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[22496] 【習作】お母さんの使い魔(ゼロの使い魔If 平行世界のルイズがサイトの母親)
Name: 改行さん◆3c437658 ID:e0853fb2
Date: 2010/10/14 19:09
 17歳のサイトに母さんと慕われたい。そんなお話を、主にルイズ視点で書きました。

 平行世界のルイズが召喚に失敗→過去の日本へ飛ばされる。そこでサイトの父親と出会って結婚、サイトを出産。
 17年後に、成長したサイトがゼロ魔世界のルイズに召喚される。という流れです。

 前後編の短いお話です。
 もし感想を頂けたなら、次の作品に是非活かさせて頂きます。



[22496]
Name: 改行さん◆3c437658 ID:e0853fb2
Date: 2010/10/13 20:25

 ルイズは目元をひくひくと震わせた。

「あんた誰?」

 ルイズは少年を見下ろした。黒い髪で、どこか抜けてそうな顔だった。まさかこれが自分の使い魔だとは、思いたくなかった。
 少年は呆けたようにルイズを見上げている。
 しばらく待つが、少年の返答はない。ため息を付く。まなじりを釣り上げて、今度はきつめに問いかけようとした。

 少年の目から涙がこぼれた。
 こちらを見上げて目を見開いたまま、声を上げて泣き始める。

「ちょっと、なによ急に。やめてよ泣かないでよ」

 これではまるで誘拐だと、罪悪感が胸にちくちくと突き刺さる。勘弁してよ、と思った。子供ならまだしも、自分とおなじくらいの年でこれはないでしょうと。周りの視線を気にして見回していると、腰に重みを感じる。
 少年が腰にしがみついていた。

 ルイズには聞き取れない言葉を、声を詰まらせてわめきながら、顔を押し付けてくる。おへその位置にほおずりをされて、背中を毛虫が這い上がった。

「は……、はぁなぁれーなーさい!」

 ルイズは少年の頭めがけて、ひじを振り下ろした。芯をとらえた重い音がひびく。
 鳥が木々から飛び立ち、空へと消えていった。
 抱きついていた姿勢のまま、少年がゆっくりと崩れ落ちる。白目をむいていた。

「なんなのよ、いったい」

 ため息交じりの声に、応える人間はいなかった。


 医務室のベッドで、少年が目を開いた。

「やっと目が覚めた。この私の使い魔なんだから、あのくらいで気絶なんてしないでよね」

 ルイズは胸の前で腕を組んで、ベッドに寝ている少年を見下ろした。

「俺……なんでこんなところに」

 少年はルイズの言葉に気付いていないのか、ぼんやりとしている。ルイズはむかっとして声を張り上げた。

「ちょっとあんた! ご主人様を無視するだなんて、いい度胸ね」

 少年がルイズを見る。その表情が固まって、目と口が見開かれた。

「な、なによ?」
「……夢じゃなかったんだ」

 ルイズを見つめたまま呟いて、その目が潤みはじめる。う、また泣くのかしら、とルイズは身構えた。おかげで、少年が「母さん!」と叫んで飛びかかってきても、すんででかわすことができた。

「なにあんた、変態? それとも変質者なの?」

 杖をつきつけて威嚇すると、少年はひどく傷ついた顔をした。

「俺だよ、才人だって。なんでそんなこと言うんだよ母さん」
「母さんじゃないわよ! 私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラ――」
「やっぱり母さんじゃないか!」腕を広げて飛びついてくる。ルイズはとっさに炎球のルーンを唱えて杖を振り下ろした。

 ばご、と少年の顔のまえで空気が爆発して、後ろにはじき飛ばした。

「いったい何事ですか!」

 扉が開かれる。禿頭の男――コルベールは戸口に立って、室内の状況に目を白黒とさせた。

「なんでだよ母さん……俺なんか悪いことしたのか? やっと会えたのに、やっと……」

 少年は床に手をついて涙を流しはじめた。その姿にただごとではない様子を感じたのか、コルベールは真顔になった。

「これは……。ひとまず学院長に相談した方がよさそうですね」

※※※

 半ば放心したまま学院長室に連れてこられた才人は、学院長のオールド・オスマンに問われるまま、おのれの事情を語った
 幼いころに母を事故で亡くしたこと。そしてつい最近父親も病で他界し、父方の祖父母に引き取られる事が決まっていたこと。がらんとした部屋で引越しの業者をまっていると、大きな銀色の鏡が目の前に現れ、なぜかとても懐かしい気がして手で触れると引き込まれて、そして目の前に母さんが居たと語った。

「ふうむ。さすがに他人の空似じゃろうのお」

 オスマンが常識的な意見をだす。才人はむっとして、一枚の写真を取り出した。

「これが俺の母さん。平賀ルイズ。どうだよ、そっくりだろ?」

 写真には、赤ん坊を抱えた桃色の髪の少女が写っている。見た目は幼さの残る少女だったが、赤ん坊を見つめる瞳にはやわらかな大人の慈愛があふれていた。
 そして写真の少女とルイズは、まったく同じ人物に見えた。

「む、これは、似ているどころの騒ぎではないのう」
「なに……なんなのこれ」

 ルイズは写真を見て顔を青くしていた。

「一緒にうつってる赤ん坊が、俺。どうだよ、これで信じただろ?」

 オスマンはひげを撫でながら、「しかしのう」と呟いた。

「おぬしはいったい何歳なんじゃ? おぬしが赤子のころの母親と、いまのミス・ヴァリエールがそっくりなら、二人が同じ人物じゃというのはおかしくはないかの」

 オスマンの言葉に、才人は口をつぐんだ。
 本当はうすうす気付いてはいたが、それであきらめるには、目の前の少女は母親に似すぎていた。そして母親への思慕も大きすぎた。

