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[22341] 【習作】ヘルシング×ヘルボーイ×ジョジョ クロスオーバー
Name: ミナミ ミツル◆418431ff ID:fe8bab95
Date: 2010/10/08 23:19
前書き

タイトル通りヘルシング×ヘルボーイ×ジョジョの多重クロスです。
クロスさせるにあたって原作の設定を変更、あるいは捏造しておます。※さらに一部のキャラは原作と違う最期を遂げる場合があります。
苦手な方はご注意下さい。

なるべくキャラは原作どおりにするつもりですが、力不足により不可能な場合があります。ご了承下さい。

それでは、よろしければどうぞ。



[22341] 【習作】ヘルシング×ヘルボーイ×ジョジョ クロスオーバー 第一話
Name: ミナミ ミツル◆418431ff ID:fe8bab95
Date: 2010/10/08 23:24
 
 世の中には金など目じゃない悪党もいる。
 脅しも理屈も通じず交渉も成り立たない。
 世界が燃えるのを見て、喜ぶ連中です。
          ――「ダークナイト」 
 

 ロンドンは燃えていた。
 狂気の業火によって。
 底知れない優雅さをたたえていたセント・ポール大聖堂のドームは瓦礫と化し、市民に親しまれていたビッグ・ベンは崩れ去り
ロンドン橋はマザーグースの唄のように落ちた。
 たった一夜の悪夢によって表参道、裏通りを問わず屍の山が積み重なり、テムズ川は血河と化していた。

「いつの日かこれに追いつく!」
 ペンより重いものを持った事がない、と言わんばかりの細腕を振り回し、地獄の片隅で男が叫んだ。
 神経質そうに切りそろえられた髪に、ゴチャゴチャと度の違うレンズをくっつけた眼鏡。そして長年着古したくたびれた白衣。
 到底声を張り上げるような風采ではなかったが彼は激高していた。
 半世紀をかけた己の研究を否定された為に。
「いつかアーカードを越えてみせる!」
 彼の名前、というか愛称はそのままズバリ博士(ドク)といった。
 ナチスが擁する多くの天才科学者たちの中でもズバ抜けていた彼に敬意と親しみを込めて、部下も上司も同輩も皆、彼の事をドクと呼んだ。
 本名がなんというかはもはや関係なかった。物知りドク、天才のドク。そう言えば彼の事を指していた。
 彼自身もそれでよかった。
 さて、その天才の研究は人間を吸血鬼と変化する研究である。
 確認される中で最強の吸血鬼であるアーカードに血を吸われた哀れなミナ・ハーカーの死体と、不思議なオーパーツである石仮面を教材に研究は進められ
半世紀をかけて最後の大隊が完成した。
 どんな化け物にも負けない、吸血鬼を超えた吸血鬼の軍隊のはずだった。
 その力をもって彼らはイギリスを蹂躙した。だが結局のところアーカードに追いついてはいなかった。
 彼は敗北したのだ。

「馬鹿言っちゃいけない。お前も僕も皆死ぬ。欠陥品は全部死ぬ」
 体中から血を流し、まさに満身創痍といったていの少年が、淡々とそれを否定した。
 少年の名はウォルター・C・ドルネーズ。通称死神ウォルター。英国国教騎士団ヘルシングの元ゴミ処理係。
 老いを理由に一線を退いてからはヘルシング家の執事として、より一層の忠義を示した。
 名実共にヘルシング家当主の懐刀のはずであった。
 だが混乱の最中に彼はナチスの側に着いた。
 一人の男として最強の存在に挑みたい。その一念が彼に忠誠を誓った主を裏切らせたのだ。
 彼は吸血鬼として生まれ変わり、地位も名誉も魂さえも捨てて一世一代の大勝負をしかけた。
 しかし結果は惨敗。
 想像以上にアーカードは強大だった。
 つまり彼もまた敗者だった。
 だが、彼はドクと違いこれから死ぬというのに奇妙な満足感を得ていた。
 負けた以上、もはや舞台から降りるだけだ。ならば精々胸を張って降りようと思っていた。

 ドクは激情に駆られてさらに声を張り上げた。
「黙ァれぇえ!!」
 少年はそれをみてニヤリと口元を綻ばせると、高名なピアニストさらがらの精密さで傷だらけの腕を動かす。
 その腕の先、指の間からは極細の鋼線が伸びており、少年が僅かに腕を振るっただけで鋼線は獰猛な蛇のようにドクに襲い掛かった。
 ドクはこの鋼線が鉄板や人体を軽々と切り裂く事を知っていた。
 確実に迫りくる死を前に思わずキツく目を瞑る。
「……ッ」
 ヒュパッ。
 閉ざされた視界の中で鋼線が風を切り裂いて唸る音が聞こえた。
 一秒が経過した。
 二秒が経過した。
 三秒が経過した。しかし、やって来るはずの体を両断される痛みが来ない。
「……?」
 ドクは不思議に思い、恐る恐る目を開けた。
 いつの間にか自分とウォルターの間に立ちふさがるように数人の男達がおり、その内の一人が身を盾にして必殺の鋼線を防いでいた。
 盾となった男の腕は鋼線が食いつき、両断しかかっていたが、不思議な事に男からは一滴の血も出ない。
「な、なんだァ手前ェら!?」
 あまりにも唐突な出来事に、死神は焦燥の色を浮かべて吼えた。
 乱入者の中で少年から見て最も後方にいた一人が口を開いた。どうやらリーダーらしい。
「僕達かい? ドクの古い友人さ。こんなところで彼を殺されはしない。死ぬのは君だけだよ」
「あァ?」
「紫外線照射装置、構え」
 乱入者のリーダーがそういって腕を振りかぶると、彼が引き連れてきた男達の両肩からカメラに似た奇妙な機械がせりだした。
「ふざけんな、もう全部、終わったんだよォ!」
 ウォルターはそう叫んでありったけの力を腕に込めた。
 もう半世紀ぶりのバカ騒ぎは終わったのだ。
 救い難いナチスも、妄執に取り付かれた狂信者も、自分の身勝手な野望の為に主を裏切った執事も、揃って舞台から降りるべきだ。
 逃げるだ? 逃がすワケねーだろ。
「らァ!」
 ピンと張り詰めた鋼線がギリギリと擦り合う。
 さらにウォルターが一喝して気合をこめると、ついに均衡は破れた。
 鋼線は乱入者の一人の腕を断ち、さらに多くの者を引き裂かんとして飛び出した。
「照射」
 ほぼ同時に乱入者のリーダーが呟やいた。
 鋼線が乱入者たちの胴に巻きつき、一瞬その肉体をぎゅっと締め付けた。
 しかし、死神の糸が肉塊を作り出すよりも一瞬速く、乱入者たちの光の刃が鋼線を操る死神の腕を穿った。
 紫外線は吸血鬼にとって致命的な弱点の一つだ。
 強烈な光を受けて音もなくウォルターの腕は消し飛ぶ。
「クソ、ふざけなよ、ふざけんなよ、ふざけるんじゃねぇぞ! 手前等ァ!」
 腕がない。ウォルターは顔を歪ませた。
 どうせ遠からず死ぬ身だ。その事自体は問題じゃない。
 問題なのはもう糸を操る事はできない事だ。目の前のクソ野郎共を殺せない事だ。
 ……何をやってるんだ僕は。
 好き勝手暴れて、後始末も付けられないのか。
 ダメだ。だめだめだめ。それだけはダメだ。ここでこいつらは殺す。
 それが勝者への礼というものだ。そしてバカな執事から主への最後の、最低限の、せめてもの償いだ。
 幕の閉じた舞台にゴミを残してはいけない。
 絶対に逃がしてはいけない。絶対にだ。
「逃、が、す、か、よ!」
 両腕の消し飛んだウォルターは、吸血鬼に残された最後の武器である牙をむき出しにして咆哮と共に飛び掛った。
 光は雨のように降り注ぎ、次々とウォルターという存在を削り取っていく。
 腹に風穴が開いた、右目が消えた、
 問題ない。とっくに痛みはない。
 前へ! 前へ!
 両足がついに打ち抜かれた、首から下が消えていく。
 問題ない。
「ぁぁぁぁぁァァアアアアアアア!」
 首だけでウォルターは動いた。不粋な者たちに牙を付きたてようとした。
 しかしそれでも……あと一歩が届かなかった。
「無駄だよ、死神」
 ウォルターが最後の最後に、聞いたのはその抑揚のない声だった。

 嗚呼、申し訳御座いません、お嬢さ――。
 
 光が消えたときには肉も骨さえも残っておらず、ただ灰が僅かに風に舞った。


「ふう、彼が死に掛けで助かったよ、もし万全ならもっと面倒な事になっていただろうね」
 ウォルターを葬った乱入者はそう言って肩をすくめた。
 同時にドクは身構えた。確かにコイツは自分の命を救ったがそれだけで味方であるという保証はない。
「……お前は誰だ?」
「おいおい、僕の声を忘れたのかい? 悲しいね。まぁ久しぶりだからしょうがないかな」
「な、そんな。あなたは……ッ」
 乱入者は振り向くと、ドクに衝撃が走った。
 男は首から上をすっぽりと覆うようにガスマスクを被っていたのだ。これではどんな顔をしているか分からない。
 だが、かつてナチスには常にガスマスクを被るという奇癖を持った男がいた。
 その男もドクと同じく、天才と呼ばれていた。
「クロエネン大佐……」
「やっと思い出してくれたね。さ、時間がない、急いでここから離脱しよう。ヘリを待たせてある」
「一体どこへ?」
「我々の拠点さ。まだまだ我々の夢も君達の夢も終わらない、否、終わらせない。その為に君の力が必要なんだ」
 ドクは呆けたようにオウム返しに繰り返した。
「我々の夢?」
「おいおーい、大丈夫か? さっきのショックが大きかったみたいだな。しっかりしてくれよ、いつも少佐が言っていたろう
 『次の戦争の為に、次の次の戦争の為に』負けっぱなしでいいのかい?」
「い、いえ」
「その意気だ。次は勝つ。アーカードだって超えてみせる。その為に君の力が必要なんだ。協力してくれるかい? ドク」
「是非」

 ドクはクロエネンが差し出した腕を両手で握り締めると、深く頭を下げた。



[22341] 【習作】ヘルシング×ヘルボーイ×ジョジョ クロスオーバー 第二話
Name: ミナミ ミツル◆418431ff ID:fe8bab95
Date: 2010/11/10 23:59
 
 しかし、彼が何者であろうとその行いは善であった。
 罪なき者を救い真実に仕えたのだ。
 最後の審判における裁きの基準は何だと思う?
 我らの背負う重荷か……その背負い方か?
      ――「アストロシティ・コンフェッション」



 1999年、秋。
 ロンドンに吸血鬼の一群が侵攻した。
 飛行船に乗って進む彼らの旗印はハーケンクロイツ。
 突如として再来した半世紀前の悪夢。ヒトラーの思い描いた切り札。
 その名は最後の大隊。千人もの吸血鬼の兵。
 彼らの目的は戦争だった。死と生が渦巻き、正気と狂気の境が崩れるあの地獄を求めていた。
 故に彼らは叫ぶ。
 続きを!
 あの戦争、第二次世界大戦の続きを!
 イギリスよ、英国国教騎士団よ、殺させてくれ、殺してくれ。俺達の相手をしてくれ!
 それに対するのは12名の紳士淑女、大英帝国円卓会議の面々。
 一人また一人と命を散らしても決して怯むことなく抗い続ける忠義の士たち。
 彼らが必死の抵抗を続けていた時、アメリカ合衆国もまた混乱の極みにあった。

 吸血鬼を乗せた飛行船がイギリスに到着する直前、ホワイトハウスで武装テロが発生。
 瞬く間に大統領以下官僚13名が死亡し、その他の死亡者百名以上、さらに行方不明者多数。
 彼らの生存の可能性はかぎなく低く、生存の見込みは絶望的である。
 誰が何の目的で、こんな真似を? 議事の最中で起こったこの悲劇にアメリカは凍りついた。
 緊急の対策案がようやく纏まりかけた時、さらに厄介な続報が届いた。
『犯人は人間ではない』
 計画は白紙になり、すぐさまこういった事態の専門家――ローマ・カトリックの抗魔組織、イスカリオテ第13課のアメリカ支部が呼び寄せられ
 事態の収拾に取り掛かった。
 
 イスカリオテの動きは緩慢でまるでわざと悪戯に時間を潰しているようだった。
 一刻を争う事態だってのに、この段取りの悪さは何だ、とヘルボーイはイライラしながらホワイトハウスに目を向ける。
 ようやく人員の配置が完了した後「上の指示がないから動けない」とある神父が言った時、アメリカの誇る超常現象捜査局のトップエージェントの忍耐は限界を迎えた。
「指示がねぇから動けねぇだと? ガキの使いじゃねぇんだぜ!」
 鼻を鳴らしながら吼えた男は明らかに尋常ではなかった。
 血のような深い真紅に染まった肌、くたびれたコートの間からは小さな尻尾がちょこんと顔を覗かせ、さらに一際目立つハンマーのように肥大化した右腕。
 身の丈は2メートルを楽に越え、体重もどんなに軽く見積もっても200キロは下らないだろう。
 悪魔の様な、というよりも悪魔そのものの大男であった。
彼こそヘルボーイ。超常現象捜査局(B.P.R.D.)の名物男である。
「いいか、中にまだ生きてる奴がいるかも知れねぇんだ、分かったら俺を通せ今すぐにだ!」
「ダメです」イスカリオテの職員は無表情な顔のまま、眉も動かさず淡々と言い放った。
「向こうがどんな手を用意しているかまるで分かっていません。万全を期するためにもう少し増援を待つべきです。それにもはや生存の見込みは絶望的――」
「絶望的だから助けに行くんだよ! お前、本当に神父か? 俺を洗礼した神父さんは困った人を助けましょうって言ってたぜ!?」
「ですが、マクスウェル大司教は勝手に動くなと」
「確かそいつは英国にいるんだったよな? 俺はここをさっさと片付けて、大司教様に手を貸すために英国に行く命令も受けてんだ。もう一度だけ言うぞ、そこをどけ」
 ヘルボーイが猛禽に似た鋭い目つきで目の前の男をにらみつけると、武装神父はわずかにそのポーカーフェイスを崩して少し身をよじった。
「ど、け」
 消え去りそうな小さな小さな声でもう一度ヘルボーイが言うと、さしもの男もずこずこと引き下がった。
「テメェらここで吸血鬼が逃げないように見張ってろ!」と叫んで、ずかずかと大股でヘルボーイは死地に向かって歩いていく。
 十分に遠く離れたのを確認して神父は悪態をついた。
「悪魔め、地獄に帰れ」

「ぐぐぐぐぐぐ」
「ぎぎぎぃぃぃぃぃ」
 グール。吸血鬼のなりそこない。食欲と生体の反射に引きずられて、腐った肢体を動かし続ける生ける屍。
 屋内にはこの哀れな化け物がひしめき合っていた。
 歯軋りと悪夢にうなされた人間ような病的な唸りがホワイトハウスに木霊する。
「ひでぇな」
 百戦錬磨のヘルボーイでさえ思わずそう零してしまう惨状であった。
 グールの服装を見れば、ほんのついさっきまでこの化け物たちが人間であったことを嫌でも思い知らされる。
 黒い服を着たSP、取材許可の腕章を付けた記者たち、ホワイトハウスの職員、高そうなスーツを着た官僚。そして合衆国の大統領。
 何の罪もない、とは言い過ぎかも知れないが、少なくとも彼らの人生の些細な過失とはなんら関係のない事によって、彼らは人の尊厳を踏みにじられた。
 人間の狂った虚像、悪意あるパロディとなっていた。
「ギャッァァァァううううう」
 その時一匹のグールが死者独特の奇妙な唸りを上げて、ヘルボーイに飛び掛った。
 骨折した猿のような奇怪な動きで、素早くはあるが型も何もないメチャメチャな突進である。
 ヘルボーイは巨体を感じさせない流れるような動きでグールの体当たりを避けると同時に足を払った。
 勢いよくグールは転倒し、即座にヘルボーイの槌のような豪腕が唸る。
 下段に振り下ろされた鉄槌をまともに喰らい、グールの頭蓋はかぼちゃの割れるような音を立てて破裂、腐った脳漿を床にぶちまける。
 以後はこの繰り返しだった。
 学習能力のないグールは延々と同じようにヘルボーイへ挑み、同じように押し花にされていった。
 その間、ヘルボーイはずっと無言だった。
 その悪魔的な外見とは裏腹に、物心付いたころからずっと人間に育てられてきたヘルボーイの精神は非常に豊かで人間的だ。
 嬉しい事があれば素直に喜び、仕事中にジョークを飛ばす事もしばしば。仲間たちと共に笑い、騒ぎ、時に悲しんできた。
 そんな彼がずっと無言であった。彼と付き合いの長いエイブ(ヘルボーイの同僚、半漁人)やリザ(同じく、発火能力者)なら気がついたであろう。
 彼は怒っていた。そしてそれ以上に悲しんでいた。
 グールになってしまった者はもはや助からない。速やかに排除してやることこそ、慈悲である。
 ヘルボーイも頭では理解していた。だが、やりきれなかった。血に染まった拳が震えていた。
 人ではないが、人であった者の血で。
 悪魔である自分を育ててくれた人々と同じ種族の血で。
「くそ」
 バツン、バツンとグールをすりつぶす音と、呻くようなヘルボーイの声がフロアに響いた。
「くそぉ」

