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[24355] アインハルトとミッドの夜
Name: 国綱◆205e01f4 ID:6a88ead7
Date: 2011/07/11 23:57
第一次元世界ミッドチルダ、次元世界の中心地であり、またミッド式魔法の発祥の地でもある土地。

数年前の大規模テロの痕跡も癒え、街には夜の灯りが戻り住人の生活は徐々に元のリズムを取り戻しつつあった。

街から夜という時間を追い出すと、そこには身を休めるのではなく一日という時間を限界まで費やす世界が生まれていく。

ストリートファイトといった特殊な立場に身をおく人間も、そんな世界の住人である。彼らにも家に戻れば普通の顔が存在しあくまで夜の顔とは別の人間として昼の世界を生きている。

だが、その二つは必ずしも交わらないものではない。

そう、昼の自分を知るものに夜の自分を知られる事もあるのだ。

覇王の後継、アインハルト・ストラトスも例外でなかった。


(……ど、どうしたらいいのだろう……)

緑の髪を二つに結び、普段は常に冷静に世界を見つめる色違いの瞳を持つ少女、アインハルト。しかし今彼女の瞳は困惑の一色に染め上げられ、その視線は明るい繁華街通りに立つ少年に向けられていた。

アインハルトが覇王の後継であることを自覚したのは極めて自然な事だった、覇王家の特徴と言われる碧銀の髪と虹彩異色の瞳、そして時折見る覇王の夢。

その夢から伝わる強い覇王の感情、その感情は徐々に自分の物となっていき、その技を最強と証明したいという欲求は年月が立つほど強く強く自分を動かしていく。

武装形態という、自身の身体を大きく変身させる魔法、そして古代ベルカの聖王と冥王が現代に蘇ったという噂、もう自分の欲求を止めることは出来なくなった彼女はストリートファイトという形で自分の力を試すようになっていった。

若干の葛藤はあった、しかし変身魔法を使えば昼の自分と夜の自分をつなげるものは無い、そんな内心の計算がその葛藤を振り切らせる。

夜な夜な、路上格闘技者に挑み、勝利を重ねていく間に気が付けばそんな悩みも葛藤も失われていった。

それが、周囲の確認を怠らせたのか、今日この時、彼女は変身を解く様を目の前の少年に目撃されてしまったのだ。

(どうしよう……)

それが、見ず知らずの他人ならば、まだ幼いといっていい彼女が街中にいることを注意するだけで済んだかもしれない、しかし、アインハルトは少年に見覚えがあった。

アインハルトの昼の顔、サンクトヒルデ学院小等部所属の学生としての顔を知っている人間。

そう、目の前にいる少年の顔をアインハルトは知っている、同じクラスのクラスメートとして。

「あ」

アインハルトの視界から、少年が姿を消していた。彼女の感覚では葛藤は一瞬の事だったのだが、実際にはどうだったのか、見られたと思ってからの混乱から立ち直るまでの間、ゆうに一分近い時間が流れている。

焦って路地裏から出るアインハルトだったが、既に少年はどちらに向かったのか、後ろ姿も見つけることは出来ない。

「本当に、どうしよう……」

悩む彼女の問いに、答えてくれる人は存在しなかった……






学生としてのアインハルトは一言でいえば目立たない子だ。周囲からは何時も一人で本を読んでいたりする大人しい子という印象だけを周囲に与えている、彼女と親しい人間は誰だ? と周りに疑問にもたれるようなレベルで関わりを全くと言っていいほど持っていない。

彼女もずっと昔からこんな人間だったわけではない、小等部低学年の頃はそれなりに明るく、親しい友人もいた。だが、次第に鮮明になっていく覇王の記憶、感情を持て余し、覇王流:カイザーアーツのトレーニングを積むようになり自然に距離が生まれていき。

学年に上がり周囲の環境が一新される時には、元来内気な彼女の周りには一人の状態が自然になってしまっただけだ。

そんな彼女が今、校門でクラスメートを待っているという状態は中々衆目を集めていた。

普段と変わらないように直立不動で正門を睨むように立ちはだかるアインハルトだったが、その内心は荒れに荒れている。昨日一晩一言では言い表せないほどの考えが脳裏を過ぎっては振りはらい、過ぎっては振り払いを繰り返した結果、ほとんど睡眠を取れず。

結論として、下手な事を言われる前に口止めするという、極めて無難な線に落ち着いた時には既に太陽が差し込んだ時間である。

登校前に電話で話を付けようと思い至って、自分は相手の名前すら覚えていないことに愕然としたアインハルトにとって、もはやこれが最終手段であった。

「来た」

登校時刻の10分前になりようやく現れた少年、変身こそしていないがアインハルトの心は夜の状態に近づいている。

(頼む事は一つだけ、昨日のことは見なかったことにしてもらう、ただそれだけ伝えれば)

校門を通ったところで少年に向かって一歩足を踏み出すと、少年もアインハルトに気が付いたのか二人の視線が交差する。

アインハルトは歩みを緩めず、少年もまたその進みを変えることは無い。

二人の距離が近づいていく、5m、3m、2m

1mの距離に至った時、不意に少年がその顔を背けた。

(!? え?)

不意を付かれた格好のアインハルトが自分を取り返す前に、その横を教室に向かって歩いていく少年。

昨日のように呆けたりせず、すぐに追いかけようとするアインハルト。だが、それでようやく回りの光景が目に入る。

(み、見られてる……)

走って追いかけたい衝動に駆られるが、流石にこの衆目の中全力で走るのは恥ずかしい、そもそも視線を集める事に慣れていない彼女は視線が自分に集まっているというだけで、既に恥ずかしさで顔が真っ赤になっている。

それをうつむくことで誤魔化すが、目標の少年は校舎の中に消えていった。

(……しかたありません、幸い誰かと登校した様子は無いようですし)

次の機会はある、そう、同じクラスなのだから。

とりあえず、まずは平常心を取り戻そう、茹で上がった身体に冷えろ冷えろと念じるアインハルトの耳には始業を告げるチャイムが届いた。







キンコンカンコンと学校の終業を告げるチャイムと同時に担任がホームルームの終了を告げる。

バタリと机に倒れるアインハルトに一瞬周りがギョっとするが、直ぐに放課後の予定に気を回していく。

「い、一度も話せなかった……」

休憩時間のたびに少年に声をかけようとするが、その悉くが失敗に終わっている。

他の男子生徒と雑談中だったり、選択授業の枠が違ったり、席を立ったと思ったら男子トイレだったりと。

流石にアインハルトも、昼休みに少年が行方不明になった時点で自分を避けていることは認識した。

どうも聞き耳を立てていた限り昨日のことを噂したりといったことは無いようだが、それでも一応一言くらい約束が欲しい。

放課後、流石に名前は確認したが、なるべくなら電話口よりも直接の口約束が望ましい、目標が学校指定の肩掛け鞄を持ったところで最後の追跡を開始する。

「え?」

少年が閉めた教室のドアを開けて追いかけようとしたアインハルト、その眼前にはその少年が立ちはだかっている。

つまりは、少年は自分が追いかけることを理解していたと判断したアインハルト、身に付いた覇王流の技がすぐさま臨戦態勢を築くが。

「って、何故構える!?」

「あ……」

自分達がいるところは学校の教室である、そんなところでクラスメイトに対して戦闘態勢、余りにもおかしすぎる。

不意打ちに付く不意打ち的展開、元々想定外な展開に弱いところのあるアインハルトは早々に頭に血が上り始めてしまう。

自分が望んだ展開に近いというのに、この後の行動をどうしようかと考えがまとまらない。

どちらかと言えば、考えようとすればするほど周りの視線が気になり、気にすれば気にするほど自分を見る周りの声が聞こえていく、完全な悪循環である。

そして、その悪循環の果てに、人間が行う行動は、極めて本能的である。

「キエーーーーーーーーーー!!」

「ぐふ……何故?……」

修行を重ねた格闘家の拳は、たやすく少年の人体急所を見事に貫く、恐らくクラスメイトの大半は生まれて初めて見ただろう。人間が膝から崩れることを。

そんな光景を生み出した本人、その混乱は頂点をぶっちぎっている、周囲の呆然とした視線をものともせず、被害者を肩から担ぐとそのまま爆煙を立てる勢いで走り去っていった。


「ちょっと、うるさいですよ、何の騒ぎですか?」

騒ぎを聞きつけた、学校で怒ると怖い人トップランキングに踊るシスターシャッハにまともに答えられる人間は流石にいなかった。









「な、何をやっているのでしょうか私は……」

屋上までノンストップで走りこんで担いだ荷物をベンチに下ろしたアインハルトに答えてくれる人は当然だが誰もいない。

想定していた行動の中ではぶっちぎりの最悪の展開、いやそれ以上だ。

はっきり言って自分のやったのは衆目の中の拉致以外の何者でもない、もしも要人拉致ランキングがあったら栄誉ある1位の座を射止めることだろう。

明日どころか帰ったら学校から呼び出しを受けるかもしれない、それどころかクラスに戻れるかも既に怪しい。

それもこれも、このベンチで目を回している目撃者が現れたところからがケチの付き始め、そう思うと逆恨みだと自覚していても妙な殺意が沸いてくる。

「い、いたい……ここは何処だ……」

目覚めた少年、アインハルトの交渉はここから始まる。












「うん、いいよー」

「早い!!」

速攻で交渉が終わってしまったことに思わずツッコミを入れてしまうアインハルト、目的は達せられたのだが、それはそれで釈然としない。

「い、いいんですか!?」

「昨日の路地裏で変身解いてたことだろ、別にいいよ」

軽い、あまりに軽い、違和感のもとはそこだ、アインハルトからしたら、最大の秘密であるべき覇王の姿。

しかし、それは事情を知らない人間からしたらただの変身魔法なのだ。

そこまでこの温度差の原因を考えたところでアインハルトはほっと胸をなで下ろした。そして同時に、そんなことのためにこんな大騒ぎを起こしてしまった事に頭を抱えることになる。

「しかし、その、いい加減にしたほうがいいんじゃないかなあ?」

「そう、ですね」

確かに今回はこれでいい、しかし今後このようなことが繰り返されたらもっと大事になりかねない、幸い自分の力量には自信が持てて来た、今度こそ聖王と冥王と、そうアインハルトが考えていたその時であった。

「ほら、うん、町中でヒーローごっことかさ、今度から俺達中等部じゃん」

……ヒーロー? 想定外の回答、むしろ心配が帰ってきた、これは一体どういうことだろうか。混乱の局地を突破して逆に冷静になるアインハルト、それを尻目に少年は話し続ける。

「いや、俺達もやったよ、変身魔法でマジックライダー、とかさ、だけどほら、色々さ」

そこまで言われて、ようやくアインハルトも理解した、そう、日曜日の朝等にやっている変身ヒーローものの特撮を、もしくは変身する魔女っ子アニメを。そう、それを前提にあの覇王スタイルのことを見返して見る。

ジャケット、すっきりとした格闘用のアンダー、そして伸びる身長と仮面……

「あ!!」

まさか、まさか、そう思って少年の表情をもう一度よく見直す。

そこにあったのは、ありえないものを見た驚愕ではなく。

「いやーアインハルトさんって話したことなかったけど、そういうの好きな人だったんだね」

呆れとほんの少しの共感の入り交じった、そう、『ああ、そういう人だったんだね、だからみんなと話さなかったんだね』とでも言いたげなそんな同情的視線である。

「ち、違います!!」

いくらなんでもアインハルトからしたらあんまりだ、自分からしてみればあれはご先祖様の由緒正しき戦闘服であり、自分はその技術を必死で学んでいるところなのだ。

それを何処かの特撮物の真似っこと一緒にされるなど、失礼ではないか。

だからといって、アインハルトにその当たりを上手に隠してカバーストーリーを作る話術など存在しない。

誤解を解くには、騒ぎを承知して真実を話す以外に道は存在しない。必死になって自分のことを話始めるアインハルト。

自分の夢の事、そしてそこから伝わってきた覇王の無念、痛み、そして悲しみ。

まるで自分のことのように感じてきたそれは、切実な響きを伴って言葉になる。しかし。

「えっと……」

まるで相手には伝わっていない、やはり荒唐無稽なのか、分かってもらおうとは思っていなかったが、勢いに飲まれてここまで話してしまったことに後悔の念が湧いてくるが。

「それって、ああ、うん、わかった、アレか、アレなんだ、じゃ」

「ちょ、ちょっと待てください!!アレってなんですか!!」

アレ、では納得できない、何か壮大な勘違いをされていることだけは理解できる、そこだけは解かないといけないと、覇王ではなく、現代を生きるアインハルトという少女の部分が叫んでいて。

「アレってのはさ、ほら、邪気眼ってやつだろ、うん」

「じゃ、なんですかそれは」

聞いたことのない言葉、だがそれはいい意味を感じない、そこから意味を聞き返そうとするアインハルトだが、少年は静止を振り切って逃げ出している。

「ま、待ってください、ジャなんとかってなんですか」

「調べてくれーとりあえず、一切秘密にするから、じゃ」

そういって、今度こそ走り去ってしまった少年。ポツンと取り残されたアインハルトが、自宅で言葉の意味を調べて悶絶するまで、後1時間。





[24355] アインハルトとミッドの少年
Name: 国綱◆205e01f4 ID:6a88ead7
Date: 2011/03/10 02:59
厨二病:主に思春期に有りがちな自分は特別な人間であるという思い込みによる一種のナルシスト状態、やたらと持って回った気取った口調をつかい常に根拠のないカッコ付けを指す造語、またはその時期を自虐的にみる事(その場合は黒歴史という場合もある)

邪気眼:自分に隠された力があるという妄想に囚われ、それに対して設定まで考えた状態、別名妄想系

カーテンを締め切り、一切の外部の光を断った部屋の中。一人の少女がベッドの上で毛布を被り、まるで亀のように固まっていた。
部屋の中にある光源は、唯一情報端末が放つ発光のみ。
時折少女はその端末を見ては「うわあああああああああ」と奇声を挙げて再び頭を毛布の中に潜り込ませる。

(あ、あ、有り得ません、というか色々ダメです、ダメダメです)

少女、アインハルト・ストラトスがこのような状態になってしまったのは、海よりも深く、山よりも大きく、そしてたった一言で終わる理由があった。

邪気眼:

(お、思いっきりこのパターンじゃないですかああああああ)

アインハルトには、ある特殊な事情がある。
両目の色が異なる、ベルカ王族特有の身体的特徴。そして、ふとした時期から甦るようになった、自身のルーツと思われる男性。
伝説の古代ベルカの王の一人、シュトゥラの覇王と呼ばれたクラウス・G・S・イングヴァルトの記憶と思いが受け継がれているのだ。
自分では、先祖帰りのようなものであるとある程度納得を付けていた事。
しかし、年々その想いは強くなり、最近では焦燥感まで抱くほど彼の記憶に翻弄されるようになってしまっていた。
それだけならただの呪いである、しかしその記憶はそれだけでは無かった。

覇王流、クラウスが使ったとされる古代ベルカの遺失技術もまた、彼女の中に記憶とともに受け継がれていた。
アインハルトがその甦った力のほどを試したくなったとしても、それもまた仕方がないことだったのかもしれない。
強力な覇王流の力、そしてその効果的修練法と、強くなる魔力。

学校の体育や部活道や習い事では完全に持て余すようになったその力、そして覇王流こそが最強であることを証明したいというクラウスの無念。
その二つが重なった時、とうとうストリートファイトに手を出してしまったのだ。

だが、その時に変身魔法を使ったのは、せめてもの自制心だったのかもしれない。
あるいは、その時は自分はアインハルトではないという心の言い訳だったのかもしれないが……






しかし、そんな時間は長くは続かなかった。
ある日、彼女はその変身を解く姿をはっきりと見られてしまったのだ。
しかもその相手は学校の同級生、自分の秘密がバレるかもしれないという危機。

口封じ、までは考えてはいなかった? はずだ。
そうして挑んだ彼女の決意は、ある意味凄まじい空転を重ねることになった。

『ああ、厨二病ね、ついでに邪気眼まで患ってるのねあーハイハイ』

「さ、細部は違うかもしれませんが、大体こんな感じだったはずです」

その後、自宅に帰ってその言葉の意味を調べ、その後はこの有様であった。

(妄想、妄想、妄想、妄想……)

流石にアインハルトも現代に生きる少女である。こうしてある意味自分を客観的カテゴライズされて平然とできるほどキモが太い訳では無い。
今までの自分を、こうした目線で見ると

イタイ、イタスギル……

(もういっそ死にたい……)

いくら思春期にありがち、といった説明を受けたとしてもそれで「ハイそうでした」で片付けられるような人間であったならどれほど楽だっただろうか?
まさか『ねーねー昨日前世みた?』『みたみたー』な会話が繰り広げられるほどありがちというわけでは。

(というか、さすがにそれは無いです)

自分で考えて、あまりの有り得ない展開に首を振るアインハルト。
そうして自分で自分が嫌になるあまり、もはや布団という最後の聖地に立て篭る以外に彼女に選択肢があっただろうか、イヤ無い。

(うう、学校でどんな風に言われてしまっているんでしょう……)

まさか、恥ずかしいから転校したい、などと言い出せるはずもなく、そもそもそんな事を言い出したら自分の所業ももれなく自分の口から話さなくてはならない。

八方塞がり、ツミ、DEAD END 自分の進む方向全てに分厚い壁が立ち塞がっている、そんな感覚。

アインハルトは今、まさに窮地に陥っていた。



「みなさん、最近学校の中で見かけない人がいるそうですので気をつけてくださいね~」

歴史を感じさせるレンガ作りの教室の中に小学生らしい返事が響く、お昼を指し示す時計と共に子供達は思い思いの場所でカラフルなお弁当を開き始める。

小等部の最終学年とはいえ、まだまだ背も伸びきらず、大人から見れば可愛らしいものだろう。
しかし、教師の話を全ての生徒が真面目に聞く、ということはほとんどのクラスに置いて無いと言っていいだろう。
この教室でもまた、さっき出て行った教師の話を右の耳から左の耳に「変なやつがいるぞー」という部分だけを置いて受け流している子もいた。

(変なやつならいるなあ、クラスに、今いないけど)

学友達がお弁当を広げる中、少年は机の上に食事とは全く関係の無いものを次々とかばんから取り出し並べていく。
少年の思考はその道具にすら向かっていない、全く別の、一人のクラスメイトの事に心を置いている。
にも関わらず、整然と机の上に並べていく手つきに淀みは無く、その工程の慣れを感じさせた。

