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[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/08/15 20:21
このSSはマブラヴALTERNATIVE~立ち上がれ 気高く舞え 天命を受けた戦士よ ~の続編?にあたるものです。
理解を深めるなら前作である上記の作品を読むことをお勧めしまう。
なおこれはオリジナル主人公もののためご了承ください。

三章12があまりにも誤字が多かったので編集す。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2007/12/26 23:20
御城衛。

本来はただの極々どんこにでもいるようなダメ人間であったのだが、原因不明ながらマヴラブの世界へと転移してしまうこととなった男だ。

そして彼は転移した先で生誕しダメ人間は更正され立派な若者として育った。

そう彼が「マブラヴALTERNATIVE~立ち上がれ 気高く舞え 天命を受けた戦士よ ~」の主人公である。

彼の生誕先である家は代々大日本帝国斯衛軍に所属、将軍家に仕えその守護を任としていた。

しかしそんな肩書きも彼の父の代で没落してしまう。

彼らを面白く思わない一部の上層部が陰謀を企てたのだ。

それから程なくして異星人と思われる侵略者、BETAに日本の国土を蹂躙される。

首都である京都は陥落、西日本全域は制圧され人的被害は国民の3割を死滅させられ、それを免れた者も苦しい生活を余儀なくされた。

そして半年後BETAの一大拠点である甲22号攻略作戦である明星作戦が発動。

見事に制圧に成功するがその際に父は戦死し、鳴海孝之が死人扱いになる。

そして翌年御城衛の物語が始まる。

御家再興を条件に帝国軍から国連軍への志願変更。

目的は大日本帝国現征威大将軍、煌武院悠陽の妹君である御剣冥夜の命。

さらに唯一の肉親である妹である御城柳を人質としてとられてしまったのだ。

この任務に苦しみながら半年間訓練に明け暮れることとなった。

しかし苦しいことだけではなく、彼は運命的出会いを果たすことにもなるのであった。

後に彼の妻となる女性、イリーナ・ピアティフとの出会いだ。

彼女に励まされ、あるいは励まし、互いに成長していった。

そして本来の主人公である白銀武と出会い本来の目的を目指すようになり、それに従い苦難もなくなったかに見えたそのときにそれは起こった。

彼も知っていたはずの12.5事件、沙霧大尉のクーデター未遂事件である。

本来なら知っていることのはずなのだが彼の上官である香月夕呼の実験に所為なのか知っているこの世界の記憶を欠落させてしまう。

だが知っていたとしても防げなかったのかもしれない。

兄と妹の殺し合い。

勝者は兄である衛であった。

心に深い傷を負いながらも新たな任務を与えられ妹の戦友たちとともに九州へと送られる。

そこで出会おう似たような傷を持つA-01第0中隊“エインヘリャル”隊長鳴海孝之と副隊長平慎二。

本来は中隊規模でありながら分隊まで数をすり減らしてしまった死人の部隊で彼は半年前と同じように孤立しようとする。

しかしそれを良しとしない妹の戦友である九羽、魅瀬、伊間の3人の娘。

酒を飲み交わすことにより自分の弱さを実感しそれに打ち勝つため三度立ち上がった。

九州の地から一転、朝鮮半島への定期間引き作戦。

そこで九羽たちのS-11の精神的刷り込み。

それを克服しようとあがき、新兵器であるXMNシステムの発動に成功し過去類に見ない損傷機や負傷者の帰還率を記録する。

休むことも発動する甲21号作戦。

大気圏外からの再突入作戦によりハイヴへの侵入を果たす。

だが溢れかえるBETAの群れに劣勢立たされ衛は撃墜されてしまう。

地上でも新兵器XG-70b凄乃皇が不調をきたし敗走へと追い込まれそうになっていた……が妹である柳が00ユニットと目覚め再起動。

鑑純夏の代わりに甲21号目標を制圧に成功する。

人々は沸き立ち白銀と御城は横浜基地で再開を果たす。

親交深める両部隊。

妹の復活をみて喜ぶ衛だがそれはすぐに打ち砕かれた。

大規模侵攻をBETAが仕掛けてきたのだ。

迎撃に出るエインヘリャルたち国連軍に帝国、さらに大東亜連合軍。

その努力の甲斐がありかろうじて殲滅に成功するもXG-70bと00ユニット予備機である柳を失うこととなる。

再び最愛の妹を失う衛。

その悲しみとともに元の世界の記憶を取り戻した。

御城衛が知った彼がこの世界に呼ばれた理由、白銀武を鑑純夏とは別の女性と幸せな道を歩ませることであった。

それを知り彼は怒り悲嘆したことだろう。

だが彼はその運命を受け入れ歩みを駆け足へと早めるのであった。

そして人類乾坤一擲の作戦、甲1号目標、オリジナルハイヴ攻略作戦“桜花作戦”の発動。

多大な犠牲を払いながらも最深部へと後一歩のところまで辿り着く。

そこで起こるBETAの新たな脅威。

戦術機の鹵獲、再利用しての迎撃である。

圧倒的な数に分散させられた戦力で立ち向かうが死人こそださずとも重傷者を多数だしてしまった。

死力を尽くして最深部へと辿りついたそこにはあ号標的と妹の柳とそっくりの衛士級BETAとでも形容すればいいのか、

BETA製の人間が米軍最新鋭機であるラプターと共にそこにいた。

再び妹殺しをしなければならない状況。

それを止めようと死に体の鑑純夏は最期の力を振り絞り、あ号へのハッキングに挑んだ。

その結果……世界は30年の猶予を手にすることができたのである。



だが彼が1度目の世界で鑑純夏の望みを適える事ができたのであろうか?

白銀武でさえ彼の可能性を多数集め、近しいものを殆ど失ってようやく掴んだ未来をただの1度で掴めるのか?

……答えは鑑純夏が知っていたのではないか?


『ああああ……行かなきゃはやく行かなきゃ、また取り返しのつかないことになっちゃう……』


この一言は横浜基地の地下で彼女が自身が言った言葉だ。

12.5事件での彼女の悲劇のことを指して言ったのだろうか?

それもあるだろうが、BETAに襲われたわけではない。

単に彼女の死を恐れたからだろうか?

…………それはこれから語ることにしよう。

マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~

乞うご期待。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第一章その1
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/01/04 16:44
世の中はどういうわけか人が思っている以上に腐っている。

決して民草には見せないが上層部は大なり小なり権力争いが常に起こっており、陰謀と欲が渦巻く万魔殿といったところだ。

だがそれでこその人であり、今日まで生き残ってこれた要因でもある。

その要因の中に私も入っているのか。

御城衛は考えついた答えに頬を歪ませ自嘲の笑みを作る。

時は2001年3月26日。

白銀という英雄がやってくる約半年前のことだ。

そして、人類の未来を切り開いた10ヶ月前の時でもある。

……御城衛は帝国斯衛軍に入隊することになっていたのだが、とある下郎によって国連軍へと入隊させられることとなった。

表向きは現征威大将軍の双子の妹の警護であるが、それは表向きであり、本当の任務は公式には認められていないその双子の妹である御剣冥夜の暗殺である。

没落した家の若き嫡男が御家再興目指し、チャンスとして将軍家のお側役を仰せつかった……といえばそれなりに理由がある。

だが不自然な点はあるにはあるが偽装として十分すぎる理由であり、その程度のことなら目がいってくれる分下郎たちが動きやすくなる。

そうして選ばれ送迎車の後部座席で窓の外に流れる景色とエンジン音をBGMにこれから待ち受けている辛い現実を静かに待っている。


「見えてきたぞ未来の衛士君」


廃墟と化した町並みに撃墜されたファントムを見つけたところで送迎者の運転をしている男に声を掛けられる。

彼は私の任務も家柄でさえ知らされていないのであろう、声は自然であり人類を守るであろううら若き青年を応援するような声色だ。

内心少しイラつくが嫌味のように任務内容の確認をされるより遙かに良い。

窓の外に向けていた視線を前方のフロントガラスに目を向ける。

そこには丘の上に陣取っている灰色の施設が見えてきた。


「あそこが国連太平洋方面第11軍・国連軍日本国内最大の規模を誇る横浜基地だ。

 わかっているとは思うが、そこの衛士訓練校にお前さんは入隊することとなる。

 今時珍しい男だしっかりといい衛士になってくれよ?」

「……元よりその覚悟ですよ」

「そうか、なら期待も倍増だ。頑張ってくれよ」


そういうやり取りしている間に景色は斜めになり、車が丘を登りはじめる。

BETAとG弾により荒らされた土地は春だというのに季節感を全く感じさせない退廃した空気を生み出している。

廃墟の中の鉄屑がそれをより一層高めている。

…………父上もここで戦死したのか。

色合いがない景色に目を背けようとしたとき、目に季節を感じさせるものが飛び込んでくる。


「並木……?」


それは舗装された道路の横に植えられた木だった。

BETAやG弾の影響で植生がなくなったと聞いていたのだが……どうやら土壌を移植したらしい。

しかし枯れていては意味がないと思い御城は再び目を離そうとするが気になってよく見てみることにした。

目を凝らしてみると枝に転々と突起物が生えているようだ。

あれは……?


「おったまげたなぁ。桜のつぼみじゃないか」

「桜……」

「あんた運が良いんじゃないか?このままいくと入隊式には丁度満開になるぞ」


満開の桜か……。

京都にいたときは桜吹雪の中を歩いて季節を感じていたか。

妹はそんな中お兄様とお兄様と騒ぎひょこひょことついてきていたっけな。

……少しだけ御城の頬に心からの笑みが咲いた。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第一章その1


軍隊において食事というものはある種の娯楽性を秘めている。

特にこの横浜基地においてそれは顕著なものだと御城は勝手に思っていた。

入隊宣誓も満開の桜とともに向かえ新しき戦友たちと出会った。

まあ、御城には“俺”という元々の世界の記憶があるから面子は知っていたのだが直接会うとなる別だ。

さらにいえば“俺”の記憶にはないいわゆる作中に出てこなかった人物に会うことは新鮮でないわけがないのである。

そして京塚曹長の作る食軍は軍隊食事では珍しいいわゆるお袋の味を感じさせてくれる。

何もかもが新鮮ですばらしいことこの上ない。

顔が緩みつつ引き締まり、矛盾した表情は清々しいといったものになっていた。

だが横合いから聞こえてきた声に御城の思考は一旦停止させられてしまう。


「何清々しい顔で考え事をしている御城?飯が冷えてしまうぞ」

「ん、ああ済まぬ麻倉殿」

「殿はやめろ。自分が良家の娘と思われそうで気が重い」


御城の隣に座る少し山吹色の短髪の女性、麻倉は手に持った茶碗を口に近づけながら訂正を促す。

彼女はそのまま箸で茶碗の中身をかきこみ始め、その表情を隠してしまう。

……場所はPX。

いわゆる朝食時であり、1日の活力を得るために食事とコミュニケーションをとっている最中なのである。

食事時に考え事をしているなどマナー違反だから麻倉の指摘はあながち間違いではないだろう。

ただし、出会って数日のうちに何かと注意してきてお節介な印象を受けてしまったのは別問題だが。

そのコミュニケーションの一環、国連軍に入ったばかりのため親交を深めようと机をはさんで高原の正面の翠色の髪をポニーテイルにした女性、高原が声を掛ける。


「ねえ、麻倉さんってなんで良家のお嬢さんと思われるのが嫌なの?」

「そうじゃない。自分のようなガサツなものが良家のものなら本当の良家の人に申し訳が立たないからだ。まあ……言われる分には気分は悪くないんだがな」

「だってさ、御城君♪」

「あ、ああ」


御城は適当に相槌をうつと恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じ、それを隠すために味噌汁のお椀口元へ持ってくると一気に喉へと流し込む。

これまで妹との生活が長かったためにこれだけ沢山の女性に囲まれるのは久方ぶりのことである。

彼とて人の子男の子なのだ。

それを知ってから知らずか高原は何かと話題を御城に振りたがり意見を求めてくる。

座学のわからないことを教える分はいいのだが、御城をネタにからかうのは勘弁願いたいと思っている。

……一方御城は疑念を抱かざるえない。

ここは横浜基地衛士訓練校なのは間違いないし、神宮司教官が教官であることも間違いはない。

“俺”の記憶も間違いなくこの場所がこの世界であることを裏付けている。

が。

何故この分隊に配属されることになったのか?

その疑問がここ毎日のようにダチョウが荒野を走り抜けるが如く頭の中を駆け巡っている。

その疑問を他所に日々は過ぎこうして任務を継続してよいのか迷いを抱いている。

最初は孤立して自分が傷つかないように使用と考えていたのだが、混乱が彼の意向を無視し、部隊内での親交は日に日に深まっていく。


「み、みじょうくん。早く食べねえと訓練に遅れるんでねえの?」


今度は黒髪にコロコロと転がりそうなほど大きな目をした可愛らしく……胸が妙に発達した女の子(こういう風に表現したほうが正しいような気がしたため)が箸が止まっているのを高原に変わって指摘してくる。

このように最早日常会話は当たり前のような近しくはないが友人と認知できるくらいの関係になっており、このままいけば間違いなく戦友となるであろう。

それはそうと彼女の語尾があってから何十度目かの不自然なことに気がつき御城も一言だけ呟いてみる。


「……でねえの?」

「ふぇっ!?違う遅れるんでねえんですか?」

「……ああ了解した」


ただ訛りに敬語をくっつけただけなのだが訂正するのも面倒なのでそのまま相槌をうってやる。

“俺”の記憶では猫になった娘とあるが……こんなキャラだったのか築地よ。

慌てなければいわゆる共通語を話せるのだがどうも訛りのほうが地のようだ。

まあ、地方出身なのだから当たり前といえば当たり前なのだが。

しかしそれで済まさないものがこの場にはいた。


「多恵、あんたなんか訛ってない?」

「むぇっ?!!訛ってなんかねえんだべよ」


それを聞くと相槌すらうつのが面倒なのか、注意してなお訛ったことに呆れて沈黙したのかはわからないが、築地の隣に座る赤毛の少女はとりあえず溜め息を吐いた。。

彼女の名は涼宮茜。

この分隊の分隊長を務める元気一杯実力上位……そして分隊で一番背丈が小さな女性だ。

どうも築地の反応に戸惑いを覚えることが多いようで、時折困った表情を見せている。

ここまで言えばわかるだろう。

この分隊はあの分隊ではないということに。

御城の様子に気がついたのか青い髪の“短髪”の女性が声を掛けてくる。


「やれやれ御城もちょっと肩身狭いかな?」

「女性に1人だけでこんなに囲まれたことなどないからな。柏木殿」


そう彼女は柏木晴子。

“俺”の記憶によればA-01第9中隊通称伊隅ヴァルキリーズに所属していた視野が広く極めて優秀な支援系衛士だ。

元々はこの分隊に所属していたことは記憶している。

が、この場でこうも親交を深めるなど御城の考えられる予定には全くなかったのである。


「ははは、あらまた殿づけ?私のことは晴子でいいよ」


柏木は笑いながらそう呼ぶように促す。

そこで私は“俺”の記憶を検索し、ちょっとした冗談を思いつき、内心ニヤリと笑いながら冗談……呼び方を試してみることにした。


「……ではハルーと呼ばせてもらおう」

「……はっ?」


言葉こそ短いが思った以上に反応が厳しいものだった。

具体的にいえばハルーと呼んだ瞬間眉を顰め、目が細まり、口元は次の言葉が出ないといったように開け放たれた。

つまり怪訝な表情を浮かべたのであった。

それに気がつくと御城は苦笑いを浮かべながら降参の意を示すために両手を挙げつつ口を開いた。

「……冗談だ。柏木」

「……今の冗談は人によっては怒るかもしれないから気をつけたほうが良いよ?……まあそれはそれとしてそろそろ片付けようか。じゃないと神宮司教官にどやされちゃうからね」


皆了解したとばかりに食器を纏め始める。

遅刻は何よりも恥じることであり、やってはいけないことなのだ。

それに神宮司教官の追加訓練が恐いのも事実。

……神宮司教官は実のところ他の訓練所の教官よりもほんの少しだけ優しいのだが、それは女性ゆえのものであって訓練に手加減を入れているわけではない。

むしろ肉体面では厳しく、罵詈雑言が少々柔らかい、そこが優しいということだ。

何度が帝国の訓練校を覗いたことがあったが、下品な言葉や屑扱いなど当たり前だったのをよく覚えている。

……華やかな分隊、B分隊にも負けず劣らずの部隊、第207衛士訓練部隊A分隊。

涼宮を分隊長とし柏木、築地、高原、麻倉、そして御城を入れた訓練部隊だ。

榊達B分隊と好敵手の関係を築いている。

それと御城が配属されるには少々おかしい配置であり、それが彼を混乱させることとなっている。

さらに彼の英才教育が生んだ衛士としての能力をどうするべきか、本来の目的はどうやって果たすのか、考えることは手に届くほどあった。

しかし望む望まない関係なく、始まりはここからなのである。

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帝都のとある執務室

「ぬわぁんだとぉぉぉぉーーーーーーーー!?」


何時もは厳かな雰囲気と忙しさに包まれているそこに似つかわしくない叫び声が反響する。

部屋の前の通路を通ったものが居たらおもわず足を止めてしまうくらいの声量だった。

その声の主である小太りな男、北見権蔵は狼狽に狼狽を重ねていた。


「ぬわぁんだと、ぬわぁんだと、ぬわぁんだとぬわぁんだとぬわぁんだとぬわぁんだとぬわぁんだとぬわぁんだ――痛っ」


なれない早口を行った所為でどうやら舌を噛んだらしい。

そこでようやっと本当のこの部屋の主は耳から手を放す。

何故こんな男と私が組んでいるのだ?

部屋の主である将官は溜め息をついた。

私だって部下の無能さに苦汁をなめさせられたのだ。

嘆きたいのは私のほうだ。


「……落ち着きましたか?報告は以上。計画に大きな穴が開きましたが修正は如何様に?」

「お前は馬鹿か?計画修正も何も計画がいきなりつまずいたのだ。国連に入ってしまった以上こちらから負いそれ手が出せんわ」

「では監視の役割くらいにしかなりませんな」

「当たり前だ!!」


北見権蔵は余程腹立たしいのか地団駄を踏み顔を怒らせながらドアを乱暴に開けてさっさ出て行ってしまう。

早速計画の練り直しを相談にでも行ったのだろう。

しかしよくもまあ見事に出鼻を砕かれたものだ。

まさか御城衛が根回しの失敗で目標と分断されてしまうとはな。

まあ、修正案の予想は検討がついているがな。

手元の資料をちらりと目を下ろしその標的になるであろう人物に同情する。

そして隣の資料に目を移すと同情の色は憎悪の色に塗り変えられる。

双子は将軍家には不要。

日本の再生はまず小娘を葬ってからだ。

……さて無能な部下には少し教育が必要かな。

受話器を手に取り無能な部下に連絡を入れた。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第一章その2
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/01/17 23:12
朗々と耳に響く女性の声。

昼下がりの丁度眠たくなる時間、瞼が重くなるのを必死に堪えてその声、神宮司教官の講義を聞き逃さないように過ごしている……

……高原を眺めながら、御城は何度か聞いたことがある講義を受けていた。

良家の生まれとはいえ御城とて人の子である。

何度も聞かされた講義内容を真剣に聞き続けるほど生真面目ではないので、高原の今にも寝そうになっている顔を愛でているのだ。

うつらうつらと舟を漕ぐ大きさが徐々に大きくなっており、それに本人が気づき頭を振ったり頬をつねって起きようと頑張る。

そして再び舟を漕ぎはじめる……。

御城はそのループを可愛らしいと思い、講義を半分おざなりにして目の保養に勤しんでいるのだ。

当然その様子に神宮司教官こと神宮司まりもは気づいており、その証拠に段々目の端が釣りあがり始めている。

しかし、彼女が御城の不真面目な態度に腹を立てているのか、高原の失態に対して怒っているのかはわからない。

何れにしろ御城はこう考える。

そろそろ潮時だな、と。

それに女性の寝顔を見続けるのは失礼だということもあり、彼女を頑張って起こすことにした。

御城はそろそろと手を伸ばし高原の肩を指先で突っつく。

その行動を神宮司教官は見過ごしてくれたのか教本で顔を隠して講義を続けている。

だが、肝心の高原といえば肩を突かれたことにまったく気づかず舟を漕ぎ続け、口からは涎まで垂らそうとしている始末。

さすがに神宮司教官の不自然な様子に気づいたのか周りの訓練生達も気がつき始め、207訓練小隊全員があからさまではないが高原と御城に視線を送り始めた。

ある視線は好奇心を纏わせ、呆れたものもあり、怪訝なものもある。

はたまた我関さずと視線をすぐに前へと戻す、といったように多種多様な反応だ。

御城は多数の視線を浴びて少々焦りを覚えたのか突っつくのをやめ肩を掴み揺らすことで起こそうとするが、高原は気持ちよさそうに唸り声を出す。

これはこれで一種の才能なのかもしれないと思うが、今はそんなことを言ってる場合ではない。

徐々に教官の声が静かになってきているような気がするのだ。

このままではフル装備でトラックを何週するかわからない。

自分だけならまだしもここは軍隊、連帯責任をとわれ皆が被害を被る可能性が高い。

仕方ないいつも妹にやっていた方法にで起こしてみるか。

後に御城は語る。

状況判断と人間関係をしっかり把握していないと碌な事にならない、と。

御城は肩に乗せていた手を一旦離し、その手を麻倉の頭の上へと持っていきそのまま下ろした。

その手は相手を傷つけまいとしての配慮とは優しすぎる程穏やかで羽毛が無音で舞うようだった。

ポフ……ナデナデ。

……つまるところ頭を撫でたのである。

そして耳元に口を寄せて一言。


「起きろ、高原」


暖かな口調とは裏腹に小さな世界は氷河期を迎えることとなった。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第一章その2


「御城君って実のところ変態なんじゃない?」

「すました顔の下に覗く変態の顔……ありえないことじゃないな」

「わわわ、私は前から怪しいと思ってたんだよ」


汗水流した地獄の追加訓練……。

昼下がりの出来事は神宮司教官のしごきにより締めくくることとなってしまった。

そしてもはや定番となったPXでの雑談……ではなく御城へのいじめが現在進行中である。

その話題にされている御城といえば一人話の輪から外されており、肩身の狭さを痛感させられている。

自業自得とはいえセクハラまがいのことをしたのだから仕方がないと思っており、それは反省の色を文字通り顔を蒼くすることで示していた。

しかし女性陣はそれで許すことはせず、日頃の鬱憤を晴らすが如く……とまではいかないが冗談交じりにいじめて続けている。

しかも筆頭に熱く扱き下ろしているのは築地なのだ。

なぜ築地が?

御城は彼女が潔癖なのだろうと考えていたが、さっきから引き合いに高原ではなく涼宮を持ってくる辺りがどうもわからず首を傾げてしまう。

引き合いに出されている涼宮といえば少し困った顔をしながら築地の言葉聞いている。

……というか分隊長なら止めてください。

只でさえ女性の中に男が1人の隊なのだから色んな意味で落ち着かないのだ。

白銀はよくもまあこんな空間で普通にしていられたものだと感心してしまう。

まだこの世界にいない男に素直に賛辞を送る御城……とはいえ朴念仁過ぎるからなのではとも考えているので賛辞はすぐに取り消すのであった。

こうして現実逃避してもまだ女性陣の話は終わる気配をみせず、盛り上がっている。

一方御城をこんな状況へと追い込んだ一端を担う高原はというと――。


「でもねえ結構撫で方が心地よかったよ。最後の一言はちょっと恥ずかしいけど恋人にああいうこと言われたら蕩けちゃうかも」


――そんなことを口にしながら頬に手を持っていき夢見心地な表情を浮かべうっとりとしている。

それに対して麻倉はもう慣れたといわんばかりの態度でいつも用に相槌をうつことにした。


「それならいっそ御城を恋人にしてみるのはどうだ?案外お似合いかもしれないぞ?」

「ん~それもいいかも。顔は悪くはないし、性格……は大丈夫だと思うから……うん♪」

「うん♪……じゃないよ全く、この娘は……」


麻倉は予想した反応通りだったのか指で眉間を揉み解しながら呆れた。

皆それに同意するように苦笑いを浮かべ、その苦笑いは転じて御城の方を向いて高原の発言に対する反応を窺い始めた。

それは若者特有の好奇心であり、罰の意味を込めてのからかいだ。

御城はその標的にされ、そして彼女達の期待したとおりの反応を示すことになった。


「……見事に真っ赤だね」


柏木の一言が全てを物語っていた。

御城自身もよくよく考えてみればそれほど親しくしていた女性がいなかった気がつく。

いるにしても妹と他家の目上の女性としか交流がなかったため、今回の女性への対応を妹と同じ感覚でやってしまったのだ。

まあ、本人は知らないだろうがあれをやることは身内でも珍しいことなのだが、知らぬが華というものだ。

女性陣はそんな御城の反応に満足すると涼宮が各人の目配せをする。

それに皆頷き、確認すると椅子から立ち上がり御城の肩へと手を置く。


「御城君は反省した?」

「……反省した。それはそれは海より深く反省した」

「ははは、それは顔色見ればわかったからよし。皆許してくれる……高原さんも許してくれるっていうからなんだけどね。

 まあ、最初から気にしてなかったみたいだけど。でも皆がみんな高原さんみたいな対応されたら許すわけじゃないから注意してね。

 それで御城君が孤立するのはあたしも嫌だからさ」


ここで気がついた。

御城が御城なりに周りを気遣っているように皆も御城を気遣っていたのだ。

今回の一件は口実であり、207訓練小隊内で唯一の男であるということを認識させるとともにその中での振舞い方を教えてくれたのだ。

それは隊内での規律のためといえばそれまでだが、彼女達なりに不器用な彼のための不器用だがストレートな教えだった。


「……余計な心配をさせてしまったようだな。すまん」

「そう思うなら今後私たちA分隊のためにがんばってよ。B分隊には負けられないんだから」


涼宮は気合を入れるように御城の肩に乗せられた手でその肩を叩く。

まだ訓練を始めたばかりの華奢な腕は鍛えられた御城に痛くも痒くもないがその決意は伝わってくる。

彼女の言葉を補足するように高原が口を開く。


「それに皆御城がすごいやつって知っている。理解が早いし、我々よりも知識もそれなりにあるみたいだからな」

「皆知っているというより麻倉さんが一番初めに気づいたんだけどね~柏木さん?」

「そうだね。私も最近気づいたけどそれより早く気づいていたみたいだから……よく観察してるなって感心したな」

「べ、別にそんなことはない」


柏木の台詞後半の微妙なニュアンスに高原は思い当たることがあるのか少々慌てる。

御城は妹が何か隠している時にこういった反応をすると知っているが、聞かずにおくほうがいいことと知っていたのであえて知らないふりをする。


「さてさてそう言う事だからいじめもこれくらいにしてなんか遊ぼうか?」

「娯楽なくして人生はやっていけない……そういうことか?」

「何でもとにかくいいからコミュニケーションタイム開始ッ!これは分隊長命令よ」

「わ、わかった。茜ちゃん私とおはじきやろうよ」

「麻倉さ~んわたしといいことしない?」

「お手玉か……中の小豆を食べるような真似をするなよ」


各人おもいおもいの遊びを始める。

このときは訓練兵ではなく素の表情へ戻る時間だから皆はしゃいでいるのだ。

その中には御城も含まれていた。


「柏木、将棋はできるか?良ければ相手してくれると助かる」

「いいよ。家の男衆は将棋やるから相手にしてたんだよ。で、飛車角抜きでいい?」

「……凄い自信だな」

「あ、ごめん。弟たちは弱かったからいつもそれでやってたから」

「…………弟」

「…………じゃあ普通に始めようか」


微妙な雰囲気で始まった将棋も後にお互い認め合う名勝負へと発展するのであった。

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昼も夜もわからない地下施設。

時間という概念を確かめることができるのは時計というなの機械しかこの空間にはない。

しかしこの施設には時間の概念はあまり必要としていない雰囲気が流れているのだから誰もがそんなことを気にしなかったし、この区がの施設はとりわけそうだ。

白衣を着た面々がパソコンのディスプレイにかじり付きそこに表示されたデータに唸り声を上げる。

そんなことをしている間に朝から夜になっているなんて日常的なのだ。

休憩したければ地上に顔を出しにいく。

幸いモグラのように目は退化していないので日の光で眼球が焼けることもないから。

そんな中に宝石と呼べるような美貌を持った女性が2人話し込んでいる。

話し込んでいるといっても研究や他の仕事に関する進行状況なのだが、この2人がいるだけで場の雰囲気は別物になるのだから研究員たちにとってありがたいことこの上ない。

しかし彼女たちは長居するつもりはないのかあらかた話すとここには用はないといわんばかりに踵を返す。

残念……そんな声がどこからか上がる。

だがそれも数秒研究員達はすぐに仕事へと戻っていった。

……通路にでた2人、金髪の女性が紫の髪の女性にお別れとばかりに最後の報告をした。


「副司令、A分隊に配属された例の男ですがユニットの適正があることが確認。男としては非常に珍しい数値を出しました」

「へえ、どこぞの馬鹿が送り込んできた割には使えるわね。後々面倒だからって適当に操作させたつもりだけど思わぬ拾い物だわ。

 ピアティフ、帝都の馬鹿たちの動きは?」

「問題ありません。計画自体穴だらけのもののようで既に頓挫寸前かと。身内である妹を使う計画が提案されるという話がありますが現在捜査中……ですが――」

「ですが?」

「――ですがその妹自体が既に動き始めているとか。詳細はこれも捜査中です」

「……特に問題はないわね。これは男……御城だっけ?そいつには間違っても伝えないでね。妹に関してはユニット適正の確認を優先的に調べなさい。

 それ以外は静観して余計な手出しは無用」

「それも適正を調べるためですか?」

「無論よ」


それに頷く金髪の女性、イリーナ・ピアティフは堅苦しくならない程度に敬礼すると副司令と呼んだ女性と逆に進んで去っていく。

副司令と呼ばれた女性、香月夕呼はそんな彼女の後ろ姿を見送ると首を左右に傾けつつ肩を揉んだ。

そして一言漏らす。


「結構面倒ごとが続きそうな気がするわ」

----------------------------------------------------------------------------------------

白稜の丘から見る景色は夜という時間もあって酷く暗いものになっていた。

見下ろす大地には光というものは存在せず只月明かりが薄く照らしているだけだ。

鎮魂歌を謡うなら丁度いいのかもしれない。

御城はそんなことを考えてしまうほど悲しいとこの景色を見て思う。

いや、思わないほうがおかしいだろう。

この基地に着たときは昼であり、見渡せる範囲こそ広くなるが、太陽は陰鬱さを打ち消してしまうからだ。

しかし夜に降り注ぐ光、月明かりは陰鬱さを増大させてしまう。

昼に1人でバイオリンを弾けば拍手されるかもしれないが、夜1人で引けば気味悪がれることのほうが多い。

月明かりに照らされる今の私はどうなのであろうか?

御城は最近は忘れかけていたここに来た理由について思い出す。

御剣冥夜の暗殺。

この任務はいかようにして遂行……せずに済むのだろうかと。

妹は既に人質に取られている可能性が高い以上下手に動くとそのまま――ということになりかねない。

かといってこの基地の香月夕呼に助けを求めることなど論外だ。

ただの訓練兵に誰が耳を傾けるというのだ。

白銀武はいろんな意味で香月夕呼の興味を誘ったがゆえに利用してもらえたが、自分には全く何もないのだ。

社霞にリーディングしてもらうか?

それもダメだ。

下手したら消されて終わりだ。

社を呼ぶために機密をペラペラ喋るような男など信用することはまずない。

いきなり僕は未来を知ってますなどで白銀みたいにできる地盤がないのだ。

少々脱線しながらもそんな苦悩がいまさらながら襲ってくる。

が、その思考を中断しなければならなくなった。

後ろから聞こえてくる土を蹴る音が鼓膜へと響き、厳格な気配を背中が感じたからだ。

その気配の主を確認するためにゆっくりと動揺を悟られないように振り向く。

……月明かりは陰鬱さを増大させるといったが、違うこともある。

それは夜空を見上げれば月明かりや星々の輝きは人の心を清めてくれる神秘的な力だ。


「御城衛か……久しいとでもいえばいいか?」


その月明かりに守護された女性、月詠真那がそこに立っていた。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第一章その3
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/01/16 22:59
人の運命は奇なり。

運命を感じた人間は大抵運命のことを聞かれるとこう答える。

生涯の伴侶を得たときしかり、戦場で奇跡の生還をしたものしかり。

そう運命とは誰もが知りえないことであり、運命は起きたことの後に感じるものなのだ。

感動的な話や悲劇的な話でも運命的だというのは話を聞いた後なのだ。

白銀武がこの世界に呼ばれたことも、ことを成した後に運命的なことであった知った。

だから私はこう考えるする。

運命を知った人間の運命は本当に運命なのだろうか?

また運命は変えられるというが本当に変えられるのであろうか?

それに対してこう考える。

運命は知った瞬間運命は運命でなくなり新たな運命が確立する。

いやそれを知ることでさえも運命であり、運命を変えたと思った人間は後にあれは運命だったのではと考えるかもしれない。

何れにしろ運命を知った人間は思考を捕らわれがちになるだろう。

白銀武がそうであったように御城衛もそうなのだ。

それが思考のベクトルが全く違うものでありかなり私事なことだとしても。



マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第一章その3



握っては開き、開いては握る。

そんな単純な動きにはなんら意味はないが、意味を持たせることは可能だ。

意味を持たせるとしたらその手で何を掴むのか、何を掴んでいるのか、などいずれにしても心の問題である。

御城衛はその行いを訓練中でありながらやっており、明らかに集中できていないことを如実にあらわしていた。

今は狙撃訓練を行っているのだが、撃ってはスコープから目を離し手元の感触を確かめるふりをして何かを掴もうと蠢かす。

酷いときは狙っている最中にグリップを強く握ったり弱く握ったり危険なことを無意識にするほど何か思いつめている。

さらにそれとなく視線がA分隊の仲間……ではなく、B分隊の御剣冥夜に向けられ、その度に溜め息をつくのだ。

そんな様子に同部隊の仲間が気づかぬわけがない。

神宮司教官に怒られしごかれている時でさえその様子が変わらないのなら気がつかないほうが可笑しい。

まあ、若干気づかない人間がいたりいなかったりするがそれはこの際無視する。

207A分隊分隊長である涼宮茜も当然御城の様子に気づいており、眉根を顰めている最中である。

何か悩み事かと考えてみたが、あの男が腹を割って話すことはまず女である私たちにはないだろうと即座に判断する。

お国柄男が女に弱みを見せるなど考えにくいからだ。

かといって軍隊的にはそんなことは関係なく分隊長命令なりなんなりで聞き出せばいいが後々しこりが残るのも総合戦闘技術評価演習が近いから避けたいところなのだ。

人間って少しのことで悩むくせがあるからなあ……。

そう考えてみてある男の背中とその背中を見つめる2人の女の姿を思い出す。

……自分もその一人だからなあ。

思わず苦笑いを口元に咲かせてしまった

そこでふ、と気がついた。

御剣さんのことを見ては溜め息をつく……自分の過去の行動を思い出させる憂いを感じさせるものだ。

そして握ったり開いたりする手……これはちょっとわからないけど告白したいけどそれをする勇気ができないでいるモヤモヤ感をあらわしているのかもしれない。

涼宮なりの強引な介錯ではあるが、傍から見れば恋に悩む男の子に見えなくもない。

こういうときの涼宮茜という人間は積極的に動く。

その気性ゆえ皆を引っ張れると判断し神宮司教官は分隊長として任命したのだ。

客観的にものを見るとなれば柏木のほうが指揮官としての資質があるが、彼女どうもそういうのはガラではなく、軍隊教育の観点では外さざるえなかったのだ。

だが涼宮とて決して無能というわけではなくちゃんと指揮官としてやっていけるだけの能力も持ち合わせているのだ。

指揮官として訓練の時点で好まれやすいか好まれにくいかの差なのである。


「状況終了!小隊集まれ!」


都合よく訓練が終わったようだ。

彼女の好敵手B分隊の分隊長を務め、親友でもある榊千鶴へ訓練後に話を持っていくことにした。

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「は?アカネのところの御城君がうちの御剣さんに恋してる?何それ」

「しーーーーーッ!声が大きいよ千鶴」


とある通路での立ち話。

通路というものは以外に声を響き渡る構造になっているのでちょっとした声で只の通行人にも聞かれかねないものだ。

だが今の時間ではPXにて話のネタになっている人物がいるだろうし、かといって今から彼女達の部屋へと移動するのも時間的に微妙だった。

ならば立ち話ついでにちょっとしたお願いをしようと思い小声で用件だけを伝えようとしたのだ。

その話を聞かされた榊といえば、明らかに呆れている。

総合技術評価演習も近いからちょっとした緊張を持ち始めていて、その競い合う好敵手に呼ばれたのだからお互いの気持ちの確認をするのだろうと思っていたのだ、

そして蓋を開けてみれば207訓練小隊唯一の男である御城の恋愛疑惑ときたのだから呆れてしまうの無理はない。

涼宮とて呆れた理由は察しており、ごめんと小声で謝るのだった。

しかし、それで終わらせることはなくその用件を伝えるために口を開いた。


「千鶴には悪いんだけどさ、遠まわしに御剣さんじゃなくてもいいからそっちで御城君の評判を聞いておきたいんだ。

 お節介どころか首突っ込むようで良い気分はしないけど、総戦技演習まであと少しだから不安を残しときたくないんだ。

 今日も見てたと思うんだけどまさに心ここにあらずって感じで訓練にも身が入ってないみたいだから少しだけ評判を聞かせるだけでもっ……て」

「……事情は察するわ。でも御城君に対する評価なんて他人のまさにそれよ?

 男として見るには私も含めてうちの分隊全員親しくしてないから無理ないけどね」

「やっぱりそうなの?ん~脚色して良い評判と伝えてもいいけど、実際に親しくする段階になったとすると……」


涼宮はこれからのことをシミュレーションし、今の状態を改善できるかどうかを検討する。

しかし、あまり結果はよろしくないのか唸り声をあげるばかりである。

それを見かねたのか榊は溜め息をつくと腕を組みながら口を開く。


「仕方ないわねえ。今日当たりの夕方辺りまでに遠まわしにだけど皆に聞いておくから。

 あと個人的な意見だけど脚色はしないほうがいいわよ。

 軍隊でもそうだけど情報は正確にかつ迅速に……結果が良くなかったら伝えないほうが無難だけどね」

「ありがとう。さすが千鶴たよりになる~。大丈夫そこまであたしは馬鹿じゃないから。

 そっちもなんか困ってるんだったら相談に乗るよ。遠慮はなしだからね」

「ありがとうアカネ。そろそろ皆が心配するだろうから行ったほうがいいわよ?私は教官室に呼ばれているから……」

「あ、もうそんな時間?私は行くから千鶴も早く用事済ませてきなって。分隊長がいなくちゃ隊は始まらないんだからね」


そういうと手を振り足早にその場を去っていく涼宮。

気持ちいいのかややスキップのように、半ば小躍りしている後姿を見送る榊だが溜め息を一つ吐いてしまう。

溜め息ついでの呟きを一つ零してしまう。


「私の不安なんて私でしか解決できないもの。アカネには悪いけど……相談なんてできるものじゃないわ。

 むしろそっちの悩みのほうが……」


そこまで言いかけて口を急いで噤み、出そうになった声を飲み込む。

これ以上言葉を続けたらアカネの友人を続けてはいけなくなってしまう、そう思ったからだ。

神宮司教官に呼ばれた理由も察しついており、それが自分を苛立たせているのだと冷静に分析する。

……こんな癇癪もちじゃ実戦だと危ないかもしれないわね。

そう考えながら教官室へと重い足取りで向かうのであった。

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『唯一の肉親を置いて何故国連などにいる?』


既に問われてから大分たったのにあの夜のことが脳裏に再び言われたかのように反響する。


『御家再興が目的なれば斯衛軍に入隊するが上策……国連にいても何ら益になるものなどない。

 貴様が我々がここにいる理由ぐらい知っているだろう?知っているのなら貴様がここに来る理由など毛ほどもないし、必要ない。

 他にあるとすれば謀のためにここに来たか……それとも只の気まぐれか……いや、ここの基地のことを考えると――』


月詠中尉が一旦口を噤み何やら考え事をするように目を逸らしながら考え込んでいた。


『――何れにしろ、動く理由には十分すぎるか……御城、貴様に問わさせてもらう。お前の心の中心に何がある?』


そのとき私は即答することができてしまった。

こんなにも胸のうちは苦しいのになぜ簡単に悪びれもせずに言ってしまえたのだろう。

任務の事を既に忘却していたからだろうか?

いや、任務のことを考えて考え抜いたからだろう。

そう問われたときはわからなかったが、今ならわかる気がする。

私の答えは決まっていたが白銀というポイントに捕らわれすぎていたのだ。

冥夜様の暗殺という任務を回避するという理由をつけて居座り、このまま白銀と会い、英雄のおこぼれに預かりたかっただけなのかもしれない。

一方純粋に白銀武の助けになりたいとも思っているのだ。


『――そうか。即答できるなら心配はいらぬな。だが忘れるな肉親を蔑ろにするものは報われることなど決してないとな。

 ……お前の妹が独自に帝国軍と斯衛軍に接触を試みている。あの年で戦場に出ようとする気概は立派だがまだ早い、と私は思っている。

 だが上層部の一部はそれを良しとする動きを見せているという。お節介かもしれぬが止めるなら今のうちだ……』


美しい長髪を靡かせながら踵を返す月詠中尉。

その去り際を、その斯衛軍の制服がまぶしい背中から目を離すことができなかった。

そのおかげで半ば愕然としていた私に決して大きな声ではない私への言葉を聞き逃さずに済んだのだ。


『御城、今なら帝国へと戻ることは可能だ。総合戦闘技術評価演習までに決めておくがいい。

 後日お前の部屋に使いを出すゆえそこで返答を貰おう……お前はここにいるべき人間ではない。

 先ほどお前が言った言葉がそれを表している。良い返事を期待する』


私が即答した言葉……。

心中にあるのは常に日本だと。

その言葉が本当に胸のうちから出たものなのか、冥夜様を見ることにより確認しようするのであった。

それが無駄なことだとしりつつも見ることをやめる気がしなかったのである。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第一章その4
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/01/24 23:06
空は見ればうんざりするような灰色。

沿岸部ならではの湿った風は上空の寒気の所為で寒風と化し、丘にあるこの基地にも吹きつけ、ゲートを守る衛兵にも容赦なくその効果を及ぼしていく。

春も過ぎもうすぐ初夏という季節がら軍服を衣替えして薄着に下ばかりだというのにこの寒さではまだ変えないほうが良かったのではないかと後悔していた。


「へ、へ、へっくしょ!!うう……さみぃ~」

「おい大丈夫か?そんなに寒いならコーヒーでも飲むか?」

「そうしてくれ。糞なんで季節はずれの寒気なんかやってくるんだよ。オレに恨みでもあるのかってっんだ」


黒い肌に唇が分厚いのが印象的なアフリカ系の男はあまりの寒さに首をすぼめて、相棒である黄色い肌のアジア系の男に愚痴を零す。


「オレの祖国はこんなに寒くなることなんて夜しかねえよ。昼からこんなに寒いなんてなんて理不尽なんだ。おめえも――

 ……悪い、ちょっと口が滑った」

「気にすんな。何もかもBETAの所為にしとけ。季節はずれの寒気もBETAが恐くて逃げてきたとでも思えばいいさ。ほらよコーヒー」

「ちちち、あんがとよ。でもよ、それって微妙に洒落になんねえよ。大自然もBETAに追い出されたなんてよ」

「何言ってやがる。大自然も人類もオレ達が守るんだよ。噂じゃあ上も色々反撃の準備してるらしいじゃねえか。

 寒気さんもそれを察して安全なこの国に逃げ込んできたんだよ」

「おもしれえこというな。にしてもその反撃の尖兵になるひよこさんたちは今日も元気だねえ。皆してさえずってるよ」

「ほんわりやわらかハニーボイス……野郎の声が少なすぎるのがちと寂しいがこれはこれで耳の保養だ」

「にしてもあの女教官も気合入ってるよな。わざわざ基地内のトラック走ればいいのに基地の外に出て町巡りだぜ?」

「しかもこれからフル装備担いでもう一周だからな。副司令もこんな無茶をよく許可するな」

「違う、あの副司令だから許可したんだろう?」


2人はこの場にいないこの基地のNO.2を思い浮かべながらそう呟いた。

この基地の副司令はかなりの変わり者というのが彼ら一兵卒から上級仕官までの統一見解である。

一説によると彼女のためにかこの基地が建設され、彼女の私設軍隊を建造しているというとんでもない噂も流れているくらいだ。

まあ、極秘部隊がこの基地にいることが知られているのでそれに悪ふざけで尾鰭をつけたものだと皆が知っているため誰も騒ぎはしないが。

そんなことを考えてる間に声はどんどんと近づいてきており、その姿も誰が誰だか判別できるほどの距離になっている。


「……総合戦闘技術評価演習が近いからひよっこたちも気合入ってるな」

「そりゃあ憧れの戦術機に乗れるようになるんだから気合もはいるだろ?」

「総合戦闘技術評価演習か……懐かしいな」

「懐かしいが、やっぱりお前も弾かれたんだよな?」

「そうだよ。今時歩兵になりたがるやつなんていねえよ。ポスターは皆衛士様様だ」


この基地にも貼ってある志願兵募集のポスターにはモデルとして美人の衛士が採用されている。

美人に釣られてるわけではないだろうが実際問題志願兵の多くは衛士を志望している。

そのため大抵の訓練校では総合戦闘技術評価演習まで同じ基礎訓練をさせ、それが終わると適性検査をして篩いにかける。

そして通ったものは憧れの衛士訓練に、はじかれた者は各兵科に分けられていくのだ。

無論例外はあるが、彼らはその例外には当てはまらなかったのである。


「さてさて、寒い中ご苦労さんってな感じで迎えてやるとするか」

「オレ達の分も頑張ってもらわなきゃならんからな……あいつらの中から衛士落ちするやつがいないといいけどな」


寒風と自身の体温の所為で肌を赤くしている一行と自転車に乗った軍曹を迎えるため、軽く敬礼するのであった。



マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第一章その4



「えーーーーーーっ!!御城君が御剣さんのことが好きかもしれない!?ショックーーーーーーー!!」


周りを憚らない大声量はそんなに広くはない部屋の中から聞こえてきた。

外にまではっきりと聞こえてきたのだからその声の大きさはかなりのものになるだろう。

ドアの外の自分もあまりの声の大きさに思わず仰け反ってしまったのだから中にいた面子はその限りではないはず。

そう思い麻倉はそっとドアノブを回し中を恐る恐る覗いてみる。

そこには想像したとおり耳を押さえる207A分隊の面々とそれをさせたであろう高原がそこにいた。

普段ならPXにて雑談をするのだが今日に限って分隊長である涼宮茜の部屋ですると聞いて来て見れば、なんとも奇妙な場面に出くわしてしまった。

麻倉は溜め息を吐くとこの原因を作った張本人へと声を掛けることにした。


「遅くなってすまない……が、一体何事だ?」

「聞いてよ聞いてよ、聞いてお願いだから、いや寧ろ聞け麻ちゃん!」

「……何かいつも以上にハイテンションだが、まず顔でも洗って落ち着いてくれ。話はそれからだ」

「サーイエッサー」

「自分は女だ」


冷静な突込みを入れるとそれに満足したのか高原は水道へと抜き足差し足で向かっていく。

その歩き方に突っ込みは入れないと即座に決めると奇行に走っている高原のことは無視することに決め、とりあえず回復を仕掛かっている柏木へと声を掛けた。


「回復してすぐで悪いんだが状況説明を頼む」

「……予想はしてけどこれだけの規模とは想定外だったよ。私も着たばかりだから詳しくはわからないけど。どうやら御城が御剣に対して恋をしたとしないとかなんだよね」


御城が?

御剣に?

恋をした?

何の冗談だろうか?


「……ああ……なんというかその……」


頭の思考とは別に口はうまく回らない。

心は落ち着いているつもりだが存外に自分は動揺しているらしい。

麻倉はとりあえず回らない口を噤むとさも呆れたという顔作ると柏木の顔をまじまじと見つめる。

それを察したのか柏木は一瞬眉をピクンと動かし、意味ありげな目の色をし、それをすぐに覆い隠すと首を振りながら苦笑いを返した。


「私にそんな顔されても困るよ。でもまあなんとなくわかる気がするけどね。後はアカネに聞いて」


そういうと柏木はアカネのベッドの上でのた打ち回っている築地へと近づいていった。

高原は少し不満げな顔をするとその表情のまま話の大元であるであろう座り込んでいる涼宮茜へと話を向ける。


「で我らが分隊長殿、話を聞かせていただけるか?」

「……わかってるよ。そのために今日は私の部屋で話をするって決めたんだから」


A分隊隊長である涼宮はまだ耳が痛むのかしきりに耳の付け根を揉み解しながら答えた。

どうやら位置的に彼女は高原の真横にいたらしく一番被害を受けたらしい。

回復にもそれなりに時間がかかっているようだ。


「もう昔軍で音波兵器が開発されてたってちょっとは納得しちゃったよ」

「それは同感だが……」

「わかってる。でも皆落ち着いてからちゃんと話すからもうちょっと待ってて」


そういって彼女は立ち上がるとまだ盗人の如く抜き足差し足の格好で歩いている高原へと急接近する。

抜き足差し足だと自然と尻が突き出されている形になっており、格好の打撃ポイント……つまり平手だろうが拳だろうが指だろうが突き入れられる状態なのである。

そこに容赦なく襲う……足。

十六文キックよろしく、蹴りだすと高原は情けない声と共に床にべちゃっという音と共に這い蹲ることとなった。

それですっきりしたのか健やかな表情を浮かべながら207A分隊女限定ミーティングの開始を宣言した。


「……さて話を始めるとしましょうか」

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「――というわけよ」


話はすぐに済んだ。

いわく、最近御城が集中できていないわけをB分隊の御剣冥夜に恋しているためだと。

いわく、ならば我々は彼の心中を察して動いてあげるべきではないか?

いわく、ならば具体的にはどうやって動くべきか。

ようするにお節介をやきたいわけなのである。

目的は来るべき総合戦闘技術評価演習のためにどうしても本来の集中力を取り戻してあげたいとの事なのだ。

自分とて本来の集中力を戻させることには賛成だが、わざわざ恋愛関係まで発展させる必要性があるとは到底思えない。

そこで麻倉は発言することにした。


「分隊長、発言してもよろしいか?」

「どうぞ」

「御城が御剣を好いていると言っているがその確証はあるのか?」

「そういえばそうだね確証はあるのアカネ?」


それに賛同するように柏木が涼宮へと声を上げる。

少し考える素振りを見せつつ涼宮は言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。


「確証は……ないわね。それに状況証拠だけでは動けないか……なら……多恵、総合戦闘技術評価演習までまだ少し日があるよね?」

「う~ん。まだ明確に教官が言ったわけじゃないから多分あるだろうけど、訓練内容が追い込みに入ってるような気がするからすぐだとおもうよ?

 悠長に構えてると続きはヘリの中とか潜水艦の中とかになっちゃう」

「そうなったらとても言えるような雰囲気じゃないわね。できれば明日中……いや今日中にでも問題を解決したい」


瞬時に頭をお節介モードから現実的な案へと移行させる。

先ほどのくっつける案は彼女なりの意見を聞くためのポーズだったのだろう。

真剣に考える顔は訓練機遺憾が短かったとはいえまさに軍人のものだ。

そんな中先ほどの音波兵器も空気を呼んで自分もと作戦立案へと参加する。


「なら涼宮さん、御城君を呼んで悩み相談でもすれば良いじゃないかな?」

「さすがにこれだけの人数でお悩み相談というのは……ね?誰かが代表して聞くべきだとおもうよ築地なんてどうかな?」

「お、おら!?む、無理だ~。そげんなことしたらおらは恥ずかしゅうて死んでまうよ~」


築地はまたよくわからない方言を使い始め身体を上下させて自分は無理だとアピールする。

その胸元で揺れる豊満な物体はまさに混乱していると全力で訴えていた。

それを見て少しばかりその場にいたものは羨ましく思ったのであった。

それはともかく話は進む。


「多恵と高原さんは論外として……私も立場的にちょっと威圧感与えそうなんだよね~」

「まあ、そうだろうね。仮にも分隊長っていう肩書きがある上官だからね」

「なら晴子がいいんじゃない?そういうの得意でしょ?」

「まあ、得意かどうかはわからないけどそれなりに……でもそれならもっと適任がいるよ」


そういいながら柏木は顔をこちらに向けて視線を浴びせてくる。

それに釣られるようにその場の全員が麻倉へと視線を集めたのだ。

当の本人麻倉はそれに酷く困惑する。

自分が御城の悩みを聞くのに適任?

それは可笑しいだろう。

自分はそんな難しいことを聞かれたこともないし、聞かされたことも無い。

むしろ雰囲気的に気さくな柏木のほうが適任ではないだろうか?


「えっと……なぜ自分なのだ?分隊長の言うとおり自分ではなく柏木のほうが適任だと思うが?」


蚊が鳴くような声でそう反論してみるが、皆はそれは無視して何か心当たりがあるようで麻倉の顔を見て妙に納得したように頷いている。

若干の静寂のあと高原がそれを破る。


「そうか麻ちゃんなら納得できる。で、でも私も負けないんだから」

「……は?」


麻倉はまた酷く混乱した。

一体何に対して負けないのだろうか?

そんなにお悩み相談のカウンセラーにでも思いいれがあるのか。

ならば衛生兵にでもなればいいのに。

と考えていると築地も続くように声を上げる。


「確かに納得できるね。これはベストな選択なのかもしれない。頑張って」

「もう決定事項なのか?」


一人置いてけぼりにされて麻倉に涼宮は近づくと肩に手を置き笑顔を向けながら告げた。


「反論の元だし、適任っていうことで命令。今日から明日中までに御剣への恋が本当なのかどうか聞いて来ること、以上」


そのなんとも強引な命令を聞いて自然と首は柏木の方向へと向けられた。

だが彼女は助けるような素振りを見せず選ばれたであろう理由を告げるだけだった。


「麻倉は御城と自然に話し当てるんだよ。私もそうなんだろうけど、私と違って麻倉は雰囲気が似てるんだよ。

 だから今回のことは適任なんだと思うよ」


麻倉はその言葉を聞いてちょっとだけ嬉しかった……ような気がした。

何はともあれ彼女の任務は開始されたのであった。

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通路を歩く足音は人気のない通路ではよく響く。

それは喜びや悲しいとうも聞き分けることも可能になるほどだ。

この通路に響く足音にはどのような気持ちが内包されているのだろうか。

足音の主である人物はこの基地にとって異端である。

ここ横浜基地はBETAに落とされる前は帝国軍白稜基地として機能していたが、今は国連の基地なのである。

そんなところに……いや帝国軍の基地であろうと異端であったのはかわらないだろう。

帝国斯衛軍。

これに所属するものはこの日本においては絶対とも取れる敬意払われる存在である。

国連の兵士でさえその姿を見れば冗談をいうようなことをしない。

そんな存在なためこの基地では浮いた存在であるのだ。

普段彼女達たちは己の機体整備と訓練以外滅多にこの基地をうろつきはしないのだが、今宵は用事があるのか珍しく通路を歩いている。

さらに珍しいことに今出歩いているのは月詠中尉ではなく、神代巽少尉でありさらにいえば彼女は単独で動いているのだ。

神代、巴、戎の3人の少尉は帝国斯衛軍第19独立警護小隊に所属し、とあるお方から御剣冥夜の警護を極秘に行っている。

この基地に滞在している理由は色々噂が立っているが今は前述した理由によるものであり、態々喧嘩を売るような莫迦はいないのである。

それはそうと何故彼女は単独行動をしているのだろうか?

しかもこれまた珍しく、軍務からくるものではなく私事で動いているのだから彼女達を知るものからは奇行ともとられかねないことだ。

それはともかく神代はやっと慣れ始めた通路を人目につかない時間を選んで歩いているのはある男を捜してのことだ。

その男にどうしても一言いわずにいれなかった。

……神代とその男は初対面であり、なおかつ所属する軍が違う。

初対面でかなり失礼なことをいうことをいうことになるし、最悪先日の返事を悪いものに変えてしまうことになるやもしれない。

しかしあの男、御城衛には言わねばならない。

あの男には国連ではなく帝国に使えるべき男なのだから。

居場所は……おそらく基地の裏。

この時間帯でその場所に多くいっていることは3人で調べてわかっている。

しかし本当に私で代表は良かったのだろうか?

雪乃に美凪でもよかったのに……。

そこまで考え、後で考えればいいと考え直すととりあえず着くまでに初対面の挨拶からどう切り出すかを考えることにした。

御城家の誇りを取り戻させるだけの力強い言葉を。

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「面倒ね……」

本日最後の雑事の書類をみて呟いたのはその一言だった。

その書類は報告書であり際して重要ではないので一番下にされていたのだが、香月夕呼にとっては非常に面倒なものだった。

一日の仕事のストレスを彼女の秘書官であるイリーナ・ピアティフへと愚痴を漏らす。


「たしかに大して重要なことじゃないけど、なんで態々いち訓練兵の話がこの束にはいってるわけ?」

「副司令がその訓練兵に目をつけておけと言うことですので報告が上がったのでしょう」

「んなことわかってるわよ。私が言いたいのはこの面倒を最後にしないでことよ。

 ここにいる斯衛軍はなんでまあこんな没落した家なんかを欲しがるのかしら?」

「それは――」

「それもわかってる。少し惜しいけどけど正式な依頼が着たらこちらだって首を縦に振るしかないわ。

 人材を間違えたから云々で交換条件で簡単に話はつくものね。私にとってもそれで済む話……ん?

 ……………!!いい事思いついた。ピアティフ」


そこでピアティフは嫌な予感が背筋に電流の如く走った。

この感覚が流れるときは彼女が遊び半分の任務を言い渡すときであり、また拒否権は認められない時である。

勿論香月夕呼はその期待を見事に裏切らなかった。


「それじゃあ今からその御城……だったかしら?その訓練兵に遠まわしに国連に残るように伝えてきてくれる?勿論色仕掛け込みでね」


時間指定つきで色仕掛け込み……。

副司令は鬼でしょうか。

そんなことは口が裂けてもいえない、いったとしたら追加で余計なことも条件に入れられて存分にからかわれるだろうからピアティフは了解と軽く敬礼して執務室を出て行く。

勿論色仕掛けをするつもりは毛頭ないが最悪明日の報告までに任務を達成しなければ追加が待ってるだろう。

それにやらないわけにはいかない。

現時点で御城本人に帝国入りを拒否させれば問題はクリアされて、男のユニットととしての貴重なデータが取れるかもしれないのだ。

とりあえず御城の私室を調べるためにデータベースを調べるために自分の端末へと足を運ぶことにした。

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期せずして一人の男の下に3人の乙女が集うことになる。

傍から見れば羨ましいことこの上ない状況、彼の妹に見せたら途轍もなく面白いことが起きそうだが、それは今回は関係ない。

この状況は彼にとって途轍もなく重要な分岐点になるのである。

ここでどういう道を選ぶのか?

その道は運命にしか書き記されてはいないのだろう。

どんなに嬉しいことでも悲しいことでも当人達にはその時になって始めてわかる……。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第一章その5
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/01/24 23:06
空は空である。

そこに日が昇っていようと雲がかかっていようと日が沈み星が輝こうとも……地球が地球である限り空は空である。

そう、私が見上げてる夜空の下にお兄様はかならずいる。

凛々しく、雄々しく。

あらゆる矛盾をはらんでいたとしても……。

……御城柳は今宵も輝く月にしばらく会っていない兄を重ねて夢想する。

凛々しくはわかるが月に雄々しくと表現するのは些か不適当だが、兄を信頼するが故の過剰表現なのだろう。

柳はその兄について夢想ではなく現実について真面目に考えるべく頭を切り替える。

柳は知っている。

彼の兄、御城衛は現在国連軍にて所属しており、衛士の資格を取るため訓練に励んでいることを。

柳はそれがどういう事を意味するのかを知っている。

知っているからこそ彼女は動かなければならなかった。

一人の少女としてではなく、御城家先代当主御城瑞賢の長女として帝国へと志願しなければならない。

没落し再興を望む家にこれ以上の泥を塗ることは決して許されないからだ。

しかし、妙といえば妙である。

家を発つ前日まで斯衛にはいると息巻いていたの人間が国連に入るのは些かおかしい。

演技していたと考えれば辻褄は合うには合うが、将軍家、ひいては帝国に忠誠をあそこまで演じる必要はないはずだ。

ましてや御城家代々の当主がそれを見抜けないはずがない。

仮に節穴だとしても国連に入るメリットは何か?

その考えが柳を国連へと足を運ばせない理由となっていた。

今となって柳が動いた事すらも裏目に出ないかどうか不安要素として付きまとう。

もしや城内省に不穏な影があるのでは……?

…………。


「嗚呼、お兄様。柳は早くお会いとうございます~」


結局公私混同ブラコン気味の不真面目な言葉を口にして脳裏に過ぎった可能性を棚上げにするのであった。

後にこの可能性が本当だったのだがこの時点で、彼女程度が動いたところで何の意味もなかったのだからこれはこれでよかったのかもしれない。

起こるして起こる事件なのだから。



マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第一章その5



柳が人知れず不安を隠すために叫んだ頃……。

その兄である御城衛も妹と同じように叫んで……はいないが夜空を見上げていた。

星を見上げながらの思考……総合戦闘技術評価演習もあと少しとせまり、その胸に去来するのは一体何なのか?

帝国へと戻り本来の目的のために邁進するか、国連に留まり白銀武を待つか。

どちらにしろ任務に関しては開放されたといってもいいのだろう。

定期連絡すら途絶えた久しく何らかの理由により任務は中止になってしまったのかもしれない。

監視の目も感じられない今なら月詠中尉にことの次第を話しやつらを捕らえることも可能。

そう思えるの月詠中尉が柳の動向を知っている、つまり斯衛が柳に目を向けているということだ。

つまり人質に捕られてはいないということがわかったからだ。

いくらあの下郎でも城内省の全てを掌握することは不可能、または何らかの理由により動けなかったのだ。

御城柳を確保できなかったことにより御城衛を縛る鎖は御城家再興の口約束のみ……当然これだけでは計画を進めるには不安要素が大きすぎる。

なれば計画自体を隠蔽し保身を図ることが上策。

この手の輩は保身に関しては抜け目がないのが常、おそらく御城に連絡すら来ないのは足がつくことを畏れて揉み消しに躍起になっているからだ。

ゆえにほぼ任務については心配することがなくなったのだ。

先日まで悩みに悩んだことがこうも簡単に解決してしまうと何とも馬鹿らしくなってくる。

こういうのをご都合主義というものなのだろう。

御城は思わず口元を緩めてしまう。

ご都合主義でも何でも余計な制約を受けずにこれから動けるのなら存分にその流れに乗らせてもらう。

そうしなければ何もしないうちに死ぬだけだ。

今夜から御城衛は御城衛として再出発する……のだが、今度は先ほどの選択、帝国に戻るか国連に戻るかが頭を悩ませる。

本来、斯衛にはいるのが目的であり12.5事件を利用して殿下に……言い方は悪いが取り入り地位を確立、国連の白銀に対しての援護をしようと考えていた。

ついでに御城家の再興もできると一石二鳥な計画だったのだ。

穴だらけといえば穴だらけだがそこはおいおい詰めていく予定だったので割愛させてもらう。

今からでも遅くない。

むしろ少々印象は悪いが城内省で御城の名が広まったのだから地位の確立に役に立つはずだである。

後は時を待ちつつ細部を練っていけばいい。

そう帝国にいればそれだけで役に立つのだが、御城には国連に未練がある。

未練というよりは愛着といえばいいのだろうか。

悩んでばかりいたような気がするがA分隊の友たちとも無駄な時間を過ごしたわけではない。

むしろ楽しかったともいえる。

このままいればA-01に入隊も夢ではないだろう。

それに冥夜様を本当に守護することも適うかもしれないのだ。

この後“俺”の記憶によれば冥夜様はA-01に入隊次第斯衛軍の護衛リストからはずされ、月詠中尉たちも横浜基地より去ってしまうのだ。

そうなれば将軍家を守るのはわた――。


「このような所で天体観測ですか?」


思考は不意にかかった声により中断することとなった。

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部屋にはいなかった。

イリーナ・ピアティフはその事実を確認すると安堵の吐息と同時にこれから探さなければならないという面倒を思って溜め息を吐いてしまう。

いくら秘書官とはいえこのような任務をしなければならないのか?

と内心愚痴ってしまうが任務の重要性を考えれば仕方ないとあきらめてしまう。

副司令の優先順位では気まぐれや遊びの類なのだが、その遊びも上官のご機嫌取りということでそれなりの職務なのだ。

これで無能だったら憤慨することができるのだが、有能なのだからそれすらもできない。

しかし、なんだかんだいって任務を正確に果たしているのだから案外居心地がいいのだろう。

ピアティフは溜め息を吐くのをやめると捜し人を見つけるためにその場を後にし、再び通路を歩き始める。

だが捜すにしてもこの時間に部屋にいないとなれば自主訓練で外にいるのだろうか?

そうだとしたら訓練校のトラックにいるはずだが、途中窓から確認したところそのような姿は確認できなかった。

行き違いになったか?

あと可能性としてはやはり――なのだろう。

ピアティフは頬が赤くなっていくのを自覚してしまう。

昔から免疫がなくって友人と話していてもそっち系の話になるとどうも慌ててしまうのだ。

それが元でからかわれるのだが……香月夕呼に見抜かれてからかわれているのである。

……だとすればどこに部屋にいるのか皆目見当がつかない。

下手に彼の隊に聞きまわれば噂が立つし、物凄く気まずい。

ピアティフはそこまで考えてはっとなる。

副司令はそこまで考えてこの任務を私に任せたのではないだろうか?

伊達に副司令をやっているわけではないと尊敬するが、こんなことにもその才能を使わなくてもいいのに……。

ピアティフは心の中で滝のような涙を流してしまう。

しかしその心の涙もすぐに止めることとなると同時に唖然とすることになった。

目の前T字型通路に捜し人である御城衛の姿……とその横を歩く女性仕官を発見したからだ。

まさかのまさか最悪の事態を考えた途端にその最悪の事態が起きたのでは……?

とにかく追いかけて伝えられれば伝えなければ。

状況的にその可能性は少なくとも任務だけは伝えなければならないから。

角の向こうに消えた姿を追うべくピアティフは尾行を開始するのであった。

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ピアティフが御城を目撃する少し前……。

ピアティフと同じように遊びが半分はいった任務を分隊長から受けた麻倉は施設内を捜し終え、外へと捜索範囲を広げていた。

ラペリングを行う倉庫から基地のゲートまで。

そこで最近の訓練で顔馴染みになった2人の警備兵にコーヒーをご馳走になった。

訓練兵の制服を来ているからこれはこれで新鮮で目の保養になるとか少々破廉恥なことをいわれてしまったが、

可愛いと言われている様な気がしてちょっとだけ嬉しかったのは秘密だ。

しかし、その他にも収穫があったのは驚きだった。

なんでも御城とは基地外での訓練を始めるまえから知り合っていたのだというのだ。

あの良家で育ったような厳かな雰囲気にどこか古風な喋り方から人間関係は少々狭いものと思っていたのだ。

だが2人が言うには部下には優しい仕官様になると太鼓判っを押していたのだから、人間関係は狭くしているわけではないようだ。

ここにきて少し武家などの良家の考え方が変わった麻倉だった。

そしてもっとも今必要な情報もこの2人から教わることになった。

御城はこの時間に天体観測か何かするために基地の裏に行くことが結構あるというのだ。

しかも人通りも少ないことから夏にはその手の趣味を持つカップルがいることがあるとかないとか……。

御城の性格的には多分後者はないだろうから前者が有力だろう。

天体観測とは随分浪漫溢れる趣味だなと素直に感心する麻倉。

警備兵の2人に礼を言って去ると後ろから、


「まだ寒いから気をつけろよ~」


と言われて思わず顔を熱くし駆け足でその場から逃げてしまった。

麻倉は心の中で今度あったときにひっぱたくと呟いてしまうと同時に、こういう役割は高原のような気がして少々困惑してしまう。

それはともかく訓練校のトラックを通り、照明も少ない裏への向かっていく。

胸がドキドキするのは普段ここを通ることはないからなのかちょっとした子供心、冒険心が擽られているからでだろうか?

高鳴る胸を呼吸を整えることで抑えようとするがどうもうまくいかない。

歩きながら試行錯誤していると一際広い空間が見え始めそこが基地の裏、丘の坂にたどり着いたことを知らせた。

麻倉はそこを見て逢引するものたちの気持ちを少し理解する。

眼下を覗けば悲壮感漂う廃墟が広がるが、地面に座り空を仰げば満点の星空が広がる。

これならムードは最高のものだろう。

それはそうと御城はどこだろうか?

麻倉は辺りを見回し御城の姿を捜し……すぐにその姿を見つけたと同時に建物の影へと自分を隠した。

御城がいるのは捜していた側からすれば願ったり適ったりことであり、それはいいとしよう。

しかし……その正面にいるあの女性は誰だろうか?

見慣れない白い制服を着用しており、横顔からわかる厳かな雰囲気、良家の出であることは一目瞭然であった。

いやそれ以前にあの白い制服をみれば家の出がわかるというもの。

帝国斯衛軍の白……。

白といえば武家の出身であり、なおかつ実力も精鋭中の精鋭にしか与えられない色である。

この上には黄、赤、青、紫が存在するが、黄と赤はさらに実力があるものが選ばれ(家柄も含まれる)、青と紫に関しては五摂家にしか許されていない。

それだけものとなぜ御城があっているのか?

そこで気がつく、御城の纏う雰囲気はそもそもそういう家柄に本当に生まれてきたからではないのか?

しかしなぜ国連にいるのかという疑問も同時に抱く。

……まさか……。

このとき麻倉は思考が普段どおりではなかった。

良家同士、人目のつかないところでの密会……さらに所属が違うと高原の如き思考を展開してしまったのだ。

その麻倉が至った結論を裏付けるようなできごとが起きた。


「な、泣いている?」


そう斯衛軍の制服を着ている女性が毅然としていて一見わからないが、月明かりに照らされた一筋の涙を流れるのを麻倉は見てしまった。

この涙を見たとき一つの結論を出してしまった。

この2人は…………許婚だと。

そしてその結論に至ると高原的思考とは別に自分の胸中から何かが零れ落ちた。

それはもと来た道を辿れば戻るような気がしてよろよろと戻り始める。

……そうか御剣を見ていたのは……殿下にそっくりだから、斯衛のことについて悩んでいたんだ……。

それを肯定するかのように声が聞こえてきた。


「御城殿……帝国へ戻っていただけないでしょうか?」



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第一章その6
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/02/01 00:00
「ねえ、アカネ」

「何ハルコ?」

「麻倉……なんかずっと元気がないんだけどさ、何でそうなのかわかる?」

「ああ、ごめん言い忘れてた。私もちょっとショックなことだったからさ言いそびれてた。報告を聞く限りね失恋……したんだと思う」

「御城に振られたってこと?」

「直接じゃないんだろうけど、ちょっと悪ふざけが過ぎたみたい。まさか御城が本当に良家の家の出だとは思っても見なかったから……」

「……話が見えないんだけど?」

「大きな声じゃ言えないけどさ、御剣さんは……殿下にそっくりじゃない?で、御城君は殿下と重ねてみていた。

 なぜか?その許婚に帝国に戻ってこいと説得されていて決めあぐねていた。御城君の様子からおそらく前々から言われていたんでしょうね」

「なるほどね。あれは愛は愛でも敬愛の視線だったわけか。麻倉はその許婚の告白同然の行為を見せつけられて、自覚できてなかった恋を落としちゃったのか。

 なんか悪いことしちゃった」

「別にハルコのせいじゃないよ。私も遊び半分にもっともな理由つけて足突っ込ませちゃったんだもん」

「……総戦技演習、明日行われるんだよね?」

「…………」

「アカネ?」

「……うん。御城君抜きで」

「御城抜き……?」

「あっ、教官に口止めされてるんだった。まあいちゃったことは仕方ないか。他の皆には内緒だからね?」

「……帝国に戻るってこと?」

「おそらく、総戦技演習で突然の欠員を出して動揺を誘うのが目的なんだけど、御城君が私のところに律儀に挨拶にきたからね。

 それで神宮司教官に見つかって口止めさせられた」

「アカネ、喋りすぎだよ」

「そうだね……ねえハルコ」

「何?」

「私たち軍人だけどさ、ドラマみたいな話を体験できるんだね」

「……できればいい意味でドラマみたいな展開が続くことを祈るよ」



マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第一章その6



麻倉は今日は誰とも言葉を交わさなかった。

訓練でも必要なことを話す以外は決して口を開かず、呼吸と食物を摂取する器官といわんばかりの態度だ。

それを心配した分隊の皆に声を掛けられても首を振って応答するといった風に徹底している。

涼宮茜に報告したことは時間をかけずに隊全体に広がり誰も話してこようとしなかった。

しかし、それと同時に皆が不安を抱く総戦技演習は大丈夫なのだろうかと。

冷たいようだが個人の失恋よりも訓練が次のステップである戦術機の操縦に進むことのほうが大事であり、麻倉もそれを承知していた。

口を開いたところで弱音しか吐かないだろうから態度で示すしかなかった。

本日の訓練を終えた今でも訓練を腕立てを伏せを続けて大丈夫だとアピールするが、逆に不安にさせることでもあると自覚していた。

戦友を信じて弱音を吐いてもいいと頭の隅で考えるが、それを嫌う。

今は強い殻が必要な時。

中身が脆弱ならばそれを守る殻が、鎧があればいい。

中身が強靭なものなんてこの世にはいない。

いるかもしれないが麻倉は少なくても知らない。

鎧さえあれば……。

アスファルトに汗溜りを作る頃に腕は限界だと告げるように身体を支えることをやめた。

重力に惹かれるがまま顔を地面へと落とし、額を打ちつけ、砂や塵が汗と混じって顔全体を汚す

汗溜りはしょっぱくて涙の味のようだった。

強くありたい。

目の前でどのようなことが起きても揺るがないほどに強くありたい。

衝撃が心に届かないくらい硬い鎧を。

唇が切れて血が口内とへと流れ込む。

血の味って、いつ味わっても慣れたくない。

この胸の内に空いた空間のように。

…………。

どのぐらい突っ伏していたのだろうか?

血の味を味わってから麻倉はそのままの姿勢で初夏の風を感じていたのだ。

周りに人の気配もなく、訓練校のトラックを目の前に突っ伏していても何ら声がかかることはない。

実際身体の火照りが治まるまで只風に吹かれるまでになっていた。

その間に休息と心の整理をしているのだが、体が冷えていくのと同時に心まで冷えていくような気がした。

ともかく明日は総戦技演習だから体調を崩すわけにはいかないと思い、身体を起こす。

顔や身体についた汚れを袖で拭おうとするが生憎タンクトップだったおかげで袖がない。

それに手が汚れているので手でも拭うと汚れてしまう。

仕方ないのでタンクトップの裾で顔を拭こうとすると目の前に突如出現するハンカチ。

それに目を丸くしているといつのまに現れたのか人が立っている。

それも国連軍の制服ではない女性が。


「よければこれを使うといい」


綺麗に装飾されたそのハンカチを差し出したのは先日麻倉にショックを与えた神代少尉――ではないが、同じ斯衛の巴雪乃少尉だった。

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イリーナ・ピアティフは端末をいつもどおり操作し、いつもどおり仕事をこなしていく。

文官出身にとってデスクワークはお手の物であり、同僚から見てもその仕事の速さは彼女が有能であることを示していた。

昨日起きた事件にも対してショックを受けず、極当たり前のこととして割り切っており、任務の失敗もありのままに報告した。

……斯衛の少尉の部屋に入ったときはどうしたものかと首を捻ったがものの5分もせずにでてきたので頃合を見計らい、彼の部屋に訪れた。

しかし、一目見てこれは無理だと思った。

目の色は既に何かを決めたものになっていたのだ。

案の定引き止めの話を下が返事は即答を失礼と判断したのか若干間を置いて断りを入れてきた。

もしかしたら説得の順番が私のほうが先なら結果は違ったかもしれない。

しかし、もしもなんて過ぎたことをとやかくいうことは無駄とわかっている以上無駄なことは考えない。

それを報告したときに副司令である香月夕呼が全然残念そうな顔をせずに


「あ、そう」


と流したことからも窺い知れる。

彼女にとって御城衛という人間は“拾い物は拾い物”でしかないのだろう。

それよりも彼女にとっては次の買い物を楽しむはずだ。

ショッピングは女性にとって格別なものでありストレス発散に繋がる。

今回求める買い物は高価であり、それには時間と労力がかかるが、その駆け引きを楽しむのも味わい深い

ピアティフにとってこの買い物は好ましくないがそれが必要ならとこれも割り切る。

この買い物が計画を一歩でも前進させるなら。

それはそうと明日の“副司令”のバカンスについての最終確認をしなければならない。

副司令が不在になる際の不具合の調整、ピアティフ自身の仕事調整など。

オルタネイティブ第4計画の留守を預からなければならないのだ。

たかが2,3日の不在で計画を遅延させるわけにはいかない。

時間がないことは計画に係わっている人間なら誰もわかっている。

ならば副司令にも今日中に3日分の仕事をしてもらわなければ。

ピアティフは椅子から立ち上がると書類の山を運ぶため気合を入れることから始めるのだった。

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夕日が眩しい訓練校のトラック。

麻倉は肩身が狭い思いをしていた。

腰掛けている麻倉のその横には同じように腰掛けている巴雪乃は列記とした階級をもっている軍人であり、帝国斯衛軍なのだ。

ただでさえその場にいるだけで空気が変わる存在なのにそれが真横にいるとなるとこのまま息が詰まって窒息してしまうのではと思う。

先ほどなににも動揺にしない鎧が欲しいと思っていたが、今すぐ手に入らないかと頭の中をクルクルと回っている。

しかし、なぜ斯衛の人間が私みたいな一介の訓練兵なんかに声を掛けたのだろう?

その疑問が麻倉をここに居させる理由である。

その巴はというと沈みつつある日をじっと見つめ、微動だにしない。

時が止まってしまったのではないかと思うほどだ。

しかし時が進んでいるのは夕日が沈むことで示している。

輝きが段々と薄れていき日が沈んだ頃になると今まで微動だにしなかった巴はここにきて初めて動いた。

その動きに条件反射で麻倉の体がビクリと動くが巴はただ立ち上がっただけだった。

何かと見上げてみれば、彼女はそのまますたすたと歩き始めるではないか。

これに麻倉は慌てた。

ハンカチを渡して、横に座り続けるだけに何の意味があるのか?

何か用があってここにいたのではないのか?

その考えが麻倉が巴を呼び止めさせた。


「ま、待って下さい」


その声に応えるかのように足を止める巴。

足を止めこそ下が振り向くことはなく、このまま声を出さないとそのまま行ってしまうと背中は告げている。

それを読み取った麻倉はとにかく何か喋らなくてはと思い口を開いた。


「このハンカチは……」

「お前にくれてやる。だから返すなどと考える必要はない」


そう即座に切り捨てられる。

だがここで口を噤んではただ立ち去られるだけである。

そう感じた麻倉は遠まわしに聞くことを諦め、直球で聞くことにした。


「何故少尉は自分のところ……いえ、訓練校の前なんかに来たのでしょうか?」

「私にその理由をお前に言う必要性があるのか?」

「……いえ」


麻倉の口からは否定の言葉しか出すことはできなかった。

確かに巴がここに来た理由をいう必要などどこにもないのだ。

上官につまらないことを聞いてしまったと遅まきながら気づく。

自分はなんて恥知らずなことをいってしまったのか。

現在も憧れている斯衛軍のしかも良家、武家の人間に失望されたと思うと心は沈んでいく。

しかし、以外や以外当の本人、巴雪乃は振り返りこちらへ近づいてくると顔近づけてじっと見つめてくるではないか。

突然の行動にまたしても動揺してしまう麻倉。

ひとしきり観察し終わったのか、顔を離すと特徴的な武威字型にセットした髪を頷くことで揺らす。

彼女が何に対して頷くの理解できない麻倉は呆然と頷く仕草を見ていることしかできなかった。

そして頷くのをやめると巴は口を開いた。


「本来ならいう必要はないが、あえて言ってやろう。遠目から見ていて阿呆に見えたからだ」

「あ、阿呆?」

「そう阿呆だ」


そこで麻倉は再び呆然とすることとなった。

いきなりの阿呆呼ばわりされて屈辱を屈辱と理解するのを遅くするため思考が遅くなっているのだ。

呆然とする麻倉に構わず巴は続ける。


「何があったかは知らぬが自分の身体を痛めつけて何を面白がっている。一朝一夕で強くなれるとでも思っていたのではあるまいな?

 思っていたのなら阿呆を通り越して無能だ。心の方を鍛えたいのなら尚更だ」


心のうちを一瞬で見抜かれた。

わずか数秒でそこまで見抜かれたことに戦慄した。

これが斯衛……。


「……だが目を見た限り無能とは程遠いと思った。精進の仕方を間違えなかったらそれなりにものになろう。

 訓練兵は訓練兵らしく教官から学ぶといい。ふふふ……おかしなものだ。助言などする気はなかったのだが――と重なって見えたからだろうな」

「?」

「いや、なんでもない。心を鍛えたくば無闇に鎧を求めるな。戦場に出れば嫌でも着せられるからな……それまで精進にするがいい」


訓練兵如きにまだ心に鎧は必要ないと。

巴は知らないが失恋のショックで鎧を着込もうとしていたなどよくよく考えればまさに“あほう”だ。

麻倉の胸に空いた空間は寒風が吹いたには吹いたが、その風が新たな趣旨を運んできてくれた。

巴はハンカチは返さなくていいもう一度念を押すと去って行った。

麻倉が白銀武の出身世界にいる3バカのことを知ってのなら別人と思ってしまうことだろうほど、その身に纏う斯衛の制服は似合っていた。

もしこの横浜基地が、帝国軍白稜基地が壊滅していなかったら……。

国連軍にあっても自分の目標は斯衛でありたい。

御城に肩を並べるほどあらゆる意味で強くなる。

昼と夜の狭間の時間に誓う麻倉だった。

次の日、南の島にて御城が207分隊を離脱したことを知らされその思いをより強くすることになるのである。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第二章その1
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/10/02 23:43
帝都東京。

旧帝都京都がBETAの侵攻により陥落するにあたって急遽遷都した新たな中心都市である。

慌しく政府中枢が移動した割にはすんなりと馴染み、軍の中枢もそこに根を下ろした。

その軍は帝都東京を半要塞化することを政府に打診。

政府はこれを承認し、旧江戸城跡に作られた帝都城をさらに要塞化することにより侵攻したBETAを迎撃する用意を整える。

が、BETAは北上をやめ甲22号を旧横浜にて建設を開始。

理由はわからずとも遷都したばかりの東京はそのまま前線基地として戦力を増強される。

……1999年8月5日明星作戦開始。

大東亜連合・米軍を主力とした国連軍が本州奪還作戦を遂行、米軍の2発のG弾により甲22号目標の制圧に成功する。

そして帝都東京は前線基地として引き続き戦力を維持するが後方基地へとその意味を変えることになり、市民も徐々に経済活動を再開し始める。

しかし要塞化された帝都城の威容は尚健在であり、帝国最大の軍事拠点であることを示している。

その要塞には要塞を住まいとするこの国でもっとも尊ぶべき人ものがいる。

皇族とそれを補佐する征威大将軍だ。

遷都に従い東京にやってきたものたちは己が責務を忘れず、日々成すべきことを成していた。

皇族は政務とは切り離されており、半ばお飾りと化しているがこの国の象徴として外交をだけはこなしており現在もそれを全うしている。

その替りといっていいのかわからないが、象徴ではないが実務と国民的支持を得ているのは征威大将軍である。

実務は全て皇族より委任されており、国民の前に姿を現すのも将軍こと殿下なのである。

執務室にてその責務を全うしているが、この城の中にいてもその姿を近くで見たものは少ない。

警護は斯衛軍が、執務は侍女が補佐を勤めている。

無論殿下も人間なので食事等もするが食堂などに現れるわけもなく、それこそ侍女が全てやってしまう。

殿下自身も心得ておりむやみに姿を晒すことを避けているのだ。

姿を見せないことによる象徴としての神秘性と理想化。

それにより殿下は尊いものとして尊敬の念を一心に集めている。

そして姿を現したときにそれはカリスマ性を帯びるのだ。

その殿下はというと本日は執務室ではなく正門近くへとその身を現していた。

殿下の目の前には黒塗の車が駐車しており、どうやらどこかに移動する途中らしい。

護衛の斯衛のものがドアを開けて車に入るよう促している。

しかしその殿下はというと辺りを見回し、何かを探している様子。

見かねた斯衛は声を掛けることにした。


「いかがされましたか殿下?」

「……珍しく紅蓮少佐の姿が見えないゆえ少々気にかかっただけ」

「少佐なら道場のほうにいるかと……」

「道場?」

「はっ、従姉妹殿からとある男を少佐に会わたいと要請がありまして……」

「……少佐に会わせたいとな。それはそれは奇特な――いえ、立派な殿方ですね」

「立派かどうかはわかりかねますが、あの御人に対峙するだけで大儀かと」

「月詠もよく申すこと……さて本日の予定は?」

「はっ、本日は議会に出席後内務省への視察、その後榊内閣との食事会でございます」

「そうか、さて本日も事なきことを祈りましょう」

「は……」



マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第二章その1



帝都城内鍛錬場、通称道場。

剣道、柔道、弓道等各種鍛錬に使うために作られ、駐在の斯衛軍が主に使う施設である。

もちろん射撃場やその他トラックもあるので軍用としても問題なく使われるのはさすがというべきか。

ともかくそこに御城衛はいた。

……投げ飛ばされたりたこ殴りにあいながら。


「反重力乃嵐ィィィィィッ!」


厳つい体格の大男は掛け声をあげながら、御城の体を何の苦もなく投げ飛ばす。

受身を取れないように錐揉みさせながら投げ飛ばし、された御城は当然受身をとれるような漫画じみた超人的運動能力ではないゆえなすすべもなく背中から落ちる。

叩きつけられた痛みと衝撃により肺から空気が吐き出され目を見開いた。

投げ飛ばした本人が背中から落ちるように投げ飛ばさなかったらもっと深刻なダメージ、重傷を負っていたかもしれない。

反重力の嵐……それはそういう技なのだ。

投げ飛ばした大男はつかつかと御城へと歩み寄っていくと胴着の襟を掴むと無理やり立たせ、その顔を覗き込む問う。


「斯衛とは何ぞや?」


御城はそれに応えようと口を開くが痛みで声がでないばかりか呼吸すらままならないのだ。

しかし、大男はそれを気にした様子もなく再び問う。


「斯衛とは何ぞ?」


それに応えようと声は出ぬとも口を動かし目で言葉を伝えようとする。

それを見て答えがわかったのか、襟を放し御城を畳へと下ろすと一度口を閉じ深く息を吸うと精一杯の大声で問うた。


「御城とは何ぞ!?」


それに蚊のなくようなかすれ声でもしっかりと答える。

それが今成すべきことだから。


「御城とは――御城とは天命を全うせん一族也」

「――見事」


大男はそれに満足したように頷くとその場にどっかりと腰を下ろし御城の肩をバシバシ叩き始めた。

その手は大きく叩かれる肩も痛いが嫌ではなかった。

まるで父親が出来の悪い息子を褒めているように思えたからだ。

ひとしきり叩き終わると今度は先ほどはなった厳格の声のまま話しかけてきた。


「御城の系譜は本当に面白い」

「面白い……ですか紅蓮少佐?」


そう問いかけるとまた肩を叩く大男こと紅蓮少佐。

今度はさっきよりも強めの一撃だ。


「そうだ。お前の爺様と親父殿も同じ問いかけをしたのだが、爺様も親父殿も答えが違うのだ。

 この道において答えは同じものになるはずなのだが、なぜかそなたら一族だけは別の道を見出す。

 例えばお主は天命と答えたが爺様は忠節こそが我が道と答え、親父殿は殿下を歩ませることこそ我が道と答えた。

 しかし一族そろって将軍家のことを重んじていることだけは共通している。

 要だけは同じなのだから限りなく不正解に近い正解なのだ」


不安定に近い正解?

それでは普通は間違いとして不合格にするべきではないだろうか?

そんな疑問が御城の頭に浮かぶ。

それを見透かされたのか続ける言葉にその答えを載せた。


「正解といったであろう?常に安定した答えを出すもの、道を同じするものこそが相応しい。

 たしかにそうだろうが、同じ道だけを歩むものを集めて何になる?

 道を歩んでいるうちに道を違えて集団で陥る場合誰が引き戻せば良い?

 同じ道を歩いていながら時に道を変え先を見据えて仲間に知らせる。それこそが主の一族、御城だ。

 五代前の当主のことは知らぬが時の帝もそう考えてその名を与えたのだろう。ゆえに謀られたのだが」

「…………」

「……論外の答えを出さぬ限りそなたら一族に関してはほぼ合格だ。が、勘違いしてはならぬぞ?」

「委細承知」


紅蓮醍三郎……本来なら大佐になっていても可笑しくない階級ながら城門を直接守備したいということからずっとその階級で止まっている奇人である。

本来なら懲罰もあるのだが代々紅蓮家は将軍家の監査役も務めているがゆえ見逃されている。

さらにいえば斯衛軍の城内警備の実戦教官も兼任(任命したわけではないが)しており優れた斯衛兵を輩出しているのだ。

彼の塔ヶ島城防衛を勤めた衛士たちには彼の教え子が多くいたとか。

まあ、この貫禄を見れば誰もが納得するはず――。


「うむ……にしても主の妹に会ったがただならぬ発育……あと数年すればまさに収穫期!!」

「……はっ?」

「もはや問答もこれまで後に主の配属先を知らせぬ来るものが来よう。

 斯衛にはいれるか帝国軍にはいるかはわからぬが主を推薦したのは月詠殿だ、悪いことはあるまい」


――納得できるはずだ。

そう納得できるはず……。

御城はそう言い聞かせながら道場を帝都城を後にした。

後ろから何やら血が流れる滴り落ちるような音が聞こえてきたのもきっと気のせいだと言い聞かせながら。

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ここはどことも知れぬ部屋。

黒板やらディスプレイがあるところを見るとどうやら教室、あるいは講義室といったほうがいいだろうか。

そこには教官の姿はなくここで講義を受けていたのか少女が数人机やら椅子に腰掛けて雑談している。

時期からして総戦技演習を終えて次のステップ……彼女達の言葉の端をから戦術機の単語が聞こえてくるに衛士だろう。

戦術機の基本的な講義を聴き終えて高ぶった興奮を語り合っている。


「やっぱすげえよ戦術機!いや、すげえなんてものじゃねえ、なんていうかその~……とにかくすげえ!!」

「いや、まず落ち着~こうよ九羽ちゃん」

「結局いってること同じですしね」

「……うるせえよ梅「バアサン(棒読み)」……おい魅瀬言葉取るんじゃねえよ」

「私なんも」

「嘘こけ!」

「梅婆さん……?」

「……なんか梅ちゃんプルプル震えて~るよ」


……なんか妙に混沌としていて平和な光景なのだろうか。

さすがにまだ年齢が年齢なおかげなのかもしれない。

しかしその年齢が年齢であることが今は問題だ。

ここは仮にも軍施設であり、幼年学校や中等部とは分けが違う。

よく言えば人類を守る尖兵を育成するところであり、悪くいえば人を殺すことを学ぶ場所である。

年端もいかない少女達が本来ならいてはいけない場所なのだ。

大陸のほうでは少年兵も珍しくなくなって来ているがこれは一体どういうことなのだろうか?

それはともかく少女、九羽と呼ばれた少女は何か思い出したかのように急に話題を展開する。


「そういえば今度訓練兵じゃないやつがここに来るって話だったよな?」

「梅~ちゃん?」

「志津と呼んでください。……ええとたしかに誰かきますね。名前――」

「あ、やっぱりなし」

「――へ?」

「くることがわかれば「その時の楽しみ(棒読み)……ガキくさ」……魅瀬てめえ」


九羽は台詞をとった上にガキ呼ばわりした少女、魅瀬を追い掛け回しまた莫迦なことをし始めた。

……ボーイッシュで言葉遣いの悪い九羽彩子。

すぐ人の台詞をとって茶化す魅瀬朝美。

変なところで間延びした言葉を話す伊間元気。

そして梅という名前にコンプレックスをもつ志津梅。

彼女ら四人は今という時は年相応の反応をしてもいいだろう。

戦いが始まればそれすらも色あせてしまうかもしれないのだから。

戦争は人であろうとBETAであろうと良い意味でも悪い意味でも心を変えてしまうのだから。

----------------------------------------------------------------------

おまけ。

帝都城より帰ってきた。

そう久しぶりのマイスートホーム……もとい我が家に。

門をくぐり扉の前にたち二ヶ月だけ離れた我が家にちょっとだけ感慨が浮かぶ。

柳はひとりで寂しくて死んでないだろうか?

……それを確かめるには扉を開けるて会うのが一番か。

元気な声でただいまをいえばあいつも元気な顔で迎えてくれるだろう。

3・2・1ではいるか……ちょっと緊張する。

よし、いくぞ。

3……2「お兄様お帰りなさい!!」……げふっ。


「あれお兄様?」

「…………」

「おかしいわね扉の前に確かにお兄様の気配がしましたのに……」


柳の気配は再び屋敷の中へ……。

教訓。

扉の前で迷うことべからず。

冗談でもこんなことあるとはおもわなんだ。

白銀でもこんなベタなことしなかったのに……。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第二章その2
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/02/16 22:11
季節は初夏。

外気温は20を軽く超えて30に届きそうなこの時期は春とはまた違った気持ちいいものがある。

BETAの侵攻により数を激減、あるいは絶滅された種もある動物たちも活発に動くこの季節、人間もやはり活発に活動する。

するのだが、どうやらインドア派の人間は何処にでも存在するようだ。

だが普段から訓練をして体を動かしている分、身体を休めるときがあってもいいのではなかろうか?

本を片手に合成紅茶を飲む優雅な時間……想像しただけでもこの時代では夢のように穏やかな風景だと確信できる。

しかしこの部屋の主は残念ながら純和風を好む武家の家柄であり紅茶を飲むことは稀である。

茶をたてることを好み私物として茶器を部屋にも大切に保管されており、時々彼女の上官を招いて茶会を開くほどだ。

本来なら軍人が茶会などする暇などないのだが、帝国斯衛軍は例外である。

勿論暇があるということではなく、訓練の一環として作法の心得で行われているのだ。

が、彼女の場合は元々の趣味である。

その彼女はというと現在目の前にある入れたばかりの茶を眺めている。

湯気が発ち紅茶とはまた違った漂う香を鼻で感じ楽しむ。

そして作法どおりに口元に運び飲み込む……。

わずか数秒のことながらこの瞬間を楽しみにしている。

彼女はその茶の味、それに費やした時間に満足するとこれまた作法どおりに元の位置に戻す。

そして懐へ手を入れると一通の封筒を取り出した。

そこには縦書きでこう書かれている。


【御城衛様 神代巽】


彼女――神代はそれをもって何故こんなものを書いたかと今更ながら首を捻ってしまう。

書く理由……最初に思い立つのがやはり御城家の人間だからだろう。

斯衛としてあの家に憧れないはずはなく譜代武家の中でも有力であり、一時は誰が長男の許婚になるのかと話題にあがったくらいだ。

その中に神代家、巴家、戎家の名も候補にあげられており、もしかしたらもっと早く出会うこともあったかもしれない。

が、結局その話も数年前に没落を始めた途端に立ち消えとなり結局先日の出来事まで出会うことはなかったのである。

……同情か。

神代はそう思うと少し気が重くなった。

同情でこんなものを書くなど何をやっているのだろう。

同情されることなど望んではいない。

望んでいたのなら遠の昔に手を伸ばして助けを求めているはずだ。

そう答えに行き着くとその封筒の端に手を添えて引き裂こうと試みる。

高が紙切れ。

1枚や2枚重なったところで人の力には適うわけがない。

適う分けないのだが……封筒は、その手紙は頑固に抵抗する。

なぜ引き裂けない?

高が紙、厚さ1mmにも満たないやわな繊維がなぜこんなにも頑強なのだろうか。

力が弱いからか?

そう思い込めた力をさらに込めて裂こうとする。

が先ほどにまして頑固に抵抗する。

何故だ?

何故破れない?


「――巽さん?」


突然自分の名前を呼ばれ、肩をビクリと揺らす。

ドアのほうを見ると同僚の戎美凪がクリクリした可愛らしい目をより真ん丸としてこっちを不思議そうに眺めている。

戎はポカンとしながらも腕を持ち上げ神代の持っているものを指差しながら疑問を口に出す。


「ええと……それは何?」

「手紙だ」

「誰に対して?」

「……父上に」

「御城衛様と書かれているのだけど……」

「!!」


痛いところを疲れて言葉つまり何か話をしようと口を開くが何も思いつかずに暫し間抜けな顔をしてしまう。

さら戎は神代を赤面させるようなことを指摘する。


「さらにいえば自称父上に当てる手紙を胸元に抱いておられるんですが?」

「ッ!?あ、こ、これはだな。そその――」


神代は慌てた。

破こうと力を込めていたのはいいがいつのまにか胸に抱えるようにしていたことに気がついていなかったのだ。

これでは破けないのも道理。

戎は言い訳しようとする神代を手で制し近づいてきて両手を肩に乗せると何か妙に納得した風に頷く。

何か物凄く勘違いされたようだ。


「巽さんの父上の喜んでおられるでしょう。ちゃんと順序を守りつつ遠き人を想う。

 私もしてみたいですねそういう恋を。他言はしませんから良きお付き合いをしてください」

「いや、これは違――」

「いえいえ、話さずともわかっています。……で祝言の日取りは?」

「しゅ、祝言!?」


祝言:(1)祝い。また、祝いの言葉。祝辞。
   (2)婚礼。結婚式。
   (3)「祝言能」の略。
   (4)邦楽や浄瑠璃などで、初めまたは終わりにうたう祝いの意を表す曲。

戎が言った意味では2の婚礼、結婚式のことである。

当然神代はそんなつもりでこの手紙を書いたわけではないのだが……。

からかわれているのだろうか?

それとは関係なく動揺する神代である。


「あら私ったら少々話が飛びすぎたようですね。その手紙ちゃんと出したほうがいいですよ?

 何故か彼はこちらの近況を知っておきたいみたいですから。機密に引っかからないよう気をつけを……ウフフ」


後ろでドアノブを握ると手を振りながらそっと消えていく戎。

……どうやら勘違いとはいえ余計なことを知られてしまったようだ。

目の前の冷めた茶飲茶碗が妙に恨めしく見えたのだった。



マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第二章その2



何を間違ってここにいるのだろうか?

またしてもあの下郎の陰謀かだろうか?

いや、わかっている。

目の前にある光景を否定したくてそう思うようにしているだけなのだ。

机に椅子、ディスプレイと端末……そして私が今現在手を置いている教卓……。

私は手元にある端末を操作しディスプレイに映る資料を切り替えると説明を再び始めた。


「この戦術機はF-4、通称ファントム。我が国では77年にライセンス契約、F-4J撃震として生産を始めた機種であり、

 第3世代が主力となってきた今旧式化しているが、近代化を継続して今も戦力中核を担っている。

 それでは九羽、我が国が保有している第1から第3世代の全ての機種を言ってみろ」


私は教本から一旦目を離し、教え子に対して質問する。

そう教え子にだ。

質問された少女、軍人にしては年が若すぎる娘は自分に振られたことにちょっと驚いていたが文句一つ言わず口を開いた。


「第1世代は撃震、第2世代は陽炎、第3世代は不知火、武御雷です」

「残念、ちょっと抜けている、志津」

「はい、第1世代に海神、1.5世代として瑞鶴、第3世代に吹雪が抜けています」

「それでは各世代の特徴を全て言ってみろ」


再度質問を促すと志津は慌てもせず質問に答えた。


「第1世代は陸上兵器として戦車からの設計を受け継いだのか重装甲による防御を根底にしています。

 それに対して第2世代は耐熱耐弾装甲を使用して重装甲を廃止、軽量化による機動性を上げています。

 1.5世代については第1世代の改造機が多く、耐熱耐弾装甲を開発されていないこともあり、

 重装甲部分を軽量化し運動性を上げる試みをされており我が国では瑞鶴がそれにあたります。

 同様に2.5世代があり、これも第2世代と第3世代の中間的な性能です。

 最後に第3世代は新素材や複合素材の開発により耐熱耐弾装甲を重要部に限定することが可能になり、可動性、機体の軽量化にすることに成功。

 その結果、機動性や整備性が従来機に比べて大幅に向上した。さらに機体表面には新開発の対レーザー蒸散塗膜加工が施されています」

「その通りだ。座っていいぞ志津」


志津は促されるがままに静かに着席する。

……今なら神宮司教官の気持ちは少しわかる気がする。

だが今は講義中、感傷に浸っている場合ではない。


「志津の言ったことに付け加えれば対レーザー蒸散塗膜加工は世代に関係なく使用されるようになっており、

 近代改修により第1世代や1.5世代にも耐熱耐弾装甲を使われるようになっている。

 ……本日の講義はここまでだが、ひとつだけ言っておく。いくら機体が凄かろうと腕が追いつかなければ意味がない。

 不知火を操る衛士が命を落とすものもいるが、撃震で戦い続けている衛士もいる。これを肝に銘じておけ……号令」

「起立!……礼っ!」

---------------------------------------------------------------------

「おい、志津」

「……なんですか?」

「教官が変わるなんて一言も聞いてないんだけどどういうことだ」

「私は知ってましたけど」


それを聞くと九羽は顔を顰め、腰掛けていた机から飛び降りるようにして離れるとツカツカと志津へと近づいていく。

志津はそれを予測していたのかすました顔でそれを待つ。


「知ってたなら――「先日後の楽しみだといわれたのは誰ですか?」――ッ。だけど教官が変わるなんてよ」

「まあ、何を言ってもかわりありませんよ。教え方に特に不満はありませんし、不満はありません。ただ……」

「ただ?」

「自己紹介でも言ってましたが歳が気になりますね」

「と「歳が?(棒読み)」……」

「ええ、教官を務めるには若いような気がするんですよ」


そう若すぎる。

男子の徴兵年齢が低くなったとしてもあそこまで若い人が教官になるのだろうか?

だとしたらそれは深刻な問題だ。

教官に回せるほどベテランの兵士が少なくなっているということであり、人材の枯渇を意味しているのだ。


「……どうやら大陸帰りの人でもなさそうです~からね。実戦を経験してる~んのかな?」

「それすらも怪しいわね」


志津も伊間の意見に頷く。

子供ながら彼女らは妙に気が回る、へんに大人びているようだ。

その中で九羽は先程までの不満げな顔を別の意味の不満げな顔に変えて押し黙っている。

魅瀬はそれに気がつくと話を九羽へと振る。


「あんたはどう思う?」

「……単純にオレ達が子ども扱いされてんじゃねえの?」


その一言で皆はぴたりと動きを止めた。

考えたくなかったことを言われたからだ。

それでも九羽は口を動かすことを止めず話し続ける。


「徴兵年齢に達してない子供。それも女なんだオレらは。

 さっきは教官が変わったことに文句垂れたけど、あれはあれでおかしい人だった思うぜ?

 特攻だのなんだのうるさかったしよ。それに比べてあの御城とかいう兄ちゃんは随分とまともなことを話す。

 あの教官ならなんていったか想像するだけで首を捻るぜ」

「……教官ついての評価はわかりましたが、話逸れてます」

「あ、悪い。ええとだな、オレが言いたいのは子供だから実戦経験のない奴を回してお茶を濁したいんだよ。

 それで御城の兄ちゃんを解任したら別の実戦経験のない教官が……ってな。んで年齢が達するまで放置すると」


九羽はそこまでいうと肩を揉み解しだし、柄でもないことを言ったとバツの悪さをアピールする。

志津はそれを聞いて思案するように考え始めた。

そこには歳相応とは言いがたい表情が張り付いている。

だが、その思案を無駄にするかのように口をすぐに開いたものがいる。

魅瀬だ。


「それはおかしい。どう考えてもコストに見合わない。九羽の言うとおりならそもそも衛士訓練なんて受けられない。

 よくて厨房のお手伝いさせられるて終わり。それにわざわざスカウトしてまで徴兵した意味がない」

「……そうね。実戦経験のないというのもあくまで推測でしかないからね。下手な推測しても始まらないし訓練に集中しましょ」

「「「さすが梅(ちゃん)」」」

「…………う、梅って言うなぁぁぁぁ!!」


そして歳相応の騒ぎをまた始めるのだった。

壁一枚隔てそこにその話題の主役が静かに去っていくことを知らずに。

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御城衛は物凄く不景気な顔をしている。

その原因は先程の教え子である少年訓練兵たちなのだが、他人からはそれこそわからないので怪訝な面持ちでそれを見ては通り過ぎていく。

実戦経験がない。

その言葉が肩や胸に重くのしかかり地面に釘打ちされているようだ。

御城は窓に近づき外の様子を見る。

外には帝国軍カラーの不知火が訓練から帰還したのかゆっくりと格納庫へと向かっている。

ここは帝国本土防衛軍・帝都守備第1機甲連隊所属の基地である。

連隊全ての戦術機がここに納まっているわけではないがそれでも十分大きな基地である。

帝都守備第1機甲連隊……私の記憶が正しければ12.5事件、クーデター事件の首謀者である沙霧尚哉大尉が所属する隊だ。

記憶にはあの白銀武を圧倒し月詠中尉の武御雷と不知火で互角、下手したらそれ以上に戦っていた精鋭だ。

記憶さえ持っていなければ尊敬するに値する立派な衛士なのだが……。

それだけも気を落とすには十分なのだがさらにここは帝国軍である。

斯衛ではなく帝国陸軍なのだ。

それだけならまだしも城内省から伝えられた人事は斯衛になる前に帝国軍にて教官職につけという不可解な命令だった。

有無言わされずここに送られここに来たのだが……城内省が私をここに送ったわけがわかった。

つまり子守をここで担当しろということだ。

妹と対して変わらない年頃の娘たちの訓練部隊……。

妹も私が帰ってこなかったらここに来ていたのだろうか?

…………。

子守をして少し反省しろというのだろう。

これが国連に入った罰と定めたのか。

……………。

しかし実戦経験のない教官とは今という時代では考えられないことだろうな。

米兵でもあるまいし。

御城はそこまで考えて頭を振って今の思考を外へと追い出す。

飛ばされたからといって腐ってどうするのだ私は。

ここでできることといえば今は教官として彼女達をたたき上げることしか出来ない。

沙霧大尉接触できればあるいは、とは思うがそれも難しいかもしれない。

何れにしろこれから何をするか、それが最大の選択のような気がする。

私に出来る私なりのこと。

紅蓮少佐が言ったことがヒントなのかもしれない。

それにここで腐るわけにはいかない。

懐に入れていた封筒を取り出し、それを見つめる。

送り主は神代巽と書いてある。

中身はまず最初に訓練部隊のA、B分隊の演習の結果が書かれていた。

B分隊、冥夜様のことは残念だが仕方ない。

むしろあの下郎の手が伸びていないことが何よりも嬉しかった。

A分隊の皆は合格して戦術機の訓練に入ることを喜んでいるようだ。

おめでとうといいたいが私が言ったのでは嫌味にしか聞こえないだろう。

でも言わさせて貰うよ。

麻倉、高原、築地、柏木、涼宮、おめでとう。

次に彼女なりの斯衛のあり方が書かれていてとてもためになるものであった。

そして最後に御城家の人間に対する非礼で締めくくられている。

そこまで畏まらなくてもいいものだと思うのだが、彼女なりの気遣いなのだろう。

この手紙に答えなければならない。

今はそう思う。

だから……。

懐に手紙をしまい込み窓から離れて歩き出す。

その顔にはさっきまでの不景気さは欠片も張り付いてはいなかった。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第二章その3
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/02/25 01:17
今日の夜空は天の川が綺麗……。

少女は素直にそう思うことが出来た。

洋間である少女の部屋のテラスからは満天に広がる星空が望めた。

天を流れる川の全貌を余さず見つめ、その素直な感想を心の中で反芻し、その光景を記憶していく。

記憶し終わったときにも天の川面は瞬くことをやめず美しさを少しも損なってはいなかった。

少女の目が瞬きをして瞼を閉じている間もそれは変わらない。

変わらないのだが……。

少女は夜空の光景に満足するとテラスから室内へと足を向ける。

そしてベッドへと飛び乗りしばしスプリングの反動でバウンドするのを楽しむ。

その様子は年頃の少女そのままであり、年相応そのものである。

が、次の行動がよろしくない。

バウンドし終わると枕元においてある人形に手を伸ばすとそれを抱きしめ……ベッドのスプリングの反動を利用し一気に飛び上がった。

この叫びと共に。


「お兄様のバカァァァァーーーーー!!」


ベッドの着地しつつ人形の頭を太ももに挟みつつ小さな胴体に手を乗せてシーツへと叩きつけた。

哀れ人形はいつもの如く慣れたダメージを受けて太ももに挟まれたまま解放のときをまつ。

その顔にはくしゃくしゃとなったお兄様と書かれた札を貼り付けながら。

少女はそれで満足したのか人形を解放するとくしゃくしゃになった札を丁寧にしわを伸ばし始める。

その手は慈愛に満ち、先程の凶行を行った同一人物とはとてもじゃないが思えない。

だがその愛情は本物であることはその手つきでわかる。

……性格が捻じ曲がっていなければいいが。

少女は札を伸ばし終わるとその人形の頬の部分に頬ずりを始める。

キスではないのは彼女なりのルールなのだろうか?

ひとしきり頬ずりを終えると今度はその人形に向かって話しかける。

これまでの一連の動作が彼女の一日の終わりを意味する儀式のようなものだのだろう。


「お兄様、また私を置いて行ってしまいましたね。何故こうも私を一人にしてしまうのでしょうか?

 でもそれも仕方ありません。お兄様軍人で御城のものですから。それも当主ともなれば私にかまっていられないでしょう。

 私も志願できればいいのですが……」


そこで一旦言葉を切り人形を丁寧に置くと手を寝巻きの襟元に持っていきそっと持ち上げ中身を覗き込んだ。

しばらく外で鳴く虫達の声が空間を支配する。

襟元から手を離し人形を再びその手に持つと強く人形を抱きしめながら話を再開する。


「……もっと大人に見えるようにならなければコネも使えないようですしね。だから柳はお待ちしています。お兄様の無事と誉れを祈りながら。

 ……返事の手紙は何時になるでしょうか?毎回とはいいませんができれば数多く返してくださると嬉しいです。

 あ、ここでいってもだめですね。次回にそう書かせていただきます……今日はこんなところでしょうか」


そう言うと人形に再び頬ずりをしお休みなさいと枕元へと寝かせる。

自身もそれに続き電気を消すと部屋を暗くし、シーツを被り夢の世界へと旅立つ準備に入る。

星が瞬き曇りない空を見たのだから今日もいい夢が見れるだろう。

そう信じて徐々に意識は夢へと旅立っていった。

少女、御城柳は知らない。

彼女と同年代の少女が今現在も訓練に明け暮れているのを。

だが今はそれでいい。何れは戦場に立つのだから。

今は良き夢を……。


「……お兄様…………お餅…とらないでぇ~~~~~」


……良き夢を。



マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第二章その3



雀が囀る健やかな朝。

庭に設置してある餌箱にすずめが今日も元気よく群がっているのだろう。

御城柳はこの囀りを聞くことで一日の始まり、目を覚ます。

シーツに隠れたその身体をもぞもぞさせて頭が覚醒するまで待ち、徐々に瞼が開けていく。

柳はこの瞬間は実のところあまり好きではない。

寝ること自体は好きなのだが、目を覚ましてから機敏に体が動くまでの時間がなんとも歯がゆく感じるのだ。

しかし、動かないものは動かないのだから割り切ってベッドに横になったままそのときを待つ。

十分覚醒したのを瞼が開ききったことで確認すると上半身を起こし、枕もとの人形を持ちあげ、とりあえず朝一番の頬ずりをする。

そして頬ずりをやめてベッドからテラスへと移動を開始する。

昨晩テラス見た光景とは違う光が天を支配し、地上も活気に満ちたように光り輝いている。

一通りそれを眺めると柳は再び天を仰ぐ。


「……今日も星は綺麗ですね。あれはなんていう星座だったでしょうか?」


昨晩見たばかりだというのにまた星に関心を寄せているようだ。

余程好きなのだろう。

しかし、関心するべきところはそこではない。

朝とはいえ月どころか星座が見えている……これは大変すごいことである。

視力3.0以上なければ到底見えないほど微小なものであり、都会に住んでいながらその視力を維持しているのだ。

兄の御城にはそこまでの視力がないことをここに付け加えておこう。

柳は星座の形を記憶すると次の日課へと移る。

寝巻きを脱ぎ、箪笥から着替えを取り出しそれを着込むと洗面所へ。

そして丁寧に冷水で顔を洗い、歯を磨き、玄関へ。

玄関口を潜ると門へと小走りに駆け寄り、門の内側に落ちている袋を拾い上げた。

この家にはポストとというものがなく、はがきやそれに順ずる書物は袋に入れ中に投げ入れるように馴染みの配達員に言い含めており、それを配達員も了承している。

割れ物や大型の荷物は通常通り門での直接受け渡しとなっている。

それはともかく柳はその袋の口を全開にして中に目的のものがあるかどうか確認する。

1枚目……新聞……2枚目……只の広告……3枚目……物を発見。


「……あった」


思わず口から言葉が飛び出していた。

昨日寝る前に人形に話しかけた言葉が現実のものとなった。

無論人形が叶えたわけではなく、時間的に手紙は柳が人形に話しかける前に出されたものであるが、そこを指摘するのは野暮というものだ。

柳はいそいそと自分の部屋へと戻ると新聞と広告を放り出すと一通の封筒を取り出しマジマジと見つめる。


【御城柳様 御城衛】


その送り主を確認するとほっと息を吐く。

待ちに待った兄からの手紙。

一人で寂しくうさぎのように死んでしまう前に届いた一通の手紙……というのは冗談だ。

だが、それだけ待ったということだけたしかなことである。

封を切るだけでも緊張で手が震えてしまいうまく空けることが出来ず、思わず落ち着こうとして手を抱くつもりが手紙まで抱きしめてしまう。

手紙に皺がよったかと思い急いで胸元から離し安否を確認する。

幸い皺はそれほどよらなかったようだ。

またほっと息を吐くと今度は力に関係なく切れる鋏を手に取ると中身を切らないように慎重に、確実に進めていく。

そして綺麗に切り終わると指を中に這わせ、薄い紙に書かれた文を取り出した。

食い入る様に書かれた字を見て間違いなく兄からのものだと確信した。

ここまで神経質に確認するのは前回国連軍に誤って入隊したことへの密かな疑心からのものだ。

……最初の文面は柳を気遣う挨拶、次に軍へ連れて行けない侘びが書かれている。

最初はともかく謝られたくないというのが本音である。

謝るくらいなら最初から斯衛に入ってくれれば私も変な気を起こさなかったのに……。

…………。

次に書かれたのは国連軍から戻ってくる際に世話になった人の名が書き連ねており、出会うことがあれば礼を欠かさぬよう書かれている。

月詠真那、神代巽、巴雪乃、戎美凪、この4人の斯衛の人に助けられたそうだ。

たしか月詠は譜代武家でも有力で代々“赤”を授かっておりその発言力は高いと聞く。

その他に神代、巴、戎この三家も発言力こそ、それほどでもないが武家としてそれなりに知られている。


「……お兄様もつくづく運がいいようですね。これが川副家だったとしたら御家再興どころか軍にすら入らせてもらえないところですよ」


しかし安心した。

思わず三度目の安堵の息を吐くと次の文へ目を通す。

どうやら配属先の知らせらしい。

…………その文を読み終え少し疑問符が頭に浮かぶ。

その疑問を解消すべく何度も何度もその文に目を通すが、それは変わることはなく同じことが目に入ってくる。


【帝国“陸”軍衛士訓練校教官】


帝国“斯衛”軍ではなく帝国"陸”軍。

何回読んでも、何回読んでも、“陸”が“斯衛”にならないですよ。

その後何か書いてあったが目に入ってこない。

だがとりあえず文から目を上げて一言。


「お兄様の莫迦!間抜け!妹泣かせぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ!!」

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「お兄様の莫迦!間抜け!妹泣かせぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ!!」


邸内から聞こえてくる大声。

この邸宅を訪問しようとした主は思わず帽子を押し上げ空を仰ぎ見てしまった。

どうやらこの熱くなってきた時期なだけにエンジンも夏にあわせて元気になっているようだ。

子供は元気が一番いい。

それはともかく呼び鈴を押さなければその主とも会えぬわけだが。

さすがに家宅無断侵入で訴えられて面倒を起こすのも問題……ここは紳士にいく。

丁寧に呼び鈴を押してここの主が出るのを待つ。

訪問するには少し早いが、時間も押しているので仕方あるまい。

しならくするとインターフォンから女の子の声が丁寧口調で流れてきた。


「……はい、どちら様でしょうか?」

「こちら帝国情報省外務二課の――といいます。先日はどうも」

「情報省の方が今回どのようなご用件で?」

「いや、先日の志願に関することではなく、本日はそちらのお兄様が国連軍に誤って配属された経緯を話そうと思いまして」

「……わかりました。しばらくお待ちください」


ふむ、帝都を左遷されたとはいえご息女の教育は行き届いているようですな。

ですが少々無用心なところが気になります。

私が暴漢だとしたらどうするのかな?

