンするなぁ、こういうときは酒で痛みを散らすに限るなヒッゥック
まったく、呑み易い高級酒だらけで箍を外しちまったぜ

そういや昨日みたいな公式酒宴じゃ、あいつが何だかんだで俺の手綱握ってくれてたんだな
やれやれ、すこし呑みすぎたみたいだ。赤髪のことを想いだすなんてなぁ?

            『ああ、おまえらしくないな』

うるせー、おまえもそんなところに突っ立ってないで呑め
いつもの如く、ただ酒呑ましてやるんだから感謝しろよ!

まったく、昨日だっておまえが少しだけ気を使って、もっとしっかり俺を止めてくれれば
こんな苦痛に際悩まされる破目にはならなかったんだぞ。友達甲斐がない奴だ!

  『生憎と止めるのは苦手だからな。まぁ、横には立っていってやる』

けっ、男が横に立ってても嬉しくないんだよ。それに立ってるだけじゃなくて助けろよ!
ささっと会計済まして帰るぞ!もうなけなしの小遣いがショート寸前だ!



数日後、ラインハルトは諸将をあつめ、今後の侵攻作戦の戦略の立案と決定を行った
帝国軍はウルヴァシーに建設する基地を根拠地として、同盟首都を攻略し、
自由惑星同盟を完全に征服する事を作戦の最終目標として決定した。

帝国と同盟の雌雄を決する戦いが始まろうとしていた


ヘイン・フォン・ブジン公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・

           ~END~



[2215] 銀凡伝(終幕篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:1ac158fb
Date: 2007/12/09 17:32
先勝に浮かれていた帝国軍は、次第にその表情を暗くしていく事になる
ウルヴァシーを根拠地とするためイゼルローン回廊から物資を運ぶ輸送船団に対する
ヤン艦隊の攻撃が同盟の反撃の狼煙となり、帝国軍に不愉快な未来像を見せ始めたのだ


■酒もってこい!!■

度重なる輸送船団に対する攻撃に対してラインハルトの決断は早かった
傘下の艦隊を用いてヤン艦隊の補足に動いたのだ
残念な事に、原作通りシュタインメッツ、レンネンカンプ、ワ-レンの尽くが
ヤン艦隊の前に敗れ去り、ワインやビール等の嗜好品が滞り始める

ここに至り、沈黙を守っていたヘインが動いた
イゼルローンからの輸送物資の護衛にアイゼンナッハ艦隊を用い
代わりにルッツ艦隊を新たな防衛艦隊として派遣するついでに航路の哨戒を行わせる

ヤン艦隊への備えには雪辱に燃えるシュタインメッツ・ワ-レン・レンネンカンプの
三個艦隊を派遣させることをラインハルトに上申し、裁可を得ると即実行に移した




ヘインの提案は一応の成功を得る。イゼルローン経由の輸送艦隊は
アイゼンナッハ艦隊に守られ無事到着することに成功した

だが、レンネンカンプ艦隊がまたもやヤン艦隊に襲撃を受け
手痛い敗北を喫したため、いささか後味の悪い結末となった

しかし、補給作戦は成功したため嗜好品の価格高騰はおさまり
ヘインは大満足であったし、兵站の維持を第一とする姿勢と周りに取られ
戦略家としての高評価も引き続き維持することとなった

ただ、安酒の確保のために5個艦隊を動かしたなどとという真実には
当然の如く、誰も到達することは出来なった。
それがヘインにとって幸せなことなのかは分からないが


■ウェンリーを探せ!■

『まいったな、ヤンは同盟領それ自体を基地としているようだ』

水色の瞳を困惑の影で濁らせながらファーレンハイトは呟いた
ヤンが同盟領に点在する84箇所の補給基地を渡り歩き
帝国軍の名将達を次々と各個撃破するゲリラ戦法の見事さに心底参っているようであった

『烈将らしくもない弱気だな。チョロチョロ動くヤンなど我が黒色槍騎兵艦隊によって
正面から撃ち下してくれる。所詮は一個艦隊に過ぎないではないか、何ほどのものか!』

気勢をあげるビッテンフェルトに対して首肯する提督も少なくはなかったが
ミッターマイヤーにその一個艦隊によって『帝国軍の一個艦隊』が何度苦杯を舐めさせられたと
冷静に問い返されると言葉を返すものはいなくなった

そんな空気を断ち切るように発言したのはやはりヘインであった。

「別にヤンにこだわる必要はないだろう?首都を攻略しておしまいじゃないか?」

原作での双璧の首都攻略後の降伏勧告から終戦の流れを知っていたヘインは
この場で、ヤンを無視した首都攻略作戦さえ採ればバーミリオン会戦は起らず
楽に終戦を向かえることができると考えていた。
そのため、地味提督達の敗北には目を瞑っていたもとい、怠けていたのだ

ヘインの提案は当然正解ではあった。だが、それが受容れられる時期ではなかった
双璧がヒルダの進言を受容れる状況と、現在の状況が同じではなかったからだ

この時点で原作ではヘインと同じような提案をした人物がいる
その人物の名はビッテンフェルトである

つまり、ヘインの発言が却下されるのは確実であった!そうコーラを飲んだry

『ヘイン、それでは首都を攻略して我等の大半が帝国本土に帰還した後に
 無傷のヤン艦隊が現れて首都を奪還し、同盟を再興させるだけだろう?』

ミッターマイヤーに反論されたヘインは
『何で?おまえヒルダちゃんの提案にはウンっていったじゃん!』と思ったが
名将を相手に対して、原作知識以外の力で説得できないことを知っていたので
考える事を止めた。まぁ、考えた所で結果は同じだったろうが

今の時点での帝国軍提督達の認識は、やはりヤン=同盟であったのだ
そのため、ヤン艦隊を殲滅せずに首都を攻略しても無駄というのが
ヤンの性格を当然知らない帝国軍幹部の常識になっていた

こうして、ヘインが真っ白になっている中
義眼の男によって、提督達の不毛な討議を終了させられた
総司令官ラインハルトが作戦を定め、全提督を招集したことを告げに来たのだ


■■

なんか、金髪に呼び出されたと思ったら急に金髪の野郎が叫び始めた
相変わらずテンションが高い奴だ。

なんか、ヤンの名声をあげる為だけに来たのかとか言ってる
正直、種無しに『ヤン無視して首都をどっか~ん!作戦』が
却下されると思ってもいなかった俺はsage、sageな気分だ
いつもの如くやる気はゼロだし、早く部屋に戻ってごろごろしたい。

あ~あ、原作通りにロイエンタールとか提督達に本拠から離れる命令を出し始めたよ
『これは擬態だ』とか得意げに言ってるし、もう見てらんないね!
おまえ名に得意げに『擬態』とか言ってんのと説教しようと思ったら
横の鉄壁が『自ら囮となられるのですか?』とか抜かし始めるし
どうしようもないねこりゃ~、完全バーミリオン一直線かよ


『ヘイン、卿には旗艦にて私がヤンに勝利する瞬間を見て貰おうと思う』
     はぁ?ギリギリ助かった旗艦に乗れですと???


NOです閣下.NOですわ閣下、ああ、ちっともうれしくないぜ
って言いいてェエ~!!なんで一番危ないとこにいかなきゃ駄目なんだよ!

「いや、俺は自分の師団の指揮とかもあるしさぁ」
『何を言っているのだヘイン?卿の指揮下の艦隊も各星域に派遣すると言ったら
 うんうん頷いていたではないか?それに約束を果たす場に卿が居なくてどうする?
ヤンを屠り、同盟を滅ぼして銀河を手に入れる。キルヒアイスとの約束だ・・・・』

あひゃっうひゃひゃ♪なんか金髪はあっちの世界に逝ってるYO♪
赤髪が手招きしてるのが見えてきた♪もう、ヘインちゃん困っちゃう♪


■混成艦隊■

ヘインがアヒャっている頃、首都ハイネセンでは最終編成を終えていた
銀河帝国正統政府軍及びフェザーン解放軍混成艦隊、通称『メルカッツ艦隊』が
最終決戦に向け、ヤン艦隊と合流すべくハイネセンから出征しようとしていた。

艦隊司令には正統政府軍三長官を兼ねるメルカッツ元帥
副司令官にはランズベルク上級大将、参謀長にはシューマッハ中将
主席副官シュナイダー大佐がそれぞれ任に付く

分艦隊司令官にはアイディアマンで敵の裏をかくのが得意な
フェザーン解放軍のハウサー提督が任に付いた。

この混成艦隊は同盟の旧式艦艇も加えたため、
総数は約11,000隻と数だけは一個艦隊クラスではあったが
その戦力については未知数であり、同盟軍内部からも最後の破れかぶれと揶揄される
しかし、ほかに戦力もなかったので、編成及び出征に表立って反対する者はいなかった

つまり、バーミリオン会戦におけるジョーカーと呼ばれるほどの活躍をすると
この時点で予想していた者は、当の艦隊将兵を含めて皆無に近かった


■決戦準備■

結局、私はローエングラム公にヤンとの正面対決を避けさせることが出来なった
彼が自分の進言を退けるだろうということが分かってはいたが
何故か、それをしないと言う選択肢を選ぶことはできなかった

更に残念なことは、彼は私に基地に残るよう父の名を使ってまで説得を行ってきたのだ
少し反発したくなったが、彼が私の身を案じてくれたのを思うと嬉しくも感じていた
そんな、なんとも言い現せない感情と共にあてもなく歩いている時に
私は決戦を前にした軍人とは思えないほど陽気な声に呼び止められた


『ヒルダちゃん~ちょっと付き合ってよ!』


振り返ると、軍の重鎮にはとても見えないブジン公が笑顔で手招きをしていた
なんだか、その笑顔で私の心は瞬く間に軽くなったような気がした

最初はブジン公が、また取り止めのない話でもしてくるのかと思っていたが
彼はローエングラム公に退けられた私の進言について言及し、
自分が思うようにやればいいと背中を押してくれた。

彼は全てを分かった上で、迷っている自分に一歩を踏み出す勇気をくれた
そこまでされたら、自分は期待に応えるために突き進むしかない
敬愛するブジン公を失望させるわけにはいかない




ヘインはちゃんとヒルダが原作通り動くか確認したあと
自分の傘下の艦隊提督を集めて、少しでも命の危険が減るよう足掻いていた

原作通りの流れなら囮のラインハルト本隊から遠く離れた艦隊提督達が反転して
ヤン艦隊を包囲殲滅する前に、ヤン艦隊の艦砲がラインハルトに届く寸前までいっていた
もしも、同盟政府の停戦命令が届くのが、少しでも遅れたら・・・・

ヘインはファーレンハイトにはどんな犠牲を払ってでも首都ハイネセンを落とせと
ミュラーとアイゼンナッハには反転予定ポイントの遥か手前で反転するよう指示した
これにヤンが気付いて囮の本隊に食いつかなくても構わない
死ぬよりはマシだという考えに基いた指示であった。もちろん口には出さなかったが

しかし、これは明らかに総司令官ラインハルトの命令を無視する行為であったため
ミュラーに『大丈夫でしょうか?』と不安げな顔で問い返されるが
「問題ない!」「そんなの関係ねぇ!」とヘインは必死の形相で押し切りにかかった

最初は、そんな無茶苦茶ですよと常識人らしい反応をしていたミュラーであったが
ファーレンハイトがあっさりヘインの提案を了解し、
アイゼンナッハも何も言わないので、不安を覚えながらもヘインの押しに屈した

もし、同盟に原作通りの戦力しか残っていなければ
このヘインの動きによって帝国軍の大勝となっていたかもしれない
しかし、異分子が入った事によって歴史のぺージは書き換えられてしまっていた
不幸な事に、ヘインはその事実に気付けるほどの才覚を持ち合わせていなかった

彼の介入によって史実以上に凄惨な戦いが幕を開けることとなる


■ 開戦 ■

バーミリオン星域会戦がいつ始まったのか、それを確定するのは容易ではない
先の地味3提督の敗北を第一幕とするか、ヘイン主導の補給作戦を開戦とみるか
後世の歴史学者の間でも意見が分かれることとなる

だが、この時代に生きる者達にとって、そんなことはどうでも良かった
目の前に敵軍が現れたら討つか討たれるかだけなのだから

宇宙暦799年、帝国暦490年4月22日、史実より2日ばかり早く
帝国軍本隊22,357隻とヤン艦隊19,626隻は激突した

■■

はぁ、何でこんな破目になったんだ。正直、シャトル強奪して逃げ出したい
初日からトゥルナイゼンの馬鹿が猪突しやがったときに
トイレ行く振りして逃げるべきだったと本気で思う

今の所ぺらぺら紙みたいな陣を上手くスライドさせたりして
ヤン艦隊の一点集中砲火を利用した突破を凌いでるけど
いつまで持つことやら、そのうちユリアンに見破られるんだよなぁ
まぁ、4日も同じ攻防を繰り返してたらおかしいと思うわな

『どうしたヘイン?浮かない顔をしてお前らしくないな』
「いや、そろそろこっちのカラクリがばれるんじゃないかと思ってな」

        『同盟艦隊が前進を停止しました!』

まったく、嫌な予感というか外れて欲しい未来っていうのは当たるんだよな
ヤンが艦隊を分けるのまで原作通りかよ、正直どっちが囮か良く覚えてないが
義眼の奴が本隊って言った方が囮だった様な気がする。

『閣下、故意に見せ付けるように動き、囮と思わせているあたり、案外あれこそが
本隊かもしれません?いずれにせよ兵力を分散させるべきではないかと?』
      『ヘイン!お前はどちらが本隊だと思う?』

う~ん、義眼の逆が正解だったはずだが、相手は魔術師ヤンだしなぁ
正直なところ自信がないぜ!なんたっておれは天才じゃない!

「とりあえず、後退して様子を見ないか?待って援軍に期待しようよ」
『いや、消極策を取って敵に攻勢を許せば短期決戦を狙う奴らの思う壺だ
 囮と見せかけた部隊が敵主力だ!全軍左翼の敵に向けて進軍せよ!!』

もう嫌だ・・・なんでこういう時だけ原作通りに進むんだよ
いちかばちかで義眼の意見の逆が本隊だって言っとくべきだったか?
とりあえず、もう付き合いきれん!いったんオストマルクに戻る準備をしよう
アンスバッハに頼んで戦場を離脱させて貰うしかない。

■ 激戦 ■

どうやらローエングラム公を罠にかける事に成功したらしいと
ヤンは安堵すると同時に主力艦隊に命じて帝国軍の後背に猛然と襲いかからせた

これに慌てた帝国軍は反転してヤン艦隊主力部隊にあたるが
囮部隊を主力と偽装するために牽引した隕石を打ち込まれ、
激しい砲火による追撃も受けて大きな損害を出していた
しかし、旗艦を討たれるわけにはいかないので必死で振り切っていた

「どうやら混戦に持ち込めたようだ。ここにきてようやく勝率五分といった所かな?
 少佐、ポプランとコーネフに連絡してくれ、ようやく空戦隊の出番が来たぞとね」

開戦以後、偶発的な接近戦程度しかなく、活躍の場が殆ど無かった空戦隊が
指揮官の命令と共に獲物を貪らんと次々に宙空に飛び出していった

『ヤン提督、このまま上手くいくでしょうか?帝国軍の識別にオストマルクがありました
 たぶんヘインさんもこの戦場にいます。何かとんでもない事を考えているかもしれません』

ユリアンの予想はある意味あたっていたが、ベクトルは完全に逆方向であった
そのころヘインは本格的に敵前逃亡を考えていたのだから

ヤンはユリアンの危惧に一応頷きはしたが、不確定な敵将の考えを読むより
眼前の敵を包囲の罠に落としこむほうに全力を費やしすことにした

副司令のフィッシャーにフレデリカを通じて指示を出すと
艦隊は誰が見ても帝国の反攻勢によって突き崩されるような艦列に変化していた
ヤン艦隊は反転してきた帝国軍の突進に併せて艦列の中央部後退させ
両翼を前進させる事によって完全に半包囲下に置いたのだ

反転した帝国軍は同盟本隊を分断するどころか、追撃してきた囮部隊にも追いつかれ
完全に包囲下に置かれ虐殺の嵐に巻き込まれることになった
この時点で、両軍の残存艦艇数は開戦前と逆転した

囮部隊から反転して駆けつけた艦隊の内
ブラウンヒッチ、アルトリンゲンの両艦隊はほぼ壊滅状態
カルナップ、トゥルナイゼン艦隊も半壊という絶望的な状況に合った

ラインハルトは敗北を覚悟した独語を漏らす中
シュトライトはシャトルによる脱出を主君に薦めたが
ラインハルトが拒否するよりも早く「よし!先に行ってるからな」と
ヘインは一声かけると、一目散に艦橋を飛び出して
内緒で準備していたシャトルの乗り場へ駆けた。全力で・・・

その光景に義眼すら思考を停止している中、
帝国全軍が待ち望んだ報せが届いた『ミュラー艦隊来援』と


■ 援軍 ■

ヘインの『密命』を受けていたミュラーは命令無視を不安に思いつつも
予定の反転地点よりかなり手前で引き返してきていた
そのため、原作と変わらぬ半個艦隊ではあったが、
二日早く始まった会戦に間に合うことが出来た

事情はどうあれ8000隻程度の援軍を得た帝国軍は
沈みかけた士気をおおきくあげることに成功する
このままいけば同様に反転してきた援軍が次々と駆けつけるのだから

一方、新たな敵を変わらぬ戦力で相手をしなければならないヤン艦隊は大変である
しかし、ヤンの指揮は揺るがず逆により一層の冴えを見せ始めていた
増援に呼応して包囲を突破しようとする艦隊にわざと逃げ道をつくってやったのだ

そう、増援のミュラーが横撃を加えているポイントに
降って湧いたような包囲の穴に当然帝国軍は殺到し、
出口にいるミュラー艦隊は救援の為にその穴に同じく殺到した

結果、増援艦隊と包囲下にあった艦隊は狭い宙域でごった返し、混乱状態に陥る
更に、その混乱に乗じたヤン艦隊の砲撃によって、混乱はより酷い恐慌状態になる
この混戦状態に際中、ミュラーは激しい逆襲を同盟軍から受けた
旗艦が被弾すること数回、一回の戦闘中に旗艦を四度変えるほどの攻勢を受けたのだ

ヤンをして『良将』と言わしめたミュラーの奮戦振りも
ヤン艦隊の攻勢を押し止めることはできなかった。
ヤンはミュラーと言う新たな障害を取り除き、
ついに、ラインハルト命運をその手に捕らえようとしていた

だが、魔術師の奇術を邪魔する無粋な乱入者が現れる
新たな増援『沈黙提督』ことアイゼンナッハの艦隊が増援として現れたのだ
強行軍のためミュラーと同じく艦艇数は8000隻程度と
半個艦隊での参戦であったが、ここに来ての増援は決定的だった

さすがのヤンもこれはお手上げだと、ベレー帽を半ばヤケクソ気味に放り投げあと
増援に来たのがブジン元帥府のメンバーと言う事に気がつき
傍らにいるユリアンに「お前の予想が当たってしまった様だ」と呟いていた

その苦しそうで悔しそうな声を聞いたユリアンは『提督・・』と返すことしか出来なかった
そんなユリアンに気が付いたヤンは申し訳なさそうな声で
「まぁ、なんとか年金を貰うためにもう一頑張りするさ」と軍人らしくない台詞を吐いて
新たな増援によって崩壊しかけた戦線の維持に取りかかかった
保護者が被保護者を不安にさせては、沽券に関わるとヤンが思ったかどうかは定かではないが

しかし、増援に乗じて一挙に戦線からの離脱を企む
ヘイン率いる2000隻の分艦隊とアイゼンナッハ艦隊による攻勢は
疲弊しきったヤン艦隊をズタズタに切り裂こうとしていた

同盟軍から帝国軍へ勝利の杯が移ろうとしたとき
新たな艦影がバーミリオンに現れた。会戦を飾る最後の主役の登場であった

最初艦影を見て、安堵したのは帝国軍、絶望したのは敗戦を覚悟した同盟軍であった
だが、その来援した艦隊が新たな帝国軍の増援では無く
メルカッツ艦隊であると知れ渡ると、両者の感情は激しく入れ替わることとなった。


■ 極限 ■

このメルカッツ艦隊に来援によって最も衝撃を受けた人物は誰であろう?
勝利を手に出来たと思ったラインハルト?それとも敗北を覚悟していたヤンだろうか?

答えは否、真に驚愕をしたのはヘインであると断言できる
ようやく数多の死線を逃れ戦線を離脱し、命の尊さを噛みしめんとしていたときに
目の前に自軍の5倍を超える名将メルカッツ元帥率いる艦隊が突進してきたのである
彼の絶望の大きさは筆舌に尽くしがたい物であったろう

なんたって、敵前逃亡を敵軍分断行動に上手く見せかけて誤魔化したつもりが、
味方の窮地を救うために、寡兵で巨大な敵兵に立向かう英雄になってしまったのだから


■■

俺は敵を分断して安全宙域に逃げたと思ったら
目の前に5倍以上の敵が現れて突っ込んできた。
とりあえず、頭がどうにかなりそうなのでアンスバッハになんとかして貰おう!

アンスバッハ中将!キミの意見を聞こう!!!
『閣下、こうなってはブジン公爵家の名に恥じぬ戦いを見せるのみ!』

あれ、アンスバッハ?ちょっとキルヒアイス殺ったとき以上にヤバイ目してるんですけど
そう例えるなら、ねずみにビックリして地球破○爆弾をだしたどら○もんみたいだぞ

『突撃!突撃!』『帝国万歳!』『ブジン公万歳!!』『ジークヘイン!!』

おいおい、どこの新興宗教だよ!なに突っ込んでるんだよ!にげろよ
おい、そこのお前!死にたくないだろう?逃げても良いんだぞ!!

『閣下!お気遣いは無用です!もとより閣下一人を死なせるつもりはありません!』

おいおいおいおいおいおいおぉ~い!!!俺が死ぬのは決定事項かよ
お前の心配じゃなくて、俺の命を心配してるんだよこのKY!!
いや、この状況だと俺が空気読めてない側なのか???




ヘイン率いる分艦隊が興奮の最高潮の中、果敢にメルカッツ艦隊に突撃するのを
間近で見た帝国軍将兵達はブジン公に続けとばかりに、メルカッツ艦隊に攻勢をかけた

それに対するメルカッツも老練な指揮能力を発揮して、黒色槍騎兵艦隊以上の突撃を
決して正面から受ける事無く、横撃を加えるようして進軍速度を遅らせていた
だが、逆から見るとメルカッツ艦隊の前進が止められたと言うことでもある
それは、ヘイン率いる分艦隊の突撃に追従した艦艇が
帝国軍の増援、本隊を問わず多数存在していたことを同時に証明していた

一方、メルカッツ艦隊の来援によって戦線崩壊を免れたヤン艦隊は再攻勢に出ていた
皮肉な事にヘインに続く者達の突撃によってメルカッツ艦隊という
新しい脅威は取り除かれたが、ヤン艦隊という脅威を蘇らせってしまったのだ


    ヤンは再びラインハルトを射程に捕らえようとしていた
       
        最早、ラインハルトの前にはミュラーやアイゼンナッハ          
          そして、信頼する友ヘインも傍にはいなかった


          若き独裁者の命脈は遂に尽きようとしていた・・・

           
■ 講和 ■

バーミリオンから遥か同盟領奥深くのハイネセン上空に
帝国軍の三個艦隊が方を並べて待機していた。

バーミリオンに向け反転するのではなく、首都を急襲して同盟を降伏させ
ヤンに停戦命令を政府に出せるべきだと主張したヒルダに賛同した
ミッタ-マイヤと彼に誘われたロイエンタールに
ヘインに同様な事を頼まれたファレーンハイトの艦隊であった

彼らは同盟政府に対して連盟で全面講和を要求し、
全ての軍事行動の停止と武装解除を要求した。
もし、拒否した場合は無差別攻撃を加えると恫喝を加えてではあるが

同盟政府や軍部の中でも気骨のある者は、ヤン艦隊が必ず勝利を掴むとして
講和に反対する者もいたが、帝国侵攻後、公式の場から姿を消していた
トリューニヒト議長率いる武装した地球教に抑えられ、全面講和を受容れることとなった

そして、軍事行動の停止命令が遠く離れた最前線のバーミリオンに届けられた



同盟から講和を受容れると言う返答を得た三人の男と一人の女は
一種の失望を感じていた。もちろんその失望の内容までは同じではなかったが

『しかし、ヘインとフロイラインの智謀は一個艦隊に勝るものですな
 ヘインと共にその智謀でローエングラム公を助けていただきたいですな』

「おそれいります。三提督のご助力あってこその成功ですわ。またブジン公が
 開戦前に私の背中を押しくれた結果だとも思っております。どうか今後も
 ブジン公と共に三提督にはローエングラム公を支えて頂きたいと思います。」

ヒルダの願いはどちらかと言うと、ロイエンタールや
ラインハルトではなくヘインに忠誠を誓っている節がある
ファーレンハイトに向けたものだった

自由惑星同盟の終焉をもたらした四人は、
それぞれの思いを胸にハイネセンを見詰め続けていた・・・

■ 停戦 ■

今まさにラインハルトを宇宙の塵とする寸前のヤン艦隊に
停戦命令が首都から届いたのは5月5日のことであった

その命令を受けた同盟軍兵士は等しく政府に対する怒りを爆発させていた
そして、司令官が敵を討ち果たせと言う命令を下すのを期待していた

もちろんワルター・フォン・シェーンコップも例外ではなかった
彼は司令官に詰め寄り、ラインハルトを討ち果たし、反す刀でヘインを討って
宇宙と未来の歴史を手に入れろと焚きつけた。

だが、ヤンはしばらくの無言の後、フレデリカに全軍を後退させる指示を出させた




「メルカッツ提督、どうやら同盟政府には『誇り』が残っていなかったようだ」

同盟軍に対する停戦命令はメルカッツ艦隊首脳陣にも届いていた
彼らは同盟軍ではないので停戦する必要は当然なかったが
共闘している同盟軍が停戦した今、勝機も当然少なかった

このまま意地を貫いても、あとは全滅するだけである。
メルカッツは思想的にも実質的にも指導者と言える立場にあるアルフレッドに意見を求めた

「ふむ、このまま攻勢をかければヘインの首ぐらいは取れるかもしれん
 だが、所詮は負け犬の悪足掻きに過ぎん。我々の道連れにするにも少々人数が多すぎる
 『黄金樹の誇り』を持つ者は陛下と共に野に下ろう。それ以外の者は停戦を受ければよい」

『ランズベルク伯の意見を取るのが一番良いでしょう。実のところ私には再起の『アテ』が
 ないこともない。とにかく離脱するなら早いほうが良い。直ぐに準備に取りかかるとしよう』

メルカッツはアルフレッドの意見をいれ、離脱者の選別を終えると
バーミリオン星域を離脱した。離脱艦艇の総数は4000隻を超えていた

当然、帝国軍はその妨害を考えたが、疲弊は激しく
彼らを追撃する余力は既に残されていなかった。
帝国軍は悠々と離脱するメルカッツ艦隊を見送るだけであった




突然の停戦に当然ラインハルトも驚愕していた
また、停戦経緯の報告をオーベルシュタインから受けた
ラインハルトはより一層、自尊心を傷つけられていた。

「私は勝利を目前にした同盟軍から、乞食のように勝利を譲ってもらったというのか?
 何度と無く私を窮地から救い、命を賭けて私を守ってくれたヘインになんと詫びれば良い!」

若き主君の感情の爆発が収まるのを待ち、冷淡ともいえる声で
オーベルシュタインはラインハルトを諭した

『閣下、結果として勝利したのは閣下です。勝者はヤン・ウェンリーでも無く、
 ブジン公でもありません。貴方が勝者であり、宇宙を統治していく義務があります』

さして自分の言葉が主君に響いていない事を感じながら
オーベルシュタインは別の事を考えていた。覇者が遠慮する存在はやはり危険だと
ブジン公の功績、権力、実力に裏付けられた存在感はあまりにも大きすぎる

巨大な敵を倒すという共通目的があるときはまだ良い
だが、同盟という曲がりなりにも宇宙の半数を征していた存在が消えた今
来るべきローエングラム朝の安定に最大の障害となるのは
やはり、ブジン公ではないかとオーベルシュタインはより一層危惧を深めていた


■■

はひぁれれ?終わった、おわったんか?俺生きてるし、俺生きてるよ
左右の盾艦が吹っ飛んだ時はもう駄目かと思ったけど
やっぱり、オストマルクを旗艦にしてよかった。やっぱ丈夫な艦が一番だね!

『閣下、残存艦艇を纏め、本隊と合流しようと思いますが?』

ああ、いいよいいよアンスバッハ!もう全部やちゃってくれ
俺はもう燃え尽きたよ。今はもうベッドでゆっくり眠りたいね



ヘインは停戦後、命を永らえた事を喜びはしゃぐと
残務をすべてアンスバッハに押し付けもとい任せて
自室のふかふかベッドで深い眠りついた。
極限の戦いの中、ヘインも例外ではなく疲弊していたのだ

本隊から離脱行動以後、最初に2000隻程度あった艦定数は
メルカッツ艦隊との交戦によって旗艦を含め100隻以下まで討ち減らされていた

ヘインが助かったのはオストマルクの防御力のお陰だけでなく
彼についている強力な守護天使の加護によるものと言っても良かった
つまり、死んでいてもおかしくない戦場に立ち続けていた訳である。

もっとも、他の艦隊や分艦隊の死傷率も似たようなものでは合った
バーミリオン星域会戦においての両軍の参加兵力は

帝国軍が艦艇3万8756隻、メルカッツ艦隊を含めた同盟軍は3万0376隻
帝国軍で完全破壊された艦は2万4310隻、損傷を受けた艦は9856隻
同盟軍で完全破壊された艦は1万5820隻、損傷を受けた艦は8675隻

  両軍共に損傷率が80%を超えるまさしく激戦であった
       そして、多くの犠牲者と遺族を生み出していた


■ 会見 ■

ラインハルトとヤンの会談が実現したのは停戦からきっちり24時間たった後であった。
その頃には会戦に間に合わなかったワーレンやシュタインメッツ等の艦隊も
バーミリオンに終結し、ヤン艦隊を完全に包囲していた。

会談に当たってヤンを迎えたのはミュラーであった。
二人はブリュンヒルトのラインハルトの私室に着くまで
お互いの健闘を讃えあい。その人柄と力量を認め合っていた。
その光景は、つい先刻まで殺し合いをしていた当事者とは思えないほどおだやかであった。

ラインハルトの私室に着くと元から部屋にいたキスリングと
案内をしたミュラーは部屋を出てヤンとラインハルトのみの会談が行われた

その場にはヘインも誘われていたのだが、疲労を理由に辞退していた
正直なところを言うと、生命賛歌の宴会騒ぎで酔いつぶれ、
とても人前に出る状態ではなかったためである。

ヤンとラインハルトの初の会見は、ラインハルトがヤンを部下に望む事から始まり
続いて、ヤンが非礼にならないようにそれを断るといった流れで進んだ
その後は、民主主義について深刻な議論を交わした後、
今後について問われたヤンは短く退役すると告げ、
ラインハルトはそれに頷き、両者の短い会見は終わった。


■ 終戦 ■

ハイネセンに降り立ったラインハルトやヘインは
先に到着していた四人の男女の出迎えを受け、最高評議会ビルを共に目指した

その道中では、彼らを警備する将兵から大きな歓声が沸きあがっていた
『ジーク、カイザー!ジーク、ライヒ!』『ジーク、ヘイン!』と
余りの熱狂振りに、目的地への到着は大幅に遅れることとなる。

ビルの会議室に入った帝国軍首脳陣達と随行した行政専門官の間で
この同盟侵攻作戦をいかにして終わらせるかが協議され
オーベルシュタインによって帝国の覇権を最も効率的に維持する
終戦方法が纏められることになった。

彼の卓越した行政手腕によって纏め上げられた終戦協定は
『バラートの和約』と呼ばれ、同盟に帝国に対して莫大な安全保障費を払わせる、
イゼルローン及びフェザーン回廊に隣接する星域を帝国に割譲させるなど
軍事的にも財政的にも、重いによって同盟を縛り付けるような内容が盛り込まれていた

また、同盟は主権としての軍備は認められたものの、大きな制限をかけられ
思想面でも反帝国的な活動を取り締まる法律が制定されるなど
軍事的にも思想的にも抵抗する牙を折られることとなる。

これらの内容を盛り込んだ和約をラインハルト共にみたヘインは
意見を求められたが『別に・・・』『特にない』と答え、異議を唱えなかった
これはラインハルトも同様であったため、和約は完成報告後、
直ぐに同盟の国家元首トリューニヒトとの間に結ばれることとなる


■ 人選 ■

和約には帝国主権者の代理人として同盟首都に
高等弁務官を置くことが盛り込まれていた。

その人選に当たって、ラインハルトは最初、軍政官としての識見、能力
人望や功績といった者がずば抜けているヘインを候補者として考えた

更に後々、同盟を併呑したあとの新領土総督としても考えていたが
オーベルシュタインがブジン公は帝国内に在って、
内政・軍政面を統括しなければならないと強行に反対したため、
ヘインの高等弁務官就任は見送られる事となった。

しかし、オーベルシュタインは後にフェルナーにのみ反対した真の理由を告げた

『ブジン公は巨星だ、遠方に置けばおくほどその存在感と求心力の強さが際立つ
 統一した秩序を構築する上で大きな障害となる。だが、近くに置いたところで
 その巨大な引力で全てを引きずり込み、新星など容易く飲み込んでしまうだろう』

ヘインの存在に対するオーベルシュタインの危惧の大きさを良く現していたが
これは後世の創作とする説も根強い。オーベルシュタインにしては
比喩的表現が強すぎ、虚飾を嫌う彼らしからぬ発言であったためである

いずれにしてもヘインは人選から漏れることとなり、
あらたな候補者としてレンネンカンプがその任に当たることとなった

これにはオーベルシュタインとヘインが揃って反対したが
ラインハルトに『失敗したらレンネンカンプを切り捨て、それを利用し同盟を完全に潰す』
と説明を受けると前者は諒解し、後者はしぶしぶ引き下がらざるを得なかった。
なぜなら、対案を出す能力を生憎ヘインは持ち合わせていなかったからだ

これは同盟政府だけでなく、選ばれた本人にとっても不幸な人選となる
   

■ 戴冠 ■

帝国領内に凱旋したラインハルトは、すぐさま帝国領内の統治に取組み
活発な行動を内外でしめし、それに一段落をつけると
傀儡として即位させた女帝を退位させ、ローエングラム朝の皇帝として即位した。

これによって銀河の過半を支配したゴールデンバウム王朝は過去の遺物となった
これからの歴史は新王朝によって紡がれていくこととなる・・・


   そして、その中心から不本意ながら離れられない男は
    新無憂宮の黒真珠の間で開かれる戴冠式の最前列で
   いつものように、アホ面を引っ提げてボーと立っていた。


      『帝国宰相、ヘイン・フォン・ブジン大公!!!』





      ひとりの凡人は臣下として頂点を極め      
         ここで物語は一旦終幕を迎える

          第二部までの僅かな幕間・・・
        彼は平穏無事な生活を送れるだろうか        


   ヘイン・フォン・ブジン大公・・・銀河の小物が最後の一粒・・・・・


               ~END~




[2215] 銀凡伝(嫉妬篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:1ac158fb
Date: 2007/12/22 20:10

帝国と同盟の戦いが一先ず終結し、
双方の戦士達はいつ終わるか分からぬ休息に身を委ねていた

■ 再会 ■

終戦協定の策定に追われる義眼たちを尻目に
ヘインはささっと評議会ビルを抜け出し、
僅かの警備のみを引きつれて要注意人物達との旧交を温めようとしていた

イゼルローンで知り合ったヤン艦隊の面々は要注意人物として
帝国軍によって監視対象とされていたので、比較的簡単に居場所が掴め
多くがハイネセンに一時的に居住していたので再会は容易であった・・・

■■

さて、せっかく同盟まで来たことだしユリアン君達に挨拶に行くかな
しばらく会ってないから、背も伸びてるだろうし、男前になってんだろうね

  『ヘインさん!こんなところまでどうしたんですか?』
『けっ、陰険な野郎だな。俺たちが負けたのを笑いに来たんだろう?な?そうだろう?』

  いや、アッテン君、そんなに襟絞めたらヘインしんじゃう・・・・
  久しぶりに飯でも食おうって誘いに来ただけだって!!!



まったく相変わらずアッテンの野郎は好戦的な奴だ
ユリアン君が止めてくれなかったら、絞め落とされてたぞ
それに、リュッケ!!おまえニヤニヤしてないでさっさと助けに来いよ!!
何のために護衛としてつれて来たかわからんだろう!


『いや、君も大変だね。コイツの護衛なんかど~でもいいからさ
 そうだ折角ハイネセンに来たんだから、観光でもしていってくれ』



おいおい、アッテン君!人の護衛を勝手にさぼらせようとってぇええ!?
リュッケ!お前マジで『お言葉に甘えさせてもらいます』じゃないだろう
まったく、仕事をさぼるなんてとんでもない奴だな!

まぁ、いいだろう。今日は友好的に食事をしに来ただけだ
数々の無礼を許してやる度量を見せてあげようじゃないか


『ヘイン、もたもたしてないで行くぞ!おまえさんの奢りなんだろ?』


まったく、よこで申し訳なさそうにしているユリアン君がいなかったら
顔面パンチしてやる所だが、我慢してやる・・・




結局、3人で店に入り酒を飲み始めてしばらくすると
アッテンボローの毒舌にカチンと来たヘインが、
かつてのイゼルローン訪問時にボコられたリベンジとばかりに
殴りかかって子供じみた取っ組合いをはじめたり、大騒ぎの宴会になった

仕事が終わって途中参加してきたラオを始め、
ローゼンリッターの面々等、続々と三人がいる店に集結してきた
狂乱の宴はいつ果てることも無く続く・・・

ヘインとヤン・イレギュラーズの間にかつて芽吹いた奇妙な友情は
戦争が帝国軍の勝利に終わっても枯れることは無かったようである。

その証拠にバラートの和約が成立し、帝国に凱旋するヘインの元には
ユリアンを筆頭にイレギュラーズが見送りに勢揃いしていた
大半が二日酔いを友にしての見送りであったが、親しみ易い強敵への好意に溢れていた

その光景を何度も振り向きなが搭乗口に向かうヘインは
今後、彼らと戦う可能性が高いことを知っていることもあり、
その多くの人々の好意は嬉しく思うと同時に切なくも感じていた

彼等の内、何人が再会を果たすことが出来か、そんな思いを胸に・・・



■帰ってきたヘイン■

ヘインが帰ってくる!待ちに待った瞬間がようやく来た
ニュースでバーミリオン会戦の死傷率、ヘインの艦隊生存率が5%って聞いたとき
私の目の前は大げさではなく真っ暗になった

もう、会えないかも知れない・・・死んじゃったかもしれない
最悪な結末しか頭に浮かんでこなくなって
カーセやエリ姉が何か横で話しかけてくれたみたいだけど
全く、耳に入ってこなかった。それだけの衝撃だったんだと思う

ブジン公健在とニュースの続報が入るまでの約15分間
多分、人生で一番長い15分で二度と味わいたくない時間

恥ずかしいけど、ニュースの続報を聞いた後も
腰が抜けちゃってしばらく動けなかったんだよ

つまり!ヘインはこんなかわいい奥さんを心配させちゃったわけだから
いっぱいいっぱい甘えさせ・・じゃなくて、お詫びをしなくちゃいけないの!


■■

まったく、帰ってきた早々に美少女からの熱い抱擁とは喜ぶべき物なんだろうが
公衆の面前でやられるとさすがに恥ずかしいものがある
買ってきた土産をやるからとりあえず離れてくれんか?と提案してみると


         『ヤダ!離れない!』


だだっ子みたいなことをいって却下された・・・
誰かに、状況の打破を願いたいが、カーセさんもビデオ撮影に夢中で望み薄だし
食詰めはニヤニヤ見つめるだけで助け舟の一つもよこす気はないみたいだ
まったく、友達甲斐のない奴だ。結局、自分で何とかするしかない訳か
見せてやろう、帝国元帥の名が伊達ではない事を!




ヘインは自分から離れようとしないサビーネの両頬を両手でやさしく包み、
抱き上げながら、上向きにさせると自らの顔を近づけ・・・


接吻ではなく豪快な頭突きをかまして半歩下がることに成功する


さすがのサビーネも、公衆の面前でキスをヘインが平然とやってのけると思い込み
そこに痺れるぅう~憧れるぅう~!!状態であったため全くの無防備
一瞬意識を飛ばされ、獲物を取り逃がしてしまう

このまま、ヘインはまんまと逃げきる心算であったが
敵はそれを許さなかった。意識を数瞬で取り戻したサビーネは


             泣 い た


赤鬼以上にわんわんと泣いたあと・・・
長い出征期間中、どれだけ待たされた者が心細かったのか
戦死者の多さに、最悪の場合を想像してしまったときの絶望を
ヒクッヒックと咽び泣きつつ言葉を紡ぎだした

感動的な帰還兵と家族の再会が彼方此方で行われる宇宙港エントランスの中心
再会を喜び抱きついたお嬢さんに対するヘインの仕打ちと
泣きながら切々と再会までの不安な日々を告白する少女の姿は
ヘインの地位が高いためか、一際目立って周囲の注目を集める

その光景をみた周囲の第三者の評価と反応は、当然カワイイ少女に傾いていた
どこらどう見てもヘインが悪いと、周りの人々から冷たい視線をヘインに射込み
傍らにいる侍女のハンドカメラもいつのまにかハンドガンにかわっていた

この状況では徹底抗戦を採る事は叶わず、ヘインは膝を屈せざるを得なかった


■ 帰路 ■

  『わるかった、恥ずかしかったからつい・・手繋いで帰る位で勘弁してくれよ』

う~んどうしようかな?ちょっと大げさに泣いちゃったのも悪かったし
もうちょっと、いじめちゃおうかなと思ったけど許してあげちゃおう

でも、なんかあやまるヘインって悪戯小僧のしゅんとした感じがしてカワイイかも♪
今度、嘘泣きして困らせてみようかな?だけど、いじわるして嫌われたヤダなぁ
とりあえずは久しぶりのお散歩デートはしてもらおっと・・・♪


■ 念願のアイス ■

遠回りのお散歩に無理やりつき合わせてみてよ~く分かったわ!
やっぱり、私はこの人が横にいないとダメなんだと

照れながら手を繋いでくれる彼がだいすき・・・
寄り道に付き合ってくれるやさしいところがだいすき!
自分だけの・・そう、ヘインの心を全部独占したいぐらい愛してる・・・

ヘイン位の地位があれば、愛人だっていくらでも作れることくらい分かるよ
まして、あたしは憎むべき旧王朝類に連なっている上に
父親は賊軍の副盟主で味方殺し、もちろん評判は最低最悪・・・
あたし自身、ヘインがいなかったら辺境送りは確実だったと思う

それなのに浮気はいやだなんて思うのはワガママなのかもしれない
でも、誰にも渡したくない!いま握っている手を自分だけのものにしたい!

そんな風に想っていることに気付いてほしいんだけどなぁ~?
ねぇ、ヘイン・・・わたしの想い伝わってる?


     『なんだ?じっとみてアイスでも食いたいのか?』


うん、大丈夫♪これだけ素敵に鈍感な旦那さんを
捕まえられるのはきっと広い銀河でも私だけ!

もし、他の人がヘインの心を手に入れたりなんかしたら、
殺してでも奪い取っちゃうんだから!!!!!!!!!!




その後、ヘインとサビーネは仲良く並んでアイスを食べながら帰宅した
空港で分かれたはずのカーセはいつものように尾行しながら
その光景を、食詰めが呆れるほど優しい微笑みを浮かべながら見つめていた


ヘインが望む平穏な日常がそこにあった



■ 論功行賞 ■

イゼルローン侵攻からフェザ-ン制圧、同盟領侵攻と続いた激戦の論功行賞が行われ
新しい職責と階級にみな一喜一憂することとなる

まず、元帥に昇進した者は四名いた
全作戦の兵站を支え、参謀チームの長として後方部隊を大過なく運用した手腕と
バラートの和約を纏め上げた行政手腕を高く評価され、
オーベルシュタインは元帥に昇進すると共に軍務尚書としての職責を担うこととなった

フェザーンを制圧するに止まらず、ハイネセンを制圧して同盟を降伏させ
ラインハルの危機を救った双璧の二人も揃って元帥に昇進し、
ロイエンタールは統帥本部総長に任命され、
ミッターマイヤーは宇宙艦隊司令長官に任じられた

前記の二者と同じく、ハイネセンに攻略に功があり、
無血でイゼルローンを攻略したヘイン師団における功績が認められた
ファーレンハイトも元帥に昇進した。
また、帝国軍最高副司令官に任じられ、最高司令官であるヘインの補佐を行うこととなった
更に最高司令部付幕僚総監に任じられ、その職責は三長官に並ぶ物とされた

ヘインは武功第一として帝国宰相だけでなく、帝国軍最高司令官に任じられ
必要があれば帝国軍三長官を指揮下に置くことも認められた。
そのうえ大公の称号まで許される破格の扱いであり、
義眼の脳汁がいつ沸騰してもおかしくない大出世をする事となる


その他の人事では、バーミリオンの窮を救った功績から、
ミュラーが主席、アイゼンナッハが次席と言う上級大将の序列が定められた。
また、アンスバッハもバーミリオンの奮戦が評価され大将に昇進するなど
多くの将官・左官は栄達を果たしていた。


武官以外の人事においては新たに国務尚書に就いたマリーンドルフ伯を除いて
殆どがブジン公領出身の俊英官僚が、尚書として新帝国の閣僚の座を占めた

そのため、新皇帝の元ヘイン政権樹立の見出しが帝国各紙を飾ることとなる


■ 如何わしい宗教 ■

「総大主教猊下、ラインハルト・フォン・ローエングラムが同盟を征し、皇帝の座を得ました」

黒衣の男は自分の上位者に対し、広大な情報網から得た情勢について克明な報告を行っていた

『して、銀河の覇者となった金髪の孺子か宰相のどちらを処する気だ?』

尊大な調子で報告者に今後について尋ねた総大主教に対して報告者は
自信に満ちた顔でどちらを処するにも使える『駒』があると答えた
その悪意と妄執によって繰られた『駒』はハインリッヒという名を持っていた



ハインリッヒはキュンメル男爵家の当主であったが
伯父であるマリードルフ伯の後見がなければ
先天的失陥によって、その座に就くことが出来ないほど病弱な体であった

彼は地球教の手によってラインハルトやヘインに対する羨望を
妬みから害意へと巧みに塗り替えられていった

病人が己の命の残り火を使って、生きた証を残す生贄に天才か凡人
そのどちらを選ぶか、その選択権だけはハインリッヒが握っていた

そして、新帝国の産声が治まらぬ新帝国暦元年7月・・・
彼の慕う従姉妹のヒルダによってキュンメル事件の幕は開かれる



■キュンメルの蠢動■

ラインハルトに結婚を薦め敢無く玉砕した国務尚書が、
愛娘の希望したキュンメル邸への行幸を願い出て許されたのは7月の始めの事である
キュンメル邸は新皇帝の初の行幸という栄誉を飾るため、
あわただしい準備による喧騒に包まれていた・・・・



目前に皇帝初の行幸が迫ったある日、ヘインの元に珍しい来客が訪れる
皇帝の行幸の前に帝国宰相たる英雄へインに一度会ってみたいという
ハインリッヒの小さな我侭を叶える為、ヒルダがブジン邸に足を運んだのだ

突然の美しい女性の訪問に気を良くしたヘインは
『テンションあがってきた!』と言って依頼内容を聞く前からOKしてしまう
その直後、ヒルダからキュンメル邸で一緒に従兄弟に会って欲しいと言われ
ヘインは『しまった!』と心の中で呟いたが、
原作で暗殺のターゲットがラインハルトだった事を思い出し安堵

その上、事前にハインリッヒを説得すればヒヤリとするキュンメル事件を
未然に防げるではないか、まさにハインリッヒの法則!と楽天思考に切り替わっていた

慌しく表情をコロコロと変えるヘインを見て面白そうに笑いながら
ヒルダは来訪日と謝意を伝えブジン邸を後にした



ヒルダ帰宅後、へインは一応の安全策のため憲兵総監ケスラーに対して
『地球教に皇帝弑逆の陰謀の兆しあり、トリューニヒトと接触し情報を得よ』と命令した
当然、その突然の命令に困惑するケスラーであったが、
ラインハルトの行幸において新皇帝の暗殺を企て秩序を乱そうとする輩が
絶対にいないとは言いきれないので疑問を持ちつつもヘインに従うこととした

このまま原作通りに地球教の皇帝暗殺計画が行われれば
後世においてヘインは偉大な英雄としてではなく、
預言者として名を残すこととなっただろう

しかし、時の歯車は僅かな刃こぼれで別の流れを生み出す
ヘインの予防策は地球教徒を焦らせ、計画の実行を踏みとどまらせる
第一案の皇帝暗殺計画は破棄され、より早い段階に実行時期を定めた第二案を選択させる



         第二案 新帝国宰相 ブジン大公 暗殺 計画 



そんことになっているとは露知らず、ヘインは手を握りながら謝意を述べた
ヒルダの事を思い出しつつ、握ってもらった手に頬擦りをしながら
うひゃうひゃっと、だらしない顔をしながらニタニタ笑っていた

ドアの影から一部始終を見つめる嫉妬に狂った野獣が近づきつつあることにも気付かず



■お腹と背中がくっついちゃう♪■ 

いや~ヒルダちゃんはやっぱいいね~♪
なんというかサビーネにはない凛とした可憐さが凄く良い!!


『へぇー、握ってもらった手を洗いたくないぐらい?』


そうそう、しばらく手を洗う気はないな。もう頬擦り何回してもしたりないぜ!
ヒルダちゃんに手握ってお願いなんて言われたらなんでも言うこと聞いちゃうな♪
その上、二人で仲良くお宅訪問なんてある意味デ-ト、否デートにしてみせる!!!


『ふ~ん・・じゃぁ、こんなふうに後ろから抱きつかれたりなんかしたら
 嬉しくて私のことなんか忘れちゃうくらいヒルダさんに惹かれてるんだ』


そうそう、ヒルダちゃんにこんなに強くギュッとされたら
サビーネのことなんかって・・・!?☆×!!げぇーーっ!!サビーネ!!


『やっぱり、私なんかのギュッとじゃぁだめなのかな?
 ううん、もっとつよ~くギュウギュウと締め上げれば
 愛しい旦那様も感じちゃって良い声で啼いてくれるよね?』


やばい、まさに死の抱擁・・・背骨がみしみし言ってるよ!
いかん、また手を振る赤髪が見えてきた・・・なんとかしないとヤラレル!?

だが、その前に確認しなければならないことがある!
サビーネ落ち着いて聞いてくれ・・・、背中にあててるのはワザとか?


『なっ、何言ってるのよエッチ!ちょっとあてて気を惹こうとしただけよ』


よし、焦って手を離したな!というか、やっぱりあててんじゃねーか
だが、真っ赤な顔して照れてるのは、ちょっとかわいいかな・・・


『そっそうかな?でもヘインだって真っ赤になっててかわいいよ♪
 でも、ヒルダさんと二人でのお出かけはダメ!私も一緒に付いてく!』


やれやれ、あんまり危ない所につれて行きたくはないんだが
まぁ、多分原作通りの金髪ねらいだから大丈夫だろうし、
偶には心配性なお嬢さんの希望に応えてやるかな・・・




絶対バカップルだよねと少し羨ましそうな顔で主張するエリザと
そこがお嬢様のかわいい所と主張するカーセが見守る中
ヘインとサビーネの夫婦喧嘩というよりじゃれあいに近い遣り取りは終わる

なんだかんだで、朝昼晩と仲の良い夫婦であったが
果たして、目前に迫る危機を二人三脚で乗り切ることは出来るだろうか?




      ヘイン・フォン・ブジン大公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・


               ~END~




[2215] 銀凡伝(芝居篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:1ac158fb
Date: 2007/12/30 13:25

夏の暑さが厳しさを増しつつある中、
夏に相応しい向日葵のような少女と万年夏バテ気味な男が

聡明で美しい女性に案内されながら
ある病人を主人とする屋敷を訪れていた。

■ 出迎え ■


ヒルダとヘイン夫妻が僅かな随行員を連れて、キュンメル邸に足を踏み入れると
車椅子に乗ったその屋敷の主人ハインリッヒの出迎えを受けた

それに驚いたヒルダは無理をしなくてもいいと声をかけ病弱な従兄弟を案じた
ヘインも同様に『あんま無理すんな』と主人を気遣った

それに対し、ハインリッヒは少し陰のある笑みを見せながら
今日は体調が良いから大丈夫だと首を静かに振って答えると
来客を持て成す用意がしてある中庭に案内をするために
車椅子を慣れた手つきでゆっくり、ゆっくりと丁寧に操作した

■■

なんか、いやな予感がしてきたぞ・・・中庭ってワッフルワッフルじゃなくて
ゼッフル一杯!どっか~んの場所だったよな?

『ねぇ、今日の麦わら帽子似合ってる?かわいい♪』

いや、大丈夫だ。あくまで狙いは金髪だったはず、今度の行幸にテロる気に違いない
そうだ、落ち着けブジン大公!横のヒルダちゃんの尻を見て落ち着く、いや興奮するんだ!


『えへへ、実はこの白いワンピース、今日の為に仕立てました~!』

そうそう、今日はせっかくヒルダちゃんと一緒なんだから愉しまないとダメだな
既に手は打ってあるし、野獣に病人といった余分なものは
この際気にしなな方向で行こう!!


『わたしのオ・ハ・ナ・シ、聞いてるよねダンナ様?』

すんません、調子に乗ってました自重するので
耳を千切れるほど引っ張ると言うか、両耳を持って持ち上げないで下さい
いや、ほんと勘弁イタイッイタイ!耳無しへインは勘弁!!!

『なんというか・・・。ブジン大公夫妻はなかなかに個性的ですねヒルダ姉さん・・・』
『えっ!?あぁ、そうねハインリッヒ、とりあえず早く中庭の広場まで行きましょうか?』



耳を真っ赤に腫らしたヘインとちょっとプンとした野獣を引き連れ
ようやく、目的地である中庭の広場に来たハインリッヒは予想以上に疲労していた。
しかし、これは彼の病による物ではないことは明白である

なぜなら、横に居る本来なら疲れを知らないような快活で
颯爽と言う言葉が似合うヒルダも疲れた表情をしているのだから

このまま出来の悪い喜劇が、一日中続くかと思われたが
陰惨とした負の情念を持つ邸宅の主人によって唐突に幕が降ろされる



■キュンメルの咆哮■

「さて、ずいぶんと予定の時間が過ぎてしまいましたが、
 ゲストの皆さん方にはひとつ残念なお知らせがあります・・・」

館の主人は中庭に着くと上着から何かのスイッチを取りだした
ハインリッヒの唐突な発言に有る人物を除いてみな面食らっていたが
続いて紡がれた彼の言葉によって恐慌にに近い緊張が走る

「このスイッチは中庭の地下に充満するゼッフル粒子の起爆スイッチなのです
お静かに、いまや、帝国において文武百官の頂点を極めたブジン大公の命運は・・・
この私が握っているのです!!起爆スイッチを押されたくなければお静かに!」

暗い衝動と僅かな生命力によって鈍く輝く青年の言葉によって
ヒルダから随行員の間に危機感に満ちた緊張が走り、
一瞬にも永遠にも思える沈黙が中庭を支配していた

しかし、その沈黙はヒルダによって破られた
彼女は弟とも思っている従兄弟の暴挙を止めようと説得をこころみたが
ハインリッヒは彼女を巻き込む事を詫びるのみで
暴挙の決行を思いとどめる気はさらさら無かった

病身のまま何も為さず朽ちていく若き青年の絶望は
陰惨な策謀に長けた地球教徒によって巧妙に捻じ曲げられ
天賦の才に恵まれた若き皇帝ラインハルトや、
トントン拍子に出世した帝国宰相ヘインに対する
嫉妬に塗れた憎悪へと転化させられていたのだ



ハインリッヒは自身の呪文で、地に足を縛り付けられて動けなくなった観客に、
己の僅かな生命を全て注ぎ込みながら怨嗟の独演を始めた・・・

なぜ、自分は健康体で産まれることは出来なったのか?
敬愛するヒルダから聞かされる二人の英雄譚の数々
そのどれもが大海に輝く星のようで羨ましくあり・・・・


それ以上に、憎かった!!!許せなかった!!


望んでも得られぬ者の苦しみ、持って産まれた能力の不公平!理不尽さ!
何も為すことが出来ず、ただ死を待つだけの絶望以上の不幸を味あわせてやる・・・

時折、咳き込みながら呪詛のような独白を繰り返す彼の目は
どこも映しておらず、すでに説得は絶望的と誰もが感じ始めていた

だが、幸か不幸かそんな空気などお構い無しの人物が、その場にはいた


■ KY ■

「うるさいっ!ちょっと黙んなさいよ!いつまでもグチグチウダウダと
あんたみたいな奴見てるとイライラして腹がたってしょうがないわ!」

ハインリッヒの演説をぶった切ったのはミスKYのサビーネだった
その余りの暴挙にヘイン以外の者は顔面蒼白になり、
演説を断ち切られた主演男優は、当然檄して咳き込みながら
無礼な少女に対して敵意と悪意の篭った視線と暴言を叩きつけた

『元気がよいのは結構、だが、今は貴方を含めてこの場の運命は私が握っている
 それに、貴方のように不自由一つなく育った者には、私の悲しみと憎悪は理解できない!
そう、私は何一つ自由にはならない・・・体も!未来もだ!!!だから、だからこそ!!!』

「駄々をこねてみんなにかまって貰おうってことかな?あんた救いようがない馬鹿だよ」
『だまれ!今すぐその減らず口を閉じろ!膝まづけ!命乞いをしろ!!!』


相手の状況をお構い無しに話すサビーネ、ますます爆発するハインリッヒ
もはやゼッフルどっか~んは秒読みだろうと確信し、
一部を除いた人々は過去を走馬灯のように回想していた。

「ハインリッヒ!!みんなを殺して満足?馬鹿な事をやって満足だって言うの?
 ちがう、あんたは寂しいだけよ!欠陥品扱いでなかった事にされるのが怖いのよ!」
『貴様ぁ!貴様ぁああ!!!馬鹿に、馬鹿にしやがってぇえー!!』


「わたしもあんたと同じ欠陥品・・・あなたも聞いたこと位あるんじゃない?
 リッテンハイムの出来損ない。先天性異常持ちの侯爵令嬢は野獣か魔獣かって」


図星を突かれて、言語かどうか分からぬ奇声と怒声を吐く館の主人に対し
美しい野獣が放った自分も『望まれぬ欠陥品』という言葉は
まるで沈黙の魔法のような効果を中庭全体に及ぼす・・・・


誰に聞かせる風でもなく、彼女はまるで自分のことではないかのように語り始めた・・・


皇位継承権を持ち、望まれたはずの子供は、感情の起伏が激しい『欠陥品』だった
両親はその事実を認めたくは無く、自分を出来る限り隠そうとした
無かった事にしたかったのだ。

その事実が分かった日、悲しかった。だけど自分を否定しようとは思わなかった
『欠陥品』が不幸なら、足りない部分を補って幸福になれば良いわ!!

いま、わたしの周りにはカーセやエリ姉、それにヘインがいてくれる
あなたの横には、心配して悲しそうな顔してくれる人がいる・・・
ぜんぜ~ん不幸じゃないよ?だから馬鹿なことなんかしないでよ!
死に方なんかかんがえないで・・・傍にいてくれる家族のために、明日のこと考えてよ!!


暴走とも思えるサビーネの説得はハインリッヒの心を貫いた・・・
同じく忌むべき存在による訴えの効力は大きく、
直ぐ横にいるヒルダの悲しみに包まれた表情もそれに拍車をかけていた


徐々に、起爆スイッチを持つ手が下がり、ハインリッヒから憎悪の表情が消えた
誰もが、哀れな青年の愚挙は未然に防がれたと確信していた・・・



■ キラーバロン ■

『もう、すこし早く君に会えていたら・・・陳腐な言葉だけど心底そう思うよ
 だけど、もう何もかもが遅すぎた。ここで後戻りはできない。許してほしい』


下がりかけたハインリッヒの手が再び上がり、スイッチを押さんとする姿を
中庭にいる人々は見せつけられ、絶望と恐怖によって体を硬直させた

だが、それでも生に、明日に執着し、ひとり駆け出すサビーネがいた!!


『起爆スイッチを押させるなぁっー!!』『いいや、限界だ!押すね!』

間に合わない・・・・サビーネですら絶望した瞬間!
ハインリッヒの顔に高速で飛来するボタンがあたった
カーセが指弾で飛ばしたもので、せいぜい相手を一瞬怯ませるのが限界・・・

だが、その一瞬でサビーネには十分だった

彼女は跳躍し、ハインリッヒの手を素早くはたきスイッチを空中に舞わせる
このまま落下すれば衝撃で暴発すると皆が目を背けたが

その落下点にはエリザが走りこんでいた。
彼女は放物線描きながら落下する起爆スイッチを
衝撃で暴発しないように、やさしく両手で受け止める


言葉の要らぬ三人の黄金の絆が、錯綜とした事件の幕を引く・・・


■凡人は揺るがない■

唯一の凶器を失い・・・既に生ける屍と化したハインリッヒ
あえて、言葉をかけようとする者もなく、
ヒルダも、いまや犯罪者として極刑がほぼ確定した
病弱な甥にかける言葉を見つけることが出来ずに居た

『これは、みごとな余興!小道具一つで我が主君を除いて尽く手玉に取るとは
 男爵の名演技は外れに控えていた小官にも伝わるほど、鬼気迫るものがありました』

その沈黙を破ったのは事の終わった中庭に、慌しく入ってきたアンスバッハであった

「あぁ、そうだな・・・男爵は大した奴だ・・・これだけの芝居を一人でうったんだからな
 結構疲れただろう。あとは静かに・・・ヒルダちゃんと過ごしてくれ、俺らは帰るわ」


突拍子もない展開に犯人を含めて、皆目を丸くしていたが、
ヘインとアンスバッハにあれよあれよと引き摺られて
ヒルダを除く来訪者達は中庭を後にする



『閣下、邸宅周辺の地球教教徒と思われる武装集団の排除は全て完了致しました。
 また、ケスラー憲兵総監の命令によってオーディンの地球教支部も憲兵によって
 先刻、制圧されたとの報せがありました。その際、閣下の暗殺計画書も押収した模様』

「了解、ご苦労様。あとはオーベルシュタインとケスラーが事後処理をするでしょ
 そうそう、フェルナーにも調査を手伝ってくれて助かったと礼を入れといてくれ」


後ろでキョトンとする三人娘及び後ろから追いかけてきたヒルダに聞かせるように
アンスバッハは事の推移を大まかに報告し、ヘインは事後処理の丸投げを指示した。

『なるほど、小物の旦那様があの部屋で平然としていられたのは
 あらかじめ対策をして、起爆スイッチかゼッフル粒子の格納庫を
 無効化していたという訳ですか?すでに周りの制圧も終えてるなど・・』

『うんうん、手際がよすぎるもんね!最初からまるっとお見通しだったんだぁ』

『え~と、要約するとわたし達ががんばったのはぜ~んぶ無駄で
 最初から最後までヘインの掌で踊っていたってことになるの?』

『俄かに信じがたいことですが、目の前に事実を見ると信じざるを得ませんわ』

カーセとエリザにサビーネ、ヒルダが舞台裏の動きを理解するのを認めると
たまたま皇帝暗殺防止計画が、自分の暗殺計画を防ぐ結果になった事を完全に棚の上に上げ
得意満面の顔で凡人は自画自賛を始める・・・自ら死刑宣告をするかのように

「どうよ、どうよ?俺スゴクねぇ?なんか俺TUEEEE!!!俺SUGEEEEEって思わね?」

・・・・「げぇっ!!!ぶべっ!!!たじゅけれヴィって!!!」
「あびしっ!!へがぶぅっ!!」「すんませでれぶぃぶっばぁ!!」・・・


修羅と化した三人娘に折檻されるヘインを見つめながら
ヒルダは背筋に冷たい物が落ちるのを感じていた。
いったい彼はどこまで読んでいたのか?彼には何がみえているのか・・・

オーベルシュタインが彼を怖れるのも無理からぬことと思いつつ
ヘインがラインハルトと敵対する日が来ない事を祈らずにはいられなかった





数日後、取調べを病状の安定を持って行う予定だったキュンメル男爵が
マリーンドルフ伯親子に見守られながら静かに逝った

その翌日、その喪に服す彼らを欠いた御前会議によって
地球教を武装テロ集団と認定し、本拠地地球の制圧が決定される!

ヘイン考案の『テロとの戦い』をスローガンにワーレン艦隊の派遣が決定される
また、後詰には『テロとの戦い』の象徴としてヘインの参戦も決定される

調子に乗って余計な事を言ったのとキュンメル事件で偶然見せた辣腕によって
対地球教テロ対策本部長のような扱いを受ける破目になってしまう。

これによって、ヘインは地球教をはじめとする陰謀家達に
憎むべき体制派の強敵という認定を受ける羽目になるのだった・・・



  ヘイン・フォン・ブジン大公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・


            ~END~




[2215] 銀凡伝(刺客篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:1ac158fb
Date: 2008/01/01 22:50
ヘインと三人娘が仲良くキュンメル事件に巻き込まれているころ
美しい妻と念願の年金生活を手に入れたヤン夫妻の元から
一人の少年が人類を生み落とした星へと飛び立とうとしていた

■ 出航 ■

ハイネセンを飛び立ったユリアンの旅は地球へ一直線とは行かなかった
ヤンほどではないがユリアンもまた帝国軍による監視対象になっていたためだ

そのため、『家出息子』のユリアンのためヤンは色々と手を打ってやった
キャゼルヌやボリスの力を使って船を調達し、ユリアンと護衛のマシュンゴを
その調達した船の船員として正式に登録し、職業選択の自由を盾に
帝国と同盟の双方が文句を付けられないようお膳立てをしてやったのだ

こうして、ユリアンは様々な人の助けを借りてハイネセンを飛び立った
最初の目的地は、メルカッツやアルフレッド等、不穏分子たちが潜伏するアジトであった


■不穏分子アジト■

ユリアンたちが懐かしい面々と再会したのは、ポリスーン星域の暗礁地帯であった。
この暗礁地帯は、大小のブラックホール及び不定期に発生する宇宙嵐によって
よほど正確な航路データがなければ、無事に通行することも叶わない危険地帯である

まさに、メルカッツ等の艦隊が潜伏するには絶好の宙域であり、
大小30にも分けた小艦隊が同盟内の放棄された補給基地から軍需物資を回収し
即席の宇宙要塞を建造しつつあった・・・

また、アルフレッドが神々の黄昏以前に構築した
反帝国感情の強いフェザーン独立系商人とのパイプが生きていたこともあり
十分とは言えないまでも、なんとか一個艦隊を食わせるだけの量の
物資の提供を継続的に受けることが可能になっていた。

いままでの正統政府への投資が貸倒れになる位ならと、
フェザーンの小覇王に破れかぶれの投機を行う独立商人達の協力が大半ではあったが


熟練した艦隊運用で帝国軍の物資を回収するメルカッツの手腕
アルフレッドの行動力、聡明な幼帝ヨーゼフによって刺激される義侠心

少々、ポプランを筆頭とするイレギュラーズの面々にとっては
堅苦しく、余り居心地が良いとはいえないが、潜伏する不穏分子はよく纏まっていた




■親不孝号航海記■

■6月20日■

『やぁ、ユリアン君、ひさしぶりだね』『よぉ!そこのかわいい娘はお前さんの恋人か?』


ようやく、帝国に対する不貞な輩が潜むアジトに到着すると
なつかしい面々と再会することができた。

ヤン艦隊が誇る空戦隊エースのイワン・コーネフ中佐と、オリビエ・ポプラン中佐だ
彼ら二人はローゼンリッターのリンツ大佐と一緒に
バーミリオン会戦終戦後、メルカッツ艦隊と共に反帝国のため地下に潜っていたのだ

ぼくは一先ず、マリーネがフェザーン脱出時に世話になった恩人だと誤解を解くと
コーネフ中佐に従兄弟のボリスさんも同行していることを告げた。
ボリスさんと中佐はもう何年も会ってないらしく
下手したらずっと会わずに生き別れになっていたかもしれない

血縁であっても意識しなければ、疎遠になってしまうもの、他人なら尚更だろう・・・
ぼくは今まで出会ったすばらしい人との縁をもっと大事にしていきたいと思う。



ハンサムなコーネフ中佐をいたく気に入ったらしいマリーネを残して
メルカッツ独立艦隊首脳陣と面会したぼくは、ヤン提督の伝言を彼らに伝えた

「同盟軍はバラートの和約に基いて、旧同盟艦艇4680隻を7月16日に
 破棄しなくてはならなくなりました。実施場所はレサヴィック星系
 独立艦隊においては善処を期待するとのこと、以上、報告を終わります」

現在、メルカッツ独立艦隊は8000隻近くの戦力を有しているけど
今後の事を考えるなら戦力は多いに越したことはない。
もちろん、十分な補給体制が前提条件ではあるが・・・

この問題点は、アイディアマンのハウサー提督立案の
複数小艦隊を利用した同盟補給基地からの物資回収作戦と
ランズベルク伯のフェザーンコネクションでなんとかクリアできそうである

それにしても、ハウサー提督みたいな優秀な人物が
今まで野に埋もれていたなんて宇宙はやはり広いんだなぁ

あと、応接を出るときハウサー提督がよく分からないことを呟いていた

『たまにはファミコン版を思い出してくれ』

たぶん、ぼくみたいな若年者が知ることが出来ない領域の話なんだろう。


■6月21日■

出発までの11時間、ぼくはポプラン中佐の部屋で仮眠でもさせて貰おうと
立ち寄ったが、その部屋はまるで嵐が到来したかのような酷い有様だった

ぼくがその嵐の元凶に何をしているか尋ねると
『なにって?決まってる、俺も地球まで行くのさ!!』

まったく中佐はぼくを驚かす事にかけてはヘインさんに匹敵する
一応、メルカッツ提督にも許可は貰っているみたいだし、
生意気にもこの人のことも『気に入っている』、ぼくとしては反対する理由はない

こうして、決死の地球行(ちょっとおおげさかな?)に新たな仲間が加わることになる
もっとも、時を同じくしてコーネフ中佐もマリーネの強引な勧誘によって
地球行の仲間入りを果たしているなんて、ぼくもポプラン中佐も全く予想していなかった




撃墜王二人を新たに加えた出発の前に
ポプラン中佐の紹介で、ぼくはちょっとした出会いを経験することになった

彼女の名はカーテローゼ・フォン・クロイツェル伍長、
ポプラン中佐によると通称はカリンで、帝国からの亡命者だと思われるが
家族のことはなかなか話さないから分からないらしい

ポプラン師匠からは、『知りたければ自分で聞くんだな』と
ありがたいレッスンのお言葉を頂いた
もし、生きて再会することがあるならば、聞いてみるのも良いかもしれない・・


こうして、ぼくたちは短い再会を終え、地球を目指して宇宙へと飛び立った


■じゃ、死んで♪■

ワーレン率いる先発隊が地球制圧に向け出発する中
ヘインも後詰として出陣するためファーレンハイトに艦隊編成等の準備をすべて丸投げしていた


そんな暇でゆるゆるな精神状態であったのと、短い帰路だからと油断していたため
ヘインは碌に護衛もつけずに一人散歩気分で帰宅の途についていた


■■

いや~、キュンメルの件が楽に片付くわ、地球征伐はワーレンの後詰だし
安全安心の絶好調だね!なんだか、このまま楽隠居できそうだな

そういや、ワーレンについて行って地球にいくと
ユリアン君たちにも会えるかもしれないな
そのとき、適当に説得して武装蜂起を思いとどまって貰おう
多分、断られると思うけど、もしかしたらってのに人間は期待してしまうのさ

『あのう、つかぬ事をお聞きしますが・・・あのう、すいません!!』
あ~はいはい・・・ちょっと考え事していて悪いね!でっなんでした?

