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[22629] 日本って国から来た男
Name: 日ノ本メランコリー◆70eef714 ID:d8382dab
Date: 2010/10/22 00:25
ではどうぞ。

【投稿メモ】
01 2010/10/20 01:02
02 2010/10/21 00:16
03 2010/10/22 00:24



[22629] 【第1話 訪れた先】
Name: 日ノ本メランコリー◆70eef714 ID:22f84b39
Date: 2010/10/21 00:20
 木々がざわめいていた。
 辺り一帯を強い風が吹き抜け、鉄錆の臭いが鼻を貫き、凍てつくような寒さが頬を打つ。
 そんな一面の森の中、御度守 終<おどかみ おわり>は困ったように空を見上げていた。

「まいったなぁ……」

 風を受けて無造作に荒れていくやや長めの黒髪をうっとおしそうに押さえる手は、一目見て質の良さが窺えるダークブラウンの手袋に覆われている。
 状況に困惑しているのか整った容姿をフルに使って作られた『困ったぞ』という表情の下には、これまた仕立ての良いマフラーにコート。
 そして少し離れた木の下には旅行用の大きなキャリーバッグがポツンと、所在無く立ち呆けている様だった。

「本当にまいった……」

 そして終は最後に残った生存者にゆっくりと視線を合わせる。
 辺り一帯に、無数の死体を撒き散らしたまま。



【第1話 訪れた先】



 その日は高校生活において最後のイベントとも言えるものの幕開けだった。
 曰く、修学旅行。それも高校最後のと言うだけはあって、海外── ヨーロッパを巡るというものだ。
 間違いなく中学時代の修学旅行、『京都、奈良を巡る神社仏閣の旅』とは一線を画す大イベントである。
 ちなみに通常の遠足や一般的な修学旅行とは異なり学校ではなく空港に集合という事で、終も普通に交通機関を利用し何事も無く空港まで足を進めていた。
 そこまでは問題は無かった。
 ── そしてソレは起きた。

「!?」 

 空港のドアを抜けた先は鬱蒼と茂る一面の森が広がっていたのだ。
 時計を見ると時刻は8時23分。それに比べて木々の間から見える空の色は薄暗く、間もなく夜が訪れるであろうことを雄弁に物語っていた。

「何が……起きた……?」

 姿勢を低くし、傍の木の影に身を隠す終。
 その表情に浮かぶのは困惑以外の何者でもない。

「時間もおかしいし、気温はさっきより少し肌寒い程度だけど空港自体が消えてるし……」

 息を潜めあたりを窺う終だが、一向に何かが起こる気配は無かった。
 それから5分ほど経っても何も起こらなかったため、木の影を離れ、改めて周囲を見渡す。
 しかし、眼に映るのは木、木、木。正に森といえる程の圧倒的な大自然の姿だった。

「取り合えず森を出るか……」

 そう言って地面に倒れ付していたキャリーバッグを右手で立ち上げる。それとどうやら先ほどから左手にはペットボトルが握られていたらしく、僅かに凹みが見られた。中は緑茶だ。
 少なくとも幸運だったのは、1週間以上の旅行を耐え切れるだけの準備がされているキャリーバッグもここに飛ばされていたことと、寒いながらも雪の降る様子が一切無いことだろう。
 無論土地勘は無い。
 しかし終に出来るのは足を進めることだけだった。
 一先ず左手に握っていたペットボトルの中身で咽を潤し、残りはショルダーバッグに入れてキャリーの持ち手を握りしめる。
 何処とも知れぬ深い森の中、雑草を踏みしめる音とローラーの転がる音が、静かに木霊を返した。

 ── それから誰とも会う事無く1時間が経過した。
 辺りに未だ闇が落ちる事は無く、せいぜい薄暗いと言った程度の状態が続いている。
 終の顔に疲労の色は見えない。周囲に気を配っているようではあるが、落ち着いたのか、最初のような困惑の色はなりを潜めていた。

「ん?」

 まるで引っ張られたように素早く、終の顔が2時の方向を向いた。
 聞えるのは僅かにガサガサと草木を揺らす音と、人の声だ。
 それに気づくや否や、終は転がしていたキャリーバッグの持ち手を縮め、10キロはありそうなそれを持ち上げて走り出した。
 マフラーを靡かせて、キャリーバッグの重さを感じさせること無く、風のように森の中を走りぬける終。その速さは並大抵のものではなかった。
 俊敏な獣のように、しかし息を乱れさせる様子を微塵も見せずに、終は音と声のする方向へと一目散に駆け抜ける。
 音が大きく、そして声が聞き取れるほどに距離を縮めていく。そして一際深いブッシュを抜けた先で終を待っていたものは──

