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[24681] ドラゴンクエストⅣ導かれるまでもない者ども(転生憑依主)【完結】
Name: 車道◆9aea2a08 ID:19da274d
Date: 2010/12/10 19:56
  序章


 私の名はシンシア。
 前世では、違う名前だったのだけれど、それは現状とは何の関係もないので置いておく。
 問題は、私が暮らしている村には伝説の魔王を倒す運命にある勇者がいて、その子と幼馴染みの関係にあるということであろう。
 そう、伝説の勇者とシンシア。これは、ひょっとしなくても国民的人気ゲームシリーズのドラゴンクエストⅣなのではなかろうか。
 その事に思い至った時に私が思ったのは、「えー!? シンシアって天空界生まれのエルフじゃなかったっけ? それなのに私は、この村で生まれ育って勇者と同い年の幼馴染みっておかしくない?」というどうでもいいツッコミではもちろんなく、このまま成長すれば自分は勇者の代わりに魔王に殺されるんじゃないかというものであった。
 そもそもが、シンシアの死因はデスピサロが村を攻めてきた時に、自分はモシャスで勇者に変身して討たれるという影武者の使命を全うした結果であり、最初から生き残る術など残されてはいないものであったと思う。よく覚えてないけど。
 なんというか、すでに村の皆からモシャスだけを教え込まれている私は死亡フラグをコンプリートしていると言っても過言ではない状況なのだ。
 なんか、勇者がデスピサロを倒した後にマスタードラゴンからのご褒美として生き返るとかいう話を聞いたことがある気もするが、本当に生き返られるのかどうかわからないし何よりも生き返ることができるからといって死んでもいいと思えるほど人生を達観していない。
 もっとも、モシャスを使わなくてもこの村の人間はデスピサロの襲撃で勇者以外は死滅するはずであり、それが嫌なら早々に村を逃げ出すべきであろうが、それをやったところでエルフとして生まれてしまった自分がこの村以外で生きていけるかというと首を傾げざるをえないわけで、もう詰んだなと思うしかなく、なんとも救われない話ではないか。

「どうしたの?」

「人生の難しさについて考えていました」

 などと言えるはずもなく、首を横に曲げて隣に座っている幼馴染みに顔を向けた私は、心配そうな顔をした、爆発したような髪型の緑色の髪の少女に言葉をかける。

「うん。私たち、ずっとこのままでいられたらいいのにね」

 何の気なしの言葉であるが、考えてみればこれは心底からの本心である。
 エルフである私を、人間と変わらずに扱ってくれる人たちのいる村での平和な生活。
 優しくて寂しがりやな幼馴染みと過ごす穏やかな毎日。
 いずれ確実に壊れると理解しているだけに、この貴重な日々が壊れないことを祈らずにはいられない。
 そんな私に幼馴染みが、男が見れば「コイツ、俺に惚れてるんじゃないか?」と勘違いすること間違いなしの極上の笑みを返してくる。

「そうね。ずっとこんな毎日が続けばいいのにね」

 ニッコリと笑う幼馴染みの少女の顔に影はない。
 この村は勇者を育て守るために存在し、その事を知った魔物が攻めてきたならば最後の一人になるまで戦わなくてはならない。絶対に生き残らねばならない勇者だけを残し、それ以外の全員がだ。
 そして、その事を本人だけが知らされていない。
 だからこそ、こんな風に笑えるんだろうけれど、羨ましいとは思わない。
 知らない事は幸せだと言うけれど、それは知らないままでいられればの話。
 時が来れば、残酷な真実を無理やりに見せられるのであれば知らせないのは残酷なだけ。
 だけど、村人はそれを話さない。話せない。
 知ってしまえば優しいこの娘は村人を守ろうとしてしまうから。
 伝説の魔王を倒す勇者として戦い抜けるように村人たちに鍛えられている最中のこの娘は、その力を村を守るため使ってしまうから。
 それを村人たちは許さない。
 伝説によれば、魔王を倒すのは勇者と、勇者の周りに集まった仲間たちなのだという。
 つまりは、勇者一人では魔王を倒せない。最初から、そう決まっているの……ヴァ。

「あにやっへんろ?」

 考え事をしている私の頬っぺたを両端に引っ張っている幼馴染みに言ってやると、彼女はなんだか怒った顔で睨みつけてきた。

「それは、こっちのセリフ。何よ、急に考え込んだと思ったら、人の話も聞かないで難しい顔して深刻ぶっちゃって。そんな顔、シンシアには似合わないんだから」
「ふぉんな……」

 頬をつままれたままでは上手く喋れないので、幼馴染みの手首を掴んで引っ張り指を外す。

「そんな顔してた?」
「してた」

 ぷっくりと、ほっぺたを膨らませて拗ねたように怒る幼馴染みは年齢以上に幼く見えて、ああ私が守ってあげなくてはと思わされる。
 もっとも、勇者として血の繋がらぬ両親に鍛えられているこの娘は、何かあれば自分こそが私を守ろうと考えているのだろうけれど。
 それが叶わない願いであると知っている私は、苦いものを噛み潰したような気持ちになる。
 もちろん、顔には出さない。
 さっき、それで幼馴染みを不機嫌にさせてしまったのだ。この上、また同じことを繰り返すほど私はバカじゃない。

「それで、何の話をしていたの?」
「それがね、父さんも母さんも酷いんだから。大きな岩の前まで連れて行ったと思ったら、これを剣で切ってみろ。とか言ってできなかったら素振り十万回をさせるし。母さんは、どんどん新しい魔法を教えてきて覚えられなかったら、滝に突き落とすのよ。あんなの鍛錬でもなんでもないわよ。虐待よ。私じゃなかったら死んでるわよ」

 両手をブンブン振って愚痴を吐いてくる幼馴染みは、全身で私怒ってますよと訴えてくる。
 前は素振り一日に一万回って言ってたのに、どんどん言うことが大げさになっていくわね、この子。
 だいたい、本気でそんな虐待レベルの鍛錬を受けさせられていれば、こんな風に笑っていられるはずはないのだから。

「わたしも女の子なのに、ほら筋肉だってこんなについちゃった」

 見せ付けてくる二の腕には、確かに力瘤らしきものがあるが、それでも男性が鍛えた場合に比べれば柔らかな少女の手だ。
 手の平の方は皮が厚くなってるし、私がやれば血豆ができて更に潰しているだろう程には素振りをしているのだろうと思うのだけれど、やっぱり大げさな物言いに笑いがこみ上げてくる。

「あー、信じてないわね」
「やーね、信じてるわよ。 私が信じられないの?」
「笑いながら言われても説得力ないわよ!」

 あらら、怒らせちゃった。

「ごめんごめん」

 怒って立ち上がり、去って行こうとする幼馴染みに謝りながら追いかける。
 まったく平和よね。本当に、こんな穏やかな日々がずっと続……。

 ドーンッと、何かが爆発するような音が村に響く。

 けばいいのにね。
 って、何事!?

「魔物が攻めてきたぞー!!」
「ちいっ! ついに、ここを嗅ぎつけやがったか!」

 村人たちの緊張感に満ちた声が辺りにこだまする。
 ああ、そういうことか。
 事態を把握した私は、驚き足を止めた幼馴染みの腕を取り、引っ張ると彼女の家に走る。
 内心で、私も幼馴染みもまだ15歳なんだからフライングでしょとデスピサロに文句をつけながら。

「何? どうしたの?」

 尋ねてくるが、答える余裕はない。というか、魔法は学んでも体は鍛えていない私には全力で走りながら話すような体力はない。
 それどころか全力で走り続けられるだけの体力もないのだけれど、小さな村なんだから目的地は遠くない。
 さして時間もかからずに着いた家の前には村人たちが集まっていて、私たちを見ると家の扉までの道を開けてくれる。

「わかってるな?」

 問いかけてくる言葉に頷き、私は扉を開けて家の中に入っていく。

「ちょっと、本当にどうしたの?」

 戸惑った声を無視して入った部屋には、幼馴染みの両親。剣を持ち鎧で武装した男性と魔法使いらしくローブを着てマントを肩にかけた女性がいる。

「父さん、母さん。どうしたの、その格好?」

 何も答えない私に質問するのは諦めたらしく両親に問いかけるが、二人も何も答えず床の敷き布を捲り、そこにある小さな扉を指し示す。
 言うまでもなくそこには地下室があって、だからこそ私は幼馴染みをここに連れてきたのだ。
 そこからは話が早い。
 私を含め、この村の住人の役目は勇者である彼女を守ること。
 だから、私たちは彼女を地下室に閉じ込めた。
 魔物たちとの戦いで、私たちが命を落としても彼女だけは助かるように。