(大丈夫かな~)

学校という場所に、昼休みのためだけに行く。そう公言したことがない人間は数少ないと思われる。
本来教科書とノートが本来広がるべき空間、そこにところ狭しと広げられた雑多な品々。
それらを一見してどんな物なのかを判別できる人間は、デバイスマスターや魔導師に限定されるだろう。

「おいタカオー大丈夫なのかよー」

「―――あー平気平気、カートリッジにカスが詰まっただけだ」

声をかけられた少年は一振のブロードソードに小さなカス取りを当てて入念に磨いていき、柄の部分にある機械部分の可動部を掃除し、油を刺していく。
地味な作業だが、これで数パーセントの可動効率が上がるのだから馬鹿にできない作業だ。
近代ベルカ式デバイス、近年になって開発された新たな魔導師の杖であり武器でもあるそれは、ある特徴が据えられている。

それがカートリッジシステム。ベルカの騎士と言われる近接タイプの魔導師が扱う高圧縮された魔力が込められた薬莢を打ち抜くことで短時間の魔力増幅を行うシステム。
かつては高度なAIシステムを搭載したミッド式デバイスに押されて消えかけたシステムだったが、近年になって相性が悪いといわれていたミッド式デバイスに搭載する技術が発達し、双方の良い所取りした近代ベルカ式と呼ばれるものが復活してきたのだ。

「うし、イーグル、一応システムチェック」

『了解』

タカオと呼ばれた少年は、手に持ったデバイスから外部接続端子を露出させ、机の上に置いてあった四角の携帯端末上のデバイスとコード接続を行う。
携帯端末の液晶部にはたくさんの文字が次から次へと目に負えない速さで現れ消えていく。
その出力される文字の羅列には大量のOKと、稀にerrorの文字が浮かび、タカオと呼ばれた少年はそれを目で追い続けていく。


『検索完了、グリーン部70%、オレンジ部30%、各部疲労パーツの交換を推奨します』

「はいご苦労さん」

全ての出力が終えた携帯端末は、その画面を黒一色に染め直し沈黙する。
タカオはデバイスからケーブルを引き抜き展開していたカバーを元に戻し、ブロードソード状態からクリスタル状態に戻す。
机の上を大きく専有していたブロードソードがその体積を手の平大にその姿を変える。

「ほい、おしまい、今度修理には出してやれよ」

「えー、悪いところ直してくれよ」

「金を出せ」

ケチなどと言われてしまうタカオだが、タダじゃないんだよ。と心の中だけで文句を付ける。
クラスメイトに対しての簡単な修理、メンテナンスを行う人。それがタカオのクラスでの立ち位置である。
机の上の道具を片付けて作業を終わらせ手持ちぶたさになると、今日いないクラスメイト、それも原因に大なり小なり心当たりがある人のことに考えを巡らせるようになった。

やはり、自分が目撃したことが原因なのだろうか?
クラスの中でも大分浮いた、いや、あまり周りと接点を持たないアインハルトという少女。
彼女の席はここ数日の間ずっと空席である。
如何に誰とも話したりしないとはいえ、欠席ともなれば多少なりとも話題には昇る、そしてその理由が不明とあっては物議を醸し出すのも当たり前の出来事だった。

(そりゃいえねよなあ)
まさか、『わたし、でんせつのはおーさまのてんせいたいなの~』なんて、魔法文化の中心地、ミッドチルダでも
『オイオイ、そりゃウィットでウェットなジョークってやつかい?HAHAHAHAHAHA』
ってレベルである。

そこまで考えて、今自分にできることは何なのかと考えたタカオ。

「特にねえな」

「どうした?」

「いや、なんでも」

1200%自分は悪くない、というか全部相手の自爆である以上、何も話さないでおいてやる。それぐらいしかすることがない。
気にはなるが、次の授業の心配をしたほうが建設的である。
そう思い直したタカオは、それ以上アインハルトの事は綺麗さっぱりと忘れて机の上の片付けを開始するのであった。





サンクトヒルデ魔法学園正門、登校時間を大きく過ぎた時間となってはもはや用務員の人以外の人影が無い場所。
そこから中をコッソリと覗きみるひとりの少女の姿があった。
チラリチラリと校舎を眺めるその姿は、文字通りズル休みがバレて学校に行くしかなくなった少女。
アインハルト・ストラトスを指す言葉はこれ以外無いほど、バッチリはまっていた。

「だ、誰もいませんね?」

お昼休みと言えばお昼ご飯、その食事を最優先に考えない人間はあまりいない。
お昼も始まったばかりの時間、校外での買出し禁止をまだ素直に守っている生徒達は校内でお弁当や食堂で午後からの英気を養っていることだろう。

「こ、この時間なら何食わぬ顔で教室を伺うことだって」

完全に行動が不登校と化しているアインハルト、流石に家族も色々と怪しみ始めている以上、学校に行かざるを得ない状況に追い込まれていた。
とはいえ、陰口を叩かれるかもしれないという不安は無くならない、無くならないなら確認するしかない。

「い、行きます……」

覇王流の中にあった隠行術、それをフルに活かしてアインハルトのスニーキング大作戦が始まろうとして「あら?あれは」
即座に失敗していた。



少年、タカオはお昼ご飯を食堂で過ごすタイプだ、あの学校の食堂という飢えた狼の中から自分の注文を取るという行為。
一種のお祭り的な楽しみ。
今日は級友のデバイス弄りがあったため、少しズレた時間になってしまったが、それはそれで楽に買うのも悪くない。

昼休みも半ばになると真っ先に食堂に向かった生徒は残りの時間をフルに遊ぼうと思い思いの場所へと駈け出して、教師はそれを見つけては注意するというのはもはやお約束。

「今日はカレーうどんでいいか」

安っぽいカレーと和風出汁のコラボ、これがマタ妙に癖になってしまいふとした時に食べたくなってしまうのも仕方ないだろう。
味を思い出すタカオの口にはカレーうどんの汁の風味が120%再現されてしまい、もうこうなったら抵抗する術は無い。

『イーグル食堂までの情報収集を行え、最短時間でおばちゃんに注文するためのルートを弾きだせ』

『了解』

サーチ用のスフィアがタカオの手から離れ、食堂の方角に向かう、天井近くを飛び抜ける赤みの掛かったオレンジ色のスフィアは誰にもぶつからずに右に左にと折り曲がって飛び去っていく。
魔法の無駄使い、という至極真っ当なツッコミはここでは存在しない。

スフィアから送信される人の流れと校舎内の地形データはイーグルと呼ばれたデバイスの前面画面に表示さていた。
受信された情報を2Dマップに変換して、適切と思われるルート情報がリアルタイムで表示更新されていく、そこにさっと目を通したタカオは。

「やっぱこっち」

周囲の視線がギョっとタカオに集中した、その瞬間タカオの身はガラス窓の向こうに飛んでいた。








「やっぱ帰る組と鉢合わせるか」

『肯定』

イーグルのディスプレイに表示されるデータは先ほどまでとは打って変わり、サーチライトのような画面情報が表示されるようになっていた。
校庭に移動したスフィアから受け取るその情報は、教師の視界情報。

空を飛べる生徒が学校内部での飛行は禁止されている。
昼休みの場所取りなどで散々叱られるのだが、それでもやるものの数が減ることは無い。
廊下を通ってグラウンド行くのに比べて窓から直接飛び出せばいい飛行タイプの優位性は明らかだ。

当然教師はそういった事に目を光らせるのだが、その監視をかいくぐること事態をレクリエーションにしてしまう学生達も現れてしまいイタチゴッコになるものも目に見える結果だった。

「らくしょーらくしょー」

食堂の近くで飛行解除、そのまま右手に握り締めた硬貨で注文を取るところまで、綿密なシュミレーションを行うと、その幸せさに口元が緩むのがとまらない。
早く早くと思っているタカオの耳に警報が鳴り響いたのはそんなタイミングだった。

『警告、進行ルートの障害を確認』

デバイスからの警告、その場でフローティングモードに以降するとデバイスから情報を受信。
確かに進行ルート上に何者かの生態データが表示されている。

そのデータには、彼の知っている名前が表示されていた。
アインハルトと。

「何やってんだあいつ?」






『ここまでは成功です、ここから校舎に侵入を開始します』

背後から左右、視界が無い部分にも気配察知の能力を全開にして警戒して進む。
使うのは初めてだが、ここまではかなり上手くいっているのではないか?
アインハルトの心境は困難な潜入任務をこなすエージェントのような状態になっている。

こうなると、見つかりそうになった時のドキドキ感等、半分目的を忘れてきてしまいそうに、というより完全にアインハルトは忘れていた。

「右よし、左よし……」

気配、視線ともに無い、ならば今、窓枠のサッシに足を乗せ、いざ進入。

「何してんのお前」

ギギギと油の切れた歯車のように背後を振り返るアインハルト。
目の前に現れたのは今日このような目にあった悪の元凶(あくまでアインハルト視点で)

どうするか、どうしようか。
そう自問自答する間に、再び少年は口を開く。

「あのさ、とりあえず降りたら?」

パンツ見えてる、そう言われた時、アインハルトのライダーキックは炸裂していた。






「痛い、俺が何をしたんだ!!」

「少なくともパ、パ、パ……」

頬の裏側で激熱のお茶を含んでいるんじゃないかというくらい顔中が真っ赤に染まってしまう。

一応、見せてしまうような格好をしたのはアインハルトである、これがせめて中等部からのロングスカートだったらセーフだったのだが、ミニの小等部用ではバッチリ下から覗き見れた。

「つか、学校サボって何やってんの?」

「そ、それは……」

アインハルトとしては言えるはずもない、まさか本人に「アナタ、私の変な噂流してないでしょうね?」なんて彼女の性格上ちょっとハードルが高すぎるのだ。
どうこの状況をクリアしようか? どうもここ数日自分がパニックに陥りやすいタイプではないかと思う。
まず、自分がこのまま学校に戻れるかどうか、覇王の記憶とどう折り合いを付けていこうか? そもそも自分は何をしたいのか?
未だ小等部学生である身には酷な判断が必要な様々な問題。

これをどうしよう、どうしたらいいんだろう、それら諸々がグルグルと頭を回し回し回し……






「ヒック……」

持て余した感情は目から水分を流し始めた。

「えええ、何だよそれ、なんなんだよそれ!?」

タカオもまたまだ小等部学生、こういった時に胸を貸すとか、ましてや新しいハンカチを用意しているような紳士スキルをまだ持ち合わせていない。
泣き出したアインハルトを前に右往左往するしか無いのだ。

「ああ、もう、何なんだよお前は!!」

そう言っても言ってもアインハルトは口を紡ぎ、ギュッと震える手でスカートを握りしめるだけ。
タカオ少年もまた、泣かせてしまった? 自分が悪い? と色々とパニック状態。
互いのパニックがパニックを二乗させて、どんどん収拾がつかなくなってしまう。

お互いが、ようやく会話出来る程度にまで落ち着いたのは、それから5分ほどたった後のこと。

「だから、本当に話してないから、何で俺がこんな目に……」

「……本当?」

涙目ですがるような声で聞き返すアインハルトは、その筋の人からしたら強力な攻撃力を持っていただろう。
しかし、残念ながらタカオ少年にとっては、同じような背丈の女子からそのようにされても、何で俺が……という不満感と焦りしか無い。

「別にそんな気にするような話でもないと思うけどなあ」

たしかに恥ずかしいかもしれないが、別にそんなものすぐにみんな忘れて偶にからかネタにする程度。
タカオ本人の認識はこうなのだが、その辺の機微が分かるアンハルトではなかった。

だからこそ

「あんな……あんな事がバレたらわたし……わたし……」

もうお嫁に行けません。

んな大げさな……と、タカオのセリフが喉まで出かかった時、タカオの視線は別の物に釘付けになった。
アインハルトの後ろ、校舎に隠れた人影を。

そう、あえてこれが漫画だったとしたら、劇画調で足元からアップが続き汗がダラダラする顔のアップに続く、ドドドドドドドドドドと効果音が鳴るのではないか。
それほどの存在感とオーラを圧力を身に纏う、修道服を着たシスターの姿があった。

ショートボブに切りそろえた赤い髪に、胸元に輝く一対のトンファーデバイス。
魔法学院に置いて、最も恐れられ、数々の伝説を持つ最凶の風紀担当教諭。

シスターシャッハ。

曰く、例え次元世界の果てまで逃げても追いかけてくる。
曰く、エースオブエース、その師匠、雷神の使い魔を押しのけた。
曰く、伝説の騎士と三日三晩に渡る死闘を繰り広げて強敵と書いて「とも」と呼び合う関係になった。
曰く、その影の権力は管理局理事カリム・グラシアをも上回る。

等ともろもろの噂が飛び交っているが、本来の彼女は少々口うるさい程度のお姉さんで、かなりの風評被害にあっているだけなのだが。

もっとも、その他もろもろの恐怖しかない噂話しか知らないタカオにとっては悪鬼羅刹と言っていい恐怖の対象である。
その上今女の子を泣かせているというかなり致命的なシーン。
こういった場合、女が女の味方をするのは火は水で消えるくらい自然な出来事だ。
自分の「見せられないよ」的なテロップが入るのを想像するまで、ワンセコンド程度もかからない。




一方、シスターシャッハは別の意味で混乱の極みにあった。
最初は今ここで涙ながらに話す少女の不審な学校進入を見て、何かしら事情があるのなら、少し叱って話を聞く程度の気持ちでいた。
そしてここで、今話している少年とのやり取りを見て「ああこれなら放って置いてもいいだろう」と席を外そうとしていた。

子供同士の問題で、それが本人達だけで解決できるのならそれでが一番いい。
それが彼、彼女の成長に役立つことだろう。

そして離れようとした彼女の耳に入った言葉。

「もうお嫁に行けません。」

驚愕、驚き。
例えばこれが、彼らの同級生が聞いたのだったら適当な野次馬根性を醸し出す程度の影響力しかなかった。
しかし、彼、彼女達にとっての不幸は、シスターシャッハは成人であるということだろう。

成人にとって、女の子が「お嫁にいけない」とまで言うような出来事。
最近の小等部はここまで……などと考えてしまったとしてもそれは仕方ないことかもしれない。

(これは、放置していいレベルではありません)

早急に事実関係を確認し、しかるべき対応を取らなくては。
混乱する脳でそこまで理性的に考えたことは賞賛に値しよう。
そこで顔まで理性的な状態に戻すことまでやるのは、教会においても名高い騎士であっても難しいのだった。




その一方、アインハルトはこの状況から置いてきぼり気味の状態だった。
タカオの様子が変わったことまでは理解していたが、それが何故なのか。
彼女の死角にいるシスターシャッハに気が付いていないということもそうだが、何より彼女にとっての心配はこのまま学校にいられるかという一点だけ。

その鍵を握るタカオ少年の動向だけが彼女の注目するべきものだった。

そしてタカオ少年の様子があきらかにおかしく動揺し始めることに不審に思い始める。
顔中から大粒の汗を垂れ流し、顔色は今直ぐにでも倒れてしまいそうなほど青ざめている。

「え、えっと……」

この後に及んで彼の名前すら自分は覚えていないことに気がつくアインハルトだが、その目の前のタカオは其処ではなく、その背後のシャッハもまた其処ではない。

「う……」

後ずさるタカオの靴底が地面を削る音、それはアインハルトに対するものではない、だがアインハルトはそうは考えない。
物陰から出ようとするシスターシャッハ、もはや条件反射的に逃亡を選択しようとするタカオ。

「ま、待ってください!!」

走りだそうとするタカオに手を伸ばす、その手が触れたもの。
アインハルトに背を向けて前傾姿勢で走ろうとするタカオに手を伸ばしたアインハルトが手に触れたものは、少年の上着ではなく。
そして、少年はまだベルトを締めるのが嫌いな年頃だった。

「……」

「……」

「……」

その瞬間、全ての時は停止する……





そして時は動きだす。

「あああああ、アナタ達、ここは学校、というかまだ小等部、いや10歳はベルカの、と、とにかく!!」

「し、シスター!? いえ、これはそれはあれでこれで」

「いいから手を離せーーーーー!!」

誰もかれも冷静さを失い、誰もかれも状況の収束に貢献できず、少年はそのまま色々と恥辱を受けつづける。

「うわーーーーもうお前なんかしるかーーーーーー!!」

タカオ、11歳心からの叫びだった。



[24355] アインハルトと赤髪の人
Name: 国綱◆79ae6add ID:e7767d09
Date: 2011/04/06 01:36
人が新学期という季節を爽やかに感じるのはそれが環境の一新が一旦を担っているだろう。
たとえそれが本人の身に訪れなくても新しい舞台に上がった多くの人間が放つ期待感に影響される。
学生という身分にあるものは特にそうだ、学年という身分が変化し、それに見合った学生社会での責任を負うことになる。
だが、その中でも進学という所属環境そのものが一新するものたちは、その中でも特に春という季節をその身で感じている。
アインハルト・ストラトスも、その一人であった。

「よし」

イエローのベストにタイといった可愛らしい服装を引き出しの奥に仕舞い、埃避けのビニールを破って取り出した白いシャツと黒いスカート、修道服的なシックな制服に袖を通す。
長い髪に軽くブラシをかけて何時ものように髪留めをかける。格闘技者としては短くした方が色々と便利なのだが、せっかく伸ばしたのだから、とそのまま毛先を整えるだけにしてきたのは少女としての自己主張なのかもしれない。
初めてつけるリボンタイに四苦八苦して、まだ教科書も入っていない手提げ鞄にメモと筆記用具だけを積める。
まだ硬い革靴を履いて、聖王教会サンクトヒルデ魔法学院中等部一年としてのアインハルトの生活は始まった。




学生という身分にとって、一年という壁はとても大きいものだ、小等部と中等部は同じ敷地内にありながら交流はほとんど無い。
同じ学部であっても学年の違うフロアに侵入するだけでとても目立つほど。
通いなれた道であっても、小等部の人間が自分を見る目は明らかに変わっている。
それが、自分は昨日までとは違うのだと、体と心に刻み付けられていく。