「たーすーけーてぇぇぇぇえぇええ! おーかーさーれーるぅぅぅぅうううう!」
「待てやゴラアァァァァぁぁぁあ!!!!」
「逃げても誰も来やしねぇよおチビちゃんよぉ!」

 まるで映画か何かを見ているような光景だった。
 先頭を行くのは人としては余りにも小さく、甲高い声を上げて逃げまわる、蝶にも似た羽根を背中につけた一人の少女。
 30cm程だろうか。小さなその体に合った厚手のフード付きコートを着て、バッグを肩から提げ、手には抱えるほど大きい卵── 少女にとってはだが── を抱いている。
 一方後ろを行くのは大柄で野卑な印象を放つ男たち。
 手にはそれぞれ思い思いの武器を持ち、重厚な毛皮の異様を纏った彼等は、下卑た笑いを浮かべて少女に怒号を上げている。
 しかし少女の方が速いのか散々走り続けていたらしく、叫び声の割には寒空の中汗を浮かべ、嫌な湯気を体から立ち昇らせてるようだった。

 そしてこの一種異様と言える光景を見た終の行動は──

「せいっ」

 男たちに対する攻撃だった。
 突如横から現れた終。その蹴りをモロに顔面で受けた男は「ごべぁ!」と声を残したまま、地面に倒れ付した。
 
「ナーイス! お兄さんッ!」
「あぁん!?」
「っだア! テメェ!」

 突然の救世主登場に声を上げて喜びを示す少女と、武器を構え標的を終へと変える男たち。
 手に持った鈍い光を放つ斧や剣、棒の先に棘のついた鉄球をあしらえた凶悪なメイス等は、その持ち主の風貌と相まって恐怖を敵に与えるには余りにも十分過ぎた。
 
「おじさん達はアレかな? 人身売買?」

 しかしそんな事は気にしないと言わんばかりに、道を尋ねるような気軽さで終は質問を口にする。
 
「町に帰ろうとしてたらいきなり襲ってきたんですよこの山賊! 信じらんねぇ! バーカ! ブサイク! 美少女妖精フェチ!」
「妖精フェチじゃねぇよ! 妖精フェチじゃよぉ!」

 先に答えを返したのは少女の方だった。男達は少女の言葉の一部に反応したのか、顔を真っ赤にして反論を行う。
 
「ようせい……?」

 そんな山賊の様子すらスルーして少女の言葉に眉をしかめる終だったが、大体事情を把握したのか一度浅く頷いて、男達に向かい武術のような構えを取る。

「妖精とか山賊とか良く分からないけど、めんどうな事になったのは分かった」
「だったら安心しろや兄ちゃん。今から親切な俺達山賊様が面倒事から解放してやっからよぉ!」

 ゲハハハハ! と笑い声を上げる山賊達だったが、次の瞬間にはもう笑い声を上げるものは誰もいなかった。
 腕が飛んでいた。
 山賊達の先頭、最も終に近い場所にいた男の右腕が斧を握ったまま宙を舞っていたのだ。
 それを為した終の手に握られていた物は、深淵を宿した様な20cm程の刃を持つ深い闇色のナイフ。

「これ、荷物検査にも引っかからないんだよね。切れ味も良いし流石兎美姉さん」

 初めて見せる終の嬉しそうな、そして誇らしげな表情に息を呑む山賊。
 しかし彼が息を吐くことはもう無かった。

「まず一人」

 続いてナイフが軌跡を描いたのは山賊の首。
 今まで暴力と恐怖で弱き人々を思いのままにしてきたであろう山賊は、最後に驚愕と畏怖を刻み込まれ、この世を去った。

「テ、テメェェェぇぇぇえええ!!!」

 山賊達の変わり様は凄まじかった。
 巣穴から飛び出たウサギと思っていた生き物が、途端に得体の知れない化け物に変貌を遂げたのだ。
 狩る筈の側が狩られる側に回る。
 山賊達の今までの経験からは決してなかったことだ。
 今までに無い恐怖が山賊達の目を曇らせ力任せに武器を振るわせた。