 ヘルボーイは目に付くグールを全て叩き潰したあと、何度も生存者に呼びかけを行った。
 しかし、もはやホワイトハウスの中は物音一つしない。
「誰かいないか!」
 返答は無い。もう一度大声で呼びかけた。
「誰か!」
 答えはなかった。生存者はいない。
 誰も助ける事はできなかったのだ。
 そう思った時、ふとヘルボーイは何かの気配を感じ沈痛な面持ちのまま顔を上げた。。
 辺りはしん、と静まったが、しばらくすると遠くの方でにかたん、かたんと皮靴が床を叩く軽快な音がかすかに聞こえてくる。
 そしてその音は、徐々に大きく近くなってきた。
 明らかにグールのたてる足音ではなかった。奴らは死後硬直のせいで足音が不規則だったり、あるいは足を引きずってずりずり床をこする。
 生存者はいない。グールは全て倒した。
 ならばこの悪夢と化した場所で、規則正しい足音を立てるのは自分以外では一つしか考えられない。
 すなわち、この惨禍の主、吸血鬼だ。
「ようやく来たな、待ちくたびれたぞ」
 そう言って長い廊下の奥から現われたのは若く背の高い男だった。
 ヘルボーイは初めて見る男だと思った。
 しかし、しばらくして突然気がついた。自分はこの男のことを知っている。
 さらに言えば米国民の大半は彼の顔を知っていた。
 痛烈な皮肉で日々報道を賑わす大統領補佐官。
 この男が裏切り者であった。
「大統領補佐官」怒りでヘルボーイの歯が軋しむ。
「昨日テレビで見たときは白髪交じりだったが、まるで若返ったみたいだぜ。ここで何をしてる?」
「君を待ちながら遅めのランチを、ようやく来たね、ヘルボーイ」
 周囲にはまだグールの腐臭が残っていた。自分の右手には血がこびりついていた。
 ランチだと! この惨状をランチだと!
「俺を待っていた?」 
「総統代行殿は君達、超常現象捜査局にお楽しみを邪魔されたくないのだ。その代わり私と踊ってもらおう」
「クソ野郎、ナチに尻尾振りやがったな!」
 激怒したヘルボーイは飛び掛ると同時に右腕を振り下ろす。だがその拳は虚しく空を切った。
 どこへ消えた?
 ヘルボーイは吸血鬼を探して首を回した。その瞬間首を回した方から飛んでくる顔面へのハイキック。
「う、お」
 ヘルボーイは顔を右手で抑えながら、吸血鬼を捕らえようと左手を伸ばしたが、今度はがら空きになった腹にボディブローが突き刺さる。
 悪魔の体がくの字に折れ曲がるとさらに後頭部へダメ押しの踵落し。
 一連のヘルボーイのスタンプの製作時間は僅かに0.2秒ほど。比喩なしで瞬きほどの時間でヘルボーイは地を舐めた。
「ハハハ! どうしたヘルボーイ!」
 二十人力の力に弾丸さえ見切る反射速度。愚鈍なグールとでは比較にならない、吸血鬼の力。
 同僚を裏切り、祖国を売って得た力に男は酔いしれた。
 あふれ出る力に、不死身の体。吸血鬼とは素晴らしい。
 倒れこむヘルボーイの首根っこを掴んで引きずり起すと、にっと勝ち誇った笑みを浮かべる。
「私が地獄に送り返してやるよ、ヘルボーイ。そぉら」
 吸血鬼が右腕を振り回すと、ばおんと音を立ててヘルボーイの巨体は宙を舞って柱に激突した。
 余りの衝撃にホワイトハウスそのものが揺れた気がした。
 フラフラと壁に手をつきながら辛うじて、立ち上がったヘルボーイを見て、吸血鬼は勝利を確信した。
 私の力はこの悪魔より勝っている、と。
 
 フラフラと壁に寄りかかりながら、ヘルボーイはホルスターに手をかけて巨大な拳銃を抜いた。
 15インチもある超常現象捜査局が開発した対化け物用の特殊拳銃サマリタン。
 一発でも当れば吸血鬼とてただでは済まない。
 しかし、それを見ても吸血鬼は下卑た笑みを浮かべたままだ。
「ほう? やってみろ」
「喰らえ」
 大砲のような轟音と共にサマリタンが火を噴いた。
 だが、吸血鬼は迫り来る弾丸を軽々と避けながら臆すことなく歩を進める。
 二発目、三発目も同様に掠りもせず、ホワイトハウスの壁に穴を穿っただけだった。
「下手くそめ」
 嘲笑する吸血鬼の右フックがヘルボーイの顔面に打ち込まれる。
 再び、ヘルボーイは宙を舞った。
「やれやれ、頑丈だな君は。殴るほうの身にもなってくれ、手が痛い」
 吸血鬼はしばらくプラプラと手を振っていたが「おっと」と言って何かに気が付いた。
「これはいいものが落ちているじゃないか」
「……後悔するぜ」
「私はそう思わないな」
 吸血鬼はサマリタンを拾い上げるとヘルボーイの額にしっかりと狙いを定める。
「さようなら、ヘルボーイ」
 バァンとサマリタンが咆哮した。
「が……っ。な、何っ」
 吸血鬼は腕を押さえ、痛みに身をよじる。
 銃が暴発しただと? 
 一体いつの間にこんな仕掛けを。
 ハッと気付いた時はもう遅かった。次の瞬間、吸血鬼の顔面にヘルボーイの鉄拳振るわれる。
 ゴンっと空気が低く震えて、吸血鬼の余裕も笑みも戦意さえも吹っ飛んだ。
 吸血鬼の顔は半ば潰れ、もはやできることと言えば「あ……あ……」と呻くのが精一杯。
「だから言ったろ、後悔するって。俺な、歯車の類と相性悪ぃんだ。二、三発撃っただけでいっつもぶっ壊れるんだよ」
 もう一度空気が震えて、吸血鬼の心臓が粉砕された。

「ヘルボーイ!」
 フラフラとホワイトハウスから出ると誰かがヘルボーイの名を呼んだ。女の声だ。
「ケイトか」
 声の主は超常現象捜査局顧のケイト・コリガン博士だった。
 ほんの少し老いが忍び寄り始めた金髪の女性は、心配そうにヘルボーイを覗き込む。
「情報どおり補佐官が犯人だった。そいつは倒したが、すまねぇ、みんなグールになってて……たぶん生存者はいねぇ。誰も助けられなかった」
「大丈夫?」
「まぁな、あちこち痛ェがそれよりも、くそ、嫌なもんだなグールってのは。けど休んでいる暇はねぇ。すぐ飛行機を手配してくれ」
「ちょっと、どこに行く気よ!」
「決まってるだろ、ロンドンさ」
「ロンドン!? あそこは今メチャメチャよ!」
 余りにも予想外の返答に冷静沈着な女博士は珍しく叫んだ。
「だから行くのさ。どの道ヘルシングを助けに行かなきゃなんねぇだろ。それにこの件、裏で糸を引いてるのはナチだ。俺が止めなきゃなんねぇ」
 地獄からヘルボーイを召喚したのはナチスである。
 大戦末期、追い詰められたナチスは起死回生を狙い、ラグナロク計画群という多くのプロジェクト推し進めた。
 全身を機械化した兵士や、宇宙に漂う何か巨大な邪悪との交信といった、およそ尋常ではない計画の数々。
 吸血鬼の軍勢ヴァンピール・シュトルムこと「最後の大隊」やヘルボーイ計画もその一つである。
 ヘルボーイは奇妙な縁を感じていた。
「……あまり一人で背負い込まないで。今日死んだ人たちはあなたのせいで死んだわけでもないし、今のあなたとナチスは関係ないわ」
「ああ。分かってる。因縁なんて関係ねぇし知らねぇよ。ただ化け物どもに人が殺されていくのは我慢ならねぇだ。だから行くぜ」
「もう、デカいナリしてそういうところは頑固っていうか子供っぽいわね。わかった、飛行機は手配するわ」
「助かる」
「言っとくけどリザもエイブもロジャーもイギリスには回せないわよ。落ち着いてきたとはいえ、まだまだこっちも大変なんだから」
 ケイトは呆れた顔で肩をすくめた。
 アメリカが受けた傷も決して軽くはない。ホワイトハウスの他にも各地の軍事施設で吸血鬼が暴れているという情報が入っている。
 超常現象捜査局も全力で当たらなければ被害は拡大するばかりだ。現状でも一万人以上の人名が失われている。
 そんな時、ヘルボーイの戦力は正直惜しい。惜しいが、かと言ってイギリスも放ってはいけない。
 あそこをこれ以上放置したら何が起こるか分からない。
「無茶はしないで」
「ああ、分かってるよ」
 そう言いながらヘルボーイは血で濡れた右腕をタオルで拭った。



[22341] 【習作】ヘルシング×ヘルボーイ×ジョジョ クロスオーバー 第三話
Name: ミナミ ミツル◆418431ff ID:fe8bab95
Date: 2010/10/17 15:15

 闇の匂いも分かったし、闇の味をも感じる事ができました。
 闇を切り取ってトーストに塗る事だって出来そうなほどに。
 でも、私が狂ったなんて思わないで。違う、全然狂ってないわよ。
 だって狂った女って……こんな事する?
               ――「エミリー・ザ・ストレンジ」


 ミレニアムが作った不死者と、いわゆる天然モノの不死者には違いが多々ある。
 吸血鬼のなりそこないであるグールの発生と消滅も一例だ。
 通常、吸血鬼に血を吸われた者が非童貞、非処女だった場合グールに、性交渉のない者はそのまま吸血鬼になる。
 そして運悪くグールとなったものは、宿主たる吸血鬼が死んでしまえば全て消滅してしまう。
 ところがミレニアムの吸血鬼は性交渉のあるなしに関わらず、血を吸った者全てをグールへと変え、しかも宿主の吸血鬼が死んでも消滅しない。
 ナチの残党が敗北した後もこの違いが、被害をさらに増やし続けていた。
 吸血鬼は駆逐した。だがグールは消えない。
 カーテンを引いた屋内、裏路地、地下室。陽の射さないところはいくらでもある。
 なりそこないとはいえグールもまたアンデットだ。グールに襲われた者もグールへと変貌していく。
 グールがグールを産み、新たな悲劇を生み続けていた。
 一夜にして野戦病院と化した郊外のとある病院。
 次々と運び込まれる負傷者達。そして必死の手当ての努力もむなしく死んでいく人々。
 そんな死者達の一部が死後、化け物となって黄泉から帰還した。
 院内の混乱は一瞬にして加速する。
「逃げろ!」と誰かが叫び、大きなうねりとなった人波が一目散に駆けて行く。立つ力もなく廊下に横たわる人々を尻目に。
 サッと消毒用アルコールの匂いがする空気を裂いて、腕から翼の生やした吸血鬼が人々の頭の上を通り過ぎたが
狂熱にうなされた人々が、その存在に気が付く事はなかった。

「ママ、どこ? ママァ」
 病院の廊下で母親とはぐれた少女が大きな声で泣いていた。
 待てど暮らせどその声に母親が答えることはない。代わりに反応したのは亡者達だった。
 甲高いその泣声はグールを呼び寄せるのに十分な効果を発揮した。のそのそと緩慢な動きながら、確実にグールたちは少女に迫っていく。
 少女はガタンと何かが倒れる音に反応して、びくっと体を震わせると、恐る恐る音のした方の廊下の曲がり角を覗き込んだ。
「ひっ、な、なに?」
「うううう」
「あああああ……きゃあああああああああっ」
 視界にグールの群れが映った時、ようやく少女は涙と鼻水で顔をクシャクシャにしながら駆け出した。
 少女の体は、生存本能と恐怖によって自分自身でも思いもよらない信じ難い速さで廊下を走り抜けていく。
 今、駆けっこをしたら、彼女は男子にも負けなかっただろう。だがそんな火事場の馬鹿力も長続きはしなかった。
 すぐ肺がオーバーヒートを起すと、喉が焼け付くように痛みだし、腸のあたりが狂ったように暴れたような錯覚に陥る。
 心臓も爆発寸前のように高鳴り、最後にはその細い体にある僅かな筋肉の力を使い果してしまった。
 ようやく亡者達の姿が見えなくなったとき、少女は立ち止まってゼイゼイと息を整えた。
 しかしその時、彼女は決定的な過ちに気が付いた。
 ボロボロの体と引き換えに命拾いをしたと思ったが、パニックを起した少女は出口から遠ざかるように逃げていたのだ。
 程なく、少女は亡者達に取り囲まれていた。
「来ないで、来ないでっ!」
 懇願しながらもはや少女は逃げる気力もなく、その場にへたり込んでしまった。
「いや、いやぁ」
 頭と手を振り回して必死に亡者を拒絶しようとするが、その程度の威嚇でグールの歩みは止まらない。
「……ママ、助けて」
 とびきりの恐怖を前に、少女が生を諦めて現実から目を背け、地面を見ながら母に助けを求めた。
「ママぁ……」
「大丈夫、必ず助けるわ」
 その小さな呟きに誰かが答えると、一瞬のうちに亡者たちは引き裂かれた。
 少女が顔を上げた時、あれほど怖かったお化けたちは一体も残っていなかった。
 何が何だか分からないまま少女がきょとんとしていていると、声の主は少女を抱き抱えてはにかんだ。
「ママじゃないけどね」
 優しげな太陽のような微笑を見て、ようやく安心したのか、少女は豊満な胸にうずまって再び大声で泣いた。
「よしよし、もう大丈夫よ」

「本来であればもっと早く出迎えるのだが、二日も待たせてすまなかったな」
 ヘルシング家当主、インテグラ・ヘルシングはボサボサになり掛けた金髪を掻き揚げながら会釈した。
 目の下にはクマも浮かんでいる。恐らくこの二日間は身支度どころか満足に睡眠も取ってないのだろう。
 多大な犠牲を払いながらも、英国はナチの残党ミレニアムを駆逐した。
 しかしそれでインテグラの仕事が終わったわけではない。
 傷つき今も助けを待っている人々の救助活動、物陰に潜み今も餌食を漁っているグールの掃討、同盟関係にある各国の対魔機関への支援の要請。
 ヘルシングが被った被害の詳細の纏めと部隊の再編、事件の概要の纏め、その他の諸問題……。
 人手不足の為に、インテグラはそれらに殆ど一人で取り組んでいた。
 常であれば有能な秘書が言わずともテキパキと段取りを済ませるのだが、その秘書も死んでしまった。
 二日間不眠不休で働いていたが、仕事はまだ山のように残っている。
「気にしてないぜ、こっちこそ忙しい時に押しかけてすまんな。その、ウォルターとアーカードの事は聞いた……残念だ」
「ふん、悲しむのは後でいい。今はすべき事をするだけだ。それに、アーカードの直系が言うには、あいつははまだ生きてるらしい」
「俺も生きてるほうに掛けるぜ。とても死ぬとは思えねぇからな」
「それをそうと、まさかそんな事を言う為に来たわけではないだろう?」
「ああ、実はこれを」
 男が話を切り出し始めたとき、書斎の扉がバターンと勢いよく開かれ、大きな胸を揺らしながら金髪の可愛らしい女性が現われた。
 彼女の名はセラス・ヴィクトリア。ヘルシング家子飼いの吸血鬼である。
「インテグラ様、病院の方が片付けましたけど、薬も弾薬も足りませんよー。どうしまギャアアアアアアア!」
 物資の催促に来たセラスはインテグラの方を見て――正確にはその客人を見て、盛大に叫んだ。
 何かいる! 何かいる!
「イッインテグラ様、離れて! 悪魔っ悪魔がそこに! ああもう弾がないのに!」
「黙れ」
 インテグラのドスの聞いた声とパァンという渇いた銃声がヘルシング家の書斎に響いた。

「失礼した」
「へっ久しぶりに初々しい反応だったぜ」
 コホンと咳払いをするとインテグラは客人と部下を交互に紹介した。
「お互い顔を合わせるのは初めてだったな。ヘルボーイ、こっちはセラス・ヴィクトリアという。少し前にウチに入った。
 さっき言ったのはこれの事だ。セラス、こちらはアメリカの超常現象捜査局に所属しているヘルボーイだ。
 我々と超常現象捜査局は友好的な関係にある。くれぐれもその関係にヒビを入れるような言動はするなよ」
 インテグラは皮肉っぽく言ってセラスをギロリと睨む。
 セラスは俯きがちに「す、すみませんでした」と頭を下げた。
「へっ最初の印象が悪いほど口説き甲斐がある。あー……ミス・ヴィクトリア、アーカードの直系がお前さんみたいな人だとは驚きだぜ」
「セラスでいいですよ。ヘルボーイさん。生憎とお誘いには乗れませんが」
「俺の事もさん付けじゃなくてもいいぜ。振られたのは残念だが、よろしくセラス」
「よろしく、ヘルボーイ」
 ニッと笑みを浮かべて二人は握手を交わした。
「物資が足りないみたいだな。俺からもアメリカの方に言っておく」
「ありがとうございます」
「すまんな、ヘルボーイ」
「なに、気にするな。俺も先代のアーサー・ヘルシング卿には世話になってたからな」
 悪魔は手を振ってぶっきらぼうに謙遜すると何かを思い出すように一瞬目を閉じた。

 40年異常も昔、最初にヘルシング邸の門をくぐった時のやり取りをやりとりを、今でも時々思い出す。
 あの時も確か、ヘルシングの職員の誰かが、俺の事を悪魔と馬鹿にして、俺は落ち込んだ。
 そん時ゃ今よりもずっと若かったからな、無理もない。
 でもすぐに俯く俺の頭をアーサー卿は撫でて、口を滑らせた職員を怒鳴った。
「ブルームは俺のダチだ。そのガキを悪魔呼ばわりする奴は俺が許さねぇ!」
 アーサー卿は俺の為に怒ってくれた。
 あんな事言われたのは先生――トレバー・ブルーム教授……父さん――以来だったぜ。
 今度は俺がアンタの娘を助ける番だよな。
 俺がインテグラの露払いをしてやるよ、アーサー卿。