 黙ってしまった才人に、オスマンは小さく息を漏らした。

「ともあれ、いまのおぬしは、知るべきことがたくさんある。言わねばならぬことより、はるかに多くのう。……契約はもうすんでおるんじゃろう?」

 オスマンが尋ねるとコルベールは頷いた。

「召喚してすぐに。彼は気を失っていましたが、儀式ですので」

 生真面目そうに語るコルベールの言葉に、オスマンは顔をしかめた。

「ふむ。まあ仕方ないかの。二人はもう部屋にもどりなさい。ミス・ヴァリエールは彼に、召喚と使い魔について説明してやるようにの」
「分かりました」

 返事をするルイズを、才人はじっと見つめていた。なんでだよ、こんなにそっくりじゃないか。声だっておんなじだし。ちくしょう、また涙がでてきそうだ。
 才人はうながされるまま、ルイズの後をとぼとぼと付いていった。

※※※

 ルイズは才人を自室に案内した。

「ほら入りなさい。ていうかあんた、また泣いてるの? あっきれたわねぇ」

 ため息を付く。さすがにこう何度もだと、いいかげんうるさく感じてしまう。才人は顔を腕でこすって、そっぽを向いた。

「なんでだよ。そんなに似てるのに、なんで母さんじゃないなんて言うんだよ」
「そりゃさっきの絵は似てたわよ。そっくりだったもの。でも私は子供なんて産んだことないし、だいいちまだ十六歳なのよ? あんただってたいしてかわんないでしょ」

 それどころか才人のほうが年上でも不自然ではないように思えた。同年代でも小柄なルイズだが、才人とはゆうに頭一個ぶんの身長差があった。

「見た目だけじゃない。声だってそっくりなんだ。なあ呼んでくれよ、サイトって。子供んときみたいに」
「いやよ、だれがあんたの言うことなんて――」

 のそりと目の前に立たれて、ルイズは声をのみこんだ。才人はいまにも泣き出しそうな顔で、ルイズの両肩を掴んできた。逃げようとあとずさるうちに背中に壁があたる。

「呼んでくれよ。そうしたらさ、きっと母さんも俺のこと思い出すよ。そうだよ、そうだよね、母さん」

 肩がみしりと痛んで、ルイズは顔をしかめた。才人はまるで自分が痛めつけられているように、情けない表情をしている。

「いた……い」
「お願いだよ、母さん。お願いだから」

 ルイズは、ぎりと歯をかみしめた。

「だから、痛いって、言ってんでしょうが!」

 叫ぶと同時に膝をおもいきり跳ねあげる。どずっ、とにぶい篭った音と共に、才人の身体がわずかにうきあがる。目を見開いて、才人はその場にくずれおちた。
 ルイズはすばやく逃げると、杖をつかんで才人に突きつけた。

「ご、主人様に手をあげるなんて、とんでもない使い魔だわ」

 そのまま様子をうかがうが、いっこうに起き上がる気配がない。さすがに心配になって声をかけようかと思っていると、低いひきつるような笑い声が、足元からはいあがってきた。
 思わずルイズは身を堅くした。

「……なにやってんだろうな、俺。父さんも死んじまって、その上わけの分かんないとこに連れてこられて、しまいには母さんそっくりの人にキンタマ蹴られてさ」

 はいつくばったまま肩を震わせて、才人は泣きながら笑っていた。

「なんだよこれ。もう俺も死んじまえってことなのか? そしたら母さんに会えるとか、そういう話なのかよ?」

 ルイズは言葉をうしなった。
 こういうときどんな声をかければいいのか、それが分かるほどの人生経験をルイズはつんではいなかった。

「ねえ、あんた。サイトだっけ」だから自分がいちばん得意な反応をすることにした。うずくまる才人に歩み寄り、「顔をあげなさい、サイト」と声をかける。
 子供のように素直に、才人が顔をあげた。

「うん、いい子ね、サイト」

 涙でぐしゃぐしゃのほほを両手ではさんで、にっこりと笑い、ルイズはそのほっぺたを力いっぱい左右にひっぱった。

「いひゃ、いひゃいいひゃいいひゃい!」

 悲鳴をあげる才人を、にらむ。

「使い魔が、ご主人様を、困らせちゃ、だめ、でしょうが~っ!」

 ひとことごとに手を上下にゆらす。才人は言葉にならない悲鳴をもらしつづけた。

「ほら、なんか言うことがあるでしょう?」
「ひひぇ? ひゃひ、ひゃひひゃ?」
「ご、め、ん、な、さ、い、は?」

 才人はしまらない口で何度も、ごめんなさいと繰り返した。

「もうこんなことしないわね?」
「しひゃい、ほーしひゃひえん」

 才人の返事を聞いて、ルイズは指を離した。
 ほほを押さえて涙目になる才人を見ていると、むねの奥がどきどきと高鳴った。なにかしらこの気持ち、なんだかこいつの泣き顔をずっと見ていたいような……。
 ルイズは胸に手をあてて、異常な鼓動が収まるまで待った。

「ごめん」

 才人が下を向いたまま呟いた。憑き物がおちたような顔をしていた。

「いいわよ、もう」
「そうじゃなくて、俺、ほんとはちゃんと分かってたんだ。母さんがもう死んでることも、だって墓参りもいってるし、あんたが母さんじゃないことだって理解してる」

 才人はルイズに向って正座した。

「なのに、似てるってだけで母さん呼ばわりして、それがどんなに失礼なことかも、いまならちゃんと分かるんだ。だからごめん、その……ルイズ、さん……」

 ルイズさんと呼ぶときに、才人は寂しそうな顔をした。それに気付いたルイズは、ついそっぽを向いて、「べつに好きに呼べば?」と言ってしまった。

「えっ?」

 才人の顔がかがやき、ルイズはしまったと思った。

「そ、それよりも、あんたほんっと泣き虫ね。そんなで私の使い魔なんてつとまるのかしら?」

 無理やりだったが、才人は泣き虫という単語に反応してくれたようだった。恥ずかしそうに顔をしかめて、口をとがらせている。

「いつもはこんなじゃないよ。ていうか、使い魔ってなに? これと関係あるの?」

 左手の甲を向けて、ルーンを見せてくる。
 ルイズは使い魔の役割について説明した。視覚の共有や秘薬集めがむりだと分かるとルイズは落胆したが、才人はそれ以上に落ち込んでいた。逆に、使い魔は主人を護るものと言うと、「俺が絶対に護る!」とルイズが引くくらい意気込んでいたのだが。

