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[24385] 【完結】WHITE/BLACK REFLECTION(なのユーフェイ恋愛……恋愛?)【後日談追加】
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:6884148c
Date: 2011/08/10 18:45
お久しぶりです。初めての方は初めまして、オヤジ3と申します。

Q.お前何やってたの?

A.日々の雑務に追われつつ、こんなん書いてました。

と、いうわけで、また新しい中編です。ええ、また。ほったらかしの長編リメイクの息抜きに。
カップリングはなのユーフェイ。ユーノスレ投下分を一束にまとめ、ついでにおまけなんかもつけてみたものです。
ジャンルとしては、熱血すれ違い系純愛ラブ&バトルストーリーを目指しています。ええ、目指しているだけです。

それでは、どうぞ御観覧を。感想とか感想とか感想とかを書いていただいたりすると、作者は泣いて喜びます。

追記

本作品は、全件表示での観覧を推奨いたします。

2010年11月19日 サブタイトルを付けてみた。

12月7日 タイトルに、注意書を付けてみた。

2011年1月14日 完結。



[24385] prelude
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:6884148c
Date: 2010/11/18 02:48

 恋とは、奪うものだと言う。
 愛とは、与えるものだと言う。

 ──ならば恋愛とは、大層利己的なものなのだろう。



[24385] prologue “彼氏彼女の事情”
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:6884148c
Date: 2010/11/19 20:55
 思春期は疾走する。

 それは幸運の女神よりも速く、老人の歩みよりも遅い。そこに有るのか無いのか、本人にすら……否、本人には特に分からない。
 全てが分かるのは、全てが終わった後のこと。
 その精神が年老い、風化し、朽ち果てて初めて、人はその時代を感じる。

 遠く儚き、黄金郷として。

 だからこそ。
 クロノ・ハラオウンは、画面の向こうの親友をぶん殴ってやりたかった。
 喝を、入れてやりたかった。

 まだ、遅くは無いのだと。
 手前勝手な理屈で、未来を諦めるな、と。

「……なのはには、フェイトがいるだろ?」

 だが。
 病巣はすでに深く、ユーノ・スクライアを蝕んでいる。

 親友(クロノ)の言葉では、言葉であっても、もう、どうしようも無いほどに。

『だが!』

「だがじゃない! ……なのはには、フェイトがいる。僕は、もう……必要、無いんだ」

『……ユーノ。君は……君は、本気でそんな戯言を言っているのか!?』

「戯言とはなんだ! クロノこそ、僕の気持ちも知らないで!」

 激昂は、激昂を呼び。
 二人の話は、平行線を辿り続ける。



 発端は、クロノからユーノへの通信だった。
 内容は、普段どおりの業務依頼。いつもどおり膨大な分量の、しかし的を得た資料請求。本気では無い軽口の応酬。
 和やかな雰囲気で話を切り上げ、いざ通信を切ろうとした時、ふと、クロノがこぼした言葉。

『……ああ、ところでユーノ』

『なに? 言っとくけど、これ以上の追加請求はキャンセルだからね』

『いやいや、そうじゃなくてな。最近、なのはとはどうなんだ? なにか進展あったか?』

 それが、発端と言えば発端だった。

『……別に』

『別に、ってことはないだろう。なぁ、僕と君の仲じゃないか……いいかげん、どこまで行ったかくらい話してくれても……』

『だから、なにもないんだよ! 本当に! 僕と彼女の間に、君とエイミィさんみたいな……そういうものは、なにも、無いんだ……』

 小さな火種は、徐々にその火力を上げてゆき。

『……おまえな、いくらなんでもそれは無いだろう。年頃の男女がそれだけ親密にしてたら、そういう話のひとつふたつあってもいいじゃないか』

『うん……そうだね、相手がなのはじゃなければ、それはそうだ。でも、相手はなのはなんだ。なのはには……』

『なのはには? まさか君は……』

『……なのはには、フェイトがいるだろ?』

 二人の話は、迷走を始めた。



「……ふぅ。ただいま、っと」

 シフト明け。太陽の無い本局に夜は存在しないが、勤務シフトは存在する。
 時計を見れば、ミッドチルダ標準時では深夜1時。普通の人間なら、すでにベッドの中で布団に包まっている時刻。
 でも、仕事熱心な幼馴染のことだ。きっと、まだ、仕事をしているだろう。そろそろ、同居中の親友から止められているころかもしれない。

 どちらにせよ……多分、今かければ、繋がる。電話が。
 彼女の、なのはの声を、ユーノは聴くことができる。

 耳に入れただけで脳髄がとろける、あるいは空をも飛べる気分になれる、甘く切ないウィスパー・ヴォイス。
 それを自分のモノにできるなら──、それはきっと、すばらしいコトだ。

「……って、なにを考えてるんだ僕は!」

 頭を大きく振って、頭の中に浮かんだ不埒な妄想を消し飛ばす。
 ひとしきり頭を振ったユーノは、ふと我に返ると、ハァ、と重い溜息をついた。

 結局。
 ユーノ・スクライアは、吹っ切れていないのだ。
 初恋の人、高町なのはのことを。

「……やれやれ。やっぱり、僕は女々しい」

 理性では、理解していた。
 なのはと自分、ユーノの間には、すでに大きな壁がある。

 戦闘系魔導師と、非戦闘系魔導師。
 同じ魔導師であっても、否、同じ魔導師であるからこそ、分かり合えぬ両者。まったく逆の方向性。似て非なる二つの存在。
 明日へ向かって歩むなのはと、過去に向かって歩むユーノ。

 いや、そうでなくとも。
 ユーノは、自分から壁を作った。
 なのはと、いや、なのは達と。なのはが墜ちたあの日から、彼は、周囲に対し壁を作った。

 それは、限りなく透明で。
 触れれば壊れてしまいそうなほど、薄く、脆く、儚く。
 だが、厳然とそこに存在する。

 触れれば壊せる。
 だが、彼がそれに触れることはない。

 壊せるのは外からだけ……そして、壊したのは、黒い外套の親友のみ。
 それさえも、一人分の大きさしかない、小さな穴。

 ユーノは、理解している。
 現状は、自分の望んだとおり。ユーノがいなくても、今、なのは達は幸せだ。
 人一倍献身的で、だけど臆病な彼が夢想した、彼にとっての理想郷。
 舞台から降りた役者は、舞台袖から劇の成功を祈るのみ。

 だけど、それでも。

「……少し寂しい、かな」

 いや。
 これはただの憧憬だ。
 望んで捨てた青春に、ほんの少し寂寥感を感じているだけだ。
 だから、きっと、すぐに楽になる。僕の青春は、もう、過ぎ去ったのだから。

 ユーノは、そう思っていた。
 だから、彼は、いつものように風呂に入り、寝巻きに着替え、目覚まし時計をセットし、床についた。



 ──そうだ。
 パートナーなら、彼女が、フェイトがいる。
 彼女ならば、安心してなのはを任せられる。
 戦場でも、日常でも、いつでも一緒にいられるあの二人は、最高のパートナーなのだから。

 もう……僕がいなくても、なのはは大丈夫だ。



 それが、ユーノ・スクライアの論理。



 ミッドチルダ標準時、午前1時。
 高町なのはが、愛娘と親友とともに暮らす家。

「……さて、今日はこのくらいにしようかな……」

 ユーノの想像どおり、彼女はまだ仕事をしていた。

 ただでさえワーカホリックぎみであり、深夜まで仕事をすることが多かったなのは。娘のヴィヴィオができてからは、帰宅後に彼女の世話という仕事が増え、就寝時間はより一層遅くなっていた。
 とはいえ、なのはは、それがいやなわけではない。むしろ、彼女は喜びを感じていた。
 幼い頃から管理局に所属し、前線で戦ってきたなのは。自ら望んで歩いてきた道に後悔などしてはいないが、それでも、少し憧れていたのだ。ごく普通のお母さん、というものに。

 そして、もうひとつ。

「……なのは? もう遅いよ、そろそろ寝ないと」

 背後から、心配気な声が投げかけられる。
 なのはは机の上の整理を一時中断し、苦笑しながら、心配症の親友に振り返った。

「あ、大丈夫だよフェイトちゃん。丁度一段落着いたから、そろそろ寝ようと思ったトコ」

「そう? なら、いいけど……体、大切にしないとだめだよ?」

「大丈夫、大丈夫。いつものことだから」

 そのいつものこと、ってのが問題なんだよ……、と呟くフェイトから目を逸らし、なのははざっと机の片付けを終わらせる。それは分かっちゃいるのだが、体が勝手に動いてしまうのだ。
 なのはにとって、ある意味天職なのだろう。今の仕事は。

「もう……聞いてるの、なのは!? これは大事な話なんだよ?」

「うんうん、聞いてる聞いてる。……でも、フェイトちゃん、ちょっとボリューム絞ろうか? ヴィヴィオ寝てるから」

「あ、ごめん……って、また話を逸らす!」

「あ、あはは……」

 わりと洒落にならない親友の剣幕に若干冷や汗をたらしながら、それでも、なのはは幸福を感じていた。
 やりがいのある仕事があって、心配してくれる親友がいて、愛する娘がいて。
 ああ、自分は、これ以上無いほどに幸福だ。これ以上を望めば、きっと罰があたるに違いない。
 そう、なのはは思った。

 ……が。

「……あ」

 いざ寝巻きに着替え、髪を結ぶリボンを解いた瞬間、そのリボンに目がとまる。
 緑色の、平凡な、どこにでもある、しかしかけがえのないリボン。
 “彼”と同じ、“彼”とおそろいの、“彼”と分かち合った、“彼”との絆。

 ……昔は、そんなものがなくても、いつでも近くに感じたのに。
 今ではもう、絆を感じられるものは、これくらいしかない。

 彼が昔寝ていた籐の籠も、レイジングハートも、なのはの魔法も。
 年月と共に“なのはの匂い”がこびりついて、“彼の匂い”を消してしまった。

「……ユーノ、くん」

 彼の名前を、呼んでみても。
 昔ほど、彼を近くに感じられない。

「……なのは? どうしたの」

「ううん……ユーノくんも、今頃お家帰ったころかな、って」

 ヴィヴィオが学校に行き始めて、なのはとユーノが話す機会自体は増えた。
 放課後、なのはの仕事が終わっていない時(よくある)や、泊まりの仕事でなのはが家に帰れない時(これもよくある)など、無限書庫やユーノの家にヴィヴィオが厄介になることが多かったからだ。こういう時、フェイトは役に立たない(執務官の仕事でめったに家に帰ってこない)し、六課時代からお世話になっている家政婦さんやボディガードは、自分の家庭を持っているため、泊り込みの世話を頼むのは難しい。
 だから、なのはは、ユーノの勤務シフトをよく知っていた。その知識によれば、ユーノは今、自分のシフトを終えて帰宅したころだ。

「電話したら……迷惑、だよね」

 ふと、彼の声が聞きたくなる。
 唐突に感じた寂寥感が、そうすれば消える気がして。

 ──でも、その通話を切れば、もっと寂しくなるかもしれない。

「……寝よう。もう、夜も遅いし……」

 結局、なのはは電話しなかった。
 大きめのベッドの中、ヴィヴィオを挟んでフェイトの対極にもぐりこみ、そっと目を閉じる。

「……なのははさ」

 しばらくして、なのはがうつらうつらとしていると、ぼそっとフェイトが呟いた。

「ユーノのこと……どう思ってるの?」

 それは、フェイトに限らず、様々な人から問われること。
 普段のなのはなら、若干の照れを交えつつも、「どうって……友達だよ?」と答えていたであろう質問。

 だが。

「──分からない」

 それは半分眠っていたからなのか、相手がフェイトだったからなのか、寝る前にあんなことを考えていたからなのか……それは、なのは自身にも分からない。

 ただひとつだけ、言えることは。

「分からないよ……私がユーノくんのこと、どう思っているかなんて。そんなこと、私には分からないよ……」

 その答えは、高町なのはの心情を的確に表現する言葉だった。
 それだけだ。

 なのはは、気付かない。
 満ち足りているように思える現状の中で、一つだけ、足りないピースがあることに。
 顔をそむけているわけでも、気付かないふりをしているわけでもなく……ただ、高町なのはは気付かない。



 しばらくした後。

「……分からない、か」

 なのはが寝静まったことを確認したフェイトは、一人、寝室の天井を見上げる。
 彼女が呟いた言葉は、すうっと部屋中に拡散し、跡形も無く消えた。

「もう、まったく、なのはは……」

 鈍感なんだから、と、一人ごちる。
 鈍感なのは、他人の心に対してだけではない。自分の心に対しても、だ。

 ……まあ、それも彼女の魅力ではあるのだけれど。

 それでも、フェイトは思ってしまう。

「ずるいなぁ……」

 フェイトだって、人の子だ。たとえ普通とは違う生まれ方をしたとしても、自分は人間だという自負がある。
 人を好きになることだって、あるのだ。

「……本当に、ずるい」

 だが、その恋は、実らぬ恋だった。
 最初から分かっていた。なのはとユーノ、二人の間に、自分では入り込めないようなものがあることを。それでも尚、惹かれてしまった。
 他の親友から向けられるそれとは違う、家族から向けられるものとも違う、包み込まれるような安心感。
 彼は、そういう人だったから。

「……私だって、本当は……」

 そこから先は、言葉にならなかった。
 それは、裏切りになるから。なのはに対しての、なにより、ユーノに対しての。

 だから、フェイトは言葉を飲み込み、両の瞳をぎゅっと閉じる。

 胸の辺りに、チクリ、と、刺すような幻痛が走った。




[24385] Act.1 “モラトリアム的な彼ら”
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:6884148c
Date: 2010/11/19 20:56
 茫漠たる次元の海に、ぽつり、と一隻の船が浮いている。
 時空管理局本局次元航行部隊所属、XV級大型次元航行艦クラウディア。管理局の次世代主力艦かつ、艦隊の旗艦となることもできる巨艦であるが、広大な海の中ではちっぽけな存在に過ぎない。
 その艦橋、艦長席に、クラウディア艦長であるクロノ・ハラオウンは座っていた。

「……ランディ、状況は?」

「オールグリーン、レーダーに異常は確認できません。この分ですと、明明後日の午後には家に帰れますよ、艦長」

 高度に機械化された戦艦であるクラウディアは、ブリッジ要員は数人で事足りる。もっとも、艦船とはブリッジのみで動かせるものではないので、クラウディア自体には数多くの人間が乗っているのだが。
 今現在、艦橋にいる人間は、クロノを含め四人。その内二人はクロノが母の艦に乗っていたころからの付き合いということもあり、その場には穏やかな空気が流れていた。

「そうか。……はぁ」

「どうかしましたか、艦長?」

「いや。……今度はなにを言われるのかと思うと、つい、な」

「あー……やっぱり艦長、尻にしかれてるんですか」

「……仕方ないだろう。相手は、あのエイミィだ」

 クロノの妻、エイミィは、元々彼の母、そして彼の指揮する艦の通信官だったこともあり、この場の全員と面識がある。
 特に付き合いの深いアレックスとランディは、ぽつりともらしたクロノの言葉にちょっとだけ同情した。

 が。

「……艦長は、いいっすよね。エイミィ先輩が奥さんとか、どんだけ恵まれてんすか……俺だって、俺だって……ッ!」

 普通に考えて、そんなノロケ話にダメージを受ける人間もいるわけである。

「い、いやプリウス、あれはそんないいものでもないぞ? 日常生活の細かなところにいちいち小言を言ってくるし、航海任務で長く帰らないといやみを言いまくるし、浮気なんてしていないのに疑惑の目を向けてくるし……」

「だー、ノロケはもう結構なんすよ! 理解がある分マシじゃないっすか! あんたなんてリア充にはねぇ、もてない男の哀しみは分からな──」

「──あれ? プリウス、お前、彼女いなかったっけ? 航海前に」

 瞬間。
 アレックスの言葉で、世界が凍った。

「……振られました。ついさっき、オフシフト中に、通信が入って。『寂しい。もう、別れたい』って」

「……そうか。……なんか……ゴメンな」

「……いえ」

 艦船勤務者には破局が多い。最初からエイミィという安牌がいたクロノはともかく、アレックスやランディにとっては身に染みる話である。
 和やかだった艦橋は、一転、暗い空気に満ち溢れた。

 そこに、一人の女神が舞い降りる。

「──あ、あれ、お邪魔だった?」

 男臭い艦橋に舞い降りた金髪の女神は、溢れんばかりのネガティブオーラに、ひく、と顔を引きつらせた。
 そんな彼女に、ギラリ、と、プリウスの視線が行く。

「──俺の──ッ!」

「ふぇっ!?」

「俺の青春、キタ───────ッ!」

 そして、プリウスは跳んだ。
 全身の筋力を脚部に集中し大跳躍、空中で三回転半した後に、パーフェクトなポージングでのルパンダイブ。
 標的は、あまりの展開に身を硬くし、恐怖に縮こまったフェイト。

 だが、その凶弾は、

「墜ちろ、馬鹿」

「砕けろ、変態」

 急速に距離を詰めた先輩達の手により、叩き落された。
 地面に叩きつけられたプリウスは、アレックスとランディの手により所定の位置へ。数秒後、三人は何事もなかったかのように各々の仕事を再開した。

 あまりのことに呆然とするフェイトに、クロノが近づいて声をかける。

「どうした、フェイト。なにかあったか?」

「え、いや、なにかっていうか、今あったっていうか……この一連の流れについてはスルーなの!?」

「よくあることだろう、気にするな。エネルギーの無駄だ」

 あっさりとそう言うクロノに、若干の眩暈を覚えるフェイト。
 昔はばくだんいわも裸足で逃げ出す堅物だったのに、いつの間にこんなに素敵な性格になったのだろうか。フェイトはとりあえず、帰ったら姉貴分を問い詰めることに決めた。

「……別に、なにもないよ。ただ、状況がちょっと気になっただけ」

 フェイトは、クラウディア付きの執務官だ。
 クラウディアは現在、パトロール任務中である。事件性のある任務を追っているわけではなく、緊急時以外は平和な航海任務である。
 そんな場所に法務担当かつ戦闘要員のフェイトが乗ってる理由はただひとつ、その緊急時対応のためであり、従って航海中の彼女は基本的にヒマだった。

「……つまり、ヒマなんだな?」

 そして、そういった事情は、元執務官であるクロノにもよく分かっていた。

「み、ミもフタもない言い方するね……まぁ、確かにそうだけどさ」

「性分だ。……しかし、まぁ、今のところ航海は順調。レーダーに妙な影も無いし、このまま行けば明明後日には──」

「──艦長!」

 刹那。
 艦橋に、緊張したランディの声が走る。

「どうした!?」

「アクティブレーダーに感アリ、相対座標F-12-4、対象は艦船! ライブラリに該当データ無し、識別不能……不審艦です!」

「通信は!?」

「ありません! プリウス、こちらからコンタクトを……って、対象のエネルギー増大!? 撃ってきます!」

「──ッ、障壁展開! 総員、対ショック体勢! なにかに掴まれ!」

 艦内放送でそう告げるや、クロノも、艦長席のアームレストを握り締める。

「対象、エネルギーキャノン照射! インパクトまで残り10秒! 7、6、5、4、3、2……インパクト!」

 展開された障壁に、高密度エネルギーの奔流が直撃する。
 衝撃に揺れる艦内で、クロノは、ギリリと歯を噛み締めた。

「次元空間(こんな場所)で仕掛けてくるとは、正気じゃないな……ランディ! 被害状況知らせ!」

「敵艦よりの攻撃は、全てこちらの障壁に防がれた模様! 第二射充填、開始されました……対象が接近してきます!」

「より近くから撃って、威力を上げる気か……それとも、体当たりでもしてくるか? アレックス!」

「FCSチェック完了、最終ロック解除! 全砲塔アクティブ、オールグリーン! いつでも撃てます!」

「よし、アグニ照準! 先制は奪われたが、有効打を先にぶちこんでやれ!」

「了解、アグニ照準……発射ぁ!」

 クラウディアの船体上部に二門搭載されている、127ミリ64口径収束型単装エネルギーキャノン“アグニ”が回頭し、その切っ先に不審艦を捕捉。
 狙い定められた砲撃は次元空間の闇を切り裂き、対象に直撃した。

 着弾点を中心として、魔力の残滓が広がっていく。

「どうだ!?」

「直撃しました……が、これは……!?」

「どうした!?」

「敵艦、未だ健在! 損傷は確認できません!」

 “アグニ”は、クラウディアの艦砲の中で、最も貫通能力に優れた砲だ。最新鋭艦であるクラウディアの兵装の中で一番、ということは、現在管理局が保有する兵器の中で一番、ということでもある。
 それが直撃してダメージを与えられていないということは、クラウディアの他の砲塔で攻撃しても、ダメージを与えられないということだ。
 非常識な装甲、もしくは障壁か、非常識な再生機構か。

 どちらにせよ、まともじゃない。
 つまり。

「──ロストロギア、か……」

「クロノ、私に出撃許可を! 敵艦に突入して、内部から鎮圧する!」

「駄目だ!」

『駄目です!』

 デバイスをセットアップし、艦橋を飛び出ようとしたフェイトを、クロノと彼女の隣に突如現れたディスプレイが静止した。ディスプレイの向こうから止めたのは、フェイトの副官、シャーリーだ。

「ここは次元空間だ! なにが起こるか分からない!」

『そうですよ、最悪、向こうにたどり着く前に、虚数空間に吸い込まれる危険性もあります! 生身で次元空間に突入なんて、絶対に駄目です!』

「でも、それじゃどうにも……!」

 上司と副官に説得され立ち止まるも、焦燥感を隠しきれない。フェイト。
 だが、そんなフェイトに向かって、クロノは不敵に微笑んだ。

「大丈夫だ……策は無いが、打開する道が無いわけじゃない」

「え……?」

「こういうヤマは、あいつの専門だ。そうだろ?」

「……あっ!」

 納得した、というふうに、頷くフェイト。
 それに頷き返してから、顔の方向を変えた。

「プリウス!」

「はい、本局とのチャンネル合いました! いつでも通信可能です!」

「違う……発信コードはUL08716283-YS00、最優先だ!」

「りょ、了解! ……そうか、このコードは……!」

「そうだ」

 艦長席、未知の敵との遭遇に、それでもクロノはニヤリと笑う。
 それは、相手に対する絶対の信頼の顕現。

「無限書庫司書長……ユーノ・スクライアに連絡を取れ!」



「……ああ、それはトロイア級だね。古代ベルカ時代、とある世界が運用していた戦艦さ」

 連絡を受けたユーノは、ろくに資料を見ることも無く、一瞬で不審艦の正体を看破した。
 それに頼もしい感情を抱きつつ、クロノは続きを催促する。

『攻略法は?』

「トロイア級は、防御力に特化した戦艦だ。主な用途は強襲、敵の前線を突破して、敵陣中央に大量の歩兵を送り込むことを得意とする。砲撃兵装や射撃兵装は搭載してないけど、巨大な質量と大出力の障壁を活かした突進攻撃も脅威だ」