校門に張り出された新しいクラス表を確認して、アインハルトは新しいクラスに足を運ぶ。
教室はそれほど数日前まで通った小等部と変わりは無い。何かしら設備が増えたりといったところは何も無い。
そこに少々の落胆を感じているのは、やはりアインハルトも少しばかり浮かれていたからだろうか。
机に張り出された名前から自分にあてがわれた机を見つけ荷物を置く、これから一年お世話になる教室を見回すと、クラスメイトも見知った人間がチラホラと眼に入る。
中には全く見たことが無い人も目にはいるがそういった人は一人机で担任の登場を待っているようだ、小等部からそのまま進学してきた人間は顔見知りで固まって雑談を交わしている。
当然外部から入ってきた人もいるし、また出て行った人間もいる。
それに嬉しさとほんの少しの寂しさを胸に秘めるアインハルトだった。








窓の外を見れば肌寒い空気と暖かい日差しがグラウンドを包んでいる、春という季節の爽やかさを存分に「フレーフレー邪○銃」

ビシリと擬音がアインハルトの中で響く。
あまり質のいいとは言えないノイズ交じりの再生音声、それを耳にした途端、凛としていた彼女の何かがひび割れていった。
油を差していないモーターがゆっくりと回るように初めて首を後ろに向けるアインハルトの目に入ったのは、ここ数ヶ月でようやく名前を覚えた小等部の頃の知り合い。

「邪○銃、それ邪鬼○」

音声はその知り合いの持っている手持ちゲーム機から漏れている、未だ担任も決まっていない教室の中で堂々と携帯ゲーム機で遊ぶとは、呆れた神経をしていると言っていい。
しかし、その知り合いは間違いなく、そのゲームそのものを遊んでいるのではない。何故ならさっきから同じ声だけがアインハルトの耳に入る、狙っているのだ……

「ん、オッス」

「お、おはようございます……」

若干引きつるのを止められないままアインハルトはその知り合いに挨拶を返す。
タカオという名を持つ彼と出会ったのは小等部も終わりに近づいた時、古代ベルカの伝説の王の一人、覇王の記憶を受け継いだ彼女はそれを元に身につけた覇王流を試すべく変身魔法を使い、ストリートファイトを行っていた。
その時、あろう事か変身を解く際の姿を彼に見られてしまった彼女は、彼に口止めを願ったのだが。
その際に様々な誤解というか、ある意味当然というか、イロイロと彼女の自尊心にビリビリと罅を入れられてしまったのだ。

(落ち着くんです、何時も何時も反応するから彼は調子に乗るんです、そうもう中学なのですから大人の態度で……)

正直、自分も彼に迷惑を掛けてしまった事もある、おかげさまで漏れ無く風紀に厳しいと言われるシスターシャッハに『問題児』として認定されてしまっている。
それから彼のちょっと? したイタズラが始まった。
とはいえ、致命的な事は決して自分が知る限り言いふらしたりはしていない、その分色々と自分をからかうことが多くなった。
こんな事が続けば色々と縁が切れても仕方ない。

で、あるが、何故か二人の縁は切れないままで今に至る。
何故? とアインハルトも考えたが、何となく、という答え以外見つからない。

『覇王〇撃烈波ーー!!』

ビキ……

アインハルトの決意は、一秒かからず崩れ果てた。





「あいっ変わらず沸点低いなー」

(うっせーです)

思わずキャラに似合わない返しをしてしまうアインハルト、新クラスになった早々にタカオに切れてしまった。
クラスでの立場など、長いこと気にもしていなかったが、それでも他人から「男子に向かって怒鳴りちらす女子」と思われたくは無い。
既に後の祭りではあったが。
新学期当日はただ式と担任の挨拶のみで、既に終了。中等部になったことで部活動を始めようと思っている生徒は既に目当ての部活の見学に向かっていてクラスの中には二人しかいない。

「それで、お願いしていた事ですが」

「ん、ちょっと待って」

そういってタカオはまだシワもないピンとしたブレザーから四角いデバイスを取り出す。
ほぼ全面が画面だけしか無い待機状態のデバイス、そこから空間ディスプレイを展開。
そこには映るのは、聖王のゆりかご、そして。

「これが」

「マリアージュだってな」

四年前、そしてつい去年に発生したミッドチルダでの事件。
JS事件とマリアージュ事件、どちらも古代ベルカの王、聖王と冥王が関わった事件である。
数百年も音沙汰の無かった古代ベルカの王がこの数年で2名も現われるという異常事態で、一部の人間はベルカ崩壊時クラスの大事件の前兆ではないかと大騒ぎしたのは二人にとっても記憶に新しい事件だった。
もしもこの二つの事件が無ければ、アインハルトも覇王の記憶に拘ったりはしなかっただろう。
だが、現実に起きたのだ。古代のベルカの王が近代に二人も。
ならば、可能なのではないか。覇王の無念を晴らすことが。

「結論から言うけど、事件の詳細は調べらんなかったぞ」

「そう、ですか」

別に落胆はしていない。元々自分でも調べていたのだから。
その結果、二つの事件は共に秘匿事項が極めて多いことが分かった、という程度しか分らない。
どちらも管理局の重大なスキャンダルがあったためか、多くの情報はその一点に絞られていて、どういった事件で、どういった被害者がいたのか。
そういった情報は、ほとんど出回っておらずあったにしてもネットのゴシップと同レベル。
個人レベル、しかも学生の身ではこれが限界だった。






「はあ、やはりデマだったのでしょうか……」

期待していなかったとはいえ、やはり落胆の気持ちを止めることはできない。
だが、そもそも自分の身の上の事を欠片も信じていないだろうタカオが依頼を受けてくれただけでも感謝するべきなのだろうとアインハルトも考え直す。
そもそも聖王、冥王が現れたという情報ですら、聖王のゆりかご、冥王の従僕マリアージュからの類推解釈の域を出ていない。
そうなると、やはり覇王の悲願を果たすのは不可能なのだろうか。
期待はしていなかったが、やはりいくらかは気落ちしてしまう。

「まあ、聖王様と冥王様は見つかったけどね」

……今何と言っただろうか? アインハルトは耳を疑い、伸ばしたり塞いだりを繰り返す。
耳は正常だ、ならばタカオが言い間違えたのだろう。
なるほど、何時も自分に「オイオイ、いい加減変身して俺より強いやつに会いに行くとか辞めとけよ」などとバカにしていたが。

何だタカオも十分ダメな人ではないか。
この思考は既に自分がアレでダメな人と認めているのだが、その辺はまるで気がつかないアインハルト。
何時もの仕返しとばかりに、タカオに同情的視線、いや慈しむような視線を向ける。

「いや、期待を裏切るようで悪いが本当だから」

「そんな無理に取り繕わなくてもいいんですよ」

いくらなんでもそんな事を個人レベルで調べられる訳がない、例え見つからなくっても気にする事は無い。
自分のために少しでも手を貸してくれた、その事実だけで少しだけ彼を見直してもいいだろう。

「本当なのに……」

「分かりました、分かりましたから、別に気を使わなくてもいいんですよ」

「いや、だから」

全く、しつこい……それだったら……
ふっとした思いつきだったが、悪くないのではないだろうか?
何時も何時もタカオがそう言って覇王のことを自分をからかうネタにしかしないのだからやり返してもバチは当たらないだろう。
息をタカオに分らないように整え、万が一にでも突っかえないようにしたアインハルト。

(ふー、よし)「どうしてもっていうならしょーこを見せてくださいしょーこ」

努めて本人は平静に言ったつもりだろう、しかし実際に出た声は僅かながら上ずり気味。
どうだ、っとやり返されたタカオの悔しそうな顔を想像する、これでほんのちょっぴりだが溜飲が下がる思いがするのは、それだけ彼におちょくられてきた事が少しばかり気にしていたためかもしれない。

「ほいこれ」

え?っと疑問の声を上げる前にアインハルトの視線はその立ち上がった画面に釘付けになる。
燃えるような赤い髪をした女性が輝くような金の髪をした少女と共に写った画像。
それを目にした瞬間、心臓が激しく鼓動する。その髪その動き、雰囲気、何よりも色違いの瞳。
アインハルトの心臓が激しく鳴り響きその音は全身に響き渡る。
間違いない、いた、いたんだ。

「……で、アインハルトさんのほーの……」

タカオの声は、何処か遠い世界のように耳に入らない、アインハルトの目も彼に向けられることは無い。
ひたすらに目の前の画像と、そして内から湧き上がる記憶と衝動の中に埋没していった。











タカオ・ホンダがアインハルトを見つけたのは本当に偶然の出来事。
深夜の街を歩いていた事など、ほんの数カ月前まで小等部であった身にあるまじきことだが、それは彼にとって特別なことではない。
かといって、それが彼の素行不良が原因というわけでもない、むしろ彼以外にも多くの少年少女があの時間その近辺にはいたのだ。
そう……彼らが夜間外出している理由、それは。

「で、あるからして、この計算にはこういった公式を用いて」

塾だった。



(心配だ~心配だ~心配だ~)

今日の授業にまるで身に入らない、というのも放課後話をしていた少女、アインハルトが原因であった。
何しろ、彼女はあの画像を見せてからまるでタカオの話を聞いているとは思えない。
その後の予定が詰まってきたために、解散したが後になって不安がこみ上げてきてしまった。
例の情報をあの段階で話してよかったのか? 何しろ相手はあのアインハルトなのだ。

夜な夜な腕自慢に野良試合を仕掛けていくような人間が、お目当ての人間を見つけてじっとしているだろうか?
何度も釘を刺した、何度も何度も釘を刺したつもりなのだが……はたして彼女が聞いていたか?
そう思い返すと不安で不安で堪らなくなるのだ。

(仕方が無い……かなり勇気がいるんだけど…)

できればアインハルトがいる時にやりたかった事だった。一人でやるにはちょっぴりタカオも勇気がいる。
しかし、今やらないと不安で不安で押しつぶされそうでたまらない。



授業が終わり、塾生が一斉に解き放たれる中、物陰で外部の音が入らないことを確認したタカオの手にはデバイスが握られている。

「イーグル、電話かけんぞ」

デバイスの表面に走った番号帳の名前、そこに浮かびあがったのは
ナカジマ家。













(う……眩しい……)

目覚めたアインハルトに差し込んだ光、寝ぼけた頭でそれは朝の日の光だと判断する。

(昨日はどうしたんでしたっけ? ああそうだ今日はまだ二日目ですから授業自体はなくって教科書とかはいらなくて……)

少し少し目覚めていくと、どうも違和感が拭えなくなっていく。
目に映るのは、何処もかしこも見慣れた自分の部屋とは似ても似つかず、どういうことなのかと考えても考えても思い出せない……

「まさか……!?」

「あ、やっと起きやがった」

ガチャリというドアの開く音と同時に現れた最近名前を覚えた、というより学校でアインハルトが名前を把握している数少ない人間。タカオ・ホンダの顔が見えた瞬間だった。
アインハルトの脳は覚醒した。

(まさか、まさか)

「まさかこんな事を……」

「そりゃおれのせり「私を誘拐してどうするつもりですか!!」

別の方向に。









ノーヴェ・ナカジマは困惑していた。
ちょっと活発が過ぎる性格を表しているような燃えるような赤い髪をショートに切りそろえた少女は、昨夜自分に襲いかかってきた自称覇王を名乗る少女を保護。
とはいえちょっと派手にやられてしまってはいたのだが。
その後、彼女の知り合いだという少年が姉達に連れられてやって来たので、一人暮らしをしている姉のスバルの家で気絶した彼女を保護していたのだが。

「お、ま、え、は言うに事かいてそれかあああああ!!」

「痛い痛い痛いです、ウメボシはやめてください!!」

「訂正しろおおおおお!!」

昨日の時点ではシリアスだったんだがなあ、とコメカミにやってくる頭痛に思わず頭を抱えてしまう。

「あ、ノーヴェあの子起きた?」

「ん、まあな」

起きたといえば起きたと言っていいだろう、起きた直後に何をしていようが別にそれはどうでもいい事なのだから。
キッチンで山盛りのウィンナーを炒める姉、スバル・ナカジマに上の空で答える。
自分を襲ってきた少女は昨日とは大分印象が異なる、あの時は変身していたというのもあるが人を寄せ付けない壁を感じたのだが、さっきの彼女は歳相応の少女以上の印象を受けない。

「覇王ねえ」

「正直判断に困るのよね、これは」

新聞を片手にコーヒーを飲んでいる黒い管理局執務官の制服に身を包むのはティアナ・ランスター。
管理局の中でもエリートと呼ばれる執務官として多数の事件を解決し、ノーヴェの姉、スバルの親友である。
丁度、彼女が休みでミッドに来ていたのを幸いにアインハルトを保護してもらったのだが。

「うーん、なんだか男の子と女の子で温度差があるのよね」

「まあ、あたしらじゃないから……」

彼女達三人はJS事件、マリアージュ事件、その双方に深く関わっている。そのためアインハルトの言っていた覇王の記憶というのもある程度信用している。
何より彼女の歳と学生という身分不相応の戦闘力、三人の共通の知り合い、聖王のクローンである高町ヴィヴィオを彷彿とさせる左右で異なる瞳の色。
それはアインハルトの言う覇王の記憶を受け継ぐ者という証言にある程度の信ぴょう性をもたらしていた。が



「おはようございます」

「起こしてきました」

少々気弱な印象を受けるほどかしこまったアインハルトと、仏頂面をして頭にコブが出来ているタカオと名乗る少年。
今はまるで寝室の出来事が無かったかのように振舞っているが、開けっ放しのドアから二人の会話は筒抜け、というより隠す気が無い大声での罵り合いを聞いていた三人からすると、何とも言えない微妙に残念な感覚を受けるのだった。









「……ないわ……」

話を聞いた少年、タカオは反応までたっぷり一分ほどの時間を掛けてそう呟いた。
ノーヴェから昨日、連絡を受けたスバルが次に受けた連絡、それがタカオという少年がいるというナカジマ家からの情報。
それからアインハルトとノーヴェを部屋まで運ぶに当たって、何故彼がナカジマ家に連絡をしてきたのかといった部分はまだ聞いていなかった。
ノーヴェやスバル、ティアナは自称覇王の荷物をコインロッカーから回収しているので、身元自体は調べられているのだが、何故自分たちにたどり着いたのか。
詳しい話はアインハルトが目覚めてから。という少年の主張を受け入れたのは同級生をあんじる彼に同情した面が無かったとは言わない。

「つーか、何? バイザー付けて電柱の上から登場って何? そんな怪しい状態で『聖王と冥王の所在を話してもらえますか(キリ』お前バカだろ、知ってたけど絶対バカだろ!!」

「……」

ああ、うん、それは無いな。冷静に昨日の出来事を思い出すノーヴェだったが、何故昨日の自分はそのあたりをスルーしたのだろうか。あまりに雰囲気が真剣だったからとしか言いようがない。
一万歩譲ったとしても、それで素直に自分が話すと思うのだろうか? 初めから自分をターゲットにしていたという訳ではないようだし、有段者を前にして手合わせもしたくなったというところだろうか?

「ねえノーヴェ、何だか昨日聞いてた感じと違うんだけど」

コソコソっと聞いてくる姉の言葉に心の底から同意する、昨日のアインハルトは何処か浮世離れした雰囲気とその実力から、小さな二人の少女に迫る過去の因縁という感じだった。
ナカジマ家は聖王のゆりかごの復活したJS事件、冥王の使徒であるマリアージュの復活した事件双方に深く関わっていることもあり、それが迫ってくるのは全くもって有り得ないことではない。
なので昨日はかなり真剣に相手をしていたのだが……

「……ううう……」

一言もしゃべらず、少年の怒りを甘んじてうけるアインハルト、全身で「何であんな事をしてしまったのでしょうか」と自責と恥に追い込まれている普通の少女にしか見えない。

「『生きる意味は表舞台には無いんです』『列強のベルカの王を打ち倒しベルカの天地に覇を成すことそれが私の使命です』お前、マジ無いわ、何処の世紀末に生きてるんだよ!! 無いっていうか痛いっていうかもうどっから指摘したらいいのかわかんねーよ!! 漫画の見過ぎとかそういうレベルじゃないわ!!」

ここまでで大体この二人の温度差というか認識の違いはノーヴェ達三人にも伝わっていた、良くも悪くも少年は少女の主張をまともに受けていない。
ノーヴェからしたら、年齢に見合わない少女の実力から全くの妄言と切って捨てることは無いのだが。

「まあ、普通そうなのかもね」

二人の王、そして生きたロストロギアと言われる夜天の王の知古のある三人だからこそ、覇王の話はありえる事と判断できたのか。
これが普通のミッドの住人にとってのベルカ諸王の認知度なのかもしれない。
しかし、自分たちの場合はそうはいかない。たしかに普通だったら無いかもしれない、覇王の記憶と技を受け継ぐ等ということ。
例えばそれが何かしらのテクノロジーだとしたらどうだろうか?