 この後、私はモシャスで彼女に変身する。そして、死ぬのだろう。
 嫌だなあと思うのが正直なところだ。
 私は死にたくなんかない。
 世界を救う使命を帯びた勇者のためだからなんて理由で素直に死ねるものか。
 それだけじゃない。私が死ねば、優しい幼馴染みは泣く。
 優しいあの娘は、きっと親しい人たちの死に傷つく。
 幼馴染みである私が、自分の身代わり死ぬという事実に耐えられずに壊れてしまうかもしれない。
 でも、他にどうしようもない。
 勇者がどうの、世界がどうのなんて話はどうでもいいけど、あの娘が死ぬのは嫌だ。
 私には、大切な幼馴染みの死を乗り越える強さなんてない。
 だから、その苦しみを幼馴染みに押し付けるしかない。

「モシャス」

 呪文が唱えられ姿が変わる。世界を救う者たちを集め束ねる勇者の姿が、そこに現れる。

「では行くぞ」
「行きましょう」

 告げられたおじさんとおばさんの言葉に、ちょっと待ってよと私は思う。

「どうした?」

 どうしたも、こうしたも。

「なんで、二人がモシャスを使ってるんですか?」
「なんでって」

 なあ、と顔を見合わせる爆発したような緑の髪の少女二人。って、声も同じだから、本気で見分けがつかないわね。服装は違うけど。
 そう。さっきのモシャスは私ではなく、この二人が唱えたのだ。

「我々の役目は、あの子を生き残らせることだ。ならば……」

 と開いた扉の向こうには、同じ顔をした緑の髪の少女たち。

「村人全員があの子と同じ顔をしていれば、魔物たちを惑わすこともできるとは思わないか?」

 えーと、そうかもしれないけどモシャスって死んだら効果が切れなかったっけ?
 そうなったら、魔物たちが村を捜索してあの娘を見つけちゃうんじゃないかしら。

「全滅すれば、そうなるだろうな。だが、生き延びれば問題ない!」

 言われて見ればそうかもしれない。全員が散り散りに逃げれば誰か一人くらいは逃げ延びれるかもしれず、そうなれば魔物たちもそっちを追いかけることになって、あの娘を助けられる可能性が上がるかもしれない。
 もっとも、その場合は敵は勇者を取り逃がしたと判断して捜索の手を広げ勇者の旅は困難なものになるのだろうけど、自分のせいで村人が一人残らず死滅したという罪悪感を背負い続けることに比べれば、あの娘にとっては軽いものに違いない。

「わかってくれたようだな。では我々も行くぞ!」

 何を思ったか、逃げればいいのに魔物の群れに突撃していく他の村人たちに顔を向け、多分おじさんが変身したものであろう少女が気合の声をあげ、その全身からは闘気が立ち昇り吹き出し、額が輝いたと思うとなんだか竜の顔を簡略化したように見えなくもない紋章が浮かび上がる。

「ぬううぅぅんん。竜闘気ドラゴニックオーラ全開!!」

 雄たけびのような言葉と共に、闘気が鎧のように全身を包む。

「はい。ストーップ!!」
「今度は何だ?」
「ドラゴニックオーラって何?」
「知らないのかね? モシャスは対象の姿を写し取るのみならず、その能力もそっくりコピーするのだ」
「そっくりコピーって。つまり、できるの? あの娘も?」
「無論だ。勇者とは天空人の血を引く者だと聞くが、すさまじいものだな天空人とは」

 違うよ。絶対それ天空人と違うよ。何か違う生き物の血を引いてるよ。

「もういいかしら?」

 もう一人、多分おばさんに言われ、しょうがなく頷くと二人は家を飛び出し魔物の軍勢に向かっていく。

「ギガブレイクッ」
「紋章閃!」
「ドルオーラ!!」

 叫び声と共に、爆音とモンスターの断末魔が聞こえてくる。
 あと、首を飛ばされたドラゴンとか。
 本当なら、私もモシャスを使ってあの中に加わらなきゃいけないんだろうけど、もうこのまま返り討ちにできちゃうんじゃない?
 そんなことを思いながら、開いたドアから見える、形を変える山とか景色とかをみていたら、ひときわ大きな声が届いた。

「デスピサロの首、取ったどーっ!!」

 って、ええぇぇーっ!?



   ドラゴンクエストⅣ 導かれるまでもない者   完



────────────────────────────────────────────────────────────────



一発ネタのつもりで書きましたが、ドラクエ4なら他の章も書くべきじゃね?
と思ったので続きます。

今更ですが、ゲームのドラクエを知ってる読者の全てがダイの大冒険を読んでるわけじゃないだろうという当たり前の配慮がまったくない内容なことに反省。
反省しただけで、この続きもそういう配慮がない話なわけですが。



[24681] 第1章 王宮の戦士
Name: 車道◆9aea2a08 ID:19da274d
Date: 2010/12/05 19:26
 ぴちょんぴちょんぴちょん。

 水滴が落ちる音だけが聞こえるここは、あまり人が足を踏み入れることのない古井戸の中で、俺はそこに潜むに相応しいバケモノだ。
 とか言うと格好良く聞こえるが、実際のところ俺はただのホイミスライムである。
 なんで自分が、某有名RPGのモンスターになっているのかと悩んだのも昔の話。
 10年以上も過ごせば、いい加減にその事に疑問も感じなくなる。
 単純に、脳みその容量的な意味でそういう疑問を感じることができなくなってるだけかもしれないが。というか脳みそあるんだろうか、このクラゲもどき。
 いや、考えるな。クリオネの食事風景並みに怖い想像になりそうだ。
 何はともあれ、有名RPGのモンスターになってしまっていることに気づいた俺は、長年の調査の結果ここが有名RPGの世界のバトランドという国であることを去年くらいに確信した。
 随分と時間がかかったなと思われるかもしれないが、こちとらモンスターである。人間に会えば退治してくれんと襲い掛かってくるし、他のモンスターは大抵が国の名前やらなにやらを気にしないので必要な情報が集まらない。モンスター同士なら攻撃してこないってわけでもないしね。
 それはともかく、状況を理解すると共にバトランドの王宮にはライアンという戦士がいるとか、最近は子供が誘拐されまくっているという話も聞いて、もしや俺は導かれし者の一人であるライアンの仲間になり後には人間になったホイミンなのではないかと思い始めた。

 今から考えれば、なんでそういう発想に至ったのかは謎だが、それならばと大慌てでホイミンがライアンの仲間になる古井戸に入り、そこから繋がる洞穴で待ち構えていたわけだが、そうしたら一匹のホイミスライムが迷い込んできた。
 そいつは自分をホイミンと名乗り、人間になりたい。人間と仲良くなりたい。とキラキラした夢見る瞳で主張してきて、俺の勘違いを正してくれた。
 だから、俺は自分も人間になりたいんだと言って仲間意識を持たせて仲良くなり、油断させておいて頑張って持ち上げた大きな石で後ろから何度も殴りつけてすり潰して殺害した。
 別にホイミンが嫌いなわけでも、恨みがあったわけでもない。
 単純に、俺は有名RPGをやったことがあるので、ライアンの仲間になるホイミスライムは後に人間になれると知っているが、俺とホイミンの両方が人間になるのは無理だろうと判断したまでである。
 なにしろ、どちらが人間になるかと言えば、ホイミンのほうだろう原作的に考えてということは少し考えれば分かることで、人から逃げ隠れしたり病気や事故で死んだモンスターの死肉を食って生きていく精神を病みそうな生活にピリオドを打ちたければ、ホイミンを殺して自分が成り代わる以外の選択などないではないか。

 そんなわけで、あとはライアンが来るのを待つだけなわけだが、そういえばホイミンを仲間にするのは必須イベントではなかったような気がする。
 あのカイゼルヒゲ、古井戸には来ても俺をスルーして必須アイテムの『空飛ぶ靴』を見つけたらすぐに出て行ったりとかしないだろうな。
 やばい、不安になってきた。ひょっとしたら、『空飛ぶ靴』のあるところで待ってたほうがいいかもしれん。
 そう思い大人の足で一歩分くらいを移動した直後、ドスンッと音がして直前まで俺が立っていたところに突然に鉄柱が生えていた。

「なんぞ?」

 何が起こったのか分からないし、何となく気になったので鉄柱をよく見ると、なんだか剣に似た形をしていることがわかる。
 ただ、それは剣というにはあまりにも大きすぎた。大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。それはまさに鉄塊だった。
 なんで、こんなものが?

「ふむ。避けられるとは思わなかったな」

 そんな声と共に姿を現したのは、ピンクの鎧を身に纏ったカイゼルヒゲのオッサンである。って言うか……、でかっ!?

「たかがホイミスライムと思ったが、存外に勘が鋭いではないか。あまり、楽をすることを考えてはいかんということか」

 ひとりごち、俺ごときは警戒にも値しないと言わんばかりに目の前を通り過ぎると、片手で無造作に鉄塊を持ち上げるオッサンはもちろんライアンであり、見上げんばかりに高いところに顔のある巨人の如し巨体と岩のような筋肉を持った戦士であった。
 いや、俺って言うかホイミスライムが小さいから俺の目線では、でかく見えてるだけなのかもしれないけど、それにしたってでかすぎる。
 絶対、3メートルはあるぞ。ホントに人類か?
 呆れたように見ていると、ライアンは持ち上げた鉄塊の柄に空いた手も添え、顔の横に構えて俺に視線を合わせる。
 って、ちょっと待て!! こいつ、俺を殺す気か!?