『非礼ではありますが、かの高名なブジン大公ヘイン様でよろしかったでしょうか?』

なになに?もしかしてブジン大公のファンって奴?照れるなぁ~♪
OK!OKだよカワイイお嬢さん!特別にブジン大公サイン入りステッカーを進呈しよう♪
なに?あぁ・・・握手ね?急にきれいな手出すからびっくりしちゃったよ

うわ、いきなり手を掴んで引き寄せて抱擁だなんてお嬢さん大胆!
でも、そんな女の子も俺は嫌いじゃな・・・
 
ザクッ・・・・・・

そうそうザクッとってぇええ!!イッテェエエエ!!!!刺した?刺された!?グさっとぉ?
なんで?なんで?抱きつかれたときちょっと尻もんだのバレたか?

『うふふっ、地べたを這い蹲る気分はどうかしら?ブジン宰相閣下
 大伯父上から奪った帝国宰相の椅子は貴方には高すぎたみたいね?』

大伯父上ってエッ、エルフリーデかぁああ?なんで垂らしじゃなくて俺なんだぁ??

『垂らし?あぁロイエンタールのことね、最初はあの人を討とうと思ったんだけど
 あなたの命令で大伯父上を討った走狗を討つだけで満足するのかって言われちゃって
 とりあえず、あなたを殺す事にしたの♪わたし、順番って結構大切にするほうなの☆』

垂らしのやろおぉぉお!!!とんでもねぇもん押し付けやがったな!!
とにかくこの場を凌がなくては、とりあえず説得だ!話せば分かる!

「落ち着け!!とりあえずその物騒なもんをしまおうな!!」

『うん、それ無理☆・・・だって、わたしは本当にあなたに死んでほしいんだもの♪』

ヤバイ!完全に復讐にイカレテやがる!とりあえずどこかに逃げるしかない

ザシュッ・・・・『無駄なの☆あなたはここで死ぬんだから♪』

痛ッ、足がやられた!腹か血も出てるし・・・なんか本気でやばそうだ
もうからだも腰が抜けて殆ど動かせねぇ・・ちょっと意識も飛びそう・・ほんといてぇ・・・

『あなたが死ねば、かならず帝国首脳陣は何らかのアクションを起こす
 多分、大きな混乱も起きる・・・他の仇を討つのにまたとない機会だわ☆』
 
しらねぇっよ!クソアマぁあ!!!ほんとに勘弁してくださいだ!

『じゃ、死んで☆』

凡人還らずかチクショッー!!!・・・・・・・・・・・・
って生きてるのか???あれサビーネ?


■■

『あら?だれかと思ったら野獣さんじゃない・・・邪魔する気?』
『わたしのヘインに手を出して!あんた覚悟は出来てるわね!!!』

いや~、アクション映画さながらの格闘戦ですなぁ
あ、カーセさん・・・それ沁みます?やっぱ消毒しなきゃダメですか

でも、ベルトのバックルの所に刺さって無かったらと思うと冷や汗もんだったな
とりあえず、さっきまで死ぬ死ぬ言ってたのが恥ずかしい位の軽傷で良かったが


おっと、さすが元祖野獣ちゃんだな!
あっさりとエルフリーデのナイフを弾き飛ばして勝負を決めたみたいだ

『当然ですわ!お嬢様に手ほどきをしたのは私なんですからね♪』

納得・・・でも、いまはちょっと貴方の笑顔が怖いですカーセさん

さて、この意識飛ばしてるお嬢さんをどうしようか?
原作に倣って垂らし見たいに手篭めにして良いのかな?
あ、なんか凄い目でサビーネが睨んでます・・・とりあず保留にするとです



帝国宰相襲撃事件はヘインが予想以上に軽傷であったこともあり
ひとまずは表沙汰にしないことになった

憲兵隊に突き出したほうが良いとアンスバッハ及びヘインは
逆賊を保護するなどとんでもないと主張したが

サビーネに『私もエリザも同じ逆賊だよね』と反論を封じられてしまう
こうして妹兼子分が欲しいわがままな奥様によって
ブジン家預かりとなった美しい手と太い眉を持つ復讐者は
下駄を預けたロイエンタールと隠匿者ヘインの運命に
少なからぬ影響を与えていく事になるが、それはまだ先のことである・・・


■ 元凶 ■

『最近、卿は女を変えていないそうだな?』
「まぁ、面白い女にはあったが別の男に紹介してやったからな」

ミッターマイヤーは親友が面白いと比較的高評価を下した女性と
その紹介を受けた男性に対して、当然興味を持ったので親友を問いただした

「女の方はリヒテンラーデ公の姪の娘だ。実はその女に殺されかけた」
『リヒテンラーデ公の一族の者か、だが仇なら俺も卿と立場は違わぬはずだ』

「いや、異なる卿と違い俺は直接、宰相府に赴いて公を拘禁し、あまつさえ
 公の一族の処刑を指揮したのは俺だ・・あの女からみればより直接的な仇だろう
だが、一つ疑問が浮かんだのだ。陰謀の発案者と俺のどちらを女は憎むのかと」

ミッタマイヤーは額に手をあて、天を仰いだ・・・
自分の僚友が知りもせぬ情報を、女に親切に教えてやり
自身の身を直接的な危険に晒すだけに止まらず、

ヘイン、現帝国宰相を売るかの行為をわざと行い
政治的にも危険な行為を軽率にもしでかしたことを察したのだ
そう、本人も軽率だと理解したうえでやってのけるのだから救いがない

明日の新聞にでも帝国宰相凶刃に斃れるなどと載ることにでもなったら
それを理由にあのオーベルシュタインに排斥されてもおかしくはないなと
確信犯の親友に嫌味を言って諌めるのが精々であった

ロイエンタールも愚かな事をしたと良く理解していたし
それで親友に心配をかけたことは申し訳ないと思っていたので
その点についてだけではあるが、珍しく素直に謝罪した。

ミッタマイヤーもそれを受けてそれ以上の追求は行わず、話題を転じた


■年金問題■

一足先に着いたユリアン一行に遅れて、ワーレンが艦隊を引き連れ地球を目指す中、

帝国高等弁務官レンネンカンプの偏見と、同盟政府や軍部の保身からでた行動によって
ヤンの新妻と過ごす幸せな年金生活は徐々に居心地の悪い物へと変わっていった。

具体的には年金額は減らされるわ、帝国同盟双方に監視を付けられるわで
経済的にも環境的にも悪化の一途を辿っていたのである。

だが、ヤンはあるときから居心地の悪いから、命の危険も心配しなければならなくなった
『消えたメルカッツ艦隊はヤン提督の指示で動いている』とあながち的外れではない噂が
帝国同盟の内外で囁かれるようになったためである。

そんな噂が流れる中、メルカッツ艦隊による同盟艦艇強奪事件はおこり
自身の猜疑心と軍務尚書煽られた出世欲に突き動かされた
レンネンカンプは同盟政府に対してヤンの逮捕を勧告する。

それは、ヘインが地球を目指し飛び立った翌日のことであった

ヘインは一応対策として出発前、首吊りに対してヤンに手を出すなと忠告はしていた
だが、もともとチャランポランにしか見えないヘインに反感を持っていため
レンネンカンプはその忠告を無視し、首吊台を全力ダッシュで駆け上る道を選んでしまった


     眠れる魔術師は再び歴史の中心に舞い戻る・・・・


    ヘイン・フォン・ブジン大公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・


               ~END~



[2215] 銀凡伝(議論篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:f4e443fc
Date: 2008/01/05 22:31
帝国や同盟が不当にヤンの身柄を得んと躍起になる中
ある凡人は御気楽な宇宙旅行を愉しんでいた
かつて母だった星・・・別の世界では故郷だった星を目指しながら


■ぼくらの・・画像がぁ~■


おおえあえおおいえ~うぉあいええおぉいえ~♪


我が真の故郷である地球を前に、とりあえず熱唱していたが
従卒のナカノ上等兵にエロ画像をアンインストールされた・・

その上、汚物を見るような目で見られた・・・だけど、勝手に上官の端末弄るってどうよ?
その点を、威厳たっぷりに注意すると『奥さんにいいつけますよ!』って怒られた


まぁ、元気がいいお嬢さんを刺激しても碌なことがないからな
大人しく言うことを聞くこととしよう。別に告げ口にビビッた訳じゃないぞ!
あくまでも、大人としての余裕を見せているだけだから勘違いしないでくれ


■■


どうやら、ワーレンは無事?腕を切り落とされた後、地球の制圧を完了したみたいだ
とりあえず後詰で一応付いてきたはいいけど、俺ってなんもしてないw

まぁ、楽チンに越したことはない!せいぜい怠けさせてもらおう
アンスバッハ、ワーレンの旗艦と接舷してくれ!挨拶ぐらいしておこう


『御意・・・、ワーレン提督に確認次第、接舷作業に移ります』


地球教の秘密をゲットしたユリアン一行は、たしかワーレンに保護されていたはず
ポプランなんかは捕虜交換以来だから、かなり久振りの再開になるな
どうせオーディンまで暇だし、俺の船に呼んで旧交をあたためよう


そういや、一応、武装蜂起やめてねって説得するって目的もあったな
あぶないあぶない、完全に忘れてましたよw



■最悪なタイミング■


帝国軍の地球教本部突入作戦に協力した結果、ワーレン提督の好意で
ぼくたち親不幸号のクルーは帝国軍戦艦の応接室で過ごせる事に・・・
まぁ、完璧とはいえないが、このまま正体を隠し通して
どこかで姿を眩ませられればまずまずの首尾だったんだけど
突然の来客によって、ぼく達の淡い期待は脆くも崩れ去る事になる


 『よぉ、ポプラン、久しぶり!ユリアン君も背伸びたな~びっくりしたぜ!』


ブジン大公の突然の来訪である・・・本当ならすごく嬉しい再会なんだけど
自分達の身分を隠さなければならない状況では、最悪な再会だ・・・


いつもは不敵な両撃墜王とボリス船長でさえも、緊張で顔を凍らせていた
そんな状態では、当然有効な手段を、ぼくなんかが思いつくはずも無く


「お久しぶりです。ヘインさん」と今思い出しても赤面してしまう対応しか出来なかった
もちろん、そんなぼくの未熟さを、ヘインさんは大人の度量という物で流してくれたけど
要注意人物に入るであろうぼく達を、見逃す気はさらさらないみたいだ


『うん、ユリアン君も元気そうで何より。まぁ、積もる話しは俺の船でしようか?』


こうして親不孝号クルーの運命は帝国宰相ブジン大公の手に握られる事になった


■■


ワーレンにとりあえず『ワーさん、お疲れーやした!!!』と元気よく挨拶したら
ニガワラされちゃったぜ!でもそんなのかんけぇねぇ!!そんなのかんけぇねぇ!!と
その場を強引に押し切って艦橋を後にしたが、元祖義手のリンザー中佐に冷たい目で見られた


まぁ、いいさ!しばらくしたら荷造りを終えたユリアン君一行が来るし、
復路は気分よくクロスワードパズルやったり、酒盛りやったりしてダベろう


なんか、同盟領はヤン問題で超ヤバイことになっているらしい
原作通りに同盟政府に拘束されたヤンを救うため、ヤン一味がハイネセンで大暴れらしい
こうなったら、出来るだけゆっくり帰って、事態に巻き込まれないようにしないと
ヤン艦隊の面子はどうやったって大人しくなんかさせられん


君子危うきに近寄らずって感じで行くのが一番!べつにイゼルローンの合言葉忘れちゃったり、
義眼とか首吊とかの抑え方が分からないから、投げちゃったわけじゃないぞ?





どんな追及をされるかと、オストマルク乗艦後、ユリアン達は戦々恐々としていたが、
ヘインはただ同盟で巻き起こる嵐をやり過ごすことしか考えておらず、

なぜ地球にいたのか、戦死したはずの両撃墜王はどこにいたのか等の
ユリアン達が危惧した追求は全く無く、肩透かしを喰らっていた


ヘインは彼らに、反帝国活動をできたらやめてくれとお願いすると共に
封印をした親書をヤンに届けてくれと依頼するのみで、
正体をバラしたり、権力を利用して拘束しようとは一切しなかった


その、一見して寛容に見えるヘインの振る舞いにユリアンは、
益々ヘインに対する畏怖と好意の念を大きくしていた


普段は辛口で滅多に人を褒めることの無いボリス・コ-ネフも


『一見無防備ともいえる懐の深さが奴の怖さだ!油断して近づきすぎると
 気付かないうちに取り込まれている。その上、それを幸せだと思っちまう』と


なかなかの高評価を凡人に与えていたが、酔ったヘインが親不孝号に対して軍の物資から
燃料及び食料等の提供を気前良く約束した点も、加味されていたと見るべきだろう


そんなか、ポプランは未だ見ぬ帝国の美女に思いを寄せながら酒を楽しみ
僚友のコーネフもクロスワードパズルを片手に、マリーネの猛烈アッタクをあしらっていた


帝国同盟の双方が喧々諤々としている中、ヘインの周辺は完全にだらけていた
だが、そんなだらけた状況こそ正常であり、望ましい物ではないかと考え
アンスバッハ大将は“一人だけ”、傍らで繰り広げられる宴会を尻目に
黙々と自分の職務に励んでいた・・こめかみに青筋を立てながら・・・



■策謀と好奇心■


「しかし、良かったのでしょうか?ブジン宰相閣下は高等弁務官に対して
 自重するように指示されていましたが、閣下はその逆、弁務官を煽られた」


フェルナーは上官に対して率直な疑問を投げ掛けていた


なぜ、ヘインの思惑を敢えて無視して、レンネンカンプの競争心を悪戯に煽ったのか
その結果、ヤンの配下達は激発して高等弁務官を拉致し、ヤン諸共行方知れずである


最も、帝国からヤンの不当な拘束要求を受容れた同盟首脳も
激発したヤン一党に、暗殺寸前まで追い詰めたヤンを奪還された以後
政府及び軍双方は大いに取り乱し、主体的な行動は取れない有様で


オーベルシュタインが使嗾した結果は、あながち失策とも言えず
同盟を一気に併呑する好機を作ったとも取れる


だが、それらの結果を持ってしても、上官たるヘインの意思を無視した事は
見過ごすことが出来ない重大な事実である。


新政権の首座である帝国宰相の意向を、一閣僚がその不在を好機と言わんばかりに
公然と覆したのだから、戻ったヘインに糾弾されても文句は言えない


なぜ、そこまでの危険を目の前に立つ上官が犯したのか、フェルナーはただ知りたかった
そもそも軍務尚書は同盟の早期併呑には消極的だったではないかと


『現状を維持するだけではジリ貧になることはわかっているが、 どうすればいい方向に
 向かうことができるのか分からぬ時・・・フェルナー少将、卿ならどのように対応する?』


いつものように、彼の上官は淡々と語り始め、珍しく自分に質問を投げ掛けてきたが
その回答を求めてはいなさそうだったので、観客として上官の独白を待った・・・


『とりあえず、どのような手段を用いてでも変えようとするのではないかね?
 手をつかねて傍観していれば、目的の上から退歩するならば積極策を取らざるを得ぬ』


質問しておきながら、フェルナーは珍しく多弁だなと不謹慎な事を考えていた
そんな部下の心情を知ってか知らずか、オーベルシュタインは舌を止めようとしなかった


『そして、上位者が不在で状況の変化に対応することが難しい上に、
 座して待つことも出来ぬならば、下位者が判断して事に当たらねばならぬ。
 また、それを許さぬほどブジン大公は狭量な人物ではない』


最後に少し喋りすぎたと言い、オーベルシュタインは手を振ってフェルナーに退室を促した


退出の際、珍しく饒舌な上官に興味を持った部下は、好奇心を抑えることが出来ず
閉じられる扉の奥に見える上官の表情を伺い見たが、まったく変化を見出すことは出来なかった


だが、皇帝を除けば、一番長い主従関係なだけあってお互いの力量を認め合う
意外に良い関係であると再認識することは出来ていた
もっとも『何年経っても浮気が心配なかわいい奥さんと鈍感な旦那の関係』と
若干修正を加えて、認識を改めただけではあるが・・・


■欠席会議■

ワーレンから地球制圧の報が届いた頃、上級大将以上の高級士官が臨時招集された
本来、皇帝もこの会議に臨席する予定であったが、微熱の為に欠席していた
なお、議題はヤン一党によるレンネンカンプ拉致事件及び、同盟政府への対応である


この会議は奇妙な事に加害者の弁護と被害者への糾弾から幕を開けた


ヤンを監視していたレンネンカンプの部下ラッチェル大佐が
物証のない密告と偏見によって、上官がヤンを不当に拘束するよう
同盟に強要した事実を、会議に参加するミュラーに告げていたためである


ミュラーのヤン擁護論とレンネンカンプ叩きには双璧以下、多くの提督陣が賛同したが
軍務尚書は後日の禍根を絶つための行動に対し、些か酷な評ではと異を唱えた


これに反論したミッターマイヤーは謀略によって国が建つかと檄した
清廉な彼は、弁務官の用いた下劣な策と軍務尚書の論法を容認するなど到底出来なかった


この怒気を受けた常人ならば萎縮しただろうが、相手は常人ではなかった
常人でならざるオーベルシュタインの反撃は、より痛烈であった
謀略によってリヒテンラーデ公を取り除いた元帥の言葉とは思えぬとかえしたのだ



更に怒気を増した親友に代わって議論に加わったのは統帥本部総長ロイエンタールだった
彼は、リヒテンラーデとはあくまでも対等な立場での政治闘争の結果であり
平凡な生活を送る一市民を害するような、同盟の卑劣な行為に与するとは如何なる事か!!と
並み居る武人の共感を得やすい論法によって、目下の政敵とも言える軍務尚書を激しく突いた




このままでは、三長官の間で決定的な亀裂が生じると判断したメックリンガーは
ひとり面白そうに事態の推移を見ているファーレンハイトに視線を向けたが
彼が一向に仲裁や議論の収集を行おうとしないので、やむなく、事態の収拾を図るための発言を行った


ヤンが同盟と決裂した今、彼の軽挙を諌め、レンネンカンプの非を解明すれば
ヤンと帝国軍との間に友誼を持つことが出来るかもしれない
必要であるならば、自身がヤンの説得と事態の調査を行う任につくと


この提案は非常に魅力的なものであった。もしヘインがいれば諸手をあげて賛成しただろう
だが、この場にいたのはヘインではなく、軍務尚書オーベルシュタイン・・・・

彼は、ヤンが皇帝の代理人たる弁務官を拉致し、逃亡した罪が問題であり
これは帝国に対する犯罪行為である。それを看過して帝国の威信は保てぬと主張した


一面からみれば正論であったが、ミッターマイヤーは引きさがらず、異を唱えた
無実の者を貶めた弁務官にこそ非があり、それを迅速に明らかにして正すことこそ
帝国の威信を保つ唯一の方策ではないか?と




反論したのはオーベルシュタインではなかった。そう奴の登場だ!!!
招かれざる会議の主役が、遂に発言する機会をえたのだ!!


彼の名はラング!!頭頂部が聖剣のような輝きを放つ下種男である!!


彼は弁務官の非を唱えることは任免責任を問うことであり、
皇帝ラインハルトを批判し、陛下の声望を貶める行為だから注意しろと
虎の威を借る狐その物の発言をした!


もちろん、あとは原作通りの展開でロイエンタールに激しく叱責され
『 おめ゛え゛ーーのせき゛ね゛ぇーーか゛らー!!』と会議室を追い出される


そう、上級大将以上が参加する会議には、ラングの席は無かったのだ





会議の結果はオーベルシュタインによって、ラインハルトに報告された
弁務官の軽挙に対する批判は大きく、事件の解明をする必要がある
また、同盟にはすでに統治能力は無く、軍をいつでも動かせる状態にするといった内容である


これを受けたラインアハルトは、レンネンカンプに任を与えた非を素直に認めると共に
やはり、ヘインを高等弁務官にと考えた初志を貫徹するべきだったかと
若干の後悔をすると共に、この場にヘインが居らず、相談できない事を残念に思っていた


だが、彼は比類なき天才である。ヘインが居なくとも最善の決断を下すことが出来た
いや、ヘインが居ても居なくてもといった方が正確であろうか?


ラインハルトは一時的な対応策を軍務尚書に指示を行って、彼を下がらせると
直ぐに首席秘書官ヒルダを呼び出し、布告文の作成を行う


止まることは出来ないのだ・・ヘインの主君として、友として胸を張るために
また、失った友との約束を共に果たすためにも、ラインハルトは走り続けなければならない


■フェザーンへ■


新帝国暦元年8月8日、ラインハルトは大本営をフェザーンに移すと布告した


未だ帰国途上にあるヘインやワーレン、首都防衛兼憲兵総監のケスラー
旧帝国領を担う後方総司令官メックリンガーを除く、
上級大将以上の武官は皆、フェザーンへ赴くこととなったのだ
また、軍務省と工部省も同じく移転することが布告された


これは、オーディンからフェザーンへ帝国の中枢を動かすことを意味し
一時的な処置ではないことも併せて、布告されていたことから


明敏な帝国首脳は、フェザーン遷都が近々行われる事を即座に理解する・・・



   凡人が居ぬまに、歴史の中心が移り変わろうとしていた



   ヘイン・フォン・ブジン大公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・


             ~END~





[2215] 銀凡伝(親書篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:ac9866c1
Date: 2008/02/02 20:51

オーディンの宇宙港に、隻腕の提督と凡人が帰還した
多くの人々が新天地へと飛び立つ中、一人は傷ついた体を癒すため
もう一人は、ただ惰眠を貪るために戻ってきたのだ・・・


■帰宅と来客■

おう、ヘインさまと愉快な仲間達のお帰りだぞー!!


『おかえりなさい』『お帰りなさいませ』『おかえり~♪』『ふふ・・おかえりなさい☆』


なんか一人、ゾクッとするオーラがでているが、気にしないキニシナイ・・・
まぁ、色々あるが、やっぱり家が落ち着くし一番だな!!


『そっかぁ~♪うん!!やっぱり、家が一番だよね!』


なんだぁ?このお嬢さんは??また、どっかから電波でも受信したのか?
急にクネクネし始めて・・・まぁ、いいや

とりあえず、馬鹿はほっとこう。そんじゃ、ユリアン君たちも入ってくれ!
そこそこ広いから、五人ぐらい楽に泊まれるぞ



地球教を探る旅路にあったユリアン一行5名は、その情報を持って帰路につくはずであったが
地球制圧部隊の後詰に来ていたヘインと久方ぶりに再会したため、
オ-ディンまでの航路を共にするだけでなく、ヘイン宅に客として泊まる事となった


この際だから、家に泊まって観光でもしてけば?と
名実共に帝国NO2から、そんな提案をされては当然断ることは出来ないし

今後のヤン・イレギュラーズの方針を定めるためにも、
持ち帰る情報が多いほうが良いだろうと考えた一行は、
帝国宰相からの寛容すぎる好意を受容れることにした。


彼らは、ヘインというフリーパスを持て余す事無く活用した
各省は移転した工部省と軍務省を除いて全てを見学し、帝国行政の一端を垣間みた
当然、博物館として開放されている新無憂宮も見学したが、
一般人が入れない地区まで、ヘインの案内で立ち入ることができた。

帰国の報告を聞いたら羨ましがるだろうヤンのため、
ユリアンは克明な記録と資料を作成しなければならなくなった


敵対する可能性が高い一行を、拘束するどころか厚遇して
帝国の中枢を、大胆に隠すこと無く見せたヘインの応対振りに

両コーネフは『馬鹿なのか、大物なのか・・・いや、両方だな』と
辛口なコーネフ家にしては高評価を与えていた

実際は、遠くから来た友人を得意げに連れまわすみたいなノリであったが



■帝都滞在記■

地球教の調査から、帝国首都の内情を知る旅へと様変わりした親不孝号の冒険譚も
明日、帝都オーディンを発てば、帰路を残すのみだ

ヘインさんの好意で帝国の内情を知ることが出来たのは、
地球教の秘密の一端をヤン提督に持ち帰る以上に大きなことかも知れない

重要機密をお尋ね者に近いぼくらに見せてくれるヘインさんの懐の深さを
ボリス船長やコーネフ中佐も呆れつつ、認めていた。

今日は、ヘインさんと過ごす最後の日だったので、
ぼくは色々な人に、ヘインさんの人となりに聞いてみた
英雄を、人物を知るには多くの人の意見を聞くことは非常に重要なことだから

もちろん、これはヤン提督の受売りだ。
ぼくは、まだまだヤン提督という枠を超えることは出来ていない

ちょっと話がずれて来たので、元に戻してヘイン評(偉そうかな?)を書いていこう


【ボリス評】

まずは、ボリス船長から
ヘインさんについてどう思うかと聞くと
一言で表すならブラックホールみたいな男とのこと

敵であれ味方であれ、どんな人でも引き寄せて飲み込んでしまう
また、飲み込むときは一瞬で、気が付いたら取り込まれているという怖さがあると

『坊やは、取り込まれていないかな?』と逆に聞き返されたけど
多分、手遅れだと思う。もう随分前に取り込まれている筈だから・・・


【ブジン夫人評】

その人を知るには伴侶にまず聞けというし、
ぼくは、サビーネさんとヘインさんについて話をしてみた。

御馳走様です・・・

纏めると、やさしくて、ちょっと抜けているところもかわいい、大好きな人とのこと
ちょっとあてられてしまったが、幸せそうな顔で話す彼女はとても魅力的だった。

【アンスバッハ評】

ヘインさんの参謀兼副官のアンスバッハ大将は、
元々は敵対していたブラウンシュバイク家に代々仕えていたため
ヘインさんとは主君の仇と親友殺しという因縁が深い関係だ


『かつて、私の仕えた主君は彼等に討たれ。そして、私も彼の親友を奪いました。
 私は本来なら自決しているか、処刑されている筈の身だったのですが・・・
 大公は厳しいお方です、死という安易な忠義に逃げる事をお赦しにならなかった』


そんな複雑な関係であるのに、なぜお互い一緒に居られるのか?
彼が少しだけ話してくれた内容から答えを読み取るのは、ぼくにはまだ難しそうだ

だけど、二人の間には単なる主従関係にはない、強い絆がある事を知ることはできた
この事実は、ヘインさんがいかに部下に慕われているかを証明するものだと思う

【コーネフ評】

最後は、コーネフ中佐との話を書こうと思う。
ヘインさんはポプラン中佐と仲が良い。似た物同士気が合うんでしょうか?と
じゃれあう二人を遠目に、コーネフ中佐に尋ねると意外な答えが返ってきた。


『いや、ポプランとは正反対なタイプの人間じゃないかな
彼自身の本質は変化より安定を好む、守成の人だと思うよ』


確かにと、ぼくが納得していると中佐はこうも付け加えた

つまり、皇帝と宰相はことなる価値観を持っているとも言える
門閥貴族に同盟、ヤン・ウェンリーと敵がいる間はいい・・・
だが、その全てが斃れた時にも二人は肩を並べ続けられるかな?と




ヤン提督が斃れると言う仮定はありえないと思うけど
『両雄並び立たず』については一考の価値があるんじゃないだろうか?

中佐の言うようにヘインさんと皇帝ラインハルトが間逆の価値観を持っているならば
そこを突く事によって、二人の間、帝国に間隙を生み出すことが出来るかもしれない

地球教やフェザーンの地下組織なら、自らの野望を達成するためなら
無理やり二人の間に亀裂を作り出す陰謀を企てることも辞さないだろう

もし、それが現実の話になったら、その混乱に乗じて民主主義体制の再建を図る・・・・

だめだな仮定が多すぎるし、これは想像というより妄想の域に属するものだ
それに、ヘインさんが易々と陰謀によって窮地に貶められるとは思えない

あまりにも隙のない帝国統治を知ってしまったから、ぼくは焦っているのかもしれない
いま、やるべきことは地球や帝都で手に入れた情報を整理し、
出来るだけ正確な形にしてヤン提督に渡すことだ。


もちろん、その情報の中にはヘインさんからの親書も含まれている
正直、中身が気になってしょうがないけど、ヤン提督以外に見せるなと言われているので
なんとか我慢している。大切な友人との約束を守りきるためにも
ぼくらの帰りを待っていてくれるヤン提督の下へ、一刻も早く帰る必要がある


もう、旅の時間は終わったのだ・・・



■お出かけしませんか?■

行っちまったなぁ、ユリアン君達がいなくなって
なんだか、家が広くなったような気がする

そんな中、フェザーンへの移転は着々と進んでいく
とりあえず留守居役を仰せつかった俺は怠惰を極めんと
家でひたすらごろごろする事に決めたはずだったのだが・・・




    『いっしょに、お散歩しませんか?』


縁側に腰掛けて涼んでいるときに、後ろから掛けられた声に
最初は面倒だな~と思ったが、振り返って見ると

夕焼けのせいか、顔を少しだけ紅くした少女が、柱の横で佇んでいた
不覚にも、かわいいと思ってしまった

さすがに、その更に後ろで鼻血を盛大に噴出しながら
崩れ落ちている人ほどクリーンヒットはしなかったが

カーセさん、そんな姿でも貴方は魅力的な女性ですよ・・・


       『だめかな?』


そんな顔して聞かれたら、断れる奴なんて広い銀河を探しても見つからないだろう
たまには、少しやんちゃなお嬢さんのお供をしますかねぇ


   『うん、ありがとう。すごくうれしい♪』


まったく、こうストレートにこられるとこっちが照れちまう


■ 広場 ■

 『そういや、もうそろそろお前の誕生日だったよな。
  なんか欲しいもんはあるか?奮発してやるから高くても良いぞ』


う~ん、ヘインからならなに貰っても嬉しいけどなぁ・・
でも、せっかくの提案をみすみす逃すのも勿体ないよね
一番ほしいものをちょっと考えてみようかな?


でも、わたしの欲しい物ってなんだろう?
宝石に奇麗なドレスや素敵な歌劇と食事・・・・
そんなものは一昔前に充分過ぎるぐらい経験してるし
まぁ、そういのも確かに好きだけど。でも今の庶民?平民?みたいな生活でも
別に不自由じゃないし、昔の冷たい生活より百倍ましだもん


ってだんだん話がずれてきたわ。今はなにを貰うかを考えないと


『なんだぁ?別にいらないならいらないでいいぞ?そっちのが楽だしな』
 「えい☆『グエェ!!』」


とりあえず、せっかちさんなヘインが居眠りしてる間に考えなくちゃ
でも、ついつい膝枕で居眠りするヘインの寝顔に見惚れちゃうな


ねぇ、ヘイン?やっぱり、わたしなんにも要らないよ
あなたと一緒にいるだけで、こんなに幸せなんだよ?
あっ、でも貴方との赤ちゃんは欲しいかな


うん、わたしが欲しいのはモノなんかじゃない
ヘインと一緒に過ごす日々が一番欲しいんだ


もちろん、そこにはカーセにエリ姉やエルも居るよ
そうだ、わたしはずっと家族が欲しかったんだ・・・


 『で、男の子と女の子どっちが欲しいんだ?』


もちろん両方だよ?タヌキさんは知ってるかな
わたしは欲しいものは何でも手に入れないと気がすまない性格だってこと


 『知ってるよ。そのうえ手段を選ばないってのもな』


うふふ、照れ屋な旦那様はなんでも知ってるね。
ねぇ・・これからもずっと一緒だよね?




『なんか、サーちゃんってホントかわいくなちゃったね~』
『いえいえ、お嬢様は昔からカワイイお方でしたよ』
『ふふっ、なんか妬けちゃうなぁ☆』


ブジン家四姉妹の三人は仲良く揃って野次馬をしていた
皆見守られながら、ヘイン夫妻の長い休暇はゆっくりと過ぎていく・・・


■再侵攻■


11月、失意のうちに首吊をしたレンネンカンプの密葬が行われ、
ラインハルトが混乱の極みに達した同盟への侵攻を決意する中
ヘインの珍しく長い休暇は、唐突に終わりを迎える。

帝国宰相府及び帝国軍最高司令部のフェザーン移転が決定したためである
これに伴い、ブジン一家はオーディンからフェザーンへと生活の場をかえる事となった

また、ヘインがオーディンを発って程なくして、同盟政府との和約は破棄された
既に統治能力を無くした同盟政府は、ラインハルトにとって外交をする相手ではなく
過去へと葬り去るものでしかなくなったことを意味していた

ヤンを謀殺しようとして、逆にヤン一党に拉致された後に
解放された同盟元首ジョアン・レベロはその暗い現実の中、
それでも職務に精励し続けていたが・・・・殆ど無駄な作業と化していた


そんななか、一つの良いニュースが同盟に流れていた
同盟軍最古参の老将ビュコックが宇宙艦隊司令長官に再就任したのである

ビュコックは目前に迫る帝国軍の侵攻に対する準備と、
残されたヤン達の為に戦力を残すという矛盾する作業を
参謀長官のチェンと共に精力的に行っていた。


同盟と帝国・・・最後の戦いの舞台は、少しずつ整えられていく・・・・
 


■親書■


祖国から帝国に売られる寸前で、ハイネセンを脱出したヤンは後に
799年の下期を振り返って、人生で最悪の時期だったと語っている


なにせ、ようやく手に入れたにいれた念願の年金生活は、新妻との新居生活に慣れる間もなく
ミスターレンネンの偏見によって奪われることになり、
長年、こき使われてきた同盟政府には暗殺されかけるなど散々な目にあうわ、

かつての部下や同僚が謀殺されかかった自身の救出にあたって
高等弁務官レンネンカンプ、同盟元首ジョアン・レベロを次々と拉致したため
銀河中を騒がせる凶悪犯の一味になってしまったのだからと



『その最悪の時期の中で、もっとも酷い出来事は?』と


ジャーナリストをかつて志した後輩に質問されたヤンは
心底苦々しい顔をしながら、ある人物からの親書を読んだ時だと答えている


当然、その内容に興味を持った後輩は、何と書かれていたのかと、しつこく問い詰めたが
『だめ!』『ぜったい言わない』と子供のような答えを得るだけで
頑として口を割ろうとしない司令官から、望んだ答えを生涯得ることは叶わなかった・・・


その内容についての質問者は、後輩一人に止まらず、
毒舌な先輩や、彼の被保護者に撃墜王と枚挙すればきりが無かったが
その誰もが、内容を聞きだすことは出来なかった


親書の受渡しを行ったユリアン・ミンツは後年、
なぜ自分は誘惑に負け親書の封印を破らなかったのかと
自身の著書の中で悔恨の念を書き記している



■エル・ファシル再び■


ハイネセンを脱し、メルカッツら正統政府軍と合流したヤン不正規隊は、
自由惑星同盟と袂を分かち、分離独立したエル・ファシル星系を目指していた。


その理由は、革命に燃える共和勢力と手を取り合って
帝国の支配から逃れ、民主主義国家を復活させようという積極的な理由ではなく

ランズベルク伯というフェザーンの小覇王の借り入れ限度額が限界に達し
日々、大所帯化する組織を維持するために、確たる根拠地が不可欠となったためである
キャゼルヌなどは『カネがない、借りるアテももうないぞ』と元も子もない表現をしている


とにもかくにも、ヤン不正規隊はあらたな『借りるアテ』と根拠地を得るために
宇宙暦799年12月9日、エル・ファシルに姿を現すこととなったのだ

こうして、司令官ヤン・ウェンリー元帥、参謀長ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ元帥
幕僚長アルフレッド・フォン・ランズベルク上級大将、後方勤務部長アレックス・キャゼルヌ中将、
フェザーン軍参事官長ハウサー大将を最高幹部とした上で、
政府主席ロムスキーが軍事委員長を兼任する形で、混成革命予備軍が誕生した。



■家出息子の帰宅■

慌しい宇宙港で会議を終えたアッテンボローは帰路につく途中
亜麻色の髪をした懐かしい人物の後姿を、偶然発見した。

『よぉ!ユリアン!!ユリアンだろ』

突如、自分を呼ぶ懐かしい声に気付いた少年は振り向くと、
若々しい足取りで声をかけた主に近づき敬礼した。

「アッテンボロー中将!お久しぶりです」


久方ぶりの再会であった。宇宙港に到着したばかりで
親不孝号のボリスやマリーネは船内で事務作業に追われていなかったが

荷物持ちのマシュンゴやナンパに夢中な撃墜王と
逆ナンされる物静かな撃墜王達とは、直ぐに合流することが出来た。


『まったく、せっかくの良いところを邪魔しないで欲しいですな。別にいいでしょう?
 ハイネセンで好き放題やっていた中将と違って、俺たちは陰気な地球行に加えて
 悪の宰相とのやり取りで苦労してるんですから、少々、羽を伸ばしてもバチはあたりませんよ』

もっとも、せっかくのナンパを邪魔されたポプランは不平たらたらで文句を言ったが

これに対して、アッテンボローも負けずに自分の苦労話をしようと思案したが
『悪の宰相』というフレーズに気が付き、ヘインのお気楽馬鹿と遊んでいただけだろうと
的確な口撃を行い、不敵な撃墜王を黙らせることに珍しく成功した。


そんな光景を、横でユリアンが笑いを堪えながら見ている事に気が付いた
アッテンボローは、わざとらしく話題を転じ、ユリアン一行の軌跡について質問するのだった




ひとしきり、お互いの近況を確認しあった一行は
宇宙港を後にし、ヤンが詰める司令部へと地上車で向かった

その車内での話題はもっぱら、同盟と縁を切ったヤンの思い切った決断にたいする批評と
立ち位置が変わっても、変わらぬヤン艦隊の有様についての軽口の応酬であった


五人が司令部に到着すると、颯爽とした歩みで少女が近づき
二人の撃墜王に声をかけて敬礼をした。

それに対して、各々のバラバラな表情と動きで敬礼を返していた。
エレベータ-に乗らず残った二人の撃墜王は
自身の愛弟子であり、知人の娘と遅めの昼食を取ることとなった。


その後、食堂では普段とは違うやわらかな表情を見せる
クロイチェル伍長の姿が目撃されている。

マシュンゴは一人でロッカーに荷物を運び
それを終えると、誰もいない食堂でほんと~に遅めの昼食をとった
『変な時間にくるんじゃないわよ。まったく面倒くさいったらありゃしないわ』と
ウェイトレスに小言を言われたときは流石に泣いたようであった


■親書開封■

ひとしきりエレベータ-内で、カリンや彼女と父親の関係について
アッテンボローと話をし終えると丁度、目的の階に到着した。

『そいじゃ、我らが怠け者の元帥に御対面と行こうか?』

ユリアンはそう促されると、幾分かの緊張感を纏いながら司令室に足を踏み入れた
もしかしたら、もうここには自分の居場所はないのではないか?と不安だったのだ

だが、そんな不安は最高の形で払拭されることとなる。
ヤンやフレデリカは当たり前のように暖かく、彼らの家族を出迎えたのだ


ユリアンは、今回の旅で得た重要事項について報告をする予定であったが、
自分がヤン・ファミリーの欠かせぬ一員である事を実感した嬉しさの余り

遅れてやってきた撃墜王達やアッテンボローを交えた歓談に
ほとんどの時間を費やしてしまった。


もちろん、地球教の実態を詰め込んだ資料を渡し、
ヘインによって見せられた帝国統治の内情についての報告も忘れなかった

嬉々としてヘインの内政官としての優秀さや、
敵国の人間に余す事無く帝国統治の内情を見せた度量の広さと豪胆さを
最大限の賛辞を込めて嬉しそうに話すユリアンを見て
彼の保護者が少し不機嫌な顔をしていたのはご愛嬌だろう


ひとしきり、報告を交えた歓談を終えると
ヤンはいつものように彼等に対して、作戦の説明を始めた

作戦の立案途上においてヤンは再検討のため、よくユリアンの意見を聞き
ユリアンにとっても戦略戦術能力を高める最高の学習になっていた

そして、最近は彼らの懸案事項に必ずある人物の名が挙げられている。


『いよいよ、イゼルローンに戻るんですね提督!ですが・・・』
「ユリアン、分かっている。お前が言いたいのは彼が気付いてるのではだろ?」


ユリアンは静かに頷くと、皇帝の再侵攻に直ぐに合流しなかったブジン大公が
イゼルローン方面の防衛について、非常に高い関心を持っていることをヤンに告げた


『ブジン大公は、ヤン提督の仕掛けた罠に多分気が付いています。』
「ユリアンユリアン、重要なのはそこじゃない。仮に彼が気付いていたとして
 我々の仕掛けた罠を防ぐことができるか、出来ないのかが、この際、一番重要なんだ」


たしかに、あのブジン大公ならば自分の奸計にも気付いているかもしれない
だが、彼は要塞から遠く離れたフェザーンに居るのだ。
何かしら、気付いていたとしても全ての事態に即座に対応することは不可能だ

また、逆に彼が気付きなんらかの対策を立てているならば
それを利用することで、より有利な状況を作り出すことが可能かもしれない
もちろん、不確定要素が多すぎて作成立案上の骨子には到底なりえないが・・・



ヤンはそこまで思案し、脳細胞を働かせる事を止めた
どちらにしろ現状の作戦案を超えるものは立案できそうにないし
大前提である要塞攻略を延期することを許すほど、
自分たちを取巻く状況は甘くはないのだから

それに、今までだってなんとかブジン大公と対等以上に渡り合ってきたのだ
今回も、なんとかしてみせるさと、茶目っ気たっぷりに
不安がる被保護者に答えるのだった。




少々、話が重くなってきた場に居心地の悪さを感じたのか
流れをかえるため、唐突にポプランがユリアンに話しかけた。

『そういえば、あいつの手紙を預かってなかったか?』と

彼は場の空気を和まそうという善意八割と、状況の劇的変化を期待する
好奇心二割をもとに発言したのだが、最悪の結果で報われることとなる


『そうでした。ブジン大公から提督だけに見せるように言われた親書です。
 提督以外の者には絶対に見せるなと言われています。また、提督だけが
 その内容に耐えることが出来るかもしれないなと、ブジン大公は仰っていました』


ヤンは静かに、それを受取ると無造作に封を破り、たった一枚の紙切れに目を通した。


     「みんな、すまないが・・・少しだけ一人にして欲しい」




先に述べたように、ヤンから親書の内容を聞き出せたものは居なかった

だが、部屋に戻った彼の妻は、メタクソになった小さな屑篭を
部屋に戻った時に目撃している。

もちろん、聡明な彼女はその事に付いて振れることは無く
物を壊した罰として、その日のブランデーの量を少しだけ減らすのだった


好奇心に負け、壁に耳を立てて隣室の状況を聞いた、革命青年と撃墜王の証言によると


最初、激しく金属容器を叩きつけ、蹴り上げるような音とともに


なんで、こんなことが書いてあるんだよォオオォオオオーーッ
それって納得いくかァ~~~~おい?オレはぜーんぜん納得いかねえ……
なめてんのかァーーーーーッ このオレをッ!
チクショオーーー ムカつくんだよ!コケにしやがって!ボケがッ!
クソッ!ナメやがってクソッ!クソッ!


と聞いてはならない物を聞いてしまったらしい


その話を彼らから聞いた者は、また面白おかしく話を大きくしていると思い
笑って聞いているが、その話をする彼らがらしからぬ深刻な表情で語るため
まさか?と思いつつ。みな笑いを一様に止められるのだった・・・


確かなことは、ヘインから受取った親書によって、
ヤンは多少なりとも感情を乱されたということと

そして、歪な姿に変わり果てた被害者たる屑篭が残されただけで
『親書』自体は、ヤンの手によって焼却処分されてしまったということだ





数世紀後、当事者が全て死に絶えた頃、
『ヘイン親書』の控えが発見されたと宇宙全土を揺るがすニュースが流れたが
その余りな内容によって、贋作であると一笑に付され、
真相は再び、歴史の闇に後戻りすることとなる



     その、発見された控えには、一言だけ記されていた




            m9(^Д^)プギャー



   
     ヘイン・フォン・ブジン大公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・


               ~END~




[2215] 銀凡伝(発狂篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:ac9866c1
Date: 2008/02/10 18:46
フェザーンに帝国の中枢が移転し、帝国侵攻以来の活気を見せる中
もう一方の、イゼルローン回廊にも慌しい空気が訪れようとしていた


■難攻楽落要塞■


イゼルローン要塞、かつての旧帝国に巨額費用と犠牲によって作られ
何度と無く同盟の侵攻を防いできた難攻不落の要塞である。

ヤンによって陥落されて以後、不落という言葉は外れることとなるが
難攻であることは変わり無く、また、正攻法ではいまだ不落の称号を保持している。

そんな、堅城をヤンは再び奪取しなければならないのだが
魔術師と称される男は、この不可能と思える作戦を成功させる勝算を持っていた




要塞攻略の実戦指揮官はメルカッツが選ばれ、参謀総長にはランズベルク上級大将
副司令官にはハウサー大将があたり、ヤンは前線には立たず、督戦する形となった


最初、ヤンは自ら前線に立って指揮をする心算であった。
これに対し、エル・ファシル独立政府はヤンの不在時における、
帝国及び同盟の軍事侵攻を不安視し、難色を示した。

ヤンはメルカッツやハウサーを残すので後顧の憂いはないと主張したが
政府首脳が帝国やフェザーン出身者に対する、警戒や猜疑を隠そうとしなかったため
憤激しそうになるのを寸前で堪え、後方で戦局全体を統括することを受容れた

同じくアッテンボローも後方に残る事となったが
これは、彼に戦局全体を視る目を養わせるための措置であった
帝国に比べ、人材が圧倒的に不足している状況の中
有為な人材にはより多くの経験を積ます必要があった


■首都作り■


イゼルローンを目指す者、ハイネセンを目指す者と
歴史の主役達の多くは、命を賭けた華麗で凄惨な戦場へと向かっていたが

凡人代表のヘインは別の戦場で戦っていた・・・そう、事務屋の戦いである
良く分からない企画書、良く分からない新都市計画、さっぱりな今後の流通経済の変化など

仮帝国宰相府には、連日のようにヘインでも分かるようになるまでと、
これでもかという人数と書類が押し寄せていた。


そんななか、ほぼ日参で来ていた工部尚書シルヴァーベルヒが、過労のため倒れた
彼の病気休暇中、次官のグルックが業務を引き継いたのだが、事務を滞らせてしまった
これを聞いたヘインは工部省休暇宣言を即座に布告し、
仮宰相府の門を堅く閉ざし、必要最低限を除く全ての官吏に3日間の一斉休暇を強制した。

これは、ヘインが休みたいが為の布告であったが、新都造成・新体制構築のため
オーバーワーク気味だった官僚達に、心身ともに回復する時間を与える事になった

結果、復帰したシルヴァーベルヒによる、案件処理速度を大いに速めることとなる
当然、彼が不在時に滞った案件は、あっという間に解消されてしまった。


こうなってくると、当然へこむ人間が現れる・・・そう、グルック次官である
一生懸命やっても事務は滞るし、ヘインのだした休暇宣言は
『おまえがやるより休んでたほうがマシ』と言われているとしか思えなかった

そのうえ、復帰した長官と休暇でリフレッシュしたスッタフ達が
あっという間に、自分が滞らせた案件を何事も無く解決する姿を目の当りにしてしまった
もう鬱だ氏脳状態に一直線で、辞表をヘインに提出するまで、それほど日を置かなかった。


項垂れながら辞表を突き出すグルックによって、昼寝を中断させられたヘインは

『俺はお前らが何を言ってるかわからないし、なんて書いてあるか分からんわ!』

と切れ気味に答えると、目の前に差し出された新都造営計画案らしき書類を
全く見ずに引っ手繰って破り捨ててしまった。寝起きで不機嫌爆発である。


この暴挙を見たグルックは、何かを決意したような顔をして


『次は必ず、宰相閣下がお分かりになる書類を持って参ります』


と延べ、入る時とは打って変って力強い足取りで部屋を辞した。


その後、彼はヘインとの一方的な約束を果たすために、
以前の二倍の頻度で二倍の書類を持って仮宰相府を訪れるようになったそうだ。

覚醒したグルック次官の奮闘と、次官に抜かれるわけには行くかと長官も奮起したため
首都移転計画はヘイン着任後、さらに順調な進捗を見せるようになった。
人々は宰相閣下が見えるか見えぬかで、工期の長さが変わると囃し立てていた


■ネタバレ済み?■


ヘインの下、全宇宙の中心となりつつある回廊とは
対極の位置にあるイゼルローン回廊内で、メルカッツ率いる要塞奪還部隊は新年を迎えていた

彼らはそこでささやかな新年パーテイを行うと
イゼルローンの現司令官に向けてヤン印のひどいペテンを掛け始めた





新年早々、多様な妨害工作によって通信状況が不安定なイゼルローン要塞に
奇妙な指令が流れ込んでくるようになった。
要塞をでろと言ったり、出るなといったり点でばらばらな命令が
時にはラインハルトの、またあるときはヘインの名前で届けられたのだ

これら全ては、ヤン艦隊によって出されたルッツを惑わすための指令であった
だが、全く効果を発揮することはできなかった。


ルッツはヘインから、ヤンが要塞奪取を目論んでいる事を知らされていたのだ
その際に、ルッツを惑わすために正反対の偽情報を何度も送りつけてくることもである

嬉々として任務に励むバクダッシュ大佐には申し訳ないが、全てネタばれ済みであった。


その後、本当のラインハルトからの命令文や、高圧的な偽命令が届けられたが
ルッツは全く揺るがなかった、ヘインからの忠告が的中していたため
ヤンの目的が、艦隊を要塞から遠ざけることにあると確信していたからだ


だが、確信は慢心とも表裏一体であった・・・



■裏の裏の裏はうらのうらのなのら??■


ヤンはイゼルローン再奪取のペテンについて
内容事態は変更しなかったが、成功の根拠が変わった点について説明した。

例え、ブジン大公が作戦を察知していても問題ないという事を・・・


「ユリアン、もしも相手が罠にかけようと最初から分かっていたらどうする」
『その罠を逆手にとって、逆に相手をあっ・・・』

「うん、最初から分かっているなら、それを利用しようと思うのは当然の心理だ
 ましてや、稀代の英雄が忠告なんかしてくれた内容通りの罠を仕掛けられたら・・」
『完全に罠を看破した。これなら逆に罠に仕掛けられるぞ・・ですか?』


ヤンは出来の良い弟子に頷くと、悪戯っ子のような笑みをしながら説明を続けた

「つまり、ブジン大公が読んでいても、いなくてもペテンに掛かる公算は高いというわけさ
まぁ、ブジン大公が例の合言葉まで読み取る超能力者だったら、お手上げだけどね」


ヤンはペテンにかける相手が、ルッツであることを良く理解していた
例え、どのような策をブジン大公から授けられていようとも
それを聞いて、判断してから行動するのはあくまでもルッツであると

臣として頂点を極めていない対象に、罠を看破したと思い込ませれば
必ず功に逸って打って出るであろうと、ヤンは読んでいたのだ

そして、その読みは的中することとなる・・・


■■


流石というか、ヘインの読んだ通りの展開になったな

ヤン・ウェンリーは自分を要塞から誘き出し、空城を占拠するつもりだ
思えば、過去に占拠した際にも、奴は同じ手法を用いている
ならば、罠に掛かった振りをして奴らを屠ってしまうのも悪くはない

そんなルッツの思惑と出撃の指示を聞いた
ヴェーラー中将は楽天的な反応を示さなかった


『ですが、悪戯に出撃することは宰相閣下の命に背き、ご不興を買う事になるのでは?
 ここは要塞を堅守して、動くべきではないと愚考いたします。イゼルローンさえ確保して
 置けば、陛下や宰相の軍と呼応して、いつでも同盟領に侵攻することが可能ではないですか』


「今日の言は正しいだろう。だが、せっかくヘインがヤンの姦計を看破してくれたのだ
 それを利して、より大きな功績を立てることが不興を買うことに繋がらぬであろう
 また、『真の』陛下の命を無視してただ止まるよりも、一度は要塞をでて命に従ったが
 ヤンの一党ととの戦闘でやむなく間に合わなかった方が、陛下の心象もよいのではないか?」


ルッツは不安がる部下に対し、皇帝と宰相の両方の顔を立てつつ、
武功を立てる機会をみすみす逃がしては、将としての器が問われると説明し
ヤンを逆に罠にかけるために、自ら艦隊を率いて要塞を出撃した。


■■


『ルッツ艦隊、要塞より出撃!!』


バクダッシュからその報せを受けた要塞攻略部隊は
歓声と口笛の合唱に包まれた。彼方此方で酒瓶の蓋が開けられ
再現される奇跡の前祝にてんやわんやとなった。

司令官のメルカッツも形だけ酒瓶に口をつけながら
艦隊員に重要事項を伝達した・・・・


『我々はルッツを策に乗せたが、彼の方も我々を策に乗せたと思っているだろう
 彼は屈指の用兵家であり、指揮下の艦艇はわれ等とほぼ同数であろう。
 決して有利とは言えない、彼が反転殺到してくるまでに要塞占拠を完遂し
 勝利を確実な物にしなければなんらない。これより、直ちに攻略作戦を実行する』




座して、不貞なヤン一党を待ち構えていたルッツは
総数一万五千を超える、メルカッツ艦隊を視野に入れた・・・


『かかりおったぞ、流亡の盗賊、いや軍隊!?』


本来なら、小手先など用いずに要塞の前で堂々と
敵艦隊を相手にする堅実な用兵家は、まず、相手の予想以上の艦艇数に思考を止められる
そう、史実の10倍以上の戦力をヤン一党は持っていたのだ


その戦力は、アイデアマンのハウサー提督の巧みな偽装によって隠され
ゆっくりとエル・ファシルに集められていたのだ。

だが、ルッツも歴戦勇者である。即座に自らの失策を認め
その打開のための措置に移った。要塞主砲による敵艦隊への攻撃である。

だが、ルッツの命令は虚しく宇宙を木霊するのみで、
要塞から殺戮の光が放たれることは無かった


そう、凡人がきれいさっぱり『忘れた暗号文』が
メルカッツ艦隊から要塞に向けて送信されると
すべての要塞の防御システムは機能を停止させられたのだ


ルッツ艦隊が絶望のどん底に陥る中、
シェーンコップ率いる陸戦隊を乗せた揚陸邸は
次々とイゼルローン要塞に突き刺さっていった


■イゼルローン失陥■


防御システムが機能を停止した要塞は脆かった
次々と進入してくる陸戦隊を前に、要塞防衛部隊は屍の山を築いていた

頼むべき要塞が無力化されたルッツ艦隊も悲惨な状況下にあった
元々、要塞主砲を視野に入れた陣形であったのに加えて
当初の戦略構想を大きく上回る敵艦隊戦力による大攻勢

もし、ルッツが一流の指揮官でなければ、この時点で艦隊としての形を保ち得なかったであろう
だが、要塞からの無慈悲な一撃がその努力を打ち砕いた・・・


第四予備管制室を占拠したユリアンとポプランたちによって
凡人が『忘れた暗号文によって』要塞主砲の封印解き放ち
ルッツ艦隊と要塞防御部隊の希望を打ち砕く、一撃を撃ち放った

その後、一気に戦意を喪失した要塞防衛部隊は降伏を申し入れ
ユリアン達はそれを受容れた。

再び、イゼルローン要塞はヤン達によって奪い取られた





降伏とヴェーラー中将の自害によって終わった要塞防衛軍の方が
回廊で未だ戦い続けるルッツ艦隊より幸せであった。
その差異は、すでに戦闘が終わったか、終わっていないかである

来るべき決戦に備えて帝国軍の戦力を、少しでも削りたいメルカッツ艦隊は
ルッツ艦隊を易々と逃がす気はさらさら無かった。
史実とは違い彼らには、敵を撃滅する十分な戦力があるのだから


そんな中、ルッツはまだ希望を捨てていなかった。
彼の手には一枚の封書が握られていた。

それは、ヘインから送られた封書の一つだった。


これとは別の封書には、今回のヤンの策謀と要塞から出るなという指示が記されていた。
そして、この開けられていない封書は、もしも指示を破り危機的状況に陥った時に開けろと
ヘインが言っていた代物である。


ルッツはこれに打開策が書いてあると、最後の望みを賭けて開いた・・・


「フハハックックックッヒヒヒヒヒケケケケケ」
「フッフッフ」「ホハハハフフフフ、ヘハハハハ、フホホアハハハ」
『閣下!!どうしたのですか』「ハハハハフフフ」

突然、封書開いたルッツは笑い出し、その笑いは一向に止まる気配を見せない


「フハハックックックッヒヒヒヒヒケケケケケ」
「ノォホホノォホ、ヘラヘラヘラヘラ、アヘアヘアヘ」

『閣下、何を笑っておられるのですか!?』「閣下!お気を確かに持ってください!」


司令官の只ならぬ様子にホルツバウアー中将や、副官のグーテンゾーンもうろたえ始めた
だが、司令官から差し出され紙を受取ったホルツバウアーは


『ウヒヒヒ、ハハハハハハ』『副司令官閣下!貴方まで!!!』
『フハハハハハハハ』「ハハハククックック」


困惑する副官を余所に、更にそれを受取った従卒ジャンもまた・・・


『プッ、ウヒヒヒヒヒヒッヒ!ハハハハ、ハハハハー!!』
『ジャン・・・お前まで・・』

「『ワハハ、ウヒヒッヒ、ホホホヘヘヘ、アヒャヒャヒヒッヒ』」


『ゾォ~、OH、MY、GOD!!ついにみんな劣勢のせいでおつむがやられちまった
 冷静なのは小官だけか???閣下!ジャン!しっかりするんだ!冷静になれ!!!
 こんな苦しいときこそ、冷静に対処すれば、必ず離脱の好機をつかめるはずです!!』


    「ウククック、グーテンゾーンお前もこれを見てみろ」


発狂したかに見える司令官から小さな紙を渡され、それを見ると


    『アヒャッヒャ、イヒヒヒヒヒハハハハハ』


とりあえず、副官も狂った



■YAN!YAN!YAN!■


絶対に生きて還って、ヘインを一発殴りに行こうかを合言葉に
ルッツ艦隊司令部は驚異的な粘りを見せ始める


その後、ヘインの指示を受けていたメックリンガー艦隊が
回廊の帝国側から、要塞の後方を扼すような動きを見せたため


窮鼠を追い詰める愚と、味方の損耗を避けた方が良いと
メルカッツは判断を下し、自艦隊を要塞付近まで後退させた


その結果、ルッツ艦隊は半死半生で回廊を抜け出る事に成功する



こうして、ヤンと同じ思いをしたルッツは要塞を追われることになり、
再び、イゼルローン要塞は不良児達の溜まり場になった・・・



    ヘイン・フォン・ブジン大公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・


               ~END~



[2215] 銀凡伝(尋問篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:ac9866c1
Date: 2008/02/19 20:52
建国の理念は失われ、終焉を迎える自由惑星同盟
殉じる者と創造者の戦いが、最後の瞬間を鮮やかに彩ろうとしていた


■オワッテ・マッタ■


黒猪を先頭に同盟領に侵攻する帝国軍は
マル・アデッタに布陣する最後の同盟軍と激突した。

同盟軍総司令官ビュコックは寡兵でありながら、
地の利を生かして、帝国軍と対等以上の戦いを繰り広げるが
如何ともしがたい戦力差を覆すには至らなかった


同盟軍最後の宿将はラインハルトからの降伏勧告を、
毅然とした態度で拒絶し、傍らに控える参謀長と共に潔く散っていった。


■平穏宰相■

この時期のヘインは、平穏無事な生活を満喫していたといってよいであろう。

地球征伐からイゼルローン陥落、同盟再侵攻の何れにも中核として立つことは無く
帝国宰相として、新帝国の体制構築と新都造成事業に追われていたためである。
まぁ、いつもの如く優秀な官僚達に丸投げしていただけであるが・・・


■進駐軍■

そんな、ヘインと違って歴史の渦中にあるラインハルトは、精力的に動いていた
銀河帝国皇帝として、史上初めてハイネセンの土を踏んだ彼は

先ず、自由惑星同盟の終焉を高らかに宣言し、
銀河における唯一の政体が銀河帝国のみである事を、全宇宙に知らしめた。


その後、国家元首であるジョアン・レベロの首を手土産に投降してきた
唾棄すべき裏切り者をファーレンハイトに処断させるなど
細々とした戦後処理を終えると、最大の懸案事項について話し合うため
ハイネセンに進駐した重臣一同を、仮の大本営に招集した。



「今回、卿等を招集したのは、他でもないヤン・ウェンリー討伐についてだ」

重臣一同が集まると、若き皇帝は繊細で優美な姿に似つかわしくない
覇気に富んだ力強い言葉を投げ掛けた。


『我が皇帝よ、もし御身に万一のことがあれば、新王朝は仰ぐ旗を見失い瓦解することでしょう。
 ひとたびフェザーンにお帰りあって、長久の計をお計り下さい。ヤン一党の討伐については
 帝国軍最高司令官にして、陛下の代理人たる宰相であるブジン大公に討伐の任をお与えください』

『ロイエンタールの申し上げる通りです。陛下の御親征が一先ずの目的を達しましたからには
 前線での苦労はブジン大公や我らにお任せくださって、ご休息ください。』


皇帝の問いかけに答えたのは、双璧の二人であった。
彼らは、イゼルローン奪還のため、回廊への親征を提起する皇帝を諌めた
しばしば、過労のため発熱する皇帝の体調を心配してのことであった。


「卿らの言い分も分からぬことはないし、ヘインであれば予も文句は無いと
言いたい所ではあるが、予はヤン・ウェンリーと自ら決着を着けたいのだ』


若き皇帝は二人の名将の言を退け、回廊への征旅へと思いを馳せようとしたが
聡明な首席秘書官によって、その思考と実行は遮られる。

秘書官曰く、ヤンは回廊の両端を維持する兵力を持たず、要塞に篭る事しかできないと
これに対して、ラインハルトは未練がましい反論をするも、
秘書官の指摘が正しい事を認めざるを得ず、フェザーンへの帰還をしぶしぶ了承した。


だが、彼の足を止めたのはヒルダの諫止だけではなかった。
もう一つの要因遠くフェザーンから送られた、一通の報告書であった。


             『バーローwwwwwwwwwwww』


おっと、これはある人物がルッツに送ったものでした・・・


実際に送られて来た報告書には
ロイエンタール元帥に叛意ありといった内容が記されていた。


■オーデッツでつ■


事の発端は、同盟を救うためにやってきたオーデッツ(でつ)と言う男が
フェザーン中に撒き散らした噂であった。

最初、でつ は自らの弁によって帝国の再侵攻を止めようと
帝国軍の艦隊を幾つか訪れ、自分が皇帝に会うまで進軍を止める様に交渉したが
黒猪や種無しに無視されたのち、皇帝にあう為に遠くフェザ-ンまで来ていたのだ

結局皇帝には会えず、野良 でつ としてウロウロする羽目になったが、
その放浪中に何を思ったか、この噂をばら撒くことを思いついたのだ

でつ のこの半ば自暴自棄のような流言に飛びついたのは
内国安全保障局長ラングであった。彼は先年の会議にてロイエンタールに罵倒されて以後
暗い復讐の念に取り付かれており、憎き相手を貶められるならどんな物でも利用する気であった



この不確かな流言を最大限に利用するため。ラングは司法尚書ブルックドルフと接触した。
彼もまたヘインによって推挙された人物である。

ブルックドルフは常々、帝国の綱紀を粛正する必要性を感じていた
そんな中、ラングから提案されたロイエンタールの弾劾は
彼にとって渡りに船で、帝国軍の襟を正す格好の材料であった。

だが、彼は厳正な政治姿勢と賞賛すべき公平さを持ち併せた優秀な人物である。
ロイエンタールの私人として素行不良のみで、悪戯に騒ぎ立てる気はなかった
だが、ある女性を尋問した結果、ラングが小躍りするような痛烈な弾劾文を作成するに至る。


■ 尋問なの☆ ■

ブルックドルフがそれなりの熱意で、ロイエンタールの身上を調査すると
パーソナルネーム、エルフリーデ・フォン・コールラウシュという
敵性と判定される女性にあっさりと行き着いてしまったのだ。

その上、その女性が自らの恩人とも言えるブジン大公邸に匿われていると

事態の重さを察したブルックドルフは、真偽を確かめるため
少女と帝国宰相の尋問を非公式に行う事を決定する。




尋問した結果は、頭を抱えたくなるものであった。

エルと呼ばれる元帝国宰相の縁者は、尋問に対して

『やらないで後悔するよりも。やって後悔した方が良いよね☆
だから、ロイエンタールを殺して帝国の変化をみようとしたんだけど
でも、彼が教えてくれたの、ヘインっていう大物の仇が別にいるよって♪
そうなんだぁ~と想って、彼を殺して帝国の出方を見る事にかえたの☆』

アホな子としか思えない回答であったが、この尋問結果を判断すると、
ロイエンタールがヘインを不穏分子に売ったとも取れる内容である


つづいて、被害者であるヘインに対して、なぜ賊軍の縁者を匿ったのかと問いただすと

「いや、サビーネが妹が欲しいとか言い出してさぁ~
 まぁ、二人も元賊軍の娘が家にいるから、一人増えても
 別に問題ないかな~と思ったわけよ。それにかわいいし」


いっぺん死んで来いと罵声を出したくなる回答をするヘインであった。
だが、ただ元賊軍の娘を匿うだけならともかく
(これも問題だが、ブジン大公夫人の義妹であるため賊軍ではないと見做した)

賊軍の娘に対し、帝国の重鎮たるブジン大公への害意を教唆したことは
帝国秩序に対する、より積極的な叛意であると推定することができ、
これは、由々しき事態であるとブルックドルフは、ロイエンタールの行為を断じ、
ロイエンタールに対する弾劾報告書を作成・提出するに至る


これに、義眼は帝国宰相の行う賊軍縁者の秘匿も
帝国に対する背信行為であり、何らかの処分あるべしとの意見を付記し

司法尚書・軍務尚書・内国安全保障局長連名のロイエンタール弾劾報告書を完成させた。



■食後にコーヒーを一杯■


当初、一笑に付すべき内容であったロイエンタールに叛意ありという報告書は
帝国宰相たるヘインが害され、最悪凶刃に斃れていたかも知れぬという事実が重く見られ
事実確認を行う必要があるとの見解をラインハルトも示し、
ロイエンタールに対する事情聴取の実施が決定される。

こうして、ロイエンタールはどこか面白がっているような表情の
ヘインの腹心ファーレンハイト元帥の訪問を受ける事となった。

この時、金銀妖瞳の元帥は朝食を終えかけた所であったので、
彼は年長の僚友に、食後のコーヒーを共にとるよう勧めた

貧乏性の元帥は、もう少し早ければただ飯にもありつけたなと
少々残念がりながらも、嬉々としてタダのコーヒーを味わった。


この喰えない僚友の突然の訪問を受けて
ロイエンタールは悪い報せが来たのだろうと、明敏に察していた。
突然の来訪者がもたらす物は、だいたいが不幸や不吉な物であると

コーヒーを飲み終えた僚友に青と黒の目で促すと、
淡々とした声で、大本営への出頭を求められた。




同日の朝、ロイエンタール拘禁の報せを聞いたミッタ-マイヤーは
拘禁された無二の親友の危機を救うため駆けつけようとしたか

いたずらに警戒や猜疑を深める軽率な行動を取るべきではないと
年長部下ビューロ大将に諌められ、不安と失意のまま椅子に腰を下ろした。

彼らほどの地位になると、自由に友人と会うこともできないのだ
公人として、私人の感情で動くことは許されない。
それが分からぬ凡人と違って、ミッターマイヤーは自身が要人であると言う認識を
正しく持っていたので、感情を抑えて耐えることが出来た。

もし、庶民感覚でどこかの凡人のように、親友とこの時期に会ったりしたら
共謀して謀反や叛乱を企んでいるといらぬ誤解を招きかねなかったであろう



■食詰めと垂らし■


仮の大本営にある小さな一室でロイエンタールの副官、
ベルゲングリューンは敬愛する上官と尋問官の前で
自分の無力さを嘆きつつも、なんとも言えぬ空気に耐えていた。


尋問者となったファーレンハイトは、副官の陪席を認めるなど
先ず、公正と言って良い尋問官であったが、ちょっとした欠点があった
本来厳かな雰囲気でなくてはならい場にも拘らず、
どこか面白がっている様な表情を隠そうとしない点である。

だが、その尋問官の表情によって、多少なりとも空気を軽くする事に成功していたので
その尋問官としての欠点は、逆に彼の人としての魅力であるともとれた。




ロイエンタールへの尋問は、尋問と言えないほど和やかな雰囲気で進んでいたが
ファーレンハイトは事務的な尋問を一通り終えると
水色の瞳に鋭い雷光を走らせ、被尋問者に最後の質問を行った


   『宰相閣下、いや、ヘインになぜ危険が及ぶようなことをした』


今まで傲然とも取れる答弁をしていたロイエンタールであったが
烈将の誤魔化しを許さぬ眼光を受け、背中に一筋の冷や水を落とした


   「すまん、軽率であった。興味本位でするような事ではなかった」


ベルゲングリューンは、上官が信じられぬほど素直さで謝罪した事に驚き
思考を止められていたが、尋問者は『ならばよい』と一言だけ述べ

皇帝と直接会う場を設けることを、ロイエンタールに約すと、
話は終わったとばかりに、颯爽と即席の尋問室をあとにした


それを見送り、安堵の息をつく上官を見たベルゲングリューンは
烈将を御せる者は皇帝でも無く、唯・・ブジン大公のみかなと
上官が抱いた考えを同時に共有することとなった。




皇帝によるロイエンタールの審問は、それほど多くの時を要しなかった
問われる側は自らの軽率を詫び、皇帝は旧い友誼を信頼しており
最悪の結果は避けられそうであった。

ラインハルトは処分の決定まで、ロイエンタールの職務を
ファーレンハイトに任せると告げると審問会を散会した。


また、ヘインについては『ヘインが義妹というなら、その女はブジン家の者』と
ラインハルトは告げ、処分等を課す気がないこと審問会の冒頭で述べ
皇帝と宰相の絆の強さを諸将に示していた。
 


■ヘイン到着■


ヘインがハイネセンに到着したのは
ハイネセンにおける大規模な失火騒ぎがようやく治まった頃であった

この失火はテロと言うわけで無く、同盟末期の統治レベルの低さと
帝国の同盟支配が未だ整っていないことから起きたものであった。

だが、これを機に同盟首都の不穏分子を一掃する事を狙って
地球教と繋がりがある憂国騎士団の一斉摘発などが行われるなど
皮肉な事に、帝国統治が強化される契機の一つの要因となっていた




ヘインが到着して二日後の3月19日、仮大本営に帝国軍の最高幹部が招集された
また、この日、ロイエンタールの処分を決定することが、参集者に事前に告げられていた。

ただ、先の失火騒ぎでも、ロイエンタールの緊急事態対応マニュアルによって
最悪の状況が避けられるといった経緯もあり、軽い処分が下されると予想されていた。

だが、皇帝の口から統帥本部総長の任を解くと宣告され、
ヘインを除く列席者達は騒然とさせられたが、
続く皇帝の言葉によって別の意味で、再び騒然とする事になる。


ロイエンタールを新領土総督として任じ、旧同盟領統治の全権を与えると宣告したのだ
尚、その待遇は各尚書と同格であり、皇帝と宰相のみに責任を負うとされた。

また、旧来の艦隊に加えてクナップシュタインやグリルパルツァーの艦隊も傘下に入り
彼の率いる艦艇数は3万6000隻、率いる将兵数も530万人という
帝国において第三位の武力集団を指揮することになる。

また、後任の統帥本部総長には代行のファーレンハイトが正式に任命され
彼が兼務する幕僚総監の任をシュタインメッツにあてる人事も同時に決定された。


だが、これらの人事はシュタインメッツの幕僚総監就任を除いて
イゼルローン回廊によるヤン一党を討ち果たした後に発行するものであると宣言された!
遂にヤンとの最終決戦が皇帝により宣言されたのだ


その瞬間、ヘインを除く参列者全員が興奮につつまれた。
その喧騒が治まらぬ中、敗残のルッツを更迭してワーレンを代わりに呼び寄せる事を告げると
ラインハルトはヘインを伴って、一先ず仮本営の宿舎に下がった。



■黒い館■


ハイネセンから遠く離れたフェザーンのある館で、帝国から身を隠す稀代の陰謀家は
情婦と共に酒を愉しみながら優雅な一時を送っていた。

『皇帝とロイエンタールの亀裂は修復され、新領土の総督に
 そのうえ、宰相との間には波風すら立たなかったなんて、
 あなたの工作は、逆効果も良いところだったじゃないの?』

「確かに修復したかの様に見えるし、なにも変化が起きていない様に見える
 だが、皇帝が二人に与えている地位と戦力は、一臣下に大きすぎるものだ
 少なくとも、軍務尚書はそう思うだろうな。亀裂は隠れているだけに過ぎん」


どうせ、あなたが広げたり引掻き回すんでしょう?と
情婦から厳しい指摘を受けるかつてのフェザーン自治領主は
顔に不敵な自信を張り付かせながら、平然としていた。


果たして、この恐るべき悪意と頭脳を持った男の陰謀から
卑小で、凡才でしかないヘインは逃れることは出来るのだろうか?