「残り5人か」

 だがそれも無駄に終る。
 6人いた山賊達も1人欠けて残り5人。その5人が一斉に掛かっても傷を負わせることすら出来なかった。
 振り下ろされたメイスの一撃をサイドステップで避け、右脇腹を狙った刺突剣をナイフで弾く。
 そのまま刺突剣の男の背後に回り込み、背を押しのけ、左から力任せに大振りの剣を振り回す男にぶつける。
 そして男2人がぶつかって出来た隙に飛び込んで、もう一人の斧を持った山賊の首を──
 といったように次々と、まるでパズルを一つ一つ崩していくように山賊達は『処理』されていく。
 
「わ、わかった! 負けだ!俺達の負けだ! 何でも言う事聞くからたっ!助けてくれ!」

 最後に残った男の口から出てきたのは、定型文にも似た降伏を示す言葉だった。
 最初にあった『世の中のものは全て自分たちのものだ』と言わんばかりの傲慢に満ちた威勢は既に消え失せ、瞳には涙を浮かべて命乞いをしている。
 尻をつき、かかとで地面を擦るようにズリズリと後ろずさる様はいっそ哀れですらあった。

「それはダメでしょ。」

 しかし終の言葉は簡潔に死を下す。

「だっておじさんだって武器持ってそこの子を捕まえようとしてたんだし、そもそも山賊なんでしょ? それはダメだよ。
人の命が欲しいなら自分も命を賭け金にしないと。そして今日は賭けに負けたんだから大人しく諦めないとダメだよ。
今まで散々好き勝手やってきていざ自分の番が来たら助かろうなんて── そんなムシのいい話は無いよね?」

「こっ!これからは心を入れ替えて人のために働くからよぉ! なぁ!? 今までの分マジメに生きていくからよぉ!」

 とそこで、思い出したように終が背後を振り向いた。
 事の発端となった羽根を生やした少女である。

「あのさ」
「はいっ!?」
「いや、特に何も聞かず山賊退治?始めちゃって今まさにフィナーレを迎えようとしてるんだけど── このままやっちゃっていい?
もし何かこの人に聞きたいこととかやって欲しいこととかあるなら好きにしちゃって良いと思うんだけど」

 終がそう言うと、少女は相変わらず正体不明の卵を抱えたまま「うーん……」と唸り、

「殺っちゃっていいんじゃないですかねー」
「おっけー」

 朗らかな笑顔と共にそう告げた。
 いっそ、このまま春を迎えてしまいそうな程清清しい、暖かな笑顔だった。



[22629] 【第2話 新緑の森に潜むモノ】
Name: 日ノ本メランコリー◆70eef714 ID:d8382dab
Date: 2010/10/21 00:16
「はー、道理でそんな荷物持ってこんな森の中にいる訳だ」
「いやぁ、お互い運が良かったね」

 相も変わらず草木生い茂る薄暗い森の中。
 木の葉の擦れる音をかき消すような声を出して進んでいるのは終と妖精の少女の二人。
 少女の持っていた卵は終の左手に預けられており、苦行から解放されたかのように少女は屈託の無い笑顔でふわりふわりと終の横を飛んでいた。



【第2話 新緑の森に潜むモノ】



「それにしても本当にこっちで合ってるの?」
「あー大体……多分!」
「微妙だなぁ」
「まぁ錬金妖精たるリリィちゃんのカンですからね。そう心配せずともチョチョイのチョイですよ!」

 空中で両手を後頭部に回し寝転ぶような体制を取り、一見能天気な笑顔を浮かべる妖精の名前はリリィ。
 未だ詳しいことは分かっていないが、逃げ回っていたため森の中において現在地が不明であることと、ここはエルンディーズの森という国の北方に位置する森であること。
 そして謎のカンにより『進むべき……進んだほうが良いんじゃないかなぁ』な方向(本人談)を示してくれたことは、何もかもがサッパリな終にはありがたい事だっただろう。
 何より活力に満ち満ちていると言うか無駄に元気なこの妖精は、少なくとも人っ子一人見当らない森においては貴重な話し相手となっていた。