「お、ぼく悪いモンスターじゃな……」

 ズドンッ。
 空気を裂く剣風が、横から顔に吹き付けたと思った瞬間に、そんな鈍い音が聞こえた。あと足元が斜めに傾いでいた。
 恐る恐る音のした場所を見ると、すぐ隣に直径二メートルくらいのクレーターができていて、その中心に鉄塊が突き立っている。

 こわっ! 今のが直撃してたら即死そくじにしてるぞ俺。

「悪いモンスターではないとは、どういうことだ?」

 怪訝そうな顔で聞いてくるライアンは、俺を殺しかけたことを少しも悪びれていないようだ。
 チクショウ、モンスターの命なんかゴミのように思ってやがるな。
 なんて考えてたら、刀身が半ばまで埋まった鉄塊をまた持ち上げ始めた。
 やばい! さっさと話さないと殺る気だ。しかし、何を話せば……、って考えてる余裕なんかないな。
 よし、ライアンは子供の行方不明の事件について調べているはずだし、その情報を教えて媚を売ろう。
 あと、その前にホイミンらしく人間になりたいと言ってみよう。

「お、ぼくは人間になりたいんだ。だから、人間と仲よ……」

 ブッとライアンが吹き出し、口を押さえ声をこらえて笑い始めた。
 考えてみれば、モンスターが人間になりたがるとか嘲笑の対象な気がするが、無茶苦茶ムカつくな。

「で? ぶふっ、人間になりたくて、ぷくくっ、どうしたって? ぶははははっ」

 いい加減に笑うのを止めろって言うか、いっそ我慢しないで一度笑ってから話を聞いてくれ。
 と言ってみたら、本気で大笑いされた。欝だ死のう。



 今回までのあらすじ


 首を吊ってみたけど、ホイミスライムは絞殺不可能なナマモノだと判明しただけでした。
 てか、首どこよ? 頭と思しき部分から手足代わりの触手が生えてるナマモノなんだぞ俺。
 それはともかく、九死に一生を得た俺は、子供を誘拐しているモンスターがいて、そいつがこの古井戸に用意した『空飛ぶ靴』で『湖の塔』に拉致していることや、それが伝説の勇者を幼いうちに殺してしまおうという魔王の作戦であることを教え、仲間にしてもらうことに成功したのだった。

「それで、あの塔に子供たちが捕らわれているのだな?」
「そうですけど……」

 件の塔は誰が何を思って建造したのか湖と言っても違和感がないほどに大きな泉の中心にあって、船を漕ぎ出しでもしなくては到達できそうにない。
 ゲームだと、船なんかなくても『空飛ぶ靴』で一発飛んで行けたはずだが、子供用の靴が履けるほどライアンの足は小さくなかったのである。
 もちろん、都合よく船があるはずもなく、手詰まりになったというのにオッサンの顔は明るい。
 何を考えてるんだろうな。
 って、何で俺の頭を掴む?
 そして、泉から距離をとりクラウチング。地面に押し潰される俺。
 って、まさか!?

「跳ぶ気ですか?」
「無論だ」
「無茶ですよ! 絶対、届きませんよ!!」
「なーに、超人オリンピックの予選では、この程度の走り幅跳びは日常茶飯事よ」

 どこで、やってるんだよ? その怪しい名前の五輪は。

「では、行くぞ!」
「ちょっ、まっ……」

 制止むなしく走り出したライアンは、あと一歩踏み出せば泉に足を沈めるという位置で、勢いのままに跳躍する。
 ギャース!! ホントに跳びやがった。
 落ちたらどうするつもりだ。俺はまだ泳げるほどに、この体に慣れてないぞ。
 そもそも水に浮かぶのかどうかも疑問だが。
 とはいえ、頭を鷲掴みにされている俺にはどうすることもできないわけで、塔というか対岸に届くことを願うしかないのだが、やっぱり届くはずもなく三分の一程度まで跳んだところで失速し水面へ、



 ライアン溺死。
 第1章 王宮の方から来た戦士
 完



 と、なるかと思ったが、その瞬間にライアンの右足が水面を蹴り更なる距離を稼ぐ。
 なんでだ!? 都合よく足場でもあったのか? まさか、本気で水を蹴って跳んだとかねえよな。
 まあ、どっちにしろそれで対岸に届くわけもなく、最初の跳躍に比べると短い距離を跳んだところで、また水面に飛び込みかけたところでまた跳躍。
 本気で水を蹴って跳んでやがるのか、このオッサン。と驚いてる間にも繰り返すこと五回。
 あと少しで対岸という距離で、いい加減に跳ぶための勢いをなくしたライアンは、水面に右足を乗せ、それが沈む前に左足を前に出し、左足が沈みかけたら右足を前に足すという繰り返しで、ついに塔のある対岸に辿り着く。

「ふむ、この程度の距離も一度で飛べないとは、どうもなまっているようだな」

 いやいやいや、水面を走るとか人間離れした芸当を見せておいて鈍ってるとか全盛期はどんなバケモンだ。

「まあいい。あとは、攫われた子供たちを助けて犯人を討伐するだけだな」
「そうですね。きっとライアン様なら、『おおめだま』くらい瞬殺できますよ」
「ほう。子供たちを攫ったモンスターは、『おおめだま』というのか?」
「たしか、そうだったと思いますよ」
「どんなモンスターだ?」
「でっかい、一つ目のモンスターですから見ればわかりますよ」

 話しながらも、俺とライアンは塔を昇っていく。
 もちろん、侵入者である俺たちを塔のモンスターたちが襲ってくるが、その全てがライアンの剣の一撃で絶命していく。
 なにしろ、その重量だけで人を殺せそうな鉄塊である。それを、超人類ライアンの剛力で振るわれるのだから、雑魚モンスターなど複数で現れても一閃で叩き潰されていく。
 ホイミンに成り代わってなかったら、自分も鉄塊の錆になっていたんだなと思うと寒気がするな。
 そんなわけで、本当ならきずぐすりの代わりになるはずの俺が一度たりとてホイミを唱えることもないまま、ついにこの塔のボスに遭遇した。
 けど……、
 ライアンと俺が見つめる先には、大きな一つ目のモンスターがいる。
 それは、浮遊する直径2~3メートルほどの球体状のモンスターで、顔の半分を占める巨大な一つ目と自分自身を丸呑みできそうに大きく開いた口を持ち、頭の上には髪の毛のように10本ほどの触手を生やしていて、その先にはそれぞれ小さな目がついている。

「なるほど。奴が、『おおめだま』か。ボスモンスターに相応しい禍々しい姿をしている」

 違うよ。これ絶対『おおめだま』じゃないよ。
 なんかこう、名前を呼んだら担当責任者が土下座しなくちゃならなくなるモンスターのスカイライン(仮名)だよ。

「では、片付けるか」

 どおれと言いそうな余裕のある足取りでスカイライン(仮名)に歩み寄るライアン。
 その剣が届く距離まで近づいた瞬間、触手の一本の目がライアンを向き、そこから光線が発射される。
 並みの戦士では反応すらできないであろう、それをライアンは剣で受け止め、次の瞬間には光線を受け止めた部分から剣が塵と消えていく。

「なに、私の剣が!?」
「気をつけてください。そいつの触手の先にある目は、それぞれが特殊能力を持っていて、今のは多分敵を消滅させる力です」

 多分だけどな。名前を呼んではいけないモンスターについては記憶がおぼろげなんだからしょうがない。気をつければどうにかなる能力でもないし。

「ほう、敵をな」

 ニヤリと笑ったライアンは、武器を失っても闘志を失わずモンスターに走る。
 正気かオッサン。そいつには麻痺能力とかもあったし、もう一回同じ光線を撃たれたら今度こそ消滅するぞ。
 思ってたら案の定、モンスターがさっきのと同じ光線を撃ち、それがライアンに直撃。
 そして、中身のなくなった鎧がガラガラと崩れ落ちる。



 ライアン戦死。
 第1章 王宮の方から来た戦士
 完



「甘いな『おおめだま』! その鎧は、最初からカラだ!!」

 ぬおっ! どっからか消滅したはずのライアンの声が!?
 声の主を捜すと、いつの間にか高く跳躍していたらしいライアンのダイビング・ニー・ドロップがスカイライン(仮名)の頭頂に突き刺さる。
 球体状の体はゴロンゴロンと転がり、壁に激突。

「はーっ!」

 気合の声と共に跳び上がったライアンに、磁石で引っ張られるように鎧が飛び、「うーっ!」「やーっ!」「たーっ!」のかけ声と共に体に装着されていく。

「敵を消滅させるということは、敵ではないものは消せないということ。私自身は貴様の敵でも、私の着ている鎧そのものは貴様の敵ではないのだ。ゆえに、その光線は脱ぎ捨てた私の鎧には無効だったのだ!」