ヘイン・フォン・ブジン大公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・


            ~END~




[2215] 銀凡伝(脱走篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:ac9866c1
Date: 2008/02/24 23:06

最後の戦いを、イゼルローン回廊へと向かう帝国軍は
共通の認識と興奮の中、決戦の地を目指していた


■ 大動員 ■

既に先鋒として、ヘインを総司令とするヘイン師団は回廊へ向かっていた
傘下には旗艦艦隊司令ファーレンハイト元帥を筆頭に、
ミュラー、アイゼンナッハの両上級大将が続き、総数5万隻の大艦隊であった

その先遣艦隊には第二陣として、ビッテンフェルト及びシュタインメッツが続く

また、本陣として皇帝ラインハルトは統帥本部総長のロイエンタールを伴い、
それと共に、ハイネセンを発つ宇宙艦隊司令長官ミッターマイヤー艦隊
第二陣と本陣の総数は7万隻を超える規模の物であった。


これにルッツの艦隊と入れ替えに帝都オーディンから長躯するワーレン艦隊1万5千は
遠くフェザーンを迂回し、イゼルローン回廊を目指していた
また、本来は帝都防衛にあたるケスラーであったが、予想以上の大兵力を持つヤン一党に抗する為
メックリンガー艦隊と共に、イゼルローン回廊から帝国領側への侵攻に備えるため、
回廊に向けて出陣していた。そのため、帝国方面からの攻略部隊は約3万隻に達していた。


軍務尚書オ-ベルシュタイン元帥に、フェザ-ン方面軍司令官ルッツ上級大将を除く、
元帥・上級大将を動員した回廊攻略軍は兵員2300万、艦艇数16万5千を超える大軍であった

ヤンと言うたった一個人を討つために、ここまでの規模の戦力が動員されたのである。


■4月テロ■

ラインハルトが回廊へと飛び立とうとする最中、一つの凶報がフェザ-ンから届いた

敗戦の傷心とヘインへの憤慨をもったルッツと
遥か遠くオーディンから回廊を目指すワ-レンは
フェザ-ンにて再会を果たしていた。

かつてはキルヒアイスの両右翼として艦首を並べて戦った仲であったが
今回は、一人は項垂れた状態で、もう一方は高揚感に包まれており、
まったく、正反対な精神状況での再会であった。



そんな事情を知ってか知らずか、最近めっきり影の薄いフェザーン代理総督のボルテックは
媚を売り、歓心を買うため二人の歓送迎会を企画した。

そのパ-ティには多くの政府・軍人の高官が出席する事になった。
軍務尚書をはじめ、宴の主役のルッツにワ-レンといった軍幹部
工部尚書シルヴァーベルヒといった政府高官も参加する盛大な物であった。

だが、その盛大な宴が始まって暫くすると、
会場に巧みに隠された軍用の高性能爆弾が爆発を起こした。

この爆弾テロにより、オーベルシュタインにルッツ、ボルテックが負傷
シルヴァーベルヒは残念な事に命を落とすこととなった。
次期帝国宰相も夢ではない男の死はあっけないものであった。

彼を私領発展のため登用し、国政に推挙したヘインは
その報せを聞くと『小遣い制、もう少しだけ我慢してやるか』とだけ呟いた

彼が副宰相となる一領主時代から、最も厳しく勤勉に政策案を提案してきたのは
シルヴァーベルヒであった。口うるさく煙たい存在ではあったが
自信家でありながら、妙に人懐こい性格を、ヘインは好ましく思っていた


惜しむらくは、原作において彼は端役過ぎた・・・死に至る事情をヘインは失念していたのだ
しかし、知っていたとしても史実とずれはじめた現状において
ただの凡人でしかない彼が、有効な対策を立てることは難しかったであろう。

忘却と変化によって、凡人唯一の武器『原作知識』は錆付き始めていた・・・



災厄に見舞われる者が多く居る中、
招待客でありながら、それから免れる幸福な人々も当然存在した。

一人は、義手の調子が悪くて会場入りが遅れたワ-レン提督である。
彼が遅ればせながら会場に辿り着いた時には、テロは実行された後であった

その後、負傷者を除く者の中で、彼が最上位であったため
事後処理に忙殺され、予定通りの出立が出来なくなったので
それほど幸運とは言えなかったが・・・


フォーシスターズにも宴の華として招待状が来ていたが
『ヘインの居ないパーティなんか面白くない』という三女の意見で
災厄から逃れることが出来ていた。


■ナースの追出し■

いくつかの事後処理を終え、後任への引継ぎを一段落させると
ワ-レンは傷ついた僚友の見舞うため、病院へ足を伸ばしていた

僚友の見舞いを受けたルッツは、ベッドから身を起こし、見舞いの言葉にこう応えた

『あのオーベルシュタインより早く死んでたまるか、奴の葬儀で心にもない弔辞を読んで
 心で舌をだしてやる、ああ、ヘインの奴にもきつい一発を喰らわしてやらなければならん
 その二つが楽しみで、今日まで生き延びてきたんだ。こんな爆弾テロ如きで死んでたまるか』
 

精神的にも肉体的にも復調の兆しが著しい僚友にワーレンが安心の度を深めていると
少し、ドジそうな新米看護婦が『先輩~すみません~』等、
騒がしい声をあげながら、どたばたと病室に入って来た。

彼女は病室にいる患者以外の人物を見つけると、少し不機嫌な顔をしながら
『面会時間は終わりですから、帰って帰って♪』と
苦笑いをするルッツを尻目に、ワーレンを慌しく追い払った。
結構、ルッツはいいご身分であった


■和平交渉■


はぁ、たしか原作だと食詰めと黒猪が先鋒じゃなかったか?
何で俺が総司令官で先陣を率いなきゃならんのだ!

俺がハイネセンで留守番してるよって発言を全員華麗にスルーしやがって
史実より多いヤン艦隊なんかとやり合うなんて、正気の沙汰じゃねーぞ!

うん、良いこと思いついた!どうせヒマですることないから
食詰め和平交渉に行って来い!


『なんだ、急に?ここに至って和平交渉などしてどうする気だ?』


いいか、聞いて驚くなよ!先ずヤンに要塞を寄越して服従すりゃ
みんな助けてやるのに加えて年金も払ってやるし
どっかの星系で民主政体の維持を認めてやると言うんだ
どう思う、これでヤンと戦わなくて済むかもしれない完璧じゃないか?

『サイテー、ヘインさん情けない』

うるしゃいぞ!ナカノ上等兵!子供はもう寝る時間だ!!
なんだ食詰め、アンスバッハ・・・そんな哀れむような目で俺を見るな
だって、ヤンが怖いんだからしょうがないだろ!!

『ヘイン、おまえがヤン提督を誰よりも高く買っていることはよく分かっている。
 俺もお前と同意見だ。だが、俺は魔術師以上にお前のことを買っている
 確かにお前の言うとおり、陛下がご到着まで最前線の無聊に耐えていては・・』

『兵の士気は下がり、油断や隙が生まれてそこをヤンに突かれる怖れがある
 閣下は、それに対するため、敢えて不要な降伏を呼びかけ、敵を挑発し・・』 

『え~っと意図的に緊張状態を作って、陛下のご到着まで兵の士気を保つってことですか?』


おいおい、食詰めにアンスバッハ、それにお穣ちゃんも・・・なに納得してるんだよ!
そのうえ上官を無視して、食堂に行く話なんかしていじめか?いじめなのか?
って食詰めのやろう手にあるのは俺の食券カードじゃないか!いつのまにかギッテやがる




ヘインのヘタレ提案は、過去の彼の実績が災いして、ただの冗談としてしか受取られず
不幸な事に、兵の士気を維持するための方策としか見られなかった。

彼らだけで無く、人々にとってブジン大公は激戦の数々で、勝利と武功を重ねた不死身の名将である。
そんな彼が、一戦も交えず宿敵ヤンと仲良く手を繋ぐなどと誰が信じられようか


こうして、ヘインから『降伏すれば、命だけは助けてやる』といった
ベタな挑発とも取れる降伏勧告が、イゼルローンに篭るヤン達の下に送られた


■お返事どうしましょ?■


前夜祭気分で浮かれるイゼルローン要塞に集った反帝国戦力は
艦艇数では旧帝国・フェザ-ン系陣営が約2万隻、
旧ヤン艦隊を中心とした旧同盟陣営が約3万隻と

帝国の先鋒部隊とほぼ同数の5万隻を超える戦力を有していた
しかし、大兵力といっても所詮は寄せ集めであり、
統一された軍事行動を行うための再編成と訓練を急ピッチで行う必要があった。

また、急速に膨張した勢力を維持するため。キャゼルヌは事務処理に忙殺され
補給路や交易路の確保と維持のためハウサーのアイデアは絞り尽くされ
資金確保のためのアルフレッドのハッタリは詐欺と脅迫をとうに超え、狂信の域に達していた。


決戦を支えるための後方部隊の戦線は、開戦をまえに激戦の様相を呈していた。


そのため、ヘインから来た降伏勧告への対処を決める会議には
比較的なヒマな前線組みの幹部達のみが協議することとなった


■■

ヘインからの『降伏しろ、命だけ助けてやる』と書かれた通信文を
ディスプレイに移しながら、ヤンは会議の列席者に意見を求めた。


「さて、あのブジン大公から通信文が届いたわけだが、どう思うアッテンボロー中将?」
『文学的感受性とやる気が皆無な文章ですな』

「いや、そうじゃなくて・・・こういう通信文を送りつけてきた理由を訊いているのさ」
『あのヘインですからね、一見意味がなさそうだが、実はあるとも思えますね』

その後輩の観測にヤンは全面的に賛成だった。
ブジン大公は意味がないように見えて、結果として最良手を打っていたと分かることが度度あり
何も手を打たずに放置すれば、どんな目に合わされるか分からない
そんな不安を常に与えてくれる、ある意味ラインハルト以上に厄介な敵手である


『閣下、ブジン大公に返信なされますか?』
「いや、やめておくよ。正直なところ彼とは手紙の遣り取りをしたくない」
『先輩、嫌だから送らないって、子供じゃないんですから』


後輩がワ-ワ-言ってきたが、ヤンは絶対に返信しないと言い張り
ヘインからの降伏勧告は無視される事になった。
もとより、この時点で降伏などする位なら、そもそもこんな辺境で蜂起などしない


『では、ブジン大公の返信は置くとして、敵の先鋒部隊への対応をどうしますかな
 もし、彼らの部隊を各個撃破の対象とできたら、多少なりとも戦力差を
是正することがかなうかもしれません。返信代わりに武を用いてみてはいかがか?』

『だが、相手は大軍であり、司令官はブジン大公だ。メルカッツ提督の言葉どおりに
 各個撃破が上手く行き戦力差を縮小できたとしても、緒戦で本隊と戦う力を
 失ってしまう可能性も大いにあります。相手の指揮官達はそれだけの力を持った存在です』
 

議題はヘインへの返信から、先鋒部隊にどう対処するかに移っていた。
まぁ、最初の議題がそもそも前座ともいえぬ物であったので、ようやく本題に入ったと言えよう。

この本題に対して、年長組みのメルカッツとムライは積極策・慎重策といった
両極端の方針を打ち出した。
座して相手の戦力が整うのを待つか、準備が完璧じゃないまま打って出る危険を冒すか
答えのない選択をヤンはいつもの如く求められていた。

まったく司令官と言うものは、実に損な役回りをさせられるものである。


「確かに、本隊が到着すれば戦力差は、絶望的に広がることとなるだろう
 だが、今回の主戦場は狭い回廊内だ。やり方次第で大軍の利をかなりの割合で
 制限できると思う。皇帝ラインハルトの到着を待っても戦術レベルでの優劣は
 それほど変化はしないだろう。それに、今回の目的は完全勝利なんてもんじゃない」

『つまり、ヘインに皇帝と帝国軍を尽く負かす必要がない。金髪の坊やを少々
 痛めつけてなにかしらの譲歩の得られればそれで善し、と言うことですかな?』


あなたならもっと出来そうなものだと言う、相変わらず自分を焚きつけるような視線を無視し
ヤンはこの戦いの目的が、あくまでも民主共和制の種を残すためのものであり
帝国を打破し、滅ぼすなどと言う荒唐無稽な事を実現する気はないと重ねて述べた

目的はあくまで皇帝であり、彼からどんな些細なものでも良いから
民主共和制存続のお墨付きを得なければならないのだ。
そのためには、ブジン大公と言う巨大な敵とぶつかるようなリスクは極力避けるべきである。


幸いな事に、敵の先鋒部隊は本隊の到着前に回廊へ侵攻する素振りを見せてはいない
彼らが皇帝ラインハルトの到着を待つならば、こちらも併せて待つのが一番得策であろう





『ふむ、前門の虎を相手にして、その後ろから迫る獅子と戦う力を失うわけにはいかないと
 ならば、後門の狼を討って見てはどうだろうか?狼の危機を見て虎が回廊に入ってくれば
 メルカッツ提督が言うように各個撃破の対象とすればよい。入ってこなければ狼を討てばよい』


ここまで沈黙していたアルフレッドは、別の視点で積極策を唱えた
ヘインが与しにくく、各個撃破が難しいならば回廊の帝国側の出口に居る部隊を撃てばよいと

この意見にも、ムライは後背からブジン大公の部隊に攻撃されて、
挟撃される怖れがあると慎重論が出したが、
要塞に一万隻と自分を残してくれれば、回廊にブジン大公が侵攻してきても、
しばらくは持ちこたえるとハウサーが慎重論を抑えた。


アルフレッドの提案によって会議の趨勢は決した。
ヤンはハウサ-に要塞防衛の準備を行うように求めると共に
アッテンボローに対して回廊の入り口付近への機雷設置を命じた

また、帝国側回廊出口への出撃準備をその他の幹部に命じると、
バクダッシュに通信妨害の強化を命じて、回廊両端の通信遮断を図り
帝国軍の連携を一分でも遅らせるための努力を行った。


第二次回廊外会戦が始まろうとしていた・・・



■第二次回廊外会戦■


かつてケンプやミュラーが行ったイゼルローン要塞攻略が行われた際
ヘイン達が援軍としてイゼルローンを目指し、ヤン艦隊と回廊の出口で激戦が繰り広げられた

今回のヤン征伐のため、帝国両側に配置された部隊は、
偶然と言うよりも、戦略的立地条件の必然性によって過去の会戦と同じ星域に布陣し
ヤン艦隊の待ち伏せを経過しながら回廊の中へと進軍しようとしていた。


今回の遠征でメックリンガーとケスラーに課せられた使命は
後ろに広がる広大な帝国領をヤンの侵攻から守るのみではなく
状況に応じて帝国側から回廊を脅かすという重大な使命を持っていた。


そんな彼等の前に、ヤン率いる大艦隊が現れたのは4月29日の昼を少し過ぎた頃であった




『敵艦隊接近、その数・・・4万隻!!!4万隻の大艦隊接近中!!!』

メックリンガーとケスラーが通信士官から、ヒステリックな報告をほぼ同時に受取っていた
両指揮官は予想以上の戦力の侵攻に一瞬色を失ったが、ほんの半瞬で冷静さを取り戻し
非常事態の対応へと思考を切り替えた。ここで無様に敗れれば
ヤン艦隊の前に無防備な帝国領全土を晒す事になる・・・
この戦いは帝国軍にとって、勝つことより負けないことが重要であった。


■■


「提督、つまり帝国軍は負けないために積極的策は採れず、
 ブジン師団の参戦までの時間稼ぎに終始することになると?」

『その通り、だからここは敢えて兵力分散の愚を犯してでも
 帝国領を突く素振りを見せるんだ。相手はたとえ罠だと思っても・・』

「無防備の帝国領、帝都オーディンを守らざるを得ない・・ですか?」


ヤンは明敏な弟子の回答に満足すると、4万隻のうち1万5千隻を
メルカッツとシューマッハに与え、戦線を離脱して帝国領に侵攻する動きを指示した。

これに帝国軍は大いに動揺した。ケスラーやメックリンガーと言った一線級の指揮官はともかく
兵卒達に動揺するなと言う方が無理であった。常に劣勢を覆して帝国軍を破ってきた魔術師が
自分達以上の戦力で襲い掛かってくるだけでなく、
自分達の後方を絶つか、故郷へ侵攻しようとする動きを見せたのだから


この動揺でできた艦列の乱れを名人フィッシャーは当然見逃さなかった
即座に紡錘形の分艦隊を四つ形成すると、帝国軍の艦列の乱れた部分に
ピンポイントで突き刺して言ったのだ。もちろんヤン艦隊十八番の一点集中砲火のオマケつきで


『密集陣を形成しろ!!!側進するメルカッツ艦隊への備えはこの際後回しだ!!』
『後退しつつ、陣形を再編する。逆に敵艦隊を帝国領に引き込め!』


どちらかというと理性的な両指揮官もさすがに平静ではおれず、
怒号をあげながら、艦列の再編に終始していた。もともと不利な戦力比
その上、動揺する兵卒を率いての戦闘でジリ貧状態を維持するだけでも
彼らが非凡な将帥であることを証明していた。

だが、惜しむらくは彼等の優秀さを持ってしても勝敗を覆す要因にならなかった事である
帝国領を突くような動きをしていたメルカッツ率いる別働隊が
大きく戦線を迂回して、帝国軍の後背に襲い掛かると
防戦一方といった戦況が、一方的な虐殺へと様変わりしていった。

最早これまでと、全滅を覚悟した両司令官であったが、
ヤン艦隊の攻勢が唐突に終わり、整然とした艦列を保ちながら後退を始めたのだ


回廊のもう一方に居るはずのヘインが、回廊へ突入したのだと二人は悟ったが
1万5千隻近くの艦艇を失った現在、ヤン艦隊を追撃することは不可能であった。

回廊の帝国側に陣取る二人の提督は、敗北の屈辱に耐えながら
勝者とも思えぬ逃げ足で、戦線離脱するヤン艦隊を見送っていた。



■アイデアマンの死■


ヘイン達がヤン艦隊の動向に気付いたのは、回廊外での戦いの趨勢が決まった後であった
回廊を出てきたアルフレッドとハウサー率いる艦隊と、アッテンボロー率いる分艦隊は、
回廊内へ誘い込もうとする罠であり、無視するべきだとヘインは判断し

突出してきた敵艦隊と砲火を交えようとはせず、緩やかに後退していた。
しかし、出てきた敵の総数が1万隻程度と少なく、ヤンの旗艦が見あたらなかったため
急に小物の気が大きくなり、後退から全軍突撃と一挙に行動を逆転させる。


この変化は別働隊にとって、非常に困難な撤退戦を余儀なくさせる。
ヤン艦隊の本隊が回廊外の敵を討つ時間をより多く稼ぐために
罠を警戒して後退する帝国軍を追走していたことが仇となった。
回廊との距離は、当初の想定以上に離れていた。

いくら逃げるのが上手いヤン艦隊であっても、
5倍の自軍以上に錬度が高い敵からはそう簡単に逃げることは出来ない

それどころか、このままでの勢いで回廊に突入されれば
ヤン率いる本隊が帰還する前に、自分達と言う防衛艦隊を全て失った
丸裸のイゼルローン要塞を労無くして占領されているかもしれない。
回廊の両端の戦況は、全く正反対の形で推移していた。

■■

「持ちこたえて見せると大言壮語を吐いたからには、むざむざと逃げるわけにもいかんか
ランズベルク閣下とアッテンボロー提督は艦隊の半数を率いて要塞を目指して下さい」

決意を讃えた目で話す稀代のアイデアマンは二人の答えを聞かずに、通信を切った
それからのハウサーの指揮は凄まじかった。浮遊する隕石群に仕掛けた機雷を
絶妙なタイミングで爆破し、その真横を通る帝国軍を度々混乱させ
その隙を突いて、小艦隊を次々と楔のように突撃させて進軍を遅らせた。


それでも、数が違いすぎた・・・回廊の入り口に達する頃には
ハウサーの指揮する艦隊は4000隻から600隻程度まで撃ち減らされていた。
このまま、ヘイン率いる大艦隊に粉砕されれば、先行するアルフレッド達の艦隊も全滅を免れない。



               だから、ここで止める!!



「帝国の随一の道化師ブジン大公もご照覧あれ!!我が一世一代の機雷マジックを!!」
『くたばれヘイン!!』『ビバ!デモクラシー』『くたばれ皇帝!!!』


残り少ないハウサー艦隊を粉砕せんと回廊の入り口に殺到したヘイン師団は
自らを業火に晒すことも怖れぬ機雷の大量爆破によって、艦の熱センサーが異常作動し
意味不明な反転行動を繰り返すなど、大混乱に陥った。

その混乱に乗じて僅かに残った艦隊を脱出させるハウサーであったが
最後尾で味方を支え続けた激戦で、傷ついた艦のエネルギー中和システムは限界を超えており
機雷の業火と灼熱が滾る中で、旗艦と運命を共にした・・・

反帝国連合陣営の運用面を、その無尽蔵のアイデアで支えた男は
回廊外の大勝利を置き土産に、華々しく宇宙の塵として消えた


その姿を、ランズベルク伯アルフレッドは艦橋で敬礼したまま
瞬きもせず、永延と宙空を見つめ続けていた

誇りという絆で結ばれた友との静かな別れであった・・・




ハウサーのアイデアと犠牲によって作られた時間によって、
ヤン率いる本隊はイゼルローン要塞に帰還することが叶った
この情報を激しい通信妨害の中から、何とか手に入れる事に成功したヘインは
即座に追撃を停止し、回廊の出口近辺まで後退を開始する。

この二つの前哨戦で失われた艦艇は、メックリンガー、ケスラー両艦隊では14,867隻
ヘイン師団では2,165隻の被害で、帝国軍は約17,000隻の艦艇を失った。

一方、ヤン率いる本隊は2,487隻の艦隊が失われ、要塞防衛隊は5,825隻の艦艇を失い
ヤン艦隊は総兵力の6分の1程度の8000隻を超す艦艇を失っていた

数字だけで見れば、帝国にヤンは二倍を超す損害を与えていたが
もともとの戦力比は二倍以上に開いており、依然として劣勢に変わりはなかった。
だが、緒戦において帝国軍に対して大損害を与えたということは
皇帝ラインハルトの心理に、少なからぬ影響を及ぼしそうであった・・・



■大脱走■

帝国と同盟が回廊の両端で激しく衝突するなか、
ある精神病院が炎に包まれ、多くの患者が死亡、行方不明となっていた
だが、フェザーンでのテロや回廊での戦いに人々の視線は集中されており

数年前の内乱以降、精神に異常をきたしているとして
入院させられていた将官の姿が消えたことなど、誰の気にも留められなった

その小さな事件が、地球教による卑劣な陰謀の始まりであるとは
この時点では、実行者以外に知るものは居なかった・・・・


ヘイン・フォン・ブジン大公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・



            ~END~




[2215] 銀凡伝(傍観篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:ac9866c1
Date: 2008/03/02 16:49

その時、その場にいた者の全てが、何かの終わりが来る事を予感している。
ただ、その終わりが時代なのか、特定の人物の生命なのかまでは、予知することは出来なかった



■失ったもの■


緒戦の勝利を飾ったヤン・ファミリーであったが、お祭り気分一色という訳にはいかなかった
ハウサー提督の死が、彼が生み出したどのアイデアよりも大きな衝撃を人々に与えていたせいだ。

緒戦においてハウサー提督が回廊の外へ突出せずに、ヘインの率いる艦隊を後退させていなければ
恐らく、ヤン率いる艦隊が要塞へ到達する前に、要塞の周りは帝国軍に埋め尽くされていただろう

その後に待つのは要塞と艦隊を分断させられ、各個撃破の対象となる哀れなヤン一党である。


もちろん、そのような状況になったとしても、
要塞と艦隊の間に挟まれて孤立する帝国軍を屠る方策も、ヤンの頭の中に入っていたが、
それを用いて得た勝利の代償は、確実に今より大きなものになっていただろう

その事実を直接体験した者や、見るか聞かされた人々は少なく
ヤンを始めに、兵士、果てはその家族までと、多くの人々がハウサーの喪に服すこととなる。



■やさしいアイデア■


宇宙に孤立した要塞では当然、兵士達が満足する娯楽も当然なく
そんな状況では、僅かながら存在する兵士の家族、特に子供の娯楽など望むべくもない。


そんな状況を憂慮したハウサーは、仕事の合間を縫って不用品や廃棄品を利用し、
子供の為に手製の玩具を作っては、プレゼントするといった事を繰り返していた。

また、彼は子供達を喜ばそうと、趣味の手品を披露したりすることもあった
残念ながら、腕のほうは良いとは言えず、
よく子供に種を見破られて顔を真っ赤にして怒るハウサーと、
それを大きな声で笑う子供たちといった微笑ましい光景が、
度々、要塞に住む人々に目撃されている。


彼の遺体の無い葬儀には多くの参列者が訪れ、悲しい別れをしていた・・・





『閣下、星を見ておいでですか?』
「シューマッハ中将か、少しだけ昔を思い出していた」


『止して下さい閣下、あなたは前だけを向いて進まれる方です
 ハウサーも、先に逝った者達もそれを望んでいるはずです・・・』

「手厳しいな、だが、中将の言は正しい。ハウサーや先に逝った者達一人一人の誇り
 その全てに対する責任を果たさなければならない。私は黄金樹の誇りを必ず取り戻す」


アルフレッドの歩みは止まらない・・・失った黄金樹の誇りを取り戻すまで



■100万$の笑顔■


緒戦を前に気が昂ぶったカリンに、突っかかられたユリアンは
未熟にも彼女の最も敏感逆鱗である父親について触れてしまい
建設的ではない口論の末別れ、未だ関係の修復を図れないで居た。


そんなユリアンに、ヤンは人生の先輩として戦いの前夜
夜遅くまで色々な事を話した。その内容はユリアンにとって
大切な思い出となるものであった。

しかし、残念な事に色恋については殆ど触れられなかった。
いや、師父の乏しい経験ではアドバイスが出来るはずも無く、
関係修復の糸口は掴めずに、現在に至ってしまった訳である。


尊敬する師父が当てにならないのなら、
少々、安直ではあるが別の師を頼るのが人間というものである。

ユリアンは自分が、ポプランや彼女の父親ほど器用でもないと自覚していたので
彼らよりずっと不器用だけど、一応妻帯者で色んな意味で魅力的な
尊敬する友人の教えに従うことを選択した。


その教えは凡人が考案したこともあり、なんともいえない代物であったが

『いいかユリアン君、女を怒らしたと思ったときはシンプルに謝るんだ
 それで許してもらえたら、最高の笑顔でありがとう!これで多分解決する』


だが、その不器用さがユリアンには好ましいように思われ
今の自分に一番あった行動だと本能的に理解し、それを実践することに迷いを感じなかった





後日、ある少女に対して『怒らせるようなことを言ってゴメン!』と
青春ドラマも真っ青な恥ずかしい謝罪を、公衆の面前で行う青年が目撃される。

もう一方の当事者である少女は、突然の出来事に面食らったのと恥ずかしさもあって
『もう、いいわよ』と謝罪を受容れ、早々とその場から立ち去ろうとしたのだが、

青年に最高の笑顔で『ありがとう』と返され、恥ずかしさと色々な感情が入り混じり
少女は茹蛸のように真っ赤な顔をして駆け去る破目になってしまった。


その後、各方面からしばらくの間、青年と少女は冷やかされるようであったが
その関係は周囲の期待に反して、まだまだ始まったばかりと感じられる
微笑ましいものに変化した程度である。物事を進めるにはやはり時間が必要なのだ


『いや~ユリアンの奴も意外とやるじゃないか、それでこそ俺の弟子だぜ!』
『ユリアンはやれば出来る子なんです。それこそ私が心配する必要がないほどにね』
『ふむ、やはり愛は激情!!私もかつて陛下を救出する際に、運命の・・・・』




■ 回廊進入 ■


宇宙暦800年、新帝国暦2年の5月2日
皇帝ラインハルトと合流した帝国軍最高司令官ヘインは
回廊内への侵攻を開始する。このときエル・ファシルは既に無防備宣言を行い
政府首脳陣共々、全ての戦力はイゼルローンに集結させられていた。

こうして、凡人が望まぬ全面対決の幕は切って落とされる・・・




大本営情報主任参謀フーセネガー中将は、皇帝に促されて
現在分かりうる情報について、可能な限り正確な説明を始める。

『現在、ヤン一党は回廊中心の要塞に加えて、42,000隻程度の戦力を持っていると
 考えられます。また、一部の前衛部隊を除いて、完全に回廊内の奥に潜んでおります』

『つまり、ヤンを討つには予が回廊深くに入らねばならないという訳か』

「いや、戦わずに済むならそっちの方が良くないか?」
『私もブジン大公と同じ考えです。戦わず彼を屈服させる方法はないのでしょうか?』


前者は自らの保身のために、後者は僅かながらある不要な軍事行動に対する
皇帝への批判を心配しての諫言であり、内用は同じだが動機は大きく異なっている


しかし、想いを別にするどちらの諫言も、皇帝の覇気を抑えることはかなわない。
ラインハルトは壮絶な戦いを欲していたのだ。それを知る故にヤンも戦わざるを得なくなる。

一個人の想いが大きな流血を招く、過半の人々がそれに疑問すら抱かずに・・・
これこそがヤンの最も忌避する専制国家の悪癖ではないだろうか?



■■

あ~あ、やっぱヤンと戦うのかよ。
なんか、双璧コンビや食詰めとかが作戦について話込んでるけど
正直なところどうでも良い。とりあえず俺を安全な位置に居させてくれるなら

先鋒になってほんと良かった。最初は食詰めと死ぬ運命か?ってビビッたけど
助かった上に、緒戦の疲れもあるからっていう理由で後の方にして貰えたからな。


『ヘイン、お前の意見を聞かせてくれないか?みな帝国軍最高司令官の言を待っている』


おいおい、金髪のやろういきなり無茶振りか?おれは軍事なんか分からんシロウトだっつ~の!
変なこと抜かすから、周りのお歴々が興味深々で見つめてやがるし、
ヘイン感じちゃう♪なんちゃって・・・・、とりあえず適当に原作通りの安全策でも言っとくか


「え~っと、ヤンよりこっちの方が数は多い、消耗戦を強いて手堅く安全に行こう
 無理して罠一杯の回廊内に奥深く入って、ヤン相手に知恵比べするのはやめとこう」

『流石はヘインと言う所か、その用兵は気をてらわず正道で理にかなう。
 だが、予はヤンとの決着を望んでいる。ヤンが出て来ぬなら中に入るまで!』


ハイハイ、分かってますよ金髪戦争馬鹿!俺の意見なんか聞きやしないってことはね!
俺は絶対後ろの方で隠れてブルブルしてるだけだからな!どうなっても知らん



■ 開戦 ■

回廊に栓をするように、ヤン艦隊の前面に敷設された機雷群に対し
複数の指向性ゼッフル粒子を持って穴を穿ち、
それを囮に回廊に侵攻を果たす案が、ロイエンタールより具申された。
ラインハルトはそれを諒承し、その作戦はすぐさま実行される。


回廊に先行して突入した部隊は、激しいヤン艦隊の攻撃に晒されながらも
ゼッフル粒子によって開けられた穴から侵攻する部隊の対応に
敵が忙殺されている隙を巧みに突き、回廊へ本隊が侵攻する橋頭堡を確保する事に成功した。


この結果、皇帝及び双璧にビッテンフェルト、シュタインメッツ率いる
約6万隻の兵力が回廊深く侵攻することに成功する。

ヘイン率いる艦隊は後陣として、後方で戦況を見守りつつ待機していた。





「どうやら、大魚が網の中に入ってくれたらしい。アッテンボローと
 メルカッツ提督なら上手くやってくれるだろう。我々が動くのはその後だ」

回廊に突入してきた帝国軍を待ち受けていたのは、
U字陣形でどっしりと構えながら、反包囲の砲火で
苛烈な攻撃を間断なく、加えるヤン艦隊であった

橋頭堡確保したものの、回廊の中央部に団子状態で布陣した帝国軍は
大軍の利を生かせず、自軍の両横を前進する同盟艦隊によって
後方を遮断され、回廊の出入り口を押さえられかねない状態にあった。


『ミッターマイヤーと同等以上の艦隊運用を、寄せ集めの戦力で見せてくれるとはな
 だが、苦労して得た血路を易々と閉じさせる気はない。バルトハウザー敵の左翼を止めろ!』 

ロイエンタールは数少ないスペースを即座に見出すと、
熟練のバルトハウザー中将に3500隻の分艦隊を与えて、
側進するアッテンボロー艦隊の中央部分に叩き付けた。


『このまま前進を続ければ艦隊を分断されます!今度は我々が各個撃破の対象に・・』
『心配するな、これ以上の前進は必要ない。ここから帝国軍の腹に切込めれば充分だ!』

不安を声に出した参謀のラオを一笑に付すと、
アッテンボローはバルトハウザー艦隊の横撃を逸らしながら
絶妙な進入角度を維持しながら、帝国軍中央部への突入を果たす。


この間も、メルカッツやアルフレッドが率いる旧帝国・フェザーン軍中心の
右翼艦隊は前進を続け、帝国軍の退路を絶たんと進撃し続けていた


『右翼の対応は後回しでいい。あの程度の戦力では完全に退路を絶つことは出来ん
 中央に切込んできた艦隊は無理に止めるな、道を空けて反対へ突き抜けさせろ
 通り抜けた後に追撃して討ち果たせ!前衛部隊は敵本隊への対応だけ注意し続けろ!』


崩れかける密集陣形を保ち、ヤン艦隊の連動する両翼に逐次対応するため
ミッターマイヤーは大本営から自らの旗艦へと移り、最前線で艦隊指揮を取っていた

その結果、ラインハルトやロイエンタールの戦局全体を見渡した対応が
ミッターマイヤーの手によって迅速に全軍へと伝わり、
少しずつではあるが、同盟の攻勢が止まり始めていた。




戦闘開始から48時間を経て、遂にヤン艦隊本隊が前進を開始する。
それと同時、帝国軍の後方を目指していたメルカッツ艦隊も
帝国軍中央部へと切込むため針路を大きく変える。

帝国軍も急激なメルカッツ艦隊の針路変更の隙を見逃さず
激しい集中砲火を浴びせるが、装甲の熱い戦艦や空母を盾にし
艦隊の被害を最小限に抑える熟練した用兵の前に
期待する以上の戦果をあげることは出来なかった。


そして、U字のそこの部分を紡錘陣形へ、神速ともいえる速さで再編しつつ
帝国軍前衛部隊に襲い掛かるヤン艦隊本隊の攻撃は凄まじい物となる。

その猛攻に対したのが、守戦を得意としないビッテンフェルトと
本隊と前衛の間を繋ぐ大役を任されたシュタインメッツである。


『黒色槍騎兵は守勢には役立たん!仕方がない艦隊を割って前衛を援護する』


シュタインメッツは僚友の弱点を補うため、一隊を切込む敵の両翼への対応に残し
自らはヤン艦隊本隊の猛攻を防がんと前衛部隊の前に躍り出る。


彼の参戦によって前衛部隊は持ち直し、逆に黒色槍騎兵艦隊による反撃を生み出す
だが、この戦況の変化においてもヤンは全く慌てる事は無く
帝国軍の鋭鋒を逸らしつつ前進を続け、遂にその牙でシュタインメッツを切り裂く


シュタインメッツは結ばれることの無かった婚約者の名を最後に呼びながら、
自らの旗艦と運命を共にした・・・


優秀な幕僚総監を永遠に失った事を知ったラインハルトは
その不快感を紛らわすかのように、固辞するヒルダを強引に二代目幕僚総監に任命した。

開戦から既に日付は変わっていたが、未だ終息の予兆すら無く
戦闘はさらなる激化と混迷へと突き進んでいく・・・



■安全地帯■


さてはて、前線のぐちゃぐちゃぶりは原作以上だな、正直いって収集つかんのじゃないか?

『ならば、お前がでて収集を付けて見てはどうだ?銀河一の英雄の座も夢ではないぞ?』


冗談いうな!俺は身の程をよーく分かってるんだよ。出来もしないことやって
死ぬのは絶対いやだからな!俺は絶対回廊の奥に入らないぞ!絶対だぞ!!


『閣下の申す通りで、この混戦の最中に割って入ったとしても望むような戦果は
挙げられますまい。今は戦力の入れ替えを行い相手の消耗を待つ事が肝要かと
奇しくも閣下が始めに述べた戦略の正しさが、証明される結果となりましたな』

『やっぱヘインさんて凄いんだ~。帝国一のキーマンってのも信じちゃいそうです』


アンスバッハ大将!ナイスよいしょっ!俺がホントの門閥貴族だったら自惚れちゃうぜ
あと、ナカノ上等兵!!ちょっとはラインハルトの従卒見習って
俺を尊敬の目で見るとかないのか?そんなに俺って偉そうに見えないか?


『ごめんなさい、ヘインさんって威厳がまったく感じられないから
 でも、私は親しみ易くていいと思いますよ。みんな気が付いたら
ヘインさんのことを好きになってるのも、それが原因だと思います』


へいへい、どうせ俺は威厳なしの小市民ですよ。
ヤンや金髪の中に割って入れるような英雄とは程遠い凡人だよ

だから、後ろの方で大人しく安全に過ごさせてもらうぜ!
少しずつ、機雷源の穴を大きくして、送り込む兵力や入れ替える兵力を増やす!
俺らしく地味にチクチクといくぞぉ~♪



   『お前らしいというか・・・』『お~♪』『御意』





このヘインの地味なチクチク攻撃もとい後方支援は、
戦闘が長引けば長引くほど効果を上げはじめ、
ヤン達に少しづつではあるが、戦闘継続に対する不安を抱かせ始めていた。

ヤン達には増援は無く、失われた戦力が回復することもない
そろそろ補給物資も限界だとキャゼルヌも注意を喚起している


開戦から二週間が過ぎた今、ヤンは最後の攻勢を決断する



■前へ・・・■


この時点において、帝国軍の陣列は既に破綻していた
守勢に不慣れなビッテンフェルトは、強力では在るが限定的な攻勢に終始し
指揮官を失ったシュタインメッツの艦隊の奮闘は、逆に指揮系統を混乱させる始末であった

最早、ミッターマイヤーの用兵の妙を持ってしても艦列の再編は難しく
ヤン率いる本隊の攻勢には、ラインハルトとロイエンタールが率いる
旗艦艦隊が行うしかなかった。




ロイエンタールは目前に迫るヤン艦隊への対応に最善を尽くしつつも
傍らに立つ、宇宙を統べるに相応しい覇気に溢れる美しい皇帝と
後方から自軍の支援せんと、ミュラーやアイゼンナッハ率いる艦隊を
交互に回廊内へとしつこく送り続ける男へ思考を廻らしていた。


このまま、金髪の覇王と共に果てる・・・それもいいだろう
だが、残ったあの男がどう動くのか?
それが気になり生命に執着したくなる。

皇帝と宰相、死を受容させる存在と生に執着させる存在
自身にとってまさに相反する存在ではないか・・・




『左舷前方にミュラー艦隊が!アイゼンナッハ艦隊は後退していきます』

副官の報告に頷きながら、ヤンはマリノやシューマッハの分艦隊に指示を出し
自軍の針路に対する新手の侵入を防いでいく。


もちろん、この神業のような芸当が可能なのも
フィッシャーの名人芸ともいえる艦隊運用があるからこそ

ヤン艦隊は両翼のメルカッツ・アッテンボロー艦隊を除く
分艦隊から小規模戦団に至るまで、フィッシャーという怪物が運用を統括しており、
指揮官の命令をダイレクトに反映できる統一された艦隊運用を可能にしていた


これに対して、帝国軍は大本営の指揮の下に動いてはいるものの、
個々の提督によって、艦隊の運用がまかされている面も多々あり
混戦状態に陥り指揮系統が乱されると、個々の裁量で独立した行動を取るなど
ヤン艦隊と比して、どうしても纏まりにかける面があった。


もちろん、帝国軍には優秀な人材が溢れており。
多くの場合においては、その個々の判断による動きが
大きな戦果を生み出す大きな要因となっている。


だが、今回ばかりはその帝国軍の特徴が仇になった。


ラインハルトやロイエンタールが的確な指示を出しても
ヤン艦隊の動きに比べると、どうしても反応が遅く後手にまわってしまう

それでも、普段の彼らならばその先を読んで対応することが可能であった
だが、この狭い回廊内で艦隊行動の自由を奪われた混戦状況では
それも難しく、どうしても遂次的な対応に終始するしかない。



もっとも、それこそがヤンがここを主戦場と定めた理由であったが・・・・



■ 撤退 ■


ミュラーの参戦、黒色槍騎兵の攻勢を遂に跳ね除け、
ヤン率いる艦隊はラインハルトの乗る総旗艦ブリュンヒルトを
その砲火の射程に遂に捕らえようとした・・・


だが、このときヤン艦隊は心臓部に致命傷を負っていた
後退するビッテンフェルトの破れかぶれの一撃が
フィッシャーの乗艦に一撃を加える事に成功し、
彼を負傷させる事に成功したのだ。

これに乗じて、ヘイン率いる艦隊を含めて帝国軍が前面攻勢に出ていたら、
ヤンはイゼルローンへ引き返さざるを得なかっただろう


だが、帝国軍の方でも深刻な問題が発生していたのだ
皇帝ラインハルトの不予である。
この深刻な事実知るのは最高幹部のみで、そのほかの将兵には秘された

ロイエンタールはこの事態を踏まえて、ミッタ-マイヤーやヒルダ等と協議し
回廊からの撤退を決意する。


こうして帝国軍は300万の将兵と38,000隻の艦艇を失って
イゼルローン回廊から離脱することとなった。





帝国軍の撤退を知っても、ヤンは追撃しようとはしなかった。
彼の後ろには未だ十分な戦力を有するヘインも健在であり、

艦隊の要であるフィッシャーのも指揮を取れる状況になかったためだ
その凶報を聞いたアッテンボローなどは『二度寝が永眠になるなんてないよな?』と
普段の不敵さも雲散して、下手な軽口を叩くのが精々であった


ヤン艦隊も25,000隻以上の艦艇を失い、総数は20,000隻を割り込み損傷艦も多い
更なる大攻勢に耐えうるかどうか・・・、
帝国軍を一旦は退けたものの、首脳陣が素直に楽観できる状況ではなかった。



■ 停戦へ ■

5月19日、要塞へと帰投しようとするヤン艦隊に
皇帝からの停戦と会談を求める通信文が届く


その通信によって、ヤン艦隊首脳部に驚愕の嵐を呼び起こす
ヤンは驚きと興奮に包まれる部下達を見やりながら、
頭の上に申し訳程度に乗っかっているベレー帽を、黙々と弄んでいた




多くの流血は生み出した戦いは、一先ず終幕を迎えようとしていた
前線ではこれを機に、平和な時代を切望する者が大半を占めていたが

これを善しとしない者達も当然存在し、内に秘めた悪意を隠しつつ
自らの目的を達成せんと、影に隠れながら蠢いていた

流血を好む神の渇きは未だ満たされていなかった・・・



ヘイン・フォン・ブジン大公・・・銀河の小物がまた一粒・・・・・



            ~END~





[2215] 銀凡伝(未還篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:ac9866c1
Date: 2008/03/09 15:11
始める事より、終わらせることの方が困難だ
分かり易くいえば、散らかすのは簡単だが、片付けるのは面倒ということ

果たして英雄と凡人達は、流血の清算をすることができるのだろうか?


■ 葛藤 ■


こんかいは思ったより楽できたなぁ~
後ろで地道に戦力の逐次投入をするだけで良かったからな

まぁ、それはいいとして、これから起るであろうヤン暗殺をどうするかだ
正直、後のこと考えるとヤンには死んで貰ったほうが良いんだと思う。

下手に長生きされたら、碌なことが無さそうだし
なんだか、ヤンは俺にとって鬼門のような気がする
ちょっと前の回廊外会戦とかでは殺されそうになったし


うん、見殺しにしよう!相手は敵だし、未来の安全のためなら仕方ない!


・・・と思ったんだが、ユリアン君やポプランにコーネフ、アッテンボロー
イゼルローンであいつらと友達になるんじゃなかったな
あいつらの為にならヤンを助けてもいいかもっておもっちまう

まったく、保身主義と分かれる気はまだないんだけど
ここ最近、ずっと疎遠になってる気がする


■お見舞い■


ヒルダから『キルヒアイスに争うのを止めろと言われた』と
ラインハルトに話されたと伝えられたヘインは

『大丈夫かアイツ?熱で脳の中がお花畑になってるんじゃないか?』と
不敬罪全開の発言をしつつ、ラインハルトの病室に入っていた。


その後ろ姿をヒルダは『言いたいことの言える関係って、いいなぁ・・』と
ちょっとずれた感想を持ちながら見つめていた。





『よぉ、死損ない!思ったより顔色良いじゃないか?』
「ふっ・・減らず口は相変わらずだなヘイン、それで何のようだ?」


いつものように気安くラインハルトの部屋を訪れたヘインは、
ヤンとの会談に当たって、自分がヤンを要塞まで迎えに行くと告げた


「おまえも、オーベルシュタインのように死間となってでもヤンを討つつもりか?」


このヘインの提案を聞いたラインハルトは、つい先日に軍務尚書が提案してきたのと同じ

ヤンを誘き出すための重臣を人質に送り、騙されのこのこと出てきたヤンを謀殺する策を
ヘインが自分に提案し、その人質の役を買って出ようと申し出てきたのかと勘違いした


『違うわ!!!ちょっとした知り合いが、あの要塞に何人かいるから
 ヤンを迎えに行くついでに、そいつらとも会って来ようってだけだ』


それを聞くとラインハルトは頷き『何か考えがあってのことだな、行ってこい』と
イゼルローン行きを快く認めた。ヘインに対する深い信頼の現れであろう


『お前は帰ってくるまでベッドで大人しくしてろよ!』と言い残し、ヘインは病室を後にした。



■ 岐路 ■


圧倒的な帝国に対し、軍事上の成功を得る事によって
皇帝から何かしらの譲歩を得て、民主共和制の芽を次代に繋いでいく

このささやかだが、遠大な目的を達成するためにも
帝国からの会談の申し入れは、『ヤン達』には魅力的な物であったし
それを、跳ね除けるデメリットは全く無かった・・・・


だが、イゼルローン要塞には主義主張を別にする者も当然存在する
その最たるものが正統政府系の旧帝国と旧フェザ-ン陣営であろう。

この両者にとって、皇帝とヤンが仲良く歩み寄ることは
余り好ましくない未来を呼び込みそうであった。

前者は新帝国にとって打破すべきゴールデンバウム王朝の象徴である
この帝国臣民が憎むべき旧体制に皇帝が手を差し伸べるとは考えにくい

また、後者も前者ほどではないが、すでに新帝国の中心となりつつあるフェザーンを
再び自治領として主権復活させようという考えは、荒唐無稽そのものであり
皇帝ラインハルトも当然耳を貸すことはないであろう。


皇帝との会談によって得る者と、失う者・・・
共に強大な敵と戦い、苦楽を共にした戦友という一見して強固に思えた結束は
新帝国という圧倒的な存在から差し伸べられた手によって、
早くも砂上の楼閣と化していた。





軍首脳部が集まった要塞中央司令室では
勝利したとは思えない・・・深刻な空気に覆われているようであった。


『会見や講和を口実に、ヤン提督を誘き出して謀殺するつもりではないか?』


この思い空気を断ち切るように発言したのは、やはりムライであった。
彼は敢えて、旧帝国・フェザーン陣営にある問題に言及せず、
事を帝国からの提案の審議に絞る事によって、
沈黙によって、徐々に重くなり始めた空気の流れを変える事を選択した


『その可能性は薄いだろう。『ヘインと違って』あのプライドの高い金髪の坊やが
 お得意の戦争で勝てないからといって、謀殺という手段を採るとは考え難いな』

『つまり、あくまでも主体が皇帝だったらという話でしょ?中将のあげた奴のように
 プライドなど微塵も持たない奴や、異なる価値観を持った幕僚連中もいるでしょうよ
 恐怖心や未来の保身に目が眩んだ小心者がことに及ぶ可能性も十分ありえると思いますね』


シェーンコップは皇帝の高潔さを一応評価しており、謀殺の可能性を薄く見たが
ポプランはそれを理解しつつも、周辺の人物も同じ行動原理なのか?と疑問を呈した
もちろん、先の主張の発言者が違えば、このような意見を述べたか疑問ではあるが・・・

ただ、両者に共通しているのは発言にヘインの名を出したり、匂わす事によって
場の雰囲気を多少なりとも、和ませようとしている点であろう。



彼等の前には討議が始まって以後、一言もその口から紡ぎだしていない
ランズベルク伯アルフレッドが、黙然と座していた・・・





ヤンは討議をどこか他人事のように見つめながら悩んでいた・・・
もちろん皇帝との会談を受けるかどうかを悩んでいたのではない
自分はアルフレッド達を切り捨てることが出来るのか?と苦悩していた

戦力惜しさに共闘しておきながら、事が終われば用なしとばかり切り捨てる
必要なこととは言え、そこまで悪辣なことは許されるのかと・・・・


ヤンが意を決し、口を開こうとすると
同じく沈黙を保っていた男が、それをやぶる・・・・


『銀河帝国正統政府及びフェザーン解放軍は、イゼルローン要塞を離脱する事を決定した。
 皇帝陛下及びハウサーの後任にも既に了解を取っており、この決定を覆すことはない。
 離脱に同行しない者については除籍処分とする。尚、陛下の御身については
 ヤン艦隊顧問のメルカッツ提督にお任せしたい。勝手を言って心苦しいが了承して頂きたい』


メルカッツが何も言わず頷くのを見てアルフレッドは
言いたい事を言ったとばかりに、颯爽と席を立ち振り返る事無く部屋を後にする


ゴールデンバウム王朝最後の貴族は誰よりも貴族であった。


翌朝、658人の旧帝国人とフェザーン人を乗せた一隻の戦艦が姿を消す





フェザ-ンの小覇王と呼ばれた男がイゼルローン要塞を去った後、
多くの者達が約束の地を目指し、要塞と別れを告げていく
彼等の向かった先はどこなのか漏れるようなことはないだろう。

行き先を知るのは黄金の誇りを持った者達だけなのだから・・・・


■今いくよくるな■


5月21日早朝、ヤン・ウェンリーよりラインハルトとの
二度目の会談に応じる返答が帝国軍に届く

同日正午、帝国軍より帝国宰相ブジン大公を出迎えとして要塞へ派遣する事を通知

同日18時、ヤン・ウェンリーより出迎え固辞の通信届く

同日23時、帝国軍本営及び要塞中間点にて合流する案を再提案

翌22日早朝、ヤン・ウェンリーより申出受諾と一応の謝意を告げる通信が届く



■来客の多い部屋■

ヤンの窮地を救い、ユリアン達との友誼に報いるため
ヘインは、出航の準備に追われてはいなかった。全部アンスバッハに丸投げである。

ヘインは暇を満喫するため、出立の日まででダラダラと過ごそうとしていた。
だが、一応敵地へと赴く彼の身を何だかんだで案じる人々が
頻繁に部屋を訪れたため、彼の望むマッタリタイムは短縮を余儀なくされた


ふたりはいつも一緒の、種なし垂らしの双璧コンビが酒を土産に訪ねて来るに始まって
黒猪がヤンへの頭突きの仕方を伝授し、和平の決裂させようと嗾けるわ
アイゼンナッハが無言でインターホンを押し続けて、ヘインを怯えさせるなど
ヘインの部屋は千客万来で、軍高官の溜まり場状態であった


■■

まったく、どいつもこいつも・・・ちっとは遠慮しろよな!
勝手に冷蔵庫を開けて食い始める奴はいるし、便所に鉄壁の守りで篭城とかマジで勘弁だぞ!
帝国宰相様に対する敬意が足らんと思う。


結局、出発予定日までどんちゃん騒ぎしかできなかったぜ
まぁ、こんな日々も悪くないかな?俺自身も何だかんだで楽しんでたし・・

■■


なんだ、食詰めか・・わざわざ呼びに来てくれたのか?

『そんなところだ。しかし、本当にお前が行く必要があるのか?
 まぁ、お前のことだ・・・わざわざ出向くだけの事情があるのだろう』


そんなところだ。じゃぁ、ちょっくら行って来るわ。
いつもの如く留守の艦隊を頼むぜ!

『全く、留守じゃなくても殆ど任せきりだろう。帰ったら何か驕れよ』


そうだな、帰ったら元帥府のメンバーで旨いもんでも食いにいくか?

『楽しみにしておこう。アンスバッハとナカノ上等兵をあまり困らすなよ』




5月25日、ファーレンハイトを始めとする多くの人々に見送られながら
ヘインはヤンを出迎えるため、回廊の奥へと飛び立つ


また、この日ヤンも自身に迫る危機を当然予知する事無く
ロムスキー医師を代表する政府高官と僅かな随員を引連れて
皇帝との会談を実現するために要塞を後にしていた


■狂信と狡知■


『貴方は本気で上手くいくと思ってるの?』
「なんのことだ、対象を限定しない質問は解答をもとめないのと同義だぞ?」


『じゃぁ、地球教に奇術師と道化師が消せると思ってるのと聞けば満足?』


情婦の少し棘のある問いを気にした風でも無く
かつてフェザーンを統治していた陰謀家は淡々と答えを告げた


「ヤンならば成功の可能性はあるが、ブジン大公は無理だろうな」


ルビンスキーはヘイン陰謀家としての実力を必要以上に高く評価していた
そう、オーベルシュタイン以上の陰謀家と目していたのだ


『ふ~ん、今回はヤン暗殺の成功が、貴方にとって満足する結果ってこと』
「ドミニク、お前は頭の回転が速い故に、結論を急ぐのが欠点になっている
 私はあくまで地球教如きでは、ブジン大公を殺せないだろうと言っただけだ」


銀河一で最も優れた者が自分であると確信している傲岸不遜な男を
一瞥しながらドミニクは部屋を後にした。冷笑と影を引連れながら・・・




殺す、殺す、殺す・・・・私こそが自由と民主主義の守護者たる英雄の地位に相応しい
帝国と講和しようなどという裏切り者のヤンを討つ、そう私は英雄だ!!!


精神的盲目のアンドリュー・フォークを精神病院から連れ出し
ヤンを討つための手駒へと作り変えた地球教大主教ド・ヴィリエは
グラスを傾けながら皮肉の笑みを浮かべていた。


どんな英雄も殺すだけなら実に簡単ではないかと
既に暗殺を成功させた気になって、今後の未来に思いを馳せていた。



■一輪のバラ■


『綺麗なバラね☆誰かからの贈り物?』
「贈り物・・・確かに、旦那様からお嬢様に贈られた物には違いないですね」


食卓に飾られた一輪のバラを見て、エルフリーデはそれを飾ったであろう人物に
率直な感想と疑問を投げ掛けていた。


飾られたバラは、ヘインが初めてサビーネに贈った皇帝のバラであった

オーディンの屋敷で挿木にして育てたものを、フェザーンの屋敷へ移植したのだ
それだけ、彼女にとって大切な物だったということであろう
もっとも、贈った張本人は贈ったことすら覚えていないが


金色の髪をした少女は、大切な人がいるであろう星空を眺めていた
流れ星にヘインの無事と一日でも早い再会を願いながら


将星が堕ちる不吉さに全く気付く事無く・・・



■忍び寄る影■


『親不孝号』の船長ボリスと事務長マリーネがイゼルローンに到着したのは
ヤンが要塞を発ってから3日後のことであった

彼らはヤンと故ハウサーの依頼によって情報収集と軍費集めの為に駆け回っていたのだが
帝国軍の索敵の目を掻い潜り、回廊を通りぬけてきた彼らは、要塞との通信が繋がると


「ヤンに会いたい。ヤンは生きているか?あとはヘインの奴はどうしている」
『ちょっと、心配だから来ただけよ!勘違いしないでね!!』


『お前さん等の冗談が水準以上だったことはないが、今回はヘイン以下のレベルだな
 あいにくと二人の死神はハネムーンらしくて、元帥もヘインものうのうと生きてるよ』


通信スクリーンに出て応じたポプランは嫌味を二人に返していたが、
ボリス達のもたらした不吉で不愉快な情報によって、
ポプラン以外の艦隊首脳も大きく慌てさせられることになる

精神病院を抜け出したフォークがヤンを暗殺しようとしている
その情報を恐らくヘインが掴んでいるかもしれない


そんなとんでもない情報を聞いて悠然としていられる幹部達ではない
アッテンボローはフォ-クを罵倒し、
シェーンコップは超えられない相手は消すしかないと
あの低能はようやく気付いたかと皮肉な感想を述べた


『直ぐにヤン提督を追いかけて連れ戻せ、ヘインが既に情報を得ている状況もまずい
 敢えて暗殺者の暴挙を見逃すどころか、目に見えぬ手助けをしてヤン提督を消すかもしれん』

『そんな、ヘインさんがそんな事をするなんて・・・』

『いいか、ユリアン!あいつはお前が思うように良い奴かもしれんが、
今はまだ敵だ、そこらへんを勘違いするなよ?とにかくヤン提督を追うぞ』


ヘインがヤンの暗殺を幇助することも視野に入れた発言に反発するユリアンを制すると
シェーンコップは帝国軍にいらぬ疑惑を持たせぬように
ユリアン以下の少数でヤンを救出に向かうという急場の決断を下す。



こうして、不安と混乱の治まらぬ中でユリシーズを始めとする6隻が
ヤン救出のためイゼルローン要塞を後にする


留守居役の中でも厄介な問題を抱える者も僅かながら存在した
残されたキャゼルヌ中将は病床にあったため、
ヤンと同行しなかった彼の副官兼妻のフレデリカに、
この事実をどうやって隠し通すかと頭を悩ませる役を押し付けられていた。



■一人じゃないよ・・・■

一応ヤンを救出する気になったヘインは回廊奥深くをひたすら目指していた

『閣下、間に合うのでしょうか?』
「なに、心配ないさ・・・こっちは地球教の動きを完璧に読んでるからな」


ヤンがヘインの要請を断り、要塞を出てからの合流になったことによる、
当初の計画との若干のずれからくる懸念を、一応アンスバッハは述べたが
ヘインが返したように、それは大した問題ではなかった


事実、ヘインがフォーク対策のために編成した部隊は
この時点でフォーク等暗殺者が乗る艦の特定に成功しており、
ヤンとの接触前に捕縛は若しくは撃破が可能である状態になっていた


ヤン艦隊首脳陣の心配を余所に、あっさりとヤン救出作戦は
ヘインの手によって為されていたのだ




ボリスがヤンの窮地を告げていた頃、
ヤンとの合流を目指す帝国軍の前に一隻の駆逐艦が姿を現した

通信兵がヤンの乗艦かと確認の通信を送ると、程なく返信として
ヤンより使わされた先遣隊として護衛に来た旨等が伝えられた。

申出の理由はフォークの脱走が判明し、
会談を妨害するテロが起きる可能性が浮上し
それを防ぐために、ヤン提督の命令により護衛として派遣されたという
至極真っ当な理由であったためか、


『ヤン提督の下へご案内する前に、是非直接の挨拶をしたい』という提案も
すんなりと受容れるという返答を得る事となり、両者の艦は接舷される


そこに、どんな罠が仕掛けられているかなど全く気付かずに・・・


■■

           『フヒヒッヒ、スミマセン・・・』


同盟の駆逐艦から乗り込もうとする男達は、ヤンの命令を受けた護衛ではなく
内乱終結後、精神に異常をきたして入院していた病院を脱走した


理屈倒れのシュターデンに率いられたヘイン暗殺部隊だった
艦の扉が開かれた瞬間、間抜けなヘイン一味を皆殺しにせんと船内に突入した





武装した狂人達が大挙して艦内へと侵入してくる
その瞬間、来客を歓迎する為、扉の前に待つオストマルクの乗員は
狂騒と流血のパニックに陥ることは必死であったろう。


『残念、ここはベルリンだ』


その一言が終わると同時に、
装甲服に身を包んだ帝国兵がもつ凶器トマホークによって
狂信者の首と生命が同時に刈り取られた。


完全に相手を術中に嵌めたと思い込んでいた狂信者と
理屈通りに事を運べなかった理屈家の運命は悲惨なものであった


噴出するゼッフル粒子と共に瞬く間に、自分達の乗艦に押し戻され
防戦一方という、当初の予想とはかけ離れた結果を突きつけられる

彼等に残された選択肢は二つ、殺されるか、尋問が終わるまで生かされるか

旗艦オストマルクに擬装された戦艦ベルリンから始まった
流血のダンスパ-ティーは、僅か3時間でお開きとなる




■ 凡人還らず ■


ベルリンからの制圧報告をオストマルクの指揮卓で受けたヘインは
生きのこった捕虜に対する徹底的な尋問を厳命する。

どんな手法を使ってでも首謀者の名を自白させろと
いつに無く苛烈なヘインの命令は、報告者に驚きを感じさせたが
それだけシルヴァーベルヒを失った喪失感が大きかったのであろう


『しかし、ヤン元帥だけでなく閣下御自身に対する地球教の策謀を予見し
 旗艦に擬装した艦を利用して生み出したリスクのない囮を用い、地球教の一味を
捕らえるなど、閣下の先見とそれを生かす神算鬼謀に、臣は感服いたしました』

『ほんと、ヘインさんってなんでも分かっちゃう凄い人なんですね!』


アンスバッハとナカノ上等兵に絶賛され、ヘインは得意満面であった

もっとも、地球教の動きを完璧に読めたのはケスラーやフェルナーといった
諜報活動に長けた者達に地球教を徹底的に調べろと命じたお陰であったが

その上、最初、自分も暗殺対象になっていると知った時に
ガクブルしていたことなど、頭から完全に抜け落ちている


まぁ、同型艦のベルリンを使ってオストマルクに擬装する方法を思いつき
地球教の捕虜を大量に手に入れることが出来た点については、
多少評価されてもいいかもしれない。
ありきたりな手法でも結果が出せたことには違いないのだから


何はともあれ、ヘインはヤンと自身の身に降りかかる
地球教の凶弾を払いのけることに成功した


一連の結果に満足したヘインは、いつものようにアンスバッハに後の事を任せると
少しだけ遅めの昼食を取るために、一人艦橋をあとにする。


■■


さて、多分ヤンも助かっただろうから、今回の目的はなんとか果たせたな
今回捕まえた地球教徒から出た情報で、教団を完全壊滅に持ち込めるといいんだけどな

まぁ、そこら辺はロリコンやフェルナーとかに頼むか
対テロ教団戦なんかなにすればいいかなんて、俺は全く分からんからなぁ


そんじゃ、遅めの飯でも食堂にいって食うかな

『ヘインさん食事ですか?わたしもまだなんで、一緒に行きませんか?』


かわいい女の子のお誘いなら喜んでうけるぜ!
もうちょっと大きくなった後だと、更に嬉しいけどな

『もう、あんまり変なこと言ってると奥さんに言っちゃいますよ?』


へいへい、それじゃお嬢さんには口止め料にオムライスでもご馳走しよう





『でも、ヘインさんって凄いですね・・帝国宰相で帝国軍最高司令官
 その上、どんな陰謀も見抜いて完璧に防いじゃったりできるなんて』


いや~、嬉しいこといってくれるじゃないマコちゃん
そうだ、いいこと思いついた!デザート好きなのどれでも頼んでいいぞ


『ほんとですか?でも、残念です・・・その言葉は昨日に聞きたかったかな』


なんだ、ダイエットでも始めたのか?そんなの明日からにしちゃぇ痛っぅ!