またしばらくすると門の鍵が外される軽快な音がし、門が軋みを上げながら開いた。


「どうぞこちらへ」


門の内側に立つ少女は丁寧にお辞儀すると私を先に行くように手で指し示す。

それに従い大人しく彼女の指し示す方へと足を進めていく。

そのついでにちらりと彼女の身体をみると衣服の下に微妙な膨らみ……なるほど邸内ならではの防衛手段だと感心する。

この年頃の少女にしては上出来だ。

私の娘もこれくらい用心できればいいのだが、微妙なところで間が抜けている。

全く誰に似たものやら。

しかし、これから話す“2つ”のことで事で気を悪くしなければいいが……。


「では客間までご案内します」


いつの間にか近くに来た少女が早足で私の前へと先行する。

……おもしろい娘だ。

お土産を気に入ってくれるといいのだが……。

男は何かずれた事を心配するのであった。

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運命は動く。

動かない運命など存在しない。

また運命は常に流れている。

始まりからずっとずっと見えない終わりというときが来るまで。

運命とは唯一無二の海でだから。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第二章その4
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/03/02 22:27
戦術機/Tactical Surface Fighter。

米国三軍が共同開発、1974年に人類初の戦術機F-4ファントムしてその歴史をスタートさせる。

まもなくライセンス契約や輸出により各国陸軍の主力機である戦車にとって変わり、現在もその地位を不動のものにしている。

主力こそ第2、3世代戦術機に移ったが現在でも近代改修を続け戦力の中核を担っており、戦場から姿を消すにはもうしばらくかかるだろう。

そんな中、日本帝国も77年にライセンス契約し、F-4J撃震として配備を開始する。

当初各国の軍でも問題視された既存の兵器とは違いすぎる運用思想、操縦方法etc……。

衛士という言葉すらなかった時代、ありとあらゆる手段を用いて現在の洗練した教育システムを生み出していった。

しかし今の私はそのシステムで学ぶ側ではなく、教える側だ。

教える側だからこその悩みを、おそらく他の教官とは違った悩みを私は抱えている。

教育システムの本来当たり前のことである大前提が教え子達には適用されないからだ。

女だから?

違う。性別は関係なく教育は男女共通である。

背丈が小さいから?

これも違う。戦術機に乗る上で背丈にあわせてシートは調節できるようになっている。

ではなにか……。

それは……年齢である。

BETA大戦初期から戦っているソ連や中国といった国では少年兵が珍しくなくなっていると聞くが、それよりも少なくとも2~3年は若い……いや幼い。

そんな体力や精神力、あらゆるところで現在の徴兵されているもの達より劣っている。

必然的に体力をその体の容量の限界まで上げなくては軍務に耐えられないだろう。

前任教官も通常の訓練量を上回る量を毎日課しており、潰れるギリギリのところで座学を多くとっている。

そのおかげで総戦技演習をクリアしたようだが……戦術機の訓練の場合どうすればいいのか?

基礎体力、精神面は総戦技演習で最低基準をパスしたが操縦となると別問題……いや、これは逃げてるだけか。

御城は机に広げた教え子の資料をもう一度見返しながらわざとらしく溜め息を吐く。

ここまで考えていたことは全て現実逃避でしかない。

自分が年端もいかない少女たちにBETAや“人”を殺す技術を教えていることの罪悪感から逃げているだけなのだ。

この娘たちの年と同じくらいに私も父上からの英才教育で実機訓練を受けていたから問題なく訓練予定を組める。

彼女達を鍛え上げると意気込んでいたものの、いざとなるとヘタリこんでしまう……。

…………。

割り切るべきなんだろうな。

私は畜生なのだろう。

畜生なら畜生らしく罪を背負えばいいか。


「……外道は外道、それ以上でも以下でもないか」


沙霧大尉は私以上の苦しみを味わっていたのだろうか?

……それも本人に聞ければいいのだがな。

さてと、そろそろ教え子達の練習機が届くはずだ、格納庫へと向かわなければ。

御城は資料を本棚へと入れるとゆっくりと格納庫へと足を運ぶのであった。



マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第二章その4



「オーライ、オーライ、オーライ、よーしそこ」

「このコンテナどこに運べばいいんですか?」

「それは強化外骨格の部品じゃねえか。ここじゃなくて8番に運べ」

「了解」

「……ったく。新兵の質も落ちてきたんじゃねえだろうな」


整備兵は何時の時代も貴重である。

確かに戦場の主役は戦術機や戦車などを操る衛士に戦車兵だが整備しなくてはその機体は稼動することは出来ない。

それに前線で戦っているものが一番死んでいるような印象を持っているが、実際のところ後方に対する奇襲も数多く行われているため

統計では同等の死傷者数が出ているのだ。

しかし、それだけの死傷者を出しているおかげで多くのベテランを失い質が落ちてきているのだ。

……まあどこの兵科もにたようなものだが、男の愚痴ももっともである。

だがそんな愚痴に飽き飽きしているものたちがここに存在する。


「おっちゃん」

「ん?九羽の嬢ちゃんなんだ?」

「愚痴もいいんだけどよ。オレ達の戦術機まだ?」

「もうちょっと待ってな。話によれば少し遅れとるみたいだからな」



そう言われて黙り込むしかない九羽。

実のところこの質問は5度目なのだが一向にくる気配がない。

だから延々と整備兵の軍曹に何度も何度も同じことを聞くことしかできないでいるのだ。

何度も同じ質問される軍曹も溜め息を吐きたくなるが子供であることと子供相手に愚痴ってしまった負い目で無下にできないのである。


「軍曹にいってもアレだ~けどいくらなんでも遅すぎ~ます」

「やめなさい伊間。輸送だって順調じゃないときくらいあるわよ」

「……これは梅の名前が渋いからじゃない?」

「ッ!!……関係ないわよ」

「あれ、怒らない?」


志津はどうやら怒ったら相手の思う壺だと学習したのか怒りを抑えて冷静になろうとしているようだ。

九羽はそれを見て感心すると同時にどうやって追い討ちをかけて怒らせるかを算段し始める。

退屈しのぎには志津を怒らせて遊ぶのがもはやこの訓練部隊の常識になっていた。

からかわれる志津としては迷惑以外の何物でもないが。


「……梅の苗字ってなんだっけ?」


そんな呟きが魅瀬の口から飛び出してきた。

……なるほど。

その言葉の意図を理解した九羽はその後に続く。


「梅が苗字じゃねえのか?」

「違いま~すよ。梅田梅だったはずで~す」

「いやいや、梅干梅太郎だったはずだ」

「梅梅梅じゃなかったっけ(棒読み)」

「いや、むしろウ・メなんじゃねえか?」


どんどんと意味がわからない名前へと変換されていく志津梅(本名)。

こういわれ続けている間にも耐えに耐えているが顔がどんどん赤くなっているところを見ると限界は近いようだ。

軍曹はというとこの雰囲気に慣れていないので我関さずとばかりにその場を離れてまた指揮をとり始めていた。

止まることのない命名作戦は続いていき等々志津の堪忍袋の緒が切れた。


「あんたたちいいかげんに――「まだ機体は届いてないのか?」――っ!」


切れたと同時になんとも絶妙というか何というかいいタイミングで介入の言葉がはいった。

その介入の主に訓練部隊全員が敬礼をする。

介入者である男、御城衛はそれに軽く答礼すると先程の曹長の元へと近づいていく。

機体搬入の遅れの確認を取るためだろう。

それはそうと先程怒るタイミングを逸した志津はというとニヤニヤ笑いを絶やさない3人に向かって悔しそうに唸り声を上げることしかできなかった。

そのうち彼女も一矢報いるときがくるだろう……おそらく、多分。

-----------------------------------------------------------------------

ひたすら待つこと半刻程……。

ようやっと訓練部隊のための戦術機が搬入されてきた。

遅れること一刻程のことである。

待たされて待たされてようやくお披露目となった初めての自分の戦術機を前にしてト今か今かとシートがはがされるのを待つ少女達。

その様子に対して微笑んでしまう整備兵一同と御城である。

この中には当然既婚者もおり、子供だって家においてきたものもいる。

どうしても子供らしい反応には頬が緩んでしまうのだ。

そのワクワクどきどき感に気を良くした整備班の面々は通常より手際よくシートがはがされていく。

トレーラーに寝かされた戦術機のシートが徐々にはがされ、帝国軍カラーである濃いグレーが露になっていく。

だがこの時代新造機、ましてや練習機になる機体にそれは望む術はなく薄汚れた装甲がところどころで目立ている。

整備のものからすれば状態は良とは頷けないものだ。

白銀たち207B分隊があれだけ状態が良かったのは香月夕呼の権限があればこそのものなのだ。

ゆえに思いのほか傷ついている戦術機を見て少し残念そうな顔をする九羽たちである。

しかしどうやらそれ以外にも残念そうな顔をする理由があるようだ。

御城は怪訝な面持ちで何故かと首を捻っているとその当の本人達の会話が聞こえてきて得心する。


「……これっていわゆる重装甲ってやつ?」

「第1世代……今じゃ旧式って呼ばれている代物ですね」

「77式撃震、ファントムの帝国使用機で~す」

「吹雪ちゃう」


……最後の魅瀬の一言が的確かつ簡潔に表していた。

第3世代が主流になりつつあるのだから練習機も第3世代の吹雪だと思っていたのだが、実際のが第1世代の撃震だったから残念。

要するに誕生日の贈り物が希望に沿うものでなかったため素直に喜べないのだ。

……教官として言わねばなるまい。

御城は足音をわざと大きくたてて存在をアピールしつつ、九羽たちに近づく。

無論それに気づかないはけはなく、こちらに振り返り一瞬肩を震わせると背筋を伸ばし直立不動の体勢を取る。

どうやら直感的に御城が何か怒っていることを理解したらしい。

が、理由までわからずやや困惑している。

子供らしいことも結構だがこういうときにもっと大人になってもらわねばな。


「九羽、撃震がそんなに不満か?」


その質問に怒っている理由の一端を理解したのか、口から出てきた言葉は必死さがにじみ出ていた。


「いえ、ありません!」

「そうかないか……伊間はどうだ?」

「私も文句ありません!」

「志津も同じか?」

「同じであります。先人もこの機体を操り人々を守ってきたゆえに私もそれに続きたいと思います!」


なるほど志津らしい模範解答だが先程の会話を聞いていれば不満があることは明白だろう。

さて、次の魅瀬の答えによっては訓練の内容をどの程度加算するかを決めるか。


「魅瀬、私が何でこんなことを聞いているのかわかるか?」


九羽、伊間、志津の3人は凍りついた。

よりによってその質問を魅瀬にするのかと、またどうのような答えをするのかを予想してだ。

魅瀬は周りの空気を知ってか知らずか数秒、間を持たせるとゆっくりと言葉を吐いた。


「この時代に戦術機の練習機が回ってきただけでもいいことなのに吹雪でないから文句を言ったため?」

「正解……それじゃあ元気よくトラックを走ってこい。ここまで聞こえるくらい全員で大声を上げながらな?」

「……了解」


一糸乱れぬ整列をすると格納庫から出て行く九羽たち。

まだ不知火や吹雪が出来ていなかったころ、練習機といえば撃震であり、それ以外は強化外骨格での訓練だったのだ。

初等教育の過程をかなり短縮してやる現訓練課程からすると破格なのだが……それが今ではこれだ。


「時代という奴なのか……」

「それは違うな」


突然背中から掛かる声に思わず瞬間的に振り向いていた。

何時からそこにいたのか眼鏡をかけた智的な男が立っており、どうやらその人物が御城に声を掛けたらしい。

御城は階級を確認すると上官であることを確認、敬礼し男もそれに答礼する。

そして御城は改めて息を呑んだ。

私はこの男を知っている……だが何故ここに?


「……貴官がその年で教官をやっているのかは知らないが訓練兵に時代は関係ない。

 いかなる時代だろうと訓練方法が変わろうが我が国の心だけは変わってはいけないのだ。

 っと、すまない。初対面のものにいらぬ説教をしてしまったな」

「いえ、大尉殿」

「説教ついでに一つ言わせて貰おう。撃震のよさを教えるのも教官の役目だ。

 ……やってみせ 言ってきかせて させてみて ほめてやらねば人は動かじ。

 先人の言葉だ。それを忘れねようにすればうまくいくやもしれぬ、では」


山本五十六の格言の一つか……。

確かにそうかもしれないな。

御城は納得しつつも自身の打算のために大尉を引き止める。

ようやく私が私として役に立てるチャンスがやってきた、そう思えたからだ。


「大尉、失礼ですが名を聞かせて頂けないでしょうか?自分は御城衛、階級は少尉であります」

「御城……?」


大尉は足をピタリと止める。

どうやら御城の名に聞き覚えが、興味があるのだろう。

大尉はゆっくりとこちらを振り向くと左手で眼鏡を正しつつ顔をじっと見つめてくる。

しかしそれも数秒。

冷静な顔であちらも名乗り返した。


「私は沙霧直哉だ。階級は大尉。御城少尉、あの娘達の教育……心してかかれ。

 今から歪んだ精神を植えつけぬように貴官の双肩にかかっているのだからな」


その言葉は未来に憂国の烈士として立ち上がった男としての重みがあった。

雄々しく、力強く、それでいて純粋で繊細な想い……。

御城は素直にその強さに憧れる。

どれだけ世界の評価が悪くとも、不利益を与えた事件の首謀者であったとしても。

その想いは本物だと思えたから。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第二章その5
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/03/10 22:19
マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第二章その5


【神代巽様 御城衛】

封筒に書かれたその文字を見るのはもう五度目になる。

そうもう五度目になるのだ。

この手紙の送り主である御城衛自身は楽しんでいるのかどうかわからないが、とりあえず受け取り主の神代巽は楽しみにしているようだ。

御城が訓練半ばで抜け出した同期や敬愛する御剣冥夜の様子を聞きたいだろうからそれを伝える。

それだけで手紙のやり取りが複雑な軍隊、さらに所属する軍隊が違うし機密に底触するかもしれないことを避けてやり取りするなど面倒かつ難しいことだ。

三度重ねて言えば手紙をやり取りしている基地、斯衛である神代がいる場所が斯衛軍基地ではなく国連軍所属の横浜基地であることもそれに関係している。

こう頻繁に手紙を書くことなど極めて稀なことであり、しかも他人、さらにいえば軍関係者同士ならなおさらだ。

……なのだが、その例外に身を置くことを決めたらしい。

神代も最初こそ斯衛のあり方や訓練部隊や冥夜様の近況を伝えていたのだが、二通目にして斯衛のあり方については大方語ってしまい、

近況報告は味気のないものであり、これでは報告書と何ら変わるものものではなくなってしまう。

かといって自分の近況は面白いものはなく言いたくはないが毎日が窮屈で退屈な代わり映えのない生活である。

唯一刺激があるとすれば月詠中尉たちとの訓練と月に一度あるかないかの国連との小規模な合同訓練くらいである。

そんなつまらない事を羅列しても意味ないと考え、恥ずかしながらも自身の趣味について少々書いてみた。

別段大した返事を期待したわけではない。

しかし御城の反応は思いのほかクイツキがよかった。

どこの流派を学び、週何度ほど茶を立てるのか?

この返事が来たときは神代は思わず口元に笑みが咲いたことは第19独立警護小隊内では公然の秘密である。

丁寧に質問に対して答え、こちらからあなたは茶に興味があるのかと問う。

そうすれば茶をたてることは心得あり、されど舌ばかり肥える、と返ってきた。

その他にあちらの趣味が天体観測であり、好みの食べ物は蕎麦であると。

そうして話題が広がるうちに段々と“御城家の男”という印象から御城衛という人間が見えてきた。

百閒は一見にしかずという言葉があるが、一見だけでは人はわからぬものだと別の見地を発見した神代である。

そうして手紙のやり取りを段々と楽しみにしだし、手紙が届く日だと知るとその日の足の速さがいつもより半歩早くなる。

二度三度それが続くと当然同僚の巴と戎は気がつき、全開目撃したことも加え、その日を“いつもの”と呼称して影で色々と想像し、時にはからかった。

しかし、そのからかいは意地悪半分と羨ましさ半分でできているのだから、武家出身者も案外年頃の娘に憧れているのかもしれない。

上官の月詠真那に至っては神代にそれとなく筆を滑らせないように釘を刺すしまつである。

本日もその“いつもの”の日でありそれを受け取りに通いなれてしまった通路を歩いている最中である。

例の如くいつもより半歩速いペースで歩き、手紙を貰いにいく様は知る人から見れば微笑ましいものだ。

が、ここは神代と知る、あるいは見る人間は少なく、国連となれば奇異の目で見るものが大半である。

それもそのはず一人だけ身に纏った雰囲気が違う人間、それも厳粛な雰囲気の人間が来れば萎縮してしまうし、

家族や恋人からの手紙を受け取るときとなればなおさらだ。

だがそれも神代が十分承知のことである。

実のところ手紙が来る時間帯を把握して徐々に人がいなくなったところで受け取りに行くことにしているのである。

そして本日もそれに変更なく時間通りに受け取りに来たわけだ。

そんなことをすれば渡す側としても自然と覚えてしまうもので、神代の姿を見つけると笑顔で迎えた。

今でこそこうして軟化した態度で接することが出来るが、最初は手紙の送り主のことなど気にしておらずお堅い国連の評価報告でもしているのだろうと思っていた。

だから自然と態度は素っ気無いものでニコリともせずに封筒を渡していたのだが、あるときを境にその態度は改善されることとなる。

だがそのあることとは彼女のとってとても恥ずかしいことなので秘密にさせてもらう。

……ともかく神代は手紙を受け取り伍長に礼をいうと澄ました顔で自分の部屋へと引き返していった。

いかにも手紙を貰ったからといって浮かれてはいない、といった態度が伍長には可愛らしく、自然と頬をにやけさせてしまう。

まあ本人の前でこんな顔をしたら視線だけで殺されそうだが。

伍長の余談ともかく、神代は自身の部屋へといそいそと入りドアを閉めてようやくホッと一息吐く。

手紙を受け取るところを巴や戎に見られたりしたらまたからかわれてしまうのが落ちだからだ。

一介深呼吸、吸って吐いて吸って……吐いて。


「……私は手紙如きに何こんなに緊張しているのだ」


そう考えそそくさと机に座りペーパーナイフを使い封を切り、中身の文を取り出す。

本人は必死に否定するかもしれないが、文を読み進めていく様は年相応というより少女のそれである。

こんな姿を見てしまえばからかわないほうが無理というものだ。

しかし、文を読み進めている神代の顔が徐々に険しくなっていく。

一体どうしたのだろうか?


「……通常の教官の容量では難しいか。年頃の娘、それも武家出身者ではなく一般家庭出身となれば教育もまた違い、座学は良いが実機訓練に支障あり……。

 こればかりは私ではアドバイスするのは難しいかもしれない」


……御城の教官生活に陰りが射してきたのだろうか。

無理もない英才訓練を受けてきたとはいえついこの間まで訓練兵だったのだ。

しかも年は若く、実戦経験もない。

いや、それ除いてもあまりにも教官をするには特殊すぎる環境だ。

御城どころかこの任につくのに適任な教官などいるのだろうか?

それ以前になぜ年端も行かぬ少女達を帝国軍に入れているのだ?

考えてみればおかしい。

そもそもこのような機密に関係することが検閲の段階で削除されていないのか。

城内省どころか帝国軍、もしかしたら国連軍も係わっているのかもしれない。

一体何が起きているのか。

さっきまでのお気楽な考えは神代の頭の中から吹き飛んでいた。

-------------------------------------------------------------------------------

一体どうしてこんなことになってしまったのだろうか?

目の前で整備されている撃震を見て取り合えずそう考えることしかできなかった。


「班長、このあまった管制ユニットどうします?」

「それは返品するからコンテナに詰め込んでおけ、それより急いでこれをつけなくちゃいかんから早くしろ」


整備班の声も遠くに聞こえる今日この頃。

九羽はとりあえず口をあけて放心する。


「オ、オレの撃震が……撃震が……ゲキシンが……」


開いた口は顎を動かさず愛機である撃震の名をひたすらうわ言のように繰り返している。

可愛い顔が台無しの間抜け面、しかしそんなことを気にするほど暇な整備班はいなかったことが幸いだろう。

だが整備班以外の人間がここにおり見事にそれを記憶することとなった。

同訓練部隊の志津たちである。


「私達の同僚ともあろうものがあんなに煤けた中年親父のような空気をだしちゃって、言葉もないわ」

「九羽ちゃ~んも中年だね」

「……頭に十円禿げ」


普段なら同僚にここまで言われて黙っていない九羽であるが、今はそんなことはどうでもよかった。

なぜ撃震がこんな改装をしなければならなくなったのか、それで頭が一杯なのだ。


「おーらい、おーらい……よし!複座型の管制ユニット取り付け完了!続いてシステム面の調整急ぐぞ!」


複座型管制ユニット……。

これが意味することはひとつしかなく、それ以上は考えられない結論だった。

そう自分で決めて自分で勝手に呆然としているだけなのだ。


「複座での訓練……今時物凄く珍しいと思うんですが」

「そもそもシミュレーターで全部済む話なのになんでここまで話が発展した~の?」

「……実機でなぜか知らないけど毎度マニピュレーター壊す乱暴者に聞けばわかるんじゃない?」


そう元はといえば自分自身が原因を作ったのだ。

毎度毎度実機訓練のたびにマニピュレーターを壊し続ける九羽の操縦。

射撃していてもなぜかオートバランサーでも支えられない無茶な姿勢で撃とうとして、手を突き粉砕。

短刀を使っての近接訓練。

シミュレーターではうまくやっているのに格好をつけようとしてコンピューター補正を無視しての攻撃で、撃震の装甲に拳を打ちつけ手首ごともぎ取って破損。

そしてここまで破損続きでは実機訓練を行うことはできないと判断し、シミュレーターでの訓練を強化したのだが……。

先日またも破損させてしまったのだ。

教官である御城も言って直らなかった破損癖、それをどうにかしないと実機に二度と乗せられないと伝えられたのだがことの発端だ。

実機とシミュレーターとの違い。

九羽が言うそれを御城は搭乗データから乗り方の誤りを指摘してもそれもシミュレーターのときだけ。

実機になると興奮して基本をそっちのけにしてしまうのか、大道芸さながらの無茶な機動をするのだ。

いつしか御城の乗り方はどうだということになり、操縦がうまいのかうまくないのか見たこともないやつから教わりたくないと九羽が言い出した。

御城も大人気なくその英才教育でしごかれた操縦技術を披露してしまい、九羽の口を塞いだのだった。

……なのだが、九羽はここで塞ぐはずだった口を滑らせこういった。


『そんな腕してるんだったら手取り足取り教えてくれよ』


それを良作と判断したのか御城は上に許可を取りにいき、許可が出るとその日の内に書類を作成。

そして現在換装中というわけだ。

この換装は今日中には終わるだろうが稼動するとなると明日になるだろう。

一日時間があれば九羽も元通りになるだろう。


「でもさ、教官が訓練に参加するってことはしばらく演習とかはできないってことだ~よね梅ちゃん?」

「苗字で呼んで。……そうね、九羽さんの操縦が直るまで実機での演習はしばらくお預けでしょうね」

「……そりゃないぜ(棒読み)……虚しい」

「まあ、大丈夫でしょう。管制ユニットは教官用のものを備えてるようみたいですから演習もこなせるはずです」

「よく知ってるね」

「当然で――」「教官に直接聞きましたかから(棒読み)」「――魅瀬さんどこでそれを?」


魅瀬は目尻を指でたれ目にしながらさも他人事といわんばかりに棒読みで話した。


「わざわざ教官室に足運んでるところを発見、放送禁止用語なことをしそうな怪しい顔してたのを見たから後つけて、偶然話し聞いちゃった(棒読み)」

「それのど・こ・が、偶然何ですか!?それに放送禁止用語って何ですか!」

「ワタシ子供ダカラ何ノコトカワカリマセン……たまには似非外人風味もいいかも」

「また梅ちゃんいじりがはじまった~です」


いつも騒がしい訓練部隊。

そんな中九羽はいまだ白く灰のように燃え尽きている。

今後の手取り足取り教習のことを考えながら……。

手取り足取り。

撃震の中で手取り足取り……。

撃震の中……オレの中も撃震……。

――夏も始まったばかり、少女の中や人間関係も撃震するようである。

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横浜の神代と帝国の九羽が全く違った意味で激震している中、九羽と同帝国軍基地では2人の男が話していた。

一人は訓練部隊教官御城衛

もうひとりは知的な眼鏡、その奥に光る誠実さを秘めた眼光を持ち、髪型は生真面目さを現したようなオールバック。

御城はその男に対して自然と敬礼することで迎え、言葉を語ることなく自然と夏の照りつける太陽の下へとやってきた。

制服はその軍の性格を現すとしばしばいわれるが、黒を使いながらも軽快な印象と清涼なイメージを持たせた国連軍とはまた違い、

濃緑色で染められ、階級章や勲章を除いた余計な装飾を排した中で決して威厳を失わないデザインは戦うものを連想させるものだ。

その帝国軍の制服を着込んだ両人、片やようやく着慣れてきた仕官でもう一人は歴戦の勇士を思わせる堂々とした着方。

新兵と熟練兵……この2人が結びつく点は直属の部下と上官ではなく、助言を受けたものと助言を与えた関係だ。


「やってみせ 言ってきかせて させてみて ほめてやらねば人は動かじ。先人の言葉は偉大ですね沙霧大尉」

「……それは格納庫での換装騒ぎのことか?」

「そうです。まさか練習機を時代に合わない複座型にするとは思いませんでしたが」


沙霧は自分が言った先人の言葉を実践したことに素直に驚いた。

ただ単に心構えのことを軽く言ったまでのことなのだが、そのまま当てはめてうまくことを運ぶとは思っていなかったからだ。


「たしかに教官が今時複座型に乗って教えるなど最近あまり聞く話ではないが――」


少女たちに便宜を図ったのかもしれん。

沙霧はその言葉を口にはしなかった。

政府や軍上層部は腐っていることを痛感する沙霧にとってそのようなことがあるとは到底思えなかったからだ。

何か匂う……。

頭の中の疑念を他所に口にした言葉は当たり障りないものだ。


「――聞く話ではないが、それも良かろう。彼女達を鍛え上げるためならできる限りのことをするそれが教官の勤めだ。

 だが私を呼び止めたのはその礼をいうためかな?だとしたら随分律儀だな君は」

「いえ、それは最低限の礼儀ですから。私のような若輩者になぜ声をかけたのか気になりまして……」

「……そのことか。何、噂の少女訓練部隊に練習機が来ると小耳に挟んでな。以前から興味があったが何の接点もない以上猥らに話しかけるわけにもいかなかった。

 そして先日の練習機の搬入と聞き若き衛士候補生の様子を見に行けば、教官も若いと知ったわけだ。

 しかも撃震について文句をいっていたところのあの指導。何かと苦労しているようだったから老婆心が働いただけだ。

 だが、御城の名を聞くとまで思いもしなかったが」

「…………」

「いや、これは無神経だった。すまない。」

「いえ」

「……名というものは辛いかね?」

「……時々は」


御城が御城を名乗ることが辛いことはたしかにあった。

つい最近までそれと問題が重なって苦しんだばかりなのだ。


「あの娘もそうなのだろうか……」


その呟きが指すのは彩峰のことだろう。

彩峰萩閣……彩峰という苗字を名乗っているのはたしかに辛いことなのかもしれない。


「……どうも私は人を元気付けるのは苦手らしい。そちらが私に興味をもって話しかけてくれたというのに耳によくないことばかり話してしまったな。

 今度話すときはもっと実りがある話題にしたいものだな御城君」

「いえ、大尉と話せて十分有意義でしたよ」

「そうか……では私はこれで失礼するよ」

------------------------------------------------------------------------------

はっきりいうと予想以上過ぎる。

御城の名でここまで食いついてくるものなのだろうか?

それとも自分自身が舞い上がっているからそう思えるだけなのだろうか?

実りがある話……。

これは例の件への勧誘のことを指しているのか?

教官業務もここにきて随分と展開が速くなってきている。

ときもそれほど長くはない。

長くないからこそ慎重に、時には大胆に動かなくては……。

……それはそうと最近の柳の手紙の文が短くなってきているが体調はどうなのだろう。

柳……。

辛くなったのなら私は休暇をとってでもお前のところにいくから、無理だけはするなよ。

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空を見上げれば星が瞬く光景が流れる。

暖かな夜の風が私の髪を揺らす。

そんな風から感じた文を目の前の紙に書きとめ手紙を肉付けしていく。

カタカタゴトゴト震動する地面。

五感から与えられる情報を感情というなの計算機で言葉を作り出す。

色彩、温度、肌触り、耳障り、舌触り。

これから行く場所はどんなことを感じる場所なのでしょうね、お兄様。

御城柳はこれからのことを想い、人形に頬ずりした。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第二章その6
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/03/16 14:17
私は志津。

志津……志津……。

………………。

自己紹介すらあまりしたくない自分の名前とはいかがなものだろうか。

お母さん、お父さん、もう少し可愛らしい名前を付けてくださればよかったのに……。

愚痴はともかく私は今帝国陸軍にて衛士候補生、つまり訓練兵をやっています。

本来なら徴兵年齢に達しておらず、まだ幼年学校にて教育を受けているはずなのだがある時、

政府のお偉いさんと名乗る小太りの男が新しい部隊を編成するにあたって君が候補に挙がっているのだがどうだ話を持ちかけてきた。

胡散臭いことこの上ない話だったが色々家庭の事情もあり、承諾しこの基地へとやってきた。

ここに来た当初は衛士としての教育を受けられるとは思ってなく、食堂か何かで奉公する程度に考えていたのだが本当に衛士としての教育を受けられたのである。

そのことを知ったときは空いた顎がふさがらず教官に顎を捕まれ開け閉めされて横っ面を張り倒された。

同じように各地から先発された九羽、魅瀬、伊間の3人に出会い、春より辛い訓練が始まったのである。

口答えすればその分の追加訓練という名目の罰を与えられ、座学も一言一句でも聞き逃せば教本が顔面に飛んでくる。

時折支給される栄養ドリンクを飲まなければつらいこともあり、座学でも変なことを教わったが、軍務に必要な最低限の体力は手に入れた。

そして、迎えた総合戦闘技術評価演習。

それを見事乗り切ったとき、初めて同い年の子と比べるのもおこがましいほどの体力と知識を叩き込まれことを知った。

今まで味わったことのない最大の波が胸を震わせ、仲間と共にそれを分かち合い抱き合い泣き合った。

とてもお馬鹿な仲間だけで苦楽を共にしたことは確かで、こころから絆を感じられる始めての出来事だった。

それからおこった突然の教官の交代。

今まで通りの厳しい訓練を覚悟していた志津たちにとって拍子抜けすることであったが、さらに厳しい教官なのでは戦々恐々していた。

だが、今度やってきた教官は前のように恐怖を煽るようなものではなく、むしろその逆で安心感を与えてくれるような雰囲気の持ち主であった。

九羽はそれが頼りなく見えていたのか多少不満を言っていたが、最近ではそれもなりを潜め積極的に教えを請うようになった。

まあ、複座になるなんて志津も思っていなかったのだが。

……目の前の光景を見るとそれは正解なんだろうと納得する。


「九羽、無闇に近接格闘戦に持ち込むな。相手が同じ撃震だからこそうまくいているがこれがイーグルだと自殺行為になりかねん。無論BETA相手にもだ」

「了解、だけど長刀をぶん回すの好きなんですよオレ」

「好みと戦術は別問題だ。地味なことを堅実に積み重ねてこそ勝てるものだ。派手さだけで生き残れた衛士などいない」


彼女が操る撃震はマニュピレーターを壊していたばかりのときとは見違えるほどになっていた。

その様は……卵からようやくでてきて羊水を乾かしている一人前には程というものだが、十分に成果は出ている。

九羽は元々根が素直なのか御城教官のいうことをどんどん吸収している。

私も負けてられない。

同じ訓練兵である志津は素直にそう思うのであった。


「っ、最近頭痛が多いわね。体調管理もっと気をつけなきゃ。後藤先生に診てもらうかな」


栄養ドリンクだけで管理しちゃ衛士しっかくだから。



マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第二章その6


一汗かいて気持ちよくシャワーを浴びた後の昼食。

食後の茶を飲むゆとりある軍人生活……は問題あるのかもしれないが充実しているとはまさにこのことだろう。

BETAの襲撃もここのところ大規模なものもなく安心してあの娘たちに教えることが出来る。

沙霧大尉の件も順調。

……このまますべてがうまくいけばいいのだがな。


「どうしました御城少尉?余裕ある顔をしていたと思ったら急に深刻な顔をして」


声を掛けられそちらのほうに視線を移す。

そこには黒髪をボブカットにした白衣の女性が微笑み頬杖をつきながらそこにいた。

両目の下と口の下に黒子があり、三つの黒子を結ぶと丁度逆三角形になる……が特徴の美人とまではいかないが十分魅力的な女性だ。


「いえ、後藤先生。私の教え子が素直すぎて急に怖くなりましてね。暴れていたと思ったら急に大人しくなりますしね」

「ふ~ん、年頃の女の子は皆似たようなものよ。この時期の教育は難しいから色々と間違わないようにね?」

「……何が間違っているのか、わかりませんがね」


既に彼女達がいること自体が……。

彼女もそれを察したらしくばつの悪そうな顔をして謝罪の言葉をいった。


「っ……ごめんなさい」

「いえ先生の所為じゃありませんよ」


後藤理香。

この基地の軍医であり、基地に着たときに御城が最初に紹介された人物だ。

彼女は以前から訓練部隊にドリンクやその他の薬品を渡していたらしく、九羽たちともそれなりの仲がいいみたいた。

以前の教官が厳しくしすぎても倒れなかったのは彼女がいたからである。


「そういってくれると助かるわ。はいこれ」


そんな後藤は頬杖をやめ、机に置いていた箱から黄金に輝く紙パックを4つ程取り出すと御城の前に滑らせるようにして渡す。

御城はそれを受け取ると一つ一つ見て目的の物であることを確かめる。

黄金に輝く紙パック……名称こそ覚えようとしないが栄養ドリンクだ。

主な愛飲者は横浜基地にいるであろう秘密部隊隊長と先任少尉とだけ言っておこう。


「いつもありがとうございます」

「どういたしまして。本当なら医者としてはこんなものに頼って欲しくないんだけど、あの子たちはまだ成長期だからね」


後藤がいうようにこの栄養ドリンクは本当ならあの娘たちには使いたくないものだ。

いくら栄養バランスが取れているとはいえ体が小さいうちに頼っていては大きくなったときに悪影響を及ぼしてしまう。

それを心配しているのだろう。

そういう私もできるなら頼りたくないのだが、毎日に厳しい訓練に対して食事に喉が通らないということが置き始めていたので補助栄養食として本格導入したわけだ。


「私も理解してますが、食べないよりずっといいと思いますので」

「まあそうね。残りは後でまとめて持っていくから今日のところはこれで」

「それではまた後ほど」


後藤はそれに手を振って答えると箱を持ってPXを去っていった。

御城はそれを見送るとドリンクを片手に、もう片手には食器類を持って立ち上がった。

実のところ仕事上の付き合いだけで私的には全然交流がない。

彼女自身も今の立ち位置で十分なようで支給品を渡したらあの通り帰るのが常になっている。

それに御城自身個人的にあまりお近づきになりたくないと思っている。

別段彼女の容姿や物腰、性格が気にいらないわけではないが、その瞳の輝きが妙に不安にさせるのだ。

どこかでみたことのある種類の眼光……。


「……まあいい。世話になっているし、今のところ害があるわけでもないしな。

 おっとこうしている間に午後の訓練に遅れてしまうな。教官が遅れては示しがつかないな」


九羽たちが撃震の性能を引き出させるにはまだまだ訓練は欠かせない。

シミュレーターを100時間くらい乗ってもらわないと半人前には程遠いからな。

……自分も実戦に出たことのない半人前だが。

御城は後藤という女のことを棚上げしとりあえず教え子達のことを考えることにした。

この時の眼光の正体は後に知ることとなるのだが、それはまた別のお話である。


「さて、午前同様厳しく指導するとしますか」

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地面に映るは自分の影。

空に映るは己の夢、目標。

高原はそれに向かって影を動かし続けている。

御城との別れともいえない突然の別れから既に2月以上立っており、訓練も戦術機のものへと変わっている。

走りこみなどの基礎体力作りは自ずと自己管理になり移行し、皆も自分の時間を使ってそれに打ち込んでいる。

本日は休日なのだがそれを返上し基礎体力の見直しをしているのだ。

自分の持久力や筋力等の確認と強化、戦術機を動かすときのイメージトレーニング。

タンクトップが汗でぬれて豊満な胸を強調していても気にならないほど熱中している。

その理由は先日神宮司教官の尽力により特別に見学することの出来た斯衛軍の訓練風景。

それは何もかもが想像を絶するものだった。

色眼鏡で見ていたのかもしれないが武御雷を使っているからといってあんなにうまく動かすことが自分ではできるだろうか?

斯衛の操る武御雷の戦闘機動は一本の川を想わせる流麗さと一変して大瀑布を生み出す力強い滝を想起させた。

ただの舞踊るような戦いとは分けが違う……。

しなやかに戦うだけでは力にねじ伏せられ、力だけではいなされる。

ならばその両方を高めてこそ本当の力になるだろうと高原は結論を出した。

まだ具体的な役割など気にする段階ではなく二機連携や小隊連携の基礎をもっと磐石にすることに集中するべきだとわかっている。

が気がせくのは若気の至りというものだろう。

もっと強くなりたい、前を向けば遥か前方に見える背中に追いつきたい。

斯衛の実力と武御雷の圧倒的な性能を見せられ、目標にしているとあれば血が滾って当然なのだ。

だが、それを諌めるのもまた斯衛であった。

巴少尉の言葉……無駄に身を滅ぼすなという言葉が脳内を過ぎりがむしゃらに動かしていた身体を止める。

気がつけば夕日も既に水平線に沈みこみ影も薄暗い電灯から映し出されるものに変わっている。


「今日はここまで……自分を見失わないようにはもっと鍛錬しなければ……あの背中には追いつけない」


横浜から、207A分隊の皆の前から突如消えた男の背中。

総合技術評価演習を目の前にしての突然のスカウトを受けて消えた背中。

その背中が消えた本当の理由……私はそれを知っている。

今でも思い出すとちょっと気分が沈むけど、それはそれで彼が選んだ道なのだから仕方ない。

ブーツで綺麗に舗装された道を歩きつつ男の背中を思い出すことで自分の気持ちを確認する。

それは彼女にとって儀式みたいなものなのだろう。


「……?あれは?」


儀式を終えて上着を取りシャワーを浴びに戻ろうとすると普段なら気にならない通行人に目を止めた。

ピアティフ中尉、デスクワーク中心の彼女が外にでていることは非常に珍しいことだ。

副司令の秘書官をやっている彼女ならなおさら外に出て訓練などすることはないし、事実野戦服ではない。

ゆえに目を止めた理由はピアティフ自身にあるわけではなく彼女の傍らにいる少女にある。


「……あの子は?」


遠目からではその少女の顔を見えず辛うじて髪の色が黒、肌が黄色人種であることを確認できる。

だが、他の情報を汲み取る前にその少女はピアティフに何か促され大きな旅行鞄を持って施設の入り口へと走っていってしまう。

ピアティフもそれに続くように早足でその場を去り、何も聞くことが出来なかった。

いや、走れば追いつけたかもしれないがその場の空気が聞き出しにいくべきじゃないと告げていたからだ。

なぜあのような少女がここに……副司令が新しく戦災孤児でも引き取って保護者にでもなったのだろうか?

そうだとしたらああ見えて心根は優しいのかもしれない。

人というものは案外わかるようでわからないものだな。

……高原は新たな教訓を学んだ。

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高原に目撃されたピアティフ。

その目撃された本人は目の前を興味深げに見回している少女を前にしてばれない様に少し溜め息を吐く。

こんな年端もいかない少女を使うなど人類はもはや末期ではないだろうか?

考えたくはないが目の前の少女の姿が罪悪感というものが脳内を闊歩させるため考えざるえない。

こうした感情は抑制は出来たとしてもなくしたわけではなく蓋を開ければ出てくるものだ。

その蓋が隙間なく閉じれるか閉じられないか、罪悪感を感じられないのは狂っている種の人間だからだ。

上司である香月副司令は前者であり、ちゃんと罪悪感というものは存在しているとピアティフは知っている。

知っているからこそ信じてついていけるのだ。


「ピアティフさん、難しい顔してどうしましたか?」

「……ここで呼ぶときは中尉をつけてね。あなたも知ってのとおり軍隊ですから」

「はい、ピアティフ中尉」


本気で心配そうにピアティフの顔を覗き込む仕草は微笑ましいものがあり、それがより罪悪感を煽るがそれに蓋をする。

これ以上目の前の少女を心配させるわけにはいかないからだ。

こちらも安心させるようぬ微笑みを浮かべて静かに頭を撫でてみる。

少女はそれをむず痒そうにしながらも手から逃れようとはしなかった。

さらに少女はこちらの笑顔に答えるように笑顔を作り一言。


「ピアティフ中尉、そんなに心配しなくても大丈夫です。私は御城柳は望んでここに来たのですから」


ピアティフは今は無き祖国とこの国の大地に願った。

願わくばずっとこの笑顔を忘れないでいて欲しい。

この心優しい少女が壊れないように……心からそう思えたからこその願いであった。

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御城衛は上官から出された書類を理解できなかった。


「……これはどういうことですか?」

「どうしたもこうしたも書類に書いてある通りなのだが?」


上官に書類の内容を問いただしてみても書類のとおりの一点張りで終わる。

しかし御城とて教官として書類の内容どおりの命令を受けるわけには断じていかない。

御城は失礼とわかりながらも机に書類を叩きつけるようにして出すと渾身の怒りを込めて言い放つ。


「失礼ですが言わさせていただきます!なぜシミュレーター搭乗時間50時間以下のものに旧新潟、第二防衛線への前線視察などしなければならないのですか!?

 前線の現状を見せるにしても時期尚早です。そもそも只でさえ佐渡島からの侵攻が激しい地域であり、視察中に襲撃があった場合いかがされるのですか!?」

「…………」

「何故黙るのですか!?」

「少尉、君が教導官という立場から異議を申し立てていることは十分承知している。あの幼い訓練兵にも酷なこともだ。だが――」


上官はそこで一旦言葉を切り椅子から立ち上がり、窓へと近づきライトで照らされる基地を見つめる。

どこか諦めと悔しさがにじみ出てた背中が何を言いたいのか御城は理解してしまった。

理解したからこそ次の言葉で余計つらくなった。


「――だがここは軍隊であり、これは命令なのだよ。納得のいく、いかない、拒否の有無。全て君が決めることではなく上が決めることなのだ」


この上官が出した命令ではなくもっと上から来たもの……。

御城や目の前の上官がどうこう出来る問題ではない。

御城は悔しさで憤りを感じつつもそれを声色に出さないよう押し殺しながら口を開いた。


「……第二防衛線への視察、第1004衛士訓練部隊確かに……受領しました……」


軍隊というものが何を考えていて何をしたいのか。

それも何枚もの岩盤がひしめき合う中でボロボロに朽ちている岩盤は確かに存在し続けている。

あの娘たちを今前線にいかせる理由……。

御城は憤りを覚える中で沙霧大尉の顔を思い出していたのであった。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第二章その7
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/03/24 00:46
この島国日本における最前線は主に3つが上げられる。

朝鮮半島に位置し二年前に蹂躙される原因となった甲20号ハイヴからやってくるBETAを迎撃するための前線が九州に。

旧北京付近に築かれた甲19号ハイヴへの警戒をもつ北海道の前線。

そして、ここ新潟……甲21号ハイヴ、佐渡島に作られた忌むべき魔塔に対する前線である。

日本の防衛線に突き立てられたこのハイヴは帝国にとってもっとも厄介な拠点であり、国土の完全回復、また人類の勝利には避けては通れぬ道である。

ここでは当然光線級からの警戒でうかつに高度はとれず、また背の高い建築物も建てられない。

航空機が飛ぶなどもってのほかだ。

が、幸い内陸部では山間部などの天然の要害が残っているためそこの間に限定してヘリなど匍匐飛行が可能な航空機が運用されているがこの時代、

航空機は出番が少ないためパイロットも少なく肩身の狭い思いをしている。

さらに戦闘ヘリが活躍できる場となると光線級が排除を確認された“安全”な戦場であり、さらに重ねると補給の手間が彼ら自身を縮こまらせていた。

撃ち尽くしたら後方まで下がっての補給。

その時間はあまりにも長く、前線で戦っている戦術機や戦車を見捨てていくように下がっていくのが何よりも辛いらしい。

ましてや輸送ヘリにBETAとの戦場で出来ることといえば戦場跡を飛び回り、救助ができる人を捜すだけだ。

ヘリのローターが奏でる空気をかき混ぜる音を響かせながら今日の戦場だったところを飛び回るとよりそれを実感させられる。

眼下に見えるのは燃料に引火して煙るをはいている戦車や戦術機。

その他にはグロテスクな色の体液に塗れた肉の塊と強化装備や野戦服の破片や布切れ。

こんな中で生きているのは余程運がいいものだけだ。

戦車だとまず生きている奴はいないし、戦術機でも齧られた後があれば絶望的だ。

まあ、運がいいやつを捜すための生体センサーをつけて飛び回っているのだが。


「……軍曹、この話知ってます?」


隣に座る部下が飛行中、しかも人命救助のために飛んでいるのに声を掛けてきた。

本来なら集中を乱すといって叱りつけるのだが、今日は一通り飛び終えて生体反応がないこともあり続きを無言で促してやる。


「二週間前にもBETAが上陸してきましたよね?そのとき後方部隊がBETAの奇襲を受けたそうなんですよ。それはもう酷かったらしいです。

 護衛の部隊も一度の戦闘で損耗率三割超えたって聞きましたから」

「……あの中規模の侵攻のときか?護衛ってコトは一個中隊くらいか?だとするとマシなほうじゃねえか。普通なら全滅してもおかしくないし、それのどこが酷いんだ?」

「いや、奇襲っていっても大隊くらいの規模ですぐに救援部隊がきたらしいですからそのくらいで済んだみたいです。

 酷いって言うのは――」


そこで部下は声を一段と低く小さくし後ろの救助のための衛生兵に聞かれないようにし、念入りに確認すると口を開いた。


「――酷いって言うのはその場所に訓練部隊が居合わせていたとうことです」

「訓練部隊……?一体何の冗談だ」


ここは最前線ヒヨッコならまだしもどころか卵が来る場所ではない。

絶対防衛線内大事にかつ早急に育てられるのが常だ。

ノコノコと遠足にでもやってきて巻き込まれました……なんて笑い話にもならないし実際笑えない。


「理由は知りませんが、練習機までもってきてたらしいですからそれなりに準備してきたんでしょうね。けど運悪く奇襲を受けてしまったわけです……」

「で、その訓練部隊の被害はどうなんだ?」


軍曹は肝心の部分を聞こうとするが部下は肩をすくめて首を振った。


「そこから先はわかりません。軍事機密ってやつなんじゃないですか?訓練兵が前線で戦死する。

 そんなこと知り渡れば士気に係わりますからね」

「わかってると思うがおまえ――」

「いいませんよ。オレだって死にたくないですから」


今の帝国の上層部はどうもきな臭い。

軍曹は天に昇る黒煙を見ながらそう思うのであった。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第二章その7


「何?今日も無いのか?」

「ですね、少尉宛の手紙はきていませんね。言われたとおり確認しましたが手紙の手の字も見つかりませんでした」

「……そうか」


……先日の手紙から返事を送ってから数週間。

神代はお馴染みの配達人の伍長に手紙が来ているかどうか確認するがないと言われてしまった。

あれだけ手紙がきていたのにこのところパッタリとこなくなったのだ。

最初はそういうときもあると思い納得していたのだが、それが何度も続いたおかげでわざわざ配達記録まで調べてもらったのだった。

神代は配達員である伍長が嫌な顔をすると思っていたのだが以外にも快く引き受けてくれたのに驚いた。

彼からすれば斯衛のお堅い軍人の意外な可愛い乙女顔を堂々と見ることが出来るので儲けものなのだが、神代はそれには気づかない。

しかし伍長としてはその乙女顔でもこうも心配そうな表情ばかり浮かべられてはその嬉しさも半減である。

配達記録を捜しても出された記録が見当たらないのを何度も告げるのは辛くなってきた。

だから自然と口が動き励ましてしまうのだ。


「少尉、大丈夫ですって。手紙の相手がどんな人か知りませんが相手だって事情があってのことかもしれませんよ?

 この私は何年も手紙を渡してますがそういった人も結構多くいましたし、そのうちひょっこり手紙がきますよ」

「……すまない。そうだな。ほんの数週間くらいなら心配することもないか」

「そうですそうです。次はびっくり贈り物もついてくるなんてこともありますから心の準備しておいたほうがいいですよ?」


贈り物……。

神代は伍長の冗談まじりの贈り物について想像を膨らませる。

これだけの聞かん私を放置していたのだからさぞかし凄いものだのだろう。

例えば……兼ねてより欲しかったあの茶か。

それとも茶の話題の端に書いた名酒を送ってくるやも知れぬ。


「伍長、参考に聞くが、過去にその贈り物できた印象深いものって何だ?」

「そうですね。酒や写真とかそういうのが多くありましたが……ああ、そうだ。熊の大きなヌイグルミなんてものもありましたね」

「く、熊のヌイグルミ……」


さぞや勇ましいものだろう。

神代の頭の中ではグリズリーのように二本足で立ち大口を開けて威嚇している熊の人形を思い浮かべる。

ちなみに伍長が言っているのはテディベアーのような手触りがいい可愛らしいクマちゃんのことである。

お互いの想像しているものの差異はともかく神代は礼を言うとその場を後にする。

しばらく贈り物について考えていたが、頭の中心に据えている真面目な部分は冷静に今の状況を整理していた。

手紙がこなくなったのは単純に軍人である以上任務に殉じた可能性があるが、後方の帝都でそれはまずなく、BETAの襲撃も第二防衛線で迎撃したはずである。

訓練部隊がノコノコと前線に出るわけも無いが彼個人が前線を希望して出撃したのだろうか?

いや、それはないだろう。

職務を一時的にとはいえ放棄するような人間ではないし上層部がそのようなことを許すとは思えない。

あるとしたら訓練中の事故による死亡事故だろうが、そういった情報も城内省や情報省にも入ってきてはいない。

……神代のセキリティーレベルで閲覧できる範囲でだが。

それか健在であるが手紙が出せない、届かない場合だ。

出せないのは考える限り彼自身が先日神代が懸念した機密問題を抱えたために迂闊に出せなくなった。

または機密問題を含んだことに気がつかず手紙を書き検閲で削除されてしまったかだ。

そこまで考えて神代は考えることをとりあえず一旦やめることした。

考え込めば深みにはまる一方であり、BETAの行動予測を情報なしにやり続けると同じことわかっているからだ。

情報が少なすぎる。

その一転に尽きるのである。


「中尉に協力してもらって情報を集めるか……いやそこまでする必要のある案件とは言えるか?

 よしんばあったとしても軍人の1人や2人音信不通になることも珍しくは無いし……ん?」


目の前を通る黒い何かとそれから香る清純な匂い。

神代も幼い時に自身から発していたそれを鼻で感じるとそれを追って目が動いた。

……社とかいう少女とは違うな?

あの娘は……訓練兵の制服?

……いや少々デザインが違うようだが……中尉に報告したほうがよさそうだ。

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「少々目立ちすぎではありませんか?」


帝都のとある執務室に響く声。

響く、といっても喋ったこの部屋の主が大きな声で喋ったわけではなく周りが真っ白な雪で埋まった雪原の如く静かだからだ。

帝都のど真ん中でありながらこの静けさ普段騒がしいだけにちょうどいいのかもしれないと思うのだ。


「目立つも何も情報規制は完璧だ。それに私の派閥内で動いているなら外部に注意すれば何ともない」


部屋の主の将官に正対する小太りの男、北見権蔵は下卑た髭を撫で上げながら答える。

今回の計画は一体何のために行われたものだろうか?

そんなことはわかっている。

聞くに堪えない幼稚な復讐のためだ。

本来我々が動く理由は外交の手段として邪魔な御剣の小娘を抹殺するためであり、こんな没落した男など眼中にない。

だがこの男にとって小娘を葬る以上に優先する理由があった。

計画発動時に部下の不手際でその男の配置を大いに間違えたのだ。

今回の計画の要となる男の配置を誤ったため計画は見直しを迫られボロが出ないうちに計画を中止したのだ。

だが、肝心男の処理ができずにいつバラされるのか肝を冷水に浸けられていた状態が長く続き、排除しようと計画を練りだしたのが三ヶ月前。

そしてそれが実行されたのだが男が帝国に戻ってきたときだ。

おとなしく国連で出世を目指せばいいものをと将官は考えたが家の事情が事情なだけにやむ得なかったのだろうと考える。

ともあれ内部工作を最大限に発揮して月詠家のご息女からの推薦状をわざと曲解し、教官職へ。

そこからかねてより進めていた実験をその男用に切り替えて先日で処理計画を終えた。

一見理に適っているようだが放っておいても問題はなかったはずだ。

あの状況で話そうが証拠が証言だけならいくらでも誤魔化せる以上ここまでことを荒立てる必要などないのだ。

それをここまで派手に動かしてはいくらなんでも完璧な情報操作などできるわけがない。

……これはそろそろ見限ることを真面目に検討する必要がありそうだ。


「それで、本当の計画のほうはいかがいたしますか?」

「ふむ、その件はしばらくお預けだ。噂では天元山がそろそろ噴火するのではと科学者のやつらが騒いでるのを耳にしている。

 その時に救助部隊として派遣してもらえば処理が簡単で済むはずだ」

「……なるほど」


その点に関しては異存ないが私にお鉢が回ってくることはないか。

しばらく今後のことについて話していたが、一通り話し終わるとやつも忙しいらしく部屋からでていってしまった。

それを確認すると将官は首を左右に首を傾けポキポキと鳴らすと受話器をとって番号を一つ二つとテンポよく押していく。

受話器からしばらく軽快な電子音が響き、回線が繋がり相手の声が終えると同時に用件を伝える。


「私だ。例の部隊はどうなっている?……なるほど。

 ああ、手駒は今のうちに増やしておかなければな……ではよろしく頼む」


帝国と殿下の未来のために動くべきときである。

将官はそれを微塵も疑うことはなかった。

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満天に広がる星空瞬く星は例外なく綺麗でありくすんで見えないものはない。

少女の心は夜点に輝く星、月のように輝いている。

少女はここにくる前の気持ちを反芻してみる。

国連軍に入る意味などない、ならば帝国陸軍や海軍で叩くほうが殿下のためになるだろうと。

しかし、あの男はいった。

お兄さんが何故最初は国連軍に入隊したのか、と。

その意味がここにきてあの副司令を名乗る博士をみたときに得心が言った。

お兄様が口を濁していっていたわけ……機密ならば仕方ない。

兄が帝国で妹である私が国連で。

最初からこうしていればお兄様が苦しむことも無かったのだ。

少女は天に向かって吼える。

今は地球の反対にあるであろう太陽に月を照らすその光に。


「御城が御家、帝国のため将軍家のため、果ては人類の未来のため。御城柳参ります!!」

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……志津、魅瀬、伊間……九羽。

……柳、私は――。

そこで横浜で手紙を待っているであろう女性を思い出し呟きが洩れる。

「私は――どうすればいいのだ?」

自分自身の行く末を見失った男の力ない言葉が薄暗い部屋に染み込んだ。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第三章その1
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/03/31 20:59
10月22日。

それは運命という河が増水し氾濫するが如く力強く流れる時である。



マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第三章その1



海から直接吹き付ける潮風。

遮られることなく直接届く風は鼻腔を刺激しつつも心地よさを与えてくれることに感謝すると同時にここにきて何度目かの悲しみを覚えた。

柳は風で乱される髪に視界を奪われないように抑えながら風が吹いてくる方に目を向ける。

ここが丘とはいえここまで風が吹き込むのは遮蔽物、つまり人類生存圏でいう建物がないからだ。

施設外部にちょっと足を伸ばせば見渡せる廃墟。

そこで戦死したものたちの御霊を思えば……父上のことを思えばこその感情なのだ。

……ちょっぴり目尻に涙が浮かんできた。

柳はポケットからハンカチを取り出すと目尻を丁寧に拭き取り、はっとなって辺りを見回し誰が見ていないかを慌てて確認する。

一通り見回して周りに誰もいないことを確認すると安堵し、ハンカチをポケットにしまい直す。

涙を人に見せるのが恥ずかしいのだ。

しかしそれよりも恥ずかしがることは別にある。

本日髪型が乱れるほど風が強く当然重量が軽いものは飛ばされることになる。

この基地にいる以上当然制服を着ているわけであり女性用の衣類といえばスカートである。

ここまではいい。

国連軍の女性用の軍服は基本的にタイトスカートで風の所為ではためくということはない。

はためくことはないのだが、柳が着ているのはカスタマイズこそされているが訓練兵用の白い制服でありプリーツスカートが採用されている。

当然こんな日に外に出歩けばスカートは日輪が輝く国旗の如くはためこうと頑張るわけで、普段は腰から膝上3cmのところまでの鉄壁の守りを担当しているが

今ではその影は見る影もなく隠そうとするどころか精力的に太腿を披露しようとしている。

それどころかこの売国者は太腿だけではなくその奥に隠された乙女の国家機密をも暴露しようと必死になっているのだ。

しかし、柳だってやすやすと乙女の国家機密を漏洩させるような真似を許しはしない。

太腿を露出されようとすればすばやく手で押さえ、その隙をついて後ろから攻めるスカートだがこれまた空いた手で瞬時に押さえ込む。

そして両手が塞がったところで今度は横合いから攻めるがスカートは気づいた。

前と後ろを押さえられたらどんなに風と頑張っても物理的にこれ以上乙女の国家機密を暴くことができないと。

沈黙した自身が身に着けているスカートを見下ろしホッとすると同時に再び自らの軍門に下せたこと満足し思わず笑みを漏らしてしまう。

……今日も私の勝ちですね。

なんともいえない勝利である。


「……私はこんなことをするために外に出たわけではないのに何やってるのでしょうか。

 目的を忘れて遊びに興じてしまうとはまだまだ私も未熟です。日々精進しなければ」


己の未熟さを反省し歩みを再開させる柳。

スカートの反乱の芽をつむぎつつ基地の窓口である門へと向かうのである。

横浜基地の門につめる警備兵に会うのが目的……ではなく、そこを通って廃墟を散策するのが今日の予定である。

勿論あの2人の警備兵の伍長たちに会うのも楽しみであることは間違いではないしコーヒーをご馳走してくれる気のいい人たちだ。

お日様の下や星空の下で何気ない雑談をすること、柳にとって天体観測には及ばないものの数ある好ましい時間の一つとなっている。


「まだ一日がはじまったばかりですし、伍長さんたちと少しお話をするのも大丈夫でしょう」


香月副司令の報告も夕刻のことですし。

そう思うと正面から吹く風もなんのその、一日をより楽しく過ごせるような気がしてきた。

足もスキップステップホップジャンプ……とはいかないものの足取りは軽く伍長たちのいる門へと足を速めた。

がその足がピタリと止まった。


「……?何か騒がしいですね」


見ればこれからも向かう門の前には伍長たちがいるのだが何やら少し剣呑な雰囲気が流れている。

騒がしいというのは音のことではなくそのことだ。

興味本位と状況確認のために慎重に歩みを再開、進めていく。

近づけば近づくほどその雰囲気は徐々に酷くなっていき距離が30mにつまった時には戦闘前の緊張感にまで高まっていた。


「突撃銃まで構えて物騒――なるほど」


物騒という言葉を出しかけたがそれを飲み込み、代わりに納得の言葉を口から出した。

白い男の訓練兵の制服。

伍長たちは柳と話していて女の訓練兵しかいないことを既に承知しており、男の訓練兵が門に来たとなれば怪しんで当然。

拘束されて独房入り、聞くだけ聞きだした後は銃殺してさようなら、というのが関の山だろう。

15mまで近づいたところで足を止めた。

これ以上近づくとあの訓練兵モドキに利用されて失態を犯すことになりそうだからだ。

が、足を動かさざる台詞がそのモドキの口から飛び出てくるのだった。


「香月夕呼博士を呼んでくれ!」

「博士は貴様など知らないといっている。大人しくしろ!」


この男……博士の何なのでしょう?

柳はこのときモドキに興味を持ちもっと近づくことにした。


「伍長その方は?」

「っ!柳ちゃん下がってくれ。副司令に近づこうとした怪しい男を拘束しようとしてるんだ」

「まあ、その男の格好を見れば大体見当はつきますけど……少々お話していただけません?」


柳はあろうことかモドキに向かって話しかけた。

愕然とする伍長たちと疑わしげな顔を貼り付けたモドキは近づいてくる柳を凝視した。

前者は止めようとするがモドキに隙を見せるとやられかねないと思い動けず、後者は警戒と……何故か困惑を瞳宿して迎えた。

柳はモドキの前にたち足元から頭のテッペンまで値踏みするように見る。

実際値踏みしているのだが。


「名は何といいますか?」

「――白銀武」

「……では白銀さんあなたは何で博士にお会いしたいのですか?」

「それは……ここではいえない」

「それは困りましたね。それでは伍長さんたちに拘束されても文句言えませんよ?」


柳は本当に困ったような顔をして目の前のモドキ――白銀武を見つめるのであった。

どうやら白銀と名乗る男は副司令に会いたいらしいがどうやら面会の予定も立てていないらしく、ましてや知り合いを名乗って近づこうとした。

これだけで十分拘束する理由になる。

さてさて下手したら私が人質にされてしまうかもしれません。

幸い相手は私よりも後ろの突撃銃を構えた伍長たちに注意がいってるみたいです。

――仕方ありませんね。

本当はこの年ということを利用したくありませんが。


「白銀さん」

「香月博士に会いたいですか?」

「会いたい、人類の為にも会わなきゃいけないんだ」

「人類のためですか……では少し失礼します」

「何を――ッ!!」


そのとき白銀は鳩尾に入る衝撃を理解できなかった。

痛みを感じる暇もなく上体が前のめりなったところにくる顎が割れるのではないかという衝撃。

その理解できていない衝撃に耐えるよう踏ん張るが上体は後方に泳ぎ数歩後退する。

何が起きたか理解したのは伍長たちに取り押さえられ視点がやけに低くなったときに先程の少女が頭を痛そうに抑えているところだった。

これが御城柳と白銀武の出会いであった。

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洋室に広げられた三畳の畳に広げられる茶器。

そして茶器からたてられた茶を飲む2人と茶をたてた1人である。

茶を趣味としている神代が自室にて畳を広げ客人を持てないしているのだ。

巴と戎両名とも神代が入れた茶を作法どおり飲み終え、神代もそれい満足し茶器を別のものに代えて雑談用の安い茶を入れて差し出す。


「どうぞ」

「神代の入れる茶はいつも美味しい。何かこつでもあるの?」

「そうですね。私も教えてもらいたいくらいですよ」

「……コツというほどではないが、気持ちを込めてはいれているようにしているよ。雑念は入れずに想いだけ込めて」


三者とも普段の敬語を話さずやや崩した話し言葉で会話する。

彼女たちとて戦友というほかにも通常の友人という関係も持っている。

ゆえにからかうこともこういうときになればすることもある。


「想いね……そういうことは私たちではなく想い人に直接言えばいいのに、勿体ない」

「ですね。私たちは練習相手ではないのですよ?」


神代は想い人と聞くと肩を強張らせて動きを止める。

巴と戎は怒り出すかと思いいつでも何をされても対処できるように身構えるが一向にその気配が見えない。

どうやら怒って肩を強張らせて分けではないようだ。

そこで巴は前々から戎と噂していたことが本当なのだと悟るとできるだけ刺激しないように話しかける。


「御城殿と何かあったのか?」

「軽々しく聞くつもりはありませんが、相談して楽になることもありますよ?」


友人としての心遣いは暖かく、信頼するもの同士の絆がそこに確かにあった。

神代とて心から信頼できる友人を持ったことは感謝しているし、時折頼られ頼っている。

打ち明けてどうこうできる問題ではないのだが打ち明けることこそ意味があるだろう。

そう考え話そうと口を開け……突然なったドアをノックする音にそれを制止させられた。

空きかけた口を閉じると立ち上がりドアを開けて来訪者の確認する。


「神代少尉……」


ドアの向こう来訪者は少女、柳ははにかみながら神代の顔を見上げながらそこにいた。。

神代はまたかという顔を作ると同時に内心は微笑み作り部屋の中に招き入れた。

相談する機会を妨げられはしたがそれは急ぐことではないし、小さな来訪者を追い出してまで語ることでもない。

小さな来訪者柳がここに来て既に二ヶ月以上たち、彼女の素性を調べて御城の妹だということ知って思わず兄のことをたずねたことから関係が始まった。

最初は兄と同じで斯衛のあり方を会う度に聞かせていたのだがいつのまにか部屋の位置まで知られてしまって訪れるようになった。

そしてすっかり懐かれてしまって今日のお茶会にも顔を出しにきたのだ。

こんな可愛らしい妹があのような優柔不断の兄を持つとは世の中わからないものである。

巴が気を利かせて畳をもう一畳取り出し引いてあげるとありがとうと礼を言って礼儀正しくすわる。

それをみて諦めの表情を浮かべていた神代や巴と戎も自分達の幼き頃を思い出して微笑んでしまう。


「柳、今日は一体何のようでここにきたんだ?あまりここに居つくと周りからいらぬ誤解を受けることになるが?」

「大丈夫です。ピアティフ中尉のところにもお邪魔することもありますが、そんな目で見られたことはありません。

 むしろ京塚曹長やミュン中尉、高原少尉のも国連軍だけどいい人たちも多いですから」

「……そうか」


徐々に柳も国連軍に溶け込みつつあるがやはりここの日本人に対しては手厳しいようだ。

ここに来た当初はもっと酷かったことを神代は覚えている。

精神的にやや大人びているがまだまだ未熟で見識が狭く国連に入る日本人は軟弱ものという偏見を持っていた。

冥夜様と同僚であった207A分隊の訓練兵たちを冷ややかな目で見ていた時は兄の教育を疑ったものだ。

207A分隊のものたちも途中御城の妹と知ることがなかったら可愛くないガキだと思って遠ざけていたことだろう。

しかし戦術機の訓練と移行していたこともあり徐々に柳の認識は変わっていった。

帝国と国連軍、戦術機を駆って戦う気持ちは何一つ変わらないのだという認識と共に。


「?どうしました神代少尉?」

「いや、なんでもない。それで用と……頭を妙に気にしている理由を教えてくれないか?」

「……ありゃりゃばれてましたか」

「視線が上向きになる頻度が高ければ何かあると嫌でも気がつく。それに本日は訪れるとは聞いていないからな」


神代はアポなしできたことを遠まわしに非難する。

柳もそこはバツが悪いのか素直に事情を説明し始めたのだった。

全てを聞き終えたとき神代がとった行動は――。


「――という経緯で頭にたんこぶが出来てしまったわけです」

「……そうか……柳」

「はい」

「歯を食いしばれ」

「え――ブッ!?」


柳が理由を問うと口を開いたとき、容赦なく頬に走る痛みと衝撃。

神代は柳の頬を手の甲で叩いたのだ。

喋りかけていたところにきた平手とは比べ物にならない衝撃を受けた所為で口の中を切ったのか、唇から一筋の血が垂れる。

わけもわからず尻餅をつく柳。

それを見下ろす形となった神代は柳の視点にあわせるためかがみ込むと目で語りかけた。

何故叩かれたのかわかるか、と?

柳はそれを察して混乱する頭を必死に回転させて自分がやってきた行動を鑑みてみたが、何故叩かれるのかがわからなかった。

一向に答えない柳を見て神代は巴と戎に視線で確認を取ると二人からも頷き、人生の先輩としての説教を始めるのであった。

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冷たいコンクリートの床がなんとも恨めしい。

白銀武は己が取った行動を振り返りながら猛省していた。

いくらなんでも考えなしに動きすぎた。

起きてすぐに行動を移すのはいいけど世の中計画性のない行動は成功することなど三流漫画の世界だけなのだろう。

軍隊でも攻めるだけが戦争じゃないものな。

オレも軍人生活長いっていうのにそこのところを忘れてたら何にもなりはしねえ。

門の前で騒いだってあの夕呼先生がいきなり来ることなんて普通ないしな。

それにしても何だったんだあの娘は?

自分が拘束される一因となった少女を思い浮かべてみる。

訓練兵の制服にていたけど所々細部が違うからかだ何ともいえないけど委員長たちとは違う立場の人間か?

口ぶりからすると先生を知っているみたいだから霞と似た境遇なのか?

…………。


「ああもうわかんねえ!」


武は考えるのをやめると備え付けの薄汚れたベッドに横になる。

考えても先生がここにこなければ状況は変わらないだろうから後は待つだけだ。

前回2、3日くらいでここを訪れたから今回もおそらく来てくれるだろう。

……来てくれるよね夕呼先生?


「カモーーーーン夕呼先生ーーーーーーーー!!」



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第三章その2
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/04/11 15:04
教室っていうのはどんな少人数でも講義中なら様々な空気で分割される。

様々といっても決してふざけたりしているわけではなく、真面目の中の種類とでもいうものだ。

教官である神宮司まりもの声を前を向き一言一句聞き逃さぬようにするもの。

声を聞きつつも教本をなぞり、例を頭の片隅に置こうとするもの。

或いは教本に書かれている内容をシミュレートして教官への質問を組み立てようとするもの。

しかし一人だけ真面目の方向が違うものがここにいる。

そのものは今時珍しい男の訓練兵であり、名は白銀武という。

その白銀武は教本に目を巡らせながら講義の内容を熟慮しているように見えるが実際のところは違う。

頭の中身は講義の内容を確かに入れているがそれは復習しているものの類であり、頭の中身をなぞっているに過ぎない。

頭が真剣に考えていることは別のことであり、傍目からは気づかれないだろう。

本来ならこの類の腹芸は不得意の白銀だがこのとき無意識にそれをやっており、しかるべき環境におけばそれなりにものになるはずだ。

が、今はそれをやるときべきではないし、考えていることとは無関係なので話を戻す。

……夕呼先生が着てくれて本当によかったぜ。

一夜を営倉で過ごした後冷えた朝飯を食べてまずいと愚痴を漏らしているところに彼女は来た。

先日、門のところで白銀武という名前に興味をもったことではないとわかり、前回は何でオレにあったのかを考えた。

結局のところわからずに悶々としていたのだが、結局営倉にやってきて話を聞いてもらったとこと信じてもらえた。

そして訪れた訓練ライフなわけだが、オレは少なからず戸惑っている。

まりもちゃんの声が流れる教室をちらりと見回すとお馴染みの戦友たち……まだ訓練仲間だが真面目に耳を傾けている。

いつも人の話を聞かない美琴もこのときは聞いており、小さな背丈を猫のように丸めようとする姿勢を正そうとするたま、

大き目の丸眼鏡を真正面に向けて真剣に取り組む委員長、普段は自由奔放な彩峰も人類の未来に係わる講義となればそれを抑えて耳を傾けている。

そしてこの武士と評することが出来る女性、冥夜は言うに及ばず学ぶ姿勢は非の打ち所がないだろう。

それはいい。

彼女達の学ぶ姿勢は前回から白銀が肌で感じて学び取ったものであり、いまさら戸惑うほどのことではない。

白銀が戸惑っている、真面目に考えていることはこの場にいると思った少女がいないことにあった。

先日警備兵と揉めていたところに現れた丁寧言葉を話、顎に頭突きをお見舞いしてくれた訓練兵に似た制服を着ていた少女だ。

教室を見回してもその姿は確認できないし、トラックを走っているときもいなかった。

一体あの娘は何なんだ?

年はどうやら霞と同じくらい、あるいは少し上くらいでだろう。

でも霞は黒い正規の制服を……ちょっと改造しているけど着用している。

あれもただ単に改造の一種なのだろうか?

しかし訓練兵の制服を改造する理由がないし軍隊でおいそれ許されるものではない。

ならば夕呼先生関係……霞と同じで保護者になっているということなのか?

……なんでこう最初から不確定要素がでてくるんだろ。

これでこれから起きることも変わっていたらどうしよう。

白銀は思わず溜め息をついてしまう。

まあ、あの娘のことは委員長たちにでも聞いてみて、それでもわからなかったら先生にでも聞いてみるか。


「……白銀。私の講義中に溜め息とは随分退屈させてしまってるらしいな」


……やば。


「そんなお前には私の代わりにこの例題の趣旨、及び模範解答を述べてもらおうか」


まりもちゃんって元の世界では怒るところみたことないけどこっちだと軍人だから凄く恐いんだよな。

もうちょっと真面目に講義受けなきゃいけないな。

それじゃないと色々と示しがつかないし、何よりも自分が決意がないように自分で思えてしまうから。



マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第三章その2



「白銀って本当に特別なのね」

「そうか?オレは別に普通にしてるつもりなんだけど……」

「……そこまでいわれると逆に嫌味よね」


軍人でここを利用しないのは珍しいといわれるPX。

その珍しいに属さない207B分隊の面々は今日も訓練の反省と白銀のことを嫌味一割、褒めること九割で雑談を交えながら語らっていた。

褒められている本人としては特別なことは行っておらず、あくまで前回の訓練の延長線で得たものなので謙遜するしかない。

が、そんなことを知っているのはこの基地で2人しか居らず、分隊の皆には知るよしもない。

ゆえに榊の言葉は心からの言葉なのである。


「まあ、特別って言われて悪い気分はしないけどよ。オレって調子に乗りやすいからな。あんまり褒めんなよ」

「……それじゃ止める」

「うぐっ……彩峰~」

「嘘、冗談」


彩峰もこの世界でも白銀のことをおちょくり玩具にしているようである。

実のところこの隊でいじれるのは榊と珠瀬くらいのものであり、前者はともかく後者はどちらかというと可愛がっている感がある。

そこに男で反応がいいカモネギがくればいじり倒すのも無理はないだろう。

しかもこの場にこの榊と彩峰、白銀の3人しかおらず押さえ役の御剣がいなければ止まらないのである。

白銀の話題が出るまでいじられていたのは榊であることがそれを物語っている。


「白銀箸が止まってる?」

「……お前の所為だろうが」

「それはない」


白銀はこんなやり取りもでも実は嬉しいと感じている。

前回は、オルタネイティブ5が発動した世界ではこんな軽口を叩ける時間は徐々に失われていったことをおぼろげながらも覚えている。

所要でこの場にいないタマや美琴、冥夜も……おそらく守れなかった世界。

もう2度とできないと思ったやり取りをしているのが無性に嬉しいのだ。


「白銀……?どうしたの」

「ん?ああ悪いボーッとしちまった」


どうやら莫迦なやり取りを中断していつの間にか考えごとに耽っていたみたいだ。

突然黙りだした白銀に怪訝な顔を向けている2人に笑ってごまかし箸を再び進めた。

だけど、へんな雰囲気になったついでにちょっと変なことを聞いてもいいよな?という考えが持ち上がり例の件を聞いてみることにした。


「変なこと聞くけどよ。訓練兵の制服を着ている女の子、徴兵年齢に達していない年齢の子だと思うんだけど……知ってるか?」


その言葉を聞くと共に2人は怪訝な顔をさらに険しくし白銀の顔をマジマジと見つめる。

……もしかして質問をまずったか?


「……白銀ってそういう趣味?」

「違うッ!断じて違うッ!!ただ単に訓練兵の制服きてるのにこの隊にいないのが気になっただけだよ。それともこの隊のほかにまだ訓練部隊でもあるのかって聞きたいんだよ」

「ああそうなの」


白銀は誤解されたくないから一気に捲くし立てるが、傍から見たらそれは認めているようにしかみえない。

しかも相手が彩峰ではおちょくるネタをていきょうしているだけだ。

それに気がついたのかこの場で一番話がわかる榊委員長に話を向ける。


「委員長は知ってるか?」

「ええ知ってると思うわよ。現在そんな格好をしてるといえばこの基地だと私たちかその子くらいしかいないから」

「んでその子は何者でどこにいるんだ!?知ってたら教えてくれ!?」

「……本当にそっちの趣味じゃないわよね?」


白銀の必死さが余計変質者のそれに見えてしまい榊にまで疑われだしてしまう。

白銀はそれに気がつき咳払い一つすし落ち着いたことをアピールして続きを促した。

榊もそれに納得したわけではないだろうが、教えないとと後々面倒だと思い、溜め息を一息吐き、腕を上げて食堂のカウンターの方向を指差した。

視線は榊の腕を通り過ぎ指を通り過ぎカウンターのほうへと向かいカウンター直前で停止した。

白い制服がいてあの背丈はタマくらい、だけど髪型や雰囲気からして別人であることは確か。

冥夜である線は白線を墨汁で塗りつぶすが如く却下し、美琴である可能性を氷を溶岩に入れて一瞬にして蒸発するように消し去った。

あの黒髪、あの霞とは違ったベクトルに将来有望そうな後姿。

間違いなくオレに頭突きした少女だ。

委員長は凝視する白銀に何を思ったのかやや腰が引け教えたことを後悔し始めた。

彩峰は逆によからぬこと思いついたのか一言ぼそりと呟こうとし、それを委員長が全力で阻止しようと動く。

だが、そんな努力は先程まで指を刺していた少女自身によって無駄になってしまった。

少女はこちらに気がつくとトレイを両手に落とさぬようぶつからぬように滑らかに近づいてきた。

そして白銀たちのテーブルの近くに着くと笑顔を見せながらその細い喉から声を紡ぎだした。


「あら、誰が私などに視線を注いでいるのかと思えば、白銀さんあなたでしたか」

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士官用の個室。

冷暖房完備に部屋自体の作りもよく熱気や冷気を逃さない設計になっており、なにより個人のプライベートが保障されている軍人にとって夢のような環境である。

まさに指揮する立場の人間だけに許された特権であり、狭いベッド一つ分しかプライバシーを保障できない階級が低い軍人とは雲泥の差である。

この部屋の主も例外なく指揮する立場の人間(階級はだが)であり、本日は珍しく仕事が早く終わり夕方という時間帯に部屋に帰ってくることが出来た。

彼女は書類を金庫へと入れると首元で存在を誇示しているネクタイを緩め、冷蔵庫へと足を運ぶ。

冷凍室から氷を大量に取り出しそれを洗面器の中に入れ、冷蔵のほうからビールを取り出した。

部屋の主、イリーナ・ピアティフは冷蔵庫程度の冷やしかたでは満足できない人間であり、氷で冷やし直すのである。

……本当は服を着替える時間に缶が氷でさらに冷やされて冷気を発し、その凍てついた白い冷気を見たいからだけなのだが。

冬季に祖国の河川が凍結する様を思い出しながら。

ピアティフはそれを堪能すると缶のプルタブを思い切りよく空け、空気と炭酸が抜ける音をさせて口元に運び込んで一気に煽った。

そして「プハァーーーッ!」と一気に肺に空気を吸い込み爽快感を得た。

ピアティフにしては品のない行動だが彼女もストレスというものを感じているのだろう。

そのストレスを発散させる時間ができたのは副司令の私用のおかげなのだが、その副司令にしては珍しいことである。

私用と称した研究に手はつけているがピアティフの仕事を早めに切り上げさせることは稀である。

そもそも早く切り上げるのだってその研究が遅くなるからなのだ。

だからその研究とは別のことで仕事を切り上げさせるということは何かしら新しいことを始めているということなのだ。

しかしそれはそれでいいと思う。

新しいことを始めたということは本命のほうなのかそうでないかはわからないが、次のステップに近づいたということに他ならない。

いい傾向だ。

本命の方が進んだのなら人類の勝利という未来に一歩近づいたことになるのだから。

そこまでピアティフは考えて気がついた。

個室でありながらこの部屋のもう一人住む少女のことを。


「おかしいわね。先に戻ってるいったはずなんだけど……また斯衛の少尉のところにいったのかしら?」


それかこの基地でもそこそこ有名な出撃20回以上のベテラン衛士ミュン中尉たちのところか?

または門のところの警備兵のところか……そこまで考えてピアティフは頭を痒くもないのにかいてしまう。

あの娘は国連の偏見がなくなってからドンドン人付き合いの幅が広がっている。

一応監視……兼保護者としては自重して欲しいのだが、あの頃の自分もあそこまではいかないが色々とやっていたとことを思うとどうしても止める気がしないのだ。

まして今まで世間に係わりを持たなかった反動を考えると止めるべきではないのだ。


「……だけどそれとこれとは別ね。仕方ない探しに行くしかないか」


彼女はそう結論づけビールを飲み干すと先程脱ぎ捨てた制服にまた袖を通した。

ネクタイを再び絞め直すのは面倒だが、だらしなく見られるよりはマシだ。

ブーツのヒモを絞め直し再び仕事の顔を作って御城柳を捜しに通路へと出たのだった。

アルコールによりほんのり桜色に染めた頬のまま。

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「へえ、柳ちゃんていうのか?」

「はい、でも初対面の女性をいきなり名前で呼ぶのは少々失礼ですよ?」

「ああ、ごめんごめん」


目の前の少女は御城柳というらしい。

ここ数日の間頭を悩ませていたことだけに名前だけでもわかると随分と肩が軽くなった。

しかし同時に話していると新たな疑問が浮かんでくるものだ。

年はいくつ?スリーサイズは?彼氏はいるか……などというものではなく何故ここにいるのかという根本的な疑問が。

霞が似た条件だったが彼女の場合、今は慣れてしまったのと前回は学生気分だったのでそこまで考えていなかったからだ。

……そう考えるとなんで霞ってここにいるんだろ?

よくよく考えれば柳ちゃんのことは悩んでるのに霞のことは……まあ、そこらへんは前の世界にいたからなんだろうな。


「で、白銀さん私に何か用でしょうか?」

「ん?いや、この間あったときはちょっと衝撃的だったからね。それに訓練兵の制服を着ているのにうちの分隊にいないしさ」

「ああ、そのことですか」


柳ちゃんは納得いったように手と手を叩きまた今度は上品に微笑んでみせた。

柳ちゃんって上流階級の人間なんだろうな。

冥夜もそんな雰囲気を出してるけどあっちは武家のような厳格な雰囲気、柳ちゃんも武道の心得はあるみたいだけど箱入り娘って感じだもんな。

柳ちゃんは自分の着ている白いの袖をいじりながら微笑んだままの唇を動かす。


「霞さんは黒い正規兵用の改造ものを着用してますけど、私の場合はピアティフ中尉にこちらを着たほうが良いといわれまして。

 時折そちらの榊さんたちの訓練を見学に行ったりしますのでその関係ではないかと……」


柳ちゃんは出会いのところは委員長達がいるのに気を使ってか出会いのところは省いて、制服の疑問を簡単に説明してくれた。

なるほど……訓練兵見習いといったところか。

まだ徴兵年齢じゃないから建前上訓練を受けられないから訓練兵ならぬ見学兵ってことでここにいると。

上流階級の気品があるのは帝国か国連のお偉いさんの娘で志願したいけど却下されったんだろうな。

で妥協案として見学兵という落としどころに落ち着いたのか。


「そうよ。御城さんはたまに見学に来ることはたしかね。最初に会ったとき神宮司軍曹の横にきたときは新しい訓練兵かと思ったけど」

「ははは、その節は勘違いさせて申し訳ありません」

「別に気にしなくていいわよ。こちらとしては格好がいい所みせられるしね」


委員長も柳ちゃんのことは大分慣れてるらしく対応もごく普通である。

が、どこか態度が硬い部分があるように見えた。


「ところで柳はご飯食べなくていいの?」


今まで黙っていた彩峰がここで柳に聞いてみる。

柳はそれを首を振ることで違うと伝え今度は目と目で語り始めたようにじっと見つめあいはじめた。

一体なんだ?

それを始めて10秒ほど立つと彩峰が肩をすくめてながら一言漏らした。


「京都弁はわからないね」

「ってさっきまで丁寧語話してた人間が何故京都弁になるんだ!?」

「白銀、ツッコみが上手だね」

「別に上手くても嬉しくないけどな……って柳ちゃんどうした?」

「……私京都出身なんですけどよくわかりましたね」

「ってあってるのかよ!」


乗りツッコミをしながら京都出身なら帝国のお偉いさんなんだろうな、と情報整理してるオレがいる。

夕呼先生の影響なんだろうか?

先生で思い出したけど、そういえばピアティフ中尉って前の世界でも先生の秘書官やってる人だったはず。

先生の良き手足の人なんだろうな。

柳ちゃんは京都にいたころの話をし始め、委員長たちと花を咲かしている。

オレはこの世界の京都を知らないから聞くだけ何だけどそこから想像できる街並はオレの世界よりも随分と日本らしいものようだ。

……そういえばこの世界で日本のことを何も知らないんだよなオレ。

夕呼先生にでも今度聞いてみるか。


「こんなところにいたのですか?」


今後のことを色々考えそうになった時、突如後ろから声を掛けられた。

後ろを振り向くとそこには通路ですれ違えば思わず振り向いてしまうようなブロンド髪の美女がそこにいた。

オレ達が立ち上がって敬礼をしているときに柳ちゃんは彼女を見ると席から立ち上がりオレの後ろに回り込むと女性に抱きついた。


「ピアティフ中尉こそ何でここにいるんですか?」

「……あなたを捜しにきたのよ。部屋にいると思ったらいないし。心配するのは当然です」

「すみません書き置きくらいするべきでしたね。次からは気をつけます。

 ところでもう一杯飲んでしまったのですか?まだ日が沈みきってないと――痛っ!」

「余計なこと言わないの……訓練兵の皆さんの迷惑をかけた様ですが、これからもこの娘が厄介になるかもしれないのでその時はよろしく頼む。では」


略式の答礼を返した後柳ちゃんの手を引いて通路へと消えていくピアティフ中尉。

夕呼先生の秘書官をやっているだけあって随分としっかりした人のようだ。

でも柳ちゃんがこれから訓練に顔出してくるってことはより一層気を引き締めなきゃならないんだろうな。

明日からまた気を引き締め直さなきゃいけないなこれは。

そのためにまず夕呼先生のところにでも行くか。

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いつもの通路を通り帰途につく一人の女性と一人の少女。

しばらく無言だった2人だが、やがてピアティフから沈黙を破った。


「実験を自主的にやってくれるのはかまいませんが、彼にいきなり近づくのはちょっとやりすぎですよ?」


その言葉を聞くと柳は首を振ってピアティフの言葉を否定しながら口でその理由を言う。


「いいえ、私も近づくのは明日以降と思っていたのですが、向こうが興味を持ってしまっていたので仕方なく、です」

「仕方ない……ね。その割には随分嬉しそうに見えますけど?」

「……ふざけてるときの姿がどことなくお兄様に似ていましたから。顔は全然違いますけど」

「…………人形をあまりいじめないようにしなさいね」

「嫌ですわ。あれほど愛情を注いでるものはありませんよ?」


なら私がいないところで柔道やプロレスリングの技をかけるのはやめなさい。

ピアティフは心の中でそう思うのであった。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第三章その3
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/04/22 01:15
マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第三章その3


空気が掻き分ける音が耳を震わせている。
1回、2回、3回……。
その度に上半身を捻ったり動かしたり、或いは体全体でその音源を相手へと送り続ける。
しかし音源を回避され、音源の音源はである彩峰は舌打する。
いくら牽制のジャブとはいえこれだけ拳を繰り出しているのに余裕をもって避けられるのは面白くないのだ。
自惚れているわけではないが自身の近接格闘能力はこの訓練部隊でも優れていると思っていた。
御剣は武器、特に刀を持たせると互角かそれ以上になるが素手となると彩峰が一番優れている。
神宮司軍曹もそう認知しており、彩峰もいつの間にか自負するようになっていた。
だがついこの間、目の前の男によりその自身を粉々に砕かれた。
今のように積極的に仕掛けても回避し続け軽く当てたとしても予定していた通りといったように与えた打撃よりもより重い一撃を決めてくる。
寝技や投げ技を仕掛けようにも的確に間合いを離されて持ち込めず、強引に間合いを詰めようものなら逆襲を食らうだけ。
後者はわかりきっていたために仕掛けず、結局相手のペースのまま負ける……。
1回目はそれだった。
珠瀬は引き分けだと言っていて、傍から見たら勝負は両者とも攻めきれずに引き分けなのだろう。
だが戦うことに敏感な御剣や戦っている本人にはわかった。
目の前の男、白銀という男はわざと勝負を引き分けに持ちこんだと。
その気になれば白銀の勝利という形でつけられるのに態々こちらがどう攻めてくるのか考えさせるように、逆に白銀自身もそこから学ぶかのように。
神宮司軍曹とは違った訓練、競争相手による教えあいといったところだろう。
しかしそれとは関係なく……悔しい。
蹴りを放つがまたもかわされ小技で攻めてくる白銀。
ここまで実力差があるなんて思いもしなかった。
この基地から消えたあの男にしてもそうだ。
実力はトップクラスを地で行き、密かに訓練兵の間で目標になっていた男。
彩峰も分隊が違うことによりそんなに親しくはしたことがなかったが、その強さに純粋に憧れていた。
自分にはいわゆる戦士の血があり、それが滾ることにより向上心が高まったゆえの反応なのだろうと解釈している。
例え違ったとしてもそれは大したことではない。
だがその血を滾らせた男、御城は訓練半ばで突如その姿を消してしまったのだ。
その情報は瞬く間に訓練部隊全体に広がると同時に戸惑いも広がっていった。
何故、総合戦闘技術評価演習という大切な時期に隊員に知らせずに消えてしまったのか?
幸い涼宮のA分隊のほうは当人達の心情はともかく合格した……B分隊は別の原因でダメだったが。
伝え聞いた話では御城は帝国、それも斯衛軍にスカウトされたという噂だった。
それに尾鰭でもついたのか、御城は実のところ名家の出で許婚が連れ戻しに来たとか、
最初から訓練は終了しており、訓練兵を装い国連の訓練カリキュラムを観察しに来たとか。
その他遊び半分の憶測が飛び交った。
……真実はどうあれ、御城は帝国へと渡り目標が突如消失した。

「……彩峰今日は随分と大人しいんだな」
「訓練中にお喋りするよりマシ」
「いうね」

白銀が挑発的に言葉をかけてくるがそれを何ともなく返す。
御城が消えてからも訓練に手を抜くようなことはしなかったがまだまだ努力したりないらしい。
白銀は強い。
それを認めた上で新たな目標と定められる。
でも何でだろうな。

「……?何笑ってるんだ?」
「……面白いからかな?」
「疑問系かよ」

彩峰は自分が口元に笑みを咲かせているのに気がついていた。
面白い……確かにそうなのだろう。
戦うこともそうだが自分が出会う男は彼女が目標と定めるに値する強い男ばかりなのだから。
それに……。
彩峰はちらりと横目で訓練の経過を見ている軍曹の横で待機している少女を確認する。
御城の身内に見られてるとなると不様なところを見せられない……もしかしたら手紙で私たちの様子を知らせているかもしれないのだから。
呼吸を気づかれないように整え、全身の筋肉を引き絞る。
矢を放たんとする限界まで引き絞られた弓の弦の如く。
彩峰は白銀へと向かっていった。

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通路はいつになく人気があり白銀武の心を締め付ける。
……なんで今日に限ってこんなに人がいるんだよ。
通りがかる人皆が自分に注目しているようで気分としてはよくはない。
その注目される原因が原因だからだ。
頬に湿布なんて貼っていたら、それも訓練兵がこんなものをしていたら注目の的である。
実際注目こそされてはいないがすれ違うたびに好奇な視線を浴びせてくるのだ。
やめてオレのライフはもうゼロよ!!
……何言ってるんだろうなオレ。
白銀は溜め息をまた一つ、二つ一気についてしまう。
しかしその一方でこの傷は嬉しいことでもあるのだ。
この腫れた頬は自身の過失によってつけたものではないからだ。
先程までやっていた彩峰との模擬戦闘訓練を思い出す。
模擬戦最初から圧倒していた白銀だが、それは彩峰の現時点での能力と癖をしっていたからにすぎず、実際は結構ギリギリのところで戦っていた。
彩峰の潜在能力は白銀を凌いでおり、前の世界においてはついに追いつくことが出来なかったくらいの天才だった。
その才能が開花するのはもう少し先なのはずだが、白銀の頬に一撃を決めたときその才能の片鱗が頭を出した。
あまりの速い一撃に反応が遅れて見事に頬に刻まれたというわけだ。
自分のおかげとは思えないけど予想以上のペースで皆強くなっている。
この分だと次の模擬戦で冥夜とやるとしたら現時点での能力を推し量って戦うのは止したほうがよさそうだ。

「タケル、その頬はどうしたのだ?」

噂すれば何とやら、好奇の視線がようやく途切れたところで正面から来た御剣冥夜がその視線をプレゼントしてくれる。
御剣を前にして白銀は昨晩のことを思い出してしまう。
榊達と別れた後に香月のもとを訪れこの日本という国のことを詳しく聞いてみた。
そして現れたこの国の殿下と呼ばれる征威大将軍、煌武院悠陽の写真と映像を。
そのことで動揺しそうになるがそれをなんとか隠すと白銀は足を止めると頬に貼ってある湿布に手を持っていき、苦笑いして返答する。

「おいおいあまりいじめてくれるなよ?お前も見てたじゃないか。彩峰から一発キツイのもらったんだよ」
「いや、私も訓練していたからな。その彩峰の一撃を見ていなかったゆえ、そなたが傷を負うことが想像できなくてな」
「おいおい評価してくれるのは嬉しいけど、彩峰をなめちゃだめだろ。あいつはマジすげえから、ウカウカしてると追いつかれるどころかぶっちぎりに追い抜かれちまう」
「ぶっちぎりという言葉はわからないが、あっという間に追い抜かれるということか?」
「ああ悪い。それであってる。お前にしたってそうだからオレももっと鍛えないとな」

白銀とて指をくわえてこのまま抜かれるつもりはない。
白銀はあくまで同じ訓練兵であり教官ではないし、神宮司軍曹から教わることはまだまだある。
少なくとも元の世界でも何だかんだいってまりもちゃんと呼び慕って数々のことを教えてもらったのだ。
そんな彼女に教わることがないなど考えるくらい傲慢ではない。

「……そうか。私もそなたや神宮司軍曹から存分に学ばせてもらうとしよう。無論追い抜くつもりでな」

御剣も油断ならない笑みを浮かべ学ぶというより挑戦するような視線を向けてくる。
冥夜は頭デカチではなく学ぶ姿勢は素直なものでこちらの予想を遥かに上回るペースで成長している。
個人差はあれど207Bの皆が追いつき追い越せと切磋琢磨している状態は白銀が望んだ理想的環境だ。
一日営倉に入っていたロスなど帳消しになるほどすばらしいことだ。
……でもなんであの子が見学に来るんだろうか?
白銀は再び訓練の風景を振り返り、神宮司軍曹の隣に立つ少女、御城柳の姿を思い浮かべる。
彼女がいくら見学兵といってもそれほど頻繁に来ていたわけではないらしい。
それがここ数日毎日のように見学に来ては訓練風景を眺めて帰っていくことを繰り返している。
オレが来てから頻繁に来るようになったということがどうも引っかかる。

「ん?タケルどうしたのだ?」

……そういえば冥夜には柳ちゃんのことを聞いていなかったな。
突然黙り込んだ白銀の顔を怪訝な顔をしながら見ている御剣を見てそう思った。
委員長のときはあっちだけで和気藹々と話をしていたおかげであんまり突っ込んだことを聞けなかったが、今回は聞けるかもしれない。
その希望を叶えるために口を開き御剣へ声を掛ける。

「そういや冥夜には聞いていなかったな」
「何をだ?」
「まり……神宮司軍曹の横にいた女の子、御城柳って子なんだけどさ。訓練兵に似た制服着てるのに訓練に来たり
 来なかったりするからな。委員長達にはもう聞いたんだけどよ、お前にはまだ聞いてなかったからな。新参者としては気になるんだ」

柳の名前……正確には御城の名を聞くと御剣は何ともいえない微妙な顔つきになった。
羨望と警戒、それに恥ずかしさといった何もかもがごっちゃになったよくわからない表情だ。

「もしかしてなんか聞いちゃいけないことを聞いたかな?」
「いやそういうわけではないが……ええと、御城の妹君のことだったな」
「妹?」

白銀が口にした妹のという言葉を聞くと御剣は顔を強張らせる。
もしかして御城が上流階級という噂は本当なのだろうか?
前の世界で冥夜はその筋の家柄のようだったし、つながりがあるのかもしれない。
……いや昨日見た殿下の写真に瓜二つなことから将軍家の血筋にあたるのは間違いない。
月詠さん達が護衛についていることから確度高いだろう。
でもなんで柳ちゃんのこととなると顔を強張らせるんだ?

「もしかして柳ちゃんの、その兄貴と知り合いなのか?」
「……ああ。しかし知り合いなのは私だけではない。榊も珠瀬も207訓練小隊の皆が知っていることだ」
「で、その兄貴というのは?」
「タケルがくる数ヶ月前に207A分隊にいた男の訓練兵だ。タケル比べても遜色ない能力の持ち主でA、B両分隊が一目置く存在だった」

だから基礎能力が前のときより成長が早いのか。
白銀と違い直接訓練したりしていたわけではないが目標となって今の環境を作りやすくしたのだろう。
柳ちゃんの兄貴……一度でいいからあってみたい。
白銀はこのときそう思った。

「んじゃA分隊にいたってことはもう衛士訓練校を卒業したってことなのか?」
「……おそらくな」

御剣は少々躊躇った後、彼女にしては歯切れの悪い言葉を口にした。

「おそらくってどういうことだ?」
「有り体にいってしまえば彼はここの衛士訓練校を卒業する前に帝国へと所属を移したということだ」
「帝国にスカウトされたということなのか?」
「本当のことはわからん。当時は憶測ばかりが隊内で飛びまわっていたことがあった。その中にそういう風にいっていたこともある。
 しかし当の本人が既にこの場にいないのだから誰も真実はしらない。知っているとしたら神宮司軍曹か――」

御剣はそこで一旦言葉を切っていうことを躊躇う素振りを見せる。
しかし話してもいいことだろうとふんだのかひとつ咳払いして間をもたすと言葉を続けた。

「その実妹である御城柳……彼女が知っているだろう」
「なるほどな」
「わかっていると思うが興味本位で詮索しないほうが良い。彼女はああ見えて国連をやや嫌っている傾向があるゆえ敏感なのでな」
「……少し以外。委員長達と話しているのを見て結構付き合いは広く持つタイプだと思ってたんだけどな」
「まあ、彼女にも色々あるのだろう。少し話がそれたか。その御城の妹君の話であったな――」

その後白銀が聞いたのは委員長から聞けなかった柳がここに来た当初の話を聞くことができたのだった。

-----------------------------------------------------------------------------

「――以上が私から見た白銀武に関する報告です」
「そ、ありがと」

この素っ気無い言葉が交わされるまで約20分。
報告される側としては苦にしない時間だが報告する側にとっては多少疲れる時間である。
報告される側はこの国連横浜基地の副司令香月夕呼。
報告する側はこの基地の社霞と並び称される不思議少女といわれる御城柳。
この2人の関係は副司令である夕呼の執務室に柳がいることで認識できる。
部下と上司、或いは研究対象と研究するもの。
何にしろ立場が上か下かのどちらかである。

「あんたがいうには戦術機の操作技術は実戦で確かなスコアを出せる腕があるのね?」
「はい。霞さんの引き出した情報と統合、整理した結果です。今の状態でも十分に実行可能かと」
「……不安要素が強いわね。あんたたちの引き出した情報は信用してるけど、目に見えない結果はどうしても懐疑的になるわ」

夕呼はあくまで科学者であり、数字で示されたものか実物を見ないと信用できない性質である。
ゆえに既に数々の実験で結果を出している彼女達が導き出した答えを易々と切り捨てるようなことはしない。
いつものように椅子の背もたれに寄りかかりながらストッキングに包まれた足を組み手を顎に当て、考える素振りを見せる。
そしてその手を端末へと持っていくと軽やかな音を立てながらHDと電子世界に収められているものを次々に表示させていく。
目的のものを表示させると素早く目を通し、頭の中で今後の展開を瞬時に構築していく。

「……そういえばあいつを訓練兵にしておく必要もあまりないわね。あいつの言ってることとこの娘たちの言ってることが真実なら――。
 そうね。特別という言葉はいくらでも解釈できるからまりもも説得可能……彼女もそれを願っている……」

画面とにらめっこすること30秒、夕呼は柳にソファで待っていろと身振りで伝える。
柳はそれに素直に従い、ソファに静かに腰掛てそのときを待つ。
受話器を取り何事か話すとまた端末を弄り、ピアティフがくるともってきた書類にサインし始める。

「……白銀さんの観察の次は本格的に動き出しそうですね。私は何をするのでしょう?」

柳の呟きは空気を振るわせるだけで誰の耳にも届くことはなかった。
私がやっていることは間違いなくこの国の、殿下のためになっている。
お兄様も同じことを志して……帝国でいまも頑張っているであろうお兄様。
忙しく手紙も返せない状況か転属をされてしまわれたのかもしれません。
衛士訓練もひと段落して前線で活躍しているのかもしれません。
ですが、どんな状況でも私はお兄様の無事を信じています。
共に同じ空の下で戦い抜きましょう。

「――御城、あんたの任務が決まったわよ」

……お兄様、どうやら私にも戦友が生まれるようです。
柳はここにいない兄に心の中で報告すると夕呼の命令に耳を傾けた。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第三章その4
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/05/05 01:52
鋼の巨体。
その姿を見ればどの国の人間もこう呼ぶだろう。
戦術機と。
米国が開発し世界各国も採用した人類が持ちうる最先端技術を惜しみなく使った兵器は例え旧式だとしても敬意に値する風格を備えている。
この部隊に必要がなくなり、他部隊に引き渡されようとしている今このときも……。
トレーラーへと積み込まれていく元自分の機体を前にして男は拳を握り締める。
元この戦術機の搭乗者、衛士である男は顔は冷静を装い、身体も極力自然体を装っでいるが、その拳一箇所に感情の全てを込めている。
傍から見ると愛機を送り出すのを感慨深げに別れを惜しんでいるようにしか見えないだろう。
トレーラーに積み込まれた戦術機は来たときと同じようにゆっくりと運び出され遠ざかっていく。
違いがあるとすれば装甲が新調されて外見が綺麗に見えるくらいだ。
……見送った後でもその拳は握り続けることを止めず、徐々に朱に染まっていきその朱が重力に従うがままに地面へと点々と浸透していく。
男はそれに気づいているがあえて無視し痛みをその身に刻み込む。
それは純粋な怒りの感情。
自分の無力さを思い知ったあの喪失感を忘れぬために刻み続ける目に見える戒めだ。
朱に染まり痛みが激しくなる拳が何か暖かいものに包まれた。
目を向けるとそこには俯いたままの一人の少女が男の拳を両の掌で包み込み姿が映った。
その小さな背丈から出る雰囲気は痛みに対する理解の色と自傷行為を静止しようとする意思が込められ、男はそれに答えるようにゆっくりと力を抜いていく。
少女はそれを確認すると包んでいた手を放し、互いの手についた血をハンカチで丁寧に拭き取っていく。
あらかた拭き終わったのを確認すると少女に優しく引き離し微笑んでありがとうと口にする。
少女はそこで初めて顔を上げると微笑み返す。
が、男の顔は一瞬その笑顔に罪悪感を覚えてしまった。
正確には彼女の顔、左眉から左目を通るようにして頬まで抜けた傷跡を通してそれをつけてしまった過失によってだ。
幸い傷は左目自体は損傷は軽微で手術を行い後遺症も傷跡以外は残らなかった。
まだ四半世紀の半分とちょっとしか生きていない彼女に一生ものの傷をつけたこと自体にも罪悪感を感じるが、それ以上にそれをつけてしまった原因にこそ心を痛めている。
その原因、過失によって失われた命の炎……私は何をして償えばいいのか?
罪悪感を心の中の奥底に押し込め少女に向かって同じように微笑み返し、傷口が乾いた手で少女の小さな手をとると別の格納庫へと移動を開始する。
送り出した戦術機の替りに実戦部隊へと昇格され、新しく受領する戦術機を迎えにいくために。
横浜では既に始まっているだろうが、私の真の意味での戦いは今より始まる。
……手紙の返事はまだ書けそうにないな。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第三章その4


「はあ~~~~~~」

座学が終了し、今日の訓練も終了となった今日この頃。
我らが訓練兵ナンバー1の期待の新星白銀武は盛大に溜め息を吐くのだった。
先程出て行った神宮司軍曹がいたのなら気合が足りないということで腕立てやトラック何十週を命ずるところである。
それだけ盛大に溜め息を吐いたわけだが、当然回りはそれに反応を示さないわけがない。

「なんだタケル?そんな盛大に溜め息など吐いて」
「なんか疲れてるって顔していますし、博士からまた何か任務でも貰ったんですか?」
「……タマ、悪いけどそんなに大っぴらに聞かないでくれ」
「あ、すみません」

タマには悪気はないんだろうけどオレが特別っていわれているから気になってしまうんだろうな。
さすがに任務のな内容まで聞く気はないんだろうけどさ。

「まあ、疲れてるのはその通りとだけいっておくよ」
「タケルも訓練の片手間……ん、逆か。任務の片手間に訓練してるから僕達よりも疲れて当たり前だよ。
 だから今度マムシ酒でもおすそ分けしてあげるよ」
「……美琴、一体どこからマムシなんて捕まえてきたんだよ」

いくら美琴がサバイバルスキルがあったとしても訓練兵とはいえ軍人になったのだからマムシなど捕獲しに行く暇などないはずだ。
いい忘れるところだったが美琴、フルネーム鎧衣美琴はラペリングで頭を強打したため検査入院していたのだが先日何事もなく復活を果たして訓練を再開している。
その際に前回と同じような反応をして冥夜たちに奇異の目で見られたが、美琴自身は全然気にしなかったといういつも通りの変わった反応をしたのだった。
結構、変わったことがあるのにこういった何でもないところはかわらないんだな。
それで重大なこと、オレのやることがめちゃくちゃ変わってるけどな。
やっぱここで言っておいたほうがいいのだろうか?
でも言えないんだよな~。
今度は皆に気づかれないように小さな溜め息を吐き、今朝のことを思い出した。

                 ・
                 ・
                 ・

「先生、用事って一体なんですか?まさか研究に目処がついたとか――って柳ちゃん!?」
「こんにちは白銀さん」

朝起きて早々点呼の最中に呼び出され、モグラの如く深い深い地下にいくことになった。
わざわざこんな時間に呼び出しされることなどなく、むしろオレが勝手にここに来ることのほうが多い。
だから今回みたいに先生から呼び出されるなんて珍しいことなのである。
で、その珍しいことは重要なことがあると起きるということが柳ちゃんを目の前にしてわかったのである。

「社といい私より先にそこの娘っ子に目がいくとはやはりそういう趣味なのかしら白銀?」
「違います!!って先生!」
「そんな大きな声出さなくてもわかってるわよ。この娘が何故ここにいるのか聞きたいんでしょう?」

全くその通りである。
先生の言葉にオレは頷くことで意思を伝える。

「簡単に言うけどこの娘は私の研究の一環としてオルタネイティブ第4計画に組み込まれているの。
 社もそうなんだけどそこらへんは機密ということで詳しいことは言わないわ」
「ちょ、それはないですよ先生」
「社のことに関しては追々必要になったら教えるわ。今はこの娘、御城についていうわね。
 簡単に言ってしまうと彼女は第4計画専属の衛士なのよ」
「へ?」

衛士って……つまり訓練課程をもう終わってるってことだよな。
この年でもう戦術機を扱えるっていうのかよ?
……って最低でも少尉の階級持ってるから上官かよ。
こんな小さな子が上官……じゃなくてこんな小さな子を衛士をやらせる必要があるのか?