 なに、その謎理論。そんな話より、変わり身の術みたいにいつの間にか鎧を脱いで飛び上がってたことの方が気になるんだけど。
 そんな俺の心の中の疑問が聞こえるはずもなく、スカイライン(仮名)に迫るライアンの豪腕が唸り、右拳が巨大な目玉に突き刺さる。
 名前を呼んではいけないモンスターの口から苦鳴の叫びが上がり、頭頂の触手の目からでたらめに光線が発射される。
 光線の幾つかはライアンにもヒットするが、オッサンは気にも留めず左の手でチョップ。
 潰れた目玉から抜いた右手で触手を鷲掴み、次は左手も使い一本背負いで床に叩きつけ、殴る蹴るの暴行。
 そして、ついにはスカイライン(仮名)は動かなくなる。

「ふう、恐ろしいモンスターだった」

 俺には、アンタの方が恐ろしいです。

「だが、こやつが魔王の手先であるということは、他にも同じ目的で動いている奴らがいるということだな」

 実は、いなかったような気がするんだがな。
 他には、本物の勇者のいる村の襲撃くらいしか知らないぞ俺。

「行かねばなるまい。いまだ幼い勇者を守り、魔王を倒す旅に」

 やっぱり、そうなるのか。

「行くぞ。ホイミン!」

 え? やっぱり俺も行くの?
 なんか、嫌な予感しかしないんで、もう古井戸に帰りたいんだけど。
 つっても、嫌とか言ったら殺されそうだしなぁ。ああ、俺は本当に人間になれるのだろうか……。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 そんなこんなで旅に出た一人と一匹は、しかしその生涯で勇者に出会うことはなく、偽ホイミンも人間にはなれなかった。
 だが、その旅の途中では、鉱山から強力なモンスターが発掘されたという情報を聞きつけ「大魔王からは逃げられない」という言葉と共に金網デスマッチをしかけてきた魔王超人エスタークと戦い、30分の激闘の末に必殺のアルゼンチンバックブリーカーで倒したりして世の平和を守ったので、その旅は決して無駄なものではなかったのである。



   第1章 王宮の方から来た戦士   完



────────────────────────────────────────────────────────────────



とりあえずライアンには勇者と同等のスペックを与えてみました。意味もなく。
名前を呼んではいけないモンスターの意味が分からない人は、鈴木土下座衛門でぐぐれ。

感想で後の話に使うネタが、すでに読まれていてドキリとしました。
どれかは言わない。分かった人は、知らないフリを推奨します。



[24681] 第2章 おてんば姫の冒険
Name: 車道◆9aea2a08 ID:19da274d
Date: 2010/12/06 19:30
 あたしはアリーナ。おてんば姫として広く知られているサントハイムの王女である。
 ここがゲームの世界だという事実を理解したのは、物心ついてすぐにいわゆる前世の記憶を思い出したからで、その結果としてあたしが最初にしたことは寝なおすことであった。
 や、だって夢だと思うわよね。常識的に考えて。
 現実逃避だけど。
 そんなわけで、寝る子は育つ理論ですくすくと成長したあたしは、更に数年経ってから現実を受け入れるしかないと諦観した。
 どう考えても妄想が具現化したような夢の世界であっても、何年たっても覚めなければ現実と認めるしかないじゃないの。
 たとえ、精神病院の一室でゲームの世界にいるんだと壁に向かってブツブツ言っている自分が想像できてしまっても、夢から覚めないんだから他にどうしようもない。
 それはともかく、現実を受け入れたあたしには二つの悩み事がある。

 一つは、前世の記憶によればサントハイムがモンスターに占領されたり、あたし自身は導かれし勇者一行としてデスピサロと戦わなくてはならないということ。
 冗談じゃないわよね。自慢じゃないけど前世も現世も、あたしは格闘技の類には興味がない。
 女の子だもの。なんで、わざわざ自分の体を痛めつけなきゃならないのやら。
 とはいえ、それで大丈夫なの? 世界の平穏。と思わなくもないわけで、実に悩ましい。
 あたしが導かれし者に加わっても役に立つとは思えないのだけれど。

 そして、もう一つはおてんば姫という呼ばれ方。
 前世はともかく、アリーナとしてのこれまでの人生で、おてんばだった事実などないのに、そんな呼ばれようをしているのだ。
 自分の責任なら納得もできるけど、他の人間のせいなのよね。具体的には約二名のせい。
 はぁ。と溜め息を吐いて腰かけたベッドの上からなんとはなしに部屋の壁を見ているとドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。
 来たわね元凶。

「姫さまー!!」
「なにをやっているんですか? 待ちくたびれましたぞ!」

 城内全体に響き渡る大音声で部屋に入ってきたのは、クリフトとブライ。
 ゲームでもおなじみの、あたしのお付きの神官と魔法使いである。
 と言っても、二人ともゲームのデザインそのものという姿はしていなくて、前世の記憶が蘇ったばかりの頃のあたしを混乱させてくれた。
 なにしろ、二人ともにあたしの記憶にあるゲームのビジュアルとは大きく違っていて、筋骨隆々とした鍛えられた漢の体は魔法を得意としているようには見えないから。
 クリフトは身長は二メートルを越え、服の上からでもわかる鍛え上げられた筋肉に覆われた肉体の持ち主で、腕の太さはあたしのウエストほどもあるし、ブライは少し体格に劣るけどそれでも二メートル近い身長はあたしより頭二つ三つ高く、ゆったりとした服から覗く筋肉は鋼のよう。ついでに言うと頭髪は一本もないスキンヘッド。
 はっきりいって、二人とも就く職業を間違えたとしか思えない。そもそも、二人が魔法を使っているところを見たことなんてないんだけどね。

「で、待ってたって何を?」
「もちろん、部屋の壁を蹴破って家出をする事をですよ」
「しないわよ。なんで、あたしが家出しなきゃならないのよ」
「何故って」

 二人は「なあ」と顔を見合わせる。

「我がサントハイムでは、王位継承権を持つ者は部屋の壁を蹴破って家出をして、旅をして見聞を広めるという風習がですね」
「知らないわよ。そんな風習」

 ゲームにも、なかったし。

「しかし、すでに旅支度も整っておりますし」
「着替えに非常食に路銀。武闘家用の胴着や武具も各種取り揃えていますよ。陛下の命令で」
「ねえ。あんたたちは、父親公認の家出ってものに何か疑問を抱かないわけ?」
「特には」

 ダメだ、この二人。なんとかしないと。

「はっきり申し上げて、姫様が何故に家出を嫌がっているのかは存じませんが、今のままでは王位を継げないと言うことを理解していただきたい」
「ブライ様の言うとおりです。姫様は、陛下のただ一人のお子でありますが、王家の義務も果たさないでは王位を継ぐことは許されません」

 理詰めで来たわね。けど、そのくらいはこちらも考えてないわけじゃないわよ。

「その義務が間違ってるとは思わないわけ? その、たった一人の王女を旅に出して死んだらどうするつもりよ」
「その心配はありません」
「このサントハイムは、代々最強の武術家を輩出してきた武の国。その中でも武神の異名を持つ生ける伝説である国王陛下の一人娘であらせられるアリーナ姫が、そこらのモンスターに後れを取るわけがありません」
「取るわよ。武術の鍛錬なんかやってないんだから。って言うか生ける伝説って何? 初耳なんだけど」
「ブライ様の言うとおり。十を数える年の頃にはドラゴンを倒し、その後は連戦連勝の快進撃。何年か前にホイミスライムを連れてこの国を訪れた巨人のような戦士とは引き分けたものの、それ以外ではいかなる敵も一撃で倒してきた不敗の格闘王である陛下をして、才能では自分を上回ると言わしめた姫様が、エンカウントモンスターごときに負けるはずがないではありませんか」
「その才能は、いつ見出されたのよ。仮にそんな才能があったとしても、何の修行もしてない素人に何ができるって言うのよ」
「それに、何も一人で旅をしろと言うわけではありません。王族の義務といえど、うら若い娘一人で旅をしろというほどに、非常識ではありませんからな」
「もう、充分に非常識でしょ!」
「お供に選ばれた我ら二人も、陛下には遠く及ばないとはいえサントハイムの竜虎と呼ばれた使い手。姫様の足手まといにはなりません」
「あたしの話を聞いてる?」
「納得していただけたところで、この壁を蹴破っていただきましょう」
「会話をしろ!」

 怒鳴ってみるが、馬耳東風。実にマイペースな二人は、今か今かとあたしが壁を蹴るのを待っている。
 あれ? 考えてみたら、壁を蹴破らなければ家出をしなくていいって事じゃない?
 どっちにしても、部屋の壁を蹴りで壊すとかあたしにできるはずないしね。
 お父さまもそうだけど、この二人は人の話を聞かないし、あたしももう無視して寝ちゃおうか。