「にしてもここじゃないどこかねぇ。まぁ物語とかじゃ良くある話ですけど、実際ンな事言われると軽く引きますね。夢見る乙女か!」
「だよねぇ。まさかこんな事になるとは予想外もいい所だったし」
「つーかアレですか? やっぱそんだけモノが発達してる世界ならこう……エロスの方も凄い発展ぶりを!」
「ハハッ」
「チクショウ! さっきからそればっかだな! ねぇねぇいいじゃないですかー。獣も息を潜める静かな森の中、可憐な妖精さんとエロトーク。気分も股間も盛り上がれ!」
「ハハハ、咽が渇いてきたね」
「んもぅ! こっちはそれどころじゃないんですよ! 渇いてるのは咽より知識欲! 一体そっちの女の子達はどんな快楽に身を任せてるんですか!」
「そういえばこれ1本しかないのか。しまったな、こんなことならペットボトルもう1本買っておけば良かった」

 ざくざくと草木を踏み分け進んでいくと流石に森の暗さも深まり、徐々に危険な雰囲気をかもし出し始めていた。

「そろそろどこか寝られるような所見つけないとマズイなぁ……」

 そう終が零した時、リリィがクワワッ!と目を見開いた。

「ややっ!?」
「どうかした?」

 何かを見つけたようなリリィの反応に遠くを見やる終。
 しかしその目には特に目ぼしいものは見当らないのか不思議そうな顔をしている。

「いや、なんかこの先スゲェ上手く隠してあるっぽいんですけど、多分隠蔽魔術で何かが見えないようにされてるような気がしないでもないです! 錬金妖精的に!」
「おお、出た出た魔術。すげー異世界すげー」
「わざと棒読みなのか素なのか分かりづらいな!? それよりちょっと試してみるから後ろ下がっててくださいよ」

 何やら両手でストップをかけるリリィに従い、終が後ろに下がった。
 するとリリィが肩に下げていたバッグから五角形に折りたたまれた小さな包み紙を取り出し、前方斜め上に放り投げる。
 そして包みが重力に従い曲線を描く動きに連動するように、人差し指と中指を立てるとそのまま包みに向かって腕を振った。

「えーと、真実を我が前に示せなんちゃらかんちゃらー!」

 リリィが適当っぽい呪文のような何かを唱えると、包みが開き、中の粉末が広がるように発火。
 包みを中央に、炎が円を基本とした不可思議な図形を空中に描き出す。
 辺りを明るく照らす光景に終の「おー」とのんきな声が重なりつつそれが完全に展開すると、次第に空間が揺らぎ、そこに何か違和感のようなものが生じ始めた。
 だが、そこからが一向に進まない。

「ぐぬぬぬぬぅ! 二級品の火追い鳥の羽とラズマイトの粉末とは言え、私がここまで苦戦するとは!」
「いや、何か呪文が適当っぽかったせいかと」
「素人はしゃったーっぷ! ってこれ結構マズイな!」

 リリィの言葉通り、派手なエフェクトで広がった炎の円はその勢いを弱めつつあった。
 このままではリリィの行った魔術が打ち負けるのは正に火を見るより明らかと言えただろう。
 ── 次にリリィが取り出した物を見るまでは。

「だったらコレだぁぁぁぁああああ!!!」

 それは淡い青を色に持つ毛糸の塊だった。
 大きさはリリィの両手を縦に合わせた程度だろうか、2箇所に赤いリボンのようなマークが見られ、アクセントとなっている。
 形状は二等辺三角形、その角を少し丸めたようなフォルムである。
 そしてそれを空に掲げたリリィは──

「毛糸のぱんつ?」
「うわヤッベ! ミスった! 今の無し! わんすもあ!」

 掲げていた物を素早くバッグに戻した。
 そして再び勢い良くバッグから何かを抜き出す。

「いよっし! こっちこっち! さぁ今から錬金妖精リリィちゃんの見せ場ですよお客さん!」

 それは眩しいほどの白を色に持つ2つの布だった。
 大きさはそれぞれリリィの手と同サイズだろうか、中央と思わしき部分に金糸で施された複雑な紋様が見られ、その神秘性を引き立てている。
 形状は平たい円の上部から5本の細長い楕円が飛び出しており、下の方に見えるのは袋のように開いた穴である。
 そしてそれを空に掲げたリリィは──

「装っ着!」

 ギュギュッと両手にそれを嵌めた。

「ああ、手袋か」
「いやいや、何その淡白な反応? こっからですから! ここからですよー!」

 そう言うや否や、リリィは両拳を握り締め、己の前で激しく、それこそ火花が飛び散らんばかりに激しく両の拳をぶつけたのだ。

「アルカマイズ!」

 リリィが叫ぶと同時、手袋に施された文様に光が走る。
 先程の炎陣の如く煌めきを増すそれは、放つ光を物理的な存在として確立し、手袋の周囲を覆っていく。
 瞬く間に両の拳をバレーボール大に膨らませた光は、次の瞬間、花火のようにあっという間に散り咲いた。