「この二日は俺も救助の手伝いをしてたが、全くひでぇ有り様だ。ナチめが」
 イギリスは傷つきすぎていた。
 そして今もその出血は止まっていない。セラスは実際に見て回って、肌でそれを感じていた。
 ヘルボーイの言葉にセラスは重く頷いた。
「飛行船は街中にバカスカ落ちてるし、橋にゃでっけえ空母が引っかかってがる」
「あ、空母はマスターが」
「セラァス!」
 部下が口を滑らせそうになったのを慌てて制止するとインテグラはセラスの耳元でボソボソと呟いた。
「あれは全部ナチのせいだ。我々は一切関知してない。そうだなセラス? ん?」
「そう……でしたかな、ハハ……」
 恐る恐るセラスが言うと、インテグラの眼鏡が不気味に光った。
「あ?」
「モチロンデス、インテグラ様、全部あの太っちょの少佐がやりました」
「よろしい」
「……話しを進めていいか?」
「ああ、頼む」
 インテグラが促すと、ヘルボーイはコートのポケットから二つの品を取り出した。
「俺ァ復旧の手伝いに来たんだが、そうもいかなくなったんだ。これを見てくれ」
「……ウォルターの遺品か」
「ああ、ナチどもの旗艦の研究区画らしき場所で見つけた」
「そうか」
 鋼線を仕込んだ手袋を見て、インテグラの表情が僅かに曇った。例え裏切ったにしろ、ウォルターは長年彼女に仕え、支えてきた男だ。
 先代が死んでからは殆ど親と教師を兼ねた存在でもあった。
 愚かな事をしたな、とインテグラは思った。
 お前がいないせいで私は仕事に追われてるぞ、主人に仕事を押し付けるとはお前らしくもないじゃないか、ウォルター。
「そしてこれも同じ場所で見つけた」
 ヘルボーイがもう一つの品を机の上に置くと、それはゴンと重量感のある音を立てた。
 それは精巧に作られた、鋼の義手だった。手首の先はで鋭利な刃物か何かで斬られた様にスパッと切断されていた。
「これは義手ですか?」
「ああ、ナチはサイボーグ紛いの兵士の研究もしてたらしい、これはその一端さ」
 なるほどな、と言ってインテグラは重く頷いた。
 インテグラとセラスの脳裏に浮かぶのはミレニアムの指導者『少佐』の最期。
 あの狂った男は体の半分以上が機械に置き換わっていた。ナチならこのような義手も作れたかもしれない。
「この切断面はウォルターの鋼線だな」
「ああ、どうやらこの腕の持ち主とやりあったみたいだ。だがあそこには鋼線とこの腕しかなかった。体が見つかんねぇ」
 ピンとインテグラの眉が釣りあがった。
「つまりナチの生き残りがいると?」
「決まったわけじゃねぇが、日の出にハーケンクロイツをつけたヘリが飛んでいたって情報もある」
「……舐められたものだ」
「ああ、俺は腕の持ち主を探しに行く。無駄足かもしれねぇけどな。ただ一応アンタの耳にも入れといた方がいいと思ってな」
 インテグラは深く溜息を吐いた。
「探すあてはあるのか?」
「戦前だがナチはこの分野に関してスピードワゴン財団と技術交流があったらしい。まずこいつが本当にナチのものかスピードワゴン財団に問い合わせてみる」
 スピードワゴン財団とはアメリカのとある石油王が設立した財団だ。医療や福祉の分野での活躍は目を見張るものがある。
 特に義手や人工臓器の製造には定評があり、そして一部の者にはその裏の顔でも有名であった。
 スピードワゴン財団では超能力や吸血鬼に関わる部門が存在するという。
「あそこの噂はいろいろと聞いている」
 そこまで言ってインテグラは口に手を当ててしばし頭を巡らせた。
「ヘルボーイ」
「なんだ?」
「こちらがもう少し落ち着いたらそちらにセラスを送る。世話を頼めるか」
「え、ええええええええええええっ本気ですか?」 
 ヘルボーイが何か言うよりも早く、セラスが素っ頓狂な声を上げた。
 しかしインテグラの眼光は鈍らない。
「冗談なものか。吸血鬼どもは我々ヘルシング機関に喧嘩を売ったのだぞ。私の目の黒いうちは一匹たりとも逃さん」
 インテグラがそう告げると、もはやセラスもおちゃらけてはいなかった。
 真剣な面持ちで真直ぐにインテグラの目を見つめ返す。
「ヘルボーイもよろしいか?」
「へっ勿論よ、セラスのような子なら大歓迎だぜ」
「すまんな。ではセラス、一ヵ月後に超常現象捜査局に出向を命じる。ナチの生き残り共を一人残らず叩いて潰せ」
「イエッサー」
 カツンと踵を踏み鳴らして、吸血鬼セラス・ヴィクトリアは静かに応えた。



[22341] 【習作】ヘルシング×ヘルボーイ×ジョジョ クロスオーバー 第四話
Name: ミナミ ミツル◆418431ff ID:fe8bab95
Date: 2010/11/11 00:01

 目の前にいるのはもはや動物でも命ある仲間でもない。一つの問題なのだ。
 苦痛に哀れみを覚えるか……随分前にはそんな事もあった気がする。
 わしの望みは、たった一つの望みは、生物の可塑性の限界を窮める事だった。
                           ――「モロー博士の島」



 打ち捨てられた古城。
 かつて煌びやかな調度品を飾った大広間は埃と塵に打ちのめされ、在りし日にはいかなる敵も寄せ付けなかった城壁はゆっくりと苔と黴に侵食されつつあった。
 もはや訪れる者とていない廃墟を誰が顧みよう?
 誰が知ろう?
 その地下奥深くに、悪魔たちが巣食っていたことを。

 クロエネン達の一派は驚くほど力を蓄えていた。一体どこから金をひねり出したのか、機材の設備や装備などはミレニアムにも劣らない。
 少なくともドクは彼らの拠点を見てそのように値踏みした。
「最後の大隊か、素晴らしいよドク」
 手にしたファイルをざっと流し読みしながら、ガスマスクの男――クロエネンはその資料の作成者を褒め称えた。
 資料は隙間なくぴっちりと文字の海に埋め尽くされており、時折凄惨な手術の写真やドク自身が記した手書き註釈の付箋が貼り付けられていた。
 このファイルこそ人を人外へと変貌させる術を記した、現代の魔術書とも言うべき資料である。
 禁断の知識から目を離さずにクロエネンは続けた。
「実は吸血鬼の兵に関しては僕と総統は同じ意見だったんだよ『不可能だ、人間の手に負える問題じゃない』ってね。全く自分の浅はかさが嫌になるよ」
「……私を助けた兵は何者ですか? あれからは生気を感じない……人間じゃない」
 ドクはそう言いながら今も自分とクロエネンを守るように配置された兵に、チラリと目をやった。
 助けられて以来、彼らが会話をしている所など見た事がなかった。それどころか呼吸さえしていないように感じる。
「ああ、これかい? 君が最後の大隊を作ったように、僕の方でも作っていたんだ。名づけて黙示録の軍団さ。獣の数字にちなんで666体製造したんだ」
 クロエネンはドクのファイルをぺらりと捲りながら興味なさそうに答えた。
 焦れたドクは慎重に言葉を選び推察を口にした。
「……グール?」
「君の目はごまかせないな、その通りさ。機械化して弱点を補ってるんだ。技術的には最後の大隊よりも一枚下の代物だよ。
 尤も戦力的には決して劣るものではないと自負しているけどね。一応『柱の男』たちを基準に作ってある」
「柱の……吸血鬼の捕食者ですか」
 ドクは無意識の家に指を手袋越しにガジガジと噛みながら言った。
 『柱の男』に関してはドク自身も多少ながら知っていた。
 彼らは昔々、この地球に現われた人類の近縁種。
 この星の生態系の頂点に君臨するに足る非常に優れた存在であり、その知恵と力は人類とは比較にすらならず、加えて数々の恐るべき能力を持っていた。
 だが、彼らはその能力と引き換えに、長い長い休眠を必要とした。
 二度目の大戦が始まる直前、ナチスドイツは石柱と同化するように眠っている彼らを発見し『柱の男』と名づけ、彼らに関する研究を始めた。
 彼らを調べるにつれて次々と恐るべき事実が明らかになった。
 例えば吸血鬼研究者たちの教科書の一つ、人を吸血鬼に変える不可思議なオーパーツ『石仮面』は彼らが作ったものであり
 効率よく活動エネルギーを得る為に、人をより栄養価の高い吸血鬼に変える用途に使っていたのだと言う。
 不死身の吸血鬼を喰らう怪物に、その存在を知ったもの誰もが恐怖した。

「その通り、そしてそれこそ、吸血鬼アーカードを超える鍵さ」
「どういう意味です?」
 ドクは指を噛み続けながら、クロエネンを見つめた。
 それを見てガスマスクの男もパサリとファイルを机に置く。
「最後の大隊、特にヴェアヴォルフ部隊だったかな? アレは見事だった。明らかに石仮面の吸血鬼の平均スペックを大きく超えている」
「ですか、ですが、何度も言うようにアーカードには……」
「そこだよ」
 ドクが恥じるように言いかけた時、クロエネンの鋭い声がそれを遮った。
「石仮面を含めて人造の吸血鬼化技術はアーカードに及んでいない。我々は不完全なのだ……だからまだきっと進める」
 そこまで聞いてドクもおおよそ、察しが付きはじめていた。クロエネンが何をしようとしているのか。

 吸血鬼。
 身を裂くほどの絶望を味わい、なお歩みを止めとめられる哀れな存在。
 死してなお立ち上がってしまった、哀れな魂。
 心と体の両面で極限まで追い詰められた時、その精神的な圧力によって脳が『押され』て次の段階へと進んでしまった者たち。
 石仮面とはそれを擬似的に再現したものだった。
 生き血と骨針によって人体に直接・霊的な圧力を加え、脳を『押し』人を吸血鬼に変える。
 恐るべきは、石仮面の製作者『柱の男』の麒麟児カーズである。
 しかし、カーズの時代――数万年も昔、ようやく人類が穴蔵から出始めた頃はまだ自力で吸血鬼になった人間はいなかった。
 彼には手本がなかったのだ。ゆえに彼は気が付かなかった事がある。
 吸血鬼とは、不死身や驚異的な身体能力だけではない。
 人の脳を完全に押し切った時、人間はアーカードのような底知れぬ闇の化身となる。
 恐ろしい恐ろしい怪異に。
 だが、人造の吸血鬼たちは能力的にはほぼ対等にながら、数値化できない要素……言うなれば禍々しさ、おぞましさの点でアーカードに大きく劣っていた。
 つまりカーズや我々では脳の『押し』が足りなかったのだ。
 故に、研究を進めればさらに脳を『押せる』とクロエネンはそう言っているのだ。

 それでもドクはふるふると首を振りながら小さな声で反論した
「アーカードの如き吸血鬼。時間さえあれば或はそれは造れるかもしれません。ですがあれは500年かけて力を蓄えた吸血鬼です。
 同じ土俵に立った所で、超えるには至らないでしょう」
「吸血鬼同士だとそうだろうね。だが鍵は『柱の男』と言っただろう? 究極生物についてのシュトロハイム大佐の報告書を読んだかい?」
 クロエネンの言っているのは第二次大戦の少し前に起こった事件の報告書の事だ。
 当時のナチスとスピードワゴン財団、波紋使いと呼ばれるチベットの仙道たちが、眠りから目覚めた『柱の男』たちと戦った事件のあらまし。
 その争いの最後に『柱の男』の首領格カーズがより進化した存在となったと報告書は伝えていた。
 ドクは少し考えてから口を開いた。
「え、ええ。『柱の男』の一人が自分達用の石仮面でさらに一段階進んだ存在、究極の生命体ともいえる存在になったと聞いております」
「彼なら、アーカードを倒せると思わないか」
「は?」
「アルティメット・シング(究極生物)だよ」
「もういませんよ。宇宙の彼方に消え去ったはず」
「ところがだ、我々がつかんだ情報によれば、アメリカのスピードワゴン財団が生きた『柱の男』を保有している。そしてこれだ」
 そう言いながらクロエネンは試験管を取り出していた。その中でルビーに似た結晶体が艶かしく輝いている。
「これこそ件の究極生物カーズの血液さ」
「なっ……」
 ドクの優秀な頭脳は乾いて冷え切った僅かな血液の為に停止しかけていた。
 そんなバカな。
 あの究極生物の血液だと!? なぜこんなものが!?
「信じられないかな?だが間違いなく本物だよ。決戦の場にいたナチス党員に祝福あれだ。
 シュトロハイム大佐に内緒で我々に届けてくれたんだ。大佐はカーズを異常に危険視していたからね」
 多重レンズの奥に光るドクの眼が見開き、その体はブルブルと震えていた。無論恐怖ではない。武者震いである。
「もしも、もしもそれが本物なら、もし、もしアメリカのどこかに生きた柱の男がいるなら……究極の生物を復元できるかもしれません」
「復元じゃ困る。石仮面の吸血鬼を君は超えた。同じように石仮面の『柱の男』もさらに改良してくれ。究極の生物をさらに窮めるんだ」
「……大佐の、ご命令とあらば」
 ガスマスクの下で、クロエネンの唇が綻んだ。

「は、ハハハッ」
 ドクは自分でも気がつかないうちに笑っていた。
 少しづつ勝機が見えてきた。アーカードを超える勝機が!
「よろしい、では次は研究材料集めだ。柱の男は当然だが、チベットの山中に住む仙人たちが柱の男用の石仮面に必要な宝石を保有しているらしい。できればこいつも手に入れたいね」
「まず生きたサンプルを押さえるのが先決だ」
 いつから部屋にいたのか、クロエネンの言葉に答えたのは片眼鏡を掛けた初老の男だった。
 死線を潜る度に顔に刻まれた深い皺は、無言のままそれまでの彼の人生を雄弁に語っている。
 オットー・ダンツ……かの悪名高きルートヴィッヒ・ダンツの息子。
「この親子の罪状を並べるだけで電話帳と同じ厚さになる」とは連合国側のある官僚の言だ。
 確か彼は十月の騎士団の団長だったな、とドクは彼に関する情報を脳から引き出した。

「はっ! 血液があるのならサンプルなどどうとでもなる。ならば手に入れるべきは『柱の男』を究極の生物に押し上げたという石だわい」
 部屋の端から再び違う声が響いて、ドクがそちらに振り返ると、そこには金魚鉢のような小さな水槽に浮かんだ生首が、やれやれとダンツを見下していた。
 その後ろには彼の手足となる忠実な猿人――力と知恵を兼ね備えたゴリラが主人から一歩引いて佇んでいる。
 ヘルマン・フォン・クレンプト教授だ! まさか生きていたとは!
 頭だけになっても生きている男を見て、ドクはさきほどカーズの血液を預かったのと同じくらい仰天した。

「ケンカは良くないよ。二人にそれぞれ頼もうか。ダンツはスピードワゴン財団の『柱の男』を、教授はチベットの宝石を頼む」
「任せておけ」
「ふん、良かろう。今回はお前の顔を立ててやる、カール」
 ダンツは厳しい顔のまま、対照的にクレンプト教授は尊大そうにそう答えた。
「頼もしいな。じゃあ僕はドクと一緒に留守番だね。さて、それでは僕達4人でもう一度、バカ騒ぎを始めようか
 我々の技、我々の夢、我々の科学で、世界を驚愕させるんだ。そう、僕達は――神様を作るんだ。
 死の大河のようなあの闇の吸血鬼をも焼き尽くす偉大な神をね」




「よっこらせ」とじじ臭い声を出しながらヘルボーイは財団が用意した専用のジェットに乗り込み、操縦者に声をかけた。
「よぉ! 今何時だ?」
「二時五十六分です」
「そうかい、ありがとさん」
 赤い肌の悪魔はらんらんと輝く瞳を窓に向けた。
 約束の時間は三時だが、待ち人が現われる気配はない。どうやら出発は少し予定よりも遅れそうだ。
 まあ多少は仕方がない。飛行船事件の混乱は各地で続いている。
 セラスも予定より遅れるという通信がインテグラから届いたばかりだ。
 一服しようと思ったヘルボーイは巨大な右手で器用にライターを操り安い煙草に火をつけて、煙を吐き出す。
 スピードワゴン財団に調査を依頼した義手はいくつかの点で、戦前のナチの義手のデータと一致した。
 これがキッカケでナチス残党の活動を警戒していたスピードワゴン財団と超常現象捜査局は、ナチスの足取りを一つの手がかりを手に入れた。
 概要はこうだ。
 つい先日、インドで一人の呪医が何者かに襲われた。
 超常現象捜査局の捜査スタッフが駆けつけた時には拷問を受け、瀕死だったが死ぬ間際に呪医は自身に何があったか話してくれた。
 それによると、自分を襲ったのはナチスで、チベットにある波紋使い達の集落の正確な場所を知りたがっていたらしい。

