職場からの帰宅中、車を走らせていたその時、ふと感じた悪寒。
あまりに唐突な違和感に、慌てて減速し路肩に停車した。
車の外へ出て振り返ったが、しかし、周囲には誰も居ない……。
そう、それもまた不自然で……普段のこの時間帯は交通量も多い筈なのに、今、全く人の気配を感じないのだ。
対向車や後続の車が見当たらない道を何度も見やり、そしてやっぱり何も無かったことを確認し首をかしげる。
(う~ん、おかしいな……まあいいや)
思い直して車に乗り込もうとしたら、助手席においてあったはずのカバンが運転席に。
(あれ?)
手に取り、再度助手席に置こうとしたら、そこに誰かが座っていた。
女だ……目が合った。
「ハロー、お邪魔しま~す」
(っ!?)
目が合った瞬間、先程と同じ質の悪寒、だがもっと強烈なモノに襲われた。
(なっ、なんだこれっ……これさっき感じた気配だぞ、なんなんだこれ?)
後々思い返せば、それはまるでコンビニでバイトしてた頃ドリンク補充で冷蔵室に篭ったまま数時間を過ごした時のような、そんな感じ? 北海道などの極寒地域で感じる真冬の痛い感覚ではなく、-5℃前後の機械的・強制的な寒さ?と表現すれば良いだろうか。
目線を逸らしたいのに、逸らす事が出来ない・・・というか金縛りにでもなったかのように体の全てが全く動かない。
どちらかというと顔はかわいい系な外人さんという印象の、その女性に抱いた感情は恐怖だった。
「え~っと……取り合えず、あなたの目的地までで構わないので、乗せてってくれないかしら、ねっ?」
ねっ?と言われた瞬間。
ついさっきまで硬直していた体が急に動き、それまで背後に状態を反らそうとしていたが為、体が後ろに傾いて……ドンっと尻餅をついた。
「えっ! ダイジョブ?」
外人さんが驚きと共に声を掛けてくる。
だが、こちらはそれ所ではない。
金縛りが解けたのか? 悪寒もいつの間にか消えているが、えと、どうすればいい?
いや、どうしよう、この女は何者だ? っていうか何でオレなんだ? 一体何がどうなってるんだ……?
所謂パニックに陥っていた。
(……ぇえぃ、くそっ、と、取り合えずえ~っと、顔はか、かわいいな。
っじゃねー! い、いかん落ち着け、多分ヒッチハイクだ、いやそう思っとこう……なんか、こ、怖ぇ)
腰が抜けていた訳ではなかったようで、両足に力を込めれば直ぐに立ち上がることが出来た。
精神面は全然大丈夫ではないが、なんとか「わ、わかりました」と返答する事はできた。
機械的に、だが安全運転で自宅方面に向かう。
いつの間にか乗り込んでいたこの女性に対する不信感と恐怖でガチガチだったが、慣れゆえか車の運転に支障はなかった。
怖さゆえに運転に集中していたのだが、むしろそれが良かったようだ。
暫く走っていると、徐々に精神面も落ち着いてきた。
そんな走り出して暫く経った時、前触れも無く外人さんから話しかけてきた。
「日本車って初めてだけど、なんだっけコレ、助手席にもこういうスポーツ風なシートがあるって事は、標準装備なのね? コレ」
(ちょ、突然なんだ? 独り言か? このポンコツに興味があるのか? ……っていかん、と、取り合えず落ち着けオレ)
焦りつつも思う……車好きな自分と共通の話題があったりすれば、多少気が楽になるのかもしれない。
だが気付いたら思いとは裏腹にド直球で問いかけていた。
「……あなたは何者だ?」
(ぬぉ、しまった……我ながら不躾だった)
「ん~ホントはね、秋葉原とか行きたかったのよねー、私単なる旅行よ~。
あ、結構アニメ観てるよ! 聖闘士星矢とかドラゴンボールとか。
ジャパニメーションいいね、ガンダムはあまり解らないけどエヴァは解るよ!」
平常時とは程遠いが、ガンダムという言葉に反応するぐらいには冷静だった。
自他共に認めるガンダム好き故に心の中で突っ込む。
(おいぃ!? ガンダムが解らんとは何事じゃー!)
「まさか間違って名古屋の方に来ちゃうとは思わなかったけど、なんとかして秋葉原はいきたい。
あと富士にも登りたい。
わびさび?感じたいね~。
それから……お台場? 18mのガンダムまだあるのかしら?」
(お台場のガンダムはもう撤去済みで、今年は静岡に立つっちゅーねん、情報仕入れてから来日しろよ……あれ、割と冷静なのかな? オレ)
心の中で突っ込むが、取り合えず黙っておく。
ちなみに現在は2010年7月……静岡の1/1ガンダムは既に組み立てが完了し、もうすぐ一般公開される予定だ。
どうでもいい話だが、昨年のお台場に引き続き、今年もお盆休みの際には観に行く予定を立てている。
「まあ、確か名古屋はおいしい料理多いって聞くね、味噌カツ? 味噌煮込み? 天むす? きしめん? 全部食べたーい。」
たまたま信号が赤で停車した為、恐る恐る助手席を見た。
食い気を顕にする外人さんを横から眺めてみる。
座っている為想像の域を出ないが、スタイルはかなり良さげだ。
特に胸のボリュームが中々Goodな感じにみえる。
胸以外もボリュームがあったらちょっとイヤンだが、ジーンズに包まれたスラッと伸びる足を見る限り、それは無さそうだ。
舐めるように横から眺めているが、当の本人は「あれが食べたーい」などと、日本全国の有名な郷土料理を列挙している。
(こうして目線を合わせずに観ているだけなら問題ない、か……あの悪寒はなんだったんだ?)