 そしてルイズはおそるおそる、一番気になっていた質問をした。

「それで、ね。あんたをもとの場所にもどす方法って、ないの。それでも……いい?」

 このときにはすでにルイズは、才人をただの使い魔や平民とは思えなくなっていた。正確には、使い魔や平民だからと、無条件に見下せなくなっていたのだろうか。誰にでも、不幸を嘆き幸せを願っている父母がいたと。そのことを実感させられたせいだった。

 才人はきょとんとしたあと、頭をかいて、「ま、いっか」と言った。

「あでも俺、金とかぜんぜん持ってないんだけど……」

 ルイズは胸をそらして、手をあてた。

「そこは心配いらないわ。使い魔をやしなうのも主人のつとめだもの。きっちり最後まで面倒みてあげるわよ」
「ああそっか、じゃあ安心かな。そうだよな俺、ただの使い魔だもんな」

 そう言って寂しそうに笑う。雨にうたれた子犬を連想して、ルイズの胸はしめつけられた。

「そ、そうよ。使い魔といえば、主人とは家族も同然。だからあたりまえのことなのよ」

 それを聞いた才人の顔が、雲間に光がさすように明るくなっていく。ルイズは頬が熱くなってきたのを隠すために、そっぽをむいた。

「誤解しないでよね。ぺ、ペットみたいなものなんだから、調子にのったら承知しないんだからね!」
「あ、ああ、うん。分かった」

 それでも才人の顔に笑みがのこっているのを見て、ルイズはこっそりと安心した。


 ルイズは才人をつれて食堂にやって来た。

「ほら、そんなにきょろきょろしない」
「う、うん。けどここほんとうに食堂? なんかすげーでかいんだけど」

 口をあけたまま食堂のなかを見回している。一緒にいるととても恥ずかしかった。

「さっさと来なさい、置いてくわよ」

 先に進むと、「まって、まってよ」と慌てて追いかけてくる。自分を慕ってくる姿は、ルイズの機嫌をなおすのに十分だった。
 自分の席に座る。そういえばサイトの食事はどうしようかしら、使用人に言えばなにか用意してくれそうだけど。考えながら、ルイズはなにかを忘れている気がした。

「なあ。俺のメシって、もしかしてこれ?」

 となりで才人が足元を指さしている。床に置かれた皿を見て、ルイズは「あっ」と声をあげた。才人が医務室にいるあいだにメイドに、この食事を出すよう指示していたことをすっかり忘れていたのだ。どうしよう、違うって言おうかしら。でも厨房にいかせたら結局、私がこれを出すように言ったって分かっちゃうし……。

「とほほ、ペットってこういう意味だったのかあ」

 迷っているあいだに、才人は床にすわりこんでいた。両手を胸の前であわせて「いただきます」と言って皿を手にとっている。顔をのぞきこんでも、残念そうではあっても、不満な様子はかんじられなかった。

「あ、あんた、……怒ったりしてないの?」

 おそるおそる問いかけると、才人は意外そうな顔をした。

「なんで?」
「なんで、って。……床だし、量もすくないし」

 自分が指示したことなので自然と声がちいさくなってしまう。才人は頬をかきながら、少し言いにくそうに口をひらいた。

「そりゃ俺もテーブルで食いたいけどさ、なんていうか、ひさしぶりなんだ。誰かといっしょにメシ食うのって。だから、そんなに嫌じゃないよ」

 きき分けのいい子供のように微笑んでくるサイトに、ルイズは複雑なおもいだった。そして同時に疑問もうかんでくる。

「お父様は? その、お亡くなりになったのは最近だって言ってたけど」
「あー。父さんはさ、ずっと仕事だったから。家になんてほとんど帰ってこなかったなあ」

 サイトはそう言って苦笑した。幼いころから一人で放って置かれたというのに周りの誰も恨んだりしていない。そんな才人を見ていると胸が切なくなった。同時に共感することもある。ルイズ自身も、魔法が使えないせいで周囲と隔たりを感じてきたのだ。そしてどんなに意地を張っても、一人はさびしいという事実はかわらなかった。

 ルイズはいくつかの料理を盛った皿を、才人の前に置いてやった。
 才人がぱああっと顔を輝かせて自分を見てくるので、慌ててそっぽを向く。

「べ、べつにあんたのためじゃないんだからね。お腹いっぱいで、余らせるのがもったいないだけなんだから!」
「そっかあ。でも母さん小さいんだから、ちゃんと食べなきゃだめだぜ?」

 また母さんなんて呼んでる! 注意しようとしたルイズは、おいしそうに料理をほおばる才人を見て、その無邪気な笑顔に言葉をつまらせた。
 なんておいしそうに食べるのかしら、と思った。
 そして、不思議な充足を感じた。人が食べている姿をみているだけで、こんなにも満ち足りることがあるのかと驚いた。いつまでながめていても、見飽きることはないように思えた。

「えと……母さん?」

 戸惑うような声をかけられて、われに返る。才人はうわめづかいにルイズを見つめていて、その頭にはルイズの手がのせられていた。いつの間にか自分が才人の頭を撫でていたことにきづいて、ルイズは慌ててテーブルに向きなおった。
 頬に触れると、恥ずかしいくらいに熱かった。

「あー、ちくしょう、今日のメシは最高だ」

 才人が鼻をすすりながら食事を掻きこむ音が聞こえた。

※※※

 食堂からの帰り道、才人は月をみあげて立ち止まった。

「すげえ、本当に月がふたつあるよ」
「なに言ってるのよ。そんなの当たり前じゃないの」

 才人はルイズに首を振って見せた。

「違うんだ。俺の居たとこには月はひとつしかなくって、そんで、母さんがよく言ってたんだ。母さんの国には魔法使いがいて、空には青と赤のふたつの月があるんだって。寝る前によく話してくれたんだ」