『撃ってきたぞ?』

「じゃあ、改修したんだろう。その分、障壁の防御能力は弱まっているはずだ。トロイア級の障壁は堅固で、ちょっとやそっとの砲撃じゃ崩せない……現代なら、アルカンシェルかアインへリアルクラスの攻撃力が必要だ」

『そんなもの、クラウディアは搭載していない!』

 アインへリアルは地上に固定することによって超出力砲撃を可能とした巨砲なので、もちろん艦船に搭載できるものではないし、平和なパトロール任務にアルカンシェルを持ってくるほど世紀末な世界ではない。
 若干いらだったクロノに対し、ユーノはにやりと微笑んだ。

「それはそうだね。あったとして、撃沈しちゃあ意味が無い。でも、クラウディアの兵装で、トロイア級を機能停止させる方法は……ある。」

『どうするんだ?』

「スカリエッティの真似事のようでいやだけど……オーバーロードによる、機能停止を狙えばいい。クラウディアの全砲門で、間断なく連撃を加えるんだ。多分、5分くらいでカタがつく」

『なるほど。よく分かった、ありがとう。礼はまた今度する』

 そのまま通信を切ろうとしたクロノは、ふと指の動きを止め、思案顔となった。

『……そういえば、だ、ユーノ』

「なに?」

『この間は……すまなかったな。つい、感情的になった。……では、また』

 それだけ言うや、ぶちっ、という音と共に、通信が切られる。
 なにもなくなった空間を、しばらくぼうっと見ていたユーノは、ふぅ、とあきれたため息を漏らした。

「……やれやれ、クロノは……。言いたいことだけ言って、切っちゃうんだから、本当にもう」

 そう言って業務に戻ろうとしたユーノに、背後から声がかかった。

「──でも、ちょっとうらやましいな。ユーノくん、いつもと違う顔だったから」

「……なのは?」

「ゆーのくーん!」

「わぷっ! ……って、ヴィヴィオ……挨拶代わりのフライングクロスチョップって、誰に教えられたの?」

「はやてさん!」

 ニコニコと笑うヴィヴィオと、その後ろで微笑むなのは。
 とりあえず飛びついてきたヴィヴィオを下ろし、二人に向き直ったユーノは、ふわりと笑って彼女達を迎えた。

「いらっしゃい、なのは、ヴィヴィオ。コーヒーでも、飲んでいくかい? 歓迎するよ」

「うん、ありがとうユーノくん」

「ゆーのくん、ヴィヴィオ、甘いのがいい!」

「はいはい、分かったよ」

 言いつつ、司書長室へと消えていく三人。
 傍目にそれは、仲のいい家族にしか見えなかった。



(……そうだ、今度はやてに会ったら、アイアンクローでもしてあげよう)



「そういえば……久しぶり、だね」

 無限書庫、司書長室。
 騒ぎ疲れて眠ってしまったヴィヴィオに膝枕をしつつ、なのははふ、と目を細める。

「……なにが?」

「こうやって、二人っきりで話すこと。ヴィヴィオが来てから……ううん、ヴィヴィオが来る前からも。……昔は、いつも一緒だったのに」

「……そういうものだよ。僕たち二人とも、大人になった」

 ぐい、と自分の分のコーヒーを飲み干しつつ、ユーノは言う。
 特にどこの豆、というわけでもない、ごく一般的なインスタントコーヒー。その分、風味はイマイチだ。

「……ヴィヴィオ、寝ちゃったね」

「うん、はしゃぎ疲れちゃったみたい。生まれは特殊でも、中身は普通の女の子だから」

「……普通、か」

 自分の分のコーヒーを飲み干したユーノは、それをコン、と音を立て、デスクの上に置いた。

「ねえ、なのは……普通って、なんだと思う?」

「ふぇ?」

「なのはは、ヴィヴィオのことを普通の女の子だと言った。でも……一般的に見て、彼女は普通の女の子ではない。その身体能力、潜在保有魔力、レアスキル……平凡と言うには過ぎた力だ」

「ユーノくん!」

 ユーノの言葉を聞き逃しかねたなのはが、声を荒げた。
 滅多にないことだが、状況が状況だ。ことは自分の娘のことであり、話しているのは自分の親友。
 事と次第によっては、なのはも、然るべき措置を採る必要がある。

「まあまあ、落ち着いて……別に僕は、ヴィヴィオを傷つけたいわけじゃない。守りたいんだ……そのあたり、なのはには理解して欲しい」

 が、しかし。
 滅多にない、それゆえに恐ろしいなのはの怒気を受けて尚、ユーノは表情を崩さなかった。

「いいかい、なのは。現実を認識することは大切だ……ヴィヴィオは、普通の女の子じゃない。ヴィヴィオがそう思うのは一向に構わない、だけど、保護者がそれじゃちょっと困る」

「でも、私はヴィヴィオの母親で……!」

「……じゃあ聞くけど、母親の君がヴィヴィオのことを普通の女の子として扱ったとして、他人がそれに従う理由は……必要性は、あるの?」

 淡々と。
 ユーノは、事実を突きつける。

「ヴィヴィオのことを本当に子供として扱うのなら、少なくとも君は、事実を認識しないといけない。そうしないと、守れるものも守れないから」

「……私、嘘は苦手だよ……」

「じゃあ、嘘じゃなくて、方便だと思えばいい」

「それ、言い方変えただけじゃない!」

 まっすぐで、純粋。それがなのはの最大の美点にして、最大の弱点だ。
 それが分かっているからこそ、ユーノは搦め手に出る。

 そうでもしないと、止められないから。正論とは正しいから正論なのであり、正面からはどうやっても覆せないのだ。

「……ねえ、なのは」

「なに?」

 言葉尻にも、険がこもる。
 そんななのはに苦笑しつつ、ユーノはゆっくりと切り出した。

「僕は、普通の人間かな?」

「当たり前だよ。ユーノくんは、普通の人」

「ありがとう、なのは。その言葉はとても嬉しいし、本心からそう思ってくれていることも分かってる。
 ……けど、ね? やっぱり僕は、普通の人間じゃないんだよ……一般的に、考えて」

「そんなことない! ユーノくんは、ユーノくんはとっても優しくて、頭がよくて、責任感が強くて……」

「──9歳になるまでに魔法学校の大学クラスまでを飛び級で卒業、その後スクライアの発掘指揮者を経て、9歳で管理局に入局。その後、19歳になるまでに、無限書庫を実用レベルで稼動させることに成功。その功績を称えられて無限書庫司書長に就任した他、学術関係でも多数論文を発表し、著書、講演も多数。……僕自身は、自分にできることをやってきただけだ。だけど……一般的に、客観的に考えて、これは異常な話だよ」

 ユーノは別に、自分の功績を誇りたいわけではない。偉大なことをした、君は偉い、と称えられても、彼としてはあまり実感が沸かないのだ。
 彼は、彼にできることを、精一杯やったに過ぎない。これまでも、そしてこれからも。

 しかし、無限書庫司書長という責任ある役職に就くにあたり、ユーノは自分の業績を客観的に評価する必要性に迫られた。そうしないと、会席の場などで要らない粗相をしてしまうからだ。
 そして、気付いた。自分が、いかに他人から抜き出ているのか、ということを。

「なのはの故郷に、“出る杭は打たれる”ってことわざがあるよね? 本当にその通り、能力があるものは放逐される。もちろん、それで死ぬわけじゃない。だけど、中途半端な能力なら、周囲の嫉妬に押しつぶされて再起不能になるし、飛びぬけた能力なら孤独になる。だから……ヴィヴィオを守りたいなら、彼女の能力を、君は正当に評価しないと。柔らかい言葉で自分を騙しても、それはヴィヴィオにとっていいことじゃない」

「……じゃあ、私はどうしたらいいの?」

「なにもしなくていい。ただ、理解するだけでいいんだ……ヴィヴィオの、才能を。それだけで、かなり違うから」

 そこまで話して、ユーノはううん、と伸びをした。
 元来、彼は慣れてないのだ。このような、真面目な話をすることに。
 正確に言うならば、実生活に直結するような、暗く、重い話は、ユーノにとって苦手な部類なのだ。

 だから、ユーノは文句を言う。

「……やれやれ。こういう話は、フェイトがするべきだってのに……」

 先ほどまでの空気を払拭するように、わりと冗談めかした口調で。

 少なくとも、彼の頭の中では、そういう役割にいる人に対し。

「……へ? なんでフェイトちゃん?」

 分からないのは、なのはだ。
 どうしてここで、もう一人の親友の名が出るのか分からない。だから、きょとんと首をかしげる。

「なぜって、それは……」

「それは?」

「そういう汚れ仕事ってのは、本来……」

 父親の、仕事だから。
 彼の言葉は、そう続くはずだった。

 が、続かない。

 彼の心の奥底、そのどこかで、いまだ燻り続ける炎が邪魔をする。

「……本来?」

「…………」

「ユーノくん? どうしたの?」

「……いや、なんでもないよ。とにかく……こういうのは、本来、フェイトの仕事だ。僕は、そう思う」

 言葉に窮したユーノは、言葉を濁してごまかした。



 ──或いは。

 ここでユーノが、本音を言っていれば。

 この話も、ここで終幕だったのかもしれない。



「……ユーノくんは、ヴィヴィオが困ったとき……助けて、くれるよね?」

 だが、現実はそうはいかず。
 二人の心は、すれ違い続ける。

「……もちろん」

「そっか……、よかった」

 ユーノの返答に、なのはが見せたのは、喜色。
 満開の花のように咲き誇るなのはの顔に、ユーノは思わず微笑みをこぼし。

 ──ズクン、と。
 彼の心の奥は、痛んだ。



 その夜。と言っても、ミッドチルダ標準時での話だが。
 クラウディア艦内にある自室で空間ディスプレイを呼び出したフェイトは、無限書庫司書長室をダイアルした。

 ひとつ、ふたつ、みっつ。四回目のコールが鳴る直前、ウインドウにユーノの顔が映し出される。

『やあ、フェイト。どうかしたの?』

「こんばんは、ユーノ。今日のお礼を言おうと思ったんだけど……仕事、忙しかったかな?」

『いや、大丈夫だよ。今日は依頼も少ない方だし……君のお義兄さんが任務中は、とても平和で助かってるよ』

 そう言って、ユーノはいたずらっぽくウインクする。
 そんな彼に、フェイトはちょっと困ったような微苦笑を返した。

「ごめんね、ユーノ。クロノには、後できつく言っとくから」

『いいよいいよ、冗談だし。……ところで、ロストロギアを操っていた人達は?』

「艦内にいた人間は、全員逮捕したよ。ただちょっと多すぎるから、本格的な尋問は本局に戻ってからになりそうだけど……首謀者も、まだ誰か分かってないし」

『……それ、大丈夫なの?』

「まあ、よくあることだから……捕まえた中にいることは確実みたいだから、気長にやるよ」

 それから先は、お互いの近況や、仕事への愚痴や、休日の過ごし方や。
 なのはと違い、ユーノとあまり会うことのないフェイトは、彼と話す話題に事欠かない。
 任務中で、隣になのはがいないということもあり、彼女に気を使う必要のないフェイトは普段の三割り増しでしゃべりまくった。

 ……が、しかし。

 いくら話題があると言っても、1時間もすればお互い話題は出尽くしてしまうのも当たり前。

「……え、っと」

『……そろそろ、切ろうか?』

「うーん……」

 だけど、まだ、話し足りない。
 そう思ったフェイトは、必死に話題の種を探し。

「……あっ、そういえば……」

『そういえば?』

「ユーノは今日、クロノとの通信切った後はどうしてたの? やっぱり、仕事漬け?」

 とりあえず、つなぎのつもりで出した話題で。

『……ああ、偶然なのはとヴィヴィオがここに来てね。少し、話をしたんだ』

「…………え?」

 地雷を、踏んだ。

「……二人、来てたの?」

『あ、うん。……不味かった?』

「い、いやいや! ……そんなことは、ないけど……」

 うろたえる。
 本来なら、フェイトにとって、その話は喜ぶべき話。彼女は、心の底からなのはとユーノの関係が進展することを望んでいるのだから。

 が。

 もうひとつの、真実。
 それが、フェイトの心を締め付ける。

『……大丈夫だよ、フェイト』

 そして。

「……え?」

『フェイトが心配するようなことは……なにも、起こってない。ただ、一緒にコーヒーを飲んで、少し話をしただけだから』

 その態度は、ユーノの誤解を深めていく。
 お互い、方向性は間違っていない。ただ、矢印の向きが違うのだ。
 その矢印が、限りなく近いがゆえに、二人は互いの思い違いに気付かない。

「……そっか。でもユーノ、優しいのはほどほどにしないと……なのはに、愛想つかされるよ?」

 フェイトは、ユーノの思いを“なのはという親友が自分から離れてしまうことを気にしているのだ”、と、勘違いし。

『いやいや、それは大丈夫。僕たちは……ずっと、友達だから』

 ユーノは、フェイトの思いを“伴侶を奪われることへの恐怖”だと、勘違いする。

 近いけどけして交わらない、二本の平行線。

 二人の優しさから生まれたこれは、悲劇か。それとも、喜劇か。

「……それじゃ、おやすみなさい、ユーノ」

『ああ、おやすみなさい……フェイト』

 二つの線が交わるには、切り口を変える必要があった。



「ふんふんふーん、今日のごはんはハンバーグ~……っと、あれ、ユーノくんやないか? 珍しいなぁ……」

「ほんとです~。ユーノさん、食堂を利用されることもあったんですね」

 時空管理局本局、第一職員食堂。
 どちらかと言えば高級士官向けの、値段設定とクオリティがわりかし高めな食堂。

 昼食時、本日の日替わりランチ(ハンバーグセット)を手にごきげんだったはやては、ふと、食堂の隅に、見慣れた影を見つけた。
 丁度、彼女の守護騎士たちは、長期出張任務だったり部署内慰安旅行だったりで全員不在。食事の相手がリインだけというのも……まぁ、十分にぎやかなのだが、一緒に食べる人間は多いに越したことはない。

「おーい、ユーノくん! 久しぶりやなー」

「ユーノさーん、お元気でしたかー!?」

 そんなわけで、ふらふらとユーノに近づいたはやては。

「……ああ、はやて。丁度よかった、君にはひとつ、用事があってね……」

「へ、なン……あだだだだっだだだだだだ!?」

「ふわわ、はやてちゃ~ん!?」

 無限書庫司書長として多数の本を扱う中で、鍛え上げられたその握力。
 その力を、身をもって知ることになった。

 当然のごとく、はやては抗議をするのだが。

「あ、あだ、あだだっだだだっだだだだだぁ!? ちょ、ユーノくん! なにしてくれとるん!?」

「ユーノさん、はやてちゃんを離してください!」

「……ヴィヴィオ」

「!?」

 ユーノが、ぼそ、と呟いた一言に、顔を青くして押し黙る。

「……ユーノくん」

「なに?」

「ごめんなさ……っいぁだ、だだ、だだだだだだだだだだだだぁぁぁぁぁっっっ!?」



──ちょっと待ってね(美しい映像と音楽を、セルフサービスでお楽しみください)──



「うう……酷いやないか、ユーノくん。頭、変形するで……」

「自業自得だよ、まったく。ヴィヴィオの性格が歪んだら、どうしてくれるんだ」

「い、いやぁ……まっさか、本気にするとは思わんかったんよ」

 なはは、と笑ってごまかすはやてに、ユーノははぁ、と溜息つく。
 いつものこととは言え、この人は、どうもアレだ。ダメだ。
 今回のように、面白がってヴィヴィオに間違った知識を与えたり、突発的に妙なことを企画したり……被害者は、たいがい周囲の友人達か、彼女の守護騎士達である。

 それでも他人から嫌われるどころか好かれる傾向があるのは、そこに邪気がないからだろうか。
 これもまた、人徳というものなのだろう。

「──そういや、こないだはお手柄だったらしいやん」

「クロノさんから聞きましたよー?」

「……ああ、あれ?」

 突然褒められたユーノは、若干ほほを染めつつ、ぽりぽりと頬を掻いた。

「別に、たいしたことはしてないよ? 僕は、僕にできることをしただけで。それに僕は、戦えないから……あれくらいしか、することがないんだ」

 あれくらいしか、のところに隠し切れない諦念を交えつつ、ユーノは言う。
 彼とて、本当は、前線にいたかった。前線にて、親友たちの背中を、守り続けたかった。

 後方支援の必要性、重要性を理解してなお、“実感できるモノ”を求める。それはきっと、彼が男だからだろう。
 だから、ユーノは悩む。鬱屈する。歪む。
 自分の成果を正当に評価する理性と、それを否定する感情。友人からの賞賛に対し素直に喜ぶ感情と、それを戒める理性。
 それらが内面でないまぜになり、ユーノはさらに深く、深く、ネガティブスパイラルの渦の中に巻き込まれていく。

 ──そんな、彼の思考の霧を。

「ダメですよぉ、ユーノさん! そんな暗い顔ばかりしてると、幸せが逃げていっちゃうです!」

「そやでユーノくん、物事はシンプルに捉えるべきや。褒められたら笑顔、嬉しいときも笑顔! そういう時に、ぐちゃぐちゃと小難しいこと考えたらあかん」

 祝福の風とその主が、吹き飛ばす。

 二人のセリフにきょとんとした顔になったユーノは、小首をかしげつつ、困ったように言った。

「……そういうもの、なのかな?」

 そんな彼に、はやてとリインは、訳知り顔で腕を組みつつ首肯する。

「そういうもんや」

「ですぅ」

 自身満々の二人に、苦笑を深くするユーノ。こうまできっぱり言われると、反論のしようがない。

 リインはともかく、はやても、分かっているのだ。ユーノの抱えている、囚われている闇の深さは。友人の中で人一倍人間観察に長けた彼女は、ユーノの内面がそこまで単純ではないこと、単純ではいられないことを理解している。
 が、だからこそ、単純な言葉が必要な時もある。特に、ユーノのような、頭のいい人間に対しては。

 それは、はやてなりの心遣い。
 それが分かっているからこそ、ユーノは、笑みの色を濃くする。

「そっか……うん、そうかもしれない。……ありがと、二人共」

 そんな、ユーノの行動に。

(……ちょっ! ユーノくん、それ反則……反則やからな!?)

 実は中身が初心な狸さんは、思わず赤面してしまった。

(ふわああぁ、ユーノさん、素敵ですねぇ……)

(ダメやダメやダメや、ユーノくんにはなのはちゃんとフェイトちゃんが……や、でも、今フリーだから別にええんや……ってダメや! あの二人は親友や、それを裏切るわけにはいかへん……け、けど、ちょっとつまみ食いするくらい……って、静まれ私のスキッピングビート! そらing形で乙女全開なはやてさんには必要不可欠なモンやけど、今だけは、今だけは静まるんやあああああああああ!)