 そんなことを考えて、黙り込んでいるあたしになにを思ったのか、二人は急に納得した顔になって目配せしあう。

「なるほど、この程度の壁は自分で破るまでもない。むしろ、ついて行きたければ我々に壊して見せろと言いたいのですな」

 言ってないわよ。そんなこと。

「姫様がそういうのであれば、我らも実力を見せねばなりますまい。やれ、クリフト」
「はい!」

 二人は勝手に話を進め、クリフトが壁に向かい猛禽の鳴き声のような呼吸音を立てて息を吐く。

「ほあたーっ!」

 あたしの目には、クリフトの右足が霞んだようにしか見えなかったけど、その瞬間には足の裏が壁に突き刺さっていてドゴンッと轟音が響く。
 壁の足がめり込んだ部分から亀裂が広がり、ガラガラと崩れていく。
 怖っ。やっぱり、クリフト絶対に神官じゃないわ。武闘家だわ。

「ふむ。やはりな」

 呟くブライが見つめるのはクリフトが割り砕いた壁で、しかしその向こうに見えるはずの外の景色はない。
 何故かと言えば、壁の中には分厚そうな鉄板が入っていて、それがクリフトの足の形にへこんでいる。

「壁全体に厚さ30ミリの鉄板が仕込んであります。陛下は、よほど姫様に期待しておられるようですな」

 何の期待よ。これはもう、家出なんてあきらめて花嫁修業でもしてろって意思表示じゃないの?
 我ながら、説得力のない思いつきだけど。

「クリフトよ。これは、陛下が姫様に課した試練であると同時に、姫様が我らに課した試練でもある。姫様であれば、一撃で打ち抜いたであろう鉄壁、見事砕いて見せよ」
「応っ! あたぁっ!!」

 鉄板から抜かれた右足が鞭のようにしなり、即座に強烈な一撃となり壁を蹴る。その足が何十本にも見えるような連撃が鉄壁を襲う。
 足の形に陥没していく鉄壁は、しかし砕けない。
 そもそも、硬度で宝石類に劣る鉄器が人の最強の武器であり続けたのは、曲がれど砕けぬ粘りゆえ。
 岩をも砕く蹴りは、鉄を変形させても蹴り破ること叶わず。
 それでも、クリフトの足は止まらない。その心が折れることなどないのだと言わんばかりに。

 というか、ガンガンとうるさい。
 文句を言おうにも、この轟音の中じゃ聞こえないんだろうけど。聞こえても無視されるけど。
 鉄壁は砕けない。けれど、蹴りは鉄壁を陥没させ同時に震動させ、それにより固定のためのネジを緩ませていく。
 そして、

「あーったたたたたたたたたたたたたたたたたたたたっ、ほあたぁっ!!」

 ついに、固定用のネジの外れた鉄板がクリフトの蹴りで吹き飛んだ。

「ふーっ」
「うむ、見事じゃ。これなら姫様も満足してくださるじゃろう」

 しないわよ。人の部屋に大きな穴を空けてくれて、雨が降ったらどうしてくれるのよ。
 そんな文句を言う暇ものなく、ブライがあたしの右手を引っ張る。

「では、行きますぞ」
「ちょっ……」
「壁の破壊は、兵を呼ぶ合図にもなっています。急ぎましょう」

 今度はクリフトが左手を掴んで、二人であたしを壁に空いた穴から外に連れ出そうとする。

「兵って、なんのことよ?」
「何と言われましても、旅は王家の義務ですが自分の身も守れないでは問題があるということで、最低限、部屋の壁を蹴り破る力と兵たちから離脱する能力が必要ということで科せられた試練ですが、存じませんでしたか」
「存じないわよ!」
「おかしいですね。姫様は陛下以上の武の才の持ち主ということで、城の皆も今日の日のために早朝から鍛錬を積んでいたのですが、気づきませんでしたか?」

 ああ、あの鶏も鳴かないうちから大騒ぎしてたのはそういうことだったのね。

「大方、遅くまで寝こけていて兵士たちの姿を見てないんじゃろう。まったく、才能に恵まれているからといってそれに胡坐をかいていては、いずれ思わぬ不覚を取ることになりますぞ」

 うん。前半はあたしの不覚だけど、才能に胡坐をかいてるとか言われるのは不本意。
 そもそも、武術とか興味ないし痛いのも怖いのも嫌だから才能とか意味ないもん。
 なのに、なんでそうあたしをお父さま譲りの武術の達人扱いするのよ。おかげで身に覚えもないのに、おてんば姫呼ばわりじゃない。

「それに、この話は陛下から聞かされているはずでは?」
「うむ。ここ最近はエンドールで武術大会が開催されることもあって、いつ家出するのかという話と共に毎日聞かされていましたぞ」

 じろりと睨んでくるブライから目を逸らす。
 ごめんなさい。お父さまの話は、いつも右から左に聞き流してたわ。

「って、武術大会!?」
「おっと、そうでした。今日を逃しては間に合わなくなりますし急いで脱出しましょう」

 なに? ひょっとして、強引に連れ出そうとしているのは武術大会に間に合わせるため?
 その大会って、ひょっとしなくてもデスピサロが出場してくるやつよね。対戦相手を殺したとか、それ以前にゲームのラスボスだとか、そんな物騒な相手の出る大会に出たくないわ。ゲームの通りなら決勝戦まで対戦することはないし、あたしじゃ一回戦で負けるだろうけど。
 でも、やっぱり行きたくないなぁ。と思ってるのにグイグイ引っ張ってくれる二人。
 うん。この二人に抵抗できるだけの腕力なんてあたしにはないわ。
 嫌だって言っても聞かないし。というか、この二人は自分たちよりあたしの方が強いと思い込んでるから、本気で嫌がってたら力尽くでどうにかできると思ってるのよね。
 でも、まったく鍛えてないあたしには、どうしようもないのであった。これって、誘拐じゃないのかなぁ。



 サントハイムを脱出して数日。
 色んなことがあったわ。
 テンペっていう村に行ったら、その近くに住み着いて生け贄を要求したせいで、そこに住むモヒカン頭の屈強な若者たちに退治されたってモンスターの話を聞いたり、あたしの名前を騙って豪遊しようとした三人組が、腕自慢の村の若者たちに手合わせを申し込まれて一方的にやられて偽者だとバレたり、その村人があたしたちにも勝負を申し込んできて、それをクリフトが一人で叩きのめして本物だと認められたりね。
 ちなみに、鍛えに鍛え上げられた村人たちは十人近くいたのに、クリフトが一人で倒したわ。一度に相手してね。もちろん、魔法もなしで。
 もっとも、今更クリフトが魔法を使ったらそっちの方が驚くわね。ゲームでクリフトが覚えた攻撃魔法はザキとかザラキだったはずだから村人相手に使われても困るけど。

「どうかしましたか姫さま?」

 行きたくないけど、もうエンドールが見えてきそうなところまで来てしまってる徒歩の旅の途中のあたしにブライが尋ねてきて、クリフトも物問いたげな顔で見つめてくるけど、何と答えたものかしら。
 帰りたいとかの言葉は通じないし、この二人を振り切って逃げるのも無理そう。
 そもそも、ここまで来て一人で帰るのも無理だもん。モンスターとか普通に出るから。
 そうだ。前々から、気になってることを聞いてみよう。

「ねえ、ブライとクリフトって、魔法使いと神官なのよね?」
「その通りですが?」

 何を今更という顔をするけど、そんなことはあたしの知ったことじゃない。

「でも、普通は魔法使いや神官は魔法を使うものじゃないの?」
「そうですね。それが何か?」

 うわっ、皮肉も通じない。

「そうじゃなくて、あたし二人が魔法を使ってるのを見たことないんだけど」
「そうでしたか?」
「うん」
「ならば、次にモンスターが現れたら魔法で倒して見せましょう」

 えーと、別にモンスターが現れなくても魔法は使えるんじゃないかな。ルーラとか、ルーラとか、ルーラとか。

「噂をすれば影。モンスターが現れましたよ」
「うむ。では、まずはワシの魔法を披露いたしましょう」

 そんな会話の直後に、草を踏みしめ、オレンジ色をしたタマネギみたいな形のモンスターが三体、シャベルを持った二足歩行する耳のないネズミみたいなモンスターが二体と半開きの口から長い舌をだらんと伸ばした猿に似たモンスターが現れる。
 現れる前に気づくんだから、とんでもないわよね。この二人。
 現れたモンスターの名前は『スライムベス』と『いたずらもぐら』と『つちわらし』。ゲームをやってた時はなんとも思わなかったけど、こんな緊張感のない見た目と名前なのに普通に人を襲うんだからシュールだわ。

「行きますぞ!」

 宣言と共に、前に出した両手を開いた獣の口に、両手の指を牙に模したような構えを取る。

「ぬうぅん。見よ、我が泰山天狼拳の奥義が一つ天狼凍牙拳ヒャド!」

 常人では捕らえられない速度の突きが二体の『いたずらもぐら』を襲い、瞬時に両方の首の肉を削ぎ落とす。その速さは流血の間も与えず凍気すら感じさせるのか、『いたずらもぐら』は、それぞれ「さぶい」「つべたい」の断末魔の声を上げて倒れる。