 首元に手を入れて、服の下にいれていた首飾りをとりだす。小指くらいのそっけない棒状の金属が、二色の月に照らされて、紫色に輝いていた。

「変わったペンダントね?」
「母さんがくれたんだ。お守りだって」

 ただの棒にしか見えない首飾りを、才人は肌身離さず持ち歩いていた。
 夜空を見上げる。地球ではありえない青と赤の月は、自分があまりにも遠い場所にきてしまったことの証明のようだった。

「母さん……ここが母さんの故郷なのかな? だとしたらさ、俺、ちょっとは親孝行、できたのかな……」

 母は何も言わなかったが、その話をする時はいつも切なそうだったのを才人は憶えている。誰か残してきた人がいたのだろうか。父が身体を壊すほど研究に打ち込んでいたのも、いつか母を故郷に帰すという誓いを果たすためだった。それを知っていたからこそ、寂しいとは思っても、才人は父を恨む気持ちにはなれなかったのだ。
 せめて母さんのくれた首飾りに月がよく見えるようにと、才人は手のひらを月に向けた。

「サイトのお母様って、メイジだったの……?」

 ルイズが、おずおずといった感じで問いかけてきた。才人は聞きなれない単語に、首を捻る。

「メイジって?」
「えっと、魔法がつかえたの? ってこと」
「ああ。俺も子供んとき聞いたけど、母さんは使えないのよって言ってたっけ。あー、なんかすげえ、忘れてたこととか思い出してる」

 ぜったい忘れたりしない宝物だと信じていたのに、自分がいろんなものを年月の合間に置き忘れてきたことを才人は思い知った。いま鼻の奥をつんとさせているこの熱さも、いつか手放してしまうのだろうか。そして後に残るのは、かつて自分に母さんがいたという事実だけ。
 才人は目元をぬぐった。

「まぁ~た泣いてる。なあに、もっかいほっぺた引っ張って欲しいわけ?」

 ルイズの言葉に、思わず苦笑してしまう。

「それ母さんにもよくされてた。すっげえ痛いのに、俺が泣くともっと引っ張るんだぜ? いつも泣き止むまで、ぎゅーってされっぱなしだった」
「なんだ慣れてたのね。じゃあ今度からは、手加減はしなくていいわね」

 げっあれよりまだ痛くなるのかよ、と才人が引くと、ルイズは笑い出した。
 からかわれたと分かり才人はふくれた。

「サイトが引っ張りがいのあるほっぺをしてるからよ」

 先に立って歩きだすルイズのあとを、才人は口をへの字に曲げたまま追いかけた。
 その胸でゆれる首飾りが、月の光をうけて柔らかく輝いていた。



[22496]
Name: 改行さん◆3c437658 ID:dfba2e1c
Date: 2010/10/14 19:31
 才人は縁側で母にひざまくらをしてもらっていた。

「ねえかーさん、ぼくはまほうつかえないの?」

 母は口元をほころばせた。

「どうかしらね。サイトがいい子にしてれば、使えるようになるかもしれないわね」

 母の言葉に、才人の胸は希望でいっぱいになった。

「なるよ。ぼくがまほうで、かーさんをまもるんだ!」

 優しい手が頭をなでてくれる。才人は目を細めて笑った。

「ありがとうサイト。じゃあお礼に、サイトにおまじないをおしえてあげる」
「おまじない?」
「ええ。でもすぐに使っちゃだめよ? それじゃあ効かなくなっちゃうの。……もしもサイトが本当にこまって、どうしようもなくなって、それでも守りたい人がいるときに使いなさい」

 そう言ったあとで、母の口がなにか短い単語を言うように動く。けれども声は聞こえない。

「きこえないよ、かーさん?」

 周囲は暗闇に包まれて、母の姿がどんどん遠ざかっていく。才人は必死で手を伸ばして母を呼んだ。


「母さん!」

 紫色の部屋の中で、才人は目を覚ました。
 自分の呼吸の音が聞こえる。首筋を伝う汗をぬぐう。

 窓から差し込んでいるのは、縁側の日差しではなく、二つの月がまざった不思議な紫色の光だった。

 わらの山から起き上がって、ベッドに寝ているルイズの姿をうかがう。
 静かな寝息の音を立てているのを確認して、才人は安堵し、ふたたび眠りについたのだった。

※※※

 翌朝。
 部屋を出たルイズは、待ち構えていたキュルケに呼び止められた。

「はぁい、ヴァリエール。いい朝ね」
「そうねツェルプストー。ドアを開くまではその通りだったわ」

 視線も合わさずに通り過ぎようとしたら、目の前に立って進路を塞がれる。睨むと、涼しい顔で受け流された。

「ちょっと待ちなさいよ。折角だから私の使い魔を紹介してあげるわ。きなさいフレイム」

 のそのそと赤い大トカゲがキュルケの足元に這って来る。才人が「うおすげえ」と驚き、ルイズは眉をしかめた。

「サラマンダーね。まああんたにはぴったりなんじゃない?」
「ただのサラマンダーじゃないわ、火竜山にいた質のいいサラマンダーだもの。ほら、尻尾の炎の色からして違うでしょ?」

 そんなの分かるわけないでしょ。ほっぽって通り過ぎようとしたルイズは、才人がサラマンダーに近寄るのを見てため息を付いた。

「すげー、すげえ。モンスターだ。なあ、こいつって火を噴いたりするのかな?」
「んふふ。ええ、もちろんよ。私の系統にふさわしく、火炎のブレスをね。あなたがヴァリエールの使い魔だったかしら? 主人よりも見る目があるようね」

 才人に向って身をかがめて、胸を強調するポーズをとる。ルイズは目つきを鋭くしたが、サイトは胸を見もせずに「おう」とうなづいた。

「か――ルイズさんの使い魔の、平賀才人。サイトでいいよ。で、あんたは?」

 キュルケは虚を突かれたように声を失ったが、すぐに口元に笑みをとりもどした。

「キュルケよ。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。これからよろしくね、勇気のある使い魔さん」

