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[24500] 習作・生まれ変わって友達を作る話(原作:魔法先生ネギま!の親世代)
Name: ポルカ・オドルカ◆d257e5b8 ID:76577b36
Date: 2011/03/02 00:52
 体の震えが止まらない。俺は廃ビルの屋上に居た。手摺りの外側に立ち、眼下に広がる町並みを見下ろしている。決めた筈なのに、決心が揺らいだ。

 友達が欲しかっただけだった。小学校の頃、親に言われるがままに外で友達と遊ぶ事もしないで塾やお稽古ばかりしていた。放課後に遊びに出掛けた記憶は無い。遠足や林間学校なんかの旅行に行く時の班決めではいつもあまって、嫌そうな顔をする同級生の中になんとか入れてもらっていた。
 私立の中学に通うようになっても友達は出来ず、部活動も馴染めずに一年も経たずに止めてしまった。
 学校に行き、帰って来たら塾に行くか、家の中で本を読んだり、漫画を読んだり、パソコンを弄ったり、テレビを観たり、ただ虚しく人生を送っていた。
 俺は耐え切れなくなった。中高一貫校だったのに、別の高校を受験して、再スタートをしても結局人との付き合い方が分からず、友達が出来なかった。どうにかグループに入れてもらおうとしたけれど、出来たのは虐める側と虐められる側という関係だけだった。勿論、俺は虐められる側だ。
 学校で虐められて、塾で些細なミスで叱られて、家で平均点以上の答案を見せても叱られて、自分は何なんだろうと思った。

 誰でもいいから友達が欲しかった。その日も虐める側の少年に付いていった。いつも殴られて、馬鹿にされて、それでも一番近い距離に居たのがその少年だった。
 囲まれて、少年達の日常でのストレスの発散の為のサンドバッグになって、全身が痛かった。家に帰ると、親に叱られた。塾を生まれて初めてズル休みしたからだった。怪我をしている事に親は何も言わなかった。いつもなら、別になんとも思わなかった。ちょっと寂しいと思うくらいだった筈だ。だけど、全身の激しい痛みで少しだけ心が弱くなっていたのだと思う。

 俺は深く呼吸をした。目を瞑って、そのまま手摺りを離す。ただそれだけの作業が酷く難しかった。まるで磁石の様に俺の手は手摺りにくっ付いて離れない。
 情け無い、最後くらいは潔くしたいのに……、俺は苦笑いを浮かべた。それから何分経ったのか分からない。高い金属音が俺の背中を押してくれた。音に驚き、俺は手を手摺りから離し、バランスを崩した。最後に見たのはあの少年だった。
 どうして、こんな所に来たのだろう? 不思議な程に時間がゆっくりに感じた。俺を虐めていた少年は必死な顔をして俺の方に走って来る。何かを叫んでいる。混乱しているせいか、彼の言葉が理解出来なかった。ただ、俺は彼に一つだけ伝えたかった。

「……ありがとう」

 俺の背中を押してくれて……。ネットで読んだ事は事実だった。落ちながら、俺はスッと意識が遠のくのを感じ、身を任せた。痛いのはやっぱり嫌だから、即死がいい。気を失っている間に死にたい。


 俺は生まれ変わった。自覚したのは四歳の時だった。それまでは夢を見ているのだろうと思っていた。最初の頃は――目がまだ開いていなかったから――真っ暗闇が延々と続き、奇妙な音が無数に聞こえた。
 ぼんやりと光が見え始め、光に色が現れると、その色を求めた。ここでやはり自分は夢を見ているのだと思った。身体がまったく動かなかったのだ。
 景色がクッキリと見え始めると、だんだんと現実感を覚え始めたが、それも僅かばかりだった。身体はやはりうまく動かせず、時折驚くほど巨大な人間が自分の身体を抱きかかえるのだ。
 決して身長の低くなかった俺をやすやすと持ち上げたのはなんと女性だった。豊かなブロンドの髪と翠色の優しげな瞳が印象的な女性だったが口から零れるのは意味不明な音の羅列だった。それが英語だと理解出来たのが四歳になった日だった。
 俺の新しい――もちろん、生まれ変わってからは始めての――母親が庭に咲き乱れるバラを見せてくれた。
「happy birthday」
 俺の新しい母親は”Dana”と刻まれた木の看板の差してある花壇のバラを指差しながら言った。ニッコリと目の前のバラのように華やかな笑みを浮かべる母親に俺は笑みを返した。
 英語だと理解出来なかった理由はここがイギリス――正確にはウェールズ――だった事が大きい。イギリスの英語は地方や階級によって変わる――イギリスほど訛りが酷い国もそうそう無いとまで言われてる。
 俺が英語で短く“ありがとう”を伝えると、母親は感激して父親を呼びに行ってしまった。どうやら、四歳になってもまともに言葉を話せない俺をずいぶんと心配していたらしい。短く挨拶をすると父親は大喜びした。
 英語だとわかって勉強すると、生まれ変わる前の知識と母親――最近はママ(MaMa)と呼んでいる――の熱心な教えのおかげで一年でまともな会話が出来るようになった。自分の名前があの花壇の看板に刻まれた”ディナ”と言う事を初めて知った。

 俺が五歳になる少し前に俺は始めて隣の家に住む男の子と出会った。実は前にも何回か会った事があるらしいのだけど、俺はまったく覚えていなかった。男の子の母親が身体を壊したらしく、病院で治療を受ける事になったらしい。
 父親が遠くの学校の校長先生をしているらしく、家の中で一人っきりになってしまった男の子をママは不憫に思い、元々、男の子の両親と仲が良かった事もあって、男の子を母親が退院するまで我が家で引き取る事になった。
 男の子の名前はナギ。珍しい名前だと思った。後に聞くと、ナギの父親がかなりの日本びいきらしく、日本語の『凪』から名付けたらしい。
 ナギ・スプリングフィールド。それが彼の名前だ。最初に聞いた時、真っ先に漫画の主人公の父親の名前を思い浮かべたのは……我ながらどうかと思った――その時は。


「ディナ、もう、ナギが準備終わって下で待ってるわよ!」

 俺の新しいママであるメアリーはその名の通りまさに神の贈り物(メアリー)だ、と新しいパパはいつも言っている。そういうパパのジェイコブの事をメイはいつも笑顔のチャーミングなジェイクと呼んでいる。
 メイとジェイクは俺の事をとても大切にしてくれている。いつだって、二人の深い愛情を感じる事が出来る。生まれ変わる前の両親の事も嫌いになりきれずに居るけど、メイとジェイクの二人を両親と呼べる事を幸せに思っている。
 メイに言われて、俺は急いで支度をした。支度と言っても、肩まで伸びている髪をまとめ上げて、運動に適した服を着て、小さな木の杖を持っていくだけだ。

「遅いぞ、ディナ! 早く行こうぜ!」

 玄関には赤毛に悪戯っぽい鳶色の瞳が印象的な活発そうな少年が待っていた。体中からエネルギーが満ち溢れている様なこの少年がナギだ。

「今日はどこに行くの?」

 俺が聞くと、玄関に立て掛けられた二本の釣竿と二つのバケツを少年は指差した。

「湖に行こうぜ! どっちが多く釣れるか勝負だ!」
「俺、釣りなんてやった事ない……」

 生まれ変わる前も生まれ変わった後も釣りなんてやった事が無い。

「教えてやるから、行こうぜ!」

 俺は思わず顔を綻ばせて頷いた。
 俺はどうしようも無いくらいに口下手で、ナギに嫌われないかいつもビクビクしているけど、ナギは天真爛漫な明るさで内向的な俺をいつも外の世界に連れ出してくれる――それがとても幸せだった。
 この村には子供が少なくて、俺とナギ以外に近い年齢の子供が居ないから、自然といつも一緒に居た。

 ナギは村ではちょっとした有名人だ。同い年の俺に比べて、二年も早くに言葉が喋れるようになっていたし、初めて杖を貰ったその日に初歩の魔法を使える様になった神童なのだ。
 そう、魔法である。俺が生まれ変わって一番驚いたのが魔法の存在だった。呪文を唱えて、杖を振るうと魔法が使えるのだ。ナギが俺の前で魔法を使ったのを見た瞬間、感動のあまり息も出来なくなった。小説や映画やアニメやゲームの中だけのフィクションである筈の魔法が実際に目の前で見れたのだ。マッチ程度の小さな火が杖先で躍るのを見るのはとても面白かった。
 その初歩の魔法の呪文を聞いた時に確信した。ここはあの漫画の舞台の世界なのだと。

「プラクテ・ピギ・ナル、『火よ、灯れ』」

 アールデスカット、と歩きながら杖を振るって呪文を唱えるけど、俺はまだ一回も成功した事が無い。魔力が少ないわけでも、詠唱が出来ない特異体質な訳でも無い。俺が杖を貰ったのは一週間前なのだ。貰ったその日に魔法を使えたナギの才能が破格なのだと村の大人達は言った。

「うーん、どうしても使えない……」

 悩んでいると、前を歩いているナギが言った。

「腹の底から力を捻り出す感じにやりゃあいいんだよ」

 ナギは感覚的に魔法を使えるらしくて、そんなアドバイスをくれるが俺には理解出来なかった。もう少し頭をやわらかくするべきなのかもしれない。
 俺達の住む村はウェールズの山奥にあって、小さな湖が村を囲う森の少し奥にある。澄んだ色の水の中にたくさんの淡水魚が泳いでいる。太陽の光を反射してキラキラと輝く湖の畔で俺達は釣糸を垂らした。のんびりとした時間が過ぎる。
 隣に友達が居て、一緒にこうして遊ぶ事が出来る。どうして生まれ変わったのか、死んだ後に前の両親や周りの人達は泣いてくれたのか、時折、いろいろと考える事もあるけど、今の俺は間違いなく幸せだった。
 隣をチラリと覗くと、ナギは釣り糸に繋がったウキの動きに注視している。ただの同姓同名という可能性もあるけど、もしもあの漫画の主人公の父親ならナギはいつか旅に出る。そして、戦争にも参加する。
 漫画だとナギは行方不明になるらしい。折角出来た友達――いつも外に連れて行ってくれるナギ――には幸せになって欲しい。どうして行方不明になったのか分からないけど、子供と引き裂かれるのは嬉しい筈が無いと思う。
 俺がそんな事を考えていると、ナギが顔を向けて来た。

「そういや、俺また新しい呪文習ったんだぜ」

 ナギは自慢げに言った。ウェンテ、とナギが唱えると、杖から風が吹いて湖の水面に波紋を広げた。見えない力が広がっていく光景に俺は目を奪われた。

「もう一回やって!」

 俺がせがむとナギは嬉しそうな顔でウェンテと唱えた。風の魔法の初歩呪文は今度は湖の水面に直撃して、石ころを投げたくらいの僅かな水飛沫が上がった。

「あ、やっべ! 魚、逃げちまったかな……」

 ナギはガックリと肩を落とした。

「ごめん、俺が頼んだから……」

 ナギが唇を尖らせるのを見て、俺は慌てて頭を下げた。怖かった。折角出来た友達に嫌われてしまうのが。だけど、ナギはおかしそうに笑うだけだった。

「謝るなって! それより、なんか暑くなって来たし木陰のあるとこに移動しようぜ」
「う、うん!」

 大きな木の影になっている場所でまた釣りを再開した。ナギは今度は光の初歩呪文を見せてくれた。

「これなら魚も逃げないだろうしな、『光よ』」

 ルークスの呪文で杖先から光が溢れ出した。目に突き刺さる様な光ではなく、穏かな木漏れ日の様な光だ。

「プラクテ・ビギ・ナル『光よ』」

 俺も真似して呪文を唱えてみる。少しも光らない。項垂れる俺を尻目にナギは歓声を上げた。釣り針に魚が掛かったのだ。

「ナギ、頑張れ!」
「ばっか、お前のにも掛かってるぞ!」
「えっ!?」

 俺は慌てて自分の釣竿を見た。ウキが沈んでる。

「わ、わ、ど、どうすればいいの!?」

 俺は慌てた。魚釣りなんて始めてだからどうすればいいのかわからなかった。リールを巻き取ろうとするが凄く固い。

「魚を引き寄せてからリールを巻くんだよ!」

 ナギは必死に竿を引っ張ってはリールを巻いていく。真似しようと竿を引っ張るけど、竿が吃驚する程軋んで折れてしまうかもと思って慌てた。この釣竿はナギの物だ。壊したら嫌われてしまう、そう思うとどうすればいいのかパニックを起してしまった。泣きそうに顔を歪めると、不意に握っている竿に二本の手が後ろから伸びて来た。

「ほら、思いっきり引っ張るんだ!」
「う、うん!」

 息が掛かりそうな程近くからナギの声が聞こえた。生まれ変わる前もこんなに誰かと接近した事は無かったから心臓がバクバクとはねた。一瞬ナギのバケツを見ると、小さな魚がバケツの中を泳いでいた。
 ナギに言われるまま思い切って竿を引っ張る。僅かに釣り糸に余裕が出来るとナギがリールを巻いた。

「魚が逃げる方向に竿を引っ張るんだ」

 ナギに言われて、俺は水面の魚の影を注視した。魚が右の方向に逃げようとしている。ナギの手がもう竿を右に引っ張ろうとしていて、俺も右の方向に力を篭めた。
 引っ張っては巻き取り、引っ張っては巻き取りと何度も続けていくと、どうやったらあんな凄い力を出していたのだろうかと不思議な程に小さな魚が足元の水面まで来た。ナギが糸を引っ張り、魚を針から外して俺のバケツに入れてくれた。綺麗な鱗の魚に思わず頬が緩んだ。

「ありがとう、ナギ!」

 ナギはニッと笑みを浮かべて再び釣り糸を垂らした。合間に魔法の練習を挟みながら、お昼になってお腹が空くまで魚釣りを楽しんだ。

 お昼に家に戻るとメイがお昼御飯の準備をしていた。用意しているのは三人分。
 ジェイクは少し遠くにある魔法を子どもに教える魔法学校で教師をしていて今は家には居ない。帰って来るのは夏休みや冬休み、それに復活祭(イースター)くらいだ。
 ジェイクが働いている魔法学校は秋から俺とナギが通う事になっているメルディアナ魔法学校だ。漫画の中で主人公も通っていた学校でナギの父親が校長先生をしている学校だ。漫画だとたっぷりとした白い髭が印象的な老人だったけど前に会った時は髭は無くて白髪混じりの赤毛をオールバックにしていて、顔には少し皺があるけど大分若い印象を受けた。
 ナギの母親はメルディアナのある町の治癒魔法使いが居る病院に入院している。ナギがお見舞いに行く時に一緒に連れて行ってもらった事がある。最初に思ったのはナギはお母さんに似ているんだという事だった。
 ナギの母親はナギと同じ赤い髪を肩まで伸ばした理知的な眼差しを持つ女性だった。身体は痩せ細っていて、あまり芳しくないようだったが、ナギと俺に元気一杯の笑顔を見せてくれた。

「なにか手伝う事ある?」

 俺は少しでも料理を覚えたくてメイに聞いた。あまり褒められる理由では無いけど、今度の人生は人に嫌われずに生きたいと思ったからだ。料理が出来れば話の種になるし、生前のオタク趣味よりも上等な趣味を作りたいとも思ったからだ。

「じゃあ、お皿を運んでくれる?」

 どうやら、もう料理は出来てしまっていたらしい。落胆しながらお皿を食器棚から出して並べる。ナギはメイにジュースが無いか聞いている。
 テーブルには新聞が置いてあった。最初は英語の新聞に拒否感を感じていたけど、だんだんと読む事が苦痛じゃなくなってきた。村の中だと英語以外の言語に接することが極端に少ないからだんだんと慣れてしまったのだ。最近の身近なビッグニュースはバハマが独立した事くらいだ。

 お昼御飯をメイとナギと一緒に食べた後、俺はナギと一緒に家の庭で魔法の特訓をした。ひたすら杖を振りながら呪文を唱えるのだ。躍起になって力いっぱい杖を振り下ろしても一向に杖先からわずかばかりの火も現れない。
 ため息が出た。初めて魔法を使う時は誰でも苦労するのだとメイは言っていた。でも、隣でナギは風の初歩呪文で葉っぱをクルクルと回しながら浮かせている。

「プラクテ・ピギ・ナル、『火よ、灯れ』」



 夕方までやって結局一回も火は出なかった。一週間、それなりに真面目に練習したつもりだけど全然糸口が見えない。

「そだ、いい事思いついたぜ」

 ナギは突然何かを閃いたらしく俺に近寄って来た。

「どうしたんだ?」

 ナギはいいからいいからと自分の杖を俺に握らせた。

「いくぜ? 『火よ、灯れ』」

 ナギは俺に杖を握らせたまま自分も杖の俺が握っている部分より上の部分を握って呪文を唱えた。いつものマッチの火とは違うサッカーボールくらいの大きな火の玉が杖先から溢れ出した。
 体が密着しているからなのか、同じ杖を握り締めていたからなのか分からないけど、俺はナギの体から杖に向かって温かい何かが流れ込むのを感じた。

「今のが――魔力?」
「分かったか?」

 俺が何かを感じたのが分かったナギは自分の作戦が上手くいったのだと思って得意気な顔になった。その途端に杖から溢れ出していた炎が一気に大きくなった。

「ナギッ!」

 俺はナギの杖を叩き落してそのままナギを引っ張った。慌てたせいで足が縺れて俺とナギは転んでしまった。
 ナギの手から離れた小さな杖の先に溢れ出した炎はナギからの魔力の供給が無くなっても尚も燃え続けた。メイが丁寧に世話をしている芝生が燃え上がった。視界が真っ赤に染め上った。

「プラクテ・ピギ・ナル、『風よ』」

 殆ど無意識の行動だった。とにかく炎の熱気から逃れようとナギが見せてくれた呪文を唱えて杖を振るった。あまりの熱さに目を開けていられなかったが、杖に向かって自分の中の何かが流れ込むのを感じた。その流れに意識を集中させた。
 護って、ただそれだけを念じながら自分の中の力を蛇口を開くように杖に流し込み続ける。誰かの声が聞こえた気がするけど無我夢中だった。



[24500] 二話
Name: ポルカ・オドルカ◆d257e5b8 ID:76577b36
Date: 2010/12/16 23:47
 いつの間にか、俺は眠っていたらしい。瞼を持ち上げると、真っ白な光が部屋を包んでいた。あまりの眩しさに顔を背けると今度は視界ではなく頭の中が真っ白になった。
 目と鼻の先にナギの寝顔があったのだ。