「見ましたかな。我が魔法ヒャド」

 違うよ。それ、絶対ヒャドじゃないよ! て言うか、泰山天狼拳って言ったじゃないの。それ絶対、魔法じゃなくて拳法でしょ。

「では、次は私の出番ですね」

 次にクリフトが前に出たけど、もう期待しないわよ。

「行きますよ。南斗紅鶴拳奥義、伝衝烈波バギ!」

 鋭く空を切った手刀から生まれた衝撃波が、『スライムベス』を真っ二つに分断する。
 うん、やっぱり魔法じゃなかった。あと、バギは僧侶が覚える魔法だけどクリフトは使えなかったはずよね。

「伝衝烈波! 伝衝烈波!」

 更に、残りの『スライムベス』を倒したクリフトに、残った『つちわらし』が襲い掛かる。

「マヌーサ」

 『つちわらし』の攻撃が、クリフトをすり抜ける。
 と見えた直後には、クリフトの姿は七つの残像を生む高速移動を果たし、それは『つちわらし』を中心に柄杓を思わせる軌道を描く。
 それをマヌーサと言い張る気なのね。今度は。
 そして、クリフトの手が霞み、次の瞬間には右手の上にドクンッドクンッと鼓動する心臓が乗せられている。それは、多分『つちわらし』の臓器なんだろうけど、見ても『つちわらし』の体に傷口らしきものは見えない。

「ザキ!」

 クリフトが手の平の上の心臓を握り潰し、『つちわらし』が絶命して倒れる。

「どうですか、我々の魔法は?」
「み、ミキストリ……。じゃなくて、えーと、マジックポイントを消費しなさそうな魔法ね」
「言葉の意味はわかりませんが、賞賛をありがとうございます!」

 褒めたことになるのかな?
 もう、なんでもいいわ。エンドールが見えてきちゃったし。



 エンドールで開催されている武術大会に出場するために家出したというか力尽くで連れ出されたあたしだけど、現代日本人なら徒歩で旅をするなんて正気の沙汰ではないほどに遠く離れた土地であったために、その詳しい情報はサントハイムまで届いてなかった。
 なにが言いたいかというと、この大会の優勝者はここのお姫様との結婚できることになってて、それはゲームのことを記憶しているあたしには今更な情報だったんだけど、サントハイムにいるお父さまやクリフトとブライは知らなかったのよね。
 で、その話を聞いた二人はうろたえた。

「どうしましょう? 世継ぎの姫であるアリーナ姫を、婿にやるわけには行きませんよ」
「落ち着かんか! それ以前に、同性愛とか非生産的な行為に走らせるわけには行かん」

 なんでこの二人、あたしが優勝するの前提で話してるのかしら。
 それに、

「仮に、あたしが優勝しても女同士なら結婚の話はなかったことにされるんじゃない?」
『甘い!』

 声をそろえて、大声で返してくる二人。あんまり顔を近づけてこないでよ。ちょっと怖いから。

「サントハイムの武神と呼ばれる陛下を超えることになるであろう、新たなる生ける伝説であるアリーナ姫を手放そうとするはずがありません!」
「いや、でも女同士だし」
「些細なことです!」
「世継ぎは……」
「危険なモンスターが徘徊し、世界のどこかには恐怖の帝王などというものが封印され、人類を滅ぼそうという魔王の存在が噂される現在、血の正統に意味などないのです!」
「そう、求められるのはパワー。モンスターを叩きのめし、恐怖の帝王をフォールし、大魔王を殺傷する暴力。それを得られるなら、王家の血が絶えるなど小さなこと!」
「えーと、褒められてないよね、あたし」
「というわけなので、この大会に姫様が出場することを認めるわけにはいきません!」
「それは別にいいんだけど。最初から、出る気ないから」
「なんと! そのように気を使っていただけるとは。このブライ、感動のあまり涙が止まりません」
「まったくです。あれほど楽しみにしておられた武術大会に出場するのを止められて、自分こそが落ち込んでおられるでしょうに、このクリフト一生姫について行きます」

 気なんか使ってないし、楽しみにもしてなかったんだから泣かないで欲しいな、うっとおしい。あと、一生ついてこられても迷惑。

「わかりました。姫の無念を晴らすためにも、大会には我らが出ましょう。そして、姫様が出るまでもないことを証明して見せましょう」
「うむ、幸いにして我らは老骨と神に仕える者。しかも、アリーナ姫と違い無理に身内に引き入れるほど価値のある武術家ではない。優勝しても、結婚を断ることは難しくあるまい」

 わー、もう優勝した気でいるよ。この二人。
 なにを言っても無駄だから黙っておくけど。
 でも……、この大会にはデスピサロが出てくるはずなんだけど、大丈夫かしら?

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 結論から言うと、この大会に魔王デスピサロは出場していなかった。
 その理由はアリーナにはわからなかったのだけれど、なにもかもゲーム通りというわけではないのだろうということで納得することにした。
 ついでに言えば、彼女の側近たる二人が大会で優勝することもなかった。
 クリフトとブライは準決勝戦で当たり相打ち同然に疲労し、結果としてクリフトが勝ったものの決勝でリックと名乗る戦士に敗れた。
 なんにしろ、アリーナの旅はここで終わる。
 一応、その後サントハイムがモンスターに攻められたりもしたが、他国には修羅の国なんぞと呼ばれる武門の国を攻め落とせるような強力なモンスターはいなかったのである。



   第2章 おてんば姫の冒険?   完



[24681] 第3章 武器屋トルネコ
Name: 車道◆9aea2a08 ID:19da274d
Date: 2010/12/07 21:03
 俺の名前はスコット、兵士だ。
 別にどこかに仕官しているわけではなく、モンスターを退治して金をもらったり隊商の護衛なんかをしてお金を稼ぐ、なんか冒険者みたいなことをしているんだが、どうもこの世界には冒険者とか傭兵とかの名称がないのか兵士と名乗らなければ話が通じない。
 と言えば察してもらえるだろうが、俺にはこことは別の世界の記憶がある。それも、この世界をゲームとして知っている世界で生きた記憶である。
 そんなわけだから、俺はこの世界で起こる未来を知識として知っていた。知っているからこそ、考えることがある。
 この世界には、魔王とそれを倒す勇者がいる。
 元がゲームの世界なんだから別に驚くようなことでもないのかもしれないが、自分がそこに生きているとなれば他人事のように思ってはいられない。
 と言っても、別に魔王の存在を恐れているわけではない。何もしなくても、勝手に勇者一行が倒してくれるとわかりきっているものを恐れる道理などないのだから。
 重要なのは、その情報を利用できないかということだ。

 仕官しているわけでもない兵士の生活は厳しい。一時的に誰かに雇われるしか報酬のアテがないフリーターにも劣る立場なのだから、毎日の食事にも事欠く。
 たまに報酬が入っても、武具の修理と手入れでほとんどが消えていくしな。
 誰の下にもつかず、自身の心にのみ従う傭兵とかカッコイイよなとか、そんな浅はかなことを考えて就職活動をしなかった昔の自分を殴りたい。
 王宮の兵士だと、武器防具は支給されるんだよな。ああ、妬ましい。
 今からどこかに勤めようにも、俺より剣の腕で大きく劣る若造の後輩になって大きな顔をされるとか冗談ではない。
 というわけで、今後のために未来知識を利用しようと考えた。

 まず俺が考えたのは、エンドールの武術大会に優勝することだ。
 なにしろ、優勝者にはお姫様と結婚できる特典があるのだから、将来は王様にもなれるというものである。
 ゲームのメインキャラであるアリーナやラスボスのデスピサロも出場する大会だった気がするが、伊達に剣一本で生きてきたわけではない。この時点のアリーナは旅に出たばかりで、そんなに強くないはずだから勝てる自信もあるし、デスピサロは決勝戦まで当たらなければ戦わずに済むはず。
 ゲームで、お姫様はボンモールの王子と恋仲だったような気もするが、知るかそんなこと。こっちは、生活がかかってるんだ。
 そう思った俺は、大会に出場することにしたのだった。


 剣を握り、試合場に向かう。
 俺の手にあるのは、すでに短いと言えなくなった人生で、常に俺と共にあった相棒。
 銘もないただの鋼の剣なれど、使い慣れ手に馴染むその刃は、幾多の魔物の肉を斬り骨を絶った業物なり。
 俺の一回戦の相手は、リックという名前の戦士らしいがデスピサロ以外なら誰だって同じだ。この時点ではピサロって名前だったような気もするが、どっちでもいい。今は、ただ立ちふさがる障害を切り捨てるのみ。

「ちょっと待ってください」

 ん? 係員に呼び止められたが何だ?

「あなた。なんで剣なんか持ってるんですか?」
「なんでって、俺は戦士なんだから剣を持ってるのは当たり前のことじゃないか?」

 ごく当たり前の事を答えてやったら、頭を抱え始めた。なんなんだ?