「疑問に思うのは当然だと思うけどこの子ちゃんと衛士徽章もってるからそこのところよろしくね。
 それで何に携わっていたかということだけど……これからあんたがやってもらう任務と似ているから省略するわ」
「ってほとんど何も教えてもらってないですよ!」
「さっきから同じ反応ばかりで面白みのない奴ね。まあいいわ次も同じ反応しないように御城に説明させるから。御城」
「はい」

そういう先生は柳に話を振ると背もたれに体重を預けて楽な姿勢をとった。
どうやら重要といってもそれほど真剣に取り組んでいることではないのかもしれない。
つまり研究の一環といっても先生にとっては遊びのようなものなのだろう。
遊びのスケールが違いすぎるけど。
それはともかく柳ちゃんが説明のために一歩前に進み出て模範的な敬礼をした。
こっちの都合だけで衛士徽章を授与されたわけではないらしい。
そしてその小さな口から出てきた言葉は普段の丁寧言葉だが一言一句軍人らしい威厳を備えたものになっていた。

「改めて自己紹介します。私は御城柳少尉。階級があるからあなたの上官ということになりますが、その点はすぐに気にしなくて済むようになります。
 本来ならピアティフ中尉が伝えるところですが、ただ今格納庫にて作業をしているため私がさせていただきます。白銀訓練兵!」
「はっ!」

白銀は大人とはいえない年の少女に呼ばれ彼女と同じように直立不動の姿勢を取る。
確か自分より年下の少女だとしても軍隊である以上階級が絶対である。
内心どう思うとも表面上は従わなければらないことは白銀だってわかっているからだ。

「明日0700にて全訓練過程を終了したとみなし、衛士訓練校を卒業、衛士徽章を受領し少尉に任命、
 その後オルタネイティブ第4計画直属戦術機甲連隊A-01に編入されます」

A-01……?
前回でも聞いたことがない単語、おそらく部隊名なのだろうがオルタネイティブ第4計画専属……つまり特務部隊なんだろう。
短縮とかそういうレベルの話じゃないな。
総合戦闘技術評価演習どころかその後の訓練まですっ飛ばして実戦部隊……だと思う部隊に配属されるなんて思いもよらなかった。
先生はオレが前の世界で衛士をやっていたと知っているから経歴とかそういうの誤魔化してくれたんだろうか?
でも冥夜たちのスキルアップは……大丈夫かな?
身体能力は特に問題はないし、総合技術評価演習くらいならオレ抜きでもクリアできるだろうし。
実際に前回はオレが足手まといなだけだったしな。

「同日1300。編入先の第0中隊が第1滑走路に到着予定、同部隊の歓迎を御城少尉と行いその後のブリーフィングにて正式に2名とも部隊着任。
 後は同部隊長の指示に従い行動せよ……以上」

                         ・
                         ・
                         ・

今朝のことを思い出し終わり皆とはお別れになることを思うと美琴の抜けたところも見納めだ。
いや、或いはもう会わないのかもしれない。
なんか事態がオレから離れて動いていて納得できないことが多いけどあの先生が出世のチャンスをくれたのだから逃す手はない。
先生に口止めされていて皆にお別れはいえないけど……わかってくれるはずだ。

「……本当に今日はどうしたのタケル?元気ないみたいだけど」
「ああ悪いちょっと疲れてるだけだからさ。オレちょっとこれから用事あるから、じゃ」
「ちょっと待ってよタケル」

明日になったらまりもちゃんがうまく説明してくれるだろう。
白銀はそう思うのであった。
それがかつてこの隊に属していた御城衛と同じ行動であることを忘れて。

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横浜基地とも続く大空。
南に約900キロの空の下で人々が生活を営んでいる証の一つである車両の音が響き渡っている。
しかし生活といっても一度BETAによって蹂躙された土地には民間人は少なく、軍人が訓練等に車両を動かしているのが大半である。
その大半の中にバギーを走らせている黒髪の男2人がいた。

「もうここの暖かい気候とも明日でおさらばってわけか」

男の一人は運転しながらしんみりとした雰囲気を漂わせつつ助手席の男に話かける。

「そうだな。長いことこっちにいたけど関東に戻るとなると寒くてたまらなくなるだろうな」
「ああ、それにしても住み慣れた土地を離れるのもやはり寂しいな」
「そうか?オレとしては最前線にずっと住んでいたくないけど」

助手席の男の言い分はもってもである。
いくら志し高い日本人とはいえ最前線にずっといるとなると精神的に参ってしまうものである。
だから兵役というものがあり戦力を落とさないように適度に入れ替えが行われているのだ。
運転している男もそりゃそうかと相槌を打つと軽く笑ってみせる。
バギーは舗装された道を法定速度のままゆっくりと走り続けていく。
時折舗装が崩れてボコボコになっている道を文句一つ言わずに走り抜けていく。
男達の口からは文句は出なかったが笑みを消すと仕事の話が漏れ出した。

「孝之、正直にいっていいか?」
「ああ、いいぜ。ここならオレ達以外いないからな」
「今度の帰還命令……突然すぎやしないか?2、3ヶ月前に補充できた少尉たちや今度はいってくるやつらもどうやらKIA認定じゃないみたいだからな。
 KIA認定されてきたあの子たちを最後に何か変わってきたよな?」
「慎二」
「何だ?」
「副司令が楽な仕事くれたためしはないだろう?今度の移動や補充兵の件はそれの準備期間だってことだ。
 それ以上でも以下でもない。オレが保障する。それにこれ以上歩く死人の話はやめようぜ。そういうのはオレ達だけで十分だ」

孝之と呼ばれた男は首がコッタのか首を左右に振るとパキパキと快適な音を響かせる。
その態度はいつもどおりだといわん態度である。

「……そうだな。それに補充兵を入れてようやっと頭数が増えてきたけど中隊にはまだまだ届かない。
 お前が言うように楽は出来そうにないな。というかわかってるのか孝之?」

慎二の口から最後のわかっているのかの一言を聞くと孝之はビクリと身を震わせる。
それを見た慎二は呆れた顔を向けてさらに続ける。

「お前の気持ちもわかるけどな、あれはお前所為じゃないし誰の所為でもねえ。上手く言えないけどなっちまったもんはしょうがない。
 だけどそれを理由に彼女達の眼差しから逃げるなよ?」
「……わかってるよ。逃げた先に何もないくらいな。困難に立ち向かうなんてオレの柄じゃないんだけどな」
「その言葉に二の句をつなげるんじゃねえぞ。あらら、うちのお姫さんたちが門の前でお迎えの準備してるよ。
 門の警備兵も恐縮しててやりづらそうで可哀想に」
「そう思うんだったら少しでも早くいってやれよ」
「はいよ」

九州の空の下、彼らは決意した。
鳴海孝之中尉が率いるはA-01第0中隊、通称エインヘリャル中隊。
彼らは新たな人員と任務を受け取りに横浜へと向かうのであった。

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月詠は手持ったボードを唐突に投げて寄越した。
それを受け止める神代としては彼女らしくない渡し方に戸惑いながらもそれを反射的に受け取る。
彼女は目で見てみろと一言告げるとこちらから目を逸らしあらぬ方向へと視線を向ける。
その様子にボードに貼られた書類束の中身が不機嫌の理由だと悟ると黙って目を走らせる。
中身は報告書。
神代にとってもそれは機嫌を損ねるには十分なものであった。

「――中尉」
「……それでほぼ確定情報だ。間違いなく彼は巻き込まれたということだ」
「帝国陸軍に腐敗があるとは耳にしていましたがまさかここまで――」
「そこまでだ神代。我らが動けるのは所詮ここまで、後はあちらの人間の仕事……我々の領分を越えている」
「しかし……ッ!!」
「殿下を蔑ろにした結果がこれか。神代」
「はっ」
「河は何故流れるのだろうな?」
「…………」

神代は答えるなかった。
月詠もそれを期待していなかったのか下がれと一言いうと、湯飲み茶碗に急須から茶を注ぐ。
その茶碗に注がれていく様子を見る目は憂いの色で染まっていたのだった。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第三章その5
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/06/01 22:07
沈痛な雰囲気がその場を支配する。
横浜基地衛士訓練校の教室は物理的にも感覚的にも外部からの侵入を拒むかのように音がなかった。
時折聞こえる外部からの音も虚しく響くだけでより一層そこにいるものたちの心を痛めるだけである。
昨日まで活気のあった教室とはうって変わったこの雰囲気……。
全ては神宮司軍曹から告げられた言葉とここにはもういない一人の男の所為である。
神宮司軍曹の言葉は翻ることもなし、ましてや皆がもう一度会いたいと思う男の姿はこの教室にはもう2度と現れることもない。
訓練兵である彼女達に正規兵、実戦部隊に配属されたものが用などないのだから。

「タケルさん……何で行っちゃったんですかね?」

珠瀬の大きいとはいえない体から大きいとはいえない声がポツリと漏れる。

「ボクたちが弱かったから、じゃないね。最初からこういう予定だったのかも」

いつもと違う雰囲気の中で鎧衣も普段通りではいられないようだ。
珠瀬と鎧衣の漏らした声が水面に落ちた水滴の如く波紋を呼び次々とこの場にいる皆の口から波が出て行く。

「……そうかもしれないね。考えてみればこの時期に訓練兵なんて入ってくること自体不自然だった」
「“特別”だから。この言葉で全部治まっちゃうくらいシロガネはすごかったからね」

珍しく彩峰の意見に賛同するように榊が意見を述べていく。
その顔は総合戦闘技術評価演習に参加する前に起きた二度目の衝撃に押し潰され吐きたいものは今のうちに吐かせてこの件を纏めようとしているのがわかる。
分隊長という立場が彼女の行動をそうさせるのだろう。

「我々は気がつかぬうちにまたしても寄りかかろうとしていたということか?」
「そう依存しようとしていたということね。御城のときと状況がちょっと違うけど精神的なという意味では同じよ。これが戦場なら私達はどうなっていたかわかるでしょう?」

もし戦場だった……。
普段から肝に銘じていると思っていたことがまだまだ言葉としか受け取っていなかった。
仲間が一人いなくなったことにより士気が瓦解、全滅する。
そんな陳腐な話は訓練校でも当たり前のように言われ続けていたことだ。

「そうですね。どこか“まだ”訓練兵だからとか、この人がいればとか何とかなるとか考えていたのかもしれません。
 だから御城さんに色々しつこく言われてたのかもしれません」

珠瀬は柳に何回か嫌味や皮肉を何度も何度も彼女が来たときから言われ続けていた意味を理解し心の整理を急速に進めていく。
実のところ柳はそのつもりは全くなく、売国奴といわれている彼女の父親に対する子供心な嫌悪感をぶつけていたに過ぎない。
この場にいる何人かはそれを看破しているが、本人が納得しているのならそれでいいと誰も口を挟まなかった。

「タケルのようにすごい人がいても頼るのはいいけど、甘えるのはだめ。ボクたちが落ち込んでいるのはそういった側面もあるのかもしれ、いやあったんだよ!」
「御城や白銀のことは試されている。演習、いや戦場にいると考えたほうがいい」
「ええ、彼らのことがテストだったかどうかはわからない。偶発的なことかもしれない。でも私達はそれに塞ぎこんで入られないわ」

一度の経験は二度目以降にそれが活かされる。
207B分隊においてもそれは例外ではなく、彼女達をさらに成長させることとなった。

「榊の言うとおり我らがここで足を止めるなどあってはならない。それに我々はいずれこの仕打ちをした御城とタケルに会わなけらばなるまい」

御剣の言葉にそれぞれ頷き先程とうって変わった心の蔵の熱き鼓動が教室に木魂しているような錯覚に捕らわれる。
そして御剣の重ねた言葉でそれは最高潮に達した。

「無論、戦場で共に肩を並べて……或いは彼ら2人を超えて、だ」

今だ戦場を知らぬ乙女たち……その胸に秘めた決意は一層固く強いものとなったのである。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第三章その5


ああ、お兄様。
御城柳は踊る心を胸に空を見上げている。
天体観察が趣味の彼女ではあるが昼の空はBETAに制空権を取られていることを否が応でも思い知らされるため夜空ほど好んで見ないのだが
本日は事情が少し異なっており、年相応の感情の高ぶりを惜しみなく振りまいている。
それもそのはずである。
国連軍に、横浜基地にきて約半年、ようやく訪れた実戦部隊への配属なのだから。
昨日まで副司令の実験に付き合うだけであった彼女だったが、元々衛士を希望していたのだから条件付とはいえ戦術機に乗れるのである。
大人でも嬉しいことが子供に嬉しくないわけがないのだ。

「柳ちゃんも元気だねぇ~」

目を輝かせてまだ見ぬ機影を今か今かと待っている柳に対して若々しい男の声が掛かる。
柳はその声にはっとなり、小さく上品に咳払いするとすました顔を男、これから配属される部隊に一緒に入る白銀武へと向けた。

「はしたないところをお見せしてしまいましたね」
「いやいや、柳ちゃんの気持ちもわかるよ。オレだってワクワクドキドキしてるんだから。新しいことに心が躍るなんて当たり前のことさ。
 けど珍しい柳ちゃんを見れたのはちょっと得したかな?」
「まあ白銀さんってば」

訓練校にいる女性陣に聞かれたらちょっと痛い思いをするであろう発言を平気でする白銀。
相手が柳だから少しでも仲良くなろうとした配慮だろうが、聞きようによっては口説いているようにも聞こえなくはないからだ。
勿論本人はその気は毛頭ないのだろうが。

「しかし柳ちゃんが衛士だったなんてな……」
「驚きましたか?」
「驚いたも何も今までの操作記録見せてもらったよ。訓練課程もきっちりこなしてるし成績も凄いじゃないか」
「お褒めに預かり光栄です。しかし白銀さんも十分凄いじゃないですか?」
「え?」

白銀は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
もしかして先生は柳ちゃんにも自分のオカルトチックな事情を知らせているのだろうか。
オルタネイティブ4に係わっているし霞と交流があるようだから知っていてもおかしくないが自分がよく知らない人物に肝を握られているようで心苦しいのだ。
そんなことを知ってかしらしらずか柳は微笑を浮かべると言葉を繋げる。

「何でも香月副司令の話ではシミュレーター訓練ではもちろん実機訓練でもいつでも実戦に出てもおかしくない数値を出しているとか。
 私は事情があって実機訓練はそれほどしたことがありませんので、訓練校にきたのは負傷からの復帰をかねてのことだと聞きましたし」

……どうやら柳は白銀のことをそれほど詳しく教えてはいないようである。
ほっとする白銀は柳からちょっと目を離し再び空を見上げた。
青い空には雲ひとつなく秋晴れ、日本晴れと証する値するものである。
柳もつられるように顔を上げると白銀の顔を見て……それから空へと視線を移す。
その目は大気という膜を通り越してその外、星の大海を観察する望遠鏡のような瞳だ。
そして一通り空を見渡すとポツリと言葉を漏らした。

「……来たようですね」
「ん?」

白銀は柳が見ている方角を見てみるとそこには白い点が見えた。
どうやらあれがこれから配属されるA-01第0中隊を乗せた輸送機らしい。
らしいというのはまだ点にしか見えないので飛行機の形がわからないからだ。

「よくわかったな。音がようやっと届くかと届かないかの距離なのに。タマ並みに目がいいんだな」
「…………」
「どうしたんだ?」
「いえ、なんでもありません。それより疑問符ばかり並べていると中身ない人間に見られますよ」
「柳ちゃんだってそんなに堅苦しい喋り方してると老けるぞ」
「私はまだ10代前半です」
「自慢していうことじゃないとおも――」

白銀はそれ以上口をきくことが出来なかった。
口をきくこと出来なかったというより指一本唇に当てられて黙らされたのだが。
そしてその黙らせた指は指の主の唇にもっていかれシーッと静かにするように告げる。
これ以上言うのは野暮で黙っているほうが得だと暗に告げているのだ。
しかし白銀はそれよりも柳の指に注目し口を半開きにしてしまう。
しばらく柳も自分が伝えたいことが伝えたいことが伝わってないと気がつくと目を細め白銀の視線の意味を考える素振りをみせる。
そして答えに至ったのか見る見るうちに顔を赤くする指を唇から離して誤魔化すように先程の輸送機を指差す。
一連の行動に白銀は頬をちょっと赤くしながら誤魔化しに付き合って先程より近くなった輸送機を見てこれからの事を思い浮かべるのだった。

-------------------------------------------------------------------------

BETAに支配された空。
しかし未だに飛行機は飛んでいる。
大空とは言いがたい低高度でありながらも人類はまだ戦えることをこの輸送機は体現しているようだ。
その輸送機は現在横浜基地に向かっており、白銀と柳の視線に晒されている最中である。

「……横浜か」
「……久しぶりだね」

輸送機のけっして快適とはいえない座席に座りながら2人の女性は会話をしている。
その会話の内容は感慨と郷愁ともいえる懐かしさに満ちたものだ。

「涼宮分隊長に柏木は元気にしてるのだろうか?」
「多分してるんじゃないかな。多恵ちゃんもかわってなければいいけど」
「あれは早々変わる者でないし、元気すぎてもてあましてるだろうな」

まだ半年も立っていないの訓練時代の出来事なのだが、2人はその時間を共有している分、半年が1年に、1年が2年に感じられるのかもしれない。
記憶もセピア色に変わりつつある濃密な体験。
BETAとの戦いを経験していると誰もがこうなってしまうのだろうか。
基地が見え、徐々にその大きさが大きくなってきたころその会話は湿っぽいものになっていた。

「そういえばB分隊の皆はそろそろ2回目だね。やっぱり御城君帰ってきてないよね?」
「……おそらく」
「ああでも関係ないか。たとえそうでも皆に会うことはないだろうしね」
「隊の特性上仕方ないか。しかし同じ基地内にいるのなら会うかもしれないさ。偶然ね」
「ははは。隊長も偶然誰かに会う予定なんじゃないのかな?私も偶然誰かに会っちゃうかもね?」

緑色の髪をポニーテールした女性は前の座席で眠っているであろう隊長に指を向けながらケタケタと屈託のない笑い声を上げる。

「高原、隊長に向かって馬鹿笑いするものではないぞ」
「ん~寝てるときくらいこのくらい言ってもいいんじゃない?コンパートメントがあるのに態々こっちで寝てるってことはそれなりの覚悟があるんだからさ。
 麻ちゃんは固すぎるぞ~。上官相手でも堅苦しいのは抜きなのがA-01だよ」
「全く……拡大解釈しすぎ」

麻ちゃんと呼ばれた山吹色の短髪の女性、麻倉は思わず溜め息を吐いてしまうと同時にこの娘はこれでいいんだと思った。
BETAとの実戦を経験して高原が何か変わってしまうのではと恐れていたのだが、実際はそんなことはなかった。
全く変わらなかったといえば嘘になるが少なくとも性格に関しては根っこの部分は変わっていない。
こうした会話をしていても何の陰りを見せていないことが何よりの証拠だ。

「――で、平中尉も隊長の世話で大変よね~」
「……少し自重したほうがいいと思うぞ」
「あらら?この話題には乗り気ではないと申しますか?」
「まあ、自分は忠告したから。降りたときに色々と後悔しないように」
「???」

高原はまだ気づいていないようだ。
麻倉は溜め息を吐いたときに前席が小刻みに揺れているのを確認した。
いくら寝起きが悪いからといって着陸が近いこの時間に起きないわけがない。
それ以降の会話、というより高原の一方的な独白は筒抜けだった。
君主危うきに近寄らず、まさに言葉通りである。
だが世の中それを知ってか知らず近づいてくる物好きが約2名いる。
このいずれもこの隊の隊員だ。

「忠告って何?……それは前席の動きに注目……確認小刻みに揺れています」
「これが教える忠告の答えは何で~すか、高原少尉?」
「う~~~~ん」

物好き約2名の少女にか細い声で問われて真剣に考え出す高原。
あの2人も随分と元気になったものだ。
2人と始めたあったとき、この部隊の通称に相応しい……いや相応しくない死人同然の顔をしていたものだ。
目は濁り口からは吐息を吐いているのかわからないほど動かさず、常に死臭を纏っていると錯覚するほど陰鬱としていた。
そうなった原因はわからないが月日と自分達との触れ合いにより以前の自分を取り戻しつつあるようだ。
高原がこの遊びみたいな質問に真面目に答えようとしているのはコミュニケーションをおろそかにしないためだ。
だが以前の自分を取り戻しつつあるということを考えると少女たちの質問は悪戯以外のなんでもないことがわかる。
麻倉だったら適当に判らないふりをして難を逃れるが、高原はそこまで頭が回らないのだろう、見事に墓穴を掘ってしまった。

「……私の言葉を聞いて感涙のバイブレーション?」

着陸姿勢に入った輸送機から管制室に何やら鈍い音が響き渡るのであった。

-------------------------------------------------------------------------------------

「副司令、第0中隊到着しました」
「予定通りの時刻ね。じゃあ予定通り白銀たちの練習機届いてるの?」
「昨日のうちに搬入作業および整備も完了しています。鳴海中尉たちの機体も北九州で整備してからの直送によりいつでも稼動できます」
「全て予定通り……か。それじゃあピアティフ予定通りテストをやるよう鳴海にいってきて。あたしは社と伊隅のほうにちょっと用事があるから」
「……了解です」

短いやり取りを終えるとピアティフは軽く会釈すると元来た道を引き返していく。
香月副司令が組んだスケジュールに多少ハードであることに不満を抱いているが無理をするレベルではないので抗議する様なことはしなかった。
彼女とて香月が焦っているのを最近感じるようになった。
その原因が白銀武少尉にあることがなんとなく察しがついている。
今はまだ気にするレベルの話ではないがいずれは爆発するかもしれない。
そのためにも本命の研究を無事に終えなければならない……が、今はこの片手間の実験を成功させることに専念すればいい。
少しでもストレスが発散するようにすれば研究もはかどるかもしれない。
ベストコンディションとまではいかなくとも体調管理も助けるのが秘書官として役目なのだ。
しかしそれとは別に――

「……鳴海中尉を九州から戻すとは片手間の遊びから趣味に切り替えるつもりなんでしょうか?
 彼らの与えられた役割を考えると……本命の方に目処がついたのかこれがつけるための手段なのか……」

あの娘たちを態々動かし始めたのだ。
何かまではまだわからないが副司令も動き始めた。
白銀少尉は彼女らと係わることに耐えられるだろうか?
疑問はいくつも浮かんでは明確な答えをだせない。
そんな悶々としたことがエレベーターに乗るまで続くのであった。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第三章その6
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/06/01 22:07
ここのところBETAの襲撃が少ない。
特殊任務部隊A-01所属、速瀬水月はありのままの事実を考えていた。
数ヶ月前の連続中規模侵攻以降ぱったりと襲撃がなくなり戦術機部隊は正直暇になっていた。
軍隊が暇といったら通常なら平和という良い印象を与えるのだが残念ながら今は戦時である。
敵が攻勢にでて来ない今がこちらから攻勢を仕掛けるチャンスである。
だが攻勢に出ずに暇しているということは戦力が整っておらずこちらも足踏みして歯噛みしているということだ。
攻めるにはまだ時期尚早。
それが今の帝国と国連上層部の判断である。
しかしいつかは攻勢作戦が決行されるはず……人類とてむざむざやられているばかりではないのだ。
そう頑なに信じて英気を養い、来るべき反攻作戦に備え訓練に励んでいる。
次の反攻作戦が来るとしたらおそらくはオルタネイティブ4、うちの副司令の研究が実を結んだときだろうと踏んでいる。
それは勘である。
理論では説明できない女の勘というやつがそう告げているからだ。
……とはいってもうちの部隊に入ってきた新人達にはいきなり大反攻作戦に投入させたくはなかった。
私とていきなりハイヴ攻略作戦に投入されたわけではない。
が、過酷な任務に投入されたことは確かだが、大反攻作戦となるとハイヴ攻略作戦が常である以上BETAの醜悪な群れと真正面からの戦いになる。
そんなところに実戦経験0の新兵が参加すれば戦死者続出しかねない。
まあ、うちの子達はなら生き残る可能性も十分高いかもしれないけど。

「速瀬ちゅ~い~!」

声がした方向を見上げれば戦術機の管制ユニットから顔を出し元気に手を振ってくる女の子が見える。
涼宮茜、それが彼女の名前だ。
元気に手を振ってくる彼女に向かってこちらも手を振りかえしてやると上げると笑顔を浮かべる。
その笑顔はさすが姉妹というべきか速瀬の友人である姉にそっくりである。

「そんなに身を乗り出して落ちないでよ~?初めての負傷が事故での負傷なんて笑いの種にしかならないからね?」
「わかってますよ。これが終わったら今日の訓練でのこと話し合いましょうね」

その声に片目を瞑りウインクで答えるとアカネもウインクして管制ユニットの奥に引っ込んでいく。
慕ってくれる後輩は嬉しいのだが自分の真似を堂々とされるちょっと照れくさい。
だけど……。
さっきとうって変わって思わず溜め息を吐いてしまう。
物陰に隠れるようにしてこちらを伺う視線、本人は隠れているつもりのようだが傍から見ると逆に目立っている人影がそれをさせたのだ。
人影から浴びせられる視線には嫉妬と尊敬、相反する二つの感情を混ざったもので微妙に向けられたくないものだ。

「築地、そんなところに隠れてないでこっちにいらっしゃい」
「むぇっ?!!」

本気で気づいていないと思ってようで不思議な鳴き声を発して身体をビクリとさせる築地。
どこか小動物を思わせるものを感じるがその中身は小動物のそれとは若干違うものを感じることができる不思議な女の子だ。

「ほらほらびっくりしてる暇が合ったらダッシュ!3秒以内にこなかったら晩飯抜きにするからね。1・――」
「ままま、待ってくだせえ!今いきま…わわわ!」

隠れていたコンテナの角に足を引っ掛け転びそうになったところを通りすがりの整備班の女性スタッフに衝突、尻餅をつきながら謝りつつ這いずって私の前に着いた。
どうしてここまでくるだけなのにここまで愉快にこれるのか本気で考えてしまいそうである。

「――ギリギリ3秒以内ね」
「あ、あぶなかっただす」
「……で、何か用があってここに来たのよね?まさか訓練から時間もたってる上に着座調整が必要ないといわれたのに
 着替えもせずにずっと誰かを待ってたなんてことは言わないわよね?」
「はうぅ……そ、それは」

図星だったのか言われて尻込みする築地。
隊内で噂されていることは本当なのかもしれないわね。
もう一度溜め息をついてわざとらしく呆れ返ってみせる。
それをますますしょぼくれる築地であったが、何か考え付いたのか急に尻込みして後退していた足を引き戻すと背筋を伸ばしだした。
何かは知らないが妙に自身があるようだ。

「そ、そうです。速瀬中尉のおっしゃる通り用、話したことがあったんです!ですからアカネちゃんをまってるとか、一緒にご飯食べようとかなんてことはありません!」
「……ああ……わかったから、その……話すしたいことって何?」
 
思わず必死に言い訳する築地に押されつつ続きを促す。
衰えぬ自身をみなぎらせ築地は速瀬とくらべて遜色ない……むしろ大きかもしれない胸を強化装備をはじけさせるんではないかというくらい張ると自慢げに言い出した。

「ちょっと小耳に挟んだこと何ですけど、本日未明にSu-27が搬入されたとか……それにあわせてこの国では珍しい複座型の撃震が出たとか。
 機体の情報は確かかわかりませんが見慣れない戦術機が格納庫を出て行ったそうです。どうです?面白い情報でしょう?」
「へえ……ソ連製の機体がこの基地に配備されたの?それとも冷やかしか……衛士の情報は?」
「それはちょっとわかりませんでした」

国連がわざわざソ連から機体を取り寄せるとは何か面白いにおいが漂っている気がする。
それに衛士としてはイーグルと同等と評価される、第2世代に興味があった。
だから私は話しに興味を持ってその話を頭に止め、その搬入された思わしき格納庫に足を運ぶことに決めた。
とりあえず築地をドレッシングルームに引きずっていきながら。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第三章その6


戦闘における緊張感。
この瞬間が白銀武にとって良いものなのか悪いものなのかはわからない。
しかし一種の充実感、快感を感じていることは確かである。
白銀だけに限らず自分の力を発揮できる瞬間なら誰もが心躍るもののはずだから決しておかしいことではない。
しかも模擬戦ともなれば命のやり取りをしているわけではないという安心感もあるからだろう。
だがそれとは別に白銀の頭の中には苛立ちというものが存在している。
上手くいかないが故の苛立ちか?
そうだとしても無理はない。
戦術機に乗って戦うなどそれこそ久しぶりのことなのだからイメージどおりに動かせないのも仕方ない。
仕方ないのだがそれが直接苛立たせる原因ではない。
真に苛立たせているのは彼が乗る戦術機を忙しく多大なGを掛けて回避行動に専念していることにだ。
口を開けば舌を噛むのでは中という変則的な負担を身体にかけながら思う。
こんな無茶な模擬戦なんてあってたまるか、これじゃあただのリンチじゃないかと。
障害物に搭乗機である撃震をすべりこませると今まで呼吸を自粛していたぶん大口を開けて空気を取り込んだ。

「敵機追撃を一旦停止、レーダーからロスト。隠密機動に入った模様」
「……ありがとう柳ちゃん」

内線を使い後ろの管制ユニットの座席にいる御城柳へと労いの言葉をかける。

「いえ、至らないサポートで申し訳ありません」

何故後ろに柳がいるのか?
答えは複座型という言葉に尽きてしまう。
第0中隊を迎えにいった後挨拶もそこそこにいきなり模擬戦を敢行することになったのだ。
そして搭乗することなった機体が複座型だったと。
慣れない複座ではあったが一応前回で訓練していたので問題はないのだが阿吽の呼吸は望めそうになかった。
それはわかっていたことだが、インスタントコンビにしては十分すぎる連携をしている。
ここで苛立ちを覚える原因が登場する。

「第一世代の撃震で世代が上の機体を二機相手にここまで善戦しているほうが不思議なくらいだけどよ……
 ちと入隊初日のシゴキとはいえ厳しすぎだぜ。これじゃあまるでリンチじゃないか」

こんなことをしているから人類は負けるんだという言葉が脳裏を掠める。
こんなシゴキをしている間に連携の練習なり親睦を深めるなりあるだろうと考えているのだ。

「……ビルの破片が落ちる音を確認。陽動かと思われます」
「わかってる。挑発には乗らないよ」

白銀は文句の一つや二つを頭の中で思い浮かべているが、一方でこれはテストなのではないかとも思っている。
夕呼先生だってオレが戦術機に乗ったところを見たわけでもないから試しているのだろう。
挨拶をろくにしなかったのは顔が見えない相手ほど敵意を持たせやすいとの判断なのかもしれない。
だとするとここの隊長はそれなりにキレルタイプなのか?

「それにしてもこれ以上避け続けるのは限界だ。こっちから撃ってでないと何れやられるか……」

しかし相手が第二世代以上の機体……F-15Cイーグルとも違った見たことがない機体だからそうとしかいえない。
ともかく撃震より上の世代である以上近接戦闘に持ち込むのは自殺行為でしかない。
第一と第二とではそこには確かな壁というべき差が存在する。
腕でどうこうできるレベルではあるが残念ながら相手の腕はそれを許してくれるほど鈍くはないのだ。
考えに耽るが時間は許してくれそうにない。
白銀は一か八かの決意をすると機体を動かすため、操縦桿を握りなおした。

「……これより未熟者ながら全力でサポートします。頭が少々痛むかもしれませんが我慢を」
「おいおい何でもGにそこまで耐性ついてないわけじゃないぞ?それより柳ちゃんこそ大丈夫かい?」
「問題ありません。では行きましょう」

白銀は肩をすくめると改めて勝負に挑むのだった。

-----------------------------------------------------------------

モニターが表示される画面。
俗に戦術機と呼ばれる機体がその画面を行ったりきたり、銃撃などを映し出し戦闘の経過を教えてくれる。
これに多種にわたる計器を加えれば優れたところや問題点が浮き彫りにすることができる。

「エインヘリャル3、4いまだ健在。試験機も多少の損傷があるが戦闘継続に問題はありません」

今回の模擬戦の戦域管制を行なっているピアティフ中尉がそう報告してくる。
それを聞いたこの第0中隊隊長鳴海孝之中尉は頭を掻きながら少し驚いた顔をする。

「驚きだな。接敵してから5分間、ジュラーブリク2機相手によく生き残ってるよ」
「高原と麻倉だってそこらへんのベテラン衛士以上の実力の持ち主なのにな……いくら彼女達を使っていないとはいえここまで持つか」

副官の平慎二も同様に驚きの表情をもって試験機、白銀と柳が搭乗する機体を評価する。

「ピアティフ中尉、試験機は……御城少尉は能力を使っていますか?」
「いいえ。未だに能力は未使用のようです。白銀少尉との通常の複座型運用方法での操縦になります」
「ほう……これはこれは慣れていないのとあわせると驚くべき実力だな。さすが副司令が推薦してきた人物というわけか。
 ヴァルキリーズには悪いけどあっちに行かなくて本当に良かったよ」
「おいおい隊長さん。そこまでベタ褒めしていいのか?」
「いいんだよ。本人の前で言わなければな。悪口だって褒め言葉だって影で言えば聞こえないんだからな」

いつのまにか冗談を飛ばしあう男2人である。
そんな2人にばれないようにヤレヤレと首を頭を振るとピアティフは改めて計器類に見つめ考えを纏める。
今現在行なわれている模擬戦は白銀、御城の2人の少尉の複座型での相性とその実力を図るテストだ。
第一世代のファントムと準第三世代のジュラーブリク……近年ではダーミネーター、或いはロシア語訳のチェルミナートルとも呼ばれる機体での戦闘は
実のところ勝負にならないレベルのものである。
ファントムがいくら信頼性に優れた機体とは旧式は旧式でありソ連の時期主力戦術機に最新鋭の機体にスペックの上では適うわけがない。
パイロットのレベルが同じならなおさらであり、それがしかも2機である。
最初から白銀少尉たちが負けることを前提とした模擬戦なのである。
戦闘開始しておよそ3分で敗北すると予測していたのだが既に2分オーバーしている。
だとすると自力だけで既にジュラーブリクを駆る2人を上回っていることが証明されたも同然なのだ。

「まさか白銀少尉がここまでの潜在能力を秘めているとは……!鳴海中尉」
「ん?どうした?」
「御城少尉が能力を使い始めたようです」

----------------------------------------------------------------------

「!?急に動きが――」「よくなった!?」

相手は第一世代。
こちらは準第三世代。
しかも機体は2機勝利するのは時間の問題のはずである。
はずなのであるが……。
高原は目の前の撃震に対してそういった甘い認識を持つことを瞬時に放棄した。
こちらの連携を完璧にわかっているかのように……いや、こちらのこれから起こす行動をわかっているかのように完璧な機動でこちらに向かってくる
相手に隙を見せるような思考は命取りだ。
彼女達の少なくとも濃密な戦場を駆け抜けた戦士としての勘が全身に入れる力の量を大幅に増大させた。

「麻倉」
「……わかってるよ。あっちがあれを使っても私達は使わない。でも本気でやらなくちゃ撃墜されるね。
 そしたら……鳴海中尉におしおきされちゃう♪」
「黙って……いくよ」

2機のジュラーブリクは瞬時に散開し十字砲火を作るように動く。
しかしそれは戦術の常識でもあり、誰でも予測することが出来る。
だからこれを読まれても別に驚嘆に値することではない。
だが十字砲火を無力化される位置取りを取り続けるその動きは十分賞賛を送るべきことである。

「撃震の機動力で私達の射線から逃れ続けるなんて……やっぱり攻撃の予測ポイントを完璧に読んでいるのね」

理論上可能なことだが彼我の機体の性能差を考えれば容易なことではない。
それを可能にしているということはこちらの腕を上回っていることに他ならない。
自然と顎を閉める力が強くなる。
あれだけ努力したというのにまだ届かない相手はこれだけいるのか。

「麻倉!」
「了解だよ!」

十字砲火で仕留めることを断念した私達はジュラーブリク得意の近接格闘へ挑むことにした。
既に銃撃で仕留めきれないことで負けは確定していたが、勝負に負けても試合に勝たなくてはいい恥である。
それに演習のタイムリミットをオーバーすることなどは論外だ。
第三世代に匹敵するその機動性は2機の連携もあり徐々に逃げ場を失っていく。
いくらこちらの動きを予測したからといって所詮は格下の機体。
自力が違えば自ずと追い詰められる。

「これで――」「――終わり!!」

ジュラーブリクの肩部に備えつけられた四振のブレード、2機あわせて八のブレードが撃震の装甲を引っ掛けるようにして切り裂いていく。
その衝撃にバランスを崩す撃震だが、卓越した操縦技術のおかげながら銃撃を続行してくる。
こちらもそれを察知し回避行動をとるが被弾したようで左腕のモーターブレードが破損したことが網膜に投影された。
悔しさが胸のうちを焦がし、それのはけ口にするかのように2機のジュラーブリクは振り向きつつ36mmを掃射、撃震を蜂の巣にするのであった。

--------------------------------------------------------------

「築地」

速瀬は隣に立つ部下である築地にポツリと漏らした。
築地はビクリと身を震わせたが先程までの扱いがそうだったのだから当たり前の反応だ。
しかし彼女は速瀬中尉に起こられるようなことをした覚えはない。
だからビクリとする必要もない、っと思いなおした。

「は、はい!」
「ちょっとこっちに近寄りなさい」

殴られるのか?
築地は只でさえ近い距離を手招きして近づかせる上官に対して恐怖心を抱いた。
一体全体今日はどういう日なのだろうか?
訓練でアカネちゃんとに2機連携を組めたときは幸福な一日になるだろうと思っていたのだが、それっきりで速瀬中尉に付き合わされるばかりの一日である。
それで今日の終いには拳をお見舞いさせられるときたわけである。
でも理由は何だろう?
恐る恐る近づいていくと速瀬は築地にガバリと身を寄せてきた。
きた!!!!
目を閉じて身を縮こまらせる築地。
そして襲ってくる衝撃……は柔らかかった。

「ふぇっ!?」
「築地よくやったわ。あんたの耳もロバではなかったようね」
「あぅあぅ~」

襲ってきた衝撃は拳のような硬いものではなく、柔らかい豊満な胸であった。
抱きしめられてその柔らかい居心地のよい感触を押し付けながら速瀬は築地のことを褒めるやら、
次は衛士の顔が見てみたいとか語っているが築地は全然聞いて居らず、こう考えていた。

(アカネちゃんもいいけど……速瀬中尉もいいかも……お姉さま~~~~にゃふ♪)



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第三章その7
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/07/04 17:34
地下室……といっても別段薄汚いコンクリート剥き出しの部屋のことではない。
地下室といっても床や壁はピカピカに磨かれているし置かれている調度品やその他諸々のものは人がここで活き活きと活動していることがわかる。
なので誰かが監禁されていたり部屋の隅でブツブツいうようなくら~いところではない。
それもそのはず国連太平洋方面第11軍・横浜基地の副司令執務室ともなれば鼠がはいずるような環境になるわけがないのだ。
……ないはずなのだが、今は床一面に書類が散乱している状態にある。
その原因を作った男が2人が書類を拾い集めていた。

「白銀少尉」
「なんですか鳴海中尉?」
「今度から前をよく見てはしゃがずに間違っても書類を腕一杯に抱えた女性にぶつからない様に入ろうな?」
「……気をつけます」

白銀武は海より深く反省した。
それはもうあんな模擬戦をやらせる隊長はろくでもないとか根性のひん曲がった野郎だと少しでも思った自分を恥ずかしく思う。
ともかく今は書類を拾うことに専念しなければ。

「ピアティフ~あんた狙ってやったわね?」
「はい?」
「部屋から出ようとして男とぶつかって相手に印象付ける……陳腐だけど出会いの王道と言っても過言じゃないわね」
「そ、そんなわけないじゃないですか!?」
「あらどうかしら?最近子守ばかりで男日照りしてるみたいだし……」
「誤解されるような言い方やめてください!!」

……専念しなければ。
そのとき肩に手を置かれる感触がし後ろを振り向いてみるとそこには書類の束を拾った鳴海中尉がそこにいた。
彼はうんうんと頷きながら一言だけ口にした。

「いつものことだ。ん~懐かしい帰ってきたって感じがする」
「……いつもこのやり取り見てたんですか?」

にやついている鳴海中尉の顔を見ながら思わず引きつった笑顔を浮かべてしまう。
前回でのピアティフ中尉のイメージだとクールな印象だったのが先生にイジられるまりもちゃんポジションだったとは。
引きつった笑顔を浮かべている白銀をよそに鳴海は書類を一通り集め終わるとまだいじられているピアティフのところへ近づいていく。
止めるのかと思ったがなんと先生と一緒になってイジリはじめたのだ。
その姿はあの模擬戦を画策した張本人とは思えない少々子供っぽくなんとなく微笑ましかった。
これを柳ちゃんに話したところ物凄く目を細められて見られたのだけど何でだろうか?
……少し数時間前のことを思い返してみるか。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第三章その7


「オーライ、オーライ、オーライ……よし固定完了!ベッドに寝かせますので降りてください!」
「了解、整備をお頼みしますよ」

御城柳は額に浮かぶ汗を腕で拭いながら外部スピーカーで答える。
機体の主機が立てていた音も小さくなりやがて聞こえなくなる。
管制ユニット内は予備電源だけとなり光源も制限され薄暗くなった。
その薄暗さを心地よいものと捉える柳。
自身の能力を使った後のこの薄暗さは何かをやり遂げたと感じることができる時間で、何故か上を見上げれば星が見えそうな気がするのだ。
だが彼女にとっては心地よいかもしれないが同乗者にとってはそうではないらしい。
複座型管制ユニットの前部席では白銀武という名の男の後頭部が見える。
主機を切ったというのに未だにハッチを開けようとしない。
何故か?
柳は心辺りがあった。
先程の模擬戦で負けたのが悔しかった。
又は柳自身の能力のことで何者なのかどうか思案、恐怖しているのかもしれない。
前者はともかく後者で悩んでいるとしたら柳はこの実験は失敗だと告げなければならない。
この実験での信頼関係はこの先に直結する。
一度疑われればこの先機能するはずがない、この手の先進国のソ連では既に似たよう実験で結果が出ているからだ。
それに個人的にも白銀武という男に嫌われたくはない。
人に嫌われることを好む自虐的な面も持ち合わせてはいないし、趣味でもそんなものは持ち合わせていない。
柳は覚悟を決めて口を開いた。

「しろが――」
「――っ~~~~~~~~悔しい!!」
「――ほえ?」

突然の叫び声。
柳は驚いて思わず間の抜けた声を声を上げてしまった。
今まで模擬戦終了からずっと喋らなかった白銀が突然上体を天の方向へ向けると力一杯叫んだのだ。

「し、白銀少尉。いきなりどうしたんですか?」
「ん?柳ちゃんは悔しくないのか?だって撃震で第二世代以上の戦術機2機相手を手玉にとって接近戦をさせるまでいったんだぞ?
 あそこまでいったら撃破してみたかったと思うだろ。あ~あそこでこうやってこうしてああ操作できれば回避できたのにな……悔しすぎだよ」

どうやら後者ではなく前者の理由で黙っていたらしい。
しかし柳は疑念を抱かずにいられない。
自分は社さんのようなリーディング能力などもってはいないので相手の心がわからない。
本当は恐がっていて誤魔化しているだけではないのだろうか?
柳はそう邪推する。
だから柳は震える唇を誤魔化すように思い切って聞いてみることにした。

「わ……私のこと――」
「ん?」
「――私のこと聞かないんですか?」

柳にそう問われると白銀はきょとんとした顔をすると少し考えるように眉間に皺を寄せる。
しかしそれも数秒、すぐに普段どおりの表情に変わった。
さながら子供のような無邪気な変わり身である。

「君の……何を?」
「……それ本気で言っておられるんですか?」

そこまで言われてようやく合点がいったのか、掌をもう片方の手で叩く素振りをしてみせる。
わざとらしく見えないから素なのであろう。

「あーあの奇妙な感覚のことか。あれ柳ちゃんがやってたんだ。自分の中で何か覚醒したとか思ってたよ」
「…………………はいっ!?」

思わず調子はずれな声を上げてしまう。
こちらの反応に驚いたのか白銀は手を振り、笑いながら冗談冗談と口にする。
冗談の一言を聞きそれをやや疑いつつも自身も落ち着くため咳払いをひとつ吐き、先を促した。

「そうか柳ちゃんがやってたのか。てっきり夕呼せんせ――副司令が何かオルタネイティブ4関連で出来た機械でも試してたんじゃないかと思ったよ。
 実戦でも催眠を使った“処置”とかあるしさ。それに近い類のものを柳ちゃんが使った程度にしか考えてなかったんだけど……柳ちゃんがねえ」

どうも本気にしていないような喋り方である。
そう思った柳は今度は自信の能力の一つであるプロジェクションを使い白銀にはない記憶、自身の兄との記憶を送り込んだ。
後に何故ここまでしたのか考えたが明確な理由がわからなかった。
只第一印象の兄とどことなく似ているというものが自身の兄を知ってもらいたいと思ったのかもしれない。
プロジェクションされてしばし困惑した表情を浮かべていたが二度目ということもありすんなり受け入れたようである。
表情は彼にしては珍しい真面目なものとなり抜けている印象、頭が引っ込んだ。
そして重々しく開いた口はまたしても彼女の予想を裏切るものであった。

「……もしかして霞もこれ使えるのか?」
「……っ!……何故そう思うのですか?」
「ちょっと違うと思うけど似たようなことが思い当たる……からかな」
「――そうですか」

柳は質問には答えず沈黙する。
沈黙は肯定とも否定とも取れるが、白銀はなんとなく肯定ととることにした。

「順番が逆になっちゃったけどあれって……君のお兄さん、でいいのか?」
「はい。私の兄です」
「ええと、随分と仲良いみたいだね」
「――はい」

それっきり黙りこむ2人。
狭い空間に響く2人の息遣いは互いに聞こえており沈黙しているとなんとなく照れくさくなる。
が、この状況に先に根を上げたのは白銀のほうだった。
その整備員にもいつまでも出てこないと怒鳴られかねないし、実際外では怪訝な顔をしてまっている。
それにいつまでも空調も止まっている空間にいることは自殺行為で以外の何でもないからだ。
窒息死がお望みならその限りではないが。
勿論白銀はそんな道を選択する気はないから照れ隠しを含めてハッチを解放した。

------------------------------------------------------------------

鳴海孝之は硬直していた。
身体をピクリとも動かさず目の前のモニターに映し出された人影に縛られるかのように。
その原因は特殊部隊ゆえの機密性だ。
模擬戦を終え、戦術機が次々と格納庫収容されていく中、この後のブリーフィングで話すことを平慎二と決めていた時に何度かの通信があった。
一度目は白銀と御城の2人の少尉が中々管制ユニットから出てこないという整備班からの抗議。
これは面倒なので適当に流した。
二度目は副司令からの出頭命令。
黙殺などしたら冗談抜きで殺されるので丁寧に応じ了解の意を伝えた。
問題は三度目だ。
話もまとまり車両を格納庫に収めようと指示をだしたそのときだった。
またもピアティフ中尉から通信が入ったことを伝えられいい加減にしてくれと眉根を顰めた。
が、連絡の主が部下である高原からとなると無碍には出来なかった。
彼女の性格を考えれば無駄なことは報告ししないだろうと考え、通信回線を繋いでもらう。

「どうした高原?何かトラブルでも発生したか?」
「その通りです」

こちらのできるだけ気楽に話しかけた返答は即答という気楽もへったくれもない緊張した声だった。
目を細め冷静に続きを促すとこれまたやや早口で状況を知らせてくる。

「格納庫にて白銀少尉、及び御城少尉が撃震より降機、それは問題ないのですが、現在青い髪と茶髪の女性仕官に何やら絡まれている模様。
 物腰からしてこの基地所属の衛士かと思われます」
「……衛士がこの格納庫に?」
「現在揉める……いえ、むしろ仲良くお喋りをしているようなので少々問題かと。彼はまだ何も知らない以上機密漏洩の確率は低いですが、
 このまま話し続けるのも……指示をお願いします」
「映像回わせるか?」

麻倉は頷くと強化装備を通して映像を送ってくる。
間を置かずに戦術機に乗った高原が現在見ている光景がタイムラグなしに映し出された。
指向性マイクにて集音された会話内容もノイズが雑じることなく良好に聞こえた。
それゆえに見間違えず余計な脚色や幻と誤魔化すことなくありのままの人物を確認することが出来た。

「へえ~あの撃震の衛士やってたあんたたちなんだ?だとすると複座型ってわけなのね?」
「……そうですよ。今時珍しい複座です。管制ユニットも複座なだけに少々狭いイメージを感じます」
「あら可愛らしい少尉さんね。説明ありがとう。それと念のために確認しておくけどあなたたちは日本人よね?」
「はあ、そうですが……何でです?」
「あんた達のお仲間があんなものに乗っていれば誰でもソ連人を思い浮かべるわよ?」

そういって映像の向こうの青い髪の彼女は整備ベッドの順番待ちをしている高原のジュラーブリクを指差した。
白銀はその指した指の先、ジュラーブリクを見て目をパチクリさせている。
……まずい。
ヘタにこっちのことに首を突っ込まれると隊員のほうまで話が向いてしまう。
麻倉も青い髪の彼女ならともかく傍らにいる茶髪の少女に気を向けているようだ。
彼女もここ出身なのだから知人がいてもおかしくはないだろう。
が、それがよりにもよってヴァルキリーズにい――当たり前か。
高原と麻倉もこの基地のA-01用の衛士養成機関にいたのだから。

「ええと中尉。あれってソ――」「ソ連製の戦術機は確かにこの国では珍しいでしょうね」

白銀が何やら言おうとしたのを遮ったのは柳だった。
その小さな体躯を一歩進ませると中尉と呼ばれた彼女を見上げながらそう言う。

「いえ、ソ連なんていう仮想敵国に選ばれている国の戦術機なんて珍しいというより物騒だと私は思いますけどね」
「へえ仮想敵国……ね。あなた面白いこというわね。ここは国連よ?そこらへんわかってる?」
「はい中尉」
「……まあいいけど。ここは日本人が多いからってその発言は危ないから気をつけなさいよ?まあそれなりに長くいるからわかってはいると思うけどね?」
「ご忠告ありがとうございます」
「いい返事ね。そこのあんたもしっかりしなさいよ」
「オ、オレですか?」

白銀は言いかけた口を閉じていたが突然話を振られて閉めていた顎を急いで動かした。

「ここにあたしの横でボケッとしているボケ娘以外にあんたしかいないでしょうが!どんな解釈したらこの娘に向けて話してると解釈するのよ!?」
「ボケッって2回言われただぁ~~~ひどいです中尉~~~~」

騒ぐ茶髪の少女を黙殺しつつ白銀に怒鳴り散らす青い髪の中尉。
鳴海は彼女らしいと思わず苦笑してしまった。
オレが訓練部隊にいたときも同じように――いや、もっと過激にやられていたっけ。

「おい、孝之」
「――ああわかってるよ」

苦笑いを引っ込めて高原へと指示を出すことにした。
青い髪の中尉、速瀬水月が去るまで搭乗したまま待機。
同時に相棒に御城少尉に彼女達を連れ出させるようメッセージを送ることを指示した。

----------------------------------------------------------------------

騒ぎは一向に収まる気配がない。
白銀は溜め息を吐いた。
最後の回想である髪の青い中尉、速瀬中尉を食事に誘うというある種の地獄を思い出す。
ジュラーブリクの衛士に合わせない上に楽しい食事にしなかったらどうなるか……。
思い出しただけでも身震いする。
で、後はまたしてもブリーフィングとは名ばかりの鳴海中尉との一対一の挨拶。
隊員とは明日にあわせるそうだ。
ちなみに速瀬中尉の話をしたらときが寂しそうな表情をしたときなのだが……知り合いなんだろうか?
……それはともかく目の前のピアティフ中尉をからかう行為は既に十分は経過しているだろう。
その間にもう思い返すこともなくなってしまった。
書類はからかい始めたときには回収し終わっているし、やることといえば五分ほど前に来た社霞とソファーに座りながらボッーとしているだけである。

「……ウヴァー」
「……うばぁー」

白銀がなんとなく口から出した言葉を社も同じように反芻する。
しかし白銀のように決して背もたれに身を任せただらしない格好ではなく、小動物を思わせる可愛らしい座りかたでだ。
可愛いと素直に思う白銀。
それを察したのかなんとなく頬を染める社。

「……この世にまた一人犯罪者が誕生したか」
「うおぉぉぉぉ!?中尉何時からそこに!?」

何時の間にかソファーの後ろから何かに耐えるかのように涙目の鳴海が顔を出していか。
気がつけば騒ぎは収まりプリプリと怒った顔をしたピアティフは書類を台車へと移し変えている最中である。
台車の車輪がやや曲がっているのを気にしているようで、やや不満顔している。
しかしその際鳴海中尉の足を見ているのは何故だろう?

「それはなあオレがいるといったときからここにいるんだ」
「その理論ですとまだこの場に鳴海さんはここにいませんね」
「良いツッコミだよ霞くん。君は関西人になれるよ」

社はありがとうございますといってペコリとお辞儀する。
白銀はその態度で2人が知り合いだと悟った。
よくよく考えてみればオルタネティヴ4に係わっているなら霞にあっていて不思議ではないからだ。
それはともかく白銀はここに呼ばれた理由を問うために口を開いた。

「え~ところで中尉、ここに呼ばれた理由って何なんですか?」
「ん?ああ簡単に言えば着任挨拶と白銀少尉、君の今日の実験――及び模擬戦についての報告。
 あとついでにお前の感想ね」
「オレの意見はオマケですか……」
「冗談、それはともかくオレの報告はもう済ませてあるぞ?」
「マ、マジですか?」
「……魚は関係ないぞ?」

どうやらこの人でもマジの意味は酌んでくれなかったようだ。
白銀は疲れたようにガックリと肩を落としながらソファーから立ち上がり、香月夕呼の前へと向かった。
そして彼女の前に到着、彼女の開口一番の言葉がこうだった。

「あんた、今の戦術機に何か不満か何かもってるの?」



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第三章その8
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/07/04 17:33
国連軍横浜基地のシミュレータールームの一角。
実戦部隊には余り人気がなく閑散としている部屋はここ数日とても騒がしくなっている。
24時間フル稼働……まではいかないが少なくとも半日は稼動しっぱなしのシミュレーターは国連の予算を貪欲に消費していることは間違いない。
その中でシェイクしたりされたりしている人員たちがいる。
その数は8人……1人ずつ代わる代わるではあるが男女関係なく顔に共通に浮かべているのは色は疲労というものだ。
個人個人その色の濃さこそ時間の経過、基礎体力等によりマチマチではあるが戦闘機動を長時間繰り返し、しかも連日同じ時間だけやっているのだから
疲労しないほうがおかしいだろう。
あたかも戦場から帰ってきたような空気を放出しているこの一角に進んで近づきたがるものはおらず、あらかじめ予定を入れていた隊以外は入ってこない有様だ。
ここが軍事基地といっても後方、それも国連軍ともなれば戦場を知らないものも少なくない。
殺伐としたその空気を疎んでいるのだ。
それも徴兵逃れ同然に入ってきた日本人ならばなおさらといううわけだ。
さらにいえば8人の中の約半数がここにいるのが疑問に思う容姿をしているからだろう。
その様子を見てフェンスに背中を預けている男が意図してではなく自然と声が出た。

「何か……違うよな」
「何がだ、白銀少尉?」

男、白銀が漏らした呟きに反応したのは向かいにある壁に同じようにもたれている麻倉だ。
彼女は4日前、模擬戦を行い白銀を見事撃墜してくれた張本人である。
山吹色の短髪でやや硬い雰囲気を持つ今まで白銀の親しい人にはいなかったタイプの女性だ。
若干似たような知り合いには御剣冥夜がいたが、どこか浮世離れした雰囲気を持っていて、その浮世離れ感がこの麻倉にはない。
そういった意味でこの世界の月詠中尉とも違う。
ある程度成長した一般人が作法を習って身に着けた庶民流の硬い、とでもいうのものだ。
実のところ撃墜されたことが元に話が広がりこの大変な疲労感を味わうことになったのだが、この疲労の上に完成するであろうものが人類を助力する
と思うと別段邪険にすることもない。
それに白銀は元々そんなことで好き嫌いするような人間でもない。

「白銀でいいよ……たまにチラチラ見に来る奴らがいるじゃないか?見物に来るのはいいんだけどすぐ顔を顰めて出ていくのが気になってさ」
「ああ。なるほど。野次馬のことか。それなら気にしないほうが良い。いつものことだ。連中が顔を顰めたのはこの子たちを見たからだと思う」

彼女は横で眠そうに舟を漕いでいる少女の頬を突きながらいった。
強化装備に包まれた指先は硬く肌触りもあまりよくないはずだが、そうされるのがすきなのか少女はされるがままにされている。

「……魅瀬って普段可愛くないことばかりいってるのにこんな時は可愛いな」
「そんなことを寝てるとはいえいうものではないぞ?それに今もこうして聞いているかもしれないぞ?」
「そうですよ白銀さん。魅瀬さんは以外に執念深いですから」

麻倉の意見に同意する声が白銀のすぐ隣から聞こえてくる。
柳だ。
彼女は麻倉がするように白銀の頬を指で突いて攻撃する。

「それに白銀さんは少々無神経です。思ったことを直に口にするのは悪いくせですよ。後で仕返しされても知りませんから」
「いいけど指で突くのやめてくれ。痛い」

柳は可愛らしくふん、というと立ち上がり副隊長である平の下へと足を運んでいく。
その態度は悪戯して満足したといった様子がありありと浮かんでいる。

「白銀しょ――白銀、話を戻すがいいか?」
「……そうしてくれ」
「もう知っているかもしれないがこの隊はいろんな意味で特殊だ。機密性の高さ、危険な任務、特にあの子たちがここにいることがだ」
「――知ってるよ柳ちゃんも霞も全員がESP能力者なんだろ?」
「ああそうだ……しかしこれは――いや、それを知っているならわかるな?」
「柳ちゃんにも言ったけど、別にオレはそれを気にして接し方変えるつもりはないよ。
 仲間を疑ってたらBETAに勝てないし、何よりそんな人間にはなりたくないしな」
「そう……そうね。こんな小さな相棒だけど、複座型で一緒に戦ってくれる、守られ守る戦友だからね。
 守るためにもあなたが考案したこのOS……完成させなきゃね」

麻倉にしては珍しい優しい口調。
それは白銀がはっきりと麻倉を麻倉と認識し、少し彼女のことを知ったときであった。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第三章その8


頭を撫でる。
それは愛犬であったり愛猫であったり、自分の息子や娘等愛でたり優しさを表現したりするときに使われる行為である。
無邪気な子供たちの多くはそれに愛情というものを感じはにかんだりくすぐったそうにして応える。
その例に漏れず伊間という名の少女はだらしなく可愛く頬をニヤケさせている。

「にへ~ら~」
「あたしも……にへら~」

伊間の頭を撫でていた保護者?の高原もつられて頬をだらしなくの緩めて姉妹の愛を体現する。
しかし本当の姉妹でないことはこの場にいる白銀はしっている。
が、何も害がないのと見ていて微笑ましくて癒されるから放っておいている。
周りから見れば仲良くにやけている奇妙な3人組という評価なのだがそんなこと突っ込むほど親しい人間はPXにはいない。
いや、正確にはいたのだがだらけたこの3人組の相手をするほど元気がないのでさっさと自室へと引っ込んでいったのである。
にへら、にへら、にへら……。
無駄に時が流れていき夕日は沈み人がまばらになっていく。
それでも、にへら にへら にへら にへにへら~ん♪
しかしいつまでもPXでそんな姿を許す程ここの主はお人よしではなかった。
その人物はおたまを右手にもち足音が聞こえるように近づいていく。
それに気がついたのか白銀がノロノロと鈍い動きで振り返ろうとするが、それよりも早くその金属製の簡易鈍器が唸りを上げた。
白銀の頭に軽い鈍痛が3回、続いて鉄琴を叩くかのようにリズムをつけて女性2人の頭を奏でた。

「~~~~~痛いでーーーす」
「京塚のおばちゃんひどいよ~」
「何でオレだけ3回……」
「グダグダしてるんじゃないよ!遊ぶなら将棋やらおはじきやらなんでもいいから借りてくる!
 だれるならだれるで自分の布団の中で眠りな!ここは子供の保養所と違うんだからね」

そして当然のように追い出されるのであった。

「……って何んだこのノリは!?」

思わずその場の雰囲気に流されてスゴスゴとPXから通路へと移動し帰途についていたのだが、思わずその雰囲気に突っ込んでしまった。
その突っ込みに当然反応する2人の天然娘。

「うるさいで~すよ白銀さん」
「そうだよ白銀君、男の子はもっとどっしり構えてなきゃね?例えばうちの隊長とか」

白銀は思わずまた心の中で突っ込んでしまう。
あの鳴海隊長が会ってからどっしり構えているところなんて一回も見たことがないのだけど、と。
それを白銀の表情から汲み取ったのか高原は異を唱えだす。

「鳴海隊長あれでも物事に対してやることは全部慎重に考えてるんだよ?普段はあんな風におどけてるけどね。
 白銀君もわかってると思うけどあたしたちはほんの数ヶ月前まで訓練兵だったんだ。
 この隊に入隊してから実戦を3回潜り抜けてる。
 それは自分の腕って自慢したいけど、隊長がどうやったら死なずに過酷な任務を遂行できるか考えた結果だと私達は考えてるんだ」

そこまで話していた高原の表情は何時の間にか真剣なものへと変わっており、彼女の鳴海に対する考えが真剣なことだと知らしめる。
彼女は一度辺りを見回して周りに誰にもいないことを確認すると横で腕に抱きついている伊間の頭を再び撫でてやる。

「この子を私の相棒にしたのも多分そこからの判断なんだと思う。隊長だって複座型に換装できるジューラーブリクに乗ってるんだから」

白銀はそこまで聞き鳴海という自分の上官について再び振り返ってみた。
今急ピッチで開発が進められているオレ考案(ということになっている)新型OSを真剣になって夕呼先生に開発を推挙したのは彼なのだ。

「……なんとなく思い当たることはあるな」
「「でしょう~~~???」」

何時の間にか元のおふざけ顔に戻った高原は伊間と一緒になって同意を求めてきた。
一瞬これをやりたいからこの話に持っていったのではないかと疑いたくなるほどタイミングがあっていた。
そこで確認したくなる男が白銀である。

「もしかしてそれ言いたくて真剣な顔したのか?」
「「……にやり~」」

…………。
次の瞬間、思わず2人の頭を撫でていた。
色んな意味で頭の中身を褒めようと思って……。
そうとは知らずに2人はコロコロと笑顔を浮かべている。
たくっ、この2人の頭の中身はどうなってるのかね?
高原はともかく伊間はESP能力者、霞や柳ちゃんみたいに大人しい子だと思ってたけど全然違う。
やっぱりESP能力者ってカテゴリに纏めちゃいけないんだよな。
……でもこの能天気さで未来予測なんて大層なことをどうやって――。
――未来?

「ああーーーーーーーー思い出した!!」

白銀の叫びは通路を伝って、遠く歩いていた人々にも聞こえるぐらい響き渡った。

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「……思ったよりも試作品の出来がいいわね」
「それはそうですよ。何せ我々第0中隊が時間を惜しまず操縦技術を惜しみなくつぎ込みましたから」
「よくいうわ。七割は白銀の操縦を参考に開発されてるでしょうが」

鳴海孝之と香月夕呼。
部下と上官の2人はいつものように香月の執務室にて状況報告をしている。
ただ報告しているのはいいが、彼女たちが話すのは常に機密レベルA以上。
伊達や酔狂でオルタネイティヴ第4計画を遂行しているわけではないのである。

「それは当たり前です。考案者自体が衛士、彼の発案が元になっている以上やむ得ませんよ。
 その代わりあの子たちの訓練にもなりました。この3日間で彼の動作標本はほぼそろいましたし、あとは実戦テストに移るだけです」
「正直に言うとね。あの子たちがここまで使い物になるとは思わなかったわ。ここに来るまでに全滅するって考えていたのよね……」
「…………いえ、自分でもここまでこれたのが信じられないくらいですから」

香月は鳴海の浮かべた寂しげな表情には目もくれず書類へと目を向ける。
男のナヨナヨした顔や感情など眺める趣味はないし、ここまで来た男がそんな表情を浮かべているとなると鼻で笑いたくなってしまう。
だから彼女なりの気遣いで書類を見ることで見ていないことにしているのだ。

「それよりもあんたたちの次の任務が決まったわね」
「……新型OS及び特殊ESP能力者の実戦テスト。あの子達にとってはもう4度目ですがね。戦場はどこを指定なさるつもりですか?」

候補地としては九州、新潟、北海道が上げられる。
九州は甲20号から来襲するBETA群の防衛線、新潟は甲21号、北海道は甲19号ハイヴに備えている防衛線だ。
来襲回数が一番多いのは新潟であり、次に九州、北海道……といっても北海道から上陸してきたことは皆無である。

「ここのところ新潟からの上陸がないからそろそろ来るとは睨んでいるんだけど、九州は遠征上体面も悪いわね」
「ええ、出戻りなんていって拒否の構えを取るかもしれませんね」

引き上げていった特殊部隊が要請したわけでもないのにまたやってくるなど迷惑な話である。
さらにいえば先日上陸してきたばかりであり、実戦の見込みも少ない。
半月も空けずに来襲してくるパターンは極稀なのだ。

「遠征に出す強い口実もないわね。帝国に借りを作ってばかりだとあとあと面倒だしね……」
「とすると新潟に来襲してくるのをここで待ちますか?」
「そうね。それで――」
「失礼します!!」

少し話が逸れるが白銀武という男は最近二年間分成長していると考えているようだ。
だが香月からすればこの程度が成長かと失笑してしまうほどおざなりなものだ。
成長とは鳴海みたいに変わった人間を指す言葉だと認識している。
白銀は所詮は餓鬼……が何か有用な情報が引き出されるかもしれないから協力はする。
そして出てきたのが新型OSであり、そのことでそれなりに評価を上げた矢先にこれである。

「――白銀今度は一体何の用?今取り込み中なんだけど?鳴海、部下の躾はもうちょっとやっておいてね」
「申し訳ありません」
「あ、あの~……」

何か邪魔をしてしまったと感じたのか口を開くが遠慮して二の句につなげない白銀。
しかしそれだけではなく鳴海がいるから喋りづらいといった態度である。
夕呼はそれを察すると顔を顰めそうになってしまった。
タイミングが悪い。
が、無碍にするわけにもいかない。
今話し合っている内容に係わっているかもしれないのだ。

「……白銀ちょっとこっちにきて」

自身の耳を指差しながら白銀を呼び寄せる。
白銀はそれを受け入れ鳴海のことをチラチラみながらも近づいていった。
鳴海もそこは慣れたもの、少し距離を取り話す内容を聞こえない程度に離れた。

「で、何?」
「……新潟にBETAが上陸します」
「っ!……それはいつ?」
「11月11日です。その日は休日日曜で、この世界でもその日は休日です」
「そのときの推移は?」
「まず新潟に――」

この後数分身内話が続き鳴海は暇を持て余すことになった。
しかし僅か数分のこと彼なりの感により出撃の日にちが決まると思っていた。
そしてそれは的中した。
したのだが、それは意外な言葉で伝えられしばし呆然とするのだった。
香月は白銀と話し終わると受話器を手に取り、誰かに二三言葉を伝えると受話器を置き、鳴海に言葉を伝えた。

「鳴海、明日の予定をちょっと変更して頂戴。今後の任務のために会わせたい人物がいるのよ」



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第三章その9
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/07/04 17:35
マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第三章その9

二大巨頭。
といっても数あった頭のうちに現存する頭がこの二つしかないからそう表現できるだけであり、今はない頭たちも巨頭と評されるに遜色ないものたちだった。
だがそれは昔の話、今この場にいるのはこのA-01という胴体をもつ二人の中隊長だけである。
片や戦場に揉まれ叩き上げられた凛とした女性仕官。
もう一人は死んでも戦場を彷徨い続け、黄泉比良坂を這い上がってきた男性仕官。
女性仕官の名は伊隅みちる、階級は大尉。
男性仕官の名は鳴海孝之、階級は中尉。
階級においては差があるが戦場を駆け抜けて纏った雰囲気は表現するには不適当だが互角と評することが出来た。
2人は既に挨拶も済ませており後は頭を統括する主人、副司令である香月が任務を伝えるだけである。
だけなのだが、その香月はというと書類とにらめっこしていて未だに命令は下す様子もなく2人を待たせている。
上官の手前雑談もできる分けなく、最低限の挨拶だけで後が続かず沈黙したまま一分二分と過ぎてゆく。
彼女にしては珍しい時間の無駄遣い。
それが意図するものは何なのか?

「……伊隅」
「はっ」
「隣の男だけど名前は鳴海孝之、階級はええと――」
「中尉です」
「――そうそう中尉ね。あんたより階級低いけどこいつもA-01の中隊ひとつ任されてるからよろしく」

書類から顔を上げずに事務的にそれを伝えると指だけで雑談でもして時間潰していてといわんばかりにソファに指を向けた。
どうやら任務をあたえるのはいいがその任務の準備がまだ不足しているのか、基地司令から許可がまだ出ていないのだろう。
鳴海は新型OSを取り付けるに当たって整備班に無理難題を吹っかけていたからそれと折り合いが上手くつかずにごねているのかもしれない。
いくらこの横浜基地の副司令だからといってここまで性急に事を進めてしまっているのだから不満の一つや二つでてもおかしくない。
何かと口実をつけて回避しようとしているのかもしれない。
しかしそれよりも鳴海はそれとは別のことを懸念しているのではないのかと考え、いや確信している。
鳴海の部下である少女達のことだ。
ESP能力者というの帝国ではそれほど重要視されておらず近年では予算すら組まれていない有様である。
その前に人道的見地から忌避されたというとことが要因だろう。
……彼女達の場合そろそろ精神整備の時期である。
その結果によっては任務の成功率に係わってくるのだろう。
ソファに座ると同時に肩の力を抜く。
これ以上考えてもいつも通りの思考のループにはいるだけだから今は目の前の女性仕官、例の戦乙女隊長に集中することにしたのだ。

「改めて初めまして鳴海孝之、階級は中尉です」
「伊隅みちるだ。階級は大尉。しかしやはり存在していたか」
「!……大尉は我が隊の存在に気がついていたということですか?」

鳴海は存外に驚いた。いくら副司令の右腕とはいえ公開される情報はそんなに多くはないはずである。
それに横浜から遠く離れた九州で、しかも任務なども全て副司令からの極秘任務扱いで副司令が喋らない限りわからないはず。

「いや薄々と程度だがな。時折九州にBETAが上陸しても第9中隊が駆りだされることがない。
 基地から遠く国連の支援も不必要とも考えるられるが佐渡島での出撃だけは多いとなるとその方面に部隊がいたとしても不思議ではないという
 つまらない推測に過ぎなかった。しかし、うちの切り込み隊長が面白い情報を持ってきたことにより話が変わった」
「……あちゃ~。なるほどなるほど。水月の奴がうちの機体を見にきた時ですか?
 だとするとこっちの失敗、セキリティレベルが同じだから通り抜けられから何ですけどね」
「……水月?」

伊隅に聞き返され鳴海は自分自身の気の緩みを自覚した。
同じA-01に出会った、正確には自分を愛してくれていた女性2人を知る人に気を許しすぎたのかもしれない。
挨拶が終わって待たされていたときも任務よりもそちらに思考を傾けていたのだから、緩みすぎたことに気がつくべきだったのだ。
しかし一度言ったことは取り消せないし、下手に隠そうとすると今後協同作戦をするかもしれない身としてはいらぬ疑念を抱かせたくはなかった。
かといって事実を全て伝えるのもどうかと思い軽く流せる言葉に置き換えることにした。

「ああ、すみません。速瀬と涼宮……今は階級は何なんですかね?」
「中尉だが、もう一人涼宮少尉というのがいるが?」
「ああ、じゃあ茜ちゃんも神宮司軍曹に鍛えられたんですか?あの茜ちゃんが……。
 それはそうと2人の中尉とは訓練校時代の同期でして、半期こちらが速く入隊してしまっていらい会っていなくて。元気にしてますかね?」
「なるほどな。そういうことならかまわないが……まさかこの男が速瀬たちの思い人か?」

伊隅は最後の言葉は聞こえないように小さな声で呟いた。
案の定鳴海はその声を聞き取れずに不思議そうな顔をする。
伊隅はそれをきにした様子を見せずに何事もなかったように言葉を続けた。

「あの2人なら元気にやってる。むしろ元気すぎてこまる。そっちの部下だとは思うが少女と男一人の珍妙な衛士相手にジュラーブリクのことを
 聞きまくっているようだからな。衛士はどんなやつだとか、ソ連の戦術機はどんなものなのか、とかな」
「ははは、あいつらしいですね。でもできるならあんまり突っつかないように言ってください。
 ジュラーブリクのことはともかく衛士に関しては極秘ってことになっていますので」
「それならこちらも同じなのだがな」
「違いないですね。なんだがすっきりしませんがこれも機密ですから」

いくら鳴海の知り合いがいるとはいえ機密は機密なのだ。
だから伊隅もこれ以上は詮索しないしこれ以上の情報を漏洩させるつもりもない、それに速瀬に探りをやめさせる気もない。
今はたまたま速瀬たちの関係で話が聞けたが、しかし所詮A-01内ではその程度としか評せる機密でしかない。
だから笑って済まされるレベルなのだ。

「そうよ機密なんだから同じA-01なんだからペラペラしゃべらないでね。まあ、今程度ならいいけど」

しばらく雑談に興じていた2人に声が掛けられる。
それはこの部屋の主であり彼ら2人をここに招き入れた本人である。
本人はようやく任務を話せる状態になったのかソファに押しやったときのように指を使って自分の近くまで呼び寄せる。

「またせて済まなかったわね。わからずやたちのおかげで時間を大分食ったけどその分省略して伝えさせるわ。
 本当ならあたしから直接いいたいけどちょっと時間が押してるから3分ほどでピアティフが来るから彼女から聞きなさい、以上」

散々人を待たせて置いて用事もろくに伝えずに人任せで出て行く香月。
2人は一瞬怪訝な顔を作って顔を見合わせるが、それだけ何か重大なことが起こっているのだと解釈し大人しくピアティフを待つのであった。

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11月11日に予想されるBETA新潟侵攻にあわせての新型OSの実戦テスト及びBETAの捕獲。
それが白銀達に与えられた任務だった。
といっても任務の半分は予想できていたので驚きは少なかったが。
それもそのはず11月11日にBETAが上陸すると“予言”したのは白銀その本人なのだから。

「――以上、質問のある奴はいるか?なければ解散、明日に行なわれる新型OS最終模擬テストに備えて解散だが」
「中尉、いいですか?」
「何だ、白銀?」
「新型OSの実戦テストということはわかります。ですが何故優先度が低いとはいえBETAの捕獲なんて……?」

もっともな疑問である。
新型OSの開発には確かなわかりやすい意味があるが、BETAの捕獲などそれこそ意味があるものなのだろうか?
研究しても今のところ炭素系の物質で構築されているとしかわからないものを今更捕獲、それこそ後方に送られたサンプルで十分ではないのだろうか?
疑問が頭の中を旋回し続けるが鳴海の答えは彼の期待した答えとはほど遠かった。

「それは副司令に聞いたほうが早いだろうが、やめといたほうがいいだろうな。他には?」
「では、柳ちゃんたち年少組の面々はどこへ?」

自分が軍人であることを思い出し任務内容の意味を今知る必要がないと考えると質問をこの場にいない少女達へと話題を変えた。
しかし鳴海はその問いに答える前に眉を片方だけピクリと動かすと麻倉へと視線を移した。
麻倉はその視線の意味を悟ったのか首を振ってそれに答える。

「……白銀、彼女達がESP能力者であることはしっているな?」
「はい」
「ではESP能力者がそこらへんにゴロゴロいるようなものか?」
「いえ、ソ連が積極的に研究してるとは聞きましたが帝国や他国はそれほど重視しておらず数も多くはないと」
「ならばそういうことだ。彼女達は今定期診断をしている最中だ。任務内容は既に伝え終わっている。
 ……あまり無理をさせないように万全の体制をとっている。白銀もあまり無茶して御城に負担をかけるな」

負担をかけるな。
その言葉を聞き少女たちの華奢な方を思い出す白銀。
言いたいことが言い終わったような顔をし、部下からも質問がないことを確認すると鳴海は息を吸い込んで声を出そうと口を開こうとする。
だがそれを副官である平が止めることとなった。
解散と宣言しそうになっている鳴海のところへ歩み寄っていくと耳元で小声で何か話した。
鳴海はそれに渋し――重々しく頷くと一度咳払いをし再び口を開いた。

「あー……肝心なことを言い忘れていた。任務はA-01部隊があたることとなっている。
 ゆえに我が中隊の他にもA-01所属の部隊が出てくるわけだ。そちらはBETA捕獲を主に受け持つからこちらは新型OSのテストに全力を注ぐ。
 無論協力要請があれば互いに援護するからそこのところはよろしく」
「……さらっと肝心なことを言い忘れようとしてませんでしたか?」
「高原少尉、そこのところ突っ込むのやめてくれ」

高原のいうようにさらっと大事なことをいわなかったところを考えると血の気が引く感触が顔を這う。
協力任務なのだからもし知らなかったら当然支障が出ていたはずだ。
鳴海はいつもこうなのであろうか、という不安を抱く白銀。

「さらにいえば作戦前に本日欠員している隊員と共に協同作戦に就く中隊のもののところにブリーフィングに向かう」

鳴海は一息でそこまで言い切ると平へと後を任せるといわんばかりに横目で平へと合図を送った。
平は一瞬仕方ないなという顔をすると白銀が初めて会ったとき、一方的な模擬戦を命令してきたときのように気合の入った声で鳴海の後を次いだ。

「当然そのとき部隊員同士で顔をつき合わせることになるが、うちの部隊はちょっと特別だからくれぐれも彼女らのESP能力のことは漏らさないことだ。
 まあ、これは言わずともわかっているだろうがな。後ははしゃぎ過ぎないように注意すること――以上、解散!!」

-------------------------------------------------------------------------

「「「一体何なんだ今のブリーフィングは?」」」

その後何となく変なブリーフィングは解散となり全員思い思いの時間を過ごそうと散っていったのだが、
3人の少尉は示し合わせたかのようにブリーフィングルームへと帰ってきてしまった。
そして椅子を出し落ち着いたとことで開口一番にでてきた言葉が3人共それだった。
それもそのはず重要な任務なはずなのに説明はいい加減、その後にわかってることを口を酸っぱくしていう。
後半はわからなくもないが、最後のはしゃぎ過ぎないようにとはどういうことなのだろうか?

「なあ、はしゃぎ過ぎるなってどういうことだろう?」
「多分魅瀬たちのことをいっていると思うのだが、私達に対していっているように聞こえるのは気のせいなのだろうか?」
「それって高原のことを指して言ってるんじゃないか?」
「む!?何故に私だけ?白銀君、君はこの数日私に対する認識が間違っているんじゃないの!?」

高原は頬を可愛く膨らまして白銀に抗議する。
その様は何歳も年下であるはずの彼女の相棒である伊間とどっこいどっこいの態度である。

「白銀の認識は妥当だろうな」
「なぬ!?」
「……高原にいっていたかはともかく鳴海隊長の様子がおかしかったことは確かだ。私が感じたのは地に足がついていないような感じだった。白銀はどうだ?」
「そうだな……確かに何か悟られまいとしていて何か不自然だったな――」

白銀は先程のブリーフィングを思い出してみる。
確かに何か上の空でそれを隠そうとしていたことは確かだ。
何せ平中尉に注意されるまで肝心のことを忘れているくらいだから何かあったことは確かである。

「――何かあったとしか考えられないよな」
「平中尉が平静だったことを考えると鳴海隊長に何かがあったことを知っている。それでフォローに余念がなかった」
「だとすると何なんだ?それこそ推測するには材料が少なすぎるぞ」
「隠したいものは何なのか?そこから推測できると思うのだが……」
「隠したいもの?いい忘れていた部分がヒントになるんじゃないのか?只単に忘れてたって可能性もあるだろうけど……そこが一番怪しいと思うんだけど」
「…………」

急に黙り込む麻倉。
白銀は何だという顔をすると何かを振り払うように頭を軽く振ると再び口を開き意見を述べ始めた。

「何でもない。白銀の意見を採用するとすると協同任務をする中隊に何かあるというだな?」
「そうだけど、仮にもA-01なんだから問題があるとは思えない。あの先――副司令が統率してるんだからそれほど問題があるとはおもえないけどな」

問題児ばかりを集めた特殊部隊なんて漫画の中だけで実際の軍隊にそんなものは必要ない。
秩序あっての軍隊であり、それを乱すものはトップエースだろうが何だなろうが左遷されるものだ。

「部隊に問題があるってわけではなさだ……だとすると最後に平中尉がいった“はしゃぎすぎるな”というのが鍵か?」
「はしゃぐか……それこそ最初の問題に行き着くわけだが――」
「ねえ麻ちゃん」
「――何、高原?」
「それも大事だけど当日のお楽しみってことで、おなかすいた♪」

そういうと高原はお腹を軽くさするとPXがある方角に指を向け催促する。
呆れる白銀を横目で確認すると麻倉は立ち上がりブーツの足音を響かせながら近づき、中身があるのか確認するためその頭を叩いた。

------------------------------------------------------------------

「ふむ、斯衛の人間はもう少し節度あるものだと思っていたのですがね」
「……どうされました課長?」
「いやはや何でもないよ。君はオオカミについてどこまで知っているかね?」
「またなんかの生態系についてですか?物好きですね」
「そんな私に声をかける君も物好きだと私は思うがね」
「まあ」
「それはそうとお茶を一杯もらえないかな?少し喉が渇いてね」
「少々お待ちを」
「……やれやれ城内省も情報省二課を信用しないということかな。城内省も自ら動き出すとは……しかし何故この人選なのか。
 もうちょっと調べてみなければならないな。帝国はまだまだ腐臭を放っているか、老骨に鞭を打たないでもらいたいね」

そういうとそんぽ書類に火をつけて灰皿に燃え尽きるまで放置するのであった。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第三章その10
Name: 通行人A◆d1634279 ID:5a722df5
Date: 2008/07/24 23:01
再会。
それは喜び、悲しみ、正と負の感情どちらかが交わされる儀式。
或いはその両方を内包する場合もあり、人という感情の生き物が生み出した奇妙な場である。
その奇妙な場は先程までこの場で行われていた。
場を支配していた雰囲気は生命の温もり、正の感情、喜怒哀楽のうちの喜と楽。
純粋に傍目から見ていても温もりを感じることができる日の本の場であった。
男が殴られ頬を赤くし、胸板を何十という数を拳で叩かれ、やがて涙でぐちゃぐちゃになりそうになった顔を隠すため女は胸を借りた。
それを横から慰めるもう一人の女もまた同じように顔を歪ませそうしている。
その場にいた誰もが呆気に取られ、しばしその様子を伺っていたが一人一人、また一人去っていく。
誰もが過ぎた覗きをしないように、他の再会を別の場所で祝うために。
3人に場所を譲ったのだ。
その場を譲った他の再会は別の場所で行われそれも始まりから終わりまで和やかに暖かく再会を喜び合った。
同じ連隊の中隊同士、同じ訓練校で同じ教官から教わったもの同士。
最終的にはいつのまにか集まった同期から先輩、後輩入り乱れての歓迎会へと変わっていった。
しかし、その場には表にこそ出さないが悲しみを背負った心が三つ。
このA-01という運命共同体の中で唯一共通点を持たない子達だ。
顔は笑いふざけ合い、上官すら子供心にからかう。
確かに楽しい。
楽しいのだが子供らは何か足らない感覚……喪失感を味わっている。
それが特に顕著な子供は思う。
自分はこの場において外側の人間、ここにいる志もまた外側の人間。
だからだろう。
心の底から楽しめず過去のことばかり考えているのは。
…………。
その心の隙間を埋めるかのように新型OS実戦テスト及びBETA捕獲作戦が開始される。
11月11日。
日米ソの3ヶ国の戦術機が新潟というに多くの御魂が漂い、それらが増え続けている地に足をつけるのであった。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第三章その10


出撃に備えての待機。
飛び交う大声。
誰もが万全の体制で臨もうと、戦友を死なせないように入念にチェック項目をクリアしていく。
帝国内でも屈指の激戦区ともなれば後方の横浜基地の慌しさなど子供がはしゃいでるように感じるほど攻撃的な雰囲気に包まれている。
御城柳は痒くも無い頬を強化装備で包まれた指先で掻いて顔を顰めた。
しかし、その顔もすぐに強張り肩肘を張ってしまう。
戦場に立つのは初めてであり、衛士でいうところの“初陣”である。
そしてその初陣について回る言葉がある。
死の8分。
衛士見習いになり訓練校で初めて伝えられる初陣で新人衛士が生きていられる平均時間である。
過去のデータから導いた統計データとか今のほうが戦術機の性能は圧倒的に性能が上がっているので実際の数字はもっと長くなるだろうが、
そんなことは問題ではないと柳は知っていた。
あれだけ強かった父上が命を落としてしまうほどの過酷な戦場なのだ。
今も覚えている。
明星作戦が発令され甲22号ハイヴを攻略するために出撃が決まったあの日を。
当時はまだ御家は没落しておらず、今では気が引けるが豊かで幸せな家庭で父の生還を当たり前のものと信じて疑っていなかった。
武御雷がまだ配備されていなくとも斯衛として瑞鶴の変わりに受領した赤く塗装された不知火は破壊されるとも思えなかったことと、
特別に通された格納庫の中で父の大きな手で頭を撫でられたときも何の疑問も浮かずにはにかんでいたときもそれは変わらなかった。
だから父上の戦死のほうを聞いたときは信じないとか疑うということしかできなかった。
喪に服している間に次々と来る出来事になすすべなく御家が没落しきったときまでそれは続いた。
……話が少しずれたから戻そう。
要するにどんなベテランでも命を落とす以上その数字の意味ではなく、その裏にある言葉の意味を理解しなければならないのだ。
心の持ち方しだいでこれから起こるであろう戦いに望まなければ。

「ここで戦死するなんてもってのほかですからね。御城の長女として恥ずかしくない初陣を――」
「カザラナケレバナラナイ……であってるかな?」
「――朝美さん。自分の機体チェックのほうはどうしました?予想では本日BETAが上陸してくるそうですから入念にしなければいけませんよ」
「それなら問題なし。というか柳が時間かけすぎ。白銀少尉はもうチェック終わらせてヴァルキリーズの速瀬中尉に説教もらってた」
「……それはそれで問題だと思いますがね」

魅瀬朝美はニヤッと笑い手に持ったビニールパックの栄養剤を口に含んだ。
それを見て柳は複雑な顔をするが魅瀬は気にした様子も無く不味そうにそれを飲み干した。
そしてまたニヤッと笑うとその口から言葉を発した。

「有害物、口に苦し」
「……それ笑えませんよ」
「冗談だよ。でもこの機体だけだね第1世代」

魅瀬は今まで自分がチェックしていた愛機である撃震……国連での呼称はファントムだが日本人である自分としては前者のほうがしっくりくるのでそう呼んでいる。
その撃震を見上げ重厚な装甲に目を走らせた。
陸軍兵器らしい設計を色濃く反映されたMBTを髣髴させる重装甲、耐弾耐衝撃は戦術機の中でも上位の位置するそれは人類の盾となり
四半世紀以上戦線を支え続けた名機であることを誇っているかのように陽光で装甲を光らせていた。
しかし、並び立つ第0中隊と第9中隊の戦術機たちを見ると知識あるものには撃震が明らかに見劣りすることを認めるだろう。
ソ連の最新鋭準第3世代機ジュラーブリク、日本帝国陸軍が誇る初の国産第3世代不知火。
世代がずれて明らかに設計思想が古く旧式なことを知らしめているようであまりいい気はしないものだ。
しかし自分の愛機である以上無用に侮辱したくないしされたくない柳はすぐさま反論を展開する。
外国人には理解できない日本人特有のものに対する愛情というやつだ。

「旧式とはいえ白銀さんの複雑な機動に答えてくれるだけでも十分この機はすごいですよ。
 XM3が搭載されたことによりまだまだこの機もまだ十分に現役でやっていけます」
「ふーん……あたしも撃震に乗ったことあるからなんとなくわかるかな。この重装甲があたしを守ってくれたってね」
「……それはそうと朝美さんの機体はジュラーブリクでしたね。乗り心地はどうです?」
「良い感じ。そっちも早く乗り換えてみればわかるよ」
「私はできれば不知火のほうが好きですけどね」
「国産万歳」

いうだけいったのかいつもより饒舌な魅瀬は再びパックをに口をつけながらもときた道を引き返していった。
その背中を見ながら先程まで考えていたことより自分のが乗る撃震の信頼が勝って不安を感じなくなったことに気がつくのだった。

-----------------------------------------------------------------------

初陣を迎える衛士は御城柳だけではない。
この防衛戦には自分たち国連軍だけではなく、帝国軍だって帝国本土防衛軍第12師団をはじめ衛士以外の多くの将兵が参戦する。
国連軍に所属するA-01第9中隊の新人衛士である築地多恵もその例外ではない。
緊張でガチガチに固まり心のよりどころにしている同期の少女を探して鶏のようにあっちこっちを向いて落ち着きが無い。
傍から見れば初陣なことは丸分かりの状態だ。
その証拠に彼女の愛機である不知火の整備をしているものたちも苦笑いを浮かべつつ作業を行っている。
それに気がつかない程彼女は精神的余裕を失っていて、当然彼女のことを見ていた上官は見かねて彼女の元へと足を運んだ。

「アカネちゃん……」
「涼宮がどうした?」

そういいながら強化装備に包まれた肩に手を置く上官。
しかし、その手は築地が取った予想外の行動で放すことになった。

「い、いっひゃーーーーーーー?!」
「!」

尻尾を踏まれた猫のように髪を逆立て高速でその場から3メートルほど離れる築地。
手を置いていた上官は手持ち沙汰となった手をプラプラさせつつ驚きと呆れを混ぜた微妙な表情で築地を見た。

「……築地驚きすぎだ。そんなんじゃBETAの奇襲にあったら真っ先に戦死するぞ」
「む、宗像中尉?」

宗像と呼ばれたほんのり赤みがさした黒の短髪が似合う中世的な美女だ。
女性からも男性からも人気が出そうなその容姿は戦場でも遺憾なく発揮されており、ササクレた心を癒してくれると評判でA-01の整備班の中でも密かに人気がある。
しかし、築地は直感的に悟っていた。
彼女は自分と同類であり、師匠となるべき人なのだと。

「ど、どうしたですか中尉?」
「どうしたもなにもここら辺に挙動不審な猫がいるからじゃれてみようと思ったのだがどうも嫌われたらしくてな。いやいや残念だ」
「そ、そんなことねえです。ちゅ、中尉から色んな秘伝やらなにやら教えて貰えるならおらは……」
「……はあ~?」

宗像は何を言われているのか理解できず思わずさらに呆れた声を出してしまった。
普通の人ならこれに気がついておとなしくなる者だがどうやら築地はそれに当てはまらないらしい。
両手をバタつかせて近づいてくるのだ。
宗像は仕方ないと思い溜め息を吐くながら趣味ではないが速瀬中尉風にことを運ぶことにした。
とりあえず築地の強化装備の顎を強引に掴み引き寄せる。
傍から見れば顎を掴まれて引き寄せたとなると艶っぽいことが起こると思われているが、今回に限ってはそんなことはない。
築地は強引に引っ張られたおかげで顎を突き出すようにして転びそうになりながら何とか宗像中尉の顔の前までやってきた。

「ふが、な、何するのですか中尉?!」
「よく聞いておけ。一回しか言わないからいいか?」

顎を掴まれて頷けないが築地は目でそれに対して返事をし、宗像もそれを確認する。

「とりあえず落ち着け。そしてこれから私と一緒に医療班のところにいくぞ」
「何でですか?」
「催眠処理を受けて貰う。理由はわかるな?」
「はい」
「よし……ああ、あとひとつあった」
「今度は何です?」
「今回機体を撃墜されたら二三日同期同士で食事をすることを禁止するからな」
「むえ!?そ、そんな」
「以上だ。それじゃあこれ以後私語禁止だ。いくぞ」
「はれれ~~~~中尉~~~~」

築地は暴れる、宗像はそれを押さえる。
医療班のテントにいくまでそのやり取りは変わることが無かった。

---------------------------------------------------------------

「――というわけよ白銀!」
「りょ、了解です速瀬中尉」
「孝之!」
「!!な、何だ水月」
「……あんたもしっかりしなければならないのよ。部下は上官に似るんものなんだからね。わかった?」
「はいはい」
「はいは一回!!」

そして切れる通信。
本日何回目になるのかわからないくらいやっているやり取り。
巧みにバリエーションは豊富であり、本人が飽きないように工夫されている。
しかし、いずれは飽きるだろう。
……飽きるだろうが少なくとも一年以上の失われた時間を取り戻すまでは別の形で続くだろうが。
鳴海孝之は将来のことを考えてちょっと憂鬱になった。
そこに白銀武先程まで会話の出汁にされた白銀が再び通信を求めてきた。

「鳴海中尉」
「なんだ?」
「ヴァルキリーズの速瀬中尉なんですけど、何でオレと中尉に向かってやたら通信してきますけど……やっぱりあれ何ですか?」
「…………白銀、帰ってから酷いことになるが覚悟は?」
「す、すみません」
「……しばらくあいつに付き合ってやってくれ。お前に目をかけてるのは確かだしな。時期に元に戻るさ」
「オレに対しては元々ああでしたけど」

しばらく沈黙する2人。
そういえば水月は元々強気な性格だったな。
おとなしくて突撃前衛の隊長なんて務めてられないか。
考え深げに訓練校時代の思い出を回想しながら白銀との通信を一旦切る。
スパナを顔面に貰いそうになったこと、遙を泣かせそうになって本気で殴られたこと、
神宮司軍曹の罰則で一緒にグランドを走らされ俺のせいだといってきて尻を蹴られたこと……。

「思う出だすと殴られた思い出ばかりだな。しかも大抵遙が絡んでくる辺りが運命というか……なんだか――」

突然大気を走る振動が強化装備に送られてくるデータと大気の振動が鳴海のジュラーブリクの管制ユニットを襲う。
鳴海は瞬時に過去を振り返る黄昏青年から第0中隊を率いる隊長としての顔に戻すと、機器を操り瞬時にデータを取り寄せた。
その大気の振動、音源は海上から発せられていることを示し、メインカメラも砲火や爆炎を確認する。
それと間をおかずに第0中隊オペレーターを務めているピアティフ中尉から通信が入った。

「エインヘリャル0から部隊各機へ。甲21号目標より多数のBETAの発進を確認。
 これに対して帝国海軍第34機動艦隊、第55機動艦隊、第56機動艦隊が砲撃を開始し、現在砲撃を継続中。
 さらに帝国本土防衛軍第12師団はBETAの規模から現戦力での迎撃は困難と判断、帝国本土防衛軍第14師団に援軍要請しました」

情報が速い……というより筋書きどおりか。
あらかじめBETAが来ることを予想できていればこれくらいは当たり前のことだろう。
軍隊が軍隊であり、素人ではない由縁がこの組織だった動きができることなのだからな。

「エインヘリャル1了解。聞いていたか紳士淑女の皆さん。
 BETAさんたちは期待通り俺たちの、いや白銀少尉発案の新型OSの実験台になってくれるそうだ」

通信回線は戦闘に入った途端にオープンとなっているから当然全員に聞こえている。
聞こえているということは向こうからのしゃべり声も聞こえるので忍び笑いと強化装備経由の網膜にその笑い顔まで把握できる。

「作戦は定石通りの戦車や海上の艦隊からの制圧砲撃から始まる。その後戦車と入れ替り戦術機部隊が展開。
 いつものように平らげる。が、俺たちの部隊はそうはいかない」

そういってオレは機器を操作し戦況予想図を各人に送る。

「帝国軍はこちらにある一定の数が流れるように砲撃の手を緩める手筈となっている。
 時間にして一分もないが、間違いなく大隊規模以上の数が我々の展開予定地に到達する。
 これをヴァルキリーズと我々で迎撃、ある程度数を減らしたところでヴァルキリーズが用意している捕獲武装を使いBETAの捕獲を試みる。
 そこまでは帝国軍でもできる任務だが、ここから最重要項目だから聞き逃すな。
 この時点で捕獲できるBETAはおそらく突撃級、要撃級、戦車級といった中型と小型くらいと予想されている。
 要塞級は必要ないとのことだが、この中にはもっとも上が欲しがっている種が入っていない。それは何か?」
「……光線級ですね」
「そうだ。麻倉の言うとおりだ。この捕獲成功後一番難易度が高い光線級の捕獲のために一部の護衛を残し最前線に突入し、光線級の捕獲を試みる。
 率直に言うとこの光線級捕獲は帝国軍の頑張り次第で状況が変わってくるだろう。が、我々は――」

鳴海はエインヘリャルと言おうとしたのを飲み込んだ。
自分たちはもう死人ではない。
遙や水月と手を取って握りしめたり、抱き合ったりできる生きている人間なのだ。

「――我々はA-01だ。ヴァルキリーズも同じだ。彼女らは間違いなく突撃前衛を主力に作戦を展開するだろう。
 が、我々は彼女たちに劣っているか?答えはオレが知っている。生還しろ。俺が今言えることはそれだけだ。
 ……追って指示があるまで待機。以上」

鳴海はそこまでいうと一旦通信を切り、背もたれに全体重を預けた。
後は部下同士での緊張解しの雑談会、上官が首を突っ込んで良い領分ではないのであえて切ったのだ。
勿論本部との回線は切っていないので大きな動きがあれば瞬時に対応できる。
最悪奇襲にあっても慎二が伝えてくれるだろう。
……そういえば水月と同じ戦場で戦うのは初めてだな。
なぜかそんなことをいまさらながら考え付くのであった。

----------------------------------------------------------------------

「全機チェック項目オールグリーン。各個体もバイタルデータにも問題ありません」
「そう……あたしの子供たちの様子は順調なのね?」
「はい。いたって正常です」
「隊長さんに連絡を」

「――こちらウインド1。準備完了いつでも前線に移動できる」
「――ウインドマムよりウインド1。直ちに前線に移動、機を見てこちらから作戦の決行を伝える。コードは風が吹く」
「――了解。移動を開始する」

「後藤少佐。本当によろしんですか?」
「何が?」
「――いえ」
「私の子供たちの晴れ舞台、せめて大きな花火を上げなければね」

帝国に不穏な空気あり。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第三章その11
Name: 通行人A◆d1634279 ID:5a722df5
Date: 2008/08/02 21:35
走れば走るほど心臓に負荷がかかりそれにあわせるかのように肺が空気を求める。
その肺を急かせるのは血から酸素というエネルギーを取り込もうと必死になっている手足だ。
青く澄み渡る空から降り注ぐ太陽線がじりじりと乙女の玉肌を焼き、体温が灼熱化する。
喉が干からびることを拒否して水分を求め、やがてそれが全身へと広がり、足をふらつかせる。
足から胴体に、胴体から頭……脳へと伝染し視界が歪んでいく。

「築地!?」

その声が聞こえたときには歪んだ視界が砂や埃を映しこんでいた。
――――。
砂と埃を映しこんでいた瞳が次に移しこんだのは真っ白な空間であった。
体がだるく、頭もうまく働かずに状況がわからず只呆然としているとすぐ近くから声を掛けられた。

「築地、気がついた?」
「……ここどこだぁ~?何でおらの前が真っ白なん?教えてけろ?」
「……ええと……真っ白なのは顔にタオルが乗ってるからなんだけど。後ここは施設の日陰だけどね」
「その声は涼宮さん?」
「そうよ。あなたがぶっ倒れたの覚えてる?派手に転んだから目に結構砂とか入ってるでしょ?
 顔に水掛けて洗ったんだけど起きないからここで休んでもらってたんだけど……訓練終わっても起きないんだから余程重症だったのかもね」
「ごめん。私の所為で罰則訓練きつかったでしょ?」
「言葉遣い直ってるし……」
「?」
「な、なんでもない。罰則については気にしなくて良いよ。私がミスしても同じなんだし――」

そういいながら看病をしている涼宮茜は築地にかぶせていた濡れタオルを顔から剥がした。
その瞬間を築地は未だに色あせること無く覚えている。
築地が胸に秘めた何かを引きずり出した瞬間であったのだから。

「何よりもチームなんだからね」

            ・
            ・
            ・

「――ッ!――地ッ!!お――うし――目を――ませッ!!」
「――ん……な、なに……?」
「――気が――たか!?」

耳元で響く切羽詰った声。
今まで見ていた夢が心地よかった所為かその声は只うるさいとしか感じられず反応が緩慢になる。
そして段々はっきりと聞こえてきた言葉に自分の暢気さが命取りになると即座に自覚し、脳を瞬時に覚醒させた。

「――動けるなら早く機体を動かせ、出なければすぐに離脱しろ。それができなければ緊急脱出しろ!」
「中尉!敵突撃級来ます!およそ接敵まで1分!」
「一体何が……」

築地は愛機の機体状態を確認する。
右腕間接部破損稼動不能、同じく右脚間接部破損稼動不能。
さらに右装甲に多数の歪みを確認、コクピットハッチも歪んでいて緊急脱出は不可能。
戦闘続行限定的にしか可能……が、強化外骨格による脱出が最善の策か?
……自分がどうしてこうなってしまったのか。
築地は思い出そうとするが状況はそれを許してくれそうに無かった。
ここは最前線なのだから。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第三章その11


時は築地が目覚める――気絶する少し前まで遡る。

光り輝く銃口。
そこから射出される劣化ウランという凶悪な物質の弾。
巻き上がる爆炎。
ミサイルのあげるそれらはBETAという異形を焼き尽くし爆ぜさせる。
そして最後は肉を切り裂き血しぶきを上げさせる巨大な長刀。
しかしそれらは決して無軌道に振るわれることは無い。
全てが統率され秩序ある戦闘、人類が戦術機という兵器を生み出してから長年研鑽されてきた一種の芸術だ。
時折倫理に反することでも芸術性、所謂美しさというものを兼ね備えるときがある。
戦争という行為は決して肯定されていいものではないが、この光景を前にして心を揺らさないものはけっして少なくはないだろう。
01とペイントされた不知火の手が動けば後ろで待機していた02を先頭に合計4機の同機が突入していく。
それを援護する不知火2個小隊の不知火たち。
彼女らの部隊は戦乙女中隊(ヴァルキリーズ)と呼ばれ、その名に恥じぬ戦場の槍先となっていた。

「B小隊!捕獲頭数は既に満たした。残飯処理とはちょっと気が引けるけどこいつらに容赦する必要ないからね!」

彼女らの通信網に響き渡る勇ましい声。
その声に鼓舞され心を燃やし容赦なくBETAたちを撃破していく。

「――でどうするんだ我らが隊長?このままだと速瀬に全部持ってかれちまうけど」
「――残存数を考えてオレたちまで出ると戦力の無駄遣いだ。テスト項目もあらかた終わった以上次の本番に備えて休息を兼ての捕獲個体の護衛と洒落込むぞ」

ヴァルキリーズとは別部隊、エインヘリャル中隊の副官平慎二と隊長である鳴海孝之はそんな会話を交わしていた。
彼らの隊は既に担当地区の戦闘を終えておりBETAの屍骸と無傷でピクリとも動かなくなった捕獲個体、それと彼らの部隊だけが今存在する。
その会話は戦闘中である以上部隊内通信はオープンになっている。
ゆえに全隊員にも聞こえており、これに反応したのは柳だった。

「しかし隊長、第9中隊と私たちの隊との役割が曖昧になっているのは不味くないでしょうか?」
「そこは特に問題ない。あちらに流れた個体数が思いの他多く、その処理にこちらに同行したヴァルキリーズも向こうにまわった。
 彼女らの負担を軽くするために要請があり、それに答えて捕獲任務を行ったに過ぎん。
 ブリーフィングでも協力要請があれば動くといったつもりだが?」
「――了解です」
「白銀、麻倉機は後方に一旦下がって補給コンテナをここに持ってきてくれ。高原、平機は俺とこの場で待機捕獲個体を護衛する。
 全機補給完了後ヴァルキリーズとともに問題の光線級の捕獲作戦を開始するだろう。以上」

皆了解と答えると高原、平は持ち場に着き全方位警戒を開始し、白銀と麻倉は後方へと即座に下がっていく。
鳴海は思う今回の任務は確かに難しいものだが今のところA-01両隊とも損害なし。
作戦自体も順調そのもの、後は地上戦で種として最大の脅威を持つ光線級の捕獲である。
最低で二個中隊規模は捕獲しなければならない以上それ相応の損害……戦死者も出る可能性は低いとはいえないのだ。

「……高原」
「ん、どうしました、隊長?」
「相棒の様子はどうだ?」
「大丈夫です~よ。隊長もだいじょ~ぶですか~?」「――聞いてのとおりですよ。私もまだまだやれますから」

高原と伊間の言葉を聞くと安心する鳴海。
彼女たちが任官してから戦死者0をギリギリのところで成し遂げてきただけに彼の隊長としての責務を全うできていることを確認させてくれる。
九州での綱渡りのような任務。
…………。

「……ここも九州と似ているな」
「「ほえ?」」
「お前たちの呆け具合が九州でもここでも変わらないといったんだ」
「ひっど~~~~~」

2人の頬を膨らませる顔様子が網膜へと投射され苦笑いを浮かべる鳴海。

「おいおい孝之。いくらなんでも変わらないはないんじゃないか?彼女たちだって立派な女性なんだぜ」
「お前こそ年下好きも大概にして置けよ」
「そういうわけじゃねえよ」
「ああ、そういやおまえPXの京塚のおばちゃんが好みだったっけ?悪かった訂正する」
「な!?ちょ、お前」

勿論鳴海がいったことは冗談であり、事実無根、京塚のおばちゃんのことは何とも思ってはいない。
訓練時代に少しいじるために平がいったことをわざと曲解してからかいの種にしているのだ。
しかしこの話は高原たちにはしたことがない。
しかも年頃の女の子ともなれば色恋沙汰には敏感であり、戦場での限界まで絞った精神を多少緩めるには絶好の話題であった。

「ええーーーー~~~~♪平中尉っておばちゃんが好きなんで~すか?」
「でもたしか京塚おばちゃんって子持ちの人妻ですよね?もしかして禁断の……?」

そこで一旦とめて前後の席で顔を見合わせるよう網膜から一旦消えて数秒の間の後。

「「いや~~~~~ん♪」」

乙女の黄桃の色をした甘い声鼓膜を振るわせた。

「お、お前たち違うからな!孝之もたちの悪い冗談はやめろ!」
「ははは」

鳴海はそれに半分本当に笑い、半分目で平へとまじめな話があると伝え、秘匿回線の使用を促した。
平は伊達に副官をやっていないことを証明するかのように怒るフリをしてタイミングを計り、秘匿回線へと切り替えた。

「……お前は堂々と秘匿回線使うといえないのか?おかげでいつも俺が余計な言われ無き損害を受けるんだからなんとかしろ」
「いや、それについてはわざとだけど」
「おい!!」
「冗談だ……白銀の件だよ」
「っ!ああ、あれのことか。どうみてもPTSDだなあれは。取り乱しようは尋常じゃなかったみたいだし」
「御城が機転を聞かせて瞬時に連絡入れてくれて秘匿回線Bを入れたからなんとか死の8分は乗り越えたが……あれじゃあ今日は2人とももう戦えないな」
「それに撃震で光線級捕獲はやや無理がある。いくらあいつがこの戦いで損傷なし、小型種除いてキルスコア10オーバーでもな」
「初陣でそこまでいけば十分すぎるな。一機でそれだけやれれば冷静になったときはもっといくか」

白銀武の錯乱、どうやら過去にBETAとの間に何らかのトラウマができるようなことがあったのだろう。
日本人ならその機会に出会う可能性は大いにあるから何ら不思議ではない。
が、言ったとおり初陣でここまでやれれば十分すぎる戦果を叩き出している。
強力な催眠を使ったとはいえその潜在能力は末恐ろしいものがある。
この才能を早々に潰すわけには行かない。
光線級との戦いを経験させておきたい気持ちもあるが、あの精神状況では戦闘中にまた錯乱しかねない以上止めるべきだ。

「慎二。白銀は戻ってきたら捕獲個体の護衛をまかせる。お目付け役でそのまま麻倉を付ける。
 光線級を相手にするのはこの場の3人とヴァルキリーズの2個小隊で決まるだろう。その残った小隊とも合流させる」
「……わかったよ。そういえば白銀と柳ちゃんの二人のコンビの動き……明星作戦のあの不知火に似ているような気がしたんだが……どう思う?」
「……似てはいるな。だけど別の可能性の方向に強くなる気がする。何にしてもここで散らせるにはもったいないことに変わりない」
「おいおい。俺たちは死にに行くんじゃないんだぞ?それにこの程度のこと何度もやってきたじゃないか?」
「ああ……そうだな」

それっきり黙りこむ2人。
自然と秘匿回線を切り通常回線に切り替えた。
先程まで騒いでいた高原と伊間はこっちが別の真面目な話に移ったのを察したのか真面目に全方位警戒をしている。
まあ、2人で無駄口叩いていたら帰ってから懲罰を科すところだが、この2人はそこまで抜けているわけではない。
鳴海はそう考えており、自分も隊長である上怠けていられないとデータリンクで戦場の全体情報を取り寄せると同時にピアティフ中尉へと連絡を取った。

「こちらエインヘリャル0どうした?」
「こちらエインヘリャル1、ヴァルキリーズと戦場全体の状況が知りたいデータを頼む」
「了解、誤差0.5秒ほどの全域マップと――ヴァルキリーズは今殲滅を完了した模様データを送る」

網膜に情報更新の文字がしばし流れた後データが送られてきた。
右目にヴァルキリーズの損害状況、左目に全体戦況だ。
ヴァルキリーズ一機に装甲の歪みあれど任務続行に支障なしか。
全体の戦況は比較的良好、帝国軍第12師団がもうすぐ帝国軍第14師団と合流する。
合流すれば前線の押し上げが行われて自体は収束に向かうであろう。
光線級捕獲は一斉砲撃が始まって弱ったところで砲撃が戦術機の援護に回ることになっている数十分が鍵だが――何だこの機体は?