 波紋使いか。
 吸血鬼の対極に位置する、東洋の奥地に伝わる秘術の使い手たち。
 なるほどナチが狙ってきそうな匂いがぷんぷんするぜ、とヘルボーイは思った。
 大方、門外不出の波紋の技術を奪うつもりなんだろうが、そんなこたぁさせねぇ。
 ふう、と煙を吐き出すと全部の煙を吐き出さないうちに、パイロットから厳しい声が飛んできた。
「禁煙です」
「ああ、悪ぃな」と言いもう一度だけ煙を肺に入れて、すぐ火を消す。
 全く喫煙者に厳しい世の中だぜ、と言い出しそうになったが、それ以上は何も言わなかった。
 ヘルボーイはスピードワゴン財団に来てからのこの一ヶ月の生活を思い出した。
 財団は思ったよりもずっと居心地がよかった。
 さきほどのこのパイロットにしろ、俺を普通の人間と同じように扱った。
 実にいい気分だった。少し惜しいがタバコ一本分の価値はある。

 しばらくしてヘルボーイの乗るジェットに一人の人間が近づいてきた。
「おい、あれか?」
「ええそうみたいですね、あれが承太郎さんです」
 ヘルボーイとパイロットが会話を交わしているうちに、件の人物、空条 承太郎はひょいと飛行機に乗り込み二人の前に顔を突き出した。
「遅くなってすまなかった、飛行機が少し遅れたもんでな。 空条 承太郎だ。アンタがヘルボーイだな」
 低く優しげだが、同時に力強い声だった。
 偉丈夫と言ってもいい体格にしなやかな身のこなし。
 真紅の巨漢を見ても、表情を変えないどころか眉一つ動かさない胆力。
 コイツァただもんじゃねぇな、というのが承太郎に抱いたヘルボーイの感想だった。
「よぉ! キマってるな! なぁに、遅刻は俺もしょっちゅうさ。会うのは初めてだが、噂はジョースターさんから聞いてるぜ」
 SPW財団の相談役ジョセフ・ジョースター。
 今は隠居しているが、かつては多くの闇の眷属を血祭りに上げ数々の伝説を築きあげてきた大物である。
 特に有名なのが10年前の1989年、自ら出向いてエジプトに巣食う吸血鬼とその信奉者の一派を駆逐した、というものだった。
 その際に、ジョセフはまだ二十歳にも満たない孫を、吸血鬼狩りの旅に同行させたという。その孫こそ空条 承太郎である。
「……なるほど、じじいの知り合いだったか。いい噂なんだろうな?」
 承太郎は帽子を目深く被りなおすと、めんどくさそうに呟いた。
「勿論だ、ま、細かい事は飛びながら話そうか。しかしハイスクールに通いながら吸血鬼どもを一掃したのは、俺が知る限りじゃお前さんの他には
 バフィーくらいだぜ。今回は当てにさせてもらうからな!」
 やれやれ、という承太郎の溜息は飛行機の飛び立つ音にかき消された。




[22341] 【習作】ヘルシング×ヘルボーイ×ジョジョ クロスオーバー 第五話
Name: ミナミ ミツル◆418431ff ID:fe8bab95
Date: 2016/02/20 22:07
「グレイトブラックの只中…大いなる黒に四方を囲まれ
 見るからにか弱くそれでも勇敢なのがグレイトホワイトだ」
「なぁ見た所、大いなる黒の方が圧倒的に優勢のようだがワシらは負けるのか?」
「いいや、かつては黒だけだった。我々は勝利しつつある。これでいい。さぁ共に行こう」
                                    ――「TOP 10」

 

 チベットの険しい山道を越えた先には古い古い寺院があった。
 三千年とも四千年とも言われている歴史を持つこの寺院に住む者たちは、寺院と同じくらい古い技術を今に伝えていた。
 その技術の名は『波紋』
 特殊な呼吸法により体中から溢れんばかりのエネルギーを引き出す仙術である。
 静かな時が流れる中、波紋の修験者たちは技を磨いていた。
 外界から悪鬼の軍勢がやってくるまでは。

 初めに異変を知ったのは、寺院からやや離れた水汲み場に向かっていた若い修行者二人だった。
「ん?」
 若者の一人が前から迫り来る影に気がついた。その時すでに二人の運命は決していた。
 音も無く湧き上がるように蠢く黒い影は、見る見るうちにその数を増し猛烈な勢いでこちらに迫ってくる。
 震える声で二人は囁きあった。
「おい、なんだあれ……」
「知るかよ! だけど、やばいのは分かる……」
 その影達を見ているだけで滝のように汗が流れてくる。
 生理的な嫌悪感を伴った恐怖が若者の心をかき乱し、体から血の気が引いていった。
 反射動作や体内の制御を司る、脊椎。
 その上に位置し餓えや怒りといった感情の司である爬虫類の小脳。
 小脳に覆いかぶさり下位の脳の手綱を握って社会性を維持する哺乳類の大脳皮質。
 そしてホモサピエンスがつい最近――ほんの数十万年ほど前――獲得した、未来を予測し計画を練る脳、前部前頭葉。
 その全ての脳が叫んでいた。あれは一体なんだ?

 目を凝らしてよく見ると、その影は人の形をしていたが、脳は混乱していた。
 それは爬虫類にも、哺乳類にも、人間にも未知のものだった。
 あれは、生命に非ず。と知識と記憶を司る側頭葉が冷たく告げる。
 迫り来る影は、アンデッドの群れだった。
「オ、オオオオオオオオオオオオッ」
 若き戦士は恐れを振り払うように雄雄しく叫んだが、それが断末魔の叫びとなった。
 その声さえもたちまち黒い影に飲み込まれた。


「怪我人を奥へ運べ!」
 普段は静寂が支配するチベットの山中で怒号に似た声が飛ぶ。
「早くしろ! それと裏手にも見張りを立てろ!」
「しかしメッシーナ師、裏は崖……」
「いいか、貴様」
 メッシーナと呼ばれた白髪の男は諭すような口調で話ながら若者に詰め寄った。
「お前にゃ無理かも知れんが俺なら一時間もあれば登れる。ゾンビ共だって三時間もかからんだろうよ。分かったら早く行け! グズグズするな!」
「は、はっ」

 未曾有の危機に熟達の波紋戦士メッシーナは焦燥していた。一刻も早く体制を整えねば、波紋の戦士達はここで滅ぶ事となる。
 これ以上血を流させるわけには行かない。
「ぬぅ……まさかゾンビ共が天敵たる我らの本拠地に攻め込むとはっ」
 激しい後悔の念がメッシーナを襲うのと同時に、昔に負った腕の古傷がひりひりと痛む。
 イギリスの飛行船事件からまだ半年と経っていないというのに、心のどこかでここは絶対に安全とタカをくくっていた自分に腹が立つ。
 だが今はそんな事を考えている暇はない。まずは目の前の敵を駆逐しなくては。
 雑念を振り払うように顔を上げると視界の奥で二人の敵に追われる味方の姿が見えた。
 懸命にこちらに辿り着こうとしているが怪我を負っていて思うように走れないらしい。追いつかれるのは時間の問題だった。
「くそっ」
 メッシーナの体は反射的に正面の門を飛び越えていた。
 勢いよく息を吸うと、独特の呼吸法によって体の隅々まで波紋の力を充実させる。
 集めた波紋エネルギーを足の裏に集中させ、波紋の力と地面とを反撥させると、メッシーナの体はまるでバネのように勢いよく弾けとんだ。
 三歩ほどで味方の場所まで辿りついたメッシーナはすれ違い様に「あと少しだ!」と怪我を負った波紋の戦士を励ますとその勢いを緩めることなく追跡者に突進していった。
 追っ手のゾンビは飛び掛ってくるメッシーナの動きを予測し、次の瞬間メッシーナがいるであろう位置に向かって鋼の拳を振りかぶるが、地に足が触れた瞬間メッシーナは
 波紋の性質を反転させ、ぴったりとその場に張り付いて急ブレーキをかけた。
 顔の一センチ先をゾンビの腕が掠める。
 「アホウが!」メッシーナの顔が不敵に歪む。
 飛んでいたほんの数秒の間に十分に波紋を練りきったメッシーナはありったけの力を込めてゾンビの胴体に拳を叩きこんだ。
 ゾンビの胸元は半ば鋼によって形作られていたが、メッシーナは腕を振りぬく瞬間に波紋を反撥させてゾンビを勢いよく吹っ飛ばした。
 
 もう一人のゾンビは仲間がやられても些かも怯まずに無表情のまま、黒ずくめの衣装をはためかせて弾丸のように襲い掛かった。
 対するメッシーナは臆することなく、飛び掛って来る敵に右手を差し出した。
 ゾンビの攻撃の方が一瞬速く波紋使いの首を切ると思われた瞬間にメッシーナの腕はゴムの様に伸び、鉄の扉に弾丸が当ったような奇妙な音と共に侵略者を叩き落す。
 すると拳の当った侵略者の首から上は濃硫酸を浴びせられたように、じゅうじゅうと音を立てて崩れていく。
「これが山吹色の波紋疾走だ……ゾンビどもめ」

 二人のゾンビを片付けるとメッシーナも立て篭もっている寺院に引き返した。
 帰ってきたメッシーナは共に仙道を歩む仲間達を見て回った。
 負傷し、恐怖と疲労を浮かべた者。怒りに燃え凄む者。戸惑う者。
 皆押し黙っていた。奇妙に静まり返っていた。
 恐る恐る静寂を破ったのはメッシーナが先ほど救った男である。彼は斥侯として敵陣を偵察してきたのだった。
 手当てを受けながら、彼は見てきたものを報告していく。震えているのは寒さのせいだけではない。
「ゾンビの数は100体を下りません。今までの襲撃は小手調べかと……」
「100……」
「我々の倍はいるな」
「一体これはどうした事だ」
 偵察の報告に波紋の戦士達にも動揺が走った。
 元々、波門を学ぶ者の数は少ない。この時チベットの山にいた修行者の数は50人ほどである。
 既に怪我を負った者、高齢の為に戦えない長老各を除いた実質的な戦力は40人を下回るだろう。
 そして今寺院を包囲しつつある100体のゾンビはただのゾンビではなかった。
 相手は腐りかけた体は鋼鉄のフレームで強化され、アンデッドの弱点日光を対紫外線処理を施す事によって克服した悪鬼である。
 各々の顔を見て回ったメッシーナは髭をなでながら微笑んだ。
 相手が現代科学と魔術の恐るべきハイブリットであることはメッシーナも承知であった。それを知りながら彼は笑った。
「おいお前、怖いか?」
 メッシーナは震えている斥侯の男に声をかけた。
「あ、いや、その」
「いい、嘘をつくな。死ぬのは誰だって怖い。わしも怖い。だがあいつらは違う」
「あいつら?」
「ゾンビ共だ。いいか」
 メッシーナは集った全ての仲間に聞こえるように、大きな声を張り上げた。
「死ぬことを怖れるのは恥じゃない! 怖いが為に人間はそれを乗り越える勇気もった。
 今、最大の恐怖が迫っている! これを乗り越えた時、わしらは最高の勇気を持って戦えるだろう。そして最高の勇気こそ最高の波紋を生むのだ。
 だがゾンビ共は恐怖を知らん、勇気も知らん。そもそも必死になるという事を理解できん。
 死に物狂いで戦う人間と、ただ死んでないというだけの死にぞこない。勝つのはどっちだ? フフこの勝負、我々の勝ちだ!」

 メッシーナが激を飛ばしている頃、不死者の陣営も慌しく動いていた。
「ご主人様、寺院の包囲完了しました」
「うむ、では行くか」
 ゾンビのたちを掻き分けてヘルマン・フォン・クレンプト教授は前に進み始めた。
 その姿はナチスの怪人達の間でも特に奇怪だ。
 クロエネンはいつもガスマスクを被り決して素顔を見せない。
 オットー・ダンツの体に刻まれた無数の傷跡も尋常とは言い難い。
 ミレニアムの天才、ドクの両手の指は常よりも一指多い。
 しかしそれでも彼らは異様ではあるが、当然ながら人間である。妙な性癖、異常な経歴、多指症に至っては比較的よくあることだ。
 だが、クレンプト教授は違う。
 首から上と、それを収め生命維持と浮遊移動を行う機械、それが今の彼の姿である。
 化け物と表現するのが適切だった。
 そしてその傍らにいるのは強化改造された言葉を操るゴリラ、クリークアフェ10号だ。
 いついかなる時も主人の側にいてあらゆる危険に目を光らせている。

 進み出たクレンプト教授はマイクを手に取りそのだみ声を響かせた。
「聞こえるか、波紋使い共。貴様らは我が軍勢により完全に包囲されている」
 そこでクレンプトは波紋のの戦士達の動きを探るようにほんの少し間を置いた。しかし固く門を閉じた寺院からは物音一つしない。
 クレンプトは言葉を続けた。
「ここで戦えばお前達の全滅は免れないが、一つだけ助かる手がある。エイジャの赤石を寄越せ。そうすれば兵を退こう」
「は!」
 軽蔑のこもった笑いが空気を震わせた。
 クレンプトが顔を上げると、いつの間にか門の上に男が立っている。
 すっかり白くなっていた髪と髭、顔に刻まれた皺は波紋ですら補いきれない老化の証だ。
 この男は資料の写真に載っていた男だ、とクレンプトは思った。確か波紋戦士達の実質的な指導者メッシーナだ。
「何を言うかと思えばエイジャの赤石だと。ありゃ貴様らが持っていても何の意味もないわ!」
「そんな事を尋ねてはおらん。いいから石を持って来い」
「断る」
「そうか、なら死ね」
 クレンプトは右手を上げゆっくりと寺院を指した。
 その瞬間、アンデッドの軍団が黒いうねりとなって門へと殺到する。
「それも……断る!」
 武僧たちは練り上げた波紋と勇気を胸に、敢然と立ち向かった。
 襲い来る弾丸の暴雨と、その間から迫る百のアンデッドの衝撃力を想像できるだろうか。
 銃が火を噴き石造りの寺院を徐々に削り取っていく。その轟音だけで耳を塞ぎたくなるが、それでさえ眼前に広がる光景に比べると可愛いものだ。
 黒々としたローブを羽織ったゾンビたちは、荒れ狂う大河のように押し寄せてくる。
 押し留めるのは何人たりとも不可能に思えたが、メッシーナは叫んだ。
「甘いッ」
 波紋の戦士達は、ゾンビの第一陣の猛攻を真っ向から受け止め、そればかりか押し返した。
「守るなッ、攻めろ、攻めろ、攻めろッ!」
 飛び交う弾丸を紙一重で避けつつ、ゾンビの懐に飛び込み拳を叩き込む。奇跡のような技巧である。
 もしも一発でも弾が当れば、波紋の練りが不足していてゾンビを殺しきれなかったのなら、先に待っているのは死。
 しかし、彼らは奇跡を積み重ねつつあった。


 波紋の戦士達の住処の近くは乱気流に阻まれ、飛行機ではなかなか近づく事ができない。
 そこで承太郎とヘルボーイは途中で地上に降下し、徒歩で件の寺院に向かっていた。
 ひゅう。
 ヘルボーイは頭の中で感心していた。
 もう三時間もこの山道を登りっぱなしだってのに、承太郎の奴顔色一つ変えねえ。
 学者って聞いたが、どうやら中身は生粋の冒険家って奴だぜ。
 そんなことを思いつつヘルボーイは途中、擦り剥いた肘をさすった。
「痛むか?」
 へっとヘルボーイは自嘲気味に笑うと腕を回す。
「野暮な事聞くなよ。いつものことだぜ」
 山道を歩きながら承太郎もヘルボーイを観察していた。取り分け驚いたのがヘルボーイのタフさである。
 先ほど飛行機から地上に飛び降りる際に、ヘルボーイのパラシュートが開かず、全く無防備のまま地上に落下するというアクシデント起きた。
 ふわりと地上に降り立った承太郎は慌ててヘルボーイが落ちた場所に向かったが、そこで見たのは死体ではなくパラシュートに独創的な悪態をつくヘルボーイの姿だった。
 見たところ骨折はおろか怪我らしい怪我は殆ど負っていない。少々肘を擦り剥いただけある。驚くべき耐久力であった。
「ところで承太郎、波紋使いの里に行った事はあるのか?」
 いや、と地図を見ながら承太郎は答えた。
「……行った事はない。ジジイの話と地図によればそろそろ着く頃だと思うが……」
 承太郎が地図から顔を上げて行き先を確かめるように目をやると、山の向こうからもくもくと黒煙が上がっていく。
「こいつぁ……」
「急いだほうが良さそうだな」