「び、びっくりした」

 ナギは俺の隣でグッスリと気持ちの良さそうな寝顔を浮かべていた。いつもは茶目っ気たっぷりのやんちゃ坊主がこの瞬間は天使のような寝顔を見せた。
 肉体的な意味では同い年だけど、俺とナギの精神的な年齢は大きく離れている。俺が世界に決別を決意したのは十七歳の誕生日だった。
 精神的には十七歳も離れている子供に自分は傾倒していたのだと改めて気がついた。
 俺はナギを起こさないようにベッドから降りた。途端に立ち眩みが起きた。全身が気だるく、足がふらついた。
 どうしたんだろう。俺は首を傾げつつ寝巻きから普段着に着替えて部屋の外に出た。

 朝食作りの手伝いをしようとキッチンに向かうと、そこには誰も居なかった。だけど、竃(かまど)の近くには卵が置いてあったし、お皿やコップも出ていた。
 キッチンは生まれ変わる前に住んでいた日本の台所とは全然違った。一度も家族で旅行に行った事が無かったから、外国の家は何もかもが新鮮だった。それはこの家に六年も生きた今でも変わらない。

 キッチンの壁には一つの奇妙な形をしたスプーンが飾られている。蔦が絡み合うような持ち手のそれは『ラブスプーン』。
 ジェイクがメイにプロポーズをする為に丹念に思いを篭めて作ったんだとメイは頬をほんのりと赤く染め上げながら話してくれた。

 メイは部屋にも居なかった。どこかに出掛けているのかもしれない。もしかして庭かな、そう思って家の外に出た瞬間、俺は我が目を疑った。
 メイが毎日苦労して整えていた庭が見るも無惨な状態になっていた。芝生は焼け焦げていて、花壇は爆発でも起きたかのようにレンガは粉々、花の欠片があちらこちらに散らばっている。
 まるで水道の蛇口を一気に全開にしたように眠る前の記憶が甦った。
 俺はナギと魔法の練習をしていたんだ。何度も何度も失敗して落ち込んでいると、ナギが俺の杖を手にして着火呪文(アールデスカット)を唱えた。
 俺はナギの体から杖に流れ込む魔力を感じる事が出来た。だけど、ナギが一瞬気を抜いた瞬間に着火呪文によって杖先に灯った火が大きくなり、俺は――。
 途端に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。魔法を始めて成功させた興奮も喜びも全く湧いてこなかった。この庭をメイがどれほど大切に手入れしているかよく知っていたからだ。
 汗水垂らして花を植え替えたり、芝を刈っていた――魔法を使わずに。少しでも元通りに出来ないかと散らばっている花壇のレンガを拾い集める。

 散らばっているレンガは生まれ変わる前ならともかく、五歳児の身には途轍もなく重かった。三個目のレンガを運んだ所で疲れ果ててしまった。

「もう――限界……」

 汗だくになって、わずかに残った緑の芝生の上に座り込む。メイがどれだけ大変な思いをしながら、この庭を手入れしていたか、今更になって分かった。
 ふと、直ぐ近くに木片が転がっているのが見えた。そこには『Dana』と刻まれていた。間違いない、去年の誕生日にメイが俺の為に植えてくれたバラの看板だ。
 身体が震えて、自然と瞳から涙が零れ落ちた。生まれて初めてだった――前の人生も含めて――あんなに素敵な愛情に溢れた誕生日プレゼントは。
 バラの花はメイとジェイクの分もあった。二つのバラの間に挟まれた小さなバラ。寄り添うように並ぶ三本のバラを眺めるのが大好きだった――両親に愛されて居るという事を実感出来る気がして。それをもう二度と見る事が出来ない事が凄く悲しかった。

 しばらく泣きじゃくっていると、俺は恐怖に震えた。
 メイは怒っているだろう。自分が丹精尽くして育てた庭を滅茶苦茶にした俺を。嫌われて、殴られて、罰として食事を抜かれたり、真っ暗で狭い物置に閉じ込められた前世の両親の事を思い出した。
 途端に心細さを感じた。頭を抱えて縮こまった。逃げ出す勇気も無い。ただ、少しでも恐怖を忘れようと何も考え無いようになろうと必死だった。

「ディナ? 目を覚まして――どうしたんだ!?」

 背後にナギの声が聞こえた。咄嗟に逃げ出そうとしたが、泣き過ぎたからか、体に力が入らず、足を縺れさせて転んでしまった。

「ディナ!」

 ナギが駆け寄って来た。それが俺には怖くて仕方が無かった。
 あの時、ナギの魔法は制御を離れていた。だけど、庭がこんなになるほどの暴走じゃなかった。
 庭をこんなにしたのは間違いなく俺の魔法だ。庭にこれだけの被害を与えたのだ、ナギにも怪我を負わせた可能性が高い。
 嫌われた。自分に都合のいい解釈なんてとても出来ない。殴られる、そう思って身を竦ませた。痛みに耐える為に目をギュッと閉じた。

「大丈夫か!? どっか痛いのか!?」

 痛みは来なかった。代わりにナギの酷く慌てた声が聞こえた。恐る恐る目を開けると、ナギがうろたえた様子で俺を見ていた。

「ごめんなさい……」

 謝った。いつもこうして逃げていたから、癖になってしまっていた。謝って、嵐が過ぎるのを只管待つ。ただの逃げでしかなかった。

「な、なんで謝るんだよ!?」

 ナギは心底意味が分からないという顔で言った。
 そうだろう、俺自身、何に謝っているのか分かっていないのだから。とにかく、自分の非を謝って無かった事にしてもらおうという我ながら卑しい癖だ。

「なあ――体の方は大丈夫なのか?」

 ナギは心配そうに声を掛けてくれた。それが心を揺さぶった。

「ナギの方こそ、怪我はない?」

 声が震えてしまった。もしかしたら、ナギは怪我をしなかったのかもしれない。それなら、嫌われずに済んだのかもしれない。

「ちょっと火傷しただけだ。お前が――」

 俺はもうナギの言葉をそれ以上聞けなかった。『お前が――』の後に何が続くかなんて分かっている。

『お前が余計な事をしたせいでな』

 きっと、優しいナギはそれでも俺の事を許そうとしていたんだろう。なのに、俺の浅ましい考えを見抜いて愛想が尽かしたに違いない。

「――ってくれたおかげでな。って、どうしたんだよ!?」

 俺は泣いていた。耐えられなかった――ナギに嫌われる事が。いつも一緒に居てくれて、いつも俺を外の世界に連れ出してくれる彼に嫌われるのは世界が閉じてしまったかのように思うほど辛かった。
 ナギの侮蔑の声を聞きたくなくて、俺は大声で泣いた。困らせて、よけいに相手をイラつかせると分かっているのに、少しでも嫌な現実から逃避する為に――。



「――大丈夫」

 いくらか時間が経ったが、俺はずっと泣き続けていた。
 突然、俺の頭を誰かが包み込んだ。頭を優しく撫でられて俺は混乱した。顔を上げると、涙で滲んだ視界にだんだんと金色の髪が靡くのが見えた。

「……ママ?」

 メイは再び俺の頭を撫でてくれた。気持ちが良くて、俺はつい目を細めた。

「あなたは何も悪い事なんてしてないわ。だから、怖がらなくても大丈夫よ」

 メイは言った。

「どうして――ママの大事にした庭をこんなにしちゃったのは俺なんでしょ?」

 俺は聞いた。俺にはどうしても信じる事が出来なかった。俺はメイの大事な庭をめちゃくちゃにしたんだ。メイは怒るべきだし、嫌われても文句は言えなかった。

「そんな事、どうだっていいの! ディナ――あなたが無事で本当に良かったわ」

 メイは俺の事をきつく抱き締めた。信じられない、メイは本気で俺が無事だった事の方が庭をめちゃくちゃにされた事よりも重要だと考えているのだ。
 メイの優しさに俺は涙を止める事が出来なかった。抱き締めてくれるメイの温もりに俺はようやく心を落ち着ける事が出来た。

「ママ……」
「びっくりしちゃったわ。帰って来たらあなたが泣いているんだもの」

 メイは俺の頭にキスをして、また強く抱きしめてくれた。温かい――。

「ディナ」

 ナギの俺を呼ぶ声に俺は現実に引き戻された。そうだ、メイは寛大な心で俺を許してくれた。だけど、ナギにまでそんな都合のいい事を期待などとても出来ない。
 俺はナギに顔を向ける事が出来なかった。どんなにか冷たく侮蔑に満ちた軽蔑の眼差しを向けているか分からなかったからだ。

「ありがとな」

 だから、俺はナギに何を言われたのか分からなかった。『たんきゅう』ってなんだろう、と思い悩んだ。
 徐々にそれが『Thanks(ありがとう)』だと分かった時、俺は更に混乱した。そんな俺にナギは言った。

「あの時、風の呪文(ウエンテ)で護ってくれてさ。じゃなきゃ、火傷じゃ済まなかったと思うからさ」

 ナギはばつの悪そうな顔をした。

「それとさ、ごめん」

 今度こそ本当に意味が分からず、俺は呆然とした。どうしてナギが謝るんだ、俺のそんな考えが伝わったのか、ナギは呆れたような顔をして、余計に混乱した。

「だから――俺が着火呪文(アールデスカット)を失敗したからああなったんだ。だから、ごめん」
「そんな、ナギが謝る事なんて無い! だって、ナギは俺の為にしてくれたんじゃないか! どうか、頭を上げて」

 俺は頭を下げるナギに耐え切れずにメイから離れて立ち上がり、ナギに頭を上げてくれと懇願した。

「ディナ……」

 ナギはゆっくりと頭を上げてくれた。そして、突然悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「それとさ、ディナ。初めての魔法成功おめでとう」

 俺は今度こそ全身に喜びが行きわたるのが分かった。そうだ、俺は魔法を成功させたんだ。今まで一度も出来なかった魔法を。

「そうだわ! ディナ、ああ――なんて事かしら、あなたが気を失ってしまったから魔法の初成功のお祝いを忘れていたわ。今日はお祝いをしなくちゃいけないわね。ジェイクにも知らせなくちゃ。ああそうだわ。ディナ、ナギ、後で一緒に街に行きましょう。好きなお菓子を買ってあげる。それに、ディナにはプレゼントを買ってあげるわ。何がいいか、考えておいてね。朝御飯を食べたら出発しましょう」

 メイは瞳を輝かせてニッコリと微笑みながら言った。
 メイはまるで自分の事のように喜んでくれた。前の人生では考えられない事だった――どんなに頑張ってテストで良い点数を取っても前の両親は殆ど褒めてくれなかった。
 嬉しくて俺はもっと魔法を学びたくなった。メイにもっと褒めて欲しいからだ。それだけじゃない、ナギも心から祝福してくれた。
 メイは「今日はあなたが主役なんだから」と言って朝食の準備を手伝わせてくれなかった。
 その間、ナギは「ちょっと出掛けて来る。朝食までには帰るよ」と言って、外に出て行ってしまった。
 ナギが帰って来るまでの間、俺は不安に押し潰されそうになった。やはり、ナギには嫌われてしまったんじゃないかと、だけどそれは全く持って見当違いな考えだった。




「これやるよ」

 そう言ってナギが俺にくれた物を俺はどう反応すればいいのか迷った。
 俺は男だ――精神だけじゃなくて、生まれ変わった肉体も。ナギも男だ。ナギが手に持っているのは――メイがジェイクにもらった物とは比較にならない程小さいけど――間違いなく『ラブスプーン』だった。
 木製のそれは十字架や木、鍵穴、ベルなどの象徴がキチンと表現されていた。

「母さんが言ってたんだ。いつも自分を見守ってくれるお守りみたいなものだって。ディナが魔法使いになったら渡そうと思って作ったんだ」

 俺は喉が詰まったように言葉を発する事が出来なかった。どう表現すればいいのだろうか、ナギがプレゼントしてくれたラブスプーンは簡単に作れるものじゃなかった。
 ジェイクが作った物よりずっと小さいけど、五歳の子供――それも、いつもは細かい作業が嫌いなナギが木を削ってこんなに見事なラブスプーンを俺の為に作ってくれるなんて。
 俺は感極まって、ナギに抱きついていた。
 語彙が少なく、言葉で言い表せないから、何とかナギに俺の気持ちを分かってもらおうとしたんだ。頭を下げて、『ありがとう』というだけじゃ足りないから。

「ありがと――ナギ!」
「お、おう……」

 ナギは目を白黒させている。
 そりゃ、いきなり抱きつかれたら戸惑うよな。段々と冷静になってくると、なんて非常識な事をするんだと、僅か数秒前に自分のした事を無かった事にしたいと本気で頭を抱えた。

「あらあら、素敵なプレゼントね。これで首から掛けておくといいんじゃないかしら?」

 朝食を運んで来たメイがナギがくれたラブスプーンを目にすると優しげな笑みを浮かべ、ラブスプーンの端っこの穴に紐を通して俺の首に掛けてくれた。
 朝食はトーストにスクランブルエッグ、香ばしい香りの焼きたてソーセージにオレンジジュースだった。ご馳走は夜のお楽しみ。




「えへへ」

 胸に掛けたナギのプレゼントしてくれたラブスプーンが誇らしくて、俺は街に出掛ける時もラブスプーンを首に掛けたままにした。
 見せびらかしたかったからだ。ナギが俺にくれたんだって。
 家を出ると、そんな浮ついた気持ちも沈みこんでしまった。庭はさっきのままだ。焼け焦げた芝生や花々――。

「大丈夫よ」

 口元に手をやりながら微笑むと、メイは自分の杖を軽く振るって呪文を唱えた。
 驚く事に、砕けたレンガが元通りになり、メイが更に杖を振るうとレンガが花壇のあった場所に飛んでいった。
 次に庭中に散った花に向けて杖を振るう。
 すると、白く優しげな光が花々を覆って、次の瞬間に花壇は美しい姿を取り戻してしまった。芝生も緑色を取り戻して、庭はあっと言う間に元通りになってしまった。

「私は治癒呪文が得意なのよ。これはその応用。もっと早くに治しておけばよかったんだけど、それどころじゃなかったから」

 ナギと俺が目を丸くしているのを見て、メイは言った。治癒呪文。何て凄いんだろう。あんなに荒れ果てていた庭をあっと言う間に治してしまうなんて。

「初めて使える様になった呪文が風の呪文って事は、きっとジェイクに似たのね。でも、きっとディナには治癒呪文の適正がある筈よ。だって、私の自慢の子だもの」

 興奮しながら完璧な状態に戻った庭を眺めていた俺の頭を撫でながらメイは言った。
 俺は治癒呪文に適正がある事を願った。だって、風の呪文は庭を破壊してしまった。そんな力より、絶対に治癒の力の方がいい。

 俺達は淡いお日様色の家並みを背に石橋を越えて村の外れにある駅から列車に乗った。
 蜂蜜色の壁の家並みが続く魔法使い(俺達)の村のすぐ隣には普通の人間達の村があって、駅はその村の為の駅だ。一歩村から出ると、背後には鬱蒼とした森が広がった――この先に村がある事を知らないと村へと続く道は姿を現さないのだとメイが話してくれた。
 村の外に出るのは初めての事だった。駅の看板には英語とは別に読めない文字が書かれていた。ウェールズ語なのだとメイは言った。
 古くて音のうるさい列車に揺られる事、数時間。その間、俺はナギと一緒にずっと窓の外を眺めていた。時折、遠くに古城が見えて、ナギが行きたがったけど、俺は正直薄気味悪くて行きたくないなと思った。
 到着したのはウェールズの首都であるカーディフだった。お城やスタジアムに行きたがるナギをメイは引き摺りながらメインストリートを歩いた。

「ラグビーの試合やってるんだよー。観に行こうぜー」

 ナギは直ぐ近くのラグビーの試合の看板を指差しながら不満気に言った。

「どうせラグビーのルールなんて分かってないでしょ。まずはお買い物が先です。まあ――帰りに時間があったら好きな所に連れて行ってあげるわ」
「やったぜ! なあ、ディナ。ディナはどこか行きたいとこあるか?」

 ナギはチラチラとラグビーの試合の看板に視線を送っている。その目には『ラグビーの試合を観たいよな? 観たいと言え!』と言っている。
 空気が読めず、人の心の機微に疎い俺でもはっきりと確信出来るほど、ナギの目は正直だった。

「えっと、ラ……ラグビー」

 本当はラグビーの試合の看板の隣の壁に貼ってある『ブリストル動物園』の方が興味をそそられたけど、逆らえるわけが無かった――ラグビーのルールなんて知らないのに。

「やったぜ! さすがディナ! 俺と一緒だな。よーっし、ラグビーの試合に決定な!」
「んー、でも、試合は明日みたいよ」

 メイが看板に書いてある日付を見て言った。ナギが口をポカンと開けて看板を見つめた。見れば、確かに看板に書いてある試合の日付は明日になっていた。ナギは肩を落として静かになった。

「ナ、ナギ……」

 項垂れるナギに何と声を掛ければいいのか分からなかった。

「げ、元気だして、ナギ」

 こんな事しか言えない自分の語彙の無さに嫌気が差す。それでも、ナギは顔を上げてニッカリと笑ってくれた。

「んじゃ、動物園だな」
「え?」

 ナギのまるで俺の心を読んだかのような言葉に俺は声も出せないほどに驚いた。そんな俺のおでこをナギは人差し指で突いた。その顔には悪戯っぽい笑みが貼り付けられている。

「ばーか、本当は動物園行きたかったんだろ? 態度見てりゃ分かんだよ。ったく、たまにはちゃんと本音言えよな」
「――ごめん」
「謝んなって。たださ、今日はディナのお祝いなんだし、ちょっとは我侭になってもいいんじゃねーの?」

 そう言って、ナギは先を歩いて行ってしまった。呆れさせてしまった。でも、怖いんだよ、ナギ。我侭を言って、疎まれるのが……凄く怖いんだよ。

あとがき・・・
上げてみて、改めて読んだらいろいろと酷い……。
もしかしたら、ちょっと修正するかもしれません。



[24500] 三話
Name: ポルカ・オドルカ◆caa22ebf ID:0ae8f3c9
Date: 2010/12/03 20:44
 メイに手を繋がれたまま、俺は初めての街を歩いていた。メイを挟んで反対側にはナギが居る。日本の家とは大きく外観の異なるカーディフの街並みは見ていて全く飽きない。
 三十分くらい歩いて、メイが突然立ち止まった。どうしたんだろう。周りには特に変わった建物は無い。目の前の朽ち果てたビルが昔はホテルだったらしい事が崩れかけた看板で辛うじて読み取れた。

「着いたわ。ここよ」

 メイはそう言って、目の前の朽ちホテルを指差した。俺はキョロキョロと辺りを見渡した。やっぱり、メイが指差しているのはどう見てもボロボロで誰も進んで――世を忍ぶ目的以外では――寄り付きたがらないであろう場所だった。
 どうしてこんな場所で立ち止まるの? いかにも幽霊の出そうな不気味なホテル、あんまり近づきたくない。俺の思いとは裏腹にメイはホテルの玄関に向かって歩き出した。
 横目にチラリとナギの様子を伺うと、ナギも戸惑っているように見える。メイの手を強く握り締めた。