ベルカ戦乱期という時代はそういうものが生み出されて不思議ではない時期だ。
プロジェクトF、クローンに対する記憶転写技術を始めとした、高ランク魔道士の保護技術。
冥王イクスに至っては本人がこの時代まで生存している。名高い覇王の記憶、技術を子孫に伝える術があったとしても不思議ではない。
そして、それを裏付けてもいいアインハルトの身体特性や戦闘技能。
決してあり得無いとは言い切れないのもまた事実なのだ。

とは言え、それを彼女に直接教える気も、ノーヴェ達には無い。例え記憶、能力、魔法といったものを受け継いだとして彼女には彼女の人生というものがあっていい、いやあるべきなのだ。
冥王イクスは、彼女自身を始める時を待って眠りについた。そして聖王のクローンであるヴィヴィオもまた、彼女自身の人生を歩もうとしている。
なら、覇王の継承者であるかもしれないアインハルトにも同じ権利があるべきだ。

もっとも、それを選ぶのもまた彼女自身の権利なのだが。


「あーちょっといい?」

とはいえ、このままでは話は進まない。ノーヴェ達が彼女達から聞き出したい情報がある。
何故彼女はノーヴェを狙ったのか、つまりノーヴェ達ナカジマ家からヴィヴィオ、イクスヴェリアに繋がるコネクションを察知したのかだ。
それはアインハルト単独では無いだろう。少年個人のものなのか、それとも他にも。

「あ、それ自分がアインハルトさんに教えました」

「ふんふん、それで貴方は誰から聞いたの?」

そこで素直に話してくれるなら、少し安心だろう、何かしら裏があるなら。
ティアナは既に情報を記録する態勢に入っていが、アインハルト、タカオ両名は全くそこには気がついていなかった。
二人が迂闊、というよりもやはりそんなに特殊な方面の人間という訳ではないからだろう。
ではそんな彼がヴィヴィオ達に辿りついたのは何故か。








「えっと、教会で聞きましたけど」

「はあ?」

「ええ教会です、そこで陛下ー陛下ーって呼ばれてる子がいたんで『ああこの子なんだ』って」

その場の空気を何と例えればいいだろうか。タカオ少年の周り以外がまるで照明を落としたかのような。
とてつもなく居たたまれないオーラを放つような。

「ま、不味かったんですか!? その辺のおばあちゃんがそこの子に「へいか、あめちゃんたべるかい」って渡してるもんだからてっきり隠してないもんだと!!」

それがトドメだった、ノーヴェ、スバル、ティアナは頭痛を堪えるように頭を抱え、特に酷いのはアインハルトだ。
机に穴が空くのではないかというほどジッと見つめ、そしてその視線は何処も見てはいない。
机の先が虚空に繋がっているかのようにココではない別の場所を見ている。

「……無いです……」

ようやく彼女が漏らしたその一言が、その心境の全てを物語っていた。










「いやー普通襲うとは思わねー」

「……反省してます」

「普通、先に電話して都合聞いて、アポイント取るだろ常識で」

「だから、反省してます」

「ほんとにー?」

「本当です!! いい加減シツコイです!!」

「しつこくもなるわ!!」

何やってんだこの二人は。付き添いで来たつもりのノーヴェの心からの感想。
アインハルトの存在はそれなりに噂の元になっている。路上で戦いを挑んでくる覇王を名乗る女性。
何人かは病院に担ぎ込まれているため、被害届こそ出されていないが治安上の問題として取り上げられる程度ではあるのだが。
昨夜はノーヴェから手を出したとはいえ、明らかな挑発を行って市街地での魔法戦闘まで行っている。
残念ながら格闘家路上襲撃事件と認識されてしまっているため、警防署に出頭する必要が出てしまっているのだが。

「警防署だぞ警防署、こんなところに顔だすようなハメになってるんだぞ俺!!」

「そ、それは……申し訳ないと思っているんですが……」

一応、タカオも共謀していることになるのだが。
もっとも本人は聖王のコーチに連絡して二人を会わせるだけの話だと思っていたようだから悪意自体は無かったのだが。

そもそもタカオ少年にヴィヴィオやノーヴェ、イクスの事を話したのはノーヴェの姉妹だというから、ノーヴェ自身もかなり頭が痛い。

「はいはい、二人ともじゃれ合うのはそこら辺にしとけ」

「じゃれてない!!」

「違います」

十分じゃれてる、とは流石に言うのは止めておいたほうがいいだろう。
内心この二人メンドクサイとため息を付くノーヴェだったが。

「それで、これからどうするんだ」

「行けるのなら学校に行きます」

「えー今日は休もうぜーそれで明日からは何事も無かったかのように教室入ろうよ」

一方は真面目、もう一方は色々と計算を入れている反応。
そういう意味ではない、もちろんそれも大事なことなのだが。
同時に、おそらく少年は彼女の問題を解決する事はできないだろうな、と理屈抜きで直感した。

「いや、ほら何ていうかな」

少年はあくまで因縁を感じ無い現代に生きているのだが、恐らくアインハルトは過去に、彼女の言う覇王の記憶や因縁に囚われているように感じる。
それは、当事者間でなければ分からない感覚なのだろう、それを全く知らない、理解しようとも思っていない少年に分かれというのも酷な話。
直感をある程度補強して、自分でも損な性分だと思ってもそこに手を出そうと思うノーヴェ。


そう思うのだが上手く言葉を口に出せない、元々ノーヴェはどちらかと言えばその前に手を出す方が好みとうタイプだ。自分の内心を他人に打ち明けるのも説得するのも得意分野ではない。
だから、必死に言葉を選んでそれを相手に伝えようとする姿勢が目に見えて伝わるのかもしれない。
相手を理解して、話を聞く。彼女がしようとしているのはそんな当たり前の事。
たどたどしく、言葉を少し少し選んで、そうして。


「話てくれないか、お前の抱えてるものをさ」

彼女の力になることを選択するのだった。



[24355] アインハルトと聖王さま
Name: 国綱◆79ae6add ID:f2b2c876
Date: 2011/07/12 00:16
「はっはっは……」と体操服を汗に濡らしながら有酸素運動を繰り返す少年少女、手を抜いてゆっくり走るメンバーが団子のように連なっているのを尻目に緑の髪をなびかせて先頭を走るアインハルトはいい意味で目立っていた。
元々端正な顔立ちをしているのに加え、あまり感情表現を得意としない彼女は他人からはクールで大人っぽいと評価を得るタイプだ。
加えて世間ズレしていない彼女はあまり授業などで手を抜くという事をしない。

某世界では過去の遺物と言われるブルマなるパンツから伸びる足は手加減抜きの持久走を続けていく。

「追いぬきますよ」

「う、うっせえ」

声をかけた少年は負けてたまるかとばかりに急加速をして、スグに青息吐息になって足が止まる。
ミッドチルダに置いて、男女の枠は見た目上全くと言って無い。
というのも、魔法という男女問わない戦闘力の視点があるからと分析する人もいる。
魔力の上下や運用テクニックの差が何よりも戦闘力を分けているため、男女の枠が取り払われたと。

しかもここ、サンクトヒルデは魔法学院の名前の通り魔法の使用を前提とした授業が多々組まれており運動系に置ける使用はほとんど制限されていなかった。

「タイプが違うんですから抜かれても問題ないと思いますが」

「ほ、ほっとけ」

声をかけたのはタカオという少年、なんだかんだと色々あってよく話すようになった同級生。
少しペースを上げると負けじとペースを上げようとするが、もはやフォームはバラバラで限界が近いことが眼に見える。
別に勝負している訳ではない、相手が勝手に意地を張ろうとするだけだ。
アインハルトは自他共に認める前衛タイプ、高い防御力と攻撃力で敵を突破していくタイプの魔道師。
対してタカオは中衛タイプ、射撃魔法や補助魔法を主にする補助タイプの魔道師。
体力面に関して二人の差は大人と子供と言っていいほどの開きが存在している。

「先に行きますよ」

「く……そ、まて、じゃなくて、くそ……」

何やってるんだか。と内心思いつつもタカオ少年を尻目にペースを上げるアインハルト。
悔しそうに今にも止まりそうな足を必死で持ち上げる少年の目に入ったのは彼女のなびく後ろ髪だけだった。




「ふう」

トップでノルマの周回をこなしたアインハルトだが、その顔に浮かぶ汗はまだ走っている生徒に比べて全くと言っていいほど少ない。
普段から授業のマラソンの距離以上を走りこんでいるからこその結果だが、その努力の気配を全く見せないのが彼女だ。
頬をつたう汗を軽く拭き、首筋に張り付いた髪を涼しい顔で掻き上げる程度。
涼しげな表情は見るものにオトナっぽい、クールといった印象を十分に与えることだろう。
息を切らせて徐々にゴールしてスグに立ち止まってしまう同級生に対して彼女は余裕でクールダウンまで済ませてしまっている。
涼しげで端正な風貌と優れた身体能力を見せつける彼女に嫉妬と憧憬の視線が注がれるがそれもサラリと受け流す。
このあたりを天性で行えているのもまた、覇王の記憶がそうさせるのであろうか。

「はーはーはー」

「使いますか?」

ほとんど千鳥足のような状態でゴールしたタカオ、クールダウンよりも地面に大の字に倒れる方が先といった様子だ。
差し出しだされたタオルを受け取る余裕も無い。
鼻や口に掛からないように目元を覆うように置くと小さくうなずくのでどうやらお礼を言っているようだ。

情けない、とはアインハルトは思わない。
これでもタカオの順位は全体で真ん中程度のもの、将来の進路として教会騎士や武装隊を志望するものもいる中でその順位は決して悪いものではない。
何より、自身の身体能力が通常の学生の中では飛び抜けている自覚もある。
もしも彼女の学生生活に問題があるとしたら。

「はぁはぁはぁ、ひーはーはー」

彼女の周囲にいる人間は息も絶え絶えなタカオ一人。

(さ、寂しい……)

友達がいないことだろう。




授業も終わり、お昼休みも終わろうとしている頃。
お昼をトレーニングに当てていたアインハルトが教室に戻って目にしたのはデバイスを弄りながら男友達と談笑するタカオの姿。
まだ中等部生活も始まったばかりであるが、タカオは順調にクラスに馴染んでいる。
それに対してアインハルトは、未だにクラスでタカオ以外とまともに口を聞いていない。

これは決して悪い理由だけではないのだが、本人がどう取るかはまた別の話。
席に座ってジッと次の授業を待つアインハルト。

(この前までは、何ともなかったのに……)

今は、話す相手がいないことが心細い。
覇王の妄執は未だに解かれたわけではない、アインハルトの中には今にも爆発しそうな感情が確かにある。
全力で駆け抜けてきた。自分の全てを投げ打って可能な限り全ての時間を覇王の心に捧げてきた。
それが多少なりとも周りが気になるようになったのは良いことなのか悪いことなのか、それはまだ彼女自身にも分からない。
だが、それは彼女の心が若干なりとも変化した、それだけは間違いの無い事だった。

(……まだ話してる……一応今日の事を話しておきたかったのに……)

先日知り合った、というより襲ったストライクアーツ有段者、ノーヴェ・ナカジマから聖王のクローンという少女を紹介してもらう事になっている。
タカオは既に関係者として見られているので、二人で現地に行くことになっている。
そのあたりの調整はタカオが窓口になったのだが。
その点は仕方ないともアインハルトは思っている。
正直上手くやれる自信が欠片も無い。

ここ数ヶ月、彼との付き合いを持つようになってからの日々を思うに、自分はあまり冷静沈着なタイプではない。
やはり覇王と自分は違うのだろう。そう思うようになってきた。
インクヴァルトだったらもっと堂々とした、そして正しい態度をタカオの時もノーヴェの時も出来たに違いない。
自分の未熟さからの申し訳なさ、そしてもうちょっとごまかし方とかも一緒に渡して欲しかったなあという不満が今はある。








結局、タカオと話せたのは放課後になってからだった。
この後、知り合ったノーヴェ達に仲介されて聖王との面会になる場所に行く予定だ。

「お前、ほんとーに変なことしないよな?」

念を押すタカオに、いい加減にしてくださいという何時ものやり取りをしようとしたアインハルトだが、現実一昨日にやらかした身。
流石に口を出せない。

「はい、お前の流派は?」

「覇王から受け継いだこの身、そして覇王流……」

「……」

「ではなくて、古流ベルカ拳法です、はい、忘れてないです、はい」

本当にーっとタカオの視線は彼女に疑問を投げつけている。
信用は一ミリもしていないというその視線。
思わず、そこから逃げ出したい衝動がアインハルトの胸に沸き上がってくる。

「あー、えーっとですね……すみません忘れ物しましたので」

思わず教室に引き返してしまった。
背後で「逃げた」と正確に今の状態を指摘されてしまう、当然だが教室に戻っても忘れものなど無い。

「はあ、どうしてこうなってしまうのでしょう」

100%自業自得です、本当にありがとうございます。
タカオだったらこう言ってくるだろうというセリフがポンと出てくるあたり、自分でも少しは何とかしないと。と内心思いつつもどうしようもない状況が嫌になってくる。
だが、それも今日、聖王と会うことで変化するかもしれない。

覇王の無念にどういう決着を付けたらいいのか、これまでアインハルトが考えもしなかった事。
何時までも自分も、そして彼もこの状況に付きあわせ続けるわけにもいかない。
そう思うようになったのは彼女自身、前進したと思っていた。

そろそろいいか、と昇降口に戻るアインハルト。
彼女の想像では出口の壁に寄りかかってデバイスを弄っているタカオの姿があるはずだった。
彼の場合、普段の行動は二通りだ。

デバイスを整備しているか、受信データを見ているか。
学校で級友や時には別のクラスの人のデバイスの整備すら請け負っている姿を何度も見てきた。
そのための工具も彼のかばんの中には常備されていて、アインハルトが見ても、何に使うのかさっぱり分からない。
後々はデバイスマスターになるのではないかとアインハルトは思っている。
その彼の時間を自分の都合に付きあわせるのは、あまり良いことでは無い。

決して焦らず、ゆっくりと昇降口に戻ったアインハルトだが、すぐにタカオに声をかける事はなかった。
昇降口の入口、そこにいたタカオ、そのそばにはもう一人の影がある。
スバルやティアナでは無い、アインハルトが会ったことの無い人。

持ち物からして上級生だろう、自分とは異なるコミュニティとの繋がりを持っている彼。
邪魔を、しているのかもしれない、そう彼女が思うのも無理のない事だった。











「お、お待たせしました」

なるべく、自然に今丁度来たように、そう自分はさっきの光景など見ていないのだと自分に言い聞かせて。
流石に無理があるとは少しアインハルトも思ってはいる。
だからこれは、彼がそれを察してくれるという期待を元にした演技だ。
こちらに歩いて来るタカオもそれをきっと察したのだろう。
その手に棒状のデバイスを出して、目を髪の毛で隠しながら歩いて……

「あれ?」

「どちくしょおおおおおおおお!!」

血涙を流すような雄叫びを上げた、デバイスの一撃がアインハルトを襲ってきた。





「い、いきなり何をするんですか!?」

「うっせーこれ読んどけー!!」

襲ってきたのはタカオ、それを断空で叩きのめしたのはアインハルトが悪いわけではないはず。
それでクレーターのような爆心地が出来たとしても、受けた本人は起き上がれないとはいえ、彼女に文句を言えるくらいは余裕があるので問題ないだろう。
潰れた干物のようになりながらも右手から差し出すものは、先ほどの先輩から受け取ったと見られる手紙だ。

「……そういうものは他人に見せてはいけないのでは?」

「そういう台詞はよく見てから言え」

疑問に思いつつもタカオが差し出した封筒を受け取るアインハルト。
封筒はまさに女の人が書きましたといわんばかりの外装だ、そもそも男性なら封筒などという前時代的なものを使わないだろう。

(やっぱりラブレターではないですか)

自分の予想は当たっていた、そう内心少しだけ寂しさと、それを他人に見せようとするタカオに対する憤りを感じて。
そして封筒を裏返した時にその感情は払拭された。

そこにあったのは宛名だ。

可愛らしい丸まった女性的な筆記。それで記された宛名は。

アインハルト様





「……女性の方、でしたよね?」

「そうだよ」

見なかったことにしたいなあ。そう空を見上げる、いやみなほど青空が広がっていた。
世の中にはそういう人もいるらしい、とはアインハルトも知っている。
しかし自分がその当事者になろうとは。

うーんと、頭を抱えるアインハルト、相談したくても相手はタカオだ。

「ちくしょーちみっとでも期待したオレの馬鹿オレの馬鹿ーーーー!!」

と、メッセンジャーボーイにされたことに対する恨み言を一通り吐き出している彼にまともなフォローは頼めないだろう。
一応中身を見なくてはいけないのだろう、と真面目なアインハルトは考えるが。

(何でしょう、この見たら色々ダメだよ的な予感は……)

最近鋭敏になってきたセンセーにビンビンに引っかかる、これを見たら何か自分の常識と書いてルール的なものが破壊されると。
しかし、自分宛の手紙を見ないで捨てるわけにも……
重量的にカミソリメールだったりはしないはず。
まして、脅迫状だったり果し合いの申込だったり怨みつらみの篭った怨念の手紙だったりもしないだろう。
というか、宛先にハートマークが付いていないことが違和感を感じるほどの丸々っとした女の子的筆記でそんなものを書かれる方がより常識外と言っていい。

(い、いいじゃないですか、どっちにしろ今日はノーヴェさん達との先約があるということで明日以降になるのは明白なんですから別に)

と、本日中の接触を避けられるという言い訳で直接接触という事態を先送りにする事で精神の安定を図るアインハルト。
意を決して封筒の封印を破き、中の手紙を。






「で、何書いてあったんだよ」

「……見なきゃよかったです……」

たっぷりと、封筒の中の便箋に目を通したアインハルトがフリーズ。
そのままタカオが目の前で手をブラブラーさせても反応しない彼女が元に戻るまでおおよそ10分。
ブロンズ像のように固まった彼女の脳内に再生されるのは手紙から伝わるコレでもか!! というほどの乙女フィールド。
蝶よ花よと百合の花が咲き乱れ、猫やらタチやらが自分を舞台に繰り広げられ「肖像権訴えたら勝てるんじゃね?」と某知り合いの幻聴がツッコミを入れるカオスな世界が繰り広げられ。
総括すると、勘弁してください的な手紙であった。

「でもお前、女子人気もあるよな」

「やめてください」

タカオからは「なんかクールっぽくてそれっぽい」とあまりアインハルトにとって助かるような助からないような感想まで。

「やめてください……私はそっちのつもりは無いですから」

「ほんとに~」

「本当です」

つーんと済ましたアインハルトはそれでこの話題は終わりと言外に主張する。が

「でもさ、覇王様って男だろ? ひょっとしたら……」

「違います、これでも初恋は幼稚園の先生とか人並みのそういうのがあったりするんですから」

いくらなんでも、自分の性別まで覇王に流されるつもりはない。これでも女の子なのだと不満げに漏らすアインハルト。
普段は覇王の記憶なんて欠片も信じないくせに、こういう時だけはそれを使う。
タカオの目的は自分をからかう事だと分かってはいてもそれに乗ってしまう自分に腹立たしい。

そんな事を話ながら学校の近くの喫茶店に足を向ける二人。
既にノーヴェは現地に到着しているそうだ。




そして到着した聖王との面会場所。
小等部の時に何度か買い食い禁止として学校が注意していた場所でもある。
中等部はその辺りが少しゆるくなるのか、中等部の制服を着た先輩達がお茶しているのをオトナっぽいと眺めた事を思い出す。

「多いですね……」

「……」

場所がオープンテラスの喫茶店ということもあるが、話しているグループの人数がとても多い。
10人以上いるだろうか?
恐らく全員が並大抵の人間では無いだろう。3人ほどいる小等部の制服を着た女子、今アインハルト達がいるところからでは目の色までは確認できないが、恐らく彼女達の内誰かが。
思考にふけりそうになるアインハルトだが、まずは動かなくては、と思い直し。