「エインヘリャル1から0。前線で突出……いや特攻しているこの機体はなんだ?孤立したにしては奇妙なのだが……」
「少し待て確認を取――」

ピアティフ中尉の声を最後までうまく聞き取ることができなかった。
孤立しているであろう奇妙な戦術機の反応方向に向けていたメインカメラが閃光を映しついで来た衝撃がノイズを運んできたからだ。
瞬時にメインカメラは焼け付かないようにフィルターがかけられるが衝撃は容赦なく機体を軋ませ、踏ん張る足が膝をついた。
データリンクもノイズが起きた時点で瞬時に途切れ外界から完全に遮断された。

「いっ、一体何が!?」

辛うじて出た言葉がそれだった。

--------------------------------------------------------------

催眠術の効果が導入されているが時間に立つにつれて徐々にその効果は薄れていく。
時間をかけて施したものならともかく強力な催眠といえど即興のものである以上綻びは生じるのだ。
柳は白銀の現在の様子を見て思ったのはそのことだった。
情緒不安定とまではいかないが不安を隠すことができず怯えていて、再び戦闘を行うとなるとこちらも不安を覚える。
本来は秘匿回線Bで使われる催眠は興奮剤と併用して使われるのだが、処置を施した鳴海の経験上薬物の使用は危険と判断し、
相棒である柳に大幅にフォローさせることにより先程までの戦闘を戦い抜いたのだ。
だが白銀の腕自体は優秀でありその実力は撃震でありながら突撃級と要撃級を主にキルスコア10オーバーという数字に表れている。
これらの数字は柳のESP能力である未来予測を用いたサポートが大きく貢献していたとはいえ、
未来予測の動きに合わせるだけの技量を持っている証拠でもあるのだ。
しかし不安定な状態で不安を感じさせないほどプロジェクションで頭を埋め尽くしたために衰弱を起こし、今の状態になっている。
それに罪悪感を感じないわけではないが、あの場で取れる最良の選択だった。
そう思うことで自分を納得させており、事実こうして2人とも生きていることが何よりの証拠と安堵する。
おそらく鳴海は捕獲個体の護衛に自分たちを回すだろう。
ならばこれ以上の過激な戦闘は起きる可能性は少ないし、最悪そういう状態になっても白銀の状態もある程度よくなっているだろう。
彼は決して弱くない。
自分という奇妙な存在を抵抗……はあったかもしれないがすんなり受け入れてくれたのだ。

「白銀さん」
「……なんだい柳ちゃん?」
「撃墜スコア10オーバー、機体損傷皆無。任務遂行に問題ありません」
「…………そういえば戦闘開始から何分たったっけ?」
「14分44秒。初陣においてここまで良い状態でいられるのは稀有なことのはずです」
「死の8分……まりもちゃんがいっていたっけな」
「はい」
「……オレは生きてるんだよな?」
「そう自覚されるなら」

柳はわざと生きているとは言わなかった。
白銀は自分で生きていることを実感してこれからにつなげて欲しい。
柳が味わった喪失感、今も引きずっている外側の感覚を味わせたくないのだ。
志は違うけど、今は同じ道を歩いているのだから。
柳の耳に少し乾いた笑い声が木霊す。

「ははは……自覚か……。今は生きた心地がしないよ。でも――」
「でも?」
「――でも、なんか胸のつっかえは取れたかな。BETAを見たときに顔出した怒りとか恐怖とか、今なら客観的に見れる気がするよ」
「……そうですか。でもその湧き出た感情は――」
「忘れないよ。忘れちゃいけないと思うんだ。これはオレが戦う理由の一端なんだと思うからさ」
「…………」
「ああなんかオレばっかり喋っちゃってごめん。それとありがとう。柳ちゃんだって初陣だったのに頑張ってくれて。オレばっかり情けなくてまたごめん」
「そ、そういえば私も初陣でしたね。忘れてました」

余計な一言をうっかり漏らしてしまい、それを聞いた白銀はまた乾いた笑いをあげてしまった。
冗談きつすぎるって。

「こちらエインヘリャル3麻倉。エインヘリャル5両名、どうだ気分は?」
「こちらエインヘリャル5白銀。柳ちゃん共に機体、生身両方に損傷なし。戦闘継続に問題なし、そちらは?」
「セントウケイゾク問題ナシ、そちらの姫様との関係――イタッ!?」
「お前は大人しくしててくれ」

……複座の管制ユニットなのにどうやって痛手を。
そして、雑談を交えつつ補給コンテナの数を確保し、ピアティフ中尉経由でヴァルキリーズへと連絡を入れた。
その際ピアティフ中尉に遠まわし(軍隊風)に心配されたがこちらも遠まわしに答え、通信が切れるとき安堵の息が聞こえたような気がした。
こちらも心配してくれたことに喜びと感謝を感じた。
帰ったら肩でも揉んであげようかと考えていたのだが、機体を襲った衝撃がその考えを頭の端へと追いやっていた。

「――!!何だこの衝撃……爆風か!?帝国軍が核かなんか使ったのかよッ」
「通信途絶!?ノイズが激しすぎてメインカメラの映像にも乱れが生じてます。麻倉さんにも連絡取れません」
「近距離通信でこれかよ!!」

そして爆風が収まり混乱する柳たちが状況を把握したときには全員顔を強張らせることになったのであった。
運命は鉄砲水となり破壊しながら動き出した。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第三章その12
Name: 通行人A◆d1634279 ID:5a722df5
Date: 2008/08/15 20:23
吹き荒れ、なぎ倒し、燃やし尽くす爆風。
それは人類が生み出した核という炎に似た超爆発で、この世に存在する物質を貪欲に飲み込んでいった。
しかし、放射線による汚染が無いのがこの炎の救いだろう。
かつて大陸で行われていた焦土作戦により、健康な土地は次々と汚染されていった。
時が立ち戦争が続く今となって、人類はそれを大きく後悔していた。
そして開発されたのが……本当は別目的で開発されたものだが、核の代わりしばしば使われるようになったクリーンな戦術兵器S-11である。
戦術核に匹敵する破壊力を持つ高性能爆弾で、ハイヴ最深部に存在する反応炉の破壊を名目として戦術機に搭載される自決兵器だ。
この爆弾は指向性を持たせることが可能で、味方を巻き込まないことができる優れた兵器である。
が、製造コストと時間が多大にかかるためその数はひとつの国で持っている数は50に満たない。
ゆえに自然と使われる戦場も搭載される戦術機も限定的なものとなった。
帝国でも神風特攻隊を模した特別挺身隊が結成され大陸での戦闘に投入、戦果を挙げた。
挙げたのだが、人道的見地と効率の悪さから特別挺身隊は解隊、S-11の運用も大陸の撤退にあわせて焦土作戦が行われなくなったことを理由に
本来の反応炉破壊兵器に戻されたのである。
しかし――

「――本作戦で投入されるということは帝国側からは通達されていない。そうねピアティフ?」
「はい、帝国側に問い合わせてみてもそのような指示をだしていないとのことです」
「けど現実には使用されて“私たち”だけが損害を被り、現在苦戦中と……どう考えても臭うわね」
「……帝国軍に援護要請を出しますか?副司令」

ピアティフの問いにしばし沈黙する香月。
彼女の視線はリアルタイムに戦況が映し出されるモニターに注がれ、A-01の戦域だけが旗色が悪いことを確認し目を細めた。
十数分前に起こった突然の大規模爆発。
その猛威は広大な戦場の中で香月直属のA-01に“だけ”振るわれることになった。
核兵器の特徴といえる膨大な放射線反応もなく、戦術核並みの威力に指向性をもたらすことができる爆薬……S-11が使用されたとしか考えられない。
これが使用される前は戦況は優勢に進められており、損害も軽微で済まされるものだった以上、
S-11の使用は明らかにこちらの作戦を……オルタネイティブ4を妨害するために行われたものだ。
帝国内部でも自国主導とはいえ計画がスタートしてから何の成果も挙げないオルタネイティブ4より他国との協調に重きを置きより、具体的な成果を期待する勢力がある。
別に成果を追求することはかまわない。
こっちも五年待たして成果がなしとしていたのだから、別の計画に切り替わるのも無理はないし、中には失望しているものもいるだろう。
現に未来を知っているという白銀が言うには今年の12月24日に米国主導のオルタネイティブ5に移行することを決定されるという。
ここで帝国軍に表立った援護要請は出せないが、それとなく伝えれば戦況が落ち着きつつある今なら砲撃支援くらいなら回してくれるはずだ。
だが、ここまで妨害してくる理由は何だ?
いくらオルタネイティブ5計画推進派の工作にしてもお粗末過ぎるし、対極的に見れば帝国主導の第4計画のほうが利益が大きいはずだ。
国内の第5計画推進派の根拠は国際協調の下に、国に利益をもたらすというもののはずだが……。
……やはり国の利益より個人の利益、まさに獅子身中の虫ね。

「帝国も堕ちたものね」

その呟きに反応するものは皆無、聞こえているが聞こえないフリで誤魔化した。
国連軍に所属しているとはいえ彼らの多くは帝国臣民である以上、国の悪口は聞き捨てならないものがある。
だが、誰もがこの状況を嫌悪し、自分の国が堕ちているとかんじてしまったがゆえの沈黙なのだ。
……しかしそれはそれ、帝国に借りをつくることとなるが、現状が芳しくない以上援護を要請するのが定石。
香月としては非常に気に食わないことだがここまで崩れてしまい態勢の立て直しには時間がかかる。
いくら彼女の右腕の左腕が指揮をとっていても爆風による機体の破損、混乱に加え弾薬に不安を覚え始めている。
さらに数の暴力が加われば残りの任務達成と戦力大幅な低下は免れない。
それだけは防がなければならないかった。

「……やむ得ないわ。砲撃支援の優先度をA-01の戦域に集中して――」
「はい……?待ってください。こちらの戦域にUNKNOWN……いえ、帝国陸軍の戦術機一個中隊が近づいています!」
「――なんですって?識別は確かなの?」
「はい、帝国陸軍所属の戦術機で間違いありません。この速度なら5分でA-01ヴァルキリーズと接触します」

援護要請もなしに帝国の戦術機がこの戦域に来た?
現場レベルでの判断なのか、この爆発を引き起こした張本人たちなのか、判断するには微妙な時間だった。
判断材料があるとすれば鳴海のところに向かっている部隊がここに部隊を向けてくるか、こちらの通信に応じるかどうかだ。
まずは牽制……通信から始める。
香月は少しだけ表情を柔らかくし、ピアティフに通信をつなげるように命じた。
その柔らかな表情はこれから行われる通信を愉しむためのものであり、ピアティフやその横の涼宮遙は緊迫した表情をより一層硬くしたのだった。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第三章その12


敵を討つことに全力を尽くす。
麻倉にとってそれは当たり前のことであり、まして理解することも話すことすらできない化け物に手心を加える理由はない。
今だって銃口は火を噴き続け、人間からすれば気味の悪い色の体液をBETAの体躯から噴出させている。
近づいてくればそれと入れ替わるようにすれ違い、その際に肩に装備している四振りのブレードでナマス切りに、
それでも手があまればモータブレードでミンチにした。
しかしもっとも多用しているのは四丁の36mm突撃砲だ。
四つの銃口は容赦なくBETAは大小問わず蜂の巣にした。
もうすぐそれも終わるだろう。
こちらに奇襲してきた数は少数、大隊にも満たない規模のBETA群なら掃討はそれほど難しくは無かったのだ。
そう思っている間に辺りにいるBETAのうち最後の一体を足蹴にする隊長機を視界に捉えた。
そして間をおかずに銃口を胴体に押し付けるよう構えると零距離射撃ををフルオートで2秒ほど続けて撃ち、あたりに体液を散らせた。
隊長機、鳴海孝之のジュラーブリクは最後の一体が動かなくなったことを確認する仕草をし、
確認できると通信を開き、映し出される限り全員の顔を確認すると言葉を吐いた。

「敵全滅を確認……全機、状況報告」
「こちらエインヘリャル2、機体損傷中破。戦闘活動に支障あり」

麻倉もその報告に嘘偽りがないよう、即座に機体損傷状況を自分の相棒である魅瀬に確認させ転送させた。
先ほどの爆発による損傷は爆心地から大分離れていたため特に気にするようなものは無く。今の戦闘でも損傷は受けなかった。
ゆえに転送されてきた情報はオールグリーン。

「こちらエインヘリャル3、機体損傷はなし、戦闘続行に問題ありません」
「エインヘリャル5、機体損傷なし、戦闘続行は……問題なしです」
「後は……エインヘリャル0、エインヘリャル4の現在位置は?」
「ここから約2キロ地点本部に向けて強化外骨格で時速60キロで移動中、衛士に若干の負傷を確認しています」

鳴海はその通信を聞くとやや真面目な顔で強張っていたのを若干弛めた。
しかし、今はそれに気に止めるよりも強化外骨格で移動している高原と伊間の2人に注意を向けたい。

「緊急脱出は確認していたが無事でいてくれたか……。慎二」
「了解、オレは下がるよ。機体が安全に動いてるうちに高原たちを回収して本部に戻るよ。
 ……しかし、あの爆発がなけりゃここまで酷いことにはならなかったのにな」

そうあの爆発の所為だ。
麻倉たちは爆心地から離れていたから大した損傷を受けなかったのだが、より近かった隊長たちの機体は酷い状態だ。
平の機体は左手がもげ、装甲もところどころ欠けており、大破と紙一重といえる状態だ。
跳躍ユニットもまだ機能しているがいつとまってもおかしくない外観に変わっており、平本人もこのことをさしていったのだろう。
さらに鳴海の機体というと外見から判断するなら腕はもげてはいないが左右のモーターブレードが破損し、使用不能ということが分かる。
それ以外にも平機と同じように装甲はガタがきているようだ。
しかし、戦闘続行に問題ないようで36mmと長刀を扱うことで戦闘を切り抜けた。
……そして高原機は結論からいうと大破した。
機体はここから左程離れておらずその屍を腸をぶちまけたように装甲が内外部から破壊され焦げ付いている。
外から破壊されたのは要撃級に囲まれて嬲り殺しにあったからで、内側からのはその破壊に耐え切れずに爆発したからだ。
足の関節が行かれていなければ、光線級がいなければ……。
それを視界に納めるだけで悔しさと怒りがこみ上げてくるが努めて冷静さを失わないようにした。
戦場では常に冷静たれ……これは横浜基地に滞在している斯衛の少尉の言葉だ。
麻倉の教官をやっていたわけではないが、なんとなく麻倉という人物を気に入ってくれたらしく、時折阿呆の言葉と助言めいたことを言い残していった。
それと鳴海の指揮のおかげで今日まで生き残っていられる一因になっている。

「……三番機、五番機はオレが補給を終え次第すぐにヴァルキリーズの援護に向かう。それまで全方位警戒……慎二行け」

鳴海の命令を聞いた平は即行動を起こし、噴射跳躍になるべく頼らないように両足で全力疾走していった。
全方位警戒……機械の補助があるから昔程神経をする減らすわけではないが、それでも最終的に判断するのは人間だ。
それゆえに有人機は存在し続けているし、戦場で自己判断できるほどまだ機械は成長していない。
自律機動の戦術機が多用されないのはその所為だ。
話を戻すと現在自分が神経を使うわけだが、もう一人は休ませたほうが良いだろう。

「魅瀬、少し休息を取れ」
「……何故?」
「それを目を瞑って考えていれば良い」
「……了解」

すぐ後ろなのにいちいち通信を開いての会話をしなければならない。
なんとなく引っかかるが、魅瀬の年齢が年齢だからだろう。
継続戦闘時間こそまだ短いが、突発的なトラブルが連続しているので、心労が激しいはずだ。
少しでも休ませるのが上策だろう。
……白銀、御城の2人は大丈夫だろうか?
平、高原と伊間を欠いた以上2人をカバーする余裕は半分以下、ないといってもいい。
これから向かうヴァルキリーズの担当戦域には光線級がいることを確認しているのだからなおさらだ。
そう思うが通信は躊躇われた。
警戒人数が激減している中で私語に夢中になればそれだけ隙ができる。
警戒は厳に。
しかしその思慮はいつものごとく通信によって中止されることとなった。

「エインヘリャル3、5聞こえるか?」
「鳴海隊長?補給作業完了ですか?」

通信に答えたのは麻倉ではなく、白銀だった。
どうやら通信に答える余裕は取り戻せたようで顔色もいくらかよくなっている。

「ああ完了した。完了したのだが……お前たちは一度補給を受けていたな?弾薬、推進剤に余裕はあるか?」
「「問題ありません」」

2人の口からは同じ言葉同時に出ていた。
それに静かに頷く鳴海。

「よし、なら補給作業は中止。即刻ヴァルキリーズのところへ援護に向かう。向かうのだが……新たな情報が入ってきた」
「情報?」
「今からおよそ数分前、我々A-01の戦域に帝国陸軍戦術機甲隊一個中隊が進入してきた。
 何の援護要請もなしに勝手に来たわけだが、通信を試みたところ返事はサウンドオンリー、つまり顔を見せなかったらしい。
 返答は味方といってきたがどうも臭う……というわけでもしものときのために時間を繰り上げていくことになった。
 時間が無い……いくぞ」

有無言わせぬその口調に従い2機のジュラーブリクと1機の撃震は時速300を越す速度でヴァルキリーズの戦域へと向かうのであった。
誰もが胸騒ぎを覚えながら。

-----------------------------------------------------------------

「A小隊全機オーバラップ!!B小隊のカバーに回れ!C小隊は補給コンテナの回収急げ!」

強化装備通じて伝えられる命令に了解の返答の声が上がるが、その声にはこの事態に見舞われる前ほどの覇気は感じない。
それを叱咤するようにB小隊の隊長を務める速瀬水月声を張り上げる。

「C小隊が補給終えるまでの辛抱だ。そうすれば火力が元に戻る。それまで耐え――」
「いやぁぁぁぁーーーーブッ…………」

だがその声もオープンになっている通信回線からの悲鳴により途切れてしまう。
その声は聞き覚えのあるもので彼女もよく知るものの声だった。
網膜投射に表示されたウインドウが悲鳴とともにひとつ消えてしまったことを確認する。

「伊吹ッ!?どうし――ッ!!」

その消えたウインドウの発信源である不知火を確認するためデータリンクでその位置を調べる。
だがそこにはレーザー照射の警告が表示され味方マーカーにもLOSTの文字が貼り付けられていた。
速瀬はそれに一瞬息を詰まらせるが、目の前の厄介ごとに集中し感情に囚われないように、それでいて悲しみと怒りを忘れないように
愛機不知火を操りBETAを後方に行かないように陽動を仕掛けつつ葬っていく。
光線級の元へ中央突破を仕掛けて仇を討ちたいという想いを押さえ込みながら。
速瀬の心は赤い涙で泣いていた。

-----------------------------------------------------------------

「いいか?築地今から近接短刀でハッチをこじ開けるから身をかがめてできるだけ奥にいろ。でなければ怪我ですまないかもしれないぞ?」

宗像中尉がそう注意を促してくる。
築地はそれに素直に従い身を猫のように縮こまらせてそのときを待った。
C小隊は中隊の弾薬消費が激しいことを理由にA、B小隊が押さえている間に補給コンテナの回収任務を命令された。
そして脱出も困難、戦闘も突撃級を防いだ後の乱戦ではただ死を待つだけ。
飛べればそれなりに戦闘は継続できたが光線級が近づいてきた以上それは不可能となってしまった。
そして小隊長の宗像が下した決断は後方に運びハッチの破壊による脱出策であった。
多少時間が掛かるとはいえむざむざ見殺しにするほどの時間のロスではなかったので実行に移すことになった。
一回強い衝撃、軋む金属音…最後に管制ユニットとは別の光源。
外の光だ。
光が入ってきてその向こうには不知火と……さらなる一条の光が見えた。

「……レーザーッ?!」
「光線級のお出まし――何だって?」

宗像中尉の息を呑む音が鼓膜を震わせる。
築地はその声を聞いて自分が助かったという安堵感を引っ込め通信へと耳を傾けた。
そして、引っ込んだ安堵感が緊迫感と混乱に変わった。

「――――――」

築地は混乱する頭で必死にその言葉を理解しようとした。

「――機の反応ロスト」
「だ………れ………?」
「伊吹が光線級にやられた?!」

C小隊の別の誰かがその言葉を言った。
一つ上の先任少尉、突撃前衛で速瀬中尉と肩を並べて戦えることを誇らしく語っていた。
宗像中尉のからかい相手として二番目に標的にされていた少尉。
からかわれたうさをあたしにぶつけて困っている顔を見て楽しんでいた少尉。
混乱が徐々に錯乱に変わってきていることを自覚できず動けない機体で脱出できないことの打開策を考えていたことも忘れた。
宗像中尉に引きずられてかろうじて戦線を離脱していたことも忘れた。

-------------------------------------------------------------------------

「そうだ。茜ちゃんは?」
「何?」

宗像は思わず間抜けな声を上げてしまった。
築地は前線で戦っている自分の同期、淡い想いを抱いている同性の女の子の名前を無意識に呼んだ。

「速瀬お姉さまも生きているよね?助けなくちゃ……」
「お前何を言って――ッ!!築地気をしっかり持て!!秘匿回線Bを開くんだ!早――」
「いかなくちゃいかなくちゃいけないんだべ」

築地の中では助けるのは当然のこと、もはや混乱は錯乱の域に達してしまい宗像が制止しようとするが、ブーストを吹かし飛び立ってしまった。
光線級に即座にやられる。
その光景が宗像の脳裏に高速でよぎった。
築地が無駄死にしてしまう……。
その声が心に響く前に宗像は行動した。
飛び立ったといってもまだ戦術機の全高に満たない低軌道、まだ押さえ込めば間に合う。
宗像は瞬時に反転、高度を上げようとする築地へと追いすがる。
だが、それは間に合いそうに無かった。
しかしさらにそれを否定することが瞬時に起きた。

「この大馬鹿野郎がぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

超低空飛行で近づいてきたそれは高度を上げて危険高度まで上がろうとしていた築地の不知火を捕まえた。
それを振りほど浮こうとする築地の不知火。
腕や足を失った機体軽い分飛ぶのは容易い。
しかしその機体はこの戦域にいる戦術機のどれよりも重く、丈夫だった。
その戦術機は全体重と飛んだときの勢いを利用し強引に地面へと引き摺り下ろす。
そして事前に装備していたのか短刀で跳躍機のジョイント部分を綺麗に切断すると不知火を地面に横たえた。
その戦術機の名は撃震。
もっとも古い戦術機、旧式の時代遅れの機体である……が今はどの戦術機よりも輝いて見えた。

「こちらエインヘリャル隊現場に到着これより援護を開始する」

撃震とは別の機体、ジュラーブリクが援護に到着したことを伝えてきた。
そのジュラーブリクと撃震はどこか怒りと悲しみを背負った、自分たちと同じ感情を抱いているように見えたのだった。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第三章その13
Name: 通行人A◆d1634279 ID:5a722df5
Date: 2008/08/24 18:15
「――目標物周辺の戦力増加」

一人の少女の声が鼓膜を震わせる。
それ自体は別段珍しいことではないし、日常にありふれた他愛の無いことである。
だがその他愛の日常はこの場に、戦術機の中では似つかわしくない。
ここは戦場……平常時におけるショーではないのだ。
しかし、その声を聞いた男は別段慣れている態度で報告を聞くとデータリンクで回ってきた情報を確認し頷いた。

「……ほう、こちらの予測を上回る展開の速さだな。さすがはオルタネイティブ第四計画専属のエース部隊A-01とうことか。
 指揮をしているのはおそらく伊す――余程優秀な人物らしい。こちらより速いとはな」

男は二度同じことを言う。
声色に含まれるのは自分を卑下しているというより純粋な尊敬の念だった。

「っ!……!!……」
「ん?どうしたのだ?」

男が国連の部隊指揮官のことを考えていると少女がなにやら騒ぎ立ててくる。
しばらく何か訴えるように見つめてくるが、男はその意味を察することができずに眉を顰めてしまう。
男の反応に少女は悟ったのか、訴える視線をやめて今度は頬を膨らませ明後日の方向に顔を背けた。
男はその行動により深く眉を顰めるが、しばらく沈黙しようやく答えにたどり着いたのか、顰めた眉を元の位置より愛想の良い角度にすると少女に声をかけた。

「よくやった」
「……?」
「よくやってくれた。ありがとう。お前もすごく優秀だぞ」
「~~~~♪」

その言葉を聴くと訴えたことがあっていたのか急に機嫌を直すと正面を向き顔を赤くして軽く身悶えする。
年相応の可愛い反応に微笑を浮かべた男だが、少女の次に取った行動に少し顔を強張らせた。
少女は身悶えしながら無意識に左手を自身の顔……左眉から左目を抜けて頬まで達した傷に手を這わせたのだ。
傷に指を這わせるその意味はおそらく何かしらの絆の確認なのだろうと考えているが、男にしてみれば絆の確認というよりも
己の不甲斐なさと罪悪感を煽られているようで素直に好意を抱けない。
罪の再認識……。
強張った顔を悟られないうちに微笑みの裏に強張りを隠すが、操縦桿を握ったその手は力んで小刻みに震える。
幸い網膜投射の画面には映っていないので気付かれる心配は無いだろう。
自身の状態を確認した男は幾分か言葉を真剣さと厳しさをこめて少女に声を掛けた。

「――部隊各機に通達、進軍速度を維持したまま目標戦域に突入。国連軍を援護しつつ目標を破壊、その後離脱する。
 なお国連軍との通信は一切禁ずる。部隊内通信、チャンネル設定はパターンFを使用……以上」
「……了解……部隊各機、進軍速度を維持したまま目標戦域に突入。国連軍を援護しつつ目標を破壊、その後離脱する。
 なお国連軍との通信は一切禁ずる。部隊内通信、チャンネル設定はパターンFを使用。繰り返す進軍速度を維持したまま――」

昔と違い普段あまり喋りたがらない少女はこういうときだけ饒舌になる。
軍隊で喋らないことは別段好感を持たれるような特徴ではなく、むしろ肝心なときに喋れなくて部隊を危険に陥れる……と、からかい混じりに心配する意見のほうが多い。
少女とてそれは分かっているから最低限命令は正確に伝えているのだ。
少女が命令伝え終わったところが男はしばし閉じていた口を開き、少女の名前を呼んだ。

「九羽」
「………………?」
「生き残るぞ」
「……わぁーってます。御城教官」

昔の言葉遣いで少女は短いながらも答えた。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第三章その13


この戦場で最も輝いているのは誰もがここまでの活躍を期待していなかった機体と衛士たちであった。
誰が予想しただろうか?
死の8分という保護施設の壁を乗り越えてようやく戦場というものを見渡せるようになったひよこ……。
普通のひよこなら地面に降り立ち羽を休めてから、改めて助走をつけ飛び立っていくのだが、このひよこたちは違った。
地に足をつけるどころか、壁の上に立つなりそのまま飛び立ったのだ。
誰もが羽ばたけば飛べるわけではない。
そのまま墜落してもおかしくのないのだが、2人のひよこは架空するがごとく超低空であるが地面に足つけることなく飛んだ。
それだけではなくこのひよこ衛士たちはBETAの群れをおそれずに、光線級が存在する危険な戦場で……本当に飛んだのだ。
誰が光線級の存在する戦場で飛びたがる、この場にいるトップエース級の衛士ですら躊躇する事柄を。
しかし、皆は見た。
その愚かしいと称されてもおかしくない蛮勇であったかもしれない。
だが、結果的に仲間を救い、戦友を奮起させることとなった。
結果が全てに勝り優先される。
この時程この言葉が相応しい場面はないだろう。
その結果によって最初に命を救われたものは、今、正気を取り戻そうとしていた。

「――夜の虹、黒い霧、血の雨に打たれし者よ」
「――月の雫、白い水面、魂に導かれし者よ」
「――朽ち逝く地平に幾万の鐘打ち鳴らし、鋼の墓標に刻まれし其の名を讃えよ」
「――いざ我等共に喜び行かん、死と勝利に彩られた約束の地へ……」

命を救われた者、築地多恵は耳に聞こえてきた声にどこか心地よさを感じる。
今まで頭の中がごっちゃだったものがひとつにまとめられていき、やがてそれらが脳全体に糸を張り巡らせて脳を整理された図書館へと変わっていく。
静かで秩序ある空間へと導かれていく。
その一方で目の前に見える現実感があるようでないような、またその逆の感覚……ともかくあやふやな視覚に認識しているものがたった一つだけあった。
それは今までただの旧式戦術機としてしか認識していなかった撃震。
自分の邪魔をした撃震その衛士、白銀武と御城柳が憎い……と数分前までそう思っていた。
次第にクリアになっていく頭で、自分自身が何をやっていたのかを認識し始めると、撃震の行動の本当の意味を理解していく。
茜ちゃんに何かあったら、助けなければいけないんだ、勝手に思い込んで邪魔にしかならない行動を起こしてしまった。
そして、極めつけは宗像中尉を巻き込んでしまいC小隊の指揮系統が一時的にしろ混乱し、より犠牲を増やしていたかもしれないということ。
怒りと憎しみに変わって自分に対する恐怖が込上げ、顔から血の気が失せ蒼白になる。
自分は一体何をやっているのだろうか。
目の前で心配そうにこちらを見ている撃震がより現実感を帯びてはっきりと認識できた。
今の築地が支配する感情は恐怖だ。
しかし、開いた口から出てきた言葉は叫び声や弱音ではなく、この場にそぐわない言葉だった。

「そういえば撃震って呼んでいたけど国連カラーだからファントムって読んだほうが良いのかな?」
「――って後催眠終了した第一声がそれかよっ!!」
「……むえっ?」

突然繋げられた通信に思わず肩を強張らせて驚く築地。
網膜投射にはいつのまにか撃震だけではなく、ウインドウが開き2人の衛士が映し出されていた。

「――白銀少尉静かにお願いします。催眠処置が終了したとはいえまだ精神的に不安定なんですから」
「だからって……いやわかったよ。乗ってるのは……築地か?」
「そ、そうだよ」

返事をしつつ2人の会話から築地は催眠処置を施したのは彼らであることを察することができた。
しかし、どういうわけか興奮剤は投与されていない。
あたしはまだ戦わないといけないのに……。
顔色から築地の考えていることがわかったのだろう。
通信ウインドウ越しに柳は閉口し、彼女には珍しい呆れた表情を浮かべた。
白銀はそれを見て苦笑いを浮かべると柳の代弁をするように口を開いた。

「築地……お前さ、まだ戦う気でいるだろ?」
「……えっ?」
「愛機の状態、ちゃんとわかっていっているのか?傍から見て、戦闘どころか通常歩行すらできそうにない有様だぜ?」

それを聞いて直ぐに網膜投射されている機体の状態を確認するが自身も柳と同じように閉口してしまう。
そういえば宗像中尉に引きずられてきたのは戦闘不能だからだったっけ。
しかも白銀君たちがやったのか、ジャンプユニットも切り離されて使用不能になっている。
これで戦場をうろつこうものならカモが葱をしょって歩くも同然である。
BETAに捕まって涎を汁代わりに胃袋まで直通……。

「そんなのいにゃーーーーーーーーー!」

突然馬鹿でかい声を上げ涙目になる築地。
戦場にいながらこのような叫びを上げるとなるとまた錯乱したのかと懸念する白銀だが、柳は呆れた表情を今度は諦めの表情へとかえる。
柳にとって彼女の瞳の動きや顔色、顔の微妙な変化から何を考えていることぐらい計算できてしまうので、
彼女の微妙にマイペースな思考を真面目に考えるのが馬鹿らしくなったのだ。

「白銀さん……さっさと収容しましょうか?」
「……だな。C小隊も戦闘に復帰して、光線級も徐々に捕獲し始めたみたいだしな。
 後は掃討戦だけど例の部隊の動向が気になる以上おとなしくはしていられない」
「……そうですね。今のところこちらの部隊援護してくれているみたいですが……何かきな臭いですからね」
「あちらの隊長機以外から全く通信が無いということも気になる。それにわざわざサウンドオンリーにするほど機密性が高い部隊となると……」

築地の耳元で行われる会話に彼女自身はついていけなかった。
ついて行こうとデータリンクより戦域にいる味方マーカーを数え始めるとそこにはA-01総部隊数より多い戦術機が確認できる。
どうやらそのきな臭い部隊がこのマーカー群なのだろう。
使用戦術機は――。

「――TYPE97……吹雪?」
「そう吹雪です。まだ実戦配備されている数はそう多くは無いと聞いてるんですけど――っ?その吹雪が何故こちらに?」

柳の呟きと共にレーダーに動きがあることを確認する。
見ればレーダーにはその吹雪の部隊から一個小隊四機外れてこちらに接近してきている。
ここから前線は目と鼻の先、すぐにその姿を視認することができた。

「こちらの護衛……というわけではなさそうですね」
「そうだね。只の負傷兵に一個小隊の護衛なんて分不相応だよ」
「んじゃ何か?俺たちを殺しにでも来たか?」
「……可能性としては」

築地は会話をしている間も使い物にならない不知火から撃震の手のひらへと移っており、ほんの十秒ほどで収容を終わった。
複座型の管制ユニットは広く、白銀の操縦席を通り、後ろの柳が預かる武器管制席へとなんなく移った。
言われる前にすばやくハーネスをつけて体を固定しようとするが、そこで気付いた。

「白銀君」
「なんだ?」
「悪いけどやっぱりそっちに移るよ?」
「なんでだ?柳ちゃんじゃ何か不都合あるのか?」
「……背丈だよ」
「背丈?……あーなるほど」

白銀は築地と柳の背の差を考えに入れていなかったことに気がついた。
柳の膝に乗せてしまうとのしかかられた様になって邪魔しかねないし、かといって位置を入れ替わっても無理な体勢で操縦しなければならなくなる。
白銀の場合はそれがない。
ないのだが……若干の気恥ずかしさはある。
しかし、この状況でそれを大きく気にする馬鹿はいない。
直ぐに築地は前へ移ると白銀の膝へとその身をすばやく移した。

「吹雪がかなり接近してきているな……」
「もうすぐ支援突撃砲の範囲にはいるよ。気をつけて」
「……築地分かるのか?」
「んだ。あたしは砲撃支援だったから」
「――白銀少尉、接近機銃口を起こしました。射撃目標は……自機の後方、捕獲済みのBETAです!!」
「何?!」

白銀の反応がコンマ数秒遅れたと同時に銃声は響き、後方の捕獲されて身動きできない要撃級が顔面と思わしき場所が三点バーストで粉砕された。

------------------------------------------------------------

銃撃が止まない。
この戦場での趨勢は既に決まり、BETAは駆逐され人類が勝利した。
しかし、銃撃は止まない。
繰り返し言うがBETAは既に駆逐された。
何の何故戦場でまだ戦闘が継続されているのか?
BETAの増援がやってきたのか?
否。
それともBETAとは別の化け物が出現したのか?
否。
ここまでくれば誰でもわかることだった。
人類が人類と戦っている。
戦争だ。
しかし、これはある意味まだ戦争といえるものではないのかもしれない。
現在行われている戦争は追撃戦なのだが、本来追って狩る戦争、その追う事ができなくなると戦争もまた終わる。

「追撃戦に参加している戦術機ヴァルキリーズ、エインヘリャル隊合わせて8機に減少、敵との距離が徐々に離れています」
「性能はこちらに分があれど推進剤の残量の問題、機体損耗での動作不良……あっちはそこまで計算に入れてくるとはね」

自分に似て最悪の作戦を立案してきた、と香月は心の中でそう付け加える。
いくらトップエースでも補給の問題は解決できるわけないし、こちらの対応があまりできなかったことも原因だ。
まんまと相手の思惑通りにことが運んだことが香月を苛立たせる。
直接的な打撃、こちらの戦術機と衛士の数こそ減らされなかったが、こちらの捕獲したBETAの三分の一は刈り取られた。
ここに来て鳴海たちに多めに確保させた分がなんとか最低限の捕獲数を満たしてくれたおかげで、本作戦の意味をなくさずに済んだ。
新型OSの性能試験も良好、撃震であそこまで動かすことができれば御の字だが、旧OSの戦術機に逃げられるのは癪だ。
本作戦の意味は失われなかった、かといって敵さんの作戦目標……おそらくオルタネイティブ4の妨害は達成させてしまった。
また、伊吹という使える部下を失う羽目になった。
間違いなくあのS-11を使ったのはあの部隊のものだろう。
正に自爆テロ、それも飛び切りの陽動と打撃。
ループする思考を香月は二度目のループで止めると涼宮遙に全機追撃中止を伝える。
これ以上の追撃は無意味、山間部に向かっている以上その辺りで待ち伏せを行っている可能性がある。
部隊全体が追える状況でない以上得策ではない。
帝国軍に既にこの件を伝えてあるがどこまで捜査が進むことやら……。
またあの男を使って調べさせるしかなさそうだ。
まあ、大体見当はついているが。

「早々に撤退、捕獲したBETAを収容完了したら引き上げるわ。ピアティフ、私は先に横浜に戻るから手配を護衛は宗像にさせるように伝えて」
「了解」

新潟BETA捕獲作戦はすっきりしない終わり方をするのであった。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第三章その14
Name: 通行人A◆d1634279 ID:5a722df5
Date: 2008/10/02 23:34
花は散り、枝葉は枯れ落ち、秋という季節の到来を告げる桜の木。
植物たちのもっとも繁栄を極める時期の終わりを意味し、次の繁栄の為の眠りにつく。
景色がもの寂しくなるこの時期……葬儀という悲嘆にくれる儀式はよりいっそう悲しみの色を深くする。
築地たちA-01第9中隊、通称伊隅ヴァルキリーズは基地へと続く丘への一本道に並ぶ桜の一本の前に集合していた。
誰もが悲しみの表情…ではなく、誇らしげな顔をしてひとつの墓石に対し敬礼の姿勢をとっている。
その中に築地の姿も確認できた。
築地も先日の作戦に参加しており、今この桜の下で眠っている伊吹少尉と同じ戦場で戦っていた。
伊吹少尉の死は決して無駄ではない、それを誇っていい死に方をしたのだ。
決して犬死ではなく、数あったA-01の部隊戦死者に劣らない戦果を出し、意味のある生を全うしここに眠ったのだ。
先日のBETA捕獲作戦は結論からいうと作戦目標は達成することができた。
白銀武発案の新型OSもその性能を遺憾なく発揮し実戦データも十分に取れ、実戦に十分耐えられる仕様と上層部も認め、引き続き先行量産型の開発に移行することとなった。
しかし、肝心のBETAの捕獲数は思わしくなかった。
例の謎の部隊のおかげで数が最低限しか手に入らずに失った戦力は思ったより多かった。
いや、正確には戦力の低下は予測のうちに入っていたが、作戦推移で修正した予測を当初の予測に戻されたことが副司令である香月に渋い顔をさせている。
その失った戦力、撃破された戦術機の中に築地の愛機も含まれており、さらに伊吹少尉の命が失われたことが拍車をかけていた。
築地も個人的に今回の作戦を成功させたという実感がわかないのは、香月と同じである。
何故帝国国内で帝国軍の戦術機部隊に作戦妨害をされなければならなければならないのか?
オルタネイティブ4は帝国主導の計画である以上成功させるに越したことはなく、人類の勝利をもたらし且つ、国際的発言力の大幅な向上が見込まれるはずだ。
邪魔をする理由は帝国軍人、日本人にはないはずなのだが……。
小さく慎ましい葬式を終えて次々に施設へと帰っていく上官や同期にかまわず思考は深みへとはまっていく。
その姿に同期であり友人である涼宮茜は声をかけようと口を開き肩を掴もうとするが、もう一人の友人が掴もうとした腕を止めた。
抗議しようとする、その友人である柏木晴子は真剣な面持ちで黙って顔を横に振りる。
今はそっとしておく事が一番だ。
ここで築地を慰めても彼女のためにはならないし、求めてもいない。
安っぽい同情で事が収まるくらい伊吹少尉のことは軽くはない、柏木の表情と目はそう語っていた。
茜は柏木の言いたいことをすべて理解したわけではないが、少なくとも今はそっとすべきだということは完全に理解し、納得した。
二人が去ったとも築地は残り、思考に没頭し続け、やがてそれを日が沈み切るまで行った。
そしてようやく伊吹少尉の他多数の英霊が眠る墓石から目を離し、空を見上げた。
一部雲に隠れているが星は瞬き始め、もう少しすればもっと多くの瞬きを見ることができるだろう。
築地は先ほどまでの思考で結局答えを見つけることができなかったのか、溜め息をひとつ吐く。
自分の持っている情報で考えたって恨み言を並べることしかできなかった。
なんと弱いのだろうか。
自分の愛機撃破されてしまったし、さらに白銀武にも助けられてしまった。
その理由が錯乱ともなれば、只反省して二度とこのような醜態をさらしてはならないと思うばかりである。
あの撃震……どうやったらあんな風に動かせるんだろうか?
同じ管制ユニットに座っていたからわかる。
第一世代とは思えない奇抜な機動は突撃前衛に……いや、新型OS共々衛士全体に採用されればどれだけの戦果をたたき出すのだろうか?
築地は段々ネガティブな考えから伊吹少尉の死を無駄にしない考え方、前向きなこれからのこと、ポジティブシンキングに変わっていた。
短い在籍期間だが彼女もまたA-01伊隅ヴァルキリーズの一員。
戦友の死を受け入れ、その想いを受け継いだのだ。
築地はその豊満な胸の前で手を合わせ、伊吹少尉へのお別れを済ますと後ろ髪を引かれることなく施設へと帰っていく。
その背中には悲壮感はもうない。
その帰途に着きながらふと戦場のことを思い出し足を止める。

「そういえばあたし白銀君の膝の上に座っちゃったんだっけ…………茜ちゃんにもしてもらったことないのにーーーーーーーーーーーー」

笑って語り継がれれば伊吹少尉も喜ぶだろう。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第三章その14


「ウェックション!!」
「……不潔ですから他所を向いてしてください。ついでに奇妙なクシャミですね」
「……ごめん」

いつもならPXで夕食を家族団欒ならぬ戦友団欒になっている時間、別段珍しいことではないが副司令の執務室に向かって歩いている最中である。
珍しくないこと自体が普通ではないのだが、白銀と柳の二人にとって定期的にくることになっているので意識しない限りそういった感覚はないのだ。
クシャミが出るほど緊張感を持っていない白銀の姿を見れば、それも頷けることだろう。
靴と床が奏でるなんともいえない軽快な音色を立てつつ二人は進んでいく。

「しかし、どうするのでしょうね」
「何がだい?」
「戦力の建て直しですよ」
「そうだな。言い方が悪いけどヴァルキリーズは人的損害を出したとはいえ、戦術機の損害は国内生産機の不知火だからな。
 補給はそれほど手間がかからないし、動員できる数はいまだに中隊規模を維持してる。それに比べてこっちは……」

考えれば考えるほど憂鬱になるのか、そこで一旦言葉を切り、頭をかきむしる様に手で髪の毛を乱した。
柳はそれを見つつヴァルキリーズが身内だけでやっているであろう葬式を想ってみる。
ほんの数回、それも顔を見知っているくらいの縁薄い人物だったが、伊吹という人は色んな意味でいい人だったのだろう。
葬儀に赴く前のヴァルキリーズの隊員全員が彼女の死に心を痛めていたのだから。
心の中で何回目かの黙祷を奉げつつ、白銀の言葉を引き継ぐようにして口を開いた。

「私たちの主戦力はジュラーブリク、近年ではチェルミナートルとも呼ばれていますが、どちらにしろ外産機です。
 ソ連の戦術機で国内では生産しておらず、パーツもこのごろ不足しているとか。
 元々複座での実験を実績ある機体でという理由で、オルタネイティブ3の接収と共に譲り受けた代物ですからね」
「で、前回取り寄せた分を最後に整備用のパーツ以外、つまるところの本体はもう寄越さないというわけだな」
「オルタネイティブ計画の原則に従えば、今までソ連が大人しく機体を提供してくれていたほうがおかしいのですけど」
「……政治のことは抜きにしても実働できるジュラーブリクは2機。平中尉の機体はパーツが足りないからばらして部品に早代わりか。
 あとはオレたちの撃震か……なんでオルタネイティブ計画直属の部隊なのに台所事情悪いんだろう」

白銀のボヤキも最もなものなので、柳はあえてそれを聞き流した。
実のところ柳としてはソ連製の戦術機を使っていることに不満を持っていた。
国内で生産しているならともかく、仮想敵国ともなっている国の戦術機に乗るのは武家の人間である柳にとって一種の侮辱に感じていたのだ。
そういった意味では撃震や陽炎などはライセンス生産して帝国使用にしている分、落ち着く。
だが完璧に外産機となると拒絶の心が前に出てしまう。
国産に拘る心は時によりけりな以上、この彼女の考えは国連向きとはいえないだろう。
それはともかく、鳴海や麻倉には悪いがこれを機に運用する戦術機を不知火へと代えることを期待している。

「ところで柳ちゃん」
「何です?」
「例の2人の怪我はどの程度だったんだ?あの用事があって2人のお見舞いに間に合わなくてさ。
 後送されたって話しだから結構な怪我だったと推測できるからな」
「ああ、その件でしたら大丈夫ですよ。高原さんは左腕の単純骨折に頭部を四針、後送された理由は頭部への打撲を確認されたので検査入院が理由です。
 伊間に至っては怪我という怪我はしていませんが、メンタルケアついでにくっついて行っただけです」
「ん~それって大丈夫なのか?頭部だからずいぶん派手に血が出たと思うんだけど……」
「笑っていられるうちは大丈夫だと思いますよ?見舞いに行った私をからかいの種にするくらいですから」
「ははは、それは心配かけないようにしたたんだろきっと」

白銀はそっと手を伸ばし柳の頭をポンポンと叩く。
柳はその手から伝わる優しさに心地よさを感じ、少しははにかむが、気恥ずかしさのほうが勝りやんわりとその手から逃れた。

「……随分とまあ女子をはべらかすのがうまいのだな」

その声にビクリと身を震わせる2人。
振り向くとそこには神代がいた。
最近忙しくなり、彼女の部屋を訪問することができなかった柳だが、わざわざ向こうから尋ねてくるということはないはずである。
たまたま通りかかったので声を掛けられた、というのが妥当なところだろう。
その証拠にどこかに出かけるのか、出かけた後なのかスーツケースが握られている。
何があるにしろあったにしろ、一言目から友好的でないことは傍から見てもわかる。
が、それは白銀だけに対する態度であり、柳には真逆の対応をする。

「柳……お前はまだ先が長い、くれぐれも道を踏み外させないように振舞うのだぞ?」
「微妙に言い方間違っていませんか?」
「いや、そなたが踏み外すことはないだろうから、踏み外すとしたら相手だろうからな」
「……兄様がいいそうなことですね。神代義姉様」
「ぬッ!?……何かいったか柳?」
「いいえ何にも」

神代は柳の頭を拳で軽く小突く様子を見て、白銀は首を傾げてしまう。
この世界の3馬鹿の一人である神代の態度はどうにも違和感を抱いてしまう。
元の世界では厳かとかお淑やかとはかけ離れた只のお騒がせメイドだったので、柳よりも武家らしい雰囲気とお姉様ぶる態度は別人としか思えないのだ。
そんなことは露とも知らない柳たちは白銀の存在を無視し雑談をしばし続けていた。
しばらくして雑談に区切りがつくと、今まで微笑んでいた神代は真面目な顔になり、ここから重要なことをいう雰囲気へと場の空気を換えた。

「柳、冥夜様が近日に総合戦闘技術評価演習に望まれるそうだ。
 これに合格されれば……されれば戦術機の操縦へとステップを上げることとなられる。そなたも“そのこと”を肝に銘じておくように」

柳はその言葉の意味を汲み取ると少し残念そうな顔をした後、元の表情に戻し頷いてみせた。
神代も頷くと表情を少しだけ和らげた。
この間白銀は目を白黒させて神代の第三印象を頭の中で整理していた。
それに気づいた神代は白銀を軽く睨んだ。
自然と白銀は背筋を伸ばしてしまい、伸ばした後になって元の世界との関係が逆になっていることをより感じさせられてしまい、なんとなく悔しさが沸いた。
神代はその様子に何も感じることことがなかったのか、視線をもう一度柳に向けると、白銀には聞こえないよう唇だけで言葉をつむいだ。
柳はその唇の動きを読むとこれも唇を動かすだけで返答した。
その返答に神代は口元に笑みを咲かして満足すると、ではまたと言い白銀のほうをもう一度睨みつけた後去っていた。
白銀はそれに憮然とすると答えが返ってこないことを知りつつも柳に向かって声を掛ける。

「最後なんて言ってたんだ?」
「そんなに知りたいですか?」
「……一応……いや、知りたい」
「機密事項です♪」
「…………」
「それより早く行かないと副司令のご機嫌が斜めになってしまいますよ?急ぎましょう」

さっさと先に行ってしまう背中を見ながら思わず溜め息を吐いてしまう白銀であった。

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白銀たちが目指す香月夕呼の執務室には先客がいた。
これまた珍しくもない客はエインヘリャルが隊長鳴海孝之である。
本日は伊隅みちるは訪れておらず、隊長としては彼だけ呼ばれたのである。
理由は当然大きく戦力低下した同部隊に関することなのは明白で、鳴海としても頭が痛いところである。
この部屋に来てもう5分ほどたったが、いつもの如く各部署の確認事項やその他の所要で忙しいらしく目だけでソファに腰掛けて待っていなさいと言われ、
もはや慣れてしまったのか逆らいもせず、また何の躊躇いもなくソファに腰掛けた鳴海は無為に時間を過ごす羽目になったのだ。
……いや、正確には無為ではないのだが、自分の中では無為な時間であることにしといたほうがいいと判断していたのだ。
目の前の美人、イリーナ・ピアティフとのささやかなお茶会は。
本来そう頻繁に顔を見せる彼女ではないが、鳴海がこの部屋に訪れるのを狙ったのか如く必ずといっていいほどいるのだ。
そうして今回もその例に漏れずここにおり、珈琲を飲みながらささやかな雑談をしている。
素直に美人とお茶するのは何よりも清涼剤になるのだが、鳴海の心の中を大きく閉めている女性2人を思うとなんとなく気まずいものがある。
ここら辺まで考え到ることは訓練兵時代から格段に進歩していたが、ピアティフという女性が心の中の一角を占めそうになっていることを本人が自覚していないのは大きな問題である。
鳴海がヘタレ……というより元々が女性にだらしない性格だからかもしれない。
まあ、そんな個人的事情で血の海になるか本人が気づいてなんとかするのかはともかく雑談は続いた。
雑談もひと段落着くと視線を香月へ向けた鳴海だが、そこで固まることとなった。
視線の先には珈琲片手にニヤニヤ笑いを浮かべながらこちらのことを観賞している香月の姿があったからだ。
その姿から当に用事は済ませていたことは想像することは容易すぎた。

「あら、逢引はもう終わりなわけ?」
「……副司令、態々リラックスするために人を使うのはやめてください。ピアティフ中尉も困るでしょう?」
「ええ……ま、まあ」

ピアティフのそんな様子を鼻で笑い、言葉を続ける香月。

「何言ってるの?困るのはあんたでしょう?鳴海」

ピクリとゆれる鳴海の体。
その動きに満足したのかそれ以上追求することをやめる香月。
彼女にしても無駄にできる時間はすでに観賞に費やしてしまった以上余計な時間を取りたくないのだ。
ピアティフはというといそいそとソファからはなれて今回使う資料を整え始めていた。
勿論顔を真っ赤にしながら、鳴海中尉と私が……とかいいながら。

「それはそうと本日はどういったご用件で?」
「そうね。大体見当付いているだろうけど、あんたの隊の戦力に関してね。
 報告は受けてるわ。何でも実働できる戦術機は3機、それもジュラーブリクが2機に撃震が1機。
 とてもじゃないけどBETAを相手にするには少なすぎる戦力ね」

飲みかけの珈琲を机に置き、報告書が載っているであろうクリップボードに持ち替えて流し読み程度に文面に目を走らせる。

「おまけに2名は怪我により後送、少なくとも一ヶ月の治療が必要ね。ジュラーブリクはソ連が突っぱね始めたからこれ以上の補給は事実上不可能。
 そうなれば自ずと国内の戦術機切り替えが求められるか……戦術機の問題は慣熟訓練すれば問題ないにしろ機種が問題ね。まあ、しばらくは関係ないけど」
「関係ない……ですか?」
「あんたたちにはしばらくやって貰いたいことがあるのよ。まあ機種は暫定的に基地内にある撃震で統一しとくわ。
 ジュラーブリクはそのうちまた使うかもしれないからちゃんと整備させておくからそのつもりで。
 複座での操縦はあんたの意見を参考にしたいから後で決める。で、やって貰いたいことだけど……ピアティフ……とっ、あんたたちも良いタイミングで着たわね」
「はい?」

後ろを振り返るとそこには白銀と柳の2人が丁度ドアを開ける所だった。
ピアティフは資料を隊長である鳴海とその部下の2人にすばやく配ると香月の後ろへと移動していった。
香月はそれを確認すると口を開き今度の任務の内容の説明に入る。
勿論この後に文句を言わせないようにするため、ピアティフに途中説明を任せながら。
そして、大方の説明が終わった後、3人とも色んな意味でもの凄く疲れた表情を浮かべるのであった。

----------------------------------------------------------------

スーツケースを片手に自分の部屋へと帰途に着く最中、神代は思わずより道を選択してしまった。
こんな夜分にその部署が働いているわけはなく、通路もひっそりとしており人の気配も感じられない。
だが、彼女にとってこの日はここにくることを日課としている日であり、落ち着くためにここに来たのである。
いつもこの日の昼下がりは賑わうのだが、やはり日が沈んだ時刻ともなれば本日の仕事は残っていないのだろう。
しんと静まり返り廃墟のような寂しさを感じさせた。
ちょっとした所要で数日帝都まで足を運んでいたおかげで、今日は間に合わなかった。
なら明日くれば彼からの手紙が来ているかもしれない。
そう思いもと来た道を戻ろうとするが、振り返った先に人がいるのを確認した。
一瞬警戒するが、それが顔見知りだと確認すると肩の力を抜き、その者に声を掛けた。

「伍長、どうしたのだこのような時間に?」
「いえ、私は今日の残った配達品を確認しに着ただけなんですが……少尉こそどうしたんです」
「私は……その配達品がないかどうか確認しに来たのだ。しかし、本日もないという確認なのかもしれないがな」

神代は少し寂しそうな声を出し、邪魔をしたというと足音を響かせながら伍長の横を通り過ぎようとする。
伍長はその寂しさに気がつき、ちょっと寂しさをもらってしまったが、はっとなり慌ててそれを打ち消し帰ってしまいそうになった神代を止めた。

「ちょ、ちょっと待ってください、少尉!」
「……なんだ伍長?」
「少し待っていてください。動かないでくださいね」

伍長の様子に眉根を寄せる神代だが、何やら自分に用事があるようなのでとりあえず足を止めた。
伍長はそれを確認するかしないうちに奥へと駆け足で入っていくと、荷物を探すような音が響いてきた。
そして、待つこと数分後、探す音が途切れ、代わりに奥へ引っ込んだときのような慌しい足音が響き、伍長が姿を現した。
伍長の腕には封筒と大きく包装された箱が抱えられており、神代の前に付くなりそれを差し出してきた。
持ってきた当人からの贈り物かと思ったが、どうやら違うらしい。

「これは……?」
「差出人を見てください。封筒を見れば一発だと思いますよ」
「差出人?」
「そうです。それでは私はまだ用事がありますのでこれで。荷物の開封は部屋に行ってからにしてくださいね!!」

そういうと伍長はさっさと仕事場の奥へと姿を消し、神代だけがその場に取り残されてしまう。
呆気に取られる神代だったが、言われたとおりに手紙と思わしき封筒に書かれた差出人を確認する。
そこで思わず「あっ」っという驚きの声を上げてしまった。

【神代巽様 御城衛】

神代は伍長が気を利かせたくれたことに感謝しつつ、大急ぎで荷物をまとめると自分の部屋へと直行する。
幸い神代の姿は見られることなく無事に部屋に着き、荷物を机の上へと置き、手紙を破かぬように封を切った。
そこに書かれていた文字は紛れもなく彼の字だった。
思わずその文字を見たとき涙が溢れてしまい、自分がどれだけ彼を心配していたのかを改めんて確認することとなった。
今まで手紙の返事を掛けなかった謝罪、空白の数ヶ月を埋めるように手紙はいつもより長く書かれており、侘びの印に贈り物をする、
気に入ってくれればいいが、と書かれ結ばれていた。
その贈り物というのがこの大きな箱のことなのだろう。
神代は何度も読み返した手紙を丁寧に机の上に置くとその箱を開けることに専念する。
包装紙を丁寧に剥がしていき、真っ白な箱が姿を現す。
それも壊さぬように箱の口を開き、中身を確認すると贈り物はひとつではないとわかった。
一つ目は

「これは返事が返ってきた最後の手紙に書かれた酒……忘れていたわけではないのだな」

次に出てきたのは彼女の趣味として欲していた茶であった。
これまた手紙に書かれていたものである。
やはり趣味に適う贈り物というものは、自分のことをわかっていてくれていると感じられ、気恥ずかしさと同時に嬉しさが沸いてくる。
そして最後、三つ目は……。

「こ、これはく、熊のぬいぐるみ……お、大きい」

それは神代の胴体ほどある大きな熊のぬいぐるみだった。
どうやら帝国製らしく可愛らしいというより、野生の熊……多分小熊をモデルに、勇ましさの中に愛嬌をもった造りになっている。
思わず熊の手をとり、握手してしまう。
「ヴぉ?」という鳴き声聞きえてきそうなほど愛くるしさ……もとい現実味があり、思わず抱きしめてしまう。
これまた「ヴぉふ~」と鳴いていそうなほど愛く――。
――とりあえず神代はこのぬいぐるみを大いに気に入った。
しかし、はっと気が付いた。
彼は今まで何をやっていたのだろうか?
手紙によれば教官職を全うして、卒業を迎えさせ、今現在も二期生の育成に取り組んでいるそうだ。
基地所在地は記載されていない……。
この手紙は大きな手がかりになるのか?
陰謀に巻き込まれた、あるいは加担していると仮定すると、この程度ではたどり着けないという自信からなのか?
それか本当にただの善意からのものなのか――。
――いずれにしろこの贈り物にこめられた気持ちは本当のものだろう。
神代が喜ぶだろうものを選ぶと同時に彼女の趣味の範疇外のものを選んだのだから。
そこでまたはっとなった。

「このぬいぐるみどこに隠せば……?巴たちに見られたりしたら……」

神代の心配は安心したのか、同僚であり友人である2人の女性少尉に向けられるのであった。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第四章その1
Name: 通行人A◆d1634279 ID:5a722df5
Date: 2008/10/14 23:24
「……はあ」
「晴子が溜め息なんて珍しいね。一体何を悩んでるの?」
「茜にもばれちゃったか……」
「私に持ってことは何人かにはもう聞かれたってこと?」
「そうだよ。茜の前には宗像中尉、その前は伊隅大尉。皆通路ですれ違っただけなのにわかっちゃうんだから重症なんだろうね」
「そんなに深刻なことなの?晴子が愚痴漏らしてるところなんて初めてだから……私にできることなら何かするよ?」
「ありがとう。でもねこれは身内……家族の問題だからさ、気持ちだけ貰っておくよ」
「……溜め込むの体に悪いから言いたくなったら言って。それですっきりすることもあるから」
「重ね重ねありがとうね、茜。それじゃあ私はもう行くからまた明日、お休み」
「お休み」

去っていく柏木晴子の後姿。
涼宮茜はその手に一通の手紙があることに気がついた。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第四章その1


網膜に映し出されていた数々のウインドウが閉じられていく。
戦術機のシステムを落としたためにデータリンクが解除されたためだ。
徐々に暗くなっていく管制ユニット内から聞こえるのは2人分の呼吸音。
呼吸の仕方から二つとも先ほどまで緊張状態が続いていたことをあらわしている。
その内の前部席で操縦を担当していた少女は必要最低限の明かりを残した管制ユニットを操作し、前部ハッチを開放する。
空気が抜ける気の抜けた音と共に入ってきたのは新鮮な外気と光だ。
もう何度目か数えるのが面倒になった光に目を細めながら男は思った。
今日もまた帰ってこれた。
目が慣れるか慣れないかのうちに外へとバランスを崩さないようゆっくりと出て行く。
ステップに足を乗せ、そこを支点に体を引っ張り上げ、強化装備の靴底で金属音を響き渡らせた。
光に目を細めながらも徐々に慣れてゆき、眼下に忙しく動き回る整備班の姿が見えた。
いずれも顔なじみで誰が戦術機のどの部分を主に整備しているのかもちゃんと認識できるほど月日はたってしまった。

「少尉、お疲れ様です」

その整備班の中でも特に馴染みの一人がつなぎの袖を捲くりながら労いの言葉を掛けてきた。

「どこかおかしいところでもありましたか?」
「思い浮かんだ機動と実際の機動に若干のズレが感じられた。機体の不調とは思えないが、念のために原因調査、調整を頼む」
「了解です。お嬢さん少尉のほうは何か違和感のほうは感じましたか?」

整備員は男の後から出てきた少女衛士に微笑みながら問いかける。
男の影に隠れるようにしてきた出てきた少女は一瞬何を言われたのかわからなかったのか、数回瞼を瞬きさせると首を30度程傾げて見せた。
整備員は困ったように曖昧な笑みを浮かべ、もう一度話そうと口を開くが、少女は何を言われたのか理解すると逆に口を開き問いに答えた。

「問題なし。強いて言えば、反応速度をもうちょっと早くして欲しいくらい」
「ん~それでは御城少尉と同じ意見でよろしいですかね?
 多分少尉たちの操作にOSの反応がやや遅れていると思うのですが、何とかして見せますよ」
「頼む……あああと操作履歴を貰っていってよいか?私たちにも無駄な操作があってのことかもしれないからな。
 何でもかんでもそなたらの所為にしては悪い」

男のことを御城と呼んだ整備員は照れ笑いし、そんなことは気にしないでくださいといいつつ、操作履歴の閲覧を承諾した。
御城はよろしくともう一度いうと愛機の前から離れていく。
その後ろをお嬢さん少尉こと、九羽彩子が靴底で音を立てながらついていく。
まるであひるの行進のように、必死になって親鳥についていく雛のようで微笑ましいものである。
御城も自分がどういう風言われているのかも知っていたが、あえて反論するようなことはしなかった。
御城とて人である。
話の種として使われる分には構わないし、そもそも戦時下の軍人というのは話題に乏しいのだから仕方ない。
勿論度を過ぎればそれなりの対応はするが、今のところその手の話題は耳には入ってこない。
ならば放置しておくのも優しさというものだ。
それに……。
御城はちらりと後ろについて来ている九羽に目を向ける。
真っ先に目に飛び込んできたのは以前より長くなった前髪だ。
特に左顔を隠すようにセットされたそれは意図した目的から外れ、自己主張するかのように左右に揺れている。
いまだその下に見え隠れしている傷を前にすると胸を痛めるそうになるが、瞬時にそれを肯定、麻痺させる。
目の前の少女と接するに必要なのは優しさと強さだ。
罪悪感で強張らせた情けない姿ではない。
九羽は視線に気がついたのか歩みを速めると隣へと移動してきて、微笑みを浮かべ何か期待するようなに上目遣いで見てくる。
……さて一体どこでこんな知識を仕入れてきたのか。
頭の中を検索するが該当する件数、人物は一人しかいなかった。
この年でこういったことを覚えるのは情操教育上良くないので、期待していたものとは違うものを与える。
曲げた人差し指を親指に引っ掛け、掛けた指を伸ばそうと力を込め、引っ掛かりである親指を離す。
俗に言うデコピンを九羽の額に解き放つ。
ペチンと擬音語を使いたくなるおもしろい音を立てて衝撃は炸裂し、衝撃を受けた側はしばし呆然とした後額を撫でつつ抗議の目を向けてきた。
それを無視し歩くペースを上げて九羽を置いていこうと試みる。
だがそれを許す九羽ではなく、手を掴んでそれを防いだ。
栗鼠のように頬を膨らませている。
御城は根負けして先ほどデコピンに使用した手を九羽の頭へと置き、二三回安心させるように優しく叩いてやる。
それだけで九羽は頬を緩め、機嫌が百八十度変わった。
しかし、それも束の間、急に緩んだ頬に緊張が走ったのを、御城は見逃さなかった。

「どうした?」
「――――あの人」

そうポツリと漏らして前方を凝視している。
その視線を辿ると一人の女衛士の2人組みが雑談しながらこちらに向かってきているところだった。
御城はそれが何者かわからないが、何か九羽が感じたことを考慮に入れつつも、何もなかったかのように振舞う。
九羽にはそのような腹芸は無理とわかっているからとりあえず、持っていたドリンク型の薬を口に突っ込ませ苦い顔にさせた。
何事もなく通り過ぎたことを確認すると、九羽の口を開放してやる。
当然酷い扱いに憤然とする九羽を宥め、どうにか何故あのような警戒に入ったのかを聞き出した。
これが私に神代少尉に再び手紙を送る後押しになったのだから、ある意味感謝するべきことなのかもしれない。

「――月詠……確かにその名を聞いたのだな?」
「……後教官の名前も」
「予定変更、デブリーフィングはお前が主導でやれ。私は少佐に報告することが増えたので行く。できるな?」
「……うん」

月詠……まさか彼女が動いているとはな。
これは新潟で派手に動いた結果なのだろうな。
御城は研究室で嬉々としてデータを拝見しているであろう少佐のところに向かうのであった。
「おう九羽ちゃん。教官どうした?」

九羽はブリーフィングルームに来て早々声を掛けられた。
声を掛けてきた人物は髪が青色で、どこか人を和ませるような顔をしている。
その外見は少年そのもの、年相応……。
要は少年兵と呼ばれる年齢の衛士……候補生だ。
とりあえず九羽は拳を握り締め、馴れ馴れしく近寄ってきた少年の頬に一発熱い贈り物を施す。
不意をついた一撃は少年の頬を見事にとらえ三歩ほど交代させることに成功する。
しかし九羽としては転ばせるつもりではなった一撃がよろめかせるだけと知ると視線に不満の色を乗せた。

「いっっっって~~~~~~!!何をす――」「五月蝿い」「――ふべ」

九羽に殴られた少年は仰け反っていた上半身を再びバネ仕掛けのように起き上がらせるて文句をいおうとするが、
今度は前方へと体を折り曲げることになった。
それでもめげずに上半身を起き上がらせて、後ろから一発見舞った相手、女の子に振り返って文句を言う。

「~~~~~って今度は分隊長かよ!オレの頭蓋骨と頬は繊細にできてるぞ気をつけろ!!」

分隊長と呼ばれた女の子はあきれた顔をしつつ、頭から湯気が出そうな少年に向かって冷たく言った。

「それより柏木餅、上官不敬罪で射殺されてもしらないよ?」
「……あれ?」

どうやら理解できていない柏木餅と呼ばれた少年は言われたことを理解できなかったらしい。
それを見て取った分隊長はもう一回だけわかりやすく説明してあげる。

「あなた、訓練兵」
「うん」
「九羽、少尉」
「うん」
「訓練兵=部下」
「うん」
「九羽少尉=上官」
「……うんうん」
「ではやることやる」
「九羽少尉失礼しました!!」
「…………わかったならデブリーフィングの後に分隊長の監視の下、夕飯の食事抜きを決行せよ」
「げっ――了解です」

逆らうのは得策ではないと悟ったのか特別騒ぐことなく了解する少年。
それを見計らって九羽は咳をひとつ吐き喉の状態を整え、デブリーフィーングを行った。
そして、何事も無くデブリーフィングを終えた九羽は、訓練兵たちに、本日の反省点を小隊ごとに分かれて論議し、その結果を明日までに報告書にまとめるようにと伝えた。
普段とは違う饒舌さに少年兵たちはもはや驚くことはない。
自分たちと年齢が同じくらい、あるいは低い上官はいつもそうだからだ。
指導するときか作戦命令を伝えるときは饒舌……といっても普通の人レベルになるだけだが、それ以外は殆ど喋らないことで有名だ。
整備班の人や同僚の衛士たちからは評判は良いようだが、猫をかぶっているというのが少年訓練兵たちの通説だ。
しかし、少年兵たちは知らない。
その通説は本人にとっくの昔に知られていることを。
が、九羽としてはどうでもいいらしく、放置していることが少年訓練兵たちにとって知られざる幸せだろう。

「――以上。他に聞きたいことがあるか?」
「九羽少尉いいでしょうか?」
「発言を許可する」
「飯抜きって本当ですか?」
「……分隊長後は頼む」
「了解です」
「ちょ、九羽少尉勘弁してくだ――」

九羽は最後までその言葉を聴くことはせず、ブリーフィングルームを後にした。

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口にくわえた煙草が唇を動かすたびに上下する。
かと思えば、おちょくるように左右に揺れることもあり、猫がいたら叩き落とされていることだろう。
しかし、煙草を咥えている女性は猫を嫌っているからそんなことは万一にもおこらないだろうが。

「御城。研究室まで押しかけておいてあんたは一体何のようなわけ?
 知ってのとおりあんたが出してくれたデータで今後の予定決めなきゃならいないのよ?」

煙草を咥えているとは思えない早口で一気にまくし立てる女性。
その間にも先程からずっと見ている書類からは目を離さず、その逆の手は端末のキーボードを忙しく打ち続けている。
御城に視線を向けようとしない態度は如何かと思うが、指摘すると機嫌を悪くするだけなので黙っておく。
仕事中は煙草に火をつけないのは彼女なりの意地らしい。
煙草を吸いたければ最高のできで結果を出す。
普通なら逆に効率が落ちたりミスを誘発させるものだが、自身を天才と称する彼女からすれば凡人とは違うらしい。
御城は溜め息を吐きたくなる衝動をどうにか押さえつけるとつい先程聞いた出来事を告げることにした。

「後藤少佐、月詠が動いている可能性があるかと」

その途端彼女、後藤少佐はピタリと動きを止めた。
目は書類から外れ、御城に向けられ。タイプしていた指は二三回空を掴むと机の下へと消えた。

「月詠が動いた……確証はあるのか?」
「九羽が感じて、計算から導かれたのでしょうから確度に関しては良くて6割方かと」
「……まあ動いていてもおかしくはないわね。新潟の件で派手に動いたのを見過ごすような連中じゃないからね」
「で、どうしますか?現状維持するなら構いませんが、正直スポンサーの連中の考えにはついていけないかと。
 先日の件で横浜とことを構えたことも含めてそろそろ潮時――」
「かもしれないか?」
「――はい」

後藤少佐は御城の言葉を聴くとにっこりと微笑む。
そして、微笑んだままの顔で机の上にあった灰皿を御城の顔面めがけて全力投球してきた。
御城は灰皿を投げてくることは既に身体の動きから計算済みで飛んでくる軌道まで読みきっている。
それとなく最低限の動きで軌道上から体を除け、避けたように見せず、はずしたように見せた。
彼女のほうも当てるつもりはなかったらしく、微笑んだ顔のまま再び口を開いた。

「何寝言いってるの?この研究は帝国の、ひいては人類のためになるものよ?
 それをたかがあの無能たちの所為で止めなきゃならない?何わけわからないこといってるの。
 あっちがこっちを見限る可能性も常に考えているわ。あっちはこっちが見限るとは考えていないようだけどね。
 月詠が動いているなら好都合、見限るチャンスだわ。閣下には私が言っておく。
 スポンサーを見限る時期にきたってね」

またもや一気にまくし立てる少佐に今度こそ溜め息を吐いてしまった。
少佐の視線が細く鋭くなるが、この際構わない。
どうせまた不機嫌になるようなことをいうのだから。
御城は溜め息と同時に言葉を発した。

「で、研究資金のあてはあるんですか?言っておきますけど、資金出してくれそうなところは帝国のどこを探してもあのスポンサーしかいませんよ」
「そこのところは閣下に心当たりがあるといっていたから大丈夫よ。
 知らされてはいないけどこっちでも大体把握してるから、あんたが心配しなくても大丈夫」
「そうですか……」

資金には心当たりがある。
閣下と呼ばれる人物と少佐のいう資金は御城にもそれが何か大体察しがついた。
ついたからこそ自分は自分で動かなければならなくなったわけだが。
月詠の諜報員と違いスポンサーの諜報員が無能なおかげで動きやすくて助かる。
しかし、もうひとつ解決しなければならない問題があった。
今後動くにあたって重要なことだ。

「その件は関してはもはや自分にいうことはありません。ですが、横浜基地からの申し出はどうするのですか?」
「……ああ……意図は読めすぎるわね。新潟の件のカマカケ、その他諸々利用するつもりなんでしょう。
 横浜の魔女、香月……あいつの顔拝まないわけにはいかないわ」
「……私としては正直行くのはどうかと思います。一応私は書類上の名目では教官ですしね。
 しかし最近やった演習時のスコアが、何故発表されているのかは謎ですが」
「名目にはもうひとつあったでしょう?帝国における複座型の運用再評価、これから増大するであろう少年兵への可能性の模索。
 表向きの理由だけで帝国上層部はそれなり動いてくれるわ……っと、それはさっきの話だったわね。
 ともかくあんたは教官兼実験部隊隊長なんだから文句はいわせない。というかあんたそれを本気でいっているの?」
「いえ、どう見ても私の部隊をご指名しているようにしか見えませんね」

横浜基地の天才は新潟でのことを大体把握しているようだ。
御城の部隊のことをしっているのは勿論、襲撃したのもここだとあたりはついている。
後私見だが、どうも後藤少佐と香月副――准将は知り合いのようだ。
大学の研究室あたりでいざこざでもあったのだろう。
それはともかく御城は行きたくなかった。
ただの交流会と称した合同演習ならかまわないのだが、これだけは別格である。
溜め息を吐くと幸せが逃げるというがまた御城は溜め息を吐いた。
溜め息くらい吐いていないとやっていられないからだ。
そして大きく息を吸いいいたくない一言を吐き出してしまう。

「しかも訓練生合同演習……自分のことを知っているのか知らないのかは知りませんが、あの基地はしがらみがありすぎていろいろと面倒ごとがおきそうです」
「がんばって相手の訓練兵を負かすことね。じゃないと今までの投資が無駄になるかもしれないからよろしく」
「……了解です。私がここに残っている理由のひとつがそれですから」

御城は思う。
あの時、新潟で起きた惨劇を。
自身が未熟すぎたゆえに犯してしまった業を、罪を。
私は最早正道を行くことは適わず、外道の道をひた歩かねばらない。
天上に輝く英霊たちの星に頭をたれて。
事態は急を通り越し、帝国から横浜へと不自然に南下していく。

視点は再び横浜基地へと移すことにしよう。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第四章その2
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/10/31 17:50
春風漂う桜坂。
わずか半年前に陰謀に巻き込まれて不貞腐れながら登った坂。
その時は車に乗り、車窓から廃墟に漂う退廃した空気に辟易し、桜などに興味を示そうとしなかった。
しかし、どういうわけか気になり、目を細めて枝を観察していたことを良く覚えている。
枯れていると思った桜の木に興味を引かれた理由は観察するうちに理解したことも。

「……さすがに秋も深まって、冬ともなれば葉の一枚もないか」

半年前とは違い、木枯らしが吹く中を己の足で坂を登っている。
両手には旅行鞄とジェラルミンケース。
これでワイシャツネクタイにトレンチコートでも着ていれば、出張してきたサラリーマンに見られるかもしれない。
生憎帝国陸軍の軍服を着ているからどうみても軍人にしか見えないだろうが。
感慨とどうでもいいことを考えていると後ろから荒い息遣いが聞こえてきた。
私は溜め息を吐きたくなる衝動を抑えて振り返り、荒々しく息を吸ったり吐いたりしている女性に声を掛けた。

「大丈夫ですか?」
「……ハァ…大丈夫…ハァ……に……見える……ヒィ…のか?」

心配を掛けた相手は鋭い目つきで抗議の声を上げながら睨み付けてくる。
大丈夫に見えないが、声を掛けるのが人情というもの、会話は期待できそうにないが、気分を紛らわせるために一方的に話す。

「しかし、ここに来て車が故障するとは思いませんでしたね。整備のやつらに文句をいわなければ収まりませんな」
「…………全くだ」
「これなら機体と一緒に来たほうがよかったのでは?」
「…………」
「少佐?」
「御城、少し黙れ」

少佐は私と同じ帝国陸軍の女性用軍服を身に纏っているが、お世辞にも軍人とは思えない華奢な身体つきだ。
それもそのはず、技術将校として勤めているのだから体を動かすことは不得手なのだ。
さらにいえば彼女は普段白衣を着て、重たい実験器具は部下に持たせている、絵に描いたような研究者だ。
まあ、高々2キロ程歩き、100メートル程坂を登ったくらいでここまで体力を削られるほど体力なしはどうかと思うが。
御城が望みどおり黙るのを確認すると、少佐はとよろよろと一本の桜の木下へと移動する。
そこには不自然に石が置かれており、どうやらそれに座るつもりらしい。

「あら?」

しかし、残念なことに座られるのを拒むかのように石は少佐が手を掛けようとしたところで転がり落ちていった。
しばし呆然とする少佐。
御城はふと思い出す。
そういえば私には縁がないが、ヴァルキリーズの衛士たちの墓がここらの木の根元にあったはず。
どこに眠っているにしろここに尻を置いて欲しくないようだ。
それはともかく後藤少佐は休めないとしると憤然と御城に近づいてきて軽く脛を蹴って鬱憤をはらしてきた。
痛みに堪え、荷物を落とさないようにしながら息が荒い後藤少佐の後をついていく。
ちらりと桜の枝を見る。
来年も今年の春のように綺麗に花を咲かせてくれるのだろうか。
純粋に咲くことを願うのだった。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第四章その2


ブリーフィングルームに響き渡る冷房のカタカタという作動音。
そこに時折混じる書類を捲るときに出る紙のすれる音。
パイプ椅子に座り込んで演習の結果を黙々と確認する人影が6人。
6人ともじっくりと書類の内容を吟味し、頭の中で優れていたところ、直すべきところを簡潔にまとめていく。
だが、各々の頭で考えていることは自分の隊の評価ではなく、別の隊がおこなった演習の評価だ。
自分と係わりのないところで行った演習を映像を見た後、自分の意見を織り交ぜつつ噛み砕き、正当な評価を与える。
それらを統合、ランク分けし、最終的に細かな戦術評価と衛士各自の改善点を示す。
今行っているのはそれらを終えて操作履歴から各衛士に対する評価を考えているところだ。
考えている衛士のうち一人の小さな女性、お馴染み少女衛士御城柳は書類、担当の衛士の操作履歴を読み終えて膝の上へと戻した。
彼女はいささかの疲れも見せずに静かに相棒が評価を終えるのを待つ。
その様子は少女というより一人の女性としてのそれだ。
一方その相棒、白銀武は書類を見ながらしきりに頷いてみせ、しっかり評価に勤しんでいるようだ。
柳は横目でそれを確認すると少し口元を綻ばせて視線を戻した。
まるでお兄様が勉強をしているときに見せる難しい表情に似ている。
柳からも幼いと思えるような顔は経験を積むにつれて徐々に精悍さを増して、男らしい日本男児のような顔つきになりつつあった。
それが兄に似ていると思わせているのかもしれない。

「さて、あらかた評価のほうは終わったと思うがどうだ?我らが白銀考案の新型OSを搭載した隊の評価は」
「……搭載されて一週間、ここまで操作できれば十分だと思います。若干まだ機体に振り回されている感じはしますが、これからいくらでも改善できそうですし」
「高原はそう思うか。たしかに部隊の将来性と今回の目的と合致している以上オレも同じ意見だ」

今回の演習目的、それはこの演習を行った隊の特性と深く結びついている。
この隊だからこそA-01以外に新型OSを搭載されることになったといっても過言ではない。

「それで軍曹の評価は?軍曹にも一応シミュレーターで体験して貰ったと記憶しているが」
「わかっているよ、慎二。あー……軍曹の評価によれば機動性は撃震とは思えないものへと変貌している、
 このポテンシャルなら従来のOS搭載の同世代の戦術機なら二対一でやっても引けはとらないだろう。
 その他諸々褒めてくれたが、唯一の欠点とすれば導入にするにあたって慣熟訓練が長引くかもしれない……だそうだ」
「……それってほぼベタ褒めちゃう?」

魅瀬のポツリと漏らした声が皆の耳に届くと一様に口元を歪めた。
麻倉にいたってはクスクスと肩を揺らして笑いを堪えている始末である。
麻倉にしては意外な反応に少々鳴海は驚くが、別段指摘することもないと思い話を進めることにした。

「鬼教官の軍曹殿がベタ褒めしたかはいいとして、これから彼女の教え子、オレたちの後輩の評価が重要だ。
 彼女たちが新型OSのカリキュラムのモデルケースに選ばれた以上妥協は許されない」

鳴海はそこで一旦言葉を切り、全員の顔を見回すことで間を取った。
柳はその行動からやはりという顔を魅瀬と一緒に作った。
それから察してか、各員表情を苦い顔へと変えた。
鳴海ばれたかという顔をしたあと、同じように苦笑いを作りつつ新たな任務内容を伝えた。

「……白銀の反応から察するとおり、皆は予想しているだろうが、我々は今後しばらくこの訓練小隊を鍛えることになった。
 麻倉やこの場にいない高原は元同僚だろうからやりにくいとは思う。だがお前らは既に士官だ。
 いずれオレの階級を抜くやつもこの中に入るかもしれない。その予行練習だと思っておけ。
 明日0900に訓練校にいき、彼女たちに挨拶を済ませる、以上だ。質問があるやつは今のうちにいえ……ないな。解散」

これが丁度2週間前の出来事である。

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「あ、白銀君」

通路を歩いているとそんな声が後ろから掛けられる。
御城柳は聞き覚えのある声に振り向く。
無論彼女が声を掛けられたわけではないので返事こそしなかったが、隣にいる声を掛けられた主は手を上げて気さくに挨拶を返している。

「よ、築地、一週間ぶりだな」「こんにちは築地さん」
「2人ともこんにちは。同じ基地にいるのにこれだけ顔合わせないなんて思わなかったよ」

築地の言い方だと横浜基地がそれほど大きくないように聞こえるが、実際は一万を超える人が勤めている。
それだけの数を、余裕を持って管理、運用している基地の広さ、大きさを考えれば一週間くらいあえなくてもおかしくはない。
柳は白銀が来るまでの半年間、斯衛の神代たちと顔を合わせるのにわざわざ会いに行かねば会えなかったことを考えれば頷けるだろう。

「今日は一人なのか?涼宮と柏木はどうした?」
「んー……今日は何か2人で用事があるからってどこかに行っちゃったんだ。アカネちゃん忙しいからだよ」
「……それって只離れるこうじ――ふごっ」
「――まあ、たまにはそういう時もありますよ。ね、白銀さん?」
「――ああ、あるある」
「?」

柳は白銀の背を築地に見えないように抓りながら笑顔で返答、白銀もそれにあわせる様強制する。
笑顔が若干引きつる白銀だが、何で怒られているのかなんとなくわかったので、文句をいうのを抑えることができた。
築地は何か違和感を覚えているようだが、詮索する必要がないと判断してこちらにあわせて笑ってくれた。

「ところでさ。白銀くんたち任務って……ああ、ここでいいことじゃないかな?」
「別に構わないよ。例のものの訓練マニュアルの作成と量産型を搭載する部隊の選定をやっているところだ。今は前者のほうが主かな」
「だとすると榊さんたちの分隊の面倒を見ているって話は本当なんだ?」

築地の確認に白銀と柳は表情を曇らせる。
予想はしていたが訓練部隊に実戦部隊の教官がつくなど豪勢すぎる。
良かれ悪かれ噂が流れるのは予想の範疇だ。
しかも格納庫に横たわっている武御雷の噂が蔓延しているところにこれだ。

「ええ、本当です。しかし知ってのとおり彼女たちとは今後の為、例のものの訓練マニュアルの作成のためにアドバイスをしているに過ぎません」
「……だな。オレも確かに顔馴染みの皆に例のものを理解してくれるように技術は教え込んでいるけど、入れ込みすぎているわけじゃない。
 噂のような付きっ切りの贔屓教導部隊なんていうのは根も葉もない出鱈目だぜ」

2人が言うことは本当だった。
柳はともかく白銀は深入りしたくても深入りしてはいけないことを知っているからだ。
同僚で階級も同じ訓練兵同士だったらタメ口を聞いて、笑い合い、切磋琢しただろう。
けど今はこっちは少尉、相手はほぼ階級を持たないも同じの訓練兵。
肩を並べて冗談を言い合うような仲じゃない。
極端に言ってしまえば、白銀と香月が肩を叩きながら冗談をいうことがありえないと同じようなことだ。

「…私は知っているから大丈夫だよ。私だって同じ立場なら同じことすると思うから。
 それはわかったけど今朝、帝国軍の戦術機が搬入されたことで何か知っていることある?」
「帝国軍の戦術機?」
「そうだよ。機種は多分吹雪だと思うけど、どう見ても帝国軍仕様だったし、この基地に追加で吹雪が搬入されるなんて聞いてないから、
 訓練兵関係なら知っているかな、なんて思ったのだけど……知らない?」

築地は項を撫でながら言ってきた。
対する2人は目配せして伝えるかどうかを確認しあっている。
その様子から2人は知っているということだろう。
柳は白銀に頷くと話すために口を開いた。

「隠すようなことじゃないですが、明日に珠瀬事務次官が視察に来ることは知ってますよね?」
「んだ――う、うん。知っている。確かB分隊の珠瀬さんのお父さんだっけ?」

珠瀬壬姫の父親にして国連事務次官を務める珠瀬玄丞斎。
肩書きもさることながら外交畑生え抜きの職務と信念に忠実なネゴシエーターとして、地位に恥じない能力の持ち主である。
一方で帝国臣民からは国際協調を過度に重視する売国奴の筆頭と陰口を叩かれる微妙な立場にもある。
おそらくオルタネイティブ4の経過を見に訪れて来るのだ。

「そうですね。その事務次官に余興として娘の訓練部隊の演習風景を見せようと話しになりまして、
 香月博士の合意を得て帝国との親善演習をすることになっているのですが、もう来たのですね」
「じゃあ榊さんも大変だね。珠瀬さん格好悪いところ見せられないし、相手が帝国軍なんじゃ余計負けられないね」

柳はそれに頷き、白銀は頭を掻いてみせる。
2人とも口にしないが新型OSを搭載している部隊が従来のOS搭載機に負けるなんてことは許されない。
相手には公表していないと香月はいっていたが、考案者である白銀にとって勝利の二文字しか眼中にはなかった。
人類を救うために開発されたものが、無意味だったと否定されたくない。
それに圧倒的な勝利で終わったのなら、正式採用OSとして国連に採用されれば、いずれは全世界の注目を集め、採用されるだろう。
それこそが白銀の目的だ。
ついでに面倒を見ていた自分たちも赤っ恥をかいてしまう。

「負けてもらったらオレたちも困るんだけど……まあ、それより今は飯だ。早くPXで……ありゃなんだ?」

白銀が見たのはPXにできた人だかりだ。
珍しく注目を集めるような出来事が起きているらしく、この時間に賑やかなPXは別の意味で賑やかになっている。
怪訝な表情でそれに近寄って見ると野次馬の中に麻倉の姿があった。

「麻倉」
「ん……白銀と柳に……築地か」
「一体何の騒ぎだ?見たところ冥夜たちと月詠中尉たちが何か話し合って……ありゃ誰だ?」

白銀はそこで人だかりになっている原因に気がついた。
冥夜たち国連軍訓練兵に月詠中尉率いる斯衛軍、さらに帝国陸軍の軍服をきる見知らぬ男……とただおろおろしている国連軍衛士2人。
成り行きはわからないが、どうやら国内に存在する3勢力がここに集まったことに皆興味を持ったらしい。
それ以前になにやらあったらしくおろおろしている国連軍衛士がどうやら原因のようだが、感心は既にそちらにはないようだ。

「……御城」
「はい?」
「御城君だね」

麻倉と築地はどうやら男のことを知っているらしい。
反応からすると親しい、少なくとも友人レベルまでの付き合いがあったようだ。
しかし、それよりも白銀が気にしたのは男の名前が御城というところだ。
御城なんて苗字がそうざらにいるわけではないし、何よりどこか柳ちゃんに似ている。
そう思っていると隣にいる柳の気配が急激に前方へと加速した。

「お兄様!!」

あらん限りの感情を込めた声は彼女の体と共に男の体へと吸い込まれていった。

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向かい合うように並んだ2つソファ。
一人がひとつのソファに身を沈めており、互いに女という性別だ。
方やこのソファの持ち主であり、この基地の副司令である香月夕呼という女性、通称横浜の魔女。
方や来訪者であり、一部隊の指揮官に過ぎない女、名は後藤理香、通称……はない。
ギスギスした雰囲気が流れる中、2人とも挨拶もせずにその場に身を沈め、はや3分。
どうやら過去に何か因縁があるらしい。
その因縁がなにかわからないが、ここまで仲が悪くなっているのだから相当のものなのだろう。
そして、沈黙から5分経過してようやく後藤の方から口を開いた。

「久しぶりね、香月。会いたくなかったわ」
「そうね、後藤。お互いに意見があったのなんて何年振りかしら?」
「少なくとも大学時代以来じゃない?それも嫌いなタイプの男についてだったはずよ」
「嫌いあうものが同じなんて面白みのないものね。それであんたまだあの研究続けているの?」
「さあ?それよりあんたこそ研究のほうはどうなってるの?このままじゃ米国に取られちゃうんじゃない?」

お互い毒とそこの浅い探りあいで牽制し合う。
彼女たちが本気で意見を述べ合ったら時間は一時間では足らないだろうから本気で探りあいはしない。
というよりお互いほぼわかっているから挨拶代わりにしているに過ぎないのだ。
それに時間がもったいないというのが一番の理由だろう。

「あんたが准将で、私は少佐待遇……か。仕方ないわね」

後藤はそういうなり姿勢を但し服装の乱れを瞬時に直すと、やっとまともな来訪者の格好になった。

「香月准将、こちらの訓練校のものたちは少年兵ばかりとはいえ一流の教育を施しているつもりです。
 明日の模擬戦はお互い良い結果が出ることを望みます」
「……わかりました。貴校の優秀さを横浜基地の訓練兵が証明して見せますので気負わないようにしてください。
 勿論こちらがより優秀であること証明した上で、ですが……互いに学べるところは学びましょう」
「……では失礼します……ウヘ」

後藤は言いたいことをいったのかすぐに応接室から出て行ってしまう。
最後の言葉といい同じ部屋の空気すらどうしても吸いたくないようだ。
そして、部屋に残された香月は後姿を見送ることなく、ソファにより深く身を沈めポツリと言葉を漏らした。

「非人道的とはいえ、最低限あいつの研究も必要になる時代か……私といい科学者なんて皆狂っているものね」



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第四章その3
Name: 通行人A◆d1634279 ID:5a722df5
Date: 2008/11/16 22:37
「…………」

「おーらい、おーらい……はい、止まって!……それじゃあこちらの書類にサインを」
「ええと、こことここでいいのかな?」
「そうですね……はい、いいですよ。あなたたちはあちらの第二滑走路の空きスペースを使ってください。しかし、帝国軍がここにくるなんて久しぶりですね」
「87式自走整備支援担架、こいつを動かすときなんてBETAのやつらが来たときか、遠征のときしかないからな。
 後者で安全なここに来ると知ったときは安心しちまったよ」

「…………」

「それはそうと帝国と国連の訓練校同士で演習なんて珍しい、というより奇妙ですな。実戦部隊ならいざ知らず訓練兵の親睦を深めるのにどんな意味が……」
「さあ?うちと、そっちじゃ表面的には仲悪いだろ?若い世代のやつらが仲良くなればそこから解決するとでも思ったんじゃないのか?」
「まあ、お偉いさんが考えてることなんて、一兵卒の俺たちが考えてもわからないさ。ところで乗っけてる戦術機って何だ?やっぱファントムか?」
「違うよ。現在の訓練兵の殆どは吹雪を使ってるんだよ。お前さんから言えばタイプ97か?第三世代様様だよ」
「第三世代ね。俺たちの時代はイーグルが最新だったから、どうもまだ馴染みがないな。まあ、いいや引きとどめて悪かったな」
「ああいいさ。他軍の兵と親睦を深めるのも仕事のうちさ」

「…………こちらK、第一関門クリア、基地潜入完了。指示を求む」
「――こちらKG。私は専門家ではない。だから適当に、明日の時刻まで絶対に見つかるな。ただそれだけだよ」
「……少佐はこのことをご存知で?」
「知らぬ」
「……よろしいので?」
「何のための極秘任務かね?」
「了解――これよりオペレーションMを開始する」
「うむ、吉報を待っているよ」

「ん?なんか声が聞こえなかったか?」
「気のせいだろ?お前さん風鳴りを声と勘違いしたんじゃないのか?」
「そうだな。それより急いで運べ、あんまり搬入に遅れてると色々面倒だろ」
「ありがと。今度酒奢るよ」
「期待しないで待ってるよ」


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第四章その3


赤が一種に白が二種類。おまけに黒に緑が一種ずつ。
PXにこれほど色とりどりの軍服が集まったのは初めてのことである。
ここを切り盛りする京塚曹長こと京塚のおばちゃんは目を白黒させている。
それもそのはず国内三大勢力が尉官とはいえこの場に同席しているのだ。
さら追い討ちをかけるようにその場の殆どの顔を知っている、世話を焼いたことがあるのだから。
そのうちの一人、国連軍の黒い正式軍服を着た白銀武は周りの視線を気にしながら、この急な懇親会?に参加していた。
目の前には厨房より合成緑茶が出されており湯気をたたせている。
しかし、それに手をつけることなくテーブルについた面々を観察している。
赤白、この場合は紅白というべきか、月詠中尉を初めとした斯衛軍が落ち着いた様子で茶をすすっている。
若干一人飲むペースが速いようだが何故だろうか?
それと同じ白でも国連軍訓練兵の制服を着た御剣冥夜たちは居心地悪そうに席につき、落ちつかない様子で脱出の機会を窺っている。
無理もないだろう。
白銀、麻倉、築地の国連軍仕官を初めとして各軍の仕官に囲まれれば逃げたくもなる。
若干名気にしてはいないようだが、この場で注目を浴びるのは不服であるらしい。
先程まで行われていた……多分武御雷の件だろうが、いちゃもんをつけていた少尉は月詠中尉たちと――。
白銀はちらりと帝国陸軍の制服に身を包んだ男を見る。
――御城と呼ばれたこの男に威圧されたようにすごすごと下がっていったのだ。
どこからどう見ても衛士徽章をつけた帝国陸軍の軍人だ。
階級は少尉で年は同じくらい、実戦経験はそれなりに豊富そうだ。
でも最大の問題はそこじゃない。
彼の横で今までとは質が違うお淑やかさを見せる柳ちゃんが、済ました顔で隣に座っていることが問題だ。
苗字が同じでどことなく似ていることから家族か親戚だろうか。

「久しいな御城……と妹君は数週間ぶりか?」
「……月詠中尉、お久しぶりです」
「もういつも通り柳でいいですよ、中尉」
「ふむ、元気そうで何よりだ。して、帝国軍のそなたが何故横浜基地に来た?無論差し支えない程度で構わん」
「いえ、隠すほどのことはありませんよ。ここに来た理由は――」

どうやら御城の旧知の仲は麻倉たちだけではないらしい。
しかも親しげに話しているのだから知り合い以上の関係のようだ。
冥夜たちには悪いが会話に入ろう。
白銀はここに来た理由を当ててみせて、会話に参加しようと口を挟んだ。

「――ここに来た理由は訓練兵同士の演習の付き添い、もしくは教官だからではないですか……少尉」
「――正解だが、君は?」
「初めまして白銀武少尉です。あなたの隣にいる御城少尉の相棒をやっている衛士です」
「ああ。これは失礼した。私は御城衛。階級はあなたと同じ少尉。名前から察して頂けると思いますが、
 あなたの相棒の愚兄をしているものです。妹がお世話になっているようでここに礼を述べさせていただく」
「お兄様は愚兄ではありませんからね。白銀さん」
「あ、ああ、わかってるよ、柳ちゃん」

どうやら兄という話は本当らしい。
余計な一言をいった柳に対し、失礼なことを言うなと頭を軽く叩く。
その仕草は暖かいものを感じる。
柳ちゃん同様、冥夜や月詠中尉のような雰囲気のしゃべり方をするから、御城家はやっぱり武家なのだろう。
では何故斯衛ではないのか、という疑問が浮かんでくるが、事情があるのだろう。
御城は挨拶を人通り終えると、白銀の隣に座る麻倉と築地に視線を移した。

「麻倉に築地……どうやら無事に衛士になれたようだな。おめでとう」
「……そっちこそ、教官職に就いたようで何よりだ。実戦はもう経験したのか?」
「ああ……まあ、その甲斐あってか、現在の職についているよ。高原や分隊長の涼宮はどうしているのだ?隊はやっぱり別になったのか?」

……話からすると麻倉や築地とは同期ということらしい。
でも帝国陸軍なのに何で国連軍の訓練兵と同じ部隊にいた風に話すのだろうか?

「そ、それは私が答えるよ、御城君。あたしとアカネちゃん、柏木さんは同じ部隊に配属になったのだけど、高原さんと麻倉さんは別部隊に配属されたんだ。
 ちょっと寂しかったけど、仕方ないかなって思ってるんだ。でも、御城君教官職に就いたって麻倉さんと話していたけど、
 よく任官して半年たってないのに教官になんてなれたね?」
「んー……そこはちょっとわからないな。さすがに上の考えはわからないから。それにうちの部隊は少々特殊だから」
「特殊?」
「……別に隠すことじゃないが……まあ、明日の演習のデータを見てもらえばわかる」

そこで御城はちらりと柳を見てから視線を横に滑らせ、冥夜たちへと移した。
その視線に何か感じたのか眉をキュッと吊り上げる207B分隊の面々。
一体どれだけのこの男はこの場の人間に関係を持っているのだろうか。
遠まわしに挑発をするところを見ると冥夜たちとは仲が良くない――違うだろうな。
白銀は御城の真意をちゃんと理解することができた。
柳の兄で立ち振る舞いが似ているのなら、考え方も似ているはずである。
少なくとも柳との付き合いもそれなりの日にちになった白銀にはそう分析できた。

「おい委員――榊、そこでカリカリするなよ。ただの挨拶でイライラしてたら世話ないからな」
「……わかっています」

知り合い……それも麻倉と築地の会話から察するに元々207訓練小隊に在籍、それもA分隊にいて先に衛士に任官され、
さらに挑発されたとなるとカチンと来て当然だけど、分隊長なんだからもっとしっかりして貰わなきゃいけないんだけどな。
白銀がわずか一ヶ月で自分が変わったと感じてしまうほど実戦とは過酷なものだ。
訓練期間中は仲良く演習で学んでいけばいいけど、新型OSの訓練モデルになる以上そんな悠長なことは言っていられない。

「榊」
「はい?」
「お前は今日から委員長と呼ぶ。他のものもそう呼ぶように」
「意味わかりません!きょ、拒否します」
「却下する。まあ、それはそれとして、御城少尉も人が悪い。馬鹿丁寧に訓練兵を挑発しないでください。
 横で怖い顔したお姉さんたち――特に約一名視線が物凄く鋭いですが」
「…………ふむ、知り合いとはいえ少し戯れが過ぎたかもしれませんな。ええとこれから色々とあるゆえ先に失礼します。では」

そういうなり、袖にすがりつく妹の柳ちゃんを優しく引き剥がし、軽く頭を撫でてから足早に去っていく。
その際、斯衛のほうに目配せをしたのは気のせいだろうか?

「…………」
「柳ちゃん、浮かない顔してどうしたんだ?」
「お兄様……ここにいた時間より喋っていた時間が瞬きの程しかありませんでしたね……って待って下さい、お兄様~~~~~」

……周りを見渡せば納得したような表情を浮かべる面々がいた。
ぶっちゃけ、何をしにPXにきたんだ、あいつ?
……後柳ちゃん、君ってそういうキャラだっけ?

------------------------------------------------------

とある士官の部屋。

「糞、何なんだ、あいつらは?オレが何したっていうんだよ。斯衛どころか帝国軍のやつまで首突っ込んでくるし」

男はそう口に出して部屋においてあるゴミ箱に蹴りを放つ。
仮にも軍人である彼にとって部屋の端から端まで蹴り飛ばすのは造作もないこと、ゴミ箱は盛大にゴミを撒き散らしながらベッドの横から
クローゼットの扉へと吹っ飛んでいく。
散らかったゴミを見てさらに苛立ちを露にする男。
ゴミを撒き散らし終わったゴミ箱にもう一度蹴り、それを発散する。

「ち、あーいらいらする。……あいつのとこいって一発すっきりするか」

そうと決めた男は部屋の掃除を後回しにし、クローゼットの扉を開けて、着替えを取り出そうとする。
蹴った時にゴミがズボンに付着したからだ。
クローゼットを開けてどれにするか選んでいると、ふと疑問が浮かんだ。

「こんなに隙間作って収納してたか?そういえば制服の数が合わないような。
 ……ああこの前クリーニングに出したからそれでそう見えるのか」

男は疑問を自己解決すると、すばやく今来ている野戦服を脱ぎ、今取り出したものを着た。
これからのことを考えるだけで、涎が止まらないが、どうにかそれを押さえつけ、通路へと消えていく。
そして主のいなくなった部屋は静寂を取り戻した……かに見えた。
ベッドの下の暗がりからゆっくり這い出る影がひとつ。
その手には先程の男の制服を一着持っている。

「こちらK。国連軍の制服を手に入れた……おっと、外への連絡はオフにしていたっけ」

------------------------------------------------------

御城衛物凄く困っていた。
具体的にどのように困っているかというと、知り合いに立て続けに会い、さらに白銀武が実戦部隊に既に配属されていることに。
おまけに最愛の妹が何故か、この横浜基地にいる。
注目されている中で説教するわけにもいかず、何とか話をしようにも旧知の間柄の人間が集まりすぎていた。
話しづらいことこの上なかったのだ。
とりあえず目の前の問題、手をとって隣を歩き続ける最愛の妹をどうにかすることにした。

「柳……兄と連呼するのを止めてくれないか?」
「む~~~わかりました。少尉と呼べばよろしいので?」
「膨れっ面をするな……しかし、何故お前が横浜基地にいるのだ?実家にいるとばかり思っていたぞ。手紙もお前だけ連絡を再開できなかったのはそのためか?」
「お前だけ?」
「――ああ、お前だけな。何でこの基地にお前がいるんだ?」
「軍事機密ゆえに回答を拒否します」

なるほど。
御城はその言葉だけで理解した。
香月博士も一族の特殊性に気がついたのだろう、利用できると。
ならば徴兵されたところはA-01か社霞と同じ部署のはずである。

「……まあ、お前がここにいるのを問い詰めても無駄なことはわかった。白銀とやらの相棒をしている以上もう実戦にも参加したのだろう?」
「はい」
「ならば言うことは一つ。死ぬな」
「…………」
「私に万が一があれば御城家当主はお前だ。殿下を守るためにも御家再興は必定。私もできる限りのことをするから無理をするな?」
「はい」

素直に返事する柳。
それは古来の日本女性を思わせる慎ましさを感じるが、内心では別のことを考えているだろう。
まあ、そうでなければ軍人などやってはいけないだろうが。

「しかし、柳。いつまで後をついて来るのだ?そろそろ帝国軍の間借りしているところについてしまうのだが……」
「あら、私がいると不都合でも?」
「不都合があると知っていて聞くな。お前はそんなに頭悪くないだろう」
「あら、それは買いかぶりですよ」
「……笑いながら言っても説得力はないぞ」

御城は柳の頭を少々乱暴に撫でた。
髪が多少乱れるがそれを気にすることなく、むしろ心地よさそうにしている。
が、それを恨めしそうに見ているものがいた。
御城はその視線に気がつき、目を向けると頭を撫でていた手を止めた。

「……九羽。いつからそこに」
「1307よりおよそ二十秒。報告書にサインお願いします」

九羽はいつの間にか通路の曲がり角に半身を除かせながら、こちらの様子を見ている。
報告書にサインをといいながら目はずっと柳のほうに向けている。
どうやら私が危惧したとおり、機嫌が悪くなったようだ。
だが、今回はこれで終わってはならない。

「九羽、ちょっとこっちこい」
「…………報告書」
「こっちに持ってきてくれ。それと柳を紹介したい」
「……~~~~」

九羽は不満な顔をしながらこちらへと足を引きずるようにして、見るからに嫌そうにこっちにきた。
気持ちはわからないでもないが、彼女のために必要なことなので妥協はしない。

「柳、自己紹介してやってくれ」
「……わかりました。私は御城柳。苗字から察してもらえると思いますが、私とお兄様は兄妹です」
「きょう……だい?」
「そう、兄妹です」

九羽は左目の傷に手で触れながら何か考えるように俯く。
その反応に柳は優しく微笑み、よろしくといいながら手を差し出した。
困惑の眼差しで同世代の小さな女の子の手を見つめる九羽。

「……九羽」
「ん?」
「九羽彩子。一応少尉。御城少尉の第一期の教え子。よろし……く」

九羽も柳に敵意を感じなかったのだろう。
恐る恐るだが、差し出された手を握り返し、そっと上下させる。

「よし、自己紹介は済んだか。柳、悪いがここから先は仕事が残っているから相手をしてやることはできない。
 九羽にもやることがあるから基地の案内はまた今度にしてくれ。まあ、夕飯くらいなら一緒に食えるかもしれんが……」
「いえ、お兄様もお忙しいでしょう?無理なさらずとも」
「……いや、一緒に食べるぞ。こんな滅多にない機会を逃して一家団欒とは程遠い。九羽も一緒になるが構わないか?」
「はい」
「後それとだな……」
「はい?」
「あー…………神代少尉に連絡は取れるか?」

------------------------------------------------------

時間は過ぎ、訓練も済ませ、それぞれのプライベートな夜の時間。
斯衛の三人の少尉は例の如く神代の私室にて、茶会……訂正、雑談会を開いていた。
話題は昼時に突如姿を現した御城についてである。

「で、結局のところどうなのよ?」
「ど、どうとはどういうことだ?」
「いや、顔を合わせといて一言も声を掛けてもらえなかったことですよ」

昼時に冥夜様が下衆の勘繰りにより辱められていた。
たまたま通りがかった彼女たちが、その下衆を叱責つもりで前に出たのだが、思わぬ援軍が現れることになった。
神代の文通相手である御城衛だ。
一時連絡が途絶え、本気で捜索に乗り出すところであったのだが、つい最近再び連絡を取り合えるようになり喜んでいた。
そして、同僚である巴と戎にはこの文のやり取りは知られており、話の種としてからかわれ続けている。
斯衛といえど彼女たちも年頃の女性、公務を離れればそういった浮いた話も出てくるものだ。
さらに彼女たちの年齢からすれば、そろそろ結婚を意識し始めてもおかしくはなく、
からかうのは恋愛に対する知識を少しでも欲しいという裏返しでもあるのだ。
戎はにこにこと笑いながら、傍らに置かれた巨大な熊の人形を撫でる。

「これだけの好意を表してくれているのに一言もなかったのは酷かった、と私は思いますけどね」
「それは大衆の目に触れており、かつ公務でここに来ている以上、はばかる事だからだろう。
 まだけ、けけけ、結婚を約束した仲ではないし、世間体というものがある。まして許婚ですらないのだから」
「……その割には実家との連絡の回数が増えているようですがね」
「き、気のせいだ」

巴の一言にギクリと身を振るわせる神代。
彼女が言った事は事実であり、隔週であった連絡も週一回に増えている。
連絡の頻度が倍になり、手紙を出すときに二通持っていれば誰でも気がつく。
もっとも手紙を運んでいるのを見られた神代が悪いのだが。

「ふ~ん。でも神代って許婚いなかったよね?それに許婚の候補に上がっていたのだからある程度問題ないのでは?」
「いや、彼の家が一度没落した以上、難しい……かもしれない」
「……成果をある程度出さなければ認めるわけにはいかないと?」
「ああ、そうだ」

実際問題、仮に神代と御城が結婚するには障害がある。
血筋に関しては問題ない。
御城の血筋は元々譜代武家のさらにひとつ上、五摂家に近しい有力武家なのである。
神代の家にとってはむしろ親戚関係にもっていきたいところなのだ。
だが、その家が陰謀が原因とはいえ没落してしまい、血筋以上のものが得られない状況になってしまった。
これを聞くと損得勘定、政略結婚という側面が強く出てくるが、一族の当主ともなればそれも考慮して動かなければならないのだから慎重さも必要だ。

「仮に婚約したとして、どれだけの数、質の相手を敵に回すか……それが問題だそうだ」
「陰謀でつぶされるくらい敵が多かった……だけど五摂家に近しい以上味方も多いのでは?」
「巴さん先走りすぎです。私たちも武家とはいえそれほど大きくありません。御城の家の力がある程度戻らなければすぐに潰されてしまいます。
 月詠中尉に口ぞえをしてもらえれば、別ですが、只でさえ――」

そこで一度戎は言葉を切ると扉の向こう、通路へと意識を向け、誰かいないか確かめる。
誰もいないことを確認すると声を低くして続けた。

「――帝都で不穏な動きがあると聞きます。どのようなことが起こるかはわかりませんが、家自体が巻き込まれる可能性を懸念してのことでは」
「派閥争いか……世の中難しいものだ」

あえて不要のものとは断じなかった。
一枚岩の国など只の独裁国家と理解しているし、彼らの言い分も理解できないわけではないのだ。
場の雰囲気はいつの間にか暗いものへと変わり、溜め息が似合うような状態になっている。

「ま、まあそれはそれ、話題を元にも戻そう。で、どうなの?」
「ご、強引だな、巴。私たちのことがそんなに気になるの?」
「……気になる」

今後のためにもというところを隠し、同僚であり友人であるものを心配する自分を強調することで何とか誤魔化す。
巴を擁護するなら後者の理由も嘘ではないから、まるっきり嘘をついているわけではない。
優先順位は別として。

「……それなりに気に留めてくれていたようだから、今はそれで満足……かな?」

本当に満足そうに頬を赤く染める神代。
それを見て少し歯がゆさを感じる2人であるが、とりあえずは納得する。
あの場でべったりされれば、それはそれで斯衛の威厳を保てなくなっていたのは間違いない。
衆目をはばからずにべったりするようなら友人などやってはいないのだ。
雰囲気が元に戻った部屋に響き渡る扉が叩かれる音。
この部屋に訪れる人は限られているがゆえに、自然と警戒してしまう。
訪れる人はこの場にいる3人の他に後2人、月詠中尉か御城柳だ。
後者は最近軍務が忙しいのか顔を出す回数は少なくなっており、前者は滅多なことで訪れたりしない。
では誰が?