 意味ありげな流し目を残して、キュルケは去っていった。

「勇気あるってなんだろう?」

 首をかしげる才人に、ルイズはため息をついた。

「言葉遣いに気をつけろってことよ。ああもう、よりによってツェルプストーに指摘されるなんて」

 教室に移動しながら、ルイズはキュルケとの関係、そして貴族と平民について説明することにした。
 キュルケの実家であるツェルプストー家は、ルイズのヴァリエール家とは国境を挟んだ敵同士で、戦争のたびに何度も敵対しあった間柄だということ。また一族の因縁も浅からず、ツェルプストーは幾度となくヴァリエールの婚約者や恋人を寝取ってきたことも話した。

「はぁー。なんていうか、ロミオとジュリエットって感じ?」
「その片方が、自慢しいでやらしくてだらしがないんならその通りね」
「あー、だいたいどんな関係か分かったよ」

 頬をかく才人を、ルイズはにらんだ。

「それよりもよ。気にはなってたけど、あんた貴族に向って口が悪すぎよ? 『あの』ツェルプストーだから平気だったけど、ほかの貴族にあんな口のききかたしてみなさい、その場で処刑されるわよ」
「処刑って……」

 才人が顔色を失う。

「言っとくけど、比ゆとかじゃなく文字通りよ? 貴族にはその力があるし、権利もあるの」
「なんだよそれ、いつの時代だよ……」

 今まで才人を見てきたルイズは、才人が身分の違いについて非常にうといことに気付いていた。それはそれで信じられないことだが、今はなにより、才人の命に危険がおよぶことのほうが問題だった。
 だから念入りに説明したのだが、教室についても、才人は完全には納得していないようだった。
 ルイズは何度目かのため息をついた。

「まあいいわ。さっきはちゃんと、人前で母さんって呼ばないのを守ってたし。とりあえずこれだけば約束して? 教室にはいってから何があっても、ぜったいに怒ったり声を荒げたりしないって」
「分かった。母さんがそう言うなら、約束するよ」
「……そうね。うん、信じてるわ」


「信じてるって。そう言ったわよね? 私」

 マリコルヌのえり元を締め上げている才人に、ルイズは後ろから声をかけた。

「だ、だってさ、こいつ母さんのことを――」
「サイト!」

 言い訳をする才人は、ルイズににらまれると視線を下に向けた。

「ごめん……けど、けどさ」
「先に戻ってなさい。私が行くまで、絶対に部屋から出ないこと。いいわね?」

「……うん」才人はマリコルヌを離すと、教室を出て行った。

「悪かったわね、風邪っぴき」

 呆然としたままのマリコルヌに言い置いて、席に戻る。

「わ、悪かっただって? そんな言葉ですむと――」我に返ったマリコルヌが文句をいいかけたとき、教師のシュヴルーズが現れて、皆に席につくように指示した。マリコルヌは口をつぐみ、ルイズに不満げな視線を向けたまま自分の席に戻ったのだった。

 授業がはじまっても、ルイズの心は沈んだままだった。才人のせいではない。才人が自分のために怒ってくれたのだと思うと、心の芯が暖められる気持ちだった。問題は才人が爆発した理由――ルイズが学院でおかれている立場のせいだった。
 ルイズは周りから馬鹿にされていた。
 名門ヴァリエール家の娘でありながら、まともに魔法を使えないことに、いつも陰口を叩かれていた。そして時にはマリコルヌのように、周りの空気に押されて侮辱すれすれの言葉をぶつけてくる者もいた。

 サイトに知られちゃったわね……私の正体。ルイズは暗く深い穴にどこまでも落ちていくような気がした。落胆する才人の顔など、想像したくもなかった。

 授業は進み、シュヴルーズに指名されたルイズは、いちるの望みを託して、教卓で錬金を唱え杖を振り下ろした。結果は爆発で、ルイズは壊れた教室を元通りにするよう指示された。
 ちらばった机を元の位置にもどす作業は大変だったが、ルイズは才人を呼ぶ気にはなれなかった。自分の情けない様子を、これ以上見られたくはなかったのだ。結局、ルイズが作業を終えたのは、昼を大幅にすぎたころだった。

 部屋に戻ろうとしたルイズは、ふと思いついて逆方向につま先を向けた。自分と同じようにすきっ腹を抱えて部屋で待っている才人に、何か食べ物を厨房から貰ってきてあげようと思ったのだ。
 美味しそうに食べる才人を想像すると、足どりも軽くなった。

 角の向こうから男女の話し声が聞こえた。その中に知った声を聞いたルイズは、思わず物陰に隠れてしまった。

「本当に助かりました。サイトさんが手伝ってくれたおかげで、ずいぶん楽でしたよ」
「俺にはたいしたこと出来ないしさ、あんなのでいいなら、またいつでも言ってくれよ」

 うそ、サイト……? ルイズは呆然となった。声が通り過ぎてから、そっと廊下の先をうかがう。見慣れた服の背中は、確かに才人のものだった。

「なんで……、部屋から出ちゃだめって、言ったのに」

 ルイズは落胆した。普段あれほど慕ってくるくせに、陰では自分のいいつけなんて軽んじているのだろうか。そこまで考えて、ルイズは首を横に振った。

「ううん。私は信じるわ、サイトはそんなじゃないもの。きっとなにか、どうしようもない理由があったのよ」

 何度も自分に言い聞かせながら、ルイズは才人を追って歩き出した。

「おい、ルイズじゃないか」

 びくりと肩をふるわせる。振り返るとマリコルヌが立っていた。ルイズは肩の力を抜くと、マリコルヌをにらんだ。

「なによ、風邪っぴき。いま私はいそがしいんだから、邪魔しないで」

 かまわず立ち去ろうとすると、マリコルヌは悪意をこめて口を開いた。

「あの野蛮な平民はどうしたんだい? ついに愛想でも尽かされたのかな、なんたってゼロのルイズの使い魔だもんな」

 メイドと楽しそうに話していた才人を思い出して、ルイズは顔をしかめた。ぎゅっと手を握りしめる。

「馬鹿なこと言わないで。サイトが私から離れるなんて、ありえないんだから」
「そうかい? 食堂ではずいぶんメイドと仲良くしてたけどね。なんなら僕が今から、教えてきてあげようか? ゼロのルイズは魔法も使えない落ちこぼれで、家名のおかげで学院にいられるんだって、ね」