「行きますよ、タカオ」

自分の唯一の連れに声を「……」

「タカオ?」

その連れは、何処か難しそうな顔をしてノーヴェ達のグループを見ている。
何か気になる事でもあるのだろうか? 疑問に思うアインハルトだが……

「女子、多すぎない?」

そう呟くタカオ、改めてグループを見るが、確かに遠目ではその全てが女性のように見える。
それがどうしたのかと思うアインハルトだが。

「……いや、ほら、あの中に一人だけ男でまじるのはちょっと……」

タカオの説明を聞いてもあまりピンと来ないアインハルト、自分だって知らない人ばっかりのところに行くというのは結構緊張するのだ。

「行きますよ、ほら」

「ちょ、タンマ、タンマ、心の準備を」

何時もだと、彼の方がこういう時落ち着いているのだ珍しい展開にちょっぴり得意な気持ち湧き上がる。
後にアインハルトはこの時の事についてこう語った。

「あれは……そう私も実は緊張していたんです、そうです、そうでなかったらあんな……」

あんなふうに、手を引っ張ったまま前に出たりはしなかったと……





一応、アインハルトにとっては歴史的瞬間のハズである。
聖王のクローンと覇王の血脈の数百年ぶりの邂逅、その場に立ち会えたことを感謝するべきなのだろう。
きっと彼女的には。

しかし、タカオ少年的には、よく分からない主張に振り回されてるだけであり、ちょっと噂になったことのある後輩と面識ができた以上の何者でもない。
聖王教会が次元世界で有数の勢力を保っているのは、よく言えばリベラル、悪く言えばいーかげんなところが大きいと授業で習った。
もっとも、そう解説したシスターシャッハは苦虫を噛み潰したような顔をしていたなあと思い出す。
クローンに記憶を移して行き続けるという技術が古代ベルカにはあったらしいが、その辺を真面目に検証したトンデモ科学雑誌には

『それが成功したのは、クローン元と同じ環境が存在し、かつ求められる人物像が固定されていたからだ』

と書いてあった。最後の結論として、全く異なる環境になっている現代に古代ベルカの王などをクローニングで復活させても
古代の王は誕生しないだろう。

と、学校の図書館でバックナンバーを読んだことがある。
つまり、聖王クローンと言っても彼女はそういうステータスを持ったヴィヴィオという後輩でしかない。

(その辺、あいつどー思ってるんだろうなあ)

自己紹介こそ一緒に行ったが、周囲の注目はアインハルトが独占していた、客観的に見てもアインハルトはレベルの高い美少女であり、美少女と普通のがきんちょならどちらが注目度が高いかは比べるまでもない。

そのアインハルトはヴィヴィオと向き合って握手をしてから身動き一つしていない。
生で見たヴィヴィオは写真で見た時よりも魅力的な少女に見えた。
写真からでは伝わらない、生命力というか、力いっぱいの元気さがまぶしいほどだ。

(一応記念撮影しといてやるかなあ)

そう思い、横から二人をデバイスのカメラに収めようとしたタカオ。
そうして、ヴィヴィオと対面したアインハルトの顔を……

(……いや……今ここで指摘するようなことでは……)

現状、気にしている人はタカオただひとり、ならば別にここで言う必要もない。
とりあえず手合わせ、とノーヴェが提案し、カフェに集まった集団は一路体育館に移動する。
ヴィヴィオもアインハルトを気に入ったようで、アレコレと話題を振っているが、当のアインハルトの反応は芳しくない。

(すっごい香ばしい香りがするなあ)

今のところ、アインハルトからちょっとアレな発言は出ていない、だが今の状態がココアの膜のように脆いものであるとタカオは敏感に感じていた。






「えっとタカオさんでしたっけ?」

「あ、うん、えっと……リオちゃん、だっけ?」

ヴィヴィオの友達として一緒にいた二人の小等部の女子。
元気な子がリオ、おとなしそうなのがコロナと覚えたタカオ、沢山いた大人組は多すぎて覚えられない。
そして恐らくアインハルトの方はヴィヴィオ以外の名前も顔も全く覚えていない。

アインハルトとヴィヴィオ、両名は体育館の中央付近で動きやすい格好に着替え、身体をほぐして対峙に備えている。
ヴィヴィオの表情は、裏表のない新しい友人との出会いにワクワクしている健全極まりないものだ。
どちらかというと暗く、大人しそうに見えるアインハルトとは好対照的に周囲に映っていることだろう。
アインハルトは内心色々と複雑に感情が渦巻いているのだが、それを見て分かるのはこの場においてはタカオ一名しか理解していない。
彼女は冷静なタイプではない、と言い切るタカオの彼女の評価は

困った事があると、目をつぶった状態で眼前のものを破壊して突き進む。

という女性の評価としてどうなの? という物騒なものである。
その徴候が見え始めているアインハルトを純朴な後輩に差し向けるのはどうなのだろうと目が離せない状態であった。
そして、それは彼一人しか持ち得ない評価である。


「タカオさんとアインハルトさんってどういうご関係なんでしょうか?」

「クラスメイト」

リオからの質問に対して話題を断ち切るような一刀両断な回答。
それどころではない。というのがタカオの本音だがリオ、コロナの両名はそうは捉えない。
真剣に目を皿のようにしてアインハルトの一挙一動に気を配る彼とその視線を受ける彼女に何かしらの邪推を覚える年頃だ。
凄まじく端的に関係を暴露されてしまったのは少々面白みに欠けるが、年上の男女ペアというのは思春期の入口にいる少女達には絶好のゴシップである。

(アイツが王様一筋で助かった……)

とは声に出さない。
彼女がコレを聴かれた場合、面白おかしく火にガソリンどころか反物質投入レベルの燃料を投下してしまうのは間違いないのだから。

身体を動きやすいシャツとスパッツで身をまとめオープングローブをはめたアインハルトとヴィヴィオ。
互いに向き合いノーヴェの合図を待つ状態。
まさにアインハルトの求めた瞬間、しかし、そのアインハルトの瞳に浮かぶのは歓喜ではなく……

戸惑いだった。








試合が始まり最初に仕掛けたのはヴィヴィオ。飛び込み下からの打ち上げから始まり回し蹴り、ジャブ、ストレート。
小等部4年生ということを差し引いたとしてもかなりのレベルにあると言っていいだろう。
拳の一つ一つ蹴りの一撃一撃が風を切るような音を立てていく。
動きの一つ一つが人体を効率的に使って打ち出されている事の証明。


(ぶっちゃけ中学でもイイトコ行くぞあれ……)

タカオがそう思うのも無理はなかった。
もちろんその中等部の中でも飛び抜けているのはアインハルトになる。そのアインハルトに追いつくヴィヴィオ。ベルカ最強を謳われた聖王のクローンは伊達ではない。

何より、その顔に浮かぶ笑顔は、女の子としてはどうなのかは個人の感想に任せるとことであるが全力で好きなことをやっているのが誰の目にも分かるものだった。
だが、待ち望んだ瞬間、戦いだったはずのアインハルトの顔に張り付いているのは、喜びではなく……

失望だった。




そして繰り出されるたった一発の掌底、それがこの戦いの終結だった。




違う……
彼女は違っていた。
アインハルトの求めていたものは高町ヴィヴィオではない、聖王オリヴィエ。
覇王と共に過ごし、悲しい瞳をして去っていった最強のベルカ王だったのだから。
格闘技を裏表なく楽しんでいる高町ヴィヴィオではない。
そう悟った瞬間、ヴィヴィオに対する興味を失ってしまった。

(無駄だった……)

覇王の無念を受け止めてくれるのは聖王。
聖王のクローンではない。

後日の再戦の約束も、「おーい」彼女の中では大した事ではない
聖王と戦うという目的とは異なる、ただのスポーツとして趣味として「おーい」の競い合い。
それではダメだと、アインハルトは考える。
もっと、ギリギリの、双方の全てを「おいって言ってんだろ!!無視すんなごらあああ!!」

「い、痛い、何をするんですか!!」

「さっきっから呼んでんのにシカトするからだろうが」

ヒリヒリと臀部に走る痛み。
先程の試合から数十分後、ほぼ夢遊病者的に帰ろうとするアインハルト、周りの目が無くなってから声を掛けても掛けても反応無し。
「それで蹴りましたーなんか文句ありますかー」

「か、仮にも女性のおし、し……を蹴りますか普通!?」

「うっせ、お前なんて小等部の子の乳殴ったじゃねーか!!」

「!? ……ってそれは試合上の事で、しかも同姓同士じゃないですか!!」

「へー、へー、へー」

何に文句があるというのか、アインハルトの困惑を他所にタカオのアインハルトを見る目は白い。
その態度にブスっとしてしまう彼女だった。何が文句があるというのか、ハッキリして欲しい。

「お前ってさ、やっぱあっちの人じゃねーの?」

「はい?」

「ほら、女が好きな……」

数秒の硬直、唐突な問いに対して思考が追いついていないのかアインハルトのレアなポケーっとした表情が浮かぶ。
そこから再起動にまた数秒、その中には何故?何?どうして?といった問いが無数に浮かんでは消え浮かんでは消えている。

「えっと……何故そういった結論に?」

「お前がヴィヴィオちゃん見る視線は普通じゃなかった、絶対怪しかった」

はい? と疑問の声を上げるアインハルト、だがタカオはその追求の手を緩めることはない。
オラオラネタは上がってんだよ、さっさと吐いちまえと刑事モノのドラマのようにアインハルトに詰め寄っていく。

「で、ですから、私はそっちの趣味は」

「これでも?」

そう言ってタカオが取り出したのは待機状態のデバイス、そのディスプレイに映っているのはアインハルトとヴィヴィオの握手をしている写真だ。

その写真に写るヴィヴィオ、まさに満面の笑みを浮かべ、大変魅力的に写っている。
しかし、問題はアインハルトだ。
頬を染め、夢半ばという感じの宙を見る目、それはどう考えても、誰が見ても。

「そ、そんな馬鹿な……」

「オレも目の間違いだと思いたかったぜ……だーれも指摘しねーし」

そこの辺は色々と事情があるのだろうが、その辺はさっぱりと分からないこの二人。
アインハルトは見てはいけない呪いの新聞を見た時のように狼狽え、後ずさり、そして膝を折った。

「……(ブツブツブツブツ)」

「あれ? ん? 何聞こえない」

「違うんです、違うんです、これは、そうこれは」

顔に絶望と書いてあるようなほど虚ろな目をした彼女。
(さ、流石にやり過ぎたかなー? いやでもコイツの自覚無く可愛い後輩に近づけるのはなー)
等と考えるタカオ、今のアインハルトは危険であると肌で感じ、どう声をかけたらいいのか。

「そう、私は悪く有りません、そうこれは……」

ヤバい、逃げよう、と思ったタカオだが、そんな時間が有るわけがない。
今までのパターンからしてキレると判断し身構える。

「覇王の罠です!!」

「お前今までと言ってる事ちげええええええ!!」

「何を言うんですか!! 私が女の人に懸想するなんて、これは覇王の影響に違いありません!!」

「いやそーかもしれねーけど、そーかもしれねーけど、お前がそれ言っちゃダメだろ、絶対!?」

話の根底を揺るがすような責任転嫁を始めるアインハルトに対して思わずツッコミを入れてしまうタカオ。
しかし彼女は止まらない、というよりブレーキを外してニトロオンしたようなエンジンで突き進む。

「いいえ、違いありません!! こんな身体にしたのは彼に違い無いんです!! 酷いあんまりです、私の人生も心もボロボロです!!」

ちなみに彼らはまだ街中の路上である。

「いや分かった、分かったから場所変えようよ、アインハルトさんが騒ぐから人が」

「もう、もうどうしたらいいんですか!! こんなんじゃお嫁にも行けません!! どうしたらいいですか!!」

次第に集まる人、その全てに戸惑いと好奇の視線が宿っている。
整った容姿の美少女が髪を振り乱して泣き喚く様を見るな。という方が無理があるのだが。

「や、やめろアインハルトー!!」

「最低です、最低ですよー!!」

このカオスは、騒ぎを聞きつけたシスターシャッハがやってくるまで続いたそうである○



[24355] アインハルトと過去の人
Name: 国綱◆79ae6add ID:875d5bb2
Date: 2011/10/04 03:07
ぶちりぶりちと地面に生える雑草。
その一本一本を引きぬき一箇所にまとめていく。
持ち上げた雑草の根本に鎌を当て出来るだけ根っこを含めて引きちぎる。
中腰で長時間行う作業に鍛えた身体も悲鳴を上げ始めて。

「やってられっかーー!!」

相方は既にやる気を失い、不平不満を叫ぶ事が多くなってきた。
確かにサンクトヒルデ魔法学園中等部の裏庭の草むしりは始めてから一時間でわずか10分の1も終っていない。

「仕方ないじゃないですか、シスターシャッハの言いつけなんですから」

「それもこれもアインハルトのせいじゃねーか!!」

う、と詰まる、こうして裏庭の清掃を命じられたのもここ最近騒ぎをよく起こす問題児に対する罰としてだ。
その直接原因となるのは、大抵がアインハルトの奇行である。
例えその奇行の引き金になるのがタカオ少年のツッコミだったりなんだったりしたとしても、そこを教師への言い訳にしないのはアインハルトのちょっとした自尊心だ。

「つかさー、焼こうよこれ、焼かないとまた生えるし、てかなんで魔法使用禁止なんだよ」

多分貴方と同じようなことを考える人が多いからです、とは口に出さずに笑って誤魔化す。
校舎の壁に煤のようなものが付いているのも気にしない事にする。
その下の方にノコギリのようなもので削ったような跡があるのも気にしないことにする。

とはいえ、一時間かかって全体の半分も終わらない現状にタカオほどでなくても力が抜けるのも事実。
ある程度文句をぶちまけて満足したのか、タカオが作業に戻ったのでアインハルトも行動を開始する。

実際これを全て自分達だけで片付けるわけではないだろう。
魔法も機械も使わないで全ての草を刈り取るのは非現実的すぎる。
となると、アインハルトのするべきことは反省しましたという態度を進めた作業量で示すことだけだ。
やりますか、と呟いて草を引き抜く作業と腰の痛みに挑む戦いを再開するのだった。


「「いたたたた」」

二人が作業から開放されたのは実に二時間後、普段やらない姿勢での長時間作業。
鍛え方の多可に関わらず響いてくる腰の痛みに二人揃って腰を叩く動作を行っている。

「いいですか? 二人とも、もう変な騒ぎを起こさないように」

「うーす」「はい」

確認に来たシャッハにより開放、一応彼女の考えていた範囲は終了しているのか、まだまだ草刈は三分の一も終っていない。

「いいんでしょうか?」

基本真面目であるアインハルトはそれが気になってしょうが無い。
翌日からでも続きをして、きっちり終わらせないとスッキリしないのだ。

「いいんじゃね? 帰ろー」

と、対して終わったんだからいいじゃん、というスタンスなのがタカオ。
きっちりと全部終わらせるべきです(キリ)というアインハルトの主張を聞きもしないで茂みに隠した鞄を掴み既に帰宅モード。
そうなるとアインハルトも続ける気と帰る気も半分半分になり、結局流されてしまう。

一見すると、どちらが主な問題児なのかは分かりやすいはずなのだが……
不意打ちに弱く、かつ色々問題を抱えていることがアインハルトのマイナス点を爆増させているのだった。






聖王オリヴィエのクローン体、高町ヴィヴィオ。
彼女が聖王教会系列サンクトヒルデ魔法学院に入学したのは四年前のことである。
聖王のクローンが聖王教会の学校に入るという、ある種ジョークのような事に一部の人間は大きく反応した。
が、スグに慣れた。

話題はあっというまに風化し、彼女はただの目立つ生徒A的な人間となる。
既に300年前の宗教で祀られるほどの英雄、そのイメージはもはや具体的な形は無く、完全な偶像と化してしまっていたためだ。
勉強ができ、運動もでき、優しく謙虚で好奇心旺盛な彼女は将来有望な少女であり、それ以上でも以下でもない。
人が求める、聖王オリヴィエに変わるものでは無いのである。

そんな彼女が現在夢中なのは、ミッドで一番メジャーな格闘技と言われるストライクアーツであった。

「熱心だねえ」

「えへへそうですか?」

褒められて悪い気はしないのか、更に気合を入れて打撃基礎練習を再開するヴィヴィオ。
その姿を見物するタカオ。
どうしてこのような構図になったのか、それはかれこれ一時間前のこと。

「タカオさーん!!」

行きつけのデバイスパーツショップでお財布の中身と欲しいパーツの値段を見比べ、ため息を付いてから帰宅するという何時ものパターンを踏襲するタカオ。
そこに声をかけたのはピンクのジャージ姿のヴィヴィオである。

声を掛けてタカオに近寄って、そこの第一声は「アインハルトさんは?」
だった事から、ああ自分は完全にアインハルトのオプションだなっと、アインハルトの周囲をフヨフヨする自分の生首をイメージしたタカオ。
ヴィヴィオとしては自分と同じ学校でしかも同じ格闘技者で、自分以上の修練を積んでいる身近な先輩という。
自分の沢山いる姉貴分ではなく、もうちょっと近しい存在が現れたことが嬉しくてしょうが無いだけ。
そこら辺はタカオも分かっている、ヴィヴィオの知合いのお姉さん達は何人か会っているが、彼女達は何処か保護者としての顔で接している。
それが悪い事では無いが、学校の先輩と、親とも繋がりのある保護者とでは接し方が変わるのも当然と言えた。
先輩という、新鮮な響きを持つアインハルトの登場に彼女の心は浮き立っているのだ。

(これでアイツが覇王オタクでユリユリ星人じゃなかったら気を揉まないのになあ)

と、本人に言ったら丸一日冷たい目で見られるような事を考えていた。

「いや、そもそもオレ、アインハルトと一緒に何時もいないとダメなわけ?」

「え?」

(いや、そこで何いってんのこの人的な反応されると困るんだけど……)

実質、タカオの存在感は彼女たちの中ではアインハルトのオマケ以上のものではない。
その点はタカオも彼女を攻めることは実はできない。
ヴィヴィオの持つ聖王のクローンという付加価値がリオやコロナをオマケ的に見せてしまっていたのは否定できない。
前回の邂逅時に自己紹介以外全く会話が無かった二人だったが、少し話そうとヴィヴィオが誘い、訓練まで待つことになったタカオはヴィヴィオの練習風景をボケーッと見ることになった。

公園の噴水前でシャドーと走りこみの基礎練習を繰り返すヴィヴィオ。
基礎練習といえば地味な響きを持つし、基本繰り返しになるため飽きやすい。
重要なことは誰もが耳を酸っぱく聞いているが、それでも飽きが来るのを避けられないものだ。
それをコーチの監督もなく、延々と繰り返すことができるというのも一種の才能と言っていい。
「せいおーのくろーん」というアレな出自を持っている割に地道なのが高町ヴィヴィオの良い所だろう。

「いえー、なのはママが厳しくって」

「へー」

なのはという名前にちろっと有名人の名前を連想したタカオだが(そこまで世間が狭いことあるまい)とサラっと流す。
ヴィヴィオの真面目そうなところはそのお母さんの教育の賜物なのだろう、いいお母さんだなあ程度の感想だけを持っておく。
それよりもタカオが気になったのはヴィヴィオの周囲に浮かんでいるのはウサギ型の人形。
ふよふよと浮かびながらヴィヴィオの動きをデフォルメしてトレースしている。
デバイスとしては極めて特殊なタイプだ。

(珍しいなあ)

と、思ったタカオ、その視線は完全にヴィヴィオのデバイスに釘付け。
その動きはどういう意味でもたせているのだろうか、どこのメーカーのパーツを搭載しているのだろうか。
内部ソフトはどんな具合だろうか、と次第にヴィヴィオよりもデバイスの方に興味が移っていった。

「え、えっと見てみます?」

休憩と水分補給にベンチへ戻ったヴィヴィオが声をかけると機械仕掛けのようにコクコクと動く首。
流石のヴィヴィオもちょっと驚くが、母の知り合いによく似た匂いを感じたため、少しだけ警戒心が解けた。
年上の男性ではなく、同年代の男の子の知り合いというのもヴィヴィオにとっては珍しい交友だった。

付き合いのある人間が母経由の知り合いが大半だが、母の庇護が強いという訳ではない。
彼女の母は、ヴィヴィオにとって母であり姉であり先生であり友達である。
年齢が離れていないこともあるが、その多面的な関係性から母に対しては愛情や友情だけでなく尊敬の念すら抱いている。
そんな母の交友関係もやはり魅力的な人が多いため、自然と学校以外の付き合いは母と何らかの関係のある人間に偏っている。
そのため、同年代の知り合いよりも圧倒的に年上の知人友人が多くなっているヴィヴィオには、こうしたほとんど面識のない知り合いと話す事自体が珍しいことだった。

(うーむ、タカオさん? かあ、どんな話題を振ったらいいのだろう?)