(はやてちゃん、顔、真っ赤です……)

「……あれ? どうしたのさはやて、いきなり下向いて。気分でも悪いの?」

「ふぇっ!? や、ややややなんでもないで? なな、なんでもないんやからな!? 気にすんなや!? 絶対やで!? ええな!?」

「あ、う、うん……なんでもないなら、いいけど……」

「……やれやれ、まったくです。律儀というか、正直というか、馬鹿というか……はやてちゃんは、ダメダメでふぅっ!?」

「やかましいわ!」

 大げさな身振りで両肩をすくめ、半目でにやけるリインの口内にプチトマトをぶち込みつつ、一見さんにはお見せできない顔になったはやては、ゼイゼイと肩で息をする。
 一方、リインのセリフが聞こえなかったユーノは、はやての行動に眉をひそめた。

「ちょっと、はやて……なにがあったか知らないけど、それはやりすぎじゃない? 一種のデバイス虐待だよ?」

「む゛ー! む゛ー!(そうです! もっと言ってやれですユーノさん!)」

「ちゃうちゃう、これはしつけや! リインは今、言ってはならんことを言った……私はなユーノくん、別にリインが憎いわけやない。でもな、必要な体罰を必要な時にせんで、リインにスポイルされた大人になって欲しゅうない。だから、心を鬼にするんや!」

「なるほど……分かったよはやて、それとゴメン。僕、考えなしだったね……」

「ええんやユーノくん、分かってくれれば、それだけで……」

「む゛ーっ!?(ユーノさぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!?)」

 インターネットが発達した昨今、世間には数多の情報が飛び交い、然るにその殆どは誤報である。
 だが、その情報の受け取り手たる我々に、その情報の真偽を確かめる術は無い。顔の分からない発信源から、無責任にばら撒かれる情報群……よしんばその情報が正しかったとして、受け手側の屈折した感情による、間違った解釈。
 そのような現代において、しばしば、真実は覆い隠される。

 ……そう、残念ながら、大人の世界は非常なのだ。
 リインには、このことを教訓に、より一層の精進を期待したい。



 ──まあ、そんな、どうでもいいことはともかくとして。



「……ああ、そういえば」

 ややあってようやく落ち着き、冷静さを取り戻したはやては、ふと真面目な顔と口調になって口を開いた。

「どうしたのさ、いきなりそんな。なにかあったの?」

「……や、どうでもいい話ではあるんやけどな。ユーノくんなら、話してもええやろ。……じつはな、こないだのグループの首謀者……まだ、見つかってないねん」

 ぼそ、と呟かれた一言に、ユーノの両目が丸くなる。

「……へ? いや、だって、もう尋問が始まってから1週間は経ってるよ? なのに?」

「そうや。実はこないだ、フェイトちゃんに会うたとき、少し話してな。その時、捜査の進捗を聞いたんやけど……ああ、もちろん、尋問の中身については聞いておらへんで?」

「で?」

「どうも、さっき言うたけど、首謀者が見つからんらしい。もっとも、まだ構成員全員を尋問し終わったわけやない……んやけど、リーダー格と思しき人間達の尋問は終わった。そいつらからの情報引き出しは大体終わったらしいんやけど、どうも、首謀者が別におるらしい」

「つまり、彼らは捨て駒だった?」

「や、それがな。不思議なことに、クラウディアと交戦したとき、艦の中で指揮をしとったのはその首謀者さんのようなんや。そして、フェイトちゃん達が突入したときにも、確かに首謀者はおったらしい、ってことが、尋問から明らかになっとる」

「……逃げた、か」

 ユーノの言葉に、ふぅ、とため息をつきながら、重々しくはやては肯く。
 その表情には、話題の人間に対し、若干の不快感を感じていることがありありと感じられた。

「そうやろうな。……ところでユーノくん、補助魔法の専門家としての意見を聞きたいんやけど」

「別に、それは専門ってわけじゃなく、ただそれしかできないだけなんだけど……なに?」

「クラウディアに搭載されとるレーダーに感知されることなく、転送魔法を使って……もしくは、ステルス機を用いて逃走することは、可能なんか?」

「無理だね」

 はやての疑問を一瞬で否定したユーノは、食後のコーヒーを飲みつつ、首をすくめた。

「クラウディアに限らずXV級に搭載されたレーダーは、生半可なモノじゃない。電波式、音波式、魔力波式、光学式……その他考えられ得るあらゆるレーダーを搭載、全方位を警戒できる。死角のある通常航行時ならまだしも、戦闘時にあれから逃れることは不可能だ……普通なら」

「……つまり、普通じゃない方法ならできる、と」

「その通り」

 そこまで言って、ユーノは深く嘆息する。

「レアスキルか……ロストロギア。間違いなく、この二つのうちどちらか、もしくは両方が関わっている。……まったく、また忙しくなりそうだ」



 時空管理局外縁部、留置エリア。
 薄暗い獄中にて、腕に魔力を封じる機能もある枷をはめられ、囚人服を着せられた、二人の男が会話している。

「……同志А(アー)、首尾はどうだった?」

「最悪だよ同志Б(ベー)……あいつら、絶対に人間じゃねぇ。あれは尋問なんて生易しいもんじゃねぇよ、まったく、法の管理者が聞いて呆れる……」

 Аと呼ばれた男が、Бと呼ばれた男の言葉にうなだれる。
 彼の口から漏れる言葉は、悔恨の言葉のようでいて、事実怨嗟のつぶやきだった。

「と、いうことは……喋ったか」

「……面目ない。俺は、俺は……また、暴力に屈してしまった……。同志Б、あの時、あんなことを言った俺のことを許してくれ……」

「仕方ないさ……俺も、同罪だ。むしろ、これではっきりしたじゃないか。……管理局は、絶対に潰さなければならない……悪だ、と」

 会話が進むにつれ、二人の口調はヒートアップしていく。
 やがて二人は立ち上がり、激情のままに大声をあげ、その顔は憤怒の赤に染まっていた。

「ああ! 口では綺麗ごとばかり抜かしているくせに、その性根は腐ってやがる……こんな組織に、俺達が愛する次元世界を任せておけるものか! 管理局、断固廃すべし!」

「そうだ! ……だが、そのためには、まず首領を探さねば……」

 だが、Бの言葉によって、二人の勢いは急速にしぼんでいく。
 АもБも、親を見失った幼子のような表情になり、消沈した雰囲気になってその場に腰を下ろした。

「……同志А。確かに首領は……あの場に、いたんだろう?」

「ああ、側近の俺が言うのだから間違いない。確かに首領は、俺の隣で艦の指揮をし、執務官共が乗り込んできたときは戦闘の指揮をとっていた。だが……」

「いつの間にか、消えていた……か。ご無事ならいいのだが……」



 ……ミシ



「……? 今、なにか言ったか?」

「いや、俺はなにも……」



 ……ミシシ



「……いや、おかしい。なにか、そう、軋むような……」

「そうだ……ってお、おい、同志А!」

「どうした?」



 ……ミシミシミシミシ



「どうしたもこうしたも、体が……」

「体? それが一体どう──し──────!?」



 ミシ、ミシミシミシミシ、ミシミシミシミシミシミシミシミシ!



「あ───か────、な──────Ξ♯εЭ§¢∫──────────────────」



 ミシシシシシシシシシシシシシシシシシ──────────ボギンッ!



「───────────────────────────────────────ッ!」



 ……それは、数秒にも満たない時間の内に、突如として起きた惨劇だった。

 ミシミシという嫌な音に、不自然に隆起するАの体。
 そして、彼の体は爆ぜた。冷たい牢獄の中に咲いた、一輪の赤い薔薇。元々Аであった肉片が、花弁の上に散在している。

 そして、元々彼のいたところに、一人の男が立っていた。痩せ形の長身、黒縁の眼鏡をかけた男は、血塗られた獄内にて不自然なほどに清潔だ。

「……やれやれ、第一目標は達成できましたか。無能な木偶の坊の集団だと思っていましたが、少しは利用価値もあった……と、いうことですかね」

 つまらなそうに周囲を見回した男は、乾いた笑いを口の端に浮かべる。
 ややあって、男は、牢獄の入り口へとその足を向けた。

 そんな彼に、

「──待ってくれ……いや、待って下さい……!」

 目の前で仲間が爆発し、茫然自失になっていたБが、慌てて駆け寄る。
 その顔を見た男は、おや、という顔になった。

「君は……」

「やはり……、ご無事でしたか。いや、しかし、どうしてこんな……それよりも、先ほどの言葉は……?」

「──いやぁ、これは奇遇ですね。ちょうどいいですから、最期にもう一働きしてください」

「は?」

 意味の分からない、という顔をするБに、男は近づき、にっこりと笑いかける。
 そして、その手に握った杖の先を、Бの体に押し付けた。

《Anamorphism》

「──ガ八ッ!?」

 突如、Бの体に激痛が走った。

「いや、流石は管理局の留置場です。こんな小物を捕える牢にも抗魔力コーティング材を使っているようで、破るのに少々手間取ると思ったんですが……あなたのおかげで、手早く済ませることができます」

「──い、ま───、な、にを─────?」

「あなたの体を、爆弾にさせていただきました。──ああ、動こうとしても無駄ですよ? もうあなたの体のほとんどは、人間のソレではないのですから……目がまだ見え、耳がまだ聞こえ、口がまだ動くのは、私なりの優しさです」

「そ、んな──────!」

 絶望の表情で、Бは慟哭の叫びを上げる。
 そんな彼を、男は冷たく、しかし愉しげに見下ろした。

 ……そして、崩壊の時。
 Бが最期に目にしたのは、

「……さようなら、お人形さん。無知蒙昧な屑にしては、役に立ってくれましたね」

「あ──りで─────、首領─────────────────」

 笑顔で手を振る、信じた男の姿だった。




[24385] Act.2 “錆びた心”
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:a3d7bf23
Date: 2010/12/06 20:24

 時空管理局本局、資材搬入エリア、第23号大通路。
 大型資材を局内に搬入するため、かなり幅広な通路だ。両側面及び床には、大型リフト用のレールが敷かれており、資材搬入時には、かなり活気のある場所になる。
 しかし現在、資材搬入は行われておらず、なのでここには人っ子1人いない。

 はずだった。

「……あ、あれぇ? ここ、どこだろぉ……」

 では、どうしてここに幼女……もとい、なのはの愛娘、高町ヴィヴィオがいるのか。

 常識的に考えて、答えは既に出ている。
 そう、彼女は……。

「……ザフィーラー? ザフィーラ、どこぉ……? ……うっ、ぐす……、なのはママー……?」

 道に、迷ったのだ。



 ヴィヴィオは今日、なのはに連れられて本局に遊びに来ていた。なぜなら、学校が休みだったからだ。普段なら付き合いの長いハウスキーパーとボディーガードと共に過ごすところだが、前々からなのはの職場を見たがっていたヴィヴィオは、ここぞとばかりに駄々をこねた。
 若干困りはしたものの、目に入れても痛くない愛娘の懇願に、なのはは折れた。そして午前中、なのはの仕事ぶりを見て満足したヴィヴィオは、昼食後、デスクワークへと向かうなのはに元気よく手を振り(流石に、書類仕事を見たくはないらしい)、一旦別れた。
 ボディーガードのザフィーラをお供に、ヴィヴィオは一路無限書庫へ。午後はそこで過ごした後、迎えに来たなのはと一緒に帰宅する予定だ。これまでの経験から推測するに、ユーノも家に来るだろう。
 幸い、今、家には、フェイトもいる。ユーノが来た日の夕飯は、なぜかいつも豪華なので、ヴィヴィオはとてもご機嫌だった。

「……あれ?」

 そんな彼女の、「今日のごはんはなんじゃろげ~」という思考は、唐突に寸断される。

「どうしたヴィヴィオ……なにか、あったか?」

「う、うん……そこ、チョウチョが……」

 ヴィヴィオの目の前に、一匹の蝶がいた。
 自然界には絶対に有り得ない極彩色で、キラキラと光り輝く蝶。小さい子なら目を奪われるのは当然であり、ヴィヴィオは思わず手を伸ばす。

 が、ザフィーラは、その言葉に首をひねった。

「……蝶? どこにいるのだ?」

「え、そこに……あ、行っちゃう!」

「……むぅ? っといかん、待て、待つのだヴィヴィオ!」

 遠くへ行こうと飛んでいく蝶を、ふらふらと追いかけていくヴィヴィオ。
 そもそもその蝶が見えないザフィーラは一瞬動揺するも、慌てて後を追いかけた。

「待つのだヴィヴィオ、そちらは危な──ッ」

 だが、その意思を阻むように、ザフィーラの周囲に密度の濃い霧が発生する。
 ヴィヴィオにしか見えない蝶と同じく、極彩色に輝く霧は、意思を持っているかのようにうねうねと動きまわり、ザフィーラを窒息させようとその密度を増していった。

 が、彼とて、長き時を生きたベルカの守護獣。前線に出ること自体は少なくなったとはいえ、歴戦の戦士であることに変わりは無い。

「──喝ッ!」

 気合一発、そこに込めた魔力だけで、周囲の霧を弾き飛ばす。
 視界を覆うモノを散らしたザフィーラは、すぐにヴィヴィオの姿を探した。

 だが。

「……ちぃ、やられたか……」

 すでに手遅れ。先ほどまで隣にいた少女は、影も形も無い。
 守るべき対象を見失った狼は、悔む時間も惜しい、とばかりに、空間ディスプレイを立ち上げた。



 一方。
 蝶を見失い、我に返ったヴィヴィオは、若干泣きそうになっていた。

「……だれも、いない……ママも、ザフィーラも、ユーノくんも……」

 無理もない。
 同年代の子供と比べれば格段にしっかりているとは言え、ヴィヴィオはまだ子供だ。それも、こまっしゃくれたところの無い、まだ純朴な心を保っている時代。
 信頼できる人間と離れ、見知らぬ土地に1人でいる。
 周囲には、人の影1つ見えない。

 そんな状況下で、おびえない子供はいない。否、大人だって、そんな状況下に陥ったら怖い。

「だれかー……だれか、いませんかー。だれか、いませんかー……?」

 そういった状況下で、恐怖に飲まれ、パニック症状を起こすことなく周囲を探索するヴィヴィオ。
 その冷静さは、なのはのしつけが行き届いていることを示す格好の材料だ。

 そう、ここは、時空管理局の本局。どれだけ人がいなかろうと、それ自体は変わらない。
 ならば、そこらにいる人間に手当たり次第に助けを求めれば、ことは済むのだ。
 人がいなくてもいい。ただ歩きまわっているだけで、局内の監視カメラはヴィヴィオの像を捉えてくれる。幼い少女、しかも制服を着ていない人間は管理局でも珍しいので、警備室も、すぐに異変に気付くのだ。
 下手にじっとしていて、たまたまそこがカメラの死角だったりすると、目もあてられない。安全が保障されている本局内なのだから、適当に歩いたほうがいいのだ。

 ……普通の状態なら、の話だが。

《──警報! 警報!》

「ふぇっ!?」

 静寂を切り裂いて、警報音が鳴り響く。
 同時に赤色灯が回り始め、ヴィヴィオがいる通路は、一瞬で真っ赤に染め上げられた。

《外縁部、第231号留置エリアにて異常事態発生。当該エリア内にて留置されていた囚人2名が死亡、下手人が逃走しました。殺害手段は極めて残虐性が高い──》

「わ、わわ、わわわわわ!?」

 要所要所に設置されたスピーカーが、一勢に喋り始める。
 先ほどまでの静けさが嘘のように様々なことが立て続けに起こり、さしものヴィヴィオもパニックになった。

 ──そして。



「……やれやれ、管理局も仕事が早い。一応、やれるだけの隠蔽工作はしたのですが……まぁ、いいでしょう。こうして、“人質”も手に入ったことですし」



 トン、と、ヴィヴィオの背に、何かが当たる感触がした。
 そして、彼女振り向くよりも早く、機械的な音声が響く。

《Schlussel》

「あ────」

 それだけ。
 たったそれだけで、ヴィヴィオの意識は闇に落ちた。
 力を失った彼女の体を、痩せた男が抱きとめる。

「……ふふ。さて、あなたには、役に立っていただきましょう……存分に、ね」

 眼鏡の奥で、細められた瞳がギラリと光った。



《──は極めて残虐性が高い手段であり、犯人の危険性は極めて高いと推測されます。非戦闘員は迅速に付近のシェルター内部に避難し、戦闘要員は各々のオフィスへと集合。各部署長の命令に従ってください。繰り返します、外縁部──》

「……ええい、こんな時に! ったく、警備部はなにしとんねん!」

 時空管理局、B-73区画内、はやてのオフィス。
 目の前に二つ展開されている空間ディスプレイを前に、はやては毒づいた。

 ともあれそれは、目の前にいる人間皆が思っていること。
 冷静さが重要だ、と思い、頬を一発はたいたはやては、たちまち仕事モードの表情に戻った。

「……ザフィーラ、ヴィヴィオがいなくなったの、どのあたりや?」

『D-52区画です、主。……申し訳ありません、私がついていながら……』

「ええんや、気をぬいとった私らにも責任はある。それに、謝ればなにもかも上手くいくなら、誰かてそうしとる。重要なんは、反省して、何をするかや。そうやろ?」

『……はい』

 普段から深いしわが刻まれた額をいっそう険しくさせ、ザフィーラは押し黙る。
 それに対し頷いたはやては、傍らにいるリインに振り向いた。

「リイン、監視室との連絡は?」

「ダメです、警戒警報が発令されてますから、監視室への通信は上層部からのモノ以外軒並みシャットアウトされてるです。リンディ提督か、レティ提督あたりを通せば通信可能ですが、こちらは回線がビジ―状態で繋がりません」

「……なるほど。クロノ提督、スクライア司書長への通信はどうや?」

「スクライア司書長は、無限書庫がエマージェンシーモードに入っているので通信不能なのです。クロノ提督への通信は、今やってるですが……」

「了解、可及的速やかに頼むで」

「はいです!」

 リインからの報告を聞き、指示をし終えたはやては、その視線をもうひとつの空間ディスプレイへと向ける。
 そこでは、はやる心を隠し、落ち着いた表情を取りつくろったなのはがじっとはやてを見つめ返していた。

「……さて、なのはちゃん。二つの事件……つながっとると、思うか?」

 はやての質問に対し、なのははすぐに首肯する。

『十中八九、ね。ザフィーラさんがヴィヴィオを見失った時の状況、明らかに不自然だもの。同一犯かどうかは置いておいても、相手はヴィヴィオが狙いだったのは間違いないよ』

「そやな。……じゃあ、犯人の狙いはなんやろ?」

 はやての問いに、なのははちょっと首をひねった。

 ヴィヴィオを誘拐する理由……一見、数多くあるように思われる。だが、実際、彼女を誘拐してもあまり意味がない。
 聖王のクローンとして生まれたヴィヴィオ、彼女の身柄を奪えば、聖王を信仰の対象とする聖王教会を意のままにできる。そう考える人間も、多いだろう。しかし、聖王がいなくなってから数十年を経た現代、たかがクローン一体程度で聖王教会は揺るがない。端的に言えば、“今の聖王教会に聖王は必要ない、むしろ邪魔”なのだ。
 そして、兵器として見ても、レリック摘出後のヴィヴィオはあまり価値が無い。確かに一人の魔導師としては優秀な資質、金のたまごであるものの、所詮一人の魔導師に過ぎないのだ。その絶対的戦闘能力の象徴とも言える“聖王の鎧”も、ナンバーの合うレリックが無ければ発動すらままならず、そしてそのレリックは、なのはの手で粉々に破壊されている。
 最後に、高町なのは、もしくはフェイト・T=ハラオウンの親族として見た場合。この場合も、身代金要求の手立てとして以外使い道が無い。前線の一士官に過ぎないなのははもとより、管理局高官を親族に持つフェイトにしても、ヴィヴィオを利用して得られるメリットが少なすぎるのだ。仲間に引き入れる、という手段もあるが……それにしては、二人の戦闘力は中途半端すぎる。

 ようするに。
 ヴィヴィオを誘拐しても、その危険性に比した(例えば、常に傍に控える猛犬をどうにかする、とか)メリットはあまりないのだ。
 それらの事実を無視するにしても、本局内部に侵入するという捨て身の行為を敢行する理由は、まったく無いと言っていい。

『……なんでだろう? はやてちゃん、分かる?』

「そやな。……ここは、視点を変えてみるとええかもしれん」

『?』

 はやての思考回路が、急速に回転を開始する。

 ヴィヴィオをさらった理由……彼女の利用価値とは、何か?
 彼女という存在の、特別性とは?
 なのはには分からない、フェイトにも多分分からない、しかし傍観者のはやてなら分かる、きっとクロノも知っている側面とは?
 はやてが、はやてだからこそ感じられた、かすかな“違和感”の正体とは……他の誰でもなく、あの二人に、否、“三人”に……。

「──ヤバい」

 そして、はやては気付く。
 この事件の、核心。その、末端に。

『……はやてちゃん? どうし──』

「こうしちゃおられん、リイン、クロノ提督との通信を早くつなぎ! ザフィーラは超特急でここに来て、即出られる体制で待機! 急ぐんや!」

「は、はいぃ、了解ですぅ!」

『了解』

 顔面を蒼白にして、はやてが矢継ぎ早に指示を下し始める。その命令を受けたリインとザフィーラは、あわただしく行動を開始した。
 親友のただならぬ様子に、なのはは一層眉をしかめる。

『なにか、分かったの?』

「そうや。なのはちゃんは、フェイトちゃんに連絡……敵の戦力が分からへん今、身内ばっかになってまうけど、出来る限りの戦力があるに越したことはない。警備隊に連絡しようにも、こう回線が混雑しとったら……!」

『分かった、フェイトちゃんには連絡を入れる。それで……なにが分かったの?』

「ユーノくんや」

 がつん、と、なのはの頭に衝撃が走る。
 その名前は、今聞くには、彼女にとって衝撃的過ぎたから。

 そんな内心を薄々理解しながらも、はやては、まっすぐな目で言った。



「ユーノくんが──、危ない」



 時空管理局本局内、無限書庫。
 慣れ親しんだ無重力空間の中で、ユーノは、招かれざる客と対峙していた。

 長身痩躯の男の右腕には、ぐったりとしたヴィヴィオが抱えられており、その頭には、男の持つ杖の先端が押し当てられている。

「──ほほぅ、ここが名高い管理局の無限書庫、ですか。なるほど、ここなら次元世界全ての知識が眠っている、と言われても、納得してしまいそうだ」

 心底感心した、という風に、男は、感嘆の声をあげる。
 そんな男に構わず、ユーノは、油断ない視線を向けた。

「……どうやって、侵入したんですか? 管理局の防衛体制は強固です、おまけに今は緊急警報まで発令されている……人質を担いでここまで来るのは、事実上不可能だ」

「ああ、それには骨が折れました。そうですね、よろしければお教えしますよ? その前に、私の依頼を聞いていただきますが」

 にっこり、と笑う男を、ユーノはギロリと睨みつける。
 が、ヴィヴィオの頭を軽く小突かれると、苦い顔になり、自分の後ろを指し示した。
 そこには、彼の部下達が、意識を失い、ぷかぷかと浮いている。

「……彼らは?」

「ああ、大丈夫、意識を失っているだけですよ。下手に殺して、あなたに暴走されても困ります……あなたには、理性的でいていただかないと」

「つまり……依頼を断れば、ヴィヴィオを殺す。その程度の分かっていて欲しい、ということですか」

「理解が早くて助かります」

 男の返答に、ユーノは苦い顔で肯いた。

「……分かりました。それで、依頼とは?」

「内容自体は簡単なものですよ。ただ、これの起動コードを探して欲しい……それだけです」

 男はおもむろに、懐からなにかを取り出した。

 それは、黒い、水晶のようなものだった。
 子供の手のひらに入るようなサイズで、菱形の物体。見るものを引きずり込むような、危険な美しさをたたえる漆黒の水晶。
 そして、内包された膨大な魔力。

 明らかに、ただのモノではない。

「……ロスト、ロギア……」

「ええ。寄生型ロストロギア、エンデ・デアヴェルト。古代ベルカ時代に、とある国が生み出した、殲滅戦用兵器です」

「なぜ、こんなものを? このクラスのロストロギアを、一介の犯罪者が持てるはずがない」

「さて、どうしてでしょうねぇ」

 ユーノの質問に、にこり、と笑って返す男。
 返答する気がない……つまり、そういうことだ。

 そう理解したユーノは、足元に魔法陣を出すのと同時に、周辺に複数の空間ディスプレイを展開。検索魔法を、起動した。

「……検索ワードは?」

「“エンデ・デアヴェルト”、“殲滅兵器”、“起動コード”。ああそれと、一応“古代ベルカ”……いえ、“ベルカ式勃興期”。これくらいですかね」

「分かりました。……歴史、お好きなんですか?」

 男の言った、“ベルカ式勃興期”とは、一般によく知られている“古代ベルカ”とはまた別の時代区分だ。
 そもそも古代ベルカと一口に言われるが、あくまでベルカ式をメインに扱う王朝、つまり聖王王朝が滅亡して以降を“近代ベルカ”、ぞれ以前を“古代ベルカ”と呼ぶのであり、古代ベルカという言葉が示す年代はかなり広範囲にわたる。