 驚いた事にホテルは営業していた。外観からは想像も出来ない程に綺麗な内装だった。メイは真っ直ぐに受付のカウンターに向かい、ベルを鳴らした。しばらくすると、奥から腰の曲がった小柄な女性が現れた。

「あらあら、メイじゃない。今日は子供達と一緒なのね」

 顔には深い皺が刻まれていて、結構な歳らしい穏かな老嬢といった風貌で、声も穏やかな感じだ。人見知りの激しい俺でもあんまり緊張せずに済んだ。

「こんにちは、ミス・デイヴィス。この子は私の息子のディナ。こっちの子はミスタ・スプリングフィールドの息子のナギよ」

 ミス・デイヴィスは俺とナギの顔を順番に見た。鋭く、観察するような視線に俺は思わず身を竦ませた。前の人生では、いつもダサい服にダサい髪型だったから、それが原因で虐められた事もあった。そういう時、よくこういう観察されるようなジロジロとした視線を向けられた。
 ミス・デイヴィスはナギに顔を向けてゆっくりと口を開いた。

「ああ――あの娘によく似ているわ。でも、目はお父さん譲りみたいね。あのやんちゃ坊主にそっくりだわ」
「や、やんちゃ坊主?」

 父親をやんちゃ坊主呼ばわりされたナギは素っ頓狂な声を上げた。俺も首を傾げた。
 ナギのお父さんは精悍な老紳士という形容の相応しい人で、『やんちゃ坊主』なんて言葉は全く似合わない。

「ミス・デイヴィスは私やジェイク、それにナギの両親が子供の頃からここで門番(ゲートキーパー)をしているのよ」
「門番?」

 優しげなお婆さんには不似合いな物々しい肩書きに思わず聞き返してしまった。

「門番って言っても、初めて街を訪れる人に街の案内をしたり、間違って入ってきてしまった一般人を追い返すだけだけどね」

 俺はまだよく分からなかった。どうして、ホテルの受付のお婆さんが門番なんだろうとか、いろいろと聞いてみたかったけど、初対面の人に話しかけるのは凄く緊張してしまって、話すタイミングを見失ってしまった。
 ミス・デイヴィスは今度は俺の顔を覗きこんできた。正直言って、観察されている様な気がして、彼女の眼はあんまり好きになれない。

「ディナは完全にメイに似たのね。瞳の色だけはお父さん譲りかしら、綺麗な瞳ね」
「あ、ありがとう」

 なんとかどもりそうになりながらお礼を言うと、ミス・デイヴィスはニッコリと微笑んだ。
 メイに似ていると言われたのは素直に嬉しかった。なにしろ、メイはとても美人だから。

「さあ――あんまり引き止めちゃ悪いわね。ようこそ、『ヴォーティゲルン横丁』へ」

 そう言って、ミス・デイヴィスは入り口の正面の大きな壁に向かって歩いて行き、その壁を軽く撫でた。思わず俺は叫んでしまった。壁がゆらりと波打ったかと思うと、次の瞬間に壁が消え去って、その向こうに街並みが広がっていたのだ。

「壁はまやかしなのよ。ちょっと撫でると簡単に消えるわ。今度からは勝手に通って大丈夫だからね」

 ミス・デイヴィスの言葉は俺の頭に入って来なかった。もう、頭の中は目の前に広がる光景で一杯だったからだ。隣を見ると、ナギも目を釘付けにしている。

「あらあら――じゃあ、ミス・デイヴィス」
「ああ、行っといで」
「行ってきます。ほら、行くわよ、ディナ、ナギ」

 俺はメイに手を引かれて、魔法使いの街『ヴォーティゲルン横丁』に一歩踏み出した。



 ヴォーティゲルン横丁は石畳の細い通りを挟むようにたくさんのお店が立ち並んでいる。最初の一歩目で俺は思わず足を止めて、直ぐ近くのお店の窓ガラスに釘付けになった。
『飛行用の杖、箒は当店で、アレン・ラザフォードの飛行具専門店』という看板が掛かったお店で、中には細長い杖や箒が所狭しと並んでいた。『炎の雷』なんかは無いのかな?

「ディナ、飛行用の杖や箒は学校で飛行魔法を学んでから買ってあげるから、今日は別の物にしなさい」

 名残惜しいけど、メイに言われて俺は渋々と飛行具専門店から離れた。

「ナギ、そこは酒場よ。子供が入る場所じゃありません」

 ナギは反対側のパブに入ろうとしていてメイに捕まった。窓の内側に昼間からぐでんぐでんに酔っ払っている魔法使いの姿があった。

 横丁を歩いていると、一メートル進むのも難しかった。だって、立ち並ぶお店のどれもがあまりにも魅力的だから。『アイリッシュの薬問屋』には『魔法学校の新学期に必要な魔法薬の材料は当店で!』という看板がなんと空中に浮遊していた。

「魔法学校の持ち物も揃えなくちゃね」とメイが言った。

 ナギは『アンドリューズ・スミス魔法武器店』の前で瞳を輝かせて、メイはそこからナギを引き剥がすのに苦労した。入口には『未成年魔法使いの立ち入り禁止(ただし、魔法学校を卒業した未成年魔法使いは保護者の同伴があれば可)』と書かれている。刀や剣、槍、鞭なんてものまで並んでいるのが窓の外から見えた。

「まずはお菓子を買いましょう。もう少し行った所にお菓子の専門店があるわ」
「好きなお菓子を買っていいんだよな? どんなのがあるのか楽しみだぜ! な、ディナ」
「う、うん! 楽しみ!」




 人混みをすり抜けるようにして歩いていると、遠目に奇妙な建物が見えた。ケーキの形をしている――間違いなくお菓子屋さんだ。
 中から何とも言えない甘くておいしそうな香りが漂ってきた。ナギが駆け出すのにならって、俺も店内に入った。中はまるでお伽の国のようだった。俺やナギと歳の近い子供達や少し大きな子供達が瞳を輝かせている。
 入って直ぐの場所にガラス瓶に詰められて並べられたお菓子がまるでキラキラと輝く宝石のよう。壁には蝶の標本があったかと思うと、何とそれは砂糖細工だった。

「おい、ディナ! これ見てみろよ!」

 ナギが何かを持ってやって来た。なんだろう、凄く楽しそう。ナギの笑顔を見ると何となく元気が湧く。

「なーに? ナ……ッ!?」

 絶句した。ナギが手に持っているのは、どう見ても台所によく居る黒いアレだ。

「ほれ、パス」

 ナギはソレを放り投げた。俺は恐怖に引き攣って動く事が出来なかった。そのまま、ソレは放物線を描いて俺の頭に乗った。

「あ、ああ……」

 メイとお揃いの髪。とっても気に入ってたのに、頭にアレが……。

「ディ、ディナ?」

 ゴキブリが頭に……、ごきぶりが頭に……、ごきぶりがあたまに……。
 ゴキブリを頭に乗せるなんて信じられない。ナギは俺の事が嫌いだったのだろうか。もしかしたら、ナギは昨日の事を本当は怒っていたのかもしれない。
 ゴキブリを頭に乗せられたショックとナギに嫌われてた事が判明したショックに俺はお店の中だというのに泣いてしまった。

「――めん。ちが――。これ、チョ――。ディ――」

 きっとお店の中に居た人達もゴキブリを頭に乗せられたのを見ていただろう。歳の近い子も居た。もしかしたら、魔法学校で同級生になるかもしれない。きっと、この事を覚えていて、また虐められてしまうかもしれない。

「――めん。あや――から、聞い――。これ――」

 折角、生まれ変わって、今度こそ虐められずに頑張って生きていこうと思ったのに。お先は真っ暗。また、毎日家で一人になる時間だけを楽しみに生きていくしかなくなってしまう。
 ううん、確か、魔法学校は全寮制だった筈。寮は誰かとルーメシェアするらしい。何て事だろう、安息の時間は魔法学校には無いのだ。耐えられるだろうか、また、生きる事から逃げ出してしまうかもしれない。
 運良く二度目の生を手に入れたけれど、こんな幸運が何度もある筈が無い。今度こそ、本当に死んでしまうだろう。それでも――。

 突然、頭にふんわりとした感触を感じた。涙を拭って、顔を上げると、そこにはメイが居た。

「もう、ナギ。ディナをあんまり虐めないでちょうだい」
「い、虐めたつもりは無かったんだよ。けど……、ディナ、ごめんな。これ、チョコレートなんだ」
「……チョコ?」

 涙を服の袖で拭って、ナギの手にあるゴキブリを見た。良く見ると、それは確かにチョコレートだった。だけど――。

「でも、動いてる……」
「そういう魔法が掛かってるんだよ。『ゴキチョコ(Cockroachocolate)――チョコに魔法が掛けられており、リアルな動きに戦慄必至』だってさ。ちょっと、驚かそうと思ったんだ。ごめんな」

 ナギが頭を下げた。じわじわと罪悪感が湧いてきた。ナギはちょっとした冗談のつもりだったんだ。それなのに、過剰に反応してナギの冗談を台無しにした上に、ナギを悪者にしてしまった。

「……ううん。俺の方こそ……ごめんなさい」
「別にお前が――。ディナ、お菓子を選ぼうぜ」

 ナギは何かを言いかけて止めた。俺の手を取って、お店の奥に向かって歩いて行く。

「ディナ、これ見てみろよ。『七色プリン――一口食べるごとに味が七段階変わります』だってよ。チョコにペパーミント、オレンジ、マンゴー、バナナ、他にも色んな味に変化するみたいだぜ」
「そ、それ食べてみたい」
「じゃあ、まずはコレな」

 そう言って、ナギは七色プリンを直ぐ近くに詰まれたカゴの中に入れた。ナギはさっきの事をすっかり忘れてしまったという態度を取った。幾ら物分りの悪い俺でも分かる。ナギは俺の魔法初成功のお祝いを台無しにしないように気を使ってくれたんだ。

「ナギ」
「ん?」
「……ありがと」
「……他はどんなの買う?」

 ニッと笑みを浮かべて聞くナギに俺は近くのケーキコーナーを指差した。

「ケーキがあるよ」

 俺もさっきの事を忘れる事にした。完全に忘れるなんて無理だけど、折角のナギの好意を無駄にして自分でこの素敵な日に水を差したくない。

「ケーキは必要だよな。アレとかデカイな!」




 ケーキのコーナーには様々な種類のケーキがあった。小山のように大きなケーキやマグマの様に表面が真っ赤に波打つケーキ、どうみても本物の樹が生えている茶色いケーキなんかもある。
 俺は小人が上で踊っているケーキに魅せられた。小人達はダンスを終える度に一斉にお辞儀をするので思わず噴出してしまった。

「これにするか?」

 ナギがすぐ隣まで来て小人の踊るケーキを指差した。

「うーん、これを食べるのはちょっと……」

 愛らしい小人達を口に放り込むのはちょっと遠慮したい。

「じゃあ、こっちのはどうだ?」

 ナギが指差したのはキラキラと輝く氷像の様な物が立っているケーキだった。どうやら、水飴で出来ているらしくて、一定時間ごとに形を変えるみたい。今はドラゴンと勇者の形。あ、今変わって、今度は賢者と騎士になった。

「これ面白い!」

 熊と狩人の形になった飴像の乗ったケーキを俺は直ぐに気に入ってしまった。

「ケーキはそれにしたの?」後ろからメイがやって来て、俺とナギが選んだケーキの前の札をナギの持っているカゴに入れて、ナギからカゴを取り上げた。
「カゴは私が持っているから、好きなお菓子を取ってらっしゃい。向こうにナギの好きそうなお菓子があったわよ」

 店内には本当に様々な不思議なお菓子があった。例えば、七色の柔らかな光を放っている不思議なわた飴、ネットリと動き回る『ナメクジゼリー』、舐めると声の変わる『声変わりキャンディー』、食べると火を噴く『激辛ビーンズ』。
 普通のお菓子も並んでいた。マフィンやチョコレート、動物の形をしたクッキー。俺はどれにしようかと悩んで迷ってしまった。だって、どれもこれも魅力的過ぎる。

「どれにするか決めたか? 俺はコレにしたぜ!」

 ナギの手にはチョコマシュマロや膨らませると動物の形になる『動物風船ガム』、動き回る動物クッキーが乗っていた。

「す、直ぐ選ぶよ!」

 俺は慌ててお菓子の山に視線を走らせた。待たせてイライラさせたくない。
 特に面白そうだった動き回る幻想獣リコリス(甘草あめ)と糖蜜ブティング、それに色鮮やかなトライフルを選んだ。
 幻想獣リコリスは箱の中でドラゴンやフェニックス、グリフォンが丸くなっている。中から出すと途端に動き出して逃げ出そうとするから注意が必要だって書いてある。
 糖蜜は生まれ変わってから大好物になった食べ物の一つ。トライフルはパーティーには欠かせない。本当はメイが作ってくれるトライフルが一番なんだけど、作るのに丸一日掛かっちゃうから……。
 メイはお菓子屋さんの店主――ニコラス・マーチャントとも顔馴染みらしい。お菓子を買う時に話し込んでいた。

「魔法学校の同級生だったのよ。彼、とっても頭が良かったんだけど、同時に凄くユーモラスだった。将来絶対にお菓子屋さんになるんだって言ってたんだけど、見事に夢を叶えたわ」




 お菓子屋を出た後、俺達は通りを歩いていた。
 魔法のオモチャを売っているお店や魔力の宿った宝石も売っている宝石店、見た事も無い程綺麗な花々が咲き乱れているフラワーショップ。夢の様なお店がたくさんあった。

「やっぱりペットがいいわね。生き物を育てるのはいい経験になるし、なによりもいろいろと助けになってくれるわ」

 メイは魔法の初成功のお祝いにペットを買ってくれる事になった。俺は小躍りしたくなった。ペットを飼った事は一度も無くて、クラスメイトが犬の散歩をしているのを見た時、とても羨ましくなった。
 ペットショップはかなり大きなお店だった。店の入口には首を傾げたフクロウや籠に入った綺麗な鳴き声の色鮮やかな鳥が居た。
 中に入ると一階は様々な種類の鳥が居た。虹色の翼の大きな鳥や茶色い羽のフクロウ、真っ黒なコウモリは店の中の樹の枝に逆さに捕まって眠っているみたいだ。

「なあ、あの虹色の鳥なんかいいんじゃないか?」

 ナギが指差したのは入口近くにとまっている虹色の羽を持つ大きな鳥だった。僅かに差し込む太陽の光を受けて、虹色の羽が信じられないくらい美しく輝いている。
 ナギが一目で気に入ったように、俺もすぐに気に入ってしまった。だけど、あんないかにも高そうな鳥をねだる事は出来ない。
 不意に直ぐ近くの止まり木に一羽の鳥が止まっていた。見た目は真っ白な毛玉だ。空を飛べるのか疑問なくらい太っている。鳥はジッと俺を見つめている。俺もその鳥から目を逸らせなくなった。
 元々、動物は太っている方が可愛いから好きだし、この真っ白でふわふわな鳥の魅力は俺の心の琴線に触れた。

「そうですね、フクロウなどは嵐の中でも手紙を送り届ける事が出来ますし、あちらのオーグリーは見た目に反しまして驚く程に正確に雨を予期する天気予報鳥として人気があります」

 いつの間にかメイが店員らしき人と話していた。どうやら、ペットにはどんな鳥がいいかを聞いているみたい。この丸々とした鳥は何だろう?

「あら、ディナ。その鳥が気に入ったの?」
「そちらは『レアフィール』です。しかし……」
「レアフィールですって!?」

 メイは驚いたように声を上げた。有名な鳥なのかな?

「このデブ鳥、なんか凄いのか?」

 ナギが近くまでやって来てメイに聞いた。デブ鳥は酷いと思うよ。

「レアフィールはとても珍しい鳥なのよ。昔は冒険者に人気があったの」
「冒険者に?」ナギが聞くと、店員の男性が答えた。
「愛情を持って育てられたレアフィールは主との不思議な絆を結ぶんだ。そして、主である魔法使いが成長する時に共に成長するという不思議な習性があるんだ」
「成長?」とナギが聞き返した。
「そう、別に力が強くなる事に限らない。心の成長――つまり、自分の中の殻を破った時、レアフィールは成長する。自分の成長を眼で確認出来る上に成長したレアフィールは時に人を乗せて飛んだり、固有の魔法を使ったなんて例もある優秀な使い魔になるんだ」
「凄い……」

 俺はレアフィールをまじまじと見た。レアフィールはまだ俺の事をジッと見てる。

「うーん、その鳥がレアフィールなら高いでしょう?」
「いいえ。実の所、レアフィールを入荷した時はかなりの儲けを狙ったのですが――そのデブ鳥は誰にも懐かなくて。その上乱暴でして……この前も、買おうとしてくださったお客様に怪我を負わせた事もありまして――あの時は本当に肝を冷やしました。なのに、大食いで餌代は掛かる一方です」

 そんなに暴力的には見えないけどな。今だって、大人しそうに俺の事を見ている。俺もジッとレアフィールを見つめた。
 すると、レアフィールは突然、翼を広げた。メイと店員の男性、それにナギが咄嗟に身構えたのが視界の端に映った。だけど、俺は何の心配もしていなかった。飛び込んでくるレアフィールを抱き止めた。

「こりゃ――驚きましたな」

 店員は呆気に取られたような顔をしている。俺は腕の中に包まったレアフィールの頭を軽く撫でて見た。レアフィールは眠たそうに小さく鳴くと目を閉じてしまった。

「ディナ、その子がいいの?」

 メイが俺の腕の中のレアフィールを覗きこみながら言った。この子が欲しい。だけど、それをメイに言うのは気が引けた。さっきのメイと店員の話だと、このレアフィールという鳥は凄く珍しくて高い筈だ。

「……これじゃないのがいい」

 自分でも驚くほど俺はこのフワフワな鳥を気に入ってしまったみたい。離れるのがとても辛くて泣きそうになる。

「まったく、もうちょっと我侭になってくれると嬉しいんだけど。ナギみたいになっちゃうのは困るけどね」
「うるさいぜ!」

 メイの言葉にナギは頬を膨らませた。俺は少しだけ気分が晴れた気がした。今のうちだ。この真っ白なフワフワを目の前の止まり木に戻すのだ。そして、もう二度とこの鳥を視界に入れないようにする。

「お幾らになるかしら?」
「そうですね――今後、このデブ鳥に主が現れる保障もありませんし、お安くさせて頂きますよ」
「マ、ママ!?」
「ディナ、その子を愛情持って育てなさいね。レアフィールの育成についての本なんかはあるかしら?」
「何冊かございます。もう必要もありませんし、一緒にお付けいたしますよ。餌は普通の鳥の餌で構いません。ただ、成長すると人と同じ食事をするようになったって例もあります」
「レアフィールが成長したら、また話を聞きに来るわ」

