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[2398]  in Wonder O/U side:U
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:e5d619c4
Date: 2007/12/18 14:40
注意書き

①本作品はいわゆる憑依物となっております。

②同掲示板内、『side:O』とのクロスオーバーが御座います。

③上記の理由により単品としても完成された作品を目指しておりますが、両作品共に御覧頂ければより一層お楽しみになれるかと存じます。

④作品内、少々では御座いますが原作と設定が異なる場合があります。何卒ご容赦の程を。

⑤オリジナルキャラが登場致します。

⑥両作品の作者は別です。

以上、注意書きを考慮の上、御趣味に合致せぬようでしたら御観覧をお控え頂くのが最善かと存じます。

また御意見、御感想等々抱きましたら遠慮なく申し付けていただければ当方としても望外の喜びに御座います。

長々と申しましたが、皆様の一時の御余暇の供になりますよう祈りながら注意書きを締めさせていただきます。

それでは。



[2398]  in Wonder O/U side:U 一話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:e5d619c4
Date: 2007/12/14 19:42

授業が終わって部室へ行くと、ここの住人とも言える先輩がいなかった。


おかしなこともあるもんだ。いつもだったらネットの海からサルベージしたロボットアニメを見ていると言うのに。さてはネタが尽きたか。いや、授業に出てないのがばれて実家に強制送還でもくらったかもしれない。


まあいいや、と適当にサークルの友人達とだべって帰宅。


帰り道になんとなく先輩の家に寄るも、留守だった。本当に強制送還くらったのか。


その翌日だ。


起床したら、俺は見たこともない世界へ来ていた。



 in Wonder O/U side:U



目を開いて飛び込んできたのは木造の天井だった。


いや、おっかしーなー。うちのマンションは木造じゃないのですが。


取り敢えず身を起こしてみると、異変は一層際立った。


開け放たれた窓から見える町並みは、見覚えのないものだ。匂いというか雰囲気が、まるで違う。


ふむん、と首を傾げると、いつも感じる後れ毛の感触もなかった。視線を落とせば、自分の手が小さく見える。


落ち着け。素数を数えろ。1。素数じゃない!


テンプレ的には夢とか思うんだろうけど、ここまでリアルな夢なんて生まれてこの方見たことがない。なんぞこれ、と呟きつつ、俺は立ち上がった。


ふむ。世界が低い。手の小ささも含めて、俺は子供になったようだね。いやに冷静だな自分。まあ、慌ててて異常が治るなら慌てるけどさ。


む。ならば慌ててみよう。


「ぎゃあ! 子供になってるー?!」


「どうした玄之介?!」


うん。異常が治るわけもなく。んでもって見知らぬおじさまが部屋に飛び込んできましたよ? ドアを開かれた時ビックリしたのはここだけの秘密だ。


突入してきたおじさまは、なんつーか、身体的特徴が分かり易い人だった。


片腕がないのだ。顔にもいくつかの傷が走っている。ワケありっぽいなぁ。


来ている服は……なんだろう。和服の知識が皆無なんで良く分からないけど、作務衣っぽいやつ。造りは丈夫そうだが、年期が入っているせいか色褪せていた。


と、そんな風に観察している俺の挙動が不自然だったようだ。おじさまは腰をかがめて俺の視線に合わせると、眉尻を下げながら頭を撫でてきた。


……なんだろう。この歳になって男に頭を撫でられるのは勘弁願いたい。いや、今の俺は子供っぽいけどさ。


「どうした? 変な夢でも見たのか玄之介」


「現在進行形で変な白昼夢を見ているんですけどね」


っていうか玄之介って俺のことか。なんか名前まで違うっぽいんですけど。


だが、俺の疑問は華麗にスルー。おじさまはため息を吐くと苦笑した。


「まったく、あまり心配させるな。もうじき朝飯ができるからな」


「あ、そうですか」


そんなことを言われたからか、急に空腹感が押し寄せてきた。あー、様々な疑問がこれだけで押し退けられた気がするよ。


おじさまに着いていってリビング……でいいかしら。取り敢えず団欒の場に辿り着く。


そこはテレビもない殺風景な部屋だ。良い言い方をすればダイニングキッチン。悪い言い方をすれば――というか見たまんまなんだけど――居間から台所が丸見えになっている。仄かに漂う味噌汁の匂いなんかが鼻を突いて、まあ空腹感が増した。


家具も壁も年季が入っていて古くさい。ほんと、どこなんだろうねここは。


台所にはスリムな熟女がいたり。後ろ姿はけっこう綺麗だ。残念なことに年上は俺じゃなくて先輩の守備範囲だが。


「おはよう。あなた、玄之介」


「おはよう」


あ、顔も結構綺麗だ。彼女は笑みをおじさまに向けると、次は俺の方を見た。


うんと、これは挨拶を返すべきなんだろうなきっと。


「おはようございます」


そんな当たり前の受け答えをしたのに、彼女は訝しげに眉を潜めた。


「どうしたの?」


「いやあ、起きてからこの調子なんだ。丁寧語が子供の中で流行っているんじゃないか?」


「何よその流行。まったく、玄之介は周りにすぐ影響を受けるんだから」


呆れたようにため息を吐く熟女。


そんなに変なことをしたかね俺。


まあいいや、と朝食が準備されたテーブルに着く。


はて、今更なんだけど俺は飯を食べている余裕があるのだろうか。壁に掛けられた時計を見れば午前の八時。うーん。いつもだったら大学の準備をする時間なんだけど、なんか子供になっているしなぁ。


腕を組みつつ唸っていると、いい加減にしなさい、と怒られた。


子供らしく振る舞え、とそういうことか。


両親の掛ける言葉に相槌を打ちつつ、朝食を食べ終える。


なんかこう、居間の状況を把握できる代物はないだろうか。


そんなことを考えながら視線を彷徨わせていると、新聞紙が目にとまった。


ふむ。新聞。嫌な響きだ。なんでかっていうとまあ、しつこい勧誘とかそんな感じ。他意はない。


でもまあ貴重な情報源であることに代わりはないわけで。


そんなことを思いつつ新聞紙を手に取ると、思わず動きを止めてしまった。


『木の葉新聞』


Why?


何それ。思わず二度思ってしまいましたよ?


いやいやいや。待て待て待て。


木の葉っつーとアレだろ。ナルトだろ。


そんな馬鹿げたことを連想しつつ、記事に目を走らせる。


けれども、内容は俺の焦りを加速させる役割しか果たしてくれない。


まったく知りもしない世界情勢とか、うちはの悲劇から半年、とか書いてあったりして、理解不能だ。


思わず窓から外を見てみる。


うん。ナルト世界と思ってしまったせいか、町並みもそんな感じにしか映らない。あのセンスない建物とかまさしく、ってね。


「……ねえねえ。今って西暦何年?」


「セイレキ? なんなの、それ」


おう、これはマジモンですな。





ナルト世界に紛れ込んでしまった、ってのは本当らしい。


木の葉の里らしき――いや、もう、らしき、という言い方は止めよう――を廻って確かめても見た。有り得ないほど自己主張している顔岩とか一楽とか。忍者アカデミーとかあったし。


こいつは救いようがねえぜヒャッハーマジうける。今まで俺の積み上げてきた人生って一体?!


と軽く錯乱になるわけもなく。


むしろ俺は嬉しかった。


だってだって! 単位とか! 薄暗いっていうかお先真っ暗な就職とか! 馬車馬の如く扱き使われるバイトとかから解放されたんだぜ?!


大喝采!!


そんな風に喜びを噛み締めつつ、俺は自分のことを調べることにした。


いやまあ、自分自身を調べるってのは変な話なんだけど、今の俺は俺であり俺ではないわけで。


取り敢えず自己紹介をば。


俺の名前は如月玄之介。夢と希望に溢れた五歳児だ。家族構成はお父様とお母様と俺の三人家族。二人は元上忍らしいんだけど、なんでも九尾事件でリタイアしたとか。そりゃあ片腕失えばねえ。お母様もお母様で、脚に障害があるみたいだったし。


そういえば上忍ってなかなかすごい職業だった覚えがある。


でも、それも当たり前か。


どうやらお父様は血継限界らしい。そりゃー優秀な奥さんを手にできますよね。


ふむ、少し僻みそうになったんだけど、スルーしようか。有能で美人の妻とか……妻とか!!


まあいい。で、問題は俺ですよ。


血継限界の家系に生まれたってのはいいんだけど、これからどうしましょう。特にやりたいこともないんだよね。だってほら。まだ五歳だし。お子様だし。


いや、待てよ。子供だったら何ができる? 決まっている!


遊ぶのだ! 子供の仕事は遊ぶことだと相場が決まっている!!


そうだ。折角ナルトの世界にきたんだし、ごっこ遊びをしよう! 子供のころにできなかったヒーローの真似とか、そういうの!


手始めにヘルアンドヘヴンの会得だ!



[2398]  in Wonder O/U side:U 二話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:e5d619c4
Date: 2007/12/14 19:44



 in Wonder O/U side:U



「なんでできないんだー?!」


がっくりと膝を折りつつ、握り締めた拳で地面を叩く。


ヘルアンドヘヴンの練習を始めてからはや二日。俺は一向に進まないごっこ遊びの下準備に絶望していた。


まず、何故ヘルアンドヘヴンをチョイスしたのかから説明しよう。


あ、ヘルアンドヘヴンっていうのは、負け戦で砕かれることがお約束となっている、勇者王の必殺技のこと。詳しくは言及しないことにする。


俺――如月玄之介は血継限界と呼ばれる特殊な血筋らしい。その性質は、通常一つしかない術の属性を二つ持っていること。うん。これを知って真っ先に思い浮かんだのがヘルアンドヘヴンなのですの。


しかし、舞い上がった俺はヘルアンドヘヴンの練習に取りかかる前に蹴っ躓いた。


チャクラの練り方が分からないのである。


漫画を読んでいたから練習方法は知っている。自分の属性を調べる方法だって覚えている。


だが、それ以前の問題としてどうやってチャクラを使えばいいのかまったく分からないのだ。


そのことには昨日の段階で気付き、この体の両親にチャクラの操り方を教えてもらった。質問した時、何故か両親が喜びまくっていたのだけれどそれは割愛。


今日一日は、その方法を試していたんだけれどどうにも駄目だった。まあ、本音をいうと口頭で伝えるんじゃなくて教えて欲しかったのだけれど、仕事が忙しいようなので贅沢はいえない。


うーん。二人とも障害があるからなぁ。パパンなんて内職してたし。俺の目的は忍になりたいなんて訳じゃなく、単純にリアルロボットごっこがしたいだけだし。


……二十歳になってロボットごっことかどうよ。いや、中の人ね。


まあいい。深くは考えない。どうせ子供に見えてるからね!


まあ、兎に角。もう駄目である。


たったの二日で音を上げる根気のなさにも呆れるけれど、まあ、それはそれ。人に見られたくないから森の中で一人絶叫しながら必殺技の練習をするのは、割と疲れるし寂しいのだ。


地面に仰向けになり、茜色に染まった空を見上げる。


嗚呼、そういえば向こう側の俺はどうなったのかな。意思はこっちにあるから、昏睡状態とか? 嫌だなぁ。発見遅れたら死ぬんじゃなかろうか。唐突に此方側にきたのだから、いつ向こう側に帰ってもおかしくないのだし。


「どうしたもんかな」


不意に虚脱感に襲われる。


この二日、ずっと興奮しっぱなしで自分の身に起こったことを考えなかった。


このまま元の世界に戻れないとしたら、俺はこの世界で生き続けないとなんだろう。


嫌だなぁ。忍とかなる気ないんだけど。自慢じゃないけど、生まれてこの方喧嘩なんてしたことがない。あ、殴り合いの、って意味ね。


そんな自分が血生臭いことに向いてるとは思えない。


じゃあ他のことができるのか?


そう考えてみたところで、今ひとつピンとこない。したいことは特にない。それは、向こう側も此方側も一緒だった。


そんな風に考え込んでいたせいか、ふと、木の葉が擦れる音が耳に届く。


顔をそちらに向けると、誰かが茂みからこちらを見ていた。


頭隠してなんとやら。草木の隙間から目が見えておりますよ。


「なんですかー?」


「ご、ごめんなさい!」


なんだか投げ槍に声を掛けたら、茂みにいた人は逃げてしまった。声の感じからして女の子。なんか声が水樹奈々に似てたな。


うわ、キモイ! 一瞬で声優が浮かぶ俺の脳キモイ!


まあいいや。今日は帰ろう。すげえ疲れた。





まあ、なんだかんだ言って、俺はまた森で必殺技の開発に心血を注いでいた。


いやまあ、飽たっていうか、嫌気は差したんだけどさ。だからと言って他にすることがなかった。


読書家じゃないせいなのか、如月家には娯楽用の本ってもんがない。パパンが忍術の練習を始めた(彼らにはそう映っている)俺に指南書みたいなものをくれたんだけど、要
点は知っていたので半日で読み飽きてしまった。


それでもって、この身体、如月玄之介くんの友人達と遊んでみたんだけど、どうにも。一応中の人は二十歳なんで、童心に返って遊ぶのには抵抗があり楽しめなかった。


だから一日置いて再び練習を再開したんだけど――


「やっぱりできねー!!」


ちょろちょろと、チャクラは出るようになった。しかし、一向に纏めることができない。


なんだこれは畜生! 俺を嘗めてるのか!!


此方側の人は身体のつくりが違うのか無茶しても疲れらしい疲れは浮かばないんだけど、精神は別だ。ハードが違ってもソフトが疲弊してしょうがない! ハードを使いこなせないソフトなんてあるだけ無意味っすよ。


まあ、それはそれとして。


なんだか視線を感じる。


こう、なんだ? 熱烈とは言えないが、冷徹とも言えない。猫が様子を窺っているような類のものだ。いや、猫はもうちっと用心深い。猫はすごい動物なのだ。


脱線した。とにかく、視線である。


ふむ。どうするか。


1.捕まえる


2.こちらも様子見


3.紳士的に振る舞う


4.きっと俺のファンだ!


まあ、4はジャパニーズジョークとして、だ。


まあ2か3だよね常考。


そういうわけで――


「だらっしゃー!」


そう、紳士的に。紳士的に相手を捕獲だ。


奇声を上げて飛び掛かってくる俺を見て、女の子は逃げ出した。


まあ、分かり易いアクションだ。俺も逃げるしね多分。


ああ、勘違いしないでもらいたい。普段の俺はこんなんじゃない。向こう側では平凡な小市民で、将来は社会の歯車になりつつ平凡な一生を全うしたいと願って止まない青年
なのですよ。


た・だ。


此方側の俺は俺ではない。外面なぞ知ったことか! ついでに言うとチャクラ操作が上手くできなくて鬱憤が溜まっていたこともある。


草木を掻き分け、木々を渡り歩き、相手を追跡する。


身体が軽い! 今の俺はトロンベだ!!


ランナーズハイっていうのかなこれ。多分違うと思う。


ひたすらにハンティ……ではなく追いかけっこ。


この年では体力に男女差はないと思うんだけど、女の子は体力がないのか徐々に走るペースが落ちてきた。


チャーンス。


折れよ、とばかりに足場の木を踏み、空中でトンボを切って女の子の前に着地。どうやら彼女は心優しいようで、俺が現れると急停止した。ふむ。ぶつかっていたら怪我して
いたねお互い。


「追いかけっこは終わりですかな、フロイライン」


「ふ、ふろ……?」


この物言いは文句なしに紳士だろう。しかし彼女は意味が分からなかったのか、俺の言葉をオウム返しにした。


あー、ないのかなフロイラインって言葉。少し残念だ。


そんな風に考えていたら、だ。


女の子の目に涙が溜まってゆく。


「え……?」


「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」


そして、泣き顔を隠すように彼女は頭を下げ始めた。


いや、えっと、マズイ。何がマズイって女の子泣かせたよ俺?!


「ごめん、本当にごめん! 悪ノリしすぎた! ごめんなさい!」


そんな風に、俺も女の子に続いて頭を下げる。


奇妙な謝罪合戦は、しばらく続いた。





女の子は泣き止むと、ようやく落ち着いてくれた。


うん。っていうかなんで気付かなかったんだろう。


特徴的な瞳。真っ白で、上手く言葉に出来ない輝きを放っている。


知っている。これは白眼だ。木の葉隠れのエリート血継限界、日向家の誇る代物。


んでもって、この気の弱さってことは……


いや、まずった。先輩に知られたら殺されるぞこれ。実家に強制送還された先輩は気持ち悪いレベルのヒナタファンなのですよ。


まあ、それはいいとして、だ。


彼女が泣き止むと、俺たちは木の幹に腰を下ろして少し話をすることにした。


「うーん。ごめんね。急に追っかけちゃって」


丁寧語じゃないけど、まあ、あれは目上の人にしか使いたくないのだ。


ヒナタは微妙に俺と距離を取りつつも、俯きがちに頷く。


「あの……私も覗いちゃってて、悪かったし。……気にしないでください」


「いや、それはいいんだけど……うん、でも、なんで俺の練習なんて覗いてたの? 面白いもんじゃなかったでしょ?」


「いや、あの、えっと……」


そこまで言って、ヒナタは言いづらそうに口ごもった。


うーむ。なんだろう。何かやらかしたかな俺。練習中に上げていた奇声が思いの外、五月蠅かったとか。


わからん。


そんな風に首を捻っていると、ヒナタは顔を上げる。


「ここ、日向家の私有地だから……」


「……あー、ごめんなさい」


それはまずった。どの世界だって、他人の敷地内で動き回っちゃマズイよね。


っていうか、そういうことか。道理で誰もいないと思ったら。それもそうだよね。日向家の私有地なら、誰だって知っていることだし。無知って怖い。


「明日からは別の場所で練習するよ。ごめんね、馬鹿なことして」


「ううん。いいの。それより……何をしていたの?」


「……チャクラが練れないから、その練習を」


ヘルアンドヘヴンの練習です、なんて言えない。いや、さっきまでは言えたかもしえないけど、知っているキャラには変なこと言いたくないのだ。なんだこの妙な羞恥心。


チャクラが練れない、という俺の発言に、ヒナタは首を傾げた。表情はどこか気の毒そうだ。……ん? っていうか、なんな視線に憐憫が混じってる気がしますよ?


「そっか……君も大変なんだね」


「……大変ってわけでもないけど」


あー、そうか。そういう境遇だもんねヒナタ。


ナルト世界の一般常識がどんなのか知らないけど、まあ、忍はチャクラが練れるのは普通っしょ。それが出来ない俺は一般的に落ちこぼれと言われても間違いじゃないわけで。


なんだろうこれ。酷く複雑な気分。


まあ、そんな心の声に気づけるはずもなく。ヒナタは小さく頷くと、唇を引き締めた。


「私にできることなら、手伝ってあげる」


「いやあ、有り難いんだけどさぁ……」


「これぐらいの時間にしか外には出れないけど、それでよかったら練習を見てあげるから」


「……ありがとう。助かるよ」


乗り気みたいだし断る必要もないよね。まあ、俺一人だったら何年経ってもヘルアンドヘヴンは完成しないだろうし。


そういうわけで、この日から奇妙な師弟関係が生まれたのでした。



[2398]  in Wonder O/U side:U 三話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:e5d619c4
Date: 2007/12/14 19:45


「弟子にしてください」
「帰れ」


こいつぁクールな対応だ。


厳めしい表情を崩さないヒアシに気圧されながらも、俺は内心で軽口を叩いた。



 in Wonder O/U side:U



そんなこんなで、奇妙な――というか、俺の不法侵入が見つかった次の日から、ヒナタお師匠の特別授業が始まった。


特別授業と言ったって、なんだろう。日向の奥義とか教えてもらうわけでもなく、淡々と基礎以前の問題であるチャクラの操作っつーか、発現を覚えようというレッスンだ。


ニュアンス的には、歩き方を幼児に教えるようなもんなんだろうね、きっと。そんな愚痴をヒナタに言ったら、彼女は困り顔でアカデミーの新入生はみんなやってるよ、と言ってくれた。


あー、そういやあアカデミーって来年に入学なんだよね。いや、パパンとママンに入学したくない、って言えばそれまでなんだけどさ。


以前割愛した話なんだけど、どうやら玄之介の両親は、息子が忍になることに期待を抱いているらしかった。まあ、そうだろうね。二人とも元上忍だし。パパンは血継限界なんて代物を宿しているエリートだし。


でも正直、金をもらって人殺しなんてしたくなかった。だって人を殺すんだぜ? 給料程度のはした金で自分の人生が閉じられるって想像したら、ぞっとしない。馬鹿げた話だ。まあ、俺の持っている倫理観がナルト世界とずれているせいもあるんだろうけどさ。


んなことするぐらいなら、ヘルアンドヘヴン会得してヒーローショーでもやった方がマシってもんだ。いいよね、夢と希望を与える仕事。この世界にロボットを広めるのだっ!


まあ、それは置いといて修行である。


ヒナタお師匠の指導は、なんつーか、一言で言えば手緩い。高校の時入っていたテニス部の練習の方がキツイぐらいだ。


ただ、要点はしっかり押さえている。きっと適切な指導ってのはこういうのなんだろうね。いやまあ、ヒナタお師匠以外の人に教えてもらってないからこんな風に感じるんだろうけどさ。


まあチャクラだけど、結論だけ言うと、すんなり覚えた。


自分一人でうんうん唸っていたのが嘘みたいだ。うん。そうだよねー。腕を動かすとか、呼吸するとかに理屈は必要ないよねー。頭で考えたって駄目なんだってことを、これほど強く感じたことはない。だって、考えただけで腕は動かないっしょ? チャクラがどういうものなのか知覚できるのだから、それを出せばいいだけなのだった。


うん。抽象的な言い方でごめん。でも、そういうもんなんですよ。


で、チャクラを出せたのは良かった。そこまでは良かったんだ。


今度は術に移った訳なんだけど――術を行使する段階で、すっかり忘れていた問題にぶち当たったわけである。


ヘルアンドヘヴン。攻撃エネルギーと防御エネルギーを合わせ、EMトルネードにて敵を拘束して、凶弾と化した身体で突撃する必殺技。


まあ、属性二つ持っている血継限界で技を真似ようって発想に至ったわけなんだけど、どんな術を組み合わせたら似るのかさっぱり分からない。そもそもヘルアンドヘヴンの仕組みが良く分からない。盲点だった。ゴルディオンハンマーとかは分かっているんだけど、重力を操る術なんてないだろうしなぁ。あっても五歳児には無理でしょう。


更に問題。属性二つあったとしても、その二つを同時に操って組み合わせないと駄目なわけで。つまり、片手で印を結んで術を行使しないと駄目なわけである。


一般人が右手と左手で全く違う文章をタイプできますか? A.できるわきゃねー。


こりゃあ完成はほど遠いな、と思ってしまう次第である。


それに気付くと同時に、練習する気が失せた。失せたんだけど、熱心に教えてくれたヒナタお師匠に悪いんでやる気がない仕草は見せられない。


一通りの指導が終わって一息吐く。ヒナタお師匠のレッスンが開始されたのは日が傾き始めた頃からなので、もう辺りは真っ暗になっていた。


帰り支度をしているヒナタを尻目に、俺は腕を組んで空を見上げる。


片手印かー。パパンに聞いてみるのが手っ取り早いんだろうけど、変な期待はさせたくない。いや、術の練習始めた時点で期待させちゃってるけど、気付いた時には手遅れだったのでしょうがない。


困ったのう、と唸っていると、ヒナタがこちらを見て苦笑していた。


「どうしたの?」


「あの……なんだかおかしくって」


「何が?」


「腕を組んで唸るなんて、父さん以外の人がやってるの初めて見た」


む、と言いつつ眉を潜める。


やっぱり、子供の外見で普段通り――向こう側の俺にとっての――動作をするのは不自然なんだろうなぁ。如月家の人にも何度か指摘されたし。


直さないといけないことは分かっているんだけど、どうにも。無邪気に振る舞う勇気は青年になると同時に失ったからなぁ。


「あー、父さんの真似だよ」


「そうなの?」


「そうなの」


すまないパパン。そんな癖ないのは知っているけど、ここは生け贄になってくれ。


その日はヒナタと適当に世間話なんかをして別れた。そういえば、明日からどうするんだろう。チャクラは出せるようになったしなぁ。


まあいい。その日の夕食はパパンたちに修行はどうだ、とか聞かれたりして焦ったが、なんとかやり過ごした。


風呂から上がると、子供用の布団に入ってこれからのことを考える。


ふむ。ヘルアンドヘヴンはどうしよう。諦めようかな。面倒だし。


でも、そうするとパパン達が悲しむだろうしなぁ。いや、生みの親ではないんだけど、育ての親ではあるんだしさ。どんな形にしろ、期待を裏切ることには罪悪感が伴うでしょう。


どうすっかなー。アカデミーには入りたくない。けどヘルアンドヘヴンは会得したい。かといってパパン達の期待は裏切りたくない。何か名案はないかしらん?


ヒナタに相談したら何かいいアイディアでも授けてくれるだろうか、と考えるも、一瞬で無理っしょ、と答えが出る。


同年代の子供達からすれば大人びてはいるけれど、結局彼女だって子供だ。名案ってほどのものは――あ、言い忘れていたけれど、ヒナタは玄之介くんのいっこ上です。年上です。中の人から見れば犯罪的に年下ですが。


ん? 待てよ。ヒナタ?


一つのアイディアが脳裏に浮かぶ。こういうのを天啓と呼ぶのだろう。


思い立ったが吉日――というけれど、まあ今日は夜遅いので明日にしよう。


一抹の不安が胸中を過ぎるも、それを無視して俺は寝ることにした。





翌日、俺は日向邸の前にいた。


うお、でけぇ。こうやって見ると改めて気圧されるな。圧巻とはこういうものか。敷地を囲う塀はうんざりする程長いし、正門なんかは嫉妬するほど立派だ。これだからブルジョアはいけねぇ。余計なことに金かけやがって。


まあいい。取り敢えず、昨晩思いついたことだ。


舞い降りた天啓とは、日向に弟子入りすることだった。


ヒナタはアカデミーに通っているが、妹のハナビちんは違ったはず。んでもって、ヒアシなんかは試験受けてないくせに上忍である。なんというチート。


日向宗家ならば片手印ぐらい知っているだろうし、上手いこと取り入れば敷地内に引き籠もってアカデミーに行かなくて済むだろうし、こんだけ立派な家に弟子入りすれば両親も満足するんじゃないか。


かなりこじつけ臭いけど、個人的には悪くないと思う。そういうわけで、俺は日向宗家の前に立っているわけである。


さて、問題。インターフォンのない武家屋敷ですが、どうすれば入れるのでしょうか。


答えは決まってるよね。


「たのもー!」


「上等だ!」


……あれ? 選択ミスった?





畳敷きの大広間に通され、慣れない正座をしながら、俺はヒアシと対面していた。


まあ、門前払いを喰らわなかったのは、慌てて出てきたヒナタが友達だ、と言ってくれたからだ。


その彼女は、ヒアシの隣に座りながら不安げにヒアシの表情を窺っている。うっはー、ヒナタに迷惑がいくなんてことまで気が回らなかった。


まあ、そんな風に後悔したって後の祭り。ここまできちゃったんだから頑張らないとね。


「それで、どういう用事で参った」


「あの、ぶしつけなお願いだってことは承知なのですが……」


うわぁ、プレッシャー感じるよ。流石は日向宗家。貫禄が違うね。


はい、強がりです。こうでも思ってなきゃやってられません。


それでも俺は顔色を変えないように気をつけつつ、先を続ける。


「弟子にしてください」


「帰れ」


こいつぁクールな対応だ。


厳めしい表情を崩さないヒアシに気圧されながらも、俺は内心で軽口を叩いた。


「そこをなんとか……」


「弟子なら取るつもりはない。必要もない。帰れ」


「いや、でも、こう見えても俺、血継限界だったりするんです。飼って損はないですよ?」


うは、自分で自分を家畜扱い! 泣けるんだけど!!


そんな自虐ネタはきっと利いてない。ヒアシが興味を示したのは、血継限界の方だろう。


ヒアシの固まっていた表情が、多少和らぐ。ただし、今度は獲物を値踏みするような眼光で見られているが。


あ、もしかして白眼使ってる? カードのサーチ行為はマナー違反ですよ!


なんてことが言えるはずもなく。俺はただただ、姿勢を維持するだけで精一杯だった。


「……成る程、どうやら嘘ではないらしい。そういえば名前を聞いていなかったな。少年、名前は?」


「如月、玄之介といいます」


「如月……そうか、あの如月か」


『あの』という言葉には微かにアクセントがあった。含められた響きは侮蔑などではなく、興味や好意といったものだ。


ヒアシはこの時になって、ようやく険呑な雰囲気を解いた。僅かに口の端を吊り上げる。もしかして、これがこの人の笑顔なんだろうか。


「成る程。そうならそうと言えばいい。弾正とお幻は元気にしているか?」


あら。知り合いだったんですか。あ、弾正ってのはパパンの名前ね。お幻はママン。


はい、と応えると、ヒアシは満足したように頷いた。両親とヒアシの間に何があったのか気になったんだけど、まあ教えてもらえるわけもなく話は進む。


「そうか。それならいい。……ところで、何故君は日向に弟子入りしたいと思ったのかね?」


核心きたこれ。ストレートだねヒアシさん。


まあ、素直にヘルアンドヘヴンが会得したいのです、なんて言ったら間違いなく追い出されるんだろうけど……あれ? そういやあ白眼って嘘見抜けるっけ? 分からない。うわー、下手なこと言えないじゃん。


「その、完成させたい術がありまして……」


だから、咄嗟に口から出たのはそんな言葉だった。いや、嘘は言ってないですよ? 十割本当ですよ?


「完成させたい、か。そのために日向を利用するのか?」


「とんでもない! 俺は術を完成させるのにはここへくるのが一番だと思っただけです!」


あれ? それを利用するって言わない?


……脊髄反射でものを言うのは控えよう。そんな風にちょっぴり後悔。今日はやたらと後悔が多いな。


だが、そんな俺の暴言に、ヒアシは笑い声を上げた。


何がなんだか分からない。隣に座っているヒナタも、驚いたように固まっている。


「くく――、そうか。まあ、いいだろう」


「……え?」


きっと俺はエルドラⅤアルティメットを喰らったブッチみたいな顔をしていただろう。


それにかまわず、ヒアシは話を続ける。この人は他人の反応をきちんと見た方がいいと思うよ。


「ただし、条件がある。如月の片手印。それを差し出せば弟子にしてもいい」


「それは……」


うん、まずい。ヒアシが興味を持つってことは、如月の片手印って秘伝とかなんじゃなかろうか。っていうか、片手印あったのか如月。きちんと調べておくべきだった。


しかもパパンとママンには事後承諾のつもりできたから、話を通してないんだよねー。どう切り出そう。


つっても、YESともNOとも応えられないのが現状である。曖昧な返事をするのもアレなんで、俺は素直に両親と相談してから、と言って日向宗家を後にした。





んでまあ、家に帰って昼間のことを話したんだけど。


一言で表すなら、両親は狂喜乱舞した。そこまで忍になって欲しいのか俺に。


ヒアシの言っていた条件も呑む、と言ってくれた。ここまでしてもらうと、本当、自分勝手に始めたことだから申し訳なくなってくる。


子供の成長を喜ぶのはどこの親も一緒なのか。子供に幸せになって欲しいと思うのは、どの世界でも同じなのか。


おそらく、此方側にきてから初めて、俺は如月の両親に感謝した。



[2398]  in Wonder O/U side:U 四話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:2e4f0975
Date: 2007/12/26 21:18
「どうした? もう終わりか」


……終わりですぅ。


などと言えるはずもなく。


本日十……いや、十二度目のフルボッコから立ち上がり、俺は拳をかまえた。



 in Wonder O/U side:U



日向家の朝は早い。いや、それにはなんか語弊がある。日向家に仕えている人の朝は早い。うん、これだね。


鶏が鳴き声を上げる前に起床。まずは換気と、簡単な掃除。台所に立つ人たちは朝食の準備だ。


俺、如月玄之介は、ゴムボールを掌で弄びながら、まだ街灯に照らされなければ何も見えない程暗い正門前の掃き掃除。サボるor時間までに作業が終わらないとヒアシの拳骨が飛んでくるので怠けられない。


日向家に弟子入りしてから、俺は未だかつてないほどの後悔をしていた。


日向家宗家、厳しいのである。え? 当たり前だって? いや、うん。分かってはいたんだ。分かっていただけで、実際体験してみると酷いんだ。


ええっと、基本的な一日のスケジュール。


朝:陽が昇る前に起床。掃除。


午前中:家事手伝い。


正午:ちょっとした座学の後、ヒアシによるスーパーフルボッコタイム。


夕方:文字通り軋む身体を押して夕食の支度。


夜:ヒナタを交えたヒアシのスーパーフルボッコタイム。


そしてぶっ倒れるように就寝。


うむ。軽い児童虐待である。


まあ、自分で選んだんだから文句はいいっこなしなんだろうけどさー。これはなんだい? 大人しくアカデミー通っていた方が楽だったんじゃないのかい?


そんな風に思ってしまうほど、ヒアシ――いや、いい加減師匠と呼ぼう――の修行は尋常ならざるものなのだ。


一人で練習していた時、身体が頑丈だから大して疲れないと思った。しかし、それは間違いである。この身体だって疲弊する。理論を一回だけ説明したら、師匠はすぐに実践に入りやがる。下手に聞き逃したら真性の意味で命が危ない。


教える内容もCQCが真っ青なほど実践的である。まず基礎体力を養っている段階なので、今は忍術よりも体術に偏った稽古をつけてもらっているのだけれど、あの人柔拳使わなくても強いのなんの。


……あー、そういやあ、フルボッコされている、で思い出した。どこぞの最強の弟子も基礎体力付け終わったら、ひたすらにフルボッコだっな。修行風景はあんな感じを想像してもらえると嬉しい。なんかね。体術よりも受け身ばっか上手くなっちゃってるよ自分。


ま、受け身覚えなかったら死ぬんだけどね!


まあ良い。さっさと掃除終わらせて飯食べよう。


手早く掃除を終わらせ、用具を片付けると、俺は屋敷に戻る。


廊下を歩いていると、微かな喧噪の中に空気を引き裂く音が混じった。


そちらへ視線を向けると、いつものようにヒナタとヒアシが組み手をしていた。


ヒナタが繰り出す手刀や掌低を、ヒアシは片手でいなしつつ叱咤している。激励はない。ともすれば罵詈雑言にすら聞こえてしまう。


よくやる、と内心で呟く。


ヒアシはヒナタを見限っている。これはナルト読者ならば誰でも分かる共通認識だろう。それは、ここでも変わっていない。それでも稽古をつけているのは、やはり日向宗家として恥をかかないように、という最低限の教育か。


本当、よくやるよなぁ。


なんて思っていると、ヒナタの甘い一撃がはね除けられて、掬い上げるような掌底が叩き込まれる。ただの掌低。それでもヒナタは防ぐことができず、交差した両腕の隙間から一撃を送り込まれる。


身体をくの字に折り曲げ、ヒナタは吹き飛んだ。そのまま宙を舞い地面を転がる。受け身を取ることが出来なかったのか、落下した彼女は派手にバウンドした。


「どうした。それで終わりか」


それに応える声はない。ヒナタは腹を押さえつつ、嗚咽を漏らすばかりだ。師匠は心底呆れたように鼻を鳴らすと、中庭を去る。


俺は師匠にばれないように――と言っても見て見ぬふりをしているんだろうけどさどうせ――移動すると、まだ苦しそうにしているヒナタの側に立つ。


きっと俺に気付いているのだろうに、彼女は顔を上げようとしない。それほどまでに重い一撃だったのか。師としては当然なんだろうけど、親としてはどうなの、と内心で愚痴る。


「大丈夫?」


「う、ん。……大丈夫」


上げられた面には、笑みで隠された苦悶が見て取れる。隠しているってことは、気付かれたくないってことだ。


彼女の頑張りを無駄にしたくないため、俺は安堵するようにため息を吐く。


「良かった。ほら、いつまでもそうしていると朝飯に間に合わないよ」


「……うん。ありがとう」


震える脚で無理矢理立ち上がり、服についた土を払い落とす。


彼女はそうすると、居心地の悪そうに周りを見始めた。


これはヒナタの癖みたいなものだ。何かを話そうとするんだけれど、何を言って良いのか分からない。そんな感じか。人付き合いは好きだけど苦手ってのはどうにも不憫だね。


それでもやはり、彼女は一生懸命話の種を探そうとする。それで目についたのが俺の持っているゴムボールだった。


「それ、どうしたの?」


「ああ、外に落ちてたんだ」


嘘です。螺旋丸の練習です。印も何も学んでない俺だからこそ、チャクラ操作の練習だけで習得できる術は貴重なのだった。それで目を付けるのがAランク忍術の螺旋丸って辺り末期だが。だってかっこいいじゃん螺旋丸! 夢は火遁螺旋丸です。そのための掛け声は既に決まっている!


まあ、それは置いといてヒナタである。


彼女は納得したのかしてないのか良く分からない表情で頷くと、再び口ごもってしまう。


ゴムボールをにぎにぎしながら、そんな彼女に苦笑した。


「今日は良い天気だねぇ」


「う、うん」


「やっぱこういう日は外に出て遊びたいもんだけど、弟子入りしてから休日らしい休日がないからなぁ」


「……そうだね」


……か、会話が続かねぇ。まあ、これだっていつものことなんだけどさ。


「……そ、そうだ。もうそろそろ朝食でしょ? 早く行かないと師匠にどやされるよ」


「うん。……それじゃあまたね、玄之介くん」


「ああ。それじゃあね」


手を振りヒナタを見送りつつ、俺も朝食を摂ることにする。弟子である立場なので、飯はヒナタたちと食べないのだ。お手伝いさんの皆様とご一緒するのである。






時刻は正午。ヒナタ嬢はアカデミーに行っているわけだが――


「どうした? 腕が下がってきているぞ!」


俺は俺で、師匠にフルボッコを喰らっていた。


柔拳が此方側の世界でどういう扱いなのか分からないが、あちら側だと大陸系の拳法に近い。身体を開ききった体勢だ。まあ、360度視界を有する日向家なのだから、全方位からの攻撃に対抗できる姿勢は正しい……のかなぁ。どうだろ。詳しくないから良く分からない。


で、今俺がやらされているのは防御である。まあ、受けるのではなく流す。良く漫画とかで攻撃教えろとか主人公がいうけれど、俺は保守的な人間なので防御だけで充分。だって攻撃なんて、必殺技一つあれば事足りるでしょう?


なんて考えている内に目を狙った手刀が飛んできた。この師匠、弟子を殺すつもりである。


まあ、本気なら俺が気付く間もなく命中しているだろうからそうじゃないんだろうけどさ。適度な緊迫感っていうのかしらこれ。知るか。


上半身を仰け反らしつつ、カウンターで右回し蹴り。しかし、稚拙な一撃が入るわけもなく、師匠は足払いで蹴りが届く前に俺を転倒させた。


「立て」


「……うい」


どうせ無理だといっても怒鳴られるだけ。っつーか、マジ後悔してますよ日向に弟子入りしたの。


師匠は立ち上がった俺を見て口の端を吊り上げると、かまえを取る。ほう、そんなに楽しいですか。サディストだなアンタ。


さて、こうやって柔拳を鍛えていると、脳裏を掠める流派がある。


九鬼流である。九鬼耀鋼が中国の円華拳を元にして編み出した戦闘術。骨子は捌き。相手の力を見極めて、攻撃を捌き、掌の一撃で相手を仕留める、あの九鬼流である。


こうやって捌きばかり練習させられていると、ねえ。絶招の内二つは作中で説明されたから分かっている。ただ、他の二つは設定資料集で知っただけなのでアレだが。


そういうわけでこれから試してみるよー。


師匠の手刀、掌低、それらを全て捌く。何度もいうように手加減されているが。


捌いた手が戻されるよりも一瞬早く、俺は一歩を踏み出した。全身を捻り、腕を捻る。


「焔――」


師匠は目を見開き、しかし、瞳には好奇心の光がある。知るか。俺の一撃を喰らえ!


「――螺子」


炸裂した。凝縮された筋肉が跳ね、弾丸のように右腕が突き出される。掌がヒアシの胸元に届いた瞬間、押し出すと共に手を半回転させた。


「……腕力を鍛え、チャクラを叩き込めば良い技だな」


ですよねー。


師匠には案の定効いてない。そりゃそうだよねだって俺五歳児だもん。乗せるためのウエイトがなければ、腕力もない。


お返しとばかりに叩き込まれた一撃で、俺の意識は混濁した。





目を覚ますと、見知らぬ天井があった。


ってのは嘘で、物置の如く薄暗いここは俺が居候させてもらっている一室だ。


身を起こそうとしたら、鳩尾が酷く痛んだ。くっそ、ここまで尾を引く一撃なんて初めて喰らったぞ。


「あ、玄之介くん」


藻掻いていると傍らから声を掛けられた。声だけでヒナタだと分かる。なんとか身を起こして彼女の方を向いた。


「ああ、おかえりヒナタ」


「あ……うん。ただいま――って、それより、大丈夫?」


「まあ、なんとか。ああクソ、手加減されてもこんな状態なんて、なんだかなぁ。……今何時?」


「八時だよ」


「うわ、夜の稽古が終盤?! 行かないと師匠に――!!」


「だ、大丈夫だから落ち着いて!」


軽く錯乱した俺を宥めるヒナタ。何故か彼女も必死だ。


「今日はやりすぎたって父上がいってたから、大丈夫。休ませるって」


「あ、ああ。これは失礼。取り乱してしまった」


無意味に地が出た。っていうかこれ地か? 最近子供っぽく振る舞ってるから分からなくなってきてる。……ショックだ。


そんな俺の様子に、ヒナタは微笑する。あー、珍しい。普通の笑みだ。苦笑じゃないのはレアですよ。


「最近厳しかったんでしょ? 今日ぐらいは休んだ方がいいと思う」


「そっか。……つっても、夜が明けたらまた修行。短い休みだなぁ」


「そうだね。……ね、ねえ、玄之介くん」


そういいながら、ヒナタは何かを取り出した。部屋が薄暗いから良く分からない。布?


「これ……」


差し出されたのは、鉢巻きだった。折り畳まれているが、けっこう長そうだ。小さな掌に乗せられ、暗い部屋の中で少しだけ映えている。


「……どうしたの、これ?」


「うん、その……父上が、『才能はそれなりなクセにやる気がない』っていってたから……巻くと、やる気が出るって聞いて……だから」


ふむ。これは遠回しに責められているのだろうか。っていうかヒナタ。そんなプラシーボ効果を信じちゃ駄目だ。


いや、やる気はありますよ。ただ。迸る熱きパトスがないだけで。やることだけはやってます。


でも、これは素直に嬉しかったり。ヒナタのことだから、100%善意だろうしね。何より女の子からのプレゼント。断るわけがないのだ。


「ありがと。嬉しいよ」


ヒナタから鉢巻きを受け取り、早速巻いてみる。うお、長ぇ?! 立ったら地面に着くんじゃねえのこれ。大人用かヒナタ嬢。


なんてことが聞こえるわけもなく。ヒナタは俯き加減で笑みを浮かべながら、俺を見ていた。


「あの……それじゃあ、もう遅いから……」


「そうだね。おやすみ、ヒナタ」


部屋から出て行く彼女を尻目に、これからどうしようか考える。


ふむ。十二時間もない休暇。何もしないのは嫌だ。


寝るって手もあるけど、巻いた鉢巻きを彼女がいなくなった瞬間に脱ぐってのもアレだしなぁ。


特に何をするわけでもなし。取り敢えず俺は外に出ることにした。





夜になっても――いや、夜だからこそ活気のある繁華街。その一角にある席に座り、俺はラーメンを啜っていた。


お金はあるので心配ご無用。忍はお金が掛かるから、といって両親が仕送りをくれるのだ。基本的に師匠に送られるんだけど、弟子の面倒を見るのは云々かんぬんとかいって受け取ろうとしない。やっぱ、何かあるのかなウチの両親と師匠。


まあ、それはともかく。ここのラーメンは美味しいね。向こうの世界だと俺はヘビースモーカーだったんで、軽い味覚障害が起こってたんさ。故に、無垢なキャンパスとでもいえるこの身体で食べる食事は美味しかった。その中でも特別、ここのラーメンはいい味してる。


なんて風に食べ続け、替え玉を頼もうとしていた時だ。一楽に、一組の子供がやってきた。こんな時間に子供が。自分のことを棚に上げて、そんなことを考える。いや、中の人は二十歳を超えてますから。


片方は、なんつーか、子供のくせに酷く目つきの悪い奴だった。


そしてもう一方――そちらを見て、俺は口に含んだスープをおもっくそ飲み込んだ。熱くて喉がひりつく。


映えるような金髪。それはいい。だけれど、それ以外の特徴に見覚えがあるのだ。


頬に走った六つのライン。雰囲気は暗く、目つきが悪いというよりは生気に掛けている。だが、間違いない。あれはこの世界の主人公、うずまきナルトじゃないか。


軽い好奇心が湧いて、彼らの会話に耳をそばだてる。


「……こんな所にくるの、初めてだってばよ」


「そうか。けっこう美味いんだよ、ここ」


うむ。なんつーか、ぎくしゃくしている。会って間もないのか? っていうか、ナルトは里の嫌われ者の筈。そんな彼に付き合う人がいるって時点で驚きだ。まあ、漫画に描かれていないだけでそういう人もいたのか。


「おやっさんおやっさん。会計お願い」


「あいよ」


「あと、あそこの二人に餃子二つ。お代は払うからさ」


変な顔をする店主に苦笑し、俺は一楽を後にする。


今更だが、俺は本当にナルトの世界にきたんだなぁ。


そんな実感を抱きながら、俺は日向家へと帰宅した。



[2398]  in Wonder O/U side:U 五話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:2e4f0975
Date: 2007/12/26 21:18

「御伽噺をしてあげよう。これは、とある勇者王の残した神話である」


「ねえねえ、そのお話に、忍は出てくるの?」


「いいや。出てくるのはサイボーグだね」



 in Wonder O/U side:U



昼食の後、午後の訓練が始まるまで少しだけ休憩がある。まあ、食ったばかりで運動すると――しかも師匠のしごきだと――間違いなくリバースするんで当たり前っちゃあ当たり前だが。


その時間に俺には日課があった。


「玄之介」


きたきた。


部屋でだらだらしつつゴムボールを弄んでいると、いつものようにお姫様がご登場なされた。襖を開けて部屋を覗き込むのは日向ハナビ。今年で二歳児。今は一歳児である。普通だったら会話ができるかどうかも怪しいレベルなのだが、この世界の幼児は普通に喋るらしい。まー、身体能力からしてチートなんだから、変に思ったって今更だろうよ。


ハナビちんは俺の姿を見付けると、花が咲くように笑顔を浮かべた。うむ。普通に可愛ゆい。


こう見えても、向こう側じゃあ、俺は大家族の長男だったのだ。子守だったら任せろ。


なんてことは誰にもいえず。師匠辺りにいったら、嘘を吐くな馬鹿めが、と殴られるだろう。


ハナビちんとはトコトコと歩み寄ってくると、断りなしに胡座を掻いている俺の身体にすっぽりと収まった。どうやらここは彼女の指定席らしいですよ。


「ねえねえ、お話を聞かせて」


「いいとも。何が良い?」


「昨日の続き!」


「よし。じゃあ今日は『滅ぶべき右腕』だな」


うん。そうなんだ。俺はハナビちんにロボットものの英才教育を施しているんだ。だって! だって同じ話題で盛り上がれる仲間が欲しいじゃん! ヒナタにいったら、良く分からないって一刀両断されたしよー。


「……ねえねえ。そのお話で、勇者王は死んじゃうの?」


「死なないよ」


「でもでも、ヘルアンドヘヴンは効かなかったよね?」


「微妙に違うけど、そうだね。けど、この話じゃあもっと凄いのが出てくる。それでやっつけるんだ」


「本当?!」


目をキラキラさせて期待を膨らませるハナビちん。……いいね。よし、終わるまでかなりの時間がかかるけど、次は勇者特急だ。魔を断つ剣とか夜明けの童貞とかの話はまだ早いだろうしね。


それから三十分。ゴルディオンハンマーが炸裂してハッピーエンドで話を終わらせると、俺はハナビちんの頭を撫でた。


「今日はここまで。続きは明日ね」


「……続きが聞きたい」


「だーめ。稽古に遅れたら師匠に怒られるからね。だから、また明日」


ぶーたれるハナビちんを降ろすと立ち上がる。


「じゃあね」


といって離れようとすると、鉢巻きを引っ張られて軽いブリッジ体勢に。


「……続き!」


「ぐおおおおおお! あかんてハナビちん! それ下手したら首が折れる。折れてまう!!」

思わず似非関西弁になっちまったじゃないか。


案の定ヒナタにもらった鉢巻きは長く、よくこんな感じで引っ張られる。懐かれるのは嬉しいんだけど、これはどうよ。


そんな俺の気分も知らずに、きゃっきゃと笑うハナビちん。ピエロか俺は。


「……そういう悪い子にはおしおきしないとだねー」


んでまあ、テンプレ的にくすぐり攻撃へ。笑い声を上げながら暴れるハナビちん。たまーに下手すると点穴狙ってくるから要注意だ。んで、そんなことをしていると――


「……何をしている玄之介」


「……シショウ」


「もう時間だぞ」


おや。割と死を覚悟したのに優しいですね。


流石に親にいわれては駄々をこねられないのか、ハナビちんは大人しく俺から離れる。


またねー、と手を振って離れると、庭へ。


移動している最中、師匠が珍しく柔らかな口調で声を掛けてきた。


「……玄之介」


「はい」


「すまんな、遊んでもらって」


「いえいえ。お安いご用です」


「そうか。しかし、ああいう風に身体に触れるのは感心しない。今日は覚悟しろ」


……ちくせう。





師匠は嘘を吐きませんでしたよ。いつもの1.5倍ぐらいのキツさでしごかれたよ畜生。


ガクガク震える全身を叱咤激励しながら、なんとか立っている状態です。そんな俺を見ながら、師匠は休憩を入れてくれた。


地獄で天国。いや、天獄? 休ませたらまた再会なんだろうしね!


「玄之介。この間お前が見せた技だが」


「えっと、どれでしょう」


割となんでもかんでもやっているので見当がつかない。二重の極みは不発だったしなぁ。


「あの掌を使った技だ」


「ああ、焔螺子ですか。そうがどうかしました?」


「あれを教えたのは弾正か?」


む。パパンの名前が出てきた。九鬼先生と双七くんの真似です、なんていえないしなぁ。


「はいそうです」


そういうわけでごめんパパン。


けれども師匠は納得したらしく、しきりい頷いている。


「簡単にあの技を説明してみせろ」


「体の捻りを使って掌を叩き付け、更に当たった瞬間に掌を半回転。内蔵破壊ですね」


「む……こうか?」


そういって、師匠は地面に突き刺さっていた丸太に掌を打ち込む。早すぎて焔螺子かどうか分かりません。


掌を叩き付けられた丸太は粉砕玉砕。悔しいから大喝采はしない。


「……速すぎて分かりません」


「……そうか」


少しだけ残念そうな師匠であった。





午後の練習を終えると、俺はぶらぶらと敷地内を散歩していた。


部屋に戻って休むことも大切だけれど、すぐに動きを止めると筋肉痛が酷くなる。それ故の散歩。


それに、今日の散歩には目的があった。行ってみたい場所があるのである。


日向宗家の敷地は馬鹿みたいに広い。その中で、まだ知らない場所があるのだ。


別に立ち入り禁止区域ってわけじゃあない。単純に遠いのだ。


そこは忍具の工房らしかった。白い煙が立ち上っているのを何度か見たことがある。鋼を鍛えたりしているのか。


庭と呼ぶのもはばかれる森を抜けると、年季の入った作業場があった。トタン屋根で、壁はボロボロ。しかし、脇には立派な釜がある。鍛造するのは室内なのか。


好奇心は猫を殺すというけれど、生憎と俺は猫以下の人間様なので躊躇いなしに近付いて行く。


「……おい小僧」


「はいなんでしょう」


背後から掛けられた言葉にノータイムで返事をする。振り返ると、そこにはビバ職人って感じの老人が立っていた。


「どこから忍び込んだ。ここは日向家の敷地だぞ」


「あ、俺、今月弟子入りした如月玄之介といいます。よろしくお願いします」


あんた誰、とかそういう反応はしない。するのは馬鹿かガキだ。


老人はふむ、と頷くと、皺の寄った顔を綻ばせた。


「そうか。俺は鋼たたらという。しかし、貴様があの玄之介か」


「知ってたんですか?」


「ああ。ヒアシが弟子を――というか、日向家が弟子を取るなぞ、俺が今まで生きてきてなかったからな。巷じゃ話題になっているぞ」


ああ、そうだったんだ。割とあっさり決まったから自覚がありませんでしたよ。


「で、どうしたこんな所で」


「はい。忍具を作っている工房があると聞いて、一度見てみたくて」


「そうか。なら、くるといい。見せてやろう」


わしわしと頭を撫でられ、たたらの爺さんは着いてこいと言わんばかりに小屋へと向かい始めた。


その後を追いながら、俺は老人の頭に巻かれた捻り鉢巻きに気付く。もしかしたらヒナタにプラシーボ効果を吹き込んだのはこの人か。


小屋の中には、苦無やら手裏剣やらが置かれていた。そのどれもが、切れ味を現すように冷たい輝きを放っている。けれど、変態武器とかがないのが残念だ。ドリルとかハンマーとか。


「……すごい。なんていうか、武器として優秀そうなのばかりですね」


「そりゃそうだ。俺は日向お抱えの忍具職人だぞ? そこら辺の奴らと一緒にするな」


お世辞ってわけでもなかった。忍具の専門店に並ぶ武器だって、ここにある物を比べれば霞んでしまうだろう。


そんな物を見て興奮したせいか、うっかり口が滑ってしまう。


「……忍具しかないんですか?」


「馬鹿もん。忍具職人が忍具以外を造ってどうする」


「いや、既存の忍具ではない創作忍具とか」


「――む」


「向上心のない者は馬鹿だ、とどこぞの人もいっています。……あるんじゃないですか?」


「……いい勘をしてるな、小僧」


にやり、と、悪戯ごとを思い付いた子供のような笑みを浮かべる。


ヒアシには内緒だぞ、といいつつ、たたらの爺さんは作業台をスライドさせた。するとビックリ! 変態忍具があるじゃあありませんか!!


「……おお」


「これはな、俺が三十代の時に考えついたものでな」


そっから、スーパーうんちくタイム。そして自慢。けれど、そういう子供心は良く分かるので飽きなかった。


一通り話し終えると、たたらの爺さんは満足そうに溜息を吐いた。


「いやあ、悪かったな。今まで誰にもいえなかった。同業者にいってバラされたらヒアシに解雇されたりするかもしれなかったからな。楽しかったよ」


「いえ、俺もそんな忍具があるなんて知らなかったので」


「当たり前だ。俺の創作だぞ」


がっはっは、と笑うたたらの爺さん。


またくることを約束して、俺は工房を去った。





たたらの爺さんと出会ってから少し経ってからの稽古。


「……なんだそれは」


「チャクラムシューターです」


篭手に装着された機械を見て、師匠は眉根を寄せる。


ふふふ、爺さんに頼み込んで作ってもらったこの超兵器。ようやく完成したのだ!


「……たたらめ」


「ああ、俺が無理いって作ってもらったんで、たたらさんは関係ないです」


「ほう、そうか。ちょっと使ってみろ、それ」


「はい。――チャクラム、GO!」


手首の動きで射出されるチャクラム。高速回転するブレードからは、鋼線が伸びている。


――チャクラムなら、やれる。今こそ積年の恨みを晴らす時!


師匠の脇を通り過ぎた途端、チャクラムは軌道を変えて拘束すべく回り込む。


だが――


「――小賢しい!」


「お、俺の魂が――?!」


高速回転する師匠。弾き飛ばされるチャクラム。引っ張られて宙を舞う俺。落下すると同時に、下敷きになった俺の夢は粉砕された。


あの技が八卦掌・回天だってことは、後で知った。



[2398]  in Wonder O/U side:U 六話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:2e4f0975
Date: 2007/12/26 21:18

「もういい頃合いだろう。玄之介、ヒナタ。組み手をしろ」


一通りの稽古が終わって汗を流している俺たちに、師匠はそんなことをいった。


「……玄之介。もし一撃も入れられなかったら、破門だ」


……今、なんていった?



 in Wonder O/U side:U



今日も今日とて稽古である。


やる気がなくても人間、成長するものだ。繰り返される捌きの練習のお陰で、ヒナタ曰く、アカデミーでも上級生並みには上達したとのこと。


日向宗家に弟子入りしてからはや一月半。自分がどんだけインスタント野郎か自覚しているけれど、そんな俺でもそこまで伸びるとは。恐るべし日向宗家のしごき。


螺旋丸も、なんとか第一段階だけは形になった。まだゴムボールを破裂させるだけの回転力は出せないが。本来だったら水風船なんだけど、まあ持ち歩けないしね。


繰り出される師匠の掌を右手で受け流し、間接を極め、遠心力で投げ飛ばそうとする。しかし、腕を半回転させて肘を折り曲げると、至近距離からの膝が叩き込まれた。


無様に吹き飛ば――されない。


身体を反らして一撃を逸らし、内蔵に響く衝撃に顔を顰めながらも、俺はバックステップで距離を取る。


ここで両者の動きが止まる。俺は俺で、攻め方が分からないだけだ。師匠はそんな俺に、踏み込んでこいと無言の挑発を掛ける。


どうせやられるんだろうけどさー。


そんな気分で踏み込み、案の定撃退された。顎に一撃。それだけで立っていられなくなる。


「ふむ……取り敢えずはここまでだ。また夜にな」


倒れ込んだ弟子を無視して去る師匠。冷たい。いいけど。


地面に仰向けになりあがら、夕焼けの空を眺める。そうしていると身体が冷え始め、吹きつく風が心地よくなってきた。


「……大丈夫? 玄之介」


「……あー、ハナビちん。どうしたよ」


「うん。ずっと立たないから、どうしたの?」


ふむ、微妙に日本語がおかしい。まあ、一歳児だしなぁ。


「立てないのさ。師匠に顎殴られたから、立つとフラフラして転んじゃうのよ。転ぶと痛いっしょ?」


「うん」


「だから立たないの」


「そっか。ねえねえ、なんで玄之介は父上にやられてばっかりなの? いじめられているの?」


いじめられてるねえ、とはいえない。いったらハナビちん怒るだろうし。そうしたら師匠に俺が怒られる。


「いや、違うよ。これは稽古だ。それに師匠は強いから、歯が立たないんだよ。ハナビちんもその内分かるって」


「そうなの?」


「そうそう。お姉ちゃん、俺と同じで稽古をつけてもらってるでしょ? ハナビちんも大きくなったらするんだよ」


そんな風にいったら、ハナビちんは見て分かるぐらいにしょんぼりとした。


「……私も、玄之介みたいに」


「でも、いじめるとかじゃないんだ。師匠は立派な忍になって欲しいからするんだよ」


あと、日向宗家の面子とかね。一歳児には難しい話だと思ったので省く。


「ハナビちんは忍になりたい?」


「うん!」


だろうなぁ。絵本とか、忍が活躍する話の方が好きだし。……嗚呼、これが幼少期からの洗脳ってやつか。やるな日向宗家。


まあ、それは置いといて、俺は話を続ける。


「だったら、お父さんに鍛えてもらえばいいよ。師匠はかなり強い忍だから」


「そうなの?」


「そうとも。この里でも上位ランカーさ」


多分ね。


上位ランカーって意味は分からないみたいだが、自分の父親が凄いってことは伝わったみたいだ。ハナビちんは長い髪を踊らせながら笑みを浮かべる。


「んー、もうそろっと立てるかな」


服についた砂を払い落としつつ、上体を起こす。ハナビちんも手伝ってくれた。うむ、将来は良い娘になるなこの子。ナルト本編じゃ影が薄かったし、楽しみだ。


最近急速に親しくなった脳の揺れる感触はない。気持ち悪さも。溜息を吐いて立ち上がると、俺はハナビちんの頭を一撫でした。


「これからたたらの爺さんの場所に行くんだけど、一緒にくる?」


「行く!」


元気の良いハナビちんをお供に、俺は工房へと歩き始めた。


……頼むから、ボロボロの俺におんぶを強請らないでくれハナビちん。





夕食が終わり、本日最後の稽古。


夜では視界が悪いので庭ではなく道場で行う。ヒナタだとしても躊躇せずにフルボッコ。俺は俺で昼間と変わらずフルボッコ。……ああ、考えてみれば上達するのも当たり前だよね。むしろしなかったらやさぐれてやるよ。


そして夜九時前になり、ようやくしごきが終わる。


その時だ。へばっている俺とヒナタを見据えながら、師匠が口を開いた。


「もういい頃合いだろう。玄之介、ヒナタ。組み手をしろ」


一通りの稽古が終わって汗を流している俺たちに、師匠はそんなことをいった。


「……玄之介。もし一撃も入れられなかったら、破門だ」


……今、なんていった?


「え……父上?」


そう思ったのはヒナタも同じようだった。彼女は困惑を顔に浮かべながら、師匠を見る。


「どうした? 早く立て」


「……分かりました」


「……玄之介くん?」


素直に立ち上がった俺を見て、ヒナタは更に困惑する。当たり前だろう。ぶっ飛んだ師匠の発言を、飲み込んでいるのだから。


まあ、愛想が尽きたのかね師匠。


冷静に考えて、俺がヒナタに一撃入れるのは難しい。無理じゃないが、それだけだ。


そもそも年期が違う。何年も師匠に鍛えられてきたヒナタとインスタントの俺じゃあ、天と地ほどの実力差があることぐらい知っているだろうに。


ま、いいさ。どうせ棚からぼた餅レベルの弟子入りだったんだ。破門くらっても悔いはない。……あー、ハナビちんには、まだ勇者王神話を最後まで伝えてなかったな。たたらの爺さんにも、次の変態忍具を頼んだばっかりだってのに。


仕方ないか。生きてれば会うこともあるでしょ。


柔拳のかまえではなく、右拳を脇に、左腕を前に突き出した状態で静止する。


こちらがやる気だってことを察したのか、ヒナタも柔拳のかまえを取った。


「始め」


師匠の掛け声と共に、ヒナタが掌を繰り出してくる。師匠よりも数段遅い。狙いは正確だが、フェイントなしで分かり易い。


それを捌く。が、次の一撃。目の端に神経が浮かび上がっていることから分かるように、彼女は白眼を使っている。


点穴狙いか。なら、掠らせるだけでも危ない。


淡々と攻撃を捌くだけの時間が続く。


そうしていると、除々にだがヒナタの攻撃が緩むのを感じ始めた。


疲れ――ではないだろう。じゃあ、この手抜きはなんだ? 内心で首を傾げつつ、俺は捌くのを止めない。


手を動かしつつ、俺はヒナタを観察した。


唇は微かに震え、眉尻は下がり切っている。俺を見据えてはいるが、顔は俯き加減だ。


……そういうことか。


組み手の最中じゃ何もいえない。伝えられない。なら、彼女の意思を尊重しよう。


鳩尾狙いの一撃を右手の甲で跳ね上げ逸らし、一歩を踏み出す。


「焔――」


ごめん、ありがとう、と唇だけ動かし。


「――螺子」


弾丸の如く射出された掌は、ヒナタの腹部へ叩き込まれる。それと同時に捻り、衝撃を完全に伝えた。


かは、と息を吐きながら、ヒナタはその場に崩れ落ちる。


そんな彼女を見下ろして、目を瞑ると、俺は師匠を睨み付けた。


「……これで満足ですか?」


「……ああ」


それだけいって、師匠は道場を後にする。


後ろ姿が完全に見えなくなると、俺は傍に膝を着いた。


「大丈夫?」


「う、うん。……大丈夫」


「……ごめん。本当に。ごめん」


「いいんだよ。これで、いいの」


そういって、彼女は笑みを浮かべた。痛々しい、顔を背けたくなるような笑みを。


「なんでわざと負けたの? 」


「……違うよ。わざとじゃない。――玄之介くんは、私より才能があるから、私より強いんだよ?」


――それが本音か。


言葉にせず、俺は歯を噛みしめる。


「じゃ、じゃあ私、お風呂に入るから……また明日、ね?」


「……ああ」


顔を逸らし、それだけ呟く。


道場から去るヒナタの目には、涙が浮かんでいた。





屋敷の人間が寝静まった時間になって、俺は師匠の部屋へ訪れていた。


まるで待っていたかのように、部屋には明かりが灯っている。


「すみません」


「玄之介か。入れ」


許しを得たので、俺は襖を開けて部屋へと上がる。


「……どうした、こんな時間に」


「分かっているでしょう? なんだってんですか、あれは」


「ただの組み手だ」


「……そんなことを聞いているんじゃない。俺は弟子として聞いてるんじゃない! 如月玄之介が、日向ヒアシに聞いているんだ!!」


深夜だというのに声を荒げてしまう。木の葉でも有数の名家である日向宗家の当主への口の利き方じゃないことは分かっている。だが、我慢ならない。


これで破門というなら上等だ。ヒナタには悪いが、なんの理由もなしにあんなことをしたならば許さない。


ヒアシは驚いたように目を見開き、次いで苦笑する。それはどこか、疲れを含んだものだった。


「……まったく、お前は子供の癖に聡いな」


「そりゃあどうも」



「……例えお前が負けようと、破門するつもりはなかった。私はただ――ヒナタに自信を持って欲しかったんだ」


「……あのヒナタが、あんな条件突きつけられて頷くはずないってことぐらい分かるだろ」


「それもそうだな」


「だったら、なんで……」


「お前がきてから、ほんの少しだけヒナタは明るくなった。ほんの少しだけ、稽古に身が入るようになった。だからこそ……」


「だとしたってまだ早すぎた。なあ、アンタは一体、ヒナタに何をいって育ててきたんだ。私よりも才能があるって――日向宗家が口にしていい台詞じゃないだろ? 彼女は、そういったんだぞ」


「そうか。……ヒナタが、そういったか」


絞り出された声は、心底疲れ切っていて、師匠として俺と接するヒアシからは感じられない哀愁が漂っていた。


……ああ、そうか。結局この人は不器用なだけなのか。それはヒナタも同じ。不器用な人間同士が他人を思いやり、それが一度として成功しなかったんだな。


そういった積み重ねの内一つが、今日だっただけ。それだけの話か。


理解した途端、急に冷めた。良い意味で諦めた。二人とも、少しだけ素直になれば回避できたことだったのだから。


だとしても、これは家族の問題だ。俺が口を出して良いことじゃない。


俺にできることといったら、精々ヒナタを見守ることぐらいか。情けを掛けてもらったのだから、それぐらいしなければ嘘だ。


「……無礼な口を利いて、申し訳ありませんでした」


「気にするな。……ここを出るか?」


「いえ。そんなことはできません。ヒナタに顔向けできなくなる」


「そうか。……おやすみ、玄之介」


「おやすみなさい」


音を立てずに襖を閉じ、俺は師匠の部屋を後にした。



[2398]  in Wonder O/U side:U 七話
Name: 挽肉◆a958df39 ID:1eec7f76
Date: 2007/12/26 21:17

「ちょ、頭大丈夫ですか師匠。五歳児にどこまで高望みしてんですか」


思わず口に出したら、アッパーカットでぶっ飛ばされた。




 in Wonder O/U side:U




ヒナタとの組み手から一月が経った。


あれからヒナタとはどうにも、ぎくしゃくしている。俺は俺で普通に話し掛けるんだけど、会話が続かない。苦手意識でも持たれちゃったのかしら。


数少ない近い年の友達――中の人は二十歳過ぎだけど――を失うのは寂しい。なんとかならないもんか、と思いつつも、今日も今日とて稽古の日々さ。


よくよく考えてみれば、ヒナタと会う時間がものすごく少ないのだ。朝は掃除を終わらせればヒナタは稽古。朝食を食べれば彼女はアカデミーに行ってしまう。精々が、いってらっしゃい、というぐらいだ。


帰宅してきても俺は午後の稽古でぶっ潰れているか、たたらの爺さんの工房へ行っている。もしくはハナビちんにせっつかれて遊んでる。ヒナタを交えて遊んだこともあったが、そうするとハナビちんが怒るのだった。……何故だ。


あーもう。よくよく考えてみればヒナタと会う時間がないんじゃなくて、俺の空き時間がないんだ! あっても他の予定が詰まってやがるよ。夜の稽古が終わったらヒナタは速攻で就寝の準備に入るしなぁ。いや、子供が早い時間に寝るのは正しいことです。俺も早く寝ないと筋肉痛と体力がヤバイしね。


どうにかならないもんかね、と思いつつ、俺は首を傾げる。


「……玄之介!」


なんて考えごとをしていたら、ハナビちんに怒鳴られた。はいはいお姫様。


昼休憩を使って、俺はハナビちんと積み木遊びをしていた。


といっても普通の積み木遊びなどつまらないから、前衛的なデザインの建物を造ってジェンガじみたことをやっている。


「玄之介の番だよ」


「おうとも」


急かされつつ、俺は隙間だらけとなったオブジェに視線を送る。


ふむ。まだ土台に余裕はあるね。けれど、ここは少し嫌がらせをしてやろう。


俺は底辺になっている長方形の積み木を掴みつつ、揺さ振りながら抜き取った。見事に引き抜けたんだけど、オブジェは今にも崩れ落ちそうだ。それもそのはず。下手くそな取り方をしたせいで、土台が不安定になっているのだから。


そしてハナビちんのターン!


何も知らずに中央から積み木を抜き取ると、オブジェはあっさりと崩壊した。


「いえー、五連勝ー」


「……もう一回、もう一回!」


「ああ、残念だねフロイライン。もう稽古の時間なのだよ」


むー、とほっぺを膨らませるハナビちん。


「それじゃあまたね」


といって去ろうとすると、お約束のように引っ張られる鉢巻き。


だが、人間は成長する生き物である!


「効かないぜ!」


首に力を込め、折れるかもしれない恐怖に内心ガクブルなりながらも、俺は不敵な笑みを浮かべてみせる。


だが――


それはそれで良かったのか、ハナビちんは笑い声を上げながら、鉢巻きに掴まってぶら下がっていた。


「な、なんだってー?!」


折れる! 首が折れる! 嫌な音がする!


しかし今の状態で力を抜いたら間違いなく後頭部強打コース。ハナビちんと遊んでいて気絶しました、なんていったら師匠に殺されかねない。鍛え直す必要があるな、とかいわれて。


うっわ、なんてリアルな未来。マジ勘弁。


「……は、ハナビちん。ちょーっと離してくれないかな?」


「だめー」


「そこをなんとか……」


「じゃあ遊んで! 続きしようよ!」


「……助けて師匠ー!」


「……何をしているお前達」


こりゃもう駄目だ、と断じてそんな風に叫ぶと、師匠が姿を現しましたよ?


アンタずっと部屋の外にいたのかい。


父親の姿を見て、ハナビちんは名残惜しそうに鉢巻きから手を離す。首に掛かる負荷がなくなったことで溜息を吐くと、思わずその場にへたり込んだ。


いや、きついってこれ。悪気はないんだろうけど、その内殺されるんじゃないか俺。何か対策を考えねば。


コキコキと首を鳴らしつつ立ち上がり、恨めしげに視線を送ってくるハナビちんに別れを告げる。


さらば……っ。俺だって遊びたいけど許してもらえないのだっ。


師匠の後を追いつつ、腕を組んで首を傾げる。


さて、どうしたもんか。俺の主観だけれど、どうにもハナビちんはフラストレーションが溜まっている気がする。まあ、そりゃあそうだよなぁ。遊ぶのは大抵家の中だし。今度は外で遊ぶとしましょうかね。


「師匠師匠」


「師匠は一度で呼べ。で、なんだ」


「今日の稽古は何をするんですか?」


「いつも通り、組み手だな。昨日の続きで、攻め方を覚えろ」


「それなんですけどね。そうそろっと忍術が覚えたいんですが」


俺が稽古内容のリクエストをすると、師匠は脚を止めて振り返った。眉間に不満そうな皺。いや、この人は普段から眉間に皺があるけどさ。


「体術だけでは、不満か」


「そういうわけじゃあないんですけどね。じゃあ聞きますが、どの水準まで体術を鍛えるつもりなんですか? なんか終わりが見えなくて仕方がないんですが」


「終わりなぞあるか。最低でも中忍レベルまで育たない限り、忍術などさせん」


……What? おい、なんつったこのおっさん。 


中忍レベルっていうとアレですよ。体格と筋力で劣りまくっているから、その分練度が高い必要がありますよ。終わらない! 終わるわけがない!!


「ちょ、頭大丈夫ですか師匠。五歳児にどこまで高望みしてんですか」


思わず口に出したら、アッパーカットでぶっ飛ばされた。天井に突き破った頭が痛い。木片が刺さる首筋がチクチクする。


「言葉に気を付けろ」


「……ふぁい」


天井に頭を突き刺した状態で、そんな風に返事をする。


「今の段階で忍術に移れば、器用貧乏となるのは必然。ならば先に体術を会得し、それで足りないものを忍術で補完するべきだ」


それがアンタの忍育成論かい。偏ってるよ。攻撃手段を一向に覚えようとしない俺がいうのもなんだけど。


あー、くそ。俺の血が泣いてるぞ。なんのための同時片手印ですか。


まあいいや。それで失敗したら師匠を責めてやる。今に見てやがれ。


なんて思っていると、師匠は庭へと歩き始めた。それが分かったのは、足音が聞こえたからだ。


「俺は放置ですかー?!」





「たたらの爺さん、きたよー」


薄暗い小屋を覗きながら、呼び掛ける。人の気配を感じて隠れていたのか、たたらの爺さんは周りを見回しながら姿を現した。


「……ヒアシはいないな?」


「多分。ハナビちんを押し付けてきたんで、これないでしょう」


「そうか」


安堵の溜息を吐くと共に、たたらの爺さんは額の汗を拭った。そんなに怖いのか師匠。


「で、どんな感じです?」


「まあ見てみろ」


促され、作業台に乗せられた鉄塊に視線を向ける。そこには、数日前にきたときよりも形となったブツがあった。


作業台に転がっているのは、まだ未塗装の部品だ。


真っ当な用途に使うサイズじゃない杭。六つの空洞が空いた回転式弾倉。部品だけ見れば拳銃に思えるだろうが、コイツはそんなもんじゃないんだぜ?


「しかしまあ、お前の頭はどうなっているんだ?」


「何がですか」


「俺も長い間、創作忍具を造ってきたがな。あからさまに欠陥忍具だってのを好んで欲しがる馬鹿がいるとは思わなかったぞ」


「……そうですかねー。破壊力は折り紙付きだってたたらの爺さんもいってたじゃないですか」


「阿呆。破壊力だけを見るな。反動がどの程度かなんて儂にも分からんぞ。やはり、使用するのは火薬で……」


「いや、起爆札で。武器が威力落としてどうするんですか」


「……狂っていやがる。これと比べたらチャクラムシューターの方が数倍マシだ」


アーメン、って感じで空を仰ぐたたら爺さん。失礼な。


「……とかいいつつ、造るの楽しんでるでしょう」


「……まあな」


はあ、と溜息を吐く二人。お互い様だよね。


「まあいい。ほら、造ってやってるんだから、話を聞かせろ」


「あいあい。じゃあ今日は、0083の兵器について」


うむ。この数字の羅列から分かるとおり、俺は変態忍具を作ってもらう代償として宇宙世紀の機動兵器っつーか、変態ロボットの説明をたたら爺さんにしているのだ。なんでも、発想がどれもこれもぶっ飛んでいてインスピレーションが刺激されるんだとか。これで職人技で造られた忍具を造ってもらえるのだから、なんだか悪い気がしてしまう。


「デンドロビウムという代物がありましてね」


「ほ、ほう……」


ごくり、と擬音が聞こえてきそうな程、目を見開いて話を聞くたたらの爺さん。あんたいい歳なんだから、そんな子供みたいな反応やめい。





「玄之介。稽古に身が入ってないぞ」


「はあ」


そんなことをいわれても困るのである。


夜の稽古が終わると、俺は師匠に呼び出された。


どうやら呼び出した目的は説教のようだ。としても、俺は身に覚えがない。


稽古は死なない程度にこなしているし、この稽古内にマスターしろといわれれば、まあなんとかする。それのどこが不満だというのだこの人は。


話が通じてないと思ったのか、師匠は頭を抱えつつこめかみに筋を刻む。……怒ってる?


「……シショウ」


「……気迫が足りん。気概が足りん。そんなんで日向の弟子が務まると思っているのかお前は」


「いやー、そんなこといわれても。どうも最近調子が悪くって。きっとそのせいですって」


「……白眼を欺けると思うな」


「すみません、つい」


「何がつい、だ! 大体貴様は――!」


そっからスーパーお説教タイム。生活態度からハナビちんの扱い、そっから飛躍して貴様がきてから自分の威厳が減ってきただのなんだのと、言い掛かりを付けてくる。ひっでぇ。


……あれ? 気迫とか気概はどこへ?


「師匠、話が脱線してます」


「む、そうか」


「威厳がなくなってきている原因は、今みたいなことをするからじゃあないでしょうか」


「……小賢しいわ!」


一蹴された。発言力の弱い子供って不便だ。


その後、説教は日付が変わるまで長引いた。本当、勘弁して欲しい。





日向家のお手伝いさんに起こされて起床。家事と稽古の始まりか。


寝間着から着替え、掃除用具を持って薄暗い外へ。木の葉が一年中温暖だとしても、やはり朝は冷える。


だだっ広い塀の周りを掃除できるわけなんてないので、俺の担当は正門周辺だ。それを一時間ほどこなせば、太陽が昇ってくる。


今日もいつもと同じように、朝日が顔を覗かせた。


僅かに浮かび上がった汗を手ぬぐいで拭き取り、朝焼けの広がる空を見上げる。


……俺、何やってんのかねぇ。


ここ最近の思うことベスト1がこれだった。


ふとしたことで、そんなことを考えてしまうのだ。例えば稽古中だったりとか、ハナビちんと遊んでいるときとか。


此方側の世界にきて、もうすぐ二ヶ月。向こう側の世界が恋しいわけでもないのだが、どうもね。


思うのだけれど、俺のような異邦人にとって、この世界は広すぎる。いや、物理的な広さじゃないんだ。そういうのじゃない。


向こう側の俺には、あやふやとしていたけれど、それなりにの目標があった。適当に就職して、適当に結婚して、適当に歳をとって……。そんな、平凡な人生を送るのだと思っていた。


ある意味、目標がなかったともいえる。だからこそ、この世界では何をすればいいのか分からなかった。


憑依――でいいのだろうか。正直、如月玄之介に乗り移ったことを、俺は夢かなんかだと思っていた。例えどんなにリアルだろうと、そういうものだと割り切っていたのだが。


しかし、こうも長くナルトの世界に居続ければ、いい加減これも現実と思わなければならなくなる。結果、俺には目標がなくなってしまうのだ。


ごっこ遊びなんかその場しのぎにしかならない。この世界で行くてゆくのであれば、この世界のルールに沿った人生を歩まなければならない。


ならば忍になるのか? いや、無理だ。俺に人殺しなんてできない。肉体がどれだけ幼くとも、中に収まっている精神は二十年もの人生を送ってきているのだ。短いとも長いともいえないその中で凝り固まった常識は、覆りそうにない。いっそ、精神も幼くなっていたら、とすら思ってしまう。


……まあ、いいさ。これからの人生長いんだ。なるようになるっしょ。


っていうかこういうの考えるのってキャラじゃないぜ。大学選ぶのすら一瞬だった男ですよ俺は。


「今日の朝飯なーにっかな」


掃除道具を片付けつつ、俺は日向の屋敷に戻った。



[2398]  in Wonder O/U side:U 八話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:1eec7f76
Date: 2007/12/26 21:19


「……これが分身の術だ。どうだ?」


目の前には増殖した師匠が三人。どうだ、と聞かれると……


「すごく……気持ち悪いです」


毎度のことなんで言わなくてもいいと思うんだけど、ぶん殴られた。




 in Wonder O/U side:U




忍術の修行がしたいです、と駄々をこねてから一月。ようやく師匠が折れた。


と言っても初歩中の初歩――アカデミーレベル――しか教える気がないらしく、マスターしたら体術オンリーの毎日に戻るとか。


……その代わりに家事手伝いやってた午前中までもが稽古になるってのはどういうことだ。死ぬぞもうそろっと。……あれ? 死ぬ死ぬ言っている割に今は生きているわけで、つまりのところ自分で死ぬとか言っている内は生きているんでしょうか。もう嫌! 実家に帰る!!


……今度はパパンとママンで針のむしろって感じなんだろうねきっと。もはや退路はない。


まあいい。なんとでもなれ。


取り敢えず分身。ただ、普通と違うのは、片手で印を結んでいるところだ。如月家にあった書物を応用して、師匠がアカデミーレベルの印を使う場合どういう形になるのか解読してくれた。もしかして今まで教えなかったのは、これをしていたからなのかしらん? だとしたら大層な意地っ張りだな師匠。


ちなみに俺は右利きなので、右手で練習をしています。いずれはどっちの手でもできるように、更には片手で印を結びつつ手裏剣とか投げないといけないらしいよ。無理じゃね?


指が疲れて動かなくなる頃になると、ようやく師匠は体術の練習に移った。うっわー、体術の稽古が有り難いなんて初めて思ったよ。


その日のノルマをこなし、夕方に。誇張でも比喩でもなんでもなく、指一本動かせないまで疲弊したよ。


取り敢えず風呂はいんべ、と屋敷の中を歩いていると、前触れもなく何かが腰に抱きついてきた。


……まあ、こんなことするのは一人しかいないんだけどさ。


「ほらハナビちん。汗臭いから離れなさい」


「そんなことないよ?」


不思議そうに首を傾げるハナビちん。


「そんなことあるってば。……それより、やたらとご機嫌じゃない。どうしたの?」


「うん、あのね」


微妙に口ごもりつつ先を言おうとする。意味を成すには少し時間が掛かるのだけど、まあ、根気よく待ってあげるのが幼児と付き合うコツなのだ。


「もうすぐ、私の誕生日なの」


「……そうだったね」


「うん!」


本当に楽しみなんだろうね。今日が当日ってわけでもないだろうに、ハナビちんのはしゃぎっぷりといったらこの上ないぐらいだ。


ふむ。確かハナビちんの誕生日は三月二十七日……だったか? まあ、そうだね。近い。っていうか、三日後じゃん! うっわ、プレゼントどうすんべ。


なんて俺の考えを幼女が分かっているはずもなく。もうプレゼント用意しているよね、とばかりに目を輝かせていた。


用意してないし覚えてなかったよ、なんて言えない。言ったら大層この子は傷付きそうである。


「よ、よーし。プレゼントを楽しみにしているんだぞー」


自分でも分かるぐらい虚ろな声が出たよ! しかし幸せ一杯夢一杯な彼女がそんなことに気付くわけもなく、楽しそうに居間の方へ歩いて行った。


……うむ。考えたってハナビちんに相応しい代物は浮かんでこない。


困ったときのたたらの爺さん。そういうわけで、俺は工房へ向かうことにした。





んで、時間は飛んで当日。日向宗家の娘さんの誕生日だから、この日の日向家はやたらと人がきた。


名前は覚えていないけど、木の葉のご意見番である爺さん婆さん。……んでまあ、見覚えのある目つきの悪いガキが二人。


うちはサスケと日向ネジ。なんだろう。片方は酷く退屈そうで、もう片方は師匠を睨み付けている。


まあ、気持ちは分からなくもない。サスケは一家滅亡があった後だし、ネジは師匠に恨みがあるからね。仕方ないっちゃあ仕方ないんだけど――この日を楽しみにしている子がいるのだ。そういうのはいただけない。


ただ、師匠もそれは分かっているのか、ネジとサスケの席は隅っこの方だった。


まあ、祝辞→宴会って流れだったので俺には関係ないんだけどね。っていうか宴会会場に入れてもらえなかったし! 俺は家事手伝いでしたよ。淡々と料理を運んでましたよ。


んで、宴もたけなわ。馬車馬の如く働いている時だった。


「おい、お前」


良くいえば成熟した、悪く言えば慇懃無礼な声に呼び止められ、俺は脚を止めた。


振り向いた先には、日向ネジ。なんだろう。呼び止められる必要なんてはずだけど。


「なんでしょうか?」


「お前が如月玄之介だな。話がある」


「……俺、忙しいんで」


なんだろう。年下にこうも見下された態度を取られると、イラっとくるね。


無視して踵を返すと、ネジくんは先回りして俺の前に立ち塞がる。


いや、マジで忙しいんだけど。次の料理持って行かないと師匠にフルボッコくらうんですが。


「聞いてます? 俺、忙しいんですよ」


「関係ない」


ですよねー。


俺は溜息吐きつつ盆を降ろすと、軽く首を回す。


「んで、なんですか」


「如月玄之介。日向宗家に弟子入りしたお前に、興味がある。少し付き合え」


――ああ、そういうことね。


なんてことはない、子供の自尊心を守ろうとしているのか。


宗家にコンプレックスのあるネジくん。おそらく彼は、自分が宗家よりも優れていることを示したいのだろう。しかし、ヒナタとハナビちんに手を出せばただごとじゃからね。それで俺の出番。ただの弟子なら何やってもいいってことかい。


それにしたって、こんな日にすることじゃないでしょうよ。


そんなことを考えながら、俺は大人しくネジの後に着いていった。


連れて行かれた先は、日向宗家の森。少し行けばたたらの爺さんの工房がある場所だ。


月光降り注ぐ森の中で、俺とネジは対峙する。


明るいのは夜空だけで、視界は暗い。おい、不利じゃねえかこれ。


「で、なんでしょう? こんなところに呼び出して」


「……こんなに人気のない場所へきてもらったんだ。決まっているだろう?」


そういい、柔拳の構えを取るネジくん。ああ、予想通りだったのね。


「……ハンデは? 一応君、年上だろう?」


ついつい地が出てしまいました。そんな俺に片眉を持ち上げる彼。まあいいさ。俺も俺で柔拳を改造した九鬼流の構えを。


「ああ。白眼は使わない。それでいいか?」


「――上等」


応えると共に、ネジくんが掌低を繰り出す。それをいなす。そんな単純作業を延々と繰り返す。


九鬼流は牽制も何もせず、敵の実力を計り、掌の一撃で仕留める体術だ。


んで、ネジくんの実力。当たり前だが師匠より弱い。でもヒナタより強い。成る程、天才と呼ばれるのも頷ける。まだ八歳だと言うのに、馬鹿にならない練度だ。おそらく同年代で敵う者などいないだろう。


それは俺も同じ。防戦だけで手一杯です。


弟子入りしてそこそこレベルまでは会得した俺だけど、流石にこれは……


埒が明かないんで、一気に勝負を決めようか。


ネジの掌を大きく弾き、刹那程度の時間を稼ぐ。その隙に半身で隠した右手で印を結んだ。


忍法・分身の術。


唯一使える俺の忍術。生み出した残像……残像? まあいいや。取り敢えず、残像で。は三つ。


あきらかにネジは困惑する。まだアクションを起こしていないというのに、隙が生まれた。


残像を連れて突撃。どれを撃退して良いのか分からずに躊躇っているネジ。迷いつつ放たれた掌をいなすと、俺は全身を螺子る。


「焔――」


悪いが、楽しい気分をぶち壊しにしてくれたツケは払ってもらう。


「――錐」


焔螺子ではなく、焔錐。九鬼流の絶招その二。焔螺子と違うのは、突き出された腕が掌ではなく手刀だってところだ。


焔錐は内蔵破壊である螺子と違い、捻りを加えた手刀で急所を貫くという代物。まあ、肉体を貫く筋力も手の硬度もないんで、今の俺ではクリティカルヒットってところだが。


鳩尾に手刀を喰らったネジは膝を着いてその場に崩れ落ちる。


それを見下ろしながら、俺は溜息を吐いた。


「満足したか?」


「……貴様、忍術を使うなんて」


「丁度良いハンデだろ。成長期の二歳差ってのはデカイんだぞ」


「知るか!」


崩れ落ちたのは芝居だったのか。ネジくんは跳ね上がるように、俺の顎へ蹴りを飛ばしてきた。


バックステップでそれを避ける。あー、息が苦しそうだ。芝居じゃなかったのねあれ。


「勝負は着いただろ」


「……もう、ハンデはなしだ」


「は、冗談……」


は止せ、って言葉は口から出なかった。


目の回りに浮かぶ神経。それと同時に撒き散らされる闘気。おいおいマジ勘弁。


なんておちゃらけている暇は一瞬だった。さっきと同じように掌が飛んでくるが、それらは全て的確に俺の防御を削ってくる。


……ああ、腕先から徐々に力が抜けてゆくのが分かる。チャクラ分断されているなぁ、こりゃあ。


防戦一方の状況すら維持できなくなる。両腕から完全に力が抜け、腕が下がると、ネジの掌が顔面向かって飛んできた。


顔が潰れなきゃいいけど。


そんな風に思ったときだ。


「何やってるの!」


充満した闘気を引き裂く、甲高い声。


俺とネジくんは揃って顔を向ける。その先には、息を切らせたハナビちんがいた。


「……何をしている、日向ネジ」


続く声は、幼い故に純粋な怒りに染まっていた。


ハナビちんは大股で近寄ってくると、あろうことかネジの頬を引っぱたいた。その時軽くジャンプしたのを可愛いなんて思ったり。あー、変なことでシリアス気分が消えたぞ。


そんな俺を置いてきぼりにして、二人は険呑な雰囲気を纏いつつ会話を続ける。


「分家の者が、理由もなく宗家の弟子に手を挙げるのか?」


「……申し訳ありません」


「分かったのなら良い。早くここから去りなさい」


流石に宗家には頭が上がらないのか、ネジくんは聞こえるように舌打ちすると、この場を後にした。


彼の背中が完全に見えなくなったと同時に、溜息を吐く。


ありがとね、とハナビちんに言おうと顔を向けると、


「玄之介の馬鹿!」


などと怒鳴られた。


「……ああうん、ごめんね?」


「まったく、まだ私の誕生会は終わってないんだよ?!」


流石お子様。問題はそこですかそうですか。


む? じゃあハナビちんは俺を探しにきてくれのか。つくづく良い子だな。


上手く動かない腕を持ち上げ、ハナビちんの頭を撫でる。彼女は気持ちよさそうに目を細めると、満足したように笑みを浮かべた。


「あ、そうだ」


今日一日、ハナビちんと接する機会がなかったんで忘れてた。


「これ、誕生日プレゼント」


懐から取り出した、掌サイズの小箱。


それを見たハナビちんは、無表情→驚き→喜び、と一瞬で表情を変えた。器用な子だ。


「ありがとう!」


日向のような――こう言うと語弊がある気がしてくる。意味は合っているのに――笑みは、彼女にとても良く似合っていた。



[2398]  in Wonder O/U side:U 九話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:1eec7f76
Date: 2007/12/26 21:19


街の喧噪が心地よい。今日は十月十日。九尾事件で死んだ英霊達の慰霊祭である。


木の葉茶通りには所狭しと出店が並んでいる。祭だからとはしゃぐよりも、ゆっくりと雰囲気を楽しみたいもんだけど……。


「玄之介! 早く!」


この通りお姫様が許してくれないのだった。


お忍び姿(といっても忍装束じゃないよ)のハナビちんに急かされて、ゴムボールをにぎにぎしつつ、俺は後に着いてゆく。


お姫様は眼鏡を掛けていらっしゃる。ノンフレームで、長方形型。と言っても目が悪いわけじゃなく、アレが俺の誕生日プレゼントだったり。


眼鏡の似合う女の人って良いよね? そんな女性になって欲しくて送ったのだった。


いやまあ、師匠は何故か激怒したけどさ。




 in Wonder O/U side:U




ハナビちんの誕生日からはや七ヶ月。稽古ばかりの俺にとって、季節の移り変わりは早く感じられた。


ハナビちんは二歳児とは思えないほど賢くなった。ほんと、この世界の幼児はどうなっているんだろうね。まあ、俺が言えた義理じゃないんだろうけど。


師匠は師匠で相変わらず。ヒナタとは――まあ、絶縁状態みたいなもんだ。ここ数ヶ月まともに口を利いた覚えがない。


ままならないことはどこの世界へ行ってもあるもんなのか。まあ、そこに人間がいるのならば、生まれる問題も同じようなもんなのかね。


まあ、それはともかく祭だ。


俺としては見慣れたものなんだけど、深窓の令嬢よろしく日向宗家の屋敷から滅多に出れないハナビちんは喜び勇んで出店を回っている。


見慣れたって言っても、向こうの世界にはない出店があったりするから楽しいんだけどさ。それでも全力で楽しめない理由があったり。


……うん。ストーキングされているのよ。暗部に。


そもそもハナビちんがこんなに人の多い場所へ出ること自体、師匠はいい顔をしなかった。それでも許してもらったのは、ハナビちんが駄々をこねたからだ。まあ、俺も口添えしたけど。ここで言うこと聞いてあげないと、将来嫌われますよ、とか。


それでゴーサインが出たわけなんですけど、暗部が着いてるんだよね。まあ、攫われる危険がないわけでもないし。本当、祭日だって言うのにお疲れ様。


「玄之介、アレ何? 何?!」


そう言ってハナビちんが袖を引っ張る。


視線の席には射的……っつっても、手裏剣を投げるわけだけど。そんな感じのがある。アカデミー生徒、忍はお断りとかあるけど俺には関係ないよね。だって生徒でも忍でもないもん。


「ん、やってみる?」


「うん!」


屋台のおっちゃんに金を払って手裏剣を六枚手渡される。ハナビちんは早速それを手に取るわけだけど――


「ちょい待ち。持ち方違うよ」


「えー?」


手裏剣を鷲掴みしようとしたハナビちんを止めて、持ち方を指摘する。


手裏剣は人差し指と中指に挟み、上から下に腕を振る過程で指の力を抜き、投げる。まあ、日光映画村知識なんですけどね。


俺の教えた投げ方をするも、的に届かず六枚全部を無駄にするハナビちん。おお、可愛らしくむくれていらっしゃる。


「……じゃあ、次は玄之介がやってよ」


「いいとも」


……待っていたぜ、この時を!


「おやじ、今日の最高記録は?」


「十枚連続だねぇ。……お客さん、アカデミーの生徒か忍の人はお断りなんだがね」


「ああ、安心して欲しい。私は一介の小市民に過ぎない。ねー、ハナビちん」


「え? うん」


よろしい。


「そういうわけで、おやじ。六十枚だ」


「……は?」


「六十枚の手裏剣を寄越せと言っている」


「……あんた、本当に忍じゃないんだろうな」


「勿論だとも」


屋台のおやじは不敵な笑みを一瞬だけ浮かべると、カウンターの下から山盛りの手裏剣を取り出した。


俺はその中から一つを手に取る。


悪いが、この勝負もらった。


師匠に忍具の扱いは、あまり教わっていない。そう、師匠には。


しかし、暇さえあればたたらの爺さんの工房に詰めている俺を嘗めちゃいかんぜ。こちとら変態忍具を扱うための修練を怠ったことはないんだ。手裏剣が使えなくてチャクラムシューターが使えるか? 否である。


一つ投げる度に青くなってゆく、おやじの顔色。それとは正反対に、ハナビちんははしゃぎまくる。


「ねえねえ玄之介! あれが欲しい!」


「オーケーお姫様。おやじ、あとなん点で取れる?」


「……もう勘弁してくれ」


そんなやりとりが延々と続いたり。


全ての手裏剣を投げ終わる頃には、店の景品を壊滅できるだけの得点が手に入った。


でも俺だって鬼じゃないので、高額商品だけで勘弁してあげたのだ。店主が泣いている様子はハナビちん的には面白かったみたいだけどさ。


ちなみに俺が手に入れたのは、有名職人が作った鑑定書着きの風魔手裏剣。悪いねおやじ。


ハナビちんには髪飾りをプレゼント。眼鏡といい、段々と装飾品が増えてゆくね。あ、眼鏡は装飾品ですよ? 


そしてあと一つ。俺はハナビちんの教育上よろしくない代物を手にとって、暗部の皆様がいる方向へ投げた。何かって? 春画です。


そんな感じで、殆どの出店から出禁くらうまで、俺たちは遊び続けた。





「玄之介、話がある」


祭から帰宅してハナビちんが疲れて寝てしまうと、俺は師匠に呼び出された。


場所は師匠の部屋。こうやって二人きりだと、ヒナタのことで押し入ったことが思い出される。


まあ、それよりも、だ。


入ってきた俺の姿を見て、師匠は読んでいた書物から顔を上げた。そして佇まいを直すと、座るように促してくる。


「なんでしょうか?」


「これからのことだ」


なんでそんなことを。そう思いつつ、師匠の話に耳を傾ける。


「あと半年で、ハナビが三歳となる。それと同時に、日向宗家としての修行を開始するつもりだ」


「……そうですか」


「ああ。……それで、申し訳ないのだがな。お前には、ハナビが誕生日を迎えると同時に修行に出てもらうことになる」


「唐突ですね。前から考えていたんですか?」


「ああ。まさかお前が、日向の稽古に着いてこれると思っていなかったからな。流石に血は争えんか」


……うーむ。度々出てくるパパンとママンのことだ。もうそろっと実家に帰って聞いた方がいいのかしらん?


そんな風に考えている俺にかまわず、師匠は会話を進める。


「詳細は追って伝える。ただ、あと半年でここを出ることを頭に入れておけ」


「分かりました」


話はそれで終わりだった。わざわざハナビちんが寝てからこんな話をする辺り、彼女のことを気遣っているのだろうか。


まあ、師匠も親だしね。


部屋を出て、俺は自室へと戻る。


日向の屋敷を出た生活。それがどうしても想像できず、ちょっとした不安を抱いたのはここだけの秘密だ。



[2398]  in Wonder O/U side:U 十話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:1eec7f76
Date: 2007/12/26 21:20


空を見上げる。漆黒の天蓋にはまん丸の月。


ああ――


       今夜はこんなにも――


 月が綺麗――


             だ――




 in Wonder O/U side:U




今日は少しシリアスだ。


約束の日。ハナビちんの誕生日を前にして、以前から言われていた修行の内容が伝えられた。


それは、日向宗家を出て見聞を広めるために旅に出ろとのこと。アカデミーで世界史も何も学んでいない俺にとっては丁度良いと言ったところか。


だが、その旅に出る前準備で、俺は師匠から一つの試験を言い渡された。それに合格しない場合、今度こそ本当に破門されるらしい。


日向家に弟子入りして、いつの間にか一年と半年が経った。その成果を出さねば、日向宗家の弟子として相応しくないと言うことだろう。


正直なところ、俺は弟子入りしてから本気になったことがなかった。稽古には真面目に取り組んでいた。しかし、宙ぶらりんな、目的のない毎日の中で熱を入れるべき事柄を見出すことができなかったのだ。それ故に、破門が掛かった試験だろうがなんだろうが、イマイチ現実味が帯びてこなかった。


そして試験当日。夕食を摂り自室に戻ると、師匠がこの日のために準備してくれた装束に着替えた。


いくつものポケットが付いたチノパン。濃紺のアンダーウェアの上から白い半袖のジャケットを羽織る。リストバンドを両手に着けると、額の鉢巻きを巻き直した。そして最後に、たたらの爺さんからもらった手甲を右腕に装着する。


薄暗い部屋の中、姿見に映った自分と対峙する。どこかとぼけたような表情は、此方も向こうも変わらない。


やる気がないわけじゃない。今まで面倒を見てくれた師匠や、懐いてくれているハナビちん。そして、自分よりも才能があると言ってくれたヒナタのためにも、無様な姿は晒せない。


ただ、そう思う度に、自分自身を騙しているんじゃないかと考えてしまう。ただ、騙しているとしたって、それがどうした、とも。


……こういう風に割り切ってしまうのは悪い癖だと自覚している。ただ、そうでもしないとやってられないのだ。


「……行くか」


いつまでもこうしているわけにはいかない。


忍具をホルスターに詰め、忘れ物がないことを確認すると庭へ向かった。


縁側から見えた空には、満月が浮かんでいる。野戦には丁度良いだろうな。


脚絆を突っかけて、日向の森へ。虫の音が鳴り響く草木を尻目に、師匠の待つ場所へ。


「きたか」


広場のようになっている場所に、師匠はいた。足下には二本の巻物が置いてある。


師匠は真っ直ぐに俺を見据えると、早速試験の内容を説明し始めた。


「これから行う試験の内容は、単純だ」


そう言い、彼は巻物を広げると指の皮を噛み千切り、口寄せを発動した。


粉塵が巻き上がるように立ち上る煙。


そして現れたのは、二匹の獣だった。


片方は、弱々しさの代名詞とも言える動物。寂しいと死んでしまう、などと言われている白兎だ。


そしてもう一方は――


兎とは比べものにならない程の存在感を持つ動物。肉食獣の中でも極めて獰猛な、虎だ。


「今夜一晩。この森で、お前はこの兎を虎から守れ。言っておくが、これは妖魔の類だ。知性も人並みにある。必要となれば、貴様を殺すやもしれん」


「……んな、馬鹿な」


思わず溢した言葉は、自分自身でさえ虚ろな響きだった。


虎など、向こう側の世界でも数えるほどしか見たことがない。ただ分かっているのは、人間程度じゃ太刀打ちできないと言うこと。


それが人間並みの知性を持っている? 質の悪い冗談にしか聞こえない。


しかし、それが本当だと言うことは師匠の顔色を見れば分かった。見たこともないほど――いや、あの、ヒナタとの一件で見たっきりの、真摯な表情だ。


背中を生暖かい汗が伝う。それなりのことは覚悟していたが、まさか命を賭ける羽目にはるとは思ってもみなかった。


「それでは、今から半刻後に開始とする。行け、玄之介。今までが無駄ではなかったことを私に証明して見せろ」


「……はい」


今更文句を言っても始まらないだろう。いつもならば愚痴の一つは言うところだが、今日ばかりは違う。なんだかんだ言って、完全な師弟として師匠が俺と向かい合うことはなかった。日向ヒアシという地が、どうしても出てしまっていた。だが、今は違う。俺を試す師として、重ねてきた労力の成果を見せろと言っている。


故に、逃げることも反論することもしない。


兎を小脇に抱えると、俺は夜よりも暗い森へと潜り込んだ。





日向の森は、中忍試験会場のような、化け物じみた巨木は存在しない。あるのはただ、生い茂った草木と十メートル程の高さを持つ木々だけだ。


薬草などが生えているらしいが、今の俺には関係ない。朝まで逃げ切る。するべきことはそれだけだ。


ある程度の距離を離すと、俺は木にもたれかかりながら兎を地面に降ろした。


これからどうするか。どういう結果を出せば合格するのか分かっているが、それに至過程は何通りもあるだろう。


単純に逃げ切るか、虎を行動不能にするか。その二つにしたって、手段で分ければ選択の幅は更に広がる。


まず逃げ切ることから考えてみる。


果たして、妖魔の眷属である虎から逃げ切ることはできるのだろうか。そもそも虎は猫科の生物だ。犬よりも嗅覚は鈍いだろうが、それでも人間と比べるべくもない。俺のいる場所などすぐに見つかってしまうだろう。ましてや相手は妖魔だ。俺の知っている虎と同列視するのは、愚かだろう。


こんな時だと言うのに、逃げ回る、というキーワードで思い出されるのは、大学の先輩に借りた小説だった。オーストラリアの自然公園に放たれた男女が、金欲しさに殺し合いを始めるという内容。このサバイバルな状況のせいで、逃げ回っていた主人公たちと自分が、どうしても重なってしまう。


頭を軽く振って雑念を払うと、思考を続行した。


相手である虎のことを分析する。


体長は二メートルを超えていた。あの生物がどれ程のものなのかは分からない。ただ、気を付けるべきは、夜目が利くことと接近戦に持ち込まれたら勝ち目がないということか。


思わず舌打ちしてしまう。今まで研鑽してきた柔拳も九鬼流も、全て対人用の格闘術だ。本来の九鬼流は違うが、俺の使っているものは柔拳をベースにして近付けた代物なので人間以外の生物に対する戦闘方法など分からない。


だとしたら忍術と、飛び道具による牽制か。


会得した忍術の中で使えるものは、アカデミークラスのもののみ。それ以外は両手印じゃないと発動ができない。


手持ちの忍具は手裏剣と苦無が十ずつ。あとは二種類の変態忍具。獣の皮膚は厚いと聞く。人間用として作られた凶器で、貫けるかどうか。いや、チャクラムシューターと、もう一つだったらあるいは――


そんな風に考え込んでいると、ふと、視線を感じた。


目を落とせば、兎は真っ赤な瞳で俺を見詰めている。それがどこか不安げに見えたのは、俺自身の弱さのせいか。


「……そんな目で見るなよ。大丈夫。守ってやるから」


苦笑しつつ、そんなことを呟いた。


その瞬間だ。本当に微かな、ともすれば聞き逃してしまいそうな擦過音が耳に届く。


脳裏に浮かんでいた事柄の全てを破棄し、ホルスターに手をやる。


産毛が逆立つと錯覚するほどに神経を研ぎ澄ませる。殺気の察知には生憎と自信がない。頼れるのは、稽古で鍛え上げられた反射神経のみ。後手に回るのは理解しているが、俺にはこうするしかない。


虎は一向に攻め込んでこない。闇夜の世界では、一瞬が数秒にも感じてしまう。


そうしていると、視界に収まる草陰の全てに、敵が潜んでいるような錯覚を抱いた。そう思ってしまえば、堪えていた痩せ我慢が決壊するのは早かった。


一気に汗が噴き出し、どうしても背後が気になってしまう。敵は一人だと分かっているのに、暴走した危機感は包囲されているのだと喚き散らす。


「――っ!」


堪らず、俺は兎を抱き上げて駆け出した。


後を追われているのか? 分からない。ただ、背筋を焼かれるような焦燥感に急かされ、宵闇の森を駆け抜ける。


そうして走っていたのは数秒か、数分か。逃げているような――いや、事実逃げているのだろう。獲物は腕の中にいる兎ではなく俺。疾走しているためか脳に酸素が回らず、被害妄想が拡大していた。


そんな時だ。不意に、視界の隅を過ぎ去る影を目にした。


それは先回りすると、真っ向から突撃してくる。


接近してくる二つの光源が虎の目だと認識した時にはもう遅い。開かれた顎の奥にある口腔は、俺を飲み込もうとせんばかりに開いている。


「う――あああああ!」


咄嗟に行動できたのは僥倖だった。これも努力の賜物だったのか。


兎を投げ出し、叩き付けられる虎の前足を跳ね除けると、全身の捻りと共に掌を打ち込む。


焔螺子。掛け声を出す余裕もない。


手に伝わるのは肉を打つ鈍い感触。腕を震わせるのは完全に伝えきれなかった衝撃が自分に返ってきた代償。


それでも撃退することには成功した。吹き飛ばされた虎は宙返りすると着地し、再び草陰に姿を隠す。


駄目だ、逃がせない。逃がしたら、今度こそ殺される。今のような幸運が、二度も続くはずがない。


灼熱した脳が導き出したのは、相手と自分の実力差を考えない無謀な代物だった。


手甲にあるボタンを押し、それと同時にカード化された口寄せ用の巻物が排出される。


口寄せ・チャクラムシューター。


手甲の上部が剥げ、アタッチメントが露わになる。そこに召還された忍具が収まると、俺は虎が潜んでいると思われる草陰へ向かってチャクラムを射出した。


高速回転しながら打ち出されるブレード。それが相手に巻き付くのを待たず、腕を横薙ぎに振るう。


強度を保てる限界まで細められた鋼線は雑草を断ち切り、葉が宙に舞う。


しかし、障害物が消え去った場所に、虎の姿はなかった。


唖然とする。それと同時に襲う衝撃。自分の状況を理解した瞬間には、全てが手遅れとなっていた。


地面に叩き付けられた俺の上には、虎がのし掛かっていた。胸板には爪の経った前脚が乗せられている。


ひ、と呼吸が漏れる。それが恐怖からだと言うことは、言うまでもない。


虎と目が合う。その瞳には、確かに知性の輝きが感じられた。


……もう、終わりか。虎が前脚を縦に引くだけで、俺の身体は引き裂かれるだろう。


初めて体感する死の恐怖。それを前にして、俺は動くこともできなかった。


「……小僧。失望させるな」


低く、くぐもった声が虎から発せられる。


いやに人間くさい溜息を吐くと、虎は前脚を退けた。


「もう一度チャンスをやる。二度目はない。もう下手を打つな」


それが情けだということに気付く余裕すらなかった。


形振り構わず、俺は兎を抱え上げると、再び走り出す。


噛み締めた唇が酷く痛む。


思わず俯く。視界は、歪んで良く見えなかった。



[2398]  in Wonder O/U side:U 十一話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:1eec7f76
Date: 2007/12/26 21:21

胸がじくじくと痛む。対峙したのは一瞬だと言うのに、金色の瞳が脳裏から離れない。




 in Wonder O/U side:U




随分と走り回った。二度とあの怪物を目にしたくなくて、息が上がるのにもかまわず脚を動かし続けた。


滲んでくる疲労が安心の免罪符となったのか、俺は脚を止めると木の幹に寄り掛かる。


深く、息を吐く。


かちかちと、石を打ち合わせるような音が聞こえた。


歯の根が合わない。心臓は早鐘を打ち続け、頭に送られる血液が五月蠅くて仕方がない。


試験が始まるまでここにいる理由となっていた義理など吹き飛んだ。今はただ、この場所から逃げ出したい。


向こう側の世界では決して体験することのなかった死の気配。あやふやな決意は、確固として存在する危険を前にして胡散霧消した。


こんなこと、今まで一度も――


そこまで考えた瞬間、脳裏に古い記憶がフラッシュバックした。


――泣き叫ぶ弟妹。


――包丁を手にした父親。


思わず首元へ手をやった。


この身体、如月玄之介の首には傷などないと言うのに、胸と同じぐらいの痛みが走る。


だが、そのお陰で幾分か冷静になれる。


そうだ。こういうことは初めてじゃない。


まずは現状の確認だ。


胸の傷は深くない。流血しているが、血止め薬でなんとかなるレベルだろう。


手甲に視線を向ける。チャクラムシューターは未だに装着されていたが、この忍具の特徴であるチャクラム型のブレードがなくなっていた。おそらく、虎に破壊されたのだろう。


アタッチメントを弄って忍具を外すと、兎を抱き寄せながら考えに耽る。


あの虎に対抗する手段はあるだろうか。


まず、逃げ続けるのは不可能。それなりの時間を掛けて距離を置いたと言うのに、虎は追い付いてきた。あんな体験をしてまだ逃げ切れると思える程、俺はおめでたくない。


いや、一度や二度ならば逃げ切ることはできるだろう。だが、この試験は朝まで続く。つまり、あと何時間も命が狙われると言うことだ。試験などどうでもいいが、死にたくはない。死ぬのがどれだけ痛いのかなど、想像できない。ただ肉を裂かれるだけでも、うんざりだというのに。


逃げるのが無理なら撃退するしかないが、手持ちの忍具でどこまでやれるだろうか。


苦無と手裏剣では虎の皮膚を突き破れないだろう。焔螺子を弾き返す強靱な身体を、貫けるとは思えない。使うにしても牽制が精々。それだって有効か分からない。


唯一の有効打と思えるのは、たたらの爺さんが作ってくれた忍具。これは切り札だ。使えばどのような反動がくるのか分からないが、虎にダメージを与えることはできるだろう。


体術は効かないと思っていいだろう。俺の使えるもう一つの絶招、焔錐。これは相手の急所を手刀で打ち抜く代物だが、生憎と動物の生態には詳しくない。精々、目か鼻。それでも動き続ける化け物に当てられるとは思えない。


考えれば考えるほど自分の不利が明らかになってゆく。


どうする。どうやって生き延びる。


ある意味思考のループに陥りそうになった時だ。


腕の中から、か細い鳴き声が上がった。


俺が守りきらないといけない存在。あの虎は兎ではなく、俺を狙ってきた。そのせいでコイツのことを忘れるところだった。


「……そういや、お前も命を狙われているんだったな」


突きつけられた事実に怯えるよう、兎は身体を縮ませる。


それが自分の写し身のように感じられて、思わず苦笑してしまった。


「お互い、生き延びようぜ」


返事をするように頷いた気がした。まあ、目の錯覚か。


「……さて、第二ラウンドみたいだな」


いくらか頭の冷えた今なら分かる。虎はすぐそこまできているだろう。


兎を降ろして立ち上がると、俺は九鬼流のかまえを取る。


まったく、血を止める暇もないのかよ。そんな風に内心で愚痴りつつ、気配を探った。


それを待っていたと言わんばかりに、影が姿を現す。


月光すらも霞む森の中では、虎はまさしく影だった。


地を這うように急接近し、飛び掛かってくる。人間とは違いヒットアンドアウェイ。脚を止めた殴り合いなど獣はしない。


叩き付けられる前脚を払い、身体を半回転させて初撃をやりすごす。次いでホルスターに手を伸ばすも、忍具を飛ばす隙はなかった。


虎はすぐに跳躍すると、再び草陰へ戻る。兎に目をやりつつ、俺は身体から余分な力を抜いた。


手は綺麗に。心は熱く、頭は冷静に。


実際に教えを受けたわけではないが、今こそその通りにするべき時だ。


二撃目がくる。


だが、それは俺を狙ったものではなかった。


疾走する影が目指すものは、守るべき対象。


「――っ、クソが!」


悪態を吐きつつ、庇うように虎の進行方向へ出る。


自分でも何故そうしたのか分からない。自分と同じ境遇である者を守りたかったのか。それとも、首の幻痛が訴える義務感に駆り立てられたのか。


振り下ろされた虎の前脚が、額に直撃する。鈍い衝撃と共に噴き上がる血。はらり、と落ちる鉢巻き。


恥ずかしそうに鉢巻きを手渡してくれたヒナタの顔が思い浮かぶ。


それで、瞬間的に怒りが込み上げた。


躊躇いなく手甲の二番ボタンを押す。瞬時に巻き上がる爆煙。


煙と共に現れたのは、杭打ち機だった。アタッチメントに接着した赤色のフレーム。六つの空洞がある回転式弾倉。そして、その先には鈍い光を放つ巨大な杭。


カウンターのように虎の胸部へ杭をぶち込むと、迷いなく手首を曲げて忍具を起動させる。


パイルバンク。


弾倉に装填された起爆札が撃鉄の衝撃で発動。その爆発力を利用して、杭は虎へ打ち込まれた。


反動で腕が――いや、身体が吹き飛ばされる。それは虎も同じで、両者は磁石の同極がぶつかり合ったように弾け飛んだ。


この一撃で、初めて虎が咆哮を上げる。それは怒りか、苦悶の声か。


それを識別する間もなく、虎は身体をふらつかせながらも草陰へと身を潜めた。


逃げるなら今しかない。


俺は杭打ち機――リボルビングバンカーを外して、兎を抱きかかえるとその場を後にした。





あの局面で切り札を使用することは大失敗だった。


リボルビングバンカーの反動で、右腕が馬鹿になっている。それだけならまだ良かった。


肩が、外れたのだ。


威力は間違いなく折り紙付きだろう。ただ、あの忍具は子供が使って良い代物じゃなかったのだ。


肩が外れた程度で済んだことを幸運と思うべきか。それにしたって、片腕が使えなくなったのは二つの意味で痛い。


「くそ、これどうすりゃあいいんだ?」


肩の痛みと比べたら、胸の傷なんて子供騙しだ。


取り敢えず、なんとか肩をはめてみよう。


そう思って大木にショルダーアタックをしてみたが、骨が繋がるはずもなく、激痛が走っただけだった。漫画の知識を鵜呑みにするのは止めようと思う。


そんな俺の様子を、兎はじっと見詰めていた。動物の感情は分からないが、申し訳なさそうな雰囲気が漂っている気がする。


「……気にするなよ。お互い様だろ、こういう時は」


きゅーん、と鳴き声を上げる兎。それが謝っているように聞こえ、苦笑してしまう。


さて、満身創痍の状態なわけだが、いっそここまで追い詰められると緊張感も薄れてきてしまう。諦めたわけじゃない。ただ、できるところまでやろうと思えるのだ。


「……形振りかまってられないわな。打てる手は全部打つか」





虎の妖魔――虎太郎は、胸の痛みを忌々しくも心躍る感触と認識していた。


彼の契約主であるヒアシは、玄之介を決して殺すなと言い付けていた。半殺しまでなら許す、と。


だが、虎太郎はその約束を破りたくて仕方がなかった。


もともと、この試験は無理難題だったのだ。


日向宗家に使える妖魔である自分を、あんな子供が倒せるわけがない。ヒアシの言ったことを信じれば、あの子供は今年で七歳らしかった。


しかし、先程の一撃。見たこともない忍具を叩き込んだ少年の目に浮かんだ激情は、とてもじゃないが真っ当なものではなかった。


不思議な奴だ。そして、得体の知れない獲物だ。


それ故に、心躍る。


胸の痛みは五割方引いた。打ち込まれた衝撃は妖魔の身である虎太郎の内蔵と骨格を傷付けていたが、それでも狩りを中断する理由にはならない。


神経を研ぎ澄ませれば察知できる程度に、気配を漏らす。


それに気付いたのか、少年はこちらの方を向いた。


経験を重ねる毎に反応が良くなっている。やはり面白い。


思わず舌なめずりをしつつ、虎太郎は身を草陰から晒した。


玄之介と虎太郎は対峙する。


玄之介は右腕を垂れ下げていた。やはりあの一撃は代償付きだったのか。もっとも、妖魔である虎太郎に打撃を与えたのだから、当然と言えば当然のことだ。


「……悪いが、もうこっちには打つ手が残ってないんだ。勝負を着けさせてもらう」


そう言い、玄之介は左腕を隠すように半身を引く。


良いだろう。短い唸り声を上げ、虎太郎は身を屈ませる。


一秒と少し掛け、玄之介はその身を三つに増やした。そして中央の一人が直進、両脇の二人は弧を描くように近付いてくる。


分身の術。ああ、人間相手ならば有効な手だろう。子供にしては良く考えた。


だが、虎太郎は妖魔であり、人間よりも優れた嗅覚がある。視覚を騙すだけの忍術など、効くわけがないのだ。


狙うは右端。背中に何かあるのか、左手を背後に回している。


終わりだ。


躊躇せず、虎太郎は本物の玄之介へ飛び掛かった。


勝利を確信した。馬乗りになったらまずは喉を裂き、息の根を止めてから骨一つ残さず喰らってやろう。相手としては物足りなかったが、子供にしては良くやった。血肉として取り込んでやるだけの価値はある。


そう思った刹那だ。


真横からの衝撃を喰らい、虎太郎は宙へ投げ出される。


完全な不意打ちだった。予想もしなかった事態に困惑し、着地することも忘れて倒れ込む。


「俺の勝ちだな」


思わず瞑ってしまった目を開けば、瞳の真上に苦無が突き付けられていた。


何が起こったのかは分からないが――


ただ、自分が負けたことだけは確かなようだ。





「……ああ、負けを認める」


虎の口から出た言葉で、緊張が一気に解けた。思わずその場にへたり込んでしまい、夜空を仰ぐ。


勝利の快感なんてない。ただ自分の命が助かったことに対する安堵だけが込み上げてくる。


「なあ、小僧。お前は何をした?」


不意に掛けられた言葉で、我に返る。


身を起こした虎は不機嫌そうに目を細めていた。動物がそんな仕草をするのが可笑しくて、今までの疲れを払うように、笑い声を上げてしまう。


「……小僧。喰い殺すぞ」


「くく――っ、ごめんごめん。まあ、別に大したことはしてないよ。ただのトラップだって」


そう言い、俺は左手を鋼線で吊された丸太に向ける。


チャクラムシューターの残骸と、腐り落ちた木を使ったトラップ。本当、これが最後の手だった。これが効かなかったら、間違いなく喰い殺されていただろう。


木陰から兎が飛び出て、俺の方へ向かってくる。


コイツにはトラップの発動役をしてもらった。これも賭け。一連のやりとりで知性があると踏み、タイミングを計って待機してもらっていたのだ。


本当、運任せで出たとこ勝負だった。もしもう一度やれと言われたら、遠回しに死ねと言われているんだと解釈するぞ。


「……なんて馬鹿なことを」


「まあ、そんなことは分かっているよ」


トラップに引っ掛かった本人に言われるものアレだけど、まあしょうがないよね。


あー、シリアス気分が吹き飛んだ。つっかれたわー。やっぱこういうのは俺のキャラじゃないよね。


「さて、帰りましょう、か――?」


立ち上がろうとして身体を起こすが、腰に力が入らず倒れ込む。


んでもって、段々と視界が真っ黒に。


あ、あれ? 何事?


なんだか覚えのある状態。向こう側の世界でも体験したことあるような……。


そこまで考え、ようやく気付いた。


俺、胸の傷に血止め薬塗ってないじゃん。ついでに額にも。


出血多量で気絶かよー。


その思考を最後に、俺の意識はブラックアウトした。







[2398]  in Wonder O/U side:U 十二話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:1eec7f76
Date: 2007/12/26 21:22


「主どの」


甘ったるい声色。ぜってー『主殿』の、どのは平仮名だ。若干語尾が間延びしているようにも聞こえるぜ。


目の前には、どこから出てきたのか一人の少女が座っていた。


セミロングの白い髪の毛。銀髪なんじゃなくて、白。瞳は特徴的っつーか、真っ赤である。側頭部にはセンスが良く分からない髪飾りがぶら下げてあったり。


歳は大体十二、三歳ってところ? ふむ。中の人的には犯罪だけど玄之介的には年上だね。


「おはよう。君は誰だ?」




 in Wonder O/U side:U




目を覚ますと、頭上には見慣れた天井があった。


ん、良く寝た。酷く喉が渇いているけれど、それを不快に思わないぐらい心地よい目覚めですよ。


「おはようございます、主どの」


……Why?


なんだか時代錯誤甚だしい台詞を聞いた気がしましたよ。


ギギギ、と擬音を伴う感じで首を向ける。


その先には、なんか見たことない女の子が正座していました。


よし落ち着け。考えろ。何が起こってる?


1・向こう側の世界で願い続けた、起きたらメイドがいた、って現象がようやく起こった。


2・街角ですれ違った俺に一目惚れ。ストーキングしちゃった☆


3・実は未知なる力を秘めた俺は、先代の魔王だったのDA。


うん、馬鹿馬鹿しい。寝起きのせいか酷く頭のキレが悪いしね。


「主どの」


「おはよう。君は誰だ」


「……分からないのですか?」


しょんぼりとする少女。うわ、なんかヘコんでる。ヘコみたいのはこっちだっつーの! なんだよこの状況!


「ああうん、ごめん。覚えてない。できれば馴れ初めから順を追って説明してくれると嬉しいな」


「……あの夜、貴方は私の主として相応しい活躍をしてくれたではありませんか。それすら覚えていないので?」


「だからいつだよ! ああもう!! 師匠カムヒアー!!!」


布団から跳ね起きつつそんなことを叫ぶ。でも飛んでこない師匠。三秒で出てきてよ役に立たない。


思わず顔を顰める。


急に身体を動かしたせいで、胸に鋭い痛みが走った。んで、貧血の時特有のふらつきも。


……ああ、そうか。そういえば俺、試験を受けて合格したんだったな。


命を賭して合格したっていうのに、随分と薄っぺらい認識。こんなもんなのかねぇ。


「どうしたの玄之介?!」


あ、師匠じゃなくてハナビちんが登場なさった。


部屋に飛び込んできたお姫様はスライディングするように廊下を滑りつつ戸を開け放つ。


んで、一瞬の内に顔色を変える。焦り→呆然→怒り顔。今日も顔芸が冴えてるね。


「この兎、玄之介に何したの!」


……兎?





お前怪我した人に何やったんだ、とか、主どのは怪我が治っていないんだから騒ぐな、とかそんなやりとりをしていたら師匠が乱入してきました。


んで、一喝。それだけで二人は大人しくなりましたよ。


師匠はハナビちんを連れて部屋を出ると、俺と少女を二人っきりにした。


ふむ。どうしろってんだ。


まあいい。ともかく、さっき上がったハナビちんの言葉で彼女の正体が分かったかも。


兎って言ったら思い当たる節は一つしかない。あの試験で俺が守りきった存在。


……いや、待て待て。それが彼女だって? 血が足りなくてどうかしたか俺。


「ど、どうかしたのですか主どの。頭が痛いのですか?」


「いや、ちょっと本気で自分の脳味噌が気持ち悪くなっただけだ」


そうだよ。あの兎は確かに人間臭かったけど、それが擬人化したなんて、そんな風に考える脳味噌が気持ち悪すぎる。


いやさー、確かに日本人は適応能力があるよ? 御伽噺とかでも鶴とか狐とかが人に化けるしさ。


でも実際、そんなことはねーだろ。


まあいい。聞いてみれば分かるか。


俺は頭から手を離し、ハナビちん曰く兎少女と向き合う。それで兎少女も佇まいを直した。


「単刀直入に聞こうか。君は試験で俺が守った兎?」


「はい、そうです」


「兎じゃねー! 君は人間じゃん!!」


「お、落ち着いてください主どの! ヒアシ様の言葉を忘れたのですか?! 『これは妖魔の類だ』と、おっしゃったではありませんか!!」


……あー、あれ、虎だけじゃなかったのね。


そう言われてみると彼女の外見がしっくりくる。髪の色も、瞳の色も。じゃあ、側頭部にある耳当てっぽい髪飾りは本物の耳? 垂れてるけど。いや、確か耳が垂れている兎もいたなそう言えば。


「……じゃあ次の質問。なんでここにいるのさ」


「それは……」


俺の発した質問に、兎少女は赤面しつつ口ごもった。なんぞ。


「……儀式で私を守ってくれたではありませんか。本当ならば一族の生け贄だった私を、貴方が救ってくれたのですよ?」


ごめん、答えになってない。


って言うか儀式って何。そんな大げさなもんだったのかあの試験。


師匠、後でステークを打ち込んでやる。肩外れるけどな!


そんな風に決意しつつ、俺は少女の言葉を好意的に解釈する。


やたらと媚びた――と言うよりは、主従じみた態度は、俺に仕えているから? 意味不明。彼女の言葉を信じるならば、命を救ったのは俺かもしれないけどさ。


「ええと……つまり君は俺のなんなの?」


「貴方のものです」


「だから会話が繋がってねーっつーの!!」


思わず大声を上げてしまう俺。


それと同時に、額から血が噴き出した。


……まだ塞がってなかったんかい。


何はともあれ、血が足りない。


遠退く意識が最後に拾ったのは、やたら心配そうに俺を抱き留める兎少女だった。





兎の妖魔――稲葉薙乃は、大声を上げて倒れ込んだ主人をなんとか抱き留めた。


きっと起き上がってばかりだったから混乱していたんだろう。困った人ね、と苦笑しつつ、玄之介を布団に戻す。


あの日、薙乃は虎の妖魔一族に供物として捧げられた。


単純な狩りだ。逃げ切れれば一年間、虎一族は兎一族を狙わない。喰われたら喰われたで、生け贄と娯楽を提供したと言うことで虎一族が兎一族を食い散らかすことがなくなる。


その儀式に日向宗家が介入してきたこと自体驚きだったが、それ以上に自分が生き延びれたことが薙乃には信じられなかった。


ただの子供だと言うのに、自分自身と薙乃を守りきった。恐怖に震えていたというのに、薙乃をずっと励ましていた。


本当ならば玄之介に従う必要はない。生き延びた場合、口寄せの契約は結ぶことはヒアシと約束していたが、玄之介を主とすることはないのだ。


だが、薙乃は玄之介の従者となることを決めた。


自分の命を救ってくれた、小さな英雄。年下だと言うのに、格上の存在に対峙する彼の背中はとても広く、格好良く見えた。


早く目を覚ましてくれないかな。


玄之介の寝顔を眺めつつ、薙乃は正座をしながら主の目覚めを待ち続けた。




[2398]  in Wonder O/U side:U 十三話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:fabfe923
Date: 2008/01/11 18:26

まだ太陽が顔を出してから間もない時間。


朝日に照らされている日向邸の前で、俺――いや、俺たちは師匠とヒナタに見送られていた。


俺の隣には薙乃がいる。兎の妖魔で、俺の付き人……らしい。まあ、体の良いお目付役なんだろうなぁ。


茶色のベレー帽を被り、いつものような和服ではなく洋服を着ている。どこかしら俺の服装に似ているのは、故意だろうか偶然だろうか。あ、今の俺は試験の時に着ていた勝負服だぜ。


「主どの。忘れ物はありませんね?」


「あー、多分ね」


「なんですかその気のない返事は! 門出なのですからもっと気負ってください!!」


はいはい、と返事をすれば、不満そうに溜息を吐く薙乃。


っていうか、忘れ物するほど俺は自分の物がなかったり。荷物がかさばると移動しづらいから最低限にしてあるし。


変態忍具はたたらの爺さんの工房。必要な時は口寄せで呼べとか。餞別に整備しといてやる、とか言っていたけど、餞別の使い方が微妙に間違っている気がする。


「んじゃあ師匠。行ってきます」


「ああ。次に会うときには、少しはマシになっていることを願っているぞ」


「……あ、あの……玄之介くん」


いざ出発、という瞬間になって、ヒナタに呼び止められた。


彼女から声を掛けられるのは数ヶ月ぶりなので、一瞬だけ空耳かと思ったり。


「ん、どうしたのヒナタ」


「これ……」


そんな気分を表情に出さないようにして、差し出された物を見る。


彼女の掌には、白い布が乗せられていた。


ん、デジャブ。


受け取って広げてみると、それは鉢巻きでした。ただし前のと違って、額の部分に鉄板が仕込んである。


師匠の殺意ある試験で、ヒナタにもらった鉢巻き一号は無惨に布きれとなった。大人用のが真っ二つになって丁度いいかと思ったのだけれど、血が染みついて取れなくなったのだ。地が白いだけに目立ってしょうがなかったので、泣く泣く捨てる羽目になっていた。


それを知っていたのか。


「ありがと、ヒナタ」


「うん。……頑張ってね?」


「勿論。これでやる気が五割り増しってところかな」


冗談にもなっていない冗談に、ヒナタは苦笑する。だって元よりやる気ないから五割り増しになったってゼロだもん。


……なんか背中が焦げ付くような視線を背中に感じるぜよ。


ギギギ、とどこぞの被爆者が発するような擬音を伴って首を回せば――


比喩ではなく髪の毛を逆立てた(多分寝癖)ハナビちんが。


「玄之介ぇ……!」


「そ、その髪型、イカしているねハナビちん!」


「なんで黙って出て行くのよー!」


眉間につま先がめり込む跳び蹴りを喰らった。




 in Wonder O/U side:U




……まだ額がいたひ。


赤くなっているであろう額を撫でさすり、俺はヒナタからもらった鉢巻きを巻いた。長さが大人用なのはお約束なのか。って長っ?! 今度は辛うじて地面に着かないぐらいですよ。これはあれか。鉢巻きが地面に着かないように馬車馬の如く走れという遠回しの嫌がらせなのか。


ってのは冗談で。きっと単なる手違いだろう。ヒナタだし。


俺は一歩ずつ木の葉の里から離れてゆく。


目の前には広大な森。っていうか、木の葉って平地にあるのね。なんで特産物もなさそうな場所に里なんて作ったんだろう。


まあ、それはそれとして。


ハナビちんに蹴りを喰らった後、私も着いて行くのー、と彼女はゴネました。こうなるのが分かっていたから早朝に出発したのになぁ。


「まあ、泣かれるのも仕方ないよなぁ」


だって、今日はハナビちんの誕生日だし。


師匠にも何か思うところがあったのか、俺の出発日を遅らせるつもりはなかったようだ。何考えてるんだろうね。


俺も俺で申し訳ないと思ったから誕生日プレゼントと手紙を机の上に残してきたわけだけど……うーむ。へそ曲げちゃったから、受け取ってくれないかもなぁ。何かって? 俺のいない間にロボット好きを止めないように、一月かけて覚えているシナリオを書き起こしましたよ。


「主どの。どこへ向かうつもりなのですか?」


「ん? 取り敢えず東」


「何故ですか?」


「水の国って魚介類美味しそうじゃない?」


「主どの……あなたは、この旅がどういう――!!」


うわぁ、また説教が始まった。


二つの意味で耳が痛いぜ。説教が好きなのかなこの娘。俺としては今まで遊べなかった分、全力でフリーダムを満喫しようと思っているのになぁ。……おそらく、師匠も俺一人だと修行も何もしないって見抜いてたんだろう。まったく、どいつもこいつも頭が固い。


ああ、そうそう。普通は口寄せって言うと、一時的に呼び出すだけじゃない? ところがこの薙乃は違うのですよ。口寄せは召還者のチャクラが切れれば元の場所へ戻る。そうしたら一日中側にいられないから、この兎っ娘は自分の里からわざわざ来たのだ。なんつー物好き。


「まったく、どうしてこう……あの儀式の時に見せた勇敢さはどこへやってしまったのですか? こんなことで――」


あ、もうそろっと説教が終わる。ここら辺は締めのパートなのだ。


……まあ、そんなことが分かるぐらい説教されているわけで。


「ねーねー薙乃。そんな風にカリカリしてたら寿命が縮むよ?」


「ご心配なく! 妖魔は人間よりも長生きなので!!」


いや、そういう問題ではなく。


うーむ、困った。師匠の残虐修行から逃れたら今度は自称使い魔の兎っ娘に付きまとわれるとは思ってもみなかった。これは困りましたよ?


「ごめんごめん。でさ、薙乃。師匠にどんなこと言われたの? 俺には好きにしろって言ったってことは、それ以外は君に任せてるんだよね?」


「はい。立派な忍になれるよう、再教育しろと。主に性根を」


……俺って、どんな風に見られているんだろう。


いや、だからさー。


「俺、なんだかんだ言って真面目に稽古してたよ?」


「身の籠もっていない稽古は真面目とは言いません」


そうですか。


「そういうわけで、腰を落ち着ける場所を見付けたら早速修行に入ろうと思います」


「ふうん」


「……なんだか言いたいことがありそうですね」


「修行って言ってもさ、薙乃って体術教えられるの?」


「いえ、体術だけならば主どのの方が得意でしょう」


「そっかぁ。よし、薙乃。俺は自主練しているから、どこかで暇を潰していると――」


「ただ、忍術ならば少しは教えられます。ヒアシ様からマニュアルも頂きましたからね」


Oh……そいつぁ。


「……どこまで俺のこと信用してないんだ師匠」





薙乃の言う腰の落ち着けられる場所は、割とすぐに見付かった。


ふーむ。漫画で見たことあるかも。こう、滝とかがある場所ね。背景の使い回し臭がプンプンするぜ。


まあ、そんなメタなことはどうでも良く。


薙乃先生はマニュアルを捲りながら小さく頷き、滝壺を指差した。


「では、主どの」


「なんでしょう」


「歩いてください」


「どこを?」


「水の上を」


「できるわきゃねー!!」


木登りとかを素っ飛ばしてる?!


「ちっげーだろ! まずは木登りだろ!! 俺を溺死させる気か?!」


「……そのようですね。すみませんでした」


眉根を寄せながらもマニュアルを捲る薙乃。俺の言ったことが本当だと分かると、頭を下げた。


「それにしても……予習していたのですか。やる気がないのに真面目、と言うのは本当なのですね」


いえ、知っているだけです。主に漫画で。


だけどまあそんなことを言うことは出来ず。薙乃に急かされながら木登りを開始しましたよ。





結論だけ言うと、木登りはあっさりできた。


まあ、螺旋丸の練習は欠かさずやっていたから、その功名か。掌に集めるチャクラが脚に集まるだけだしね。それにしたって未だに螺旋丸を習得できないわけだが。ナルトは一週間で会得したたよなぁ。俺、一年半もやってるぜ? 恐るべき主人公補正。まあ、俺の努力と根性が足りないんだろうけどさ。


だけど、慣れていないチャクラ操作ですぐに疲れが回ってきた。それでも頑張れと言ってくる薙乃。


「過労死する!」


「そう言ってから三時間は保つ、とヒアシ様は言っていました」


だそうだ。ちくせう。


師匠め。今度会った時にはケツの穴溶接してステークで新しい穴こさえてやる。


んでもって三時間後。


まだ辛うじて太陽が昇っている時間。大体四時ぐらい? わかんね。


その頃になったら、今度は術の練習に入りました。


アカデミークラスは会得しているので、今度は各属性のものを。


今まで明かしていなかったけれど、俺の向いている属性は、右腕が火、左腕が風。熟練すれば全て使えるようになるのだろうけど、今はこれだけしか使えません。


……ふむ。螺旋丸が習得できなくて若干拗ね気味だけど、最初、普通の忍は一つの属性しか使えないよな普通。だったら俺ってかなり恵まれたスタートラインに立っているんじゃ?


と考えた瞬間、とっとと千鳥を覚えたサスケくんを思い出す。世の中は不公平だ。


「では、私は夕食を捕ってきます。それはでは一人で……サボらないで下さいね?」


「ん? ああ、大丈夫。楽しくなってきたところだから」


胡散臭そうにこっちを見てくる薙乃を無視しつつ、左腕に集中。


いやー、何事も上手くできるようになると楽しいもんだね。


漫画って風遁使う忍があんまいなかったから、独断と偏見でしかこの属性って分からないんだよね。


まあ、だからこそ覚えやすいと言うか。要は風を操れば良いんでしょう? 鎌鼬とか、風の刃とか。


……両方、下忍にもなっていない小僧が扱うのが無理ってのは置いといて。


「――風遁・操風の術」


印の完成と共に大気と混ざるチャクラ。印の完成に掛けた時間は二秒。うーむ。分身の術より遅い。慣れればもっと早くなるか。


術の効果は直ぐに現れた。念じた、ってのは変な言い方だけど、思った通りに風が向きを変える。空を泳ぐ風が収束し、春一番程度の強さとなって流れ落ちる滝を揺らがせた。


「おお……やればできんじゃん」


少し感動。


って言っても、まだ実用段階じゃないか。熟練した忍なら、台風レベルの突風を出せるみたいだし。


いや、操風ってことは風を操るわけで。だったら、慣れればもっと変化を付けられるか。まとわりくつ風、ってのも変だけど、突き詰めればEMトルネードの代わりに……っ?!


諦め掛けていたヘルアンドヘヴンへの第一歩が、この時になってようやく刻まれた……っ!!


ベトナムで戦死した米兵っぽく両手を挙げて叫ぶ。やったよハナビちん。


……と思った瞬間、怨念じみたものを感じたんでハナビちんのことは忘れる。藁人形に五寸釘でも打ってるのかしらあの娘。


まあいい。次。


「――火遁・炎弾」


呟き、右腕に収束したチャクラを変換。文字通り炎弾が掌から飛び出て滝へ突き刺さる。


ああ、口から出さなかったのは如月流アレンジです。


推測だけど、属性忍術ってのは、印を組んだポーズ――まあ、上から見たら円だ――をすることで、体内にチャクラを循環させ、その間に通る印によってチャクラを炎や風、水や雷に変化させるんだと踏んでる。まあ、これは先輩の受け売りなんだけど。


故に、片腕で収束、変化させている如月は口から吐くことはできないんじゃないか。まあ、口から吐くよりロックバスターよろしく撃ち出した方が格好いいんだけどさ。


「……にしたって、弱い」


勢いはあったけど、精々目眩ましにしか使えないレベル。水に当たった瞬間、鎮火したぜ。


日々精進、か。修行とか嫌いなんだけどなぁ。


「見事です、主どの。やればできるではありませんか」


声を掛けられたので振り向いてみれば、小動物と木の実を手に抱えた薙乃が。……君、兎なのに心は痛まないのか。小動物殺して。


……なんだろう。こう、変な悪戯心が鎌首をもたげた。


問いたい。僕は中の人が二十歳――こっちきて二年経つけど――だが、外見は七歳児だ。


七歳児ならば、少しの悪戯とか、許してもらえるんじゃなかろうか。ほら、薙乃さん俺より年上だし。


何をするかって?


セクハラだ。


「風遁・操風の術」


燃え上がれ俺の小宇宙!


収束した風は上昇気流となり、薙乃の足下に集まる。


「……なっ?!」


薙乃は気付いたみたいだけど、もう遅い。


刹那の内に舞い上がる風。その先には彼女のスカートが――


「――なん……だと?!」


スカートは捲れたが、下は黒のスパッツでした。ふとももが眩しい。元が兎だから肌が白いね!