 メッシーナは拳の血を拭った。
 流れ出る血はゾンビのものではなく、自らの血だ。いかに鍛えた肉体とはいえ、機械化ゾンビを殴り続けて無事ですむはずが無い。
「ここまで粘るとは予想以上だったな。だがここまでだ。その怪我ではもう握れまい。残りの連中ももうじき片付くだろう」
 気がつくと目の前には強kガラスに収められた生首が、ニタニタと笑いを浮かべてメッシーナを見下ろしていた。
「舐めるなよ、化け者が。血液は波紋をよく流す、かえって貴様らを倒すのが捗るわ」
「なぜそう死にたがるのだ。虚勢を張るのも程ほどにしておけばいいものを」
「いいやそのオッサンの言う通りだぜ! 勝負はここからだナチ公!」
「貴様……ヘルボーイか!?」
 二人の間に巨大な赤い影が割って入ると、クレンプトの表情から笑いが失せ、忌々しげに顔が歪んだ。
「おおよ、久しぶりだなクレンプト教授。今度は逃がさないぜ、覚悟しな」
「ぬ……かかれ!」
 クレンプトが叫ぶと、三体のゾンビが猛獣のような不気味な唸りを上げてヘルボーイに襲い掛かった。
 一体目はヘルボーイの胸にとび蹴りを食らわせ、二体目は左腕に噛み付いた。そして三体目がダメ押しの攻撃を加えようとした瞬間
ヘルボーイの巨大な右腕から繰り出されるアッパーがゾンビの頭を粉砕した。
 今度は左腕に噛み付いていたゾンビの頭を鷲掴みにして引き剥がすとそのまま地面にたたき付ける。
 ペッと唾を吐いてピクピクと痙攣するゾンビを踏み潰すとヘルボーイはもう一度クレンプトを睨みつけて言った。
「なぁ馬鹿にするんじゃねぇぜ」
「ちっ、だがこちらにはまだ兵が残っているぞ」
「おっと、来たのが俺だけだと思っているのか? おめでたいな教授」
「何!?」
 ぶんっと、引き千切られたゾンビの右腕が無造作にクレンプト教授目の前に投げられた。
「この腕の機構、イギリスで回収されたものと同じだ……これで裏が取れたぜ。やれやれ、何を企んでるか分からんが、好きにはさせねぇぜ」
 腕を投げた男はポケットに手を入れたまま大股でクレンプトに向かって歩を進めた。その後ろには夥しい数のゾンビが列を為す用に倒れこんでいる。
 どのゾンビも正確に頭か心臓を貫かれていてそれ以外の外傷が見当たらない。
 クレンプトは頭の中で毒づいた。
 つまり、一撃で倒して退けたというのか? この男は一体……。
「クリークアフェ! 奴らを血の海に沈めろ!」
「オオオおオおオおおオオオオオオッ!」
 クレンプトの命令を受けて類人猿は牙を剥いて叫ぶ。
「やれやれ、動物を殴るのは趣味じゃないんだが」
 刹那、ゴンっと鈍い音がしてクリークアフェの体が宙を舞った。
「向かってくるなら容赦はしねーぜ」
「ガァっ」
 クリークアフェは地面に叩き付けられる寸前、体を捻ってうまく着地すると、獣特有の敏捷性でもって素早く反撃に転じた。
 しかし、またもや承太郎の一歩手前で何か見えない壁に弾かれるようにどんっと吹き飛ばされる。
 これはおかしいと流石にクリークアフェも気がついた。見えない何かがあの男を守っている。しかし対処する方法までは思いつかなかった。
 承太郎とヘルボーイの顔を睨みつけて低く呻いた挙句、クリークアフェはさっと主の入ったケースを抱えると、その筋力の許す限り猛然と駆け出した。
「ちっあのエテ公思ったより利口みたいだぜ」
 急いで後を追おうとしたヘルボーイと承太郎をメッシーナが制止した。
「ここは任せろ」
 そう言って懐から取り出したのは吸い込まれそうな輝きを放つ真紅の宝石だった。
「見ておれ。コォォォォォォ……」
 波紋独特の呼吸法でメッシーナの体に生命エネルギーが漲っていく。肺から血液を通して全身へ。そして全身から集まったエネルギーを右手へ。さらに右掌から宝石へ。
 凝縮されたエネルギーは宝石の中でさらに収束され、赤い閃光が走った。


「何をしておる! 戦えクリークアフェ!」
「ダメですご主人様。あの場にいたら殺されます」
「何を弱気な……」
「今は退くべきです。ご主じ……ん」
 ブゥンと空気の焦げる匂いがしたかと思うと真紅のレーザーに胸を貫かれてクリークアフェは転倒した。
「ご、しゅじ……にげ」
 ゴボゴボと血を吐きながら、最後まで主人の身を案じる類猿人の姿を見て意外にもクレンプト教授も悲しげに目を背けた。
「いい、もう喋るな」
 波紋のレーザーによって抉られた胸の傷はどう見ても致命傷だ。もはやしてやれる事などない。
 じわりと鮮血を流しながらクリークアフェは絶命した。
 その死を名残を惜しむ間もなく、戦局を覆したイレギュラー二人がすぐにやってきた。
「さて、クレンプト教授……とか言ってたな。傷心の所悪いが一緒に来てもらうぜ。何を企んでたか洗いざらい吐いてもおうか」
「……貴様らに言う事などない」
「あんまり強情張るのはオススメしないぜ教授。さて」
 ヘルボーイと承太郎はクレンプトのケースを抱えて、辛くも機械化ゾンビを撃退した波紋戦士達の元へと向かって歩き出した。
 途中「ところで承太郎」とヘルボーイ。「お前さんどうやってゾンビを倒したんだ? 突然奴らが吹っ飛んだように見えたが」
「……大したことじゃない。アンタと同じさヘルボーイ、殴ってやったのさ」
「fumm……」
 ヘルボーイは承太郎がどうやったのか考えこんだが、結局分かったのは『承太郎は今まで見てきたどの魔法とも違う技を使う』という事だけであった。

 寺院に足を踏み入れると、すぐにメッシーナが二人を出迎えた。
「いや、危ないところをすまなかった。わしはメッシーナ。一応ここの責任者だ。恩人にこんな事を聞くのもなんだがあなた方は一体?」
「俺ァヘルボーイ。こんなナリだがアメリカの超常現象捜査局(B.P.R.D.)のエージェントやってる」
「空条承太郎だ。あなたの事は祖父から聞いてるメッシーナさん」
「祖父……?」
「ジョセフ・ジョースターさ」
「なぁにぃ!」
 承太郎はそこでメッシーナより一呼吸早く口を動かしてぼそりと呟いた。
「あいつにこんなデカい孫がいるのか、年は取りたくないな」
「あいつにこんなデカい孫がいるのか!? いやぁ年は取りたくない……っは!?」
「今の言葉は爺からさ。会ったら言えとよ」
「ふ、はっははは。なるほどな、確かにジョセフの言葉だ。ようこそ波紋の故郷へ歓迎しよう、我らの恩人よ!」

 ヘルボーイはいまだ暗躍するナチスを追ってここへ来た経緯をメッシーナに説明した。
「ぬぅ、イギリスとアメリカの噂はここにも届いていたが我々も油断していた」
 ヘルボーイが話し終わるとメッシーナは重々しく口を開いた。
「しかし、解せんのはなぜ奴らがこれを狙ったかという事だ」
 メッシーナは懐から真紅に輝く宝石を取り出した。
 エイジャの赤石。光や波紋の力を収束し増幅する奇跡の石。しかしいくら奇跡を起すといってもナチや吸血鬼が持っていても無用の長物のはずだ。
 その疑問の答えを知っている人物、クレンプト教授に三人の視線が向けられる。
「教授、お前達は何を企んでいる」
「我々の目的? 勝利だよ。半世紀前に始まった第二次世界大戦に勝つ事だ」
「ふざけるなよ、お前らは負けたんだよ。お前ぇだってその時に頭だけになっちまったんだろうが」
「首だけだが貴様らより偉大だ」
 ガンっとヘルボーイは机を叩き付けた。
「てめぇ本当にその金魚蜂を叩き割るぜ」
 ピリピリとした雰囲気が張り詰める中、静寂を破ったのはピピピという電子音だった。
「なんだ?」
「俺たちを送ってきたパイロットから電話だ。すまねぇが少し静かにしてくれヘルボーイ……俺だ……ああ連絡が遅れてすまない、こっちはもう着いたぜ」
「ほお……こんな山奥で電話が出来るのか」
 メッシーナは思わず感心した。
「SPW財団の衛星電話だ。地球のどこに居たって電話できるぜ」
「凄いのう」
「……何っ!?……ああ、分かった、すぐ行く」
 一瞬場の雰囲気が緩んだが、珍しく承太郎が発っした大声によってすぐさまそんなものは消し飛んだ。
 肝の据わった承太郎が声を荒げるなど並みの事態ではないからだ。
 承太郎は電話を切ると真剣な顔つきで今しがた受けた連絡を二人に伝えた。
「……SPW財団の本部がナチに襲われたそうだ。まだ連絡が取れない状況らしい」
 その言葉を聞いた瞬間クレンプト教授は大声で笑い出した。
「クククククククッハハッハハハハハハ!」
 ヘルボーイの堅く握られた拳と承太郎の噛み締められた奥歯がギリギリと音を立てたがそれも笑い声によってかき消された。

「メッシーナ師、悪いが俺達は急いで戻らなきゃならないようだ。代わりにすぐ兵をやるが少しの間無防備になるが我慢してくれ」
「謝る事はない。むしろ礼をいうのはこちらだ。何から何まですまんのう」
「この生首野郎は預かっていくがいいか? 向こうでたっぷり絞ってやりたいんだが」
「勿論構わん。それとエイジャの赤石もお前達に預けようと思う」
「それは危険だ」
 承太郎は首を振って断った。再びナチと戦いに行く自分たちがこれを持っていくのは、奪ってくれといわんばかりの行動だ。そんな危険は冒せない。
 しかしメッシーナも退かなかった。
「悔しいが我々では次は守りきれないと思う。お前達が持っていた方が安全だろう」
「……承太郎。確かにあぶねぇ橋だがこいつが手元にある限りナチ共は向こうから向かってくるはずだぜ。犠牲は少なくてすむはずだ」
 しばらく悩んでいた承太郎だったが、最後には首を縦に振った。
「分かった。これも預かっておこう」

 こうしてナチの襲撃を防いだ後、殆どとんぼ返りになる形で、二人は再び山を降りていった。



[22341] 【習作】ヘルシング×ヘルボーイ×ジョジョ クロスオーバー 第六話
Name: ミナミ ミツル◆418431ff ID:ebbdb2fa
Date: 2016/02/20 22:10

 万死に値する龍がいる。
 数多の乙女を残虐にも食い殺したばかりか
 穀物に害を与え、土地を荒らし回り、公国の災いとなっていた。
 その龍に向かって、アルデリックは叫んだ。

「汚らわしき龍が真の騎士を倒せし例は、かつてありや?」

                 ―――「ギベリン族の宝蔵」




「ううううおおおおおおおおおおおおっ」
 ヘルボーイと承太郎がチベットの山奥に向かっていたその日、ダラス・フォートワース国際空港から、風を捲いて一直線にダラス市SPW財団本部に向かう影があった。
 鳥か? 飛行機か? そのどちらでもなかった。
「おおおりゃあああああああああああああっ」
 雄たけびをあげて空を舞う影の名は、セラス・ヴィクトリアという。
「間に合ってええええええええええええ!」


「ああ、はい、ヘルシング機関のセラス・ヴィクトリア様で御座いますね。伺っております」
「あ、あの、ヘルボーイ……さんは?」
「はぁ、えと……三時間ほど前に承太郎様と一緒にチベットに発っておりますね」
「あああああああああ……やっぱり間に合わなかったああああああ」
 スピードワゴン財団の本部の受付でセラスは両手を地面につけて、がっくりとうなだれた。
 ヘルボーイの所属する超常現象調査防衛局やスピードワゴン財団と協力して、ナチの生き残りを探し出し一掃する命令を受けていたセラスだったが、当初の予想以上にイギリス国内の治安任務が難航し、身動きが取れないでいたのだ。
 やっとのことでアメリカに飛んだがいいが、タッチの差で協力者たちはもう調査に向かったという。今までの疲れがどっとのしかかった。
「はああああああ。ど、どのくらいで帰ってきますかね?」
「早くて三日ほどと聞いております」
「分かりました……」
『三日? んじゃ追いかけてもまた入れ違う可能性があるな、嬢ちゃん』
 セラスの頭の中で誰かがニヤニヤしながら笑った気がした。
 否、気がするではなく、実際にセラスの魂には、死に別れた傭兵隊長ベルナドットの断片が存在する。
 血は生命の源。吸血鬼として血を吸う事は、文字通り他者の魂を得る事なのだ。

 いつもお調子者として振る舞うベルナドットにムッとして、セラスは声を出さずに反論した。
『黙ってて下さい。あーもー死にたい』
 再び声がした。
『もう死んでるだろ』
 今度はセラスは頭の中の声を無視した。
「あ、滞在する部屋をご用意させて頂きましたのでご案内致します」
「……その前に電話貸して下さい」
 置いてけぼり食らったって報告するのかぁ……。頭痛いなぁ。ただでさえインテグラ様機嫌悪いのになぁ。怒鳴られたらどうしよう。
 でも私のせいじゃないよね? 大体私超頑張ってるし、三日くらい休暇もらってもいいよね。
 うん、きっとコレは神様がくれたご褒美。
 強引な思考で自分は悪くないと思い込み、キリキリと痛む胃を必死で誤魔化しながらダイヤルを回すと意を決してセラスは受話器を耳にあてた。


 受話器を置くと、セラスはふうと溜息をついた。
 結果を先に言うなら、セラスは何も言われなかった。
 インテグラはセラスの報告を聞いて淡々と「そうか、ではお前は待機だな。ヘルボーイとSPW財団のジョウタロウとかいう男が上手く情報を持ち帰ってくればよいが」と言い、進展があったらまた連絡するように伝えた後、あっさりと電話を切ってしまった。
 あの女主人なら「すぐに現場に行って敵を殲滅しろ。移動手段? 飛んで行け」くらいは言うと思っていたセラスは少々拍子抜けした。他力本願気味なのも妙に引っかかる……。
「あっ」突然セラスは気が付いた。
 例のナチス襲撃からこっちインテグラはロクに休んでいない。今のインテグラは消耗し切っているんだ。
 不死の肉体に慣れた身では、そんな単純な事さえ見落としてしまいそうになる。

 一言体を労わる様、インテグラ様に伝えるべきだっただろうか?
 いやいや、それは差し出がましい気もする。それに私が言ってもインテグラ様は聞かないだろう。逆に怒鳴られる可能性もある。
 ……こういう時、あの老執事は上手かった。女主人の癇癪に触れないよう心を解きほぐし、それとなく休憩を取る様に誘導するのが。
 それが共に過ごした時間の差だろうか、それともウォルターの天性の機知かは分からないが、自分がその域に達するにはまだ時間がかかるだろう。

「っていうかそもそも、ウォルターさんがいたらインテグラ様ももっと楽出来るんだけどな……」
 セラスは頭をぶんぶん振って無意味な仮定を飲み込んだ。
 もうあの優秀な執事はいない。無敵の不死王も虚無の彼方に飛ばさせた。
 もうヘルシングの兵は私しかいない。少しでも早く、一刻も早く敵を打ち倒して、ロンドンに帰って主人を支えるんだ。それが私の責務だ。
 と、そうは言っても現状では動きようがない。
 荷物を部屋に置いた後、どうやって暇を潰そうかロビーでぼーっと考えていると、禿げあがった頭の初老の男が「よろしければ、施設内を見学してみますか?」と声をかけてくれたので、喜んで好意に甘えることにした。

「こちらは近々一般でも公開予定のエリアになります」
 セラスがレックスと名乗る男に案内されたのは、義手、義足、あるいは身体機能を高めるロボットスーツなどが展示されているエリアだった。
「御存じの通りかつて私どもはナチスと技術交流がありました。当時の世界情勢もあって、初期の段階におけるこれらの品々は主として兵士の装備として開発されました。
 世界一と謳われたナチドイツの科学力は驚嘆すべきものがあります。義手、義足なら言うに及ばず、ある兵士などは下半身の殆どと四肢が完全に吹き飛んだにも関わらず、
 全く問題なく戦場へ復帰したとか。さすがに眉唾物ですがね。我々としましても、当初この技術は軍事面に傾注しておりました。
 しかし、世界大戦が終わるとこれらの技術は、違う方向へと進む事になります。こちらご覧ください」
 そう言ってレックスは一旦言葉を切ると、無骨で厳めしい義手義足が並ぶ棚ショーケースの反対側へと腕を向けた。
 そこには先の品々に比べると比較的新しい義肢が並んでいた。細かな部分はさらに洗練され、普通の腕と見分けがつかない程精巧な物まである。
 さらには介護用のパワーアシストスーツなどがあり、戦場で使用するものではなく医療や福祉目的で製作された品であるらしい事がセラスにも理解できた。
 同じ技術を用いながら、全く逆の目的で作られた品々は、光と影のように向い合せに配置されていた。
「やがて戦争が終わると遅まきながら我々はこちらにも力を入れ始めました。いや、人間を強くするという本来の目的からすれば、こちらの方がより正統な流れを汲むものでしょうな」
「強くする……?」
「はい。戦いに勝つ事だけが強さではありません。少し昔話をしましょう。あるところに才能豊かな役者がいました。
 銀幕の中で彼はまごう事なきヒーロー。悪の企みを挫き、人々を救い、絶望的な状況にも決して屈しない。そして最後には奇跡を起こしてしまう、そんな役を演じていました。そんな役が似合っていました。
 しかし、ある時不幸な事故で……彼は半身不随となりました。大勢のファンが悲しみましたが、その全てを足しても本人の感じた絶望には及びますまい。
『もう一度自分の足で階段を登れるなら、全ての友人を悪魔に売ってもいい』そう思っていたと、彼は語っています。
 ところが彼はそれで終わるような男ではありませんでした。己を奮い立たせて、リハビリを続け、彼は戻ってきました。それもかつて演じた役の隣にね。凄い男でした。信じられない強さを持っていました」
 熱っぽく語る男は、初老からいつしか少年の顔になっていた。
 セラスの視線に気が付くと、「あっ」と言葉を切ってレックスは取り繕った。
「これは失礼を……実は私も彼のファンでしてね……」
「いや、何もそんな……なんかいいですね、そういう話。ここのところ暗い話題ばっかりだったし、こう、元気出ますよ! 私も!」
 そう言ってセラスはぐっと力瘤を作ってみせる。
「ははは、ともかく、彼のような事故に会う人は沢山います。しかし、その全てが彼のように強い心を持つとは限りません。だからこそ、この人の技術は希望になるでしょう。希望は人を強くします」
「希望……」
 セラスがさらに言葉を紡ごうとした時、周囲の照明が一斉に消えた。
 反射的に二人は顔を上げ、疑問符を浮かべる。
「……停電? 妙ですな。そんな話は聞いておりませんが」
 その瞬間、セラスの中で何かが弾けた。吸血鬼の超感覚が、人には察知できない異常を感じ取る。
 一瞬でセラスは確信した。これは停電などではない。敵襲だ。
 考えるより早く、セラスはなるべく大きな声で叫ぶ。
「警報を出して下さい! 今すぐ職員の方は安全な所へ避難を!」
「セラスさんも……」
「私の事は構わずに!」
 レックスが引きとめるよりも早く、セラスは駆け出していた。
 