「ほらこれこれ! どうですカッコ強そうでしょう?」

 ふふん、と自慢げに広げられたリリィの手を覆う物は、暗闇においても月の様に輝く白銀の手甲だった。
 中世の格式高い、それこそ美術館にでも置いていそうな観賞用の鎧から、手の部分だけ拝借したようなそれは、本来ならばそれなりの威厳をもって顕現していそうなものだったが、こと此処に置いてはリリィの小柄な体と相まってユーモラスな印象をかもし出していた。

「凄い。さっきのも凄かったけど、今のも変身!って感じで凄く良い」

 驚いたように少し目を見開き、右の手の平と卵を持った左手の甲を打ちつけ拍手する終の姿に気を良くしたのか、ますます調子に乗った風に腰に手を当てたリリィがクルクルと回り始めた。

「そうでしょうそうでしょう! それじゃオワリさんに私の偉大さを理解させたところで、っと」

 気を取り直したのかリリィは再び正面に視線を戻す。
 空中に展開していた炎はほぼ燻っているような状態にあり、今にも塵のように消え失せてしまいそうだった。
 それを見たリリィは再び両の拳を打ち付ける。
 先程と違ったのは金属同士をぶつけた甲高い硬質の音が響いたことだろう。
 リリィは右手をブンブンと勢い良く回し、内側に嵐を内包しているかのような荒々しさを纏った拳を、炎の先に届けるように振りぬいた。

「偽りの世界よ砕け散れ! 必殺! リリィちゃんバスター!」

 瞬間、まるで世界にひびが入ったと思わせる程の音が辺りに響き、拳を打ち付けた点を中心に世界が砕け散った。
 ガラスの破片のように地面に落ちゆく風景は、先程まで見ていた緑一面の森のもので、新たに終達の前に現れたのは、いかにも森の中に相応しい佇まいを見せる木組みのログハウスだった。

「おっ? おおっ?」
「はぁー。凄いねぇ魔法。流石ファンタジー。光学迷彩とかそういうレベルじゃないねコレ」

 感心したようにうんうんと頷く終。地面に落ちた森の風景は、溶けるようにその姿を消していた。まさしく近代科学では不可能な芸当である。

「あのー、オワリさん?」
「ん?」

 するとリリィが巨大な手甲でフードの上から頭をポリポリと掻きつつ、気まずそうに振り向いた。
 ここに来たばかりの終程ではないが、同種の『困ったなーこれ』と言った顔をしている。

「どうしたの?」
「いやですね、ここらで一つカッコいい所を見せておこうかなーと思ってノリでやっちゃったんですけど、あの一撃じゃないと壊せないような隠蔽魔術の使い手って言ったらそりゃあもうかなりのモノなんですよ」
「なるほど」
「で、ですね? ここにあったのがお宝隠した祠とかなら良かったんですけど。もしここに住んでる人が超友好的なお人好しじゃない限り、まずーいことになりそうだなぁ……みたいな?」
「つまり?」
「逃げましょう今すぐ! あずすーんあずぽっしぼぅ!」

 ワタワタと手甲を揺らし慌てるリリィ。
 しかし時既に遅し。

「ワシの結界を壊してくれたのはお前達かぁ!」
「ひぃぃっ!」

 ログハウスのドアを勢い良く開けて、中から人が飛び出してきたのだ。思わずリリィが悲鳴を上げた。
 リリィの言う、かなりの魔術の使い手。
 その姿を見た終の反応は、この世界に来て一番激しいものだった。
 何故ならログハウスの中から出てきたのは深緑に染まった長いローブと、先の折れ曲がった三角のフード。
 時を感じさせる先端の捻れた木で出来た杖と、理知的な飴色フレームの眼鏡。
 そしてなによりも──

「ま、魔法使いだ!」

 たっぷりと蓄えられた白い眉毛と髭。
 これ以上無い程古典的な魔法使いルックの老人だったからだ。



[22629] 【第3話 森の賢者と進む誤解】
Name: 日ノ本メランコリー◆70eef714 ID:d8382dab
Date: 2010/10/22 00:24
「い、いやですね!? 若さが暴走しちゃったというかはじける情熱が冷静さを上回るパワーを見せたというか!」
「ええい言い訳はいらん! それよりお主ら何が目的で此処を襲った!」