『だって、あなたはここで私に殺されちゃうんだから・・・』



えっ!?ありのままに今おこったことをって長いし、熱くってしゃべってらんねぇ!!!
とりあえずナカ上等兵にわき腹刺されたんだよな


やっぱり、ヴェスターラントのこと・・か、いやリッテンハイムの・・ぐぅっ・・


『あれ、知ってたんだ?私があそこの出身で、父はリッテンハイムに殺された兵士
 お母さんが貴方達に見殺しにされて、ブラウンシュバイクに焼かれたことも全部』


俺は・・・物知りさん、だからな


『同情して従卒として拾って面倒でも見てるつもりだったの?そんなことで・・・
許せるはずない!あいつ等の娘を助けて幸せにして・・・あなたはみんなに好かれて
あなたなら止めれたはずなのにっ!!許せないよ!わたしは許しちゃいけないの!!』


まぁ、泣くな・ょ・・・、いっしょにぃ・・めしを・・・くぃに・・


『わたし・・このままじゃ殺せなくなっちゃうから・・だから・・・』





焦点の定まらぬ目で手に持った短刀を見詰め続ける上等兵と
血塗れになりながら、壁にもたれかかりながら座る凡人


食事時以外では人通りの少ない廊下で
普段なら仲の良い兄妹に見える二人は、静かに座り続けていた

その異様な光景を不審に思った乗員が殺到してするまで・・・



■エピローグは突然に■


凡人との係わりによって違う歴史のぺージを開いた
3人の男女について記していこうと思う。


【アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト】

アスターテ会戦以後、ヘインと親交を持つようになる。
リップシュタット戦役においては敵味方に分かれて戦う事になるが
敗戦後、ブジン元帥府のメンバーに名を連ね、烈将の名に相応しい武勲を重ねる。

軍としての最高位でもある元帥にまで上り詰め、
帝国軍最高副司令官に同司令部付幕僚総監、統帥本部総長と要職を歴任する

また、ブジン大公夫人付きの侍女との結婚以後
食い詰めるようなことは無くなったらしい。


【サビーネ・フォン・ブジン】

アスターテ会戦以後のパーティ会場にてヘインとの運命的な出会いを果たし
密婚という形ではあるが、リップシュタット戦役開戦直前に結ばれる。

先天性異常からくる感情の起伏の激しさもあって、幼少期から少女期の前半まで
信頼する侍女と従姉妹にしか心を開かない不遇な時代を過ごすが、

また、ヘインと出会い以後、彼女の世界は大きく広がりをみせ
女性としてだけでなく、夫を狙った不遇な少女を許すなど人としての成長を見せた。

しかし、夫に対する独占欲の強さだけは生涯変わることはなかったらしい。


【アルフレッド・フォン・ランズベルク】

えせ詩人からフェザーンの小覇王、最後の貴族などと呼ばれ
門閥貴族から亡命貴族として没落して以後が、彼の本当の人生であった。

彼に付き従うシューマッハを始めとした部下の多くは彼の気高さに心酔しており、
その集団は同盟衰退期から帝国軍を悩ませ続ける存在と化していた。

亡命前はヘイン、亡命以後はフェザーン解放軍のハウサーと深い親交を持っていた。
なお、幼帝救出時に得た彼の伴侶とのラブストーリは余りにも有名であり、
後世、演劇や映画に小説等、様々な形で商品化されることとなる。





その他にも、エイザベートやエルフリーデにアンスバッハやミュラー
彼等のようにヘインと共に過ごした家族や直接の部下達だけでなく、

ラインハルトやヒルダ、双璧や黒猪と言った人物達に
ユリアンを始めとする別勢力の人々も併せて見ていくと


多くの英雄が、凡人としか思えないヘインによって
少なくない影響を受けている事に気が付き驚かされる。



さて、彼等が今後綴っていく銀河の歴史は
きっと非常に色鮮やかなものになるのであろう。




        彼らこそが伝説を作る・・・銀河の英雄なのだから




     ヘイン・フォン・ブジン大公・・・銀河の小物はもう一粒も無い・・・・・



                ~END~

                                   
    
   


                                        未完







[2215] 銀凡伝(国葬篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:ac9866c1
Date: 2008/03/10 20:59

新帝国暦002年6月1日15時32分
ヘイン・フォン・ブジンの時が止まった


■事後処理■


『閣下、私は・・・再び主君を失った気がしてなりません』


そうアンスバッハは呟くとヘインの遺体の保存を手際よく指示していく
それを終えると、ナカノ上等兵が連れて行かれた医務室に向かった。

何かをしていなければ、彼も耐えられなかったのだ



医務室に入り、上等兵の状態について軍医に確認し
彼女に外傷は無く、一時的にショック状態になっている事を告げられると

アンスバッハは全員医務室から出るようにと命令した。
軍医が証言を行える状況ではないと抗議したが、それすらも跳ね除けた

今、重要なのはだれがブジン大公を殺したかである。
それ以上に優先するものは何も無かった。


「ナカノ上等兵、キミがブジン大公を殺したのかね?・・答える気も起こらぬか
だが、一つ話して置くことがある。ブジン大公は例の虐殺に関しては無罪だよ
なにせ、皇帝に見殺しを諫言した際に、彼に意識を刈り取られるほどの暴行を受けて
ヴェスターラント虐殺の日、閣下は裏切り者として拘束されていた。調べれば分かるがね」


問いかけに反応が無い少女に対して、アンスバッハは最高機密に近い情報を提示した
どんな手を使ってでも彼女から首謀者を聞きだす覚悟をしていた。


「つまり、キミは『無実の恩人を仇として殺した』ということだ」


『そんな・・うそ嘘よ!だってあの人は・・帝国軍のヘインさんが虐殺を提案したって』
「その人物にまんまと踊らされたと言うわけだ。フェザーンか地球教のどちらかだろう」


図星を突かれ、無実のヘインを殺した事にショックを受けた少女から、
得られる情報をすべて聞き出した彼は、フェザーンの黒狐の策謀と確信した。


「さて、帝国最高の重臣を殺した大罪人はどうなるか・・・死罪からは免れんだろう
 私としては犯人にあらゆる拷問を課し、八つ裂きにしてやりたいと思っているが」


悲惨な未来を想像して怯える少女を見やりながら、アンスバッハは言葉を続ける


「だが、閣下は!!私にキミが成長して帝国に反発を持つようになって離れた際も、
経済的援助をだれか分からぬようにしてくれと・・・私に頼んでいる。いいかね、
キミが来た時には閣下は刺客の手によって斃れていた。それ以外は喋らなくて良い」


更に泣き崩れる少女を背にして、アンスバッハは医務室を後にした。
生き残った者は未来に対しての責務を果たさなければならない


【マコ・ナカノ】

地球制圧以後、ブジン大公の従卒を勤める。伍長に昇進後、医療の道を目指すため退役
医師となった後は辺境地医師団として意欲的な活動を行う。

その活力ある姿と、美しい容貌もあって多くの男性から求婚されるが
生涯独身を貫き、医の道に全てを捧げる。

『結婚したい男性は自分の手で失くしちゃった』と
なぜ、結婚しないか不思議がった友人に、彼女はこう返したそうだ



■ 親友 ■


留守居役をヘインから仰せつかったファーレンハイトは
アースグリムの上で、友の死という凶報を受取る

「アンスバッハ、卿が冗談を言うことが無いと分かっているのが
 今は恨めしい・・・あいつが、殺しても死なないような奴だと・・・」


アンスバッハからの報告を皇帝にも告げる様に指示を出した後
彼は、艦橋の薄明るい場所で幕僚達に背を向け、一人佇んでいた。


副官のザンデルス大佐はこのときの上官の姿を後ろから見つめていた。


『あれを見たか。私は一生、この光景を忘れられないだろう
 烈将ファーレンハイトが泣いているぜ・・・・・・       』



■ 孤独 ■


帝国宰相ヘインの訃報を皇帝に届けるのは
大本営幕僚総監の就任を目前に控えたヒルダであった。

彼女自身、尊敬し畏怖もしていたヘインの死に大きな衝撃を受けていたが
その報せを聞いた後のラインハルトの気持ちを思うと
自分でも理解できないが、胸が張り裂けそうなになっていた

彼女は宇宙一重い足取りで、ラインハルトの私室を目指した




「陛下、ご報告申し上げます。ファーレンハイト元帥より
 帝国宰相ブジン大公の・・・訃報が届けられております。 」

なんとか感情を抑え、努めて平静な声を出そうとした
ヒルダの報告は彼女らしからぬものであった。


「陛下、ヘイン・フォン・ブジン大公が亡くなったのです」


彼女が話す意味を理解した時、彼は荒ぶる感情を抑えるのに苦労しながら
なんとか、そのか細い喉から言葉を搾り出す事に成功する。


『フロイライン・・・貴方には・・・貴方には何度も凶報を届けられた
 予はその何れも受けいれた。だが、今回だけは・・・たった一回で構わない
 誤報だと、嘘だと言ってくれ、フロイライン!!ヘインがいないなど言うな!』


ここまでの感情の爆発を見せるラインハルトを見たのは
ヒルダにとって始めての事であった。

まるで八つ当たりのように言葉を紡ぐ彼に不快感を感じるより
ほんとうの孤独に陥った彼を、なんとか力づけたいと想う気持ちの方が強かった


『予は、キルヒアイスもヘインも失ってしまった。両方の翼を失ったのだ!!
 もう、予は飛ぶことは出来ぬ・・なぜだ?なぜ皆予をおいて去っていくのだ!!』

「陛下、どうか・・お気を確かに!翼がないのなら私が支えます
 陛下と共に、よこで貴方を支えながら最後まで歩いて差し上げます」


ガラス細工のように今にも砕け散りそうなラインハルトを
ヒルダはただ抱きしめるだけしかできなかった・・・
また、孤独の闇から少しでも逃れようと、ラインハルトはヒルダの温もりを求める



■ 魔術師還る ■


ヘインの派遣した帝国軍艦によって、暗殺の危機から逃れたヤンは
無事にユリアンたちと合流することができていた。


      『提督、やっぱりヘインさんは良い人ですよ♪』
      「そうだな、お前はいつだって私より正しいよ」


自身の窮地を救われては、ヤンもユリアンの言葉に降参するしかなかった。
シェーンコップなどは『ヘインの唯一の善行かもしれない』等
好き放題ヘインについての軽口を叩きながら酒を愉しんでいた。



           そう、彼の訃報が届くまで・・・・






ヤンたちは周囲の警戒を弛めず、ヘインとの合流地点で彼を待ち続けていたが
彼の旗艦オストマルクは遂に姿を現すことは無かった


彼の代わりにもたらされたのは、彼の訃報と休戦と会談の延期を申し出る通信であった



その報せを受けたヤン艦隊首脳で最も動揺したのは、やはりユリアンであった。

ヤンはユリアンにとって最も尊敬する師父であり、
ヘインは彼にとって尊敬する気さくな兄のような存在であった


大切な家族を救ってくれた礼を言う前に
突然、慕う兄を失ったユリアンの落ち込みようは酷いものであった。



      『ユリアン入っても、いいかい?』



部屋に塞ぎこむユリアンの部屋を訪ねたのはヤンだった。

彼は静かにユリアンの話を聞いた・・へインと始めて出会った時のこと
帝国で会った時には見逃してくれたどころか、貴重な経験をさしてくれた事


一晩中、ヤンはユリアンの話に相槌を打ちながら聞き続けた


ヘインはユリアンにとって、ヤンやラインハルト以上に身近な目標だったのだ
このことは、彼が年老いて書き記した手記の一文を見れば分かる

   
       
     『私は未だに敬愛する兄へインを超えられそうに無い』




■夫婦と家族■


ファーレンハイトからヘインの死を最初に聞かされたのはカーセだった。
サビーネにヘインの死を告げることが出来るのは、彼女だけである

エリザもエルもカーセの手を握り、抱きしめて彼女を力づけた
心を痛める姉妹を助けたいと想う気持ちは一緒だった。






       「お嬢様、お話があります。大事なお話です・・・」



部屋に入ると。証明も付けずに布団に包まるサビーネがいた。

どうやら、彼女も他の姉妹達の態度から薄々ではあるが、
何か良くないことがおこったのだと感じていたようだ




        『聞きたくない・・今は聞きたくないの・・・』




普段の快活さが嘘のように弱弱しい声であった・・・
カーセは一瞬迷ったが、ここで言わなければ・・聞かなければ


お互い後悔する事になると思い。静かにヘインの死を告げた


その事実をハッキリと聞かされたサビーネは泣いた
そして、自分もヘインの後を追い死のうと考えたが


出来なかった・・・彼女の命は彼女だけのモノではなかったのだ
カーセは泣きはらす大切な妹を優しく、優しく抱きしめていた


■上司と部下の終わり■


ヘインとシルヴァーベルヒにシュタインメッツの国葬を取り仕切る任は
オーベルシュタインが取り仕切る事となった。

彼はフェルナーからヘインの死を知らされても、
表面上さして動揺した素振りを見せなかった


だが、持ち上げたコーヒカップの中身が空であったことに
フェルナーは気付いていたが、それを指摘するような、野暮なことはしなかった。


擦れ違いつつも、誰よりもお互いを警戒し高く買っていた
上司と部下の関係の終わりは意外なほどあっけないものであった。



■ 国葬 ■


帝国暦002年7月7日の午後、フェザーンにて帝国主催の国葬が行われる

オーベルシュタインによる完璧な仕事によって始まった
ヘイン達の国葬はその盛大さと参列者の豪華さは他に類を見ないものであった


来賓席には皇帝を始めとして、各省の尚書や高官たちに将官以上の軍高官
イゼルローンからはヤンを始めとした首脳陣が参列のため訪れていた。


遺族席にはフォーシスターズにアンスバッハの五人と
シルヴァーベルヒとシュタインメッツの遺族が静かに座っていた・


また、広大な会場内には兵士やブジン領の領民や帝国臣民で溢れており
場外一帯まで参列者によって埋め尽くされていた。

その中には、友との別れを果たすために、
フェザーンに潜入したアルフレッド達の姿もあった


何とか泣かずに気丈に振舞おうとしていたサビーネが
耐え切れず、カーセの腕に崩れ落ちる姿は参列者の涙を誘った


式が半ばまで進むと、しとしと涙雨が降りはじめ
参列した男達の目を濡らしていた


供花を捧げても棺から中々離れられない、サビーネやラインハルトの姿
ただ、空を見上げ続けるファーレンハイトにミュラー、アイゼンナッハ達


多くの人が彼を惜しむ中、国葬はやがて終わりを迎える




          誰よりも愛された凡人の最後だった・・・





■凡人の夢の跡■


帝国暦002年、宇宙暦800年7月9日、

延期された皇帝とヤン及びロムスキー医師との会談が行われる。

その結果、イゼルローン要塞の返還と大規模な軍縮と
エル・ファシル一帯の民主共和制存続の保証が

銀河帝国皇帝のラインハルト名によって帝国全土に宣言される


新領土総督についたロイエンタールは大過なくその任を全する。
私生活の方では時折、ナイフを持って押しかけるエルフリーデと懇意になり
驚くべき事に、彼は平凡な家庭生活を育んでいくこととなる。

この、ありえないような幸福は
武装解除されたとはいえヤンという巨星の存在が、
ロイエンタールの帝国における重要性を高めたせいか、
史実のような叛乱が起こることが無かったためである。


その上、ヘイン暗殺の首謀者を追うアンスバッハによる執念の捜査の結果、
平時に乱を起こす可能性が高いラングの方が、
ルビンスキー等の不穏分子との繋がりや不正が疑われることになり
脳腫瘍で死ぬ寸前の黒狐共々、悲惨な最期を迎えることとなる


ヘインのらしくない善意が、少しだけ二人の幸せを手助けしたのかもしれない。


良将ミュラーと良妻エリザの関係は、まさに鉄壁で不安要素は生涯皆無であった
『四夫妻の二良最も良し』と後の世まで語られる睦まじさだったそうだ




皇帝ラインハルトと皇妃ヒルダは、ヘインの死の一夜が縁で結ばれることとなる
また、偶然にもその日に生まれた子が、後の二代皇帝となる・・・

彼の名はアレクサンデル・ジークへイン・フォン・ローエングラムと名付けられる


ラインハルトは史実より、少しだけ長い結婚生活を送ることとなったが
やはり、病魔による死期は残念ながら変わる事無く、


帝国暦003年7月末に、多くの臣下に見取られながら崩御する
その際、地球教の最後のテロが起こり、オーベルシュタインが負傷後、死亡している。

ヘインの死から遅れること、およそ一年のことであった・・・


最後に、ヘインの忘れ形見である公女ヘーネ・フォン・ブジン達について記そう
ぽや~とした感じが壷に嵌ったのか、彼女は二代目皇帝アレクから熱い求愛を受け
皇妃となると共に三代目皇帝へイン二世の母となった。


もっとも、三代目皇帝ヘイン二世が即位する頃には、
初代帝国議会議長ユリアンや初代首相ヨーゼフによって
立憲君主制に移行し、しっかりと権力の暴走に対するたがが嵌められていた


そのため、ヘイン二世は皇帝であるにも拘らず、
祖父と同じお小遣い制に頭を悩ませていくことになる

  
 
 
            ・・・伝説は終わり、歴史が始まる



    ヘイン・フォン・ブジン大公・・・銀河の小物の一粒が芽吹いていく・・・・・



                   ~END~

                                   









[2215] 銀凡伝(蛇足篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:ac9866c1
Date: 2008/03/16 23:57


あのときああすれば、こうすれば・・振り返ると後悔ばかりが目に付いてしまう。
けれでも、その結果は愛しいと感じることが出来るものだと確信している。


  しかし、その愛しき結果は、本人にとって本当に良いものなのか?
         
      
         気に入らないから別の答えを求める・・


         この傲慢さ、この愚かさこそが人間の証




■レンネン先生■




     わたしだけかね・・・?まだ、吊れると思っているのは・・・
    あきらめる?あきらめたら、そこで回線切ってレンネンだよ・・・?




        「レンネン先生・・・・釣りがしたいです・・・・」





■ 凡人還る ■


ナカノ上等兵に刺されたヘインは、まったく抵抗しようとしなった


だが、それがいい!ディモールト良い!!!


下手に抗おうとしなかったお陰で、脇腹に突き刺された刃は
ただ、真っ直ぐ深く刺さっただけで、臓器へのダメージは最小限であった。


また、床に広がる血の量を見て実行犯の少女が
へインに致命傷を与えたと確信するだけでなく、
そのショックで自失に陥ってしまったこともヘインに幸いした。

ツルツルの床では少量であっても、血の海のような状態になることを
凶行に初めて手を染める少女は、当然知らなかった


と色々グダグダとした理由があったが
血塗れヘインは、真面目に巡回していた兵士に医務室に担ぎこまれ
集中治療室で緊急オペを受けることとなる。





『帝国宰相ブジン大公、凶手に倒れるも生来よりの悪運強く、なお現世に足をとどめたり。
 刺客の凶手は、天上の門扉を打ち破るあたわず、されど予断許されず、やむなく撤退せり』



アンスバッハからヘインの危難の報せ受けたファーレンハイトは
自らアースグリムを駆って、友の下へと急ぐ


ラインハルトは『ブジン大公の生死未だ定まらず』との報を受けると
その動揺甚だしく、見舞いに来たヒルダと若気の至りで致してしまうほどであった。


ヤンはとりあえず要塞に還った。


■回廊の風は止み・・・■


6月3日6時30分、ヘインを乗せたオストマルクはアースグリムと接舷した状態で
帝国軍本隊が布陣する回廊の出口へ到着する。

依然と続く手術の終わりを医務室の前で待つ、
食詰めとアンスバッハに真実を聞いたナカノ上等兵の前には
病身をおして訪れた皇帝を始めとして、軍高官の多くが一度は訪れていた



          皆、ヘインの回復を願っていた・・・





6月4日17時25分、ヘインの手術が終わる
急死の危機は避けられたものの、意識が戻るかどうかは不明であった。


皇帝は病身であり、帝国宰相は意識不明という状況では
ヤン一党との会談及び講和を進めるのも難しく

一時的な休戦条約をヤン一党と締結し、しかるべき後に、
会談を行うという決定が臨時大本営幕僚会議にて下される。


こうして、多くの犠牲を生み出した回廊の戦いは終わりを迎える


■ 新体制へ ■


回廊の戦いの終焉を受け、ロイエンタールは統帥本部総長の任を解かれ
新領土総督としてハイネセンに赴任し、その統治と治安の維持に当たるだけでなく
520万を超える将兵と約3万6千隻の艦艇を従えるほどの軍権が与えられる。

また、後任の統帥本部総長に就任したファーレンハイトは
ヘインの代理とヤン一党への警戒を先ず主任務とし
仮統帥本部をエルゴン星系惑星シャンプールに置くと共に
ヘイン師団の指揮も併せて執ることとなる。


ヘインもシャンプール総合病院に移送され術後の経過を見られることとなる。
ラインハルトは当初はフェザーンまでの移送を熱望したが、
軍医から『回復の可能性を少しでも高めたいのであれば、ご自重ください』と説得され
しぶしぶといった感で、友を置いたフェザーンまでの帰路につく事を承知する


また、ヘインの妻を始めとする家族はフェザーンを飛び出し
疾風も舌を巻くほどの速さでシャンプールへ向かっていた。



■何度でも、何度でも・・・■


『ナカノ上等兵か、日参するのもよいが・・少しは自身の体も労わった方が良い
 ヘインも起きたら従卒が倒れていないでは困ろう。宿舎にもどって休みなさい』


仮統帥本部であっても軍令を滞させることなく、
師団の再編成も併せてこなすファーレンハイトは、当然、激務の渦中におり
ヘインの眠る病室は必然的に深夜になることが多かった。

そして、ヘインの傍らで毎日同じ椅子に座りながら船を漕ぐ少女を
宿舎まで送り届けるのが、彼の一日で最後の仕事であった。


「閣下のほうこそ余りご無理を・・私が言えた義理じゃないですよね
 私があんなことを・・ヘインさんを殺そうとなんかしなければ!!」


時折、泣きじゃくる少女を宥めなければならなくなる事もあり、
烈将はホント勘弁してください状態であった。

そんな寝不足な自分と比べて、
横のベッドに眠るヘインはなんとも安らかな寝顔をしており、
結構腹が立つのでほっぺをつついたりして、ストレスを発散していた。


『まったく、能天気に寝ていられるお前が恨めしい・・早く起きろよ』


■ 怪物 ■

ヘインを残し、フェザーンに戻ったラインハルトは
シルヴァーベルヒとシュタインメッツの国葬を済ますと

病床であっても意欲的に政務に取り組んでいた。
軍務については義眼に烈将、疾風の三元帥に任せていたが

帝国軍宰相へインの穴と故シルヴァーベルヒの穴を埋めるため
ヘインの下で進められていた統治機構の設立や、法と税制度改善等を
怠惰な帝国宰相と比ぶるべくも無い勤勉さで推し進めた。

その傍らには、優しい表情で彼を見守る新任幕僚総監が控えていた。

その二人を見詰める主席副官シュトライト中将は
皇帝の後継者問題がようやく解決すると安堵すると共に

外戚となるやも知れぬマリーンルドルフ伯と義眼の軍務尚書との間に
新たな権力闘争の火種が出来るのではと、先を見越した不安で頭を痛めていた





幾日か過ぎ、ようやく政務に一区切りを着けたラインハルトの下に
招かれざる客、かつての同盟元首ヨブ・トリューニヒトが皇帝に仕官を申し出てきた。


その報せを聞いたラインハンルトは最初嫌悪の表情を示したが、
何かを思いついたのか、少し意地悪そうな顔をしてヒルダに話しかけた。


「そうだな、あの男がそれほど官職を望むならくれてやろう。
 ロイエンタールも旧同盟領に精通する行政官の補佐が欲しかろう」


ヒルダはそれを聞くと呆れつつも、皇帝を諌めてくれるであろう人物が
今、この場にいないことを心の中で嘆いた。

「新領土総督府高等参事官、あの男には似合いの官職ではないか?
 旧同盟市民やヘボ詩人に従う共和主義者の批判が奴に集中すれば
 ロイエンタールも統治がしやすくなり、助かるであろう」


ヒルダは本格的に人事の天才の不在を嘆くだけでなく
自身に課せられた責任を果たすため、皇帝を諌める行動に出たが
その甲斐もなく、諫言は虚しく退けられてしまう。


自己の保身を図るため旧同盟領を離れた男が
このとんでもないない人事案を受容れたのはその翌日であった。


自分で提案をしておきながら、受けるとは思っていなかったラインハルトは
申し出を受けた男の厚顔無恥振りに不快感を抑えることが出来ず、


思わずトリューニヒトを罵倒するような発言をするが、
横に居たヒルダに『貴方が自分で言ったことじゃない』と
ちょっと怒った感じで言われてしまい、更に凹むことになる。


■■


やはりあの金髪の坊やは人間として未熟だ。
人物の器としては昏睡状態にあるブジン大公には到底及ばぬようだな。

ヤンや彼の暗殺に失敗するなど、地球教もルビンスキーも存外大したことは無かったが
ブジン大公を一時的であっても表舞台から退場させてくれたことは感謝に値する


もし、彼が健在であれば自分にはどのような官職も与えられることはなかったであろう。
あとは掴んだこの好機をどういかすかだが・・・・


今のところ利用できそうな物を見ていくと
ルビンスキーはラングと組んでボルテックを性急に消すなど、少々焦りが目立つな
やはり、いつ目覚めるか分からぬブジン大公の影に怯えているのだろう。

地球教のほうは、もはや残骸がささやかな活動しているに過ぎぬ有様だ
その盲目的な狂信と軽率な破壊衝動は使い勝手はいいが
それを計画的かつ制御できる実力がどれほど残っているやら


使い道の少ない地球教にルビンスキー、これに軍務尚書とラングを加えたとして
ブジン大公には及ばないだろう。当然、私が彼等に加わっても結果は変わるまい


彼に対するには忌々しいが、ヤン・ウェンリーのような純軍事的な傑物を当てるのが
最も正しい選択肢かもしれんな、道化師と魔術師の相性の悪さを利用するか・・・
今後の展望を私の描く形に修正するのに、何が必要になるかよく考えなければならないようだ



■星を駆ける少女■



     「ヘインヘインヘイン!!!」


星の大海を不安と共に駆け抜けた少女は、愛する伴侶の名を呼びながら
その伴侶の病室に駆け込み、眠るベッドにダイブをかました。

『もう新たな刺客かなと思うぐらいの飛び込みでした』と
その場で甲斐甲斐しくも病室に飾られた花瓶の花の手入れをしていた従卒が
後になって語っている。


それだけ、離れた地で受取った凶報がサビーネの心を揺さぶっていたのだろう。

遅れて部屋に入ってきた残りの三姉妹達も、
眠るヘインの手をうれしそうに握る彼女の姿を見て、
ようやく安堵の表情を見せていた。

なぜならヘインが倒れたという報せを受けて以来
全く見ることのなかった彼女の笑顔をようやく見ることが出来たのだから





その後、ようやく夫以外にいる部屋の住人に気付いたサビーネと
彼女がヘインの妻であると気付いたナカノ上等兵の間で
会話と言うか謝罪劇が繰り広げられることとなる。


なんというか、ものすごい勢いであやまりながら土下座するナカノの頭を
憤怒の形相をしたサビーネが鷲掴みにして持ち上げたりしたような気がするが

同じ女の子同士、なんとか分かり合えることが出来たらしい。
やはり、女同士の友情というものもいい物である。


うん、ほっホントだよ!

『エリザベートさま声が裏返ってますよ』『うん!それ、無理があるの☆』



■問題の多い要塞■


皇帝ラインハルトとの会談が延期されたため要塞に還ったヤン達であったが
軍事的勝利を収めたにも拘らず、彼らの前にはいくつもの問題が湧き上がっていた


一つは、帝国との講和に消極的だったエル・ファシル自治政府首脳陣が
皇帝の発病と宰相の昏睡した今こそ、専制国家を完全に打倒する好機と
無謀ともいえる主戦論を唱え始めた点である。


この夢想ともいえる自治政府首脳の声を、
当然、ヤンは一笑に付して退けることは出来ない
なぜなら、軍は文民によって統制されるべきものであり

文民の代表である政府が交戦を決定したのならば、
軍、つまりヤン艦隊はそれに従って戦わなければならないのだ。


今のところはヤンの武名と名声に遠慮し、急な開戦を主張していないが
それがいつまで続くかは誰にも予測できず、

民主主義の旗を掲げるヤンにとって、実に頭の痛い問題であった。


いつもの如く、彼の華々しい戦術的な勝利が政治的判断を誤らせようとしていた。


■■


ハウサー提督も亡くなり、アルフレッド夫妻やシューマッハ提督まで去ってしまった。
彼らを慕う人たちも要塞を次々と離れていっていしまう。

でも、これは仕方がないことだ。彼らには彼等の戦いがあるし
ぼくらが皇帝ラインハルト手を結ぶと決めた時点で、ここに彼等の場所はないのだから

逆にぼくらに気を使って要塞を離れていく彼らには本当に頭が下がる


  
『が、長丁場に耐えきれんと思って、さっさと帰っていく奴らが許せないか?』

「アッテンボロー中将!だって、まだ何も終わってないじゃないですか!」

『ユリアン、いいか?祭りの最後と後の楽しさを知ってる奴はだな、少ないんだ
 そこまで辿り着くまでにある困難と苦労を知っている奴らと比べると圧倒的にだ』





ヤン艦隊が抱えているもう一つの大きな問題は
勝ったにも拘らず、いや勝ったからこそ止まらない離脱者の多さであった。

アルフレッドを主とする正統政府軍の離脱者は致し方が無い者であったが
いまだ、皇帝との会談すら成っていないにも関わらず、


皇帝と帝国宰相を回廊から押し戻したと言う事実に満足し
窮屈な辺境生活に別れを告げようと要塞を離脱する
旧同盟兵士が後を絶たなかったのである。


新領土総督ロイエンタールやエルゴンに大軍を駐留させている食詰めが
要塞を離脱し、反帝国活動に参加しない者達を処罰しないと宣言し、
その言葉を違える事無く、現在まで守り続けていることも大きかった。





講和と交戦に揺れる共和勢力に、未だ安定したとはいえない帝国新領土
様々な不確定要素を残しながら、新帝国暦002年、宇宙暦800年は後半へと入る


      新都フェザーンの空は厚い雲で覆われていた・・・・




    ヘイン・フォン・ブジン大公・・・銀河の小物がもう一粒・・・・・



              ~END~



[2215] 銀凡伝(合婚篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:ac9866c1
Date: 2008/03/30 20:17

銀河の巨星が輝きを弱め、惑星が深淵で蠢く
宇宙暦800年、帝国暦002年の後半は陰謀家にとって忙しい季節となる



■二律背反■


回廊の戦いの勝利者たるヤンは、自身の二面性を象徴するような問題と直面していた。

一つは回廊の戦いの勝利による自治政府が主戦論に傾きつつある点
もう一つは、戦術的な勝利と休戦に満足した厭戦派の離脱による戦力低下である

二つの問題の難しい所は、この二つが切っても切れない腐れ縁の関係にあるということだ

自治政府の主戦派の暴発がぎりぎりの所で収まっているのは
ランズベルク派の離脱に乗じた厭戦派の離脱による戦力の低下によるためである。


武力を統合し、戦力としてまとめるためには明確な軍事目標がどうしても必要なのだ
どこかの独身主義者と違って、だれもが伊達と酔狂で戦える訳ではない


だが、明確な軍事目標というと、どうしても帝国専制主義の打倒へと結びついてしまい
自治政府主導による帝国相手の開戦となってしまう。


あちらを立てれば、こちらが立たないで完全な手詰まり状態にあるヤンは
いつものようにベレー帽を顔にかぶせながら居眠りに興じていた。


結局、アルフレッドやハウサーを欠き、資金や物資の調達が苦しくなる現状では
離脱者を放置して所帯を小さくして消費を抑え、
帝国様のお慈悲によって、ささやかな民主共和制の存続を図るため
イゼルローン要塞に亀のように篭って大人しくしているのが、

最も効率的であるとヤンが考えたのか、怠け易い方を選んだのか
親しい人たちを含めて評価は大きく二つに分かれることとなる




■おはようございます。ヘイン・フォン・ブジンです■



          「あ~死ぬかと思った」



   ヘインが病室で目を覚ましたのは、ある晴れた日の午後であった


       『ヘイン・・・。うん、おはようヘイン・・・』





ヘインの覚醒後の病室はまさに疾風怒涛の喧騒につつまれる

泣きながらヘインを絞め殺す勢いで抱きつく妻にはじまって
その他の三姉妹や食い詰めを始めとする元帥府のメンバーからの
手洗いお見舞いの一撃を貰う羽目になるヘイン

更に止めとして、ヘインの回復を待っていたラインハルトとヒルダから



  『わたしたち出来ちゃったので、こんど結婚することになりました』



といった内容の驚愕超光速通信が送られてきたりもした


ヘインと一部の者を除いた者にとってめでたいこのサプライズが
病室にもたらされた瞬間、歓喜の渦は最高潮を迎えることとなり
いつのまにか病室が、いや病院全体がパーティー会場へと様変わりしていた。

フェザーンに戻った後も、二人は懇ろな関係を続けていたようであった


みなへインの回復と皇帝結婚を心から喜ぶ終始和やかなムードのまま
騒がしい宴が続くだろうと確信していたのだが、

以前より、少しだけ女性らしくなった少女の入室によって
その確信はあっさり覆され、沈黙と静寂が病室全体をその支配下に置くこととなる



■■


『あの、ヘインさん・・・・・わたし、わたしが、その・・・』


言葉を上手く紡ぐ事が出来ない、一生懸命な女の子に声をかけるのは
やっぱ、大人の男の役目かね?マコちゃん完全に涙目になってるしなぁ


   「うん、マコちゃんおはよう!メシ、今度こそ一緒に喰おうな」


まぁ、将来有望なかわいい女の子だし、許してやるかな
というか、人生で三度も美少女に刺されるなんてどうよ?


よっぽど運命の神様とやらは俺のハーレム建設計画を阻止したいようだ
まぁ、泣きじゃくるかわいい子に抱きつかれるなんて経験ができるなら
あと二回くらい刺されてもいいかなって思っちゃう。

ほんと男ってどうしようもないですねサビーネ様・・・





ナカノ上等兵に抱きつかれて少々ニヤケ過ぎたヘインは
愛妻サビーネ様にきつ~くお仕置きされることとなる。

お決まりで平穏な光景・・・いつまでも続けばと部屋にいる
すべての人たちは想いを一つにしていた。


再び逢えるときに誰一人欠けることが無いようにと願いながら


本能で彼らは気付いていたのだろう。
新たな戦乱とそれに伴う流血の惨劇が迫っている事を



■合婚■


新帝国暦002年8月12日

ラインハルトとヒルダとの結婚に触発された
ファーレンハイトとカーセにミュラーとエリザの二組を含めた
三組の合同結婚式がフェザーンにて挙行される。


だが、この銀河一盛大な祝宴に喜ぶ人々の中
一人だけ、お通夜のような顔をしたヘインが酒に溺れていた

まぁ、ヒルダだけでなく、カーセやエリザまでが人妻になってしまうのだから
ヘインが落ち込むのも仕方が無いかもしれない


■■


        『ヘイン、あんまり飲み過ぎはよくないよ!』


うるせ~、これが呑まずにいられかってんだべらんめぇ~
まったく、ヒルダちゃんだけじゃなくカーセさんにエリザまで・・・


  ちくしょう・・ちくしょう・・・ちくしょっぉぉおお!!!!!!


 『わたしの話を旦那様は聞いてくれないのかな?どうなのかな?』


すんません、ちょっと興奮しすぎました。手に持っているナイフを
おろしてくれるとヘイン凄くウレピーです。


まったく凶暴ぶりは相変わらずだな。まぁ、もう慣れたけどな


『ヘインの目移りも相変わらずでしょ?そうそう、言うのを忘れてたけど
カーセには暇を出したから、あとエリザもミュラー提督と新居に移るみたい』


へぇ~って!?なんでだよって・・まぁ、そうだよな二人とも新婚だしな
クソッ!食詰めにミュラー、金髪の野郎どもは幸せな新婚生活かぁっ!?


ちくしょう・・ちくしょう・・・ちくしょっ『もう、それはいいから!!!』


なんだよ、最後まで言わせてくれたっていいじゃねぇか、


『もうっ、話が進まないじゃない!わたしが言いたいのは、あの・・えっと・・
 みんな出て行っちゃうし、やっぱシャンプールの新居も広くなっちゃうよね?
 ちょっと寂しくなっちゃうかなって思うの。ちょっと前にもいったけど・・・』


            「よし、帰ったら子作りだな!」





少々、ストレート過ぎる発言が災いして頬に痛々しい紅葉をつける羽目になったヘインと
怒ったような照れているような、少し顔を赤くした少女の座るテーブルには
三組の新郎新婦を始め多くの人々が足を運んでいた。


ラインハルトはヘインから手荒い羽交い絞めの祝福を受けるわ
それ見て横でオロオロするヒルダに酔ったエリザが抱きついたりするなど
皇帝と宰相の久方ぶりの再会は、もうグダグダで酷い有様である

一方、サビーネの方も先輩妻として、得意げにカーセに対し夫婦円満の秘訣を講釈していたが
どう贔屓目に見てもやさしい姉が、おませなかわいい妹のお話を聞いてあげている様にしか見えず、
その光景を食詰めと鉄壁はグラスを傾けながら、いつもより穏やかな表情で眺めていた


その他の列席者の中では、黒猪が皇帝への祝福の歌というか怒号をあげて叩き出されるわ
ワーレンの義手が2センチ伸びるなど、宴の熱狂振りは凄まじいものである。


もちろん、帝国の重鎮全てが職務を放棄するわけにも行かず、
ロイエンタールなどは遠くハイネセンから皇帝を祝福するために足を伸ばすことが許されたが

ヤンへの押さえとして前線に残ったアイゼンナッハやケスラー、メックリンガー
また、式典の警備責任者のオーベルシュタインにキスリングや
オーディン防衛司令官の任を新たに受けたルッツなどは
残念な事に会場に姿を見せることが叶わず、

そのうちの幾人かは、その不運を後々まで嘆くことととなる



■過ぎ去った日々■


『ヘインさん、いいえ宰相閣下とお呼びした方がいいかしら?』
「俺は閣下なんて大層なもんじゃないですよ。久しぶり・・・アンちゃん」


『ええ、貴方と会うのは本当に久しぶりです。そう前にこっそり会いにいらしてくれたのは・・』
「まぁ、今日は祝いの席だから湿っぽい話は止しましょうか
キルヒアイスも貴方には笑っていて欲しいと言っていました」


『あら、嘘つきさんにはケーキを焼いてあげませんよ?
 ジークはヘインさんとは違って不器用な子でしたから』





美しい未亡人と帝国宰相は、少し外れのテラスにでて旧交を温めていた。
もちろん、うまく中座したと思っているヘインは出歯亀に気付いてはいなかった


『くさっ、姉さんクサすぎると思わない?グサっと刺していい☆』
「エル・・・静かに、ヘインが手を触れたら・・・わたしがヤル・・・」


ヘインの単独行動を許すはずが無い妻と、暇つぶしについてきたエルは
草陰からテラスにいる二人の会話を盗み聞きしながら、推移を見守っていたが


その二人に最初から気付いていたアンネローゼに呼ばれてしまい
間抜けな登場を余儀なくされてしまう。頭と頬に葉っぱを張り付かせながら


その後は、四人で中庭の椅子に座りながら会話を弾ませ
ヘインからしばしば発病する金髪の医者嫌いをなんとか説得して欲しいと
アンネローゼに頼み込むついでに、フェザーンへの引越しを認めさせるなど



  ヘインはちょっと遠まわしな金髪への結婚祝いを贈ることに成功する。


■■

まぁ、アンちゃんがフェザーンに引っ越して説得してくれれば
金髪も多少はいうこと聞くようになるだろう


例え快癒が無理でも遅らせることぐらいできるかもしれないし、
大切な家族と過ごせる時間を少しでも大いにこしたことは無いからなぁ


といってもあいつが不治の病と決まったわけじゃないし
結構、銀河の歴史も変わって死んでる奴が生きていたりもするから
まったくの杞憂って事になるかもしれない


あのエルと垂らしの二人が楽しそうに踊ってる姿を見ると
ついつい人生っていうのは楽観していいような気もするしな


  『よかったら、わたしと一曲踊ってくださいませんか?』


まぁ、先も読めないし適当にいこう!
とりあえずこのお嬢さんが、俺様の足ふみダンスにどこまで耐えられるか
見せてもらおうではないか、妻の忍耐力がどれほどのものか!!


■ド・ヴィリエマジック!■


華やかな式は終わりを向かえ、人々は日常へと戻っていく。


ロイエンタールは新領土総督としての大任を大過なく果たしていた

内務はエルスハイマー、軍務はベルゲングリューンといった
一流といって差し支えの無い人材の補佐を受けて、
同盟末期の統治と比べて、遥かにマシな統治を行う事に成功している

しかし、ナイフを片手に訪問する来客には頭を悩ませているようであった


また、ヤンとの会談が実現するまでという期限付きではあるが
ヘインとファーレンハイトはエルゴン星系に師団と共に駐留し
ヤンの動きを押さえるという任が与えられる。

この任は、和平会談までの流れは既に出来ていることからみて
新婚の二提督と死にかけたヘインに対する休暇代わりのような処置であろう


本来なら、このポッカリと穴が開いたように出来た余暇を利用して、
ヘインは読めなくなった銀河の流れへの対策を講ずるべきであったが

いつもの様にだらけつつ、サビーネとの約束を果たすことにしたのか、
赤ちゃんぱこぱこ!ぱこぱこ赤ちゃん♪・・・と

国家100年の大計よりあかるい家族計画の方に注力していた。





地球教幹部達による地下室で行われた
『第78697回ドッキドッキにしてあげる陰謀会議』は
陰気な老人のかすれた声で始まる


『ヤン・ウェンリーは健在、ブジン大公には手傷負わせただけ
 最近では、手駒のトリューニヒトすら離れていこうとする始末』


キュンメル事件以後、尽く失敗つづきの地球教の陰謀である
その実行立案に大きく関わっているド・ヴィリエに対する非難も当然出てくる事になる


『しかも、皇帝は婚儀を挙げて皇妃の腹には子までいるそうではないか
 もし、皇帝に世継ぎが生まれ、ヤンとの講和も成功することになれば
 ローエングラム体制は盤石なものになり、付け入る隙など見出せなくなる!』


だんだん彼を糾弾するような話し振りになってきた年長の主教に
同意するような素振りを見せ始める者達も増え始める



         「おまえら、表へ出ろ!」



どんなに言葉で取り繕った所で、地球教はテロ集団である
直接的な暴力や破壊活動、麻薬を利用した洗脳、人質を利用した脅迫など
地球への回帰を免罪符に自己を正当化して非道の限りを尽くす

そんな教団で上り詰めた怪物を無防備に糾弾するなど
怖れを知らぬ者の愚行であったといえよう。


「なに、慌てることはない。皇帝に世継ぎがいようが、ヤンと手を結ぼうが
 何ほどのことでもない。自らの牙で血を流してその不徳を懺悔するのは奴等よ」


逆らう者を捻じ伏せ、獰猛な目を光らせながら笑う怪物に
疑問をのべる愚かな信者はもういなくなっていた。そう、永遠に・・・





旧同盟領から始まった動乱が治まり、
ようやく平和への道筋が見え始めたかのように見える中

歴史を滞留させる黒い衝動が、再び蠢き始めていた
だが、それに抗う知識を既に凡人は持っていない。



ヘイン・フォン・ブジン大公・・・銀河の小物がもう一粒・・・・・



            ~END~



[2215] 銀凡伝(反動篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:ac9866c1
Date: 2008/04/20 17:57

銀河帝国・自由惑星同盟・フェザーンは過去の存在となり、
ローエングラム朝によって銀河は再び統一される・・・

民衆は期待と願望だけでなく、至極現実的な目でそう予測していた。
乱世は必ず鎮まり、治世に取って代わられる物なのだから



■ 懐妊 ■

新帝国暦002年9月、エルゴン星系から全銀河にむけて
大公妃懐妊という吉報が発信される。

最初、もじもじする妻から事実を告げられたヘインは
椅子からずり落ちつつも、素早く立ち上がって妻を抱きしめる事に成功する

サビーネにとって、ヘインからの最高の誕生日プレゼントであった。





「あいつもついに人の親か、さて、どんな子が生まれてくるか」
『あら、お嬢さまの子ですもの、きっとかわいらしい子に違いありません』


吉報をいち早く受取ったファーレンハイトは、
美しい妻の鼻血をやさしく拭いながら、生まれてくる親友の子に想いを馳せていた


同じく報せ受けたミュラー夫妻やアイゼンナッハ、アンスバッハに
若干悔しそうな顔をするナカノ上等兵などを加えたヘイン師団の面々も
思い思いの祝いの品を持ってブジン邸を訪れ、お決まりの宴会が始まる。



■ 会談へ ■


ヘイン暗殺未遂事件によって延期された皇帝とヤンとの会談が
10月に実施することが決定したのは、
大公妃懐妊の報がラインハルトに届いて間もない御前会議の場であった


大切な友人の慶事に気を良くしたラインハルトは
ヤンとの会談前にエルゴン星系へ立ち寄り、ヘインと再会するだけでなく
会談の終了後、新領土行幸に随伴させるつもりだと列席者に述べた。


これに対し、異論を真っ先に述べたのはやはり軍務尚書オーベルシュタインであった

わざわざ圧倒的に有利な立場にある帝国側が、
なぜヤン一党の根拠地付近まで出向かねばならないのか

また、9月1日にハイネセンで起きた暴動の余波が治まり切らぬ中
揃って皇帝と帝国宰相が行幸に赴くなど、軽率に過ぎると
皇帝の意思に痛烈な批判を浴びせて再考を促した。


さらにロイエンタールがいないのを良い事に会議に列席していた
内務省次官兼内国安全保障局長ハイドリッヒ・ラングが、
不穏な噂を元に重ねて皇帝の再考を促す発言を行った。


その不穏な噂とはラインハルトにとって非常に不快な内容であった

『新領土総督ロイエンタールが皇帝に叛意を抱き、策謀を巡らしている』
『ロイエンタールは軍事力で皇帝と宰相に抗し得ない事を知っており
 両名を新領土視察のためと行幸を促し、ハイネセンにて両名の暗殺を企てている』


『新総督は両名暗殺後、イゼルローンからヨーゼフ二世を招聘し、
 ゴールデンバウム王朝復権せしめて、自らは宰相として大権を握るだろう』


また、その噂に怯えてロイエンタールから行幸の依頼が届いたにも関わらず
皇帝は新領土に入ることが出来ないのだといった噂も同時に流れていた。
この屈辱的な内容の噂がラインハルトの行動を決定付けた。


「予はロイエンタールを疑いなどせぬ。怖れもせぬ!
    卿らは下らぬ世迷言で予と重臣の間を裂くつもりか!』


この後は、皇帝にせめて一個艦隊を引連れてはと注進する義眼の意見は跳ね除けられ

僅かな随員を伴ってヤンとの会談に向かうだけでなく
併せてヘインと共に新領土への行幸を行うことが決定される。

もし、この会議にエルゴン星系で浮かれる迂闊なヘインが会議に参加しているか
ヤンとの決戦で大打撃を受けた宇宙艦隊の再編のため動けない
ミッターマイヤーが皇帝の新領土行に随行することができていれば


ルビンスキーとラングと言う内部の共犯者によって実行される
悪辣な姦計は防がれていたかもしれない

だが、彼らも当然全能ではなく、その後に起きる災厄をすべて見通すなど不可能であった


9月15日、不穏空気に気付く事無く皇帝はルッツとワーレン達を引きつれ
ヤンとの会談と新領土の視察を行うため、フェザーンを飛び立つ



■乱世の梟雄■


『閣下、なぜこのような時期に皇帝の行幸など願い出たのですか?
 万が一何かが起これば、反逆者に仕立て上げられる怖れもあります』


心底不安な顔で上官の真意を問うベルゲングリューンに対して返された
ロイエンタールの回答は予想外の物であった。


「それも良いな・・その時はヘインでも担いで皇帝と覇を競うのも一興か・・」

『閣下!!冗談にもほどが過ぎますぞ!』


やや、直情的に過ぎる面がある腹心に悪い冗談だったと謝罪しつつも
ロイエンタールは、冗談と言いつつも心の中のどこかで
そうなる事を望む二面性が自分にある事をよく理解していた。


もちろん、このときの彼は自らが叛乱者に為る未来図を本気で描いてない
皇帝の行幸を願い出たのは皇帝の脇に居る軍務尚書やラングなどといった
噂を利用して自身を積極的に失脚させようと動く輩を牽制するためである


彼は自身が反逆者に堕ちる危険より、皇帝が軍務尚書やラング如きの木偶になりさがり
彼等の讒訴に唯諾々と従うようになる未来図の方を怖れていたのだ





逆らうにしろ、従うにしろ皇帝ラインハルトには高みに居て貰わなければならない
一人執務室でグラスを傾けつつ、屈折した思考と偉才を持つ男は静かに眠りにおちる

彼の寝顔はめずらしく安らかな物であったが、
ナイフを持った少女が彼の元を訪れた際には、既に目覚めており
彼女は残念なことに、寝顔を拝むことも寝首を掻く事もかなわなかった。


 「またお前か、物好きな女だ・・・まぁ良い、少し付き合わないか?」


だが、少しだけ孤独な男の懐に近づくことには成功したようである



■ウルヴァーシ事件■


先の回廊の戦いでヤンと約した会談の実施と
皇帝が義眼やラング木偶に成り下がったか確かめるために
ロイエンタールが贈った招聘書に端を発したラインハルトの新領土行、


最初の目的地は、惑星ウルヴァーシであった


ここで一旦補給を行うと共に、大親征での戦没者慰霊を行うのを滞在の目的としており、
一行は何事も無ければ二日程度で、ヘインの待つエルゴン星系へ発つ予定であった。





このラインハルトの新領土行の主だった随員は
特に任についておらず暇を持て余していたワーレンにルッツの両上級大将

もっとも、ルッツにはハイネセンにいる妹の夫に会うことと
エルゴンにいるヘインを一発殴るために随行するという私的な目的があった
イゼルローン失陥後、幸か不幸かルッツとヘインは再会を果たしていなかったのだ


その他の主な随員は、シュトライト中将、キスリング准将、
リュッケ少佐に従卒のエミールと言った所で、過少な随員しか引連れていない


彼らはウルヴァーシに着くとそれぞれの任につくか、休息していたが

警備兵に不穏動きがある事をルッツが察知したあたりから
事態は急変することとなる、それも悪い方に・・・大きく!!





『陛下、ルッツ提督とワーレン提督が至急にお伝えしたいことがあると
 隣室で控えていらっしゃいますが、お通ししてもよろしいでしょうか?』


従卒の言に許可を与えるや否やというタイミングで
両上級大将はラインハルトの居室に現れた。

ルッツは警備兵の不審な動きを報告し
両目に藤色の彩りを持たせながら急な出立を皇帝に促した。


ラインハルトは信頼する臣下への労を労うと共に
事態の概要について尋ねたが、二人も詳しいことは分からず
兵が慌しく動き、TV電話が通じないなど異常が見受けられるため
大事をとってブリュンヒルトに帰還することを提案したようであった。


ラインハルトは彼等の判断を是とし、すぐさま僅かな随員を連れ
一路、ブリュンヒルトを目指す決断を下す。





旗艦を目指すラインハルト達の移動は困難を極めた
次から次へと逆賊と化した帝国軍兵卒に襲われたためである

また、各地でゼッフル粒子を利用した爆発テロが散発しており
思うように皇帝を警護する兵も集めることが出来ず、
また、反逆者かどうかの区別を行うのが容易でないことも
それに拍車をかけており、随員のみでの移動を余儀なくされる


一人、二人と随員が逆賊達の手に掛かる中、
ルッツとワーレンの両上級大将の活躍は凄まじい物であった

故キルヒアイス元帥以上の射撃の腕を持つルッツが
敵の射線の5分の1でそれに倍する戦果をあげ、
それを掻い潜って近接戦を挑む者達をワーレンの鋼の豪腕が捻じ伏せる


『俺の腕の疼きを貴様ら逆賊の血で鎮めてくれるわっ!!』
『我が鋼鉄の義手はッァアア!!帝国科学の粋を込められ銀河イチィイィイ!!』


特に最高にハイってやつになったワーレンの活躍ぶりは凄まじく
往年のオフレッサー上級大将を見るようだったと殺戮の目撃者は後に語る事になるが、

彼ら両名の活躍によっても、窮地を脱したとは到底いえない状況が続いていた。



■無為無策■


惑星ウルヴァーシの変事をほぼロイエンタールと
同時期に知ったヘインは頭を抱えながら、
無い知恵を絞って対応策を捻り出そうとしていた

ヘインの認識では原作のロイエンタールの叛乱は
ヤンが死んだことが起因になっていると認識していた

そのため、今回も原作展開の焼き直しで、地球教は会談の妨害を図り、
ヤン若しくは自分を暗殺して、銀河帝国皇帝ラインハルトを唯一の権力者に押し上げ

その後、ロイエンタ-ルの叛乱のような主従の反目を誘発して
帝国を疲弊させて影から帝国を牛耳る展開を狙うだろうと思いこみ
自身の警護の強化に注力するのみであった。


ヤンやラインハルトでさえ完全に読めない歴史の流れを
ヘインが読もうとするのはやはり無理だったのであろう

宰相ヘインは変事の防止を怠り、不作為を貫き意図的に見過ごし
敢えて火を燃え上がらせて、状況を利用しようとしたのではと
後世の歴史家達は稀代の陰謀家に疑いの目を向ける事になるが



それは、凡人に対して余りにも過大な評価であろう


■■


おいおい、なんでここでウルヴァーシ事件が起きるんだよ
普通はヤンの後にロイエンタールだろ!
というか俺が暗殺対象になったのだって予想外だったのに


まぁいい、指数を見て落ち着こう・・銀河運輸指数も落ち着いている
俺のポートフェリオは今日も真っ黒で気分は上々だ!!


ってそんなもん見てる場合じゃないぞ!
このまま、ロイエンタールが叛乱しちゃったら

エルゴンにいる俺たちはロイエンタール率いる新領土軍と
イゼルローンに篭る魔術師率いるヤン艦隊に挟み撃ちされかねんぞ


考えろ、考えろ、原作知識を応用、転用して
たった一つの真実に辿り着くんだ!


やっぱ無理、わからん。こうなったら他力本願だ
食詰めとかみんなを集めよう。だれかが何とかしてくれるだろう



■果たされぬ誓い■


ワーレンの義手がついに黒煙をあげてその動きを止めた
もはや基地全体が皇帝一行を屠らんとするかのように動いていた
それを、ワーレンが指摘するとラインハルトは苦々しげに
ロイエンタールが叛いたとでも言うのかと吐き捨てたが


現実は新領土において新領土総督の指揮する基地で
自分達は命を狙われ窮地に陥っている事実
ラインハルトの否定は力強さを欠いていたと言わざるを得ない。


不毛な会話に幕を閉じると、皇帝たちは無様な逃避行を再会した
今は、自身の身の安全を確立することが最優先であり

何らかの責を持つべきロイエンタールに対する詮議は
この際、後回しにするべき問題であった。





リュッケ達と合流し、ようやくブリュンヒルトへの帰還が現実味を帯びてきた中
反逆者の攻勢は更に激しさをましていた。

また、旗艦に戻ってもロイエンタールの艦隊が衛星軌道上に駐留し
彼らが網に掛かるのを待っている可能性を考えると表情は明るくなりようがなかった

ロイエンタールに叛意ありという流言は、この非常時に彼等へ暗い影を落としていた。


『皇帝陛下万歳!』「皇帝を殺せ!!」「皆殺しにしろ!!」


反逆者との間の火線の応酬が益々激しくなる中、ルッツは決意を持って口を開いた



「ここで、わたしがのこって敵を食い止めよう。卿らは皇帝を守って先に行け」
『ばかなことをいうなルッツ!卿には残してきた婚約者がいるのだろう?俺が残る!』

「いや、卿には子供いるし、その壊れた鋼鉄の義手では敵を食い止めれまい」


ワーレンはジークフリード・キルヒアイスの副将として共に歩んできた頃より
常に正しい判断を下してきた僚友の正しさを認めざるを得なかった。


『ルッツ、予は死後に卿を元帥にする気はない。遅れても良い必ず後から来いよ』

「陛下、勿論です。私は死んで元帥杖を受ける気はありません
 それにアイツ、ヘインには返したい大きな借りがありますから」


茶目っ気たっぷりの笑顔で皇帝に言葉を返したルッツは
キスリングらの申出をはねつけて、変わりに銃のエネルギーカプセルを受取る


『ルッツ、銃が撃てなくなったら降伏せよ。ロイエンタールは
 勇者の遇し方を知っている。ヘインへの借りを必ず返すのだろう?』


ルッツはラインハルトの言葉に頷くと踵を返し、最良の射撃ポイントへと移動する。
皇帝一行も後ろ髪を引かれる思いを断ち切り、ブリュンヒルトを目指し駆ける





何人の反逆者を討ち果たしただろうか、最初の一個小隊を尽く射線の餌食にしてから
既に1時間以上は経過しているようにルッツには思われた。


予備のカプセルと入れ替えながら、更に迫る反逆者へと射線を走らせる
4人目の眉間に風穴を開けると同時に、ルッツの左鎖骨の下に白い光が突き刺さった
だが、ルッツはそれを一瞬見やるだけで、二度引き金を引き戦死者を更に積み上げる


軍服の胸部が更に黒ずみ、不快な粘着感がもたらされる中
再度、引き金を引いて不逞な反逆者に死のダンスを躍らせるが

先ほどと同じ白い光がルッツの腹部を貫き、彼を地面に座り込ませた。


『陛下の命を守れぬどころか、あいつを一発殴ることもできんとは・・』


木を背に座り込んだルッツが離さずに持つ銃を怖れ
反逆者が彼の死を確認したのは、死後30分以上の後のことであった
不屈の勇将は死してなおも主君のために敵の足を止めたのだ


コルネリアス・ルッツ・・・果たされぬ命と誓いを持って天上へ逝く・・・


■矜持と叛乱■


ヘインがウルヴァーシの変事でパニックに陥る中
同じく報せをハイネセンの総督府で受けたロイエンタールは
僅かに自失したのみで、それを表に出す事は無く、
沈着に事態の処理に当たろうとしていた。

とにもかくにも皇帝を救い、現地の治安を回復する
彼に残された選択肢はこれ位しかないのだから

皇帝が一度フェザーンに戻ってしまえば弁明も議論もできず
反逆者として罪人扱いで処断される羽目になるだろう


そのような無様な事態をロイエンタールは甘受する気には到底為り得なかった


また、現地へ派遣される命を受けたグリルパルツァーに対しては
治安の回復だけでなく、事態の真相を追究するという重大な任も課せられる。


この人選が、両者にどうのような結末をもたらすのか
命じる方も命じられた方も、現状では当然知る由もなかった





          「ルッツが、死んだだと!」



変事に対する一通りの指示を出し終えたロイエンタールに届いた
数少ない報せの中で、最悪なものはルッツという僚友の死であった。


この報せを受けたロイエンタールもさすがに声を漏らさずにはいられなかった
もはや、誤解を解いて和解へと至る道は永遠に閉ざされたのだと彼は自覚した。



『総督閣下・・・いかがなさいますか?』



剛直を持って為る軍事査閲総監もさすがに血の気が失せた表情を見せている。


『卿も分かっておろう。俺はローエングラム王朝における最初の叛逆者になったらしい』


この上官の言葉に対して、ベルゲングリューンは無駄だとは思いつつも
皇帝に事情を説明すればと再考を促したが、
ロイエンタールは一顧だにせず、どうにもならんよと跳ね除けた


彼は無実であったのだ。だからこそ卑屈に弁明することができない
軍務尚書やラングなどといった者達に膝を屈することなどありえないのだ
ヘインが終生無縁であった矜持の高さが、ロイエンタールの行動の重い枷となってしまう


もし、このときの総督がヘインであったら、恥も外聞もなく卑屈に謝罪し
皇帝の寛恕を請い、皇帝との長年の深い友誼で事なきを得たであろう。




   だが、このときの新領土総督は他の誰でもない

       オスカー・フォン・ロイエンタール元帥

 皇帝と同等か、それ以上の矜持の高さを持つ英雄であった




ヘイン・フォン・ブジン大公・・・銀河の小物がもう一粒・・・・・



             ~END~



[2215] 銀凡伝(叛乱篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:ac9866c1
Date: 2008/04/30 17:25

一つの惑星で起こった小さな火事が
銀河を大きく燃やす火種となる

人の想いの擦れ違いによる悲劇は
多くの犠牲を生贄として求めていた・・・


■小覇王再び■



  「ローエングラム朝の命運、我が掌中にありか・・・」



正統政府軍、黄金卿ランズベルク伯率いる一個艦隊は
シューマッハ統率の下、ガンダルヴァ星系を完全に掌握していた

故ハウサー考案による擬装の粋を凝らした『戦力の敵中集結』を彼らは見事に成功させ
策謀の渦中にあるウルヴァシーで無様に逃げ惑うラインハルトの命運を握っていた。


今や皇帝の運命は『ヘボ詩人』と称された漢の気分次第であった。


『閣下、皇帝ラインハルトの旗艦を完全に包囲いたしました。
 拿捕及び撃沈することも命令頂ければ、即実行に移せます』


信頼する腹心から報告を受けたアルフレッドは少し考えてから頷き
いつも以上に間を置きながら、彼らしい結論を述べた


「逃げ惑う皇帝など殺しても誇りは満たされんと思わんかね中将?
 推測でしかないが、これは我々以外の人間によって仕組まれた好機だ
 変事を意図的に起こし、終結までの道筋も既に脚本の中に描かれている」

『ならば、閣下がここで皇帝を討てば脚本を書き換えることも可能では?』


黒色槍騎兵艦隊の接近を偵察艇から報されたアルフレッドは
タイミングの余りの良さから、この変事が皇帝を害するのではなく
皇帝が無事に難を避けた後の変化を期待する物だと察していた。


だが、彼は脚本を書き換える必要性を認めなかった。
せっかく新帝国に起こる何らかの危機をわざわざ消してやる必要もない
それならば、ここでラインハルトに対して恩を売っておくほうが良いと判断した。


「ここは、ラインハルトに恩を売り陛下の安全を買っておこう
 今後、我等の活動がどのような帰結を迎えようとも
 イゼルローン要塞におわす皇帝陛下の御身を保障すると約させる」


廃帝の身を保障する。ラインハルトの命の危機と比べれば安いように思えるが
打倒すべきゴールデンバウムの象徴の身の安全を現皇帝が認める・・・

 

        「これは政治的テロだよ。シューマッハ中将」



これは、ローエングラム朝成立の根幹を真っ向から否定する要求であった
また、ラインハルトにとってこの要求を呑むことは耐えがたい屈辱に違いない

唾棄すべきゴールデンバウムの残滓を自らが擁護しなければならないのだから


一見小さくみえるが、政治的に大きな要求を呑んだラインハルトは
アルフレッドとの回線を利用した会談中、一度もその顔をあげることはなかった

彼はビッテンフェルトによって保護された後も、
その労を労う言葉を二言三言述べるのみで、
フェザーンに帰還するまで不気味な沈黙を続けることとなる。

このような屈辱を自分に与えた元凶に対する怒りを燃え上がらせながら


■二転三転■


ウルヴァーシ事件に関する憶測と推測による
激しい報道の変化は後にジャーナリズムを学ぶ者にとって
非常に良い教材となるが、この事実は当事者にとっては何の益も与えなかった

初日の報道は『ウルヴァシー基地火災事故、皇帝被災!?』に始まり
『ガンダルヴァ星系で叛徒叛乱!?帝国軍に内通者あり?』と様相を変え


翌々日には『新領土総督に叛意あり、皇帝暗殺計画露見!?』
『ヤン一党と逆賊ロイエンタール、オーディンに向け進軍開始!!』と
記事の内容はより過激で不穏なものと変化していく


事件から一週間が立ち、ラインハルトがアルフレッドから黒猪に引き渡される頃には
最初の第一報からは信じられない内容の報道が全銀河を流れていた


『ヘイン・フォン・ブジン大公登極!?ブジン朝初代皇帝へ・・・』
『叛逆帝、いや最愛帝の立位に臣民は歓呼の声をあげる』
『旧帝ラインハルト、新帝ヘインへの禅譲を宣言!?』


人々の好奇を望む声と不安が、真実とかけ離れた報道を生み
それを、あたかも事実であるかのように伝えるようになっていた。


その流れを作ったのは他でもない、ロイエンタールその人であった。



■ヨブたんTV■


ウルヴァシー変事の一報後、ファーレンハイト達を参集したヘインは
後背のヤンの影に怯え、ガンダルヴァ星系への救出作戦を断念した。


偶然、哨戒活動に出ていたアッテンボロー率いる分艦隊を
帝国偵察衛星駐在の情報士官がヤン艦隊の侵攻と誤認し、
エルゴン星系の仮統帥本部へ誤報を発信したためである。


この誤報を受け、原作通りのロイエンタールの叛乱に呼応して
本来死んでいるはずのヤンが帝国分裂の好機に動いたとヘインは思い込んでしまったのだ。

その結果、ヤンを恐れるヘインはエルゴン星系を動くことはできず
皇帝を輔弼する帝国宰相でありながら、皇帝の窮地にただ座するのみと言う
疑われても仕方がない状況を自らの判断で生み出してしまった。


その隙を突くようロイエンタールに勧めたのはマスメディアの扱いに長ける
新領土総督府参事官ヨブ・トリューニヒトであった。

彼は皇帝ラインハルトに対するには、それに匹敵するブジン大公を当てるしかないと説き
全銀河に向けてブジン帝擁立の演説を行うよう総督府へ召喚された際に提案した。


ロイエンタールはこれを容れ、全銀河を巻き込む大演説を行う



『新領土総督オスカー・フォン・ロイエンタ-ルは、神聖にして不可侵たる
 神聖銀河帝国皇帝ヘイン・フォン・ブジン陛下の忠実なる臣として
 不当な簒奪によって皇帝を称するラインハルト・フォン・ローエングラムの
 打倒を宣言すると共に、陛下の決起に対して全面的な支持支援を表明する』



『ロイエンタールの大芝居』と後に評されるマスメディアを利用したこの大胆な狂言は、
人々が持つ親しみ易い民衆よりなヘインが
もし皇帝だったらという潜在的な願望に助けられ、
全銀河へと爆発的な広がりを見せることとなる。


ヘイン自身の意思を完全に無視する形で・・・



■ヘインの決断■


『ヘイン、まずい事になったな。とりあえず、これからは陛下と呼んだ方がいいか?』


五月蝿いぞ食詰め!!なにニヤニヤしてやがるんだ!全然面白くないぞ!

畜生・・なんかTV見てたら垂らしが『俺の叛乱に大賛成』みたいな演説してるのが流れまくるわ
新聞ではブジン陛下万歳とか意味不明な記事が載りまくってるし


おいおい、俺がウルヴァシー事件の首謀者ってことになってるのか?


『おそらくそう言う事でしょう。兵士達も打倒ローエングラム朝と声高に叫んでいますね』


ミュラー、淡々と怖いこと言わないでくれよ!もう後戻りできない様に聞こえるじゃないか
やっぱ俺と金髪はツーカーの仲だし、ぜんぜん大丈夫だって!
電話一本で誤解なんかあっという間に溶けちゃうよ


『閣下、かつてのリップシュタット戦役の際、細君の件でローエングラム候と
完全に決裂し、閣下は死の淵を彷徨った事、よもやお忘れではありますまい?』


いっ嫌な事を思い出せるな・・・義眼や義眼とかが
俺を排除しようとする光景が目に浮かぶじゃないか


        『チェックメイト!』


お前はそんなところで急に喋らんでいい・・・いつも通り黙っていてくれ
それともあれか?俺の詰んだ状況がそんなに楽しいのか?
いつも黙ってるけど腹の中じゃ俺のこと笑ってんだろうっ!


■■


『ヘイン、それでお前はどうする気だ?叛くのか従うのか・・・』


はぁ、何でこんな事になるんだよ
ヤンを助けた副作用か?せめて原作通り叛乱が起きるなら
ロイエンタールとミッターマイヤーの対決って形で行ってくれよな

のこのことフェザーンまで行って義眼に殺されるか
いちかばちかでやって金髪にぶっ殺されるかか
よ~しヘイン銀河を獲っちゃうぞ~♪っとかホント見てらんない

まぁ、原作より叛乱側の戦力が充実してるのが唯一の救いか
あとは金髪の発病か・・・友人の病を期待するなんてどうかと思うが
こっちも切羽詰ってるからな、なんとか金髪が病で弱気になったところを突いて
和平交渉なり、無条件降伏をして命と一生分位の資産の保有を認めてもらおう。
うん、とりあえず長期戦に持ち込んで原作終了時期まで粘るぞ!!

せっかく重体復活したのに早々に死ねるかってんだ!!
天才なんかなんぼのもんじゃい。こっちは・・・ええっとあれだ・・うん、まぁいい
とにかく優秀な喰詰めとか誰かがなんとかしてくれるはずだ!


「食詰め、お前と俺は腐れ縁だよな。ちょっと銀河は要らないが
 この先生きのこるために力を貸してもらいたい。戦う力が欲しい」
『カイザーと覇を競うか・・・よろしいそれも本懐だな』


「エリザの事もあるし、お前の守るための力がなにより欲しい」
『小官の力は閣下と大切な人を守るための力とお考え下さい』


「お前は相変わらずだな、いつも通り何も言わず付いて来てくれるのか」
『○×○×▲◇!!!??(ちょっおまry・・)』


『私は常に閣下と共にあります。どうか銀河をお獲りください』
『あっ私もヘインさんについてきます!ず~っと一緒ですよ!』





ヘイン師団の結束は固く、元帥府首脳陣から兵卒に至るまで
すべての物がローエングラム朝に代わるブジン朝成立のため戦う事を決意した

また、ロイエンタール傘下の新領土総督府軍もブジン帝擁立を目的にする決起であると
ロイエンタールから告げられると瞬く間に動揺は治まり、大いに戦意をあげていた

これは民衆レベルにおいてヘインの名はラインハルト以上の物であるという
大きな証明となる現象であった。


そしてこれこそが、オーベルシュタインがヘインを怖れる大きな原因であったのだ



■友として■


ウルヴァシーで逃げ惑い、窮地を脱したと思ったら
ランズベルク伯に脅されて屈辱的な要求を呑む羽目になり
部下に守られて首都フェザーンに戻ったラインハルトの受難は続く


「ヘインが予に刃向うなどありえるはずはがない!!世迷言を言うなオーベルシュタイン」

『陛下、どうか事実を冷静にご判断下さい。ブジン大公は陛下の窮地に動かず
 また、ロイエンタールはブジン大公の決起に呼応し、叛旗を翻しております』



「だが、ヘインがそのような・・・そう、何かの間違いだ!事実ではない!」

『陛下、申し上げにくいことではありますが、軍務尚書の言が正しいかと
 私の指揮下にあるはずのエルゴン駐在の憲兵とは未だ連絡を取ることが適いません』



駄々を捏ねる様に事実を認めようとしないラインハルトに止めを刺したのは
帝国領内全ての憲兵を統べる地位にあったケスラーであった。

この時点でエルゴン星系に駐在する憲兵は
叛乱をやむなく決意したヘインの指示の下、悉く拘束されており、
その事実を知るケスラーは軍務尚書の言の正しさを認めざるを得なかった

そう、いまだ故人となったルッツに頼まれたラングに対する調査や、
かつてヘインに依頼された地球教や黒狐に対する調査の結果が出る前では


『これは、何かの陰謀です陛下!ロイエンタールがヘインが叛乱など・・・』

「もうよいミッターマイヤー、予はしばし休息をとる・・・しばし待て」



ラインハルトはそういい残し、奥の間に一旦引き篭もった。
その姿を猛将と謳われるビッテンフェルトは虚しく見送ることしか出来ず
ワーレンは黙々と新しい義手を弄んでいた


みな『ヘイン叛乱』の報によって大きく動揺していた
ともすれば険悪に為る諸将の間の潤滑油となっていたヘインは
彼等の中で代え難い大きな存在となっていたのだ


■■


ヘイン・・・唯一常に自分より高みに立ちつづけた男
誰よりも自分のことを認めさせたかった友・・・


いやへインはキルヒアイスと違う存在
全てを掴むために超えなければならない存在

そう、俺はヘインにただ勝ちたいのだ
自分以上の存在に知略を尽くし挑み勝利する

ヤン・ウェンリーとの講和が決まり、敵を失った自分は
誰よりも大きな敵となってくれるヘインと全てを賭けた戦いを欲している
俺はヘインに勝ちたい!!そう、他の誰でもないあの男に己を認めさせたいのだ!





     「皇帝を僭称するヘイン・フォン・ブジンを討つ!!」


再び会議の間に戻った皇帝ラインハルトには迷いも憂いも無かった
彼から発せられるのは圧倒的な覇気だけである


彼の姿を見た諸将は皆背筋を一直線に伸ばした
つい先刻まで不安に悩まされていた彼らは
ラインハルトの覇気によって一瞬で高揚の極みに達する

今こそ雄敵へインを討ち果たす征旅に発つ時であると!!


『カイザー、かくあるべきかな』とビッテンフェルトは呟き
即座に親征への参加を願い出ると新領土への先鋒を即座に命じられ
彼の戦意は最高の形で報われることとなる。


帝国暦002年10月9日、ヘイン討伐の大号令が布告される
皇帝親征に付き従うのは以下の諸将となる。

総旗艦に乗座する幕僚は
帝国軍総参謀総長を兼務することとなった軍務尚書オーベルシュタイン元帥
副参謀長フェルナー少将、情報主任参謀フーセネガー大将、
主席副官のシュトライト中将、次席副官リュッケ中佐
親衛隊隊長キスリング准将等が名を連ねる

宇宙艦隊司令長官ミッターマイヤー元帥が率いる艦隊に加えて
ビッテンフェルト艦隊、ワーレン艦隊、ケスラー艦隊の参戦が決定し

幕僚総監に新たに任じられたメックリンガーの艦隊は
イゼルローン回廊方面へと進軍することが決定される。

その他にも大将・中将クラスの率いる半個艦隊や分艦隊の多数が動員され
ヘイン討伐軍の総数は10万隻迫るほどの大軍であった


これに対するヘイン師団は3個艦隊編成、艦艇数約5万2000隻
これにロイエンタール率いる新領土総督府軍約3万6000隻が加わる

叛乱軍でありながら総艦艇数は討伐軍に匹敵する規模であった。





イゼルローンにあるヤン一党の動向は未だに不明、
再び姿を消したアルフレッド率いるゴールデンバウムの残党
様々な不確定要素を内包したまま、天才対凡人という因縁の対決が始まろうとしていた



      銀河を統べるのは天才か凡人か、遂に天凡相撃つ・・・



     ヘイン・フォン・ブジン大公・・・銀河の小物がもう一粒・・・・・



                ~END~



[2215] 銀凡伝(煽動篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:ac9866c1
Date: 2008/05/02 21:51

上位者の意地と下位者の野心が火花を散らす叛逆
だが下位者の中心と目される人物は大それた野心など持っていなかった

彼はただ運命の悪戯によって舞台の主役となってしまった哀れな子羊であった



■さよならは言わない■


さて、これからどうするかな?戦術とかは食詰め達に任せればいいけど
こればっかりは他の奴らに任せるわけにも行かないか


『二人っきりで話がしたいなんて、なんかちょっとドキドキしちゃうな♪』


まったく余計言いにくくなるような笑顔なんか見せるなよ・・・
ほんと、いつもいつも・・・困らせてくれるぜ


「サビーネ、今日限りで夫婦の縁を切りたい。俺と離婚してくれ」

            『ヤダ!』


おいおい、即答かよ?ちょっとは事情を聞こうってのはないのか?
いいか聞いて驚けTVを見て驚け!我らへイン師団は大逆罪を起こした逆賊だ
その罪は親類一同に及ぶからさぁ大変ってやつだ
分かったら我侭言わずにここへサインを押しておくんなせぇお嬢さん


   『愛しています。貴方のこと・・誰よりも愛しています。
    貴方の帰りを待ちたいです。待ってちゃダメですか?』


うん、えっとあー、まぁ・・そこまで言われたらねぇ
ああっとしょうがないかな?いや、ちょっと風に当たってくるわ


■■


   『ほう、随分と愛されてるじゃないか?』


うるせー、立ち聞きなんて趣味が悪いぞ、まったく

カーセさんも奥の部屋からハンドカメラで激写してるし
もういいや、この似た物夫婦には何言っても無駄だな


  「食詰め、この戦い負けらんねーな頼んだぜ」
   『安心しろ。俺がお前を勝たせてやるさ』

    
       ああ、頼りにしてるぜ相棒!!