 セラス・ヴィクトリアの左腕は、ナチスの吸血鬼との死闘の末に切り落とされて以来存在しない。
 走りながら、セラスはその存在しないはずの腕を伸ばした。
 すると、腕の先から闇や影としか形容できないモノがドッと溢れ、瞬く間に周囲の廊下や天井を覆いさらに壁に浸透して内へ内へと侵食していく。
 この闇はセラスの手であり、同時に目でもあった。扉を通り抜け、壁をすり抜け、別の部屋へ向かっていく。
 ある部屋には四人の人々がいて、不意の停電に対して話をしている。ここじゃない。
 また別の部屋では慌ただしく動き回る職員がいた。ここでもない。
 闇はSPW財団本部のあらゆる部屋へと這って行く。カードロックの扉も階段もあったがセラスの闇にとっては問題ではない。
 地上の精査を終え、闇は地下へと潜っていく。
 そして、金属製の強固な扉を超えた瞬間。

「んなッ!?」
 不意に感じた奇妙な感触に、思わずセラスは闇を引込めて可愛げのない声を上げた。
 セラスの伸ばした闇の一端。その先端が何かに触れたようだった。
「……?」
 怪訝な様子でセラスは顔をしかめる。
 何が起こった?
 頭の中でベルナドットが反復する。いつものふざけた態度はなりを潜めていた。
『今のはなんだ?』
「いきなりだったからよく分かりません。何か居たようですが、友達っぽい様子じゃあなさそうですね。取りあえず向かって見ます」
 セラスは力強く足を蹴り、先ほど何かにぶつかった地下の部屋へと向かっていく。ところが、胸騒ぎとでもいおうか。
 地下へと下る階段を下りていく内に、とうに止まっているはずの心臓がざわつくのを感じた。それだけでなく、まるで周囲の闇が毛先や肌にへばりつく様な不快な感覚さえある。
 この先に下りたらダメだという強烈な感触。

 セラスにはこの感覚に覚えがあった。そう、今感じているのは、幼い頃、ベッドの下に怪物が潜んでいるという空想をしてしまったのと同種の不安感だ。
 クローゼットの中に、戸口の隙間に、明りを消した後の暗闇の中に、目に見えない所に、闇に紛れて何かが潜んでいるという恐怖。
 ほんの一瞬だが、セラスはこの階段を下りた先に、名状し難い“それ”がいるという想像をしてぞくっと背筋を震わせた。
 バカな、とすぐに思い直し、セラスは自分を一喝した。
 人間ならまだしも、今の私に暗闇が何だって言うの?
 あの時空想した怪物がいるとしたら、それは今の自分だ。
 吸血鬼以上の闇なんかない。
 セラスはそこで全ての思考を打ち切り、再び意識を集中しはじめた。


 走り続けてついに地下の最下層に到達したセラスの前に、重々しい鋼鉄製の扉が現れた。
 扉の周囲には、ご丁寧にも複数の言語で「危険、厳重管理区画」と記されている。
 頭の中でベルナドットがヒューとうそぶく。
『金塊でも入ってそうだな』
「だったらいいんですけどね。っていうか、やたら厳重そうなんですけど、本当になんなんでしょうねココ」
『核兵器でも置いてたりしてな』
「まさか」
 その時である。ピピピピという電子音がしたかと思うと、突然その扉に付いていた青いランプが点灯し、ゴリゴリと金属のギアが擦れる鈍い音を立てて、その扉が開き始めた。
「うん!? ウソォ、開いた!」
『なんかやったな、嬢ちゃん』
「まだ何もやってませんよ!だいたい停電してるはずじゃ……」

 ひたり、ひたり。
 セラスははっと顔を上げた。扉の奥から聞こえてきたのは足音である。
 何かがやって来る。しかし、この地の底の分厚い扉の中で、まともな生き物が生きているはずがない。
 さらに闇の先を凝視した瞬間、セラスは驚きに目を見開いた。闇の先に居た生き物と目が合ったのだ。
「!!」
 そこに居たのは精悍な体つきをした半裸の男である、しかし格好は今問題ではない。
 ここは、僅かな非常灯以外の光源は何もない地下……人間なら伸ばした自分の手すら見えないだろう。
 それなのに目が合ったと言う事は、相手もまた闇に生きるもの。
 もしかして、自分と同じ吸血鬼だろうか?
 セラスはそう考えたが、異様なプレッシャーにすぐにその考えを捨てた。
 なんだかよく分からないが、この男はヤバい。本能がそう告げていた。

 動揺するセラスを尻目に、半裸の男はセラスなど眼中にないらしく、上の空の様にぶつぶつと何かを呟きながら無造作に歩を進めていた。
 裸足の足がコンクリートの床を蹴るひたひたという音が、規則正しく闇の中に響く。
「はい、そこの人、止まって、止まって!」
 セラスは叫んだが、男は当然のようにその言葉を無視した。
「ちょっと聞こえてるの! それ以上動かないで!」
「……」
 男はやはり止まらない。セラスなど居ないかのように一歩、また一歩と近づいてくる。
 異様なプレッシャーに、セラスは自分が気圧されるのを感じた。
「近づくなっ!」
 最後の警告を無視されるのと同時に、セラスは動き出した。
 なんだかよく分からないが、これ以上は近づかれるのは危険だという判断である。
 存在しない腕からどっと闇が溢れ出して、男を捕縛する為するすると伸びていく。
 一瞬で闇が男を包み、完全に拘束したとセラスが確信したその時、セラスはぞっとするものを感じて思わず闇を引込めた。

 まただ。
 こいつには触れられない。
 いや、触れてはいけない。

 セラスはこれまでに感じた事のない奇妙な感覚と戦っていた。
 吸血鬼の本能とも言える部分は、こいつには近寄るなと警鐘を鳴らしている。
 しかし、闇を介したものとはいえ、いざ触れた瞬間感じたのは、痛みではなく、むしろどこか心地の良いものだった。
 訳が分からない。こいつは一体?

「吸血鬼……? しかし、随分変わった吸血鬼だ……」
 男はやっとセラスに気が付いたように顔を向け、言葉を発した。
「こんな吸血鬼は初めて見る。人間どもめ、何のつもりだ」
 先ほどまでとは明らかに違う滑る様な足運びで、男は一気に距離を詰める。
「はっ!?」
 反射的にセラスは足を高々と上げ、男の頭を蹴り飛ばしていた。
 バチュという、果物が砕けるような音と共に、男の頭から、肉と汁が飛び散る。人間なら確実に死亡、不死者とて一時的な行動不能は免れないだろう。予想外のクリーンヒットである。
 え……意外と弱い?
 セラスは頭の中で首を傾げた。
 相手が何者か分からないが、畳み掛けるチャンスだ。
 しかし、さらに追撃の為に踏込んだ瞬間、セラスは男の目の前でドタッと無様に転倒した。
「っんな!?」
 別にセラスのドジな面が顔を出したワケではない。
 数瞬前に男の頭を蹴とばした方の足が、痛みもなく抉られ、切り取られていたのだ。

 ――そういう事か!
 なぜ本能があんなにも警告を発していたのか、その一端を知ったセラスは、男の踏みつけを避けながら足を再構築し、素早く立ちあがって距離を取った。
 素手では手に余る、銃器を持って来るべきだったとセラスは舌を打った。
 セラスにとって初めて出会ったタイプの化け物である。
 触れた瞬間、こちらが食べられる……さて、どうしようか。
 決め手に欠くセラスが手をこまねいている間にも、男は無造作に近づいてくる。
 距離が詰まる度に、セラスはじりじりと後ろへ下る他なかった。

 また、問題はそれだけではなかった。
 前方の男とはまた別の殺気を感じたセラスは、はっと後ろを振り返った。
 そこにいたのは隊伍を組み、規則正しく行進する大量のグールである。
 吸血鬼の紛い物であるグールは、本来のろまで愚鈍な代物であるが、たった今現れたグールの動きにそのような亡者特有の緩慢さはなく、その統制された動きは、一種の機械的な印象を与えていた。

 ど、どこから湧いたのよ! ここ、SPW財団の地下なのに!
 次から次へと発生するトラブルにセラスは頭を抱えた。

「ほう」
 機械化グールを率いるナチの司令官、オットー・ダンツは、暗視スコープ越しに見た女吸血鬼の姿に感嘆の声を上げた。
「『柱の男』の奪取に来てみれば……あれがアーカードの血族、セラス・ヴィクトリアか」
 機械化グールを引き連れたダンツは、小さく腕を上げた。一方的な殺戮を始める為に。過去に何千何万と行ってきたように。
「やれ」
 言葉と共にグール達は一斉に両手を突き出し、掌をセラスと怪人へと向ける。
 刹那、暗闇を裂く様に、物質的な強固さを持ち得るほどの光が、無数の刃となってセラスと男へと襲い掛かった。
「う、ぬ……この光は……」
「紫外線照射装置! けど、それで私を抑えられるとでも!?」
 光は鋭い刃となって二人の体を引き裂いていく。だがそれとほぼ同時に、両者は身を切裂く光刃の正体を看過した。
 男は素早く体を石の様に硬質化させて身を守り、セラスの方は存在しない腕を振るい、身を守る様に闇のカーテンを張り巡らせた。
 闇は一気に膨張すると、守るばかりでなく逆に光を飲み込み、闇はグールの方へとつき進んでいく。
 しかし、ダンツは厳かな表情をしたまま、眉一つ動かさない
「なるほど、たいした力だ。我々の製造した吸血鬼の能力を完全に逸脱している。これがアーカードの血族……脳を『押し切った』吸血鬼か。
 しかし――紫外線照射装置は半世紀も前の発明。我々がそこから動いていないと思うなよ」
「……!」

 陽光は吸血鬼の大敵と言えど、アーカードの血族であるセラスにとっては致命的な問題ではない……それが単なる紫外線ならば。
 光と闇の力比べは初めセラスが圧倒的に優勢だったが、あと最後の一押しという所でセラスの闇が止まった。
 苛立つセラスはさらに力を込め闇を進ませようと力を絞ったが、勝利には届かない。
 じわじわと光が闇を押し返していく。

 おかしい。太陽の下を大手を振って歩く今の自分が、いかに光量や線量が多かろうが紫外線如きに後れを取るはずがない。
 そんな事は問題ではない。何かが根本的に違う。この光は生前も死後も、今まで浴びた事のない光だ。
 抑えられない……逆に圧されている……明らかに、この光は紫外線ではない。
「神の光に屈せ、吸血鬼」
「う、うあああああああああっ!」
 形勢不利と見たセラスは、可愛らしい外見に似つかわしくない雄叫びを上げ、マントの様にためく闇を翻した。防御ではなく、攻撃に移る為に。
 状況は極めて深刻だった。何が起こってるのかさえよく分からない。分かっているのはただひたすらまずい状況にあると言う事だけ。
 セラスの脳裏に、かつてヘルシング邸がグールの群れに、そしてその後ナチの吸血鬼に襲われた記憶がフラッシュバックした。
 いずれも窮地に陥ったが、グールの群の時は、ウォルターが、そしてアーカードがいた。ナチの時は傭兵団ワイルドギースがいた。
 今、前方に謎の怪人、後方にグールの群れ。そして、ここには自分しかいない。
 こういう時、王立国教騎士団ヘルシングのごみ処理係ならどうするか?
 ……決まっている。
 見敵必殺(サーチ・アンド・デストロイ)!やってやろうじゃないのよ!

 なぜそんな物がここにいるのか、どうやって侵入したのか、目的は何か、セラスはそこで全ての思考を打ち切り、意識を戦いに集中した。
 余計な事は終わってから調べればいい。

 闇を戻したその瞬間に、無数の光線が鋭い刃となって、セラスの体を穿った。その光が当たった場所は灰のように崩れていく。
 けど、予想通り!
 体を貫かれる痛みをぐっと堪え、セラスは跳んだ。光に射殺されるよりも早く、敵を殲滅する。それしかない。
 射線をギリギリで躱しつつ、グールの体に渾身の一撃を加える。
「次!」
 もう一体を蹴り殺そうとした瞬間、考えるよりも早くセラスは退いていた。刹那、セラスの居た場所が光の矢が殺到する。
 壁と天井を飛び跳ねるように、セラスは三次元的に動き回り、巧みに攻撃を避けつつ、隙あらば必殺の一撃を加えた。
 踵落としを受けたグールが、ぐちゃっという不快な音を立てどうと倒れた。
「次ッ!」
 倒したグールに目もくれず、再び飛び跳ねようとした時、セラスの動きが僅かに鈍る。
 ぎょっと振り向くと、頭の潰れた亡者が脳みそを垂れ流しながら、セラスの足を掴んでいた。
「!!」
 慢心ともいえぬほど僅かな慢心。間をおかず、あの光が閃く。
「おっ……りゃああああああッ」
 あいつだ!
 叫びながらセラスは起死回生の一手に打って出た。
 無数の光刃に体を焼かれつつ、セラスは足元のグールを振り払い、周囲のグール共を無視して命令を下すダンツに飛びかかる。
 長引けば、いずれこの光に灼き尽くされる。
 ここで勝負を決めるしかない!

 刹那、セラスの頭の中で、傭兵ベルナドットが叫ぶ。
『焦るなァ!』
 考えた結果というより、声に驚くような形でセラスは直前で進行方向を変えた。
 それと殆ど同時に、ダンツの掌からもグール達と同じ閃光が放たれ、セラスの頬を掠める。

 なんとか避けられた。でも、まずい、これじゃ……近寄れない。
 っていうか、近寄れない以前に……まずい、まずい、まずい!
 防御……防がなきゃ……。

 光の刃がセラスの体を焼く。暴力的な光の前には再構築さえ間に合わない。
 セラスには自分の体が、塵へと還っていくのが分かった。
 ありったけの力を振るい、セラスは闇のカーテンをその身に纏う。しかし、これも長くは持たない。どうする?
 何とか反撃できるか? 無理だ。
 誰かが助けに来る? 期待できない。
 となれば残る道は……。
「ち、ち、畜生……!」
 毒づくセラスはその時、確かに死を覚悟した。


 名状し難い光によって、セラスの身体はズタズタにされていたが、それでも吸血鬼の超感覚は未だに健在だった。
 完全なる死の淵で、セラスは感じ取る。
 グール達の体の中で軋む歯車の音。司令官らしき男が吐く吐息(つまりこいつは人間という訳だ)。後方では光を浴びせられた怪人が石化しているようだが、内部ではまだ心臓が動いている。
 そしてそれらに混じって、何かが風を切る音がした。続いてドサリとグールが崩れる音。
 次の瞬間、地下の照明が回復した。
 崩れたグールは一体ではない、一体また一体と、何かが、グールを倒している。
 これは明らかに援軍!
 しかし、一体、誰が?
 ザン、という鋭い風切り音。セラスの超感覚は、それが鋼で補強されたグールの身体を両断した音だと告げていた。
 一糸乱れるはずの軍団に、混乱が広がっていた。
 一瞬、光が弱まる。
 そして、吸血鬼に備わった視力以上の視力の力で、セラスは見た。
 グールの合間を縫い、孤軍奮闘する銀の騎士と、それを従える男の姿を。

「貴様、何者だ!」
 ダンツが叫ぶ。
 男は力強く、この上なく堂々と応えた。
「普段ならテメーらの様な外道! 名乗るほどの価値もないが、聞かれたからには名乗らして貰おう! 俺の名は、ジャン・ピエール・ポルナレフ!
 いろいろ事情があるようだが、この場はそれ以前! よってたかって一人を痛ぶるなんて見過ごせねーぜ! 掛かってきな!」



[22341] 【習作】ヘルシング×ヘルボーイ×ジョジョ クロスオーバー 第七話
Name: ミナミ ミツル◆418431ff ID:ebbdb2fa
Date: 2016/04/24 01:55

『我らは創造主を模して創られた』
 彼女がそう思ったのは最初ではなかった。
 想像ではなく行動から。苦痛に満ちた真実、精髄の真実。
 それは、エルドラージは吸血鬼よりも優れた吸血鬼だということだった。


                         ―――「Magic Story」



 かの東郷平八郎が連合艦隊司令長官に推挙されたのは、彼が他者と比して運がいい男だったからと言われている。
 しかし、この世に天運の持ち主など果たして存在するだろうか。
 確かに偶々連続してツキが転がり込む事はあるかもしれないが、過去にいくらツキを重ねても、所詮は天の気紛れ、偶然であり、未来もそうなるという保証などないのではないか?