 メイと店員の話は瞬く間に終わって、気が付いたらレアフィールは俺のペットになっていた。
 鳥篭の中で眠っているレアフィールとメイの顔を交互に何度も見て、何度もお礼を言った。一回や二回じゃ言い足りないからだ。メイやナギが鳥篭を持とうか、と聞いてきたけど、俺は首を横に振った。

「名前を考えてあげなくちゃいけないわね」とメイが言った。
「ピッグバードなんてどうだ? セサミじゃなくて、豚鳥って意味で」

 ナギがニッシッシと笑いながらからかってくる。
 どんな名前がいいかな、俺は買ったお菓子を転移屋――大抵、魔法使いの村や街に一軒はあって、店同士を特別なネットワークで繋げていて、遠くの地にある転移屋に物を転移してくれる魔法使いの運送屋――に預けに行く道すがら、レアフィールにどんな名前を付けようかずっと考えていた。


あとがき……
会話文と地の文に間を空けてみました。
改行のタミングが難しいです。。。
習作ですので、ご指摘やアドバイス他、厳しいご意見などお願いしたします。
キジムナー様、アドバイスありがとうございました。



[24500] 四話
Name: ポルカ・オドルカ◆caa22ebf ID:76577b36
Date: 2010/12/09 07:17
 頭がちょっと重いけど、俺は幸福感に包まれていた。

「なあ、あれは逃げたりしないのか?」

 ナギがメイに小声で話しかけるのが聞こえた。

「レアフィールは主と決めた魔法使いから決して離れないらしいわ」

 メイの視線が俺の頭の上を向いている。そこには真っ白でフワフワなレアフィールが丸くなっている。とっても可愛い。



 転移屋でお菓子と一緒にレアフィールも村に送ってもらう筈だったんだけど、レアフィールは篭をお店の人に渡そうとすると篭の中で大暴れした。
 何とか大人しくさせようと、メイがペットショップの店員に貰ったレアフィールの育成書を開くと、レアフィールは主と離れ離れになる事をとても嫌がり、篭や紐で繋がなくても主から離れる事は無いらしく、試しに篭から出すと、レアフィールは真っ直ぐに俺の頭に舞い降りて、そのまま眠ってしまった。



 結局、篭だけを村に送ってもらって、俺は頭にレアフィールを乗せたまま歩いている。
 頭の上で安らかに眠るレアフィールと首に掛かったナギからの贈り物を意識すると、俺は温かな幸福感に満たされた。

「とりあえず、今日は帰りましょう」
「あれ? 学用品は買わないの?」

 メイの言葉にナギは首を傾げた。

「魔法学校からの手紙が来ないとね。ジェイクなら分かってるかもしれないけど……、どの魔法薬の材料や教科書を買えばいいか分からないのよ。だから、学用品は次の機会ね」

 ちょっと残念だった。不思議で不気味な魔法の薬問屋や魔法のアイテムを見てみたかった。

「ああ――でも、制服のサイズは今の内に測っておいた方がいいかもしれないわね」
「ついでに新しい杖も買いに行こうぜ!」

 ナギは言った。俺達が使っている杖は両方ともママ達が昔使っていたお古だ。ナギは新しい物が大好きだから、きっとお古は我慢出来なかったんだと思う。

「そうね――杖も新しく用意した方がいいかもしれないわね。本当は魔法使いに長く使われた杖の方が忠誠心が強いし、安心して使えるのだけど……」
「新しいのがいいよな、ディナ」

 俺も新しい杖が良かった。だけど、杖はきっと高いだろうし、レアフィールを買ってもらったばっかりなのにそんな事言える筈が無かった。

「ナギ、杖はその……もう少し後からでも……」
「はあ? なんだよ、ディナは新しい杖じゃなくてもいいってのか?」

 ナギがムッとした表情で俺を見た。体に震えが走った。メイには迷惑を掛けたくない、けど、それでナギの反感を買ってしまった。

「そ……、そういう……わけ、じゃ……」

 幸福な気持ちは一気に萎んでしまった。ナギが苛立った顔をしている。

「じゃあ、何なんだよ?」

 ジッと見つめてくるナギの視線に耐え切れなくて、俺は俯いてしまった。

「何か言えよ! 言わなきゃ、分かんないだろ!」

 ナギの大声に身を竦ませた。

「ご、ごめん……なさい」
「なんで謝るんだよ! そうじゃなくて、言いたい事を言えって言ってんだよ!」

 怖い。何か言わなきゃ、でも何を言えば許してもらえるかな?
 俺がナギにどう謝ればいいのかを考えていると、メイが俺とナギの頭に手を置いた。

「二人共、落ち着きなさい」
「でも、ディナが!」

 ナギの声に体がビクつく。どうしよう、今度こそ嫌われてしまったのかな? どうしたら、許してもらえるのかな? 話しかけて、大丈夫なのかな? だけど、何を話せばいいのかな?
 頭の中がぐるぐると回って、俺は立っていられなくなった。

「あ、ディナ!」

 ナギが慌てた声を出した。俺のふらついた体をメイがおさえてくれた。

「ナギ……、お、俺……」

 ナギに何か言わなきゃ、でも、どんなに考えても何を言えばいいのか何も思い浮かばなかった。

「ディナ、落ち着きなさい。言いたい事があるなら、一つ一つ言いなさい。そうね、最初に新しい杖はどうなの? 本当は欲しいの? それとも、本当に欲しくないの?」

 メイはゆっくりと一単語ごとに区切りながら俺に言った。俺は何かを言わなければ、という衝動に駆られ、正直に話した。

「欲しい……。でも……」
「でも、何かしら?」

 メイが俺の頭を撫でながら辛抱強く俺の言葉を待っている。

「……ママ、レアフィール……高いのに……。これ以上、我侭……言いたくなくて」

 俺が言うと、メイは溜息を吐いた。ナギは呆れかえった顔をしている。

「ディナ、あなたは少し人に対して慎重過ぎるわ。私はあなたの母親なのよ? もっと我侭を言ってちょうだい」

 メイの哀しげな声に俺はチクチクと罪悪感を感じた。メイは俺を愛してくれている。それなのに、俺はメイの愛を疑って、本音を隠そうとしてしまう。
 それは間違いなくメイの愛に対する侮辱だ。

「ママ、俺も新しい杖が欲しい」

 俺がそう言うと、メイは哀しげな顔をニッコリとした笑顔に変えた。

「そう来なくちゃな!」

 ナギはさっきまでの不機嫌そうな顔を一変させて俺の手を取った。

「杖の店って、どこにあるんだ?」
「幾つかあるのだけど、やっぱり歴史のある『ドノヴァンの杖専門店』がいいわね」
「俺、剣型がいい!」

 ナギはわくわくした様に言った。杖には色んな形の物があって、典型的な魔法使いの杖――木で出来た細い棒――以外にも剣や槍、指輪やネックレスなんて物もあるみたい。
 俺とナギは眠る前によくメイにお話を聞かせてもらっている。俺のお気に入りは大事な友達の為に自分の『時』を代償にした優しい王子の話。ナギのお気に入りは剣を握る勇者の物語だ。
 ナギはよく木の棒で勇者ごっこをしたがる。だから、魔法の杖を剣にしたいのだろう。

「ドノヴァンさんのお店は『杖型』の専門店よ。それに剣型みたいな杖は授業で使い難いし、危ないから駄目よ」

 ナギは心底ガッカリしたように肩を落とした。

「行くわよ」

 唇を尖らせるナギに引っ張られるように俺はメイの後を追った。
 ガッカリしているナギには悪いけど、俺は剣や槍みたいな刃の付いてる杖は怖いから使いたくない。料理の時だって、包丁を使うのは凄く怖い。ちょっとは慣れてきたけど。



 俺はナギと手を繋いだまま、ドノヴァンの杖専門店に到着した。見た目はお化け屋敷だった。ここに入るのはかなり勇気が必要――俺はナギの腕にしがみ付くようにしながらメイに続いて中に入った。
 中は予想外に小奇麗だった。頭の上にはシャンデリアが吊り下げられていて、蝋燭の淡い光が揺れていた。正直、ちょっと暑い……。
 壁には数え切れないほどたくさんの様々な形の杖が並んでいた。指揮棒くらいの細くて短い杖や曲りくねった奇妙な形の杖、大人の身長程もある大きな杖。
 メイが受け付けの鈴を鳴らすと、店の奥から一人の老人が現れた。深く皺の刻まれた顔。体は重量挙げの選手だって言われても信じてしまいそうなほどむきむきとしていて、肌は陽に焼けた色をしている。

「いらっしゃいませ。おお、お久しぶりですな、ミス・マクラウド。いや、今はミセス・クリアウォーターでしたな」
「こんにちは、ミスタ・ドノヴァン」

 老人はメイに向かってニッコリと笑顔を向けた後、俺とナギに眼を向けた。

「今日はこちらの坊ちゃん方の杖をご所望でございますかな?」

 門番のミス・デイヴィスと同じ探るような目付きで見られて、俺は咄嗟にナギの影に隠れた。

「ええ、二人に合う杖をお願いしますわ」
「でしたら、まずは採寸させて頂いてよろしいですかな?」

 俺達が何かを言う前にドノヴァン氏は自分の杖――指揮棒型――を振った。受付の引き出しが開いて、中から沢山のメジャーが飛び出してきた。
 驚いている俺とナギの体にメジャーはスルスルと近づいて腕や足の長さ、首の太さなんかまで測り始めた。メジャーにぐるぐる巻きにされてミイラ男のようになってしまった俺とナギは何度もよろけて転びそうになった。
 ドノヴァン氏は目の前に羊皮紙を広げた。そこに、空飛ぶ羽ペンが何かを書きこんでいく。ようやくメジャーが離れたと思うと、ドノヴァン氏が口を開いた。

「ミスタ・クリアウォーターは身長44インチに、体重は――41.6ポンド。それに……」

 読み上げていくのは俺の体重や身長、腕の長さに足の長さ。胴回りの長さなんて、あんまり声に出して言って欲しくない。

「術の適正はもうお分かりですかな?」
「まだよ。最初に使える様になったのは風の属性だけど」

 ドノヴァン氏の質問にメイが答えた。

「では、お調べ致しましょう。少々、お待ちを」

 ドノヴァン氏はそう言うと、お店の奥に戻っていった。しばらくして、ドノヴァン氏は沢山の小さな球が入ったガラスの壺を持って来た。球は一つ一つ色が違う。

「この中に入っている球はそれぞれに属性ごとの精霊が封じられているのです。精霊が魔力の質に呼応し、球を浮かせ、属性を確かめる事が出来るのです」

「まず、俺からやるぜ!」

 ナギが好奇心に瞳を輝かせながら、ドノヴァン氏が小机に置いた壺の前に立った。

「どうやるんだ?」
「壺の口に手を翳すのですよ。そうすると、あなたの魔力を瓶が吸い、その魔力の質に応じて順にあなたに従う属性の精霊が球を浮かせていきます。大抵の魔法使いは二個から三個の球を浮かせ、最初に浮かんだ球の属性を極めようとします」
「分かった。とにかく、やってみるぜ!」

 ナギははりきって手を壺の上に翳した。ナギの手から光が零れ落ちた。光の雫がガラスの壺の口に落ちて、壺の中全体に広がっていくのが見える。
 全ての球に光が行き届くと、最初にエメラルドのような色の球が浮かんだ。

「ふむ――風の属性をお持ちのようですな」

 あの球は風だったんだ。次に浮かんだのは、ぼんやりと白く輝く球だった。

「光ですな。なるほど」

 ドノヴァン氏は何かを納得したように呟いた。更に一つ、球が浮かんだ。暗い色の球に沢山の色の光が浮かんでいる。

「これは珍しい――複合属性ですな」
「複合属性?」

 ナギは怪訝な顔をしている。複合属性って、どういう意味なのかな?

「これは、様々な属性に対し、等しく才能をお持ちだという事を示すのです。ミスタ・スプリングフィールド。あなたは風と光に特別な才能をお持ちだ。だが、同時にあらゆる属性の精霊があなたに従う。非常に稀な才ですぞ」

 やっぱり、ナギは特別なんだ。その特別な人は――俺の友達。なんだか、凄く誇らしい気持ちになった。

「さて、おつぎはミスタ・クリアウォーターですな。どうぞ」
「はい」

 ナギが場所を譲ってくれた。心臓がドキドキする。どんな属性が俺に相応しいのか、少し不安になる。一番なのは、治癒の属性。メイと同じ属性で、きっと、人の為になる。人の為になれば――きっと、嫌われない。
 ナギが笑いかけてくれた。少しだけ、勇気が湧いた。恐る恐る、壺の口に手を翳す。
 一瞬、手にくすぐったい感触が走った。なんて言うか、誰かに優しく手をなぞられたみたいな感触。

「ほう――これは珍しい」

 ドノヴァン氏の言葉に俺は壺の中へと視線を向けた。浮かんでいるのは、風の球でも、光の球でも、あの複合属性の球でも無かった。
 色は緑色。だけど、ナギの時に浮かんだ、エメラルドのように澄んでいない。汚い染みのようなものが広がっていて、なんだか気持ちが悪い。きっと、あまり良くない属性なんだと思った。

「これは、守護の属性ですな」
「……え?」

 守護の属性。そんな物があるの? それより、俺の属性が守護なんて、信じられない。

「こちらは特化属性の一種です。色が緑という事は、風の属性でもあり、あなたは風の護りに適正をお持ちのようじゃ」
「風の――護り」

 俺は噛み締めるようにドノヴァン氏の言葉を繰り返した――すごく、嬉しい。
 根暗で、いつも人を苛立たせてばかりだったから、自分の属性は汚らわしいものに違いないと思っていた。だけど、球が示してくれたのは『守護』。頬が緩んだ。

「二つ目が浮かびましたな。ふむ――こちらはお母様に似たのでしょうな」

 次に浮かんだのは、アメジストのような紫の輝きを持つ石だった。

「癒しの力ですな。それも、水の輝きを持っています。これは、水の癒し――すなわち、心を癒す事に長けていらっしゃる証拠です」

 俺は歓喜した。メイの属性を受け継ぐ事が出来た事。そして、望んでいた『治癒』の属性を手に入れられた事に対してだ。
 さらにもう一つ、今度は無色の球が浮かび上がった。無色の球は癒しの球と並ぶように浮かんだ。

「活力の属性ですな」
「活力?」
「活力とは、増幅や強化といった力です。こちらは風の活力ですな」

 風の護りと風の活力、そして、水の癒し。まさしく俺の望み通りの属性だった。俺は不思議に思って、その事を口に出していた。

「あの……、俺は治癒の属性がいいと思っていました。だけど、こんなにも望み通りの属性が手に入るものなのですか?」

 俺は不思議な程に素直に尋ねる事が出来た。不思議な高揚感が体をやんわりと包み込んでいる感じだ。
 ドノヴァン氏は俺の質問に笑みを浮かべた。

「だからこそ、その属性があなたに従うのですよ。生まれ持つ魔力の質は血によって伝わりますが、その者の心の在り方によって変化します。風はお父上から、水はお母上からお継ぎになったのでしょうが、治癒や守護に特化したのは、恐らくはあなたのお母上への憧れや、あなた自身の人を愛する心によるものでしょう」

 俺は頬がカッと熱くなるのを感じた。人を愛する心なんて、なんだか凄く照れ臭い。



 ドノヴァン氏はスッと店の奥に消えると、その手に大きな木箱を持って戻って来た。

「まずはミスタ・スプリングフィールド。あなたに合う杖をお持ちしましたぞ。ささ、こちらの杖を振るってごらんなさい」

 ドノヴァン氏はナギの手に木箱から出した指揮棒の様な木の杖を握らせた。

「日本のとある地に生える蟠桃という霊樹の枝から作った杖です。強靭で、よくしなる。強力な呪文を使うにはピッタリですぞ」

 ナギは少し不満そうな顔をしながらも、新しい杖に興味津々だという事を隠し切れていなかった。
 ナギが杖を軽く振上げると、まるで周囲の空気が喝采しているように揺れた。振り下ろすと、風が渦を巻きながら、まるで竜が空中を泳ぐみたいに店内を駆け巡った。

「これ、気に入ったぜ!」

 興奮したようにナギは杖を振上げた。その表紙に杖から火花が飛び散って、俺達の頭に降り注いだ。熱くは無いけどびっくりした。ナギは今の失敗すら嬉しいみたいにコロコロと笑っている。
 ナギはすっかり蟠桃の杖を気に入ったらしく、他に杖を見せてもらう事は無かった。



 今度は俺の番。ドノヴァン氏は再び店の奥へ行くと、しばらくしてから、ドノヴァン氏が俺のために一本の杖を持って来た。指揮棒くらいの細長い杖――色はダークグリーンだ。

「ラーグの樹の枝から作った杖です。水の魔力を通すのに最適で、治癒術や探知呪文に使いやすい杖です」

 ドノヴァン氏に杖を渡されて、俺は試しに杖を軽く振ってみた。ナギの時とは違って風は起きなかった。代わりに杖の先からは霧が噴出した。霧はすぐに晴れて、代わりに小さな虹が残った。とっても綺麗だ。

「すっげー、虹だ!」

 虹なんて、俺達の村ではあんまり見ない――生まれ変わる前も虹なんて時々しか見なかった――から、ナギの興奮はよく分かる。

「風の守護や結界魔法、活性強化呪文などに適した杖もございますが、ミスタ・クリアウォーターは治癒術を学びたいとの事でしたので、こちらをお持ち致しました。他の杖もお持ち致しましょうか?」

 俺は首を振った。ラーグの杖は、まるで何年も一緒に居たかのようによく馴染んだ。それに、ジェイクには悪いけれど、俺はジェイクの『風』よりも、メイの『水』を受け継ぎたい。

「この杖がいいです」
「かしこまりました。では、二本ともお預かりさせて頂いてよろしいですかな? 梱包致しますので」

 ドノヴァン氏は俺とナギの杖を木箱に仕舞うと、自分の杖を一振りした。すると、スルスルと受付の机の引き出しから鮮やかな色の紙が飛んできて、木箱を丁寧に梱包した。

「ママ、ありがとう」

 俺はラーグの杖を両手で抱き締める様に持ちながらメイにお礼を言った。頭の上で今まで眠っていたレアフィールが俺の喜びを感じ取ったみたいにキュルキュルと鳴いた。




[24500] 五話
Name: ポルカ・オドルカ◆caa22ebf ID:76577b36
Date: 2010/12/11 23:32
 ドノヴァン氏に別れを告げて、俺達はそのまま直ぐ近くの『トミー・アンド・エミーの洋裁店』に入った。魔法学校の制服の採寸をするためだ。
 トミー・アンド・エミーのお店は双子のトーマスとエミリアのタッカー兄妹が経営しているヴォーティゲルン横丁で一番有名な洋裁店らしい。
 お店の中に入ると既に先客が居た。
 俺やナギと同い年くらいの男の子だ。金髪を後ろに流している、気怠るそうな雰囲気の綺麗な顔立ちをした子。

「あらあら、いらっしゃい!」
「やあ、いらっしゃい」

 女性の店員――エミリア・タッカーは少年の採寸に忙しいらしく、兄のトーマス・タッカーが近寄って来た。タッカー兄妹はどちらもびっくりするくらい若くて正反対だった。
 兄のトーマスの銀髪はやたら長くて、肌はゾッとするほどに白い。蒼氷色っていうのかな?  綺麗な瞳で真っ白なヒラヒラ付きのドレスを着ている。仕草が女性的で、一瞬、女の人に見えたけど、声は凄く男らしい。
 妹のエミリアは兄とはどこからどこまでも正反対だ。髪は金髪を刈上げているし、瞳も髪と同じで黄金色。肌は陽に焼けた色をしていて、着ている服はタキシード。佇まいも実に男らしく、どこからどう見ても男性にしか見えないのに、声は間違いなく女性だった。
 さっき挨拶をしたのは、最初がトーマスで、後のがエミリアだ。

「まあ、メイじゃないの! すっごく、お久しぶりだわ」

 美女――見た目だけなら――の口から発せられた女性口調の野太い声に俺とナギはショックを受けて放心してしまった。

「この子達は――まあ!」

 トーマスは俺達を見た瞬間に大袈裟な身振りで口に手を当て、いかにもショックを受けました、というかの様にその場に倒れこんだ。
 潤んだ大粒の瞳に、一瞬、本当は女性なのではないかと思ったけど、その口から出た言葉に俺はまたしても頭が真っ白になる。

「メイ、あなた――ジェイクだけでなく、他にまで手を出して子供を」

 その言葉の意味が最初は分からなかった。メイも分からなかったらしく首を傾げて、しばらくしてからメイの顔が徐々に赤くなっていった。

「馬鹿を言わないで! 私の子はこっちのディナだけよ! 相変わらずイカれた頭をしてるわね!」

 なんとなく分かった。つまり、トーマスはナギもディナの子供だと思ったのだ。でも、確か、ナギの髪色はお母さんに似たんじゃなかったっけ?