 だが、そのことを知っている人間はあまり多くない。
 これは、次元世界において歴史研究が一般的ではない、という話ではなく、単純に、けっこうコアな話だからだ。

「ええ。以前は、そういう仕事をしていましたので」

「そうですか。……残念ながら専門ではないのですが、ベルカ式以前の魔法体系は、混沌としていたそうですね。オカルティックな側面がいまだ色濃く、一種の儀式めいたものだったとか」

「そうですね、今日のようなデバイスが生まれたのも、ベルカ式が台頭して以降です。魔力という存在が一種のエネルギー体であることは知られていましたが、それをどのように抽出し、利用するか、まだ分かっていませんでした。結果、オカルト色が強くなっていたわけです」

 表面上は和やかに、二人は会話を続ける。
 その間にも、ユーノの検索は止まらない。

「全てが変わったのは、脳科学の進歩の結果、でしたか」

「ええ。人間の脳を高度に分析する技術が発達した結果、魔法を使用する際、脳味噌がどのように働いているのかを知ることができました。それによって、デバイスが誕生したわけです……これ以前を先魔法文明期、以降を魔法文明期と呼ぶ学者もいますね」

「しかし、当時のベルカ式は未熟だった」

「そうですね、極めてプリミティブな魔法でした。目に見える魔法、とでも言いましょうか……応用性は低いのですが、それだけ分かり易い“力”です。ベルカ式によって、大掛かりな儀式を行う魔法体系は、次々駆逐されていきました」

 二人の周囲で、本が球体を形成する。
 無数の書籍が、その球体の中に組み込まれ、恐るべき速度で読まれ、元の場所へと帰っていく。

「実は、今回私が侵入したとき、その駆逐された魔法体系の一部を利用させていただいたのです」

「……それは、どういう?」

「現物をお見せできないのが残念なのですが……一種の、ロストロギアです。前の職場にて保管していたものなのですが……その力は、他人の体内への潜伏」

「なるほど。……この間の案件、首謀者はあなたでしたか」

 ユーノがぽん、と空間ディスプレイのひとつをタッチすると、本の流れが少し変わった。
 これまでとは違い、その場にある本だけが二人の周囲を回り始め、新しい本が入ってこなくなる。

「おや、ご存知でしたか? 次元空間の辺境でおきた、取るに足らない小競り合いだったはずですが……」

「……ちょっとした、縁がありまして」

「そうですか。ええ、その通り、私があの組織の首領です。……アレは、ここへたどり着くための道具にすぎませんが」

「しかし……留置エリアからここまで、それなりの距離があります。そこまでのセキュリティは、どうやって突破したんですか?」

「いやはや、それなりの年月をかけて準備していたもので。本局建設に携わった建設会社を数件買収して、メンテナンス用通路の図面を手に入れました。若干変更されていましたが、概ね正確でしたよ」

「……なるほど、ね」

 一冊、また一冊と、本は本棚へと消えていった。
 そして、最後の一冊が消え。

 ユーノの周囲の空間ディスプレイも、ひとつを残して全て消える。

「……出ましたか」

「ええ。後は翻訳作業のみです、しばらくお待ち──」

「──いえ、結構です。読めますから」

 作業に入ろうとしたユーノを静止し、男は自分の前にも空間ディスプレイを出す。
 ユーノは無言で、彼に、情報を転送した。



 無言のまま、男は、ディスプレイに目を落とす。
 無言のまま、ユーノは、男を見つめる。
 無言のまま、二人は、時を過ごす。



「……確かに」

「では、ヴィヴィオを……その子を、返していただけますか?」

「申し訳ありませんが、まだです。……まだ、私の仕事は終わっていません」

 そう言って、男はふっと笑う。
 その笑いは、目的を成し遂げた喜びと言うよりも、肩の荷が降りた時の安堵感のような、恐れていた時がついにやってきた時の諦めのような、よく分からないが、とにかくそういう笑みにユーノは見えた。

「……ふたつ、質問させてください」

「いいですよ。どうぞ?」

「ひとつめは……そのロストロギア、どこで起動するつもりなんですか?」

 ユーノの瞳が、鋭く、男を射抜いた。
 返答しだいによっては容赦しない、とでも言いたげに。

 そんな視線を、男はさらりと受け流す。

「もちろん、“ここで”です。今日、今から、この地、この場所で、このロストロギアを発動します」

「……正気ですか? そんなことをすれば、管理局は壊滅するかもしれない……次元世界全体が、混沌の渦に巻き込まれますよ?」

「いいんです、私には関係のない話ですから」

 ロストロギア、エンデ・デアヴェルトは、起動した人間に取り憑き、その戦闘能力を大幅に上げるロストロギアだ。その戦闘能力は素体の性能に影響されず、一体でも管理局の次元航行隊一個艦隊クラスの戦力を保有する。
 しかし、寄生された人間は自我が崩壊し、周辺地域を破壊するだけの化け物となる。よって作戦行動などとれようもないので、開発した国では、自爆特攻の爆弾代わりにこのロストロギアを使用したらしい。

 こんなものが、管理局の中枢、本局内で暴れたらどうなるか。
 良くて、甚大な損害と多数の死傷者、悪くて本局の崩壊。いずれにせよ、管理局は大打撃を受けるに違いない。
 先の事件の影響もあり、弱体化している管理局だ。最悪、崩壊の危険性すらある。

「……そうですか。では、もうひとつだけ」

 そのことを理解しながらも、ユーノは動けない。
 動けば、ヴィヴィオが死ぬ。彼にとって、それは、耐え難いことだ。

 だから、冷静さを装いつつ、ユーノは質問を重ねる。

「申し訳ありませんが、検索中に、少々調べさせていただきました……あなたほどの学者が、どうして、このようなことを?」

「……私は、一介の犯罪者にすぎません。無限書庫の司書長様に覚えられるような人間では──」

「──いいえ、あなたは一介の犯罪者ではない。それどころか……大学者だ」

 ユーノは、沈痛な面持ちで、男を見る。
 二人は、同じ夢を見、同じ志を持っていた。彼の著作を読んだことがあり、また、彼について若干調べたこともあるユーノには、それが分かる。

 だからこそ、今の彼を見るのが、ユーノには辛い。痛ましい。

 対して、男は、無表情にユーノを見つめ返すのみ。



「……第39管理外世界“マイセン”王立博物館館長にして、古代遺物関係総責任者……シビック・ガニマール伯爵。5年前に世界が崩壊した際、管理局に助け出され、その後は古代ベルカ系の学会でご活躍されていたと聞きます。……そんなあなたが、なぜ?」



「……やれやれ。やはり、似たような畑の人間は……だませない、ですか」

 男──シビックは、肩を落とし、無限に連なっているようにも見える長大な書架を見上げた。



「──次元世界の崩壊には、いくつかのパターンがあります」

 朗々と。
 まるで、講義室で教授が講義を始める時のように、シビックは語り出した。

「まず、一般的にイメージされやすい、次元世界そのものの崩壊。とはいえ、これほどの事態は、そう多くありません。新暦に入ってからは、一度も起こっていませんしね。次に、一番事例としては多い、現地政府の崩壊。現地政府消滅と同時に管理局との縁も切れますから、これも一種の次元世界の崩壊です。──そして最後に、住環境の崩壊。天災、人災問わず、永久に、もしくは半永久的に、その世界に人間が住むことが出来なくなる場合」

「“マイセン”は、その最後のパターンでしたね」

「そうです」

 ユーノの言葉に、シビックは首肯する。
 感情を、漏らすことなく。無味乾燥に。自分の世界のことだというのに、その語り口調は完全に他人事だ。

 機械のように、シビックは語り続ける。

「“マイセン”は、絶対王政国家でした。その性格上、強大な国軍を保有する必要があった。ですから、管理世界になるわけにはいかなかったのです」

「管理世界になれば、国軍は解体されますからね。もっとも、名義上“管理局地上部隊”となるだけで、その実態は変わりませんが……名前が重要な社会では、それはいただけない」

「そうです。ですから、管理局そのものは国民レベルで認知していましたし、交流もありました。管理局からの介入は原則禁止ですが、管理世界への渡航も許可されていたくらいです」

「……そして、それが、崩壊の原因となった」

 ユーノは、考古学者だ。考古学者は、歴史家ではないが、それでも古代の事例についてはよく知っている。
 だから、彼はよく知っていた。組織の腐敗、弱体化、崩壊などは、本当に小さなことから始まるのだ、ということを。

 それは、誰が、なにが悪いという話ではなく。端的に言えば、寿命である。

「……はい。管理世界という“民主主義的”世界との交流が、一部の国民に火を点けました。彼らは、一部の人間にのみ権力が集中するマイセンの政治体制を悪と断じ、現政権を打倒することで民主主義的な政府を樹立しようとしたのです」

「僕に言わせれば……どのような主義主張によって成り立った政府でも、結局、権力は一部の人間に集約されますけどね。叶わぬ夢を見させられるか、見ることすら許されないか。それに、そういった行動で被害を被るのは罪のない一般市民です。彼らもそれが分かっているから、よほどのことがない限り、そういう活動は失敗に終わるでしょう」

「ええ、実際、失敗に終わりました。活動団体は国民からの指示を得ることもできず、1人、また1人と国軍の手で消されていきましたよ。……問題は、そのグループの中に、ロストロギア保管施設の末端職員がいたことです」

 そこまで言って、シビックは、初めて感情のようなものを表した。
 視線を宙空に向け、腹の底に溜まっているものを吐きだすように、大きく嘆息する。

「名前も知らない、末端の人間でしたが……私の、部下でした。手駒ではなく、部下だったんですよ」

「……その方は、なにを?」

「ロストロギアを、ひとつ、持ち出しました。環境制御系のもので……暴走、させたんです。そして結果は、御存じのとおり」

「マイセンは……向こう400年は、人間の住むことが出来ない環境になった」

 シビックは、首をゆっくりと縦に振った。

 話はそれで終わり。閉ざされた口は、開かない。
 だが、ユーノには疑問が残る。それでは、分からないのだ。

 ならば、なぜ?

「……管理局に、恨みを抱いたのは?」

「恨みなんて、抱いていませんよ。いや、抱いているのかな……少なくとも、管理局は、私の命の恩人です。それは確かだ」

「では、どうして?」

「神様でもないかぎり、全てを救えるはずがない……そんなこと、分かっているんですけどね」

 自嘲しているかのように、シビックは笑う。

「私には……妻と、子供がいました。まだほんの小さい、かわいい子だったんですよ。今でもおぼえています……あの日、私が出勤する時、手を振って見送ってくれた二人姿を」

「……お亡くなりに?」

「ええ、救出が間に合わずに。自宅は、爆心地にほど近い場所でしたから。多分、骨も残ってないでしょう」

 シビックは、笑う。

 嗤う。

 哂う。

 嘲笑う。

 一介のテロリストすら御しきれなかった、王国を。
 最悪の手段を取らざるをえないところまで追い詰められた、テロリストを。
 強大な力を持ち、“次元の平和を保つ”と豪語しているにも関わらず、彼の大切な人1人救えなかった、管理局を。
 なにより……部下の管理を怠り、世界崩壊に際し逃げることしかできず、ただ1人だけ生き延びた、自分自身を。

 ……笑うことしか、彼には、できない。

「……王国は崩壊し、犯罪者は全員死亡しました。ですが……私の中で、あの事件は、まだ終わってない。終わらせることが、できない」

「だから、盛大な自殺をしよう。……そういう、ことですか?」

「ええ。振り上げた拳は、重力に従うべきでしょう。しかし、その先がないならば……ええ、これは八つ当たりです。完全なる、八つ当たりですよ」

「そして、その八つ当たりは、誰も幸せにはしません。八つ当たりをしている本人すら、不幸にしてしまう」

「そうです。ええ、そうですとも。ですが、しかしねスクライア司書長、それでも、理性で理解していても、止められないものがあるのです。……私は、止められないのですよ。自分自身を」

 ユーノとシビックには、共通点が多々あるが、もっとも重要なのは彼らが二人共“優秀な知的労働者である”という点だ。
 こういった人間は、しばしば、感情と理性が相反する結論を導き出すことがある。そして、彼らはその知性ゆえに、それらに折り合いをつけることができない。
 なぜなら、彼らは、そのどちらともに正当性を見出すことができるからだ。

 そして蓄積されたエラーは、限界を超え、爆発的感情として噴出する。

 この部類の感情は、本人にも制御不能であり、また本人の行動を規定してしまう。
 そして、それは彼らにとって、もっとも恥ずべきことだ。なぜか? 彼らには人並み外れたインテリジェンスがある、にも関わらず、理性で感情を制御できないということは、一種の恥に他ならないからだ。

 ……しかし、どうしてだろうか。

 ユーノ・スクライアが、シビック・ガニマールのそんな姿を、一種眩しいものかのように感じてしまうのは。

「ガニマール、伯爵」

「シビックで結構ですよ……もはや、爵位に意味などありませんし。今の私は、ただの犯罪者ですから」

「では、シビック博士。最後にもうひとつ、質問してもよろしいですか?」

「ええ、どうぞ」

「……後悔、されてませんか?」

 ユーノの問いに、シビックは笑みを一層深くして、肩をすくめる。
 お分かりでしょう? とでも、言うように。

「後悔しきりの人生ですよ、語るまでもありません」

「……そうですか」

「では、おはなしはもう、おしまいでいいですね?」

「っ、シビックは──!?」

 あわててシビックを止めようとするユーノに、ヴィヴィオがぽん、と押し出される。
 それを受けとめ、安否を確認している間に、シビックは遠く離れた場所へと行ってしまった。

「……そういえば、管理局について調べているとき、興味深い話を聞きました。スクライア司書長……あなたは、まだ若い。自分に、正直に生きなさい。……そうしなければ、いずれ、私のようになる」

「それは……、どういう?」

「さて。……“我は世界を憎むもの”」

「博士!」

「“我は世界を厭うもの”」

 そして、詠唱が始まった。
 ユーノの制止も空しく、シビックは朗々と、滅びの歌を歌いだす。

「“この身この魂を糧に”」

「──捕縛結界、展開!」

 それに対し、ユーノが選択したのは、攻撃ではなく防御。
 シビックを囲むように、幾重もの球状結界を展開する。

 その時、無限書庫の扉が開いた。

「ユーノくん、無事──」

「“顕現せよ”」

「──ッ、総員、対象に捕縛結界を全力で展開! ザフィーラさんは、ヴィヴィオを連れて脱出して! 余裕のある人は司書達の防御!」

「く、了解!」

「承知!」

 突入してきたのは、なのは、フェイト、はやて、クロノ、ザフィーラ。そして、クロノが連れてきた武装局員。
 予想以上の現場に一瞬混乱するも、瞬時に下したユーノの指示に正気を取り戻し、各々の仕事を始める。

 数瞬で、シビックの周囲に、無数の捕縛結界が展開された。
 それは、先の事件でなのはがヴィヴィオを拘束したものよりも、ずっと強固なもの。例え相手がSSランク魔導師であったとしても、この包囲網から逃れることは不可能だ。

 ……そう、普通ならば。

「“全てを滅ぼす暴虐の王(エンデ・デアヴェルト)”」

 詠唱が、終わる。
 そして、次の瞬間。

「──対象から、高エネルギー反応! これは……け、結界、持たないですぅ!」

「総員、防御体制! 衝撃に備えろ!」

「気絶したモンを囲んで、強装障壁を展開し! 急ぐん──!」



 轟音。そして、閃光。



 あまりの負荷に、一瞬、耳が、遠くなる。目が、見えなくなる。
 捕縛結界は粉々に破壊され、強装障壁も消滅する。無力な人間達は、魔力嵐の吹き荒れるまま、木の葉のごとく舞い踊る。

 そして。

 暴風域の中心に、巨大な“モノ”が、ひとつ。

「ユーノ……あれは、なんだ?」

 クロノの問いに、ユーノはしばし瞑目し、答えた。

「……ロストロギアさ。今の彼は、人間じゃない。エンデ・デアヴェルトというロストロギアに魂を食べられた……バケモノだ」

「……そうか。しかし──」

「──対象、動きます!」

 リインの声が、無限書庫の内部に響く。
 その声に、書庫内部にいた人々は、改めて、その“バケモノ”の威容を目にする。

 ソレは、人のような姿をしていた。
 ソレは、牛のような角を二本、頭に持っていた。
 ソレは、悪魔のように、漆黒だった。
 ソレは、膨大な魔力を内に秘めていた。



 そして、なにより……ソレは、巨大だった。



「グァ……ギャ、オオ、オオオオ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!」



 ──咆哮が、無限書庫を、揺らした。



[24385] Act.3 “solve problems”
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:a3d7bf23
Date: 2011/01/12 22:34

 虚空を、極太の光条が薙ぎ払った。

 圧倒的大質量から放たれる、圧倒的な魔力砲。
 小細工などいらない、ただそこに存在するだけで、敵対するものに恐怖を与え、蹂躙し、駆逐する。
 慈悲などなく、憎悪もない、無機質な破壊の怪物。

 ──つまり、そういう兵器なのだ。エンデ・デアヴェルトとは。

「ちぃっ……皆、無事か?」

 光線を回避したクロノは、油断無く敵を睨みつつ、仲間の安否を問う。
 その視線の先で、元々シビック・ガニマールという名の人間であった怪物は、大きく開いた口を閉じていた。その口の端には、うっすらと魔力砲の残滓が残っている。

 ややあって、なのは、フェイト、はやての順で、返答が帰ってくる。

「な、なんとか……こっちは、大丈夫だよ」

「私も大丈夫。はやては?」

「同じく、や。司書の救護脱出も、武装局員の手で完了しとる。書庫の封鎖も順調や」

 三人のセリフに、クロノは満足気にうなずく。
 そして、自分の真後ろ、今返事をしなかった者に振り返った。

「よし。……ユーノ?」

 クロノに呼びかけられたユーノは、返事をしつつ、首をすくめる。

「はいはい、説明だね?」

「そういうことだ」

「エンデ・デアヴェルトは、さっき言ったとおり寄生型のロストロギア。古代ベルカ時代に作られた決戦兵器で、魔導師を依り代に、巨大な怪物を顕現させるものだ。ただし、発動時点で依り代となった魔導師が原子レベルにまで分解されることや、現れた怪物自体に理性が存在せず、いかなるコントロールも受け付けないことから、欠陥兵器とされた。ただ、一部文献によれば、戦場で敵地の真ん中にコレを装備した低ランク魔導師を特攻させ自爆兵器として使用していたこともあるらしい」

 ユーノが説明をしている間に、怪物が口を開き、魔力砲の再チャージを開始する。
 それを感知したリインは、ユニゾン中のはやての中から警告を発した。

《敵、第二射用意! 危険です、逃げてください!》

「大丈夫だよ、さっきのでも分かったと思うけど、あの魔力砲はチャージにかなり時間がかかる。発射まで、後5分はあるはずだ。……それで、説明の続き。あのロストロギアは、そういうわけで、最初から軍事目的で作成されたものだ。だから、こと戦闘という側面においては、他の暴走ロストロギアとは比にならない。そうだね、分かり易い例で言えば……あの怪物は、闇の書の闇の数十倍の防御力、そして攻撃力を持つ」

「……なあ、ユーノくん。それ、マジなん?」

「大マジも大マジ。事実、アルカンシェルを純粋な魔力砲としてみれば、あの出力だと……計算上、46発半を直撃させる必要がある」

「そ、それは、まずいんじゃないのかな……?」

 闇の書。ここにいる人間全員にとって、因縁の深いロストロギアである。
 その闇、と呼称される怪物は、闇の書、正式名称夜天の書が、長年の遍歴の中改変される際に蓄積したバグの結晶であった。
 圧倒的戦闘力に再生能力を誇るソレを、当時のなのは達は、力を合わせ撃退。最後はアルカンシェルによってバグ本体を消滅させ、さらに管制プログラムが消えることによって事態は終結を見た。

 だからこそ、闇の書の闇と戦ったことがある人間だからこそ、分かる。
 もし、ユーノの言うことが本当なら……このロストロギアは、半端ではない。

 その場の、ユーノを除く全員の背に、嫌な汗が流れる。



 が。



 ユーノ・スクライアは、笑みを見せる。
 他者を安心させるような、朗らかな笑みを。

「大丈夫。アレは、倒せない相手じゃないよ」

「で、でもユーノくん! そんな装甲の相手じゃ、私達の攻撃、かすり傷も付けられないよ!? まさか、無限書庫にアルカンシェルを撃ち込むわけにも……って、わきゃ!?」

「大丈夫」

 なのはの頭に、優しく、華奢で、しかし大きな男の手が乗る。
 突然のユーノの行動に、なのはは言葉を失ってしまった。

「大丈夫だよ。みんなが、僕を信じてくれれば……あの怪物は絶対に倒せる。絶対に、だ」

「……ほ、ほんとう?」

「もちろん。だからなのは、僕を信じて……あ痛ッ!?」

 なのはを撫でるユーノの右手に、一瞬、鋭い痛みが走った。
 “電気を流された”ような感触に思わず首をめぐらせれば、そこには、恐ろしい笑顔の金色夜叉が。

「……ユーノ。状況、分かってる?」

「ご、ごめんフェイト、ふざけてるつもりはなかったんだ! ただ、なのはの緊張を解そうと……」

「そ、そうだよフェイトちゃん! だから、落ち着いて!」

「無関係のなのはは黙ってて! ……まったくユーノは、どうしてこういつもいつも……」

「ちょっとフェイトちゃん、無関係ってどういうこと!? ことと次第によっては、あの化け物さんの前に……」

「……いいよ、なのはがそういうつもりなら、こっちだって──」

「──あーはいはい、仲間割れはまた今度な? とりあえず、二人共現状見よか?」

 当のユーノを置いてけぼりにしてヒートアップする二人を、はやてはどうどう、と宥めた。
 ついでに、手に持つシュベルトクロイツで二人の頭をコツン、と小突く。

 あいた、と可愛らしく頭を抑える二人にため息をつきつつ、クロノはユーノに顔を向けた。

「──おいフェレットもどき、確認だ。アレを倒す策が、あるんだな?」

「その通りだよゴキブリ提督。他のどこでもない、“ココ”だからこそ、アレを滅ぼすことができる。……ただ、そのために……皆には少し、時間を稼いで欲しい」

「どのくらい?」

「……10分。それだけあれば、カタがつく。そしてその間、僕は動くことができない」

 ユーノの言葉に、クロノは肩をすくめた。

 エンデ・デアヴェルトを相手に、10分。今のまま、膠着状態を維持するだけなら、不可能な話ではない。ビーム砲は連射不能でチャージ時間も長く、かわすことも容易いからだ。
 だが、ユーノは「動けない」と言った。つまり、ユーノが狙われた時、彼は回避することができない。そして、その攻撃を防御することは、不可能だ。
 つまり、クロノ達は、エンデ・デアヴェルトの懐へと潜り込まないといけない。戦闘用に作られたロストロギアの、懐へ。ユーノに向かう流れ弾に注意しつつ。