 然り。
 この世に本当の意味で運の良い人間はいない――が、運の良いと呼ばれる人間は存在する。
 良い目を引く、それだけでは運が良いと呼ばれるには足らない。舞い降りた理由なき僥倖も、それを活かせぬなら不運と呼ばれる。
 悪い目を引く、それだけでは不運と呼ぶのは早計である。降りかかった理不尽な窮地、それを凌いだ一握りの人間は悪運が強いと呼ばれる
 言うなれば運の良い人間とは、偶然から最大の利益を引き出し、偶然を最小の不利益に抑える事の出来る人間の事だ。

 ポルナレフが引き起こした混乱。機械化グールを率いるダンツの動揺は僅かなものだったが、セラス・ヴィクトリアは運の良い女だった。そして、それ以上に彼女の中のベルナドットは運の良い男だった。
『ここだぜ!』
 ベルナドットがセラスの頭の中で叫ぶ。戦いの攻守、勝敗の帰趨が入れ替わる瞬間があるとしたら、まさにこの時。
「らああああああああッ!」
 ベルナドットに答えるまでもなく、セラスは動き出していた。
 訪れたチャンスは一瞬。けど十分だ。後はその一瞬を引き延ばすだけ。
 雄叫び上げつつ、近くに倒れていたグールの上半身を蹴り飛ばす。弾丸のように跳ね飛ばされた肉片は、二体のグールを貫通し、さらに一体を転倒させる。
 混乱が加速し始めていた。
 刹那、視界の端で一体のグールが掌をこちらに向けるのが見えたが、もうセラスの頭も冷えていた。
 その手から光が放たれるより早く、セラスは射線上から飛びのいた。壁を蹴り、天井へと駆け上がる人外ならではの三次元移動である。
 天地逆転の逆さまの視界の中、セラスはたった一人の援軍の姿を一瞬だけ見上げて確認し、急降下してその背後に迫る黙示録の軍団の一体を引き裂いた。
 フォローされた事に気付いたポルナレフが、ヒュウと息を吐く。
「メルシー!」
「いえ、こっちも助かりました、ポルナレフさん」
「さん付けなんてしなくていいぜ、お嬢さん……名前を聞いてもいいかな?」
 実際はSPW財団の職員にセラスの事を聞いていたが、ポルナレフはあえてそう訊ねた。
 騎士道を知るフランス人にとって、乙女を口説くのは義務なのだ。
「セラスです。セラス・ヴィクトリア」
 ニコっと笑顔でそう言うと、次の瞬間セラスはグールの体を素手で引き裂いて、その上半身を盾に放たれた光線を防ぐ。
 それを見たポルナレフは引きつった様子で、それでも何とか表情を保った。
「セラス、ね。後でゆっくり話そうか……今は忙しいからな、ウン」
 くるりとグールの方を振り返りながらポルナレフは思う。
 こりゃ一つ間違えるとエラい事になりそうだぜ……。

 ポルナレフの奇襲を受けた瞬間から、ダンツは頭の中にあった自身の有利という考えを捨て去っていた。
 悪い事に相手を勢いづかせてしまった。こうなってしまえば……特にセラスの相手は分が悪い。まともにやればこちらの兵はあれの動きについて行けん。
 事実、今や手持ちの駒は次々と討ち取られている。
 だが、とダンツは奥歯を噛み締めながら思った。
 この勝負は討ち取った兵の数を競うものではない。王を詰んだ者が勝者なのだ。駒の有利などくれてやる。
「サンタナだけは何としてでも確保しろ!」
 しわがれた声でダンツが叫ぶと、三体のグールが石塊と化した柱の男を専用のチタン合金製のケースに収めていく。
 その作業が終わるまでに半数の駒が犠牲になっていたが、ダンツにとっては十分だった。
 目的の物は押さえた。後は逃げ切るだけだ。他の事などどうでもいい
「押し通る。退路を切り開け」
 ダンツの冷たい声と共に一斉にグール達がセラスとポルナレフへと殺到した。
 それは二人を殺す為ではなく、一瞬でも長く足止めする為の肉壁となる行為だった。魂なき死者たちは己の体を捧げる事に疑問を抱かない。
 ポルナレフとセラスが足止めのグール達をすり潰し終えた時、もうそこにダンツの姿はなく……。

「クソッ、逃げられたか!」
 ポルナレプは苛立って言葉を吐き捨てたが、セラスはすぐに首を振って否定した。
「いえ、まだ間に合います! 追いましょう!」
 そう言ってセラスが前傾姿勢になった瞬間、グンっとその姿が歪んだかと思うと一陣の風を残して、その姿はポルナレフの視界から消えていた。
 残されたポルナレフは、少し呆けてふう、と息を吐いた。
 不死身の吸血鬼と違い、ポルナレフは生身の人間だ。あんなに速く走るのは不可能である。ましてや大立ち回りした後ではそんな体力も残ってない。
「せっかちだな……それにしてもあの子も吸血鬼って話だがDIOとはずいぶん違うんだな」
 ハァともう一度深く息を吐いて呼吸を整えると、ポルナレフもセラスの後を追って走り始めた。

 どこだ?
 どこだ!?
 グールの腐臭。金属の匂い。ダンツの残した痕跡を捕えながら、セラスはその後を追った。
 駆けながら彼女は額の中央に意識を集中して、セラスは壁や天井の向こう側を透視する。
 吸血鬼の神眼が地上の光景すらも見通した時、彼女は今の状況が思っていたよりはるかによくない事を知った。
 見慣れない軽飛行機が、エンジンをふかして待機している。ふざけた事にその機体にはハーケンクロイツのマークが堂々と描かれていた。
 あれに乗られたら終わりだ。

「!」
 地下から駆け上がったセラスを待ち構えていたのは、一旦は逃げたはずオットー・ダンツだった。
 下僕のグールすら連れていない。ただ一人で殿を務めるらしい。
「来たか、アーカードの娘」
 セラスが現れると同時に、ダンツは腰からサーベルを引き抜くと、滑らかな動作で正眼に構える。
「まさか……一人で私を止める気?」
 セラスは少し憤慨した。
 いやいや、一人って。ひょっとして私、舐められてるの? ん?
『待てよ、嬢ちゃん。様子がおかしいぜ』
 ベルナドットが警告すると、セラスも頭の中で頷いた。
 いくらなんでも妙だった。
 機械の力で少々背伸びしようが、人間と吸血鬼の差は簡単には埋まらない……ということは、相手には必ずその差を埋めようとする手があるはずだ。
 考えられるのは罠か、奇襲か……。
 どこからか、あの不思議な光線が飛んでくるかもしれない、とセラスはダンツの動きに注意しながらも、周囲にも視線を走らせる。
 そのセラスの見透かしたように、ダンツが口を開いた。
「心配せずとも、相手は私一人だぞ。セラス・ヴィクトリア」
「……いい度胸してるわね。それとも諦めた?」
「グールどもでは貴様の相手は手に余るのでな。私も命を賭けねばならん……だが諦めると言われるのは心外だ。我々は必ずや勝利し、旧世界は終わりを迎えるだろう。その後、新たなる支配者の手で再生が始まる。
 ならば私は喜んでその礎となろう……大いなる地の王、暗黒の主。我は求め、訴えり……」
 ダンツの声はいつしか呪文の詠唱へと変わっていった。その声は低く小さく、だが禍々しい何かを含んでいる。
 そしてダンツが言葉を紡ぐ度、その何かは膨らんでいくようだった。
 セラスは逡巡した。
 時間がない。こうしてる間にもグール達は飛行機に乗って飛び立ってしまう。
 しかし、目の前には未知の敵、未知の戦術。
 慎重に戦うべきか……?

 ギリッ。
 セラスは奥歯を軋ませた。
 睨み合って機会を待ってどうする。
 彼女の受けた命令は見敵必殺。障害が立ち塞がるなら、叩き潰すのみ。
 意を決したセラスが踏み込んだ瞬間、ダンツのサーベルが閃いた。その切っ先は人間の反射能力の限界を遥かに超えるスピードだったが……吸血鬼の限界には届いていなかった。
 刃がセラスの腕に食い込み、鮮血が迸る。
 その一閃はセラスの二の腕を半ば切り裂いたが、そこで刃は止まり、両断とまでは至らなかった。
 ダンツは押し切りろうと力を込めたが、刃が万力で締め付けられているかのように、剣はびくともしない。
 そこでダンツは気付いた。
 これこそセラスの狙いなのだと。

「捕まえた」
 勝ち誇った言葉と共に、セラスはダンツの体を蹴り上げた。
 鞭のようにしなった足が正確にダンツの心臓を貫き、響きわたる火薬を爆発させたかのような破裂音。それはダンツの身体が爆ぜる音だった。
 ダンツの顔は苦悶に歪み、遅れて肉片と流血のシャワーがその上に降り注ぐ。
 両者の攻防は時間にしてコンマ一秒にも満たない。
 思わず拍子抜けするほどあっけなく、勝負は付いた。

 セラスが呻きながらうずくまるダンツを見下ろした。
 もはや呼吸の用を為さなくなった体に、それでも空気を送ろうとしているのか、ダンツの口はパクパクと動いている。
 始めは断末魔かと思われが……それは、やがてそれは意味ある言葉へと変化していく。
「セ、セラス……」
恨み言だろうか。
 名を呼ばれたセラスは首を傾げた。
 完全なる絶命まであと数秒。しかし、その状況で、ダンツは口端を上げた。
 弱々しく震える手でセラスの足を掴むと、ただ一言、呻くように言う。
「つ、捕まえた……」
「なっ!?」
 一転、セラスはその言葉とダンツが浮かべた凶相にゾッと全身の体毛が逆立つのを感じた。
 血を吐きながら、ダンツはさらに詠唱を紡ぐ。
「我が魂を奉げ、扉を……開かん」
 心臓を貫かれた者でも、まだ差し出すものが残っている。風前の灯とて、命は命。
 瀕死の男が最後に叩き付けた切り札は、古より脈々と受け継がれてきた暗黒の術。魂と引き換えに発動する魔術だった。
 そしてダンツが事切れると、その瞬間呪文が完成し――その体から、闇が溢れた。全てを飲み込む闇が。

 その瞬間何が起こったのか、セラスは理解できなかった。
 セラスの心に住むベルナドットすら、唖然として絶句していた。
 それゆえに、理解不能なモノに直面した人間がそうするように、セラスは叫ぶ。
「お、おおおおっ!」
 だが、その声すら理解不能な『それ』に飲み込まれた。
『それ』は何者も区別せず、慈悲もなく、容赦しない。
『それ』は生き物ではなく、物質でもなく、そもそも有ですらなかった。
『それ』はセラスがダンツの体に開けた心臓の風穴から現れた……否、『それ』の正体はその風穴だった。

 文字通り渾身の魔術より、ダンツの体に開けられた穴は、底なしの虚空となり、凄まじい力で周囲のありとあらゆるものを吸い込み、虚無の彼方へと消し去っていく。
 媒体となっているダンツの身体すらじわじわと飲み込みながら穴はさらに大きく、吸い込む力を増しながら、膨らんでいく。
 セラスは急いで死体の腕を振り払い、穴から背を向けて飛びのいたが、僅かに遅かった。

 ま、前に進めない!
 全力で踏ん張っていても、なおも背後に引き込まれるその凄まじい力にセラスは恐怖した。
 まさに魔術で生み出されたブラックホールである。
「おおおおおおおお!」
 雄叫びを上げながら、セラスは全力で抗った。
 恥も外聞もなく両手で床を掴み、四つん這いになってへばり付こうとする。
 しかしそれでもまだ足りない。
 掴んだ床が抉れて、ゴリゴリと轍ができていく。
 ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい!
 胸が早打ち、本能が警鐘を鳴らす。
 頭の中ではベルナドットが根性出せとか、ガッツだとか、お前の力はこんなものじゃねえとか叫んでいる。うるさい。やってる。やってます。でも本当に無理なの!
 こんな事が、こんな事が起こるなんて……。
「あ……」
 そして前触れもなく、セラスのへばり付いていた床自体が剥がれた。
 地面に踏ん張る事すらできず、突然セラスは宙に放り出される。
 万事休す。確実な死。

 しかし、セラス・ヴィクトリアはなおも悪運の強い女だった。
 まず、彼女は空飛ぶ吸血鬼であり、空中に投げ出されても吸引に抵抗する事が出来た。
 こうしてこうしてまずこれで数秒を稼ぎ……5分前に作った頼りになる友人が駆けつけるのが間に合った。
「セラァァス!」
 声と共に差し出されたのは銀の腕。
 それは常人には見えず、触れる事も出来ない生命のビジョンだ。
 しかし、セラスはそれを見る事が出来た――そして、触れる事も。
 シルバーチャリオッツの手とセラスの手はガッチリと握り合った。文字通り一蓮托生とばかりに、互いに強く、強く握りしめた。
 そして、セラスの背後で荒れ狂うブラックホールは発狂したかのように、最後の数秒間は今まで以上に暴れまる。

 そして唐突に沈黙が訪れた。
 風穴が自分自身すら飲み込んで消滅したのだ。
 SPW財団のその区画はまさに嵐の通り過ぎた後のように物が散乱し、奇妙な静寂が支配していた。
「あー……怪我は?」
 コホンとポルナレフは軽く咳払いして言った。
「いえ、私は大丈夫です。また助けられましたね……ありがとう」
 そこでハァとセラスは溜息を吐いた。
「逃げられました」
 連中も無傷ではない。痛手は負わせた。しかしそれでもタッチダウンを防げなかった。
 これで今日の所は相手に得点だ。


 
「huun……そりゃ開門だな」
 セラスとポルナレフが話終えるとヘルボーイは、その巨大な右手を顎当てながら答えた。
 ヘルボーイは真っ赤な肌にギロギロとした黄色の瞳の持ち主である。
 おまけにその体格は固太りした類人猿さながらだが、こうして静かに記憶を手繰る姿は、恐ろしいと言うよりも神秘的で、古代の長老や呪術師のようだった。
 ナチスの強襲より72時間後。場所は変わらずSPW財団の本部。
 チベットより帰還したヘルボーイと承太郎は、セラスとポルナレフを交えて、情報を整理していた。
「開門?」
 セラスは首を傾げながら聞き返す。
「ああ、どこぞの異次元の門を開ける古い魔術だ。ナチの科学者は昔っから科学だけじゃなくだけじゃなく、魔術の研究もしてたからな」
「ううう……そんな……なんで科学者が突然魔法なんか……」
「いろいろやるにゃ両方の知識がいるんだぜ。魔法の霊薬を作るには薬物学の知識が必要だし、占術は天文学を使って星の運行を予測するのが鉄板だ」
 本人は殆ど魔法を使えないものの、ヘルボーイはこの道50年のプロである。
 思わず、ぐうとセラスは唸った
「そ、それは……知りませんでした。とにかくそのせいで、逃がしてしまいました、ハイ……」
「しょげるなよ、失敗はこの手の仕事にゃ付きものだ。それに開門は今まで何百人も消し去ってきたヤバイ魔術だぜ? 命があるだけで大したもんだ。知らねえ事はこれから覚りゃいい」
 承太郎も頷くと、ヘルボーイよりも少々厳しい言葉でセラスを励ました。
「済んだ事はどうしようもない。悔しいんなら挽回する方法を考えるんだな……だが、これで向こうの目的が見えて来たぜ」
 承太郎は他の三人にも見えるように、机の上にエイジャの赤石を置いた。
 深紅の宝石は底なしの血の池の様な、深い輝きを放っている。セラスは誰かがごくりと唾を飲み込む音を聞いたが、それは自分だったかもしれない。
 承太郎が続けた。
「ナチスが狙ったのはこれと、柱の男サンタナだ。つまり俺のジジイが戦った究極生命体ってヤツをもう一度作ろうとしている。俺も話に聞いただけで実物を見た事はないが……」
 柱の男たち。
 人間から吸血鬼を作りだし、その吸血鬼を捕食していた地球の頂点捕食者。
 究極の生物とは、柱の男の首領カーズが辿り着いた生命の極致である。
 吸血鬼を捕食し、地球上のありとあらゆる生物の能力を兼ね備え、なお且つそれを上回る能力を持つと言われている。
「実際にサンタナと戦った人間の意見が聞きたい」
 承太郎はポルナレフの方を見ながら言ったが、当のポルナレフはすぐに首を振った。
「俺は相手してないからだから何とも言えねーぜ。セラスは?」
「私も相手したのはちょっとだけですけど、んん~~そうですね……あれは何というか、奇妙」
 それは吸血鬼として人間を超えた能力を持つセラスが感じた率直な感想だった。
「奇妙?」
「対処法はあると思います。準備さえ整っていれば、今度こそ私一人でも何とかして見せます。けど、あの雰囲気はなんだか凄く嫌な感じでした」
 吸血鬼は人間の首筋に牙を突き立て、皮膚を破り生き血を啜る。その理由はただ血を栄養にしているから、という訳ではない。
 吸血鬼は生き血を媒介に生命そのものを啜っているのだ。そうして人間の魂、本質、精髄を取り込み、我が物とする。
 そうして憐れな犠牲者の命を吸いつくし、残された空っぽの肉体は、生前の醜悪な残滓であるグールと化す。
 だが、あれは……吸血鬼の捕食者、柱の男は違った。
 セラスはサンタナと対峙した時の事を思い返していた。
 あれは触れた瞬間、私の体を食っていた。実際、SPW財団の資料にも、柱の男たちは全身の細胞で食事を行うとある。
 つまり、あれは餌食を漁るのに牙を使わない。血を吸わない。柱の男にはその必要がないのだ。
 血を媒介にせず、空っぽのグールという痕跡さえ残さず、全てを取り込む。
 吸血鬼のやり方よりも、容赦なく、より徹底的で、貪欲な手法……吸血鬼の製造者。そして、より優れた構造を持つ捕食者。
 この生物がさらなる進化を遂げる可能性があるとしたら、人間や吸血鬼にとって嬉しいニュースではないだろう。
「もしもサンタナにもう一つ上のステージがあるなら、かなりマズイ事になります。どうなるかちょっと想像できません」
「でもよう、その為にはその宝石が要るんだろ」
 ポルナレフが腕を組みながら言った。承太郎も同意する。
「ああ、その通りだ。放っておいてもまた向こうから来るだろうぜ。今度は丁重に出迎えてやるとしよう」
「なんと考えの浅き事よ」