ああ、誤解しないでもらいたい。確かに僕はブルマよりもスパッツ派だが、それは美的感覚によるものであって、下心などまるでない。もし素敵な布きれを拝見できたところで、リビドーが分泌されることはなく、言ってみれば妖魔がどのような下着を穿いているのかという知的好奇心から生まれた行動なのである。考えてみて欲しい。裸婦画に欲情するだろうか? 否である。芸術作品に色欲を掻き立てられるなんて事はまず有り得ないことであって、それは創作に対する冒涜だと考える。そのようなことをこの紳士である僕が行うはずもない。そして、知的好奇心によって突き動かされた者の成果がどのような代物であっても、それは賞賛されるべきものなのだと信じたい。更に今の僕は七歳児であって、これはちょっとした悪戯として許されるべき事だ。もう仕方がないですね主どのは、と、そんな感じで。むしろ僕は着衣よりも裸の方が好みなのであって、重ねて言うが決して下心など――


容赦なくぶっ飛ばされた。兎の蹴りは痛かった。




[2398]  in Wonder O/U side:U 十四話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:fabfe923
Date: 2008/01/11 18:26

「薙乃ん薙乃ん。機嫌直してよ」


発音は、なぎの→ん↓で。


「……まずはその巫山戯た呼び方をどうにかしてください」


……手強い。




 in Wonder O/U side:U




スカート捲り事件から二日経った。それでも未だに薙乃の機嫌は直っていない。


その現れとして、彼女の課す修行は師匠レベルに厳しくなっているのだった。……いやマジ反省しているんで勘弁してくれませんかね。


なんてことはたったの二日で五十回以上言った気がする。それでも機嫌を直さない辺り、この娘の頑固っぷりが伺えるね。


んで、今日も今日とて修行である。一日毎に水の国へ向かっているため、今日は一昨日と場所が違う。


「では、今日は瞬身の術を覚えてもらいます」


教えます、じゃなくて覚えてもらいます、なのね。


「まずお手本を見せます。このように――」


言葉を言い終える前に術を発動する薙乃。姿がブレると


「瞬身の術は、平たく言えば高速移動ですね」


俺の背後に姿を現した。


「中忍となれば会得しているのが当たり前の術ですよ。主どのも覚えて頂かなければ困ります。チャクラ操作は得意のようなので、色々な術に手を出すべきだと――」


「んー、師匠と真逆の考え方だね。あの人は基礎でも突き詰めれば一つの武器になるって方法だったけど。色んなことに手を出して器用貧乏になるよりはいいってさ」


そこから派生したのが柔拳の八卦掌回天とかだし。


まあ、師匠の考えは正しいと思う。それを体現しているのが本人だし。そうじゃなかったらずっとあの人の下で稽古なんかしない。


うっかり口から出た本音だったんだけど、薙乃はそれで更にへそを曲げる。


「……では、木の葉に戻ってヒアシ様に教えを乞えば良いではありませんか」


「できるわけないでしょうに。……ねえ、薙乃いい加減機嫌を直してよ。俺が悪かったけど、いつまでも尾を引くのは良くないよ?」


「尾なんて引いていません!」


まあ、確かに引くほどの尾は兎にはないけどさぁ。


座布団一枚。いや、そうではなく。


……いいさ。一応俺の方が年長者だし、ここは折れるか。


「分かった。瞬身の術は覚えるよ。けど、明日からは操風と炎弾の練習に戻っても良い?」


「好きにしてください」


「ん。じゃあ、教えて? どうやるの?」


俺が真面目モードになったのを察したのか、若干不機嫌さが薄らぐ薙乃。


あー、怒ってなければ可愛いのになぁ。





午前中から瞬身の術の練習に取りかかって、夕日が沈む頃にはなんとか形になり始めた。


と言っても長距離移動はまだ無理。更に発動まで時間が掛かるから(と言っても五秒だけど)実戦じゃ使い物にならないだろうけどさ。


しかし、この瞬身の術。覚えている内に、こう、俺の悪い癖がむくむくと膨らみ始めましたよ。


瞬身の術。足の裏にチャクラを集中し、反発力によって高速移動を為す、基本的にしてそこそこ高度な術。


一回で数十メートルを移動するだけのチャクラを集めるのだから、相当な密度なわけで。


それを蹴りに乗せて放てば――


「……主どの。集中が途切れてますよ」


「Oh、失敬」


あ、マジで集中が途切れてる。まあ、人間の集中力なんて長続きしないもんだよね。


「ねーねー薙乃。瞬身の術にも色んな種類があるんだよね。砂瞬身とか」


「そうですね」


「よし。じゃあちょっと見てて」


そう言い、左手で瞬身の術を。右腕でちょっとした遊び心を。


「火遁・火炎瞬身の術」


「この馬鹿――!!」


姿が消える前に蹴り飛ばされました。


「いてえー!! 何するの?! 受け身とらなかったら死んでたよ!!」


「死んでも受け身をとる、とヒアシ様は言ってました! それよりなんですか今のは!! 隠密用の術なのにそんな派手にする必要なんてないでしょうが!!!」


「いやほら、陽動とか」


それにほら。ハルキヨとかの登場はこれだしさ。


「つ・か・え・ま・せ・ん! まったく、少し真面目になったと思ったらすぐこれなんだから。いい加減にしてくださいよ!!」


顔を真っ赤にしながらがなり立てる薙乃。うわぁ、これ本気だよ。


あんまりにも五月蠅いから思わず耳を塞ぐと、彼女は肩を落としてウサ耳を一層垂らした。


……あれ?


「……何故そんなにも私との修行を嫌がるのですか。そんなにヒアシ様との修行の方が良いのですか?」


「いや、あの、そういうわけじゃあ……」


「もういいです。……夕食、捕ってきます」


俺の言葉にも振り向かず、薙乃は森の中へ入っていった。


うーむ。少し調子に乗りすぎたかなぁ。





俯き加減で森の中を歩きながら、薙乃は溜息を吐いていた。


何故こうも玄之介は言うことを聞いてくれないのだろうか。いや、聞いてはいるが口答えが多いのとやる気がなさすぎる。


ある意味、玄之介に付き合い続けたヒアシを尊敬さえする。いや、もしかしたらあんな態度を取るのは自分にだけなのかもしれない。ヒアシとの修行風景を見たことがないから比較することはできなかった。


信用されていないのだろうか。頼られていないのだろうか。


木の葉を出てから三日。その間、儀式の時に見た表情には一度たりともなっていない。あの、弱者を守ろうとする勇敢な心意気に惹かれたと言うのに、今の玄之介からはそれを欠片も感じられない。


自分に威厳があるとは思わない。だが、それでも、自分にできることは精一杯やろうとしている。少しでも玄之介の役に立つべく、背伸びすらしているだろう。


……もしかしたら、それがいけないのかもしれない。ひょっとしたら、自分などいない方が玄之介の修行は捗るのではないだろうか。


分からない。里に帰って、呼ばれた時にだけ力になる存在でも良いのかもしれない。


そんな風に考え込んでいたからか。


いつの間にか、薙乃の周りには人の気配があった。


「――っ?!」


ホルスターに手を這わせつつ、警戒する。


自己分析。チャクラの残量は、玄之介の修行に付き合ったせいで残り少ない。変化の術でこの姿を維持するだけで、限界近い。


体術と忍具だけでなんとかなるか? いや、落ち着け。相手が敵とは限らない――


否、敵じゃないのならば、気配を隠そうとしている理由が思い浮かばない。


首筋に汗が伝うことを自覚しつつ、薙乃は細い息を吐いた。


「こんなところに娘一人――嬢ちゃん、物騒なんだぜここら辺」


木陰から男が姿を現す。数は四。どれもこれも薄汚い格好をしているが、間違いない。忍だ。服に付いている忍具のホルスターや中途半端に修練を積んだ気配の殺し方が、それを物語っている。


「そうなのですか。……申し訳ありません。旅をしているもので、詳しくないんですよ」


「ああ、気にしなくて良い。物騒になったのは、そう。俺たちが来た、この瞬間からなんだからなぁ」


その言葉を合図として、男達は薙乃へ群がる。


顔に浮かんだ下卑た笑みが何をするつもりなのか窺わせ、生理的な嫌悪感が背筋を駆け上った。


「や、だ――」


苦無をクイックドロゥよろしく眼前の男へ投擲する。回避した男は体勢を崩し、その隙に薙乃は懐へ潜り込んだ。


襟を掴み、身体を入れ替えるように後ろへ倒れる。


巴投げ。無様に投げ出された男は、薙乃に背後から迫っていた男とぶつかり倒れ込んだ。


大丈夫。大したことはない。


そんな風に、一瞬だけ気を抜いたのが拙かった。


足下が盛り上がり、脚が地面に縫い付けられる。


これは土遁――


顔を上げて周囲を見渡せば、一人の男が地面に手を突いていた。


「心中斬首に繋げる。まずは口でいいだろ」


男が何を言っているのか薙乃には分からなかったが、愉しげに笑う表情から、よからぬ事を考えているのは直ぐに分かった。


「助けて――」


目を瞑り、頭に浮かんだ言葉を、思わず口に出してしまう。


「――助けて玄之介」


「言われなくても」


蚊の泣くような声量だったが、それに応える声は確かにあった。


唐突に現れた火柱と共に、一人の少年が男達の前に立ち塞がる。


それを目にして、薙乃は安堵の溜息を吐いた。





ふむ。やっぱ使えるじゃん、火炎瞬身。


派手に登場した俺に目を奪われ、ホームレス然としたおっさん連中は動きを止めている。いいねこれ。注目してくれているのが俺と同年代の女の子だったら尚良い。あ、二十代って意味ね。


「なんだ、小僧」


「いやまあ。俺の付き人がレイパーに襲われそうだったから割って入ったわけですが」


レイパーって単語に薙乃が首を傾げるのが見えた。うん、君は分からなくて良い。


「なあ、おっさん。今時ロリコンはどうかと思うぜ? そんなことする馬鹿が多いから、世間の風当たりが酷くなるんだよ。分かるか?」


「ロリ……?」


ああ、残念。


「まあいいさ。立ち去ってよ。一応忍なんでしょ? 寄って集って女子供を嬲るのって、どうなの?」


呆れ混じりに言ったわけなんだけど、レイパーは下卑た笑いをしつつ、モノクルを掛けた似非インテリが前に出る。


「関係ないな。……どうやら、お前達は旅をしているそうじゃないか。金を出せ。文無しなんだよ」


「知るか馬鹿。それに、路銀渡したら今度は俺たちが困るじゃん。ちったぁ考えろよ」


俺の慇懃無礼通り越して嫌味な口の利き方に、男達はフルメンバーで顔を顰める。


うーん。いや、敬意は払っているんだぜ? ここまで小物然としたキャラ、ナルトでも見たことないし。飲茶とか餃子とか天津飯に払う敬意と同じ次元だけど。


ただまあ問題は――今の俺が、そういうやられ役を馬鹿にできないぐらい弱いことなんだよねぇ。おまけに修行していたもんだから消耗しているし。


まあ取り敢えずは。


「アデュー!」


閃光玉を地面に叩き付けて、薙乃を小脇に抱えながら、俺はその場を後にした。





覚えたての瞬身の術を使って、男達からかなりの距離を稼いだ。けれどもまあ、追ってくるんだろうなぁ。執念深そうだったし。


木の幹の背を預けつつ、一息吐く。


取り敢えず逃げ切ったからか、ようやくようやく薙乃が口を開いた。


「……申し訳ありませんでした」


「気にしないで良いよ。むしろ、今気付かなかったら寝込みを襲われてたかもね」


「しかし……」


「いいから。取り敢えず、この場を凌がないと」


さて、どうするか。


瞬身の術でここから更に離れるってのも手だけど、満身創痍の俺たちでは遠くまで逃げられないだろう。追い付かれたらバッドエンド。戦うにしたって多勢に無勢でデッドエンド。


でもまあ、無抵抗にやられるってのは性に合わない。故に、撃退だ。


「薙乃。敵の戦力はどんな感じだった?」


「……一対一ならば、主どのでも勝てるかと。しかし、一人だけ手練れが混じっています」


「薙乃の脚を止めた奴か。どうすっかなー」


「主どの。私を置いて、逃げてください。そうすれば――」


「黙れ。……いや、ごめん。そっから先は言っちゃ駄目。ちゃんと考えよう。手はあるはずだから」


薙乃の言葉を手で遮り、手持ちの戦力でどうするかを考える。


薙乃によると、個人個人の能力は俺以下らしい。って言うか、俺以下の忍とかいたんかい。


まあそれはいい。だとしたら、なんとかして戦力を分散させ、各個撃破が理想か。トラップも有りっちゃあ有りだろうが、虎の時とは違って向こうは人間様だからなぁ。一人削ったら警戒を始めるだろう。


まあいい。大筋は決まった。後はどう削るか、だ。


「……薙乃。一つ、即席で術を覚えてくれ」


「……は?」


「ああ、別に難しくはない。瞬身の術の応用だから」


「……はあ」


小首を傾げる薙乃に、俺は安心できるよう笑顔を向けた。





「くそ、どうなってやがる?!」


抜け忍達は、徐々に減ってゆく仲間に焦りを抱いていた。


始まりは草陰から飛び出てきたチャクラム型のブレードだった。


鋼線が付いたそれは、男の内一人の脚に巻き付くと獲物を引っ張った。次いで上がる妙な掛け声。一瞬後に錐揉みしながら飛んでくる仲間。


それが二回繰り返され、仲間の数は半分に減っていた。


相手はただの子供だ。そのはずだ。


なのに、仕留められた仲間はいずれも一撃で昏倒していた。


油断ならない、と思うにはもう遅すぎる。仲間を救うことなど考えず、いかにしてこの場を切り抜けるかが残る二人の頭を占めていた。


「鬼ごっこはもう終わりやもねー」


どこかから、そんな声が聞こえてくる。


鬼ごっことは言い得て妙だ。最初、鬼は自分たちだったはず。なのに、今はそれが逆転している。


狂乱がピークに達するその時だった。


ようやく対峙するつもりになったのか、少年と少女は男達の前に立ち塞がった。





やっぱいいねーチャクラムシューター。便利すぎるよ。


本来ならば巻き付いたブレードが敵をガリガリ削るんだけど、そんなことしたら標的が死んじゃうのでブレードの刃は潰してある。凶器じゃなくて縄とかと同じ次元なんだけど、それでも便利だ。


まあ、それはさておき。


「薙乃。速攻で決めるから、手練れの方を頼む」


「はい、主どの。任されました」


俺と薙乃はほぼ同時に頷き、それぞれの獲物に向かう。


言い付けたとおりに、薙乃は手練れの方へ。俺は、多分雑魚の方へ。


右手を背後に回し、印を組む。


忍法・分身の術。


ただの分身の術なのに、男はやたらと驚いて動きを止めた。


……うん。まあ、両手で印組んでないから、そりゃあ驚くか。しかも角度的に印組んでるように見えなかっただろうし。


けど、それにしたって戦闘中に動きを止めるのはいただけない。


ダミーが殴りかかり、蹴りかかる。スカスカ、っと通り抜けた残像が消えた瞬間には、男は完全なノーガード状態だった。


一息で間合いへ飛び込み、零距離に。


往くぜ。


九鬼流絶招・其の四。


「焔――」


反射的に突き出された男の腕を左腕で巻き込み、そのまま横へ回り込み。


「――槌」


回転し、後頭部へ肘を叩き込む。身長が足りないので、アレンジでジャンプした。


鈍い音が上がると共に、男は地面へ崩れ落ちる。


九鬼流の基本は円の動き。敵の攻撃を捌き、その勢いで後頭部への肘打ちをお見舞いする技なのだ。


ふむ。分身の術から絶招に繋ぐのがパターン化できるなぁ。技名でも付けようか。分身殺法・焔舞、とか。


まあいい。


男を投げ出して、薙乃の方へ目を向ける。


向こうは向こうで忍らしい戦いをしていた。


分身の術に、……土遁? 良く分からない術を行使されて、薙乃は防戦一方だ。


放っておけるわけないよね。


「焔――螺子」


フェイントなしで背後へ掌を打ち込む。不意打ちだけど勘弁してね。


――なんてのが効くわけない。


九鬼流の教えを破った一撃だ。敵の攻撃を見切りも流してもいないのだから、手痛いしっぺ返しを喰らうこととなった。


掌が当たるはずの男の背後には、畳返しのように地面が盛り上がり壁が生まれる。


そこへ掌は吸い込まれ、手首から嫌な音が上がった。


いってぇ。確かこれ、土遁・土陸返しだったか。


手練れの男は顔を半分だけこちらに向け、睨み付けてくる。


「計画通り……っ!!」


ああ、俺、どんな顔してたんだろう。


男は薙乃から視線を外したわけですが、その薙乃さんはと言いますと。


右足を振り上げて、顔を真っ赤にしながら叫びを上げていましたよ。


「都古――」


……嗚呼、技名叫ぶのが恥ずかしそうだ。ついでに――


「――墜!」


今日はスパッツ穿いてないのね。


巻き上がる粉塵、轟く粉砕音。都古墜。みやこ・つい。別名、アトランティス・ストライク。即興で考えた意訳だから、すげえダサイ。


叩き落とされた踵には、瞬身の術に使われるチャクラが練り込まれていた。蹴りの重さ+チャクラの反発力。それが如何ほどの威力かは、地面に頭をめり込ませている男の姿から察してください。


「や、やりましたよ主どの!」


足下に沈んでいる人を無視して、はしゃぐ薙乃ん。


はあ、なんとかなった。





「……主どの。何故技名を叫ばなければならなかったのですか」


「何言ってるの。必殺技を叫ぶのは当たり前じゃないか。そこへ疑問を挟むのは野暮ってもんだよ」


ホームレス御一行を簀巻きにして転がすと、俺たちは夕食を取ることにした。


ちなみに、右手首にはテーピングが施してある。薙乃曰く、骨には異常がないみたいだけど念のため、だそうだ。


起こした火にはそこら辺で捕った小動物――何故か兎はいない――が焼いてある。それを見ながら、俺たちは先程の戦闘を振り返っていた。


結局のところ、勝てたのはホームレス御一行が俺たちを甘く見ていたからだろう。二対二の状況に持ち込めなければ、負けていたと思う。


まあ、それも運か。いやー、分の悪い賭けに勝てて良かったよ。


一通りの話が終わって、会話が途切れる。


その時だった。薙乃は表情を暗くすると、俯き加減となる。


「主どの。結果として勝てたから良いものの……何故、あの時私を捨てて逃げなかったのですか?」


「んー? まあ、そんな必要なかったからね」


肉を炙りつつ、そんなことを呟く。


正直言って、あの時は思わず激怒しそうになった。


自分を置いて逃げろって、何を考えているんだろう。俺に仕えているとしたって、自分の命が軽いとでも思っているのだろうか。死なないにしたって、捕まってどんな目に遭うかなんて、二十歳オーバーの俺には酷く想像できちゃうんだよなぁ。


そんな目覚めの悪いのは嫌だ。それだけだ。


ま、過ぎたことだからどうでもいいんだけどね。


しかし薙乃はまだ気にしているのか、沈んだ雰囲気を纏ったままである。


「……私は、必要ありませんか?」


「は?」


「今日のことだって、主どのなら一人で切り抜けられたでしょう。……私など、お荷物。そんなこと、あの夜から分かっていたのに」


「……そう暗くなるなって」


酷く思い詰めた彼女に、そんな言葉を掛ける。


「薙乃んは俺を過大評価しすぎ。俺一人だったら瞬殺されていたでしょ。いてくれなかったら困るよ」


「そうでしょうか」


「そうだって。……それに――」


言いつつ、空を見上げ


「一人で旅をするのは、寂しすぎるからね。君がいてくれると、暖かい」


そんな臭い台詞を吐いてみた。


うわ、寒っ! 鳥肌が立った!! 自分で言ったことなのに!!!


恐る恐る薙乃の方を見てみると、彼女は呆然としていた。


あ、滑った?


と思った瞬間、薙乃はようやく笑みを浮かべる。安堵したような、柔らかな笑みを。


「有り難う、御座います」


「あ、うん」


うーあー。なんか俺の方が気恥ずかしくなってきた。


「なんだか、今日は大人びてますね」


「師匠にも、小賢しいとか言われていたからなぁ」


そんな風に誤魔化して、俺達は焼きすぎて焦げ付いた夕食を食べた。





[2398]  in Wonder O/U side:U 十五話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:fabfe923
Date: 2008/01/11 18:26

金がなければ人は生きてゆけない。


金なんてなくとも生きてゆける。大切なのは真心だ、と言うのも分からなくはないが、人と交わりあいながら生きてゆくには、どんな奇麗事を並べようと、やはり金が必要となるのだ。


しかし。しかし、だ。


人との交わりあいがない場所だと、どうだろ?


「薙乃。お腹が空きました」


「草でも食べててください」





 in Wonder O/U side:U





着実に水の国へ近づいているはずなんだろうけど、弱った。


水辺に近いから、ってのはきっと違うんだけど、段々と霧が酷くなってきているのだ。


弱った。何が弱ったって、こうも視界が悪いと食料の確保が難しいのだ。


薙乃は兎の妖魔である。犬とか猫と違って、それほど鼻がいいわけではないので食料の確保が割りと大変だったりするのだ。


俺も俺でサバイバル経験なんかないから足引っ張りまくり。試しに木の実を取ってきたら、見事に腹下したのは汚い話なので割愛。


そんなこんなで木の実しか口に入れていないここ五日間。もうそろっとタンパク質が採りたいです。つまり肉。動物性タンパク質を寄越せ、である。


「薙乃ー。大人しく川で釣りでもしようぜ」


「……お魚、嫌い」


「この期に及んでそんな贅沢をっ?!」


「主どのだって肉肉肉、と。草だけでも十分美味しいではありませんか」


「そりゃ君のベースが草食動物だからでしょうが! 草ばっか食べてると出るとこ出ないぞ将来!」


「な――っ?! 失礼にも程がありますね! 出ます!! 出ますよ!! 私の里にだって美人さんはいるんですからね!!! それが証明になってますー!!!!」


ほほう。どこが出るのかね?


なんて聞いたら蹴り飛ばされるので止めとく。薙乃はセクハラに厳しいのだ。ハナビちんとかはそこら辺大らかだったんのになぁ。まあ、三歳児だからよく分かってないってのもあるんだろうけど。


……まあ、こんなふざけた会話ができる程度に、俺達は仲直りしていた。って言うか、なんで仲が悪くなっていたんだっけ?


ああ、思い出した。俺のセクハラが原因でしたね。困ったものですー。


ペチ、と額を叩くアクションをすると、胡散臭そうに薙乃がこっちを見てきた。


「……ん? 薙乃。なんか灯りが見えない?」


「何を馬鹿な。こんなところに――って、本当ですね」


霧に隠れた視界の中に、人工的な光がある。


俺と薙乃はまるで蛾のように、ってのはなんか嫌なので、好奇心丸出しの猫のようにそちらへ進んで行った。





「いや、大変だったなお二人さん。ここら辺は視界が悪いから野宿も大変だっただろう」


「そうなんですよ。食料の確保もままならない状態で。餓死するかと思ってました。比喩ではなく」


だから草があるじゃないですか、と薙乃が小声で言ったのは無視。


俺と薙乃が向かった先には、世捨て人が住む小屋があったわけでもなく。ひっそりと、小規模な村があった。


最初はやたらめったらと警戒されていたんだけど、恥も外聞も投げ捨てて、食べ物をくれ、と頼み込んだら割とフレンドリーに迎え入れて貰えた。村人が憐憫を浮かべていたのは気にしない方向で。


しかし、辿り着いてからずっと、薙乃は落ち着かない様子でそこら辺を見回している。何かあるのかね。


「今日はゆっくりとして行けばいい。それで、どこへ向かうつもりなんだい?」


「ええ、水の国の首都へ。観光気分でフラフラっと旅をしているんですよ」


「……そうか。なら、一つ忠告しておくかな」


水の国、と言う単語が出た瞬間、老人は目つきを鋭くした。それも気を配っていなければ気付かない次元で、だ。


「水の国はいいが、霧隠れの里には近づいちゃいけない。最近、物騒な連中が国家転覆を狙っているとかでね」


「うわ、国家転覆?! なんぞそれ。それじゃあ、水の国に住んでる皆様も気が気じゃないでしょう」


「いや、まあ。……さて、二人とも疲れているようだし、今日は寝た方がいい。布団を用意しよう」


「ああ、ありがとうございます」


不自然な会話の切り方をして、老人は布団の準備を始めてくれた。


敷き終わると彼は、おやすみ、と言って外へ出る。


「主どの」


「んー、ストップ。それよりさ」


薙乃の言葉を手で遮り、


「たまには一緒に寝ない?」


そんなことをのたまってみた。


何故か蹴りが飛んでくることはなく、薙乃さんは真っ赤な顔でフリーズしていましたよ、っと。





二人して同じ布団へ入り、粘着質な気配が遠ざかったのを確認し、ようやく俺は口を開く。


「……薙乃。ここの村だけどさ」


「や、厄介な場所へきてしまいましたね」


「だよなぁ。あちらさん、俺たちがただの子供だと思い込んでてガード緩いけどさ」


ちなみに薙乃は、一応忍の卵だから俺は一般人じゃない、と思ってくれているんだろうけど。


ああ、くそ。思い出せない。この頃、ナルト世界で何があったっけ? 霧隠れって転覆も何もしてないっしょ? じゃあ、あの老人が言っていたことってなんなんだ? ちったあ真面目に資料集読んでれば良かったぜ。


「これからどうする? 水の国の首都って言っても、割と遠いもんな。霧隠れを絶対に通らないとだし」


「そ、そうですね」


「拙いなぁ。今から引き返すのも手かもなぁ」


「そ、そうですね」


「……あのー、薙乃さん?」


ふむ。なんか薙乃の様子がおかしいぞ。


真っ暗だから表情は分からないけれど、もぞもぞと体を動かし続けている。んで、俺の体に手とかが当たったら火傷でもしたように引っ込める。なんぞ。


まー落ち着かないのも分かるけどさ。緩くなったと言っても監視されているし。そんな中で寝ろってのも無茶な話か。


「……取り敢えず、村人の正体だけどさ」


「――っ?!」


「何か心当たりは――」


「近いですぅ!!」


零距離、殺ったぞ!


そんなキョウスケ・ナンブの声が聞こえた。


跳ね上げられた脚から逃げることもできず、俺は布団からぶっ飛ばされて壁に激突した。





「昨夜はお楽しみのようでしたね」


「エエ、ソウデスネ」


にやけ面の老人に硬い声を返しつつ、鳩尾を擦る。


まだ痛むぜ。受身を取ったから平気だけど。なんだこれ。トゥーンだから平気デースみたいなのは。


これはあれだろうか。コミック力場なるものが働いているのだろうか。こう、○○ちゃんの馬鹿ー! って感じでぶっ飛ばされたラブコメ主人公が星になっても次のページではボロボロなだけで済むような感じの。


ふむ。だとしたら有り得ない。だって俺、薙乃にフラグとか立ててないしね。


……朝から気持ち悪いな、俺の脳味噌。


「あ、主どの。大丈夫ですか?」


「そう思うのなら予備動作なしであんなことしないの」


はい、と応えてしゅんとする薙乃。何故か今日は大人しい。


まあいい。


お世話になったから悪くは言えないけど、控えめに言って胡散臭いこの村からは早めに出よう。


お礼を言うと、俺達は隠れ里を後にした。


去り際、木々の間から、体術の訓練をしている光景が見えた。


いや、なんだアレ。


丸みを帯びたレイピアちっくなのと、ナックルガードにしては刺々しい代物を腕に付けている――いや、生やしている。


……なんか引っかかるんだよなぁ。なんだっけ?



[2398]  in Wonder O/U side:U 十六話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:fabfe923
Date: 2008/01/11 18:26

阿鼻叫喚のホロコースト。


炎が巻き上がるわけでもなく、立ち上るのは死臭と血潮。反響するのは怨嗟と怒号。


ようやく辿り着いた霧隠れで、俺は生まれて初めて人間と人間の殺し合いを目にした。





 in Wonder O/U side:U





「ふいー、やっとこさ着いたべ霧隠れ」

宿に着いて早々、俺は畳の上に寝そべった。うーむ。この独特の香りが良い。


「はい、お疲れ様です。今日ぐらいはゆっくり休みましょうね」


仕方がない、と言った風に苦笑する薙乃の顔にも疲労が張り付いている。それもそうだろうねー。霧に囲まれてどこを歩いているのかすら定かじゃない状態が延々と続いたんだから。


結局、内心ドキドキしながら来ちゃった霧隠れだけど、ハプニングが起こっているってことはなかった。木の葉よりも静かなぐらいで、人の暮らしはここにもある。


いやーいいねやっぱ。中の人は都会っ子だから森とかとは相容れない。田舎がいいとか言って脱サラする人間の神経を疑うよ。


「ほら、主どの。洗濯しますから服を脱いでください」


「いつもすまないねぇ」


「はいはい」


む。それは言わない約束だよおとっつあんって返してくれなかった。再教育が必要だと判断する。


「はい脱いだー」


「誰がここで脱げと言ったか!」


まあ、お約束。蹴り飛ばされた。


でも、ガラス突き破って外へ放り出すのはどうかと思うんだぜ?





落下して地面とキスすることはなかったんだぜ。ありがとうヒナタ。鉄板入りの額当てが役に立ったよ。首が折れると思ったけどな!


思うんだけどさ。前周り受身ってのはあまり使い道ないんじゃないか。それだったら片手を着いて一回転した方が早くない? いやまあ、ナルト世界の身体能力だからこそできることなんだけどさー。


まあ、それは置いておいて。


浴衣姿の薙乃と俺は、適当に街に繰り出していた。


ずっと野宿だったので、金がまったく減っていないのだ。だからこそ買い食いでもするべ、と思っているんだけど。


「無駄遣いは駄目ですからね」


このように、薙乃に財布を握られているのである。


「玄之介は海鮮丼が食べたいです」


「はい。じゃあこれで」


「これで何を食えって言うんだー?!」


ぎゃおー! と咆哮を上げる俺。


手渡された金は五十両。


「蟹! 鮪! 鮭! どれも食えないってば!!」


「そうですか? それで充分食べれると思いますけど。卵と鮪のフレーク」


「フレークじゃんか。新鮮じゃないじゃんか。あのね薙乃さん。折角ここまで来たんだから、もっといいもの食べようよ。そんな風にケチ癖が付くと、ハネムーンの時とかにドン引きされるぜ」


「なっ――? 路銀だって有限なのですよ?! それなのに節約しようと思って何が悪いのですか!!」


「最初の資金から若干増えたじゃん。あのホームレスのおっさんたちの賞金でさー」


そうなのである。


あのホームレスでレイプ魔、ビンゴブックに載っていたのだ。取り敢えず物騒だったので、あの連中を口寄せで呼び出し警備部隊に引き渡したら、賞金が貰えた。


と言っても下の下で、それも土遁を使っていたあの忍だけだが。


ふーむ。一応中忍らしいけど、それにしたってなぁ。まあ、盗賊まがいのことばっかしていたみたいだし、勘が鈍ったんだろうねきっと。


しかし薙乃さん、それとこれとは別のようである。


仕方がないわねこの子供は、とばかりに溜息を吐くと、腕を組む。


「あのですね。そうやって子供の頃から金銭感覚を狂わしていると、いつか手痛いしっぺ返しを食らいますよ」


「借金とかしなければいいじゃん。手元の金だけで幸せになれば大丈夫でしょうが」


「何甘いこと言ってるかー!!」


蹴りが飛んできたんで取り敢えず避けた。天下の往来でぶっ飛ばされたら周りに迷惑出るし。


「……避けましたね」


「まあね。……ねえ、薙乃」


「なんでしょうか」


「浴衣の下ってのは、何も穿かない、着けないってのがルールだよね。主としては守ってくれて嬉しい」


「――ほう」


「……ああ、誤解しないでもらいたい。今のは」


「死・ね」


真上に蹴り飛ばされた。上空なら誰にも被害が出ませんよねー。





薙乃さんは割と直ぐに機嫌を直しましたよ。耐性が出来始めたのかね。それでもまあ、俺の分の金使って無茶な量の海鮮丼食べたんだけど。


……泣きそう。


「薙乃。海鮮丼は美味しかったかい?」


「ええ、とても。魚だと思って侮っていました」


「そうかい。俺もね、鮭のフレークと卵がとても美味しかったよ」


「それは良かったですね」


嫌味も通じねぇ。


もう子供が出歩くには遅い時間となったので、俺たちは宿へと戻ってきている。


薙乃が布団を敷き終えると、床へと入る。


久しぶりの良い布団だー。あの村の煎餅布団じゃ味わえなかった寝心地だぜ。


若干まどろみつつ、今の生活を振り返る。


なんだかんだ言って楽しい毎日だ。修行があるのだって日向宗家にいた時と変わらない。


異国を旅して回るのも悪くない。文化も、建築様式も、何もかもが向こうの世界と違う。そんな場所はいくら見たって飽きない。


「……主どの。起きていますか?」


「ん? ああ」


「楽しいですか? 毎日が」


「そうだね。楽しいよ」


彼女も同じことを考えていたのか。薙乃は向きを変えて俺のほうを向く。


「私も、楽しい。しかし、主どのはこれからどうするのですか?」


「これからって?」


「人生は長いようで短い。今はこうして旅をしていますが、いずれは忍になるつもりなのでしょう? ならば、以前のように日向に引き篭もるのはどうかと思います。里へ戻ったら、アカデミーへ入るのをお勧めしますが」


「そうは言ってもね。ほら、うちはの騒動で飛び級制度がなくなったじゃん? だから、里に帰って卒業したらもう十五歳だよ。流石にそれは嫌だなぁ」


そうなのだ。


技術だけが先行して、心が未熟なままで卒業したからあのような悲劇を起こしたのではないか。


そんな風に問題視されて、アカデミーの飛び級制度はなくなった。


そんなところへ俺が入ってどうするって話だ。生憎とアカデミークラスの忍術も体術もマスターしている。それなのに入学してお山の大将になるなんてほど、俺は子供じゃない。


「しかし、それでは培った技術と経験が勿体無い。身内贔屓ではなく、そう思います」


「そうか」


薙乃が褒めるなんて珍しい。それなりに彼女も俺の将来を心配してくれてるってことか。


だがまあ、悪いけど。


「将来のことなんてまだ分からないよ。お子様だからね」


「……本当の子供はそんなことを言いません」


ですよねー。






起きることができたのは僥倖だった。


外から聞こえてくる喧騒に気付くことができたのは、野宿で野生の勘が活性化されたからなのかしらん?


「薙乃。起きてる?」


「……い、今起きました」


「早く着替えて。ちょっとこれ普通じゃないよ」


まだ寝ぼけ半分な薙乃をそのままにし、窓を開けて様子を伺う。


広がっていた光景は、茶化す気すら起きない代物だった。


屋根の上を跳躍する影。それが交わっているところでは戦闘が行われている。


戦場は市街地だ。無論、被害は出ている。いや、出されている。


一人の男がレイピアじみた剣を地面に突き立てる。そして、一呼吸置き地面から生えてくる剣山。その直線上にいた霧隠れの忍は無残な串刺し刑に処される。


……待て。あのレイピア、どこかで――


「主どの準備が整いました!」


「ああ。……外はかなりヤバイ。運良くほとぼり冷めるまでここで――」


そこまで言って、宿にも振動と轟音が届く。


ああ、運良くなかったのね。


「出るぞ薙乃」


「はい、主どの」


窓から外へ出ると同時に、ギャグ漫画も真っ青な感じで建物が崩れ落ちた。いやいやいや。何これ。俺、ただ観光にきただけなんだけど。


くそ、と悪態を吐きながら走り始める。俺の判断に異議はないのか、薙乃は黙って着いてきた。


喧騒が遠退くよう、人気のないほうへ。


観光はお終いか。ったく、こんなことになるんだったら――


そこまで考え、俺は思考と脚を同時に止めた。


……少しは考えるべきだった。人気のない方へ逃げたとしても、そこに敵がいないとは限らない。むしろ、奇襲をかけてきた者がいるのならば、どこに何がいてもおかしくはなかったと言うのに。


目の前には、霧隠れへくる前に出会った老人がいた。


ただ、好々爺といった雰囲気は微塵もなくなっている。着ている服はどこかの民族衣装のようで、露出が多い。


彼は、鋭い視線を俺たちに向ける。それに憐憫が哀れみの色が浮かんでいるように見えたのは、俺の甘さだろうか。


「……言ったはずだ。霧隠れへ行くのは止めておけ、と」


「後悔してますよ。……遠回しな言い方じゃなくて、直接言ってくれれば良かったのに」


そんな風に辟易と返事をすると、老人は鼻で笑う。


「そんなことができるか。あれが、精一杯の施しだ。……だがまあ、お前達はこの里の者ではないのだろう? ならば――」


見逃してやる、と言葉は続くはずだった。


それを聞くことができなかったのは、目を開けていられないほど凄まじい旋風が巻き起こったからだ。


思わず右腕で顔を庇いつつ、風が止むと共に周囲を見回す。そして目に付いたのは――


首から上を失った老人。その背後にしゃがみ込んでいる、巨大な首切り包丁を背負った忍。


「あ……」


呆け、それしか声を出すことができない。


コマ落としのように血が噴出し、老人だったものの体は崩れ落ちる。その返り血を浴びながら、忍は振り返るとこちらを一瞥した。


血走った目は、たった今生み出した死体では渇きが収まらぬと言うようにギラついている。口元を覆い隠した包帯に、乱雑に切られた頭髪。ああ、知っている。そうか、ここは霧隠れだもんな。


そんな風に考えることで、俺は現実逃避をする。


呆然としている俺を横切り、一人の少年が忍の元へ駆け寄る。ああ、そうか。だとすれば目の前の老人が切られたのは、彼が忍にお願いしたからなんだろうな。普通だったら、お礼を言うべきなんだろうけど。


「家に引っ込んでろ小僧。こんなのは直ぐに収まる」


それだけ言うと、忍――桃地再不斬と白は、俺たちの前から去って行った。


取り残され、俺は地面に倒れこんだ老人の遺体を眺める。


ほんの一瞬まで生きていた人。それがこんな簡単に、腕を振るうだけで死んでしまうなんて、信じられない。


それは、向こうの世界では考えられなかったことだ。生きていることが当たり前で、死ぬなんて寿命か事故以外に有り得なかった。


だのに、こんなにも簡単に失われてしまうなんて。


「主どの……逃げましょう」


突っ立っている俺のことをどう思ったのだろう。気遣わしげに言葉を掛けてきた薙乃にも反応せず、俺は再び動き始める。


鼓動がうるさい。知らず知らずの内に、脚が早く動く。それが逃げ出すための動きだってことは、考えるまでもない。


剣戟や破砕音は随分と小さくなった。しかしそれでも、俺は動きを止めることができない。


必死に、ただ我武者羅に逃げ続ける。


そんな中、視界の隅でとある人物を見つけた。


思えば、ここが最初にして最大の分岐点。


小高い丘で少年と共に霧隠れの里を眺めている人物。三日月のように口は歪み、歓喜するように身を震わせている。


ソイツを目にしてようやく、俺は全てに合点がいった。


「――大蛇丸っ!!」


俺の叫びに釣られ、蛇のような粘着質の目が向けられる。


血継限界かぐや一族。音の四人――否、五人衆。


奴が君麻呂を手に入れた時期は?


好戦的だったからこそ滅んだとされているかぐや一族だが、彼等は無謀な戦いを挑むほど、本当に馬鹿だったか?


タイミングが合いすぎている。何故、計ったようにかぐやが滅んで大蛇丸がここにいる?


ああ、そうだとも。計ったようなタイミングじゃなくて、計ったんだ。


ただ優秀な肉体を手に入れたいがために、奴はこんなホロコーストを起こしやがった。


……分かっている。叫ぶことなどせず、ここを走り去れば良かったのぐらい、嫌というほど理解している。


けれど、人死にを――親切にしてもらった人が死んだ原因を見逃せるほど、俺は冷酷にできちゃいなかった。



[2398]  in Wonder O/U side:U 拾漆話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:fabfe923
Date: 2008/01/11 18:27

あなたはここで、左に行くか、右に行くかを選ばなくてはならない。

左を選んだ場合、あなたは、二分後に喰い殺されるだろう。

右を選んだ場合は、若干の猶予が与えられる。




――貴志祐介『クリムゾンの迷宮』より抜粋。





 in Wonder O/U side:U





対峙している両者。大蛇丸と玄之介の間には、緊迫した空気が流れていた。


大蛇丸は顔に微笑みを張り付かせたまま、目を細めて玄之介を眺めている。その目つきは値踏みをしているような類のもので、それが彼の圧倒的優位を語っていた。


一方、玄之介は、大蛇丸の視線を受けて体を小刻みに震わせている。


上忍の――それも伝説とまで謳われている者を前にして、体が恐怖を訴えているのだ。武者震いだと自分自身を誤魔化すことすら不可能。更には、興味を持たれたことに対する生理的な嫌悪感もあるだろう。


だが、それでも。


玄之介は退こうなどと思えなかった。思ってはいけないとさえ信じている。


彼はこの世界の住人ではない。二年以上をここで過ごしていたとしても、二十年もの歳月を送った世界での倫理や常識を捻じ曲げることができなかったのだ。


この状況でそんな事柄に縛られるのは愚かだと言えるだろう。いや、向こうの常識でも、命の危機に瀕したならば逃げるべきだ。なのにこんな事態になることを選んだのは、義理堅いのか馬鹿なのか。それは本人にも分からないことだった。


玄之介の背後に控えている薙乃は、いつでも行動を起こせるように重心を低くし、ホルスターに手を這わしている。だが、それにかまうことなく――いや、気付かず、玄之介は落ち着くために息を吐くと睨む力を込め直した。


「大蛇丸。これはお前がやったのか」


「……違うわ。やったのは愚かで可愛いかぐや一族。私は、そうね。背中を押してあげただけ」


「詭弁なんか聞いちゃいない! なんでこんな――ただ血継限界欲しさに人を殺したんだ!!」


その言葉で、大蛇丸の雰囲気が変わる。


玄之介にとっては知っていて当たり前のことだったが、大蛇丸が肉体を取り替えるために優れた血族を集めていることは、忍と言えどもそうそう知り得ることではない。こんな子供が自分の野望を知っているかもしれない。それだけで、大蛇丸の興味以上のものを惹くには充分だった。


「……ねえ。そんなこと、どこで知ったのかしら? もしかして木の葉じゃ当たり前のことだったりするの、それ?」


返された言葉で、玄之介はようやく失言をしたことに気付く。


だが、もう遅い。逃げようにも逃がしてくれる相手ではない。言うべくもないが勝てる相手でもない。焦りが鎮静剤となり、ようやく玄之介は自分の状況を客観的に見ることができるようになった。


どうする。会話で逆鱗にでも触れ、怒らせてでもみるか? いや、そんなのは更に自分の立場を悪くする。では、知っている未来の知識を話して、交換条件で逃がしてもらう? 駄目だ。二兎追って必ず仕留めるような相手に何を考えている。


まずい、まずい、と焦りに拍車が掛かる。汗が顎を伝い、歯を噛み締めた。


「大蛇丸様。そんな風に脅かしちゃ駄目ですよ。ほら、彼、怖がっているでしょう?」


「……そうね」


今にも爆発するようだった空気を霧散させたのは、大蛇丸の隣に立つ少年、カブトだった。玄之介が知っているよりも幼いが、大人しそうな外見と眼鏡は変わっていない。


カブトは友好的な笑みを浮かべ――その裏にどんな感情が隠されているのかは知らないが――玄之介の方へ近寄ってくる。


「ね、君。名前は?」


「……悪党に名乗る名前はないな」


「手厳しいなぁ。そうだ、じゃあ、こういうのはどうかな? 身なりからして、君は忍のようだ。だったら一対一で僕と勝負をしよう。僕が勝ったら名前と、何故大蛇丸様のことを知っていたのか話す。君が勝ったら逃がしてあげる。破格の条件だと思うけど」


それは、自分が勝つこと前提の条件だ。つまり、カブトは負けるつもりがないのだろう。


彼は大蛇丸に着き従って生きている。例え幼かったとしても、同年代の忍とは比べ物にならない程の実力を持っているのだろう。


だが、そうだとしても、玄之介には血路を開く妙案が浮かばなかった。


頷いて返事をすると、カブトは安心したように溜息を吐く。


「カブト。何勝手なことをしているのかしら?」


「ごめんなさい。でも、こうでもしないと彼は素直になってくれなそうだったので……」


「ま、いいけどね。あの子がどれ程のものか興味もあったし。ねえ、暗部だったりしたらどうするの? 危ないかもね」


「はは、それは困りますね」


……こいつら、頭が狂ってるのか?


二人のやりとりを見て浮かんだのは、苦し紛れの悪態だった。


それを口に出さず、玄之介は九鬼流の構えを取る。その様子にカブトは口の端を吊り上げて対峙した。


先に動いたのは玄之介だった。先手必勝、と言うわけではない。単純に、この場に流れている空気に耐えられなかっただけなのだ。


射程に入ると共に、弾丸の如く掌を打ち込む。


幼いながらも渾身の力が込められた一撃だ。体術だけならば日向宗家からお墨付きを貰っている者の一撃。だが、カブトはそれを避けることもせず右頬に受けた。


な、と玄之介は声を上げ、目を見開く。そしてそれは一瞬後、苦痛を耐える呻き声となった。


玄之介の腕の上を剣指が通過する。それと同時に走る激痛。ぶちぶちと肉の引き裂かれる音が体内から聞こえ、玄之介はバックステップで距離を取りながら歯を噛み締めた。


「ごめん。まだ覚えたてばかりだから、上手く切れなかったよ」


「……嫌味な奴」


そう悪態を吐いた声には力がない。


カブトに注意を払いつつ痛みを訴えている腕に視線を送る。垂れ下がった左腕には力が入らない。チャクラのメス。この年で習得していることが驚きだったが、それ以上に、カブトの手の内を知っていながらも避けようとしなかった自分自身に玄之介は怒りさえ覚えた。


たたら翁の忍具は左腕なしでは扱えない。使うだけならば可能だろうが、重量のある忍具を使うためにはバランスを取らねばならず、片腕が重荷となっている今では満足に扱い切れないだろう。


これで使える手が一気に減った。初撃でここまで痛手を受けるのはあまりにも無様だ。


焔螺子、焔錐は可能だが、槌は両腕が使える状態でなければできないし。残る一つの絶招は試したことすらない。この局面で分の悪い賭けに出ようとは思わない。


「今度は僕から」


どうする、と自問を繰り返している間にカブトが次の行動を起こした。


垂れ下げられた両手は剣指となっている。切れ味は最悪で、受ければ激痛を味わう錆刀。


「ったく、大人気ないんだよ!」


忍法・分身の術。


片手印を結んだ瞬間、大蛇丸の目は楽しげに細められた。カブトは一瞬だけ虚を生み出す。


その隙を突く。恐らくは最初で最後の好機。そんな風に玄之介は自らに追い込みを掛け、全力を振るうべく疾走する。


火遁・炎弾。


威力など期待できず、牽制にしか使えぬ下級忍術。


カブトは迎撃のために打ち込まれた火球をチャクラのメスで切り払う。


だが、これで一瞬を稼ぐことができた。


次いで、次の印を。


忍法・火炎瞬身の術。


思考が追い付けぬほどの高速移動。それで取り囲むように周りを走る。炎が伴った行動で、カブトは炎の壁に囲まれたようになった。


足を止め周囲を窺うカブトを討つべく、壁から一人目の玄之介が現れる。繰り出す技は絶招の一、焔螺子。


迎撃のために振るわれたチャクラのメスで、玄之介の幻影は掻き消された。


次いで、二人目の玄之介が姿を現す。


リボルビングバンカーを右腕に装備した玄之介。その背後から、チャクラムシューターを射出しようとしている玄之介が迫る。


「……残念なのは、分身が低レベルの忍術だってことだね」


そのどちらも迎え撃とうとせず、カブトは佇まいを正す。彼の言葉を示すように、二人の玄之介は直ぐに姿を朧げにして、消え去った。


そして、本物の玄之介が姿を現す。チャクラムシューターを構えていた玄之介の背後に、だ。


カブトの目が驚きに見開かれる。


だが遅い。


玄之介の右腕に装着されている忍具は、リボルビングステーク。あの試験の後、たたら翁が玄之介の体格に合った形に調整した、リボルビングバンカーの小型版である。起爆札を火薬に変更し、杭を小型化。取り回しを良くする為にシリンダーと回転式弾装を腕に沿って長くしてある。


叩きつけられるチャクラのメスも、反応も間に合わない。


神速の一歩を踏み出し、玄之介はステークをカブトへ叩き込んだ。


「――打ち抜く。止めてみろ!」


連続して六発のパイルバンク。腕の痺れを感じながらも、玄之介は口の端を吊り上げる。


吹き飛ばされたカブトは着地すると腹部に手を這わせ、顔を顰める。医療忍術だろう。小型化されているとは言え、虎の妖魔を怯ませた忍具の一撃――いや、六撃を人間が喰らって生きているだけでも僥倖なのだから。


舌打ちし、玄之介はリボルビングステークを外す。


そうして、我に返った。


今、俺は何をした?


決まっている。カブトに対して、死んでもおかしくない攻撃を行った。そう――殺してしまってもおかしくない一撃をお見舞いしたのだ。


格上の敵に打撃を与えた高揚感は、その事実で急速に冷え始める。


昂ぶっていた鼓動は孕んでいた意味を反転させる。心地よさから気持ち悪さへ。酸欠に喘ぐように呼吸が早まった。


そうしている内に、カブトは再び戦闘態勢へ戻る。玄之介の様子に首を傾げながらも、チャクラのメスを顕現させた腕を振るって草を薙ぐ。


「やるね。けど、トドメは躊躇わずに刺した方がいいと思うけど」


「……余計なお世話だ」


「おや、随分と顔色が悪い。……そう言えば君、大蛇丸様に声を掛けた理由って、何故こんなことをしたのか、だったね」


「それがどうした」


「ひょっとして、さ。……人が死ぬの、初めて見た?」


核心を突く一言に、玄之介は唇を噛む。そんな様子が面白くてたまらないとでも言うように、カブトは――青年期の彼が浮かべていた、禍々しい笑みの片鱗を見せる。


「人を殺す時のコツを教えてあげようか?」


「――黙れ」


そう吐き捨て、玄之介はホルスターから苦無を取り出す。


「そんなことを教えてもらわなくとも、できるさ。――やってみせる」


刃を人差し指と中指で挟み、腕を高く掲げる。


そうだ。ここを切り抜けなければ、どうにもらない。二度と薙乃やヒアシから修行を受けることも叶わないし、ハナビと会うこともできなくなり、ヒナタと仲直りすることもできない。


故に、


「極死――」


殺す。殺してみせる。


呟くと同時に、軋みを上げるほどに体を捻る。捻りが限界に達した瞬間、独楽のように回り、その勢いで苦無を投擲する。


稽古の合間に練習し、決して使うことはないと思っていた技。何故ならばこの技は、呟いた通りに必殺の技だからだ。


完全な見せ技。ただ飛来する苦無に仕掛けも何もないことを見切り、カブトはチャクラのメスで切り払う。


そのアクションに移ろうとした刹那、玄之介は右手で印を結んだ。


忍法・瞬身の術。


移動するのは敵の背後。カブトの視線が苦無に集中しているため、それで生まれた意識外のルートを通って忍び寄る。


技は成功の一歩手前まで行った。カブトは苦無を弾くことだけに気を配り、未だ玄之介に気付いていない。


後は手刀で首を断つだけだ。そこまでやっておきながら、玄之介は迷ってしまった。


このまま首筋に当身を喰らわせれば、気絶させることができるのでは?


「……本当、君はさ」


気付かれた。それに玄之介が気付いた時にはもう遅い。


チャクラのメスが空を薙ぎ、玄之介の右腕を通過する。


脳を沸騰させる激痛。そして、悪と分かっていながらも人を殺せなかった無力感に打ち拉がれ、玄之介は地面へと倒れこんだ。





馬鹿な人。


敗北した玄之介を見て、薙乃はそんなことを内心で呟いた。


あそこで躊躇しなければ勝てただろう。彼は薙乃が知っている以上の戦闘術を持っていた。それだけでも驚きなのに、秀でた能力ならば特別上忍に匹敵する者に勝利の一歩手前まで行ったのだ。褒められてもバ
チは当たらない。


これが、殺し合いでなければ。


だが、この甘さこそが主なのだ。あの儀式で薙乃を投げ出さず、逃げもしなかった少年。命を思いやることができる人間。そんな彼だからこそ薙乃は着いて行こうと思えたのだ。


故に、殺させない。相手が何者かは知らないが、人殺しで汚れた手を触れさせなどしない。


息を吸い、一歩を踏み出す。


充分な休息をしたので、チャクラは最大に近い。今ならば、抜け忍相手の時のような失態は冒さない。


「……我が主に、手を触れるな」


退かず、怯まず、薙乃は大蛇丸達へ宣言する。


「何者も、彼に触れるな。穢れが移る。血で汚れる。守り抜いた志が薄れてしまう」


「――あなた」


「故に、ここは退かせてもらう」


大蛇丸の言葉を遮り、薙乃は脚にチャクラを込めた。


――そもそも、薙乃という妖魔は玄之介に不相応だった。


日向宗家に仕える妖魔。木の葉最強を謳っている一族が、半端な者達と契約を結ぶはずがないのだ。


「因幡飛脚術・脱兎」


言葉が表すように、薙乃は掻き消えるような高速の移動を開始した。


瞬身の術よりも尚疾い高速移動。ただそれだけだが、その速度は他者の追随を許さない次元だ。


玄之介を拾い上げ、大蛇丸たちに構わずその場を後にする。


残された二人が気付いた時、薙乃は既に逃げ延びていた。





後頭部に柔かな感触がある。


気だるい体に鞭打ちながら目を開くと、目の前には薙乃の顔があった。


「あ……」


「主どの、目覚めましたか」


「うん。……大蛇丸は?」


「振り切りました」


そう、と応え、玄之介は深い溜息を吐いた。


負けた。完膚なきまでに負けた。だが、カブトに負けたことよりも、ここ一番で自分を騙せなかったことに腹が立つ。


何故あそこで躊躇した。運が悪かったら、ここにいることすらできなかったかもしれないのに。薙乃にすら迷惑が掛かったかもしれないのに。


否、もう掛けた。敗北した瞬間からの記憶がすっぽりと抜け落ちている。それなのに逃げ延びたと言うことは、薙乃に助けてもらったということなのだから。


「ごめんな、薙乃」


思わず、そんな言葉が漏れた。


どんな馬鹿なことをしても許してくれた彼女。それでも流石に、愛想が尽きただろう。殺そうと思えば二回殺せた。しかし、それをせず敗北し、あまつさせ面倒ごとまで押し付けたのだから。


だが、


「いいえ。立派でしたよ」


そんな玄之介の考えに反して、薙乃は柔らかな声色を返してくる。


「ヒアシ様ならば叱咤するでしょう。しかし、私はあれで良いと思います」


「そうかな」


「そうですとも」


そうか、と玄之介は頷く。


薙乃はこう言うが、自分の判断が正しかったと玄之介には思えなかった。優柔不断極まった選択は、自分でさえも苛立ってしまうのだから。


何が正しいのか分からない。この世界で生きて行くのならば、こちらのルールに沿うべきなのだろう。しかし、それはどうしても耐えられない。


「薙乃」


「なんですか、主どの」


「俺、強くなるよ」


「はい。強くなりましょう」


そうだ、強くなろう。


そうすれば、今日のような思いをしなくて済むはずだ。敵を生かすも殺すも、強くなければ決められない。


初めて抱いた力への渇望。


それを胸の中心に据え、玄之介は歯を噛み締めた。





[2398]  in Wonder O/U side:U 十八話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/01/30 14:33


両腕から伝わる死の気配。


端的に言って、マジ痛い。


カブトとの戦闘から既に三日。あれから、俺は一歩たりとも動いていなかった。


否、動けないのだ。少しでも動かせば破壊された腕からは激痛が伝わってくる。筋肉と骨は切り裂いたくせに神経の方は中途半端に削ったのか、ロクに動かせないのに痛みだけは凄まじい。火鉢を骨に通して掻き混ぜられた、とでも比喩表現するべきか。いや、そんな目に遭ったことないんですけどね。


「主どの……」


ガサリ、と物音が上がり、草を掻き分けて薙乃が姿を現す。


彼女は俺をここに隠し、医者を探しに出回っていた。


だが、今日も結果が芳しくなかったらしい。


顔に浮かんでいる表情は申し訳なさげで、眉尻は下がっている。耳の垂れ下がり具合も通常時の1.5倍と言ったところだ。


……駄目だ。上手く頭が回らない。冗談の一つも考えられないってのはかなり末期。


「駄目だった?」


「……はい、申し訳ありません。見つかりはしたのですが、霧隠れの騒動のせいで、ここまで出るのを断られてしまって」


「そう、か」


身を起こし、顔を顰める。


投げ出された腕に視線を落とせば、まあ、目を背けたくなる現実があるわけで。


肌色という本来の色を失い、紫に変色し始めた俺の腕。壊死が始まっているのか。


こんなところで立ち止まっているわけにはいかないって分かっているんだけど、動くことができないからどうしょうもない。


こうやって身を起こすだけでも、頬を脂汗が伝うぐらいだ。移動なんてしたらどうなるか、なんて想像もしたくない。


まったく、弱った。強くなろうと決意した途端、こんなことになるなんて。本当に、どこの世界に行ったって上手くいかないもんだね。


「薙乃」


「なんでしょうか」


「今日で医者が見つからなかったら、腕を切り落とすよ」


「な――何を馬鹿な! そんなことをすれば忍としての生命は絶たれるのですよ?! 馬鹿なことはおっしゃらないでください!!」


「けど、このままじゃ拙いって。もう駄目っしょ」


「諦めないでください。明日こそは、必ず。いえ、今から主どのを木の葉へ連れ帰れば、治療は可能でしょう?」


「ここからどんだけ距離があると思っているんだよ。……本当、ごめんな」


溜息を吐き、うつ伏せに倒れこむ。


土の冷たさが心地良い。


……ここで終わりなんて、俺だって望んじゃいないさ。


けれど、どうしようもないだろ?


切り落とす、なんて決断をしたせいか、酷く疲れた。


薙乃の騒ぎ立てる声が聞こえるが、相手をする気力すら残っていない。


あー、デッドエンド。





 in Wonder O/U side:U





目を覚ますと、見知らぬ天井があった。


いや、どこだよここ。


寝ぼけ眼を手で擦り、部屋を見回す。


少ない人生経験からでも、ここがどこぞの宿ってことは分かった。


服装は、宿の物であろう浴衣。額を締め付ける感触がないから、鉢巻はしていない。


一体、どういうことなのかしら?


「薙乃ー」


取敢えず彼女に聞いてみようと声を上げるも、反応はない。


む、なんか寂しいですよ?


「薙乃ー。薙乃さん。薙乃ん。ナギちん。ナッギー。薙すけ」


しかし聞こえるのは窓の外から聞こえてくる生活音だけであった。


うお、マジ反応がねぇ。どういうこった。


立ち上がり、開けっ放しとなっている窓から外を見渡す。


どこかの街道沿いなのだろう。ひっきりなし、ってわけじゃないが、それなりの通行人が行き交っている。


何かここを特定する構造物でもないだろうか。


手を額にかざして遠くを見てみるも――って、


「腕が……」


治ってる。包帯すら巻かれていない。綺麗な肌色をしていますよ。


どういうこっちゃ。


夢ってわけでもないだろうし。


手に力を込めつつ、人差し指から小指に掛けてを第二間接まで曲げる。んで、握り込んで親指で閉じる。


「良く分からんが完治ー!!」


腕を突き上げ、喜びを表現するぜ!


いえー! とにかく今の状況なんて知ったことじゃないぜ!! 取敢えずは鈍った体を動かしたい!!!


普段着はあるかしら、と押し入れを探ってみると、俺の荷物があったので着替える。


鉢巻を巻いて気合入魂。さぁて、行きますか、と出口に向かうと、


「あ、起きた?」


見覚えがあるようなないような、って感じの子供と鉢合わせした。


「おはよう。キミは誰だ」


ポカーンとする小僧。こっちみんな!


じゃなくて。


「ああ、ごめんなさい。あなたは誰でここはどこでしょうか」


初対面の人にいきなり飛ばしすぎだ俺。


「ん、俺は卯月朝顔。ここは火の国と水の国の国境にある宿場町だ」


「なんで俺はここにいるんでしょうか」


「行き倒れの君を俺が見付けた。んで、まあ、一緒にいた人が治してくれたって感じかね」


はあ、と溜息交じりに納得する俺。


まー、状況は分かった。要するに通りすがりの人が、腐り落ちる寸前の腕を治す技術を偶然に持っていて、治してくれた上に宿へ運んでくれたわけだ。


……うむ。自分で言っておいて胡散臭い。そんな善人、この世の中にいるわけがない。俺だったら治しはしても放置する。いや、薙乃がここまで運んでくれた、って考え方もできるけど、だったら目の前の小僧がいる必要がない。ならば、彼の知り合いが今まで面倒を見てくれたと考えるのが妥当だろうね。


うーん。それにしてもどっかで見たことあるんだよなコイツ。


おそらく俺よりも年上。酷く悪い目つき。紺桔梗色の浴衣の上から黒のジャケット。手にはハーフフィンガーグローブ。センスねぇ。なんだこれ。っていうか着物の上からジャケットて。外見は男だけど女だったりするのか。


腕を組みつつ、うーむ、と悩んでいると、少年は笑みを浮かべる。


「君、いつぞやの餃子少年だよね」


餃子……餃子……中華……一番……ラーメン……一楽。


そこまで考え、ようやく思い出す。


ああ、ナルトと一緒に一楽へきた目つきの悪い子供。彼か。


「そうです。ええと、卯月さん、良く覚えてましたね」


「まあ、思い出したのは治療が終わってからなんだけど」


そう言い、彼は鼻の頭を掻く。


「これで貸し借りなし」


……あー。なんつーか、義理堅い人だ。


「ありがとうございました。いやー、あのままだと両腕腐り落ちる勢いだったんで助かりましたよ」


「いや、流石に見捨てるのも気の毒だったし。それに、タダってわけでもないから」


Why?


今なんと?


「……そうなんですか?」


「うん。ここの宿代そっち持ち。ちなみに今日で三泊目」


「嘘だっ!!」


ハイライトを飛ばしつつ叫ぶ。


おお、なんかビックリしているぞ彼。まあ良い。


「三泊って……ここの宿代いくらだよ」


「ここの部屋は一泊二千両かな。俺たちの部屋は五千両だけど」


……クラっときた。おい。脳内試算では今日で路銀が底を着くぞ。


「薙乃! 薙乃!! 薙乃カムヒアー!!!」


急いでここを出なければ。宿代を踏み倒して!


手早く荷物をまとめ出した俺を尻目に、少年は額に手を当てながら溜息を吐く。


「無駄だと思う」


「あんですと?!」


「彼女、ここで働いているから」





「ん、後遺症もないようだ。大丈夫だろう」


腕を柔らかな指で弄繰り回すと、女は俺から手を退いた。


っていうか何故アンタがっ。


女――っていうか、綱手姫様ですがね。


「ありがとうございました、綱手様」


「いいって。対価はもらっているのだから、気にするな」


正座から深々と頭を下げる薙乃に、笑い掛ける綱手。うーむ。なんだか複雑な心境。


薙乃は宿の制服である濃紺柄に黄色の帯を巻いた着物を着ている。肌が白いだけに濃い色の服が良く似合っていたり。


まあ、それはいい。


「しかしまあ、霧隠れで怪我をするなんて災難だったな。まったく、霧の忍も子供相手に何をしているんだか」


どこか憤り交じりの嘆息。このシーンだけ見れば常識人なんだろうけど、ギャンブルで身を滅ぼす人ってことは先刻承知なんで、なんだかなー。


まあ、それもいい。


そんなことより何より、俺は気になることがあるのだ。


「綱手さん。聞きたいことがあるんですけど」


「なんだ?」


「卯月朝顔って人、弟子なんですか?」


「いや、あれはシズネの弟子だ。……ああ、シズネってのはあたしの付き人でな」


「そうなんですか」


……ふむ。これはどういうことなんだろうか。


ナルト本編では、そんなキャラいないはずだ。自来也がナルトを連れて合流した時、綱手にはシズネしかいなかったはず。


むーん。まあ、あの漫画はあくまで主人公がナルトだから、それ以外のことは抜け落ちていてもおかしくはないんだけど。


なんか違和感。気にするほどでもないんだけどさ。


「それで、これからどうするんだ。修行をして回っているんだろう?」


「そうですね……」


薙乃から聞いたのだろう。行く末を心配されるような声色に、思わず考え込んでしまう。


今の俺に必要なことはなんだろうか。


体術、忍術、実戦経験。どれもが乏しく、非力である。


その中で最も弱いものは――


「砂隠れへ行こうと思っています。風遁を覚えたくて」


「それならば、別に木の葉でも学べるだろう。と言うか、お前はまだ子供だ。それなのに忍術など覚えてどうする」


向けられた視線は真剣。何故そんなものが向けられるのかは良く分からないが――


「強く、なりたいんです」


そうだ。そうなると、薙乃と約束した。


確かに木の葉でも風遁は学べるだろう。しかし、風遁の本家と言えば砂隠れ。まあ、漫画を読んだ感じでは、だが。


そもそも、砂隠れへ行ったところで他国の忍に忍術を教えてくれるはずもない。協定を結んでいたところで、敵なのは違いないのだから。


だとしても、だ。風遁がどういうものなのか見て覚えるのだって、無駄ではないはず。


時間は有限だが、日向宗家へ戻るまでは一年半近くもある。


何がたった一つの冴えたやり方なのかは分からないが、手は尽くしておきたかった。


「……そうか。まあ、止めはしない。あたしには関係ないからな」


「そうですね」


「……小賢しい上に頑固。気に喰わない子供だね。最近はこういうのが多いのか」


うわ、酷いこと言われてる。


軽くショックを覚えた俺をよそに、綱手は頭痛を堪えるように眉を顰めながら立ち上がると、部屋の出口へと向かった。


「ま、怪我はしないことだ。……付き人をあまり困らせるな」


アンタに言われたくはないがな。


などと言葉に出すわけもなく。


「この娘が泣いて縋らなければ、助けはしなかった」


そう言い、悪戯っ子めいた笑みを浮かべる綱手。


「そうなの?」


「し、知りません!」


つーん、とそっぽを向く薙乃。うーむ。本当、何から何まで悪いなぁ。


去って行く綱手を見送り、俺は明日からの生活に想いを馳せた。


……路銀、どうしよう。





[2398]  in Wonder O/U side:U 十九話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/01/30 14:34


手甲から伸びるチャクラムシューターのブレード。それに、確かな感触が返ってくる。


草陰から顔を出せば、鋼線に絡め取られた盗賊まがいの抜け忍がいた。


「決めろ薙乃!」


「――はい、主どの」


静かで力強い返答と共に、薙乃は大木から落下し、下にいる抜け忍を捉えて踵を振り上げた。


「都古――」

声に反応して頭上を見上げる標的。その時には薙乃が至近距離へ達していたり。


「――墜」


別名:アトランティス・ストライク。ダサイから技名を叫ぶなと言っているのに、薙乃さんはアレがお気に入りになったようです。いやまあ、俺が付けた技名だけどさ。


脳天ぶち抜くかの如く振り下ろされた一撃。それを喰らい、抜け忍の二人はノックダウンした。





 in Wonder O/U side:U





ビンゴブック、と言うものがある。


ああ、勘違いしないで欲しい。ビンゴゲームをする手帳ってわけじゃない。要するに手配書なのだよ。


……綱手御一行に路銀を使い込まれ、見事なまでに無一文となった俺達。いくら嘆いたところで消えた金が返ってくるわけもなく、しょうがないので幾許かの生活費が準備できるまで宿で働いた。


で、問題はその後だったりするのだー。


砂隠れの里へ行くことに薙乃は反論しなかったんだけど、問題はそこへ向かう為に必要な路銀なわけである。


俺としては一刻も早く砂隠れの里へ行きたかったわけなんだけど、先立つものがなければ無理。まだ先だけど、砂漠越えをするための装備を買わなきゃ熱中症で死亡確定だろうしさ。


そういうわけで頭を悩したわけですが。薙乃さんがナイスアイディアを出したわけですよ。


ポケットから手帳を取り出し、


「抜け忍狩りです」


と。


ビンゴブックにはSランクからDランクまでの賞金首が載っている。薙乃は、その中のDランクだけを狙って路銀を稼ごうと言ったのだ。


……薙乃さん。抜け忍に一番酷い目に遭わされたのは君だろうに。


まあでも、危険はあるが一石二鳥だ。


路銀を稼ぐことができ、その上実戦経験を得ることができる。自ら敵を作らばければ戦うことすらできない現状で経験を積むには、それしかないだろう。


あと関係ないんだけど、薙乃曰く、ここ最近AとBランクの賞金首が次々と姿を消しているらしい。何が起こっているんだ。


で、そんな暮らしを始めて二ヶ月。徐々に砂隠れへ近付きつつ、俺達は貯蓄を貯めていた。


午前中は俺一人で修行。その間薙乃は情報集め。午後は襲撃。敗走、もしくは抜け忍が見つからなかった場合は薙乃の拷も……もとい特訓があり、再挑戦。


そんな風にトライアンドエラーを繰り返す毎日であった。


「主どの。腕が下がってきていますよ!」


ちなみに今は昨日の敗北を反省させられ、みっちりしごかれているのである。


いやぁ。二人捕まえたのはいいんだけど、ヘッドに負けたのよ。ビンゴブックによればCランク。強さは中忍の中ってとこ。Dランク狙いじゃなかったんですかい薙乃さん。


薙乃の教育方針なのか、彼女は多数の敵がいる場合は加勢するけど一対一の場合は不干渉を貫く。有難いとは思うんだけど、一歩間違えたら死ぬような……。


「な、薙乃。最近俺の命がヤバイと思う」


「気のせいでしょう」


と言いつつ蹴りを放つ。


それを手の甲で流し、掌を打ち込む。


「充実した毎日ではないですか。着実に強くなっているのが実感できるでしょう?」


「あんま実感湧かないんだよなぁ」


首を傾げつつ薙乃の脚に警戒を送り、一歩を踏み込む。


「俺の使える忍術はアカデミークラスに毛が生えた程度。体術はそこそこ?」


「そうですね。あとは体が成長すれば、最低水準はクリアできるでしょう。今のあなたは凡庸ですが、片手印という特異性を持っている。いくらEランクやDランク忍術と言えど、術の同時行使は変則的だ。それが強みとなっていますね。後は打撃力を上乗せしているたたら翁の忍具ですか」


そんなもんか。


――って、あ。


掌に柔らかな感触。それで集中が途切れる。


うん。打ち込んだ掌が胸に直撃したんだ。こんな状況で、初めてクリーンヒットした! などと喜ぶほど、デリカシーなくないよ俺。


どうする。


1.平謝り。


2.茶化してやりすごす。


3.逃走。


こ、ここは普通に一番で――


などと考えている間に蹴り飛ばされた。


「いつまで掴んでいるのです!」


……なんでこう、シリアスが続かないかなー。





修行で負った怪我――受身取ったから大丈夫――を癒し、再戦。


ビンゴブックによれば中忍の彼は、風遁使いだ。


遠距離用の術がまったく使えない今、それをやり過ごして勝利せねばならない。


木に背を預けながら、中忍の動向を窺う。


周囲を見回しつつ、いつでも印を組めるように指を折り曲げて中腰。


向こうからは仕掛けてこない。ならば、こちらからか。


口寄せ・チャクラムシューター。


爆煙が生まれた音で、中忍がこちらを向く。


「風遁・カマイタチの術」


言葉と同時に不可視の刃が木々を引き裂く。だが、これは牽制だろう。大雑把な位置を掴んだために行った、獲物を炙り出す為の一手。


それ故に正確ではない。当たらないと高を括ることはできないが、冷静に対処すれば回避は可能。


すぐ横の草むらが一掃され、丸裸となる。未だに威力を保っているカマイタチはその後ろにある木々を切り倒し――


俺は、チャクラムシューターを射出した。


大木が倒れる音に紛れて射出したのだが、やはりバレた。流石は中忍と言ったところか。


「風遁・大突破の術」


次の術が紡がれる。Cランクの風遁。いいねぇ俺も使いたい。


風遁・操風の術。


恐らくは強力な風で隠れる俺を弾き飛ばそうと思ったのだろう。


だが、それを利用させてもらう。


収束し、口から放たれる突風。それを操風で操り、中忍を吹き飛ばそうと――


「って、うお?!」


失敗。吹き飛ばされた。


うーむ。練度が足りなかったのか。いや、待て待て。そもそも操風の術は天然自然の風を操る術。吐息をチャクラで強風へと転じた技には干渉できないんじゃ。


なんて冷静に考えている場合じゃない。


中空に投げ出された俺に飛んでくる無数のカマイタチ。空中での姿勢制御なんて普通はできないから必殺コースだろうけども。


風遁・操風の術。


果たして、今度の術は成功した。


周囲にあった風を収束、自分自身に叩き付け、真空の刃を回避。落下の最中に姿勢を正すと、地面に降りると同時に疾走。その間に印を結ぶ。


忍法・瞬身の術。


忍法・分身の術。


一息で中忍の懐へ入り込む俺。ダミーは瞬身を行っていないため、敵には分身の術が発動した時の煙に紛れたように見えただろう。


中忍の目が見開かれるのを最後に見て、そこから連撃へと繋ぐ。


「焔――閻魔」


本邦初公開。バック転の要領で倒立し、爪先で相手の顎を蹴り上げて体を浮かし、


「焔――螺子」


一瞬で姿勢を正すと掌を鳩尾に打ち込み、息を吐き出させ、


「焔――錐」


手刀で肋骨の隙間から肺を強打。完全に息を止め、


「焔――槌」


力の抜けた腕を取り、勢いつけて肘打ちを敵の後頭部へ打ち込む。


アレンジ九鬼流、焔連撃。


本来ならば絶招一つで確実に仕留めなければならないのだけれど、非力な子供である俺では不可能。よって、編み出した技である。


中忍が崩れ落ちる音を背後に聞きながら、俺は息を吐きつつ×字を切るように腕を下げ、構えを解く。


「なんだ俺。やればできるじゃん」


キツイキツーイ薙乃との組み手でようやく完成した決め技。なんだけれど……。


「六十点ですね」


「そんなっ?!」


ずっと隠れてピーピングしていた薙乃んは厳しいのでした。


「俺頑張ったよ結構!」


「ええ、そうですね。しかし、大突破で吹き飛ばされたのは無様でした」


「いや、その直後に不意を突いたでしょ?」


「偶然です」


ぐぅ。


なんて。


……うーむ。まあ、確かに怪我の功名ってわけじゃないけど、イチバチ要素の強い行動だったしなぁ。


さて、次にあの状態になったらどうするか。っていうか風遁なんだから火遁で薙ぎ払えよ。


いやいや。炎弾しか使えないんだから駄目だろ。


あーでもないこーでもない、と考えていると、


「ま、まあでも、中忍相手に頑張ったと思います」


そんなお褒めの言葉を預かりました。


「あなたの歳を考えれば僥倖でしょう。流石は私の主と――な、なんですか」


「いや、なんか褒めてくれるのは珍しいな、と」


思わずガン見していたら、薙乃はどもりつつ顔を逸らす。


うわ、顔が真っ赤だ。あと、手持ち無沙汰なのか耳を弄ってる。


小動物的で可愛いー。


などと言ったらサッカーボールの如く、蹴り飛ばされて落下する瞬間、もう一度蹴り飛ばされた。


酷い。





[2398]  in Wonder O/U side:U 二十話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/01/30 14:36


押し寄せる熱波。巻き上がり、纏い付く砂塵。


あーくそ。なんだこれ。砂漠ってこんなに歩き辛かったのか。


日光を避けるためのフードを風に吹き飛ばされないように抑えつつ、俺と薙乃は砂隠れへと向かう。


おそらく、あと数時間で到着できるはず。


保ってくれ俺の根性っ。具体的に言うと、空腹と乾き。


ああもうヤバイっすよー。





 in Wonder O/U side:U





砂隠れの里。大陸の西南に位置し、砂漠という防護によって他国を寄せ付けない忍里。夕日に照らされたそこは、酷く幻想的な雰囲気を醸し出していた。


まあ、そこへやってきたわけですが。


「……ねえ、薙乃」


「なんでしょうか」


「飲食物、高くない?」


そうなのだ。


取敢えず観光がてら市場に来てみたんだけど、超弩級のインフレしてやがる。大体、木の葉の2倍って感じ。


しかし薙乃は分かっていたのか、頭を抑える俺を余所に、やれやれと首を振る。


「木の葉が潤沢だっただけですよ。雪と風の国は最も酷い場所と言えるので、落差は激しいですけどね」


うーむ。きっと、こういう認識がゆとりってことなんだろうね。


「……なんだろう。最近野宿ばっかやっていたから、店で物を買うのが惜しく思える」


「良い兆候ですね。……ち、ちなみに、普段の因幡一族は天然自然のものしか口にしないため、主どのもそうしていただけるといずれ――」


ふと、視界の隅を人影が通過する。


薙乃の言葉が右から左に筒抜けする。なんか若干恥らっているが無視。


市場を掠めて見えた三人組の姿。


見覚えあるよなぁ。


どうするか。声を掛けるべきかそうでないべきか。


いやあ、今まで原作キャラと関わってロクな目に遭ってないわけで。


うーむ。


「――故に、今の調子で成長を続けたならば、将来は因幡の里へきて頂いてもよろしいのですよ。そうしてもらえると、わ、私も嬉し……」


「しゃあない、行くか」


「……え?」


「よし、行くぞ薙乃」


「よろしいのですか?!」


うお?! なんか顔を輝かせてる。


「う、うん」


話聞いていませんでした、なんて言ったらぶっ飛ばされること請け合い。砂漠横断で力尽きそうな今の俺では受身取れません。


だから思わず返事をしちゃったんだけれど……。


やべぇ。なんて言ったんだ薙乃さん。怖くて聞けない。


今まで伊達に一年も一緒に生活しているわけじゃない。ご機嫌→不機嫌って感じに突き落とされた時の薙乃んはデビルメイクライってレベルで怒る。


「そ、そう言えばさ。さっき砂隠れの忍を見掛けたんだ」


「はぁ」


まあ、今は下忍にすらなっていないだろうけど。


「取敢えず後を追おうぜ」


「……何をするつもりですか?」





カンクロウ、テマリ、我愛羅の三人は、今日の鍛錬を終えて帰宅するところだった。


我愛羅は無言で二人から離れ、風影邸へと行ってしまう。


何故か彼はその屋上で見る月が好きらしかった。


たった一人でそこへ向かうのはいつものことだ。


テマリとカンクロウは着いて行こうともせずに、自分達の家へと脚を進める。


帰宅し、損耗した装備を補充すると、二人は再び家を出た。


目指すはこの風影一家専用の演習場だ。


砂隠れの里を僅かに外れてある岩場。月光に照らされ、不気味な雰囲気を放っている場所だ。


そこへ辿り着くと、カンクロウとテマリはお互いの忍具を展開する。


そして両者は大きく腕を振り上げ――


岩陰へと同時に攻撃をぶち込んだ。





HQ! HQ!! 見つかった!!!


「ぎゃー! やっぱりこうなるのかよ!! これだから原作キャラはっ!!!」


飛来するカマイタチと暗器。それをバックステップで回避しつつ、月光の元へと躍り出る。


「何者だ!」


と、問いつつ次のカマイタチを扇の一閃で叩き込んでくるテマリ。それを援護に突撃してくるカンクロウ。


答えが言えなかったらどうする気だよまったく。


「怪しい者じゃないよー」


無視された。動き続ける二人。


こんなことになるとは。漫画の感じからして性格曲がってそうだとは思っていたけど、こいつら危機管理の精神が強すぎないか?


……いや、出自や今に至るまでの人生を考えれば、こういうのは当たり前なのかもな。


それにしたって理解はできるが、納得はできない。マイノリティーは辛いぜ。


「う、嘘じゃないよ!」


叫び、嘆息しつつ、頭の中でスイッチを入れる。


それは妄想の産物だ。まあ、気分の転換みたいなもの。根っこの部分が不真面目な俺は、意識しないと真面目になれないのだ。


目が据わるのを自覚しながら、カンクロウの操る人形に接近した。


このからくり人形はカラスか。ならば、接近はあんまり良策じゃない。


しかしネタは割れている。秘密の明かされたカラクリ人形など恐るるに足りない。


忍法・分身の術。


忍法・火炎瞬身の術。


右と左の同時展開。


目的は撹乱だ。


敵の姿が増えて、更にそれが炎を纏っていたから動きは止まる。


まあ、実勢経験があったらそんなことしないんだけど。


案の定動きを止めたカラス目掛け、右の拳を打ち込む。


口寄せ・リボルビングステーク。


そしてパイルバンク。


苛烈な衝撃で内側から破壊され、カラスは胴体を破砕、四肢――いや、六肢を四散させた。


「話聞いてよ!」


「下がれ、カンクロウ。後は私がやる!」


「で、でも――」


「人形を壊されたお前に何ができる!」


その意見をもっともだと思ったのか、カンクロウは押し黙る。


まあ、彼女の言うとおりなんだろうけど。厳しいぞテマリちゃん。


「いや、それより俺の話を聞いて!」


また無視された。分身の術を発動して突っ込んでくるテマリちゃん。


ったく、無力化しなかったら話聞いてくれないんですかい。


リボルビングステークを外し、九鬼流の構えを取る。


……む、いざ構えてなんだけど、なんで俺ばっかり攻撃されてるんだ。薙乃さんはどこへ行った。


A.逃げて、岩陰から此方を見守っています。


……くそう。あ、やばい。集中が途切れてる。


なんて考えた瞬間、カマイタチが飛んできました。


真空の刃があるであろう空間を睨みつけて再び気を引き締める。


俺に殺到する二体はフェイクか。真空刃は最も奥にいるテマリちゃんから発せられた。


教科書通りか。分身はあくまで陽動。まあ、俺のやる分身使いながらも接近戦を挑むってこと自体が、リスクを減らす類の術を使っている意味をなくしているが。


けど、それじゃあ意表は突けない。


火遁・炎弾。


印を組み終え、目標を人差し指と中指で指し示すと、炎弾がその先から射出される。


炎弾は半年前とは見違えるほどに威力を増している。牽制の域を出ないが、相手にダメージを与えられるレベル。


火球は相克属性の関係でカマイタチを真っ向から粉砕、吸収し、威力を増幅してテマリちゃんの足元へ着弾する。


巻き上がる粉塵、爆炎。


炎の幕が広がる寸前、彼女の表情が怯えに歪むのが見えた。


悪いことしたな、と思いつつ、瞬身の術を発動。


炎を飛び越え、一息で間合いに飛び込んだ俺が選択するのは、九鬼流の絶招・其の四。


「焔――」


扇を持つ腕を絡め取りつつ、背後に回り、


「――槌」


後頭部に肘を打ち込んだ。


いつものような大人と子供の体格差は存在しない。これは子供同士の小競り合いだ。


九鬼流は本来の威力を発揮し、テマリちゃんを一撃で昏倒させた。


地面に倒れこむテマリちゃんを抱き留め、残ったカンクロウに視線を送る。


「お、お前、何が望みじゃん?!」


「……だから話を聞けよぅ」


溜息を吐いて緊張を解く。


カンクロウ警戒しまくり。要するにビビリまくっている彼の様子に頭を振りつつ、俺は腕の中にいる女の子を地面に下ろす。


そしてどこぞのザ・ウィザードみたく腕を交差してポーズを取る。


「俺の名前は玄之介。如月玄之介。仔細あって、風影の子供である君たちに、風遁の教えを乞いたい」


軽く鼻の頭を掻きつつ、


「駄目かな?」


そんなことを言ってみた。


唖然とするカンクロウは軽く首を傾げると、腕を組む。


「……俺たちの命を狙っていたんじゃ?」


「だから人の話を聞けっつーの!!」


いい加減イライラが限界にきた俺は、思わず叫びを上げてしまった。





[2398]  in Wonder O/U side:U 二十一話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/01/30 14:37


月光が降り注ぐ中、俺はテマリちゃんの前に膝を着き、頭を下げていた。


平たく言うと土下座。


「どうかっ。どうか風影様には……っ!!」


うん。誤解の解けたカンクロウと世間話していたらテマリちゃんが復活したんだけども。


起き上がった彼女は俺の言うことも聞かず、子供の必殺技を使用したのだ。


そう――必殺・パパに言いつける。


それだけはやめてー! 運が良くて強制送還。悪くて拘留。最悪、木の葉との国交が悪くなる。


やめて。マジ勘弁。こんなことで原作の流れを崩したくない。


背後にいる薙乃が、情けないと言わんばかりに溜息を吐いたのを聞きながら、俺はテマリちゃんに平謝りし続けた。





 in Wonder O/U side:U





「玄之介。喉が渇いたわ」


「はいお嬢様」


投やりに返事をしつつ、飲み物をテマリちゃんに手渡す。


向こう側の人生経験で、なんだけどさ。土下座って相手をドン引きさせて、その隙に平謝りして約束事を取り付けるって代物だと思うのよ。ゼミの教授とか押し切れたし。


考えてみ? 目の前の人が土下座したら引くっしょ? 


けれど、その法則はテマリちゃん――否、子供には適用されないようです。


こう、純粋に相手が媚び諂っていたのが面白かったようですよ。畜生。


なんとか機嫌を直してくれたテマリちゃんなのだけれど、まあ、ギブアンドテイクってことである条件を持ち出してきた。


下僕になりなさい♪


ってほどストレートじゃないけど、砂隠れにいる間は言うことを聞けとか。


まあ、境遇に同情してくれたカンクロウと仲良くなれたのが唯一の救い。薙乃は何故かむくれてるしさー。


……なんでこう、女運ないかな俺。木の葉じゃ鉢巻を引っ張られて首を折られそうになり、旅の最中はツッコミで蹴り飛ばされて死に掛け、今度は手下一号に任命ですよ。


生涯独身でいいよもう。


まあ、考えてると虚しくなるのでこの話題は終わり。


本来の目的である風遁の会得なんだけれど、どういうことなのか大丈夫そうだ。


機嫌を良くしたテマリちゃんを交えて、昨夜は深夜まで世間話を続けた。


霧隠れであったこと以外は脚色交えず話したんだけど、里から出たことのない二人は外の話に興味津々でしたよ。


んでまあ、話のネタが尽きる頃になって、この時間でも空いている宿はないかと聞くと、


「ウチに泊まりなさい。そうしなさい」


とテマリちゃん。うーむ。割と面倒見がいいのか。無邪気だなぁ。数年後はすげぇ手厳しいのに。


ああ、野宿って線はなかった。砂漠って昼間と夜の気温変化が酷いんだ。外で寝たら凍死までいかなくても間違いなく風邪を引く。


で、その夜、薙乃はテマリちゃんのところ。俺はカンクロウの部屋に泊めてもらいました。どうやら二人は寮住まいらしい。まあ、我愛羅と同じ場所にいたら危険だしなぁ。


あ、二人っきりになると、カンクロウにカラスを壊したことに対して文句を言われたぜ。


うん、ごめん。でもあの人形、センス悪くて嫌いなんだ。


そして今なんだけど、これから稽古の時間ってことで、俺は二人に着いて行ってる。


テマリちゃんが先生に頼んでくれるらしいよ。俺のことを風にどんな説明されるのか分からないけどね。


昨夜と同じ演習場に辿り着くと、そこには一人の男がいた。


ベストを着用した大人。額宛をしており、砂隠れの忍ってことが分かる。


ん、我愛羅が隣にいるな。……ってことは、バキか。


近付くとそれが確信へと変わった。


バキは俺を胡散臭げに一瞥するといかにも不機嫌そうに顔を顰める。


しかしそれに気付かず、話しかけるテマリちゃん。


「おはようございます、先生。あの、お願いがあるんですけど」


「なんだ」


「この子、如月玄之介って言うんですけど、風遁を覚えたくて旅をしているらしくて――」


「君、どこの出身だ」


テマリちゃんの言葉を遮り、俺に言葉を向けるバキ。


「火の国です」


「……大人しく木の葉と言えばいい」


「それで、先生」


「駄目だ」


そう言われ、目に見えてしゅんとするテマリちゃん。


まあ、普通そうだよね。同盟国って言っても敵には違いないしさ。





「……やはり砂の忍に教えを乞うのは無茶でしたね」


「まあ、分かっていたことだしね。テマリちゃんがあんまり良い返事をするから期待しちゃったけど」


稽古をしている三人を眺めつつ、俺は右手で螺旋丸の練習。薙乃はチャクラ操作の練習だと思っているみたい。


教えないと言われたわけで。じゃあ見学してます、と言ったら、好きにしろ、と突き放されました。


まあ、そんなんでめげる俺じゃあないですよ。


なんて言ったって、おそらくは最強の風遁使いがテマリちゃんに稽古をつけてるんだぜ?


月光ハヤテを葬った実力は鮮烈だった。あの話読んだのは、確か高校生の時だったなぁ。絶対強キャラだと思っていたハヤテを瞬殺だもの。


見ているだけだって肥やしにはなる。それに――


「む、何か教えていますね。『そうじゃない。風遁とはチャクラを大気に混ぜるだけではなく、風を手や脚のように、体の延長と捉えて』だ、そうです」


「ありがと」


こうやってバキの話し声を薙乃から聞くこともできる。


忘れがちだけど、彼女の元は兎。そりゃあ耳はいいよね。


バキの教えを無駄にしないためにも、俺は空いている左手で術を行使する。


漫画でやっていた風遁の練習方法も知っているんだけれど、それは何度も行っている。それでも上手くできないので、コツを掴むために盗聴ですよ。


風遁・操風の術。


右手で螺旋丸の練習しているからすげームズい。経絡系が無茶すんなと文句を言う。


けれど、これぐらいはしないとね。


風を手足の延長として、イメージする。


――って、これ余計に操作が難しいよ!


風には決まった形がない。それを知覚するだけでも手一杯。形を決め付けて操ったほうが数段楽だ。


歯を食い縛り、両手のチャクラコントロールに集中する。


普通の忍と違い、俺は両手で術を行使せねばならない。同時に二つの術を行使できるというメリット。しかしそれには精密なチャクラコントロールを覚えなければならないのだ。


どちらか片方の練習だけにすればいいのに、と言葉が浮かんでくる。


しかし、そんなものは却下だ。


少しでも早く、強くならないといけないのだから。





「だ、大丈夫か?」


「……鍛えてますから」


心配そうに声を掛けてきたカンクロウに、涙を流しつつ返答する。


いやー、操風の練習したのはいいんだけども。ははは、操作を失敗して薙乃に砂を被せちゃったのですよ。


耳に砂が入ったとかで薙乃さん大激怒。そしてお約束で蹴り飛ばされた。


落下した時に岩石が直撃したせいで、頭からドクドクと血が流れております。


午前中の稽古が終了すると、テマリちゃん達と昼食を食べることに。我愛羅はどっかへ行ってしまいました。


「なあ、カンクロウ。ここら辺に食べられる動物っている?」


「……いたはず。どうするつもりじゃん」


「昼食ですよ」


うは、カンクロウの同情的視線が強くなった。


「だって砂隠れ、すげえ飲食物高いんだもん」


「まあなぁ。迂闊に買い食いもできないしなぁ」


「そういうわけで、レッツ・サバイバル」


「……俺のを分けてやるから」


「……ありがとう」


「あ、これあげる」


テマリちゃんからもおかずが届きましたよ。


彼女はバツが悪そうに俯くと、上目遣いでこっちを見てくる。


「悪かったね、玄之介。調子良いこと言って」


「いいってば。気にしないで」


「そっか。……それより、午前中は何をしてたんだ? 何度も蹴り飛ばされてたけど」


「見よう見まねで風遁の練習を。蹴り飛ばされていたのは、まあ、スキンシップかな……?」


自分で言っておいて疑問系。


「木の葉流のスキンシップって派手なんだな」


「いや、テマリん。それは間違ってるから――ってギャー!」


頭の傷を殴られた。テマリんは駄目らしい。


「……そ、それより、バキ先生と我愛羅、薙乃は?」


「先生は我愛羅を追っかけてどこかに行っちゃった。午後の稽古には戻ってくるはず。薙乃は……分からないなぁ」


ふむ。ちょっと目を離した隙に消えてしまったんですよ薙乃さん。


さて。彼女がいないとバキ先生の言っていることも聞こえないし、稽古が始まるまでに探さないとな。


なんて思っていると、


「主どの。昼食、を――」


手に砂色の大きなトカゲを持って帰ってきましたよ。


「……何を食べているのですか」


「いやぁ、お腹空いちゃって」


「……仕方のない人」


溜息を吐きつつ、トカゲを鉄串で地面に突き刺す。その下に枯れ木を敷き詰めると、俺の方を見た。


イエッサー。


火遁・炎弾。


弱火で放たれた炎弾は枯れ木に引火し、トカゲを炙り始める。


午後の稽古までには焼けるといいなー。


「げ、玄之介。今のどうやったんじゃん?!」


「……えっと?」


「片手で印を結んだだろ?」


姉弟に問い詰められる。あー、そっか。生活の一部になっているから忘れていた。


どうするか。血継限界持ちってバレたら、テマリちゃんとカンクロウは大丈夫だろうけど、バキ辺りが怖い。


拉致られて解剖とか勘弁ですよ。


「た、旅の途中で、学んだのだ」


焦りながら考えたら、そんな嘘が飛び出た。


うわーバレるーとか思ったんですけど、お子様二人は納得してくれたみたいです。







その後、教えて欲しいじゃん、教えなさい玄之介、とせっつかれたのは言わずもがな。





[2398]  in Wonder O/U side:U 二十二話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/01/30 14:37


「上手いもんだね」


「当ったり前じゃん」


就寝前。いつもの日課として、カンクロウは掌サイズの人形を操り、物語を一人で行っております。


割とメルヘンな趣味を持っていたのねカンクロウ。


向こう側の世界のパペットに近い。動くのは手と首だけなのだけれど、凝視していると表情が動いているように見えてくるから不思議だ。


「趣味と練習を兼ねてるってわけね」


「……テマリには内緒な」


小声で頼み込んでくるカンクロウに、思わず苦笑してしまう。


そりゃあ就寝前の薄暗い部屋で、絵本を読み上げつつ人形を操っているのを知られたら恥ずかしいわなぁ。


……ところでさ。


「ねえ、カンクロウ」


「ん?」


「……からくりサーカス、って御伽噺があってねぇ」





 in Wonder O/U side:U





……うおー、太陽が黄色いぜ。


うむ。これは睡眠不足特有の症状です。今は軽くナチュラルハイだけど、午後は辛くて仕方なくなると予言する。


それはカンクロウも同じなのか、黒装束を着込んでグロッキーな様子は笑えない。


「そ、それで玄之介……話の続きを」


「……まだ聞くつもりかよ。もう朝食なんだからマジ勘弁」


カンクロウは存外、御伽噺を気に入ったようですよ。


今日はここまで、と話を切ると、決まって続きを促した。一年振りだぜこの感覚、と調子に乗っていたんだけど、それも朝方になればキツくなる。


そして完徹ですよ。もう二度と徹夜はしないと誓うね。何故なら――


「何故寝てないんだカンクロウ。お前はやる気があるのか!」


「主どの。どんな事情があったのかは知りませんが、寝不足と言うのは感心しませんね」


こんな感じで説教されるからである。


っていうかなんだこの説教ツープラトン。俺たちが居候を始めてから二週間。そのせいか、テマリちゃんには怒り癖が付いた気がする。


そんな二人をやり過ごして軽めの朝食を取ると、俺たち四人は演習場へと向かった。


そうそう。この二週間で、三人がアカデミーに通っている場面を一度も見ていない。


あれー? 通っているはずなんだけどなぁ。資料集ではアカデミー卒業は十二歳だったし。


ああ、資料上では、ってことなのかな。アカデミー卒業相当の実力があるから、課外授業ってわけか。


それでまあ、我愛羅は監視される対象として、だけど、テマリちゃんとカンクロウはバキ先生の下で基礎を学んでいるらしい。


テマリちゃんは基礎を終えてもバキの下で修行らしいけど、カンクロウは下地の完成と共に他の忍を師とするとか。


そりゃあ木の葉の同年代よりも強くなりますよ。


さて、演習場に到着。


俺はテマリちゃんたちと別れ、少し離れた場所にある岩場へ腰を下ろす。


ここが俺の指定席。その隣が薙乃の席だ。


そしていつも通り稽古が始まる、と思ったのだけれど。


「如月玄之介! こちらへこい!!」


なんかバキ先生が俺のことを呼んでいますよ。


呼ばれる理由なんて精々、いい加減目障りだからとっとと失せろ餓鬼、って感じだと思うんだけど。


……いや、充分だな。


「薙乃、ちょっと行ってくるね」


「はい」


やや警戒気味の薙乃を背後に、俺は先生と教え子の下へ行く。


我愛羅は我関せずと言わんばかりにそっぽをを向いている。テマリちゃんとカンクロウは楽しげな、バキ先生は忌々しげな表情をしている。


「なんでしょうか」


「……訓練に参加させてやる」


「本当ですか?! でもなんで……」


「ふん。胡散臭かったので、貴様の身元を調べ、風影様へ報告した。……まさか、あの如月とはな」


……ん、どういうことだろ。


もしかして、またパパンとママンのことかしら。なんなんだあの人達。本当に有名だったのか。


「すみません」


「なんだ」


「如月一族って何者ですか」


あ、すげえ変な顔された。


「自分のことだろう。そんなことも知らないのか」


「まあ……教えてもらったことなかったので」


「『焼尽の風』。それだけ調べれば分かるだろう」


む。なんだそりゃ。


聞いた感じ、二つ名だね。それが如月にどう関係するんだろう。


バキ先生はそれ以上語るつもりはないのか、話を打ち切ると顔を上げた。


「それでは、稽古に入る。まずは――」


「やったじゃん」


「良かったね」


説明を始めたバキ先生を余所に、テマリちゃんとカンクロウが喜んでくれる。


さて、今日も頑張りますか。





玄之介の練習風景を眺めながら、薙乃は溜息を吐いていた。


彼は今、風遁のみ、という縛りでテマリと模擬戦を行っている。カンクロウはひたすらにチャクラ糸の形成練習。我愛羅は何をしているのか分からない。


そんな様子を、バキも同じように見ているのだが――


「向こうにいるのは影分身ですか」


背後に向かって、薙乃は声を掛ける。それを切っ掛けとして、砂塵が吹くと共に男――バキが姿を現した。


「良く見破ったな」


「これでもあのお方の護衛ですから」


「解せないな。本来ならば日向宗家憑きの妖魔が、どうしてあのような小僧と契約を結んでいる。しかも、そんな姿で」


「さて、何故でしょうね」


詰問するバキに怯まず、薙乃は涼しげな表情のままだ。


「……まあいい。取敢えず、鴨が葱背負ってやってきたのだ。簡単には逃がさないぞ」


「ならば差し詰め、あの稽古は煮込んでいる状態、と言ったところですか」


ふう、と溜息を吐き、薙乃は軽く首を振った。


「玄之介様を取り込むつもりか。砂に」


「彼ではない。彼の血、だな」


バキの返答は想像の範疇だったのか、薙乃に焦燥は浮かんでいない。


だが、彼女は岩から立ち上がると、


「私は、玄之介様の妖魔です。彼の望みを叶える手助けをする者です。……砂に残ると彼が決めるならば、いいでしょう。ただし――」


そう言い、初めてバキへと敵意を向ける。


深紅の瞳を爛と輝かせ、ホルスターへ手を這わす。


相対するのは砂隠れ最強の上忍。それを前にしながらも、薙乃は退こうとせず、戦う意志を露にする。


「――彼の願ったことを邪魔すると言うのならば、容赦はしません」


ざあ、と砂混じりの熱風が、薙乃の髪を揺らす。


修行を行っている玄之介たちと比べたら、ここの雰囲気は異空間と言っても過言ではない。


頬に浮かぶ汗は緊迫感により浮かんだものか。


しかし――


「くく――冗談だ。そんなに殺気立たないで欲しい」


薙乃の様子にバキは破顔する。必死に笑いを堪えながらも、尚笑い続ける。


そんなバキに薙乃は眉根を寄せ、緊張を解く。


なんだと言うのだ一体。


「どこからどこまでが冗談ですか」


「ほとんど最初からだよ。彼を砂に引き入れるのだって、あわよくば、というレベルだ」


「趣味が悪い」


「それはお前の方だろう。あんな子供に――」


「――子供に?」


「……なんでもない」


そこから先は言うな、とばかりに、バキのすぐ横には苦無が突き刺さる。


「それで、どうするつもりですか」


「なに、大したことではない。如月を取り込んだとなれば、国交問題となりかねん。それ故、風影様からは片手印の解析を行えと指令を受けた」


「そうですか」


ふむ、と薙乃は頷く。


やはり、一見親切に見えても裏があるものだ。


玄之介の使っている片手印は一般の忍が使えるものではない。あれは如月一族用として改造されている。血継限界という特異性を持つ一族のために考え出された代物なのだ。


故に、無駄ではないだろうが、そう簡単に実用段階には至らない。


その程度ならば別にいいだろう。


薙乃は再び岩に腰を下ろすと、玄之介の修行風景に視線を向けた。


「……退屈か?」


「それはあなたでしょう」


手厳しい声を掛けられ、バキは表情を固める。


バキは念押しのために薙乃の真意を測ったのだが、それが早々に片付いてしまったため、手持ち無沙汰となったのは彼の方だった。


影分身を使ってテマリたちに稽古をつけているバキ。生徒たちの元へ戻り忍術を解けば、行使していた理由を問われるだろう。


薙乃との会話内容を言うにしても言わないにしても、テマリやカンクロウの反感を買うはずだ。


そうなるとマズイ。ただでさえ崩壊寸前のチームワークを、これ以上崩したくなかった。


「……今日は暑いな」


「砂隠れの平均気温が分からないので、なんとも言えません」


思わず押し黙る。


拒絶するような声色は、喋るなと命じているようだった。


「……ただ見ているだけで、楽しいか?」


「ええ、とても」


「やっぱり物好き――」


「五月蝿い黙れ」





ああ、認めよう。


テマリちゃんは俺よりも風遁の扱いに長けている。


ここ一年で分かったことなのだが、チャクラに必要な精神エネルギーと言うのは、どうやら意志の力らしいということ。まあ、自分なりの解釈なのだけれどもね。


チャクラを使い、何がしたいのか。目的、必要な過程、行程、発露のイメージ。そういったものをどれだけ強く思い描けるか。そういうものだと思っている。


生体エネルギー周りは不明。その者がどれだけ優れた生命体か、って辺りに関わってくるのではないだろうか。


そこら辺は才能だ。故に、チャクラの総量を増やすというのは、要するに精神鍛錬なのだろう。


薙乃曰く、俺は同い年の子供よりもチャクラの総量が多いらしい。生まれつきの才能がどの程度なのかは分からないが、精神力云々で言えば、当たり前っちゃあ当たり前だろう。


中身は軟弱な現代人。自分で言うと悲しいが、意志が強いとも思えない。


しかし、順序だった思考などは子供よりも上手いだろう。何がしたいのか。そういったものを形として脳裏に描くことができるのだから。


しかし、チャクラの扱いと術の行使は別だ。


練ったチャクラを引き出すまでは精神力頼み。それ以降の、火なり水なり風なりに形を変化させるには、どれだけ長く変化対象に触れているのかで決まるのではないか。


仮説の域をでないが、もしこれが本当ならば向こう側の世界からきた俺にとって、風を操るのは五大属性の中で最も難儀だろう。


風はどこにでもあるもので、知覚はできない。そういう考え方が染み付いてしまっているのだから。


火や雷、水なんかは生活に近い場所にあったので簡単に理解できるんだけれどもね。


どういう変化を行い、どういう形にするか。


まったく、生まれ持っての才能ってのは厄介だね。まあ、右腕が火遁だったのが唯一の救い。


「風遁・カマイタチの術」


「風遁・カマイタチの術」


テマリちゃんのソプラノボイスと俺の声が同時に上がり、術が放たれる。


真空の刃は既に何合も切り結び、その度に消滅していた。


ペース配分は行ってある。一日保つように、必殺ではなく牽制程度の威力でしか発現させていない。


それはテマリちゃんだって同じだろう。しかし年季の違いと言うべきか、十中八九、彼女がミスをしない限り俺のカマイタチは打ち負けていた。


むぅ。体術だったら負けないのに。


風遁を学ぼうと思ったのが間違いじゃなかったと思う反面、いいとこなしの自分自身に歯噛みする。


くそ、左手が疲れてきた。片手で印が組めるのは長所なんだろうけど、長時間の酷使は辛いんだよなぁ。両手印と比べて動きが複雑なのだ。


って、あ。ミスった。


印の形を失敗したので、カマイタチは不発。俺目掛けて飛んでくる真空刃をサイドステップで回避するも、付随した衝撃波で吹き飛ばされた。


「あーれー」


落下と同時に受身。頭を抑えつつ立ち上がると、テマリちゃんは不敵な笑みを浮かべ、俺を見据えていた。


「私の勝ちだな」


「くっ……もう一回」


「その意気だ」


負けん気が刺激され、再びカマイタチを発動。


そんな調子で午後も頑張ったんだけど、彼女から一本も取ることはできませんでしたよ、っと。





稽古が終わると、集中していたお陰で忘れていた眠気が一気に押し寄せ、大の字に倒れこんだ。


も、もう無理ですたい……。


ちなみに隣にはカンクロウも倒れこんでいます。


「大丈夫か玄之介」


「か、カンクロウ……もう徹夜で語り明かすなんてこと、絶対にしないからな」


「ああ、それは俺も思った。休みの前日じゃない限り、あんなのは止めた方がいいじゃん」


ですよねー。


「ほら、立ち上がれ玄之介。カンクロウも。傷の手当てをするよ」


テマリちゃんに急かされ、状態を起こす俺。


「しっかし、玄之介って風遁は下手なんだな。体術も、戦闘の組み立ても、いい線いってるのに」


「まあねぇ。そのために砂隠れへきたんだし」


その前は師匠にしごかれてたしな。


この時になって、ふと、思う。


日向宗家の稽古って、かなりハードだったんじゃ……。薙乃との組み手は楽じゃないけど、稽古終了と同時にぶっ倒れることはなかったし。


師匠は五歳児相手にどんだけ厳しいことをやってたんだ。


そんな俺も今は八歳。時が流れるのは早いね。


……あれ? 俺、三年掛けて何ができるようになった?


アカデミークラス忍術。瞬身の術。炎弾。操風。カマイタチの術。忍具の取り扱い。体術。螺旋丸は習得中だ。


……うわぁ、地味。


百舌の一刺しが欲しいところである。


どうすっかなー。


バリエーションの少なさに軽く眩暈を覚えながら、俺はテマリちゃんに手当てをしてもらった。


ちなみに、後で救急箱を持ってきた薙乃が拗ねちゃったのは別の話。





演習場からの帰り道。カンクロウとテマリちゃんが話しているのを見ながら、俺は薙乃へ声を掛けた。


「薙乃ん」


「なんでしょうか」


最近この呼び方でも反応が普通。初々しさがなくなって悲しい。


ではなく。


「必殺技が欲しい」


「……久し振りに、酷く馬鹿なことを言いましたね」


「いや、真剣にね? 格上の敵を打倒しうる技が欲しい」


「今の状態でも格上相手にして勝っているではありませんか」


ああ、抜け忍狩りのことか。でも、


「それは薙乃が相性のいい敵を選んでたからでしょ」


そうなのである。


俺は今のところ、体術に偏った戦闘スタイルだ。忍術は牽制にしか使わず、決めは九鬼流か変態忍具。


薙乃の選ぶ抜け忍は、大抵が忍術に偏り、体術を苦手としていた。それ故に勝ち続けることができたのだろう。本来ならば援護に回るはずの敵と一対一で戦えば、勝率は高いに決まっている。


「気付いていたのですか」


「まあね。死なずにここまでこれたのは、君のお陰ってことぐらい分かっているよ」


そんなことを言うと、薙乃は照れくさそうに微笑んだ。


決め手となる技が欲しい。


螺旋丸も手だろうが、所詮は漫画知識で鍛えている代物だ。自来也辺りに教えを乞わない限り、完成するのは先のことだろう。


「そこまで考えられるようになったのならば、いい頃合いでしょうね。しかし、それよりも先に行うべきことがあります」


「何さ」


「己のスタイルを確立すること。何に特化し、何を補助とするのか。方向性を決めなければするべきことは見えてきませんよ」


「そんなもんかねぇ。でもさ、何かに特化したら何かが弱くなるわけで。忍ってのは高水準のオールラウンダーが求められるんじゃないの?」


どんな状況にも対応できると言うのは、そういうことなのではないか。


「違います。それは一般的に器用貧乏と言われる者のことでしょう。理想は、全てが高水準で、その上で何かに特化することです」


「……本当に理想だねぇ」


「ええ。ですが、あなたならば理想を叶えることができるはず。その為ならば、私は努力を惜しみませんよ?」


そう言って、薙乃は軽く肩を叩いてきた。


……たまに、彼女は手厳しいのか甘いのか分からなくなる。


こりゃーいい意味で男を駄目にする類の女の子ですよ。将来が怖い。


なんてことを考えていると、前の方から騒々しい叫び声が聞こえてきた。


「たまには姉の言うことぐらい聞け!」


「私生活ぐらい縛られたくないじゃん!」


おお、姉弟喧嘩。なんか懐かしい。思わず向こう側の家族を思い出しちゃうぜ。


「どうしたのさ」


「テマリが肉ばかり食うなって」


……OH、既視感。


夕食のことから喧嘩に発展したのかしら。


「だってそうだろう。食事はバランス良く取るべきだ」


「食事は楽しく、美味しく食べるものじゃん」


そう言い、こっちを見る二人。


……決めろと?


そしてすまん、カンクロウ。


何故なら薙乃が横で睨んでいるから。


「バランス良く食べるべきだと思うよ。主に草を」


「う、裏切られたっ?!」


「うん、そうだよな。玄之介は分かってるね」


ちなみにテマリちゃんの言うことは聞かないといけないのだ。


聞かないと大変なことになるのだ……っ。


最近どうにも立場が悪い気がするよ。


自分の行く末を哀れみつつ、俺は居候先へと帰宅した。





[2398]  in Wonder O/U side:U 二十三話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/01/30 14:38


きっかけは大したことじゃあない。


ただ、本当に、些細で当たり前なことだった。





 in Wonder O/U side:U





砂隠れの里へきて、一月が経った。


毎日飽きずに三姉弟に着いて行き稽古。夕食時に解散し、その後に行われるテマリとカンクロウの自主練習に参加。


その自主練習に我愛羅が参加することはない。


まあ、当たり前か。身内からも疎まれて――恐怖されている彼に近付く存在などいるわけがないのだ。


まあ、確かに我愛羅は不気味だ。その内に秘めている代物がアレなだけに、近寄ろうなんて気分にはならない。


だが、それは里のものならば、の場合だろう。


一日の稽古が終わると、夕食を摂る前に俺はテマリちゃん達と別れ、我愛羅の元へと行くことにした。


正直に言うと、好奇心に負けて俺は近付いた。その他諸々の理由もあるにはあったが、最大の理由はソレだ。


バキ辺りに監視されてるんだろうな、と思いつつ、我愛羅の後をストーキング。


んで、曲がり角からそーっと顔を出した瞬間だ。


そぐそこに我愛羅がいたので、思わず飛び上がった。


「ぎゃー!」


「何をしている」


「ええと……散歩?」


思わず疑問系になってしまいました。


しかし我愛羅は興味がないのか納得したのか。すぐに顔を背けて歩き出してしまう。


慌てて後を追い、興味を惹こうと声を掛ける俺。


「我愛羅、夕食は?」


「食べる」


「何食べるの」


「出てきた物を」


「そ、そっかー。……一緒に食べない?」


「何故だ」


「えと……なんとなく?」


と答えたら、気持ち我愛羅の歩調が上がる。


ふむ。やっぱり人嫌いなのね。


しつこく追い回すのもアレなんで、帰宅することにした。





「ねえカンクロウ」


「なんだ」


「我愛羅とは仲良くしないんだ?」


就寝前。日課のカンクロウ劇場と御伽噺を終えて床に入ると、そんな風に話題を振った。


そして案の定固まるカンクロウ。まあ、漫画読んでるから大体の事情は知っているけどさ。


けど、あくまで、大体の、だ。


漫画はあくまでナルトを主眼とした話。我愛羅周りは最低限で、詳しいことは語られていなかった。


それでどうしても気になったのが、兄弟仲なのである。


うーむ。いやさ。余計な茶々だってことは重々承知しているんだけども、やっぱり兄弟仲が悪いのは気になってしまう。


それが向こうの世界基準だってことも分かってはいる。ただ、分かっているだけで納得できない。


名前通り、自分だけを愛するようになった我愛羅。そんな彼が回りに気を配るようになるのは随分と先の話だ。


それまで、彼は一人ぼっち。


身内からも見放されるってのは――存外、悲しいものだ。


「……仲良くなんて、できるわけないじゃん」


かなりの間を置いて、ようやくカンクロウは応えてくれた。


彼の声は軽く震えている。それが何故なのかは、分からない。


「なんでそこまで弟を遠ざけるの?」


「……あいつには、化け物が取り憑いている。だからだ」


「化け物が怖いから……それが理由?」


「ああ」


「それ以外は? 他に理由はないの?」


「……知るか。おい、玄之介。あんまり下らないことに首を突っ込まない方がいい。それで怪我したら馬鹿みたいじゃん」


……それは、カンクロウなりの警告だったのだろう。


砂隠れのダークサイド。そこへ余所者が首を突っ込めば、面倒なことになる、と。


そんな気遣いを有難いと思う反面、ちょっとした苛立ちが生まれた。


「馬鹿、ねぇ。まあ、確かに俺は馬鹿だろうけどさ。そんな馬鹿でも、いや、馬鹿ですら、お前達姉弟は歪に見えるよ。……なんとかしたくないのか?」


「できるなら、とっくにしている」


そう吐き捨て、カンクロウは身動ぎした。





次の日も、俺は夕食が始まる前の時間を使って、我愛羅に付き纏っていた。


と言っても一方的に話し掛けているだけで、反応なんてあってないようなもんだが。


「夕方になると段々冷えてくるよね」


早くなる歩調になんとか合わせ、横から話題を振る俺。


「昼寝とかしてうっかり夜になったら、間違いなく風邪引くと思うのよ。そういう経験ない?」


「知るか」


って、うわ。砂瞬身使われた。


――逃がすか。


火遁・火炎瞬身の術。


一陣の砂と炎が建築物の屋根を通過する。外から見るとどんな感じになっているんだろうね。


「木の葉はここより温暖だけど、やっぱり夕方は冷えるんだよね。汗の染みた胴着を着たままだと、間違いなく風邪を引く」


並走しながら喋り掛けるも、やはり反応がない。


――って、うお?!


着地した足場には砂が敷き詰められており、思わず足を滑らせて転倒。


尻餅着いて痛がっている内に、我愛羅は姿を眩ましていました。





一回目の鬼ごっこから一週間。


俺は懲りずに我愛羅をストーキングしていました。


まあ、流石に砂隠れを飛び回っていれば人の目に付く。薙乃には呆れられ、バキ先生には死んだら殺す、と脅されました。いや、どうやるのそれ。


で、姉弟の反応ですが。


テマリちゃんは一度だけ、ありがとう、と言ってくれた。


カンクロウは何故か、日増しに不機嫌になっているが。


なんでだろう。


まあ、とにかく。


いい加減、瞬身使い続けて三十分。直角に曲がったり、天井に張り付いたりして我愛羅を追っているからチャクラと疲労がヤバイ。


稽古後にこれは、鍛錬になるだろうけど死ねる。


しかしそれは我愛羅も同じなのか、彼は砂の鎧を解除して首筋に汗を浮かばせていた。


が、頑張れ俺。これはもうスタミナ勝負だ。っていうか意地の張り合いだ。


今日こそは捕まえてみせる。


「そこで首領殿が言ったわけですよー。『怒りの日!』って。それが彼の流出でさー」


ちなみに話している内容は怒りの日。俺流コンシューマー編集版。イエッツラー。


っていうか、向こう側とオサラバして三年経つのに、よく覚えてるな。


しかし我愛羅は俺の語る御伽噺を聞こうともせず、砂瞬身を続ける。


くっそ。こっちは火炎瞬身止めてただの瞬身にしてるっつーのに、なんで我愛羅は砂瞬身を連続でできるかなぁ。


チャクラ総量の差か。才能の話は嫌になるぜ。


そっから更に追いかけっこを五分ほど。


そうすると、ようやく我愛羅は足を止めてくれました。


俺も我愛羅も肩で息をしている。今日はぐっすり眠るぞ絶対。


「よ……ようやく話を聞く気に」


「……いい加減、鬱陶しいぞ」


「そう言わずに」


「うるさい。俺に近寄るな」


まあまあ。


と言おうとしたんですが。


喉を砂に締め上げられて声が出なかった。


体が酸素を求めている状態でそんなことをされればどうなるか。


考えるまでもない。疲労と相まって、急速に意識がぼやける。


殺す気なのか違うのかは分からないが、これはヤバイ。


火遁・炎弾。


風遁・操風。


なけなしのチャクラを搾り出して、首の砂を排除。弾けた粒を操風で吹き飛ばし、近寄らせないようにする。首周りが軽く火傷したけど気にしない。


これで今日は最後だな。


「……何、するのさ」


軽く咳き込みながら言葉を送る。


我愛羅は片手で顔を覆いつつ、俺を睨み付けていた。


「俺にかかわるな」


それだけ言って、彼は砂瞬身で姿を消した。


完全に我愛羅の気配が消えたことを確認し、尻餅を着く。


くっそ。ようやく追い付いたと思ったら、今度はこれか。


スタミナ配分とチャクラ配分を考えないとなぁ。


壁に背を預けて俯き加減で考え込んでいると、目の前に影が射す。


「……往来で何をしているのですか」


顔を上げると、そこには薙乃とテマリちゃんがいましたよ。


「いやあ、疲れちゃって。ちょっと休憩中です」


「もうすぐ夕食だぞ。どれだけ追いかけっこをしているんだ。まったく、馬鹿だな玄之介は」


ほら、とテマリちゃんに手を差し出され、立ち上がる。


それでもチャクラが底を着くギリギリなので、足元がふらついたり。


「いやぁ、すまないねぇ」


「それは言わない約束だよおとっつあん」


ノリがいいなぁテマリちゃん。


その後は薙乃に肩を貸してもらい、なんとか帰宅しました。


でまあ、問題は迎えにこなかったカンクロウでしたよ。


帰ってからカンクロウは一言も口を利いてはくれなかった。


邪険に扱われるのも嫌だが、こういうのも辛い。


俺を追い出すわけでもなく、いないように扱うわけでもなく、ただ口を利かない。


……彼が喋ろうとしない理由はなんなんだろうか。


俺のやっていることは、本来ならば物語に有り得ないことだ。いや、もしかしたら、俺のように我愛羅をかまおうとした人だっていたのかもしれない。











だが、それは語られることのなかった物語だ。幼少期から物語に我愛羅が現れるまでの空白期間。そんな時間に、俺は存在している。


大雑把なキャラの性格や生い立ちは把握していても、細かな心情は知らない。


人付き合いが苦手ってわけじゃないが、それにしたってこの姉弟は関係が複雑だ。どういう風に接していいのか分からない。


「なあ、カンクロウ」


日課の人形劇をしている彼の背中に声を掛ける。


「気に入らないか」


「……俺の知ったことじゃない」


「お前のことだろ」


「知るかよ」


ようやく口を利いてくれたと思ったら、これか。


まあでも、今の反応で少しだけ分かった。


折角警告をしてやったのに、我愛羅に纏わり着く俺が気に入らないのだろう。


まあ、そりゃあそうだよね。警告だって、好意でやったことだろうし。


けれど、


「我愛羅にだって、友達がいても悪くないと思う」


「……だから?」


「友達になってやる、なんて言えるほど俺は傲慢じゃない。けれどさ。せめて、一人が寂しいことを思い出させてあげても、バチは当たらないだろ?」


「それをお前がする必要、どこにもないじゃん!」


けたたましい音を立て、カンクロウは人形を叩き付けた。


そして苛立たしげに帽子を脱ぎ捨て、俺を睨み付けてくる。


「アイツは――我愛羅はな! お前が気安く話し掛けられるような奴じゃない!! 今に痛い目を見る。そうなる前に、って……!!!」


「ありがとう」


カンクロウの言葉を遮り、それだけ言う。


この短いやり取りだけでは、彼が何を言いたいのか理解できない。


彼の言葉が気遣いなのか、それとも別のものなのかすら分からない。


だが、それでも。


「けど、俺は我愛羅と話をしてみたい。一方的な言葉のやりとりじゃなくて、会話をしてみたいんだ」


それが、俺の本音だ。


それでも駄目ならば諦めよう。しかし、一言も我愛羅と会話らしい会話をしちゃいないのだ。


始まりは同情と好奇心からだった。それは今だって変わっちゃいない。


しかし、一方的に言葉を向けている内に、気になってしまったのだ。


それが余計なことなぐらい分かっている。


今日殺されなかったのは偶然で、次に付き纏ったら殺されるかもしれない。


けれど――自分でも分からない程、俺は我愛羅に対して執着していた。


カンクロウは押し黙ると、歯を食い縛りながら顔を俯ける。


そして一分近くそうした後に顔を上げ、


「玄之介。お前とは絶交だ」


そう、言い放つ。


「……分かった。今までありがとう。この部屋は出て行くよ」


荷物をまとめ、カンクロウに背を向ける。


どうしたもんかね。


そう内心で呟き、俺は廊下へと出た。





[2398]  in Wonder O/U side:U 二十四話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/01/30 14:38


「ウチ、割と大家族でさー」


「……報告では三人家族だったはずだが」


「ちっげーよ! 俺は六人兄弟の長男だっつーの!! 人の話は黙って聞く!!!」


「はい」


佇まいを直したバキ先生に頷き、俺は酒の入ったグラスを口に運んだ。





 in Wonder O/U side:U





「こんばんはー」


カンクロウの部屋を追い出され、寝床がなくなった俺。


どうすんべー、と考えた末、辿り着いた先はテマリちゃんの部屋でした。


ノックをしても返事がなかったため入ったわけですが。


ああ、うん。なんだかごめんなさい。


「おや、どうしたのですか主どの」


「夜這いか?」


奥ゆかしさがないよテマリちゃん。


ちなみに彼女は十二歳。それでこの単語知っているのは耳年間なのか歳相応なのか。分かりません。


「実は、カンクロウと喧嘩しちゃって。それより二人とも、何やってるのさ」


首を傾げつつ二人の服に視線をやる。


女の子'Sは寝巻き姿ってわけじゃなく、普段着を何故か取替えっこしていましたよ。


着物なのかそうでないのか微妙なものを着ている薙乃。俺の一張羅に良く似た洋服を着ているテマリちゃん。


「いやー、一度洋服を着てみたくって」


はにかみつつそんなことを言う彼女。ああ、そっから発展して取替えっこになったのね。


「そういうのも似合うんだね。でもさ……」


「なんだ?」


「胸の辺りキツくない?」


「余計なお世話だっ!」


けらけらと笑うテマリちゃんと対照的に、薙乃さんは大激怒。窓からぶっ飛ばされました。


この感覚、久し振り。


でも薙乃ん。もっと愛を込めて……っ。


――って、ちょ。夕方の追いかけっこで受身取る体力残ってないんですけど……っ?!





「世話を焼かすな」


「……すみません」


脳天から落下して死ぬかと思った瞬間、バキ先生に助けてもらいました。


道に立っている街灯は少なく、街は月光によって薄ぼんやりと浮かび上がっている。


そんな夜道を野郎と歩いているのですが、恩人だし文句は言わない。


「おい玄之介」


「なんでしょうか」


「腹が空かないか」


……晩飯食べてから一時間とちょっと。あんま空いてないんだけれども。


「少しだけ」


まあ、折角のお誘いを断るわけにもいくまい。


そうか、とバキ先生は頷き、着いてくるように促す。


案内された場所にはラーメンの屋台があった。


なんか『一楽よりも美味しい!』とポップがあったけどツッコまない。


ふむ。やはり高い。醤油ラーメン並盛りが百両ってどういうこっちゃ。


「ここは安くて美味いんだ」


「え、マジですか?」


これで安いんだー。砂隠れで外食はできないな。


「オヤジ、醤油ラーメン一つ」


「あ、餃子一つ」


あいよ、と返事が上がり、俺とバキ先生は黙る。


「それにしても、どうしたんですか? 俺を夜食に誘うなんて」


「暇だったからな。それに、どうした、は俺の台詞だ。何故窓から飛び出てきたんだお前は」


「いやー、この如月玄之介、どうやらデリカシーが欠如しているようでして」


「自分で言うな」


そうですね。


注文した料理がくると、先生と俺は黙って食べ始めた。


む、確かに美味しい。一楽と五十歩百歩って感じだけど。言葉の使い方が間違っているけど気にしない。


「玄之介」


「なんでしょう」


「いい加減、我愛羅にちょっかいを出すのは飽きないか?」


「飽きませんねぇ」


「そうか」


それだけ言って、バキ先生はスープを啜った。


オヤジに金を払って屋台を離れると、さて、どうしようかしら、と首を傾げる。


寝床寝床。どっかにいい寝床はないかしら、と隣を見ればバキ先生。


よし。テマリちゃんには効かなかった伝家の宝刀を、今一度。


レッツ、ジャンピング土下座――


「おい玄之介」


「な、なんでしょう」


「家にこい。話がある」


バキ先生ってエスパー?


なんてことはなく。俺は黙って後に着いて行きましたよ。


滞在して一月経った今だからこそ言えるんだけど、別に砂隠れって悪人の巣窟ってわけじゃないのよね。


木の葉崩しは単純に任務だったから。我愛羅の一件はそういうシーンを切り取ったから。


戦闘シーンで見せた残忍な笑みも、忍ならば誰だってするだろう。


要はカメラと演出だね。


後ろ暗いことは木の葉だってやっている。ナルトの一件だって、見方を変えたら我愛羅と大差ないだろう。強国が赤子を人柱力とし、更なる力を得ようとしている、って感じでさ。


だからってバキ先生やテマリちゃんたちを信用する理由には弱いかもしれないけれども。


おそらくは忍の寮となっている場所。そこの最上階へと案内され、部屋へと上がる。


広い。最強の上忍ともなれば、待遇も最高なのかしら。


壁が少しだけ風化している外見と違い、建物の中は立派でした。


「適当に座ると良い」


「はい。……ところで、俺は何故連れてこられたのでしょう。話ってなんです?」


「我愛羅のことだ」


バキ先生は戸棚から酒瓶を取り出すと、グラス片手に俺の向かいに座る。


「子供の目の前で酒を飲むのは、教育上どうかと思います」


「お前は俺の生徒じゃないからな。……飲むか?」


「いただきます」


あ、なんか驚いてる。


実年齢はともかく、中の人は二十歳過ぎなんでセーフティー……だよね?


注いで貰った液体は琥珀色。ウィスキーか?


「日本酒ありません?」


「なんだそれは」


あ、日本がないから日本酒もないか。


ちくせう。


一口飲む。喉が焼けるようだった。うおー、体が酒に慣れてない。向こう側じゃサークルの飲み会で鍛えたのにっ。


鼻を突くアルコール臭。軽くむせると、バキ先生は困ったように笑いました。


「子供にはまだ早かったか」


「いえ、いただきます」


失った力を今一度この手に。


って、冗談は良いとして。


「で、我愛羅の話って?」


「ああ」


そして始まる我愛羅の生い立ちから、今までの人生。


守鶴のこと。夜叉丸の暗殺未遂。そういったものがてんこ盛りの、重い話だ。


一瓶空けた頃になって、ようやく話が一段落した。


「……ここまで聞いておいてなんですけど、砂隠れには守秘義務とかないんですか?」


「人柱力のことはどうせ木の葉に知られている。それはこちらも同じ。うずまきナルトについては、この里でも常識のように知られているからな」


「そうなんですか」


ふむ。やっぱり有名人だったのねナルト。


「それに……お前は異質だ。どうにも子供として見れない。頭ごなしに近付くなと言っても聞かないだろう」


「いえいえ。小生、ただの小賢しいガキですよ」


ま、そのことはいい。


「それは置いておいて……人柱力って里の切り札みたいなもんでしょ? 扱いが軽くないかなぁ」


ああ、酔ってる。口調が素に戻ってる。


だがそれはバキ先生も同じなのか、気にする素振りもなく先を続けた。


「そんなものだろう。人柱力と言っても、正直、平時は手に余る存在だ。戦時中ならば話は別だろうが」


「戦果上げそうだからね。一人殺したら罪人。百人殺せば英雄ってか」


「厄介だよ。里の民を刺激しないように、今だって暗部が我愛羅に張り付いている」


「大変だなぁ」


まあ、ナルトにだって暗部は張り付いているだろうけど。


「それで、先生。こんな話がしたくて俺を呼んだの?」


「いや、ここまでは前座だ。……なあ、玄之介。お前は何がしたいんだ?」


「何って?」


「屋台でも言っただろう。何故我愛羅をかまう。人柱力のいる木の葉出身なのだから、近付くことはないと思っていたのに」


「そうだねぇ」


頬杖を着いて溜息を吐く。


一気に酒を流し込んでグラスを開けると、カンクロウと話していた時には浮かばなかった、亡羊とした考えが浮上してきた。


「ね、先生」


「なんだ」


「俺の身の上話なんだけどさ。ちょっと聞いてくれる?」


「かまわないぞ」


バキ先生がテーブルの下から次の瓶を取り出す。


次の酒を注いでもらい、先を続けた。


「ウチ、割と大家族でさー」


「……報告では三人家族だったはずだが」


「ちっげーよ! 俺は六人兄弟の長男だっつーの!! 人の話は黙って聞く!!!」


「はい」


ったく、酔ってるなバキ先生。人の家族構成を間違えるとはけしからん。


まあいい。


「それでまあ、テレビとかでよくやってるじゃん。大家族系のヤツ」


「テレビ……?」


「だーかーらー」


「ああ、黙って聞くとも」


よろしい。


「ああいうのってさ。なんだかんだ言って幸せそうなのしか映さないじゃん。でも実際はきっと、違う。金とかそういうのが絡んでくると、どんなに楽しげな生活だって急に醜くなるんだ」


あんまり思い出したくなかったんだけど、仕方ないよね。


「ウチの場合が、丁度そんな感じ。考えてみ? 育ち盛りの子供が六人。どんだけ稼いだってお金は足りないんだろうよ。その結果、家計は火の車。生活が苦しくなれば心が荒み、残るのは笑い声じゃなくて泣き声。馬鹿みたいだ。悲しませるんなら子供を作るんじゃねーっつーの」


再びグラスを空け、


「そうなるとさ。どっか、捌け口が必要となるわけ」


胃がムカつくのに耐えながら、話を続ける。


「その場合どこに捌け口を求めると思う?」


「……酒か?」


「当たらずとも遠からず、だ。多分、子供にゃ想像できないプレッシャーがあったんだろうね。酒浸りになって、手頃な捌け口――つまりは、身近にいる人間に当たるわけよ」


「いやにリアルだな」


「リアルだもの。んでさ、酔ってて理性が働かないもんだから、子供にも八つ当たりするわけ。そりゃー一番辛いのは大黒柱である自分だろうけど、子供だって辛いんだぜ? それを分かったつもりになって、その実、全然分かっちゃいない。……けどさ」


先生から酒瓶を奪い取るとグラスに注ぎ、一気飲みする。


「……おい、控え目に言って飲みすぎだぞ。もう止めておけ」


「うるせぇ! ……で、だよ。まあ、辛いのを味わうのは少ない方がいいじゃん。だから、矢面に立ってクソ親父の相手をしたわけなんだけどさぁ」


首に傷なんかあるはずないなのに、じくじくと痛む。


「それでも、弟妹は分かってるんだよな。どんなに幼くたって、自分のせいで兄貴が苦しんでるって。それで負い目を感じ、更に暗くなる。どうすりゃいいって話だ」


人と人との関係なんて、脆くて儚い。それは身内だとしても例外じゃない。


だが、それでも。


「……そんな状況でも、まだ立てるんだよな。馬鹿馬鹿しいぐらいに嫌な目に遭っても、途切れそうな絆を修復しようって気になるんだよ」


自分のことだけで手一杯なはずなのに、何故だが弟妹を庇ってしまった自分。


そうだ。認めよう。


俺はテマリちゃんとカンクロウと我愛羅に、心の底から同情している。


そんなのは気持ちが悪い? 余計なお世話? 偽善者? 知ったことか。


「だから心底頭にきてるんだ。家族の事情なんて人の数ほど存在する。他人の問題に首を突っ込まないことだって、時には美徳だろうさ。けど、そうじゃない時だってある。当人同士が問題を解決しようとしないならば、介入したっていいだろ。頭にくるんだよ。どんな形であれ、望んでもいないのに傷つけられている人を見ると」


「……首を突っ込んだ結果、痛い目を見ても、か?」


「そんなことは――どこからどこまでが痛い目かなんて、俺が決める。気遣ってくれるのは有難いけどさ」


空になった瓶を床に転がし、次のを――


って、あら?


「ど、どうした。遂に限界か」


「……気持ち悪い」


あっれれれ頭がくらくら踊る。





頭が割れる。


誇張表現でもなく、そんな幻痛が頭を襲っていますよ。


目を覚ましたら、見知らぬ天井がありました。


またかよ。


バキ先生曰く、俺は急性アルコール中毒でぶっ倒れ、医療班へ運び込まれたとのこと。


そりゃそうだよね。体調最悪な状態で、子供があんだけ飲めば。


で、起床早々に、呆れながら怒る、という芸当をお披露目した薙乃に、バキ先生と俺は怒られました。


「子供に酒を飲ませるなんて、あなた本当に大人ですか?! 主どのも飲まないでください!!」


怒鳴り声は頭に響きました。


くそう。昨日バキ先生とどんな話をしたのか覚えてないし、二日酔い抜けるまで動けないしで散々だ。


しばらく酒は控えよう、と誓った一日でした。





[2398]  in Wonder O/U side:U 二十五話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/01/30 14:39


幽霊ってのは、何も非現実的な存在だけに適応される言葉じゃないと思う。


そう、そこにいるというのに誰にも干渉されず、干渉されない存在。そういうものも、幽霊と言えるのだと俺は考えている。


故に彼は――我愛羅は、真実、幽霊なのだろう。


木の葉と比べて砂隠れは街灯りが控えめだ。夜空には星が瞬き、硝子細工のように輝いている。


それを一晩中眺め続けているのは、どんな気持ちなのだろうか。


彼の表情に感情は浮かんでいない。何かを考えているのか、それとも、心の内が伽藍洞となってしまっているのだろうか。


「我愛羅」


返答はないけれど、彼は俺の方を向く。


目の下にできた濃い黒いくま。無気力を表すように垂れ下がった眉。


やはり物語通り。彼は不眠症に苦しみ、守鶴が危害を出さないよう、こうして人気のない場所にいるのだろう。





 in Wonder O/U side:U





ボク青狸。そんな気分。


寝床を失った俺ですが、テマリちゃんに奴隷の如くご奉仕させられて泊めていただけるようになりました。


仄暗い押入れですがね……っ。


ひでぇや。やれ肩を揉めだのなんだのと扱き使われて結果がこれか。泣くぞ。


まあ、薙乃とテマリちゃんで部屋のスペースがなくなっているからしょうがないんだけどさ。


ぶつくさと文句を言いながら枕を濡らしていると、不意に戸が叩かれた。


「なんでせう」


「先生が呼んでるよ」


む、きたか。


立て付けの悪い戸を開き、外に出る。うむ、新鮮な空気。埃っぽい場所って人体に有害じゃなかったかしら。


「最近多いね。何やってるの?」


「まあ、色々」


そんな風にテマリちゃんを誤魔化して、寝巻きから普段着へと着替える。


胡散臭そうにこっちを見てる薙乃を愛想笑いをして、俺は部屋から出た。


「こんばんは」


「ああ。それじゃあ行くか」


頷き、バキ先生と共に夜の街へ。


……と言いたいところなんだけど、行き先は彼の家です。


「探してみたらあったぞ、米から作った酒」


「良かった。どうにも洋酒は駄目なんですよね。焼酎も苦手なんですけど」


「だからそれは……まあいい」


溜息を吐くバキ先生。まー向こう基準で話しちゃ伝わるわけないか。


はい、そうです。話から分かる通り、これからお酒を飲みます。


薙乃にこっぴどく怒られてから一月が経った。しばらく酒は飲むまい、と誓ったんだけど、退院してすぐにバキ先生が飲みに誘ってくるようになり、そっからだらだらと付き合いが続いている。


最初は前回のことを気にしてか、バキ先生は牛乳をカシスっぽいので割ったのを出してくれたのだけれど、口に合わなかったので風味が日本酒に似た何かを飲んでいる。カルアミルクとかってジュースだよね。


なんてことを言ったらバキ先生は、貴様は将来ロクでもない飲んだくれになる、とかのたまった。


っていうか、飲ませている張本人が言うことかね。


まあいい。今日で変な酒ともオサラバ。日本酒に似た何か、から日本酒っぽい何か、にランクアップですよ。


到着すると、お邪魔します、と言いながら部屋へ上がる。


既に準備がしてあり、テーブルの上には干し肉と酒瓶が並んでいた。


うーむ。この干し肉、ビーフジャーキーよりも味気ないんだけど仕方ないか。タダだし贅沢は言わない。


バキ先生はグラス、俺はコップに酒を注ぐと、飲み会が始まる。


「ねえバキ先生。気になったんだけど、無駄遣いをしまくってて大丈夫なの?」


「ああ。金があっても使う時間がないんだ。この程度、大したことじゃない」


この高給取りめが。一度は言ってみたいぞその台詞。


っていうか、生活のために仕事するはずなのに、仕事が忙しくて生活がままならないってどうなんだろう。いや、知り合いにもこういう人いたけどさ。向こう側でね。


「良く働きますねぇ」


「そうか? 普通に修行して、普通に任務をこなしていたらいつの間にかこんなことになっただけだが」


「いやいや。貯金がある程度貯まったら隠居しようとか思わないんですか? 命張って稼いでも、目的がなきゃしょうがないでしょう」


「……どうだろうな。悪くないとは思うが、俺は砂隠れの忍だ。そういうのは、老いてからの話さ」


ふーむ。見解の相違か。


まあ、仕方ないのかもね。倫理観から始まって、あらゆる事柄が向こう側と違うナルト世界。


国を守る仕事に従事しているバキ先生。そんな彼が惰性でもなんでもなく、普通の仕事として忍をやっていることが、俺には良く分からない。


良くテレビで叩かれていた、若い世代の愛国心の欠如とかもこれに関係するんだろうなぁ。


ま、いいさ。全ての人間が俺と同じ考えなわけないからね。むしろここじゃあ俺のほうが異端だし。


「それにしたって、いい歳した大人が子供と酒飲むってどうなの? 健全だけど健全じゃないよ。先生、彼女は?」


「……さて、な」


「いるっしょー一人ぐらい。上忍のトップなんだから、引く手数多、選びたい放題、選り取りみどりなんでしょどうせ!」


あ、なんか自分で言ってて軽く嫉妬。SHIT!


しかし、そんな俺にバキ先生は哀愁漂う笑みを返してくる。


「……恋人ができると、何故か時間が作れないほど忙しくなるんだ。そしてすぐに分かれる羽目にな」


「……大変なんだねぇ」


暗くなる俺たち。


「そ、そんなことより。お前、我愛羅と仲良くなれたらしいじゃないか」


「……そうなのかね。二言目には死ねだの失せろだの言われるけど」


最近の子供は口汚くて困る。


しかもやりとりは瞬身で追いかけっこの最中だけである。慣れてきたけど術を行使しながらのお喋りは頭が回らないため好きじゃない。


「進歩があって良かったじゃないか。普段の我愛羅は、何があっても無反応を貫くぞ」


「そりゃそうだけどさー。っていうかバキ先生。アンタ、我愛羅に干渉するのは止めろとか言ってなかったっけ?」


「ふざけ半分ならば、な。……しかし、お前は本気のようだ。ならば止めはしない」


「なんか納得できないんだけど」


「そう言うな。……これでも俺は我愛羅の担当だ。子供は子供らしく、と思える程度の良識はある」


……漫画で描かれていたバキ先生からは考えられない発言が飛び出しましたよ。


「子供は子供らしくって言うなら、酒を飲ますのはどうかと思う」


「貴様は子供の皮を被った何かだ。それ以外の言い方を俺は知らないぞ」


「ひっでぇ。俺をなんだと思ってるんですか先生は」


ま、あながち間違っちゃいないんだけど。


「そうだ。お前、我愛羅に妙な物語を吹き込んでいるらしいな」


「妙じゃないですよ。怒りの日ですよ。今は白鳥の歌ですがね」


「だからそれは……とにかく、変な話を吹き込んでいるわけだ。それなんだが」


そう言い、バキ先生は一冊の文庫本を取り出した。


「なんですそれ?」


「どことなくお前の話と似ている雰囲気がしてな。こういうのが子供の間で流行っているのか?」


本を受け取り、どれどれ、とページを捲ってみる。


流し読みした本の内容。


ある時アカデミーに妙な子供が入学してきて、ソイツは自己紹介の時に『普通の忍には興味がありません。血継限界、妖魔、人柱力は……』とか言い始める。んでもって妙な倶楽部を設立して……。


思わず作者名を見る。


作者:卯月朝顔。


ええと……誰だっけ。


ああ、俺から金を巻き上げた綱手様御一行のガキか。


「……どういうことこれ」


「どうした?」


「いやぁ、これと良く似た話を知ってるんですよ」


っていうか、世界観と人名を変えただけでまんまパクリ。


「売れてるんですか?」


「書店では平積みだったな」


思わず頭を抱える。


あの小僧、只者ではないと思っていたが、よもやな……。


偶然って怖い。同じ発想をする人間がナルト世界にもいたとは。


「我愛羅との話のネタが尽きたら、これを使えばいいんじゃないか? 貸せば話題にもなるだろう」


「我愛羅って本好きですか?」


「……座学をやっている場面を見たことはないな」


そりゃあいけない。本嫌いは理解できないレベルで活字を嫌う。


まあ、渡してみるけど、逆効果にならないかなぁ。


二日酔いにならない程度にセーブして、その日は先生の家に泊まりました。





巨大な鉄扇が横薙ぎに振るわれる。


一歩踏み出して軸となっている場所を押さえ込み、掴み、テマリちゃんに右の掌を叩き込む。


胸板を直撃。それでもまあ、逃げようとするんで鳩尾に軽く握った左拳を一撃。


「俺の勝ち」


「……くっそ」


崩れ落ちるのを必死で堪え、息苦しさに喘ぐテマリちゃん。


いやあ、稽古と言っても勝つのは気持ちがいいね。未だに風遁の扱いじゃ負けますが、体術ならば絶対に譲りませんよ。


「こっちは武器使ってるのに、なんで……」


「武器使えば強いってわけじゃないでしょ。俺だって掌が武器だよ。要は運用方法。もう一回やる?」


「当たり前だ!」


よろしい。負けん気の強い娘は好きですよ。


テマリちゃんと組み手をしつつ、視線を横に送る。


俺たちから離れた場所では、カンクロウがバキ先生に叱咤激励されながら人形の操作をしていました。


絶好宣言されてから随分経つけど、仲直りはしていない。何度かアプローチはしたんだけど、突っぱねられたのだ。


どうしたもんかねー。


っと、


「余所見するな!」


「ごめんごめん」


繰り出される回し蹴りを左腕で受け、右手を膝裏に添えて体制を低くする。


体を入れ替え、テコの原理で持ち上げ。


んで、投げ。


テマリちゃんは悲鳴を上げつつ、顔面から砂山に突っ込みました。


「ひきょ! 卑怯だって!!」


「何がさ」


砂を頭に被りつつテマリちゃんが怒る。口に砂が入ったのか、喋り辛そうだ。


「投げ技使えたの玄之介?!」


「使えるに決まってるでしょうに。あ、ちなみに足技もあるよ」


「……まさか手加減してたとか言わないわよね?」


にっこり微笑みながら怒るのは怖いから止めた方がいいと思うよ。


「まさか! ランダムの低確率で使うのが効果的だからだよ!!」


「……本当に?」


「勿論ですよフロイライン」


む、怪訝な顔をされた。


ああ、そっか。意味が分からないのね。っていうかこれ前やったじゃん。


「だって、今のは俺に投げられるなんて思わなかったから吹っ飛ばされたわけでしょ?」


「……ああ、まあ、そうだね」


なんだ今の間。


「不意打ちは戦闘の常套手段ですよ。身をもって知ることができて良かったね」


「それぐらい知っている!」


ちなみに俺は抜け忍狩りで学んだわけですが。


知っているのと、身をもって体験したのでは重みが違う。


死んだ振り、気絶した振り系は何度も見たぜ。あと、忍術特化だと思っていた忍が接近戦挑んできて意表を突かれたりとか。


ま、見た目で判断しちゃいけないってことだね。殺し合いの場合は一見さんと戦うことが多いんだから、相手はなんでもしてくると考えておくべきだ。


ファッキン小僧のカブト辺りは、手数が少ないけどね。その代わり奴はゾンビみたいなもんだし。


「まったく、年下のくせに偉そうに……。あれ? 実は玄之介って実戦経験豊富?」


「どうなんだろ?」


二人して首を傾げる。


「ま、いいや。ねぇ、次は忍術ありの模擬戦しようよ」


「……午後は体術の練習じゃあ」


「いいじゃない。あ、火遁は使用禁止ね」


「鬼め!」





……模擬戦は、お兄さんの威厳を賭けてなんとか負けなしでした。


っていうかなんでもありだから模擬戦なんだろ?