「ああ、恐ろしいわ。あの病弱な子に――」

 なるほど、ナギのお母さんとの子供だと思ったわけだ。あれ?

「ちょっと、エミリーッ! この馬鹿を黙らせて!」

 少年の採寸をしている最中のエミリアは心底面倒くさそうな顔でトーマスに言った。

「仕事しろ」

 双子の似てない部分をまた一つ見つけた。妹のたったの一言で劇的なまでに表情を二転三転させるトーマスとは違い、エミリアは俺達が店に入ってからムッツリとした表情しかしていない。

「メイ、あなた――最近は女らしくなったのに、やっぱり昔と変わらないのね」
「今直ぐにその余計な事を喋らずにはいられない口を閉じられないなら別の店に行くわよ?」

 俺はナギの腕にしがみついた。今まで、メイがこんなに怒った所は見た事が無かった。いつも穏かな笑みを浮かべているその顔はどんよりとしていて、半眼でトーマスを睨みつけている。

「トミー、余計な事を言わずに仕事に戻れ!」

 エミリアが慌てた様にトーマスに叱責の声を飛ばした。あまりの剣幕に採寸されている少年は体をビクリと震わせた。
 トーマスも妹の怒りを感じて真面目な表情をした。コホンと可愛らしく――野太い声で――咳払いをした。

「えっと、今日のご用件は?」

 普通に喋れば掠れた低音の声色は中々に渋くてかっこいいな。

「この子達の採寸をお願いしたいのよ。九月からメルディアナに入学するから。それと、この子はスプリングフィールド夫婦の子のナギ! ちょっと、預かってるのよ」

 まだトーマスに腹に据えかねているらしく、メイは最後に付け加えた。

「あらま、そうだったの? ごめんなさいねー、確かによく考えたらあり得ないもんねー」

 やだー、と頬に手を当てて、おほほほ、と笑うトーマスにメイは疲れたように肩を落とした。メイはタッカー兄妹と知り合いらしいけど、どんな知り合いだったんだろう。

「それじゃあ、えっと――」
「こっちの子はディナ。で、そっちの子はナギよ」
「それじゃあ、まずはディナからこっちに来てもらえるかしら? メルディアナの制服は中々に可愛いから楽しみねー」

 俺は採寸を終えたらしく、いつの間にか居なくなっていたエミリアを待つ少年の隣の台に乗せられた。メイとナギに見られているのが恥しくて、なんだか凄く落ち着かない。

「じゃあ、ちょっと準備するから待っててね」

 トーマスはそう言うと店の奥へ行った。

「採寸には時間が掛かるし、私は今夜のご馳走の材料を買って来るわ。採寸が終わる頃には帰って来るから、二人共、お行儀良くね。特にナギ、悪戯しちゃ駄目よ?」
「……うん」
「うるさい!」

 メイが行ってしまって、途端に心細くなってしまった。あのトーマスという人はどうも苦手だ。ナギはメイの最後の言葉にむくれてしまって話しかけ辛い――頬を膨らませてるナギはちょっと可愛いな。



「ねえ、君も今年からメルディアナに通うのかい?」

 一瞬、自分が話しかけられている事に気が突かなかった。ナギに顔を向けると、まだ腹に据えかねているらしく、ぶつぶつと独り言を言っている。

「君だよ、君」

 俺は自分の顔に向けて人差し指を向けた。

「そう、君だよ」

 少年はキザッぽい笑みを称えながら言った。凄く微笑ましいというか、可愛らしいと思うけど、俺は内心パニックを起していた。
 生まれ変わってから、歳の近い子と話す事なんて、ナギ以外には全く無かったからだ――元々、人見知りが激しい上に口下手だし。

「どうしたんだい?」

 俺が口篭っていると、少年は訝しむように眉を顰めた。何か言わなきゃ、そう思うけど、何を言ったらいいのか分からなかった。

「無視する事は無いだろ!」

 ムッとした表情で少年が言った。俺は心臓を鷲掴みにされたように身を竦ませた。

「ディナはシャイなんだ」

 ナギがフォローしてくれた。その顔はまだちょっと不満気だったけど、俺はナギのおかげで勇気が湧いた。

「ご、ごめんなさい。あの、無視した……とかじゃなくて」
「ま、いいけどさ。それで?」
「えっと……」
「君もメルディアナなのかって、聞いたんだけどね、さっき」

 少年は苛々とした口調で言った。俺は慌てて頷いた。

「そ、そうです」
「俺もな。俺はナギだ。ナギ・スプリングフィールド」
「お、俺はディナ・クリアウォーター。その……よろしく」
「スプリングフィールドとクリアウォーターね。僕はエドワード・カーティスだ。よろしく頼むよ」

 さっきのような友好的な声では無かった。もう話を切り上げて俺達――正確には俺――からさっさと去りたいと思っているのが否応にも分かった。

「エドでいいか? それとも、テッド? ネッド?」
「いきなり愛称で呼ぶつもりなのかい? まあ、エドでいいよ」

 エドワードの口調が少し穏かになった。

「こっちもナギでいいかい?」
「もちろん。ディナの事もディナって呼んでやってくれよ」

 俺が二人の話に入れずにいると、ナギは気を使ってくれたみたいで、俺を話に混ぜようとしてくれた。

「ああ――いいよ。僕の事もエドでいい」
「う、うん。ありがとう……」
「お礼なんていいさ」

 エドは心底どうでも良さそうに言った。
 俺はナギが居てくれて良かったと心から思った。俺一人だったら、間違いなくこの子に完全に嫌われていた筈だから――別に好かれているようにも見えないけど。

「どの魔法の属性が一番自分に合うのかはもう調べたのかい?」

 エドは眠たげな目をナギに向けた。

「ああ、さっきドノヴァンの杖専門店で調べたばっかりだ。エドの魔法の属性はどんなのなんだ?」
「僕は炎だよ。僕の家は代々炎の属性を受け継ぐんだ。君達はどうなんだい?」
「俺は風だよ。ディナは水だ」

 どちらかと言うと、あの魔法の属性を調べる壺で調べた俺の属性は水よりもナギと同じ風の属性に適正がある。だけど、水の属性を鍛えていきたいと思っているから間違いじゃない。

「見事に三人共違うね」

 エドが言うと、ちょうど店の奥からエミリアとトーマスが戻って来た。トーマスの後ろから沢山の服が折り畳まれた台車が勝手に付いて来ている。

「ミスタ・カーティス。君の服は後日送り届けよう。これが控えだ。転移屋でこれを見せてくれ」

 エミリアはエドに一通の手紙を渡した。T&Eと刻まれた蝋印で封がされている。

「わかりました。じゃあ、ナギ、ディナ。僕はこれで失礼するよ。秋にメルディアナで会おう」
「ああ、またな、エド」
「……ま、またね」

 最後に鷹揚に頷くと、エドはエミリアにお礼を言って店を出て行った。

「では、君達の採寸を始めようか。その前に、どっちの制服がいいか選んでくれたまえ」

 エミリアは俺とナギに顔を向けると言った。トーマスが杖を振るうと、台車の上に乗っていた制服が一斉に宙に浮かんだ。

「好きなデザインを選んでね」

 トーマスに言われて、俺は宙に浮かぶ制服を眺めてみた。

「黒いのがかっこいいな!」

 ナギの見ている制服は黒いズボンに黒い半袖の襟や袖に二重の白いラインの入ったクールなデザインの制服だった。ネクタイにはメルディアナの校章が入っていて、これにも二重の白いラインが走っている。
 俺はナギがこの制服を着た所を想像してみた。とても可愛いな。

「では、試着をしてみたまえ。その間にディナの採寸を始めてしまおう」

 ナギはトーマスに試着室へと案内されて行った。ナギが居なくなると、途端に心細くなった。エミリアは強面というわけではなくて、むしろ綺麗な顔をしているんだけど、それが余計に俺を怖気づかせる。

「両手を広げてくれ」

 俺は言われた通りに両手を広げた。緊張して息が乱れる。生まれ変わる前、洋服を買いに行く事もあったけど、デパートなんかにはどうしても行けなかった。店員さんが積極的に話しかけてくるのが駄目だったんだ。
 ズボンを買う時も試着なんかした事が無かった。そのせいで、サイズが合わなくて、それを何度も馬鹿にされた。

「そんなに緊張する事は無い。どっちの制服がいいか考えているといい。個人的には君には白が似合うと思う。そうだな、暑いのと寒いの、どちらが苦手だ?」

 エミリアはメジャーを俺の腕に当てながら尋ねてきた。どういう意味があるんだろう。俺はどちらかと言えば寒いのが苦手だ。みんなが雪を見てはしゃいでいる時も一人だけうんざりとした気持ちになっていた。
 俺が素直に寒いのが苦手、と言うと、エミリアは杖を軽く振るった。

「セーターを上に着るといいな。メルディアナの指定のセーターは三色ある。黒、灰色、茶色だ。君のハニーブロンドの髪には灰色か茶色がいいだろう」

 そう言いながら、今度は首にメジャーを押し当てる。

「ところで――その頭に乗ってるぬいぐるみを下してもらっても構わないか?」

 エミリアは俺の頭上で再び寝息を立てているレアフィールを見ながら言った。不思議なほどに違和感を覚えなかったから忘れていた。

「あ、はい」

 ゆっくりと頭の上のレアフィールを両手で抱き抱えると、さっきより微妙に大きくなっているような気がした。羽が膨らんでるのかな?

「……鳥だったのか。机の上にでも寝かせておくといい」
「はい」

 そう言えば、いつの間にか緊張が解けてるな。レアフィールを机の上に寝かせようとすると、レアフィールはパッチリと目を開けた。俺が手を離そうとすると、非難がましい目を向けてくる。ちょっとの間だけなのだから、そんな目で見ないで欲しい。

「採寸が終わるまでだから……ね?」

 言葉が通じる訳は無いと分かっているけど、何とか机の上で待っていてもらわないと。そう思って言った言葉だったけど、驚いた事に、レアフィールは渋々といった様子で俺の手から抜け出して机の上にペタンと降り立った。

「ごめんね」

 俺が頭を撫でると、レアフィールは気持ち良さそうに目を細めた。

「驚いたな。随分と忠誠心の強いペットだ。名前は?」

 採寸を再開しながらエミリアが言った。名前――レアフィールの名前はどうしようかな。小説や漫画から取ると、何だか安っぽく感じるし……。

「レアです」

 レアフィールのレア。凄く単純だと、我ながら思うけど、そんなに悪い名前じゃないと思う。

「レアか――。綴りは? Leah? Rhea?」

 綴りなんて考えてなかった。レアフィールの綴りはなんだろう。俺の考えを読み取ったのか、エミリアは小さく笑った。

「綴りが決まっていないなら、Leahの方がディナという名前に相応しいだろう」
「え?」

 どういう意味だろう?

「レア――旧約聖書に登場するヤコブの妻の名前だ。その子供の中に、ディナという娘が居る。立場が逆転しているが、Rhea(大地の女神)よりLeah(淑女)の方が意味合いとしても相応しいだろう?」

 leahでレア――俺の名前と関係があるなんてびっくりだ。俺は運命的なものを感じてしまった。

「それにします」

 腰にメジャーを回しているエミリアに言った。レア、と呼び掛けてみると、レアはちゃんと反応してくれた。もしかして、俺とエミリアの話を聞いていたのだろうか。

「これで、君の採寸は終わりだ。ナギは遅いな」

 エミリアが言うと、ちょうどナギが戻って来た。試着用の制服は少し大きかったみたいで、手が袖の中に隠れてしまっている。

「どうだ?」
「す、凄く似合ってるよ」

 両手を広げて言うナギに俺は素直に言った。イメージした通り、制服はナギにとても似合っていて可愛らしかった。ナギに言ったら怒られそうだから言わないけど。
 
「だろ!」

 ナギは上機嫌になって鏡の前でポーズを決めている。
 俺は台から降りて、レアを抱き抱えようと手を伸ばすと、レアはその手をすり抜けて俺の頭の上に乗ってスヤスヤと寝息を立て始めた。どうやら、自分の定位置を決めたらしい。
 ナギの採寸を待ってる間、俺は置いてあった雑誌を手に取った。女性用の雑誌だけど、美容や髪の手入れ用の呪文が載っていたからだ。
 前の人生だと、肌も髪も手入れなんて殆どしていなかった。お風呂は毎日入ってたけど、それだけだったから、髪は痛みまくりで、肌も荒れ気味だった。今度はキチンとしようと思ったのだ。
 ナギの採寸が終わるまで、俺はずっと雑誌を読み続けていた。肝心の呪文はミミズののたくった様な文字で書かれていて一文字も分からなかった。


※あとがき・・・
レアフィールの名前はLeah(レア)にしました。
横丁編はこれで終わり、あと四話くらい後で魔法学校編です。



[24500] 六話
Name: ポルカ・オドルカ◆d257e5b8 ID:76577b36
Date: 2010/12/26 22:28
 俺とナギ宛に魔法学校からの手紙が来た。新聞を取ろうと、郵便ポストを覗き込むと、大くて分厚い封筒が入っていた。封筒はメルディアナの校章の蝋印によってしっかりと封印されていた。ずっと楽しみにしていた魔法学校への入学の日がいよいよ近づいて来たのを実感した。
 そう言えば、魔法学校が全寮制なのだと思い出した。部屋割りはもう決まっているのかな、ナギと同じ部屋になれるかな、部屋は広いのかな、それらの疑問に封筒の中身は答えてくれるのだろうか。早く開けてみたい。


 リビングに戻りながら、昨日の事を思い出していた。
 ヴォーティゲルン横丁からの帰り、俺はそのまま帰る事になると思ってた。朝に俺が動物園に行きたいって、言った事なんて、とっくに忘れられてると思ってた。だけど、メイは忘れないでいてくれた。カーディフからブリストルに向かう電車に一時間ほど揺られて、俺達はブリストル動物園に向かった。
 そんなに広くなかったけど、『ズーリンピック』を存分に楽しむ事が出来た。ズーリンピックは動物達と様々な種目で対決出来るというもの。フラミンゴとの『片足立ち対決』はどのくらいの時間、片足立ちをしていられるかをフラミンゴと競い合うズーリンピック。俺は三分でリタイアしたけど、ナギは根性で三十分も続けた。チーターとの徒競走では俺達が一メートルを走る間にチーターはとっくにゴールしていた。
 一度も動物に勝つ事は出来なかったけど、動物達の身体能力の高さをまさに体感出来た。


 夜は久しぶりにジェイクが帰って来て、俺の魔法初成功を祝ってくれた。明日は日曜日で休日だけど、毎日忙しく働いているのに、遠くのメルディアナからわざわざ休日返上で帰って来てくれたのが嬉しかった。
 ジェイクは学校で流行しているらしい、『対決ドラゴン』っていう玩具をプレゼントしてくれた。ドラゴンのミニチュアで、魔法でまるで生きているみたいに動いている。
 色んな種類のドラゴンが売っていて、二体を向かい合わせに置くと、勝手に戦いを始めるらしい。ジェイクはナギにも俺にくれたものとは別の種類のドラゴンをプレゼントして、試しに戦わせてみると、敗北した俺のドラゴンはバラバラになってしまった――あまりにも衝撃的な場面に俺はしばらく放心した後に泣いてしまった――――ジェイクがせっかく買ってきてくれたのに、一瞬でバラバラになってしまってショックだったんだ。
 しばらくすると、ドラゴンが勝手に再生して、ジェイクが頭を撫でながら宥めてくれたおかげで泣き止んだ。ナギはドラゴン同士の対決に大喜びしていた。
 先生達の中には野蛮だからって禁止すべきだって意見もあるみたいだけど、ジェイクは面白そうだし、俺が喜ぶと思ったみたい。バラバラ事件はショックだったけど、ミニチュアのドラゴンはかっこよくてたちまち気に入ってしまった。
 ジェイクがくれたドラゴンは『応龍』という種族らしい――――コウモリみたいな翼じゃなくて、まるで鳥のような真っ白な翼を持つ綺麗な龍。
 ナギが貰ったドラゴンは『竜』という種族――――エメラルドのような光沢を持つ鱗に覆われた典型的なドラゴン――四本足にコウモリみたいな翼、鼻から煙を出している。
 メイが腕によりをかけて作ってくれたパーティーのご馳走はどれも最高においしかった。七面鳥のローストにグレービーソースをかけたサラダ、コーニッシュペスティー。
 ヴォーティゲルン横丁で買ってもらったお菓子もどれも絶品だった。トワイフルだけはメイの作ったモノと比べると微妙だったけど。