「あなたは、これを何の大会だと思ってるんですか?」
「何って、武術大会だろ?」
「そのとおり、武術大会です。『武術』の大会です。分かりますか?」
「え?」

 武術ってあれだよな、要するに拳法とかそんな感じの……。

「って、ええぇぇぇぇ!? ひょっとして、武器の持ち込み禁止なのか?」
「当たり前でしょうが」
「ちょっと待て、じゃあ何か? 俺に攻撃かわしまくり会心の一撃出しまくりの武闘家と素手で戦えってか?」
その通りでございますExactly
「ふざけんな。それじゃあ、俺に死ねって言うのか。武闘家を贔屓しすぎだろ」
「そう言われましても、武術大会ですし」

 ああ、そうだったね。

「そもそも、老若男女の多くの人間が見に来る大会なんですよ。なんで、真剣で斬りあう血なまぐさい死合いをしなきゃならんのですか?」

 ああ、まったくその通りだよ、コンチキショー。
 係員に、剣を預けトボトボと試合場に向かう通路を歩く俺の横を、俺の前の試合に出ていた選手が通り過ぎる。
 チラリと横目で見れば、武闘着を着て鉄の爪を装備していて、なるほど武闘家の大会なのだなと思い知らされ……。
 鉄の爪……だと!?

「オイーっ!」

 通路を逆走して、係員の胸倉を掴み上げる俺。

「どういうことだよ。武器はNGじゃなかったのかよ?」
「はあ? 武闘家にとって、鉄の爪は体の一部ですよ」
「戦士にだって、剣は体の一部だよ!!」
「そうなんですか? 刃物で、手加減とかできるんですか?」
「やっちゃるわい。だから剣返せ」

 考えてみれば、モンスターとばかり戦ってて手加減とか自信がないが、素手で戦うよりましだ。

「わかりました。ですが、武器の持ち込みは許可を申請した上で対戦相手の同意が必要なのですが」
「今回は、手遅れってか?」
「いえ。実は、あなたの対戦相手も武器の持込には許可申請が必要だと知らなかった戦士なので、相手の同意があれば特別に許可が出るかも知れません」
「先に言え!」
「それもそうですな」

 怒鳴ってやるが、係員はまったく悪びれる様子がない。

「しかし、ここで剣を使って仮に万が一の可能性でたまたま運よく勝ったとしてもですね……」

 なんだよ、あんたの中では俺が負けることは確定してるのかよ。

「その次の対戦相手が、武器の持ち込みを許可してくれない武闘家なら、同じことなのでは?」

 ああ、まったくその通りだよ。でも、夢くらい見させろよ。
 とりあえず、相手の許可が出るまでは武器の持ち込みは禁止ということで、俺の剣を取り上げたままの係員と一緒に試合場に向かう俺。
 まあ、最悪武器の持ち込み禁止になっても、戦士同士なら勝てる見込みはあるだろう。

 そんな風に考えていた頃もありました。

 武舞台を挟んだ試合場の対面に立つのは、ピンクの鎧を着て身長は三メートルに達するであろう巨漢でカイゼルヒゲの似合う一人の戦士。
 無理。絶対無理。
 こんな巨人と格闘して勝てるか!
 脂汗をダラダラかいていたら、相手の戦士──リックって名前だったよな──が声をかけてきた。

「スコット殿。どうやら、我らはお互いに剣を持ち戦う事を本分とする戦士のようだ。ゆえに、そちらが良ければ、武器ありで戦いたいのだが、いかがだろうか?」

 こっちから、言おうとしていたはずのことをリックが言ってくれた。
 んだけど……。
 横を見る。

「何か?」

 そんなことを言ってくる係員の手には、俺の長年の相棒である何の変哲もない市販品の鋼の剣。
 前を見て、カイゼルヒゲの戦士の隣には、十数人の係員が顔を真っ赤にして何とか待ち上げている巨大な鉄の塊。
 遠めに見ればこそ剣と分かるものの、近くに行けば建材の鉄柱にしか見えないであろうそれに、リックは無造作に手を伸ばす。
 お互いに戦士である以上、肯定以外の返答があるなどとは思いもしていないのだろう、リックは軽々と巨剣を片手一本で持ち上げると、重さを感じさせない動作でブンッと剣を振る。
 ただの素振りであろうそれは轟ッと音を立てて風を巻き、竜巻のように渦を巻く突風を生んで試合場の土を巻き上げ地を砕く。

「すいません。素手の試合を希望します」
「あれ? あなたは、剣を使った試合を望んでいたんじゃあ……」
「ハッハッハッ、何を仰るウサギさん。これは、武術大会ですよ? 刃物を持って戦うなんて血なまぐさいことを望むわけないじゃないですか」

 余計なことを言いかけた係員の言葉を即座に否定。
 というか、あんな剣と打ち合ったら即座に肉塊になって死ねるわ!!

「ふむ。それは残念だ。まあ、たまには武器なしの格闘で戦ってみるのもいいか」

 剣をその場に突き立て、コキリコキリと間接を鳴らしながら前に出るリックは、武舞台が相撲に使う土俵に見えてくるほどにデカイ。
 なんか、逃げたくなってきた。勝ち目とかなさそうだし。
 いや、落ち着け俺。怪力無双の大男は、動きが鈍いと相場か決まっている。付け入る隙はあるはずだ。
 あっても、素手でこんな巨人にダメージを与えられかって言うと疑問だが。
 そう考えると、武器ありの方が勝ち目があったかもしれないが、命には代えられん。
 よし! と気合の声を上げて武舞台へと足を踏み出す。

「あの、頑張ってくださいね」

 係員が激励の言葉をくれる。ありがとうよ。

「三分に賭けてますので、少なくともそれまでは負けないように頑張ってください」

 賭けの心配かよ! 係員が、そういう賭けに参加するな。しかも、俺が負けるの前提の賭けかよ。
 ふざけんな。俺には、戦士として生きた経験以外にも、前世の記憶があるんだ。簡単には負けねえよ。
 武舞台で審判の試合開始の言葉を聞くと同時に、リックに突撃する。
 棒立ちの大男を、俺の拳が襲う。

「喰らえ! スーパーウルトラグレートデリシャスワンダフルボン……」



「ハッ! ここは、いったい?」

 目が覚めると、そこは見知らぬ部屋のベッドの上でした。
 横に並んだベッドに寝ている怪我人に聞いてみたところ、リックに果敢にも挑んだ俺は、無造作に振られた裏拳の一撃で意識を刈り取られたとのこと。試合開始から三秒で敗退というこの記録は、まだ誰にも破られてないらしい。嬉しくねえ。
 こっちのパンチが届く前に殴られたわけか。目にも止まらぬ早業だったが、誰だよ大男は動きが鈍いとかいい加減な事を言いやがったのは。

「それじゃあ、大会は今どうなってるんだ?」
「あんたを一撃でのしたリックって奴が決勝に進んで、今は準決勝でブライってジジイとクリフトってのが戦ってるぞ」

 ブライとクリフト? アリーナのお付の魔法使いと神官か? いや、でもあの二人が出場する理由が思いつかんぞ。って言うか、アリーナはどうしたんだよ。デスピサロも。
 まあいい。とりあえず、準決勝を観に行ってみよう。

 で、行った先の観客席から見えたのは、対峙する鋼のような筋肉を持つスキンヘッドの老人と、リックには到底及ばぬまでも、二メートルは悠に超える体躯の大男。
 うん。間違いなく、同名なだけの別人だな。
 見ていると一瞬二人の姿が霞み、次の瞬間には武舞台の中央で拳をぶつけ合っていた。
 武舞台と観客席には、結構な距離があるのに目で追えないとか、どんな超スピードで動いてるんだよ。本当に人類か?
 拳をぶつけ合う二人の腕は、あまりの速度に何十本にも見え、その一つ一つのぶつかり合いが、ビリビリと観客の肌を震わせるほどの轟音を響かせる。

「流石に、両者とも動きが鈍ってきてるな」

 なんですと? あの動きで、動きが鈍いってどういうことだ。
 声の聞こえたほうに顔を向けると、隣に試合場の二人にも負けず劣らずに鍛え上げられた肉体を持つスキンヘッドの男がいた。なんか、頭に書いてる大往生という文字には何の意味があるんだろうか。どうでもいいけど。
 どういうことかと聞いてみると、何でも試合場の二人は、もう五時間も戦っていて肉体は疲労し最初の頃の技の切れもなくなっているらしい。

「マジで?」
「マジだ」

 五時間も戦っててあの動きとか、最初はあれ以上だったとか人間の体力じゃねえな。
 いや、俺には目にも写らない動きなのに、鈍ったのが分かるこの男も只者じゃねえな。何者?

「それがしも、この大会の出場者です。リック殿に敗北しましたがな」

 なるほど。俺よりは善戦したのかもしれないが、あの規格外品ガイバーな戦士には勝てなかったか。

「そろそろ、決着が着くようですな」

 スキンヘッドの言葉が合図になったわけでもないだろうが、その瞬間に武舞台の二人が一瞬だけ距離を取り、直後に激突。
 そして、その後には二メートル越えの大男だけが立っていた。

「決勝戦は、リック殿とクリフト殿に決定したようですな」

 なるほど、大男の方がクリフトなのか。
 なんにしろ、決勝はバケモノ同士の対決になるのわけだ。



「誰だよアイツ」

 そんな俺の言葉に、周囲の観客が怪訝な顔を向けてくる。何でだ?