 だが、クロノは、不敵に笑う。
 親友の期待に、応えるために。

「……了解だ。その代わり、作戦成功の暁には……そうだな、第一食堂の鯖味噌定食でも奢ってもらおうか」

「あ、私ステーキ定食にするわ」

《お子様ランチのBセットがいいですぅ!》

「私は、ケーキバイキングが食べたいかな……?」

「じゃ、じゃあ私、ユーノくんとの一日夕食権!」

「あ、なのはずるい! やっぱり私もソレ!」

「ふふーん、だめだよフェイトちゃん。早いもの勝ち!」

「ぐっ……!」

「はいはい、喧嘩はまた今度な?」

 なんだかんだと言いつつ、相棒を片手に、四人はユーノの前に立つ。
 まるで、彼を守るように。

「……みんな、ありがとう」

「気にするな。もとより他に手などない、なら、やれることをやるのが管理局員だ」

「そう、だね。……じゃあ、みんな……」

 怪物の口が、極限まで開かれる。
 口からちろちろと漏れる魔力は、解き放たれる時を、今か今かと待ち望んでいた。

 そして。

《敵主砲、エネルギー臨界! 来ます!》

「行こうか。管理局の局員として、その居場所を守るために。その責を果たすために。その魂を、見せ付けるために!」



「「《「「了解!」」》」」



 再び放たれた極光をかわし、散り散りに、しかし想いはひとつに。
 六人の戦士は、飛んだ。



 知恵持つ魔杖、レイジングハートが、主の意を受け、その姿を変える。
 丸みを帯びた魔導師の杖から、鋭角的な金色の槍へ。高出力砲撃と突進攻撃力を兼ね備えた、高町なのはの戦時兵装。

 エクシードモード。

「突貫するよ!」

《All right, Strike Flame open ...A.C.S. driver ignition》

 轟、という音と共に、なのはの体が前に出る。
 対象は巨大にして強大、生半可な攻撃では傷ひとつ付かず、その攻撃力は一撃でこちらを墜とす。

 だが、彼女に恐れはない。
 不屈のエースは、こと一度戦場に出れば、絶対に迷わない。

「加速!」

《Load cartridge》

 レイジングハート基部にある排気ダクトが、機械音を立てつつ一回伸縮。
 その一発で、なのはさらに加速する。

 目標は……再度魔力砲のチャージを開始した怪物の、顎。

「とりあえず、一撃目!」

 加速の勢いそのままに、なのははアッパーカットを決めた。その一撃は強固な外皮を貫くことこそできなかったが、強制的にその大口を閉じさせることには成功する。

 それによって、怪物の口中で収束していた魔力は、それまでの工程とは比にならない速度で圧縮された。
 ただでさえ不安定な高密度魔力スフィアは、さらに不安定な状態へ。やがてその状態が維持できなくなり、

「グ、ゴオオオオオオオオオン!?」

 爆発。
 怪物の顔部分を、爆煙が包み込む。

「……やった?」

《Noap, Attack object is arriving》

 その煙が晴れ、無傷の顎が現れた。
 そう、無傷。この分だと、通常装甲が弱いとされる体内にも、外表面と同等の装甲が施されていると見ていいだろう。そもそも、生物ではないので当然かもしれないが。

「グルルルル……」

「あれ、怒っちゃった? まずいなあ、どうしよう」

《No problem, It's our job. ...Master, you look like happy》

「へ、そうかな? ……うん、そうかも」

 絶望的状況下で、なのはの顔に浮かぶのは、笑顔。
 それは、彼女が戦況を楽観ししているというわけではない。むしろ、ここにいる人間の中で一番戦闘知識を持つ彼女は、現状をよく理解している。

 そんな彼女が笑うのは、ただ、嬉しいから。

「久しぶりに、ユーノくんといっしょに、戦えるから。不謹慎なのは分かっているけど、嬉しいんだ。……背中が、あったかい気がして」

《...So, you mustn't be looked bad battle》

「もっちろん!」

 レイジングハートの先に、桃色の魔力が集まっていく。
 全力全開の、大威力砲撃。そのスタイルが確立する前、まだ魔法を知って間もないころに、自分に魔法を教えてくれたのは、フォローしてくれたのは誰だったか。

 成長した今、その人に、無様な姿は見せられないから。
 なのはは、今、この瞬間に、全力を尽くし続ける。

「行くよレイジングハート、力を貸して!」

《All right my master, it's my work》

「ありがとう、それじゃあ行くよ……ディバイーン、バスタアアアアアアアァッ!」

 それは怪物の放つものよりずっと弱く、しかしずっと神々しく。
 純粋な思いは、時に、全てを超越する。

 ──そして、神の鉄槌が、怪物の脳天を打ち据えた。



「……行くよバルディッシュ、出し惜しみなしだ」

《Yes sir, Sonic Form ...Riot Blade》

 フェイトの体を金色の魔力光が包み込み、その装備を一新させる。
 バリアジャケットは、速度を追求し、無駄なものを一切排除した高速戦闘形態に。デバイスであるバルディッシュは、大鎌から双剣に。

 ──そして、フェイトは光となる。

《Sonic Move》

「はあああああああああっ!」

 バルディッシュの機械音声を置いてきぼりにして、フェイトは怪物へと迫った。



 閃。



 高速の斬撃が、無数、怪物の右腕へと叩きこまれる。
 鋭さと、速さを兼ね揃えた、全てが一撃必殺の斬撃。それを、連続して放つ。
 フェイトの膨大な魔力量に、日々の研鑽、そして自身の魔力特性を駆使して放たれたそれは、正しく“出し惜しみなし”の全力攻撃。

「……ぐる?」

 ……が。
 それを受けた怪物の腕は、無傷。フェイトの攻撃は、ソレにしてみれば、虫に刺された程度の瑣末なもの。
 そして、感情というものを持たぬソレは、フェイトの攻撃に関心すらも寄せはしない。



 ──フェイトとて、そんなことは、承知していた。



「バルディッシュ!」

《Riot Zamber Calamity》

 怪物の背後へと回ったフェイトは、バルディッシュの名を叫ぶ。
 主人の意を即座に解したバルディッシュは、即座にモードチェンジを開始。根元を魔力ワイヤーで繋がれた双剣は、先端が二股に分かれた長大な大剣へと変形する。

 その刀身に、込められるだけの魔力を込めたフェイトは、

「──っ、イアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 裂帛の気合を込めて、怪物の脳天へと振り下ろした。

 それでも、怪物の体には、傷一つ付かない。だが、衝撃そのものは怪物の総身を打ちすえた。
 言わば、金属バットで頭をかち割られるような衝撃を受けた怪物は、なのはに続いてフェイトにも自身を傷つける危険性があると理解。

 彼女を、攻撃対象と認識する。

「うわっ!? ……とと、狙い通り、かな?」

《Yes sir. But don't carelessness, OK?》

「大丈夫だよ、そこは。……はぁ」

《...Sir?》

 荒れ狂う風をまとって、怪物の右ストレートがフェイトへと放たれた。
 それを危なげなくかわし、フェイトは一端怪物と距離をとる。バルディッシュの注意には笑顔で答えた彼女だったが、その後、憂いを帯びた溜息をついた。

 疑問の声をあげるバルディッシュに、フェイトはそっとほほ笑みを見せる。

「あ、ごめん。心配すること、なにもないよ? これは、私的な話だから」

《Sir, I am your device. So I have a obligation that manage your condition》

「……いや、別に、そんな気を使わなくても……ほら、私もう子供じゃないし……」

《But sir, you must have a trouble, and I say again, I am your device. I am your supporter and my work is supporting you all about things》

「そう……バルディッシュは、いい子だね」

 フェイトは、バルディッシュの黒く輝く表面を、そっと撫でる。デバイスコアが、照れたようにチカチカと光った。
 その様子を愛しげに見つめながら、フェイトは重い口を開く。

「……私の入り込む隙なんて、ないんだよね。最初から」

《Ms.Takamati and Mr.Scrya's relationship? But, you are their friend》

「そう、友達だよ? でも、友達以上にはなれない。傍目には、違うかもしれないけど……あの二人の絆は、絶対に切れない、赤い糸のようなもの。私はそこに、お情けで入れてもらってるんだ」

《So ..., so, you give up your love?》

「……うん。だって、私は、あの二人に幸せにして貰ったから……だから、あの二人に、幸せになって欲しい。だから、あの二人のためなら、私はいくらでも傷ついていいんだ」

《Really? You think?》

「本当に。本当に、そう、思ってる……」

 フェイトの答えを聞いたバルディッシュは、しばらく、黙ったままだった。
 戦闘の音が、怪物の咆哮が、今は遠くに聞こえる。隔絶された時間、空間。現実はそうではないのに、そうと錯覚してしまう感覚。

 そして、バルディッシュが、光る。

《...OK. Sorry sir, I did impertinent behavior》

「ん、そんなことないよ。……ありがと、バルディッシュ」

《No problem》

 そこで、主従の対話は終わり。
 周囲の風景がモノクロから元にもどり、現実の時間が帰って来る。
 もとより、戦闘中だ。本来なら、無駄話をしている時間などない。

 だが、それでも。
 最後に一言、誰にも、主人にも聞こえない声で、バルディッシュは付け加えた。

《But... I hope your, not them, only your happiness.It's strange, but it's my personally think》



 ところ変わって、こちらは後方支援組。

「……なんや、複雑な感じやなぁ。こう、歯の奥になんか挟まった感じというか、なんてーか……」

《ドロドロのようでいて、そうではないんですよねぇ。でもこれ、例えばユーノさんがどちらか選んだとして、解決するような問題なんです?》

「んー……いや、むしろこのままの状態が一番バランスとれてるような、そんな気もするんやけど……その点、お兄ちゃんはどう思っとるん?」

 緻密な計算による正確な照準が苦手なはやても、これだけ的が大きければ、リインによる補助だけで十分だ。
 もとよりオールマイティタイプのクロノも、同上。後方に下がっているのは、十分すぎるアタッカーが前線に出ているからである(本来後方支援担当のなのはが前線に出ている事実については、もはやツッコミを入れる方が野暮なので黙っておく)。

 そんな彼らは、片手間にやっているわけでもないのだが、攻撃の集中しない後方にいることもあって、比較的余裕があった。
 ので、前線にいる二人と、彼らのさらに後方でなにやら術式を展開している男との関係について議論する余裕は、十分にあった。

 ありはするが、そこは一応、この場にて最高の指揮権限を持つ男。クロノ。
 はやての言葉に、彼は軽く眉をひそめる。

「……戦闘中に、余計な口をはさむな。それと、僕はフェイト以外の兄になった覚えはないぞ?」

「まーまー、そー固くならんと。それにあれや、なんやかんやでクロノくん、私たちのお兄ちゃんみたいなもんやないか」

《それに、エイミィさんはマイスター達のお姉ちゃんだって、ご自分で言ってたです! エイミィさんがお姉ちゃんなら、その旦那さんのクロノ提督は、お兄ちゃんなのです!》

「おおリイン、自分頭いいやん! ご褒美になでてあげるわ……私の頭を」

《むぉお、不思議です! 絵面的にはマイスターがマイスターをなでるというなんともアレな感じなのに、確実に今、リインはなでられてるですぅ! ……感じる! マイスターの鼓動を!》

「ユニゾンって、不思議やな!」

《です!》

「……君達は、こんな時ですら、真面目になれないのか……?」

 途中から勝手に漫才を始める主従を、完全に呆れの視線で見つめるクロノ。
 おかしいな、十年前はもっと素直ないい娘だったはずなのに……と、その目に若干遠いものが混じる。

 そんなメランコリック入りかけたクロノに、はやてとリインは、無邪気に笑いかけた。

「大丈夫やって。ユーノくん、言うとったやろ? 『あの怪物は、絶対に倒せる』って。じゃあ、大丈夫や」

《リインの知る限り、ユーノさんの提示したデータ以上に信頼できるものはないです! だから私たちは、変な片意地張ったりせず、自然体でやればいいです!》

「……ま、確かにちょっちふざけ過ぎやけど。提督閣下の気は、晴れたやろ?」

 言われて、クロノは気がつく。
 自分が、自分で思っていた以上に、緊張していたことを。

 それは、これが久しぶりの前線だったからか、それとも敵が強大だったからか。
 妹分達の行く末が、心配だったからなのか。
 本来なら前線の自分達が食い止めねばならないところを、食い止められなかったことに対する、後方の親友への罪悪感か。

 理由は色々思いあたるが、今現在重要なのは、自分が緊張していたということ。
 そして、その緊張を、妹分の一人がぬぐい去ってくれたということ。

「……感謝するよ、はやて。これではユーノに笑われてしまうな」

「えぇよえぇよ。……で、結局、クロノ提督はどう考えとるん?」

《ユーノさんは、どうしたらいいんでしょうか?》

「……ふん。そんなこと、決まっている」

 右手に魔力を収束させつつ、ちらと横目に後方の親友を見て。
 クロノは、口の端を上げる。

「あいつが……ユーノが、最良の選択を行わないはずがない。だから、あいつが、あいつの意志で決めた結果が最良だ。それだけだよ」



 そして、戦場の最後方。
 五人の屈強な仲間達に守られたそこに、ユーノは静かに佇んでいた。
 彼の周囲にいくつも現れては消え、また現れては消える無数の魔法陣と空間モニタは、彼がかなり複雑な術式を展開していることを示す。

《──司書長権限により、無限書庫自己防衛システム、最終ロック解除。許可。警戒レベルをSからAへ、外部との隔壁完全閉鎖》

 ふと、彼は思う。
 自分は今、彼らと同じところにいる。もっとも、皆に守られる、お姫様のような立場ではあるのだけども。
 最後にここにいたのは、一体、いつのことだったろうか。

《攻性プログラムを手動操作で起動。許可。大型対象用兵装『ドラゴンストライク』を準備開始。完了まで残り5分》

 無限書庫には、貴重な書物が大量にある。
 それらを守るため、無限書庫には、内部兵装が施されていた。

 それは、無限書庫を要塞としないよう、あくまで内に向けてのみ作られた武器。
 ただの武器としてみれば、それはただの欠陥兵装。ただの産廃。
 だがしかし、こと無限書庫を守るということについて言えば、それは恐ろしい効力を発揮する。

《……2、1、0。準備完了。照準合わせ完了。最終安全装置、解除。攻撃命令を出して下さい》

「皆、離れて!」

 その一言で、怪物へと向かっていた面々が、バッとソレから距離を取った。
 無限書庫の、ほぼ中心で、怪物は独り取り残される。

 その瞬間、ユーノは、攻撃命令を下した。

「撃って!」

《『ドラゴンストライク』、射出します》

 刹那。

 無限書庫の四方八方から、黄金色の光条が、幾本も放たれる。
 それらは全て、正確に怪物を捉え、突き通し、穴を開けた。

「─────────────────────────────────ッ!」

 絶叫すらあげることもできず、怪物は、力を失う。

 先刻まで傷一つ付けられなかった化け物が、ただの一撃で地に沈む。
 その猛威に、歴戦の戦士達は、揃って言葉を失った。

 そんな中、ユーノの静かな声が、やけに響く。

「……ライオンは、空を飛べない。クジラは、丘に上がれば潰れてしまう。鷹は、水に入れば溺れてしまう。どんな場所にも王様はいて、だけど、万物の王者はいない」

 完全に沈黙した怪物に、ユーノは、勝利を確信していた。
 否、この状況で、ユーノの……ユーノ達の勝利を疑うものなど、一人もいなかっただろう。
 暴虐の限りを尽くした怪物は、今、完全に力を失い、無重力空間に浮いているのだから。

「つまり、だね。……ここ(無限書庫)では、僕が王様だ。司書が書庫で負けるはず、ないだろう?」

 ユーノが静かに告げると共に、世界に色がもどって来る。
 ふってわいたような勝利が、ようやく、現実のモノとなる。
 強大な敵を倒した喜びが、皆の心を満たしていった。

 あるものは、疲れた表情で天を仰ぎ。
 あるものは、ユーノに向かって突進し。
 あるものは、それを阻止しようと血相を変え。
 あるものは、それらにやんやと野次を飛ばし。



 だから、誰も気付かなかった。
 沈黙したはずの怪物の指が、ピクリ、と動いたことに。



 油断、していた。



「──ゴオォオオオォォォオオォオンッッッ!」

「……へ?」



 ……だから。
 ユーノ・スクライアは、無防備に、怪物の右ストレートを貰い。

 墜ちた。



「……へ?」

 気づいたときには、既に遅かった。
 ロストロギアの生み出した怪物の右腕は、まっすぐに、ユーノを捉えていた。

「──ゴオォオオオォォォオオォオンッッッ!」

 遠のく意識の端、機能停止しかけの聴覚が、勝ち鬨の吼え声を聞く。

 ──痛みすら感じる時間もなく、ユーノは意識を失った。



 呆然と、していた。
 吼えるのも、動くのも、満身創痍の獣一匹。
 その右腕に殴り飛ばされ、きりもみし、後方の書架に激突したまま動かなくなる親友を、クロノは呆然と眺めていた。

 戦友が、知人が撃墜されたところを、見たことがないわけではない。

 むしろ、数で言えば、クロノはここにいる人間の中で、もっとも多くの死体を見てきた。敬愛する父親──は体ごと消失したから抜きにしても、味方のものも、敵のものも。

 テロリストのかけた罠にはまり、両親の名を呟きながら、血の気を失っていく同期。
 作戦成功に気を抜いたところを、遠方から狙撃され、頭に穴の開いた上官。
 自分が立案した作戦の失敗が原因なのに、文句のひとつも言わず身代わりになった部下。
 大規模魔法を掃射され、体の大部分が欠損しているにも関わらず、口にナイフをくわえて飛び掛ってくるテロリスト。
 追い詰められて自暴自棄になり、広域に影響するロストロギアを発動し、多数の人命を巻き込みながら自殺する汚職管理局員。

 この世界は、いつだって“こんなはずじゃなかった”世界だ。
 管理局員なんて、体のいい汚れ役だ。
 優秀ではあるものの、なのは達ほどの“規格外”ではない。運命を覆すほどの奇跡を起こせない彼は、そのことを身に染みて知っている。

 だから、慣れていた、はずだった。
 たとえ親友だとしても、ユーノが撃墜された、“その程度”のことで心を動かすことはない、そう思っていた。



 ──だと、いうのに。



 その親友が、頭から血を流しつつ、ぐったりと浮いて動かない親友が、その親友の現状を、クロノは理解することができない。
 “殺しても死なないような奴”が、“死にかけている”現実を、直視できない。

 ──あれだけの速度でぶつかったのに本が飛び出ないのは、どうしてだろう……などと、益体もないことしか思いつかない。

 なぜだ……どうして、あいつが。
 あいつは、人が通信をすれば嫌な顔ばかりして、でも仕事を頼めばしっかりとやってくれて、女に弱くて、あいつは……。



「──シャキっと、せんかい!」

《狙い打つです!》



 呆然としているクロノを、否、その場にいる全員を叱り付ける大声と共に、銀色の光が瞬いた。
 目に焼け付くような閃光。轟音。つんざく悲鳴。もうもうと立つ爆煙。
 呆然と動こうとしないクロノたちを、その両腕でなぎ払おうとした怪物は、ユーノが与えたダメージが効いているのか、悲鳴をあげて煙の奥へと消える。

 ハッと我に返ったクロノは、慌てて声のした方向を仰ぎ見た。
 そこには、顔色を真っ青にしながらも、冷静な瞳で怪物を見据え、仁王立ちするはやてがいた。

「なぁにうじうじしとるんや自分ら! 敵は健在! ぼうっとしとる間にも、敵さんは待ってくれへんで!?」

 はやての叱咤激励に、光を失っていたなのは、フェイトの瞳にも、光が戻る。
 それを見たクロノは、ほっとした顔で、はやてにそっとささやいた。

「……すまない。本来、こういうことは僕の役目なんだが……」

「かまへんよ、ウチの子らが同じ状況になったら、私も平静じゃおられへんやろ。……前の事件のとき、私もまだまだや、って思い知ったんよ。せやから、な」

「……そうだな」

 はやては、少し前まで、小さいながらも一部門の長として仕事をしていた。
 期間限定で、身内も多かったとはいえ、彼女も思うところがあったのだろう。

「……せやけど、ちょいっとまずいわ」

 一瞬表情を緩めたはやては、しかしすぐに厳しい表情に戻ると、舌打ちせんばかりの口調で言う。

「……なにが、だ?」

「なのはちゃんと、フェイトちゃん……あの目、普通じゃないで」

 言われてクロノも見てみれば、なのはとフェイトの目は、多少俯きかげんのせいかよく見えない。
 だが、鬼気、とでも言えばいいのか。そういったものが、体中から立ちのぼっている。

 それは、見えるものではない。
 感じるのだ。

「あれは……、キレとる」



「レイジングハートッ! ブラスター、3!」

「バルディィィィィィィィィィィィィッシュッッッッッッッッッッ!」



 静かにはやてが告げた途端、二人の前方、晴れかけている煙の近くで、二人の女性が爆発した。
 そも、鬼とは、怒り狂った女性が変化したものであるという。
 そんな与太話を本気にしてしまうほど、二人の怒りは凄まじかった。

「あかん! あの二人、怒りに我を忘れとる! 止めんと!」

「そうだな……って、どうするんだ!?」

「分からへん!」

《それが分かれば、世話ないですよぉ》

 後方で慌てる二人を尻目に、なのはとフェイトは、煙の向こうへと猛攻をかける。

 斬、ではなく、断。
 そう形容するのがふさわしい勢いで、フェイトは黄金色の大剣を振るった。
 先端が二股に分かれた異形の剣は、暴風となり、煙を一瞬で吹き飛ばす。
 煙が晴れた向こう側に、漆黒の、巨体が見えた。

 それを、断ち切る。
 断ち下ろす。
 断ち上げる。
 断ち回す。
 断ち潰す。

 断断断断断断断断断断断断断断断断断断断断断断断断断断断断断断断断断断断。

 叩きつけるスタッカートが、傷ついた怪物に止めを刺そうと唸りをあげた。

 そんなフェイトの後方で、ピンク色、と呼んでいいのか分からない程圧縮された魔力が、複数、解放の瞬間を待つ。
 ちらと後方を見たフェイトが断撃を中断し、飛びのいた瞬間、それらは一勢に解放された。