 思い出すだけで、じんわりと胸の内に温かい幸福感が溢れてくる。頬が緩むのを抑えられない。頭の上ではレアがピヨピヨと歌っている。

「レア、昨日は楽しかったね」

 レアを頭から降ろして抱き抱えながら話し掛けてみると、レアは元気いっぱいにピーッと鳴いた。楽しかったって言ってるのかな、レアの頭を撫でてあげた。レアはトロンと目を細めた。


 レアを抱き抱えたまま、リビングに戻ると、ジェイクがコーヒーを飲みながら新聞を待っていた。

「パパ、新聞取ってきたよ」

 ジェイクに新聞を渡すと、ジェイクはありがとう、と言ってパラパラとページを捲り始めた。そんなジェイクを俺はぼうっと見つめた。俺と同じ青い瞳で、髪は俺やメイよりも明るいブロンド。彫が深い顔立ちでハッとするほどハンサムだ。

「ああ、メルディアナからの手紙が届いたのか。御飯の後に読んであげるよ」

 ジェイクは新聞から目を離して、俺の持っているメルディアナからの手紙に目を留めた。穏かな笑みを浮かべて言うと、ジェイクは俺の頭に手を伸ばした。
 頭を撫でてくれた。メイはよく撫でてくれるけど、ジェイクはあんまり家に居ないから、ジェイクに撫でてもらえるのはかなり貴重だ。
 存分にジェイクに撫でてもらってから、俺はキッチンに向かった。勿論、朝食の準備を手伝う為だ。キッチンではエプロンを着けたメイが野菜を刻んでいた。急いでフックに掛かっている俺用のエプロンを着ける。このエプロンはメイが縫ってくれたお気に入りだ。

「料理に魔法は使わないの?」

 フッと湧いた疑問を口にしてみた。赤毛にそばかすのノッポの少年のお母さんは杖を一振りする事で鍋を掻き回したり、お皿を並べたりしていた。

「料理に使える魔法はいろいろとあるわ。でも、そういうのを使っちゃうと、一番大事な魔法が料理にうまく入らなくなっちゃうのよ」
「一番大事な魔法……?」
「愛情よ」

 メイは俺の頭を撫でながら言った。ラブなんて、俺には口が裂けても言えない言葉。だけど、メイの口から出たその言葉は自然と受け入れる事が出来た。
 とりあえず、今日の朝御飯は魔法がふんだんに盛り込まれている事だろう。メイのジェイクへの愛情っていう魔法が。


 今日の朝御飯はジェイクの大好物のビーフシチューとシーザーサラダにクロワッサン。ビーフシチューはメイが昨日の内に仕込んでいたから、俺はシーザーサラダを作るのを手伝った。
 メイの特製ドレッシングの作り方を教えてもらいながら野菜やお肉を切った。ついつい何度も味見をしたいという欲望に屈しそうになった。我慢しなくちゃ。

「ディナ、ナギを起してきてもらえるかしら?」

 朝御飯の準備が終わって、俺はメイに言われて二階のナギの部屋に向かった。
 ナギの部屋はよくメイが掃除をしているから整頓されているけど、それでも沢山の物がごちゃごちゃと置いてある。壁際には釣竿や望遠鏡、床の大きなダンボールにはナギのおミニカーコレクション。
 サッカーボールや野球用のボールとグローブは棚の上に置いてあるけど、相手が運動音痴な俺しか居ないから、せいぜいキャッチボールや球蹴りにしか使えない。
 ナギの部屋に大きく陣取っている異様な物体がある。テントだ。元々、ナギのお父さんの持ち物だったんだけど、ナギが頼み込んでナギの魔法初成功のお祝いの時にプレゼントしてもらったのだ。
 そう言えば、ナギは俺にプレゼントをくれたけど、俺はただお祝いを言っただけで、何もプレゼントしていない事に今更になって気が付いた。何かプレゼントしたいな。


 ナギはベッドで丸くなっていた。枕元には昨日、ジェイクから貰ったドラゴンのミニチュアが温度の無い炎を吐き出している。
 ナギは寝間着が捲れておへそが出ていた。

「風邪引いちゃうよ」

 寝間着を直しながらナギに声を掛けるけど、この程度で起きてくれるなら苦労しない。
 ナギの体を揺すりながら声を掛ける事五分。漸く、ナギの瞼が動き始めた。こうなれば占めたものだ。

「おはよー、ナギ」
「おはよ……そしておやすみ」

 まだ眠いらしく、起きたかと思うとまた眠ってしまった。このくらいは経験上、想定通りだ。
 ナギの耳元で魔法の言葉を囁く。この言葉なら、ナギは間違いなく起きてくれる。

「ナギ…………、今日はビーフシチューだよ」
「なんだって!?」

 ナギはジェイクに負けずにビーフシチューが大好きだ。だから、耳が聞こえていればこう囁くだけで起きてくれる。バリエーションとして、クリームシチュー、オムライス、カレーシチュー、ハンバーグ、シェパーズパイなどがある。
 飛び起きたナギはサッサと寝間着を脱いで半袖半ズボンに着替えると部屋を飛び出して行った。凄い早業だ。寝間着を畳んでベッドの上に乗せてから俺も急いで一階に降りた。いい臭い。ビーフシチューは俺にとっても大好物だ。


 食後のデザートを食べ終えて、コーヒーを飲みながらジェイクは俺を膝に乗せて、メルディアナから来た封筒の封印を解いた。中には数枚の羊皮紙が入っていた。
 ジェイクの膝は密かな俺のお気に入りスポットだ。ムキムキって程じゃないけど、ジェイクは体を鋼の様に鍛え上げていて、とってもあったかい。

「こっちは持っていく物のリストだね。制服は指定の物を三着。同様に指定のローブを三着。冬用のマントを一着」
「三角帽子とかは要らないの?」

 俺が尋ねると、ジェイクは愉快そうに笑った。

「帽子は卒業式に被るものさ。放り投げて終わりだよ。後は、杖――は、もう買ってあるんだったね。最初の一年は基本的な学問を学ぶばっかりだから、そんなに特別な物は必要無いんだ。二年生になったら、魔法薬や薬草学の授業なんかが選択出来るようになるから、鍋や薬学セットなんかが必要になるけどね。ディナは錬金術には興味があるかい?」

 錬金術って言われて、パッと思いつくのは両手を叩いて地面から剣や槍を出すのや、不老不死の霊薬を作り出す賢者の石。あんまり興味が湧かなかった。

「錬金術っていうのはね――」

 俺がよく分かっていないのを察したらしく、ジェイクが説明してくれた。簡単に言えば、科学と魔法が一つになった学問みたい。様々な薬品や魔法を用いて、マジックアイテムを製作する事が錬金術師の仕事らしい。
 俺は自分の思い描いた夢の様な道具を作り出せるのは魅力的に思えたけど、ナギは興味なさそうだった。

「錬金術は治癒魔法にも精通するものがあるから、学ぶかどうか、考えておくといいよ」
「パパはメルディアナで何を教えているの?」
「僕はね、風の魔法について教えているんだ。だから、ディナやナギの事も教える事になると思う。いいかい、学校では僕の事をパパ、じゃなくて、先生と呼ぶんだよ?」

 ジェイコブ先生か、なんだか呼ぶのが少し照れ臭いな。でも、ちゃんとしないといけないよね。

「かっこいい魔法を教えてくれよな! 湖を真っ二つにするくらいの!」

 ナギはかなり物騒な事を言った。そう言えば、物語の中で見た魔法は攻撃的な魔法ばかりだった気がする。雷の暴風、千の雷、燃える天空……。

「そういう危険な魔法はパブリック・スクールに上がってからだよ」
「ええ、なんでだよ?」

 ナギは不満そうに言った。

「子供の内に大規模な魔法を使うと、後々に後遺症が残ったりするんだ。それに、ちゃんと良識を持ってからでないと周りが危ないからね」

 そう言って、ジェイクは封筒から別の羊皮紙を取り出した。

「こっちは教科書のリストだね」

 ジェイクが読み上げた教科書の名前に俺は思わず耳を疑った。
 変身術や魔法薬学、闇の魔術に対する防衛術なんかを学ぶんだとばっかりに思ってたのに……。


 教科書リスト
『数学の基礎と応用』 ロイド・バークマン著
『化学と物理の神秘』 レナード・カワード著
『世界地理』 ルーク・ダスティン著
『ラテン語入門』 マーティン・リンカーン著
『ギリシャ語入門』 マーティン・リンカーン著
『ウェールズ語入門』 マイク・アシュトン
『魔法概論』 ジェフリー・ヒューイット著
『魔法界の歴史』 セルマ・ランフランク著
『美術的魔方陣の基礎』 ラトウィッジ・ニュートン著


 数学や化学や世界地理なんて魔法と何の関係があるのかサッパリ分からない。それに、ラテン語やギリシャ語なんて勉強した事が無い。

「ラテン語やギリシャ語って……」

 俺が呻く様に言うと、ジェイクは言った。

「その二つは魔法を使う上でどうしても必要な知識だからね。卒業まで、じっくりと学んでいくんだ。三年生からは選択で古代日本語、古代中国語、ヘブライ語、古代ギリシャ語を学ぶ事になる。どれも魔法に密接に関る言語だからね」

 日本語を選択すれば、きっとトップを取れると思うけど、それ以前にラテン語やギリシャ語の授業についていけるのかがおおいに疑問だ。
 ジェイクは俺の不安を見抜いてこう言った。

「不安にならなくても、キチンと学んだ事を理解すれば、記憶から消えないように出来る魔法があるんだよ」
「そんな魔法があるの!?」

 びっくり、一度覚えたら忘れない魔法があるなんて。それなら子供にラテン語やギリシャ語、それに数学や化学、物理を教えるのも納得出来た。

「努力をすれば、ちゃんと結果が伴うんだよ。努力をしなければ、どんな便利な魔法があっても意味が無い。理解しないと覚えられないからね」

 だから、とジェイクは言った。

「ちゃんと勉強するようにね」
「はーい」
「ういー」

 ちょっと、安心した。ちゃんと勉強すれば、授業についていけるみたいだから。

「いい返事だ」 

 ジェイクは俺とナギの頭を撫でてくれた。ナギは恥しがって逃げ出したけど、俺は存分にジェイクの掌を堪能した。


 最後の羊皮紙には俺の予想通り、寮についての書類が入っていたみたい。

「最初の一年はクラスごとに共同生活をするんだ。寮長のミスタ・パーカーはとても厳しい人だからね、いい子にしないといけないよ? 特に、ナギは夜中に脱走したり、壁に落書きしたり――」
「しねーよ!」

 ナギが憤慨したように言った。落書きはともかく、脱走はやりそうだな。

「二年生になると、成績の上位二名は優秀生徒になる。優秀生徒にはいろいろと特権があるから勉強をがんばりなさい」

 幾つかの専用施設の使用許可に図書室での優遇、優秀生徒になれた時の待遇についてジェイクが説明してくれた。
 ジェイクは手紙を仕舞うと、居住まいを正した。

「メルディアナは七年生で卒業になる。その後はメルディアナでそのまま十六歳になるまで通うのもいい。だけど、専門的な職業に就きたいのなら、専門のパブリック・スクールに通うという道もある。例えば、メイみたいに治癒魔法使いになりたいなら、近場だと、イングランドに専門の魔法学校がある。騎士になりたいなら、ムンドゥス・マギクスのアリアドネーにある学校に通う事になる」

 ジェイクはゆっくりでいい、と言った。ゆっくりと、メルディアナを卒業するまでの七年の間に将来について考えなさい、と。
 魔法界では、12歳はもう立派な大人だ。将来を決める為に必要な勉強は全て終わる。13歳からはより専門的な勉強をする事になるから、途中で将来を変えるというのはとても難しいのだ、とジェイクは語った。

「パブリック・スクールへの入学は大体が13歳からだから、メルディアナでは、それまでを修行期間としてるんだ。職業体験(インターンシップ)を通して、将来を考える事が出来るから、焦る必要は無いよ。研修先は一人一人の学習状況や趣味、部活動の様子なんかから学校側が決める事になるんだけどね」

 12歳で将来を決めなくちゃいけないなんて、生まれ変わる前だったら考えられなかった。
 ただ、学校や塾で言われるままに勉強してた。将来、何になりたいかなんて、ちゃんと考えた事は無かった。


 俺は、何になりたかったんだろう。一度死んで、生まれ変わって、初めて俺は将来、何になりたかったのかを考えた。
 今の俺にはまだ時間があるし、職業の幅も広がっている。だけど、前の俺は? 

「何も無いや……」

 やりたかった事は何も無かった。子供の頃は何かあったような気がするけど、全然思い出せなかった。

「何が無いんだ?」

 吃驚した。自分の部屋のベッドで横になっていると、ナギが覗き込んできた。

「……将来の夢」

 俺が言うと、ナギは呆れたような顔をした。

「そんな事で悩んでたのかよ」
「ナギはあるの?」
「あるわけねーだろ」

 呆気無く言った。

「ジェイクだって言ってたじゃねーか、ゆっくり考えればいいってさ。ディナはいつも考えすぎなんだよ。それより、ドラゴンを戦わせてみようぜ!」

 何をしに来たのかと思ったら、ナギの手にはドラゴンが握られていた。ナギの手から逃げ出そうともがいている。
 ナギは気楽に言うけど、俺は長い時間があったんだ。なのに、何も考えられなかったんだ。今度はちゃんと将来を考えられるのかな?
 不安に駆られながら、俺は俺のドラゴンがナギのドラゴンから逃げ回るのを見ていた。



[24500] 七話
Name: ポルカ・オドルカ◆d257e5b8 ID:76577b36
Date: 2010/12/26 23:35
 魔法学校への入学まで後り半月と迫った日、俺とナギはメイに連れて来られて、再びヴォーティゲルン横丁を訪れていた。
 前に来た時よりも子供の姿を見かける事がずっと多くなっていた。きっと、みんなも学用品を買いに来たんだ。
 ここに来るのは二回目だけど、やっぱり胸が高鳴る。


 家を出たのは朝早くだったけど、もう正午だ。途中でナギがおもちゃ屋さんを見つけたものだから、俺もナギも釘付けになってしまったんだ。
 爆発すると火花が妖精の姿になって羽ばたく爆竹――『フェアリー・クラッカー』、実際の銀河系と同じ動きをする模型、動物や星の形になるシャボン玉。ジェイクがプレゼントしてくれた『対決ドラゴン』も陳列棚に並んでた。
 メイは俺とナギをおもちゃ屋の前から引き剥がすのを早々に諦めて、メイがトーマスとエミリアの洋裁店に制服を取りに行っている間、見てていいと言って、お小遣いをくれた。
 ちょっと早い魔法学校への入学祝いを買いなさいって。
 ナギは天体系のおもちゃに興味津々で、次々に違う星座を象る光るビー玉みたいなおもちゃを物欲しげに見ていた。
 でも、メイに貰ったお小遣いじゃ俺の分を足しても全然足りないから見るだけだ。
 俺は目の前のぬいぐるみから目が離せなかった。ふわふわなテディベアが幾つも陳列棚に並んでいた。
 特に蜂蜜色の毛並みのテディベアは格別だった。値段も買えないわけじゃない。

「レア、これにしよっか?」

 腰の――いつも頭の乗せてると髪が傷むからって、メイが用意してくれた――ポシェットの中で丸くなってるレアに話しかけた。
 レアは眠そうに小さく鳴いた。いつも寝てばっかりだ。

「姐姐、这个泰迪熊特别可爱哟」

 直ぐ隣からそんな声が届いた。
 響きからすると中国語か、韓国語かな? 俺と同い年くらいの少女が居た。黒く艶やかな髪を両サイドでお団子にしているパッチリとした黒目が印象的な可愛い女の子だった。

「能那个? 小丽姐姐、在哪里?」

 女の子は周りをキョロキョロし始めて、不安そうな声で言った。何を言っているか分からないけど、今にも泣きそうだった。
 どうしようかな、声を掛けるべきかな? 
 全く言葉が分からない相手に話しかけるのは怖いけど。周りの人達は少女の喋る言葉に眉を顰めながら通り過ぎるばっかりだ。
 そうだ、ナギに相談して――――ナギは天体コーナーで双眼鏡みたいなおもちゃに興奮していてこっちを見てなかった。
 俺は大きく息を吸い込んだ。
 中国語なんて、シェイシェイとニーハオしか分からないけど、身振り手振りでどうにかするしかない。手に嫌な汗が流れる。

「こ、こんにちは」

 ガチガチに緊張しながら、俺は女の子に声を掛けた。女の子は首を傾げながら周りをキョロキョロと見回すと、自分に人差し指を向けた。
 俺は大きく何度も頷いた。

「是什么事情?」

 何を言ってるのか、サッパリ分からない。何て言えばいいのかな、そもそもこっちの言葉が分かってるのかな?