「どなたか?」
「あー私です。柳ですよ、少尉」
「む、今開けるから少し待たれよ」

神代は後ろの2人に何か問題あるかと目で問いかけるが、特に問題ないと返事をもらい、鍵をとく。
扉を開けるとそこには背丈の小さい柳と、その後ろにいる男がそこにいた。
その男を見るなり、神代は身を硬くする。

「神代少尉に紹介しようと思ってきたんですけど……やっぱりお知り合いでしたか?」

柳の声が妙に響き渡る。
後ろにいる巴と戎にいたっては荷物をまとめて立ち去る用意を始めており、柳に対しても早々に切り上げるように威嚇している。

「神代少尉お久しぶりです」
「御城少尉こそ元気そうだな」

2人の正式な再会は今始まった。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第四章その4
Name: 通行人A◆e435bfbd ID:5a722df5
Date: 2008/12/01 23:19
「どうしたんですか、榊さん?先程から黙っていますけど」
「…………」
「???」
「……委員長」
「っ、彩峰……ッ!」
「命令、問題なし」
「あ、あんたねえ~~~~~」
「彩峰あまりさ――委員長をからかうでない。いや、そんなに睨み付けないでくれ。で、どうしたのだ?」
「……単純に白銀がなんか変わったなって思ったのよ」
「それは……階級が圧倒的に上な以上仕方あるまい。衛士候補生とはいえ、いまだ階級はない身なのだから」
「でも僕さ、さ――榊委員長さんが言いたいことはわかるよ。必要以上に上官風吹かせてる節があると思う。
 けど、なんか悪意を持ってやってるようには思えないから不思議だよ」
「タケルは真っ直ぐな人間だ。堅苦しいのは苦手だが、軍隊だから。部下で教え子だから、と肩肘を張っているのだろう。
 委員長とそなたを呼んだのはタケルなりの気遣いからかもしれないな」
「……そうね。ちょっと私の考えすぎかも。話は変わるけど御城のことはどう思う?」
「また難しいことを……。元気そうで何よりだった、だな」
「それだけですか?」
「……?それだけだが?」
「ええと、それじゃあ、御剣さんはまだ知ら――むぐ」
「――はいはい、皆食べ終わったみたいだし、明日の演習に備えて解散、解散。明日は珠瀬のためにも絶対勝つわよ!」
「???一体何なのだ???」

明日は騒がしくなりそうだ。

マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第四章その4


横浜基地は眠らない。
万を超える人数を抱えるこの基地ではどこかで必ず活動する人たちがいる。
電力は常に消費し続けられ、電灯は消されず、格納庫から音が完璧に消える日など殆どない。
後方基地に分類されるとはいえ、極東における最大の国連軍基地なのだ。
本日その眠らない基地の照明が少しばかり増えることになった。
第二滑走路の一角を間借りした帝国軍の野外ハンガーの所為だ。
次の日の演習に備え二重、三重のチェックが行われ、少しの粗も見逃さない。
これは少佐からのお達しなのだが、それを言われなくとも整備班の士気は高かった。
高かったのだが……今少々機嫌を損ねる出来事が起きている。

「なんであんたがここにいるの?」
「だから何度も言っているでしょ?徴兵されたって」
「そんな馬鹿なことがあるわけないでしょ?まだあんた徴兵されるような年じゃない!」

この若干2名の言い争いが、整備班の疲れた神経に爪を立てて引っかき傷を負わせている。
声自体は大して大きいわけではないのだが、ピリピリした空間がいけないのだ。
戦闘糧を食べ終わる僅かな時間くらいなら笑って済ませられるが、こうも長く聞き続けているとさすがにうんざりする。
それに間借りしているとはいえ、帝国軍の領域だ。
いきなりやってきてこれだけ騒がれれば歓迎しようとは誰も思わない。
ひしひしと肌で感じており、騒いでいる女、国連軍女性衛士の相方である橙色の髪をした女性が間に入ろうとする。

「晴子さ、ちょっと落ち着こう。少し冷静になって話さないと堂々巡りで――」
「アカネはちょっと黙っていて……!」

涼宮茜は普段と違う友人、柏木晴子の剣幕に思わず黙り込んでしまう。
怒鳴られたわけではないが、有無言わせないその迫力は戦闘中にすら見せたことがない憤りだ。
しかし、その怒りも理解できないわけではない。
家族である彼女の可愛がっていた弟が徴兵年齢に達していないのに訓練兵としてここにいる。
彼女とて姉ではあるが、姉妹をもつ身であり、自分がそういう立場に立たせられたら同様の反応をするかもしれない。

「私いったよね?姉ちゃんが家を開けている間、徴兵されるまでいいから家族を頼むよって」
「だから徴兵されたんだから問題ないでしょ!?」
「あんたが徴兵されるまでまだ何年かあったでしょうが?一体何があったっていうの?」
「そこら辺のこと祖父ちゃんたちが手紙で連絡したって聞いたけど?」
「ええ確かに貰ったわ。でもあんな手紙で納得いくと思うの?」
「……一体どんな内容だよ?」

涼宮はそこでこの前相談された内容を少しばかり振り返ってみた。
相談された内容は今言い合っている内容とたいして変わらず、弟さんが帝国軍に入隊したということだけが書いてあったという。
そして、晴子に対する弟に負けぬように国連軍でも何らかの形で頑張りなさい、という説教めいたことが長く書かれていたそうな。
そのことを説得するかのように、柏木は一言一句丁寧に伝えていく。
すべて話し終わった後、さすがの柏木弟も頬を引きつらせ、しばし考え込んでしまった。

「あー……要するに姉ちゃんはオレが徴兵された理由を知らないということでいいんだよね?」
「そうだね」

そこで溜め息を吐く柏木弟。
涼宮にはその溜め息からなんとなく成り行きで訓練兵になったような印象を受けた。
弟君は語り始める。

「姉ちゃんが総合技術評価演習に受かってから任官するって話が来たころくらいかな。
 なんか家に一通の封筒が来て……帝国の広報かなんかだったと思う。それに若年訓練兵の募集、って載っていの。
 帝国議会でも徴兵年齢の引き下げが議論されている、って話だからおかしくはないって祖父ちゃんたちと話をした。
 んで、しばらくしていつものように学校いったら、昼ぐらいに職員室に呼び出しされた。
 それで、行ったら行ったで、帝国陸軍の人、あ、うちの訓練学校の責任者の少佐ね。
 その人がいて、適性検査の結果、若年訓練兵のテストケース候補に選出された、って言われたの。
 それから母ちゃんやら父ちゃんやら祖父ちゃんにまで連絡行って、家族会議――まあ祖父ちゃんの意見が押し通って今に至る」

話を聞くにどうやら正規のルートを通ってこの年齢で徴兵されたらしい。
それ以上のことを聞こうと柏木はさらに詰め寄るが、これ以上は軍事機密だからいえないそうだ。
しかし、今話した一部分は微妙に機密を含んでいるに違いない。
柏木弟の視線が同期の訓練兵らしい女の子にちらちらと視線を向けているからだ。
だが先程とは違い声が小さく、整備の音が続いているおかげで遠くまで声は届いていないようで、愛機であろう吹雪の下で工具をいじったままだ。
それを確認してほっと溜め息を吐く柏木弟。

「姉ちゃんさ、とりあえず納得しなくてもいいから、この場を離れてくれないかな?
 オレだって一応帝国軍に所属してるんだから、国連軍の姉ちゃんに詰め寄られてるのを見られるとあまりよくないし、
 何よりこんな姿九羽教官に見られでもしたら――」
「私がなんだ、柏木?」

柏木弟は四肢を瞬時に緊張させ、真っ直ぐと伸ばす。
そして、後ろの少年だ~れ?……九羽少尉♪、の勢いでにこやかに、そして恐る恐る後ろを振り返る。
それにつられて涼宮たちも視線を弟君の後ろへと転じる。
矛盾した感情表現をした顔はその顔のまま口元だけ引きつる。
傍から見たら猿の渋い顔と表現される酷い顔だ。
その酷い顔を見させられたのは予想したとおり九羽であり、その顔を見るなりもの凄く不機嫌な顔へと変わる。
いや、不機嫌を通り越して殺意が滲み出している程酷い状況だ。

「九羽少尉……いつお戻りに?」
「貴様がその姉とやらに取り合えず納得しないでいいから、の辺りからだ」
「……自主的にちょっと走りこみをしたいと思うのですが……してよいでしょうか、教官殿?」
「許可する。その後――いや、明日の演習後に自主的に戦術機の装甲を磨いてくれればよりよいが」
「やります。やらせてください」

その光景に姉である柏木晴子は混乱した。
帝国陸軍の制服を着込んだ弟よりも幼い少女が命令を出し、それに素直に従う弟の姿。
身内でない涼宮にすら……いや、軍人という観点から見ても異常な光景なことは確かだ。
そんな涼宮たちの視線に気がついたのか、柏木弟に行くよう促し退出させる九羽。
どこからどう見ても少女である。
オーダメイドなのか、帝国陸軍の制服はその体に見事にフィットしている。
成長期だから制服の替えが増えそうだと思ったり思わなかったりしたが、身にまとう雰囲気は軍人に近いものがある。
近いものという表現になったのは九羽がまだ幼さを残しているからだろう。
九羽は弟が去ったのを確認すると向き直り教本に出てきそうなほどしっかりした敬礼をする。

「九羽彩子少尉です……国連軍の方が訓練兵に何かようでしょうか?」

涼宮たちのような視線には慣れているのか、酷く冷めた表情をしている。
涼宮たちは知らないが、御城たち兄妹といたときの内気な雰囲気とはかけ離れており、まるで別人のようだ。
九羽は黙考したままの涼宮たちに何か感じたのか、表情を曇らせると申し訳なさそうに声を出す。

「まさかこちらの訓練兵が何か失礼なことをしたのでしょうか?でしたら申し訳ない。
 こちらで処分しておきますので、どうか気を鎮めてください」
「ああ、いや、そういうわけではないので頭は下げなくていいですから……」

いきなり硬質な態度から軟化した様子に戸惑いを見せる涼宮たち。
その後、事情を説明して身内同士の会話だということを理解してもらう。
して貰ったところで状況を整理したかった涼宮たちは早々に去っていった。
彼女たちが知る同じような年齢の柳たちに事情を聞くために。

「正当な理由に聞こえるけど、やっぱり何か引っかかる。
 あの九羽っていう子も顔の傷を見る限り実戦を経験し終わっているみたいだし……弟が巻き込まれたなんてことないよね?」
「……わからない。わからないけど、一つだけ言えることがある」
「何?」
「副司令あたりが何か知っている。根拠のない只の勘だけどね」
「ありえるかもね」

涼宮たちが施設の中に姿を消したのを見届けた九羽は表情を硬いものに戻すと辺りを見回し、誰もが仕事に戻っていることを確認する。
確認し、コンテナの陰に入ると、表情は見る見るうちに崩れて泣きそうなものに変わってポツリと一言漏らした。

「……御城少尉のばかぁ~~~~~」

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「なんか都合のいいときだけオレって呼ばれてませんか?」
「あらそうじゃないときに呼んだ時ってあったかしら?」

いつもどおりの副司令の執務室。
鳴海孝之はこれまたいつもどおり呼ばれて、いつものように上官である香月に任務の指示を受ける。
だが、彼と彼女がわかっている通り、彼女の方の都合でしかこの部屋には訪れることはできない。
それが白銀武との相違点である。

「そりゃそうですね。で、毎度同じこと言わせて貰いますが、何用で?」
「単刀直入、あたしたちの会話はいつもこれね。もうちょっと余興くらい楽しんでもいいとは思わないの?」
「それでピアティフ中尉でからかうのは止めてください。こっちも水月相手で手一杯ですから」
「ふ~ん、手が空いてるなら二股してもいいんだ」
「……その手にはもう乗りません。それより用件は?」

香月は鳴海のつれない態度に大げさに肩をすくめて見せる。
彼女の年齢からすればやや幼い行動だが、只のポーズであることは理解しているので指摘する必要はない。
まあ、知らなくても指摘する人はいないし、いたとしても基地司令のラダビノッド准将くらなものだろう。
香月は目の前にあるクリップボードを机の上、落ちるギリギリのところで止めるようコントロールして滑らせた。
見事ギリギリのところで止まり鳴海の前へと届けられた。
読め、ということらしい。
鳴海はそれを手に取り、いつもしているようにざっと目を通す。

「……なるほど、ようやく撃震からおさらばということですか。にしても随分と時間がかかりましたね?」
「あら、新型OS搭載のファントムはそんなに気に入らなかった?」
「いや、貴重な体験ではありましたが、ジュラーブリクに乗りなれていましたから……。
 ですが、新型OSに換装しただけで、あそこまで第一世代の機体が動けるとは思ってませんでしたけど」
「あんたたちの評価はもう聞き飽きたわ。まあ、来週には届く予定だからうまく使いなさいよ?」
「無論です。ところでジュラーブリクのほうはどうなるんですか?」

香月はその言葉に少し目を細めるが、軽く首を振るだけで答えを返す。
ソ連との交渉は進展なしということだ。
それはそうだろう。
ほぼ一方的に供給を止めるといってきた相手に縋り付こうが、大抵無駄だ。
しかし、何故急にそのような態度をとるようになったのか?
それはおそらく国内にいるやつらの妨害工作だと検討はついている。
だが結果として各世代、主な戦術機に新型OSのテストの効率、回転率を上げたというのは皮肉な話だ。

「戦術機の用件はわかりましたが、まだ用があるのでしょう?」
「急かすんじゃないわよ。入院しているあの2人の退院も戦術機と同じ日にして置いたのが2つめ。で、本題の3つ目だけど……どう?」
「帝国軍の訓練部隊ですか?その件でしたら噂どおり少年兵中心の部隊でしたね。魅瀬に隠れて計算させましたが、技量は高そうだということです」
「勝率は?」
「新型OSの搭載のことを加味するとおよそ85%で勝利します。ですが――」

鳴海は一旦そこで言葉を濁す。
それは言うのが躊躇われるというより内容に嫌悪を抱いている感じだ。
香月はその続きを無言で促す。

「――ですが、魅瀬本人が気がついていませんでしたが、教官らしき男と少女を見た途端やや涙腺が緩んでいました。
 どうやらあの教官、少年兵含めて全員処置が施されている可能性があります。その場合の勝率はよくて30%、最悪10%以下ですね」
「……………その基準は?」
「麻倉、高原、白銀、につかせて同能力者のテスト結果と相手が同じくらいの能力を持っていると仮定しての答えです。
 訓練期間、実戦経験があればまた別の答えが導き出されると思いますが、現時点ではこの程度です」
「最悪ね。でも、あんたの顔を見る限り勝てないわけではない……でしょ?」

鳴海は悲観的な勝率を言ってはいても、顔はそれほど悲観したものにはなってはいない。
むしろ少し悪戯っぽく笑っているくらいだ。

「白銀流機動制御……あれが鍵です。あの動きは御城少尉たちがいうには乱数が掛かって計算が正確ではなくなるそうですから。
 十分それが発揮できたとしてようやく五分です。あの機動は光線種がいる戦場でより三次元的な戦術展開を発展させるでしょうから、
 できるようになったほうが将来的にはいいですが」
「……また新型OSの自慢?よく飽きないわね」

新型OS絶賛論、只今考案者、協力者により本を販売しているとか、いないとか。

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静謐で穏やかな空間。
茶を点てる音だけ響き、和の雰囲気が支配している。
その雰囲気の流れる空間に存在するのは男が一人に女が一人。
いずれも和の雰囲気を纏い、場に自然に溶け込み、雰囲気に身を任せている。
女が点てる茶をただ静かに待ち、それに答えるように急くこともなく茶を点てる女。
惜しむらくは二方共に和服ではなく、軍服であることだろう。
しかし、両方とも武家の人間、軍服のほうがしっくり来るのも確かである。
そして、茶を点て終わったのか、女は茶を丁寧に作法通り茶を勧め、粗茶ですが、と謙遜する。
対する男も作法通り受け取り、行儀よく飲み終えると、結構なお手前でした、と礼をいう。
また、静かな空間が戻ってくる。
その姿はまるで夫婦のようにお互いの気持ちがわかっているようであった。
色々と言いたいことがあるが、今は世間の柵を抜きに同じ時間を共有したい。
だが、お互い少し気まずい気持ちもあった。
武家ともなればそれなりの礼儀作法があって然り。
現在、婚姻前の女性の部屋に未婚の男が上がりこんでいる。
これが彼女の実家なら家の敷居を跨ぎ、両親に挨拶に訪れた行いに等しいことである。
近年形骸化しつつあることだが、それでもそれを意識せざる得ない2人は初々しいことこの上ない。
だからこそ文通というものをやっているのだが。
しかし、男、御城衛はこのような展開になるとは夢にも思わなかった。
何故なら呼び出すのは失礼だから、連れ出すという選択肢を選んだつもりだったのだが、そこには女、神代以外にも人がいたことがまずかった。
御城が訪れてきた途端に荷物をまとめ、部屋から退避を開始、あろうことか、去り際に背中を押されて部屋の中に押し込められてしまったのだ。
案内をしてくれた柳は柳で、その押し込めた張本人、巴と戎の両少尉に腕を掴まれ、強制連行されてしまった。
まあ、案内が終わったら別れる予定だったから、別段問題なかったのだが……。
御城はそこまで考えて、今は神代が目の前にいるということに集中することにした。
……したのはいいが、実際何から話したものやら。
話題作りのだめに失礼とは思いながらも部屋を見回してしまう。
しかし、そこは軍人の部屋、今座っている畳や茶器以外は一般的な仕官の部屋となんら変わりがない。
とおもいきや軍人らしからぬ物が、そこには鎮座していた。
御城がそれを凝視しているのに気がついたのか、神代は急に顔を真っ赤にすると慌てて立ち上がり、それを己の体躯で隠すように御城との間に立つ。

「こ、これは。これ。は…ですね」
「ちゃんと届いていましたか。どうやら大切にしてくれているみたいで、その……気に入ってもらえたようでよかった」
「そ、そうですね。そういえば、この九朗衛門を貰った礼をしていなかった。この場にて礼を述べさしていただきます」
「九朗衛門?ああ、そのヌイグルミの名前ですか?」
「!!いや、それはその……~~~~~~~~~~~」

御城が見ていたものは大きな熊のヌイグルミ、彼が手紙と一緒に送ってよこした贈り物、プレゼントだ。
神代はそれを受けとって以来、同僚の2人にばれない様に隠していたのだが、当然こんなに大きなものを隠せるほど軍人の部屋は広くはない。
辛うじてクローゼットに隠せる程度だったが、それも数回しか隠し通せず、見つかり部屋に堂々と飾られることになったのだ。
名は九朗衛門。
性別;♂ 性格:漢らしい(笑) 趣味:天体観測
これは神代の胸のうちにだけに秘めている設定である。
それはそうと御城は手紙からの文体からではわからない、神代の一面を見て思わずキョトンとしてしまう。
神代はそれを見てさらに恥ずかしげに顔を発熱させる。
おとずれる数秒の沈黙。
それを打ち破ったのは――。

「……くくく」
「……ふふふ」

お互いの静かな笑い声だった。
笑い声がしばらく止まらず、目に涙が滲み出すくらいまで続いた。

「ははは、神代少尉もそういった反応をすることもあるのですね」
「ふふっ、あなたこそ予想外の反応には鈍くなることもあるようで……しかし、私も女性ですよ?
 ですが、さすがに殿方前でこれほど笑ったのは初めてですが…………ちょっと失礼」

お淑やかに微笑みながら慌てたときと同じ速度で扉の前へと移動する。
そして、扉に軽く掌底を一発ぶつける。
まあ、大体予測していたが扉の外に衛士だけの戦術機機甲部隊、一個小隊ほど展開していたようだ。
実質約一機がへばりついていたに過ぎないのだろうが。
……案内を頼んでおいて悪いが、自重してくれ我が妹よ。
だが、話の区切りをつけるのには丁度いいだろう。
これから話すことを考えれば憂鬱ではあり、やや自己保身に走っている感がある。
しかし、少佐……というより少佐の属する派閥が内部分裂を開始し、月詠が動き出した以上静観するのは危険である。
沙霧大尉の動きも活発化してきたと情報が入って来ている。
これから神代に話すことは御城という人物の評価をどん底まで落とすことだろう。
やらなければならない。
それがあの娘に刻み込んでしまった傷に対してのせめてもの贖罪だ。
御城はそれだけ思うと、神代に元の場所に座ることを勧める。
畳に腰掛けたのを確認し、喉を鳴らすために咳払いを一つ吐き、自身の心を落ち着かせた。
茶碗に残った僅かな滴が妙に自分の心に残るのであった。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第四章その5
Name: 通行人A◆d1634279 ID:5a722df5
Date: 2008/12/17 01:45
朝日に照らされる横浜基地。
東京湾から遮られることなく直接吹き付ける冷たい潮風は起きて間もない人々を容赦なく襲う。
しかし身震いをする寒さの中、作業を続ける整備班は慌しく熱気を発していた。
昨日遅くまで行われていた整備作業を再びチェックし、総合仮想情報演習システム(JIVES)を行うためのシステムのエラーがないかどうか確認する。
帝国の威信をかけて。
そこまで大げさに言うことではないが、この場にいる帝国陸軍の皆はそういって士気を高めていた。
国連軍はなんだかんだいって、帝国軍から見て鼻つまみ者であり、心象はいいとはいえない。
両軍の交流を目的とした本日の演習はお互いの心象を変える数少ない機会であり、日ごろの鬱憤を晴らす機会でもあった。
実は整備班が気合を入れるにはもう一つ理由がある。
それは彼らの腕が国連軍と比べられる可能性が大いにあるからだ。
訓練兵同士で、同型機を使用する。
97式戦術歩行高等練習機である吹雪同士の戦いだからだ。
同型機同士の戦いともなれば整備の質が勝率に絡む度合いは自然と高くなり、整備班の実力に直結することを意味する。
国連のように帝国の後ろに隠れてのほほんとしているやつらには負けられない。
本日の彼らの仕事ぶりはそれが原因である。
そんな整備班の仕事ぶりを仮設施設の窓を通してみる人影がある。
この訓練部隊の教官である御城だ。
椅子に座り、手には眠気覚ましの珈琲を入れたコップを持ち、湯気がたつ中身をゆっくりと味わいながら真摯に見つめている。
若干腫れている頬に手を添えているのは、昨日のことを思い返しているからだろう。

「……伝えることは伝えられた。その代償としてはこの頬だけで済まされたのは奇跡だな」

昨日、覚悟を決めて神代に今までのこと、派閥のこと、それが内部分裂しかかっていることを全てを話した。
その代償がこの頬の腫れなのだが、随分と――。
御城は窓から目を離し、後方へと視線を向ける。
そこにはまだ頬を膨らませて機嫌を斜めにしている九羽がそこにいる。
どうやら神代のところに行くと知ってからずっとこの調子だ。

「――随分と、ではないな。等価としておこう」
「……等価?」
「ん?だんまりはもう終わりか?」
「む……ふんっ!」
「冗談だ。こっちに来なさい」

コップを置いて手招きでこっちにおいでと誘う。
九羽は若干迷う仕草をした後、結局は誘われるがままに御城の元へとやってくる。
しかし甘えるときには大胆に、がもっとうなのか、御城の膝の上へとリスのように体躯を縮こまらせながら座った。
本の一年前には柳もこうやってじゃれついてきていたな。
……立場さえなくなれば同じになるような気がするが。
少しだけ苦笑いを浮かべてしまう。
それを見てまた怪訝な顔になる九羽に、何でもないと言って頭を撫でてやる。
女性の髪に不用意に触るのは良くないことなのだが、九羽はそれを望むのでしてやっている。
部下には見せられない光景だが、九羽には必要なことだ。
…………最悪の場合、こんなことをしてやることもできなくなるだろうが。

「……今度は難しい顔」
「すまんな。教え子たちがどのくらいやれるかと思ってな」

嘘を吐いて誤魔化す。
いくら九羽の能力があったとしても自分も同じ能力があるのなら、表情で偽装することも容易いからだ。
こちらの思ったとおり、納得いったのか一度表情を和らげ、次に軍人としての顔に切り替える。

「……負けはありません。あってはなりません。
 私たちがいれば、私たちに施された技術があれば、戦死者の数が必ず減るはずです」

断固とした口調。
信じるがゆえの強さと硬さを持った声で断言する。

「私がそうであったように、教官がそうであったよ――あれ?」

いきなり何か違和感を覚えたかのように言葉を切り、顔の傷へと指を這わせる。
九羽は怯えていた。
御城はそこで冷静に髪を撫でていた手を机へと這わせ、コップ近くに置いていた別のビニールパックに手を伸ばした。

「あれ?あれ?……教官。わたし、オレの他に誰か……いたっけ?」
「……戦場なら他の部隊の者がいて当然だ。私たちが生き残れたのも彼らがいたからかもしれない。
 栄養剤を飲んで落ち着いたほうがいい。お前は少し疲れやすいのだから」
「……うん。昨日、柳……と、友達になったから……教官は神代とかいう人のところいっちゃうし」
「拗ねるな」

御城の手から飲料を受け取ると口元に運び、中身を嚥下していく。
飲み終わったのか、先程より感情が安定したのか怯えた様子はもうない。

「うん……今は暖かいから」
「……演習で結果を出してもらわねばな」

最良でも、最悪でも、勝って損はないのだから。
御城は本日の演習が昨日よりも楽しみになった。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第四章その5


倦怠感とは無縁の空間。
流れるは緊張という引き締まり、殺伐とした空気。
私たちの目の前には訓練兵用の白い強化装備を身に着けた五人の乙女たち。
御城柳は彼女ら207B分隊を目の前にして背筋を伸ばし、不動の体勢のまま待機している。
この場の空気を作り出しているのは紛れもなく自分たちであり、重圧をかける事で実戦に似た雰囲気を作り出そうとしているのだ。
エインヘリャル隊欠員を除いて全員の参加。
柳を含め子供が2人に大人が4人。
子供2人といえど実戦を経験した分、戦場の空気を作り出すことは難しいことではない。
鳴海孝之の有難い激励も済み、後はこちらがとやかく言うことはない。
彼女たちが緊張しすぎで硬くなっていたり、気後れしてるようなら別だが、それもないのだからこれ以上はお節介というものだ。
鳴海と平が去っていくのにあわせて白銀と共に移動しようとする。
この後別室にて彼女らの模擬戦をリアルタイムで観戦するためだ。
この模擬戦はエインヘリャル隊だけではなく、この基地のほぼ全ての衛士たちが観戦するのだから特別にというわけではない。
国連軍としては、この模擬戦を見て士気の維持と帝国軍に親近感を持ってもらうために観戦させているのだが、
基地の人間としては訓練兵同士の模擬戦など鼻で笑う程度にしか考えていない、むしろちょっとした余興、
裏では勝負結果を予想し、見事に当てたものにはオッズに従い払い戻しを貰う。
いわゆる賭博まで行われている。
正直にいうと、この基地の衛士の大半はこの模擬戦で国連軍側が勝とうが、負けようが、どうでもいいのだ。
事情を知らないということを含め、後方という意識で弛緩した二線級の部隊では仕方ないのかもしれない。
その例外に入る柳たちは真剣に教え子たちの戦いを見守るつもりだ。
だが、柳の歩みを止めるものがいた。
御剣冥夜だ。
正確には柳にいる白銀武を呼び止めたのだが。
白銀の相棒である柳にとって、彼が足を止めたのだから自分も足を止めない理由は今のところない。
当然のように足を止め、振り返り、殿下に瓜二つのその顔を見上げた。
初見で絶対に殿下と間違うほどの容姿。
たとえ数多く顔を合わせた知り合いといえど、二人が並べばどちらがどちらか、必ずわからなくなると断言できるぐらいだ。
影武者にするとなれば、これほど相応しい人人間はいないであろう。
出自を知ればそんなことを言えなくなる事は必至だが。

「――白銀少尉、少々お時間をいただくことはできるでしょうか?」

御剣はどうやら白銀個人に用があるらしい。
新型OS考案者の一人である白銀に助言を貰いたいのか、或いは訓練兵として共に過ごした好で相談を持ち込むのか。
柳はあえて計算で確かめるようなことをしなかった。
それが彼女が敬愛する将軍家の血縁者に対する最低限の礼儀だからだ。

「――お前たちもそんなに時間がないと思うが……?」
「それほど時間はかかりません。できれば……」
「わかったよ。……ったく中尉たちがいなくなったから話せることもあるもんな」

白銀は上官としての顔ではなく、本来の崩れた態度に切り替えた。
必要以上に上官として接しすぎたと思っていたのだろう。
白銀も彼女たちに嫌われたくはない、そういった気持ちが出てきたのは人情というやつだろう。
柳は自分がいてはやや話しづらいのではと思い、この場を辞退することを告げる。

「どうやら私はお邪魔のようですから、先に行くことにします」
「ん?別に柳ちゃんがいても、オレはいいけど……」
「いえ、私も少々用がありますから……では、失礼します」

柳はそういうと何か言いたそうな白銀を置いて、その場を後にする。
去り際に御剣が彼女に向かって目礼をしてきたのを見逃さなかった。
通路に出てドアが閉まる音を耳が感知すると、少し俯き、ボソリと言葉を漏らす。

「………礼をする必要などないのに」

臣下に対してあの程度のことで礼をするなど普通ならありえない。
この数ヶ月同じ敷地で生活を営んできてわかったことだが……どうやら御剣……冥夜様は御城の家のことを調べなかったらしい。
他人の詮索をしない。
彼女たちB分隊の暗黙のルールがそうさせたのだろう。
神代少尉経由でことがお兄様を帝国軍へと異動させたことを知らないわけがない以上、それしか考えられなかった。
冥夜様は御城のことをどこかの武家の人間程度にしか認識しておらず、こちらが周りの目を気にして最低限の礼しかしないために上官としてしか見ていないのだろう。
その態度は寂しいと感じていた。
お互いに歩み寄りを見せずに三歩程離れた位置でのやり取り。
忠節を誓った距離ではないことを寂しく思うのだ。
しかし、没落した武家の人間と知れば人の見方は必ず変わってしまう。
同情という名の哀れみ、負け犬への嘲笑……他にも善意による何かしらの視線を向けられるだろう。
没落の二文字を知って変わらぬ眼差しを向けてくるものは皆無、少なくとも今までがそうだったのだ。
何かしらの感情を浮かべられること自体が、柳には怖いのだ。
自分から近づこうとしない理由はそれだった。
変わらない眼差し、家族である兄はそれを柳に向け続けている。
後は――。

「――白銀さん。彼がそういう風に見てくれるのは家族みたいなものと認識しているから……でしょうね」

社さんに向ける眼差しもその類のものだと推測すると、辻褄が合う。
時折兄と似ている感じるのは男性と接する機会がすくなかったからだろうか?
何にせよ兄と似ていると感じることは否定できない。

「何か複雑ですね」
「……何が複雑なんだ?」

驚きのあまり背筋を若干海老反りにさせてしまう柳。
慌てて超えの下方向へと振り返ると、そこには腕を組んで通路の壁に背を預けている麻倉と彼女の真似をしている相棒の魅瀬がいた。
柳が気がついたのを機に壁から背中を離し、その場に真っ直ぐ立つ。
柳は血圧を上げ続けている心臓を落ち着かせるように一呼吸してから、改めて口を開く。

「に、人間関係が複雑だと思いましてね。友情、恋愛だけでも入り組むものですし……」
「正直に話すものだな。もっと巧妙に隠したほうが私は言いと思うが……まあいい」

麻倉は今の発言で納得言ったのか、一回頷くと視線で着いて来いと語りかけてくる。
それに従い、肩を並べる三人。
しばらく無言で歩く柳だったが、何故麻倉たちが自分、もしくは白銀を待っていたのか気になり、口を開いた。

「何故待っていたのですか?」

実のところ柳は麻倉のことをあまり知らなかった。
その相棒の魅瀬とは年も近いので必然的に友人関係になったのだが、彼女とは同僚以上の関係ではなかった。
仲間意識がないわけではないのだが、親しく話す間柄ではない、微妙な関係だ。
柳の声に反応して麻倉はゆっくりと首をこちらに向けてくる。

「……魅瀬が――」「お前と話したいといってな」「――だそうだ」

麻倉は台詞を奪った張本人兼話題の中心者の頭を平手で軽く引っぱたく。
んに、声を上げて叩かれたことに関する反応を軽くする魅瀬。
彼女が一体何を話すつもりなのだろうか?
そう思うと同時に麻倉をもっと知る機会が訪れなかったことを少し残念に思った。

「それで魅瀬さんは何か用で?」
「カクカクしかじかで……」
「はい?」
「……突っ込みが甘いね」
「???」
「……ん」

何かよくわからないことを話していたが、柳が反応しないと分かると彼女は着ている野戦服のポケットからビニールパックに入った飲料を取り出して見せた。
印刷されている文字から察するにPXで売っているようなものではないようだ。

「これが何か……?」
「知らないならそれでいい……ところで207の演習相手とあったことある?」
「……あります。九羽という子と教官をやっているという私の兄なのですが、会いましたよ」
「――キョウカン?」

突然瞳を潤ませ液体を増産させる魅瀬。
それは徐々にが目のふちへと移動し、溜め込める許容量を超えた瞬間、それは一筋の涙となって頬を伝い落ち……る前にその顔は隠される。
麻倉が後ろから首に腕を回し、優しく抱きしめたのだ。
魅瀬の顔は抱きつかれた瞬間、それを望んでいたのかのように麻倉の腕へと目元を埋めてしまったため、見えなくなったのだ。
しばらく母親、あるいは出来の悪い妹……としてのコミュニケーションが行われていた。
麻倉は魅瀬が落ち着いたことを確認するとその腕を解き、ビニールパックの中身を飲ませた。

「落ち着いたか?」
「……うい」

その様子に柳は踏み込むことはしなかった。
できなかったというのが、正しいだろう。
今の段階で踏み込んだとしても人間関係にデメリットはあってもメリットはなさそうだからだ。
魅瀬は少し元気をなくしつつも、先程の続きを喋り始めた。

「…そのお兄さんは一体何者?」
「……今あなたが言ったとおりの関係です」
「……曲者?」
「言ってないでしょ」
「おおう、兄者か」
「それでそれがどうしたというのですか?兄様を紹介して欲しいなら紹介しますけど?」
「……いや、やっぱいい」
「はあ…………」
「演習、見にいかなきゃ」

先程の雰囲気はどこへやら魅瀬は麻倉と一緒にいってしまうのであった。
柳としてはもうちょっと真面目な話になると思ったのだが、世の中計算どおりにうまくいくことは稀なのだと、
自身の能力のことを自嘲するのであった。

---------------------------------------------------------

「――両隊、模擬演習内容を再度確認する。戦術機甲一個小隊、4機による演習だ。
 戦場は両隊に公平差を保つため、総合仮想情報演習システム(JIVES)を使用、市街戦を展開し、
 一方が全滅するまで戦闘は継続される。演習開始は5分後になるが、今のうちに質問することはあるか、榊?」
「いえ、ありません」

天気は晴れ。
戦場において自然現象による変化が比較的少ない空の下、207B分隊の分隊長である榊千鶴は同隊の教官である神宮司まりも軍曹の説明に過不足がないことを認める。
彼女たちの心的重圧は、今まで行ってきた模擬戦が遊びだと思うくらい重く肩にのしかかっている。
新型OS搭載機による圧倒的勝利。
それが彼女たちに求められていることだからだ。
このOSを使った新教育システムを模索するために選ばれた時は喜んだもんだが、
テストケースともなるとそれまで受けていた訓練とはまた違った苦しいものが待っていた。
その代名詞といえる新型OS開発部隊による直接的訓練だった。
神宮司軍曹も積極的に協力したそれは通常の衛士育成の倍の速度で色々と学ばせられた。
つまり訓練時間は変わらずとも密度が倍になり、休養とは引き離された時間が半月ほど続いたのだ。
訓練が終わったらPXで食事、それから復習、寝るという日常を今日のために過ごしてきたといっても過言ではない。
珠瀬壬姫の父である国連事務次官の珠瀬玄丞斎の激励を先程受けたとき(新型OSのことは知らないようだが)強く実感した。
榊の目に映る神宮司は、迷いのない態度から気負いすぎていないことを感じ取ると、僅かながら微笑み、健闘を祈ると言うと通信をきった。

「委員長、そなたもどうやら気合は十分のようだな」
「委員長は止めてよもう、気合で負けてたら話にならないし、白銀が態々私たちの話を聞いてくれたくらい期待されてるのだから当たり前よ」
「憧れの上官に迫る巨大眼鏡学級委員長……プッ」
「彩峰あんたはちょっと黙ってなさい!…………珠瀬がお父さんの前で恥かいちゃったんだから、その分も頑張らなきゃね。
 それに色々あることないこと吹き込んでくれていたみたいだし」
「あう~~~~皆ごめんなさい」

珠瀬は顔を赤くしつつ汗を掻きつつ弁明に励む。
珍しく空気を読めたのか鎧衣が珠瀬の弁明を受け入れ弁護に回った……。

「まあまあ、皆許してあげなよ。僕が補欠になっちゃたとか、胸がまな板とか言われたけど……僕は許してるから」
「それって弁護どころか心の傷抉ってます~」

どうやら白銀武と久しぶりの対等、白銀らしい崩れた言葉でコミュニケーションをとったのがよかったらしい。
余計な力が抜けて自然体となり、実力は十二分に発揮してくれるだろう。

「でも本当に譲ってもらってよかったんですか?私より鎧衣さんの方が」
「大丈夫だよ。僕のことは気にしなくてさ。そのうち返してくれればいいから」

今回の演習は四対四の小隊同士、207Bは新型OSの特性を活かした近接格闘戦に重きを置いた編成にした。
実のところそういった場合珠瀬より鎧衣のほうが適正が高いのだが、彼女の父親の手前、出番を譲ったのだ。
鎧衣にしては空気を読んだ行動だとほめなければならないだろう。

「それじゃあ皆お喋りはそこまで。鎧衣も戦域管制の勉強できるんだから遊んでちゃだめよ?」
「分かってるよ。そろそろ軍曹の目が怖いから切るから……頑張って」

途端に静かになる各々の管制ユニット内。
程よく心地よい緊張感が場に浸透し、集中力を高めていく。
気がつけば模擬戦開始まで1分を切っていた。
カウントがどんどん減っていき、終に桁一つになった。
9…8…7……。
心臓は警鐘を鳴らすかのように血流を早める。
5…4…3…2…1――。

「「「「ZERO!!」」」」

フライングギリギリのスタートダッシュ。
彼女たちの戦いが今始まった……はずであった。
極静音モードで噴射跳躍に頼らず前進している最中にそれは起こった。

「……!?05から01。何か様子がおかしいです」
「敵機っ!?」
「いえ、違います。何かこう基地のほうが騒がしくなってるというか……そんな感じがするんですが」
「一体演習中に何を言ってるの……余計な通信が敵に傍受されたらどうするの!?」
「いや、01。案外05の勘は正しいと思うぞ」
「何を言って……」
「委員長、レーダー見てみ」

御剣と彩峰が勧められるがままに網膜投射のレーダーを拡大表示させると、そこにはこちららにお尻を見せるように下がっていくマーカーが四つ映っていた。

「一体これはどういうこと?」
「わからん。隠れる気がない……というより戦う気がな――いや、演習が終わったかのようにスタート地点に戻ろうとしている」
「御剣にはそう見えると?」
「ああ、でなければここまで存在をアピールしつつ、矛を交えずに下がったりはしないだろう」

罠の可能性は低い以前に戦う気がない……。
推理のために脳の容量を割こうとしたとき、一本の通信が入った。

「こちら00。聞こえるか榊?」
「ぐ、軍曹?」
「どうやらまだ接敵していなかったようだな。……榊、直ちに演習を即時中止し、格納庫へと戻れ」
「ど、どういうことでしょうか?」
「つい先程防衛基準態勢2が発令された。貴様らは強化装備を着用のままブリーフィングルームに来い。そこで状況を教えてやる」

演習は中止、新型OSのお披露目はキャンセルされてしまったのだった。
一体何のために?
それを知るのは軍曹の言うとおりブリーフィングルームで知ることとなった。

----------------------------------------------------

「HSST……ですか?」
「そうよ。全く持って不愉快よ。あの魔女もよっぽど恨まれてるんでしょうね」

演習を急に中止され、防衛基準態勢2が発令された。
佐渡島からまたBETAがやってきたのかと思えば、HSSTがここに突入してくるそうだ。
被害は基地の地上から地下四層まで根こそぎ持っていかれるらしい。
御城衛は内心で舌打ちしていた。
白銀は何をやっているのかと……。
既に実戦部隊に配属されているところを見て安心していたのだが、どうやら彼は慢心していたらしい。
遠くを見すぎて足元を疎かにしたということなのだろう。
それか、白銀が実戦部隊に配属されたことにより、何らかの理由で必要になったのかとも考える。
……役に立たない未来の情報も世の中あるものだな。
一人納得すると御城は教官としての顔に切り替える。

「して、我々は撤収しますか?ここで待っていても演習は再開されないでしょうしね」
「あんたとしては撤収したいのでしょう?あの子たちにしてもここにいても碌なことにならないでしょうからね」
「利益がないことは確かでしょうね。ですが、少佐はここに残ったほうがいいと考えているのでしょう?」
「そうよ。あいつの慌てる様とOTHキャノンなんてものも見られるしね。
 まあ本音をいうと国連事務次官が逃げないのに、あたしたちが逃げたら帝国面子丸つぶれだから逃げられないのよ」
「ですが、少年兵を犠牲にしてしまう可能性も……」
「却下、量産タイプのデータなんてまだ施設に残してあるぶんで十分取れるわ。私がいなくとももう大丈夫だし、閣下がどうにかしてくれるわ」

撤収はほぼ不可能……最悪の場合自分たちが全員死亡か。
御城は最悪のことを試算しつつも、最悪がないことくらいほぼ分かっている。
その理由は珠瀬事務次官そのものにある。
そもそも演習を行うことは珠瀬事務次官がここに来訪することが決まる前から決まっていたことだ。
事務次官のほうが無理やり入ってきて、御前試合という形に変化して今日という日を迎えた。
少し考えれば疑いの目はいくらでも出てくる、彼という存在。
別の世界で売国奴として暗殺されたのも頷けてしまう。

「分かりました。どうせ基地に居座るのなら見栄を張って現状維持をしてみてはいかがです?」
「今頃慌てて土竜になろうとしている国連軍を挑発するか……あんた顔に似合わず悪戯好きね。
 面白そうだから許可するわ。どうせなら実戦換装に切り替えるのもありね」
「……さすがにそこまでするといらぬ誤解を受けるかと」
「冗談よ。これからあたしは女狐に会いに行ってくるから、後はよろしく」
「了解です」

HSST……再突入型駆逐艦。
よくもまあ宇宙軍の戦力を簡単にミサイル扱いできるものだ。
御城はそんなことを考えつつも指示を出すために部屋を出るのだった。

--------------------------------------------------

「こちらK、フェイズ2クリア。これよりフェイズ3に移行する。
 ……にしてもこの拾った写真の美人は誰だ?ふつくしすぎる……性欲を持て余す。
 と、いかんいかん。夜になればこのミッションも終わる……あと少しだ」



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第四章その6
Name: 通行人A◆d1634279 ID:5a722df5
Date: 2009/01/09 02:01
ブリーフィングルーム。
そこは任務を受領し、作戦を立てるなどに使う極めて重要な空間である。
重要な空間ではあるのだが、A-01第9中隊、通称ヴァルキリーズはこの部屋に缶詰にされているので、
重要でもなんでもないストレスの溜まる部屋へと変わっていた。
その中で青い髪をポニーテイルにした女性は隊の中でも特に気性が荒く、椅子に座りながらも貧乏ゆすりをしてイラつきを顕著に表していた。
その様子にいつも慕ってついている涼宮茜も近づけずにおり、彼女の姉に至っては副司令のところにいったままそれっきりだ。
押さえ役がいない現状、もっとも親しい2人が近づかないので、自然とからかう役回りの宗像も今日は大人しくしている。
とばっちりはごめんということだろう。
だが、世の中そんな役回りというものは必ず存在し、平等に選定される。
今回その貧乏くじを愚かにも進んで引いたのは隊で一番豊満な胸を抱えた築地だった。
築地は茜の困った様子を見ると何を勘違いしたのか、速瀬のご機嫌取りをするため話しかけてしまったのだ。
しかも直接的に。

「~~~~~~~~」
「い、一体どうしたんですか速瀬中尉?物凄くイラついているようですけど」

何気ない質問は愚問であった。
速瀬は苛立ちの捌け口を見つけたとばかりに近づいてきた築地の首根っこを捕まえる。

「ふにゃ?」
「つきじ~~~~?あんたいい度胸しているわね?」
「ええと……どうもありがとうございます」
「っ!あんたねーーーーー!!」
「むえっ!」

首根っこを離すと今度は両手で築地の頬を引っ張り顔を変形させてしまう。
口は築地の意思に反して横長に広がり、半開きになってしまう。
まるで髭を引っ張られた猫のように情けない面である。
猫と違う点は抵抗することは速瀬水月という女性をまえにして不可能ということだ。

「イラついて?そうよ、イラついているわよ。あの馬鹿が何を考えているのかわからないし、
 HSSTが落ちてくるといってもあたしたちに出番はないしね!」
「し、しゅかたにゃいでしゅか!?くんれんふぇいといっても極東いちなんでしゅから」

速瀬の言葉に築地はせめてもの抵抗として言葉を並び立てるが、その減らず口を閉じさせるため頬をつまむ指の力がさらに増す。
頬は瞬く間に赤みを増して、目が痛みのあまりに潤みだした。
それを見ていた茜は定番の如く友人の柏木に話を振ることになった。

「ねえ、晴子。何で速瀬中尉はあんなに荒れているんだろ?」
「……ん……」
「……晴子?」
「ああ、ごめんごめん。中尉が何で荒れてるか、だっけ?茜にはもう分かってると思うけどなー」
「それって……訓練兵、多分珠瀬さんのことだと思うけど、彼女に出番をとられたから悔しいってこと?」
「おしいけど違うな。中尉は訓練兵にこんな重大な任務をやらせる自分の不甲斐無さに怒ってるんだとおもうよ」
「あ」

彼女たちはA-01、この基地最強の部隊だ。
少なくとも彼女たち自身は声高に叫んでいるわけではないが、知る者からはそういった認識をされている。
また、彼女たち自身もそれを誇りに思っており、特に突撃前衛B小隊の隊長を勤める速瀬は人一番それが強い。
強いがゆえに神宮司教官の教え子といえど……いや、だからこそ自分隊の不甲斐無さにイラつくのだろう。
これが訓練兵ではなく一人前の衛士だったらここまでイラつくこともなかっただろうに。

「でも、私生活のほうはさすがにわからないけどね」
「……まあ、相手が鳴海さんだし、立場が立場だからね。あの人不器用だから……って何その目は?」
「別に……只鳴海中尉のこと結構知ってるな、って思っただけ」
「ふん、それより晴子あまり思いつめないほうがいいよ」
「あら、やっぱりわかっちゃうかな」

柏木は悪戯がばれた子供のような顔をする。
自分でも周りに心配かけまいと振舞っていたつもりだが、事情を知っている茜には隠せなかった。

「大丈夫……ではないけど、信じることにしたんだ。
 何かの陰謀に巻き込まれていたとしても、あの御城君が教官をやってるって聞いたから、彼なら守ってくれると思うから。
 それにあたし一人ではどうにもできないことだからさ。他人任せでちょっとずるいとは思うけど」
「そんなことないよ。私だって自分ではどうにもならないことがあった。だけど誰かがそれをやれる人がいたら頼りたくなるよ。
 自分を貶めてまだやれることを探そうとしなくなるのはよくないから」
「ありがとう、茜。でも安心してそこまで落ちるつもりはないからさ。ああー祖父ちゃんに手紙書いて説教しなくちゃ」
「それも、HSSTを撃墜できればのはなしだけど……あ、多恵が倒れた」

築地がどさりと倒れこみ、宗像がそれを回収、その状況を作り出した速瀬は幾分かすっきりとした顔になっていたそうだ。
築地のほうはというと苦しそうにしながらも、どこか幸せそうな顔だったとかそうでなかったとか。

「お、お姉様~~~~」


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第四章その6


「……で、なんであんたがここにいるわけ?」
「それはここにいる我が訓練部隊の部隊長としてここにいて、この基地に引き続き駐留することを了承してもらったからですね」
「少し図々しいわよ?あんた只の少佐なんだからもう少し大人しくしててくれる?」
「了解です、香月博士」

薄暗い作戦司令室。
有事とはいえ、軍を指揮するために今は機能しているわけではなく、只一つの目標に対しての狙撃をサポートするために活動している。
ゆえに物静かに部屋はなっているし、必然的に香月と後藤の会話は端から端まで届くわけではないが、複数の耳に届いてしまう。
そして、そこから友好的ではない雰囲気が伝わり、誰もが黙殺して計器が示すデータに神経を向けさせた。

「して、ここに止まっていいのですか、後藤少佐?」
「事務次官、私たちは帝国軍人です。国連軍の兵が一人として逃げぬのに帝国の軍が我が身大事に逃げるわけには参りません。
 まして事務次官が率先してここに止まっているのですから、なおさらです」
「しかし、貴官の訓練部隊は少年兵が中心と聞き及んでいますが?」
「だからこそともいえます。これがBETAだとしたら、敵前逃亡と同義、訓練兵全員覚悟の上です。それに――」

後藤は一旦そこで言葉をとめて、モニターへと視線を転じる。
そこにはHSSTを試作1200mm超水平線砲で狙撃するために腹射姿勢をとっている吹雪が移っている。
そして搭乗者のバイタルデータも随時更新され、平静を保っていることを示していた。

「――それはご息女にも言える事だと思いますが?」
「…………」
「……失礼しました」

少し口が過ぎたと思ったのか後藤は素直に謝罪の言葉を口にする。
実際謝罪の言葉を口にする前から全てが皮肉なのだから、ここで一区切りつけねば後が怖い。
彼女のスポンサーに見切りをつける以上、不必要に悪印象を与えるわけにはいかないのだ。
某国家も一枚岩ではないのだから、付き合い方もそれ相応になる。

「しかし、HSSTですか……よくこんな高価なものを、よくもまあこうも大きく扱いを間違えることができるとは。
 たしか直撃した場合の被害は横浜基地の四階まで根こそぎ持っていかれる試算でしたね、副司令?」
「ええそうよ。ついでに言えば根こそぎ出なくとも、七階あたりまでの機能の八割くらいが使用不能、普及するのに四半年くらい時間がかかるわ」
「……基地としては絶望的ね」

勿論オルタネイティブ4を完遂させることも。
戦術機部隊も全滅して翼と足をもがれた鵞鳥そのものだ。
某国家にローストチキンにされて美味しく食われるのがオチだ。
しかし、そうならないことは決まっている。
その証拠に珠瀬事務次官が、彼の愛娘が迎撃に地表にいるのだから。
娘を信じている――そんな安っぽい言葉でこの男はここにいるはずがない。
さらにいえば御剣冥夜がここにいる時点でおかしいのだ。
彼女の素性からして斯衛が優先的に脱出させることをしないのも、推測が確信の域に押し上げている要因である。

「それもこの狙撃に掛っていますけどね、事務次官?」
「うむ」

事務次官は公的な立場でここにいるせいか、愛娘の自慢話をせず神妙に肯く。
それを裏付けるような表情は愛娘を心配する父親のものではなく、国連事務次官としての何かを審査するものであった。
事務次官の顔から後藤と香月は同時に推測が確信の域に、バロメーターが固定される。
ああ、やはり仕組まれたものだと。
別のスポンサーとの接触を早めたほうがいい。
白銀の世界移動実験、他の計画の繰り上げを。
2人の科学者は同時に今後の計画の修正案を瞬時に検討する。
それっきり黙り込む3人により緊張した空気がオペレーターたちを襲う。
同時に若干の安堵が皆の胸に到来したのは彼らが優秀が故、会話の内容が大分不健全であったからだろう。
少なくとも迂闊に噂を流せば自分の首を絞めてしまうくらいに。
しかし、その中で平然としているオペレーターは存在する。
それも3人のすぐ近くに。
ピアティフ中尉だ。
彼女の立場からこの手の不健全な会話は嫌というほど耳に入ってくるので、精神的にタフネスになっている。
ゆえに耳に入ってこようが自分の軍務に関係しないものなら、頭の中身に凍結して放置、後に整理することは容易にやってのける。
だから秘匿回線にて通信が入ったとき、慌てず普段どおりに対応することができた。

「――こちら作戦司令室……司令?――はい……副司令!」
「……失礼、少し席を外させてもらいます。ピアティフ」
「司令からの通信です。00番の端末に回線にまわします」
「……わかったわ。あなたは軍務を続けて頂戴」

香月がやや隔離された端末へと歩み去っていくの眼で追う後藤。
どうやらあの端末はより聞かれたくない会話や極秘のことを伝えるためのもののようだ。
HSSTが落下してくるこのときになって、司令から通信が入るなんてどういった要件なのだろうか。
……緊急事態に決まっている。
事務次官にまで聞かれたくない内容など、それしか思い当たらない。
ならばどうするべきか?
後藤は脳細胞を激しく活動させて思慮を巡らす。
元々この場にはひやかす意味を込めて茶番を見守ろうとこの場にやってきたのだ。
雲行きが突然怪しくなってきた……少なくとも彼女の直感だが、自分まで被害をこうむるような気がする。
心当たりがあり過ぎるくらいあるが、それなら態々演習なんて形を取らずに捕縛されているはずである。
何か自分に不利なことが起きるのであろうか?
いくら思慮を重ねても思い当たらないが、ここにいるのは危険――。
彼女の思考はほんの数分であったが、その数分が致命的だったらしい。
突如入口の自動ドアが開くモーター音が聞こえたかと思うと、複数の軍靴が急ぎ足にこちらに向かってくるのが聞こえた。
後藤は振り向くと目と鼻の先に自動小銃の銃口があることに気が付き、思わず後ずさってしまう。

「動くな!!」

警備の歩兵。
後藤はUNと書かれたヘルメットを被る男たちを正確に認識した。
しかし、銃口には驚いたが、自分が捕まることには驚きはしなかった。
驚きの度合いなら横にいる珠瀬事務次官のほうが余程驚いているくらいだ。
年貢の納め時……そう解釈できていたからかもしれない。
だから口から出した声には抑揚もない酷く寂しいものだった。

「これは何の真似……?」
「とりあえず帝国からの要請よ……形式的には、ね」

警備兵に守られ現われたのは先ほど端末まで歩いて行った香月だ。
その顔には特に何の感情も貼りつけずにこの状況を簡単に説明する。

「あんたとの話はついたと思っていたけど?」
「……連れて行きなさい。今はあんたにかまっている場合じゃないの」
「……何?それはど――ッ!痛いわね小突かないでよ」

後藤は問いただす間もなく警備兵に囲まれ作戦司令室から追い出されていく。
珠瀬事務次官はそれを横目に道を譲り、出て行ったことを確認すると香月に問いただすべく近づいた。

「香月博士、これはどういうことですかな?」
「……時間がないので簡単に説明します。今から5分前――ッ!!」

説明しようと口を開いた瞬間、この基地が迎撃態勢をとっていた物体、HSSTが迎撃開始地点直前に来たことを告げる警告音が鳴り響く。
香月は事務次官を前にしているが眉間に皺を寄せ、露骨に不機嫌なものへと変わった。
そして、心の中で思う。

(白銀のやつ……HSSTのことの他にこれ程のことが起きるなんていってなかったわね。
 あいつの知らないところで起きたことか、それともあいつが変えようとして動いた結果、新たに起きた出来事か。今は判断がつかないわね。
 それと、いくら国連事務次官とはいえ、ここまでやることはまずない。このことを仕組んだのはやはり、後藤の所属していた勢力と見ることが妥当。
 事務次官を隠れ蓑にして動いてくるとは……今までの無能な手口とは違う)

白銀の情報源に関しての考えは一旦棚上げにし、先程確信したことを瞬時に頭の中で翻した。
香月は珠瀬事務次官に断りをいれ、指示を出す。

「ピアティフ、あんたはHSST迎撃の任を他のものに委譲して、さっきの命令を最優先にしなさい」
「了解」
「……事務次官、説明は別室にてさせてもらいますがよろしいでしょうか?」
「……わかりました。しかし、あなたが指揮所を離れてよろしいのですか?」
「すぐに基地司令がこちらに来ますので。それに入れ違いで行きますので」

本当は説明などというものに時間を捕られたくはなかったが、この御人には知っていてもらわねば困る。
最悪の場合は証人になってもらわなければならないのだから。
それは事務次官がこの騒動の黒幕ではないと考え直した香月の冷静な判断であった。
まさか自分が利用しようとしていたことにさらに罠があった、自身にそんな隙があったとは思いもしなかった愚かさを誰に気づかれることなく悔やむ。
そして、それは起きた。
HSSTの件とは別の警報が作戦司令室の空気を支配した。

-------------------------------------------------------------

『HSSTが横浜基地に落下する?……おもしろそうね』
『どこが面白いんですか!?あれの所為でこっちの予定が丸一日遅れるんですよ!後、一ヶ月しかないのに!!
 それに落ちたら只どころか壊滅的被害を受けるんでしょう!?』
『まあね。HSSTと爆薬満載、加速速度全部の要素含めるとここの地下第四層までまるごと持っていかれるわね』
『そこまで分かっていて物見遊山気分ってどういうことですか!?』
『でも落ちないでしょう?迎撃するにしても1200mmOTHキャノンで迎撃するんでしょうから、それほど分の悪いものではないし』
『で、でも賭けは賭けでしょう!それに一日が大事だって何回も言わさせないでください!!』
『……白銀、あんた何か勘違いしてない?新型OSの開発を任せた、新潟の件は当たった。
 たしかに任務を任せるに当たっての信頼程度は私も持っているわ。
 けどね、未来の情報とやらはまだ一つしか当たってないのよ。あんたのいうHSSTが落下が本当かもしれない。
 だけどこの世界では違ったら、ありもしないことで動いた私の立場はどうなるか考えたことある?』
『そ、それは……』
『新型OSの開発失敗の比じゃないの、下手をしたら12月24日を待たずしてオルタネイティブ4が打ち切られるかもしれない。
 前の世界ではそうだったから、この世界でも同じはず、なんてあやふやな情報で動きたくはないの。
 勿論、迎撃の話もそうかもしれない』
『……じゃあ、どうすれば先生は動いてくれるんですか?オルタネイティブ4の遅延にしたって問題あるのに、
 危険を目の前にして座して待つつもりなんですか?』
『……前の事件の後、国連や各国の勢力争いについていったのを覚えているかしら?』
『はい。オルタネイティブ4推進派とオルタネイティブ5推進派、その他に甲一号を攻略させないためにオルタネイティブ4を盾にする勢力、
 それとオルタネイティブ5推進派を利用して権力拡大を図ろうとする勢力他、色々なものを聞きました』
『要点は抑えているようね。その勢力争いなんだけど――』

                        ・
                        ・
                        ・

「――がね少尉――ろがね少尉――白銀少尉!」
「――聞こえているよ。榊委員長」

白銀は回想を中断して榊の呼ぶ声に反応する。
ここは訓練校の屋上、珠瀬の任務を見守るために立っているのだ。
榊は教官である神宮司まりものいる手前敬語で話してきており、先程までの親密感溢れた態度は封じている。
白銀も同じ理由で言葉遣いを元の上下関係のあるものへと変換していた。

「……迎撃開始地点まであと数分というところですか………少尉はやけに落ち着いていますね」
「榊委員長は落ち着かないのか?」

委員長と呼ばれたことを気にする余裕がないのか表情が硬く、まるで金剛石のようだ。
榊は白銀の返事に素直に頷くと視線を天へと向ける。
天気は晴天、昼になった空は太陽が眩しく照り付けており、空で燃えるHSSTを見えにくくしている。
榊に変わって207Bのメンバーから白銀に語りかける人物が御剣へと変わる。
彼女は榊と違いどっしりと構えており、武家で育ったがゆえの貫禄をかもし出していた。
緊張こそしてはいるが、至って平静。
だから、皆をリラックスさせるために会話を望んできたとおもっていたのだが、その口からは些か意外なものだった。

「少尉、御城少尉はどちらに?」
「――多分ブリーフィングルームだと思うが、何で?」
「いえ、失礼ながら2人とも結構な頻度で一緒におられたもので、つい……それに非常時ですから相方がおられないのはまずいのでは」
「心配事のほうは大丈夫だ。複座といっても設定をちょっいいじれば一人で操縦できるからな。最悪、どちらかが予備機ででるさ。
 ……後、オレってそんなに柳と一緒にいるのか?オレ的にはそんなんでもないとおもうのだが」
「二十四時間とはいいませんが、私が知る限り、一度も白銀少尉一人で現れたことはありませんが」
「………………まるで夫婦」
「彩峰、上官相手にぽつりと呟く癖はやめろ」
「了解」

しかし、いつも一緒にいるのが当たり前とか……なんか純夏みたいに位置にいるのか柳ちゃん。
……それはないか。
純夏は只の幼馴染で着いて回る犬みたいなものだからな。
柳ちゃんはオレをフォローしてくれる出来のいい妹で、オレはだめ兄貴的ポジションだ。
白銀はHSST落下そっちのけでそんな場違いなことを考えてしまう。
しかし、柳のことを考えるとどうも彼女の兄のことが浮かんできてしまう。
あまり詳しくは話さなかったが、同期だった築地や麻倉に聞いた限り、悪い人ではないようだ。
だけど前の世界では御城衛なんていう男はいなかった。
柳ちゃんにしてもそうだ(只出会わなかっただけかもしれないが)何にしろ、未来が変わっている予兆なのかもしれない。
彼らが何かしらの害意をもってこの基地に来たとしたら、先生がいった勢力争いのためだろう。
誘い込んだ上でHSSTの落下でどう基地内の勢力が動くかを観察する。
ちょっと危なっかしいが、オルタネイティブ4が直接的被害にあわないように手は打ったということだから大丈夫だろうけど……。

「しかし、少尉はここにいてよろしいのですか?」
「何で、ですかね、軍曹?」
「今は知ってのとおり非常時ですから、少尉の部隊がひとつに纏まっていなくてまずいのではないかと」
「……ああ、そこは大丈夫。鳴海中尉が即応態勢で格納庫に待機しているから、休憩時間中にちょっと出させてもらったんだ」
「それならばいいのですが……」

何か嫌な予感でも感じるのだろうか?
神宮司はHSSTの落下とは関係ない脅威を感じ取っているようだ。
少なくともそれは知識とかそういうのではなく、あくまで勘というレベルでしかないが、白銀には十分すぎる情報だった。
自分はまだそういった感覚が甘い。
年齢から察すると神宮司の実戦経験は二桁を超えているはずであるからして、たかが一度の実戦を潜り抜けた程度のひよっこがそこまで感覚が鋭敏になるわけではない。
相棒である柳は例外的に鋭かったが。
白銀は考えをまとめると再び御剣に声を掛けた。

「あー……時間もないから手短にいうけどさ。たまのこと励ましてやってくれ。
 オレじゃあ上官だから命令みたいに余計硬くしそうでミスさせたらまずいし。
 お前ならそういった心配させなくてすみそうだから」
「構わ――ないが、そなたはそれでよいのか?折角教え子が大事な任務を果たそうというのに」

周りの皆と神宮司は気を使ってくれたのか、少し距離をとり、崩した会話で話せるようにしてくれた。
神宮司が距離をとってくれたのは意外だったが、教官として目を瞑りたいからだろう。

「オレはこれから戻らなきゃならないし、オレなんかより長く時間を共にした仲間のほうが安心するだろう?
 中途半端に仲間っていうのは面倒だからな。だけど仲間心はないわけじゃない――」
「だから最低限の応援に留めて、任務を成功した暁に精一杯歓迎したい……か?」
「――やっぱり、冥夜には敵わないな。なんでそう、人の考えることがすぐわかるんだよ?」
「そなたの顔を見れば分かる。ふふふ、用件は承った。早く行かねば鳴海中尉に叱られるのではないか?少尉殿」
「大丈夫だけど……大丈夫じゃないことにするわ。それじゃあ頼――」

真昼の青い空の下、地表から突如上がる粉塵、煙。
それは明らかに空からのものではなかった。
数拍置いてその煙の中から立ち上る何条もの光。
何かを探すサーチライトのように動き続けていたそれはやがて消えた。
代わりにやってきたのは腹に響くような鈍い音。
大きい何かが大地を踏みしめる振動だ。
その正体に最初に気づいたのはやはりというべきか神宮司だ。
即座に最上位の階級を持つ白銀に肩をゆすってショック症状から立ち直らせる。
白銀は呆気にとられていた状態回復すると自分を恥じると共に状況確認へと意識を向ける。

「あれは……突撃級!?」
「はい、先程の光もおそらくレーザーかと思われます」

先程サーチライトで探すような動きはおそらく何かを焼き切った余韻の光跡なのだろう。
光線級を含めたBETA群が出現したということをこの場で理解したのは神宮司と白銀だけだった。
他の皆は何が起きたのか分かっていないのか、突撃級が演習場の灰ビル郡を粉砕しながら進んでくるのを眺めているだけだった。
白銀はそれに舌打ちしそうになるが、寸でのところで思いとどまる。
BETAを前にした自分はどうだったかを思い出したからだ。
しかし、その間起こった出来事がその思考すらも中断させた。
轟音と呼ぶにふさわしい振動が耳に入ってきたからだ。

「OTHキャノンでの迎撃!?先生は迎撃を続けているのか」

珠瀬も余計なことで集中力を妨げられているにも関わらず、それは傍から見たら正確にいまだ針を通すような点にしか見えないHSSTへと向かっていく。
しかし、結果として正確なものではなかった。
だが、白銀もそれは弾道を見るためのものだと知識としてもっており、気に留めることはしない。
それより後2発……珠瀬と彼女をサポートするオペレーターに任せるしかない。
それよりも白銀にはやることがあるのだ。

「全員注目しろ!!」

その声にようやく反応した207B分隊の隊員、動きはやや精細さに欠けており、普段の訓練など忘れてしまったかのようだ。
軍曹はそれを察したのか瞬時に全員を一箇所に並べると、順に頬を張っていく。

「貴様ら全員何を呆けている!!少尉が腑抜けたお前らに命令を下さるから良く聞け!!」
「全員ここから神宮司軍曹の指揮の下、即座に地下施設まで後退せよ。オレは化け物の迎撃にでなければならないから、
 お前たちの面倒まで見切れない。いいか、すぐに後退するんだぞ!?」
「「「「「りょ、了解……」」」」」

白銀の目の前の恐怖負けまいと出した大声に対する反応はあきらかに弱弱しいものだった。
しかしそれを叱責するような時間はない。
BETAはろくに防衛線をしいていないことをいいことに、思う存分侵攻し、基地中枢へと向かっているのだ。
いずれここも破壊し尽くされてしまう。
地下への退避は急務となっているのだ。
命令伝達終了、即座に両足を動かして、屋上の出口へと駆ける。
階段を数段飛ばしで降り、足音の数と気配から誰一人脱落していないのがわかる。
一階に着き即座に出口へと体を寄せて、周り小型種のBETAがいないのか確認する。
突撃級がまだ来ていないからといって小さいのが浸透していないという保障はどこにもないのだ。
BETAがいないことを確認するが、代わりに空気を吹き飛ばすような音、耳慣れた戦術機の噴射跳躍の音が聞こえてくる。
少し見上げるとそこには帝国陸軍カラーの吹雪が中途半端な実戦装備でBETA軍へと向かっていくところだった。
長刀を一本に36mm一丁……両手に持ったその装備はどうみても戦術機のマニュピレーターで無理やり装備したようにしかみえない。
それが5機……どう考えても模擬戦を予定していた柳ちゃんの兄貴の訓練部隊だ。
隣に追いついた神宮司も吹雪を見て絶句する。
訓練兵がなし崩しに実戦へと突入するという最悪の事態……いくら地上に展開していたからといって――。

「――戦術機一個小隊でも半人前の集団で、援護なしで死の八分を突破できるわけがないだろ……」

明らかな時間稼ぎ。
十分な数の部隊が展開し終わるまでの繋ぎであることは明白、そして白銀は悔やんだ。
中途半端に皆を心配しすぎたのではと。
たまたちを信頼して格納庫で待機していればよかったのでは?
そうすれば五分もしないうちに展開できたはず。
悔やめば悔やむほど自分が不甲斐無くなっていく。

「少尉、この装備で基地施設まで走り抜けるのは不可能かと」

神宮司は白銀にそっと進言する。
その進言がよりいっそう自分の未熟さを痛感させられるが、何とか自分という屋台骨を崩さぬよう新潟でのことを思い出して堪える。

「そうだ……だな。たしか訓練用に用意した歩兵の装備がまだ保管室にあったはず……そうだな、軍曹?」
「はい、六人分の歩兵装備があります」
「装備にかかる時間は?」
「五分以内に……教官室から内線で警備部隊に連絡がつくかもしれません」
「……小型種がどこに潜んでいるかわからない状況で、装備なしでは危険すぎるか……。
 よし、訓練兵たちには装備させつつ、オレはできれば作戦司令室の連絡を取ってみます。
 でなければ、歩兵用の無線で戦術機部隊に連絡を取って運んでもらいます。最悪の場合はそのまま施設沿いに進んで地下施設にはいるしかないですね」
「了解です。白銀少尉……」
「ん?何ですか?」
「言葉遣いが敬語になっています。非常時ですけど落ち着いていきましょう」
「――了解、軍曹」

神宮司に軽く敬礼し、少し余裕を取り戻したことをアピールする。
その後、神宮司は訓練兵をまとめて保管室に導き、装備を整えさせ、白銀は教官室に行き、連絡を取ろうと試みた。
しかし、この時点で彼らに迫った脅威が、混乱が起こる前、白銀が考えていたこと、それを失念していることに誰一人気がつかなかったのだった。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第四章その7
Name: 通行人A◆d1634279 ID:5a722df5
Date: 2009/01/29 22:15
「あんたがK?」
「……愛国者は?」
「いろはにほへと」
「……お前が協力者か」
「思ったよりも年を取っているな?」
「何か問題でも?」
「国連の制服が似合わない」
「…………」
「冗談だ。オレのことは何とでも呼べばいい……といいたいところだが、時間がないので階級で呼べ」
「了解した。大尉、早速だが、例の装備はそろえられたのか?」
「この混乱に乗じれば容易かったよ。きっちり過不足なくそろえられたよ」
「国連もいいかげんな組織になっているということか?」
「混乱する情勢に足を引っ張り合っているというのが正しいだろうな」
「違いない……にしても97式があれば、十分すぎる。脱出ルートの確保も済ませてある以上、手抜かりはない」
「……ならさっさと強化装備に着替えたほうがいい。君が起こした騒ぎも永遠に続くわけじゃないからな」
「わかっている。任務に戻る」
「む?もたついていた戦術機部隊が動き出したらしい、急げ。失敗は許されないのだから」
「オペレーションM、フェイズ2終了。続いてフェイズ3に移行する」


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第四章その7


銃口は光ることを止めず。
銃口から放たれる劣化ウラン弾は肉を穿ち、抉ることを止めず。
長刀は切り裂き、引きちぎることも止めず。
されど、数の差は歴然。
まして戦闘経験がほぼないに等しい訓練兵たちでは、過度の期待はできない。
しかし、教え子の訓練兵たちは特殊だった。
現在上げている戦果だけで十分に実戦での使用耐えうることを証明してみせた。
お前たちはもう後退していい。
私たちに任せてもう下がってくれ!

「――なんでそう言ってやれないのだッ……私は……ッ!」

御城衛の押し殺した声は通信に流れることなく、戦闘音にかき消された。
水平跳躍しながら、狙いをつけることなく36mmをバラ掻き続ける。
狙わなくともはずすほうが難しいほど、獲物には不自由していないからだ。
脳の中に次々と浮かぶ計算を誤差を出さずにこなし、この後の予測未来を組み立てていく。
その結果を後ろいる九羽へと転送、訓練兵全員へと伝達されていく。
瞬時にそれを理解した教え子たちは陣形を変更、向かってくるBETA郡を迎え撃つ。
だが、それとていずれ訪れる誰かが撃墜されるまでの時間稼ぎでしかない。
自分の組み立てる未来予想図には避けては通れない見たくもない青写真が大仰に載せられていた。

「ブリーズ2、要撃級撃破、続いてブリーズ4、突撃級を三体同時に撃破……今のところ光線級からの攻撃の懼れなし」

九羽の口から現状報告がされる。
御城の絶望的な計算結果は今のところ外れているように見えるが、それはこの先弾薬がなくならないかぎりの話であり、
援軍も望めぬまま戦い続ければ強制的に白兵戦に移行し、時代劇同然の殺陣を演じねばならない。
時代劇と違うのは主人公たちが悪役に嬲り殺しにされる点だが。
御城は自分の教え子たちを是非が比でも生還させねばならなかった。
自己保身のためか?手柄のためか?
このときばかりはどちらも違った。
純粋に未来ある子供たちをこんな戦場で死なせたくはない、せめて成長し大人になり、自分自身が定めた信念と共に戦うようになれるまで。
自分が抱える罪悪感からの考えだったとしても、間違いではないないと思うからこそ全力で戦い続ける。
装甲が多少削られることを覚悟の上でなるべく自分に敵の攻撃が集中するように機体を前面に押し出す。
訓練兵同士で二機連携を組ませ、自身は単機で行動する。
変則的だが、下手に自分たちのことを援護させるより、身を守らせることを優先させるほうが生還率を上げると計算したからだ。
それとて先程言ったように時間稼ぎでしかないのだがやらないよりましである。
何よりも時間が元々の任務。
後方から出撃する国連の部隊が出てくるための時間稼ぎである以上、援軍がくる確率は決して低いわけではない。
そうなれば絶望的なこの状況下に別の計算結果が割り出せる。

「敵、後方から光線級出現、上方のHSSTに照準を定めた模様――」

九羽が地下隔離施設から出現したと思われる光線級の登場を知らせると同時に三度目の轟音が空に轟く。
目に小さなウインドウが表示され空で赤く燃えているHSSTに一条の光の矢が貫通し、爆散する様が表示された。
珠瀬の吹雪が撃ったOTHキャノンが見事に命中したのだろう。
これで上空の脅威は去り、地上部隊の出撃もこれで円滑行われるだろう。
しかし、地上の恐怖はいまだ健在だった。

「――HSST撃破を確認、光線級、照準変更、後方HSST打ち上げ用のリニアカタパルトに照準……狙撃手を排除する模様」
「まずい……珠瀬!!」

叫ぶと同時に頭上わずか数十メートルのところに触れれば蒸発する熱線が走る。
その方向から僅かなずれもなく、正確に照準が取れていることを考えるまでもなくわかった。
極東一の狙撃手を狙撃する狙撃手。
いや、数からしてレーザーでの砲撃といったほうが正しいだろうか。
どうでもいい考えは瞬く間もなく行われ、空を走る熱線が起こした結果を知ることとなる。

「――吹雪、若干の被弾を見られるも健在……されど戦闘継続は不可能、衛士の脱出を確認……救助作業は国連軍のF-4が行っている模様」
「――そうか」

足元に群がってくる戦車級を噴射跳躍で振り切り、36mmを浴びせつつ後退しながら、ファントムを確認する。
助けたのは誰かはわからないが、最新の対レーザー蒸散塗膜加工を施されている吹雪なら光線級の照射に3秒は持ちこたえられる。
それを踏まえ、三秒の間にファントムを吹雪との間に割り込ませ、吹雪を遮蔽物の陰に移動させて、珠瀬を無事に救出。
その証拠にファントムが劣化した装甲を強制排除している。
広域データリンクは基地と連携すればこういった情報も容易に入手できるところがありがたい。
あまり親しくはしていなかったが、“俺”の記憶が彼女が死ぬことを望んではいないのだ。
しかし、他部隊に感けている場合ではなかった。
九羽の声が鼓膜を震わせる。

「ブリーズ3、複数の要撃級に囲まれています。ブリーズ1、援護しろ」
「援護できる範囲ではありません。ブリーズ2、そちらは援護できるか?」
「こちらでカヴァーでき――敵増援、援護は遅れます」

御城はその会話を聞いてイラついてしまう。
このような機械的会話が何故出来るのだろうか?
それは精神的に未熟な子供に元々備わっていない能力を付加したため、感情が薄れているからに他ならない。
そして、それを押し付けたのは他でもない自分だ。
だが、今は悔いている時間など無駄。
通信に割り込み、後ろの九羽に有無言わせぬ口調で言い放つ。

「援護は私がする。ブリーズ1、一度ブリーズ2たちと合流し防御を固めろ。ブリーズ3、三十秒だけ持たせろ。すぐに助けてやる」
「ブリーズ1(2,4)了解」
「りょ、了解です、教官」

ブリーズ3は他の皆とは違う反応を示す。
彼だけは感情を失わずに戦闘を続けていられる、この訓練部隊では変わり種だった。
もっともこの隊自体が変り種なので彼こそがまともなのだが、少佐からすれば適正が高かったからとしか見られていなかった。
おかげで目新しいデータを提供できると喜んでいたが。
名前は柏木……おそらくだが、A-01の柏木晴子の弟だと思っている。
この基地に来て彼女が部隊を尋ねてきたのだからおそらく間違いではない。
特別というわけではないが、目をかけていたことは否定できない。
それでやっかみを受けたこともなく(受ける程周りは感情が豊かではない)無事にここまできた。

「九羽、お前の計算ならブリーズ3が持つ時間はどれくらいだ?」

九羽はウインドウを開き、顔を表示させる。
しばし、瞬きをした後自身ありげに120秒と答えた。
自慢の教え子ですからといわんばかりに鼻を少し膨らませて満足げに笑っている。
今指摘したら後で頬を膨らませるだろうからいわないが、後程からかいのタネにするか――。

「――全員無事に帰還してからな」

ポツリと漏らした呟きに九羽は黙認してくれた。
彼女とてそれを望んでいるからだ。
ビルの合間を縫うように疾駆し、時には跳躍して障害物を飛び越え、行きがけの駄賃でBETAを撃破していく。
残弾を確認。
節約しながらなら即応部隊が前線に出張ってくるまで十分に戦闘を継続できる量だ。
突撃銃を背中のパイロンに戻し、代わりに長刀を装備する。

「二時方向、ビルをの陰に要撃級2体接――」

即座に水平跳躍、ビルの陰に入り込み瞬時に長刀を上段から振り下ろし肉を裂き撃破する。
その勢いを前進に使い、長刀に負荷をかけつつも構わず地面を削りながら、逆袈裟に2体目を切りつける。
出来事はほんの一秒の間。
キルスコアを上げつつ柏木弟のところへと向かっていく。
レーダーを見ても今のところ部下たちは2人は無事に戦闘を継続している。
2人は――。
そこまで考えて愕然とした。
ブリーズ2、4のマーカーは健在なことを示している。
ブリーズ2、4のマーカーは。
僅か数秒の間に突如として消えた二つのマーカー。
それが意味することに思い至った途端、血の気が引いた。

「こちらブリーズ0。ブリーズ1、応答しろ」
「――――」
「こちらブリーズ0、ブリーズ3、応答しろ!!」
「――――」

何度応答を呼びかけても返答はない。
ブリーズ2、4からは返答があったが、彼らからの返事は感情を乗せない冷淡なものだった。

「反応ロスト、戦死の可能性大。最後の確認地点にて多数のBETA反応、敵の再度の増援かと思われます」

それと同時に九羽が戦闘時よりもさらに感情を殺した声で報告を入れてくる。
……いや、台風の暴風にかき混ぜられた海面のように轟々と波立っているが、戦闘状態の所為で無理やりそうなっているに過ぎない。
その表れか全身は痙攣を起こし操縦に精密さを欠かせている状態だ。

「即応部隊、前線に到着……前線の押し上げ作戦に入った模様。国連軍所属の不知火より通信を求められています……いかかがいたしますか?」
「…………………回線を繋げ」
「こちらヴァルキリーズ。貴隊の後退援護及び戦域の引継ぎを行いに来た。貴官らは即時後退、指定のポイントまで下がり、補給を受けてくれ。
 その後のことはHQから指示があるはずだ」
「ブリーズ0了解。後は貴官らに任せる……。それと――」
「それと?」

すまない、という言葉が出そうになるが喉で押し留めた。
A、B、Cどの小隊かは知らないが、同じ中隊に属する以上、意図せずに伝達されるやもしれない。
いま彼女に不安を与えるわけにはいかないのから自分の中でそれを抑えるべきだ。
この戦いが終わったと責め苦を受ければいい、自分が一人苦しむ程度ならもう慣れているのだから。

「――貴官らに武運を祈る」

そういってこの場を誤魔化したのだった。

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「訓練校へ救出に向かえ、ですか?」

御城柳は混乱した格納庫からようやく地上へと上げることができるようになり、愛機である撃震ごとエレベーターで上げられつつ部隊内通信でそう聞き返す。
網膜に映った隊長である鳴海孝之は柳の言葉を聞くと、隊全体に分かるように頷いてみせる。

「そうだ。三分前、訓練校より内線にて訓練兵、及び教官と我が隊の白銀少尉が孤立していることがわかった。
 上層部はその通信を受け、救出作戦を立案、我々にその任務が与えられた」

鳴海は手元で何か操作すると網膜に新たなウインドウが投影される。
それは現在の戦況をリアルタイムで中継されている戦域情報だ。

「現在、我が軍は徐々に纏まった数の戦術機部隊が地上へと出撃を完了している。
 各戦区へと振り分けられ前線を構築されているが、施設の重要性、また小型種程度の浸透しか確認されていないこともあり、
 戦術機部隊の配置は全くされていない。現在機械化歩兵部隊が出撃準備を進めているが、それまでに訓練兵が無事な保障はどこにもない。
 必要最低限の歩兵装備をして、訓練校に籠城中だが、BETAに群がられて数に押されれば、一個分隊にも満たない戦力では持つはずがない。
 かといって正規部隊から戦術機を抽出する余裕もなく、“無用な混乱”を起こさないために我々が行くことになった」

無用な混乱の部分をやや強調していう鳴海。
どうやら実力的にも任務の性質的にも正規部隊には任せられない類のものらしい。

「目標は言わずと知れた我らが母校、学舎であった国連太平洋方面第11軍・横浜基地衛士訓練学校――」
「隊長」

説明に入ろうとした鳴海に対し、麻倉が珍しく口調をややきつくして遮る。
普通ならば上官である鳴海にそのような態度をとれば懲罰は免れないのだが、その程度のことで目くじらを立てることはこの場にいなかった。
きつい口調で言われた当人が失言したと悟ったからだ。

「――我が隊でも大半のものがこの訓練校を卒業したわけだが、それはいいとして、救出目標は白銀少尉と可愛らしいヒヨッコたちと神宮司軍曹だ。
 先程言ったように現在救出目標たちは訓練校で標準的な歩兵装備で籠城している。しかし、戦域のデータを確認してもらえば分かるとおり、
 BETAの侵攻が著しく足止めせねば訓練校及ぶ付近の施設が木っ端微塵にされてしまうだろう。
 只でさえBETA相手にここまで遅れをとっているのに、そのような被害が出れば帝都に足を向けて寝ることなど出来なくなる。
 いくら殿下たちがいるからといって北枕で寝るのは勘弁してもらいたいところだ」

軽い冗談を言って皆を微笑ませる。
柳も思わず、くすりと笑ってしまった。
彼女も北枕だけは老衰で逝くまでは遠慮したいものだと思っているからだ。
だが、柳が浮かべた笑顔も戦力の割り振りの話になった途端、真剣なものへとかわった。

「そこで我々は不本意だが、部隊を二つに分けることにする。正規部隊が来る間足止め役として二機当て、残りの二機で救出を行う。
 その割り当てだが、オレと慎二で前線に出るから……麻倉、御城の2人で救出任務を任せる。そして、ここからが一番重要なことだ」

エレベーターがガクンと止まる衝撃と共に愛機たちが地上へと全貌を現す。
遠くに見えるのは粉塵と爆音。
前線に出始めた戦術機部隊が何機かやられたのだろう。
しかし、それよりも今は最優先救出目標をこの耳にしかと留めておかなければならない。

「先に言っておくが、この任務は急なものとはいえ極秘任務に属する……この意味は解るな?
 解ったことを前提に話す、質問は一切受け付けない。最優先救出目標は御剣冥夜訓練兵、第二に榊千鶴訓練兵、第三に白銀少尉だ。
 我が隊は幸い複座型だからこの三人を一機にまとめて乗せることになる。回収機は御城少尉の機体を始めにして、
 麻倉の援護を受けつつ三人を収容しだい後退し、地下格納庫に退避。その後残りのものを麻倉機に乗せるだけ乗せた後同じように後退しろ。
 指揮は麻倉が取れ。我々も機を見て下がることにする……む?ヴァルキリーズが出撃したか」

前線へと出て行く国連カラーの不知火の一団は編隊を組みながら前線へと赴いていく。
彼女たちが出れば前線を支えることができるだろう。

「……続ける。それと最悪、優先目標以外は見捨てても構わない……副司令直々の言葉だ」
「な、鳴海中尉!?」
「御城少尉、発言は許可していないぞ」

思わず叫んでしまった柳を副官の平慎二が嗜める。
ぐっとでかかった言葉を喉で止め、渋々ながら次の言葉を聞きことにした。

「もう一度言おう。これは極秘任務だ。オレや貴様らが任務の意味を知ることは必要ない。その意味を知っていいのは上層部が許可してからの話だ。
 三名を助けた時点で留まることが危険なようなら救出行動を止め、即刻退避。その後は機械化歩兵や警備部隊が任務を引き継ぐ予定だ。
 時間を無駄にした……全機、連続短距離跳躍にて指定したポイントへと急行。任務を遂行しろ、以上」

鳴海は一方的にそう話を切ると主機を戦闘出力まで引き上げ、噴射跳躍で制限高度を守りつつ戦域まで移動して行く。
平もそれに倣い鳴海の後を追い、柳たちに少し心配したような顔を向けてくるが、出てきた言葉はすぐに移動を開始しろとのことだった。
任務の重要性……優先的に保護するものの経歴を考えれば、理解できないはけではないが、心のどこかで抵抗を感じてしまう。
その葛藤の表れか唇をかみ締める柳。
麻倉はそれに気づいているのか、いないのか、わからないが、任務開始とポツリと呟くと撃震を跳躍させた。
気づいているからこそ柳に声を掛けるのは今は無駄だとわかっているから、現実にやることを伝えたのだろうが。
柳はそんな気遣いに感謝しつつしばらくぶりの単独操縦で撃震を跳躍させた。

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「全員急げ!戦術機部隊が先行しているからといって我々が無用の存在ということはない!
 第一、第二小隊は先行して索敵、ルート確保を済ませろ。第三小隊、第四小隊は周囲を警戒しつつ前進!
 ……中尉ここは我らにお任せください。中尉もお早く戦術機で出られたほうが……」
「わかっている。曹長、そちの尻を蹴り飛ばすように余計な頼みをしてしまって」
「いえ、斯衛の方があのように頼みにこられるなど初めてのことですし。中尉の部隊でしたかな?
 近頃少々有名になっておられるという少尉殿は――あ、し、失礼しました!」
「……聞かなかったことにしよう。では私も出撃する。後は頼むぞ」
「任せてください。ひよっこを守るのも大人の務めですから」

歩兵部隊の曹長はそう意気込むと国連にしては見事な敬礼で上官を見送った。
その見送られた人物、月詠真那はすぐに真紅に染められた零式強化装備を通し通信を試みる。

「――神代聞こえるか?聞こえているのだったら状況を報告しろ」

それに答えたのは名指しどおり、先行出撃した彼女の部下の神代だ。
愛機からそう離れておらず、通信施設も健在な状態のため、網膜には神代が瞬きする動作も何のタイムラグなくつなぐことが出来た。

「――聞こえています。現在基地周辺に浸透してきたBETA群れと戦闘継続中。まもなく戦闘を完了します。
 その間、冥夜様の現在位置が判明、戦術機甲小隊が救出任務に向かったとのことです。戦闘が終わり次第我々も向かいます」
「そうか。私もすぐに出る。合流する時間がおしい。私に構わず冥夜様の保護を優先しろ」
「了解」

短いやり取りの後映像は切れ余計な視覚情報が消える。
この状態でも回線自体はつながっているので、すぐに通信を行えるのがデータリンクと強化装備のもたらした戦術的拡張能力である。
これのおかげでCPに状況を聞かなくてもある程度情報が手に入るおかげで、戦術の選択が容易になった。
が、今はそれは関係ない。
何故このような事態になったか?先程撃破されたHSSTとBETAの関連は?
データリンクで手に入らない情報がいくらでもあるのだ。
強化装備の踵が床に着くたび奏でる鈍い音が自分の思考のリズムをとってゆく。
御城の証言を元に帝国が動いたことはまず間違いない。
自分たちに冥夜様の確保を厳命してきたのだから。
だが、どうも腑に落ちないのは証言データを送ってから、今日に至るまでの対応の遅さである。
城代省や情報省の力があれば遅くとも夜明けごろには命令が下されてもおかしくはなかった。
それに月詠の分家筋が動いていたのならばなおさら――。

「――やつらが動いていたのなら殿下の耳入っていてもおかしくはないはず……まさか……」

まさか――の可能性を思い至ってしまった。
もし意図的に報告を遅らせていたとしたら……。
しかし、反論材料もある分家のもの、特に彼女にとって果たしてメリットがあるのだろうか?
彼女らとて普段は立派な斯衛なのだ。
裏でそういったことを引き受けているからといって、そう易々とことを起こすのだろうか。
最悪、御城の報告した一味に関わっているのやも知れない。

「しかし、まだ確証がない……」

分家とはいえ彼女らも斯衛であり、日本国皇帝は勿論五摂家に手出しするような人間ではないはずだ。
だからといって必ず悪事に加担しない保障はない。
考えているうちに武御雷の管制ユニットへとたどり着く。
整備兵に二三機体の調子について確認し、ユニット内に潜り込む。
確認事項をいくつか飛ばし、機体を起動させる。
確証が得られない状況で緊急を要する事態となればいえることは一つだ。

「情報が少なすぎる今ではうかつに物事を推測しないことが重要か……ブラッド1武御雷出撃する!」

月詠真那は不安を抱きながらも、自分がなすべきことをするために出撃するのであった。

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国連太平洋方面第11軍・横浜基地衛士訓練学校。
表向きはごく普通の訓練校であり、人類の正面戦力である戦術機を駆るための衛士を日々鍛えている学び舎である。
ここで幾人もの衛士が神宮司軍曹の手によって育てられ、人類の尖兵となり、戦場へと羽ばたいて行った。
これから先もそれは変わらないと思っていた。
思っていたのだが、目の前で起こっているこの出来事は正直想像していなかった。
校舎の窓から突き出した銃口、セミオートで発砲しているにも関わらず、絶え間なく瞬くマズルフラッシュ、そしてリノリウムの床に転がる薬莢。
銃口から発射された弾丸は目標に命中し、血飛沫……といってもいいのかわからない奇妙な色の体液を噴出せる。
毒液といっても過言ではない体液を噴出させたのは見事なまでの化け物だ。
BETA。
正確には闘士級、兵士級……こちらも俗称ではあるが、この場で知っているのは二名しかいない。
それもそのはず。
指揮している二名以外はBETAの姿を見たこともない訓練兵たちなのだ。
何とか指揮している二人、白銀、神宮司の2人の過激な叱咤により戦闘を続けてはいるが、顔は既に血の気がうせて真っ青である。
これ以上この階を死守するのも無理か……。
一階で鎧衣、御剣を指揮していた神宮司はそう考える。
2人ともよく頑張ってくれたがこのまま押し込まれるのは時間の問題だ。
神宮司は無線に手を伸ばし、二階にいるはずの白銀に連絡を入れる。

「こちら神宮司。そろそろこの階も危険になってきました。二階への後退を始めます」
「……了解。これで退避するのも不可能か。結局軍曹に指揮を任せるといったが、引継ぎする必要もなくなってしまったな。
 では、後退を援護するからその間に一階に仕掛けを施しつつ後退してくれ」
「了解……貴様ら聞いていたな?仕掛けをしつつ二階へと後退する。三十秒以内に完了しろ、いいな!?」

神宮司の声を聞く2人は了解と短く答えるといつもより精細さを欠いた動きで作業を始める。
無論その動きを怒鳴りつけ急かせる。
その間自ら小銃を構え三点射撃で遠方のBETAを狩っていく。
眉間らしき場所に狙って撃つこともあれば、狙いやすい腹に撃つこともある。
いくつかの個体を撃破、或いは無力化している間も徐々にその距離を詰められている。
やはり小隊にも満たない数でBETAを止めることは無理か。

「仕掛け、完了しました!」
「よし、出来る限りの弾薬をもって上へ退避!いいか、仕掛けを施したからといって相手は行儀良く玄関から入ってくるとは限らないんだ。
 壁をぶち破ってくることもある。死にたくなければ全周囲に注意を払え!行くぞ!」

仕掛け、それは単純な爆破系のブービートラップだ。
クレイモア地雷、即席の動体センサー付き銃座など、時間稼ぎや一階に敵が進入したことを知らせる役割のものだ。
脱出が困難で救助がくるまで籠城をすると決めた時点でこのようなものを整えることになったのだが、
鎧衣がこの手のものに精通していたおかげで早く用意することが出来た。
普段ならそれを褒めてやるところだが、今はそんな暇はない。
鎧衣と御剣に二階の階段部分にも同じような仕掛けを作るように命じ、白銀に短いながらも報告を入れる。

「二階への退避を完了。現在階段入り口にて仕掛けを作らせています。そちらに合流するまでおよそ2分」
「あらかじめ作っておいたとはいえ、早いな……さすが軍曹の教え子といったところか?」
「いえ、訓練兵たちの純粋な力です」

白銀は先程よりも緊張と恐怖が解けたのか、冗談をいって労ってくる。
冗談を言うということはそれなりに余裕ができたということだ。
その事実に神宮司はほんの少しだけ口元を緩めてしまう。
僅か数日とはいえ彼は自分の教え子だった、教えたことはないに等しかったが、それでも教え子が成長しているような感覚をもっており、それが嬉しいのだ。
そのことを知らない白銀は次に朗報を伝えてきた。

「内線で先程CPから救助に戦術機甲小隊を一つ、それに遅れて機械化歩兵一個小隊が救助に来てくれるそうだ。
 随分太っ腹な援軍だが、ここを何とかし凌げばあとは小型種が怖い状況ではなくなる。もう一分張りだ」
「それで、そちらの状態はどうでしょうか?弾幕が薄くなっているから押し込まれているのでは?」
「いや、徐々に流入してくる数が減っている。徐々にではあるがな。おそらく前線が構築され始めたおかげだろう。
 ……お、面制圧も開始されたらしい、光線級もこれで釘付けになる。だが、その減った数でもこちらでは対処ができないには代わらない。早めに合流しよう」
「了解、仕掛け次第そちらに向かいま――」

廊下に轟く破砕音。
神宮司は一瞬BETAが一階部分にBETAが侵入してきてクレイモア地雷に引っかかった爆音かと思ったが、
それにしては音が大きすぎるし、ここまで体を揺さぶる震動を出すことはない。
思い至るのは何かが壁を粉砕して侵入してきたということだ。
BETAかとも考えるが、そもそもまだ一階まで浸透を許したと白銀はいっていない。
かといって、別ルートから侵攻してきた可能性もないわけではない。
しかし、すぐに考えたすべての可能性を否定する。
この音源は二階からのもの……検討した壁を壊しての侵入だ。
やはり別ルートからか。

「――軍曹、どうした?」
「――二階部分、奥の……おそらく空き教室に何かが侵入した模様。これより調査に向かいます」
「待て、一旦合流し装備を整えてからにしろ。でなければ許可できない」
「いえ、BETAならこれ以上の浸透を許す前に排除しなければ、こちらが危うい。私を先頭に3名で向かいます」
「……わかった。だが、無理をするな。あと少し粘れば全員生き延びられんだから。マジで頼む」
「……了解」

神宮司は後ろの2人に向かって着いて来いと手招きをし、油断なく歩を進めていく。
ブーツの踵がリノリウムの床の上を音を立てずに滑るようにして一歩、二歩、三歩、と。
やがて噴煙がもれている空き部屋を発見し、無言で後ろの2人に止まれと命令する。
御剣に入り口の右側に行くように、鎧衣には後方支援をするように指示を出す。
緊張で汗が流れるのを自覚する。
入り口左右に展開、戸は閉められたままで隙間から漏れ出てくる噴煙も少なくなってきている。
中からは何かがいる気配を確かに感じる。
耳を澄ますとわずかだが、機械の作動音が聞こえてきた。
……人間か?
横目で御剣を見ると聞こえた機械音にやや困惑の色を浮かべている。
随分と荒っぽい到着……おそらく中にいるのは強化外骨格を装備した機械化歩兵だろう。
何故いつまでこちら側に出てこない?通信を何故送ってこない?
そんな疑問が浮かぶ。
そんなことを知って知らずか、中にいる気配は動く様子を見せない。
こちらから接触しなければ状況はいつまでたっても変わらないか。
しかし、機械化歩兵が敵であった場合、こちらの装備ではまったく歯が立たないことを考えるといい選択とはいえない。
しばし迷ったが硬直状態を解くほうが、重要と考え、アイコンタクトで御剣と鎧衣に注目するように促し、指でスルーカウントで突入すると伝える。
2人とも覚悟を決めたような静かな気配があった。
御剣は特に武家の生まれだけあって眼光だけで身が切れるかという鋭さだ。
さっきまでとは別人……。
それはともかく指をゆっくりと折っていく。
3、気配に動きなし。
2、まだなし。
1、何やら動き出した、が今止めることは良作とはいえない。
0。
神宮司は戸を全力で蹴り飛ばし、勢いを利用しつつ小銃を構え、静止の声を張り上げる。
そして、後ろから御剣、鎧衣と順に目標、97式機械化歩兵装甲を装備した相手を包囲していく。
相手はやや驚いているのか、それとも故障で動けないかはわからないが、微動だにしない。
不審に思いながらもジャンプユニットに狙いを定め油断なく挙動を見張る。
時間にして数秒、すると目標は僅かに動き、故障しているわけではないと皆に知らしめてくる。
だが、それに間をおかず外部スピーカーで声を出してきた。

「貴様らが要救助者の訓練部隊か?」
「……貴官は?」
「オレは第116機械化歩兵部隊所属川本実曹長だ。本隊に先行して司令部の要請でこちらの救助にきたのだが、救助隊対象が貴官らか確認したい」
「我々が207衛士訓練小隊B分隊のものだ。救助には感謝するが一人というのが解せない」
「いや、確認はすぐに取れると思うが、裏に回ろうとしていたBETAを相手にしていて少々遅れてくる。
 それまでに優先順位どおり救助者をユニットに固定したいのだが……」
「……合言葉は?」
「……貴様何をいっている?」
「合言葉は?」
「ふざけているのか?オレが敵とでも言いたげだな」
「合言葉は?」
「そんなもの最初からないだろ!?ふざけるのも体外にしろ最優先命令でここに来ているんだ。ふつくしいからといって許される行為ではないぞ!?」
「ぐ、軍曹……?」

かまかけには引っかからない……か。
神宮司は判断に迷った、こいつが何者か照会して貰おうにもこの状況では時間が掛かりすぎる。
かといって背中を見せれば撃たれるかもしれない。
神宮司は無線のスイッチをオンにしたままのことを気にしつつ、あっちが気づいてくれることを祈った。
第六感が警鐘を鳴らしているが、今のところ何も問題行動はとってはいない。
ここは従うべきか……?
やむおえないか……。

「了解した。では優先順位というのは誰のことですか曹長?」
「御剣冥夜訓練兵が一位となっている。二位に榊千鶴訓練兵だが、そちらにいる髪の長い女性が御剣訓練兵か?」
「はい、そうです」
「では後ろのユニットに体を固定してくれ。出ないとサブアームでお前さんを支えなければならなくなるからな」
「了解です」

御剣もやや不信に思っているのか動きはゆっくりとしており、時間を稼ぐかのような動きを見せる。
どうやら無線のことに気がつき、時間を稼いでいてくれているのだ。
遅々としている動きに川本と名乗った男はアームを動かしで早くしろと訴えてくる。
それに逆らうようにまだ動きを遅くする御剣。
鎧衣は何時でも銃を構えられるように筋肉を強張らせている。
御剣が後ろのユニットに回ったそのときそれは起こった。

「冥夜、そいつに近づくな!!」

その叫びと共に廊下から急に飛び出してきたのは白銀だ。
その手には俗に言う対物ライフルを川本に向かって油断なく構えていた。

「白銀少尉!」
「少尉殿、これは何のつもりでしょうか?」
「とぼけても無駄だ。お前が国連所属でないこと、不法侵入したスパイだってことも全部上がっている。
 97式を一機盗んだこともな。司令部が全部調べてくれたよ。うまくデータを誤魔化していたようだけど、うちの副司令は目ざとくてね」
「…………」

白銀は無線の言葉を全て司令部に流してくれた。
つまり衛士として、指揮官としての適正を見事に発揮し、この場を救ってくれたのだ。
神宮司は己の判断が間違い出なかったことを確信した。
だが、相手はちゃんとその事態は折込済みだった。
それが解ったとき神宮司の思考は停止した。

「いくら強化外骨格といってもこいつでこの距離なら間違いなく貫通する。大人しく投降しろ。時期に戦術機もここにくる」
「一言だけ言わせて貰っていいか、若いの?」
「……なんだ?」
「若いということは甘すぎるということでもある」

その瞬間強化外骨格から強烈な音と閃光が迸り、部屋全体を白に染め上げる。
目が眩み、平衡感覚すら失って無様に倒れふした。
スタングレネード……それを理解したと同時に冷たい感触が額に当たる。
冷たく、尖ったような針が刺さったような感触が。
そして、脳裏にふつしく散りたまえと言う言葉が浮かぶ。
全ての感覚が低下したのに何故か聞こえたその声に神宮司は理解するまもなく、思考を断絶した。
白い世界に何かが弾けた。

--------------------------------------------------------

体が揺さぶられる感覚。
前後左右どのように揺れているのかわからない。
取り合えずそれを確認しようと目を開けるが、まともに目が見えず瞬きを何回もさせる。
だが、一向に何も見えないので何とかしようともがいていると、それを察してくれたのか目を布か何かで拭いてくれた。
目に映ったのは強化装備をきた衛士らしき……いや、見たことあるシルエットだ。
……柳ちゃんじゃないか。
どうしてここにと思った瞬間、思考がクリアになり、先程までの出来事を思い出してしまった。

「――夜!?――」

自分が何を喋っているのかわからない。
どうやら耳がまだまともに機能しておらず、目の前の柳ちゃんの言っていることもわからない。
混乱する思考をどうにかしようと試みるが、落ち着くことができない。
柳ちゃんは能力を使って伝えたいことを教えてくれる。

冥夜様はどこにいったのか?

白銀はその問いに視線を巡らせてそこに御剣いないことを確認する。
そして、愕然とし、身を震わせた。
それである程度察したのか、柳は口を歯軋りするほど顎を強く閉じ、拳を握り締めた。
が、白銀にも聞きたいことが一つあった。
さっきから床に広がっているこの赤い液体は何かと。
おそらくさっき自分が目が見えなかったのはこれが目に掛かっていたからだ。
そのことを柳に身振り手振りで伝えると、今度は柳が迷うような仕草を見せる。
白銀はそれを見て嫌な予感を覚える、これは……血。
この出血量だと早く処置しないと助すからない。
恐る恐る血の流れてくる方向を見つめる。
だが、柳が邪魔でその先が見えない。
白銀は迷うことなく柳を退けようとするが柳は何か喋りつつ静止しようとしてくるが、力の差で吹き飛ばすように無理やりどかした。
そして、後悔し、絶望した。
そこにあったのは顔なし死体。
グロテスクなそれを見ても目が離せなかった。
だって顔がなくても周囲に散乱している髪は……茶色で……長いもので……よく知っているものだったからだ。
今日一日だけだけど落ち着きのないだめ指揮官のオレを支え、助言を与えてくれた口はだらしなく空きっぱなしになっている。
そこから上はもう原型どころか前半分が爆ぜたように消失している。
その情報が頭から全身にいきわたると同時にオレの視界が真っ赤に染まる。
そして、自分の耳が聞こえるようになったと同時に、自分の声を認識し、この惨殺死体の身元を自分で確認してしまう。

「ま…………り……も…ちゃ…………ん……?」

---------------------------------------------------------

「こちらK。KG応答してくれ」
「こちらKG。時間通りだな。もうあたりは暗いだろうに」
「ああ、夜道はつらい。だがツチノコなら今なら捕獲出来る気がする」
「そうか。で、肝心の任務はどうなったのかね?」
「ミッションコンプリート、任務完了。予定時刻どおりそちらに到着する」
「お姫様を丁重に頼むよ。もう一人のほうもうまくやってくれたから。手札が増えて嬉しい限りさ。詳しい報告は後で頼む」
「了解した。ところで少佐のほうは?」
「そんなこと知らん。報告をまっとるよ」
「……了解。予定時刻に変更なし」



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第五章その1
Name: 通行人A◆d1634279 ID:5a722df5
Date: 2009/02/09 22:38
雲がかかり星どころか月すら見ることの出来ない夜空の下、地面を踏みしめる機械の足音と人間のそれは鳴り止まない。
昼間に起きた惨劇による負傷者の救助、MIAの捜索、残存BETAの掃討等の事後処理に奔走しているからに他ならない。
戦術機も大隊規模で広範囲に捜索網を敷き、その後を強化外骨格装備の機械化歩兵が瓦礫の中を闊歩、残存BETAを掃討、または負傷者を発見し、さらに後ろから来る歩兵及び衛生兵がその負傷者の救助にあたっている。
幸か不幸か非戦闘員の負傷者は皆無であり、その殆どが戦術機か機械化歩兵を撃破されて身動きがとれずにいたものばかりだった。
もっとも動けなくなって負傷兵のままでいられた者は最前線のデータどおりの数値程度の人数しかいなかったが。
捜索に協力している部隊たちは遺体を発見してやるだけでも弔いになると思って念入りに調べている。
その捜索を終えた施設、衛士訓練校では引き続き調査を始めていた。
一階部分のブービートラップは全て解除するだけでも時間が掛かり、この時間になってようやく二階部分の“現場”にライトなどを持ち込むことに成功。
現場は天幕を張られるなどして徹底的に調査されることになった。
BETAを相手にした後にしては物々しい処置だと現場に到着したばかりの兵士たちは思ったが、現場に着くなり皆一様に顔をしかめ、中には吐き気を催すものいた。
その中の一人がこう口にした。

「お前はBETA相手に顔だけスイカみたいになっちまうなんて話聞いたことあるか?」

問いかけられた相方はこう答える。

「兵士級でも闘士級でもこんな中途半端なことはしねぇよ。あいつらは食うか、引っこ抜けるところは徹底的に引っこ抜くんだからな。
 ユーラシアにいたころ俺の戦友だったやつらで人間の形止めて棺桶に入ったやつはいねえよ。
 もっとも仲間がそうなる前に倒してくれたなら別だろうけど、BETAのミンチがないからそれはないはずさ」
「……それじゃあ、オレの考えてることはあたりってことか?」
「だろうよ。凶器はおそらく強化外骨格……ジャパニーズ仕様のパイルバンカーだろうな」
「大口径の銃で打ち抜くより酷いことしやがる」
「唯一の救いといっちゃ悪いかもしれないが、即死だったろうな。胴体にでも刺されたらと思うとぞっとする」
「――そろそろ口閉じたほうが良さそうだぞ。副司令様直々にこられたようだからな」
「何?何でここに――詮索しないほうがいいか」
「事故死、または最前線送りになりたくなかったらな」
「元々ここにいた訓練兵たちに大分噂が立っていたしな」

それっきりこの2人は口をつぐみ黙々と自分に与えられた任務をこなしていった。

ところかわり、とある男女2人のCP将校の立ち話。
管制任務を引継ぎ、合成コーヒー片手に茶飲み話に興じている。
茶飲み話といっても明るい話題ではなく、その正反対のことを種に雑談している。
どんな話題でも今は救いになるから。
特に他人の不幸話は自分が助かって生きているという実感を抱くためには最適なのである。
だが、この場ではそれを確認するための雑談ではないようだ。

「聞いた?帝国訓練部隊の話?」
「今日の賭けの対象にされていたやつらだろ?たしか一個小隊きてたな……そいつらがどうしたんだ?」

そこで一旦女の管制官は若干顔を青くすると肩を震わせる。
男の管制官はそれを見て思わず飲みかけていたコーヒーから口を離し、彼女に正対して聞くことにした。
女は身震いを無理やりとめると、腹筋に力を入れてようやくかすれそうな声を絞り出した。

「まだ実戦どころか、訓練すら終わってない子供たちに……私は……捨石になれって言っちゃったんだよ?」
「……子供?一体どういうことだ?」
「大陸では珍しくなくなってきているけど……彼らは帝国初の少年兵だったのよ。
 その彼らに時間稼ぎのためにたかが戦術機甲一個小隊で陽動せよなんて……私なんかよりずっと小さい子供に死ねっていっちゃった」
「それはお前の所為ではない、仕方がなかった」
「状況が許してくれなかったのは解る。軍人だからそこは割り切ってた。割り切っていたつもりになってた。
 だけど……軍務中は考える暇がなかった。なかったから罪悪感もわかなかったけど、今は抑えられた分がどんどん溢れ出してくるの。
 重傷者どころか戦死者まで……」
「やめろ!お前の所為じゃない、お前の所為じゃないから」

男は女を必死に宥めながら同僚に医務室へと向かう旨を伝えると、催眠治療を受けさせるべく急いだ。
急ぎながら男は思った。
帝国の訓練部隊の生き残りはいまどうしているのか、と。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第五章その1


負傷者で溢れかえる……とまでは行かないが重傷者でベッドが埋まっている医務室。
その中で柏木晴子がいるこの一角は重傷者を寝かせている、最も重苦しい空気が漂う場所だ。
彼女が何故ここにいるのか?
その理由は彼女の目の前にある。
ベッドに横たわり青色に染まった顔でこちらを見つめている男の子、彼女の弟がそこにいた。

「……ね…ぇちゃん?」
「……うん、お姉ちゃんだよ」

柏木は近くにあった丸椅子を枕元近くに引き寄せてそれに座る。
そして、彼女は弟の手をとろうとしてベッドへと手を這わせるが一向にその手を掴むことができない。
心細く、衰弱している弟を安心させたいのに、生きているって温もりを教えてあげたいのに……。
速く手を取ってあげたいのに……。
焦る柏木の肩を誰かが掴んだ。
後ろを振り返るとそこには茜がいた。
茜は悲痛な面持ちをしながら静かに首を数回横に振り何かを伝えてくる。
その意味を理解した。
いや、椅子に座る前から解っていたんだ。
もう弟に……利き腕から温もりを伝えることができないって……。
弟はそれがわかっているのか、柏木の顔を見て心配させまいと微笑んできた。
だが、その微笑みは逆に柏木の感情を加速的に下へ、下へ落としていった。

「あ……あんたね。悲しいときに、大切なものを無くしたときに……泣かないで他人の心配してどうするのよ……」
「ごめん……教官がこういうときはこういう風にしろ……って教えてくれたからさ」
「教官……?」

柏木はその一言を聞くと胸の中の感情が哀から怒へと切り替わっていくのが手に取るように解った。
冷水に浸っていた体が下から熱せられ、徐々に温度を上げていく。
冷水から常温へ。
常温から微温湯へ。
微温湯から熱湯へと。
その感情は弟を指揮していたはずの男へと向かっていく。
彼女の同期であり、知り合い、友人であった御城衛。
何故守ってくれなかったのか、信頼を裏切って愛する弟をこんな姿にしてしまったのか。
頭の冷静な部分では状況的に仕方がなかったですませられることもわかってはいるが、家族という絆がそれですまそうとはしてくれない。
仕方なかった、だからごめんなさい。
そんなことは決して言わせはしない。
弟は許しても弟の将来を奪ったあいつを許してはやらない。
そんなことを考えていることを露とも知らずに弟は教官のことをつらつらと語っていく。

「教官はすごいよ。衛士の腕は間違いなくエース級でさ、姉ちゃんと同じくらいなのに、教官としてちゃんと指導してくれたんだ。
 本土防衛軍の人たちも若いのにちゃんと教官としてやってるって、耳にしたくらいなんだよ?
 オレってそんなすごい人を師事していたって最近になるまで気がつかなくてさ、殴られるたびに陰で愚痴ってた」
「それはあんたが馬鹿やったからでしょ?」

弟は図星だったのかちょっと横向いて笑うと、笑った拍子に傷が痛んだのか顔をしかめる。
しかし、まだ喋り足りないのか言葉を続けた。

「へへへ、格好悪いでしょう?でもさ、あるとき気がついたんだ。殴られなきゃオレぐらいの年齢だと解らないこともあるんだって。
 悔しいけどオレはまだお世辞にも徴兵されてもろくに役に立たない少年兵だ。ソ連のやつらよりも年下かもだってさ。
 身体的にも精神的にも戦争についていけない。だけど、殴られるたびに自分の身の程を知らされてた。
 それに気がついてから、オレは少しでも兵士になれたんだと思う。生意気を言う卵のからはいたままのガキでも、背伸びせずにこなしていったらここまでこれた。
 少佐たちもそれとなく協力してくれたよ。体調管理を怠らないように栄養剤をくれたりして気を回してくれた。
 それで今回の模擬戦メンバーに選ばれるまでになったんだぜ?感謝しても感謝したりないよ」
「あんたねえ……なんでそんな教官を褒めるのよ」

弟の言葉を聴いているうちに冷静な部分が沸騰している部分を冷却し始めている。
しかし、熱というものは胸の中の熱というものはなかなか逃げてはくれないもの。
先程より恨み言をいうだけの頭ではなくなったものの、いまだに棚上げするような気持ちにはならない。

「あんたもう少しで死んじゃうかもしれないところだったんだよ?
 あんたたちが戦場に出なければならなかった、命をとしてやらなきゃいけなかったこともわかる。
 でもさ、ここにいて労わりの言葉をかけにきた?きてないよね?軍人だからって言葉でこれはいいわけできないところだよ」
「……なんか姉ちゃんらしくないよ。姉ちゃんも本当はわかってるんでしょ?そもそも教官たちの指揮のせいじゃないさ。
 オレが突出しすぎて孤立してさ、分隊長まで巻き込んじゃったんだ。そのカバーに回ろうと隊長が着てくれたんだけど……。
 運悪くBETAの増援ポイントのところに居合わせちゃったってだけだから。むしろオレの無茶で分隊長を巻き込んじゃったほうが……
 教官たちは何も悪いことないよ、二人とも全力で守ってくれたから……今ここにいるんだとおもう」

姉弟ともに徐々に目に涙を溜めていき、姉はそこで堪えて弟を優しく抱擁する。
弟は周りの迷惑鑑みて、声を殺しつつ姉の暖かい胸の中で静かに嗚咽を漏らした。

---------------------------------------------------------------

医務室の入り口。
そこに踏み込もうとして引き返した人影があった。
その人影はこの基地でも数えるくらいしか存在しないくらいの小さな背丈でかつ華奢だ。
小さな背中は見る人が見ればより一層小さく見えること間違いなし、というほど何かを背負っていた。
彼女の名は御城柳。
A-01第0中隊、通称エインヘリャル隊の少尉だ。
いつもなら年齢に似合わないといわれるほど気品と華麗さを身に纏った武家の息女なのだが、事件のおかげで年相応の精神の不安定さを露出させていた。
身体的に欠陥、病気があるわけではないが、彼女は吐き気を催していた。
お兄様の指揮していた部隊が知り合いの弟さんに一生ものの傷を負わせてしまった。
幼いころより常に優秀であると信じていたお兄様が部下を傷つけてしまった。
それも少年兵を、だ。
軍人としての教育を受けているから犠牲が出てしまうのは当たり前だと思っているし、状況が状況なだけに割り切れると思っていた。
しかし、実際はどうだ。
割り切れるどころかお兄様を信じた柏木少尉の涙を見た途端、精神が悲鳴を上げて胃から内容物をせり出させようとしている。
自分も信じていた兄の姿が音を立てて決壊していき、裏切られたという感情が鎌首をもたげ始める。
それを阻止しようとして体が拒絶し、吐瀉しようとしているのだろう。
この気分の悪さを診察して貰おうにもあそこにいては、双方共に精神衛生が悪くなるだけだと判断して遠ざかろうと足を動かしている。
当然その代償として気分はより悪くなるのだが、人間関係的には自分があの場にいるわけにはいかないので足をとめることが出来ない。
多分お兄様には気の回しすぎ、他人優先過ぎるといって叱られるだろうな。
あれ?まだ私お兄様を信じているの……かな?
壁に寄りかかるようにして行かないと歩けないほど体は言うことをきかなくなってきた。

「……外に行って新鮮な空気を吸ったほうが…よさそうですね」
「なら助けが必要か」
「え?」

その声が聞こえたと思ったら横合いから脇の下に腕を入れられ、肩を貸される形を作られる。
肩を貸したものを見るとそれは魅瀬だ。
だが、先程の声は彼女のものではなかった。
なかったが、彼女がここにいるということは相棒兼保護者がここにいないわけがない。
魅瀬に向けていた視線を別の人影に向けると案の定、そこには麻倉の姿があった。
麻倉は柳を見ながらもいつもどおり、見守っている。
喋るのも億劫になっていた柳としては返事をすることはできそうになかったので、無言で助けてくれる麻倉の気遣いが嬉しかった。
事後処理も落ち着き、戦闘により舞っていた埃も風で流され、元の冬らしい澄んだ空気が漂う施設外へと運ばれていった。
さすがに真冬までとはいかないが、十分肌寒く身震いをしてしまう。
しかし、澄んだ冷たい空気が滾っていた胃を鎮め、先程のようによろめき壁に手をついて歩くということはないくらいまで回復させてくれた。
その間にも魅瀬はずんずんと進んで行き、施設裏へと向かっている。
あれ?