まあ、次の模擬戦では変態忍具使用禁止も追加されるらしいけど。


……最終的に、体術のみでテマリちゃんの相手をする羽目になるんじゃあ。まあ、練習になるからいいんだけどさ。


「お疲れ様でした、主どの」


「ありがと」


ずっと見学していた薙乃は、稽古の終了と共に近付いてくる。


飲み物を手渡され、それを一気飲み。うはー、生き返る。


「ねえねえ薙乃。俺って実戦経験豊富なの?」


「……いえ、全然」


なんだ今の間は。


「だよなー。相性のいい相手とばっか戦ってたからね。実際大した経験じゃないだろうし」


「まあ、そういうことにしておきましょう」


なんか含みがあるな。そして何故嬉しそうに笑っていますか薙乃さん。


「しかし、砂隠れへきて良かったですね。得がたい経験をいくつも修めている」


「だね。瞬身のチャクラのケチり方とか」


「……それは主どのが趣味でやってることでしょう。それに、チャクラの練り方、集中のし方と言ってください」


溜息を吐かれる。


「ここにいられるのもあと一月ほど。ヒアシ様も、主どのの成長ぶりには驚かれるでしょう」


「そうかなぁ。『調子に乗るなよ小僧!』とか言われて一蹴されそうだけど」


HAHAHA! と笑いながら髪を逆立て、腕を組んだ師匠の姿が脳裏に映る。あれ? 師匠ってこんなんだっけ? ここ一年会ってないから忘れた。


「そんなことはない。私は、できることなら、あなたを今すぐにでも忍として登録したいのですよ」


「それは……」


どうだろ。俺、忍としては欠陥品だし。精神的にね。


「い、いやほら。俺、まだ未熟だから、木の葉に戻っても日向宗家で……」


「また引き篭もるのですか?」


「なんか嫌だからその言い方はやめてくださいな」


ふむ、どうするか。


「あー、アレだよ薙乃」


「はい、なんでしょう」


「体術とかはともかく、俺、座学とかはからっきしだし。スリーマンセルでの連携とかまるで学んでないから、アカデミーに入る」


「……今になると、その選択は惜しい気がしますね」


顎に手を当て、考え込む薙乃さん。


もしや、問題を先延ばしにしようとする俺の魂胆がバレた?


「厚かましいですが、ヒアシ様に頼み込んで、下忍登録をしてもらえればよろしいかと」


「いや、だからさぁ。連携とか……」


「それならば大丈夫ですよ」


「へ?」


「私がいます。あなたが正式な忍になっても、私は付き従います。あなたのことならばこの一年半で知っている。誰よりも、あなたのことを分かっていますよ?」


うっお……これは。


いかん。紳士の仮面が剥がれる。


「そ、そういうことを真顔で言っちゃ駄目」


「何故ですか」


「駄目なものは駄目。俺はアカデミーに入る!」


「へー。それは砂の?」


振り向いてみればテマリちゃんが楽しげに笑っていた。


「いや、木の葉だけど」


「いいじゃないか。散々バキ先生に学んだわけだし、玄之介は砂の一員だと思うな私」


「テマリ、あまり笑えない冗談ですよ」


「ごめんね薙乃ー。でも、半分ぐらいは本気なんだけどな」


「そうなの?」


「そそ。バキ先生が推薦状書いてくれれば、玄之介も砂の忍になれるぞ。どうだ?」


「馬鹿なことを言うな」


む。硬い声。


いつの間にやらバキ先生もこっちにきていました。


「木の葉の血継限界を勝手に取り込んだら揉め事になる。そう簡単にできるか」


「……玄之介って血継限界だったのか?」


不思議そうに言うテマリちゃん。


あー、そう言えば知らなかったっけ。





なんで隠していた、と拗ねちゃったテマリちゃんを宥め賺して、俺は日課である我愛羅ストーキングに出掛けた。


出掛けたんだけど、なんだろう。


「や、やあ我愛羅。ご機嫌よう」


無反応。


寮から外に出たら我愛羅くんがいました。


「逃げないの?」


「いい加減面倒だ。だから、出てきてやった」


「え、マジ? よし、じゃあこの本を――」


と、取り出した涼乃宮春日の文庫本。


しかし我愛羅は差し出した俺の手を跳ね除ける。


そのせいで本は地面に落ち、乾いた音が上がった。


「俺と戦え。そして負けたら、二度と近付くな」


射殺すように見据えてくる彼。


……どうなんだろ。今の俺で我愛羅に勝てるか?


「……条件付で」


「駄目だ」


「そっちがルール決めたんだから、一つぐらいいいでしょ」


「……分かった」


「一撃――じゃ簡単だから、三発入れたら俺の勝ち。それでどう?」


「かまわない」


それは俺を無傷で倒せるって自信があるからなのか。


さて、どうなることやら。





[2398]  in Wonder O/U side:U 二十六話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/01/30 14:39


鉄壁の防御力を持った敵とは戦ったことがなかった。


しかもその鉄壁が凶悪な攻撃手段。


はてさて、どうなることやら。





 in Wonder O/U side:U





風影一家専用の演習場。


我愛羅と戦うステージは、俺が砂隠れへ辿り着いた場所と同じだった。


あの夜と違い、空には茜色の太陽がある。砂塵は色を持ったかのように鮮やかで、幻想的な風景が地平線まで続いている。


だがまあ、それに見惚れる余裕なんてない。


俺と我愛羅は十メートルほどの間隔で間を置いている。


対峙するのは守鶴を宿した鬼子。相手にするには鍛錬も足りなきゃ経験も足りないわけだが。


まあ、なんとかしよう。


殺すわけでも、気絶させなきゃいけないわけでもない。


三撃。それだけ入れれば勝てる。その三発がどれだけ難しいかは、考えるまでもないが。


「行くぞ。いざ、尋常に――」


無反応。そして砂が襲い掛かってくる。


ノリが悪い。


まあ、いいさ。


思考を切り替える。


甘えや茶化しを一切排除し、ただ戦うことに集中するよう作り上げた思考のスイッチを入れる。


往くぞ。


目の前に砂の壁が生まれた。だが、それはフェイク。足元の砂が後ろに引っ張られていることから、本命は背後だと判断する。


火遁・炎弾。


風遁・操風の術。


砂の壁を弾き、纏わり付く砂を操風で退ける。


障害物がなくなると同時に、土と比べて踏み込み辛い地面を叩き、一気に我愛羅へと接近する。


思えば、我愛羅は俺にとって相性が悪い。


体術を使ったとしても、砂の鎧を貫通できる威力を持っていなければ駄目だ。それは忍術も同じ。


我愛羅と戦ったキャラは、それをどうしたか。


認識が追いつかないほどの高速移動。砂の壁を貫通する力を持った血継限界。


そのどちらも自分にはない。いや――


あるにはある。封印した二番変態忍具、リボルビングバンカー。


しかし、一発の代償が酷すぎるため選択肢としては排除しよう。


あの鎧をどうするか。その問題はやはり砂をどのように退けるか、だが――


答えが出る前に、俺は我愛羅を射程圏内に捕らえていた。


掌を打ち込む。しかし、瞬時に現れた砂の壁がそれを阻み、砂塵が舞う。


この硬度では九鬼流も通じないだろう。焔錐を打ち込んだら、指が砕けてしまいそうだ。


ならば――


「都古墜!」


突き出した掌を戻し、その勢いで後ろ回し蹴りを放つ。


即頭部を狙った一撃だが、それも砂に阻まれた。


掌とは比べものにならない威力だったのだろう。盛大に巻き上がった砂の向こうで、我愛羅は笑みを浮かべる。


「その程度か?」


「どうかな?」


火遁・炎弾。


こういう時に片手印は便利だ。それに我愛羅は俺が片手印を使えるなんて知らなかっただろう。


脚を叩きつけた状態から術の行使。完全な不意打ちとなり、我愛羅は顔面に炎弾を喰らう。


一瞬で練られるチャクラを限界まで注いだ一撃。体に密着させた砂の鎧は爆ぜ、硬質化した砂が宙を舞う。


「まずは一撃」


「――痛い」


間を置かず、次がくる。


俺を接近させるのが厄介だと思ったのか、地面の砂が柱となって隆起する。それをバックステップの連続で回避し、我愛羅との距離は再び開いた。


明らかに不利。砂は我愛羅の一部と言っても過言じゃないだろう。文字通り、俺は掌の上で踊らされてるわけだ。


まあ、そんなことよりも問題は――


炎弾の直撃を受けて火傷を負った我愛羅だ。彼は手で顔を覆いながら、地面に膝を着いている。


キレなきゃいいが、まあ、無理か。


最悪、バキ先生が助けてくれるだろう。彼のことだ、どこかで監視しているはず。


他力本願で情けないことこの上ないが、俺は残り二発に集中させてもらう。


さて、今さっき分かったのだが、この戦いには時間制限がある。


リミットは俺のチャクラ切れ。


砂を纏わり付かせないよう、常時操風を展開している状態なのだ。そのせいでカタイマチは使用不可。印を組んだ状態から動かせないので、左手も打撃に使えない。


火遁と都古墜、変態忍具だけで勝負。


さて、次に行こうか。


忍法・瞬身の術。


それで一気に間合いを詰めようとしたわけだが――


瞬身を終了した瞬間、盛り上がった砂に脚を取られてしまった。


足掻くも砂はビクともしない。そんな俺が無様に映ったのか、我愛羅は見たことのない笑みを浮かべて俺に顔を向ける。


酷く、楽しそうな笑みだ。


「……どこに行ったって分かる。砂が、教えてくれる」


思わず舌打ちする。


そういうことか。操作するために常時砂へチャクラを供給しており、その上を俺が移動するもんだから知覚できてしまう。


ったく、面倒だ。


だが、


「舐めるな!」


両足にチャクラを集中し、本来ならば瞬身の術で足裏の反発に使われる力を利用する。


水風船のように砂は膨張し、爆ぜる。


それだけで終わらせない。


再び瞬身を行使。右足で跳躍し、左足で我愛羅に蹴り掛かる――


が、その行動は不確かな感触によって阻まれた。


我愛羅へ至った瞬間に都古墜を発動。しかし、砂の鎧を弾いたわけではなく、蹴り飛ばしたのは砂だけだった。


砂分身――


何が起こったのか理解するよりも早く、俺は自分で巻き上げた砂によって拘束された。


足だけではなく、全身を締め上げられる。どんなに力を込めようと束縛が緩むことはない。


拙い。この状態から砂爆送葬なんてやられたら死ぬ。


……こんなところで死ねるか。死んでたまるか。


右手にチャクラを集中し、収束し、回転させる。


まだ完成していない術を実戦で使うのは不服だが、仕方ない。


右掌に螺旋が生まれ、その周囲が抉り取られる。それを亀裂として、隙間に余裕が生まれた。


再び風遁・操風。


内側の崩れ去った砂から拘束の外に放り出し、命からがら脱出。操風を使い、今度は周囲だけではなく、足元の砂すら吹き飛ばして着地した。


体が軋む。至近距離で螺旋丸もどきなんてやったから、その余波で服も体もボロボロだ。


右手を中心とした擦過傷に顔を顰め、俺は我愛羅を捜すべく周囲を見渡す。


我愛羅は腕を組んだ状態で俺の方を見ていた。次の手を考えているのか、完全に待ち状態なのか。


致命傷や行動不能に至る傷は負っていないが、いかんせんいい手が浮かばない。


さて、どうするか。なんとかして砂を排除しなければならない。


どこへ移動しても砂に感覚を依存している我愛羅には知覚されてしまう。よって、分身の術など使っても意味がない。変化も同様。


戦闘が続くと共に絶望が増してゆく。相手の手の内が分かると同時に、こちらの手が封じられる。


下手を打てばさっきの二の舞を踏むことになるだろう。


今の俺じゃ勝てない。そんなのは分かっていたが、正直、思い上がっていた。


何が三発だ。不意打ちの一発しか入っていないではないか。


体術の利かない相手がこんなにやり辛いとは思わなかった。薙乃が選び出した抜け忍は、本当に俺との相性が良かったのだろう。


舌打ちし、溜息を吐く。


「……止めだ」


「……何がだ」


「温存は止め。二撃目に全部注ぎ込む。三撃目は後で考えるよ」


「そうか」


全力を振るう。手痛いしっぺ返しを喰らうだろうが、仕方がない。


口寄せ・リボルビングステーク。


爆煙と共に姿を現す紅色の凶器。


続いて、操風を解除し――


「――風遁・大旋風!」


練習中の術だ。これは火遁・炎弾の上位が豪火球のように、単純な操風の強化版である。


効果範囲、風速が広がり、同時に、消費されるチャクラの量、知覚しなければならない風の量が一気に増える。押し寄せる膨大な情報量に、視界がブラックアウトしそうだ。


だが、その結果。


俺と我愛羅を取り巻く砂という砂が、排除された。


我愛羅の表情が笑み以外の色となる。


それは怒りだ。自分の手足であり、究極にして唯一の防御手段をなくされたのだから当たり前だろう。


ごっそりとチャクラを失い、そのせいで全身に浮いた脂汗に気持ち悪さを感じながらも、俺は右手で印を結ぶ。


忍法・瞬身の術。


姿が霞むほどの移動速度。それに乗って杭を突き出す。


弾き飛ばされた砂以外にも、我愛羅には常時纏っている砂がある。それは強固な殻として存在し、半端な力では貫けないだろう。


しかし、


「これで抜けない装甲はないぞ。――全弾持っていけ!」


たたらの爺さんが熟年の技を持って生み出したこの忍具。果たして、その鉄壁を維持できるか?


我愛羅の胸元に杭を打ち付け、連続して六発のパイルバンク。硬いという言葉すら生温い壁にぶち当たっての反動で、肘から先が千切れ飛びそうだ。


だが、その結果。


砂の鎧は爆ぜ、我愛羅の肉体が露わとなった。


しかしクリーンヒットには至っていない。鎧を破壊しただけでは、一撃とは認められない。


忍具の装着された腕を引き、入れ違いで左腕を突き入れる。選択する技は九鬼流の絶招・其の二。



「焔――錐」


鳩尾狙いの手刀。それは確かに肉を打ち、その証明として我愛羅の口からは重い吐息が吐き出された。


「まだだ! 焔――」


瞬時にリボルビングステークを外し、掌を構える。


今の内にもう一撃を。左手を使ったために激・操風は解除されてしまった。故に、砂が戻るよりも早く。そう思って右腕を螺子った。


しかし――


「そこまでだ。玄之介、我愛羅」


唐突に姿を現したバキ先生が割って入り、戦闘は終了する。


「……邪魔をするな」


「駄目だ、我愛羅。落ち着け」


ふん、と鼻を鳴らし、我愛羅はそっぽを向く。


それと同時に、俺の胸元へ砂が落ちた。


「……あ、あれ?」


「気付かなかったのか? 首を取られるところだったぞ」


……ま、マジか。危ねぇ。


目を白黒させている俺を余所に、我愛羅は黙って姿を消す。


俺にはそれを追う気力も体力も残っていない。それに、今の勝負だって横槍が入ったものの、俺の負けみたいなもんだ。


ド畜生。


「……まったく、お前は何をしている。死なれたら俺の面目丸潰れなんだぞ?」


「まあまあ。ヤバくなったら助けてくれるって信じてましたから。それに実際助けてくれましたし」


「間に合わなかったらどうするんだ、と言っている!」


そこからスーパーお説教タイム。バキ先生に説教されるのは初めてです。


無理無茶無謀は止せ、って内容で三十分。それから普段の生活態度の説教が三十分。薙乃に気苦労を掛けさせるな、とか。終わる頃には夜空に月が燦然と輝いていましたよ。


説教の終了と共に、バキ先生は重い溜息を吐いた。気苦労が貯まっているのかしらん?


「まあ、死ななくて何よりだ。薙乃やテマリが探していたぞ」


「はい、すみません。……カンクロウは?」


「さあな」


ふむ。まあいいか。


「ねえバキ先生」


「なんだ」


「決まってた?」


「酷く間抜けな負け方だっただろうが」


ですよねー。


「……帰りましょうか」


「そうだな」


がっくり肩を落として帰宅コース。


あーもう。酷く疲れた。螺旋丸もどきのせいで服もボロボロだしさー。また薙乃に小言を言われるよ。


なんて風に言い訳を考えていると、バキ先生が声を掛けてきました。


「おい玄之介」


「なんでござんしょ」


「帰ったら、我愛羅のところへ行ってみるといい」


「……俺に死ねと? アンタ、遠回しに俺を殺そうとしているね?」


「馬鹿が。そんなわけあるか。……我愛羅が腰に挿している物に気付かなかったのか?」


そう言い、楽しげな笑みを浮かべ、


「まあ、どう見てもお前の負けだったが、我愛羅はそう思っていないのかもしれないな」







幽霊ってのは、何も非現実的な存在だけに適応される言葉じゃないと思う。


そう、そこにいるというのに誰にも干渉されず、干渉されない存在。そういうものも、幽霊と言えるのだと俺は考えている。


故に彼は――我愛羅は、真実、幽霊なのだろう。


木の葉と比べて砂隠れは街灯りが控えめだ。夜空には星が瞬き、硝子細工のように輝いている。


それを一晩中眺め続けているのは、どんな気持ちなのだろうか。


彼の表情に感情は浮かんでいない。何かを考えているのか、それとも、心の内が伽藍洞となってしまっているのだろうか。


「我愛羅」


返答はないけれど、彼は俺の方を向く。


目の下にできた濃い黒いくま。無気力を表すように垂れ下がった眉。


やはり物語通り。彼は不眠症に苦しみ、守鶴が危害を出さないよう、こうして人気のない場所にいるのだろう。


さて、バキ先生が言っていたこととはなんなのだろうか。


結局彼は最後まで教えてくれなかった。しかし、浮かべていた笑みは意地悪ではなく、楽しげなものだった。


「何しにきた」


「いやぁ、決着がつかなかったからさ……」


無論、再戦なんてしたくないけどね。


あの戦いで自分がどんだけ思い上がっていたのか身を持って知った。弱くはないが強くもない。そんな立ち位置なんだろうと考えていたのだけれど、俺は弱い。


そんな自分が我愛羅に勝とうなんざ、一万光年早いぜ。それ距離やん!


我愛羅の反応がないので思わず一人ツッコミ。寂しい。


がっくりと肩を落とす。そんな俺をどう思ったのか、我愛羅は鼻で笑った。


……え? 笑った?


嘲笑だとしても、珍しいですよ?


「そうだな。決着は着かなかった」


「だね」


「……だから、いずれ白黒を着けよう。それまでは――」


そっぽを向き、


「……それまでは、今のままでいい」


ともすれば聞き逃してしまいそうなほどの声色で呟いた。


「いいの?」


「かまわない」


「いよっしゃー!」


歓声を上げ飛び上がる。しかしここは風影邸の屋根上。落ちそうになってマジ怖い。


「……で、でもなんでそんなことを?」


「今のお前じゃ楽しめない。そんな奴に勝ったって面白くない」


さ、左様で御座いますか。


なんだろう。ここまでストレートに言われると存外凹む。


「もっと強いかと思っていたんだぞ。失望させてくれたな」


「すみません」


「まあいい。……それと、これを」


そう言い、我愛羅は帯に射していた文庫本を手に取り、差し出してくる。


あれ? これって……。


「悪くなかった」


「……本当に?」


こくり、と頷く我愛羅。


なんだそれ。俺はパクリにしか見えないから楽しめなかったのに。


なんだか負けた気分。


まあ、いいか。





[2398]  in Wonder O/U side:U 二十七話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/01/30 14:40


見たこともない表情を浮かべている我愛羅。


玄之介は分かっていないだろうが、一見無表情に見えても、彼と話している我愛羅はカンクロウが見たこともないほどに楽しんでいる。


思わず唇を噛み締める。


「だから、近付くなって言ったじゃん……っ!」





 in Wonder O/U side:U





いざ、ポストへ投函。


どうか無事に着きますように、と願いを込め、俺はポストから離れる。


砂隠れへきてから、俺は日向宗家――っていうか、ハナビちんへ手紙を送っていた。


まあ木の葉を出てから一年間、住所不定無職だったので、手紙を送る気にならなかったのですよ。


手紙ってさ、やっぱり返信が欲しいもんじゃない? こっちから送るだけなんて、なんか一方的で好きじゃないし。まあ、返信が欲しいって辺りを傲慢を言う人がいるのかもしれないけどさ。


あ、ここ数ヶ月でハナビちんからの返信は十通ほどきております。覚えたての文字で必死に書いた感じが伝わってきて健気だね。


同封されていた師匠の手紙は一度目を通したら燃やしてますが。なんだろうねアレ。焼いている時に立ち上る煙が禍々しいのよ。


呪いでも掛けられているのかしら、と首を傾げつつ寮へと戻る。


これから夕食なのだ。やっぱり我愛羅はいないんだけどね。


仲良くなった……のかなぁ。まあ、とにかく、少しだけ距離の縮まった我愛羅とは一楽をライバル視している屋台で夜食を食べたりしている。その間、何を言っても彼は返事らしい返事をしないのだけれど、死ねだの失せろだの言われなくなったのは良いことかな。


「ただいまー」


「おかえりなさい。もうできていますから、席に着いてくださいね」


鍋を掻きまわしている薙乃を横目で見ながら、言われたとおりに腰を下ろす。


テマリちゃんやカンクロウは食事が出るんだけど、俺たちは自炊しているのだ。まあ、タダで住んでいるようなもんだからなぁ。


運ばれてきた鍋の中身は雑炊。あれだ。栄養とか考えると泣きたくなるんだけど、まあ、インフレが起こっている砂隠れだからしょうがない。


「待ってました。いただきます」


「はい。ちゃんと食べてくださいね」


お椀に盛られた雑炊に箸を着ける俺を、薙乃は微笑みながら見ている。


うーむ。なんで楽しげなんだろうか。


「あと少しで木の葉に帰らないとだねぇ」


「そうですね。帰るのにかかる時間を考えれば、居れて二週間と言ったところですか」


「だね。まだ風遁の扱いが完璧じゃないのが心残りだけど、しょうがないか」


「それでも補助とするには充分な完成度に達していると思いますよ。後は木の葉で体術を磨けば、ある程度のレベルにはなるでしょう」


「体術か……日向宗家に戻ったら、また師匠との組み手が待っていると考えると……」


あ、なんか急に帰りたくなくなってきた。


「何を言っているのですか。確かにヒアシ様の稽古は厳しいですけれど、その結果として今のあなたが在るんですよ? 更に体術を伸ばすのならば、日向宗家に戻るのは適当です」


「かなぁ」


ま、そんなことは分かっているんだけどね。


なんだかんだ言って木の葉に帰るのは楽しみだし。ハナビちんがどこ程度まで強くなったのか、とか気になるもの。


後は……まあ、師匠がどんな人だったか思い出さないとだ。


なんか、時が経つにつれ師匠の脳内イメージが悪魔超人然としてきてるんだよね。


「主どの」


師匠ってどんな外見だったかなー、と考え込んでいると、不意に薙乃が声を掛けてきた。


「カンクロウさんから手紙を預かっています」


「カンクロウから?」


む、どういうこった。


もしや仲直りをしてくれる気になったとか?


薙乃はポケットから書状を取り出す。


……なんだこれ。


「……ねえ、薙乃」


「なんでしょうか」


「これ、『果たし状』って書いてあるんだけど」





風影一家専用演習場。


人気のなくなったその場所に、カンクロウは立っていた。


腕を組み、頭上に輝く月を見上げている。


玄之介はこないだろうか。


どこか不安に思いつつも、それはない、と否定する。


我愛羅に興味を持ち、近付くようなお節介焼きだ。そんな少年が逃げることなど有り得ないだろう。


どうしてこんなことになったのだろうか、とカンクロウは自問する。


始まりはやはり、玄之介が我愛羅をかまい始めたことだろう。


どれだけ止めろと言っても、決して諦めなかった。自分なりに気遣ったつもりだと言うのに、それを無下にされた。


その結果、自分が恐怖している存在と打ち解けてしまったのだ。


許せない、とは違う、妙な感情が胸を焼く。


こんなことになるとは思わなかった。玄之介が我愛羅に興味を持ち始めるまで、自分なりに上手く付き合っていたはずだ。


人付き合いが――それも、友人など、一人もいなかった自分では考えられないほどに。


だと言うのに、玄之介は自分よりも我愛羅を優先した。絶交までしたのに、彼は我愛羅を見限ろうとしなかった。


俺は、玄之介にとって友人ではなかったのだろうか……?


いつの間にか噛み締めていた唇が、薄く切れる。


そうだ。俺は玄之介の友人ではなかった。彼の行動がそれを物語っているではないか。


……何故、俺はこんなところにいるのだろう。


結局彼は友人ではなかった。自分は、そういう風に見られていなかった。


ならばそれでいいではないか。縁がなかったと諦めればいい。それだけだ。


それだけの、はずなのに――


ざり、と砂を踏む音が聞こえ、カンクロウは視線を下に向けた。


砂を踏みしめ、玄之介はカンクロウを見据えている。


額に巻いた長い鉢巻は風になびいており、ここ数ヶ月の稽古で白いジャケットは煤けている。


酷使した両手には包帯が巻いてあり、滲んだ血が痛々しい。


「なんのつもりだよカンクロウ」


返答はしない。


彼とは、絶交中なのだから。


玄之介もそれは分かっているのか、黙り込んでいるカンクロウに溜息を吐く。


その動作が、酷く癪に障った。


「まあ、絶賛絶交中だってことは分かっているけどさ。こんな場所へ呼び出した理由ぐらいは教えて欲しいかな」


「……お前が、気に入らない」


「そうかい」


そう言い放つと玄之介は右足を引いて半身となり、左手を軽く握った状態で前に突き出した。


「我愛羅とバキ先生の約束を蹴ってきたんだ。そんな理由じゃ納得できないぜ?」


「お前……っ!」


どこまでも癪に触る。


傀儡の術を発動。背後に置いておいたカラスを立ち上げ、玄之介と対峙する。


風になびいて砂塵が舞い、夜風が頬を打つ。


そんな中、両者は動こうとしなかった。


「なあ、カンクロウ。半年前に俺はお前に勝った。実力があのままなら、俺は負ける気がしないぜ」


「修行していたのは俺も同じじゃん。侮るなよ如月玄之介」


「ならいいか。……掛かってこいよカンクロウ――」


そう言い、薄く笑い、


「――男の子だろう?」


年下の少年が放つ、酷く嫌味な挑発に怒りが沸点を超える。


その言葉で、カンクロウは弾けるように動き出した。





[2398]  in Wonder O/U side:U 弐拾捌話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/01/30 15:01

無機質な艦内のスケッチの中に、たった一つ描かれた人の姿。


それは、すべてに対して閉ざされていた描き手の心が、唯一とらえた人の形なのかもしれない。


人の中にまみれ、他人と関わりあうことを覚え始めた心が、ためらいながらも描かずにはいられなかった、温もりを持つ人の形……。


福井春敏『亡国のイージス』から抜粋。





 in Wonder O/U side:U





雄叫びを上げつつカラスを突っ込ませてくるカンクロウに、らしくないな、と玄之介は思った。


安い挑発に乗るほどカンクロウは精神が未熟ではなかったはず。それなのに今の彼は我を忘れたかのように咆哮している。


何が気に入らないのだろうか。


数分前に彼が言った、気に入らない、という言葉。


何故だか、玄之介にはそれが心からの言葉に聞こえていた。


そこまで考え、まあいい、と思考を止める。


今は目前のカンクロウをどうにかしなければならない。問い詰めるのはその後で良いだろう。


カンクロウとは半年前に戦っている。砂隠れにきたばかりの頃、テマリと彼を相手にして勝利した。


あの頃の彼は、ただ人形を操っているだけだった。創意工夫は欠片も存在せず、マニュアル通りに動かしているだけだ。


故に、人間よりも動きが悪いカラスは簡単に破壊できた。元より人形とは、操者の工夫で人を凌駕する存在だ。真っ直ぐな行動しかしない傀儡など、玄之介の敵ではなかった。


しかし、今はどうだろうか。


計四本の腕を広げ、口を開きながら突撃してくるカラス。それを見ただけで、成る程、と思える。


以前は全ての腕を同時に操れてはいなかった。しかし、目の前の傀儡は違う。


腕を上げたと言うのは、本当なのだろう。


今のカンクロウは物語に登場した時よりも未熟だ。それ故に一体の人形しか操作できていない。


ならば、敵の隠し手を探ることなく、目の前の戦闘に集中しよう。


接近してくるカラスは、口をスライドさせて苦無を射出する。頭部狙いのそれを顔を逸らすことで避け、右手で印を組む。


火遁・炎弾。


真っ直ぐに進むカラスへと撃ち込まれた炎弾。着弾の確認をするよりも早く、玄之介は瞬身で傀儡の真横へと移動した。


からからと音を立てて炎弾を回避するカラス。それは運良く、玄之介の移動した方へと向かってきた。


逆方向へ行かれたら距離を作ることができるので良し、と考えていたが、これは好機だ。


右腕を螺子り、体を螺子る。浅く息を吐くと、玄之介は一歩踏み出した。


「焔――螺子」


カラスの横っ腹に絶招が炸裂する。


しかし、手応えはない。軽い音を立てて人形は分解され、四肢――否、六肢を宙へと浮かせた。


そして現れる刃は月光を反射し、鈍く光る。


本来ならば黒蟻との連動で発動する技か。


そう当たりを付け、玄之介は左手で印を結ぶ。


風遁・操風の術。


傀儡糸で誘導されているカラスだが、所詮は遠隔操作。風によって微かに狙いをずらすだけで、カラスの六肢は見当違いの場所に突き刺さった。


カンクロウの瞳に、驚愕が浮かぶ。


だが、玄之介はそれになんの反応もせず、右腕の手甲にあるスイッチを押した。


排出されるカード。立ち上る爆煙。


刹那の後に現れたのは一番忍具、チャクラムシューター。


アンダースローのようなフォームで、カラスの六肢が引き抜かれるよりも早くブレードを射出する。地面を這うようにして大気を引き裂くチャクラムは、一つ一つとカラスの部品を巻き取ってゆく。元々は鋼線で捕縛した敵を、巻き戻すチャクラムで引き裂く武装だ。この使い方は、ある意味本来の使用方法と言えた。


六肢全てを巻き取ると、チャクラムは空中で静止する。玄之介は手首を返してモーターを起動させると、集合した凶器を引き寄せた。


風遁・カタイマチの術。


放たれる真空の刃。重量がないため通常ならば砕き辛いカラスも、刃での攻撃ならば破壊できるはずだ。そう考えての行動だったが、カンクロウが大人しく攻撃手段を失うわけがなかった。


吹き飛ばされ、砂に埋もれていた頭部が飛翔する。それはチャクラムシューターの鋼線に噛み付き、僅かに軌道を逸らすことで真空の刃から逃れることに成功する。


その後に起きるのは、傀儡の糸と鋼線の引き合いだ。


カンクロウと玄之介は歯を食い縛りながら、お互いの得物を引き合う。


先に悲鳴を上げたのは玄之介のチャクラムシューターだった。精密機械と言ってもいいほどに精巧な作りのモーター部分は、力任せに引き合うようなことを想定して作られてはいない。


シャフトが折れ、スプリングが弾け飛ぶ。


玄之介は舌打ちしながらバックステップで距離を取ると、右腕から忍具を外した。


残る飛び道具は苦無、手裏剣、火遁に風遁。以前まではバリエーションがこの半分だったのを考えれば、少しは成長したのだろうか。


内心で首を傾げつつ、玄之介は次の行動に移る。


苦無の投擲技術は並。自信があるほどではない。傀儡を破壊するには装甲の脆いボールジョイントを破壊するのが最も手っ取り早いのだが、果たして上手くいくだろうか。


試すことは無駄ではないだろうが、手数は減らすべきではない。


ならば、やはり接近戦か。体術に特化した自分が遠距離戦を挑むことが無謀なのだが、やはり暗器の扱いも少しは訓練しておくべきだったと苦笑する。


「何笑ってやがる!」


「別に」


激情に任せて放たれる毒針を、身を逸らすことで回避しつつ次の策を練る。


前回の戦闘では胴体を破壊したらカンクロウはカラスを操れなくなった。あれは、分離状態での操作ができなかったからなのだろう。


だが、今は違う。カラスの合体分離を自由自在に行っている。


……一か八かだが、賭けるか。


休みなく放たれる毒針をバックステップで回避しつつ、着地した反動を使ってカンクロウ目掛け加速する。


瞬身を使わない突貫。それを目にして、カンクロウは口元を歪めた。


そして玄之介が空中に浮かぶカラスの真下にきた時だ。


カンクロウは天を仰ぐように腕を振り上げ、再びカラスの六肢を分離させた。


一呼吸の間もなく、腕や足から伸びた刀を玄之介目掛けて殺到させる。


玄之介は回避しようとしない。ただカンクロウに向かって突き進むだけだ。


その時になってカンクロウの顔に焦りが浮かんだ。


このまま刀を突き刺せば玄之介は死ぬだろう。


自分はそんなことを望んでいるのか?


しかし、その自問は遅すぎた。答えが出るよりも早く砂漠を穿つ六本の刀。


カンクロウは唇を噛み締めつつ目を逸らし――


次の瞬間、口を開くと共に目を見開いた。


刀が貫いたのは白いジャケットだけだ。血飛沫も悲鳴も上がらず、カラスの刃は命を奪っていない。


変わり身の術――


玄之介が行ったことに気付いた瞬間、地面の砂を突き破って玄之介が姿を現した。


その手には額に巻いてあった鉢巻が握られている。彼はそれでカラスの六肢を一纏めにし、手繰り寄せると足を振り上げた。


「都古――」


よくよく考えてみれば、自分よりも実戦経験を積んでいる玄之介が闇雲に突っ込んでくるような真似をするわけがないのだ。


「――墜!」


叫びが上がると同時に、振り下ろされた脚によってカラスの体は粉砕される。


玄之介はそこで動きを止めない。すぐに瞬身の術を発動し、カンクロウを自らの間合いへと引き込んだ。


この一連が一瞬のできごとだ。思考が追い付くだけで精一杯で、カンクロウは身動き一つ取ることはできなかった。


故に、至近距離へ迫った玄之介に対抗する術も、冷静さも持ち合わせてはいない。


驚愕に見開かれたカンクロウの瞳を真っ向から見据え、玄之介は体制を低くする。


「往くぞ。焔――」


バック転するように上体を逸らし、爪先を跳ね上げ、


「――閻魔」


カンクロウの顎を確実に蹴り上げたのを確認し、体制を整えつつ右腕を螺子り、


「焔――」


体制を整えつつ右腕を螺子り、


「――螺子」


叩き込んだ掌を引き戻し、


「焔――」


手刀を作った左腕を螺子り、


「――錐」


突き出した手刀を肋骨の隙間に突き込んで肺を強打し、


「焔――」


重い吐息と共に投げ出された右腕を左手で取り、右肘を準備しつつ背後に回り、


「――槌」


後頭部へトドメの一撃をお見舞いする。


背後でカンクロウが倒れこんだ音を聞きながら、玄之介は腕を×印のように交差させつつ息を吐いた。


解いたままの鉢巻を巻き直し、倒れ伏したカンクロウを見下ろす。


全ての絶招を叩き込まれた彼は、体を小刻みに痙攣させていた。動くことはできないだろう。四発全てを急所へ叩き込まれたのだ。玄之介が大人ならば、間違いなく相手を葬り去る連撃だ。


まだ立ち上がってくるかもしれない。こんなもので終わるはずはない。


どこか願望の混じった想いを抱き、玄之介はカンクロウから視線を離さない。


「……なあ、カンクロウ」


躊躇うように口を開き、玄之介はカンクロウに語り掛ける。


カンクロウには聞こえているだろうか。そうだったらいいな、と思いつつ声を放ったのだが――


咆哮と共に、不意に側頭部を襲った衝撃で、玄之介は続きを言うことができなかった。


脳裏に火花が明滅し、意識から手綱を手放しそうになる。倒れ込むのを必死で堪え、片膝を着きながら衝撃のあった場所を押さえた。


手に温い感触がある。嫌な予感を抱きつつ目の前に持ってくると、右手にはべったりと血が付いていた。


それを認めた瞬間、じわじわと痛みが脳に染みる。


霞む視界の向こうには、幽鬼の如く体をふらつかせたカンクロウがいた。





顎、鳩尾、肺、後頭部。一瞬の内に叩き込まれた連撃は、間違いなくカンクロウの意識を刈り取っていた。


地面に横臥し夢現の状態で、カンクロウは考え込む。


俺は、何故こんなことをしたのだろうか。


自分でも良く分からない焦燥感に急かされ、その結果カラスを完全に破壊され、この様だ。


……ふと、思う。何故自分は玄之介に拘るのだろうか、と。


きっかけは、そうだ。ふらりと現れた彼と話してからだ。


姉と日課の訓練を行っている場を見ていた玄之介。どうせ他国の忍だと思って攻撃したが、蓋を開けてみれば隠れていたのは年下の少年だった。


テマリが気絶している最中、普通に考えれば、ほんの些細な世間話をした。


本当に悪いと思っているのか怪しいほどに控えめな謝罪。その後に続いたのは、彼が今何をしているのか。そして、君はどんな人なのか、と言うことだ。


他人に興味を持たれたことなど、久し振りだった。


それも風影の息子としてではなく、忍の卵――いや、ただの子供としての自分を見てくれたのは、初めてだったのだ。


今まで友人と呼べる者は一人もいなかった。姉であるテマリと違い自分は人付き合いが苦手で、不器用だ。だと言うのに、玄之介は飽きもせず自分と付き合ってくれた。


ああ、胸を張って言えるだろう。否、言いたい。彼は、自分の友達なのだと。


……それなのに。


そうだ。認めよう。


嫉妬した。身近に友人がいると言うのに、なんの関係もない我愛羅を構う玄之介が気に入らなかった。


それが彼の性格なのだと言うことは、短い付き合いでも理解できた。しかしそれ故に、自分を蔑ろにする玄之介に苛立った。


みっともなく、どうしようもない独占欲なのは分かっている。


だけれど、ようやくできた友達を、手放したくはなかったのだ。


――そうだ。


お前が俺を見ないと言うのならば、振り向かせてやる。


どんな手を使ってでも、だ。


意識が水底から浮上し、覚醒すると共に息を吸うよう、咆哮を上げる。


それは、お、という言葉の連続だ。


意味など持たず、ただ自分を奮い立たすだけの雄叫び。


――やれる。俺はまだ動くことができる。


胸板は軋み、強打された肺は一呼吸ごとに痛みを訴え、後頭部からは気絶することを推奨するように鈍痛が響いてくる。


だが、それでも。


ここで退くわけにはいかない。


最大の武器であるカラスは破砕された。しかし、まだ戦う術は残っている。


チャクラを練り上げ、傀儡の術を発動する。チャクラの糸を転がっている岩石に貼り付け、それをモーニングスターのようにぶん回した。


完全な不意打ちだったのだろう。玄之介は飛来してくる岩石を避けることができず、側頭部に直撃を受ける。


地面に片膝を着き、こちらを見上げる玄之介を見下ろす。


「……ど、どうした。こんなもんじゃん?」


「冗談。こんなのは前座だろ。お互いに、さ」


呼吸するのも苦しいと言うのに、そんな軽口が飛び出した。返された言葉も、それを倣うように軽いもの。


こんなやりとりをするのは久し振りな気がする。いや、実際に久し振りなのだ。彼とは絶交をしていたのだから。


だが、もういいか。


何故自分が玄之介に拘っているのかは理解できた。八つ当たりのように責めてしまったことは、申し訳ないと思う。


しかし、それと今は別だ。


「……なあ、玄之介」


「なんだよカンクロウ」


「俺さ……一度でいいから、友達と喧嘩してみたかったんだ」


「……迷惑な奴め」


両者は薄く笑い、それぞれの構えを取る。


カンクロウは傀儡糸に岩石を繋ぎ合わせ、それを振り回すために両腕を大きく開いた形。


玄之介は、血が流れている以外はいつもと変わらぬ体制を。


「いざ、尋常に――」


「――勝負」


玄之介が合図をし、それにカンクロウがそれに応える。


二人は獰猛で、楽しげな笑みを浮かべながら激突した。





ようやく吹っ切れたか。


そう、内心で呟き、玄之介は血と共に抜け落ちる力を塞き止めるように、気を張り詰めた。


友達と喧嘩をしてみたかった。


そんなカンクロウの言葉で、玄之介は彼の鬱憤がどこから生まれていたのかを悟った。


直接聞くのは無粋だろう。だから、悟るだけに留める。


分かっているつもりで理解していなかった。


一人っきりではなかったとしても、寂しさを覚えていたのはカンクロウも同じだったのだろう。そんな彼が、友と自分を呼んでくれることを、心地よく感じる。


そうだ、心地よい。


救った、などと大げさなことは言えない。ただ、彼が持っていなかったことを与えることができた。この世界に迷い込み、人の命を救うこともできなかった自分が、友と呼べる存在を作ることができた。


それは些細で、大きな幸いだ。


故に、この借りは反させてもらう。


取り合えずは、側頭部の一撃。これは随分と効いた。手加減なんて考えてなかったのだろう。彼らしい。


「勝たせてもらうぞ玄之介!」


「人形のないお前に負けるわきゃないだろ!」


「それはこっちの台詞じゃん!!」


岩石が飛来し、カンクロウとその間にある糸が玄之介を絡めと取ろうと乱舞する。


それらの悉くを回避し、時には腕で受け流し、なんとか接近しようと試みる。


それを繰り返していた時だ。流石に気力だけでは無理があったのか、貧血で上体が傾いた。


絶好の好機を逃すカンクロウではない。その隙を突いて、岩石が横殴りに迫る。


回避する術はなかった。辛うじてできたことは、二の腕を引き上げて腕を固めるだけだ。


衝撃で意識が飛び掛け、吐き気がこみ上げる。


それを舌打ちすることで振り払い、引き戻されようとした岩石を掴み取った。


カンクロウも満身相違だ。少し引かれただけで、砂に膝を着く。


――今だ。


忍法・瞬身の術。


一気にインレンジへ入り込み、その途中で鉢巻を解く。


カンクロウの横を通り過ぎ、その過程で鉢巻をカンクロウの首へ引っ掛けた。そして頭上で鉢巻の端を交差させ、体を沈ませる。


蛙の潰れるような声を上げ、カンクロウは喉を締め上げる鉢巻に手を這わす。だが、その直後に体が浮いて彼は投げ飛ばされた。


砂を叩く鈍い音が上がるのを聞きつつ、玄之介は深い息を吐く。


いい加減意識を保つのが難しくなってきた。今まで移動した砂の上には赤黒い染みが落ちており、徐々に体温が落ちてきている。余程当たり所が良かったのか、ここまで意識が朦朧となるのは初めてのことだった。


「……いい加減、次で決めるからな」


「……上等、じゃん」


右腕を螺子り、右足を引く。


どうせカンクロウは岩石を放ってくるだろう。ならば、それを砕く一撃を放たなければならない。回避しつつの一刺しをする体力は残っていないのだ。


どうにも不服だが、しょうがないか。


忍法・瞬身の術。


視界が加速し、風景が置き去りとなる。


カンクロウは両手を操り、特大の岩石を自分の前へと置いた。玄之介の攻撃を凌ぎ切るつもりなのだ。ある意味、カラスを使っている時よりも強力な防御。


だが、それに臆すことなく玄之介は進み続ける。


九鬼流のどの絶招でも、今の玄之介では岩石を砕くことはできないだろう。いずれは可能となるだろうが、子供の骨格と筋力では、逆に自分が砕かれてしまう。


だが――


この瞬間に至るまで、積み上げてきた力と技がある。未だに完成していない技だが、おそらくは強力な一手となる技が。


螺子った腕も体も、九鬼流のそれだ。


しかし、玄之介の掌にはチャクラが渦巻いていた。


螺旋を描く、渾身の力が唸りを上げていた。


現れた岩石に、躊躇うことなく掌を打ち込む。


「螺旋・焔――」


掌が直撃した瞬間、耳を劈く掘削音と共に岩石の破片が宙を乱舞した。


「――螺子」


完全に掌を螺子り切る。同時に、渦を巻くチャクラに押し出されて岩石がカンクロウへと押し出された。


本来の腕力では有り得ないことだ。瞬身の術で得た加速力。それと未完成だが、螺旋丸の持つ反発力を焔螺子に上乗せしたために叶った技。


その結果――


カンクロウは抱え込むような体制で岩石を受け止め、十数メートルを吹き飛んだ。


盛大に鈍い音を立て、砂柱が立ち上る。


それを見て、玄之介は右腕を押さえつつカンクロウの元へと歩き出した。


カンクロウは岩石のすぐ横で大の字となり倒れていた。口の端から血を流し、玄之介を見ると忌々しげに口元を歪める。


「……こんな隠し玉、聞いてないじゃん」


「そりゃそうだろうよ。インスタント技だからな」


「いんすたんと……?」


「ああ、悪い。即席、って意味だ」


「……そんなのに負けたのか、俺」


咳き込むと同時に血を吐き出し、なんとかといった様子で腕を持ち上げ、額に乗せる。


「……悪かったな。こんなのに付き合わせて」


「気にするなよ。俺も必殺技が編み出せたしな」


「ああ。こりゃ胸張っていいできじゃん。岩石越しだったからいいものの、直撃してたら、なんて考えたくもない」


「だろうなぁ。こりゃ文字通り必殺技だ」


普段は封印かね。殺してしまうかもしれないし。そう、玄之介は内心で呟いた。


カンクロウの隣に腰を下ろし、耐え切れなくなったように倒れこむ。


随分と酷い怪我だ。カブトの時を抜けば、過去最高の怪我じゃないだろうか。


どうやって薙乃に言い訳しようかな、と考えつつ、夜空を見上げる。


「……ところでカンクロウ」


「なんだ」


「どうやって帰る?」


「言っておくけど、俺は立ち上がる力も残ってない。岩石振り回したから、両腕もガタガタじゃん」


「奇遇だね。俺もだ」


二人は考え込むように黙り、同時に息を吸い込むと、


『助けてバキ先生ー!!』


命乞いをするかのように、情けない叫びを上げた。








[2398]  in Wonder O/U side:U 二十九話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/02/08 21:27
「ようやく、ようやくできたじゃん……っ!」


そう、感涙に咽び泣きながら、カンクロウは声を上げた。


うむ。朝日が眩しいぜ。窓の外には地平線から顔を覗かせたお天道様。


「絶ーやすわけーがなーい」


「この胸の篝火はー」


思わず口ずさんだ歌のフレームにカンクロウが合せてくる。ふむ、覚えたようだね。


まあ、そんなことはいいので。


「寝るか」


そういい、俺とカンクロウは同時に作業台へぶっ倒れた。





 in Wonder O/U side:U





カンクロウとのガチ喧嘩から一週間と少しが経った。


無意味な怪我をしてバキ先生に連れ帰られた俺たちを見て、テマリちゃんと薙乃は驚いて、その次に激怒した。


しかし矛先である俺たちは気持ち良いぐらいボロボロだったので覚えていない。気絶していたのだ。


そりゃあそうだろうねぇ。俺は頭蓋骨陥没に出血多量。カンクロウは全身打撲に胸骨裂傷。医療班の皆様に頑張ってもらって三日で完治。リハビリに四日かけ、貴重な残り時間を無駄に過ごした。


ってもまあ、カンクロウとの喧嘩は無駄じゃなかったと信じたい。


アレだ。思い出すと恥ずかしいけど、本気と本気のぶつかりあいってのは悪くない。


それが親しい者とであるなら、尚更だ。


しかし、それとは別に問題が現れた。


俺に壊されたカラスなのだけれど、レストア不可能なまでにぶっ壊れたらしい。


前作で二部に入っても使っていた傀儡人形を破壊したらまずい。代わりがない。


カンクロウは気にするなと言ってくれたが、貴重な砂の遺産であるカラスをぶっ壊したことに対するテマリちゃんとバキ先生の嫌味が酷すぎたので、カンクロウの新型人形の作成へ手伝いとして参加することにした。


これでも俺はたたら爺さんの工房に入り浸り、変態忍具の開発に関わった猛者だぜ。傀儡人形だって武装だけならば意見できる。


と、思ったのだが。


傀儡人形、思ったよりも仕組みが単純なのであった。まあ、変態忍具と比べれば、であるが。


試しにカンクロウにリボルビングステーク見せたら、この忍具は良い物だー! と叫ばれた。素材の選別、吟味から設計までが無駄のない作りとなっているとか。


まあ、そんな話はいいとして、だ。


傀儡人形は携帯性を重視して、とかカンクロウは言っていたのだけれど、そんなもんは口寄せでなんとかしてもらいたい。


ヘヴィに。そう、ヘヴィに、だ。軽量化などいらない。カラクリ人形――否、スーパーロボットとは、重く、硬く、デカくあるべきだ。


「それ、傀儡人形って言わないじゃん」


「何言ってるの。俺たちが作るのはスーパーロボットだよ」


そんなやりとりがあったり。


しかし俺が書き上げた設計図を再現するにはカンクロウの技術力が足りないとか。三体合体、ダサかっこいいを通り越してダサいゴーグル、天下無敵のスーパーロボットは再現不可能と言われた。


ちくせう。


まあいい。それはカンクロウが技術を身に付けてから作ってもらおう。


あ、なんで子供だけで作っているかって? うーむ。なんでだろうね。まあ、いくら同じ里の人間って言っても隠し手の多い傀儡人形を他人に作らせたくないんじゃないかなぁ。そこら辺カンクロウははっきり言ってくれなかった。何故か俺のことはしつこーく勧誘したのに。


そして再び基礎設計へ。


試行錯誤している内に、こう、カンクロウに話した御伽噺を思い出した俺。


そういうわけで、製作はスタートしたのでした。


その間、稽古は午前中だけで午後は工房へ篭る毎日。


俺が帰る前になんとしてでも、とカンクロウは執念を燃やしていた。


そして工房に篭って五日目。ようやく形となったのだ。


まだ外装などは完璧じゃないが、内臓武器やギミックはバッチOK。


んで、お披露目のために薙乃とテマリちゃんを呼び出したわけですが……


「主どの。傀儡人形はどこですか」


「まさか嘘だったなんてこと、ないだろうね」


お嬢さん方は白い目で俺たちのことを見ていますよ。


本当仲良いなこの二人。同時に責められたら口答えする気も起きないぜ。


「ここにあるじゃん」


「なー?」


「だからどこなのですか」


いい加減苛立っている薙乃。そりゃそうか。稽古の時間減らして人形作っていたんだから。


ま、焦らすのも可哀想だしね。


俺が頷くと、カンクロウは傀儡の術を発動させて両腕を跳ね上げる。


「あるるかぁん!」


そのアクションと同時に、背後にあった馬鹿デカいトランクケースから、外装の済んでいない傀儡人形が飛び出す。


そう、これがカンクロウの新たなる傀儡、『あるるかん』である。


無論、作中の技は完備。コラン、炎の矢は勿論のこと、両腕のセント・ジョージ、サン・ジョルジュ剣は毒刀によって再現。外装がまだなので、羽の舞踏は使えないが。


薙乃もテマリちゃんも凄すぎて声も出ないのか、呆然とあるるかんを見上げている。


「……おいカンクロウ」


「なんじゃん」


「強いのかこれ?」


「馬力はカラスを凌駕しているね。瞬発力も同じように。……重量は軽く五倍だけど」


俺がかるーくスペックを口にすると、テマリちゃんが我等を巨大鉄扇でしばき倒した。


「な、何するの?!」


「痛いじゃん?!」


「なんだこれは?! 忍が忍ばないでどうする!!」


言われ、顔を見合す俺とカンクロウ。


うむ。カンクロウの目が語っている。そう言えばそうだった、と。


ですよねー。


けど、それはどうだろう。カカシ先生の雷切りとか、ガイ先生のダイナミックエントリーとか全然忍んでないんですけど。特に前者は元暗部。常考的に考えてどうなの? と、重複してしまうぐらい疑問に思ってしまう次第。


「……主どの。最後の一週間をこんな物のために」


「いやいや薙乃。コイツを嘗めちゃぁいけないぜ。確かに忍ばないし携帯性は最悪だし重いし遠距離戦のことなんて欠片も考えてない人形だけどさ」


「……パッと考えて、それだけの短所が浮かんでくるのですね」


「……まあ、そうだけど! だけど接近戦ならば折り紙付だ!! カンクロウ!!!」


「応とも!」


阿吽の呼吸とでも言うべきか。


少し前までは絶交していたなんて思えないやり取り。俺の掛け声でするべきことを悟ったのか、カンクロウは両腕を振り上げる。


「コラン!」


ギミックは作動。上半身と下半身の継ぎ目が蠢き、歯車が噛み合う。


そして両腕の剣を剥き出しにし、呆れた様子のテマリちゃんが寄りかかっている巨大鉄扇に踊りかかった。


結果――


一刀両断。


流石にテマリちゃんに怪我をさせちゃいけないのは分かっているのか、鉄扇を裁断するだけでカンクロウはコランを止める。


……って。


「あ……」


高速回転したあるるかんの上半身は、そのままタケコプターよろしく天井へ向かってフライ・ハイ。


む。螺子の止め方が緩かったか。いや、胴体の強度設計が甘かった?


「研究の余地ありだね」


「まったくじゃん」


うむ、と頷く俺たち。


砂隠れにいる時間内に完成させられなかったのは残念だけど、仕方ないか。残った調整はカンクロウに――


「あ、あんたら、よくも私の扇子を――!!」


考え込んでたら半泣きのテマリちゃんにすげえ怒られた。


んで、その後は稽古の遅れを取り戻す、と薙乃に連れ出された。


そしてその後、ボロボロな俺をバキ先生が連行し、我愛羅と三人で飯を食い。


なんでこんなに忙しいんだよ今日は、とバキ先生に酒飲んで愚痴った。


「それもそうだろう。今日は砂隠れにいられる最後の日だぞ」


「……そ、そう言えば」


完全に忘れてたぜ。


明日急いでお土産を買い込まないとなぁ。





[2398]  in Wonder O/U side:U 三十話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/02/08 21:28

砂漠を越えるならば早朝のほうが良いだろう。


そんな風にバキ先生に勧められて、俺達の里帰りは日の出前となった。


約半年振りに裁く越え装備を纏っている俺と薙乃。砂隠れの忍がするような帽子と、体を覆う白いマント。それにディパックを背負ったら少し重いのだけれど、熱中症でぶっ倒れたらシャレにならないので我慢。


朝早いというのに、カンクロウ、テマリちゃん、我愛羅とバキ先生は勢揃いしている。その光景がこの里で遣り遂げたことを語っているようで、少しだけ誇らしくあり、嬉しかった。


「玄之介、忘れ物ないね?」


「ないはず。だよね? 薙乃」


「はい。来たときの荷物は全て持ちました」


「まったく……玄之介、アンタはもう少し薙乃に迷惑掛けないようにしなさいよ? ここ半年見てたけど、頼りっきりじゃない」


額を押さえつつ溜息混じりの説教を始めるテマリちゃん。む、そんなに頼りっきりか俺?


……頼りっきりだなぁ。


発覚した新事実に愕然としながらも、なんとか苦笑する。


「いいんですよテマリ。主どのがどうしょうもないのは今に始まったことじゃありませんから」


「苦労性だねぇ……頑張りなよ?」


「え、えーと……はい」


そっぽ向きながら頷く薙乃。なんで?


まあいい。


「おいカンクロウ。例のアレ、次に会う時には完成させておけよ?」


「勿論じゃん。傀儡使いがたった一体の人形しか使えないのは恥だしな」


「ならば良し。知り合いに良い忍具職人の人がいるから、詰まったら連絡くれよ。アドバイスぐらいはしてくれると思う」


「おう。その時はよろしく」


そう言い、カンクロウは手を差し出してきた。


握手か……うーむ。なんとも苦手だ。こう、別れがしんみりするのはいけないよね?


そういうわけで、俺は手を差し出すわけではなく、顔の高さまで掌を上げた。何がしたいのかカンクロウは察してくれたのか、笑みを浮かべつつ合わせてくれる。


「またな!」


「おう!」


言葉を交わしつつハイタッチ。うむ、満足。


「それじゃあ、お世話になりました」


「ああ。何かあったら、また尋ねてくると良い。準備して待ってるぞ」


酒のことね。流石にこんな時に薙乃から怒られるのは嫌なのか明言しないけど。


「はい。その時はまた。我愛羅も、またな!」


腕組しつつ頷くだけの彼。まあ、らしいっちゃあらしいか。


いつまでもこんなことしていたら名残惜しくて帰れない。俺は薙乃を急かして砂隠れに背を向けると、木の葉へ向かって歩き出した。


二十分ほど歩いたところで、耐え切れなくなって後ろを覗き見る。


時間が経ったというのに、四人は未だに立ち去っていなかった。





 in Wonder O/U side:U





夕方。クソ熱砂をなんとかやり過ごして砂漠を抜けると、ようやく一息吐ける程度の場所へとこれた。


と言っても、今いる場所は砂漠の名残がある荒野だけどね。


「主どの。今日はここで野宿です」


「あいよ。しっかしここ、食い物あるかねぇ。ペンペン草しか生えてないような場所だけど」


「なんですかそれは。……まあ、土を掘ればそれなりのものが捕まるでしょう」


「あー……ミミズは勘弁なんだけど」


いやまあ、うん。何度か食べたけど、生理的に駄目なんですの。


けれども薙乃さん、そんな俺の贅沢を許しません。


仕方がない、とばかりに肩を落とし、耳を垂れ下げる。


「まあいいでしょう。今日は砂漠越えで疲れてますし、明日からはまた稽古ですからね。力をつけますか」


「……やっぱりそうなのね。大人しく木の葉に戻ろうって気はないの?」


正直、この疲れは宿でぐっすり眠らないと取れない気がする。稽古が嫌なわけじゃないけど、疲労がピークの時は駄目なのだ。


「何を言っているのです。折角砂隠れで収めた技術を錆付かせるわけにはいかないでしょう? 覚えて日が浅いからこそ、復習を欠かしてはいけません」


「ごもっともで。……そうそう薙乃、俺、必殺技完成させたんだぜー」


螺旋・焔螺子のことね。


しかし薙乃さんは興味がないのか、足元の土を掘り返しております。


悲しい。


「……最近、どうにも俺の扱いが酷い気がする」


「気のせいでしょう。と言うか、どれだけ一緒にいると思っているのですか。主どのの妄言にいちいち反応していたら体が保ちません」


「ひっど! そういう言い方が青少年を非行に導き、反社会的な態度にするんだぞ!!」


「その時は蹴り飛ばして正気に戻すのでご安心を」


「……さいですか」


まあ中の人はとっくの昔に反抗期を終えているんでそんなことはないのですが。


うーむ。どうしたもんかね。


結局その日は目ぼしい食料が見つからなかったため、昆虫の皆様方に犠牲になってもらいました。


いや、食えるんだけどさぁ……。





起床した後に再び移動を開始して、最寄の森へ。


今日はそこを寝床とするのを決めてから、俺と薙乃は本日の稽古を開始した。


でもその前に、ちょっとしたプロモーション。


「螺旋・焔螺子!」


弾丸の如く突き出された掌には渦巻くチャクラ。それを叩き付けられた大木は表面を爆散させ、衝撃で内部を蹂躙される。掌を当てた反対側は膨張するようになり、爆ぜた。


「――どうよ?」


「……見事ですね。体術なのでリーチは短いですが、発動までの時間は鍛えれば短くなるし、チャクラの消費も威力の割には少なめ。素晴らしいではありませんか」


しきりに頷き、やたらと評価してくれる薙乃。


ふふふ、少しは見直す気になったかな。


「しかし、動きが直線的すぎてカウンターを簡単に入れられますね。使いどころを間違えないでくださいよ」


……ですよねー。


まあ、瞬身で加速して体重を乗せた掌を放たないとだから、見切られたらクロスカウンターでこっちに大ダメージだからなぁ。


むぅ。威力だけじゃ駄目だねどうも。


「しかし、そういうことでしたか。掌にチャクラを集中する鍛錬はこのためだったのですね。ずっと変わった練習方法だと思っていました」


「いやー、そういうわけじゃないんだけどさ。完成系はまた別にあるんだわ。これは過渡期に偶然編み出した技って感じ」


「ちなみにそれはどんな代物なのですか?」


「ん? こうやってチャクラを集中して――」


そう言い、掌にチャクラを渦巻かせる。


「で、これを球状に凝縮させ、ぶつける。螺旋丸って言うんだよ」


「……聞いたことのない術ですね」


うわ、やっちまった。


割と知名度ないんだよなこの技。秘伝だからしょうがないけど。


「ま、まあね。これはマイナーな技だし」


「そうですか。……まあ、チャクラの形質変化に秀でた者でなければ技として完成しないだろうし、当たり前でしょうね」


一見なのにそこまで見抜きますかあなたは。


実は薙乃さんってすごい妖魔なんじゃなかろうか。彼女に組み手で一本取ったのなんて両手で数えるほどだし。……いつだったか胸に触ったことで気後れしているのあるんだけどさ。


「しかし、それは稽古の合間を縫っての練習で良いでしょう。今は全体的な技術の向上をするべきです」


「そうだね」


「ええ。カンクロウさんにあれほどの怪我を負わされるとは思いませんでした。私は少し失望しているのですよ? 木の葉へ戻るまでに鍛え直します。今度は路銀もあるし、付きっ切りで見てあげましょう」


「いや、ちょっと待って! あれは不意打ち喰らったからで、それまでは無傷――」


そして可哀相なカンクロウ。どんだけ下に見られているんだ。


「不意打ちだって立派な戦術です。それに気付けなかった主どのが悪いのですよ」


な、なんだってー?!


確かに、同じようなことテマリちゃんにも言ったけどさぁ。


「では、組み手を始めます」


そう言い、薙乃は両腕を下げながらも目を細める。泰然とした彼女は、漢字が違うけど凪のようだ。


ま、確かに、いつまでもお喋りしているのも時間の無駄だね。


薙乃に遅れて俺も両手を構えると、掌を打ち込んだ。





午前中の稽古が終わり、昼休憩の時。


体を動かしていたせいか、ちょっとした閃きが稽古中に過ぎった。


組み手の最中にふざけるのは色々と駄目なんで自粛していましたが。


今ならいいよね?!


「薙乃ん薙乃ん」


「……前から思っていたんですが、その呼び方は可愛くありません」


「そうなの? テンプレに則った良いあだ名だと思うんだけどなぁ……って違う。ちょっと見て」


「……いいですけど」


胡散臭そうにこっちを見る薙乃。冷たい視線が痛い。


いいや。いくぜ!


大木を前にし、俺は右手を構える。


右手を天に掲げ、人差し指から小指までを第二間接まで順に折り曲げ、震わせながら拳を握り込む。


そして左手で風遁・大旋風。


風を操作し、右肩へ――


「衝撃のファーストブリット!」


集めた風をブーストとし叩き込んだ腕。


そして見事に、木の表面には拳の跡がくっきりと残る。それを中心として樹皮が爆ぜ割れ、台風が過ぎ去ったかのように木の葉が幾枚も舞い散った。


んだけど。


「……何をやっているのですか」


「拳が……すごく、痛いです」


右手を押さえつつ蹲る俺。蝶痛い。


「当たり前です! 掌を中心的に使っていたせいで、拳は鍛えてないのですから!! 手が使い物にならなくなったらどうするのですか!!!」


見せてください、と俺の手を両手で包み、にぎにぎと押してくる。


「いだだだだだ!」


「骨に異常はありませんね。良かった」


ほっと胸を撫で下ろす彼女。


うん。申し訳ない。


って、


「皮膚が切れてますね」


何、口を近付けていますか薙乃さん!


ちゅぷ、と生々しい音を立てて舌を這わす薙乃。精神的にも肉体的にもくすぐったい。


やべ、クールな俺のキャラが崩れる。


エマージェンシー! エマージャンシー!!


「あ、あんなところに今日の晩御飯候補的な肉がー!!」


「ちょ、主どの?!」


薙乃を振り切って疾走し失踪する俺。


まあ、嘘だったんだけど、嘘を本当にするべく獲物を仕留めて帰ったら薙乃に怒られた。


だってあんなことされたら逃げたくもなるさ。


すいませんねヘタレで。





[2398]  in Wonder O/U side:U 三十一話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/02/08 21:28
「どうもこんにちは」


門番にそんな感じで挨拶し、認証もそこそこに木の葉へ。


ほぼ顔パス。漫画読んでてナルトが修行から帰ってきた時思ったんだけど、木の葉の入国審査って甘いよね。


そんなんだから木の葉崩しが簡単に起こるんだよなぁ、と思いつつ、二年振りの帰省。


「久し振りだねぇ」


「ええ、本当に。では、日向宗家へ行きましょうか」


「いや、その前にさ」


首を傾げてくる薙乃に愛想笑い。


「銭湯に行かない?」


砂から木の葉へ帰ってくる道中、行水ばっかだったのだ。





 in Wonder O/U side:U





久し振りに見上げるドデカい門。どうやら俺がいなくなっても誰かが正門の掃除はやっていたようで、綺麗だ。


さて、どうやって入るか。


やはりここは二度ネタで――


「如月玄之介、稲葉薙乃、今帰りました!」


薙乃が大声を出すと、それに応じて開く門。


「どうしたのですか?」


「……いや、なんでもない」


折角のボケを取られたのが少し悔しかったけど、まあいい。


敷地へ入ると、屋敷の方からお手伝いさんがやってきた。


二年振りに見た、以前は一緒にご飯を食べていた女中さんに懐かしがられたりして広間へと通される。


うおー、畳の匂いが懐かしい。俺はフローリング派だけど、畳も好きだぜ。


薙乃と並んで正座していると、長髪の中年男性がやってくる。


……あ、師匠ってこんな感じだったね。


俺の脳内イメージである悪魔超人日向ヒアシは霧散し、まともな像が結ばれた。


人の記憶って曖昧でいけねぇ。


師匠の隣には、同じように長髪の少女が着いてきた。


ノンフレームの眼鏡。祭りであげた髪飾り。間違いない。ハナビちんだ。


大きくなったなー。前は俺の胸元までしか背がなかったのに。いや、俺も成長してるからその差は変わってないみたいだけどさ。


師匠とハナビちんは俺達の向かいに座ると、師匠はこっちを見据える。


ハナビちんは目を瞑り、瞑想でもするように微動だにもしない。


むーん。あの天真爛漫な姿からは想像もできないビフォーアフター。日向宗家にいるとこうなるのかしら。


「只今帰りました、ヒアシ様」


「ああ。ご苦労だったな薙乃」


「いやぁ、お久し振りです師匠」


「誰だ貴様は」


……おう、初っ端から飛ばしてますな。


「いやだなー、お宅のお嬢さんと婚約した者ですよ」


「いつそんなことをした表に出ろ玄之介!!」


髪の毛を逆立てて激怒する師匠。


なんだ、覚えてるじゃん。


そして、ぶふぉ、と噴出すハナビちゃん。


いや、冗談なんだけど。


……隣から殺気を感じる。父さん、妖気です。


「……分かってる。分かってるから。もうふざけないから落ち着いて薙乃」


「……後で問い詰めますからね」


何故?!


嫌な汗をだらだら流しつつ、なんとか笑みを浮かべる俺。


「じょ、冗談ですよ師匠?」


「最高に笑える冗談だな」


「ですよねー」


「この馬鹿者! 相変わらずだな貴様は!!」


返す言葉も御座いません。


「まあいい。手紙を読んだが、もう一度この二年で何をしたのか報告しろ」


師匠に言われ、薙乃の注釈を交えつつこの二年のことを喋る。


まあ、薙乃も分かってはいたのか、霧隠れでのことは触れてこなかった。話の内容はもっぱら、抜け忍狩りと砂隠れでの修行だ。


んで、砂隠れでカンクロウに勝ったことを言ったりしたら、なんだかご満悦に。


「そうか。日向宗家の弟子が風影の息子に勝ったと言うのならば、日向の名も――」


「あ、すみません。日向宗家に弟子入りしていること言い忘れていました」


「何をしているんだ貴様は!」


再び激怒する師匠。沸点低いよ。っていかそこまで威信が大切か。


うーん。まあこの人、日向は木の葉で最強、とか妄言吐いて憚らない人だしなぁ。


いや、妄言ってこともないんだけどさ。実際強いし。対人戦ならば負ける要素がないし。


でもなぁ。実際、日向宗家に弟子入りしてます、テヘ☆ とか言ったら警戒されまくりで稽古に参加させてもらえなかったと思うしなぁ。


……あれ? バキ先生気付いてなかったのか? もしかして知ってて参加させた? 何考えているんだろうね大人って。俺も頭脳は大人なんだけど。


「……ヒアシ様。向こうで世話になった砂隠れの忍は知っていたようなので、そう怒らずに」


「む、そうか」


薙乃ナイスフォロー。


「……しかし態度が態度なだけに」


「えー? そんなに変なことしなかったよ俺」


「急性アルコール中毒で倒れた人間が何を言ってますか」


「――ほう」


殺気。


師匠のほうに顔を向けると、髪の毛を逆立てて腕組みをしている悪魔超人がいた。


ああ、俺の記憶は間違ってなかったのね。


「それだけ好き勝手したのならば、それに見合うだけの成長はしたのだろうな?」


「し、したよね薙乃?」


「どうでしょうか」


こういうところは助けてよー!


っていうか薙乃さん、アンタ楽しんでるでしょう。笑いを噛み殺しているのがバレバレですよ。


「よし、庭に出ろ玄之介。試してやる」


命が危ない気がする。誇張なしで。


しかし掃き溜めに鶴――はちょっと違う。とにかく、どんなピンチにもクラッシャーはきてくれるものである。


「父上。今は昼休憩のはず。組み手ならば、その後にしたほうが宜しいと思います」


ナイスアシスト、ハナビちん。


「それもそうか。……後で覚えていろよ」


三下台詞でも師匠が言うと重みが違うぜ。良い意味でね。


師匠は不満げな顔をしながらも腰を上げる。そして俺を一瞥すると、広間を後にした。


姿が見えなくなると、俺は盛大に溜息を吐く。


俺、師匠には一生頭が上がらないんじゃないだろうか。


「いやー、それにしてもありがとうハナビちん。執行猶予ができたよ」


無罪にはなりそうにもないけどな。


と、軽く声を掛けたんだけど、何故だかハナビちんは肩をブルブル震わせて顔を俯かせている。


どうした?


と思った瞬間、襲い掛かってくるようにハナビちんが俺目掛けて飛び込んできた。


「――っ、お帰り、玄之介!!」


「うお?!」


ひっし、と抱き着かれ、勢いに負けて俺は後頭部を強打。下が畳で良かった。


そして急な展開に着いてこれず、凍り付く薙乃。


「もー、なんで今日帰ってくるって教えてくれなかったの?! ずっと楽しみにして待ってたんだからね!!」


……ハナビちん。師匠の前じゃ猫被ってたのね。


っていうか重い。馬乗りはやめい。


「は、ハナビちん。降りて……」


「ねー、午後の稽古終わった遊びに行こうよ! 玄之介が旅に出てから、色んなところが変わったんだよ? 一楽に新メニューが入ったりとか、えと、それからね」


「な、何をしているのですかハナビ様!」


あ、フリーズしていた薙乃さんが復活した。


声を掛けられたハナビちんは目に見えて不機嫌そうになり、舌打ちする。うおい。性格悪くなっているぞ。師匠はどんな教育したんだ。


おずおずと俺から降りるハナビちん。それでも服の裾を掴んでいたり。


「久し振りに会えたから、少しはしゃいだだけです。そう目くじらを立てなくてもいいでしょう」


「少し……。あのですね、日向宗家の子ともあろう者が――」


「なんですか? 妖魔の分際で口答えすると?」


「ええ。日向宗家憑きの妖魔だからこそ言わせてもらいます。いくら幼いと言えど、身分相応の振る舞いというものが――」


「関係ないですね。玄之介は私の兄のようなもの。立場は対等だと思いますが?」


いや、違うっしょハナビちん。


とか突っ込んだら負けだと思うから何も言わない。


……すみません。なんで一瞬で空気が悪くなっているんでしょうか。


バチバチと効果音が付きそうな勢いで視線を激突させる二人。怖いんだけど。なんか背後に兎と虎のオーラが見えるし。


オーラ力か。ハナビちんが……巨大になって見える?!


あ、あれ? 薙乃さん負ける?


なんて思念が伝わったのか、俺のことを睨み付ける薙乃。


「主どの。なんとか言ってください!」


「別に気にしないで良いよね、玄之介?」


どうしろと?


俺、永世中立国的な立場を貫きたいんですけど。





あの場を宥めるのに三日分の精神的な体力を使い果たした錯覚なんぞを抱いてみる。


まあそんなことは師匠には関係ないので、お待ちかねの組み手ですよ。


ちくせう。


「さて。旅の成果を見せてもらおうか、玄之介」


「はい。よろしくお願いします」


小さく礼をし、掌を構える。


……うーむ。下手に強くなったせいか、師匠との実力差がはっきりと分かってしまう。


ただの構え一つとっても、隙がないのだ。


まあいい。隙がなければ作ればいいと偉い人も言っていた。


んじゃま、行きます。


平和ボケで良い感じに溶けた脳味噌にスイッチを入れる。目が据わるのを実感しつつ、短く息を吐いて踏み出した。


まずはジャブで。力を抜き、速度重視の掌を打ち込む。


案の定弾かれ、俺は腕を引き戻しつつ一歩後じさる。


相手の出方を伺うつもりなのだが、師匠は責めるつもりがないようだ。


自分から責めるのは苦手なんだけどなぁ。


まあいい。


忍法・瞬身の術。


重心を低くし、掬い上げるように掌を放つ。師匠はそれを、真上に跳ね除けることで弾く。


だが、それは計算済みだ。


跳ね除けられた勢いをそのまま使い、上半身を逸らして爪先を跳ね上げる。


九鬼流絶招・其の三。


「焔――」


予想だにしない動きだったのか、師匠の目が見開かれる。


いけるか? と、内心で呟きつつ、


「――閻魔」


爪先に確かな感触。


しかしこれは顎じゃない。腕によるガードを弾いたものだ。


これの発動後は倒立状態となり、無防備。師匠が見逃すはずもない。


腕をバネにして後ろへ跳躍し、距離を取る。


そして着地に衝撃をそのまま体に蓄積し、螺子る。


火遁・火炎瞬身。


再び突撃する俺。それを迎撃するために師匠は剣指を――しかも俺の顔面に――突き込んだ。


だが残念。


炎を薙がれて現れたのは、俺の着ていたジャケット。


俺自身は背後へと回っている。


……どう見ても誘いなんだろうけど、このチャンスは生かさないと。


ちなみに体制は逆さま。地面に足が着いてないので踏ん張ることはできない。


だが、この二年で培った術はそれを可能とする。


風遁・操風の術。


収束させた風を肩へ。


手は掌ではなく、拳を形作る。


喰らえ――


「――衝撃のファーストブリッド!」


「甘い!」


叫ぶのと同時に、師匠は左足を軸にして半回転。


人間相手ならば行動不能にする程度の威力を秘めた拳。触れれば間違いなく相手を砕く衝撃の拳。木の葉へと帰る道中で、自分なりに鍛えた拳。


しかし、師匠はそれに掌を当てるだけで受け流した。


解る。掌に乗せたチャクラで滑らせたのだ。


思わず舌打ちしつつ、更に操風を行使。


おそらく地に足を着ける隙をくれないだろう。故に、このままやる。


「撃滅のセカ――!!」


操風で体を一回転させ、再び殴りかかろうとする。しかし、それを待ち受けていたように師匠の軽く握った拳が鳩尾へと突き刺さった。


反射的に息を吐き出し、喘ぐように舌を出す。


だが、しかし。


打ち込まれた師匠の腕を左手で掴み、右腕を振り上げる。


「抹殺のラストブリッド――!!!」


胴を動かさない状態からの拳に、普通ならば威力はない。


しかし、操風によって加速し、重さを増している拳ならば違う。


肘目掛けて叩き付ける。返ってくる感触は今度こそ確かなもの。


だがそれは、正面から拳を受け止められたからだ。砕こうとせんばかりに力を込められた手は俺の拳を握り締める。


完全に俺の動きを止めた師匠は握られている腕を振り切ると、その手で俺の肘を極め、体勢を低くして投げる。


息が続かず、渾身の一撃を打ち込んだ俺には成す術がない。


辛うじて受身を取るも、残った酸素がすべて吐き出された。


くっそ、どうすりゃいいってんだ。技名こそ叫んでいるが、繰り出した技は全部自分なりの最高なのに。


「どうした。もう終わりか」


二年振りに聞く挑発の言葉。


それに乗るように俺は立ち上がり、再び掌を構える。


「まだですよ」


「それでこそ、だ」


いやに楽しげな笑みを浮かべる師匠。


なんとしても一回ぐらいはあの表情を歪めないと気が済まない。


さて、どうするか。変態忍具は武器に頼るようでなんだか癪だ。かと言って九鬼流じゃあ師匠の防御を貫けないだろう。


体術が上の相手と、俺はとことん相性が悪い。何故なら、大半の手を封じられたようなものだからだ。


知恵や勇気で埋められる程度ならばまだいいが、師匠は強さの格が違う。


伊達に何十年も忍として生きていないと言うべきか。


だが、しかし、だ。


俺の二年間が無駄じゃなかったことを証明してやる。


左手で印を組む。選ぶ術は俺の持つ最高の風遁。


風遁・大旋風。


収束した風はすべて師匠の拘束に回す。実体を持たないが、操作された風は纏いつくようにして師匠の動きを鈍らせる。


今度こそ。


姿勢を低くし、瞬身で間合いを詰め、射程に入ると同時に地面を蹴り上げる。


撒き散らされた砂飛礫は確かに師匠の目を直撃し、刹那にも満たない程度の虚を作り出した。


往くぞ。


「焔――閻魔」


跳ね上げられた爪先は、上体を逸らすだけで避けられる。それに構わず、次を。


「焔――螺子」


またしてもチャクラを乗せた手で弾かれる。だが、大旋風の風によって師匠の動きは目に見えて遅くなっていた。


「焔――錐」


肋骨の隙間から肺を狙う一撃。今度も体を逸らされ、直撃はしなかった。それでも脇腹を掠る程度には当たる。


「焔――槌」


腕を絡めようとしたが叶わず、諦めて旋回しつつ後頭部へ肘打ちを叩き込む。


だが、頭蓋を強打する感触はない。後ろへ回した腕で防がれ、肘を掴まれる。


「これで終わりか?」


今度はこちらの番、とでも言うように師匠がこちらに振り返った。


だが――


「そんなことはないですよ」


残念なことに、右腕を封じられても俺には左がある。


風遁・カタイタチの術。


「くたばれ!」


叫びつつ、腕を一閃。


零距離での行使。反動で自らが傷付くことを省みず、最速で術を発動させた。


ロクにチャクラを練り込んでいないので大した威力はないだろう。


しかし、いくら低威力と言ってもこの距離ならばどうか。


生み出された真空刃の余波で砂塵が舞い、煙幕のように視界がゼロとなる。


肘を掴む感触がなくなったので、俺はバックステップで距離を取った。


そよぐ風によって徐々に砂塵が霧消する。


そして現れた師匠を見て、


「……マジですか」


そんな言葉を吐いてしまった。


肩口から胸に掛けて服は切り裂かれ、微かに血が滲んでいる。だが、たったそれだけだ。日向ヒアシは、俺が渾身で付けたものを掠り傷とでも言うように、表情を歪めていない。


まだ続くのか。


掌を構えつつ、一歩後じさる。それは距離を稼ぐためではなく、単純に師匠に威圧されたからだ。


だが、そんな俺の様子を目にし、師匠は口の端を吊り上げる。


そして構えを解くと、楽しくて仕方がないと言うように笑い声を上げた。


「くくく――っ、なかなかやるようになったではないか、玄之介」


「……そりゃどうも」


掠り傷しか付けていないのに褒められたって嬉しくない。


今再び実感した。この日向ヒアシは、雲の上の存在なのだと。


「二年前は一本も取れなかったお前が、こうも成長するか。あまり期待はしていなかったが、よくもまあここまで」


「割と酷いこと言ってません?」


「これでも褒めているぞ、私は。では――」


そう言い、表情を引き締め、


「次は白眼を使おう。ハンデとして柔拳は使わん。さあ、掛かってこい」


目の端に神経節を浮かび上がらせた。


ちっくしょー、遊んでやがるぜ師匠。


この日、久し振りに稽古で足腰立たなくなった。





「ただいま」


師匠のフルボッコを喰らった翌日。


俺は久し振りに実家へと帰ることになった。今日も稽古だーと思っていたら、師匠に挨拶ぐらいはしてこい馬鹿、と言われたのだ。


うーむ。こちら側へきて如月家で過ごした時間は一ヶ月にも満たないから、日向宗家の方が家って感じがするんだよなぁ。


ちなみに俺は一人である。薙乃もハナビちんも、何故かやたらと付いてきたがったんだけど置いてきた。


俺を待っていたように――いや、事実待っていたのだろう。リビングから、パパンとママンが顔を出す。


「おかえりなさい」


「おかえり、玄之介」


むー。どうにもくすぐったい。


入った入った、と引っ張られ、リビングへ行くとテーブルには豪勢な料理が。


と言っても如月家基準だけどね。あまり豪勢じゃないです一般基準だと。


俺を席に着かせると、両親は今までどうしていたのかとか、稽古が辛くないかとか、色々聞いてきた。


どうにも居心地が悪い。


有難いとは思う。ただ、俺は如月玄之介を名乗る異邦人なのだ。


故に、暖かく迎えられればそれだけ息苦しさを覚えてしまう。


この二人は嫌いじゃない。ただ、苦手だった。彼らが見ているのは息子であり、俺ではない。薙乃やハナビちん、師匠とかはまだいい。如月玄之介が如月玄之介だった頃を知らないのだから。


しかし、原因は自分なので邪険に扱うこともできない。


だから俺にできることは、子供らしく振舞うことのみだ。


ひたすら明るく、自分でも笑ってしまうほどに滑稽に。


おそらく、この世界で一番ままならないのは家族関係だろう。


こっちにきてもそれなのか。


笑いかけてくれる両親の顔色を伺いつつ、俺はばれないように溜息を吐いた。





[2398]  in Wonder O/U side:U 三十二話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/02/08 21:29

「玄之介、こっちこっっち!」


師匠に休みをもらい――と言うかハナビちんが駄々をこねて――今日は一日フリーダム。






 in Wonder O/U side:U





ハナビちんに手を引かれ、俺は木ノ葉を観光中。


と言っても、俺のいなかった二年間で変わった場所を見て回っているだけですが。


取り合えず、甘栗庵、酒酒屋には行った。後は新規オープンした店とか。


ハナビちん。俺の知らないところで遊び歩いてたのね。護衛の暗部さんもお疲れ様です。


と、町の中を歩いていたら迷いました。


ここどこ?


いやー、人気のない場所まで来ちゃったよ。


暗部の人に道を聞こうかしら。でも仕事増やすようで悪いしなぁ。


「……ハナビちん。ここどこ?」


「分かんない」


ですよねー。


うーむ。薙乃さんを呼ぼうか。大声出せば来てくれそう。


まあいい。散歩がてらここら辺も見て回るか。


ハナビちんに教え込んだ歌を口ずさみつつ歩き回る。


「徐は浄化の炎ー」


「はしんしょうか、かわかず、かつえず、むにーかえれー」


ふむ。覚えているようだね。漢字の部分が全部平仮名っぽい発音だけど。


しっかし、ここはどこだ。


薄暗く、空気はじめじめとした場所だ。道はきっちりと舗装されているんだけど、どうにも。


む? 剣戟の音?


「なんか聞こえるね」


「なんだろうねー」


緊迫感がまるでありませんなレディ。


誘蛾灯に誘われる蛾のごとくふらふらと彷徨う。


そうしていると、フェンスに囲まれた広場の前に出ましたよ。


「……演習場?」


「みたいだね。ね、玄之介。面白くないから帰ろう?」


「んー、待ってねハナビちん」


袖を引っ張ってくるハナビちんに断りを入れて、俺はフェンスに手を掛けつつ向こう側の光景をガン見する。


ふむ。中忍か。みんなベスト着てるし。中には着てない人もいるけど。


何か参考にならないかな。そう言えば俺、木ノ葉の忍がどんなもんなのか見たことがなかった。


師匠にフルボッコは毎日されているんだけど、あれは体術の組み手だからね。忍術を実際に使う奴とは抜け忍としか戦ったことがない。まあ、砂は別として。


「……面白い?」


「まあねぇ。ほらほら、ハナビちんだって将来は忍術使うんだから、ちゃんと見ておきなさい」


はーい、と口を尖らせつつも言う通りにする彼女。そんな仕草に苦笑してしまった。


「ごめんね。後でシナモンロールをおごってあげる」


「……分かった。姉上の分も買ってね?」


「良いとも」


さて、ピーピングピーピング。


……むー。やはり両手印は汎用性があっていいなぁ。俺だって片手印じゃなかったら技の練習をバンバンするのに。


参考例が自分以外にないから見て覚えるってことが他人よりも出来ないのですよ。


「……玄之介」


「何?」


「木ノ葉の忍って弱いの?」


「……何物騒なことを言ってますか」


粒ぞろいらしいですよ? 漫画だと。


「だって、あの人とか玄之介より動き悪いもん」


ハナビちんが指差した先には、ベストを着てない忍が。


「あの人は下忍だし」


「えー? だって、玄之介は下忍にもなってないじゃない。それなのにおかしいよ」


それは俺がおかしいということでしょうか、お姫様。


っていうか君が言うことか。日向宗家はすべからくチートスペックなんだぞ。


「……帰ろうか」


「いいの?!」


嬉しそうに反応しないでください。


ここでハナビちんが無邪気に罵詈雑言を吐き続けたら自信を失いそうな人が出そうだ。


とっとと退散した方が精神衛生上よろしいよね。


と、思って踵を返したのですが。


「あ、あれ?」


慌てた様子でハナビちんが頭に手をやります。


「どうしたの?」


「……髪飾りがない」


本当だ。


俺があげた髪飾りがいつのまにかロストしていますね。


あ、ハナビちん泣きそう。


「……ないよぅ」


「あああああ、泣かないで。また買ってあげるから」


「あれじゃないと嫌。嫌なのぉ」


手で目を擦りつつしゃくり上げ始めるハナビちん。どうすんべ。


この子を置いて探しに行くわけにもいかないしなぁ。


ふむ、と思案する我。


ここは暗部の人に頑張ってもらおうかしら。さっきは迷惑掛けないとか考えたけど、気にしない。


シスコンと言われようがかまわないぜ!


「暗部、カムヒ――」


そこまで言い、動きを止める我。


何故ならばっ。


演習場のフェンス越しに忍の皆様が張り付いているからだ。


いや、怖いよ。


「……幼女だ」


「……幼女が泣いてる」


「……おい、木ノ葉の宝が泣いてるぞ」


……やべえ。


何がヤバイって、こいつらの言動がヤバイ。


ついでに言うと目つきもヤバイ。どこか虚ろな様子で幼女幼女と言うこいつらは、俺から見たら完全な性犯罪者予備軍。


それも超一流の変態だ。


エスケープを推奨します。


ハナビちんも身の危険を察したのか、俺の腰に抱きついて顔を埋める。あ、鼻かまれた。洗濯したばっかのジャケットが。くそう。


うわ、視線が俺に向いた?!


「ど、どうしたのでしょうか皆様」


「……少年。何故その子は泣いている?」


「えっと……落とし物をしちゃって」


「……それは何かな?」


「髪飾りです。ガラス細工で花をあしらった」


「そうか。――みんな、分かっているな!!」


いやに熱意の籠もった声。それに、応、とオーディエンスの皆様方が答える。


「俺たちが優先すべきことはなんだ?! 演習か?!」


「幼女! 幼女!!」


「そうだ、幼女だ! その幼女が泣いているぞ!! そしてクソ共!!! 俺たちはなんだ?!」


「幼女! 幼女!!」


「馬鹿が、間違えるな! 俺たちは忍だ!! ニンジャだ!!! ならばやるべきことは分かっているな?!」


ガンホー! と最後に声が上がり、忍の皆様は瞬身を使って消え去った。


……な、何だったんだ一体。


俺、自分のことを紳士だのなんだの言っていたけど、割と変態入っているんじゃないかって、少しだけ思ってたんだぜ?


けど、あの人達見たら確信したわ。俺、ノーマル。ただの紳士だよ。


「……あー、悪かったな」


呆然としていたら、フェンス越しに声が掛けられた。


まだ変態がいたの? と、視線を向ければ見覚えのある人が。


口に咥えた楊枝。やる気なさそうな立ち振る舞い。


こいつぁ、不知火ゲンマさんじゃありませんか。


まあ、俺が一方的に知っているだけなんだけど。


「悪い奴らじゃないんだ。ただ、一般人よりも頭の捻子がぶっ飛んでるだけなんだ。だから、暗部には……」


「あー、はい」


苦労性だなぁ。多分、部下かなんかなんだろう。


結局、その後は消えた忍の皆様がハナビちんの髪飾りを探し出してくれました。


発見した忍はご褒美としてハナビちんに頭を撫でられていたり。


跪いて頭に手を置かれる光景は、シュールを通り越して異様。


その時の彼の恍惚とした表情が、割と人間として終わっている気がした。





[2398]  in Wonder O/U side:U 三十三話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/02/08 21:30

今日はハナビちんの誕生日。


どうやら俺、若干早く帰ってきてた模様。


さーて、今年は何をあげようかしら。





 in Wonder O/U side:U






なんだか今年は豪勢だ。


うちはに日向分家は二年前に来ていたけれど、今回は犬塚、油女が。


猪鹿蝶は来てないみたいだけど。


ふむん。血継限界の展示場みたいだ。


そんなことを考えつつ、せっせと料理を運ぶ俺。


くそう。俺も宴会に参加したい。児童虐待だぞこれ。


「薙乃さん」


「なんですか主どの」


「お腹が空きました」


「我慢してください」


ため息を吐きつつ手を止めない薙乃さん。家事が得意だなぁ。


ちなみに彼女は、いつもの俺と似た白ジャケットにスカートではなく、着物です。俺もだけど。


いつから俺たちはお手伝いになったんだ。A.弟子入りしてから。


くそう。


涙を飲みつつウェイター。


そんなことを繰り返していると、師匠に呼ばれた。


だだっ広い居間は、宴会場と化し、アルコールの臭いが充満している。いいなぁ。俺も呑みたい。見つかったら薙乃さんに蹴り飛ばされ、師匠におしおきされますが。


くそうくそう。なんだってこんな目に遭わないとなんだ。


ハナビちんの誕生日なのは別にいいさ。俺だって祝福する。


だけれども、何故このような仕打ちを受けねばならぬのだ。


上座に座っている師匠の隣には、おめかししたヒナタとハナビちん。


ハナビちんは猫を被っているみたいで、俺を見ても反応しなかった。まあ、ぴくり、と動きはしたけど。


「なんですか師匠」


「こいつが、内弟子の玄之介です。……挨拶をしろ」


「初めまして、名家の皆様。如月玄之介と申します」


正座し、頭を下げる。けれども、そんなかしこまった様子に犬塚のマダムは苦笑した。


「歳に似付かない振る舞い、というのは本当らしいね」


「はあ……」


「それに、君だって名家だろう? 如月。今は忘れた者も多いが、歴史は君の方が深い」


……そうなの?


うーむ。しかし、今日だってパパンとママンは来てないし、それほど偉いってわけでもないと思うんだけど。


「確か君は九歳だったね? ウチの倅の一つ下か。おい、キバ――」


と、マダムは声を掛けるも、その先には誰もいません。


「……あの馬鹿息子!」


「玄之介。探して来い」


「分かりました」


師匠の命令に二つ返事。こんな場所で逆らう勇気は俺にはない。


宴会場を後にすると、庭に出る。


さて、キバの行きそうな場所ってどこだろう。


屋敷の中は……興味なさそうだなアイツ。


よし、思考を子供に合わせるんだ。


子供が興味を持ちそうなのは不思議スポット。そんな場所、日向宗家に――


あったわ。庭の先にある森。アホみたいに広い上に、私有地だから普段は入れない。


多分、そこだろうなぁ。


一旦部屋に戻って普段着に着替えると、探索開始。


ふーむ。どこから探そう。薙乃に協力頼んで、物音でも探してもらおうか。


まあいい。それは最後の手段ってことで。


取り敢えずたたら爺さんの工房へ行こうか。玩具感覚で触れられたらヤバイ物が多いし――


って、なんかドア開いてるんですけど。


うお、ガチャガチャと音が。まずいぜ。


「何をしている小僧――!」


「う、うわ?!」


瞬身で小屋に飛び込み、怒鳴る。


そうしたらキバくん、手に持っていた変態忍具を取り落としました。


あ……見覚えある。あれ、昨日ようやく骨組みが出来たと自慢された一品だわ。


んで、その自慢の一品は床に落ちて粉々。


「……何やってんの。たたら爺さん泣くぞ」


「お前誰だよ!」


「さあて、誰でしょ。ほら、帰るよ。お母さんが探してるし」


言いつつ、しゃがみ込んでパーツを拾い上げる。あー、砕けてるのもあるな。作り直しだわこれ。


「……壊れた」


「お、俺のせいじゃないぞ! お前が悪いんだからな!!」


赤丸、と彼が叫ぶと、たたら爺さんのソファーの上で丸くなっていた子犬が跳ね起きる。


「言いつけてやる!」


「なんですと?!」


悪いのは貴様だろうが小僧!


「待てや!」


変態忍具の残骸を作業台に乗せ、キバの後を追う。


追い立てられているキバくんは楽しそうに逃げております。あんにゃろう。


忍法・瞬身の術。


そして先回り。


「とても遅いですねぇ」


「な?!」


「ふはははは、さあ、懺悔の時間だ犬塚キバ。たたら爺さんは怖いぞ。俺も一度変態忍具壊して、酷い目に遭ったからな!」


苦無射出機の的にされたぜ、あの時は。簀巻きの状態でな!


しかし犬塚キバくんは自分の非を認めないようです。


「赤丸!」


わん、と応えて俺に飛びかかる子犬。


「ほう、このジェントリーに刃向かう気ですかな?」


「ジェントリー……それがお前の名前か!」


いや、違うけど。


原作通りアホの子だコイツ。


赤丸を避けつつ指を鳴らしてキバへ接近。


どうやって捕らえようなかな。変態忍具ホルダーの手甲は置いて来ちゃったし。


まあいいや。ゲンコツ一発くらわせてから引きずって行くか。


俺も新製品の変態忍具壊されて微妙にブルーな気分だし。


悔しがって血圧上がった、たたら爺さん慰めるのは俺の役目なんだぞこの野郎。放っておくと脳梗塞で死にそうだぜ。


さて、一発お見舞い――


と思ったら、俺の拳を虫の大群が受け止めた。


これは……。


「……友達は助けるものだ」


「シノ!」


おお、援軍ですかキバくん。


って言うかシノくん。君も脱走してたんかい。


「シノが来たからにはお前なんて目じゃないぜジェントリー!」


いや、だから違うって。


そしてキバくんに急かされるように、シノくんは虫を放つ。


うーむ。虫か。


よし。


火遁・炎弾。


こうかは ばつぐんだ!


「……虫たちが」


燃え落ちる羽虫の大群を見て呟くシノくん。なんかすげえ悪いことした気分なんですけど。


結局その後、キバとシノくんは大人しく戻ってくれた。


何故か遊び相手として俺も宴会に参加させられたが。


「なあ、ジェントリー」


「俺は玄之介だっつーの!」


「……そうなのか?」


あ、なんか殺気を感じる。


ギギギ、と首を動かせば、薙乃とハナビちんがこっちを睨んでました。


すみません。一人で遊んで。


そしてシノくんですが。


「……虫が」


「……ごめんなさい」


「……いや、いい。無謀にも戦いを挑んだ俺が悪かった」


「……本当にごめんなさい」


うおー、やりずれぇ!


「……気にしないで欲しい、玄之介」


「ああうん。ところでシノくんは森で何をしていたの?」


「……虫を探してた。閉鎖された食物連鎖の中なら、貴重な虫がいるような気がして」


そうですか。


キバと同じく遊び盛りなのかなぁやっぱ。この子、虫の採集が趣味だったし。


「なあジェントリー」


「だから違うってば。二度ネタ禁止な?」


「分かったぜ」


へへ、と笑うキバ。ふむ、お子様らしいお子様ってのも、久々に見た気がする。


ハナビちん以外に、って意味ね。


あの子はキングオブお子様だから。いや、クイーンオブお子様? 可愛いからいいけど。


宴会が終わるまで、俺はキバとシノくんの相手をさせられました。


で、誕生会が終わった後、ハナビちんに怒られたり。


なんで私と遊んでくれなかったの、と。


いや、猫被っていたでしょうが君は。


誕生日プレゼントでぬいぐるみあげたら機嫌を直してくれましたが。





[2398]  in Wonder O/U side:U 三十四話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/02/09 00:16
調味料が切れたから買ってきて、と女中さんに頼まれたので買い出し。


体のいいパシリですな。


夕暮れ時の木ノ葉茶通りは賑わっております。民間人と忍が入り乱れ、雑踏って言葉が相応しい。


さって、調味料調味料――


と、商店を探していたら、見覚えのある人と会いました。


「あ、ゲンマさん」


「……ああ、あの時の子供か」


なんとか思い出してくれたのか、小さく頷く彼。


ふむん。どうしようかしら。





 in Wonder O/U side:U





夕食後の稽古を終え、隠密行動で日向邸を脱出。


目指す先は居酒屋ですよ。


変化の術を使って店内へ。バキ先生の時は宅呑みだったからこんなことしなくても良かったのになぁ。


「どうも」


「……玄之介か? それにしてもその格好……」


「何か問題でも?」


ピンク色のミラーシェイドを押し上げ、飛び出た前髪を整える俺。髪型はオールバック。体型は細身の長身ですよ。


「不知火ゲンキさん」


「ゲンマだ」


「おお、失敬」


この姿になったらやらなきゃね。


席に着き、早速注文をする。


ああ、なんでこんな場所に来ているかと言いますとね。


木ノ葉茶通りでゲンマさんと出会い、帰り道で少し話をしたんですよ。


その時、二年間放浪していた、と言ったら興味を持たれたわけで。


あー、そういえばゲンマさんの趣味って旅だったものね。


それで、帰り道の話だけでは物足りなかったらしく、こうやって居酒屋で話をしようということに。


どうやらゲンマさんのおごりらしいです。やったね!


「……お前、酒呑むのか?」


「え、何か問題でも? ゲンキさん」


「ゲンマだっつーのに。……ま、いいか。俺の知ったことじゃない」


「冷たいなぁ」


料理が運ばれて来る。鶏の唐揚げに日本酒らしき物。あと、フライドポテトらしき物も。


「……それで、砂に行ったんだって? どんな場所だった?」


「ええ。もう、暑いわインフレは酷いわで。木ノ葉の素晴らしさが身に染みましたね」


「そうなのか……食い物はどうだった?」


「ああ、すみません。路銀がそれほど多くない旅だったんで、砂で外食はあまりしてないんですよ。あ、でも……」


「なんだ?」


「なんか向こうに一楽をライバル視している店があって。そこのは、まあ、そこそこでした。醤油ラーメン並盛りが百両でしたけど」


「高っ?! 砂隠れのインフレってそこまで酷かったのか」


驚き、からからと笑うゲンマさん。


ふーむ。無気力な人だと思っていたけど、そうでもないのかね。


「しっかしまあ、実際に行った人間から話を聞くと印象が変わるもんだな。砂隠れは行かないようにしよう」


「うわー、自分の目で見てからそういう判断してくださいよ」


「仕事があるせいで無駄に外を出歩けないんだ」


ふむ。社会人は大変だ。


「……で、だ。玄之介」


「なんですか、ゲンキさん」


「ゲンマだ。いい加減間違えるな」


はあ、と溜息を吐くゲンマさん。


「……砂隠れに美人はいたか?」


……OH。


「いましたよ。割と」


「ほう」


「ただ、性格がキツイ。いやまあ、知り合った子がそういう性格だった、ってだけなんですが」


「性格なんざ付き合ってから改善すりゃいいだろ。人は見た目が五割だ」


……酷いこと言ってない?


「やっぱ露出が多かったりするのか?」


「いえ、全然。むしろ木ノ葉の方が肌を晒してますよ」


「は? だって砂は木ノ葉よりも気温が高いだろ」


「ええ。でも、日差しが強いから熱射病避けのために長袖でしたね。ただ……」


「ただ?」


「服の生地は薄く、その下は直に鎖帷子を着てました」


「……素晴らしいじゃないか」


……なんだろ。徐々にイメージが壊れてゆく。こんな人だったのかゲンマさん。


「しかし、お前も目ざといな玄之介。良く観察しているじゃないか」


「いや、普通ですよ普通」


「普通の子供はそこまで見ねぇよ」


まあ、中身はアダルトなんでね俺は。


「……話は変わりますけど、俺、あんまり木ノ葉にいなかったせいでこの里がどんな風なのか知らないんですよね」


「そうなのか? よし、なんでも聞け」


なんでも?


じゃあ……。


「風俗とかあるんですか? この里」


「……マセガキめ。いや、それ通り越して早熟だなお前」


いや、行く気はないんだけどさ。行っても俺、二次性徴前だから何も出来ないし。


原作で全く触れなかったから気になるのよ。少年誌連載だったからなぁ。


んで、その後は延々とどうでも良い話を続けたり。


少しは仲良くなれたかな?


「それじゃあ、ご馳走様でした、ゲンマさん」


「……今度は間違えなかったな」


「ええ。合ってるでしょう?」


そう言い、サングラスを外す。ああ、満足。これだけがやりたかった。


変化解除。


「……その姿、なんか違和感あるんだよな。酒呑むし。玄之介、お前何歳だ?」


「九歳です」


「嘘くせぇ……まあいい」


楊枝を上下させつつそんなことを言うゲンマさん。


ふむ。流石は特別上忍といったところか。見抜けるもんだね。


それじゃあまた、と別れ、日向邸へ。


帰宅したら薙乃さんに脱走がバレていて、翌日師匠と薙乃さんにフルボッコ喰らったのは別の話。


くそう。





[2398]  in Wonder O/U side:U 三十五話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/05/04 00:42

木の葉に帰ってきて色々と変化があった。


その中で最も大きなのは、ヒナタだ。


俺が日向宗家を出るまでは原作通り内気な女の子だったのに、帰ってきて見れば前向きとなった健気な女の子が。


どういうこっちゃ。


そんなヒナタから、新しい鉢巻きをもらったり。いやぁ、二年の放浪でボロボロになっていたんですよ。カンクロウ戦での血の染みとかうっすらと残っていたしね。


……何故かもらったもらった鉢巻きの両端に、薙乃さんが刺繍を入れてくれましたが。○の中に『因』と文字の入ったのを。


何故? 稲葉の稲じゃないの? なんで因幡の方なんだろう。


まあそれはいい。


今日も今日とて稽古である。


ある程度の実力が着いてきたため、何かを集中的に、と言うのは午前中だけだ。それは曜日によって変わる。


午後は実践形式の師匠との組み手。柔拳使わないって縛りはあるが、白眼使いやがるからどこから攻撃しても見切られたり。


まあお陰で攻撃の捌き方とか避け方とか上手くなったんだけどね!


あ、ちなみに午後の組み手はハナビちんも交えています。


交代で薙乃と師匠の相手。ハナビちんが消耗してきたら俺が相手。なんだろう。俺が一番格下だからこんな扱いされるんだろうか。


そう言うわけで師匠と組み手をしていたのですが、なんだか来客があったとかで薙乃と師匠は席を外しました。


師匠直々に相手をするなんて、誰が来たんだろうね。





 in Wonder O/U side:U





さて、残された俺とハナビちんですが。


「ねね、玄之介。どうする?」


「真面目に組み手ですよ」


「えー?」


不満そうに頬を膨らませるハナビちん。


「遊ぼうよー」


……なんだろう。原作でハナビちんってこんなに不真面目だっけ? いや、どうだろう。描写されてないから知らないけど、多分すげえ真面目ちゃんだったはず。


俺が悪影響を与えた? いやいや、有り得ませんよ。僕のような勤勉少年を捕まえて、何をおっしゃる。


「だーめ。ハナビちんだって師匠に怒られたくないでしょ?」


「それは……そうだけど」


アヒル口となり息を吹き出す。


「……玄之介、帰ってきてから遊んでくれない」


「あー、ごめんね」


そう言えばそうでした。


木の葉に帰ってきてから急がしくて、ハナビちんに付き合う暇がないのだ。この間は実家に帰ってたし、最近は師匠と薙乃のシゴキが酷くて夕食後の稽古終了と同時にぶっ倒れるし。遊んであげられたのは演習場まで出た日だけだ。


ふむ。


「よろしい。じゃあハナビちん、組み手が終わったら、旅で会得した技を披露してあげよう」


「……どんなの?」


顔を逸らしたままだけど、ピクリと耳を動かす彼女。器用だね。


「お姫様を満足させるには十分な程度に自信がありまする」


「……うむ。では許そう!」


恭しく手の振り付きで頭を下げると、満足したようにハナビちんは笑ってくれた。


さて、組み手だ。





……白眼使いって、チートだよね。


こうさ。俺が四年掛かって歩んできた道を、一気に詰められていると言うべきか。


時速百キロで走ってて、かなりのリードがあるんだけど後ろから二百キロのスーパーカーに追い立てられていると言うべきか。


年上の意地に賭けて負けなかったけどな!


「玄之介、卑怯だよー」


ハナビちんは目に砂を掛けられたせいで涙目になっている。どこか拗ねた感じが大変可愛らしい。


「ああ、目を擦っちゃ駄目。染みるよー」


「もう染みてる! ……なんでこんなことするのよ」


「いやぁ、白眼に頼りっきりは危ないってことを教えたかったのさ。白眼を使うことに集中して防御が疎かになっちゃ駄目だよ」


そう、手段を選ばなかったわけではない。決して。


「しっかし、まだまだ甘いね」


「……しょうがないよ。玄之介に勝てるわけないじゃん」


「そう言わず。……そうだ! 俺から一本取ったらなんでも言うことを聞いてあげよう!!」


「本当に? なんでもいいの?」


「勿論だとも。……しっかし長いな師匠たち。もうそろそろ休憩にしようか」


「いいの?!」


「ああ」


あー、楽しみにしていたんだろうなぁ休憩時間。


「それでは、僭越ながらこの如月玄之介、忍術を披露しましょう」


わー、ぱちぱちぱち、と歓声を上げるオーディエンスハナビちん。観客がいると燃えるね。


「それじゃあまずは、火炎瞬身!」


「わ、燃えて消えた!」


「そして火炎変わり身! 火炎分身!! 操風の術!!! カタイタチの術!!!! 大旋風!!!!! 螺旋・焔捻子!!!!!!」


ち、チャクラがヤバイ。


しかし技を繰り出す毎にリアクションが派手になるハナビちんを見ていると、どうしても止められないぜ。このエンターテイメント魂は不滅だ。


「そして新技――」


跳躍し、身を捻り一回転し、


「――衝撃のファーストブリッド!」


「てめえ、アルター能力ない癖に格好つけてるんじゃねえ――!!」


そんな突っ込みが飛んできた。


……へ?


思わずハナビちんの方を見ると、彼女は苦笑しつつ俺の背後を見ていた。


んで、そっちにギギギ、と首を向けると――


悪魔超人状態の師匠と呆れ果てている薙乃。


んで、どっかで見たことのあるガキがいた。


ええと。この場にいる男は師匠だけであって、師匠はあんな声を出さない。


消去法で自然と突っ込んだのはあの小僧ってことになるんだけど……。


はて、俺は衝撃のファーストブリッドとは言ったが、アルター能力云々なんて言ってない。


どういうことだ。


ナルト世界にそんなことが広まっているわけがないし、このお伽噺を知っているのはカンクロウだけのはず。


ふむ。何故だ。


などと考えていると、小僧――卯月朝顔が俺に手招きをしていた。


なんか癪だったので、お前が来い、と人差し指を立てて挑発する。


したんだけど、非生産的な行動過ぎたので思わず溜息。


あ、アイツも吐いた。


俺と朝顔はガン飛ばしつつ歩み寄る。っていうか、この少年は目つきが悪いからフルオートでガン飛ばしているように見える。


「君、その叫び声はどこで覚えたのかな?」


「えっと……」


思わず口ごもる。


アニメ見ました! なんて言ったらどんな反応をされるんだろうか。……朝顔少年はともかく、師匠と薙乃が怖い。


どう答えるべきか、と迷っていると、朝顔は師匠に声を掛けた。


「すみません。彼と二人っきりで話がしたいのですが」


「かまわない。好きに扱ってくれ」


うっわ、酷いぞ師匠。


そして俺を一瞥すると、師匠はハナビちんの方へ行きました。


何をやっている! ごめんなさい! と悲鳴が聞こえてくるも、俺はかまわず朝顔少年を観察する。


彼は一体何者なのだろうか。





俺の部屋へ移動し、正座で向かい合いながら俺と朝顔少年は再び自己紹介を始めていた。


「俺は卯月朝顔。これで会うのは三度目だね」


「ああはい。……如月玄之介です」


「うん。……単刀直入に聞くけどさ」


「ええ」


「君は日本出身だね?」


……ああ、やっぱりか。


さて、どうするべきだ。誤魔化すか否か。彼の言葉で、平たい言い方をすると俺たち二人がナルト世界のキャラに憑依していることは分かった。


だが、それだけで同類と思って良いものか。


うーむ。厄介ごとは御免なんだけどなぁ。忘れがちだけど、俺は大蛇丸に目を点けられたりしているのだ。これ以上変な奴に興味を持たれるのは嫌なんだけど。


しかし、そんな俺の考えなぞ彼に分かるはずもなく、朝顔少年――いや、少年なんだろうか――は先を続ける。


「じゃあ、向こう側の自己紹介をしようか」


「いいですけど……」


「俺は東京の――と言っても辺境だけど、そこにある大学に通っている四年生。君は?」


「ああ、俺も似たような感じですよ。東京とは名ばかりのクソッタレど田舎大学に通っている三年生です」


思わず素が出てしまうが、朝顔さん? は気分を害した様子もなく先を続ける。


「そうか。ところで、アニメとか好きなの?」


「ええとまあ……人並みに」


人並みに大好きです。主にロボットが。


やべえ、どうする。なんだかんだ言って俺はオタクだ。猫被らないと一般人とはイマイチ会話が噛み合わない青少年だ。もし朝顔さんの中の人がオタクとか嫌いなら――


って、この人ファーストブリッドに突っ込んだじゃん。じゃあ平気か。


「あなたは好きなんですか?」


「大好きです」


あ、即答された。負けた気分。


「ええと、どんなジャンルが?」


「ロボットとか。君は?」


「俺は、ええと……太くて硬くて暴れっぱなしなのとか」


「それはビッグマグナムだろうが!」


……あー、なんか懐かしいなこの突っ込み。サークルの先輩を思い出す。


しかし彼は四年生。先輩は五年生なのだ。つまり留年生という人非人。


まあ冗談は置いておいて。


「俺もロボットが好きですね。勇者系が特に。燃えるものならばなんでもいける口です」


そう、俺はNOT萌え。いやまあ、そういうゲームは先輩に勧められてやったけどさ。


決して自分ではやっていない。そう、決して。


「そうなんだ。向こう側の話なんだけど、俺の後輩に君に似た子がいてさ」


「へぇ、どんな人なんですか?」


「勇者系を中心としたスーパー系主義者で、非リアル系を唱えている頭の捻子が数本外れた、ニコチン中毒でアルコール中毒な駄目人間なんだよ」


……おい。その罵倒、聞いたことがあるぞ。


「そ、そうなんですかー。俺もあなたじゃないけど、似たような人を知ってますよ」


「どんな人?」


「いやぁ、先輩なんですけどねその人。留年した上に今年も危なくて、更にヘルニアを患っている人非人ですよ」


「……へ、へぇ。酷い人もいるもんだね」


思わず脊髄で放った言葉なんだけど、存外ダメージ受けている朝顔さん。


どうしたんだろうか。


……いやまあ。なんか薄々と気付いているけどさ。


しらばっくれるならば、いいだろう。


「どう思います? そういう人」


「ま、まあ人それぞれの悩みとかあるし、そう悪し様に罵るのはどうかと思うんだ」


「事実しか言ってないんですけどね。こう、何かある毎に現実逃避を始めると言うか。人間ああなっちゃ終わりだと思うなー」


「……黙っていれば調子に乗りやがって! ようやく確信した!! お前みたいな口の悪い人間は他にいねぇ!!!」


「うるせえ学年詐称してるんじゃねえよ人非人! あんた五年生だろ?!」


思わず手が出た。んでもって見事にクロスカウンター。


それでお互い頭が冷めたのか、まあ落ち着こう、と言う話に。


「……お久し振りです先輩」


「なんでお前がいるんだ、そ――」


「……玄之介でお願いします。一応周りの人間には隠しているんで」


「ん、分かった」


「で、俺がいる理由ですが……先輩は分かっているんですか? 自分がこの世界にいる理由を」


「……いや、分からないなぁ」


ですよねー。


異世界憑依なんて、それこそファンタジー。向こう側じゃあ有り得ないことなのだから。いや、有り得たからこそここに俺たちがいるのか。


「じゃあ、此方側へきた原因とかは放り投げて……今までどうしてました?」


「ん、まあ色々」


「いや、話せよヘルニア」


「今は腰壊してないだろうが!」


いきり立つ先輩を、まあまあ、と宥める。


「俺はまあ、最初の一年と半年ぐらいは日向宗家で体術学んで、後は各地を転々と。あー、そういやあ助けてもらいましたね。あの時はありがとうございました」


「いえいえ。……しっかし、無茶するな。日向宗家に弟子入りとか、普通は考えないだろ」


「ええまあ。けど、なーんか師匠は弟子入りを許してくれちゃって」


「あー、日向は如月と縁があるからね」


え、そうなの?


……まあ、少し考えれば分かることか。考えなかったのは、如月家周りのことを無意識下で避けていたからなんだろうね。


「で、先輩は?」


「憑依してから速攻で里出て、シズネさんに弟子入りした」


「そういやそうでしたね。って言うか、なんで綱手に弟子入りしないんだアンタ。そっちの方が実になるだろ」


「ばっかお前アニメ見てないのか?! あの怪力で硬球投げ飛ばしてくるんだぞ!! 強くなる前に死ぬわ!!!」


ガタガタと震える先輩。


「……ってのは半分冗談で」


「半分かよ」


「綱手姫には現役時代の力を取り戻して欲しかったから、修行してもらってた。ビンゴブックの賞金首を狩ったりとかで」


ああ、いつだったか薙乃が言っていたのは綱手姫のせいだったのね。


ふーむ。しかし先輩、なんでそんなことをしているんだろう。


「今は割と現役に近い実力を取り戻しているよ」


「左様で。……ねえ先輩。なんでそんなことしてるんです? まどろっこしい。木の葉崩しを阻止しようとしているとか?」


三忍を現役に復活させてやらせたいことなんて、それぐらいしか思い付かないんだけど。


っていうかそれ以前に、何故木の葉崩しを阻止しようとしているのか、ってことに疑問を持ってしまう。


冷たい言い方だが、木の葉崩しなんて無力なガキである俺ではなんとも出来ない天変地異みたいなもんだ。一応師匠たちにはそれとなく伝えるつもりだけど、俺個人としては過ぎ去るまでどっかに隠れてようと思っている。


それは彼の核心を突く質問だったのか、先輩は表情を引き締めた。


ちょっと前のふざけた雰囲気は消え、いやに真剣は顔となる。


「なあ後輩」


「なんでしょう」


「俺さ、この世界でやりたいことがあるんだわ」


「はぁ」


「まず、ナルトを救いたかった。これは今も続けている。俺はナルトを悲しませたくないんだ」


「それと木の葉崩しは関係ない気がしますけど」


「あるよ。三代目が死んだらナルトが悲しむ」


「……大蛇丸を倒すつもりですかい」


「まあね。けど、未来に起きる出来事を知っている俺たちなら、可能だろ?」


俺たち、ときたか。


……むーん。どうしたもんか。正直、大蛇丸と再会したくないし。ファッキン小僧のカブトには借りを返したくはあるんだけど。


「玄之介は、何かやりたいことがあるのか?」


「えっと……」


なんだろう。


俺にこの世界でやりたいことはあるだろうか。


今の目標は、ただ強くなりたいと言う願いだけだ。それは茫洋とし過ぎていて、明確な未来像なんて浮かびもしない泡みたいなもの。ちょっとしたことで弾けそうな欲求だ。


まあ、ストレートに言うと、無いってことなんだよね。


「特にないですね」


「いやお前。日向宗家に弟子入りした癖に目標も何もないのかよ」


「すいません、つい」


呆れたように溜息を吐く先輩。悪かったね。


「だったら、手伝ってくれないか? 正直手が足りないんだ。今はいいけど、中忍試験が開始されたら間違いなく俺一人じゃカバー出来ない場所も出てくる」


「でしょうねぇ。三代目の死闘に我愛羅。

面倒なことはてんこ盛りですから」


「だからさ、上手く動ける仲間が欲しい。

 どれだけ他人に未来のことを言っても、完全には信じてもらえないんだから」


まあ、そうか。未来にこういうことが起きるよ、と言われて信じるのは、よほどのお人好しか馬鹿だけだ。


……いいか。別に明確なビジョンを持って生きているわけじゃない。自分の未来図を決めるまでの寄り道だと思えば無駄じゃないはずだ。


それに、原作じゃ無事だったけど、木の葉崩しでハナビちんが無事でいられるかどうか心配だしね。どうにもあの子は日和ってるから、音の忍に捕まらないか不安なのだ。


俺のせいで今のハナビちんになっちゃった責任もあるしさ。兄のようなもの、と言ってくれたのだ。そこまで言われて護らないのは男じゃない。


「いいですよ。手伝いましょう」


「そうか。それでこそ後輩」


「調子の良い先輩だなぁ」


「気にすんな。……ところで玄之介。

 お前、どの程度まで強くなった? 旅して修行していたんだろう?」


「まあ、それなりに。鬼コーチが着いて回ったんで」


思わず遠い目をしてしまう。


「……あのウサミミの子?」


「追い詰められた兎は、狼よりも凶暴ですよ。

 って言うか、俺のこと殺そうとしてますね絶対。ボケたら即死系の突っ込みして来るし」


「そりゃお前が悪い」


即答する先輩。アンタもそういうこと言うのか。


「かなり優しいと思うんだけどな」


「そうかなぁ。

 ……まあ、たまに優しいんですけどね。でも普段は蝶厳しいですよ」


「そうなん? 前に遭遇した時とか――いや、止めよう」


「なんでさ」


「……てめえは乙女心ってのを少しは考えろ」


どういうことだこの野郎。このジェントルメンを掴まえておいて。


「まあ、その話は置いておいて。……つまり、そこそこ強いんだな?」


「どうでしょう? 原作キャラとの勝率は酷く悪いですよ」


ネジ:敗北。


カブト:敗北。


テマリちゃん&カンクロウ:勝利。


我愛羅:敗北。


カンクロウ:勝利。


師匠:ボロ負け。


うん。酷い戦闘記録だ。


「お前そんなに原作キャラに喧嘩売ってるのかよ」


「ちっげーよ! 向こうが勝手に敵対するんだよ!!」


そうだとも。ネジとかカブトとか我愛羅とかカンクロウとか。全員血の気が多すぎるんだ。


俺は悪くない――よね?


「強いのか弱いのかはっきりしないな……よし、戦うか」


「は?」


「それが一番手っ取り早いだろ。俺もこの四年間でそこそこ強くなったつもりだから」


……本当かよ。向こう側で怠惰の限りを尽くしていた人間が言っても説得力ないぞ。


なんて心の声は決して口にせず、俺は首を傾げた。


「まーいいですけど。俺、今チャクラが底着いてますよ」


「そりゃああんだけ術を連発すればなぁ……。

 じゃあ明日、待ち合わせの場所と時間を連絡するから」


「了解すー」


話はまとまり、俺と先輩は部屋を後にした。


まあ、積もる話はあるんだけど、師匠が待っているから長話はできないのだ。


……稽古に復帰したら、ハナビちん共々気が弛んでると怒られた。


理不尽だ。





[2398]  in Wonder O/U side:U 三十六話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/05/04 00:42


木の葉第二十五演習場。


雰囲気は死の森に近く、不自然に巨大化した植物が鬱蒼と生い茂っている。


時刻は六時を少し回ったぐらい。夕日は山間に沈み始め、街には夕闇が降り始めている。


――だと言うのに。


「遅いな」


「遅いですね」


何やってんだ先輩。こっちの世界に来ても時間にルーズなのか。


こうやって演習場の前で待ち続けて三十分。時間ピッタリに来たというのに、なんで待ちぼうけ喰らってんだ俺たち。


などと思っていたら、不意に蹄の音が聞こえてきた。


珍しいな、と思いつつ顔を向けると、そこには馬に跨った先輩が。


……何やってんだろう。


「ごめん。遅れた」


「アンタはまだ遅刻癖を直してないのかよ! いい加減にしやがれ!!」


「そう怒らないでやってくれ。

 姉に演習場の鍵を借りるのに時間が掛かったのだ」


……おい。しゃべったぞこの馬。


しかも口調が偉そうだ。馬の癖に。


「……薙乃さん」


「なんでしょうか」


「馬って喋るの?」


「私も喋っていますが」


それもそうか。


……いいのかこんな納得の仕方で。まあ、蛙も狐も狸も亀も喋るわくわく動物園だしなこの世界。


「お久し振りです」


「ああ、久しいな薙乃。一年半振りか」


「あれ? 薙乃顔見知りなの?」


「ええ。主どのが両腕を切断され掛けた時に運んで下さったのですよ」


礼を言え、と無言のプレッシャーを掛けてくる薙乃。言われなくてもするってば。


「その節はどうもありがとうございました」


「気にするな。

 ……しかし、良い具合に尻に敷かれているな」


外から見てもそうなのかい。俺、自分の未来が心配になってきたよ。


「彼は道中仲間になった馬。

 ほら、自己紹介よろしく兄やん」


「我が名はトロンベ」


思わず顎が落ちる。


「……おい先輩」


「なんだ?」


「なんのつもりだ馬鹿」


「いや、いい名前でしょうよ」


「ああ、気に入っているぞ」


わけ分からねぇ。どんな神経しているんだよ。


まあいい。取り敢えずメンツは揃った。


先輩が演習場の鍵を開け、その後に続く。


鬱蒼とした森の下で、俺は先輩と力試しをすることとなっていたのだ。





 in Wonder O/U side:U





「んじゃまあ、どっちかが致命傷を負うようなアクションを喰らったら負けってことで」


「オーケー。実際に致命傷を負わすのは駄目ってことで」


お互いにルールを確認しつつ、二十メートル程度の距離を取る。


観客は薙乃とトロンベ。……なんか違和感あるんだよなぁ、この名前。


まあいい。


「あ、そうだ。先輩!

 単純に戦うのは燃えませんから、何か賭けませんか?」


「えぇー。じゃあ、一楽の醤油チャーシュー大盛りを賭けよう。美味いよ?」


「何それ。危機感がまるでないですよ。

 もっとスリリングな物を賭けましょうってば!」


仕方ない、と言った感じで首を振る先輩。


「じゃあ、この綱手様注釈付き下忍指導要綱でどうよ」


そう言い、懐から取り出された本。


……む。なんだそれ。三忍の注釈入りってマジでか。


普通に考えたらすごい貴重品だよな。それに、なんだかんだ言っても俺だって下忍の鍛錬で取り溢したこともあるだろうし。


よし、乗った。


「お前は何を賭けるの?」


「じゃあ薙乃で」


「何言ってるんですかあなたは!!」


大人しく見ていると思っていた薙乃が素っ飛んできて跳び蹴りをかましてくれました。


錐揉みしながら大木にぶつかり、全身の関節から嫌な音がっ。


……痛い。これから試合なんですよ?


「じょ、ジョーク。ジャパニーズジョークですよ」


「なんですかそれは!

 大体ですね、賭け事をするってだけでも駄目なのに、その上私を差し出すとは何事ですか。

 あなたは私の主としての自覚が――」


「ごめんマジごめん冗談です出来心ですもう言いません愛してるから許して」


ひたすらに平謝り。


そうしたら薙乃さん、何故か顔を赤らめて収まってくれましたよ。


「ま、まあ、しょうがないですね。

 許してあげましょう」


そう言い、元の場所に戻る薙乃。先輩とトロンベが呆れたように溜息を吐く。


「……で、何を賭けるんだ後輩」


「んー、じゃあこれで」


そう言い、手甲の二番ボタンを押す。


現れるのは封印した変態忍具リボルビングバンカー。ごめんたたらの爺さん。あの指導要綱に釣り合う代物がこれしかないんだ。


爆煙と共に現れた凶器を見て、先輩は目を見開く。うむ、良い反応だ。


「ちょ、欲しい。欲しい……」


「これを賭けましょう」


あー、なんかやる気を出させちゃったみたいだよ。やたらと張り切って屈伸運動とか始めてる。


まあいい。俺も先輩が賭けた物が欲しいしね。


さてと。取り敢えず螺旋・焔捻子は封印。あと大旋風を使ったファーストブリッドもかな。使っても操風でのファーストブリッドだろう。


あとはリボルビングステークと全力でのカマイタチ? 割と使用禁止が多いなぁ。


「では先輩。 Are you ready?」


「OK」


「そんじゃま、いざ尋常に――」


「――勝負」


掛け声が響くと共に、俺と先輩は行動を開始する。


まずは相手の力量を計るべき。そう思ったのは同じなのか、鏡合わせのように俺も先輩も苦無を投擲する。


俺の投擲技術は並。それはあちらさんも同じだったようで、動き続ける的に当たることはない。


ふむ、ならば苦無の無駄か。


牽制にならない牽制を続ける必要はない。ならば得意とする忍具で勝負。


先輩の投げる苦無を回避しつつ、俺は手甲の一番ボタンに指を這わせた。


ボタンを押し込むと同時に口寄せカードが排出され、爆煙と共に忍具が顕現する。


現れたのは一番変態忍具・チャクラムシューター。


さて、リビルビングバンカーであんな反応をしていたのだから――


俺は躊躇うことなくチャクラムを射出する。


先輩は俺の腕に装着されたチャクラムシューターを凝視して動きを止めていた。取るならば今。


弧を描いて先輩に鋼線が巻き付き、拘束する。さて、接近してトドメだ。


と思った瞬間、巻き付いていたワイヤーが切断される。


あの体勢から暗器を取り出す余裕はないはずなんだけども。


使い物にならなくなったチャクラムシューターを外し、俺は半身に構えつつも相手の両手を注視する。


先輩の手からは、青白い剣――確か、シズネの使っていたチャクラ剣――が伸びていた。トゥーソード。まあ、二刀流だね。


成る程、力試しをしたいと言うだけのことはあるか。チャクラの形態変化。確か上忍レベルの技術のはずだが――


まあいい。身のこなしやチャクラムシューターに絡め取られたことを考えれば、それ以外は俺並かそれ以下。高等技術を持っていたとしてもその一点のみにしか特化していないのならば、やりようはある。


瞬身の術を発動。一気に間合いを詰め、クロスレンジへ。


取り敢えずは先輩の剣技がどの程度なのか確かめるための行動だ。


脳裏に過ぎるのはカブトのチャクラのメス。


一度戦ったことのあるタイプだ。迂闊に接近すればあの時の二の舞を踏むことになるだろうが、今の俺ならばある程度は対処できる。


加速の途中で苦無を投擲。それを切り払われ、反応はそこそこと判断する。


続いて掌を叩き込むべく腕を構えたのだが、先輩の行動はそれよりも早かった。


「小太刀二刀御神流、奥義之陸・薙旋」


何か来る、と知覚し、逆噴射の要領で脚を止め、チャクラで地面を抉る。読みが当たり、横薙ぎに振るわれたチャクラ剣が虚空を引き裂いた。


右が振られ、引き戻されると同時に左が。二撃目を繰り出したところで俺に当たらないと判断したのか、腕は止まってしまう。


ああ、駄目駄目。


例え空振りだとしてもそのまま続けていれば牽制にはなっただろうに。


そんなことを考えつつ、再び瞬身の術を発動。今度こそ先輩の懐へ飛び込み、その途中で右腕を捻子った。


「焔――」


そう言えば先輩はこの技を知らないか、と思いつつ、


「――捻子」


全力ではなく、相手の機動力を奪う程度の掌を打ち込んだ。


しかし、ナルトを救うと豪語しただけはあると言うべきか、先輩は寸でのところで瞬身を発動。緊急回避を行って離脱する。


掌には掠った感触しか残っていない。ダメージと言えるものは与えていないだろう。


さて、次はどんな手で来る。どんな手を持っている。


狩りに掛かっている自分に苦笑しつつ、俺は脚を止めて息を整える。


先輩は接近戦は拙いと判断したのか、距離を取りつつ印を組む。印の形から見て、アレは変化の術なんだけれども――


「……おいこの野郎」


「なんですか主どの」


ファッキン。


なんか目の前にいたクソ小僧は薙乃の姿になりましたよ。


なんだろう酷く苛つく。様子見なんて知ったことか! 正面から粉砕してくれるわ!!


と、勢い込んで突っ込んだのは良いものの。


拳振り上げて、フルボッコにしてやんよ、と叫んだ瞬間、先輩の姿が三つに増えた。


……あ、馬鹿みたいな挑発に乗っちゃった。


けど、そう思った瞬間にはもう遅い。


虚を突かれてしまった俺は思わず脚を止め、その隙を突いて先輩は先程の剣技を再現する。


「小太刀二刀御神流、奥義之陸・薙旋」


一撃目。二の腕から胸に掛けての斬撃を回避。しかし、その挙動で左側に寄ってしまったために二撃目をかわし切れなかった。


骨には達しないが、それなりの深さまで引き裂かれる。思わず顔を歪めつつバックステップを踏み、三撃目を掌で受け流し、四撃目を完全に避けた。


右手の平が軽く裂けたが、掌を放てないレベルじゃない。


一度外れてしまったスイッチを再び入れ、俺はどう攻めるかと目を細める。


今の連撃で分かったことだが、振るわれるチャクラ剣の速度はそれほど速くない。それに結局は腕の延長として振るわれる術だ。射角には限界がある。


ならば――


俺に手傷を負わせたことで調子に乗ったのか、先輩は連撃を振るうために踏み込んでくる。


だが遅い。おそらく、追うか否か、と考えたのだろう。そのために生まれたタイムラグで、俺に行動を許す刹那を生み出してしまっていた。


火遁・炎弾。


右手を忙しなく動かし、剣指を地面へと向ける。


ちらり、と先輩を見れば、彼は目を見開きつつ動きを止めていた。


好機だ。


撃ち出された炎弾は地面に激突して爆炎となる。炎の壁の向こう側に人影があるのを認めつつ瞬身を使い――


――背後へと回る。


先輩は無防備な背中を晒しつつ、両手で襲い来る炎から顔を庇っていた。


背後にはチャクラ剣も届くまい。


口元が歪むのを堪えきれず口の端を釣り上げ、俺は右拳を構える。


そして左手で風遁・操風を行使し――


「――衝撃のファーストブリッド!」


みしり、という鈍い手応えと共に、先輩はくぐもった悲鳴を上げた。


ありゃ、やりすぎたか?


骨を折らないように手加減した一撃だったのだが、予想外に生々しい感触が返ってきたため冷や汗が背中を伝う。


そんな風に考えた瞬間、動きを止めてしまった。その際に先輩は脱兎の如く距離を取ると、腰をさすりつつ俺のことを睨み付けてくる。


む、腰をやったか? こっちの世界でも腰が悪いのかしら。


まあいい。


さて、次はどうしてくれようか、と考えた時だ。


「……バスタァァァァァ――!」


「ま、まさかっ?!」


なんだあの男。バスターマシンの技を再現したとでも言うのか? この俺のように?!


思わず一歩後じさり、左手を構える。


なんだ? この距離ならば近接技はないだろう。ならばバスタービームかバスターミサイル? あれらを再現するなんて、一体どんな――


と、警戒しまくったのだけど、それは徒労に終わった。


先輩は腕を振り上げ、何かを投擲してくる。おそらくは厄介なものだと予想したのだが、実際のところ飛来してきたのはただの苦無。


騙された、と思うよりも早く脊髄で行動し、左手で印を結ぶ。


風遁・操風の術。


巻き起こった風で苦無は軌道を逸らされ、全てが地面に突き刺さる。


ほ、と一息吐きつつも舌打ちし、視線を上げる。


文句の一つでも言ってやろうかと思ったのだが、予想に反してそこには誰もいなかった。


ならばどこに――


「イーナーズーマー……」


声は真上から聞こえた。見上げれば、先輩は黒のジャケットを翻しつつ跳び蹴りの体勢へと入っていた。


「キィィィィィィィィック!!」


足下に来た木を踏み台にし、目標を定めると先輩は突っ込んでくる。


まー、やりたいのは分かるんだけどさ。


「焔――」


そんな真っ直ぐな攻撃は、


「――錐」


カウンター入れてくださいって言ってるようなもんなんだよね!


迫る脚を紙一重で避け、擦れ違い様に手刀を肋骨の隙間から肺へと叩き込む。彼は自分の全体重と俺の突き出した手刀、捻子った腕の捻りを全て受け止める。


結果、立てるはずもない。


先輩は気の毒に思えるほどか細い息を吐きつつ、胸を押さえて悶絶する。


まあ、あれだ。


「俺の勝ちですね」


そう言い、俺は苦無を先輩の首筋に当てた。





「いえー。見てた薙乃ー」


「ええ。まあ、良くやったのではないでしょうか」


手厳しいのかそうじゃないのか微妙な判定です。


一方、先輩はと言うと。


なんだか反省会でもしている雰囲気で、膝を抱えつつ地面にのの字を書いていた。


よし、なんだか落ち込んでいるみたいなので傷口に塩を塗り込んでやろう。


「いやー悪いですね先輩」


「……へーんだ」


「いや、そんなに拗ねないで」


うわ、存外凹んでる。


「……まあいい。ほれ」


「あ、ども」


無造作に先輩が賞品を手渡してくれる。


パラパラと捲ってみれば、いろんなところにアンダーラインと注釈が書かれていたり。


「はい、確かに受け取りましたー」


「おい後輩」


「なんでしょうか」


さて、家に帰って中身を熟読するべ、と帰宅コースに乗った僕ですが、なんだか呼び止められましたよ。


「……お前、片手印とか卑怯だろ常考!」


「いだだだだだ!」


唐突に顔面を掴まれアイアンクロー。


「何するんですか?!」


「バスターコレダーだっ!!」


なんか理不尽を感じる。


俺勝負に勝ったのに、なんで責められてるのー?







[2398]  in Wonder O/U side:U 三十七話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/05/04 00:43


午前中の稽古が終わり、昼休み。俺は屋敷へと戻るハナビちん達を尻目に、師匠へ問い掛けていた。


「師匠。ちょっとした質問なんですけど」


「なんだ」


「チャクラの剣を武器にする相手とは、

 徒手空拳だとどんな風に戦えば良いんでしょうか」


そんなことを言ったら、何をほざいているんだこの馬鹿、みたいな目で見られた。


いやぁ、先日の先輩と戦って思い知ったのだけど、刀剣類を操る相手は素手だと戦いづらいんだよね。


実体剣ならばまだ救いはあるんだけど、チャクラの剣だと、打つ手がない。チャクラでしか防げない剣なんて避けるしかないじゃないの。


だからまあ、深手ではないにしろそれなりの傷を負ってしまったわけだし。


「玄之介、アカデミー生でも分かることだぞ。

 チャクラによる攻撃はチャクラで防げばいいだけのことだろう」


「んなこたぁ分かっていますよ。俺を馬鹿にしていますね師匠?」


「聞き方が悪いんだ愚か者!」


怒られた。


「じゃ、じゃあ、ガードする部位にチャクラを集中すればいいんでしょうか」


「当たらずとも遠からず、だ。

 貴様は刃が迫る瞬間に命中する部位にチャクラを集中する、などという離れ業が出来るのか?」


「無理っす」


掌だけならば可能だけど、全身に、しかも敵の攻撃が迫っている時に、ってのはちとキツイ。


あれ? 掌だけなら?


「……師匠」


「なんだ」


「柔拳って、チャクラを使用した攻撃の防御に対しても有効なんですか?」


「無論だ。日向は木の葉で最強だぞ」


ですよねー。


「……柔拳教えてください。型は今までので十分なので、チャクラの流し方を」


「秘伝を教えるわけないだろうが阿呆!」


怒号と共に回天でぶっ飛ばされた。


人が真剣に悩んでいるのに酷いや。そして簡単に秘伝を使うのはもっと酷い。





 in Wonder O/U side:U




錐揉みしながら屋根に突き刺さり、お陰で埃まみれの擦過傷まみれになった。


……思うんだけど、俺って段々頑丈になってないかなぁ。


痛いことは痛いけど、足腰立たなくなるまでのダメージなんて最近受けてないし。


まあ、一日中しごかれると体力が尽きて足腰立たなくなりますが。


ふむ。まあいい。


さて、取り敢えず師匠からヒントは貰った。柔拳が覚えたいです。


でも師匠はあんなんだしなぁ。


……よし、ここは友情パワーに頼るぜ。


屋根から飛び降りて庭へ。そして空高く手を掲げると、俺は声高らかに彼女を呼ぶ。


「薙乃っ、カムヒアー!」


「……なんですか騒々しいですね」


どうやら昼寝でもしていたらしい。目を擦る薙乃さんは不機嫌そうですよ。


うわぁ、この人こんなに寝起きが悪かったっけ。


「あ、あのですね」


「なんでしょうか」


「柔拳使える?」


「お休みなさい」


速攻で踵を返した彼女の裾を掴み、ズルズルと引き摺られる。哀れだ。


「……主どの。そんなに手数を増やして何がしたいのですか」


「そうなんだけどさぁ。

 この間先輩と戦ったとき、チャクラ剣を防げなかったのは薙乃だって見てたでしょ?」


「ああ、成る程。チャクラ系の攻撃を防御したいのですね」


理解が早くて助かります。


「しかしですね。防御せずとも、避ければ良いではありませんか」


「避けたら距離が開いちゃうよ。接近戦が出来ないでしょ?