サビーネ達は夫が大逆を犯したことなど全く気にしなかった。
彼女らは立派な元逆賊である。逆賊呼ばわりなど怖ろしくもなんともない

ヘイン達は再びシャンプールで再会する事をサビーネと約し、
エルゴン星系を離れることと為るが、


その約束は果たされず、ヘインが再びシャンプールの地を踏むことはなかった



■黄金獅子の咆哮■


ラインハルトは飢えた獅子と化していた
ただ、強敵との戦いに飢え、渇きを勝利の美酒によって癒そうとしていた


軍令を司る統帥本部がファーレンハイトの離反によって欠けようとも
ランズベルクによってゴールデンバウムの残滓を保護することを呑まされようとも


      『そんなの関係ねぇ!!!!』


今、黄金獅子が求める物は勝利!!ただへインを打倒することを欲していた



■皇妃の品格■


ヘイン造反の報以後、以前の病臥を感じさせぬ覇気を持って
精力的に出征の準備に励む夫に対し、皇妃ヒルダは諫言を行おうとしていた。


彼女は最初ヘインの叛逆を信じることができず、大きく動揺し取り乱しかけたが
たまたまヒルダの元に訪れていたアンネローゼにしっかりしなさいと叱責されると共に
後悔しないように信じた事をしなさいと励まされ、


悲劇的な結末を避けるために、夫の不興を買ってでも親征を止める決意をしていた。


「陛下、此度のブジン大公の叛乱はラング内務省次官等の跳梁跋扈が起因
 一先ず、彼を更迭し他の者を任に当てればロイエンタール元帥を含め皆得心し、
 乱を好まぬブジン大公もその矛をおさめ、陛下の御前に必ず揃って参じましょう」


ヒルダの本心としてはここでオーベルシュタインの更迭も進言したかったが
ブジン陣営のロイエンタ-ル元帥がラングと軍務尚書を君側の奸と糾弾しているとは言え
ラングと違って私心の無い彼まで自身の好悪によって排斥を主張することは出来なかった。


『つまり、皇妃も予が軍務尚書やラングの木偶であると申したいのか?
 それにラング次官に罪は無い。好悪によって罰すると言うわけにはいかぬ』

「いえ、罪ならございます。これをご覧頂けますか」




ヒルダの差出した報告書は故ルッツとヘインの依頼によって
ケスラーが作成した不穏分子調査書の一部であった。

そこには地球教やルビンスキーら旧フェザ-ン系不穏分子に
トリューニヒトやラング等の動向についての調査結果が纏められており

未確定で調査中の事項が殆どであったものの、
ボルテックを、工部尚書シルヴァーベルヒを死に追いやった爆弾テロの主犯に仕立てあげ
無実の罪で死に追いやった事実がラングとルビンスキーによって仕組まれたのものであると
その調査書には証拠などの裏付けに基いて克明に記されていた。

また、先のブジン大公及びヤン・ウェンリー暗殺未遂事件の際に
地球教及びルビンスキーが実行犯として用いた二名の精神病患者を調達する際
内国安全保障局長ラングが、特別な便宜を図ってそれを容易にした事実も記されていた。


■■


「ルッツはよく予を見限らずにいてくれたものだ。
そしてヘインは予の愚かさに失望したと言うわけか」


ラインハルトは読み終えた調査書の脇机に置くと
その表紙の上に手を置き、指でタイトルを静かになぞる
その指はどこか慄えており、彼の心情を写すかのようである


「予はいつも、いつも愚かであった・・ルッツに対して、そして何よりヘインに対して
 予は清濁を併せ持つ度量をあいつに見せたかった。それが予の狭量だと気付かずに」


ヒルダはただ握り締められた伴侶の拳を見つめつづけた
もはやラインハルトは誰の意見も求めているように見えなかったのだ


「もう、ヘイン等に対しては手遅れかもしれぬが、今からでも
 ルッツの忠誠には報いたいと思う。それでいいか、皇妃よ?」


ヒルダはその問い掛けに一礼を持って応え、その場を後にした
 


■理想の部下■


『皇帝は内務省次官ラングの拘束を裁可したようです』


軍務省の尚書室の長の反応を窺うためフェルナーは声をかけたが
オーベルシュタインは表面上なんら反応を示すことはなかった


腹心と目されるラングが拘禁されたのである。
常人であれば連座を怖れ、なにかしら取乱しても手も良さそうな物だが
残念な事に、問いかけられた男は常人ではなく、
不出来な駒が一つ盤上から転げ落ちたぐらいで心を乱すようなことはない。


義眼はフェルナーに席に着くように言うと、
主に対叛乱軍討伐にかかる後方支援について矢継ぎ早に指示を出していく
既に席についていた副官房長のグスマン少将はその指示を黙々と処理する。

それを見てフェルナーは肩を竦めると、怖い上司に睨まれない様に
横の同僚と同じく黙々とヘイン討伐軍編成の準備を進めていたが

どうにもヘイン造反に対する上司の態度や心情が気になり
ついつい、オーベルシュタインの表情を窺う回数が知らず知らず増えていた


「フェルナー、少々作業を進める手が疎かになっているな
 卿らしくもない。なにか私に言いたいことがあるようならば
 いつものように直言すれば良い。答える答えぬは私が判断する」


このときフェルナーは何も問うことが出来なかった。
それほどの威圧感を横に座る男は出していた。
最早フェルナーに許されたのは黙々と職務をこなす事だけであった。


ヘイン討伐軍の編成は滞る心配は無さそうであった



■ハロマコプロジェクト■


ロイエンタールによるヘイン立位演説から一週間、
エルゴン星系に新たなヒロインが誕生しようとしていた。

彼女の名はナカノ・マコ、忌まわしき虐殺劇の生き残りであった。




可憐な少女が語るヴェスターラントの真実、
見殺しにされた民衆達、それを命がけで救おうとしたヘイン
それを力で捻じ伏せた皇帝ラインハルト


かつてヘインを虐殺見殺しの共犯者と誤解し
自身の手にかけようとした罪の告白

そして、それでも変わらず今まで通りに
自分を庇護してくれるヘインへの感謝の言葉


彼女は銀河に問う・・本当の民衆の味方は誰なのかと


■■


『おつかれ、マコちゃん。でも良かったのか?』

「もう、あんたそれは言わない約束でしょ?ってね!
 少しでもヘインさんに恩返しがしたかったから良いの」


ほんと、普通だったらどんな手段を用いても勝とうとするのに
殺されても文句の言えない立場の私なんかに気を使ってくれる

うん、そんなヘインさんのためだからプロパガンダ?だっけ
に私のカコバナが利用されてもいいし
逆に、ヘインさんの役に立つならどんどん使ってほしいぐらい


『そっか、ありがとマコちゃん!でもマコちゃんに
 女優顔負けの演技力があるなんて、ホント驚いたよ』


だって、女の子は大好きな人のためだったら
奇跡だってなんだって起こせちゃうんですよ





ナカノ伍長の告白は銀河に少なからぬ影響を与えた
リップシュタット戦役が早期終結を迎えた原因の
ヴェスターラントの真実が白日の下に晒されたのだから


この少女の告白によって大きく揺れ動いたのは
帝国領内に広大な規模を持つブジン大公領の民衆であったが
その他の星系の民衆も動揺し始めていた。


表立った批判はまだ出ていなかった水面下レベルでの現帝国政権に対する不安が変化し
不満と反抗の色彩を帯び始めながら広がっていったのだ。


ブジン大公領の各星系は独立の動きを加速させ反帝国的色彩を強め
また、ヘイン派が多数を占める官僚や内政官等の出仕が更に滞り始めるなど
彼等の同様は民衆以上に大きく、国政の運営に支障が出始めていた。


このまま事態が悪化すれば民衆レベルでの生活環境にも影響し
新帝国は内部崩壊する可能性もあった。


それほどヘインの抜けた穴は大きく、
一人の少女の告白はその穴を見事に抉る事に成功していた


だが、皮肉な事にこの動揺を抑えた者はヘインに縁深い者であった



■ブジン大公治国論■


皇帝の覇気に凄みを増す義眼の威圧感、種無しの勇名と
政戦の内、戦については完全に動揺は抑えられ纏まっていたが


閣僚の大半がヘインの推挙による者に占められ
官僚の多くがブジン伯領にて統治を学んだもの達で構成されている
内政面の動揺と混乱振りは軍の比ではなかったのだ。


最初、シルヴァーベルヒの死に言宰相ヘインの叛乱と
次々とライバルが消えた事に内心野心を膨らませ、
栄達の好機と積極的に事態への対応に当たる内閣書記長マインホフであったが
現在の窮状を治めるほどの才覚はやはり無く、数日でその自身は打ち砕かれる

まぁ、それでも職務を投げ出さずに足掻き続ける彼は充分に傑物と言えるのだが
やはり政治の世界では結果が出なければ意味は無い


次代を担う俊英が足踏みする中、事態を好転させた男は己の分を知る
シルヴァーベルヒの後を継いだ工部尚書グルックであった。

彼はブジン宰相の穴は凡俗非才の自分では到底埋めることは出来ない
宰相の穴はブジン宰相によってのみ埋める事が可能と定例閣議で主張


『ブジン大公治国論』なる書を発表し、
出仕を怠る官僚や乱を企む民衆と言った問題を見事解決して見せたる。


その内容は、為政者の富貴は民衆富貴と比例すると言った
かつてヘインが幼き頃に皇帝ラインハルトに語った内容や

自身も参加したブジン星系改革記から、そこで登用された者達が
国政の中枢で勇躍する過程を綴った国政大改革記

そして、一部の優秀な者だけでなく、誰にでも分かる改革案の重要さを
閣僚から高級官僚に至るまで徹底的に理解させた手腕

そして自身が一度辞意を表明した際に見せた上に立つ者としての度量


このように記された内容は本人が聞いたら
有頂天になってしまうぐらいの絶賛振りであった。


そして、最後に国政が停滞すれば、国は乱れ民衆が泣く
軽挙と乱によって事態は決して好転せず、むしろ悪化する

ブジン宰相は誰よりも乱より治を望まれた。官は民に奉仕し、民は治を尊べ!!
とヘインの想いを勝手な解釈で記して締めくくられていた。





後に『官奉民治論』と呼ばれるグルックの治国論は
出仕を滞らせた官を激減させ、国政の運用状況を正常な形に建て直す事に成功し
民衆の間に広がっていた動揺を大きく抑える結果をもたらす。

だが、依然としてブジン大公領の民衆は反帝国的姿勢を崩さず
他星系の民衆の動揺も叛乱による混乱が長引けば、
どう転がるかは分からない状況が続いていた。


ラインハルト率いる新帝国に残された猶予は
それほど長いものではないという認識は帝国上層部の共通する所であった



■年貢の納め時■


叛乱後も新領土総督府に入り浸る少女にロイエンタールは少々頭を悩ませていた。
先日つい気を許して互いにグラスを傾け、親密な仲になってしまったため

現在の状況を生み出した責任の一端が自分にあるという自覚もあり
少女に対してなかなか強くでることが出来ないことも彼女の侵入を許す大きな原因であった


それにしてもとロイエンタールは思う。女性との関係で自分が負目を感じて
強く別れを言い出せないなど、随分と自分も丸くなったものだと

それは、今日も飽きずに執務室を訪れずる少女の
余りにも真っ直ぐすぎる姿に知らずと影響されたせいかもしれない。


だが、不思議と好ましく感じているこの状況も
終わらせる時期が来たことをロイエンタールは知っていた

どんな言葉で取り繕おうとも自分は大逆の罪を犯し
負ければ無論のこと、例え買っても無理やりヘインを巻き込んだ事を考えれば
自身の未来が己の矜持の高さ故に、固く閉ざされたことをよく理解していた。


そのため、彼は珍しく好意と呼んでも良い感情を持つに至った少女を
大逆の罰の贄にする前にどこかへ放り出す必要があると考え、それを実行に移す。


■■


「エルフリーデ、俺は大逆の徒で勝敗に関わらず道は閉ざされている
 だから、お前は別の道を歩め、俺と離れてどこか好きな所へ行くがよい」

『うん、それ無理!だって私のお腹には本当に貴方の子がいるんだもの☆』


ロイエンタールの問い掛けに、少女は最悪の回答を返す。
そのうえ、結婚式の日取りと会場も決めたなどと早口で喋り始め
悪夢のような展開を見せ始めていた。


なによりも彼にとってショックだったのは
信頼する軍事査閲官ベルゲングリューン大将が
少女に言われるがままに式場の予約等の実務を行っていたことだろうか





小さな幸せが新たにハイネセンで生まれていたが
情勢の変化は止まる事は無く、より混迷を深めいていく
そして、その混迷はイゼルローン回廊へ既に到達していた。



    歴史を彩る英雄達が再び乱世の舞台へ集う


   ヘイン・フォン・ブジン大公・・・銀河の小物がもう一粒・・・・・



                ~END~



[2215] 銀凡伝(戴冠篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:f16f834d
Date: 2008/05/25 21:24

かつて叛徒と呼ばれた自由惑星同盟の残党
エル・ファシル自治政府に一人の使者が訪れていた。


その男の名はヘイン・フォン・ブジン、ブジン朝初代皇帝その人である。


■交渉人へイン■


エルゴンとエル・ファシル星系は隣接しており
ラインハルトに先んじて政府首脳と交渉できたことは
ヘインにとって大きなアドバンテージであった


また、無防備のエル・ファシルの直ぐ側には
不死身のヘイン師団5万が出撃準備に追われており

当初、自治政府からヘインの来訪は、
交渉のためというより恫喝にやって来たと思われていた。


しかし、実際の来訪に当たってヘインは僅か100隻程度の小艦隊のみ引き連れ
大気圏内に降下した戦艦はオストマルク一隻のみという徹底ぶりで
極力威圧外交にならないよう努めた。

更に、出迎えに現れたロムスキー議長に対してもヘインは慇懃に接し、
議長が逆に恐縮してしまうほど腰の低さを見せる。





後に『エル・ファシル会談』と呼ばれる交渉は
成功が約束されたような状況で開始される。


ヘインには『マコの告白』以後、民衆の味方というイメージが定着しており
来訪時の低姿勢もあってか、エル・ファシルの市民から熱烈な歓迎を受けることとなる

世論は落ち目の独裁者ラインハルトを最愛帝へインと共に打倒しようという
主戦論に急速に傾き、不敗の魔術師と不死身の道化師による共闘へ胸を躍らせていた


なにより、ヘインはロムスキーやヤンといった首脳陣を暗殺から救った恩人であったため、
政府首脳の大半は親へインであった。もちろん、ヤンを除いてではあるが・・・


こうした状況下でヘインがロムスキー等に提起した条項は
大勢の予想を大きく裏切る非常にささやかな物であった


1.エル・ファシル自治政府は銀河帝国継承戦争に対し、不介入・中立の立場をとり
イゼルロ-ン回廊を含めた自治勢力圏における、他勢力の軍事利用・通過を排他する
2.1の条項に抵触する勢力に対し、神聖銀河帝国はエル・ファシル革命軍と共闘し、
  これを排除する事を約する。
3.継承戦争終結後、両国元首は恒久的な平和の実現を目指すため、
  両国友好条約の締結に向けた外国交渉を継続的に行う事を約する。


これらのアンスバッハ草案の友好条約をヘインから提示された
ロムスキー以下の自治政府首脳は、即座に閣議決定を行い条約に調印する。


この結果、ヘイン一味は戦力の増強は図れぬもののヤンの動きを封じ込め
イゼルローンとフェザーン回廊から新帝国軍の同時侵攻による
二正面作戦を強いられる危険性も完全に取り払う事に成功する


多くは望まず、相手を踊らせたヘインの外交手腕は、後々高く評価されることとなるが
その実現に貢献した立役者の名が大きく喧伝されることは終ぞなかった



■イゼルローンは動かない■


『提督・・・、ロムスキー議長と神聖銀河帝国皇帝との会談が合意に達したそうです』

「ああ、まったくみごとだよ。ブジン帝の鮮やかな手腕といったら
 虐殺被害者の遺族を見世物のように利用して、政敵を徹底的に貶め
銀河中の世論を味方につけた上で、不倶戴天の敵であるはずの
民主共和主義者と逸早く手を結び、戦略上の優位を確立している」


ユリアンの報告を受けたヤンは、心底嫌そうな顔をしながら
ヘインのこれまでの行動の抜け目の無さと悪辣さについて論評を始めるが


『あれ、先輩も救国軍事革命会議の奴らをローエングラム候の
 走狗って喧伝して徹底的に貶めたりしてませんでしたっけ?』


艦隊の訓練結果を報告に来ていた後輩によって遮られてしまった
この指摘にはさすがのヤンも閉口しつつ『あの時は仕方がなかったんだ!』と
負け惜しみを言うのがやっとであった。


      『やっぱ提督とヘインさんって似ているんですよ』





自らの被保護者に止めを刺されつつも、ヤンは今後の情勢変化へ思考を馳せていた
ヤンは思う。皇帝ラインハルトは苦戦を強いられるだろうと

彼が帝国の実験を握って以後、初めて戦略レベルで遅れをとった状態で開戦する
今回の継承戦争は過去、二度にわたって成功した同盟領侵攻作戦と違い

ブジン帝率いる大軍団が相手にしなければならない。
その上、離れつつある民心を取り戻すためには
彼らを相手取って可能な限り早い段階で大勝利する必要があった。


軍はもちろん政財界においてもブジン帝シンパは数多くいる
それらの勢力が有機的に結合し、ラインハルトの足を引っ張り始めれば・・・


そこまで考えヤンはある種の違和感を覚えた。
なぜ、あの用意周到で手段を選ばない男が、使える地盤に手を付けずに叛乱を起したのか?と
用意していないのではなく、用意できなかった・・・・!?



  「やれやれ、ブジン帝もなかなか苦労しているみたいだね
   今回はじゃませずに昼寝でもさせてもらう事にしようかな」

     『あら、あなたの場合は『今回も』でしょう?』


クスクスと笑いながらフレデリカは夫の言葉を正確に訂正するが
訂正された方は既に顔にベレー帽を被せて眠りの世界に飛び立とうとしていた。


         今日もイゼルローンは平和である



■あれ~ハイネセンへ■


ヤンと違って昼寝など出来る立場ではないヘインであったが
オストマルクの自室でごろごろとしていた。

一先ずは、戦力をバラート星系周辺まで集結させ
敵中深く入り込み敵の兵站に最大限の負荷をかける

その上でプチプチねちねちと持久戦に持ち込み
敵を継戦不可能状態まで追い込み勝利、若しくは有利な条件で講和する
それが、ヘイン達の基本方針であった。


この戦略方針はヘインの発案であり、最後に使えそうな原作知識を頼みとした
非常に適当な思いつきで生まれたものであった。

ラインハルトの命脈がそれほど長くないと知っているヘインは
とりあえず時間切れ狙って引き篭もればなんとかなるんじゃねーと思いついたのだ
このいいかげんな考えを基にした持久戦法をヘインは幹部一同に披露したのだが


ラインハルトの求心力の急速な失墜や、旧帝国領内におけるブジン勢力の蠢動など
長期戦に持ち込むことが大局的に見て理に適っていたため
ファーレンハイトを始めとして、皆がヘインの基本方針に賛同の意を示した。


■■


さて、ハイネセンに着いたら俺の戴冠式を盛大にやるらしい


ヒネタ根暗ヤロウやカッコつけチャンどもなら
『皇帝の地位など虚しい』や『地位と権力など下らぬ』とか抜かすのだろう


ナチュラル系とかユルユル君みたいな勘違いヤロウどもは
『皇帝?俺は俺さ』とか『そんな面倒はごめんだな~』なんて馬鹿発言をかますだろう



            だが、おれはそんな奴らとは一線を画す
              正直、めちゃくちゃ嬉しいです!



だって、神聖にして不可侵な皇帝ですよ!!もうみんなブジン帝万歳~とか普通に言ってるし
皇帝といったら絶対君主だぜ!やりたい放題の贅沢三昧のハッピーライフ!


それに皇帝といったら後宮・大奥・ハーレム設置でうひゃっうひゃ一直線間違いなし
サビーネにだって『皇帝の責務なのだ、許せ皇后』とか適当にいやOKだろう


だって周りが子作りしろしろ言うんだから仕方ないよね~
もう、毎日旨いもん食って可愛い子達に囲まれてなんてビバ!皇帝!!

早くハイネセンに着かないかな~♪神聖銀河帝国皇帝へイン陛下はご機嫌だ~





予想以上に自分に有利な状況にヘインは完全に浮かれていた。
ヤンを封じ込め、帝国の二正面作戦をも挫き
世論は大きな風となって自分を後押ししている。


このような状況では、いかに優れた人物であっても自制することは難しい
凡人中の凡人のヘインが舞い上がっても仕方が無いことであろう。

そう、得るものの大きさに応じた代償の重みを知る前では・・・



■黒い家■


『地球教の残党が旨くロイエンタール提督を嵌めたみたいだけど
 これもあなたの脚本の内かしら?ブジン大公、いえブジン帝の叛乱も?』


「ドミニク、いくら私でもそこまで全能と言うわけではない。
 今回のブジン帝の叛乱に関しては、残念な事におれは無実だ」

『そう、いまやあんたもただの脇役ってわけね。あんたがどんなに頭を使っても
 舞台の裾野で光を浴びる人間の邪魔をするだけ、今はそれすらも出来ないか』


かつての情婦の辛辣な言葉に返答は無かった。

ルビンスキーはより強くなる頭痛に耐え、
新たな策謀へと思考を巡らすことに意識を集中していた

本人は否定するだろうが、これは現実から目を逸らす逃避であった。
かつてはその智謀で銀河を動かし怖れられた男の面影は既に無かった




失墜する黒狐と反対に気勢をあげるのは地球教のド・ヴィリエであった
ヤンやヘインを害するのには失敗した彼であったが

ロイエンタールの叛乱を狙った策謀がヘインの叛乱へ発展し
いまや銀河は最終戦争へと一直線である。


この戦いで疲弊した勝者を上手く操れば自分が銀河の真の支配者だと
都合のいい未来図を描き、いそいそと各地の信者へ指令を飛ばしていた



ロイエンタールの大芝居やマコの告白をプロデュースした
ヨブ・トリューニヒトもまた得意絶頂にあった。

自身の才能を如何なく発揮できる場を与えられ
彼の持つ妖怪じみた不気味さは往年の輝きを取り戻し始めていた。

宇宙を踊らす快感に彼もまた酔って踊っていた・・・



ロイエンタールは片方の瞳でそれを冷ややかに見ながら
奴も俺も所詮はヘインの掌で踊る愚者かと自嘲の笑みを漏らしつつ

色の異なるもう片方の瞳でドレス選びに夢中なアホの子と
カタログを黙々と差出す信頼する査閲官の姿を捉え、

ただ、ただ憂鬱な溜息を零していた・・・



■神聖帝国皇帝戴冠■


神聖帝国暦元年、新帝国暦002年、宇宙暦800年10月20日
新たな国家が誤算と誤解の下で成立する。

ハイネセンに降立ったヘインの戴冠が全銀河に向けて宣言されたのだ。


■■


『全人類の支配者にして全宇宙の統治者、天界を統べる秩序と法則の守護者うぷぷ・・
 神聖にして不可侵なる神聖銀河帝国ぶっふぅ~ヘイン陛下の御入来ってあはははっはゃ』


うん、マコちゃん笑いすぎ・・・とういうか食詰めニヤニヤしすぎ
ミュラーも下向いても分かるぐらい震えすぎ・・・
垂らしは良く分からんが何故か目が虚ろだし、エルはなんか機嫌が良さそうだな
うん、やっぱ心の友はナッハお前だけだな!!


畜生!!!こんな羞恥プレイを全銀河に流されるなんて・・・
皇帝なってヤッピ~なんて考えてたちょっと前の浮かれた俺をぶん殴りたい
列席者の大半が入場シーンで噴出すなんてイジメカッコ悪いなんてレベルじゃねーぞ!


『あ、すいません時間も押してるみたいなんでさっさと戴冠の儀を済ませちゃいますね♪』


おいおい、メインイベントじゃ無いのかよ!!なんか扱い酷くないか?
戴冠式だろ?戴冠がメインじゃないの?俺ってもしかしていらない皇帝?


『はい、おめでとう御座います!ヘイン陛下はこれからも頑張ってくださいね!
 では、続いて本日のメインイベントに移ります。じゃ、ヘインさんは下がってください』


おいおい、完全に前座扱いですか?というか皇帝なのに下がれって言われましたよ
何この超展開?だれだこの式典スケジュール考えたのは?
大逆罪一号でぶっ殺してもいいぐらいだ。おかしいですよマコさん!!!


『それでは、いま銀河一きれいな花嫁さんのご入場で~す!
 みなさん拍手でお迎え下さい!通路を空けてください~』



おいおい、邪魔だからって端っこに行かされましたよ。
こいつら、誰も俺の事を敬ってない・・・皇帝なのにいきなり隅に行けって
もう、この仕打ち・・・涙で前が見えません。



『さぁ、銀河一きれいな花嫁と結ばれる宇宙一の果報者の
 ロイエンタール提督は 壇上の方へ上がってください!!』






戴冠式から、ロイエンタールとエルフリーデの婚儀へと様相を変えた式典は
祝福と笑いや感動に包まれた非常に華やかな者であった。

式に残念ながら参加できなかった三姉妹からの新婦へのビデオレター
職場の同僚代表による沈黙スピーチの後のどんちゃん騒ぎ
その最中に酒瓶を片手に漢泣きをするベルゲングリューン
もう、私呑みますって感じでおかしくなっているヘイン・・・


終始、花婿が虚ろな顔をしていた点を除けば
大変すばらしい披露宴であった。戴冠式があったことなど忘れてしまうぐらい
もう賑やかで笑いあり涙ありの一大パレードであった。



   この瞬間だけ、彼らは同胞同士が相討つという悲劇的な未来を

          忘れることに成功していた



     ヘイン・フォン・ブジン帝・・銀河の小物がもう一粒・・・・・



               ~END~




[2215] 銀凡伝(梵天篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:f16f834d
Date: 2008/06/08 14:48



         ・・・それは閃光のようだった・・・



全てに終息が訪れ、新しい時代をいきる兵士達は
過ぎ去った日々をまぶしい物を見つめるような表情で語る・・・


神聖銀河帝国最後の戦いは歴史的意義以上に
宇宙を生きる人々の記憶にいつまでも残るものであった



■レンネンage■


ハイネセンの高級ホテルを臨時の皇居とした
ヘイン師団と新領土総督府の将官達は来るべき決戦に備えるべく
戦略会議にいつもの約一名を除いて没頭していた。


『ヘインの立案した戦略に従って、ローエングラム陣営を迎え撃つとして
 どこで、どのタイミングで対陣するかが、勝敗の帰趨を決める事になる』


会議の口火を切ったファーレンハイト元帥は大前提たる戦略を確認するため
再度示すと共に、その戦略に従いどのような軍事行動を取るか
居並ぶ諸将へ活発な意見の提示と討議を求めた。


『ローエングラム陣営の国情が安定しているとは言えない点を考慮し、
 可能な限り自陣深くに誘い込み、兵站に過大な負担を強いるべきかと』

『たしかにアンスバッハ大将の言われる通りですが、些か消極的に過ぎますな
 ただ負担を強いるだけでなく、伸びきった補給線を別働隊によって叩くのです』


堅実な意見を述べたアンスバッハに反論したのは野心旺盛なグリルパルツァーであった。
先のウルヴァーシ事件の鎮圧および調査を終えた後、ハイネセンに帰還し
叛乱軍への参加を表明したため、この会議への参加を許されていた。

なお、グリルパルツァーに誘われた形で同僚のクナップシュタインも
叛乱軍への参加を表明し、この場に列席していた。


両者とも、『二重の裏切り』を前提とした参加であったが・・・


『ほう、その別働隊の任務は責任重大だな。で、だれがその指揮を執る?』

『もちろん、私が責任を持ってその任に当たるつもりですが、
 クナップシュタイン提督と協力し、万全を期したいと思います』

『それで、二人揃って敵陣営に走り戻って来ぬと言う訳だ
いや、逆に我等の後背を突いて功名を為そうと言った所か』


ロイエンタールの痛烈な指摘に上気しながら言葉を返そうとするグリルパルツァーと
顔面を蒼白にし、同僚の軽挙に乗ったことを後悔し、
狼狽し始めたクナップシュタインを鷹揚に制したのは

裏切りを知識として知り、吊るし上げを提案した張本人のヘインだった。





「まぁ、落ち着けよ二人とも・・・なにもみんなで取って喰おうとしている訳じゃない
 そういや、事件調査で出てきた地球教絡みの証拠はどこにある?教えてくれないか?」

『そっ、そのような証拠は見つかっておりませんし・・・』


なおも見苦しく言い逃れをしようとする男に止めをさしたのは
瞳に雷光を走らせた男の鋭い舌鋒であった。


『おおかた隠匿のため処分したのだろう。戦乱に乗じる野心で道を誤ったな
 あのカイザーが決戦を二重の裏切りなどで汚した卑怯者を許すと思うか!!』
 
 
グリルの心もついに折れ、同僚と仲良く後悔の色を顔に浮かべ始める
そんな彼らをヘインはやさしく諭し、許しをあたえる。

その寛大な処置に衝撃を受けた小才子とその従犯は
あらためて自分の器の限界を知るとともに
ヘインの器の大きさを読み誤り、心からの臣従を誓うのであった。



■■


やれやれ、やっぱ二人とも寝返るつもりだったみたいだな
原作と違うから大丈夫かとも思ったけど、念のためにカマ賭けといてよかった~


まぁ、グリルの奴が地球教の事を何も垂らしに報告してないって聞いたから
多分、裏切る気なんだろうとは思ってたけどね!ほっ、ほんとだぜ!


しかし、やっぱ食詰めと垂らしは頼りになるぜ!
こいつらに任せときゃ勝てなくても負けは無さそうだな

とりあえずハイネセンの手前のリオヴェルデ星系に
ラインハルト達が攻めてくるまで待ってりゃいいだけだから楽なもんだぜ


軍の編成は食詰めと垂らしの両元帥がやってくれるし、
兵站や後方支援態勢の整備はアンスバッハとベルゲングリューンに任せればいいから

俺はお気楽にハイネセン観光を満喫できるはずだったんだが・・・





『ヘインさん♪あっちにクレープ屋さんがあったから買ってきました
 今日は天気もいいし、公園の広場へ一緒に食べに行きましょうよ!』


まったく、ウハウハハーレム建設ナンパ一人旅のはずが
こぶつきお散歩三昧になっちまったよ。狙ってた売り子のオネイサンには
『またマコちゃんとデートですか?あちあちですね~♪』とか言われるし
まぁ、いいんだけどね・・・マコちゃんも楽しそうだし


まぁ、娘に懐かれているうちが華だって言うしな
そのうち彼女もエルみたいに結婚して、新しい家族を作ってくんだろう
はぁ、たぶん俺泣くね・・・彼女の結婚式で間違いなく


『ヘインさ~ん♪ぼ~っとしてないで行きますよ~』


おっと、ついつい花嫁の父気分に浸ちゃったな
まぁ、可愛い娘とのデートは父親の楽しみの一つに違いは無い
せいぜい今をお気楽に愉しむぜ!!



■打倒へイン!!■


10月の終わりが近づく中、新帝国軍は出征準備の忙しさに追われていた
なかでもラインハルトを筆頭に軍務省の面々の働きぶりは凄まじく

その激務振りが祟ってかラインハルトはしばししば発熱し
病床から遠征準備の指揮を執ることが多くなっていた。

その鬼気迫る職務への精励振りは一般兵にも伝わることとなり
徐々にではあるが、ラインハルトへの信頼は回復し始めていた

この事態の好転を見て、玉体を案じたミッターマイヤーやヒルダなどは
親征の延期やヘインとの和平交渉を薦めたのだが
ラインハルトは頑なにそれを拒否していた。


一度は引き下がったヒルダであったが、病臥に着く事が増えた伴侶の身を案じて
最近は寝所を訪れるたびにヘインとの和解を強く薦めるのが彼女の日課となっていた


皇妃の言こそ正しいであろうと、ラインハルトは理性では分かっていたのだが
返す答えはいつも『NO』であった。

本能でラインハルトは感じとっていたのかもしれない
自分の命脈がそれほど長くない事を・・・


■■


自分でもしつこいと思うし、新婚早々に夫の不興を買う様な発言を繰り返すなど
賢い女のすることではないのかもしれない。

けれど、私は陛下とブジン大公の争いをどうしても止めたいのだ
たとえ夫が心底その対決を望んでいる事を知っていても


「陛下、どうかお考え直し下さい。ブジン大公とは和解するべきです
 非を認めて礼を尽くせば思慮深い大公のこと、かならずや帰参を申出るはず
一時の軋轢から争えば国土は荒廃し、銀河は再び戦乱の業火に包まれましょう」


『皇妃の言は正しいだろう。だが、聞き入れることはできない
玉座を失ってもよい・・・二度と戦えなくなってもいい・・・
やっと掴んだチャンスなんだ・・・!!ヘインを超える最後の!!』


いまのラインハルトを止められる唯一の存在赤毛の青年が居ない事を
これほど悔やむ事になるとは正直思っていなかった。

ブジン大公、ヘインさんが無条件にラインハルトの横に居ると
錯覚していたため、彼の喪失の重大さを見誤ってしまったのだ。





ヒルダがトライアングルの一角を担っていた赤髪の喪失を嘆くのを余所に
ラインハルトは生命力の全てを注ぎこむかのように
遠征への準備を押し進め、国内の安定化に辣腕を惜しむ事無く振るう

それを補佐するオーベルシュタインやグルック達は
ラインハルトの期待以上の働きを見せていた。


彼らは虚構の帝王へインを相手に、怯む事も気負うことも無く
必勝の闘志と覚悟を持って立向かおうとしていた。


ラインハルトはヴェスターラントの虐殺について総ての事実を包み隠さず語った
自身が部下の進言を容れ、最少の犠牲者で貴族連合との内乱を勝利するため
ブラウンシュバイクの虐殺を黙認し、政治的に利用したと・・・・

それを諌めるヘインを誅殺しようとしたこと
その報いとして、赤髪の親友を失った自身の愚かさを

また、今回のヘイン達の離反を招いたラングの跋扈を許した
自身の愚かさについてもいっそ清清しいと感じるほど率直に語り、


その非を詫びた!!銀河を統べる皇帝が銀河に住まう全臣民に対し
己の非を認め、その頭を深く下げて許しを請うた・・・


この衝撃的な映像は数えきれないほど繰り返し報道され、
今まで完璧無血の超人とも錯覚されていた皇帝ラインハルトが
過ちも犯す等身大の人間であると、広く民衆に伝えることとなる。


こうなると、不思議なもので皇帝の悪行と批判していた者達からも

『件の虐殺によって救われた臣民の数考えればやむを得ぬ処置』

『情のみによって国は治まらぬ。罪と罰を背負いながらも進む皇帝を
 大きく、暖かく補佐するのが帝国宰相足る者の務めではないのか?』


ラインハルトに対する擁護が沸き起こるようになり
批判と擁護は半々という形まで押し戻らされていた。


また、ラインハルトの命を狙った虐殺被害者の家族の兵士を
なんら罰する事無く放逐し、『なんどでも予の命を狙うが良い』と
豪語した話にも尾びれ背びれがどんとつき、
覇道をひたすら進む覇者として大きな求心力を得ることとなった。



■銀河を読む■


一度は恐慌さながらに求心力を失った皇帝ラインハルトが
なぜこうも簡単に失ったものを取り戻せたのか?

現政権を担うラインハルトを始めとした優秀な人材が
この危機的状況に残された猶予がそれほど無い事を共通の認識として持ち
各人が有効な措置を可能な限り早く確実に行ったことも理由の一つであるが
それだけで全てを解明できたとは言えず、様々な解釈と推論が生み出される事となる


ある史家は何世紀にも渡り傲慢な皇帝像が目に焼きついていた臣民に
潔く頭を下げた銀河を統べる皇帝の美しい姿は、
天地が揺らぐほどの衝撃的なもので、民衆に新時代の幕開けを感じさせた。
そして、不審や不満のなどといった負の感情から彼らを解き放ち
進歩や革新といった正の感情へと転換させる事に成功したのだと推察した。


別の政治学者はグルックやオーベルシュタイン等を代表とした
優秀な陣容を揃えた政権が賞賛すべき統治を行っている事を
民衆が理性と本能で知覚しており、未知数の新政権より
及第点どころか最優秀点を得てもおかしくは無い現政権の存続を
望んだことはなんら不自然なことではないと評し、

その優れた政権を生み出したのが、叛乱者のブジン帝であるとは
運命の皮肉を感じざるを得ないといった文で締めくくっている。


この情勢、世論の変化に様々な論評が行われる中、最も辛辣な評で事実を読み解いたのは
当時、傍観者という立場でその光景を見つめていたヤン・ウェンリーであろう。


『結局、虐殺の悲劇の当事者は少数であり、大半の民衆にとってそれは他人事だった
 ならばそこから得られる効果と期間が限定的になることも当然の帰結とういう訳だ
 その正しさは、それを仕掛けたブジン帝の行動を注意深く観察すれば明らかになる』


つづいて書かれた評には、ヘイン・フォン・ブジン帝に対して
やや評者の私情が含まれているきらいがあったが、正鵠を得た評でもあった。


『ブジン帝は虐殺の事実を公表し、民衆の支持を利用して行ったことは
エル・ファシル自治政府との間に不可侵条約を結ぶことのみであった。
 その後の彼はハイネセンの奥深くに陣取り、無謀な侵攻を行おうとしていない
 仕掛け人である彼は、当然だれよりも正確に虐殺公表の効果を知っていたのだから』


この評を師父から直接聞いたユリアン・ミンツは後に親しい友人に
『評する者も、評される者も』と穏やかな笑みを浮かべ懐かしむように語っている



■後ろのベアード■


新帝国暦002年11月9日、討伐の大号令から丁度一月
全ての準備を終えた帝国軍はフェザーンを後にし、ハイネセンへ向け進軍を開始する。

その総艦艇数は当初の予定動員数を上回り10万隻を超える大兵力となり
まさに決戦を行うに相応しい陣容を誇っていた。


これに対する神聖銀河帝国軍、通称へイン軍はハイネセンに引き篭り
進軍するラインハルト率いる帝国軍の前に姿を一向に現さなかった


このまま永遠とヘイン軍は現れず、ハイネセンに到着してしまうのではと
新帝国軍の兵卒が思い始めた12月2日の午後2時27分


ヘインを総大将とする約9万隻の大艦隊がその姿を現す!!!
リオヴェルデ星系にてヘインは万全の防御陣を布いて
ラインハルト軍の侵攻を来るな来るなと待ち構えていたのだ!!




■■


『ヘインさん!敵旗艦ブリュンヒルトより通信が入ってます!』


金髪の事だから堂々と宣戦布告でもしてくんのか?
いっそのことこの場で土下座とかして許してもらえれば・・・
いや、だめだあいつの横にはいつでも俺の首を狙ってる義眼がいる

まぁ、いいやとりあえず話ぐらいなら聞いてみるか
マコちゃんつないじゃっていいよ!『了解です!』



『久しいなヘイン・・『マコちゃん!!なんでそんな奴の肩を持つんだ!』えっエミール?』

『五月蝿いわよ!洟垂れエミールの癖に私に意見する気?』
『洟垂れって、そっちの叛逆者はロリコンのウンコ漏らしじゃないか!!』


『なによ!男はみんなロリコンなんだからいいのよ!!その後の方は・・まっ、まぁいいのよ!』
『違う陛下は、ラインハルト陛下はロリコンじゃない!!あんな奴はほっといて戻って来て!』

『ふん、ロリコンじゃなくてもシスコンだったら似たようなもんじゃない
 マザコンのエミールなんか大嫌い!ヘインさんの方が100倍マシなんだから!』

なんか、当事者二人を無視して従卒二人が盛り上がって参りました。
とりあえず糞垂らしのロリコンでダメ人間な俺は端の方で体育座りをするとです。

ウンコ漏らしとか、ウンコぐらい何よとか激論を交わしてますけど
もう、その話題は勘弁してください・・・だれでもいいから二人を止めてくれ・・



            『このロリコンどもめ!!!』






カオスに支配されたファルスに終幕をもたらしたのは
隻眼のベアード大尉の勢い任せの一喝であった。

その大きく見開かれた隻眼の迫力によって混沌に支配された
両軍の旗艦司令部の頭を冷やす事に成功したのだ。
余談ではあるが、彼はその功によって帰国後少佐へと階位を進めることとなる。


とにもかくにも一人の士官によって両軍首脳部の会見は終わり
言葉ではなく砲火によって語り合う決戦が始まる・・・



ヘイン・フォン・ブジン帝・・銀河の小物がもう一粒・・・・・



             ~END~





[2215] 銀凡伝(詭計篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:e26cc54f
Date: 2008/06/22 21:48

慎重を期してじりじりと前進するラインハルト軍に対し
ヘイン率いる叛乱軍もじりじりと後退していた。

後に超銀河大戦と呼ばれるリオヴェルデ会戦はしょっぱい展開で始まる


■銀河の中心で愛を叫ぶ■


なんだか、周りの目が生暖かい気がする。いやこれは気のせいじゃない
『ウンコもらしても気にすんなよ』って目であいつも!こいつも!

そう、俺を哀れんだ目で見つめていやがる。
じりじり後退する逃げ腰作戦との相乗効果でウンコ帝ってあだ名に

うん、固定されちゃいそうでこまっちゃう♪


いや、落ち着け!俺!!この際ウンコのことはあとで考えよう
いまは何故だかゆっくり近づいてくるラインハルト達への対応が先だ


そもそも、ここまでラインハルトの陣容が厚いとは計算外だぞ
マコちゃん虐殺公表で兵士や民衆の不平不満爆発の大混乱で
補給にも不安を抱えながら悲壮な決意で5万隻程度が遠征してくるはずだったのに

なんでこっちより大軍でやる気満々なんだよ!!!
食詰めや垂らしに任せても勝てるかどうか分からねーぞ


・・・と、ただの凡人は慌てふためく所だろうが
ヘイン様はただの凡人じゃない!!我に必勝の策あり
がくがくブルブルしながら、引き篭もってこの先生きのこる案を考えてた成果を見せてやる!


「よし、マコちゃん!!プランBだ!!オストマルク全速前進!!!」





『ヴィルヘルミナ級一隻のみがわが軍に向けて急速接近!!
 左右に盾艦!?オストマルクです!!旗艦が単艦で突出!?』


信じられない情報が通信士官によって、
ラインハルトを始めとする軍首脳へと伝えられる

さらに、この軍事的にありえない行動を行ったと思われる人物が
『あのヘイン』であったため、罠の存在を警戒した新帝国軍は進軍速度を更に弛めた


そのため、両軍の中間点に戦艦一隻が威風堂々と
その存在を誇示するという奇妙な状況が生み出された。


『敵旗艦より両軍に向けて通信回線が開かれています!?』





「え~テス、テス、あっあ~マイクテス中、っといいかな?おっほんえっへん
 よし、みんな注目~!!どうも神聖銀河帝国皇帝のヘインです。よろしく
 え~、なんというか私が危険を犯して単艦で突出したのはこの無意味な戦いを
 そう、一兵の犠牲も無く終わらせることが目的であります。つまりですね
 こぶしで語り合うより、やっぱ愛でしょ!最後には愛が勝つのであります!!
 愛すべき戦友と戦って、愛する家族に会えなくなるのは非常に悲しいことです」



『ファイエル!!』『ファイエル!』『斉射三連!撃ち落せっ!!』



ラインハルト率いる新帝国軍は射程に突出した敵艦を捉えると
一斉に射撃を開始し、何万本という中性子レーザによって
しどろもどろで要領を得ない演説を強制終了させた。


旗艦オストマルクの擬装を施したベルリンは宇宙の塵と化した。
ヘインが無防備に敵の目の前に出てくるなどと誰ひとり思っていなかった





プランBが一瞬で崩壊し、『演説途中で撃つのらめぇぇえ』と半ば錯乱しているヘインに対し


『おい!きたないから片付けて置けよ。そのぼろくずを』


と通信を送ってきたラインハルトは
どこかの戦闘民族のような好戦的な笑みを浮かべていた。


これをみたヘインはちょっとちびりつつ、
当初の予定通り食詰めに全権を与え、お任せで行く事を決意する。


以後、総司令官へインに対し各艦隊指揮官から指示を仰ぐ
通信が度々送られてくるが、その殆どにヘインは


『・・・ファーレンハイトに全権を与える・・・』『・・・ラインハルトを打ち倒すのだ・・・』


と同じ内容をただ繰り返すのみであった。
凡人の出番は終わり烈将と常勝による戦いが始まる



■トロイの母艦■


左翼のビッテンフェルトに対し、ミュラー指揮下の旧同盟軍の無人艦艇が
猛然と突撃を開始した事によって激しい砲火の応酬が始まる。


使えるものは何でも使う・・・へインと食詰めの庶民派コンビは
開戦前から新領土中の旧同盟の基地に放置されていた
戦略物資や艦艇をかき集めて戦力の上積みを行っていた。


そして、その無人艦艇を中心とする半個艦隊はいま
帝国最強の呼び声高い黒色槍騎兵に無帽とも言える突撃を行う


『敗残の寄せ集め艦艇など物の数にも入らぬわっ!このまま敵右翼ごと粉砕してくれる!』


猛将ビッテンフェルトは弱敵と言っていい旧同盟艦艇を中心とする無人艦隊を
最強と自負する自身の艦隊にあてがわれた事に檄し、猛然と反攻突撃を開始する。

当然、前進したことによってできる側面への攻撃を狙った
罠という可能性も考慮したが、それに対するのは本陣のミッターマイヤーのすべき事と
勝手に下駄を預け、目の前の惰弱な無人艦艇を次々と屠っていった。


『まったくビッテンフェルトの奴め、一回ぐらいフォーロする身にもなってみろ』


僚友の思惑を理解し、その自分勝手さに文句を言いながらも
傘下のバイエルライン、ビューローの分艦隊を用いて
敵右翼と本隊の結合部分に間断ない一撃離脱攻撃を加える事によって

ファーレンハイト等による側面攻勢を牽制し、それを防いだ手腕は
派手さは無いものの余人が真似できる物ではなかった。

だが、惜しむべきは今回の相手が余人ではなく鬼才の持ち主であったことだろう。





半ば旧同盟無人艦隊を撃破ないし、突破しつつあった黒色槍騎兵艦隊は
右翼の本隊とも言えるべきミュラー艦隊との衝突によってその突進力は鈍らされる。

これによって帝国軍左翼最前線は尚も前進を続ける多数の無人艦艇と
後方から慣性に従って前進を続ける味方の艦艇による密集状態に陥る。


『頃合だな、ホフマイスター大将!!多少の犠牲は無視して構わん
 のた打ち回る黒猪の脂の乗った横腹を思う存分喰らい尽くしてやれ!』


ファーレンハイトの指示によって旧同盟軍艦艇からスパルタニアンが一斉に飛び立ち
黒塗りの艦艇に次々と穴を穿ち、側面からの艦砲によって死の業火で包んでいく


本来ならば爆薬を満載したコンテナ等を敵艦隊のど真ん中で大爆発をさせるのが
もっとも効率がよい手法であるが、そう上手くはいかない

自陣から敵陣のその爆弾を運ぶ前に
敵の砲火によってそのコンテナや艦艇が撃破されれば、
敵軍に損害を与える前に自軍が大損害を受けてしまう。


それを避けるための代替案は、無人戦闘機を利用した体当たり作戦であった
時折回頭する母艦から無秩序に射出される戦闘機群は
怖るべき質量兵器として黒色槍騎兵を脅かしていた。


無論、敵味方が入り乱れる過密状態を作り出した上に
ミッタマイヤー等の攻勢を度外視した分艦隊が本隊から分離して
側面から激しい砲火を加えた結果によって得た条件付きの戦果である


だが、この手の込んだ奇策というよりもペテンに属する策によって
ビッテンフェルトの怒号をもってしても戦線を維持することは適わないほど
ラインハルト軍の左翼は乱れていた。


序盤戦において、先ずは烈将が先手を取っていた。


■■


『陛下、ブジン大公の詭計によって黒色槍騎兵艦隊は半壊状態にあります
 ここは直営艦隊を割くか、ミッターマイヤー元帥に援護させるべきかと』


総参謀長オーベルシュタイン元帥は左翼の劣勢を覆すために
中央本隊から増援を送る案を皇帝に進言するが
彼に返された答えは『ナイン』であった。


このときラインハルトは左翼で展開されている戦況と
今後の推移を、仕掛けた相手以上に正確に理解していた。


「その必要は無い、ビッテンフェルトを悩ます無人艦艇が彼等の生命線となろう」


その一言で冷厳な頭脳を持つ参謀長は全てを諒解した。
奇術の種が足かせとなって、遠からず敵の攻勢も制限されると言う事を


「さて、せっかくヘインが本隊から戦力を抜いてくれたのだ
 そこを突かねばあいつの期待を裏切ることになる。回線を繋げ」


ラインハルトの指示によってブラウヒッチ大将とグリューネマン大将が率いる
約13000隻の艦艇が黒色槍騎兵に横撃を加えるホフマイスター艦隊の直ぐ横を
最大船速で駆け抜け、神聖銀河帝国軍本隊に喰らいついた。


分艦隊と本隊の繋ぎ目を的確に突いたその攻勢は
本隊と分艦隊、ミュラー艦隊との有機的な連鎖を断ち切り
ビッテンフェルトに艦列を立て直させる貴重な時間を与える。


旧同盟艦艇を利用した無人艦隊は早々と役目を終えることとなった。


『さすがはカイザーと言った所か、味方の増援に動いていたら
 アムリッツァのヤンよろしく集中砲火で撃破してやれたのだが』


『ヤベーよ』『ホントに大丈夫だよな!!』『俺だけ帰っちゃだめか?』と
後ろで五月蝿く喚くヘインを無視しつつ、
烈将と呼ばれた男は小戦団に分けた艦隊を巧みに操り、
抉られた穴を的確に塞ぎ、敵の攻勢をゆっくりと確実に押し返していく


用兵のダイナミックさと緻密な運用、迅速な決断力と冷静な判断力
ヘイン陣営とラインハルト陣営の総指揮官の実力はほぼ拮抗していた。



■■


「さて、何も文句を言わず担がれてくれた皇帝陛下に
 そろそろ恩返しをするとしよう。敵艦隊に向け前進!!」


これまで戦局を静かに見つめていた旧新領土総督府軍は
ラインハルト軍の右翼に位置するワーレン、ケスラー両艦隊に向け
整然とした艦列を保ちながら接近し始める。


12月6日、ついに全軍が激突する全面対決が始まろうとしていた



■ハイネセンにいらっしゃ~い■


『よぉっ、ロイエンタール♪お前も大変そうだな』


一芝居をうってまで担いだ男は、ハイネセン宇宙港で出迎えた時から
終始笑顔を崩さず『私たち結婚するの♪』と笑顔で話すアホ女にも
終始落ち着いた様子で対応していた。

叛乱に巻き込まれたことなど全く意に介していないようだった
いや、この程度の障害など奴にとっては問題にもならんということか

下らぬ矜持に縛られる俺とは器が違うという訳か・・・


『閣下、新帝陛下の為に力を尽くすことが肝要
 私も閣下の下、これまで通り微力を尽くす所存』


たしかに、部下に心の迷いを心配されているようでは
俺の器も多寡が知れている。


「ベルゲングリューン、卿には何かと世話をかけるな
 だが、余計な世話まで焼くのは勘弁してくれないか?」





戴冠のためにハイネセンに降立ったヘインは
人生の墓場に片足を突っ込んだ垂らしを見て、終始ご機嫌であった。

そのため、垂らしはヘインの懐の深さを大きく読み誤り
乱世に覇を唱える器が自分にない事を自然に認めることが出来た。


少しだけ素直になった垂らしは、今後、どのような人生を歩むのだろうか?
彼がこの戦いから生きて還ることが出来れば
その答えが出される事になるだろう。



■友が為に戦う■


死亡フラグが立ちそうな回想をしながら前進する
ロイエンタール率いる旧新領土総督軍の前に立ちふさがったのは

鋼のワーレンと未来のロリコン大佐ケスラーが率いる艦隊であった。
数の上では3万5000対3万6000と互角であったが

ロイエンタールの指揮能力と気迫が頭一つ抜け出ていたため
神聖銀河帝国軍が押し気味に戦線を展開していた。


中央はラインハルト勢が若干優勢、両翼の内、一方は膠着状態にあり、
もう一方はヘイン勢が優勢となっており、

全体を通して互角な状況が続き、両軍は戦闘時間に比例して
損害と犠牲者を増やし続けていた。


このままいけば、数の上で若干有利なラインハルトが勝利を掴むか
補給線の短さで兵站の負担が少ないヘインが逃げ切る形で終わりを迎える

そのどちらかであろうと、大半の将兵が薄々感じ始める中
開戦から既に二週間が経とうとしていた。


しかし、その不毛な均衡は一人の男の登場によって崩される。





 『後方に所属不明艦隊!!撃ってきた!?敵!敵艦隊です!!
  識別は不明、いや正統政府軍艦隊です!!敵の援軍です!!』


『慌てるな!!射程外から攻撃にどれほどの効果がある
 多寡が一個艦隊の増援に過ぎん!正面の敵を突破し、
 そのまま返す刀で、正統政府の残と残党ども粉砕すれば良い』


思わぬ敵の増援に動揺する兵を叱咤するのは
剛直を持って知られるシュトライト中将であった

その叱咤の甲斐あってか、兵の動揺は一旦治まったものの
ラインハルト陣営は危機的な状況に追い込まれていた

先のバーミリオンでヤンやヘインが味わった以上に
予想外な増援の参戦である。膠着状態は一気に崩れ
無残な敗北へと一直線でもおかしくない状況である。


■■


いや、やっぱ持つべき物は『心の友』だね~

『まったく、お前と言う奴は・・ただ遊んでいたのではなく
 ランズベルク伯とシューマッハ達を待っていたと言うわけか』


いや、食詰め君、理解が早くて助かる
あいつとはずっとメル友は続けていてねヘイン心の一句を贈ったり
アルフレッドから黄金のポエムを受取ったりしてたんだよね


『その密な関係を利用して、増援を頼み敵の後背を脅かさせる・・・』
『ホント、ヘインさんって凄い!凄い!』


アンスバッハ、マコちゃんもっと褒めてくれ
俺って褒められると伸びるタイプなのよ♪


やっぱ、確実に勝てる隠し玉は、最後まで見せないようにしとかないとね!
とは言っても、アルフレッドに『増援お願いメール』を
藁にも縋る思いで送っただけなんだけどね







右後背に突如として現れた敵増援と正面へイン陣営による挟撃を避けるため
ラインハルとは左後背に向けて全軍を平行移動させる。

その際、追いすがる前面の敵と後背の増援による挟撃で
右翼が壊滅的な打撃を受ける事を覚悟した後退であった。


『ヤン・ウェンリーとの不可侵条約の派手さで目を晦まし、
 もう一つ勢力との繋がりを見事に隠し通したということか』
 

かつての上官ガ見せたその権謀の鮮やかさに
思わず独語をもらした義眼を興味深そうにフェルナーは見つめていたが
このままの戦況で戦いが推移すれば、死と言う敗北が現実の物になりそうであったため
あまり余裕ぶった傍観者を気取ってもいられなくなっていた



「友の為、なによりも陛下のために、ここでローエングラム朝の命脈を私が絶とう!!」


猛進するランズベルク率いる正統政府軍はシューマッハ大将の統率の下
後背からの攻撃によって右翼位置する黒色槍騎兵に大打撃を与えていった。

また、ロイエンタールやミュラー等の両翼だけでなく、
半ば予備戦力と化していたアイゼンナッハ艦隊もここぞとばかり攻勢を仕掛ける


宙空に次々と火球が生まれ、その何倍ものラインハルト軍将兵の命が散っていく
戦いの趨勢は定まり、ヘイン陣営による掃討戦へと様相がかわっていった。



■矛は折れ、盾は貫かれ・・・■


彼我の戦力費は増援によって逆転し、
ラインハルトの覇気によっても、ミッターマイヤーの用兵を持ってしても
傾いた戦局を覆すことは難しそうであった。

既に黒色槍騎兵は小艦隊規模まで撃ち減らされ
ワーレンやケスラーを始めとする諸艦隊も大きな損害を被り
その損害は現在進行形で増えていた。


降伏か死か、常勝を誇った黄金獅子の軍は輝きを失いつつあった


だが、将兵の心は挫け、戦意も失われ恐怖に変わり始めるなか
揺るがない決意を持ち、今までも、これからも勝利のための最善手を打ちつづける




  総参謀長オーベルシュタインの義眼は、未だ鋭い光を放っていた




     ヘイン・フォン・ブジン帝・・銀河の小物がもう一粒・・・・・




              ~END~




[2215] 銀凡伝(師弟篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:e26cc54f
Date: 2008/07/05 20:24

あと少し、後一歩で・・・・そんな常套句が溢れているからこそ
人は『もし、あのとき~だったら、あいつが~したら』と
歴史にありえないIFを想像してしまうのではないだろうか


それが無為の時間であると分かっていても


■華麗なる提督■


ランズベルクの奇襲によって、大いに陣形を崩しているラインハルト軍は
指揮官の個人的力量によってなんとか戦線を維持していた。


『どうやら、勝ったようだ・・・』『やはり、超えられないか・・・』


ファーレンハイトとラインハルトが勝敗を認めたのも
ほぼ同時刻であり、このまま追撃戦と撤退戦が始まると考えていた。


この瞬間、時代は間違いなくヘインに微笑んでいた。
もっとも、ほんの僅か垣間見せただけの物であった。


『後方に艦影、数およそ1万6千!!撃ってきた!?敵!!敵艦隊です!!
クソッタレ!!メックリンガー艦隊だ!!何であいつらがこんな所に!!』


逃げる新帝国軍に追いすがる神聖帝国軍の後背から迫る
メックリンガー艦隊の戦場の主役たるに相応しい華麗なる参戦!!


新帝国暦003年1月1日、10日間を超える劣勢に耐えた
新帝国軍は、再び息を吹き返そうとしていた。


■■


『どう言う事だ、なぜメックリンガーがここにいる?』


真っ先に疑問を発したのは、救世主の如く現れた男に
イゼルローンへ向かうように命令したラインハルトであった。


本来ならメックリンガーは、遥か遠くのイゼルローンで
回廊通過の交渉をヤン相手に行うのと併せて、
ヤン一党の旧帝国領への侵攻に備える任に着いているはずであった

ヘインが自治政府と条約を結ぶという先手を打っている以上
イゼルローン回廊を通って戦場に駆けつけることはまずありえない


その疑問に答えたのは、総参謀長オーベルシュタインであった。



■復活のトップガン■


「陛下、私が許可を得ずに艦隊を動かしました。彼らはフェザーンを経て
 この星域に辿り着いたと言う訳です。軍律を乱した責めは後ほどお受けします」


淡々と驚愕の事実を告げるオーベルシュタインに
艦橋にいる皇帝を始めとした幕僚達は言葉を失い
半瞬ほど思考を止められるが、あくまで半瞬だけであった。


『ミッターマイヤー、卿の艦隊を軸に攻勢をかけろ!!』


自失から回復したラインハルトの命令は完結であったが
それを受けたミッターマイヤーはその意味を正しく諒解し

最速の最善手を打つべく、最も後退させた左翼を一気に前進させ
動揺する敵右翼に戦力を叩きつける。


この思わぬ敵増援の出現と激しい逆襲に
残すは、掃討戦のみと気が緩み始めていた
旧新領土軍が耐え切れる道理はなかった。

クナップシュタインとグリルパルツァーの艦隊は
虐殺の加害者から、被害者へと立場を著しく変えていく


その混乱する両艦隊にラインハルト傘下の艦隊が
左翼と呼応して攻勢を掛ける中、もっとも苛烈な攻撃を行ったのは
1500隻足らずの小艦隊を率いてバーミリオンの汚名返上に燃える
イザーク・フェルナンド・フォン・トゥルナイゼン中将であった


『きしゃまらぁ~!きょしぬけーーーーーーー!!』


もうどこのキャラか分からないほどの呂律の回らない叫びをあげながら
高速戦艦と高機動巡洋艦を中心とする艦艇を率いて
敵陣を蹂躙する姿は、かつての芝居がかった小才子という印象を消しとばすものであった。

そして、その変貌は大きな武勲を生み出すこととなる。


「グゥレイトォ!!」


彼の副官の叫びとともにクナップシュタインとグリルバルツァーの旗艦が爆散する
新たな双璧となるのではと周囲の期待を一身に集めた二人は

挫折と閑職の屈辱に耐えたイザークによってその命脈を絶たれた



■上司と部下■


後背からヘイン率いる本隊に攻勢を掛けるメックリンガーは
なぜ、好意とは程遠い場所にいる軍務尚書の誘いに応じたのか

今更ではあるが、その時の光景を思い返しつつ
人の持つ感情の複雑さに想いをめぐらせていた。




『メックリンガー提督、貴官に些か話たいことがある
 尚書室までご足労を願いたいのだが、よろしいかな?』


無機質でいて、拒否を許さぬ重みを充分に持った声に
メックリンガーが呼び止められたのは、
皇帝からイゼルローン回廊へ向かい、共和政府の残党・・・
即ち、ヤン一党と交渉する事によって回廊を通過し
ヘイン率いる叛乱軍へ二正面作戦を強いる任と
それが適わなかった際の、旧帝国領防衛の任を受け、会議室を出た直後であった。


メックリンガー自身としては、軍務尚書の執務室などに
足を運ぶことなど御免被りたいと思ってはいたのだが
公人として、上位者からの要請を好悪で断るわけにもいかぬと考え
少しばかり、歩みを遅めながら目的地へと足を運んだ。



■■


『遅かったな、メクッリンガー上級大将・・卿も中々忙しいと見える』


この何もかも見透かしたような言動と、それを上回る無感情な表情などが
僚友達に嫌悪に近い反発を持たれる由縁ではないだろうかと思いつつ
メックリンガーは、事務的に上位者を待たせた非礼を詫びた。


「申し訳ない。任務の困難さに頭を悩ませる余り
 少々、歩を進めるのが遅くなってしまいましてな』


非礼を詫びる男に軽く頷き、空いた席に座るように視線で薦めると
部屋の主は、腹の探りあいは無用とばかりに淡々と本題を切り出した。


『卿を呼んだのは他でもない、イゼルローンに向かうのではなく
 フェザーンを通過し、叛乱軍の虚を突く役割を担って貰うためだ』

「軍務尚書は、臣に陛下の命を反故にせよと申されるか!?」


勅命の響きが収まるのすら待たずに、それを違えろと言われ
普段は温厚なメックリンガーも思わず声を荒げてしまった。



『なにも、私は卿に忠に叛けと言っている訳ではない。むしろ逆だ
 卿も叛乱軍と盟約を結んだ共和政府の残党共が、素直に回廊の
通過を認めてくれるなどと思ってはおるまい。無駄な足掻きであると
遊兵を作るぐらいならば、偽兵をイゼルローンに送り、卿が率いる隊を
フェザーン回廊を通過し、来るべき対決の時の切り札とすべきであろう』


「軍務尚書の言は非常に大胆でもあり、刺激的な魅力ある提案ではありますが
 一に、勅命に反するという統制上の問題があり、二に、ヤン一党が回廊を抜け
 オーディンを目指して侵攻した場合に、偽兵や警備艦隊では抗し切れない
 という問題がありましょう。軍人といして命令に逆らうだけでなく
 帝国本土を投機的な作戦によって、危険に晒すなど、承服いたしかねますな」


『卿の識見については良く分かった。が・・相手はあのブジン大公である
 多少の危機を覚悟せねば、彼を打倒することは適わぬのではないかな
 これ以上の議論は無益のようだ。あとは卿の判断に任せるとしよう
 話は以上だ・・・卿も準備で忙しかろう。もう、下がってもらって構わぬ』


あくまで正道を述べるメックリンガーに対し、
オーベルシュタインは、それ以上の説得は行わず
ヘインの存在を強調するだけに留めた。


■■


あとは、ブジン大公を討ち取ると言う武勲の巨大さという『エサ』で
地味な本土防衛を任された武人を煽るか・・・


「閣下、メックリンガー上級大将は思慮分別に富み、軍部の良識派と言って
 差し障りのない方です。皇帝陛下の命に叛くとは小官には思えませんが?」


『フェルナー少将、彼の良識ある軍人と言う一面だけではなく
 芸術家としての一面を持ち合わせている。ブジン大公を討つという
 歴史的偉業の1ページに手を加えたいという欲求に、彼は勝てまい』


なるほどねぇ、どちらかというと世話や手を加えずにいられないのは
尚書閣下の方だと思えてしょうがないが・・・



■似た者夫婦■


神聖銀河帝国皇帝へインと軍務尚書オーベルシュタイン
秘密裏に予想外の援軍を呼び込み、両者は共に戦局を大きく動かした。


オーベルシュタインとヘインの関係について
後年、数々の貴重な証言を残したフェルナー少将は
このときの光景について、こう語っている。


ブジン大公と全く同じ発想の策を用いて、その策の完遂を阻んだ瞬間
軍務尚書の握られた拳は、よく注意をしないと分からない程であったが
僅かに震えていた。閣下にとって超えられない壁の頂上に
手が届いた瞬間だったのかもしれない。


だが、このとき私の脳裏に浮かんだのは『似た者夫婦』という言葉だ。
そう、まるで交換するプレゼントを互いに内緒で持ち寄ったのに
全く同じ物であったかのように、二人の行動は一致していると



■剣は折れ、心も折れ■


義眼の秘策で窮地に陥ったヘインの狼狽振りは凄まじいものであったが
ファーレンハイト以下の艦隊首脳陣は冷静に必要な処置を取り続けた。

再攻勢に出ている新帝国軍が、つい先ほどまで壊走寸前だった事を
良く理解しており、対応を誤らなければ敗北へと傾いた天秤を
再び自軍の勝利の方へ傾かせられる事を、彼らは知っていた。


ファーレンハイトは後陣のアイゼンナッハのみでは
メックリンガーの後背からの攻勢に抗し切れないと判断し
右翼ミュラーを抜いて対処に当たらせる。

残る本隊とロイエンタール率いる左翼で
敵攻勢の限界点を見極め、再攻勢を行うためオストマルクを含めた
旗艦部隊も前線へと艦首を進めていく





つぎつぎと両軍の艦艇が光芒につつまれ、宇宙の塵となっていく
その光が一つ消えるたびに、何百倍の命が現世との別れを告げていく


『アルトリンゲン大将、グリューネマン大将戦死!!!』


叛乱軍の二大将に続き、新帝国軍の二人の大将が、立て続けに天上へと旅立つ
ここにきて、新帝国軍の将兵に疲労の色が見え始めていた。

長い征路に耐え、開戦から既に一月である。
タンクベッドによる機械的な肉体疲労の回復にも限界が出始め
もとは味方同士での殺戮の応酬で精神的な疲労の色も濃くなり始めていた。


もちろん、彼らに対する神聖銀河帝国にも問題が噴出し始めていた
その最も大きな問題は軍事物資、特に弾薬の欠乏である

食料に医薬品や燃料といった物資は旧同盟領の補給基地や生産施設の
お陰で十二分の量を確保することが出来ているのだが、

規格が若干違うため、武器や弾薬といった軍需物資については、
旧帝国領本土からの輸送品で大半を賄っていたのが
新帝国軍との開戦によって、その物資調達ルートが殆ど途絶えてしまったのだ

もちろん、その対策として帝国本土内のブジン大公領からの密輸や
同盟内の軍事工場の設備変更や改造を旧ピッチで進めていたが
問題を根本的に解決するには至っていなかった。


両軍共に手詰まりの状態となり、戦況は唯の消耗戦へと移っていた。





 「ハイネセンへ、帰ろう・・・」『これ以上の戦闘は無意味ですな』


殺し合いが作業化した状況に耐え切れなくなったヘインと、
これ以上の戦闘継続が無益であると判断した義眼が
撤退を主張したのはほぼ同時刻であった。


これに対し、ラインハルとは直ぐに首肯しなかったが
『無意味な殺戮をブジン大公も好まないでしょう』と義眼に再度窘められ

数瞬ほど宙空を見つめた後、撤退を指示する言葉を苦しそうに吐き出した。


宇宙暦003年1月11日、一ヶ月を超えるほどつづいた戦いは
決着がつくことなく、予想以上に地味な終幕を迎えるが
失われた艦艇と将兵の多さは桁外れの物であった。


神聖銀河帝国軍及び正統政府軍が失った艦艇は35,000隻にも登り
500万人以上の将兵が犠牲となった。

新銀河帝国軍も38,000隻を超える艦艇を失い
530万以上の将兵を永遠に失っていた。


ハイネセンへの短い帰路を辿る中、
ヘインはこれからどうしようと頭を悩ませていたが、

考えても答えが分からないので、
指揮卓に足を乗せながら、睡魔に身を任せていた。

よこで座る少女もまた、疲労による睡魔に誘われて
しばらく船を漕いでいたが、やがて静かな寝息を立て始める。


一先ずの終わりを向かえ、将兵達は生き残った安堵と疲労から
次々と眠りの住人となっていく、戦いは終わったのだ・・・



■どうする~ヘイン♪■


うん、どうしようもないね!なんとか死なずに引き分けに持ち込んだけど
もう艦隊はぼろぼろだし、艦の建造どころか修理や武器の補充する手段もない


工場の立上げ、稼動には最低4ヶ月はかかるとか言われるし
その間に、金髪や種無しが再侵攻してきたら、お陀仏だ!


あぁ、なんで調子こいて皇帝なんかなったんだろう
あのときに戻って調子こいていた自分を殴りたい問い詰めたい


『落ち着けヘイン、相手も我々以上に大きな傷を負っている
 そう易々と再侵攻なんて真似はできないだろう。心配するな』


そんなこと言っても不安なんだよ!!
そうだ!もとをただせば垂らし!!!お前が適当なこと吹いて俺を巻き込むからだ
勝手に人を叛乱に巻き込んだらだめだろう!!


『叛くなら、お前のような男を担いで皇帝に挑んでみるのも
悪くないと思ったからな。事実、色々と愉しませてもらった』


っておい!!全然反省してないな!!こっちはいま全然面白くないんだよ
バーカバーカ!!


おい、ナッハ!!お前も心の友ならなんで何も言わないんだよ!!
トモダチナラアタリマエダロ!!必死に説得するのは!!

『・・・・・・×○+-・・・・!!!!!』





ヘインがギャーギャーいつものように喚いたせいか
依然として厳しい状況にあるにも拘らず

ヘイン師団を始めとする首脳陣は深刻で
不機嫌な感情に悩ませられることなく、自然な状態でいる事が出来た。

そして、その様子は末端の兵卒へと伝染していき
遠く異邦の地で不安定な状況に置かれているにも拘らず
兵たちは狼狽する事無く高い士気を保つことが出来た


横でパニクリまくってたり、興奮しまくっている人をみると
醒めちゃったり、かえって冷静になったりするのと同じ現象である。


それを狙ってやるのがヘインという男の怖ろしさかと
トリューニヒトが畏怖の念を益々大きくする中


彼等の運命を大きく揺るがすような報せが、
フェザーン方面から届く




    『皇帝ラインハルト不予、重篤に陥る!?』




     ヘイン・フォン・ブジン帝・・銀河の小物がもう一粒・・・・・

               ~END~




[2215] 銀凡伝(退位篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:e26cc54f
Date: 2008/07/06 21:31

英雄と凡人、全く異なる才覚を持った二人の関係は
誤解と奇妙な友情によって堅く繋がっている。

例え、敵味方に分かれたとしても・・・・



■終わってみれば・・・■


ラインハルとはフェザーンへの帰路の間で三度発熱し
二度昏睡状態に陥り、旗艦に乗艦している者達を慌てさせた。

フェザーンに着いた後も容態は快方に向かうことなく
一時危篤状態になり、侍医から崩御の可能性がヒルダに告げられる

幸いな事に、その二日後に若き皇帝は意識を取り戻し
その次の週にはなんとか立って歩けるほどに回復した。

しかし、8月に結婚し、あと二月も待てば子が誕生という時に
原因不明の病で、明日をも知れぬ身になるなど
血気盛んなビッテンフェルトなどには到底納得できないことであった


そのため彼は病室で侍医にがなり散らし、
怒声をあげて何度も病室から叩き出されるほど
運命の理不尽さに嘆き、感情を持て余していた。
他の重臣たちも多かれ少なかれ彼と気持ちを同じにしていた


『まったく、こんな時ほどヘイン、お前の底抜けな明るさが必要だと言うのに・・・』


ミッターマイヤーは長い再建への道と事態の深刻さを思うと、
袂を分かった人物に愚痴を言わずには居られなかった。





一方、皇帝不予の報を受けたヘインは
なんとか助かりそうだラッキーという安堵と、
何だかんだで付き合いの長い奴の安否が心配という

相反するような思いを胸の内に抱えることとなっていた。


そんなアンニュイな気分にあるヘインを余所に
ファーレンハイトは主に軍事面で傷ついた艦隊の再建を着々と進め

内政面では、ロイエンタールがトリューニヒトの力すら利用して
旧同盟領の統治をより強硬な物とするべく、職務に邁進していた。


それをみたある従卒は『まぁ、仕事に逃げたい時ってありますよね』と
その年に似合わぬ結構シビアな観察をしていた。


とにもかくにも、どちらの陣営も戦いの傷を癒すのに必死であり、
1月の終戦以後、3月の半ばまで慌しくも平和な日々が続いていた



■ラストエンペラー■


『食詰メェエエエ!!!俺は皇帝をやめるゾォオオ!!!』


至尊の冠を頭上から顔にずらし落としながら
ファーレンハイトにヘインが退位を告げたのは

新帝国暦003年3月20日の事であった。
ここに神聖銀河帝国は成立から1年を経る事無く

その短すぎる役割を終えることとなる。


■■


『で、なんで皇帝をやめるんだ。なにか考えがあっての事なんだろう?』


いや、あのなんというか・・まぁ、考えっていうほどのもんじゃないんだけど
なんか、張り詰めていた気力が、プッツンしたというか、なんというか・・・


『ほぅ、それで皇帝をやめるという訳か?なかなか面白い考え方だな・・』

『俺もファーレンハイト元帥と同意見だ。実に面白く不愉快な考えだな』


あれあれ、垂らしもなんか怒ってるし、
沈黙は黙ったままだしってこれはいつもの事か

そうだ、ミュラー!!ここはキミの良識と温厚な正確で場を治めてくれ!!
って露骨に目を逸らすな!!アンスバッハ!!俺にはもうお前しか居ない!!