「魅瀬さん、もうこの辺でいいですから降ろしてもらえませんか?」
「……OK、可愛い子猫ちゃんをここで降ろして、手篭めにしてやるよ……と、麻倉少尉は言っていま――痛い」

麻倉は唐突に物凄いことを言ってきた魅瀬に拳骨を落としてその内容を全力否定した。
殴らなくても麻倉がそういうことを言わないことくらい容易に想像できるが、彼女の誇りがそれを許さないのだろう。
魅瀬は柳を優しく地面へと下ろすと疲れたのか、彼女も隣に体育座りで座ってきた。
麻倉はというと腕を組み、眼下に広がる月光に照らされた廃墟を目を細めてみていた。
またしばらく無言の世界が続く。
永遠とも、時間が止まったとも表現できる世界は柳と魅瀬の身震いによって破られた。

「寒いか?」
「……恥ずかしながら地面は冷えるようですので」
「私たちは女なのだから下半身が冷えるようなことはできるだけ避けたほうがいい。体調管理も軍人の仕事のうちだ」

といいながらもこっちを向かずに廃墟に目を向けたままだ。
最後の言葉が照れ隠しで顔をこっちに向けたくない理由かと思ったが、どうやらそうではないらしい。
柳と同じく思うところがあって人気がないここに来て考えているのだ。
その内容は柳には容易に想像がついた。
柳とて柏木姉弟や兄のことだけでここまで精神が追い詰められたかけではない。
彼女が柏木姉弟を知る前から精神的に追い詰められる出来事があったのだ。
そして、それは麻倉も同じ時に同じ様にその出来事に出会ってしまった。
眼下の廃墟から何を見つけ出そうとしているのだろうか。
荒廃した自分自身の心と重ね合わせて、ただ嘆いているのだろうか。
それとも自身の不甲斐無さを悔い、直面した事件にどう対処するべきか考えを巡らせているのだろうか。

「……麻倉少尉」
「…………何だ?」
「私たちって……人類って何なのでしょうね」
「…………」
「最初はHSSTの人為的落下。これはまだ政治の駆け引きか何かのものだと理解はできます。許すこととは違いますけど。
 ですが、研究用の捕獲したBETAを……おそらく意図的に逃がして混乱を煽り、潜入工作をよりやりやすくする……」

柳は隣に魅瀬がいることを忘れたかのように次々胸の内に溜まったものを吐き出していく。
幸い魅瀬もその情報を麻倉に教えられていたのか、別段驚いた様子もなく、曇った空を見上げている。
麻倉は朝倉で止める気がないのか、わざと胸のうちを吐露させたいのか、表情を変えぬまま黙っている。
徐々に声に震えが混じり始めても声の大きさは掠れることなく、むしろ大きくなっていく。

「私たちの対応が遅かった所為というのもあります……ありますけど、何故ここの基地の人たちが死ななければならなかったんですか?
 何故、神宮司軍曹がBETAではなく、同じ赤い血が流れている人類に殺されなければならないのですか!?
 何故、お兄様が訓練部隊を率いて最前線で孤立するしかなかったのですか!?何故!?何故!?何故!?何故!?何故!?――」

息を吐きつくし一旦言葉か止まった。
激情に任せた吐露を麻倉は眉一つ動かずに聞いている。
ここまで無感情にされると話を聞いているのかという疑念も浮かんでくるが、意識は後方に向けられているので話を聞いていないわけではない。
単にこの吐露に何の感慨も浮かんでいないのか、はたまた感情を抑えて平静を保っているのか。
柳の横の魅瀬はそう思った。
柳は呼吸を整える間に激情が薄れたのか、肩に張り詰めていた力が抜けて小さく見えていた姿が消えてしまいそうなほどに小さく見えた。
そして、彼女の口から出た次の言葉により麻倉の表情が変わった。

「――何故、冥夜様と珠瀬少尉がMIAに……誘拐されなければならないのですか?」

柳が身体に及ぼすほど精神を圧迫、蝕んでいたものは信じていた兄の不幸とそれによる他人の不幸が一番ではなかった。
一番の理由は御剣冥夜、珠瀬壬姫、両訓練兵の誘拐、特に前者のことが大きかった。
御城家の者でありながら、守らなければならない尊い人を守れず、誘拐などという政治的に殺されるよりも最悪の出来事すら許してしまった。
そして、そこから連鎖したように舞い込む負の情報により、吐き気を催すほどに体調を悪化させたのだろう。

「私が不甲斐――」
「不甲斐無イバカリニコウナッテシマッタ……それは違うでしょ」

自虐的な言葉をいいそうになっていた柳を遮ったのは台詞を奪うことに定評がある魅瀬だった。
魅瀬は同年代の友達がボロボロになってしまうのを防ぎたく口を挟んだのだ。

「これは自分とかどこの部隊とかが悪いから起こった、という問題じゃない。
 組織、いやもっと大きなところでことが起こっているはず。私たちもそれにまきこ――」
「――巻き込まれた……からどうしたというのですか?」
「!?」

一瞬、柳の声に殺意にも似た鋭利な凄みが混じった。
魅瀬はその凄みに敏感に感じ取ると、顔つきを戦闘態勢のものへと危うく変えそうになる。
しかし、それは仲間や友人に向けるものとは程遠いものと考えたからだ。
柳も魅瀬の顔の変化を見て凄みを瞬時に萎えさせ、申し訳なさそうな表情で謝罪する。

「ごめんなさい……でも、巻き込まれたとかそういうのは関係ないのですよ。自分自身が許せない。只それだけですから」
「……ううん。こっちごめん。胸のうちを語り尽くしたいっていうのを察せなくてさ」
「魅瀬――いえ、朝美さん。わかってくれてありがとうございます」
「胸のうちは吐露し終わったか?」

表情を変えただけで今まで2人のやり取りを見ていただけの麻倉がようやく口を開いた。
2人は幾分かすっきりした顔で振り返った麻倉の顔を見る。
麻倉はそれを確認すると二人へと近づき屈みこみ、二人の視線へとあわせた。

「魅瀬、栄養剤は必要か?」
「……大丈夫」
「そうか、よく頑張った。御城」
「はい」
「お前にとってここ数日で起きた事件は途轍もなくつらいことだったろう。関係も大いにあっただろう。
 これだけの事件が重なればかならず近いうちに何かが起こるだろう。だが、それまで膝を抱え込むことだけは止めろ。
 私たちの足は歩くためにあるのであって、抱え込むためにあるわけではないのだからな」

そこで少し微笑む麻倉。
柳はその顔、というより雰囲気が誰かに似ているような気がした。
そして、それが誰かわかると思わずクスリと笑いを漏らしてしまった。

「何がおかしいのだ?」
「いえ、麻倉さんが知り合いの方に似ているな、と思いまして」
「……それよりもいつまでもこの軽装で外にいると風邪を引いてしまう。施設に戻るぞ」
「あ、麻倉さん」
「ん、なんだ?」
「…………お兄様に面会を取ることってまだ無理ですかね?」
「……副司令に聞いて見なければ何ともいえないな」
「そう……ですか」

立ち上がり尻についた土を払いながら地面へと視線を向ける。
この下のどこのフロアにお兄様はいるのだろうか。
拘束された兄を気遣う心は信頼が揺れている今でも、柳の中では確かな価値を持って健在だった。

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とある士官用の個室にて重厚なドア越しに女2人の対談が行われていた。
対談といっても待遇には差がつけられている。
まずドア越しというところからだが、ここは正確には士官用の個室ではない。
個室ではあるのだが、ドアの内側は薄暗かったり埃っぽく、外の景色を辛うじて見ることが出来る小さな窓には鉄格子が填められていたりする。
ドアの外はそんなことはなくちゃんとした通路で薄暗いものの埃っぽくはない。
ついでに外側の人間には行動の制限がなく、内側はこの部屋以外への行動に関しては制限されている。
はっきりいうとここは俗に言う営倉と呼ばれる部屋だ。
そんなところで対面したってドアの内側の人間からすればご機嫌がよろしいわけはない。
不機嫌そうにこちらを睨みつけながら訪問者を出迎えた。

「で、私をどうするんですか?香月准将?」
「あら、大人しく拘束されていたから、もっと気の利いた憎まれ口を考えてくれていたかと思っていたのだけど、残念ね~後藤?」
「残念がってくれるだけで十分、私としては成功なんですけどね。それにあんたの悪口考えるなら現状と今後の予想に費やしたほうが有意義だわ」
「あんたの未来なんて碌な事ないでしょうに」
「ふん、どの口がそんなこと言うのかしら。あんたがそのろくでもない未来決めるんでしょうに」

数日シャワーを浴びれないおかげで肌が荒れてきたのを気にしつつ、先程のから浮かべている不機嫌さを引っ込めることなく言った。
香月はそれを気にすることなく、ふざけた表情を真剣なものへと切り替えた。

「本題に入る前に……あんたも一応知る権利があるでしょうね」
「……?何を?」
「…………まりもが死んだわ」
「……っ……そう……」

短いやり取りとわずか数秒だけだが友人、知人の死に2人は黙祷を奉げる。
そして、何事もなかったように元の表情に戻った2人は本題へと入っていく。
無論こんな話をするのだから人払いは済ませている。


「あんたがソ連とのパイプ切ったでしょ?」
「ええ、そうね。嫌がらせに」
「……それを元に戻してくれないかしら?台所事情悪くなって文句言ってくる部隊があるから」
「そこまで喋っていいわけ?仮にも部外者よ、私」
「勿論喋っちゃ駄目なことね」
「……相変わらず人をイラつかせるのがうまいわね」

重要機密を話して横浜基地から逃げられなくするという退路を最初から無くすという手段。
非常識なようで、軍隊において非常識ではないこのやり方は後藤自身もやったことがあり、わかっていたが、避けられないものは避けられない。
どうやら自分が、というより自分の持つ知識が必要になったからここにきたのだろう。

「で、ソ連とのパイプを復活させるだけでいいの?あんなのとある筋からの圧力無くせばいくらでも入ってくるわ。
 でもそれですむわけないわよね?どうせここの基地に呼び出した時点であれのこと聞くつもりだったんでしょ?
 身の安全と研究が続けられることを条件ならいくらでも話してあげるわ」
「話が早くて助かるわ。あんたの条件どおりでいいから、力貸しなさい。あんたの生んだであろう子供たちが待ってるから」
「はあ?私は子供産んだ覚えは……まさか、あの試作型2人がこの基地にいるっていうの?
 ……あんたって本当に横から掠め取ったり、駆け引きするの大好きね。あんた魔女って呼ばれてるの知ってるの?」
「あら、そう呼ばれているの?光栄だこと」
「はいはい。力貸せばいいのでしょう?試作型なんてうちの九羽くらいしか残ってなかったからデータ不足に悩んだこともあったから丁度いいわ。
 それに研究素材確保してもらった礼に、私が属してた派閥についても詳しく話してあげるわ。
 その代わりしばらく厄介になるけど、帝国にはちゃんと戻れるように手を打っておいてよね?」
「わかったわ。覚えて……いたらね」
「確実に頼むわ」

香月はそれに笑って答え、後で迎えをよこすというとその場を去ろうと背中を向ける。
それに後藤は待ったをかけ、質問をした。

「ところで私の部下たちはどうするの?」
「整備班は取調べを終わらせてから帝国に返すわ。訓練兵の衛士も同様にね」
「訓練兵の……ね。なら御城のやつはどうするつもりなの?あたしの部下のまま?」
「……あんたが想定している悪いほうよ」

香月はそう答えるとその場を後にした。

-------------------------------------------------------------

「おい、ロリコン野郎。てめえに面会だ」
「…………」
「否定しねえのかよ」
「客観的に見て、同じ営倉の中に男一人に少女一人いれば、そう見えても仕方ない……そう思っただけだ」
「けっ、格好付けやがって……まあ、同情はしてやるよ」
「すまぬな」
「べ、別に待遇をよくするわけようなことはしねえけどな。ともかく何でか知らないが、メディカルチャックとかなんとかで、面会許可をもったやつがくるから。
 その女の子をちゃんと見て貰えよ。大陸じゃあ、それが当たり前だったからな。じゃあな」
「面会……少佐でも来たというのか?…………ありえないな。ならば神代――もっとありえないか。
 なら純粋に医師がここにきたということか。ならば診てもらわねば損というわけだ。お、来たか」

鍵を開けるガチャガチャという独特の音と電子ロック解除の電子音が鳴り響き、ドアのロックが全てはずされた。
部屋の中に入る蛍光灯の光、と同時に入ってくるすばやい人影。
その人影に突き飛ばされるようにして壁に叩きつけられた。
思考するまもなく襟首をつかまれ首を閉められる。
そして、その影はこう私に話しかけてきた。

「よう、会いたかったぜ。柳ちゃんの兄貴」
「……白銀少尉か」

2人は望まぬ形で一対一の会話をすることとなったのだった。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第五章その2
Name: 通行人A◆d1634279 ID:5a722df5
Date: 2009/03/31 23:30
大きな混乱と被害をもたらしたHSSTの落下とBETA脱走事件。
いまだに事後処理としてやるべきことが残ってはいるが、一通りのことは終わり静かな時間を取り戻しつつある横浜基地。
その入り口である門の警備兵2人は幸い大きな負傷もすることなく、彼らの日常である警備任務に戻っていた。
しかし、それがこの基地が受けた被害を施設の中にいる人々よりもよく知ることになったのだ。
いつも見ていた施設の一部が破損していて風通しがよくなっており、明かりの数がやや減っていることや、
施設から感じる元気が感じられない等、溜め息を吐きたくなるような現状を認識させられる。
施設から目を離して、眼下に目を向ければ、丘の上から見下ろせる廃墟の数が減っているようにも見えてしまう。
実際、BETAが踏み荒らしていくつかの廃墟が木っ端微塵になっている。

「はあ……」
「おいおい、溜め息なんか吐くんじゃねぇよ。これ以上オレを落ち込ませて楽しいか?」
「馬鹿いっているんじゃねえ。この被害と陰鬱さを前にしたら誰だって溜め息吐きたくなるぜ?
 コーヒーでも誤魔化せない胆汁のように苦い敗戦ムードそのまんまなんだからよ」
「確かに。大勝利……とまではいかないが勝ったことは勝った。
 でも奇襲で浮き足立っちまって被害を拡大させちまったっていう自責の念があるからじゃないか?
 何でも帝国の訓練兵を巻き込んじまって何人か戦死者出しちまったって話だ。落ち込みたくもなる」

黒人の男のほうが小銃を握りなおしながら、相棒の黄色い肌の亜細亜系の男、伍長へとそう意見を言った。
伍長もそれはわかっているのか、頭にかぶったヘルメットを掻きながら頷いてみせる。

「気の毒な話だ。その訓練兵っていうのは何でも少年兵って話らしいじゃないか。徴兵年齢引き下げに向けての下準備とかなんだかの、
 所謂テストケースとかだったらしい。順調に、か、どうかはわからないが、訓練をつんで横浜基地の訓練兵との交流戦をしに来たところにあの事件だからな。
 ったく、何でそんな日に限って事件なんておこるんだか。BETAなんて訓練兵のうちに見るもんじゃねえのによ」
「そうだな。……そういや、BETAのゴミ共を見たのはかなり久しぶりだったな」
「……大陸での状況をここで再現なんかさせたくねえな、本当に。子供にゃあ体験させた――あ?何だあの光は?」

伍長が見下ろしていた廃墟の道路に妙な光が点々と灯っているのを見つけた。
その光はけっして多くはなく、車両のヘッドライトとかの微弱なもので、車だとするとその数は五指で足りてしまうほどだ。

「あれは……連絡にあったお客さんたちじゃないか?エンジン音も軍用のそれみたいだしな」
「確かに時間通りちゃあ、時間通りだが……何でまたこんなときにお客さんがくるんだか」
「帝国もお怒りなんじゃないのか?状況が状況だったっていいわけは聞くとは思えん。
 あっちにしたら信頼してここでの訓練兵同士の模擬戦を任せたんだ。それがいざ蓋を開けてみればテロにあったり、BETAを逃がす不始末、
 挙句の果てに帝国側の訓練兵を死なせてしまった。抗議に来てもおかしくはないぜ?」
「そうだけどよ……それしては数が多くないか?トラックまでいるみたいだしな……」

確かに五指で足りてしまうほど数は少ないが、車両が軍用のものであるなら話が別である。
お偉いさん乗っているらしき立派な車両の他に物騒な銃座つきの高機動車が前後で護衛している。
護衛にして物騒である。
伍長は不穏な空気を察してか相棒に向かって司令部に問い合わせると共に万が一に備えさせる。
車列は坂にさしかかり、徐々にその姿が近くなっていく。
葉の落ちた桜並木を尻目に白稜の丘を登ってくる。
伍長は車列の先頭が丘を登りきったのを確認すると全身の筋肉を緊張させ、油断なくいつでも銃を構えることができるようにした。
車列が全て丘を登り終えると一旦停止、伍長の視覚を配慮してなのかヘッドライトも一つ落とした。
そして、護衛されていた車の後部座席が開き、中にいた人物がゆっくりと降りてくる。
性別は……女だった。
凛とした雰囲気を身に纏い碧く輝く美しい長い髪。
顔はこれまた美人といって差し支えないもので、顔にかけられた眼鏡は彼女の美しさを損なうことなく知性を感じさせるものだった。
知的な美人……。
だが、彼らがその美貌以上に注目したのは彼女が纏う服、軍服だった。
この基地では時折見かけることがあるが、伍長たち下士官、または兵卒では近くで見るようなことがない制服だ。
てっきり背広を着たお偉いさんか、帝国陸軍の制服を来た軍人が降りてくるとばかり思っていただけにその衝撃は大きかった。

「て、帝国斯衛軍!?」
「征威大将軍のインペリアル・ロイヤルガードが何故ここに!?」

伍長たちの驚きにちらりと冷めた視線を向ける斯衛の女性仕官。
階級章は中尉のものであり、衛士であることを指す衛士徽章、俗に言うウイングマークもつけている。
斯衛の女性仕官はやや馬鹿にしたような笑いを浮かべた後、元の冷めた表情へと戻しつつ、近づいてきた。
そして伍長たちに向かって一枚の書類を渡してくる。

「これは……」
「見ての通り基地内立ち入りの許可証だ。我々が来ることは貴官らには既に通達してあると聞いているが?」
「少しお待ちを……。何分ここまで派手な装備でくるとは聞いていませんでしたので」
「そうか。それはすまなかったな。ならば迎えが来るのも少し時間がかか――」
「――まさかお前が来るとはな、真耶」

突如後ろから、基地の門の内側から斯衛の女性仕官へと声が掛けられた。
斯衛の女性仕官の名前らしき真耶、この名前を知っていることから知り合いなのだろう。
伍長は後ろを振り向くとそこには真耶と呼ばれた女性に似ている同じ女性斯衛仕官がそこに立っていた。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第五章その2


1998年夏。
帝国はこの年に悪夢を見ることとなった。
同年、先に行われた朝鮮半島撤退支援作戦・光州作戦で受けた大きな戦力消耗を回復する暇もなく重慶ハイヴからのBETAの大規模侵攻が始まったのだ。
僅か一週間で九州、中国、四国地方を蹂躙、犠牲者3600万人、日本人口の30%が犠牲となる。
近畿・東海地方に避難命令。2500万人が大移動を開始し、一部はオーストラリアに避難。
一ヵ月後、首都京都が陥落し、在日米軍も日米安保条約を一方的に破棄して撤退。
佐渡島ハイヴの建設、仙台への首都機能移設準備。
その後、BETAは西関東地方を制圧を完了。
このとき極東国連軍横浜基地の前身に当たる帝国陸軍白稜基地が壊滅する。
この跡地に横浜ハイヴの建設、二十四時間態勢の間引き作戦を決行。
1999年になり横浜ハイヴ攻略作戦、明星作戦が開始。
辛くもG弾の投入により横浜の地の奪還に成功する。
この歴史の流れの中大局的に見ればさして、大きなことではないが、後の歴史の流れを作った出来事があった。
それはBETAに人体実験をされてなお生き残った鑑純夏の話……ではなく、彼女の幼馴染の死である。
幼馴染の名前は白銀武。
才能に満ち溢れた青年……だったかもしれない男は帝国陸軍白稜基地壊滅時に行方不明、死亡したとされている。
少なくとも2000年になった現在でも難民キャンプやオーストラリアの避難民名簿に載っていない、存在が確認されていない以上死んだも同然だ。
しかしあくまで死亡したのは“この世界”の白銀武だった。
……あるときその死亡したはずの人間が死んだことも知らずに国連軍に志願した。
当然それを怪しむ者もおり、白銀武の名を騙ったどこかの諜報員と疑い全力を挙げて彼の正体を探った。
しかし、どこをどう掘り返しても白紙だった。
真っ白ではなく白紙、何も見つからなかったのだ。
そんな白銀武と名乗る男はどこをどうやったのか、あらかじめ用意された道をトントン拍子に登り、今では正規軍の衛士として軍務に就いている。
笑い話にも程がある。
どんな優れた諜報員でもある程度足跡を残しているもので、完璧にわからなくともある程度推測することが出来るが、
白銀武の場合は横浜基地に死体が保管されていて、それが生き返ったようにしか見えない、何とも推測にもならない冗談の領域の話が展開されたのだ。
しかし、それはあながち間違いではないのだからなおさら性質が悪い。

「よう、会いたかったぜ。柳ちゃんの兄貴」

性質が悪いと評した話題の中心である白銀武は、砥石で磨いだ刀の刃ように輝かせた目で御城衛を睨みつけている。
彼我の距離は額と額がぶつかり合う一歩手前、白銀が御城の襟元を締め上げ、壁に押し付けている腕の分だ。
白銀は怒気を隠すこともせず、感情のままに彼に言葉をかけた。
対する御城は襟元を締められている所為で若干呼吸をし難くなっていることもあり、表情を苦しそうに歪ませたまま、搾り出すように彼の名を呼んだ。

「……白銀少尉か」
「何が白銀少尉か、だ。……オレがここにきた理由はわかってるか?」
「メディカルチェックをするための軍医の護衛……にかこつけての私との接触だろうな。
 その接触の理由は……おおよそ見当はつくが、心当たりがありすぎるな」

考え付くだけでも我々がここに来た途端に起きた事件との関連性、柏木の弟の件、少佐の派閥、研究について、この基地にいたときのこと、柳のこと……色々ある。
それに加えて営倉に入っていた時間の間に発覚した自分が知らないことについて問われることも考えられる。
その前に洗礼を受けるようだが。
御城は計算する必要もなくそう感じ、気づかれないようにできるだけ殴らせやすい体勢に変えた。
白銀は怒りのあまり周りが見えていないのか、或いは気づかないふりをしているのか、拳を握り締める。

「そうか、わかっているなら……遠慮なくマジで殴らせてもらうからなっ!!」

宣言と共に御城の襟元が開放され、背中に壁の冷たさが感じられなくなると、左頬に衝撃が走る。
そこで衝撃は終わることなく殴られた反動で後ろに吹き飛ばされ、背にした壁に激突。
バウンドするようにして再び白銀の前へと押し出され、すかさず白銀は追撃に左フックを右頬に叩き込んだ。
これも甘んじて受ける御城。
今度は壁でバウンドすることなく、壁に背中を擦り付けながら床へと徐々に崩れ落ちていく。
しかし、その動きは止まることとなった。
御城が踏ん張ったのではなく白銀が再び襟元を掴んで止めたのだ。

「……何で反撃しようとしない。何で全部受け入れるように殴られる?罪の意識からか?
 殴られたほうが楽になるからか?……ふざけんなよ。お互いそれですっきりするとでも思っているんじゃないのか?
 オレはそれですっきりするわけじゃねえよ。柏木の弟を再起不能にしたのも許さねえ。
 それにまりもちゃんが死んだのを、殴ってすっきりさせるわけにはいかない。墓前で頭を地面に擦りつけても許さねえよ」

再び襟元を締めながら白銀はそこまでいっきに捲くし立てると興奮のあまり肩で息をしてしまう。
話の内容は白銀の頭の中がいかに沸騰していることを示す内容であり、柏木弟の再起不能はともかく、
まりもの死まで確たる証拠もなく御城の所為にしているのが、それを端的に現していた。
冷静になればわかることだが、今の白銀にそれはわかることもなく、御城を敵としてしか認識していない。
その御城はまりもの死のことは知らなかったが、おおよそ予想はしていたので、この事件を起こしたのは自分の所為と思い込んでいるため好きにさせている。
しかし、その思い込みを一時的に棚上げする言葉を白銀から聞くこととなった。

「……後何よりも許せないのはたまを……冥夜を……攫われちまった事だ。これじゃあ、まりもちゃんの墓前にどんな顔で行けばいい?
 オレの指揮を補佐してくれて、ちゃんとオレの顔を立ててくれて、皆にちゃんと信頼されるようにしてくれたまりもちゃんに……なんて声をかければいいんだよ?
 残された彩峰や委員長、美琴をどうやって慰めればいいんだ?」
「…………待て、冥夜様が攫われた……だと?一体どういうことだ」
「しらばくれるな!お前が潜入工作員を誘引したんだろうが!!」

潜入工作員の誘引……少佐がこの事件を起こす意味、利益について考える。
その結果意味も利益もない全くないというものだ。
そもそもここに来た理由は香月夕呼との直接対談と少佐の研究結果の有用性の提示である。
こんな混乱を起こした上で双方多大な被害を出すような無意味なことをする必要性は全くない。
つまり、別の勢力の工作員と推測するのが妥当……。
そう考える間も白銀は怒りが再燃したのか、再び声を荒げた。

「何で冥夜が誘拐されなければならない!帝国武家の出身だからか!?
 たまだって国連事務次官の娘だから!?ふざけてる、政争になんで人類の貴重な時間を使わなきゃいけない。
 そんなことでまりもちゃんが死ぬことなんてない、柏木の弟にしてもそうだ!それをお前が、お前が……ッ!!」
「それは――いや、好きするがいい」

言い訳を逆効果と悟り、白銀の気持ちが絶望することなく、彼が知る歴史のように逃げる選択肢をとることがないように、いわれない罪をかぶることを決めた。
口を開くことをやめ静かに目を閉じて、再び耐えることに集中しようとしたとき、締め上げられていた襟元が急に開放された。

「痛っ、何だこの娘は?」
「教官を苛めるやつ、悪者」
「九羽……」

見れば御城と白銀との距離が開き、その間にベッドで横になっていたはずの九羽がそこにいた。
犬のように唸り声を上げ、主人を守るかのように歯をむき出しにし、威嚇している。
白銀の手の甲には何か鋭いもので切られたのか、一筋の赤い線が走り血が滲んでいる。
御城の位置からでは見えないが、九羽の歯には若干赤いものが付着している……。
おそらく白銀の手に噛み付こうとして寸前でそれを察知し、避けようとして避けられずに少し歯に当たってしまったのだろう。

「九羽、落ち着け。白銀少尉とは少し話をしていてイラつかせてしまっただけだ。だからお前は大人しく寝ているんだ」
「……本当に?」
「ああ、だから女の子が歯をむき出しにして威嚇なんてするな?」
「む~……恥ずかし」

そういうと今度は埃っぽい体をベッドに戻ると丸くなってリラックスしだす。
白銀はその様子に物凄く不審そうな顔をして見ていた。

「……御城少尉、あの娘はその……随分と変わっているな」
「……元々はあんな性格ではない」
「…………じゃあ、あの娘はやっぱり――」
「し、白銀君。そろそろ……話は済んだかな?」

白銀が何か喋ろうとしたとき、営倉入り口から顔をのぞかせる人が現れた。

「――あー……入っていいぞ。一応話は終わったから。っていうか別にオレなんかの手伝いなんかしなくていいのに」
「でも機密とかあんまり関係ないことなんでしょ?困ったことはお互い様なんだから。コジンテキニカリがあるし」
「ん?なんか言ったか?」
「ううん、な、ななな、何でもねえよ。気にしねえでけろ」

そういいながら折りたたみ式の担架をもって現れたのは築地だ。
白銀とは所属する中隊が違うはずだが、どうやら部隊行動を終えて暇になったから手伝いをしているらしい。
顔を赤くして相変わらずの訛りで話す築地は豊満な胸を揺らしながら、御城に手を振って少しだけ心配そうな顔をする。

「御城君……顔殴られちゃったんだ……ごめん」
「謝ることはない。こちらも守りきれなかったのだから……」

築地は白銀が御城を殴るだろうことを予見していた。
していたが、止める気にはどうにもなれなかったのだ。
かつての仲間とはいえ、仲間の身内を傷つけてしまったものを許すには、最低でも殴られるくらいの罰を与えたかったのかもしれない。
仮に何の悪びれもなく接しってきたとしたら温和な彼女とはいえ、担架で撲殺くらいはしたかもしれない。

「……御城君。疑うわけ……いや、疑ってるけどさ。今回の事件って……御城君が関わっているわけじゃないよね?」
「自分の教え子を殺されて、平気で笑っているような人間になったつもりはないがな」

御城は口でそういいつつ、内心ではどこまで間接的に自分が関わっているのかを考えた。
少なくとも自分が目くらましとして利用されたことだけは確かで、少佐も関わってはいなさそうだ。
彼女は良くも悪くも自分の研究がすべての人間なのだ。
先程少佐が属している派閥がこの事件を起こして利益を得られるかどうか考えた。
しかし、今あらためて考えてみても利益が得られるわけがない。
得られるとしたら御剣冥夜という人物の抹殺なのだが、それとて現状でやっても国連との仲を悪くするだけで利益よりも損失のほうが大きい。
仮に実行したとしても誘拐などという回りくどいやり方はどうにも解せない。
まして珠瀬を一緒に誘拐するなど論外で不可解な行動だ。
他の目的を持った第3勢力の仕業と考えるのが妥当か。

「……信じていいよね?」
「ああ……それより、九羽を軍医に、いや、後藤少佐に見せてやってくれ。
 くす――事件の所為で精神不安定な状態になっているから連れて行くときは注意しないと痛い目にあうから気をつけて」
「御城君は呼ばれていないの?そこのところどうなの白銀君」
「御城少尉はこのまま待機だと思う。オレはその娘を運ぶことしかいわれていないから」

白銀は御城のことなど知らんといわんばかりに鼻を鳴らして答える。
子供っぽい反応に思わず築地は笑ってしまう。

「まあ、それはそうと九羽ちゃん……かな?ちょっとお医者さんに診てもらうためについて来てもらうのだけど……大丈夫かな?」

九羽に人懐こい笑顔を浮かべながら話しかける築地。
だが、九羽はそれを無視するようにベッドの上で寝転がったままだ。
それでもめげずに話しかけるが、尽く無視される。

「むーーーー!これで起き上がんなが、悪戯してまうからな。はやく起きなや」
「……口調が大分面白いことになってまふ」
「そ、そんなことないべや、そっちだって大分可笑しい……って、起きとるでねえか!」

今度は子供レベルの言い合いが始まった。
とはいえ、築地は九羽のレベルに落とすことで彼女の警戒心を解こうとしているのだろう。
その目論見は見事に成功してこうしてじゃれ付いている。

「あ、あたしの口調のどこがおが、可笑しいというのです」
「訛、訛、訛」
「そ、そげんな――そんなことはないですだ」
「♪~」

……レベルを落としているだけだ、多分。

「御城少尉」
「何か白銀少尉?」
「あんたをまだ信じるわけにはいかない。八つ当たりだってわかっているけどやっぱりあんたが憎い。
 だから謝らない。謝らないけど……あの娘を物凄く気遣っていることはわかったよ。
 あの娘の顔の傷……多分それが理由だと思うから」
「……それ以上は言わないでくれ。特に九羽がいる前ではな」
「……屑とは違うってことだけは認識するよ。それじゃああの娘は借りていくからな」
「ああ、頼む。九羽」
「何です、教官」

九羽はじゃれるのをやめ幾分、真面目な軍人としての顔を取り戻す。
切り替えが早いとは違うその切り替え方が痛々しく感じられるが、その感覚を無視しつつできるだけ優しい声をだした。

「私が居なくともちゃんとやるのだぞ」
「教官?」

御城は白銀たちに手振りで行けと伝えると九羽が寝転んでいたベッドに腰掛ける。
御城の送り出す言葉が気になるのかドアから出るのを躊躇っていたが、御城がそれに気づき微笑を向けると安心したのか営倉を出て行った。
再び鳴り響くドアがロックされる音。
御城はベッドに横になりながら、九羽にもっと気の聞いた言葉をかければよかったな、後悔していた。

「父上のようには伝えたいことをうまくまとめられないか」

天井を見上げ、この上、地上からさらに上の空について考える。
今日は星が輝いているか、それとも曇り空で星を見ることが出来ないのか。
少なくともここよりは埃っぽくないだろうと、どうでもいいことを考えた。
しかし、次第にどうでもいいことから重大なことばかりを考え始める。
教え子たちは無事に帝国まで戻れるだろうか?
柳は私のことを恨んでいるだろうか?
九羽の身柄は――。
そこまで考えて一人の女性の姿が脳裏に浮かび上がる。

「神代巽……彼女には伝えたいことを全て伝えた。後は九羽をうまく保護してくれるかどうかだな。…………全て伝えたか、未練だな」
「何が未練なのだ、御城衛少尉?」

本来なら誰の耳に届くでもない呟きは天井に染み込むことなく、何者かの耳に拾われた。
御城は起き上がりつつ今だドアの外に居る人影に言葉を返す。

「自分のしてきた行動にですよ。それにしてもお早いお着きで」
「周りの状況がわからないのに、我々がくることをよくわかったな」
「事件が起きたときからこうなることはわかっていましたから。しかし、ここまで早くくるとは思ってませんでした。
 それに……あなた自らここにくるとは思ってもみませんでしたが――」

本日二度目のドアロック解除が行われる音。
重々しい音と共にドアが開放され手錠を片手に入ってくる人影。
御城はそれに目を細めつつ彼女の名前を呼んだ。

「――月詠真耶中尉、従姉妹殿とはもう顔を合わせてきたんですか?」
「甘いあいつの顔はここに来た途端に拝見させてもらった。無論彼女の部下たちともな」
「相変わらず耳聡いですね」
「帝国まで連行させてもらう。罪状は後でゆっくりと聞かせてやる。連れていけ」

真耶の後から入ってきた帝国のMPに手錠をされ、埃っぽい閉鎖空間から通路へと限定的閉鎖空間へと身柄を移される。
御城は自分の囚人として扱われる姿に自嘲の笑いを漏らすことしかできなかった。

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冷え込むとはいえ、雪が降ることはない寒さの中4人の斯衛は立っていた。
連行されていく一人の知人、想い人を。
しかし、4人の取り巻く空気はどこまでも清浄であり、一片の澱みも確認できない。
内心どんな感情を抱いていたとしても帝国斯衛軍としての彼女たちは職務を全うするだけだ。
昼間なら多くの目に触れるこの連行劇もこの暗闇の中、ましてや事件以来人が外に出たがらないときに行われたことで騒がれることはない。
一歩、二歩、三歩。
それほど歩みは遅くはないのだが、彼女たち4人の名残惜しさがそう見せているのかもしれない。
基地施設の入り口から護送車まで一分もない距離。
その距離の間に騒ぎが起きないと思われていた。
思われていたが、運命というのは何ともし難いものである。
こちらへと歩み寄ってくる気配が三つ。
神代たちが気づいたときにはひとつの小さな影がこちらに一直線に駆け寄ってきていた。
MPはその動きに敏感に気づくと手にした小銃を向け、発砲する構えを取り、何人かは取り押さえにかかる。
そしてその影は瞬く間に取り押さえられ、地面へと引きずり倒される。
小さな影はそれでも連行される男、御城衛に近づこうともがき、声を張り上げた。

「に、兄様、にいさま……にいさまぁぁぁぁ!何故、何故、何故!!」

その声に肩を震わせることで反応する御城。
だが、彼は振り返らなかった。
遠ざかる背中。
御城柳はそれでも叫び続ける。
取り押さえているMPの一人がそれをわずらわしく思ったのか、気絶させようと後頭部に銃床を叩き込もうと狙いを定める。

「止めんか馬鹿者!!」

それを止めたのは神代の声だった。
彼女は今まで棒にしていた足を動かすとMPのそばへと駆け寄っていく。
MPに退く様促すと、相手も冷静になり子供相手に大人気なかったと思ったのか、すんなりと退く。
その際、指揮官である月詠真耶は些事だと思ったのか、別段気にすることなく連行するように命じる。
御城衛は若干後方を振り返り、目で何か伝え、神代もそれに対して目で了承を伝える。
安心したように微笑むと御城は護送車へと身柄を乗せ、そのまま車は発進していった。
柳の叫び声も消え、MPも居なくなり、周りは静けさを取り戻す。
そこを照らす僅かな施設からの光がこの場にいる全員の気持ちを代弁しているかのようだった。

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「副司令、お耳を」
「……そう、時間通りね。それじゃあピアティフ。白銀、御城、魅瀬、社の四人に招集をかけて。
 修復を完了しだい、伊間、九羽にもブリーフィングでの内容を伝えなさい。明日中には調整を終える予定だから」
「了解……それと第0中隊の機体が三日後に到着の予定です」
「……わかったわ。鳴海には明日の朝出頭するように伝えて。あと御城柳のメンタルケアはあんたが担当してるいるのだから、忘れないで。
 今日は八つ当たりに行かせた少尉さんにまかせきりにできるほど軟な問題じゃないわよ」
「……申し訳ありません」
「あとは……後藤のことだけど。調子に乗らせない程度にやらせるように調整、ソ連とのパイプの回復、増強に使えるから機嫌を損ねない程度にね。
 最も調子に乗ったら乗ったで別段かまわないのだけど、そこはあなたの裁量次第ということにしておくわ」
「……私情ははさみません」
「……近いうちに敵は動くわ。伊隅たちに対人戦の演習プログラムを重点的に行うように。
 あんた一人では大変だろうから、涼宮中尉と分担して事を運びなさい。私は研究に全力で打ち込むからその間は頼むわよ」
「了解しました。では失礼します」

「…………斯衛の影もよく動くものね。事件がおきてから数日、遅いのか早いのか微妙な動き。
 動きはつかめ始めても考えていることはまだまだわからないか。さて、私が予測される何かにどうやって噛んでいくかが問題……。
 事務次官の目の前で失態をしてしまった分は、新型OSでカヴァーできるけど、もう一枚カードが欲しいわね」



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第五章その3
Name: 通行人A◆d1634279 ID:5a722df5
Date: 2009/03/31 23:37
乳白色で照らされる清浄な空気に満ちた部屋。
研究室としては十分以上に広く作られた部屋だが、置かれた端末や実験器具のおかげでその広さを十分に実感できなくなっている。
機械類が発する熱が空気を淀ませるが、空調や空気清浄機のおかげで前述したとおり清浄な空気を保っている。
そんな快適な空間で隣の実験室から送られてくるデータをモニターで確認しつつ端末を操作する女性が一人。
口には火をつけていない煙草を咥え、やや不機嫌そうにモニターと睨めっこしているのはつい最近まで監禁されていた後藤だ。
咥えた煙草を上下左右に忙しく動かして、その苛立ちの度合いを表している。
苛立ちの原因は目の前のモニターに映るデータであり、彼女の研究の断片から流れてくるものだ。

「御城の無能お坊ちゃんは扱い方が手荒すぎなのよ。アップデートしたからといって素体が元々不安定なんだから、こうなるの目に見えたでしょうに。
 感情操作がノイズはしってて余計不安定になってる。だからあの少尉さんに噛み付き攻撃仕掛けようとするのよ。
 ああ?記憶操作系にもバグが出てる。原因は……条件付けの時と似たシチュエーションで年齢が近しいものを失ったため?
 量産型のあの子が死んで、片方は重傷……これか。薬物投与と催眠暗示のかけ直して、条件付けも変更……少しだけにするか。
 急に変更したところで一時的に安定してもすぐにボロがでるだろうし……」

独り言をぶつくさと垂れながら端末を操作し、的確な修理、改修案をまとめていく。
その間にも煙草は彼女の機嫌を現しているかのように忙しく動くが、歯を立てないようにし、噛み切らないようにしている。
両切りの煙草を愛煙しているので噛み千切ってしまうと草を食べてしまうことになるからだ。
いくら彼女でも草食動物になるつもりはないし、煙草を一本無駄にするつもりもない。
後藤は案件を一つ終わらせたのか、咥え煙草を一旦口から離し、お待ちかねの一服をしようと懐からマッチを取り出す。
慣れた手つきでマッチを擦り、先端の硫黄、燐に火が点る。
そして、その火のついた先端を煙草の先端に近づけて行き……煙草が横から掻っ攫わられた。

「この部屋は禁煙よ、後藤?」
「嘘吐くんじゃないよ。いくら営倉から出て数時間とはいえ、ここはあたしの城になったんだからあたしがルール。いくら上官でも人の部屋にけちつけないで」
「それはいいけど、指……焦げるわよ?」
「……熱っ」

後藤は指先まで下ってきた火に火傷しかねない熱さを感じ、消火用の水を張った瓶にマッチを放り込む。
水面をほんの少し蒸発させたような音を立てた後、白い煙を立ち上らさせて火は消えた。
香月はその煙を恨みがましく見る後藤に、目をやや細めながら言葉をかける。

「貴重な天然物のマッチ……よく手に入れたわね?」
「贅沢しません、勝つまでは?アホくさ。贅沢品を手に入れられる地位にいながら手に入れないのは只のバカよ。
 その贅沢品の需要があるからこそメーカーは作るし、消費者は買う。消費者が買わなければどうなるか?
 贅沢は敵と一方的にいうやつはそこから先は考えていないのよ。世界全体でどれだけの技術、文化が失われていった?
 贅沢品はその失われていない文化の一つではないか?それを禁止するなら一つの文化を消すに等しい。
 ゆえに私は贅沢品を手に入れる。文化を絶やさぬために……まあ、これ作っているメーカーの経済も考えに入っているけどね。
 勿論この程度の品なら分けて欲しいというならわけるわよ?」
「はいはい、屁理屈ありがとう。別にあんたがマッチを手に入れようが、どう思われようが知らないわよ。
 ただ、中国やスウェーデンがなくなっている上に木が国内にもそれほど残っていないから、どこのルートで手に入れたのか興味があってね」
「別に?隠すほどのことじゃないわ。○△省の○○氏にちょっと口利いてもらうだけだし」
「ふ~ん」

しばらく続く沈黙。
その間にも煙草を吸い損ねた後藤は端末のキーを叩き、別のモニターの電源をオンにしていく。
香月は後藤から掠め取った煙草を机の上に転がし、モニターに表示されるデータに目を走らせていく。
そのデータで大よそのことがわかったのか顎を手で擦り、頷いてみせる。

「さすがねえ。ここまで故障していたのをよく修復できるものだわ。伊間のほうの調整も絶妙ね」
「当たり前でしょ。専門分野であんたに負けたら恥なだけよ。けど、あんたメンテナンスが雑すぎよ。
 専門外とはいえあんたくらいの能力ならもうちょっとやりようがあったでしょうに。
 耐久試験をしてたっていうなら別だけどね。試作型は不安定なまま安定することが判明しただけで儲けもの。
 怪我の巧妙ご苦労様ってところね」
「……見たところ使えるレベルになっていると思うけど、専門家としての意見は?」
「あんたが何に使うのか知らないけど、要求する数値に適合するのは九羽を除いて全員。
 九羽はまだまだ調整をしないと使い物にならないガラクタよ」
「それだけ聞ければ十分、それじゃあ伊間の最終調整頼むわよ」

香月は机に転がした煙草を指で浮かせながら弾き、後藤の小指に当てると、さっさと研究室から出ていてしまった。
煙草はそのまま机の上から床へと落ち、二三回跳ねて机の足にぶつかり動きを止める。
後藤はその態度に鼻息を荒くするが、床の上に落ちた煙草を拾い上げにかかる。
多少汚れたことに顔を歪める。

「あの女狐……私の研究素材まで使い潰したら許さないからね」

そう呟くと煙草の吸い口を少し袖で拭い二本目のマッチに火をつけ、煙草に点火、そのまま吸い始めた。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第五章その3


物凄く違和感を覚えずにいられない。
白銀武は自分の感じている感覚を素直に受け入れ、心の中でそう呟いた。
そこは中隊規模のブリーフィングをするには十分な広さを持った部屋であり、椅子もブリーフィングを聞く人数分ちゃんと並べてある。
違和感を感じるのは並べてある備品ではなく、そこに鎮座している人間たちから感じているのだろう。
この場所、国連軍横浜基地、軍事施設にいるには無理があるような年齢のものたちだからだ。
年齢は十代前半くらい。
しかも全てが女の子だ。
自分だけ明らかに年が離れていて克男なのだから違和感を感じるのは当たり前なのだろう。
……まりもちゃんがここにいたのなら学校みたいだ。
少し見方を変えればそこは日常風景の学校であり、誰かが教壇立っていても違和感がない。
神宮司まりもが教壇に立ち、授業をしている姿を想像して、白銀は少し目頭が熱くなった。

「白銀さん、泣いているのですか」

横から声を掛けてきたのは社霞だ。
軍事訓練を受けていない彼女がここにいるのは首を傾げたくなるが、周りにいるのが同年齢でESP能力者という共通点があるのだから、それほど可笑しくはないのかもしれない。
白銀はごめんと謝り、表情をやわらかく崩して頭を軽く撫でてやる。
少し驚いた表情をする霞だが、心配そうな顔は崩さずに顔を覗き込んでくる。
白銀はほっとすると同時に霞の能力を知ったときの自分のことを振り返った。
柳ちゃんもそうだったけど霞にもこんな能力を具えさせるなんて、なんと惨いと思ったものだ。
そのとき、人類を救おうって強く誓って、新型OSの開発に全力を尽くした。
尽くしたが……。
白銀ちらっと霞とは反対の右側に座った少女に目を向けた。
御城柳が暗澹とした表情を浮かべ、不気味な静かさを纏いながら座っている。
彼女の兄が来たときから何かが狂った。
いや、もっと前から狂っていたのが彼が来たことによりスイッチが押され、動き出したという表現のほうがあっているか。
彼の所為か、所為じゃないか。
オレは心情的に前者しか選びたくはない。
あいつが来なければ、あいつが工作員をつれてこなければ、そう思いたいのだ。
あいつを殴ったとき、九羽とかいう子があいつをかばったとき、それは八つ当たりだと気がついた。
けど……そんなに簡単に納得できるもんじゃない。
柳ちゃんだってこんなにくらい顔しているのもそうだからだと思う。
認めたくないものを認めるなんて、頭で理解できていても早々出来るものじゃないんだ。

「柳ちゃん……」
「…………」
「……っ」

柳は話しかけても白銀のほうを向こうとはせず、視線すら向けようとはしなかった。
只彼女の横にいる魅瀬の手を掴んでいる手をちょっと強く握りしめただけだ。
リーディング、心を読む力がなくても、人なんだから雰囲気や挙動でわかるものな。
白銀が柳の兄を嫌っていることを妹として敏感に感じているのだ。
嫌いにならないで、といわないのは彼女も彼女で白銀の心情を理解しているからだ。
だが、ここまで意気消沈しているのかは白銀にはわからなかった。
御剣冥夜と珠瀬壬姫の失踪、神宮司まりもの死、兄の営倉入り、どのことを考えてもここまで絶望したような顔を浮かべるものなのかと。
自分なら絶望してもおかしくはなかったが、柳の場合は兄のことを除いて、そこまで親しくしていたことはないはずである。
白銀からすれば営倉入り、それも証拠不十分ですぐに出てこれる類のものに絶望することなのかと首を傾げたくなる。
或いは自分が知らないところで何かがあったのか。
白銀はそこまでは想像することができなかった。

「あー皆揃っているようね」

室内に響く耳慣れた声。
皆その声に反応し、椅子から立ち上がると敬礼する。
部屋に悠々と入ってきた香月はそれに対し、いつもどおり堅苦しいのは止めてというと、席に座るように促した。
一糸乱れぬ着席の音が響き、皆一様に香月に視線を向ける。

「楽にしろ……っていってもしそうにないからどうでもいいか。前回に基地施設に関する被害の報告は終わっているからそこは割愛。
 ……あんたたちを呼んだのはあんたたちにしかできないことを頼むから。ここに集まった人選を見ればわかるでしょう?
 まあ、約一名は不可解としてもね」

この場にいる不可解な約一名とは白銀武のことである。
ESP能力者の相棒としてここに呼ばれたのなら、麻倉や高原の2人も呼ばれているはずである。
白銀は勿論、そのくらいの推理は年齢が低いとはいえ軍事教育を受けた少女たちには容易に理解することが出来た。

「まあ、それはともかくあんたたちの能力を活かした作戦を実施するわ。明日2000にここに集合。
 同日2100より目的地にて作戦を開始する。なお、作戦遂行する場所は明日になったら教えるわ。
 なお作戦内容については知る必要がないので知らせない。質問も一切なし」
「な!?」

場はあっという間に驚愕の声と雰囲気に支配される。
誰もが口を半開きにし、中には椅子から半分腰を浮かしているものもいる。
しかし、質問が一切許可されていないこともあり、喉から声が出たものは少ない。

「ああ、後体調不良を起こしたものは厳罰に処すからよろしく。この言い方でよかったかしらピアティフ?」
「はい。細かいことを言えばブリーフィングの意味のないものかと」
「そりゃそうね。それじゃあ各自明日までに体調を整えて置くように」
「ちょ、ちょっと待って下さい」

白銀は今にもブリーフィングとは言えないブリーフィングを終えようとしている香月に待ったをかけた。
かけたが、秘書官であるイリーナ・ピアティフ中尉がそれをさせまいと2人の間に割って入ってくる。

「白銀少尉、質問の許可はないと、副司令はおっしゃられました。軍人ならそれに従がうように」
「ですが……中尉!」
「くどいですよ少尉」
「くっ……」

白銀はそこで黙ることしか出来なかった。
いくら香月が軍規に大らかであっても駄々を捏ねるようなら容赦はしないはずだ。
白銀は歯噛みしながら喉にでかかった声を強引に飲み込み、席へと座りなおす。
香月はつまらない物を見たように冷静に解散を告げて子供たちに出るように促した。
それを先導するのはピアティフ中尉で、白銀の横にいる柳を立たせると二三彼女の耳元で何か囁く。
隣にいても聞こえないくらい小さな声だったので聞き取れない。
柳はそれに頷いたような素振りを見せると魅瀬から手を離し、ピアティフ中尉の手の握らると三人一緒に外へと出て行った。
何故か白銀と霞だけが外に出るように促されずに残ってしまった。
明らかに意図したもののように思える。
もっとも白銀は白銀で香月に意地でも何か聞き出そうと居座る、或いは追いかけるつもりだったのだが。
その香月はピアティフたちが出て行ったのを確認すると、視線を一度白銀たちのほうへと向け、やや冷めた表情を浮かべる。
その顔は予想していた通りでつまらない、単純にそういっていいのかわからないが、そんなようなことを言葉を貼り付けていた。

「先生……」
「……まあ、言いたいことはわかるわ。作戦内容も知らずに作戦を遂行させる。普通じゃない、の難易度の話じゃないからね。
 あんたたち軍人からしたら理不尽の中の理不尽としかいいようがないものね。それもこれもあんたの所為なんだけね」
「え?オレの……所為……なんですか?別にオレがいるのと作戦を説明することと何が関係があるんですか?」
「大有りよ。あんたね、ストレス感じてるのはわかるけど、頭の回転力まで落としてどうするの。
 社がここにいる理由、それとあんたがいるということを絡めて考えればすぐにわかることよ?」

ここにいる理由……。
白銀は鈍っていた頭を必死に回転させて、与えられた情報から答えを導き出そうと考えた。
先生は言外に柳ちゃんたちはあくまで何かするから準備しておけ、悪く言うなら何かをするための備品として扱っていた。
そうなると自分と霞がこの作戦において重大な鍵を握らされている。
つまり主役として働かされるということだ。
霞はESP能力者として総合的には柳ちゃんたちを上回っている……それはいい。
ならオレの価値は衛士としての力量?
却下、悔しいけど力量だけなら鳴海隊長やヴァルキリーズの速瀬中尉たちのほうが断然上だ。
そうなると衛士としての白銀武が必要なのではなく、白銀武しかない価値は……未来を知っていることだけだ。

「……先生、オレがこの先の未来を知っているからってことですか?だとしたらもうオレにはその価値がないとしかいいようがありません。
 オレが知っている未来はもうどこにもない。オルタネイティブ5が発動する日にちすらもうわからなくなった。
 あとオレの価値といったら、先生に衛士としてこき使われるくらいしか思いつかないんですけど」
「……あんた、まりもが死んでからますますガキになったわね」
「そうですよ。仲間の一人や二人すら守れないどうしようもないヘタレですよ」
「……そう、反論すらしないクズになったわけか。逃げなかっただけましかと思えば、こう転がったのね。
 まあいいわ。ヘタレてるところ悪いけど、蹴り飛ばしてでも前に進んでもらうわよ。後ろがつっかえてるからね」
「……オレがやれることがあればやりますよ。それが済めば無価値になるんでしょうけど」

白銀は自身の価値を再確認し、価値がないと考え付いてしまった。
恩師に友人を一度に失い精神的に追い詰められているので、無理もないのかもしれないが、香月としては彼女が目指す道を歩むための手段が少なくなって残念である。
だが、今回の作戦は白銀がいなければ、オルタネイティブ4を進展させることができない。
その思いに白銀は気づくことなく項垂れたままだ。
白銀の隣の社も多感な時期の少女らしく、はっきり失望したといった顔で呟いた。

「……弱虫」
「ははは、霞に言われちまったか。本当に救いようがないなオレは。これじゃあ柳ちゃんの兄貴のこと言えたもんじゃないな」
「……白銀。作戦内容をあんたと社だけに教えるわ。他の娘たちには絶対にいわないこと。
 もし他言するようならこれから予定されている作戦に一切参加させず、自殺もできない状態で監禁させてもらうわ」
「オレがオルタネイティブ4を知りすぎているからですか?」
「似たようなものよ。…………それじゃあ作戦を説明するわ。これを見て」

香月はブリーフィングルームの大型モニターを起動させると、何かわからないが機械の設計図を映し出した。
それには名称もなく何をするのか不明な素人の白銀には理解することができなかった。

「先生これは?」
「あんたを“元の世界”戻すための装置……とでも言えばいいかしら」
「な、何ですかそれ?オレがいらなくなったから帰れ……そういうことですか?」
「本当に頭が鈍くなってるわね。はっきりいうわよ。あんたにはまだやることがあるの。あんたが少し前に言った、あんたの世界の私が導き出した理論。
 それをを回収する、オルタネイティブ4の要を手にするという全人類の命を賭けたといっていい重要な任務、あんたにしかできないことをしてもらうわ」
「オレにしかできない任務……」
「あんたは世界を救うのでしょう?やることもやらずに……まりもが死んだくらいで、御剣や珠瀬がいなくなったことくらいで目的を見失うことは許さないわ」

この後香月に科学的に白銀の状態が不安定だとか、送るためには色々言われた(これは原作の霞との同居部分を参照してください)。
しかし、白銀にとって最も耳に残ったことは次の二つだった。
装置を実験段階のものから短時間しか起動できない仕様を急遽長時間用に改良し、想定される最悪のケースである白銀の存在をこちらに引き止められなくなること、
に備えてESP能力者全員が存在固定に使われること。
つまり彼女たちは社霞の負担を抑えるために使われる機械のようなものらしい。
非人道的とか人権を尊重する人たちからすれば、とんでもないことだが、この際割り切るしかない。
精神的に不安定な柳ちゃんには悪いけど……。
そして、先生はこういった。

「後一番重要なことだけど……あっちの世界にいったら、あちらの世界の人との関わりを持つことを極力禁ずるわ。
 最低限、やむ得ない場合を除いてむこうの私と話す以外はだめよ」
「な、何でですか?オレが懐かしがってこっちに帰ってこないとでも思っているんですか?」
「それもありえないわけじゃないけど……前に因果律量子論を話したわね?」
「はい……オレの頭ではついていけませんでしたけど」
「あんたの頭でわかるように、絶対したくなくなるように話せば、むこうのまりもと長時間関わったりするとそのまりもは死ぬわ」
「…………え?」
「死ぬのよ。因果は高いところから低いところに流れる、今いる世界のほうがあんたの世界よりも高い位置に存在しているの。
 もっと詳しく話せば込み入るんだけど、あんたがあっちの世界にいくと単純にこっちのまりもが死んだという情報が持ち込まれる。
 その情報が同一存在であるあっちのまりもに伝達、因果はまりもを殺すわ。さすがに死ぬ理由は全く同じではないだろうけどね。
 つまりあんたが関われば関わるほど面倒ごとがあっちで起こる。御剣たちが行方不明になったり――するわね」

関われば関わるほど皆が不幸になる。
中には幸福なことが起きていれば幸福な因果が渡されるのだろうが、生憎この世界に来てから幸福なことなんて起きたことはない。
あったとすれば新型OSの開発成功くらいなものだ。
あっちの世界で何の役に立つか知らないけど。
…………ヴァルキリーズの伊吹少尉って人もあっちの世界で死んじゃう可能性があるのか。
いや、それよりもこっちの純夏がいないっていう情報とかどうするんだろう?
逆に御城兄妹だってあっちの世界にはいない人たちはどうなるんだ?
いや、あっちでオレの目の届く範囲にいなかっただけでいたのかもしれないな。
案外冥夜の屋敷で影で働いていたのかも、使用人って基本的に客人とかに姿見せないって話を聞いたことあるし。
白銀はそう考えをまとめると香月に声を掛けた。

「一ついいですか?」
「鑑純夏のことかしら?それとも御城兄妹のことかしら?」
「そうです。純夏がこっちにいないって情報があっちに持ち越された場合どうなるんですか?それともあっちについた瞬間に消えちゃうとか。
 御城兄妹の場合は突然現れて、何事もなく最初からいたかのように存在しているんですかね?」
「……少なくともこの世界で存在している人間はむこうの世界でも例外なく存在しているはずだわ。
 こっちの場合は人口が激減しているからむこうの世界で生きている人間はこっちでは既に死んでいたりするかもしれないけど。
 あと…………鑑純夏の存在が掻き消えるということもないわね」
「いない人間の因果はあっちに影響を及ぼさないってことですか?」
「いや、そういうわけじゃないわ。掻き消えるんじゃなくて死ぬってことで帳尻を合わせることが十分にありえる。
 そう考えておいたほうがあんたの場合はいいわね」
「とにかくあっちの人間とは極力避けていけってことですか?」
「そうよ……今のあんたじゃ本人たちと顔合わせた瞬間縋って泣きそうだけどね。
 ……今日はもう休みなさい。社に弱虫といわれてる今の精神状態で作戦を行ってもたどり着く前に消滅してしまいそうよ。
 ガキじゃないのならそれなりの自分の立っている場所くらい確保して見せなさい」

自分の立ち位置……。
香月はそれだけいうと社を連れてさっさと部屋から出て行ってしまった。
白銀はこの世界に来て初めて自身のやるべきこと、なすべきこと、BETAに対しての人類の勝利という大雑把な考えをより明確にすることを迫られたのであった。

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御城柳は本日二度目の耐え切れない気持ち悪さに襲われていた。
魅瀬が麻倉に連れて行かれた後、症状はより顕著になった。
顔は血の気が引いて青白くなり、頬は短時間でこけてしまった。
ブリーフィングの後、同居しているピアティフが付き添い何とかよろめかずに歩いているが、麻倉と話す前と大差ないほど衰弱している。
無理もない。
兄妹ともに様々な落ち度があり、偶然が重なり大事件を起こしてしまった。
膝を抱え込んで自虐とも取れる自省に押しつぶされそうになっていたとき、まだ前に進むことができると麻倉に論された。
無意識に誰かに助けて欲しいと、差し出していた手を掴まれ、足は再び歩こうと立ち上がった。
しかし、その足は帝国斯衛軍による兄の逮捕という事実に掬われてしまった。
そして、再び膝を抱え込んだかのように、道を歩こうとしなくなってしまった。
柳は動かなくなった己の心の情けなさを、兄に依存しているという事実を、涙が出るほど恨めしかった。
だからわかってしまう。
今の自分の力だけでは立ち上がることはできない。
立ち上がれたとしてもふらふらと真っ直ぐ歩くことが出来ずに、道を誤ってしまうだろうと。
それだけ考えることが出来るのに歩けない自分に自嘲の笑いを浮かべると同時に声を漏らした。

「ピアティフ中尉……私って情けないですね」
「…………年の割には立派過ぎるよ」
「いいえ、戦場に立つものに年齢なんて関係ありませんよ。死んだら皆同じ屍になるだけですから。
 心のあり方だけはもっと強くありたいのですけど……兄頼りの私では無理だったのでしょうか?」
「疑問を持っているうちは大丈夫。あなたはまだ前に行くことをあきらめてはいないのですからね。
 泣き寝入りなどあなたの血が許してくれないんじゃないかしら?」
「……初めてですね。自分の血がこんなに重く感じたことは」

兄はその重さを常に双肩に受けていたのだろう。
斯衛に逮捕されようとも抵抗する素振りを一切見せずに。
泣き叫ぶ私を尻目に連行され、瞬きする間の時間だけ最後に振り向いたのはあくまで確認のためだった。
神代少尉との間に何か取り決めていたのか、このことを予想していたのか、只目と目を合わせただけの意思疎通。
唯一の肉親である私への気遣いのほかに何か複数のことを頼まれたのかわからなかった。
そして、消えていった兄。
兄上は何故あそこまで動揺を抑えることができたのだろうか?
親しい友人、尊い家族、愛する恋人、守るものが定まっていたから?
それとも御城家の当主として単純に強くあろうとしたから?
それとも……後を託す相手がいた……から?
いずれにしろ考え付いた中に神代巽という女性が必ず入っていることに気がつき、喜ばしいのか悲しいのかわからなくなった。

「中尉……」
「どうしたの?」
「考えれば考えるほどお兄様が……遠くに感じるようになってきているんですけど……これは兄離れのとき何でしょうか?」

この質問にピアティフは目を見開き、口を開け狼狽した。
言った等の本人も同じように自分は何を言っているのだろうかと、戸惑っているほどなのだから他人が驚かないわけがない。
ここでそもそも兄の心配でここまで衰弱したのに口から出てきた言葉は見当違いも甚だしいものである。
しかし、柳の口は止まらない。

「兄は私のことを確かに心配してくれますが、一人前であることを望み、事実一人前にと扱ってくれていました。
 ですからその期待通り、独り立ちするのも悪くないかと思ったしだいで……私なにいってるのでしょうか?」

柳はとにかく混乱した。
混乱して混乱してわけがわからなくなった。
衰弱しているので頭が回らないからこうなったのだろうか。
混乱を極めたと思ったとき、柳を包む温もりが現れた。

「今は思いっきり泣きなさい。子供らしく、少女らしく」
「ピアティフ……中尉?」
「時には子供であることも必要よ。一時でも離れ離れになって寂しいと感じたなら寂しいといいなさい。
 あなたはまだ子供、子供の特権をいかさずして大人になった子供なんてろくなことにならないわよ。
 あなたのお兄様だってそれを望んでいるはず……」

ピアティフの言葉は柳の心に浸透していく、温かく前へ進むもうとする勇気と共に。
そして、柳は通路の真ん中で泣いた。
泣きに泣いた。
迷惑を鑑みずに泣いた。
その全てをピアティフは受け止めた。
どれだけ時間がたったのだろう。
ピアティフは柳が落ち着いたことを確認すると彼女の髪を指ですきながらこういった。

「柳ちゃん、子供がしなければならないことがまだ一つだけあるの、聞いてくれる?」

柳は素直に頷く。
それを満足そうにピアティフは確認すると、優しい言葉使いで論するように話しかけた。

「子供……特にね。女の子がやらなければいけないことがあるの。
 それはね、寂しかったり、悔しかったりするだろうけど、認めてあげることよ」
「認める?」
「そう認めること、あなたが寂しさを感じたのは多分新しい絆を見つけちゃったからなんだと思う。
 誰とは言わないけどあなたなら理解しているはず。争うことも大切かもしれないけど認めた上で争うなら醜いことにはならないでしょう?」
「……大丈夫です。私は大人の女性ですから。ピアティフ中尉や月詠中尉たちにも負けないくらい」
「それだけ言えれば十分ね。それじゃあ帰って寝ましょう。明日は辛くなるかもしれないから」
「了解。制服涙で汚してすいません」
「なら、今日は人形に暴力を振るわないようにすること。埃が立って大変なんですから」

形だけの同居だった二人だが、このとき初めて同居していてよかったとお互い思ったのだった。

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「むほほ、予定は未定なれど順調なり……君何がおかしいのかね?」
「いや、そろそろ報酬の話に移って貰おうかと思って、オペレーションMの成功報酬をな」
「待ちたまえ。予定の日になれば君をそれなりのポストにつけるからな。それまでお姫様二人の世話を頼むよ」
「性欲を持て余す」
「却下だ。彼女に彼女なりの利用価値があるのだからな。それまで根気良く説得を続けてくれたまえ」
「勿論別報酬だな」
「無論だ」
「わかった。任務を戻る」



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第五章その4
Name: 通行人A◆d1634279 ID:5a722df5
Date: 2009/04/27 23:08
陰鬱な雰囲気流れる横浜基地。
極東国連軍最大の基地の初めての被害がBETAによる奇襲だった。
別段奇襲という事態は珍しくはない。
何故ならBETA相手に奇襲など日常茶飯事であり、幾度となく人類は被害を受けているからだ。
しかし、身内のミスによる捕獲していたBETA脱走(表向き)による被害となれば後方意識に取り付かれた軍にとって衝撃は何割り増しにもなっている。
空から雪が振ったとしても今の状態では何の感慨も浮かばないに違いない、と思えるほどまだ活気が足りない状態が続いている。
続いているのだが、実のところそれだけが原因ではないのだ。

「……速瀬ちゅ~い?」
「築地、次に腑抜けた声出したらぶん殴るわよ?」
「な、殴らないでください。えーとですね。ここ数日でPXにくる顔ぶれも随分と変わりましたよね」

築地は箸を一旦休めて周りを見渡しながら上官である速瀬(直接的な上官ではない)に話しかけた。
話しかけられて速瀬はその問いに鼻を鳴らすと手に持った丼を口に持っていき、一気にかきこみゆっくりと咀嚼する。
そして、それを飲み込むと今度は盛大に溜め息を吐き、疲れたような表情を浮かべた。

「そりゃあそうでしょ。あれだけ後方意識に塗れた三流兵士が飛ばされないほうがおかしいわよ。
 極東方面軍最大の基地だっていうのにあれだけの醜態を見せたからね。衛士だけでも少なくとも三割は消えたでしょうね」
「さ、三割ですか?ちょっと多すぎませんか?」
「戦死したやつもいるだろうし、何より腑抜けていたことは確かよ。衛士だってそうだけど、整備班がしっかり誘導できなかったのも大きいわ。
 管制室との連携は最悪、私たちが地上に出るのにどれだけ時間掛かったのやら、A-01の特権で独自判断で出撃しなかったらもっと遅かったかもね」

築地もそれは思った。
いくらBETAに奇襲されたとはいえ、軍隊ともあろうものが民間人のように慌てふためき、統率を失った烏合の衆に成り下がった。
築地は自分の周りが優秀な人ばかりだった。その所為で心のどこかでそれが当然の水準となっていたのだ。
ゆえにあの慌てふためく姿は失望に近い感情を抱いた。
その失望感は柏木の弟の重傷の報を聞くと、部外者への不信へと繋がり、不信が苛立ちに変わった。
その苛立ちの対象は微妙に知っているかつての仲間であり、今は帝国軍の御城衛へと向かっていった。
人は理不尽な出来事が起こると部外者、それも微妙な距離、繋がりがある人物へと感情の矛先が向かいやすいものである。
築地が白銀と一種に九羽をを迎えにいったとき、彼が御城と話があるから少し待っていてくれといいだした。
白銀が何をするのか解っていながら止めなかったのはそのためだ。

「なんか辛気臭くなっちゃたわね。飯時にあの時の話はなし。ご飯が美味しくなるように前向きな話に変なさい。1、2、3、はい!!」
「ちょ、ええ~~~~!?」
「はい、言えなかった。罰として食べ終えたら、宗像に向かって中指を立てて挑発してくること。やった後ならあたしの名前だしていいけど、その前は不可ね」
「ひ、酷いですちゅ~い~……だから鳴海中尉にさっさと選んでもらえないんですよ」
「……聞こえているわよ築地。次の模擬戦のとき、茜に向かって挑発三回すること。勿論あたしが言ったことを伏せてね。命令だからよろしく」
「ふみゃーーーーー酷すぎでげす……」

築地は直接の上官、C小隊の隊長ではないB小隊の隊長である速瀬の命令は拒否しようとすればできないわけではないのだが、そこまで頭が回っていないようだ。
速瀬はそこまで思い至っているが、あえて口に出さずからかい続けている。
築地があの事件が頭の中で整理がついていないことを見抜いた速瀬はからかうことで思考を上向きにしようとしているのだ。
上官として、年上のお姉さんとしてのさり気ない気遣いある。
決して宗像のからかいの鬱憤を晴らすためのいじめではない……はずである。
速瀬は一通りからかうと築地がそこまで深刻に悩んでいないことを確認できたのか、満足げな顔をし、最後に釘を刺してきた。

「築地、あんたは悩める乙女なことを理解しているわ。けどね、あたしたちは軍人であり、士官なの。
 指揮官になれるだけの器を持っていると認めれていている以上、表に出さないことも重要。
 それにあんたはお姉さんでもあるでしょ?」
「あ……」

築地はそこで思い出した。
自分はこの隊では年下の部類に入るが、別の部隊には自分よりももっと年下の子たちがいることを。
昨日九羽という少女を見たときに何で思い出さなかったのか。

「基地の人間が入れ替わっていくのに気づいて寂しさや悲しさを感じるのもいい。けどね、あんたの命の恩人を忘れてたりしちゃだめよ。
 いくら強がっていても子供何だから、“一人”は辛いって思っているでしょうけらね。麻倉たちみたいにあの娘にも相棒がいればいいのに……。
 それはそうとわかったのならさっさと行く!そうすれば茜だって評価してくれるかもよ?」
「サーイエッサー!!」

築地はそれを聞くなり、柳のことを本当に心配しているのか、わからいほど元気に行ってしまった。
茜の部分は言わなければよかったと速瀬は思ったが、自分の言動を思い返してみて急に違和感を覚えた。
柳には本当に相棒がいなかったのだろうか?
誰かいたような気がするし、しないような……。
そこまで考えて気分が悪くなり、眉間に皺を寄せる速瀬。
それと同じときに築地も違和感を持った。

「あれ?何で私九羽って子に……八つ当たりしたんだろ?」

先程思ったことは既に忘れ、事実とは違う事実が築地の頭の中で構築されたのだった。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第五章その4


夢を見ない眠りからまどろみへ。
まどろみから覚醒へ。
カーテンの隙間から差し込む光に反応し、白銀武は懐かしい枕の感触から逃れるため身を起こした。
掛け時計に目を向けると時間は“いつも”通りの起床時間、霞が起こしにくる時間だった。
それを確認すると改めて周りを見回す。
コードが繋げられたまますぐに出来るようにおいてあるドリコス。
机も鞄も何もかも昔のままだった。

「……昔って言うのもなんか変だな」

年は変わらないのに長い時間過ごしてきたから精神的にちょっと老け込んでしまったのか。
成長しないで老け込む……愚かしい自分にぴったりだ。
自虐的な考えをしたまま白銀は自らの体を調べていき、鍛え上げられた軍人としての体であることを確認する。
自分が自分のベッドに寝ているということは少なくとも転移は成功したらしい。
窓をそっと開けて隣家の純夏の部屋を覗いてみるが、カーテンが閉じられており、まだ寝ているようだ。
そのまま窓を閉めて、改めて深呼吸してみる。
部屋の中とはいえ、元いたせか――いや、あっちの世界より断然空気がうまいと感じた。
いくら排気ガスにまみれたといっても自然の激減や重金属雲による汚染から免れているのだから当たり前なのかもしれない。
これからどうするか。
白銀は極力知り合いに会わずに香月に顔を合わせなければならないのだ。
あっちの世界で起きたことが、この世界でも似たように起きてしまう現象を防ぐためだ。
神宮司軍曹が死んだ情報がまりもちゃんに渡ってしまうのは最悪の事態であり、冥夜とタマが誘拐されてしまう。
それだけは絶対嫌だった。
白銀はじっとしていても始まらないが、動きすぎると何が起こるかわからないというジレンマに苦しめられる。
しかし、それも数十秒。
香月に教わった人に会ったときの対処法を頼りにするしかないと思い、日課通りに階下へと降りることにした。
階段をゆっくり一段一段下りていき、明かりがついた食卓へとたどり着く。
明かりがついているのは月詠ちゅ……じゃなくて月詠さんがいるからだろう。
出来る限りこっちの世界の武をイメージしつつ、慣れた足取りで食卓へと入った。
その気配に気がついたのか、テーブルを布巾で拭く月詠さんが顔を上げて、少し驚いた顔をした後平静を保って挨拶してきた。
驚いた顔に気づけたのはやっぱり訓練で観察眼が鍛えられてしまったからだろう。

「武様。お早いお目覚めですね。どうかいたしましたか?」

何気ないその一言に感動して涙が出そうになったが、どうにか耐える。
元の世界のオレならこうするだろうと考え実行に移す。

「酷いな、月詠さん。オレだってたまには早く起きますよ。純夏に寝起きに殴られたくないですし」
「ほほほ、早起きは三文の得と申しますし、本日はよい日になるかもしれませんね」

月詠さんはそういいながら相手に意識させないように左手を後ろに隠す。
おそらく着替えていないオレを気遣って3バカあたりに着替えを急ぎ用意させる気なのだろう。
白銀はそれに気がつかないふりをしながら、顔を洗ってくると月詠さんに告げると洗面所に向かう。
冷たい水で顔を洗いタオルを取ろうと手を伸ばす。
丁度取りやすい位置にタオルが差し出された。
3バカのうちの誰かだろうと思い、何か攻撃を仕掛けてくるかと考えたが、体も頑丈になっているから大丈夫だと思い、気にせずタオル受け取り顔を拭く。
そして、顔を挙げてもいまだに何もおきないことに驚くが、タオルを差し出している人物を見て思わず納得し、驚きで目を見開いた。

「どうかしましたか、白銀さん?」
「ややや、柳ちゃん!?」
「はい、柳ですが、どうかなされましたか?」

思わず落としてしまったタオルを両手で拾いながら、メイド服姿の御城柳は不思議そうな顔をして首を傾げる。
何故この世界に柳ちゃんが!?
ありえない。
激しく動揺する白銀にもっと不思議そうな顔をする柳。
それとは別に階段からドタドタという足音が聞こえ、床が布で擦れる音がしたかと思ったら、そこには今度こそ3バカこと、神代、巴、戎がやってくる。

「武様~お着替えの制服でございますーーーー」

そういいつつ制服を折りたたんだまま綺麗に顔面に向かって投げつけてきた。
反射的にそれを顔面にぶつかる寸前で回避し、避けつつも右腕で制服を受け取る。
一瞬、こちらの自分らしくない行動に失敗したと思ったが、平静を装い自分らしい反応を返す。

「お前たちま~た~か~」
「よ、避けた上に制服を受け止め、なおかつ反撃!?」
「嘘、武様がついに進化した!?」
「衛さんのしごきがついに実を結びましたかね~?」
「と、とにかく撤退!」「「ラジャー」」

白銀が反撃する素振りを見せると3バカは瞬時に撤退しようとじりじりとすり足で下がっていき、やがて全力逃走に移った。
再び激しい足音とともに廊下へと姿が消えようとしたが、その足音がピタリと止み、代わりに可愛らしい“キャ”という声が聞こえてきた。
姿が見えなくなった神代が再び尻餅をつく形で姿を現した。

「朝から騒がしいがいかがなされたのかな、神代殿?」
「いや、これはその……いつもの通り武様にお着替えをお届け全速力で駆けつけたもので」
「ふむ、それならば得心……するにのはやや無理がありますが、元気があることはよいことです。
 ですが、主に迷惑をかけぬ様足音だけはもう少し静かにしたほうがよろしいかと、お手を」

廊下から姿を現しつつ、尻餅をついた神代を手を取って立ち上がらせたのは見間違うことなく、御城衛本人だった。
神代は立ち上がったあとも手を握ってあたふたとなにやら混乱している。
それを見て残りの巴と戎は白銀のほうにわざとらしく寄ってくるとぼやいた。

「うわー始まった。神代のもじもじ純情乙女っぷり」
「あれが始まると一時間は女の子になっちゃうんですよね~。まあ、本邸にいる九羽ちゃんも似たようなものですけど」
「お兄様は誰にでも優しいですから……もっと私にかまってくれればいいのに」

白銀としてはそれよりもいるはずのない人物の姿と名前を見て、聞いて確認し愕然とする。
あっちの世界どころかこちらの世界にも御城兄妹がオレの身近に存在する?
確かに夕呼先生は必ず同じ存在がいるとはいっていたが、遭遇する確率は低いと言っていた。
ピアティフ中尉の例を出されて納得したのだが……先生の予想も万能ではないということか。

「おはようございます、白銀殿。本日はお早い起床で」
「……おはようございます。そちらこそお早いようで」
「いやいや、主より遅く起きたとあれば末代までの恥ゆえ、このくらいの時間に起きなければなりませんから……。
 ところで、まだ朝食まで時間があるゆえ、一汗かきませんかね?見たところ調子が良さそうですし」

微妙に敬語で話す御城にどこか違和感を覚えるが、あっちの世界と立場が違うためだろう。
この家にいることや、3バカの発言からすると御剣家に使えていることが窺える。
そして、どうやらこっちの白銀……オレの元いた世界とは微妙に異なっている世界では御城に何か指南してもらっているらしい。
白銀はこの誘いを受けるか否か迷った。
この世界の情報収集を兼ねて彼の誘いを受けるか、人間関係的にどの程度の中かわからないから、様子見のために断るか……。
考えに数秒かかり、結果は誘いに乗ることにした。
その理由はこの世界は本当に元いた世界とは違うのかどうかこの男から聞きだせるかもしれないからだ。
オレと同じ柊学園の制服を身に着けていることところを見るに、彼も学園に通っているらしく、同じクラス、
或いはD組に在籍しているなら夕呼先生が理論を完成させているかどうかわかるかもしれないからだ。

「わかった。御城しょ――さんがいう通り、絶好調みたいだからやってみる」
「ほう……てっきり面倒とか言って断るかと思いましたが、どういった心境の変化で?」
「お前がむかつくからぶっ倒してやりたくなった」
「ははは、なんとも剛毅な。ではいつもどおり本邸の道場でやりますか。柳、白銀殿に胴着を用意してくれ」
「はい」
「では私も着替えを……ん?神代殿どうされましたか?」
「胴着なら用意できていますよ」

どこから取り出したのか。御城に胴着を両手で差し出す神代。
御城はありがたい、と礼を言うと何の疑問もなくそれを受け取る。
それを見てひそひそと噂話をする柳と巴、戎。
白銀はなんだかんだで知っている世界とは少し違うのかもしれないが、平和なことだけは確かだと安堵した。

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白銀は先程まで平和なことに安堵した。
安堵したのだが、この世界の白銀武は平和なことを実感はしていなかっただろう。
幼馴染に良き友人たちに囲まれてふざけ合い、時には反目しつつも助け合ったりして楽しく当たり前のように平和を享受していた。
この道場を除いては。

「はぁぁぁぁ!!」

裂帛の気合とともに繰り出される正拳突き。
顔に向かって放たれた拳をまともに受ければ鼻が折れる。
白銀はそう判断すると防ぐことより受け流すことを選択、腕で受けつつ後方へと衝撃を逃し、相手の腕を流す。
対する正拳突きを放った御城も流されるままにするわけでもなく、受け流されつつも反撃を食らわないように絶妙の体捌きで体勢を整える。
白銀はそれをわかりつつも牽制のための後ろ回し蹴りを放る。
鎌のように鋭い蹴りは体勢を整えた御城には難なく後方へと避けられたが、間合いを取らさせるという目的は達成する。
しかし、それも瞬きする間の時間、瞬時にバネ仕掛けのように脚力に物をいわせての前身をしてきた。
振るった足はまだ空中に浮かせたまま。
白銀は足を引き戻すことことよりも振るった勢いのまま、軸足の後方へと足を持っていき地面に足をつけ即座に軸足を切り替え、そのまま回転。
独楽のように旋回し、先程までの軸足を遠心力をつけての二段目の回し蹴りを御城の足元から顎に向けて放つ。
この攻撃を御城は予測していなかったのか、やや驚いた表情をした後、それに対処するべく体を仰け反らせ蹴りをやり過ごす。
二段目を避けられたが、相手が前身の勢いがなくなったことを確認し、けり足を引き戻しつつ背中を丸めて後ろに転がる。
そして、瞬時に起き上がり、構え直した。
白銀は思う、この世界の自分はこんなことを毎日やらされていたのだろうかと。
自分の以前の身体能力を考えるとサンドバックにされている姿が容易に想像することができてしまう。
まさに地獄。
平和なんて言葉は全く存在しなかっただろうに。
御城は白銀が体勢を整えたことを確認すると冷静にこちらを観察してくる。
白銀の現時点の能力を確かめるように。
そして、あらかた分析できたのか肩を二三度回すと構えなお……さずに拳を下ろした。
何故構えを解いたのか戸惑っていると、彼は道場に備え付けられている壁を指差しながらこういった。

「そろそろ朝食の時間ですよ、白銀殿」
「……ああ、そうだね…………死ぬかと思ったーーーー」
「いやはや私としてもいささか驚きましたよ。まさかこれ程の実力を持っていたとは……」

御城はそういうなり周り五感を最大限に発揮し、周りに誰もいないかを確認した。
白銀から見て何故そこまで回りに気を張っているのかわからなかったが、自分の立場を思い出すと少し実力を見せすぎたとことを思い出す。
まさか、オレがオレでないことを見抜いて、尋問でもする気なのか?
御城辺りの確認を終えると白銀に近づいてきて肩を叩きながら予想通りの言葉をかけられる。

「いつもと違う腑抜けかたをしているかと思えば、体捌きは一流の兵士のもの、昨日とは全く別人だな。
 貴様、白銀殿、白銀武という男とはあまりにも違いすぎる。体が全く鍛えられていなかったものが一ヶ月鍛えたからといってここまで体格がよくはならん。どこの者か?」
「ええと……」
「……ちなみに御剣家の尋問部屋は超法規的処置が取られるといっておこう」

白銀は脳内に走馬灯が映る前に思考を高速化させた。
例え本当のことを言ったとしても嘘としか取られない可能性が大だ。
代わりに最もな嘘を吐こうにもそういったことは全く思い浮かばないし、本来自分は嘘なんて大不得意だ。
先生みたいにもっともらしく重要なことを言わないようなことなんてオレにできるか。
答えは――できねえ!!から正直に話すしかない。

「一応、言う前に言っとくけど……これからいうこと信じられないと思うよ。むしろ尋問部屋直行しそうなこというけどいいか?」
「それを判断するのはオレだ。なんのために柳を使って月詠殿たちをここから引き離したと思う?」
「……?よくわかんないけどいうぞ。オレは――」

白銀は自分が持てる知識を全てを語った。
自分が別の世界からやってきた白銀武であること。
自分のいる世界の置かれた状況、この世界にきた理由。
傍から見たら妄想と断じられて変人扱いされただろう身の上話を御城は真面目に聞いていた。
あらかた話し終えた頃、御城は目を瞑り、考え事をしだす。
時間的にそろそろ着替えなければ学校に遅れてしまう。
それに情報収集するどころか、逆に情報収集されてる現状はまずい。
もし彼から因果の流失が連鎖すればこの世界の人たちが、あっちの世界、BETAに蹂躙されつつある世界のように人類がことごとく死んでしまうかもしれない。
白銀はそれを恐れた。
彼に背を向けて学校に向かって夕呼先生に理論を完成させているかどうか聞き、あわよくば回収しなければならない。
早く早く早く。
白銀の急く気持ちに答えたかのように御城は考えを終え、目を開き信じるか否かの答えを口にした。

「条件付で信じよう」
「条件付?」
「ああ、香月教諭の理論は私も少々聞きかじった。仮にお前がどこかの国の諜報員だとしても香月教諭の話を冗談だと思わず、どこかの組織や国に通報する人物など事前調査では皆無。仮に漏れたとしても理論設計図が香月博士の頭の中だけの現状ではその可能性も薄い。
 それに白銀武を二十四時間体勢で警備している以上他人に入れ替わることはほぼ不可能。10月22日以前の調査でも洗脳や諜報員になったなど記録はない。
 仮になったとしても香月教諭自身は学会から追放気味なので、彼女自身に興味を持つ人も皆無、彼女の理論を狙ったものではないと考えることが出来る。
 まあ、我が主を狙ってきたなら諜報員としての腕前は相当なものだろうがな」
「おいおい、状況説明はいいから、その信じてくれる条件っていうのはなんだ?」
「簡単なことだ。お前をなるべく人を会わせないように越権行為だが、重点警護につくとして、お前を監視する。
 そして、そのまま香月教諭に会い、状況説明をし、理論設計図作成の依頼をする。今日中にできるといったらそれくらいだろうからな。
 要約すればその場にオレも同伴させろ、ということだ」
「最後だけ言えばいいじゃないか。その同伴でオレが他世界から来た白銀武であるか証明しろってことだろ?」
「いかにも」
「認めてもらえなかった場合は?」
「治外法権部屋にようこそ」
「……向こうのあんたはそんな冗談を言わずにもっとストレートにいったと思うぞ」
「ふむ……興味深い話だ……では早速手配する。鑑殿と冥夜様に本日は会えないが構わないな?」
「それは強制だろ?」
「無論だ。それではまず着替えに行くか、少尉殿」
「……向こうの印象とは本当に違うな」

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朝食を取らずに当主の無許可で車を走らせる御城。
彼が運転する車に乗るは白銀武だけと徹底されている。
御剣家の車はあのロングリムジンだけかと思ったら、別に普通の大きさの車もあったのかと少々驚く。
驚くところが自分でずれていると思ったが、考えたら負けだと思ったので追求はしない。
白銀邸、鑑邸と御剣本邸を真ん中にコンクリートの地面で埋めつくされている人工の平原を車は疾走していく。
その間にあっちの世界での出来事を聞いてきた。
しかし、口にしたことが世界に反映されてしまうかもしれないということが怖く、最後まで口を割らなかった。
御城は黙り込んだ白銀に不快感を抱きもせず、彼の立場からしたら不気味な程追求をあっさりあきらめた。
だが、逆に御城のことを聞くとすんなりと教えてくれた。

「私の家族構成か?父は一年前に、母は私が小さな時に他界している。兄妹は柳只一人。親戚は皆無だ。
 柳が最後の肉親だな。御剣での私の立場はお前の警護兼指南役。これは現当主の雷電様の発案だ。
 冥夜様とはいえ、こればかりは止められない。一文字殿もそうだが、私は現在雷電様直属だから、不当な命令は無効にすることができる。
 最初は冥夜様はお前を鍛えることに反対なされたが、こちらはそれを使って指南している」
「……オレは拒否しなかったのかよ?」
「したさ。だが、お前の父である影行殿もこれに了承している。パイロット目指すなら体を鍛えんといかんとかいってな」
「それは親父の夢だ。オレは別にそんなもの目指してなかったよ」
「それもお前は言っていたな」
「というか、何でさっきまで白銀殿だったのに普通にお前呼ばわりわけ?」
「それはこの世界の白銀殿同一にして別人ならそうなるだろう?別に使える主ではないのだから」

白銀は舌打ちすると車の外の景色に目を移す。
懐かしい何もない通学路。
何かこみ上げてくるものがあるが、別の思いも胸に到来する。
新潟で見た荒れ果てた大地。
自然をごっそりともっていかれた生命のない死の荒野。
いくら人家が見えてもそれらを連想せずにはいられなかった。

「……どうやらお前の世界は余程酷いらしいな」
「何でわかる?」
「バックミラー越しでも絶望したかのように景色をみていればわかる。道場で腑抜けといったが、訂正する。
 腑抜けにならざるを得なかった理由があるのだろう?大切な誰かを一度にたくさん亡くした……そんな目をしている」
「…………お前に人生相談をする気はない」
「……それとこれはあくまで勘だが、その件にオレが関与していたかもしれない。そんな気がする」
「!!」

武は思わず住宅街に入った景色から運転席の御城へと目を鋭くしながら移した。
その反応はその通りですといわんばかりのものだった。

「成る程な。その反応で十分すぎる。で、香月教諭に理論回収を依頼した後はどうするのだ?
 私にはお願いできない人生相談でもするか?」
「……この街をちょっと散策したいと思う。なるべく人と長く接触しなければなんとかなると思うから」
「賛同しかねるな。素直に香月教諭に相談しろ。あっちではどうか知らないが、こっちの香月って人は面倒見はいいほうだからな」
「考慮に入れとく……それより、オレが家からいなくなって問題になってはいないだろうな?冥夜と純夏辺りが血相を変えて追ってきそうだけど。
 いくらお前がええと本家の直属の命令だからといって冥夜の目的を妨害したとなれば……」
「当然問題になっているだろうな」
「え?」
「今頃柳たちが全力で足止めしている頃だろうな。言っておくが、武力は使ってないから大丈夫だからな?怪我人がでないように注意はしている」
「それって超問題なんじゃ……?」
「少なくとも私が主犯格だとしてよくて謹慎、最悪は本家に戻されてから解雇だろうな」
「な、何でそんなことになるとわかりきっていてオレに協力まがいのことをするんだよ?お前に利益なんてひとつもないのに」

御城がそれに答えず微妙に微笑むのがミラー越しにわかった。
車は白稜の桜並木の坂に入り、懐かしくも馴染んだ光景を再び体験する。
坂を上りきり、門の前に立つ教員に御城が二三言葉をかけるとそのまま車は敷地内へと進入していく。
自分で運転して車で通学する生徒……よくよく考えれば免許持ってるのかよ?
そう突っ込んだが、黙殺される。
車が校舎の駐車スペースへと移動し、綺麗に駐車される。
エンジンは切り、ドアを開けて外へと出る。

「なんで今日に限って夕呼先生の車が、もう通勤してるんだ?」
「用件を済ませるには好都合ではないか。ささ、冥夜様たちが来る前にいくぞ」

何やらご都合展開のような気がするが、御城はそれが事前に知っていたかのように悠々と進んでいく。
白銀は納得できなかったが皆に会うことを避けるため早々に用件を済ませることを優先するため後をついていくのだった。

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「あら?珍しい組み合わせの2人がいるわね。それほど早く私に会いたかったのかしら?」

香月教授と顔を合わせた最初の第一声はそれだった。
御城の横にいる白銀は先程までの苦い表情から一転して感動してうまく言葉が話せないようだ。
すぐにここに連れてきて正解だったと、御城は思った。
でなければ冥夜様や鑑殿と顔を合わせた途端、白銀は己の使命も忘れてこの世界で朽ちていたかもしれない。
香月夕呼にあったことであちらの不幸な出来事を押さえ込み、使命感が前面に出てきたのだ。

「先生……」
「何?そんなに私に会えたのが嬉しいの?まさか私に告白とかそういう展開なわけ?だとしたら年下は私の好みじゃないからだめよ」
「香月教諭、雀が囀る時間から愛を語りに来たわけではありませんよ。いささか相談があるというのは事実ですが」
「まさかあんた……なわけないわね。後ろにいる白銀、ついにまりもの気持ちに答える気になったのね?
 そうと決まれば披露宴の予約をしないと……会場は体育館でいいかしら?」

御城は自分が用があるのではなく白銀が用があると告げる。
香月はそれを察するといつものふざけ顔で白銀を弄ろうとした。
しかし、白銀はそのからかいに真面目な顔で首を振ると、言葉も継げずに懐からあっちの世界から持ってきた書類の束が入った封筒を彼女の鼻先に突き出した。
白銀らしくない反応に怪訝な顔になるが、まだ機嫌が悪いか、緊張で声が出ないと考えたのか、冗談交じりにそれを受け取った。

「何?まりもに送るラブレター?いや、厚さからすると披露宴のスピーチの原稿かしら?」
「……この顔を見てそう思うなら、そう思ってもいいですよ、先生。とにかく中身を……ここはまずいですからできれば場所を変えて」

こちらの世界の香月も変人、奇人の気があるが、けっして馬鹿ではない。
只ならぬ白銀の雰囲気を見て目つきが鋭い者へと変わり、警戒の色が瞳に浮かぶ。

「……あんた、誰?」

場所を移動しようと促し、香月の居城である物理準備室へと。
そして、封筒の中から書類の束を取り出し、香月は書類を最初は怪訝な目つきで、次に当惑、さらに次は疑念へ。
その過程を御城はつぶさに観察する。
あの書類に書かれた理論とは本当にあちらの香月教諭が書いたものなのか……ではない。
中身は知らなくとも自分はこの展開を知っている、だからこそ白銀の妄言に確認という必要のないことまでしてここにいる。
それもこれも自分がこの世界にいる天命だと思うから。
御城はそんなことを考えていると香月教諭は何を思ったのか、白銀に抱きつき頬擦りをし始める。
この展開も自分は知っている。
自分の理論が正しいと肯定され、それを運んできた白銀にせめてもの感謝をあらわすお礼の行動だ。
しばらく2人で騒ぎ、急に真面目な雰囲気へと変わっていく。
白銀いわく、主観時間で3年ぶりの元の世界?
疑問符がつくのは御城がいるからだろう。
香月は用件を受諾、次に会うまでに新理論をちゃんと目に見える形で手渡すそうだ。
そこまで聞いて御城は準備室から出た。
これから始まるであろう白銀武“訓練兵”の人生相談を許可が下りてもいないのに聞くわけにはいかない。
御城を忘れて二人で話を進めてくれたならそれはそれで結構、寂しくはあるが。
2人の邪魔にならないようにそっと扉閉め、まだ誰もいない静かな廊下を歩き出す。
白銀武の妄想が真実であることを確かめるという建前も済んだ以上事後処理に専念しなければならない。
それにこれから白銀を親しい人々に会わせない様にしなければならないのだから、逃走経路の準備も行わなければ。
考えることが前後逆なことに気づくと自分が愚か者だったときのことを思い出し、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
あの人種は行程よりも結果を先に考える悪い癖がある……それに対しての苦笑いだ。
御城は懐より携帯電話を取り出すとボタンを二三押して、通信を試みる。
三回ほどコール音がなった後、連絡先の人物が元気に電話に出た。

「応、こちら九羽。どうした?」
「戦況はどうです?」
「現在正面玄関にて鑑純夏と冥夜様が話し合い中。議題はどちらが先に白銀武を探し出せるでしょう?だ」
「それで、お前以外の者たちは?」
「柳は邸宅内で全員分のお弁当作成指揮を取っている最中。魅瀬と元気のやつはそれぞれ神代さんたちと榊、珠瀬、彩峰、鎧衣邸へ拉致――もとい招待しにいった」
「……上出来だな。態々自費を使ってまで白稜を休校させたりしたのだからな。張りがあることをしてもらわなければかなわん」
「そういや、お前の資産っていったいどのくらいあるんだ?私立の学校を休校させるとなると結構な額だろ?」
「気にしたら負けだ。特にこの世界ではな」
「は?」
「いや、何でもない。もう少し時間を稼いでくれ。かくれんぼと鬼ごっこ、両方の作戦を立てなければならないからな」
「あんまり、思いつきで物事進めんなよ?雷電様から解雇されたら……」
「心配してくれるのか?」
「…………ふん」

九羽は鼻を一回鳴らすと顔を真っ赤にしながらそっぽを向くような気配がした。
その気配に自然に笑みがこぼれる。
頼むと言い残すと電話を切り、すかさず妹へと連絡を入れる。

「こちら柳」
「結果報告、白銀武は間違いなく白銀武だ。身体能力、判断の仕方が明らかに違う。
 決定的なのは例の理論を香月教諭が認めたということだ。あれは見たことこそないが、
 天才にしか閃かないものだろうからこの世に二つと思いつく頭はないだろう」
「では、予定通りに進めますか?」
「いや、どうやら向こうの世界にも私たちがいるようだ。これから予定が変わるかもしれない。
 修正を加えつつ、神宮司教諭や鑑純夏の死亡、もしくは重傷を負うなどの最悪のケースを回避することを最優先事項に進めていく」
「了解です。しかし、向こうの私たちは何をやっているのでしょうか?」
「……少なくとも良い方向に話が進んでいるとは思えなかったが、所詮我々には手が出せない事象だ。
 我々は我々の世界の安定に励むしかない。白銀武の成長を助けることも考えたいが……それは無理だろうな。
 その仕事が出来るのは、この世界では香月教諭以外いないのだからな」
「あの人は天才ですから」
「全くだ。白銀の心の基盤を作ってくれることを願うよ。向こうの私がいくら愚かでも負けないくらいの心を、な」
「……向こうの私たちに幸あれ」

平和な世界の幸福な兄妹は願う。
上位世界にいる自分たちの分身、あるいは主人公格に。
どうか、鑑純夏の願いと自身の幸福が両立できますように……と。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第五章その5
Name: 通行人A◆d1634279 ID:5a722df5
Date: 2009/04/27 22:59
幸福な幻想だった。
私が御剣の家に仕え、柳も使用人として共に働いていた。
その場には九羽や魅瀬、伊間の三人の少女たちもいて、少々頭の螺子が抜けていそうな神代殿がいる。
学校にも多くの学友や教諭たちがおり、日々喧しいが楽しく、掛け替えのない日常を謳歌する世界。
路上を歩けばどこかしこに人の気配があり、活気に満ちた海沿いの街。
空を見上げれば飛行機が雲の尾を引いていく。
望み、それに向かって努力すればいくらでもチャンスがある世界。
そんな世界を私は望んでいる。
望んでいるがゆえにそれは幻想や夢といった類のものであるとはっきりと認識させられる。
耳に響くのは道行く人々のどうでもいい雑談や足音ではなく、線香がゆっくりと酸素を消費していく音。
鼻に香は女性の香水や植物などの自然の匂いではなく、線香から立ち上る煙いが落ち着く匂い。
肌で感じるのは人々活気ではなく、日常から遠のいた温かみかけ、死の冷気で冷めた空気。
舌で感じるのは友と語らいながら食べる食卓の味ではなく、先祖代々何度も飲み込んだ辛酸の味。
御城衛は五感のうち四感から伝えられる情報を統合し認識させられ、そして止めにと自ら最後の感覚器官を開放する。
瞼を開け目の前のものを認識する。
そこには一本の線香が時を刻むごとにその長さを磨耗させていくのが見えた。
続いて視線を移動させていくとそこには仏名が刻まれた位牌が二つ。
刻まれているのは父と母の名だ。
部屋の中には線香の香りがうっすらと漂うが、月日がたったおかげで死臭は既になく、思い出という形が心の中で刻まれ、
部屋には厳かな雰囲気に包まれている。
御城衛は幻想を脳裏に浮かべていた時間を燃えている線香の長さで推し量ると、ものの数分であることを知る。
そして、その幻想も何かを見ていた程度にしかもう認識することが出来なくなっており、幻想を白昼夢だったのではと考えた。
白昼夢……。
それは日中、目を覚ましたままで空想や想像を夢のように映像として見ていること。また、そのような非現実的な幻想にふけることをいう。
確かに今の私がそんな大それた日常を過ごすことは許されないのだから、そうなのだろう。
御城は正座していた足を解き、その場に立ち上がる。
立ち上がったときにまた視線を動かすとそこには母を除いた家族で撮った一枚の写真が写真たてに収まっていた。
母が映っていない理由はこの写真の十年前に亡くなっているからだ。
父と自分と妹が笑いもせずじっと厳かな、悪く言えば堅苦しく写っている。
厳格な父は写真までその性格を露にしてとった一枚で写真屋を苦笑いさせたものだ。
しかし、御城は知っている。
この写真の後ろにもう一枚写真があることを。
写真たてを手に取ると横にある留め金をはずし、弾くようにして先程の写真が収まった蓋を開いた。
厳格な顔の写真の影から姿を現したのは中睦まじい家族の写真だ。
父が厳格な顔から一転し歯を見せるような満面の笑顔を浮かべ、妹はカメラ目線ながらも私の腕に体を寄せて楽しげに笑っている。
そんな妹の頭を空いた手で優しく撫でている私。
思えばこの時はまだ幸せというものを身近に感じていたときだった。
BETAに侵略を許していなかった帝国、不謹慎かもしれないが確かに私たちにとって幸せな時だったのだ。
しかし、その幸せはまさかの形で手元から零れ落ちてしまった。
幸せはBETAにではなく、同じ人間で同じ日本人に。
そう、現在我が家に自宅軟禁された時のように、醜くい政争や誰かの利益のために犠牲にされた。

「ほう、瑞賢殿もそのような表情を浮かべるのだな」

この屋敷の天井に久しく響くことのなかった妹以外の女性の声。
御城が後ろを振り返るとそこには私の肩の上から写真を覗き見ている月詠真耶がいた。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第五章その5


文が届くことはおそらくもうない。
国連軍横浜基地で斯衛はその任務を最悪の形で終了することとなった。
主を失うといった形で。
先の事件でこの基地も大きく様変わりし、普段軽蔑していた後方意識でだらけた衛士たちの姿も消え、緊張感に包まれた軍事施設らしい雰囲気が立ち込め始めた。
この雰囲気がもう少し早く訪れていたらという気持ちがある一方であの事件がなければこんなこともなかったかもしれないとも思う。
だが、失ったものはあまりに大きい。
MIA……たとえそれが誘拐だったとしても、仮にそれで無事助け出せたとしても、心の穴を完璧に埋めるには足りないだろう。
神代巽にとって今回の事件はそれほどの衝撃をもたらしていた。
この基地にいる理由は表向きは将軍専用の紫色の武御雷の警護だが、裏では御剣冥夜の護衛であった。
しかし今となっては裏は消滅し、表だけがこの基地に滞在している理由になっている。
表の理由ももうじき意味のないことになりそうだったが、横浜の魔女は御剣冥夜の行方不明を新型OSの提供という形で補ってきた。
そして、そのテストをする部隊として我々第19独立警護小隊に一任されることとなった。
そのテスト期間はこの基地で行うのは年末まで。
年始からは帝都城でお披露目会を行い、斯衛軍、帝国陸軍両方に順次配備されていく予定のようだ。
ここまで話が帝国がここまで進んでこのOSを導入する気になったのは、
皮肉にも半壊した207分隊の訓練記録と国連のテスト部隊の結果が非常に良好であったことからだそうだ。
OSが導入されてからの作戦でのBETA撃端数、機体の損耗、衛士個人の力を抜きにしても、
その数値は前線のベテラン衛士のスコアを軽く凌駕するものだったからだ。
冥夜様が関わったOSの試験……今はそれが心の穴を補填する役割の一端を担っていた。
そして、もう一つ神代の心を補填することがあった。
目の前にいる少女、御城柳は彼女の前に正座で正対し、茶の湯を楽しみながら近況を報告していた。
神代はそれを聞きながら彼女の健康状態を五体を見ることでざっと確認し、身だしなみもきちんと確認する。
それが彼女の心を補填する行いの一行動であり、またこれが手紙が届くことのない根拠でもある。
じろじろ見られることを自覚した柳は気恥ずかしさからか、報告を中断すると困った顔をしながら聞いてきた。

「……少尉、どうしました?」

困った顔の血色から健康状態は良好……あの泣きじゃくっていたときの影はもう払われたようだ。
どうやら国連の世話役の士官がどうにか宥めてくれたらしい。
神代は少しだけその困った顔が可愛く、思わず頬を緩ませそうになるが済んでのところで止め、もっともらしい事をいって誤魔化した。

「いや、国連軍の制服似合っているなと思ってな。しかし、ネクタイを緩めるとだらしないからちゃんとするようにするのだぞ?」
「いまさら何を……いえ、そうですね。私の気が緩んでいるのかもしれません」
「柳……今日の訓練はどうだった?もうすぐ機種転換するそうじゃないか。今度の機体は一体何なのだ?」

御城柳は神代にそう問われると不機嫌な顔を作ってわざとらしく頬を膨らませて見せた。

「また帝国製ではありません。全く鳴海中尉は一体全体何を考えているのでしょうか。わが国の国土には帝国製が最も適していますのに」
「そういってやるな。衛士たるものいかなるものであっても使いこなせなければならぬのだからな」

柳の帝国製信奉主義には困ったものだと、内心神代は思った。
神代とて斯衛の一員であるか以上国産機に乗りたい気持ちは痛いほどわかる。
自分が武御雷という国産最高機に乗ってるが故の感覚の所為かもしれないが、外国機に興味をもったほうがいい時期もあると思っている。
言いたくはないが、BETA以外に敵はいる以上、戦術機にもその製造したところの戦術が色濃くでているからだ。
それらの研究や搭乗経験があれば国産機乗り換えたとしても、経験として戦争に必ず役に立つ。
神代も武御雷から降りたいとは思わないが、一度くらい外国機に乗りたいとも考えているのだ。
神代はまだ不服そうにしている柳に微笑みながら諭してやる。

「吹雪、不知火、武御雷……そして、まだ見ぬ次期主力戦術機。お前が日本人である限りいずれ搭乗する機会に恵まれるはずだ。
 帝国が不知火を出し渋って入るがあれとていつまでも主力を務めているわけにもいかない。いずれ機密レベルが落ち、国連に払い下げになるかもしれない。
 お前はまだ若い。あと十年時がたてば立派な大和撫子になり、戦術機も主力が入れ替わる頃合いだ。必ず国産機に乗れるだろう」

神代はあえてBETAの侵攻で十年持つかどうか言及しなかった。
専門家に言わせれば贔屓目で見ても十年が限界といわれているのを知っていたが、今は我慢しろという主旨の説教に必要のない事柄だから排除したのだ。
柳もそれが解っているのか突っ込みをいれずに冗談交じりに笑った。

「そこまで待てなかったらどうします?」
「そうだな……私が斯衛軍か陸軍にでも推挙して異動するのはどうだろうか?」
「くすくす……その時が来るのを待っていますよ。不知火、武御雷……旧式だけど瑞鶴も乗ってみたいですね」
「よりによって瑞鶴か。撃震に乗ってから随分と第一世代に愛着を持ったものだ」
「いえ、国産の思想を順を追って確認できるからですよ。近接戦重視の設計の進化の過程を楽しめます」
「ふむ。話は変わるが、少々機密が絡む事柄だが……聞いても良いだろうか?」

柳は神代の何気ない機密事項が絡む質問をすると聞いてきたので、言葉の意味を認識するのに時間がかかった。

「……機密ですか?」
「ああ、答えることが出来なかったら首を振ってくれて構わん。只お前の兄上の……部下であった九羽少尉について聞きたいのだ。
 彼女は元々帝国陸軍の所属だ。MIAということで処理されているらしいが、私はお前の兄上に直々に後のことを頼まれたのでな。
 最低限安否の確認、今後の部隊所属の問題等々……話すことがありすぎるのだ」

私が真剣な話をしているというのに、柳はキョトンとした顔をすると唇に手を当ててあろうことか忍び笑いを始めた。

「……何が可笑しい?」
「すみません。これだけ想ってもらえる兄は幸せものだな、って。それが笑いとなって表現されてしまっただけです。九朗衛門もそう思うでしょ?」

神代のベッドに座している熊のヌイグルミの九朗衛門に話しかける柳。
九朗衛門がその問いに「ヴぉふ?」と鳴きながら首を傾げて答える姿を幻視する。
神代は思わず立ち上がり九朗衛門の額を軽く小突き、ベッドに倒してしまう。
どうみても照れ隠しである。

「……あー……それで九羽少尉はどうなのだ?」
「そうですね……。安否でいうなら無事と言えますよ。保護者も仮ですけど、登録者を探していますけど……神代少尉も立候補してみますか?」
「勿論だ。彼女の元々の所属は帝国だ。国連にいつまでもいさせるわけにもいかない。それに彼女の事情は複雑なのは知っているだろう?
 だからこそ我々が。いや、私が保護しなければならないのだ」
「うーん……話は伝えておきますけど、必ず保護者になれるとは限らないので了承しておいてください。色々と複雑な問題なので」

保護者になれるかどうかは確約できない。
それが意味するところは神代はすぐに理解できた。
おそらくは横浜基地にいる女狐、もしくは魔女が絡んでいるのだろう。
別段神代に九羽を渡す理由はないし、柳が知っている情報では渡すわけがないと答えは決まっている。
だが、神代が今度新型OSのモニターを務めるので、それ関係でなら――ということもありえないわけではない。
それ以前に彼女が神代に気を許すかどうかだ。

「……あと一つだけいっておきます」
「何だ?」
「彼女との仲は最初から険悪になる可能性がありますので覚悟して置いてください。彼女……特定の出来事で問題持っていますから」

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自宅軟禁されて何日たっただろう。
門の外には衛兵が立っており、屋敷を守るというより出さないように配置されている。
彼らの生活も外に止めてある野戦キャンプで営まれているので、軟禁されてから人とは全く話しをしていない。
たった数日といっても誰かと話さないのは精神的には不健康だ……健全であった場合だが。
幸い御城衛はやや精神的に追い込まれていたので、むしろ休養をとったも同然に回復することができた。
つまり心の整理がついたのだ。
そして、ここに帰ってきたときの最初の疑問へと立ち戻る。
何故自宅軟禁なのだろうか。
横浜基地から帝国軍、或いは城内省、斯衛軍の独房や営倉に入れられると思っていたのだが、四駆に揺られること数時間。
帝都ではない辺境にある我が家についたのだ。
家に御城を降ろすなり、月詠真耶中尉は早々に帝都へ引き返していった。
訳が解らないまま押し込まれちょっとした休暇を満喫する日々。
その間に解ったのは家宅が一切荒らされていないということだ。
国連の軍事施設から強引に逮捕したと思った途端のこの扱い……不自然にもほどがある。
後藤少佐も逮捕されたのか?
その疑問も鎌首を擡げるが、彼女は香月博士と無関係ではなく、それなりに使える伝手もある人物な以上帝国には引渡しされていないはずである。
そもそも九羽を一緒に逮捕されないように態々連れ出すような真似をしたのだから、ほぼ間違いないだろう。
私の知らない裏の深部で何かがまた動いている。
あの下郎がこの事件に絡んでいるのも間違いない。
冥夜様誘拐されたということがその証拠に等しく、五摂家である煌武院家縁者であることを知っているものは上層部のほんの一握りの人間だけだ。
そうなると自分がこの扱いを受ける理由は下郎関係の線か後藤少佐が所属する派閥関連のことか。
御城衛の立場から見れば後者よりも前者であると思った。
後者のことを探るのなら後藤少佐を逮捕したほうがより脅威度が高い情報を引き出せるはずであり、御城程度の士官を捕まえても何ら捜査影響はないのだ。
もっと上のものを釣り上げる餌としても不十分すぎる。
前者の関連なら御剣冥夜、珠瀬壬姫の誘拐に関するささやかな情報を手に入れるなら頷ける部分は多い。
先程後者の理由では逮捕する必要性は低いだろうが前者と絡めるなら有力な情報源となりうる。
それでも初動捜査の末端情報程度の価値しかないだろうが。
しかし、その疑問も結局はあまり意味のないことだ。
その答えはおそらく目の前の女性が知っているのだから。
御城は客間である洋間に案内し、今はソファに座っている月詠真耶を見る目を細めた。
真耶もそれにあわせるように目を細め、口元を吊り上げた。
単純に人をやや見下した表情だ。
しかし、おそらくそれは仮面だろうと考え至っていた。
彼女とて斯衛である……無条件にそれで肯定するわけではないが、半年間嫌でも鍛えられた御城からすれば確信とまでいかなくともわかるのだ。
かといってそれを見抜くまで人間観察をするわけにはいかないので口を開くことにした。

「中尉、本日はどういったご用件でこちらに?」
「お前を迎えに来た。面倒なことこの上ない」

真耶は吐き捨てるようにではなく、事実と思ったことを正直に口にした。
素直に、と断言できたのは彼女がつまらない嘘をつかない人間であることをわかっているからだ。
しかし、会ったことがあるのは片手で数えるくらいの回数でしかなく、客観的に見て断言するには情報が不足しているとしかいいようがないはずだ。
だが、月詠の血統の人間なら下らないことはしない、先入観がなせるあやふやな根拠だが目の前の人物は数回の顔合わせでそういう人間だと確信させるには十分すぎる。
もっともつまらないこと以外なら平気な顔をして嘘を吐ける人間とも思ってはいる。

「面倒?態々逮捕しておいて自宅軟禁するような面倒ごと以上に迎えが面倒とは思えませんがね」
「勘違いするな。お前の存在が私にとって帝国にとって面倒だといっているのだ」
「……解せませんね」
「まあ、そうだろうな」
「面倒なのはたしかなことでしょうが、その面倒をしてまで私を拘束する理由……罪状はどうしたのですか?
 後でゆっくり聞かせてやるとこの耳が聞いたはずですが……逮捕する理由がそれほど面倒だと?」
「罪状……物覚えは悪くはないようだな」
「まだ痴呆になるには若すぎますからね」

真耶は別段面白くもないのか、表情を変えぬまま一息入れる。
私と話をするのがそんなに一息入れたくなるほど疲れる、または面倒なのだろうか。

「さっさと痴呆になって隠居していれば楽になれるだろうに。兄妹仲良く隠居生活くらい遅れるだけの資産くらい残っているだろうに。
 ……隠居を許さないのはその身に流れる血がそれを拒んでいるのだろうがな。武家の家柄は我々月詠も含めて血の気が多くてかなわん」
「それだけなら私も楽なのですが、ここにこうしている以前からそれは許されていませんので」

御城が言葉を言い終わると真耶の気配が変わったことに気がついた。
人を見下す表情からある種の嘲弄の笑みへと表情が変わっていたのだ。
嘲弄といっても御城に向けただけのものではなく彼女自身を含めた複数の人へ向けられたもののようだが、先程まで向き合っていた真耶とはまた別人だった。
……月詠真耶。
五摂家に最も近しい有力武家のひとつである月詠家は代々将軍家並びに五摂家要人の守護を担う名家である。
彼女は月詠分家の出身者だが、忠義に篤く冷徹な武人として本家の令嬢である月詠真那に優るとも劣らないといわれるほど優秀な斯衛として名を馳せていた。
彼女が斯衛軍第16大隊に抽出されるまで煌武院悠陽に仕えていた事からも、その優秀さに疑いを挟む余地はない。
しかし、彼女の……いや、月詠家の裏の顔を知るものは斯衛軍内部ならいざ知らず、帝国全体となるとあまり知られていない。
征威大将軍を太陽とするなら月詠家は呼んで字の如く、月を詠む、転じて帝国の暗部のことを指す苗字となっている。
もっとも本家はもっぱら正規任務を主としており、裏の仕事は分家筋が主にこなしているのが実情らしい。
御城も父からその話を聞かされただけであり、本当にそのようなことをしているのか、わからないのだが、別段あっても可笑しい話でもないという認識をしている。
その顔と思われる表情をしているのが今目の前にいる真耶なのだろうか?
それともこれも嘘の仮面なのか?

「許されていない……か。全く持ってその意見には賛成だな……では少尉。罪状を教えてやろう」
「…………はい」
「罪状は書類偽造の罪及び虚位報告加担の疑いだ。よって貴様を一時拘束、現時刻を持って逮捕する」

書類偽造……おそらく九羽たちの年齢に関する報告書のことだろう。後藤少佐とは別の派閥の誰かが圧力をかけて報告書を偽造のものへと変換した。
そして、虚位報告はそれに対する実験と呼べる薬物類の詐称のことなのだろう。
後者は後藤少佐が堂々とやっていたのだから仕方ないが、前者はまた政治の道具にされたかと怒るよりさきにあきらめの気持ちが先にたった。

「おまけに国家反逆罪の疑いもかかっているな」
「……そうでしょうね。それで迎えに来たといいましたが、これから軍事法廷にでも連れて行かれるのですか?
 おそらくは極刑か、超長期懲役あたりが妥当でしょうね」
「己のことなのによくもまあそおまで客観的になれるものだ。疲れたか?諦めたのか?」
「おそらくは気が抜けたのでしょう。妹や部下を任せられる人を見つけましたから……随分と卑しい人間になってしまいましたが」

自分でも思うほど他人任せになってしまった背負い込んだ使命。
結果的にそうなってしまったとはいえ、随分と情けない話である。

「……ふん。お前が腐ろうが私には関係ない話だ。関係ない話だが……お前の境遇を哀れんでやる。
 どうだ?情けなかろう?女に哀れに思われてはお前の父どころか先祖や妹にする恥じるに違いない。無論文通相手もな」
「……僅か数日で色々と調べたようですね」
「いや、これらは数ヶ月前の古いものさ。最新とまでいかないが、お前の父の失脚させられた卑怯な手口がわかった。
 随分と悪辣な手を使われていて、調べるのに苦労した。同じ人物がやったとは思えないくらいだ。
 これがあればその派閥やその他諸々潰すことも容易になる」
「それはどういうことですか?私のこれからには関係ないように思えますが?」
「父の汚名返上には興味を示さないふりか?まあいい。単純にお前がこれから逮捕、証拠不十分で釈放となる前振りだ。黙って聞いておくのだな」
「釈放だ……と?」

真耶は御城が絶句したのを確認すると懐にしまってあったのか、小さな箱をらしきものを放り投げてよこした。
見ればそれなりに装飾されており、一般には出回っていないものだと人目でわかった。
御城はそう思いながら中身を確認するため留め金に指をかけて箱を開ける。
小枝を折ったような軽快な音が響くと同時に、高級な布の香りが鼻腔をくすぐった。
これだけ豪華なものだとすると指輪か何かか?
布の香りを潜り抜け、手元に明かりで良く見えるようにすると、そこには一枚の金属板が入っていた。
いや、それはただ金属の板ではなく、猛禽類の翼を模したそれは我々衛士にとって馴染み深いものであった。

「これは……斯衛軍衛士徽章……ッ!?何故これを見せるのですか?」

帝国の軍隊で最精鋭軍隊である斯衛軍。
その衛士徽章、俗に言うウイングマークは最精鋭の衛士である証拠でもある。
この徽章をみたもの、帝国内なら尊敬と畏怖をもって見られるようになり、国外でも警戒という形、注目されるようになる。
斯衛軍衛士となったものは文字通り帝国の名を背負うことになるのだ。
しかし、御城はそれを何故渡されたのか、理解に苦しんだ。
まさか愛情を込めた贈り物ということはないだろうし、まして罪人に触らせるようなものではない。
それでも触らせる意味は何か?