その珍しいちょっと年上の男の子と話すときは、いつでも一緒にいる女の子を介しての会話が多い。
よく知らない先輩との会話の参考には余りならない。

むー、と考えるが、やはりデバイスを話の種にするべきだろう。
先ほどの食いつきの良さから、デバイス好きだろう程度は検討が付いている。
とりあえずクリスの感想から聞いてみよう、セイクリッドハート、愛称クリスと名付けた相棒は自慢の可愛らしさだ。
これからだけでも十分に話しが転がることだろう、
流石は母とその知人が創り上げたデバイス、その外見だけでなく性能もヴィヴィオを十分に満足させる自慢のデバイスである。

さあ、とデバイスに対する賞賛を期待したヴィヴィオ。
その目映るのは、耳に色々刺されて悶絶中のクリスである。

「な、なにするんですかあ!!」

クリスを助けたいが何をされてるのかすらよく分からない。
そうしている間もクリスが時折ビクンビクンと痙攣する、その光景、心配しないのは無理がある。

「何って……見るって中身を見ることだろ?」

「いや、違うと思います、絶対違います」

そか、とだけ言って何やらをクリスに設定するタカオ、ケーブルを引きぬいて暫くすると気がついたクリスは一目散にヴィヴィオに抱きついて来た。

「タカオさんって人のデバイスを見る時っていつもこうなんですか?」

「まあ、知り合いのやつの調整とかよくやるしね」

その子は新しいから全然劣化してないね、と言われても微妙によく分からないので「はあ」と空返事。
どうやらヴィヴィオの知り合いと比較しても直接的に弄ってくるタイプらしい。
詳しいことは文系を自称するヴィヴィオとしては苦手分野だ。

母のように魔法を直感的に組み上げるとか、流石に理解出来ない領域で、そうなるのは自分にはちょっと無理かなあと思っている。

「いいなあ、新型のコアにパーツ精度も高い高級品だし拡張性も高い、このブルジョアめ!!」

「あ、あははは、そ、そんなにいい子だったんだクリスって」

「そうだぞ、きちんと育てないと勿体無いお化けがでるぞ」

むしろパーツくれ、とまで言う彼に空返事しかできない。
クリスは既にヴィヴィオの背中に隠れている。

「てことは、タカオさんのデバイスってオリジナルなんですか?」

「おう、これな」

手渡されたデバイスは以前ヴィヴィオが使っていた通信用に近い形状をしている。
一面のタッチパネルと思しき画面とそれを覆う囲みだけで構成されたものだ。

「え、えとインテリジェンスデバイスなんですよね?」

『肯定』と今まで真っ黒だったディスプレイに文字が浮かぶ。
文字表示タイプは今のミッドでは結構珍しいタイプになる、大抵が空間ディスプレイになり、大画面を場所を取らずに使用できるからだ。

「こんにちは、高町ヴィヴィオです、あなたは?」

『個体名、イーグル、型式番号、T06CV4』と表示が切り替わる、無口なデバイスは知っているがこれは何か違う。
そう、母の親友や同僚の持つデバイスも無口で喋らない子も多いが何か違う。

「えっと、喋らないんですね」

『不要』

固い、固かった。無口とかじゃなくて色々固いそして簡潔だ。

「情報収集分析タイプだからなそいつ」

『肯定』

そういう問題なのか、盛大に疑問を抱くヴィヴィオ。
いくらなんでも簡潔にして端的過ぎるのではないか。
とはいえ、本人が使いこなしている以上、突っ込んだ質問は無粋というものだろう。

「そういえば、アインハルトさんのデバイスはどんなのなんです?」

「ああ、あいつ持って無いんだ、古代ベルカ式魔法だからな」

はて、それが何か問題なのだろうか、と疑問に思うヴィヴィオ。
自分のクリスもミッドとのハイブリッド系とはいえ古代ベルカ式も使えるデバイスで、知り合いには結構その使い手も存在していて。
その全員が専用デバイスを駆使するハイレベルの騎士達。
中には古代ベルカのデバイスそのものも友人にいるヴィヴィオにとってそこは何か問題があるのか。

疑問に思っているヴィヴィオに対して、タカオがその理由を簡潔かつ明確に指示する、そう。

右手の親指と人指し指で輪を作る極めてわかりやすいマークで。
自分、恵まれてるなあ、と心のなかで呟いたヴィヴィオだった。



ヴィヴィオとタカオが初の会話を試みるのと同じ時。
アインハルト・ストラトスもまた、別の人間と邂逅をしていた。
タカオの全力の嫉妬が篭った突きとともに受け取った『同姓からのラブレター』『同姓からのラブレター』

くらり、とくる目眩を必死に抑えるアインハルト。
手紙に名前を書いていない、場所だけ指定というかなり不穏な香りがする文面だったが、タカオに何処の誰かを調べてもらうことはしなかった。
普通の人はこのような手紙はスルーで身辺に気をつけてポストに不審物が無いか、あった場合は爆破するとタカオは言っていたが、アインハルトはそのような事はできない。
いざとなっても何とかできる自信があったし、何より相手に失礼だと考えた。

しかし、いざその時になるとすっごく引き返したいと思い始めてしまう。

(……や、やはり女性にそういう感情を持ったりする以上普通とは違う方なのでは……せめてタカオに遠くで見てもらうとかなんとかあったんじゃ、いえ、そんな事があるわけ無いわけ……)

と、絶賛混乱してしまい、手に人を10回ほど書いて飲み込むのをかれこれ20回は繰り返してる。
そもそもアインハルトは知らない人と戦うのはいいけど話すのは苦手。
変なところで真面目にしているが緊張しまくっているのだ。

「お待たせしました」

「ひゃ、ひゃい!?」

思わず変な声を出してしまったアインハルトだが、いやこれでいいのかもしれないと思い返す。
とにかく自分はそっちの人ではないので申し訳ありませんがお断りします、この一言を告げればいいのだと。
以前、タカオが受け取った時、その時には顔までしっかり見たわけではなかったので、これが初対面になる。

「来て下さったんですね、アインハルト様」

「は、はい……アインハルト・ストラトスです」

肩口までで切りそろえた藍がかかった黒髪、眉よりも上できっちりと切りそろえた前髪、アインハルト以上、変身後未満程度に伸びた手足。
腰回りは僅かながら女性的な雰囲気が生まれ始め、子供から女の子に変わり始めている。
膨らみ始めた胸は、変身後はともかく今のアインハルトよりもあることは一目で判別できた。
お嬢が坊ちゃんが多いサンクトヒルデにおいても深窓のお嬢様とみられることになるだろう。
何故このような人が自分に目をつけたのか、自称他称の長期ボッチ生活を送ったアインハルトは本気で接点が分からない。

(といいますか、様? 様ですか……)

先輩なのに……自分を見つめる大きめの瞳に宿る感情もアインハルトの理解の外。
何やら特別な目で見ているのだろうが、それが何を意味するのか。
目で見るまでは、誰かに吹きこまれた「お姉さまと呼ばせてください」的なイメージで自分を見るのだろうと思っていたが、どうやら事はそう単純な話だけではないらしい。

(並んだ場合、確実に私が妹扱いですし……まさか妹になってください!! って)

絶賛混乱中のアインハルトだが、当の相手は彼女の顔をジッと見るだけで一言も話さない。
いや、次第にその目が潤みだしている。
ソレに気がついたアインハルト、ここで気をやるわけにはいかないと、不安で崩れそうな表情を必死で維持していた。

「……陛下」

「はい?」

そう呟いた瞬間、彼女はアインハルトの前で片膝を付く、決して昨日今日思いつきでやった行動ではない、その動きは長年繰り返したかのように堂にいった素振りだ。

「え? ちょ、止めて下さい、何なんですか急に!?」

「陛下、クラウス陛下ですね、私です、クーペです」

誰? と喉まで出かかった声はギリギリで止まった。
落ち着いて考えてみよう、自分を陛下と呼ぶ→覇王関係者→誰?

(……分かりません……)

そもそも彼女の他に関係者を見たことが無い、それゆえタカオの厨二病扱いに反論どころか『バッチリ厨二病ですスミマセン』状態だったのだ。
そんな状態で他に関係者かどうか探りを入れられてもさっぱり分からない。

「あ、あのですね……」

「ああ、陛下、その高貴さと気高さと貫く意思、貴方の前に馳せ参じる日を一日千秋の思いでお待ちしていました」

お、重い、というか自分の今の目って困惑と戸惑いとちょっとの現実逃避が写っていると思うのですが、これが『ふぃるたー』ってやつなんでしょうか?
半分くらい聞き流すがどうやらクラウスの事をかなり心酔しているようである。
そういう記憶があっただろうか? と自分の受け継いだ記憶を思い返してみるが……

(清々しいまでに覚えが有りませんね、オリヴィエの記憶以外……)

そう、オリヴィエが豹を可愛がっていたとか、最後に悲しい目で去っていったとか、よく遊んでいたとか。
自分の鍛錬の元にしていた訓練の記憶も冷静に思い返すとオリヴィエが去った後の後悔とかオリヴィエとの訓練にいいところ見せようとかオリヴィエより強くなって等々。

(どれだけオリヴィエが好きだったんですかクラウスって……)

ここでアインハルトの思考は停止した、正直に「ごめんなさい、さっぱり記憶に残っていません」と正直に言うべきだ、と回答を出しているが。
自分を頼ってここまでやって来た方にそれは失礼ではないか、とも思ってしまう。

ここで第三の冴えた回答を思いつく。

という展開を生み出すほどアインハルトは人馴れしているわけでもない。
結果、一言も喋らずに傍目には真摯に彼女を見つめ、内心はごっちゃごっちゃ混乱中というよく分からない状態に陥ってしまう。
それさえも

「ああ、陛下、その変わらぬ済んだ眼差し、お変わりない……」

と超が付くほど好意的に解釈する自称覇王の関係者のクーペ。
そのくすぐったいどころか、自分が口に出したら悶絶しそうな華美な称賛の嵐をギリギリ顔色を変えずにスルーするアインハルト。
聞いてる限りではどうもオリヴィエとの別れの後の主従関係が有るらしい。

(……やっぱり全く記憶がありません)

クラウスの『そんな後のこと興味ねーよ』という声が聞こえてきそうである。

「陛下、今はこの地に覇王の国を再建なさるおつもりでしょうか?」

ぶっと吹き出しそうになるアインハルト。
「それってクーデターってやつじゃないですか!!」と叫びたくなる。
いくらアインハルトでもそんなつもりはさらさら無い。
心の中のクラウスも両手に首をブンブン横に振っている。

「そんなつもりはありません、ここにいるのは覇王ではありません、覇王の記憶を継いだアインハルト・ストラトスです」

「そう……ですか」

目に見えてズズーンと沈んだ彼女をみるとアインハルトの中にも何故か罪悪感が沸き上がってくるが、これについてはどうしようもない。
そもそも何でそんな話になるのか、覇王の目的は最強の王の称号ではなかったのか?
アインハルトの考えるクラウス像と自称元家臣の転生の考えるクラウス像にはかなりの隔たりがある。

「クーペさん、私は確かに覇王の記憶、そして心を受け継いでいます、ですが覇王になるつもりはありません、クーペさんもこの時代に生きてください」

もう存在しない国、そこに生きる人もいない、求めるのは300年も昔の記憶を受け継いだ人だけ。
だけど彼らにもこの時代の家族、友人という今の時代の居場所がある。
もしも万が一、自分達以外にもこのような人間がいたとしても、それは覇王の国を蘇らせる理由にはならないだろう。
どうか、今の自分を受け止めて生きてほしい。

(よし、自分でもうまくまとまりました)

俯いて顔を上げようとしないクーペ、それにちょっぴり申し訳ないと思いながらも今なら離脱できると考えるアインハルト。
このまま帰って今日のトレーニング、そしてヴィヴィオとの試合の準備を。

クーペは肩を震わせながらも地面から視線を反らさない。
それが悲しみによるもの、と考えてしまったのがアインハルトの不幸だった……


「へ、陛下ー!!」

「え? うえ? はい!?」

突如と抱きついてきたクーペ、あまりの展開に頭が付いて行かないアインハルト。
グズグズになった彼女はその顔をアインハルトの肩に押し付け涙は制服にシミとなっていく。

「貴女はやはり陛下です、あの時と全く同じ、ベルカの世界が滅んだ時私たちにかけていただいたお言葉と全く同じです」

その調子に若干付いていけないが、泣いている女性を無下に扱うことはできない。
しばらくそのままにさせておこう。

グスグス、としているクーペ、どのくらいで終わるのだろうなあと考えながら背中をぽんぽんと叩きながら落ちつくのを待つ。
年上のはずだが、これではどちらが年上なのか分からない。
温かい体温と、細身に見えて発達した後背筋から、やはりこの人も覇王流なのだろうと予想する。
自分以外にも覇王流ができる人間と知り合えたことは大きな幸運だ。
タカオは結局ミッド式魔導師であって自分とは魔法の質が違いすぎる、結局練習は自分だけでやるしかなかったアインハルトは同門が現れた事に素直に喜んでいた。


10秒前まで。


オカシイ、オカシイ。
いくらなんでも長すぎる。
クーペがアインハルトに抱きついてあまりに長い時間が経っていた。
最初は彼女も離れるタイミングを失ったのかと思っていたが、どうもオカシイ。
彼女の手は肩からいつの間にかアインハルトの背中に周り、かなり強い力で抱きしめられていた。
涙と嗚咽は止まり、むしろ鼻息が荒くなってきている。
これはいくらなんでも、女の子としてどうなのだろうか?

「あの、クーペさん?」

返事はない、それどころか抱きしめる力は強くなり、鼻息もはっきりと聞こえるようになってきた。
クンクンクンと犬のように嗅いでいるのは、自分の体臭?