アンスバッハ、アンスバッハはいないのか!!どこだアンスバッハ!!!


『さっき人生に三度しかないチャンスが今来たって言って
 アンスバッハ大将は向こうのほうに行っちゃいましたよ♪』


だれか、そうだこの際、ベルゲンとか何でもいい
俺の味方をしてくれる奴を・・


『少し、二人で話をしようか・・・』


了解・・・、悪いけど食詰め以外は外してくれ





『ヘイン、どうして皇帝をやめたいんだ?』
「皇帝でいるのが嫌だからだよ」

『誰でも一度はそう思うものだ』
「毎日思ってるよ。何年も続けられねーよ!いつも危ない橋を渡らされて
 独裁者の才能なんかないし、銀河を統一する足枷にしかなってないんだよ」

『・・・・・・・』
「自分が『ただ悪運が良いだけだ』って陰口を叩かれているのも知ってる」

『・・・この俺が軍人になって十数年、初めて艦首を並べたいと思える
 男に出会った。それがお前だ『ヘイン』。悪運だけだと?それも良し!
 軍才や政才は周りがいくらでも補うことが出来る・・・・だが・・・・
 天運だけは補ってやることは出来ない。例え俺がどんな名将だとしてもな
 立派な王才だ。ヘイン・・・お前が皇帝になった時、これが俺の本懐だと思った』

「・・・・・」
『・・・どうした?荒唐無稽な話だと思ったか?』


「そんなことねーよ・・・だけど、悪いな食詰め・・・やっぱ俺の器じゃねーんだわ」
『そうか・・・いや、そうだな。それでこそお前だ、ヘイン・・』





もっとも退位に納得しないであろう男が納得したため、
もう他の者はなにも言わなかった・・・全ては夢だったのだ


現実問題として、兵卒の大半は帝国本土に家族や恋人を残しており
ラインハルトに対しても敵意より好意を抱いている者が大半である

新帝国軍の兵卒や臣民のヘインに対する感情が同じような物であると来れば
かつての状態に戻る事を望む声が出るのは、ごく自然な成り行きであった。


また、この叛乱事態が地球教などの陰謀によって起こされ
そもそも争う理由がなかったという事実が白日に晒されたとなると、

在りし日々の復活を望む声が大勢となるのは自然の摂理であった。


事実、皇帝ラインハルトから再三にわたって

『非はヘイン以下、付き従うものには一切ない。非は悪しき陰謀を企てた輩と
 その非を見抜けなった予にあり。遺恨を水に流し、我が下に還ることを切に望む』


と謝罪と帰順を求める声明がだされているため
より一層、和解への道を求める声を大きくさせていた


ヘインが、ラインハルトの下に還ることを望む声が・・・・



■歴史の道しるべ■


新帝国暦002年後半から、翌003年前半まで続いた
一連の変事は『ヘインの乱』と称されることとなる


この陰謀によっておこされた、望まざる動乱について
多くの人々によって、様々な解釈や自説が生み出されていった

『ブジン大公は陰謀の発生を察知していたが、過去から続く歴史の膿を取り除くため
あえて叛乱の波に乗って動乱を起こし、制御可能な最高のタイミングで幕を降ろしたのだ
事実、動乱以後はローエングラム王朝が、銀河を統べる政体だと広く認識されることになる』

『いや、ブジン大公はロイエンタールに間抜けにも祭り上げられた後に
 自身の才に相応しい地位に就くため、野心を持って乱を拡大させたのだ
 彼は全銀河の支配者を目指したがそれが適わず、よくて銀河の半分しか
 掌中に入らない状況を悟ると、歴史の停滞させた者と批判されるのを恐れ、
恐るべき人心掌握術を用い、民衆を操って乱自体をなかった事にしたのだ』


『皇帝ラインハルトの命脈が長くはないと判断したブジン大公は
 武力ではなく、得意の権謀によって天下を取ろうと方針を変えたのだ』


多くの答えが、長き時代に渡って生み出されていったが
その答えは、決して真実に到達することはなかった


『あと、あいつの見舞いにぐらい行きたいからな』


こんな理由で、宇宙の半分支配権と銀河の覇者となる
可能性を捨てるなど誰が想像できようか?

ファーレンハイトにだけ述べたこの理由は
聞いた者、喋った者の双方が二度と口にしなかったため

真実として歴史の表舞台に浮かび上がることはなった。


■帰ってきたヘイン■

帰参の意思を伝えて約半月ほどたち、
ヘインを始めとする旧神聖銀河帝国の幹部陣は
フェザーンへ向けて宇宙を駆けていた。

もちろん、新領土として新銀河帝国領に復帰した地の
統治を放棄するわけには行かないので、
留守居役として軟禁されていたエルスハイマーやトリューニヒトに
ベルゲングリューンとアンスバッハの両大将はハイネセンに止まることとなった


また、出発間際に義眼に暗殺される可能性に気が付いたヘインが
ちょっとおなかが痛いのでと言って頭を押さえながら
シャトルから降りようと足掻いたりしたが、無事に押さえつけられていた

こうして、ヘインを始めとして上級大将以上の幹部全員が、
春から初夏の季節に移ろうとするフェザーンの地を再び踏むこととなった


■■


『ブジン大公帰還万歳!!ジークカイザー!!和平万歳!!!』


これは熱烈歓迎だなー!!ついでに美人なオネーちゃんの
熱烈キスの歓迎があるとうれしいんだけどなぁ


『閣下、お持ちしておりました。表に既に車の準備は出来ております
 到着層々申し訳ありませんが、陛下が待つ柊館に直接お越し願いたい』


うん、甘かった!いきなり会いたくない義眼のよく似合う
怖いくらいに優秀な男がお出迎えとは、なんか、凄く車に乗りたくないです!


『まぁ、お前が言い出したことだ。観念して潔くするんだな
 俺たちの謁見は明日以降らしいから、宿の方で持たせて貰うぞ』


オイオイ!!義眼と後部座席に二人っきりでドライブかよ!!
勘弁してくれ、義眼なら俺を消すために自分の身を犠牲にした
自爆テロを自作自演でやりかねしないぞ!!そうだ仮病だ!検査入院だ

『車にお乗せしろ!あまり愚図愚図している暇はない』


ちょっと、せめて心の準備ぐらいさせてくれ~!!!


■友との再会■


ガクガクブルブルしながら義眼の横に座るヘインは
売られていく子羊のような表情をしながら

ラインハルトが待つ柊館へ半ば連行に近い形で連れて行かれた
もっとも、ここでヘインが不自然な死を遂げれば

新領土に残ったヘイン部下達やブジン大公領の者達だけでなく
今回の和平を望んだラインハルト陣営の兵卒までもが
義憤に駆られて叛乱の狼煙を揚げる可能性が高いため

義眼などは暗殺どころか、逆にヘイン一行をいかにして
地球教などのテロから守るかと頭を悩ませていたのだが

そんなことにヘインが気付くはずもなく
ひたすらガクガクブルブルし続けるのであった


■■


『陛下、ブジン大公が到着したそうです。直ぐに部屋へお通しします』


どうやら再びヘインとは会えそうだな
そう、予がなんども超えようとして適わなかった男と

『陛下!なりませぬ!お起きになっては玉体に触ります』
「よい、皇妃よ・・・予はヘインの前では少しでも良いから見栄を張りたいのだ」


せめて目線だけはヘインと対等でいたいなど
全く、銀河を統べる男とは思えぬほどの矮小さだな


『陛下、ブジン大公をお連れ致しました』
「構わん、そのまま入るがよい」


『よぉ!!死にぞこない!まだくたばってないみたいだな?』


まったく、お前という奴は・・・やはり全てにおいて敵わないか
そうだな、予、いや俺が何度も過ちを犯しつづけても
お前は何度も許し、そして正しい道に俺を引っ張り上げてくれた


そうだ、俺はお前に友と認めて欲しかったのだ
お前の友としているために同じ高みへと
俺は背伸びをし続けていたのだな、そんな必要はなかったというのに

ヘインが能力や地位などといったそんな些細なもので
人を判断するような奴じゃないと、俺が一番知っていたというのに
まったく、ようやく気付くとは自分が思っていた以上に俺は愚かだったようだ


「相変わらずだなヘイン、卿のいない間に溜まった大量の仕事
 どのように片付けてくれるのか、今から楽しみにしているぞ?」





袂を分かった皇帝と宰相の再会というには
余りにも平凡な会話を済ますと、ラインハルトは少しだけ疲れたのか
身重の皇妃がやさしく見守る中、静かな寝息を立て始める。


一方のヘインは、滞在先のホテルに着くとフェザーンへ来た仲間と共に
ラインハルトに付き従った仲間達に手洗い歓迎を受けることとなる

とくに艦隊を100隻単位まで打ち減らされた某黒猪の歓迎は
類を見ない熱烈振りで頭を鷲掴みにされたヘインは三度意識を失うほどであった。


底抜けに明るい再会を祝したパーティーであったが
その祝宴は、なぜか終わりを感じさせる寂寥感に包まれていた


    ヘイン・フォン・ブジン帝・・銀河の小物がもう一粒・・・・・

               ~END~




[2215] 銀凡伝(誕生篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:e26cc54f
Date: 2008/07/13 00:25
どんな演劇にもいつかは幕がおりる
それが悲劇でも喜劇であっても等しく終わりが訪れる
次の舞台の幕をあげるために・・・・


■ 相棒 ■

新帝国暦003年4月中旬、皇帝と宰相の和解によって
乱れかけた国政がようやく落ち着き始めた最中に事件が起きる

フェザーンの航路局に保管してあった宇宙航路の膨大なデータが
何者かの手によって全て消去されたのである。

この報せを受取った皇帝ラインハルトは実態の深刻さに頭を悩ましたが
半月ほど前に航路局のデータの半数以上が軍務省の緊急用PCに、
そこに入りきらなかった部分が帝国軍最高司令府のサブPCにコピーされていたため
帝国は再起不能の損失を被る事無く、被害は僅かな混乱のみであった。


この航路局のデータ喪失を未然に防いだ功績は
ローエングラム王朝成立以後、ヘインと義眼の連携によって生み出された
最大の功績であると、後の歴史家達に評されることとなる





『閣下に便宜をはかって頂いたお陰で、全ての航路データを
 大過なく保護することが叶いました。先ずお礼を申しあげます』


いいってことよ!おれもどこかの誰かさんに勝手に
PCデータを消されたことが有ってさ、他所でのバックアップの重要性は良く分かってる
軍務省緊急用PCだけじゃ容量足りないのは当たり前だしな


『後は、事後の処理の方についてですが・・・・』

あぁ、いいよいいよ♪後はケスラーに犯人探しを任せてくれればいい
その他にやらなきゃいけないことは、全部任せるからよろしく頼むわ


『御意、閣下のご期待に沿えるよう、調査の方を進めます』





やがてケスラー率いる憲兵総監の手によって実行犯が捕まり
尋問の結果、黒幕がルビンスキーと判明する。

この事実をあらかじめ知っていたヘインは当然動揺することなどなく
オーベルシュタインに主犯達の潜伏先を指示していた。

以後、ルビンスキーと地球教は、軍務省と憲兵の両者の厳しい目を
掻い潜るために、これまで以上に多大な労力を割かなければ為らなくなった


『ブジン大公の真の恐ろしさは陰謀を生み出すだけでなく、
 より困難な陰謀の芽を摘む能力に長けている点であろう』


『策士、策士を知る』とは、義眼とヘインの関係を最も的確に評した
フェルナー中将の証言であると、後世の歴史家に認識される



■死の足跡■


どうやらブラッケ達は完璧に撒いた様だな。
まったく、7時間も年金制度の改革案なんか聞かされるなんて
ほんと、忍耐力の天元突破しちゃってるぞ


まぁ、追跡者シルヴァーベルヒを失ったあいつ等の追跡など
逃亡者ヘイン様の手に掛かれば、なんら脅威にならんぜ!


「それで、また予の寝室に逃げ込んできたという訳か?」

まぁ、有体に言えばそんなところだな
俺は文官達の奴隷じゃねぇっーつうーの!!


『皆さん、宰相閣下の力を本当に頼りにしていらっしゃるんですよ』

そうかぁ?どっちかていうと内政面とかで頼るなら
ヒルダちゃんの方がよっぽど頼りになると思うよ


「宰相閣下どのは謙遜されているな・・・お前を越える施政家など
 広い銀河を・・見渡し・ても、どこにも・・見つけられぬだろう・・」

『陛下、少しお疲れなのでは?もうお休み下さい』


ちょいとばかり長居しすぎたかな
まぁ、あんまり無理してヒルダちゃんを困らすなよ?

あと、赤ちゃん楽しみだな!


「ヘイン・・いや、良い。また来いよ・・・」
『私も陛下共々お待ちしております』





皇帝の寝室をでたヘインは、リュッケ中佐の案内によって
皇帝の寝室の前に大挙して集まっていた文官達に引き摺られていった。

為政者に休暇などない。全ては分かり易い改革案と実行できる改革案を立案するため

宰相唯一の安息の地が皇帝の寝室だけである状況は
近づきつつある終わりを迎えるまでは続きそうであった。



■ハイネセンは燃えていないか■


ハイネセンでは地球教と黒狐に煽られた共和主義者の暴動が
史実どおり企図されていたが、先を知るヘインの指示を受けた
留守居組みのアンスバッハとベルゲングリューンの両大将の手によって
殆どが未然に防がれ、発生した僅かな暴動も最速、最小限で鎮火させられた。


だが、史実と違い順調すぎる新領土の再統治は
ヘインにとって大きな誤算を招くこととなる。


『日和見の主義の卑怯者を討て!』『共和政府の残党を叩き潰せ!』


予想以上にヘインの乱の後始末が上手く行ったせいか
ラインハルトとの会見に応じながら、ヘインが独立すればそれと結んで
漁夫の利を得ようとしたエル・ファシル自治政府に対する
悪感情が一気に爆発してしまったのである。

この帝国軍の反エル・ファシル感情の爆発を受けた共和政府首脳は
高みの見物から一気に闘争の渦中に放り込まれた事によるショックで
恐慌状態に陥ったのか、殺られる前に殺るといった低次元な発想の下
帝国側回廊出口の守備に着く艦隊への奇襲攻撃を閣議決定し、
要塞に駐留するヤン艦隊へ、即座に実行するよう命令を発した


動乱の風はハイネセンを通り過ぎ、イゼルローンへと吹いていた。


■■



「どうやら困った事になったようだ」
『人生において困っていない瞬間などほんのごく僅かさしかないものさ』


いつものようにぼやく年下の司令官を年長者らしく窘めつつ
後方勤務のスペシャリストは、どれ位の期間でどれだけの物資が必要か
膨大な脳細胞をフル回転させながら試算を始めていた


『まったく、あのヘインが珍しく謀反気を出した時に
 オーディンの一つや二つを落としておかないからです』

『でも、これはチャンスかもしれませんよ?帝国軍の再統合は見かけ上
上手く行っているように見えますが、水面下では兵士間にしこりが
残っているはず、そこを上手く突ければ勝機もあるのではないでしょうか?』


何度嗾けても首を一向に盾に振らない司令官に
痛烈な嫌味を真正面から投げ掛ける要塞防御指揮官と
愛弟子の話を聞いたヤンは軍帽を二度弄んでから
自分自身の考えを確かめるようにゆっくりと述べた。


「まぁ、過ぎた事をあれこれ言っても仕方ないさ。あくまであの時の私が
 課されたのはイゼルローン回廊を封鎖せよって命令だけだったからね
 それにユリアン、状況を読むのに希望的観測を入れる物じゃないよ
 多分、帝国軍が来るとすれば指揮を取るのはブジン大公になるだろう
 もちろん苦労はするだろうが、彼は将兵の心を完璧に掌握してくるはずさ」 

『つまり、敵は強大であり、哀れな辺境軍は希望もなく
 ただ過去の好機を懐かしむしかないと、いや、実に結構』

『なにが実に結構だ!何も考えないでいいおまえさんと違って
 こっちは能天気に悲観しているわけにはいかないんだからな!』


ヤンの語る悲観的な状況説明におどけるポプランに噛み付く
若き革命提督といつもながらの流れで、話が横にそれるのを止めたのは
お決まりのムライ提督ではなく、ポプランのもう一方の相方であった。


『それで、ポプランの悲観を吹き飛ばすいい方策を
 提督はボリスからの情報で既に生み出しているのでは?』

「まぁ、ボリスの話で皇帝の命脈が長くないのが確実なら
 ブジン大公は余り帝都を長く空けるわけにはいかないはず
 ユリアンの言うしこりは兵より、往々にして将の間の方が
 根が深くなる物だからね、それに皇帝が崩御した後、
ブジン大公の力の大きさは警戒されても仕方がない物だからね」


ユリアンに希望的観測をするなと言ったものの
自分の考えこそが希望的観測ではないかと
ヤンは自問せずには居られなかった。

しかし、ヤンの観測を事実と疑う事無く、
信じて全力を尽くしてくれる幕僚にそんな内心を見せる訳にもいかず

司令官とは気苦労ばかりあって割りにあわないなぁーと
少し、間の抜けた思いを抱きつつ頭を掻くヤンであった





湧き上がる戦いへの奔流は結局止まる事無く
帝国軍最高司令官ブジン大公率いる遠征軍の派遣が決まったのは

回廊の帝国側出口の守備についていたヴァーゲンザイル大将が
ヤン艦隊によって壊滅的打撃を受けたとの報告を受けた二日後のことであった。


新帝国暦003年5月初旬、再編成を終えた新帝国軍は
皇帝の名代として兵を率いるヘインの統率の下、

フェザーンを出発し、ハイネセン経由で共和勢力討伐に向かうことが決定される

この出征に対し、ヘインを始めとしてブラッケなどの文官達は
まずは国内の安定をさせるべきだと主張するも

武断に傾くローエングラム王朝の中にあっては
その意見はやはり少数派であり、
病身のラインハルトから出征を懇請されたヘインは

『ほんとに一回だけだからな!!』と何度も繰り返しながら
しぶしぶ遠征軍を率いる事を了承するのであった。



■テロとの戦い再び■


共和政府討伐の準備に多くの人々が追われる中
フェザーンの中枢は大きな騒乱に包まれる

新帝国暦003年5月14日、皇帝の座所である柊館が
地球教のテロ集団によって激しい攻撃を受けたのである


■■


そういや、ヒルダちゃんの出産前にテロがあったな
一応、地球教が皇妃の出産を阻むためにテロを起こす可能性ありって
ケスラーや義眼に言ってあるから多分大丈夫だよな



そんなふうに考えていた時期が俺にも有りました・・・


なんか、激しい銃撃音や爆音が至る所で木霊しています。
そういや、憲兵のおっさんに朝あったとき
『よーし、おじさん地球教の奴らをやっつけちゃうぞ~』とか言って
みんなと一緒にどっか出かけていたな・・・

もしかして、原作通り陽動に引っかかった?
ケスラーの奴も確かどっかの視察に行ってた筈だし
国務尚書も他の所に視察に行っていたよな。なんかまずいぞ


まぁ、燃えてんのは宰相府の隣の柊館だからいいかな?
とりあえず、みんなが戻って来るまで安全地帯に非難していよう。
一応、さっきの停電とかはテロ集団の陽動かもって連絡したから

居残り組みの憲兵は陽動に引っ掛かってないから多分大丈夫だよな?


『閣下!テロ対策本部長閣下、こんなところで何をされております!!
 ケスラー閣下等が不在の今、閣下には陣頭指揮を取っていただかないと』


おいおい、そんな本人も忘れてるような役職で呼ばないでくれ!!
おい引っ張るな!あっち燃えてるだろ!消防士とかおまわりさん以外は
危ないとこに入っちゃダメだって俺は習ったんだよ!!!勘弁してくれ!





館中が激しい煙に包まれる中、身重の皇妃と見舞いに来た姉を守るため
病身のラインハルとはブラスターを手に持ち、襲撃者へと備えていた。
その周りには侍医や侍女などの非戦闘員と僅かな親衛隊員しか居なかった


ヘインの手によって立て続けに陰謀が不発に終わったせいか
地球教は今回のテロを確実に成功させるため
今まで以上に周到に、そして大きな戦力を揃えていた。

そのため、市中の騒動を陽動であるとしてヘインが残らせた
警備の者達だけで対応することは困難状況になっていた。



■ロリラー提督■


『通して、ちょっと通して!!』

おいおい、お嬢ちゃんここは危ないから下がっていなさい


『五月蝿い、二等兵はすっこんでなさい!!!』


二等兵っていくらなんでも、そりゃ俺は偉くは見えないかもしれないけど
ちょくちょく、ラインハルトのところ言ってるのもマリーカちゃんも見てる筈だろ?
って、もう兵士の輪を突破していないし、テロ顔負けの突撃力だな

まぁ、いいやあっちにはケスラーが戻ってきてるらしいし
また『大佐さん』とか原作通り呼ばれてロリってる奴なんか無視して
アンちゃんをさっさと助けに行こう!!!

弟の義理の妹を健気に守ろうとするアンちゃん!
そこに颯爽と助けに登場すればメロメロ間違いなしだ!!





いざ、アンネローゼ助けんと、壁からロープ伝いでラインハルト達の
寝室に飛び込んだヘインであったが、地球教徒誤認され
アンネローゼに花瓶を投げつけられ、盛大に伸びてしまい病院へと搬送される

その後、目を覚ました時にはテロの鎮圧からヒルダの出産まで
全て終わった後で、『大佐さん』とマリーカの楽しそうなダンスを
ヘインは指をくわえながら見ることしか出来なかったという。


■皇太子誕生■


慌しい5月14日の終わりが近づく夕暮れ
ローエングラム王朝を継ぐ、皇太子アレクサンデル・ジークフリードは誕生した

この朗報はすぐさまニュースとなって全銀河を駆け抜けた。
また、この報せを聞いた重臣たちは祝辞を述べるため
ヒルダとラインハルトの病室を次々と訪れていた。
もちろん、その中には目をさましたヘインも含まれていた。


■■


『お疲れヒルダちゃん!赤ちゃん見てもいい?』


微笑みながら頷くヒルダにグッジョブサインを返し
ヘインは保育器の中の赤ん坊をまじまじと見つめる
そこには、確かに力強い生命の象徴が息づいていた。


「ヘイン、駆けつけてくれた事に礼を言う。まぁ、その後すぐに
 姉上にやられて直ぐ伸びてしまったのは、少々情けなかったが」
『ラインハルト!もう、それは言わないで・・・でも、ヘインさん
本当にごめんなさいね。私ったら動転してしまって無我夢中で』


『うるせーラインハルト、お前は笑ってないで病人らしく寝てろ
 あとアンちゃんは全然気にしなくていいから!全然大丈夫だよ』

「ヘイン、そのように大きな瘤を付けていては、些か説得力に欠けるぞ?」
『もう!ラインハルトいじわるを言わないで頂戴!』


ヘインやアンネロ-ゼを盛大にからかいながら
声をあげて笑うラインハルトを見ていると
ヒルダは幸せな気持ちに満たされていき
自然とやさしい笑みが零れていた。


それはとても美しい微笑だった。





皇太子誕生の熱狂が治まらぬ中、
5月25日、ヘイン率いる共和勢力討伐軍は
フェザーンを飛び立ち、最初の目的地ハイネセンへと進む

魔術師と道化師の長き戦いに決着を付ける為・・・



ヘイン・フォン・ブジン大公・・銀河の小物がもう一粒・・・・・

            ~END~




[2215] 銀凡伝(不安篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:e26cc54f
Date: 2008/07/19 21:16
その回廊を巡る戦いで幾人の人が命を失っただろうか
多くの可能性を奪い輝き続ける要塞

血によって舗装された回廊は再び血を求めようとしていた


■終わりの風は回廊に■


宇宙暦003年6月12日、ヘイン師団とロイエンタールは
再びハイネセンの地に降立ち、艦隊との合流を果たす。

留守を大過なく守ったベルゲングリューンとアンスバッハの両大将
民心を掌握するのに尽力したエルスハイマーとトリュ-ニヒトには
ヘインから労いの言葉とお米券1年分が進呈された。

旧同盟首都で回廊攻略の準備をヘイン達が進める中
ミッターマイヤー率いるイゼルローン攻略別働隊は
帝国両側から回廊を目指して行軍していた。

本隊65000と別働隊55000、併せて12万隻を超える大兵力であり
内戦で傷ついた帝国軍が動員できるほぼ限界であった。

ヘインがいかにヤンを恐れていたか、この数値を見れば一目瞭然であった。


■■


『そろそろ、イゼルローンに向かわねば別働隊に遅れを取るぞ?』

言われなくても分かってるんだよ・・・
まったく、勉強しようと思ったときに『勉強しなさい』とか言われると
めちゃくちゃやる気がなくなったりするだろ?
まぁ、ここは『やれば出来る子』の自主性に任しといてくれ


『ヘインさん、往生際が悪いです!もう準備出来たんだから
 ぐずぐずしてないで、諦めてバーンと行っちゃいましょうよ!』

いや、分かってはいるんだよ!でも気が付けば
31日に宿題全部やる嵌めになったりするもんじゃん?


『閣下、搭乗の準備は全て整っております。兵が皆待っております』

わかったよ!行きゃいいんだろ!行けば・・・
俺は出征には反対だったのに、あいつが頼むなんて言うからさ



■流亡の将■


ヤンを恐れなかなかハイネセンを動かなかったヘインであったが
この遅れが思いがけず良い結果を招くこととなった。

新領土内に潜む反帝国勢力の捜索に当たっていた舞台によって
ランズベルク伯アルフレッド率いる正統政府軍の潜伏先が判明したのである。
この結果、正統政府軍は伏兵としての価値を失い
各個撃破の危険を避けるため、イゼルローンへ向かわざるを得なくなった。


一度は共通の敵ラインハルトを討つために手を結んだ
ヘインとアルフレッドは再び仰ぐ旗を違え、矛を交えようとしていた。





『閣下、やはりブジン大公は隙を見せませんでした
 ヤン艦隊との交戦中に、彼等の後背を急襲できれば・・』

「シューマッハ提督、今更言っても詮無きこと、もとより
 ヘインがそのような単純な策に落ちるとは思ってはおらんよ」

悔しそうに語るシューマッハを諭すアルフレッドには
わずかばかりの揺らぎもなく、そこには黄金の誇りが確かにあった

早々にラインハルト和解し、なんらアルフレッドに相談することが無かった
へインに対して、シューマッハは裏切られたという想いを強く抱いていたが

主君の泰然とした態度を見せ付けられ、自分の器の小ささに恥じ入った。
アルフレッドにとってヘインの変節など、変節の内に入っていなかったのだ


ヘインは、ラインハルトに負けないために自分の力を頼った
自分はそれにのって、新帝国の打倒を目論んだ。

利用するだけの力をお互いが持っていた・・・唯それだけであると


「良いではないか、陛下の宸襟を騒がす不逞の輩を
 イゼルローンの悪夢にうなされるようにしてやろう」

不敵に笑うアルフレッドはフェザーンの
小覇王として呼ぶに相応しい覇気を放っていた。



■祭りの前夜■


「帝国軍の大艦隊に回廊の両端から攻め入られようとしているのに
 中将は妙に嬉しそうですよね?不安とかは感じないんですか?」

意気揚々と決戦の準備に余念の無い青年提督を
若干の呆れと尊敬の目で見やりながら、ユリアンは素朴な疑問を投げ掛けた。


『それがどうした?不安がったって片一方の敵さんが帰ってくれる訳じゃなし
 くたばれカイザーが、くたばれヘインに変わるだけだろう?大したことじゃない』

『まぁ、この人はケンカが女より好きな御仁だ。常識人には理解できんさ』


自らがさも常識人の代表であるかのように、横から口を出してきた撃墜王を
アッテンボローは憎々しげに6秒ほど見つめたあと
艦隊の編成と出撃の準備のため足早に立ち去っていったが、

その後ろ姿は、ピクニック行くのにわくわくしている少年のように見え
ユリアンは頼もしいと思えばいいのか、不安に感じた方がいいのか判断がつかなかった。


■■


まったく、目先の欲に踊らされてブジン帝、
いや、今はブジン大公かな?と無責任に手を結んだりするから
新帝国には変節甚だしい裏切り者扱いで討伐の大義名分を与えてしまうんだ

その上、その尻拭いは全部こっちがしなければなんらないなんて
外交上の失策を、戦略どころか戦術で挽回しろなんて、無茶を言うのにも程がある。
それに、あのブジン大公のことだもっとも効果的で敵が嫌がる戦法を惜しまず
最大限に活用してくるだろう。馬鹿正直に戦えば苦しい戦いになるだろうな・・・



軍首脳部が一堂に会した軍議の最中にも関わらず、
ヤンは永延と今回の事態を招いた政府首脳の先見性の無さを
その類まれなる頭脳の中で愚痴り続け、今にも溢れ出させようとしていた。
もっとも、ヤン自身もラインハルトとヘインの和解が
こうも早く容易く為ると予想していた訳ではないので
あまり大きな顔をして文句を言えた義理ではなかったが・・・


『ヤン司令、随分と難しい顔をしているようですが、なにか悩み事ですかな?』

「いや、失礼しました。少々、敵の巨大さに頭を悩ませていたところでして・・」


一言も喋らず沈黙を続けるヤンを訝しがったメルカッツに声をかけられたヤンは
しどろもどろしながら、敵の総司令官ヘインと腹心ファーレンハイトの人となりについて
かつての帝国の宿将に尋ねる事に成功し、すこ~しだけ矜持を維持することが叶った


『ブジン大公にファーレンハイト、彼らと私とはいささか奇妙な因縁がありましてな
 現在は宇宙の端と端とに立っていますが、つい数年前には艦首をならべて共に
共通の敵と戦い、逆に二手に分かれて戦ったものです。正直なところ臆病者の誹りを
受けたとしても、彼らほどの用兵巧者を相手に、正面を切って戦いたくはありませんな』


少し懐かしむように、敵の司令官達を語るメルカッツの言葉にヤンは頷くと
軍議に集まった首脳陣たちに自身の考えを告げた。





この戦いには最初から勝機がほとんど存在しない



司令官自らの絶望発言には、豪胆でなるシェーンコップや
不敵でしられるポプランやアッテンボロー達すら息を呑んだ

薄々と分かってはいたことではあるものの、改めて言われると
やはり、ショックは大きいものである。
それが全幅の信頼をおく司令官の言葉であれば尚更であろう。


『司令官の見解は了解した。ならば我らは如何様な道を採るべきか
 なにも戦いに勝利するだけが、進むべき唯一の道ではなかろう 』


「伯の仰られる通りです。ブジン大公は皇帝と違って基本的に陣頭に立つのを好みません
 バーミリオンのように、彼の打倒を持って勝利を得ることは難しいと言わざるを得ません
 ならば、先年のブジン大公に倣って敵を回廊奥まで引き込み、まず様子を見ようと思います」

『つまり、閣下は極力戦わずに敵の疲弊を待ち、状況の好転を待つ方針を採ると?』


参謀長の常識的な見解に異を唱える役を
今回担ったのはヤンではなく、ヤン艦隊の補給を全て取仕切るキャゼルヌであった。
家の台所には引き篭もるほどの余裕がないぞと、彼はハッキリと述べた。


戦術的勝利も、持久戦による敵の疲弊も狙えない。
裏切り者と帝国全土の憎しみを集める今、講和など更に有りえない。

だが、この絶望的な状況の中、司令官たるヤンの目は死んでいなかった・・・


ヤンは結局その場では全てを語らなかったが、
かならず自分達に流れが来るとだけ皆に告げると
戦術的な細部の打ち合わせを行い、それが終わると軍議を解散させた。


会議場を出る幕僚達の顔にはもう不安はなかった。
自身の司令官が『流れが来る』と言ったのである。

ならば、それが彼らにとっての答えであり、
その『流れ』が来た時に応える事が出来る様にあとは準備をするだけであった。



■へーネ・フォン・ブジン誕生■


ハイネセンをいやいやながら発ち、進軍を続けるヘインに朗報が届く
ヘインの叛乱時にエルゴン星系の惑星シャンプールから
同星系内の惑星メヘラーブへと移り身を隠していたサビーネが
6月19日、無事に女子を出産したのである。
生まれた子のへーネと名付けられた。

ただ、残念な事に作戦行動中であったため
ヘインのエルゴン星系への一時駐留は見送られ、
直接の面会は戦いが終わった後に持ち越されることとなった


その結果、ヘインは師団の面々に事あるごとに

『おれ、子供が生まれたんだ!この戦いが終わったら・・・』
『生きて帰って生まれた子をいっぱい抱いてやるんだ・・・』

等々、何かの旗が立ちそうな発言を行おうとしたが
何故かそのたびに、鳩尾にきついのを一発貰う羽目になって
最後までいうことが出来なかった。


この時代において開戦前に『今度、結婚するんだ』及び
『子供が生まれたんだ』発言を行うことは不吉とされていたためである



■回廊の決戦■


宇宙暦801年、新帝国暦003年6月25日
後に回廊の決戦と呼ばれる戦いが、イゼルローン回廊の帝国側入り口で始まる。

別働隊司令官ミッターマイヤーの下、ワーレンとビッテンフェルト両艦隊が集い
その総数は55,000隻を超え、ヤン艦隊及び正統政府軍35,000隻を大きく上回っていた。


しかし、回廊の入り口付近までヤン達が急進してきたため
回廊に半分ほどばかり入ったワーレン艦隊は後手に回らざるを得なかった。

敵の索敵範囲と敵の回廊への侵入速度を計算したギリギリのタイミングであり
艦隊運用の名人たるフィッシャー以外に為しえない奇襲であった。


『敵が出てくることなど想定の内だ!!数はこちらが上だ!うろたえるな!
以前の戦いの二番煎じだ!その内、ヘインの攻勢に備えるため撤退するぞ』

回廊の出入り口で半ば艦隊を分断された状態のなか
ワーレンは前線で必死に式を取り続けたが、

ヤン艦隊のお家芸である一点集中砲火によって
次々と艦隊は打ち減らされていった。


「帝国の不安要素その1、一線級指揮官と二線級指揮官との間にある決定的な力量差
 故シュタインメッツ元帥死亡時に、彼の艦隊がその後どうなったかを見れば一目瞭然」


ヤンはそう語ると、厚い艦艇による防壁を徐々に食い破られつつある
ワーレンの旗艦に向けて更なる砲火の集中を命令した。

その数分後、二本のレーザが旗艦サラマンドルを撫でた。
直撃は避けたものの、その熱量は艦の防御性能を超えていた。

その衝撃によって、ワーレンは指揮卓に激しく体を打ちつけ
身に纏った鋼鉄の義手は捻れ落ち、意識を闇へと落とした。

その結果、艦橋で唯一軽傷であった参謀長ビュルメリンク中将が
艦隊の指揮を引き継いだが、ワーレン程の指揮能力は当然無く
唯ひたすらヤン艦隊の攻勢に出来た穴を塞ぎながら、後退するだけであった。





傷ついたワーレン艦隊の撤収を助けるため、ミッターマイヤーは回廊の入り口の隙間を縫って、
小集団に分けた高速戦艦を中心に編成した分艦隊をピストルの弾のように突入させた。


ヤンはその攻勢の激しさ、効率のよさに『お見事!』と感嘆を漏らすと同時に
すぐさま後退を開始し、イゼルローンへの帰還を決断する。

その際、疾風ウォルフの追撃を心配する意見が参謀長から出されたが


「帝国の不安要素その2、いまだ回復しない叛乱の傷跡、一見塞がったように見える亀裂も
いつ再発するか分からない、その疑心暗鬼が彼等の行動を縛る重い鎖になってくれるはずさ」

と返し、追撃に対し全くの無防備で撤退を行った。

事実、帝国軍は追撃をせず、ヤン艦隊を呆然と見送った。
もし、このとき追撃を行っていればミッターマイヤーないしビッテンフェルトは
魔術師ヤンを討ち果たすという輝かしい武勲を得ることが出来ただろう。

しかし、実際は俄かに沸きあがった旧叛乱軍に対する
不信感と動揺を鎮めるために終始せざるを得なくなり、追撃どころではなかったのだ。



「しかし、日ごろブジン大公を悪辣だと言いますが、ヤン提督あなたも中々のものだ
 ブジン大公率いる旧叛乱部隊が、新帝国軍とヤン艦隊の共倒れを狙っている
 こんな荒唐無稽な流言を流して効果があるなどと、最初はとても思えませんでしたよ」

『まぁ、勝っている時であれば荒唐無稽な与太話で終わっただろうね。
 だけど負けが込んでくると誰しも冷静な判断が難しくなってしまうものだよ
 予想の接敵地点より早い段階で接敵したから、単純に挟撃が失敗しただけなのに
 一方の部隊が恣意的に遅れて、自軍の壊滅を願っていると錯覚してしまったのさ』


しれっとした顔でとんでもないことを語るヤンを見ながら
バクダッシュはブジン大公がヤンを心底恐れ
ヤンがブジン大公を心底嫌う理由がなんとなく分かった気がした。



■回廊の決戦■


6月30日、ヤン艦隊に遭遇する事無く回廊の奥深くまで侵攻した
ヘイン師団の前にイゼルローン要塞が姿を現した
その眼前には要塞に帰還したばかりのヤン艦隊が布陣していた


『どうやらヤン艦隊は、帝国側に向けて一旦侵攻したようだな』
『ミッターマイヤーが易々とやられるとは思わぬが、
 少しばかり手痛い目にはあってはいるかもしれないな』


おいおい、食詰め!垂らしと二人で話を進めるな!!
どういうことかみんなに分かるように言え!分かるように


『ヘイン、お前も分かっているんだろう?俺たちだけで
 あの不敗の魔術師とイゼルローンを攻略するということだ』



          嘘だっ!!!!!



『ヘインさん、現実ってこんなものです♪それに、
 ちゃんとこんなこともあろうかって考えてるんですよね?』


え?何イッテンデスカ・・・コノ子は、あッアルワケナイアルヨ
原作にカイテないことはシラナイアルヨ・・・


『閣下、ご指示をおねがいします』
『ヘイン、お前の好きに戦えばいい。艦隊の運用は任せておけ』
『・・・・・、・・・・・w』
『小官も微力を尽くします。ここでケンプ提督の仇を共にとりましょう!』
『卿の道化師と呼ばれる由縁を愉しませて貰うとしよう』


おいおい、なんか一人凄く殴りたい奴がいるのをおいといてもまずい状況だな
目の前にイゼルローン要塞とヤン艦隊がいて、そいつらを倒さなきゃいけない

ん?いや、別に倒さなくていいじゃん!!そうだよ逃げればいいんだ!!


「全軍後退、ヤン艦隊が誘いに乗り追撃の構えを見せれば
 後退を停止し、最大船速で突撃して敵艦隊を粉砕せよ!!!」


よし、なんかもっともらしくねぇ?なんかみんな御意とか言って動いてる
このままヤンが追いかけてこなければ、なんとか逃げれそうだ

そうだ逃げよう逃げよう。ヤンの相手なんか御免だ!


■■


『帝国軍艦隊こちらを警戒しつつ、徐々にですが後退していきます!』


さすがはブジン大公、無理な攻勢を仕掛けてこないどころか
ここで艦隊を後退させるとは凡百の将では出来ない計算だ。


逆回廊の帝国軍の損害が致命的ではないと読んで
一戦して疲弊してるだろう敵艦隊と短期決戦を挑んで
要塞と艦隊を相手取るリスクをとるより、
距離を取って全軍を集結させることを、やはり優先するのか


しかし、相変わらずのえげつなさだ。まるでバーミリオンの再現じゃないか!?
このまま見送って逃げるエサに食いつかなければ、やがて来る増援と呼応して挟撃に持込む

逆にエサに喰い付けば、常に後背を気にしながら
二倍以上の強敵を相手にしなければならないのだ


『ヤン提督!このまま敵軍を見送れば、今度こそ呼吸を合わせて
 回廊の両側から攻勢をかけてきます。ここは追撃するべきです』

「やれやれ、残念だがその選択肢しか我々にはないようだね」





覚悟を決めて攻勢に出たヤン艦隊に対し
ヘイン師団in垂らしは苛烈な砲火を浴びせた

ヘイン率いる本隊は緩やかに後退しつつ
左翼のミュラーと右翼のロイエンタールは前進し

ヤン艦隊を半包囲の網に捉えかけようとしていたが
アルフレッドとメルカッツ率いる二つの分艦隊が

本隊に向かって猛然と突進したため、ミュラーは守勢に回らざるを得ず
あと一歩のところで包囲の網からヤンを取り逃した。


『ヘインどうやら大魚をとり逃したらしい。だが、次の攻勢で・・・』
「いや、いいからもっと慎重に行こうぜ!!!落ち着こう落ち着こう」


更なる攻勢を主張するファーレンハイトであったが
予想以上に激しいヤン艦隊の攻勢に怯えたヘインによって制止され
さらに後退を命じ、何とか敵の攻撃から逃れようという判断であったが

これは、ヘイン師団に大きな幸運を齎す事と為る。


本隊がさらに後退したため、その援護を行っていたミュラー艦隊とで
ランズベルク、メルカッツの両艦隊を3分の2ほど包囲する陣形が偶然生まれたのだ。

その好機を逃す烈将ではなく、ミュラーと巧みに連携をとりながら
旧帝国軍艦隊を次々と火球へと変えていった。


■宿将の最後■


「この苛烈なまでの攻勢、ファーレンハイト提督か?」


敵の用兵に旧知の提督を見たメルカッツは
半分ほど下がりかけた瞼を少しだけ上げてスクリーンを見つめ
自身の艦隊を取り囲む無数の光点を静かに見つめ呟いた



        「是非も無し・・・」



メルカッツは宿将たるに相応しいその手腕を発揮し
包囲の外のヤン艦隊と無言の連携をとり、分厚い包囲の壁に穴を穿ち
友軍を次々と包囲の窮地から離脱させていく

このメルカッツ艦隊の動きに乗じてランズベルク艦隊も離脱のため
包囲網に猛った獣の如く喰らいつき、それを食い破っていった。


■■


傷ついた艦隊の再編と大半の艦艇の脱出を成功させたころ、
旗艦シヴァは主人と共に終わりを迎えようとしていた。


通路は火と風と煙に支配され、壁面を剥がれ落ち
将兵と機械類が不幸なダンスを踊り続ける

そこかしこで小爆発も始まり、シヴァは確実なる死へと向かっていく


『閣下、メルカッツ提督!!』


シュナイダーは機材に三度打ち据えられたが、運良く致命傷に至らず
敬愛する上官を煙にかすむ視界を拭いながら捜索し、
剥がれ落ちた壁の瓦礫の山から、引きずり出した。

メルカッツはまだ死んではいなかった。
だが、その許された時間はそれほど長そうではなかった。


「ランズベルク伯達の方は、無事に包囲を脱したかな・・・?」
『どうやら成功したようです。閣下、我々も脱出致しましょう!』

「そうか、成功したか・・・ならば無駄死にではないな・・・」
『閣下!!』

強く声をかけるシュナイダーを片手で制す
彼の血で汚れた老顔は、苦痛ではなく、穏やかな表情によって支配されていた。


「皇帝すら超える大公と戦って死ねるのだ・・せっかく満足して死んでいこうとする人間を
 いまさら呼び戻さんでくれんかね?この先、このような機会がまたいつくるかわからん」

シュナイダーは言葉を紡げなかった・・・彼は悟ったのだ敬愛する上官は
ついに望んだ最高の死に場所を得てしまったのだと・・・


「たしか、何といったかな?そう、伊達と酔狂に黄金の誇りで皇帝や大公と
 戦えたのだから・・卿にも苦労をかけたが、あとは自由に身を処してくれ・・」


帝国の宿将メルカッツは63歳にして、天上への門を登った
その戦歴は決して華々しい物ではなかったが
堅実にして底堅く、また犠牲の少ない勝ちを善しとしたため
帝国に属していた頃から多くの将兵の尊敬をあつめ、
帝国を去ったあとも、それは変わることは無かった


一つの時代の終わりを感じさせる男の死だった・・・



■消える増援■


メルカッツ提督戦死の報せがもたらされた時
ヤンやアッテンボローは軍帽を取り黙祷を捧げ、
ランズベルク伯は星の大海を静かに見つめた。

彼らはまた一つ死者の残してくれた物に対する
生者の義務を背負おうこととなった・・・

また、彼と特に縁が深かったファーレンハイトは
その胸に喪章をつけながら艦隊の指揮を執り続けた。





メルカッツとランズベルクの艦隊に対する包囲攻撃によって
もっとも割を食ったのはロイエンタールであった。

かれは左翼と本隊による包囲陣を支えるために
ヤン艦隊主力の相手を一手に引き受けさせられたのだ。


「まったく、随分と割りあわない仕事をさせてくれる
 どうやら、巻き込んだ分の対価を命一杯払わせる気の様だ」


そう独語した稀代の名将は引くべき時は引き、
相手が下がるときにはすかさず前進し、劣勢を支え続けた。


少しづつではあるが、帝国軍からヤン艦隊へと流れが移り始める。
これは指揮官の優劣というより、経験というか馴れの差であった。

ヤン艦隊を狭い回廊内での戦いに馴れており、
ヘイン等の帝国軍は馴れていないかつ、彼等より動きにくい多勢であったためである。


徐々に押し始めるヤン艦隊に、押され始めるヘイン師団
攻める側はこのまま勝利を得られるのではと思い始めるが



     その期待は運命の女神によって一蹴されてしまう。






   「遅かったじゃないかミッターマイヤー」
   『どうやら間に合ったようだなロイエンタール』


双璧がそう呟いたのはほぼ同時刻であった。

7月5日、帝国側から回廊へと侵入した別働隊が
遂に決戦場にその姿を現したのである。


戦線の崩壊の危機に冷や汗を流していたロイエンタールを始めに
ヘイン師団は一気にヤン艦隊を押し返さんと反攻大攻勢にでる。


その破壊力は凄まじく、さしものヤンも要塞への撤退を決断しかけたほどである。
俄かに後方に気を掛けなければ為らなくなった事態に
ヤン艦隊の将兵は大きく動揺していた。

現実的には彼等の後背を突くには、ミッターマイヤー等は
大きく要塞を迂回せねばならず、直ぐに駆けつけることは難しく
空の要塞を攻略しようにも易々と落ちる要塞ではない

だが、人の不安はそう簡単に抑えられるものではなかった。


■■


         奇妙なことが起きた・・・



ヘイン達がヤン艦隊の不安をさらに広げ、勝利の美酒に手を伸ばそうとした時
その美酒を運んできた別働隊が突如前進をやめ、後退を始めたのだ。


どういうことか理解出来ないユリアンたちに、ヤンは静かに説明を始めた


「帝国最大の不安要素その3、皇帝ラインハルトの不予、皇帝の病は重く
崩御の可能性も大いにあるし、そうなれば帝国軍は撤退せざるを得ない」

『つまり、皇帝が現時点で死んだか、それに近い状態にあると?』


様々な思いが錯綜し、中々言葉を発することが出来ない同僚を尻目に
淡々と問い返したのはやはりムライであった。

ヤンは僅かに首を縦に振り、肯定の意を示し、
視線をスクリーンに移すと猛然と迫る帝国軍の艦艇を見やりながら呟いた。


「やがて、ブジン大公も兵を引く。それに併せてイゼルローンに戻ろう」
『このまま攻勢を続けりゃ勝利の美酒が呑めるってのに、あのヘインが引くんですか?』


いまだ戦力比は倍以上であり、容易に勝ちが拾えるのに
敢えて急いで撤退することに納得が出来ないアッテンボローは
多くの者達が持っている疑問をぶつけ、ヤンは4度めの説明で返す。


「帝国の不安要素その4、帝国宰相へイン、地盤の弱い皇太子に対し、
彼の存在は余りにも大きく、帝国は爆弾を抱えているようなものなんだ」

『つまり、このまま大兵力を持たせたままヘインさんを
 自由に行動させることは、虎を野に放つようなものだと?』


「ご明察♪」と弟子の明敏な解答に及第点を与えると同時に
オペレーターから敵軍後退の報せが届き、ヤン艦隊は安堵の歓声に包まれる


ヤンに追撃を提案する者もいたが、実数で大きな差がある上に
敗北ではない理由で撤退する敵を追撃するなど
自殺行為だと言って堅くそれを禁じた。

これ以上の戦闘は、次代の皇帝との交渉の障害となることも
良く理解したうえでの追撃禁止令であった。


すでに、魔術師の目は次の時代へと向けられていた・・・



■ただ、フェザーンへ■


ヘイン等の元に『皇帝危篤、スミヤカニテッペイセヨ』と
亜光速通信が届いたのは別働隊に送れること2時間であった。


この報せを受けたヘインを除く首脳陣は
自分達が非常に微妙な立場に立たされた事を悟った。

新帝となるアレク大公にとって最大の脅威は
ヤンではなく、自分達であると・・・


さらに、このまま戻れば軍務尚書の手によって、
先の叛乱の罪が蒸し返され誅殺されるのではないかと
みな疑心暗鬼に陥りかけていたが


「まぁ、撤退しろって言う本国の命令だから仕方ないな~
 いや、俺も出来ることならヤンと決着を付けたかったんだけど
 本当に残念無念!でも、あいつの病気が重いなら仕方ないな!」


まったく不安を感じさせないヘインの、この発言に皆毒気を抜かれてしまい
ファーレンハイトの指揮の下、鮮やかな後退劇が上演されることとなった。



   終幕の地フェザーンを目指し、英雄達は星の大海を駆ける・・・




   ヘイン・フォン・ブジン大公・・銀河の小物がもう一粒・・・・・

            ~END~





[2215] 銀凡伝(惜日篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:c091ef84
Date: 2008/07/27 21:58
最初は気に喰わないやつ等の一人だと思った
でも、そいつだけは周りと違った

気が付けば友達になっていた
そいつがいるだけで、何でも出来る気がした

ある日、とてつもなく不安になった。
そいつだけ、どんどん前に行ってしまう
どんなに追いかけても、手が届かなかった


でも、今は気付いている
そいつは、いつだって手を差し伸べてくれていた


■帰りみち■


うわ、痒い痒い!!!なんかくっさーって感じが漂ってて
なにそのポエム?って感じが艦内に充満してやがる。

そんなに辛気臭い顔揃えられると
こっちまで気分が滅入っちまうぜ


『うん、いつも明るいヘインの方が私は大好き・・・
 でも、いまにも泣きそうな笑顔なんかみたくないよ
 無理しないで・・・さぁ!わたしの胸に飛び込んできて」
 

うわぁ・・、抱き枕三太夫君が捻じ切れるほど抱きしめてやがる
ちょっと乳揉むかなんてノリでもし抱きついてたら・・・怖ろしい・・


ヘーネ、お前はお母さんの悪い所は似ないでくれよ?





ひとり盛り上がるサビーネを余所に
ヘインは愛娘のほっぺをつついたりして
のんびりとフェザーンまでの旅路を過ごしていた。


そんなヘインと違って艦隊首脳は
今後について色々と頭を悩ませ忙しく日々を過ごしていた


軍務尚書がもし、自分達を排除しようと動いたら?
新領土の残り火が燃え上がったら?ヤン一味が攻勢に出たら?

考えることは幾らでもあり、
彼らはその対応で頭を悩ませることによって
フェザーンに着くまでの時間を潰す事に没頭していた。


彼らも人の子であり、この事態にじっとしていられるほど
人生を甘く見ることは出来そうになかった。


落日の日は近い・・・・


■皇位継承■


「次期皇帝にはアレク大公が即位するのが筋であろう」
『いや、実力、前王朝の系譜を持ち、一度は退位したとはいえ
 皇位に立たれたブジン大公こそが二代目皇帝に相応しかろう』

『ブジン大公ならば、二代目ではなくブジン朝初代ではないか?』
「いや、ブジン大公は摂政としてアレク大公を輔弼されるはず!」


人の世とは残酷なもの、冥界の門を目前にしたラインハルトから
人々の関心は徐々にだが確実に薄れていた。

次の皇帝はだれか?ブジン朝か、ロ-エングラム朝か?
そんな思惑が蠢く中、ヘインは友の待つフェザーンへ降立った。


■■

【新帝国暦003年8月9日】

昨日、友人の見舞いに行ったんですよ。そう見舞いにね
そしたら、なんかそいつ無茶苦茶顔白いんだよ

もともと色白だったのに、余計白くなっててさ
なんか、痛々しくてみてらん無くて

「死にぞこない、まだ悪運しぶとく生きてたか?」

なんて悪態思わずついちゃったら、黒猪に怒鳴られちゃった

でもさ、なによりもきつかったのが、
そいつが、何も言い返してこなかったことが・・一番きつかったんだよ


そんで、ああ、こいつもう直ぐ死ぬんだなって
なんか、自分でそんとき納得しちゃったんだよ
いや、ほんとはもっと前から分かってたんだけど分かってなかったのが
ようやく、わかったというか、なんていうの分からんけど

とにかく実感しちゃったんだ。こいつもあいつと一緒んとこ行くんだって


その上、『アレクに才無ければ、卿に即位して貰いたい』なんて
遺言みたいに頼んできやがるし、さんざん俺の頼みごと無視してきた奴の
おまえの頼みなんか誰が聞いてやるかってんだ。

そんで、言うだけ言ったら、こっちの返事も聞かずに勝手に寝てるし


『勝手なこと言うな』って言ってやるために
また、明日も明後日も見舞いに行かなきゃなんないな
ほんと手の掛かる困った奴だ



■母として■


わたしは今日ほど自分を嫌悪したことはないだろう。

皇位を辞退し退出するブジン大公を私は呼びとめ、私室に招き
浅ましくもその真意を確かめるため彼を試したのだ

私は大公にアレクが成人するまで摂政として
帝政の全権を握って欲しいと内心を隠し懇願した。

もし、大公がそれを受けたら野心ありとして
私は彼をどんな手段を使ってでも排除するつもりだった。
そう、アレクを・・この子を守るために


『う~ん、悪いけどパス。ヒルダちゃんの頼みだったらききたい所だけど
 実のところ、もう引退してらくらく年金生活しようかなって思ってる
 あとのことは、ヒルダちゃん達に任せれば多分上手く行くと思うしね』


その言葉を聞いた時、私は自分が酷く汚い物のように思えて
ブジン大公、いえ、ヘインさんの顔をまともに見ることが出来なかった。

ヘインさんは、私の汚い内心を見透かした上で
全ての権力を捨てると約束してくれたことが痛いほど分かって
その優しさが、私には眩し過ぎて前を向くことが出来ませんでした。






ただ単に楽隠居して自堕落な生活に浸りたいヘインの内心は
その余りにも巨大すぎる名声と権力によって歪まされ

皇妃ヒルダを筆頭とする人々から
私心無き高潔なる人物と盛大な誤評価を受けていた。


もっとも、初代皇帝不予という国難にあって
帝国宰相兼帝国軍最高司令官が隠遁するなど認められないとして
軍部高官や内政官の多くが反対と慰留の声をあげたため

ヘインの引退表明は一旦保留とされる
理由は彼の辞表を受けることが出来る唯一の上位者が

いまだ意識を取り戻していないことが最大の理由であった


■黒狐の意趣返し■


ヘインがフェザーンに到着する一週間ほど前、
かつて陰謀によって宇宙を操ろうとした一人の男が帝国軍によって拘束される

拘束された男は前フェザーン自治領主として
権勢を欲しいままに振るったルビンスキーであった。


ヘインの命を受けた義眼による綿密な捜査の網によって捕らえられたルビンスキーは
脳腫瘍を患っており、フェザーンの潜伏先で捕縛された時

かつての覇気は全て剥げ落ち、ただの哀れな病人と化していた。
だが、干乾びた悪意だけは消える事無くその男と共にあった。





ヘインのフェザーン帰還後から食事を絶っていたルビンスキーが
自ら生命維持装置を外しその命を絶ったのは

新帝国暦003年8月17日のことであった。

そして、その男の脳波が完全に途絶えた瞬間
フェザーンの各所で爆炎が立ち上り、幾つかの建物が倒壊し、
それに乗じた地球教の残党が一斉に蜂起し、各所で暴動の火種をばら撒く


夏の嵐の中、最後の惨劇が始まる


■■


なんだ、おいおい原作最後にあったテロかよ!!
とりあえず、宰相府に篭ってれば大丈夫だよな?

たしか狙いはラインハルトか、アレクだったよな?


『ヘイン、すぐに出るぞ!仮皇宮に参内せよと皇帝の命令だ』


うわ、すごく行きたくないです。
というより食詰めのウキウキした感じがかなりムカつくな

それと、アンスバッハ・・準備してる所を申し訳ないが
その担いだハンドキャノンと手に嵌めた指輪は
嫌なトラウマを思い出すから他の武器に持ち替えてくれ

あとは、マコちゃんはここでちゃんといい子に留守番しててくれ


『私だって軍人です!ヘインさんにずーっと付いてくって決めたんです』


分かったよ。そんな涙目で睨むなんて反則だぞ
ちゃんと俺と一緒にアンスバッハと食詰めを盾にして付いて来んだぞ?





市街の混乱が激しさを増す中、次々と重臣たちが仮皇宮に集っていた。
この有事に高官が一箇所に集中する愚をみな知っていたが

皇帝の崩御が現実味を増した状況下では
その危険を取ってでも集結する必要があったし

さすがに、皇帝の膝元まで再びテロの手が伸びることはないだろうと
ごく自然な考えが働き、彼らを皇帝の下へと集めさせた。


そこに軍務尚書が仕掛けた危険があるとも知らずに・・・



■謀将と凡将■


皇帝の寝室の前は発火寸前の鬼気によって支配されていた。
居並ぶ将達に義眼がまもなく地球教徒が大挙して皇帝の命を取りに
仮皇宮に押しよせてくるだろうと告げた為である。


『どういうことだ貴様!!!!』



ビッテンフェルトの怒号のような至極真っ当な詰問に対し
義眼は平然と自分が地球教徒をおびき寄せたと答える


「マジで!?」

『陛下はご病気は快方に向かい。快癒となられた暁には帝国宰相と共に
 地球教の総本山たる地球そのものを滅ぼすであろう、と。彼らは
 それを阻止するため、陛下と宰相の御身を狙って軽挙に出てきたのだ』


俺も囮に入ってるのかよと狼狽するヘインをよそに、メックリンガーは
『陛下や上官たる宰相の身を囮にするなど臣の、部下のすることか!』と
激しくオ-ベルシュタインの弾劾を行うが、冷然と返される。


『皇帝の逝去はもはやまぬがれぬ。また宰相閣下も隠棲を望んでおられる
 だが、ローエングラム朝は続く、王朝の将来にそなえ、地球教の狂信者
 どもを根絶するのに、皇帝陛下と宰相閣下にご協力を頂いただけのことだ』


それを聞いたビッテンフェルトが無意識に右手を握り締め前進むと同時に
ヘインは出口の方へと二歩後ろに下がった。

両者が好対照な行動を起こそうとする寸前、


『とにかく、地球教を掃討するほうが先決です。指揮系統を統一するため我々は
テロ対策本部長のヘイン閣下とケスラー総監の指示に従って行動致しましょう』


帝国軍の良識と後に呼ばれるミュラーの発言によって
かろうじて破局と、敵前逃亡という二つの醜態は回避される。





20時15分、最初の襲撃者が館内に侵入を果たす。
彼は、北館の窓を蹴破り屋内に踊りこむと

近くにいた売店の店員に凶器を片手に詰め寄り
皇帝と宰相の居場所を問いただした。


『ボォク!アァルバァイトォオオゥ!』


絶叫が館内を木霊する。突如奇声をあげてカウンターに登った
アルバイターに恐れをなした地球教徒は逃げ出し、

屋内に出た所で哀れにも憲兵の火線によって
その生命活動を止めることとなる。


この最初の襲撃者の死後、仮皇宮を取巻く混乱と喧騒は最高潮を迎え
次々と侵入を果たす地球教徒と憲兵達は激しく火花と命を散らせる。

『ルビンスキーの火遊び』と『ド・ヴィリエマジック』
と後に呼ばれる二つのテロが共謀して生まれた産物なのか
偶然重なっただけなのか、その答えは出されていないが

その相乗効果は大きく、被害は拡大の一途を辿る


■■


『伏せろっ!!!!!』


痛っぇ、なんだ?爆弾!大爆発!!????
これ、やばいぞ?洒落になってないぞ。
とりあえず便意に負けて部屋をでる決意をした30分前の俺を殴りたい。


『狂信者どもがあっちに行ったぞ!』『殺せ!皆殺しにしろ!!!』


おいおい、部屋に戻る道が塞がれてるし、あぶなそうな雰囲気ぷんぷんだな
困ったぞ、こうなるとどこいけばいいのかさっぱり分かんないぞ

もしかしてヤンみたいにウロウロしている内に殺されるパターンか?
というか、一応宰相だから助けが来るだろう普通・・・

あれ、もしかして普通じゃないくらいやばくて助けにも来れないって事か?
まぁいい、考えても分からんし、とにかくどっかに逃げよう!!


『増援を呼べ!!敵は重火器を持っているぞ!!』
『言われなくても分かってる!!こっちは爆破されてるんだ!!』


こっちも、爆弾にやられたのか酷い状況だな
あれ、あそこに座ってるのは義眼か?





おい、しっかりしろ大丈夫か!!顔色がいつも以上に悪いぞ!!


『どうやら、余り大丈夫ではなさそうですな』


って血が大量に出てるのにこいつ落ち着きすぎだろ。
横の医者も呆れてるじゃないかって・・!!
医者が手を止めてどうすんだよ!治療治療!!
 
『ハッハイ!申し訳ありません』

『閣下、助からぬものを助けるふりをするというのは
 偽善というだけでなく、労力の無駄となりましょう』
 

馬鹿かおまえ!!!血を流してる奴をほっとける訳無いだろう
それに、おまえに死なれたら誰が俺の仕事すんだよ!!


『お戯れを私は推挙に値せぬ者ではありませんでしたかな?』


逆だよ馬鹿!!!優秀すぎて手に負えないからだよお前は!!
いいから黙って治療されてろ!傷口が開くぞ!!


『閣下・・・、ラーベナルトに伝えていただきたい。私の遺言状は机の二段目の引出しに
はいっているから遺漏無く執行するようにと。それと犬にはちゃんと鶏肉をやること。
もう先が長くないから好きなようにさせてやるように、それだけ伝えていただきたい。
そうですな、あとは閣下にも随分懐いておりました、偶に散歩でもして頂けるとありがたい』


嫌だよ!!あいついつだって俺の右足に噛み付くんだ!
ぜったいあいつヨボヨボの振りしてるだけだぞ

だから、だから散歩はお前がちゃんとしろよ
ちゃんと餌かってお前が食わせろよ・・・俺がやると手噛まれるだろ
だから、犬の世話はお前がちゃんと・・・ちゃんと・・、

『閣下、軍務尚書閣下はもう・・・』

いいから、増血剤でもなんでもいいから持ってこい!!
ただでさえ色白で血がたらなそうなんだから、あるだけ持ってこいよ・・・


『宰相閣下、もう閣下はお休みです・・軍務尚書閣下は少しお疲れになったのでしょう』


フェルナー、だってよ・・こいつ散々俺をヒヤヒヤさせときながら
こんなにあっさり逝くなんて、納得できるかよ!

ほんとコイツにはいつ消されるかってホントにビビッてたんだぞ
でも、一緒の職場にいると結構いいところに気付いたりするんだよな

遅くまで仕事ばっかりして頑張ってるし、俺が分からん仕事も厳しいけど
分かり易く教えてちゃんと自分でやるようにさせる所とか
仕事したくないから嫌だったけど・・結構えらいって思ってたよ。


『軍務尚書閣下も、宰相閣下を怖れ認めておりました・・誰よりも』


そっか、こいつは見る目だけは無かったみたいだな
俺みたいな凡人にヒヤヒヤしてたなんてなぁ・・・
頭が良すぎるっての困りもんだな、オーベルシュタイン・・・





誰よりも恐れ、誰よりも認めあっていた二人だった。
激務ではあったが、その二人の下で働けた自分は幸福であった。

あそこまで興味と忠誠心を刺激させる上官には
私は二度と出会うことはなかった。


『心配性な妻の頑張りを一番見ていたのは、鈍感そうに見えた夫だった』


後年、二人の上官についてフェルナーはいくつかの証言を残すと共に
理想の上司と部下の関係には適度な緊張感が必要であると語っている




新帝国暦003年8月17日21時37分

ヘインは最も長くデスクを共にした同僚を永遠に失う
ラインハルトやキルヒアイスとも、ファーレンハイトとも違った関係であった


しかし、周りには分かりにくいが二人の間には
奇妙な友情のような物があったのかもしれない



  ヘイン・フォン・ブジン大公・・銀河の小物がもう一粒・・・・・

            ~END~



[2215] 銀凡伝(終焉篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:c091ef84
Date: 2008/08/03 11:46


天上へと旅立つ黄金獅子の下に多くの人々が集まっていた。
その多くが英雄と呼ぶに相応しい優れた才を持っていた。

だが、その才も病魔の前では無力であり
運命を変える力を当然持っていなかった。

一人の英雄の死は・・一つの時代の終わりであった・・・


■黄金獅子は天上へ■


『・・へイン・・お前の遅刻癖は相変わらずだな・・』

わるい・・遅くなった。思った以上に着替えに手間取ってな
もう、みんなとの話は・・・話は終わったか・・?


『皆、済まないが下がってくれ・・へインと話がしたい・・』


おいおい奥さんとかアンちゃんそっちの気でそれはまずいだろ

『ヘインさん、どうか陛下の願いどおりに・・・』
『私からもお願い申し上げます。どうか弟の最後のわがままを聞いてやってください』


いや、まぁ美人二人にたのまれちゃしょうがないな
じゃ、とりあえず適当に話としますか・・・



■■


『ヘイン・・・初めて・・そう初めて会ったときの事を覚えているか?』


さぁ・・どうだったかな?幼年学校時代ってのを覚えてるぐらいだな
それから、もう随分経ってるんだよなぁ・・あっという間の気もするけどな?


『そうか、今でも鮮明に思い出すことが出来るお前との出会いと
 キルヒアイスとの出会いは・・予にとって特別なものであった・・・』


過去形にすんなよ・・・まだ死ぬには早すぎるだろ?
羨ましすぎるくらい別嬪の嫁さんに可愛い息子までいて
さっさと自分ひとりだけキルヒアイスのとこに行く気かよ

まったく、お前は最初から最後まで勝手な奴だったよ
いつも俺はお前に巻き込まれてどれだけ苦労したと思ってるんだ



ほんと、おつかれさん・・・



■摂政と宰相■


新帝国暦003年8月17日23時37分
ラインハルト・フォン・ローエングラムは25歳でその生涯を終える。
その治世は僅か二年ばかりであった。


死者のもとに再び集った人々の沈黙を破ったのは
第二代皇帝アレクサンデル・ジ-クフリードの泣き声であった。

死者の傍らにいた二人のうちの一人が立ち上がる。
いまや、帝国の摂政皇太后として宇宙の頂点に立った
ヒルデガルト・フォン・ローエングラムである。

マリーンドルフ伯を始めとする文官や
ファーレンハイト元帥を中心とする武官が粛然と佇むなか

彼女の静かだが良く通る声がその場を支配していった。


『皇帝は病死なさったのではなく、命数を使い果たして亡くなったのです
 どうかそのことを・・・皆さんには、忘れないで頂きたいとおもいます・・・』


新たな権力者となったヒルダは深く頭を下げ
その白頬に伝う涙が流れる様を見せなかった。




ヒルダが歴史の中心となった場に、ヘインの姿は既に無かった。
ラインハルトの最期を看取り部屋を出たあと、彼は一人家路に着いていた。
天才と凡人の時代はもう終わっていた。

これ以後、一人の英雄と凡人が巨大な権力を振るった体制から
摂政となったヒルダとヘインに見出された文官達が政治の中枢を担い
軍事はヘインリストに名を連ねた者達が中核を為していく体制へと移行していく


新銀河帝国は英雄がいなくとも揺るがない大樹へと既に成長していた。



■平穏な日々■


~ド・ヴィリエ逮捕拘禁!?赤いアフロの鬘と白塗りの顔に変装し逃走を図るも
 憲兵に不審者として職務質問を受け、あえなく逮捕される。なお、その他の・・・~

~帝国宰相、イゼルローン共和政府との講和について言及する。
 来訪した共和政府首脳との交渉如何によって流血の時代は終わりを・・・~


『ふぁ~っと、なんだ朝からお前が新聞読んでるなんて珍しいな?』
「ちょっと早く起きすぎちゃって、朝の準備が終わって暇になちゃったから」


『そっか、ヘーネはまだ寝てるみたいだな。悪いけど朝飯頼める?』
「もちろん、じゃぁ、お寝坊さんはそこで座ってまっててね!」


ヘインがお仕事辞めて引退するつもりだって最初に聞いた時はビックリしたけど
ほんとうれしかった。だってもう還って来ないかもって不安になる必要が無いんだもん
なんか、それがつい嬉しくて早く目が覚めちゃったのは内緒♪


そうそう、あそこで眠たげに瞼をこすっている人が私は愛しくて仕方がありません♪
その上、彼の脇で眠るヘーネもかわいくて仕方がありません♪

カーセだけじゃなく、エリ姉やエル・・まぁ、ついでにマコちゃんも入れてあげようかな
新しい友達、ううん姉妹が出来たのもみんなあなたのお陰です


誰よりも感謝しています。それとそれ以上に愛しています


■■


なんだアイツ?さっきから妙にこっちをチラチラ見てるけど

べつにパジャマのボタンは掛け違ってないし
寝癖もそんなについてない筈だから、おかしい所は無いはずだけどな?
それになんか妙に熱っぽい目というか艶っぽい目で見られているような

まさか、『夜だけでなく朝もOKよ』サインか?
別に俺は全然構わんのだが今日はさすがにまずいぞ
さすがにアレクの戴冠式典に遅れるわけにはいかないしな

その上、途中で食詰めやカーセさん達が迎えに来たら困るからな


『はい、いっぱい食べてね♪・・あれ?なんか顔赤いけど大丈夫?カゼ?』


いやいや、なんでもない元気元気!
じゃ、さっそく頂きますか!あはははっいや、旨い旨い旨いぞぉおおおおおお!!!