 そろそろ本格的に夜も更けだしたエルンディーズの森の中。
 窓から明かりの漏れるログハウスを前にして、終とリリィはいかにも魔法使いといった風体の老人に怒鳴られていた。
 ── 主にリリィが。
 時計を見ると11時19分。こちらの世界に来てから既に3時間以上が経過しようとしていた。

「ってあれ? もしかしてトライリンドのフォグナー術師長?」

 手甲をつけたまましどろもどろに言い訳をしていたリリィが、突然ピタリと動きを止めて老人の顔を覗き込んだ。

「何を言うか! それが分かっててこんな森の中くんだりまでやってきたんじゃろうが!」
「いやいや気づけよ! こんな歴史的美少女妖精そうそういないだろうが!」
「知るかアホウが! だいたい自分の事を美少女などと言う奴が碌なわけ……」

 バサッとリリィが今まで被っていたフードを脱ぐと、蜂蜜を溶かし込んだようなハニーブロンドの癖っ毛、そして神が造形したような緻密で繊細なパーツが非常に高レベルに纏まった美しい造形の顔が表に出た。
 美しいといってもどちらかと言うと幼さを残した可愛らしい容貌ではあったが、どちらにしろ美少女妖精という自称に偽り無しと言える姿であった。

「お主リリネイシアか!?」
「ヒュウ! 流石私! 顔パスとはこういう事を言うのですよオワリさん! ああ、自分の美しさが怖い!」

 驚く老人と、自らの体を抱きしめるように、自己陶酔しつつ8の字飛行を見せるリリィ。
 幸運なことにお互い顔見知りだったようだ。

「えーと、つまり危機は去ったということでいいのかな?」
「ですです。いやー最初はまた殺し合いかと思ったけど、穏便に済んで何よりですよ。おーるうぃるびーうぇるですね!」
「ところで本当にわしを狙ってのことではないんじゃな?」
「いやいや、何でわざわざこんな森の奥まで来てししょーの命狙わなきゃいけないんですか。ししょーの命狙うくらいならパンチラ狙いますよ。良いですよねパンチラ。魂に火がつくわ」
「……本当にリリネイシアの様じゃな」

 リリィの余りにもといえば余りにもな言動に一応の納得を見せた老人だったが、ここで初めて終の方に声をかけた。

「ところで君は誰君じゃったかの? ワシの記憶が確かなら初対面のはずじゃが」
「あーこの人ですか? こちらはさっき野蛮極まりない山賊どもから私を助けてくれた、命の恩人のオワリさんです」
「どうも終です」

 終がペコリと頭を下げると、老人は不思議そうに首を傾げた。

「ふむ? リリネイシア。お主が山賊如きに遅れを取るようには思えんがのぅ?」
「ああ、その時は両手に卵を抱えてたんで逃げるしか出来なかったんですよ。ほら、オワリさんが左手に抱えてるやつ」
「ほぅ、それはそれは、わしの弟子がご迷惑をおかけしたようじゃのう。夜も更けてきたし、よろしければ泊まっていかれよ」
「それは助かります。えーっと……」
「そういえば自己紹介がまだじゃったの。わしはフォグナー。昔、そこのふざけた妖精の師匠をしとった者じゃ」
「ありがとうございますフォグナーさん。あと、苦労なさったんですね……」
「なんじゃろうのぅ……。その言葉だけで掛け替えの無い知己を手に入れた気がするわい……」



【第3話 森の賢者と進む誤解】



 ログハウスの中で終達を迎えてくれたのは、暖かい暖炉にふかふかのソファ、そして歩きっぱなしの体にはありがたい塩気のあるスープだった。
 寒空の下ですっかり体の冷えていたリリィと終は、付近で取れるというたっぷり脂肪を纏った獣の肉と、煮込まれてなお歯ざわりの良い食感を残すみずみずしい野菜にこれでもかと言うほど舌鼓を打つ。
 結果、鍋の表面に油膜を張る程煮込まれた具材、そして脂の旨みをふんだんに閉じ込めたスープは、鍋からその姿を消すまで2人の胃袋を満たすことになったのだった。
 そうして食後のお茶── 緑茶に近いこの飲み物は終を少なからず驚かせたようだった── を飲み始めた頃。