「只見せただけのつもり……で、私は見せたのだがな。いや、見せるつもりすらなかったのだが、とあるお方からの頼みとあらば
 私情をいれるわけにもいかなくてな。あのお方も困ったものだ。情けをかけられるとはお前も運がいい」
「どういうことですか?」
「それを教えるのは私ではない。だから迎えに来たといったのだ。知りたければ私についてくるのだな」
「……ついていかなければ私はどうなりますか、中尉?」
「帝国陸軍に戻ってどこかに配属されるだろうな。無論、横浜や帝都以外の場所にな。貴様が関わった件には二度と近づけないことだけはたしかだ」
「……了解しました。同行させていただきす」
「ふ……ではいくぞ」

御城が真耶がいうとあるお方への面会に望むことにしたのは、事件の全貌をとらえることは勿論、御剣冥夜の安否すらわからなくなるのを恐れたからである。
それに“とあるお方”が斯衛衛士徽章と真耶の口ぶりからある程度の想像が出来、会ってみたくなった。
とあるお方の階級、或いは身分が御城の想像通りなら……まだ自分に出来ることがあるかもしれない。
正直逮捕され暗闇の中で暮らすか、人生の幕を落とすかとあきらめかけていた。
神代に全て託し、己の人生を隠遁して生活する気になっていた心が、再び戦えることかもしれないという種火を受けて火が点ろうとしている。
その火が燃え上がることなく冷たく寂しく消えていくのか、或いは火花散る業火の中に目的を見つけ身を投じるのか。
御城は真耶の後ろについていきながらそう思うのであった。

「ところで御城」
「……はい?」
「……衛士徽章はとりあえず返してもらえぬか?」



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第五章その6
Name: 通行人A◆d1634279 ID:5a722df5
Date: 2009/05/31 21:25
部屋の調度品は全てが一級品。
食事も現代というときでは一部の富裕層にしか手に入らない天然物が惜しみなく使われたものが振舞われ、暇をすることないようにと宛がわれた趣味、嗜好品も
立派なつくりで隠しようがないほど特注品であることを認識させられる。
難民から見れば十分すぎる贅沢だが私にはその全てが不愉快だった。
ここにあるもの全てが御剣冥夜を篭絡させるためのものだからだ。
そして、今……そいつらに不愉快を通り越して殺意すら沸く行為を強要させられようとしている。
だが、それに抗うことをできようはずがないことを目の前の男は知っている。
男の手に握られているのは一房の桃色の髪の毛。
それを見せびらかすように手で弄び、下卑た笑みを浮かべ催促してくる。

「――で、約束どおりやってしまいましたが、次はいかがいたしましょうか?綺麗な指先に華を咲かせて見せましょうか?
 それとも私の知り合いの尼寺にでも入ってもらって色々と美容に役立つことをしてもらいましょうか?
 ご友人はご健康体ですからさぞかし立派にことを勤めてくださることかと思いますが……どうでしょう?」

目の前の男はその身に纏った斯衛の制服には到底似つかわしくない雰囲気を纏い、私を追い詰めていく。
この男は何の躊躇もなく言った事を実行するだろう。
この国のために友人を見捨てるべきか。
それとも友人のために男の強要に乗り、この国を混乱の渦へと叩き込むことか……。
どちらを選んでも最終的な終着点は同じだと御剣は想像がついていた。
どうせこれを断ったとしても薬漬けにして意思を奪われてしまうだろうということを。
ならば可能性がある第3の選択肢を選ぶしかないだろう。
御剣冥夜は最初に桃色の髪の友人に心の中で謝罪し、次に今まで出会い、お世話になった人たち全てに謝罪した。
そして最後に……一人の女性に道を外れることを詫びた。
御剣は普段の彼女では絶対浮かべることのない色を浮かべて男を見据えた。

「……貴官の考えはわかった。形振りかまっていられないのだろうことも。貴官の提案にのろう」
「ほう……その目の色、私を試しましたか。なるほどなるほど……今の言葉、虚言であったとしても私たちには十分です。
 では“殿下”。今後の準備がございますので移動しましょう。何かとかぎ回る者が多いですが、抜け道はありますので」
「うむ」
「ところでご友人はいかがいたしましょうか?」
「捨て置け。されどあの珠瀬事務次官の一人娘、そこのところを念頭に置き、準備を」
「……了解した、殿下。これより任務を開始する」

男は口調を普段どおりに戻し、下卑た表情を打ち消した。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第五章その6


喧騒続く格納庫。
ここは深夜になっても音がなくならないときがある基地で一番騒がしい場所である。
が、この喧騒を好いている人物は軍人の中には結構いるのである。
それは人がいまだにその軍務とはいえ営みを続けている証だからだ。
この音を聞きつつ故郷を思ったり、恋人が何をしているのか考えたくなったりする。
しかし、御城柳はそういった感慨が浮かぶようなことはなかった。
それもそのはず、今は戦術機の実機訓練を終えたばかりであり、先刻まで搭乗していた愛機を見上げてその充実振りを確かめているのである。
彼女は兄関係で落ち込むことを止めた。
それも高原とピアティフのおかげである。
その二人に答えるためには物理的強さが今は必要なのだ。
政争に参加するにはあまりにも小さすぎる自分が選べるのはその道しかないから。
そう決意も新たに鼻息を荒くすると後ろから肩を叩かれた。
思わず全速力でその場から離れてたまたま停車していたフォークリフトの影へと隠れる。
その動きに一番驚いたのは肩を叩いた人物……ではなく、停車中のフォークリフトに乗った整備兵だった。
まあ、それはいいとして肩を叩いた人物は急に空いた手を開いたり閉じたりしつつ苦笑いを浮かべる。
柳はフォークリフトに隠れつつ相手の顔を確認する。
格好は標準的な国連軍強化装備の男性用のもの、つまり男だ。
そして、顔を見ればなんてことのない平凡な……もとい他人の警戒心を煽らない優しい顔をした平慎二中尉がそこにいた。

「……驚かしちゃったかな?」

そういって柳の様子を窺うが、柳はより一層陰に隠れる。
単純に鼻を荒く鳴らしたことを恥じていて会わせる顔がないのだ。
失礼とわかっていても自らの恥入るのは撫子であろうとするがゆえの葛藤。
だが、それは以外で笑いを誘う展開により終止符をうたれるのであった。

「少尉……申し訳ありませんが少し離れてください。こちらも作業中ですので」
「え……あ、はい」
「では」

柳が隠れていたフォークリフトは無情にも低速でその場を離れていき、隠れる場所をなくしてしまう。
それを気まずいと思ったのか整備兵は若干振り返って整備帽脱ぎ、それを二三回振ってお達者にといわんばかりの別れをしていった。
呆気に取られる柳はその場に立ち尽くすが、二度の恥に今度は隠れるよりも逃げることを選択した。
軽く敬礼して失礼といって足早に去っていこうとするが、大人であり上背も足の長さも断然長い平にあっさりと追いつかれてしまう。

「柳ちゃん。別にオレは気にしてないからさ、あんなこと誰もが経験してることなんだから、重要なときにしなくて良かったと思えばいいさ。な?」
「む~、わかりました。けど私に何用ですか?まさか私を口説きに来たということはないでしょうね?」
「現美少女にして未来の美女の柳ちゃんを口説くのはやぶさかじゃないけど、それとはまたの機会にしよう」
「期待しないで待っています……ところで何故やりなれない姿勢で私に話しかけてくるんですか?平中尉が……ええとぷれいぼーいといえばいいのでしょうか。
 そのようなことをするような男性像は似合わないと思った……失礼。とりあえずそうしなければならない用件なのでしょうか?」

平は似合わないといわれて再び苦笑いを浮かべるが、そのまま返答する。

「んー必要があるかないかと問われればないね。だけどオレから話を振ったわけじゃないのを忘れてるよ」
「……三度目の恥です」
「恥は恥でも挽回が聞く恥ならいくつでも取りなさい。それより新しい戦術機にはもう慣れたか?」
「本題の前の茶飲み話ですか?まあ、大分慣れましたけど実機演習がややまだ足りないとは思いますが、機体特性はそれなりに掴めた自身はありますよ。
 平中尉たちは以前に乗っておられたから別段苦労はしていないようですが、基本性能が上がった感想は?」
「随分とやりやすくなったよ。何より射撃管制が格段に良くなったから狙いやすくなった。前の感覚で撃っても精度がよくって思わずにやけちゃうよ」
「いやらしい顔……冗談です」
「……酷いな柳ちゃんは。ところで白銀の様子はどうだ?あれから随分と落ち込んでいたみたいだが……」

平は言いにくそうに白銀のことを聞いてくる。
複座型の“元”相棒としての柳の率直な意見が聞きたく、珍しくエインヘリャル隊の副隊長として柳に聞きにきたのだろう。
柳はそう推察すると今の白銀に感じたことをそのままの通りに話した。

「白銀さんは……新しい目標を見つけたみたいです。多少の危うさはあっても、あそこまで大人に必死になっているのはここ数ヶ月で始めてみましたから。
 でなければ彼から隊の再編成を提案するなんて考えられません。私としては――いえ、何でもありません」

私としては寂しいですがね。
柳はそう口にすることを躊躇い、誤魔化した。
平は柳の気持ちを汲み取り少しだけ微笑むとそれ以上は追求しないことにした。

「そう……か。問題はないということならそれでいいさ。後孝之に、鳴海中尉から伝言があるんだが、今聞くかい?」
「伝言……?ああ、あのことですか。ここで聞けるなら聞いてしまいたいです。ですが、何故鳴海中尉自ら伝えにこないのですか?通信でも全然問題ないのですけど」
「……事件以来あいつはあいつで教官役と隊の再編成で忙しいんだ。副司令も色々と動いてるようだし……まあそういうことだ。
 で、伝言の内容だが、却下だそうだ。理由はいわずともわかるだろうとのこと。まあ、オレから言えるのは気を落とすなってことだけだな」

柳は平の言葉に軽く頭を下げ頷く代わりにした。
そして、顔を上げて敬礼をすると強化装備を着替えるためにドレッシングルームへと移動していった。
柳は実のところ気を落としていたのだが、気を落とすなと励まされたのに気を落としていたら心配させてしまうと思ったからだ。
頷くよりも頭を下げたのは表情からそれを察られないようにするためだ。
しかし、平副隊長は気づいていただろう。
ああ見えて人の内心を見通す観察眼はESP能力と見まがう程鋭いものを持っているからだ。
戦闘中に支援に徹するのはそういう理由であり、指揮能力だけなら鳴海隊長よりも上かもしれないのだ。
だが、本人がいうに隊を引っ張るには鳴海のほうが上だそうだ。
柳はそこまで考えて鳴海中尉が忙しく行っている再編成(白銀提案)のことを考えた。
先日の事件にて浮き彫りになった問題を検討した結果、一個小隊程の戦力は確かに迅速に動ける反面できることが少なすぎるとの結論がでたのだ。
エインヘリャル中隊ことA-01第0中隊は元々は部隊名の通り中隊12機を定数としている。
しかし、現在その定数に届くことはなく、半数以下の僅か5機で部隊が運用されている状態だ。
その数の問題で足止め部隊を満足に展開できなかったおかげで“MIA”という最悪の結末を許してしまった。
それに対し香月副司令を初めとする部隊関係者会議にて補充要員の限定解除を視野に入れるべきだとの案が浮上する。
計画も最終段階に入り適正のある人員でなくとも別段問題がないのではないとの意見が出たためだ。
だが、現状ではその人員を確保するには信頼を失いかけている帝国から迅速な人員補充は難しいのではという意見もでた。
難航する人員補充の問題は一時はA-01二個中隊の統合という話が有効であると結論が出かけたとき一石が投じられることとなった。
それは帝国政府からの極めて異例な要請であった。
第207衛士訓練部隊の早期実戦部隊への配属要請である。
通常他国の軍隊、ましてや訓練部隊の人事などに口をはさむことなど越権どころか侵略も甚だしい行いなのだが、207小隊に関しては少々事情が異なっていた。
涼宮茜や築地などのA分隊はともかく、B分隊は厄介者を兵役逃れもどきとして創設されたところだ。
本来ならB分隊は訓練期間を延長に延長させられて、卒業後も前線に出ない置物部隊として兵役を終えるまで待機させられる予定だったのだ。
だが、その厄介者の最重要人物2人がMIAとなり、正規教官も戦死したことにより状況が変わった。
公式にはMIAとなったが、帝国側も裏で何があったのか把握しており、機密上の観点から特別な部隊と他国が認識する前に部隊自体を消したいらしい。
将軍家の忌むべき双子がいたなど知られれば国際的なイニシアティブはなくなり元の属国になりかねないからだ。
そして、そこに国連事務次官の娘や現首相の娘、その他聞かれれば困るようなことが知られれば、帝国の威信に関わる。
だが抹消するにしては重要人物過ぎるのが難点であり、今度の要請が妥協の産物であることが読めた。
要は特別扱いしていないところを調べられてもいいようにしたいのだ。
御剣冥夜のことを隠し通すことには自身があるからの大胆な行動なのだろう。
この要請を受け、会議は人員補充の件を訓練部隊の早期配備により人員を補充、足りない数は複座型を通常の単座へと切り替えることで
中隊規模の数を確保することに決定した。
それに伴い九羽彩子を帝国側から正式に人員補充要員として受領することとなった。
神代が望み、柳が要請した件はこれにて不可能となったのだ。
先程平中尉が話していたことはそういうことだ。
柳は考えるのを止めるとドレッシングルームのすぐそばだと気がつく。
やや重い足取りで中に入り静まり返っていることに気がついた。
……珍しく高原少尉たちより早く先にドレッシングルーム入ることができた。
手早く強化装備を脱いでロッカーにかけるとシャワーへと移動、温度を確認せずに蛇口を捻る。
途端に冷水を頭から被ることとなり、思わず飛びのきそうになるが、踏みとどまった。
冷水なら今のもやもやした気持ちを振り払ってくれるに違いない、そう思ったからだ。
一分ほど浴び続け、身が引き締まったのを感じるとお湯へと切り替える。
頭の芯から温もりが広がっていくのを感じながら、この後白銀のところへと行こうと決めたのであった。

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モニターに移る醜悪な姿をした生き物。
それらは戦術機を大きく上回る全高を持つものから人間サイズの小さなものまで一覧となって映し出されている。
そのモニターを疲れた顔をしながらも目だけは刃物の波紋のように輝かせて真剣に見つめている3名。
その3名に教本を片手に端末を操作して一つ一つの種族に関して徹底的に教えていく。
教本どおりの注意事項から実戦経験から得た情報まで早口ながらも短い時間の中でできるだけ教え込もうとしている鳴海がそこにいた。
傍らには白銀が同じく教本を持ち補足事項を付け加える役目を負っている。
この2人は自分の部隊の新人たちを一刻も早く戦力にするため休む時間を削り日々生徒である207B分隊の女性たちを鍛えている。
時に平やヴァルキリーズの先任に代わってもらう事があるが、殆どこの2人が受け持っており、その熱意に彩峰を筆頭に他の2人も答えている。
無論熱意に与えられただけではなく彼女たちが仇を討ちたいという心があることも鳴海は知っていて、それを利用することもしばしばしている。
それは人として嫌悪したくなることだが、彼女たちを死なせないためにはそれしか手段はないのもわかっていた。
この座学終了後、夕食が休憩があり、3時間後に夜間での実機演習が待っている。
機体は勿論部隊配属後に使われるものを使うことになっており、彼女ら全員機種転換の訓練は既に受けている。
整備兵には悪いが相当の重労働を強いており、今夜は徹夜で作業させてしまうだろう。
しかし、またあの機体を手に入れてくるとは副司令はどれだけ手を尽くしたのだろうか。
しかも今度は最新生産型ときたのだから驚きも一押しだ。
ソ連とのパイプが切れていたはずなのに再びジュラーブリク、近年ではチェルミナートルと呼ばれるソ連主力戦術機を取り寄せたのはどういったルートを使ったのか謎である。
噂では後藤少佐がもっていたルートをということになっているが、彼女が来る前から話しは進んでいたことを鳴海は記憶しておりどうも胡散臭く感じる。
だが、使えるものは使うに越したことはない。
自分にとっては使い慣れた機体、M2型とは言え十分に使いこなしてみせる。
鳴海はBETAの各種の特性、習性、弱点を教えると教本を子気味良い音を立てて閉じた。
それに反応し、彩峰たちはモニターから鳴海へと視線を移動する。
白銀もそれにならい教本を閉じ、背筋を伸ばし直立不動の体勢を取った。

「……オレ主導でお前たちを鍛え上げるようになって早数日。座学の知識は最低限のものを身に着けたとオレは思う。
 操縦技術はまだまだ垢抜けないところがあるが、さすが神宮司軍曹の教え子、わずか一ヶ月ほどでよく実戦に出れるだけの技量を身に着けたものだ」

新型OSをある程度使いこなせるまで技量を上げた目の前の女性たちはそこらへんの衛士の腕を軽く凌駕できる才覚をもっている。
機種転換にややと戸惑っているだろうが、乗りこなせれば彼機体の驚異的な近接格闘能力を存分に発揮するに違いない。

「だが、お前たちを復讐者に育てた覚えは軍曹もオレたちエインヘリャル隊のものも一切ない。
 あくまでお前たちは軍人であり、私怨で動くような愚かものではないのだからな。
 それを肝に銘じておけ……では、2100には全員各自の管制ユニットに収まっているように。解散!」
「鳴海中隊長に敬礼!」

榊の号令と共に敬礼する訓練部隊。
鳴海は返礼し、手荷物をまとめると教室を出た。
後ろには白銀が副官、または秘書官のようにぴったりと後をついてきており、まるでコバンザメのようだ。
思わず口元に笑みを浮かべてしまうが、気を取り直して後数時間で行われる“演習”について白銀に確認を取る。

「演習の準備はどうだ?」
「準備は万端です。オレたちや副司令、及びヴァルキリーズも準備を完了しています。
 ですが、機種転換中の彼女らを使うのは非効率的だと思うんですけどね。いくらテストとはいえ、無茶です」
「その無茶を提案したのはお前だろうが。数日中何の任務についていたかは知らないが、ちょっと肩を張りすぎだ。
 そんなんじゃ同僚を不安にさせるばかりだぞ。もっときっちり気持ちに整理しろ」
「……そう……ですね。でも大丈夫です。焦っているかもしれませんが、あいつらを助けるまであきらめないって決めましたから」
「うちのちびっ子たちはどうだ?」
「新入りが入って和気藹々していますよ。しかし、本当にあの子をまた実戦に出すんですか?出すにしては問題が多いような」
「そのための保護者の選定と演習だ。お前が保護者になってもいいんだけが、どうする」
「子供の相手は苦手なもので、柳ちゃんくらい大人しい子だったらいいんですか」

鳴海は白銀の言葉に鼻で笑って答える。
何が子供が苦手、だ。
保護者役を除けば子供たちに人気が一番あるのはお前だというのに。
通路を曲がり教官室があるフロアに辿る着くとそこには今考えた御城柳の姿、と築地の姿がそこにあった。
柳はわかるが何故ここに築地がいるのだろうか?
鳴海の記憶どおりなら築地は遙の妹の茜ちゃんのことを好いているとかいないとか、結構な噂がたっているのだが、
新潟での一件以来白銀と一緒にいることが多くなったという話も聞く。
最も茜ちゃんから相手をしてもらえないときに白銀のところに来ているようだ。
水月がいっていたのだから、どこまでが本当で嘘なのかわからいといえばわからないが。
鳴海はとりあえず白銀に身振りでいってやれと合図を送り、後押ししてやる。
白銀は軽く敬礼すると彼女たちのところに駆け寄りいずこかへと消えていった。
鳴海はそれを見送ると教官室へと入り神宮司軍曹が使っていた机と教本を収めていく。
もう遺品整理は済まされており、今収めた教本以外は軍曹のにおいがするものはこの机や椅子しかない。
少し寂しさを感じるが、それを振り払うと椅子へと座り、副司令に提出する報告書を作成していく。
報告書といってもこのあとやる演習のための最終確認書類なだけであり、神宮司軍曹の教え子の現在の状況を知らせるためだけのものだ。
無論書類には問題は認められず、戦力になるとだけ簡潔に書き込んだ。
こんなものを書かせるとは副司令もやはり人の子のようだ。
その時、教官室に滅多にならないノックの音が軽やかに響き渡る。
書類を書くのを一旦止め、扉に向かって入っていいぞと声を掛ける。
失礼しますといって入ってきたのは速瀬水月と涼宮遙だった。
何故ここに着たのかと一瞬考えたが、ここ数日まともに喋っていないことに思い至り、心配させたと反省した。
こころが整理し切れてないのは自分も同じだったか。
鳴海は二人の訪問者を温かく迎えることにした。

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帝都東京。
古の都市の薫りが漂う京都が壊滅し、帝国の首都は高層ビルが立ち並ぶ近代都市東京へと遷都された。
旧江戸城は帝都城として名を改められ、皇帝とその政権を代行する征威大将軍が住まわれる要塞として都市を象徴するものへと姿を変えた。
……本来ならこの後にBETAの侵攻の話が入るのだが今回は割愛する。
御城衛はその帝都城のお膝元である帝都にいるのだが、施設に入ってゆっくりお茶を飲んで人を待つ、或いはこちらから出向くと思っていた。
月詠真耶が迎えに来たといっていたのだから、誰かの屋敷かそれに順ずる落ち合い場所に出向くかと思っていた。
しかし、現実は車の中にずっといさせられ町中をガラス越しにみていることに修辞しているだけである。
その間月詠真耶は胸元から取り出した予定手帳に目を走らせ今後のこよを確認したり、腕を組んで考え事に耽ったりしてこちらに気を向けてはこない。
試されているともとれるこの扱いに不満が出そうになるが、こちらはあくまで待たされる側なのだから文句をいうのは筋違いだ。
だが、時折感じる観察されているような視線は何なのだろう?
……それは置いておくとして、救いがあるとするならば時折、軍の施設の近くを通りかかり帝国軍の様子が多少なりともわかることくらいだ。
私がいた基地とは違うが、それなりに活気付いており、士気は高そうに見えた。
横浜の醜態があったから自分たちがしっかりしなければならないという気負いの現われなのかもしれない。

「……ふむ、時間通りだな」

月詠真耶が腕を組んだ状態を解くとそうポツリと呟いた。
御城がその呟きがどういう意味なのかわからなかったが、真耶は運転席に向かって二三指示を出すと車を停車させる。
止まった後に真耶は、私が降り出迎えると身振りで示し、失礼のないようにと注意してきた。
どうやら恩情をかけてくれた人物を車に乗せるらしい。
真耶は車から降り、ドアを開けたまま外にいる女性らしき人をエスコートし車内へと迎えた。
御城は乗ってきた女性に一瞬息を呑むがすぐに失礼のない態度で礼をもって出迎えた。
女性は楽にしてくださいというとその華奢……ともいえないそれなりに鍛えられた小柄な身体を御城の対面のやわらかい座席に身を埋めた。
真耶はその後ドアを閉め、反対のドアからその身を滑り込ませてくる。
座る場所は御城の隣だ。
そのまま車は発進するかと思ったが、停車したまま発進する気配をみせない。
このまま話すつもりのようだ。
ならばこちらから名乗るが常識だ。

「煌武院悠陽殿下、お初にお目にかかります。御城瑞賢が長子、御城衛と申すもので、此度の恩情、どれだけ感謝の言葉を尽くしても足りません」
「そう畏まらなくともよい。私が必要と思ったからの処置、気負う必要のないものです。これからも帝国のために忠義を貫いてくれればそれでよい話。月詠、時間どうなっています?」
「は、そろそろ潜らねば危ういかと存じ上げます」

挨拶もそこそこ悠陽は月詠と何かを話すと頼みますと了承の言葉はなった。
御城がわけもわからずにいると突如座席に衝撃が走った。
驚きの言葉を辛うじて飲み込むと何事かと衝撃の原因を探るよう目を車内に走らせた。
どうやら足元からそれは発せられたらしく、低い機械音がするのを耳に捉えることが出来た。
次の瞬間、その視界に納めている足元から、正確には座席ごと沈んでいくのを見てしまった。

「これは……要人警護用の地下退避システム。襲撃の可能性が?」
「あるからこうしている。殿下、榊首相との会談はどうなされましたか?」
「私の方針は伝え、了承してもらいました。ですが、一時的にとはいえ国が混乱するでしょうとも申された。
 最悪の場合とはいえ、歪みがここまで根深いものとは思いもしませんでした」
「それは殿下の所為ではありませぬ。下賎なものの下衆な欲の所為でございます。御城」

真耶は悠陽に非は無いと解くと御城の名を呼び、封筒を渡してくる。
その中身を見ろということらしい。
どうやら真耶は口で説明するのは面倒な性質の人間らしく戦場でもないかぎり書類で説明はすませてしまうのだろう。
殿下に一言失礼と謝り書類の中身を確認していく。
中身は……それは事例だった。
要約すると斯衛軍第16大隊に配属を命ずる……但し、日付が私が後藤少佐たちがいた基地に配属されたものだった。
これが意味することは何か?
その疑念が自然と視線となって真耶に向けられた。
しかし、その前再び衝撃が走り座席が地下にある別の車両へと移されたことを知らせる。
車はそのままエンジンを書け地下を走って行く。
今頃上では同じように車が走り出した頃合だ。
囮として。

「どちらの疑問に先に答えて欲しいですか、御城?」

疑問が尽きない頭の中に鶴の一声が如く混乱が瞬時に収まる。
視線は真耶から悠陽に移り頭をたれながら声を発っした。

「畏れながら、殿下に差し迫った危険についてでございます。殿下のお命以上に優先されるものなぞございません」
「……そなたの忠義の言葉確かに聞き届けました。では月詠、彼の事と私の命が狙われること初めから説明してあげなさい」
「は……されど、ここでは些か資料が不足してますゆえ、城内入ってから、私の詰め所にて説明申し上げます。
 今はここから脱出なさるほうが賢明かと」
「そうですか。ですが、私もその場に同席させてもらいます。無論紅蓮少佐もです」
「は、現在に至るまでの過程、全て話させていただきす」
「よろしい。それと同時に作戦準備も抜かりの内容手配なさい」
「仰せのままに」

流れは御城を置いていくように速く、滝のように止まることなく流れ、落ちていく。
御城は自分がその流れについていかねば何かを失いかねない。
そう感じるほどに帝国は揺れに揺れていることを見聞きすることとなったのであった。
BETAの侵略から人類を救う白銀のサポート、それすらも霞んでしまいかねないほどに。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第五章その7
Name: 通行人A◆d1634279 ID:5a722df5
Date: 2009/07/07 22:49
演習の様子を映し出すモニター。
実機を使用した演習風景をあらゆる角度から観察できるのはこの演習を統括している管制室の特権である。
誰がどのような操作をしたのかログを瞬時に確認でき、通信も、演習に参加している部隊の全てが確認できる。
一般民衆からしたら悪趣味といわれかねないことだが、生憎ここは軍事施設であり、余程のことがない限り悪態をつくものはいない。
それにモニターに移るものたち全員が承知済みなのだから。
だが、やや呆れた眼差しに楽しげな笑みを浮かべたなともアンバランスな表情を浮かべた白衣の女は悪態をわざとらしく吐いてみた。

「准将閣下。この演習の提案者は誰ですかね?随分といい趣味をしている人のようですが?」

白衣の女はもう一人の白衣の女、准将閣下と呼んだ女に嫌みったらしく敬語で話しかける。
准将と呼ばれた女はその見え見えの挑発に乗ることなく、興味なさそうに視線を向けてポツリと漏らす。

「あたし提案のものじゃなくってよ、後藤少佐」
「……ほう、副司令殿でないとなると誰でしょう?ここまで悪意があって効率のいい篩いのかけ方を思い立つとなると数えるくらいしかいないと思いますが?」

この演習が誰が提案しようとまだ未熟な神宮司まりもの教え子たちには実戦に参加する上で絶対に必要なことだった。
誰これは関係ない、あなたはあなたの仕事をしろという意味を込め後藤に対して、横浜基地副司令官、香月夕呼准将は沈黙で答えた。
後藤はそれに気を悪くするでもなく、端末のキーを軽やかに叩き、自分の研究対象のバイタルデータを確認する。
そのデータに満足したのか香月を呼び、今見たデータを確認させる。
それを見た香月は科学者として、そのデータに素直に頷いて見せた。

「あなた本当にこの娘はプロトタイプなんでしょうね?」
「勿論よ。といってもこの娘はちょっと適正が高すぎたようだけどね。これ以上の素材はそうお目にかかることはないでしょうね。
 いじってもいじっても耐えて、ちゃんと期待したとおり、あるいはそれ以上の結果を出してくれるのよ。
 今回の実験はちょっと心配していたけど、心配事なしでちゃんと戦闘を行っているわ。斯衛の少尉さんに引き渡さなくて正解だったわ」
「……それで今度の保護者は誰にしたの?御城の兄以上に適任なんてそうはいないのでしょう?条件付けとかも気になるわ」

後藤は端末を叩いていた指を一旦空へと持ち上げると、その保護者たる人物に指を向けた。
その指の先にいる人物に不覚にも表情を硬くしてしまった。
後藤が指し示した人物とはこの場においても一際目立つ美人であるイリーナ・ピアティフであった。
彼女が保護者になることを香月は許可を出したことはなく、本当に保護者にしたのであれば厳罰も考えなければならない。
香月の様子から察したのか、彼女はやや表情を曇らせながらも自身の正当性を訴える。

「別に戦場に出てあの娘の面倒を見る、なんてことはないわ。
 改良して、そばにいなくてもサブを用意することで補助するシステムに切り替えてみたのよ。
 短時間でできて、不安定の中で安定する特徴を最大限に活かす。あんたの注文どおりに作るにはこれが最適だったのよ。
 娘っ子との相性は悪く、サブとの相性は良好に設定、こうすることにより御城のやつ一人のときよりも色んな意味で扱いやすくなったわ」
「……わかったわ。一応ピアティフの部屋に預けているいるから手間も少ないし、成果が上がるならそれでいいからね。
 けど、それで成果が出ないなら出ないなりの覚悟はしてもらうっていうのはわかるでしょう?」
「言われなくてもわかっているわよ」

後藤は舌を出しながら鼻を鳴らして答えるという上官に向ける態度とは思えない行動をとる。
しかし、香月は別段気に留めるでもなく後藤から視線をはずすと再び意識を演習へと向けた。
演習の内容……後藤が言うには提案者はいい趣味をしている、と皮肉を込めたものだった。
香月もそう思えるほど演習参加者全員にとって、この演習内容は酷なものだと思う。
演習参加者はAチーム、ジュラーブリク(チェルミナートル)装備の榊、彩峰、鎧衣207B分隊とA-01第0中隊から鳴海、平、白銀を除いた全隊員、総勢9名隊長は麻倉少尉。
対するBチームはA-01不知火装備の第9中隊、伊隅、宗像、速瀬と補充がない空席を除いた8機が参加、隊長は風間少尉。
演習内容はAチームが強化外骨格を装備した機械化歩兵を戦域から目標ポイントまで無事護衛すること。
Bチームは優先順位第一にその機械化歩兵を無傷で捕縛、第二に捕縛が適わぬ場合は破壊することになっている。
只単純に警護に207B分隊とチビッ子たちを、その仮想的としてヴァルキリーズが参戦しているようにも見える。
だが、先日の事件を知っているものなら機械化歩兵を護衛する、捕縛、破壊対象、これらのキーワードを見たときわかってしまうだろう。
これは先日の事件を再現、それぞれ嫌な役回りに配置されていることを。
後藤はまたそのことを考えていたのかぼそりと呟いた。

「守りきれなかったものに犯人役を、事件を把握できなかったものには救済の役……と見せかけて実のところ刺客として配置されている。
 初期配置の位置からして捕縛なんて七、八割方不可能。砲撃による抹殺が最良の手段ね。
 それを防がなければならない犯人役……ああ、何て趣味のいい配置かしら」

香月はその発言を意識的に無視すると207B分隊の三人の動きに注目する。
この演習の目的は操縦技術よりも理不尽な命令に耐えることを目的としている。
今の所不審な動きは見せていないが、管制ユニット内の通信履歴は悪い意味で面白いことになっているだろうことは想像するには容易だ。 
それに加えて榊はその中で一番不満を抱えているだろう。
わざと分隊長を何の説明もなく彩峰に代えてしまい、演習中も麻倉率いる二個小隊のうち彩峰が小隊隊長を務めている。
今まで分隊長と反発する同僚、部下としての立場が逆転している。
それとは別に親のことも暗にかけてあるのだが、それも絡んでいるかどうかは本人たち次第だ。
彩峰は彩峰でどこまで軍人として動けるか……さてさて麻倉もそろそろ理不尽な命令をするはずだ。
それが戦術的に疑問が残る命令だったとしても。

「Aチーム207B分隊と九羽少尉が反転、Bチームへと急接近します」

ピアティフの報告はどこからどう聞いても只の時間稼ぎのために部隊であることは明白であった。
目標ポイントまでまだ距離が離れすぎているこの状況で高が一個小隊が反転しても只の戦力の分散にしかならないのは麻倉もわかっているだろう。
足止めするには少なくとも二個小隊、機械化歩兵の護衛につく一機を残して全期投入しないと足止めは適わないのは自明の理だ。
それに後続が来ればかならず全滅する。
捨て駒以外のなんでもない命令だ。

「本当にいい趣味してるわ」

もう一度後藤の声が香月の耳によく響いたのであった。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~
第五章その7


これは演習。
演習で模擬戦のはず。
だから私たちヴァルキリーズがエインヘリャルを追撃戦を挑んでいる。
だが、エインヘリャルを指揮するのは鳴海中尉ではないと聞き、副隊長の平中尉も参加しない。
そして参加人数的におのずと隊長となるものが絞られていく。
おそらくは白銀君か麻倉さん、または高原さんあたりだろう。
だが、この演習の発案者である白銀君が参加する確率は低いことを考えればはずされるし、高原さんに至っては怪我から復帰したばかりだ。
消去法で麻倉が浮かんでくるし、冷静な彼女なら小隊を任されてもおかしくはない。
だけど、この命令は不可解だった。
築地は新しく受領した不知火に回避運動をさせながら新型OS特有のキャンセルを使い、応戦する。
しかし、相手のジュラーブリクも新型OSを搭載している。
現行の戦術機とは比べ物にならない即応性でその反撃に反応し、射線から逃れていく。
……何故足止め部隊なのにたった一個小隊だけを投入したのだろう。
対象を逃がすには足止め部隊を展開するのはわかるが、それにしては戦力が少なすぎる。
何か秘策があるのかと愚考するが、そんなもの状況的にありえない。
相手に援軍が現れるという演習にしては特殊すぎる考えが浮かぶが、演習が始まる前のこちらの状況から考えてそれはなかった。
ならば、これほど戦術的価値のない判断は何か?
そして、その答えを出したのは今指揮を取っている風間少尉が出して、現在にいたる。

「先行した部隊が、敵本隊を捕捉。戦闘を開始しました」
「これでこちらの勝利は決定しましたね」

風間少尉は部隊を2つにわけ、一隊が足止めを足止めさせ、もう一隊が敵を捕捉することに全力を上げた。
相手の数がこちらとほぼ同数であることが大前提だが、前提がかみ合えば後は隙をつくなり何になりして、機械化歩兵を捕縛、または破壊すればいい。
後はこちらがしくじらなければいいだけだが……。
不知火とジュラーブリク。
性能的には略互角。
若干近接格闘機動では不知火が見劣りするが、それでも正式な第三世代戦術機であり、中距離、近接射撃戦では優るとも劣ってはいない。
倒すことを前提に置かなければそれはなお更だ。
足止めは足を止めるさせるからこそ効果があるのだ。
それにまだ機体に不慣れなのか、相手の動きにはまだ違和感がある。
こちらが揺さぶれば揺さぶるほどそれが顕著になっていった。
そして、それが決定的になったとき、戦乙女たちは激しい攻勢へと転じたのであった。
築地は思った。
この演習の目的って……榊さんたちが一番堪えているのではないだろうか。
たった今十字砲火で撃墜したジュラーブリクに向かって思わず呟いてしまう。

「こんな納得できない演習なんて久しぶり。白銀君……焦りすぎだよ」

築地はこの演習を終えた後に白銀のところに殴りこみに行こう、と考えた。
彼女らしくない横暴なやり方だが、誰かが殴って目を覚まさせなきゃいけない。
いくら何でもこの強引なやり方では誰もついて気はしないのだから。
築地は涼宮茜のこと以外でここまで感情的になったのは初めての出来事だ。
彼女の信念に基づく行動か、はたまた相棒である御城柳の悲哀、207B分隊の気持ちを汲んでの行動か……それとも彼女の知らない無意識の感情なのか。
彼女にしては珍しい怒りの感情を前面に出していたのであった。

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スクリーンに映る今回の演習過程。
それに見入るのは気落ちした207B分隊の各々にそれを監督するエインヘリャル隊の全員だ。
傍から見ればか弱い乙女たちを苛める集団でしかないが、エンヘリャル隊の中でもやや気落ちした者たちが混じっているので
それとなくリンチではないことを察っすることができる。
演習課程の評価は劣悪の一言なのだが、それはこちらの指示なので誰も何も言わなかった。
むしろ207B分隊は理不尽な命令をやりとげ、見事に全滅したことを鳴海たちは評価していた。
今回の演習目的は達成したと。
しかし、心に疚しさをもっているのもたしか。
目の前の女性たちが落ち込んでいるのは完膚までに負けたことと犯人役に仕立てられたことにより二十の精神的苦痛を受けたからに他ならない。
だが、彼らは心を鬼にしなければならない。
彼女たちを短時間でスキルアップさせるにはこれしかないのだ。
御城柳はちらりと隣に立つ男、白銀武に目を向ける。
その顔は事件以来精悍さが増し、頼もしさを感じさせる鋭いものになっていた。
でも、鋭すぎて余裕が無く、背中を預けるにしては少々危ういとも思った。
今までスクリーンに演習風景を写していた投影機のスイッチを切る音が耳に届く。
視線を戻せば部屋の明かりも戻され、鳴海中尉が207B分隊の前へと出て行くところだった。

「……以上、これが演習での全経過だ。貴様らが何故負けたのか理解はできるな?」
「はい、理不尽で無能な命令の所為です」

鳴海の言葉に早速反応したのは彩峰だった。
無礼とも取れる即答に鳴海は若干眉を動かすが、予想の範疇であるから何事も無かったように振舞う。

「理不尽なで無能な命令か。自分のことは棚上げしての言葉だな」
「あた…私の操縦技術や指揮能力が未熟だとしても、麻倉少尉の命令は戦術的に見てもとても合理的判断とはいえません。
 私たちの練度、彼我の戦力差からして明らかに無理な作戦……いえ、作戦ともいえない愚かな行為です」

彩峰にしては長々と麻倉の指揮に対しての批判を展開していく。
納得がいかない演習内容になってしまったことに憤慨しているのもあるだろうが、彼女自身の信念が心を困惑させているからに他ならない。
撤退しないことに異常なこだわりを持ち、それが無能な指揮官の指揮下ではそれも余儀なくされる。
だが、撤退任務で無能な指揮官に無茶な捨て駒足止め役を押し付けられた。
撤退しないことに拘りをもつ彼女としては無能な指揮官の下では逆もありうるという考えに至っていなかったのだ。
そして、それは演習中に思考停止していた父の行いが本当に無能からくるものであったのかどうか見つめ返してしまった。
父が軍事的に無能となった原因が民間人だということ、守るべきもののために動いたことが今回の演習に少しだけ通じるものがあったが為だ。
最近手元によく来る手紙や父に助けられたことを話す人々の言葉が今回の演習によって激しく揺さぶるものへと変化し、今の感情の爆発に繋がっている。
勿論今回の麻倉の指揮は言い訳の聞かない無能なこともあり、けっして間違った怒りというわけでもない。
それにその怒りは本気半分とこちらの意図を察した道化師めいたものを感じる。
鳴海は彩峰の全てを知っているわけではないが、何かを掴んだのか少しだけ口角を吊り上げた。

「……彩峰の意見はわかった。ほかに意見はあるか?」
「……はい」

今度発言を申し込んだのは彩峰に分隊長の位を取られてしまった榊だ。
覇気にかける顔は神宮司軍曹が生きていたときとは比べ物にならないほど見るに耐えないものだ。
それもそのはず。
国連の人事に帝国が介入したのではという噂話を耳にして、父が自分を見限ったのではないかと思っているからだ。
父是親が徴兵免除を望んだことに反発して無理やり国連に入ったのだが、心の中ではどこかで厳しい父に認めてもらいたい、それゆえの行動だったのかもしれない。
だが、噂話と速すぎる実戦部隊への配属をあわせて考えると今回の件は認めてもらったというより、見捨てられたと取ったほうが自然である。
親馬鹿な父とはいえ、彼も政治家であり、日本帝国首相なのだ。
帝国全体と自身の娘と天秤にかけるならどちらか。
それは答えるまでもなく前者であろう。
生きてさえいれば何とかなる。
父の言葉が榊の頭の中で反響する。

「今回の焦点となっている命令……これは私と彩峰のことを意図してやったものでしょうか?」
「ほう……どうしてそう思う?」

鳴海は思わず感嘆の声を上げてしまう。
その声に自分の考えが正しいと思ったのか、榊はやや覇気を取り戻しつつ言葉を続ける。

「これは私が以前分隊長をしていたときの彩峰訓練兵との関係に似ているからです。
 私の命令が正しかったかどうかはわかりませんが、何かと口論が絶えずにもめていました。
 それを極端にした例が今回のことに繋がりますし、軍人として決してありえない事態ではないことと推測できます。
 確証はありませんが、推測材料としては問題の戦力分散……いえ、隊の編成の時点での人選がそうさせていると思います。
 個人操縦技術を抜きにして、失礼ながら隊の先任士官を抜きにしての演習を行うほど練度が高くはないと思います。
 そして、最後の戦力分散時に207B分隊のほか一名の人選があまりに不適当だということです。
 人選で選ばれた九羽少尉ですが――」

この時鳴海だけではなく、柳も思わず感心してしまった。
覇気がないかと思えばちゃんと見ているところは見ており、もしかすると普段よりも視野が狭まった間はあるが、その狭まった視野を余さず観察することが出来ている。
視野が広くても精密に事態を把握しなければ指揮官は務まらない。
指揮官としては未熟もいいところだが、経験を積めば化ける可能性が高い。
鳴海もそう思ったのか、長々と説明を続ける榊を一旦制すると鎧衣へと矛先を転じた。

「そうですね。2人が言うように戦術的観点で言えば合格とはとてもいえないと思いますよ。
 でも、それ以上にこちらが一機だけ多いということがわかっているのに防衛線を2つにしなかったのかが疑問に思います。
 麻倉少尉がぼくたちに防衛線を築けといわれたときも疑問に思ったのですが、任務成功条件を考えれば、それもありなのかもと今ならいえます。
 隊の犠牲を無視すれば一個小隊の防衛線とはいえそれを二つ、二個小隊からなる縦深型防衛線にすれば突破するには相当の時間を要するはずです。
 残りの一機で機械化歩兵を抱えて逃げるとかすれば目標ポイントに辿るつける可能性が極めて高まったと思うのですが……。
 相手の隊が取った突破戦術を丁度防ぐことも出来ただろうし、迂回突破は状況的に不可能なので少なくとも遅延戦闘としては有効だと考えます。
 けど麻倉少尉はそれをしなかったのが気になって……」

鎧衣さんの言うことももっともだ。
柳もその作戦を取れば数で勝り、逃げる作戦においては極めて有効な作戦だ。
第一防衛線は徐々に下がりつつ、第二防衛線に合流、戦力を高め損害を気にせず防衛に徹すれば全力で逃げる一機に追いつけないだろう。
彩峰はやや落第点だが、他の2人は評価できる答えを出した。
その彩峰も実のところ白銀が目論んだ通りに動揺してくれたので、実質――。
柳はもう一度白銀に目を向ける。
柳の目には安堵した表情と一緒に申し訳なさそうな顔、彼女たちを甘く見ていたという目をしている白銀が写る。
視線を白銀から外し、床へと移動させて自分自身に向かって溜め息をついてしまった。
余裕が無いなら無いで、それは成長してきた証なのかもしれない。
それを一目で判断しようとは我ながら未熟千万、日進月歩、精進しなければ。
視線を床から鳴海中尉の満足げな表情に戻し、己が未熟を恥じたのだった。

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「白銀君って本当の、本当に本当に本当に信じられないよ!」

演習後、二桁を超えるほど聞いた言葉をまた鼓膜が嫌でもとらえてしまう。
柏木晴子はついてくるんじゃなかったかと内心ちょっとだけ後悔していた。
演習自体には勝利したものの、風間少尉の作戦指揮に問題があるとして、伊隅大尉たちからの説教に参った柏木。
説教自体はもっともな事だったので不満は無いが、何分その浮き彫りになった問題の改善点をどう直していくかの議論に突入。
彼女の役割である砲撃支援という立場から色々と意見を言わねばならず少々疲れてしまったのだ。
そして、大方改善案が纏まり、解散という運びになった。
よく隊でつるむ涼宮茜と一緒に気分転換にPXにでも行こうかと誘いを受けて了承使用かと思ったところ、もう一人誘いを受けた人物が断ったことがここにいる原因だ。
ヴァルキリーズ全員が涼宮茜の誘いを断ったことを知れば驚愕すること間違いない人物……。
その人物とは築地多恵だ。
涼宮茜にお熱という噂が蔓延しているヴァルキリーズでは彼女のためなら何でもするのではないかというのが通説だ。
その噂は無責任なものではなく、ちゃんとそう思わせる実例があるからほうってはおけない。
あえてひとつだけあるとしたら、少しの間茜が鍵をかけずに部屋を出たところ戻ってみたら、何故かベッドの傍で鼻血を垂らしていた築地がいたということだ。
ちなみに部屋を開けていた時間は僅か一分である。
本人曰く、鼻血が出そうになったから茜の部屋で鼻紙を借りようとしたとのことだが……。
茜はそれで納得したが、隊のほぼ全員は納得しなかった。
その築地が茜の誘いを断ったとなれば熱でもあるのかと疑ってしまうのは仕方ない。
柏木はそれはそれで面白いことが置きそうということと彼女なりの心配する気持ちから誘いを断り、築地に付き合うことにしたのだ。
……とまあ、現在に至るわけだが、築地の怒りに付き合うことは余計疲れるだけであったのだ。
柏木はそれでも根気強く説得をする。

「んーとさ。言いたいことはわかるけどさ。白銀には白銀の考えがあってのことなんだよ。
 それに大尉だって程度の違いはあるけど、厳しいことを訓練に課してるでしょ?
 精神的に追い詰めるての急な戦力の底上げを図るのにたまたまこれが最適だった、そういうことなんだと私は思うよ」
「それじゃあ。納得できないから抗議に行くんだべ!あんの男さ感情的になると何すっかわかんねえがらな。
 このままじゃ榊さんや柳ちゃんが悲しむだがや」

もはやどこの言葉を話しているのかわからないくらい感情的になっている築地。
柏木は訛に突っ込もうかと思ったが、余計話がややこしくなりそうなので棚上げすることにした。
築地の言いたいことは柏木だってわかっているが、それはそれで割り切ることにしたのだ。
そうしなければ自分は弟に重傷を負わさせた御城衛を理不尽に恨んでしまいそうだからだ。
割り切ることをしなければ戦う意味を見失ってしまい、無意味に底なし沼に足を踏み入れてしまうだろう。
築地もそれを解ってくれるといいのだが……。
そうこうしているうちに男と女数人の笑い声を柏木の耳が捉えた。
聞き覚えがある声の主たちはおそらく男が白銀で、女性陣は207B分隊とお子様たちだ。
しかし、あんな演習をした後で何故笑っていられるのだろうか?
その疑問は彼らを視界に納めることで氷解した。
ああ、成る程。
演習の効果を全員が納得したからなのだと。
その証拠に白銀の頬にはいくつもの殴られた痕がついていた。
上官を殴るとは榊さんたちも無茶をするものだ。
築地もこれで怒りを発散してくれるかと築地がいるであろう場所に視線を向けるが、そこに人っ子一人いなかった。
慌てて回りを見回すと……。

「つ、つき――じょごっ!」

白銀がいるところに視線が戻り、彼にドロップキックを食らわせている築地の姿を見つけたのであった。
しかし、あれはどういった意味のドロップキックなのだろうか。
顔色は怒りとは別の意味で赤くなっているではと、茜の誘いを断ったことから邪推する柏木であった。

----------------------------------------------------------------

「……中尉この機体は?」
「貴様には丁度いい機体だろう。今のお前には」
「……確かに」
「本土防衛軍の動きが最近妙だ。例のやつらとは別系統だろうが、話がややこしくなることは確実だ。
 今回の件、これ以上話を大きくなるのは望ましくないからな。早急に対処せねばならん」
「わっている……つもりです」
「夜の帳が降りことなく月が天上で輝くことはならん。
 日の光に照らしだされる影……刻限を考えず影が不相応に光を食うようなら陰でその影を影が食えばいい。
 そうならぬことを切に願うがな」
「…………」
「わかったならいけ」
「はっ」

「……行ったか。……さてあちらの状況はどうなっているかな?帝国のためとはいえ状況を調節するのも苦労する」

整備ベッドに寝ている戦術機の前で中尉と呼ばれていた斯衛軍の女性はそう呟くと己が職場である部屋へと移動を開始するのであった。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり第六章その1
Name: 通行人A◆d1634279 ID:5a722df5
Date: 2009/08/22 22:18
今宵の夜は月がわずかに欠けている。
満月まであと少しというほど光り輝いている月は地上を照らしBETAに支配された死の星だと忘れるくらい美しい。
だがそれを他所に地上は少し騒がしくなっている。
街灯が無い森の中で冷たい風に吹かれながら一人の男が転びそうになりながら必死に走っていた。
男の格好は野戦服で、この森が存在する国である日本帝国の陸軍が採用するものに似てはいるが細部の使用が異なっている。
それはともかく男は森特有の湿った地面に足を取られそうになりながら、肩に担ぐようにしてもっている携帯式対戦車ミサイルを落とさないように走り続ける。
あと少し、あと少しだ。
男は自分に言い聞かせるように心の中で連呼する。
あの巨人にこれをお見舞いすることが出来る。
視界の横にちらつく目標に一泡吹かせるためだけに男はひたすら走り続ける。
決起までもう少し、もう少しだったのに……あの赤目の真っ黒い戦術機のおかげで俺たちの拠点が潰されちまった。
数ある拠点のひとつだが、決起に向けてそれなりの戦力がここには集まっていた。
集まっていたのだが、それを僅か戦術機甲一個中隊に全滅させられてしまった。
歩兵部隊であった男は生き残った兵と共に一矢報いるために森の中へと各自散開していった。
敵も大方の戦力を奪い油断している“はず”である。
根拠としてそもそも戦術機にとって歩兵を相手にするための兵器ではなく、人間同士の戦いでは同種の戦術機や戦車などを相手にするものだ。
ゆえにBETAとの戦いが長引き最前線に気を取られるあまり、近年の衛士には歩兵を軽視しやすくなっている。
確かに戦術機にとって歩兵の一人や二人、さほどの脅威にはならないかもしれない。
だがそこは軍隊、一個の目標に攻撃を集中すれば十分に討ち取れ可能性はある。
多数方向からのミサイル、或いはロケット弾の攻撃を停止した状態で受ければ無傷では済むまい。
男たちの歩兵の意地と復讐が敵を討たんと疲れと緊張で震える身体を動かす。
そして、攻撃地点である敵左後方攻撃地点を発見。
震える足が攻撃地点についた安心感からか力が抜け、雑草の上を滑るようにして膝を地面についた。
力が抜きたい心を必死に押さえつけて、肩に担いだ対戦車ミサイルを担ぎ直し、照準を目標の左翼の噴射跳躍機に合わせる。
間を置かずに引き金を引きそうになるが、横合いから伸びた手がそれを静止した。

「馬鹿野郎。同調して攻撃しなきゃあたらねえ。それに照準装置をオフってどうすんだ?」

静止してくれたのはオレの後ろをついてきていた相棒役の男だった。
走ることに夢中でこいつの存在を忘れてしまっていた。

「すまねえ」

男は素直に礼を言うと、相棒は通信を行いながら手振りで速く用意しろと伝えてくる。
その手はカウント30で行くといっている。
ギリギリまで相手に悟られないように照準装置を沈黙させておき、僅か数秒のロックのタイミングをあわせて攻撃し、撃破する。
そして、男たちは役目を終え、自決する手筈になっている。
どうせここから逃げれられはしないだろう。
戦術機部隊が単独で攻撃を仕掛けてくるわけがないのはわかりきったことであり、制圧のための歩兵が今も森を侵攻しているに違いない。
情報漏洩の芽を摘むには自決しか残されてはいない。
こちらの情報が漏れてしまえば決起すら成り立たなくなるのだから。
相棒の数えるカウントが10に入り照準装置をオンにし、狙いを定める。
デカ物はこっちに気づいていないのかピクリともせず只ひたすら突っ立っている。
これなら勝った。
カウントが5に入り必勝を確信し、引き金を引く指に力がこもる。
そして、力を込めた僅かコンマ3秒後に戦術機に突然動きが生じた。
やつの何も装備していない左腕から何かが動くギミック音が耳に届いたのだ。
どうやら左腕部に装備している短刀を展開しようとしているらしい。
オレたちのうちのどこかの攻撃地点に気がついたのかと思ったが、何故短刀を装備するのかわからなかった。
戦術機用の短刀とはいえ刃渡りが何百メートルあるわけではないのだからいくら頑張っても届くわけがない。
唯一届く手段は投擲だが……手に持って投擲するにはカウントに間に合うはずがない。
ならば右手に装備した36mmか120mmの方が確実性があるだろう。
相手に間抜けな対応のことを嘲りつつ、ロックオンが完了したことを確認。

「これで撃墜1確定!!」

その叫びと共にカウント0となり引き金が引――こうとした。
引こうとしたのだがカウント0と共に男の世界が一気に後方へと加速した。
視界は目標の戦術機を見失い、気がつけば夜空を仰ぎ見るようにして荒々しい呼吸をして転がってしまっている。
一隊何が……?
視線をさまよわせ、身体を起こそうと必死に動かし状況を把握に努めようとするが体は彼の意思に反して蝋で固められたように動かない。
しかし、聴覚だけは辛うじて機能しているようで相棒以外の男の声を捉えた。
そして、絶望した。

「こちらエッジ5。罠にかかった蟻を一匹確保。残りはどうすればいい?
 ……了解。囮になった新人少尉に返礼よろしく頼む。さて、処理は早急にな。
 時期に表の奴らが駆けつけてくる。それまでに作戦目標の全てを達成しなければならないからな」

その言葉聴いたが最後、無駄に時間を浪費されること無く男は喉を掻っ切られて簡単に処理された。
そして、その会話を傍受していた囮となっていた衛士はぽつりと言葉を漏らす。

「……帝国を思うなら何故もっと別の形を目指さなかったのだ」

それは自分自身に言い聞かせるような響がそこにあったのだった。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり
第六章その1


横浜基地。
所属も一言一句間違えることなく言えるようになった馴染んだ基地。
事件の混乱も落ち着き、基地に所属する軍人、軍属の民間人共に心の整理がついた今日この頃。
神代は珍しく基地の裏手で一人で昼間の空を見上げていた。
飛行機が高高度を飛ぶことの無い空には眩い光を地上に照らし続けている太陽があり、時折日差しを隠す雲がある。
その様子を見て自分の有様について目を凝らしつつ考えていた。
新型OS……正式名称はXM3と決定したようだ。
そのXM3が国連と帝国軍とのとある取引によって試験導入という名目で、偶然国連軍基地に駐留している私たち独立警護小隊の機体に搭載、試験運用を命じられた。
最初こそその使用に疑問を浮かべることもあったが、一旦運用を始めると旧OSに戻ろうという発想が浮かばぬほどの性能に目を見張ったものだ。
報告書には常に良好、欠点よりも利点が数段上回ると書かれ続けられていった。
斯衛軍から城内省を経由し、さらに帝国軍上層部へとその情報は伝えられ続けられ、その数値に驚愕し続けることとなった。
試験運用をはじめてわずか一週間。
帝国軍はXM3の早期配備を決定、急ピッチで換装、慣熟訓練をしているという。
近頃噂されている攻勢作戦を前にして異例中の異例のこの処置、やや早急すぎる気がしないでもないが、データリンクで機動データを共有できるメリットを考えると
慣熟訓練も早く簡単に終えることが出来るのも事実。
年内に攻勢作戦に出るとなると多少の混乱が懸念されるが、帝国軍はそれもやむなしと考えたのだろう。
私たちが試験運用で推測した損耗率の減少は三割強ともなれば浮かれてしまうのも無理もない。
後は何度も言うように新兵器導入時に生じる部隊間の連携問題だけだが……。
そこまで考え、神代はもう一つの噂について考えた。
帝国陸軍内部で不穏な動きがあるという噂だ。
近頃各派閥間の摩擦が強まっており、一部では非公式ながら直接的戦闘行為に発展したという情報が入ってきている。
そして、もっとも懸念されることは叛乱である。
最前線の国で起きている難民問題や五摂家の事実上の政治的隔離など不満の声が日に日に大きくなっている。
その一方で国際協調と証した出すぎた媚びた外交……主に彼の大国に対してだが、行われている。
このままではBETA侵攻以前よりも国としての体裁が崩れていってしまう。
斯衛の自分がそう思えるほど危機感が積もっているのだ。
何らかの対策をせねばいずれ国が分裂、空中分解してしまうかもしれないのだ。
見上げた空は青いが、そこには残酷さも秘めている。
そして、見上げてばかりでは足下の危機に鈍くなってしまうものだ。
つまり今背後を移動している気配に注意を怠ることも気の緩みの証拠であり、それを見逃すわけにはいかない。
足音を立てぬように移動してきた気配は神代の背後三メートル程のところで一旦止まるとその身を縮ませる。
おそらく跳びつこうという腹なのだろう。
そして、予想通り気配が急速に高まり、それにあわせて神代は左足を軸にして半身だけ振り返る右手で跳んできた頭を叩いて捌いた。
頭を叩かれた人物は悲鳴を上げることも無く無言のまま剥き出しの地面へとヘッドスライディングしていった。
そして、数秒停止していた後起き上がり制服についた土をこれまた無言で叩いて落しにかかった。
神代は自分でやっておいて何だが、その格好に多少哀れに感じ手伝ってやる。
あらかた落とし終えるとこの場に来て初めて襲撃してきた人物は口を開いた。

「……官」
「ん?」
「……教官は渡さないからな!」

襲撃者、もとい九羽彩子少尉は神代に向かって所謂“あっかんべえ”をすると全速力でその場を後にしていった。
本日の九羽の襲撃はこれで三回目、時刻は夕方前の15時。
軍人であればこれだけの数の襲撃をかけに来るのに驚愕を禁じえないだろう。
一体どうしたらこれだけの数の襲撃をかけられるのだろうかと。
それと今回は友人がついてきているようだから、そこのところの事情を聞かねばなるまい。

「……柳!!」
「は、ははっはい!!」

名前を呼ばれて建物の陰から慌てて現れる柳。
その慌てようは今まで神代が教えてきた斯衛の作法とはかけ離れた年頃の少女そのものだった。
子供らしさをもってくれたこと自体は喜ばしいことなのかもしれないが、こと今回に限っては大人として注意せねばならない。
神代はまだ別の建物の陰に隠れている気配を感じるが、そちらはあえて無視することに決めた。
陰に隠れているものはある意味関わりたくないからだ。

「柳、何故今日もあの娘は私に襲撃をかけてくるのだ?それに半日で三回とは自身の職務を全うしているとは考えにくい数値だぞ?」
「それは……襲撃かけてくるのはその……ご存知だと思いますが兄への想いゆえの行動でありまして……」

柳は言いにくそうに言葉を選ぶよう、途切れ途切れに話をする。
神代はそこで遮って説教をしてもいいが、柳の言葉の続きが気になりあえて口を挟まず待った。

「……事実上の……こ、恋……~~~~」
「な、なんだ?」
「~~~~こ、ここここ、恋び、人である、あなたた、に嫉妬してのことですかかかから」

恋人;恋しく思う人。相思の間柄にある、相手方。いわゆる婚約者、生涯の伴侶の一歩手前の関係。
神代たち武家にとってはそこまでいったら政治的事情や不釣合いという特別な理由が無い限りまず婚姻までいく関係。

「こいびと……」
「それで職務に関してですが、待機時間を見つけては休むことなく襲撃に駆けずり回っている次第でして、私も止めようとしているのですが……聞いてますか神代少尉?」
「…………聞いている……ぞ?」
「何故疑問文なのですか?いくら兄の伴侶となるべき人だからといって、義妹としては惚気や惚けを起こしてもらっては困ります!」

いつの間にか説教する立場が逆転し、その出てくる言葉、神代=義姉という未来にニヤケそうになるが必死に耐える。
彼女の斯衛と大人の女性という享受が全力で理性を保っているのだ。
しばらく柳の逆説教が続くが神代も場所が場所なこともあり、彼女の威厳を保つため注目を集める前にそれを止める。
幸い開けた場所でも周りに特定の人物以外はいなかったため面子は保たれた。

「……柳そろそろ落ち着いたらどうだ?私が説教していたはずがいつの間にか逆転していたな」
「す、すみません。兄のことになると思考がある方向に単純化してしまうようで……」
「まあ、それはいいとして、九羽少尉をどうにか抑えてくれぬか?こうも襲撃されては無用な注目を浴びてしまう」

柳は元の落ち着いた雰囲気の少女へと戻ると了解の意志を最敬礼であらわして見せた。
神代はそれに頷くと答礼し、柳に九羽を追うよう促した。
柳の後姿に目を細めながら見送ると建物の陰に聞こえるように独り言を放った。

「近頃は白銀と柳が親密になってきているとかいないとか。もう一人女子の少尉も近頃は……。九羽の次の襲撃先は彼のところかもしれんな」

神代は嘘と真実を織り交ぜてわざとらしくいい連ねる。
その言葉を聞くやいなや気配はすばやくその場を後にしていった。
去り際に「それはあ・か・ん」といっていたような気がするが、神代はこれ以上関わらないよう聴かなかったことにするのであった。
神代は聞かなかったことにしたあと再び真剣な表情に戻すと北の空へと視線を向ける。
そこには当たり前のように太陽は無く、青空のほかに筆で絵の具をたらしたような雲が広がるばかりである。
しかし、その向こうには帝都がある。
そして、三度表情を変えると神代消え入りそうな声で呟いた。

「あなたは帝都で何をしているのでしょうか?それとも――私はそれを思うと港の女になったような気がします」

神代は寂しげに自分自身の心境を港の女に例えるが、彼との約束を半分も守れていない自分を思うとどうにも的外れなような気がして自嘲の笑みを浮かべる。
そして、その笑みすら消すと胸元から一通の便箋を取り出す。

「……どうやら柳には届かなかったようだな。やはり武家の人間といえど国連軍扱い、というわけか」

再び空を見上げその便箋を握り締めるのであった。

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「九羽ちゃん今日も突撃ですーか?よくも飽きずに行くものですね」
「……ふっき早々その手の話題に興味心身のようだね、元気」
「そりゃああたしはあたしですかーら」

魅瀬と伊間は訓練後の一休みにPXで他愛の無い雑談に耽っており、麻倉はそれに耳を傾けている。
数週間ぶりに怪我から復帰した伊間と相棒兼保護者の高原、それに新人の元207B分隊が加入したことによる全体的な錬度不足が浮上。
選別演習後に機体になれる意味も含めてわずか五日で実機搭乗時間80を超えた(演習前の分を含める)。
血が滲むような訓練のおかげで目標水準を超えることに成功し、通常通りの訓練に戻った本日の訓練は天国に感じるほどであった。
その自身らの努力を労うためささやかな京塚曹長特製の裏メニューを頼むことにしたのであった。
それを貪るようにして食べつつ会話しているチビッ子二人を保護者の高原と麻倉、そして彩峰、鎧衣、榊が見守っている……というのは語弊があるだろう。
正確には見守っているのは麻倉だけであり、高原は新人同僚と喋ることに夢中になっているのだ。
その麻倉は元々B分隊の面々とはそれほど親しくしたことはなく、喋れば誰とでも喋れる高原に会話を任せ、子供たちの面倒に気をかけているのだ。

「でも、九羽ちゃんって、どこかで会ったような気がするんだよーね。これって前世で云々ってやつかーな?」
「……さあ」
「おお、朝美ちゃんも賛成意見とはこれは凄い。……朝美ちゃん早く得意の台詞取りやってくださーいよ。ちょっと期待していたりしていなかったり」
「あんたの台詞とっても面白くない」
「むう」

麻倉はこの他愛無い無邪気な会話が好きだった。
自分が悪い意味で大人になってしまい、この種の会話に参加すること自体が稀になってしまった。
御城柳や目の前の子供たちに頼られることではいい大人になったといえるかもしれないが、少し冷めた自分を寂しく思うこともある。
だが、失恋のショック如きで自分の殻に閉じこもろうとしていた自分を阿呆呼ばわりしてくれた、斯衛軍少尉巴雪乃に追いつきたいと思った結果が今の自分である。
まだまだ日常会話に参加できない偏った強さだと思うが、まだ未熟なら未熟で追々統合性を取ってみせる。
そんな意気込みはともかく時は穏やかに過ぎ去っていく。
子供たちのやり取りに自然と笑みを浮かべていた麻倉だったが、不意に声が掛かった。

「で、どう思う?」
「すまない。話を聞いていなかった」
「ありゃりゃ、うちのチビッ子たちの微笑ましい姿を見て母親みたいな顔しちゃって……いい感じ!」

高原は入院する前と何ら変わらない調子で一人飛ばしている。
彼女と話していた彩峰……以外の二人にはややオーバーペースのようだ。
鎧衣のマイペースは高原には通じない、というよりお互いか見合わずに会話が進行するという恐ろしい状況が展開されていたようだ。
麻倉が会話に参加しなかった一因はここにあったりする。

「私に母性を感じたのはいいが、何がどう思う、なのだ?私に話を振ってくるということはそれなりに真面目な内容だと思うのだが?」
「麻倉さん……でいいかしら?元同校の訓練兵だったからとはいえ、あなたは紛れも無く先任少尉だから呼び方をしっかりするかどうか迷ったのだけど……」

麻倉の言葉の後に続いたのは榊だった。
彼女は無事訓練校を卒業できた3人の中では比較的常識人であるがゆえに気苦労が絶えなかったのだろう、ほっとした表情を浮かべる。

「呼び方は呼びやすいようご自由に。一応、同階級の同僚にまで肩肘張らなくてもいい気はするがな」
「そう。なら麻倉さん、さっきの話の続きだけど、あのニュースを見てどう思う?」

榊はPXの片隅に置かれたテレビを指差し、その放映内容である報道番組が伝える事件について意見を聞きたいようだ。
麻倉は今まで気に留めなかった報道内容に注意を向ける。
その事件についてはそれなりの規模のもののようで結構な時間を割いて報道しているようだ。

『本日未明、会津山中にて火災が発生。火は夜間訓練中の帝国陸軍によりすばやく鎮火に成功。わが国の貴重な自然は守られました。
 原因は現在調査中との事です。一部の専門家の話では天元山の噴火炎が今になって届いたのではという意見が出ており――」

これを見て麻倉は即時返答することとなった。

「この国営放送の報道者、或いは原稿作成者を即刻首にすることをお勧めする」
「……続けて」
「簡単なことだ。この報道内容では自然災害ではないということを想像させる一文が存在しているからだ。
 “わが国の貴重な自然が守られました”続いて論外な専門家とやらの意見は本当に筋が通らないとんでもだからな」
「僕してはそのほうが面白いと――むぎゅ~~~~」

鎧衣が空気を詠まずに何か口を挟もうとするがそれは先程まで横で話していた子供たちに口角を掴まれて止められる。
子供たちはその間間抜けな声を上げたことに色々と馬鹿にして、ついには自分たちより胸なしだとそしり始めた。
そして、この手のことにはお約束な追いかけっこの始まりである。
麻倉はそれを無視すると榊や彩峰に答えたぞというと、手元の湯飲みを傾け中身を啜った。

「成る程ね。それじゃああたしたちと感じたことは同じだということか」
「……言いたくないけど、これは明らかに人為的……前日の機種予報からしても山中で火災なんてまずありえないから。
 山中ということからこれは戦闘行為である可能性が高いと思う。もしかすると――」

彩峰の言葉は顔の前に伸ばされた手によって止められた。
以外にもその手は麻倉のものではなく、高原のものだった。
高原はにこやかな顔のまま口元に指をつけ静かにと合図する。

「情報が全く無く、根拠薄弱のまま憶測をするものじゃないよ。仮にそうだとしても副司令からの命令なしに私たちは動けないんだから。
 鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス。なんちゃって」

つまらないことを言って話を締めたが、麻倉も目の前の二人を止め様と考えていたところだった。
自分が煽ってしまったのは確かだが、この場でこの話題は確かにまずい。
誰もが表面上は普段どおりに装ってはいるが、うちに溜まった物は相当な量になっている。
それをうまく操れなければ良かれ悪かれ周りに何か影響を与えてしまう。
良くない噂が絶えない今の状況で迂闊なことはいえないのだ。
只止められた彩峰が皆とは別の焦ったような表情を浮かべているのが気になる。
しかし、麻倉としてはこの場でそれを尋ねようものなら悪い方向にしかいかないような気がしここであえて問うようなことはしなかった。
その代わりに重くなった雰囲気を変えようと時間だといい席を立つ。
丁度デブリーフィングの時間が近くなってきたためだ。

「ありゃ?まだ時間には少し早くないですか?」
「うちの子供たちを捜さなければならないからな。場合によっては……鎧衣のことで説教もしなければならない」
「……どんな?」

彩峰の踏み込んだ質問は何気ないものであり、別段深いものでは無かったのだが麻倉はやや赤面しながら返答する。

「……身体的特徴を馬鹿にするものではないとな」
「……説教はいいけど、鎧衣が余計傷つくような気がする。後、麻倉も結構初心なんだね」
「よ、余計なお世話だ!」

どうやら麻倉と彩峰は思いのほか相性がいいらしく、からかう役とからかわれる役が既に実現されている。
同じ教官の下で学んだことも起因しているのだろう。
違うところは強いて言うならば戦術機での戦い方くらいなものだろう。

「ところで、ここにいた麻倉に聞いても仕方ないけど、白銀がどこにいったかしらない?」
「いや、私は知らないが……藪から棒に一体どうしたのだ?」
「白銀が今朝の演習を終えてからもの凄い勢いで走り去っていったから何事かと思って……
 いつも柳が傍にいるから子供たちの保護者である麻倉なら知ってるかと思ってね。知らなかったみたいだけど」
「残念だが、柳は文がくる日だからといって早々に着替えていってしまったのでな。その前に九羽を追いかけて言ったようだからわからない。榊は何か知っているか?」
「右に同じ。白銀がどこかに消えたことしかしらないわ。私も操縦技術について聞きたいことがあったから呼び止めたかったんだけどね」

ここにいるものが全てが白銀がどこにいるのか把握していない。
そこで皆が結論したのはつい最近噂になっている香月夕呼副司令がらみの呼び出し、または任務だと。
噂とは基地司令であるラダビノッド准将差し置いて昇進し、同階級である准将になるというものだ。
その昇進はXM3の開発が起因しているといわれているが、まだ配備数が少なく、まだエースといわれる衛士たちからのデータしかない状況でおかしいことこのうえなく、
根拠にしては弱いことから噂レベルで止まっている。

「白銀のことはわかったがそろそろ探しに行かないと時間になってしまうので行かせてもらうぞ。全く……九羽か柳から軍務に対する姿勢を学んで欲しいものだ」

麻倉にしては珍しくぶつくさと呟きながらPXを去っていったのだった。

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とある悪の組織の地下秘密研究所……ではなく、香月夕呼の執務室は珍しく人口密度が高くなっている。
通常個々に入れるIDの持ち主はこの基地でも数えるくらいしかいないのだが、本日は特例として今日数時間だけの臨時IDが発行されこの場所に集まっている。
しかし、人口密度が上がったとはいえ、十人に満たないささやかな集まりだ。
人口密度が高まった所為か、はたまたこの場にいる全員の緊張の所為か空気はガムテープでガチガチに固められたように身動きすらしづらいくらい重くなっている。
A-01連隊第9中隊中隊長伊隅みちる大尉。
同連隊第0中隊中隊長鳴海孝之中尉。
オルタネイティブ第四計画実戦部隊の最後の精鋭を率いる二人の中隊長が直立不動のままその場に立っている。
空気に影響されてか空気が影響されてかはわからないが、先程形容したように身動き一つすらしない。
それもそのはずこの二人が呼ばれたということはそれだけ重要な任務が課せられるか、それに順ずる機密レベルの公開、ともかく何かしらの発表がある。
二人はどんなことを言われても覚悟を決める所存であるのは傍目からもわかる。
その中で二人の視線を一身に受けていて身体を硬くしながらも負けじと覚悟を決めている男がいる。
白銀武少尉だ。
この場にいるもので一番階級が低く、この場にいる意味が読めない人物だ。
ただ副司令の下で特殊任務に就いて色々と働いていることが隊内では知られている。
XM3の開発の重要な部分に関わっていたというのが最もな例だろう。
鳴海もそれを知っているだけにおそらく特務関連でここにいると見当をつけていた。
ここまで緊張した場所に居合わせたのは初めてなのか、白銀はピアティフ中尉に態々リラックスできるよう色々と気を使わせている次第だ。
だが、小声で何やら子供たちについて話しているようなので只の世間話ではないのだろう。
椅子に座ったまま端末操作に没頭している香月副司令が注意、または迷惑そうな顔をしないことが根拠である。
鳴海は九州にいた頃から待たされることに慣れており、隣の伊隅も同じなのだろう、入室して既に五分ほどたっているが集中力を切らさず待ち続けている。
そして、さらに三分経過し耳慣れた電子音が部屋に木霊した。
香月はその音源である電話の受話機を取るとまた数分話し始める。
こう長く放置されるのは鳴海にとっても伊隅、白銀、ピアティフにとっても初めての経験であった。
ここまで緊張した空気が続くと体力を一気に持っていかれてしまうので用件はまだかと頭の隅でちらつき始める。
そう思い始めた頃ようやく用件を終えたのか香月は受話器を置き、端末を軽く操作してからこちらへと顔を向けた。

「待たせたわね。……鳴海、今日までの演習で新人と娘っこたちは使えるようになった?」

鳴海は一瞬報告を求められて驚きの意味を込めて眉を上げて見せる。
そして、報告の意味を悟ると気難しげな顔に変えつつ口を開いた。

「はい。操縦技術、連携は実戦レベルまでの底上げに成功しました。ただ、新人に関しては彼女ら個人の才能に頼るところが大きく、
 “戦場”でどれだけ実力を発揮できるかが問題です」

鳴海は戦場の部分を強調して報告を行う。
その強調の意味をこの場にいる全員は瞬時に理解した。
香月は軽く鼻を鳴らして笑うと伊隅にも同じ質問をする。
答えは似たようなもので違いがあるとしたら戦場の種類は違えど実戦を経験していることだろう。

「……両隊とも実戦への参加可能まで錬度を引き上げ完了か……。ピアティフ、例の作戦を始めると関係部署に伝達して頂戴。
 作戦開始は明夜2200とね……悪いけどあんたたちに何も解らない状態でちょっと飛んでもらうことになるわ」

伊隅、鳴海の両名に明夜までに全員戦術機への搭乗を済ませておくことを伝えると2人をさっさと追い出してしまった。
この様なことは初めてだった。
少なくとも今までは作戦概要は伝えられてから作戦を開始することになっていたのが、今回に限り移動中の作戦説明をするというのだ。
しかし、それは先程の質問と今の扱いを考えれば自ずとどのような作戦が行われるのか検討がついた。

「大尉、今回の作戦……やはり例の事件がらみのもので間違いないでしょう」
「おそらく……な。白銀が提案……したようには見えなかったが、何かしら関係はしているのだろう。明日の夜半とは……丁度満月の日だな」
「月明かりが眩しい夜に夜襲でしょうか?……時間が無いと見て間違いないんでしょうね」
「私たちの仕上がりと情報の入手が偶然同時に入った……出来すぎだが――」
「――何にせよ選択の余地はないということですか」
「そうだろうな」

2人の隊長はそれぞれの隊に出撃準備を整えさせるべく上の階層へと急ぎ足で向かうのであった。

-----------------------------------------------------

「先生」
「何?」
「この情報……間違いないんでしょうね?」
「……嘘か真か……どちらにしろあんたには選択の余地は無いでしょう?無意味な心配は止めて任務を成功させなさい」
「……了解です」

先生と呼んだ男、白銀武が香月の合図と共にピアティフに連れ出されるように部屋を出て行く。
ドアが閉じ彼女一人が部屋に残されるとポツリと独り言を呟いた。

「それにしても帝国も無茶なことを……鎧衣のやつの話が本当なら国連がどのような立場を取るかが鍵ね。
 全く持って人類全体から考えれば迷惑以外のなんでもないというのに。
 ……それでも私も日本人ということなのかしら」

呟きはただ無意味に空気を振動させた。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり 第六章その2
Name: 通行人A◆d1634279 ID:5a722df5
Date: 2009/11/05 20:23
膨大な震動音が木々をざわめかせる。
夜間、月明かりに照らされた自然たちは数秒のことながら、暗闇に包まれ枝葉を揺らす。
暗闇、低空を飛翔する影は何かを恐れるように地にはいずるではないかというくらい常識はずれな低空飛行をしている。
見るものが見れば顔を強張らせていたほど危うい飛行だ。
墜落するというほどではないが、ここは佐渡島から十分射程距離に入る空域であり、匍匐飛行などできない大型機が通る場所ではなかった。
しかし、危険を冒してまでこの空域を飛んでいる。
それも編隊を組んで、でだ。
それは何故か?
その内容はこの大型機輸送機の編隊長を務める男ですら知らされていない。

「隊長、やっぱりおかしいですって」

編隊長の副操縦席から不安げな顔を隠しもせずに声を掛けてきたのは同副操縦士だ。
態々内陸部を通る今回の作戦は胡散臭いことこの上ないし、太平洋側を通らない危険な道を通るのは確かに編隊長も不安と不満を感じていた。
だが、編隊長は軍人であり、なおかつ玄人の輸送機乗りだった。
どんな状況でも荷物を目的地まで送り届けることが彼の誇りであり、いざとなれば光線級の囮になることだってするくらいの気概を持ち合わせている。
積荷がこれから何を使用としているのか、わからなくとも、意味の無いものではないはずだからだ。
しかし、気弱な相棒はそうはいかない。
いつもネガティブなことを考えているほど気弱で、BETAの侵攻を聞くたびに身を縮ませているほどだ。
編隊長はそれを和らげる意味で階級で彼を呼ばずにあえてファーストネームを呼び、声を掛けた。

「そんな顔をするなジョッシュ。確かに得体の知れない作戦につき合わされていて、BETAに打ち落とされるかもという不安を感じるのもわかる。
 でも、それも後ほんの少しだろ?目標地点まで10キロを切ってるんだ。航空機ならものの数分の距離だろう?」
「そ、それはそうですけど……荷を降ろし終わっても安全地点まで距離は少しありますよ?」
「そうネガティブに考えるなというんだよ。むしろ荷の中のお客さんのほうが余程不安がっていると思うぜ?
 俺たちはあがくことが出来るけど向こうはこっちが投下するまで全く動けないんだからな。
 とても熱い光の針で昆虫の標本みたいにされるなんて俺はごめんだね」
「……お、俺たちは動ける分ましだと?」

編隊長は相棒のネガティブ思考に人生何十回目かの呆れを覚えた。

「…………馬鹿、俺たちが死ぬ方向で話を進めるんじゃない。俺が言いたいのは泣き言いってる暇があれば軍人らしくそうならないように
 目を皿のようにして警戒しとけってことだ。そうすれば気もまぎれるだろうが」
「……そうだといいんですけど」

編隊長はそうしろというと相棒に隠れて掌の汗をズボンで拭った。
彼が実のところ一番心配していることはBETAのレーザー攻撃からではなく、敵対勢力……同じ人類からの対空攻撃だった。
背中に背負った積荷を投下する場所といえばそれは戦場でしかありえないわけで、こんな大型機が低空で飛んでいれば狙ってくださいといわんばかりなのだ。
正直輸送機乗りとしての誇りがなければ目標地点に着く前にさっさと投下して帰りたいと思っていただろう。
彼の予感が正しければ投下ポイントに差し掛かる辺り……丁度ここらへんで敵のお迎えがくるはず。
その時、彼らの予感が的中するかのように機内に警報が鳴り響く。
それまで弱気になっていたジョッシュですら、弱気を忘れるほど機敏に計器を操作し、瞬時に取れるだけの手段をとっていく。
しかし、こんなデカ物で、かつ編隊を組んでいるとなると大きな回避運動が取れるわけがない。
後は運次第……。
本の数秒たったとき、衝撃波と爆音がデカ物を揺らす。

「状況報告!!」
「最後尾の七番機被弾!左翼全損、墜落します!」
「ちぃ、第二波来るぞ!全機、積荷を緊急投下後限界速度でこの場を離脱、目的地に逃げ込むぞ!
 ……悪く思うなよお客さん」

編隊長の最後の言葉は積荷の親分に通信で伝え、回答を得る前にカーゴを開き、緊急投下する。
積荷の数は全部で14……破損、全損はそのうち2つ……。

「……なんでいまさら人類同士の争いで部下とお仲間を失わなきゃならんのだ」

相棒であるジョッシュにかかれない様に小さく呟く編隊長であった。
下弦の半月が夜空に輝くこの時刻、皇記の歴史書に新たな項目が追加されることになったのである。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり
第六章その2


一言二言伝えられただけで襲ってきた突然の重力。
地表は目前、準備は不十分のまま空挺作戦が強行されることとなった……というのは心が落ち着いてからの思い返しである。
無我夢中で跳躍機を頻繁に、細かく、正確に操作し、減速しつつも着地の勢いを地面と戦術機の前方、つまり逆噴射しつつ主脚で地面を蹴る。
飛蝗のように跳ねるようにして五十メートルほどオーバーランしてようやく静止する。
柳は自分の操作を寸分たがわずに再現してくれた愛機に労いの意味を込めてありがとうと小さく礼を述べた。
いくらジュラーブリク…………Su-37チェルミナートルとはいえ、XM3の自動姿勢制御カットの機能がなければ無事では済まされなかっただろう。
国産機に拘る柳としてもこの機体の高性能なところは素直にみとめていることなのだ。
柳は労いを終えるとメインカメラを操作し、網膜に映る後方の踏みにじられた木々を網膜に映しこむ。
自然破壊をしたことに胸に針が刺さったような鋭い痛みがはしる。
そして、その光景を再現するかのように次々と仲間が降り立り、その痛みを何度も味わうこととなった。
その数は11、いずれも国連ブルーに染められたチェルミナートルたちだ。
胸の痛みを先程撃墜されてしまった輸送機のパイロットの命に比べればと無理やり思い直し消し去る。
この際、自然と人の命がどちらが重いという倫理観は棚上げしなければならなかった。

「――全機状況報告」

大地に降り立つ爆音がやんだ後に耳に届いたのは部隊内通信から聞こえた鳴海孝之の声だった。
鳴海の言葉に従い部下である11人の隊員から次々と問題なしの報告が上げられていく。

「――全機無事か。予定通りとはいかなかったが、幸いそれほど離れた場所ではない。我々のやるべきことはかわらない以上、
 攻撃目標である屋敷に向かって前進、敵の戦力の無力化後、制圧する」

今回の作戦は山中にある人目を憚るようにして建てられた屋敷の制圧だ。
それ以上のことは教えられなかったが、帝国に態々偽装にフライトプランを送ってまでこの上空を飛んでいたのは屋敷に近づくためであった。
であったのだが……事前に察知していたのか建前の補給物資を積んだ機が撃墜されてしまった。
情報が事前に漏れていたのなら現状の戦力で作戦続行は危険である。
だが、ここから撤退するとなると帝国との事前承諾に反することになってしまう。
下手をすれば帝国の正規軍とやらねばならないし、それを止めようと横浜が動けばまた仮を一つ作ってしまうことになるだろう。
政治的話が柳の頭を揉みくちゃにしていき、不安一色に染められていく。
柳の不安を他所に部隊は重厚な足音を響かせながら目標地点へと移動を開始し始めた。
不安を抱えたまま戦闘に突入するのかと必死に後ろ向きな考えを消そうと躍起になるが、一度考え始めたことが車輪が回るかのようにループし続ける。
情けないと小さな唇が声を出していた頃には主脚の足音から噴射跳躍機の噴射音に切り替わり、突撃姿勢に入ったときだった。
不意に柳の網膜に点滅を繰り返すチェルミナートルの肩後部のランプが目に入った。
普通は点滅することのないそれに瞬きをして疑う。

「あれは……麻倉少尉の機?」

柳は麻倉が自分たち年少組のことを一番心配していることを知っていて、なおかつ彼女担当の魅瀬と同じくらい自分を可愛がってくれていることを自覚していた。
申し訳ないと思いつつも、神代少尉のように良き人生の先輩として忠告を良く聞いてきた。
その彼女が突撃中に一体何のつもりで無意味に点滅させているのだろうか。

「発光信号……じゃない……モールスでもないとすると……」

考えてみてもわからない。
解らないうちにその点滅消えると同時に榊の声が耳に飛び込んできた。

「……目標地点に震動を感知!これは……地下施設への入り口が開いた模様!」
「こちらのセンサーも捕らえました!と、同時に多数の戦術機の駆動音を確認!数は……16!いずれもF-15のものです!」

榊たちが得たデータは部隊内リンクを通し共有化される。
その共有化されたデータを確認し、部隊は全員が怪訝な顔に変わる。

「F-15……E!?何故帝国にはない機体が……」

望遠カメラが捕らえたそれは帝国カラーで染められており、一見F-15J陽炎のように見えるが、
コンピューターは米国しかもっていないはずのF-15Eストライク・イーグルであることを示していた。

「米軍最強の第二世代戦術機……相手にとっては不足はないが、任務達成には邪魔だ。時間内に敵を殲滅、
 制圧のための歩兵部隊の侵入経路を確保する!兵器使用制限自由!楔形一陣形で敵の体勢が整う前に蹂躙する」

了解の声が柳の口、通信の参加している全員から聞こえてくる。
行軍体勢の陣形から突撃前衛組であるレッド、強襲掃射で主に構成されたブルー、砲撃支援などで構成されたグリーンという順番に並び替えられていく。
柳はその中でレッドに配属されており、チェルミナートルも帝国製の長刀が装備できるように改造されている。
突撃前衛は白銀を隊長に麻倉、彩峰と柳で構成されており、先程の発光信号はそれゆえの激励か何かだったのだろう。
柳は先程の不安を忘れてしまったいることに気がつかないまま両腕に装備した36mmを展開し始めた敵に狙いを定め……。

「エインヘリャル7、フォックス2!!」

120mm砲弾を時間差で同時に放ち相手の出鼻を挫くのであった。

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「……さすがに気づかれていたか?……気づいたのは誰かが問題だが、こちらを意図的に無視してくれたことには感謝せねばならないか。約定どおりとはいえ……」

男は腰につけたやけに大きい無線が小刻みに揺れていることに気がつくと手に取り耳に押し当て応答する。

「こちら“新人”、HQこの後どうすればいい?――了解、予定通り移動する」

男は先程撃ったばかりの携帯式対空ミサイルを肩に担ぎ直し、湿った地面に足裏をつけてゆっくりと歩き出す。
砲声が聞こえてくる方向とは反対方向へと歩を進めつつ一度だけ振り返った。

「餅は餅屋とはいうが、餅を作るのに蕎麦屋にやらせるとは……嫌がらせにも程がある。
 ……作戦通りならそろそろ第二段階に移行するか。冥夜様、どうか殿下の意図に気づいてくださればいいが。
 国連がどれだけこちらの意図通り動いてくれるか、それ次第で状況も変わるか」

男はそっと地面にある小さな扉へと身を滑らせ、その奥へと姿を消すのであった。

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轟く砲声も無くなっていき、網膜に映るレーダーには敵を示す赤の光点もあとわずかと示していた。
コンピューターで補正された外の様子はそれを表すかのように静かになっていた。
敵のイーグルはこちらに大した損害を出すことなく次々落とされていった。
そして、最後の一機が自分の前で恐れおののくように36mmをフルオートで撃ちながら必死に後退していく。
柳は一瞬躊躇いを覚えるが、自分がやるべきこと思い出し、躊躇いをかなぐり捨てて両腕部のモーターブレードを展開する。
弾幕を避けるように倒立跳躍、それを三回転でキャンセルし、相手の進路を予測して主脚の負荷を多少無視して噴射跳躍。
イーグルの懐に飛び込みその首筋に左腕部のモーターブレードをねじ込み火花を散らせる。
今頃管制ユニット内の衛士は明滅する網膜混乱していることだろう。
と同時に死の恐怖が鎌首をもたげているはず。
それを自覚させる前にと右腕のモーターブレードを管制ユニットへと通じるハッチへと叩き込む。
鮫の歯のように鋭い複数の刃は内部の衛士を噛み砕かんと高速で回転して減り込んでいった。
三秒程度その行為を続け完璧に沈黙したことを確認し、モーターブレードを引き抜く。
網膜に回転する刃から赤い液体が飛び散った気がしたが、それを意図的に無視する。
崩れ落ちるイーグルを尻目に網膜に映るレーダーを再度確認する。
そして、それを代弁するように部隊内回線から報告の声が上がる。

「レーダーに感な――いえ、後続を乗せたヘリの編隊を確認……敵影は確認できず」
「こちらも確認した。引き続き警戒に当たる。各機、全方位地対空警戒。後続と連携して蟻一匹見逃さないようにしろ」

了解と、今日何度目かの了承の意を口にすると無駄な通信をすることなく警戒態勢へと移行する。
チェルミナートルに無駄な推進剤を使わせることなく走ることで警戒地点へと移動していく。
走るといっても時速は八十を超えており、障害物を無視して進める分、車両と比べるとその速度は非常に速いものだ。
そんなことを考えながら私は網膜に映る目の前の景色に一つのウインドを立ち上げ先程倒したイーグルを映し出した。
起き上がってくる素振りを見せないところを見ると確かに撃破した。

「……撃破したんだ」

柳は意図的に無視していたことを思い出すように呟いてしまう。
だが、先程自分がやった残酷な行為を思い返す前に通信が入る。

「柳ちゃん……」
「白銀さん……ですか……何か用ですか?」
「――いや…………あの娘、彩子ちゃんと仲良くやっているか?」

白銀からの唐突な質問。
その質問の意図を考えてみるが、それは白銀自身が一番知っているのではと、眉間を狭めて答えを返す。
その表情に気まずさを覚えたのか視線を逸らしてあさっての方向を見始めた。
柳は単純に自身の無さそうな愚にもつかない態度に苛立ち覚える。
意図がどうであれ、あんな非道な演習を立案するような男が今更何を言い出すのか。
余裕がなくても成長したからこその勇み足だと思っていた自分が馬鹿みたいではないか。

「……白銀少尉、用件はそれだけですか?」
「…………いや、もうひとつは鳴海中尉と相談した後に話すよ。それじゃ」

柳はそういうと態々自分で通信をきって元相棒の顔を締め出してしまう。
網膜のウインドから消える顔は少し寂しさを漂わせていた。
そして、再び始まる思考の海への埋没。
しかし、その思考の埋没は先程のイーグルのことではなく、何故か今ここにいない兄のことに切り替わっていた。
混乱に窮して頭が現実逃避に走ってしまったのだろうか。
しかし、気にすることなく思考に没頭する。
お兄様は一体今どうしているのだろうか?
やはりというべきか、現在でも拘束されており、手紙は一通も送られてこない。
御城家の再興ももはやこれまでなのだろうか。
それより冥夜様は大丈夫だろうか?
今回の作戦は誰とは明かされなかったが、重要人物の救出作戦……の露払いが目的だ。
予備機を載せた輸送機が撃墜されたことは予定外だったが、気づいていたわりには敵の対応はお粗末だった。
何か意図あってのことか……。
それに横浜基地にいる神代少尉、というより月詠中尉たちも気がかりだ。
ここ数日普段慌しい動きを見せない彼女らが一見普段どおりに見えるが、何やら隠れた動きを見せていた。
それで私たちA-01が……

「って、話の順序がごちゃごちゃになっている。私はこんなにも心が弱かったとでもいうのかしら。
 白銀少尉のことをとやかく言う資格なんてないじゃない」
「……白銀少尉がどうかしたのか?柳」

突然鼓膜に響いた声に思わず背筋を伸ばし体中の産毛を逆立ててしまう。
慌てて回りを確認してしまうが、当然の如く誰もいるわけがなく、動転した心をどうにか鎮めて目を凝らすと網膜に誰かが表示されていた。

「あ、彩子」
「……お前さ、動揺しすぎ。だから白銀少尉の気遣いを無碍にするんだよ」

口調とは裏腹に妙に無表情な九羽が網膜に表示されたウインドに収まっていた。
どうやら白銀はオープン回線でつないでいたらしく、やり取りは隊全体に筒抜けだったようだ。
今回の通信は子回線を使っているので筒抜けにはならないが……どういうつもりで通信をしてきたのだろうか。
柳は自分が発するべき言葉を数秒の間を置いて話そうとするが、九羽は言いたいことを言うだけで満足したのか無表情のまま通信をきってしまった。
唖然とする柳。

「……ここまでのことは夢なのでしょうか?」

混乱する頭が出した答えは的外れもいいところ、混乱の象徴の言葉であった。
そして、その混乱した頭にさらなる情報が届くのであった。
またもや通信が開かれる音が聞こえたかと思うと、隊長である鳴海が網膜に投影された。
だが、その顔は苦虫を噛んだように苦りきっている。

「諸君、状況が二つほど更新された。まず一つ目は諸君らの速やかな作戦行動のおかげで歩兵部隊が逃走を図ろうとした敵を全員捕縛することに成功、
 救出目標を無事保護することに成功した。歩兵部隊指揮官から直々に感謝を述べられた。これもお前たちのおかげだ。
 だが、もう一つ別口から悪い知らせが入った」

そこで一旦鳴海は言葉を止める。
それは皆に心の準備をさせる間であることは簡単だった。

「先程第三帝都候補都市であった仙台から現征威大将軍煌武院悠陽に向けて宣戦布告と思われる放送が入った。
 その声明を発表した人物が……悠陽殿下に瓜二つの女であり、自身こそが悠陽であるとのことを同時に発表した」

その言葉聴いた時、部隊内の空気はたしかに止まった。
柳も息すら忘れ、顔が青くなるほど、酸素を取り込むのを拒否するかのように。
再び死ぬことを拒否した肺が空気を吸い込まんとするまで、柳は息を止めてしまうのであった。

----------------------------------------------------

「殿下、仙台からの声明いかがいたしましょうか?」
「計画案乙、対処案サ行で対応、あなた方の工作がうまくゆけばそれで切り抜けられます」
「了解しました。直ちに移行させます」
「……それより第一連隊の様子はどうです?」
「問題ありません。今のところこちらの予定通り動いてくれています。多少なりともこちらの動きの真意を汲み取っている節があります」
「さすがは故萩閣殿の愛弟子たちですね。こんな大層な茶番劇に付き合ってくださ――」
「殿下」
「――そうですね。茶番劇とはいえこれが日本のためになるというのなら喜んで道化を演じましょう。
 国際協力を履き違え、榊首相の意向からも外れた私欲の権化を撃たねばなりません。なりませんが――」
「犠牲は最小に抑えるよう手はうっております」
「――あなたはいつも先手ばかりうつのですね。それも非情な方向に」
「非情なればこそ利がある、と私は考えますゆえに……」
「非情なだけでは禍根を残しますよ?」
「非情以外のことを与えるとしたらそれは他のものがやればよいのです……殿下」
「…………やはりその顔をしたあなたは非情ですね……月詠、今日はやけに月明かりが栄ると思いませんか?誰を照らしているのでしょうね」
「…………」
「あなたの心が浮かべているその表情、影の中でも浮かべられることを私は願います」
「………………確約はできかねます」
「作戦第二段階、夜明けまでに終わらせなさい。そろそろ売国者も形振り構わず動き始めるでしょうから。
 横浜にも連絡を。何があっても武御雷は国連に引き渡さぬよう伝えなさい。そのためなら機体の破壊も許すと」
「御意」



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり第六章その3
Name: 通行人A◆d1634279 ID:5a722df5
Date: 2010/01/07 22:51
日は既に沈み月も登りきり、天頂から穏やかに光を降ろしてくる時刻。
一般家庭のお茶の間では腹八分目もそこそこに食事を終え、眠りにつくまでゆっくりとくつろぐ時間帯である。
幼い子供は布団に入りすやすやと寝息を立て、その両親は思い思いに時間を過ごす。
今は貴重になりつつある本を読んだり、あまり面白くないテレビやラジオに聞き入ったりする。
テレビにしてもラジオにしても娯楽としての機能がそれほど発達していない今日では番組は限られており、白銀武がいたような世界の番組とは大きく異なる。
帝国ではまだ娯楽文化が発達する余地が大陸の国家に比べて比較的ましだが、それでもあちらの世界の人間が聞いたらあくびしてしまうかもしれない内容だ。
しかし、情報を入手する手段はこれが一番手っ取り早く、帝国のほとんどの人は聞き入っている。
そんな背景もあり佐渡島のハイヴから今日もBETAがこなかったことに安堵していた矢先、テレビの画面が砂嵐に、ラジオは雑音を発し始めた。
皆一様にお茶の間で首を傾げつつ、テレビの故障かと配線を確認したり、叩いてみたり、チューニングをあわせたりしてどうにか直そうとした。
悪戦苦闘する最中、どうやっても直らないことに再び首を傾げ今日はあきらめて明日、家電屋にでも相談しに行くかと考え始めた時、変化が現われた。
青い背景に緊急放送とだけ書かれた画面が出現し、電源を切らず出来る限り家族や知人と一緒にみるようにと画面下右から左へと流れている。
これは政府が何か重大な発表をするのだろうと、推測した皆は大声で家族や知人を呼び集める。
大通りでは仕事帰りやうろついていた難民までもが街頭のテレビへと殺到し、その緊急放送を固唾を呑んで見守った。
そして、その画面が変わったとき誰もが喜び感情を目に浮かべ、その口から出た言葉により困惑の色へと変わった。
前者はこの国の象徴とも言われる日本帝国国務全権代行である煌武院が悠陽が映し出されたからである。
こういった放送のときは榊首相が発表するのが彼らにとって当たり前であり、殿下自身が公の場で発表するのは滅多にないからだ。
だが、後者の、殿下と思っていた人物の言葉を聴き誰もが困惑し、家路へと全速力で戻ることとなった。
家族や恋人、守りたいものを守るために。
しかし、この様子を客観的に見るものがいれば一つだけ気にかけることがあった。
一見、混乱しているようで、訓練されたかのように、事前に知っていたかのような行動……皆々騒乱の予感を感じていたからなのか。
それを尻目に、テレビに映る“煌武院悠陽”は繰り返し発表をいった。

「――繰り返し言いましょう。私こそが本物の“煌武院悠陽”です。悪辣な陰謀にて私を幽閉し、政府に跋扈する愚昧の輩の甘い汁を吸わせんがために、
 影武者を壇上に据え置き、皇帝陛下をも騙し続けている。その証拠が先の天元山の所業です。
 自国の民の心をも踏みにじるこのような行為は人類全体と証した極めて利己的な理由、自身等の政治的で優越を手に入れるためだけに行われたのです。
 幸い私はこうして親愛なる同胞たちにより救われました。その恩に報いるため、帝国臣民である国民たちのために私は立ち上がります。
 現帝国政府へ勧告します。現時刻より24時間後までに帝都城の門を開門、影武者を開放し、現政権は時刻までに解散、仙台政府に権限を移行させること。
 なお、これが行われない場合は武力行使も辞さない覚悟であることを先に述べておきます。軍事行動を起こした場合も同様の処置を取らることを付け加えておきましょう」

この宣言を聞いた後、帝国、特に帝都は言うまでもなく混乱の渦中へと引きずり込まれた。
世界各国はこの宣言を聞くと驚愕し、憤りを覚え、最後には呆れ、計算を働かせることとなった。
後に各国からこの宣言から始まった一連の騒動のことをこう呼ばれるようになる。

『帝国の茶番劇』

と。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり
第六章その3


ここ数ヶ月……いや、ここ数週間で後方基地であるはずの横浜基地は何度目かの大騒ぎに見舞われている。
それもこれも全てが人的原因が主であり、一部BETAが関与していたがそれも人的なものだった。
そして、今回の騒ぎも人的なものである。
先程仙台から発せられた放送はあきらかな叛乱の宣言であり、帝国が内戦に突入する合図でもある。
まだ、24時間の猶予でぎりぎり一歩手前で内戦に突入してはいないが、文字通り時間の問題である。
現政権が叛乱を受け入れ無血開城するか。
いつどのタイミングで軍事行動を起こし、反乱鎮圧に動くか。
極東方面の国連は推測されるいずれかの行動、その確度を確かめるために情報を得ようと全力を注ぎ、その最前線として横浜基地が対策司令部が設置されたのだ。
最悪、現政権、叛乱軍両陣営から助力を求められる可能性が大いにある。
そして、その可能性を飛躍的に高めている代物がこの基地には存在している。
香月夕呼はその代物……厄介“物”ついて基地司令たるラダビノット准将と共に頭を悩ませていた。
とある一角に存在する格納庫、その厄介物はそこに格納されており、それを巡って面倒ごとが始まってしまったからだ。

「ピアティフ、動きに変化は?」
「ありません。現在も我が軍と睨み合いが続いており、こちらからの交渉も進展ありません」

メインモニターに映るマーカーには格納庫を中心にTYPE―00と表示されたものが四つ展開されている。
それを囲むようにして過剰ともいえるUNと表示されたF-15を中心とした多種の戦術機が相対していた。

「あちらにしても退くわけにはいかないからね……司令、一度軍を下げてみてはいかがでしょう?」
「それはこの段階に至る前なら効果があったかもしれんが、今となっては逆効果にしかなるまい。
 あちらが情勢を鑑み戦術機と完全武装の歩兵で警護に当たることを述べてきたが、こちら渋ったのがまずかったのだろうな」
「疑心暗鬼に陥ればこそ強行した……いえ、こうなることを望んでいたのでしょう」
「国連は圧政者であってはならない。たとえ叛乱であろうとも我々が彼の機体を不当に止めておくわけにはゆかない。
 彼の衛士たちもそれを理由にして我々に警告しているのであろうな。
 だが、国連にも理由があるからこそ横浜基地に止めておきたいということも理解している」
「でなければ、包囲が完成する前に強行突破し帝都に戻っていたはずです」

ラダビノットは渋い顔を崩さぬまま頷き、モニターをもう一度注視する。

「どちらが本物の征威大将軍煌武院悠陽であるのか、一番はっきりと知らしめることができるものだからな。
 一般人にしろ帝国政府関係者にしてもだ。上層部も一部とはいえ知っているからこそ包囲することを黙認している」
「搭乗衛士の生体認証システム……将軍以外には乗れないようにしたこのシステムが仇になるとは搭載した技術者には予想できなかったはずです」
「政府関係者もだな。……香月博士、A-01のほうは成功したと報告を受けたが、どうだね?」
「第0中隊のほうは問題なく任務を成功、現在護衛につきながらこちらへと帰還中。第9中隊はこの結果を見た折出撃、
 配置場所へと事前協定どおり隠密に進軍中であります」
「最悪の事態にと総合戦力で優る第9中隊を待機していたことがすんなりと駒を進めるとは、帝国も最初からわかっていたか。
 事前協定でこの項目があることが不自然、我々もだからこそ注意を払っていただのだがな」
「……斯衛のここでの様子からすると米国へのにらみをも促しているのでしょうね。第0中隊が敵勢力との交戦の際、F-15Eを確認したの報告が入ってきています」

ラダビノットはその報告を聞くと少しだけ眉を持ち上げ驚いて見せた。
だが、以外ではなかったのかすぐに落ち着きある元の表情に戻すとやや声を険しくして話し出した。

「先刻、米国から既存の機体をF-15Eに換装するパーツを乗せた輸送艦が太平洋上で行方不明になったとの報告が上げられたそうだ。
 プライドが高い米国にしては珍しく素直に国連に報告してきたそうだ。極東の島国にあるとは知らないかのように平然としていたそうだ」
「……それに加えて演習艦隊が近海を航行中ですか。随分とまあ保険をかけていますね」
「それだけ亜細亜での復権が重要事項ということなのだろう」

ラダビノットはそこで言葉をとめるとここを頼むと香月に告げると司令室を出てゆく。
おそらく上層部や帝国や仙台との交渉が待っているのだろう。
いくら香月でもオルタネイティブ4を預かっているとはいえ、国連全体の動きを決める、またはいずこかの勢力との間を仲介する権限までは与えられていない。
その権限を持っているのはこの基地においてパウル・ラダビノット准将只一人しかいないのだ。
実際問題そこまで権限を手に入れる必要もないのだが、色々とやれることと面倒が増えることは確かだ。
香月は自身の研究がほぼ完成した現在、現在以上の面倒を抱え込む気はさらさらない。
この帝国の内乱を利用し、如何にして帝国との関係を改善できるかが問題だった。
新型OSだけでは帝国からの信頼はまだ足りない、その証拠にこちら側が知らされていない駒を動かしている様子がある。
第9中隊、伊隅たちをあそこに隠密配備したのか。

「……相手の戦力が進軍してくる場所といえば東北道……仙台城ICからの可能性が高いわね。
 海岸線から常磐道でくるてもあるけど……より安全に戦力を送り込むとしたら内地か」

仙台政府が、というより帝国の北の地に主要な海軍戦力がないおかげで相手は安全な内地を通っていくしかない。
海軍が仙台と繋がっていない限り、或いは米国が擦り寄らない限りは海は鬼門なのだ。
陸上で動かせる師団は多くても二つほどだろう。
相手も帝国政府を自負している以上防衛ラインからの無理な戦力の徴発は避けるはずだ。
現政府も挑発できる戦力はほぼ同じくらい……短期決戦に臨むのであれば長く続いても3日が限度だろう。
そうすると相手に準備の時間を与えるような時間は何なのか疑問符がつくが、そこはあの男が情報をもってやってくるだろう。
それはともかく3日以上は国連が許さないはずだ。
無益に最前線国家が揺らいでいることは許されないことなのだ。
そして、切羽詰った状況で正しいと思える政府に手を貸すだろう。
その正しいと思えるほうを支援するのを決めるのは珠瀬事務次官にかかっている。
ご息女を見失ってからやや目に曇りがかかっているとの噂がある事務次官に正しい判断を下せるかがどうか正直疑問だ。
国連がこの戦いに表立って介入した場合米軍が介入するのは目に見えている。
そうなれば米国の望みをかなえてしまうことになるだろう。
香月にしたらそれはそれで不快なことこのうえないことだ。
そこまで考えてふと気がついた。

「……不愉快といえば、後藤のやつもかなり不愉快になっているでしょうね。
 帝都に残した研究資料をとりに帰ってみたら、研究成果はまるまるどこかに持ち出されていていました、だからね」
「…………副司令、彼女自身派閥からつまみ出されたも加えておくのが無難かと」
「あら、ピアティフ。冗談がいえるようになったのね」
「お褒めに預かり光栄の極みですが、報告します。第0中隊、基地空域に護衛目標と共に到着しました。後五分ほどでアプローチに入ります」

ピアティフの手元のモニターを確認すると十二機の戦術機のマーカーが輸送艦を守るようにしてここに接近してくるのが見えた。
欠員なく無事に帰還、どうやら後藤の研究は一応の完成を見たらしい。

「鳴海に伝達、格納庫の一角が只今騒がしくなっているが、手出し口出し無用。速やかに機体を野外ハンガーに固定し、補給を受けさせなさい。
 機体から降り次第鳴海と白銀……それと御城柳をブリーフィングルームに呼びなさい。ほかのものは機体近くで適当に休息、以上」
「了解……しかし、何故あの娘を?」
「……余計な質問が多いわよ。ピアティフ」
「し、失礼しました」
「…………女の勘よ」
「……え?」

ぼそりと呟くとピアティフに白衣を翻しつつ背を向けブリーフィングルームを向かうのであった。
多少の寄り道をすることになることを予感しながら。

「……こんばんは、香月博士。今夜も一段と美しいですな」

---------------------------------------------------------------

戦力の決定的差は兵の質ではなく、数にこそある。
それは人が槍や刀剣をもって徒で戦争をしていた時代から戦車や戦術機に乗って戦う時代、現代においても変わりない。
我らが帝国の最新鋭機である武御雷をもってしても、この場の数の差は埋めがたい。
格納庫を中心に戦術機二個中隊による包囲は依然として健在。蟻一匹出入りする隙間なし。
包囲を構成する戦術機のほとんどがF-15系統なのはこちらを最大限警戒しているからだろう。
国連とはいえ、米軍を代表する機種だからだろうか。
心の隅に少しだけ不愉快な気持ちがあるのを感じるのは米国への不信感のあらわれなのかもしれない。
これがF-4ならまた別の話だったのだろうかと考えてみる。
考えてみて結論を出してみると、F-4系列のほうが自分にとっては親しみがあるような気がした。
あの柳が乗っていたことも基因しているに違いないが、撃震として20年以上軍務についている機種なら自国の機体と認識するに難しくないのかもしれない。
神代は実際のところ感情問題というところをわかっていたが、あえてくだらない事を考えているのには理由がある。

「包囲が完成して1時間25分たちました」
「……引き続き警戒を怠るな」

同僚の戎の報告が月詠真那中尉に届き、現状維持の命令が下される。
現状維持を命令した口調はこの状況にしては緊張をしていないのは聞く人が聞けばすぐにわかっただろう。
それもそのはず、お互いこれは形だけのものだとわかりきっているからだ。
わかりきっているからこそこんなことをしなければならない殿下の悲哀、憤怒を理解することが出来、自分たちも同じ思いだ。

「……上空に戦術機の編隊を確認。データ回します」

自分たちの感情はともかく、巴の報告と共にデータが回されてくる。
部隊内リンクは正常、巴が捉えた情報が瞬く間に共有され、戦術機の編隊を構成する機種、それが護衛する機がすぐにわかった。

「こちらでも確認した。どうやら作戦は成功したようだ」

作戦成功、すなわちそれは形だけの包囲が終わりを告げることを意味する。
これで国連もこの茶番劇でどちら側につくかが明確になったわけだ。
徐々に速度を落とし、着陸態勢に入る航空機を尻目に護衛機であるSU-37は編隊を護衛の体勢から空域警戒に映るため三方向へと散っていった。
その機体の挙動をみつつ神代は不覚にも一人の少女の存在を確認し、それを通して遠くにいるであろう男を思い出してしまった。
不意に湧き上がる感情を三秒数える間に鎮めるが、その余韻は目尻に残ってしまった。
幼い頃から精神鍛錬を受けてきたが、それが無意味だったのではと思うときが最近多かった。
自分は元々感情の起伏が激しいのだろうかと、悩むことも増えた。
それが女としては正しいと中尉に諭された。
だが同時に軍人としては、斯衛としては正しいとはいいきれない要素でもあると。

「だけど、私は……」
「ブラッド1から各機へ」

その宣言で自分が口にしようとした言葉を止めた。
まだ作戦中であり、月詠中尉から新たな言葉を確認している最中であったことを思い出した。

「向こうの作戦が成功したならば、我々も予定通りの行動が取ることが可能になった。
 だが、国連が予定通りに動いてくれるかどうかは不明である以上現状をまだ維持する必要がある。
 そこだけは気を抜くな。私はこれより国連との確認事項のため一旦機を離れる。機体コントロールは巴、貴官に任せる」
「了解」
「…………巴の負担を鑑みて指揮自体は神代、お前に任せる。しばしの間頼むぞ」
「ッ!……了解!」

中尉は私の心が一瞬揺らいだことを見透かしている。
見透かしているがゆえにあえて巴に指揮を任せず信頼の証として古典的手法をとった。
そうさせて自分に憤りを覚えつつも、その信頼にこたえるべく、気持ちを引き締める。

「各ブラッドは中尉が戻るまで警戒継続。国連の作戦が成功したのなら中尉が戻り次第予定の行動を取ると考えていい。
 予定通りの行動なら今日、明日中にこの事件は終わる。本作戦の失敗は帝国荒廃に直結すると再確認せよ」

月詠中尉がいなくなった後、気合を入れるために言った言葉。
巴、戎はそれに答えるように口元に笑みを咲かせつつ、了解と答えた。
答えたと同時に口元の笑みが引きつり、ぼそりと笑い声で一言声に出した後盛大に笑った。

「戦場まで港の女を引きずらないでよね?私たちは荒れる大海に乗り出す女なのだから」

笑いながら思い出す。
港で大人しくしていられないのはあの娘も同じだろう、と。
自分は将来あまりよい義姉になるのではないだろうか。
そんなことをあの文に書いたことを。

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ブリーフィングルームというものは同じ基地ならば、どの隊のものも大抵似たようなものである。
同じ組織に所属しているということ以前に軍事施設という枠組みを考えれば至極当然だろう。
ゆえに所属が違う軍人が複数同じ部屋にいても、部屋に対する疑問は誰一人浮かべはしない。
この場にいる全員……六名はそんな些事よりも、外で起きている事件の動きに集中しているからだ。
御城柳もそのうちの一人である。
しかし、その事件というのもここに来る間に鳴海隊長から聞き及んだ以上の、目新しい情報は入ってきていなかったようだ。
或いは鳴海隊長には香月博士のおかげでリアルタイムで情報が更新されており、要点をまとめて話したか。
ともかく国連が目す煌武院悠陽を頂く仙台政府はその宣言どおり、こちらが混乱する民間人をまとめるために出した歩兵から構成される治安部隊に対し、
東北の出せるだけの戦力をかき集めている最中だという。
他国やBETA、国連の介入を畏れての電撃作戦が行われるだろうということと、佐渡島への備えである火力を維持するために
戦車やMARS部隊をまとめての数を抽出できないだろうとのことから、必然的に導き出された予測がある。

「戦術機による電撃作戦……としか考えられないわね」

ポツリと漏らした見解はこの場の衛士全員が頷いた。
仙台“政府”を名乗るとはいえ、その持てる権力は帝国全体の戦力を掌握しているわけではない。
どれほどの根回しがあったとしても防衛ラインの戦力を……仮に味方に引き入れていたとしてもまともな指揮官なら部隊を動かさない。
相手が強大すぎる戦力を有していたなら別だが、帝都の政府はそこまでいうほど絶対的な戦力を持ち合わせてはいないのだ。

「帝都の現有戦力は戦術機だけ数えて、帝国本土防衛軍帝都守備連隊2つ、。帝国斯衛軍、帝都城守備の連隊が一つで432機。
 ですが、これを全て動かせるかといえば否。諸々の警戒のために動かせるのはこの三分の二とお考えください。
 対する仙台は東北を守る戦術機……少なくともBETAに対する警戒を考えても繰り出してくる戦力は最低で連隊が三つです」

どう考えても分が悪い。
まともにぶつかり合えば敗北は必至、諸々の警戒を無視すれば戦力比は逆転するが、主権国家としては致しかねる選択肢だ。
だが、それより柳はこのような情報を何の躊躇いもなく話す人物に疑念のこもった視線を送る。
これも密約で交わされたことなのだろうか。
月詠は疑念の眼差しに気づいているのかいないのか、気にした様子を見せず説明を続けていく。
状況説明をあらかた終え、口を閉じた月詠に代わり今度は香月が口を開いた。

「要するに正面から戦えば帝都側が負ける……それで、籠城にでも持ち込むつもりなのかしらね?」
「……可能性としては。軍事上援軍も考えられますので」

帝都城の守備能力は近年までそれほど高くはなく、むしろ皇族の離れとしての意味合いが強かった。
だが、京都が陥落し、軍事上“城”としての機能が必要となったおかげで大改装されることとなり、帝国でも屈指の堅牢さを誇る要塞と化したのだ。
城壁や堀、果てには建物に偽装された砲が格納されており、地上砲撃はお手の物、人類に攻められたときのための対空防御もこなせるよう未実装だが、
対空装備を備える場所も設計に盛り込まれている、予算を注ぎ込んだ一大拠点である。
一方で旧時代的、予算の無駄遣いと陰口を叩かれることもしばしばあるが、ここを落とすにはそれ相応の犠牲を覚悟せねばならないとも認められている。
ここに籠城すれば九州の援軍が届くまで持ちこたえられるか否かは、分の悪い賭けではない。

「で、帝都の“殿下”はそれをよしとするの?」
「…………」

香月の言葉に月詠は若干肩を強張らせた。
柳は香月の言葉を意味するところを正確に理解した。
帝都城に立て篭もることは帝都、そこに住まう民間人を戦闘に巻き込むことになる。
必然的に18mある巨人が入り乱れる市街戦へと発展するのは想像するには簡単すぎる話だ。
現首都である帝都がそんな状況になれば当然国連を通して某大国が乗り込んでくるはずだ。
某国に利する方に味方し、傀儡政権の樹立……とまで行かなくとも都合のいい政府を建てることも市街戦以上に想像するには簡単なことだった。

「……残念ながらこれ以上のことは私の口からはいいかねます」
「ふ~ん、まあいいけど。それであなたたちはこれからどうするの?いつまでも私たちと睨み合いをしているわけにはいかないでしょう?」
「……包囲を解き、我々を帝都まで逃がしてもらえるなら話は簡単に済みますが、いかがか?」
「論外ね」
「左様でありましょう。ならば国連は今回のことに不干渉の立場を取る、ということでは?
 そうすればこちらは武御雷をこちらに預け、我々は外に出て行きましょう」

瞬間、この場の全員が息を飲んだ。
さすがの香月も目を軽く見開き、驚きの表情を浮かべている。
この事件の主要人物の秘密を簡単に暴露してしまう代物を差し上げる、売国行為と同義のことを平気でいってのけたのだ。
柳にいたっては頭に血が上り顔が真っ赤になっており、思わず立ち上がりかけて白銀に肩と太ももを押さえられて阻止されるまでそれに気づかないくらい怒っている。
柳の様子に気づいたのかちらりと視線を送る月詠。
その視線に何か含みを感じた柳だが、今は怒りのほうが勝っており、太ももに触ったままの白銀の脇に肘鉄を叩き込むことにより鬱憤を晴らす。
只の八つ当たりである。

「……それは言葉通りと受け取ってよろしいのかしら?」
「はっきり申し上げましょう。武御雷を政治の道具に使いたければ結構。しかし、我々にはやるべきことがあるゆえ出撃しなければなりません。
 国連がどの勢力に味方しようが、我々は皇帝陛下が任命された征威大将軍殿下に従う一存、ゆえに戦場へと向かわねばなりません。……ご決断をお聞かせください」

つまり、武御雷が振るいに使われ、秘密がばれようとも征威大将軍に仕える……ということ?
征威大将軍……?
その引っかかる言葉に思考を巡らそうとするが、目の前の話は進行していく。

「……武御雷の話、殿下の、いえ、皇帝陛下の要請と考えて差し支えないのね?」
「はい。現帝国内で唯一の中立の立場であられる陛下の意志と考えて差し支えありません。
 ですが、騒乱自体を鎮めることはかなわぬゆえ、許されよとも、承ってまいりました」
「それはそうでしょうね……」

征威大将軍は皇帝の全権を信任代行させた存在であり、形式上は帝国の政治、軍事においての頂点に君臨する。
まだ直接的被害を出していない現状では失策したとはいえない現状では、いくら命じた本人でも止めることはできないのだ。
仮に止めたとしても皇族としての沽券関わり、今後の政治に支障をきたす。
どちらかが正しくなければ帝国としての体制が保てなくなるのだ。
香月は数秒の思案のあと、考えが纏まったのか、口を開いた。
その口から響いてきたのは敬語だ。

「……わかりました。月詠中尉、要請を受諾、将軍専用機は横浜基地で責任を持ってお預かりいたします。
 それと同時に貴官の部隊に対する包囲を解きます。出撃は何時に?」
「000になると同時に」
「了解しました。情報提供に感謝します。それと見送りに一個中隊ほど護衛を付けたいと考えていますが、お受けになるかしら?」

香月は最後だけもとの言葉遣いに直し微笑んで見せた。
柳にはそれが意地悪かつ、打算的なものでちょっとだけ気持ちよくなかった。

「お受けいたしましょう。それは目の前の彼らのことでよろしいのでしょうか?」
「ええ、そうよ。ラダビノット司令、いえ、国連はこの件には関わっていないから、後はご自由に」

そういって香月は白衣を翻し、悠然と去っていく。
去り際に鳴海の肩を叩いたのは頼んだ、という言葉の代わりなのだろうか?