『カーセ、そろそろ近所の目もあるし、一応言っておくが覗きは犯罪だぞ?』
「しっ!静かに!あ~ぁお嬢様のあの甲斐甲斐しいお姿。正直堪りませんわ」


いつもの覇気が無い食詰めとその内儀でもあり、侍女でもある二人が
ブジン宅のチャイムを押す事になったのはミュラー夫妻が到着した後であった。

ちなみブジン宅のある一角には食詰めやミュラー夫妻だけでなく
エル出産後に、垂らし夫妻が引っ越して住むようになるだけでなく
ナカノ、アンスバッハ等も近所の官舎に移ってきたため

大変騒がしい一角となるのだが、それはもう少し先のことである。


■戴冠式■


先帝と軍務尚書の国葬から一月、
喪が明けると同時に二代皇帝の戴冠式が挙行される。

完成した『獅子の泉』の玉座の間に参列した高官は1000名を超え
そのなかにはロムスキー議長やヤンなどエル・ファシル共和政府首脳の姿もあった


式典終了後、彼らは摂政皇太后ヒルダと帝国宰相へインを相手に
講和条件を詰める交渉テーブルにつく予定であった。


『アレクサンデル・ジークフリード陛下、摂政皇太后陛下の御入来!』


アレクを抱き抱えたヒルダが玉座に座ると
帝国宰相たるヘインを始めとしてすべてのものが
その頭を深く下げて新帝に対する忠誠を示した。


その壮麗な光景は、後に幾多の画家達の手によって描かれることと為る
その絵の中心に描かれたのは戴冠した皇帝ではなく
宰相として最前列に立ったへインであった。

その中でもっとも有名なメックリンガー作の『戴冠式』では
いち早く頭をあげたヘインの後ろに、いまだ頭を下げ続ける文武百官が続き

まるでヘインが皇帝として戴冠した光景を描いたかのような構図であった。


■■


『ヘイン、お前が望むなら俺は・・』


もういいって食詰め、俺のガラじゃないんだよ皇帝なんて
そんなことより、一杯飲みに行こーぜ?

女性陣は女性陣で話が盛り上がっているみたいだし
たまには男二人で飲むのも悪くないだろう相棒?


『あぁ・・お前が望むなら俺は幾らでも付きやってやるさ
 もちろん酒代は卿の驕りなんだろう?さて行くとしよう』


おいおい次期軍務尚書様が酒代をたかるなよ
まぁ、俺が誘ったからしょうがないか・・次は驕れよ?





食詰めと凡人、時には戦うこともあった二人であったが
その友諠は終生変わる事無く、その繋がりの深さは双璧と匹敵するものであった。


烈将ファーレンハイト、その戦才はラインハルトを凌駕し
その戦機を読む能力はヤンに匹敵すると評される。

また、オーベルシュタインの後任として軍務尚書の任にあたるが
フェルナーや新たに軍務省に移動させたアンスバッハやシュトライトをよく用い
前任者に引けを取らぬ運営手腕を見せ、次期帝国宰相の最右翼として目されるようになる。

グルックやオスマイヤーと言った能吏達もうかうかしていられそうに無かった。



■ヤンとヘイン■


戴冠式の興奮が治まらぬ中、帝国と共和政府は共存のため
講和条約を結ぶための交渉テーブルについた。

参加者には不敗の魔術師と不死身の道化師
そして、彼ら二人に加えて、皇帝の代理人としてのヒルダ、
共和政府の代表としてロムスキー議長が交渉に参加する。


交渉はヒルダとロムスキーによって淡々と薦められ
イゼルローン要塞の返還およびバラート星系での自治を認めるなど
ほぼ原作に近い講和条約が結ばれていく。

また、旧正統政府系勢力についても、新帝国への帰属若しくは
共和政府への残留という二つの選択肢が提示される。

また、幼帝ヨーゼフに処遇については大公位を贈り、
先帝ラインハルトがランズベルク伯に約束した
身の安全の保障を履行することを確約した。


永遠ならざる平和への大きな一歩が踏み出された・・・


■■


ヤン元帥、捕虜交換の時にイゼルローンに行ったとき以来ですね
あの時は短い挨拶交わした程度だったかな?


「そうですね・・・宰相閣下にこのような形で再会する事になるとは」


同感、思えば俺と元帥にはいろいろ因縁があるような気がするな
結構前だけどアスターテ星域の会戦のこととか覚えてる?


「閣下から通信文を頂きました。たしか、死ぬか退役してくれと」


え~っとそんなこと言ったかな?まぁ、昔のことはいいや
そっそうだユリアンは元気にしてるかな?背もまた伸びてんだろうなぁ


「ええ、元気にやっていますよ。少し前になりますがユリアンから
 閣下の大層な親書を受取ったこともありましたね。実に興味深い内容でした」
 

あれ、ヤン元帥?ちょっと目が怖いかな・・・
そうだ、ちょっとあそこに座って落ち着いて話そう





『ほう、小官ごときが、いまをときめく宰相閣下どのに
わざわざ席を勧めていただけるとは光栄のきわみですね』


会話が進むにつれヤンの表情はヒクつき始め
話す声には毒がこもり始める

そのヤンらしからぬ威圧感にヘインは無意識に四歩も五歩も後ろに下がった
同盟軍最高の智将と1対1で正対したのはこれが最初であって
ヘインはだれかのコートの裾に隠れることは出来なかった。

「そうだ、アイゼンナッハがヤン元帥とお喋りしたいとか言ってたぞ」
『わたしが話をしたいのはあなたです。宰相閣下』


ヘインにもヤンの声に込められたものが敵意から
害意に変わったのが分かり、その顔を青褪めさせた。


『それとも帝国軍最高司令官閣下とお呼びした方がよかったかな?
 まぁ、あなたにとって地位などと言ったものは無用の物でしょうが』


ヘインは固形化した自分の唾をゴクリッと呑み込んだ。
そして、ほんの少しだけ後悔していた


親書の内容を  『久々にワロタ』 にしとけばよかったかな?と





にじり寄るヤンの手によって、悲劇的な結末を辿ろうとしていたヘインであったが
ヤンを迎えに来たユリアンによって九死に一生を得ることとなる。


『ヤン提督、あれヘインさんも?お二人揃ってどうされたんですか?』と
ユリアンに声をかけられた瞬間、穏やかな表情に変わったヤンを見て
ヘインは安堵の溜息をつくと同時に『絶対コイツは二重人格だ』と確信することとなる。


なにはともあれ、帝国、共和政府の軍の最高責任者が
和平交渉期間中に取っ組み合いの喧嘩をすることが避けられたのは僥倖であろう。

ある意味、宇宙の平和を守ったのは彼等の息子であり、
弟でもあるユリアンだったのかもしれない・・・


■それぞれの道へ■


新帝国暦003年10月10日、
イゼルロ-ン要塞の返還が終わり、バラート星系の自治が始まって程ない頃
ヘインは全ての職を辞し、政治の表舞台から身を引く

以後、ハーレムを領地に建設してウヒャウヒャしようかな?と考えたりもするが
一度も浮気をすることなく、サビーネと円満すぎる家庭を営んでいくこととなる


もともと一夫多妻の感覚が薄いためか、一生懸命なかわいい奥さんの努力によるものなのか
その答えは、ぽや~とした未来の皇妃だけが知っている。



【帝国軍三長官】

ヘインが去ったあとの軍の重責に当たったのは
軍務尚書ファーレンハイト、統帥本部総長ロイエンタール、
宇宙艦隊司令長官ミッターマイヤーの三人であった。

彼らは大過なくその任を果たし、新帝国軍の体制を磐石なものとした。
また、三人とも私生活においても良き伴侶を得てはいたが

一人は妻の趣味に少し疲れ、また一人は、虚ろな目を時折見せていた。
そして、もう一人はやっぱり種無しであった・・・

だが、多少の問題をある物の彼らは概ね幸福であった。



【黄金樹の誇り】

かつての幼帝エルウィンは自らの意思で共和政府に残る道を選択する
専制主義の頂点であった彼は、やがて全く異なる政体民主主義の体現者となる

そのより困難な道を彼は、自分の意思と力で切り開いていく。
そこには黄金樹の誇りが確かにあった・・・


幼帝が自らの意思で幼帝でなくなったときアルフレッドの役目は終わった。
共和政府がバラート星系に移って程ない頃
彼とその妻やシューマッハ等は100隻程度の艦艇と共に姿を消す

以後、彼らの消息は途絶え、二度とその姿を表舞台に現すことはなかった。


■■


ようやくヤンが泣いて羨む年金生活か・・・
こんな風に昼ねしながらのんびり出来るってのはいいもんだな

まぁ、ちょっと腕白だけど可愛い嫁さんに可愛い娘もいて
そのうえ大金持ちの大公様だからな。これ以上の贅沢はないよな

よし!生きのこった者の特権をこれから満喫しまくるぜ1
なにせようやく手に入れた平穏なウキウキセレブライフだからな・・・





戦乱の時代は終わり、みな平穏な日常を守るために
それぞれの役割を一つ一つ果たしていく・・・





      伝説ではない歴史が積み重ねられていく


   ヘイン・フォン・ブジン大公・・銀河の小物の一粒は大樹へ・・・

               ~END~





[2215] 銀凡伝(酔狂篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:c091ef84
Date: 2008/08/07 22:24
 宇宙暦786年らへんに、伊達と酔狂と革命が三度のメシより好きな男の横で
凡人はただ虚空を見つめて座っていた。

聞こえない、俺は何も聞こえない・・・そう俺はサル!!見ざる・言わざる・聞かざるなのだ
俺の横で、「あのジャガイモやろう・・・」「それがどうした!!」等々威勢のいい啖呵が聞こえるが
全て空耳です!!!気にしたら負けです。下手にかかわって平穏な日々を奪われたら洒落にならん。

ちょっとパニクッてきた・・・こういうときは素数じゃなくて自分の生い立ちを見つめなおして冷静になろう





!!朝起きたら銀英伝へようこそ!!な乗りで、平凡な大学生から
元門閥伯爵家の親無し貧乏亡命者(14歳)になってしまいました。

まぁ、とりあえず徴兵されずに大人しくハイネセンで民間人やっていれば、
平穏な暮らしができるかなと考えながら孤児院ライフを送る事に
(当然、凡人らしい葛藤や苦悩も会ったわけだが詰まらん上に長いので省略)

まぁ、下手に門閥貴族に生まれて赤金の天才コンビや義眼に振り回されたり、
食詰め貴族にたかられたりする位なら、平穏無事な一般市民生活を遅れればまだいいかと
何とか納得、もとい諦めて貧乏ライフを中二病全開ながらそれなりに楽しんでいた。


いや、人生って甘くないね~学園長が勝手に士官学校に入学手続きをしてくれましたよ。
立派な軍人になって死ねってことですか?問題児は強制退去ですか?

こうして、俺は涙涙の経緯で士官学校に入って今に至るわけです。





どうやら現実逃避してる間に、迷惑な隣はさらに盛り上がってます。頼むからよそでやってくれ!

「ジャガイモ野郎のルールなんか守ってられるか!!」
『なんという暴言!君達は有害図書を秘匿するなど風紀を乱す反社会的な屑だ!』

「たしかに、俺とヘインは乱すのが大好きだ。そう特に乱闘なんかがね」
『ぼっ暴力に訴える気か、そっ、それは民主主義の理念に反するぶっぶぶじょくてき行為!!』
『かっ数はこちらが上だ!二人ぐらいのおびえる必要があるか!!痛い目をみしてやれ!!』

「結構、結構!俺たち二人を侮った事を諸君らにたっぷり後悔させて差し上げよう」
『抜かせ!!』『ぶっ潰してやれ!!』『ボォク!アァルバァイトォオオゥ!』

ちょっおまっr~いつのまにか俺も数に入れてるんじゃネェ!!勝手に乱闘に巻き込むなボケェ!!


    ・・・ヘイン・フォン・ブジン准尉・・・銀河の小物がさらに一粒・・・・・

             ~END~




[2215] 銀凡伝(落夢篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:c091ef84
Date: 2008/08/15 20:16


なんというか、帝国じゃなくて同盟に生まれてたらなぁって感じの夢を見たんだ
それはそれで案外楽しいじんせいだったんじゃないかなぁって思ったな


『ふ~ん、ヘインは私のいない同盟での人生の方が良かったんだぁ・・』


いや、お嬢さん何もそんなこと言ってないじゃないですか!!
ちょっと折れる!!うではそっち側には曲がらないから!!
食詰め!!お前もコーヒー優雅に飲んでないで助けろ!!


『タカってばかりの厄介者の助けなどお前には必要ないんじゃないか?』


分かった、デートにだってちゃんと行くし、酒代だって幾らでも驕ってやる!!

 
『うん♪約束だよ!』『よろしい、本懐である』


■相容れぬ双生児■


すべての職を辞し、無役となったヘインは暇を満喫していた。
可愛い奥さんとお出かけを愉しんだり、娘のオシメを悪戦苦闘しながらかえたり
仕事帰りの食詰めやアンスバッハ達と飲み歩くなど

日々充実した無職生活を送っていた。


唯一苦労したのがオーベルシュタインの犬との散歩であった。
ヘインの頭を齧られている姿は多くの人々の笑いを誘うものであったが・・・

ちなみに、その一匹と一人は彼らの共通の友が眠る場所によく寄っていた


■■


『御一人でしたか、ブジン大公に少しお話したいことがありまして・・・』

俺には話はねぇよ。それに一人じゃないぞ。こいつがいるだろ?
ええっと、また政界に復帰しろって話ならもういいぞ二枚舌・・・


『二枚舌とは些か心外ですな。わたしはただ自分自身の福祉のために
行動してきただけです。そう、大公閣下とされて来たのと同じ様にです
それと今回は閣下に私の推挙や政界復帰をお願いに参った訳ではありません』


それじゃ何しに来たんだ?お前が愁傷に誰かの墓を参るとは思えないしな
地球教や憂国騎士団とかの有象無象奴らとの付き合いがバレそうになって
俺に取り成しでも頼みに来たのか?それならお断りだぞ


『いえいえ、閣下にそのような事を些事を頼む気など毛頭ありません
 それに私は彼等の力を利用しただけで、彼らと繋がっている訳ではありません。
事実、帝国のため私は彼等の情報提供を過去に行っています』


でっ結局、潔白の元国家元首のトリューニヒト様は何しに来たんだ
こっちは散歩帰りに特売の鶏肉を買って、こいつに食わせないといけないんだよ


『失礼、本日は閣下と少々世間話をしたくて参っただけです
 どうやら心ならずも散歩の邪魔をしてしまったようですね
 後の話は、また次の機会にでも、では失礼させて頂きます』


???なんだアイツ?言いたいこといって満足したのか
いったい何がしたかったんだアイツ?





唐突に現れたトリューニヒトが、何の意図を持って隠遁したヘインと接触したのか
その答えは永遠に出されることなく終わりを迎える。

ヘインと分かれた直ぐ後、彼が乗る車は地球教の残党によって襲撃され、
爆発の業火によって彼の良く動く舌と唇が失われためである。


その上、彼の死は皮肉な事にヘインを狙った刺客による誤射であった。
ヘインが定期的に行う散歩の途中に現れた高級車を見て
地球教の暗殺者は、ヘインを乗せるために派遣されたものと勘違いしてしまったのだ。


『ロイエンタールの大芝居』『マコの告白』『』『ヘイン戴冠式』・・・
ヘイン造反時前後においてヨブ・トリューニヒトは煽動者として
その才を如何無く発揮し、再び政治の表舞台に舞い戻る事に成功していた。


その矢先でのこの誤認による暗殺劇・・・ある者は運命の皮肉を感じ
他の者はブジン大公や帝国政府による謀殺を疑ったが、
真相は何一つ明らかにならなかった。


ただ、確かなことは様々な憶測が飛び交う中、
それを煽動する者の舌は二度と動かないということだけであった。


時代を武によってでなく弁によって動かそうとした
一人の男は、多くの可能性を内在したままその生涯を終えた。



■ハイネセン視察■


新帝国暦003年12月11日、ハイネセン自治政府の統治状況の視察と
両政府の友好をさらに深めるため、元帝国宰相のヘインは親善大使として
妻サビーネと共に惑星ハイネセンの地を再び踏んでいた。

その日程には、ロムスキー議長や自治政府首脳陣との会談だけでなく、
新たに自治政府軍軍令本部長に就任したヤンとの会談の場も設けられていた


■■


なんか、女性陣の会話って華やかでいいよなぁ
ユリアンもカリンと上手くやってるみたいだな結構、結構


『そんなことないですよ。上手くできずによく喧嘩もしています』

「なに、ちゃんと喧嘩が出来るって事はいいことさ。
 相手に自分の気持ちをぶつけることが出来ている証拠だよ」
そうそう、喧嘩するのは仲がいい証拠ってのは定番・お約束って奴だよ
とくにカリンみたいな素直になるのが苦手な娘が相手だとそんなもんだぜ


『そうでしょうか?提督とグリンーヒル少佐が
喧嘩してるところなんて見たこと無いですよ?』

「それは買いかぶりだよユリアン。私やフレデリカも
時には下らないことで意見をぶつけ合うことがあるよ」





三人の花を遠めに眺めながら今一決まらない男三人は
パートナーと上手くやっていく秘訣について、うだうだ意見を出し合っていた。

訪問当初はまだギスギスしていたヤンとヘインであったが
ユリアンと言う共通の緩衝材を間に置く事によって
だいぶ打ち解けた関係を築く事が出来ていた。


一方、女性陣のほうは、少々鈍感な男を愛してしまった苦労話に花を咲かせていた。
特にフレデリカの恋の成就までの、長い恋の道のりに
サビーネはものすごい勢いで食いつき感情移入しまくりで大盛り上がりであった。


6人とも結構下らない話に興じていた。
しかし、その特別でない会話がどれほど犠牲の上に成り立っているのか
それを思うとただの惚気話も素晴らしく思える???


■■


ヘインさんのハイネセン訪問はあっという間に終わってしまった。
もう少し長く滞在してくれても良かったのにと、ついつい思ってしまうのは
ぼくがまだまだ未熟でわがままなひよっ子という証拠だ。

その点、アッテンボロー提督やポプラン中佐とコーネフ中佐は僕より役者が上だ
3人ともヘインさんとは仲が良いから、分かれるのは寂しい筈なのに
そんな素振りを最後まで見せず、飄々と軽口を叩きあっていました。


きっと何時あっても気兼ねなく話せる悪友というものは
ヘインさんたちみたいな関係のことを言うのだろう。

そんな素晴らしい交友関係をいくつも持てるのは
ヘインさんが地位なんかに固執しない度量と
ほっとけないと思わせる魅力があるからなんだと思う。


いまなら僕にも分かる、ヤン提督がヘインさんを心底怖れた理由が

そう、ヘインという人物が持っている才以上に、
その魅力的過ぎる人間味によって周りが取り込んでいく力が怖ろしいのだ

一体どれほどの人が、20台半ば皇帝や宰相といった地位や権力を捨てられるだろう?
きっとそれにしがみ付こうとする人の方が多いと思う。

でも、ヘインさんは違った・・ただ友のため、国家の安定のために全てをあっさり捨てた
その私心の無さは腹心であった故オーベルシュタイン元帥に通じるものがある。


ぼくは多分、一生かかっても敬愛するヘインさんを超えることが出来ないかもしれない
でも、少しでも近づけるように努力していくつもりだ。


『ユリアン、これからはお前たち若い世代が頑張って俺の年金を稼いでくれよ!』


冗談めかした言葉で励ましてくれたヘインさんの期待に応えて
いつか、胸を張って横に並べるようになるために!!



■ご近所物語!?■


この家はホント朝から騒がしいな『そうか?賑やかなのも悪くないだろう?』

って、食詰め!!一番入り浸ってるお前が言うんじゃねぇ!!
ハイネセンから戻ってきてお前の顔見ない日が無いぞ!
すこしは人様の家だって自覚は無いのかよ


『うぅっ、わたしも毎日来ちゃってます・・・やっぱり遠慮した方が・・』


いやいや、マコちゃんは別だよ別!!俺たちは家族だから全然OKだよ
だけど、エミールの奴には絶対家の敷居は跨がせん!!これだけは譲れないからね


『やれやれ、お前が父親気取りとはなかなか笑えないな』


うるせー!!お前は家の食いもん勝手に食ったり飲んだりしてるんじゃねぇ
なにさも当然の如く家の冷蔵庫空けてるんだ!って俺のクリゴハンガァッー!!!


『旦那様・・それはもう食べないかと思って
 私とお嬢様の二人で頂いてしまいました・・』
『ヘインゴメン!また今度作ってあげるから♪』


いやぁ~カーセさんなら良いんですよ。ぜんぜん気にしてませんよ
おう!サビーネまた作ってくれよ。旨かったから楽しみにしてるぜ


『サーちゃん良かったね。お姉ちゃんも教えた甲斐があったかな』



へぇ~やけに旨かったと思ったらエリザ直伝の料理だったのか
ミュラーは果報者だな?可憐な奥さんがいて料理の腕も上手いし、性格も良い
なんか、見てるだけで腹が立ってきちゃうぜ


『ちょっと!!ほっぺたをフォークで突付かないで下さい
 閣下の奥様も小官同様に非常に素敵な女性ではないですか』
『はい、ミュラー提督には2点!10点溜まるとエリ姉から素敵なプレゼントが』


サビーネ!!お前も訳の分からんポイントなんか配ってないで
とりあえず食詰めが食おうとしている俺のプリンを守れ!!



『卿も苦労しているようだな。この家で執事を
務めて行くのは相当骨が折れるのではないか?』
『いえいえ、閣下がこれからされる苦労には及びも付きませんよ』

『ほぅ、卿もなかなか言うな。俺のこれからか・・余り考えたくないな・・』
『なに心配なされますな。エル様と閣下なら必ず上手く行きますとも』



なんか遠い目をしたアンスバッハと虚ろな目の垂らしがいるけど
そっとしといた方が良さそうだな。なんか深刻な話をしてるみたいだ


『・・・・・・・・・・・・・・◇・○・・・・・・・・・・・・・・・?!・・・・・』






ヘインがハイネセンから戻って以後も、ヘインファミリーの多くは以前と変わらず
ブジン邸を頻繁どころか日参して、賑やかな日々を演出していた。

この関係は彼らが結婚、出産を経て新しい家庭を築いていった後も
新たな家族を加えながら続いていき、その絆は何世代にも渡る事となる。


いつの日も、人々の笑い声交じりの喧騒が無くならないブジン邸は
銀河一楽しい場所の一つとして数えられることとなる。



  ・・・ヘイン・フォン・ブジン大公・・・銀河の小物の一粒は終わらない・・・・・

             ~END~




[2215] 銀凡伝外伝(始動篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:e0b0b385
Date: 2010/02/13 18:32
新帝国暦4年、宇宙暦802年、激動の時代は終わりを迎え

新帝アレクサンデル・ジークフリード・フォン・ローエングラムを輔弼する
摂政皇太后としてヒルダは精力的に政務に取り組み
その才覚に相応しい実績を挙げつつあった

そんな新しい時代が切り開かれていく中
肥大化した軍部も時代の変遷に適したよりコンパクトな形へと
変化していく必要が生まれ、そのための軍部の再編成は
優秀な三長官達の手によって恙無く実行されていく


帝国宰相と帝国軍最高司令官の空位による影響は欠片もなかった



■軍制改革■


故人となったオーベルシュタインから軍務尚書の座を受継いで間もない
ファーレンハイト元帥は軍制改革をドラスティックに断行していくことになる


手始めに先帝と前任者が推進していた3、4星系を併せて
一つの単位とする軍管区制を完成させると

旧帝国時代から続いた中央軍的趣向の強さを廃する方針を打ち出し
重武装の宇宙艦隊を大幅な縮小という形で再編することを決定する

この軍制改革により、数年来続いた大規模な親征や大胆な社会制度の改革によって
徐々に圧迫されつつあった新帝国の財政は再び健全な形を取り戻す切欠を掴むことになる


いつの時代でも軍隊は金食い虫であり、金の掛かる事を好まない『食詰め元帥』は
虚栄心だけを満足させるような無駄な軍事力を保持する気はさらさら無かった


また、この改革によって五個艦隊編成というピーク時から半数以下の帝国宇宙艦隊を
指揮統括する事になったミッターマイヤー元帥は以前と比べ
余暇を多く取る事が出来るようになる

その結果、彼は家で愛妻と過ごすことができる時間が格段に増えたのだが
やはり、種無しは種無しなのか、一向にお目出度い話が出てくることは無かった


逆に、忙しくなったのは軍管区制の最高責任者として全管区を統括する
統帥本部総長ロイエンタール元帥であった

彼は解体された宇宙艦隊の何万隻という膨大な艦艇を廃棄する艦艇と
各軍管区に割振る艦艇を選別するという大編成の舵取りを取らねばならず
その多忙振りは悲惨の一言に尽きたのだが
眉毛の太い危険な内儀から公然と離れられる理由にもなっており
それほど疲弊した表情を見せることはなかった


こうして、様々な効果と影響を齎したこの改革は
新体制における三長官の権威や声望を更に高めることになるだけでなく
その三人を御し、結果を出した摂政皇太后ヒルダの地歩を固める大きな助けとなる


少しずつ、人々の天才と凡人に対する記憶は過去のモノへとなっていく・・・



■家計改革■


ブジン家は先王朝成立以来の名家であるだけでなく、
皇統と何度か交わることもあった自他共に認める権門中の権門である。

また、ローエングラム朝成立の最大の功労者として大公に封じられており、
当代のヘインは帝国軍最高司令官に帝国軍三長官兼務に歴任したのに加えて、
帝国宰相として位人臣を極めるだけでなく、一時では有るものの神聖銀河帝国皇帝として登極したこともあってか、
帝国どころか旧同盟領でも知らぬ者が皆無の名士であることは動かし難い事実であった。


その上、先王朝の皇帝フリードリヒ四世の娘と名門リッテンハイム家当主の間に
生れ落ちたサビーネを細君として迎えるなど、
血筋という点だけで見れば先帝夫妻を遥かに凌駕しているのである。


もっとも、当のヘインは元が平凡な大学生という事もあってか、
名門意識というモノを見に就けることが全く出来てはいない。
だが、事実は事実として存在するのも真理。

ブジン領に加え、旧リッテンハイム・ランズベルク領を所有する
新帝国最大にして最高の血統を誇る巨大貴族。
それが、今のヘイン・フォン・ブジンに対する周囲の評価である。


そして、その評価がブジン夫妻に小さからぬ問題を提起する事になるのだが、
周囲の評価と違い聡明ならざる者は、残念ながら、それを易々と察することは出来ない・・・



■■


ヤンが泣いて羨む年金生活どころか超絶セレブ生活を送れるはずなのに
いまだにお小遣い制が継続ってどうよ?
もう、公職を全て退いているわけだし、多少の贅沢三昧は許されて然るべきだろう?


「今度、小遣い制の廃止をブラッケ達に訴えてみようと思うんだ
 お前にも説得するための協力をして貰うことになるけどいいよな?」


『う~ん、ヘインがそういうなら協力してもいいけど
 別にお金には困ってないし、このままでもいいと思うな』


たしかに、今でも庶民と比べれば多過ぎる位の金額が小遣いとして振り込まれるけど
俺の手元に来る金額が少な過ぎるんだよ!!!

そんな状態で食詰めとか食詰めとか特に食詰めとかに奢らされ続けると
俺の財布は螻蛄状態でまいっちゃうって感じなんだよ!!


「なに言ってんだよ?収入が増えれば侍女やお手伝いさんに、使用人やら
 それなりの人数を雇えてお前にも楽させてやれるようになるじゃないか
 食事や洗濯に掃除とか花の水遣りなんか面倒な事やらなくていいんだぞ?」

『ううん、やっぱり、私は今のままがいい。楽になんかなりたくない』


「ハァ?ナニイッテンダヨ!オレハチョウキゾクアル!コヅカイセイトカナイネ」

『ヘインの食事は私が作りたい、掃除も洗濯も私がやりたいし、
 ヘインから貰った薔薇の世話は私だけの仕事、他人に任せたくないよ
 私たち三人で暮らして行けるなら、そのままが一番いい。ダメかな?』


はぁ~、目ウルウルさせながら上目遣いでお願いしてくる
かわいい女の子のお願いを退けることができる夫はいるだろうか?

例え、見え見えの演技だと分かってはいたとしても、
俺とヘーネとの時間を一番にしたいって想いが本物だってわかっちまうからなぁ・・






余計なものなどいらないとさらに抱き着いて落としに来るサビーネに
尚も小遣い制の撤廃を主張できるほどヘインは亭主関白ではなかった。

また、この日、サビーネがずっと大事に育てていた薔薇が、
結婚する前にかつて自分が贈った物だと初めて知ることになったヘインはグッと来ちゃったぜ状態に陥り、
大根役者な奥様の意見には無条件降伏する選択肢しか与えられなかった。


こうして、お小遣い制に基く親子三人水入らずの生活が続くことが決定すると、

あとはその場の雰囲気とゆうのか、流れというもので、
赤ちゃんパコパコ、パコパコ赤ちゃんで目出度し目出度しとなる筈だったのだが・・・




■後継者問題■


ヘインが公職を全て辞し、完全なニート状態になって以後は、
サビーネは名家に生まれ、名門に嫁いだ女の務めを果たすために世継ぎを生まんと、朝晩昼夜を問わず励んでいた。
だが、彼女のがんばりも空しく懐妊の兆しは一向に見えず、世継ぎどころかへーネに続く
第二子誕生の見込みも目処も付いていない状況にあった。


最も、彼女は新帝国暦4年の9月にようやく20歳になったばかりで、
周りからも『まだ慌てるような時間じゃない』と諭されていたのだが、
彼女はそれに暢気に同意して過ごす事など到底出来なかった。


彼女には慌てるどころか、必死にならなければならない理由があるのだ。
へーネ出産以後、努力の甲斐もなく懐妊の兆しが全く見えないことから、
自分が欠陥品となった原因、『ゴールデンバウムの負の血』が
体内に色濃く流れていることを再認識してしまったのだ。


フリードリヒ四世の代を前後にゴールデンバウムの血脈は『かつてない危機』
生殖能力の低下、特に男児の出生率が著しく停滞するという危機に見舞われていた。

事実、ゴールデンバウムの血脈で生存している者は幼帝ヨーゼフ2世を除けば全て女性である。
男児誕生の為、コウノトリを待っている余裕はサビーネには無い。



このまま手を拱いて今の状況が続けば、ブジン家とヘインの持つ名声や権勢に眼が眩んだ者達が大挙して、
第二妃、第二夫人といった一応は正式の妻として認められる側室に留まらず、
愛妾狙いで侍女やメイドとして自分の娘や妹などを送り込んできてもおかしくない状況である。


名門貴族に没落貴族に始まって、政商や新興商人といった財界関連
中央や地方を問わない政治家や官僚等々、ブジン家にうら若い乙女を送り込もうとする者は
探す必要も無く吐いて捨てるほどいるのである。


その上、サビーネが逆賊リッテンハイム家の娘であることは公然の事実。
ヘインの寵を実家の後ろ盾が無い彼女が失ってしまい
別に寵を受けた娘との間に世継ぎが誕生するような事があれば、
幸せな家庭を失うどころか、娘共々いつ放逐されるかもしれない弱い立場に真っ逆様である。
そのような悲惨な未来絵図は、先王朝の慣わしを見れば、枚挙に暇は無く、そう有り得ない話ではない。



そのため、少々思い込みの激しいサビーネは今の自分を取巻く状況が、
不届きな事を企む野心家達がいつアップし始めてもおかしくない状況にあり、
自分の幸せな生活はいつ崩れても不思議ではない砂上の楼閣だと思いつめさせてしまう。


少女から母となって守らなければいけないものが増えた彼女は、
夫の部下だった男のように心配性な妻になっていた。





妻であるサビーネが自分の出自や『呪われた血』による自分の遺伝的欠陥など、様々な不安で心を痛めながらも必死の思いで夫の寵を繋ぎとめようと、過剰なほどの頑張りを見せ始める中、


その対象たるヘインはお気楽そのもので自分の状況だけでなく、
サビーネの置かれている状況も理解することが出来ていなかった。


これは、核家族化が進む日本で、一般的なリーマン家庭の中で育ったヘインにとって、
跡継ぎの男児がいないことなどは大した問題では無いと思っていたからである。
一応、彼も名門の血筋がどうこうとか、権門の内に側室を送り込んでどうこうすると言った話が実際にある事は知ってはいたが、
自分がその対象になるなどとは全く思っていなかったのだ。


そのため、サビーネの一連の頑張りすぎちゃってる行動も、
『最近妙に積極的になったなぁ・・』といった程度の認識しか持たず、
ただ喜ぶだけのダメダメ振りを如何なく発揮している。


まぁ、その結果として『ヘインの心は私が鷲掴みよ!』と健気な妻に思わせ、
一時の安心感を彼女に与える事が出来たので、
それほど悪くはない結果であったのかもしれない。


だが、それが根本的な解決に繋がることは無く、
盛大に考えがズレている騒がしいこの夫婦には、
依然と、無事に世継ぎを誕生させる事が出来るのか?
家庭の平和を守り続ける事が出来るのか?・・・といった問題が残り続ける。



この深刻な問題に対する答えは、ほんの少し先の方に用意されているが、
まだ、見える程の近さには無く、残念な事に当事者は気付くことさえ出来ないようである。



そんな状況の中、鈍感な夫は望んだわけでもないのに、人生の大きな転機を迎えることになる。
素晴らしき無位無官生活の季節が、唐突に終わりを迎える・・・




■GTB■


二代皇帝アレクが即位してようやく一年が経った頃、
幼い皇帝を教育し、帝王学を学ばせる皇師という役職が新たに設けられる。

但し、皇帝の養育については適切な年齢に到達以後、
政治・経済・軍学・語学等々、各々専門家が担当する事になっており、

その役職は名誉職以外の何物でもない物で、
ある人物の為だけに用意された地位なのは明白であった。


■■


『軍務尚書、ブジン大公が皇帝の師として皇師に任命されると聞いたが、これは事実か?』


左右の異なる瞳に鋭い光を走らせながら問いかけてきた統帥本部総長に対し、
軍務尚書ファーレンハイトは怯む事もなく、逆に威圧しようともせずに淡々とそれが事実であることを認める。


『ほぅ、卿が事実と言うなら間違いなかろう。それにしても一時は皇帝の地位まで
 登りつめた男が、いくら皇帝とはいえ一歳足らず子供の子守をする事になるとは・・・』

「本部総長、言葉は慎めよ。卿の発言は不敬であると同時に
 ヘインを侮辱したようにも聞こえる。余り俺を怒らせるな」


僅かに瞳に雷光を走らせた烈将に対し、ロイエンタールは慌てて自身の失言を詫びたが、ただ詫びて引き下がるだけではなく、
『どちらに対する非礼を重く見たのか』と豪胆にも重ねて質問を上司たるファーレンハイトに投げ掛ける。
だが、その鋭い刃のような言葉を真正面から受けるほど食い詰め元帥は単純な男ではなかった。



「本部総長、下らぬ質問をしている余裕は卿には無い。細君と子息が家でお待ちだ
 車を正面の玄関に用意してある。偶には早く家に帰って親愛を深めるが良かろう 話は終わりだ。アンスバッハ、フェルナー!摂政皇太后の下へ拝謁しに向かう
 必要な資料を持って俺に就いて来い。今日中にこの件は終わらせると思え!!」




ファーレンハイトは無慈悲にロイエンタールに認めたくない現実を
情け容赦なく突きつけて強引に話を終わらせると、
軍務省官房長官アンスバッハ上級大将と、同じく軍務省次官兼調査局長フェルナー上級大将を伴って、颯爽と自分の執務室を後にする。
背中に虚ろな目をした哀れな既婚男性を残して・・・






サビーネの不安も治まらず、ヘインの与り知らぬ所で彼の新たな役職が決まる中、
その二人の珠玉とも言える娘、未来の皇后ヘーネは微笑を浮かべながら眠りの住人としての幸せを享受している。
そんな彼女も、両親たちと同じように歴史の1ぺージを彩る事になるかもしれないのだが、
それには彼女の成長を待つ必要がり、まだまだ先のことになりそうである。



  ・・・ヘーネ・フォン・ブジン・・・銀河の新たな小粒が一粒・・・・・

             ~END~



[2215] 銀凡伝外伝(就任篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:e0b0b385
Date: 2010/02/10 23:42
戦いは終わり、安定と発展の時代を迎えようとする中、
戦いの過去を華麗に彩った者達は好むと好まざると、
新しい道を、新しい生き方を選択することを迫られていく・・


ヘイン・フォン・ブジン大公であっても例外は無い。
彼も新たな道を好むと好まざるを得ずとも、選ばなければならない・・・



■ヘイン!いってきま~す!!■



        全ての公職を去ったブジン大公の再出仕!!



この報せは帝国中を駆け巡り、様々な憶測が宮廷及び市中を沸きあがらせていく。
そんな浮き足立った世間を余所に、渦中の当人は至って平静そのものである。
周囲の慌てぶりとは好対照に、彼は気負い焦りも全く見せる事はない。

その彼が見せた反応を強いて挙げるとすれば、
せいぜい妻であるサビーネに『出来るだけ早く帰ってきてね』と抱きつきながら言われ、ちょっとドキドキした程度である。


かつての死線を強制的に潜り抜けなければならない役職とは違い
ただの名誉職に過ぎない皇帝の教育責任者の地位は、
お小遣いをUPさせる要因になりこそすれ、生命の危機は皆無!

そのため、任官を要請する使者に対し、ヘインは『有り難てぇ、有り難てぇ』と少々、使者が引く位の感謝の念を見せたという。


■■


いくら形だけとはいえ、俺が銀河で一番偉い先生になるとは思わなかったな。
その上、教育対象のアレクは赤子だし、実際に教育が必要な年齢になっても、
その道のプロの方々が教育担当としてその任に当たるらしいから、

はっきり言って俺なにもしなくて良くなくねぇ?
しかも、滅茶苦茶楽なのに一番給料が高いなんて最高じゃねーか。


『でも、月に3回位は出仕しないといけないんだよね・・』


そんな暗い顔すんなって、宮廷に行ってちょっとヒルダちゃんと適当に喋って、
昼飯食い終わったら、あとは帰るだけって超楽々勤務だから
直ぐ家に帰ってこれるから心配しなくていいぞ。


『うん、ちゃんと早く帰ってきてね。浮気とかしちゃヤダよ・・?』


分かってる分かってるって!あと、俺が居ない間はちゃんと戸締りしとけよ!
それにヘーネが泣いてたらすぐ連絡くれよな。
銀河一の『イナイナイ♪バァ!』で直ぐにでもお父さんが泣きやましてやるからさ!


『うん♪期待してるね!じゃヘーネ、お父さんにいってらっしゃい~って』



おう、そんじゃお仕事に行ってくるぜ!!



■■



『胸に愛娘を抱く愛妻に見送られながらの出仕とは中々羨ましい光景だなヘイン?』


ヘインを迎えに来たファーレンハイトはいい物を見たとばかりに
ヘインの愛妻、親ばか振りをからかう。


「うるせー、お前だってレンちゃんやカーセさんの前だと似たようなもんだろ!」


それに少し不快そうな顔をしつつも、食詰めとカーセの間に生まれた一人娘
レンティシア・フォン・ファーレンハイトの方に話を強引に持っていく。

ちなみに、この水色の瞳を持つ少女とヘーネの二人は、
母親達に勝るとも劣らない強い絆をやがて結んでいく事になるのだが、
二人の親達の関係を考えれば、それは既定路線であったとしか言いようが無かろう。
姉妹同然の主従と死線を共に乗り越えてきた親友が両親と来れば、疎遠になるほうが難しかろう。



『羨ましいですね。小官も早くお二方の会話に加われるようになりたい物です』
「あれ?ミュラーのとこはまだだったか?確かもうそろそろだよな?」


『一応、予定日は来月です』

『そうか、その日を前に卿も何かと不安かも知れぬが、ただ待つしかないな
 実際、出産時には夫よりも医者や看護士の方が余程物の役に立つのが道理だ』



変わらない友誼を感じさせる二人の会話に加わった車の助手席に座る良将は
ファーレンハイトの身も蓋も無い言葉に『違いないですね』と肯くと、
私的な話を切り上げ、後部座席に乗る二人に率直な疑問をぶつける。

今回のブジン大公の再出仕にどのような意図があるのか?その目的は一体何なのか?・・・と、単刀直入にである。
かつて、先帝ラインハルトに叛き共に戦った彼らの繋がりは強く、虚飾を用いた言葉遊びをする必要としなかったのだ。



『さて、一個艦隊に勝る智謀を持つ摂政皇太后陛下のお考えなど
 凡俗の俺には到底理解など出来んさ。無論、必要があれば手を打つ』

「別に今の段階でお前らが言うような心配する必要は無いだろ?
 どうせ、金髪の遺言かなんかを守る為とか、そんな所だと思うぜ」



能天気なヘインの回答に二人は嘆息しつつも、
その策謀は故オーベルシュタインを凌ぐと言われるヘインが、
『今の段階』では心配する必要が無いと言うならば、そうなのだろうと納得する。
二人のヘインに対する信頼は彼が公職を退いた後も一寸たりとも揺らいでいない。


権謀術数に関してはヤンを除けば、生者でヘインに匹敵する者はいないというのが
ファーレンハイトとミュラーの共通した認識であったのだ。


『そろそろ着くな、久方ぶりの式典だ。ヘマだけはするなよ?』


ニヤニヤと嫌なプレッシャーを掛けてくる食詰めに、
『よっ余計な心配するんじゃねー!!』と威勢良く答えるヘインであったが、
その声が、少しばかり裏返っていたのはご愛嬌だろうか?


クスクスと笑うミュラーと何時も以上に機嫌の良さそうなファーレンハイトを伴い
ヘインは皇師就任式典の会場へと辿り着く。



■皇師就任式典■


式典の会場にはローエングラム朝の重臣功臣達が一同に会する。
玉座には皇帝アレクを膝に抱える摂政皇太后が鎮座し、

その右手には文官代表として彼女の父でもある国務尚書マリーンドルフ侯爵が立つ。
ちなみに、彼はつい先日侯爵に階位を進めたばかりである。

また、その横に立つのは最近頭角を現す事著しい工部尚書グルック、
それに続いて、内務尚書オスマイヤーに、お小遣い制を死守する財務尚書リヒター、民政尚書ブラッケ、
野良でつの世話に慣れてきた司法尚書グルックドルフ等が続き、
少し間を空け、ライバルに水をあけられて最近焦り気味の内閣書記長マインホフが立っている。


その対面である彼女の左手側に立つのは、建国の功臣でもある武官の代表者達である。
最前列には軍務尚書ファーレンハイト元帥、続いて統帥本部総長ロイエンタール元帥
宇宙艦隊司令長官ミッターマイヤー元帥と帝国軍三長官が堂々たる面持ちで並ぶ。

そして、彼らに続くのは幕僚総監ミュラー元帥、宇宙艦隊副司令長官アイゼンナッハ元帥、
幕僚総監ワーレン元帥、宇宙艦隊総参謀総長メックリンガー元帥、
憲兵総監ケスラー元帥と唯の元帥ビッテンフェルト元帥の6名といった面々である。


そして、その功の大きさは銀河の大きさに匹敵すると言われる功臣たちを、
遥かに凌駕する大功を挙げたといわれる建国の立役者ブジン大公は、
彼らに見つめられながら、中央の赤い絨毯を飄々とした足取りで進む。
その姿に、ある者はその豪胆さに感嘆し、
ある者は御前にも関わらず不遜な態度であると眉を顰める。



ヘインの皇師就任式典は恙無く行われたが、それは、この先も同じように
平穏な未来が待っている事を約束している訳では当然ない。

ブジン大公の公職復帰、これが開闢間もないローエングラム朝の未来に、
どのような光と影を齎すことになるのか、その答えを知る者は当然いない。


神ならざる者には未来を見通す力など無いのだから・・・



■女の価値、人の価値■


久しぶりに主人が不在となったブジン家でサビーネは慌しく外出の準備に奔走する。
彼女は遊びに来たナカノ・マコにヘーネの子守を頼むと、
半ば駆け足で家を飛び出し、自身の不安を解消させるべく目的地へとひた走る。


男児が生まれぬ『ゴールデンバウムの呪われた血』など迷信に過ぎないと、
産婦人科医に彼女が望む答えを述べさせる為に・・・


そして、彼女が望んだ迷信であるという答えは直ぐに証明される事になる。
程なくしてエリザとミュラーとの間に男児が生まれたのだ。


もっとも、この証明は彼女を絶望の淵から救う事にはならなかったが・・・





『あっ、おかえりなさいヘイン♪式典はどうだった?疲れてる?』


帰宅したヘインを迎えたサビーネはいつも通りの彼女であった。
ヘインも彼女の質問に何も問題は無かったと答えるだけで、
彼女の内面に渦巻く想いに気付く事はない。


「そんじゃ、飯の用意が出来るまでヘーネの寝顔でも見てくるかな」
『また、ほっぺ突付いて起こして泣かせたらダメだよ!』


後ろから掛けられる可愛らしい声に『大丈夫、大丈夫!』と
まったく当てにならない返事を返しながら、ヘインは愛娘を弄りに向かい・・・



『ふぇーん!うぇーん!!』『もう、ヘイン!!ダメって言ったのにぃ~♪』

と予想通りに泣かし、笑いを耐えながら怒るサビーネに胸をぽかぽかと叩かれ、
ばつの悪そうな顔で二人に謝ることになる。


どこから見ても平凡な家族の本当に幸せな一幕であったが、
そこには、救いようのない悲しさが内包されていた。



■■



やっぱり、罰があたちゃったのかなぁ・・・
ねぇ、ヘーネ・・・お母さんは欠陥品なんだ。

今日、お医者さん行ったら、もう赤ちゃん産めないんだって、
だから、貴女を守ってあげられないかもしれないゴメンね。
世継ぎを埋めない正室なんてじゃまなだけなの。

ごめんなさい、ヘーネのこと大好きな筈なのに、
もしも、もしも貴女が男の子だったらって最低な事お母さん考えてる。

遂この間まで貴女のために男の子産まなきゃって思ってたのに、
自分もうが産めないって分かった途端にへーネが男の子だったらって・・・


ほんとは私がヘインに捨てられるのが怖かっただけなの!!
貴女を守る為とか自分を誤魔化して、大好きなヘインのことも信じられずに、
自分のことばっかり、自分だけが可愛いかったの!!

今も全部ダメだって分かったら、赤ちゃんのヘーネに縋りつこうとしてるし、
ほんとに卑怯で汚くて・・・


「ごめんなさいヘーネ・・、ごめんなさいヘイン・・・」


『なんだなんだぁ?怖い夢でも見たんか?』




■夫婦のカタチ■


夜中に無性にヘーネのほっぺを弄びたくなったヘインは目を覚まし、
サビーネを起こさないようにモソモソと布団から抜け出したが、
そこで、横で寝ている筈のサビーネが居ないことに気付く。


便所にでもでかいウンコしにいったのかな?とど阿呆なことを考えながら、
眠け眼であたりを見回すと、少し離れた所に置いてある
ベビーベッドの手摺に肩を震わせながら寄り掛っているサビーネを見つけることになる。


■■


まったく、このお嬢さんは・・・、なんか怖い夢でも見たのか?
真夜中に泣きながら赤ん坊見つめてる美女なんて、軽くホラーだろ?
危うくチビリそうになったじゃねーか!


『ふぇいん・・・うぅ・・・』


まったく、グチャグチャの顔して『千年の恋』も醒めるってほどじゃないけど、
もうちょっと、可愛らしい泣き顔でもいいと個人的には思うんだ。


「なんかあったのか?夜中に泣いて、話してみろよ?俺らは夫婦だろ?」


『うぅ・・・、ふえいん!!ゴメンなさいっ!!』『ふぇっ?ふぇーん!!!』


って落ち着け力いっぱいくっ付くな!!鼻水とか涎思いっきり付いてるし、
背骨折れる!!マジで折れる!!なんだDVか!?これDVか?!DVD!DVD!






罪悪感やら絶望感や嫌悪感でもう頭がぐちゃぐちゃ状態の所に、
ヘインから珍しく優しい声を掛けられた心配性なお嫁さんは
泣きじゃくりながらヘインの背骨を断ち切らんとばかりに抱きつく。

その泣き声と父親の意味不明な単語も混ざった呻き声に起こされたヘーネも
母親に負けまいとばかりに大声で泣き声をあげる。


こうして、深刻な雰囲気は一瞬で雲散してしまい、子供の泣き声の大合唱という
ここが安アパートであったら近隣住民が大迷惑な喜劇へと様相を一変させる。


そんな混乱状況は背骨が折れそうになりながら、二人のかわいい子を必死の
本当に必死であやしたヘインは、ぐずるサビーネから何とか事業を聞き出し、
事の次第にようやく得心することになる。



■■


そういや、俺はいまや超絶名門ブジン大公家の御当主様だもんな。
確かに貴族社会で言えば超絶有望株でモテナイ今までの方が可笑しかったんだよな。
うん、非常にもったいない気がしてきたぜ!!いまからでもハーレム建設は遅くないか?


『ヘイン、うぅ・・・』


っと違う違う、今考えるべきは家族のことだったな。
取りあえずこの泣き腫らしたお嬢さんは、必死に跡継ぎを作ろうとしていた訳だが、
遺伝的な欠陥かヘーネを産んだ影響かはよく分からんが?
妊娠する事が難しい非常に重い不妊症ということが分かったと、


そんで、跡継ぎを埋めない自分は側室とかの間に男児が生まれたら
ヘーネと一緒に捨てられると思って情緒不安定になっていたという訳ね。

頭では分かるけど、どうにも大貴族様だっていう実感が湧いてこないから、
全然コイツが思いつめてるなんて気付かなかったな。
まぁ、何時もと変わらず暴走したコイツも悪いけど、俺も悪かったって事かな?



「サビーネ、二人とも捨てたりしなから安心しろ」『本当?ホントにホント??』



まったく、いつからこんなに心配性なかわいい子になったんだ?
やっぱ、ヘーネが生まれて守りたいものが増えたからか?

もっとも、こっちも守りたいものが増えたってことに気付いてたら
こんなに思いつめる必要もないって分かる筈なんだが・・・


ほんと最初から手がかかる、困ったお嬢さんだよ・・



「ほんとにホントだって心配するな。俺達は夫婦で家族だろ?」『うん・・』







心底疲れたといった顔でサビーネを諭すヘインであったが、
自分の事を思いつめる程に執着するサビーネの想いがちょっと嬉しかったのか、
暗がりでも何とか分かる程度の赤みを顔に浮かばせる。


そして、それはありきたりな言葉以上にサビーネを、
心配性なお嫁さんを安心させることに成功する。



これ以後、サビーネはブジン家嗣子誕生問題について、
表面上だけであったかもしれないが、不安を見せることは無くなる。


ただ、確かなこと後世の記録からも分かるように、
無類の女好きであったと伝えられるにも拘らず、
終生ブジン大公には浮いた噂が流れることも無く、



たった一人の妻に一人娘と幸せな家庭生活を送ったという
英雄にしては平凡な事実だけが伝えられている。



 ・・・ヘーネ・フォン・ブジン・・・銀河の新たな小粒が一粒・・・・・

             ~END~




[2215] 銀凡伝外伝(欠勤篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:80292f2b
Date: 2010/02/10 21:35

ある役割を見事に果たした者に新たな役割を与えたとしても、必ず成功するとは限らない。
人にはそれぞれ適正があり、向き不向きもある。

何もかもそつ無くこなせる様な万能な人間などそうはいないのだから・・・



■登校拒否?■


一先ず皇師の地位に就いたヘインであったが、就任式典以後二月も経っているのにも係わらず、
一度も二代皇帝アレクを教育するために宮廷に参内していなかった。

これは、アレクが幼すぎるというのも大きな理由であったが、
皇師という地位を生み出した経緯にこそ、その答えを求めることが出来る。

あくまでもこの職を設けたのは野に放たれた巨大な虎、
ブジン大公を新帝国の枠組みの中に入れるために設けられた席。
その職責についてどうするかといった事は、有体に言ってしまえば些事に過ぎず、
特に何をさせるという訳でもなく、皇師就任からずるずると二月も経ってしまったと言うわけである。


だが、余りにも形式的過ぎる地位では『鎖』としての意味を失うことになる為、
摂政皇太后は内務がようやく落ち着いた新帝国暦4年の8月1日、
『皇師』ブジン大公に皇帝アレクに対する訓示を行うべしと勅命を発し、
来る新帝国暦4年8月8日に参内を求める『勅使』をへインが住む官舎に送る。




■■



ふぁ~、そういや今日は9:00までに参内して赤ん坊に講釈を垂れる日だっけ?
さずがに初日からサボるのはマズイから一応サビーネに起こして貰ったけど、
メンドクセー、お小遣い制さえなけりゃ、こんな宮仕えなんか柄じゃないって断ったのに、



『もうっ!ヘイン、寝癖で髪の毛ぼさぼさだよ?それに襟もこっちは立ってるし・・』



あぁ、悪いね。昨日は何処かのかわいい誰かさんが、全然寝させてくれないせいで
寝不足でぼーとっしてるから、しっかり身支度出来ないんだよ。



『ふぇっ、だって・・、うぅ、ヘーネ、お父さんが朝からお母さんをいじめるよぅ』



おいおい、冗談だって!ヘーネにお父さんの悪口を吹き込むんじゃない。
俺が抱いといてやるから、もう一杯牛乳入れて貰っていいか?
もう意地悪言わないからさ。二人してジト目で睨むのは勘弁してくれ。悪かったって!



『う~ん、ヘーネが許してあげてって顔してるから、許したげる♪
 では、旦那様の為にやさしい奥さんは牛乳を取って参りま~す
 ヘーネのことはお任せしちゃうね!泣かしたりしたらダメだよ?』



大丈夫だって!こんなかわいい子を誰が泣かすかよ。万事、お父さんに任せてOKだぜ!



 

        「ふぇーん!!ふぇー!ふぇっ、ふぇーん!!」








問題ないと根拠の無い自信を持って愛娘を愛する妻から預かったヘインは
サビーネが冷蔵庫から冷えた牛乳を持ってくる僅かの時間でその自信を失っていた。

何とか泣き止ませようと四苦八苦する夫のもとに戻ったサビーネは笑いを噛み殺しながら、
ヘインからヘーネを受け取り馴れた手付きで優しくあやすと
あっという間に娘を泣き止ませることに成功する。


勝ち誇った笑みを向ける妻に項垂れる情けない夫、
ブジン家の朝は穏やかでゆっくりとした時を刻む、平穏な日常のそのものであった。


ただ、残念なことに大事な参内時間をとっくに過ぎていたが・・・




■国母の怒り■


予定時間になっても一向に現われない皇師ブジン大公を
摂政皇太后ヒルダは皇帝アレクを抱きながら待ち続け、
新皇宮『獅子の泉』の玄関で抗議の泣き声を上げる皇帝を無視しながら何時間も待ち続ける。

皇帝と皇太后付きの侍従や侍女達は静かな微笑を浮かべながら立ち尽くす女性の姿に震え上がっていた。


結局、その光景は昼過ぎに腹を押さえながら『頭痛が痛い』とTV通信を使った連絡を
ブジン大公がして来るまで続くことになり、
侍従や侍女達は前軍務尚書時代の軍務省勤務の官僚が味わったストレスと胃痛を味わうことになった。



■■



『軍務尚書、ブジン大公は体調不良を理由に今日参内されなったそうです』



幕僚総監ミュラー元帥からヘインの動向について報告を受けたファーレンハイトは
ほんの一瞬だけ水色の瞳に雷光を走らせると顎を手で撫でながら、
面白い玩具を見つけた子供のような喜びが体の内から湧き上がるのを押し留められなかった。


「ほぅ、それは心配だな。これは友として見舞いに出向かねばなるまい
 そう言う訳で俺は一旦帰ることにする。この書類については卿の裁量に任す」


『えぇっ?ちょっ、軍務尚書!フェルナー上級大将、アンスバッハ上級大将も
 どうして帰る準備をしてるんですか?ちょっと、おかしいですよ!三人とも!』



盛大に抗議をあげる良識ある良将ミュラー幕僚総監に順番に書類を渡していく3人は
嘗ての上司を彷彿とさせる職場放棄を見せ、いそいそとブジン宅を目指し、軍務省を後にする。


哀れな鉄壁ミュラーと彼に手伝いを命じられた軍務省の職員達は
残された激ムズの案件を一つ処理するのに三本の栄養ドリンクを空にしながら、
逃げた三人の仕事を一晩でやってくれました!





軍務省ビルがそんな喧騒に包まれる中、統帥本部総長と宇宙艦隊司令長官は近くのバーで
ヘインのサボりを肴にしながら、酒とピアノの美しい音色に酔いしれていた。



『ヘインの奴、初日早々にサボったらしいな。実にらしいというか
 変わっていないな。どんな堅苦しい役職に就こうとヘインはヘインだな』

「ミッターマイヤー、卿の言う通りだと俺も思う。だが、変わらぬヘインを
 先帝陛下は許容する度量を持っていたが、息子の為に地盤固めに勤しむ
 摂政皇太后は果たしてどうかな?幼い皇帝を蔑ろにされたと考えるかもしれんぞ」



『ロイエンタール、不穏なことを嬉しそうな顔で言うのは卿の悪い癖だ
 心配の必要はあるまい。摂政皇太后がそのよう杞憂に捕らわれる事はない』

「さて、どうかな。皇妃として視えていた物が、母親になって視えなくなる
 そのような事が起きないと果たして言えるかな?まぁ、今は下らぬ憶測に過ぎぬが・・」



垂らしの不吉な物言いに反論しようと思った種無しだったが、
胸の内に湧いた小さな不安という名の種が芽を出しかけたため、それをする事が叶わなかった。
また、親友にとってNGワードの『母親』という単語が出たため、賢明な種無しは話題を転じた。



『ところで統帥本部総長閣下、普段は激務にかまけて毎日帰りがは遅いのだろう?
 卿と酒を酌み交せる事は嬉しいが、早く帰って御内儀の相手をしなくても良いのか』

「かっ構わんさ。はっは・・、あははっはははh・・・」


突然乾いた笑いをあげるロイエンタールを見たミッターマイヤーは既に酩酊状態だったのか、
素晴らしい家庭を思い出して笑うぐらい幸せなのかと勝手に勘違いして『うんうん』と満足気に頷く。
一方のロイエンタールは更に酒を煽り、酒に溺れ現実から別の世界へと向かおうとしていた。


ヘインのほんの出来心のサボリは予想以上に大きな影響を周りに与えていた。




■来客の多い家■


病に倒れたヘインを見舞うために食詰めに妻のカーセとその手に抱かれた娘のレン
アンスバッハやフェルナーと言った嘗ての部下やら
三人しか住んでいないブジン家には次々と客が訪れていた。

また、知らぬ内に騒動を聞きつけたのか、ナカノ・マコに出産を終えて間もないエリザとその息子エルトに、
ベロベロになった夫を引き摺りながら、フェリックスを抱いたエルも加わって

いつのまにか、ブジン邸は新銀河帝国の功臣と一家が大量に集るパーティー会場にへと変化していく。



■■


『どうやら息災そうでなによりだ。頭痛の方はもう良いのか?』

「嫌味を言うな!嫌味を!サボリだってちゃんと分ってるから、
 ただ酒呑みに三人連れ立ってミュラーを生贄にして来たんだろ?」


白々しい労わりの言葉を掛ける食詰めにヘインは盛大なツッコミを入れるが、
そんなものはどこ吹く風と食詰めは用意された酒を遠慮なく飲み干していく。
ヘインはその様子に小さく溜息を付くと、必死で助けを求める視線を送る垂らしを無視して、
食詰めにアンスバッハ、フェルナーと気心の知れた三人と飲み明かす事にする。


そんな、男性陣を余所にかわいい子供たちを寝かしつけたサビーネ達女性陣は
どの子の寝顔がかわいいやら、夫があーだー、こーだーと楽しくお喋りに興じていた。




その楽しそうな様子に眉を細めて眺めつつ、三人の訪問者達は来訪の理由を家の主に話す。



『閣下、よろしかったのですか?皇帝と摂政皇太后を待ち惚けさせたりして』

『勅使より受取った命を反故にするなど、旧王朝では考えられぬ振る舞い
 幾ら閣下が大功あろうとも、それを叛意の現われと讒訴する者もいるかと』



急に真面目な顔をしたフェルナーやアンスバッハに己の行為がどういう意味を持つか言及され、
ようやく自分が非常に拙い事をやらかしたことに気が付いたヘインは呑みすぎた酒ではなく、
久方ぶりに立ててしまった死亡フラグによって顔を青くさせられる。




『まったく、己の力とそれが相手に与える脅威を分かっていないのは相変わらずか
 いや、それが元で襲ってくる窮鼠など取るに足らぬ故にワザと牙を剥かせているのか?』


「そんなこと考えてねーよ!まぁ、ちょっと平和ボケしてただけだ
 ヒルダちゃんとアレクには悪いことしたし、明日ちゃんと謝りに行くよ」



少しばかり、『赤子の御守りなど誰がするか!』とヘインが思っていたのでは無いかと期待していた食詰めは
素直に自分の非礼を詫びに行くと言ったヘインの答えに少なからず失望の色を見せるが、
頭を二度振って、不穏当な考えを追い出すと、それもまたこの男らしいと思い直し、
今は友と飲む上手い酒を味わうのに専念することを選ぶ。


もっとも、目の前に能天気な顔を晒す雲のように自由な男を、
小娘が許容できずに小賢しい事などを企もうものなら、再びヘインを担いで王朝の名を変えてやる心算であったが・・・



こうして、集った人々の様々な想いを包み込みながら、
どこよりも騒がしく、笑顔にあふれた宴は夜深くまで続いていくこととなる・・・





■皇師と皇帝■


サボった当日になし崩し的に開かれた宴会のせいで、
翌朝に本当の頭痛、二日酔いに苦しむことになったヘインは
ヒルダとアレクに謝罪に向かうのを不遜にももう一日遅らせることになる。

そのため、ヒルダの傍近くで使える臣下達は、
いつもは聡明で慈愛に満ちた美しい女性の凍れる笑顔を幾度と無く見せられ、
その顔色は二日酔いのヘイン以上に悪く、彼らはブジン大公参内の報せを一日千秋の想いで待っていた。




■■



『ブジン大公、お待ちしておりました。もう、お加減はよろしいのですか?』


優雅に紅茶を飲みながらヘインに声を掛けたヒルダは氷のように冷たい笑みを浮かべていた。
その只ならぬ様子にいまはケスラー夫人とも呼ばれるようになった侍女のマリーカは
カタカタと手に持つティーポットを振るわせながら、注ぎ足す紅茶を零さぬようにするので誠意一杯だった。



「あぁ・・・、お蔭さんで大分良くなったよ。いや、この前は待たせたみたいで悪かったな」

『いえ、そのような日もありましょう。突然、体調を崩すなど珍しいことではありません』



にっこりとヘインに微笑みかけるヒルダは恐ろしいほどに美しかった。
だが、それは震えるマリーカには止めとなってしまい、遂に彼女はティーポットを取り落として、
絶対零度の室内にカシャンと陶器が割れる音を鳴り響かせてしまう。
この時、粗相を働いたマリーカは死すらも覚悟していたと後に夫に対して語っている。


そんな恐怖に震える年下の侍女の不始末をヒルダは寛容に笑って許し、別の者を呼んでそれを片付けさせる。
この間、ヘインはただ言い知れぬ恐怖に立ち尽くし、また、ヒルダも一度もヘインに対し席に座るように勧めなかった。


そして、この重苦しい雰囲気に耐えられなくなったヘインは音をあっという間にあげ、
氷の微笑を見せる女神に屈服し、許しを全力で乞うた。



「あの、ヒルダちゃん、ほんとごめんなさい。ちょっとサビーやヘーネと
 楽しく朝飯食ってたら約束の時間過ぎちゃってて、悪気は無かったんだ」


『ふぅ、どうせそのような事だと思っておりました。ですが、遅刻は厳禁ですし
 嘘をついての欠勤は言語道断です。ブジン大公には私達が待った時間そこで・・』


「はい!立たせて頂きます!」  

『どうか、しっかりと反省してくださいますよう、お願い致します』









こうして、すやすやと眠り続ける皇帝アレクの横で三時間半立ち続けたヘインは
ぷりぷり怒ったヒルダからようやく許され、解放される。

この手痛いお仕置きに懲りたヘインは皇師の仕事を休んだり、
遅刻する時は必ず事前に連絡するように心がけ、摂政皇太后と皇帝を待ち惚けさせないことを堅く心に誓った。




いくら家庭が大事といっても、仕事を疎かにし過ぎてはいけないのだ。
愛する子供を守ろうとする母ライオンは雄ライオンの百倍怖いのだから・・・



 ・・・ヘーネ・フォン・ブジン・・・銀河の新たな小粒が一粒・・・・・

            ~END~






[2215] 銀凡伝外伝(散歩篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:f2180761
Date: 2010/02/14 18:03

動乱の時代が終わり、力強く安定した成長の時代の到来を人々が感じる中、
虚構の英雄は新たな時代の息吹を敏感に察し、その生き方を変えることも出来ず、
ただ、幸せに包まれた家庭で安穏とした生活を送り、人々が忙しなく働くのを余所に惰眠を貪っていた。



■皇師のお仕事■


一応、ヘインは皇師という名誉職に就いているため、二代皇帝アレクに対して講義を一月の間に何度か行わなければならない。
だが、まだまだ赤子と言って良い皇帝に講義など行っても何の意味もないため、
アレクのほっぺをぷにぷにしたり、ヒルダと世間話に興じる程度で全く仕事らしいことはしていなかった。

新帝国暦4年が終わりを向変えつつある中、
ヘインは死線を潜り抜けたかつてとは比べ物にならぬほど平穏な日々を過ごしていた。



■■


迎えの車に乗って、宮殿に着いたらアレクを可愛がって、かわいい未亡人とお喋りするだけ。
一月にそれを二回するだけで結構な給金が貰えるし、それ以外は全部休日なんて最高すぎる。

まぁ、参内する度に文官やら何やらに捕まって良く分からん政策立案書を読まされるのは敵わんけど、
今までと違って毎日じゃないからな。全然楽勝だぜ!
この世の春って言うのは、今見たいな状況の事を言うんだろうな。


『ブジン皇師、何か良い事でも御座いましたか?』

「何かって言うよりも、全てが自分の思うままになっている今の状況が嬉しくてね
 我が世の春が遂に到来したかって感じだ。まぁ、今の心境を何かに喩えるとしたら
 欠けたるとこ無き満月ってやつかな?このまま、変わらずに行ってくれると最高だなぁ」

『ふふ、今は思うが侭の日々ですか、ブジン皇師ほどの声望と実力があればこそ
 そのような日々を過ごすことが叶うのでしょうね。本当に恐ろ.羨ましい限りです』


あれ・・・?何か、今日のヒルダちゃんの笑顔はいつもより綺麗なのに、
講義をすっぽかして怒ったとき以上の迫力があるんですけど・・・
何か、拙いこと言っちまったか?やっぱ、色々と政務で大変なヒルダちゃんの前で暇人最高ー!!なんて言ったら怒るわな。
こりゃ、話題を変えた方が良さそうだな。ここはアレクをダシに使って切り抜けよう!


「いや~、それにしてもアレクの寝顔はかわいいな。ほんと、子供は赤ちゃんの時から
 5、6歳の頃までが一番素直で可愛いって言うのには、俺も全面的に賛同するな
 下手に智恵が付くと素直に言うことを聞かなくなって、憎たらしくなるらしいからな」

「そうでしょうか?手のかかる子ほど可愛いとも申します
 あぁ、皇師にとって都合が良いのは従順な子でしたわね」


子供の話で何とか流れを変えようとしたのに、何故か悪化しとります!
いや、多少のわがまま言う子もかわいいとは思うけど、素直に慕ってくれる子の方が絶対かわいいって!
お父さんの洗濯物は別にしてとか、風呂の湯を張り替えたりする娘は絶対嫌だ。
これが、息子を持つ母親と娘を持つ父親の考え方の違いなのか?