 そう言ってマリコルヌは歩き出そうとする。ただの挑発で、実際に才人の元に行ったりはしないと分かってはいても、ルイズの感情は納得しなかった。

「やめなさい。そんなことサイトに言ったら、ただじゃすまないわよ」

 ルイズは低い声で警告した。

「どうすまないって言うんだい? 得意の爆発でどかーんとでもするのかい?」

 警告はしたわよ。これみよがしに歩き出そうとするマリコルヌに、ルイズは短く錬金のルーン呟き杖を振った。足元の床が爆発してマリコルヌは尻もちをついた。
 足をかかえてうずくまるマリコルヌの前にルイズは立った。

「その通りよ、風邪っぴき。これで満足かしら?」
「お、お前、杖を抜いたな。こんなことをして、ただじゃすまないぞ!」

 マリコルヌが杖を向けてくる。ルイズは冷ややかな笑みで、挑発的な表情を浮かべた。

「ただじゃすまないって、なにをしてくるのかしら? いくじなしの風邪っぴきが、魔法で人を傷つけたりできるわけないでしょうに」

 マリコルヌの杖の先は、まともにルイズを指すことができないくらいふるえていた。
 ルイズは暗い愉悦を感じた。

「それにね、マリコルヌ・ド・グランドプレ? まさかヴァリエール公爵家の娘に傷をつけて、あんたのちっちゃなおうちがただで済むなんて思ってないでしょうね?」

 マリコルヌの目が見開かれる。その目には、涙がにじんでいた。

「ほら、どうしたのよ。やってみなさいよ。――『風上』のマリコルヌさん?」

 ルイズは馬鹿にしきった笑みを浮かべて、杖の先でマリコルヌの額をつついた。

「――やめたまえルイズ」

 脇から杖が掴まれる。驚いて横を向くと、ギーシュが厳しい顔で自分を見つめていた。

「君もだ、マリコルヌ。級友に杖を向けるものじゃないよ」

 ルイズは底光りするような目でギーシュをにらんだ。

「邪魔よギーシュ。あんたは女の子のお尻でも追いかけてればいいのよ」
「その言葉はあまり感心できないね。ルイズ、毒を吐いてまず最初にただれるのは、吐いたその口なんだよ?」

 ルイズは顔をしかめて、いらだちのままにギューシュの手から杖を奪い返した。これみよがしにマリコルヌに杖を突きつける。

「そういうのは、こちらの勇敢な貴族サマに言ってあげたら? ねえ、風上さん」マリコルヌを見下ろして口元を歪める。「魔法がつかえない女ひとりにもやり返せない。立派な息子をもって、ちいさなおうちでご両親もさぞかし喜んでいるでしょうね」
「ルイズ!」頬への衝撃とともに頭が揺らされる。

 自分が叩かれたと分かったのは、頬に手を当てて、じんとした痛みを感じてからだった。途端に湧き上がる感情のままに開こうとした口は、ギーシュの厳しい顔と声に勢いをうばわれた。

「マリコルヌをよく見たまえ、ルイズ」

 視線の厳しさから逃げるようにマリコルヌを見て、ルイズはぞっとした。マリコルヌは追い詰められた泣き笑いのような顔で、小さく何度もエア・カッターのルーンをつぶやき続けていたのだ。ルイズにつきつけられた杖は、にぎった手ごとがたがたとふるえている。あとほんの少しだけ、マリコルヌが魔法を発動する意思を強めれば、ルイズのすぐ胸元で風の刃は放たれていたのだ。

「分かったかい? ルイズ、君は――」ギーシュの声が、背後から駆け寄る足音にかきけされた。
「てめえ母さんになにしてやがる!」

 サイト! 振り返ったルイズは、才人を見て怯えた。自分がここでなにをしたのか知られるのが怖かった。逃げるように駆け出したルイズは、背後から自分を呼ぶ声に首を振って、ひたすらに走り続けた。


 自室に閉じこもっていたルイズは、扉を叩かれて怯えた声を漏らした。

「ミス・ヴァリエール? 大変なんです、サイトさんが」

 初めて聞く女の声に警戒しながらも、ルイズは扉を開いた。メイドの少女が切羽詰った顔で立っていた。

「ミス・ヴァリエール! サイトさんが、ミスタ・グラモンと広場で決闘してるんです! はやく、はやくとめてください!」
「決闘って、なんでサイトがギーシュと決闘しなくちゃならないのよ?」
「なんでって。そんなの決まってるじゃないですか! ミスタ・グラモンがミス・ヴァリエールを叩いたからじゃないですか」

 ルイズは声を失う。メイドは体を脇に寄せて戸口を空け「さあ早く」と急かしたが、ルイズは背を向けて部屋の奥に下がった。

「だめよ、行けないわ」

 メイドが背後に詰め寄ってくる足音が聞こえた。

「な、なんでですか。このままだとサイトさん、殺されちゃうかもしれないんですよ!」
「うるさいわね。ギーシュの馬鹿なら、そこまではしないわよ。あんたももう下がりなさい」
「いやです。行ってください」メイドの断固とした言葉にルイズは驚いた。

 平民が貴族の言葉に逆らうなどありえないことなのだ。改めてメイドを観察すると、肩は小刻みにふるえていたし、顔はひきつっていた。それでも目だけはまっすぐにルイズを見据えていた。
 怒りよりも、戸惑いを含んで、ルイズはメイドに話しかけた。

「あんた……貴族に命令する気なの?」

 メイドは黙って、布をかけた皿を差し出した。迷いながらも受け取ったルイズは、香ばしい匂いをかいだ。
 布を取ると、それは一枚のパイだった。

「サイトさんが言ってたんです、母さんの大好物だったって。これを食べればミス・ヴァリエールも元気をだしてくれるって言って、厨房にわざわざ作り方を聞きに来て、教わりながら自分で焼いたんです」
「サイトが……これを」