 忍術で牽制しようにも、相手がチャクラ剣だったら切り払われるだろうし。

 剣を捌く術が欲しいんだ」


剣道倍三段、と聞くけど、実際に格闘技はやったことがなかったために実感は湧かなかった。抜け忍狩りをしていた時だって、チャクラ剣を使う相手とは出会わなかったから苦無で受け流すなりは出来たのだけれど。


「……そこまで考えたのならば良いでしょう。

 自分に出来ることと出来ないことが分かってきたようですね」


「ありがと」


「いえ、あなたが自分で気付いたのならば、私は嬉しい。

 ……しかし、申し訳ありません。知識として知ってはいるのですが、教えることは出来ないのです」


申し訳なさそうに耳を垂らす薙乃。うーん。無茶を承知で聞いたのだけど、悪いことしたな。


俺は笑みを浮かべつつ手を振ると、気にしないで、と声を掛ける。


「都古墜の応用でなんとかならないかなぁ」


「無理でしょうね。

 確かにあの技はチャクラコントロールを行って痛烈な打撃を与えるのですが、外部破壊です。

 内部破壊である柔拳とはベクトルが違う」


「むー。そうなると、やっぱ本家に聞くのが一番か」


「本家、ですか?」


「うん。休んでいるところ悪かったね、薙乃。……ハナビちーん」


「だ、駄目です! 待ってください主どの!!」


ハナビちんのところへ行こうとしたら、何故か引き留められた。


なんでだ。





「任せて玄之介!」


教えてください、と頭を下げたら、ハナビちんは快く引き受けてくれた。


……なんか背後で薙乃さんがおっそろしい顔してこっち見てるけど気にしない。


ちなみに俺たちは日向宗家の敷地内にある森の中にいます。午後の稽古をボイコットしているのですよ。


……んと。


「ハナビちん」


「何?」


「師匠どうしよう」


「……わ、私は嫌だって言ったのに、玄之介がこんなところで……」


「君は何を言っているのかなぁ?!」


と、叫んだら足下に苦無が飛んできた。


はい、真面目にやります。


「じゃあ先生。よろしくお願いします」


眼鏡してるしなんとなく先生の風格が……ないなぁ。いくらなんでも幼すぎるぜ。


「はい、お願いされました。

 まずはねー、玄之介は掌にチャクラを集められる?」


「出来るよ」


螺旋丸もどきの要領で掌にチャクラを集中。螺旋を描かないのならば、左手でも可能なのだ。


と、やって見せたらハナビちんは眉を吊り上げた。


「理不尽だー!!」


「な、何事?!」


「私、それが出来るようになるまで半年掛かったんだよ?!

 なんで玄之介はすぐに出来るのよ!!」


「それこそ理不尽だってハナビちん!!」


こちとら屈折の末に、やっと掌に螺旋を描くチャクラを乗せられるようになったんですよ。むしろ半年でチャクラの集中を出来る君がおかしい。


まあいいよ、と若干拗ねながらも話を進める先生。


「じゃあ、一発殴るからそれでどんなもんか体感してみて」


「……バイオレンスだね」


「父上はこうやってるよ?」


「そうでした」


うむ。あの人、あらかた実体験させてからやってみろと言うのである。


掌を構えるハナビ先生。彼女は、ふ、と息を吐きつつ小さな手を打ち込んできた。


ガードするなと言われなかったから、取り敢えず腕を交差して受ける。捌きはしないけど、って――


微かな衝撃と共に生まれたのは、浸透する違和感だ。そして刹那の内に痛みが追い付き、思わず歯を食い縛る。


「これが柔拳の基本。どう?」


「中に響くね、こりゃ。……手加減してくれた?」


「うん。玄之介には怪我させたくないから」


良い子だ。


しっかし、どうしたもんか。下手に都古墜なんて技を知っているから、チャクラで反発させるのではなく、チャクラを流し込む、って感覚がイマイチ分からない。


他人の身体にチャクラって流し込めるもんなのか。いや、もんなんだろう。現に今やられたし。


うーん。自分のものが相手の身体に入るってエロスを感じる。なんて冗談を言っている場合ではなく。


「こう?」


「違うよー。吹き飛ばすんじゃなくて、打ち抜く感じ」


抽象的ですな。


立てた木偶人形に掌を打ち込むも、ハナビちんの評価は厳しい。人形の中にはチャクラを通すと色の変化する紙が仕込んであるため、成功したかどうかが一目で分かるのだ。


……ん。いや待て、打ち抜く?


要は、光のパイルか。


そうとなれば話は早い。


拳を構え、捻子った掌にチャクラを集中させる。


打ち抜く――


「どうだっ!」


肘を通して一本の杭が腕に内蔵されたよう、錯覚する。


そしてインパクトと同時に妄想の杭を射出し――


打撃の衝撃と共に、木偶人形から紙が吐き出された。


「あ、やったじゃん玄之介!」


「お、おお……」


なんか感動。


しっかしなぁ。


「これ、連射が利かないね」


「今のは一発に力を入れすぎなのー。

 もっと力を抜こうよ。柔拳は手数で相手を圧倒するんだよ?

 今のはそれこそ、玄之介の使う『くきりゅう』ってのだと思う」


九鬼流ね。漢字が分からないようなので、発音が不鮮明です。


しかし、そうか。まだ実践には使えるレベルじゃないけれども、いずれは焔捻子のアレンジVerとして使えそうだ。


名付けて、柔拳・焔捻子。螺旋・焔捻子よりもチャクラの操作が楽だから、鍛えれば左手でも出来るだろう。ふむ、両手で別の焔捻子。完成が待ち遠しいね?


「よし、感覚を忘れない内に次のを」


「うん。頑張って玄之介!」


と、意気込んで練習していると、


「甘いぞ玄之介!」


そんな声が轟いた。


聞こえた方を見てみれば、大木のてっぺんには腕を組んだ師匠が。何やってんすか。


「そんなことで柔拳を使えたと思うなど片腹痛いわ!

 ハナビ!! お前も未熟な癖に他者へ技を教えるなど、何様のつもりだ!!!」


そして飛び降りる師匠。


ええ。その後は柔拳の指導をみっちりされました。


秘伝じゃなかったの? と問うたら、


「不完全な技を使わせるなど、日向宗家の恥だ」


とのこと。


難しい人だ。いや、ある意味分かり易いのかな?





[2398]  in Wonder O/U side:U 三十八話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/05/04 00:43


師匠の叩き付けてくる掌を、チャクラを乗せた掌で弾き、受け流す。


チャクラを放出ではなく、掌に留めておく。割と神経使うんだけど、螺旋丸の練習を何時間も続けていたりしたから慣れればなんとかなる。


それでもまあ、捌くために思考しながらだからチャクラの集中は感覚で覚えないとなんだけどね。


柔拳を辛うじて覚えた俺。連続使用は現段階で五分ほど。実戦での打ち合いなんて数分だからこの程度で充分やも。


しかし、未だに精度が甘い。それは自分自身でも良く分かる。


師匠の掌には一定のチャクラが張ってある。それと比べ、俺は多かったり少なかったり。適量を超えるか少なかった場合、反動を受けて体勢が崩れてしまう。


故に、完璧な精度で扱えるのは二分ほど。それ以降はド根性出しても掌の応酬に気がいっちゃって不安定になるのだ。


そんな状態に達するだけでも一週間が経った。難しいもんだぜ。


「時に玄之介」


「はっ、な、なんですか師匠」


こっちは息切れしてるっつーのに向こうは平気な顔してやがる。


「白眼を持たないお前では、柔拳の真価を発揮することは出来ないぞ?」


「ああ、経絡系が見えませんからね」


「む――まあ、そうだ」


「でもいいんですよ。

 相手を完全に行動不能には出来ないでしょうが……」


うむ。不殺を決めている俺にとって、白眼はすごく欲しい。


しかし、無い物ねだりをしたって始まらないのだから、しょうがない。


「けれど、経絡系が見えなくとも柔拳で手足の筋組織を麻痺させれば、相手を動けなく出来るでしょう?

 全くの無駄じゃない。それに、チャクラ系の技にも対応出来ますから」


そうだ。割と残酷だが、両手足を動けなくすれば命を奪わずに済む。ある意味、俺にとっては最高の攻撃手段だろう。


……あれ? 螺旋・焔捻子と柔拳・焔捻子って、オーバーキルじゃね?


い、いいのだ。きっと柔拳の効かない奴とか出てくる。その時に必要となるのだよ!


――ファッキン小僧のカブトとかな。


「そろそろ、捌くのも上手くなってきたな」


「ありがとうございます」


「良い頃合いか。ならば、これはどうだ? 往くぞ――」


そう言い、半身を引きつつ両手を広げ、


「――八卦六十四掌」


剣指での六十四撃を叩き込まれた。


これが噂の奥義ですか。


――って、


「俺を再起不能にする気かアンタ!」


盛大にぶっ飛ばされ、全身に耐え難い痺れを覚えつつも、文句を言って跳ね上がる。


「いや、それなりに送り込むチャクラの量は加減したのだが。

 ……屍人かお前は。何故動ける」


ゾンビね。


「酷いなぁ」


そう言いつつ立ち上がり、再び掌を構える。


……構えたんだけど。


「師匠。チャクラが出せません」


「チャクラなしで捌いてみせろ」


「んな無茶な?!」


「戦場では何が起きるか分からんぞ?

 ――死にたくなければ、抵抗してみせろ」


そんな悪役台詞を楽しそうに言うなや、いい大人が。





 in Wonder O/U side:U





午前中の稽古……って言うか。一方的なリンチをなんとか乗り切り、昼休憩。


今日は久々にハナビちんにお伽噺を聞かせているのだった。


「そこで名無しのヴァンはこう言ったんだ。

 『俺は童貞だ!』ってね」


「……ねえ、玄之介」


「なんだい?」


「どうてい、って何?」


「む、それはだねー」


さて、少し早めの性教育となるのかしらん?


などと考え、口を開こうとしたら、だ。


障子を突き破って薙乃さんがダイビングしてきました。


そしてスパイラルキック。側頭部直撃である。


「何教えようとしているんですかアンタは!!」


「……すいません、つい」


窓ガラスに頭突っ込みながらそんなことを言う。喉がチクチクします。痛いです。死の気配を感じます。


「ちょっと薙乃! 何をしているのですか!!」


「いえ、しかし、ハナビ様。主どのは本当に馬鹿げたことを――」


「だからってこんなのは酷すぎるでしょう。早く助けなさい」


そうハナビちんに言われ、しぶしぶ俺を引っこ抜こうとする薙乃。ちょ! 首が切れる切れる!!


「大人しくしてください」


「イエッサー」


苦無で尖ったガラスを取り除きつつ、薙乃に救出された。ふむ、なんか視界が赤いけど気のせいだろね。


「玄之介、痛くない?」


「大丈夫。慣れてるから」


怖々とした手つきでガラスの破片を俺の頭から取ってくれるハナビちん。悪いなぁ。


「ね、もうそろそろ午後の稽古だよ」


「あ、ごめん。

 俺、チャクラが出るようになるまでは休んでろって言われたんだ」


そうなのだ。


体術の稽古だけでも出来るだろうに、師匠はそんなことをのたまった。


くっそ、柔拳のコツを掴んできたってぇのに。


……まあ、最近休んでなかったし丁度良いかな。仕方ないもんは仕方ない。


「回復したら合流するよ」


「ずーるーいー! 私も休む!!」


「……主どの。こうなることが分かっていて言いましたね?」


「すいません」


溜息を吐きつつ、薙乃はハナビちんの首根っこを掴んで引き摺る。


「ほらほら、行きますよ」


「やーだー!」


ドップラー効果を伴って消える二人。なんだかんだ言ってもハナビちんはお子様だなぁ。


手拭いで額を拭きつつ、換えの鉢巻きを装着。


さて、外へ出るとしますかね。





兵糧丸をちびちびと食べつつ向かったのは演習場。


髪飾り紛失、ペド軍団参上事件以降、俺はここへ何度か足を運んでいた。


ハナビちんもここの人達を気に入っちゃったみたいで、薙乃、ハナビちんと夕食前の散歩で良く来るのだ。


確か、今の時間帯は特別上忍の皆様が使っているはず。


フェンス越しに忍術の練習している人――中でも火遁を練習している人――を見る。


砂隠れに行ったから風遁はそれなりに出来るようになったんだけど、逆に今度は火遁がおざなりになっちゃったんだよね。


せめて牽制ではなく、キチンと攻撃になるような技が欲しいんだけれども、片手印という特異性のせいで、師匠の指導はあまり当てにならない。


一応、如月の秘伝書を預かっているらしいのだけど、やはり内容が難解なのだろう。そのせいで指導がイマイチぴんと来ないのだ。


だから俺は、散歩がてら演習場に来ることがあった。ぶっ放されている火遁を見て、糧にしているのだ。


フェンスに張り付きガン見する。そんなことをしていると、


「お、玄之介じゃないか。珍しく一人か」


真横からゲンマさんに声を掛けられた。


「あ、どうも」


まあ入れ、と言われたので、フェンスを跳び越えて演習場の中へ。しかしチャクラが練れないので、最後の方は這い上がっていた。無様だ。


「……どうした?」


「いやぁ、師匠に経絡系を麻痺させられたんで、チャクラが練れないんですよ」


「今度はどんな悪さをしたんだお前」


おしおきだと思われてる?


「嫌だなぁ。

 紳士でバロンなこの俺が、悪さなんてするわけないでしょう?」


「そう思っているのはお前だけだ馬鹿」


ふむ。どうやら認識のズレがあるようで。


「しっかしチャクラが使えないって存外不便ですね」


「だろうな。それでもこのフェンスを登れたりするんだから、人外じみてるよ。俺も、お前も」


咥えた楊枝を上下させながらそんなことを言うゲンマさん。


「で、何しに来た。両手に花を持ってないお前に用はないぞ」


「ペド……幼児趣味なのかアンタも」


「いや、俺じゃなくてだな。演習場に詰めてる連中が何故か活気付くんだよ」


うわぁ……薙乃も、ってことはペド野郎だけじゃなくてロリコンもいるわけか。木の葉って思ってた以上に腐ってるナリ。


「ところでゲンマさんは訓練しなくていいの?」


「ああ、俺は休憩中。これから遅めの昼食だよ。一緒に来るか?」


「行く行くー。

 ……と言いたいんですけど、昼飯食べた上に兵糧丸でブースト掛けたから、太ります。ノーサンキュー」


「ほう、そうか。よし、甘味を奢ってやろう」


太ると言っているのに、この人は楽しげにそんなことを言った。性格悪い人間ばっかだ。


まあいいか。経絡系の回復まで時間掛かるし。





ゲンマさんはある意味俗っぽい人間なので此方側じゃあ新鮮だった。


飯食べてるっつーのに、あの女はどうのこうの、とかそんな話題を振ってくる。いやあ、好きなんだけどねそういう話。


「……あの、俺、一応子供なんですけど。

 刺激が強いんじゃないかなぁ、そういう話」


「はっ。子供は酒呑みつつどうでもいい話なんて出来ないだろ」


ごもっともで。確かにあの時は歳不相応な質問をしちゃったしね。


んで、ゲンマさんは昼食を摂ると再び演習場へ。俺は俺で麻痺が取れてきたから日向宗家へ。


さて、せっかく八卦六十四掌を見せてもらったんだし、真似でもしてみようかな。


なんて思っていると、だ。


ばったりと白目な少年と出くわしました。


彼は俺を見た瞬間に顔を強張らせ、俺は俺で眉間に皺を寄せる。


ネジくんですよ。


まあ、下校時間だから出くわすのも有り得なくはないか。これが初めてってわけじゃないしね。


演習場に行った帰りとか良く擦れ違うのだ。大抵は薙乃かハナビちんがいるから彼は話し掛けてこないけど。


しかし今日は俺一人。


だからなのだろう。彼は俺の通せんぼをすると、仁王立ちしつつ口を開いた。


なんぞ。


「如月玄之介」


「なんでせう」


「いつまで日向宗家にかかわっている気だ」


「さあ、いつまででしょうねぇ」


首を傾げつつ通り過ぎようとして、また塞がれた。何この嫌がらせ。


「何か用?」


「そうでなければ呼び止めたりはしない。少しは考えたらどうだ?」


……へぇ。挑発しますかお子様。


ちなみに俺のネジくん評価は割と最低です。里を出る前はルール破ってフルボッコしやがったし、ハナビちんには無様なところ見られたしね。


二年近く前のことだけど、俺は根に持ってるぜ。


「あーん?

 おうおう兄ちゃん。

 いきなりガン飛ばしておいてその言い様はないじゃねえのかい?」


と、チンピラ風に返してみたけど、彼は鼻で笑いました。うっわ、神経逆撫でするのが上手いな此奴。ファッキン。


「お前のような下郎を弟子にするなど、宗家も落ち目だな」


「……別に俺をなじるのはかまわないけどさ。

 師匠とかを馬鹿にするのはどうよ?」


「真実を言ったまでだ。品性を疑う」


「……ああ、そういうこと。

 喧嘩売ってるなら最初からそう言えよ。

 オーケー買ってやるぜその喧嘩」


「お前の実力は以前の手合わせで分かっている。別に――」


「へー、ほー。すげえなアンタ。

 一回戦っただけで相手がどう成長するかまで分かるんだ。

 日向の分家ってすごいね! 宗家も真っ青だぜ!!」


「……なんだと?」


ぴくり、と瞼を引き尽かせる彼。かまうもんかよ。


「他意はないっすよ。分家マンセー。

 いやぁ、ネジくんとは戦う必要性を感じないね」


こっちの世界にないスラング――っつうか勘違い外国語で扱き下ろしたんだけど、悪口を言ってるってことは分かったみたい。


白い肌を茹で蛸の如く真っ赤にしたネジくんは、歯を噛み慣らした。


「家に来い。庭が丁度良い広さなんだ。お前の墓を作る程度には余裕があるぞ」


「左様で御座いますか。失礼ながら大爆笑ですな。

 まあ、俺としては君がぶっ飛ぶための滑走距離が稼げればそれでいいんだけどね」


バチバチと火花が散るとでも言えばいいのだろうか。そんな感じで、俺と睨み合うネジくん。


ぜってー泣かす。


そう決心し、俺はネジくんの後に付いていった。





[2398]  in Wonder O/U side:U 三十九話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/05/04 00:44


もう一つの日向邸。ネジくんの自宅へとやって来ました。


突撃お宅訪問、ってお気軽さではなく、虎穴に入らずんば、って感じですが。あれ? 使い方間違ってないか?


まあいい。


ネジくんの家はそれなりに大きかった。広い庭付き一戸建てと言うべきか。さすがに日向宗家と比べちゃいけない。


「ただいま」


「お邪魔します」


ネジくんに続いて家へと上がると、奥から女性が出てくる。年齢は如月玄之介のママンと同じぐらい。


む、原作では出なかったネジのママンか?


「おかえりネジ。……その子は?」


「ああ、コイツは――」


「如月玄之介と言います」


「あら、玄之介くん?!」


そう言い、満面の笑みを浮かべるネジママ。


……え? 知り合い?


同じく疑問に思ったのか、ネジくんも驚いていますよ。


「久し振りねぇ。……すっかり大きくなって。お玄さんと弾正くんは元気?」


「え、ええ」


「まったく、ネジも玄之介くんと友達になったのなら教えてくれればいいのに」


「いや、母さん。こいつは――」


「いやあ、すみません。なんだか言い出しづらかったらしくて」


「そうなの?」


良く分からない、といった感じに首を傾げるネジママ。俺だって分からないっすよ。


「でも、ありがとう。ネジが友達を連れてくることなんて滅多にないから。

 ……少し待ってね、今お茶菓子を――」


「あ、いいんです。今日はネジくんと組み手をする約束なので。だよね?」


合わせろ、とネジくんに視線を向ければ、彼は心得たように頷く。


「そうなんだ。玄之介がどうしても、と五月蠅くてね」


てめえこの野郎。無意識に人のことを下に見てやがるな。


「そうなの? じゃあまた後でね」


嘘臭い笑顔を浮かべる子供を見て、ネジママは再び首を傾げ、奥へと戻っていった。


ネジママが見えなくなると、同時に肩を落とす俺たち。


「……なんのつもりだ?」


「何が?」


「あんな嘘まで吐いて……何が友達だ。吐き気がするぞ」


「そりゃ俺もだよ。

 けど、ネジママは俺たちに関係ないだろ?

 わざわざ仲の悪いところ見せて悲しませる必要ないじゃん」


「それは……そうだが」


納得いかない、といった風にネジくんは腕組みする。


俺だって納得いかねーよ。


……そういえば。


「なあネジくん」


「なんだ」


「俺が日向宗家に入る前に、君と知り合ってたっけ?」


「そんなわけあるか」


そうか。


むーん。ネジママは両親の名前を出したし、親同士の知り合いなのだろうか。


ミッシング。





 in Wonder O/U side:U





俺たちは庭へ出ると、それなりの距離を取って対峙した。


ネジくんは両手を前に突き出した構え。俺は半身を引いて左腕を突き出した体勢だ。


「んじゃまあ、始めようか」


「そうだな。ハンデは――」


「なしでいい。どうせあっても破るんだろ、お前」


「……その言葉を後悔させてやる」


ネジママの前では猫被っていたけれど、この野郎の前ではそんな必要ねえ。


経絡系は完全に復活した。体力だって回復している。コンディションはほぼ完璧だ。


あの時の借りを、今返すぜ。


「行くぞ!」


ギン、と大気を振るわせて、ネジくんは白眼を発動させる。


さて、こっちも始めるとしますか。


両掌にチャクラを集中。これである程度の柔拳には対応出来るだろう。


だが、そんな俺をネジくんは鼻で笑う。


「日向宗家は柔拳の真似事をやらせているのか?」


「これは俺が強請って勝手に始めたことだ。

 それに、ただの真似だと思っていたら痛い目見るぜ?」


言いつつ、踏み込んで掌を打ち込む。


迎撃するために繰り出されるネジくん――否、こんな小僧は呼び捨てで良い――の掌は、それを迎撃するためのもの。


お互いそれを交差させ、間合いを詰める。そして始まるのは、掌での応酬だ。


成る程、大口を叩くことはある。


彼の柔拳はハナビちんのよりも洗練されている上に、重さも乗っている。天才と呼ばれるだけはあるか。


だが――


やはり、師匠よりも遅い。


フェイント混じりで眉間、鳩尾に迫る掌を尽く捌く。


「俺の掌を捌く?!」


「遅すぎです」


「俺が遅いだと?!」


「はい」


舌打ちし、掌を繰り出すピッチを上げるネジ。


しかしまあ、原作知らないくせによく台詞を合わせてくれたもんだ。お礼をしてあげなければなるまい。


掌に集めるチャクラの量を、心持ち多くする。んでもって脚を踏ん張り、ネジの掌を受け流す。


結果、どうなるか。


インパクトの瞬間にチャクラを流し込むことで柔拳は相手を無力化する。しかし、一定以上のチャクラを流し込んだ場合は弾かれてしまうのだ。


それを応用し、俺はネジの腕を弾く。本来ならば俺の方が弾かれるのだが、今のは意図的にやったことだ。結果を知っていた俺には、待ち受ける体勢が出来ていた。


腕を弾かれたネジは、左手は脇に構えたままだが、右手は外側に振り切っている。


好機。


「焔――」


呟きつつ、一歩を踏み出し、


「――捻子」


がら空きの胴体に捻子った右の掌をぶち込んだ。


ネジが息を吐き出す音を捉えつつ、左掌にチャクラを集中。それを胸板へと叩き込もうとし――


跳ね上げられたネジの膝を右掌で払い落とした。


それで隙が生まれ、ネジは無理矢理呼吸をしつつバックステップで距離を取る。追撃のために踏み込むも、投擲された苦無を避けたために叶わなかった。


「――っ、てめえ! 忍具使うなんて卑怯だろうが!!」


「な、何を……言っている。忍が忍具を使うのは当たり前のことだろう?」


してやったり、とでも思っているのか、ネジは苦痛で歪んだ顔に得意げな笑みを浮かべた。


ほう、そうですか。ならばいいでしょう。こっちだって忍術使ってやらあ!


火遁・炎弾。


剣指でネジを指し示し、目標目掛けて飛び出す火球。


ネジがそれを柔拳で相殺したのを横目で見つつ、瞬身の術。


獣の如く体勢を低くし、背後へ。流石は白眼を持っていると言うべきか、炎弾に惑わされずネジは下段足払いを放ってきた。


だが風遁・操風の術を使うことで飛翔し、蹴りを回避。そして再び操風を行使し、空中で加速。


受けろよ、俺の速さを!


脚にチャクラを集中し、そのまま突っ込む。


繰り出す技は都古墜。真似るのは衝撃のファーストブリッド本家。


いくら柔拳と言えども、過剰な衝撃を逸らすことは出来なかったのか。もしくは、ネジが未熟だったのか。


突撃してくる蹴りはネジのガードをすり抜け、胸板に突き刺さった。


溜め込んだチャクラが解放され、反発力と操風の加速が一撃に乗る。


その瞬間、足裏に嫌な感触が伝わり躊躇してしまった。踏み砕いてしまう。流石に、それは――


「……掴まえたぞ!」


逡巡している間に、ネジは俺の脚を両手で掴むとジャイアントスイングの要領で投げ飛ばした。


躊躇に対する怒りと浮遊感に判断が遅れた。取り敢えず受け身を、と判断するも、次が来る。


跳躍したネジは俺の頭上へ来ると、縦に回りつつ踵を振り下ろした。腕を交差して防ぐも、勢いまでは殺せない。背中を強打することで息を吐き出してしまい、動きが止まった。


やべ。


眼前には剣指を俺に突き立てるべく降下するネジ。対して、俺に出来ることと言えば――


風遁・大旋風。


咄嗟に選んだのは、迫る敵を吹き飛ばすことだった。


不自然な上昇気流に身体を拘束され、ネジは動きを止める。しゃーない。これで終わりだ。


反動を付けて立ち上がり、半身を引きつつ両手を広げる。


思い出すのは、数時間前に師匠が俺にぶち込んだ技だ。


往くぞ。見様見真似――


「――偽・八卦十六掌」


大旋風を解除すると、ネジは落下を始める。それに向かい、俺は歯を食いしばりつつ連続した掌を叩き込んだ。


狙いは両手両足。どれが経絡系かなど俺には分からないが、これだけ打ち込めば一発は当たる。


そんな発想で真似た技だ。


一発一発に込められたチャクラは本家のものよりも若干多く、剣指ではなく掌で繰り出しているため範囲は広い。師匠の六十八掌が点の攻撃ならば、俺のは面だろう。


まさか俺がこんな技を繰り出すと思っていなかったのか。虚を突かれたネジは、良い感じのサンドバッグとなる。


そして最後の一撃。十六発目は今までの十五発と違い――


「――柔拳・焔捻子」


がら空きとなった腹部へ、捻子った掌とチャクラによる内部破壊をお見舞いしてやった。無論、内蔵破裂しない程度に手加減しているけど。


それでも蓄積したダメージは馬鹿にならないのか、未だ空中にいるネジの口からは血が吐き出される。


赤い筋を残しながら彼は吹き飛ぶと、家の塀へ激突した。


肉の打ち付けられる鈍い音。それを見送りつつ、俺は振り上げた腕を交差しつつ下げ、息を吐く。


そして呼吸が落ち着くと、口の端を吊り上げた。


「ふははははは! 脆い、脆いぞ日向ネジ!!」


「ぐ、貴様……」


「いやー悪いねぇ、勝たせてもらっちゃって」


「……ほざけ。まだ一勝一敗だ」


手足を振るわせながらも立ち上がるネジ。彼は白眼を解除して俺を睨み付けてくる。


けど怖くないもんねー!


「負け犬の遠吠えは聞こえませんなぁ」


「……前回は女に助けられた奴が、調子に乗って」


「む、なんだその言い方」


「恥ずかしくないのか。女に助けられ、日向宗家に媚びへつらって手にした力を振ることが」


「別に。自分でやり遂げることに固執して何も出来ないよりはマシだろ」


今のは本音。何故かポロっと出た。


「誇りはないのか愚か者め!」


「なんだとこの白目野郎!」


おそらく胸骨にヒビぐらいは入っているだろうに、俺に詰め寄ってガン飛ばすネジ。うおー、なんて反抗的なんだ。


「上等だ。

 お前とは白黒付けないと納得がいかない。お前は気に入らない!」


「そりゃ俺もだ。オーケー、分かった。怪我治したらもう一回掛かってこいや」


「確かに聞いたぞ。……次は息の根を止めてやる」


「やれるもんならやってみろ白目。毎回フルボッコにして生き恥かかせてやる」


大人げないってのは分かっているんだけど、こうも可愛くないガキは初めて見た。こりゃー教育的指導をせねばなるまいて。


なんてやりとりをやっていると、


「ネジ、玄之介くん。ご飯が出来たわよー」


そんな声が届いた。


張り詰めていた空気は霧散し、二人同時に肩を落とす。


「……まあ、一時休戦ってことで」


「……同意しよう」


とぼとぼと家へ戻り、俺とネジは溜息を吐いた。


あ、夕食は美味しく頂きました。





[2398]  in Wonder O/U side:U 四十話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/05/04 00:44


「これでどうだ」


「そうですね

 ……後は、中の人をなんとかすれば」


渋い顔をしながら設計図を睨んでいるたたら爺さん。俺も設計図を覗き込み、眉間に皺を寄せたり。


「しかし、馬鹿もここまで来るといっそ清々しいな。全身鋼鉄製の傀儡なんて」


とは言っても、間接部とかにはセラミック使って軽量化してありますが。


ええはい。カンクロウから手紙が来たんですよ。基礎設計出来たから肉付け頼まぁ! と。


それでまあ、やるなら徹底的にって気分でたたら爺さんと悪巧みしているのである。


「操るのは難しいっていうか、チャクラの糸云々よりも握力が問題でしょう」


「……そんな代物を友の傀儡として作るか、普通」


「……でも強いでしょ、これ」


「まあそうだが。……どうなるのか」


一段落し、安堵で思わず肩を落とす。


……ああ、ちなみに傀儡の名は『黒百合』です。内蔵ギミックは名の通りなので。


まあ、他にも搭載しますがね。


「ありがとたたら爺さん。無理言ってごめんね」


「いや、いいんだ。

 仕組み自体も発想も面白い。良い参考になっ――」


そこまで言い、カッ、と目を見開くたたらの爺さん。


何事?!


む、ジェスチャー? 何々? ボスが来た?


――やべえ。


広げた設計図と、晒しっぱなしとなっている変態忍具の作業台を隠す。師匠に見つかったら接収される!


設計図は全て床下に放り込む。変態忍具は棚に無理矢理押し込んで作業台を収納。あ、変な音がした。たたら爺さん泣きそう。


「玄之介はいるか?」


ドアを開け放ち、師匠が小屋へと入ってくる。


それを愛想笑いで迎え、なんでもないよ、という風に作業台を隠す俺たち。


「な、なんでせう」


「来い。客だ」


踵を返し、付いて来いと言う師匠。


なんぞ?





 in Wonder O/U side:U





客と言うのは先輩でした。


着物にジャケットという奇妙なファッションは変えないこの人。あっれー、向こう側だとこんなにセンス悪かったっけ?


まあいい。


「なんですか一体。昼休憩中に終わらせてくださいよ?」


「んー、もちっと掛かるかも」


マジかよ。今日は師匠に偽・八卦十六掌を見て貰おうと思っていたのに。


「えぇー、なんなんですか?」


「……お前、子供になってから口調が幼くなってないか?」


……え? マジ? ショックなんだけど。


これでも中身は紳士のつもりなのに。だというのに口調がガキっぽいだと? 


思わず頭を抱えてしゃがみ込む。


「どうした後輩。脳に虫でも湧いたか」


「いえ。自分の将来が心配になっただけです」


口調を変えようかしら、と頭を悩ませつつ先輩の後に続く。


そうして辿り着いたのは、火影邸。


そびえ立つ設計者の神経を疑いたくなる形の建物。なんでこんな場所に。


「……えっと?」


「今から三代目に会ってもらう」


「は? 聞いてないんですけどファッキン」


「言い忘れていたからなぁ」


この野郎、と首を絞めていると、門番の人がジロジロと見てくる。やりずれえ。


「……入りますか」


「そうだね。あ、くれぐれも無礼のないように」


気を付けます。


門を通って薄暗い廊下へ。階段を上って最上階へ辿り着くと、執務室の前へと辿り着いた。


先輩がノックをすると、入れ、と返事がある。


ドアを押し開いて中に入ると、奥には干物の如く干涸らびた老人が。


三代目火影。こうやって直に見るのは初めてだ。


「失礼します」


「よく来たな朝顔、そして如月玄之介じゃったか」


「火影様に置きましてはお変わりなく、ご健勝お慶び申し上げます」


「ほほ、その体でそう固い挨拶を聞くとどうにもむず痒いのう」


「いえ、目上に対する礼は欠かすなとの姉の教育の賜物でしょう。

 さてまずは此度も急なお願いを聞き入れて頂き、ありがとうございます」


「よい、気にするな。して何の用件じゃ」


「火影様にお話した私の現状。

 とみに憑依という事実に関し新たな発見がございましたので、失礼を承知ながら参った次第です」


「ほう。それは聞き捨てならんな」


ん? 俺のターン?


不意に視線が向けられたため、はっとする。


三代目は俺に舐め回すよう見つつ、煙管に火を点す。そして一吸いすると、先輩が話の続きを始めた。


「以前にここで語った通り、私は異世界からの旅人です。

 その様な異常事態は寡聞ながら他に聞き及んだ事がなく、私一人だけがあちらより迷い込んだと思っておりましたが、違ったようなのです」


……おい待てや。アンタ他人に自分の正体を明かしたのかい。


なんて突っ込みはこの雰囲気じゃ入れられません。


「それはまさか」


「例外は二人という事です」


「そうか、では隣にいる如月の子が」


「はい、如月玄之介もまた異世界からの旅人でした。ほら玄之介、挨拶しろ」


「ええと……初めまして。中身の違う如月玄之介です」


「……ふむ、確かに年齢に合わぬ所作は朝顔と似たものじゃのう」


急に促されたため、反射的に砕けた返事をしてしまう。


それに対する三代目の反応は、苦笑混じりだった。


「年上はもう少し敬え」


「すいません、つい」


小声で責められるも、過ぎたことなんだからどうしようもない。


「それで、ただ報告に来た訳ではあるまい」


「ええ、一点。重ね重ね火影様にはご尽力を頂けなければならないのですが、お願いがございます」


「申せ」


「私がアカデミーを卒業する一年後、

 正規の忍とは違う道を行く許可を頂きましたが、彼も同じ許可を頂きたいのです」


「じゃがそれには玄之介は幼すぎると思うが」


「確かに、仰る通りだと思います。

 そして火影様が私の言葉だけで彼の異質を信じられないのも、十分に理解できます」


考え込むように煙を吹かす三代目。まあ、そうか。見た目はただのガキだしな俺。


「私が憑依しているという事実を、火影様が少なからず認めてらっしゃる以上、彼が同じであるのを証明するのは難しいでしょう」


……んー。先輩が如月玄之介にそういうことを吹き込んで演技させているかもしれないから、ってことか?


にしたってそんなことをするメリットを感じないんだけどね。どうなんだろ。


「しかし必ず、二年後の中忍試験において、彼の力は役立つ筈です。

 身命に賭けそれだけはお約束いたしましょう」


なんつーか、大げさだな先輩。命を賭けるなんて言葉を安々と使っちゃあ、イザという時の価値がさがるぜ。


いい加減なプライドなら灰になれ、ってね。


俺の場合はなんだろ。この両腕に賭けて、とか? ……命と大差ないな。


三代目は顎に手を当てつつ顔を俯ける。どんなことを考えているのかなんて、俺には想像も出来ないね。


「左様か……確かにこちらに損は少ない」


うわ、割と打算的。んでもって簡単に口にすることかそれ。


んー、確かに、打算的じゃなきゃ里の長なんてやってらんないだろうけどさ。一応、元史学科なんで自己中心的な施政者がどんな末路を辿るのかは知っているし。


にしたって、目の前でこんなことを言われるのはいい気がしない。


「それでは……」


「良いじゃろう。玄之介にも同じ許可を約束してやる」


「ありがとうございます」


先輩、深々と頭を下げる。


「私と同じく、彼の力もそのうちにお見せ致しますので」


「ふむ。楽しみにしておく。用件がそれだけならば下がれ」


「はい。失礼致しました」


行くぞ、と小声で急かされ部屋を出る俺たち。


悶々と考え事をしながら火影邸を出ると、ようやく肩の力が抜けた。


「つっかれたー」


「あの人威圧感あるから」


「ええ。……っていうか先輩。アンタ、自分が憑依人間ってこと喋ったのかよ」


「まあね。そうしないと出来ないことが多いから」


む。確かに協力するとは言ったけどさぁ。


面倒だなぁ。もし変なところから憑依人間ってバレたら、師匠や薙乃、ハナビちんはどんな顔するだろ。変に距離取られたら嫌なんだけど。


「……ナルトとかにも自分が異世界の人間だって伝えてあるんですか?」


「いや、教えたのは朝顔の姉である夕顔、三代目、綱手様、自来也、師匠ぐらい。他の人は知らないね」


「結構バラしてるじゃねえか!」


平手で先輩の頭を殴りつつ、ヘッドロックかましてコブラツイストへ。


「ちょ、ギブギブ……何するんだ」


「あ・ん・た・が・無茶するからだろうが!」


くそう。目的のためには手段を選ばない類だったか、こやつ。


「大体、先輩と同じ待遇ってなんですか」


「暗部」


「は?」


「暗部へ入た……イデデデデ!」


「馬鹿言ってんじゃねー! そんな技量はねーっつーの!!」


「二年後の話だって!

 その時になったら暗部って扱いが変わっているかもしれないんだから興奮すんな!」


そうなの?


拘束した先輩を放し、腕を組む。


先輩は固められた間接を撫でさすりつつ眉間に皺を寄せていた。


「じゃあ聞くけど。二年後の俺に何をさせるつもりなんですか」


「今のところ、中忍試験の試験官になってもらおうと思っている。

 まあ、三代目にも言ってないことなんだけどね」


「で、それで何をやれと」


「カブトの監視」


その名を聞いて脳裏に浮かぶのは、眼鏡を掛けたインテリファッキン小僧。


……そうか。再戦は二年後か。


堪えきれず、拳を握り締める。


奴が中忍試験の時どれだけ強くなっていたのかは覚えてないが、はたけカカシ程度、と言われていたことだけは記憶している。


果たして、二年で奴に追い付けるのだろうか。


「主に足止めを――って、聞いてるか後輩」


「え? あ、はい。多分」


「多分ってなんだ多分て」


「んー。ねえ先輩」


「なんだ」


「ファッキン小僧を足止めするのはいいが――別に倒してしまってもかまわないのだろう?」


「そういうことはもっと強くなってから言え馬鹿」


グーで殴られた。酷い。


まあ、指針は決まった。


取り敢えずは強くなる。自分の考えが単純すぎて泣けてくるが、それが最も重要なことだろう。


「それから、二年の間にすべきことを纏めるぞ」


行こうぜ、と誘われ、先輩に引率される俺。


辿り着いた先は、木の葉茶通り三番地に立つ『鈴女蜂』って定食屋。なんだろう。既視感があるぞこれ。


有名な元上忍の店主が経営しているそうで。奥さんがロリっ子なんだぜマジ有り得ねぇ、と行く途中に説明された。


うーん。こんな店あったっけ設定資料集に。どっちかって言うと紙媒体じゃなくてデータ媒体で見た覚えがあるんだけど気のせいだよね。


テーブルに着き適当に注文をする。そしてお冷やで喉を潤すと、早速話を始めた。


「こっちに来てから、俺は姉さんと三代目の説得をした。

 そして里を抜けた後自来也と綱手にコネ作った。んで、師匠に弟子入りしたわけだけど」


そう言い、お冷やを一気に飲み干し、


「ナルトとヒナタ、サスケと仲良くなった。ついでにヒアシにヒナタの自由恋愛を認めさせたよ」


「最後の方はアンタの趣味じゃねえか!」


お静かに、と定食屋の奥さんに注意されたのでトーンを落とす。


……あれ? ヒナタが分家筋の者と婚約しなかったら、どうなるんだろう。


ハナビちんの未来って……。


と、軽くブルーになっている俺にかまわず先輩は先を続ける。


「で、だ。結局時間が取れなかったからはっきり聞いてないんだけど、玄之介は今まで何やってたの?」


「ええと……日向宗家に弟子入りして、ハナビちんにスーパーロボットな英才教育を施しつつ旅に出て……」


あ、先輩の顔が歪んだ。


「……そして旅に出て、霧隠れで」


「霧隠れで?」


「大蛇丸に目を付けられた」


酷い音を立てながら、先輩はテーブルに額を打ち付ける。ど、どうしたの?


「何やってんだ馬鹿ー!」


「お客さん、お静かに」


はい、と頷き、話を戻す。


「何があったのか詳しく説明してみなさい」


「えっと……道に迷ったらかぐや一族の里に出たんですよ」


「いきなり地雷踏んでるな」


「そうですねぇ。……それで、何事もなく霧隠れへ行ったんですけど、

 丁度良く戦火に巻き込まれちゃって……それから逃げる途中に、うっかり大蛇丸に声掛けちゃった」


実際何があったのかは恥ずかしくて言えません。


割と一生の恥だ。


「……決めた。お前、大蛇丸の足止めしろ」


「俺に死ねと?」


「いや、適材適所って言うし。お前は挑発が得意だから時間ぐらい稼げるでしょ」


「んな無茶な!」


「別に倒してしまってもかまわんよ?」


と、会話が白熱していたら今度は注意でなく、厨房から苦無が飛んできた。はい、すみません。


「まあいい。それから?」


「それから抜け忍を狩りつつ砂隠れへ。

 収穫はまあ……風遁覚えてカンクロウと仲良くなったぐらいですかね」


「そうか……」


話が終わると、何やら考えるように首を捻る先輩。


「玄之介は体術が得意なんだっけ?」


「ええ。あと、色物忍具の扱いですかね」


「……おっけ。取り敢えずお前の役目は決まった」


「なんです?」


「ガイ班面子を向こう側よりも強くして、個々の問題を解決し、結束を強固なものとしなさい」


「えぇー?」


思わずそんな言葉が洩れてしまいました。


だってガイ班だよ? ネジいるんだよ? 嫌に決まってるじゃん。


「何か不満なの?」


「テンテンとリーはいいんですよ。素直そうだし。けど、ネジがなぁ」


「ネジ好きだったじゃん」


「いや、実際話してみるとすげークソガキなんですよ。

 しかも超ド級の。口が減らないって言うかなんと言うか」


「……あー、ごめん。お前日向宗家の弟子だったね。そりゃあ嫌われるわ」


忘れてた、と言わんばかりに溜息を吐く先輩。なんだよう。らしくないってか?


これからどうすんべ。


遠い未来よりも近い未来が不安となり、俺は口をへの字に曲げた。





そして鈴女蜂からの帰り道で。


「どうした玄之介?」


「い、いや……なんか急に胸が苦しくなって……」


心臓の上を押さえつけ、蹲る俺。


マジ苦しいんだけど。


一体何事?





[2398]  in Wonder O/U side:U 四十一話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/05/04 00:45


うっお、マジ胸が痛い。


壁に手を着きつつ日向邸を目指す俺。


一休みしたいんだけど、何故だか無性に帰宅しなければならない気がするのだ。


何これ。天罰でも下ったか? いやいや、ジェントリーな俺が罰せられるなど、有り得ない。





 in Wonder O/U side:U






何かを木槌で打ち付ける音が聞こえ、薙乃は脚を止めた。


首を傾げつつ、どうしたのだろう、と屋敷を見上げ、脚絆を脱いで音の元へ向かうことにする。


気になったこともあるが、彼女の主である玄之介が外に行ったまま帰ってこないため暇だったのだ。


朝顔さんも早く玄之介様を解放すれば良いのに、と内心で愚痴るも、決して口には出さない。


まあ良い、と溜息を吐き、屋敷の廊下を進む。


日向宗家でこんな音がするのは珍しい。工事をしている場所も近くにはないはずだ。たたら翁の作業音だって、ここまで響くことはない。


階段を上り、耳を澄ませてみる。打音はハナビの部屋から聞こえていた。


何をしているのだろうか。まあ、きっと玄之介様に変なことを吹き込まれたのだろうが、と当たりを付ける薙乃。


そしてハナビの部屋へ辿り着くと、少しだけ障子を開けて中を窺う。


夕闇が差し込み、薄暗い部屋。その中には、ハナビらしき人物がいた。


らしき、というのは、彼女のしている行動が薙乃に理解出来なかったからだ。


「……何をしておられるのですか」


思わず声を掛けると、ハナビは木槌を振るう腕を止め、こちらを見る。


「え? 別に何もしていませんが」


「いえ、その……」


言いつつ、ハナビの正面にある柱に視線を注ぎ、


「……何故、藁人形に五寸釘など」


『玄之介』と書かれた紙の貼ってある藁人形を呆れた目で見た。


「ああ、これですか。

 父上が、『早く帰って来ないと呪う』、と念じて釘を打ち込めば玄之介が帰ってくると言っていたので」


「……ほう、そうですか」


頬がひくつくのを自覚しつつ、薙乃は藁人形を柱から抜き取る。


「紙を貸していただけませんか? あと墨と筆を」


はい、と筆と紙を手渡され、ハナビに見えない角度で『日向ヒアシ』、と書く。


そしてその紙を藁人形に埋め込むと、玄之介の名が書いてある紙を剥ぎ取った。


「何をしたのです? 薙乃」


「ええ、ちょっとしたカスタマイズを。これで玄之介様の札を貼らずとも効果が出ますよ」


わーい、と素直に喜ぶハナビに気付かれぬよう、薙乃は溜息を吐く。


玄之介の前では仲の悪い二人だったが、彼のいない場所ではそうでもなかった。


それにしても、と薙乃は思う。


なんだろう。話に聞いていた日向宗家よりも、ここは荒んでいる気がする。


これも玄之介様のせいだろうか? いや、そんなことはないだろう。きっと。


「……ところで、まだヒアシ様から教えられたことはあるのですか?」


「特には。せいぜい、藁人形を丑の刻に燃やすぐらいです」


「……その効果は?」


「玄之介が無事に帰ってこれるように、という効果らしいのです」


「そうですか。……火遊びは危ないので、やる時は私に言ってくださいね」


えー、と不満そうにするハナビを宥めつつ、宗主は何をしているのだろうか、とこめかみに青筋が浮かぶ。


なんて地味な嫌がらせだろう。


「しかし、何故こんなことを?」


「……玄之介、また私と遊んでくれなかったから」


「だから、早く帰ってきて欲しい、と?」


はい、と俯き加減で頷くハナビに、どうしたものか、と薙乃は嘆息する。


普通の子供ならばハナビの欲求は真っ当はものだろう。まだ五歳児なのだ。遊び盛りなのだから、しょうがないとも言える。


しかし、彼女は日向宗家の跡取りと、誰もが口にせずとも認めている者だ。このような弱音を吐くのは――


いや、そうか。


そこまで考え、薙乃は苦笑する。


彼女を年相応の子供にしているのは、やはり玄之介だ。


彼が人並みかそれ以上にかまうことで、ハナビは子供らしさを失わないのだろう。


甘い人だ、と思う。同時に、玄之介様らしい、とも。


玄之介には、周りのことを顧みず、自分の考えを貫くきらいがある。


そのせいで、いや、お陰と言うべきなのか。日向ハナビは、今のような性格となったのだろう。


良いか悪いか、と問われれば、悪いはずだ。このような甘さなど、日向宗家の次期当主には不要のはず。


しかし人としてならば――どうだろうか。


少なくとも、普通であれ、と他人を変える玄之介を、薙乃は心地良く感じていた。


生まれる場所を間違えてしまったような人だ。血継限界を受け継ぐ如月一族に生まれなかったら、一般人として人生を謳歌していただろう。


ただ、その間違いのお陰で薙乃は玄之介と出会うことが出来た。


過ぎた甘さと優しさを紙一重で持つ彼の後ろを、歩むことが出来るのだ。


「……薙乃? 顔が赤いですよ?」


「そ、そうですか?」


不思議そうに顔を覗き込んできたハナビに、薙乃は後じさってしまう。


「……薙乃。何を考えていたのです」


「いえ、別に何も」


「……そうですか」


「……ええ」


気まずい気分になりつつ、ハナビから目を逸らす薙乃。


さて、どうやってこの部屋から脱出しようか。


そんなことを考えていると、玄関から玄之介の声が聞こえた。


「あ、玄之介だ!」


さっきまでの雰囲気を忘れたように、ハナビは部屋から飛び出し、すぐに階段を駆け下りる音が響く。


仕方のない人達。


苦笑しつつ、彼女もハナビの後を追い、部屋を出る。





「ただいまー」


「おかえりなさい!」


屋敷に上がると、コンマ数秒でハナビちんが素っ飛んできた。


叫ぶと同時にダイビングしてきたので、吹っ飛ばされないように踏ん張る。


……うお、重い。


「もー、遅いよ玄之介」


「いやあ、ごめんね。

 すぐに帰ってくるつもりだったんだけど、なんでか胸が苦しくなって歩けなかったのさ」


ふむ。なんだったんだろうねアレ。死ぬんじゃないか、と思うほどに苦しかったというのに、十分ぐらい前に収まったしさー。


なんか持病でもあるのかこの身体。いやいや、まさかねー。


「……もう、大丈夫なの?」


「うむ。この如月玄之介、元気ハツラツで御座いますよ」


と、応えると、輝かしい笑顔を浮かべるハナビちん。


可愛ゆい。よし、ハイスピード高い高いをしてあげよう。


「おかえりなさい、主どの」


「う、ぐ……た、ただいま」


懸垂の如くハナビちんを上下させていると、薙乃さんがやってきました。


「……何をやっているのですか」


「いや、高い高いを……」


あー、きっと外から見たら変な光景なんだろうね。


はしゃぐハナビちんと対照的に、俺は顔を強張らせてるし。いや、懸垂よりもキツイよこれ?


「……仲が良いのですね」


「まあねぇ。……は、ハナビちん、もうそろっと終わりで良い?」


「だめー」


酷い。


「な、薙乃ん。交代! 交代して!!」


「駄目! 玄之介じゃなきゃやだ!!」


OH。嬉しいこと言ってくれるね。


よろしい。ならばスピンを追加だ。


回す毎に長い黒髪が振り回されて、独楽みたいになってますよ。


……ぐおー、腕が疲れる。


「主どの。あまり高い高いをすると、頭蓋の中に酸素が行って身体に悪いと聞いたことがあります」


「で、ですよねー。そういうわけで終わり」


「えぇー?」


ぶーたれるハナビちんを降ろし、一息。


「もう終わり?」


「終わり。もうそろそろ晩ご飯でしょ?

 ハナビちんは猫被って師匠のところに行きなさい」


きっともうバレてるだろうけどね、猫被り。


まだ満足していない様子だったが、ハナビちんは言われた通りに屋敷の居間へ。


俺も夕食の手伝いしないとな。


「主どの。帰ってくるのが遅かったのですね」


「うん。なんか急に胸が苦しくなったんだ。持病とかあったのかな、俺」


「あー……それは、大丈夫です。今後は起こりません」


「そうなの?」


「ええ」


ふむ。何故に断言しますか薙乃さん。


まあいい。


「厨房行こうか。少し出遅れたから、気合い入れるぜ」


「ええ」


そう言い、俺の一歩後ろを着いてくる彼女。


さて、今日の晩飯は何かしら。





翌日のこと。


「げ、玄之介」


「なんでしょう」


いざ稽古、と庭に出たのはいいんだけど、そこには胸を押さえた師匠が。


「よもや貴様が、呪詛返しを会得しているとはな……」


え、何それ?


っていうか、俺に呪いを掛けたのかアンタ。


うわー、昨日のは師匠のせいかよ。やることが地味だなぁ。


なんて、本気で苦しそうにしている師匠を白い目で見ていると、


「自業自得です」


と、薙乃の得意げな声が後ろから聞こえてきた。


なんなんだ一体。





[2398]  in Wonder O/U side:U 四十二話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/05/04 00:45


地面に突き立てられた木偶人形。


それに次々と掌での連撃を叩き込む。


二掌、四掌、八掌、十六章、三十二掌――


そこまで入れ、筋肉の引きつりと共に激痛が腕を走る。


「止め!」


横で見ていた師匠は白眼を発動させ、腕を止めた俺を眺めた。


んー、どうなんだろ。


「……案の定、だな」


「やっぱりですか」


「ああ。今の身体では六十四掌まで入れられん」


そうなのだ。


偽・八卦十六掌を即席で編み出したのは良いのだけれど、それを師匠に見せたら、三十二掌以降は絶対にするな、と釘を刺された。


なんでですか、と質問したら今の打ち込みをやらされたわけで。


ふーむ。そういうことか。


「身体がついて行けないんですね、六十四掌の動きに」


「正確には、身体の強度が、だがな。

 いくら鍛えようとも、人である以上限界はある。

 お前の年齢で、それ以上は不可能だろう」


「もし限界突破して六十四掌打ったらどうなります?」


「肘の靱帯が千切れ、治療しても後遺症として脱臼し易くなるだろう。

 ……絶対にやってはならんぞ」


いつになく真剣な表情で言い聞かせてくる師匠。ああ、本当なんだ。


――くそ。


まあ、分かってはいた。


子供の身体である以上、いずれは肉体的に限界が訪れるってことぐらい。


けれど、こんなにも早く頭打ちになるなんて。


「……顔を上げろ、玄之介。速度が頭打ちならば、精度を上げれば良いだけだ」


「はい」


ああ、珍しい。師匠がこんな言葉を掛けるなんて。


……うーん。限界突破か。どうしようかな。聞こうか聞くまいか。


怪しまれたら終わりやも。


けど、背に腹は代えられないぜ。


「師匠師匠」


「なんだ」


「裏蓮華って知ってます?」


「教えんぞ」


先回りされました。





 in Wonder O/U side:U





あの後、師匠から裏蓮華の存在をどこで知った、と問い詰められた。


それをなんとかやり過ごして、昼休憩へ。


……どうにも最近、伸び悩んでいる気がする。


あんまり関係ないんだけど、演習場に行く度に、


「そんなに強くなってどうする」


と忍の皆さんに言われたり。なんでも、この歳でここまで戦えるのは異常らしい。


ゲンマさん辺りはバトルフリークとか言いやがる。失敬な。


演習場の皆様は忍術を教えてくれと言っても取り合ってくれない。きっと、師匠みたく俺の身体を気遣ってくれているのだろうけれども。


どうにもなぁ。


戦術の幅=強さ、と坂上先生も言っていたし、手数は多くしたいんだけど。


しょうがないのかなぁ。


思わず溜息。


「主どの」


「ん、どうしたの薙乃」


「いえ……何やら、落ち込んでいるようだったので」


薙乃は言いづらそうにに目を逸らしつつ、そんなことを口にする。


む、そんなに落ち込んで見えたのか俺。


女の子に心配させるのはジェントリーじゃないぜ。


「いやぁ、師匠に駄目出し喰らったのさ。『真似事などするな!』って感じで」


「……仕方のない人」


そう言い、苦笑する薙乃さん。


……でも何故だか呆れているのではなく、楽しそう。


なんか癪だ。


「やはり、木の葉へ戻って良かったですね」


「そう?」


「ええ。スランプも成長には必用なことです。焦らず、確実に強くなりましょう」


「別にスランプとかじゃないってば」


「はいはい」


くっそ、見透かされてる。


日本男児としては割と屈辱ですの。













「あの……玄之介くん」


一日の稽古が終わり、ハナビちんと共に道場の床でぶっ倒れているとヒナタが声を掛けてきた。


顔を向ければ、彼女は冷えた麦茶を差し出している。


上半身を起こし、ありがと、と応えて一気飲み。渇いた喉に染みるわー。


「いい飲みっぷりだね」


「まあ、喉が渇いてたから」


「姉上。おかわりを」


はい、とヒナタは麦茶の入れ物ごとハナビちんに手渡す。微妙に扱いがぞんざいだ。


一人で淡々と麦茶を飲むハナビちんを余所に、会話続行。


「あの、玄之介くん」


「何?」


「ネジ兄さんと玄之介くんって……喧嘩でもしてるの?」


「えっと……」


なんで彼女がそのようなことを。


まさかネジ。俺に負けた腹いせにヒナタへ八つ当たりでも。


「……あの白目。再起不能にしてくれる」


「え、あの、なんでそんな物騒なこと……何があったの?」


「べっつにー。それより、なんでそんなこと聞くの?」


「えっと……アカデミーで擦れ違った時に、『怪我が完治したら勝負だ』と、伝えて欲しいと言われて」


ふむ。ちょっと早とちりしたみたいだね俺。


「それ以外に何か言ってた?」


「……何も言ってないよ?」


今の微妙な間はなんだ。


「遠慮せず言いなさいレディ。

 この如月玄之介、ちょっとやそっとじゃ冷静さを欠きませんよ?」


「本当?」


「ホントホント」


「じゃあ……『器用貧乏な貴様などすぐに叩き潰してやる』、って――」


「あの野郎! 広いデコを更に広げてやるファッキン!!」


人が気にしていることをよくも!!


しょうがないじゃん! 体術特化しようにも身体が追い付いてこないし、忍術特化しようにも片手印だから他の人を参考にし辛いんだよ!!


っていうか、そんな器用貧乏に負けてるてめえは何様だ!!!


と、歯噛みしていたらハナビちんとヒナタは身を寄せつつ俺から離れていました。


「げ、玄之介くん……落ち着いて」


「怖い……」


ごめんなさい。


その後、風呂に入って自室へ。


暗い部屋で布団に寝っ転がりつつこれからのことを思案。


どうしたもんかなぁ。


チャクラコントロールの基礎でもやり直そうか。でも、放浪してた二年間で飽きるほどやったから、今更感があるんだよね。


決して無駄ではないんだろうけどさ。


寝返りを打ちつつ唸り声を上げる。


今まで順調に強くなれたせいか、酷く忌々しいぞこの状況。


何かいいアイディアはないかしら――


っと、


不意に放りっぱなしだった冊子が目に留まる。


綱手の注釈入り下忍指導要綱。


もしかしたら、部下がスランプに陥った時のアドバイス方法とか書いてあるかも。


それに思い至ると、俺は跳ね起きて速攻で行灯に火を点す。


んで、目次から飛んでみたんだけど……。


「……アテにならねぇ」


要約すると、他力本願ではなく自己解決出来るように導いてやろう、とあった。


ぬぬぬ。イザという時に役に立たないな。


ああもう。師匠の言うように身体の成長を待ちつつ技の精度を上げるしかないのかしら。


「……ん? そういや俺、なんで強くなりたがってるんだろ」


いや、それは決まっている。カブトに負けた時みたく、悔しい思いをしたくないから。危機的状況に陥ったとき、せめて周りの者だけでも助けたいから。


しかし、里の中にいる限り危機的状況なんて木の葉崩しまで起きるわけないんだよなぁ。


……今度は一人で放浪しようかな。


一向にアイディアが浮かばないせいか、そんな馬鹿げた考えまで出てくる始末。


どうするべ。





翌日。午前中の稽古で小休止をしている時のこと。


「師匠師匠」


「なんだ」


「師匠にもスランプってありました?」


「そんなものはない」


「いや、冗談じゃなくて本気で聞いているんですけど」


本当にないのなら真性の超人だよアンタ。


師匠は周りを見回し、薙乃とハナビちんが離れていることを確認すると顔を寄せて来る。


……って、


「……近いです」


「黙れ。普通に話したら薙乃に聞かれるだろうが」


そうですね。


っていうかそんなに恥ずかしいことなのか。


まあ、実力に比例したプライドあるしな師匠。


つまり天上天下唯我独尊。実際強いのだからタチが悪い。


「……そんなに焦るな。

 お前の場合は、本当にどうしようもない。だから今の内に基礎をやり直し、成長した後の糧としろ」


「いや、俺は師匠にもスランプがあったのか聞きたくて――」


「半年もすればまた伸びる。それまでは我慢しろ」


無視っすか。


くそう。












そして、何故かこの日から俺の食事に大量の牛乳と山盛りのにぼしが追加された。


「最終的には170センチ後半まで行って欲しいものです」


「だよねー」


と、薙乃とハナビちん。


どういうこっちゃ。





[2398]  in Wonder O/U side:U 四十三話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/05/04 00:46


午後の稽古が終わって、夕食までの休憩時間。


そんな時間帯に、来客があった。


「……何やってんの」


逆さになっている先輩は、なんとも胡散臭そうな目で俺を見る。


「バッドマンごっこです」


はい、嘘です。


逆さになっているのは先輩ではなく俺。


脚にチャクラを集中して軒下にぶら下がりつつ、火遁・豪火球の練習中。


ここんところ時間があれば豪火球の練習ばかりだ。それでも単純に練習するのは癪だから、同時にチャクラコントロールの練習もしていますが。


あと、逆さ吊り状態になってれば背が伸びるかなー、という小学生的な発想。冗談です。


「何か用ですか? 見ての通り修行中なんですけど」


「用がなかったらお前のところになんて来ない」


冷たい人だ。


「うっわ、唯一向こう側のアンタを知っている人間に向かってそういうこと言いますか」


「だから会いたくないんだって。

 変なところでボロが出たらマズイだろ」


そんなことないと思うけどなぁ。


よっ、と掛け声を掛けてトンボを切りつつ着地。十点。


「で、なんなんです?」


「ああ、端的に言うけど――」


言いつつ、先輩は青筋をこめかみに浮かべ、


「――ネジ達にかかわれって、言ったよな?」


笑いながらも怒っていました。


「すいません、つい」


「つい、じゃないだろ!

 残り時間は二年だぞ二年!!

 割と切羽詰まってるんだよ!!!」


「ああ、つい」


「自覚ないっしょお前。絶対そうだろー!」


「すいません、つい、自分のことで手一杯でした」


いやぁ、自分自身のことだって大切ですよ?





 in Wonder O/U side:U





先輩のお説教。内容を要約すると、『お前はとっととアカデミーに入ってリーとテンテンに接触しろ』とのこと。


って言われてもなぁ。


正直、アカデミーに入るつもりがないんだけど。


なんせ、魅力を感じない。


薙乃にはアカデミーに入るって言った気がするけど、日向宗家に籠もっていると外の環境がどうしても見劣りする。


強くなるんだったらここにいるのが一番な気がするよ。


まあ、先輩の言いたいことも分かるんだけどさ。


俺が強くなったってたかが知れてる。ならば、木の葉崩しの中心となるナルト周りを強くしろってことなんだろう。


けどなぁ。


「……多分、俺も関係するはず」


そう。


運命の歯車は狂い始めている。


俺と先輩というイレギュラー。それが混入したせいで、正直、未来に何が起きるのか想像出来ない。


少なくとも自来也と綱手は木の葉崩しに参戦するはず。三忍勢揃いが前倒しだ。


そして俺は大蛇丸に目を付けられているし、カブトにはこっちが執念燃やしている。


んで、俺がやっちゃったことで砂の皆様も動きが変わるだろう。いや、変わるといいなぁ……守鶴と戦いたくないし。


なんだかんだ言っても真面目なバキ先生とテマリちゃん、我愛羅は史実通りの動きをしそう。カンクロウは……どうだろ。使う傀儡自体が変わっちゃってるから、予想不可能。


うーむ。二年か。大丈夫かなぁ。


漫画はともかく、ゲームのナルトキャラは強すぎ。絶対に誇張表現が混じってる。あんなのと戦いたくない。


けど、声が同じだからなぁ……二年後にはあのレベルに辿り着いているのか。


焦るぜ。豪火球一つ覚えるのに何日も掛けているのが馬鹿らしく思えるぐらいに。


段階素っ飛ばして豪炎華覚えようかしら。いや、そもそもそんな高等忍術覚えられるほどのキャパが俺にあるのかどうかも怪しい。


自分自身が悪い意味で未知数ってのは嫌だね。成長すればどの程度になれるか分かってるキャラに憑依したかった。


ま、贅沢言っても始まらないけどさ。


どの道、主役級キャラの底上げは必須か。


「玄之介。頭に血が上らないの?」


「平気平気」


逆さ吊り状態で腕を組みつつ思案する俺に、ハナビちんが声を掛けてきた。


はい、悩むの終わり。


って、ちょ、何やってますかハナビちん!


床に向かって垂れ下がった鉢巻きを引っ張らないで!


「こ、この状態で落ちたらテンプルに当たりますよ?」


「玄之介なら大丈夫だよー」


何その信頼。全然嬉しくないんだけど。


「……そう言えば、頭に血が上ると鼻血が出るって姉上が言ってた」


「ははは、このジェントルメンがそのような醜態を晒すはずがない」


鼻血って存外格好悪いよね。


以前、薙乃さんの蹴りが顔面にめり込んだ時は出たけど。


いやー、あの時は鼻血が止まらなくて焦った。


「……興奮すると出る、とも聞いた」


「出た覚えがありませんなぁ」


向こう側でもそんなことなかったぜ。


「……相乗効果で出るかも?」


「難しい言葉を知ってるね。偉い偉い」


えへー、と笑うハナビちん。うむ、笑顔が可愛い子に育って私は嬉しいですよ。


「そういうわけで、ちら」


「……早く裾をズボンに仕舞いなさい」


はしたない。おへそが見えていますよ。


しかし俺の制止をGOサインと受け取ったのか、ハナビちんは止めようとしない。


「更に、ちら」


「……OH、ガール。それ以上はマズイと思うぜ」


「限界まで、ちら」


「やめれー! 見えてまうー!!」


「そして天元突破へ――」


「何やっていますかあなた達は!」


手で顔を覆いつつ悶えていたら、薙乃さんがすっ飛んできました。


……ああ、顔面が痛い。


鼻血のラインを虚空に描きつつ、庭までぶっ飛ばされた。


酷い。俺悪くないのに。





「なあ、玄之介」


「なんでしょう」


「最近、ハナビが俗っぽくなっている気がするのだ」


「……そうですね」


「貴様のせいだろうが!」


返す言葉も御座いません。


鼻に紙を詰めつつ師匠の説教を受けてます。酷く間抜けな光景だろうなぁ。


「お前の存在は情操教育上害悪だとしか思えないのだが、私の気のせいか?」


「当方も現状には胸を痛めており、

 前向きに検討しつつ日々問題に取り組んでいるのですが、

 成果が出るまではまだ時間が掛かるようでして……」


「そんな詭弁は聞いておらんは!」


ああ、こっちの世界でも同じなのね。


「でも師匠。俺はただの遊び相手の組み手相手であって、ハナビち……ハナビ様に変なことを吹き込んだりはしていませんが」


「……その遊びと組み手が問題なのだろうが。なんとか出来ないものか」


真剣で深刻そうに溜息を吐く師匠。そりゃ、箱入りで育てた娘がお転婆になっちゃったら頭を悩ますよね。


ふむ。


「師匠。小生に名案が」


「……取り敢えず言ってみろ」


「俺をアカデミーに左遷するとかどうでしょう」


「自分で左遷とか言うか普通。

 ……しかし、何故またそのようなことを。今の環境に不満があるのか?」


「いえ、ありません。むしろここに居続けたい」


けど、先輩に頼まれた手前、何もしないわけにはいくまい。両腕治してもらったときの借りもあるし。


そんな本音を口にするわけにもいかず、俺は言い訳を考えながら喋り続ける。


「しかし、ハナビ様が今のような性格になった原因は俺にもありますから。

 距離を取るのも手かと」


「自覚はあったのか。

 ……しかし、お前が旅に出ている最中、ハナビは酷く不機嫌だった」


あれ、そうなの?


うーむ。


「それにこう言ってはなんだが、今更アカデミーに入ったところでお前が得るものは少ないぞ? 無いと言っても良い」


「ですよねー」


あ、意外。こんなこと言うなんて。


しかし困った。師匠は俺をアカデミーにやりたくないらしい。


このままじゃネジはともかく、リーやテンテンと接する機会がないぞ。


「と、特別コーチとして出向くとかっ」


「なんだそれは。

 というか、いつからお前は人にものを教えられるほど偉くなったんだ」


「すいません」


弱った。


……あ、盲点見っけ。


「師匠」


「なんだ」


「そう言えば、俺って下忍になれるんですか? 日向宗家にいて」


「……なれないな」


そうだろう。日向宗家の人間ならばともかく、俺は弟子であっても血縁じゃない。師匠みたくアカデミー行かずとも上忍認定などされないはずだ。


まあ下忍になったところで、先輩曰く、俺は暗部へ行くことになるらしいけど。


まあそもそも暗部に入って何をするって話だけどさ。俺、人殺しとか出来ないし。んなこと言ったら忍になるなよ、って話だけど。


……あっれー? 中忍試験ってスリーマンセルでの参加が基本だよね? じゃあ下忍になりつつ暗部に入ったら、二足草鞋の生活?


だってほら。そうしないと暗部に入った人間は中忍になれないし。


……いや、俺に限った場合はいいのか? ナルトの学年の卒業生は二十七名。俺が入ったら二十八名。スリーマンセル組んだら誰か一人あぶれるし。いやでも、去年留年した人とかで予備人員がいるのか? だって二十七名で班を作ったら九班までしか出来ないけど、シカマルはたしか十班に所属していたはず。


うーむ。じゃあ、適当な下忍とスリーマンセル組んで試験に出ることになるのだろうか。そこら辺分からない。


まあいい。こんな些細な疑問は後回しだ。


「下忍になるためにもアカデミーに行かないと」


「いや、しかし、それは……本当にいいのか?」


「将来、流石にいい歳になって、職業:武道家は勘弁ですよ」


「……そうか」


どこか不満そうな師匠だったけど、納得したご様子。やっぱ正論って強いね。


来月の頭からアカデミーへ編入。日向邸から通う、という条件で師匠は折れてくれた。


あと、俺の希望でもあったんだけど年齢詐称して一学年上へ編入。


つまり、ナルトたちと同じ学年だ。


表向きに理由はヒナタの護衛。アカデミーの中だったら必要ない気もするけど。


しっかし、人生五度目の学生生活か。


どうなることやら。





[2398]  in Wonder O/U side:U 四十四話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/05/04 00:46


フェンスに背中を預けつつ忍の皆様方の演習を見る。


でもそれだけじゃ退屈なんで、隣にいる特別上忍に話し掛けてみたり。


「ゲンマさん」


「なんだ」


「演習に混ぜてください」


「……何言ってるんだ。

 お前が入っても、正直邪魔だぞ」


無茶なお願いは、やはり断られてしまう。


うーむ。まあ、そうか。特別上忍の演習に混ぜて貰っても脚引っ張るだけだしな。鍛錬も仕事の内な彼らには、やはり邪魔か。


思わず肩を落とす。そんな俺に、ゲンマさんは苦笑した。


「なんでまたそんなことを言い出すんだ」


「うーん。最近組み手ばっかで模擬戦をやってないので、勘が鈍ってないか確かめたいのですよ」


「……なんつーか、贅沢な悩みだな」


そう?


「お前ぐらいの年齢じゃ、組み手だけでも充分だと思うがなぁ」


「そうですかねぇ。

 ……見ているだけだとアレなんで、一度手合わせしてみたいんですけど」


そう言いつつゲンマさんの顔を横目で見るも、失笑された。


「お前じゃ俺の相手にならない。

 我慢しろ。演習場に入れてやってるだけでも有り難いと思え」


「はい」


ちぇー。


「……しっかし、楽しそうだなぁ」


「そうだな」


視線の先にはくの一の皆様に可愛がられている薙乃とハナビちん。


あ、おやつもらってる。いいなぁ。


「ゲンマさん。おやつください」


「ほれ」


放り投げられる兵糧丸ココア味。ジャンクフード感覚で食べたら激太りするわ。


「嫌がらせですか?」


「背が伸びるぞ」


「マジ?!」


「嘘だ」


「いたいけな少年を弄んで楽しいのかアンタ!」


「あんま楽しくないな。薙乃ちゃん辺りなら別だろうが」


「ああ、蹴られますよ」


「それはお前だけだ。他の連中は苦笑されるだけだぜ?」


何それ。理不尽を感じる。


「……で? 今日は何しに来たんだよ」


「ああ、豪火球を見てもらいたくて」


「そうか。じゃあ、やって見せろ」


よし。


フェンスから背を離し、チャクラを練りつつ印を組む。


火遁・豪火球の術。


剣指で的を指し示しつつ、左手で腕を押さえる。一拍置いて収束する紅蓮の色。


炎弾と比べたら桁違いに重い反動に歯を食いしばりつつ、顕現した火球をぶっ放した。


って、あ。外した。


木偶人形の横を通り過ぎた炎弾は、その後方に着弾する。流石は炎弾の上位と言うべきか、飛散する飛礫や熱風は凶悪だ。


うーむ。人間に対して使っても大丈夫なのかこれ。


「手加減しろ馬鹿。ここの管理人が泣くぞ」


「しましたよ」


「してないだろうが。チャクラの密度が高いんだよ。そのせいで速射性も落ちてる。サイズは今のままで密度を落としてみろ」


「了解」


密度下げたら威力は落ちるだろうけど、たった今目にしたのはオーバーキルすぎるので言う通りにする。


「おい。今度は密度下がりすぎで威力が炎弾程度になってるぞ」


「い、イエッサー」


くそう。


そんなことを三十分ほど。チャクラは切れないけど、コントロールに神経使ったんで疲れました。


「……腕が痺れた」


膝を着く我。


「……まあ、それだけ撃てばな。と言うか、よく保ったな」


チャクラ総量には定評のある玄之介。


なんてことは言えるわけもなく。


「まあ、気合いで。……しっかし、ままならないなぁ」


「そう言うな。その年齢なら撃てるだけでも充分だ……なあ、気になるんだが」


「なんでせう」


「両手で印を組んだらどうなるんだ?」


……そういやあ、どうなるんだろ。


「どうせ不発でしょ」


「やったことないのか。よし、ちょっと試してみろ」


そう言い、限界に達してる俺に鞭打つゲンマさん。鬼め。


起立し、浅く息を吐くと、両手で豪火球の印を組む。


……って。


なんだろ。違和感。


「どうした?」


両手を組んだまま動かない俺に、ゲンマさんは訝しげに声を掛けてくる。


けど、それに返答しようとは思えない。


何かが引っ掛かる。なんだ?


両手印なんて練習したことなかったし、試したことすらないのに、何故か手がスムーズに動く。


頭は覚えてなくとも、身体は覚えているって感じ。


「おい、どうした玄之介」


「いや……なんだろう」


考えても仕方ないので、豪火球の印を取り止め、取り敢えず動かしたいように動かしてみる。


身体が覚えている動き。まずは片手ずつで印を組み、両手を合わせてから更に印を組む。


「……ゲンマさん。今俺が組んだ印、なんの術だか分かります?」


「悪い、見てなかった。もう一回やってくれ」


イエッサー。


んで、もう一度最初から。しかしそれを見せても、ゲンマさんは首を傾げるばかり。


「……分からないな。これでも人並み以上には忍術に詳しいんだが」


「アテにならないなぁ」


「なっ?! なら、ちょっと撃ってみろよそれ!!」


どうせ不発だろうがな! と断言するいい歳した大人。


お許しが出た。


さあ、暴発が怖かったんで試さなかったのですが、やってみましょう。


両腕――否、右腕、左腕にそれぞれチャクラを込める。残り少ないチャクラが流れ込んだのを確認しつつ、各個で印を組み、両手を結ぶ。


……やはり俺の身体は片腕で独立した回路を持っているらしい。チャクラの通った腕は、反発するよう、触れ合った瞬間に気持ちの悪い感触を返す。


上手く言葉に出来ないが、腕の中身が溶け出して混ざり合い、そのまま膨れあがるような……。


うっわ、気味悪い。


危機感以上に嫌悪感が勝り、とっとと混ざり合ったチャクラを放出すべく印を終える。


「って、おま、止めろ止めろ!」


「え――」


制止も虚しく、術が完成してしまう。


瞬間、灼熱色に染まった風が俺を中心に巻き上がる。陽炎で視界が歪み、微かな火の粉が宙を舞う。足下にあった雑草は、まるで導火線に火が点されたように、先端から炭化してゆく。


が、だいたい十秒後に止んだ。


え、何これ。知らないんだけど。そしてショボイ。


緊急退避したゲンマさんは俺から距離を取りつつ匍匐姿勢。なんでそんなに警戒しているのさ。


「……不発でしたね」


「……そう思うか?」


首を傾げる俺に、ゲンマさんは厳しい視線を向ける。


何事ですか。俺から見たら、赤い風が吹いただけなんだけど。


「……まあいい。今ので分かった。お前は両手印を使うな」


「言われなくてもそうしますよ。

 これ、印を組み終えるまでのチャクラコントロールだけでも酷く神経使うし」


動きながら印を組むのは無理そうだ。その上、残り半分切ってた俺のチャクラが根こそぎ持って行かれた。無意味な癖に消費がヤバイ。全快状態でも撃てて三発。撃つ必要性を感じないけど。


うおー、どうでもいいことにチャクラ使っちまった。もう練習出来ないじゃん!


「おい、玄之介。お前の両親は忍じゃないんだよな?」


「ええまあ。リタイヤ組です」


項垂れている俺に声を掛けてくるゲンマさん。人が面倒臭がっているのに、この人は話を続けようとしていますよ。


「……前は忍だったのか? 名前は?」


「人のプライベートを根掘り葉掘り聞くのはどうかと思いますけど」


「いいから教えろ」


はーい、と大人しく従う俺。


「名前は如月弾正に如月お幻。

 元上忍らしいですね。『焼尽の風』とか。リタイアの原因は九尾事件らしいですよ」


俺が知っていることはこれぐらいだ。あれ? 何も知らないようなもんじゃない?


けれどもゲンマさんにはそれで充分だったのか、神妙な顔で頷いている。


「その二つ名は……そうか。

 雷鳥の比翼……初代の片腕……」


「え? なんです?」


「……苔の生えた話だ。ま、ご両親に聞いた方が早いさ」


「気になるんですけど」


「俺だって詳しくは知らないんだよ。

 おら、チャクラ切れのガキはとっとと帰れ。薙乃ちゃんとハナビ様置いてな」


「ここに二人を残したら妊娠するわ! 帰るよ二人共ー!!」


アテにならねぇ。


さっきもらった兵糧丸を口に放り込み、俺達は帰路に着いた。
















 in Wonder O/U side:U















しゃきしゃきと軽快な音が縁側で奏でられる。


発信源は俺の頭。正確には髪の毛を切っている薙乃さんの鋏です。


後ろ髪が首筋を隠すぐらいになったので、夕食後の稽古の後、彼女に散髪してもらっているのだ。


こっち側に来て何回目かなー。日向宗家に入ってからはお手伝いさんに切って貰っていたんだけど、薙乃と会ってからは彼女に任せっきりだ。


「薙乃、どんな感じ?」


「以前と同じ髪型で良いのですね?」


「うん」


「ならば大丈夫です。男前にして差し上げましょう」


……そうか。


ちなみに今の台詞、一回目の散髪の時に聞いたんだけど、その時は酷いことになった。


……思い出したくもねぇ。


「しかし、随分と伸びるまで放置しましたね」


「あー、うん。後れ毛伸ばそうとか、後ろ髪伸ばして縛ろうとか色々考えたんだけど、似合わないから止めた」


そう。似合わないのにそんなことをするのは中二病。


俺はそこまで青くなれない。


「そう言えば薙乃は髪の毛を切らないの?」


「忘れたのですか? この姿は変化です」


ああ、そっか。


……あれ?


「ねえ薙乃。変化って外見騙すだけなんじゃないの?」


「それは人の場合です。

 妖魔は違うのですよ。人は幻術の一種として見た目を変えますが、妖魔は肉体を変化させて別の姿となるのです」


「そうなんだ」


じゃあ兎姿の薙乃さんは、時期が来たら勝手に毛が抜けるわけですね。


ブラッシングでもしてあげようかなぁ。


……生え替わる時は裸になったり?


って、


「痛い痛い! 鋏を突き刺すのは勘弁!! 何するの?!」


「……何か不埒なことを考えましたね?」


「被害妄想だって薙乃ん!

 髪切ってもらってるから、お礼にブラッシングでもしようかと思っただけ!!」


他意はない! 多分!!


俺の命乞いが通じたのか、薙乃さんは突き刺した手を止めて……。


「主どのがブラッシングを……」


おおっと薙乃さん、更に突き刺したー!!


「痛い痛い痛い! 止めて禿げる!!」


「え? ああ?! 申し訳ありません!! 」


ははは、視界が赤いぜ。ついでに、なんかぬるっとした感触。血が出てない?


鋏没収です。


「……何するのさ」


きっと頭洗った時に染みるぞ。


「あの……その、ごめんなさい」


言いつつ、薙乃さんは手持ち無沙汰なのか俺の髪を弄り始める。何やってんの? 顔が動かせないから見れません。


「それで、その……ブラッシングですが」


「ああうん。やる? これから」


「いえ、その……嬉しいのですが……」


「やらないの?」


「そうとは言っていません!

 しかし……けれど……」


煮え切らないなぁ。


っていうか、薙乃さん恥ずかしがってる? なんで?


もごもごと口の中で言葉を転がし、俺の髪を弄る薙乃。


「あー! 玄之介髪の毛切ってる!!」


そんなことをしていると、我らがお姫様が登場しました。


「今度私が切ってあげるって言ったのに!」


「駄目って言ったでしょうが。髪は男の命です」


そうとも。剥げたら色んな意味で人生が終わる。


しかしハナビちんには通じなかったのか、彼女はぷりぷりと怒っております。


「……いいじゃん切らせてくれたって」


「練習してからね。師匠とかで」


あの人は髪切っても、日本人形の如く無尽蔵に生えてきそうだ。


「初めては玄之介がいいのー!」


「そんな言い方は止めないか、はしたない!」


思わず叫ぶも、ハナビちんは分かっていないご様子。


……薙乃さん、頭皮が痛いです。


「……薙乃。何をしているのです?」


「え……あ」


ハナビちんに声を掛けられ、ようやっと薙乃さんの手が止まる。……何をしたの?


「玄之介可愛いー」


「ちょ、何事?! 何事ですか?! 何やったの薙乃ん!!」


「に、似合ってますよ?」


何故疑問系。


早く風呂に入って確認せねば。


もぞもぞと身体を動かすも、切られた髪が目に入って動きを止める。痛い。


「薙乃。今度は私の髪も切って貰えませんか?」


「かまいませんが

 ……折角の綺麗な髪が勿体ないですよ」


「そうですか? 邪魔で仕方がないのですが」


ちなみに彼女が長髪なのは師匠の趣味らしいです。


「いやぁ、ハナビちん。

 切らなくとも、縛って髪型変えるとかでいいじゃない」


「そうかなぁ。……ね、玄之介。どんなのがいい?」


うーむ。


ツインテ:俺の趣味じゃない。


ポニテ:ハナビちんには似合わないかなぁ。


サイドポニー:どうだろ。


両サイドドリル:ただのギャグです。


縦ロール:同上。


ふむ。


「三つ編みを混ぜるとか」


「……それにする! 玄之介と一緒だね!!」


「なんですと?!」


そうかっ。この頭皮が引っ張られる感覚は、そのせいか!


「薙乃さん」


「は、はい」


「世の中にはね。やって良いことと悪いことがあると思うんだ。仕方ないとも思うよ。例えば、例えば、だ。煙草が手元になくて口寂しいからポッキーやプリッツを咥えてしまうのはしょうがないことだろう。パブロフ効果によって喫煙中が最も安らぐと刷り込みを受けた結果、そうなってしまうのだよ。そこら辺どう思う?」


「ポッキーとプリッツ、パブロフって何?」


ハナビちんの疑問を華麗にスルー。


「しかし、だ。それによって込み上げてくる虚しさは計り知れない。結局模造品で満足するしかないという現状は、言うなればゲームの体験版だけやって本編が出来ないのと似ている。つまり僕が何を言いたいのか。それは、鋏を失ったことで手持ち無沙汰になったのは分かるけれど、それで僕の髪の毛を弄り回すのは如何なものかな、ということだ。髪型なんざどうても良いぜ、と断言する野郎がいるとしても、僕はそうじゃあない。良いかい? 少しでも良い格好をしようと思うのは、男の子として至極真っ当な欲求であり思考なのだよ。だというのに可愛いなどと。本人には決して悪意がなくとも、それがどれだけ言われた人間の心を傷付けるのか君は分かっているのかな?」


「薙乃。一緒にお風呂へ入りましょう」


「はい、分かりました」


「聞いてない?!」


うっわ、悲しいー。


「玄之介も一緒に入る?」


「入る入るー」


「駄目です!」


簀巻きにされて庭へ放置された。


酷いです。





[2398]  in Wonder O/U side:U 四十五話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/05/04 00:47


限りなく夜明けに近い深夜。


まだ日の差し込めてない森の中に、一組の少年と少女がいた。


玄之介とハナビだ。


彼らは屋敷から距離が離れたことを確認すると柔軟体操を始める。身体を押し合い堅さを解す光景は微笑ましく、微かな寒さの残る木々の中だと言うのに暖かみを感じる。


早朝の稽古まではまだ時間がある。日の出と共にヒアシの稽古は始まるのだ。


その上、研鑽の場は森の中ではなく日向邸の庭。


だと言うのに、何故こんな場所へとやって来ているのか。


それは――


「それじゃ、お姫様。よろしくお願いします」


「よろしい」


恭しく頭を下げる玄之介に、ハナビは笑みを向ける。


彼はそれに微笑みを返し、一瞬後には表情を引き締めた。


一本の大木を眼前に据え、浅く息を吐く。


両足を広げ、力を込めつつ開いた右手を構える。


次いで、風が吹き付けるような音と共に、彼の掌にはチャクラが集中し、螺旋が描かれた。


集中しているのだろう。瞼はきつく閉じられ、喉からは低い唸り声が吐き出される。


だがそれでも、掌のチャクラが球状に変化することはない。螺旋は微かに歪みはしても、その形を変えることはない。


「……ハナビちん」


「はい」


声を掛けられ、ハナビは両掌にチャクラを集中する。定着したことを確認すると、彼女は玄之介の掌に向かって腕を叩き付けた。


一度では終わらない。まるで刀鍛冶が刀剣を加工するように、掌を打ち込み続ける。


玄之介がチャクラのコントロールに成功したのか、ハナビの補助のお陰か、もしくはその両方か――


果たして、玄之介の右掌には、球となった螺旋が完成する。


「――螺旋丸」


呟き、彼の姿が掻き消える。


瞬身の術。彼が目標としていた木までの距離が刹那の内に零となり、腕を振り上げ、必殺の技を叩き込んだ。


その結果は、壮絶の一言に尽きる。


めきめきと鈍い悲鳴を上げながら大木は拉げ、根を露わにしつつその身を浮き上がらせた。踏み留まるための術を無くし、無惨な姿となって後方へと吹き飛ぶ。


盛大な音を上げて四散する大木を一瞥し、玄之介は溜息を吐く。


ハナビはそんな彼の仕草に首を傾げるも、顔に満面の笑みを浮かべて駆け寄り、声を掛けた。


「やったね! 初めて出来たじゃない!!」


「んー、でも、ハナビちんに協力してもらって、だから。まだまだだよ」


「そうなの?」


不思議そうに問い掛けるハナビに、そうなの、と応え、彼女の頭に手を乗せる。


ハナビは気持ちよさげに目を細めると、玄之介の服の裾を引っ張った。


「でも、すごいね。この術だったら、どんな忍でも倒せるよ」


「……そうだね」


どんな応えを返せばいいのか逡巡しつつ、玄之介は苦笑した。


そうだ。今まで鍛え上げたのは良かったが、こうして完成に近付いてようやく実感出来た。


文字通り、この術は必殺技。打ち込んだ敵を必ず殺す奥義だ。


いずれ、この術も扱えるようになるだろう。今はハナビの補助がなければ形にならない中途半端な術でしかないが、いつかはこの奥義も自分のものとなるのだ。


……俺は、人に向かってこの術を放てるのだろうか。


答えは否だ。問い対する答えは、一瞬で返ってきた。


脳裏に宿敵の顔が過ぎる。大蛇丸の忠臣であるカブト。彼にならば放てるだろうが――


「こりゃ、普通の忍に対して使う術じゃないよ。考えた人間はどんだけ鬼畜なんだ」


「なんで使わないの?」


心底不思議そうに、ハナビは兄のような少年へ問い掛ける。


そんな彼女に玄之介は困ったように笑うと、


「……怖いからね」


そう、呟いた。














 in Wonder O/U side:U















「玄之介! 勝負だ!!」


まーた来やがった。


屋敷の外から聞こえる大声に辟易しつつ、俺は組み手の相手をしてくれていた薙乃に断りを入れて正門へ向かう。


そこには案の定、クソ白目がいた。


「おう白目。アカデミーはどうしたよ」


「今日は調子が良い。貴様を血祭りに上げられる程度にはな」


「サボりか。感心しないぞ優等生」


「黙れ! 今日こそ息の根を止めてやる!!」


ふむ。オツムに血が上っているようですな。


しっかしまあ、よくも懲りないもんだ。


ネジの家で再戦の約束をして、今日を入れたら都合六戦目。今のところ戦績は三勝一敗一分けで俺リード。


引き分け一ってのが個人的に納得できない。


この白目、接近戦挑んで来たと思ったら俺を押し倒してマウントポジションからのフルボッコを慣行しやがったのですよ。


で、そっから完全な血みどろの泥仕合。聞くに堪えない罵り合いと殴打の音を聞いてすっ飛んできた薙乃さんに二人して蹴り飛ばされるまで低次元の殴り合いが続きました。


体術関係なしに、単純な体格差で勝負を挑みやがって。


くそう。恥だ。


っていうか天才のプライドはどこへ行った。


まあいい。


ネジを伴って演習場へ。管理人さんに挨拶しつつ、ゲートイン。


「……おい玄之介。何故演習場なんだ」


「この間の泥仕合で、庭で喧嘩するなってネジママに怒られただろうが」


どこか不満そうなネジを軽くいなしつつ、顔見知りの忍を探す。


お、いたいた。


「ゲンマさんゲンマさん」


「……珍しい組み合わせだな。ネジが一緒とは」


軽く驚いた様子のゲンマさんだが、軽く眉を持ち上げただけなので、本当に軽く、なのだろう。


「隅っこ借りていいですか? ちょっと派手な組み手をしたいんで」


「俺に聞くな。

 ……そうだ。この間、案の定管理人が泣いてたぞ。

 今度、お前が空けた穴の埋め立てを手伝ってやれ」


「ああ、すみません。……じゃあ勝手に使わせてもらいますね」


ああ、と頷きゲンマさんは再びフェンスに背を預ける。クールだなぁ。


んで、俺たちは演習場の隅っこへ移動。


それなりの距離を取って対峙すると、視線を合わせた。


「んじゃま、ルールはいつも通り。どっちかが行動不能になるまでで」


「分かっている。……では、いざ尋常に――」


「――勝負」


クイックドロゥ。印を速攻で組み終えると剣指をネジに向けてチャクラ充填。


そして豪火球をぶっ放す。


「な、貴様! いきなり忍術とは――」


聞こえません。


動く的に豪火球を撃ったことがなかったので、試させてもらいます。


――演習場じゃないと、こんなこと出来ないからねぇ。


「ふはははは、逃げ惑え劣等!」


「く、劣等は貴様の方――」


俺の罵倒に反論するも、爆音で掻き消される。


さて、ここからは真面目に獲物を狙いますか。












戦闘結果報告。


俺の圧勝。


ネジは遠距離からの攻撃に対して防御手段を持っていなかった。彼が回天を覚えるのはまだ先のこと。故に、あの白目は逃げ回る事しか出来なかったのである。


ちなみに豪火球の直撃を受けて気絶したネジは、医療忍者志望な下忍の実験台にされています。


ネジが逃げ回ったおかげで演習場はボコボコに。豪火球の威力に惚れ惚れするぜ。


「……おい、玄之介」


「なんでしょうゲンマさん」


「忍術の練習をするなとは言わないが……自分のやったことに責任は持てよ」


そう言い、俺の叩いてくる。


えっと?


呆然としていると、シャベルを手渡された。


そして振り向くと、そこには怒りで茹で蛸状態になった管理人のおじさまが。


「小僧……もう我慢ならんぞ。

 今日は自分の吹っ飛ばした場所を元通りにするまで帰さないからな」


「そ、そんな?! 職務怠慢ですよ!!」


「忍でもない小僧に使わせる施設じゃないんだよ、ここは!」


ごもっともです。


結局、日が沈み、ネジが目覚めるまで、埋め立てを手伝わされました。
















色々疲れた帰路でのこと。


復活したネジは心底疲れたように項垂れている。まあ、そうだろうねぇ。今日のはワンサイドゲームだったし。


「……大丈夫なのか、俺の身体」


「大丈夫でしょ。

 あの人、今度の中忍試験に出るとか言ってたし。

 だからそれなりの実力はあるって」


多分な。


未だに不安なのか、腕を見回していたり。大変だなぁ、ネジ。


「……大体だな。豪火球を撃つとはどういう了見だ。

 俺を殺す気だろう。泣かすぞ、貴様」


「あん? ちゃんと手加減したでしょうよ。きっちりレアで焼いたじゃないか」


「……お前はまた良く分からない言語を」


溜息吐かれた。なんだコイツ。


「……そう言えば、なんだが」


「何さ」


「……来月の頭に、アカデミーへ編入する奴がいるらしい」


「へー」


「……日向宗家を出るのか?」


どこか、期待を含んだ声色。


なんだろう。俺が日向宗家を出ることで何かあるのかしらん?


まあ、期待させちゃ悪いか。


「いや、出ないよ。内弟子だからね、俺。

 早朝稽古、登校、下校、午後稽古途中参加、夜稽古ってスケジュールになるはず」


「そうか」


そう言い、ネジは脚を止めた。


「日向宗家に残れば……体よく利用されて使い潰されるのがオチだ」


「それは忠告?」


「警告だ、如月玄之介」


まるで俺を見透かすかのように冷たい視線。


それを注ぎつつ、ネジは話を続ける。


「お前も血継限界だ。きっと、そうなる。その前に日向宗家を出るんだ」


「……注意してくれるのは有り難いんだけどさ。

 ネジが思っているほど、日向宗家は冷血じゃないぜ?」


「騙されているんだよ、お前」


俺の言葉を鼻で笑い、彼は踵を返した。


うーん。


やっぱネジのコンプレックスは根強いか。


これの解消には骨が折れそうだ。


さて、と短く息を吐き、日向邸へと脚を進める。


……使い潰されるのがオチ、ね。


どうだろ。そんな風に弟子を見てる人間が、薙乃との出会いを与えてくれたり、熱心に指導をしてくれたりするのだろうか。


悪い人じゃない。むしろ善い人なんだけどなぁ、師匠。


まあ、そんな人だからこそ誤解が生まれたんだけどね。





[2398]  in Wonder O/U side:U 四十六話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/05/04 00:47


「初めまして、如月玄之介です。

 趣味は高等忍術の練習と組み手。好きな言葉は乾坤一擲」


嘘ですがね。


本当の趣味は酒と変態忍具開発。今口にしたのは日課です。そして好きな言葉は一撃必殺。


しかし、しかし、だ。


学園デビューをミスるわけにはいかない。故に嘘も必用なのだよ。


だというのに――


「あ、ジェントリーじゃん」


「お前はなんで間違えるかなぁ?!」


おそらく意図的に間違えたキバに思わず突っ込み。


くそう。


俺、ボケ役のはずなのに。














 in Wonder O/U side:U














今日からアカデミー生。目指すは友達百人だ。嘘です。


女中さんに弁当を作ってもらい、鞄に教科書と筆記用具を詰め込む。


さて、登校しようかね。


玄関へ行くとそこにはヒナタが。


「待っててくれてありがと」


「うん。……じゃあ、行こうか」


「そうだね!」


……なんだろう。


思わず視線を下に送れば、えへー、と笑うハナビちん。


「こら」


「私も行くのー!」


玄之介の馬鹿ー、と薙乃さんに拘束されて叫ぶハナビちんを尻目に、日向邸を後にする。


ああもう。帰ったら師匠に愚痴られそうだ。ハナビちんが不機嫌だった、とか。


まあいい。


「ねえ、ヒナタ。アカデミーってどんなとこ?」


「えっと……一言で伝えられないよ。

 実際に過ごしてみれば分かると思う」


「そっか。……楽しみだな」


「うん。分からないことがあったら聞いてね。

 先輩として教えてあげるから」


そう言い、薄い胸を張るヒナタ。


むーん。先輩の調きょ……もとい、介入で大分前向きになったなぁ。


「あ、そうだ。知ってる? 俺がヒナタの学年に入るって」


「そうなの?!」


「うむ。年齢詐称してね。あまり他の人に言わないでよ?」


うん、と納得してない様子で頷く彼女。


ちなみに、それを実現したのは恐るべき火影パワー。民主主義と言えど所詮は軍事国家。鶴の一声で俺の戸籍は書き換えられました。


火影の半分は権力で出来ております。


「けど、なんでそんなこと……」


「表向きの理由はヒナタの護衛」


「……ごめんね?」


「いやいや、話を最後まで聞いてくださいな。表向きは、と言ったでしょうが」


「あ、ご、ごめんなさい」


「うん。で、本当の理由は……」


「理由は?」


「卒業に時間掛けたくないだけです。面倒臭い」


あ、ヒナタがずっこけた。珍しいアクションだ。


まあ、それすらも表向きの理由ですが。


本当の本当な理由は、木の葉崩しを正規の忍として迎えるため。


流石にこれを言うわけにはいかないしなぁ。


アカデミーに着くとヒナタと別れて職員室へ。


そこで担任と顔合わせし、クラスへ。いざ学園デビュー。


……キバに真面目キャラ崩されたけどね。


畜生。










アカデミーの授業って、本当に基礎中の基礎なのね。座学は常識の欠けている俺に必用だけど、実技はどうにも。


授業中に窓から見た他学年の実技の授業は、師匠の言うように本当に糧にならない気がした。よし、サボろう。


まあ、サボるのは若干抵抗あるんだけど、授業中に高い場所でグラウンドを眺めている熱血馬鹿を発見したのだ。


授業受けるぐらいなら彼に指導を受ける。了承してくれるかは分からないけどね。


それもいずれはリー周りと関係して来るでしょう。ええ、きちんとした理由があるんですよ。裏蓮華が覚えたいだけじゃありません。


んで、午前中のスケジュールを消化し、昼休み。


キバとシノくんに連れられて食堂へやってまいりました。


「……玄之介。お前、弁当なのか」


「おうとも。

 日向宗家の女中さんが作った傑作だ。羨ましいだろうー」


ほれほれと目の前でちらつかせたら飛びついてくるキバ。本当にアホの子だ。


「……おかずぐらいやるから涎を拭きなさい」


「本当か? よし、お前を友人に認定してやろう」


安い友人だなぁ。


「……ところで玄之介」


「なんでせう」


「お前は九歳だったはず。

 何故俺たちの学年に編入出来たんだ」


サングラス越しに俺を見てくるシノくん。いや、微妙に怖いぜ。


「ボク、ジュッサイダヨ」


「……そうだったのか?」


「ウン」


そうか、と呟き昼食に手を付けるシノくん。うわぁ、なんだろうこの罪悪感。ハナビちんに嘘吐いたレベルで悪い気がする。


っていうか棒読みなんだから突っ込んでよ! 嘘だろそれ、とかさ!!


まあいい。


普通に信じたお子様二人に倣い、俺も弁当を。って――


俺の弁当、中身がロストしているんですが。んでもってキバが楊枝で歯をほじってますよ。


「てめえ何人様の弁当を平らげてるんだ」


「いやあ、美味かった」


この野郎、とキバの首を絞める我。


「……ちょ、お前……握力、強い……」


「伊達に鍛えてないからな。ほれほれ、頸動脈を締めてやろう」


首をキュっとね☆


バンバン、と音を立ててテーブルをタップされるも、力を緩めません。


食い物の恨みは恐ろしいぞ。


そして落ちるキバ。


じゃあ俺はキバの弁当をもらおうか。


……しっかし、これ。


「……肉が多い」


「いつもそんな感じだ」


「そうなんだ」


まあいい。ご飯があればなんでも食える。


白目剥いて泡を吹いているキバを無視しつつ、シノくんと楽しく昼食だ。


向こう側だと、スタ丼の肉増し飯増しを普通に食べられた俺。それはこっちでも変わらないみたい。


並の人ならボリューム満点通り越して吐き気を覚えるおかずのラインナップだったけど、完食しました。


ご馳走様。


「……おい、玄之介」


「何?」


「こちらを見ている奴がいる。日向ネジだ」


マジか。


顎で差された方を向けば、確かにそこにはネジが。


なんだよあの野郎。アカデミーでも難癖付けるつもりか。


「無視だ、シノくん」


「虫?」


「字が違う!」


ああもう! 何故俺が突っ込みをせねばならんのだ!!


その後、ネジを無視しつつキバを保健室へ引き摺っていき、午後の授業へ。


と言っても実技の授業だったんでエスケープしましたが。














アカデミー屋上。


強い風が吹き荒ぶ中、一人の上忍が避雷針のてっぺんに立ちグラウンドを見下ろしていた。


うむ、あのオカッパ。間違いない。


俺は後ろ手でドアを閉めると彼の元へ。


「上忍のガイさんですねー?!」


風に声が攫われないよう、大声で叫ぶ。


んで、彼は俺の方を向いたわけですが。


「……お前、青春しているな」


は?


「その鉢巻き、成る程、良いセンスだ!」


とう、と掛け声を上げて俺の横に飛び降りる熱血馬鹿。


……大丈夫か? なんか第一次接近遭遇が嫌な雰囲気になっているんですけど。


いや、確かに鉢巻きは熱血アイテムだろうけどさぁ。


こんな反応されるとは思わなかったぜ。


「しかし少年、サボりは感心しないな。

 授業をサボって屋上に来るのも勿論青春だが、俺が好きなのは真っ当な青春だ!」


「いや、ガイ先生の美学は聞いてな――」


「さあ、教室へ戻るんだ!

 今ならばまだ、教師も仲間も暖かく迎えてくれるだろう!!」


「あの、俺の話を――」


「そして育まれる師弟愛と友情。

 『ああ、授業をサボってごめんなさい』

 『何、気にするな。お前にだって悩みの一つはあるだろう』

 『そうだぜ。気付いてやれなかった俺たちも悪かっ――』」


「人の話を聞けぇ!!」


思わず焔捻子を鳩尾にぶち込んでしまった。


虚しい。


嗚呼、薙乃さんってこんな気持ちだったのね。俺、もうちょっと他人に優しくなるよ。


で、ガイ先生。


アカデミー生の掌だと思って油断していたのか、存外にダメージを受けて悶えております。


「……な、なかなか、いい打ち込みだったな」


「ありがとうございます」


「しかし真っ当な青春をしていない奴の掌など効かん! さあ、早く教室へ戻るんだ!!」


「だから人の話を聞けっつーのに!!」


思わず蹴りが飛んだ。


しかし、今度は受け止められましたよ?


「……ふむ。さっきの打ち込みに今の蹴り。日向流柔拳法の色が混じっているな」


そこまで分かるか。流石は体術フリーク。


脚を離してもらい、服の乱れを直す。


ようやく話が出来るかしら。


「初めまして。俺、如月玄之介と言います」


「そうか。俺はガイ。マイト・ガイだ!」


マイトガインみたいな名前だよな。っていうか、それそのもの。


まあ、あれも元ネタがマイティ・ガイって英語だし。そこら辺一緒なのかしらん?


「ガイ先生、今暇ですか?」


「俺は君の先生になった覚えはないのだが」


「まあまあ。……あの、お願いがあるんですけど」


「なんだ、玄之介」


「忍術を教えてください。どうにも、アカデミーの授業じゃ物足りなくて」


「……それは」


ふむ、と思案するガイ先生。当たり前か。


「流石にサボりを推奨するのは気が進まない」


「そこをなんとか。座学ならまだしも、実技が身にならないんです」


「……普通、逆ではないか?」


「まあ、普通は。お願いします、忍術を教えてください」


頭を下げ、ガイ先生の顔色を窺う。


眉を潜めた思案顔。さて、どうなる?


「……だがな」


「ここであなたが俺を見捨てて、俺は授業に戻ったとします」


「ああ」


「そして俺は卒業し、忍へ。

 しかし熱の入った青春を送らなかった俺は、体術が出来ず敵に殺されてしまうでしょう」


「……んな無茶な」


うん、自分でもそう思う。ごめんなさい。


ならば――


「じゃあ言わせてもらいますがね。

 ……そうやって煮え切らないのは、青春していると言えるんですか?!

 アンタの忍道はその程度か!!」


「な、なん……だと?!」


あ、存外ショックを受けてる。


後一押し。


「授業をサボる非行少年の性根を稽古で叩き直す。

 そんなシナリオはどうでしょう?」


「それは――すごい、青春してるな」


「そうでしょう? だから一丁、ここで俺に――」


よし、手応えあり。


「――裏蓮華を伝授してください」


「この馬鹿ー!!」


殴り飛ばされた。


うむ、いきなりすぎたね。


って、屋上のフェンス超えた?!


ヤバイヤバイ。受け身取っても死ぬぞこの高さ。


早く操風を! 否、大旋風を使わないと!!











その後、なんとかリカバリー。


しかし初日から授業をサボったことで薙乃さんには怒られました。


師匠は何故か納得顔だったけど。


くそう。





[2398]  in Wonder O/U side:U 四十七話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/05/04 00:48


アカデミーに通い始めて数日が経った頃。


「勝負だ如月玄之介!」


下校時間になり、キバとシノくんと共に帰ろうと思ったら、ネジが教室に殴り込んできた。


おいてめえ、教室が一階上なのに、なんでチャイムが鳴ると同時に飛び込んでこれるんだ。


奴の背後にはテンテンがいたり。……なんだあの野郎。女連れか。


すこーしだけイラっときた。決して嫉妬ではない。


決してね。


「ああ、ネジ。悪いけど帰ったら稽古に参加しないとだから」


そんじゃねー、と手を振りつつ教室を出る。んで、その後に着いてくるキバとシノくん。


「おい玄之介。なんだアレ」


「……編入早々、日向ネジと喧嘩か?」


「いやぁ、そんな良いもんじゃないって」


そう、喧嘩なんて生温いもんじゃない。言うなれば嫌がらせ合戦。罵詈雑言吐きつつ殴り合うのなんて喧嘩じゃないやい。


とっとと帰ろうぜ、と二人に声を掛けた瞬間だ。


「ならば今回は俺の不戦勝か?」


そんなクソ白目の声が聞こえた。


……上等。
















 in Wonder O/U side:U

















んで、フィールド移してグラウンドへ。


流石に生徒が残っている時間帯だったから、オーディエンスが大量に出来た。


くそう。目立つのは苦手なのに。


「……おいネジ」


「なんだ」


「観客を人質に取るとは卑怯だぞ。

 これじゃ豪火球が撃てないじゃないか」


「使わなければいいだけの話だろうが!」


そうだね。


お互い立ち位置を決め、睨み合う。今回は審判と実況、解説付きです。


「はい、始まりました分家と宗家弟子の試合。解説のシノさん、どうぞ」


「……何故あの二人は仲が悪いんだ」


「だ、そうです。審判のテンテンさん、公平なジャッジをお願いしますよ」


「あ、はい」


キバに話を振られるも、未だ展開について行けないテンテン。


まあ良い。


「それでは――」


声高らかにテンテンは腕を上げ、


「――始め!」


合図と共に、俺は火遁・豪火球。


「な――?! お前、使わないんじゃなかったのか?!」


「馬鹿が! ブラフを真に受けるなよ白目!!」


とは言っても、やはり撃てる方向は限られている。


豪火球が着弾した周りに人がいないことを確認しつつ、だから、神経使うぜ。


飛来する火球を回避しつつ俺との距離を詰めようとするネジ。しかし、俺だって立ち止まっているわけじゃない。


動き回りつつ豪火球を。それでもちょこまかと動く白目には当たらないが。まあ、俺も移動しつつ術を撃っているから命中精度が落ちているんだけどさ。


ふむ。ならば絡め手だ。


半身を引いて左腕を隠し、右の剣指でネジを補足する。


「イア、クトゥグア!」


「――いい加減、馬鹿の一つ覚えだ!!」


剣指の方向へ豪火球が出ると流石に分かっているからだろう。指し示されると同時に、ネジはサイドステップを踏む。


――掛かった。


風遁・操風。


ネジからは見えない角度で印を組む。収束した風は導火線となり、火球は緩やかに角度を変えてネジの方へ。変化はHシュート。


未だに跳躍したままのネジには回避手段がない。奴が着地すると同時に、火球は直撃するだろう。


やったね! 大勝利!!


と、思ったら、


「何度も同じ手を喰らうか!」


オーディエンスから感嘆の息が漏れる。


何故ならば、防御するでもなく、弾くわけでもなく、豪火球を回避したからだ。


瞬身の術によって。


……えぇー、何それ。聞いていませんよ。


チャクラコントロールもそこそこに出来るの? 


ああ、俺がカンフル剤になっちゃったから成長速度が上がったのか。畜生。


まあいい。きっと覚えたての技だろうから、扱き下ろしてやろう。


「どうだ?! これでもう貴様は――」


姿が現れた瞬間、火遁・炎弾。


得意げになっているネジは、再び瞬身を駆使して姿を消す。


――だから?


「効かないということが、分から――」


火遁・炎弾。


「いい加減にしろ! 無意味な技を――」


火遁・炎弾。


「れ、劣等が! いくら術を放ったところで――」


風遁・カマイタチ。


奴が現れた瞬間に忍術をぶち込む。


ネジの姿が消えた場所は、軽く地面が抉れていた。やはりまだ完璧ではないのだろう。地面との反発が上手く出来ていない。


ならば、チャクラコントロールにかなりの神経を使っているはず。


さて、いつまで保つのかしら。


「おおっと、玄之介の忍術が尽く避けられています。試合はどう動くのでしょうか、解説のシノさん」


「……火遁は見たくない。虫が……」


「だ、そうです! さあ、玄之介はどうする!!」


駄目解説と駄目実況め。


オーディエンスの皆様は俺の忍術を避けているネジが優勢だと思っているみたいだけど、そんなことはない。


基礎中の基礎だけど、それ故に上限が高く、極めるのが難しいチャクラコントロール。瞬身の術は得る速度、移動距離、その他諸々を計算して行使しなきゃならない術だ。


使うだけなら誰でも出来る。しかし、それを回避のためだけに連発するのはわりかし愚かだろう。あんな風に使い続ければチャクラコントロールに気がいって消耗する。


更に、だ。要所要所で使えば効果的な高速移動も、常に行使し続ければ相手に読まれてしまう。


まあ、考えなしに使ったネジが悪い。今日はそれを徹底的に教え込んでやろう。


「……も、もう終わりか? この――」


火遁・豪火球。風遁・カマイタチ、同時行使。


ネジは瞬身で回避するも、地面に着弾した爆風で身体を煽られブレーキを失敗。転びそうになった瞬間、足下にカマイタチが炸裂した。


そして不様にぶっ飛ばされるネジ。


……む、最低ランク以上の属性忍術を同時に使うのは、やはり操作が難しいね。撃てはしたけど、精度が落ちたのは自分でも分かった。


そんなことを三度ほど。


そしてぶっ倒れるネジ。


直撃なしの癖にやられてやんよ。


「えっと……勝者、如月玄之介」


どこか呆然とした様子で俺の名を上げるテンテン。


そしてどよめくオーディエンス。


……うーん。ここでクールに立ち去ってもいいんだけど、それじゃあネジが余りにも哀れだ。


と、いうわけで。


「俺の勝ちー! どうよ?! キバ、シノくん!!」


「お、おお……。お前、風遁も使えたのな」


「……よくチャクラが保つな」


いや、なんかおかしいだろその反応。


ちなみに俺が血継限界だってことは親から聞いているらしく、触れて来ません。


「もっと賞賛して!」


と、叫ぶも、キバとシノくんは顔を合わせて何やら相談をしています。


んで、顔を上げると俺の方を見た。


「よし、玄之介。お前に『二刀流』という二つ名をやろう」


「……悪くないと思うが」


……なんだよそれ。


じゃあネジはアンダードッグで。


「『二丁拳銃』にしない?」


二刀流は先輩がやってる。


「拳銃ってなんだ?」


あー、そう言えばないもんねこの世界。


「……忍具の射出機みたいな感じ?」


「……そっちの方が合ってるな」


「そうだな、シノ。よし、お前は今日から『二丁拳銃』の玄之介だ」


ありがとうございます。


しっかし、最近勝ち越しだなぁ、俺。


まあ、負けないように鍛錬積んでるから当たり前なんだけど。それなのに引き分けになったらすげえ悔しいよ。


負けとか考えたくもない。稽古に付き合ってくれる師匠にも薙乃にもハナビちんにも申し訳ないしな。


……あ、そうだ。


預かっててもらった鞄をシノくんから受け取り、筆箱からサインペンを取り出す。


んで、ぶっ倒れてるネジに近付いてキャップを取る。


「……な、何をするつもりだ」


「眉を繋げる」


「馬鹿、やめろ!」


額に肉はテンプレすぎるんでやらない。っていうか、ネジの額には触れちゃ悪いだろうし。


ぎゃー、と叫ぶネジを無視しつつ眉をドッキング。あ、手元が狂って眉間から額に掛けて線がっ。


まあいい。自業自得だ。


これでしばらく挑んでこないでしょ。


ネジの闘志は認めるけど、奴は自分に掛かっている期待とか羨望とかをもうちょっと自覚した方がいい。


アカデミーで戦うとかなんのつもりだ。ファンとかいたら今頃泣いてるぞ。


「じゃあ帰ろうか」


「そうだな」


「……ああ」


二人を伴って下校。


……俺って、学生生活を満喫しているのだろうか。


こんな殺伐としたのじゃなくて、もっと甘いのがいいです。苺味とかそんなの。


……あ、あれ? なんか胸が苦しくなって……っ?!


また師匠か! おのれ!!












キバとシノくんに手伝ってもらい、なんとか日向邸へ辿り着いた。


……なんかガコーン、ガコーン、と打音が聞こえる。


「師匠!」


「おお。帰ってきたか」


「アンタまた呪いとか俺に掛けたでしょう?!」


「……そうか。この音はそれか」


ガッデム!


「嫌がらせも程々にしてください。

 組み手中にこんなのやられたら普通に死にます」


「そう言って死んだ試しがないだろうが、お前は」


そうだけどさぁ。


「ところで、誰がこんなことを?」


まさか薙乃さん? 俺があまりにも気苦労を掛けるから、頭にきたとか。


うん、心当たりがありすぎる。ごめんなさい。


って、あ。痛みが引いた。


次いで聞こえる階段を駆け下りる音。


「おか――おかえりなさい、玄之介」


「ただいま」


おそらくは抱き付こうとしていたのだろう。階段を駆け下りてきたハナビちんだったのだけど、俺の隣に師匠がいるのを見ると一瞬で猫を被った。


器用だな。


そして師匠はハナビちんに気付かれないよう溜息を吐く。


親の心子知らず、ってのを目にした。


「父上。玄之介も帰ってきましたし、稽古を再開してください」


「そうだな。玄之介、荷物を置いて庭へこい」


「分かりました」


師匠に急かされ、自室へと戻る。


障子を開けるとそこには割烹着の薙乃さんが。どうやら部屋の掃除をしてくれていたようです。


「おかえりなさい、主どの」


「ただいま、薙乃。悪いね」


「いえ、家事は好きなので。これから稽古ですか?」


「うん」


「では、私もすぐに向かいます。先に行っていてください」


了解、と応え庭へ。


さて、一日のメインである稽古の始まりだ。












「何? ネジが瞬身を?」


午後の稽古が終わり、これから夕食という時間。


師匠に学校でのことを伝えたら、存外驚いていました。


「ええ。約十発ほど忍術を避けられました」


「そうか……それで、勝ったのか?」


「そりゃ勿論。負けませんよ」


ならばいい、と胸を撫で下ろす師匠。


「体術は最近伸びないが、忍術はそうでもないようだな」


「まあ、体術ばっかりはどうにも。忍術は演習場の特別上忍に見てもらっているので」


ゲンマさんね。印のアドバイスはもらえないけど、どれだけのチャクラを込めれば実用に耐えうるのかとか聞けるのだ。師匠も忍術を教えてはくれるんだけど、日向邸の庭でぶっ放すわけにもいかないため、忍術の練習はもっぱら演習場で行っていた。


威力重視とか子供の発想だぜ。要はどれだけ実戦に使えるか、だ。


……あれ? じゃあなんで俺、螺旋丸とか習得したんだろう。あの技、敵に当てるのがすげえ難しいのに。


思い出せない。なんでだっけ。


「……ふむ。お前は強くなるためならば手段を選ばない類の人間なのだと、つくづく思わせられるな」


「割と酷いこと言ってません? 手段は選びますよ」


そうとも。大蛇丸みたく人体実験してまで強くなろうとは思わない。呪印とか以ての外。写輪眼や白眼は欲しいけど、移植してまではなぁ。


しかし、真面目に応えたというのに師匠は冗談で言ったみたいでしたよ。


「そうだな。しかし、安心した。不調に陥ったせいで、そのまま腐ったら破門するところだったぞ」


「ははは、師匠は冗談が上手いなぁ」


笑い合う俺と師匠。この人本気だよ絶対。


……思わず溜息。


しっかし、いつになったら成長をするのかな、俺。


先の話だろうけど、もしネジが回天とかを自在に使えるようになったら、ヤバイぜ。


忍術は一年や二年じゃ追い付かれない程度のリードはあるだろう。その間も俺だって修練するんだから、絶対に追い付かれないと言って良いかもしれない。


しかし、体術は別だ。


そもそも俺が体術が得意なのは、日向宗家に弟子入りした恩恵である。


俺の血継限界は忍術に特化する者向け。日向の血を持ち、その上天才と呼ばれているネジには体術だけならば追い付かれ、いずれは追い抜かれるだろう。


それでも実戦経験、チャクラ総量、使用出来る忍術の種類を考えれば『戦い』では負けない自信がある。


しかし、それでも……。


微かな焦燥感を抱きつつも、なんとか平静を装う。


鼻歌交じりに、俺は厨房の手伝いへと向かった。





[2398]  in Wonder O/U side:U 四十八話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/05/04 00:48


今日も実技サボり。


そんな俺は屋上で――


「何度言ったら分かるんだ馬鹿ー!!」


殴り飛ばされていました。


が、ガッツだ。掌じゃなくて拳だから痛いけど我慢だ。


じくじくと痛む頬をさすりつつも立ち上がる。


「大体、君はどこで蓮華の存在を知ったんだ」


「いやぁ。風の噂で?」


はい、嘘です。


そうだよなぁ。禁術なんて普通のアカデミー生が知っているわけないもんね。疑問に感じて当然か。


「興味本位で手を出して良い技じゃないんだ」


「いや、そこをなんとか」


「駄目、絶対! というかだな少年。放課後ならばまだしも、何故授業中に覚えようとするんだ」


「放課後は放課後でやることがあるんですよ。だから今で」


「授業に出てろ!」


「だって意味がないんですもん」


だってさー。この間キバとシノくんに引っ張られて無理矢理出た忍具の授業とか酷かったぜ?


全員で一回ずつ投げて、駄目なところを指摘し合うとか。普通のアカデミー生だったら意義はあるけど、俺にとっては無意味。


俺もパーフェクト超人ってわけじゃないから座学は必用だけど、戦闘の基礎はとっくの昔に終えている。


残り時間は二年切ってるんだ。今の内から表蓮華覚えて、二年後には裏蓮華を使いこなせたい。


それなのに……。


「意味がないと思うことにこそ意味がある。それが青春だ!」


この野郎、それっぽいこと言って煙に巻こうとしていますよ。


この押し問答、一週間も続いてるんだぜ?


くそう。


「……ガイ先生の時代は良かったですよね」


「どうしてだ?」


「飛び級精度あったから。でも、今はない。

 ……少しでも自分を高めたいと思うのは、間違いなんですか?」


「……む」


あれ? 口ごもってる。珍しい。


よし、一気に畳み掛けてやる。


「俺は立派な忍になりたいのに、先生はそれを許さないんですね。

 ああ、ごめんなさい父さん母さん師匠。この濃い人のせいで俺は無駄な時間を過ごすことになりそうです」


「濃いとはなんだ!」


まあまあ、と宥め、


「この上忍、なんだかんだ言って口だけなんですよ。

 小僧に技の一つも伝授しない。自称『漢』だけど、本当に自称っぽいです」


そんな風に空へと報告を続ける。


あ、サムズアップした師匠が青空に見える。末期か俺。


んで、得々と語っている俺の言葉に肩を振るわせるガイ先生。


まあいい。トドメを刺してやる。


「包容力がないと言うんでしょうか、こういうの。

 それっぽいこと言って子供を騙そうとか、いい歳した大人が何やってるんでしょうね。

 こんなんだから青春が終わらないんだと思います」


そう、つまり独身。


エターナル青春とは、見方を変えれば呪いである。


「……そこまで言わなくても」


そして涙目になるガイ先生。


「まあまあ。……それじゃあ、俺は授業に戻ります。お達者で」


「ま、待つんだ少年!」


「なんですか?」


よし、フィッシュ。


しかし喜びを表情に出さず、俺は興味を失った顔でガイ先生を見る。


「君がここまで根気のある少年だとは思わなかった。先生になってやってもいいぞ?」


声が若干裏返っています。


「え、本当ですか? やったー」


棒読み。


しかしガイ先生は大きく頷きます。


「そうとも。だから演習場の忍、特にくの一に『マイト・ガイは包容力のある人間だ』、と――」


「つべこべ言ってないでとっとと表蓮華教えてください」


「……初めての生徒がこんなのだなんて」


うん、残念だったね。


「……まあいい。取り敢えず、だ」


「はい」


「表蓮華を使うには、まず強靱な肉体がないと拙い。

 そして力を振るうための技がないと駄目だ。

 しかし、授業時間のみの指導だから時間がない。だから……」


「だから?」


「組み手だ。幸い、君は体術の基礎は出来ているみたいだからな!」


そして始まる、フルボッコタイム。


打たれ強くなれ、とのこと。


くそう。ここでもフルボッコかよ。


って言うか打たれ強さは充分な域に達してますよ?









 in Wonder O/U side:U










「ど、どうした玄之介?!」


「もうらめぇ……」


ガイ先生の指導が終わって教室へ戻ると、俺は机に突っ伏した。


キバとシノくんが話し掛けてくるも、反応出来ない。


クラスの皆も、授業サボった俺がボロボロなのを見て何事かと思っているみたい。


けど、そんなことを気にする余裕はない。


ガイ先生、強い。マジ強い。師匠とベクトルは違うけど、流石は上忍なだけはある。


師匠が水ならガイ先生は烈火。受け流すのではなく自ら苛烈な攻めを行う彼の体術は、未熟な俺では流し切れなかった。


くそう。弱いなぁ、俺。


「キバ」


「お、ようやく反応したか」


「次の授業なんだっけ?」


「えっと……トラップ理論」


「途中から外だっけか」


「ああ。……また抜けるのか?」


「まあね」


「たまには出た方が良い。何故なら、授業はためになるからだ」


うーむ。硬いね、シノくん。


でもなぁ。


「いや、やらないといけないことがあるのよ」


そうとも。時間を無駄には使えない。


体格の問題で伸び悩むっていうのなら、この体格で出来る限界までやってやる。


そのためには、どうしても体内門の開放が必用なんだ。


包帯巻き付けてのパイルドライバーをやるつもりはない。単純に今以上の速度と筋力が欲しいだけなのだ。


……けど、出来るのかなぁ。


こっそりと溜息を吐き、俺は引き出しから教科書を取り出した。











空が赤い。


屋上の地面にぶっ倒れつつ、俺は空を見上げていた。


ガイ先生に殴られた箇所が熱を持ち、体中が怠い。


早く帰らないといけないのだけど、動けないので少し休憩中なのだった。


ガイ先生は既に帰っている。薄情だと思うけど、まあ、上忍だし忙しいんだろうね。


しっかし、綺麗な茜空だなぁ。霞のかかったような空ではなく、透き通るように天上が広がっているのだ。大気汚染とか進んでないからだろうか。分からぬ。


そんな風に呆けていると、錆び付いた音を上げてドアが開かれた。


顔をそちらに向けてみれば、目つきの悪いクソガキもとい、


「先輩じゃあないですか」


卯月朝顔がいた。


よう、と先輩は声を上げると、俺の隣に座る。


何しに来たんだろ。っていうか、なんで俺がここにいるの知ってるんだろ。


「どうしたんですか?」


「ああ、ちょっと文句を言いに」


「文句て」


「……あのさぁ。編入させてもらったのに、登校初日から授業サボりまくるってなんのつもりだよ」


「いや、それは……先輩はどうなんですか?」


「……それなり」


うおい。なんだそのYESともNOとも取れる返答は。


そんな風に疑問を浮かべた俺を無視しつつ、先輩は話を続ける。


「で、そんなボロボロになって何をやってたのさ」


「ガイ先生に表蓮華を教えてもらおうと。今のところ組み手しかしてくれませんが」


「……お前さ。そんなに芸を増やして何がしたいの?」


「しょうがないじゃないですか。

 体術だって成長待ちで頭打ちだし、忍術だって片手印だから一個覚えるのにかなりの時間が掛かるんですよ?

 だったら、ブースト掛けれる体内門の開放を覚えようってのも悪くないでしょ」


思わず、拗ねたような声色になってしまった。


そんな俺に先輩は溜息一つ。


「……いいですよね、先輩は。憑依先の身体が原作キャラよりも成長してて。俺なんて……」


「何言ってんの、この贅沢者。如月の血継限界がどれだけ有り難いものなのか分からないのか?」


「そりゃ、確かに便利ですけど……」


「普通の忍なら何年も掛かる課程をいくつもすっ飛ばしたものを、お前は最初から持っているんだよ?

 それなのに体格がどうとか……どこまで強くなれば気が済むんだって」


……どこまで、か。


どこまでだろうね。


先輩の言葉を切っ掛けに、あの夜のことが思い出される。


カブトに敗北し、両腕の痛みに苦しんでいた時のこと。


薙乃と――彼女と結んだ約束。あれを果たすには、どれだけ強くなればいいのだろうか。


ただ、少なくとも今の俺では約束が果たせない。


強くなる、と誓った俺の願いは、果たされていない。


誰も殺さず、俺自身も殺されず。そんな当たり前のことが、酷く難しいナルト世界。


どうしたもんかな。






[2398]  in Wonder O/U side:U 四十九話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/05/04 00:49


「御子息に仕えさせて頂いている、妖魔の稲葉薙乃と申します」


「ああ、話には聞いているよ。

 今まで玄之介の面倒を見てくれて、ありがとう」


パパンに挨拶している薙乃を尻目に、タープとテーブル、椅子を組み立て。


ここは木の葉の外れにある演習場。死の森みたいな薄暗い場所ではなく、自然が豊富で川なんかも流れているキャンプするには丁度良い場所だったり。


……なんでこんなことになったんだろ。


溜息を吐きつつ、朝食の準備をしているママンを見て、再び溜息を吐いた。











 in Wonder O/U side:U











切っ掛けは俺の発言だった。


どうにも伸び悩んでいるため、師匠に凶悪な忍術教えてくださいな、とお願いしたところ。


「……もうそろそろ実家に帰れ」


と言われた次第。


ああ、ちなみに実家に帰れってのは、二度と来るなファッキン、って意味ではなく、忍術教わるならば両親に聞くのが一番だろうが、という意味です。


……まあ、俺だって分かっていたんだけどさ。


如月の片手印は一般の忍じゃロクに使えない代物だ。逆を返せば、一般の両手印を如月の者は使うことが出来ない。


存外、これは不便なのである。


術一つ覚えるためにも印の形一つ一つを片手印用に解釈して、実践、改良を重ねる羽目になるのだ。


幅を広げられないお陰で基礎をみっちりやれたのはいいのだけれど、新しい術が欲しいなぁ。


そう思って師匠に相談すれば、お前は如月の人間なのだから両親に聞け、とのこと。


……むーん。


んで、実家に頭下げに行くと、両親は喜んで協力してくれると言ってくれた。


まあ、嬉しいし有り難いんだけどさ。


そしてアカデミーのない土日。その曜日だけは日向宗家から出て、師匠が借りてくれた演習場で稽古をすることに。


……稽古のはずなんだよなぁ。けど、なんで……。


「……母さん」


「何? 玄之介」


「なんでキャンプの準備なんてしているのさ」


「あら、いいじゃない。玄之介はこういうの嫌いかしら?」


いや、いいけどさ別に。二年間放浪していたから慣れてるし。


あ、そうそう。ハナビちんは師匠に止められて日向邸に軟禁されております。ピクニック道具揃えて着いてこようとしたあの子を振り解くのは心が痛みました。


何故か薙乃さんは来ていますがね。監視役として。


まあ、この場合は感謝するべきなのだろうけど。如月の両親に挟まれていると、どうにも。


で、設営が完了すると稽古へ。


教官殿は――


「……母さん?」


「ええ。何か不満でも?」


「いや、だって母さん、俺に忍術教えられるの?」


「安心しなさい。現役じゃないけど、玄之介に教えるぐらいなら出来るわ」


任せなさい、と言わんばかりに胸を叩くママン。


いや、そうじゃなくてさ。


「父さんは片腕ないけど、片手印使えるでしょ? でも、母さんは――」


「……ああ、そのこと。大丈夫よ」


そう言い、薄く笑う。


なんだろ。表情に少しだけ影が浮かんだのは、俺の気のせいなのかな。


「さあ、始めようかしら」


言葉に促され、俺とママンは場所を移動する。


木々の密集した場所から離れ、川辺へ。さて、どうなることやら。


「まず、玄之介には如月の基礎中の基礎を理解してもらうわ」


「基礎中の基礎?」


「そう。まず頭に入れて欲しいのは、忍術において如月に弱点は存在しないということ」


……随分大きく出たな。


なんて言葉は口に出さず、黙って頷いた。


「まず、風遁。これは相克関係で火遁を弱点としているわね。

 そして火遁。これは水遁に弱い。ここで問題よ、玄之介。敵は水遁を使ってきた。あなたはどうする?」


「風遁で迎撃しつつ、避けて瞬身で接近。体術で叩きのめす」


「……すっかり日向宗家に染まっちゃって」


あ、溜息吐かれた。くそう。


「風遁を選んだのは、火遁が効かないからでしょう?」


「うん」


「でもね。如月の場合は違うのよ。火遁を使っても、水遁を真っ向から打破出来る。見てなさい」


そう言い、ママンは両手を忙しなく動かし、印を結び始めた。


風遁・操風の術。


火遁・炎弾。


いや、ちょっと待て。なんで母さんが片手印を使えるんだ。


……もしかして俺が勘違いしていたのか。如月の血族だったのは父さんではなく、母さん。


なら、さっきの発言はかなりの失言だったわけだけど――。


そんな疑問が伝わるわけもなく、母さんは印を組み終えると右手を左手で保持し、腕を川に向ける。子供が遊びでやる、剣指を銃のようにする文化がないからだろう。母さんの腕は掌を目標へと向ける形だった。


一拍置いて射出される炎弾。しかし火球の周りには大気の層――いや、バリア、とでも言うべきか。それも正しくはないだろうが――が纏われていた。


火遁に飲み込まれないギリギリの位置に操風で収束した風がある。


それは水面へとぶつかり、風は水を掻き分けた。露わになった水底に火球がぶつかり、火柱が上がる。


――ああ、そういうこと。


要は風遁で水を弾き、火遁を守ったわけだ。


「……分かった?」


「うん。でも、相対速度の合わせ方が面倒そうだね」


その発言に、母さんは目を見開く。


……あれ? 相対速度って単語、ないっけ?


「……よく分かったわね。偉いわ」


そう言いつつ、頭を撫でてくるママン。


……なんだこれ。薙乃にやられるのとは違ったくすぐったさ。


それを誤魔化すように、俺は苦笑しつつ身を引いた。


「で、でもさ。敵が水遁を使ってきた場合、向こうは一発分のチャクラ。

 こっちは二発分のチャクラを使わないといけないわけで……」


不利じゃない? 避けた方が良いっしょ。


しかし、そんな俺の素朴な疑問には回答が用意されていたようです。


「ええ。Dランク忍術なら、そうでしょうね。

 けど、CやBともなれば回避するよりは厄介な付随効果を警戒して破壊した方が良い忍術もある。

 これはそのための技術よ」


……まあ、確かにね。


「両手を別々の代物として扱う場合、如月の風遁は、火遁を助けるためにあるようなものなの。

 それ単体として使うより、火遁を確実に極めるための補助とする技を覚えなさい」


まあ、これは基礎の場合だけどね、と締め括る。


はい、と応え、今さっき見た技の再現をするべくチャクラを汲み上げる。


風遁・操風の術。


火遁・炎弾。


印を組み、剣指を保持するように左手を添える。


それで発射してみたわけですが――


「……消えた」


炎弾は操風を吸収して威力を増し、そのまま水面へダイブ。鎮火した。


ちくせう。存外難しいぞこれ。


「上出来よ。同時行使を覚えるだけでも時間が掛かるものなのだから」


あんまり慰めになってないです。


その後も延々と如月流の技術を練習し、空が茜色になるまで稽古は続いた。












夜は適当さ加減の漂うバーベキュー。


野菜は持ってきたものだけど、肉はそこら辺の動物様に犠牲になってもらいました。


ちなみにパパンは頭に包帯巻いてます。何故かって? 兎を狩ろうとしたら薙乃さんに蹴り飛ばされたから。


「本当に申し訳御座いません!」


「いや、気にしないで。俺も気配りが足りなかったから」


頭を下げまくっている薙乃さんに、どこかデレデレした雰囲気のパパン。あ、ママンに殴られた。


仲がいいなぁ。


「……あなた」


「分かってる! 分かってるから!!

 俺にはお前だけだからっ!!! だから包丁仕舞って!!!!」


……なんだろう。既視感。き、気のせいだよね!


んで、夕食。


薙乃さんはママンに質問攻めにあって、困った風に笑っていた。


なかなかに失礼な質問のオンパレードでしたよ。俺が日向宗家に面倒掛けてないか、とか。泣き言を言ってないか、とか。


ふむん。俺ってそんなに情けないように思われているのか。


……まあ、両親には日向宗家であったことなんてロクに話してないからね。実家にも帰らないし。


そしてお開き。片付けを手伝って、持ってきた寝袋に入って就寝。


ってわけにはいかなかった。


パパンが寝静まったのを確認すると、俺はテントから出て夜空の下へ。


どうにも駄目だ。この時間まで頑張ったけど、どうにも。


「……肩が凝るね、まったく」


両親の俺の扱い方。それは、十歳の子供を扱うのには丁度良いものだろう。


だが、それ故に。俺にはむず痒さを通り越して痛かった。


俺は両親の子供じゃない。この身体はそうだが、中身は別人なのだ。


だというのに、我が子を可愛がる態度で接されるのは――


「……重いぜ」


そうだ、重い。当たり前の好意がのし掛かる。


いっそのこと、俺は如月玄之介とは別人なのだと叫びたくなってしまうほどに、だ。


だが、そんな告白をしたら、どうなるか。


両親は俺のことを許さないだろう。薙乃や師匠、ハナビちんがどんな顔をするのかなんて考えたくもない。


自分が異邦人なのだと強く自覚させられてしまう。先輩と話している時などはまだいいが、両親との時は別だ。


向けられる好意が、責める声のように聞こえてしまう。


それは、俺自身が悪いことをしていると自覚しているからなのだろう。


ついで、というわけではないが、俺が如月家に馴染めない理由はもう一つある。


それは両親から掛かる期待だ。


大切な一人息子を強くしたいために日向宗家へ如月の片手印を差し出し、決して裕福ではない家計を圧迫させて俺に仕送りをしてくれる。


子供のためなら、と根拠もない理由で片付く話かもしれないが、それにしたって彼らの期待は度を過ぎている気がする。


どうしたもんかな。


「主どの」


夜空を見上げて考えに耽っていたが、薙乃の声によって思考は中断された。


視線を向ければ、そこには寝間着姿の彼女がいた。淡いピンクのパジャマ。頭にはナイトキャップが乗っかっていたりして、思わず笑ってしまった。


「な、なんですか」


「いや、パジャマがあまりにも似合っててさ」


「……そうですか?」


「そうとも。可愛いと思うよ」


どこか胡散臭そうにしている薙乃にそう言い、地面に腰を下ろす。


薙乃は近くにあった大きめの岩に腰を下ろすと、ナイトキャップの先に着いている白い、白い……なんだあれ。まあとにかく、白いボンボンを手で弄ぶ。


「こんな時間にどうしたのさ」


「……主どのはデリカシーをもっと持つべきです」


……はい、察しました。すみません。


蹴りでも飛んでくるか、とビクビクしつつ待つも、一向に衝撃はやってこない。


む、何事?


顔を上げると、彼女は苦笑しつつ俺の方を見ていた。


「……主どの。家族は、苦手ですか?」


「……なんで、そんなこと」


「なんとなく、分かるんですよ」


そう、と応え、二人して黙り込む。


何も喋らない時間は、どれほど続いたのだろうか。一分か十分か。時間の感覚を忘れ去るような夜の中で、俺たちは共に空を見上げていた。


「……良い、ご両親ではありませんか」


不意に薙乃が放った言葉で、静寂は終わりを告げる。


彼女に顔を向けぬまま、俺は言葉の続きを待った。


「母上も父上も、あなたに期待しています。

 その期待に、あなたは応えている。何が不満なのですか?」


「……不満ってわけじゃないさ。ただ――そうだ。どうにも、身内って気がしなくてね」


「……そうですね。五歳から今に掛けて日向宗家で過ごしたのですから、当たり前ですか」


ぼかした発言を、薙乃は俺に都合の良いように受け取ってくれる。まあ、そう聞こえるように言ったんだけどさ。


「それでも、家族の絆とは切っても切れないものです。

 今は接しづらくても、いずれは……」


「薙乃もそうなの?」


彼女の言葉を遮り、無理矢理に話を変えようとする。


だが、彼女は苦笑するだけで言葉を返してはくれなかった。


「……寝ましょうか。明日も早い」


「そうだね」


小さく頷き、テントへと戻る。


ったく、ままならない。





[2398]  in Wonder O/U side:U 五十話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/05/04 00:49


「そうじゃないのよ玄之介。

 片方だけの速度を落とすんじゃないの。両方を調節して、合わせなさい」


分かってるよ、と怒鳴りそうになるのを必至で堪え、チャクラのコントロールに集中する。


放たれた忍術の速度になんて頓着していなかったため、如月の基礎を会得するのは思った以上に難航していた。


今まで行ってきた速度の調節など、ただ速く、というイメージのみだ。楽器の演奏などが、ただ単純に早いほうが楽なのと似て、相対速度の調節は酷く神経を使った。


風遁のイメージは風。故に、発現する度に速く速くと念じる癖があるために速度だけならば火遁を凌駕し、先行してしまう。火遁を追い付かせるために速度を落とせば、今度は炎に呑まれる。


ったく、どうしろってんだよ……っ!


内心で盛大な悪態を吐きつつ、疲弊し始めた指を尚、動かす。


そんな俺の姿に何を感じたのか。母さんは小さく溜息を吐くと、手を叩いた。


「玄之介、熱くなりすぎよ。もっと冷静になりなさい」


「……俺は冷静だよ」


こういうことを言う奴は決まって冷静じゃないんだよなぁ。


あれ? じゃあ俺は冷静じゃない? ははは、そんなまさか。


「飽きずにやり続けるのは関心するけれど……玄之介って、穴に嵌るとなかなか抜け出せないタイプなのかしら?」


「知らないよそんなこと。

 ねえ、何か悪いところってある? あったら指摘して欲しいな」


「そうねぇ……」


母さんは首を傾げると、視線を流す。


そして言い辛そうに口を開くと、苦笑した。


「焦ってないかしら?」


「焦る?」


「そう、気の保ち様よ。

 頭の中を空っぽにして、ただ術を放つことだけに集中してみなさい」


……んなことはもうやってる。


なんてことも、言えない。言えないことばっかりだな、クソ。


しかし、焦燥が滲んでるわけだね。見抜かれているってことは。


うーむ。冷静に、冷静に、だ。紳士は心の余裕を持たなきゃ。


うし、と意気込んで、再び術の練習。


……それでも、この日は結局如月の基礎を身につけることが出来なかった。













 in Wonder O/U side:U












「宜しかったのですか?」


「……うん」


日向宗家への帰り道。薙乃に問い掛けられ、自分でも分かるほどに疲れ切った声を返した。


彼女の問いは、実家に帰らなくて良かったのか、ということだ。


演習場での稽古を終え、俺たちは帰路についている。


両親には、一緒に夕食を食べないかと誘われたのだが、俺はそれを断って日向宗家へと帰ることにしたのだ。


一日半一緒にいて、痛感した。


俺は両親と――否、玄之介の両親と一緒にいたくはない。


……説教じみている上に、俺の嫌いな言葉が脳裏を過ぎる。


孤独なんてのは自分のせいだ。差し伸べられる手は、探せばいくらでもある。


……今の俺に適応されるかどうか微妙なところだが、そんな感じ。


そうだ。両親は俺に手を差し伸べている。それは甘い囁きにも似て、魅力的だ。


しかし――俺は、好意を向けてくれる両親の手を取っていいのか分からない。


だってそれは、彼らを騙すということだ。自分の息子が忍になりたいと望んでおり、それを手助けしてやっている。俺が彼らに頼り切るのは、当たり前で真っ直ぐな気持ちを汚すような行為だろう。


彼らを利用できるほど、俺は打算的じゃない。かと言って、正体を告白出来るほど正直なわけでもない。


どっちつかずだ。極端が良いというわけではないが、俺の立ち位置はあまりにも宙ぶらりんとしすぎている。


……いずれは、決着を付けなければならないのか。いや、いずれ、なんて考えこそが、今の状態を助長しているのだろう。


全く、厄介なことこの上ない。


「……主どの?」


「何?」


「あの……怖い顔を、しています。

 そんなことでは、ハナビ様が悲しみますよ」


「あー、そっか。……薙乃さん」


「なんでしょうか」


「一発蹴り飛ばしてくださいな」


簡単に気分転換が出来そうじゃないのでそう言ったのだけれども、薙乃さんは一歩後じさってドン引きしております。


「……大丈夫なのですか? 主に脳が」


「失礼だね君は。そういう娘は、こう――」


だ、とスカートを捲ろうとした。


捲ろうとしたんだ。


しっかし痛烈な一撃が俺の顔面を踏み抜いて、見事にぶっ飛んだ。


これこれー!!