「えっと、俺の言葉、分かる?」

 俺はゆっくりと喋りかけてみた。
 少女は不安そうな顔を一層強めた。

「あなたは英語が出来ますか?」

 もう一度、今度は分かり易い単語だけを使って喋りかけてみた。だけど、やっぱり女の子は困惑した顔を浮かべるだけだった。
 どうすればいいのかな、俺は話しかけてしまった事を早々に後悔し始めた。
 その時だった。お店の陳列棚の一角に耳飾りのコーナーが視界の隅に映った。
 看板には『自動文章読み上げ機能付き』などの文章が躍っている。その中に『自動翻訳機能搭載!』と書かれている看板があった。

「待ってて」

 俺は一言告げて――伝わって無いだろうけど――翻訳機能付きの耳飾りを手に取った。お店の中で使うだけならいいよね。
 急いで戻って来ると、女の子は目を丸くした。俺は耳飾りを耳に当ててみた。大丈夫かな……。

「えっと、俺の言葉……分かる?」

 俺は試しに声を掛けてみた。すると、女の子は更に大きく目を見開いた。

「明白你的言词。怎样的事? (あなたの言葉が分かる。どういう事?)」

 ちゃんと機能しているみたいだ。ちょっと声が被っているけど、女の子の喋った言葉が翻訳されて耳飾りから聞こえてきた。

「これ、言葉を勝手に翻訳してくれるみたい」

 こんな凄いものがおもちゃ屋さんで売ってるなんてびっくり。
 駄目元だったんだけど、このアイテムがあれば外国に行っても言葉で困る事は無さそう。
 説明書には中国語以外にも幾つかの国の言葉が翻訳出来るって書いてある。

「えっと、それで……困ってたみたいだけど、どうしたの?」

 聞いてみると、女の子はお姉さんとはぐれてしまったみたい。
 テディベアを見てたらいつの間にか居なくなってたらしい。

「私、李・麗華(リィ・リーファ)。伯父さんの家に遊びに来てるの。伯父さんの家、この近くにあるんだよ」
「俺、ディナ・クリアウォーターだよ。家はウェールズの端の村にあるの」

 多分、リーファのお姉ちゃんは店内に居るだろうから、俺達はお店の中を歩く事にした。

「お姉ちゃんは武術家なの。とっても強いんだよ」

 俺達の居る『ヴィヴィアン玩具店』はかなり広い。ちょっとした博物館並みで、全ての商品をみるためにはたっぷり一時間は掛かりそう。
 最初はお互いが人見知りだから中々話が続かなかったけど、段々と続くようになって来た。
 ナギ以外とこんなに長い時間、同世代の子と話したのなんて初めてだからとっても楽しかった。

「この前なんてね、村の近くの湖を蹴りで真っ二つにしたんだよ」

 ただ、リーファのお姉ちゃんは人間なのかなって思うようになった。
 聞いていると、魔法も使わずに魔獣を倒したり、素手で岩山にトンネルを掘ったり、水の上を走ったり、それどころか空中を蹴って空を飛べたりするらしい。
 きっと物凄い筋肉の人だろうから目立つと思うんだけど、中々見つからない。
 ビール瓶の細い部分を手刀で切り裂いたり、十円玉を親指と人差し指で曲げたり出来そうな人は結構居るんだけど、大体が男の人で、時々女の人が居ても違うみたいだった。
 いや、もしかしたら男の人と見間違えるような人物なのかもしれない。そうだとしたら、今迄擦れ違った人の中に居るかも。でも、リーファは何も言わなかったしな。



「伯父さんにお小遣いもらったの。それで、お姉ちゃんに何かプレゼントしたいんだけど、何がいいかなって見てたの。お姉ちゃん、隠したがってるけど、可愛い物が大好きだから」

 お店の奥まで来たけど、リーファのお姉ちゃんは見つからなかった。やっぱり、途中で擦れ違っちゃったのかな。仕方ないからお喋りしながら戻る事にした。
 リーファはお姉ちゃんに何かプレゼントをしたいみたい。

「俺もお小遣いでナギに何かプレゼントしようかな」
「ナギって?」
「俺の大切な友達だよ。このスプーン……ナギが魔法初成功のお祝いに自分で樹を削ってプレゼントしてくれたの。俺はナギが魔法を初めて成功させた時に何もプレゼントしなかったから、何かあげたいんだ」
「可愛いね。手作りなんて嘘みたい。そうだ、私達も何かプレゼントを作ってみない?」
「作るって?」
「ほら、見てよ、ディナ。あっちに編み物コーナーがあるよ」

 リーファに手を引っ張られて行った先には色取り取りの毛糸や様々な形の針が並んでいた。

「何か編んでみるって、どうかな?」

 編み物か、女の子の趣味って感じだけど……それは偏見かな。
 日本と違って、ウェールズは空気が乾燥してるし、一年中、割と涼しい。
 これから更に冷え込んでくるから、ナギへの魔法初成功のお祝いにセーターかマフラーを編んでみようかな。でも……。

「編み物なんてやった事ないよ」
「実は私も……。うーん、いい考えだと思ったんだけどなー」

 とりあえず毛糸や針を見てみる事にした。

「この毛糸、光ってるよ!」
「ほんとだ! こっちのも綺麗だよ」

 ぼんやりと輝く毛糸や波打つように色の変わる毛糸。他にも特別な力を持った毛糸があった。

「えっと、『万能編み針――編む物によって形状を自動的に変化させます』か――ちょっと高いね」
「どんな針を買えばいいのかな?」

 さすがに縫い目を間違えたら警告してくれる針や自分で勝手に編んでくれる針みたいな魔法の針はどれも高いから無理。
 魔法の掛かっていない針は安いけど、種類がとにかく多い。初心者用のセットなんかは無いのかな?

「あ、あった」

 陳列棚の隅に初心者用の編み物セット一式が入ったケースが置いてあった。
 マフラーやセーターの編み方の教本も入ってるみたいだ。

「値段は……うーん、買えない事も無いけど、毛糸は安いのを買うしかないかな。マフラー一つに幾つ買えばいいのかな?」
「後ろに書いてあるよ。五つは必要みたい。うーん、魔法の毛糸は無理だね」
「教科書があるのは嬉しいけど、英語は読めないしな」

 そう言えば、耳飾りのおかげで普通に会話出来てるけど、リーファは英語が分からないんだっけ。

「伯父さんに読んでもらおうかな」

 とりあえず、初心者用セット一式と毛糸を五玉買う事にした。
 ナギにはどんな色が似合うかな? ナギは黒が好きだし、黒がいいかな。だけど、全身黒尽くめっていうのもどうかな。マフラーくらい、もう少し明るい色がいいかな、茶色とか――――着けてくれたらの話だけど。

「刺繍とか出来たらいいよね。お姉ちゃん、龍が大好きだから龍の刺繍とかしてみたいな」
「中国の龍? 中国火の玉種ってやつ?」
「こっちではそんな風に呼ばれてるの? うーん、中国には割りとまだ野生の龍が居るんだけど、こっちはただ『龍』って呼んでるよ」
「龍が居るの!?」

 つい声を張り上げちゃった。恥しくて顔を上げられない。
 でも龍だよ? 魔法で慣れたつもりだけど、龍が実在するなんて本当にびっくり。そう言えば、日本にも一匹居るんだっけ。あれは本物じゃないっていう話だけど。

「私達の村にも居るよ。元々は村を作った魔術師の相棒で、今も村を護ってくれている守り神様なの」
「龍……見てみたいな」
「みんなは龍神様って崇めてるの。綺麗だし優しいんだよ」

 リーファの村の龍は人語が理解出来るみたい。もちろん、中国語だけど。
 刺繍はさすがに無理そうだから、毛糸を一種類ずつ五玉持って、入口の方にあるカウンターに持って行く事にした。
 上手くなったら、赤い翼の刺繍入りなんかも作ってみたいな。



「あ、こんな感じだよ、私達の『龍神様』」

 入口付近まで戻って来ると、対決ドラゴンの売り場があって、リーファはその中の一体を指差した。
 真っ白な鱗の細長い胴の龍で確かに綺麗だけど、口周りだけ血に濡れたみたいに赤くてちょっと怖い。

「白龍(パイロン)って名前なんだね」
「そう言えば、お姉ちゃんがよくパイロン! って叫びながら、両手から何かだしてたっけ」
「両手から何か出すか……、ちょっと憧れるな」

 子供の頃によく人の居ない所で練習してたっけ。

「うちって、親が居ないから、お姉ちゃん、いつも私を護ろうと頑張ってくれてるの。あんまり無理しないで欲しいんだけど」
「……いいお姉ちゃんなんだね」

 親が居ないって言われて、どう答えればいいのか分からなかったからこんな事しか言えなかった。

「うん。だから、私もお姉ちゃんを助けていきたいの。お世話になってる春梅(チュンメイ)さんに料理を習ってるんだよ」

 リーファは偉いな。俺もメイに料理を習ってるけど、リーファみたいに誰かのためにって訳じゃ無い。俺と同い年くらいなのに、凄くしっかりしてる。


 ようやく入口まで戻って来れた。
 カウンターの列に並んで順番を待っていると、中学生くらいの女の子が慌てた様子で駆け寄ってきた。

「麗華!」
「あ、お姉ちゃん!」

 人混みを巧みに避けて、リーファのお姉ちゃんはあっと言う間に目の前までやって来た。

「どこに行っていたんだ!」

 血相を変えてリーファの肩を掴むと、リーファのお姉ちゃんは周りの視線が集まるのも頓着せずに声を荒げた。

「まったく、心配したじゃないか」
「ごめんなさい、お姉ちゃん」

 よっぽどリーファが心配だったみたい。でも、怒らないで欲しい。だって、リーファはお姉ちゃんに会いたかっただけなんだから。
 家族と逸れたら、不安になるんだ。だって、子供にとって世界は広過ぎるから。一人ぼっちだと本当に寂しいんだ。
 だから、見つけてもらった時、とっても嬉しいんだ。なのに、怒られたら……。
 ――――ああ、違うか。時間を無駄にしたって怒られてるんじゃないんだから。

「良かったね、お姉ちゃんと会えて」

 リーファのお姉ちゃんはリーファが心配だったから怒ってるんだ。だから、酷い事なんかじゃない。ちょっと、羨ましいな。

「……うん」
「ん? そっちの子は?」
「友達になったの。一緒にお姉ちゃんを探してくれたんだよ」

 ドキリとした。友達になった――――友達って、俺の事……だよね?

「そうか、妹が世話になったな。麗華、買う物があるのか?」
「う、うん」
「そうか、なら――」
「待って、お姉ちゃん」

 財布を取り出そうとするリーファのお姉ちゃんにリーファは待ったをかけた。
 お姉ちゃんへのプレゼントを作るための材料を買うのにお姉ちゃんに買ってもらうわけにはいかないもんね。

「伯父さんにお小遣いもらったから、自分で買うよ」
「そ、そうか? でも、おもちゃくらい、僕が買って……」
「お願い。自分の稼いだお金じゃないけど――――でも、自分のお金で買いたいの」
「わ、わかったよ。じゃあ、僕は入口で待ってるからな」

 リーファのお姉ちゃんは渋々といった感じで頷いた。しょんぼりとしながら入口に向かって行く後姿はなんだかとても寂しそうだった。


 カウンターで無事に毛糸と編み物初心者用セット一式を買う事が出来た。
 これで、リーファともお別れか……。
 ナギ以外で初めて出来た友達。なんだか、凄く寂しい。どうしようかな、言ってみようかな……。でも、会ってからまだちょっとしか経ってないのに、馴れ馴れしいかな。
 先にメイに相談した方がいいかな? でも、メイがいつここに戻って来るか分からないし、それまで待ってもらうなんて迷惑に思われるに決まってる。でも、憧れてたし……。
 俺は思い切って言ってみる事にした。もし、了解してもらえたら、メイをなにがなんでも説得しよう。怒られちゃうかもだけど、でも――――。
 深呼吸を三回して、俺はリーファに声を掛けた。

「ね、ねえ、リーファ」
「なに、ディナ?」

 緊張して喉が渇く、こんな事を言うのなんて初めてだから。

「あ、あのさ。もし、良かったらなんだけど――――。その、俺の……家に、遊びに来ない? あの、一緒に編み物の勉強したり……」

 勇気を振り絞った。今までこんなに緊張した事なんて無い。顔は真っ赤になってるに違いない。
 友達を家に誘うって、一度はやってみたかった。ナギ以外の初めての友達。夏休みが終わったら中国に帰っちゃうみたいだけど、もっと仲良くなりたい。

「いいの!?」

 俺が不安でいっぱいになっていると、リーファの興奮したような声が帰って来た。

「行きたい! 私、ディナと、もっと仲良くなりたいって思ってたの。あ、でもその前にお姉ちゃんに許可を貰わなきゃ」

 信じられない。断られるんじゃないかって思ってた。なのに――――嬉しい。

「あり……がとう」
「ん? 何か言った?」
「う、ううん。何でもないよ」


あとがき・・・
もしかしたら、後で修正と補強をいれるかもしれないです;
ちょっと心理描写が足りないので・・・。



[24500] 八話
Name: ポルカ・オドルカ◆72324423 ID:76577b36
Date: 2011/03/01 23:32
 夏休みも残り三日。俺達はメルディアナ魔法学校のある街を目指して、ペンブルックシャーの港町――フィッシュガード・ハーバーにやって来ていた。どこまでも平坦な土地が続くのどかな所だ。
 フィッシュガード・ハーバー駅を降りて南に歩いて行くと、広大な森が広がっている。森に沿って歩いていると、森の中に入って行く細い小道がある。
 普通の人にはその小道が見えないし、小道以外で森の中に迷い込んでも、いつの間にか元の場所に戻ってしまう。俺達はもう『招待』されているから通る事が出来る。
 だいたい、一マイルくらいかな。歩いていると、唐突に森を抜ける。そこに広がるのは深い谷。谷の中腹に街が見える。一際高い時計塔はメルディアナ魔法学校だ。

「後で三人で魔法の森に行こうぜ」

 森の出口に広がる広々とした草原を歩いているとナギが言った。メイは先を歩いていて、俺達の話が聞こえていない。三人っていうのは、俺とナギ、そして、リーファの事だ。
 リーファはメルディアナで魔法世界史の授業を受け持っている伯父さんの家に泊まっている。
 リーファの伯父さんがジェイクの同僚だった事には本当に吃驚した。ジェイクは教師用の寮に寝泊りしているけど、リーファの伯父さんは学校の近くの自宅から通っている。

「魔法の森は危険な魔法生物が棲んでるから危ないって、ママが……」
「それだよ、それ!」
「え?」
「魔法生物! ユニコーンとか、ゴーレムが居るって、昔、母ちゃんに聞いた事があるんだ」
「ユニコーン!?」

 ゴーレムは正直見たいとは思わない。石像には元々あんまり興味は無かったし、動く石像なんて、ただのホラーだ。ホラーは嫌い。
 でも、ユニコーンには興味をそそられた。真っ白な毛皮に鋭く尖った角。絵本や漫画、テレビに出て来るユニコーンはどれも美しい。
 実物がすぐそばで存在している。それが気にならない筈が無い。

「ディナだって見たいだろ? 行ってみようぜ!」

 結局、俺は反対する事が出来なかった。何といっても、ユニコーンはあまりにも魅力的な誘惑だったし、なによりも、ナギのワクワクとした笑顔を前にその笑顔をぶち壊す提案の出来る人間なんて居るのだろうか。
 俺が頷くと、ナギはパッと輝く様な笑みを浮かべた。この笑顔は卑怯だと思う。だって、何でも許してあげたくなってしまう。
 ナギは嬉しそうな顔をして走り出した。くるくると回りながら手を振っている。

「病院まで競争しようぜ! 負けたら『火吹き激辛ビーンズ』だ!」

 慌てて俺もナギの後を追った。負けるわけにはいかない。火吹き激辛ビーンズは魔法のお菓子だ。食べると三日は味が分からなくなるほど辛くて、口から炎が出るようになる。もちろん、炎に温度は無い。
 途中からいかに激辛ビーンズを食べずに済むかを考え始めた。ちょっと走っただけで息が切れてしまう自分の体力の無さが恨めしい。
 立ち止まって息を整えている間にもナギはさっさと走って行ってしまう。

「ま、待って……」

 もう、街の入口に差し掛かっているナギを追い掛けようと走り出すと、足が縺れて転んでしまった。鋭い痛みが走った。でっぱった石に膝をぶつけてしまったらしい。血が出ている。
 涙が溢れ出した。この体は痛みに対して耐性が無い。元々、生まれ変わる前も痛いのは嫌だったけど、それでも耐える事が出来た。それに対して、この体は痛みに敏感だ。
 痛いのを紛らわせようと荒く呼吸をしながらそろそろと地面に座り込んだ。膝からは血が溢れ出していた。知識では知っている血の色、血の臭い。知っている筈なのに、途轍もない衝撃を受けた。
 胃が締め付けられて、大粒の涙が止め処なく零れ落ちた。視界が滲み、誰かが手を伸ばす気配を感じた。咄嗟に逃げようと身を捩った。

「大丈夫よ。直ぐに傷を治してあげるから」

 メイの声だ。メイの声を聞いた瞬間、胃が締め付けられる感覚が消え去った。涙を両手の甲で拭うと、メイが杖の先を俺の膝に向けていた。杖先からは淡い金色の光が傷口へと降り注いでいた。
 傷口に痛みを感じなくなっている事に気が付いた。杖から光が消えると、今度はメイは杖から水を出した。流水で血が注がれると、まるで怪我など最初からしてなかったかのように傷口は消滅していた。

「大丈夫か?」

 ナギがささやいた。いつの間にか、ナギは戻って来ていた。さっきまで遠くに見える街の入口に居たのに。
 顔を上げると、ナギは肩で息をしながら手を差し伸べていてくれた。

「うん。大丈夫だよ、ナギ」

 立ち上がると、足元がふらついた。転びそうになると、ナギが支えてくれた。
 どうしたんだろう、足に上手く力が入らない。

「魔法の治癒に体が慣れていないから、治っても頭がまだ治ってないって勘違いしちゃうのよ」

 そう言って、メイは俺を抱き上げてくれた。

「しばらくしたら体がちゃんと治ってるって分かってくれるわ」
「うん」

 落ちないようにメイの首にしがみ付くと、気持ちが安らいだ。
 ナギにもう一度お礼を言おうと思って、顔を向けると、ナギはムッツリとした顔をして俺を見ていた。どうして、そんな顔をするの?