 形はいびつで端はこげていたけれども、その匂いはルイズの大好きなクックベリーパイだった。ルイズは端に乗せられた一枚のカードを見つけた。そこにはゆがんだハルケギニア文字で『ごめんなさい』と書かれてあった。

「ばか……」

 ルイズは皿を机に置くと、メイドに声をかけた。

「いくわ。案内してちょうだい」
「――はい!」

 顔を輝かせるメイドに、ルイズは歩きながら意地の悪そうな顔を向けた。

「でもあんた、すごいわね。平民なのに貴族に口答えできるなんて」
「も、申し訳ありません。さっきはつい……」恐縮するメイドに、ルイズは「いいのよ」と笑った。

「よかった……やっぱりミス・ヴァリエールは、私の想像していた通りの方でした」
「想像って?」ルイズは首をかしげた。
「私、サイトさんから聞いたんです。ミス・ヴァリエールが、サイトさんのお母さんにそっくりだっていうことも。……それを聞いたとき、私、怖いなって思いました」

 言いにくそうにするメイドに、ルイズは「怖いってなにが?」と尋ねた。

「だって、子供のころに亡くなった家族になんて、絶対にかないっこないじゃないですか。いつ、やっぱり母さんじゃないって落胆されるか。――もし私がミス・ヴァリエールの立場で、母さんなんて呼ばれたら、きっとやめてって叫んでたと思います」
「そんな、……私だって、ずっと不安だもの」
「でもミス・ヴァリエールはちゃんとサイトさんを受け止めてらっしゃいます。私、サイトさんがパイを持って嬉しそうにしてるのを見て、ミス・ヴァリエールはほんとうに素晴らしい方なんだなって思ったんです」

 ルイズはうつむいた。ちがうわ。私だって怖いもの。サイトが慕ってくれればくれるほど、手のひらを返されるのがとても恐ろしいの。ただでさえ私は、格好わるいところをいっぱい見せてしまうし。
 そう思うと落ち込んでしまったが、ではなぜ自分を『母さん』として扱う才人を許しているのか、その答えはどれほど考えても分からなかった。


 ルイズが広場にたどり着いたとき、才人はひどい状態だった。服は土にまみれて、露出している肌にはすり傷がいくつもあった。

「二人ともやめて! こんなことしたって、意味ないでしょう!」

 割って入ると、ギーシュが困ったように両手をひろげた。

「そっちの彼に言ってくれたまえ。僕はいますぐにでもやめたい気持ちでいっぱいさ」
「サイト……?」声をかけようとしたルイズの脇を、才人が「うおおおおっ」とおたけびをあげて駆け抜けていった。一直線にギーシュを目指す。その前にギーシュのゴーレムが立ちふさがり、かわそうとする才人をつき飛ばした。もんどりうって転がる才人。土煙があがり、そのど真ん中で才人は大の字に倒れていた。

「サイト、なにやってるのよ! もうやめて――」

 駆け寄ったルイズは、才人の惨状を見て息をのんだ。こんなにぼろぼろになって、いったい何回向っていったのよ……。サイトはなんにも悪くないのに、なんでこんなに傷つかないといけないの。
 ルイズは才人にすべてを話そうと決心した。たとえそれで才人にきらわれても、これ以上才人が傷つくのは見たくなかった。
 
「もういいのよサイト。ギーシュは悪くないの、ぜんぶ私が原因なの。だからもうこんなことやめて!」

 才人は無言で立ち上がると、ふたたびギーシュの方を向いた。

「サイトどうして――」
「分かってるよ」才人は前を向いたまま答えた。「じゃなきゃ母さんが逃げるわけないじゃんか。ぜったいにあの場でやり返してるって」
「それが分かってるんなら、なんで決闘なんて始めたの!」
「だからこそだよ」

 才人はルイズを見た。殴りあいっこをしている最中だとは思えないくらい、優しい顔をしていた。

「母さん明日、授業にでれる?」
「え――」思いもしないことを聞かれて、ルイズは頭の中が真っ白になった。
「俺さ、教室の母さん見て、すげえって思ったんだ。よくは分かんないけど、周りじゅうからあんなに嫌なこと言われてもキリッてしてる母さんは、ほんとに格好よかったんだぜ? ――けどさ、自分が悪いって一個でも認めちまったら、もうあんな風にはできないじゃんか。だって教室に行ったらいるんだぜ? あのキザったらしい奴が」

 ルイズは息をのんだ。そこまで考えてはいなかったのだ。だがギーシュだけではない、マリコルヌだって同じ教室にいるのだ。明日はどんな顔をして、授業を受ければいいと言うのだろうか。うつむかずに今までのようにまっすぐ前を向いていられる自信はなかった。

「だからさ、俺はあいつをぶん殴って、ごめんなさいって謝らせないといけないんだ」

 才人はちからこぶをつくるポーズをした。

「サイト……」ルイズは胸元で手を握り締めた。才人はルイズのために、道理も正義も無視して、喧嘩を始めてくれたのだ。

「なんで、なんでそこまでしてくれるの? 私ですら気付いてなかったのに、なんでそんなに私のことを考えてくれるの?」

 そう問いかけると、才人は、にかっと笑った。
 母さんと呼ぶときの、ルイズの大好きな笑顔だった。

 再びギーシュに向っていく才人を見送りながら、ルイズはぼうっとあることを思った。
 ああ、私、あの笑顔が大好きなんだ。私のことを母さんって呼ぶときの、サイトの嬉しそうな笑顔を見るのが、好きでしょうがないんだわ。

「ミス・ヴァリエール! どうしてとめないんですか!」

 駆け寄ってきたメイドに、ルイズはとっておきの秘密をうちあけるように話しかけた。

「ねえ、あなた名前は、なんていうの?」
「は、えっ? し、シエスタ……ですが」
「そう。ねえ、シエスタ。知ってた? サイトってごはんを、すっごく美味しそうに食べるの」
「え、え?」
「私が置いてこうとしたらあわてて追いかけてくるし、それにね、笑うととっても可愛いのよ」