「ただいまー」


「ただいま戻りました」


と、門をくぐれば忙しない足音が聞こえてきます。


「おかえり玄之介!」


地面を蹴り付ける音と共に俺へとダイビングしてくるハナビちん。それを抱き留めて、その場で三回転。


「あと、おかえりなさい薙乃ー」


ドップラー効果で声が変な高低差だ。


ハナビちんの行動を諫めようと思ったようだけど、言葉は出さず溜息を吐く薙乃さん。


諦めの境地に達しつつあるのかしら。


「ね、ね、玄之介! どうだった?!」


「芳しくないねー。

 まあ、まだ二日だし。これからは演習場で頑張るさ」


後はネジを的にした実験とかね。


「……来週も行くの?」


「どうしようか迷ってるんだよねー」


どこか寂しげに聞いてくるハナビちんに、そんな期待を抱かせるような言葉で応える。


ほんと、どうしよう。


内容は教わったのだから、来週からは自主練習でもいいんだよね。


まあ、如月の技があれ一つってことはないんだろうけどさ。他の火遁や風遁覚えるのだって、彼らにアドバイス受けた方がいいだろうし。


けどなぁ。


「帰ったか」


「あ、師匠。ただいま戻りました」


不意に師匠が現れたので、俺の腕に収まっていたハナビちんは猫のように離れて、化けの皮を被りました。


うん、まあ、バレてるんだけどねそれ。


「少しは進歩したか」


「どうでしょう。あまり当てになりませんでした」


「主どの。そんな言い方は……」


どこか責めるような薙乃の声。まあ、確かに酷い言い方だけどさ。


結局土日で鍛えたことと言ったら、忍術の相対速度調節。それも全然上手くいってないときた。


これだったら一回見せてもらった後にゲンマさんからアドバイスもらった方が良かったかも。


精神衛生面とかも考えて、さ。


しかしそんな俺の考えを余所に、師匠は薙乃と同じく渋い顔。


「……玄之介。今日の稽古が終わったら、私の部屋へこい」


「分かりました」


何事だろうか。


質問する間もなく、師匠は踵を返して屋敷の中へと戻って行った。













「如月玄之介、参りました」


「座れ」


薄暗い部屋の中、師匠は俺に座布団を勧めてくる。


そこへ腰を下ろすと、首を傾げながらここへと呼び出された理由を聞くことにする。


「なんの話でしょうか」


「……お前に聞きたいことと確かめたいことがあるのだ。

 それと、伝えるべきことがな」


盛り沢山だな。


「まず、聞きたいことと確認したいこと……なあ、玄之介。

 お前は強くなりたいと、そう言っているな」


「はい」


「ならば、お前の矛盾した行動はなんだ。

 弾正とお幻は現役を退いてはいるが、忍としては完成している。

 何故あの二人に教えを乞わん」


「……それは」


思わず言葉に詰まってしまう。


なんとも理由が言い辛い。実の息子じゃないからです、などとは口が裂けても言えない。


それで生まれた沈黙をどう受け取ったのか、師匠は先を続ける。


「本当にお前は強くなりたいのか?」


「はい」


「……お前の鍛え方は、如月の名を受け継ぐ者として相応しくない。

 忍術に特化した血を宿し、そのくせ体術を会得しようとする。

 それも今までならば良かったのだが――頭打ちとなった現状を打開するには、弾正とお幻の協力が不可欠だろう」


「それは分かっています」


そうだ。分かってはいる。師匠の言っていることは正論で、異論を挟む余地がない。


だが、それでも。


簡単に譲れない事情があるのだ。


「ですが、俺は……両親に頼らず、強くなりたい」


「そうか」


自分の言っていることが我が儘だということぐらい、百も承知だ。


チャクラコントロールの基礎練習や組み手などよりも、今の俺には如月の術を会得する方が糧になる。


そんなことは、分かっているんだ。


「ならば、これは師としての命令だ。

 弾正とお幻の許可が下りるまで、週末は日向宗家にいることを許さん」


「……了解しました」


思わず目を伏せてしまう。


くそ。そんな風に命令されたら、俺が従うしかないことぐらい分かっているだろうに。


「……次に、伝えるべきことだ」


そう言い、師匠は唇を湿らせた。


「……お前の言動から、如月家がどういうものなのか知らないのだろうと、私は思っている。どうだ?」


「……子供の頃に聞いたせいか、今はまったく覚えていません」


まあ、今だって子供なんだけどさ。


しかし誤魔化すならばこれが一番だろう。


嘘を吐くことで罪悪感を抱きながらも、俺が先を話してくれと言わんばかりに師匠の目を見返す。


「ならば、教えておこう。

 如月がどういう血族なのかを」


そこから、忍界大戦まで話は遡る。


初代火影には、二人の忍が付き従っていたという。


それは、卯月と如月。雷鳥と焼尽の風。雷と熱風。初代火影が木遁を使い、それで及ばない属性を右腕左腕となった両者が補助する。そういったものとして、如月は存在していたというのだ。どうにも、先輩とは変な縁がある。


如月の初代火影へ忠誠心は、恐ろしく高かったとのこと。便利な血継限界だから片手印と二つの属性を残したのではない。現に、初代火影が命を落とすと共に如月は表舞台から姿を消していた。それは卯月も同じ。両家は変に義理堅かったようだ。


表舞台から去ったというのに、何故血継限界として如月を残したのか。これは推測だが――自らの血に風遁と火遁を受け継ぐようにし、如月が存続することが、初代火影の存在を証明となるから。そういう考えがあったのではないだろうか。


そこから如月は没落、というわけではないが、執政に干渉するわけでもなく、ただの忍として木の葉を守護していた。


そこまではいい。初代如月が信奉していたのはあくまで初代火影であり、権力など欲しなかった姿勢は立派だと思える。


ただ、その有り様が――初代火影の亡霊とでも言うような存続の仕方が、薄気味悪く思えてしまう。


そして、そんな鎖にも似た想いのせいなのだろうか。


「……片手印という非常に優秀な力を得たわけだが、その代償と言うべきかな。

 優秀な血継限界の弊害か、如月には子供が生まれ辛い。

 玄之介、お前は自分の両親が歳を喰っていると思ったことはなかったか?」


「思わないこともなかったのですが……それは、日向宗家も同じですし、あまり疑問には」


「む……余計なお世話だ」


あー、すいません。


しかし、これでいくつかの疑問が晴れた。


異様に肩入れをする両親。その期待は、ようやく生まれた我が子を可愛がってのことだったのか。


一体、俺をどんな心境で育てていたのだろう。元の如月玄之介は忍になるつもりがないようだった。忍になって欲しいのならば強要ぐらいは――いや、押し付けは悪いとでも思っていたのか?


それ故に、忍を目指す、と言った時に喜んでくれたのかもしれない。


……急に、自分の身体が重く感じる。


それは、如月の業のせいか。呪いにも似た血を自覚したからなのか。


「……なんでこんな、因果な身体に――」


「どうした?」


「なんでもありません」


師匠の気遣うような声を遮り、顔を上げる。


……もし。もし、だ。課程の話だが。


今まで考えなかったことだが、俺が向こう側の世界に帰ることが出来なかった場合。


俺は、この世界で如月の名を引き継がなければならないのだろうか。


……なんだよそれは。


そんな風に如月の血を感じているというのに、師匠は熱の籠もった声で、話の続きをする。


「如月の在り方を、私は立派だと思う。

 亡き主を忘れ去られぬよう、ただそれだけのために有り続けるというのは並大抵のことではない」


「……そうですか」


「ああ。

 そう感じているのは私だけではない。お前も肌で感じているだろう?

 如月と卯月は、氏族間で大切に扱われている。

 私がお前を弟子に取ったことや、砂隠れでの行動が許されたのがその証明だ。

 ……玄之介、お前は、こんな場所で燻っていて良い立場ではない」


あの師匠が、そう言い切った。


日向一族を木の葉最強と謳う日向ヒアシが、宗家を、こんな場所と言い放った。


俄には信じられない発言だぞ、これ。


「……師匠。一つ、聞いても宜しいでしょうか」


「なんだ」


「如月が氏族間で大事にされていることは理解しました。

 しかし――師匠と両親には、それ以上の関係があるように思えます。

 何故ですか?」


素朴な疑問だったのだが、師匠は苦笑し、珍しく柔らかな笑みを浮かべる。


「ああ、それは大したことではない。

 私の弟がな……弾正やお幻と、スリーマンセルを組んでいたのだ」


「そうだったのですか」


大したことじゃない、というのは嘘だろう。


でなければ、昔を懐かしむような笑みを浮かべたりはしないだろうから。


それで話は終わり。


師匠の部屋を後にし、俺は自室へと向かう。


如月。


この血に助けられたことは幾度もあった。こうやって日向宗家にいることも、如月という家名のお陰だ。


しかし、その名を背負う代償は、余りに重い。


思わず掌を見下ろす。その中を巡っている血が黒く思えるような錯覚を覚え、思わず目を細めた。


まるで毒が回っているように、焦燥感が意味もなく沸き上がる。


「本当、どうしろってんだよ」







[2398]  in Wonder O/U side:U 五十一話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/05/04 00:50


早朝。未だ日が昇っていない時間、俺は庭を通って森へと脚を進める。


どうやらハナビちんは起きれなかったらしく、今日は一人寂しく螺旋丸の練習ですよ。


うーむ。ハナビちんの補助なしでも、十回に一回は出来るようになったんだけどね。それでも球体を維持出来るのは十秒前後。


技として形になって分かったけど、この術、おそろしく使い勝手が悪い。


まず形成するのに時間が掛かる。集中もしなければならない。その間はビバ無防備である。


そして球体を作ったとしても敵に当て辛い。螺旋丸を作った『つもり』になってハナビちんと組み手をしたことがあったけど、どうにも。


当てることは出来たんだけど、五歳児にようやく当てられるレベルって正直どうよ。今後に期待、と言ってもなぁ。


いやー、それにしても体術学んでいて良かったわ。忍術特化で螺旋丸なんて覚えていたら、相手に当てることが出来ずに時間と手間の浪費になることろだった。


影分身でも覚えてやろうか。……いや、無理。チャクラが保たない。博打技+影分身なんてやったら、それだけでチャクラが底をつく。考えれば考えるだけ駄目な技だなこれ。


それでも続けているのは、形態変化の練習のため。存外、糧になっているのかも。豪火球の球を維持するのだって螺旋丸が軌道に乗るようになったら上手く出来るようになったし。


……しかしなぁ。


「大旋風と併用して、相手の動きを……いや、螺旋丸の維持でいっぱいいっぱいだからなぁ……」


まあいいか。


使い道は完成してから考える。


屋敷から距離が出来たところで、脚を止めると深呼吸する。


そして左手で手首を押さえ、チャクラを集中。


チャクラが渦を巻き始めたらギアをLowからTopへ。そして回転が最高潮に達した瞬間、球状にチャクラを収束する。


まるで擦過音のように耳障りだ。大気を巻き込み引き裂く螺旋は、青い光を放ちながら丸い形へと安定する。


よし、上手くいった。問題はここからだ。


手首を掴んだ左手をそのままに、右腕を振りかぶる。


そして瞬身の術を使って移動し、大木へ掌を叩き付けた。


「……また失敗か」


木の表面は軽く陥没し、渦を巻いた傷があるだけで、爆砕はしていない。


いつもこうだ。補助があるならばともかく、一人の場合だと瞬身を使った瞬間にチャクラコントロールが乱れ、螺旋丸は霧散する。


だから漫画じゃ走って当ててたんだろうけど……主人公補正でもない限り、こんな大技は当たらないだろう。


第一、原作じゃあナルトだってまともにヒットさせてないしね。カブトとドトウと……あと、誰がいた? 螺旋丸の犠牲者。


ともかく、なんとかして他の術と併用出来なきゃ実戦では使えない。


……実戦か。


そういやあ最近、戦ってないな。


木の葉へ戻ってくるまでは抜け忍狩りをしていたけど、今はピカピカのアカデミー生である。迂闊に外へ出られない。


ネジが難癖付けて喧嘩吹っ掛けてくるけど、あれはただの喧嘩。戦闘なんかじゃない。


「……どうしたもんかなぁ」


うむむ。最近どうにもフラストレーションが溜まっていますよ?


……まあ、しょうがないか。色々あったしな。













 in Wonder O/U side:U













今日も今日とてガイ先生と組み手。


じゃなかったり。


いやあ、ようやっと技を教えてくれる気になったみたいですよこの人。


体内門開放出来るようになったら、何しようかなぁ。


「いいか、玄之介」


「はい」


「これから正拳を繰り出す。

 それを紙一重で回避し、後ろ回し蹴りを叩き込んでみろ」


「オッケーです」


……あれ? その技って……。


俺の疑問を余所に、いくぞおおお! とシャウトしつつ拳を構えるガイ先生。まあ、傍目から見たら馬鹿っぽいけど、これは声を上げることで俺にタイミングを知らせているんだよね。


おそらくは本気の半分以下の力で繰り出された拳。それを紙一重で回避し、右足を引きつつ旋回。


首を刈るように、後ろ回し蹴りを先生の後頭部へ――


「ってこれ木の葉旋風じゃん!」


若干軸とした左足を下げ、顎に直撃させた。


「お、おおお……この技を良く分かっているじゃないか。

 そうだ。回し蹴りを見せ技とし、後ろ回し蹴りで相手を仕留める技。

 軸足を加減して、顎、こめかみ、後頭部への――」


「この野郎! なんかおかしいと思ったら、さてはアンタ体内門の開け方教えるつもりがないな?!」


言葉を遮り、胸倉掴んでガクガク揺さぶる。


流石に顎へ一撃を喰らったせいか、ガイ先生は為す術もなく振り回されています。


「お、落ち着け!

 物事には順序というものがだなぁ!!」


「散々組み手をやらせておいてそれか!

 期待を裏切るにも程があるでしょ!!」


「……玄之介」


歯を剥きながら怒鳴ると、いやに真剣な声が返ってきた。


「なんですか」


「確かにお前は体術の基礎が出来ている。

 その歳で大したものだとは思うが、それはあくまで柔拳だけだ。

 内部破壊と外部破壊とでは、同じ体術でも勝手が違う。分かるな?」


「そりゃ、まあ……」


「体内門を開けて柔拳を使えば、単純に速度が上がり、結果として打撃回数が増えるだろう。

 威力もそれなりに上がる。だがな、体内門の開放と相性が良いのは剛拳だ。

 お前にはそれを覚えてもらわなければ、体内門の開放を教えることは出来ない」


「……別に身体能力の底上げだけのために体内門の開放を覚えてもいいじゃありませんか」


「お前は、何故表蓮華が禁術なのかを分かっていない。体内門の開放は、諸刃の刃なんだ」


「……知ってますよ」


「知っているだけだ! 理解しているつもりになっているだけだ!! 一度痛い目を見なければ、お前は分からないようだな!!!」


自分でもふて腐れた言葉を出したと思ったら、対するガイ先生の言葉には怒りが込められていた。


今まで何度か怒鳴られたことはあったが、本気の滲んだ声色はこれが初めてだ。


思わず先生の襟首を離し、後じさる。


「体内門の開放は、驚異的な力を得ることが出来る。

 だが、それは身体が耐えられる時間のみだ。リミットを超えた瞬間、使い手に牙を剥くんだぞ!

 自分の身体を自分の物として扱えるのは発動中だけだ。その間に、敵を完膚無きまでに叩き潰さなければならない。

 二度と立ち上がれないまでに粉砕する必用があるんだ。……なのに、ただの底上げのためだけに体内門を開放したい?

 禁術がどうして禁術なのかを、しっかりと考えることだな!!」


……言葉を失う。


反論したい気持ちもあった。将来、部下にそんなものを教えるのだからいいじゃないか、と。


だが――


「……すみませんでした」


なんとかそれだけ絞り出し、頭を下げる。


覚悟が足りないんだろう。体内門の開放がどれだけの重みを持つのか、きっと俺には分かっていないのだろう。


ガイ先生の言ったように、痛い目を見なければ本当の意味で理解は出来ない。


だが、体内門の開放を教えて痛い目を見せようとしないのは、きっとこの人の優しさだ。


有り難いとは思う。押し掛けで技を強請る俺なんかにそこまで言ってくれるのは、本当に申し訳ない。


しかし、それでも。


「玄之介」


「はい」


「悩みでもあるのか?」


「……まあ、人並みに」


「お前の人並みってのは、重い気がするんだが……まあいい。

 話してみる気はないか? どうせ私には日向宗家ともアカデミーの生徒とも接点がない。

 それに、言い触らすような趣味もない。言うだけならば損はないと思うぞ?」


そう言い、ガイ先生は腰を下ろす。


……なんだろ。初めて先生っぽいことしているな、なんて思うのは、俺の緊張感が足りないせいなのか。


汗ばんで気持ち悪くなった鉢巻きをズリ下ろして、首に掛ける。そしてガイ先生の隣に座ると、大の字に倒れ込んだ。


集中が途切れたせいか、グラウンドからの喧噪が耳に届き始めた。


それを聞きながら、頭の中で色々なことを整理する。


「……ガイ先生」


「なんだ」


「如月家って、知ってます?」


「お前の家のことか?」


ああ、知らないのか。まあ、下忍が三忍のことを知らない里だし、昔のことには興味がないのが普通なのかな。


一から説明するのも面倒だから、これはいいか。もう一つの悩みの方を。


「ガイ先生は未来に漠然とした不安とかありませんか?」


「……うむ。ないわけじゃない」


「……仮定の、本当に仮定の話なんですけど。

 この里ってなんだかんだ言って平和じゃないですか。

 けど、きっとそれも終わる。それまでに力を付けておきたいんです」


まあ、仮定ってのは真っ赤な嘘なんだけど。


この里は一歩間違えたら破滅を辿るような運命が二年――いや、もうそれを切ってる一年半以上あるとはいえ、それしか残っていない。


「……難しいことを考えるな、お前は」


「そうでしょうか」


「そうとも。

 それに、力を付けると言ったってそのためにアカデミーに通っているんだろう? それで充分――」


「充分なわけないじゃないですか。

 ちなみに、俺たちがいるから木の葉は大丈夫だ、というのも禁止です」


先回りされたのか、むう、とガイ先生が呻く。


「戦闘になれば下忍とかなんだとか、そんなのは甘える理由にもなりません。

 いや、尚タチが悪い。忍なのだから、里人を守るのは義務となる。

 給料貰って里に生かされてるんだから、嫌がるわけにもいきませんしね」


「……お前、未来に絶望しすぎじゃないか?」


「普通ですよ普通」


……落ち着け俺。普通の子供の思考じゃないぜ。


「今を精一杯とか……聞こえはいいけど、実行するのは酷く難しいんですよね。

 俺、精一杯やってるかなーとか不安になるんですよ」


「無茶をするのと精一杯は違うと思うぞ」


「まあ、紙一重で違うでしょうね。その匙加減がどうにも。

 精一杯やろうとしても、どうやら俺の精一杯は紙一重突き破って完全に向こう側らしくて……ままならねーですよ」


「そうか」


それで会話が途切れ、俺とガイ先生は黙り込む。


それを破ったのは、彼が膝を叩く軽い音だ。


何事かと思って目をやれば、ガイ先生は何やら不敵な表情をしていたり。


「玄之介。そういう時はな」


「はあ……」


「覚悟をするんだ。覚悟があれば、いざという時に対処は出来る。

 出来るかどうかなんていう不安なぞ、覚悟に喰わせろ。

 芯のある者とそうでない者は、実力が同じでも別物になるぞ!」


サムズアップしながらそんなことを言ったガイ先生。


でもなぁ……。


「……俺、割と口だけ人間なので。いざ本番となったらビビるやも」


「口だけの人間が、目の下に隈作ってまで身体を苛めるか?」


思わず目の周りを擦る。


なんてことをしたって分かるわけもないわけで。


「……目つきとか酷かったでしょうか」


「ああ。玄之介、お前、どんな一日を過ごしているのか言ってみろ」


「ええと……日が昇る前に一人で術の稽古して、その後師匠の早朝稽古。

 アカデミーじゃガイ先生の指導受けて授業受けて……日向宗家に帰ったら稽古ですねぇ」


夕食食べたらハナビちんと遊んだり、演習場へ遊びに行ったりしてるけど。


……あれ? 割とハードスケジュール? まあ、駄目だと感じたら兵糧丸でリザレクション掛けてるような状態だしなぁ。


ガイ先生もそこまで酷いとは思わなかったのか、苦笑しつつ汗を流している。


「……歳不相応な力を身に付けるわけだ。休む間もないとはこのことだな」


「いや、ちゃんと寝てますから」


「それで完全に疲れが取れたら按摩師は廃業だ……よし、決めた」


「なんでしょうか」


「目の下の隈が取れるまで、俺はお前に稽古をつけない」


「理不尽だ!!」


黙らっしゃい、と一喝されて黙る我。


くそう。


「どうにも動きが悪くなってきていると思っていたが……原因は疲労の蓄積だな。

 疲労骨折する前に休め、馬鹿」


「骨折ったって医療班の皆様が治してくれますよぅ」


「死人に鞭打つようなことをするな。しかも自分に」


むーん。


「気休めで休養も大事だと言うことがあるが……お前は真性の意味で休養が必要だよ。

 暫く、普通のアカデミー生として生活したらどうだ?」


「けど……」


「何もするなと言っているわけじゃない。

 ただ、アカデミーにいる間ぐらいは身体を休めろ。分かるな?」


……言いたいことは分かるけどさぁ。


「休養したら強くなるぞ」


「本当ですか?!」


「あ、ああ。

 ……稽古だって、全力を出せる状態で受けた方が効率が良いだろう?」


「それもそうですね」


まあ、休養したら強くなるってのは嘘なんだろうけど。


ふむ。ならば話は簡単。


「じゃあ暫く休ませてもらいます」


「……聡いのか単純なのか」


「え? なんです?」


「い、いや、なんでもない」


なんかガイ先生が言った気がしたけど聞こえなかった。


身を起こして鉢巻きを解き、再び巻き直す。


うおー、急に身体を止めたせいか身体が軋むぜ。


座ったままで背伸びをし、小気味よい音が全身から上がると立ち上がる。


「それじゃあ、一週間後ぐらいにまた来ますね」


「二週間は休んでろ」


「……はい」


厳しいぜ。


まあいいか。休んで効果がないようならば、今度からは手緩いスケジュールを止めればいいだけだし。


これも経験なのかなぁ。


ガイ先生に礼を言い、俺は校舎の中へと戻った。






[2398]  in Wonder O/U side:U 五十二話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/05/04 00:50


下校時刻。キバとシノくんと共に校門を出たわけですが。


「……なんでここにいるのかなぁ?」


そんな風に聞いてみても、当の本人は、えへーと笑うだけであった。


目の前にはハナビちんがいたり。どうやら俺が出てくるのを待っていたようですよ?


「あのね、ハナビちん。

 遊びに連れ回している俺が言うのはなんだけど、君はあんまり外を出歩かない方がいいと思うんだ」


「……いいじゃん、別に」


ああ、なんか拗ねた。頬を膨らましつつ顔を逸らしたり。


むーん。まあ、迎えにきてくれたのにいきなりこんなこと言うのは悪かったか。


「ごめん、キバ、シノくん。今日はハナビちんと帰るわ」


「気にすんなって。んじゃまたな」


「……また明日、だ」


手を振りつつ俺と別れる二人。うーむ。買い食いでもしようと思っていたのになぁ。


まあいいか。今日はお姫様にご奉仕する日ですの。


まだ拗ねているお姫様の頭をぐりぐりと撫で、問答無用で肩車。鍛えているから余裕だぜ。


余裕……だ、ぜ……。


「ど、どこ行こうか」


「……家に帰ればいいんでしょ」


「ごめんごめん。

 心配してた、ってことで、そんなに怒らないでくださいな」


「……心配してくれたの?」


「勿論だともさ」


そう断言すると、頭上のお姫様は俺の髪の毛を引っ張ってくる。


痛いですよ? ついでに言うと、将来への不安が増しますよ?


「まずは甘い物食べたい!」


「オーケー。

 ……ところでハナビちん。一人でここまで来たの?」


「ええと……薙乃と一緒だったんだけど、はぐれちゃった」


「そうなんだ」


撒いたとかじゃないですよね、と言いそうになったけど我慢。


……なんだろう。なんか視線がビシバシ突き刺さるのですが。


そりゃそうか。校門で肩車なんてしてれば注目浴びるよね。


うむ、先輩とかネジに発見される前に出発しましょうか。何言われるか分かったもんじゃない。













 in Wonder O/U side:U












「よ、ようやく見つけましたよ!」


頭上のハナビちんにお団子を食べさせつつ散歩していると、薙乃の声が聞こえた。


んで、振り向けばそこには肩で息をしている彼女が。


「ああ、薙乃」


「ああ薙乃、じゃありません! 二人して何をやっているのですか!!」


『買い食い?』


あ、声がハモった。


そしてその場に崩れ落ちる薙乃。


「……私は何をやっていたのだろう」


「いやあ、薙乃さん。そんなに落ち込まないで。団子食べる?」


「あんまりカリカリすると小皺が増えますよ?」


「そう思うのなら勝手にいなくなったりしないでください!」


あ、やっぱり薙乃を撒いたのね、ハナビちん。


しかし、よく薙乃からロスト出来たなぁ、この子。


ああ、そうか。白眼あるのか。どれだけの範囲を透視出来るのか知らないけど、二十メートルも出来れば警戒しつつ姿を眩ますのも可能だよね。


悪戯っ娘だからなぁ、ハナビちん。いや、俺はおそらく、この子の悪戯被害度ナンバーワンなので。


鉢巻き引っ張られたりとか……俺が困るの承知で風呂に乱入してきたりとか……弁当のご飯に田麩でエルダーサインが描いてあったりとか……。


思い出したら暗くなってきたんでストップ。特に風呂の一件は師匠と薙乃さんに酷く怒られ、女中さん達とたたら爺さんにひやかされ、ヒナタには泣かれたので割と封印したい記憶なのだ。


「あのですね。

 ハナビ様はご自分が日向宗家の者だという自覚が薄すぎます。主どのも、甘やかしすぎです」


「……そうなの?」


首を傾げつつ俺の顔を覗き込んでくるハナビちん。


うーむ。


「甘やかす云々はともかく、自覚は薄いよね」


「そんなことないよー」


「主どのもハナビ様を甘やかしているという自覚を持ってください!

 しかもまた買い食いなんかして……」


日向宗家の未来に軽く絶望している感じの薙乃さん。


そんなに甘やかしているかなぁ、俺。


まあでも、この子が薙乃を撒いてアカデミーまで来たのは問題だね。


人通りの多い時間帯だから良かったものの、薄暗い状態で一人歩きしている、なんて考えたらぞっとする。


うむ。


「ハナビちん。

 もうアカデミーに一人で来たりしたら駄目だからね。

 来るなら薙乃と一緒とかじゃなきゃ、もう遊んであげない」


「……なんでそんな意地悪言うの?」


「意地悪じゃないってば。ヒナタが誘拐されたことがあるってのは知ってる?」


「……うん」


「そうなったら俺も師匠も薙乃もヒナタも悲しむし、いろんな人に迷惑が掛かるからさ。

 一人歩きは二度としないこと。いいね?」


「……はい」


少ししょげた感じで返事をするハナビちん。


不満そうだけど、納得はしてくれたのかな?


肩から降ろし、良い子良い子ーと頭を撫でてみる。


猫のように目を細め、ハナビちんはされるがままだった。


……なんだろ。こう、首筋がちりつく。


こういう時は――


と、薙乃さんを見てみるけど、視線を向けられた彼女は首を傾げた。


「なんですか?」


「いや、俺のこと見てなかった?」


「いえ、そんなことはありませんが」


「あー、ごめん。俺の勘違いだったみたい」


どうにもなぁ。勘が鈍ったかね。


まあ、無遠慮な視線には慣れてるけどさ。












んで、そんなことがあった翌日なんだけれども……。


「なんでまた来てるのかなぁ……」


再び校門にはハナビちんの姿。そして隣には呆れた感じの薙乃さん。


「……薙乃」


「……止めたんですよ、一応」


「そうか」


「玄之介ー!」


疲れた笑いをする俺たちを余所に、タックルしつつ抱き付いてくるハナビちん。


そしてそんな俺とハナビちんを白い目で見るキバとシノくん。


「仲良いなお前ら」


「……人のことを言えないだろう。

 何故なら、数年前のお前もあんな――」


言うな、とシノくんを殴るキバ。


ほほう。


「シノくんシノくん。キバってシスコン?」


「……ああ。姉が忍になる前は――」


「だから言うなっ!」


「……痛いぞ」


そして取っ組み合いを始める二人。


しっかし、キバってシスコンだったのかぁ。そうかぁ……。


「おいシスコン」


「にやにや笑いを今すぐ止めろ!

 赤丸、あの馬鹿を――って、あれ?」


足下にいるはずの赤丸に声を掛けるも、そこには何もいない。


んで、キバは視線を薙乃の方に向けると凍り付いた。


何事だろう。


で、薙乃さん。彼女はじゃれつく赤丸を相手に下手なダンスを踊っていたり。


「何やってんの」


「あ、主どの! 犬です!! 犬がいます!!! 早く退けてー!!!!」


と悲鳴を上げるも、それは余計に赤丸を喜ばせるだけだったり。


「薙乃、犬が苦手なんだ」


「当たり前です!

 私をなんだと思っているのですか?!」


兎ですね。ああ、そうか。兎だもんなぁ。


うーむ。しっかし赤丸の喜びっぷりが酷い。千切れんばかりに尻尾を振って、薙乃の脚にしがみつこうと周囲をぐるぐる回ってますよ。バターにならんばかりに。


犬に好かれるっつーか、狩られるオーラでも出てるんじゃなかろうか。


「……キバ。赤丸を止めてやって」


「お、おう」


フリーズから復活したキバは赤丸を取り押さえた。止められた赤丸は不満そうに喉を鳴らしていたり。そんなに止められたのが不満かお前。


「あ、ありがとうございます」


「いや、ごめんなさい。おい赤丸! お前も謝れ!!」


促され、頭を下げる赤丸。


それでもう襲われないと察したのか、平たい胸を撫で下ろす薙乃さん。


「……玄之介」


「ないんだいシノくん」


「あの人は誰だ」


ああ、そういえば初対面か。


「彼女は日向宗家に憑いている妖魔の稲葉薙乃。

 稲葉さんでも、薙乃んでも、好きなように――」


「薙乃、と呼んでください」


釘を刺された。くそう。


まあいい。


「ところでハナビちん。今日はちゃんと一人でこなかったね」


「うん。偉い?」


「偉い偉い。さあ、今日は何して遊ぼうか」


「おい玄之介。今日は昨日の埋め合わせをするんだろ?」


と、不満そうに呟くキバ。


そうでした。


うーむ。


「じゃあ全員で遊ぶ?」











割と脊髄で考えた発言だったんだけど、キバとシノくんはそれで良かったご様子。


ハナビちんは何故か不満そうでしたが。


そしてお子様らしい遊戯と言えば――


「缶蹴りやろうぜ!」


と、キバの一声で缶蹴りになった。


ふふふ、いいのかいキバくん。俺は子供相手でも本気出しちまう男なんだぜ?


奴は誰が相手なのか分かっていないご様子。


OK、目に物見せてくれるわ。


まずはじゃんけんの時点で、鍛えに鍛えた洞察力で全員の手を読む。


いやぁ、どこかの漫画でやっていたけど、パー以外の手は全ての指が動かない。故に、指の動きに注意してチョキかグーだけに狙いを絞れば勝てるのですよ。グーだったらあいこだしね。


んで、一抜け。


鬼はキバになったので、カウントが終わるまで適当な場所に隠れることに。


そしてキバが動き出す。


さて、始めようか。


「俺はここだー!」


「はっ、馬鹿が!」


雄叫び上げて飛び出た俺に、馬鹿にした反応を返すキバ。


さて、どっちが馬鹿かしら?


忍法・瞬身の術。


そしてストライク。


「ふははははは!」


「てめ、忍術使うなんて卑怯だろ?!」


「そんなルール言われてないもんねー!!」


そんな俺の言葉に、地団駄を踏むキバ。


うん。自分でも大人げないと思う。


しかし、こうも悔しそうにされると、たまらんね?


再び身を隠し、今さっきやったことを繰り返す。


赤丸を斥候に出したりと色々考えているキバだけど、シノくんは虫分身駆使したりしているから質が悪い。


薙乃さんなんかは足音察知して常に動き続けているみたいだし、ハナビちんは鬼が近付くと相手に見えない角度で移動する。


……鬼にならなくて良かったわぁ。


「どうやって捕まえろってんだー!!」


そんなキバの悲鳴が森に木霊した。











そんな風に遊び続けて三十分ほど。


次はどうやってコケにしてやろうかと木にぶら下がって考えていると、突然シノくんが現れた。


「どうしたの?」


「日向ハナビの反応が遠離っている」


「……ええと、どういうこと?」


コミュニケーションを……。


「不自然だ。遠くまで逃げる必用はない」


「そうだね。っていうか、なんで分かるの?」


「じゃんけんの時点で蠱を全員に憑けた」


……この野郎。キバにとってこれはクソゲーじゃねえか。クリア出来ない類の。


まあ、そんなことはどうでもいい。


「どこまで行ったのか分かる?」


「……森の中を北東の方角へ一直線に進んでいる。

 このまま進めば、十五分程で里の壁を乗り越えるだろう」


いや、ちょっと待て。ハナビちんはそんなに足が速くないよ?


ってことは――


遊び呆けていたために弛んだ思考は一瞬で引き締まり、焦燥感が背中を焦がすかのように沸き上がる。


「薙乃!」


「なんでしょうか」


彼女の名を叫ぶと、五秒もしない内に日向宗家憑きの妖魔は姿を現した。


「ハナビちんの動向が不自然だ。君はキバを抱きかかえるなりなんなりして後から来て」


「……分かりました。主どのは?」


「俺はシノくんと一緒に今から後を追う。いい? シノくん」


「……かまわない」


よし、と小さく呟き、速攻で薙乃に背を向ける。


「行くよ」


「……ま、待て」


スタートダッシュから全力を出すと、シノくんは軽く出遅れた。


……ああ、そうか。


「ごめん」


「いや、気にするな。後を追うから先に行ってくれ。反応はずっと一直線に進んでいる」


「分かった。出来れば、後続の薙乃と合流して欲しい」


彼が頷くのを確認して、俺は足裏にチャクラを張りつつ走り出す。


くそ、迂闊だった。


ハナビちんに日向宗家の自覚が薄いなんて言ったけど、彼女がそういう立場だって自覚が薄いのは俺の方だ。


まだ断言するわけにはいかないが、おそらくは誘拐か。


史実にはなかったことだろこれ。バタフライ効果ってやつかよ。


もし誘拐だった場合、どうにも不利だ。


敵の数は不明。所属している里も不明。こっちの戦力は先行している俺だけ。後続を待っていたら誘拐犯に里から出られてしまう。


それに後続を待っていたとしても、キバとシノくんは戦力として数えられない。さっきシノくんが俺に着いてこれなかったのがその現れだ。


シノくんは蠱の性能次第だが、キバは体術が平均を上回っているだけのアカデミー生。赤丸で敵の数を察知出来るだろうが、悠長に待っているわけにもいかない。


……まあいい問題は後回しだ。


俺の役目は敵の足止め。


それだけを念頭に置き、俺は瞬身を駆使して一直線に進み始めた。





[2398]  in Wonder O/U side:U 伍拾参話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/05/04 00:51


「だいたい、いつまでも少年のままで、なんてのは我が儘勝手な男の既得権を守りたいって意味でしかないのよ。いわば、おじんの証明よ」


「本当の少年は、早く大人に――もっと大人になりたいと思っているもの」


――榛野なな恵『PaPa told me』より抜粋。








薙乃に抱きかかえられた状態で、キバは森の中を突き進んでいた。


妖魔とは言え薙乃は女性だ。それも姉に歳の近い人。身体を密着させることに、どうにも気恥ずかしさを感じてしまう。


それが平時だったら、の場合だが。


赤丸は振り落とされないよう、キバの腕に噛み付いた状態で腕の中に収まっている。キバはキバで、猛烈な勢いで流れる風景に酔いそうだった。


「な、薙乃さん……速度を落としてもらえると……」


「不可能です。もう一度聞きますが、賊の数は一人なのですね?」


「あ、ああ。森の中には俺たち以外に一つの臭いがあった」


分かりました、と応え、薙乃は速度を更に上げる。


と言っても、一人で駆けるよりは速度が数段落ちていた。


当たり前だ。人一人抱えて普段と変わらぬ速度など出せるわけがないのだから。


焦りや自らに対する怒りを感じつつ、薙乃は玄之介の元へ急ぐ。


断罪も贖罪も、ことが終わってからだ。


全てはハナビを救出してからでなければいけないのだから。











自らの装備を思い出しつつ、玄之介は眼前を見据えて駆けていた。


忍具ホルダーには苦無、手裏剣が共に三つ。手甲は置いてきたため、たたら翁の忍具はない。


当てになるのは自らの肉体だけだ。ここ数日ガイとの組み手を行っていないため、体力はそれなりに残っている。


そのお陰で全力を尽くせるとは、どんな皮肉だろう。


軽く口の端を吊り上げ、玄之介はホルダーから苦無を取り出し、右手に持った。


いた。見つけた。


追い付くまでには僅かに時間が掛かるだろうが、玄之介の先にはハナビを脇に抱えた忍がいる。


その姿を見つつ、玄之介は軽く眉を持ち上げる。


それは、賊の格好が木の葉のものだったからだ。


中忍が着ることを許されたベスト。変装して紛れ込んだのか、それとも裏切り者か。


僅かに思考し、どうでも良い、と切って捨てる。


重要なことは、ハナビを攫ったことのみだ。故に、あれは敵である。


気絶させられたのだろうか。ハナビは抱えられたまま動かない。血臭は漂ってこないため傷付けられてはいないのだろうが、安心することは出来ない。


血継限界の肉体は、死体からでも情報を得ることが出来る。ヒアシの死体を要求してきたのがいい証拠だろう。


気絶しているように見えるハナビがもし殺されているのだとしたら。


その時、俺はどうするのだろうか。


そんな風に自問し、答えることが出来なかった。


頭を軽く振り、雑念を追い払う。


そう、雑念だ。


殺す殺さないよりも、重要なのはハナビを取り戻すこと。そのために必用なのは、戦闘に対する集中だ。


敵の行動を予測し、着地のタイミングを読む。


流石に玄之介が追い付いたことに気付いているのだろう。直線的な軌道だった動きは変化し、ジグザグと緩い弧を描いて忍は移動を開始している。


ならば、と玄之介は苦無を持つ手に力を込める。


狙うは相手が着地するタイミングだ。僅かだが、足に力を込める瞬間、どうしても動きを止めるだろう。


投擲技術に自信があるわけではない。だが、それでも――


やるしかないだろ、と自身を鼓舞する。


左手で印を組み、右手に持つ苦無に込めすぎない程度に力を入れ、神経を研ぎ澄ます。


敵が着地し、力を込めて跳躍する。


その刹那だ。


玄之介は忍の着地地点をおおまかに予想し、苦無を投擲する。


凶器が真っ直ぐに向かう先に忍はいるが、狙いは僅かに逸れていた。


タイミングを逃すことなく、玄之介は風遁・操風の術を発動。


まるでマグナム弾のように苦無の周りを風が覆い、微かに軌道を修正。纏った風に押し出され、忍具は一直線に忍のふくらはぎへ突き刺さった。


忍装束は防刃機能を持っているのか、苦無は肉を深く抉ることない。


だが、足止めとしては有効だった。忍はバランスこそ崩さないが、速度を一気に落として玄之介の方を向く。


その隙に瞬身の術を発動。玄之介は間合いを詰め、ホルダーから全ての手裏剣を取り出し指の合間に挟んだ。


瞬身が切れる瞬間にハナビを抱きかかえていない左半身に向けて投擲し、姿勢を低くして再び瞬身。投げられた忍具と平行に移動し、短く息を吐いた。


敵の忍だが、流石にハナビを誘拐しようと思っただけはあったようだ。軽傷とは言え不意に負った傷にかまわず、サイドステップで迫る手裏剣を全て避けた。


そんな忍の行動に、玄之介は唇を歪ませる。払うか、右に避けるか、左に避けるか。それだけの選択肢がある中で、敵は右への回避を選んだ。


そうなるよう手裏剣を投げた訳だが、なんにしたって運が良かった。そう思いつつ――


――木の葉旋風。


忍の回避が完全に終わる前に跳躍し、ガイから教えて貰った剛の拳を繰り出す。


まずは上段回し蹴り。空中での行使故に威力はない。軽く首を引くだけで避けられ、玄之介の脚は空振りする。


だが、それは承知の上だ。


一撃目は見せ技。肝心なのは、二撃目を確実に当てること。


操風の術を発動し、無理矢理身体を地面に降ろす。その課程で身体を捻り、鞭のように鋭い蹴りで足払いを放つ。


果たして、木の葉旋風は成功した。


砕くには至らないが、確実な手応えを感じる。


相手が怯んでいる隙にハナビを。そう思考し、身を跳ねようとしたのだが――


至近距離から放たれた苦無をバックステップで避けたため、それは不可能だった。


一拍置いて、忍は不様に転倒する。


その際、ハナビが下敷きになったことで、玄之介は頭に血が上るのを自覚した。


右頬に微かな痛みを感じ、続いて生暖かい液体が伝う感触。


切り傷。ここ暫く負うことのなかった怪我だ。


あの状態から忍具を投擲する辺り、咄嗟の判断力は悪くないのだろう。もし体術を駆使してきたのならばハナビを抱えたでまま取っ組み合いになったはずだ。それを見越して殺傷能力のある忍具を使ってきたのは、偶然ではないはず。わざわざ自らの拳を使わず、忍具を取り出して投げるという面倒な行動を選んだのだから。


手練れだな、と内心で呟き、弾みそうになる息を落ち着かせる。


敵の忍は覆面で顔を覆っている。まあ、所詮顔が分かったとしても、玄之介は木の葉の忍を把握していないので意味はないのだが。


ベストを着ていることから、少なくとも中忍。悪くて特別上忍。最悪、上忍級だと覚悟しないとだろうが――


「……お前は、如月玄之介」


「……へえ、知っているのか」


不意に名を呼ばれたことに微かな驚きを抱きつつ、玄之介は素の口調で言葉を返す。


忍はそんな玄之介の態度をどう思ったのか。覆面が僅かに動いたことで表情を変えたことだけは分かった。


「失せろ。それなら、命だけは助けてやる」


「冗談。退けるわけがないだろ。

 それに――お姫様を助けるのはナイトの役目さ」


軽薄な言葉だが、それに忍が反応することはない。


忍は脇に抱えているハナビを一瞥すると、真っ直ぐに玄之介を見据えてくる。


「一つ、聞くが」


「なんだよ」


「そんなにこの娘が大切か?」


「当たり前だ」


下らない問いだ、とばかりに玄之介は吐き捨てた。


外から見たらどうなっているのかは分からないが、玄之介にとってハナビは妹のようなものだ。それも、目に入れても痛くない類の。


そんな彼女を大切かどうかなど、彼にとっては愚問だった。


「……まあいい。お前も血継限界だったな。持ち帰れば――」


「黙りやがれ」


持ち帰る。即ち物扱いされているというわけだ。自分も、ハナビも。


それだけで怒りが沸点に達し、玄之介は唐突に声を荒げた。


「その子がいなくなっても人が悲しまないと思っているのか、この野郎。そんなわけないだろうが!」


言い、握り締めた拳を眼前に据え、必ず救うと、意志を堅く固める。


「覚悟しやがれ、この悪党!」












 in Wonder O/U side:U












玄之介の宣言に応じた、というわけではないだろうが、忍はハナビを地面に降ろすとホルスターから苦無を取り出した。


久々の実戦だ。勘が鈍っていなければ良いが、と目を細め、玄之介は両掌にチャクラを集中する。


忘れてはいけないのが、この戦いの最優先はハナビの救出という点だ。敵を叩きのめすよりもハナビを助ける方が重要である。


その課程で忍を倒さなければならないのなら躊躇はしないが、理想はハナビを連れて離脱、薙乃と合流して二対一に持ち込むことだろう。


目的のある戦いなど、今まで行ってこなかった。だというのに初めて意義のある戦いが絶対に負けられないだなんて、どんな因果か。


薄く笑い、玄之介は忍を見据える。


ハナビがすぐ近くにいるため、火遁とカマイタチは絶対に使えない。それ以外となると相手に打撃を与える忍術は持っていない。


故に――


瞬身で一気に間合いを詰め、玄之介は掌を構えた。


迎撃で放たれる苦無を、全て掌で払い落とす。通常時ならば出来ない芸当だが、チャクラを張った柔拳ならば可能。


このまま柔拳を叩き込み、敵を怯ませる。それを目的として近付いたのだが――


敵が背中から取り出した巨大手裏剣が飛んできた瞬間、舌打ちしつつ身を屈める。


が、そのアクションを取った刹那、玄之介は目を見開いた。


巨大手裏剣の下には、もう一枚の巨大手裏剣が存在している。影手裏剣の術。基礎の応用だが、このサイズでそれをやられるとは思ってもみなかった。


更に身体を屈め、地面に左手を着きつつ右手で二枚の手裏剣を弾く。つっかえ棒のように手を出してしまったせいで、手首からは鈍い痛みが返ってきた。


玄之介が動きを止めたのを好機と取ったのか、雨の如く苦無が頭上から殺到する。


携帯するには量が多い。口寄せか、と判断しつつ、地面に這うような体勢で玄之介は両手を開いた。


――偽・八卦十六掌。


見様見真似の日向流柔拳。


急所に迫る苦無だけを弾き飛ばし、頭部に向かうものは首を傾げて回避する。それでも三本の苦無を通してしまい、右胸、右腿、左肩に苦無が突き刺さった。


灼熱感にも似た衝撃が脳を突くが、それでも玄之介は動きを止めない。


この状況で動きを止めるのは、相手に隙を作ってやるようなもの。凶器の第二波が来る前に、敵の懐へ入らなければ。


苦無を取り出して順手に持ち、反動を付けて身体を跳ねる。


ハナビから忍を遠ざけなければ。その一心で、玄之介はハナビの方に伸びている忍の腕目掛けて苦無を投擲する。


次いで、瞬身の術を発動。


右腕を捻子り、低い体勢のまま忍を自らの間合いへと引き込んだ。


焔捻子。


しかし、フェイントも何もない一撃は完全に見切られる。身を翻して回避すると、忍は巨大手裏剣を手に持ったまま玄之介へと叩き付けた。


だが、手裏剣の穂先が捉えたのは玄之介のジャケットだけ。


忍が変わり身の術だと気付いた瞬間には、玄之介はハナビを拾い上げて距離を離していた。


このまま逃げる。それだけが玄之介の脳裏にあったが、その考えは一瞬で却下された。


足止めで忍が放つ忍具は、命中精度が玄之介の放つ苦無と段違いだった。ハナビを抱えている状態では彼女に当てるかもしれない。


ごめん、と胸中で呟き、玄之介は木陰にハナビを放り投げた。


同時に、風遁・大旋風の術を行使。腕を振るうと同時に風を発生させ、殺到する忍具を薙ぎ払う。


着地し、後ろ向きにスライディングしつつ右手で印を。


火遁・豪火球。


大旋風の残った風を吸収して火球は肥大し、玄之介と忍の間を埋める。


着弾し、爆炎が上がる刹那。これをどう生かすか。


それに思考を這わせながら、玄之介は戦闘を続行した。










衝撃と、額に鈍い痛み。それで、日向ハナビは目を覚ました。


彼女を出迎えたのは、心地の良い朝の空気でも暖かな挨拶でもない。


地面が爆砕する轟音と、視力を奪わんばかりの閃光だ。


思わず悲鳴を上げるも、声は爆音に攫われて誰の耳にも届かない。


そしてそれが止むと同時に晴れた視界。急に現れた光景を目にして、ハナビは息を呑んだ。


そこにあったのは、戦場だ。


覆面で顔を覆った忍と、ハナビにとって身近な存在である如月玄之介が、見たこともない形相で体術と忍具での応酬をしていた。


なんでこんな、と考えると同時に、意識を失う直前の出来事を思い出す。


遊んでいる最中に白眼の範囲へ人が入ってきた。単純な好奇心に負けて近付いたら、鳩尾に拳を入れられ気絶したのだ。


思わず胸を撫で、忘れていた痛みがぶり返してくる。


一体なんだったのか。いや、おそらく――


「……攫われそうになったんだ」


そして、玄之介があんな表情で戦っているのは、自分を助けるため。


自覚すると同時に、申し訳なさが込み上げてくる。


だが、それは些細なことだ。


申し訳なさよりも大きな感情が、胸の中に息づいている。


そんな気持ちを口に出したい、と思うも、不様に誘拐されそうになった自分が言ってもいいのかと迷ってしまった。


しかし、そんな躊躇も玄之介が戦っている事実で吹き飛んでしまう。


木陰から身を乗り出し、腕を振るってカマイタチで忍具を吹き飛ばしている玄之介を見据える。


「げ、玄之介……」


そこまで言い、息を吸い、


「――負けないで!」


鳩尾が痛むのにも構わず、ハナビは声援を送った。










「――負けないで!」


唐突に耳へ届いた言葉に、思わず動きを止めそうになる。


だが玄之介はチャクラを練り上げるのを止めず、苦笑するだけでそれに応えた。


正直なところ、この戦いは玄之介の不利だった。


実力自体は総合的に見て互角ぐらいだろう。万全な準備をして来ただけあって、武装の面で相手が上回っているかもしれない。


だが、逐一ハナビの方へ余波が及ばないように配らなければならないし、その上、明らかな実戦経験の差が敵とはあった。


決定打を狙おうとせず、淡々とこちらの戦力を削ぎにくる忍。どこか機械じみた戦闘方法から、熟練した相手なのだと察することが出来る。


故に、無理をせず、なんとか薙乃が来るまで持ち堪えれば、と考えていたのだが――


「……お姫様にああ言われちゃ、格好悪い所は見せられないな」


そうだ、と自分自身で呟きに応える。


覚悟しろと言ったのは自分自身だ。なのに、この防戦一方な戦い方はどうなのか。


いや、決して間違ってはいない。救援を待つというのは正しい戦法だ。


だが、それでも。


攻めに転じることを由としない今の状況がいつまで保つのかなど、誰にも分からない。


ならば、


「――往くぞ」


風遁・大旋風の術。


生み出した風を右肩に集中し、右腕を構える。


腰を落とした体勢でスライディングしつつ忍へと接近する。その間、回避は大旋風で無理矢理に身体の体勢を変えるのみだ。


まるっきり出鱈目で、速度もそれほど速くない移動法。


しかし、それは確かに忍の虚を突いた。


僅かに忍具の弾幕が薄くなる。


その隙を突き、玄之介は忍へ向かって瞬身の術を行使した。


苦無が身体を抉るのも顧みず懐へと入り、咆吼と共に右拳を叩き込む。それで忍は身体を浮かせ、絞り出すように息を吐いた。


敵の動きが完全に止まったのを察し、玄之介は顔を上げる。そして、


「焔――」


バック転するように上体を逸らし、爪先を跳ね上げ、


「――閻魔」


忍の顎を確実に蹴り上げたのを確認し、体制を整えつつ右腕を螺子り、


「焔――」


体制を整えつつ右腕を螺子り、


「――螺子」


叩き込んだ掌を引き戻し、手刀を作った左腕を螺子り、


「焔――」


手刀を作った左腕を螺子り、


「――錐」


突き出した手刀を肋骨の隙間に突き込んで肺を強打し、


「焔――」


重い吐息と共に投げ出された右腕を左手で取り、右肘を準備しつつ背後に回り、


「――槌」


後頭部へトドメの一撃をお見舞いする。


昏倒必至の連続技だ。


しかし、やはり流石と言うべきか。


忍は身体をふらつかせながらも、しっかりと地に足を着いていた。


「この、クソガキが――!!」


怒声と共に、忍は巨大手裏剣を喚び出して投擲する。


ハナビの方へと。


舌打ちすると同時に、玄之介はハナビの前へと回り込んだ。


錯乱しての行動だろうが、玄之介にとって最も効果のある攻撃だ。ハナビを守るために戦っている玄之介が、この状況で守りに入らないはずがないのだから。


巨大手裏剣を前に、玄之介は世界がスローモーションになるような錯覚を受ける。


死に直面した場合、こういった現象が起きると聞くが、まさか体験する羽目になるとは。


どうする、と流れ落ちる刻の中で思考する。


刹那の中で術を行使するのは不可能だ。チャクラを集中するだけで精一杯。


大切なのはハナビを守ること。ならば、自分が盾になれば良いのだが――


そうしたら、彼女はどんな顔をする?


問い掛け、それは行動へと結び付く。絶対に、自分もハナビも死ぬわけにはいかず、死なせてしまうわけにもいかないのだ。


チャクラを両掌へと集中。可能な限り疾く、正確に。


そして玄之介は両手を眼前に構えると、あろうことか高速で回転する巨大手裏剣の刃の内一つを、受け止めた。


チャクラで覆われていると言っても、急ごしらえの守りだ。簡単に突き破られ、冷たい鋼は手の平へと食い込む。


だが、それだけだ。


巨大手裏剣の真剣白刃取り。全くもって馬鹿げたことを、彼はやり遂げた。


今更になって冷や汗が背中を伝い、歯の根が下手なドラムを打つ。


馬鹿じゃないか、と自分自身を罵り、玄之介は巨大手裏剣を投げ捨てた。


しかし、急に集中を解いたせいなのだろう。玄之介は接近する忍に気付くことが出来ず、不意に放たれた蹴りで弾き飛ばされる。


回転する視界の中で焦りが頭を焦がすも、今の彼は受け身を取ることしか出来ない。


そして口の中に鉄の味を舐めつつ顔を上げると、玄之介は飛び込んできた光景に凍り付いた。


「来るな!」


覆面から唯一覗いている目を見開きつつ、忍は苦無を首筋へと当てていた。


腕に抱きかかえた、ハナビの首筋へと。


下手を打った、と眉根を寄せ、身を起こす。だがそれも刺激にしかならなかったのか、忍は声を荒げてハナビの首筋へと苦無をより強く押し付ける。


「来るな、来るな、来るな!

 なんだその強さは……。

 お前はアカデミーの生徒……それも、ロクに授業へ出ない落ち零れだろう?!

 なのに、その出鱈目な力はなんだ!!」


ついさっき玄之介が行った焔連撃と、真剣白刃取り。それは忍を刺激する材料となってしまったのか。


彼は錯乱した様子で叫び続け、震える手をハナビへと押し付ける。


そして限界を超えたのか、ハナビの肌に一筋の血が伝った。


「この娘を殺すぞ……そこを動くな!」


言われ、玄之介は動きを止める。


どうやってこの場を打破するか。それだけに思考を傾け――


視界の隅に現れたものを見て、覚悟を決めた。


血に濡れた右掌に視線を落とし、チャクラを集中する。


渦を巻くチャクラ。それは溢れ出す血を巻き込み、鉄錆色の螺旋を描く。


「何をやっている! 動くなと言っているだろうが!!」


「……玄之介」


ハナビは玄之介の放とうとしている術を分かっている。


螺旋丸。しかし、その準備段階で、間違いなく彼女は殺されるだろう。


しかし、


「いいよ。信じてる」


恐怖を微塵も顔に表さず、笑みさえ浮かべ、ハナビは玄之介を見詰めた。


「ありがとう」


それだけ言い、玄之介はチャクラの回転数を更に上げる。


そして球状に収束を始め――


「この、馬鹿が――!」


忍は、苦無を持っている腕を震わせた。


だが、それはハナビの喉を切り裂いたからではない。


忍の死角となっている真上から放たれた苦無によって、だ。


短い悲鳴を上げ、忍は体勢を崩す。その隙にハナビは腕から抜け出し、白眼を発動させた。


彼女が点穴を見切っているのかどうかなど分からないが、チャクラを集中した掌を忍の鳩尾へと叩き込む。


そしてバックステップで距離を取った。


残されたのは、内蔵破壊の拳を受けた忍のみだ。


玄之介がこの局面で螺旋丸を選んだのは、会得している術の中で最もハッタリが利く術だったからだ。


普通の忍ならば見たこともない奥義。


そんなものを目にし、しかも見ただけで尋常じゃない量のチャクラを高密度で圧縮していることが分かる。どんな忍だろうと、間違いなく気を引かれるだろう。


それ故に真上に潜んでいる援軍にも気付かず、次いで起こったアクシデントに対応出来ないほど狼狽した。


――さて、決着を付けよう。


「乾かず、飢えず、無に還れ――」


呟き、チャクラの形質変化を完全に行い、


「――螺旋丸!」


本来ならば青色だが、血が混じったせいで紫色となった螺旋の球を、掬い上げるようにして忍へと叩き込んだ。


螺旋丸とは真っ直ぐに敵へぶち込み、障害物との衝突で殺戮せしめる技である。


しかし、それを下から上への軌道で行ったらどうなるか。


「――昇華!」


掛け声と共に、轟音と吹き荒れる風を引き連れて、忍は青空へと吹き飛んだ。


文字通り、星になる、とでも言うのだろうか。ドップラー効果で悲鳴は遠離りつつ、忍の姿は虚空へと消えた。


消え去った忍を見届け、玄之介はその場へ崩れ落ちる。


直ぐ傍にいたハナビが悲鳴を上げて駆け寄るも、それに応える余力は残っていない。


気付けば、紺色のアンダーウェアは鈍い光と共に重くなっていた。


全て血だ。匂いをかげば、血臭しか漂ってこない。


おまけに忍術を極度の緊張状態で行使し続けたためにチャクラも底を尽き掛けている。


まったく、なんて不様。


だが――


「……お姫様を助けられたから、良しとしますか」


徐々に掠れる視界に映ったハナビの泣き顔を見て、そんなことを呟いた。






[2398]  in Wonder O/U side:U 五十四話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/05/12 21:45

目を覚まして真っ先に感じたのは、閉塞感だ。


なんだ、と身体を見下ろしてみれば、包帯で雁字搦めとなっている肉体があった。


……ああ、そうか。覆面忍との戦闘で、割と酷い怪我負ったからなぁ。


まあ、向こうの世界基準で酷い怪我ってだけで、こっち側じゃあ大したことないんだけど。腕がなくなったとかなら一大事だけど、切り傷ぐらいなら――


って、あれ? なんで俺こんな目に遭ってるの?


これ医療忍術じゃなくて、普通に治療されただけだぜ。


身体を動かしてみれば、あちこちから鈍い痛みが返ってくる。


その中でも筆頭は、何故か目の奥から訴えかけられる痺れだ。


うっおー、なんだこれ。二日連続でレポート書いたレベルの眼精疲労。目を開いているのも辛いので、きつく閉じて瞼の上から眼球を押す。


身体の怪我はいい。けど、この目の辛さは何さ。


特に何もしてないはずだぞ。……うーむ。喰らった忍具に毒でも仕込まれていたか。


取り敢えずは薙乃でも呼ぼうかと思って立ち上がろうとしたのだけれど、脚に力が入らず腰を上げられなかった。


こりゃ貧血か。ううむ。幸か不幸か、二年間の放浪で大抵の怪我はやらかしたから、自己診断出来るのだ。


仕方ない。体調が良くなるまでもう一眠りしようかね。


そう思って布団に倒れ込むと同時に、襖が開かれた。


「起きたのですね」


顔を覗かせたのは薙乃だった。彼女は喜色を浮かべ、しかし、すぐに表情を引き締まったものへと変える。


どうしたのだろう。


「ヒアシ様からお話があります。

 それから、私からも。起き上がってください」


「いや、それなんだけどさ。貧血みたいで立てないんだ」


「なら肩を貸します。さ、早く」


休ませる、という選択肢なないらしい。


そんなに大事な話なのだろうか。


……あー。大事だろうなぁ。


おそらく内容は説教か。


くそう。












 in Wonder O/U side:U












薙乃に強制連行されて連れて行かれた広間には、師匠とハナビちん、ヒナタがいた。


日向宗家勢揃いだ。どんな話をされるのか考えると、気分が重くなるぜ。


用意されていた座布団に腰を降ろすと、師匠は軽く頷いた。


「来たか」


「はい」


「……何故怪我人をであるお前を呼び出したのか、分かっているな?」


「はい。今回のハナビ様が誘拐され掛けたことは、全て彼女を甘やかした自分の責任です。本当に申し訳ありませんでした」


血の巡りが悪い頭で謝罪の言葉を考え、すぐに言葉にする。


ハナビちんの誘拐未遂。結果だけならば、俺が助けて大団円、と見るかもしれないだろうが、その課程を見れば全然違ってくる。


この一件は、要するにマッチポンプだ。


俺が彼女に外への興味を持たせ、そのせいで危険が待っている世界へと彼女は出てしまった。


そしてハナビちんは攫われそうになったわけだ。


俺が助けたのは、ある意味当然のこと。自分が始めたことに、責任を取ったに過ぎない。


まあ、本当に悪いのはハナビちんを攫おうとした忍なのだが、物事には責任を問われる人間が絶対に必要なのだ。


その忍は俺が里の外まで吹き飛ばしてしまったため責めることが出来ない。故に、俺がこの事件の悪役だ。


……やりきれねぇ。


まあいい。理不尽だろうがなんだろうが、それが世の中のルールである。向こう側じゃ社会人になってなかったからいまいちピンとこないが、しょうがない。


「……ふむ。

 分かっているのならばいい。

 今後はこういうことのないようにな」


「はい」


「まったく、興が削がれた。

 お前に常識を教える大義名分を得たと思ったら、既に分かっているとはな」


「……ええと、お叱りはこれで終了なのでしょうか」


「馬鹿が。そんなはずはないだろう」


ですよねー。


肩を竦ませ、俺は続く言葉を大人しく聞くことにした。


「この一件で、お前も日向の血を狙う者達の存在を知ったはずだ。

 以降、軽率な行動は慎め。これはお前自身にも言えるのだぞ?

 如月も血継限界を宿す一族なのだ。貴様が奪われれば、里が損失を被ると共に初代様を汚すことにも繋がる。

 それを頭の中に入れておけ」


「……父上、言い過ぎではないでしょうか」


師匠の言葉を遮り、ハナビちんがおずおずと声を上げた。


それを一睨みし、師匠は鼻を鳴らす。


「黙れハナビ。今は玄之介と話をしている」


「けど! 玄之介は私を助けてくれました!! それでいいじゃ――」


「お前は何も分かっていないな。それで日向宗家を名乗るとは、恥と知れ」


声は静かだが、はっきりと弾劾されてハナビちんは顔を俯けてしまう。


今日は厳しいな、師匠。いや、これが素なのかもしれない。


「お前が無事だった。

 それで一件落着、ではないのだ。

 この一件で木の葉に潜伏しているかもしれない他里の忍が刺激されるかもしれないのだぞ。

 ことの重大さを少しは考えろ」


「……申し訳ありません、父上」


「ふん。

 ……玄之介。破門してやりたいところだが、今回だけは目を瞑ってやる。

 次はないと思え」


「ありがとうございます」


「薙乃、この馬鹿を任せる。包帯を代えてやれ」


「分かりました」


行きますよ、と急かされて薙乃に引っ張り上げられる俺。


ちょ、もっと優しく。


広間を後にし、再び自室へ。


そして薙乃に服を脱がされ、彼女は慣れた手つきで包帯を解いてゆく。


されるがままです。なんか嫌です。


「な、薙乃。包帯ぐらいは自分で解くから」


「駄目です」


「いや、でもね……って、痛い痛い! 固まった血が剥がれる!!」


「黙ってください」


……なんか機嫌悪いなぁ。


「ところで、何故医療忍術じゃなくて普通に治療されただけなのでしょうか」


「何を言っているのですか?

 元凶のあなたに医療忍術なんて高尚なものを使うはずがないでしょう」


そうですか。


「しっかし、苦無が刺さっただけなのに出血が酷いね」


「主どのに刺さった苦無には血液の凝固作用を失わせる毒が塗ってありました。

 戦闘跡に残っていた他の苦無には致死性の毒が塗ってあったりもして……本当に運が良かったんですからね?」


「あー、うん」


「何も分かっていませんね?

 敵は放浪生活の中で戦った者とは違ったんです。

 誘拐するために準備をし、一人で木の葉から抜ける実力と術と、自信を持っているような相手だったのですよ?

 そんな敵が放つ暗器にむざむざ当たるなど、戦闘経験を積ませたのが無駄だったのでは、と虚しくなってしまいます」


「……はい」


「ようやく辿り着いたと思ったら血達磨の状態で……あなたは、何を考えているのですか。

 私の援護が入らないことも考えて戦うつもりがないのですか」


「…………はい」


そうなのだ。


俺が螺旋丸を練り上げた最終局面。あの時苦無を放ってくれたのは、薙乃だった。


本当、感謝してもしきれない。彼女が間に合わなかったら、俺もハナビちんもこうやって日向邸にいられなかったかもしれないのだから。


「ごめん、薙乃。心配掛けた」


「なんだか何度も聞いたような気がしますね、その台詞は。

 本当にそう思っているのならば、少しは考えて動いてください。

 自分が強いなど、自惚れているのではないのですか?」


そう言って彼女は顔を俯け、鋏で包帯を裁断する。


「……あなたは弱い。それなのに責任が問われるようなことを、しないでください」


「……分かっている。けどさ――」


「分かっていません。主どのが思っているほど、この世は簡単でも、優しくもないのですから」










つい漏らしてしまった本音。それに対して玄之介がどんな顔をしたのか、薙乃は見たくなかった。


これだけ言われなければ、きっとこの少年は分からない。何もかも見通したようでいて、最も重要なことを見失っているのだから。


それは、自分自身のことだ。


彼は強い。意志も覚悟も力も、同年代ならば最上級と言って良いだろう。


だが、それはあくまで子供の物差しで測った場合だ。


一人の人間としての如月玄之介は、考えていることも胸に据えている覚悟にも、まるで実力が追い付いていないのだから。


子供ならば許される、とは言わない。そんなことは、この少年に対して失礼だろう。


不殺なんて一人前を通り越した、並の忍では実現不可能なことを吠え、求めることの許されない者に温もりを与えようとする。


まったくもって馬鹿げた人だ。身の程を弁えないという文字は、この少年から生まれたのではないのだろうか、と考えてしまう。


薙乃にとって彼のやろうとしていることは眩しく見えた。暖かく、日溜まりのようだと言えるかもしれない。


薙乃も玄之介のそういう部分に助けられていた。因幡の里にいた時からは、想像も出来ない世界だ。


だが、その影となっている部分を薙ぎ払う術を彼は持っていない。


故に、彼女は彼を支えるべく玄之介の妖魔となった。


だのに、玄之介は自らが成熟するのを待とうとせず、先へと進む。


今のまま進んで待っているのは自滅だけだというのに、だ。


彼の進もうとしている道は、酷く険しい。


今だってその厳しさに苦悶しているのだ。不殺。そんな馬鹿げたことを掲げたせいで、玄之介は伸び悩んでいる。


忍の技は敵を殺す技。だというのに、その中でも殺傷能力の低い代物ばかりを会得し、敵を滅ぼすことが出来る術は迎撃専用としてしか使用しない。


たった一つ信念を捻じ曲げるだけで、簡単に飛躍出来るのだ。


強くなりたいと願い、しかし、自ら弱くなるような選択をする矛盾。それを無意識下で自分に強いている信念。


それを心地良く思うことも多々ある。いや、好きなのだと断言しても良い。


だが――


「……あなたが死んだら、私はどうすればいいのですか」


かなりの間を置いて、薙乃はようやく声を絞り出した。


玄之介は知らないが、彼がここにいられる今は、ある意味一つの奇跡なのだ。


日向ハナビの誘拐未遂。その責任追及は、長老衆からも伸びてきたのだ。


ハナビが外を出歩いた原因を作り出した少年。それが部外者ならばともかく、日向宗家の内弟子なのだ。破門をしないとヒアシは言っていたが、本当のところ、玄之介を破門するように要請が来ていた。


それを回避出来たのは、ヒアシが玄之介を庇ったからである。


例え原因だとして、娘を救ってくれた事実は変わらない。だから、まだ日向宗家に居座ることを許してやって欲しい、と。


兎の妖魔である薙乃は話し合いの最中に耳を澄ませ、そのことを知っていた。


薙乃のいる日常は、如月玄之介という柱を失うだけで崩れ落ちる、危ういバランスの上に成り立っている。


それなのに、肝心の柱は、切り倒される危機に率先して飛び込もうとするのだ。


支える立場の薙乃からしたら、たまったものではかった。

















「……ごめんな」


そして、玄之介が吐き出す言葉も、薙乃の、彼に依存している形の身勝手な願望を否定しようとしない。


本当に、どこまでも甘く、愚かとしか言いようがなかった。


迷惑だと、そう言って振り払えば良いのに。


「いつもすまないと思っている。

 ハナビちんの面倒を見させたりだとか、弁当作ってくれたりだとか」


「し、知っていたのですか」


軽く戸惑いながらも、薙乃は玄之介の身体に包帯を巻き付け始めた。


「そりゃ分かるさ。

 急に味が変わったりしたら誰だって気付くって。あと、野菜が増えたりとかね」


そう言い、軽く笑い、


「君が色々と支えてくれるから、俺は馬鹿やったり無茶やったり出来る。

 まあ、甘えなんだけどね、こういうの」


顔を向けずに、玄之介は照れ臭そうに呟いた。


何か胸に込み上げるものを感じながらも、落ち着け、と言い聞かせ、薙乃は主人に応える。


「……私は、主どのの妖魔です」


「分かってる。だから俺の方から、離れてくれ、とは言わないよ。

 悪いけど、君が愛想尽かすまで付き合って貰うから。

 師匠にはああ言ったけど、馬鹿を辞めるつもりはないんだ」


「……今と比べれば、普通、というのは楽ですよ?」


「そうかもしれない。

 普通に学生やって、何も考えず忍になって、金貰って人を殺して、そのくせ家庭を持って一生を終える。

 そういうのが悪いとは言わないよ。在り方としては間違っちゃいない。たださ……」


そこで一端区切り、玄之介は溜息を吐く。


「他人がどうあっても、自分がそうなってしまうのは気に入らない。

 心を騙すのは辛い。そして、それを納得してしまったら、もう俺じゃなくなる。

 そんなちっぽけなことが、俺はどうしても嫌なんだ」


「……何故、ですか?」


「理由は今言った通りだって。

 ……まあ、後は独り言なんだけども……折角のやり直しなんだ。

 今度ぐらいは妥協なしに生きてみたいっていう、俺の我が儘さ」


彼の言う、独り言の意味は薙乃に分からなかった。


しかし、それが彼の本音なのだろう。


それだけを聞ければ、薙乃は満足だった。彼の行った愚行を許す理由にはならなかったが。


「……まあいいです。

 今度今回のような馬鹿なことをしたら、軟禁して徹底的に生活管理しますから、お覚悟を」


「うわぁ……それは嫌だなぁ」


失礼な、と内心で呟きつつ、薙乃は手当を終える。


「ところで薙乃さん。

 なんか傷よりも目が痛いんだけど、なんでか分からない?」


「ご自分でやったことでしょう?

 体内門の開放など、二度としないように。まったく、どこで会得したのだか」


呆れたように言い放つと、玄之介は目を見開いて間抜けに口を開いた。


「え……俺、体内門の開け方なんて知らないけど」


「そうなのですか?」


「うん。大体、身体能力が上がった覚えも――」


そう言い、考え込むように目を流しながら口を押さえた。


「いや、そうか。スローになった世界はそういうことか」


「心当たりがあるのですか?」


「うん。

 巨大手裏剣を目の前にして、避けれない、防げない、って状態になったら、急に風景がゆっくりになってさ」


「……それをどうやって止めたのですか?」


「真剣白刃取り」


「この馬鹿!」


思わず平手で玄之介の頭を殴ってしまう。


「道理で不自然な切り傷が手の平にあると思ったら……私の想像以上に馬鹿をやったのですね」


「いやまあ、ごめんなさい。……でも、なんで体内門が」


「体内門の開放とは、平たく言えば火事場の馬鹿力です。

 危機に瀕した時に発揮される力を意識して発動させる禁術。

 つまり、そういうことですよ」


「……ああ、成る程」


一人納得している玄之介に、薙乃は呆れ果てる。


この少年、悪運が恐ろしく強いようだ。もし体内門が開かなければ命を落としていたのかもしれないのだから。


これから先、どうなることやら。


そんな風に苦笑して、薙乃は無理矢理玄之介へ増血丸を飲み込ませた。







寝てばっかりいたら背中が痛くなったので、散歩。


無論、お叱りを受けたばかりなので薙乃さん同伴ですが。


そして門を出たところで、壁に背を預けていたネジとエンカウントしましたよ?


「あれ、白目じゃん」


「その状態でも口の悪さは顕在か。

 少しは年上を敬おうとは思わないのか、貴様は」


ネジは苛立たしげに鼻を鳴らすと、腕を組みつつ俺を見据える。


「なんだよ。

 生憎怪我人なんで、喧嘩は不可能でっせ。

 まあ、不名誉な白星が欲しいなら相手してやるけど」


「……主どの」


低く呟き、俺の足を踏んでくる薙乃さん。痛いです。


「今のお前など、相手する気も起きない。

 ただ、言いたいことがあっただけだ」


「なんだよ」


「ざまあ見ろ。

 日向宗家にかかわるから、そういう目に遭う」


「――貴様」


「ちょ、ストップ薙乃さん!」


一瞬で沸点に達した薙乃さんを手で制す。


うお、怖ぇ。背筋が粟立ったぞ。


って言うか、あなた様もそんな感じで怒ってませんでしたか?


乙女心は分からないですの。


ネジも急に膨れあがった薙乃の怒気に当てられたのか後じさり、頬をひくつかせている。


けれども前言を撤回するつもりはないのか、小生意気な態度を改めようとはしなかった。


「……ふん。

 もう身代わりはいないのだから、この騒動がどうなるのか見物だったのにな」


「分家の者が随分なことを言いますね。言葉の意味を分かっているのですか?」


「ああ。……運が良かったな。お前も、日向宗家も」


それだけ言い、ネジは俺達に背を向けた。


……正直、ここまでネジが日向宗家を恨んでいるとは思わなかったぜ。


中忍試験でヒナタに八つ当たりをするほど怒りを溜め込んでいるのは知っていたけど、こうもあからさまに呪いを吐き出すとは。


問題は山積みだなぁ。







[2398]  in Wonder O/U side:U 五十五話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/05/04 13:42


怪我した身体で演習場へと行ったら、不様だなぁ、とゲンマさんに笑われたり。


くそうくそう。なんでこうも誰からも馬鹿にされなきゃならんのだ。分かってはいるけど、理不尽を感じる。


時間もいい感じに遅くなってきたので帰宅しようか、と思った時だ。


「あ、先輩」


「玄之介じゃん」


木の葉茶通りを歩いていたら、先輩と出くわした。


どうにも今日は人と鉢合わせする日だね。










 in Wonder O/U side:U










なんでか卯月家へ来ることに。


薙乃さんは先輩が買った食材を台所で調理しております。


俺は先輩に部屋へと通され、軋む身体を座布団へと降ろす。


「どうしたの、その怪我」


「あれ? 知らないんですか」


「ああ」


「ハナビちんが攫われそうになって、それを阻止すべく戦ったらこの様ですの」


「……なんだって?」


方眉を持ち上げ、先輩は、信じられない、といった様子で言葉を絞り出す。


「昨日のことなんで、てっきり三代目辺りから聞いているものかと」


「いや、初耳。しかし、そうか……」


「記憶が曖昧なんで一応聞いておきますけど、史実にハナビちん誘拐なんてことありました?」


「いや、ない。

 攫われたのはヒナタで、その事件は既に終わっている。

 今回の一件は、本来ならば起きないことだ」


「ですよねー。まあ、原因は俺なんですけど。多分」


正直、ハナビちんを活発にしただけで誘拐事件が勃発したなんて信じられないんだけれどさ。


けど、因果律って単語があるように、物事には原因があって結果がある。どんな些細なことだろうと、結果にはきっかけが絶対にあるのだ。


それがなんなのかなんて知らないけどさ。


「敵の忍はどこの所属だった?」


「覆面していたから顔は分からないし、額当てもしてませんでした。

 そりゃー隠密行動時に自分の身分を明かす馬鹿はいませんって」


「……そういう皮肉はいいから」


はい、すみません。


「じゃあ、使っている術とかで原作キャラに該当するのはいたか?」


「暗器使いってことぐらいで、特徴的ことは……精々が巨大手裏剣使っていたことですね。

 案外、ミズキ先生とかが犯人だったりしてー」


「止めろよ、あの人俺の担任なんだから。

 ……しかし、ようやく、と言うべきなのか、もう、と言うべきなのか。

 俺達が介入したせいで捻じ曲がってきたな」


やはり気掛かりなのはそっちか。普通ならばハナビちんが誘拐された、って方に目が行くだろうけど、俺達にとっては現在が変わり、未来が変容する方が一大事なのだ。


このハナビちん誘拐が今後にどう影響するのか。ぶっちゃけ、未来を知っている、ってことを代償に三代目から力を貸して貰っているわけで、未来を知らない俺達はただの役立たずなのだ。


今回の一件で、三代目に余計な猜疑心を抱かせたかも。


ううむ。


俺個人だけだったら単純な進退問題なんだけど、先輩の場合は違う。


この人、ナルトを救うとか豪語しているからなぁ。それはつまり、物語全体を改変するようなものだし。それに必用な三代目の信用を失うのは大打撃だろう。


まあ、この人はこの人で、今の時点でもかなり改変を行っているからね。表立ってはいないけど、綱手姫、自来也の助力。ナルトとサスケ、ヒナタの問題解決とか。


それらの芽が出るのはまだ先だろうけど、物語を変異させるには充分なほどのことをやらかしているわけで。


本当、精が出るな。


「これからどうします?」


「別にこれと言っては。

 ただ……ハナビちゃんが攫われたってことは、ヒナタも危ないかも。

 俺も用心するから、お前も警護頼むな」


「えぇー。

 またズタボロになるのは勘弁なんですけど。

 師匠や薙乃からも散々言われたりして、ハートブレイク寸前なんですよ?」


「自業自得だろ。自分の改変したことぐらいは責任持てよ」


……ソウデスネ。


くそう。見た目こんなんだけど中身はアレだからなこの人。正論で論破されること程悔しいことはない。


「まあ、お疲れ。

 お前がそんだけ手こずる相手なら、俺でも危なかっただろうし。

 何より、ハナビちゃんが攫われればヒナタが悲しんで、ナルトが悲しむから助かったよ」


「理由を後付けせずに、素直に労えよクソ野郎」


「知らない」


素直じゃねぇ。


まあいい。


「話はこんなもんですかね」


「そうだね」


「さて……じゃあ、薙乃がご飯作り終えるまでゲームしましょうゲーム。

 俺と先輩が出来るやつだから……メルブラありません?」


「ねぇよ馬鹿」


そうでした。


「じゃ、じゃあオセロを」


「将棋しかないな」


「将棋は駄目です。

 だって俺、桂馬と飛車使って『青のインプルス、吶喊!』しかやりませんもん」


「……分かっててやるなよ」


あ、溜息吐かれた。くそう。


「じゃあ漫画はー?」


「生憎、この部屋には学術書しか置いてない」


「いつからインテリに転向したんだこの野郎」


「朝顔がそういう趣味だったんだ」


ああ、成る程。だから余計なものを持ち込まないのか。


まあ、気持ちは分からなくない。俺と先輩じゃ微妙に理由が違うだろうけど、俺だって如月の実家にある自分の部屋に余計な物を置きたくないからね。


身体を借りてはいるけれど……いや、もう俺のものになってしまったんだろうか。まあ、とにかく、他人の部屋を勝手に自分のものにするのは抵抗があるのだ。


その点、日向邸の自室は俺の部屋って感じになっているけれどね。ジュブナイルな内容の小説とかが酷い量です。要するにラノベ。


それにしたって……。


「することないじゃん。どうすんのさ」


「じゃあ……古今東西・宇宙世紀の戦艦やろうぜ」


「いいですよ」


「じゃあ俺から。ケルゲレン」


「ホワイトベース」


「ザンジバル」


「あー、……ネェルアーガマ!」


「リリーマルレーン」


「……ええと、ウィルゲム!」


「いやそれ宇宙世紀じゃないから」


「………………じゃあアルビオン!」


「アドミラル・ティアンム」


「あんた最初から考えてたな! なんでそんなにポンポン出てくるんだ!!」


「俺はスーパーもリアルも知ってるからな。スーパーに偏ってるお前とは違うんだって。さ、次言え」


「これクソゲーだ! ……ええっとお、アスワン!!」


「ラビアンローズ」


「あれ、施設じゃないの?!」


「ドック艦だよ」


くそう……こうも淡々とやられると浮かぶもんも浮かばない。


ギギギ。


「な、な、な……ナデシコ!」


「はい俺の勝ちー。無知だなぁ」


「無駄知識で威張るなよ! 次はスーパーロボットで古今東西だ!!」


「ああ、もうそろそろ晩ご飯出来るんじゃない?」


「卑怯くせー! 逃げるなよファック!!」


と、叫んだら台所から薙乃の声が。散々だ。










食卓は色合いがよろしかったですの。


サラダに煮豆にトマトを使用したスープ。唯一の良心はロールキャベツか。中身豆腐だけどな。


和洋折衷っていうか、文化が入り乱れまくりな献立は大変美味しゅそうで御座いますが……。


「……薙乃さん。僕の目が腐ってなければ、肉がないような気がするんだ」


と、問うたら、エプロンを外している薙乃さんは呆れたように溜息を吐いた。


「ロールキャベツがあるでしょう」


「いや、そうじゃなくてね?」


「バランスの良い食事とは大切ですよ? ねえ、朝顔さん」


「うん。文句言わずに食えよ玄之介。真心を無下にすんな」


わーい。ここには敵しかいないぜー。


「で、でも俺、血が足りなかったり……っ!」


「そうでしたね。これをどうぞ」


そして手渡される増血丸。


泣くぞ。


ファミレスでバイトしていた頃が懐かしい……従食でファットフードを好きなように調理出来たなぁ……。


まあ、いつまでも愚痴言ってたって始まらない。


席に着き、いただきます、と食事を採り始める。


ふむん。なかなか。全体的に薄めの味付けなんだけど、ロールキャベツなんかはしっかり作り込んであって味に深みがある。


薙乃さんは家事全般が得意なのだ。流石に日向宗家の女中さんと比べたら悪いけど、それでもいい線いってる。


彼女の手料理はここ最近よく口にするんだよね。いつからだったか、俺の弁当が薙乃さん謹製に代わったので。


しっかし、女中さんが用意してくれるのになんで薙乃が用意するんだろう。そこら辺疑問。


春機発動期なのかしらん。いや、言ってて自分でも意味分からない理由だけど。


「どうですか?」


「美味しいよ。タンパク質が欲しいけど」


と、応えたら先輩が足を蹴っ飛ばしてきた。しかも脛を。


一人悶える俺を余所に、先輩は愛想笑いを浮かべつつ怪訝な顔をする薙乃さんに話し掛けた。


「けど、大変だね薙乃さん。この馬鹿にいっつも付き合って」


「いえ、分かっててやっていることですから。

 主どのは、私がいなければ本当に駄目な人なんです」


……酷い。


っていうか、なんで俺蹴られたんだろう。理不尽だ。






「そう言えば前から疑問に思っていたのですが、朝顔さんはどこで主どのと知り合ったのですか?」


「あー……遊んでたら自然と?」


自然と、サークルで知り合いました。


とは言えません。


「そうですか。

 しかし、何故主どのは朝顔さんを先輩と呼ぶのでしょうか」


「ひゅ、日向宗家に入る前からアカデミーにお互い入るって約束しててさー」


うむ。自分でも嘘臭い理由だ。


しかし薙乃さんは納得してくれたのか、曖昧な表情で頷いてくれる。


「ところで朝顔さん。

 主どのはアカデミーで問題を起こしていませんか?

 ヒナタ様はあまり教えてくれなくて」


「んー、特に問題ないんじゃない?」


……おや。ようやくフォローに回ってくれましたね。


「まあ、ネジとの喧嘩で校庭をボコボコにするから、管理人の爺さんが文句たらたらだけど」


「……主どの」


「はい、ごめんなさい。でも喧嘩売ってくるネジが半分以上悪いと思うんだ」


「言い訳は結構です。確かに分家の態度は鼻につきますが、だからと言って他人に迷惑を掛けて良い理由にはなりません」


ああ、薙乃さんもネジに腹立ててたのね。


っていうか、怒られっぱなしで俺の株価が急暴落。もうストップ安にしてくれ。


「まあでも、本当にそれ以外は問題ないんじゃないかな。

 中途編入だから評価不能な教科も多いだろうけど、成績は悪くないはず。

 薙乃さんの苦労は無駄になってないよ」


「あ……そ、そうですか」


バツが悪そうに薙乃さんは視線を逸らし、ご飯を口に運ぶ。


そんなことをしていると、玄関の鍵が開けられる音が部屋に響いた。


何事?


「ただいま、朝顔ー」


声と共に現れたのは、若干目つきがキツめの美女でした。


誰?


「おかえり、姉さん」


先輩は箸を置くと、そんな風に労いの言葉を向ける。


へー、姉がいたんだ朝顔。


「あら、あなた達は?」


「お邪魔させてもらっています。

 私は日向宗家憑きの妖魔、稲葉薙乃と申します。

 こちらが私の主である――」


「如月玄之介、です。アカデミーでは先輩に色々とお世話になっています」


「そうなの。

 私は卯月夕顔。朝顔の姉よ。

 それにしても、如月……朝顔、どういうこと?」


「ん……まあ、後でね」


……口を開き辛いのですが。


まあ、傍目から見ればこの場は怪しさマックスだよねー。


卯月とは縁のある如月。んでもって、何故か鎮座している日向宗家憑きの妖魔。これが普通の光景に見える人間は、頭の捻子が数本ぶっ飛んでいると思う。


そう言えば、夕顔さんって先輩の正体を知っているんだよね。


うっかり口を滑らそうものならば、この場で薙乃さんに俺の正体がバレるぜ。


しかしそんな不安は杞憂だったのか、夕顔さんは表情を綻ばせてテーブルに並んだ料理に目を向ける。


「美味しそうね。これは朝顔が?」


「いや、薙乃さんが作ってくれたんだ。

 美味しいよ? 姉さんの分もあるから、早く着替えてくるといい」


「分かったわ。少し待っててね」


と言ってリビングを後にした夕顔さんだけど、先輩も用があるとか言って後に続いた。


……冷や汗が背中を伝う。


おい、どうなるよこれ。俺の正体をバラさないで、とは以前に言ったけど、夕顔さんは憑依って現象を知っているはずだ。


果たして、先輩は黙っていてくれるのか。


頼むから下手なことは言わないでくれよ。


「……主どの」


「何?」


「なんだかソワソワしていますね」


「う、うーん。そう?」


「ええ。……夕顔さん、綺麗でしたね」


「は?」


「ええ。

 主どのもそう思ってのではないのですか?

 何度もチラチラと、あの人を覗き見ていましたね。

 女性にそういう視線を向けるのはどうかと思います」


「あの、薙乃さん。何か勘違いしてない?」


「……別に、いいです」


あ、なんかヘソ曲げちゃった。


どうしたもんだろう。








で、その後のことですが。


夕顔さんの俺に対する態度は、年相応の子供に対する接し方だった。


朝顔と仲良くしてやってくれとか、立派な忍になれたらいいね、とか。


なんか言われてて恥ずかしくなりましたよ? 流石に中の人は二十歳オーバーなので。


そしてそんな俺をデレデレしている、と見たのか、終始薙乃さんの視線は痛かった。


なんでそんな視線を向けられなければならぬのだ。


で、帰り道。薙乃には遅くなると伝えてもらうために先に帰ってもらって、俺と先輩は二人っきりで日向邸へと向かった。


「ねー先輩」


「なんだ?」


「俺の説明、どんな風に夕顔さんにしたんですか?」


「まあ、ただの友達って。

 後は、如月を懐柔しておけば今後の展開が楽になるかもしれないから、って理由も付けておいた」


「……最近思うんですけど、理由がなければ動けないと考えるのって、子供の考えじゃないですよね」


「まあ、そうだけど……それはお前もだろ?」


「そういうところがあるのは認めますけど、基本的に俺は感情で動く方だから。自分本位なんですよねぇ」


く、と自嘲にも似た笑いをし、そんな俺に先輩は苦笑する。


「ところで先輩。

 少しは腕、上がりました? あの時のまんまじゃ、これから先キツイと思いますよ」


「何言ってるんだよ。

 あの時は封じ手がかなりあったんだって。

 まあ、それはお前も同じだったんだろうけど……それなのに苦戦するって、相手は特別上忍級だったのか?」


「いや、中忍の上ってところでしょう」


と、溢すと、先輩は表情を強張らせた。


「マジか……じゃあ俺の強さって、どの程度なんだ……」


「難しいですよねぇ。相手を殺さず勝つのって」


「……は?」


なんの気なしに言った言葉だったのだけど、先輩は少しの間を置いて声を上げた。


「なんですか?」


「いやお前……殺さないって、どういうこと?」


「言葉通りの意味ですけど?

 忍って職業に就こうとしても、流石に殺人はマズイですって」


「そりゃ、そうかもしれないけど」


「難儀ですよね、お互い。向こう側の倫理観がある分、人殺しに抵抗あるんだから」


「……俺は、違うよ」


ほんの世間話のつもりだった。


しかし、先輩にとっては違ったのか、俺の言葉を――いや、有り様を否定するよう、その場に脚を止める。


俺はどんな表情をしているのだろう。きっと間抜け面かな。先輩の言った言葉が信じられなくて、彼の視線を見返してしまう。


「……先輩?」


「俺はさ。

 此方側にきてやることが出来たんだ。

 ナルトを救うって、大切な役目が。

 その為だったら手を赤く染めることだって厭わない。

 そういう覚悟は、とっくに済ませた」


「いや、でも、おかしくないですか?

 そんなの、他の人はともかく、先輩の場合は俺と一緒じゃ――」


「郷に入りては郷に従え。

 『殺すな、俺も殺さない』なんて美学は通用しないだろ、この世界は」


先輩の言葉に、思わず唇を噛み締めてしまう。


いや、そりゃあそうかもしれないけどさ。


けど、やっぱりおかしいだろ、そんなの。


……いや、自分の考えを他人に押し付けちゃいけないって分別ぐらい、俺にだってある。


けれど、人殺しがタブーってのは当たり前のことで。


それを、破ろうっての?


いや、もしかしたら既に破っているのかもしれない。


不意に、暗部へ入隊という言葉が浮かび上がってくる。


あの言葉に込められた意味。俺はそれを、裏方に徹して歪み始めた物語を補修する役目を負うものとばかり思っていた。


精々が大蛇丸やカブトの行動を邪魔する程度だと捉えていたというのに――


「……おかしいとは思ったんだ。

 お前には片手印ってとんでもないアドバンテージがある。

 だから虚を突いて初撃で相手を屠ることだって出来たはず。

 けど、お前はその機会を自分で潰しただろ?」


……否定は出来ない。


普通の忍は両手で印を結び、術を行使しなければならない。けど俺の場合は無茶な体勢でも片手で印を結ぶことが可能なのだ。


至近距離ならば胴体の影に左手を隠して、カタイタチで覆面の忍を殺すことだって出来た。


けど、それをしなかったのは、やっぱり人を殺せないからで。


それなのに、何故先輩は俺を責めるように質問をしてくるんだ。


「別に、律儀にルールを守ることが悪いとは言わないさ。

 ある意味立派だろ、そういう在り方は。

 けど、もしお前が躊躇ったせいでハナビちゃんが攫われたらどうするつもりだったんだ?

 まあ、二人共無事だったらこれ以上は言わないけど」


「……先輩は、もしそういう状況になったら、やっぱり人を――」


「愚問だろ」


「……そうですね」


どうやら決意は堅いようだ。


別に、人を殺す、という思考に至ったことが軽いとは言わない。俺と同じで先輩にだって向こう側の習慣が染みついているはずなんだ。だから、覚悟を決めるにしたってそれなりの葛藤があったはず。


そんな先輩を責める権利なんて、俺にはない。


まあ、悩めばいいってわけでもないけどさ。


だがそれでも、この世界で唯一同じ立場だと思っていた人が遠くに行ってしまったような気がして、言葉に出来ない寂寥感が込み上げる。


……きっとそれは、置いて行かれた感覚に近い。


「正直、これから何が起こるのかなんて俺にも分からないよ。

 そんな状況で不殺を貫くのは、厳しいと思うけど」


「そうですね……けど、こればっかりはどうにも」


「馬鹿正直だなぁ。

 決めたことを撤回したって、別にお前を責める奴なんていないのに。

 むしろ今のままの方が責められるぞ?」


「ま、実際薙乃には責められてますから。良き理解者はどこかに転がってないですかねぇ」


「……不憫だ」


「何がですか?」


「いや、薙乃さんが。その内拉致監禁されて拘束された状態で面倒見られるんじゃねえのお前」


「失礼な! そんなことはないですよ!! ……多分」


心当たりが多すぎて困る。


その後は適当に世間話なんかをして先輩とは別れた。


本当、つくづく俺は異邦人だな。


暗部へ入隊か。


三代目の前に連れ出されて先のことを伝えられた時は、先輩だって俺と同じなのだから、とどこか楽観していた。


だが、違う。あの人は目的のために向こう側で禁忌とされていたことを破り、心に据えたものを貫こうとしている。


そんな人と同じ舞台に立って戦うことなんて……きっと、俺には出来やしない。


しかし、もう退くことは出来ない次元まで首を突っ込んでしまっているのだ。きっと大丈夫だろう、という根拠のない考えでハナビちんや薙乃を木ノ葉崩しで危ない目に遭うだろうし、血継限界である以上俺の両親だって狙われる可能性もある。無論、俺自身も。


これからの身の振り方を、きちんと考えねばならないだろう。


遅くとも、アカデミーを卒業するまでには。





[2398]  in Wonder O/U side:U 五十六話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 23:49
忍術の授業を聞いている時だった。

丁度風遁の話になった辺りで、軽い疑問を抱いたり。

いや、チャクラを性質変化させて風にし、それを大気に混ぜて風を操るっていう風遁の基礎は分かっているんだ。先輩から巻き上げた綱手姫注釈付きの下忍指導要項にも書いてあったし。

疑問に思ったことは、だ。風遁・カマイタチである。

いや、バンバン使っていた俺が言うのもなんだけどさ。

俺は理系じゃなくて文系。その上通っていた高校じゃ物理を取っていなかったので断言出来ないんだけども。

真空状態ってのは空気がなくなり、気圧が零の状態だった気がする。気圧が下がれば物質の強度が落ちたり、水の沸点が下がったりしたような覚えが。

まあ、そこまではいい。

……真空刃ってなんだろう?

真空状態ってのは、自然界だとまず発生しない状態。なぜならば、真空となればすぐさま大気が流入して元の状態となるからだ。

真空状態を固定して飛ばすって……一体何事ですか。そしてそれで物を切断するって。ナルトだけじゃなくて、ゲームとか漫画全般に言えるぜ。

ちなみに俺の地元がある地方には怪奇としてカマイタチが伝わっていたり、ゼミでその怪異がどんな代物なのか調べたため、実在するじゃんって突っ込みは無意味。

不思議要素を廃したら、カマイタチって現象は気圧と気温が下がったために皮膚が裂ける現象のこと、らしい。実証してないんで断言出来ないが。

けど、雪国育ちの人なら分かってもらえるんじゃないかしらん?

まあ、うんちくは置いておいて、だ。

よし、困った時のイルカ先生。

「と、いうわけなのですが、カマイタチってどんな仕組みなのでしょう」

「……いや、突っ込んだ説明を求められても……」

と、狼狽えられた。

まあ、そうだよね。











 in Wonder O/U side:U










困った。風遁を扱える忍は木の葉に少ないらしいので、誰かに聞こうにも誰に聞いたらいいか分からない。

まあ、いいか。使えるならば問題ないかな。

む、思考停止。悪い癖ですの。

「玄之介、早く行こうぜ」

「あいよー」

キバに急かされ、俺は教科書を机に押し込み席を立つ。

次の時間は校庭で体術の授業。アカデミーに入ってからそこそこ経つのに、体術の授業に出るのは三回目だったり。

……体術得意なのに、体術の評価が酷かったら笑えるね。

キバ、シノくんと共に校庭へ。そして点呼の時にイルカ先生は俺がいることに驚いた。

いや、たまには出ますよ?

そして柔軟体操を終え、組み手の開始。

ただ、やはり二人づつ前に出て戦い、観戦していた者達が良かった点と悪かった点を指摘する方式だが。

ちなみにアカデミーの授業は、実技系だと二限連続で受けることになっている。一コマ目で理論、二コマ目で実戦って感じ。

そして早速始まったわけだが――

「如月玄之介、犬塚キバ」

……はい?

五十音順だとまだ先でしょう先生。

「よし、叩きのめしてやるぜ玄之介!」

「いやいや。……イルカ先生、なんで俺が?」

「お前がロクに授業へ出ないせいで、評価が出しづらいんだよ。キバと当ててどの程度か見るんだ」

なんだよそりゃあ酷ぇ。

まあいい、と前に出て、キバを見据えながら半身を引く。

……む、なんか視線が。

追ってみると、その先にはヒナタがいたり。なんか口をパクパクさせてる。

ええと……『ほどほどにね』? いや、本気なんか出しませんよ。注目されるの嫌だし。

……その割にはネジと戦ったりしてるしなぁ。お陰で忍術が人並み外れて得意な奴、と評価されてるぞ俺は。

「始め!」

合図と共にキバは腰を下げて突っ込んでくる。

跳ねるようにして繰り出された回し蹴りを、身体を傾けて回避。一回転し、続けて放たれた拳も右手の甲で受け流した。

「や、やるじゃねえか!」

「まあね。一応日向宗家の内弟子だし」

「そこ、無駄口を叩くな!」

了承。

口の中で呟いて応え、組み手に集中する。

キバは次々と蹴りや拳を繰り出してくるが、そのどれもがフェイントなしのストレート。普通のアカデミー生だったらテンポ良く放たれる攻撃でノックダウンされるだろうけど――

キバが再び蹴りを放とうとした瞬間、俺は身を屈めつつ、草を刈るように足払い。

ハイキックを放とうとしていたキバは、大して力を込めていない一撃で上体をぐらつかせ、転倒した。

「ま、まだまだぁ!」

元気だねぇ。

そこから、キバの攻撃→俺の足払い→キバ転倒、が三回ほど続く。

「ま、まだだ!」

そしてキバ、軽く涙目。……そりゃそうだよね。足払いを延々と喰らうのってかなり不様だし。しかも観客が一杯だし。

まだ終わらないのかなぁ、と思っていると、キバは力を溜めるように身を屈める。

これは……四脚の術?

「イルカ先生! これって忍術使っていいのー?!」

「……まあ、体術だしな。多分」

何それ?!

「これで終わらせてやる、玄之介!」

未だに威勢を失わず――というか、散々蹴倒されたせいで怒りすら覚えている――キバは歯を剥き出しにして俺へと飛び掛かってくる。

仕方ない。

飛来するキバを回避し、身体を入れ替えるように立ち位置が変わる。

そしてキバが着地する瞬間に、俺は足払いを放った。

「もう喰らわねぇ!」

「そう?」

軽く跳躍してキバは脚の一閃を回避する。

だが、それは想定の範囲内だ。

足払いを避けられたことにかまわず、俺は身体を捻って更なる一撃を。

――木の葉旋風。

加速を得た後ろ回し蹴りを、空中にいたキバに回避する術はない。

踵を顎に喰らい、キバは地面へと墜落した。

ビクトリー! ……虚しいな。

そっから昏倒したキバを助け起こし、今の組み手の合評。

キバは速度はいいけど猪突猛進だとか、頭に血が上って冷静さがないとか。そんなアドバイスがうちはの小倅から洩れた。驚きです。

そして俺。ナルトから「やる気がないってばよ!」とのこと。

しょうがないじゃん。もし本気出そうにも、出す前に終わるんだしさ。









そして二コマ目。なんの因果か、俺の相手はサスケです。

キバはキバで、ヒナタを組み手の相手に宛がわれていたり。

何故?

「……俺が相手じゃ不服かよ」

「いや、そんなことはないけど……」

「……ふん、まあいい。お前のことは朝顔から聞いてる」

「先輩から?」

少し驚き。そういえばあの人、サスケとヒナタとナルトに介入するって言ってたっけ。

どんなことを青少年に吹き込んだんだろう。

「いけ好かない甘ちゃんだ、と」

……おい、あの野郎。

「へ、へぇ。他には何か言ってた?」

「後は、年下趣味のロリコンだとか」

「……OK、把握した。そうそうサスケ。あの人と仲が良かったりする?」

「まあ、悪くはないな」

少し思案して、彼はそう応える。

ふむ。サスケが、どうでもいい、とか言わない辺り信頼が厚いんだろうね。

よろしい。よろしいよろしい。

「じゃあ良いこと教えてあげよう。
先輩はね、年上趣味なのだよ」

「……いや、どうでもいい情報だな」

「しかし、ただの年上趣味と思っちゃいけない。
実姉までもが射程範囲内の変態だ」

「……まさか。いや、嘘だ」

断言せず、どこか迷うように否定するサスケ。

おお、揺らいでいる。っていうか、迷っている辺り思い当たる節があるのかよ。

「まあ、信じるかどうかは君に任せるよ。ははははは」

そんな風に不安を煽り、組み手開始。

なんか動揺していたみたいで、サスケの拳は迷いっぱなしだった。









才能のあるキャラって忌々しいよね。

体術の授業が終わったのはいいんだけれど、その内容に大きく不満がありますよ?

いやあ、サスケなんだけども。最初こそぐだぐだ感が漂っていましたが、少し打ち合えば不調はどこかへ吹き飛んだ様子だった。

なんだろう。この僅かな時間でも、相手の動きを自分に取り込んで自らを高める、なんてことをやらかしたんだよね。

数々の要素が入る戦闘ではともかく、体術のみならば、俺のスタイルは防りに終始して、相手の癖や弱点を見抜き、一撃で葬るスタンスなのですよ。

その戦い方や体捌きを、サスケは見様見真似で何度か試していた。コピー能力である写輪眼を秘めているからか、やはり応用が得意なようだ。

要領が分かっても、そう簡単に真似出来ない代物だと思うんだけどね、普通は。

繰り返していたらその内コピーされそうで怖い。

……そうなったら、俺の積み上げてきた成果って一体。

困ったなぁ、と呻きつつ下校。

両隣にはキバとシノくん。なんとも華のない面子だが、仕方ないか。

「くっそー!
 玄之介、お前体術も得意だったのかよ!!」

「当たり前でしょ。日向は木の葉で最強なんだから」

「……話が繋がってない気がするが」

……そうだね、シノくん。

「……しかし、玄之介が体術が得意だとは思わなかった」

「なんで?」

「如月は忍術が得意な一族だ。
 ……何故知っているのか、それは両親に聞いたから」

「……あー、確かにそうだね」

そうだ。片手印、初期で二つの性質変化所持の血継限界である如月。どう考えても忍術特化向きの一族である。考えてみれば、平均以上にチャクラコントロールが得意なのはこれに由来するのやも。成功率が四割だけど、この歳で螺旋丸使えるし、柔拳も使えるし。

……あれ? 俺、自分の育て方間違えた?

やっべ、今からでも修正効くかなぁ。

如月の普通、という基準が分からないが、一向に如月の基礎をマスター出来ない俺に両親は困った風に笑っていたしなぁ。

いや、アレは神経使うんですよ。存外に難しいんですよ。決して俺が駄目な子ってわけじゃないんですよ。

「そうかー。
 弱点を克服するために日向宗家に弟子入りしたのか、お前」

どこか納得したように頷くキバ。

いや、うん、どうなんだろう。違うんだけどさ。

「けど、普通じゃねえよなー。
 俺なんか犬塚の技を覚えるだけでも一苦労なんだぜ?
 それなのに玄之介は忍術も出来て日向宗家で体術も学ぶなんて」

「……いや、考えてみれば俺も如月基準じゃミソっかすかも。如月の技を一つも使えてない」

「マジかよ?!」

軽くブルーになりつつ応えると、そうかそうか、と俺の肩をバンバンと叩いてくるキバ。

くそう、なんだこれ。変なシンパシーでも感じたのかコイツ。

駄目な子同盟とか勘弁なのですが。

分かれ道でさよならして、俺は家へと足を向ける。

向かう先は日向の屋敷ではなく、如月の実家だ。

うん。ハナビちんの一件で、何か俺に言うことがあるらしい。

説教のラッシュが終わったと思ったら、まだ残っていたご様子。

何言われるんだろうか、などと思いながら、ただいまー、とドアを開けた。

荷物を玄関に置き、居間へと向かう。

そこでは両親が待ち構えており、テーブルの上には湯気の立った湯飲みが三つ並んでいた。

夫婦茶碗ならぬ、家族湯飲み。『花鳥風月』『因果応報』『一意専心』と、それぞれに書いてあったり。あ、最後のが俺のね。

「おかえりなさい、玄之介。さ、席に着きなさい」

はい、と応えて、気が進まないが椅子へと座る。

早速話を始めるつもりなのか、二人は神妙な顔つきを俺へと向ける。

「今回の騒動のこと、話は聞いたわ」

「うん」

もう耳タコだ。いちいち言われなくとも分かってはいる。

そんな風に考え、適当に応えるつもりだったのだが――

「よく頑張ったわね」

予想だにしていなかった一言で、俺は目を見開いた。

「確かに、あなたが招いたことなのかもしれない。
 けど、それに対してきちんと責任をとったのだもの。偉いわ」

「い、いや。けど……俺は悪者で、馬鹿なことさえなしなければ誰も傷付かなかったし、迷惑も掛からなかったわけで」

「確かに、そうだ。
 だが、それとは別にお前は褒められることもした。別の問題を同列に扱うな、玄之介」

そんな言葉を掛けられたって、どう言って良いのか分からない。

そうなのだろうか。俺は別に褒められることなど、何一つやってはいない。

ハナビちんを危険に晒した。下手を討てば自分自身さえ攫われ、もし賊に仲間がいたのならばキバやシノくんすらも危なかったのだ。

いくら責められてもおかしくないことをした。褒められることなんて、何一つやっていないはずなのに。

それなのに、この人達は――

何故、穏やかな笑みを浮かべて、俺を肯定してくれるんだ。

彼らの向けてくれる言葉が誰よりも暖かく、そして痛い。

この二人にだって俺は迷惑を掛けたはずだ。そのはずだ。師匠に言われたように、俺だって攫われる可能性があったのだ。ただ褒めるだなんて、とても信じられない。

なんだって、こんな……。

考え込んで沈黙した俺をどう思ったのか、両親は困った風に笑みを浮かべる。

それが混じり気のない水のように透き通り、迷いのない笑み。裏に何もないことは俺にだって分かっている。けれど、それでも、何かあると思ってしまう。

「俺は……」

「うん」

「俺は、本当に駄目で……。
 ハナビちんを危ない目に遭わせて、薙乃にも迷惑掛けて、師匠にも面倒ごとを押し付けて。
 ……何一つ良いことなんてしていないんだ」

「そうかもしれないな」

「それなのに――なんであんた達は、そんな言葉を掛けてくれるんだよ」

思わず目頭が熱くなる。

それが癪で、顔を俯けた。

「馬鹿だなぁ、玄之介は」

「本当、そうね」

馬鹿。ここ最近良く耳にする言葉だ。

しかし、二人の声には呆れではなく暖かみが宿っている。

本当にそれが心底不思議で、俺は顔を上げた。

「誰もがあなたを責めたとしても、私達だけは玄之介の味方でいてあげる。
 ほら、そういうものでしょう?」

親子って、と続く言葉。

それが俺には分からない。

いや、そういうものなのかもしれないが――

「俺は……っ!」

あなたたちの息子じゃないのだと、叫びたかった。

形容しがたいうねりが胸で蜷局を巻き、それは出口を求めて彷徨う。

だが、それを口にすることは出来ない。自分の立場がどうなるか、という不安もあるが、それ以上に。

俺は、この二人を裏切ることは出来ないと、思ってしまった。


そうだ、今になってようやく分かった。

期待や自分のことじゃない。真心を向けてくれるこの二人を、俺は傷付けたくないのだ。

俺を責めることが正しいというのに、有り様を肯定してくれるこの人達が、たまらなく大切に思えてしまうのだから。

両親は俺のことを理解してくれているわけではない。だのに、父さんと母さんは背中を押してくれる。

守ってくれる人達を騙している、そんな自分に腹が立つ。

だが、それ以上に。いや、だからこそ。

俺は全てを話すことなど出来ない。

「……何、泣いてるんだ」

父さんに声を掛けられ、思わず頬に手を這わせる。

指に返ってきたのは湿った感触だ。此方側に来て、数えるほどしか流したことのない涙。

……そうか。

「男の子が、そんな簡単に泣くものじゃないわよ」

そんな言葉を掛けられ、俺は無理矢理に笑みを浮かべる。

おそらくくしゃくしゃになっているだろうけど、精一杯力を込めて、両親に笑顔を向けた。










断続的に夜道を照らしている電灯の灯り。家屋から聞こえてくる談笑の声。

それらを傍目に捉えながら、俺は日向邸へと向かっていた。

如月家でのことを思い出し、なんとも馬鹿だ、と自嘲する。

そう、大馬鹿だ。こんな簡単なことに気付くだけで、何年も掛かった。

俺は怖かったのだ。向けられる温もりにも、優しさにも裏があるようで恐ろしかった。

ぬるま湯に浸かって、気付いた時には冷め切ってしまうような――そんなことが起きる気がして、馴染もうとは思えなかった。いや、馴染もうとしなかったのだ。

まったく、いい歳になって変なことを考えるものだ。

父さんも母さんも、俺を一人息子として扱ってくれる。急に家を飛び出したり、迷惑ばかり掛けるような出来損ないにも親愛を注いでくれる。

そんな人達に対して俺が出来ること。それは――

「嘘を、吐こう」

そうだ。完膚無きまでの嘘を吐こう。

彼らの息子は他人に自慢出来る者なのだと――そんな幻想を、彼らに送ろう。

俺が出来るのはそれだけだ。この身体に留まっている限り、少なくとも彼らにとっては幸せな夢を見せることだけだ。

あなた達の息子は別人なのだと、そんなことは絶対に言わない。

俺は――如月玄之介は、如月家の一員なのだと。儚くささやかな現実を守ってゆこう。

そうとも。

「今こそ言おう――俺の名前は、如月玄之介なのだと」





[2398]  in Wonder O/U side:U 五十七話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 23:49


「私マーメイっ」

はてさて、この世界にマーメイドなんて単語はあるのだろうか。っていうか英語って体系化されているのだろうか。

なんて俺が考えることが伝わっているはずもなく、ハナビちんはご機嫌な様子で教えた歌を口ずさんでおります。

そんな彼女を横目で見つつ、俺はアカデミーへの登校準備。

「いってきます」

「いってらっしゃい」

と、返事があったので振り返ってもそこに姿はない。

ふむん。

あの一件以来、俺とハナビちんは必要以上に話したりするな、と師匠に厳しく言いつけられていたり。

俺も俺で色々と考えるところがあったから、あんまり遊んであげないわけなのだけど、今のようにさりげなーくハナビちんから反応があったりする。

……ずっと相手にしなかったら、その内怒りそうだな。どう見てもアレ、かまってくれってアプローチだし。

むーん。やはり師匠に怒られた時反論しただけあって、ハナビちんにとって誘拐事件は彼女なりの解釈があるようだ。んでもって、すげえ不服そう。

まあいい。

外へ遊びに出掛けるのは絶対駄目、と言われているけど、ほとぼりが冷めれば以前のようにしても、と師匠から言われているしね。

大人の事情だが、それで丸く収まるのならば大歓迎だ。

さて、行くか。

今日はアカデミーの終業式。っつってもこの後に待っている夏期休暇は向こう側の学校と比べて短いんだけどさ。

通知票はどうなってるかねー。












 in Wonder O/U side:U











「それじゃあ通知票を返すぞー」

イルカ先生の発言により、教室内は阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。

どこも同じか。みんな大変だねぇ。

「……おい玄之介。てめえ、なんでそんなに余裕なんだ」

「お前さんと違って、こちとらテストの点数は良好でしてな」

「授業サボりまくっていたクセに……っ!」

歯軋りしつつ地団駄を踏む、キバ。

ふははは。

「で、お前の予想はどんな感じ? 成績は」

「……体術は◎だとは思うけどなぁ」

「ほう。他は?」

回答は、沈黙。

そして名を呼ばれたキバは教卓まで行くと、その場で絶叫を上げた。

ふむ、哀れ。

「次、如月玄之介」

「はいー」

さて、どんなもんかしら。

イルカ先生から通知票をもらって――

評価:オール評価不能。『―』で評価欄が埋まっています。

「な、なんだってぇええええ?!」

と、思わず声を上げたらクラスの皆様が静かになり、視線を向けてきた。居心地悪いぞこん畜生。

まあ、取り敢えず、だ。

「異議あり!
 このような不当な評価を受けるいわれはない!!」

ダン、と教卓を叩いて声を上げるも、

「……そういうことは、まず授業に出てから言おうな、玄之介」

そう、イルカ先生は生暖かい目で語った。

くそ、この野郎。今まで見た中で一番穏やかな眼差しだぞ。そんなに嫌がらせ成功したのが嬉しいのか。

あ、ちなみにイルカ先生には迷惑掛けっぱなしです。授業をエスケープするので、顔を合わす度に説教されたりとか。

「……つまり俺、補講ですか?」

嗚呼……俺の夏休みが……砂隠れへ遊びに行こうと思っていたのに……。

まだ行ってもいない出来事が走馬燈のように過ぎ去ってゆく。

しかし、そんな俺の心配は杞憂だったようだ。

「いや……どうせお前を拘束してもサボるだろうし。免除だ」

「……いいの?」

「成績だけはいいからな。
 内申は評価出したくな――出せないぐらい壊滅的だが」

ですよねー。っていうか、今本音が出なかった?

いや、素行悪くないよ? 授業サボるだけで。

……充分悪いか。

「じゃあいいです。どうもー」

「気にするのは夏期休暇が減るかどうかだけなのか……?
 普通はその通知票でガッカリしないか?」

「数字なんてのは飾りですよ。偉い人にはそれが分からんのです」

「……補講にご招待してやろうか?」

「うわぁ。どうしようこんな評価喰らって。
 師匠とパパンママンに大目玉くらっちまうよー」

「……わざとらしい演技はしなくていい」

疲れた溜息を吐くイルカ先生。

気苦労ばっかり掛けてて悪いなぁ。








「だっせー、評価不能なんて初めて見たぞ!」

「言いたいだけ言えばいい」

「……虚しいぞ、キバ。
 何故なら、本来は圧倒的にお前が負けているからだ」

分かってるっての! とシノくんに八つ当たりするキバ。

授業は半ドンだが、俺たちは食堂で昼食を摂っていた。

まあ、アレだ。夏休みの予定ってやつを話し合うのだ。

「で、二人はどんな夏休みを過ごすのさ」

「……俺は里の外に拉致られて、夏の間は演習だぜ」

そう言い、がっくりと肩を落とすキバ。ふむ、大変だね。

「シノくんは?」

「キバと似たようなものだが……玄之介、少し頼みがある」

「何?」

「後で話す」

それっきり黙り込んでしまうシノくん。ふむ、なんなんだろうね。

「じゃあ玄之介はどうするんだよ」


「俺?
 うーん。取り敢えず、父さんと母さんに稽古つけてもらって、砂隠れへ行って……。
 後はまあ、温泉行ったり海行ったりするんだろうなー、と。後は日数の配分を決めるだけかな」

「それが血継限界を宿す一族の予定かよ。遊んでばっかりじゃねえか!」

「ばっか野郎、父さんと母さんの稽古舐めんな!
 この間なんか川の水沸騰させろなんて無茶言い渡されたんだぞ!!
 チャクラ切れた状態で水に流されて死ぬかと思ったわ!!!」

ちなみにそれは、火遁の性質変化の練習です。熱量の伝播方法を鍛えるんだとか。にしたって度が過ぎている。水面歩行しながらですよ?

あと砂隠れへの遠征だけど――まあ口寄せで喚んで貰うから遠征というか微妙だが――どうせカンクロウと模擬戦三昧だろうし。テマリんには木の葉の甘味買い込んでこいと指令受けてるし、バキ先生は絶対有り得ない量のアルコール用意してるだろうし。

海とか温泉とかも酷いぞ。湿った空気を風遁で乾燥させ、更に火遁の練習。温泉はどうせ俺が沸かすんだよ。

強くなるために必用な修行で埋まっていますよ。うう……ハナビちんと遊んで虚しさを紛らわすか。

……いや、玄之介ばっか外行ってずるいとか言われるんだろうなきっと。

気が重くなる。折角のサマーバケーションが。

「……お前も大変なんだなぁ」

「そりゃお互い様。
 ……お土産持ち寄ろうぜ、新学期」

「……そうだな。
 あと、出来たらでいいけど、最後の数日時間作らないか?
 そんでもって、遊ぼうぜ」

「いいねー。シノくんはどうよ?」

「……了解した。
 何故なら、折角の夏休みに嫌な思い出だけなのは癪だからだ」

あ、シノくんも夏休みは修行で潰されるのね。

その後、適当に雑談して解散。

で、別れた直後にシノくんに呼び止められた。

「どうしたの?」

「……さっき言った頼みだ」

「ああ、何?」

「夏休み、時間を作って欲しい。キバが言っていたのとは別に、だ」

「んー……大事な用事?」

さっきも言ったように、俺の予定はキツキツなのだ。

しかしシノくんの頼み事はよほど大事なことなのか、俺が考える素振りをすると寂しげにする。

いやー、シノくんは表現するのが苦手なだけで、感情は豊かなのですよ。ただ、些細な変化に気付かないと駄目だけど。

「ま、いいよ」

「……いいのか?」

「いいよいいよ。
 全日程を一日ずつ削ればなんとかなるっしょ。
 何日ぐらい必用なの?」

「おそらくは三日ほどだ。日程が決まったら教える」

「オッケー、そんじゃねー」

そう言い、手を振って別れる。

さて、夏休み。どうなることやら。







で、日向邸へと帰宅したわけですが――

「主どの! なんですかこの成績は!!」

「ひいいいい、ごめんなさいもうしません許してください!!」

般若の如く怒った薙乃さんに説教くらいました。

「ヒナタ様の成績表を見せて頂きましたが、こんな……予想の斜め上を行き過ぎです!」

「返す言葉も御座いません」

「こんな評価を出すなんて、アカデミーで何をしていたのですかあなたは!」

「こ……木の葉流剛拳の稽古?」

素直に言ったというのに、薙乃さんは深い溜息を吐く。

「隠れてそんなことをしていたのですね……」

「あ、はい。すみません、つい」

「……まあいいでしょう。
 その稽古も無駄ではないようですし」

「いいの?」

「ええ。
 私が一番心配だったのは、あなたがアカデミーで何も得ないことです。
 その点、期待を裏切らなかったようなので、これぐらいにしておきます」

苦笑し、通知票を俺に返してくれる。

うーむ。甘いなぁ。心地良すぎて駄目だぞこりゃあ。

「はい、説教はここまで。
 それで、主どの。砂隠れへはどれぐらい滞在するのですか?」

「んー、一週間……いや、五日かな」

シノくんとの約束があるし、そのぐらいか。

「そうですか。楽しみですね」

「そうだね」

「ええ。テマリとも話すことが溜まっています」

楽しげに笑う薙乃。やっぱり年齢が近いから話し易いのかな、テマリんとは。

あー、そうだ。

「そうそう薙乃さん」

「なんでしょうか」

「師匠から聞いてる? 海へ稽古に出るって。……日向宗家&如月家でさ」

「え……ヒアシ様達も参加されるのですか?」

そうなのである。

休暇中に両親と一緒に海へ稽古に行く、と師匠に伝えたら、そんなことを言われたのだ。

どうやら師匠は、この夏の間にハナビちんに性質変化を覚えさせたいようである。そのために如月家に動向するんだと。

……ごめん、真相知ってる。最近稽古が終わるころ、ハナビちんが「父上、今年はどこにも行かないのでしょうか」と強請っているのだ。

いや、流石に師匠も誘拐事件があったので自重していたのだけれど、連日のように――いや、一時間に五回のペースで呪詛の如く呟かれれば折れるわな。

そして、暗部ではなく海には上忍である日向ヒアシ様が護衛として参加ですよ。うむ。変なことしたら狼藉者として海の藻屑とされそうだ。

「どうよ薙乃さん。
 特訓があると思ったら、今度は師匠のお出ましだぜ?
 俺、夏は如月の技を会得するのに集中したかったんだよ……」

「ま、まあ、いいではありませんか。
 忍術に集中して身体が錆び付くのはマズイでしょう?
 おそらく、海へと同行するのはヒアシ様の配慮なのですよ。多分」

ああ、薙乃さん、なんでそんなに眠たい物言いを。っていうかあなたも師匠が来るのを素直に許せないのね。

「……ヒアシ様も、主どののことを言えませんね。簡単に折れてしまうなど」

「知ってたんだ。まあ、そうだね。基本あの人親バカだからしょうがないよ」

二人揃って溜息。

「まあ、師匠は稽古きっちりするだろうけど、きっと遊びの時間も貰えるだろうから水着とか買い込めばいいと思うよ」

「それは既に――」

そこまで言い、得意げに胸を反らす薙乃さん。へぇ……。

「どんなの買ったの?」

「な――っ、何をですか?!」

あ、どこか得意げな表情が一瞬で真っ赤に染まった。

っていうか分かり易い誤魔化し方だね。 

「色はー? タイプはー?
 個人的にパレオとか着いていたらポイント高いんだけど。
 あー、でも、あんまり大人っぽいのは薙乃さんに似合わ――」

「余計なお世話ですっ!!」

無造作に振るわれた脚。それを腕で止める、が――

一撃目はフェイク。彼女はすぐに身を入れ替えると、二撃目を――

「木の葉旋風?!」

軽く驚き、ぶっ飛ばされる。

燦然と初夏の太陽が輝く空は、なんとも眩しかった。

……石畳に落下したんだけど、すげえ熱かったよ。







[2398]  in Wonder O/U side:U 五十八話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 23:50


激しく自己主張をする太陽。それを助ける足下の熱砂。塩の混じった海風は独特の香りを運び、波の打ち寄せる音と共に前髪を揺らす。

わーい海だー。

……わーい。

………………わーい。

「玄之介、集中が途切れているわよ」

「はい」

母さんに急かされ、長く息を吐きつつチャクラを大気中に散布。そして海風に混じっている湿気を除去、気圧の操作を――

あ、ミスった。チャクラは霧散し、後に残るのは疲労感のみだ。

「……ねえ、母さん。これ、個人的にすんごく難しいと思うんだけど」

「そうね。
 けど、これが出来なきゃ如月の技を会得するなんてことは不可能よ」

腕を組みつつ、そう断言する母さん。

ちなみにこれ、火遁を安定して使うには必要不可欠な技なんだそうです。

火を扱う火遁。それは自然と、天候などによって威力が左右される。湿度が高くなれば通常時と同じチャクラを使用しても火遁の威力は下がるのだ。逆に、湿度が下がれば火遁の威力は増す。冬に火事が増える理屈みたいなもんだと思ってもらえればいい。かなりいい加減な説明だけどさ。

ちなみに気圧の操作は、対水遁用の技術。気圧を下げれば水の沸点は下がる。マスターすれば、弱い火遁でも格上の水遁を相殺、もしくは打倒出来るんだとか。無茶苦茶だ。結局は力押しじゃないか。

この世界、物理法則云々よりも相克関係の方が優先されるのだが、火遁に風遁を追加することで相性の悪さを打破出来るらしい。

しっかし、風遁が風を操る忍術だってのは知っていたけど、大気操作まで出来るとは思っていなかったので少しビックリだ。

……なんでも有りだな、如月。そのなんでも有り状態になるには、鍛錬積まないと駄目なわけだけど。

ちなみに、説明を受けた時、ちょっとした昔話を聞かされた。

如月の比翼として伝えられている卯月。そんな関係だからなのか、合体忍術とかあったらしいですよ。

ううむ……なんか気圧変動させて雷を落とすんだとか。まあ、強いわなそりゃあ。

「ほら、頑張って。これを会得したら、次の段階に進めるわよ」

「ああうん。……ところで、休みはないの?」

「そんな余裕があるの? 強くなりたいんでしょう?」

まあそうなんだけど、と言いつつ、視線を海辺へと移す。

そこでは水着を着た日向宗家の皆様が遊んでおります。

スク水着たハナビちんとヒナタ。外見は自主規制。ただ、胸元に名札が張ってあるとは伝えておく。

師匠はトランクス型の水着。砂浜にパラソル立てて、座禅組みながら娘を監視してますよ。っていうか、師匠の場合はふんどしじゃないのが不自然だ。

……くそう。修行に来たんじゃないのかよう。

いいもんねーだ! 奴らが遊んでいる間に俺は強くなってやる!! ぎゃふんと言わせてやるぅ。

ちょっとした苛立ちと直射日光で、いい加減熱くなってきた。

ジャケットを脱ぎ捨てると、アンダーウェアの袖を捲って修行続行。

……ところで。

「薙乃さんは遊ばないの?」

「私はあなたの監視で忙しいのです」

「あら、玄之介は真面目にやっているわよ?
 学校の成績は酷いなんてもんじゃなかったけど」

そう言い、意地悪な笑みを俺に向ける母さん。はい、反省してます。

「この子は私が見てるから、薙乃ちゃんは遊んできなさい」

「し、しかし……」

そう言い、何故か俺の方を見る薙乃。

なんだろう。

「いいよ薙乃さん。俺の代わりにハナビちんと遊んであげて」

「……駄目です。
 主どのが修行をしているのならば、私も遊ぶわけにはいきません」

あ、拗ねた。なんでだ。

彼女はそっぽを向きつつ掌にチャクラの渦を巻かせる。

……螺旋丸の練習か。

ハナビちんの一件で、彼女はあの馬鹿馬鹿しい術の破壊力に目を点けたみたい。

当てづらいっつーか当たらないよ、と忠告はしたんだけども、

「主どのと一緒にしないでください」

と一蹴された。

なんだろう。威厳とかそういうものが俺には足りてない気がする。

まあいいさー。あれだってチャクラコントロールの練習になるしね。

妖魔って、人間と違いチャクラの性質変化が出来ないのだ。いや、出来ない、というのは言い方が悪いか。出来ることは出来るのだが、種族によって可能な性質変化が決められているとのこと。例えば蝦蟇ならばチャクラを油や水に性質変化出来たりとかね。

ちなみに因幡一族は性質変化が不可能らしい。その代わり他の種族と比べてチャクラコントロールに特化している、と説明を受けた。彼女が変化出来るのも、チャクラコントロールが得意な種族だから、ってのに由来するのかな。

ま、雑念はこれぐらいで。

薙乃さんから視線を外し、練習続行。

再びチャクラを放出し、大気操作に神経を向ける。

向こう側じゃ数字として表されていた気圧も湿度も、頭に送られてくる情報だと、『やや下がった』とかそんなもんで表現される。

分かりづらいが、やはりこれは練度が足りてないせいか。

「はい、じゃあそこでチャクラを火に性質変化させてみて」

「はい」

大気操作を続行しつつ、右手にチャクラを送り込んで火遁の性質変化。

掌に溜め込み、密度が高まったと同時に解放するイメージ。とは言っても、今溜めているのは松明の火程度だ。

そのはずなんだけど……。

解放した瞬間掌から火柱が上がり、思わず仰け反った。何これ?! 前髪焦げたよ!!

「あっぶねー! 母さん、こうなるなら先に言ってよ!!」

「あら、火遁の性質変化は上手いのね」

そう、俺の慌てようをなんでもない風に受け流す。

「今ので分かったでしょう? 少ないチャクラでも条件さえ整えば、火遁は凶悪な威力を発揮するわ」

まあ、分かったけどさぁ。

でも、今のは自分の周りだけしか大気操作を行っていない。もし豪火球などの飛び道具を使う場合は、範囲を更に広げなければならないわけで。

……道のりは果てないなぁ。











 in Wonder O/U side:U










そして午後。今度は俺も水着に着替えているぜ。

額の鉢巻きは相変わらずだが、下は赤いトランクス型。右側にはファイアーパターンが描かれていたり。はい、薙乃さんの趣味です。

上は白いヨットパーカー……と言いたいところだけど、破けるのが嫌で浜に置いてきてある。

そう、浜に。

「師匠」

「なんだ」

「何故、浜から二百メートルも離れた海上に僕たちはいるんでしょうか」

水面歩行でね。沖にいるんですよ。

しかし師匠は、何を当たり前なことを、みたいな感じで鼻を鳴らす。

「折角海に来たのだ。こういうシュチュエーションでなければ出来ない組み手をするのが、おつというものだろう」

いや、どうだろう。

「師匠師匠。
 気絶したら海の藻屑となる気がします。
 っていうか、ハナビ様は性質変化の修行に来たんじゃないんですか?」

「見えないか? 今、お幻に教えてもらっているぞ」

言われ、思わず浜の方を眺める。

うーん。母さんと一緒にハナビちんがいるのは分かるけど、何をやっているかはさっぱり。俺には白眼がないから探知不能です。

「ふむ、そうか。……話は変わるが」

「はい、なんでしょう」

「お幻から技術を教えてもらっている時、聞いていた程嫌そうではなかったが……」

「ああ、そのことですか」

どこか不思議そうな師匠に、俺は苦笑する。

説教のオンパレードがあった時期、唯一俺を褒めてくれた両親。我ながら現金だとは思うが、あれ以降二人とは上手くやっている。まあ、自分なりに、だが。

正体を明かすつもりは毛頭ないが、それでも如月の子供として生きてゆこうと、思えてきたのだ。

「変にとんがるのは止めにしようと思いまして」

「そうか。……では、始めよう」

そう言い、深入りするつもりはないのか柔拳の構えをとる師匠。右足を引くと同時に海面にさざ波が走る。

俺の方はいつもの如く半身を引くと、左手を突き出して手を軽く握ったまま右腕を脇に構える変形した柔拳の構え。

「……折角広いのだ。少し派手にやるか」

「あのー……なんか物騒なこと言ってません?」

「庭では家を壊さないよう威力を下げていたからな。
 その分鋭い打ち筋だったのだが……今日は、威力重視で相手をしてやろう」

え、冗談? と言おうとした瞬間だ。

師匠の姿は掻き消え、一拍置いて海面が割れる。比喩ではなく、三十センチぐらいの亀裂が生まれる。

弧を描くようにして俺の横へ。亀裂のお陰で移動先は予測出来るが――

左手の甲で繰り出される掌を弾き、右腕を跳ね上げて次も逸らす。

威力重視ってのは嘘じゃないらしい。一撃やすりごす毎に痺れに似た振動が走る。

ちょ、勘弁……っ!

やはり手加減してくれているのだろう。掌の速度は辛うじて見切れる速度でセーブしてある。

しかし、辛うじて、と言うだけあって、俺の認識出来る限界近い。

くっそ、守ったら負ける、もとい、ぶっ飛ばされる。

偽・八卦十六掌。

ただの掌に対して奥義の真似事をカウンターで発動。威力も速度も、俺が押され気味だがなんとか相殺。

無理矢理生んだ一瞬の空白。それに呼応して体勢を下げ、瞬身を発動。懐へ入り込み――

「良くやった!」

が、攻め入る隙はありませんでした。

八卦掌奥義・回天。

地上でやったらクレーターが生まれる一撃を放たれ、俺は不様に宙を舞う。

in the blue sky.

上空から見た師匠の周りには、外側へと向かう津波が生まれていた。出力は俺に向けられたので過去最高なんじゃないか、今の。

錐揉みして飛んでいるお陰で、上下感覚が微妙に狂う。その速度は鳥肌が立つ程で、過ぎ行く海面はまるで道路を走る車から眺めたようだ。

こんな速度で海に叩き付けられたらシャレにならん。

風遁・操風の術。

海風を身体に纏わせ、姿勢制御。シェイクされたせいで軽くふらつく頭に顔をしかめつつ、ようやっと着水した。

たったの一撃で俺と師匠の間は百メートル程離れた。どんな威力なんだ、あの人の回天。

剥き出しのチャクラを叩き付けられた衝撃で、組み手が始まったばかりだと言うのに膝が笑う。

思わず悪態が出そうになるが、どうやって攻め込もうか、と考える自分もいて、思わず苦笑した。

まったく、飽きることがないね、師匠との組み手は。









一日の稽古が終わった後、宿へ戻って疲れを取った。温泉とかあったりして安らげたよ。

……っつても、珍しく一緒に入った師匠と、遅れて到着した父さんに板挟みにされ妙に緊張したが。

悪戯小僧のテンプレに乗っ取って、覗きしようぜ、とか言えるはずもない。

それにしても父さんと師匠の仲が割と良い感じでビックリだ。いつだったかに聞いた、ヒザシと両親が同じチームだったってのは関係あるんだろうね。

ん、温泉に入ったことから分かるように、珍しく宿に泊まっています。サバイバルはなし。そのお陰で、師匠との組み手では絞られましたが。

浜に帰った時には、師匠に引っ張られる体たらい。自力で帰還出来ないレベルでしたよ。

んで、その後は夕食食べて就寝。ぐっすり寝て疲れを取るべー。

……と思って入眠しのだけれど、妙な物音がして目を覚ました。

霞んだ視界はぼんやりとしており、耳に届く音だけで状況を把握しようとする。

遠くから聞こえる響きの剣戟音。怒号はなく、ただ淡々とした戦闘の音が聞こえてくる感じだ。

「あら、起きたのね玄之介」

ふと名を呼ばれ、声のした方へと顔を向ける。

そこには母さんがいて、彼女は開いた窓辺に腰を掛けつつ外を眺めていた。

「母さん……なんでここに」

「お守りよ。あなた達の、ね」

そう言い、母さんは薄く笑みを浮かべる。

「見てみなさい」

未だ状況を理解できない俺を、手招きしつつ窓の外を指さす。

……外では、予想もしてない状況が展開されていた。

夜空には雲一つ無く、満月が振りまく月光の下ではいくつもの影が乱舞している。

その中に、見知った顔を二つ見つける。師匠と父さんだ。

師匠は日向宗家の上着を羽織っており、父さんは皮膚を赤銅色に染めながら、柄が身の丈ほどもある大鎚を片手に戦っていた。

師匠はともかく、父さんは体内門を開放しているようだ。それを表すように、瞬間移動の如く姿を現したり消したりを繰り返している。

「……何これ」

「血継限界が群れをなして旅行に来ているんですもの。見逃す手はないでしょう?」

「えっ、と……?」

「どこかの里の忍でしょう。こうなることを予想して出掛けるんだから、日向宗家ってのは過激よね」

……そういうことか。

かなり大雑把だが、ようやく理解出来た。

つまりは、この修行兼旅行は、釣りだったわけだ。餌は師匠本人であり、俺たちでもあるわけで――

しかし、その餌は食らい付いた獲物を噛み殺すだけの強さと、馬鹿げたことをする大胆さを併せ持っていた。

普通はやらないことだろう。自らを危険に晒すことで、付け狙っている獲物を一網打尽にしようだなんて。

どういう神経しているんだ、とも思うが、そこら変は俺の師匠。有り得ないことを可能とする、自称木の葉最強集団の頭目なのだ。

しかし、それにしたって――

「……俺はともかく、なんで薙乃は起きないのさ。耳の良い彼女だったら、真っ先に飛び起きそうだけど」

「ああ、結界が張ってあるから。勿論、あなただけを外してね」

なんでさ、と問おうとした時だった。

母さんは笑みをコマ落としのように掻き消すと、冷たささえ宿った眼差しで外に視線をやる。

「……来たわね。いい、玄之介。良く見ておくのよ」

そう言い、それぞれの手で印を結び、

「これが、如月の本領であり、他の者に真似を許さない絶技」

両手を合わせ、更に印を結ぶ。

印を結び終えるのと窓のすぐそばに人影が現れるのは同時だった。

母さんは一瞥する間もなく重ねた掌を眼前に翳し、低く呟く。

「――秘術・焔突破」

そして放たれたのは、朱い突風だ。

それぞれの手で組んだ印は、豪炎華と大突破。おそらくはそれらを組み合わせた忍術なのだろう。

どれほどの熱量が伝播しているのか。放たれた灼熱を浴びた忍は、服を燃やされ、肉を灼かれ、臓腑すら蹂躙されて骨となり熱風で吹き飛ばされた。

焼き尽くした肉は次々と風で削ぎ落とされ、次の階層を燃やし尽くす。それらが行われるのは刹那であり――

忍の姿が消えるのは、一瞬のことだった。

肉が燃える時特有の匂いさえ残さず、敵は文字通り消滅する。

目の前で一人の人が死んだ。だというのに、俺の胸に宿っているのは恐怖ではなく興奮だ。

先が見えず、どんな代物なのかも分からなかった如月の技。それが、ここまでのものだったなんて。

「……これを見せるためにあなたにを結界から弾いておいたの。まあ、見ないに越したことはないんだけど」

「……あ、うん」

「あなたがどんな忍になるのかは分からない。
 ただ――こういうことが出来る可能性を、その血に宿しているのよ。そのことを忘れないで」

諭すような口調で贈られた言葉。それに応えることが出来ず、俺はただ自分の手を見下ろす。

……あんな力が。

そんな言葉が、何故か脳裏に浮かんだ








全てが終わってから、俺は一人で浜へと出ていた。

水平線には微かに太陽が顔を覗かせており、眩い山吹色の明かりが目に痛い。

師匠たちの戦闘が終わってから二時間が経つ。

今も師匠は宿で白眼を行使しており、曰く、周辺に敵影は存在しないらしい。ったく、どんだけ広い千里眼なんだよ。

ふう、と軽く息を吐き出す。

こうやって静かな浜辺も、少し前までは激戦区となっていた。なんだか信じられない、というのが正直なところだ。

ふと、足下に落ちていた赤黒い染みが目に留まる。

……一体何人の人が死んだんだろうか。

いや、人殺しが悪いなんて他人へ声高に言えるほど、俺は善人なんかじゃない。戦わなければ生き残れない。それが適応されてしまう血を、俺やハナビちん、ヒナタは宿しているのだ。まだ弱者でしかない俺たちを守ってくれた師匠を有り難がるなら兎も角、責めようと思うほど人非人じゃないんだ。自己満足の要素が強い不殺なんてお題目を掲げて馬鹿を見るのは俺だけでいい。

ただ――あの、ハナビちんが誘拐された時のように、再び襲われたら。今度は殺さなければならないほど切羽詰まった状態だったら、どうするだろう。

「……怖いな」

そうだ、怖い。この手を血で染めるのが恐ろしい。この世界では酷く簡単なことだが、それ故に俺にとって踏み出してはいけない一歩だ。

そして、それだけのことが出来る血を俺はこの身に宿している。それだけじゃない。使い方を少し変えれば、今の状態だって簡単に人を殺せるだろう。

それをしないのは自分なりの決意であり、信念なのだが――

分かっている。自覚している。この先、俺は忍となるだろう。そして木の葉崩しや暁との戦闘が待っているだろう。

必用に迫られた時にこの力を振るわないのは、おそらく罪なのだ。それを自覚しているからこそ、こうやって悩んでいる。

自分のタガがどの程度の強度を持っているのかなんて知らない。ひょっとしたら案外簡単に外れてしまうのかもしれないし、考えたくもないが、身近な人が死に瀕するか、死んでしまった時にようやく外れるのかもしれない。

親しい人が死ぬぐらいなら、手どころか全身を血染めにしたってかまわないと思う。ただ、それは冷静に考えている今だけの話だ。追い詰められた時、俺はどちらを取るのだろう。

此方側か、向こう側か。たった一つの事柄で立場が変わるような構図であり――

「……ああ、なんだ。そういうことだったのか」

言い得て妙な喩えから、ようやく不殺を決め込んでいる根底に思い至り、思わず苦笑した。

つまり俺は、恥ずかしくも元の世界に思い入れがあるのだ。何年も此方側で過ごし、好きなだけ馬鹿やっているというのに、向こう側への恋しさを捨て切れていない。

闘争などなく、今にして思えば無為に時間を過ごしていたというのに、それでも半生を過ごした世界が今でも――いや、今だからこそ美しく思え、憧憬すら浮かべる。

なんにしたって薄情な話だ。

今の俺が有るのは、色んな人の助力があるからだというのに。ヒナタ、両親、先輩、カンクロウやバキ先生達、師匠、ハナビちん、そして――

「主どの」

彼女の名を心中で呼ぼうとした瞬間に呼ばれ、思わず肩を震わせる。

振り向いてみれば、そこには薙乃の姿があったんだけど……

「朝の散歩ですか。潮風は割と冷たいのですから、お体に気を付けてくださいね」

「あ、うん。……ねえ、薙乃さん」

「なんでしょうか」

「……それ、似合ってるね。可愛いよ」

そんな風に声を掛けると、彼女は赤面しつつ俯き加減となる。

そう、薙乃さんは普段と違う格好をしていたのだ。

昨日はお披露目されなかった水着姿である。

やはりヒナタ達よりも年齢が高いからか、彼女が身に付けているのはスクール水着なんかじゃない。まあ、学校とかに通っていない薙乃が着るのも変な話だが。

朝日で薄く色づいた肌を覆っているのは、眩しいばかりの白いビキニですよ。水着だからなのか、ベレー帽は被っていない。

その代わりに頭に乗っているのは麦わら帽子だったり。

……あー、うん。素直に可愛いと言える。美人とかじゃなくて、可愛い。ここ重要。

「あの……パレオは似合わないと、言っていたので」

「そうだけど……ごめん。似合っていたと思う。うあー、後悔ですよ?」

いやでも、綺麗な脚のラインが、脚線美がお目にかかれたから、むしろ良いのかも?

どうなんだろう。収まれ俺の小宇宙。そして鳴り止め脳内のバスターマシンマーチ。

いや、田中公平は偉大ですよ?