でも、幾ら子育ての考え方が違うからって、ここまでピリピリしなくてもいいのに。
先生って言っても、お飾りみたいな俺が教育方針に口を出したりとかしないってば、
ほんと、黒いオーラ出しながら、そんなに怒らなくても・・・





相変わらず自分の立場を軽んじすぎるきらいのある男の迂闊な発言は、
生まれたばかりの息子が成人するまで、建国間もない国家をその小さな肩で支えていかなければ成らないヒルダを、
不安と猜疑の念を抱かせるのには十分過ぎる力を持っていた。
無論、一個艦隊に勝る力を持つ智謀の持主である彼女は、ヘイン自身に二心が無い事も理解はしている。

だが、それでも不安や猜疑の念を常に抱き続けなければならないほど、目の前でおたおたしている男の存在は巨大なのだ。
彼自身に二心無くとも、彼を崇拝する建国の功臣達は彼を担いで、
自分の夫、先帝ラインハルトと戦ったことは無視することが出来ない事実である。
国を統べる為政者として、ヘイン・フォン・ブジンという巨人は無視する訳にはいかない存在であった。



■推挙された者と、されなかった者■


終始笑顔の摂政皇太后と青い顔をする皇師、この二人に声をかける覚悟を持つ者は、広い銀河を探しても、そうは居まい。
いつも能天気な発言で場を和ましてくれる侍女のマリーカも、
今にもゲロを吐きそうな顔をしながら震えるだけで、とても声をかけられるような様子には見えない。

居並ぶ侍従や侍女達にとっても最悪な空気が室内を支配し、
その緊迫した状況に豪胆にも一石を投じる者は存在しないと誰もが諦める中、
一陣の風を吹き込み、その澱みかけた空気の流れを断ち切る存在が現れる。


「摂政皇太后陛下、そろそろ皇帝陛下が目を覚まされます」
『そう・・、もうそんな時間なのね。まだ話し足りませんが、仕方がありませんね
 ブジン皇師、今日の陛下への忠勤ご苦労さまでした。下がって貰って構いません」


冷たい微笑を浮かべながら、自分に下がるように言うヒルダに
首をカクカクと縦に振るヘインはまるで脱兎の如く、慌てて逃げるようにその場を後にする。
この結果を生み出した部屋で最も年少の部類に入る発言者は、特に何の感情も見せる事無く
淡々とした様子で最も巨大な力を持つといわれる大貴族を見送る。
そんな国家に対して誰よりも忠実な臣下に、打って変わって温かみに溢れる苦笑いを溢しながら、ヒルダは礼を述べる。


『あなたのお陰で冷静さを取り戻すことが出来ました。感謝します』
「いえ、陛下の危惧は杞憂ではありません。ブジン大公の持つ力は帝国の器に比して
 強大に過ぎます。警戒を怠ってはなりません。その力を削ぐ事も必要になるでしょう」

『それは早計でしょう。ブジン大公に二心など無い事を、私も本当は分っているのです
 それでも、アレク・・、陛下の行く末を思うと不安を感じずには居られないだけなのです』

公然とヘインの脅威を排除すべきと主張する相手をヒルダは優しく諭していく。
自分の愚かさと弱さで平時に乱を起こすべきではないのだと、
そして、今のようにブジン大公を前にして不穏当な発言や態度をついつい見せてしまうのは為政者としての自分の弱さである。
偉大なブジン大公はそれを全て見透かした上で笑って許してくれているのだと、

ヒルダのその説明を受けた年少の臣下は、それに理があることを一応は認めたが、
それで、ブジン大公排斥論を取り下げるような事はしなかった。
今現在、新帝国の頂点に立つべきは摂政皇太后ヒルダであり、彼女が恐れを感じ、自分の弱さを認めさせるような大きすぎる存在は、
未だ地盤が定まらぬ新帝国にとって、大きな禍根になると考えたのだ。


『あらあら、ブジン大公に推挙されてアレクに仕えるようになった貴女が一番熱心に
 大公の排斥を訴えるなんて、大公がそれを知ったらガッカリしてしまうかもしれないわ』

「私が仕えているのは皇帝陛下とその代理人である摂政皇太后であられます
 例え推挙された恩があったとしても、それを重く見て忠節を曲げることを
 私はよしとはしません。私はローエングラム朝の臣下として推挙されたのです」


まっすぐに自分に言葉を返す少女は、故人を偲ばせるには充分な才気を待ち合わせていると感じたヒルダは、
今度は声を立てて笑いながら、ヘインの力を過剰に恐れる必要は無いのだと安心する。
新しい時代の芽がこんなに近くで芽吹き始めている位なのだから・・・


『貴女の真っ直ぐな陛下への忠節に感謝します。そして、
 その言には多くの理があることも認めました。ですから、
 一つの任を貴女に与えたいと思います。受けて貰えますね?』

「御意」


『では、パウラ・フォン・オーベルシュタインに皇帝陛下の代理人として私が命じます
 来週まで皇師ブジンを傍近くで監視し、陛下に二心有るかどうかを探りなさい
 必要な書類はヘインさんが帰るまでに用意させます。偶には後見人に甘えて来なさい』

「皇太后陛下!」




ようやく感情らしい感情を見せ、顔を真っ赤にしながら抗議の声をあげる少女をニコニコと軽くいなしながら、
皇師付き女官としての任命書をスラスラとしたためたヒルダは有無を言わさぬ勢いでそれを少女に押し付ける。
久々に彼女らしい快活さを取り戻した摂政皇太后を止めることが出来る者はこの場に誰も居ないことも少女にとって悪く働き、
パウラはしぶしぶ自分の新たな後見人となったヘインを追いかけて部屋を後にせざるを得なくなる。


ちなみに、少女は義眼からみると分家筋にあたる家の子で、
彼女の両親が若くして他界して以後、義眼が後見人として援助を行っていたが、
彼が他界した後は、後事を託されたヘインが新たな後見役を引き継ぎ、
オーベルシュタイン家を継いだパウラを犬のついでに世話するようになっていた。
まぁ、世話といっても生活に必要な金を義眼の遺産から崩して老執事に渡す程度のことであったが・・


なお、現在は義眼の住んでいた家に犬と義眼に仕えていた老執事と共に暮らし、
ヘインの推挙を受けて、ヒルダとアレク付の侍女として出仕する様にもなっている。
そのため、彼女は新帝国の建国の立役者でもあるブジン大公の推挙を受けるに相応しい人物であることを証明するため、
周りの侍従や侍女達が心配してしまうほど日夜職務に精励している。

また、先代に似たのか誰にも媚びず、怜悧で合理的過ぎる性格からか、
最近『女オーベルシュタイン』と渾名されたが、彼女はそれを密かに内心で喜んだりしているらしい。
誰に言う訳でもないが、『NO2不要論』の正当な後継者は自分であると自負している節があるなど、
どうやら、年来の恩人でもある義眼に対する畏敬というか、崇拝の念はかなり強く、彼を半ば神格化しているようである。
また、その義眼が最も危険視し、高く評価したヘインに対しては
新帝国の癌となりうる存在と断じ、ことある毎にヒルダの不安を煽って粛清を促すのが彼女の日課となっている。
ヒルダは以前からヘイン参内するたびに黒いオーラを放ってはいたが、
それが最近酷くなりつつあるのは、彼女の力が大きく働いたからなのかもしれない。


一方、ヘインの方はと言うと、自分が後見しているもう一人の少女ナカノ・マコのようにぶすりと刺しに来ないだけマシだが、
先代の義眼のように自分を粛清するべしと公然と言い放つ彼女になんとも複雑な思いを抱いていた。

普通の子であれば、反抗期のかわいい女の子で済ませられるのだが、
義眼と似た考えを持ち、その思想的な後継者だと思うと愛らしさより、恐ろしさが勝るようである。
もっとも、まだまだ皇室付の侍女の女の子に過ぎないので、それほど深刻には考えてはいなかったが、
未来の彼女の進む道が原作に書かれていたら、もう少し、深刻に考えたかもしれない・・・




■鈍感な夫と心配性な幼妻■


しぶしぶ摂政皇太后の命を受けたパウラは義眼の後を引き継ぎ軍務尚書となったファーレンハイトの執務室から、
ヘインが話を終えて出てくるまで待ち続ける。

時折、部屋から漏れ聞こえるフェルナーやアンスバッハの声に楽しげなヘインと食詰めの話し声は、
義眼など当の昔に過去のどうでも良い存在になったと言っているように聞こえ、
パウラは形のよい眉をへの字に曲げて不快感を表情に浮かびあがらせていた。

普段は無表情な少女の珍しい顔を偶々通りが掛かって見た黒猪は『糞詰りか?』と
デリカシー0な彼女を心配する発言をして、危うく彼女の白い足によってアルフレッドと同じ運命を歩みかける。
また、彼は後から歩いて現れた沈黙に救いの手を求めて蹲りながら手を差し出したのだが、
『・・・、・・』といつものように何も言わないまま、無視されて自力で医務室にヨタヨタと歩いていくことになる。

どうやら、黒猪とオーベルシュタイン家の相性が最悪なのは歴史の必然らしい。




■■


「あれ?パウラどうしたんだ。フェルナーにでも何か用か?」
『いえ、閣下付の女官になる命を拝命したので参りました』

自分を見上げる少女に素朴な疑問をぶつけたヘインはその返答に『げっ』と思わず言いかけ、
新たな腹心となる相手の機嫌を絶対零度まで下げさせてしまう。
まぁ、義眼の脅威の再来を思わせる少女に張り付かれて嬉しいと思えるほど、ヘインも能天気では無いのだから、仕方あるまい。


ヘインはいつも以上に冷たい無表情の少女を伴って新皇居を後にするのだが、
窓から入る陽光を反射して銀色に輝く長い髪を揺らめかせながら長い廊下を黙々と歩く少女と、
彼女の少し前を先導するかのように歩くヘインの姿を見た者が、彼ら二人の事を全く知らなければ、
どこかの貴族の姫君とその従者か何かと勘違いしたであろう。
それほど、二人から自然と放たれる輝きには差があったのだ。




『閣下、どちらに向かわれるのですか?』
「お前の家だよ。そんで、ついでにアイツに頼まれた犬の散歩も済ませようと思ってな」

宮廷の長い廊下を終始無言のまま歩いていた二人だったが、
車の後部座席に乗り込み、仲良く並んで座って扉が閉まった所で、少女がようやく口を開いたが、
その口調は相変わらず淡々としたもので、その言葉も必要最小限のものである。
そんな取り付く島も無いような彼女の様子に困った顔を一瞬見せたヘインだったが、
鈍い灰色の二つ瞳に答えを急かされて、動き出した車の向かう場所と目的を素直に告げると、


『そうですか。では、私もそれに同行致します。閣下、よろしいですね?』
「あぁ・・、別に構わないよ」

少女の高い声色の中に有無を言わさぬ迫力があるのを感じたヘインは否応無しに肯き、
お気楽なオーベルシュタインの犬との散歩に彼女を連れて行くことを許す。
老執事から犬好きと聞いていたため、彼女の要求は想定の範囲内であった。



『お嬢様、今日はお早いお戻りですね。それに、ブジン大公もご一緒とは珍しい』

『ブジン皇師付きの女官として任を拝命した故だ。ラーベナルト
 帰った早々で申し訳ないが、直ぐに出掛ける。犬を連れて来て欲しい』

『犬?あぁ、ワンワンのことで・・』 『ラーベナルト!『犬』を連れてきて欲しいのだが?』

いつもの主とは違う呼び方に一瞬首を傾げる老執事だったが、
直ぐに何を主が求めているか察して、いつもの呼び名をついつい口走ってしまい主の語気を強めさせてしまう。
そんな主従のやり取りの微笑ましさに少し噴出すヘインだったが、ドライアイスより冷たい視線の槍に刺され、
ごほんごほんとワザとらしく咳き込んで誤魔化し、情けない大人の姿を晒すことになる。


「そっ、それじゃ、散歩に行くとしますかね!」
『・・・、御意』

『お嬢様、お気をつけていってらっしゃいませ
 ブジン大公、お嬢様のことをよろしくお願い致します』

老執事に紐を引っ張られてヨタヨタと頼りない足取りで現れたオーベルシュタインの犬の姿をヘインは確認すると、
殊更に明るく元気な声を出して、散歩に行くぞー!と宣言して、未だに周囲を漂う冷気を振り払おうと試み、それに成功する。
パウラも『ワンワン』と散歩できる時間を擦り減らす愚を避けたいと思って矛を収めたのだ。

犬の首輪に付いた紐を嬉しそうに持つ少女と、横を疲れた顔をしながら歩く青年。
そんな親子か年の離れた兄妹のように見える彼らを、老執事は目細めながら暖かく見送る。




『いつもありがとう御座いますー♪』


ぶんぶんと手を振る肉屋の元気のいいオネーさんと別れた二人と一匹は、お決まりの散歩道をずんずんと歩いていく。
犬の方も鶏肉が今日は山ほど食べられると思ったのか、尻尾フリフリと上機嫌である。


「さて、こいつの夕飯も買ったし、次の所に行きますか」
『閣下、今度はどちらへ?もう、日も陰り始めています』

「あぁ、すぐ其処だよ。商店街で鶏肉と酒を買ったら
 いつも寄る場所があってね。散歩の〆に相応しい所さ」

少し日が傾いて冷えてきたため、犬の体調のことも考えて散歩をそろそろ切り上げたいと思った少女に、
ヘインはもう一箇所だけ寄るところがあると告げ、歩みを止めない。
パウラも珍しくしっかりとした意思を見せるヘインを止めることは難しいと考え、素直に付いていく。
そして、直ぐに目の前を歩く男が、この場所に拘った理由を知り納得することになる。


『墓地ですか、先帝陛下とキルヒアイス元帥が眠っている場所ですね』
「あぁ、もともとキルヒアイスの墓はオーディンにあったんだが
 ラインハルトが我侭を言った結果、仲良く並んで眠ることになった訳だ」

『閣下は親友を亡くして・・、いえ、何でもありません』


金髪と赤髪の墓の前で仁王立ちする男の胸にどのような想いを抱いているのか、パウラは興味を持ったが、
人として正しい在り方は、横の愛犬のようにただ黙って故人を悼むことと考え直し、口を噤んだ。
そんな少女の態度に笑みを見せたヘインは買ったばかり酒瓶の蓋をあけて、
一口呑み干すと残りは全て冥府の門を先に潜ってしまった二人に呑ませる。
二度と酒を酌み交わすことが出来なくなった二人の親友の墓を、ただ黙って見つめる男の感情を読み取ることは、
まだ酒の味も知らぬ少女にとっては難しすぎる問題であろう。


「悪いな待たせて、もう一人会いたい奴がここにいるんでね
 もうちょっとだけ辛抱してくれ。帰りの車を手配してあるからさ」

『いえ、構いません。ご友人のお墓ですか?』

「友人・・・か、まぁ、そうとも言えるかな?」


自分を見上げる少女の質問に明確な回答を自己の中に見出せなかった男は、
『うーん』と腕を組んで考え込みながら、最後の目的地へと足を進ませる。
また、それに付き従う愛犬が鶏肉を買ったときより嬉しそうに尻尾を振るため、
パウラは可愛らしく小首を傾げながら、その後を慌てて付いて歩き、自分の迂闊さに直ぐ気づかせられる。


そこは、愛犬と自分に取って一番の恩人が眠っている場所・・・
パウル・フォン・オーベルシュタイン元帥の墓がたてられた場であった。


■■


「どうした?意外そうな顔をして、そんなに俺がこいつの墓参りをするのが不思議か?」
『はい。閣下と元帥は常に緊張した関係にあったと聞いていましたから』

「お前もこいつと一緒ではっきり言う奴だな。まぁ、確かに色々とあったけど
 今思えば悪くない関係だったんだよ。とは言っても、過去の俺やこいつに
 そんな事言っても全力で否定すると思うけどな。過ぎ去って分る事はホント多いな」

『私には、よく分りません』
「それで良いさ。そう言う事は、もう少し大きくなったら
 自然と分るようになる。焦って覚えようとする必要は無いさ」


ヘインの言葉に自分を子ども扱いする成分を感じ取り、不機嫌な気持ちが湧き上がるパウラだったが、
そういった感情が湧き起こること事態、自分がまだまだ子供である事の証明な気がして、
目の前で『今』を見ていない過去の英雄に抗弁する気になれなかった。

ただ、目の前に立つ新帝国にとって最も警戒すべき男が、故人であるオーベルシュタインしか見ておらず、
今を生きるオーベルシュタイン、彼の横に実際に立っている自分を一顧だにしていないことが痛いほど分って、
無性に悔しい気持ちをその小さな胸に抱かざるを得なくなっていた。



尻尾をフリフリする老犬とジーと決意を込めた瞳で凝視する子犬のような少女に気づく事無く、
ヘインは誰よりもその才を認め、また怖れた男のことを黙って偲んでいた・・・






墓地の外に手配していた車に乗りこんだ二人と一匹は特に会話に華を咲かせることも無く、
屋敷に到着するまで静かに物思いに耽っていた。
老犬は柔らかい鶏肉で頭が一杯で涎を垂らしかけてはいたが・・・

そんな彼らを出迎えた老執事のラーベナルトは、
先代主人とヘインに老犬の一匹が仲良く帰ってきたのではないかと錯覚し、
一瞬呆けてしまい新たな主人を訝らせてしまう。

そんな主従を余所に鶏肉の入った袋に飛びつく老犬に押し倒されるヘインは、
泥と涎まみれになってしまい助けを求めるが、その場に救いの手を差し伸べてくれる者は居らず、
自宅に帰宅した際、洗濯をする愛しい奥様の頬をぷっくらと膨らませてしまうだけでなく、
帰りが遅いことに対する小言も受け取ることになってしまう。

これまで、オーベルシュタインとの関わりはヘインに様々な苦労を与えることが多々あったが、
今の状況を見る限り、それは代替わりしても変わらずに続くようである。



さて、『ブジン大公記』の著者としても知られるようになるパウラとヘインの関係が、
今後どのような形に発展していくことになるのか?興味も尽きないところではあるが、
差し当たって危機感を感じ、動く必要があるのは一人であろう。


パウラと同じように平凡な男に後見を受ける少女は、近い将来自分の存在意義を賭け、
新たなライバルに終わること無き戦いを挑むことになるかもしれない・・・???




      ・・・ヘーネ・フォン・ブジン・・・銀河の新たな小粒が一粒・・・・・

                 ~END~



[2215] 銀凡伝外伝(対決篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:6c43e165
Date: 2011/05/22 23:05

新帝国暦5年1月1日、新しい王朝の枠組みがようやく馴染み始める頃、
人々は平和な時代が永遠に続くと錯覚しながら、新年の訪れを無邪気に祝い踊っていた。
そして、動乱の銀河を危なっかしい足取りで何とか歩ききった男も、
ようやく訪れた平穏な日々を、苦楽を共に乗り越えた家族や仲間と共に喜び祝っていた。



■ブジン詣■

ブジン邸に新年の挨拶と宴会に参加するために集まった人々は層々たるメンバーが揃い踏みとなる。

武官としては、軍務尚書のファーレンハイト元帥を筆頭に、統帥本部総長ロイエンタール元帥と帝国三長官の過半が訪れ、
その他にも幕僚総監ミュラー元帥に、宇宙艦隊副司令長官アイゼンナッハ元帥、
軍務省官房長官アンスバッハ上級大将と、同じく軍務省次官兼調査局長フェルナー上級大将等々、
彼等の部下の上級大将に大将、中将といった将官達も揃ってヘインのご機嫌伺いに訪れている。

文官の方も同様で、工部尚書グルックから始まって内務尚書オスマイヤーに、
財務尚書リヒターと民政尚書ブラッケ、司法尚書グルックドルフや内閣書記長マインホフ以下、
各省の長官次官クラスが揃ってヘインの下へ年賀の挨拶をと集まって来ていた。


また、彼等の妻子であるフォーシスターズにヘーネやレンティシア、
ナカノやパウラといったヘインの被保護者などを加えると手狭な屋敷には入りきらず、
来訪者が路上に溢れ出てしまっていた。
これは、ブジン大公家の当時の権勢の凄まじさを如実に物語る事例と言えよう。



■■


「軍務尚書や統帥本部総長の姿が見えませんが、何事かあったのでしょうか?」


皇帝陛下を抱いた摂政皇太后の前に跪いて年賀の祝辞を述べていたミッターマイヤーは、
唐突に投げかけられた彼女の質問に答えることが出来ず、面を上げぬまま額の汗を床に落としていた。


『ヒルダ、いや摂政皇太后陛下、余りミッターマイヤー元帥を困らせるものではない』

「お父様、嫌ですわ。私には元帥を困らせる気など全くありませんのよ?
 年始の祝いの席に、先帝陛下以来の文武の高官の姿の多くが見えないので
陛下の宸襟を騒がせ奉る事態でも起きはしていないか?と、不安を覚えたので
 ロイエンタール元帥とも親交の深いミッターマイヤー元帥に問い質しただけです」



笑みを浮かべるヒルダを前に、種無しはこの場にいない親友や上司筋の食詰めに対して、
呪詛の念を盛大に飛ばしたい衝動を押さえ込みながら、彼らの不敬に対する釈明に腐心することになる。
その場に居合わせた者達は彼の哀れな姿に同情の念を禁じえなかったが、
手に持った扇子で釣り上がった口の端を隠して笑い声を上げる美しい未亡人に恐れ、竦みあがり、
救いの手を差し伸べるような真似をすることは無かった。



そんな孤立無援の中、ミッターマイヤーは『ブジン大公以下の廷臣達を皇宮に呼んでみては?』と提案した結果、
ヒルダがそれに満足そうに頷き受け容れたため、謁見の間に広がる重い空気は若干和らぐかと思われたが、
摂政皇太后がゴトリと床に転がり落したモノと、それに冷めた視線を向ける彼女の発言によって、
それが幻想であったことを人々は思い知らされる。




「はぁ・・、誰かが暴走して、勝手にコレで殺ってくれないかしら?
 ふふ、冗談、冗談よ♪シュトライト上級大将、直ぐに通信回線を開いて
 ブジン大公達に、皇帝陛下が獅子の泉でお待ちしていると伝えて下さい」




自邸に文武百官を集め殊更に自らの威を示すような迂闊なマネをしてくれるヘインに、
ヒルダは甚だ立腹し、新年の幕開け早々にも関わらず、その機嫌を急降下させていたが、
新年会で浮かれるヘインがそんな事態なっていることに全く気が付く訳も無く、我が世の春を盛大に謳歌していた。



■大公行列■


命が惜しければ直ぐに来いというシュトライトらしからぬ乱暴な通信に驚いたヘインは、
年賀の挨拶に訪れ、そのまま新年会に参加する列席者達に『みんな着いて来い!』と大声で一声かけると、
慌てて皇帝が住まう皇宮『獅子の泉』の方に向かって駆け出す。

このヘインの指示を聞いた列席者たちは、ヘインが酒瓶を片手に外に駆け出したため、
多すぎる参加者を狭い官舎では持て成しきれないと考えた主人が、野外パーティーか何かに切り替えたのだろうと思ったのか、
さして、事態の深刻さに気づく事無くお祭り気分でヘインの後を料理や酒を手にしたまま追いかけて行く。

当然、酒瓶やら料理を持って走る騒がしいヘイン達の集団は目立ち、
この集団を目にした新年の到来に浮かれる人々は、何かのニューイヤーイベントと勘違いして各々が酒や料理を手に持って行列に次々と加わっていく。
こうして、最初は100人程度だった宴会行進はあっという間に500人、1000人と、その数が膨らむのは止まることを知らず、
誰が始めたのかは定かではないが、『ええじゃないか!ええじゃないか♪』と
意味不明な音頭を連呼しながら、宮殿を目指して大行進を始める。


この予想外に大規模なものとなった帝都の喧騒を知った憲兵総監に加えて帝都防衛司令官を兼務するケスラー上級大将は、
憲兵を率いて出動し、事態の推移を警戒しなければならなくなった。
もっとも、集まった民衆は大騒ぎをする程度で、乱暴狼藉を大して働く訳でもないので大した労にはならなかったが、
正月早々に緊急出動を強いられるだけでも非番だった者にとってはいい迷惑である。
突然の休日出勤で士気の上がらない部下を率いるケスラーは、事態が収束した暁にはブジン大公のツケで酒を浴びるように呑ませてやると部下に約束するなど、
彼等の勤労意欲に火を付けてやるのに四苦八苦したらしい。


■■


『みんなー!!ブジン大公が自分のツケで飲み食いして良いって言ってるぞー!』
『ヒャッッハー酒池肉林だー!!』 『ありがてぇ、ありがてぇ』
『ボク、アルバァイトォオオオッ!!』 『汚物は消毒だぁぁああっー!!』


おいおい、なにを勝手なこと言い出すんだ!!こんな人数の飲み食い代なんて払えねぇーよ!
食詰め!お前も黒猪なんかに勝手に電話してるんじゃねぇーよ!!俺を破産させる気か!


『ハーイ♪みんなのアイドルのマコちゃんでーす!!今日はどんどん飲んじゃうぞー』



って、未成年に酒飲ませてるんじゃねーよ!完全に出来上がってるじゃないかよ。
ちょっと宮殿まで行くだけだってのに、何でこんな事になってるんだよ!

おい、お前らその看板どこから持ってきたんだよ!?
それにカネールおじさんを川に投げ捨てるんじゃない!!呪われて優勝できなくなっても知らんぞ!!

くそ、どいつもこいつも好き勝手やりやがって、絶対あとの責任を全部おれに回すつもりだ・・


『でも、こんな賑やかな新年パーティーも良いよね。ヘーネも凄く楽しそう!』


まぁ、こんな賑やかな日も偶にはあっても良いかな?
何といっても今日は正月だ!この一番目出度い日に起きた多少の騒ぎなら、
きっとヒルダちゃんも大目に見てくれる・・・よね?

『そうですね。届出なしの集会に加えて、方々での雑多な器物損壊に
 空瓶等の路上投棄に、喧嘩の何件かを加えて騒乱罪の二歩手前ですが
 ブジン大公の威勢を持ってすれば、些事として取り扱われるでしょう』

パウラ・・、義眼みたいに可愛くない事言ってるけど、手に持った甘い玉子焼きを頬張った顔で行っても台無しですから!
もう、ここまで来たら素直に諦めてお祭り騒ぎを楽しんだ方が得だぞ?
難しい顔するのはいつだって出来るんだから、笑って笑って!宴会だ~!!

『閣下、別に私はかわいく無くても・・・』
『あぁー!また、ヘインさんがえこ贔屓してるー。酷いです!差別です!
 私がもう16のオバさんだから、若い子に乗り換えちゃうんですかー?』

うぉっ酒くせぇ、マコちゃん呑み過ぎだろ。それに色々と誤解を招くような発言は止めろよな。
俺はベアード大佐に睨まれるような事をする気は更々ないから・・って言ってるそばから抱きつかない!





隣でわたわたする被保護者に酔って抱きついてくる被保護者に囲まれて満更でもない旦那様にご立腹な奥様は、
ヘーネを抱えたまま強引に彼等の間に割り込んで自分の居場所を確保し、ヘインの所有者が誰かをはっきりと周囲に示していた。

そんな奥様の奮闘振りを新年会の準備の時から、手に持ったハンドカメラで一瞬たりとも逃さずに記録する凄い美人さんは、
鼻から溢れ出る血を地面に滴らし、路面を紅く染め上げていく。



こうして、沢山の笑い声と歌声に少しの怒鳴り声と僅かな血が流れる中、
ヘイン達の行列は終点の獅子の泉宮殿前の広場に辿り着き、その騒がしい大行進を終える。ブジン大公以下の文武の高官達は、彼らに付き従った民衆達の歓声に送られながら、皇帝陛下の御前を目指し、千鳥足で宮殿の奥へと進む。




■平穏無事■


玉座の間に近づくにつれて頭の冷えてきたヘインは、
ちょっと浮かれすぎだったかと思い横を並んで進む食詰めにどうしようと相談するのだが、
『堂々たる態度を見せていればいい』という何だか非常に拙そうなアドバイスしか返してくれなかった。

その他の武官文官陣に話を振ってもブジン大公の御心のままにとか、皇師に教えられるようなことは無いと言って逃げ腰になるだけで、
乱痴気騒ぎの叱責を怖れて、『どうぞどうぞ』と玉座の間の扉を誰一人開けようとしない。

ちなみに女性陣やお子様たちは、少し離れた客間で気ままに寛いでおり、夫や大人のフォローをする気はサラサラ無いようで、
最終的には宴の首謀者たるヘイン一人が玉座の間に足を踏み入れる栄誉を手にすることとなる。


■■


「ったく、乱痴気騒ぎのお小言だけ俺に押しつけて、みんなさっさと帰ってやがる」

「まぁまぁ、待ってるの私達二人だけじゃ、ダメだった?」


ヒルダからの長いお小言や嫌味から解放されたヘインが部屋を出てきた時には、
どんちゃん騒ぎをしていた共犯者の殆どは各々二次会へと繰り出した後で、
彼を待っていたのは二人だけだった。


「そんな訳ないだろ。酔い醒ましがてら、ちょっと遠回りして帰るか?」 「うん」


すやすやと眠る幼子を交代で抱きながら、手を繋いで街を歩く二人は、
下らない事を話しながら笑い、美味しそうな臭いがすれば寄り道してお腹を満たし、
三人だけで暮らす、家に戻ったのは空が紅く染まった夕暮れだった。

望んだわけでもないのに、銀河で最も大きな力を持つに至った男は、ようやく手に入れた平穏な生活を何よりも大切にしていた。



■■


「もう、レンちゃん迎えに来たんだ。ふぁ~、それじゃ行ってきま~す」 
「ヘーネ、お弁当忘れてる!ボタンもずれてるから」


新帝国歴17年、美しい少女へと成長したヘーネ・フォン・ブジンは、
幼い頃から変らずぽやーと、ちょっと抜けた所のある少女だったが、
父親譲りの楽天的というか、能天気な性格もあって周囲に愛されていた。


もうすぐ齢40になろうというヘインは、30を越えても元気一杯で若々しい妻と、
ぽややん公女と称される娘の毎朝繰り広げられる騒動を横に、紅茶を飲みながら新聞をまったりと読んでいた。

相変わらず皇師の任を務めるだけで、ここ10年以上、その他の公職から離れている凡庸な男は、基本暇を持て余していた。
無論、その間も彼が推挙した多くの文官は山の様な書類を持って家に押しかけ、
食詰や垂らしなどが、冗談とも本気とも取れる様な言動で『全てを握れ』と焚きつける事は度々あった。
ただ、それも過ぎ去った若き日々、疾風怒濤の季節と比せば平穏そのものであった。


「ふぅ、ヘーネも、もう少ししっかりしてくれると安心できるのに」

「まぁ、まだまだ子供ってだけだろ。その内、ちゃんとするさ」

「もうっ!ヘインはいつもヘーネに甘いんだから」


友人と一緒に学校へ向かった娘を見送ったサビーネは、
自分の意見につれない返事をする親馬鹿な夫に年甲斐も無く頬を膨らませる。
そんな妻のかわいらしい様子に苦笑いしたヘインは、彼女の御機嫌取りにデートのお誘いをする。
いつまでたっても自分にべったりの奥様の扱い方だけは、年月を経ることで上手くなったらしい。
もっとも、そうなるように仕向けられた節も多々見受けられるのだが、鈍感な旦那様が気付いていないなら、それで良いのだろう。
必要無いことを知らないで置くのが、夫婦円満の秘訣なのだから…




■帝立フェザーン学園物語■


「相変わらず遅刻ギリギリか、付き合わされるレンティシア嬢の方も苦労するな」
「はい、アレクさま(笑)」

下級生のレンと別れて教室に遅刻寸前で駆け込んできたヘーネを遠目に見遣りながら呟いた皇帝に
元気よく同意したのはフェリックス・フォン・ロイエンタール、統帥本部総長ロイエンタール元帥と眉毛の子であった。


本来であれば、皇帝であるアレクが学校で多くの学生と机を並べて勉学に励むようなことはあり得ない話だったが、
皇帝の教育カリキュラムを策定する最高責任者の皇師が面倒臭くなったのか、
子供は沢山友達を作るべきと考えたのか分からないが、フェリックスを学友として付けられたアレクは、
去年の四月から帝立フェザーン学園の学生として、日々を過ごすことになっていた。

無論、帝王学としてヘイン推挙の文官達からは帝政を担うための教育を、
ファーレンハイトを始めとする武官からは、戦略戦術を始めとする軍学の手ほどきも継続的に受けていた。


「おはよウグイス!!アー君とフェー君は毎朝早くてエライね」

「ふん、始業前に席に着いて、講義を受ける準備を整えるのは当たり前のことだ」
「御立派ですアレク様(苦笑)」


天真爛漫と形容するに相応しい満面の笑顔で朝の挨拶をするへーネに、そっぽを向きながら答えるアレクは、
自分の左隣に座る少女のことなど眼中に無いかのような無愛想な態度であった。
対照的に彼の右隣りに座る忠臣にして親友?のフェリックスの方は、
消しゴムと三角定規を忘れた少女に、自分の予備の物を親切に貸し与えていた。

学園に入学以来、何だかんだ言いながら馬の合った三人は、学園内で一緒に過ごすことが多かった。
また、彼等の一つ下の学年のエルト・ミュラーやヘーネの親友というか、保護者変わりのレンティシア達との交流も非常に多く、
新帝国を担うことになる新しい世代は、学生生活を通して、その繋がりを深めていた。


「そういえば、アレク様はブジン大公と明後日、戦術シミュレーションで
 模擬艦隊戦を行うと父から聞きしましたが、それは真のことでしょうか?」

「フェリックス、耳が早いな。あの間抜け面はいつも逃げてばかりだったからな
 昨日ちょっとした挑発をしてやって、俺との勝負を受けるようにしてやったのさ」

「アー君!へーネお父さんは間抜け面じゃなくて、アホ面なんだよ。えっへん、えっへん!」

「今まで、のらりくらりとアレク様の挑戦を悉く受けなかったブジン大公が
 了承するとは俄かに信じられません。一体どのような挑発をされたのですか?」

「なに、難しいことじゃない。横の能天気な女を出汁に使ってやっただけさ」

「成程、確かに上手い手です。お見事です。アレク様(プゲラ)」




■反抗期■


月日が経てば子供は成長し、だんだんと知恵を身につけて行くことになる。
天才ラインハルト、一個艦隊に勝る知謀を持つと賞されたヒルダの息子であるアレクなら尚更である。

この少年帝の優秀さは新帝国の行く末にとって、非常に喜ばしい事であったが、
彼の教育係であるヘインに取っては不幸であった。

賢く真っ直ぐに育った少年は、数々の偉業によって大人物と思われている皇師ヘインが、
ある時から、実は全然大したことの無い小物だと疑うようになったのだ。
そして、父親譲りの高いプライドを受け継いだ少年は、直ぐに我慢できなくなる。
自分より劣った人間を師として仰ぐことは、屈辱以外の何物でもないとアレクは考えたのだ。
皇帝である自分より上の存在を許せるほど、少年は大人ではなかったのだ。


こうして、反抗期の始まった二代目皇帝は、周囲の眼に見えるハッキリとした形でヘインに勝利する方法が何かと考え、
公周の面前で、戦術シミュレーションによる艦隊戦でヘインをコテンパンに破り、
用兵の才が彼より自分の方が圧倒的に上だと広く知らしめることが、もっとも手っとり早いと考えたのだ。

思い立ったら即暴走と言うのは、さすがはラインハルトの子供である。
食詰や垂らしに種無しを始めとする元帥陣になんども模擬艦隊戦を挑み、その腕を磨いた少年は、
必勝の自信を持って皇師ヘイン・フォン・ブジンに決戦状を叩きつけたのだが、
『ちょっとお腹が痛い』『明日から本気を出す』『直ちに勝負をする必要は無い』等々、
ヘインは少年の挑戦をまったく取り合おうとせず、『逃げるのか!』という糾弾に対しても、
『不戦敗で俺の負けにしといて下さい』と言うだけで、絶対に勝負を受けようとしなかった。

ヘインも己の分を誰よりも知っていたのだ。最近では模擬戦とは言え、
食詰達に五分以上勝率を誇るようになった生意気な金髪の二代目に自分が絶対勝てない事を!


■■


「皇師よ!なぜ私との勝負を避けるのですか?
 それほど若輩者に負けるのが怖いというのですか?」

「いやいや、怖いっていうか、やっても陛下に負けるのは確定ですから
 俺の不戦敗で良いって言ってるでしょうが!では、娘との約束があるので帰ります」

「皇帝である私を無視して、あの頭の緩い馬鹿娘の相手の方が大事だと?
 あぁ、確か皇師の奥方の父は味方殺しの低能で有名なリッテンハイム侯
 賊軍の無能な血は、偉大なブジン大公の血を持っても薄まらなかったと・・」

「黙れクソガキ…、家族は関係ないだろ。下卑た挑発なんかしてんじゃねぇ
 そんなに俺と勝負したいなら受けてやるよ。本当の戦いってやつを教えてやる」


往時では考えられない凄味を見せる師の姿に射竦められたアレクは、
唾棄すべき下劣な挑発をしてしまった後ろめたさもあってか、
自分に背を向けて歩き始めたヘインに、日時が三日後だと告げるのが精一杯であった。

翌日、フェリックスにまんまとヘインを煽るのに成功した得意げに語っていたが、
それは少年らしい幼稚な見栄で、実際は普段全く怒らない人の恐さを知って、結構びびっていた。



■■


はぁ、カッとなってアレクの挑発に乗った。反省はしていないが、後悔はしている。


畜生、食詰とか相手に勝ってる野郎に、模擬の艦隊戦だろうと俺が勝てる訳無いだろ。
『不死身の道化師』の中二全開の異名を40近くまで、何とか守りぬいて来たのに、ここまでか…
だいたい、父親に対する男の子の反抗期を何で俺が受けなきゃならないんだよ!
本来なら金髪の仕事じゃねーか、ったく、先に死んだ奴らばっか、楽しやがって…


さて、どうすっかねぇ~?
師としての威厳と恥ずかしい異名をあっさりと捨てるのは、勿体ない気もするし、
何とか恥ずかしくない程度の結果をだせるように考えますかね。
もう、頼りの『原作知識』も全く役に立たなくなってるからな。



■国父ヘイン・フォン・ブジン■


皇師ヘイン・フォン・ブジンに皇帝アレクサンデル・ジークフリード・フォンローエングラムが、艦隊戦を挑む!

平時に慣れた高位高官に取って、久しぶりに刺激的なニュースは瞬く間に広がり、
悪乗りする食詰等が主導して作られた獅子の泉宮殿内に作られた特設会場には、
数多くの高位の文官武官とヘイン等と近しい人々がギャラリーとして集まっていた。

『不死身の道化師』に挑む『若き皇帝』という構図は人々の興味を掻きたてるのには十分過ぎる物だったのだ。



■■


「ロイエンタール、卿は陛下とヘインのどちらが勝つと思う」

「そうだな、俺はブジン大公に賭けるとしよう」

「ならば、俺は皇帝陛下に賭けるか、最近の陛下の成長を考えれば
 ヘインが歴戦の勇者であっても、楽に勝てるとは言い切れないからな」

模擬戦の細かいデータや状況を確認出来る端末が設置されている座席に並んだ双璧は、
丁度良い賭けのネタを見つけたとばかりに、楽しそうに会話を弾ませていた。
食詰や鉄壁に沈黙と言った元ブジン師団の面々も固まって座り、
義手やロリコン元帥に黒猪等々の将官達も数多く向学の為と適当なことを言って集まっていた。
また、心配そうに息子を見守る摂政皇太后のヒルダや、
ヘインの妻であるサビーネを始めとしたフォーシスターズやその子供達、
結婚以来、マコの尻に引かれているエミールと言った身内陣に加えて
ブラッケやグルックと言ったヘインに推挙された文官達までもが、仕事をほっぽりだして観戦に訪れていた。


「それでは、長らくお待たせしましたが、ヘインさんと皇帝陛下の艦隊模擬戦
 師弟ガチンコ対決を始めたいと思います!みなさん会場の中央に注目して下さい!」

司会をノリノリで務めるのは、今は二児の母になっているヘインの元被保護者のマコだった。
彼女の開始の合図とともに、ヘインとアレクが指揮する仮想空間の大艦隊が一斉に動き出す。
中央のモニターで繰り広げられるリアルで大迫力の艦隊戦、
座席のモニターで刻々と伝えられる戦況の変化に、観客達は時に歓声をあげ、時に感嘆の溜息を洩らす。


模擬戦とはいえ、若き天才と『不死身の道化師』と呼ばれる虚構の英雄の艦隊戦は、
素人が見ても分かるほどの白熱した激しい名勝負と言えるものであった。



■■


「くっ、ここまで攻勢をかけて崩れないとは、まるで鉄壁ミュラーと戦っているようだ
 それに地味だが、効果的な動きを見せる分艦隊は、沈黙提督の用兵手腕を彷彿とさせる」

「おいおい、アレク。驚いてばっかりじゃ、俺には勝てないぜ?」


ラインハルトにも劣らぬ用兵の才を持ったアレクの操る艦隊は、
模擬戦の開始と同時にヘインの率いる艦隊に激しい攻勢を賭けるのだが、
予想以上に固い守備と分艦隊の効果的な支援運動によって、大きな戦果を得ることが出来ていなかった。

「たしかに、今のままでは勝てないかもしれませんが
 皇師も守っているばかりでは、私には勝てませんよ!」

「そうだな。それじゃ、そろそろ攻めに転じるとしますかねぇ…」


アレクの言葉に頷いたヘインは、素早く分艦隊を収束させて本隊に合流させると、
陣形を守勢から攻勢に最適な形に組み替えて、攻勢の限界に到達しかけていたアレク率いる艦隊に猛然と反撃を始める。
相手の動きを受けながら、無理なく攻守を切り替えて見せる見事な手腕は、これまたロイエンタールを彷彿とさせるもので、
アレクの大きな目を驚きでさらに見開かせる事になる。

そして、その目まぐるしい攻守の入れ替わりに何とか耐えよとするアレクだったが、
それを許すほどヘイン・フォン・ブジンは甘くは無い!
腹心の烈将を思わせる様な激しい攻勢に一気にでたヘイン率いる艦隊は、
慌ただしく守勢にまわったアレクの艦隊を次々と呑み込み食い破り、容赦なく叩き潰していく!


             「 勝負あり!! 」



時間にして僅か2時間であったが、激しい攻防の末に完膚なきまでに相手の艦隊を叩き潰し、
勝利したヘインの圧倒的な強さに観衆達から大きな歓声が湧き起る!『不死身の道化師』の名は伊達じゃないのだ!



■■


       「アレク、俺なら簡単に倒せると思ったかい?」


観衆の湧き上がる歓声の中、項垂れるアレクに手を差し出したヘインは、ニヤリと笑う。
この時、アレクは悟った。自分とブジン大公との間には、一年や二年で越えられない高い壁がある事を…
自分は歴戦の勇者に無謀な戦いを挑んだ愚かな子供だったと理解したのだ。
そして、才走って慢心しかけていた自分を徹底的に叩いて修正してくれたヘインに深く感謝し、
その器の大きさを認め、強い尊敬と憧れの念を持つに至った。


「師父には敵いませんね。自分の未熟さ、愚かさを思い知りました
 これからも非才の身を見限らず、御指導御鞭撻のほどお願い致します
 それと、御家族に非礼な言があったことは心よりお詫びします
 ただ、あの時の言葉は師父と、どうしても一戦を交えたいと言う想いが…」

「いいって、言わなくても分かってるって、アレクが悪い子じゃないってことは
 なにせ、俺はずっとお前の先生をやってたんだからな。ちゃんと分かってるから」


深く頭を下げる少年の髪の毛をクシャクシャにしながら、
少しだけ乱暴に撫でたヘインは、笑って生意気盛りの少年を許してやる。
勝って気分が大きくなっている小物な凡人は、気の良いおっちゃんと化していた。
そして、少年に『何度』も『頭を下げ』させて良い気になっていたのが、彼の詰めの甘さであった。
アレクは、頭を深く何度も下げている内に、ある『違和感』を持ったのだ。


そう、今回の模擬戦はヘインを相手にしていると言うより、
今まで何度かシミュレーターで模擬艦隊戦を行った元帥達を相手にしているようであり、
なぜか、ヘインの操作盤から自分の操作盤には無い四本の露出配線が地面を這っており、
それが、食詰や垂らしに鉄壁と沈黙の座席モニターへと偶然接続されていたのだから、不思議である。


怪しい配線の行き先と根元に、何度も視線を走らせる『若き天才』と滝のような汗を流し続ける『道化師』…


突然、全力で走り逃げだす『大人』と全力でそれを追いかける『少年』、
血の繋がらぬ父と息子の勝負は、どうやら一勝一敗の引き分になりそうであった。


      ・・・ヘーネ・フォン・ブジン・・・銀河の新たな小粒が一粒・・・・・

                 ~END~






[2215] 銀凡伝外伝(完結篇)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:6c43e165
Date: 2018/11/01 23:29
建国の元勲にして大勲位のブジン大公と大公妃サビーネの娘、公女ヘーネ・フォン・ブジンの幼少期の評価は、
かわいらしい容姿とぽややんとした穏やかな性格が褒められることが殆どで
『聡明な女性だった』といった偉大な父の頭脳を受け継いだと見られるような評価をされる事は全く無かった。

その、何と言うか、有体に言ってしまえば、余り頭のいい女の子では無かったらしい…



■天才と凡人に皮肉屋■

帝立フェザーン学園では、新帝国の未来を担う次代の人材を育成することを目的に設立されたこともあって、
非常にハイレベルな講義を学生に行なうことで知られていた。
そのため、天才と程遠い存在の凡人は、落第点を取ってしまわぬ様に必死で勉学に勤しむ必要があった。

無理して、自分のレベル以上の学校に入ると苦労するのは、今も昔も変わらないらしい。







「ふひぃ~、ようやくテスト終わったよん。また、赤点で追試地獄になるのかな?」


機械的なチャイムの音を聞きながら、机に突っ伏した少女は、席に座ったまま足を宙に浮かせてパタパタと動かしていた。
また、テストが最悪の結果を自分に与えることになると確信し、その表情を涙目状態にしていた。


「ヘーネさん、きっと大丈夫ですよ。みんなで一緒に
 あれだけ頑張ってテスト勉強したじゃないですか(ザマァ)」

「フェー君、でも、難し過ぎて全然分からなかったよ。絶対だめだよ」

「ふん、結果が伴わないのは、ただの勉強不足だ。普段から準備を怠っていなければ
 テストの直前になって俺達に泣きつく必要も、追試に怯える必要もなかったのだからな」

「それは、そうなんだけど、アー君、きびしい…」



なんだか言葉は慰めているのだが、何故か馬鹿にしている感じのするフェリックスに、
至極ごもっともな辛辣発言をするアレクによって、
ますます凹まされたヘーネは、いつもの陽気さをすっかり失っていた。

もっとも、それで反省して、授業を真面目に聞いて予習と復習を怠らない様に行動を改めれば良いのだが、
何か美味しモノを食べたり、楽しいことがあると、過去の失敗などふわ~っと抜けて行ってしまう彼女が、
劣等生から優等生とジョブチェンジすることは、非情に難しそうであった。
そして、そんな進歩の無さが、努力する天才を苛立させることになる事を、聡明とは程遠い頭の持ち主の少女は察することが出来ない。


「先ず何度も赤点を取り続けることが問題だ。失敗をすることは仕方がない
 だが、それを改善しようとせず、同じ失敗を繰り返すのは愚劣であり、低能だ」
「はい、アレク様(オモエモナー)」

「ふ~んだ!アー君も偉そうなこと言ってるけど、このまえ父さまに
 コテンパンに負けてたくせに!アー君のうんち!ばぁーか、死んじゃえ!」


ただ、凹んでいる少女に更に追い打ちをかける少年の方も大人気なかった。
既に半泣きだった彼女は泣きながら、幼い悪態を吐いて教室から走り出て行ってしまう。
自分なりに頑張ってテスト勉強した結果が散々だった上に、
慰めてくれると甘い期待をしていた友人からのキツイ言葉が余程堪えたらしい。


「おっ、オレは悪く無いよな?」
「はい!アレク様(シラネ)」


残された不甲斐無い少年達は、ただ立ち尽くすだけの役立たずであった。



■高みへ…■


はぁ、勉強手伝ってくれたアー君にお礼を言うどころか、悪口言っちゃった。
テスト出来なかったのも、私の頑張りが足りないだけなんだよね。

やっぱり、明日会った時に素直に『ごめんネコ』って言おうっと!
うん、失敗したら反省すればいいんだ!



「どうやら、気分は晴れたみたいね」 「うん!」


笑顔で元気な返事を返した少女に、やさしく微笑む女性は弁当箱からもう一つお手製の玉子焼きを取りだし、ヘーネに与える。

公園のベンチに少女と並んで座る女性の姿を、職場の同僚がもし目撃することがあったら、驚きで目を見開くことになっただろう。
絶対零度の女とも称される女オーベルシュタインが、普段の鉄面皮からは想像もつかないような、柔らかい表情をしているのだから。



ヘインの後見を受けながら、灰銀色の髪を持つ美しい女性へと成長したパウラは、
軍務省参事として正式に任官し職務に精励する日々を送っていたが、
つねに研ぎ澄まされた剃刀の様な鋭さを持って自分にも他人にも非常に厳しい姿勢を崩すことが無いので、
周囲からは当然浮いてしまう事になり、昼食は省内の食堂で同僚と席を共にする事は無く、
この公園のベンチに座って、いつも一人でお弁当を食べると言う有様であった。


「そうだ。ヘーネちゃんが良ければ、これから、私が勉強を教えてあげようか?」

「えっ?いいの?お仕事忙しいのに迷惑じゃない?」

「ううん、大丈夫よ。妹みたいに思っているヘーネちゃんが
苦労しているなら、出来る限りの手助けを、私はしてあげたいの」

「パウラお姉ーちゃん…、ありがと」



以後、誰も寄せ付けぬ冷たい厳しさを持った女性の執務室には
春の陽光と称しても良い雰囲気を持った少し舌足らずな少女が良く訪れるようになる。
そして、厳しくも優しい指導を受けたヘーネは、それなりに学力を伸ばして行くことになる。






「お嬢さんの勉強の方は捗っているのか?」

「ヨーゼフ内閣府参与は余程暇な様ですね。下らない世間話をしている暇が
 お有りなら、精力的に参加されている怪しげな会合の議題でも考えられては?」

「相変わらずオーベルシュタイン女史は手厳しいな。一つ訂正して置くが
 『民主化審議会』は断じて怪しげな会合では無い。一部の特権階級による政治から
 全ての臣民、いや、国民の手による帝政に変革することが、黄金の世界へと至る道!!
 私はそれを疑ったことは無いし、その道を進むために私は労を惜しむ気はさらさら無い」

「貴方の大言はもう聞き飽きました。一つ言って置きますが、行き過ぎた
革新が大きな犠牲を生む可能性があることをお忘れ無きように願います
ロべスピエールの尻尾にならぬ様に気を付けて頂ければ幸いです。『大公』閣下」


お互いに24と言う少壮気鋭の官僚でもあり互いをライバルと目し合う『女オーベルシュタイン』と『ヨーゼフ民主大公』は、
今後の帝政の在り方について、国家の創世記に置いては優れた官僚機構を構築し、強力な国家統制を敷き富国に専念すべしというパウラに対し、
民衆の手によって何事も成すことが、『黄金の国家』を形作ると信じて疑わないエルウィンは、
若手官僚の交流会において、意見の角突き合すことが多く、喧々諤々の議論を交わすこともしばしばあった。


そんな二人が、二年後には目出度く結ばれる事になるのだから、世の中分からないものである…





いつものように『仲良く喧嘩しな♪』な状態になった二人を置き去りにして、
ヘーネはとてとてとパウラの執務室を後にする。
難しい話を始めた二人は、いつも彼女の事を忘れて、朝まで議論を続ける事もあり、
律儀に付き合っていたら寝不足になってしまう。


軍務尚書のファーレンハイトやフェルナーにアンスバッハやシュトライトに挨拶をした後、
ヘーネは迎えに来た大好きな父親と手を繋いで家路に着く。

家では大好きな母親がほっぺの落ちるような美味しい料理を準備して待っている。
夕陽に照らされた道を歩く少女と平凡な父親の足取りはとても軽い…




■母は強し■


昨日の非礼を詫びる少女に、自分の非を認める少年が謝罪を返し距離を縮めるのを横目に反吐を吐いた少年は、
下らなくも平和な日々に満足しながら、そう遠く無い未来に大きな『祭り』の到来する予兆を感じていた。


新帝国歴17年、この年、皇師ヘイン・フォン・ブジン大公は39歳、まだまだ引退するには早すぎる年齢であったが、
名誉職に過ぎない皇師以外には公職の全てを辞してから、10年以上も経過していた。

ただ、その影響力は政府や軍部に色濃く残っており、
長年の蓄財と広大な私領の健全経営によって、皇室を凌ぐと言っても過言ではない富力を手にしていた。



~ ローエングラム朝を生んだ男は、もっとも王朝を揺るがす存在であった ~





後世の史家にそう称される男を野放しにして置く危険性を、誰よりも深く、正しく理解していたのは、摂政皇太后ヒルダであろう。
ヘインに野心が無い事は重々承知しながらも、ラインハルト生前中から何度もその陰に怯えて来た。

だが、信頼する一人の元侍女から齎された情報によって、心の奥に深く根ざした黒い不安は、雲散することになる。
アレク帝と公女ヘーネは夏の終わり頃から『理ない仲』にあると告げられたのだ。

この報せを聞いたヒルダは狂喜乱舞する胸の内を、最大限の自制心を持って抑え込み、
若干震える声で、ブジン大公に直ぐに獅子の泉宮殿に参内するように、冬宮筆頭侍従に命じて伝えさせる。

国家のために、これほど有益で重要な良縁はないのではないか?と些か冷静さを欠いたヒルダは、
巧遅より拙速を尊ぶことを善しとしたらしい。





「こんな夜更けに参内なんて、何かあったのかな?」

「さぁ?何にしても呼ばれたら行かないと後が怖いからな
 とりあえず行ってくるよ。もう遅いし、先に寝といてくれ」

「ううん、待ってたいから、起きて待ってる。早く帰って来てね」


齢を重ねても変わらず美しい妻に抱きつかれて相好を崩した男は、食詰の乗る公用車の後部座席に少し覚束ない足取りで乗り込む。
幸せで暖かい見送りが妙に照れくさかったらしい。眠たそうに目を擦りながら手を振る愛娘の姿も、とても微笑ましいものだった。


「相変わらずの仲の良さで結構じゃないか」

「うるせーよ。それより、勝手に公用車回して良かったのか?
 ヒルダちゃんに呼ばれてるのは俺だけで、お前は関係無かったんだろ?」

「なに、夜更けに建国の元勲を摂政皇太后が態々呼び出すのだ
 国家の大事である可能性を考えて、参内するのが廷臣の務めだろう?」

「そんなもんかねぇ」


全く自分の暗殺を心配してないような親友の態度に苦笑いを零しながら、
烈将と称され、軍務尚書として帝国に重きを為す男は、独自の情報網からヒルダがヘインを参内させようと動いたことを察知し、
念の為、信頼を置ける部下と共に自分もヘインと共に参内することにしたのだ。
獅子の泉宮殿の正門で二人を出迎えたのは、軍務省官房長官アンスバッハ上級大将に、
軍務省次官兼調査局長フェルナー上級大将と軍務省書記長シュトライト上級大将を加えた参謀トリオで、
玉座の間には、統帥本部総長の垂らしに、首席幕僚総監の鉄壁、宇宙艦隊副司令長官の沈黙の三人が雁首揃えて待っている始末で、


最高にハイってやつになっているヒルダであっても、不快を禁じ得ない仰々しさであったが、
建国の大勲位に対する出迎えとして、過剰に過ぎる物であるとは言えないので、
予め参内させていた宇宙艦隊司令長官ミッターマイヤー元帥に、国務尚書として現内閣首班を務めるグルックと共に、
食詰と垂らしに鉄壁と沈黙の、四人が臨席することを特別に許し、ヘインを参内させた用向きを披露することにする。







「年の変わらぬうちに、アレク陛下とへーネさんの婚儀を執り行いたいと思っております」


「「なんだってぇええっーー!!!」

  ΩΩΩΩ Ω…




事前に聞かされていた種無しやグルックと違い、
当事者の一人でもあるヘインや、一人の例外を除いた三元帥は驚きの声を珍しく上げた。
アレクもヘーネも14になったかどうかの若年で、帝国に取ってもっとも良縁であったとしても、幾らなんでも早すぎるため、
そのような提案というか、命令がヒルダの口から零れるとは予想だにしていなかった。


「いやいや、ヘーネもアレクも全然子供だし、
 そういうことは親同士で決めるんじゃなくて…」

「ブジン大公の細君は、14で御結婚されたと聞き及んでおりますが?
 それに、アレク陛下とヘーネさんは最近とても仲が良しいらしく
 お互いを好いていると聞き及んでおりますわ。何か問題がありまして?」


透き通るような美しい笑顔で無理を道理とばかりに謳い上げる摂政皇太后の迫力に圧され、
屁垂れのヘインや善良なミュラーは言葉を失い抗弁のする事が出来ない。
沈黙は最小から最後まで黙っているだけの存在であり、
垂らしは久しぶりに自分以外の人間が虚ろな目をする時がきた!とほくそ笑むだけで当てにならない。
最初からヒルダ側の立場として置かれている種無しやグルックに異存はある訳も無く。

ヘインが最後に頼れるのは、やはり食詰だったのだが、



「確かに良縁とは思うが…」「うるさい…。煩いんだよっ!!」

「グチグチ、グチグチと煩く文句言うじゃねーよ。私だってなぁー?
 ちっとばかし無茶だってことは分かってるんだよ!!そんな事位は!
 でもな、今日みたいにお前らがいつも仲良くつるんで、わたしに
 わたしとアレクにいつもプレッシャー掛けるから!!わたしだって
 わたしだって一生懸命、国を良くしようと頑張ってるのに・・なのに…」


無茶なヒルダを嗜めようとした食詰は、
泣きじゃくりながら、ヘインを重んじ、新帝アレクと自分を軽んじて来たことを糾弾する女性の悲しい叫びに二の句を継げなかった。
アレクが執拗にヘインに勝負を何度も挑んだのも、
臣下である自分達が未だにヘインを見ている現状を打破したかったのだと改めて気付かされた四人は、何も言う資格は無かったのだ。


この場で、答えを返すことが出来るのは、母であるヒルダに対する、父親としてのヘインだけであった。



「とりあえず、まだ納得できないけど、ヘーネがアレクと結婚するって言うなら
 俺はそれで良いよ。反対しない。勿論、母親のサビーネの賛成もあっての話だからな」




花嫁の父親が折れた。それ以上話す必要は何もない。
晴れやかな顔で立ち去る男達を、晴れやかな笑顔で見送る強い母親の姿が印象的であった。




■祭りの前に■


宮中に参内した翌日、ヘーネとアレクの婚儀について、妻と当事者である娘と話した父親は、大きな失望を味わうことになる。
大反対を期待したサビーネは、あっさりと娘もそんな年頃になったのだと一人納得し、
ヘインがヒルダに返したのと同じように、当人同士がそれで良いと言うなら問題ないと答えたのだ。

また、娘の方の回答は、更にヘインを凹ませる物で、皇帝との婚儀の可否を問われると、
顔を赤らめてモジモジし始めたヘーネは、『アー君となら、その結婚、したいかも…』と返した途端、
恥ずかしくなったのか、部屋に向かって走りだすほどの恋する乙女振りを見せ、その場に残された哀れな父親は膝から床に崩れ落ちてしまう。



「サビーネ、俺はどうしたら良いと思う?」
「諦めたら?あと、私はずっと傍に居てあげるから
 その…、きっと寂しく無いと思うし、大丈夫だよね?」



照れくさそうに微笑みながら抱き寄せて自分を慰めてくる妻のやさしさと温もりに、
親馬鹿なヘインは子離れする決意をすることとなる。

こうして、ヘインの思惑とは裏腹にどんどんと皇家と大公家の合体、
『皇大公合体』と後に称せられる婚儀の準備が、着々と進められることになるのだった。






新帝国歴17年8月1日、宮中に参内したヘイン・フォン・ブジン大公は、皇帝アレクサンデル・ジークフリード・フォン・ローエングラム並びに、
その代理人たる摂政皇太后ヒルデガルトに対し、
私領であるブジン大公領並びに旧リッテンハイム侯領、旧ランズベルク伯領の奉還を申し出る。
後に『藩地奉還』と呼ばれる旧態然とした貴族制の抜本的な改革の第一歩を、
帝国最大の貴族たるブジン大公の手によって為された事は、後世においても高く評価された事は言うまでも無い。
その他の私領を持つ貴族達も、ブジン大公家が領地を皇帝に差し出したと言うのに、
自分達が差しださぬ訳には行かぬ状況に追い込まれ、一月後には、貴族の私領は銀河に1㎡も存在しなくなる。

旧王朝ゴールデンバウム朝から人類の発展を妨げていた私領制と農奴制は、完全に終焉を迎えることとなった。


もっとも、それを為したブジン大公の動機が、娘の嫁入りが決まって脱力し、
ほぼお任せの領地経営すらも億劫になって投げ出しただけとは、誰も思わないだろう。


また、領地を失った貴族達が立ち行かなくなる様な事が無い様に、
必要最低限には十分過ぎる利子を生む『藩地俸禄債』の支給と、
それに伴う責務として国政に対する諮問機関として創設された名誉機関、貴族院への出仕が義務付けられる。
後に、帝国臣民による参政院と旧同盟側臣民による民衆院が設立されるのだが、
貴族院と合わせた三院制による議会制が帝国に芽吹くのには、もう十年と幾許かの歳月を要す事になる。



「領地を失うことは惜しく無いのかだって?自分達の帝国の物になるだけなのに
 何を惜しむって言うんだ?ただ単に所有者名のラベルが変わっただけさ
 どのみちオレの手元に入って来るお小遣いの金額が変わらないなら、些細なことだろ?」



全ての領地を失う英断を下したブジン大公のニュース記者に対する返答は、
彼が私欲に乏しく、ユーモアに溢れた人物であった事を、後世の私達に教えてくれる。

彼が踏み出した小さく大きな一歩が、今も広がり続ける広大な宇宙での人類の繁栄を生んだ事を、
私達は伝説では無く、歴史として学んで行かなければならない。






■新たな時代の始まりと物語の終わり■


新帝国歴17年10月10日、獅子の泉宮殿で銀河一盛大な婚儀が行われようとしていた。
その規模は、先帝と摂政皇太后の婚儀を凌ぐものであり、皇帝の母の並々ならぬ決意を感じさせる式典と言える。
この日以降、ヒルダは摂政の職を辞し、アレクが名実ともにローエングラム朝の唯一無二の支配者になることも決定していた。
ちなみにヘインの皇師の任もこの日で解かれる事が、ひっそりと決定していた。


ただ、そのような些少なことは、幸せな花嫁と花婿に取ってはどうでも良いことであった。






「閣下、会場へ向かう準備が整いました」
「いつまでも愚図っていても仕方ないでしょう。さっさと行きましょう」

「やっぱり中止に出来ないかな?何なら食詰や垂らしを誘って謀反を起こしてでも…」


埒も無い事を言い始めて家から宮殿に向かおうとしないヘインを強引に公用車に押し込めたのは、
ブジン家を含む四姉妹一家の家宰とも言える立場のアンスバッハ上級大将と、
ヘインと長くデスクを共にしてきたフェルナー上級大将だった。



【アンスバッハ上級大将-元帥】 帝国歴446年-新帝国歴48年

ブラウンシュバイク公爵家の家宰としてリップシュタット戦役に参戦し、キルヒアイス上級大将、死後元帥を暗殺する。
同時に自殺も図るがブジン大公に阻止され、公爵家の忘れ形見でもあるエリザベートの後見として生きる様に諭され、
以後はブジン大公に忠誠を尽くし、彼の副官として回廊外会戦やバーミリオン会戦で勇戦し、功をあげる。
また、軍務省官房長官を大過なく務め、ヘイン、オーベルシュタイン、ファーレンハイトと、歴代の軍務尚書を善く助けた。
新帝国歴30年、長年の功績が認められ元帥に昇進、翌年に退役する。
退役後は四姉妹一家の執事として、幸せな余生を過ごす。



【アントン・フェルナー上級大将-元帥】帝国歴460年-新帝国歴67年

ブラウンシュバイク公爵家の謀臣、リップシュタット戦役に先立ちラインハルトの暗殺を謀るも失敗、
拘禁後は転向し、軍務省調査局長、後に軍務省次官を兼務してヘイン、オーベルシュタイン、ファーレンハイトと、歴代の軍務尚書を善く助けた。
また、オーベルシュタインとヘインの関係を最も正確に書き残した人物として評される。

『最も仕えやすかった上司はファーレンハイト元帥
 最も楽しかったのは、二人の上司と働いていた頃だな』

新帝国歴30年、長年の功績が認められ元帥に昇進し、新帝国歴44年にミュラーの後を継いで軍務尚書に昇任する。
新帝国歴49年退役する。





「閣下、全くヒヤヒヤさせないで下さい。花嫁の父親が欠席なんて困りますよ」
「ヘインさん、サーちゃんもヘーネちゃんも待ちくたびれていますよ」

「…、…(ニヤリ)」

「分かってるって!取りあえず、こっちで良いんだな?そんじゃ、後で!」


フルスロットル飛ばした公用車が正門を潜り抜け、飛び込むような勢いで入った宮殿の正面玄関では、
既に礼服やドレスで着飾った将官や閣僚に、その妻女で溢れていた。
そんな中で、バッタリとあったミュラー夫妻と沈黙家族に挨拶を交わしながら、
花嫁たちの居る控室のある二階に向かって、ヘインは慌ただしく螺旋階段を駆け上がる。



【ナイトハルト・ミュラー元帥】帝国歴461年-新帝国歴75年

リップシュタット戦役時にローエングラム陣営に属し、勝利に貢献する。
その後、ブジン元帥府に席を置き、要塞決戦では手痛い敗北をヤンに味あわされるが、
それ以後は、大きな敗北も無く鉄壁ミュラーの名に恥じぬ戦い振りでヘインを善く助ける。
統帥本部幕僚総監を長く務めた後、新帝国歴30年、勇退するファーレンハイトの後を受けて軍務尚書の任に就く。
新帝国歴44年に退役し、以後は士官学校付き特別軍事顧問として後進の育成に力を注ぐ。
また、私生活ではブラウンシュバイク家の忘れ形見にしてフリードリヒ四世の孫娘エリザベートと結ばれる。
彼女との間には二男一女に恵まれ、幸せな家庭に恵まれたことが伝えられる。
後に帝国宰相となるフェリックスと末娘が結ばれる事になるのだが、
父親の様な垂らしにならないか、娘の事を心配して四六時中見張りを立てていたのは笑い話である。


【エルンスト・フォン・アイゼンナッハ元帥】 帝国歴449年-新帝国歴61年

沈黙提督の異名で知られるヘインの心の友、『二人の間には言葉が要らない』とブジン大公の言として伝わる。
公式の発言記録として残されているのは、
ウルヴァーシ事件の首謀者にブジン大公が仕立て上げられた際に、『チェックメイト』と呟いた一言のみである。
長く宇宙艦隊副司令長官を務めた後、新帝国歴41年に退役する。




「遅刻癖は相変わらずだな。晴れの舞台にお前が居なくては話にならんからな」

「お嬢様とヘーネお嬢様の愛らしいお姿は、このカーセが
 余すことなく記録しますので、どうかご心配なくお任せ下さりませ」


「やれやれ、自分の婚儀を思い出して頭が痛くなるな」
「うん☆それどういう意味かな?」


「もう、今はお喋りしてる場合じゃないのに!ヘインさん、早く部屋に入って下さい」

「分かったって、マコちゃん!そんなに押さなくたって入るって!!」


少し呆れた感じの食詰に、高性能ハンディカムを手にしながら鼻血を噴出させそうになっている相変わらずの侍女に、
随分前の自分の結婚式を思い出して眩暈に襲われる垂らしに、それを不服に思ってポーチから鋭利な刃物を取り出す眉毛と、
花嫁たちが待つ控室の前は、ヘイン一味が勢ぞろいと言う形で喧騒に包まれており、
彼等のお目付け役を自負するマコ・ゼッレは、それに巻き込まれかけるヘインを手際よく花嫁の待つ部屋へと送り込んでいた。



【オスカー・フォン・ロイエンタール元帥】帝国歴458年-新帝国歴55年

金銀妖瞳の垂らし、ヘインと関わったのが運の尽き、人生の墓場に送り込まれてしまう。
ただ、一男三女を設けた眉毛ことエルフリーデとの家庭生活は、浮気問題とは無縁の非情にハートフル(笑)な物であったらしい。
複雑な家庭環境で心に傷を負った男を癒したのも、また家庭であったようだ。
彼の息子でアレクの親友となったフェリックスは、後の帝国宰相として帝国議会初代首相のヨーゼフと共に、
帝国議会創世記を支えた偉人の一人として数えられている。
統帥本部総長、後に新領土総督、ヘインの叛乱収束後、再び統帥本部総長に復職し、
アレク帝以後は、軍令改革に精励し、軍管区制と大胆な軍縮に功績を挙げる。
新帝国歴25年に退役し、後は眉毛の尻に敷かれる幸せだが、少し情けない余生を過ごす。
ちなみに次女は、親友の種無しミッターマイヤーの養女となっている。


【アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト元帥】帝国歴456年-新帝国歴59年

ブジン大公の親友にして、オーベルシュタイン元帥に次ぐ腹心とも言える部下。
リップシュタット戦役に置ける烈将会戦は、彼の異名たる『烈将』を銀河に知らしめた戦いであり、
彼が認めるヘイン・フォン・ブジンに挑む戦いでもあった。
ブジン元帥府開設後は、常にその首班たる地位に立ち続け、各地を転戦しながら武功を積む。
その戦才はヤンに並ぶと賞され、ブジン大公の勝利の影に日向に烈将ありと評される。
帝国軍最高副司令官及び帝国軍最高司令府幕僚総監を務め、
一時的にロイエンタールから統帥本部総長の職を引き継ぎ、
戦乱終結後には、オーベルシュタインの後任として軍務尚書も兼務した。
帝国軍最高司令官の職責を固辞したものの、ブジン大公隠遁後の実質的軍部トップとして、
ローエングラム朝を支えた英雄と呼ぶに相応しい人物であった。
私生活では、食うために軍人になったと豪語するだけあって、非情に質素で、よくブジン大公に奢らせていたというが、
彼の職責から生まれる俸禄があれば、一人分の酒代など優に賄えることから、
彼等流の交流の仕方が奢り集られるという形になっていたのであろう。
後に妻であるカーセとの間には一人娘のレンティシアが生まれ、彼女は皇妃ヘーネの親友として彼女を支えることになる。
ファーレンハイト家は、ブジン大公の家系を友人として何代にも渡って補佐する家系として、歴史にその名を刻むことになる。



【ナカノ・マコ → マコ・ゼッレ】

ブジン大公の従卒を務め、彼の被保護者となる。
また、ヴァスターラントの惨劇の遺族でもある。
夫となるエミール・ゼッレと共に医の道に進み、その卓越した医の技術から『女神の手(ヴィーナスハンド)・マコ』の異名で知られる。
ちなみに夫の方の腕はそれなりであったが、善良な人柄であったため、患者が命を笑って託せる良い医者になっていた。
二人の男の子を生み、両者共に医師としての道を歩みことになる。





「ヘイン、ぼ~っとしてないで、何か言ってあげたら?」
「お父さん、変じゃないよね?」


「あぁ…、その何と言うか、凄く綺麗だ」


白のシンプルなウェディングドレスに身を包んだヘーネは、親の贔屓目を抜きにしても非常に魅力的であった。
今更ながら、こんなかわいい子を嫁に出すことを後悔したヘインであったが、
父親の言葉に本当に嬉しそうに微笑む娘を困らせることは、出来そうにも無かった。
ただ、披露宴の合間にアレクの野郎を一発は殴ってやろうとは思っていた。


サビーネはヘイン身支度をテキパキと済ませると、緊張しすぎないようにと一言告げて、式場へ先に向かう。

花嫁の父と花嫁は、最初の主役としてバージンロードを並んで歩かなければならない。
侍従と侍女に刻限が来た事を告げられた父と娘は、多くの列席者と花婿が持つ式場へとゆっくり向かう。




■宴の終わり■


アレクとヘーネの婚儀は全銀河にリアルタイムで放送され、多くの笑いと感動を人々に伝える、暖かい式になった。

カチコチに緊張した二人が仲良く両手両足を揃えて歩く姿は、とても微笑ましい物だったし、
誓いの言葉を述べ、愛を誓い合った若い夫婦の姿はとても愛らしく、多くの少女に溜息を吐かせた。

その後の、乱痴気騒ぎとも言える披露宴と言う名の宴会はカットするべきだったと、
ヒルダは後悔したが、乱痴気騒ぎの首謀者でもあるアッテンボローは、
真実をありのままに伝えることが出来て良かったと、誇らしげに語っている。
それぞれが、家族や恋人に友人と身分を気にせず騒げる新しい王朝の良さが出た、素晴らしい二人の式であった。





「そういえば、お前との結婚式はちゃんとしたの出来なくて、その、悪かったな」

「な~に?ヘインって、そんなこと気にしてたの?」


酔い醒ましにバルコニーで涼むヘインとサビーネは、広場の宴会騒ぎを見下ろしながら、
少しだけ昔の事を思い出していた。
リップシュタット戦役が始まる混乱の中、夫婦二人と立会人のカーセだけで行なった三人だけの結婚式の事を…
女の子で貴族の中の貴族でもある侯爵令嬢のサビーネに、派手な式や披露宴をしてやれなかった事が、
ヘインには少し不憫に思えたのだが、妻の方は全く気にしていない様であった。


「ヘイン、わたしはね。どんな立派な式や披露宴よりも、大好きな人と結婚出来て
 大好きな人に祝って貰えたあの日が、最高に幸せな一日だったと断言できるよ♪」

「そっか、そうだな。派手な事は下で騒いでる他の奴等や若いのに任せておけば良いしな!」

「それじゃ、花嫁と花婿の幸せな結婚と…」
「わたし達の、これからの幸せな夫婦生活に…」



        『「 プロージット!! 」』






■そして、イチャラブへ■

!!朝起きたら銀英伝へようこそ!!な乗りで、平凡な大学生から
門閥伯爵家の親無し次期当主(7歳)になってしまった後に、
平穏無事とは言えない波乱万丈な人生を送って、良き家族や友人に恵まれて大往生したと思ったら、
再び、平凡な大学生へと後戻りみたいな感じで、
別世界へ旅立つ前に住んでた一人暮らしのアパートで目を覚ますことになった。

ただ、旅立つ前と少し違う事があるとしたら、得意げな顔して俺の横に座っている
結婚した当時の姿のままの、金髪のお嬢さんが居るか、居ないかだろう。


ちなみに、この作品はらいとすたっふルール2004にしたがって作成されています。 



      ・・・ヘーネ・フォン・ブジン・・・銀河の新たな小粒が一粒・・・・・

             ~THE END OF LOVE~




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.094318151473999