 混乱してまばたきをくりかえすシエスタに、ルイズはくすくすと笑いかけた。

 なぜ本物の母親と比べられるのが怖くても、才人に母さんと呼ばれるのを拒絶しなかったのか。単純な話だった。母さんと呼ぶときのサイトが、本当に嬉しそうだったからだ。幸せそうに笑う才人を、ずっと見ていたいと思ったからだ。
 サイトは私のためにあんなにぼろぼろになってくれてる。サイトに私ができることは、これしかない。間違ってるかもしれないし、今度こそサイトに愛想をつかされるかもしれない。でも私は、私として、信じた道を進むわ。

「サイト!」

 何度目かの転倒をした才人に、ルイズは駆け寄った。

「いつつ。大丈夫だよ母さん、ぜったいあいつをへこましてやるから。だからそれまではとめないでくれよな」
「とめないわよ」
「へ?」

 才人は間の抜けた声をだした。

「がつんとやっちゃいなさい。母さんが許すわ」

 ルイズは口元に微笑を浮かべ、力のこもった目で才人を見つめた。才人の表情が、花が咲くのを早回しにしたように、驚きから歓喜へとかわっていく。

「か、母さんが、母さんって――」
「といっても、偽物のだけどね。言っとくけど、私はあんたに慕われるほど素晴らしい人間じゃないわよ。けど、それでもいいって言ってくれるなら、私は私なりに、サイトの母親代わりとして相応しくなれるよう努力するつもりよ」
「に、偽者なんかじゃない、母さんは母さんだよ。どっちも本物で、どっちも大好きだ!」

 ルイズは才人の頭を撫でた。

「いい子ね、サイト。――というわけでギーシュ、ごめんなさいね、もうちょっと付き合ってもらうわよ」
「やれやれ、はた迷惑もいいところだ。けれどもその笑顔はなかなかいいね」

 ギーシュが杖を振り、ゴーレムを目の前に並ばせる。そこに向けて才人は突っ込んでいった。ルイズの声援を背中に受けながら。


 夕日が沈むころ、才人は仰向けになったまま動かなくなった。荒い息をつきながら、服の胸元を掴んでいる。

「驚嘆すべき体力だね。いや、執念というべきか。ふむ……やはりここは愛と言いたいかな」
「サイト、大丈夫?」

 才人の頭を膝に乗せて、目を閉じた顔を覗き込む。

「うん、だいじょうぶ。ちゃんとわかってるからさ……」
「分かってるって、なにを?」

 才人の声は、半分夢でも見ているかのようだった。

「ほんとうにだいじな時にしかつかわないよ。……だから、いまならいいよね、母さんの、名誉をまもるためなんだから……」

 続いて才人がつぶやいた短い言葉に、ルイズは耳を疑った。それはとてもよく知った、けれども才人が口にするはずの無い、とある単語に聞こえたからだ。

「なんで……、ねえサイト、今なんて言ったの?」

 問いかけが聞こえているのかいないのか、才人は胸元の首飾りを握り締めたまま、口を大きく開いて、今度ははっきりとその言葉を発音した。

「イル・ウォータル・デル」

 柔らかい光のまゆが才人を包み込んだ。触れているルイズの膝にも、暖かで心地よい波動が伝わってくる。
 光が収まったとき、才人の肌のすり傷はすべて消えていた。

「ヒーリングの魔法……なんでサイトが」

 呆然と呟くと、才人が目を開いた。

「あれ? なんか、痛くない。ていうか、身体が軽い?」

 起き上がって不思議そうに手足を見つめている。だがすぐに、「おっし、よく分かんないけど、これでまだまだいけるぜ」とギーシュに向って駆け出そうとした。正確には二歩駆け出したところで、べしゃりと前方に倒れて動かなくなった。
 夕日がじんわりと地平線に消えていった。

 ルイズが助け起こした才人は、完全に気を失っていた。

「彼がメイジだとは思わなかったよ。けどまあ、精も根も尽き果てた状態であれほど高位のヒーリングを使ったんだ、気絶するのは当然だと思うよ」

 ギーシュはやれやれとゴーレムを土に戻したのだった。


 ベッドに眠る才人を、ルイズは優しい目で見つめていた。

「あんたにはほんと驚かされっぱなしね。母さんって言ってきたかと思うと、こんどはメイジだったなんて」

 才人の胸元の首飾りを見る。これが才人の杖なのだろう。ルイズには、そこに宿った本当の母親が、才人を見守っているように感じられた。
 そして、自分を責めているようにも。

「……ごめんなさい、サイトのお母様。けれども安心して下さい、あなたの居場所を奪うつもりはありません。サイトのお母様は、誰がなんと言おうとあなただけです」

 ルイズは才人の手を握り締めた。少し大きくてやわらかい手だった。

「ただ私は、サイトに幸せでいて欲しいだけなんです。私に愛情を向けてくれるサイトに、少しでも暖かい物を返してあげたいんです。だからそのために、貴方の席を、はしっこだけお貸しください。きっといつか、かならずお返ししますから」

 手を離して立ち上がる。「ん……母さん」と才人が目を閉じたまま声をもらした。

「おやすみなさい、サイト」

 ルイズはそっと部屋の扉を閉じて、女子の寮塔を後にした。男子の寮に向かい、とある部屋の扉をノックする。出てきた部屋の主が、即座に扉を閉じても、ルイズは部屋の前でひたすら謝罪を続けた。部屋の主の、両親を侮辱した事を。
 
 才人の母として相応しくなりたいという、自分の言葉に従って。

※※※
※※※

 その後二人は、さまざまな苦難と冒険を共にする。

 信頼をそだて、愛をはぐくみ、才人が二十三歳、ルイズが二十二歳の時に、二人は結婚した。
 既に水のメイジとして名声をはせ、シュヴァリエとド・オルニエールの号を得ていた才人は、ルイズと共に善く領地を治めた。

 サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ・ド・オルニエールは、後年、妻についてこう語ったという。

 ――彼女はよき妻であり、よき母親であった。と――。


      了


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