そんな風に軽く錯乱して考え唸っていると、薙乃さんは苦笑したり。

「良かった。似合わないなどと言われたら、怒る云々以前に、少しショックでしたから」

「いや、それはない。
 ビキニを選んだのも良いと思うよ。ワンピース型だったら、こう、ずどーんと……」

「何か?」

いえ、なんでもないです。胸が控えめに言って平らだから、ぺたーんってなるよね、とか考えてないです。

「……考え事、していたんですね」

「……良く分かったね」

「ええ。……これでも妖魔なので。人並み以上に鼻は利くんです」

「そうか」

ならば、潮風に攫われても残った血の香りに気付いたって不自然じゃないか。

うーむ。どうにも見透かされているようで面白くない。

……なんだろ。そういえばなんで薙乃さんは水着なんかに。いや、考えるの止め止め。都合の良い方に解釈しそうだ。

軽く咳払いをして、爪先を旅館の方へと向ける。

「……戻ろうか。折角薙乃さんが水着なのに残念だけど、やっぱ肌寒いや」

「分かりました。ねえ、主どの」

「何?」

「……その……す、少しは、元気が出ましたか?」

そんな言葉に、踏み出そうとしていた脚を思わず止める。

……ああもう、この人には敵わないなぁ。







[2398]  in Wonder O/U side:U 五十九話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 23:51


左右それぞれで印を組み、両手を合わせて更に組む。

脳裏に描くのは母さんが放った忍術だ。

秘術・焔突破。大気に高熱を宿し、それを大突破として放つ如月の絶技。受けた相手は皮膚を焼かれ、壊死した細胞を突風で薙ぎ払われる。それを繰り返され、最終的には灰燼に帰するという凶悪な技だ。

研鑽を重ねた忍である母さんだからこそ敵を一撃で屠れたのだろう。俺が使った場合はどうなるかなんて分からない。

なんにしたって危険な技だ。不殺を貫きたいのならば覚えないというのも手だろう。

だが、果たしてそれで良いのだろうか。そんな風に疑問を抱いたのは、昨晩の襲撃を目にしたからだ。

きっと木の葉にいた頃だって、俺の気付かない場所で付け狙われていたのだろう。現に俺もそういう輩を撃退している。

もし師匠や薙乃の助力を得られない状態で捕らわれ、その時に不殺を自分が非力なことの言い訳にしたくない。

力はあって困るものじゃない。肝心なのは使い手なのだ。ちなみに俺は、平和のために武器を捨てろなんて理想論が大嫌いな人間である。

……は、きっと同族嫌悪かなんかだろうな。

よし、印の組み方はなんとかなりそうだ。あとはチャクラを込めて性質変化を行うだけ。

何度も繰り返し間違いがないことを確認すると、俺はチャクラを込めつつそれぞれの手で印を組んだ。

そして両手を合わせ、更に印を――

その時になって、しばらく忘れていた感覚が蘇る。

かなり前のことだが、ゲンマさんに――今思えばあれも如月の技なのだろう――忍術を見せた時の、気持ち悪さ。

以前は不快感を抱く程度だったのだが、今度は違う。

不意に目頭が熱くなり、胃を握りつぶされるような感触が湧く。思わず息を詰め、咳き込みながら両手を離した。

……なんだこれ。

乱れた息を整えつつ、胸元を握り締める。

今回の違和感は前回の比じゃない。何か間違った手順を踏んだのだろうか。それとも、俺が未熟なだけなのだろうか。

分からない。忍としての経験が浅い俺では、答えを出すことなんて出来やしない。

ただ分かることは……俺が如月の忍として出来損ないなのかもしれない、ってことだ。













 in Wonder O/U side:U













延々と技術を磨き、師匠と海上組み手をやって、小旅行は終わりを告げた。

結局俺が出来るようになったことと言えば、半径一メートルの空間での大気操作を可能となっただけ。

まあ、それでも大きな進歩なのだと思っておこう。これからも充分磨くことが出来るのだ。大気操作の技術だったら、アカデミーの授業を聞く傍らで練習も出来る。

……またイルカ先生に怒られそうだな。

まあいい。

んでもって、帰り支度を終えると俺たちは日向宗家へ帰宅した。行きも口寄せならば帰りも口寄せ。なんとも便利な忍術である――

が、

「……なんでたたら爺さんが?」

「俺が忍術を使えたら悪いか」

ワープした瞬間に目に飛び込んできた老人は、心外な、とばかりに鼻を鳴らす。

そして、たたら爺さんの工房で一同は解散したわけだけど、俺はその場へと残った。

うん。どうにも気になったのだよ。

「はい、たたら爺さん。お土産」

「おう。……なんだこれは」

「法螺貝」

こう、ぶおおおおお、とゴエモンインパクト呼ぶやつね。

……我ながらネタが古いぜ。

「……温泉もあったんだろう? 饅頭とかの方が良かったのだが」

「そう? じゃあ饅頭で」

法螺貝はキバにでもやるか。アイツ、価値無くても珍しい代物なら喜びそうだし。年相応のお子様だから。

まあ、そんなことより、だ。

「たたら爺さんって忍術使えたんだね。もしかして忍だったの?」

「そうだ。まあ、最終的には中忍で、そう威張れるもんじゃないが」

「へー、なんでまた退役したのさ。
 少ないけど、たたら爺さんぐらいの忍もまだ現役らしいよ?」

そう。身体的に衰えても、そういう人は豊富な実戦経験がある。特別上忍だった者が降格され、将来有望な忍の集まったスリーマンセルに組み込まれることもある。

まあ、ゲンマさんから聞いた知識だが。

俺の言葉に、たたら爺さんはどこか照れたように笑う。

「いや、まあ。特別上忍も目指せばなれた気がするが、コイツの魅力に取り憑かれてな」

言いつつ、作業台の下から細長い布包みを取り出す。中身は忍刀だろうか。向こう側でも漫画なんかで見たことのある代物だ。

そして中から取り出されたのは、案の定刀だった。しかし、それは普通の忍刀とは毛色が違う。

刀身に反りがあるのだ。真っ直ぐではなく、切っ先から半ばに掛けて緩やかな弧を描いていた。そして市販されている忍刀よりも刀身は長めだ。

ちなみにうんちく。反りがあると無いとでは刀の用途が異なるのだ。反りが無いものは刺突に優れ、反りがある物は斬ることに向いている。

忍刀を愛用しているのは暗部の者が多く、――これは俺のナルトを読んでいた主観だけど――そして、刀身はそれほど長くない。小太刀と言った方が良いだろう。彼らの役割は暗殺などだろうから、その性質上斬って返り血を浴びるよりも、急所を突いて一撃で黙らす方が好まれたはずだ。

普通の忍の場合だと、刀はあまり好んで使わない。それは、持ち運びの際に上がる音や、チャクラを形質変化させれば刀を作り上げることが出来るからだろう。忍具で重要視されるのは携帯性であり、汎用性だ。故に、たたら爺さんが趣味で作る忍具は変態の名を冠している。だって流行と真逆の性質を持っているんだもの。

「欠陥忍具として語られ、今は忍刀の出来損ないとして侍向けに販売されているが、俺にはそうも思えなくてな。
 ……若かった。ならこれを昇華して、一般の忍刀と遜色がない――いや、それ以上の刀なのだと広める気になってしまった。
 結局脇道に逸れて、そっちにのめり込んでしまったがな」

「へえ。ちなみに、刀を作る上で目標とかあるの? こう、何々を断ち切れるのが作りたいー、とか」

「そうだな。
 ……敢えて上げるならば忍刀七人衆の持つ刀か。
 あの中でも首切り包丁と呼ばれる刀が目標と言えるかもしれない。
 断ち切る、ではなく、叩き切るという方向ではあるが、あそこまで突き詰めた物を俺は知らないな。
 強度も重心の配置も申し分ない。……一度で良いから手に取ってみたいよ」

どこか心酔した様子でそんなことを呟くたたら爺さん。

あー、斬不再の刀――あれって刀って言えるのかな。どっちかって言うと剣のような――って確かに色々と異常だしね。ブーメランのように投擲出来たり、三年間放置されても錆びなかったり。ギャグだと思っていたけど、現実だと思えばすごいハイスペックっつーか、ちょっとしたSF――少し不思議――物質で出来ているとしか思えない。

「そうなのかー。それにしても、割と人生を冒険したね。家族とかの反応はどうだったのよ?」

「……言うな。思い出したくもない」

疲れたように言われ、苦笑しつつ俺は頷く。

「ま、それはいいや。ねえねえ。その忍刀、使えるの?」

「ああ。手入れはしてある」

「いや、そうじゃなくて。たたら爺さんが、ってこと」

「む……馬鹿にするなよ。
 忍具の試し切りなどは俺が担当して居るんだ。
 一通りの忍具は使えるぞ」

着いてこい、と言われて工房の外へ。

そして適当な木の前へと来ると、たたら爺さんは刀を腰に下げ、居合いの体勢を取った。

「……へー、居合い?」

「物知りだな。
 これは侍の技術を個人的に昇華したものだ。まあ、見ていろ」

そう言い、ちゃ、と鍔を鳴らし、

腕を一閃すると同時に、たたら爺さんの目の前にあった木は、綺麗に切断された。

切っ先を目視することも出来なかった。うわ、我流でここまで出来るなんて、地味に凄いじゃないか。

「うわっはー! すごいすごい。鉄とかも切れるの?」

「まあな。
 ……別に、人より簡単な物を斬ったところで自慢にはならないが」

鼻の頭を掻き、謙遜するたたら爺さん。っていうかどっかで聞いたなこの言葉。北風大佐か? いや、戸田の姉ちゃんだったけ? まあいい。

……なんか、久々に悪戯心が鎌首を持ち上げたぞ。

「ねえねえたたら爺さん」

「なんだ」

「今でもその刀に愛着はある?」

「あるぞ。これが主流になったら、まあ嬉しいが――」

「そう。……ねえ、たたら爺さん。飛天御剣流、って剣術の流派があってさぁ」










たたら爺さんと楽しい一時を過ごした後、俺は自室へと戻ってきた。

いやぁ、向こう側じゃ真似るのはギャグだけど、此方側の人間だったら再現可能なもんだね、飛天御剣スタイル。

あーあ。たたら爺さんも刀を使えるなら早く教えてくれれば良かったのに。俺も使いたかったよ。まあ、もう後戻り出来ないレベルだから体術から宗旨替えしないけど。

ジャケットを床へと放り投げ、畳んだままの布団へとダイブ。

うあー、と呻き声を上げながら、身体に蓄積した疲労を自覚する。

なんだろうね。疲れを取るための旅行だったのに、なんかすげえ疲れているよ俺。

このまま寝ようかしらん、と顔を上げて机の上を見ると、見覚えのない書状に気付く。

なんだろう。女中さんが届けてくれたのかな?

手を伸ばし、寝っ転がったまま書状を広げる。

む、カンクロウからだ。

……用事が出来たから砂には来るな?

なんだいそれは。くそう。なんて一方的な。

ガッデム、と一言呟いて、俺は布団へと身を沈めた。





[2398]  in Wonder O/U side:U 六十話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 23:51


「行くか」

自らの工房を眺め、カンクロウは小さく頷く。

手には黒塗りのトランクケースが握られており、その中には友が作ってくれた傀儡、あるるかんが収納されている。

工房の中央には布を被ったオブジェが鎮座していた。いや、ここはカンクロウの工房なのだ。おそらくは傀儡なのだろう。

布を被せられた傀儡はカンクロウよりも巨大であり、肩幅も大きい。持ち出そうとしないのは、あるるかんと違って持ち運びが出来ないからか。

工房の扉を閉め、しっかりと施錠すると、彼は目的地へと一歩を踏み出す。

その時だ。

「何やるつもりなんだ、そんな物持ち出して」

不意に掛けられた言葉に反応し、カンクロウは視線を向ける。

その先には、壁に寄りかかった状態で腕を組んだ姉がいた。

「決まってんじゃん。待ち構えている我愛羅に、お灸を据える」

「……馬鹿だなお前は」

やれやれ、と言った具合に嘆息するテマリ。その様子に顔を顰めながら、カンクロウは鼻を鳴らす。

「馬鹿で結構じゃん。もう準備は済ませた。後はやるだけ」

「バキ先生にでも頼めばいいだろ。お前がやる必用はないよ」

「かもしれない。けど――まあ、仕方ない。俺はアイツに打ちのめされた。だったら、奴の言っていたことぐらいは守らないと嘘じゃん」

「私は手伝わないからな」

「承知の上じゃん。テマリは見てればいい。……俺は、アイツの友として、恥ずかしくない人間になりたいだけなんだから」











 in Wonder O/U side:U










玄之介が砂の里へ来ると聞き、喜んだ人物はそれなりにいた。

まずはカンクロウ。たたら翁に協力をもらい完成させた新型の傀儡を見せることが楽しみだったのだ。

テマリは玄之介とセットでくっついてくる薙乃と会うことを楽しみにしていた。後はまあ、玄之介の手土産か。

バキはバキで、未成年の飲み友達が来るのを密かに楽しみにしていたりもしていた。

そして残る一人――我愛羅も、玄之介が来ることに胸を躍らせていた。

ただ、彼の場合はカンクロウ達と毛色が異なる。

以前玄之介が砂の里へ来ていた時、我愛羅は一見玄之介と打ち解けたように見えていた。だが、それは、酷く打算的な考えがあったからだ。

自分よりも一つ下の歳だというのに、まだ忍になっていないと言う少年。彼を生かしておいたら、いずれは素晴らしい好敵手になるのではないか?

誰も自分に近付こうとしない。そんな孤独の中、玄之介は自分に付きまとい、戦う羽目となった。

そう、戦ったのだ。あの戦闘は、我愛羅にとって心躍るものだった。

任務で人を殺したことは何度もあり、他里の忍を屠ったことも一度や二度ではない。

だが、戦闘の内容は彼を満足させることはなかった。

いくら強いと言っても、我愛羅は下忍である。そんな彼に向けられる任務は、同期の者よりも多少グレードが高いとはいえ、やはり退屈な内容が多い。

そんな任務を終える旅に思い起こすのは、やはり玄之介との戦闘だ。

砂の鎧を破り、傷を負わせた者。憎しみを向けず、ただ闘争心だけを剥き出しにして戦いを行った記憶は鮮烈だ。

そんな快感をくれた者が、再び砂隠れへと舞い戻る。

熟れるまで待とうという考えは、溜まりに溜まった鬱憤の前では無力だった。

また戦いたい。一体玄之介はどれほど強くなっているのだろうか。

そんな風に思いを馳せて玄之介が来るのを待っているのだが――

待ち人は来ず、我愛羅の前に現れたのは兄であるカンクロウだった。

「……なんの用だ」

「玄之介なら来ないじゃん」

「……何故だ」

軽い失望と、憤りを込めてカンクロウを睨む。

普段ならば鳥肌ものの視線だ。しかし、覚悟を決めているからか。カンクロウは薄く笑みを浮かべると、真っ直ぐに我愛羅の視線を見返した。

「俺が来るなと手紙を送った。……取り敢えず、お前が落ち着かなきゃアイツは来させない」

「――余計なことを!」

爆発は唐突だった。カンクロウが何を考えているのか悟ったのだろう。我愛羅は砂を操ると、カンクロウ目掛けて黄色い津波を差し向ける。

それに対し――

「あるるかぁん!!」

カンクロウはトランクケースを蹴り飛ばすと両手を振り上げ、傀儡にチャクラの糸を貼り付ける。

命を吹き込まれた傀儡は、跳ねるようにして踊る。そして両腕を大きく開くと、腕部からブレードと吐き出した。

ガギリ、と胴体の歯車が噛み合い、

「コラン!」

叫びと同時に津波はあるるかんに粉砕される。

バックステップを踏み、あるるかんを残してカンクロウは我愛羅との距離を開く。

さて、どうなるか。自分が勝てるなどとは思っていないが、善戦出来れば良い。玄之介だって出来たのだ。自分にだって出来るはず。

保険は掛けてある。我愛羅が暴走を始めたら、そこで勝利だ。

両腕を振り上げ、あるるかんを突撃させる。

持てる力を全て使い、我愛羅を止める。それが自分に出来ることであり、自分を変えてくれた玄之介への恩返しだ。

我愛羅を射程内に収め、ステップを踏ませつつ砂を回避し、次の手を。

我愛羅へとあるるかんを飛び掛からせ、拳を打ち込んだ。

無論、それで砂の鎧を突破出来ることはない。いくら重量があると言えど、鍛えた忍の拳よりも威力は弱いだろう。

だが、それは、ただの拳だった、の場合だ。

鈍い音を立てて拳がインパクトする瞬間、カンクロウは右の人差し指を折り曲げる。それに呼応してギミックが発動。

「フレッシュ・アンフラメ!」

炎の矢、と意味を込められた隠し武器だ。炸薬によって手首から先をピストンさせ、痛烈な一撃を見舞う技。

打撃音と共に薬莢が排出され、衝撃で我愛羅の身体が吹き飛ばされる。それに追い打ちを掛けるべく、カンクロウは更にあるるかんを手繰る。

左の腕にある毒刀を叩き付け、更に次の。次の、次の、次の。最初の斬撃が上げる金切り音が鳴り止むよりも先に、次々と連撃を叩き込む。

しかし――

「調子に乗るな!」

怒号と共に、カンクロウの足下にある砂が隆起する。まずいと思った時には遅い。脚を捕らえられ、次に胴体が砂に圧迫される。

舌打ちし、チャクラ糸を操作してあるるかんの姿勢を固定。そして両手で印を組み、術を完成させる。

「風遁・大旋風の術」

不意に発生した突風は、カンクロウに身体に纏わりつく砂を一掃した。だが、その一瞬が命取りとなる。

鈍い音が上がり、カンクロウはあるるかんへと視線を向ける。

その先では、細部から砂に侵入されて身体を震わせている傀儡の姿があった。

「あ、あるる――!」

かん、と続く言葉は、傀儡が破壊されることで最後まで発音されなかった。

ぎり、と歯を噛み締め、手近な岩へとチャクラ糸を伸ばす。そして手の甲に血管の筋を浮かばせると、カンクロウは我愛羅目掛けて岩石を叩き付けた。

だが、オーバーアクションな攻撃をまともに受ける我愛羅ではない。彼はステップを踏むことで岩石を避け、淡々と砂を操作する。

分かってはいた。我愛羅と戦う以上、あるるかんが壊されることだって覚悟していた。

しかし、実際に目の前で壊されるのと覚悟するのとでは、話が別だ。

我愛羅を恨むつもりはない。あるるかんが破壊されたのは、浅はかな自分のせいだ。

故に、

「まだまだじゃん!」

声を張り上げ、カンクロウは岩石を乱舞させた。











「不様だねぇ」

遠目から見た我愛羅とカンクロウの戦闘。テマリは無謀な攻めを繰り返しているカンクロウを見て、苦笑していた。

はて、あんなに弟は熱い性格だっただろうか、と思うが、まあ、色々考えることがあったのだろう。

そう言う自分だって薙乃と出会い、友人と遊ぶ楽しさを覚えたのだ。他人のことは言えない。

それは兎も角として、カンクロウが不利だ。

頭に血が上ったカンクロウには見えていないのだろうか。我愛羅は退屈そうにして、カンクロウの岩石を凌いでいるだけである。

砂を使えばカンクロウを今にでも握り潰せるだろうに。決して、兄弟だから、などではないはずだ。単純に殺す価値もないと思っているのであろう。

「弟にも馬鹿にされるなんて、本当に不様だ」

故に、少しぐらいは手を貸してやろうか。

カンクロウの工房に掛かっている鍵を鉄扇の一撃で粉砕し、中へと入る。

見上げる傀儡はどんな代物なのか分からないが――

「ま、どうでもいいけどね」

被っていた布を取り除き、その全体像を見て軽く目を見開く。

なんだこれ、と思いつつ、テマリは台車に乗った傀儡を表へと出した。

そして鉄扇を広げ、全力で振り下ろす。

「まったく……しょうがない弟共だ。――それ!」

猛烈な勢いに押され、翼に風を受け、黒い傀儡は宙へと上がる。

テマリの風は止まらない。カンクロウの元へと傀儡が届くように調整しながら、彼女は術を行使し続ける。












轟音が耳に届くと同時、カンクロウは頭上を見上げた。

太陽と青空をキャンパスとし、そこに一つの影が浮かんでいる。

それは正しく影だった。全体を黒で塗られ、鮮やかな景色に一点だけ浮かんでいるのだ。

影の形は鳥に近い。しかし、そう形容するのは此方側の世界だけで、向こう側の世界ならば、B-2ステルス爆撃機に尻尾が生えたようなシルエットを模している。

カンクロウはその正体を知っていた。あれは、玄之介とその知人に協力を頼んで作り上げた傀儡だ。

何故あの傀儡が空を舞っているのか気になったが、カンクロウは苦笑するだけで詮索を止めた。どうせお節介焼きが横槍を入れたのだろう。

岩石からチャクラの糸を外し、両手を天に向けて影へと接続する。

「――黒百合!」

そう叫ぶと同時、影――黒百合は、息を吹き返したように動き始めた。

上空から急降下すると、我愛羅目掛けて突撃。

我愛羅は薄く笑うが、黒百合の前面に展開されているものを見てバックステップを踏んだ。

一拍置いて黒百合が砂漠を駆け抜け、その勢いで砂柱が上がる。

我愛羅が黒百合を破壊せず、回避した理由。

それは、黒百合を覆っている真空の膜を目にしたからだった。

忍法・カマイタチの術。それの応用だろう。黒百合の前方には真空の空間が生み出されているのだ。あの傀儡が空を飛んでいるのも風遁を利用しているからか。

直撃を受けても砂の鎧ならば耐えられるだろう。だが、そのまま空中へと持って行かれ、嬲られたらマズイ。そう思っての行動だった。

この時になり、ようやく我愛羅はカンクロウを敵と見なした。

チャクラを放出し、カンクロウを捕縛するべく砂を操作する。

だが――

「余所見していていいんじゃん?!」

そんな言葉と同時に、衝撃が我愛羅を襲った。

それは、上空にいる黒百合から破片が撒き散らされたからだ。自らの身体を削っているのか、黒百合の姿は変貌している。

落下してきた破片を砂で打ち落とし、ふたたび衝撃。

砂に打ち払われた刹那、黒百合の外装が爆発したのだ。

起爆札か、と思い至る頃にはもう遅い。砂の鎧もろとも吹き飛ばされ、我愛羅は地面へと倒れ込んだ。

間を挟まず空気を引き裂く音が向かってくる。それに対して我愛羅は行動を起こす間を持たなかったが、母の怨念が籠もっている砂の盾は、それらを尽く防いだ。

砂の盾に当たったのは千本だった。何故そんな物が、と思いつつ、我愛羅は砂塵の晴れた視界の中に浮かぶ黒百合へと視線を向ける。

そして、違和感に気付いた。

先程までとは黒百合の姿が違うからだ。鳥の形をしていたと思ったら、今度は人の形――無骨だが、確かにそれは人の姿を取っているのだ。

やはり、此方側の言葉では言い表せない異形である。だが、それは黒百合をデザインした少年の趣味のせいでもあった。

向こう側の言葉を借りて説明するならば……人型となった黒百合に四肢は存在しているが、人間と同じ形をしたものは何一つ無い。

腕は肘から先がそのまま砲となっており、先程の千本はそこから射出されたのだろう。脚は腕よりも酷い。膝などは存在せず、一本の加速器となっているのだ。

身体は重厚な鎧に包まれており、大型の肩当てが特徴的だ。尻尾は健在であり、尾骨に当たる部分からは悪魔じみた尾が生えている。

黒百合――この傀儡の名前はそれで正しい。だが、玄之介ならば、違う呼び名を与えるだろう。

ブラックサレナ、と。

黒百合は滞空したまま両腕を我愛羅に向け、無造作に千本を連射する。打ち込まれた忍具を全て弾き、我愛羅が再び上空へと目を向けた時には傀儡の姿がなかった。

砂を裂く音に顔を上げ、我愛羅は背後に砂を集中させる。

鳥の時と変わらず、真空の盾を展開していたのだろう。甲高い掘削音が響き、削られた砂が宙を舞う。

「砂瀑――」

捕らえた、と手を握る形を取り、潰そうとする。

だが、再び眼前で爆発が上がり、叶わない。

黒百合は肩当てを排除し、落ちた外装は先程と同じように爆発していた。

砂を引き裂いて現れた黒百合は、腕の形を変えている。左手は砲のままだが、右手は人間と似た形状だ。

そして握られ、拳を形作ったその表面には真空の盾が渦を巻いている。

自動で砂の盾が展開するも、遅い。満足な厚さを構築する前に打ち砕かれ、砂は飛沫となって弾け飛ぶ。

そして、一撃が我愛羅へと炸裂した。

砂の鎧を砕いて真空の盾は消失する。だが、重量の乗った拳は我愛羅の鳩尾を痛打し、身体を持ち上げた。

「カンクロウ――!!」

歓喜か、怒号か。

凄惨な笑みを浮かべ、我愛羅は無機質な黒百合の双眸を真っ向から睨み付けた。

砂の鎧が変貌し、怪物然とした形状へと変貌を始める。

その時だ。

我愛羅の直ぐ傍の大気が揺らめき、一人の忍が姿を現す。

忍法・迷彩隠れの術。それを解除して現れたのは、砂隠れ最強の上忍であるバキだ。

彼は両手の根元を合わせると顎を開くように両手を前に突き出し、我愛羅の腹へと掌打を当てる。

そして口を開き、

「五行封印」

鍵を閉めるかのように手を回し、封印術を完成させた。

それを切っ掛けとし、我愛羅の身体を異形としていた砂は崩れ落ち、彼は元の姿へと戻る。

その間を見逃さず、黒百合は我愛羅の顎を殴り飛ばした。

ぐるん、と目を剥き、我愛羅は砂漠へと倒れ込む。なんの異変もないことに安堵の溜息を吐き、バキはカンクロウへと視線を向けた。

カンクロウは黒百合からチャクラ糸を外し、二人の方へと歩み寄って来る。

「……な、なんとかなったじゃん」

「そうだな。まったく、一体目の傀儡が破壊された時は肝を冷やしたぞ」

「本当に……いや、ありがとうございました、バキ先生」

「気にするな。我愛羅の監視が俺の役目でもある。……後手に回るしかないので人員を回すことも出来なかったからな。玄之介を襲う前に事が済んで何よりだ」

良くやったな、とカンクロウの頭を撫で、軽く笑みを浮かべる。

カンクロウは口の端を吊り上げつつ、バラバラとなったあるるかんに目を向けた。

内部から破裂させるように砕かれたあるるかんの修復は容易ではないだろう。しかし、直す気がなくならないのは、やはり愛着があるからか。

近付けただろうか、とカンクロウは独りごちる。

我愛羅を怖がらず、怖がっていた自分に疑問の声を投げ付けた玄之介。そんな彼に、自分は少しでも肩を並べられるようになっただろうか。

本来ならば自分よりも経験を積んだ上忍が我愛羅の相手をするはずだったのだが、無理をいって戦わせて貰っただけの意義はあっただろうか。

分からないな、と自答する。

会える機会は自分で潰してしまった。次に彼と遊ぶならば、おそらく来年の夏となるだろう。

今年は駄目だ。我愛羅が目を覚ましたら、今度は何をするか分からない。

長いな、と思いつつも、その期間を心地よく思う。

その間、あの馬鹿はどれだけ強くなっているだろうか。俺は、どこまで強くなれるだろうか。

楽しみじゃん、と呟き、カンクロウは我愛羅を背負ったバキに続いて里へと戻った。







[2398]  in Wonder O/U side:U 六十一話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 23:52

「良く見ておくんだ、ハナビちん」

「はいっ!」

元気良く手を挙げるハナビちんに一つ頷き、俺は目の前にある木偶人形を見据えて右手にチャクラを集中させる。
そして――


「流派ぁ、日向流柔拳の名の下に!」

掌に柔拳の要領で纏ったチャクラを性質変化させた。

「俺のこの手が真っ赤に燃えるぅ。
 ……勝利を掴めと、轟き叫ぶ!!」

叫び、印を組まずに純粋な性質変化を続ける。その結果掌からは陽炎が立ち上り、紅蓮の灯りが点る。

「爆熱・熱波溶断掌!!!」

そして充分な熱量を保った掌を掲げ、瞬身を発動。一息で木偶人形へと接近し、その頭部を鷲掴みにした。

高熱を保つ掌に握り締められ、木偶人形の頭はゴムボールか何かのようにぐにゃりと変形した。そしてその勢いに任せ、

「ヒイィィィィィィトォ、エンドっ!」

右腕を突き出し、それと同時に保っていた熱を解放。衝撃すらも伴った一撃で、木偶人形の頭は跡形もなく吹き飛んだ。

ふむ、なかなか上手くいったね。千鳥を参考にした、火遁版千鳥って感じなのだが。

速度は数段千鳥に劣るけど、悪くないとは思う。

こちとら性質変化を極めた訳じゃないが、そこそこのレベルだとは自負してますの。解放せずに一点に熱量を集中し、それで目標を溶断、爆砕することぐらいは可能だぜ。

「……どうよ?」

「すごいすごい! どうすればこれ出来るの?!」

「性質変化の練習をすれば出来るようになるよ。
 これは印がいらないんだ。
 ただただ性質変化を一定以上のレベルでモノにすれば会得することは出来るのさ」

「そっか。……ところで、玄之介」

「なんだい?」

「……なんでゴッドフィンガーじゃないの?」

ふむ、流石はハナビちん。着眼点が違いますな。

「これは忍術ですよレディ。片仮名を付けたらなんかお約束を破っているみたいでしょ?」

そうなのかー、と分かったような分かってないような返事をするハナビちん。

まあいい。

あ、そうそう。ちなみに、海への旅行でハナビちんは性質変化の練習を始めたわけですが、彼女に発現したのは火属性でした。

……うーむ。性格に合っているのかなぁ。まあ、性格診断出来るわけじゃないけどさ、属性で。

と、考え事なんぞをしていたら。

「……主どの」

「さあハナビ様、性質変化の練習を始めましょう。遊ぶ暇なんてありませんからね?」

「ええ、分かっています。始めましょうか玄之介」

「……バレバレの芝居はいいですから」

あ、一瞬で見抜かれた。

はい、別に師匠に解禁されたわけじゃないけど、流石にハナビちんの視線が痛くなってきたので我慢するのが無理だったのです。

我ながら忍耐ないなぁ。

「まったくあなたは……またどうしょうもない技を編み出して」

「は、はい、すみません。
 ……でも我ながら悪くないと思いますよ?」

「まあ、威力は。
 しかしこんな技、簡単にカウンターを喰らうではありませんか」

「いやいや。
 そこら辺千鳥を参考にしているんで問題はないですよ?
 そもそもこれは高速移動して掌を突き込む技ってわけじゃない。
 ヒートエンドを前倒しにすることで、つまりは熱波を撃ち出すことで、威力は下がるけど中距離にも対応。
 防御にだって使えるし、拘束されたらこれで忍具を断ち切ることすら可能です」

まあ、そんなことしたら自分が大火傷を負うけどね。

そこら辺はスルー。ちなみに、実戦じゃ流派云々は叫ばないこと推奨。陽動する場合なら話は別だけどさ。

「汎用性は悪くないと思うんだ。写輪眼のない普通の忍でも使えるじゃん?」

「そうかもしれません。しかし……」

「……薙乃、前から言おうと思っていたのですが」

納得しかねる、といった様子の薙乃に、ハナビちんは何故か唇を尖らせて不機嫌そうな表情を浮かべる。

む、どうしたんだろう。

「何故父上も薙乃も玄之介が劣等生のような言い方をするのです。
 皆が言うほど、玄之介は駄目なんかじゃない。むしろ優秀な忍でしょう」

最後の方は疑問系じゃなく断言だった。

……うわ、なんか感動。そんなこといわれたの初めてのような気がするよ俺。

いっつも馬鹿とかいわれてたからなぁ……。

しかし、そんな俺と違って薙乃さんはそっぽを向く。

「そ、そんなことはありません。
 主どのは駄目駄目です。
 考えが浅はかだし、デリカシーに欠けているし、心の機微というものに疎すぎてお話になりません。
 こんな人が優秀だなんて、有り得ません。ハナビ様だって主どのの成績表を見たでしょう?
 あれが――」

「アカデミーの成績が全てだと?
 馬鹿げた考えです、薙乃。
 こうやって玄之介は私に忍術を教えてくれているし、私が寂しがらないようかまってくれるし、稽古にだって真面目に打ち込んでいます。
 どこが駄目だと言うのですか」

……あ、あれ? 何かおかしな方向に進んで――

「……ハナビ様。
 確かに主どのは優れている部分があります。
 しかし、駄目な部分から目を逸らしてそんな言い方をしては、この人のためになりません。
 主どのはすぐに増長するのですから」

「……知ったような言い方をしますね。
 玄之介のことを良く知っているような、そういう類の言い方ですね? それは」

――待って。なんでこんなに険悪になっているの。

なんかいつぞやのことを思い出すように、ハナビちんと薙乃は視線をぶつけて火花を散らしている。

うわぁ……どうすんだよこれ。

俺、悪くないよね? 何もしてないもんね?

いや、ゴッドフ……もとい、熱波溶断掌をお披露目したのが原因を言われれば俺が悪いんだけれども。

ううむ。なんだろ。嫌な予感がするぞ。

「……主どの! あなたは駄目な人ですよね?!」

「玄之介! 玄之介はすごいよね?!」

何その問い。っていうか薙乃さん、自分で自分のことを駄目と認めることほど虚しいことはないよ? んでもってハナビちん。俺、そこまで自信過剰じゃないっす。

マズイぜ。いつぞやよりもヒートアップしてる。

これは……。

「ご、ごめーん! これからシノくんとの用事があるんだー」

「あ、待ってください主どの!」

「待ちなさい玄之介!!」

背中に怒号が届くけれども、気にしない。

うへぇ、帰ってきたらどんな目に遭うんだろう。

















 in Wonder O/U side:U














木の葉隠れの里を出て十里ほど。

時刻は昼過ぎ。崖っぷちから眺める一面には青々とした広大な森が広がっている。もしかしてここ、将来はテマリんに大規模伐採される場所じゃないだろうか。

そんな場所へと、俺は油女親子に連行されて来た。あ、ちなみにシノくんの親父さんの名ははシビさんだそうです。これで謎が一つ解けた。

さて、ここまで来る途中何度か声を掛けてみたんだけど、シビさんとはまともに会話が成り立ったためしがない。

いや、返事はしてくれるのよ。しかし必用最低限の応えを返してくれるだけで、会話に発展性ってもんがない。それはシノくんも同じだったり。彼はシビさんよりもまともだけどさぁ。

そんな感じでしばらく進むと、シビさんは脚を止めて鞄の中から巻物を取りだした。

ようやく目的地かしらん?

「……では、始める」

「あの、何をですか?」

「……シノ。伝えてなかったのか」

「親父が自分で説明すると言ったんだろう。
 ……まあいい。何故なら、玄之介を巻き込んだ責任は俺にあるからだ」

そりゃそうっすよ。っていうか、巻き込むとか、すげえ嫌な響きなんだけど。

なんだろう。いつもの如くトラブルでしょうか。

「……今日からここで演習を行う。
 三日と伝えたが、運が良ければもっと早く終わるかもしれない」

「う、運が悪かったら?」

「……さあ」

うおーい!

気まずそうに視線を外すシノくんに突っ込みを入れたくなるも、全力で我慢。

「……その演習の内容だが、親父」

「説明しよう。これらを――」

そう言い、シビさんは巻物を広げて口寄せを開始。血を塗りチャクラを込め、爆煙と共に登場したのは全長十メートルほどの蟷螂。

……カマキリ?!

「――倒せ」

「なんですかこの化け物!
 っていうか良く見たら蟷螂じゃないし?!」

そうなのだ。

特徴的な前足の鎌は変わっていないが、柔らかな腹とかそういう部分は鈍い光沢を放つ甲殻で覆われている。

どないせいっちゅーねん。

「シノ、これに蠱を憑けろ」

「いやいやいや、こんな化け物どうやって倒せっていうんですか?!」

「分かった、親父」

「スルーかよっ!」

思わず地団駄を踏む。

何これ。なんで木の葉から出て模擬戦なんぞを……しかも相手は虫かどうかも怪しい化け物て。

「こいつの特徴を教えておく。
 昆虫網大怪蠱目に属する、フォーグラーという蠱だ。
 一応羽はあるが退化しており、主に威嚇のために使用される。
 食性は肉食性で、生物ならば見境なく口にするだろう」

大怪蠱フォーグラー……おい、突っ込んで良いか。

っていうかなんでも口にするって、それは僕もなんでしょうか。大変怖いのですが。

「こいつに勝てれば合格、逃げ延びても合格だ。
 ただし後者の場合は五日間逃げてもらうことになる。
 ……何があっても責任は取らない」

「すいません試験ってなんでしょうかっていうかなんでそんな重要な説明をたった今されているんでしょうかっていうかこれって命に係わることなんじゃないでしょうかっ!!」

「……細かいことを気にするんだな、如月」

あ、あれ? なんかすげえ苛立った視線で睨まれたんですけど。

「では始め。十分後にフォーグラーを解放する」

「ちょっと待てぇええええええ!!」

「……行くぞ玄之介。何故なら、もはや退路はないからだ」

シノくんに首根っこを掴まれ、そのまま崖下へとダイブ。

何故そんな危険なことをっ?!

「ちょ、シノくん、落ちたら死ぬよ普通に!!」

「……アレから逃げるには、半端なことじゃ無理だ」

そんなやりとりしつつも頭から崖下に向かうお子様二人。

「シビさんの説明足りなかったから聞かせて欲しいんだけど、そもそもこのイベントはなんなの?
 なんで俺が巻き込まれているのかな」

「……油女の試練だ。別にクリアしてもしなくてもいいのだが」

そこまで言ってシノくんは溜息を吐き、

「……駄目だった場合、怒られもなじられもせず、ただ失望される」

……そりゃキツイ。

「それで俺にアシストを頼んだと?」

「ああ。
 一人だけ友人に協力を頼んでも良い、というルールだった。
 だから玄之介、お前を頼りにさせてもらったんだ」

……まあ、同学年の人間にサポート頼むなら俺が一番だろうさ。友人、って括りがなかったら、あとは先輩とかな。

まあいい。悠長にこんなことしていたら地面に激突する。

「んじゃまあ、取り敢えず着地しようか。俺に任せて」

そう言い、右手で鉢巻きを解きつつ左手で風遁・大旋風を発動。

そして鉢巻きを振り回し、シノくんに巻き付ける。なんか伸びている気がするけど、気のせいですの。

不自然な上昇気流が発生し、落下速度が一気に下がる。ここで出力調整を失敗したら崖の上に戻る羽目に張るんだけど、そこら辺は大丈夫。伊達に海で術のコントロール鍛えてません。

着地すると同時に鉢巻きを解除し、再び額に巻き付ける。

軽く溜息を吐くと、俺はシノくんの方に身体を向けた。

「……気のせいかもしれないが、その鉢巻き、伸びてなかったか?」

「気のせい気のせい。コミック力場だと思って欲しいね」

「……力場?」

まあ実際はそんなネタ理由で済ませられるわけじゃないけど。

鉢巻きにはチャクラを通す金属――例を挙げるならアスマの使っていたアイアンナックルの素材――が髪の毛ほどの細さで縫い込んである。

それ故にチャクラを鉢巻きに通すことである程度の形状変化は可能なのだ。

材質である元が特殊合金であり、それを更に精密加工なんかしたから、たった五本しか縫い込んでなかったとしても俺の装備の中で最も高価なのがこの改造鉢巻きである。

多分ジャケットとか破かれても大して怒らないけど、鉢巻きだけは別である。

……ま、思い入れもあるからね。それも込みで大激怒するさ。

「そんなことより、これからどうする?
 俺としてはフォーグラーと一戦交えて、どの程度なのか確かめておきたいんだけど」

「……危険だぞ、あれは。巨大だから動きが鈍いと思ってはいけない」

「……そんなに?」

呆れつつ聞き返すと、シノくんは黙って頷く。

シビさん、あんたは息子とその友人を殺そうとしているのですか。

なんてことをしていると、甲高い咆吼と共に上から岩石が落ちてくる。

何事、と思っていると、そこには徐々に大きくなるフォーグラーが。

んじゃまあ、取り敢えずは様子見で。

風遁・カマイタチ。

何も考えずそこそこの出力で真空刃を放つ。

一拍置いて肉薄する不可視の刃。フォーグラーはそれに向けて爆走、もとい爆落下を続け――

なんでもないことのように、真空刃は甲殻に弾かれた。

「……嘘だぁ」

何あの化け物。人智を超越してないか。

「……安心して良い。大怪蠱と言っても所詮は蠱。火遁には弱い」

そういう問題か。豪火球ぐらいなら弾くだろあれ。

俺たちとの距離が縮まってくると、フォーグラーは鎌を構えて前傾姿勢となる。獲物はやはり俺達か。シャレになんないって、アレ。

「取り敢えず逃げるよ!」

「元よりそのつもりだ」

シノくんを急かし、俺たちは脱兎の如く逃げ出した。

くそう。薙乃さんを連れてくれば良かった。









生々しい水音を上げ、時折生木が折れるような音が森に響く。

木々の向こう側にいるフォーグラーは、捕らえた野犬や野生の馬を捕らえては見境なしに捕食していた。

馬とか頭から丸かじりですよ。わきわき動く顎は長時間眺めていると、自分が噛み砕かれる錯覚を抱くほど禍々しいぜ。

「シノくん。
 フォーグラーが一匹いるだけで、生態系が破壊されると思うんだけど」

「……その通りだ。
 それ故にフォーグラーは討伐され、現在は厳重な管理の下で絶滅しないよう保護されている」

……保護する必用あんのかなぁ、あれ。向こう側の世界で絶滅動物リストとか見ていた時は惜しい動物を殺しおって、とか思っていたけど、実際に滅ぼすべき目標を目にすると価値観が変わるよ。

フォーグラーはマジ危険。普通の下忍だったら間違いなく歯が立たない。逃げるコマンド推奨。

ちなみに今は姿を隠しているけど、その前は色々と牽制をしてみたりしたのだ。

苦無投擲→鎌で切り払われる。

苦無+起爆札→無傷。出鱈目だ。

トンボの目を焼いたら大惨事、ってのを思い出して頭部に向かい豪火球→羽で巻き起こされた突風で吹き飛ばされる。

間接部目掛けてカマイタチ→図体の割には俊敏で間接が狙えない。

体術・螺旋丸・偽・八卦十六掌などの接近技→絶対にやりたくない。

こんな感じ。

「……シノくん。火遁は効くんじゃなかったの?」

「そう思っていたし、図鑑にも載っていた。
 しかし、親父が養殖したフォーグラーは一味違うようだ。流石は親父」

「そこ褒めるところじゃないから。
 どーすんのさ。使ってないネタがあるにはあるけど、接近戦は挑みたくないよ?」

諦めムードの俺。シノくんは申し訳なさそうに俯くと、溜息を吐いた。

「……すまない。俺が甘かった。まさか本気で殺しに掛かるとは思ってなかったんだ」

「いや、殺しには掛かってないと思うけどさ」

うむ。どうやら大人が考えることは似ているらしいのだ。

この試験、なんか身に覚えがあると思ったら薙乃と出会った夜と大変似ている。

限界を一歩超えた実力を引き出さなければ勝てない相手を用意し、それに当てる。俺も虎太郎の相手した時は死ぬかと思ったからなぁ。

シビさんだってシノくんの親父さんだ。どうせ俺たちに蠱を取り憑けて現在位置を知っているんだろう。きっと命が危なくなったら助けに入ると思う。……思う。

まあそれにしたって、出来るところまでやらなきゃいけないわけだが。

「シノくん。君の持っている蠱ってどんな性能なの?」

「フォーグラーに憑いている尾行用のものと、人間に群がってチャクラを食い散らかす類、そして蠱分身用のもの。これぐらいだ」

「……フォーグラーにチャクラってあるの?」

「あの巨体を維持しているんだ。
 チャクラを普通に使って生きているとしか考えられない」

「だよねー」

ふむ。

「じっくりじっくりとフォーグラーのチャクラを喰って、弱ったところを袋叩きとかどうよ?」

「それよりも速い速度で獲物を捕食し、チャクラを回復するだろう。
 蠱は人間と違って単純な分チャクラの変換効率が良いんだ」

そうなのかー。

じゃなくて。

「真っ向から叩き潰すのと、逃げ延びるの。後はどんな手があるかな」

「……徐々に削り取る、という手段がある」

「どんな作戦かな」

ちら、とフォーグラーの方に視線を向け、奴が食事に集中しているのを確認すると、シノくんの話を聞くべく集中を始める。

「大怪蠱と言えど、蠱だ。
 根本的な感覚は虫と同じ。
 俺が陽動をする間、玄之介がフォーグラーにダメージを入れてくれればいい。
 それを繰り返すんだ」

「どうやって注意を逸らすの?」

「これを――」

そう言い、シノくんはコートの隙間から蠱を排出する。

……やっぱ身体の中に飼ってるのね。

「フォーグラーの触角にまとわりつかせ、空間認識を封じる。
 残るは視覚だが、構造上フォーグラーは背後を視界に収められない」

「OK。それじゃあ俺はフォーグラーがパニくってる間に背後から攻撃すればいいんだね」

「ああ。
 ……ただ、気を付けて欲しい。
 一撃与えたらすぐに離脱するんだ。
 あのフォーグラーを既存のフォーグラーと考えたら、絶対に痛い目を見る。
 親父のことだから改造の一つや二つはしているだろう」

……シビさんって一体何者ですか。

まあいい。話はまとまった。

「おっけ。取り敢えず一回目は必殺の覚悟で臨むよ」

「……分かった。くれぐれも――」

「油断するな、でしょ? それは君もだよ」

そう言い付け、足音を立てずにフォーグラーの背後へ。

フォーグラーは頭を上下させつつ相変わらず食事を続けている。正面からじゃないと言っても相変わらず恐ろしいことには変わらないので、深く考えず待機。

そうして二分ほど経った頃だろうか。フォーグラーの触角に一匹、また一匹と羽虫が止まる。それが繰り返され、あっという間に稲穂にも似た大怪蠱の触覚は黒く実る。

よし、行くか。

打撃攻撃を行って効かなかったらマズイ。故に、ここは――

お、という低い呻き声を連続させ、一つの叫びとする。

左手で右手首を握り、チャクラを火に性質変化。柔拳の要領で掌に高熱となったチャクラを宿し、それを脇に構えてフォーグラーを見据える。

殺す目的では使うまい、と思っていたが、人が相手じゃないならば話は別だ。

膝を折り、重心を低くしてタイミングを計る。

一。

大怪蠱は鎌で触角の羽虫を取り除こうと、不様なダンスを踊っていた。

二。

苛立ちでもしているのか、小刻みに羽は展開されて、障子のように薄い広がりの向こうには食い散らかされた残骸が見て取れる。

三。

そして――

「――熱波溶断掌」

瞬身の術を発動。

完全に羽が展開された瞬間を見切り、柔らかな腹を踏み越えて右手を翳す。

人間で言えば延髄に当たる部分。そこ目掛け、俺は陽炎を立ち上らせる掌を打ち込んだ。

一拍送れてフォーグラーが全身を引き攣らせ、凶悪な顎からは咆吼が上がる。

だが遅い。灼熱を宿した掌は甲殻を熔解し、肘の寸前まで腕が突き込まれる。

そして、これで終わりだ。

溜まりに溜まった熱を一気に解放し、次いで、フォーグラーの上半身は比喩ではなく泡立つ。

熱により不自然な膨張を起こし、生まれた水ぶくれは一瞬で破裂、体液が一面に飛び散り、中身のなくなったフォーグラーは力なく地面に倒れた。

すぐに腕を引き抜いてフォーグラーから飛び降りると、息を吐きつつ腕を交差して下げる。

うむ、我ながら恐ろしい殺傷力。人間相手に使う術じゃないな。完全なオーバーキルだ。

「どうよシノくん」

「……冗談かと思ったが、本当に一撃で倒すとは」

草陰から姿を現したシノくんは、どこか呆れた様子だ。

それもそうか。俺、アカデミーじゃ実力隠してたからねぇ。

でも今はそんなことしている場合じゃなかったから仕方ない。

「しっかし、割とあっけなかったね。
 最悪、突き込んで出来た穴に起爆札放り込むか、内側に手を突っ込んだ状態で豪火球を放つつもりだったんだけど」

「……容赦がないな」

「まあ、ね――?!」

帰るか、と踵を返そうとした瞬間だ。

不意に背後から聞こえた音に、俺は真横へと跳躍する。

いやいや、フォーグラーは完全に倒したはずなんだけど……。

目を細めつつ、久々のスイッチオン。スライディングしつつホルスターから苦無を取り出して、地に這うように体勢を低くする。

そして、俺の背後にいた代物だが――

そこには、十匹ほどの小型フォーグラーがいた。

……どういうこった。

さっきまではいなかったはずだが、と思いつつ、目を凝らし、納得する。

小型フォーグラーが出てきたのは大型フォーグラーの体内――正確には熱波が届かなかった腹部――だ。つまりは、幼虫か。

幼虫にしたって元が元なだけにサイズが桁違いだ。高さは一メートル三十センチはあるだろうか。おそらく、全長は二メートルを超えているはず。

なんて厄介な。

しっかし、シビさんの言い渡したフォーグラーを倒せって指令は終えたはず。この森の生態系には悪いが、トンズラを……。

いや、待て。シビさんはなんて言った?

『これらを、倒せ』

……これら、って言ってたな、そう言えば。

ファック! 最初から織り込み済みかこの事態は!!

舌打ちし、両掌にチャクラを込める。

小型フォーグラーは俺たちを食料と見なしたのか、親の仇と見たのか。威嚇するように羽を広げ、鎌を振り上げて襲いかかってくる。

真っ直ぐに俺へと向かってきたフォーグラーの鎌を掌で受け流し、弾き、身体を開かせる。

そして一歩踏み出し、がら空きとなった胴へ――

「焔――」

打ち込む。

「――捻子」

人間だったら悶絶必至の技だが、そこはやはり昆虫か。焔捻子を受けて小型フォーグラーは吹き飛ばされたが、すぐに立ち上がって俺へと身体を向け直す。

ああ、昆虫って痛覚ないんだっけ? どちらにしろ、あのタフさは厄介。

燃やそう。先程打ち込んでみて分かったが、生まれたばかりだからなのか胸部の甲殻はそれほどの硬度じゃなかった。

ならば火を弾くことも出来ないはず。羽だって炎を吹き飛ばせるほど安定はしてないだろう。

そう結論づけて右手で豪火球の印を組み始めたのだが――

「シノくん?!」

俺に向かっているのとは別の、三体の小型フォーグラーに群がられているシノくんの姿に目を見開いた。

マズった。ハナビちん誘拐の時に知ったように、彼やキバは得意技以外が最低限の水準にすら達していないのだ。フォーグラーを相手に出来るほど体術が磨かれているわけがなかった。

舌打ちし、印を中断。チャクラを右手に集中させ、再び熱波溶断掌を構築。

熱波溶断掌は意外とチャクラを喰う。常に放電し続ける千鳥よりは燃費が良いが、それでも高熱で自らが焼かれないよう掌を保護しなければならなかったりするのだ。

今の俺では撃てて五発。そしてこれは本日三発目。それ以外にも豪火球やカマイタチを放ったから今日は高威力の術を連発するのは絶望的だろうが――

「かまうかよ!」

瞬身を行使し、通り抜けざま一体の頭部を消し飛ばす。そして地面を抉りつつ無理矢理ブレーキを掛け、転倒しそうになるのにもかまわず下段足払い、木の葉旋風。

首をへし折る嫌な感触に顔を顰めつつ、すぐに体勢を整える。

これで二体だ。フォーグラーに群がられていたシノくんの姿を視界の隅に収めると、俺は最後の一体に向けて右の掌を突き出した。

そして宿っていた熱を解放。方向性を持たせられた熱波に襲われ、フォーグラーは頭部を膨張、破裂させる。

息を吐く間を置かず、倒れ込もうとしていたシノくんを抱きかかえた。

そして瞬身を行使すると、俺は一目散にその場から逃げ出した。









サバイバルキットで簡単な治療を施すと、ようやく一息吐けた。

シノくんは二人分の痛み止めが効いて今は寝ている。あまり薬が効かない体質なのか、酷く寝苦しそうにしているが。

現在俺がいるのは、あの広場から一キロほど離れた洞窟だ。フォーグラーがここへ来ることもなく、今のところは休戦状態。

しっかし、どうするかなぁ。

視線を掌に落とし、溜息を吐く。

俺の右手は包帯に覆われていた。軽度の火傷をしていたのだ。保護が完全じゃなかったのか、少しの間を置いてじくじくと痛み出してきた。

ううむ。無茶すりゃあ使えるが、右手は使用したくないな。すると左手で戦うことになるが、使用可能なのは風遁と柔拳・焔捻子、蹴り技、投げ技、変態忍具各種だけか。

戦力半減どころじゃないな。火遁中心の戦闘構築も考え物か。

出来れば今日は戦いたくない。チャクラが底着く寸前だし、怪我人一人いるしなぁ。

薙乃さんを口寄せ……いや、駄目だ。この夕方から夜に掛けての時間帯はいつ風呂に入っていてもおかしくはない。そんな時に喚んだら蹴り飛ばされるだけじゃ済まない。

いや、そんな理由で、とか思われても重要なことですよこれは。

ぐおー、と頭を悩ませていると、もぞりとシノくんが起き上がりましたよ。

「や、お目覚め?」

「……そうか。すまない、迷惑を掛けた」

どうやら状況を把握したのか、会話のキャッチボールをすっ飛ばして一人納得→沈むというコンボをやり遂げる彼。

「まあまあ、そう沈まずに。傷、痛まない?」

「……少し」

うっそだー。胸を袈裟に引き裂かれて、肩とか囓られてたよ? ありったけの増血丸を放り込んで一命を取り留めたんですよ?

しかし、そこは同じ男の子。痩せ我慢を指摘する無粋はなしだ。

「もう夕方だけど、どうする?
 夜戦はちょっと勘弁かな。
 森の中だと視界が悪いし、感覚を頼りにしているフォーグラーの方が有利っしょ。
 数も向こうが多いしね」

「……そうだな。本当にすまない、玄之介」

「そんなに謝らなくて良いって。
 しっかしどうするか。
 あれから時間経ったし、フォーグラーの甲殻も堅くなったでしょ?」

「……あのサイズなら、火遁で――」

「ごめん、右手は出来れば使いたくないんだ」

そう言い、ひらひらと包帯に包まれた右手を振る。

「使おうと思えば術も可能だし、柔拳も放てるけど、痛いんだよね。無茶して腐らせたくないし」

「……腐るって……ち、治療は?」

「応急処置はやったよ。
 俺も、君もね。
 両方とも化膿しない内にちゃんとした治療を受けた方がいいけど」

うん。そうなのだ。

俺はともかくシノくんが若干ヤバめ。

「……あー、言い辛いんだけどさ」

「……なんだ」

「ごめん。
 肩の囓られたところ、縫合のやりようがなくて焼かせてもらったから、派手な火傷痕が残ると思う。
 ……い、一応努力はしたよ?」

こう、最低出力の熱波溶断掌でジューっと。

ちなみに俺の分の痛み止めをぶち込んだのはこのせいです。

し、しょうがなかったんよ? 傷口塞がないと出血止まらなかったんだからね?

はい、すみません。

しかし申し訳なさマックスの俺と違い、シノくんは大して気にしてない様子だった。

「……気にしていない。
 何故なら、そうしなければ危なかったのだろう?
 ならば感謝こそすれ、責めることなどしない」

は、ハードボイルドだ。

この歳でなんてダンディズムを。

若干感動している俺。しかしシノくんはそんな俺にもかまわず、再び横になった。

寂しいです。

「……今日は休もう。決戦は明日だ」

「分かった。
 ……けど、フォーグラーがちりぢりになったら集めるのが面倒じゃない?
 足止めだけでもしないと」

「それなら手はある。安心して良い」

そうなのかー。

まあ、彼が考えなしに他人を安心させる発言はしないだろう。信じるとしますかね。

寝ているシノくんを飛び越えて洞窟の入り口に辿り着くと、岸壁に背を預けて両腕を組む。

ま、一応は警戒しないとだしさ。

そして、レム睡眠にレッツゴー、と瞼を閉じようとした時だ。

「……玄之介」

どこかおずおずとした口調で、シノくんが俺の名を呼んだ。

「何さ」

「……今日のことは、感謝している。
 連れ出して危ない目に遭わせたというのに……本当にすまない。だから――」

「いいって」

なんだか気恥ずかしくなったので切り上げようとする。

しかし、彼にそのつもりはないようだ。

「――玄之介。
 お前は俺の友だ。
 そして友情とは、ただ行動でのみ示される。
 お前の敵は俺の敵だ。いつでも呼べ。
 俺は非力で、お前よりも弱いが、戦う覚悟はある。
 そして覚悟が役に立つ時は案外多いものだ。
 立ち向かう覚悟があれば、どうにかなる」

どこか歌うように、彼はそんな言葉を紡ぎ続ける。

「……俺は、必ず強くなる。
 今日や、日向ハナビが攫われた時に力になれなかったような醜態は二度と見せない」

「……ん。その時は、アテにさせてもらうよ」

それだけ返事をして、俺は狸寝入りを決め込む。

しかし、そうか。ハナビちんの一件はシノくんも気にしてたんだね。

……なんだろう。カンクロウの時にも思ったけど、やはり友人ってのはいいもんだ。









翌朝。

まだ日が昇って間もない時間、既に起床した俺とシノくんは洞窟の中でスタンバっていた。

洞窟の奥行きは二十メートルほど。ここを使って、殺到してきたフォーグラーを一網打尽にするという。

作戦は、こうだ。

シノくんが蠱を使い、フェロモンでフォーグラーをここへと誘導する。そして一列に並んだところを最大出力のカマイタチでまとめて一刀両断。

なんとも簡単な作戦である。

しかし……。

「シノくん、蠱にチャクラ喰わせてるんでしょ?」

「……良く知ってるな」

「あ、あははは。
 嫌だなー、前に話してくれたじゃないの。
 そんなことより、大丈夫? その身体で蠱を常駐させる分と操作する分のチャクラ作れるの?」

「……大丈夫だ」

そう言う彼の姿勢は、俯き加減で合掌している状態。チャクラを練っているのだろう。捻り出さないとマズイレベルなのか。

「……適当に集めてくれれば、俺一人でもなんとかなると思う。無茶はどうかと」

「……これは試練だ。
 無理無茶無謀が必用とされるのは当然のこと。
 それに――お前一人に危ない橋は渡らせない」

……なんとも頑固だねぇ。

ならば信頼しよう。彼も限界に挑戦するならば、俺も挑戦しなければならないのだから。

さて、俺の役目だが、敵の殲滅担当だ。

役目だけ聞けば楽そうだが、実は割とシビアである。

まず、最大出力でカマイタチをぶっ放す。これはいい。問題は、余波でこの洞窟が崩壊しないかどうかだ。

それを回避するには、威力が高く、洞窟の横幅ギリギリのカマイタチを放たなければならない。

キツイぜ。熱波溶断掌が使えるなら、一直線に敵を溶断して外へと出れば良いだけなんだけど。

しかし、それは出来ない。一晩経って右手の状態は更に悪くなっていた。膿は湧いてくるわ水ぶくれが酷いわで、正直動かすだけでも苦痛だ。触りたくなんかない。

くっそ、火遁が使えればな。風遁の扱いは火遁ほど慣れてないんだよなぁ。

ネジとの喧嘩で風遁をもっと使っておけば良かった。小さなことでも積み重ねれば経験になるもんだぜ?

「……来るぞ」

シノくんの声が上がると同時に、フォーグラーが洞窟の入り口に顔を覗かせる。

一匹入り、更にもう一匹。

手に汗握る、とはこのことか。奴らに喰われるか、一網打尽にするか。一つ失敗すれば命取りとなる状況が揃い始めている。

もう後戻りは出来ない。やるしかないのだ。

五匹目が洞窟へと侵入する。しかし、その頃には一匹目のフォーグラーがすぐそこまで迫っていた。

しょうがない。

舌打ちし、左掌にチャクラを集中。

「玄之介、カマイタチはまだ――」

「分かってる!」

シノくんの警告に応じ、振り下ろされる鎌を払うと複眼に手刀を突き込む。

強いて言えばトマトを握り潰す感触に似ているか。やや硬質の目を貫いた感想はそんなところだ。

目を潰されたことで、俺を敵と認識したのだろう。フォーグラーは金切り声を上げ、それに続く形で後ろのフォーグラーも威嚇してくる。

くそ、左手だけじゃやりづらい。捌くのが若干キツイぜ。

六匹目が洞窟内へ。同時に、俺が相手をするフォーグラーが二匹に増える。身体を押し合いながら鎌を振り回す状況は、ちょっとシャレにならん。

風遁・操風の術。

風を収束、フォーグラーを押し出して少しの余裕を生み出す。そして――

七匹目が入ってくる。

「玄之介!」

「おうとも!」

大旋風を解除、蹴りを入れてフォーグラーとの距離を生みつつ、

「風遁・カマイタチ――」

左手で印を組み、叫ぶ。

「――最小規模・最大出力!」

腕の一閃と共に放たれる真空の刃。それはフォーグラーの胴を袈裟に一つ、また一つと引き裂いて出口へと向かう。

だが、やはり無理だったのか。カマイタチのサイズは通常よりも小さいが、洞窟の岸壁を削っている。

まずい。崩れるよりも早く脱出しないと、生き埋めになる。

「シノくん、出るよ!」

叫び、瞬身を発動。フォーグラーの死骸を飛び越して一気に外へと出るが――

振り返った瞬間、洞窟の奥で倒れているシノくんを見て息を呑んだ。

考えている暇はない。

すぐさま手甲に指を這わせ、一番ボタンを。煙と共に現れるのは忍具チャクラムシューターだ。

「シノくん、腕だけでも上げて!」

叫び、ブレードを射出する。

真っ直ぐに鋼線が伸びるも、シノくんに反応はない。

もう一度洞窟に入って瞬身で、と考えた刹那、シノくんは蠱を使って腕を押し上げていた。

それを見逃さず、俺はブレードを操作して鋼線を巻き付ける。そして巻き戻し用のモーターをロックし、振り返って右腕を前に突き出しつつ瞬身の術を発動。

投手のゴムチューブを使った練習のようだ。ぎ、とチャクラムシューターが悲鳴を上げるが、今はたたら爺さんの作った忍具の頑丈さに賭けるしかない。そして、鋼線でシノくんの腕が裁断されることも。

一瞬の拮抗の後、一気に俺の身体は前へと進む。

それに続いて現れるのは、鋼線を腕に巻き付けたまま宙を舞うシノくんだ。

背後で崩落の音を聞きながら、俺は慣性に耐えきれずその場へと倒れ込む。

次いで、シノくんが地面へと叩き付けられる音。

……うわぁ、受け身取れたかなぁ。

そんなことを考えつつ、俺はいそいそと身を起こした。










「……二日で終えるとは思ってもみなかった」

「あのー、シビさん?
 むしろこれって長期戦になればなるほどキツくありません?」

「……やはり如月は駄目だな。シノのためにならない」

……ぐっおー、人の話聞きやしねぇ!!

シビさんはシノくんを肩に担ぎ、俺たちは木の葉隠れへと向かっている。

フォーグラーを殲滅すると、シビさんはすぐに姿を現した。どうやらずっと見ていたらしい。やっぱ息子が心配なのかね。

「……シビさん。質問よろしいでしょうか」

「……許そう」

「フォーグラーって、かなり危険な蠱ですよね?
 っていうか実際かなり危険でしたよ。
 なんでそんな代物を下忍にもなっていないシノくんに当てたんですか」

「……シノが、お前に助力を乞うと言ったからだ」

……そうなんだ。

っていうか、なんだ? 俺が偏差値を引き上げたとでもいうのですか。そりゃーそこいらの下忍より強い自信はありますが。

「って、シビさん、俺がどの程度の実力があるのか知っていたんですか?」

「いや。
 ……ただ、如月の絶技を使われたら簡単にこの試験は終わっていただろう。
 それを考えてフォーグラーを用意したのだが、お前は絶技を一つも使わなかったな」

如月の絶技の威力、この人は知っているのか。

ぬーん。

やっぱり一族の技は最低でも一つは使えてないと駄目なんでしょうか、この歳だと。

キバだって四脚の術を使えるし、シノくんだって蠱使えるし。いのなんかも心転身の術使えそうだな、成績優秀っぽいから。

あの気持ち悪ささえなけりゃ、俺だって……。

「俺は如月の技をまだ使えないんですよ。
 その代わりにこう、体術なんかを嗜んでみたり?」

「……そうか」

……突っ込みがないのは寂しい。

「如月玄之介」

「なんでしょう」

「こいつは俺に似て無愛想だ」

「……まあ、そうかもしれませんが」

「だが、悪人に育てた覚えはない。……これからも、コイツと仲良くしてくれ」

そんな発言が飛び出たため、思わず目を見開いた。

……なんだろう。厳しい人、ってイメージがあったから意外かも。

まあ、言われなくても仲良くするけどさ。

夏の恐怖体験にしちゃあベクトルが違う代物を味わって、俺は日向宗家へと戻った。




[2398]  in Wonder O/U side:U 六十二話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 23:52


今日は午後の稽古が終わった後、演習場へとやって来ていた。

いつもの如くゲンマさんに忍術を――今回は熱波溶断掌を――見て貰うべく足を運んだのですよ。

んで、見せてみたんだけれど……。

「……イマイチ」

「そんなぁ」














 in Wonder O/U side:U















頭部を吹き飛ばされた木偶人形をはさみながら対面し、ゲンマさんは腕を組みつつ眉を潜めている。

「いや、本当に悪くないんだ。
 威力も高い。
 木の葉には火遁を使う者が多いから登録されたら需要もあるだろう。
 ただ、イマイチ」

「納得のゆく説明を求む」

「良いだろう」

そう言い、ゲンマさんは人差し指を立てて説明を始めた。なんなんだろう、あの指。

「練度が低いのは仕方ないとして……まず、見た目が派手だ。それだけで目にした忍は警戒するぞ」

「……いや、千鳥とかは?
 あれが暗殺用の奥の手だなんて信じられないんですけど」

「千鳥?」

……やべえ、地雷踏んだか。ゲンマさんは訝しげに首を傾げ、思い出したように表情を晴らす。

「……あー、はたけ上忍の雷切か。
 あれは別格だ。
 見た目は派手だが、披露された相手は確実にやられるだろうし――
 っと言うか、なんでお前はそんな技を知っているんだ」

「や、やだなぁ。
 ゲンマさんも知っているじゃあないですか。普通は知っているんじゃ? 有名だし」

自分でも分かるぐらいに頬を引き攣らせつつ、そんな言い訳。

おそらくは納得していないのだろうけど、まあいい、と溜息混じりに呟いて、ゲンマさんは説明の続きを始める。

「次。確かお前は、それを撃てても五発が限界と言っていたな」

「ええ。
 全快時で五発です。
 ただ、三発目以降は火傷を負うんで使いたくないですね」

「それは間違いだ。
 見た感じ、一発目から火傷の浸食が始まっている。
 傷が目立ち始めるのは三発目から、というだけだ。
 ま、医療忍術使える奴に聞かないと詳しくは分からないが」

言われ、思わず掌に視線を落とす。

……まあ、確かに一発撃つ毎に手がむくんだような感触がするけど。

「じゃあ掌の保護に回すチャクラを多くすれば……って、そんなことしたら熱を反発させちゃって威力が落ちますねぇ」

「ああ。
 自ら戦力を削ぐなんて馬鹿げている。
 戦術として組み込むならば二発まで。
 それも、初手で相手を仕留めるか仕方がない場合かの、どちらかでなければ使用は控えるべきだ」

ふんふん、と頷く。

やっぱ実戦経験が豊富な人のアドバイスはためになるなぁ。

「そして最後に。それは普通の忍じゃ使いこなせないぞ」

「なんでですか」

「雷切が写輪眼とセットで使う必用があるのは知っているな?
 ……というか、写輪眼を知ってるか?」

「馬鹿にしないでくださいよ。有名な血継限界なんですから、知ってて当たり前ですって」

「そうか。
 で、その理由だが。
 雷切の場合は凄まじい速度で接近するために、確実に相手に当てる、カウンターを喰らってはいけない、という二つの理由があって高い動体視力が必用とされるわけだ。
 ちなみに高い動体視力というのは、鍛えても手に入らない次元のことを指す。分かるな?」

「はい、分かります」

それは分かってる。

カカシ上忍だって写輪眼を移植していない頃は封印していたみたいだしね、雷切。いや、その頃は千鳥か。

血継限界がなければ手が届かない次元の動体視力が要求されるならば、使えるのは日向かうちはだけだろう。

うーむ。ハナビちんに熱波溶断掌を見せたのは正解だったのか失敗だったのか。

いや、乙女の柔肌が焼けるのは忍びないですよ?

「故に、この技を確実なフィニッシュブローとして使いたいのならば……言って良いのかなこれ」

「へいへい、なんでも良いから手段があるなら言っちゃいなよ」

ううむ、と呻き声を上げるも、ゲンマさんは割と乗り気だったり。

他人にうんちくを披露するのが好きなのかな。

「体内門の開放だな。
 あれならば、動体視力を水増し出来る……はず」

「断言出来ないのかよ。……まあ、合ってるけど」

「しょうがないだろう。
 実体験したわけじゃないんだから……って、なんでお前が断言するんだ」

と、言われてもなぁ。

ハナビちん誘拐の一件。巨大手裏剣を真剣白刃取りした瞬間、確かに俺は高速回転する手裏剣の刃を見切っていた。

通常ならば不可能な域の動体視力を手にしていたのだ。

ううむ。そりゃそうだよね。裏蓮華とかになると、姿が掻き消える速度で移動しつつ目標に打撃を当てるのだ。半端な動体視力じゃ周りの状況を把握出来ないだろうし。

熱波溶断掌は体内門の開放とセット運用か。完全なフィニッシュブローになるな、この技。

まあ表蓮華よりは肉体への負荷が少ないだろうし、悪いとは思わないけど。いや、表蓮華は会得してないっつーか、まだガイ先生が教えてくれないからどんなもんか分からないんですよ。

「……おい玄之介」

「なんでしょう」

「まさかお前、体内門とか空けてないよな」

「HAHAHA!
 まさかー。そんな高等技術、会得しているわけないですよー」

そんな胡散臭い笑いをすると、まあいい、とゲンマさんは頭を抱える。

「……なんでこんな小僧と仲良くなっちまったんだ」

「えぇー、別にいいじゃないですか。
 俺は助かってますよ?
 師匠にはこんな技見せた瞬間に『巫山戯るな!』って吹っ飛ばされるし」

「あのな。
 アドバイス程度は暗黙の了解として許されているとはいえ、基本的に忍は一般人に技術を教えてはならない、と規則であるんだよ」

「……俺はアカデミー生ですよ?」

「半分忍、半分一般人、みたいなもんだ。
 お前が禁術相当の忍術を使った時、俺の査定に響いたらどうするつもりだよ……」

ああ、それはごめんなさい。

けど、一応、今のところは誰かに見咎められたりはしてないからなぁ。

螺旋丸も師匠の前で使ったことはないし、体内門の開放だって自らの意志では今のところ不可能。如月の絶技も同じく。

ネジとの喧嘩で使っているのも、ポピュラーな術だしね。

いや、カマイタチは木の葉だとレアですが。けど、レアだけど、そんだけ。禁術ってわけじゃない。

「俺は平々凡々としたアカデミー生でやってますよ?」

「どこがだっ!」

ついに我慢の限界へと達したのか、跳ねるようにゲンマさんは俺の頭をヘッドロック。痛いですの。

……ところで。

「ねえ、ゲンマさん」

「なんだ」

「なんか演習場、前に俺が来た時よりも人が少ないような」

「……ああ」

人が少ない、というのは当たっていたらしく、ゲンマさんは俺の頭から手を離すと遠くを見るような目つきになる。

「あの馬鹿共がな……。
 ハナビ様がいないのならばここへと来る理由はなくなった、と」

うわぁ……。

思い出すのはハナビちんの髪飾りを探してくれたペド……もとい、幼児が好きな忍達である。

そうか。……そうか。……………………そうか。

「……大変なんですね、ゲンマさんも」

「ああ。
 奴ら、演習の時間割いて今日は幼稚園の遠足同行任務に行ったり。
 ……Dランクなんだぞおい。それなのに……それなのに……っ!!」

「どーどー。気にしたら負けです。きっと良いことありますって」

項垂れたゲンマさんを宥めつつ、どうしたもんかな、と視線を逸らす。

そうしたらそこには見覚えのある少年の姿が。

「……ん、サスケだ」

「……うちは? お、本当だ」

フェンス越しに演習場を眺めているのはうちはサスケくんですの。

彼は俺に気付くと、軽く手を挙げて挨拶してきたり。うわぁ……アカデミーでも思ったけど、アイツ本当にサスケかよ。

ちなみに最近の彼は、口ベタだけどやることは高水準できちんとやるイケメン優等生、という位置付けです。想像していたよりクラスの女子が五月蠅かったり。うむ、イケメン死すべし。ハーレムを作り得る存在など世の中の男性諸君にとって天敵なのだ。

まあ俺は別にいいんですけど。ロリコンってわけじゃないからね。

む、なんか手招きしてる。

「ゲンマさん、ちょっと行ってきますね。んじゃあ、また今度ー」

「おう」

そう、短い挨拶を交わして走り、フェンスを跳び越える。

礼儀のれの字もない登場方法に、サスケは目を見開いていた。

「ちわっす。どうしたのさ」

「いや、お前……なんで演習場に出入りしてるんだよ」

「……なんでだろうね」

そう言えばなんでだっけ、俺が演習場に出入り出来るようになったの。

……多分、雰囲気とか勢いとか、そこら辺だったと思う。あとはハナビちんと薙乃の魅力とか。

そんなことをサスケに言うわけにもいかないため、適当にお茶を濁してみたり。

「まあ深いことは考えないで。……サスケは、演習場を見学でもしていたの?」

文字通り、見て学ぶ。そういうことが出来るんだよなぁ、歳の割にコイツ。見て覚えるなんて出来るようになったの、俺は何歳の時だっけか。

「ああ。
 少し稽古で行き詰まったから、気分転換も兼ねてな……そうしたらお前が演習場にいるんだから、驚いたぞ」

「そりゃそうか」

ま、普通そうだよね。

「なあ、玄之介」

「なんだい少年」

「組み手に付き合ってくれないか? 朝顔もナルトも、体術が下手なんだよ」

「えぇー、ナルトはともかく、先輩は割と身のこなしが良いと思うけど」

「身のこなし=体術得意ってわけじゃないだろ?」


それもそうか。なんだろう。当たり前のことを突っ込まれて少し悔しい。

まあ、いいか。

「オッケー、付き合うよ。
 ただ、無事に帰れるとは思わないこった。
 ちょっと鬱憤溜まっているから手加減しないぜ」

「上等。それじゃあ――」

と、二人して演習場へと入ろうとした瞬間だ。

「あー! サスケくん、こんな所にいたのね!!」

耳にキンキンと鳴る類の声が届きましたよ。

視線を向ければ、そこには春野サクラ嬢。彼女には先輩も俺も一切介入していないので、変化は微塵もないです。

そんなナチュラル春野は遠慮なしに近付いてくると、サスケに寄り添って俯き加減に。あ、若干サスケが引いてる。可哀想に。

俺だって引くぞこれは。

しかし俺の心の声も届くわけがなく、春野はサスケを見上げてマシンガントークを発動。

「もう、いつものところに行ったらサスケくんが出て行ったって聞いて探し回ったんだからね。
 ね、今は何をしていたの?」

「演習場で――」

「勉強熱心なんだね!
 ねえ、これから暇? もし良かったら、一緒にあほ茶に行かない?」

「いや、これから玄之介と組み手を――」

「あ、ごめんね? じゃあ、如月くんなんかじゃなくて私と組み手をしようよ!」

……なんか、と来ましたか。

っていうか会話が繋がっていない気がするのは俺だけ?

そしてサスケ。若干頬を引き攣らせてはいるものの、春野に拒絶の意志を表さない辺り、成長してるなぁ。

しかしそれも限界近いっぽい。蚊帳の外に置かれている俺は除外されているわけだが、こんな風に考え事をしている今も春野のマシンガントークは続いているのだ。

徐々にぎこちない笑みは鬱憤を耐える笑顔へと。

嗚呼……。

「……サスケ。思い出したんだけど、先輩がお前のこと探していたぞ」

「……は? いや、そんな――」

と、そこまで言って口を噤む。そして溜息と共に安堵して、

「悪い、サクラ。朝顔が探しているみたいだから」

じゃあな、と猛スピードで消え去った。

すげえ逃げ足。

うむ。頭の回転は悪くない。俺が言ったことは真っ赤な嘘ですの。

しかし、嘘でも本当でも二人っきり――俺いるけど――の時間を邪魔された春野は苛立ちすら浮かんだ瞳を俺に向けたり。

「……なんでしょう」

「なんで邪魔するのよ。
 折角サスケくんと二人っきりになれそうだったのにー!!」

「いや、仕方がないっしょ。サスケにも用事があったんだからさ」

「そんなこと聞いてないわよ。
 如月くんが余計なことを言うから、チャンスがなくなったんでしょ!!」

あ、あれ、なんだろう。こう、久々に――

「何よもう!
 あの朝顔って先輩も、ナルトもヒナタも四六時中サスケくんにくっついて練習してるし!
 二人っきりになれる機会が本当に少ないんだからさ!!」

こう、理不尽な――

「それなのに折角見つけた時間を、よくも邪魔して――」

「――――少し、頭冷やそうか」

呟き、春野の足下へと火遁・炎弾を連射。

ドゴーンドゴーンドゴドゴーンと爆炎が上がるけど気にしない。

……さて、介入するか。












「いや、本当にいいのか? 玄之介」

「いいっすよ、たたら爺さん。血反吐が出るまでしごいて下さいー」

「しかしだな……」

「飛天御剣流を世の中に広めたいとかこの前言ってたでしょー。
 後継者を連れてきてあげたんだからむしろ感謝して欲しいっすよー」

ちなみに俺の台詞、全て棒読み。

うん、なんだろう。こう、理不尽な怒りが胸の中に渦巻いているのですよ。

春野がサスケにちゃんと向き合うのは中忍試験。その時までは常にあんな感じなのだと思う。

故に、修正してやる。

……いや、恨みを晴らそうとしているわけじゃないっすよ? 彼女だって強くなれば、どんだけサスケが頑張っているのか知るわけで。そうすれば自然と大人しくなる……もとい、ちゃんとサスケを見て行動するようになるかな、っていう配慮ですよ。

ええ。決して、それ以外の思惑はありません。決して。

ちなみに春野サクラさんは、工房の仮眠台で眠っております。正確には、気絶しております。

たたら爺さんも言葉は乗り気じゃないとは言え、鍛錬用の刀を何本も用意している辺りやる気がありそう。

よろしい。大変よろしい。

やっべ、わくわくしてきた。

春野さん。あなたには身の程というものを思い知っていただきますよ?

などと、どう考えても悪役的な思考をしていたら、だ。

服を煤まみれにした春野は目を覚まして起き上がった。

「……ここ、どこ」

「ようこそ春野。ここは日向宗家の中にある忍具工房さー」

そして目を覚ました春野は、俺を見ると目の端を吊り上げて烈火の如く怒り始める。

「如月くん、あんたねぇ……。
 女の子に火遁をぶっ放すなんてどういう神経しているのよ!
 火傷痕とか残ったら責任取ってくれるんでしょうね!!」

「春野に向けたんじゃないよ。地面に向けて撃ったんだよ。誤射だね?」

「納得出来るかー!!」

んなろー、と拳を俺へと振り回す春野。

うっわ、早っ。

けど、まあ……。

軽く身体を逸らしつつ、掌でそれを受け止める。

お約束のように俺が殴られるとでも思っていたのか、春野は目を見開いて動きを止めた。

さて、始めよう。

「あのさ、春野。お前、サスケのこと好きなんだよね?」

「な、ななななな?!」

バレバレだとしても、乙女の秘密を暴露された春野は軽くテンパる。

しかし、今こそが好機。一気に押し切る。

「別にそれはかまわないんだけどさ。
 明らかに迷惑がっている奴に付きまとうのって正直どうなの、と思うわけですよ俺は。
 そこら辺自覚ある?」

「……余計なお世話よ」

……ああ、自覚っつーか、思い当たる節はあるみたいね。

「アイツもアイツで色々と忙しいんだよ。
 だから、接し方を変えるとかして努力した方がいいと思う。
 悪いとは思わないの? 鍛錬に燃えているところへ水を差すのが」

「け、けど頑張っているんだったら気分転換も必用かなって……」

「都合の良い言い訳はいらない。
 分かっているんでしょ?
 サスケは気分転換なんて必要じゃなく、ただ単純に練習へ打ち込むのが一番良いって」

「知ったようなこと言わないでよ! 私でも分からないのに、如月くんに分かるわけないでしょ!!」

「ま、ね。……けど、強くなろうとしている人間の考えていることなら分かるつもりだよ」

……そうなんだよね。

強くなろうとしている人間には基本的に周りが見えなくなっている。そんな余裕はないのだろう。介入されて諦めたのかどうかは知らないけれど、サスケにはイタチを殺すって目標があるし。

そこら辺は俺と一緒かな。取り敢えず俺の目標は、木の葉崩しを乗り越えること。

今の俺はそのために力と技を積み上げている。どうにも此方側に愛着が湧いてしまって、放っておくことが出来ない人が多くなってしまったのだよ。

ま、俺如きが誰かを守るなんて言えた義理じゃないんだけどね。

そんなことはどうでもいいから話の続き。

「春野。普通がどうなのか俺は知らないけど、ゴリ押しだけじゃ駄目だと思うよ」

「それは……でも、それ以外の方法が思い浮かばないし」

「思い浮かんでるよ、春野は。演習場で言ったじゃん。私と組み手を、って。まあ、今の春野じゃ練習云々以前にお荷物だろうけどさ」

我ながら心ない言葉のオンパレードですの。

しかし、ここは直視したくない事実を伝えなきゃね。

「付きまとっても迷惑、一緒に練習も出来ず。君がサスケと触れ合う機会は皆無と言っても良い」

「……そ、そこまで言うことないでしょおっ!」

春野、軽く涙目。

よし、今だ。

「けど、それは今の君だったら、だ」

そう言い、壁に立て掛けられた刀を手に取り、

「せめてサスケと一緒に稽古が出来るぐらいにまで強くなれば、どうかな?」

握り締めた刀を春野へと差し出す。

彼女はそれを軽く一瞥し、暫くの間逡巡すると、おずおずと刀を手に取った。

――契約、成立。

「けど、強くなるって言っても……」

「うむ……その強くなる、っていう方向性は俺に任せてもらえない?」

「え?」

「ちなみに、簡単に力を手に入れられると思ってはいけない。
 取り敢えずは合宿だねー。夏休みはあと二週間と少し残っている。
 それを全て注ぎ込んで、ようやくサスケと一緒に稽古が出来るレベルになると俺は睨んでいるよ」

……いや、嘘ですが。正確には、春野の才能がどの分野に開くのか良く分からないので、どれだけの時間が掛かるのか分からないのです。

俺のように不得意分野を間違って鍛えるより、得意分野を鍛えた方が良いはずだ。

俺が知っている春野の才能は、チャクラのコントロールがサスケよりも上手いってことぐらい。幻術系、と言われていたが結局彼女が花開いたのは医療忍術と綱手姫の怪力コピー。

それでも最も適した分野ではなく、チャクラコントロールが得意ってだけでそれなりの実力を身に付けたのだから、もしかしたらチャクラコントロールに関してはサスケを凌駕する才能を秘めているのかもしれないし、違うのかもしれない。そこら辺は俺だけでは判断が出来ない。

何がどう成長して完成するのかなど、本人の興味と環境任せだ。原作では綱手姫という最高位の忍がいたから彼女に指示を仰いだのは正しいだろう。

だが、彼女は今、木の葉にいない。この状況で春野が強くなるには、原作の方向性と大きく外れなければならないのだ。

「……如月くんが教えてくれるの?」

「いや。……君の師匠となる人はこちら。忍具職人のたたら爺さんです」

と、手で示したらあからさまに春野は顔を顰めた。

おい、失礼だぞ。

そうなのだ。俺はまだ未熟な上、経絡系などの構造が普通の忍と懸け離れているので、自分の感覚で他人に基礎技術を教えたくはない。それで迷惑を掛けるようなことなどしたくないのだ。

師匠は俺とハナビちん、ヒナタの面倒を見ているし、薙乃さんも同じく。

それ故に、たたら爺さんである。

春野をここへと拉致って来て、取り敢えずの話はした。

チャクラコントロールと幻術方面に才能があるよ、と伝えたら、難しいがなんとか、と返事をもらえたのだ。

ただ、剣術がどうなのかは知らないのでそこら辺は零からの開拓となるだろう。

さて、どうなることやら。

「初めまして……春野、サクラです」

「ああ。よろしく、サクラ。
 今日のところは家族に許可をもらい、稽古は明日から始めよう。
 いいね?」

「あ――はい」

どこか拍子抜けしたように目をぱちくりさせる春野。

うーん。たたら爺さん、かなりの強面だし怖いのかな。穏やかな発言がかなり意外そうだ。

「で、では、私はこれで……」

そう言い、彼女は俺から渡された刀をたたら爺さんに返そうとする。

だが、爺さんはそれを手で遮ると、薄く笑みを浮かべた。

「持って帰りなさい。
 それは、明日から君の手となり足となる。大事な身体の一部とするんだ」

「えっ……と。これを?」

「ああ。俺が教えることが出来るのは、基礎技術と剣術ぐらい。……それでいいんだろう、玄之介?」

「ええ」

「えっと……それじゃあ、よろしくお願いします」

軽く頭を下げ、春野は刀を抱き締めながら工房を後にした。

あー、腰にどうやって下げるのか分からないのかな。なんか背中に入れようともしてるし。

そんなことを後ろ姿を見つつ考えていた。







[2398]  in Wonder O/U side:U 六十三話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 23:53


さて、午後の鍛錬終了。

ハナビちんの誘いを断って、俺は日向宗家所有の森へと進む。

ちなみに今まで明かしていなかったが、屋敷を含んだ日向邸の広さは、向こう側の基準で表すと四万四千平方メートル。東京ドームに僅かに届かないレベル。実際に行ってみると思ったよりも広くない東京ドームだけど、ここの場合は草木で足場が悪いから酷く広い感じがするぜ。

俺はたたら爺さんに手渡された地図をコンパス片手に進んでいる。

春野が大荷物を持って日向邸へと来たのは三日前だ。まあ、大部分の荷物は邪魔と判断されて現在は工房にあるのだが。

春野がしごかれている場所は森の中心部。外からの音は届かず、たたら爺さん曰く、そこは完全な人外魔境と化しているらしい。

師匠の方針で人件費削減の煽りを喰らい手入れが行き届いていないんだとさ。厳しい世の中だ。

……なんだろう。地図に従って進んでいるのに、段々と明かりが少なくなってきたぞ。

頭上には天蓋のように木々の枝が伸び、まともに日光を浴びられない雑草は背が低い。

なんか原生林とかを彷彿とさせるな。

などと考えていると――

「死ねぇえええええ!」

咆吼と共に剥き出しの殺気が叩き付けられ、そちらの方向へとチャクラを張った掌を突き出す。

そして腕を震わせるのは、高速で叩き付けられた鋼。

それを見て、やべ、と思ったのだがもう遅い。

脊髄反射で動き始めた身体は止まらない。そのまま腕を引き敵のバランスを崩すと、全力で膝を腹部へとぶち込んだ。

そして白目を剥きぐったりとなる敵――もとい、春野さん。

……なんで俺、襲われたんだろう。

「……おいおい。女の子の腹に膝を入れるか、普通」

そんなことをのたまって雑草を切り払いながら近付いてくるたたら爺さん。腕を一閃する毎に雑草が切り払われ、森の中には不自然な道が出来る。庭の掃除に便利そうだ。

「何言ってるんですかたたら爺さん。
 逆刃刀とはいえ、殴られたらシャレにならないですよ」

そうなのだ。春野が持っていたのは逆刃刀。たしか練習用にだったかな。

んー、まあ、いいのかな。練習するなら慣れる意味も含めて真剣でやった方がいい気もするけど、武器に慣れる云々以前に刃物を振り回すことを当たり前のように考えるようにしないとか。

武器一つ持つだけで割と人間は性格なりが変わったりする。それを防ぐためなのか、徐々に徐々ーに刀を持つための心構えを持たせたのかね。

先程の俺の言葉に、そうだな、と頭を掻いて苦笑する胴衣姿の鋼たたら。ちなみに春野も胴衣姿です。柔術着だったか、剣道着だったか覚えていないけどそんな感じ。袴の色は爺さんが紺。春野は薄紅。

「春野の様子はどんな感じです?
 殺気だけは――っていうか、殺気しか一人前じゃありませんでしたけど」

だけどそんなもんが一人前でも敵に察知される要因なんだから、褒められたもんじゃないです。

たたら爺さんは力なく横たわった春野を肩に担ぐと、投げ出された逆刃刀を鞘に収める。

「うむ。
 お前の言ったとおり、チャクラコントロールの分野には希有な才能を持っているな。
 しかし、どうにも接近戦は駄目だ。そこら辺は性格というか性癖が原因なので改善は可能だがな」

「性癖?」

「ああ。
 殴るのはともかく、殴られるのは嫌いなんだ、この子は。
 誰だってそうだが、この娘はそれが人一倍強い。
 ま、二週間もここで山籠もりを続ければなんとかなるだろう」

ですよねー。

うん。さっきの春野、軽く錯乱していたし。あそこまで追い詰められるほど厳しいんだろうか、たたら爺さんの稽古。

「……どんな稽古やってるんです」

「お前も参加するか?」

「リアルでひぎぃはノーサンキュ」

「は? ……まあ、お前が参加してもヒアシに稽古を受けているんだ。この程度は当たり前、って様子になるだろうから、余計にサクラは怒るだろうな」

……そうなんだ。

っていうか、師匠並に酷いのか。そりゃあただのアカデミー生にはキツイっすよ。

「ところで俺、なんか恨まれることしましたっけ?」

「ああ、なんかな。
 素振りとかしている最中、『騙された。玄之介殺す、殺す、殺す。絶対殺す』と呟いていたぞ」

うわぁ……なんか下の名前で呼ばれていますよ。

「お前が近付いているな、とサクラに伝えたら、稽古を中断してすっ飛んでいったんだ」

そうか。あんまりにも理不尽な状況だから俺に責任持たせて、なんとか正気を保っているのか。

不憫な春野。泣けてくるね?

無情な世間に正しい憤りを抱きつつ、俺は小さく頷く。

「で、たたら爺さん。三日経ったわけだけど、何を教えたの?」

「ああ。
 一日目は柔軟体操と軽い準備運動をやったら完全に伸びてな。
 こりゃー普通にやっても駄目だと思って、殺気を込めた不意打ちなんぞをたまに放つことで集中を保っている」

……ひでぇ。そりゃー長時間集中が保つでしょうよ。

「で、教えたことだが。
 木登りと剣術。それだけだ。
 何分短期間の稽古だから、伸ばすべき長所と必用なことだけを叩き込むことにしたよ。
 二週間無事に抜けることが出来れば、基礎体力も標準を上回るだろう。あと、サバイバル能力もな」

……なんか身に覚えがある訓練だ。

俺も里の外に出ている時は半強制的にサバイバル能力を鍛えられたからなぁ。生活環境が劣悪だったから基礎体力が高くないと簡単に病気になるし。

まあ、頭で覚えるんじゃなく、身体で覚えたことはそう簡単に忘れないから効果的っちゃーそうなんだけどさ。

「まあ、状況は把握しました。四日後ぐらいにまた来ます」

「おう。その頃にはサクラも組み手が出来る程度にはしておこう」

「……出来るの?」

「ほぼサクラが負けるだろうが――
 まあ、それも良い経験だ。技術が身に付けば増長する。
 お前は伸びた鼻をへし折ってくれれば良い」

なんという鬼畜。

もしかして日向宗家に仕えている人って、スパルタンな思考が多いのかな。

それじゃ、と手を挙げてたたら爺さんに別れを告げる。

春野も頑張ってるし、俺も頑張らなきゃね。














 in Wonder O/U side:U











女中さんに回覧板を届けて来て、と言われ、お使いに出掛ける。

そう、お使いなのだ。

日向邸は馬鹿みたいに広い。そのせいでお隣さんとの距離は三百メートル近く離れているのですよ。

なんだよこれ。金持ちめ。

手持ち無沙汰なので回覧板に目を向ける。

ええと……花火大会? そんなのするんだ。

時期は丁度キバが帰ってくる頃だね。遊ぶって言ったし、丁度良いかもしれない。

出店とかもあるんだろうか。でもハナビちんは外に出れないしなー、などと思っていたら、だ。

「玄之介」

野生の 白目が あらわれた!

まあ、ネジなんですけど。

彼はいつもの如く不遜な態度で、腕を組みつつ俺の前に立ち塞がる。

「……まあ、ちょっと待ってな。回覧板届けてから」

「良いだろう」

ふむ、と小さく頷いて俺の後に続く白目。

どうにも気を立たせているのが馬鹿馬鹿しいと悟ったのか、最近のネジは随分と丸くなった。

ハナビちんの一件が終わった後に薙乃を激怒させるような悪態を吐いたこともあったが、あれはコイツのアイデンティティーみたいなもんだしなぁ。

……俺も俺で、白目の扱いを覚えたのかもしれない。

コイツは融通が利かないのだ。よく言えば一本気。悪く言えば猪突猛進。クールなのは余裕がある時だけです。

……なんかショック受けたんだよね。原作読んでた時はクールで静かに燃える天才キャラ格好いい、とか思っていたんだけど。

ま、今のも今ので人間味があるから好きなんだけどさ。

どうもー、と挨拶してお隣さんに回覧板を届けると、溜息吐いて白目と対峙する。

……今日も暑いなぁ。

木の葉は夏真っ盛り。一年中温暖と言ってもやはり夏は気温が上がる。

そうだ。

「おう白目」

「なんだ劣等」

「賭けしようぜー。負けた方がアイス奢りで」

「……良いだろう」

あ、一瞬迷いやがった。

そりゃそうだよね。今のところ十五勝一敗一分け。こんな野郎には負けないのです。

運動した後のアイスは美味しいだろうなー、などと考えて演習場へ向かおうとしたのですが――

「ここにいましたか、ネジ」

息を弾ませて現れた少年に、俺たちは脚を止める。

ええっと、誰だっけ。

ええっと……。

ええっと……………………。

あー! リーだよコイツ!! おかっぱじゃないから気付かなかった!!!

外に跳ねた髪型が特徴的な、丸い目をした彼。

リーは膝に手を当てて身を折りつつ息を整えると、真っ直ぐにネジを見据える。

「勝負です。今日こそあなたに勝ちますよ、僕は!」

……なんだろう。流行ってるのかな、勝負事って。

しかし未来の彼ほどじゃなくても熱血しているリーに向け、ネジは嘲笑混じりで鼻を鳴らす。

「お前じゃ俺の相手にならない。それに、俺はこれから玄之介と模擬戦をするんだ。余計な体力を使って、負けた言い訳にしたくないんでな」

……不遜な態度な割には言っていることがちっちぇえですよ白目。

「……なあ。どうせ今回も負けるんだし、別にいいじゃないか」

「な、なんだと?!」

「最初の一勝だけじゃーん。引き分けだって一回だし。負けは見えてますよー?」

「巫山戯るな! それに引き分けは二回だ!! 都合の良い解釈をしないことだな!!!」

「あ? ネジママに止められた時のこと言ってるのかお前。
 あと一息で白目様がノックダウンだったんだから俺の勝ちだろうがよ!!」

「なんだと貴様――!!」

などと低次元な言い合いをしていたら、だ。

「……あの、玄之介くん」

不意にリーに声を掛けられたため、急停止。

「何?」

「ネジが駄目ならば、君が僕と勝負をしてください。
 君に勝てばネジよりも強いってことでしょう?」

「……まあ、いいけどさぁ」

渋い顔をしつつ了承する我。

どうしよう。本気で潰しに掛かって良いのか、手を抜くべきなのか微妙だぞ。

などと思案する俺と違い、何故かネジは得意顔。

「リー。お前の熱意は買うが、玄之介には勝てないぞ」

「なんでテメー様が偉そうなのか、五十文字以内にまとめて提出して貰えませんでしょうかね」

「……リーと戦う前に、俺に潰されるか? 泣かすぞ、小僧」

「言ってろ白目。広いデコを更に広げてやろうか?」

「げ、玄之介くん! 是非お願いします!!」

また始めようとしていた白目と俺の合間に割り入って、リーはぎこちない笑みを浮かべていた。










そして演習場へ。

ゲンマさんは演習場に入り込むアカデミー生が増えたことに頭を抱えていたが、無視。

五メートル程度の間を置いて、俺とリーは対峙する。

んで、軽く彼を観察。

やはり体術の鍛錬は怠っていないのか、構えも慣れたもんだ。

しかし、アカデミー生である以上我流の色が強い。ガイ先生と比べて、最初の時点から隙がある。敢えて隙を作っている、という線もあるが、彼の場合は適応されまい。

……本当、どうしよう。本気出して潰すのが良いのか、手加減させて悔しがらせるのが良いのか。不死鳥の如く蘇るリーとはいえ、まだガイ先生と知り合ってないのだ。精神的なリザレクションが必ず掛かると思ってはいけないだろう。

むーん。

などと考えていたら、だ。

「――行きます!」

叫び、リーは低い姿勢のまま疾走を始める。

嗚呼……。

軽く溜息を吐き、片手で鉢巻きを解く。

そして繰り出された拳を首を傾げることで避け、擦れ違い様に鉢巻きを喉に引っ掛ける。

そして交差させることで締め、投げ飛ばす。

それで終わらない。落下して軽くバウンドしたリーを手繰り寄せ、無防備なリーの腹に蹴りをぶち込む。

それで終わり、嘔吐きながら腹を押さえるリーを見下ろしつつ、俺は鉢巻きを締め直した。

……うん、ごめん。俺が本気を出せる技量に彼は達していなかったんだ。

となると、一気に伸びるのはガイ先生に師事し始めてからか。一年であそこまで行くんだから、ノーセンスって訳じゃないっしょこの子。努力してもやる気があっても本当に伸びない人間は伸びない。

ただ、目標としている白目がハードル高すぎるだけで、すごく強くなると思うんだよね、リーは。

「大丈夫?」

「は、い。……なんとかっ」

軽い罪悪感を抱きつつ蹲ったリーに手を差し伸べる。

無理矢理に吐き気を堪えているのだろう。顔を強張らせながら、リーは差し出した俺の手を握り、笑みを浮かべる。

「強いですね、やはり。打ち合わせてもくれなかった」

「ソイツは絡め手が好きなんだ。
 組み手ならばともかく、模擬戦で勝とうなどと百年早いぞ」

「黙ってろ白目」

な、と一瞬で沸騰する白目はパーフェクトスルー。

「ねえリー。一つ質問したいんだけど」

「なんでしょうか」

「強くなりたい?」

唐突に俺が放った言葉は、彼の心に吸い込まれただろう。苦痛すら忘れた、といった様子で目を見開く。

うーん。春野といい、最近はこればっかだな。あんまり面倒見が良い方じゃないつもりなんだけど。

「勿論です。僕は、強くなりたい!」

「よっし。ならば、新学期が始まったらその日の二限から屋上に来るように。OK?」

「は、はい!」

何を想像しているのだろうか。リーは顔を輝かすと、よろしくお願いします、と頭を下げる。

「ああ、それと……」

「なんですか玄之介くん!」

「負けたから、アイス奢ってね」

「……え?」









なんか絶頂からどん底へと突き落としたみたい。リーは体育座りで演習場の隅にいます。

……く、空気読まないことをしちゃったかな? いや、読んだ上で、敢えて言ったのですよ?

「じゃあまあ、始めようか」

「別に良いが……お前、二つも食べるのか?」

「ノンノン。あほ茶にあるパフェを二人で割り勘してもらいますよ。
 って言うかやる前から負け宣言? お兄さん関心しないなぁ」

「ほざけ!」

開始の合図を待たずネジは柔拳の構えを取りつつ特攻してくる。

んじゃまあ、こっちも。

左手を突き出し、右腕を脇に。そして瞬身を発動し、真正面からネジとぶつかり合った。

応酬は刹那だが、数は多い。

果敢に挑んでくるネジの掌を捌き、隙を窺う。やはり夏休み中は鍛錬を欠かさなかったのか、前学期よりも冴えているね。

ま、暑いのは嫌だしとっとと終わらせよう。

右の掌を、俺は同じく右で外側に弾く。そして一気に間合いを詰め、肘を入れるために一歩を踏み出した。

しかし、何度も俺と戦っただけはあるか。ネジは左掌を肘に当てて防ぎ、小気味良い打音が反響する。

だが、残念。

「焔――」

受け止められた肘を支点とし、そのまま身を反転させ、

「――槌」

後頭部へ右の肘を叩き付けた。

しかし、それも外される。

いや、外されるというのは正しくない。ネジは後頭部をやられるぐらいなら、と思ったのか、首を捻って肘を頬に受けた。

……マジかよ。首、大丈夫?

などと心配するほど俺は博愛主義ではないのであった。

意識を朦朧とさせたたらを踏むネジを見据えつつ、俺は円を描くように腕を回し、

「ディバイン――」

右腕を脇に構え、

「――バスタァァァァー!」

掛け声と共に、柔拳・焔捻子を鳩尾へと叩き込む。

掌に肉を捻子る嫌な感触を確かめつつ、一瞬で練り込んだチャクラを放出。

どうやら俺の勝ちみたいだね?

チャクラの槍とでも表現すれば良いのだろうか。切っ先を潰された武器を突き込まれ、捻子は四肢を投げ出した姿勢で吹っ飛ばされる。

そして鈍い音を立てて落下。そっから転がり、止まっても奴は立ち上がってこない。それもそうだろう、柔拳・焔捻子は本家本元の柔拳と少しだけ毛色が違う。

通常の柔拳は的確に経絡系を狙ってチャクラの流れを阻害するが、柔拳・焔捻子は経絡系も何も関係なく相手の体内へと螺旋状にチャクラを叩き込んでチャクラの流れを強制的に乱す技。

早い話がチャクラの浸食汚染だ。チャクラコントロールに優れた忍ならばすぐに乱された流れを修正できるだろうが、それでもコンマ一秒単位で動きは止まる。慣れていない者ならば秒単位でチャクラの恩恵による肉体強化が不可能となるのだ。

種類としてはトドメへの準備技なのだけど、白目相手ならばこれで充分。こうやって倒れている状態に豪火球を打ち込めば勝てる。アイツもそれを分かっているからこそ、負けを認めないなんて愚かなことは言わないのだろう。

「いえー。十六勝目ー!!」

「……す、すごい」

なんだかリーに賞賛された。いや、普通ですよ。

まあ、アカデミーではなるべく喧嘩しないようネジに言い付けてあるから、俺との喧嘩が珍しいんだろうね。

「……な、なんだ今のは。新技か」

そう言いつつ、やっとって具合で立ち上がる白目。

「いや。叩き込むチャクラを増やしただけだよ。柔拳・焔捻子だってば」

「いやしかし、でぃばいんばすたー、と」

平仮名っぽい発音だ。

「ああまあ。掛け声はちょくちょく変えてるから」

嘘だけど。その時の気分です。

全力全壊の方が良かったかな。あ、誤字じゃないよ。

まあいい。

「そんじゃまあ、あほ茶行こうかー」

と、俺が平然と言ったら、二人して顔を顰めましたよ。

失礼な連中だ。












[2398]  in Wonder O/U side:U 六十四話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 23:54


暑いので夏は昼間でも道場の中で稽古を行っております。

と言っても、熱気が籠もるのでここも大変暑いのですがね。直射日光がない分マシなんだけど。

時折吹く風が、火照った身体に心地良い。

なんて風に思考を逸らすのはまずかった。

突き込まれるハナビちんの掌を弾き、必殺ではなく牽制の威力で掌のカウンター。

だが、それが当たる前に引いて本命の右掌を。

ここ一ヶ月近く、俺の生活はアカデミーに通う前のものとなっている。それもそうだろう。本来はアカデミーに行く必要なんてない。下忍になるためだけに通っているのだから。

しっかし、ここ最近あまりハナビちんと組み手をしていなかったせいか軽く驚かされた。

彼女は技量を着実に上げていたのだ。俺がアカデミーに行っている間も一人で頑張っていたのだろう。健気だ。

忍術込み木の葉流剛掌有りの模擬戦ならば常勝無敗なのだけど、柔拳だけの組み手だと若干ヤバめ。本気近くまで頑張らないと勝率が下がる。

って、

縮地の要領でハナビちんは体勢を低くし、大股で俺の間合いへと踏み込んでくる。

マズイ、と判断して迎撃の掌を放つも、彼女はわざと掌を身体に掠らせて尚接近する。

肉を切らせて、ってやつか。

小柄なハナビちんの真価は、敵の懐に入って初めて発揮される。彼女にしてみれば目の前が急所のオンパレードとなるのだから。

俺は俺で急所を避けて攻撃しているもんだから、って――

俺の放った肘と膝の両方を、円を描くように回して受け流す。

そして短く息を吸い、

「柔拳――」

咄嗟にバックステップを踏む俺にもかまわず、ハナビちんは右掌にチャクラを集中し続ける。

そして、

「――焔捻子」

掌が突き出される。飛び退ったことで俺の身体を抉ることはなかったが、彼女の場合はそれで充分。この技は相手へ掌をめり込ませた状態でなければ発動不可能だが、ハナビちんには白眼があるのだ。

触れた部分から経絡系へとチャクラが流し込まれ、それで俺は身体を硬直させた。

そして追撃、左の柔拳・焔捻子。

嗚呼、俺が教えた双掌・柔拳焔捻子か。

避ける術はなく、俺は息を吐き出しつつぶっ飛ばされた。一気に風景が流れ、壁に叩き付けられたことで振動が頭を揺さぶる。

咄嗟に受け身を取ったから後頭部は無事だけど、これは……。

壁に張り付いていた状態からなんとか脱し、着地。顔を上げれば、ハナビちんは信じられないといった様子でトドメ状態から動いていなかった。

「……負けだな、玄之介」

「……負けましたね、主どの」

「……負けたのか、俺」

……マジかよ。

「えっと……やったー! 玄之介に勝ったー!!」

師匠の前だということも忘れて、ハナビちんは猫を被らず飛び跳ねて嬉しがる。

……ごめんなさい。素直に悔しいです。

いや、そりゃあ最近は忍術の方に熱を入れていましたよ? けれども柔拳の鍛錬だってサボらなかったし……けどさー。

……くそう。言葉に出来ない。

息を整えて立ち上がり、いつの間にか強張った顔を解すとハナビちんの元まで歩く。ま、変な顔をお姫様に見せて困惑させちゃ可哀想だ。

「……すごいね。初めてじゃんか」

「頑張ったもの! ね、玄之介。約束覚えている?」

「約束?」

「なんでも言うこと聞いてくれるって……覚えてないの?」

あ、泣きそう。満面の笑顔が一瞬で歪みましたよ。

あああああああ。

「じょ、冗談だって!
 都合が悪い時のジャパニーズジョークだって!!」

嘘だけど。

あっれー? そんな約束したっけか。

したようなしなかったような。

やっぱ人間、不利な約束事は忘れるものなのかね。

で、ジャパニーズジョークの意味を分かっていないお姫様は笑みを取り戻す。

「じゃあね、一緒にお風呂!
 それで、お話聞かせてくれながら一緒に寝て!!」

「させるかあああああ!!」

うん。

俺が突っ込む間もなく師匠が怒号と共に殴り掛かってきた。

んで、不意打ちされて避ける術もなく、扉から庭へとぶっ飛ばされましたよ?

理不尽だ。













 in Wonder O/U side:U












悲鳴を上げる身体を宥め賺して森へ。

今日で春野が山籠もりならぬ森籠もりを始めてから一週間が経つ。

さて、どんな具合になったんでしょうかね。

この前と同じ場所まで来ても、今度は春野の襲撃がない。なんで場所が分かったかと言うと、たたら爺さんの伐採した後が残っていたから。

そこから更に進むと、急に開けた場所に出た。

……っていうか、森林が伐採されて強制的に広場になってる。いいのかよたたら爺さん。師匠にバレたら大目玉じゃ済まないぞこれ。

切り株が散見する光景に呆れていると、視界の隅に素振りをしている影と腕を組んでいるたたら爺さんが。

「やっほー、乳酸菌取ってるぅー?」

「こんな森の中で取れるわけないでしょ!」

あら手厳しい。

と、叫びつつも春野は素振りを止めようとはしない。なんだろう。些細なことだが、これだけでも人間的に成長した気がする。

そのままやっていろ、と指示を出してたたら爺さんは俺の方へ向かってきた。

俺は女中さんに持たせられたお土産を手渡すと、切り株へと腰掛ける。

「……ねえたたら爺さん」

「なんだ」

「良いの? この惨状。師匠が見たら激怒じゃ済まないと思うけど」

「……木遁が使える忍はどこかにいないもんかな」

そんなことのために借り出される秘術ってどうよ。

まあいい。

「で、春野はどんな感じ?」

「ああ、昨日から急に伸びたぞ。
 お前に一撃もらったのが効いたらしい。
 チャクラコントロールも上々だ。まだ、あんなもんだがな」

そう言い、たたら爺さんは無造作に腕を持ち上げる。

その先には表面がボロボロとなった一本の木が。木登りで傷付けられたのだろう。だが、七メートルほどの高さまで傷が付いているから、上々、というのは過大評価ってわけじゃないようだ。

ふむん。

「剣術は?」

「こんなもんだ」

言いつつノーモーションで苦無を投擲。

うわぁ、地味に酷いことを。

しかし素振りを続けていた春野はすぐに思考を切り替えたのか、振り下げた切っ先を跳ね上げると苦無を弾いた。鋼の打ち合う音が心地良い。

へー。変われば変わるもんだ。

たたら爺さんと比べちゃ悪いだろうが、春野の刀捌きはお世辞にも良いとは言えない。

だが、扱いには慣れたのだろう。でなければ、刀で苦無を弾くなど出来るわけがない。

「お前も油断していると寝首を掻かれるかもな」

「冗談。あの調子じゃ俺の敵じゃないでしょう」

「まあ、そうだな」

冗談で言ったのに素で返されたよ。

なんだろう。負けた気分。

「あ、一応言っておきますけど、俺は増長しているわけじゃありませんからね」

「毎日ヒアシに殴られて増長出来るなら大したもんだ」

ですよねー。

むう。

「……で、飛天御剣流は教えられそうですか?」

「今のペースで行けば一つか二つ、といったところだな。運が良ければ三つだ」

「へぇ。……ねえ、たたら爺さん。
 俺と模擬戦しない? 飛天御剣流がどんなもんか一回見せてよ」

「……良いだろう」

そう言い、獰猛な笑みを見せる鋼たたら。

え、もしかして地雷踏んだ?

「サクラ、素振りを止めろ! 今から玄之介と模擬戦をやる。良く見ておくんだ」

「はい師匠!」

ああ、ちゃんと師弟関係が出来ているのね。

少し安心してたたら爺さんから距離を置くと、いつもの構えを。

「……手加減はしないぞ。使う刀は逆刃刀だが」

「オッケー。それで充分ですよ」

……さて。元中忍の実力を見せて貰いましょうかね。

チャクラを両掌に張り、様子を見るために完全なカウンター体勢を取る。相手が動くまで俺は動かないつもりだ。

それを悟ったのか、たたら爺さんは居合いの構えを取ると、体勢を低くして瞬身を行使した。

――往くか。

横薙ぎに振るわれた刃の太刀筋を見切る。それを掌で受け流し――

いきなり振るわれた鞘で側頭部を殴られた。

いきなり双龍閃かよ……っ。

と、たたら爺さんの背後を取りつつ悪態を吐く。

鞘が打ちのめしたのは俺のジャケット。何されるか分かったものじゃなかったので、変わり身での保険を掛けておいたのだ。

ちゃ、と鍔を鳴らして刃を返す挙動に意識を向けつつ、瞬身を使って懐へ。

振り向け様に振り下ろされた刃を、上半身を反らして回避。そしてその反動を利用し、

「焔――」

柄目掛けて爪先を跳ね上げつつ、

「――閻魔」

腕を蹴り上げた感触が来る。

だが、たたら爺さんは逆刃刀を手放してはいない。それどころか上に跳躍して反動を和らげていた。

くそ、まず――

焦りが思考となる間もなく、次が来る。

たたら爺さんは身体をバネとして跳ねると、空中で加速し俺へと接近する。

逆刃刀は逆手に持たれており、切っ先は俺の脳天に向いていたり。

ちょ、直撃したら死ぬ?

選ばれた技は飛天御剣流、龍槌閃・惨。真剣でこんなもんやられたら必死確定である。

くっそ、思った以上に動きが良いぞこの人。

先程ハナビちんに負けたせいで、変な焦りが生まれたのだろうか。

避けるでもなく防ぐでもなく、俺が選択したのは――

「――螺旋・焔捻子」

刀身に沿って掌を突き出し、螺旋を描くチャクラによって逆刃刀はその身を歪ませる。

勝ちを狙ったわけでもなく、負けを覚悟したわけでもなく、引き分け狙いだ。

破砕音に次いで上がるのは、刀がへし折れた甲高い断裂音。

一拍置いてたたら爺さんは俺の背後へと着地し、苦笑する。

「……これはしてやられたな」

「刀折れば、俺の勝ち?」

「まさか――」

そう言い、たたら爺さんは帯に手を這わせ、続いて爆煙が上がる。

そこに現れたのは新たな刀だ。口寄せか。まあ、剣士ではなく忍なのだから、当たり前だよね。

「まだやるか?」

「やめとく。存外、厳しい戦いになりそうだ。怪我したくないでしょ、お互い」

「まあな」

俺に戦う意志がないことを悟ったのだろう。たたら爺さんは溜息を吐くと、へし折れた逆刃刀を拾い上げる。

「……やはり強度が問題か」

「脆いの?」

「普通の刀と比べたらな。
 目標を切って衝撃を逸らすのが刀だが、逆刃刀は刃が逆向きなためそれが出来ない。
 強度と言うよりも、構造上の欠陥だな。まだ改良の余地有りか。
 ……そんなことより、だ」

「なんです?」

「……お前、下手な中忍よりも強かったんだな」

えっと……。

ああ、そうか。この人、俺が戦うのを初めて見たのか。

組み手ならばともかく、忍術を駆使した戦いは初めて見ただろうし。

「まあ、あんだけ厳しい稽古を受けてますから。
 これで弱かったらグレてますよ。本気で当たったらたたら爺さんにも勝てますかね?」

「馬鹿が。飛天御剣流は二段構えだ。まだ手はいくらでもあるんだぞ?」

ごもっともで。

っていうか俺の教えた台詞をそのまま使わないでくださいよ。

などと考えていたら、だ。

「……玄之介って、本当に強かったんだ」

そんな言葉を春野から向けられた。

っていうか本当に下の名前で呼ばれてるよ。親しみなのか遠慮がなくなったのかは分からないけど。

「えー? 体術の授業とかで見てなかったの?」

「何よ。あの時はサスケくん相手に防戦一方だったじゃない」

それは意図的に、ですよお嬢さん。

とは言わない。どうせ反論されますの。

少しは実力の見極め方が分かったかと思ったけど、そうでもないみたい。

いや、盲目なのかな? 恋ってそういうものらしいし。

まあいい。

「春野。たたら爺さんの稽古はどんな具合ー?」

「……シショウノケイコハタメニナリマス」

あ、強気から一転し、なんか俯いてガクガク震え始めた。

なんだろう。余計なことを言っただろうか。

んで、なんか放っておいたらいきなり素振りを始めた。なんか動きが機械的だ。

「……たたら爺さん。春野は大丈夫なの?」

「大丈夫だろう。多分」

うわぁい。最後の多分、ってのが酷く無責任。

まあ、良い感じに成長しているのは分かった。

俺はまだ稽古を続ける二人を尻目に、日向邸へと足を向ける。

さて、俺も精進精進。

ハナビちんに負けるのがこれ以降ないようにしないとね。

兄貴分としての面子を保つのも大変なのだ。












その夜のことである。

「玄之介、髪の毛は念入りに、丁寧に洗ってねー」

「……分かってますとも」

スク水を着て俺に頭をごしごしやられるお姫様。駄々をこねて師匠に約束事を守らせたのだ。

ちなみに師匠は脱衣所の前で白眼を発動中。何かしたら分かっているな? と釘を刺されたので、俺は一挙手一投足に神経を配っていますよ?

ああ、ハナビちんが水着を着ているのは、せめてそれだけは、と師匠が絶対に譲らなかったボーダーであり最後の良心であり国境である。

つまり、突き破れば紛争が勃発する。二名ほどのソレスタルビーイングが武力介入するために突撃してくるだろう。

……なんで些細なことで俺は危ない橋を渡っているのだろう。理不尽だ。

お湯を被せて泡を流すと、今度は身体を洗う番。スポンジに石鹸を擦り付けると、そのまま背中をごしごしと。

……水着の中を洗うのは条約違反でしょうか、師匠。

などと迷っていたら、だ。

「そこから先は私がやります!」

薙乃さんが登場しましたよ。

なんだろう。彼女も脱衣所の前でスタンバっていたのか。

……それはいい。

「……薙乃さん」

「なんですか」

「胸元が緩――がっ?!」

最後まで言えなかったのは、手桶が飛んできて顎を強打されたせいですの。

薙乃さんが身に付けているのはヒナタのスク水でした。いや、普通に胸元が緩いんですけど。

しかしそこら辺は突っ込んじゃいけないところ。いや、突っ込んだけどさ。

鈍い痛みを訴える顎をさすりつつ、俺は大人しく湯船に浸かると手拭いを頭に乗せる。

「……ねえ薙乃さん」

「……まだ失礼なことを言いますかあなたは」

「いや、そうじゃなくて。……前に着ていたのはどうしたの?」

「な、なんのことでしょうかっ!」

あ、すっとぼけられた。

なんだろう。薙乃にとってあのビキニ姿は黒歴史なのだろうか。

そして、そんな薙乃さんの登場を快く思っていない人が一人。

「……なんで薙乃が入ってくるのですか」

「駄目ですハナビ様。男は皆狼だということを知ってください」

「玄之介はどっちかっていうと犬でしょう。こう、無邪気な中型犬!」

「……言い得て妙ですね」

あの、酷いこと言ってません?

んで、前を洗う段階になって、後ろを向いていろ、と言われたので大人しく従った。

まあいいんだけどさ。









んで、就寝時間。

寝間着姿となったハナビちんに同行し、子供用布団へと入っております。爪先が出て若干肌寒い。身体が温かいから、相対的にそう感じるんだろうなぁ。

「しかしハナビちん、強くなったね。俺から一本とるなんて、偉い偉い」

そういって頭を撫でると、くすぐったそうにハナビちんは笑みを浮かべる。

「うん。だって強くなったら玄之介が褒めてくれるから」

わずかに顔を布団へ埋め、上目遣いでハナビちんは俺の方を見た。

「ね、玄之介。久し振りにお話を聞かせて」

「そうだね。最近はアカデミー行ったりして時間なかったし。……何が良い?」

そう言うと、ハナビちんは身動ぎして俺と向かい合う。

「ええっとね……まほう少女のお話がいい。
 少し頭冷やそうか、の所で止まっているもの」

「そうだったね。じゃあ――」

と、話を始めたのは良いのだけれども。

十分もしない内にハナビちんは相槌を打たなくなり、すぐに寝息を立て始めた。

……疲れていたのかな。

さて、帰りますか、と布団から出ようとするが、それを阻むものが。

ハナビちんは夢の世界へ旅立っても、俺の裾を離さない。

うわぁ、どうしよう。手放させるのがすげえ気まずいのですが。

しばし考え、

「……まあいいか」

溜息を吐き、俺は布団の中へ戻った。

苦笑し、三つ編みにまとめられた髪へと手を伸ばす。

尻尾の先を手で弄びつつ、寝ている姿は年相応だ、などと思う。

とても俺から一本取った感じじゃないんだよなぁ。

けど、実際は俺をぶっ飛ばすだけの技量を持ち始めたわけで。

……なんだろうね。妹や弟の成長を願うが、しかし、成長と共に寂しさを感じるってのは向こうも此方も変わらないか。

俺はいつまでこの子のお守りが出来るのかな。

そんなことを思いつつ、ハナビちんに続いて俺も意識を闇へと沈ませた。








[2398]  in Wonder O/U side:U 六十五話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 23:54


ゲロ臭い。

なんでまたそんなことになっているかと言うとなんですが……。

「……やっぱ無理なのかもねー、これ」

少しだけ茶化して呟いてみるも、声に力が籠もっていないせいで諦めの色が濃く感じられる。

鼻の中に漂う異臭に顔を顰めつつ、深呼吸してなんとか落ち着こうとした。

早朝の自己鍛錬。少し前は螺旋丸の練習をしていたのだけれど、今は海で見せてもらった如月秘術の試し打ちをやっている。

しかし、結果は螺旋丸以上に芳しくない。成果と言ったら、俺じゃあ如月秘術が撃てないのかもしれないということが分かっただけだ。

無論、母さんに相談してみたりもした。それでも原因は分からず、心因性の何かじゃないか、と憶測しか立たないのだ。

心因性って何さ。

家族仲だってなんとかなったし、自惚れているわけではないが、性質変化を必用とする忍術だってそこそこの域に達していると思ってる。

けど、さっぱりなのだ。何をどうやったって如月秘術が発動しない。

数をこなせばなんとかなるだろ、と楽観して試してみても、一度不発となる毎に嫌悪感と違和感は増し、汚い話だが今日に至っては胃の中身をぶちまけてしまった。

やばいなぁ……体術だって後続に追い付かれそうだし。このままじゃ良いとこなしの忍になってしまう。

困った。

溜息を一つ吐き、吐瀉物を火遁で焼却、風遁で灰を飛ばすと屋敷へ戻った。














 in Wonder O/U side:U














さて、今日で春野が森に籠もってから二週間が経つ。

一昨日たたら爺さんのところに行ったら、詰め込み時期だから日程が終わるまで来るな、と釘を刺されてしまったのだ。

故に、今の春野がどんな具合となっているのかは分からない。

ぬーん。もし何か一つの要素でも追い抜かれていたら嫌だなぁ。

確かに春野はチャクラコントロール方面に対してすんげえ素質を秘めているけどさ。

むう……けど、俺だってずっと鍛えてきたんですよ? それを二週間で追い付かれても、すぐ後ろに着かれても、かなり焦ります。

……まあいい。嫉妬とかみっともないし。

さて、と。春野も稽古を頑張っているだろうし、ご褒美の準備でもしましょうかね。












日向宗家が所有する森の奥。

そこには二つの人影があり、剣戟の音と気迫が空気を震わせていた。

たたら翁とサクラだ。

彼らの周りは稽古の厳しさを示すように荒廃としている。

そう、荒廃だ。

本来ならば平穏とした森林が生い茂っている大地には切り株が散見でき、断ち切られた樹木は放置されっぱなしとなっている。地面を埋め尽くさんと成長を続けていた雑草の類は踏みにじられて半ばで千切れていた。

その違和感しかない広場を囲む木の表面はどれもかしこも砕かれた痕が残っている。チャクラコントロールの基礎である木登りを行った名残だ。この惨状がどれだけの時間を掛けて消え去るのかなど、誰にも分からない。

その中心で、たたら翁はサクラと刀を切り結んでいた。

たたら翁は兎に角、サクラの刀を振るう姿は二週間前と比べものにならないほど様になっている。

腰から背筋に掛けては真っ直ぐに伸び、膝はしっかりと曲げられて重心が低くなっている。両手で握る刀の切っ先は震えもなく師へと向いている。

その姿にたたら翁は、随分とまあ、と内心で呟く。

サクラが自分の下に来たその日、たたら翁はこうして刀を振るっている状況を想像出来なかった。

玄之介に言った柔軟体操と準備運動だけで伸びてしまったというのは冗談でもなんでもない。初日のサクラは泣き言を溢すばかりで自分を高めようなどとまったく考えてない様子だった。

二日目も酷かった。まず、持たせた逆刃刀が重いと文句を言い出し、終いにはこんなところに来るんじゃなかったなどと漏らす。

まあ、気持ちは分からないでもなかった。サクラがここにいるのは、玄之介に騙されたようなものなのだから。

だが教えると言った手前、じゃあ帰れ、というわけにもいかない。

どうするか、と思案した結果、たたら翁が辿り着いたのは一つの結論だった。

死んで元々。生きてたら儲けもの、だ。

年頃の女の子をどう扱って良いのかなどたたら翁には分からない。どの程度が丁度良い厳しさなのか、というのも同じく。

人にものを教えるのが初めてというわけではなかったのだが、付きっ切りというのには経験がなかったのだ。体調管理も含めてどこまでやって良いのかなど、分かるはずもない。

かと言ってヒアシのように生かさず殺さずという絶妙な指導力もない。しかし、指導するならば中途半端はいけない。

故に、詰め込めるだけ詰め込もう、というのが諦めと同時に思い付いたアイディアだった。

そうして始まったのが人を人と思わないような稽古内容だったのだが、結論から言えばサクラは耐え抜いた。

倒れたら水遁で水をぶっかけて叩き起こし、体力が尽きたら兵糧丸などでブーストを掛ける。このような内容で最初の五日間はやりすぎた、と思ったものだが、サクラの基礎体力が伸び始めると共に彼女は稽古へ正気で真面目に取り組むようになったのだ。

まともな思考が復活すると同時に、サクラは剣術というものを論理的に理解し始めた。

サクラは元々賢い娘だ。この年頃ならば感覚で稽古をこなすものだが、サクラは教えられたことの意味をきちんと理解してものにした。

教えられたことが今後身に付ける技術にどう役立つのか。自分の未来図を想像することで、その理想へと歩むことが出来る少女。大したものだ、と思ったのは一度や二度じゃない。

ヒアシから聞いていた玄之介の様子に似ている。彼も歳不相応な理解力で稽古に臨んでいるらしい。

最近の子供は賢いのだろうか。今のアカデミーも馬鹿に出来ない、などとたたら翁は苦笑する。

サクラもサクラで、たたら翁と同じように驚いていた。

それは、自分の成長に対して、だ。

忍術も体術も平均をやや下回り、筆記テストの点数で全体的な成績を平均へと持って行っていた。そんな彼女だからこそ、自分は忍に向いていないのではないか、と思ったことも一度や二度じゃない。

しかし、こうやって蓋を開けてみて分かったことがある。

それは、成長を止めていた要因は自分の甘さだということだ。

どうせ才能がないのだから伸びない。ならば、努力して伸びる部分を頑張ろう。

そんな思考は間違ってはいない。長所を伸ばそうとするのは人として当たり前のことだ。

ただ、彼女の場合は本当に才能があるかどうかを確かめず、好き嫌いだけで自分の得手不得手を決め付けていた。

殴り合いなど野蛮だし、怪我をしたら傷が残るかもしれない。そんな甘えが邪魔をして、逃げるように消極的な姿勢をとっていた。

思えば、アカデミーへ入った理由も友人が入ったから、というだけだ。突き詰めて考えれば、きっと自分は忍になるつもりなどなかったのだろう。

だが、そんな考えも変わる。

こんな森に放り込まれて、受けたこともない酷い仕打ちを、何故夏休みを潰してまで体験しているのか。

誰のせいでこうなったのか、など簡単に思い付く。如月玄之介。へらへらとして授業にもまともに出ない不良な同級生だ。

だが、なんのためにこんなことをしているのか、と考えた時、サクラは腹を据えた。

自分がここへと来た理由は、憧れて眺めているだけでなく、隣に立って一緒に歩きたかった少年がいたためだ。

今になって分かる。土俵が違ったのだろう。ただひたすらに忍へとなる鍛錬を積んでいる彼に、騒いでいることしか出来ない自分なんかが近付けるわけがなかった。

外見が格好良い。だが、それ以外に自分はサスケの何を知っているというのだろう。

何も知らない。そんなことを痛感し、もっと知りたいと願った。

そのためには彼に近付かなければならない。振り向いてもらうのではなく、真正面から向き合って対話がしたい。

そのためにはまず、強くなることだ。サスケが強さを求めて前進するならば、私もそうしよう。

今はまだ背中を追うことしか出来ないとしても、いずれは――

「……休憩にするか」

「は、はい」

不意に上げられた師匠の声で、サクラは切っ先を下げると逆刃刀を鞘へと収める。

切り株へと腰を掛け、手拭いで顔に浮かんだ汗を拭く。その時腕に幾筋も走っている瘡蓋や青痣が目に入り、軽く眉尻を下げた。

……痕、残るかなぁ。

ある程度吹っ切れたと言っても、やはり気になるものは気になる。だが、傷付くだけ強くなれるのだったら安いものか。

……どうだろう。売り捌くなら、もっと別のものを売って強くなりたいものだ。

「今日でこの稽古も終わりだな」

「はい、そうですね。ありがとうございました」

不意に掛けられた声に、サクラは顔を上げて応える。

そんな様子にたたら翁は苦笑し、水筒の縁に口を付けた。

「どうだ。少しは強くなった実感が湧いたか」

「はい。
 ……けど、なんだろ。
 強くなったって言うより、前の自分が弱かったのを自覚したって言うか」

「それも立派な進歩だ。……玄之介もたまには人のためになることをするものだな」

「……そう、ですね。あまり納得したくありませんけど」

たたら翁は、あの実体不明の子供が仲が良いわけでもない者を助けたことが心底意外だったのだが、サクラは彼の言葉に含められた意味を汲み取ることが出来なかった。

玄之介という少年は、思いやりと自分本位が同居しているような違和感満載の人間だ。自分と仲の良い者だけは力になるが、それ以外の者に対しては酷く無関心である。

アカデミーの授業をエスケープしている事実が、最も分かり易い例だ。もし玄之介が担任と仲が良かったならば、彼はそんなことをしなかっただろう。もしイルカが玄之介に授業へ出るように言ったところで、知るか、の一言で切り捨てるはずだ。事実、怒られた際の応える口調はふざけ半分だが、何度注意されても玄之介は授業を普通に受けようとしていない。

砂隠れにいる友人からは時折手紙が送られてくるらしいが、果たして木の葉に友人と呼べる者がいるのだろうか。そんな親の心配にも似た感情を持っていたので、サクラを助けたことは、彼にささやかな安心を与えていた。

サクラはサクラでたたら翁の心配を余所に、まあ許してやるか、などと思っている。

錯乱しまくっていた時は玄之介への怒りだけで動いていたが、いざ正気に戻ってみれば、この機会を与えられなかったら以前の自分とまるで変わっていなかったのだ、と思えるようになった。

まあ、この稽古が終わったら真剣を使用した遠慮無し躊躇無しの模擬戦を挑んでやろう、などと思っているが。

「そういえばずっと聞いていなかったが、サクラは玄之介と仲が良いのか?」

「えっと……どうなんでしょう。
 まともに話をしたことなんて、片手で数える程度なんですけど」

そうなのだ。玄之介はキバやシノ、ヒナタなどとしか会話をしない。授業中は姿を消していることが多いので、自然と休み時間に親しい友人としか会話をしない。

そのくせ気まぐれに実技の授業に現れて周りをあっと言わせるのだから、変な奴だ。

その変な奴、というのがサクラの玄之介に対する認識だった。友人の中には飄々とした態度で好成績を叩き出す玄之介に興味を持っている者もいるのだが、彼女らの神経はサクラに適応されなかった。

もっとも、サクラはサスケ一筋なので、それ以外は眼中外なだけなのだが。

「……まあ、玄之介は言動が破天荒だが悪い奴ではない。
 良かったら仲良くしてやってくれ」

「あはは、まるで玄之介のお爺ちゃんみたいな言い方ですね」

「む……まあ、確かにな」

顎に手を当てて渋い顔をする師匠に堪えきれず、サクラは笑い声を上げる。

思えば、この師匠も相当な変人だ。

師事を受けていて分かるが、この老人は中忍なんかで終わる器ではなかっただろう。刀から始まり、稽古中に忍具を投擲する様。サクラが気付けるように視界の隅から攻撃してくるのだが、ノーモーションからの投擲術は事前に知らされてなければ避けることなど出来ないだろう。

その上、下の者に技術を教えることも得意なのではないだろうか。たったの二週間で見違えるほどに自分は変われたのだ。教師であるイルカがこの老人を見れば、惜しい、の一言ぐらいは上げるだろう。

「さて、サクラ。そろそろ仕上げに入る」

「え……あ、はい」

切り株から腰を上げたたたら翁に従い、サクラも立ち上がる。

なんだろうか、とサクラは内心で首を傾げた。

たたら翁の口調におかしなところはない。だが、何故か、違和感じみたものを抱いたのだ。

「サクラ。この二週間で、お前は随分と成長した。
 完璧とは言い難いが飛天御剣流を三つ会得し、チャクラコントロールもお前の年代ならば頭一つ抜けているレベルに達しただろう」

「えっと……サスケくんや玄之介ぐらいでしょうか」

「どうだろうな。
 サスケ、という小僧を俺は知らないし、玄之介の実力だって熟知しているわけではない」

そっか、と軽く落胆するも、サクラは師匠の話から注意を逸らさず、先を聞く。

「これでようやく半人前まで後一歩、といったところだ」

「……そうですか」

「そうだ。その後一歩を――これから、お前に刻み込む」

そう言い、たたら翁は帯に手を這わせて口寄せを発動した。

煙と共に現れたのは二振りの刀だ。一つを腰に下げ、もう片方をサクラへと差し出す。

彼女が刀を手に取ると、たたら翁は距離を取って対峙する。

「……あの、師匠?」

「それを抜け、サクラ」

言われ、サクラは訝しげな顔をしながらも手渡された刀を抜く。

そして、息を呑んだ。

何故ならば、鞘から僅かに浮かせた刀には、逆刃刀と違って真っ当な刃があったのだ。

なんでこんな物を、と思った瞬間、サクラは鳥肌が全身に立つのを自覚した。

「あ、あの――師匠?」

思わず声を掛けるも、さきほどまで温厚は笑みを浮かべていた老人は応えてくれない。

は、と息を吐き一歩後退る。

それに応えるよう、たたら翁は真剣を抜き放つとそれを正眼に構えた。

彼の眼に宿っているのは、刃物のように鋭い光だ。そこから意志を読み取ることは出来ず、サクラはただ困惑する。

「技は教えた。
 ただ、それは強さに直結などしない。
 本当に必要なのはだな、サクラ。心構えだ」

「……どういう」

こと、と言葉を続けることは出来なかった。

唇は震え、歯の根は合ってくれない。

たたら翁が叩き付けてくるのは闘気でも気迫でもなく、純粋な殺意だ。

他者から殺意を向けられたことなど一度もないサクラに、ましてや、前線を引いても未だ現役と言えるかもしれない忍が向けるのだ。数分前までは親しく言葉を交わしていた師から向けるなど露程思っていなかったのだ。対応しろ、というのは無茶だろう。

「今だから言おう。
 俺は、好きな奴のため、という動機で忍になろうとしているお前が気に食わない。
 故に、選べ。最低限の力は与えた。それを使ってお前は忍となるのか、それとも、普通の人として一生を過ごすのかを」

「そんな……待ってください! 今更そんなことを言うなんて、なんで!!」

「さて、な。そんなことはどうでも良い。
 ……なあ、サクラ。人の心は移ろいやすいものだ。
 今はそれで良くとも、芯をなくした時、お前はどうするのだ?
 忍を止めるのか? それとも、腑抜けのまま忍を続けるのか?
 それをここで決めろ。好きな者の後を着いていきたいなどという甘い考えは、今すぐ捨てろ」

「そん、な――」

「……命までは取らない。ただ、曖昧な気持ちで打ち込んで来るならば腕の一本は覚悟しろ」

もう話すつもりはないのだろう。たたら翁は全身から気迫を放ち、サクラが刀を抜く瞬間を待っている。

サクラは震える手で刀の柄に手を掛け、どうすれば、と自問する。

選べ、と言われた。それは、サスケが好きだから、という理由を捨てて、忍として生きるかどうかを決めろということだろうか。

なんでそんな、と思うと同時に、そうしなければならないのか、と問い掛ける。

確かに、不純と言われればそうだろう。始まりは友人と離れたくないからであり、今は好きな人と離れたくないから忍になろうとしている。

里のため、一族のため、という理由を持つ人から見たら、鼻で笑えるようなものか。

試されている。甘い幻想を捨て、ただ刃のような決意を持って忍になるかどうかを選ばされている。

自分は――

――逆刃刀を帯から抜き、地面に落とす。がちゃ、と耳障りな音が届いて息を詰めた。

師匠が言った、人の心は移ろいやすいという言葉。それは、いつか自分もサスケを好きじゃなくなることを指しているのだろうか。

……もしそうなったとしたら、どうなるだろう。

この場に立っている理由も、アカデミーを卒業して忍になりたいという意志も、全て自分の気持ちが根差している。

それが変わった時、自分は……。

――刀を帯に差し、柄に手を掛けて鍔を鳴らす。

そんな風に変わった自分がどうかだなんて……。

「――っ、分かるはずがないじゃない!」

叫び、サクラは刀を鞘から浮かせた。

そんな様子に、たたら翁は片眉を持ち上げる。

「……ほう?」

「先のことなんて分かるはずがない。
 たった一つの目的があって、私はここに立っているの!
 間違いだとか正しいとか、気に入らないとか!!
 そんなこと私には関係ないのよ!!!」

言いつつ、深く息を吐き出し、

「師匠がそれを悪いって言うなら、かまわない。
 腕の一本でも欲しいならくれてやるわ。その程度で私の想いは揺るがない」

サクラはチャクラを刀身に纏わせると、歯を食い縛った。

「しゃーんなろー!!」

そして、腰の動きに連動し鍔を鞘へと叩き付ける。

龍の嘶きの如き鍔鳴りが、荒廃した森に木霊した。










「……やってんなぁ」

春野の両親からいつ帰ってくるのか聞かれたため仕方なく様子を見に来たわけだが。

うん、なんだろう。何が飛び出るのか分かってなかったら、俺もただじゃ済まなかったと思うぜ。

耳に当てていた両手を下げて、思わず溜息。

なんだよ畜生。たたら爺さん、基礎しか教えないんじゃなかったのか。

ま、お邪魔したら悪そうな雰囲気だ。

その内帰ってくるでしょ、と勝手に結論付けて、俺は日向邸へと戻ることにした。












「……それで良い」

サクラの叩き付けた二撃――双龍閃を両方とも刀で受け止め、たたら翁は緊張していた表情を和らげた。

不意に緩んだ彼の雰囲気に、思わずサクラも刀に込めていた力を抜いてしまう。

「そうだ。必要なのはそういう決意だ。
 不安や曖昧な気持ちなど、重要な時には重荷にしかならない。
 胸に秘めた想いがどんな代物だろうと、他人の言葉を気にせず貫きなさい。
 俺なりに、だが、それが最も大切なことだろう。
 重要なのは決意と、それを果たせるという自信だよ」

「……え? でも、気に食わないって」

「あれは嘘だ」

何それ、とサクラは脱力し、がっくりとその場に膝を着く。

「……じゃあ私の怒り損?」

「そんなことはない。なあ、サクラ。先程の言葉、以前の自分が言えたと思うか?」

「それは――」

どうだろう。

自分のことなので断言は出来ないが――きっと、あんな大見得は切れなかったはずだ。

なんだかんだ言って、サクラは自分に自信がなかった。頭が良い、という自負はあったが、それがどうした、とも思っていたのだから。

最後の最後で、大切なことを教えて貰ったのかな?

そう考えることで理不尽に納得することにする。

「……と、ところでどうでしたか? 私の龍鳴閃と双龍閃」

「龍鳴閃は不意打ちならば確実に掛かるだろう。
 間違っても、今みたいに真っ向から使おうとは思うなよ。
 双龍閃は――まあ、要精進、だ」

「……そうですよね」

厳しいなぁ、と肩を落とし、サクラは立ち上がる。

そして刀を鞘に戻すと、帯から抜いてたたら翁へと差し出した。

しかし、たたら翁は苦笑しつつそれを手で制す。

「それはお前の刀だ。サクラは間違った使い方をしないだろう?」

「え……でも、私は」

「今のお前はようやく半人前だ。だから、お守り代わりと思って持っていれば良い」

そして、警備の者に捕まったら面倒だから腰に差すなら逆刃刀にしとけ、と付け足す。

たたら翁の言葉を聞きながら、サクラは手の中にある刀に視線を落とす。

もしかして、これは自分専用に作ってくれた代物なのだろうか。刃の重心など、稽古で使った刀の中で最も手に馴染んだ。

……この人には、感謝してもし切れないな。

頭を下げ、サクラは逆刃刀ともう一振りの刀を帯に差した。










お、帰ってきた。

縁側でハナビちんと遊んでいたら、たたら爺さんの工房への道から春野がやって来た。

ふむ。流石にお疲れだね。着ている胴衣は土や埃で汚れ、汗を吸ってくたびれている。それでもみすぼらしい感じがしないのは、足取りに力があるからか。

「春野、お疲れー」

「……覚悟しろ玄之介!」

あ、あれ?