「エクセリオン、バスタァァァァァァァァァァァァァッッッ!」

《Burst》

 レイジングハート本体と、なのはの周囲に浮かぶブラスタービット五つ。
 計六つの魔力砲撃は、不気味にうねりながら、しかし高速に怪物へと向かって行った。
 それはまるで、なのはの感情に呼応しているかのように。
 常ならぬ光をその瞳にたたえ、彼女は怪物を睨みつける。

 だが、その一撃は、思いもよらぬ方法によって回避された。
 本来なら、砲撃が直撃していたはずの部分。そこを中心にして怪物の体に穴が開き、なのはの砲撃は、なにもない空間を虚しく通過したのだ。
 怪物の体が、まるで体の中心にブラックホールでもあるかのように歪んでいく。

 そして、ヒトガタをしていた怪物は、暗黒色の球体になった。

「……第二形態、の、ようだな。ダメージが許容量を突破し、外皮のみでは防御することができなくなったか?」

 完全に丸くなった球体は、先ほどまでの勢いは嘘のように静かに、無重力空間に鎮座する。
 少し遠巻きにその様子をうかがうクロノとはやては、横目に球体を睨みつつ、難しい顔を突き合わせた。

「んー……あの防御力を失ったのは、ええんやけど。アメーバみたいになっとるわけやし、こちらの攻撃が簡単に当たらなくなったのは痛いわ」

「そうだな、どう攻略するか……って、フェイト! なのは!」

 クロノの静止を無視して、なのはとフェイトは、球体へと攻撃をしかけた。
 なのはは中距離に陣って、六つの砲口から次々と魔力砲を連射し、フェイトはバルディッシュをニ刀に変えると球体の懐に潜り込む。

「なんで……なんで、どうして! どう、してぇ……っ!」

「切り裂く……あなたの、全てを切り裂く!」

 それはもはや、戦術に則った攻撃ではなく、ただの八つ当たり。
 体に染みついた戦い方が、コンビネーションがなんとかその場を取り繕っているが、それも時間の問題だ。

 両の瞳から涙を流し、半狂乱になって怪物を打ちすえる二人へと、黒く巨大な槍が迫る。
 球体から突然生えたそれを二人とも紙一重で避けるが、そんなものがいつまで続くか。

「ストレイトバスター、ガトリングシフトォ!」

「サンダァァァァァァァァァ、レイジィィィィィィィィィッッッ!」

 大火力の広域殲滅魔法を、乱れ撃ち。

 魔力が尽きるか。
 精神力が尽きるか。
 体力が尽きるか。
 ……運が、尽きるか。

 撃墜のプレリュードは、不気味にその大口を開ける。

 そして、問題はそれだけではないのだ。

「クロノくん……医療系魔法、使える?」

「使えはする、という程度だな。専門外だが、必要に迫られて何度か使ったことがある」

「魔法のコントロールは?」

「自信は、ある。……ユーノに比べれば問題外だが、人並み以上ではあると自負しているよ」

「じゃ、確実に私よりましやな。一応闇の書にデータはあるけど、私は細かいの苦手やから……」

 そう言って苦笑いするはやてに、クロノはひとつ頷いた。

「じゃあ、そういうことで!」

「なのはちゃんと、フェイトちゃんは?」

「とりあえず、こちらが先だ!」

 クロノのその言葉と共に、二人は行動を開始した。
 クロノは一直線にユーノの元へ、はやてはそれを守るように。
 今はまだ、球体の矛先が彼らに向いていないものの、いつそれがこちらに飛ぶか分からないのだから。

 ユーノの隣へと来たクロノは、すぐにユーノを抱き上げると、医療魔法を展開した。
 その後ろにはやては陣取り、防御魔法を展開する。

「糞っ……おい、起きろフェレットもどき! 起きないか!」

 医療魔法をユーノの体に通しつつ、クロノはユーノを怒鳴りつけた。

 後ろでははやてが難しい顔で彼らのことを守っており、なのはとフェイトはみるみる疲弊しながらも、苛烈な攻撃を続けている。
 状況は、絶望的だ。それは恐らく……支柱を、失ったから。

 ユーノという、精神的支柱を。

「こら、早く目を覚ませ! おまえが目覚めないと、彼女たちは──」

 と。

 クロノの怒声に反応したのか、球体から槍が一本、彼らに向けて伸びてきた。
 もの凄い速度で迫るそれを、不意を討たれ、治療中でもある彼らは回避できない。
 確実に、当たる。

 ……が。



「なめんや、ないでぇっ!」

《で、すうぅっ!》



 その一撃は、はやてが渾身の魔力で張った障壁に防がれた。
 黒い槍を正面から受け止めたはやては、額にびきびきと血管を浮き上がらせつつ、力任せに右腕を振るう。

「だああああああああああああ、らっしゃあっっっ!」

 裂帛の気合と共に、漆黒の槍は、弾き飛ばされた。
 大質量を誇る物体が、飛んできた時の倍以上の速度でもとの場所へと戻っていき、球体の中に戻る。
 それは純粋な……SSランク魔導師として膨大な魔力を誇るはやてだからこそできる、超強引な力技。

 しかし、この時点で、はやては満身創痍だった。
 額を汗が伝い、膝がガクガクと震え、両腕は力なく垂れ下がる。
 犬のようにだらしなく舌を出し、ぜぇはぁと息をする彼女は、飛行魔法を維持するだけでもやっとの体力しか残されていなかった。

 もう、時間は残されていない。
 だからクロノは、ユーノに施す医療魔法により一層の力をこめ、ユーノへの呼びかけにより一層の力をこめ、怒鳴る。

「ユーノ、とっとと戻ってこい! おまえは……おまえは、彼女たちを不幸にする気か!?」

 そう叫ぶクロノの、その視界の片隅で。

 無防備に宙に浮くなのはとフェイトに向けて、必殺の槍が放たれた。



 気が付いたら、真っ暗な世界にいた。
 自分以外、なにも存在しない、ただ真っ暗なだけの世界。試しに体を動かしてみると、思い通りに動いてくれる。
 だが、それだけ。自分以外、なにもない。

(ああ、ここは……死後の世界、かな?)

 まずユーノが感じたのは、圧倒的な安らぎだった。
 母親の胎内にいるような感覚。あるべき場所に戻ったような、安心感。
 もはやなにも恐れることはない、死すらも彼を脅かさない。
 なぜなら、ボンド以外の人間が二度死ぬことはないのだから。

 そう感じた瞬間、ユーノは、自分の存在が曖昧になっていくのを感じた。
 周囲の闇と自分の境界線が曖昧になり、溶け合っていく。
 存在感が希薄になる。肉体も、自意識も、記憶も、全て等しく混沌の中へと帰っていく。

 そんな、爽やかな朝のまどろみに、ユーノはずぶずぶと溺れていく。



(……そう、か。もしかしたら、僕がずっと望んでいたのは……)

──きろフェレットもどき! 起きないか!



 深い眠りの中へと落ちていくユーノは、聞きなれた声にぱちり、と目を開ける。
 そして、やれやれ、という顔になると、そっと小さな溜息をついた。

(……まったく、あの馬鹿は……)

 折角気持よく眠れそうなのに、どうして叩き起こしにくるのか。
 考えてみれば、あの真っ黒クロスケはいつだってそうだった。
 いつもは無理な依頼をポンポンこっちに投げるくせに、時たま、異常なほどにおせっかいを焼きたがるのだ。
 おかげで、こっちはどれだけ辟易したことやら。

 そう思い、もう眠ろうと目を閉じたところで、またクロノの声が頭に響く。

──こら、早く目を覚ませ!

 うるさいなあ、まったく。
 僕はもう疲れたんだよ、人生にも、仕事にも。
 いいかげん、僕は働き過ぎた。休んだっていいはずだ。

──おまえが目覚めないと、彼女たちは!

 ……そりゃあ、残されてく皆に、悪いとは思うさ。
 でも、そこになのはたちを入れるのはおかしいよ。彼女たちは、僕がいなくたって十分幸せそうじゃないか。
 そうさ……僕が死んだって、別に、なにも変わらない。

──ユーノ、とっとと戻ってこい!

 やなこった、だよ。こんな居心地がいい場所、離れたい人間なんているもんか。
 ここは完璧な世界なんだ、なにもない、だからなにも欠けていない。
 ここは、平和で、安らかで……そう、僕には休息が必要なんだ。長い長い、休息がね。

──おまえは……

 ああ、もう!

 いいかげん、休ませてよ! 僕には、自由に眠る権利も──

──おまえは、彼女たちを不幸にする気か!?

(………………………ッッッ!)

 ユーノは、頭を、ぶん殴られた。
 そう、彼は感じたのだ。クロノの言葉に、ユーノは、両の瞳を今度こそぱっちりと開く。
 ユーノの体はまたくっきりと見えるようになっており、延々続く暗闇の中でぽつねんと浮いていた。

(……僕、が……?)

 ユーノの脳裏に、おぼろげなイメージが浮かんでくる。
 それは、ユーノの記憶。

 それは、なのはと共に過ごした記憶であり。
 フェイトと、手を取り合った記憶であり。
 二人の少女の笑顔で溢れた、大切な記憶だった。

 そして。

 その中に、ユーノの記憶にはない映像が混じっている。

 怒り狂い、砲撃を乱射するなのは。
 怒号と共に、バルディッシュを振り回すフェイト。
 そして、二人の目に浮かぶ大粒の涙。

 それは、およそユーノの見たことのない二人の姿。
 そしてその理由について思考を飛ばした時、ユーノは、ストン、と納得する。

(……ああ、そうか)

 それは、とても簡単なことだったのだ。
 全ては勘違い、自分と、彼女たちとの行き違い。
 臆病な心が生みだした、化かしあい。

 ……なんて、喜劇。そして悲劇。
 だが、それを完全無欠の喜劇に変える力を、ユーノはその手に持っている。

(……やれやれ。僕は、男だからね)

 ユーノは溜息をつき、すっと、瞳を閉じた。
 その行動は、これまでとは違うことのために。
 滅びに背を向け、再生の道を進むための精神統一。

(責任は、取らないとね)

 そして光が溢れ、心地よく激しい痛みが全身を包みこみ。
 ユーノ・スクライアは、覚醒した。



 自分が、冷静さを失っていることは、分かっていた。
 だけど、止まらなかった。そんな自分に、レイジングハートは黙ってついてきてくれた。

 彼女の本分を考えれば、それは見過ごせないミスだろう。
 でも、なのはは嬉しかった。自分の相棒が、自分と同じことで怒ってくれている、そんな気がして。
 だから、怒りのまま、砲撃を撃ち続けた。

 きっと、フェイトも同じ気持ちだったのだろう。
 だから、目の前に黒い壁が迫って来たとき、防御の魔法すら張らず、二人は揃って目を閉じたのだ。
 安らかな、顔で。
 愛した男の待つ場所へ、行くことを願って。

 それが、どうしようもなく身勝手な話なのは分かっていた。
 だけど、二人の女の部分が、その行動を肯定した。そして、納得してしまった。
 感情が、本能が、理性を越えてしまったのだ。

 ──だから。

「……ごめんね、なのは、フェイト。僕は……長い間、なにも見えてなかったみたいだ」

 目の前にはためくマントを、彼女たちは理解できない。

 死んだと思った。
 もはや、生きてはいないだろうと。この世から、消えてしまったのだと。
 盲目となった二人は、そう信じこんでいた。

 だから。

「でも、今は。目の前のコレを片づけないと、落ち着いて話もできないから」

 涙は、溢れない。
 驚きが過ぎて、喜びすら溢れてこない。
 茫然と、唖然と。口を馬鹿みたいに開けて、ぽかぁんと。

 そして時が経つにつれ、実感が戻ってくる。

 ああ、失っていなかった。
 生きて、いてくれた。

 それだけが嬉しくて、嬉しくて、嬉しさが溢れてきて。
 もはや正気の瞳に戻った二人は、彼の背中から、目が離せない。



「さて。……無限書庫で、僕にケンカを売ったんだ。覚悟は、できてるよね?」



 この日。

 なのはとフェイトは、また、同じ男に恋をした。



 それまでのワイシャツ姿から一変、子供時代のバリアジャケットを長ズボンにしただけの戦闘衣を身にまとったユーノは、周囲に複数の空間モニタを呼び出した。

 そして彼は、号令を下す。
 この事件を終わらせる、最後の号令を。

「行くよ!」

《アイ、サー。管理者の指定した対象を、即時殲滅目標と認識。攻撃コード:ジェノサイド。近隣の関係者の皆様は──》

 無限書庫の中に、数多く高密度の魔力溜まりが生まれる。
 無数の向日葵が、黒色の太陽に向け花開いた。



《──不意の衝撃に、ご注意ください》



 四方八方から怪物に向け、怒涛のごとき速射砲が叩きこまれる。
 変態の結果発声器官を失った怪物は、悲鳴をあげることもなく爆音の渦に飲み込まれた。

 これだけの魔力砲を叩きこめば、先ほどまでのように体の形を変えて回避しようにも、かわしきることはできない。
 一撃一撃がなのはの砲撃をはるかに超えた、戦艦の主砲クラスの魔力砲は、確実に怪物の体力を削っていた。

 だが、戦闘以外の存在意義を持たない怪物は、攻撃行動をやめようとしない。
 立ち込める煙の中から、太い漆黒の矢が、ユーノに向け飛んだ。
 大質量の凶弾が、高速で飛来する。

「っ、ユーノくん!」

「ユーノォ!」

 先ほどの惨劇がフラッシュバックし、悲鳴をあげるなのはとフェイト。

 だが、ユーノは余裕たっぷりの微笑みを浮かべると、そっと右腕を突き出した。

「大丈夫、問題ないよ」

《『ランパート』、起動》

 ユーノの右手のひらを中心に、八角形の盾が、放射状に展開する。
 背後の仲間も守るようにそびえたつ金色の盾は、真正面から怪物の一撃を受け止め、微動だにしなかった。

 傷ひとつ、つかない。

「────────────────────────ッ!」

 怪物が、初めて感情のようなものをあらわした。
 それは怒り。もしくは、焦り。
 戦うために生み出された、意思を持たない破壊兵器は、初めて出会う自分の攻撃が通じない相手に激昂する。

 言葉は、ない。
 ただ、その殺気で、空気が震えた。

 自らを打ち据える砲撃に構わず、その身を削りながら、怪物は矢を撃ち出し続ける。
 圧倒的大質量、高出力、超速度の砲雨を撒き散らした。
 本来ならそれは、あたり構わずに破壊の海を生み出す、暴虐の化身。

「……無駄だ。その程度の攻撃では、無限書庫は落とせない」

 だが、全てを守る城壁には、傷ひとつつけられない。
 ユーノ・スクライアに、無限書庫司書長に、傷ひとつつけられない。

 駄々をこねる赤子のように、怪物は、撃ち続けた。
 矢を放つ度に、砲撃に打たれる度に、その身を小さくしていきながら。

 何故、何故、何故……、と。
 自分は、自分は──ッ!



「──、──────、────────────ッッッ!」



《砲撃、一時中止します》

 一際巨大な矢を放ったのを最後に、怪物は、沈黙する。
 それを見て取ったユーノは、す、と右腕を上げ、砲撃を中止させた。
 同時に、ユーノたちを守っていた障壁も、音もなく消失した。

 煙の晴れた向こうに見えた怪物は、ぼろぼろになっていた。
 見上げるような巨大な体は幼児ほどの大きさになっており、その体もぼろ雑巾のようにズタボロだ。
 ところどころがへこみ、穴が開き、それを直すことすらままならない。
 そのシルエットはかすんでおり、既に消えかけている。

「さて、この長い事件も……」

《『グラビディバインド』、起動》

 満身創痍の怪物を、強烈な重力が締めつけた。
 もはや動くこともままならない怪物を見据えながら、ユーノが上げた右腕を周囲の書架に向け伸ばすと、その内一冊が飛んできてその手に収まる。

 右手だけで開かれたそのページは、白紙。
 何も書かれていない本を右手に、左手のひらを怪物へと向けたユーノは、厳かに告げる。

「……これにて、終幕だ」

《シーリング開始》

 怪物の体が、右手の本へと吸い込まれた。
 もはや抵抗らしい抵抗もなく、白紙の本に高速で字が走る。

 ……そして、その最後の一欠けらが本に吸収される直前。



──ありがとう。



「──ッ!?」

《シーリング完了》

 驚いたユーノが手元の本を除き込むが、封印作業を終えたそれは、モノを語ることはない。

《脅威の消滅を確認しました。自己防衛システム停止、ロック開始。警戒レベルをAからNへ。無限書庫、通常モードに復帰します》

 次いで、無限書庫にかけられた非常体制が解除され、内部と外部をつなぐ転送装置に火が入った。
 しばらく物言わぬ本を見つめていたユーノは、やがてふぅ、とため息を吐くと、背後で心配そうに彼を見つめる仲間に振り返る。

「……どうしたの? ユーノくん。複雑な顔、してる」

 そう言って心配気に近づいてくるなのはを、無言でユーノは抱き寄せた。

「ふ、ふぇっ!?」

 慌てて暴れる彼女に構わず、ユーノは両腕に力を込めた。
 二人の感触を、鼓動を、体温を、体全体で感じ取る。

 これは重みだ。
 彼が気づかず放置していた、彼が背負うべき、彼にとってなによりも大切な人生の足枷だ。
 その足枷を、ユーノは愛おしいと思った。

 最初はじたばたしていたなのは、やがて静かになり、自分の両腕をユーノの腰にまわす。
 自分の感情をようやく自覚した二人は、しばらく静かに抱き合った。

 その抱擁を、フェイトは、複雑な心境で見つめる。

(……これで、よかったんだ。二人が幸せになってくれれば、それでよかったんだ……)

《...Sir, are you OK?》

「ん、バルディッシュ……大丈夫、だよ。ずっと前から、分かっていたことだから……」

 愛機の気遣いに泣きそうな笑顔で返し、フェイトは、抱き合う二人に近寄った。
 それっきり、彼女は想いを封印し、胸の奥にしまいこんで、しっかりと鍵をかけた。

 近づいてきたフェイトに対し、二人は慌てて抱擁を解き、きまり悪そうな表情になる。
 そんな二人に苦笑して、フェイトは、祝福の言葉を紡いだ。

「やっと、だね。二人とも──」

「──あー、ごめんフェイト。ちょっと話があるんだけど、いいかな?」

「……なに?」

 紡ぐ、つもりだった。
 しかし、その言葉を中途で止めたユーノに対して、フェイトはいぶかしげな表情でうなずく。

 そんな彼女に、非常にきまり悪そうに、ユーノは切り出した。

「え、ええと。こういうとき、どう言えばいいのか分からないんだけど……」

「……なに?」

「えっと、あの、その、ね……」

「……あ、私、席外そうか?」

 どもるユーノに気をつかったなのはが、その場から離れようと動く。
 そんな彼女の腕をユーノは慌てて掴み、引き止めた。

「ま、待ってなのは! これはその、なのはにも関係のある話というか、僕たち三人の話というか……」

「……分かったよ。それで、なんの話?」

「う、うん。あの、その、ね……」

 二人の女性に見つめられ、ユーノは、視線を宙でふらふらとさせる。
 言わなくては、そう思えど、いまいちふんぎりがつかないのだ。
 だが、これ以上長く宙ぶらりんにしておける問題でもない。

 覚悟を決めたユーノはごくり、と生唾を飲み込むと、ゆっくりと口を開いた。

「……僕は、無限書庫の司書長だ。それと同時に、研究者でもある」

「知ってるよ」

「研究者っていうのは、強欲な生き物なんだ。世界の全てを知ろう、なんて、人の身に余る欲望を持っている」

「うん」

 ぽつぽつ、と脈絡のない話を始めるユーノの言葉を、二人は真剣な表情で聞き、交互に返事してくれる。
 その事実が嬉しくて、ありがたくて、ユーノは、言葉にのせた想いを一層強くした。

「そう、僕は強欲なんだ……だから僕は、大切なものを傷つけたくない。ただのひとつも、傷つけたくないんだ。だから……なのは、フェイト。男勝手な話だってことは分かってる。だけど──」

 そこで、ユーノはすうっ、と息を吸い込んだ。

 自分のエゴを、想いをぶつけるため。
 目の前で固唾を飲み、じっとユーノの話を聞いてくれる、愛しい女性たちに。



「──二人とも、幸せにしたい。そんな、優柔不断な僕を……許して、くれる?」



 二人の返事など、はじめから決まっている。



[24385] epilogue “DREAMS~夢の中へ~”
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:a3d7bf23
Date: 2011/01/14 00:10

 こうして、シビック・ガニマールが起こし、(描写されてないけど)管理局をわりと混乱の渦に叩きこんだ事件は終わった。

 S.G.事件と名付けられた(管理局伝統のイニシャル命名法である)この事件をきっかけに、管理局は保安体制の見直しを決定。
 その結果、幾人かの汚職局員が追放され、幾人かの汚職局員が昇進した。
 また、この事件で無限書庫司書長が一か月入院し、司書たちの志気が下がった結果、資料納入が一部停滞。
 致命的ではないものの前線の業務に支障をきたし、この事態を重くみた管理局上層部は、無限書庫への予算を増額することを決定した。
 ……そのせいで予算調整のため残業が増え、寄る年波に屈服しかけ怨嗟の声を上げた女性がいたことは、完全に余談である。

 そんなことは置いといて、戦いを終えたユーノたちは、それぞれの日常を過ごしていた。

 事件で重傷を負ったユーノは、時空管理局附属病院への入院を余儀なくされた。
 勤務中に負った怪我ということでもちろん有休扱いとなったが、本人は慣れない長期の暇な時間をもてあまし、よく脱走しようとしてはスタッフや恋人たちに怒られている。
 その恋人たちだが、最初は多少いざこざがあったものの、今では問題なく過ごしている。
 もとより親友同士だった、と、いうことが、いい面に働いているのだろう。
 彼女たちも、ありあまる有休をここぞとばかりに使い、ユーノの看病に子育てに痴話喧嘩にと忙しく過ごしている。
 二人の、いや三人の娘であるヴィヴィオも、新しくできた親が慣れ親しんだユーノであることも手伝ってか、日々とても楽しそうだ。