「ナギも抱っこ?」

 メイが右腕だけで俺を支えると、もう片方の手をナギに差し伸べた。何と無く、メイの体に不思議な流れを感じた。きっと、これが強化の魔法なんだ。

「い、いいよ!」

 俺は自分の鈍さが恨めしかった。ナギはママやパパに抱っこしてもらえない――パパは忙しくて帰って来られないし、ママは病院で寝たきりだから。
 それなのに目の前でママに抱っこされているのを見たら、どう思うかなんて、もっと早くに気付くべきだったのに。

「ママ、降ろして」

 俺が言うと、メイはゆっくりと俺を降ろしてくれた。少し、怪我をしていた方の足を庇うような感じになってしまうけど、それでもしっかりと立って歩く事が出来た。

「だ、抱っこしてもらっとけよ」
「ううん。歩きたいから……」

 ナギは何も言わないで、ペースを落として、俺の隣を歩いてくれた。転びそうになると、すぐに手を伸ばしてくれた。
 街に着く頃には、段々と足に力が入る様になって、ナギの手を借りずに済むようになった。メルディアナ魔法学校のある街。
 街の入口には大きな看板がある――――『メルディアナへ、ようこそ』。


 メルディアナの街並みは俺達の村にとても良く似ている。はちみつ色の壁の家並み、玄関には小人の人形が並んでいる。この小人の人形はまるでサンタクロースみたいな顔をしていて、結構可愛い。
 しばらく歩いていると、大きな広場に出た。広場のあちらこちらには売店が出ている。ここはいつもお祭りみたいだ。

「今日もたくさんお店が出てるね」
「ちょっと待っててちょうだい。お花を買ってくるわ」

 メイはいつもお見舞いに持って行く花を買うお花屋さんに向かった。その間、俺達はお店を見て回る。お店は変わった形をしていて、どれも小さなテントを中心に商品を広げている。
 勝手にシャッフルする魔法のトランプや縄跳びをするテディベアを見ていると、いつの間にかナギが居ない。どこに行ったんだろう。慌ててナギを探そうと立ち上がると、ナギは黒いマントの老魔法使いのお店の商品を眺めていた。

「何を見てるの?」

 そこに並んでいたのは魔法の本。殆どが読めない字ばっかりだったけど、幾つかは見覚えがある表紙だった。セルマ・ランフランクの『魔法界の歴史』は暇な時に読もうと思って持って来ている新学期に使う教科書の一冊だ。
 表紙が宗教的な絵の本が殆どで、時々、魔方陣や魔法生物が描かれている。
 ナギが見ていたのは英語の本で、『どんな病も癒す魔法薬』と書かれていた。

「嘘ばっかりだよな……」

 ナギは鼻を鳴らして、その本から視線を逸らして、近くの『上級呪文集』を手に取った。

「ナギ……」

 ナギのママの病気は何年も病院に通っているのに治らない。ナギのパパが一生懸命、有名な癒術師を呼んだり、高価な魔法薬を買って来たけど、どれもナギのママを元気にする事が出来なかった。
 メイが時々、難しい本を読みながら落胆した表情を浮かべる事がある。ナギのママの病気を治せないかを調べているんだ。
 メイや沢山の癒術師が一生懸命頑張っているのにナギのママの病気はしぶとくナギのママの体を蝕み続けている。

「こらっ、その本はお前さん達にはちっと早いのう」

 分厚い本を読み耽っていた老魔法使いが突然立ち上がると、ナギの手から呪文集を取り上げた。

「何すんだよ!」

 ナギはムッツリした顔で不満を言った。

「これはお前さんが読むには中身が過激過ぎるんじゃよ。こっちにしておけ」

 老魔法使いは代わりに絵本を持って来た。魔法の本だけじゃなくて、普通の本も置いてあったみたい。表紙は二匹のタキシードとドレスを着た可愛いウサギの絵だ。

「こんなのより、かっこいい魔法が書いてある本見せてくれよ!」
「駄目じゃ! 子供は子供らしく、絵本を読んどれい!」

 思わず身が竦んだ。老人はナギの手に絵本を押し付けると、椅子に座って、再び本を読み始めた。
 ナギはムッツリした顔で絵本を元の場所に戻すと老魔法使いを睨みつけた。

「インチキ本屋! 嘘つき本屋!」
「なんじゃと!?」
「ナ、ナギ!?」

 突然のナギの行動に俺も老魔法使いも吃驚して目を丸くした。そのまま、ナギは俺の手を掴んで走り出した。

「ど、どうしたの?」

 呆気に取られる店主に走りながら謝ってから、ナギに問い掛けた。
 ナギは鼻を鳴らすだけで応えてくれない。どうしたんだろう、ナギの顔を見ていると、不満よりもなんだか泣くのを我慢してるように見える。

「ナギ……。きっと、おばさんはよくなるよ」

 気休めにしかならないって分かっているのに、言わずにはいられなかった。
 ナギにはいつでも笑っていてほしい。だから、元気付けたい。だけど、どうすればいいのか分からない。誰かを元気付けるなんて、今迄無かった事だから。

「……うん。そうだよな」

 ナギはニッと笑みを浮かべて言った。鈍い俺でも、無理をしているって分かる。
 ナギに俺がしてあげられる事って何があるのかな。何だか、凄く悔しい。

 メイが花束を買って来て、俺達はナギのママの入院している病院に向かった。外観は古いホテルみたいで、壁には赤いレンガが敷き詰められている。
 ナギのママの病室は最上階の角部屋。真っ白なベッドの上に真っ赤な髪が波打っている。

「ハーイ、キャシー」

 メイが声を掛けると、ナギのママは読んでいた本から顔を上げると、穏かな笑みを浮かべた。

「いらっしゃい」

 ドキッとした。前に来た時よりも少し痩せた気がする。
 ナギの顔を覗き見ると、ナギは明るい顔でキャシーおばさんに駆け寄った。

「おっす、母ちゃん。見てくれよ、ジェイクにもらったんだ!」

 ナギはポケットからジェイクにもらったドラゴンのミニチュアを取り出して、キャシーおばさんに見せた。

「あらあら、良かったわね。ちゃんと、ジェイクにお礼は言った?」
「ちゃんと言った!」

 ナギもキャシーおばさんの体調があまり良くないのは分かってるんだろう。それでも、気にしてない風に振舞っているなら、俺も気にしない様にしなきゃ。

「こんにちは、キャシーおばさん」
「こんにちは。ディナも来てくれてありがとう」

 キャシーおばさんに挨拶をすると、ポシェットから寝ていた筈のレアが顔を出した。
 レアの足には小さなリングが嵌められている。特別な魔法が掛かっていて、菌や羽が落ちたり広がったりしないようになっている。魔法使いのペットは大抵この魔法具を着けられていて、病院にも連れて来る事が出来る。

「あらあら、可愛い小鳥さんね」
「レアって言うんだ。いっつも寝てるんだ」

 ナギはレアの頭を人差し指でぐりぐりと押した。

「ナ、ナギ、レアが痛がってるよ」

 慌ててナギからレアを引き離してレアの頭を確認する。うん、へこんだりはしてないみたいだ。

「大袈裟なんだよ、ディナは」
「そんな事をしたら駄目よ、ナギ」
「ちぇー」

 キャシーおばさんに叱られて、ナギは不満そうな顔になってしまった。
 折角、キャシーおばさんのお見舞いに来たのに、空気を悪くしちゃった……。

「ナギ、ごめ――ムグッ」

 ナギに謝ろうとしたら、ナギが俺の口に何かを詰め込んだ。驚いて、口の中の物を噛むと、中からじんわりとした甘さが広がった。生クリームの味だ。

「シュークリームだぜ」

 悪戯っぽい笑みを浮かべてナギは自分もシュークリームを口に入れた。
 キャシーおばさんの横になっているベッドの隣の小机にはたくさんのお見舞い品があった。ナギはその中のシュークリームを勝手に開けちゃったみたい。

「これ、キャシーおばさんのお見舞い品だよ?」
「いいのよ。どうせ、食べ切れないから、二人で仲良く食べてね」

 山ほどのお見舞い品。賞味期限が一日づつずれた同じ物が幾つもある。

「父ちゃん、また、母ちゃんが美味いって言ったの買いまくってるんだな」

 ナギのパパはキャシーおばさんがちょっとでも気に入った物をナギのママが飽き飽きするまで買い続ける癖がある。

「学校の事で忙しいのにわざわざ遠くまで買いに行くの。そんな事をする暇があるなら、ナギに寂しい思いをさせないで欲しいって言ってるのに……。ごめんなさいね、ナギ」
「べ、別に寂しくなんかねーよ! それよりさ、俺達、もう直ぐメルディアナに入学するんだ。そしたら、もっと見舞いに来るからな」
「そっか、ナギもディナももうそんな歳なのね……」

 そう言ったキャシーおばさんはなんだか寂しそうな気がした。本当はナギの成長を近くで見ていたいはず。
 メイがお花を花瓶に活けに行っている間、ずっと俺とナギはキャシーおばさんとお話をした。話す事はたくさんあった。



「シャオリーって言うんだけどさ、めっちゃすげーんだぜ! 右手をグワーッてやると、地面が抉れるんだ!」

 リーファと出会ってからの事は話題に事欠かなかった。
 リーファに初めて会ったからもう二週間近くが経ってる。毎日、朝から晩まで三人で疲れ果てるまで遊ぶのが日課になっていた。
 リーファのお姉ちゃんのシャオリーさんが毎日とても忙しいから、いつもリーファが俺達の村まで来ていた。時々、シャオリーさんが派手な技を見せてくれるから、ナギはそれが楽しみで、いつもリーファの送り迎えをするシャオリーさんに技を見せてくれるようにせがんでいる。

「そのシャオリーちゃんはいくつくらいなの?」
「たしか、14だって言ってたぜ」
「14でそんな事が出来るなんて、よっぽど才能があるのね、その子」
「そうなの?」

 魔法は何歳でどのくらい出来れば上等なのか、まだ全然分からない。俺が首を傾げると、キャシーおばさんはクスクスと笑った。

「私が14歳の時は魔法薬に夢中になってて、地面を抉るなんて、とても出来なかったわ」
「魔法薬?」

 俺が聞くと、キャシーおばさんはほんのりと顔を赤らめて言った。

「ええ、当時は愛の妙薬が女の子の間で大流行したのよ。意中の相手を射止めるためにね」
「もしかして、相手はおじさん?」

 俺が聞くと、キャシーおばさんは悪戯っぽく笑った。

「残念だけど、その頃はまだあの人と出会っていなかったわ」
「相手はジェイクだものね」

 花を活けた花瓶を手に戻って来たメイが言った。

「え、パパ!?」
「ええ、キャシーとジェイクは幼馴染で凄く仲が良かったわ」

 メイが言うと、キャシーおばさんは頬を赤らめてそっぽを向いた。メイの冗談かと思ったけど、キャシーおばさんとジェイクの間にロマンスがあった事は本当みたい。
 もしかしたら、メイ達の昔の話を聞けるチャンスかも。

「も、もう……。昔の話を持ち出さないでよ」

 赤くなって、メイに抗議するキャシーおばさんは少しだけ若返ったみたいだった。ジェイクとメイとキャシーおばさんは同じ歳なのに、病気のせいでキャシーおばさんはメイやジェイクよりも、ナギのパパと同じ歳に見える。

「いいじゃないの。昔は昔で、今は今じゃない。あら、もしかして……実はジェイクの事、まだ好きだったり……」

 ニヤニヤと笑みを浮かべて言うメイは凄く意地悪そうに見えた。メイの普段とは違う一面。キャシーおばさんの前だと、よくメイはこうなる。
 それだけ、メイとキャシーおばさんは仲が良いって事なんだと思う。

「まさか。今はあの人一筋よ。それに、あの当時も今思うと、やっぱり恋愛では無かったと思うわ。男女の友情を恋愛と取り違えていたの。子供だったからね」

 愉しげに語るキャシーおばさんに少しだけホッとした。もしも、これで今もジェイクの事を思っている……なんて言われたら、やっぱり複雑だし。
 ナギとメイも何だかちょっとだけホッとしてるみたい。

「ママとパパが出会ったのは、キャシーおばさんより後なの?」

 気になった事を聞いてみた。魔法学校は同じ筈だけど、二人の話を聞いてると、違うみたいに聞こえる。

「そう言えば、話した事は無かったわね。ジェイクと私が出会ったのはメルディアナだけど、私はパブリックスクールからの入学だったのよ」
「メイは初めて会った時はそれはもう元気いっぱいな女の子だったのよ。男の子達よりも男の子らしいくらいで、一部の女の子から告白されたりしていたわ」
「……それを子供の前で言うのはどうかと思うわよ、子猫ちゃん」
「子猫ちゃん?」

 ナギが聞いた。

「キャシーったら、ジェイクに自分の事を――」
「やーめーてー!」

 びっくりした。キャシーおばさんが真っ赤になってメイの口を塞いだ。何を言ったんだろう? 凄く気になる。

「苦しいわよ! キャシーが先に私の秘密の過去を喋ったんだから、これでお相子よ!」

 キャシーのか弱い力を振り払って、メイはご満悦そうな笑みを浮かべて言った。

「キャシーったら、『私の事は――』」

 鈍い音が響き渡った。見ると、微かに震えながら、キャシーおばさんがメイの頭にメロンを投げつけていた。

「やめなさいって、言ってるでしょ。あんたの恥しい過去をディナにばらすわよ?」
「……お土産のメロンを人に投げつけるなんて……斬新ね」

 頭を押さえながら、涙目になって憎まれ口を叩くメイにキャシーおばさんは威嚇するみたいにフーッと唸った。
 キャシーおばさんが隠そうとするほど、余計に聞きたくなってしまう。

「大丈夫、ママ?」

 それより、メイは大丈夫かな? 結構、すごい音がしてたけど。

「大丈夫よ。ママは回復魔法が得意だから」

 そういう問題なのかな? ママは自分の頭に杖を向けながら立ち上がった。

「もう、ナギの前で子供っぽい事をさせないでちょうだい!」
「私の子供の頃の話をしだしたのはどっちだったかしら?」

 メイとキャシーおばさんは睨み合った。すると、すぐに可笑しそうに笑い始めた。

「こんな感じに、昔はくだらない事で喧嘩をよくしたわね」

 メイが言った。

「ええ、メイがあんまり無茶な事をするから、私はいつもヒヤヒヤしていたわ。魔法の森にオークを見に行ったり……」
「だ、だから、そういう話をしないでったら!」

 メイもキャシーおばさんも子供みたい。でも、キャシーおばさんの顔色は俺達が病室に入って来た時と比べると、格段に良くなっている気がする。
 これが友達なんだって感じた。俺も、メイとキャシーおばさんみたいな関係を作っていけるのかな……?

「ん? どうしたんだよ、ディナ?」
「な、なんでもない」

 つい、ナギの顔を見つめてしまった。ナギは首を傾げている。
 俺にとって、友達って言えるのはナギとリーファだけ。魔法学校で友達をちゃんと作れるのか、正直に言うと、凄く不安。だから、少なくともナギとは、これからもずっと、友達で居られるといいな。



「おお、ナギ達も来ていたか」

 キャシーおばさんに魔法の森の話をしてもらっていると、ナギのパパが両手に大きな紙袋を抱えて入って来た。

「あなた、いらっしゃい」
「今日は友人に貰った和菓子を持ってきたぞ」

 顔に大きな皺を刻みながら笑みを浮かべて、ナギのパパは両手の紙袋を持ち上げた。中には色々な種類のお菓子が入っていた。餡子のお団子なんかもある。なんだか、懐かしいな。

「ナギ、折角来てるんだから、今日は俺の所に泊まらないか? ディナとメイも――」
「いいよ別に。ディナ、リーファの伯父さんとこ、行ってみようぜ」
「え、ナギ?」

 ナギはおじさんの言葉を無視して、俺の手を取って、病室から飛び出した。転ばない様に足を動かしながら、俺はナギに声を掛けようとしたけど、ナギは何だか不機嫌そうで声を掛けられなかった。

「母ちゃんの前でだけ、親父面しやがって……」
「ナギ……」

 ボソッと、小さな声でナギが呟いたのが聞こえた。

「ねえ、やっぱり、おじさんの家に泊まろうよ」
「……そんな必要無いだろ」
「でも……」
「ウルサイな! そんなに言うなら、お前だけ泊まればいいだろ!」

 声が詰まった。ナギに怒鳴られた。それだけの事で、全身に力が入らなくなってしまう。

「……早く行こうぜ」

 ナギはそう言って、歩くのを再開した。ナギの怒っている顔を見る事が怖くて、顔を上げられない。
 ナギがおじさんを怒るのも無理無い事なのかもしれない。おじさんがナギと一緒に遊ぶ光景なんて、見た事が無い。仕事が忙しい上に、キャシーおばさんの事があるから、ナギに構っている時間が無いのは分かるけど……。


 リーファの伯父さんの家の場所は病院から魔法学校の方に向かう道沿いにあるって聞いたんだけど、中々見つからない。

「もうちょっと、特徴を聞いておけば良かったね」
「特徴って言ってもな……全部同じじゃねーか」

 ずらりと立ち並ぶ家並みはどれも同じ色で同じ形で見分けがつかない。個性といえば、玄関先の庭小人の形くらいだ。
 しばらく歩いていると、大通りに出てしまった。リーファに聞いた話だと、家の前は細い道だって聞いていたから、通り過ぎちゃったんだ。

「行き過ぎちゃったみた――」

 な、なに!? 言い切る前に、突然視界が真っ暗になった。突然の事に俺はパニックに陥った。暗い、怖い、何、何なの!? 助けて、ナギ!

「何やってんだよ、リーファ」

 ナギの呆れたような口調に頭が冷えた。

「リーファ?」
「もう、ディナに当ててもらおうと思ったのに」

 背後からリーファの不満そうな声が聞こえた。
 振り向くと、唇を尖らせるリーファが居た。リーファの耳元には可愛い翼の形のイヤリングが揺れている。おもちゃ屋さんに売っていた『翻訳機能付きの耳飾り』だ。
 あの時、おもちゃ屋さんでシャオリーさんにリーファを家に招待してもいいかを聞いた時、リーファのお姉さんとメイが話す時に不便が無いようにと買ってくれた。
 ちなみに、俺の耳飾りはリーファとお揃いの形の色違いで、リーファのイヤリングが銀色なのに対して、俺の耳飾りは金色。
 ナギの耳飾りは赤いドラゴンの形。赤龍はイギリスでは特別なドラゴンとされていて、人気の商品だったみたい。買った時はそれが最後の一つだった。
 それにしても、俺とリーファは髪が長いからあんまり目立たないけど、ナギの耳飾りは凄く目立つ。偏見かもしれないけど、ちょっと不良ぶってるみたいでちょっと可愛い。ナギはかっこいいと思っているみたいだから言えないけど。

「びっくりした……。こんにちは、リーファ」
「こんにちは、ディナ。ナギもこんにちは」
「おっす。リーファ、お前の伯父さんの家ってどこなんだ? 探したけど、全然分からなかったぞ」
「え? すぐそこだけど?」

 リーファが指差したのは、大通りに入る少し手前にある家だった。本当に目と鼻の先だったみたい。

「二人が前を通るのが見えたからドアを開けたんだけど、二人共、気付かないでそのまま行っちゃうんだもん」
「見分けつかねーよ、どれの家も同じじゃねーか!」
「注意が散漫になってるんじゃないの? それより、早く来て! 二人に食べてもらおうと思って、ケーキを焼いたの!」
「また、塩と砂糖を間違えるなんてコメディーは無いよな?」

 ナギはウンザリしたような顔で言った。リーファが家に来るようになってから、編み物だけじゃなく、一緒に料理の勉強をするようになった。
 料理の勉強では、俺がリーファの先生になる。と言っても、包丁の握り方や簡単な材料の切り方だけで、本格的な料理の仕方はメイに教えてもらってる。
 段々慣れてきて、二人で一緒にケーキを焼いた事があった。本を読みながら、二人で相談しながら頑張って作って、メイとナギに食べてもらった。
 あの時の二人の顔はちょっと忘れられない。メイは賢明に表情を崩さないようにしていたけど、俺でも分かるくらい、顔が引き攣っていたし、ナギに至っては今にも吐き出しそうだった。
 砂糖と塩を間違えるなんて、漫画の中だけだと思っていたけど、実際に自分達がやってしまうと、凄く情け無い気分になる。

「こ、今度は間違えてないよ! ちゃんと、味見をしたもん!」

 人に料理を出す前に味見をする。その大切さが身に染みて分かった。あの誰にとっても辛い記憶である事件の後、俺とリーファは味見を心掛けようと心に誓った。

「いや、だってよ……、ま、いいや」

 ナギは何か言いたそうだったけど、俺とリーファの顔を見て、肩を落として言った。


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