俺の姿を目にすると同時、春野は荷物を投げ捨てて刀の柄に手を掛けた。

どうしてピリピリしているんだろう。

「……玄之介。あの人誰?」

「ああ、春野だよ。俺の同級生」

「そういうことじゃなくて! あの人玄之介のなんなの!!」

……なんだろう。今それを応えたつもりなんですけど。

ハナビちんは春野と俺を交互に見て頬を膨らませている。

――って、

「ちょっとタンマー!」

瞬身を行使して一気に間合いを詰め、春野は袈裟切りに刀を叩き付けてくる。

わーい逆刃刀を素手で受け止めると痛いよー。

「は、春野さん?
 なんなんでしょうかね。
 小生、人に恨まれることはあまりしない善良な小市民なのですがっ」

「……確かに、私はまだまだみたいね」

俺の疑問に応えず、春野は一人納得すると納刀したり。

なんぞ。

っていうか瞬身の術まで会得したのですかあなた。思った以上に成長したのね。

「……なんでいきなり斬り掛かってきたのさ」

「玄之介がどんなものか知りたくてね。……えーっと、この子は?」

そういう春野は頬を引き攣らせつつ、睨み付けてくるお子様のことを聞いてくる。

「ああ、ハナビ様ですよ。日向宗家の跡取りですげー偉いのですよ?」

と、威厳を一ミクロンほども引き立てない紹介をしてみたり。

いやぁ、この子なんだかんだ言ってもお子様だから、家名を前に出して相手を竦ませるのを嫌っているのですよ。口には出さないけど、良い大人が頭を下げている光景に眉尻を下げていたことがあったのだ。

しかし、俺の説明のいい加減っぷりとハナビちんの立場があまりにもミスマッチだったからなのか、春野は軽く頬を引き攣らせる。

「あー……は、初めまして、ハナビさ――」

「ちゃん、ね」

「……初めまして、ハナビちゃん」

ぎこちなく挨拶するも、ハナビちんはそっぽを向いて軽く無視する。

うーむ。

「こらハナビちん。ちゃんと挨拶を返さないと駄目でしょうが」

「……初めまして、日向ハナビと申します。失礼ですが、あなたは」

「あ、ごめんね? 私は春野サクラ。ヒナタや、玄之介の同級生で――」

「そうではなくて! その、玄之介とは……」

徐々に尻すぼみとなるハナビちん。

それに何かを感じ取ったのか、春野は呆気にとられるよう目をぱちくりさせると、すぐに満面の笑みを浮かべてハナビちんを抱き締めた。

「可愛いー!」

「な、何をするのですか?!」

「安心して。この馬鹿なんて眼中外だから。
 でも、そっかー。頑張るのよー?」

離してください! とハナビちんの悲鳴が上がるも、春野は抱き付いたまま離れようとしない。

……へー。

なんだろ。立ち振る舞いに余裕が出来たな。なんつーか、周りを見る余裕が出来たって言うか。

たたら爺さんに意識改革でもされたのかね。

まあいい。

「そうそう春野。今日、割と面白イベントあるんだけど覚えてる?」

「……なんのこと?」

「花火大会。サスケとか誘った?」

と言ったら、春野は瞬時に青い顔になったり。

そりゃそうだよねー。ちなみにただ今の時刻は午後の四時。開始まではあと三時間です。

家に帰って準備し、浴衣とかを着るんだったら残り時間が微妙だよね。

「ど、どうしよう……」

「……だろうと思ったよ。さて、ここで一つ良いことを教えてあげようー」

そう言い、恭しく一礼してみたり。

しかし、そんなジェントリーな仕草はテンパってる春野に効きませんでした。

「は、早く帰って着替えないと……っ。
 いや、それよりも先に約束?!
 いや、こんな姿でサスケくんの前になんか……」

「あのー、俺の話を聞いて貰えませんでしょうかね」

ブツブツと呟く春野の姿は割と異様。

「先輩とサスケとヒナタ、あとナルトは一緒にうちは邸で花火を見るんだってさ」

「もう先約があるんじゃないのよ!」

だから話を聞けって。

「で、春野もそれに参加することになっているから」

「……は?」

怒り狂った様子は一瞬で消え、軽く目を見開く。

うむ。これが森籠もりで頑張った春野へのご褒美である。

先輩経由で春野をサスケと一緒に花火を見られるようにお願い。恩人からのお願いなのでサスケは断れず、更に舞台をうちは邸にすることによって退路を断つ。

どうよこの完璧な作戦。自分自身の華麗な手腕に惚れ惚れするぜ。

しっかし春野は信じられないのか、軽く首を傾げていたり。

「……先輩って誰?」

ああ、そっちか。

「ああ、卯月朝顔。知ってるでしょ?」

「……あの人か。
 まあ、二人っきりじゃないのは嫌だけど、この際仕方ないわね」

「贅沢言うなよ」

「分かってるわよ。
 それに、私が自分で言ってもサスケくんが誘いに乗ってくれるか分からなかったしね」

言いつつ、照れ臭そうに笑い、

「ありがと、玄之介。色々と勉強になったわ。じゃあね」

春野は荷物を手に持つと、脱兎の如き勢いで日向邸を後にした。

……ところで、なんで俺の服の袖が引っ張られているんでしょうか。

「……何? ハナビちん」

「……私のだから」

……何がですか。

その後も師匠に見つかるまで、ハナビちんはずっと袖を引っ張ったままだったり。

なんなんだろうか。

ま、俺もそろそろ花火大会の準備を始めるとしますかね。






[2398]  in Wonder O/U side:U 六十六話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 23:55


春野が森から出てくる前のこと。

早朝稽古を終えて朝食を食べた後、さて稽古だと思ったのだが、師匠は祭事なので出掛けるとか。

そりゃそうかー。日向宗家だもんな。九尾の慰霊祭とかでも出張るしね。

で、俺ですが。日向宗家でもちょっとした宴会をやるらしく、その準備を手伝うことに。

まあ準備って言っても厨房のお手伝い、宴会の準備のための掃除なんだけどさ。

それらが一段落して昼食を摂り、さてこれからどうしようかと思っていた時だ。

「如月玄之介はいますか?」

祭りの日だってのにもかかわらず、クソ白目が尋ねてきた。














 in Wonder O/U side:U















師匠がいないと言ってもやはり日向邸に入るのは気後れするのか、忌々しいとでも思っているのか。屋敷に上がりたがらない白目をなんとか宥め賺して押し上げると、俺たちは道場の方へ。

外へ出ても良かったのだが、流石にヒナタも先輩のところに行っているし、薙乃さんは今も厨房の手伝いをしているしでハナビちんが一人なのだ。

お祭りの日に一人寂しい思いをさせるのはどうよ、と思ったわけである。

……けど、それは失敗だったかもなー。

遠い目をしつつ、背後の雰囲気をなるたけ無視して脚を動かす。

うむ、俺の後ろでは無言の威圧合戦が行われているのですよ。

片方はやはり白目。奴は目に入る物全てが気に入らないとでも言うように、溜息と舌打ちを頻繁に行っている。そして、隣にいるお子様にも無遠慮な視線を投げ掛けていたり。大人げないぞ。

で、そのお子様――ハナビちん――は、やはり白目を快く思っていないのか、珍しく黙り込んで俺の後を着いてくる。

な、なんだろうこれ。白目はともかく、なんでハナビちんが不機嫌なんだ。

「ね、ねえ二人とも。なんか空気が悪くないかなぁ」

ははは、と乾いた笑いを浮かべつつ言ってみるも、

「気のせいだろう。意外と神経が細いんだな劣等」

「いえ、気のせいではありません。何故か紛れ込んでいる異物のお陰で楽しい祭日が台無しです。折角の二人っきりを、よくも……」

……こんな感じ。

理不尽だー! っていうか不機嫌通り越して怒ってますねあなた?

もう良い。とっとと終わらせて白目にご退場願おう。

と、思ったのだが――

いざ道場に辿り着くと、盲点に気付いた。

はい、屋内じゃ忍術が使えません。師匠が不在の時に道場ぶっ壊したなんて言ったら大目玉じゃ済まない。

……えぇー。じゃあ純粋な体術同士の組み手? そんなぁ。

庭でやれば、とも思うが、この白目は最近、瞬身を普通に使いこなしているので外れた火遁で火災が発生、外したカマイタチで自然破壊が行われます。

どの道駄目かよ。

「……普通の組み手かぁ」

「久々だな。今日は俺の勝ちか?」

「ほざけよ。お前が勝ってるのは体格だけだろ」

溜息と共に声を上げ、白目と対峙する。

まあ、事実白目が俺に勝っているのは体格だけなのだが、そこら辺は五歳の時から師匠に指示してもらっていた結果である。いくら才能があっても師匠の有り無しで随分と変わるものですよ。

……多分コイツが日向宗家で稽古を始めたら、一気に伸びるんだろうなぁ。原作でもたった二年半で上忍になってたし。

ハナビちんは少し離れたところで俺たちの組み手を見るようで。正座したまま真摯な眼差しを向けられて、なんか居心地が悪い。

『負けないよね?』『勝って当たり前だよね?』とか目が物語っていますよ。純粋すぎて直視出来ません。

嫌なんだよなぁ、ただの組み手は。白目相手の場合だと。

『……よろしくお願いします』

同時に口を開き、頭を下げる。

俺も白目もなんだかんだ言って真面目に体術をやっている類の人間。気に食わない相手でも、最低限の礼はする。

んじゃまあ――

身を半身にし、左手を突き出し、右腕を脇に構える。

対して、白目は両腕を開いた真っ当な柔拳の構えだ。

そのまま数秒間対峙し、痺れを切らしたように白目が掌を打ち込んでくる。

それもそうだ。俺は自分から攻めるつもりなど毛頭無いのだから。専守防衛ですよ。

いきなり顔面狙いの掌を、首を傾げつつ手の甲で逸らす。次いで繰り出される腹への掌も同じく左手で弾く。

一歩踏み出し、顎狙いの掌低。回避されるのは予測済みだ。更に一歩を踏み出して脚をネジの後ろに回すと、身体ごと当たって投げ技へ繋ごうとする。

しかし、そこら辺は流石と言うべきか。脚を支え棒のように後ろに突き出してバランス崩しを防ぐと、飛び込んでくる俺へ零距離から肘鉄を慣行しやがる白目。それを寸でのところで掌で受け止め、僅かな間合いを空けると掌での応酬が始まる。

が、それも唐突に終わりを迎えたり。

三歩後じさり間合いを空けると、白目はチャクラを掌に集中。そして腕を振りかぶり、踏み込みと共にチャクラを撃ち出す。

柔拳の遠当て。空掌だったかな、確か。

原作では二部から登場のこの技。どうやら俺と喧嘩を重ねたせいか、ネジは原作通りの取捨選択を行わなかったらしい。体捌きよりも掌の届かない範囲の敵を打倒できる技を、とか考えたのだろう。

何故この白目が奥義の一歩手前どころか十歩手前の技を使っているかと言うと、単純に俺への当てつけである。負けず嫌いなネジは、遠距離、中距離戦で一方的に嬲られるのを良しとしなかった。んで、当て付けの方だが、柔拳使うくせに忍術に頼り切っている俺を柔拳のみで倒したいのだろう。きっとそうすることで完全勝利を狙ってやがる、この野郎は。

俺はチャクラを掌に張ってなんでもないかのように空掌を弾く。威力なんて牽制の当て身程度。師匠レベルの柔拳使いならば比喩ではなく目標ごと岩をも砕く威力を秘めているのだが、この未熟者じゃ脅しにしかならない。それも射程だって絶好調で五メートル。ま、何度も模擬戦やってるから分かるのだ。

空掌を弾いたことで、俺の構えに若干の乱れが生まれた。それを好機と見たのか、ネジは踏み込みと共にチャクラを張った両掌を放ってきた。

……あー、いつものペースだわこれ。

「――偽・八卦十六掌」

迎撃にしては大仰な技を繰り出し、真っ向からネジを叩き潰すために掌を乱舞させる。

だが、打ち込む身体に手応えはない。

そう、俺が掌を打ち込んだのはネジの上着である。

しかも丸太じゃなくて上着を変わり身に使うのは俺のパクリ。この野郎、人の技術を簡単に真似やがります。

「てめえやっぱり忍術使うんじゃねーかよ!!」

叫び、柔拳から剛拳へスイッチを切り替える。躊躇なしに背後へと後ろ回し蹴りを放つと、踵に重い感触。

見れば、ネジはこめかみを痛打されてたたらを踏んでいた。

――好機。

「焔――」

叫び、身体を捻子り、腕を捻子る。

「――捻子」

と、やべ。やっちゃった。

掌を鳩尾に受け、ネジは中身をぶちまけそうな勢いで息を吐き出す。

だが、野郎の目的は達成されたようだ。

ネジは両手で俺の右腕をしっかりと掴むと、そのまま引っ張る。

予想はしていたが自分が下手打ったせいで虚を生み出し、俺は為す術なくその場へと押し倒された。

そして始まる泥試合。

ネジはマウントポジションから顔面目掛けて掌を打ち下ろしてくる。それを必死に防ぎ、胸元を掴んで引き下ろすと転がり上下を入れ替え。今度は俺が上から殴り掛かるも、白目は上体を跳ねて頭突きを慣行。

ああもう! こうなるから組み手は嫌だったんだよ!!

てめえこの野郎! 殺してやる劣等! などの汚らしい罵詈雑言を叫び合いながら、拳を振るう我ら。

まあ、そんなことをしていたら案の定ストップが入るわけで。

「や、やめなさいみっともない! 不様ですよ分家! 玄之介も、駄目!」

悲鳴じみた声に俺もネジも動きを止め――と言っても二人ともお互いの頬に拳をめりこませているが――同時に舌打ちして離れる。

「……おい白目。これは組み手じゃなかったんですかい。
 いつから変わり身の術は体術になったんだよ馬鹿」

「ふん。あっさりと背後を取られて悔しいのか?
 このまま殴り合えば俺の勝ちだったものを」

「はあ? ふざけんなよ。
 後ろ回し蹴りの直撃喰らってフラついてたのはどこの誰ですか?
 その筋繊維で出来た脳味噌に聞いてみろ」

「それは貴様の方だろう。
 脳細胞まで経絡系で構成されているような忍術馬鹿が!」

「残念でしたぁー。粗末なてめえ様の頭よりも数段賢いですぅー」

「はっ、評価不能を下された愚か者が粋がっているな。
 笑い話にもならないぞガキが」

「どっちがガキだこの野郎!
 ふざけんな頭にきた!!
 庭に出ろ、すぐに豪火球でウェルダンに焼いて差し上げますよ?!」

「忍術が使えなければ俺を倒すことも出来ない輩が何を言うか!」

「どの口が! 忍術使わないと何も出来ないのはお前の方だろ!!
 偽・八卦十六掌受けたら完全にノックアウトだったじゃねーかよ!!!」

「貴様の粗悪品ならぬ粗悪術で動けなくなるわけがないだろう! 寝言は寝て言え!!」

「止めろと言っているのが分からないのですか!」

と、不毛な争いを行っていたら俺とネジはハナビちんに不意打ちされた。んで、同時に崩れ落ちる。

……経絡系狙いの柔拳はやめてください。

悶絶しつつなんとか膝立ちに。白目は柔拳を喰らうことに慣れてないからか、未だに蹲っております。

よし、勝った。

……打たれ強さで勝っても虚しいな。つまりはそんだけぶちのめされてるわけだし。

しかし、立ち上がった俺を見てハナビちんは不思議そうに首を傾げる。

「……手加減はしなかったんだけどなぁ」

「いや、あのね。止めるのはいいけど手加減はして欲しいですよ?」

「急所は狙わなかったじゃない」

「経絡系って急所じゃないんだ……」

えへー、と誤魔化すように笑うハナビちんに思わず脱力。

思わず溜息を吐いていると、ようやくネジは復帰したり。

「ぐ……不覚」

「おーおー、響いてるみたいだな」

「黙れ。……今日は引き分けということで勘弁してやる」

「そりゃこっちの台詞だ。……ところでネジ」

「なんだ」

「空掌よりも忍術鍛えた方がいいんじゃない? 威力の割に燃費悪いでしょ、あれ」

「そうか。
 ……いや、燃費云々は俺が未熟だからだ。
 それに忍術は好かない。印を組んでいる時間があるなら掌を打ち込む方が良い」

む、そうか。

どうやら白目は印を組む時間と空掌を天秤に掛けて、威力よりも速射性を選んだようだ。

まあ、戦闘スタイルは個人で決めるべきだしいいかな。俺は近、中、遠距離を一人でカバーってコンセプトだけど、ネジは近接一点特化だし。空掌はあくまで接近するための手段なのだろう。

鍛えれば恐ろしい威力になるんだけどさ、空掌。

小さく頷き、変に干渉するべきじゃないか、と内心で呟く。

今はガイ先生がついてない時期だから、間違った成長をしているならばアドバイスぐらいはしてやるべきだけど、そうでないならば余計なお世話か。

「……しかし、宗主も何を考えているんだ」

「何がさ」

「前々から思っていたのだが……何故お前が空掌の存在を知っている」

「あー、それは……」

師匠と組み手していると、あの人は面白半分で奥義とかぶっ放すから隠す意識が薄れるんだよね。

ちなみに空掌は海で使われました。これが空掌である! と叫びながら放たれる空掌を海上で避け回ったのは悪い思い出。

で、それを話したらネジは珍しく気の毒そうな表情となったり。

「……やはりお前も宗家に振り回されて苦労しているんだな」

「……当たり前だろ」

なんだろうね。師匠は俺に何やっても生きてるとか思ってるんだろうか。その内ちょっとしたうっかりで命を失いそうで怖いよ。

まあいい。

「さて、と。これからどうする白目。お茶でも飲んでくか?」

「結構だ。用事があるので帰らせてもらう」

そりゃ残念。

あ、そうだ。

「そうそう。
 今日、日向邸に名家の皆様方が集まって花火見るんだけど、お前も来るの?
 別にいても不自然じゃないし」

と、声を掛けるも白目は鼻で笑ったり。

「誰が好きこのんで宗家に遊びにくるものか。
 貴様に用事がなければ一歩だって近付きたくもないんだ」

そこまで吐き捨てるように言うも、不意に陰りを浮かべ、

「……それに、母さんを一人残して宗家になど来れるわけがない」

表情を隠すように俯くと、ネジは踵を返した。

「また新学期、アカデミーで。それまでに精々腕を磨いておけ」

「そりゃこっちの台詞だっつーのに。じゃあな」

片手を上げてネジを見送り、苦笑する。

偏屈な野郎だ、本当に。

などと思っていると、ハナビちんが袖を引っ張ってきた。

「何? ハナビちん」

「……玄之介って兄上と仲が良いの? 悪いの?」

「悪いよ」

即答すると、ハナビちんは困惑をより濃くする。

「でもでも、空掌にアドバイスしたりとかしてるよね? 嫌いならそんなこと言わなくても良いと思う」

「嫌いなのと仲が悪いのは違うよ、ハナビちん」

と言うも、分からないよ、とハナビちんは唇を尖らす。

うーむ。まあ、仕方ないか。

なんだろ。性格面で気に食わないところは多々あるが、ネジの強さに対して貪欲な姿勢は好ましい。多分、そこら辺が俺と被るのだろう。仲が悪いのは同族嫌悪ってやつだ、きっと。

強さに貪欲だからこそ、自分より格上にいる存在を倒していかに自分が力を持っているのか誇示したい。原作だと日向宗家への当て付けだけで強さを求めていたみたいだけど、最近はそれが歪んでいる気がする。取り敢えず目の前にいる邪魔な小僧を排除したい、とかそんな方向に。

まあ、他人の考えなんていくら頭を悩ませたところで分かるわけがない。

未だに不満そうな顔をしているハナビちんの頭をくしゃくしゃと撫でると、俺は苦笑する。

「ま、大人になったら分かるさ」

「……もう大人だもの」

「そう言う子は大体が大人じゃないの。
 さ、たたら爺さんのところに行って遊ぼうか。それとも、稽古でもする?」

「稽古!」

む、なんか俺と白目のやりとりに触発でもされたのか、やけにやる気まんまんといった様子で声を上げるお姫様。

しゃーない。宴会が始まるまでお相手致しますか。












そして夜。

犬塚のマダムやシビさんに酒を注いで回ったり、料理を下げたりしていたら花火大会が開始された。

観戦ムードとなったので俺も解放され、作務衣姿のままハナビちん、薙乃さんと共に子供の集まっている庭へと急ぐ。

ちなみに薙乃さんは和服の上から割烹着を着けたまま。外せばいいのに。

「あ、薙乃さん!」

と、行ってみるも、キバの野郎は俺じゃなくて薙乃の方に声を掛けたり。

この野郎……。

まあいい。

「こんばんはシノくん、キバ。おーおー、すっかり日焼けして」

「ったりめーだろ。ずっと野外で演習だったんだからな」

そう言い、疲れた、それでも充実した笑みを浮かべるキバ。うむ、どうやら演習は満足のいく内容だったらしいね。

「お前も日焼け……したな。微妙に」

「ま、海行ったって言っても一週間だけだからね。
 それ以外は屋内で稽古だったし」

「……森にも行ったぞ」

忘れられてるとでも思ったのか、不意にシノくんが声を上げる。

……あー。フォーグラー戦はあんまり思い出したくないのですが。

「んで、お土産だけど、花火大会終わったら渡すよ。価値は兎も角、珍しさならそれなりだぜ」

「似たようなもんか。俺と」

「……俺もだ」

三人ともネタ行動に走ってんのかよ。

まー、日持ちしない食べ物とかだと駄目になるからそれも当然かもしれないけど。

んで、何やら静かなハナビちんと薙乃さんですが。

ハナビちんは赤丸を興味深そうに見ており、その赤丸は薙乃に抱きかかえられて尻尾を振り回している。

……抱きかかえている薙乃さんは石化してただただ頬を舐められてますがね。

「あ、赤丸?! お前何やってんだ!!」

慌ててキバは赤丸を腕の中から引っ張り出すと、赤丸の頭を押さえつつ薙乃さんに頭を下げたり。

「犬……犬が……」

「薙乃さんカムバーック。ほらほら、花火が始まるよ」

「そ、そうですね。失礼しました」

石化状態からリカバリーすると、咳払いして姿勢を正す彼女。

っても……。

「ねえ玄之介。庭からじゃ良く見えないよ」

「そうだね」

そうなのである。屋敷の中心にある中庭から空を見上げるせいで、あまり景色がよろしくない。

むーん。ならば。

「ちょっと失礼」

と言いつつハナビちんをお姫様抱っこ。

そして瞬身を発動すると、反発と共に屋根の上へ。一階を踏み台にして、日向邸の上へと降り立った。

うお、流石に屋根の上は汚い。仕方がないのでハンカチで座るスペースを確保し、ハナビちんをそこへと降ろした。

「ここならどうよ」

「良く見えるよ! 流石だね!!」

いや、何が流石なのでしょうか。

まあ、ハナビちんはこれで良いとして、だ。

「お前らも上がってこいよー」

「無理に決まってるだろうがー!」

あら、そうなんですか。

しかし、声を荒げるキバに対してシノくんはクール。

腕を組んだまま屋根上を見上げており、蠱を解放すると、それに自分を運ばせて彼も上ってくる。

「裏切りやがったなシノー!」

あ、本気で上れないのかキバ。

まあこの屋敷は割と天井が高いからなぁ。普通の民家ならともかく、この屋敷はキツイか。

歯噛みして地団駄を踏むという分かり易いリアクションを取り、赤丸は主の足下で鼻を鳴らしていたり。不憫だ。

どうすっかな。ハナビちんならともかく、キバを抱きかかえて屋根に上がるのはちょっと。変に力を込めて屋根瓦を踏み抜いたら嫌だし。

操風で押し上げるか。いや、キバぐらいの重量だと大旋風? ……下手したら花火の代わりにキバを打ち上げる羽目になるやも。

などと思案していると、薙乃が呆れたように溜息を吐いた。

「仕方がありませんね。キバさん、掴まってください」

そう言いつつ薙乃はキバを脇に抱えると、屋根上へと一っ飛び。赤丸はキバの脚に噛み付いています。

……ぬーん。流石、と言うべきか。一発でここまで上るのも凄いけど、キバを担いでいるのに着地の衝撃を完全に殺すことろとか、今の俺には真似できない。

キバは薙乃に降ろされると、大袈裟に礼を言いながらあたふたと離れる。何やってんだ。落ちるぞ。

まあいい。

丁度開始時間となったのか、庭のラジオから開始の合図が流れ始める。

キバは構わずその場に座り、シノくんは相変わらず腕組みしながら夜空を睨んでいる。そういやあ夜でも黒眼鏡だけど大丈夫なのだろうか。

さって、俺も立ったまま見るかね。いつもの格好ならともかく、今の俺は手伝いから直行したので作務衣なのですよ。洗ったばかりなので座って汚すのは気が引ける。

開幕の挨拶が終わると、次は一発目の花火のスポンサー紹介。

ん、山中花店? いののところか。そして間を置いて打ち上げられた花火はおそらく二尺玉。花を表現しているのか、夜空に瞬く華は薄紅色。

四尺玉とか上がらないかなー、連続で。横十連で連続発射とか、地元だと当たり前だったからこの程度だと物足りないのよね。聴覚を奪うほどの轟音と夜空を染め上げんばかりの散華は圧巻なのだよ。

ま、いいんだけどさ。

一発上がる毎にハナビちんはうわーとか歓声を上げる。キバもキバで見惚れているようだ。シノくんは……どうなんだろう。花火がサングラスに映ったりしていてなんかシュールだ。

「……主どの」

「ん、どうしたの?」

不意に声を掛けられ、薙乃の方に顔を向ける。

彼女は割烹着の帯を解くとそれを屋根に敷き、腰を下ろした。

そして隣を軽く叩き、

「座って見ましょう。立ったままだと疲れるでしょう?」

「いやでも、割烹着が汚れるってば」

「もう敷いてしまいましたし、私が座ったので手遅れです。
 さあ、腰を下ろしてください」

む、と声を上げるも誘いを断れず、俺は大人しく薙乃の隣に座る。

まあハナビちんに貸したハンカチよりも広いけど、いかんせん二人で陣取るには狭い。自然と肘とかが触れて、軽く窮屈ですの。

「ごめんね」

「い、いえ。私はかまわないので主どのは気にしないでください」

と言ってもやはり薙乃さんは座りづらいのか、軽く身体をもじつかせたり。

悪いなぁ。

あまり喋るのも鑑賞の邪魔だと思い黙って夜空を見詰める我。

キバやシノくん、ハナビちんや薙乃と一言二言交わしつつ見続けて、花火大会は終わりへと向かう。

そして最後の一発なのだが――

『最後は三代目火影様が火遁で――』

……えぇー、それって花火なんですか?

なんて思いつつも、三代目の技が見れるのが楽しみで目を凝らす。

そして空へと昇ったのは、暗闇を引き裂く一本の柱――いや龍だ。

火龍炎弾か。それにしたって遠くからでも目視出来るのだから、威力と範囲、共に最高峰なのだろう。

火龍炎弾は一発で止まない。一発目が消える前に二発目、三発目と夜空を赤く染め、最終的には八発目まで上がり――

そして、木の葉隠れの里を照らしながら、炎の龍はその身を弾けさせた。

「……すごいな」

「ええ。忍術とは、こういう使い方も出来るものなのですね」

俺の言葉は三代目の術に対してなのだが、薙乃さんは違う受け取り方をしたご様子。

それにしたって、二人共火龍炎弾が綺麗と思ったわけではないわけで……どうにも擦れてるなぁ。

思わず笑ってしまい、つられるように薙乃も忍び笑いを上げたり。

なんとも穏やかな夜だ。

こういう時間がいつも、いつまでもあれば良いのに、などと思ってしまうぐらいに。

馬鹿げた考えだ。これが壊される未来を俺は知っている。……いや、それ故に、だろう。ほんの些細な出来事に一喜一憂して心身共に傷付くことなど滅多にない。

そんな日常が――向こう側では当たり前だった日常が、此方側では酷く難しい。だから、こうやって友人と集まって遊ぶことが心底楽しく感じられる。

願わくば、この毎日を維持できる力を得られんことを。

そんなことを内心で呟き、俺は苦笑した。




[2398]  in Wonder O/U side:U 六十七話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 23:55


夏休みが終わり、再びアカデミーでの授業が開始された。

一限目は始業式で潰れ、二限目はくノ一クラスと合同で今期にある大きな行事の説明。

担任のうみのイルカが説明を続けている中、犬塚キバは欠伸を噛み殺していた。

伝えられる行事などほとんど同じだ。ただ今年は、年末に最高学年との演習が行われるらしい。

野外で行われる、それも実戦形式に近い演習ということで楽しみではあるが、それでも先のことだ。

心躍らすわけもなく、キバは机に突っ伏しながらイルカの話に耳を傾けている同級生に目を向けた。

長期休暇中に日焼けをしたのは自分だけではない。中には一目じゃ誰だか分からないほど小麦色になっている者もいた。

その中で意外だったのは、春野サクラか。

以前は日焼けすることを毛嫌いし、前学期などは外へ授業で出る度に日焼け止めを塗りたくっていたのを覚えている。

だというのに、今の彼女は日焼けをし、イメージチェンジのつもりなのか胴衣姿となっていた。

いや、それは正しくないか。彼女が身に纏っているのは胴衣なのかもしれないが、改造が施されているせいで原型を辛うじて留めているに過ぎない。

肩口から先の袖は糸で縫い止められているだけで、山なりに交差している縫い目からは細い腕が見え隠れしている。薄紅色の袴も袴で、地面と擦れない程度の短さとなっていた。

巫女服巫女服! と玄之介が絵に描いていた服を思い出し、思わずキバは遠い目をしてしまう。

……春野も奴に毒されたか。

机に立て掛けられた布包みを眺め、そんなことを思う。詳しくは知らないが、あの中身は忍具なのだろう。注意してきたイルカに、見逃してください、と懇願していたのをキバは知っている。何故なら、その際に赤丸を連れ歩いている自分を引き合いに出されたのだから。忍具は駄目で忍犬は良いのか、とかどうのこうの。キバとしては良い迷惑だった。

他に変わった者はいるだろうか。

春野ほど変貌を遂げた者は流石にいないが、些細な変化はあったりする。

朴念仁だったはずのナルトがいつの間にかヒナタと甘酸っぱい空間を生み出していたり、シノはシノで前よりも玄之介のことを気にしたり、などだ。

その黒眼鏡を掛けた友人は、イルカに見つからないよう蠱を外へと飛ばしている。

何故彼がそんなことをしているかと言うと――

始業式が終わると、すぐに玄之介が姿を消したからだ。















 in Wonder O/U side:U













無念、也……。

がっくり肩を落としつつ、思わず溜息。

俺と同年代の子供が見えない木の葉茶通りをぶらぶらと歩きながら、どうすっかなー、などと考える。

手に持っている封筒が微妙に重い。鞄持ってくれば良かった。

この中に何が入っているかと言うと、忍術の登録証とカタログだ。

新学期早々授業サボって何故こんなところにいると言いますと、ちょっとした用事があってアカデミーを抜け出したのですよ。

いやまぁ、終わってからでも良かったんだけど、待ちきれなかったのさ。

火影邸を中心として建っている木の葉の役所群。そこの忍術課に足を運んで、夏休み中に申請した忍術の認定結果を受け取りに行った。

……そうだなぁ。まずは、忍術の登録云々を説明せねばなるまい。

木の葉には忍術を登録する制度がある。忍の履歴書ではなく、開発された忍術の登録を、だ。

数多の数の忍術。それらを全て把握している人間などおらず、また、技術は何かに記録しなければ時間の経過と共に忘れ去られるだろう。

それ故に、忍術の記録は役所仕事となっている。

その役所には窓口があり、あまり足を運ぶ者はいないが、新しく編み出された忍術の登録なんかもやっていた。

……ちなみにこの制度、向こう側だったら特許制度だと思って貰えればよろしい。厳密に言えば違うのだけど、その認識が一番近い。

届け出された忍術は査定に掛けられ、取るに足らない代物だったら却下、実戦に耐えうる、と判断されれば毎年発行される忍術カタログに載るわけである。

ちなみに、俺の目当てはカタログ発行の際に登録者へと支払われる印税だ。

しかし……。

「ちくせう……なんだよもう。禁術指定とか」

そうなのだ。

俺が登録したのは熱波溶断掌と都古墜。都古墜はともかく、自信満々だった溶断掌はBランク・禁術、となった。

ちなみに、禁術指定は全然立派ではない。

どんな技術も求められるのは汎用性、って辺り、向こう側と此方側で違いはない。そして、忍術も然り、だ。

特別上忍より上の忍と下忍、中忍の数はどちらが多いか。

A.下忍と中忍の方。

当たり前なのだが、印税は発行されれば発行されるだけ多く入る。そして発行部数はCランク、Dランク忍術のカタログの方が多いのだ。ちなみに最も印税が高いのは、アカデミーで習得必須と認定された忍術です。

いや、都古墜はCランク認定されたんでいいんですがね。

忍術のカタログは毎年三種類発行される。虎の巻と龍の巻、そして禁書。虎の巻は多くの忍が入手出来るが、龍の巻は特別上忍にならないと入手出来なかったり。禁書は禁術が記されたカタログで、特別上忍以上かつ、査定の末に認められなければ入手不可能なのである。あ、俺が持っているのは虎の巻です。これも本来は下忍の担当上忍が持ち、個人が持てるのは中忍、もしくは一定以上の任期を過ごした下忍だけなんだけど、俺は登録した側だからサンプルとしてもらえた。

俺の年齢で――中の人は二十代中盤で、いよいよ後半に片足突っ込んでいるが――忍術を生み出したのは異例だったのか、役所の人からは、開発班への推薦状書いてやろうか、なんて茶化されたり。

話を戻そう。

虎の巻に載るような忍術に求められるのはローリスクハイリターン。ハイリスクハイリターンな術を考えるのは簡単だが、その逆は酷く難しい。

カタログもらった後に少し忍術開発班の演習場へ寄って話を聞いたのだが、やはり熱波溶断掌が禁術扱いされたのは副作用である火傷のせいだとか。

チャクラコントロールも半端な技量では発動不可能な領域を要求され、それと同時に性質変化を行い、その上地味に厄介な反動が待っている。そりゃぁ禁術指定もされるか。

余談なのだが、開発班の人曰く、俺が溶断掌を使えるのは血継限界と柔拳を会得したことの恩恵なんだとか。如月は風と火に愛されている、なんて嫌な喩えをされた。他の属性を習得出来る可能性を先天的に潰した故に、性質変化の成長速度が速いらしい。

……で、話は飛ぶけど、なんで俺が印税なんてもんに目を点けたのか、ってことですが。

たたら爺さんに日向宗家から回される忍具作成の予算がヤバくなったからなのだ。

渡される予算を自分の趣味に使い込んだ結果、割と予算案が火の車なんだとか。今のところ師匠にバレてないらしいけど、時間の問題だ、と言いながらたたら爺さんは部屋の隅で頭抱え、ガタガタ震えてお祈りをしていた。

最近は失敗作の変態忍具や折れた刀を溶かしてリサイクルし、その場しのぎをしているらしいですよ。泣ける。

まあそんなこんなで、原因は俺にもあるのだから一肌脱ぐことに。泣き付かれた、ってのもあるけど。

うーん。でも、忍術二つ登録しただけじゃ金が足りないよね。

……ブラックサレナの特許取って、制作と販売を委託しようかなぁ。いや、冗談だけどさ。あれカンクロウのだし。発売しても木の葉隠れじゃ絶対売れないだろうし。

それにしても金が欲しい、なんて考えつつ空を見上げる。

まあいいや。アカデミーに戻ってキバとシノくんから今学期の予定を聞こう。

……あれ? なんか忘れている気がするな。

どうにも思い出せないけど。

なんだろ、と首を傾げつつ、俺はアカデミーへと脚を向けた。











その玄之介が忘れていた約束だが。

一人の少年が授業中だというのにもかかわらず、校舎の屋上へと足を運んでいた。

胴衣を改造したような服に、外に跳ねた癖毛。丸い目が特徴的だ。

リーである。彼は夏休み中に玄之介と交わした約束を覚えており、この日を楽しみにしていた。

言い出しっぺである本人は忍術登録に気を取られておりすっかり忘れているのだが。

「玄之介くん、リーです! いないんですか?!」

見回しても人影がないことに微かな寂しさを覚え、声を上げる。

しかし、誰かの声が返されることはない。

忘れてしまったのでしょうか……と肩を落として溜息を吐く。

どうしようか。今から教室に戻ったところで酷く入り辛いし……。

「……サボった罰として腕立て三百回。
 授業中に終わらなかったら更に二百回だ!」

自らを奮い立てるために、拳を握りつつ頷く。

そして腕立てを始めるべく地面に手を着けようとしたのだが――

「――良いぞ、自らの犯した過ちに罰を与える! それこそが青春だ!!」

そんな声が上から聞こえた。

思わず視線を上げると、給水塔の上には仁王立ちしている影があった。

……今日は暑いですからね。

軽く目を逸らしつつ、そんなことを考えるリー。

この時点で、リーはさほど熱血馬鹿というわけではなかった。

だがそんな彼にかまわず、とう、と掛け声を上げて影――ガイはリーの側へと降り立つ。

誰なのだろう、この人は。

軽く首を傾げつつ、服装から中忍以上であろう立場の忍を見詰めた。

そして、どんな勘違いをしたのかガイはサムズアップをしつつ歯を輝かせたり。

「どうした、嫌なことでもあったのか少年。こんな時間に屋上へ来るなんて」

「……いえ、ちょっと約束があって。すっぽかされてしまったようですが」

「ふむ」

考え込むように顔を俯け、ガイは目を閉じる。

「如月玄之介と言って……。
 額に鉢巻きを巻いてて、白いジャケットを着ている子が来ませんでしたか?」

「……君は玄之介の友達か」

若干頬を引き攣らせ、ガイは苦笑する。

「えっと、友達と言うほどでは……。
 ただ、新学期が始まったらここへ来るように言われたんです。
 その……強くなりたいのなら、と」

「……あの馬鹿者め」

そういうことか、とガイが呟いたのをリーは見逃さなかった。どういうことだろうか。

なんとなく口を開き辛い沈黙が産まれる。

そうしていると――

「ごめんリー! すっかり忘れてた!!」

そんな叫びと共に、玄之介が屋上へと現れた。

ドアからではなく、屋上に張り巡らされている落下防止用のフェンスを乗り越えて、だ。

彼は勢いをそのままにフェンスを乗り越えると、衝撃を殺して着地する。

どんな手品ですか、と思いつつ、リーは乾いた笑いを上げる。

「げ、玄之介くん。どうやってあんな場所から……」

「え? ……いや、校舎の外壁を駆け上がっただけだけど」

玄之介は、それが何? とでも言わんばかりに首を傾げる。

「いやー、階段昇るのよりも壁にチャクラ吸着して駆け上がった方が早いのよ。割とオススメ」

「馬鹿! そんなことを他人に勧めるな!!
 一歩間違ったら転落死するだろう!!!」

「すいません、つい」

「と言うかお前はなんで外から来るんだ。授業はどうした」

「用事があって行政府に行ってたんですよ」

そう言い、玄之介は手に持っている封筒をガイへと差し出す。

封筒に印刷されている、忍術認定所の文字を見て、そうか、と疲れたように溜息を吐くガイ。

「……また何かやらかしたのだろうから聞かないが、そういうことは放課後にやろうな?」

「いやぁ、自分が生み出した忍術がどんなもんか気になって。
 ……まあ、それはいいや。ガイ先生、ちょっとお願いがあるんですけど」

「……なんとなく分かるが、なんだ」

「リーを練習に参加させてやって下さいな。駄目なら、アドバイスするだけでも」

「え、玄之介くん?!」

予想の斜め上をゆく玄之介の発言に、思わずリーは目を見開いた。

てっきり彼が練習に付き合ってくれるものだとばかり思っていたのだが、違ったようだ。

現役で働いている忍から指導を受けられるのは嬉しいが、それは……。

「……有り難いのですが、たしか規則じゃ教えてはいけないと」

「あったねそんな規則。ね、ガイ先生?」

「お前という奴は……」

玄之介に話を振られ、ガイは引き攣った笑みを浮かべる。

本来ならばリーの発言を肯定すべきなのだが、既に玄之介へ稽古を付けているガイは共犯者のようなものだ。

言い逃れしようにも、玄之介はガイから木の葉流剛拳の基礎と木の葉旋風を教わっている。そんな証拠がある以上、教えられない、とは言い辛い。

しかし、掟破りが当たり前な玄之介と違い、リーにはまともな常識があった。

「……迷惑を掛けるわけにはいきません。
 それに、僕はちゃんと授業を受けないと卒業が危ないんです。だから――」

「き、君は……なんてよい子なんだっ!」

当たり前のことを言っただけだというのに、ガイは酷く感激した様子でリーをキツく抱き締める。

予備動作無しで、しかもむさ苦しい男にそんなことをされるのだから、リーは悪い意味で硬直した。

「最近の子供は生意気な上に小賢しいと思っていたら……こんな普通の子がいただなんて……っ!」

「……あのー、ガイ先生? 遠回しに俺のことバッシングしてません?」

「分かっているなら少しは遠慮というものを覚えろ!」

「すいません、つい」

あはは、と気にしてない風に笑い、しかし、玄之介は一瞬だけ目を細めた。

その動作が酷く歳不相応に見え、リーは眉根を寄せる。

だが、すぐに笑みを浮かべ、玄之介はバシバシとガイの背中を叩き始める。

「でもガイ先生。
 強くなりたいと願っている青少年がいるんですから、アドバイスぐらいはしてあげましょうよ。
 授業時間中が無理なら、せめて放課後とか」

「む……いや、まあ。だが、それは……」

「この際一人も二人も変わりませんって。
 どの道アカデミー生に教えた事実は変わらないんだから。
 密告されるようなことがあっても大差ないですよー」

「すぐ脅迫に走るな! まったく、なんでお前は……」

その後、少しだけ話し合いをしてリーも玄之介のように稽古をつけてもらうこととなった。

ただ玄之介と違うのは、リーの場合は放課後にガイからアドバイスを貰い軽い組み手をしてもらう、という点だ。

リーが自分で言ったように、彼の成績は芳しくない。そんな状況で授業をサボるものなら、留年だって冗談ではなくなる。

玄之介はそんなリーの状況を良く分かっていないのか、終始首を傾げていた。

まあ兎に角。

一年ほど前倒しとなった出会い。

これが、ガイとリーの顔合わせとなった。











リーと玄之介が屋上から去ったのを確認し、ガイは溜息を吐いた。

まったく、どうしてこんなことになったのやら。

軽く頭を掻きながら、ガイはポケットから手帳を取り出す。

ビンゴブックでもなんでもなく、ただのメモ帳だ。

その中には、この夏休みに調べた玄之介のことが書かれていた。

普段の彼ならば、別にこのようなことはしなかっただろう。しかし、忍としてのマイト・ガイは、如月玄之介という一人の人間に対して微かな違和感を抱いている。

どこか胡散臭さの漂う少年。言動は彼がライバルと勝手に認めているはたけカカシに通じるところがある、と彼は考えていた。

飄々とした態度の裏で何かを考えている。年齢が浅いせいか、彼は本心を隠すのがそれほど上手くはない。一瞬前に笑っていたかと思えば、考え込むように視線を鋭くすることがある。

最初、しつこく稽古をつけてくれと頼まれた時は性分なのだと割り切っていたが、長く接するにつれてガイの抱く違和感は少しずつだが大きくなっていった。

それが限界に達したのが夏休みの始まる前のことだ。

玄之介と顔を合わせない時期を利用して、ガイは如月一族と彼個人に対して探りを入れた。

生まれは彼の身体が証明するように木の葉の如月家。故に、他里の潜入工作員というわけではないだろう。日向宗家に入ったのだって、まだ五歳の時だ。それも両親の薦めではなく自分の意志で向かったらしい。二年の空白期間があるも、それより先に宗家へと弟子入りしているのだから、あまり問題はないだろう。

ただ、父親の出自が気掛かりではあったが。

玄之介の父親は霧隠れ出身の血継限界持ちだ。あの国は血継限界に対して異常なほどの迫害を行っている。それで身の危険を感じ、亡命してきたのだと記録に残っていた。弾正は祖父と共に木ノ葉へ入り、その二年後に唯一の肉親であった祖父は死去。天涯孤独の身である彼を如月家が引き取り、その後、お玄と入籍したらしい。

如月が弾正を引き取ったのは監視の意味もあったのだという。弾正に宿っている血継限界は、体内門の開放を可能とする者を生み出しやすい、という代物だ。何も知らない者から見れば白眼や写輪眼に劣ると思われるだろうが、ガイからすれば納得の出来る対応だった。

体内門を開放した忍は、一時的に火影をも凌駕する力を得る。この言葉がどこから来たのか、木ノ葉の剛拳使いは誰もが知っているのだ。

水遁を好んで使い、絶大な力を振るっていた二代目火影。彼を殺害したのは体内門を八門まで開放した霧隠れの忍である。

霧隠れのお家芸である水遁忍術。それを使いこなす二代目火影を、当時の霧隠れは快く思っていなかった。そのために差し向けられた刺客が、弾正の身体に流れているのと同じ血継限界を宿している忍なのだ。

二代目火影を殺害した血継限界を取り入れるということで、当時の木ノ葉隠れ上層部の意見は真っ二つに割れた。

片や、仇とも言える一族を木ノ葉に加えるというのか。片や、二代目火影を殺害した血族を赦し、二代目火影の死を乗り越えることで木ノ葉はより高みを目指すことが出来る。

そういう風にだ。

そして、その終わりの見えない話し合いに横槍を入れたのが如月である。

如月は初代火影の存在を後世に残すため表舞台に昇らないことを自ら決めた一族だ。そんな彼らが、何故、とも思うが、少し考えれば当たり前とも言える。

初代火影の実弟である二代目火影。亡き主の弟を殺害した者の一族がどのようなものなのか、彼らが直接確かめ、木ノ葉の害にならないかどうかを監視をする。もし如月が弾正の保護に名乗りを上げなければ、卯月が出張ったのかもしれない。

その後、弾正は如月家に引き取られ、木ノ葉隠れの忍として戦いの世界に身を投じた。九尾事件で片腕を失うも、未だ体内門開放の指導役として忍の世界に身を置いているらしい。

そこから考えるに、弾正は完全に木ノ葉へ帰化したのだろう。既に身内となったのだ。そんな者を疑うほどガイは火の意志を蔑ろにしていなかった。

更に調べてゆく内に日向宗家と初代火影を信奉する派閥の癒着がどうのこうの、反初代派が玄之介を日向から引き離そうとしている、などと耳にはしたがそれらにガイはあまり興味が湧かなかった。

正直なところ、ガイには玄之介の人間性が見えてこなかった。

ガイもそれなりに長い人生を生きているのだ。一言で表すことの出来ない人間がいることも理解している。

だが、それが適応出来ない子供は初めて目にした。二面性とも違う、どこか裏のある類の人間だ、としか分からない。

その見え隠れする下地は、いったいどのような代物なのか。それを調べるために奔走したというのに、時間の浪費をしたかのような徒労感さえある。

絶対に裏がある。そう信じて調べたというのに、分かったことは玄之介が馬鹿げたことばかりをやっている事実のみ。

風影の息子や娘と縁があり、日向宗家では跡継ぎである日向ハナビに懇意にされている。更には宗家憑きの妖魔を授けられ、あの歳にしてオリジナルの忍術の登録申請している。彼が持っていた封筒を見るに、申請は見事に通ったのだろう。

彼がやってきたことも酷い。凄い、ではなく、酷い。

稲葉薙乃の名義ではあるが下級の抜け忍を何人も捕まえ、それなりの場数を踏んだ忍ならば誰でも知っている砂隠れのバキからも師事されていたとのこと。そして、まるでオチでも付けるように入院していた記録もある。それも急性アルコール中毒で、だ。未成年に酒を呑ませたこと、更に木の葉の血継限界に危害を加えたので、バキには軽くない罰が与えられたらしい。

最近になって大人しく――その頃はガイにまで迷惑が及んでいるわけだが――なったと思えば、今度は日向ハナビを攫おうとした忍を単身で撃退したという記録まであった。その後、反初代派が喜び勇んで玄之介と日向宗家を引き離しに掛かったが、それも日向ヒアシによって阻止されている。それを見る限り、日向ハナビだけではなく、日向ヒアシからも信頼を得ているのだろう。

小さなことならば、定期的に演習場を破壊して回っていたり、日向の分家であるネジと幾度も喧嘩の域を超えた殴り合いをしている、などもある。演習場にいた忍の証言曰くただの訓練らしいが。

まったく馬鹿げている。日向宗家の跡継ぎを守ったのかと思えば、次には宗主が長老衆に頭を下げて面目を潰し、宗家の弟子だというのに分家との仲が険悪。毒にも薬にもならない。いや、違うか。喩えるならば、腹痛を押さえることは出来るが服用すれば酷い頭痛に悩まされる薬のような存在。薬にはなるが、果たして使う必要はあるのかと疑問の残る類だ。自分で考えておきながら、言い得て妙だ、とガイは頷く。

やっていることが表に出ないだけで、なんと規模の大きいマッチポンプだろうか。

わけが分からない。玄之介は何をやりたいのだろう。

日向宗家や砂隠れと縁を結ぼうとしているのかと思えば、そのどちらの面も汚している。その癖、悪い評価は聞かない。

根は悪い奴ではないのだろうが、やっていることがやっていることなので、イマイチ信頼出来ない。信用は出来るが。今日だって余計なお世話を他人に焼いて、ガイに迷惑を掛けているのだから。

そこまで調べたのが夏休みの半ば。更に力を入れて調べようとしたのだが、急に壁が立ちはだかり、ガイは深入りを止めた。

誰かに忠告されたわけでも、見限ったわけでもない。

ほんの些細なことなのだが、日向宗家の護衛を行っている暗部の日報に、如月玄之介の動向が記されていた。

深く考えなければ取るに足らないことだ。玄之介も血継限界を宿しているのだから、木の葉隠れの大切な財産である。暗部が目を掛けてもなんら問題はない。

……その日報を、火影が目を通していなければ、だが。

以前は問題がなければ目を通していなかったというのに、玄之介が木の葉隠れへ戻ってきて暫く経ち、火影までもが玄之介の動向を気にし始めたのだ。しかしそれも見守っている、というわけではなく、かと言って警戒するにしては緩い。精々が気に留めている、といったレベル。

ガイの理解を超えた何かが玄之介にあるのだろう。それ故に、ガイは玄之介について調べることを中断した。

決して諦めたわけではない。しかし、続けるつもりもない。

あやふやなままで止めるのはガイの趣味ではなかったが、こればかりは仕方がなかった。

……将来が少しだけ楽しみで、それ以上に酷く不安な子供だ。

そんなことを考え、ああそうか、とガイは苦笑する。

「やらかしていることは酷いが、成る程。
 根が善人だということは確かなのか」

そうでなければ、こうも大勢の人間を惹き付けることは出来ないだろう。自分も、なんだかんだ言って玄之介に惹き付けられた一人だ。

結果だけは良いとも悪いとも言えないが、彼の行動には善意が見え隠れしている。単純に良かれと考えて行ったことが、悉く失敗しているのだろう。

質の悪い人間だ。かかわれば面倒ごとに引き込まれるというのに、それでも一緒にいて心地良いと感じてしまう。見放したくとも、一度縁を結んでしまえば危なっかしくて目を離せない。

一応の結論を得て、ふむ、とガイは呟く。

「取り敢えずは……少しは落ち着いてくれると良いのだがなぁ」






[2398]  in Wonder O/U side:U 六十八話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 23:55


リーがガイ先生に師事を受け始め、俺もちょっくら様子を見に行ったわけなのだが。

うん、なんだろう。なんか理不尽を感じた。

成長期に身体を苛めると、大抵は身長が伸びないのだ。それは骨が縦に伸びるんじゃなくて中の密度を上げようとするからなんだとか。

それ故に――あんま言いたくないんだけど――俺の身長、かなり低いんだよね。

年齢詐称しているわけだけど、本来俺は九歳。それなのに身長は132㎝。泣ける。キバやシノくんとは頭一個分近く低いと思って貰えれば良い。いつぞやから始まった食卓に並ぶにぼしと牛乳も未だに続いているっていうのに、一向に身長は伸びない。

まあこれはしょうがないとも言えるんだけどさ。なんてったって自業自得だし。師匠にぶっ飛ばされても平気だったりする常識外れな打たれ強さも、多分骨や筋肉の密度が上がっているからだと思う。ギャグキャラだから平気なんじゃないんです。

そう考えると悪いものでもないのかなぁ。お陰で体重はクソ重いが。

まあ、俺のことはどうでも良い。リーですよリー。

まず一日目にガイ先生が指摘したのは、正拳突きの打ち方が間違ってること。

ガイ先生がいなくなり、俺は飽きるまで螺旋丸の練習しつつリーを見ていたのだけど……。

嗚呼、一時間以内に正拳突き千五百発打てなかったら~とかやり過ぎだろう。んでもって、そんだけ身体苛めて何故体格が普通なんだお前は。

その後適当にリーへアドバイスして、俺も帰宅。

……俺もうかうかしてらんないなぁ。














 in Wonder O/U side:U












「……もうそろそろ良いか」

組み手をしつつ、ガイ先生はそんな言葉を呟いた。

なんのことでしょう、と聞こうとしたら問答無用で顔面狙いの正拳突きが飛んできて肝を冷やしましたが。

「……で、何がもうそろそろ良いんですか」

「体内門の開放だ」

腕を組み、いやに真剣な表情をしつつ、ガイ先生は待ちに待った言葉を吐き出した。

……よし。いよいよか。

微かに胸が高鳴ったのを自覚しつつ、俺は小さく頷いた。

「……ただ、一つ約束をしろ、玄之介」

「なんでしょう」

「誓約だ。遵守する、と誓える場面にならなければ体内門の開放を――」

「それは勘弁してもらえません?」

俺の言葉に眉を持ち上げるも、かまわず先を続ける。

「色々と考えたのですが、体内門の開放は普通の攻撃手段として運用したいんです」

「……お前のことだから、何か理由があるのだろう。言ってみろ」

はい、と応じ、俺は夏休み前の出来事を思い出す。

それは、ハナビちんを攫おうとした忍と命の取り合いをした出来事。その戦闘結果だ。

「ガイ先生、実は俺、一度だけ体内門を開けたことがあるんです。
 ……いや、開けた、じゃなくて、開いた、ですかね」

「……それで?」

責めるわけでもなく、ガイ先生は先を促してくる。頭ごなしに怒らない辺り、良い人だ。

「体内門の開放で、どういう次元の力が手にはいるのかは分かりました。
 そして、たった刹那の内でも限界以上の力を引き出したら反動がくることも。
 ……正直、体内門を開放して飛び回りたいとは思いません。
 戦闘を継続できる程度の反動で、リミッター解除をしたい」

「……では、二門まで開けようと言うのか?」

使わない、ではなく、二門、と言った辺りガイ先生は俺がどの程度知識があるのか分かっているのだろう。

一門は単純なリミッター解除。二門は痛覚、疲労の排除――つまりは、痛みによる抑制を外す類だ。先生はその二つをセットで運用したい、と俺が言っているように受け取ったようだ。

だが、違う。俺が言いたいのはそういうことじゃない。

「いえ、俺は体内門の開放を、瞬間的に行いたいと思っているんです。
 敵と打ち合っている最中にリミッターを外して、速度に緩急を付けたい。
 できますか? こういうことって」

「出来なくはないが……」

思案するように顎に手をやり、目を瞑る。

「少し話が外れるが、体内門の開放は先天的な才能に左右される。
 お前の場合は――まあ、血統書付きのようなものだから大丈夫だろう」

「……はぁ」

「話が見えてこない、という顔をするな。ここからだ。
 ……で、だな。体内門の開放を会得した後、行うべき修行は二つなのだ。
 それは体内門開放の継続時間を延ばすこと。そして、更なる体内門を開くこと。
 ……お前の言う、瞬間的な開閉の鍛錬なぞ誰も考えなかったことだよ」

……そうなのか。

いや、それもそうか。超人的な速度を手にする反面、その後には反動が待っている諸刃の剣。それならば、絶対時間中に敵を全て叩き潰した方が良いに決まっている。疲弊した身体で残党を倒すのはギャンブルだしなぁ。

だが、襲ってくる反動は体内門の開放を持続した時間に比例した重さとなる。一瞬だけ開くのならばそれほど重くもないはずだ。

……なんか不安だな。

「ガイ先生。
 以前、俺が開いた時は筋肉痛がなくて、代わりに重い眼精疲労があったのですが、瞬間的に開いた場合の反動ってそんなものですか?」

「だから俺に聞くな。試したこともないんだ。
 ――しかし、そうか。その時はどれぐらいの時間、体内門を開いていた?」

「一秒か二秒ですね。もしかしたらそれ未満かもしれませんが」

手裏剣が俺に到達するまでの時間だから、そんなもんだったはず。世界がスローになっていたから、正確な時間は分からない。

「ふむ。あくまで疲労だけならば、反動としては軽い方だ。
 長時間開いた場合は四肢の痙攣などだからな。
 ……ならば、一瞬だけ開くのも悪くはないか」

良いだろう、とガイ先生は頷き、

「分かった。それ用に練習法を考えてこよう」

「ありがとうございます」

俺は頭を上げて礼を言うと、これから始まる訓練に思いを馳せた。

……さて、どんな次元の力を手に出来るんでしょうかね。












ふらふらとした足取りでなんとか教室へ。

……体内門開放の稽古、正直舐めてました。気分が悪い。

練習方法は至って簡単。チャクラの流れを知覚しつつ脳に集中させ、こう、ガキン、と弁を外すのですが。

この稽古ばっかりは術者の感覚任せなので、ガイ先生の指導もあまり役には立たない。おまけに俺の場合は一般人と経絡系の仕組みが違うらしいのでテンプレートというものが適応出来ない。

くっそう。頭の中をチャクラで掻き回したお陰で平衡感覚がなんかおかしいぞ。

……家に帰ったらハナビちんにチャクラの流れを見てもらおう。いやでも、子供の教育に悪い術だよな、これ。真似したがったら本気で止めないとだし。

……じゃあ師匠? 駄目駄目駄目。絶対駄目。考えただけで怖気が走る。二度と体内門の開放なんかに興味を持たないよう、意識改革をされる。

……ならば白目? うーん、手は貸してくれそうだけど、あいつも真似しそうだから駄目。貴重な木の葉崩しの戦力を傷物にするわけにはいかないし。

どうすっかなー。

自分の席に座りつつそのまま崩れ落ちる。

ぐおぉ、気持ち悪すぎて睡魔すら襲ってこねぇ。

「お、おい玄之介。なんかいつもと違った死に方してるぞお前」

「……おお、キバ。良く分かったな」

顔を上げず手だけを挙げてキバに挨拶。それが限界です。

「乗り物酔いした感じでダウンですよ、今日は。いやーキツイのなんのって」

「……何をしてたのかは聞かないけどよ、あんま無茶するのもどうかと思うぞ」

「はーい」

気のない返事をする俺に、ったく、と嘆息するキバ。

心配させて悪いなぁ。

「そうそう。この前は悪かったな。ほら、これ」

む、あれか。

なんとか顔を上げると、そこには差し出された二つのアクセサリーが。

シノくんと俺とキバでお土産を持ち寄ったわけですが、キバは自宅に忘れたとかで後日渡すことになったのだ。

ちなみにシノくんは昆虫の標本をくれた。本人曰く、貴重種だけを集めたらしい。俺は俺で法螺貝と塩分豊富な食用の岩塩でしたが。

で、キバが取り出したものだ。獣の牙を加工したネックレス。割と大型の代物で、俺の中指よりも長く、太い。基準が子供の手だけどさ。

それが二つ。片方は若干短い。

「これは?」

「よくぞ聞いてくれた!
 いやぁ、夏休みで演習に行ったわけだけど、そこで苦労して仕留めた獲物がいてよ。
 そいつの上顎と下顎の犬歯をペアで加工したんだ」

「へぇー、実は器用だったんだな。ワイルドなだけかと思っていたよ」

「余計なお世話だ」

「んで、二つしかないけど、俺のは?」

と、聞いたら、キバは変な顔をした。

なんですか? その、『ああコイツ何も分かっていねぇ』みたいな顔付きは。

「いや、だってアクセサリーだし、ハナビちんと薙乃で――」

「……あのな。さっき俺が言ったことをよーく思い出せ。『ペア』で加工した、って言っただろ?」

……ええっと。

ああ、そういうことか。

「成る程ねー。お前にしては冴えてるじゃないか」

「そうだろうそうだろう」

「薙乃とハナビちんが姉妹のように仲良くなる、と」

「どう考えたらそうなるんだ馬鹿野郎!」

そう言い、俺の襟を掴むとガクガク揺さぶるキバ。

ぎゃああああああ!

「ちょ、やめ、マジ、吐く……」

「人が折角姉ちゃんに頭下げてまでアイディアもらって作ったってのにお前って奴はあああああ!!」

一人ヒートアップしているのを余所に、俺は机をタップする。

止めてください。

「落ち着こう」

「……そうだな」

流石に周りの視線が痛くなったのか、しぶしぶ俺の襟を離すキバ。

なんでそんなに不満げなんだよ。

「……冗談ですよ?」

「……いや、お前のことだから本気かと思ってよ」

「このイチャパラ愛読者め。ませてるなぁ」

「な……お前、それは言うなって……っ!」

そうなのである。

ここにおわす犬塚キバくんは先輩がリメイクした全年齢対応版イチャパラの読者。出版社が同じらしくて、最近そんなもんが出版された。

ちなみに彼の秘密基地は机の右側引き出しの一番下。宝具は参考書に埋もれて隠されてます。

別にエロ本じゃないんだからいいだろうに、と以前言ったら、年相応の羞恥心を全開にして怒ってた。

ちなみにからかう目的で春画――変化で潜入し購入――を見せたら顔を真っ赤にして顔を逸らしつつもチラ見してた。

そして、わざとキバの部屋に忘れ物したわけだけど、あの春画は今どうなってるのかなぁ。

まあ、こんな豆知識はどうでも良い。

「あのさぁ、キバ。君は何を考えているのかね?」

「いや、だってよお。
 お前ら見てると、こう、むずむずしてくると言うか、じれったいと言うか……」

「なんでさ」

「……もう良い。分かった。お前はそういう奴だってことを、心底理解したぜ」

呆れたように肩を落とすと、キバはポケットをまさぐって更なる装飾品を取り出す。

なんでもあるな。

「ほら、これ」

そう言って投げよこしたのは……指輪だ。表面にはぱっと見炎っぽい文様が刻んであったり。

「自分用に作ったやつなんだが……やるよ」

「いやぁ、悪いねぇ。じゃあこれを俺用にするわ」

「駄目。お前のはどっちかのネックレス。
 それと、アクセサリーは俺の土産ってことを言わないこと。
 ちなみに指輪は絶対に女の子にやらないと、赤丸が机の中にダイナミックマーキングするぞ」

そして肯定するように、わん、と鳴き声を上げる赤丸。

「地味に酷いことをー!!」

酷くないわボケ! と返してくるキバ。

ったく、余計なお世話だっちゅーねん。

などと漫才をしていると、

「あの……玄之介くん」

すげえ話し掛けずらそうにヒナタがやってきた。

そりゃそうだ。周りの反応無視して騒いでるしなぁ。主にキバが。

折角話し掛けてくれたヒナタを無下にするのもなんなので、なんでもない風に応じる我。

「ん、どうしたのヒナタ」

「朝顔さんが用事あるって。……その、だから、放課後に時間もらえるかな?」

「良いよー。ったく、先輩もヒナタに伝言じゃなくて自分で――」

……ふと、ヒナタを見て思い出す。

此方側に来てチャクラの使い方が分からなかった俺を助けてくれたのは彼女だ。そうだ、そうだよ。なんで忘れてたかな。

ヒナタに体内門の開放を手伝ってもらおう。

どうせ放課後なら先輩が近くにいるだろうから、ナルトとサスケが興味を持っても絶対駄目とか言い付けるだろうし。ヒナタ自身も体内門の開放なんかに興味はないだろうし。

……よーしオラ、わくわくしてきたぞー。

思わず頬が緩む。

そうしたら何故かキバとヒナタが距離を取りましたが。

「なんでしょうか」

「……ククク、なんて笑う奴初めて見たぞ」

「……悪者の顔になってたよ玄之介くん」

そうなんだ。

うーむ。向こう側じゃ目つき悪いとか言われてたし、身体変わってもそういうのの名残があるのかしら。













で、放課後。

出向いた先はうちは邸。日向宗家にも引けを取らない武家屋敷に上がると、そのまま道場へ直行した。

そこではナルトやサスケと共に稽古をしている先輩がいたり。

先輩は俺が来たことで稽古を中断すると、サスケとナルトに続行を言い渡してこっちに来た。

「どうも先輩。何か用ですか」

「……ああまあ」

仕方がない、とでも言うように溜息を吐かれた。

いきなり失礼な人だ。

「ヒナタ、ナルト達に混じってて。俺はコイツと話があるから庭に出てるよ」

そして二人っきりで庭に出る我ら。

話ってなんざましょ。

「しっかし、本当にあの三人で稽古してるんだなぁ。原作じゃ見れなかった光景ですね」

「まあな。っていうか原作で見れなかった光景なら、俺よりお前の方が見てるだろ」

「……と、言いますと?」

「サクラだよ。……お前、何やってんの?」

頭痛い、とでも言うようにこめかみを叩く先輩。

いや、まあ、確かに。

「驚いたぞ。
 サクラを花火に混ぜてやってくれって頼まれたかと思えば、彼女、なんか微妙に中身が違ったし。
 いや、外見も違ったか」

「はぁ」

「なんで日本刀持ってるんだよ、サクラが! 名前と掛けて上手いことやったつもりかっちゅーねん!!」

と、一気に捲し立てる先輩。最後の方は怒りじゃなくて質問だな。

「……ああ、そういえばサクラって名前で日本刀使うのは大正桜に浪漫の嵐ですね。いやぁ、気付かなかった」

「嘘だろ。絶対嘘だろ」

「まあまあ。
 たたら爺さんも乗り気だったし、別にそういうことしても良いかなー、って」

「たたら爺さんって、変態忍具職人の? また他人を巻き込んで……でもまあ、それなら……」

と、そこで一気に声を小さくしてぶつぶつとし始める先輩。なんか考えてるのかしら。

まあいい。

「で、まさかそれだけ聞くために呼び出したんじゃないでしょうね」

「いや、もう一つあるよ。
 ……単刀直入に言うと、お前、今学期の終わりにある演習に参加するな」

「……えぇー」

思わず声を上げるも、先輩はそんな俺に溜息を吐いたり。

割と楽しみにしてたんだけどなぁ。怯えろ、竦め、アカデミーの成果を出せぬまま脱落してゆけ! とか台詞まで用意してたのに。

「玄之介が一人いるだけでパワーバランスが崩壊するだろ。……演習にならないって」

「でも先輩だってそっちにいるんでしょう? それでトントンじゃないですか」

「……どうだかね。それに、やってもらうこともあるし」

神妙な顔付きで話を逸らすと、今度はなんか嫌な予感が。

何事だよ。

「……あのー、なんか厄介事を吹っ掛けようとしてません?」

「まあ、そうかな。
 確実とは言い難いけど、多分演習でヒナタが襲われる。
 お前にはあの子の護衛をしてもらうよ」

「……釣りってことですか?」

急に伝えられた提案に、思わず声のトーンが下がる。

「……ちょっとした疑問なんですがね。
 先輩はナルトを悲しませたくないんでしょう?
 そんなことを言っている癖に、ナルトが熱を上げてるヒナタを餌にして釣りをしますか。
 正気?」

そうだ。

ハナビちんよろしく、ヒナタだって宗家の白眼持ち。そんな彼女だからこそ、狙っている他里の忍も多い。

そんなことは誰よりも分かってると思っていたのに、わざわざ危険な真似をするだなんて、この人は何を考えているんだ。

……冗談じゃない。

ナルトだけじゃなく、ヒナタがいなくなればハナビちんも、師匠も、薙乃だって悲しむだろう。

そんな馬鹿げたことやってられるか。この時期に日向宗家を狙う者を探って、なんの意味がある。

だが――

「五月蠅いよ。俺だって好きでこんなことするわけじゃないさ」

俺の苛立ちと同じく、先輩だってこれを納得しているわけではなかったようだ。

「こうなったのは玄之介の責任でもあるんだからな。お前、三代目に睨まれてるぞ」

「え……なんでです?」

「ただでさえ憑依している人間は微妙な立場だっていうのに、夏休み前にハナビちゃんの誘拐なんて事件が起こって……。
 以前から甘やかしていたのも相まって、お前が原因かも、とか勘ぐられているかもしれない」

「ま、まさかー。ちゃんと敵は追い払いましたよ?」

「まあね。
 けど、それで差し引きゼロだ。
 三代目の信頼が得られなければこれから先好きなように動けない。
 実力を証明するのも、木の葉の敵ではないと証明するのも、必要なことだよ。
 お前がやったことでプラスに見えることは、三代目からだと何一つない」

……そうか。

そりゃそうだよな。先輩の場合は綱手姫や自来也辺りが擁護してくれるけど、俺の場合は何もない。

そんな人間に好き勝手動くような特権は与えたくないだろうし。

ううむ。

「……俺、暗部じゃなくて普通の下忍でも良いですよ。それでヒナタとかを危険な目に遭わせないなら」

「そういうわけにもいかないだろ。
 どの道お前が来期の卒業生に混じったらスリーマンセルの編成に変化が生まれる。
 予想外の事態は増やしたくないんだ」

それもそうか。原作の展開を動かせば、それだけ想定外の動きが出てくる。

未来を知っているってメリットを自ら潰す愚行は避けるべきだよな。

しかしそれを天秤に掛けても……いや、事の大小で言えば、中忍試験でのことの方が大きいか。

大事を回避するために小事を見逃すことも……って、あれ?

この場合の小事って、俺の命も入ってね?

「……先輩」

「なんだ後輩」

「あんた、俺の命とか割とどうでも良いって考えてるでしょ」

「ははは、まさかー」

「……縁切ろうかなぁ、この人と」

割と本気で考えつつ、思わず遠い目になる。

「中忍ならなんとかなるけど、特別上忍レベルだと俺の命が危ないですよ?
 実力を証明しないとってことは、薙乃を口寄せも駄目なんでしょう?」

「うん。ま、そこら辺は万が一のために護衛が付けられると思うから安心しなさい。敵わないと判断されたら助けが入るって」

「……最初から入って欲しいなぁ」

がっくり項垂れつつ肩を落とす。

そんな俺の背中をぽんぽんと叩いてくる先輩。

「ま、信頼されていると思ってくれれば嬉しいさね。
 前回の敵は本気を出さなくても勝ったんだろ?
 それで中忍レベルなら、特別上忍相手でも善戦出来るんじゃないか」

「本気ではありましたよ。全力じゃありませんでしたが」

まあ、そうだ。

不殺を心に決めているわけで、必然的に俺は全力を出せなくなる。

忍の技は殺しの技。どんな綺麗事を並べたところで、それは変わらない。

故に、技を効果的に使わない俺は、全力を出せない。出してはいけない。限られた能力の中で本気を出さなければ、俺も、敵の命も危ない。

しかし、先輩はそんな俺の考えを見透かすように渋い顔をする。

「まだ不殺とか考えてるのか。向こう側と変わらず、馬鹿正直だねぇ」

「うるさいですの。性分なんだからしょうがないじゃないですか」

っていうか、んなこと言ったらこの人だって向こう側と肝心な部分は変わっていない。

仲が良いように見えて、微妙に他人と距離取っている部分とか。

きっとシャイなのだ。……うっわ、鳥肌立った。キモイ。

「ま、話はこれだけ。とっとと帰れ」

「うわ酷い。一緒に稽古しないかー、とかそういうお誘いはなしですか」

「……なんか嫌なんだよね、お前と稽古するの」

「なんでさ」

「さて、なんででしょ」

……なんだかなぁ。

どうやら理由を話すつもりがないらしい先輩。

まあいい。

「あ、そうだ。ちょっとヒナタを借りますね。試したいことがあるんで」

「良いけど。……何を試す気? 四十八手とか言ったらこの場で殺すよ?」

「黙れよジャブジャブ鳥。俺はロリコンじゃないっつーに。ま、体内門の開放を手伝って貰うだけですってー」

「ふーん、そう……って、ちょ、おま?!」












「そういうわけでよろしくお願いします」

「う、うん」

先輩に体内門の開放云々の説明をしたら、案の定ナルトとサスケは道場の中に隔離された。

教育上悪い術だから、だそうで。

そりゃそうだよなぁ。力が欲しいか、とか鏡の国の魔獣が問い掛けるようなもんだしね、これ。いや、ルイス・キャロルの方のはそんなこと言わないけどさ。

ま、とにかく始めますか。

ヒナタは白眼を発動させ、俺のことを凝視する。

彼女の準備が万端なのを確認すると、俺も俺でチャクラの流れに意識を向けた。

体内を循環するチャクラを頭に集中させ、茫洋としたイメージに手を伸ばす。

巨大手裏剣が迫ってきた時に感じた感覚。それを思い出すように。

「……そこじゃないよ。もっと右」

「オッケー」

「今度は右にズレた。少しだけ左に」

「ぐ……こう?」

などとやりとりを繰り返し――

「そこ!」

ヒナタが鋭く声を上げると同時、その方向へ一気にチャクラを流し込む。

同時に握り締めていた掌に掛かる負荷が増える。鼓動が跳ね上がり、耳に届く音が冴え渡る気さえした。

が、それも一瞬。

「……あ」

どうやら体内門って、流し込んでるチャクラが一定以下になると自動で閉じるみたいですね。

これを操作しながらの戦闘は、若干面倒だ。

「ど、どうだった? 玄之介くん」

「出来たよ、ありがとう。感覚を忘れたらまた頼むかもしれないから、その時はよろしくね」

と頼むと、任せて、と微笑むヒナタ。良い子だ。

「でも、なんか懐かしいね、これ」

「何が?」

ありゃ、忘れたのかしら。

「ほら、俺が日向宗家に弟子入りする前、ヒナタにチャクラの流れを教えてもらったじゃん。なんかあの時のことを思い出しちゃってさ」

「……そうだね。
 あの時の玄之介くん、変な声上げて練習してるし、終いには私のこと追いかけてくるしで、少し怖かったな」

「ごめんなさい忘れてくださいそして言い触らさないでください」

思わずマッハで頭を下げる。

……いや、自分で言うのもなんだけど、割と痛いことしていたなー、とか思って封印していた記憶です。

「……そういや、なんでヒナタはあんな場所にいたの? あそこ、森の中でも端っこの方だし」

「それは……」

そこで一瞬言いよどみ、しかし、彼女は顔を上げると真っ直ぐに俺を見詰めてくる。

「嫌なことがあったら、私はあそこに逃げてたの。
 父さんの目にも引っ掛からないから、あそこだけなら泣けたんだ」

「……そっか」

少しだけ恥ずかしげに言い切ったヒナタに、思わず微笑んでしまう。

泣いていた自分を恥じ、それでもそれが自分だと言える。なんとも立派じゃないか。

きっと今の、ナルト達と過ごしている毎日が充実しているのだろう。だからこそ、過去を自分の足跡として捉えられるのだ。

……などと感傷に浸っているわけだが。

なんか視線を感じる。

そう思って道場の方に目をやると、そこには窓に張り付いたナルトが。

……何やってんだろう。思いっきり俺のことを睨んでるんだけど。

あ、窓開けた。

「ヒナター! そんなところにいないで、早く戻ってこいってばよー!!」

「う、うん。今行くから! ……どうする、玄之介くん。帰るの?」

「そのつもりだったけど……いや、少し稽古を覗いて行こうかなぁ」

思わず口の端が歪む。

はははは、なんかこう、楽しくなってきた。そういうことか。

いやぁ、あのナルトの反応、面白いじゃないか。

ヒナタに寄り添うようにして道場へ行くと、そこには憮然とした表情のナルトが。

「やあナルト」

「……なんで玄之介まで来るんだってばよ」

「いやぁ、ヒナタがどれだけ強くなっているのか気になってさ。
 ――毎日、日向宗家で一緒だけど、気になるじゃない?
 ヒナタとは、幼馴染みだし、さ」

ちなみに台詞の半ばから、無意味に強調してナルトに言ってます。

そうしたら彼は拳を握りつつぶるぶると震え出す始末。

その時になってようやくヒナタはナルトが怒っている原因を悟ったのか、顔を真っ赤にして指先を突き合わせた。うむ、懐かしい仕草だ。

なんてことをやっていたら。

襟を掴まれて先輩にずるずると引っ張られた。

「うわー何をするんですかー。服が伸びるんでやめてくださいー」

「棒読みってことは分かっててやってるだろお前」

「何を言ってるのかさっぱり分かりませんねー」

「か・え・れ!」

言葉と同時に文字通り叩き出された。

酷いですの。楽しかったからいいけどさ。












ナルトって意外と独占欲強かったんだなぁ。

いや、そうでもないか。サスケが大蛇丸に誘われたときは怒り狂ってたし、そのベクトルがヒナタに向いただけかも。

それにしてもお腹いっぱいです。修羅場分を補充させていただきました。

いいよね、嫉妬修羅場。人間の愛憎が入り交じるのでとても好きです。

などと頭の隅で考えつつ、体内門の開閉練習。

やってみて分かったが、瞬間的にオンオフを行うのは、慣れの要素が大きいってことだ。

拳や忍具の応酬中に練習通りチャクラで弁を外す作業は、動き回りつつ正確に行わなければいけないことも相まって、酷く神経を磨り減らす。

精密作業にも似た技術は一朝一夕で身に付く代物じゃないな。もしかしたらこれ、門を開きっぱなしにするより難しいかもしれない。

そんな作業を小一時間ほど。

チャクラで頭の中を引っかき回すこの練習は、やたらと疲れる。肉体的にじゃなくて、精神的に、だが。

肉体疲労とも違う……そうだな、徹夜をした感じか。疲れの方向性はあんな感じ。

今日は熟睡出来そうだ、などと考えつつ、明日の授業の教科書を鞄へ詰めようとした時に、キバにもらったアクセサリーを思い出した。

……ふむ、どうしようか。

取り敢えず先にハナビちんに見せよう。あの子が気に入った物をあげるのが一番良い気がする。

そう決めてアクセサリーを手に取ると、俺は薄暗い廊下へ踏み出した。

The 十本刀を口ずさみつつ、擦れ違った師匠に近所迷惑だと怒鳴られながらも、なんとかハナビちんの部屋へ。

「玄之介ですよー。ハナビちん、起きてる?」

「ほら、やっぱり玄之介だ!」

返ってきた声は、同意を求めるようなもの。誰かいるのかしら。

障子を開けると、そこには寝間着姿の薙乃とハナビちんが。

一緒に寝るつもりだったのかな。

「……主どの。夜だというのに、その意味不明な歌詞の歌を叫ぶのは止めてください」

「ごめんごめん。でも、宇水のパートとか悪くないと思うんだけどなぁ」

キャラとしては凄い小物だけど、The 十本刀だと酷く格好良い盲剣の人。

まあ、お子様のソプラノヴォイスだから、あのシャウトは再現出来ないけど。

呆れている薙乃さんと、そうだよねー、と同意してくるハナビちんを眺めつつ腰を下ろす。

「ちょっとプレゼントがあってさ。ほらこれ」

そう言い、キバから渡されたお土産を二人の前に差し出す。

……あー、そう言えばキバからもらったって言っちゃいけないんだったな。

まったく、アイツも他人の世話を焼くのが好きだね。

「こんな物を手に入れました。さ、ハナビちん。どれが良い?」

「んと……三つあるけど、玄之介のはどれなの?」

「俺は……この、大きいネックレスだね」

「じゃあこれ!」

予想通り、ハナビちんは小さい牙を加工したネックレスを手に取った。

嬉しそうに頬を緩ませ、ネックレスを首元に当てたりしている。

うむ、喜んで貰えたようで何よりだ。

「薙乃さんにはこれです」

「……ゆ、指輪ですか?」

「うん」

はい、と手渡すと、どこか呆けた様子で薙乃は手の平に乗せられた指輪に視線を落とす。

……あ。

薙乃さんの様子を見て、ようやく気付いた。

キバの野郎、存外策士だったのか。そういうことかよ。

なるべく驚きを顔に出さないよう気を付け、思わず遠い目をしてしまう。

なんか、アイツに一本取られたのがすげえ悔しいですよ。

「じゃ、じゃあそういうことだからお休みー」

何がそういうことなのか自分でも分からずに逃げ出すことに。

二人はあげたアクセサリーを弄びつつ、声を返してくれた。

「ありがとう玄之介!」

「その……おやすみなさい、主どの」










次の日、早朝稽古の時には二人ともアクセサリーを身に付けていなかった。

……なんて、少し安心したんだけど、朝食時には二人共ちゃーんと装着していましたよ。

流石に和服には似合わないと悟ったのか、ハナビちんはネックレスを腰に下げていた。

そして薙乃さんは指輪を左の薬指に通していたり。

うむむむむむ。

どうするよこれ。

俺、なんだかんだ言って割と死にやすい立場なんだけどなぁ。

こうも死亡フラグ立てるのは縁起悪いんだが。

……死ねないなぁ。





[2398]  in Wonder O/U side:U 六十九話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 23:56


特に何もない、平々凡々とした毎日を過ごしている内に季節は冬になった。

向こう側じゃあもう少しでクリスマスとなる頃、今年のアカデミーはちょっとしたイベントを開催する。

最高学年と、一個下との合同演習。

表向きは最高学年のアカデミー生に自信と少しばかりの戦闘経験を積ませる、という理由があるのだが、本当の目的が別にあるってことを俺は知っていた。

さて、何が起こるのやら。
















 in Wonder O/U side:U















第二十三演習場。死の森と比べて危険生物が生息しているというわけではなく、かと言って構造が単純なわけでもない。

鬱蒼と生い茂る森林を囲むゲートを前にして、演習場の前にはアカデミー生が群れとなって演習の開始を心待ちにしている。

仮設テントの中には万が一の場合に備えた医療班や忍が待機していた。

うみのイルカがスピーカーを手に提げて壇上へ上がる。視線が彼の元に集中し、生徒達は私語を止めた。

「これより学期末合同演習を開始するわけだが、一つだけ言っておくぞ。
 勝ち負けは確かに大切だが、それ以上に怪我をしないよう気を付けるんだ。
 実戦ではちょっとした怪我が戦闘を左右することもある。だから、と言うわけではないが――」

「話はいいから早く始めてくれってばよー!」

唐突に上げられた素っ頓狂な声に、イルカは顔を引き攣らせつつこめかみをひくつかせる。

口調から分かるように、先程の言葉はナルトが上げたものだ。

彼はこれから始まる演習を心底楽しみにしているのか、笑みを絶やさぬまま身動ぎを繰り返している。

そんな彼を見つつ、気楽なもんだぜ、とキバは悪態を吐く。

「なあシノ」

「……なんだ」

「勝てると思うか、これ?」

弱音、と取れる発言だが、そんな彼に対してシノは無言のままだ。

キバは憮然とした表情を崩さぬままこの場にいない友人を呪っていた。

玄之介だ。彼一人がいないだけで、キバはこの演習の勝敗がどんなものになるのか本当に分からなくなっている。

元より勝敗が演習前に決まっていたら話にならないわけだが、それでもキバからしてみれば、玄之介がいれば敗北よりも勝利に限りなく近い場所まで行けると思っていたのだ。

しかし、その肝心な友人はこの場にいない。

イルカ曰く、人数合わせのためにこの演習から外したのだという。キバからしてみたら、どうにも言い訳臭く思えているが。

要するに自分たちは噛ませ犬なのだ、と彼は考えていた。来年から実戦を経験する最高学年生。彼らに自信を付けるために、当て馬として自分たちは選ばれたのではないか。

負けず嫌いな彼にとって、酷く不愉快である。

喧嘩の域を出ないとはいえ、最高学年で天才と呼ばれている日向ネジを翻弄している玄之介がいれば噛ませ犬で終わるわけがない。むしろ凡百のアカデミー生一個師団ぐらいは一人で壊滅させてもおかしくないのだが――

「不毛だぜ」

「……そうでもないだろう。
 何故なら、この演習で俺たちがどの程度強いのか分かるのだから」

浮かない顔を続けているキバと違い、シノは力強い声を出す。

そんな様子に、珍しく燃えてるな、とキバは首を傾げた。

「なんだよ。熱いじゃねぇか」

「……当たり前だ。
 何故なら、修行の成果がこんなところで発揮出来るのだから。
 どれだけ玄之介に近付けたのか、知ることが出来る」

「……お前」

思わず、俯き加減のシノの顔を覗き込んでしまう。

あまり他人と係わろうとしないシノがここまで入れ込むとは、と軽く驚いてしまった。交友関係が狭い故に一度仲良くなった者には入れ込むのだ、彼は。

いつの間に、と思わず苦笑してしまう。

……確かに、おんぶに抱っこってわけにもいかないか。

シノに釣られるようにして、萎えていた気力が昂ぶるのを感じ、キバは頬を歪ませた。












はいはーい、そういうわけで裏方の僕ですよー。

森の中まで響いてくるイルカ先生の声を聞きつつ、俺は木立に背を預けていた。

何度も繰り返し確かめた装備の確認を、もう一度。

手裏剣十枚、苦無十本。変態忍具ホルダーである手甲は装着したし、増血丸と兵糧丸、閃光玉もオッケー。

少しだけ心許ないかもしれないが、俺が戦う目標は一人だけ。苦無や手裏剣だって、投擲術が忍術と比べたらお粗末な俺じゃ、持つだけデッドウェイトだ。

ハリネズミの如く物々しい武装をするのが良いって訳じゃない。

お、開始するみたいだな。俺も移動開始しないと、友人に見付かって怪しまれる。とっとと移動しないと。

……移動するにも、案内役の人が来ないことには動けないのですがね。

などと考えていたら、酷く希薄な気配が背後に生まれ、思わず目が細まる。

ま、こんなところで襲われるわけもないんだけどさ。

「暗部の人ですか?」

「……そうだ」

振り返った先にいたのは、お馴染みの仮面を被り、マントを羽織った暗部の人。

体型から何から全部隠れててどんな人かは分からないね、やっぱ。多分声色も変えているはずだ。

でも……女性かな。仮面からはみ出している髪は黒の長髪。いや、男でも長い髪の人はいるけれど、艶のある頭髪からは手入れを欠かしていない印象を受けた。

いやいや……でも、男でも髪の毛の手入れぐらい……しかし、それはなんか嫌だ……っ。

暗部の人は後ろを覗き見ると演習の開始を確認したのか、俺に着いてくるよう促してくる。

それに頷いて跳躍し、木々の枝を踏み台にしつつ移動を開始した。

……ふむ。なんだろ。気のせいかもしれないけど、なんか隙ある毎に視線を向けられている気がする。

「あのー」

「なんだ」

「ちょっとした質問なんですが、良いでしょうか」

「かまわない」

「それじゃあ……この任務、どんな説明を受けました? 援護の入れ方とか」

「君が死に瀕するようなら加勢しろ、と。そうでなければ、私は見ているだけだ」

つまりは監視に徹するわけね。

うーん。別に良いけど、死に瀕する前に助けに入って欲しいなぁ。

また大怪我したら今度は大っぴらに治療も出来ないし。表向きでは、演習欠席扱いなんだよね俺。それなのに怪我なんかしたら、キバやシノくんに怪しまれる。んでもって、師匠と母さんたちへの言い訳どうしよう。もし他人に怪我させられた、なんて迂闊にも口に出したら薙乃辺りが不機嫌になってハナビちんは仕返しするの、とかゴネそうだ。

まあ、先輩がなんとかしてくれるって言ってたけど、それでも不安は残るぜ。

「……君」

なんて考えていたら、暗部の人が声を掛けてきた。

向こうから話し掛けてくるなんて思ってもみなかったので、少し驚いたり。

「事前の説明で、君は中忍相当の実力を持っていると聞いた。それは本当なのか?」

「あまり自覚はないのですけど、まあ、その程度は。
 日向宗家で鍛えられてますから、そのぐらいは強くないと悲しいですよねー」

「……そうか」

なんだろ。あまり信用されてないのかしら。

まあ、それもそうだよなぁ。戸籍上十歳だけど、改竄してるんで本当は九歳だし。いや、誕生日が二月なんで歳取るのが遅いんですよ。

その上体格も同年代と比べたってミニマムだし、こんなちみっこいのがヒナタの護衛に駆り出されたことが不思議なんだろうね。

ま、そこら辺は事情を知らないからなんだけど。俺からしてみたらこの任務――任務? ――は必ず成功させなきゃいけないことだ。

……っと。

暗部の人が急停止したため、俺も同じようにストップ。そして枝の上にしゃがむと、暗部の人が向いている方に視線を向けたり。

百メートルほど先。チャクラで五感を強化しつつ目を細めると、そこにはナルトと寄り添うヒナタの姿が。サバイバルだっつーのに大声出して、ナルトはヒナタを守るとか豪語してますよ。

おいおい。自分の居場所を明かすようなことするなって。

それにしたって微笑ましい光景だ。……むう。なんだろ、余計にヒナタを守ってやらないとって気分が湧いてきた。

そっからは延々と距離を取ってストーキング。どうやら俺たちの学年はシカマルが指示を出しているらしく、ナルト、サスケ、ヒナタは単独行動組となった。

ちなみにキバ、シノくん、春野は数人の仲間と共に行動。……先輩、本気で鼻っ柱をへし折るとか言ってたしなぁ。歴史的な惨敗して落ち込まなきゃいいけど。

頭の片隅でそんな心配をしつつ、演習の様子を見届ける。

その後、調子に乗っていたナルト、サスケには大量の戦力が割かれて数に押し潰され失格。流石にヒナタは二人みたいに突撃なんかをしなかったから、敗走しながら陣地へと戻っていた。

……さて、もうそろそろか。

演習場は円形となっており、ヒナタは外周を沿いつつ移動していた。敵に囲まれるのを危惧しての行動だ。悪くはないんだけど、俺からしたら戦々恐々。

何故って、そりゃあアンタ。演習場の外周に沿って移動しているってことは、外に連れ出すのが簡単ってことですよ。

マズイぜ。

「暗部さん。もっと接近しましょう」

「駄目だ。君はこの演習に参加していないことになっている。もし見付かったら、相手に警戒をされるぞ」

「……そうすか」

ぎり、と歯を噛み締めつつ足の裏にチャクラを集中する。

いつでも瞬身を発動して飛び出せるように。今のヒナタは白眼を発動しているためむざむざ敵に接近されるとは思わないが、戦闘経験の少ない彼女が咄嗟の事態に反応出来るとも思わない。

思わず体内門にまで意識を伸ばそうとするも、自制する。

駄目だ。ある程度体内門の開閉を操れるようになったと言っても、それは発動と中断が可能となっただけ。更なる解放と持続時間の鍛錬はほとんど行っていない。切り札の使い方を、焦りで間違ってはいけない。

焦れた状態は何分ほど続いただろうか。

ずっと移動を続けていたヒナタが、不意に脚を止める。

それは、演習場を覆っているフェンスの外側から声を掛けられたからだ。

彼女に話し掛けたのは一個上の学年を担当しているミズキ先生。ヒナタは脚を止めると、警戒した様子もなくフェンスを挟んで対峙する。

……そうか。

「――行きます」

「ええ。気を付けて」

短いやりとりを終え、俺は瞬身を行使し一気に間合いを詰める。

そうして接近する間に、ミズキ先生はフェンスを蹴倒して演習場へと侵入。元から切れ目でも入れてあったのだろう。ヒナタは予想もしていなかった展開について行けずただ硬直するばかりだ。

そして鳩尾に一発。それだけで、彼女は気を失った。











一方その頃、犬塚キバは単独で森の中を敗走していた。

陣地を出た時点では仲間がいたのだが、敵との交戦が始まるとトラップに引っ掛かり、現在キバの班は彼一人だけとなっていた。

質が悪い、と悪態を吐く。

正面切ってのぶつかり合いではなく、ちくちくと戦力を削いでくるやりとりは彼の性分ではなかった。真っ向からぶつかってどれだけ多くの上級生を失格にするか。玄之介に自分も強いことを証明するために息を巻いていたのだが、結局はこの様だ。

どうしてくれよう、と歯を噛み慣らす。

踏み込んでみて分かったが、敵の陣地は凶悪なトラップが張り巡らされている。どこの誰が考えたのかは分からないが、殺さないだけで怪我をさせるのは承知の上なのだろう。

いくら赤丸がいると言っても、流石に匂いを嗅ぐだけで罠の有無を判断することは出来ない。

まったく、やってらんない――

と、考えた瞬間だ。

足下狙いの苦無が飛来し、キバは真横へ跳躍して凶器を回避する。

何事だ、と体勢を直しつつ苦無の飛んできた先に視線を送るも、影らしい影はない。

またトラップか、と断じようとし――

「わん!」

来るぞ、と上げられた赤丸の声で、キバは再びステップを踏んだ。

今度は敵の姿を目に入れる。

和服の上からジャケットを羽織った姿。その尋常じゃないセンスで服を着ている人間を、キバは知っていた。

「卯月朝顔!」

彼の名を叫び、しかし、朝顔は応じることなく次なる忍具を投擲する。

ジャケットの裾から落ちるように姿を現したのは千本だ。彼は腕を振ると共に投擲し、すぐに姿を掻き消した。

瞬身の術。何度も玄之介がネジと喧嘩をしていた場面に立ち会ったため、彼はその技を知っていた。

キバは朝顔の瞬身を、速い、と認識する。

ネジや玄之介の行う瞬身と比べ、練度が上なのは素人目にも分かった。動きづらそうな格好をしているというのに、どんな冗談だろうか。

甘く見ていたらやられる。そう判断し――

真横からのドロップキックをまともに受け、彼は吹き飛んだ。

赤丸の挙動に気を配っていたためどの方向から朝顔が来るのかは分かっていた。ただ、それに反応出来るかどうかは別だ。辛うじて腕で防ぐだけで、彼は反撃することもなく地面を転がった。

「ざ――けんなっ!」

腕から伝わる慣れない痛みに顔を顰めつつも、彼は吠えて立ち上がる。

負けなんて不様な真似が出来るか。朝顔と玄之介は仲が良いらしい。そんな人間に負けたとなれば、また玄之介は何か言ってくるはずだ。

チャクラを練り上げ、それを全身にくまなく送り込む。そして這うように身を下げると、彼は赤丸に頷きを送った。

四脚の術。キバが得意とする体術の補助忍術である。

今のキバはここから派生する通牙も牙通牙も会得していない。だがそれでも、今以上の瞬発力を得ることは可能だ。

気配の察知を赤丸に任せ、キバは一矢報いることだけを脳裏に留め、四肢をバネのように縮ませる。

そして、わん、と赤丸の合図が上がると同時に、溜め込んだ瞬発力を解放する。

真後ろから接近する朝顔を跳躍することで回避し、枝を踏み台にして真上から朝顔に肉薄する。

思考の流れを凌駕する速度を乗せ、拳を叩き込むべく腕を振りかぶる。

だが、朝顔とて稚拙な一撃を受けるほど未熟ではない。

指を伸ばし、手刀を形作るとチャクラの形態変化を行う。それで形成されるのはチャクラの剣だ。

まるで投球されたボールを打ち返すように、朝顔はキバの側頭部をチャクラ剣の腹で殴打した。

最高速度で吶喊したキバからすれば、今の一撃はたまったものではない。受けた衝撃の半分以上は加速した自分が与えたようなものだのだから。

やられた、と自覚するよりも早く、キバの意識は刈り取られる。

「まずは一人。……ほら、隠れてないで出てきなさい次の人」

チャクラ剣を発動させたまま、朝顔は木立へと顔を向ける。

すると彼の挑発に乗るよう、そこから一人の少年が現れた。

シノだ。彼はポケットに両手を突っ込んだまま、黒眼鏡で隠された視線を朝顔へ向ける。

「……玄之介からお前のことは聞いている。最高学年で最も厄介な敵だ、と」

「ああそう」

それだけのやりとりを終え、朝顔は瞬身を行使してシノの真横へと移動。木の表面を踏み台として直角の軌道を描きながらシノへと接近する。

まるで風を切る鳥のように、右手に生み出された剣は寝かされている。そしてシノへ斬り掛かると思われた瞬間、彼は剣を地面に突き立てて直線的だった動きに変化を与えた。

棒高飛びでもするように朝顔はシノを飛び越え、着地と同時に腕だけを振って背後を切り払う。勿論、剣の腹で、だが。

しかし、手応えはない。見れば、シノの身体は剣を食い込ませた状態となっており――ひび割れるようにして生まれた隙間からは、数多の蠱が吐き出されていた。

まずい、と朝顔が思うよりも早く蠱はチャクラ剣にまとわりつき、剣を形成しているチャクラを食い荒らす。

瞬身を発動して距離を取るも、今度は何故か背後から蠱が。

どういうことか、と彼は思考し、すぐに解答へ至った。

朝顔を取り巻く全ての風景が歪んでいる。

神経毒や幻覚作用のある毒を流し込まれたわけではない。

彼が目にしている景色そのものが蠱だった。擬態。シノはキバがやられるのを見ているだけではなく、朝顔を打倒する手を既に打っていたのだ。

チャクラを喰う蠱。忍にとっては天敵とも言える存在。それを振り払うべく、朝顔はチャクラの剣を解除して今度は性質変化を開始する。

身体の表面に張り付いた蠱に向け、全身から電撃を発生させることで焼き払う。千鳥流し、と呼ばれる、この世界ではまだ登場していない術に近い。

研鑽の末にサスケが手にした攻防一体の技。それに迫る技を朝顔が使用できるのは、彼が身に宿す血継限界の恩恵である。

しかし、それも長時間の使用は出来ない。今までの修行をチャクラコントロールに割いてきた朝顔は、千鳥流しを維持出来る性質変化の技量を持ち合わせていなかった。

だが一瞬で充分。張り付いた蠱を一掃した後、朝顔は瞬身を発動して蠱が追い付けない速度での移動を開始する。

シノがこれだけの蠱を操作出来るだけの技量を持っていることに朝顔は心底驚いたが、しかし、あの歳で風景を変えるほどの術を行使すればどうなるか。

答えは只のアカデミー生だって分かるだろう。

そう遠くない場所に本体がいると当たりを着けた朝顔の狙いは外れていなかった。

蠱分身ではないシノの本体は、大木に背を預けたまま胸を上下させている。

それもそのはずだ。憑依しているキャラクターは総じて――といっても二人だけなのだが――チャクラの総量が多い。それは、身体エネルギーならば兎も角、成熟した人間の精神が宿っているため精神エネルギーは並の子供と比べものにならないほど多いのだ。精神も身体も未熟なシノが大規模な術を発動させれば、忍術を乱発出来る玄之介と違いチャクラの息切れが起こる。事実、まだ一撃ももらっていないシノは満身創痍といった様子になっていた。

彼自身もそれを分かっているのか、朝顔を目にすると同時に両手を挙げて降参の意志を伝えてくる。

これで二人目、と内心で呟き、朝顔は次なる獲物を狩るために行動を開始した。













ナルト達の学年は劣勢を強いられていた。

最高学年の生徒を落としたという報告は未だ上がっておらず、こちらの被害だけが加速度的に増えている。

シカマルはなんとか手を打とうと頭を悩ませているが、司令部となっているキャンプには諦めムードが漂っていた。

そんな中で、一人だけ目から力を失っていない少女がいる。

サクラである。

夏休みの間に並のアカデミー生を上回る力を手にした彼女は、キバやシノと違い司令部の防衛を任されていた。

腰に差してある逆刃刀の柄に手を掛けながら、どうしたものか、と思案する。

自分を含め、サスケやヒナタ、ナルトといった、最高学年生にもひけを取らない面子が揃っているので簡単には負けないと思っていた。

しかし蓋を開けてみればナルトはまだしも、サスケが開始早々に脱落。ヒナタは行方不明。斥候として送り込まれたキバとシノからも連絡はこない。その上、上級生を撃破したという報告が一件も上がっていないのだ。

時間の経過と共に、不安ではなく焦燥が胸を焦がす。

自惚れていたつもりはないが、やはりどこかで慢心していたのだろうか。

思わず師であるたたら翁の顔を思い浮かべ、申し訳ない心地となる。

腰の逆刃刀からは頼もしさを感じるが、自分の技量が脚を引っ張り、結局は心許ない。

思わず、もし玄之介がいたならば、と想像し――

「な、なんであんな奴なんかのことを考えるのよ!」

瞬間、沸騰するように――きっと怒りだ――頭に血が上り、サクラはぶるぶると顔を振る。

そんな奇行に周囲は視線を向けてきたが、彼女は無視した。

「……やっぱ如月がいりゃあなぁ」

不意にサクラに向けて声が放たれ、彼女は振り向く。

そこには、こりゃ駄目だ、と諦めたようにだらけ切っているシカマルがいた。

「あんな奴、いてもいなくても変わらないわよ」

「本当にそう思ってるのかよ。
 ……あーあ、下手な使い方したって、アイツのことだから向こうの士気を崩壊させたりとか出来たんだろうに。
 向こうだって日向ネジがいるんだから、別にいいじゃねえか。なぁ?」

同意を求められ、思わずサクラは頷いてしまった。

心底認めたくはないが、確かにそうだ。

片手で一つの忍術を放てる玄之介ならば、単騎で突撃させても戦果上げていただろう。彼の血継限界は多対一の状況に向いているものだ。その上、本人の性格がプラスされてやることがえげつない。夏休み中に、零距離で火遁を連続発射されたことをサクラは覚えていた。

確かに怪我はしていなかったが、目の前で過剰なほどに打ちのめされた者が出たら戦意は薄れるだろう。

そんな彼をシカマルが操ったら。一度は見てみたかったな、と惜しい気すらしてくる。

夏休みが終わった後もサクラは週末に日向宗家へ出向き、たたら翁から師事を受けていた。

しかし、いくら鍛錬を重ねても玄之介に近付いた気がしない。演習前に調整をした時など、たたら翁の斬撃を紙一重で避けるなどという意味の分からない稽古をしていたのだ、彼は。

その稽古が終わると玄之介は酷く衰弱していたが、それでも彼のやることなすことが悉く出鱈目に見える。

……やっぱり、いた方が良かったかもね。

そんな風に考えを変え、

「怯えろ、竦め! アカデミーでの成果を発揮できぬまま脱落してゆけぇい!!」

どこかで聞いたことのある声に、彼女は気を引き締めた。

見れば、倒れ伏した同級生の中に一人の上級生が立っている。

良く知っている顔を見て、サクラは直感で、この惨敗が彼一人によってもたらされたものなのだと理解した。

卯月朝顔。彼はチャクラ剣を生み出した状態で、数人しか残っていない下級生との距離を詰め始める。

……出番ね。

ちゃ、と鍔を鳴らして、サクラは居合いの体勢を。胸を内側に、背を相手向けるような形だ。その様子に朝顔は喜悦に歪んでいた表情を引き締め、膝を曲げた。

「シカマル。どうするの?」

「……お前が負けたら降参するよ。精々頑張れ」

どう聞いても鼓舞する意志のない激励だが、サクラは頷きを返すことで了承する。

サスケ達と稽古をしている光景は何度も見たが、朝顔の実力がどの程度なのかは分からない。

故に――

瞬身の術を発動し、サクラは朝顔との間合いを一気に詰めた。

そして一歩を踏み出し、抜刀。腰の動きに連動し、逆刃刀は鞘から抜き放たれる。

一撃目の斬撃は朝顔のチャクラ剣によって防がれ、反動でサクラは腕を震わせる。

だが――

二撃目。二段構えの抜刀術。不意打ちの鞘にまで注意が及んでいなかったのか、側頭部目掛けて打ち込まれた打撃をバックステップで回避した。

サクラは思わず舌打ちし、追撃のために間合いを詰める。

双龍閃は成功せず、朝顔の前髪を揺らしただけで終わった。鼻にでも当たれば不様に流血したものを、と心底悔しがる。

見ていることしか出来ない同級生から感嘆の声が上がるも、サクラはかまうことなく刀を振るった。

横凪ぎの一撃は弾かれ、返した刀での袈裟も避けられた。その後も切り結ぶが、刀捌きが上手いと言うより立ち回りが上手い朝顔には掠りもしない。

「……良い刀だね、それ」

「それがどうしたって言うのよ!」

「いや、チャクラ剣と切り結んで、しかも逆刃刀なのに刃こぼれ一つないなんて……やっぱり、たたらさんの作品なの?」

「だったらなんなのよ!」

「んー、宝の持ち腐れ、ってとこかな」

無遠慮な言葉を投げ掛けられ、サクラの怒りは一瞬で沸点に達する。

馬鹿、とシカマルから言葉が飛ぶも遅い。型も何もかも無視した力任せの一撃は、身をよじるだけで避けられる。

そして朝顔にチャクラ剣の腹で顔を殴打され、サクラはたたらを踏んだ。

……頭が冷えた。

頬から伝わる熱に叱咤されたような気分になり、サクラは逆刃刀を納刀する。

そして再び居合いの体勢を取り、

「飛天御剣流、双龍閃――」

「……技名を口にするのって、やっぱ玄之介の影響――」

サクラは瞬身の術を発動した。

既にどんな技が来るのか分かっている朝顔は、サクラに合わせるようチャクラ剣を構える。

しかし、彼は忘れていた。いくらたたら翁の弟子と言っても、彼女が剣術を覚える羽目になった元凶が誰なのか、を。

サクラが間合いへと入り、腕と腰が円を描くように動く。

そして、振るわれた一撃は、

「――雷」

鞘での一撃だった。

完全な不意打ちとなり、思わず動きを止めた朝顔の鳩尾に鞘が打ち込まれる。

そして勢いを殺さぬまま持ち上げ、この時になってようやくサクラは抜刀し、遠慮することなく朝顔の脳天に逆刃刀の一撃を叩き込んだ。

双龍閃・雷。通常の双龍閃を見切った相手に対するフェイント技だ。途中までの動作が全く同じなため、慢心している相手に対しては絶大な効果を発揮する不意打ち技。

サクラは知らないが、たたら翁に双龍閃と双龍閃・雷を教えるよう伝えたのは玄之介である。

鈍い悲鳴を上げて朝顔は地面を転がり、涙目となりつつサクラと距離を取った。

……あいつ、打たれ弱いわ。

彼の様子にサクラは小さく頷き、微かな勝機を感じる。

再び納刀し、サクラは双龍閃の構えを。質の悪いことに、双龍閃の真価は騙し討ちが入ってから発揮されるのだ。通常のものか、雷か。それだけでも相手へのプレッシャーとなる。

しかし、朝顔に限っては違った。むしろ彼は再び抜刀術の体勢となったサクラを哀れむように一瞥し、腕を一閃する。

袖から射出されるのは千本だ。サクラは思わず抜刀し、それらを切り払う。

その隙に朝顔は瞬身を行使し、サクラとの距離を詰めた。

避ければ良かった、とサクラが後悔するも、遅い。

朝顔はサクラの胸に手を当てると溜息を一つ吐き、

「ま、剣術じゃ勝てないみたいだから」

チャクラに単純な性質変化を施し、サクラの体内へ電撃を送り込んだ。

洩れた吐息のようにか細い悲鳴が上がり、少し焦げ臭い匂いが広がる。

千鳥流しと違い、腕から発生させるチャクラだけならば短時間の維持は可能だ。電撃はサクラが気絶するまで続けられ、逆刃刀が地面に落ちると、彼はチャクラの放出を止めた。

そして朝顔は再びチャクラ剣を発現させると、残った下級生の方を見て口を開く。

「……で、まだやる? シカマル」

「……降参だ。大人げねぇよアンタ」







[2398]  in Wonder O/U side:U 漆拾話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 23:57

「僕は、逃げない方がいいんじゃないか……って思う」

「え?」

「偶然か運命かは分からないけど、このまま立ち向かうべきだと感じる」

――三津田信三『禍家』より抜粋。












アカデミーの教師であり、木ノ葉隠れ所属の中忍である、ミズキ。

彼にはそういった表向きの顔以外に、公に出来ない面を持っていた。

それは、抜け忍である大蛇丸を信奉しているという、真っ当な者が聞けば顔を顰める趣味を持っているということだ。

大蛇丸にとってのミズキはただの玩具なのだが、彼がそんなことを知る由もない。

現在のミズキはただ手に入れたサンプルを手土産に音の里へ辿り着き、大蛇丸へ気に入って貰うべく行動している。

本来ならば封印の書の強奪を企むはずだったのだが、数々の要素が絡まり、元の脚本に歪みが生まれ出したこの世界では彼の行動にも変化が起きた。

忍術の収集と同じほど大蛇丸が心血を注いでいるのは血継限界を宿す者の解析である。

封印の書を手に入れる機会が一向に訪れないことに痺れを切らし、彼は目標をそちらに移行した。

無論、そうしたことにも理由はある。

日向宗家の跡取りである日向ハナビ。彼女は今年に入ってから、無防備に外を出歩くようになったのだ。

その噂を耳にしたとき、ミズキは自分の耳を疑った。日向宗家と言えば、うちはが滅んだ現在、木ノ葉でも最も価値がある血族なのだから。そんな一族の世継ぎが無防備に外を出歩くことなど常識外れも良いところで、まともな感性を持っているのならば冗談だと笑い飛ばしてしまうだろう。

だが、それが冗談でないことを、彼は自らの目で確かめた。

日向宗家からそれなりの距離があるアカデミーへ出向き、そこで入学したばかりの不良学生と会話を交わしている。その光景を目にして、彼は大人しくしていることが出来なかった。

そしてミズキが起こした事件が、日向ハナビの誘拐である。

だが、その結果は散々たるものだった。格下云々以前の、下忍にもなっていないアカデミー生にミズキは惨敗し、果ては見たこともない術で里の外まで吹き飛ばされたのだ。

屈辱である。人一倍プライドの高い彼からしてみれば、絶対に認めてはならない事態であった。

怪我が完治した後、次は絶対に下手を打たないと自分に誓い、再び行動を開始する。

今年から始まった学年末の合同演習。その場で、今度こそ手土産を手に入れて音の里へ行くのだ。

……だが、彼は自分のことばかりに気を向け、周囲に怪しまれているということを失念していた。

それもそうだろう。ハナビの誘拐が起きた直後にズタボロとなって里へ戻ってきたのだ。外出許可も取っていない者が外から戻ってきた上に、何故重傷を負っているのかと、疑問に思わない方がおかしい。

それから開始されたのが、ミズキの警戒を上回る監視である。秘密裏に行動しているつもりでも、逐一挙動を監視している者から見れば怪しいことこの上ない。

結局のところ、彼は純粋に頭が悪かった。

ヒナタを小脇に抱え、里をから抜け出そうとしている今も監視が付いていることに、ミズキは気付いていない。

玄之介の監視を兼任している暗部と、三代目火影から直接指示を出された上忍が一人。

例え彼がこれから始まる戦闘を切り抜けたところで、里を抜け出せることなど出来るわけがなかった。














「いやぁ、どうもミズキ先生」

ミズキの進行方向を読み、玄之介は先回りをして彼の前に出た。

顔に浮かんでいるのは友好的な笑みだ。片手を上げ、どこか友人に対する態度のようでもある。

そんな彼を目にするとミズキは忙しなく動かしていた脚を止め、玄之介と対峙する。

螺旋丸が叩き付けられた腹部に鈍痛が生まれる錯覚がリフレインするも、それを表情に出さず口を開く。

「……なんだ、如月じゃないか。こんなところでどうしたんだ?」

「いやー、欠席を言い渡されたんですけど、やっぱり演習に参加したくなって。それで演習場に行こうとしたら、見事に道に迷ってしまったんですよ。案内してもらえませんか?」

「……悪いが、見ての通りヒナタを病院に連れて行くところなんだ。ここを真っ直ぐ行けば着くから、一人で向かえ」

そうなんですかー、とどこか間延びした風に応え、玄之介は後頭部を掻く。

すると、そんな自分の様子を笑うように鼻を鳴らし、彼は目を細めた。

……そんな彼の目つきに、違和感を通り越して異質だとも感じる。

「……駄目だわやっぱ。
 芝居とか俺には向いてないね。そう思わない?」

「なんの話だ?」

「ちょっと気になったことがあったんで少し話でもしようかと思ったんですが、駄目かな、と。
 そうそう、これ見てー」

そう言い、彼はポケットからシノのかけているのと同型の黒眼鏡を取り出すと、装着する。

「熱気バサラ。もしくは雪代縁」

「……それがどうした? というかなんだそれは。悪いが、俺は急いで――」

心底呆れたように言葉を返すも、そこから先は形にならない悲鳴が上がる。

閃光玉。玄之介はサングラスを取り出す際、同時に目眩ましの忍具を取り出していた。

目を焼かんばかりの光を受け、思わずミズキは目をきつく閉じる。

次いで感じたのは衝撃だ。鳩尾への一撃の後、抱えていたヒナタが奪い取られる。

舌打ちし、思わず罵詈雑言を撒き散らすも反応はない。

眼窩に鋭い痛みを感じつつも目を開くと飛び込んできたのは、目前まで迫った苦無だった。

避けるのも切り払うのも間に合わない。ミズキは額当てを頼りにし、自ら刺されるように頭を動かすと苦無を弾く。

そんな行動に、玄之介は心底感心したように声を上げた。

「……む、良い反応。その手があったか」

「……如月、貴様!」

未だにぼやける視界の中、玄之介の姿を捉える。

ヒナタをどこかに隠したのだろう。ぼやけて見える彼は順手に苦無を持ちつつ、泰然と――しかし、いつでも動き出せるようにミズキとの間合いを空けていた。

「最後に一つだけ教えて欲しいんだけど。
 ハナビちんを攫おうとしたのはアンタ?」

「そうだ!
 だってのにまた邪魔をしやがって、そんなに殺されたいのか貴様は!!」

「嫌だよ。俺、痛いのも殺されるのもノーサンキュー。
 ……でもま、今ので遠慮する必要はなくなったかな」

そう言い、肩を竦め、

「俺もためにも、友人知人のためにも、アンタにはここで倒れてもらう。
 ……教師のくせに、存在自体教育に良くないんだよ!」

そう言い放ち、彼は戦闘を開始した。
















 in Wonder O/U side:U














始めようか。

そう内心で呟き、玄之介は両掌にチャクラを集中させる。

閃光玉での不意打ちが余程効いたのだろうか。ミズキは目元に手をやりながら、玄之介を警戒するようにホルスターから苦無を取り出していた。

視力が完全復活する前に痛手を与えるか。

あまり自分から仕掛けるのが好きではない玄之介だったが、今のミズキには逃げるという選択肢もあるのだ。鬼はこちら。時間を稼がれるぐらいなら、その隙を与えず一気たたみ掛ける方が良いだろう。

瞬身の術を発動し、移動している最中に苦無を投擲する。

投擲した忍具はミズキに切り払われたが、その際に崩れた体勢を狙って右の掌を放った。

次いで後ろ回し蹴りで足払い、跳躍して後頭部を掴み、顔面に向けて膝蹴り。

それらが悉く入り、ミズキは鼻を押さえつつたたらを踏む。

好機、と判断し、

「火遁・炎弾」

ほぼ零距離から、玄之介は忍術を発動させる。

生み出された火球は迷うことなくミズキへと吸い込まれ、その身を爆ぜた。爆風が森の空気を震わせ、玄之介は片腕で顔を庇うことで炎に耐える。

綺麗に入りすぎたが、これで――

と、思った瞬間だ。

立ち上る黒煙を引き裂いて、影手裏剣の術を使った苦無が飛び出してくる。

進行方向を読みつつ回避するも、後続の苦無は柄に結ばれた鋼線で操作され、玄之介を追うように軌道を変えた。

顔面狙いの忍具。下手をすれば目に突き刺さり、癒すことの叶わない傷となるだろう。

ドジった、と自分自身を叱責しつつ、

――解。

ガギ、と歯車が噛み合うような錯覚と同時、世界が動きを遅くする。実際は玄之介が加速しているのだが、彼の主観から見ると、迫る苦無は充分に回避可能な速度まで減速していた。

玄之介が行ったことは体内門の解放だ。ガイとの訓練の末、一瞬だけという制限下で自由自在に体内門の開閉を行えるようになっていた。

加速する思考の中、玄之介は腕を振るって苦無に指先を向ける。

そしてあろうことか、玄之介は苦無を二本の指で受け止めた。

切っ先に視線を送り、鋼の持つものとは違う光沢を認め、毒か、と判断する。

スタンダードだが、有効ゆえに当然の手段として扱われている手だ。

前回と装備は同じか。その確認をするためだけに、玄之介は苦無の白刃取りなどという馬鹿をやらかしていた。

体内門を閉じ、ミズキの放った苦無の柄を握り締めつつ左手で印を結ぶ。

風遁・カマイタチの術。

腕を一閃し、それで地面を抉り飛礫を飛ばすと、玄之介は瞬身の術を発動。苦無の飛んできた方向からミズキの位置を予測し、その背後へ回るべく移動する。

ミズキは迫る土飛礫を防ぐために両手で顔面を庇っていた。その背後から近寄りつつ、玄之介は再び瞬身を行使する。

チャクラの反発による加速を右掌に乗せ、それをミズキの後頭部目掛けて叩き付ける。それで敵のバランスを崩すと、そのまま首を抱き込んで投げ飛ばす。

うつ伏せの状態で地面に叩き付けられ、ミズキの口からは悲鳴と共に重い息が吐き出された。

動きが止まったのは刹那だが、その内に玄之介はミズキの背中にのし掛かると腕を背に沿わせ、間接を極める。

あと一息で靱帯が千切れる、というところまで力を込めると、玄之介は溜息を吐く。

以前と比べれば、なんと呆気ない終わり方だろうか。

だが、それもそうか、と苦笑する。

以前の戦闘で、彼は終始ハナビを気にしながら戦っていた。人質に取られているというわけではなかったが、いつでも刃を向けようと思えば向けられる位置にハナビがいたのだ。それと違い、今回のミズキはヒナタがどこに安置されているのか知らない。第三者を気にしながらの戦闘は、玄之介にとって酷く重い枷だった。

もっとも、それは彼の性格が原因なのだが本人は気付いていない。

とっとと拘束しよう、ホルスターから鋼線を取り出し、左右の親指を結び付ける。

その際に悪足掻きをされたが、後頭部に再び掌を叩き付けることでミズキは大人しくなった。

幾重にも鋼線を巻き付けると玄之介は立ち上がる。表情はどこか不機嫌そうであり、不完全燃焼といった様子が見て取れた。

……これで一段落か。

外から見た戦闘がどのように映ったのかは分からないが、出来るだけ自分が強く見えるよう振る舞ったつもりだ。

火影に信用してもらえる功績を挙げていない以上、実力を示すしか利用価値を見い出して貰う手段はないだろう。

彼にとっては自分の評価などどうでも良かったのだが、これ以上日向宗家を怪しませたり、黒幕である朝顔に迷惑を掛けるわけにはいかない。

この一戦で少しは立場がマシになれば良いのだけど、と溜息を吐き、監視の暗部を呼び出すべく玄之介は声を上げた。














玄之介を監視していた者――暗部ではなく、火影が差し向けた上忍――猿飛アスマは、終了した戦闘の結果を見て口笛を吹いた。

あまり乗り気ではなかったのだが、良いものが見れた、と彼は思う。

一週間前、任務の終了を報告するために火影邸へ足を運んだ時に告げられたのが、玄之介の監視だった。

アカデミー生の監視とは穏やかじゃないなと、真っ先に思ったのだが、その後に説明される仮定された状況を聞き、その時の彼は渋面をより濃くしたものだ。

日向ヒナタの誘拐が演習中に行われる可能性がある。既に暗部の者に対応をさせているが、お前は現場の監視をし、事の詳細を報告せよ。

それが三代目から伝えられた任務の内容だ。

そしてその後、資料を見れば見るほど訳が分からなくなっていた。

誘拐犯に対応させるのは、卒業まであと一年も残っているアカデミー生。更には日向に劣るもそれなりの価値がある血を宿した血族の長男。

悪い方に事態が転がるのは誰の目から見ても明らかで、出る目はどうあっても最悪だ。

……しかし、実際はこれだ。

如月玄之介は賊を圧倒し、殺さず捕らえた。犯人に動機や黒幕を聞き出す必要があるため、生け捕りにするのは判断として素晴らしいだろう。

だが、

「あの坊主、妙に手慣れてたな」

そうだ。

戦うことに、ではなく、敵を無力化させるのに手慣れている様子だった。急所を的確に狙うも、それらは大抵フェイントだ。通常ならば急所狙いが本命となるはずなのに。

戦うことに迷いがないのだろう。迷いなく、敵を無力化させていたのだから。戸惑いも逡巡もせず、やるべきことを見据えていた様子は、あの歳の子供に相応しくないと言っても過言ではない。

目的を理解し、迷いなく行動出来る。

なんとも大した奴だ、というのが、玄之介に対するアスマの評価だった。

「親父――いや、火影様は何を心配していたのだろうか」

思わず首を傾げ、アスマは暗部の者がミズキを回収する様子を見届ける。
















「ほらほら、ヒナタ起きて」

ぺちぺち、と頬を叩かれた感触で、ヒナタは閉じられていた瞼を開く。

ぼやけた視界に映るのは、見慣れた少年の姿だ。

何があったのか、と思い出そうとし、記憶が混濁していることに微かな違和感を抱く。

……私はどうして気絶していたんだろう。

「ヒナタ」

彼女の思考を遮るよう、玄之介は柔らかな声を向けてくる。

ヒナタは軽く頭を振り、微笑みを浮かべた。

「あ、うん。ごめんね、玄之介くん」

「おかしな様子がないようで何よりですよお嬢さん。……さって、戻ろうか」

「……どこに?」

「そりゃ、集合場所だって。
 驚いたよ? 応援するべく演習場に来てみれば、ヒナタが演習場の外れで倒れてるんだもの」

「えっと……そ、その、私、なんで倒れてたのかな」

何も覚えていない不安から、そんなことを玄之介に聞いてしまう。

玄之介は視線を泳がすも、

「……貧血さっ」

そう言い、ヒナタの頭をくしゃくしゃと撫で回した。

気恥ずかしくなり、思わずヒナタは玄之介から距離を取る。

たったそれだけで、彼女の頭から気絶云々の疑問は消え去っていた。

そういえば、演習はどうなったのだろう。

自分が抜けた穴を誰かが埋めてくれただろうか。ナルト、サスケが脱落したところまでは覚えているが。

……勝ってたら良いんだけど、と願いつつ、彼女は玄之介と共に集合場所へ向かった。












「うは、だっせー。一矢報いることも出来ず全滅かよ」

「うるっせー! 参加もしてない奴が批判すんじゃねぇ!!」

見てて酷く腹が立つ表情をしながらキバを弄り倒している玄之介。

地団駄を踏みつつ悔しがるキバの姿を見つつ、シノは申し訳ない気分となっていた。

自分の持てる力の全てを投入したというのに、結局自分たちは卯月朝顔の率いる最高学年に負けてしまった。

それなりの痛手を与えての敗北ならばまだ良いだろう。しかし、結果は惨敗。最高学年に脱落者は一人もおらず、こちらは春野がやられた時点で降参といった有様だ。

よほど悔しかったのだろう。彼女は演習場の隅で逆刃刀を抱きかかえつつ体育座り。一人反省会といった様子を醸し出していた。

しかし、そうしたいのはシノも山々である。

玄之介から誰に気を付ければ良いかとアドバイスまでもらっていたというのにこの有様だ。ナルトやサスケにも慢心するなと助言したというのに彼らは話を聞いてくれなかった。

チームワークが圧倒的に最高学年よりも劣っている。それが最大の敗因だったのだろう。

いくら個人個人の技量が突出していても、それを統率出来なければ味方すらも混乱させる事態に陥るのだ。

しかも質の悪いことに、ナルトとサスケは演習が始まる直前にクラスメイトへ大見得を切っていた。そんな彼らがやられれば、士気の崩壊が起こるのも当たり前だろう。

……俺は、弱い。

そう判断を下し、シノは溜息を吐いた。

真っ先にやられた二人ほどではないが、やはり自分も慢心していただろう。

他の同級生の誰よりも状況を把握し、その上戦闘能力まで持っている。そんな自分がみっともなくやられるわけがない。そう、どこかで思い込んでいたのかもしれない。

キバが朝顔と戦闘していた際、もし罠を張り巡らさず二対一で戦っていたらどうなっていたか。

そんな後悔ばかりが脳裏に浮かび、彼は俯き加減の頭を上げることが出来なかった。

「やほー、シノくん」

声を掛けられ、シノは思わず身体を震わせた。

見れば、玄之介は片手を上げて自分に視線を送ってきている。キバは彼の後ろで赤丸に慰められている有様だ。

惨めである。

「シノくんはどんな感じにやられちゃったのかな?」

「……卯月朝顔を捉えることが出来ず、自分から降参した」

「ありゃ、シノくんも先輩にやられたのか。
 ……あの野郎、主力メンバーを自分で潰しに来やがったな」

「ああ。……玄之介」

「何?」

「……本当に、すまない」

シノが頭を下げ、それに驚いたよう玄之介は目を見開く。

「ど、どうしたのさ」

「アドバイスまでくれたというのに、俺はそれを無下にしてしまった。
 ……あんな約束をしたというのに、申し訳がない」

約束。それは、夏休みにシノが玄之介へ向けた言葉だ。

困った時には力になる。……しかし、今の自分は力になれないほど弱い。

この演習でそれを痛感した。自ら結んだ約束だというのに、だ。

玄之介はシノの様子に苦笑し、いいさ、と言葉を向ける。

「今の俺は別に困ってないからさ。……シノくんが強くなったら、その時は頼らせてもらうよ」

「……分かった。ありがとう」

「いいって」

それじゃ、と声を上げ、玄之介は春野の方へふらふらと歩き出す。

そんな彼の背を見て、シノは小さく頷いた。












「もしもーし、春野さん」

「……何よ。笑いにでもきたの?」

「滅相も御座いません。
 ま、相手が先輩だったし、仕方ないんじゃない?
 それに君は双龍閃・雷ぶち込んだらしいじゃんか。良くやったと思うよ」

「うるさいわね。……放っておいてよ」

掠れた声色で悪態を吐き、サクラは逆刃刀を抱く腕に力を込めた。

玄之介は本当に良くやった、と思っているのだが、彼女からしたら同情以外の何ものでもないように聞こえていた。

実のところ、サクラはサスケ達程慢心してはいなかった。

夏休み中や、新学期が始まってからの師匠との稽古。その度に格上との実力差を見せ付けられていたため、どれだけ自分が弱いか認識していたのだ。

しかし、春野サクラは弱さを理由に負けることを由とはしていなかった。

演習の前日、お前なら大丈夫だろう、と言ってくれた師匠に申し訳が立たないし、心のどこかで玄之介に頼ろうとしていた自分が情けなかった。

それだけではない。絶対勝ってくる、と伝えた両親に合わす顔がないし、司令部の守りを安心して任せてくれたサスケにもどんな言葉で謝れば良いのか浮かんでこない。

決してそんなことはないというのに、サクラはこの演習で最も醜態を晒したのが自分なのでは、とさえ思っている。

本当に情けない。

朝顔に掛けられた、宝の持ち腐れ、という言葉。それは的を射ているのだろう。

真剣ではなく逆刃刀を持ち込んだのは演習だからなのだが、だとしても、真剣を使ったところで機能の全てを発揮出来るわけではない。

サクラの使う刀には、市販されているアイアンナックルのようにチャクラを浸透させる機能があった。

それを上手く使えば朝顔のチャクラ剣を切断することも出来ただろう。

しかし未熟な自分はそれが出来ず、結局は素の刀身で切り結ぶこととなった。刃こぼれせず最後まで付き合ってくれた逆刃刀には心底頭の下がる思いだ。記録に残る初勝負が黒星だなんて、道具となってくれている刀に対する裏切りではないか、とも考えてしまう。

チャクラを介して真価を発揮する類の忍具を好まず、個として完成した武器を制作することを愛する師匠が信念を曲げてまで託してくれたというのに――

頬に伝う熱い水気を自覚しつつ、彼女は鼻をすすった。

「あのさ、春野」

「……何よ」

「そりゃあ、悔しいのは分かるよ。
 君は、引退したとはいえ忍から指導を受けていたし、おそらく装備はこの学年の中で最も高価だ。
 それで負けたなんて、って君自身が思っているのかもしれなし、陰口を叩く奴だっているかもしれない。
 けど……そう落ち込むなよ。何も死んだわけじゃない。これをバネにして次は勝てば良いだけじゃないか。
 ……ま、そう割り切るのも難しいだろうけどさ」

「……知ったような口を利かないでよ。
 この演習に参加してないアンタに、何が分かるっていうの」

「まー、そりゃあそうなんだけどさ」

そこまで言い、玄之介は疲れたように溜息を吐く。

「こりゃー俺が参加してても良いとこ引き分けか、ひょっとしたら負けたかもしれないなぁ」

「……なんでよ」

「春野もそうだけど、なんでそう自分が自分が、ってみんな考えるかね。
 なんで忍がスリーマンセルを組んでるか分かってる? 協力し、分け合うためだよ。
 個人の力が及ばないなら他人の力を借りれば良いし、それで駄目だったら全員で反省すれば良いじゃないか。
 春野だけが悪くもないし、弱いわけじゃない」

「……みんなが悪いってわけ?」

「そう。ただ、それで自分自身の責任を転嫁するのは良くないけどね。……ま、そこら辺じっくり考えなよ」

そう言われ、優しく頭を叩かれる。

顔を膝に埋めているため分からないが、おそらく玄之介がやったのだろう。

「んじゃま、俺はイルカ先生に詳細でも聞いてくるさ」

「……うん」

「それと、誰も気付かない内に顔を洗えたら良いね」

「こ、この馬鹿!」

いつの間に泣いているのがばれたのだろうか。

思わず顔を上げると、そこには苦笑している玄之介がいた。

彼は春野から逃げるようにしてイルカの元へと走ってゆく。

そんな彼の様子に鼻を鳴らし、サクラは目元を袖で拭った。




[2398]  in Wonder O/U side:U 七十一話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 23:57















 in Wonder O/U side:U
















日向ネジは苛立っていた。

その理由は数日前に行った合同演習。結果は最高学年生から一人も脱落者が出ず、下級生を一方的に蹂躙し、最終的には降参へと追い込むという素晴らしいものだ。

……しかし、彼からしたらその内容が面白くない。

日向の名を持つ彼には、白眼という血継限界が宿っている。

透視眼。いかな障害物があろうとも視線は範囲内の全てを見通し、人体に走っている経絡系を見抜き、果ては点穴までも目視できるという絶大な力を持つ目だ。

その血継限界の恩恵の元、彼は接近戦のエキスパートとして自らを鍛え上げていた。

分家が宗家を超える、という目的もその後押しをした。父を死に追いやった宗家に対する当て付け。貴様らが滅ぼした血は、自分らの者よりも尊かったのだと突き付けるために自らの身体を鍛え上げた。

だというのに、演習で彼が行ったことは白眼を使っての偵察だ。

いや、別に間違ってはいない。むしろこれが白眼の力を最も発揮できる運用方法だったと言えるだろう。

常人では見抜くことの叶わない罠を看破し、その目の前では待ち伏せや策略も透けて見える。

誰にも出来ない、彼だけが可能とする能力を十二分に生かす戦い方だ。

しかし、彼からしてみればそれが面白くない。

卯月朝顔に良いように使われた、ということもあるし、結局は最後まで自分は一人も下級生を打ちのめすことが出来なかった。

屈辱である。こんなことのために白眼と体術を鍛えたわけではない。

この身に宿しているのは誇示するための力なのだ。だというのに、裏方に徹してしまうとは、今まで積み上げてきた修練はなんのためのものだったと言うのだ。

そして後から知った事実もある。

好敵手とも言える如月玄之介が、演習に参加していなかったということだ。

彼のいない学年になんの価値がある。もし知っていれば、演習なんぞに参加しなかったものを。

如月玄之介は大きな壁だ。宗家云々以前に、彼を超えなければ自他共に認める力を手にしたと言えない。

余人がどう言おうが関係ない。今のままで良いなどとは思わない。もっと強く、誰よりも強くならなければならない。

そのために玄之介を目の敵としているというのに、結果云々以前に、最初から勝負にすらなっていなかったのだ。玄之介は舞台にすら上がっていなかったのだから。

……あの狐がっ!

思わず、脳裏に卯月朝顔の顔が浮かんでくる。

ネジは演習が始まる前に一つの約束を彼と交わしていた。

協力はする。ただ、如月玄之介と戦わせろ。その時に決して手出しをするな。

朝顔はその約束を了承し、ネジは朝顔の指揮下に入ることを納得した。

しかし、玄之介はいなかった。おそらく朝顔は玄之介がいないことを知っていたのだろう。

体よく利用された事実に、彼は自尊心を酷く傷付けられた心地となっていた。

……そして苛立ちの種はまだ尽きない。

ネジは今、日向宗家の屋敷へと呼び出されていた。

まったくもって忌々しいが、分家という立場上、呼び出されたのならば顔を出さないわけにはいかない。

吸い込む空気が肺を腐らす錯覚すら抱き、ネジは女中に案内されて広間へと向かう。

通された先には、ヒアシが座して待ち受けていた。

対面に正座で座り、挨拶もそこそこに話を切り出す。

「……それで、宗主。俺がこの場に呼ばれた理由はなんでしょうか」

「ああ。……演習の詳細を聞いたぞ。ヒナタの奴はともかくとして、お前はチームの勝利に大きく貢献したようだな。良くやった」

……どの口が!

思わず激昂しそうになる自分を必死に宥め、ネジは手をきつく握り締める。

馬鹿にしているつもりか。貴様が殺した男の息子を褒めて、どんな気分なのだ。

白眼を発動していないというのに、ネジはこめかみに青筋が立つのを自覚した。

「……お話は、それだけでしょうか」

「いや、まだある。こちらが本題だ」

咳払いをし、話題を変えてヒアシはネジを真っ直ぐに見据える。

「最近、玄之介との諍いがどうにも目に余る。
 苦情も寄せられているのだ。……今後、あやつと係わるのは止めてもらいたい」

「失礼ですが、宗主。……それは、あなたが口を出して良いことではない。
 これは俺と玄之介の問題だ!」

敬うことも忘れ、ネジはヒアシに対して思わず暴言を吐き出してしまう。

今貴様が言ったことが、どんな意味を持っているのか分かっているのか。『また』俺から奪うつもりだというのか。

冬の海の如く心をざわめかせるネジだが、それに対してヒアシは泰然としたままだ。

呆れた様子一つ見せず、ただネジを見詰めている。

「ネジ。分家とはいえ、お前も日向に名を連ねている者の一人だろう。
 だというのに他者へ迷惑を振りまき、その上開き直ると言うのか?」

「だったら、それが――」

なんだと言うんだ。

そう、口にしようとした。

しかし、ネジが言葉を続けることは出来なかった。

それは、先程まで変化のなかったヒアシの表情が豹変したからだ。

目つきが鋭くなり、眉は吊り上がる。相手が怒りを抱いていることに本能的な恐怖を感じたのだ。

しかし、

「恥を知れ」

吐き出された言葉は怒声ではなく、感情という感情をすべて押し殺した低い声だった。

「吠えるならばまずそれなりの力と威厳を手にしてから吠えろ。
 忍にもなっていないお前が何を主張するというのだ。
 犬が鳴いたところで耳障りなだけだということを覚えておけ」

「な――?!」

「ヒザシは、お前のように浅はかではなかったぞ」

その言葉が火種となり、ネジの我慢は限界に達した。

失礼、とも声を上げずに彼は広間を飛び出す。

背に声を掛けられるも、彼は振り向きもせず屋敷の出口を目指す。

……宗家め!

その言葉ばかりが脳裏に明滅し、悔しさに歯を噛み鳴らす。

言いたい放題の末、父の名まで持ち出してなんのつもりだというのだ。

そんなに囲い込んだ如月が大切か。どうせ玄之介も父のように使い潰す心算なのだろう。

だというのに、優先するのは身内ではなく便利な道具だというのか。

あの冷血漢が。恥を知るのは貴様の方だ。お前が利用しているのは道具などではなく、一人の人間だというのに。

盛大な足音を立てながら床を踏みにじり、ネジは屋敷の廊下を進んでゆく。

胸に宿った苛立ちはそう簡単に払拭出来るものではない。

そして、どうしてくれよう、と考えていたときだ。

「兄上」

幼さの滲む声色が耳に届き、不機嫌さを隠そうともせずにそちらへと目を向ける。

そこには宗家の跡取りである日向ハナビと、日向宗家憑きの妖魔である稲葉薙乃が彼女に寄り添っていた。

薙乃はネジを見ると目に見えて不機嫌となっていた。ハナビはハナビで、二人の様子に気付いた感じはない。

「兄上、玄之介を見ませんでしたか?」

「俺が知るか」

「……分家。言葉に気を付けなさい」

敬語すらも使っていない乱暴な物言いに薙乃が注意するも、ネジは鼻を鳴らすことで応える。

丁度良い機会だ。鬱憤も溜まっていたことだし、少し話でもしてやろう。

思わず頬がひくつき、唇の端が吊り上がる。

「ああ、これは失礼しました。
 いや……私が玄之介の居場所を知るわけがないでしょう?
 今さっき来たばかりなのですから、少し考えれば分かることです」

「そう……ですか」

あからさまな悪意をぶつけられ、ハナビは僅かに肩を落とす。

そんな姿に嗜虐心を刺激され、ネジの表情には喜悦が広がった。

「そういえばハナビ様。あなたは玄之介と仲が良いようですね」

「……はい」

「あなたがどのようなつもりなのはか知りませんが……世継ぎ自ら道具を繋ぎ止めておくなど、なかなかに宗家は如月にご執心のようですね」

「貴様、ハナビ様だけではなく、我が主まで愚弄するか――!」

「黙れ妖魔。俺は今、ハナビ様と話をしているのだ」

なんだと、と薙乃は殺意すら浮かんだ視線をネジへと放つ。

それにたじろぎそうになるも、ネジは踏み留まって薄ら笑いを浮かべ続ける。

「いずれ打ち棄てる者と馴れ合うなど、俺には理解出来ませんが……さぞ楽しいのでしょうね、兄妹ごっこというのものは」

「……打ち、棄てる? 何が言いたいのです」

「いや……俺にはもう、弟や妹が出来ることはない。
 だから、あなた方の仲睦まじさが目に痛いのですよ。
 自分のしていることがなんとも卑しいとは思わないのですか?
 手に入れることの叶わない者に見せ付け、その癖自分は幸せに浸かり続ける。
 自分は良くとも、他人があなたをどのように見ているのか知っていますか?」

自虐すら含んだ嫌味だ。

それ故にハナビは何も言い返すことが出来ない。

ただ黙って俯くことしか出来ず、彼女は目の端に涙すら浮かべ始める。

醜態を曝させてやる。

それだけを考え、更に彼女を追い詰めるべく口を開こうとし――

「――ネジ」

聞き慣れた、しかし、掛けられたこともないほどに暗い声色で名を呼ばれ、彼は思わず振り向く。

そこにはいつの間にか玄之介が立っていた。

目は細められ、眉は平らとなっている。瞳には確かに怒りが滲んでいるが、それ以上に蔑みの感情が揺れていた。

彼は平時に浮かべる明るさを微塵も見せず、ただネジを見据えていた。

玄之介は親指を立てて森を示す。

「来いよ。まさか断らないだろうな」

「……良いだろう」

言葉はいらない。いつもと同じやりとりだが、今回は珍しく玄之介からの誘いだ。

ようやく好敵手と捉えている者と会えたというのに、ネジの胸を占めているのは言葉に出来ない感情だった。

玄之介は小さく頷くとネジ横を擦り抜け、ハナビの元へと脚を進める。

そしてしゃがみ込み彼女に視線を合わせると、先程とは打って変わって笑みを浮かべ、ハナビの頭を撫でた。

手つきには慈愛が満ちている。見ている者がそう受け取ってしまうよう、壊れ物を扱うわけではなく、かと言って乱暴でもない。

ハナビは涙を隠すように目をきつく閉じ、開くと玄之介に視線を送る。

「ごめんね。多分、今のは俺のとばっちりだからさ。
 ……仕返しはしておくよ」

そして玄之介は立ち上がると、今度は薙乃に身体を向ける。

「薙乃。師匠に俺とネジが森にいることを伝えて」

「分かりました」

それじゃ、と言い、彼は二人に背を向けて目的地に向かい始める。

ネジはその後に続き、夜の帳が下り始めた森へと踏み出した。





[2398]  in Wonder O/U side:U 七十二話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 23:58


たたら爺さんの忍具工房近く。屋敷から近くもなく、遠くもない場所まで来ると俺は脚を止めた。

振り返れば、そこには俺を見据えているネジの姿が。

……まったく、どうしてこんなことになったかねぇ。

思わず唇が歪むが、それは笑みにならなかっただろう。

まあ良い。俺のやるべきことは決まっている。

脳裏にここ数日の出来事が去来し、思わず溜息が洩れた。

日向ネジ。宗家と因縁を持つ分家の白眼持ち。

アカデミーでは最も優秀な成績を叩き出しており、生活態度も良好で誰もが認める優等生。

ま、それを俺が歪めたってのもあるが――

「なあ、ネジ」

「なんだ」

「俺はさぁ……お前のことが嫌いじゃなかったよ」

「何?」

ネジが訝しんでくるも、無視だ。言葉を交えるのも忌々しい。言いたいことだけ言わせてもらう。

「どんなことがあろうと、どんなに打ちのめされようと、お前は前を見据えていた。決して褒められないものを原動力にしているとはいえ、その姿勢は凄いと思う。……たださ」

そう言い、目に力を込めてネジを睨み付けた。

「良くないぜ、やっぱ。お前はお前だ。日向ネジだろう?
 成すべき事があるってのに、どうでも良いことで余所見して。
 ……お前の身の上には同情するし、宗家を許せないってのも分かる。
 だが――それにしたって、お前のやりかたは気に入らないよ。
 あんな小さな子を苛めて悦に浸るほどお前は小物だったのか?
 ……失望させてくれたな、ネジ」

そう言い、息を吐きつつ変形した柔拳の構えをとる。

「――俺はお前を哀れむ。この一戦、手加減があるとは思うな」

「……ようやく、ようやく本気になったか」

対するネジも柔拳の構えを。

だが、そんなことは関係ない。

相手がどんな流派だろうと、どんな手段を用いてかかってこようと、どんな主義主張を持っていようと。

















 in Wonder O/U side:U














先輩から演習でのネジの様子を聞き、その後師匠に呼び出しを喰らった。

どうやら先輩は、俺とネジが何をやらかしているのか師匠に報告しやがったらしい。

以前から、俺はネジと小競り合いをしていると伝えていたが、流石に演習場をズタボロにするレベルだとは思っていなかったのだろう。

何を言われるのか軽く恐怖しながら師匠の元へ行ったわけだが、どういうわけかその日の雰囲気は違った。

その場で伝えられたのは、これ以上ネジが宗家を憎むように刺激をしないで欲しいということ。

半ば懇願とも言える師匠の姿勢に、俺は困惑した。

そして、その後師匠の口から出たのは分家と宗家の間にどのような確執があるのかという説明だ。無論、ヒザシの言動などは隠されて、だが。

原作を読んでいる俺からしたら既に知っていた知識なのだが――

事の中心となっていた本人の言葉を聞き、当事者がどのような心境なのかを少しだけ理解した。

紙に印刷された文字や、スピーカー越しの音ではなく、心が込められた肉声。

そうして放たれた声に、俺は自分が捉えていたよりも重い問題だったのだと認識を改めさせられた。

師匠はネジとその母親に心底申し訳なく思っているも、宗家という立場から安々と頭を下げることが出来ない。

下手に出ることが叶わず、どうしても上からの物言いしか出来ないのだ。そんな言い方で歪んだネジの心根が真っ直ぐとなるわけがないというのに。

謝れば良い、という問題ではない。謝罪に価値のある人間が、そう簡単に頭を下げてはいけない。

きっとそんな中で足掻き続けていたのだろう。ネジと組み手をしている、と俺が伝えていた時の師匠が少しだけ嬉しそうだったのを思い出し、心底申し訳ない気分となった。

そして、会話は終わりを向かえ、最後に師匠はこう言った。

「ネジが宗家を憎むのはしょうがないと言える。
 だが玄之介。お前は違うのだ。
 宗家や分家といった枠組みに捕らわれず、ネジと仲良くしてやってくれ」

……そう、自分を憎んでいる相手と仲良くしてやってくれ、と言ったのだ。

その言葉の意味を考え、ネジが宗家に来ていると聞いて部屋を出れば、ネジがハナビちんを言葉でいじめ抜いている光景とかち合った。

……分かってる。俺如きがいざこざに横槍を入れることがただのお節介な上に、みんな仲良く、なんて綺麗事を実現しようとしたい傲慢だってことも理解している。

だが、それでも。

これ以上は見ていられない。宗家と分家の確執で気苦労が絶えない師匠なんて柄じゃないし、まだ何も知らないと言って良いハナビちんが責められるのだって間違っている。

誰もが事情があって最善を尽くせず、現状維持に徹するしかないのだ。

だというのにネジはさも自分に宗家を批判する権利があるような物言いをする。

……まあ、俺の立場が宗家寄りってのもあるが、やはり駄目だ。

根拠も意味もなく伸びた鼻っ柱を、全力で叩き折ってやる。


















馬鹿な、と、ネジは内心で呟いていた。

いくら掌を繰り出しても、何故か玄之介に掠ることはない。彼は防ぎもせず、身体を左右に揺らすだけでネジの掌を避け続けていた。

どんな手品だ。今まで戦った時と比べ、目の前の玄之介は異常な反応速度を見せていた。

だというのに彼はネジに対して攻める姿勢を見せず、時折落胆したように溜息を吐くだけだ。

そんな馬鹿にしたような態度にネジは頭に血が上り、掌の乱舞をより一層激しいものとした。

しかし、それでも、玄之介は焦らず、瞳にはどこか蔑みを宿したままだ。腕を動かしたとしてもそれらは手の甲でネジの掌を逸らすのみで、一向に反撃をしようとしない。

白眼を通して見える筋肉の収縮などから動きを先読みしようにも、今の玄之介には適応出来ない。

考えられないことだが、玄之介はネジの掌撃を『見て』から動いていた。

予備動作もせず、ネジが一撃を繰り出すのに対応して回避動作に移る。そんなことをされれば、先読みも何もあったものではない。

焦れたネジは掌をフェイントとして下段足払いを放つも、玄之介に脚を踏みつけられて動きを止めた。

ただ止めるだけではない。まるで折ろうとでもしているかのように、玄之介の足裏には力が込められている。

骨が悲鳴を上げ、必死に引き抜こうとするも玄之介はネジを解放しようとしなかった。

「……不様だな、ネジ。宗家を見返す力ってこんなもんか?」

「ぐ――、巫山戯るな、貴様!
 本気で戦うと言ったのは嘘だったのか?!」

「嘘じゃないさ」

彼がそう言うと同時、ぼぎり、と嫌な音が上がった。

枯れ木を折るのとは違う、水気を含んだ枝にゆっくりと力を加えた末にへし折った類の音だ。

すぐに熱にも似た痛みが脳を焼き、ネジは悲鳴を上げてのたうち回った。

玄之介に解放されたことすら気に留めず、真横から砕かれた右足を抱きかかえる。

そんなネジを見下しつつ、玄之介は鼻を鳴らす。

「終わり? 随分と呆気ないな」

「ま、まだだ……」

痛い、という表現すら生温い刺激に警報を鳴らし続けている身体を恨めしく思いながら、挑発に乗るようにしてネジは立ち上がる。

しかし、一歩踏み出そうとし、右足に体重を掛けた瞬間動きが止まった。

それを待っていたと言わんばかりに、玄之介はたった今折れたばかりの右足に向けて下段足払いを放つ。ネジがそれを避けられるはずもなく、周囲を取り囲む木々を揺さぶるほどの絶叫が上がった。

倒れ伏したネジの胸倉を掴み上げ、玄之介は彼を木立に投げ付ける。背中から激突したことで肺に溜まっていた酸素が吐き出され、全身に痺れが走った。

もう動けない。体術の要とも言える足を潰されたのだ。戦えるわけがない。

だというのに、玄之介にはこの戦いを止めるつもりがないようだった。

脚絆が地面と擦れる音と共に、彼は自分が投げ飛ばしたネジとの距離を詰める。

夕日を背負って近付いてくる玄之介の表情は見えない。それがたまらなく恐ろしく、ネジはきつく歯を噛み締めた。

そうしなければ歯の根が合わないのだ。そんなみっともない姿を見せられるか、と思い――

……俺は、玄之介に威圧されているのか?