 クロノとはやては、激務の日々へと帰還した。
 クロノは、航海任務やデスクワークで家に帰ることができない日々が続き、ようやっと取れた休みに帰れば奥さんの尻に敷かれる毎日。
 どうやら最近夫とのコミュニケーションが少ないことが寂しいらしい奥さんは、丁度子供も大きくなってきたし、と局員復帰しようとしたが、それはクロノが全力で止めた。
 一方はやては、家に帰って来た家族全員から、自分たちがいない間に無茶したことを詰られた。
 魔力砲を弾いた右腕が複雑骨折していたはやて(と、その際オーバーロードを起こしたリイン)は、なにげにユーノに次いだ重傷者だったのだ。
 それに平謝りし、ヴィヴィオのみならずはやても守れなかったと自決しようとするザフィーラを家族全員で止めたのは、彼女たちのいい思い出だ。多分。

 なにはともあれ、事件が終わったその後も、世界はつつがなく回っていた。

 ──そして。
 あれから、一月が過ぎた。



「……ふぅ。いやぁ、人の金で食べる飯は美味いな」

 時空管理局本局、第一職員食堂。
 鯖味噌定食を平らげたクロノは、ぽんぽんと腹を叩きつつ、満足気に息を吐いた。

 そんな彼を、おごらされたユーノは、じとっとした目でにらむ。

「まったく……病み上がりの人間におごらせるとか、なに考えてるのさ。普通はそういうの、快気祝いとか言ってクロノが払うところでしょ?」

「はっはっは、先におごると言ったのは君だろう、ユーノ・スクライア? まさか、もう忘れたのかい?」

「うぐっ! ……畜生、あんな約束しなければよかった……」

 もちろんばっちりおぼえていたユーノは、ぐっ、と言葉に詰まってしまう。
 一ヶ月前、戦闘中だったとは言え、不用意にこんな約束した自分を殴りたくなった。

 別に、クロノにおごることが経済的負担だ、というわけではないのだ。給料は多いし、貯金もあるし、少し高めとは言え職員食堂は割安だ。
 ……それに、別にユーノはケチではないので、これがクロノでなければ……例えばなのはとか、フェイトとか、はやてとかなら喜んでおごるだろう。
 いや、クロノであっても、本当は問題ないのだ。問題なのは、なんかクロノに言い負かされたようなこの現状がむかつく、という、ただ一点である。
 男心は、複雑なのだ。

「ちっ。地獄に落ちろ、腹まで真っ黒のゴキブリ提督」

「おやぁ、そんなこと言っていいのかい? 結果的に考えて、僕は、君の命の恩人でもあるわけだが……君がまさか、そんなに恩知らずだとは知らなかったよ」

「……死にそうな顔で、必死に叫んでたくせに」

「なにかな?」

「なにも」

 ユーノは、今日は厄日かな、と、天を仰いだ。なぜかは知らないが、クロノに勝てる気がしない。
 ユーノとて、感謝していないわけではないのだ。クロノの応急処置と呼びかけのおかげでユーノは目を覚ますこおとができたのだし、そのおかげで今があるのだから。
 結局、先の一件で、ユーノはクロノに大きな貸を作ってしまった。それを返すのは、多分一生無理だろう。

 そもそも、今日は休暇の最終日。明日から無限書庫司書長として、激務の日々に舞い戻るユーノは、今日は恋人たちや娘(未)とのんびり過ごすつもりだった。
 のに、クロノの緊急呼び出しに応じて職場にやってきているあたり、本日のヒエラルキーは完全に決まっている。

「どうしたんだいフェレットもどき、今日はいつにも増して不機嫌だなぁ」

「誰のせいだ、誰の!」

「んー? はて、僕には皆目見当もつかないが……」

 とぼけてみせるクロノに、ユーノは再度天を仰いだ。

 ──ああ、今日は厄日だ。
 こんな日は、用事を済ませるだけ済まして、とっとと家に帰るに限る。

「……で?」

「む?」

「理由。休暇中の僕を、わざわざこんなところまで呼び出した理由はなにさ? ……まさか、食事をおごらせるためだけに呼び出したんじゃないよね?」

 もしそうだったら、伝説の白イタチが残した秘伝、四十二のフェレット殺人技のひとつを食らわせてやる、と、ユーノは密かに決意する。
 そんなユーノに対し、クロノはそれまでのふざけた表情から一変、真剣なまなざしとなりユーノを見据えた。

「……なぁ、ユーノ。これは真面目な話なんだが……」

「なにさクロノ、いきなりそんな目になって。愛の告白ならごめんだよ?」

「違う! ……フェイトの、ことだ」

 その一言で、それまでおちゃらけたムードだったユーノも、居住まいを正してクロノを見返す。

「……フェイトの?」

「ああ、そうだ。別に、フェイトが君のところに嫁ぐのが嫌なわけでも、君がフェイト以外の妻を娶ることが嫌なわけでもない。フェイトの気持ちはなんとなくだが理解しているし、なのははいい娘だし、君の甲斐性も……まあ、不本意ながら認めている」

「それはどうも」

「だが……ひとつだけ、気になることがあってな。フェイトの君に向ける気持ちは分かる、しかし……君のフェイトに向ける気持ちが、分からん」

 それは、一ヶ月前、ユーノの告白現場を目撃したときから、クロノの心の内に渦巻いていた疑問だった。
 フェイトがユーノに惚れているのは、かなり前から分かっていた。そして、その想いを諦めかけていることも。義兄として内心複雑な思いであったものの、フェイトの考えや気持ちも分かり、あえてそっとしておいたのだ。
 だが、状況は変わった。客観的に見れば、フェイトにとってよい方向へと。現に今、彼女はとても幸せそうだ。

 だが。

「なあユーノ、僕は君を信用している。信頼もしている。……だけどね、僕はフェイトの義兄なんだ」

「……そうだね」

 クロノには、ユーノがフェイトをも娶る理由が分からなかった。
 別に、フェイトが魅力的な女性ではないというわけではない。だが、ユーノがフェイトに惹かれる理由が存在しないのだ。
 告白にしても、いかにもとってつけたような、なのはのおまけのような扱い。

 なのはとユーノの間の絆に、どうこう言いたいわけではない。
 ただ、フェイトの義兄として、義妹をおまけ扱いで、お情けで引き取るのなら、最悪この話を破談させる必要がある。クロノは、そのためになら義妹に嫌われても構わないと思っていた。

 そんな彼の意思を見てとったユーノは、参った、といった顔で口を開く。

「よく見てるね、クロノ。流石、フェイトのお兄ちゃんだ」

「茶化すな。で、どうなんだ?」

「……多分、君の予想通りだよ。悪い方の、ね」

 そう言ったユーノの言葉に、やっぱりな、と呟いたクロノは、右手で顔を覆う。ぎし、と音を立ててパイプ椅子に深く座り直したクロノは、はあ、とひとつため息をついた。
 呆れた風にしながらも、怒り出したりはしないクロノに、ユーノは少し驚いた。

「怒らないの?」

「別に。君のことだ、なにも考えていないってことはないだろう。……じゃあ、僕は君を信じるさ」

「……そっか」

「そうだ」

 それっきり、クロノは口を閉ざした。ユーノがなにを考えているのか、その内容について、クロノは一切聞こうとしない。
 話したいなら、話せばいい。話したくないのなら、話さなければいい。
 そんなクロノの意を汲み取ったユーノは、本人には絶対言ってやらないが、やっぱりお兄ちゃんじゃないか、と心の中で呟いた。

 ややあって、ユーノは口を開いた。

「僕の中に、フェイトを想う気持ちがないわけじゃない。だけどそれは、恋愛とかそういう部類の感情じゃない……強いて言えば、友情。まだ、その域にとどまっている」

「そうか。じゃあ、どうして彼女とも結婚する? なぜ、彼女をも恋人の一人として扱う?」

「……彼女は、なのはの一部だから」

 ぽつぽつ、と言いながら、ユーノは思う。
 ああ、まったく、これは本当に僕のエゴだ……フェイトのことなんて考えてない、完全に僕勝手な理屈の塊だ。

 だけど……、本心だ。

「フェイトは、なのはが初めて救った人だ。なのはが初めて、“自分が救った”という自覚を持った相手なんだ。だからこそ、なのはとフェイトの仲は特別なんだ……それこそ、片方が欠ければ、もう片方は存在意義を失うくらいに」

「まるで恋人だな、それは」

「そうだね、本人たちは否定するだろうけど。なのはもフェイトも、同じくらい強いし、同じくらい弱い……あの二人は、二人セットでいるからあそこまで強くあれる。だからこそ、あの二人を引き裂けば……二人とも、壊れる」

「……君の口からそんな話が出るとは、思わなかったよ。その分析は、君にとっては責め苦にしかならないだろうから」

「分かるよ、ずっと好きだったんだから。……一番大切なところには、長い間気づいてあげられなかったけど」

 なのはにしても、フェイトにしても、二人で一人前なのだ。
 それは、彼女たちの能力的な話ではないし、性格的な話でもない。メンタル的な点で、あの二人は一緒にいる必要がある……二人とも、ガラスのハートを持っている。

 それがあの二人の美点であるし、弱点でもあるのだ。

「フェイトを僕がフれば、彼女はなのはに僕を奪われた、という悲しみと同時に、なのはを僕に奪われた、という悲しみすら得ることになるんだ。そんな悲しみに、彼女の心は耐えられないだろう。そして、彼女が傷つけば、なのはも同じだけ傷つくんだよ」

「だから、二人共愛する、と? フェイトがなのはの一部なら、そしてなのはもフェイトの一部ならば、細かいことはさておき、両方を対等に扱う? ……やれやれ、君が馬鹿なのか、あの二人が特殊なのか……いや、きっと両方だな」

 まともな精神の持ち主なら、そんな人間に手を出さない。
 そう言外に言うクロノに、ユーノはまあね、と苦笑をして肩をすくめた。

 やれやれ、とばかりに諸手を上げたクロノは、最後にひとつ、ユーノに問う。

「……フェイトは、どうなんだ?」

 その問いに、ユーノは苦笑を深めて言った。

「多分、分かってるよ。……彼女は、そういうとこ、とても敏感だから」



 ミッドチルダ首都、クラナガンの市街地。
 なのはとフェイトとはやての三人は、ウインドウショッピングをしつつぶらぶらと歩いていた。
 本来ははやてではなくユーノが来るはずだったのであるが、クロノに呼び出しを食らってしまったので、急遽はやてが来たのである(ちなみに、リインは定期メンテナンスで今はいない)。
 今日はヴィヴィオをハウスキーパーのアイナにあずけ、三人だけでゆっくりするはずだったこともあり、道中はクロノの悪口で埋め尽くされた(はやては付き合い)。

 昼時。適当な店でランチした三人は、また街の喧騒の中へ。
 ユーノからそろそろこっちに来れる、という旨の連絡があったので、待ち合わせ場所を確認した後、それまでの時間潰しにぶらぶら歩きを再開した。その途中、なのはが気になる服を見つけ、店に入っていく。
 特に服も欲しくなかったフェイトとはやては、店先にたむろしつつ、他愛もない会話をしていた。

「──で? 最近、ユーノくんとはどうなん?」

「うーん……ユーノ、優しいから。いつも甘やかされてるような気がして、ちょっとそれは不満かな。私も、甘やかしたいし」

「ほほぅ……ベッドの中でも?」

「ッ────! な、ないない、ない、まだそこまで行ってない! それどころか、頭を撫でられるだけでもう──も、もぅ……」

 ちょっとした揺さぶりで顔を真っ赤に染めて暴れだし、爆発し、煙をあげて停止するフェイト。
 なにこれかわいい。そう、純粋にはやては思った。一匹捕まえてお持ち帰り……は、キャラじゃないので考えることをやめた。

 しばらくフェイトがはやてに弄られ、それでフェイトが爆発し、2~3回に1回フェイトがキレるというループが続く。

「……はぁ」

 そうやってひとしきり騒いだ後、ふと冷静になったフェイトは、思わず溜め息をついてしまった。
 それは小さいものだったのではやてには聞こえないだろうと思っていたのだが、耳ざとく彼女はそれを聞き取り、ニヤニヤ笑いを一層深める。

「お、なーんやフェイトちゃん。はやてさんの話、そんなにくだらんかったか? 溜め息つくほど」

「度合いはともかく、くだらない話に違いはないよ……。……でも、これは違う話。はやてとは関係ないから、気にしないで」

「ほぉう……つまり、悩みごとやな? よっしゃ、このはやてさんがどーんと聞いて進ぜよう! さ、さ、話してみ。楽になるで?」

 もちろん、はやてがこういうことを黙って見過ごすはずがない。
 面白いこと好きという一面も確かにあるが、それ以上に彼女はおせっかいなのだ。だから、困っている人を見過ごせないし、率先して助力してくれる。
 こういうのを姉御肌……ならぬ、母ちゃん肌とでも言うのだろうか。そういうことは重々承知のフェイトは、無駄な抵抗をせず、素直に悩みを語り始めた。

「……ユーノ、ね。私にもなのはにも、同じくらい優しくしてくれるんだ。だけど、」

「本当に愛しているのは、なのはちゃん一人だと思う。私はその輪の中に、お情けで入れてもらったに過ぎないと思う……、やな?」

「……やっぱり、分かった?」

「そら分かるやろ、あの状況で気付かんかったのは幸せ絶頂だったなのはちゃんと、お子様なリインぐらいやし」

 あのとき、はやてもその場にいて、隣にいたクロノとまったく同じ感想を抱いた。
 はやてとしては、そのときユーノに最大戦速で突っ込み、渾身のボディーブローと共に説教してやろうかとすら思った。それをしなかったのは、自身もかなりの傷を負っていたのと、フェイトが幸せそうだったからだ。
 たとえ欺瞞の上にあっても、親友の幸せを壊すことは、はやてにはできなかった。

 そして、今の彼女の苦悩だ。
 自分があのときヘタれていたことを後悔したはやては、フェイトに問う。

「……で? フェイトちゃんは、どうしたいん?」

 フェイトがどんな選択をしようと、はやてはそれを全力でサポートするつもりだった。
 はやては、なのはの親友であるのと同時に、フェイトの親友でもあったから。既に幸せを手に入れたなのはと同等の幸せを彼女に与えても、神様は許してくれるはずだ。

 そう思い、問うはやてに、フェイトは綺麗な笑顔を見せた。
 同性であっても思わず魅入ってしまいそうな、潔く、美しい笑顔を。

「惚れさせる」

「……は?」

「だから、惚れさせる。せっかく近くに置いてくれるんだから、このチャンスは逃さないよ……もうべッタベタに惚れさせて、私なしじゃ生きられない体にしてやる!」

「……ほ、ほぉぅ。なんや、不穏当な言葉がそこかしこに……てか、エロいな自分」

「べ、別に、えっちな意味じゃないよ? ただ、本心からユーノに愛してもらいたいだけで……」

 それがまあ、難しいんだけど……と困った顔になるフェイトに、はやては、もはや自分のつけいる隙などどこにもないことを知った。
 ああ、この娘はもう手遅れだ。これ以上つついてものろ気しか出てこないし、この娘はとても幸せな、強い娘なのだ。
 自分の助けなんか、必要ない。

 それでも、ふと……店から出てきたなのはに手を振りつつ、はやては思う。

「……逃した魚は、大きかったかもしれへんなぁ……」

「ふぇ?」

 小さく呟かれたはやての言葉は、誰の耳にも入ることなく、風の中に消えていった。



 クラナガン市街の外れに位置する、わりと大きな自然公園。
 一本、抜きん出て太く巨大な樹の幹にもたれかかり、地べたに座り込んだユーノは、手にしたハードカバーをぺらり、ぺらりとめくっていた。

 タイトルは、どこにも書かれていない。だが、各ページには字がびっしりと書き込まれている。
 それは、記憶。シビック・ガニマールだった怪物を封印したときその媒体に書き込まれた、シビックの記憶だ。ところどころ散逸しているものの、一人の人間の一生を書き記したこの本は、他のどんな本よりもユーノを楽しませた。

 でもこれ、悪趣味なのかなぁ、などと思考しつつ、ユーノはぱらりとページをめくる。

 涼しい風が、ユーノの隣を駆け抜けた。



──自分の選択。後悔は、していないんですね?

「そうですね……後悔がないと言えば、嘘になります。ですが、後悔したくありませんから」

 シビックに話しかけられたような気がして、ユーノはふ、と微笑んだ。
 彼が、人として最後にユーノに言った言葉が、彼の脳裏をよぎる。

──そう、ですか。やはり、若さとは素晴らしい。

「そうですか? その若さは、ときに人を傷つけますよ?」

──傷つけられるものでなければ、なにもすることができません。だから人は、若さを求めるのでしょうね。

 ふとユーノが顔を上げると、遠くでなのはたちが手を振っているのが見えた。
 どうやら、到着したようだ。満面の笑みで手を振るなのはに、小走りで近寄ってくるフェイト。二人の後ろで、はやてが娘でも見るように微笑んでいる。

 もう、死者との対話は終わりだ。

──幸運を。

「……ありがとうございます、博士」

 そう呟いてパタンと本を閉じたユーノは、ううん、と伸びをして身を起こすと、ゆっくりと歩き始めた。




[24385] おまけ フォアグラ迷走劇場
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:a3d7bf23
Date: 2011/01/14 00:13
第一幕 “犬(狼)なんで”

「……むぅ? っといかん、待て、待つのだヴィヴィオ!」

 遠くへ行こうと飛んでいく蝶を、ふらふらと追いかけていくヴィヴィオ。
 そもそもその蝶が見えないザフィーラは一瞬動揺するも、慌てて後を追いかけた。

「待つのだヴィヴィオ、そちらは危な──ッ」

 だが、その意思を阻むように、ザフィーラの周囲に密度の濃い霧が発生する。
 ヴィヴィオにしか見えない蝶と同じく、極彩色に輝く霧は、意思を持っているかのようにうねうねと動きまわり、ザフィーラを窒息させようとその密度を増していった。

 が、彼とて、長き時を生きたベルカの守護獣。前線に出ること自体は少なくなったとはいえ、歴戦の戦士であることに変わりは無い。

「──喝ッ!」

 気合一発、そこに込めた魔力だけで、周囲の霧を弾き飛ばす。
 視界を覆うモノを散らしたザフィーラは、すぐにヴィヴィオの姿を探した。

 だが。

「……ちぃ、やられたか……」

 すでに手遅れ。先ほどまで隣にいた少女は、影も形も無い。





「──しかぁしッ! 甘い、甘いのだよ!」

 刹那、ザフィーラの体が発光し、狼形態であった彼は人間形態へとフォルムチェンジした。
 なにかが見えているかのように迷いない動きで、ザフィーラはある壁の前に立った。そして、無造作にその右腕を振るう。

「憤ッ!」

「む……、ぐぅっ!?」

「手ごたえ、アリィッ!」

 外壁を貫き、突っ込んだ右手でなにかを掴んだザフィーラは、力任せにそれを引っこ抜いた。轟音と共に壁が崩れ、中から襟首をしっかりとらえられた男が飛び出してくる。
 壁の建材まみれになりながら驚愕の表情を浮かべる男の顔面に、ザフィーラは正拳突きを叩きこんだ。

「ぐぅ……どうして、分かったのです……?」

 苦しげに問う男に対し、こともなげにザフィーラは答える。



「──おまえ、臭いぞ。最近風呂に入ったか?」



 人間の体内に、風呂はなかった。

「WHITE/BLACK REFLECTION」完






第二幕 “戦え! ユノカイザー!”

「──ゴオォオオオォォォオオォオンッッッ!」

「……へ?」



 ……だから。
 ユーノ・スクライアは、無防備に、怪物の右ストレートを貰い。

 墜ち──







 ──なかった。

「まだだ……まだ、終われない! 終われないんだよぉっ!」

 満身創痍の体で、ユーノは再び立ち上がる。体はぼろぼろ、折れてない骨を探す方が難しく、大量出血で肌は真っ青。ふらつく頭を抱えながらも、それでもその眼光だけはまっすぐ、怪物を射抜く。

 慌てたのは、なのはとフェイトだ。

「だ……だめだよ、ユーノくん! そんな体じゃ、もう……っ!」

「あとは、私たちがやるから……だからお願いユーノ、これ以上戦おうとしないで!」

「……だめや、なのはちゃん、フェイトちゃん。ここは、ユーノくんの思うようにやらせてあげんと」

 そんな二人の前に、はやてが立ちふさがった。今にも飛び出しそうな二人の前で、彼女は両手を広げ、とおせんぼのポーズを作る。
 見れば、クロノもはやての隣に立ち、同じポーズをしていた。

「ダメって、はやて! ユーノはもう……ッ!」

「まあ。いいから。黙って見ていろ」

 場違いなほど落ち着いたクロノの声に、返って冷静さを取り戻したなのはとフェイトはユーノを見た。
 ユーノはゆるやかに息を吸い、吐きを繰り返すと、すうっと腰を落とし、ファイティングポーズを取る。



「──例えこの身が朽ち果てようと……決して、諦めはしない!」



 その言葉と共に、ユーノは右手を天高く突きだした。
 同時に無限書庫がまばゆく光り、その光がユーノの右手へと集まっていく。

 その光はユーノ体をすっぽり覆い隠すほどの大きさになると、突如内部から破裂し、その閃光は周囲の人々の網膜を焼いた。



「この世界に、明日を信じる心がある限り……失いはしないっ! 希望のぉ……エナジィィィィィィィィッ!」

「説明しよう! ユーノ・スクライアは無限書庫に蓄えられた膨大なデータを基にして精製された究極ヒーロー因子、アルテマンを皮膚から体内に取り込むことで、正義のヒーロー、ユノカイザーへと変身するのだ!」

「お義兄ちゃんなに言ってるの!?」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……! 変っ身っっ! ユノ、カイザァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!」

「ユーノくんまで!?」



 もはやつっこみは不要、とばかりに緑色のヒーロースーツをまとって光の中から現れたユーノは、その勢いのまま怪物に突撃すると、いつのまにかボール状になっていたその体を蹴り上げた。
 なすすべもなく虚空を舞う怪物の直下にて、ユーノは両腕をクロスし、腰を深く落として力をためる。背中の肩甲骨らへんから緑色の巨大な翼が吹き出し、ばさり、と一発羽ばたいた。

「いくぞぉ、必殺──」

 吹き荒れる膨大な魔力に、怪物は恐怖を感じ、身をよじる。
 だが、もう遅い。彼は地獄の蓋を開け、不死鳥をよみがえらせてしまったのだ。



「真・ユノ、フェニィィィィィィィィィィィィックスッッッ!」

「───────────────────────────────!?」



 翡翠色の炎が、怪物の総身を焼き尽くす。
 そしてユーノが変身を解いた時、すでに怪物は跡かたもなく消滅していた。



 終われ!