「ちょっと!?」

思いっきり引きはがしたアインハルトが目にしたのは、トロンとしただらしない目をしたクーペ。
最初のお嬢様然とした姿はどこに行ったのか。
背中に嫌な汗が流れ、涙とは別のものでアインハルトと服を密着させる。

「あ、あの……」

「陛下……」

嫌な予感、全力で全神経が逃げを支持するがそれよりもクーペの行動が速い。

「陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下陛下ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

「ちょ、いやー!!」

ゴス、といい音を立ててアインハルトの撃ち下ろしがクーペの頭部を捕える。
余りにイイ手ごたえにクーペの心配が先立つアインハルトだが、直ぐに復活する彼女に対して距離を取ることを優先する。

「な、何をするんですかあなたは!?」

攻撃よりも身の危険の方が先立つのか、両手で自分を庇うアインハルト、一歩退くとうつむいて髪に隠れた顔がうかがえないクーペもまた一歩進む。
今まで感じた事のない身の危険。
自分を傷つけたり、やっつけたりといったものとは別の脅威を生まれて初めて感じている。

「はあはあはあはあはあはあ、陛下はあはあはあはあはあ」

こ、怖い、これは怖い。
察しの悪い方の人間だとはいえ、ここまできたら何なのか大体分かった。
普段痴漢で騒ぐニュースに何故抵抗できないのかと疑問に思っていたアインハルトだが、被害者の彼女達が反撃できない理由が理解できた気がする。

「な、何をするんですか!? 私女ですよ!」

「陛下、本当に覚えておられないのですね」

何を!? と聞き返したいが自分で本当になーんにも覚えていない。
彼女に誘発されて何かの記憶がよみがえる事もない。
反論らしい反論もできないまま、彼女の言葉を耳に入れることしかできないアインハルト。

「かつて陛下にお慈悲を頂こうと思った時も私はこう言いました、性別など愛の前には些細なこと、これも陛下に対する忠誠の証と」
こういう忠誠はいらないです!! と心の中で思ったが、それよりも色んな欲望で濁ったクーペの目に気圧されて口に出せない。
それ以前に心の中のクラウスに文句を言いたいところだが、この後に及んで後ろ姿で全力ダッシュしている姿しか思い浮かんでこない。

「陛下……」

ジリっと足を進めるクーペ、そこにある狂気の気配に完全に気圧されるアインハルト。
熊の威嚇ポーズのように開いた両手の先にある指の動きにも生理的な嫌悪感しか浮かんでこない。

「陛下……」

後ずさるといつの間にか背中に壁がある事に気がつくアインハルト。

「陛下……」

「……」

「陛下ーーーーーーーーー!!」

「い、いやあああああああああ」













カーテンどころか雨戸すら閉めきった真っ暗な部屋、僅かな光すら中に差し込まないその部屋のベッドに一人座り込むアインハルト。
昨日の彼女を知っている人間がいたらそのゴッソリとコケた頬に驚くだろう。
机の上でアラームを立てる端末にビクリと驚くところなど、幽霊を見て追われてしまった人のような有様である。
鳴り響く端末に浮かぶのはアインハルトにしては珍しく番号ではなく名前。

「……もしもし」

『あーアインハルト? お前学校休んでどした?』

「タカオ、ですよね?」

「あーそうだけど、お前が急に休むから何故か俺が連絡取ることになったんだけど、風邪なら風邪と「本当にタカオですね!?」」

しばしの無音、其の後タカオの怒鳴り声が端末のスピーカーから聞こえてくる。

「うっせーよ!? 何? どったの?」

「クーペさんは、クーペさんが近くにいたりはしないですよね!?」

誰? と返事するタカオ、それを聞いてもアインハルトは安心できない。
昨日必死で逃げて自宅もバレているのではないかと疑心暗鬼になり結局一睡もしていない。
部屋を閉め切ったのは外からの侵入ではなく自分がいることを悟らせないため。
「クーペって誰?」と問い返すタカオにもいるかいないかを聞くばかりで全く話は進まない。

「誰かしらんけど、普通クラスメイト以外と休み時間で会ったりしないだろ」

「そ、そうですか……」

その答えに要約人心地ついた気がして、要約気がほぐれた。
冷静に考えてみて、例え自分の自宅を知っていたとしても普通の人ならまず尋ねたらインターホンを鳴らすだろう。
それが無いということは、少なくとも彼女は昨日ここには着ていない。
この時間なら学校で授業中のハズ、偶然出くわすこともない。

「……コホン、失礼しました。タカオ、先生にはこれから行くと伝えて置いて下さい」

そうと決まれば忙しい、返事を聞く前に通信を切り学校に行く準備だ。
宿題もあったが、そちらには全く手をつけていないため、休み時間に片付ける必要があるだろう。
着替えて、顔を洗い、軽く髪をとかす。
何時もの朝の三倍位早くそれを済ませ一晩ぶりに雨戸を開けたアインハルトが目にしたのは。

「陛下、おはようございます」

「へ?」

庭先で、ぴしっとした、それでも一日の汗で長い髪が頬に張り付いた少女。
アインハルトの悲鳴を聞いたのはゴミ収集の青年だけだった。



[24355] アインハルトと聖王さま2
Name: 国綱◆79ae6add ID:0ea0ce7f
Date: 2012/01/26 01:39
ミッドチルダ時間12:00
ティアナ・ランスターとスバル・ナカジマの二人が待つのはアインハルト・ストラトス。
二人の知古の少女、高町ヴィヴィオとの約束の試合に向かう少女との待ち合わせの時間だ。

「んーいないなあ」

「そう、もうちょっと待ってみましょう」

車の外に立って彼女を探すのはスバル。
戦闘機人と言われる身体の一部を機械化された存在である彼女の五感は常人を遙かに上回る。
遠くを見たり、人ごみから特定の声を拾うことについては、ティアナの手を借りる必要等無いほどだ。

「こういうの、うるさそうな子だったよね?」

「そうね、アインハルトも根は真面目な子だったし、何かあったなら連絡くらい入れてくると思うんだけど……」

チラリと手にはめた時計を見るティアナ、5分10分程度の遅れなら場所が分からなかっただけの可能性もある。
なるべく分かりやすい所に指定したつもりだが、それでも上手くいかない時はいかないのだ。
それとも万が一の万が一の事も一応頭に入れておくティアナ。
アインハルトの襲撃事件に関しては、全く被害届け等は無かったが、逆に言えば「被害者は管理局を関わらせる気はない」ということでもある。
そういった人間が彼女らを襲う可能性も捨て切れない。
そういう事も考えないといけない、それがティアナの仕事なのだから。

「あ、ティア、来たよ来たよ」

と思ったが、それは杞憂、杞憂で終わるのが一番。
時計を見ると五分の遅刻、ふうと思わず出たため息。

(この場合、怒ってなくても怒るのが大人の役目ってやつなのかしらね)

と、そういう事を考える側に回った事にちょっぴり切ない気持ちを抱く。
相方はノーテンキに今来た二人組に対して手を振っているだけでここらへんの機微を期待するのは難しい。

嫌われ役かあ、と何時もの貧乏くじに少しだけ疲れてしまう。
まあ、他の人が貧乏くじを引くともっと疲れてしまうのだから、これはもう性分なのだろうと諦めている。
車外に出たティアナの目にスバルの示した方向から近づいてくるアインハルト達が目に入る。
相変わらずの制服姿に身を包んだ背の低い男女二人。
二人並んで歩いてくる姿は、二人がどうこう言おうと対外的にみて仲のいい友達としか見えない。


が、致命的に何かがおかしかった。
タカオ少年の方が先を歩いている、それはいい。
タカオとアインハルト、二人のうちどちらが人馴れした人間かといえばほぼ全員がタカオを上げるだろう。
アインハルトはその実力や行動力に反して人に対して控えめなところがある。

二人ともサンクトヒルデ魔法学院の学生服姿なのは変わらない。
変わらないのだが、タカオに限ってはシャツの裾をズボンの外に出して少々気崩した状態である。
別にそれはいい、学生としては悪いだろうが、その程度のことは目を見張るほどの特徴ではない。
問題なのはその裾が、普通ならありえないほどに伸びきっていることだ。

服の繊維を限界まで伸ばして、縮めてを繰り返したらこのような形になるのか。
通常の1.5倍くらいに伸びきったシャツの裾、その原因を推し量るのは誰にでもたやすいこと。
その原因は、今もその裾をギュっと握り締めているのだから。


「なにこれ……」

相方のツッコミに珍しく全面的に同意するしかないティアナ。
疲れた表情のタカオ、伸びきったシャツを掴んでいるのは半分涙目のアインハルト。
何があったと聞く以外にティアナに出来ることがあるはずもなかった。







「うおーい、アインハルトー」

部屋の窓をコンコンとノックするタカオ、真っ暗な部屋の閉めきったカーテンからギラリとした目だけを覗かせるアインハルトの姿はちょっとホラーだと思うが、今は口を出さないで置いてやる。
ちなみにミッド等の魔法文明で高層建築による防犯は全くもって役に立たない。
今もタカオはフヨフヨと浮かびながらアインハルトの部屋の窓を叩いている。
通常の都市空間での飛行は魔法文明圏にて規制されているが、空を飛べるという能力を子供らが

危ないから飛んじゃいけません。

なんて言葉を守るなど有り得る筈もなく魔法を覚えたての子供が家の庭や河川敷、公園、放課後の学校といった開けた場所での飛行は事実上の合法的飛行地域となっている。

「おはようございます……クーペさんは……」

「今200m圏内にいないぞ」

「今行きます!!」

バタバタと玄関に靴を取りにいくアインハルト、ここ数日の間タカオは毎日のようにアインハルトのお出迎えを行なっている。
自称、覇王第一の騎士という先輩が現れてからアインハルトはかなり参っている。
普段の彼女ならその状況を喜んでいただろう、タカオの前で「どうだ」っと心なし海老反りに胸を張って表情をえっへんっと変えていただろう。
そうならなかった理由が酷いものであったのがアインハルトのここのところ立て続けで起きる不幸の中でもとびっきり濃いものだった……

「先祖の供養が足りないんでしょうか……」

「普通、自分が先祖の生まれ変わりとか言って供養もヘッタクレも無いと思うがな」

普段ならそのツッコミに何らかのリアクションを返すアインハルトだが、華麗にスルーする。
もしくは突っ込む余裕すら無いのか。
手元のデバイスをチェックし、クーペの居所をチェックするタカオ。
様々な魔力、電波等等といったノイズがある中、特定個人の居所までチェック出来るタカオの能力は決して低いものではない。
何よりクーペとの鉢合わせを避けたいアインハルトにとってその能力は喉から手が出るほど欲しいものである。

「ほれ行くぞ、今日はヴィヴィオちゃんとの約束の日だろ」

「……はい、そうですね、お待たせするわけにはいきません」

聖王のクローン、高町ヴィヴィオ。
覇王と聖王の因縁はあるか無いかは歴史書でも諸説あるものなので本当にあったかどうかは謎である。
少なくとも、覇王の祖先を名乗るアインハルトにとっては聖王と覇王の因縁は明確なものらしい。
その因縁の精算のため、色々あって彼女との対戦を行った。まではいい。
大騒ぎの結果、何が不満なのか勝手に落胆したアインハルトに対して今度はヴィヴィオがリターンマッチを申込んだ。
と、いうのが関係者のようで一番関係が薄いタカオのこれまでの記憶である。
可愛らしい後輩に喧嘩売った挙句、勝手に落胆とか「コイツヒデエ」等と思っているタカオだが、これから行く待ち合わせ場所においては数少ない(というよりタカオしかいない)アインハルト陣営の人間だ。
そんな彼の心の中のアインハルトのあだ名は。

ボッチハルト。






普通に行けばティアナ達の待つ待ち合わせ場所に30分前には到着するだけの余裕がある。
タカオとしてはちょっとその前に買い食いなどをする余裕も計算に入れ、そのためのコースの割り当てまで完了済みだ。
対するアインハルトは既にタカオにナビを完全にお任せ状態。
そろそろ飯の一つや二つ奢ってもらってもバチは当たらないのではないか。
たこ焼き、たい焼き、焼きイカ、回る寿司、ハンバーガー。
その全てを網羅できる最高のコースで「通知」

唐突に響いた声はを上げたのはタカオのポケット。
その中に収まる四角い端末型の待機状態を持つデバイス、イーグルだ。

『目標が索敵内に接近、以後対象をαと呼称』

この状態で目標とαが呼ぶものは一人しかいない。
取り出したイーグルにはタカオ達の座標を中心としたマップに表示されたαの単語。
それが徐々に画面の中心点に向かってくる姿が液晶ディスプレイ表示されている。

「……マジかい」

タカオのつぶやきに対して凍りつくアインハルト。
これまで見つからなかったというのにどうやって。
疑問に答えてくれる相手などいるはずもない。
思い出すのは呼び出された時の陶酔したクーペの表情、こちらを見ているようで見ていない。
自分に対して友愛以上の何かを備えた表情とそこから生まれる雰囲気はアインハルトには未だに根源的恐怖を生んでいる。

「たたたたたたた、タカオ? 接近って何ですか?」

「いや、普通にありえないはずなんだけど」

索敵と一言で言ってもやり方はは様々なものになる。
大きく大別すると受動的な索敵と能動的な索敵の二種類。
受動的な索敵は、相手が発する何かを感知するやり方。
能動的な索敵はこちらから何かを発して反応を調べるやり方だ。

どちらも何らかの受信装置が必要であり、ミッドにおいては大方魔力で作ったものを利用している。
機械的なものももちろん存在しているが、魔力との差別化はほとんど存在しない。
個人利用なら元手が必要ないため大方魔力式を利用している。

タカオの場合なら相手の発する匂い、周囲に乱反射する光、声、魔力を受信する複合センサーのスフィアを偽装して飛ばすようにしている。
もちろんスフィアからイーグルに受信する際には魔力を飛ばしているが、ミッドのように魔力を使った通信が飛び交う環境でタカオの通信だけを判別するのは困難なはずなのだ。

とはいえ、イーグルに表記される目標の動きは既にアインハルトの家を通り過ぎ、現在地に迷うことなく向かっている。
理由は分からないが、このままではどの道見つかってしまうだろう。
と、そこまでを説明したタカオ。
聞き役に回ったアインハルトは

「そそそそs、そうでs、か、こまりましたn」

声は震え、足はガクガクと左右に残像が生まれるような速度で震え、普段は落ち着いた瞳には決してこぼさないが涙を貯めて。
もうこれでもかというくらい動揺を露わにしている。
というよりタカオの説明自体理解していない、なんか謎の能力で自分の居所を感知したくらいには分かったがそれだけだ。


アインハルトの脳裏にあるのは、こう、なんとも言いかねる熱情を写すクーペの目だ。
それが今も自分に迫ってくる想像というにはあまりにリアルに再現できすぎる映像。
できればこの間の事さえ夢だと思い込みたいところだが、これは残酷だが現実だ。

「うーんどうすっか」

そんなアインハルトからすれば脳天気にしか見えないタカオの態度は不謹慎にしか見えない。
自分の気持ちの0.0001%でも共感すればそんな呑気な発言が飛び出すはずが無い。

「い、急ぎましょう、むしろ飛びましょう、全力で飛べば大丈夫です!!」

「まあ落ち着けって」

ミッドで許可無く私有地や道路で飛ぶのはご法度である、アインハルトからすれば緊急回避と言い切れるがそんなもの官警には関係ない。

「なら走りましょう、今すぐに、ダッシュです、全力ダッシュです!!」

「いや、それも」

「分かりました、走りましょう、むしろ走るように飛びましょう、さあ行きます、明日を生きるために!!」

もはや自分が何を言っているのかすらアインハルトは意識していないだろう。
これから自分が何をしようとしているのか、それすらもアインハルトは考えていない。
武装形態と呼ぶ数年後の自分に変身する魔法で体を大きく変える。
数十センチと伸びた手足、通常の魔導師ならともかく、肉弾タイプであるアインハルト達にとってこの数十センチと数十キロの増加体重が生むアドバンテージは計り知れない。
その強化された手足が今爆発しようと「まてと言うとろうに」

メシリと擬音が伝わりそうな勢いでアインハルトの頭部を叩いたのは漆黒の棒。
正面から打ち下ろされたのではなく、唐突に彼女の額の部分に現れたそれは、見た目は布で握りを付けただけのただの棒。
それを握るのはタカオの右手、その現れ方と、鉄棍にまとわりつく魔力。
その正体はタカオのデバイスに他ならない。

「……!?……!?」

声にならない痛みを抱えて額を抑えて転げまわるアインハルト、何時ものことかもしれないが、ここは公道である。

「ええい、今度はひき逃げでもする気かお前さんは」

当然だが、自転車も真っ青なスピードで突っ走る人間が体当たりしたら子供老人は大怪我である。
で、でも~と未だに痛みが引かない額を抑えて、声が出ない代わりに目で訴えるアインハルト。
逃げる前に公僕のお縄にかかったりしたら、それこそヴィヴィオが報われないが、それを上回る脅威を感じているのだ。
加えて、ちょっぴり前科がある身では素直に自分から管理局に訴え出ることも出来無い。

「まあ、とりあえず落ち着け、まずは相手を知ることから始めるのが賢者の行動だ」

やけに落ち着いたタカオ、その目には片目だけを覆うゴーグルが展開されていた。







サラサラと流れるような肩口で切りそろえた黒髪、激しさよりも静けさ、可愛さよりも綺麗さ。
それでいて幼さも含んだ風貌は美少女と言っていいものだろう。
唯一、そのイメージを崩すものは、ゆっくりと歩いているように見えてかなりのスピードで並行移動していることか。
見た目は文字通りお淑やかさを感じるが、1秒毎にその姿を切り取ると移動している距離に凄まじい違和感がある。
しかしそれを一目で気づくものはいない。
その違和感を忘れさせるほど、クーペのお嬢っぷりは板に付いたものだった。
交差点などでも全く止まる事無く進むその姿、歩く技術に無拍子があるのなら彼女の動きこそその表現を受けることだろう。

もっとも、それが技術によるものであるかは別の問題である。

ペタペタよりもスッスッスっと言うべき歩みを進めるクーペ、その目的は彼女の中では言わずとしれた覇王の元。
覇王のために生き覇王のために死ぬ、全くの疑問を持たずそう思ってきた彼女にとって覇王の元に仕えるのは至極自然なことである。
その過程で何かが色々あったとしてもそれは役得であってそれ以上ではない。
少なくとも彼女にとってはそれ以上ではない。
60億人中59億9999万9999人が否定してもそれ以上ではない。

今でこそ覇王は自分に何も言わずに何処かに向かっているが、それも彼女と彼女の先祖の記憶からすれば何時ものこと。
自分は何も言わずに覇王の元に馳せ参じるだけのことである。
何処へ行こうと、何処に向かおうと、例えその場所が死地であろうと修羅界であろうと次元世界、それどころか地獄であろうとも
彼女の足は迷うことはない。

一歩も迷わず、覇王のもとに、一刻でも早く、それが彼女の行動の全てであった。

十字路であってもクーペの歩みは全く濁る事はない、まるで覇王がその先にいることを確信しているかのようにその進行先を選択して進み、確実に彼女の元へ近づいていく。
そんなクーペを見る目は、遠く4キロの地点にあった。



「なるなる、すげーな」

複数の文章と数値が流れる空間ディスプレイを正面、左右、上部の4枚、片目に掛けたゴーグルには周辺の地図が映し出されている。
浮かび上がる文章、数値はたまに書き留められ、更新されてを繰り返す。
指先はと視線は一瞬もとどまる事無く忙しく動き続けているが、それを見るアインハルトの目には、何をどうしているのかさっぱり分からない。
そんな彼女の周りに輝くのは簡易式のバリアフィールド、その中に入るようにタカオに指示され、言われるままに移動してきたがタカオからの具体的な説明は未だにない。
肝心の彼は移動後からこの調子で、全く会話にならない状態が続いていた。
こうしている間もあの女性が近づいてくると思うと居ても立ってもいられないのだが、その辺の主張は全くと言っていいほど取り合ってもらえなかった。

『おーい出るなよ、そこ、台無しになるじゃねえか』

飛んできたのは肉声ではなく念話、それも簡易暗号化までされたもの。

『どうしたって念話で話すんです、それより早く移動しましょう』

『だから待てって、追われていると言うのだから追われてる理由を探らないとどーしょもないだろうが』

そうは言うが、繰り返すがタカオは何も説明していない、何をしてどうしようとしているのか、当事者のアインハルトからしても全く持って意味不明だ。
ポリポリと頬をかいたタカオが空間ディスプレイと何かを睨めっこして、上を向いたり下を向いたり、はたまた首をかしげたりするのを見ているだけというのはただの拷問のような感覚を受ける。
アインハルトの心は一つ、一刻も早くこの場から立ち去りたいということだけだ。
いい加減に痺れを切らせて全力で飛行魔法を