 二度目の襲撃に備えて防備を固める、四人がそんな結論に達しようとしていた時、聞き覚えのないざらつく声が話し合いを遮った。
「……!」
 本能的に四人は声のした会議室の一角を振り向いた。
 そこには誰もいない。ただ簡素な会議室に不釣り合いな、不気味なオブジェがあるだけだ。
 そのオブジェは欧州の拷問器具アイアン・メイデンを模したもので、くすんだ金属の肌が鈍く蛍光灯の光を反射している。
 4人は自問した。こんな目立つものに、今まで気が付かなかったのか?
「……この部屋に入った時、誰かこれに気付いたか?」
 承太郎が発した疑問に答えたのはヘルボーイである。
「いや、コイツはさっき涌いたんだ。今日は何の用だ、ヘカテ? 言っておくがな、言葉を選べよ。今日は四対一だぜ」
 ヘルボーイがそう言って席から立ち上がると、少し遅れて承太郎とポルナレフも続く。セラスに至っては、いつの間にか立ち上がって臨戦態勢に入っていた。
 死線を潜って来たスタンド使いに、人外を狩る人外。悪魔ですら気圧される圧迫感である。しかし、ヘカテと呼ばれたアイアン・メイデンはひるむ様子も見せずに言葉を紡いだ。
「何用とな。妾は秘密を暴く者、そして変化の使者。妾が現れる時は、即ち世界に変化の訪れる時だ」
「変化だと?」
 鋼鉄の処女は不動のまま続けた。
「左様。かつてない巨大な変化が起ころうとしている。その只中にあってお前たちは盲人も同然だ。見るべきものが見えておらぬ」
「俺達に何が見えてねえって言うんだ?」
「己の進む道だ。あの愚か者どもは望む物を手に入れたぞ。このまま手を拱いていれば、遠からずお前たちがカーズと呼ぶ男が新たな神となり、人の世は終わりを迎えるだろう」
「おい待て、待て! どう言う事だ? カーズって野郎は宇宙に吹っ飛んだんだぜ。あいつらが持ってるのはサンタナだ!」
 がなり立てるヘルボーイを宥めるように、ヘカテは続けた。
「確かに肉の器は天の彼方にある。しかし、吸血鬼にとり血は魂の通貨なのだ、ヘルボーイ。かつて妾はお前に殺されたが……予め妾は息子に血を与え、魂の欠片をその中に宿していた」
 そこまで言うと、ヘカテと名乗るアイアン・メイデンは不動のままセラスを見た。
 どうやっているのかは分からないが、セラスにはそれを感じる事が出来た。
 動く事さえなく、瞳なき瞳で、ヘカテは確かにこちらを見ている。
「そこの娘が血を吸った男の魂を宿しているようにな。故に息子がこれに身を投じた時――」
 その時、鋼鉄の乙女の扉がギィギィという不気味な音を立てて開き、無数の棘ある乙女の内部が露わになった。
 その中には事切れて久しい人骨が、無残にも乙女の棘に串刺しにされている。
 バタンと乱暴に扉が閉じると、ヘカテはさらに言葉を続けた。
「その血とこの鋼鉄の人形を以て、妾はこの世に再臨した」
 鋼鉄の処女は言葉を紡ぎながら、カチカチと音を立てて変形していく。
 やがてその姿は文字通りの鋼鉄の肌を持つ女へと変っていた。
「既に愚か者どもはカーズの血を手にしている。天と地の狭間の距離をどのようにして埋めるのかは妾にも分からぬが……あの者どももまた、魂の欠片を使ってカーズの魂を呼び寄せるつもりだ」
「で、でも! 例え魂を呼び寄せても、エイジャの赤石がないと、究極生命体には――」
「セラス・ヴィクトリアよ。その様な思い込みで痛手を負うた事をもう忘れたのか? 人間は愚かだが、同じ場所に長く留まってはおらぬ。かつて出来なかった事が、今も不可能であると思わぬ事だ」
「……ナチの連中は赤石が無くても、柱の男を進化させる方法を見つけたのか?」
「然り。心せよ、人間よ。終末はすぐそこまで来ている」
「おい、オバハン。なんでそんな事を俺達に教えんだ?」
 ヘルボーイがいかにも不機嫌そうに言った。
「言うたであろう。妾は秘密を暴く者――」
「――そして変化の使者だってんだろ? 何を企んでやがる? 手前ぇの秘密も言っていけよ」
「妾に秘密などありはせん。 妾は変化を望んでおるが、今起ころうとしている変化は妾の望んだものと違う。それだけだ」
「ケッ。要は高みの見物決め込んで俺達を潰し合せる気か」
「皮肉を言うな。もしも神が現れたのならば、抗する手段は幾らもない。止められるとしたら、方法はただ一つ」
「……それは?」
「とぼけまいぞ、ヘルボーイ。分かっておろう」
 そう言って鋼鉄の女はヘルボーイの大きな右手を指差し示す。
 これまで様々な予言者が、そして様々な徴が、破滅を呼ぶ右手だと言っていたものを。

 刹那、ヘルボーイの脳裏によぎったのは、未来の自分の姿。
 破滅の腕の力をもって七つ首の竜を解き放ち、彼の龍に跨る自分。その背後には4人の不気味な騎士が続く。
 騎士らの名はそれぞれ『戦乱』『飢餓』『疫病』そして『死』
「それを使え。別の神を呼べ。それこそ妾の望む変化だ」
「……ふざけるな」
「そうする他は道はない」
「そいつァ、死んでもゴメンだな」
「……ヘルボーイ、お前は自らの意志でこの場にいるつもりだろう。セラス、お前もだ。だが、それは真実ではない。大いなる意志の導きによってお前たちはここにいる。
 運命に逆らおうとしても無駄な事。望もうと望むまいと、お前たちは主人に定められた役割を演ずる他ない」
 黙って聞いていたセラスだったが、主人という単語を聞いてピクリと眉を釣り上げた。
「私のマスターは一人だけ。そのまた御主人様も一人だけ。その他には誰もいません」
「よく言ったぜ、セラス。俺も同感だな。お前らが何と言おうと世界は滅ばねえし、滅ぼさせねえよ」
「……もう一度言う。望もうと、望むまいとだ。人間の側に立とうとも、妾はまだお前たちの事を同胞と思うておるぞ……」
 やがてヘカテの姿は霧の様に徐々に薄く、おぼろげになっていく。
「全てに意味がある」
 完全に消えてしまう寸前、ヘカテは現れた時と同じく言葉を残して行った。
「ヘルボーイ、お前が人間の世で過ごした事にも。セラス、アーカードではなくお前が残った事にも……」
 そう言い終えると、ヘカテは消えた。


 沈黙を破ったのは承太郎だった。
「今のくるみ割り人形の話は信用できると思うか?」
「最後の方はてんでデタラメだろうが、ナチどもの準備できつつあるってのはマジだろうな。その為にわざわざ巣穴から出て来たんだからよ」
「同感だぜ」
 ヘルボーイの意見にポルナレフも頷いた。
「こっちから行くしかねえって事だ。まっ、俺は待つより攻める方が性に合ってるけどよー」
「で、でも、敵がどこにいるか、場所が分かりませんよ!」
「……クレンプトなら場所を知っているだろうが、なにせ奴は首だけだ……生命維持装置の解析が終わってからじゃねえと、尋問も出来ねえとよ」
「クソッ。殺すのは簡単だろうにな。逃げた飛行機の行方を追うしかねえか」
「そっちも財団の方で捜索中だ。しかしこっちはこっちで時間が要りそうだ」
「うーん承太郎、ジョースターさんには頼めないのか? ハーミットパープルなら分かるんじゃねーの」
 承太郎は難しい顔をして首を振った。
「それも考えたが、正直言ってジジイも耄碌してるからな……スタンドパワーもだいぶ落ちてる。難しいだろうぜ」
「た、た、大変です!」
 どたどたと慌ただしい足音と共に、血相を変えて会議室に飛び込んできたのはSPW財団の職員だった。
 うんざりした様子でパチンと自身の額を叩きながら、ポルナレフが言う。
「またかよ。今度は何だ?」
「く、く、クレンプト教授が!」

 職員に連れられて、4人が駆け付けると、そこには生命維持装置の部品、頭部を保護していた強化ガラスの破片、そしてクレンプト教授だったものの肉片が部屋中にぶちまけられていた。
 見るからに異様な死だったが、異常だったのはそれだけではない。
 血と脳漿と保存液の混じりあった液体で、文字が綴られていたのだ。
 もっともそれが何の文字であるかは、承太郎やポルナレフには見当もつかなかった。見た所漢字でもアルファベッドでもない。というか知っている文字ではない。
 青ざめた顔でポルナレフが尋ねる
「さっきの女かの仕業か、ヘルボーイ?」
「ああ。そうだ、見ろ、こりゃあヒューペルボリアの文字だぜ。未だにこれを使ってるのは、ヘカテ以外じゃ蛇人間くらいだ」
「読めるのか」
「ん、ちょっと待ってろ。っと……し、城……」
 くねくねと蛇がのたうったような文字としばらく格闘したヘルボーイは、やがて意味のある単語を吐き出した。
「……オーストリア、フンテ城」



 クレンプトとダンツの二人を使いに出し、二人とも帰って来なかった。
 微妙な状況だ。明かに劣勢という訳ではないが、優勢とも言い難い。
 ここでもう一押しできたら一気に状況が優勢に傾くだろうが……難しい。それが実に難しい。
 ダンツの命と引き換えにサンタナという収穫はあったが、これだけでは課題は山積みだった。
 サンタナを進化させたところで完璧とは言えない。宇宙の彼方にいるカーズの魂をここに呼び寄せなければならない。その方法を考えなければ。
 そして進化の方法だ。エイジャの赤石は向こうの手にあるが、再び攻勢を掛ける戦力はない……もっとも、これは今ある道具で何とかなると思うが。
 さらに重要なのは、ぼやぼやしていると向こうがここを見つけるかも知れないと言う事だ。
 今、ここは無防備も同然だ、攻撃されるのはまずい。
「時間が足りない。考える時間も、計画に使える時間も」
 右手の指をカジカジと齧りながら、ドクは考えを巡らした。どうすればカーズを喚べる?
 今からロケットを打ち上げてカーズを回収する……?
 非現実的。
 雀の涙ほどの血液から新たなカーズを培養する……?
 もっと無理だそれは。
 カーズは諦めて、サンタナのままで我慢する……?
 妥協の産物のアイディアだ。しかしこれが一番現実的か。
「やあ、ドク。調子はどうだい?」
 椅子の背もたれに寄り掛かりながら考えていると、ガスマスクを被ったクロエネンがコーヒーを持ってやって来た。
「こ、これは、クロエネン大佐!」
 反射的に机から立ち上がろうとするドクを身振りで制止すると、クロエネンはそっと湯気の立つコーヒーを差し出す。
「血液入りの特製コーヒーさ。進展はありそうかい?」
「ありがとうございます……学生時代を思い出しました」
「ほう?」
 ドクは暖かなコーヒーを受け取ると、口を付ける前に湯気ごと香りを鼻孔いっぱいに吸い込み、語り出した。
「私に生物学を教えた男は『柵とはなんだと思う?』が口癖でした」
「柵ってあの仕切の柵かい?」
「そうです。柵は危険な外の世界から身を守るもの、或いは外の世界からやって来るものを防ぐもの……中にいる人間や家畜にとっては。しかし別の見方もあります。例えば狼にとって柵は乗り越えるもの。
 そうして初めて獲物にありつけます。問題にぶつかった時、狼にならなくてはならない……既知の世界に満足する家畜でなく! それを飛び越えた解決法を思いつく事が必要だと……私もそう思います。
 しかし、柱の男を進化させる方法はともかく、肝心のカーズを喚ぶ方法はどうしても思い当たらない……思いつくのは、何の驚異も何の進歩もない現実的な案だけ。私は安易なアイディアに流されつつあります……これでは、これでは!」
 アーカードに届かない。
 言いかけた敗北宣言とも言える言葉をドクは飲み込んだ。まだ、方法があるはずだと言い聞かせながら。
「待てよ、ドク。もう柱の男を進化させる方法を見つけたのか? エイジャの赤石もないのに?」
「ああ、それは何とかなると思います。しかし繰り返しますが――」
 ドクが言いかけたのを遮って、クロエネンが声を張り上げた。
「ど、どうやって?」
「ダンツのやっていた研究です。ダンツはずっと光の研究をしていたみたいですが、その中に興味深いものがありました。嘘か真か分かりませんが、旧支配者の力を利用した装置ですよ」
「旧支配者? HPLの小説に出てくるあれか!?」
「実際のところ、私も旧支配者の力がどうこうという部分は半信半疑です。しかし、実際はどうあれダンツの開発した光線照射装置は、宇宙から特殊な波長の持つ恒星の光を掻き集めて、そのエネルギーを撃ち出しているらしいのです。これは素晴らしい代物ですよ。
 赤石が無くてもパワーは十分、いや、装置を大型化して出力を上げれば、赤石に通した光以上の力を得られるはずです」
「なんてこった……くそ、君は天才だ! 早速取りかかろう!」
「しかし、カーズを召喚できればもっと完璧に仕上げられるのが、私としては心残りでなりません。あと少し、あと少し時間があれば! 我々はより完璧な存在を作れるというのに!」
「おい……誰からも聞いてないのか? 我々がなんでここに拠点を置いたのか? そっちの問題はとっくに解決してるよ!」
「は……?」
 今度はドクが驚く番だった。
「そんな、まさか。位置すらつかめてないのに、一体どうするつもりですか、クロエネン大佐? 申し上げにくいのですが、そうそう都合よくはいかないかと……」
「あるんだよ、ここに! 都合のいいものが! 着いて来いよ、ドク!」

 クロエネンはドクの腕を引っ張り、フンテ城の最奥へと引っ張っていく。
 掃除は行き届いていたものの、どこかかび臭い臭いが残っていた。少し前まではずっと放置されていたのだろう。
 ただ、フンテ城はもともと歴史のある建物らしく、キリストの誕生と生涯を順に描いている宗教画は中々に見事だった。
 コツコツと二人の足音が響く中、クロエネンは興奮ぎみに捲し立てる。
「我々がこの城に拠点を置いたのは、戦時中だ。当時ここではラグナロク計画群の一環で、極秘の研究が行われていたんだ」
 ラグナロク計画群。追いつめられたナチスの狂気の産物。クロエネンもドクも、クレンプトもダンツも、元はと言えばラグナロク計画の関係者である。
 戦局を巻き返す為に、ナチスは実に様々な事を試した。
 クロエネンが率いるトゥーレ協会はサイボーグ兵士を、ドクは最後の大隊の一員として吸血鬼の研究を。ダンツ親子の十月の騎士団は旧支配者の復活を目論み、そしてクレンプト教授は……。
「おっと、これこれ」
 目当ての物を見つけたクロエネンは、クロエネンは四角い装置をコンコンと叩いた。
 その装置は見たところ年代物のアンティークラジオの様に見えるが、大きさは電話ボックスほどもある。
「人間は、ずっと昔から地球外に強大な魔物たちがいる事を知っていた。それこそ、旧支配者みたいな怪物がね。ただ、それらとコンタクトできたのは、ごく稀な霊感の持ち主だけだった。
 例えば古代のシャーマンとか、中世の隠遁者とか、神秘家、宗教家……そういった類の人間だけが、遠い距離を隔てて怪物の存在を感じ取れたんだ。しかし見ろよ、ドイツの科学力は世界一さ!
 我々は半世紀も前から、科学でその問題を解決してたんだよ! そうとも、これは交信機さ! こいつはずっと昔クレンプトが作ったんだ。この装置を少し改造してやれば、これを通してカーズの魂を呼び寄せる事が出来るって訳だ!」
「……信じられない。つまりこれはテレパシーの送受信を行う機械と言う事ですか……? クレンプト教授はこういった工学機械よりも生物物理学が専門だったはずですが……」
「ふふふ。中を見てみるかい?」
 そう言ってクロエネンはそっと交信機と言った機械に手を当てた。
 交信機の正面カバーはカーテンのように布を引いただけだったので、秘密のヴェールはいともあっさりとクロエネンの腕力に屈した。
 
 クレンプト教授は、いかにして機械に霊感を与えたのか?
「――!」
 その秘密が白日の下に晒された時、ごくりとドクは息を呑み、こんな手があったのかと、深く深く頭の中で何度も繰り返した。
 なるほど! なるほど!
 確かに、これはクレンプト教授の専門だ。間違いなくこれは彼の技術が生んだものだ。
「な、クレンプトはいい仕事しただろう?」
「お見事です! 素晴らしい! 素晴らしい! こんな方法があったなんて、私には思いつけなかった……!」
「その言葉を聞いたら、クレンプトも草葉の陰で喜ぶだろうね」

 感動に打ち震える二人のナチス党員の姿を、6名の虚ろな顔が眺めていた。
 地球外にいる精神と交信する為には、感受性の高い繊細な精神が必要だった。
 クレンプト教授は、その優れた生命維持技術を応用し、そういった人間の首を機械に繋いでいたのだ。
 生首を並べた機械の前で、ドクはがっちりとクロエネンの両手を握った。
「やれます、クロエネン大佐! これなら、これならば! これがあるならば! アーカードを超える、吸血鬼を超える存在を作れます!」
「ああ。僕も手伝うよ。早速はじめよう」

 狼は柵を飛び越えた。


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