「……さて、鳴海中尉、今後の予定に付き合ってくださるか?」
「……さてさて、どこまで予定されてたのかわからないが、まあ、帝国美人と逢引というのも乙なものだと思いますが」
「帝国美人か、言いえて妙だな」

2人でなにやら親交を深めつつ何やら話し始めたようだが、月詠は一度話を手で制すると柳を手招きで呼んできた。
何だろうか?
近づき何やら手紙のようなものを私の手に押し付け後で開けろというと再び鳴海中尉と話し始めた。
その雑な扱いになんとなく鳴海中尉の所為にしたくなり一言だけ口にした。

「ヘタレ浮気者」
「――チガイマス」

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騒がしい夜といえども人里離れた山の中ではそれらは関係ない。
むしろ遠くが騒がしいほどで静かに心地よい夜風が地下に潜っていたおかげで火照る身体を冷やしてくれる。
だが、いつまでもこの夜風に身を任せていたら身体を冷やし、作戦行動に支障をきたしてしまうだろう。
強化装備を手早く身につけスイッチ一つで身体にフィットさせる。
身体の火照りは夜風に代わり強化装備の優れた温度調節により別の快適さを与えてくれた。
その余韻に浸ることなく、すばやく昇降機に乗ると上昇ボタンを押し、上へ上へと向かう。
行き着いた場所は戦術機の管制ユニット。
今の自分の搭乗機となっている機体の操縦席だ。
そこに冷気を振り払うようにして身を滑り込ませユニットの前部装甲を閉じ、密閉状態を作り出す。
着座と同時に網膜投射を通じて機体の状態を確認する。
……オールグリ-ン、機体はいつでも戦闘状態に移行できる。

「……上出来だが、どうも妙な感じがする。この新型OS……XM3なんだろうか?
 機体挙動に遊びがなくなった分、反応が格段に上がったが、どこまで性能を引き上げてくれるか……。
 知識だけではわからないな。まあ、実戦で使えるかどうか、機体と一緒で未知数か」

態々する必要も無いのにマニュピレーターを握ったり開いたりして人間のような動作をしてみせる。

「さて、予定通りならこのまま任務を続行、予定地点へと移動を開始するのだが……すべてがうまくいくのか?
 やらねばならぬだろうな。公私共々、未来がかかっているのだから」

胸に2人の少女と一人の女性を思い浮かべる。
それぞれの女性の顔に向ける感情はほとんどが哀しい色のものだが、全てがそうではないことを、暖かい色があることを確認する。
この色が無くならぬ様、脚を踏み出さねばならない。
それが今まで自分が信じ、歩んでいた道とは違った道だとしても、もはや躊躇いはない。

「冥夜様……どうかお気づきになられることを折に願います」

そう言葉にし、それが適わなかったときの覚悟を同時に決める。
そして、機体に機動をかけて、徒歩から早足に。
早足から走行に。
走行から噴射地表面滑走へ。
そして、噴射跳躍機の出力を上げ、跳躍へと移行し、夜空へと飛び立っていく。
その黒い機体色で星空の月を隠すかのように。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり第六章その4
Name: 通行人A◆d1634279 ID:5a722df5
Date: 2010/03/25 22:59
出撃間際の基地は動物たちを千頭並べ、一斉に鳴き声を上げさせたよりも騒々しく感じるほど騒音に満ちていた。
人工物が奏でる騒音は耳につく、と表現されるほど脳にストレスを感じさせ苛立たせる。
高機動車や装甲車、戦車等のエンジン、排気音。
戦術機がコンクリートの地面を踏みつける度に起こる歩行音、極めつけは警戒のために飛び立つために稼動させる噴射跳躍機の爆音である。
仙台で対BETA戦でもここまで戦力を動員するのは初めてである。
常なら岩手、秋田、福島から戦力が抽出される程度であり、次期首都と目されている仙台は後方扱いで防衛線の穴埋め程度にしか部隊を動かしたことはないのだ。
さらに今回は同じ人類、それの同族同胞相手にその牙を向けるとなり、皆一様に動揺している。
こちらには大儀があり、正当性を歌うほどの筋も通っている、だけど――。
内心誰もが考え、士気が著しく欠いていた。
そんな中騒音にまぎれながらもそれに負けじと声を張り上げる男がいた。
声を張り上げる男はこの場にそぐわない背広を着て、体型は明らかに良いものを食べていると知れる肥満だった。
誰もがその姿を見て眉根をよせるような不快な印象を抱き、その男に追随する取り巻きらしき男たちがよりその印象を強くさせていた。
普段なら女性の尻を追いかける哀れな豚に侮蔑の視線や嘲笑を浮かべる場面なのだが……。
それらを送るはずだった兵士たちはそれを明確な意思を持って押し殺した。
豚男たちだけならいくらでも侮蔑することで不安を紛らわせただろう。
だが、その行為自体を目の前の女性に見られることだけは避けたい。
この場の全員がそう思ったのだ。
それはそれとし、視線を集めている当人である女性は男たちが上げている声に反応することを忌避しているかのように先へ先へと歩を進めている。
それでも男たちは執拗に女性を追いかけつつ騒音にかき消されないよう大声で話しかけていた。

「殿下、殿下!お考え直しください!殿下が戦場へ出ていかがするのですか?!」
「そうですとも、そうですとも。いくら仕来りとはいえ、そのような前時代的な考えに縛られる必要はないのではありませんか」

同じ台詞を何回も繰り返していれば誰でも聞く耳を持つ分けない。
女性もこうして歩いている間中繰言を聞かされているので、無視することでここまで進んできた。
勿論最初のころは反論し、自分が前線、とはいかなくとも仙台城から出陣することによる士気高揚、政治的パフォーマンスを説いてみせていた。
いたのだが……。
女性は周りの視線に気づかれないように小さく溜め息を吐く。
後ろについてくるものたちは自分たちのことしか考えていない、正真正銘の俗物だ。
御剣冥夜としての私を否定し、人質を使うことで無理やり煌武院悠陽として叛乱の真似事をさせられている。
人質である珠瀬がいなければこのような過激なことを引き起こそうとは考えもしなかった……。
何度か難民、姉上の置かれた立場を考えると少しながら歯噛みする思いがあった。
あったが、こんな形で克、武力蜂起をすることは愚行であり、間違いであると思っている。
私を神輿にしたこのものたちは自分たちが榊内閣に取って代わりたいだけなのだからなおさらだ。
しかし、どこかの誰かが珠瀬を助けてくれることを期待していたが、宣言をしてしまった今となってはこの大乱を止めるすべは自分にはない。
後できることがあるとすればこの叛乱の主導権を握り、この乱の根底的目的である現政府が拡大解釈し奪っている主権を元に戻させることだけだ。

「殿下、これ以上の我侭は御身にとってもよいことはございませぬぞ!」

いいかげん後ろの下郎どもをどう黙らせるか思案し始めたところ、丁度人気の無いところに差し掛かったところでその一言が耳に突き刺さり足を止めた。
この男、この後に及んでまだ友人を利用するのか。
当たり前とはいえば当たり前の行為だが、これまた当たり前のように怒りがこみ上げてくる。
下郎たちは自分たちの言葉に効果があったと見ると先ほどの必死さが嘘のように調子に乗って舌を回した。

「落ち着いて考えるべきですぞ。相手はこの仙台城に攻めるだけの戦力もなく、帝都周辺に防備しいているとの情報が入っております。
 ここにいれば安全、前線に赴く兵たちも殿下が安全な場所にいると知っていれば心置きなく忠義心を見せてくれるでしょう」

心置きなく自分たちも安全なところで美味しい汁が垂れてくるのを待っている、の間違いだろう。
一見正論っぽく聞こえるのが厄介なところだ。
この者たちがいる限りどれだけ足掻こうとも私の意志は反映されはしない。
半世紀ぶりに行われる人類同士の大規模戦闘……戦争を止める事は叶わない。
どうにかして私が前線に出なければ。
どちらが本物の煌武院悠陽であるということを証明できる武御雷は国連軍が握っている。
国連軍が仲裁に入って武御雷を振るいに使われたら姉上や私も、下手をすれば政治的空白を長期にわたり起こしてしまい、より某国の介入を許してしまうだろう。
今でも介入をするには十分混乱しているが度が違うのだ。
なれば少しでも混乱を鎮めるには短期決戦が一番、ゆえに前線に出なければならない。
私が前線に出て早々に――。

「殿下」

目の前でぺらぺらと喋っている声を遮り耳に響いたのはまた別種の下郎の声だった。
前者の下郎と違う点をいえば戦場の雰囲気を纏った上でそれなりの敬意を払っていることだが、その裏では下郎と呼ぶに相応しい顔を持っていることを知っている。

「殿下、何卒このものたちの言葉にも耳を傾けていただけませんか?警護の観点からしても前線にでるという行為は自重して頂きたくございます」
「ならん。将兵たちが不安がっている現在私が出なければ士気を維持することは困難。
 それに帝都に巣食うものたちに恐れをなし城に引きこもったとあれば、そのような臆病者が殿下ではないと断ぜられるだろう。
 国民にも今回の件でこちらに正当性があることを宣伝するにはそれが一番わかりやすいではないか」
「口調が元に戻っていますよ。確かに正当性は必要……仙台城で鎮座していても確かに効果は薄いでしょうね。
 何より事情を知らない兵たちは不審の念を強くする可能性が大いにある……仕方ありませんね」

ワザとらしく仕方ないの部分を強調しいうと、斯衛の下郎は不満顔をしている政治家の下郎に向かって歩いていく。
勿論そんなことは許さんと口々に喚かれるが、何事か耳打ちすると目を見開き納得顔に代わり、最後に満面の笑みへと表情を固定した。

「あー殿下、先程までのご無礼をお許しください。私はただ殿下の御身が心配のあまり国民の気持ちに少々疎くなっていたようで、いや、申し訳ない。
 ですから、殿下の出撃に関してはもはやお止めするようなことはしません。しかし、搭乗する機体、護衛に関してはしかるべき協議の上でこちらが決めさしてもらいます、はい」
「……よい。私も少々我侭を言って困らした。そなたたちの気持ちも汲まぬのは帝都側と同じ事であった。そなたらに万全の準備を頼もう」
「はっ」

前半は思ってもいないことを気持ちを込めたようにいい、最後の万全の準備の部分に皮肉を込めて言い放った。
無論皮肉に気づいているだろうが、このものたちにはこの程度の餌を与えても問題はないだろう。
案の定満足したように笑うと一礼し、去っていった。
残ったのは斯衛の下郎だけだ。

「ふっ、万全の準備……ですか?」
「お前にとっては面白いだろうな。自分が用意した筋書き通り話が進んでな」
「口調がややきつめですぞ。悠陽様はもう少し丸みを帯びた話し方をされますぞ」
「…………」
「失礼、冥夜様は悠陽様より武人よりのお方、前線に出られるのでしたらその口調のほうが兵の士気が上がりましょう。
 口でばれないよう、行動で簡単にばれないようにお願いしますね。すべては時期が大切ですから」
「わかっている」
「では……任務に戻る」

男は地の性格を出し斯衛の制服の裾を翻すと任務とやらに戻っていった。
おそらく私が知らないよからぬことや、護衛についての協議をするためだろう。

「…………くっ!!」

自分がここまで思い通りに動けず、駒として扱われることに憤慨を許されぬ屈辱を感じた。
怒れば怒るほど自分の動きが制限される。
誰かがいったのかわからないが、生まれ方は選べないが、死に場所は選べる、と。
それはまだ自由があることの証ではないだろうか。
無責任に死ねるものの戯言としか、今は感じることができなかった。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり
第六章その4


目に映りこんでくる光景はまだ暗く、メインカメラが処理した画像でなければ暗くて何がなんだかわからないだろう。
地上より約18メートルの高さから見る光景は時速80キロメートルを超える速さで疾駆すると上下運動も加わり、かなり派手に揺れ、高速で過ぎ去っていく。
柳は強化装備で保護されていなかったらと思うとぞっとしてしまうほどだ。
最もそんな暗さと速度が200をオーバーまでいかないことが、まだ時間的猶予が僅かながらあることを教えてくれるのだから複雑だ。
状況は最悪。
仙台政府に従う戦力は南下を開始したという報告が先程入り、それに対応するように帝都側も戦力の集中を図っている。
国連軍はA-01を除く戦力を内乱鎮圧のために動かすことはせず、第二防衛線、甲信越絶対防衛線の穴埋めの戦力だけは出撃させているに止まっている。
最も太平洋に鎮座している米軍がどう動くのかによってころりと態度を変えるかもしれないのだから、帝国としては現状の対応をしてもらっただけでも御の字だろう。
しかし、その御の字もわずか一日限りのものしかすぎないのは誰もがわかっている。
対BETA戦線における封鎖が一つを担当している日本が混乱を長引かせれば、それはユーラシア全体に悪影響を与えてしまうのは自明の理。
国連がそんなことを許すわけもなく、一日限りの猶予というわけだ。
それを過ぎれば米軍が大手を振って鎮圧を開始、帝国は戦前以前にも形だけでも存在した主権を失ってしまうだろう。
アメリカ合衆国ジャポン州の誕生だ。
極々一部を除き帝国臣民ならば誰一人として望まない結末だろう。
国連軍に在籍している私でも反吐が出そうなのだから。
だが、私以上に酷く気に病んでいる人たちがここにはいる。
十二機のチェルミナートルを引き連れるように先行する四機の戦術機。
白3機が三角形を作り、その底辺に当たる位置の真ん中に陣取る赤の戦術機たち。
鬼を連想させるその機体は帝国斯衛軍が誇る最新鋭の第三世代戦術機、武御雷だ。
現在動員できる斯衛軍のほとんどが帝都に集結している中、国連に武御雷を置いてきてまで横浜より出撃したのだが……。

「まさか船を使って東京湾から上陸、帝都を迂回するとは思わなかったわ」

作戦行動中に思わず呟いてしまうほど、今回の進軍ルートは妙だった。
帝都を避けるのはA-01である第0中隊を引き連れているからなのはわかる。
だが、その後常磐道を通り堂々と進軍しているのが不可解なのだ。
これでは隠密作戦としての体裁を整えておらず、待ち伏せを食らうことはほぼ確実であり、
こちらを足止め、殲滅するだけの戦力的余裕はあちらにはあるのだ。
虎穴には入らずんば、虎児を得ず。
なんて使い方が的外れな言葉が頭に浮かんだ。
ともかくこのような堂々とした進軍はやはり月詠中尉に手渡された手紙に何か関係するのだろうか。
あの手紙……。
内容はこうだ。

『昼夜問わず必ず地上に現れるもの、身近に近づきつつあり。されどその出会い一期一会のものと心得よ。
 その出会いによる選択、ゆめゆめ後悔することがないことを願う』
 
それを思い出し、ボイスレコーダーに記録されることも気にせず思わず呟いてしまった。

「昼夜問わず必ず地上に現れるもの……か」

こんな簡単な謎かけなど子供でもすぐわかる。
昼夜問わず地上に常にあるもの、それは影だ。
この地球上に物質が存在する限り必ず影は共にあり、夜とて月明かりにより存在させられる。
例外があるとすれば光が届かない深海くらいなものだろう……いや、影、すなわち闇とするなら深海は影が支配する世界といえるだろう。
その影だが、ちょっとした想像力や知識があれば只の影という自然現象の一つとしては考えやしない。
人間が生き続けている限り常に大なり小なり行われていること、俗にいう裏仕事。
帝国の暗部。
それが私と近いうちに接触を試みてくるということか。
このような時に月詠中尉が暗部が接触してくるということを知らせてくるということは何らかの理由と目的があるはずだ。
思い当たるとすれば御城の名を何かしらに利用することしかない。
没落したといえど、代々将軍の直衛を勤めた名家となれば、仙台政府の将軍を偽者だということに説得力を持たせることも可能……。
しかしそこまでおいしい話があるだろうか?

「……現状考えるだけ無駄ですね。向こうからやってくる以上臨機応変に対処すればよいこと」

最も協力を求められたとしても答えはきまっていますが。

「エインヘリャル1より部隊各機。どうやら先頭の御仁たちが話があるそうだ。各員静かにご静聴しろ」

通信が入ったと思ったら強制的にウインドが開かれ鳴海中尉の顔が目に飛び込んでくる。
いつもどおりなんとなく締りがない笑顔を浮かべながら冗談交じりに話してきた。

「了解、浮気中尉殿」

いつもどうりそんな冗談に突っ込む子供の魅瀬の声が上がる。
これまたいつもどおり苦笑いを浮かべ、困った顔をする鳴海だが、冗談は止せと口にするときゅうに戦場特有の緊張を孕んだ顔つきに変わった。
そして、その口から放たれた言葉は浮かべた表情に見劣りしない緊張感を持ったものだった。

「これからきかされる話に動揺したやつはここから先に進むことは許されない。そう肝に銘じておけ」

やや大げさとも取れる言動は隊員に困惑を与えることとなった。
だが、隊員全員言われたとおり動揺したことを悟られぬようにあの手この手を尽くし、隠し通す。
無論、子供たちは不器用すぎて動揺しないわけないのだが、その言葉を聴く一秒前にウインドが強制的に閉じられてしまった。
私を除いて。

「おいおい、鳴海中尉、ちょっと切るのが遅くはないか?」
「多少の緊張感を持ってもらわねばならないからな。子供扱いが過ぎればこちらが危ぶない」
「だからといって、堂々と嘘をついてどうするんだ?新人たちも肝を冷やしちまってるぞ?」
「お前こそ普段の口調で話しすぎだ」

どうやら緊張を孕んだ表情は作り物だったようだ。
月詠中尉から連絡があるというのも嘘、こんな何もないところで重要な説明に入るわけもないのが当たり前であり、
説明があるとすれば隠密任務、それも部外者との異端任務となれば作戦を行う直後の使い捨ての陽動くらいなものだろう。
それに耐えうる緊張感を子供たちや新人に与えるためにわざと一芝居うったのだろう。
私もまんまと騙されました。

「……だが、脅し過ぎということもない。香月副司令の予想通りなら、この叛乱はおおよそ予想できるうちの最も安易な解決の仕方をするだろうからな。
 彼女を保護できたことで証言も得られる。後はどうにかしてこの戦を犠牲を最小にするかだな」
「世の中、聞き訳がいい人ばかりではないからな」
「そのためのA-01……本当は違うがな」

上官2人だけで話が通じ合っており、通信を聞いている隊員は沈黙しつつ事態の推移を見守っている。
私も私を除く子供たちがこの通信から外された意図を会話から手に入れようとしている。

「……御城少尉。貴官は子供たちを連れて別ルートを進んでもらいたい」
「は?」

唐突な言葉に思わず間抜けな声を上げてしまった。
私たち子供組みは今回の作戦から外される……そういうことでしょうか?
一体何の冗談だろうか。
自分の解釈の間違いかと思い言葉の意味どおりなのか否かを聞いてみることにした。

「……ええと、作戦も聞かされてもいないのに別ルートとはどういう意味でしょうか?」
「別ルートにて別の作戦を担当してもらうための移動だ。
 詳しいことはわからない少尉にしかできない任務を担当させるとのことだ」
「…………」

私ははっきりいってもの凄く不満、不信、猜疑の視線をカメラに向かって送り込む。
鳴海隊長以外の方には悪いが、発言を許可されていない以上こうすることでしか非難することができないので子供の我侭だと思ってもらうしかない。
実際問題部隊から外されるにしては理由に乏しいのだから、もっともな不満だと私は思っているし、部隊の何人かは不満に対する理解の色を瞳に映している。
だが、そんなことで命令受理を拒否なんてできるわけでなく、嫌がらせ程度にしかならないのもわかっている。

「では、御城少尉。貴官が進むルートのデータを転送する」
「……了解しました」

自分が子供だからだろうか?
BETA相手の小競り合いならともかく人類同士の戦闘に、人殺しの戦いに駆り立てたくないからこのような決断をさせてしまったのだろうか?
子供だから。
今まで気にしなかった子供という立場が酷く恨めしく思えてならなくなった。
しばらく通信は沈黙が流れ、作戦を説明する、との一言で通信を柳だけ切られてしまった。
何故こうも未成熟なのだろうか。
ぼやける視界で強化装備に包まれた自分の小さな手を見つめる。
どれだけ誇りを持っていようが、志が高くても、今を進む力がなくては意味がない。
小さな手にやがて点々と透明な模様がついて行く。

「……作戦内容どうなったんだ、柳……?泣いてるの?」

九羽彩子が通信をきられたことに堪りかねてこちらに連絡をよこしてきたようだ。
それに慌てて目じりを拭き誤魔化す。

「い、いえ欠伸をしたら涙がちょっと滲んだだけですよ。それより任務が決まりましたから、魅瀬さんと伊間さんを呼び出してください。
 後、その2人に一旦行軍停止の指示を。これから私たちは別任務に入りますから」
「……ん……わかった」

彩子は特に追求することなく一旦通信を切ってくれた。
部隊内リンクでの通信なのだから別に通信を切る必要がないのだがあえて切ってくれた、気遣いにまた少し涙が出てきた。
そんな気遣いをしてくれる彩子に何かしてやれないかと思うが、自分のことだけで精一杯なことを自覚していた。
またちょっと情けなくなった。

「私はだめな子です。お兄様がいなければ何も出来ない小娘なのですね……。…………お兄様」





「……これでいいですかね、月詠中尉」
「ええ、十分です。感謝します、鳴海中尉」
「それでは我々が行う任務を話してもらいましょうか」
「了解。それと作戦終了後、それなりの代価は用意すると香月副司令にお伝えください」
「……お互い立場はつらいですな」
「ええ、全く……茶番劇もいいところですよ」

----------------------------------------------------------

「副司令。国連事務次官からのメールが届きました」

副官であるピアティフからいつもどうり、極めて事務的で冷静な報告が届けられる。
香月はこれまたいつもどうりに軽口を叩いた。

「随分と多忙のようね。あの誠実な人が重要なことを通信ではなくメールで寄越すとは……暗号解読さっさと終わらせなさい」
「少々お待ちを……」

ピアティフは暗号解読を開始するよう端末を操作し、スクロールバーがNOWLOADINGの文字表示しつつ右から左へと進んでいく。
暗号強度はそれなりに硬いのか、バーの進む速度は随分と遅い。
香月は目を細めてまだ解読されていない暗号の内容を推測する。
国連がついに米軍の受け入れを決定したのだろうか?
米軍の介入はこの国にとってメリットはほぼないと言って差し支えないだろう。
G弾を無断で横浜に落としたような国がこの先何をしでかすのかは、目に見えているのだから。
随分と前から考えている面倒を一旦棚上げにし、別の考えてへと思考をシフトする。
事務次官が後連絡をとってくるとすれば、とりあえずは人質救出の謝辞、それと国連自身の動き方のことだろう。
後半の部分は米軍の介入とはまた違った意味を持っている。
米軍が介入せず国連自体の戦力だけで対処するとなれば、帝国との密約を飲むという意思表示になる。
事前協定からあくまで推測されたことだが、妙に動きが悪い仙台軍のことを考えれば賭けに出てもよいと判断したのかもしれない。
それとも……。

「人質救出されたのが誰なのか今頃知ったのかしら?……まあ、当初の予定とは違ったけど、
 国連としては大儀名分を得られる証言をしてくれるのだからかまわないけど。まあ、人として親としてはそっちの方がうれしいでしょうからね」

小声で誰ともなく独り言をぶつぶつと口の中で呟いた。
一人の科学者としての香月の悪い癖なのだが、ピアティフを含め、オルタネイティブ4に関係するものは誰も重要事項までは耳にしたことはないのだから
機密事項には無意識でも気を払っているのだろう。

「暗号解読完了。三番の端末に回します」
「ありがと。引き続き情報収集を最優先に、第二にA-01両部隊の動きを逐一監視しなさい。
 ……間違いなくあちらからアプローチがあるはずだから」
「りょう……副司令」
「何?…………まさか、早いわね」

さすがの香月も言った傍から報告が入ってくるとは思わなかったのか、眉を持ち上げて驚きを表現する。
ピアティフも少々驚いたのか、報告する声にやや抑揚が混じっていた。

「第9部隊、戦術機一個中隊と接触。おそらく事前協定で記載のあった接触部隊と思われます。
 大尉からの報告によればこの事件は想定内の終わり方をするとのこと。
 それを裏づけするかのように日本海に舞鶴基地の艦隊が展開しています」
「……成る程ね。予測案B、あんまり面白くない結末のものね。国連と帝国の貸し借りこれでなしにするつもりね。
 国際的な立場をやや危うくするだろうけど、例の反抗作戦を成功させれば何とかなる問題ではあるわ。随分と杜撰な作戦だけど」

それだけ反抗作戦に自身を持っているのだろうか?
……まあ、新型OSの配備状況と第四計画の開発成功を考えればそう思い込むのも無理はないか。
あたしもあたしの研究成果に自身がないわけではないのだから。

「続いて第0部隊からの報告なのですが……」
「何?」
「妙に暗号強度が弱いのです。しかも文面が単調すぎて要領がつかめません。
 報告はそのままの文章を読み上げます。
 ワレ、コノエトトモニキシュウヲカンコウス。トキハBアントドウチョウセリ。
 ハンブンワハナレニテトツニュウサクセンニサンカ……
 ツイシン、ハンブンノアタマワ“ノレンニウデオシ”モクテキシラズ以上です」

思わず口元に笑みを咲かせる。
ピアティフは私の笑みの意味をわからないが、どうやら何か良い方向に話が進んだと汲んだのか、
表情を引き締めると各地の現時点での情報を日本列島へと簡易にまとめ表示する。
あたしの思ったとおりのことがその地図の情報の位置関係から読み取れた。
私は満足しつつ、三番の端末へと向かうべく身を翻す。
事務次官に話して解ってもらい、動いてもらはなければならない。
米軍に余計な茶々を入れられるのは世界的に見てもよろしくないということを。
私の勘が正しければあのヘタレと御馬鹿な娘の作戦の是非が国連と帝国の関係を大きく変えることに繋がる。
余計なやつらはお呼びではないのだから。

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子供の発達の余地を残した思考をフル回転させる。
目の前に立つ漆黒の戦術機。
データベースに登録なし、私が見たことのある機種の中で一番近いのは瑞鶴……にしては装甲が大分削られている。
強いて言うなら不知火に撃震並みの重装甲を施したような感じがする奇妙な機体だ。
おそらく設計は準第三世代というところか。
数にして小隊規模、こんな離れにいるのは何故なのだろうか。
そもそも自分達が常磐道を突っ切ってここまできたのが不可解でもある。
子供たちを連れて別ルートと称された意図が不明な場所へと移動を命じられた。
作戦不参加をいい渡されたと同義と思っていたのだが、これは一体どういうことだろうか?
勿来の関。
本来のなこそとは違う観光地としてのこの場所に一体何の軍事的意味があるのだろうか?
別段目ぼしい軍事施設があるでもなく、策源地として優れているわけでもない。
強いて言うならここにいることは軍事的に常識があれば部隊を置くだけ無駄ということだけだ。
自分もだからこそそう思っていたのだが……。

「……あれは正規部隊には見えないね」

魅瀬が部隊内通信でぼそりと呟く。
彼女の言うとおり国連のデータベースに存在しない機体で戦略的、戦術的に意味のない僻地にいるとなれば疑わざるえない。
かと言って国連所属機といえどチェルミナートルに乗っている自分たちに攻撃してこない理由もわからない。
通信を入れてみるべきか?
だが、その行動を阻止する言動が部隊内通信に流れるのであった。

「……教官」

九羽彩子がポツリと鳴きそうな声で放った言葉は魔法のように部隊内を駆け巡った。
魅瀬は疑っている顔のまま涙を流し戸惑い、伊間は何故かわからないといった目をしながらも顔をくしゃりと歪ませる。
言葉を発した彩子に至っては顔の傷に指を這わせつつ、全身を歓喜の感情で細かに震わせている。
そのまま彩子は分隊長を任された私を無視し、オープン回線で呼びかけ始めた。

「教官、教官ですよね!?あたし、あたしです!九羽彩子です!何故あなたがここに……。い、いえ無事ならばそれでいいんです。
 ですから、顔を見せてください。私も柳も、無事な顔を見せたい、教官の顔をみたいんです!!」

人違いということを想定に入れていないかのように、断定口調で語る彩子。
教官……私が知る教官だとすると神宮寺軍曹かお兄様しかいない。
だが……彩子が求めている気持ちとは裏腹に私は別人であることを願っていた。
願いの原因は己が志の所為であることを自覚しながら。
彩子の願いが適ったのか、回線を開く求めが送られてくる。
この時点で相手はこちらに害意が薄いことを表明したも同然だった。
自分はこの通信に出たくない、出てしまえば自分がどのようにしたらいいかわからなくなるような気がするからだ。
だが、軍人としての自分は淡々とその求めに応じ回線を開いた。
目だけはかたくなに閉じて。
回線はつながり、少しの雑音の後調整が済んだのか相手の息遣いが聞こえてきた。
何故か目を閉じていることを咎めてこない。
それともサウンドオンリーなのだろうか。
そもそも軍人として自分は大変失礼であり、危険な行為をしているだけではないだろうか。
目をつぶっている間に殺そうとしてくる事だってありうるというのに。
軍人として矛盾している自分の行動に疑念を抱き、うっすらと目を開けていく。
強く瞑っていた所為もあり視界はぼやけている。
網膜にはちゃんと相手衛士の姿がちゃんと映っているようだ。
その衛士が自分の望んでいない相手でありますように……。
私は覚悟を決めて目を見開いたのだった。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第六章その5
Name: 通行人A◆d1634279 ID:5a722df5
Date: 2010/06/05 23:42
暗闇の色にどっぷりと染まった水面。
大自然の脅威にもなりうる海という場所に寄せる波、引く波にもピクリともせず、超然と腰をすえたように存在するものたちがいる。
米海軍太平洋艦隊に所属するニミッツ級空母、その護衛艦たちだ。
海原に聳え立つ要塞たちはここにあって当然といわんばかりに存在感を暗闇の中に撒き散らせている。
撒き散らしているのだが、その腹に抱えた人間たちはこの場にいることを酷く不満に思っているものが大半である。
その中の一人、佐官らしき男が水平線の向こうに存在する日本という島国をにらみつけるよう視線を鋭くしながら空母の甲板に立っていた。
愛する自由の国、祖国であるアメリカから遠く離れた極東の地。
彼は少なからず極東の島国である日本という国に興味を持っていた。
元々の独特な文化を持っていたのもそうだが、狭い国土に二つのハイヴを抱え、我が国の新兵器を使ったにしろ、ハイヴ攻略を成し遂げ、
今も首都から目と鼻の先にハイヴを抱えているにも関わらず、前線を維持し続けているのは素直に賞賛できることであり、
いかような人々が住まう場所なのだろうかと興味があったのだ。
だが、その興味も今は失望感に上塗りされ落胆と苛立ちを覚えずにいられない。

「所詮は東洋の神秘といわれた国といっても国は国ということか」

対BETA最前線という自覚をなくして内乱に突入するなど愚の骨頂。
今回の演習に自分達が借り出されること自体に疑問をもっていたのだが、どうやら本国はこのことを予期してのかもしれない。
その部分では祖国に疑問を感じずにはいられないが、国とはそういうものだと割り切っている。
少なくとも自分の愛する祖国はそれだけが全てではない素晴らしい国、愛するべき国、誇るべき国との思いのほうが強く、とりあえず疑問を棚上げする。
本国は国連を通して再三の内乱鎮圧の協力を申請しているらしいが、一体どちらの勢力に加担するつもりなのだろうか。
軍人である自分としては部下を死なせないための最大限の努力をするだけなのだが、利権が絡んだ人類同士の争いにはやはり気が滅入る。
佐渡島からBETAが侵攻してきた場合我々はどう動くのだろうか。
頭の中には尽きない疑問で塩漬けになってしまいそうだ。

「……塩漬けか。たしか日本にそんな野菜料理があったか……。文化を失うことにはなって欲しくはないが。
 すべては馬鹿者どもの所為ということなのだろう」

潮風に吹かれすぎた所為か、頭が冷えたようで怒りよりもむしろ文化の消失の危惧に思考が移ってしまった。
米国では未だ盛んな数々の文化的活動も、他国ではいくつか絶えてしまったものもあると聞く。
だが、そこまで考えてまたこの無用心な人類同士の戦いに再び怒りの炎が燻り始めるが、それは後ろから聞こえてくる足音によって止められた。
振り返ってみれば彼の部下である女性衛士が一人BDUに包まれる豊満な胸を弾ませつつ、全力でこちらに駆け寄ってくるところが見えた。

「少佐!」

男の階級を呼び、荒々しく呼吸しながらもへたり込むことなく簡易な敬礼をした。
それに答礼を返しつつ、彼女が呼吸を整えるのを数秒感待つ。
どんな緊急事態でも呼吸が整わないうちに報告させても要領がつかめず、かえって時間がかかってしまうもの、そう彼は考えているからだ。
呼吸を整ったのを確認すると改めて彼女に何があったのか問いかける。

「どうした少尉。何か大きく状況に変化が起きたのか?」
「しょ、少佐。変化どころではありません。日本の叛乱が……どうやら有耶無耶になりそうなのです」
「有耶無耶?」
「はい……BETAが佐渡島より侵攻を開始したとの報告が入ってきたようです。各部隊が緊急招集をかけられています」
「無論我々も、ということか…………」

至って冷静な表情を貼り付け頷いてみせるが、内心では最悪の事態が起きてしまったと激しく動揺すると同時に怒りに燃えていた。
これで我々が支援しなければ極東の島国はBETAの支配地域に陥ってしまう。
それを人類同士の戦いで引き起こしてしまう愚だけはどうしても避けなければならないという想い。
その想いがそう思わせるのだ。
大隊長である私はこれから部隊長ブリーフィングに参加し詳しいことを聞かなければならない。
連絡役に来てくれた少尉を部隊のブリーフィングルームに戻らせ、自身も早足で移動を開始する。
途中いくらか地面が移動する感覚を味わったのは空母が動き始めた証拠である。
空母が動いたということは重要な局面に向かっているということを想像するには簡単すぎた。
だが、この空母の移動した本当の理由を知ることになったとき、
彼、アルフレッド・ウォーケン少佐はその簡単な想像の現実が、自身の考えていたものと全然違ったことを思い知らされるのであった。

「本国からの命令……演習を続行し、日本領海から速やかに退去せよ……?そんな馬鹿な!!」


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり
第六章その5


文字通り網膜に映る強化装備を装着した男の衛士。
体は軍人らしく引き締まっており、強化装備がよりそれを際立たせている。
顔は柳の実父に似、顎のラインは母親譲りであることを再確認する。
最も写真で知る母と違い顎に黒子は存在しない。
その黒子は柳が遺伝しているのだが、兄妹というで似ている点といえば男女差を考えても顎のラインだろう。
一年くらい前までは眉も似ているといわれていたのだが、最近眉の先が枝分かれするよう生え変わってきており、兄とは違う印象のそれになってしまった。
神代御姉様たちからは曲がったトンボの羽やら蟹の脚やらいい、からかってきたものだ。
写真を見る限りどう考えも母の遺伝なのだが、化粧の一種で形を整えていたのばかり思っていたのだから、お年頃の柳としては少々ショックである。
思わず口元に笑みを浮かべそうになったが、現実逃避もこのくらいにしなければこの先は心がつぶれるだけだろう。
網膜映る相手も似たようなことを考えていたのだろう。
若干目を細めこちらの様子を窺った後、二三回口を躊躇うように開けたり閉めたりしていたが、そのまま閉めてしまった。
どうやら兄は何かしらの後ろめたいことをしているらしい。
少なくとも実の妹を前にして後堂々としていられないことらしい。

「……こちら国連太平洋方面第11軍・横浜基地所属第5戦術機甲大隊、御城柳少尉です。
 貴官らの所属、階級、姓名を述べよ。また、貴官らが識別信号をOFFにしている理由一緒に願う」
「日本帝国陸軍、第110戦術機甲大隊所属、御城衛少尉だ。
 識別信号を切っていた理由は作戦行動中につき、機密に抵触するため貴官らに明かすことはできない。
 逆に問おう、貴官らこそ政府の要請を無視するかのように防衛線外のこの地域に展開している?」

中隊から戦力外通告されて僻地に派遣されました、とは軍人どころが最低限の誇りを持っているなら誰でも言わないだろう。
ましてや自身の兄を目の前にそんな台詞を口にすることは余計に憚られる。
そう……お互い表に出ない所属にいることは内心でわかっていて、本心など明かすことなどできはしない。

「こちらも作戦行動中につき答えることはできない。だが、こちらは国連軍だ。
 此度の事件に我々としても必要以上に関わることを許可されているわけではないが、不審なものを見かけて見逃すということもできない。
 機密に差支えがない程度に作戦要綱の開示を求む。我々は国際平和という使命にかけて外部に漏らさぬことを誓う」
「……断る。と、答えたいところだが、二つ返事で答える問題ではないな」

おそらく向こうとしては時間がおしいはずだが、こちらと話がこじれてしまうことのほうが問題と考えたらしい。
ここからの会話は秘匿回線を使用してのものを希望していると目は語っている。
こちらもそれは望むところだ。
そう思い、柳は目の端に映るウインドウに意識を向ける。
そこには向こうからは見えないだろうが、元部下であった九羽を始め、魅瀬、伊間の3人が話したそうな顔を隠そうとせずにじっと待っているのが見えるのだ。
今は意図的に設定を変えて彼女らには音声しか聞こえないようにしているが、顔まで見ると歯止めが利かなくなることは目に見えている。
九羽はともかく魅瀬と伊間まで何故兄と会いたがるのか、疑問に思うが、彼女たちの経歴を詳しく知らないし、兄の交友関係も知らない以上何かがあったのだろう。
思い当たるとしたら九羽と似たような関係があったのかもしれないが……とりあえず棚上げにしておく。

「……では」

その一言と共に御城衛を残した全てのウインドが閉じられる。
秘匿回線に切り替わったのだ。
つまりここからが本題というわけだ。
公的にも私的にも。

「……………………」
「……………………」

兄は予想通り公的にも私的にも沈黙という選択肢を選んできた。
つまり何を話すかは私がどう質問するかによって対応を決めるつもりのようだ。
相手の出方がわからない以上後の先を選択するのは別に悪いことではない。
だが、兄の事情を推測すると時間などかけてはいられないはずだが……。
思い当たることといえば時間稼ぎだろうか?
だが、何の?
ならこちらはその時間稼ぎに付き合うべきか否か……判断材料が少なすぎる。
ここはあえて会話をして情報を聞きだすべきなのだろうが、兄を相手にそれが出来るだろうか?
柳は対処案に関して様々な方法を考えようとするが、どうしても一番初めの判断材料が少なすぎるということに戻ってしまう。
しかし、黙っているだけでは時間稼ぎを成立させてしまうことになる。

「お兄様……いえ、衛様これはどういうおつもりでしょうか?」

結局柳が選択したのは公的立場、それも内輪、一族での立場で話すことに決めた。
この場でより冷静でいられる立場はそれが一番だと思ったからだ。

「……柳」
「衛様自ら裏の方になるという意味……それがどういうことかお分かりなのですか?
 御城家の歴史に終始符をつけると同義、それを本当にわかっているのですか?」
「委細承知、言われるまでもない」

何の躊躇いもなく言葉を吐く兄。
それに柳は少なからず衝撃を受けた。
兄のこの返答の迷いのなさは何なのだろうか?
柳が知る思い出を振り返ってもこんなに迷いなく、汚れ仕事をしてみせるとはっきり口にしたことあっただろうか?
清廉潔白を望んでやまず、横浜基地に訪れたときでさえ少年兵を率いている苦しさを滲ませていたあの兄が。

「それに覚悟なくしてもはや道など歩けぬ身。殿下のため、引いては帝国のためならば没落した家名に泥を塗ることを躊躇いはしない。
 そもそも家の再興という餌につられて政争に首を突っ込んだ時点で手を汚すことを覚悟していなかったのが間違いだった。
 後を振り返えれば悔いばかり、わずか半年でここまで悔いを残すなど我ながらなさけない」

柳は兄の独白にただただ圧倒され当初の悲しみや怒り、先程までの疑問は全て圧殺されてしまった。
頭の中には兄は本当に御城柳の兄なのかという言葉に支配されてしまう。
彼女の様子に兄は少し眼を細め間をおくようにしばし沈黙した。
そして眼球は柳がから、正確にはカメラから視線がそれ、こちらの後ろを観察する。

「……九羽彩子」

兄が残した悔い、やはり九羽が一番の気がかりなのだろうか?

「魅瀬朝美、伊間元気、志津梅……」

次々に名前を呼んでいき、最後に知らない名前が出てきた。
それが誰かはわからないが、やはり少年兵のなのだろうか。

「……柳、ひとつだけ聞いていいか?」
「……こちらの質問には一切答えないのに、こっちから聞くんですね。酷いと思いませんか?」
「ああ酷いだろうな。神代殿がここにいたなら間違いなく手の甲で平手打ち……いや、殴られるはずだ」
「わかっているじゃないですか。朝美さんたちとはどういった関係化は大体想像つきますからいいですけど」

本当はよくはない。
よくはないが先程の重圧によりそれらを深く聞くのには少しばかり気力が足りなかった。
初めて見る兄の顔に自分は恐怖を抱いてしまったのが原因だろう。
でももう一つの圧殺された感情だけは震えながらも搾り出すことが出来た。
搾り出さなくては自分が名乗る家名に自分自身が負けてしまいそうだったから。

「お兄様――」
「……お前をここに寄越したのは月詠真那中尉だな?」
「――っ!?」

完全に出鼻を挫かれてしまった。
私的怒りをぶつけようとした矢先に自身がここにきた理由、自分で推測していた中のひとつを言い当てられたがために動揺した。
動揺というものは緊迫した場面において致命的である。
それを待っていたかのように兄は謎の戦術機に即座に挙動をかける。
一見動揺が致命的な遅れに見えるが、まだ間に合うと、私の計算はそう答えを出していた。
その根拠は新型OSの即応性の高さだ。
居間のタイミングならこちらのほうが速く動ける。
相手右腕装備36mm突撃砲、狙いはコクピット、チェーンガンを使用時はコンマ6秒で装甲を貫通。
対処案、左腕部を盾にしつつ後退、右腕突撃砲で反撃、またはガンマウント前方展開によるフルオート制圧射撃、後者が最も有効。
120mm使用時は右腕を盾にしつつ、前進。
それと同時に左腕部モーターブレード起動、機体を捻りこむようにして懐に入り込みコクピットに捻り込む。
この二つが数ある対処案の中で最高の成功率を誇ることを瞬時に導き出す。
120mmの対処案は最早兄の命を鑑みない効率的なものだが、それを気にしている暇は今はない。
兄が容赦なくこちらを狙ってきているのだから、二度目の同様は即死だ。
容赦なく後者を選択し、動作に移るべくコマンドを入力していき、覚悟を後付でかまわないと体勢を整え、動作を始めた瞬間、兄がこちらの動きに対応する動作を始めた。
半身を引き左腕を犠牲に受け流す体勢だと瞬時に解答を出す。
しかし、この相手の挙動はおかしい。
動作を始めていたのにこちらの動きに合わせて行動をキャンセルした。
新型OSでしかできない動きをしている。
そこまで考えて自分の馬鹿さ加減に場違いながら数千分の一秒腹を立てた。
新型OSは既に帝国軍に配備を開始されていることを失念していたのだ。
つまり私の奇襲的計算のおかげで五分に持ち込んだのは相手の計算の上をいった上での行動だったからであり、
本当の勝負はここからの新型OSの動作キャンセルを駆使し、いかに有利な体勢に持ち込むかである。
相手の次の稼動部分は……目、耳、肌の感覚、五感のうちの三つの要素とこれまでの経験予測則から未来を計算する。
駆動する機関、軋む関節、回るモーター。
それらが導き出す相手の体勢を計算する。
短刀を装備する動き、銃を投げつける動き、短刀を展開中に補助アームで殴りつけようとする動き……。
僅か数秒の間の沈黙にも似た奇妙なやり取り、知らぬものが見ていたら機体に不具合が出たのかと思うほど滑稽に見える死闘。
しかし、この違和感はいったい何なのだろうか。
ここまで動かない戦いを仕掛けてくるなんて戦術機の戦闘を根本的に否定しているとしか思えない。
時間稼ぎは承知済みだが、戦術機の小隊単位での平均戦闘時間は15分前後、十分時間稼ぎになるはずだ。
わざわざこんな戦闘を仕掛けなくてもいいはずであり、私たちの仲間に気づかれないような戦闘にしたかったのか、損耗を抑えたかったのだろうか?
それにどれだけのメリットがあるのだろうか?
戦闘というにはあまりに動かない戦闘。
まるでGによる負担を軽減したいかのような気遣った――。
――気遣った?
……どれだけの数の動かない計算合戦が行われたのだろう。
柳の顔は汗が頬を伝い、ヘッドセットの顎先から滴る頃合にてようやく両者とも動きを止めた。
お互いの計算力は柳のほうがやや上、操縦技術は兄が上。
総合力でほぼ互角だが、能力勝負となるとその要因もろに結果に繋がり、千手、つまり手詰りで終わったのだ。
無論それだけで手を止めたわけではない。
柳は気づいてしまったからである。

「……九羽たちとはいい戦友になれそうだな、柳」
「ええ、お兄様や先任たちのお墨付きの自慢の友人たちです」

網膜に自機の後ろをウインドウで表示すると整然と銃口を向けたチェルミナートルたちの姿があった。

「秘匿回線で話しているというのに、機体の挙動を解析して我々の戦いに介入してくるとはな……」

いい衛士なった、と声を出さずに唇だけ動かし呟いたのを確かに見た。
兄と妹が戦いを止めた理由は九羽たちが介入してきたゆえ、集団戦に持ち込みたくなかったからである。
ここで派手な戦闘を起こせばアンテナを張り巡らせている叛乱、現政府軍いずれかの部隊に捕捉されてしまう。
そもそも銃弾一つ撃ちたくはなかった。
ゆえに今までの無駄な計算合戦である。
計算で読まれたからといって簡単にその挙動をキャンセルして次になんて無駄な行為、レースでスタートダッシュもせずに
相手をにらみつけているだけの馬鹿と同じだ。
それに乗せられてしまった自分は最も馬鹿であるが。

「……お兄様、いいかげんに私たちを試す真似はよろしいのではなくて?」
「…………」
「後ろの戦術機は無人であることも、お兄様が乗っているその戦術機が複座型であることも気づいてしまいましたから」

兄の頬がピクリと動いた。
その反応だけで自分のつたない計算能力の解に自信が持てる。

「機動戦を仕掛けてこその戦術機で無駄な行為を続けていたのは私を試す以外に考えられない。
 私が未来予測計算ができることの確認のために動かずに先読みしやすくもしにくい最小限の動きを見切ること、
 これは熟練の衛士でも至難です。私たちの能力以外ではですがね。
 後ろの戦術機が無人であるのは彩子たちが証明してくれました。有人機にしては反応があまりにも稚拙すぎること、
 何より殺気も向けず増してや人間特有の視線を感じられないことです」
「……五感だけでそこまで気づいたか、やはり少佐の見立ては間違いではなかったようだな。
 して、最後の私の機体が複座型である根拠は?」
「それは私の網膜に映らないように微妙にカメラに調整が加えらているようですが、微妙なシートの狭さ、奥行きが感じられることが一つ。
 それと同時にそちらの声の反響がこれまた微妙に単座のときとは違ったものであることが二つ目。
 最後にこれが確信に至った疑問ですね。機動戦に持ち込まなかったこと」

兄は目を細めこちらの推理に聞き入り、言葉を切った私に続けるようにうなづくことで促す。
まるで試験回答を聞く教官のような姿勢だ。

「お兄様がこちらに狙いをつけたとき私は明らかに出遅れていました。
 その時点でお兄様は私が予測していようがいまいが、関係なく主導権を握ることができますのに、
 態々こちらが体勢を立て直しつつあるのを見て仕切り直しをした。
 これはつまりこちらを斃す意志が薄い、或いはないものと推測します」
「試すということを前提に考えれば辻褄は合うな。それで?」
「要するにお兄様の後ろには強化装備を着用していない人がいる。
 衛士ではない、或いは強化装備を着用できない状態かはさすがにわかりませんが、
 その方を無事目的地まで運ぶ、隠している任務内容とはそれだと推測、結論付けます。いかがでしょうか」
「随分と荒っぽい推理だな……。まあいい、少々そのままで待て」

兄はそういうと一方的に通信を切り、秘匿回線が解除された。
緊張状態が解かれたことを意識し、思わず脱力してしまうが、今度は通信を求めるコールに頭を悩ませることとなった。
溜め息を一つ吐きつつも素直に部隊内回線をオープンにし、再び九羽たちの顔が網膜に映ることとなった。

「柳ちゃん無事ですーか?」「柳に風、暖簾に腕押し、見事な殺り取りだったな」「……今回は台詞奪うのはよしておくよ」

子供たち全員の声が一言目から二言目、三言目――と心配する声から何も関係ない言葉とかが次々と柳に向かって浴びせられた。
あまりの声の多さに一瞬ぎょっとするが、仲間からの声だからか安心感を覚える。
安心感はいいが、既に三十秒以上ループしたように声を掛けられるのは警戒を怠っているも同然のような気がする。

「……、皆さん、私は無事ですので警戒態勢に戻ってください。相手はまだこちらに真意を明かしていないので一秒の油断が死につながる可能性が――」
「UNKOUWN無人機に人が乗り込む様子が見えます!!」
「各機散開、応戦用意!!」

報告を確認する前に命令だけ発し全機に応戦体勢を取らせる。
陣形を組む暇などないから散開してまとめてやられないように散らばらせ、その間に情報を確認した。
兄の部隊も全機が有人機になったのか距離をとるように跳躍し見事に散開していた。
だが、こちらをロックオンすることなく逆に照準とレーダーマーカーがUNKOWNを示す黄色から友軍をあらわす青へと変貌した。
これではコンピューターが味方と認識し、セーフティがかかり、ロックオンは愚か発砲することさえ出来なくなる。
不審に思っていると今度は通常回線で通信が届いた。

「驚かせてすまない。戦友が戻ってきたのを先に伝えるべきだったな」
「……当たり前です。先程の件もありますから、過剰な反応というわけでもありませんよ」

非難の色で声を染めて尖らせた唇で言った。
網膜に映った兄の顔はそんな様子に先程の思いつめた表情が嘘だったかのように微笑を浮かべた。

「まあ、許せ。彼らの名や顔を明かすことはできないが、私が窓口となって話すことになるからあまり気にしないでやってくれ。
 こちらも予定通りならもうすぐ動くことになるから、簡潔に作戦を説明させてもらう」
「さ、作戦……ですか?」

そう呟いた私に兄はやはりかという風に微笑をとき、代わりに頬を引き締めた。

「神代殿は……いや、月詠中尉だけか。内輪だけでことを済ませたいのか……それとも配慮か」
「お兄様?」
「まあいい、ともかく作戦を説明する。裏事情に関しては後々横浜の方々に聞くように」

わざわざ知らせてくるということから察するに香月が承知済みの作戦……ということなのだろう。
深読みしすぎのような気もするがありえそうなのでとりあえず納得しておく。
しかし、こちらの推測は綺麗さっぱり無視して、いきなり作戦説明とは一体どういうつもりか。
疑問だけが頭の中を駆け巡るが自分はそこにいたる答えを持ち合わせてはいない。
不本意だが成り行き任せにすることが今は最良の選択だろう。
柳は自分にそう言い聞かせ、作戦内容を聞くために全身の感覚を兄へと向けた。
データリンクを通して作戦内容に関係するのか、とある地域らしき地図が転送されてくる。
この場所は……古河?

「作戦内容はデータリンクで地図が転送されたと思うが、その地点、古河に我々は向かうことになっている。
 目的は単純明快、柳少尉が指摘した私の機体に搭載されたモノを運び込むことが目的だ」
「古河ですか?あそこにはもう城砦も戦略・戦術的価値はないはず……何より今からこの地点に向かうとなると時間が掛かりすぎますが?」
「前者の疑問だが、価値はもうすぐ出来る。その価値ができる合図もそろそろ起きるはずだから説明を急ぐぞ。
 後者の疑問は我々がここにいる以上問題はない。帝国陸軍の結果的に無駄に作ってしまったものを再利用してな」
「結果的に無駄にしてしまったものの再利用?」

壮大なとつけることなのだから余程の大事をしでかしたらしい。
それを再利用する?

「当時の状況をあながち無駄ではなかったのかもしれないが、結果を考えれば無駄なのだろう。
 先人たちもわらにも縋る思い、自分たちの力を高めるために作ったものでも――」
「……?どうしましたか?」
「――合図が始まった。ここからは道程で説明することしか出来ない。地下に移動するぞ」
「合図?地下に移動?」

呆けたように単語を呟く柳を尻目に次々に兄の部隊の戦術機が彼らが背にしていた山へと直進して行き、突如としてその姿が下へと消えていった。
データリンクを起動させてその場所を拡大してみると驚くべきことに戦術機が容易に入れるほどの穴が存在していた。
まるでそれはBETAのハイヴモニュメントの縦穴のように広大で、巨大な地の底まで繋がっていそうな……要約すれば先が見通せない穴だった。

----------------------------------------------------------------

「報告します」

この数時間で何回目の報告を彼女から聞くのだろう。
月詠真耶は愛も変わらず瞳に冷たさと敬愛の念を持ちながら事実を淡々と伝えてくる。

「……聞きましょう」
「本日0240に 佐渡島より師団規模のBETA軍の出現を確認。
 それと前後し、新潟に展開中の特務戦術機甲部隊も横浜基地所属の戦術機甲一個中隊と合流。
 また、第19独立警護小隊、横浜から出撃後、北進、潜伏地点へと到達完了との報告」

ほぼ予測、予定通り。
このまま順調に行けば大きな損害を被ることなく叛乱は終結向かうであろう。
煌武院悠陽は流暢に言葉をつむぎだす。

「……わかりました。第一海上防衛ラインは即時迎撃を開始。
 叛乱軍に対して展開中の部隊を即時移動を開始、対BETA防衛線第2と第3の防衛線に戦力を振り分けなさい。
 叛乱軍にも連絡――と同時に私の姿を全国に放送なさい。必要と感じたならば全世界へと発信も許可、判断は任せます」
「了解しました。して、新潟の部隊と独立警護小隊、裏方へと指示に変更はございますか?」

裏方……いうべきことは一つしかない。
自分の罪を再認識しつつ、あらかじめ決めていた言葉を伝える。

「……裏方へ言伝を頼みます。今宵は一献月に奉げましょう……と……頼みますよ」
「はっ、一言一句違わずお伝えいたします」
「では行きなさい」

真耶は深々と一礼すると後ろでにドアノブを捻り、ドアを僅かに開けてその隙間から姿勢を崩すことなくでていく。
パタンと静かな音を立ててドアが閉じたのを確認すると悠陽は窓際へと歩み寄り外を見ようと歩み寄る。
そのやり取りは一分にも満たなかった。
今だ民たちはどちらが本当の煌武院悠陽であるのか、不安を抱いており、世界各国も帝国に不審を募らせているはずだ。
米軍との取引も国連にこちらの情報を流し、仲介に立ってもらったことで成り立った。
それなりの代償を支払ったが、彼らの中にも間の抜けたものがいたおかげで首の皮一枚で繋がった。 
蜥蜴の尻尾切りもお互い大変である。

「――殿下、窓にはあまり歩み寄らないでくださいませ。あぶのうございます」
「安心なさい。こちらにはここより高いビルなどありはしません」

真耶と入れ替わりに入ってきたのは白い斯衛制服を着た青年の男の衛士だった。
彼は真耶の代わりに身辺警護を担当してくれている。
真耶の客観的評価によれば身辺警護であれば斯衛の中でも十の指に入るほどの指揮能力との事だ。

「ですが、いつどこで誰が殿下を狙っているやも知れませぬ。万全を期すのが私の務めゆえご無礼をいたしました」
「よい、そなたの責の重さを考えれば私が軽率であった。そなたにはまだまだ働いては貰わねばならん。
 遠慮せず私の軽率な行動を押し止めなさい」
「勿体無きお言葉、身に余る光栄でございます。して、殿下。時間でございます。
 スタジオにご足労願いたく参上した次第、どうか御身を移していただけないでしょうか?」
「フフフ、そんなに畏まらなくても良い。言葉が変になっていますよ?」

青年はその言葉に顔を赤くする。
やはりそういうところが血のつながりを感じさせる。
また小さく含み笑いをして見せた。
青年は一層顔を赤くしたが、誤魔化すため咳払いを一つし、先を促すように一歩退きドアを開け放った。
ここから先はどうしても運が絡んできてしまう。
予測される状況には対処案はあるが、戦場ではそれが通じない場合もある。
どうか犠牲者がでないことを祈ります。
犠牲がでることをわかりきった上であえて祈った。
叛乱など本当は起こしたくは無かった少女としての想いを一瞬浮かべながら。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり 第六章その6
Name: 通行人A◆d1634279 ID:5a722df5
Date: 2010/08/13 23:06
拉致されてから自分の周りには五月蝿いか、不快な人物しか集まってはこない。
御剣冥夜としての出自を呪ったことや煩わしく思ったことはないが、今このときだけはそう思ってしまいたくなった。
最も今までそれを利用されずにいたのは城代省の厳重な警備と情報省の機密漏洩阻止のおかげだったのだが、現在それらの庇護から離れてしまっている。
己の不幸を嘆くことは簡単だが、生憎それをしても何も進展はしないことはわかっているので落ち着いて回りを見ることにしている。
お飾りとはいえ、ここの最高権力者であり、そうする義務があるからだ。

「佐渡島より軍団規模のBETA群が侵攻を開始!?確度はいくらだ!?」
「数については情報が錯綜しています。確定情報ではありませんが――」
「馬鹿者!!正確な情報を収集しろ。間違った情報で動けばこちらが危ういんだぞ。確度の高い情報を早急に集めろ!」

「帝都の戦力が移動を開始しただと?進行方向は?」
「新潟方面、各防衛線に移動していると思われます」
「こちらに対する防衛線はどうなっている?」
「現在確度の高い情報を収集中ですが、徐々にこちらを無視し移動を開始しているとの報告も入ってきております」
「馬鹿な……仮にも主権国家であるのに目の前の乱を無視するだと……?ありえん」

別段ありえないわけではない。
対BETA最前線の自覚なく混乱を招いているのはむしろこちら側であり、第三国からみれば現状況を引き起こしたのは明らかにこちらに非がある。
したがって、このまま自国の危機を無視し、相手に全て任せ進軍し、占領したとしても国民や自軍の兵士たち、世界各国から支持を受けられるはずがない。
ある大国については諸手を挙げて喜びこそしないだろうが、それなりに旨みがあるので結局は賛成するだろうが。
まともな頭を持っているならここで一時的にせよ休戦協定、少なくとも進軍停止し様子見をするべきである。
司令部の一部を除き、様子見するべきだという雰囲気に包まれ始めているのを感じていれば一目瞭然だ。
元々彼らとて全員が全員今回の作戦に賛同したわけではないのだ。
もし帝都にいる殿下が本当に偽者だとすれば……といったように半信半疑、士気も不十分、BETAが侵攻してきたとなれば優先事項が揺らぐのもおかしくはない。
だが、一部の人間はそんなことは関係ない。
私の横に控えているその一部の代表格の一人には。

「貴様ら、何を腑抜けている!」

陸軍の将校の制服を着た男は厳つい顔をひき歪ませて、司令部の人間を一喝する。

「勇敢なる同士諸君。此度の偽将軍討伐の任に憤怒に打ち震える諸君らもBETAという人類共通の敵が迫りくれば動揺を隠せないのもわかります。
 しかし、そこで歩みを止めてはならぬと我輩は考えるのだ。彼の偽将軍の軍はこちらには目もくれず動かせる軍を全てBETAに向かわせた。
 一見良識ある行動に見えるが、それは違う。やつらは時間稼ぎをすることに決めたのだ。
 目に見える良識を傘にきている。BETA侵攻の数は軍団規模との報告が上がってきているが、それはおそらくデマである。
 やつらの流した欺瞞情報だ。軍団規模と偽ることで首都周辺の最低限の防衛部隊を残し、移動する。
 しかし、じつの侵攻数は師団規模と我輩は考える。おそらく一時休戦をあちらから申し出てくるだろう。
 だが、騙されてはいけない。やつらは師団規模のBETAを簡単に葬った後、防衛線の戦力と関西の部隊を引き連れて再び戦闘を開始する腹積もりなのだ。
 立ち止まるな諸君!我々は卑怯だと罵られるかもしれない。逆賊と呼ばれるかもしれない。だが、ここに居られる殿下が本物だと証明できるのは帝都についてからだ。
 帝都に蔓延る悪臣を掃討し、我らの正当性を証明しようではないか!」

私は一人で盛り上がり、勝手に自己完結した男を周りに気づかれないように一瞬だけ哀れみの目を向ける。
世界各国からすれば正当性も何もなくただのはた迷惑な叛乱でしかない。
メリットが歩くには西の某大国だけ。
むしろ北の連邦国家からすれば迷惑行為でしかなく、最悪防衛線を一つ増やさなくてはならなくなる危険気まわりない蛮行だ。
この叛乱、事件が起きたときから世界各国からの信用は最低でも二段くらい落ち込んでしまっているといっていい。
世間的評価を無視し、権力を手にするだけなら確かに今が最大のチャンスといっていい。
瞬く間の幻ではあるが。
将校の言葉に眉根を寄せる皆々だが、自分達が立ち上がった理由、犠牲の少なさを考えて渋々うなずくものがちらほら存在している。
そして、様々な感情を込めた視線が自然と私に吸い寄せられてきた。
殿下としての言葉を待っている視線である。
しかしそれに真っ先に反応することは私には許されていない。
頼んでもいないのにその反応をするのは横に控えているあの下郎の仕事である。
下郎は鼻の穴を引くつかせるとワザとらしく私の口元の耳を寄せてきて何か聞き取る動作をする。
仕方ないので私もそれにあわせて声を小さくだした。

「碌な死に方をせぬと今のうちに覚悟しておくのだな」

下郎はその言葉に一瞬不機嫌な顔をするが、顔を上げたときには感極まったような清々しい顔へと変わっていた。
自分に都合がいい場面での演技だけは一流らしい。

「諸君、悠陽殿下はご決断なされたぞ。日本を憂う東北の烈士たちには今だ疑念がつきないであろうし、不安があろう。
 しかし、こここそが天王山。敵の戦力、つまりは軍が、その前線司令部も異動を開始しているということだ。
 つまり今帝都を占拠しても指揮系統が混乱するのは最小限で済む。
 そして、占拠した後、我々が指揮系統を掌握、皇帝陛下に下知を頂き内戦は終了する。
 それでも叛乱分子がでるようなら正式に国連に支援要請をすればよい。
 殿下はご決断なされた、そちらはどうだ?今が決断の時、さあ殿下と共に正しき日本の姿を取り戻そうではないか!」

自分の欲望にまっしぐらと素直にいえばいいだろうに。
一方的な答えに半ばあきらめたのか、各々持ち場に戻ると次々に各部署に連絡を入れはじめた。
中には明らかに不満を持ったまま視線をぶつけていたものもいるが、周りの目を気にしてか結局自分の仕事に取り掛かってしまっている。
その視線を脳裏に刻み付ける。
自分があのような諦めようものならそこで何かが終わってしまう。

「……惨めだ」

思わず唇をかみ締めそうになるが、耐えて平静を再度装う。
私は覚悟やチャンスを言い訳にして逃げているだけではないか?
この叛乱の大義名分は自分という存在によるところが大きい、自害して果てれば解決してしまうのではないか?
そんな誘惑が頭の中で鎌首をもたげ始めていたところ、不意に耳元に声がかかった。

「自害など考えてはいけませんぞ、殿下」
「……貴様か」
「少々考えるのをお休みになられては。もうすぐ面白いイベントが始まろうとしているようですので」
「面白い――?」
「――帝都より重大な放送が入るとの情報を入手しました!!」

その報告ににやりと笑う私を誘拐した張本人。
こやつは一体何が目的でこのようなことをやっているのか。
疑念を頭に残したままその重大な放送を聞くために不本意ながら下郎たちに指示を出すのだった。
そして、一通り指示を出し終わった後またも不快な声で耳打ちをしてきた。

「指示もいいですが、我々もこの地点まで移動したほうがよろしいかと」
「……貴様は本当になにを考えているのだ?」
「殿下……任務に戻る、ってなところですかね」


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり
第六章その6


「一体全体何がどうなってるん~んですか?派手な合図とかいって一方的に一時停戦を呼びかけたと思えば、
 大部分の軍を対BETA戦線に動かしちゃうなんて将軍様にしても大胆すぎます~よ」
「…………」
「…………なんか喋ってくれないと先取りできない」
「ふざけている場合ではないでしょう。各員陣形を崩さず御城少尉の隊を追尾します」
「……了解。教官を追尾する」

教官か……。
九羽彩子が教官呼ばわりする自分の兄は今現在少数の光点を除いて全くの暗闇を進んでいた。
光が差し込むことのない本当の闇。
地下通路……いや、人工の洞穴といったほうが正しいか。
深さおよそ120メートルの縦穴を下った後、そこから無数に枝分かれした道。
横幅は戦術機甲中隊が楽に展開できるほど広く、本物には及ばないがまるでBETAのハイヴのようだ。

「しかし、実際問題ここは変。帝国の地下にこんな空間があるなんて未だに信じられない」
「そうで~すよね。見るところハイヴに似てますけど。仮想でいくらでも訓練できるのに無駄遣いもいいところです~よ」

こんな洞穴を掘ったのが本当に帝国だとするなら2人がいうように無駄の一言でつきてしまう。
ヴォールクデータが在る今日ではハイヴ攻略の演習はいくらでもできる。
これ程の規模の掘削、土木事業となれば莫大な金が動くことは間違いないわけであり、侵攻前に作ったとしても工面できる余裕はないはずである。
そうなると自ずと選択肢は限られてくる。

「誰かが演習以外の目的があってここを掘らせた?一体何のために?」
「……私語が多くはないですか?」
「ああ、ごめんなさい彩子……」
「……作戦中なので次からはコールナンバーでお願いします」

シリアスに考えようとするが微妙に棘のある通信が度々入り、思考を中断されてしまう。
部隊内通信で兄たちには聞こえていないはずだが、通信量を調べれば話の内容はわからずとも話をしていることくらいすぐにわかってしまう。
余計な不信感を与えていなければ良いのだが……。
それにしても彩子は兄に会ってから妙に私に手厳しいような気がする……って当たり前なのかもしれない。
一人の女性を抜けば事実上妹である私が兄に一番近い存在であり、嫉妬、或いは意識する対象なのだろう。
こちらとしてはそれで友人関係に亀裂が入らぬことを願うが……和やかに考えている暇はあまりない。
ここはハイヴと違い、光源は我々の乗る戦術機の識別用のライトくらいしかない。
それらと暗視装置を組み合わせても視野は広がることはなく、データリンクで送られてきたこの空間の地図どおりにデータを信じて進んでいくしかなく、
必然的に気が抜ける時間は限られているのだ。
今しがた難しいコースに入ったことでお喋りだった皆も沈黙を保つようになった。
しかし、余計な考え事をしている余裕がないのも事実。
主脚での走行ならいざ知らず、噴射跳躍での高速移動を頻繁に行うとなると壁面に激突しただけで損傷を負うことは必定。
思考の海に没頭することは自分の技量では無茶というものだ。
網膜に映る洞穴のデータが直線的でなだらかな上り坂に差し掛かり、精神的に余裕が出来た頃、前方の兄から通信が入った。
無論、秘匿回線でだ。

「ドッペル1よりエインヘリャル7へ。そろそろ目的地に到着する頃合なのだが、その前に我々が用意した補給を受けてもらおうと思う。
 補給ポイントはこの先にある最後の広間だ。推進剤、各種簡易チェック後、即刻再出撃、目標ポイントに向かう」
「……ドッペル1、こちらは同行しているとはいえ、国連軍であることを忘れてはいませんか?
 貴官らの作戦に参加する義理も義務もない。国連が承諾したものならともかく現時点でそれはされていない。
 したがって作戦には協力することはできません」
「委細承知している……しているが、我々の作戦目的を知ればどうだろうな」

兄は余裕を見せながらもこちらを嘗めるような態度を見せず、誘いをかけてくる。
態度から計算すると罠に誘っているということではなく、純粋な戦力強化のための誘いだという答えが導き出された。

「……聞きましょう」
「もうわかっているとは思うが、ここはBETA侵攻以前、まだ戦術機が本格配備される前、
 大陸から伝え聞く情報を元にハイヴを再現し、来るべきBETAに対する対処案を模索するために少なくない額を使って天然洞穴を拡張して作られたものだ」

戦術機が本格配備される前ということは西暦1970年代?戦車や歩兵といった兵科が訓練をしていたというわけか。
しかし、二十年たったいまでも未だに埋まらずに存在しているということは作りがよっぽどしっかりしていたということだろう。

「当初こそ真面目に設備が整えられ訓練をしていたらしいが、統合仮想情報演習システムが機能し始めると共に使われなくなっていったそうだ。
 税金の無駄使いという事実だけが残ったのだが、幸い事実を知るものは少数しかいなかった。そして、そのものたちが知らぬぞんざぬを通すうちに
 忘れ去られていき、少ない記録を頼りに今回の作戦に使われることとなった」
「施設の経緯はわかりましたが、ここを使って何をしようというのですか?」
「口を挟まないでくれないか少尉。無駄口を聞く暇はあまりないのだ。五秒無駄したな。
 続ける、この通路は勿来から古河へと長距離におよんで掘りぬかれている。施設は既に老朽化しており、
 一部の電源は通路の崩落と共に失っており、来た道のように真っ暗だ。だが、この先補給ポイントを越えた辺りから生きている施設がある。
 そこは――セキリュティーシステムは最新のものを使用されているが、内側から入る分には問題はない。
 セキュリティーを殺した上で補給を済ませる。そして、本題の作戦だが――」

兄は一旦そこで自分を落ち着かせるためか、私たちに聞く覚悟を与えるためか、どちらかわからないが間をおいた。
網膜に映る兄の顔の筋肉の動き、瞳孔の動き、発汗を見て計算しても完璧に隠し通しているようで答えは得られなかった。

「先程古河に繋がっているといったが、そこを敵の本隊が司令部が置かれるという情報を手にいれた。
 我々はその情報を元に敵司令部に奇襲をかけつつ、この叛乱の首謀者を拘束することにある。
 首謀者を直接拘束するのは後に来る別同部隊にやってもらうことになるが、戦闘の混乱に乗じて潜入するとの連絡を受けており、
 それを援護するためにはなるべく戦闘の混乱を煽らなければならない。
 そこで御城柳少尉、貴官の部隊の協力が欲しいのだ。見たところ貴官らの機体はSU-27の系列だ。
 極東国連軍第11軍に公式に配備されてはいないはずの機体のはず……」
「つまり、私たちにUNKNOWN、所属不明機となれば政治的に、対外的に問題はない……ということですか?」
「作戦がうまく行けば反乱軍が内部分裂を起こし、起こった戦闘という筋書きになる予定だ。
 我々がもし失敗したとしても司令部近くで戦闘が行われた、それだけで反乱軍内部は大きく揺らぐであろう。
 仮に貴官が力を貸してくれるというなら、帝国は国連に借りを作ることになる、貴官のよい手柄にもなると思うが?」

あの優しかった兄とは思えないような言葉が耳に入ってくる。
私は表情を隠すように俯き、前髪に隠れるようにして下唇をかみ締める。
ここまで追い詰めてしまった下衆たちが憎かった。
御城の家名を利用されてしまったことが悔しかった。
そして、何よりも憧れの兄にここまで言わせてしまった察しの悪い自分が情けなく、悔しくて悲しくて……嗚咽をもらしてしまいそうだった。
ひとしきり嗚咽を漏らすことに耐えた後、察してくれたのか何も言わず、むしろ自らも耐えるかのように目を瞑っていてくれた兄に再度顔を向ける。

「して、熟慮の結果はいかに?」
「……ひとつだけ聞きかせてください」
「……なんだ?」
「その戦術機……機体識別不明ですが、帝国系の流れをくんでいるものですか?」
「…………」

当然返答は返ってくるわけもなく、否定とも肯定とも取れる沈黙が流れる。
だが、私にはそれで十分だった。
ここで適当に言葉を濁せばいいものを態々沈黙を選ぶということは教えているようなものなのだから。
最もわざとそうしているのではという深読みも出来てしまう。
どちらにしろ兄という人物は根は変わっていないということなのだろう。
つまり今回のこの共闘の持ちかけは私を思ってのことという可能性もある……。
甘い誘惑だけど、ここまでついてきてしまった以上、ここに止まるという選択肢は下の下であろう。

「……了解です。元々私たちに止まるという選択肢はありません。協力させていただきます。
 ですが、こちらが不都合と判断したときのリスクもお忘れなきよう心得てください」
「……協力に感謝する。ではそちらの隊員の説得を頼んだぞ」

兄は敬礼すると通信をあっさりと切ってしまった。
もう少し兄としての態度をとっても良いのではないだろうかと、思うが……自分も兄に明らかな敵意を見せてしまった負い目もある。
あの態度は仕方ない、と割り切ることにした。

「……軍が同じ部隊に身内を入れない理由はやはりこういうこともあるからでしょうね」

身内に対する親愛の情が判断を鈍らせてしまう。
今の自分がそうでないと言い切れないところが何よりの証拠だ。
そう思いつつ、今のことを伝えるため、部隊内通信を開いたのであった。

--------------------------------------------------------------

四方八方から感じる戦場の空気。
データリンクがそれらをかき集めてきたかのように空気は凝り固まっていた。
柏木たちの周り、ヴァルキリーズの皆もいつもなら軽口をいうくらいの余裕があるものなのだが、今は目の前の光景を固唾を呑んで見守っている。
そういう自分も一時忘れて見守ることに専念してしまっているのだ。
それを破ったのは軽口ではなく真面目な報告だった。

「海上防衛線は突破されたようですね、大尉」

部隊内回線を開きっぱなしにしているため、どんな呟きも今は中隊全てに聞こえてしまう。
網膜に映る宗像中尉も大尉に語りかけた言葉は例外なく、そこに込められた敬意を等しく隊員全ての耳に届ける。

「そのようだが、奇襲をかけられたにしては突破されるには時間が掛かったようだ」
「……ですね。速瀬中尉はどう思われます?」
「そうね。まあ、あれを見た後に実は準備は万端でした、って言われても何も驚かないけどね。ホワイトファング……だったかしら?コールサイン」
「乗ってきた機体は不知火壱型丙。現時点で帝国陸軍最新の正式採用戦術機であれを駆っているのはまず間違いなく最精鋭の衛士たち。
 それにおまけ……いや、むしろこちらが本命と考えていいですね、あれ」

宗像中尉がデータリンクを通して彼女の機体に記録された画像が回されてくる。
それだけなら別段特別でもなんでもなく珍しい程度にしか思われないだろうが、この画像に意味を持たせている代物が映っている以上注目せざる得ない。
不知火壱型丙に装備された砲、戦術機の搭載兵器にしてはあまりにも大きすぎるそれは見るものに戦艦の主砲を思わせる程存在感を示していた。

「国連のデータベースにもちゃんと存在してる代物というのが、どうにも気に食いませんが、その代物のナンバーを見てもっと気に食わなくなりましたけど」
「“試製”99型電磁投射砲……これが実戦配備モデルなら文句はないが、試作品に帝国の今後を賭けるのはどうかと思うわね」
「速瀬中尉にしては大人しい意見ですね。てっきり私の股がぐっしょり濡れるほど撃ちまくりたいとか言うかと思いましたけど」
「宗像ッ!後で覚えてなさいよ。……真面目な話、最前線で信頼性が全くない兵器に命預けるなんて真っ平ごめんなのよ。
 しかも、実戦テストの後、稼動不可能に陥り、次の侵攻時に試作品一個丸まるBETAに食われましたよ?最悪よ」
「数字だけなら今世紀で単独であげた最大の兵器ですけど」
「確実に今回同じ数字をたたき出して克壊れないなら文句無いけどね」

兵器とは信頼性あっての代物。
いくら最高のカタログスペックを誇ったものでも使用中に使い物にならなくなっては話にならないのだ。
砲撃支援の自分としては突然仲間を援護できなくなる事態等想像するだけで怖い。

「まともに使えるか使えないか、どちらにしろ我々がやることは変わりない。やつらが攻め、我々が守り。
 その攻めの第一陣も時間ギリギリに布陣を完了したようだな」

データリンクが更新され戦域情報に整然と隊列を整えた戦車、自走砲、MRS、そして地上掃射用に改造された対空戦車群。
どれもが帝都の現状に似つかわしくない見事に定石通りに砲列をそろえている。
今現在も大規模な内乱が起きているとは思えない落ち着きようである。
まるで予定通りといわんばかりの態度だ。
あらかじめ配置されていた電磁投射砲装備の戦術機部隊、海軍の手際のよさ、制圧砲撃部隊。
ここまで来るとこの内乱がどの程度の規模で、いつ旗揚げをし、帝都に攻め寄せてくるのか、これらが全て予定されていたと疑問を持たざる得ない。
その疑問をさらに膨らませる要素として戦術機部隊の展開数が通常より少ないことだ。
光線級を排除するには戦術機甲部隊は必須である。
たしかに大半の数は砲撃で撃破すのだが、制圧砲撃で全個体をつぶすのは難しい。
取りこぼしは戦術機部隊で排除するのが定石だ。
しかし、現状の戦術機の数からすると前線維持の数を減らしてことにあたるしかないのだ。
それで疑問は電磁投射砲へと立ち戻るのだ。
電磁投射砲がスペック通り戦果をあげたと仮定すれば、今日の出来事は予定表に組み込まれていたということになる。
当然我らが隊長伊隅みちる大尉も推測しているだろう。
いや、この場にいる全員が疑問をもっているに違いない。

「ア、アカネチャンヲマモラナキャ」

……考えいたっているのか約一名はわからないが。
その呟きは誰も聞かなかったことにし、逐一更新される戦域情報を網膜から脳内へと焼き付けていく。
敵第一陣の突撃級がぽつぽつと戦域マップに赤い点で現れ始めるのを確認したと思った僅か三秒後。
点だったものがペンキを塗ったように海岸線を赤く染め上げた。
震動も徐々に強くなり、センサーが捉える数のが段々とあやふやになっていく。
初実戦のときのBETA戦とまったく同じ順序だ。
順序通りとすればこの後の展開も同じ――。

「帝国軍、砲撃を開始しました」

戦域管制官である涼宮遙中尉の状況報告通り、すさまじい砲声が上陸中の群れに砲弾が雨あられと降り注いでゆき、それらは行く筋もの光の柱が迎撃する。
光の筋は忽ち砲弾を溶かしつくしていくが、砲弾は霧状になり、やがて雲へと姿を変えていく。

「敵BETA群の中に光線種の存在を確認、続いて重金属雲の発生を確認。全力正射を開始した模様…………」

砲弾はどれくらい敵を削ってくれるだろうか。
目の前に広がる爆炎や煙はもの凄い勢いで上がっているが、具体的戦果はまだしばらく時間が掛かる。
だが、次の報告はそのようなものではなく、全く別のものだった。

「ホワイトファング2より、ヴァルキリーズへ。我々はこれから砲撃最適ポイントへと移動を開始する。
 座標は以下のとおり、我々の身の安全は貴官らにかかっている……頼むぞ」
「ヴァルキリー1よりホワイトファング2へ。了解した。余計なことは我々が全て引き受ける。
 安心して任務に集中されたし」
「……感謝する」

あたしが喋らないうちにどんどんと状況は進んでいく。
まあ、上官同士の会話に発言許可も無いのに茶々をいれるのはどうかしているとは思うが、なんとなく存在感が薄くなるようで寂しいものだ。

「お前たち聞いての通りだ。既に想像していると思うが、帝国は電磁投射砲を切り札として使うようだ。
 前戦果通りの数字をたたき出すとすれば、この程度のBETA群など確かに畏れるに値しない。
 しかし、BETA相手に人類の思惑通りに言った例は微々たる物だ。
 万が一にそなえるなら億の一に備える気構えで望め。さらにいうなら帝国の今の状況から工作活動も懸念される。それを忘れるな」

BETAよりも身内のほうがよっぽど怖いか……。
一瞬ベッドに横たわった弟の姿が脳裏に思い浮かんだ。
戦場であんなことは二度とあってはいけない。
許してはいけない。
けど……ここより後方の方が工作活動が行われるに適している環境だろう。
0中隊がこの場にいないということはそれらに対する何らかの作戦が行われているに違いない。
根拠はあの隊がそもそもその類の任務をしていたという空気と極東という地区で少年兵が堂々と部隊にいることだ。

「B小隊先行して護衛対象のルート確保。C小隊は直衛、A小隊は後方警戒だ」
「了解、B小隊光線級に気をつけつつ前進、邪魔するやつらがいたら踏み砕くわよ!」
「C小隊了解、帝国軍の子守はまかせてください」
「A小隊、警戒を厳に、センサーだけに頼るなよ。BETAは勿論だが、戦術機にとって人類の携帯火機は天敵だからな」

こんなところに歩兵がいるとは通常考えられないが、状況が状況なだけに低い確率ではあるがありえないわけではない。
しかも敵味方の識別などできるわけでもないから、もしいたとしたら厄介なことこの上ない。
大尉のいう警戒を厳にするということは暗にそれらしき反応があった場合――ということだろう。
ヴァルキリーズ全機、任務を全うすべく機体を発進させていく。
あたしが所属するC小隊もホワイトファング隊の直衛につくため(部隊数で劣るので事実上の単なる監視役だが)噴射滑走で追いかけていく。
機体のスペックに多少の差はあるが、燃費のことを考えなければすぐに追いつくことはできるだろう。
心の奥眠る自分が行きたい戦場にはたどり着くわけではないだろうが。

「柏木」
「宗像中尉?」

突然秘匿回線で声を掛けられる。
自分の内心を見透かされたのかと思ったが……。

「冷静なお前なら大丈夫だと思うが、自分の感情を正直に出しすぎるな。お前は私にいているところがあるからな」
「私が中尉に似ているですか?」
「全部というわけではないさ。お前はその気と経験さえ積めば迎撃後衛、伊隅大尉のポジションを狙える人間だ」
「なんか遠まわしに自分のこと自慢してませんか?」
「ふふふ、違いないな。……まあ、お前なら言いたいことはもう理解しているはずだ。
 後はA―01の隊規さえ頭に思い浮かべておけばいい。秘匿回線まで使って悪かったな」
 
大尉に悟られないうちにと軽口を言って回線が切れた。
宗像中尉に忠告を受けるようじゃ周りにも違和感を覚えさせてしまっていたのだろうと、反省する。
少しは多恵の能天気さを見習うべきなのかもしれない。

「それも良し悪しか」

口元に咲く笑みを自覚しつつ目の前の任務に集中する。
戦場の名脇役を勤めるために。

この時、同時に帝都周辺にて些細な争いが起きたことは戦闘が終わるまで誰も知ることがなかった。
そして、その争いが最小の犠牲で内乱を終結させるに至った直接的要因になったと知るのはさらに後になるのだった。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり 第六章その7
Name: 通行人A◆9c67bf19 ID:fb5df193
Date: 2011/04/16 21:07
「何で俺達はこんなところにいるんだろうな?」

平地より高い位置にある丘での警戒待機はじわじわと体温を削り取っていき、集中力も落とし始めた頃、
耳を打つ風の音と共に何気ない相棒の呟きが冷たい空気を伝わって耳に入ってきた。

「何でって、そりゃあ帝都にいる偽殿下、引いては傀儡政権にしている奴らをとっちめて、本物の殿下を擁立するためだろ?」

こんな真冬の深夜朝方近い時間に歩哨にたたされるのはそんな理由がなきゃ進んでやろうとは思うまい。
相棒は首を傾げつつ懐から煙草を取りだすと一本口にくわえ、安物のライターで火をつけた。
PXで“俺”が買った貴重なもの……トランプで巻き上げられた娯楽品だ。
それをあまり味わいもせず煙を無頓着にすい続けている。
目の前の疑問に集中するための小道具として使っているのだろう。

「……何が気に入らないんだ?」
「んー?漠然としているような……いや、今この場所にいることだな。何で今俺達がここにいるかってことだよ」

もう一度同じ事を言ってやろうかと思ったが、そんな表向きの理由を聞きたいのではないということはわかっていた。
だが、立場上、万一誰かに聞かれれば不穏分子扱いになるやもしれない、という考えであまり口にしたくないのだ。

「言いたいことはわかるさ。向こうのやつらはBETAの野郎を最優先に行動してるけど、俺たちの大将は――ってことだろ?」
「ある意味では犠牲を最小限にしてことを成す、電撃作戦のお手本なんだけどな。なんか違うよな」
「正々堂々とはいかないのかもな。あちらさんだって、動かした軍の中にあっち殿下を紛れ込ませている可能性だってある。
 そうなると防衛線の戦力と合流して主戦力にでもなられたらこちらが断然不利になっちまう。
 止まるわけにはいかないっていうのも只単にバカみたいに出した答えじゃないと思うぜ……って何呆けてんだ?」
「いや、士官みたいな考え方するなって思ってよ。頭いいな」
「…………」
「ん?何だよ、その微妙な表情は?」
「阿呆、俺は衛士適正落ちて、CP将校の適正にも落ちたはぐれもんなんだよ」

どんな努力しようが、定められた水準に届かなければ意味がない。
その実証例が俺ってわけだ。
ついでに言えば、ろくに今回の大儀に賛同してもいないのにこんな大乱に手を貸してしまっているろくでなしだ。

「そういや、そうだっけか。お前は志高くて衛士希望だったわけかい?」
「志高いって分けじゃないけど、どうせ徴兵されるなら花形を選んだほうがかっこいいとおもっただけだ。
 そういうお前は衛士希望じゃなかったのか?」
「俺んち貧乏だから食い扶持と仕送りになればと思って志願しただけさ。兵科はなんでもよかったんだよ。
 まあ、後方に配属される方がいいとは思ってたけど」
「……人がいるところであんまベラベラしゃべらないほうがいいぞ、それ。今は特にな。っにしても風の音がやけに耳につくな」

今回の大乱を起こしたこちら側の上層部はやたらと兵士たるものの心持を語りたがるって話だ。
こいつのように食い扶持稼ぎで、やる気がないとか聞けば何かしらに罰則があるやもしれない。
嘘か真か、腑抜けたことをいった衛士が一人肩を撃ち抜かれたとか。
どちらにしろ避けられる危険なら避けていた方が懸命だ。

「……話がそれたけど、納得できないままこんなことしてていいのか?」
「言いたいことはわかるが、棚上げしておけ。俺たちみたいな歩哨は上の言うことをほいほい聞いておけばいいんだよ。
 どっちがかっても末端の人間には損得関係ないからな。大抵俺たちみたいなのはお咎めなしで終わるものさ」
「そうだけどよ……」

何をうじうじ悩んでいるのか。
悩んだってどうにもならない立場なんだからせめて煙草くらい美味そうに吸えばいいだろうに。
しかし、今日の風の音はやけに耳に響く。
耳鳴りにしてはやけに重低音のような気がする。

「……おい」
「何だ?まだぐたぐたと悩むつもりか?もうよして――」
「違う。なんかあっちの川……妙に明るくないか?」

相棒が指指した方向を見てみれば、たしかになんかぼんやりと霧がかかったかようなぼんやりとした明るさがあった。
それが徐々にだが確実に上流の方向へと登っていくのだから少々気味の悪い光景だ。
双眼鏡を覗き込みよくよく観察してみるとどうやら何かが水しぶきをあげているらしい。
その水しぶきに街頭の光が反射してこういった情景が見える――。
わけねえだろ。水しぶきを上げる光源……船か何かがあそこを通っているのか?
しかし、水しぶきを細かく上げる船なんて聞いたことがない。
何か派手に衝撃を撒き散らす何か、ここまで僅かだが音が聞こえてきている、それが先程から聞こえている音の正体だろう。
それが、何かとしたらあれほどの水しぶきを上げられるほどのものが陸上、海上で使用されるものといったら一つしかないだろう。
そして、その飛沫は地響きとともに霧状のものではなく、水の塊が舞うようになっていく。

「……相棒、至急司令部に連絡だ」
「え?」

相棒が間抜けな返事を返してくると同時に飛沫の原因が突如姿を現し、上空へと身を躍らせた。

「文面は所属不明の戦術機らしき物体を確認。数は中隊規模、機種は不明。北北東へと進軍中、とな」
「……帝都での殿下の放送嘘だったのか?」
「まだ決めつけるには早いさ。進軍してきたと方向が利根川の下流なら微妙に帝都から逸れているからな。
 帝国製じゃ無さそうな所属不明機がいたしな。斯衛の機体らしき機体がちょっといたが、隠蔽のためとも取れるさ」
「いずれにしろ歩兵の俺たちが判断することじゃないか」

相棒の返事に黙って首肯する。
仮にあれが帝都から進行してきた部隊だといっても、帝都には非はない、或いはやむ得ないといったところだろう。
こちらは既にBETA侵攻に対処するための直接一時休戦を提案されている。
だが、今現在こちらはその休戦を受け入れてはいないので、進軍しており、戦闘が起こったとしても何の問題もない。
むしろ攻撃されても文句など何一つ言えないだろう。
休戦を受け入れたら受け入れたで所属不明機をどこの所属か洗い出しているうちに事態は動いてしまっており、戦後の処理に後回しになるだろう。
それすら勝った後のことになるのだから抜け目のないことだ。

「……ったくどちらの陣営も嫌な感じだぜ」

ただ一兵士である男はただぼやくことしか出来ないのでぼやいたのだった。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり
第六章その7


作戦第一段階は中隊規模以下の戦力で敵の戦力を引き出せるだけ引き出すこと。
奇襲をかけ、相手の混乱を誘い、こちらの正確な戦力が判明する前に敵を出来るだけ減らすこと。
こちらの戦力を把握できないうちに初期配置の敵を壊滅させ、敵増援を迎え撃ち、殲滅、また敵増援を迎え撃つ、殲滅。
敵の戦力消去し続けることで戦力の逐次投入という愚にもつかない形に持っていくのが理想形。
次に作戦第二段階は陽動作戦が成功したところでさらに別働部隊が手薄になったところに突っ込む……ふりをし、
残った戦力をさらに引きずり出すこと。
陽動に重ねる陽動で敵を揺さぶり、戦力を手元に残す余裕を失わせる。
この際、基地周辺から気づかれないよう徐々に戦線を後退させていくことが最善手である。
そして、作戦の第三段階はその二重の陽動で戦力が裸同然になったところで投入される第三の部隊により基地へ突入。
残存戦力を掃討した後、積荷を降ろし目標へと接近する。
そして作戦第四段階は撤退。
生き残るのは良し、死ぬのは悪し。
陽動の基本中の基本であり、理想系だが、理想がうまく実現したことが世の中でそれほ多くあっただろうか?

「……う…まく……理想……け……いッ」

うまく理想形になんてなるものか!
白銀武は内臓に掛かるGに歯を食いしばりながら耐えながら心の中で文句を叫ぶ。
今は寝る子も黙る近接格闘戦(ドックファイト)の真っ最中。
ドックファイトの名の通りお互い尻、つまり後ろの取り合いに全力を注いでおり、通常の戦闘機動よりもよりGが掛かっており、
気を抜くと意識を持っていかれそうである。
目も圧迫されて痛みがはしっているが、瞼を閉じそうになるのを必死に耐え網膜に映し出される情報を逃さないようにする。
今は追いかけられている側、必死に捕捉されないように機体を左右に振る。
向こうも腕利きのようでまだ捕捉こそされていないが、こちらの後ろから離れようとはしない。
ここは仲間に援護を頼むのが筋かもしれないが、現在皆にそんな余裕はない。
ここはうまく切り抜けなければ。
市街地でうまく撒くにはうまくビルの間を抜けてロストさせるのが簡単だが、相手に上を取られないように機動をかけるとそんな暇もない。
ならば新型OSの特性を活かして、といいたいところだが、あちらも新型OS搭載機のようで、
ところどころの動きにキャンセルしているような動きが見られる。
つまりまだ不慣れということだ。
その動きを見切れれば立場は逆転できるはずだ。
網膜に投射される映像を後ろの敵機を中心にし、進んでいる前方の映像を小さくする。
危険だが、ずっと追いかけられているより逆転のタイミングを見つけることに集中したほうが、この場合はいいはずだ。
敵機がこちらの死角を取ろうと跳躍してくるが、36mmで牽制して入らせない。
敵が回避機動に乗りもう一度噴射跳躍機を動かし、死角へ入る機動に入った瞬間、自機の跳躍機に逆噴射を命令する。
とてつもないGが掛かるが、操作手順は淀みなく入力していく。
うまく不意をつけたのか、オレの行動に相手の対応は全く追いつかず、なすがままだ。
逆噴射キャンセル、通常の噴射位置へ戻し、全力噴射、速度を回復。
相手の浮いた股座、丁度戦術機が通れる位に開いた隙間を強引に後ろ向きにくぐり即座に速度を回復させ真後ろにつく。
その間は二十メートルと開いていない。
噴射炎が怖いが、幸いバランスを崩したのかあらぬ方向に跳躍機は向いている。
この隙を逃さず36mmを敵機の腰、管制ユニットの裏側に叩き込む。
敵機は自分の噴射跳躍機が生み出す加速に耐え切れなくなり、文字通り逆九の字に折れて二つに分かれて機能を停止する。
爆発せずに上半身と下半身に綺麗に分かれたようだ。
だが、管制ユニットを穴だらけにしたのだから衛士は死んでいるだろうから放っておいても問題はない。
その亡骸を一瞥すると早々に戦域マップを拡大し、状況把握に努める。
二機連携が崩れてしまったが、ペアを組んでいる彩峰は無事だろうか?
彩峰に限らず連携が崩れて状況を悪化させていた場合、仲間が危険になるのは勿論、作戦にも支障をきたす。

「彩峰は……無事か。今のところ全員無事、状況は予定通りジリ貧になるだろう……と」

二機連携に戻るため機体に跳躍をかける。
敵の主力は司令部付きの戦術機だけに不知火であり、こちらもそれに劣らない潜在性能を誇るチェルミナートルだが、
数の差はいかんともし難い。
それに衛士一人ひとりの錬度は横浜基地の衛士たちとは比べ物にならない。
悪い要素が多すぎるのだから無理を通り越して無茶をすれば容易く全滅してしまうだろう。

「白銀、遅い」
「……悪ぃ。ちょっと手こずっちまった」

若干責めるような通信を送ってきたのはやはり彩峰だ。
二機連携を分断されて各個での戦闘に持ち込まれたのは俺のせいだからだ。
少々過分に心配した所為で連携に穴が開き、つけこまれて危うく各個撃破されてしまうところだった。
まあ、相手の誤算は一人ひとり相手をする敵がどちらとも実力が上だったということだったのだが。
戦術的には負けてしまったので弁解のしようがなく、彩峰に責められるのは当然だ。

「……今回は焼きそば五食分でいいよ。けど、これ以上の奢りを作るのはダメだから」
「了解……」

それで今回のミスを許してくれるなら安いものだが、彩峰がいったようにこれ以上のミスはできない。
今回はたまたまうまく挽回できたが、これからは挽回できるとは限らない。
むしろ、そのまま任務失敗、全滅確定になりかねない。

「なんて、くどくいう必要もないか」

二機連携を再度組み、支援が必要そうな二機連携をデータリンクを通じて探す。
鳴海中尉と委員長の二機連携はどっしりした堅実な立ち回りでうまくいっているようだ。
鳴海中尉の腕と経験、それらを委員長が胸を借りるようにして、襲い掛かる敵機を退け、隙あらば撃墜している。
スコアのほとんどが鳴海中尉が取っているのはさすがとしか言いようがない。
次の麻倉、高原の二機連携は自分たちと同年齢とは思えないものだ。
操縦技術は負けない自身はあるが、場数を踏んだ洗練された連携は、オレと彩峰との連携を上回っている。
そして、最後に平中尉と美琴の二機連携だが、こちらはいうまでもなかった。
先程までこちらの二機連携を崩されていた間、穴の開いた部分を埋め続けてくれていたのはその2人だった。
機体に無理をかけず、近接格闘戦を得意とするチェルミナートルだが、四門の36mmで牽制し続けてくれていたようだ。
ようだというのは、今の今まで気づいていなかったという自分の視野のなさが原因だから恥ずかしい限りだ。

「02が埋めている穴に群がる敵を掃討する。接近中の援軍到着までにかたをつけるつもりでな」
「……了解」

無論、お互い掃討するのは無理だとわかっている。
が、それだけの意気込み、士気を保って望まなければ容易く心が折れてしまうだろう。
現在目を背けている現実によって。

「……修正。敵を東の市街地に押されてるふりをしながら隊長たちと合流しよう。
 入れ食いは腹を下す原因だからな」
「わかった」

なんか自分が自分でなくなっていく感じを覚えるが、軍人でBETA以外のやつらと戦うってことはこういうことなのかもしれない。
急加速によりシートに身体を押し付けられ、内臓が圧迫される苦しさに耐える。
網膜に投射される景色が高速で流れていき、やがて目標地点が見えてくる。

「敵分隊を確認。射撃で敵の脚を乱すぞ」
「了解」

両手に装備した87式突撃砲を構え、120mmの砲弾をAPFSDSを選択、装填。
この距離で戦術機の装甲を貫くには36mmでは不足、劣化ウラン弾でも肩部装甲に当たれば撃墜までいかない。
要撃級の腕や要塞級の尾節を完璧とまではいかないが防ぐ肩部装甲を貫通でき、なおかつ撃墜できる砲弾はこれしかない。
こんな高速機動をかけてる中でこの距離では撃っても外れる可能性が高いが、目くらましにキャニスターを撃っても相手への牽制にはならない。
ならばあたれば儲けもの程度でも十分な脅威になる。

「120mm3正射後、36mmで弾幕を張りつつ突入、平中尉たちと連携して一旦敵を押し返す」
「……有効射程までおよそ、200…150…100――」

距離はあっという間につめていき、緊張の度合いもそれにつられて高まっていく。

「――30、20、10、エインヘリャル5(6)、フォックス2!」

二機の87式突撃砲から120mmAPFSDS弾が砲口から飛び出し、直進していく。
その到着先は戦術機の鋼の装甲に突き立ち敵機を爆散させる……ことは適わず殆どの砲弾はそのまま敵機の横を通過していた。
しかし、“偶然”にも一発だけ敵機の頭部を粉砕することに成功した。
戦術機の構造上、管制ユニット内の衛士の視界が0になるため戦闘続行不可能の状態だ。
むろん前部装甲ハッチを排除して視界を確保することもできなくはないが、何かの破片がユニット内にはいれば、
即ミンチになる状況で戦闘を続行するには並大抵の蛮勇がなければできないことだ。
案の定行動不能に陥った敵機からは管制ユニットが射出され、脱出するのをセンサーが捉える。
だが、そんなことは正直どうでもいいレベルの情報だ。
敵の残り戦力がどう展開するかが、最も重要だ。
……“偶然”あたった弾だとしても戦力を削り取られたことには代わりはない以上、それをカバーする動きがあって当然、
敵部隊はすばやく散開してこちらの追い討ちである36mmの射線から逃れた。
その隙に減速しつつ、美琴たちと合流する。

「タ、タケル!」

思わずだろうが、合流した俺の名を呼んでしまう美琴。
平中尉との連携は確かに凄かったのだが、平中尉についていくのがやっとだったらしい。
助けられていた側の俺の名前を呼んだのはその不安の表れだ。
ちょっと前までの俺だったら軽口の一つや二つでその不安を払拭させていたのだろうが、今はそんな心の余裕がなかった。
先程の“偶然”……実のところ人殺し以上にそれが心の余裕を失わせている。
美琴には俺の実力だと思い込んでいるだろうが、実際は違う。
運も実力のうちという言葉があると、美琴はいうだろうが、そういうことではないのだ。
戦闘に集中するため、意識的に存在を忘れていた“  ”がいる後方に意識を持っていく。
複座型管制ユニット後方に存在する巨大な箱。
意識しだした途端に自分の感情が水面へと浮上し始める。
だめだ。
ここでへまをするわけにはいかない。
自分を殺さなくちゃいけないんだ。

「エインヘリャル6から2へ。予定通り後退しつつ、隊長たちと合流しましょう。
 このまま止まれば壊走になりかねません」
「よし、頃合だな。白銀の進言通り後退する」

牽制射撃を加えつつ、徐々に後退に移る。
気取られないように敵の数に押されているようにみせながら、確実に敵を目標から引き離しにかかる。
網膜に映る戦域マップに映る友軍を示す青色のマーカーが集合していき、やがて作戦参加機全機が合流を果たした。
軽くサブカメラで全機を確認すると、皆々、致命的損傷こそないが、それなりに装甲を削り取られているのが確認できた。
どんな精鋭でも数の前では適わないというのを痛感させられる現状だ。
でも、俺達の目的は敵の殲滅じゃない。
そう心の中で呟いたとき、部隊内通信に鳴海隊長の声が響いた。

「……よし、うまくいっている。作戦を第二フェイズに移行する。合図を送れ!」
「了解!」

第二フェイズ……いよいよ帝国最強戦力の一端が出撃する段階だ。
しかし、月詠さ――いや、月詠中尉たちの戦力はわずか一個小隊。
いくら帝国斯衛軍が誇る武御雷とて数の暴力の前には適わないはずだ。
予定通り、陽動に徹し第三フェイズに繋げるのが妥当だ。
委員長の機体から信号弾が打ち上げられる、夜間の為、煙ではなく閃光弾だ。
明かりの種類は緑、作戦予定通り、突入されたしだ。
ここは戦場……人死にがでないことなど絶対にない最悪の空間であり、味方であれ敵であれ必ず死んでしまう。
俺が人を殺してしまうのはまだいい。
皆だって軍人だという自負でギリギリ精神を保てるだろう。
だけど……柳ちゃんや”  ”は……。

「斯衛部隊、予定通り戦域に突入します」

耳に響くその声は残酷でも望んだ段階へと歩を進めるのであった。

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零式武御雷。
帝国斯衛軍が誇る帝国最強の第三世代戦術機であり、神代が所属する第19独立警護小隊に配備された自らの愛機でもある。
ずば抜けた運動性、機動性能を持ち、全身凶器ともいえるスーパーカーボン製ブレードエッジ装甲、多数の固定式ナイフ、
長刀による近接戦闘は世界でもトップレベルの近接格闘性能をもっている。
むろん、コストや整備性、生産性といった兵器としての問題点はあるもんおの、戦場に出てしまえばそれは別問題といいきれる。
第19独立警護小隊に配備されているのは4機だけだ。
たかが一個小隊。
多少なりとも優れていたとしても数の前では無力だ。
名のある軍師や戦術家は数をそろえることこそが最上であると、誰もが口をそろえてそういった。
神代自身も軍人の端くれとしては賛成であり、この戦場の現状と照らし合わせても、反対意見は沸いてはこない。

「ブラッド1よりブラッド全機へ。全兵器使用制限自由!私に続け!」

月詠中尉から武御雷の全兵器使用制限が解かれた。
その意味を正確に理解し、自然と笑みがこぼれてしまう。
確かにこの戦域での総合戦力は圧倒的にむこうが上だろう。
数は圧倒的に負けている。
数的劣勢を認めよう。
こちらには時間制限があり、相手には援軍を待つ時間的猶予がある。
時間的不利を認めよう。
兵の質、兵装的有利は向こうにある。
否、認めない。
私たちは帝国斯衛軍独立警護小隊を任せられ、帝国最強の戦術機たる武御雷を操ることを許された衛士。
将軍五摂家に認められた信頼に応えるためにはこのような場でおめおめと引き下がってなどいられない。
神代たちを迎え撃つのは逆賊に唆された同胞たちが駆る不知火だ。
同数で勝負を挑んでくるのを確認し、少々の喜びと悲しみが神代の胸の中に去来する。

「……すまない」

部隊内リンクに響いた声は誰のものだったか、もしくは神代の自身のものだったのかもしれない。
四機の武御雷と不知火が交戦区域に入り、砲撃戦に入る。
そして、三十と数える前に全機が近接格闘戦に移行。
まもなく六十を数えようというところで四機の爆炎が夜空へと吹き上がった。
いずれも鋭利な刃物に動力たる主機を断たれて行き場のなくなったエネルギーが行き場所を求めて吹き上がってのことだ。

「ブラッド1からブラッド全機へ。少々手間取った。このまま前進。隙あらば喉元を食い破るぞ」
「了解」

4機の戦術機は自らが葬った相手の爆炎の灯りに己の肌を赤々と染めながらも前進を続ける。
コールサインであるブラッド、血が示すかのようその道を血染めにしてでも、進むことをやめるないかのように。



[2455] マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり~第六章その8
Name: 通行人A◆9c67bf19 ID:fb5df193
Date: 2011/08/09 22:49
この司令本部の喧しさはどうにかならないものだろうか。
御剣冥夜は冷静さが失せた指揮所を冷めた目線で眺めながら心の中で毒づく。
所属不明機に襲撃された時点では敵が強いことを除けば、至って冷静であったが、
斯衛軍所属の武御雷が奇襲をかけてきたことが報告されると、ここの士官の間に明らかに動揺がはしった。
本来ならここの最高指揮官がその動揺を一喝して鎮めるべきなのだが、生憎ここの指揮官は信用をされていない。
信用されていない上官からいくら鎮まれといわれても、逆にその一喝している姿はあわてているようにも見えてしまう。
慌てているように見えれば、奇襲をかけてきた武御雷のほうにこそ大儀があるようも見えてくる。
ここにいる征威大将軍は偽者で、帝都側こそが正しいのだと。
指揮官がこの体たらくで、場の雰囲気がこんなものなのだから、征威大将軍自らが場を治めるのが筋だ。
……が。

「私にそのようなことをする義務も義理もない……ですかな?」
「……貴様はいつも私を不快にさせるタイミングでやってくるのだな」
「これは失礼。以後気をつけます」

御剣冥夜が後ろに目を向けると、一時退席していた誘拐犯が、さも楽しげな表情を浮かべた誘拐犯がそこにいた。
面白いことが始まるといって、姉である悠陽の一時休戦の呼びかけを見せた後、何処かに消えていたのだが、
またこうしてやってきたからには何かわけがあるに違いない。

「して、やけに楽しそうにしているようだが、面白いことと関係しているのだろうな。
 面白いことというやらが、まさか殿下の一時休戦の放送がそうだったわけではあるまい」
「お察しのとおりです。私は趣味と実益を兼ねた任務の準備を終えてきました。
 満足していただけること請け合い間違いなしでしょう」
「趣味と実益?」
「左様で。実益のある任務にやりがいを見出して成功率が上がるという話もございます」

唐突に誘拐犯は自分の価値観を語り始める。
やや自己陶酔の気があるようだ。
自己陶酔と悪趣味。
冥夜が思いつく限り嫌悪の対象となる上位に位置する組み合わせだ。

「そこに趣味という自分の世界を差し入れることができれば、より任務の遂行率が上がるとは思えませんか?」
「……任務に私情を挟むのはよくはないのではないか?」
「それもまたご尤も。しかし、あくまで程度の問題です。任務の支障をきたさないレベルならある程度の自由はあります。
 それをできないのは自由と自分勝手を履き違えているだけの愚か者ですよ」
「貴様ならできている……と?」

誘拐犯は黙って頷くことで肯定し、そのまま饒舌に言葉をつむいでいく……かにみえたが。

「趣味の話ですが、切迫した戦況です。このまま掘り下げて話すのも一興ですが、任務が優先ですから。
 それに趣味を入れるとしてもあくまで趣味は趣味ですからね」
「?よくわからないが……貴様のことだ、ろくでもない任務なのだろう。期待も応援も、成功すら祈らないでおくとしよう」
「せめて成功だけでも祈ってください。これでも私は国家公務員ですから」

急にまじめな声色を出す誘拐犯に眉根を寄せる冥夜であったが、また戯れかと思い、無視することにした。
誘拐犯は恭しく頭をたれ、一礼すると退室していく。
その姿勢は私は忠臣ですよといわんばかりの態度だった。
が、少しだけいつもの態度と違う雰囲気にやはり違和感を覚えるが、それを頭の隅にとどめておく程度にし、
再び戦域マップへと注意を戻すのであった。

「……殿下、あなた方は私のような卑しい人間ですら、畏敬の念を抱かずに居られない尊き存在です。
 この私の悪癖を許してくれるはずもありませんが、ご自分の存在自体を消そうとは考えないでいただきたい。
 ……では、任務に戻る。部隊各機、気を抜くな。任務を遂げるまで犬死だけはするんじゃないぞ」
【了解】

注意がそれたのを確認すると誘拐犯はインカムで部下に覚悟を決めさせるのであった。


マブラヴALTERNATIVE~天命を背負し始まり
第六章その8


戦闘は既に始まっている。
御城柳は愛機に待機しながらもそう感じることができた。
様子は見れず、音すらも聞こえない地下に潜っていたとしても、戦術機に搭載されているセンサーは振動を細かに感知していた。
非常にか細い反応だが、時折起こる振動を表す波形が表示されている。
大地をわずかでも揺らす振動とあれば、大きな爆発、ミサイルや爆撃といったものがぱっと思いつく。
もしくは燃料を満載した車両や類似する兵器が撃破され、爆散したか。
いずれにしろ地上は戦場であるということだ。
補給を終え、戦闘が開始されたと報告が入り、そのまま待機状態に移行。
第三陣である自分たちが出るタイミングはあちら任せ、兄の突入合図待ちである。
一方的過ぎるが、ここはあちら側が用意した施設であり、筋は一応通っている。
だが、余程の楽天家でない限り、他組織の施設で相手の思うように動かされる状況に警戒を解くことはしないだろう。
しないのだろうが、いささか私たちは肩に力が入りすぎているのは体力の無駄な浪費でもあるわけだ。
実戦経験の有無や場数を踏んでいるかで落ち着き方が変わるのだろうが、現状でいくらがんばっても変えられないことなのだから、仕方がない。
仕方がないこととわかりつつも――

「……さすがに堪えます」

と愚痴がこぼれてしまう。
戦闘への高揚や任務の重要性、それの成否etc…。
様々な要因に体や心にギシギシと音を立てるかのように重くのしかかってくる。
自分はまだ子供だから?
という弱さが心にじわじわと侵食してしまいそうだが、頭を振って必死に追い出す。
ここで誰かと軽口でも話すという選択肢もあるが、指揮官自らがそういったことをするのは躊躇われた。
柳自身の性格もあるが、まだまだ子供ならではの自尊心や思い込みからのことなのだが、状況が状況なだけに注意できるものはいない。
いるにはいるが、立場上いえないのだ。
その立場上いえない人物とは柳の兄なのだが、立場どころか現在この場に文字通りいないのも問題となっている。
自分の気を紛らわす意味でモニターを操作し、となりの機種不明の戦術機の腹部、管制ユニットを映し出す。
そこはこちらが機体に触れられることを恐れてか、降りているにも関わらず、閉じていた。
もぬけの殻のはずだが、そこに誰かがいるような気がするのは警戒心からくる錯覚なのだろうか?
閉じていることが余計にそう感じさせているのも事実である。
作戦前にこれほどの不安要素があるのに唯々諾々と出撃してしまっていいのだろうか?
ごくり、生唾を飲み込んでしまう。
気がまぎれるどころか逆効果だった。
気を落ち着けるため、目を軽く閉じ深呼吸する。
が、センサーが何か動くものを感知しする電子音が耳に軽い警告をしてきたので瞬時に確認をとる。
センサーが警告してきたものを目視で確認できると安心して胸をなでおろした。
先ほど移していた戦術機に簡易昇降機を使って上っている兄が網膜に映し出されている。
どんなに警戒してもやはり信頼を寄せている大切な人が目に見えるだけで安心してしまう。
その信頼する兄は管制ユニットに潜り込むと同時に着座調整を済ませたのか、すぐに網膜に投射されたウインドウに姿を現す。
ウインドウに映る表情は緊張のためか、強張っている。

「少尉、状況説明を簡単にさせてもらう。質問はその後に頼むぞ」
「……了解」
「約15分前にUNKOWNによる攻撃……第一陣が攻撃を開始。敵戦力の3割ほどを誘引に成功。
 それと同時に第二陣である武御雷が強襲をかけ、現在戦闘中。戦術機甲小隊を一個ものの数分で撃破し波に乗るが、
 現在は数に押されはじめ、後退を開始しはじめた――」

兄はそこでいったん言葉止めると浅く深呼吸する。
微妙に間を取るのはこちらの緊張の度合いを推し量るため……ではないのはなんとなく察しがついた。
だが、触れるのも野暮と考え、あえて気づいていない振りをする。
しかし、ここまで気にかけているとは、やはり兄はこの手の任務には向いていないのだろう。
それは嬉しいことなのだが、今は不安要素でしかないのが悲しい。

「――これに従い、我々が5分後に出撃するべきと判断した。
 陽動に陽動を重ねた奇襲……成功させねばならん」
「そうですね。では、各々の部隊に説明をしなければなりませんね」
「ああ、五分後よろしく頼む」

柳は少し名残惜しく感じたが、迷いを振り切るように顔横にふり、表情を引き締める。
そして、部隊へと連絡を開始する。
全員のウインドウが表示されたのを確認すると、先ほど知らされたことを説明する。
皆、了解の一言をいうと各々自分の機体や精神的覚悟のチェックへと戻っていった。
ただ一人、九羽彩子を残して。

「柳」
「……どうしました、彩子?」
「ええと……考えてみれば、短い付き合いだよな?」
「は?」

いきなりの言葉に思わず間の抜けた声を上げてしまった。
九羽はそれに出鼻を挫かれたのか、バツが悪そうに顔をしかめてしまい後に続く言葉が飲み込んでしまったようだ。
慌てて宥めて機嫌を直しにかかる。

「ごめんなさい。あまりに唐突だったからちょっと面食らってしまって……。
 あなたに他意があってのことではないの、許して、ね?」
「……うん」
「それで、何が言いたかったの?」
「……達だから」
「え?」
「友達だから。会ってまだ一ヶ月もたってないけど、大好きな友達だから。
 教官のことが大好きな友達だから」
「~~~~~~」
「恥ずかしがることない。私も教官が……大好きだから」
「~~~だ、大好きだから、な、なんでしょう?」
「……」
「彩子?」
「信用して。これからは信用こそが生き残るための最善の道だから」
「……」
「ただ、それだけ……ごめん、通信終了」

そのまま通信は切られてしまう。
最後のごめんは不器用な言い方と出撃前の時間をつかってしまったことへの謝罪だろう。
でも、本当は私こそ謝りたかった。
情けない。
小隊長という立場なのに部下に、友人に心配される自分。
自分で覚悟を決めなければならないのに後押しがなければできない心の弱さ。
迷う時を間違えてはならない、自分なりの教訓がいまできた。
人間迷えば間違いも犯すだろうし、正しい道もあるけなくなるかもしれない、だけど――。
操縦桿を握る力を強め、心に、自身に言い聞かせるため、言葉を舌に乗せた。

「――私の迷いのせいで友を失いたくない。武門の家柄……覚悟はできました」

気がつけば出撃時刻までのカウントは始まっている。
既に秒読み段階、部隊内回線をオープンに切り替える。
カウントの数字が全て0に変わったとき、部隊内回線は出撃の声とともに少女たちの雄たけびに支配されたのであった。

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斯衛といえど、所詮はただの衛士であり、人である。
神代も人であり、人外の化け物というわけではない。
ゆえに機体性能で勝ろうと数で抑えられるのは自明の理であり、そこに驚きはない。
驚くとしたら別の理由、今現在届いた最新の戦域状況に想定外の存在を確認したときのようにだ。

「……ブラッド2より1へ。所属不明の戦術機部隊の戦域突入を確認。
 と同時に敵基地より戦術機甲1個中隊の出撃も確認。機種は……82式戦術歩行戦闘機、瑞鶴、
 00式戦術歩行戦闘機、武御雷だと思われます」
「……」
「そのうちの8機が瑞鶴、4機武御雷との更新情報を確認……」
「……戦力的に見て後者のほうが厄介な相手だな」

相手は我々が駆るのと同じ武御雷。
こちらは使っている高機動型との差は確認できないが、一般の出の斯衛用とはいえ、
この戦場では十分にトップクラスで通じる機体性能だ。
所属不明機が駆るチェルミナートルとはいえ、所詮は準第三世代機、明らかに格下の機体だ。
唯一の救いは敵の大半が瑞鶴であるという点だ。

「二つの部隊が接近中、交戦するものと思われます。
「所属不明部隊の機種不明の戦術機がどれくらいの性能、衛士の腕前にかかっているな」
「……はい」
「神代」
「…………はい」

名を呼ぶが反応が芳しくない。
公私混同をしない娘とは思っていたが、逆にそれが心を曇らせてしまっているようだ。
斯衛としての矜持と勤めを全うすることに疑問はなく、例え大切なものを見殺しにしようとその勤めを全うしようとする。
正しい。
だが、同時に悲しい。
そして、そう思っている私自身も同時に悲しい存在だ。
私事を殺している彼女に掛けられる声はこれだけだ。

「このまま敵をあしらいつつ、後退する。
 偶然所属不明機が敵対戦力と交戦しようとしているが、こちらが介入するには戦力不足だ。
 市外より出た後、ポイントN-3まで後退し、支持を仰ぐ、以上」
「……了解です」

そう、あくまでこれは偶然の産物でしかない。
偵察に来ていたところ、偶然所属不明機が敵に強襲を仕掛けているところを発見。
なし崩し的に戦闘に突入してしまい、やむ得ず交戦。
そして、再度の所属不明機の突入の隙を突いて後退した。
今回の出来事はそういうことなのだ。
両組織合意済みで。
巧みに機体を操り敵機の射線から逃れつつ、後退を始める。
非常に酷なことだが、あの兄妹が生き残る確率は非常に低いといわざる得ない。
しかし、生きていてほしいと思う。
……我ながら矛盾している。
真耶が今胸に抱いている言葉を聴けば鼻で笑っているところだろう。
自身の従姉妹の顔を想像し、思わず苦笑いすることしかできない月詠真那であった。
しかし、これも真耶の差し金なのであろうか?
多数の斯衛軍専用機を敵は持っていた。
予備機や退役機がある瑞鶴ならうまく帳尻あわせに集めることができるだろうし、第一世代を操る衛士も確保できよう。
だが、今だ配備数が数十を数えるしかない武御雷は話が別だ。
衛士にしても武御雷は機密の塊である以上、衛士もそれなりの扱いと訓練を受けるものだ。
現に私たちもそれなりの訓練を受け扱うに相応しい立場に立たされている。
一朝一夕に武御雷を操る衛士など育成できないはずだが……。
月詠は戦闘の合間にそんな考えが浮かびつつも、戦況は順調に悪化しつつも終息へと徐々に向かい始めたのであった。


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