零話.「ストライクフリーダムな孫」
Side:一刀
「一刀さま!」
慌ただしく駆け寄ってきた女性が1人、俺にすがり付いてきた。若い頃なら頭を撫でて抱きしめて「どうしたんだい(キラリ)」とするところだが、今の俺は70過ぎたジジイ。そんなことをする元気はない。
「一体そんなに慌てて、どうしたんだい。陸坑」
母親の爆乳は何処へ消えたのかと聞きたいほどの貧乳具合。本人も気にしているようなので言わないのが紳士だろう。彼女は現在の孫呉を支えている文官の筆頭でもある。
「そ、それが…」
「それが?」
ふふふ、今日はどうしたのかな。こんなにも取り乱して。いつもは何が起こってものほほ~んと構えている彼女なのに、珍しい…じゃ…ないか。まさか、いや、そんな。最近なりを潜めていたから油断していたが、まさか!?
「孫皓さまが“学校を作る”と言って文官を引き連れて、出て行かれましたぁあああああ!」
「嘘だろぉおおお!文官を向かわせ……って、すでに論破されているのかよっ!!」
「どうすればいいんでしょう」
「連れ戻すんだ!近衛兵たちはどうした?」
「すでに洗脳されて言うことを聞きません!」
「うがぁああああ!」
最近の俺の悩みはただひとつ。俺の孫たちの中で唯一男として生まれてきた孫皓のことである。
姓は孫、名は皓、字は元宋。
俺の孫の中で一番年下になる彼は、生まれてくる時代を間違えたと言っていいほど、才能を有り余らせる存在だった。
武術もこの大陸で彼と渡り合える人間はいない。知識も乾いたスポンジが水をどんどん吸収するかのように習得していく。それに比例して孫家特有の自由奔放さが表に出てきたことが問題だった。
雪蓮もシャオもフリーダムだったが、孫皓はそれを軽く凌駕するストライクフリーダムだ。
彼女たちの対象はごく限られたものだったが、彼が行うことは周囲の人間を巻き込みすぎる。
なんで、こうなってしまったのだろう。幼い頃の彼は、素直で天真爛漫で孫呉のマスコットキャラクターだったのに…。
やはり、母親である孫和が病気で死んだとき、落ち込んだ孫皓を彼女たちに預けたのが拙かったか。結局、孫皓は叔母や従姉妹たちにそそのかされて、女装をしたのがきっかけで随分とはっちゃけてしまった。
しかも、顔立ちが雪蓮にそっくりのため、彼が女装すると涙が…。味を占めたのか最近は化粧と演技で俺の残り少ないLPをごりごりと削ってくるし、最悪すぎる。
「なぁ、陸坑」
「何ですか、一刀さま。もしかして何か案が?」
「もうゴールしても(蓮華たちの元に逝っても)いいよね」
「キャー!医者ぁあああ!衛生兵ぃいいい!誰か助けてぇえええええ!」
本当に誰か助けて…。
翌日、お茶を飲んでいた俺の下に、走ってきたのか息切れを起こした女性がやってきた。
「ぜはっ…一刀…さま…、大変…です…」
「深呼吸、はい。すって、はいて、すって、はいて」
「すー、はー、すー、はー…」
「落ち着いた?」
「はい、おかげさまで…って、落ち着いている場合ではありません!孫皓さまが」
「今度は何をしたんだい(遠い目)」
「“俺は漁師になる”とおっしゃられ、河を下っていかれました」
「ぶほっ!?今すぐ連れ戻せぇえええ!つーか、何でそんなことに!?」
「街に新しく開いた『お寿司屋』で食べた寿司がまずかったそうです」
「漁業の改革か!?流通の確保もするつもりなのか!加工品も考えてくるつもりかぁあああ!」
「どうなさいますか?」
「どうするもこうするも、まずは孫皓を連れ戻して来い。話はそれからだ!昨日、学校建設に割かれた人員以外の文官を集めろ、足りなければ武官もだ。会議の場を設けて、そこに孫皓を放り込めぇええええ!」
「御意!」
も…もうだめぽ。