その考えに至る。

否定する要素はない。今目の前にいる如月玄之介という少年には、今まであった遊び心や躊躇、思いやりというものが悉く欠けていた。

怒っているんだな、とどこか冷静な自分が呟く。

今まで何度も玄之介を怒らせたことはあったが、今の怒りは質が違う。

激しく吠えながらの怒りが烈火だとするのなら、今対面している玄之介が露わにしているのは、相手を威圧し、歯向かう敵に牙を向け、骨の髄まで焼き尽くす白光の焔だ。

もしかしたら、自分はとんでもない相手に喧嘩を売っていたのではないか。

そう考えるも、既に遅い。

木の幹に倒れ込んだネジの胸倉を再び掴み上げると、そのまま突き飛ばして無理矢理立たせようとする。

抵抗することは出来ず、ネジは右足を庇いながら地面に足を着いた。

「いつまでも寝てちゃ勝負にならないだろ。
 ……これで決めてやるよ」

「……い、いや、待ってくれ。俺の負け――」

「――往くぞ」

次いで、開、と玄之介は小さく呟く。

何を玄之介がやったのかネジには理解出来なかった。ただ分かるのは、白眼を通して見える玄之介の身体が異常に活性化しているということだけだ。

今までこんなことはなかった。やはり自分は本気を出されていなかったのだ。

体内門の解放がどういう代物か分かっていないネジの眼には玄之介の様子がそう映った。

そんな彼の心情を知らず、いや、知るつもりもなく、玄之介は身体を捻子り、

「焔――閻魔」

過去に繰り出したどの焔閻魔よりも速い一撃を、ネジの顎に叩き込んだ。

顎からは、ぱきり、と何かが割れた音が上がり、無理矢理跳られた首には激痛が走る。

だがそれで終わらない。

着地して体勢を直した玄之介は右腕を捻ると、次なる絶招を叩き込むべく踏み出す。

焔捻子、焔錐、そして焔槌。

焔捻子は胸板に炸裂し、ネジの胸骨に致命的な歪みを与えた。次いで放たれた螺旋を描く抜き手は肺を強打して呼吸を止め、止めとなった焔槌はネジの後頭部を粉砕すべく向けられる。

……しかし、その最後の一撃はネジに叩き込まれなかった。

寸でのところで肘を止め、背後でネジが崩れ落ちる音を聞く。

気絶したのだろう。呻き声一つ聞こえず、地面に倒れ伏したままだ。

上がったままの右腕を、汚れでも払うように一閃して玄之介は舌打ちをする。

「……ったく、割に合わない」

そう悪態を吐き、彼はきつく目を閉じて瞼の上から眼球を押した。

体内門の開放による反動だ。敢えて威圧するような戦い方で応酬を長引かせた結果、肉体に掛かる負荷は無視出来ないほど蓄積していた。

気怠さや違和感は眼だけではない。

九鬼流はその性質上、相手を一撃で昏倒させる威力を全身の筋肉を利用して生み出す。

体内門の開放でその威力は底上げされたが、その代わり普通に身体を動かす以上の反動が全身を襲っていた。もし肘を叩き付けたならば、ネジの後頭部を粉砕する代償として玄之介の肘が割れていただろう。

やはり緊急回避用だな、と小さく頷き、軽く痺れた手を握る。

体内門を開いた状態での攻撃を身に受け、ネジは過去にないほどの怪我を負っているだろう。

後遺症でも残ったら申し訳ないが――

薙乃が指示通り師匠を呼び出してくれればそうならないはずだ。

どうしたもんか、と溜息を吐き、これから起こる面倒なことに対して、彼は疲れたように頭を振った。



[2398]  in Wonder O/U side:U 漆拾参話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 23:58


「――理解も和平も融和も全ては後だ!
 現状維持を望む連中の尻を蹴飛ばし、現状打破という抗いの叫びを教えてやれ!」


――川上稔『終わりのクロニクル②』より抜粋。














目を開くと、薄暗い闇の中、見慣れない天井がその先にあった。

真っ先に胸と右足を押さえ付ける感触が気になり、この場がどこなのか、と考えるよりも視線をそちらに向ける。

まず胸だ。飛び込んできた色は白であり、はだけた胸元からは包帯で雁字搦めにされた胴体が覗いていた。

それだけで、彼――日向ネジは、何が自分の身に起こったのかを思い出す。

日向宗家の森で玄之介と組み手を行い、過去にないほどの重傷を負わされたのだ。

おそらく今の自分は木ノ葉病院にいるのだろう。カーテン越しに届く街の灯りは控えめで、病室の中はぼんやりと輪郭を浮かび上がらせている。病室のベッドなど特徴的なのから始め、備え付けのクローゼットなどは普通の家庭に置かれていない代物だ。

外は雨が降っているのか、微かな雨音がガラスを通して聞こえてきた。身を乗り出してカーテンを開けば、水滴が窓にこびり付いている。

はて、とネジは首を傾げる。その際に痺れるような痛みが走り、玄之介にやられた怪我が胸だけではないことを思い出した。

右足は勿論として、次に胸。運が悪ければ内臓も傷付いているかもしれない。そして止めとして後頭部へ肘鉄を喰らったはずだが――

思わず後頭部をさすってみるも、胸や脚と違い包帯は巻かれていなかった。

もしかしたら寸前で止めてくれたのだろうか。ならば申し訳ないな、とネジは溜息を吐く。

あの時、玄之介が一撃を入れる度に身体は軋みを上げた。あの威力で後頭部に打撃を与えられたならば、今の自分は土の下にいたかもしれない。

「……やはり、普段怒らない者を刺激するのは良くないな」

そう、自嘲気味にネジは苦笑する。

あの場に玄之介がやってきたのは予想外だったが、心のどこかでは玄之介の逆鱗に触れて本気で戦ってみたい、とも思っていた。

尤も、そんなことをしてしまったためにこうして不様な姿を曝しているのだが。

ただの喧嘩でこんな大怪我をしてしまい、母親にも玄之介にも申し訳ないと思う。

父がいないためにネジの家庭は家計に余裕がない。いくら日向と言っても所詮は分家なのだ。宗家のようにある程度の生活が保障されているわけではない。微かな違和感はあるものの、ほぼ全身の怪我は完治している。普通の治療ではなく医療忍術を使ったのだろう。あの戦闘から何日経ったのかは分からないが、あそこまでの怪我を治すには高額の医療費が必要だったはずだ。自分の浅はかな行動のせいで母親に負担を掛けたのかと思うと、心底申し訳ない気分となった。

玄之介もだ。今まで演習場の地形を変えるような模擬戦は何度も行ってきたが、ここまでの大怪我を負わされることもなかった。きっとそれは彼なりの心遣いであり、問題にならない限界の行為だったのだろう。

もう母親に心配を掛けることは出来ないだろうし、玄之介も宗主に何かしらの忠告を受けているはずだ。

あの場では考えなしに八つ当たりをしてしまったが、こうして頭を冷やせば、自分のやったことがどれだけ馬鹿げていたのか見えてくる。

……気は乗らないが、やはり謝るのが筋か。

小さく頷き、ネジは時間を作って玄之介に謝罪をしようと決める。

その時だ。

不意に病室の扉が開け放たれ、電気が灯る。

眼を焼く光に顔を顰めながら、ネジは入り口に顔を向けた。

徐々に目が明るさになれてゆく中、ネジは呆気にとられたように表情を和らげると、すぐに緩んだ頬を引き締める。

病室の扉を開け放ったのは日向宗家の家紋が入った着物を着た男性、日向ヒアシだ。

彼はネジが起きているのを確認すると、どこか安堵したように溜息を吐く。

そんな行動が癪に障り、彼は奥歯を噛み慣らした。

「……宗主」

「起きたか、ネジ。どこか具合の悪いところはないか?」

「いえ、ありません」

「そうか。……医療忍者を手配した甲斐があったというものだ」

そんな、なんでもない風に放たれた言葉に、ネジは目を見開いた。

どういうことだ。自分を病院に担ぎ込んだのは玄之介ではなく、この男だったのか?

憎い仇に施しを受けた事実に、ネジは悔しさから手の平をきつく握り締める。

「……そう、ですか。ありがとうございます」

「気にするな。
 しかし、すまなかったな。
 あんなことを言った後だというのに、玄之介がお前に怪我をさせるなど……。
 アイツには二度と馬鹿な真似をしないよう言い付けておいた」

「……この怪我は自業自得というものです。
 俺が玄之介に喧嘩を売って返り討ちにあった。
 ……責めるなら、俺を責めてください。アイツを怒るのは筋違いです」

「そういうわけにもいかない。
 分家とはいえ、奴は日向に名を連ねる者に危害を加えたのだ。
 罰せられるのは玄之介であり、お前ではない」

……どこまでっ。

ネジは思わずヒアシを睨み付けるが、彼は気にした風もなく先を続ける。

「ネジよ。何故そこまでして玄之介を目の敵にする。
 ――お前が憎いのは、宗家だけではないのか」

「それは……」

放たれたのはあまりにも真っ直ぐな言葉だ。ヒアシらしからぬ物言いに、ネジは目を見開きつつ彼の表情を凝視する。

その時になり、ネジは初めて気がついた。

気にした風もなく話しているわけではない。毅然とした態度を崩さない宗主。そんな彼だが、今はただ疲労感だけが浮かんでいる。

どういうことだ、と思うも、ネジはただ唇を噛み締めることしか出来ない。

こんな状況を作り出した元凶はあなただ。そう言いたくはあったが、心底不思議そうに尋ねてくるヒアシに掛ける言葉が見付からない。

「お前が私やヒナタ、ハナビに憎悪を向けるというのならば良いだろう。
 だがな……私には、お前が何故玄之介を敵視しているのかが分からない。
 何故なのだ、ネジ」

それは問い掛けだ。

心の底からネジのことが分からなくなっているのだろう。もう自己完結する気力もないように、ヒアシは疲労の滲む表情のまま言葉を紡ぐ。

だが、ネジからしてみれば――

何故当たり前のことに気付かないと、怒りと同時に苛立ちが浮かんでくる。

「……別に俺は、玄之介が憎いわけじゃない。
 ただ――父のように宗家に利用される人間が生まれることが我慢できないんだ」

その言葉に、ぴくり、とヒアシが反応するも、ネジは先を続ける。

「いくら玄之介の奴が自分から日向宗家に来たと言っても、どうせあなた達は自分の立場が危うくなれば奴を生け贄にするなり盾にするなりするんでしょう?
 俺は、そうなる前にアイツを宗家から引き剥がしたかった。
 ……それだけです」

吐き捨てるように言い終え、ネジは握り締めた手に更なる力を込める。食い込んだ爪は皮膚を破り、微かな血が指を伝った。

何故自分はこんな本心を、こんな相手に言っているんだ。

馬鹿馬鹿しくすら思えてくる。あまりにも簡単なことを聞いてくるヒアシもそうだが、それ以上に、ただ嫌味を言うことでしか当たり散らせない無力な自分に。

これで宗主の罪悪感を煽ったつもりか? だとしたら――自分は、なんと小さい人間だろうか。

不意に、玄之介が言っていた言葉が脳裏に浮かんでくる。

『……失望させてくれたな、ネジ』

……嗚呼、そうだ。

彼の放った言葉は、今になって深くネジの心に突き刺さっていた。

きっと玄之介には、どれだけ自分が哀れな姿を曝しているのか分かっていたのだろう。しかし彼は、そんな自分の姿勢を嫌いではなかったと言ってくれた。

だと言うのに――ある意味最も近い位置にいてくれたかもしれない好敵手を、ネジは失望させてしまった。

……玄之介を失望させた原因は、こうやって宗主に当たり散らしている自分であり、それでも晴らせなかった憂さをハナビにぶつけていた矮小さだ。

だというのに、苛立ちと怒りに混じって、やはり心のどこかでは宗主にしてやったことに対する愉悦があった。

ハナビを言いくるめていた時だって、弱者をいたぶる楽しさがあった。

怒り、それでも手出しをしてこない薙乃の姿を恐れながらもいい気味だ、とも思った。

「……俺は」

宗家の者に対する怒りは決して消えない。だが同時に、拘りを捨てきれなかったせいで失望させてしまった玄之介に対し言葉では言い表せないほどの申し訳なさを感じる。

「……申し訳ありませんが、出て行ってもらえませんでしょうか」

やっとの思いでそれだけ絞り出し、そんなネジにヒアシは小さく頷いた。

「病み上がりに済まなかったな。
 ……治療費は私が出している気にせずゆっくりと休養すると良い」

「……なんだって?」

ヒアシが出て行くと安堵した次に込み上げたのは、やはり苛立ちだ。

治療費はヒアシが出している。それは、どういう――

「余計なことを!」

考えがまとまる間もなく、ネジは反射的に言葉を飛ばした。

施しのつもりか。また上から見下ろして、慈愛の精神でも見せ付けたつもりか。

仇に恩を売られるほどの屈辱はない。それだけが頭を焦がし、ネジはヒアシを睨み付ける。

ヒアシはネジの様子に驚き、しかし言葉を向けようとせずに病室を後にする。

完全にドアが閉まったのを確認すると、ネジは荒々しく息を吐いた。

……反省してすぐに、この有様か。

頭で分かってはいても、やはり簡単に納得することはできない。

ままならないな、と溜息を吐き、ネジはベッドに倒れ込んだ。

暫くの間そうして天井を見上げ、今まで積み上げてきた日々を思い出す。

父が宗家へ生け贄として出されてから、ただ宗家を見下せる力を付けるためだけに毎日を走ってきた。

他人に教えを乞うことを由とせず、日向ネジは個として宗家を上回っているのだと――そう、知らしめるためだけに少なくないものを切り捨ててきた。

それは信頼出来る友人であり、子供らしさであり、年相応の夢など、そういったものだ。

失うものなど、ないはずだ。

そう格好つけていた節が、どこかにあったかもしれない。

しかし――

あった。ずっと自覚はしていなかったが、宗家との拘りを捨てることが出来なかったために失った友人がいる。

……そうだ。玄之介は友人だった。端から見れば決して仲が良いと言えなかったかもしれないが、心を許して話を出来るのは彼だけだっただろう。

彼と仲違いしてしまったことを、惜しい、とは思う。だからと言って宗家への憎悪を捨て去ることも出来ない。

本当に、ままならない。

いくら考えても仕方のないことだ。状況は既に袋小路となっているし、謝ったところで玄之介が許してくれるとは思えない。

「……なんせ、あんな風に怒ったアイツは見たことがなかったからな」

きっと玄之介も根に持つタイプだ。自分がそうであるからこそ、良く分かる。

なんとなくそんなことを考え、ネジは苦笑した。

今さっき上げた声が自分でも掠れて聞こえ、更に喉の渇きを覚えたためにネジは冷水器で水を飲むため、ベッドから下りる。

右足は包帯できつく固定されているが、ギプスを巻かれているわけではない。地に足を着けば微かな痛みが湧くも、歩けない程ではなかった。

脚を引きずるようにして病室を出ると、夜ということもあって、灯りに照らされた廊下を進む者は皆無だった。

消灯時間まではあと僅かか。

壁に備え付けられた手すりを伝い、看護婦詰め所の近くにある休憩所へと向かう。

思うように動かない自分の脚に苦労しつつも、ネジはようやく廊下を抜ける。

そして冷水器の場所まで進もうとした時だ。

紙パックのジュース片手にソファーへ座っている少年が目に入った。

思わず息を止め、このまま進もうかどうか迷ってしまう。

合わす顔がない。なんと声を掛けて良いのか分からない。

無意識のうちに後退った脚を恨めしく思いつつも、顔を見せない方が良いだろう、と逃げ腰な考えが浮かんでくる。

だが――

廊下で立ち竦んでいるネジの姿は目立っていた。

他の者が物珍しそうに視線を送ってくるのに釣られたのだろう。

少年――玄之介はネジと目を合わし、次いで瞼は怒りを示すように細められた。















 in Wonder O/U side:U














未開封のパックジュースを軽く握り締めながら、ネジは居心地の悪そうに床に視線を向けていた。

ジュースは玄之介が買ったものだ。不機嫌そうな表情のまま、彼はネジに飲み物を投げて寄越してきた。

玄之介が何を考えているのか分からず、そしてこのまま病室に戻る気分にもならず、ネジは玄之介と並んで休憩室のソファーに座っている。

酷く空気が悪い。黙り込んでいる玄之介もそうだが、様子を探るように周囲から向けられる視線がそれに拍車を掛けていた。

……何か言わなければいけない。

既に何度もそう思ってはいるのだが、どうしてもネジは口を開くことが出来なかった。

手を濡らすのはパックの結露だけではなく、手の平から滲む汗もだ。

友人と呼べる者がおらず、それ故に仲違いなど経験したことがなかったため、ネジはどう切り出して良いのかさっぱり分からなかった。

……だが、いつまでもこうしているわけにはいかないか。

消灯時間までもう時間が残っていない。言うべきことは早めに言わなければ、と小さく頷き、ネジは口を開いた。

「……なあ、玄之介」

「なんだよ」

「その……すまなかった」

「何が?」

取り敢えず謝ろう、というネジを見透かすように、玄之介は謝った理由を問い掛ける。

何故謝ったのか。それは……何故だろう。

「それは……俺は、お前を怒らせてしまったし」

「別に。それはお前に怪我させたことでトントンだろ。
 謝るべきなのはハナビちんと薙乃、それと師匠に、だ。
 俺が怒った理由なんて――それこそ、今となってはどうでも良い」

「……どうでも良い、って」

「どうでも良いさ。他人にどう思われようと、関係ない――お前、そういう奴なんだろ?」

どこか突き放した言い方に、重いものが胸に溜まる錯覚を受ける。

だが、そんなネジの様子にかまうことなく玄之介は腰を上げた。

ネジはただ玄之介を見上げることしか出来ず、何も言い返せない。

「ま、元気そうで何よりだ。
 ……もう怪我したくないんだったら、宗家にちょっかい掛けるなよ」

じゃあな、と手を挙げると、玄之介は出口の方へ向かってゆく。

思わず口を開き掛けるも、どんな言葉を向けて良いのかネジには分からない。

一分にも満たないやりとりだったが、玄之介が自分を失望しているのが変わっていないことは肌で感じた。

やはり埋められない溝を作ってしまったのか。

しかし、それは――

「――っ、玄之介!」

考えがまとまるよりも早く、ネジは声を上げて玄之介の名を呼ぶ。

玄之介は振り返ろうとはせず、その場に脚を止めただけだ。

しかし、それだけで良い。話を聞いてくれるのならば、それで充分だった。

「どうすれば良い。どうすれば……俺は、どうすれば良いんだ?」

それは、何も知らない者が聞けば意味のこもっていない言葉だっただろう。

しかし、玄之介にとっては違ったのか。

彼はネジに背中を向けたまま大仰に溜息を吐くと、僅かに顔を逸らす。

「怪我が治ったら宗家に来いよ。……毒にも薬にもならない話を聞かせてやる」

それだけ言って、玄之介は休憩所を後にした。

……毒にも薬にもならない話。

それが自分にとってどのような意味を持っているのかは分からないが、まったく無意味なことを玄之介が言うわけもない。

必ず行く、と胸中で呟き、ネジは紙パックを握る手に少しだけ力を込めた。
















怪我が治り退院が許されたその日、自宅に一旦戻ると、ネジは休憩することなく宗家へと脚を向けた。

一体玄之介が聞かせてくれる話とはなんなのか。

病室のベッドで寝ている間はそのことばかりが気になり、もやもやとした気持ちが晴れないでいた。

宗家の門を叩くと、それに呼応して、まるで待っていたかのようにすぐに女中が現れた。

少し待っていて欲しい、と女中は台所へ下がり、再び現れた彼女はお茶菓子を盆に載せていた。

話を聞かせてやる、と言われたのだ。これからまた宗主と顔を合わせる羽目になるのかもしれない。

鬱屈した想いがふつふつと沸き上がってくるのを自覚しながらも、ネジは女中の後を黙ってついて行く。

そして広間のすぐ近くへときた時だ。

「少し、ここでお待ち下さい」

そう言うと、女中は広間の中へと入っていった。

襖を通して聞こえてきたのはヒアシと玄之介の声だ。

あの二人が揃っているのか、と微かな疑問が鎌首を持ち上げる。

大して時間を掛けずに女中は広間から出てくると、口元に人差し指を当てた。

黙っていろ、ということか。

そのまま女中は姿を消すが、ネジは黙って廊下に立ち尽くす。

一体、どういうことなんだ。俺は広間に入った方が良いのか。

思わず襖の取っ手に手を這わせ――

「ところで師匠。一つ、教えて欲しいことがあるのですが」

そんな玄之介の声が耳に届き、思わず手をびくつかせた。

声質は会話をするにしては高く、叫ぶにしては低い。

……俺に何かを聞かせたいのか?

そうでなければわざわざ声を上げることもないだろうし、女中がネジに指示を出すようなこともしないはずだ。

逡巡するも、小さく頷くとその場にしゃがみ込むと気配を消し、ネジは聞き耳を立てることにした。

「なんだ、玄之介」

「いやぁ、どうにも分からないことがありましてね。
 この間宗家と分家の確執がどういうものかは聞きました。
 ――けど、不可解な部分がいくつかあるんです」

そう言い、咳払いすると、

「――ねえ師匠。なんであんた生きてるんだ?」

そんなとんでもないことを言い放った。

ヒアシも玄之介の発言に驚いているのか、広間から聞こえてくる音が途絶える。

玄之介はヒアシからの解答を待つつもりはないのか、あはは、と苦笑すると先を続けた。

「結果オーライってことで誰も疑問に思っていないのか、箝口令を敷かれているのか……。
 実際どうなのか俺には分かりません。けどね、それでも問わせて貰います。
 師匠、雲隠れの忍頭を殺したのはあなたで、その責任を問われて木ノ葉で処刑され、死体を差し出すように言われたはず。
 そこまでは良い。そこから先が問題なんです」

……どういうことだ、とネジは口の中で呟く。

その先に起こった出来事に疑問を挟む余地などないはず。

だというのに、玄之介は何を不可解だと言うのだろうか。

「ネジ辺りは怒りが先にきて事実だけしか見ませんが、他の人がそうかと問われれば、否でしょうよ。
 ねえ師匠、なんで木ノ葉は危ない綱渡りをしたんです? っていうか、外交的に師匠は死んでるんですか?
 ……本当、分からないんですよね。全面戦争を避けるために日向宗主の遺体を求められ、木ノ葉はその交渉に応じて日向ヒザシの遺体を差し出した。
 ……矛盾してません? もし差し出した死体が日向ヒアシではなくヒザシだとバレたら、まあ元々向こうに非があろうと、謝罪と賠償を要求されて更に立場が悪くなる。
 うっわ、今更だけど質悪いなぁ。雲隠れ以外にもそういう国知ってるぞ俺」

余談は兎も角、と咳払いをし、玄之介は更に先を続ける。

「……木ノ葉が綱渡りをするに至った理由が、あるんでしょう?
 それなりのイレギュラーが発生したとか、そこら辺のが。
 いや、言い出したのは木ノ葉よりも日向の存続を優先させた頭の悪い長老衆かもしれなせんが、それ以外にも……。
 もしかしたら、ヒザシさんが自分から進んで生け贄になったり……なんて」

玄之介の言葉の、最後の部分。

それを耳にした時、ネジは視界が真っ赤に染まるような錯覚を受けた。

どういうことだ。事の元凶は日向ヒアシだというのに、何故父が自分から死ななければならなかったのだ。

ふざけるな、と喚き散らしそうになるも、辛うじて残っている自制心で堪え忍ぶ。

……まだ話は終わっていない。玄之介の暴言を言及するのは、その後で良い。

「なんだかんだ言って師匠は人が良い。
 ネジが真実を知るよりも、ただ憎んでくれた方がアイツにとって楽だろうし――
 俺を宗家に置いてくれているのだって、贖罪のつもりなんじゃないですか?
 ヒザシさんと俺の両親は同じ班だった。
 ……まったく関係ない訳じゃない」

「……お前という奴は、余計なお節介で他人の事情に土足で踏み上がりおって」

恥を知れ。

そう、続くと思われた。

いつもの調子ならばそうなるはずだというのに――

「まったく、小賢しいのも考えものだな。
 ……そうだ。真実は、お前の考えているものとほぼ同じだ」

吐き出すようにして捻り出された言葉に、ネジは先程までの怒りが霧散する。

頭を占めているのは困惑だ。

どういうことだ。玄之介の両親と父が同じ班だったなど聞いたこともないし、それに、贖罪だと?

呆然としたネジに耳に、そこから父が死んだ日の真実が語られる。

それを右から左へと通さず、しっかりと聞き、ネジは瞳を虚ろとして廊下に視線を落とす。

分家として生を受けたヒザシ。勝手に運命を決められ、ただ宗家を恨む毎日を過ごしていたが――それでも最後は自分の意志で死を選んだ。

運命などではなく、それだけは自分で選び、日向の分家ではなく日向ヒアシの弟として生涯に幕を下ろしたかった。


たとえ籠の中に捕らわれていようとも死に様だけは自分の手で。

……そんな過程があったところで、終わってしまった結末は変わりはしない。

だが――

「……いくら私を恨んでくれても良い。
 それで強くなれるのならば、ヒザシの忘れ形見であるネジがヒザシと同じように運命を覆せるようになってくれるなら。
 ……そう思って、今まで生きてきた」

「師匠は悪役になることを選んだんですね」

「そうだ。それが私の義務だからだ」

そこで会話は途切れる。

この不自然な間は、玄之介が与えてくれた時間なのだろうか。

しかし、ネジにはどうすることも出来はしない。

今更そんなことを教えられたところで、一体どうすれば良い。

今までの日々が全くの無為とは思わない。ただ――宗家を打倒するために鍛え、振るい上げたこの拳を、どこに下ろせば良いと言うのだ。

俺は――

「……どうもすみませんでした。嫌なことを話させてしまって」

「良い。……ただ、この話は胸の内に留めておけ。
 ネジにこの話を聞かせるには、些か早いだろう」

「あ、それ無理です。ネジー」

「……まさか玄之介、貴様?!」

唐突に怒号が上がるも、ネジはどうすることも出来ずに立ち竦んでいた。

そんな自分を急かすように、広間の襖が開かれる。

現れた玄之介の顔には、どこか達観したような笑みがあった。

彼はネジの腕を引くと、そのまま広間に引っ張り込む。

身体に力を込めることも出来ず、ネジはされるがままに畳の上へ倒れ込んだ。

「……あー、じゃあ後は二人でごゆっくり」

「待て、待たんか玄之介!」

ヒアシが制止の声を上げるも、玄之介は瞬身の術を行使して脱兎の如く姿を消した。

広間に残されたのはヒアシとネジだけだ。

く、と悔しげな声を上げつつヒアシは溜飲を下るように腰を下ろし、彼は真っ直ぐな瞳をネジに向けてきた。














さて、どうなりましたかね。

ネジが憎悪を向けている事件の真実。それを明かすことで、事態はどう転がるか。

玄之介や朝顔が介入を繰り返した結果、数々の事柄が前倒しとなっている。

これもきっとその一つとなるだろう。ただ、結果がどう出るかは分からない。

原作よりも二年早い真実の公開だ。まだネジの精神が未熟ならば、それがどうした、と切って捨てるかもしれない。

……ただ、玄之介はネジのことを信じてみようと思った。

まだ幼く、自分本位な考えしか出来ないのは玄之介も分かっている。

ただ――あの病院での言葉。俺はどうすれば良いと、他人に答えを求めた姿で、ネジを信じてみようと思えたのだ。

頼られたならば期待には応えよう。ネジの態度は頭にくるし、やったことも今は許す気がない。

ただ、やはり同情は出来る。今度は境遇に対してではなく、意図して真実を教えられていないことに。

ヒアシだって善かれと思っての行動だろう。ただ、それがネジにとってどういう風に働くかは別だが。

今までは、ネジの気持ちを考えなければ、という前提でプラスに働いていた。おそらく、日向ヒザシが願っていたように強い息子として育っていただろう。

……だが、力はともかく心が弱すぎる。測る物差しが存在しないため、どの程度まで成長しているのかすら分からないのだ。それ故に、原作でのヒアシは中忍試験での戦い振りで判断を下したはずだ。

ある意味これも一種の賭か。どちらに転ぶのか全く分からない状態で玄之介は賽を投げた。当たりが出る根拠も自信もなく、あるのはただ信じるに値する、という直感のみなのだから。

ま、やるだけのことはやった。俺も俺で危ない橋を渡ったしね。

そんなことを内心で呟きつつ、玄之介は犬塚宅へと向かっていた。












二時間後。

キバの家で時間を潰した玄之介は、日向邸へと戻ることにした。

遊ぶにしては中途半端な時間だったことにキバは不満げな声を上げていたが、なんとかやり過ごして犬塚宅を後にする。

空は茜色に染まっており、通りを行く者にはちらほらと忍の姿も見える。

どれも家路についているのだろう。なんとなく顔を合わせ辛いために玄之介はこんな時間までキバの家で時間を潰していた。

きっともうそろそろネジも自宅へ戻るだろう、と。

しかし、ネジがいなくともヒアシの説教は必ず待っているはずだ。それだけが頭痛の種なんだよなぁ、と溜息を吐き、角を曲がって日向邸の門がある通りへと出る。

夕日が照らすあぜ道。

その向こうに人影があり、玄之介は目を細めつつ影を凝視し、眉を顰めた。

直接見なくとも分かる。影絵となって伸びた形は、特徴的な長髪だ。

ネジか、と溜息を吐くと、玄之介は躊躇することなく門へ向かって歩き出す。

そしてお互いの姿が見える距離となった時だ。

「……玄之介」

「よう」

どこか遠慮するように声を掛けてきたネジに、玄之介は手を挙げて応えた。

脚を止め、ネジと対峙する。

ネジは何かを言おうとしているようだが、口はゆったりと開け閉めを繰り返すだけで言葉は出てこない。

まあ、まだ早いか。

じゃあな、と別れを告げて門に入ろうとし――

「その……すまなかった」

つっかえながらも、そう、ネジは玄之介に言葉を向ける。

「前も言ったろ? 別に俺に謝る必要はないって」

「いや、ある。……悪かった。俺の八つ当たりに付き合わせてしまって」

「気にしてないって言っただろ? 俺よりも先に謝る相手が――」

「ハナビ様と薙乃さんには、既に謝った。だから、今度こそお前に謝罪がしたいんだ」

不意に上がってきた二人の名前に、玄之介は目を見開いた。

玄之介がネジを許さない理由。それは、至極当たり前で簡単だが、見落としがちな事だった。

あの場で玄之介が怒りを露わにしたのは、ハナビと薙乃にネジが八つ当たりをしたからだ。

故に、謝るならば彼女達の方に、と思っていたのだが――

「なら良いさ。許してやる。……大変だっただろ」

そう言って薄く笑うと、玄之介はネジと向き合った。

その時になって、ようやくネジの顔にも笑みが灯る。最初は気まずそうに視線を逸らしていたが、まるで自分に渇を入れるように玄之介を見据えた。

「まったくだ。
 ……ハナビ様はやはり俺を怖がっているし、薙乃さんは言葉だけで、ちゃんと許して貰った気がしない」

「そりゃそうだ。あの二人は根に持つからなー、俺と違って」

「……いや、お前もかなり根に持つだろう?」

「ご冗談を。このジェントリーを捕まえてそんな」

おどけた風に紡がれた言葉で、吹き出すように二人は破顔する。

ネジはどこか控えめな笑い方だが、それが彼の笑みなのだろう。

そんな表情に、そういえば、と玄之介は声を上げる。

「ネジが笑ったの初めて見たかもなぁ」

「……俺だって、悪戯めいたものではなく、お前のちゃんとした笑い顔は初めて見たぞ」

「あー……まあ、変な確執があったしな、お互い。それで、どうよ?」

「まあ、ぼちぼち、といったところだ」

特に何が、と言ったわけではないが、ネジには伝わったのだろう。

彼は唇を湿らすと、深呼吸をして玄之介の疑問に応える。

「……まだ完全に許せたとは言えないし、父さんが死んだ事実も変わらない。

 だが――それにいつまでも拘っていたら、父さんが俺に残してくれた居場所を汚すことになる。
 ……いつか全てを許せる気になったら、今度は俺が頭を下げる番だろうな」

「そうか」

「ああ」

どうやら、出た賽の目は悪くはなかったらしい。

宗家を完全に許すことは出来ないが、いずれは。そして、その時には和解しようと――そう思えるだけで、大きな進歩と言えるだろう。

「……なあ、玄之介」

「なんだよ」

「また俺と戦ってくれるか?
 今度は八つ当たりなどではなく――純粋な勝負として」

「かまわないよ。……まあ、どうせ俺が勝つし」

「ほざけ」

浮かべるのは二人とも苦笑いだ。

しかし、以前では有り得ないほど穏やかな雰囲気が両者の間に流れている。

また明日。

そう言い、玄之介とネジは別れると、お互いの家へと戻った。




[2398]  in Wonder O/U side:U 七十四話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 23:59


「主どの。お手紙が届いています」

アカデミーから日向邸へと戻ると、帰宅早々薙乃さんから荷物を手渡された。

なんじゃらほい。

取り敢えず薙乃さんと一緒に自室へ行き、二人して封筒の中身を確かめることに。

封筒には忍術開発班の判子が押してあったり。

うーむ。熱波溶断掌の降格? それとも都古墜が遂にアカデミー必修技能になったとか?

なんかヘルオアヘヴンって感じの想像が湧いてくるので、どうにも好奇心が刺激される。

苦無で接着されている部分を削ぎ取り、逆さにして書類をぶちまける。

そしたらゲ……滝のように紙が流れ落ちてきて、割とびっくり。

うわぁ……割と中身があったんだね。

「……主どの。何をしているのですか」

「うん、ごめん。俺も結構ビックリしてる。
 ……で、なんなんだろうねこれ」

適当な書類を手に取り、中身を確かめてみる。

と言っても、なんでか分からないけどそこには太字明朝体で『明るい職場、忍術開発班!』とか書いてあった。

なんだこれ。パンフレットじゃないか。

なんでこんなもんが送られてきたんだ。

と、一人頭を悩ませていると、なんか薙乃さんが一枚の書類を手にとってぶるぶると震えていたり。

……え? 何事?

「……えーと、薙乃さん?
 ちなみに最近の僕はとても良い子に学生をしており、授業をサボる回数も若干減っていると――」

「さ、流石は主どのです!」

え、何?

下手に出たのは良いんだけど、そんな反応をされるとすげえ困るのですが。

「ええっと、落ち着いて薙乃さん。何が書いてあったの?」

「あ、はい」

では、と咳払いを一つし、薙乃は喉の調子を確かめると神妙な、それでも喜びを隠しきれない様子で書類の内容を読み上げ始める。

「『如月玄之介様。
 九月にあたなが登録された忍術は大変優秀と判断し、その上、あなたがまだアカデミー生であるという事実に我々は大変驚かされました。
 あなたの発想や才能は我々忍術開発班、ひいては木ノ葉隠れの里に必要な――』」

そこから先は褒め殺し文句のオンパレード。

読むならばともかく、聞かせられると大変背中が痒くなってくる。

で、結局何が言いたいのさ、といい加減に気になってきた頃だ。

「『以上の理由の下、我々忍術開発班はあなたを風遁課に推薦します』……だそうですよ!」

「あー、うん。……え、推薦?」

「そうですよ主どの!
 嗚呼、こんなにも早く主どのが世間に評価されるだなんて……。
 やはり私の目は狂っていな――」

「あー、感動しているところ悪いんだけどさ」

「あ……はい、失礼しました。なんでしょうか」

先程の浮かれ様を隠すように、薙乃さんは背筋を伸ばす。

いや、そんなに畏まらなくても良いのだけれど。

「……一つ聞いて良いかな」

「はい。なんでも聞いてください」

「……忍術開発班って、地味そうだね?」

「こ、この罰当たりー!!」

端的に言って蹴られた。冗談なのに。

痛かった。














 in Wonder O/U side:U












箪笥の角を頭で砕いて気絶し目を覚ますと、なんか広間に運び込まれていた。

蹴り飛ばされたお陰でなんか面白い方向に曲がった首を支えつつ、師匠と薙乃さんの注釈を交えた忍術開発班の説明を聞くことに。

師匠曰く、貴様は常識が足らん、とか。

俺の知っている範囲の忍術開発班っていうのは、穴蔵に籠もってサバトの如く資料を漁ってチャクラを練りつつ忍術をぶっ放し自然破壊を行っている危険集団って感じなのだが、どうやらそれは三分の二ぐらい違ったようだ。

曰く、忍術開発班には新たな忍術を考え出す発想の持ち主や、過去の忍術を改良する日本人的職人気質な者が求められるとか。

で、驚いたことなのだが、忍術開発班は割と規模が小さいのである。

忍術開発班という一括りになっているが、その中身は各属性とチャクラコントロールを使用した忍術の分室に別れているらしい。

一課の人数は大体十名前後。つまり開発班は全部で約七十名しかいないらしい。

……これは多分に薙乃さんの偏見が混じっているのだけれど、開発班への所属は特別上忍になることよりも難しいのだとか。

そりゃーそうですよね。定員の定員が七十名ならば、その数は現在する特別上忍と上忍を合わせた数より少ないもの。

……あー、分かったぞ。

そう言えば俺、忍術登録する際に自分の基本スペックを用紙に書いたわ。

で、それを見た開発班の人が風遁課へスカウトしたんじゃないかな。

火遁が発現しやすい土地柄のせいか、相克関係上で下となる風遁を発現するものは少ない。存在自体がレアと言っても良いだろう。原作読んでても使えたのがナルトとアスマ……あと、三代目かな?

ふむ、少ない。そんな特異属性を持っている上にアカデミー生でありながら忍術を登録したなんて言ったら、そりゃー引き抜きにきますよ。

子供の頃から仕込んでおいて、大人になったら馬車馬の如くこき使うとか。枠を一つ減らすだけの価値はあると判断されたのかね。

まあ、とにかく。

「師匠、大体は把握出来ました」

「そうか。……しかし、どうにも納得がいかんな。
 実戦に出ないなど、なんのために柔拳を教えたのだか」

「いや、物騒なこと言わないでくださいよ。遠回しに死んだ方が良いって言ってません?」

「気のせいだ馬鹿者」

そう言い、鼻を鳴らす師匠。

ひっどい。馬鹿って言われた。

まあいつものことなんだけど。

うーむ。しかし、この話はどうしようかなぁ。

先輩は前にアカデミー卒業後は暗部へご招待とか言っていたけど、これはこれで良いな。

わざわざ推薦状がくるぐらいなのだから、まだ俺の暗部入りは確定していないのだろう。

だとしたら、今の内に開発班への進路を固めて退路をなくすのが吉、か。

ラインオフィサーよりもテクノオフィサーの方が俺に合っている。現場に出たら脚引っ張りそうだからね、俺。

そんなことを考え、師匠と薙乃さんの表情を盗み見てみる。

なんだかんだ言って師匠はどこか誇らしげ。薙乃さんはずっと満面の笑みを浮かべたままだ。

……うわぁ、今のところ俺も乗り気だけど、もし開発班へのお誘いを断念する羽目になったら、なんて怖すぎて想像したくねぇよ。

言った瞬間に首が飛ぶとかそんな生易しい表現じゃ足りないぐらいのマッドティーパーティーが開幕するんじゃないだろうか。飲み物は貴様の血だー! とか、そんな類の。

ま、まあ、先輩に相談した方が良いよねこれ。

「と、取り敢えず二人とも、あんまり推薦状のことを言い触らさないで欲しいなー、なんて」

「ふむ、良いだろう。
 ……既にお玄と弾正、油女、犬塚、そしてネジには伝えてあるがな」

「安心してください。私も言い触らしたりはしません。
 ……あの、テマリにだけは自慢しても良いですか?」

「もう駄目だー! それ、俺の交友関係がほとんど埋まってる!! 埋まってるよ!!!」

ぎゃおー、と頭を抱えてその場へ蹲る。

どうしろってんだよこれ……期待を裏切った瞬間、村八分なんじゃねえのかよ。

っていうか師匠。気絶している間にそんだけ言い触らすなんて、あんた絶対自慢したかっただけだろ。嗚呼、薙乃さんもそんなガッカリしたような目で俺を見ないで。

んで、頭を抱えていると、廊下の方から騒々しい足音が。

勢い良く襖を開けて登場したのはハナビちん。

ちなみに俺が気絶からリカバリーしたのは夜稽古の最中だったので、ハナビちんとヒナタを残して師匠と薙乃は俺へ説明をしてくれたわけですが。

あー、除け者にされたとでも思っているのか、若干むくれていますよお姫様。

と思うも、すぐにハナビちんは表情を輝かせると俺に向かってダイブしてくる。

重……くはない。ただ、頭突きされそうになったんでちょっとしたホラー。

「おめでとう、玄之介! すごいね!!」

「ありがと。んー、でも、あんまりすごいとか自覚はないんだよね」

「そんなことないよー。
 だって忍術開発班ってことは、ええと……エリートなんでしょ?」

エリート……なのか?

あー、まあ、特別上忍ってエリートらしいしなぁ。

割と頭の悪い解釈の仕方だけど、特別上忍よりも狭き門ならば、それに受かった俺はエリートってことになるんだろうよ。

……嘘くせぇ。

などとこの場で言う胆力は俺に備わっておらず、可能なのはただ遠くを見ながらはははと笑うことだけなのであった。

「……ハナビ」

「……申し訳ありません、父上。取り乱してしまいました」

どうやら師匠がいることを忘れていたらしく、名を呼ばれたら速攻で猫を被るハナビちん。

いやもうアレだ。バレバレなんだからその皮捨てて良いよ。

ハナビちんは俺から少し――三十センチ程度だけどね――離れると、正座で師匠と対面する。

あれ、なんかやけに神妙な表情に――

「父上。以前から何度も話していますが、これで玄之介の未来は約束されたようなものですよね?」

「……ぐ、いや、そうとも限らんだろう?」

「そうでしょうか。本当にそうお思いですか?」

やけに気迫に満ちた様子でハナビちんは師匠に迫る。

で、師匠は師匠で額に汗を浮かべつつ頬を強張らせたり。

……今度はなんだよ。もう良いよ好きにしろよぅ。どうせ俺は日向宗家のピエロだよぅ。

などと軽くいじけていたら、

「渡された資料に目は通しましたが――
 他の方よりも私と年齢も近いことですし、やはり婿候補は玄之介がっ」

「な、なんだってええええ?!」

問答とかしない。

速攻で立ち上がり瞬身の術を発動。襖を突き破りいざエスケープ。

なんか背中に声が飛んでくるっつーか、千本とか苦無も飛んでくるんだけど無視。

……シノくん家に泊めてもらおう。
















「ってことがあったんですよ」

「ああ、お前も大変だね。少しだけ」

「どこが少しだよ! アンタ俺の身にもなってみろよ!!」

「自分で立てたフラグだろうに」

まったく味方をしてくれる様子のない先輩。

ああもう、どこにも味方がいないのねー、と思わず青空を見上げてしまう。

いや、フラグとか言われてもさ……それは青リンゴじゃない、禁断の青い果実だ、とかそこら辺の格言が脳裏を過ぎるわけで。

まあ良い。

結局昨日はシノくんの家に泊めて貰い、早朝に自室へ戻って支度。そしてアカデミーへ、というなんとも忍ちっくな行動をしている我。

そして今は授業をサボタージュして、先輩と一緒に屋上へ来ていたり。

ガイ先生は忍務らしく、今日はいないのだ。

「そういえば先輩は今年で卒業ですけど、進路とかどうするんです? 普通の忍?」

「いや、俺は暗号解読班に行く」

「えっと……暗号解読班って、あの通称掃き溜めと言われている……」

そうなのだ。

暗号解読班。通称、掃き溜め。最果ての職場。人生の墓場。そんなロクでもない噂がアカデミーまで届くぐらいに駄目な職場なんだとか。

いや、子供の感性からしたら暗号解読ってのは地味な仕事だろう。しかし、傭兵集団として里を創り上げている木ノ葉にはなくてはならない部署だ。

……しかし、割と難点があったり。

なくてはならないのは確かなのだが、人気がないのも確か。それ故に人員の補給が一向に行われないために万年人不足らしい。

そして補給要因として送り込まれるのは下忍任官試験で落ちたりなどした忍候補生なのだ。

現場に出て華々しく、と夢見ていたのに、ね。そりゃー意欲も半減というもの。

ミソっかす、やる気がない、という駄目要素が二つも並ぶ人員が回されるため、自然、暗号解読班はアカデミーだと掃き溜めという蔑称で呼ばれてしまうのである。

「……先輩、何考えてそんなところに行くのさ。
 割と真剣な話、あんた実戦経験が少ないんだからラインオフィサーになれよ」

「ん、いや、暗号解読班って暇そうじゃない?
 だから余った時間で剣技を鍛えたいんだ。
 誰を師匠にするかは目星が付いているしね」

「ふーん。木ノ葉崩しの時に泣きを見ても知りませんよ?
 ……まあ、俺も人のこと言えないけどさ。
 俺も俺で開発班に所属するとなると、仕事の関係で忍術特化になるかもなぁ。
 個人的には高水準のバランス型が理想なんだけど」

「は? 自分からその理想とほど遠い場所へ突っ走ってるのに何言ってるの?」

失敬な。

いや、そんなことはないでしょうよ。

……どうかなー。割と体内門開放とか会得して、戦闘能力上がったけど持久力が結構下がったもんなぁ。

バランスは良いかもしれないけど、いかんせんムラっ気がありすぎる。短期戦ならばともかくとして長期戦は苦手かも。やったことないから断言出来ないけどさ。

ふむん。

「……あ、そうだ。肝心なことを聞くの忘れてた。
 先輩、俺って暗部に入るとか言ってましたよね。
 出来れば暗部よりも開発班へ行きたいのですが」

「ああ、安心して良いよ。
 開発班に所属しつつ、ヤバめの忍務をナルト達が受ける時だけ暗部って感じだから」

まー、俗に言う特務部隊だと思って貰えれば、と苦笑する先輩。

どうやら一年後の俺を待っているのは二足草鞋の生活らしい。

積極的な介入の結果原作の本筋から出来事が離れてしまったら、俺たちの利点というか最大の武器が失われてしまったら困る。

故に――まあ、救える分しか救わないってわけだ。ストーリーが大筋から離れない程度に、しかし、原作よりも良い方向へ。

しかし……そうか。裏方に徹すると聞かされ、どこかほっとした。

まあ、先輩も好き勝手するみたいだし、俺も職権乱用してキバやシノくん、サクラの護衛にでも出てみようかしらん。心配だからね。

まあ良い。

「ま、命が保証されたことが分かったので良いです。
 んじゃ、俺は授業に戻るのでー」

「あー、待って。悪いんだけどこれ届けてくれない?」

そう言い、先輩はジャケットの内ポケットから便箋を取り出す。

「シズネ師匠からこれを渡してくれって言われてさ。
 今日、紅さんがくノ一クラスに来ているらしいから届けてきて」

「え? 何? 聞こえないんだけど。自分で届けろよそれぐらい」

「ちゃんと聞こえてるじゃないの。俺はちょっと用事があるから行けないんだ」

「……ったく、人をパシリか何かと勘違いしてませんかねアンタは」

「まあそう怒るな。
 ヒナタは抜けたけど、多分キバとシノくんは紅さんが担当するでしょ?
 顔ぐらい知ってても悪くないと思うけど」

……なんか良いように丸め込まれた気がしないでもない。

けどまあ、良いか。

はいはい、と返事をして、俺はくノ一クラスへと行くことに。













……駄目だこれ。

どうにも駄目だ。男がいないと怖いです。女ばかりとかマジやってらんない。

男子生徒がこっちのクラスに来るのは珍しいのか、いやに視線が突き刺さるしさー。

我慢我慢、と内心で呟きつつ、目的の人を探すべく視線を彷徨わす。

が、その仕草がまずかったのか、より一層視線がっ。

もうやだ、帰りたい……。

「……あれ? 玄之介、こんな場所で何やってるのよ」

名を呼ばれて振り返ってみれば、そこには改造胴衣っつーか巫女服一歩手前の服を身につけた春野サクラさんが。

嗚呼、今俺、初めて春野に感謝してる。

寂しかったのですよ。

「春野春野。紅上忍がどこにいるのか知らない?」

「えっと……さっき授業が終わったから外に行ったわよ。
 ね、どうしてそんな人を探してるの?」

「先輩に手紙渡してくれって頼まれてさ。
 ……しっかし駄目だね。どうにもくノ一クラスの空気は苦手だ」

来るんじゃなかった、と肩を落とす。

いや、なんだろう。別に女性恐怖症とかそういうのじゃないんだけど、男一人ってのが酷く不安。

そしてそんな俺の心理を見抜いたのか、春野は目を細めると意地の悪い笑みを浮かべたり。

「ねぇ、玄之介。私のクラスでアンタと話をしてみたいって子がいるんだけど――」

「丁重にお断りいたします。あーばよーとっつあーん」

捕まる前に逃げないと。

廊下の窓を開けると、そのまま外へ身を躍らす。

ちらっと見えた、してやったりって感じな春野の笑みが癪に障った。

くそう。

んで、風遁で落下速度を操作しつつ地面に降り立つ。

すると、どんな偶然か目の前に紅さんと……アスマだ。

うわぁ……学舎で何を。

と、思うも、この時期ってこの二人は付き合っているのかしらん? と疑問が湧いたり。

どうなんだろう。

「……え、えっと、君。
 いくら忍術を使えても上階から飛び降りるなんて危ないでしょう?」

首を傾げつつ考えていると、戸惑いつつも紅さんが責めるように声を上げた。

あー、そっか。あまり自覚ないけど俺もアカデミー生だしね。

「あ、はい。気を付けます。申し訳ありませんでした」

頭を下げて紅さんの表情を見てみれば、再び驚いたように目を見開いていた。

何故だ。

「えっと……何か不味いことでもやったでしょうか」

と、低姿勢で質問。

いや、レディーの前で悪ガキ演技をするほど馬鹿じゃないっすよ。

青い果実とかもうこりごり。

「玄之介。あまり紅を困らせんな」

「……えっと?」

笑い声を上げつつ、アスマ――いや、呼び捨て止めるか――さんは破顔し、俺の頭をポンポン叩いてくる。

うっわぁ、なんだろう。ここまで子供扱いされるのも久し振り。

「……アスマ上忍」

「ん、俺のこと知ってるのか?
 最近のアカデミー生はちゃんと上忍のことを教えたりしてんのかね」

「いや、そうではなく。何故あなたも俺の名前を知っているんでしょうか」

そうである。

俺とアスマさんは面識などないはず。そりゃー三代目に睨まれている僕ですが、あの人だって安々と俺の名前を出して不信感を煽るような真似はしないと思うんだけど。

そんな素朴な疑問を出すと、どこか慌てた様子でアスマさんは苦笑する。

「ええっと……いや、有名人だしなお前。サボり魔として」

「へ、へー。そうなのかー」

視線を逸らしつつ、どこか言い辛そうに言うアスマさん。

ううむ。自業自得とはいえ、そんなことで有名なのは悲しいっす。

……んなこたぁどうでも良い。とっとと手紙渡して帰る。もう帰る!

「紅上忍。あの――」

「別にあたなは正規の忍ってわけじゃないんだから、そんな呼び方をしなくても良いのよ?」

うっうー。なんだろう。親身なのは良いんだけど、子供扱いされてるのが酷く悲しい。

……っつーか、今気付いた。こっち側に来て、俺、初めてまともな独身女性と接してるよ。

やっべ、テンション上がって……こない。

どうせ頭脳は大人でも身体は子供だよ畜生。いろんな意味で何もできねぇよ畜生。

「……紅さん。シズネさんから手紙を渡すように言われたので」

はい、と手渡して軽く頭を下げる。

もうなんか色々とどうでも良い。

壁を駆け上るのも面倒なんで、風遁・大旋風を発動。

文字通り上昇気流に乗り、俺は自分のクラスがある五階へと。

その際背後から、大したもんだ、というアスマさんの声が聞こえた。

あー、風遁? どうでも良いよもう。

この上なく無気力状態となりつつ、俺は窓を開け――開け……。

「誰か窓開けてー! 急いで落ちるー!!」





[2398]  in Wonder O/U side:U 七十五話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/02 23:59


「……拙い」

洗面台鏡を見つつそんなことを呟いてみる。

いやー、どうなんでしょうねこれ。

以前身長が低いってことは伝えた通りなのですが、最近になってもう一つ問題に気付いた俺。

昨日薙乃さんに髪を切って貰ったのですが、その結果なんだか大変なことに。

段々と成長してきて気付いたのだが、俺の顔はママン似。目元はパパンの名残があるんだけど、それ以外は……眉が細かったりとかそんな。

ちょっと前までは特徴がないのが特徴だったのによー。

あー、うん。童顔っつーか今の俺は子供なんでアレなんですが、幼いことも相まって結構な女顔なんだよね。白ほどじゃないけどさ。

おまけに今の髪型。

全体的にやや短く切ってはあるんだけど、前髪と後れ毛だけは残してあるのさ。

ええっと……つまり何が言いたいかと言いますと。

……鉢巻きしているのも相まって、どこぞの戦闘機人タイプゼロセカンドに似ている。

気分的には青運命一号が迫ってきたBGMが鳴り響いている次第である。いや、やべーってこれ。

これはちょっと……男としてはいただけないんじゃない?

いや、ハナビちんとか薙乃、ヒナタは可愛いとか言ってたけど、それってどうよ。男が可愛いってどうよ?!

しかも師匠なんかは鼻で笑いやがったしな。

……鬱だ。












 in Wonder O/U side:U











速攻で自室に戻り登校の準備。

教科書類を鞄に詰め込み、いつもの白いジャケットを装着。んで鉢巻きを巻けば準備オッケー。

屋根を踏み越え、屏のてっぺんを蹴り上がり前宙しつつ着地。うし、十点。

……相変わらず無駄なことしているな俺。

「……なんでまたお前は窓から飛び出してきたんだ」

と、声を掛けられたのでそちらを見れば、ネジがいたり。

ああ、あの一件以来、家が近いこともあってネジはわざわざ迎えに来てくれるのだよ。

どういう心境の変化かしら、とも思ったけれど、まあ、わだかまりがなくなれば変にいがみ合う必要もないしね。

腰を下ろした状態から立ち上がり、手を挙げて挨拶。

「おはよ、ネジ」

「ああ、おはよう。
 ……髪、切ったのか」

「そうそう。これから春だし、区切りが良いかなーって。
 お前も切らないの? 長いと鬱陶しくない?」

「うーむ。いや、切りたいのは山々なんだが、日向は長髪にするのが伝統らしいんだ」

「……あー、師匠とかハナビちんも滅多に髪切らないしね。
 確か分家の皆さんも男にしては髪が長かった気がする」

行事の時に見たのを思い出し、そんなことを。

……なんなんだろうね。宗家に血筋が近いとその分髪を伸ばさなきゃいけないとか掟でもあるのかしら。

いや、ヒナタとかは髪が短いしなぁ。

分からん。

「ま、いいや。とっとと学校行こうか」

「そうだな」

小さく頷き、ネジと歩調を合わせながらアカデミーに向かい始める。

やはりこの時間は通勤ラッシュ……ってわけではないけど、仕事に出る人は多いな。

作業着だったり忍装束だったりする人がちらほらと。

あと三十分もすれば、遅刻しそうな忍が屋根の上を飛び跳ねますよ。

この世界の人は基本身体能力高いから分からないけど、バスとかあったらどうなるんだろうね。

……なんか普通に忍が車と併走しそうで嫌だな。向こう基準で考えたら、良い意味で変態だ。その上悪夢。

そんなどうでも良いことを考えていたらアンニュイな気分になってきたので、ネジに話でも振ることに。

「そういえばもうそろそろ卒業試験じゃなかったっけ。大丈夫?」

「誰にものを言っているんだ。分身の術など、俺にとっては児戯に等しい」

「そうですか。……まあ、慢心して足下掬われないようにな」

「分かっている。そう言えば、お前は現場に出ず開発班に行くそうだな」

「そうそう。推薦状もらったし、断る理由もないからね。
 あー、どんなとこなんだろうな、開発班」

パンフレットには明るい職場とか書いてあったけど、ああいうのは基本信じてはいけないのだ。

っていうか嘘でしょ大半。まあ、辞める人間は少ないらしいから環境は悪くないんだろうけど。

どうなんだろうね、実際。

「師匠から聞いた話じゃ、給料は悪くないし昇格も早いとか。
 ただ、アカデミーの年度末は激務だってさ」

「何故だ?」

「来期用の忍術カタログの編集でてんやわんやになるんだと。
 なんか年収の四分の一ぐらいはその時期の残業代で構成されているとか……身の毛がよだつ」

きっと今の開発班は時期的にド修羅場なんだろうなぁ。

見学に来ましたー、とか言って顔を見せたら叩き出されそうだ。もしくはバイト扱いで引きずり込まれたりとか。

……んー、忍術を覚えられるならそれでも良いかも。

などと考えてはみるけれど、きっとそれは甘い幻想。現実は上手くいかないってのはどの世界でも共通なんだろうなぁ。

「そうそう、来年度のカタログに俺が考えた忍術が載ると思うから、もし使うようになったら我様を崇め奉り給え」

「ああ。もし使えない術だったら遠慮無く扱き下ろしてやるから安心して良い」

と、不敵に笑うネジ。

この野郎。熱波溶断掌はともなく、都古墜は割と良い感じなんだぞ。瞬身使えれば理論上は誰でも使用可能だし。

そんなやりとりをしている内に、俺たちはアカデミーへと辿り着いた。














風切り音を上げつつ肉薄してくる三本の苦無を、体内門を開けつつ指の合間で白刃取り。

次いで体内門を閉じ、ガイ先生目掛けて投擲。

投げられた苦無は俺がしたのと同じように白刃取りされると、再び投げ返されてくる。

――これぞ瞬間的な体内門開放練習、悪夢の苦無キャッチボールである。

いや、キャッチ苦無? どうでも良いか。

二学期が始まってからガイ先生と行っているのは、ほとんどこんな具合の練習だ。

最初は至近距離から繰り出されるガイ先生の拳を避けたり、とかだったのだが、体内門を開けずとも先読み出来るので内容を変え、試行錯誤の末に苦無キャッチボールに落ち着いた。

ちなみに投擲される苦無の速度は、ガイ先生曰く実戦レベル。

最初は体内門を開けずとも目視で反応出来る速度だったのだが、体内門の扱いに慣れてくると速度は徐々に上がっていった。

今ではたまに顔を出すリーが真っ青になる速度である。

……いや、割と大変なんですよこれ。今も刃を受け損なった指の腹から血がどくどく流れているし。

その上十分やそこらなら大丈夫だが、それ以上繰り返していると視神経が酷く疲れる。

今でこそ十分保つが、最初の頃なんか五往復するだけで涙目になってました。いや、比喩ではなく。眼精疲労で。

「ガイ先生」

「なんだ」

と、会話を始めてもキャッチボールは止めない俺たち。

「ガイ先生って八門遁甲の陣を任務で当たり前のように使ってます?
 もしそうなら聞きたいことがあるんですけど」

「毎度、というわけではないが……まあ、聞いてみろ」

「はーい。
 八門遁甲の陣は体内門の弁を外して無理矢理大量のチャクラを流すわけですが、それって肉体だけではなく忍術にも影響出ますか?」

「出るぞ。そうだな……分かり易く、数式で例えてやろう」

そう言い、ガイ先生はこれから説明するぞ、と言わんばかりに人差し指を立てる。

よ、余裕だなアンタ。俺は喋るだけで手一杯だってのに。

「公式をX-8=Yだとしよう。Xは流そうとしているチャクラの量であり、Yは放たれる忍術の数値だ」

「その公式なんか間違ってません?
 Xが1とかだと、Yがマイナスになりますよ。
 -8を+βにした方が分かり易くありませんか?
 ……もしかして、数学苦手?」

「うるさい黙って聞け! 分かり易く例えてやろうとしているのに口を挟むな!!」

はい。

「それで、8というのは体内門の数だ。一つ開けられる毎に数は減ってゆく。
 と、いうことは、だ。体内門を開ければ開けるだけ忍術の威力は水増しされる。
 無論、吐き出したチャクラを忍術へと変換する技量がなければ無駄なことこの上ないがな」

「単純故に分かり易いなぁ」

「そうだろうそうだろう。……しかし問題はある。
 何故八門遁甲の陣が体術を得意とする忍だけが使うか分かるか?」

「ええっと……ちょっと待ってください。考えます」

さて、どうしてだろうか。

まずは先入観の排除から。

体内門の開放は体術だけに恩恵を与えるわけではない。弁が外されたことで瞬間最大出力が上がるのは忍術も同じ。

だというのに、何故忍術を使用する忍は八門遁甲の陣を使用しないのだろうか。

まず、八門遁甲の陣が禁術となっているのは肉体への負荷が酷いため。

これを適用するならば――

「……ああ、そうか。
 肉体活性だけならばまだ治療しやすいレベルに落ち着く可能性もあるけど、忍術を使用する際に体内門を開けたら経絡系が痛むのか。
 治すには骨が折れそうですね」

「そう、その通りだ」

例えるならば……そうだな。脆いパイプに限界以上の水を流すようなものなのだろう。そんなことをすればパイプに亀裂が入るのは目に見えている。

しかも経絡系は神経と複雑に絡まり合っているらしいし……傷付いた場合の痛みを考えると、ぞっとする。二門まで開けば痛みはないわけだけど、その後が怖すぎる。

お手軽パワーアップってのは早々出来ないもんだ。

「経絡系はチャクラの通り道。そして、チャクラは忍にとってなくてはならない力だ。
 戦闘中にそれらを使えなくなるのがどれほど恐ろしいか、お前なら分かるだろう?」

「はい。基本的な肉体強化すらも出来ないとか……ぞっとしますね」

「ああ。……しかし、参ったな」

そう言いつつ、ガイ先生は困った風に苦笑する。

なんぞ。

「普通は肉体活性が出来る方にばかり目が行って、忍術に対しても八門遁甲の陣が有効など気付かないものだ」

「そうなんですか? 割と普通に思い付きましたけど」

「お前の普通は当てにならない。
 ……まあ、気付いてしまったのなら仕方がない。
 玄之介、第一の門の開放は許したが、その状態で忍術を使うのは許さないぞ」

「はい。俺だって自分の命は惜しいですからね。忍術はナチュラル状態でしか――」

「ただし」

言葉を遮り、ガイ先生は濃い笑み――多分本人はナウい笑みとか思ってる――を浮かべる。

嗚呼、きっと青春要素講座だ。

「絶対に譲れない戦いのみ、八門遁甲の陣発動中の忍術使用を許可しよう」

「譲れない戦い、ですか」

「そうとも。言っておくが、これはかなり重い誓約だぞ?
 己の忍道を貫き守り通す時、大切な人を守りたい時、など、俺が指導した者達には様々な誓いを立たせているが――
 これは、その中でもハードルが高い。……この戦いに負ければ、命はあっても生きる意味を失う。
 そういう時にだけ――許す!」

最後の言葉を強調するように投げられた苦無は、困ったことに恐ろしい速度。

その内二本はなんとか受け止めるも、残る一本――薬指と小指で取るはずだった――は皮膚を引き裂いて校舎の壁に突き刺さった。

思わず振り向けば、そこには浅いクレーターの中心に突き立った苦無がっ。

「俺を殺す気ですか!」

「いや、すまんすまん。久し振りにお前相手で青春した気がしてな」

サムズアップして歯を煌めかせる先生様に思わず辟易。

……しっかし、絶対に譲れない戦い、か。

俺にとってそれはどんなものなのだろう、と、思わず考え込んでしまった。














ガイ先生の言っていたことを考えつつ、教室に戻って授業をこなす。

んで、一日のお勤め終了。これから日向宗家に帰って稽古をこなさないとなんだけれども、俺は用事があって校舎裏へ。

いや、特に青春的な理由はないですよ? 純粋に人目に付きたくないだけで。

ちょっと練習したい技があるのさー。

「……で、何故俺が呼ばれたんだ」

「白眼で見てもらいたかったのさ」

どこか不服そうなネジ。言葉の通り見て貰いたかったので引っ張ってきたのだ。

ふむ。

新術ってわけじゃないけど、今日授業中に天啓が舞い降りたのだよ。

いやー、ハナビちんに次はどんな話を聞かせようかな、と既に話してあげたものを脳内で考えてて、思い付いた術が一つ。

取り敢えず、似たような術の印を改造し――

まあ、男の俺がこれを言うのも気持ち悪い話だが、お約束だ。

「咎人たちに、滅びの光を」

右手で印を組み終え、チャクラを大気中に散布。

集めるのは熱だ。風と同じように、どこにでも存在するものである熱。それを掲げた掌に集中する。

「星よ集え、全てを撃ち貫く光となれ」

そこで一旦意識を収束から離し、ネジに顔を向ける。

「どうなってるー?」

「む……散布したチャクラが一点に集中してるな。何をするつもりなんだ?」

「まあまあ。見てのお楽しみってことで」

術を続行。しっかしこれ、酷く集中しないと駄目だな。

これで威力が低かったら泣くぞ。

視線を右腕に上がれば、そこには紅蓮の輝きを持った球体があった。

周囲からは絶え間なく熱が集まっており、チャクラを混ぜられているせいか技名の通りに流星が集っているようでもある。

変なリンクだこと。……多分これ、使用者のイメージも関係しているんだろうなぁ。

そこまで行い、収束した熱が暴発寸前まで膨れあがっていることを知覚する。

やっぱり練習もなしに試したらこんなもんか。

チャージに十秒ってとこ。まあ、援護用の忍術だと思えば大丈夫か。

んじゃま、行くぜ。

「貫け閃光……スターライト――」

叫び、右腕を叩き付けるような勢いで振り下ろし、

「――ブレェイカァー!」

収束した熱に方向性を持たせ、ぶっ放した。

途端に陽炎が立ち上り、制御しきれなかった余波で肌がちりつく。

うひー、収束失敗したら、なんて考えたくもねぇ。

思わず左腕で顔を庇い、大気を引き裂く熱が消え去るまで堪え忍ぶ。

そして全てが終わったあとに目を開けてみれば、

「……こりゃ酷い」

そこには弾け飛び、どろっどろに溶けた校舎裏の無惨な姿がっ。

うひー怖えぇ。バスケットボール大でこの威力かい。

「……おい。なんだこの術は」

「えっと、SLBなんだけど……火遁・列星破砕の術?」

「なんだその取って付けたような術の名は」

しょうがないじゃん。本当に取って付けたんだから。

しっかしまあ恐ろしい術だなぁ。

自然の雷を使った方が雷遁よりも強いのからして、やはり天然自然の力を引き出して術を行使した方が強いのかもしれない。

……それにしても。

「……寒いぞ」

「そうだね」

まあ、熱を掻き集めたからね。

「取り敢えず先生方に校舎裏を荒廃させたのがバレるとアレだから、逃げよう」

「……いや待て、俺は関係ないぞ?」

「止めなかったんだから同罪ー」

「なんだと?!」














物陰で玄之介とネジを覗いている少女がいた。

お団子頭がひょこひょこと校舎の影から見え隠れしている。

その特徴的な髪型から分かるとおり、テンテンだ。

下校時刻になって、なんの気なしにネジを目で追ってみれば見たこともない女子と――玄之介をあまり見たことがない彼女は、完全に見間違っていた―― 一緒に校舎裏へ向かったために後を追ったのだ。

テンテンが玄之介だと気付いたのは、ネジが気兼ねなく話し掛けている様子からだった。

つい最近までいがみ合っていたと思えば、ここ数日はいやに親密である。

以前の仲の悪さを知っている彼女からすれば、首を傾げても足りないほどに不思議だった。

「一体、どういうことなのかしら?」

心底不思議である。

気難しいネジとどのように距離を詰めたのか、コツでも聞いてみようかと考え――

「何があったの?」

不意に背後から声を掛けられ、ひゃ、と声を上げて振り向いた。

その先にいたのは卯月朝顔。

彼の顔を見て、思わずテンテンは目を逸らす。

演習前にあったクラスを巻き込んだ事件――事件と言うのが相応しい惨事だろう――以来、どうにも彼と顔を合わせたくないのだ。

それはテンテンだけではなく、最高学年生全員も、だ。

中にはリーやネジのような例外もいるが、そういった例外の中にテンテンは含まれていない。

気まずそうに口を噤んでいるテンテンに、朝顔は溜息を吐く。

問い掛けても無駄だと悟ったのだろう。彼はテンテンの脇を通り抜けると、校舎裏を覗き込んだ。

「……あー、さっきの爆音はあの馬鹿がやらかしたのか。派手好きめ」

そう言い、やれやれ、といった風に首を振る朝顔。

「で、テンテンはこんなところで何をしてたの?」

「……別に」

「……まあ、言いたくないならいいけどさ」

苦手意識を持たれているのは自覚しているのか、苦笑しつつ朝顔は一歩後退る。

口を開き辛い沈黙が生まれ、どうするか、とテンテンは視線をネジたちの方へと向ける。

すると、用事は済んだのかこちらへ向かっている二人が見え――

「ありゃ、先輩。それにテンテンさんも。校舎裏で何やってんですか?」

「そりゃこっちの台詞だ。起爆札でも使ってたの?」

「いやー、リリカルマジカルごっこ?
 ……まあ、そんなことは置いといて。
 ネジー、どうよこのお二人さん。なんか校舎裏に来てましたよ?」

どこか悪戯めいた笑を浮かべつつ、玄之介はネジへと話を振る。

「は? ……あ、ああ。そういうことか。別に良いんじゃないか?」

しかし、それがなんだ? といった感じでネジは応えた。おそらく、玄之介が言った意味を踏まえた上で、だ。

テンテンからしたらなんのことかさっぱりだったのだが――

「このスケコマシがー。年上狙いじゃなかったんですかい?」

「ちょ、おま、小学生かよお前?! 思考がキバ並だぞ!」

「うわぁ……キバってそういう目で見られてたんだ」

そんなやりとりを見つつ、テンテンはようやく合点がいった。

そもそも自分自身がネジをストーキングしている最中はらはらしていたのだ。思い付くのは一瞬だった。

人目のないところで二人っきり。しかもそれは告白の定番とも言える校舎裏。

「ち、違う――!」

一瞬で顔を紅潮させ、テンテンは声を上げる。

ネジと朝顔は呆気にとられた様子で、玄之介は意地の悪い笑みを浮かべたままだ。

「どうですかネジさん。照れてますよこの人」

「いや、だから何故俺に話を振る。別にどうでも良いじゃないか」

そんな一ミクロンほどの優しさも込められていない言葉に、ガガーンと涙目になるテンテン。

乙女の純情、ブロークンファンタズムである。

玄之介はネジの反応に興が削がれた、といった風に溜息を吐き、行こうか、とネジと共に校舎裏を後にする。

取り残されたテンテンは、しゃがみながら地面に『の』の字を書いていた。

「……そ、その内良いことあるって」

「……うるさい」

朝顔の慰めに聞く耳持たず、彼女はしばらくの間そうしていた。








[2398]  in Wonder O/U side:U 七十六話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/03 00:00


なんかネジに頼み事をされた。

なんでも、薙乃さんにもう一度謝りたいとか。

まー、そうだよなぁ。薙乃さん、多分ネジのこと許してないし。

この間も、仲直りしたのー? って聞いたら一瞬で不機嫌そうになったからな。

まあそれは良い。

頼まれたのならば協力してあげましょう。別に悪いことじゃないからね。

っつーことで現在俺はネジと木ノ葉茶通りを歩いていたり。

目指すは甘栗甘。まー甘い物でも食べれば薙乃さんも態度を柔らかく……してくれたら良いなぁ。

「なあネジ。許して貰える自信はあるの?」

「……どうだろうな。
 以前謝った時はハナビ様の前だったから形だけ許して貰えたのだろう」

「うわぁ……勘弁してくれよ。薙乃の機嫌が悪いままだと俺にまでとばっちりが来るんだぜ?」

「む……それはすまない」

「今から謝んなー!」

どうにも弱気なネジに、思わず頭を抱える。

大丈夫なのかよ本当。ただ薙乃さんの逆鱗に触れるだけでした、とかマジ勘弁。

と、項垂れつつ歩いていると甘栗甘が見えてくる。

店先には薙乃さんがいたり。手持ち無沙汰なのか、周囲を見回したり髪の毛を撫でたり耳を弄ったりしてる。

んで、俺を見ると表情を輝かせ、ネジを見ると一瞬で憮然とした顔に。

……分かり易いなぁ。

そんな風に薙乃さんが表情を変えたのが分かったのか、ネジもネジで緊張したように顔を強張らせた。

「やほー、薙乃さん。呼びだして悪いね」

「いえ、かまいません。
 たまには外で甘味を食べたいと思っていましたから。
 それでは主どの、入りましょう」

「あー、それなんだけどさ……」

そう言い、目を逸らしつつ、

「イルカ先生に呼ばれているから、待っていて欲しいんだ」

「かまいませんよ。どれぐらい――」

「ネジと」

言い終え、薙乃さんがピシリ、と固まる。

表情はさっきのまんな笑顔なんだけど、こめかみには青筋が立っていたり。

こ、こええー!

「じゃ、じゃあそういうことだからー」

「……待ってください、主ど――」

服の裾を掴まれそうになるも、瞬身の術を使って一瞬で離脱。

……仲直りしてもしなくても、後で愚痴を言われそうだ。

どうなることやら。














 in Wonder O/U side:U













玄之介とネジを追っている少女がいた。

テンテンである。

彼女はアカデミーで教えられた尾行術を最大限に駆使しつつ、気取られないように姿を隠していた。

外から見れば発見が困難な悪質なストーカーであるが、本人にその自覚はない。

先日の校舎裏でのことは、彼女にとって衝撃的な出来事だった。悪い意味で、だが。

それなりに話し掛けてはいたから、気になる同級生ぐらいにはなっていたと思っていたのだが――

『は? ……あ、ああ。そういうことか。別に良いんじゃないか?』

予想の斜め上を行く惨状である。

まったく気に留めて貰っていなかった。ただでさえ取っつきにくい雰囲気を出しているネジに必死で話し掛けていた今まではなんだったのか、と失意のどん底に沈んでしまうほどだった。

その日からテンテンは考えを改め、ネジに接近するよりも、ネジがどういう人間なのか把握しようと決めた。

そういうわけで、ストーキングである。

取り敢えず今日までで分かったことは、ネジの交友関係と自宅の場所、就寝時間と起床時間、食事の趣味趣向、日中の平均的なトイレの回数。

……若干やり過ぎ感がするも、本人は至って真面目に観察しているつもりだった。

そして今日もネジの後をつけているのだが――

「……お、女の人?」

甘栗甘に玄之介と向かい、そこで玄之介は別れ、今度はネジと見たこともない女性と二人っきりとなった。

由々しき事態。想定の範囲外。

早く甘栗甘へと行き、気付かれないように店内へ潜入しなければ――

焦りながら一歩を踏み出し、

「……どうなるのかなぁ、あれ」

聞き覚えのある声が聞こえ、テンテンは振り返った。

そこにいたのは、どこか辟易した様子で溜息を吐いている玄之介だ。

瞬身の術で姿を消したと思ったら、こんな場所に姿を現すとは。

彼は視線を向けられていることに気付いたのか、顔を上げてテンテンと視線を合わせる。

「……ありゃ、テンテンさん。こんな物陰で何やってんですか」

「え、ええっと……あなたこそっ」

何をしていたのか聞かれ、思わず声を裏返しつつ質問を質問で返す。

「俺はまあ……色々とありまして」

「そう。……私も色々あるのよ」

二人して溜息を吐く。

「まあいいや。俺はこれから甘栗甘に行くんで、それじゃあ」

「あ、待って! ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

「なんですか?」

「ネジと一緒にいる女の人……誰?」

「薙乃のことですか? ……んー、まあ、ネジとは色々とあるんです」

ネジと、色々? それって何。

意識せずとも眉間に皺が寄り、思わず両手を握り締める。玄之介はテンテンに意識を向けていないからか、その様子に気付いていないようだ。

「私も行くわ」

「……は?」

「これから甘栗甘に行くんでしょう? 私も行く」

「……まあ、いいですけど」

がっくりと肩を落とし、玄之介は甘栗庵に脚を向ける。

テンテンは手を握り締め、その後について行った。












「甘栗甘は初めてですか? みのりさん」

「みもりです」

と、俺のお約束に付き合ってくれるテンテンさん。

ああ、台詞から分かるとおりに俺の姿はピンク色のミラーシェイドに長身痩躯。髪型はオールバックである。服はどこぞの治安維持部隊の制服だ。

テンテンさんはテンテンさんで、折角だから、と変化後の姿を俺が指定した。ついでにお約束のリアクションも。

……まあ個人的に、幼女の姿に変化してもらいたかったのだがね。声的に。

しかし俺にはやさぐれニートの立ち振る舞いを再現出来るほどの演技力がないのであった。

いや、品がないじゃない。個人的には好きだけどさ。

取り敢えずネジたちの座っている近くの席に座り、適当に注文する。

さて、聞き耳を立てようかしらん。

ミラーシェイドで目元は隠れているから、顔を俯き加減にして遠慮なく視線を飛ばす。

で、薙乃さん達の様子だけれども……思わず絶句。

薙乃さんは淡々と団子を食べ続け。ネジは居心地が悪そうに肩をすぼめている。

うわぁ……。

「玖珂さん。どうなってます?」

「芳しくないですなぁ」

あ、ちなみにこの姿の俺は、玖珂・拘束って名前です。

どうしたもんか、とお茶を啜り、肩を竦める。

数分間動きがなかったが、それに痺れを切らしたようにネジはようやく口を開いた。

「あの……薙乃さん」

「なんでしょうか」

「申し訳ありませんでした」

「なんのことを言っているのか分かりませんが」

……うわぁ、怒ってるよ薙乃さん。

自分がどんな悪いことをしたのか自覚するまで許さないとか、マジ鬼畜。

あ、あれ? なんか覚えがあるようなないような。

きっと気のせいだ。

「あなたが謝るべきだったのはハナビ様であり、玄之介様です。
 私に謝る必要はないでしょう?」

……ん、俺がいないところだと、彼女は俺のことを主どのって呼ばないのね。

ところで、玄之介様、と薙乃さんが言った時、テンテンさんの視線が俺に突き刺さったり。

あ、あれ? なんか白い目っつーか、瞳の奥でなんかが燃えてるんですけど。

……む、分かる。分かるぞ。嫉妬・三角関係・修羅場スレに粘着していた俺には分かる。

ピピーンと電波を受信した気分で、テンテンさんの心境を解読してみたり。

ええっと、『あんたの女なら手綱を握っておきなさいよ』?

いやいや、的外れっすよ。……あれー、狂ったかな、俺のアンテナ。いや、存在自体が狂ってるけどね、これ。

まあいいや。観察続行。

「……ならば、失礼を承知で聞かせてください。
 何故、あなたは怒っているのですか」

「怒ってなどいません。……単純に、あなたが気に食わないだけです」

「気に食わない、ですか」

「はい」

……そりゃ厳しいって薙乃さん。

そんな真っ向から悪意をぶつけちゃ、罪悪感でネジは何も言えなくなるってば。

っていうか、さっきからテンテンさんが俺に敵意すら滲んだ視線を向けてくるんですけどっ。

なんか目がぐるぐるしてるし。何考えてるんだ。

「……甘い物でも食べて落ち着いたらどうです、みのりさん」

「みもりです! 店員さん、注文お願いします!!」

どうやらやけ食いモードに入ったらしい。

まあ、これはこれで良いか。

「……玄之介にも、似たようなことを言われました」

「玄之介様が?」

「はい。アイツが怒った時も――
 薙乃さんと同じようなことを言っていましたよ。
 お前が気に食わない、と」

俺の方からネジの表情は分からないが、どうやら苦笑しているようだ。

一拍置き、ネジは続きを話し始める。

「確かに考えてみれば、あの時の俺はみっともなかった。
 ……そして、あなたにも失礼なことを言ってしまった」

「だから、別に私には――」

「いえ。……あなたは玄之介憑きの妖魔です。
 だからアイツを馬鹿にすれば、あなたの怒りを買うことは必然だ。
 本当に、すみませんでした」

「……そこまで分かっているならば、私から何も言うことはありません。
 たとえ誰かがあなたを許したところで、私は玄之介様を侮辱されたことを忘れません」

「どうしても、ですか」

「どうしても、です」

それっきり会話が続かなくなる。

ネジは肩を落としたままで、薙乃さんは頼んだ和菓子を平らげると、唐突に席を立った。

そして代金を叩き付けるようにテーブルへ置くと、大股で甘栗甘を後にする。

うーむ。失敗したっぽいね。

変化解除。それに釣られてテンテンさんも変化解除。

その際に上がった煙幕と音で、ネジはこちらに顔を向ける。

「げ、玄之介?!」

「おうとも。……失敗したみたいだね」

俺はネジのテーブルへ座席移動すると、あっはっは、と笑いつつネジの肩を叩いたり。

……和まそうと笑ったけど、ネジの頭上には黒雲が漂ったままだったり。

「……あそこまで嫌われているとは思わなかった」

「だから言ったでしょ、俺より頑固だって」

「いや、あれは頑固と言うより……」

と、そこで言葉を句切って俺を凝視したり。

なんだよぅ。

「忠誠心……というか、心酔しているというか……いや、違うか」

「おいこら。ブツブツ言ってないで人様に伝えたいことがあるのなら目を見て話なさい」

「……なんでこんな奴にあそこまで」

と、項垂れるネジ。

失礼な。こんな奴とはなんだこんな奴とは。

まあいい。

「んー、俺から薙乃に言っておこうか? もう許してやれって」

「いや、駄目だ。
 それならば許してはくれるだろうが、根底から許して貰ったことにはならない。
 ……大切な人を汚すようなことを言われれば、誰だって怒るさ」

俺だって父上を貶されれば怒る、と苦笑し、ネジは温くなったであろうお茶に口を付けた。

ふーむ。なんとも難しいね。

まあ、本人も嫌がっているし、今回ばかりは余計なお節介を焼けないか。

困ったもんだねー。

「……ところで今更だが、なんでお前がここにいる」

「いやー、心配だったからさぁ」

「わ、私もいるのよ?!」

と、ずっと向こう側の席に座っていたテンテンさんが声を上げるも、

「……なんだ。いたのかテンテン」

「り、理不尽だー!!」

心ないネジの一言で、テンテンさんは滝のような涙を迸らせつつ甘栗甘から飛び出していった。

「……ひっでぇ。そういうことを乙女に言うか普通」

「乙女……? い、いや、というか、それをお前に言われるのは心外だぞ」

「なんでさ」

思わず眉根を寄せるも、ネジは答えるつもりがないようだった。

んで、店を出る時になって気付いたのだが。

……テンテンさんの代金、俺が払うの?





[2398]  in Wonder O/U side:U 七十七話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/03 00:00


「それでは授業を始めますよ」

「はい、先生」

返ってきた答えに満足しつつ、眼鏡のつるを持ち上げる。

放課後の教室にいるのは、リクルートスーツに身を包み伊達眼鏡を掛けた――まあ服装だけを変化させているわけだが――俺と、テンテンさん。

俺は教鞭を持ちながらコツコツと黒板を叩いたり。

いやー、いいねこの音。

……なんて感慨に耽っている場合ではない。

なんでこんなことになったんだろう。














 in Wonder O/U side:U












授業が終わって帰る支度をしていた時だ。

鼻歌でPower of Desierを口ずさんでいたら、なんかシノくんとキバがやってきて、溜息を吐きつつ俺の肩に手を置いたり。

「え、何?」

「また何かやらかしたのか。巫女の次はなんだ?
 シュウドウジョとかいう奴でも量産するつもりか?」

「お前意味分かってて言ってるのか? もしそうだったら凄いぞ。駄目な意味で」

「うるせえ! 客だ客!! 上級生からの呼び出しだよ!!!」

と、キバに背中を押されて教室の外へと出れば、そこにはテンテンさんが。

なんぞ。

「どうしましたか、階も違うのにわざわざ出向いてもらって」

「うん。ちょーっと聞きたいことがあってね」

と、満面の笑顔で言いつつ俺の手を引っ張るテンテンさん。

ちょ、マジ勘弁。いくら笑顔でも黒めの田村ゆかりヴォイスでそういうことを言わないでください。管理局の白い悪魔にしか見えません。

ほら、服白いし。

あー、髪の毛脱色させて、リボンでまとめてツインテにしたらどうなるんだろう。

などと考えて現実逃避しつつ、引っ張られて辿り着いた先は使われていない教室。

「なんですか、こんなところまで連れてきて」

「うん。さっきも言ったように、聞きたいことがあるの」

「ほう。して、それは如何様な」

「は? ……ええっと、ネジのことなの」

「なの、って語尾をやめろー!」

と、思わず絶叫。

いや、まだ腕を掴まれたままで、若干握られている場所が痛いんですよ。力篭もってて。

腕を振り解き、一歩後退る。

そんな様子に驚いたのか、テンテンさんは首を傾げたり。

「ま、まあとにかく。ねえ如月くん、どうやってネジと仲良くなったのか教えて欲しいな」

「え? ……普通ですけど」

「その普通を教えて欲しいと言っているのよ!」

「分かりました喋ります」

と、下手に出ると、よろしい、と胸を張られた。なんで尻に敷かれた状態なんだろう、俺。

「けど、仲良くなったきっかけったって……」

そこまで言いつつ、ちょーっとした悪戯心が鎌首をもたげたり。

いやいや、盲点でした。原作知っている人からしたら当たり前だけど、僕こと如月玄之介は何も知らない一介の小市民。

なんで彼女がそんなことを知りたがっているのか聞かなきゃねー?

「教えるのは良いんですけど、なんでテンテンさんはネジと仲良くなる方法が知りたいんですか?」

「え……?! な、なんでそんなことを聞くのよ」

「いやー、俺としては気になることなんですよ。
 ほら、アイツって気難しい奴じゃないですか。
 それなのに進んで仲良くなろうだなんて――
 それに、もう卒業だって近いでしょう?
 なんか今更かな、ってちょっと不思議なのですよ。
 スリーマンセルで班を組んだら仲良くする云々以前に会わなくなるかもしれないのに」

「……それは」

テンテンさんは視線を右下に逸らすと、内腿を擦り合わせて両指を絡ませたり。

一瞬で沸点に達したのか、頬は微かに紅潮していたり。

「私、この前の演習で活躍したから、卒業生の代表みたいに言われているし。
 ……だ、だから、最高学年生のみんなとは仲良くしたいと思って」

「いやいや、話が繋がってませんよ。何故ネジと仲良くしたいのですかー?」

再び聞くと、く、と声を上げて唇を噛み締める。

わはははは、なんか高まってきたー!

自分でも頬が緩んでいるのを自覚する。いやー、こりゃあ楽しくてたまらんでしょう。

素直になれない委員長様は大変だなぁ。

「ね、ネジと友達になりたいの! それが悪いの?!」

「いえいえ滅相もない。良いことだと思いますよ。
 ……しかし、友達止まりかー。じゃあ好みのタイプとか言わなくてもいいですね?
 関係ないし」

ま、俺も好みのタイプとか知らないんだけどね。けど原作だと幼女ヒナタを可愛いとか言ってたし、全く知らないわけじゃあない。

んで、露骨に餌をぶら下げられたテンテンさんは紅潮を通り越して真っ赤になり、ぶるぶると震え始める。

「そ、それはっ」

「それは?」

「………………参考までに、き、聞いても良いけど」

「じゃあ言わない」

く、と必死に笑いを噛み殺しつつ、どうしようかしらん、と視線を泳がし――

テンテンさんの手に握られた物を見て、目を見開いた。

「ぼ、暴力反対ー!」

「遊ぶのもいい加減にしなさい!」

彼女が握っていたのは、俗に言う処刑鎌。

ああ、そんなもん持っていたんですか。

っていうか、アララ・クラン……っ?!

声的にっ!












不意打ちの殴打を、なんとか持ち前の頑丈さで耐えた我様。

痛いです。側頭部から血がドクドク流れています。なんとかしてください。

柄で殴られたのは右側だけど、勢いで転倒して机に激突。左側から流血してます。

「……ご、ごめんね?」

「いえ、いいです。自分でもはっちゃけ過ぎたと自覚しております」

「そ、そっか」

どうやら人様を血達磨にしたことに対して負い目を感じているらしく、どこか申し訳なさげ。

うわぁ、新鮮。俺の周りって人殴っても当然って顔する奴が多いからなぁ。

「まあ、教えますよ、仲良くなったきっかけ。そうですね……殴り合った?」

「もう一撃欲しい?」

「バイオレンスなー!
 いや、本当ですって!!
 アイアム組み手仲間!!!
 アイツ体術馬鹿だからそうしていれば自然と仲良くなりますって!!!!」

流石にもう一撃は勘弁なので必死に話すと、どこか納得していない様子だが渋々と鎌を机に立て掛ける。

やっぱ物騒だ。馬鹿と刃物は使いようっていうけど、ある程度理性のある人間に刃物を持たせると質が悪い。

「そっ……か。じゃあ、駄目なのかな。私、体術あまり得意じゃないし」

「ありゃ、そうなんですか?」

俺の問い掛けに、頷きを返すテンテンさん。

そうなんだ。ってことは体術が得意になるのはガイ先生に師事されてからなんだな。

……っていうかあの人、本当に体術好きだな。教え子の特性とかを考えずに教えてるんかい。

いやでも、あの人は体術以外は割と下手っぽいからなぁ。体術は飛び抜けてるんだけど。

んー。

「でもテンテンさん、投擲技術はずば抜けて高いでしょう?」

「まあ、自信はあるけど……。
 忍具の扱いが上手いからって、組み手が出来るわけじゃないし」

「いやいや。アイツ、組み手だけじゃなくて模擬戦もいける口だから大丈夫ですよん」

「で、でも、一対一じゃどこまで戦えるか……ネジだったら忍具程度避けそうだし」

……まあ、滅多に当たらないことで有名な苦無とかですが。

どうしよう。どうしてくれよう。

こうやって言葉を重ねている内に、テンテンさんの表情からは明るさが消えてゆく。

それは好意を寄せている相手と距離を詰める手段が自分にとって都合が良いものではなかったからか。

例え模擬戦で負け、体術で劣っていたとしても、ネジならばそんなことは気にしない。

きっとどこか間違った面倒見の良さで、テンテンさんの好意に気付かず強くなるために力を貸してくれるだろう。

……けど、彼女からしたら格好悪い姿を見せたくないのだろうな。だからこそこんなに悩んでいるんだろうし。

よし、まあ春野とかよりも緩いが、介入しますか。

「テンテンさん。ちょっと講義をしましょうか」

「……え?」

「なぁに、ちょっとした戦術講義ですの。
 アカデミーの先生よりもアテにならないかもしれませんがね」

そう言い、変化。リクルートスーツに伊達眼鏡。手には教鞭のオマケ付きだ。

「ほら席に着いてくださいな。俺のことは先生と呼ぶように」

「あ、はい、先生」

勢いに負けたのか、テンテンさんは呆気にとられた様子で席に座る。

よろしい。それでは始めましょうか。

「まず先程あなたが言ったことから。ネジならば苦無程度は避けると、そう言いましたね? それに体術も劣っていると」

「はい」

「そうですね。確かに、能力値だけで見たら劣っているかもしれません。
 ですが、何故それが敗北に直結すると思ったのですか?」

「え……だって、それは、体術でも負けてるし、いくら忍具を投げても避けられるんじゃお話にならないんじゃ……」

尻すぼみとなる言葉に、教鞭を振ることで否定する。

間違ってるなぁ。

「そんなことを言ったら、俺の場合だって似たようなものです。
 体術は俺の方が練度が高いかもしれませんが、体格はネジの方が上。
 忍術を使ったとしてもアイツなら避けられるだけの術も手段もある。
 おまけにネジは白眼持ち。それじゃあ、何故俺はアイツ相手に勝ち続けているでしょう?
 戦闘はジャンケンのように単純ではない。
 数々の要素が絡まり合って勝敗を決するのです。
 思考を単純化するのはときに良いかもしれませんが、それは思考停止と同義です
 ……さあ、俺が勝っている理由は?」

「えっと……騙し討ちとかするから?」

「まあ、半分正解ってところですねぇ」

テンテンさんが言う騙し討ちとは、目の前で煙幕ぶちかまして最大出力のカマイタチを足下にぶっ放すとかのことだろう。

「ではここからが本題。
 さっきの解答も兼ねて、説明しましょう。
 ……テンテンさん、重要なのは体術や忍術の上手さではなく、その使い方なのですよ」

言いつつ、頭の片隅で坂上先生の言葉を思い出す。

あれは人型戦車の戦闘理論だろうけど、人にも通用するだろう。

っていうか、今までそれを下地にして戦ってきたしね。

「体術には体術の、忍術には忍術の、忍具には忍具の戦い方があります。
 本当の忍とはね、テンテンさん。
 それらの力を選り好みせず、目に映る全てを武器として扱う者だと、俺は考えています」

忍、という文字。

忍術を使いこなす者だとか、堪え忍ぶ者だとか色々言われているが、価値観は人それぞれ。

俺は俺で、こうであるべき、という忍の在り方を考えている。

刃――すなわち、力を心で律する者。この場合の心とは知能。知性で振るわれる力とは、恐ろしいものである。

「体術が強いだの、血継限界が強いだの、忍術が強いだの、というのは一つの要素にしか過ぎません。
 一つの意志を持った人間が、明確な目標を持つことで初めて意味を持つのです。
 その気になれば鉛筆一本でも人は殺せる」

そこからは坂上先生の言葉を若干アレンジした説明パレード。

忍は体術や忍術で戦うのではなく、それらを駆使した戦術で戦う。

戦闘における主導権と移動の大切さ。

体術、忍術、忍具のおおまかな特徴。それで構築出来る最低限の戦い方。

そしてスリーマンセルを組む理由。当たり前だが、チームワークという言葉に隠れてその本質を忘れてそうなので。別に力とは自分が持つものだけではない。目に映る全て――要するに、仲間ですら武器の一つとして見ることは重要だ。

「では最後に。
 ……特定の戦闘方法に頼っている内は、真の強さを手に入れることは出来ません。
 強さとは、一つの技が使えるからでも、能力が高いからでも、強いんじゃありません。
 それらを使いこなせることが強いんです。
 ……ま、戦術優位と言っても、それなりに鍛錬を積まなきゃ痛い目は見ますけどね」

あー疲れた。

……何マジになって語ってるんだろうね、俺。

と、自嘲気味に苦笑してテンテンさんを見ると――

「……きゅう」

頭から煙を吹いて机に突っ伏していた。

「うわあああああ! いつの間に?!」

「……む、無理よそんないっぺんに覚えるなんてー」

……まあ、そうか。

仕方ないので省略したのをテンテンさんのノートに書いて手渡す。

そしてもう時間も遅くなったのでお開きに。

「……ねえ玄之介。最後に一つだけ聞きたいんだけど」

「なんですのー?」

「やけに詳しく、そのくせ誰かの受け売りっぽい説明だったわよね。……玄之介が強いって思ってる忍がいたりするの?」

ふむ、鋭い指摘ですね。

しかし勿論俺の憑依って事情を知らないせいか、俺の説明をどこぞの忍の受け売りだと思っているみたい。

まー半分ぐらい合ってるんだけどさ。

「俺が強いと思う忍ねぇ」

さて、誰でしょうね。

師匠とかが脳裏にちらついたりするけど、あれは忍っつーよりも一つの生命体として強い気がするよ。

自分の武器を理解して戦っている辺りさ。

いや、あの人接近戦ジャンキーだけど、実際に戦っているところ――海での戦闘だが――を見る限り、接近戦にこだわっているわけじゃない。

そもそも白眼は偵察で真価を発揮する血継限界なのだから、それは当たり前っちゃあ当たり前なのだけれど。

自分の牙と爪がどういう性能を持っており、真価を発揮する状況とはなんなのか。

それを経験――本能で理解しているやも。

……そう考えると人間じゃねえなあの人。

まあ、それはさておき。

俺が強いと思う存在かー。

「んー、一つだけいるねぇ」

「一つ?」

一人、じゃないの? と言葉にせず質問してくるテンテンさん。

うむ、人じゃないのだよ。

「それは――」

概念なのさ。

「――絢爛舞踏、かな」















数日後。

朝ネジが迎えに来なかったので珍しいなーとか思いつつ登校。

んで、アカデミーに行くと、重役出勤してきたネジと鉢合わせした。

「……どうしたのさ」

「いや、何。ちょっとやられてな」

どこか困った風に笑うネジ。

そんなあの野郎は、頭に包帯巻いてそこら中に絆創膏を貼っていたり。

うん、有り大抵に行ってボロボロですの。

「一体何があったのさ」

「何故かテンテンに模擬戦を申し込まれてな。
 勝ったには勝ったが、酷い目に遭ったぞ」

……あー。

お、俺悪くないよ。

アドバイスしただけだよ。やりすぎ良くないよ。

「酷い目というと、具体的にはどんな感じ?」

「時限式の起爆札をばら撒かれたり、空から大量の忍具を、しかも間を置いて降らされたり、だ」

やることがえげつないなぁ。教えたの俺だけど。

ほら、回避行動に移ったら、必ず避けた後に停止しなければならない。そこに忍具を打ち込めば、まあ酷いよね。

教えた戦術論の根底、相手がやりたいことをやらせず、自分はやりたいことをやる。それを守ったわけですね。

……負けたらしいけどさ。

「で、ネジ。テンテンさんはどうでしたか」

「ん? ああ。思っていたよりもアイツは強かったんだな。俺もうかうかしてられないよ」

そういうネジの表情は、怪我の痛々しさを感じられないほど楽しげだ。

ふむん。興味を持たせることに成功したのかしら。




[2398]  in Wonder O/U side:U 七十八話
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/03 00:01


後一歩で満開、といった風に咲いている桜が春一番でそよぎ、運ばれてくる風からは薄い緑の匂いが感じられる。

空の海原を泳ぐ雲は薄く、降り注ぐ陽光は柔らかだ。

良い天気。柔らかに今日という日を祝福してくれているかのよう。

アカデミーの校門には、飾りはないが自己を強調するような文字で書かれた看板がある。

『木ノ葉隠れアカデミー卒業式』

そう、今日は最上級生の門出を祝う日だ。

卒業式の形式は向こう側と変わらないのか、卒業生の保護者もアカデミーへと出向いている。

師匠も日向宗家当主なので来賓として呼ばれているらしい。

俺も俺で、なんかネジが卒業するんだから正装しろなどと言われて堅苦しい格好なんですがね。

梅を元とした家紋の羽織。その下には着慣れていない和服。重厚じゃないのが唯一の救いか。

いつも巻いている鉢巻きがないせいで額が少し寂しいが、それも式が終わるまでの我慢。

それにしても、アカデミーの卒業式ってどんなもんなんだろうね。

















 in Wonder O/U side:U














大きな違いはないかしら、と期待したものの、肩透かしを喰らったり。

向こう側と大差ない。祝辞があって、卒業証書代わりに額当ての授与があって、忍となるにあたっての心構え、火の意志云々の説明。

ちなみに先輩は卯月の紋羽織を着ているっつーのに顔はストロンガーのマスクで隠していたり。馬鹿だ、きめぇ。額当てを授与した三代目の顔が引き攣ってたぞ。

最後は在校生の合唱した後教室待機。その後、校舎から校門まで人の壁を作って卒業生を送り出す。

やはり感慨というのものはあるのか、アカデミーから去ってゆく者の中には涙を流していたり、名残惜しそうに在校生と抱き合っていた。

俺も来年はあの中の一人か。随分先のように思えるが、一年ってのは意外と短いものだからそうでもないのかな。

「あー、終わった終わった」

声を上げたのはキバだ。彼は息苦しいとでも言うように着物の首元を緩めると、首をこきこきと回す。

「明日から下忍任官試験、それで任務か。ちくしょー、羨ましいぜ」

「あんま羨ましがるもんじゃないと思うけどなぁ」

「ばっか、何言ってるんだよ。
 忍になるためにアカデミーへ通っていたんだから、現場に出たいって思うのは当たり前だろ?!」

「そうかもしれないけどさぁ」

「……そう言うなキバ。何故なら、玄之介は開発班に行くのだから。嫌味とも聞こえるぞ」

「……そっか。あー、悪い」

「いや、気にはしてないんだけど」

どこか気遣うように声を掛けてくれたシノくんに少しだけ申し訳なくなったり。

俺の進路は半ば確定している。

開発班への推薦状。あれを無下にするつもりはないし、開発班で色々とやりたいこともある。

それこそ、前線に出て戦うよりも大事なことがてんこ盛り。なんだかんだ言って裏方だからね、俺。

主人公格にはなれないのさ。

戦いなんかくだらないぜ! 俺の歌を聴けぇ!

……俺がいうと説得力ない気がする。

「けど、惜しいよなー。玄之介とシノ、俺でスリーマンセルとか組みたかったのによ」

「……確かに、そうだな」

「いやいやお二人とも。そんなむさっ苦しいスリーマンセルで良いのかよ。紅一点とかないじゃん」

「女子とか邪魔なだけじゃねーか」

と、迷わず発言したキバ。

……そうか。イチャパラ読んでてもそういうこと言えるお前が、俺には眩しいよ。

予言してやろう。お前は彼女を作りたいと思う頃になって苦労する。

その後、卒業生が完全にアカデミーの敷地内から出て行ったところで生徒は各教室へ。

そして適当にHRを終え、解散。

シノくんやキバに遊びに行こうと誘われたが、俺は俺で用事があるから断らせてもらった。
















正装しているからか、帰り道で突き刺さる視線が痛かった。

それをなんとかやり過ごし、日向邸へと帰宅。

とっとと自室に戻って作務衣に着替えると、宴会の準備をするために女中さんのところへ行った。

宗家の祝い事ってわけではないから盛大じゃない、ささやかな宴会だ。

勿論、それはネジのため。今日はネジママもくるらしく、身内だからこそ規模は小さいが楽しくなりそうだ。

「主どの、お帰りなさい」

「ただいま、薙乃。俺は何をすれば良い?」

「そうですね。では、私と一緒に半月盆の拭き掃除を」

「おっけー」

山になっている半月盆を手に取り、布巾で一枚一枚汚れを拭う。

毎月ってわけじゃないが、頻繁に宴会をやっているからかそれほど汚くはない。

水滴の残った盆の表面は黒光りする鏡のようで、それに映った俺の表情はどこか楽しげだった。

ふーむ。自分のことじゃないってのに、何を楽しんでいるんだか。

「卒業式はどうでしたか」

「ん、泣いてる卒業生とかいたねー。
 俺にはあんまり分からない感じだけど、やっぱり長い年月を過ごした学舎との別れは胸にくるものがあったんじゃない?」

向こう側でも、卒業式で泣いたこととかなかったしなぁ。

しかし薙乃はそれを違う風に受け取り、盆を磨く手を休ませずに苦笑する。

「主どのはアカデミーに入ってまだ一年ですからね。
 六年間を過ごした人と比べれば、積み重なった思い出の量が違いますよ」

「だね。あー、だったら来年とかは春野が泣いたりするのかな。大穴でキバとか」

シノくんは黙って感慨に耽るとかだ。多分。

ナルトは純粋に喜んでいそうだし、サスケは任官の方に目が行ってるやも。

ヒナタは……まあ、ナルトの様子に苦笑してそうだ。

「なんにしたって後一年。それが大きな転換期さ」

その後は原作展開へ突入だ。木ノ葉崩しまでの時間は、残り一年と少ししか残らない。

それまでに出来ることと言ったら、俺の場合は忍術の開発と裏から主役級キャラのサポート。

地味だぜ。遣り甲斐はあるが。

「……しかし、主どのもあと一年で一人前ですか。早いものです」

「そう? 俺は薙乃さんと会ってから今までの時間が、長く感じられたけどな」

「ええ。……ですが、振り返ってみればあっという間でした。
 抜け忍を狩っていたのも、砂隠れへ行ったのも、数日前のように感じられる」

「そんなもんかな。密度の高い毎日を送ってたから、俺には随分と昔のように思えるけどさ」

ま、そこら辺は価値観の違いか。

その後、盆の拭き掃除が終わると広間の掃き掃除へ。

風遁使ってたら畳が痛むとかで師匠に怒られた。

理不尽だ。















「ねーねー玄之介。お酒って美味しいの?」

「……美味しくないデスヨ」

師匠やネジママが談笑しつつ口に運んでいる御猪口を見て、お姫様はそんなことをおっしゃりました。

いやー、味に慣れると美味しいんだけど、そんなことを言ったらこの子がどんな反応するか目に見えてるしなぁ。

しかし俺が嘘を吐いたのは見透かされているのか、ハナビちんはふくれっ面になりそっぽを向いたり。

ああ、ちなみに今日はお客さんが少ないから俺も宴会の席に座らせてもらっている。

速攻で席移動してハナビちんが隣にやってきたが。

師匠はネジママを交えてネジと話をしていたり。いかつい顔を崩しながら負い目なく言葉を交わす姿からは、以前の雰囲気を感じられない。

完全に許し合った、ってわけじゃないだろうけど、絶縁状態からはリカバリーしたのかな。

うむ、良いことである。

そんな様子を眺めつつ、目を離した隙に酒を飲もうとするハナビちんを制止したりしていると時間は過ぎてゆく。

んで、宴もたけなわって時だ。

「……ねえ、玄之介」

「何ー? お酒は二十歳になってからですよ」

「もうそれは分かったよー。そうじゃなくて……ね、玄之介って好きな人いるの?」

……唐突にませた質問を。

俯き加減で発せられ、ともすれば談笑するみんなの声に掻き消されそうな細い質問だ。

うーむ。この場合は何を聞かれているのか分かってはいるのだけれど。

……ま、王道よろしく逃げさせてもらいましょ。

「いるよ」

「え?! ……そ、それは」

「ハナビちん」

と、彼女の名前を出せば薄く赤らんでいた頬が目に見えて赤くなる。

……ついでに、後ろで派手に盆をひっくり返した音が聞こえたけれど、怖くて振り向けません。

まだ俺のターンは終了してないのです薙乃さん! だから落ち着いて!!

「それに薙乃でしょ?
 師匠だって好きだし、カンクロウとか我愛羅とか、テマリんとか……あ、この三人は砂隠れにいる奴ね」

「……そ、そうじゃないよ!」

ま、ませてるなー。

しかしここで素直に答えたたら祝いの席が血濡れの惨劇に変わる。

『嫌な事件だったね……まだ見付かってないんだろう?』

なんて……嫌すぎる。

そういうわけで、絶技すっとぼけ。

「え、違うの?」

「違うよもー! 私が聞いたのは違うの!!」

「じゃあどういう意味?」

と、素で返すと、ハナビちんは口をもごもごとさせて言葉にならない声を色々と出したり。

よし、一気に押し切る!

「愛するとかそういうのはまだ俺には分からないかな。ほら、お子様だからさ」

不服そうにするハナビちんの髪を撫で、なんとか注意を逸らそうとしたり。

……いやあ、それにしたって予想外。

んなこと聞かれて堂々と答えられるほど、俺は度胸が据わってません。

我ながらヘタレだなぁ。



















宴会が終わった後。

酔い覚ましということでネジママが休んでいる時、ネジに声を掛けられた。

宴会は奴にとって楽しいものだったのか、明るさの余韻が表情に残っていた。

二人で森の方へと向かい、屋敷から離れたところで脚を止める。

「で、どうしたのさネジ」

「ああ。……区切りも良いし、どうだ、一勝負」

「良いけど。
 ……アカデミー最後の勝負が黒星とか、みっともないんじゃない?」

ほざけ、と苦笑し、ネジは柔拳の構えをとる。

ほう、やる気まんまんですね。

んじゃ、俺も――

半身となり、左手を突き出し、右腕を脇に添える。

「思えば、こうしてお前と戦うのも随分と長いな」

「そうだね。
 ……最初にお前と顔を合わせた時は、なんつー嫌な奴だと思ったものですよ?」

「……言うな。俺だって思い出したくないんだ」

ああ、アレか。自分の中二病は思い出したくないのと同じか。

そうするとネジの中二病期間はすげえ長いことになりますが。

「……無駄口はこれぐらいにして、始めるか」

「ああ。んじゃま、レディー――」

「何やってるの二人とも!」

声をかけられ、ピタリと俺とネジは動きを止めた。

ギギギ、と首を曲げてみれば、視線の先にはハナビちんが。

彼女はほっぺをふくらませながら、いやに不機嫌そうな顔をしておりますよ。

「……なんでござんしょ」

「もう、こんな日でも喧嘩なんて何やってるの?! 兄上も、アカデミーを卒業したんだから落ち着きをもってください!」

そこから始まる六歳児の説教。

……うわぁ、そういやあネジとのやりとりに水を差されるのもあのときと一緒かぁ。

視線をそれとなくネジの方にずらしてみると、野郎はどこか苦笑していた。

もしかしたら俺と同じことを考えているのかもね。

……まあ、いいか。

決着はつかず終いって感じだが、それはそれで俺らしいやも。

ううむ。

「ほらほらハナビちん。あんま怒ってばかりいると、可愛い顔が台無しですよー」

「もう、怒らせてるのは玄之介と兄上じゃない! 喧嘩は駄目なの!!」

そうですね。

ごめんなさい、と二人して頭をさげる。

しかし俺とネジ両方が笑いを噛み殺していたせいで、不満げなハナビちん。

「もう、怒ってるんだからもっと怖がってよー!」

「だってねぇ……」

「なぁ……」

いいつつ、頭を撫でたり。

むー、と声をあげて、ハナビちんは肩の力を抜いた。

うむ。この子は気を張り詰めているよりも天真爛漫の方が似合いますよ。

「んじゃあ帰るか。時間も良い感じに遅いしねー」

「そうだな」

「あ、玄之介肩車してー」

「よござんす」

そうして、俺たちは日向宗家へと脚を向けた。

鉢巻きをずらそうとしてくる悪戯っ子をたしなめつつ、視線は夜天の月へと向かう。

向こう側と変わらぬ満月。

一歩踏み出せば争いが跋扈する世界だが、平穏な日常の暖かさだって大差ない。

……いつまでも続くといいね、こういうのが。






















いくつもの蝋燭に照らされた部屋がある。

ちろちろと舐めるように躍る灯りが浮かび上がらせるのは、数多もの試験官と、それに詰められた実験体。

漂うホルマリンの匂いは濃く、常人が足を踏み入れたならば顔を顰めるだろう。

その部屋の中には、二つの人影があった。

一人は眼鏡を掛け、音隠れの額当てをした青年だ。

彼は手に持った報告書を眺めつつ、微かに口の端を持ち上げている。

「大蛇丸様。ミズキを撃退した忍についての調査が、ようやく終わりました」

「そう。じゃあ聞こうかしら」

促され、小さく礼をして応じると、カブトは書類の束を捲りあげる。

「案の定でした。隠蔽工作を行っていたのは三代目火影自らです。
 これはおそらく、アカデミー教師が里抜けをしようとした事実の隠蔽よりも、誰に撃退されたか、という事柄を隠そうとしたのでしょう」

「勿体ぶるわねぇ。……早く言いなさい」

「きっと驚きますよ。
 ……日向宗家の娘の拉致を二度も阻止したのは、如月家の長男、如月玄之介です」

「如月……そう」

言葉は短いが、声色には愉しげな色が滲んでいる。

そんな主の反応に気を良くしたのか、カブトは更に先を続けた。

「そして、これは僕の予想ですが……。
 如月玄之介というのは、あの時――かぐや一族を手に入れた夜に出会った少年でしょう」

特徴的な片手印。資料にある写真にもあの時の面影がある顔が映っていた。

そして、三年前の時点で既にあそこまで戦えたのだ。ミズキを撃退してもおかしくはないだろう。

見所はあると思ってはいたが……この歳で中忍を倒すほどに成長しているとは。

大蛇丸は体を震わせ、カブトから玄之介の写真が貼り付けてある書類を受け取る。

うちはよりも優先度は低いが、それでも血継限界として目を付けていた少年がこうも育っているとは。

ああ、ここに来てまた一つ幸運が転がり込んでくるなんて――

「たまらないわねぇ。……あなたもそう思わない?」

大蛇丸が首を傾げて顔を向けた先には、いつの間にか一人の男が立っていた。

頓着していないのか、元は綺麗であろう赤毛はぼさぼさになっている。その下に隠れている目は、酷く無機質だ。

「……ふん」

それだけ返し、男は壁に背を預ける。

愛想の欠けた仕草に嘆息しながらも、大蛇丸の――そして、カブトの表情には薄い笑みが張り付いたままだ。

「停まった風車を回す刻……本当に楽しみになってきたわ」








[2398]  in Wonder O/U side:U EX
Name: 挽肉◆904d8c10 ID:63584101
Date: 2008/08/03 00:02


「今日は良い天気だねぇ。……そう思わない?」

遠い目をしつつ空を眺め、相方にそんな言葉を向けてみる。

「ふむ、そうだな」

と、声を返してきたのは薙乃さん――ではなくトロンベ。

そうです。何故か彼が相方です。

……なんでこんなことになっているのか。それは、海よりも深く宇宙よりも果てない理由があったりなかったり。

いや、ないんだけどね。

この状況の原因、多分俺だし。いや、間違いなく俺かな。……俺じゃないと良いなぁ。

そんな風に現実逃避しつつ、つい二時間前に起こった出来事を思い返してみた。















 in Wonder O/U side:U













今日は珍しく先輩が日向宗家へ遊びにきており、あの人は俺とハナビちんの組み手を眺めつつ師匠と話をしていた。

なんか事情があるらしく、変化の術で姿を変えてはいるのだが。

難しいこととか考えたくないのです。如月や卯月が日向に肩入れしたらバランスがどうのこうのとか知らない。俺、お子様だしね。

……いや、だってどうしようもないじゃんかよう。もう弟子入りしちゃっているんだから。

まあ、先輩がいるからって何があったわけでもない。そう、別にいつもと同じように稽古をしていただけだった。

少なくとも俺は。

しかし、なんだろう。こう、薙乃が師匠たちの会話に加わった辺りでなんかが変わった。

ちら、と視線を向けてみれば師匠は白眼発動して俺を睨んでいるし、薙乃さんはジト目。先輩は笑いを噛み殺しながら半目。

あの野郎、何か言いやがったな。

後で締め上げつつ制裁を加えなければ、などと考えつつ組み手を続行。

そうしている内に師匠たちの視線を大人しくなり始め、一過性のものだったのかと安心した時だ。

俺の掌を捌き損ねたハナビちん。掌を叩き込んだ俺は割と腕に力を込めており、やべ、と腕の勢いを殺そうとしたのが不味かった。

なんつーか、無理矢理慣性を殺したせいで俺の掌はハナビちんの身体に当たる前に止ま――らなかった。

多分この一場面だけ見れば、パイターッチ、とかそんな感じに受け取れただろう。

いや、マジ不可抗力。

「ご、ごめんねー」

「気にしないでください。いつものことです」

師匠の前なので猫を被っているハナビちん。若干頬を赤らめつつも、なんでもない風に許してくれる。

……しかし、それがいけない。

「いつものことだと?!」

「やはりそうなのですか主どの!」

急に沸き立つオーディエンス。

いや、師匠。こうなったのは過去にも数回あったし、その度に怒りながらも仕方ないって許してくれるじゃないか。

しかし、そんな心の声が届くわけもない。

チャクラの放出で髪をざわつかせながら一歩一歩と近付いてくる師匠の背後には、どっかの死神さんがいるような気がする。

あ、あれ? 割と本気なのかしら――?

と、その隣を見てみれば、トンファーを装着した薙乃さんが。あ、あれは彼女の武器です。たたら爺さんが腕力の弱い薙乃さん用に用意した武器なんだけど……。

はて、なんで僕に向けられているんでしょう?

「……シショウ」

「なんだ」

「不可抗力ですよ?」

「ならばまずは手を離してから言うんだな!」

言われ、未だにハナビちんの胸を触っていたことに気付く。

「ごめんなさい」

「いえ、玄之介ならば気にしません」

「あ・る・じ・ど・の」

「ごめんなさいごめんなさいなんで怒っているのか分かるような分からないような微妙な感じだけどっていうか先輩あんたのせいなんだからなんとかしろよ!」

一息でそこまで言ってみるも、先輩は顔を背けて口笛なんぞを吹いていたり。

分かり易すぎる我関せずだな。

「朝顔さんから聞きましたよ。失望しました! まさか主どのが……よ、幼女趣味だったなんて」

……いや、ちげえよ。俺が好きなのは同年代で、好みは若干病んでる幼馴染みタイプだよ。眼鏡を掛けていれば尚良し。髪の毛の長さは肩に触れるぐらいがジャストっ。

まあ、それは置いといて。

何故顔を赤らめていますか薙乃さん。んでもって落ち着いて欲しい。

中の人の場合ならばともかく、この身体の年齢は九歳ですよ? 仮に四歳下の女の子とにゃんにゃんしたって――自分で言うのもなんだが死語だ――問題ないと思うんだ。四歳差カップルとか社会に出れば普通じゃん。中の人基準だと二十歳近い差で間違いなく犯罪な上、世界で一番NGな恋。

などと考えるも、怒り心頭なお二人にはきっと何言っても無駄なんだろうなぁ……。

「……玄之介。貴様はなんのために日向宗家にいるのだ?
 まさかとは思うが、家の娘目当てでいるわけではあるまいな。

 もしそうだとすれば死ぬよりも酷い目に遭わせた後に無理矢理下忍にし、他里との抗争で激戦区となっている最前線に送り込むぞ小僧」

「いや大人げないよ師匠!」

「そうです。落ち着いてください父上」

もう駄目やも、と思っていたら思わぬところから蜘蛛の糸が。

しかし、

「以前父上も言っていたではありませんか。如月は名家だ、と。
 か、仮にですよ? 玄之介と私が、その……そうなっても、なんの問題が?」

若干ぼかしてあるけど、投下されたのは火に油ならぬ、敗戦確定の国に駄目押しの核兵器。っていうか仮定の話だとしても親馬鹿な師匠には刺激が強すぎますよハナビちん。

師匠は呆然とした後にその場へ崩れ落ち、一瞬で黒い長髪が白髪になった。器用だな。

「……おのれ玄之介。くそ、何故。何故だ」

そして床を叩きつつか細い声で恨み言と泣き言を呟き始めたり。

効果が抜群過ぎて怖いぞこれ。

そして一方薙乃さんですが。

「……そうですか。そういう態度を取りますか、お二人共」

なんか目のハイライトを飛ばしつつ俯き加減になっていた。

……これは、本気で怒ったとか本気で呆れたとかを通り越している気配。

がらん、とトンファーをその場に落とすと、肩を下げつつ踵を返した。

「な、薙乃さん?」

「ど、どうしたのですか薙乃」

「いくら言っても無駄なのですね。
 ……良いでしょう。契約破棄です。
 ……もう帰ってなんてやらないんだから!」

と、初めて聞いた敬語以外の言葉。

うわ、いきなりどうしたのさ。

「ちょ、薙乃さんそんなに怒らなくても……」

「知りません! ……行きましょう、朝顔さん」

「……は?」

呆気に取られた声を上げたのは先輩と俺。そして展開について行けない先輩は、そのまま薙乃さんに引っ張られて道場を後にした。

ええっと……。

「三行半?」

「……違うと思いますが」

思わずそんな言葉を上げたら、ハナビちんから突っ込みが入った。

取り敢えず、未だに鬱になっている師匠を助け起こして軽く看病。少ししたら白髪は黒く戻ってた。忍術でも使ってるのかこの人は。

ハナビちんには一人で遊んでいなさい、と言い付け、俺は薙乃さんを探すために日向邸から出た。

しかし、出て早々妙な生物を発見して思わず脚を止める。

「……こんなところで何やってるの」

「朝顔に置いてゆかれてな」

妙な生物、もといトロンベ。先輩の妖魔である彼は、何故か日向邸の門前にいた。

「置いて行かれたって?」

「薙乃引き摺られて、朝顔はどこぞに行ってしまったよ。
 まったく、私を放置するとは何を考えているのだか」

……あー、とばっちり受けたのか、トロンベ。

少しだけ申し訳なく思いつつ、トロンベの首をぽんぽんと叩いたり。

「ごめん。なんか薙乃さんを怒らせちゃったみたいで、先輩引き連れて出て行ったんだ」

「ふむ、成る程。妙に気が立っていたのはそれ故か」

「そうそう。
 んじゃまあ俺は薙乃と先輩を捜すから、トロンベは適当に散歩でもしてるなり先輩の家に戻るなりして――」

「まあ待て。あの様子では探し当てても言葉を聞いてはくれないだろう。暇潰しに、私に付き合うと良い」

なんか、何もかも分かったって感じでトロンベはそんなことを言ってくる。

うーん。まあ、時間を置いた方が良いのかなぁ。

けど、怒らせたならすぐ謝るのが一番だろうし。

「ありがと。でも、ごめん。やっぱ薙乃には悪いことしたと思うからさ」

「……馬鹿だ、とは聞いていたが、成る程。馬鹿正直の類か」

納得した、と呟き、トロンベは苦笑――馬の表情は良く分からないけど――する。

彼は嘶きを上げると、蹄の具合でも確かめるように地面を踏み鳴らす。

「やはり散歩に付き合え。お前の事情など聞いていない。私が付き合えと言っているのだ」

……うわぁ、すげえ偉そう。

その後、なんとか断ろうとしたのだけれど、ジャケットに噛み付かれたりしたため断念。

我ながら意志が弱い。













トロンベの言う散歩だが、彼の背中に乗ること二十分。里の塀を跳び越えてなんの因果か平原までやってくる羽目に。

っていうか速いよこの馬。風遁で大気操作しなかったら風の抵抗で吹き飛んでたよ。

地面に降りてようやく生きた心地となっている俺を余所に、トロンベは涼しい顔して湖の水を飲んでいたり。

……なんで俺、こんな場所に連れてこられたんだろう。

「お馬さんお馬さん。こんなところに連れ出してなんの用でしょうか」

「何、ちょっとした世間話だ」

「……左様で」

どうにも何を考えているのか見えてこない。苦手なタイプだなぁ。

まあ、悪い人、もとい悪い馬ってわけじゃないだろうから良いけどさ。

地面に腰を下ろし、胡座をかきつつ空に視線を向けたり。

ああもう青空めこん畜生。人の気も知らないで青空してやがって。

などと意味不明な八つ当たりをしてみるも、余計に虚しくなるだけなのであった。

「ねえトロンベ。
 折角だから聞きたいんだけど、君はどんな紆余曲折を経て先輩の相棒になったのさ。
 あの人胡散臭いでしょうに」

ほら、憑依しているし。他意はない。

そんな質問に、トロンベは鼻を鳴らす。

どこか懐かしむような表情となり湖から顔を上げると、俺の側へ歩いてきた。

「まあ、そうだな。
 確かに胡散臭い、というのは確かだが――私としては、別にそれでも良かった」

「と、言うと?」

「朝顔と出会うまでは、退屈していたのだ。
 暇潰しのついでで力を貸してやっているに過ぎない。
 ……そうだな、丁度良い機会だし話してやろう」

そしてそこから始まるトロンベの身の上話。

彼の本名は磨墨。

引田の里、馬一族の英雄である。

第二次忍界大戦時から木の葉に助力し、功績を立てるも誰かに使役されるわけでもなく今を生きているとか。

じゃあ先輩とは契約結んでないのかこの馬、と突っ込んだら、茶々を入れるなと怒られた。結んでるらしいですよ、契約。にしたって強すぎるだろ、この妖魔。

そして驚くべきことなのだが、実年齢は七十を超えているらしい。しかし本人曰く生涯現役。元気なもんだ。

トロンベは三次忍界大戦終結以後は引田の里に戻るも、人間に助力したことで長老衆に疎まれ閑職に回されていたという。

その閑職とは、特に問題が起こることもない森の防人。

まるで時を止められたかのように中身のない人生を送っていた時、先輩と会ったという。

「……偉い馬だったんだ」

「そうだ。
 尤も、今は長老衆に疎まれたせいで権威も何もないがな。
 ……そこらは、薙乃も同じようなものだが」

「薙乃? あ、そういえばトロンベと薙乃は知り合いだったね。彼女がどうかしたの?」

「本人に聞け。あまり他人が言い触らして良いことではないのだ」

……そうなんだ。

なんだろ。俺が知っている薙乃の身の上は――そうだな。何も知らないようなものか。

因幡の里出身で、何故か名字は読みが同じでも書き方が違う稲葉。どういうわけか虎太郎に生け贄に捧げられそうになり、そこから俺と行動を共にしてくれている。

彼女がどんな立場なのか、どんな境遇の者なのかなんて、これっぽっちも知らない。

「……なんつーか、薄情だな」

「何がだ」

「いや、こっちの話」

トロンベの問い掛けをやりすごし、思わず苦笑する。

付き従ってくれている彼女のことを何も知らない俺。過去を詮索しない、ってのは聞こえが良いが、実のところは相手を知ろうとしない人間の傲慢だ。

……傲慢か。

確かにそうかもしれない。彼女と過ごす時間が心地良過ぎて、それで良いと思ってしまうのだ。

もし――もし、薙乃が話したいと思ってくれているのならば、聞いてみるのも良いだろう。逆に聞かれたくないと思っているのならば、聞いてはいけない。親しき仲にも礼儀あり。不可侵領域はあって然るべきだ。

まだ俺も未熟だな、と反省し、トロンベとの会話を続行する。

「それで、トロンベ。
 退屈だったから、ってのは分かったけど、それだけの理由で先輩と一緒に動いているのは弱い気がするけど、どうよ」

「……そうだな。まだ理由があるとすれば――卯月朝顔という人間を面白いと思ったからだ」

「面白い?」

そりゃ、先輩は変人だが。

しかしそういった類の面白さではなかったのだろう。トロンベは、くく、と笑い声を上げると、さも楽しそうに話を続ける。

「お前も知っているだろうが、朝顔は尾獣の子供を助けようとしている。
 やっていることが損得抜き――いや、自分が損をするばかりだというのに、それを顧みず危険を冒す奴の末路が気になるのだ」

「……特殊な趣味をお持ちで」

「そうか? 損得抜きで動いているならば、お前も一緒なのだと薙乃に聞いているぞ」

「いや、割と損得考えているよ。こうすれば過ごしやすいかな、とか」

「そんな理由で動き回るにしては、起こしている事の規模が大きいだろう。
 ……どこか朝顔と似ているな、お前は」

……なんか引っ掛かる言い方だ。

思わず作り笑いをし、いやですよーははは、と声を上げる。

「本当の阿呆ですねー、先輩は。あんなのと一緒にしないでくださいな」

「とぼけなくとも良い。
 ……お前も、そうなんだろう? 何故そう思ったのか、一から説明してやろうか」

「……いや、結構です」

……ま、そりゃあそうか。

中身の違う人である卯月朝顔。そんな人間と古くからの知人だと名乗る小僧だ、俺は。その時点で憑依だと断定するのは浅はかだが、それ以外の証拠だってあるにはある。

例えば俺の実力。身体のポテンシャルは並の忍よりも上だとは思うが、それにしたってこの歳でここまで戦えるのは異常だ。それは先輩も同じく。

強さの理由としては、まず成人男性の人格が憑依しているのが一つ。何をどのように修行すれば効果的なのか、この訓練にはどのような意味があるのか。それを正しく認識することによって、同年代と比べれば成長度合いがまるで違う。

別に強いわけではないのだが、何も知らない者から見れば天才とかなんだろうなぁ。

先輩と俺がやっていることは、成長の前倒しだ。言葉通り早熟。今の調子で鍛え続けてもその内スペックの限界が来て頭打ちとなるだろう。そうなれば、後はネジやシノくん達に追い付かれるのを待つだけである。

まあ注釈はともかくとして、そんな異分子である先輩と同程度の成長をしている玄之介。そりゃあ事情を知っている人間からしたら怪しいですよ。

オマケに能力の取捨選択――若干俺はミスってる感があるが――までやっているのだから、異常と映るのは当たり前と言ったところ。

駄目押しで、年齢が二回り近く離れている人間とタメ口で話しているってこと。まあ敬語なんだが、かなり崩れているからタメ口と言っても間違いではない。

……それゃ事情を知っている人間にはバレるよなぁ。いや、トロンベ人間じゃないけどさ。

「あ、あのー、薙乃さんや師匠、ハナビちんには俺の中身が違うってことを話さないで頂けると大変有り難いのですが……」

「安心しろ。話すつもりはない。
 言い触らしたところで信じる者など皆無だろう。
 ……それこそ、お前を如月玄之介と見ている者ならば尚更な」

ふむん。安心して良いのだろうか。

しかし、自信満々に断言したトロンベの姿に疑いを持とうとは思えなかった。

こういう類の者は他者にも自分にも厳しいもんだ。自分が口にしたことならば、おそらくどんな些細な約束ですら破るのを由としないだろう。

それに……まあ、不安でいたってどうしょうもない。

どうするかなんてトロンベの胸先三寸。足掻いたところでどうしょうもないさ。

世の中開き直った者勝ちだってどこぞの中学生総理大臣も言ってた。

で、そこからは世間話。

朝顔の中の人とはどこで知り合ったのか、どんな関係だったのか。

後はまあ……興味があったようで、向こう側の世界の話など。

先輩からも聞いていたみたいだけど、俺の視点から解説される向こう側はどこか違って捉えられたらしい。

価値観の相違、見識の違いってやつ? 

そして時刻が夕暮れ時となり、行きと違って帰りはゆっくりと木ノ葉へ帰還することとなった。














で、夕食時となったわけだが。

木ノ葉茶通りをトロンベと歩いていると、なんだか見慣れた後ろ姿を見つけた。

思わず、む、と顔を顰めてしまう。

後ろ姿は薙乃のものだ。しかし、それだけならば顔を顰めたりなんかしない。

俺がちょびーっとだけ不愉快になった理由。それは、彼女が先輩に背負われていたからだ。

何事だよ。

思わず駆け寄ろうとし、そんな行動をトロンベに鼻で笑われた。

「何か?」

「いいや、別に」

そうかよ。

トロンベを無視して駆け寄ると、二人からは酒の匂いが漂ってきた。発信源は主に薙乃さん。

……おいおい、本当に何事だよ。

「先輩。何やってんですか」

「……あ、ああ、玄之介か。
 頼む、この子をお願い。
 俺も俺で酔ってるのに他人を背負うなんてマジキツイわ」

「ったく、阿呆だなアンタ」

よいしょ、と薙乃を移して貰い、吐息と共に放たれる酒臭さに少しだけ辟易。

……薙乃って、酒飲みだったっけかなぁ。

「おい酔っぱらい。人の妖魔酔わせて何やってんだよ」

「……ん、ああ何? ジェラシー?」

ワーン・トゥー・スリィー。

カブト式ライダーキック都古墜。

決めポーズとして人差し指を天に向ける。

んで、盛大に物を破壊する騒音を引き連れて、先輩は屋台に突っ込んだ。

ああすみません、損害賠償の請求は卯月朝顔に送って下さい、と頭を下げて先輩を引き摺り歩いたり。

「痛い痛い擦れて痛い。そして気持ち悪い吐く」

「我慢しろよ年長者。公園に連れて行ってやるから、そこで水でも飲んでろ」

んで、先輩が呻き声すらも上げなくなった頃、ようやく公園に辿り着いた。

トロンベに運んで貰って、と言ってみたのだが、酒臭いと一刀両断されて断られたのだ。

……ところで、さっきから背中の薙乃さんが酔っぱらいハニーハニースイートヴォイスを耳元で囁いているのですが、どうにかならないでしょうか。

無理だなぁ、酔っぱらいは。ある意味究極の開き直り状態だし。

取り敢えずは傷だらけでアルコールの回っている先輩が復活するまで介抱することに。

「あるじどのぉー、わたし、酔っぱらっているのですよお?」

「知ってるから。だから背筋を指でなぞるのは止めなさい」

「なんですかもうケチですねぇ。
 あるじどのだってお酒をのむじゃないですか。
 わたしだって嫌なことがあったら呑みたくもなりますぅー」

ああもう酔っぱらいめ。

その後、なんとかして薙乃さんをベンチに寝かしつけ溜息を吐くと、今度は先輩の元へ。

先輩は水飲み場で排水溝に土下座状態のまま固まっていた。なんていうか、うん。絵的に汚い。

しかしそこら辺俺はジェントリー。万人に差別なく接する伊達男ですよ。

取り敢えず爪先で先輩の脇腹を小突く。

「おら起きろや。いつまでもそんなとこで醜態晒していると、酒臭いままヒナタの部屋に放り込むぞ」

「そ、それはマジ勘弁……ダメ、絶対」

どっちかっつーと今のアンタの方がダメ絶対だがな。

のろのろと起き上がり、額を手で押さえつつも先輩は地面に座り込む。

それにしたって、本当に酔っぱらってるな。

珍しいこともあるもんだ、と思いつつ、先輩の隣に腰を下ろした。

「で、日向邸から出た後どこに行ってたんです?」

「……ええと、木ノ葉茶通りの鈴女蜂でずっと酒呑んでた」

「何時間経ったと思ってるんですか。
 っていうか、先輩ってそんなに酒強かったっけ?」

「弱いに決まってるだろうが!
 この身体十二歳なんだぞ?!
 アルコールの分解が追い付くわけないだろ!!」

と、叫んだら再び気持ち悪くなったのか、呻き声を上げて俯く。

回復するのを待って、なんとか会話は再会された。

「俺、話の聞き役に徹していたんだよ最初は。
 けど、途中からなんかおかしくなってな。
 ……魂あるだけ持ってこい! とか、どこのロアナプラだよ」

ちなみに魂とは、『木ノ葉火酒・魂』というアルコール度数六十アッパーのキワモノ。

そんなもん頼んでたのか。

「それにしたって、自分で呑むんじゃなく薙乃に呑ませるとか何考えてるんですか」

「いや、違う。薙乃さんが呑ませてきたんだ。
 なんとかちびちび呑んで誤魔化してたら今度は不正が見付かって……。
 もう絶対無茶な呑み方なんてしないからなー!」

そう、月に向かって吠える先輩。

ふむん。

「しかし珍しいなぁ。薙乃さん、酒とか好きだったんだ」

「原因はお前だよ馬鹿」

「……あ、やっぱり?」

「そうだよ。ったく、このハーレム主義者が。段々と蓄積してゆく嫉妬の炎に焦がされてしまえ!」

で、そこから先輩は恨み言なのか妬み言なのか良く分からない愚痴を言い出したり。

呂律が回っていないせいで、何喋ってるのか八割方分からなかったが。

その後、ある程度先輩が落ち着いてから解散することに。

先輩は酷く衰弱した状態で自宅へと向かった。あんな状態で帰ったら、夕顔さんにお仕置きでもされるんじゃないだろうか。

で、俺は俺で――

「……気持ち悪いです」

「ほら、我慢して。もうすぐ日向邸に着くからさ」

ぐったりと身体を任せ、時折身動ぎしたりする薙乃さんをやりすごし夜道を歩いていた。

……なんだろ。こう、ジャケット越しに触れている控えめに潰れた膨らみとか、正直困るのだが。

俺はセーフティー俺はセーフティーと自己暗示を掛けつつ、淡々と脚を動かす。

そういえば、こうやって薙乃さんの世話をするのは初めてかもしれない。

いつもお世話になっているのは俺の方で、こんな醜態を晒すのは珍しいっていうか、未だに信じられないのだ。

……俺の前じゃ気を張っているのかな。

だとしたら、今日の出来事は良い息抜きになったんじゃないだろうか。俺は彼女に迷惑を掛けてばかりで、何一つしてやれない駄目人間だ。

与えることが出来ず、与えられてばかりの自分自身が情けなく思えるが――

そこまで考え、俺は肩を竦ませつつ、全身に鳥肌が立つのを自覚した。

原因は薙乃さん。彼女は両腕を俺の首に回しつつ、服がずれて露出した肩に噛み付いてきたのだ。

甘噛みにしては強く、しかし、食い千切るつもりはないようだ。

いきなり何さ。

「薙乃さん?」

「……馬鹿」

と、それっきり。

すぐに彼女は寝息を立て始め、声を掛けても反応しなくなった。

……なんだろ。なんか今日は密度の高い日だったな。

特に厳しい稽古をしたわけでもないのに、そんな風に思ってしまった。





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