「……分かった、匂いだ」

「……はい?」

「匂いだ、あの人がお前追っかけたのって匂いを元にしてるわアレ」

何故? と一瞬思考が停止する。
よりにもよって臭うと断言してくるタカオに対して怒ったらいいのか、呆れたらいいのか一時的にオーバーフローしてしまう。
それでも幾許か残っていた自制心を総動員して何とか正気に戻るアインハルト。

「臭いって、その……」

それは自分は運動する分、他の学生に対して臭う方だろう。
それでもきちんとお風呂には入っているし、髪の毛もタカオに比べても倍は手間暇かけている自信がある。
何より、こう、仮にも女の子に対してその発言は何かと問題ではなかろうかと思う。

「いや、匂いってったって犬レベルの嗅覚なら風呂はいろうがどうだろうが変わらんだろ」

「……えっと……」

つまりこういうことだろうか、クーペ-の能力は嗅覚強化ということか。
そういえば自分の周りに彼女が来るようになったのは匂いを嗅がれた? ことからだ。
しかし、何故それが分かった、と聞いてアインハルトは激しく後悔する。

「まずお前の身体データを結界で完全に隠蔽し、その後スフィアから足音、声、匂いを出力、然る後進行方向ごとに各データを分散させどのデータを元に追跡しているのかを判別、この際魔力が漏れると台無しだな魔力反応はヘタすると数百キロでも判別されっから、とにかくお前から出力される何かを読んでいるのは間違いないのだから何を読んでいるのかを判定してそれからでないと追跡は回避できない向こうから何かを飛ばしている可能性もあったけどそれは流石に除外していいはずだ、何故ならそういうセンサー系の魔法は絶対に痕跡が残るはずだからな、逆に騎士カリムのような未来予知系の可能性も考えたがそれだったら隠蔽は不可能だしその能力自体を過去に何かに使っているのだから・・・・・・・・・(3秒)」

長い、長いというか早い。
半分以上聞き流すアインハルト、普段は割りと普通なタカオだがこういう話題になるとやたらと早口で饒舌だ。
デバイス及び魔法の構築、運用の話は全然ついて行けない。

「あの、その、タカオ、スバルさんとティアナさんが」

恐らくほっぽっておくと約束の時間など完全に彼の中から抜け落ちてしまうだろう。
未だに語り足りないのか「しまった」と「えー」の入り混じっった複雑な表情をするタカオ。
アインハルトとしてはさっさとケリを付けてしまいたいのでそのへんは無視してしまう。

「さあ、行きますよ」

何か言いたげなタカオを無視してビルから脱出しようとするアインハルト。
渋々付いてくるタカオだが、随分と不満そうな表情を浮かべている。それに気がついていないわけでもないが、スルーしていいだろうと考えるアインハルト。
何だかんだで付き合いはたったの2ヶ月だが、互いに強烈な個性があるせいか互いの事をある程度は理解しあっている二人。
もしもアインハルトがその秘密を見つかっていなかったらそれほど仲良くなることはなかっただろうが
なんの因果か今の関係が出来上がっていた。

その気安さのせいだろうか。
またはタカオの若さ故の堪え性の無さだろうか。
ちょっとした不満を抱えたタカオは、普段なら封印しておくような言葉を口に出していた。

「でも、ヴィヴィオちゃんに対するおめーもにたよーな感じだよな」

その一言、その一言が、ある意味アインハルトの封印していた考えたくない一言だった。




「というわけで反省はしている、でも後悔は無い」

「すみませんすみませんすみません……」

あーあ、というしかない、アインハルトとタカオを回収したスバルとティアナにはため息しか出てこない。
後部座席に回収した後に聞いた話はもはや何処を追求したらいいのやら。
噂話で聞いたならまだ気の利いたセリフが思い付くかもしれないが、ショックを受けている本人を前にして上手いこと言えと言われても大変困ってしまう。

「えと……今日のやつはやっぱりまた後日ってことにしよっか?」

「ぐす、いいえ、大丈夫です、そう私は大丈夫です、全然大丈夫です」

オイオイ大丈夫かよ、と思ってもここは口にしないのが大人だった。
例えコンデション最悪ではないかと思っても心の傷はどうなるか分からない。
そして何より、二人とも思ってしまったのだ。

『『ああ、だよね』』と

「まあ、何だ、でもまだ直接的に何もしてないよな、それはデカイよな」

「それ、慰めてます?」

『『というか、ハッキリ自覚させたの君だよね』』

素晴らしいまでのコンビネーション、全くもって同じ事を考えるスバルとティアナ。
後は若い者に任せましょう、と年長的言い訳を全く同時に思い付く当たり流石と言うべきだろうか。
居心地悪そうなタカオとハンカチをグシャグシャにしているアインハルトの二人をバックミラーで見ながらヴィヴィオとの約束の場所に運転を続ける、
この先大丈夫なのかという不安は胸にあるが、若く優秀な防災士長と執務官にも解決できないものはできないのだった。









「お待たせしました、アインハルト・ストラトスまいりました」

『『立ち直り早!?』』

湾岸沿いの倉庫街、そこで約束の試合を待つヴィヴィオ達の前に現れたのは、涼しげで少し儚げな雰囲気を持った何時ものアインハルトである。
余りに早いこの変わり身、駐車場に車を止めて海岸まで歩くまでの間、前屈気味で、目の周りを赤く染め意気消沈したアインハルトは近づくにつれ背筋がピンと張り、化粧もしていない顔はいつの間にか普段と変わらない白磁のような白さを取り戻していった。
その驚きの変化に声を上げるのも忘れて見入っていた三人、いや二人。
残る一人は、それを冷めた目で見つめていた。

『うん、だよなこいつは……』

一歩足を進める度にドンドン上機嫌になっていくアインハルト、それはタカオの期待を一ミリも裏切らないのだった。
それがいいか悪いかは別の問題として。
恐らくアインハルトの中では「後輩達に自分の情けない姿を見せたくないから空元気でも」という感じの言い訳が出来上がっている。
別にそれに問題がある訳でもないが、タカオの目にはウキウキしているアインハルトの心情が手に取るように分かってしまっていた。
本人曰く、この子は覇王の拳をぶつけてはいけないらしいが、それと本人の好みとは別の話なのだろう。

真剣に向きあう二人を背に挨拶回りを始めるタカオはそんなことを考えているのだった。




「セイクリッドハート、セットアップ!」

早く終わらせよう、ヴィヴィオと向き合ったアインハルトの心にあるのはその一言だけだ。
ああ、認めよう、自分と同じく大人の姿に変身するヴィヴィオを見て心が震えないと言えばやはり嘘だ。
クラウスの記憶にあるオリヴィエにより近くなった彼女を見ると懐かしさと自分にはよく理解できない感情が沸き上がって来る。
彼女のことをもっと知りたい、話したい、柔らかそうな手を握りしめたい、他にも何かしたい気もするがそれはよく分からない。
だがそれは、やはりクーペと同じなのだろう。
あれは嫌だ、本当に嫌だ、ゾクゾクするというか背筋が縮むような意味不明な恐怖を感じる。
だからこそ、覇王後継ではない、アインハルトという先輩として彼女を守らないといけないのだ。


なんとなくクラウスが全力で土下座しているような気もするが、そんなものじゃ許さない。

「ワンラウンド5分、ここは救助隊でも使う廃倉庫だ、全力でいい」

「しつもーん封鎖結界は?」

「やってないが、いるか?」

「壊すなんて勿体無いじゃないですか!!」

背後で所帯染みたというか貧乏性な事を聞いてる自分の付き添いは無視しよう、せっかくのシリアスな気分が台無しになる。
あの男は絶対に、高いディナーとかで自分で作るといくらになるとか考えるタイプだ。

「あはは、そのよろしくお願いしますね」

「……はい」

いい子だ、きっと自分の意識が後ろに向いてしまったのを察して声を掛けてくれたのだろう。
それだけ今日のこの試合を真面目に考えてくれているのだ。
だからこそ、自分の中に不純な感情が消し去れないのだから、全力をもって、綺麗に終わらせるのが誠意なのだ。




「はじめ!!」

ノーヴェの開始の合図、それと同時に飛び込むアインハルト、前回の対戦とは違う、二人とも全力戦闘用の姿、ヴィヴィオが大人モードといいアインハルトが武装形態と呼ぶ格闘形態。
伸びきった手足から繰り出される強打は普段から比較にならないほど強化されている。
強化された力と魔力が込められた拳の破壊力は前回とは比較にならない。
だがそれがお互い様だとしても、逆に言えば基礎力の大きさがそのまま力の差につながるということだ。

アインハルトの一撃を十字にした腕で受け止める、今のアインハルトの拳は並の人間では見ることすらできない速度。
それをきっちりと防御するヴィヴィオだが、防御の上からではじき飛ばすと言わんばかりの強打。
ただ一発のストレートパンチだけで、ヴィヴィオの体勢は崩されてしまう。

当然の流れ、小等部4年生と中等部一年生の差は激しい。
ヴィヴィオは小等部としては破格の技能と身体能力があり、それを鍛えていると言ってもそれはアインハルトも同じこと。
肘打ち、裏拳、膝、蹴り。
すぐさま終わらせようと考えるアインハルトの猛攻は止まらない。
耐えるヴィヴィオの両手はまだ下がらないとはいえ、それも時間の問題。

だが、そう考えているのはそれを見ているだけの人間だけだ。

トドメとばかりに振りかぶっての一撃をアインハルトが放とうとした時、誰もが終わったと思った時だ。
肉を撃つ音を聞いて、その音はアインハルトがヴィヴィオを沈めた音だと考えた。

「お?」

腹部を撃ちぬく拳。
誰もが見てもクリーンヒットと判断するようなストレートパンチ。
それを打ち込んでいたのは、今の今まで劣勢に立たされていたヴィヴィオだった。

え?と意識を持っていかれたのは観客だけではない、打ち込まれたアインハルトもその一人。
吹き飛ばされるような強烈な打撃。
実際にアインハルトはその攻撃によって数メートルと吹き飛ばされた。
その事実に僅かな時間脳が追いつかない。
日常生活なら刹那の間隙、漫画一コマ読むにも満たないコンマ数秒の隙。
だが格闘技者にとってはその間隙は普段の何百倍もの価値がある間隙。

「せええええ!!」

高町ヴィヴィオはその時間を見逃すような人間ではない。
さっきまでの流れを逆にしたような猛烈な連打が今度はヴィヴィオから繰り出される。
どちらも派手な射撃魔法などは使っていないが、その攻撃力は同等だ。
だが、アインハルトも負けたものではない、さっきまでの一方的な展開にこそならないが、ヴィヴィオの攻撃にあわせての反撃を試みる。

「おおお、強いぞヴィヴィオちゃん」

タカオの驚きが一番大きいだろうか。
学校でのアインハルトを知っているのはタカオだけ。
彼からすれば小等部四年生がアインハルトに対して互角に戦えるだけで十二分の驚きだ。
前回の試合ではアインハルトに遊ばれた感じすらしたヴィヴィオ、その彼女がいつの間にかここまで成長していることに驚きを隠せない。
もっとも、驚いているのはタカオだけではないが。
唯一の例外は、ヴィヴィオの師匠であるノーヴェだけだ。
誰にも見えないようにグっと拳を握り締めるノーヴェ。
姉達の驚きに対しても、こっそりと優越感を感じている、どうだ、これが今の彼女だと、声を大にしていいたい気持ちが溢れてくる。

だが、現在のヴィヴィオとアインハルトの実力を最も肌でわかっているのもまたノーヴェだった。
二人の身を守る魔力で編まれたバリアジャケット、防御に使われる両手のものは既にボロボロ。
並大抵の攻撃では傷ひとつ付かない強度を誇るそれを破壊する二人の打撃。
もはや二人とも本気の本気。
だからこそ。

アインハルトの足先から空気が巻き上がる、水面の波紋のように円の形をした何かが空気と一緒に。
徐々に、いや実際にはこれも1秒足らずの時間に関わらず、それを長く感じただけだろう。
全身から生み出す力の全てが右手に集まり、その力を打撃と共に送り出す。

それが、アインハルトの必殺の拳、覇王断空拳。

打撃の衝撃がヴィヴィオの背面に突き抜けたように、いや実際にアインハルトの拳の軌道にそって突き抜ける。
僅かに遅れて吹き飛ぶヴィヴィオ。
誰が見ても分かりやすい、決着の瞬間だった。







「大丈夫、っぽいなあ」

試合も終わったが、負けたヴィヴィオだが見た目ぐったりしているけれど、どうも気を失っただけの様子。
派手に廃材に突っこんだが、そっちの傷は全く無い。

「アインハルトが気を使ってくれたんだよね、フィールドを抜かないように」

「あ、いえ……」

家庭的っぽい女性にそう言われたアインハルトだが、その位はただのエチケットのようなもの、大したことではない。
そう答えようとしたが、上手く言葉に出来ず気がつくと倒れそうになる。
ヴィヴィオのカウンター、それが顎に当たっていたのだ。
強烈ではないが、頭がフラフラする。

「まあ、お疲れさん、すっきりした?」

「あ、はい」

確かに、ここに来るまでの頭の中のもやもやはすっきりした。
これで彼女の悩みが解決したわけではないが、何か、何かが変わったとアインハルトは思う。
何より、試合中、自分の中で今までと違う、高揚感のようなものがあったことは否定できない。
彼女に主導権を奪われた時の悔しさ、それを取り返す流れを考える時の頭の冴え。

「彼女に謝らないといけません」

正直侮っていた、それが覆された。
何よりも、今ではもっと彼女と試合をしたいとすら考える。
こんな風に思ったことは一度も無い、ストリートファイトの時とは全く違う。
今までアインハルトは試合で楽しんだことは一度もない、いくら戦っても戦っても何も感じない、だけど戦わないといけないという焦りがあった。
だが、ヴィヴィオとは違う、今まで心の何処かで馬鹿にしていたルールのあるスポーツ試合。

気絶するヴィヴィオは小柄なアインハルトからみてもまだ小さく、さっきの大人モードの姿だって、とても強そうとは思えない。
だが、その彼女との戦いが、アインハルトにとって、いままでで一番楽しい戦いだった。

「改めまして、アインハルト・ストラトスです」

小さく柔らかい手を握り、改めましての自己紹介、周りがニヤニヤしているが、気にしないことにする。
これが、ヴィヴィオとアインハルトの本当の意味での友情の始まりに。





バシャ、と海面を跳ねる音。
埠頭で、常時水がコンクリートに当たるこの場所では珍しいものではない。
それを特徴付けたのは、『警告、目標α接近、6時方向、距離20』

「にゃにいい!?」

埠頭のコンクリートを掴む細い女性的な指、そこから立ち上がる影は海水を全身に滴らせ、あまつさえ海草まで絡ませている。
顔に濡れた前髪が張り付き、その表情は見えない。
体の線をあらわにするようにビショビショに濡れた服から伺えるスタイルはとても良いものだが、この状況では呪怨とか貞子とかそっち系の印象しかない。

「へいがあああああああああああ」

「いやあああああああああああああああ!!」

さっきまでの凛々しさと儚さは何処にすっ飛んだのか、あっという間にふるえる子猫に変貌したアインハルト。

「あ、アホな、結界は完璧のはず、というか何で海!? 海? 海……まさか」

あまりの急展開について行けないノーヴェ達、そもそも不審者を絵に書いたらこうなると言わんばかりの怪しい年頃の女子、しかもパッと見美人らしい人間が現れたらそれに即座に対応出来る方がおかしいかもしれない。

「ああ、陛下、陛下、陛下貴女様を見失った時はどうしようかと、追跡の結果海に行き着いた時はまさか陛下がお命を!? と捜索いたしましたがご無事な姿を拝見して安心いたしました、いつも通り神の造形のようにお美しく愛らしい陛下、貴女を見ているだけで私の何かが弾けそうでございます、はあはあはあはあはあ、ところで何故このようなところに?」

アンタは誰なんだとこの場でアインハルト、タカオを除く全員が心に強く思ったがそれを口に出せる勇気ある人はいない。
姿形もそうだが、飛び出した発言が完全に関わってはいけない人である。

「そ、そうか、アインハルトの汗か、海に飛んだそれが海流に乗ってクーペ先輩のところまで、接近に気が付かなかったのはそのまま泳いで来たからだな!! ってかどういう確立だよそれええ!?」

「た、タカオ、しっかり見ておくっていったじゃないでずがあああ」

「まさか人間が海の中を進行してくるなんてイレギュラーにも程があるわ!?」

「ああ、陛下味の海水はしっかりいただきました、ところで貴方は陛下とどのようなご関係で、というかここにいる全員」

「塩分多可で死ぬわ、というか体積的に無理だろ!?」

「わたしの陛下を思う気持ちの前には不可能などありません」

「物理学と栄養学は何処行ったの!?」


何故こんなことに。
アインハルトの胸中には今絶望しかない。
ついさっきまで、自分は高町ヴィヴィオとの試合によって新しい世界が開けたつもりだった。
だが、今ここにあるのは何だ、あまりのアレさ、そしてヴィヴィオ組の向ける「これ、何?」の視線。

「あーんーあー、友達?」

「あ、そうでしたか今後ご贔屓に、私は」

「うわああああああああああ!!」

足から右手に、魔法とは別に一本筋が入ったような素晴らしいストレートパンチ。
こんな展開じゃなかったら自画自賛していたことだろうと思えるほどの会心の一撃がクーペのお腹に突き刺さる。

「……はう」

まともに撃てば魔法抜きでも熊を倒せるんじゃないか、というくらい綺麗に決まった。
流石のクーペも、膝から地面に倒れ落ちるが、その表情はまるで想い人の接吻を勝ち取った思春期の少年のように喜びに染まっている。

「はあ、はあ、はあ、はあ」

自分は一体何をしているのだ、何度考えてもアインハルトに答えはない、というか普通この状態で落ち着ける人間は中々お目にかかれない。
もしもいたら、それは盛大な天然か、もしくは氷のような冷徹さを持った人間と言える。
そして残念ながら、アインハルトにはその二つのどちらも持ちあわせていないのだった。

右を見る、左を見る、この場を設けてくれたノーヴェ達も、ヴィヴィオの友達だというリオ、コロナも、ここに送ってくれたスバル、ティアナも。
この状況に付いてこれている人は誰も、誰もいない。

「……うっ、はあはあ、はうううう」

倒れ伏せたクーペから漏れる何か普通じゃない声、そして、アインハルトの中の、何かが………キレた。

「不幸ですーーーーーーーーーーー!!」

アインハルト、12歳心の底からの叫びであった。





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