なんでこの年齢になってなお、こんなにも働かなければならないんだろう。俺も皆の元に逝きたい…。だが、あの孫皓を残したままじゃ、死ぬに死ねない。史実とは別の意味で孫呉が滅んでしまう。
ぐぅ…、結局俺がストッパーになるしかないのか。
翌日、目を覚ますと、すでに女性がスタンバっていた。嘘だろう、こんな朝早くから何をしたんだよ、孫皓の奴。
「ご報告致します。孫皓さまが」
「今度は何だ?学業か、税か、農業か、林業か、それとも」
「賊の討伐です」
「そう、賊の……討伐?」
「はっ。蜀との境界線に現れた山賊を討伐しに、昨夜の内に兵を100連れて出立なされました」
「そ…うか。報告ご苦労、下がれ」
「御意」
朝議に出るため玉座の間に向かうと、武官も文官も勢ぞろいしていた。玉座には娘である孫亮が座り報告を聞いていた。俺の存在に気付いた孫亮は立ち上がり声を掛けてきた。
「お父さま…」
「情勢はどうだ?敵の数は?」
陸坑が書類を手に取り報告する。
「敵の数は150、北の方から流れてきた物盗り集団であることも判明していますが、蜀の領内で村を襲い皆殺しにする蛮行を働いたようです。正規軍とは戦わずに山の地形を活かし逃げ回っていたようですが、孫皓さまが今回連れて行った100の兵は全て、周泰さまが育て上げた暗部の者たちです。殲滅は時間の問題かと思われます」
「はは、末恐ろしいですな、孫皓さまは」
「まったくです」
皆の言い分は理解できる。動きが早い上に先を見通す力はもはや神懸かり的だ。
武術・知識・政治・統制、全てにおいて秀でる彼を将の誰もが慕いそして信頼する。
『国とは民であり、民がいるからこそ国は成り立つ』という信念の下、彼は生きている。だから命を賭けて民を護っている。その姿を兵1人1人が見て家族に伝え、その家族が他の民に伝えることで彼を慕う民が増えた。今も増え続けている。
孫亮が次期孫呉の王として彼を推薦するのも頷けるのだ。
「…それに、蜀との共同討伐になるのであれば、彼女が来るよな」
「ええ。恐らく私に宛てた礼状と、お父さまに宛てた手紙を携えて、孫皓に会いに劉玄ちゃんが来ると思いますわ」
「ああ。彼女がくれば、しばらく孫皓も暴走しなくなるだろう」
「一刀さま、お茶になります」
「すまないな。いやぁ、久しぶりに羽が休めるなぁ」
「ふふふ、そうですね。……って、あら?」
ずずーっと、茶を啜る俺。
「報告致します!孫皓さまが行方不明になられました!」
「ブフーッ!!??がはっ、ごほっ…はぁあああ!?」
玉座の間に居た全ての人間全てが驚愕の表情を浮かべている。顔を青くした孫亮が駆け込んできた兵に尋ねる。
「ま、まさか…孫皓が討たれたのですか!?」
馬鹿な!孫皓が負ける程の手だれが相手ということは、この大陸に存在する将に勝ち目はない。
「違います。山賊は討伐完了しました。被害も零です。しかし、帰還する途中で管輅という占い師に遭遇し、孫皓さま自ら話をなさっておられたのですが、突然目を開けておられぬほど閃光がその場にいた全ての者を包み込んだのであります。光が収まって辺りを見回したのですが、孫皓さまも管輅という奴も忽然と消えてしまっていたのです!」
管輅?俺がこの世界に来ることを占ったっていう……。そいつがなんで孫皓を?
一体何が起ころうとしているんだよ…。
Side:???
とある荒野にて。
「……占いも捨てたものじゃないわね」
うつ伏せに倒れていた青年に近づき、女性はその青年の横顔を撫でた。
あとがき
コン太っす。
ふふふ、板を変えて孫皓君、復活っす。
ええーい、王道チート主人公系SSいやっふーっす。
【ネタ】バージョンもチラシ裏にあるけど、暗いよ…
感想お待ちしてます。