「そういやししょー」
「なんじゃいバカ弟子」

 先程から互いに聞きたいことがあったらしく、まずはリリィが先陣を切った。

「リリィちゃんはシェンドラー湖並に清く広い心の持ち主なんでスルーしますけど、何でこんな辺鄙な森の中にいるんです? トライリンドにいなくてもいいんですか?」
「トライリンドはもう完全に復興したからのぅ。後はあ奴らの仕事じゃよ。何より権力争いや、わしの気を引こうと策を巡らす貴族共の相手は面倒じゃったからな」
「トライリンドと言うと?」
「ああ、トライリンドって言うのはここから南西にあるおっきい国の事で、ししょーはそこの術師長── まぁ簡単に言うと超お偉いさんだったんですよ」

 リリィの解説が入ると、フォグナーが興味深げに終の方を見た。
 長い年月を有する古木にも似た穏やかな知性を感じさせる瞳が、静かに終の姿を── その先にある何かを見つめるように眺めていく。

「ふむ、トライリンドは大国にも数えられる大陸有数の国じゃが、お主の様な身なりの良い少年がそれを知らんとは不思議じゃのう」
「そのことなんですがししょー」
「なんじゃいバカ弟子」
「……リリィちゃんはベアトリクス教皇並に寛大で慈悲深い心の持ち主ですからスルーしますけど、実はオワリさん違う世界から来たらしいんですよ」
「ほぅ、違う世界とな?」

 フォグナーは驚いたように瞬きを繰り返した。
 その目はますます興味深いものを見るような視線を終に向けている。

「まぁ、ししょーのことだから内緒にしてくれると思って言ってるんですけどね。オワリさん、あれ見せちゃってくださいよ」
「了解りょうかーい」

 そう言って終が手を伸ばしたのはソファ横に置いていたキャリーバッグの上、ショルダーバッグの中身だった。

「そこの歴史的美少女妖精リリィちゃんが言うには、こちらにこういったものはまだ存在してないって話らしいんですけどね」

 終がショルダーバッグから取り出したものは、端的に言うとデジタルカメラ── 通称デジカメだった。
 シックな黒を基本として、銀のラインに彩られた手の平サイズの直方体である。
 その小さな箱の中には現代技術がぎゅぎゅっと詰まった貴重品。MADE IN JAPANのお墨付きで、定価3万9千8百円。
 カチカチカチと操作していくその画面には、森を背景にキメ顔でポーズを取ったリリィの姿が何枚も映っている。

「ほほぅ! これは面白いのぅ……!」
「でっしょー!? 何より風景どころか見えるもの全てを鮮明に写し取るってのがたまんないですよね! 女の子撮り放題じゃん!」
「お主、やはり一遍牢屋にぶち込まれた方が良さそうじゃの」

 未知の機械に年甲斐も無く興奮するフォグナーに、それ以上の興奮を持ってリリィが素晴らしさをアピールする。
 サラリと吐かれた毒に耳を貸す様子は微塵も無かった。

「しかしオワリ君。わしらもこの世界全てを知り尽くしたわけではない。未だわしらが発見していない大陸や島の生まれであるという可能性は無いのかのう?」
「あー、それもあるか。流石ししょー。でもここまで技術の差が激しいときっついですね。戦争とかになったら即滅ぼされますよ?」
「ふぅむ……内部がどうなっておるのかは分からぬが、わしにも非常に高度な技術でこれが作られておることは分かる。もし未発見の国であるなら恐ろしいことになるのう……」

 一気に深刻な雰囲気を作り、顔をしかめて未来への不安を語る2人。
 そこに終が全く場の空気を読む事無く、さらに驚くべき事実を持って不安を打ち砕いた。

「それなら大丈夫です。既にぼ……俺達の世界の地図は、海に浮かぶ全ての大陸と島における国々を網羅しています。従って、大陸有数の大国であるはずのトライリンドを俺が知らない以上、ここの国々が同じ世界に無いことは明らかです」
「なんと!?」
「はあー……」
「まぁそもそもこっちじゃ妖精や魔法使いなんて伝説や物語の中の存在ですしね。それだけでもう違う世界だと言うには十分ですよ」

 自分の住む世界においては全ての国が明らかになっている。そしてそれに続く『物語の中の存在』という言葉は驚愕に値する言葉だったのだろう。
 一人は目を見開き、もう一人は口をぽかんと開けて驚きの意を示した。
 フォグナーは冷や汗を流しつつ、渇いた咽を潤すべく冷め切った茶を口にする。今は頭を冷やしてくれるその冷たさがありがたかった。