[24385] あとがき
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:a3d7bf23
Date: 2011/01/14 00:14

 どうも、オヤジ3と申します。このたび、拙作「WHITE/BLACK REFLECTION」をお読みいただき、まことにありがとうどざいました。
 ……え、まだ読んでないけどとりあえず後書きだけ読みに来た? 奇特な方ですね、よろしければ後書きを読む前に本編を読んでください。ネタばれも多分含みますから。
 そんなわけであとがきですが、まず始めに謝っておきます。

 ザフィーラファンの方々、フェイトファンの方々、ヴィヴィオファンの方々。本当に、申し訳ありません。

 本作において、上記三名は(意図していないにも関わらず)不遇をかこっております。特にフェイト……ヒロインの一人のはずなのに描写がぞんざいで、整合性を取ろうとエピローグにて無理やりフォローされる始末。作者の筆力不足の弊害がこんなところに……!
 うーん……どうしてこうなったのか。個人的には、ユーノがフェイトに惹かれるってのがちょっと分からないんだろうな、なんて思ってます。むしろ原作にてユーノ×なのはのカップリング完成度が高すぎて(どっからどう見てもこいつら夫婦だよ! 早く結婚しろ!)、他の人間をいれるのが一苦労なんですよ……。
 例えば今回、フェイト→ユーノの感情ってのは、結構描写しやすかったんです。まあ、変な話、恩を売ってるのはユーノだけですからねぇ……フェイトがユーノに恩を売ったことなんて、一度も無い。それに、なにげないしぐさとかで惚れたにしてもなのは一筋っぽいユーノがそういうことするかなぁ? って疑念が残りますし。
 結局、フェイトの扱いが酷いものになりました。……いや、フェイトさん大好きなんですよ? てかリリなのキャラはみんな大好きです、ですからもっといい目にあわせてあげたかったんですが……あーあ、やっちまった。
 エピローグでご理解された方も多いと思いますが、エピローグ、ユーノとクロノのシーンでのモノローグ分析はユーノ(と作者)の言い訳です。実際はその後はやてとフェイトが会話するシーンからも分かる通り、フェイトは強い女性なんですよ。ユーノがどういうことを考えてるのか、そういうの全部分かってて、それでもユーノのそばにいる。……いいなぁユーノ、自分で書いといてなんですけど、私もこういう彼女欲しいですよ……ま、人生20年、一度だって彼女のいた時はありませんけどね(あ、今年でもう21年か……)!

 言い訳はこれくらいにして、別の話題をば。

 まず、タイトル。お察しのとおりWのパロです。本分はあまり関係ありませんが、歌詞の内容がなのユーっぽかったのでつけてみました。Wって聞くと仮面ライダーじゃなくてガンダムが出てくる俺は、きっとロートル
 プロローグとエピローグは、「彼氏彼女の事情」のパロ……ってかモロパクですねこれじゃ。ちなみに、エピローグはイメージBGMが「夢の中へ」からXの前期OP→後期OPに変遷して、そのたびにタイトル案が変わったというしょうもない裏事情があります。……まあ、最後は面倒になってそのままにしたんですが。

 エンデさんとドラゴンストライクは、モンハンからとりました。未だに2ndGユーザーですがなにか? 3rdはお金が無いので買えません。
 また、敵キャラであるシビック・ガニマール伯爵は、当初こんなに出張る予定は皆無でした。名前すらつけてもらえない狂犬キャラで終わるはずが、あれよあれよの間にこんないいキャラに。ぶっちゃけ原作キャラよりいい配役もらってる気がひしひしとしますが、置いときましょう。
 シビックは常のごとく車ですけど、ガニマールは、なんか貴族っぽい名前を考えた時、たまたまやってたゲームから取りました。はい、あのタクティクスとアクションが融合した、スキルアップが面倒でお兄様が異常に強いゲームです。3は例によってお金が無いので買えません。

 最後に、無限書庫を主戦場とした理由について。これは、“ユーノを前線に引っ張り出す”ということを目標にしたからです。
 思うに、ユーノとなのはの関係が進まないのは、ユーノがなのはを(直接的に)守ることができなくなったからではないでしょうか。そこにあの撃墜事件で、ユーノの男としてのプライドはずたずたになっていたのだと思います。
 そのプライドを取り戻させるためには、ユーノを今一度戦場に戻す必要があった。しかし彼は無限書庫司書長、管理局重鎮ですから、おいそれと戦場に引っ張り出せない。そこで、敵さんのほうを無限書庫に招待したわけです。
 ……と、いうのは建前で。実際は無限書庫内なら「司書長権限」とか「内部兵装」とかで適当にユーノ強化ができて、厨二バトルが書けるから……なんて、お、思ってませんからね!?

 さて、そんなこんなで。
 まだまだ語ってない裏設定(名前はおろか姿すら出せなかったオリ司書、かわいそうなプリウスくん、いろんなところにある小ネタ)はあるんですが、とりあえずこのあたりで筆を置かせていただきます。

 どうも、ありがとうございました。
 別作品でも、よろしくお願いいたします。

2011/1/14
オヤジ3



追記

 ……え、おまけ?
 ネタです。特に二つ目は。ちなみにフォアグラとは、タイトルが長ったらしくてうざい、と言った友人によって名づけられた、考えてみればあんまりなこの作品の略称です。



[24385] 後日談のようなもの
Name: オヤジ3◆aaab139d ID:a3d7bf23
Date: 2011/08/10 18:44

 人の不幸は蜜の味。
 人の幸運は……なんの味?

 ……うぇぷ。



 あくまで、個人的な意見を言わせてもらえるなら。
 私は、ユーノ・スクライアという人間をあまり評価していない。

「ええぇ、なんでー!? ユーノさんは無限書庫の司書長で、偉い学者さんで、優秀な結界魔導師だよ? 魔力運用技術とかも局内指折りだし、ティアナは尊敬してると思ってたんだけど……」

「技術的、能力的な面についてはすごいと思いますし、尊敬もしていますよ。ですが……」

「それにそれに、ユーノさんはフェイトさんとなのはさんの旦那さんだよ?」

「そこが一番の問題なんです!」

 思わず、机を叩きながら大声を出してしまった。職員用食堂の安い大机はミシミシと悲鳴をあげ、卓上のコップで水が跳ねる。周囲の人々と、目の前で一緒に昼食を摂っていたシャーリーさんが目を丸くしてこちらを見ていた。

「え、っと。ティアナ、もしかしなくても怒ってる?」

「……わりと」

 ぶっちゃけて言えば、私は今不機嫌だ。かなり。
 原因は分かっている、ユーノ・スクライアのせいだ。機動六課が解散して、私がフェイトさんの下に付くまでの準備期間。原隊に復帰、執務官補佐資格を所得して、異動の手続きを終わらせる。期間にしておおよそ3ヶ月程度の短期間に、上司は伴侶を見つけていた。
 それはいい。その結婚が重婚だとか、そういうこともどうでもいい。今の上司であるフェイトさんが幸せになり、過去の上司であるなのはさんが幸せになる。それを否定する気などさらさらないし、その相手が私の知らない男であっても、それこそ気にするべくもない話だ。
 問題は、その男がユーノ・スクライアである、という、ただその一点に尽きる。

 と、言っても、ユーノ・スクライアという男自体には問題はない。さっきシャーリーさんも言っていたが、無限書庫司書長であるという肩書きからもわかるように社会的地位は十分。財産もあり、能力も高い。おまけに彼の品行方正で温和な人柄は有名で、ほとんど関わりあいのなかった私でもそれは知っている。
 ようするに、超優良物件。売約済みの張り紙さえされていなければ、世の女性から引く手数多の人気商品だったろう。ていうか私も狙う。確実に。

「なんか、たとえにそこはかとなく悪意が感じられるけど……でも、ティアナもそういう認識なんだ。じゃ、なにが不満なの?」

「最大の問題は、その張り紙をしたのがなのはさんだ、ってことですよ」

 そう、最大の問題は、そこなのだ。

 フェイトさんが、ユーノさん(もうフルネームめんどくさい)に向けている感情。これについては疑うべくもない。もうフルタイムでラブ全開だ。正直ウザい。自重しろ。
 だが、ユーノさんがフェイトさんに向けている感情。これは、まったく分からない。悪意を抱いていないということは断言できるが、例えばなのはさん、フェイトさん、ユーノさんの三人でいる時。どうも、一人場違いなような、省られているような、そういう雰囲気を醸し出しているのだ。
 理由は、分からない。ただ事実として私が知っているのは、ユーノさんの人気に歯止めがかかっていた大きな理由の一つが、彼と“なのはさん”の仲がとてもよかった、ということだけ。そして、フェイトさんが二人の仲を応援していた、ということも。
 それ以外、私はなにも知らない。私は神様でもなんでもないから知らないことは知らないし、想像力だって貧弱だ。

 ……だけど。
 そんな私にだって、分かることはある。

「男なんだから、自分の行動には責任を取って欲しいんですよ。私は」

「そりゃ道理だ」

「だから、私はユーノさんを評価していないんです。……今は、まだ」

 別に、部下なんだから、上官の幸せを願ったっていいじゃないか?



「……ィアナ、ティアナ! ぼさっとしない! やられちゃうよ!?」

「──ッ、すみません!」

 思考の海に沈んでいた私の思考は、まさにその当事者によって破られた。大き目のがれきの影で身を潜める私の隣で、同じように隠れつつ周辺を伺うフェイトさんの表情は、渋い。
 捜査任務中の、突然の襲撃。犯行者は反管理局、ではないが、現地政府の転覆を狙うテロリスト。当然、現地政府と付き合いのある私たちも、攻撃の対象だ。レジアス中将が先の事件で死亡して以降、混迷する地上部隊(彼は、ミッド以外に対して特に権限があったわけでもないが、あのカリスマ性は一種地上部隊全体の士気を上げていた)のサポート体制は万全とは程遠いものとなり、最近ようやく沈静化してきたもののこのような“事故”に巻き込まれることはよくあった。

 ……いけない。特に、気にしているわけでもなかったはずなのに。どうやら私は、必要以上におせっかいな気性のようだ。

「……で、どうです?」

「まずいね、かなり」

 照れ隠しも含めて口早に現状を聞くと、軽く歪められたフェイトさんの口からは、芳しくない返事が返ってきた。

「質量兵器で完全武装した兵士が五人に、魔導師が三人……魔導師のランクはまだ分からないけど、身のこなしは完全にプロだ。正直、無策で飛びかかって勝てる相手じゃないね」

「……フェイトさんがリミットブレイクを使って、なおかつ私が後方から援護しても?」

「絶対に、無理。一人か二人、良くて三人行動不能にしたあたりで私が。間を置かずにティアナが殺されてジ・エンドってオチだと思うよ。たかが質量兵器、なんて甘く見ない方がいい……あれは、対魔導師戦を視野に入れて、スペック上はSランク魔導師と互角にやりあえるクラスのものなんだから」

 フェイトさんの言葉にギョッとして、そおっと物陰から目を片方だけ出して見てみれば……って、なんてモン持ち出して来てるんだ。あれは確か、どっかの管理外世界が常備軍用に開発したパワードスーツじゃなかったか……そうそう、エルセアとか言ったっけ? なんでも、バッテリーが続く限りは陸戦S級の機動ができる上に、内部兵装のブレードは表面を高速で振動させることで、時間をかければ理論上全ての防御を貫けるとか。たしか、管理局の低ランク陸戦魔導師隊でもブレードをオミットして制式採用されてるらしいし。
 しかも、専用のガトリングまで装備してるし。流石になのはさんのシールドは厳しいだろうけど、私はもちろんフェイトさんのシールドだとそう何発も持たせられない威力だったはずよ? あれ。魔導師のデバイスも遠目にかなりいいものだし、まったく、あんなものどこから調達してきたんだか……まあ、どうせどっかの横流し品だろうけど。
 うへぇ、めんどくさい。しかも、ここはさっきまで私たちが調査しに来ていた研究所の中。地下研究所だったここはただでさえ狭い上に、あの馬鹿たちが発破したせいで、その残骸が大小室内にごろごろ転がっている。こんな場所だと、スバルや敵の兵士のような陸戦系高速戦闘魔導師はその力をフルに発揮できるけれど、フェイトさんのような空戦系高速戦闘魔導師や、射線を通す必要のある、私のような射撃系魔導師は、かなり不利だ。
 どうやらこの敵、頭も回るらしい。ますますやっかいだ。



 ……まあ、だからって、死んでやるつもりはさらさらないのだけれども。



「仕方ありませんね。撤退しましょう」

「そうだね。ティアナは陽動、私は退路の確保、でいい?」

「はい、もちろんです。……正直、壁抜きは苦手ですから」

 師匠から奥の手は教えられているものの、まだまだ未完成の一撃だ。自分なりのアレンジを加えるどころか、模倣すら満足にできていない。それくらい難しい魔法なのだ……この魔法を、魔法を知って一カ月足らずで“思いつい”て“完成させ”た私の師匠は本当に人間なのか? と、ちょっと不安になってしまう。
 そんな私の内心を見透かしたのか、若干苦笑したフェイトさんは、砲撃魔法の準備を始めた。近距離でこちらを伺っている敵に感付かれないよう、極めて静粛に、しかし出来るかぎり速く砲撃魔法を組み上げていく。そんなフェイトさんを横目に見つつ、私は私で幻術魔法を展開した。
 私が基本はスタンダードなタイプの魔導師であり、そこに幻術を加えることで戦術の幅をさらに増やしているのだ……ということを他人に説明するとよく納得してもらえるのだが、フェイトさんも似たようなタイプである、と言ってもほぼ全ての人が首をひねる。確かに彼女の高速戦闘は派手で、そのバリアジャケットの特異性も相まって目を惹く……が、その基本は極めてスタンダードな、私なんか到底及ばないくらいに基本に忠実なミッドチルダ式魔導師なのである。事実フェイトさんは全レンジの魔法が使用可能(超長距離砲撃除く、でも個人で儀礼魔法が使える魔導師は本当に珍しい)だし、よく見ればその高速戦闘は、基礎的な移動の反復に過ぎない。
 ……まあ、フェイトさんの場合、お義兄さんが本物の万能超人なので霞む、という面もあるのだけれど。そんなことはともかく、無個性な兵隊の幻影をいくつか生みだした私は、それを操って敵兵の陽動を開始した。幻影の中に何発か魔力弾を潜ませることで“それっぽく”し、敵の判断の能力を鈍らせる……のはいいのだが、これ、かなり魔力を食う……人並みちょっと上程度の私の魔力量では、そう長くは持たせられない。

 今か今かと砲撃を待ち望んでいると、突然フェイトさんに話しかけられた。

「……どうか、したの?」

「はい?」

「ティアナ、最近おかしいから。任務中とか、報告書書いてる最中とか、ぼうっとしてることが多いし……なにか、あったのかな? ……って、鉄火場で聞くことじゃなかったね。ごめん」

 ……うん。まあ、確かに、最近呆けてしまうことが多かった。それは一見、なんでもないことの積み重ねに過ぎないのだが、やはり私というキャラクターを見る上で、違和感のあることだったのだろう。そして執務官というものは、その“違和感”を見分けることがとても重要な職業だ。
 普段は若干ポンコツでも、仕事中はビシッと決めるタイプなのがフェイトさんだ。そんな彼女が、仕事中にプライベートな質問をした……ということは、ここのところ私はかなりおかしかったのだ、ということになる。

 ……そうか、私は、そんなに変に見えたのか。

「──フェイトさんは……」

 そう思ったら、なぜか、言葉が口をついて出てきた。

「フェイトさんは、幸せですか? 今」

「うん、幸せだよ」

「……これからも、幸せですか?」

「……うん。きっと、多分、いや絶対に幸せだよ」

 そう返事をするフェイトさんの顔は、とてもきれいで。
 若干、その笑顔を一人占め(……だよね? 多分)するであろう男に、嫉妬した。

「そうですか。すみません、変なこと訊いて」

「ううん。……よし、砲撃準備完了。ティアナ、行くよ!」

「了解!」

 フェイトさんの合図と共に幻影を破棄し、残っていた弾丸を全て発射する。敵方の一瞬の混乱、その隙を逃すことなく、フェイトさんは砲撃魔法を発射した。
 轟音と共に砲撃が壁を打ち砕き、天井に穴を開け、余波で瓦礫が宙を舞う。すぐには反応できない敵兵。彼らが体制を立て直すこともできぬ間に、私を小脇に抱えたフェイトさんは最大戦速で飛翔、天井に開けた穴を通って戦場から脱出した。
 後方に向け、牽制に数発魔力弾を撃ち込みながら、願う。



 我が愛すべき上司の未来に、幸あれ、と。







「……って綺麗に終わると思ったか、コンチクショー!」

「ティ、ティア、抑えて抑えて……」

 クラナガン某所、とある飲み屋。酒も料理もさほどではないが、とりあえず安いことだけが取り柄という学食のような店で、私は飲んだくれていた。隣でなんか言っているスバルは、愚痴の聞き役だ。
 あの後。つまり、敵から逃げ出し、元々の仕事だった捜査任務を終えた後。急に襲ってきた奴らのことはまだ詳細が明らかになってないが、まぁそれは私達の仕事ではない。別に私達だから攻撃してきたわけでもないみたいだし、管理局員を無差別に狙っているのなら、それはパトロールか改めて置かれるであろう専任の執務官の仕事だ。だから、そんなことはどうでもいい。
 問題は……そう、問題は、だ。問題は、もっとプライベートな話である。それも私のプライベートではなくて、上司のプライベート。まぁ、それだけで大方想像がつくかもしれないが。



 ……平たく、現状を言うならば。
 あの野郎、成功しやがった。



 野郎、なんて言葉を使うのは良くないかなとは思いつつも、そうとしか言うことが出来ない。私の心情的に。べらんめい、こちとら生まれも育ちも良かぁねぇんじゃ、そうそういつもいつもおきれいな言葉使いなんざしとられっかい!
 と、叫びたくもなる。なにをしたのか、それでどんなことが起きたのか、そんなことは私には分からない。分かりたくもない。分かっているのは、結果だけ。

 結果的に、ユーノ・スクライアとフェィト・T・ハラオウンの仲がより一層深まった、という結果のみ。

「……いや、それで済めばいいのよ。私だって、なんかこう、気持ち悪い状況だったしさぁあの三人。そりゃまぁ知らない仲ってわけでもないし、心配してたって言うかなんちゅーか……ね、スバル分かる? 分かってくれる私のこの気持ち?」

「う、うん、分かるよティア! なんだかんだ言ってティアは優しいから……」

「うんうん、そうよねスバルは分かってくれる……





 ──でも私のこの激情は分かってくれないのよねこのアホスバルがぁあああああああああああああああああああああああっ!」





「な、なんでぇえええええええええええええええええ!?」

 バカヤローッ! 優しいなんて言葉で私が癒されるとでも思ったか!? アホか!? 「ティアナは、優しいからな……」って私が前の男にフラれた時のセリフじゃコンチクショーッ!
 ってーか今思い出しても腹が立つわあの狙撃兵! なによ、「俺はお前にふさわしくない……」とか舐めた口利いてんじゃないわよそんなあなたが大好きだったのに乙女の純情返しやがれ! おかげでその後会う男会う男あんたと比較しちゃって誰も好きになれないってか今でもトラウマで合コン行っても楽しく無いしのわりにあんたこないだ後輩の女の子と楽しそーにくっちゃべってたわよねああそう分かってるわよどーせ私じゃなくてその娘が好きになったからフッたんでしょだったらスッパリフレば良かったのにへたれ野郎なんだからでもそういうところも──

「──好きだった、好きだったのよぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ! なのにあの腐れ上司私の目の前でピーチクパーチクのろけ話ばっかりしやがって、いや分かってるけど! そういうこころづかいとかが苦手な人だって分かってるけど、そこがフェイトさんの美点でもあるけど! こないだフラれた女の前でする話なのか考えろってのよちきしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」

「わ、分かった、分かったから落ち着こうよティア! クロスミラージュしまって! 魔力をためないで! 砲撃準備をやめてぇ!」

「……私、今ならスターライトブレイカ―撃てる気がする」

「真剣な顔で物騒なこと呟かないでよ!?」

 酔った勢いで収束魔法を会得しそうだった私を、機人としての能力をフルに利用したスバルが止めてくれた。具体的には、振動破砕の平和利用だ。こう、酔った人間の両肩を掴み、振動させ、三半規管を猛烈に揺さぶって、



「──ゥ、おええええええええええええええええええええええええええええええええ」



 吐く。

 アルコールによって混濁した思考が、ちょっぴりクリアになる。昔の偉い人は言いました、「吐けば楽になるぞ?」と。その言葉どおり、吐いた分気分が落ち着いてくる。
 が、よく考えよう。吐いた、という事は、なにものかが『出てきた』わけだ。その『出てきた』ものは、霧や霞のように消えてはくれない。そして、エチケット袋もここにはない。結果、わりと多量の……その、なんだ、『出てきた』ものは、安酒場のちょっとした座敷、板葺きの床の上にそのまま横たわっているわけで……。

「……ねぇ、スバル」

「……ごめん。でも、ティアも悪い」

「……そうね」

 ツン、と鼻をつく刺激臭。幸い卓の上は無事だが、床一面に広がっている『出てきた』もの。未だ領土拡張中。
 ことここに至って、最優先事項はひとつだけだ。

「……雑巾、借りてこようか」

「……そだね」

 だらだらと立ち上がった私達は、肩を落として安酒場のカウンターに向かったのだった。





「……あれ? ティアナも来てたんだ、一緒にどう? 今日は三人で来てたんだけどね、せっかくだから奢──」

「──私の最期のサンクチュアリまで汚すつもりですか!? 鬼ですか!? それとも悪魔!? どちらにせよそっちがそーゆーつもりならこっちにも考えが……スバルどいてそイツコロセナイィィィッ!」

「ストップ、ストップだよティア! 落ち着いて、頼むから落ち着いて魔力刃納めてぇっ!」

「え!? あ、あの、その……な、なんなのコレーッ!?」



 青春の、バッカヤロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!


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