だが、ハンドルを硬く握り締めている右手を緩め広げた手の平に視線を移せば、案の定汗でベッタリであった。
ふと顔を戻せば、丁度信号が赤→青に切り替わった。
慌ててローにギアを入れ、再び走り出す。
「へ~、クラッチ繋ぐの上手だね、日本の車は殆どAutomaticだと思ってたよ。
ToyotaやHondaはIndustrial depressionで直ぐにFormula oneから撤退しちゃったけど、モータスポーツの意識? Mind? ちゃんとあるのだねー。」
(ぉいーっ!横文字しゃべんなよ、英語はサッパリ解らんゾ!)
「って、私ばっかりしゃべってるけど、私の日本語通じてる?」
「あー、はい、日本語お上手ですね」
慌てて答える。
事実、日本は初めて来たみたいに言う割りに喋りはマジ上手いと感じていた。
「ホント? サンキュ~♪ 頑張ってアニメ吹き替えじゃないの観たりして覚えた甲斐あったよ……甲斐だったかな、頑張った成果?」
(怖い外人さんの正体はアニオタかよ、マジで怖えぇ……)
そんなやり取りをする内に、自宅付近まで近づいてきていた。
「もう直ぐ私の自宅に到着するのですが、どうされますか?
近くに電車……Train?のStation?がありますけど、そこまで送りましょか?」
「いいよ、車とめる所で降りてあとは歩くから……駅の方向教えて」
(おいおい、家まで来る気かよ……早く降りてくれー)
想いは届かず、そのまま自宅に到着してしまった。
「ここがお家?」
頷くオレを確認してから車を降り、我が家を眺める外人さん。
「助かったよ、ありがとう、駅はどち?」
「この道真っ直ぐ行って左折したら見えてきます、ここから概ね3分ほどですよ」
教えてあげたら、無言で後部座席のドアを開け、キャリーバッグ降ろした。
そのまま後ろ手に転がしながら、すたすた歩き始める。
(つ、疲れた……。
しかしなんだ? 全く音を立てず気配も感じさせずにキャリーバッグを後部座席に乗せて、さらに助手席に乗り込むなんて事を、オレがほんの少し目を放した隙にやってのけたんか?
それにあの悪寒。
なんなんだあの外人さんは……)
ハンドルにへたりこみつつ、外人さんの後姿を眺める。
服の上からでもそのスタイルの良さはかなりのものだろうと想像できる。
先程横目でチラ見した時の胸のボリューム具合を考えると細身巨乳っといったところか。
小ぶりだが形のよい尻ときゅっと締まった腰がなんともGoodだった。
(まあ、さすが外人さんだな、足長げぇや。
だが、やっぱりあの悪寒だけが気になるし、色んな意味で危険だった……さてと)
今日の夕食を想像しつつ車庫入れし、自宅に入った。
車を降り、駅の方に向かいつつも、先ほどの男の家の位置をしっかり頭に叩き込む。
(ふむ、恐らく名古屋の北を流れる木曽川の近くまで北上できたとは思う)
車の中でややテンパリ気味に喋り続けてしまい、今更ながら少々恥ずかしい思いに浸りつつも、移動途中にみた市町村の境界看板の文字は覚えている。
空港で買った地図をリュックから取り出して確認してみた。
恐らくこの辺一体は名古屋のベッドタウンであろうと想像する。
都会からはそれなりに離れている為、取り合えず自身を隠す事ぐらいは容易に出来るだろうと判断する。
そして、みれば極端なド田舎という訳でもないので、情報収集も難しくはないだろう。
しかし個人的に残念なのは、先ほどもポロっとこぼしてしまったが、荷物にまぎれて乗り込んだ飛行機が羽田や成田ではなく、中部国際空港に到着した事だった。
(秋葉原とか行きたかったのに……まあ東京は日本の首都だから、いきなり飛び込む危険を考えればマシだろうけど)
後方の気配が自宅と称していた家の中に吸い込まれていった事を感じ、振り向いて確認した。
特にコレといった意味は無いが……運転は上手だったなぁと、しなやかにシフトノブを操作する左手の動きを思い出す。
(……。
さてさて。
よ~し、でわでわこの近辺をぐるっと観て回ってみようかしらね~)
おもむろに跳躍し、近くの家の屋根に飛び乗り、そのまま屋根伝いに走り始めた。
と同時に、精神を集中する。
(キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの影響は日本全土に波及している筈……油断しないように気を付けなきゃ)
そのまま、夜の闇に溶け込んでいった。
10/5 投稿(Ver1.00)
10/6 修正(Ver1.01)