「いや、しっかし驚きましたねー……」
「うむ……、今日は驚くことだらけじゃわい」
「オワリさん自分の事『ぼく』って言いかけて『俺』って言い直しましたよ?」
「驚くところはそこではなかろうがこのバカ弟子が! 大体そういう事は気づいても流さんか!」

 しかしリリィにそんな事は関係なかったらしい。
 侵攻の危険が無くなった時点でどうでも良くなったのだろう、他の世界のことより、ここは目の前にいる終への好奇心が勝ったようだ。
 一方、終はこれ以上追求されたくなかったのか、いつの間にか窓の傍に移動しており、「わーまっくらだ」と、窓の外を眺めていた。
 と、そこで終が振り向いてフォグナーに尋ねた。

「そういえばさっき壊しちゃった隠蔽魔術……?っていうのは大丈夫だったんですか?」
「ああ、あれならもう張りなおしたから大丈夫じゃよ。付け加えるなら隠蔽魔術と空間歪曲の合わせ技じゃがな」

 その言葉にリリィが納得いった風に手を叩いた。

「なるほど! だから最初のじゃ壊しきれなかったんですね!」
「どうせお主の事じゃからただの隠蔽と思ったんじゃろ」
「あの、その空間歪曲っていうのは、やっぱりこのログハウスがある場所に入り込めない様にする方法で良いんですか? 見えなくても触られるとバレちゃうから」

 2人の会話を聞いて終が疑問を放った。
 終の疑問に出来の良い教え子を見るような目でフォグナーが頷く。

「左様。オワリ君は中々知恵が回るようじゃのぅ。それに知識も劣るものではないようじゃ」
「いえ、そんな……」
「オワリ君は貴族か商家のご子息であらせられるのかの? 高度な教育を受けておるとお目見えするが」
「いえ、別に貴族って訳じゃないですけど……、まぁ『人間死ぬまで勉強だ』なんて言葉があるくらいですし」
「ふぅむ……見習いたいものじゃのう」
「うえぇぇぇ……」
「取り合えず日本じゃ物心ついた頃から何か習い事を始めさせられたり、22、3くらいまで専門の教育機関……えっと、学校って言う、国民全員の子供を集めて、生きるのに必要な知識を教える場所が全国に点在してたりしますね」
「オワリ君の国はニホンというのか。素晴らしいのぅ! 民の一人一人にまで高度な教育を施す事により国全体を高めるわけじゃな!?」
「はぁー、それなら終さんがあんなに強いのも頷けますねぇ」
「ほぅ? 終君はそんなに強かったのか? リリネイシア」
「そりゃあもう。真っ黒なナイフでスパンスパン。6人の武器を持った山賊どもをあっという間に返り討ちにしちゃいましたよ」
「なんと!? そのような教育まで施すとは……、恐ろしいまでに生きる術を叩き込むのじゃなニホンという国は……」
「…………えぇ、まぁ」

 日本人であれば誰もが有しているであろう、曖昧に言葉を濁すスキルを発動させる終。
 満腹感と疲労感から来るものだろうか、その目は段々と眠気を宿しつつあるようだった。

「オワリさん。なんか説明するのも面倒になってきたからそれでいいやとか思ってません?」

 そこに疑惑の眼差しを向けるリリィ。
 対する終の答えは簡潔だった。

「ん? 全然?」
「あれ? そうなんですか? なんか眠そうな顔してたから勘違いしちゃいました。スイマセン」

 リリィあっさり誤魔化される。

「にしてもすんごい国があるもんですねーニホン」
「うん凄いよー。レベルの高い学校に行くには受験戦争を勝ち抜かなきゃいけないしね」
「いやいや、何ですか戦争って。何で教育受けるのに命がけなんですかアンタの国」
「早いところだと3歳とかそのへんから始まってるらしいし。親も死に物狂いだよね」
「3歳!? あんまりこういうこと言いたかないんですけど、ぶっ飛んでますねニホン。そりゃ親御さんも死に物狂いだわ。ソルジャー国家か」
「すごいよねー」
「凄い国じゃのう……ニホン……」

 こうしてシリアスな雰囲気とマイペースな雰囲気を同居させながら、異世界最初の夜は更けていった。
 元居た日本と変わる事無く、静かな闇が空を覆い、柔らかな月光が辺りを照らしたまま……。


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