 決勝戦の勝者はリックに決定した。
 そりゃもう、あっさりと。
 試合開始と同時に瞬間移動の如く速度でリックに接近したクリフトは、それ以上の速度で振られた裏拳の一撃で場外ホームランされたのだ。

「やはり、先の準決勝で疲労しきったクリフト殿では、リック殿には及ばなかったか」

 訳知り顔で言ったスキンヘッドの言葉に俺の心に浮かんだのは、ちょっと待てやという思考。
 リックが腕を振った瞬間、ドゴンッと音速を超えた物体が出す轟音と衝撃波が発生していたわけだが、疲労してなければあれに対応できたというのか。
 俺なら、万全の体調でも即死してるところだ。
 そんなことを考えていると、何かが会場外から飛んできて武舞台に降り立った。
 それは、武術家クリフト。なんと、あのマッハパンチをまともに食らったのに、無事に帰ってきたのだ。
 そこから、すわ逆転劇かと思ったのだが、まさかの場外負け。
 そんなルールもあったなと思ったが、かくして優勝者はリックとなり、王女との結婚も彼に決定した。
 そこまではいい。いいのだが、次が問題だ。
 結婚するということで王女の隣に立ち、王様に表彰されている貧弱な坊やは何者だ?
 まさか、あれがリックだって言うのか? 別人過ぎるだろう。
 どう考えても、替え玉選手だ。
 ふざけんなと思ったが、ここで抗議して意味があるとも思えない。
 スキンヘッドは、肉体から発する闘気の有無で体の大きさが違って見えるなどよくあることだなんて言ってたし、おかしいと思ってるのは俺だけらしいのだ。
 カイゼルヒゲがなくなってるのはどう説明するんだよ。あと鎧も違ってるし。とか思わなくもないけど、抗議して仮に大会をやり直すことになったとしても、俺の優勝はない。
 この大会に出場していたブライ、クリフトというゲームの第二章に出てくるメインキャラと偶然にも同じ名前をした武術家は半端なく強い。
 お互いに潰しあったせいで、疲労していてすら俺では到底及ばない戦闘力を見せたのだ、こいつらに当たれば俺の勝ちはありえないし、観客席で色々説明してくれたスキンヘッドも俺よりは強そうだ。
 ひょっとしたら、他にも強い奴らはいっぱいいるかもしれんしな。

 こんなバケモノばかりが出場する大会で優勝できるか! 俺は、あきらめて別の未来知識を利用させてもらう。



 次に俺が考えたのは、盗る猫じゃなくてトルネコにコネを作っておくことである。
 勇者一行に加わる導かれし者たちの一人なのだから、恩を売っておいて損はない。
 上手くすれば、勇者一行と旅を共にして名を売って、どこか適当な国で別れて高い待遇で仕官することも夢ではないはずだ。
 もちろん、デスピサロ戦まで一緒に行く気はないが。
 そして、考えてみれば元々トルネコの章には金を払って仲間にするキャラに今の俺と同じ名前のキャラがいたはずで、そのまま旅を共にするのも不可能ではないはず。
 ゲームのスコットが、俺とは同名の別人の可能性は大いにあるが、知ったことではない。
 そんなわけで、レイクナバに向かった俺が見たものは、でっかい屋敷だった。

「ここが?」
「死……、ゴホンッ、オホンッ、武器屋トルネコの家じゃ」

 案内してくれた親切な爺さんが答えてくれる。ところで、死って何だ? 何を言いかけた?

「で、アンタは、ここで雇ってもらいに来たのかね?」
「まあ、そんなところですけど……」

 こんな屋敷に住んでるとか予想外にも程があるな。かなりの金持ちみたいだが、はたして面識もない俺が雇ってもらえるのだろうか?
 それ以前に、何があったらここまでゲームと違ってくるのか。
 どうしたものかと立ち尽くしていると、爺さんがジロジロと俺を値踏みするように見た。

「まあ、それなりに腕も立つようだし大丈夫じゃろう。あそこは今、多くの戦士を募集しておるしな」
「え? なんで?」

 戦士を募集するのはわからなくもない。
 トルネコの仕事と言うのは、武器の売り買いだったはずで、買った武器を売りに別の町や国に行くのに護衛が必要だからだ。
 けど、多くというのがわからない。
 この世界は、あちらこちらにモンスターが出没するので、護衛なしの旅というのは危険であるが、鍛えた戦士なら一人旅も可能なのが普通だ。
 戦士一人では手に負えないモンスターがいないわけでもないが、そんなものには滅多に会わない。というか、そうでなければ俺も早々に戦士として生きるのをあきらめていた。
 だから、一人の商人が複数の戦士を雇う理由がわからない。
 安全を考えれば戦士は多いほうがいいというのはわかるんだが、それだと採算が合わなくなるから。

「まあ、行けばわかるじゃろ」

 それだけを言って爺さんは去って行き、屋敷の前に俺一人が残された。



 大商人トルネコの下には数多くの商人がいて、それぞれが護衛の戦士を連れて行商の旅に出る。
 つまりは、多くの戦士を雇っているのは配下の部下たちの護衛の確保のためだということ。
 一見して、これは戦士たちは自分が護衛する商人たちに雇われているのと同じように感じるかもしれないが、実際の雇い人はトルネコであり戦士には自分が護衛する商人を監視する役目も持つ。
 まあ、その辺りのややこしい話は置いといて、トルネコに給料をもらっている身分の俺たちは商人たちと同様に朝礼に参加する義務なんかがあったりした。
 うん、そうなんだ。ここで、俺も就職することにした。
 トルネコ自身も一代で成り上がったからだろうか、年功序列よりも実力主義なところがあるので、俺に合っているのである。
 この朝礼というのは、なんとかならんだろうかと思うが。小学校じゃないんだからさぁ。
 まあ、いいやと顔を上げるとちょうどトルネコがやってくるところだった。

 でっぷりと太った中年の男がいる。
 本来は人に親しみを与える体格の上に乗った顔は酷薄な笑みを湛え、その瞳は狂気に満ちた飽くなき欲望にギラギラと輝いている。
 そして、常に人を嘲笑しているかのように両端が吊り上がった唇が開き言葉を紡ぎだす。

「諸君、私は商売が好きだ。諸君、私は戦争に使われる武器を売って私財を稼ぐのが大好きだ」

 さて、これに対して俺はどう反応すればいいのだろうか?
 毎朝の朝礼に、反応なんか求められていない気もするが。

「人を斬る剣が好きだ。脳漿をぶちまけさせる棍棒が好きだ。心臓を貫通する槍が好きだ。血の滴る斧が好きだ。
 平原で、街道で、草原で、凍土で、砂漠で、海上で、泥中で、湿原で、この地上で行われるありとあらゆる戦争で使用される凶器が大好きだ。
 私が売った剣の先を揃えた歩兵の横隊が、敵の戦列を蹂躙するのが好きだ。
 私の売った刀剣で、恐慌状態の新兵が既に息絶えた敵兵を何度も何度も刺突している様など感動すら覚える。
 平和主義を謳う臆病者たちを吊るし上げていく様などはもうたまらない。
 哀れな抵抗者達が安っぽいひのきの棒で健気にも立ち上がってきたのを重武装した戦士が蹂躙する時など絶頂すら覚える
 必死に守るはずだった村々が蹂躙され女子供が犯され殺されていく様はとてもとても悲しいものだ
 諸君、私は私の売った武器による戦争を、地獄の様な戦争を望んでいる
 諸君、私に付き従う商人諸君、君達は一体何を望んでいる?
 更なる戦争の火種となる商売を望むか? 情け容赦のない糞の様な戦争を生む商売を望むか? 鉄風雷火の限りを尽くし三千世界の鴉を殺す嵐の様な闘争の卵を生む雌鳥である死の商人であることを望むか?」

『商売! 戦争! 商売!』

 朝礼に参加した商人や戦士たちの怒号が響き渡る。
 ビックリしたな、オイ。
 毎日のことなのに、まだ慣れないぞ俺。初めての時は、心臓が止まるかと思うくらいに驚いたが。

「よろしい。ならば商売だ」

 ニタリと笑うトルネコに、狂信的な歓声が投げかけられる。
 明らかに悪人にしか見えないトルネコが、何故ここまで慕われているのか俺にはまったく理解できない。
 できないんだが、ちょっと前まで同じことを言ってた同僚のロレンスも今では他の奴らと一緒に騒いでいたりして、俺もそのうち染まってしまわないかと不安になる。
 なんて考えている間に朝礼は終わり、ボンモールに向かう商人の護衛をすることになっている俺は、旅支度をしながら今後に思いをはせる。
 俺を案内してくれた爺さんは、多分トルネコを死の商人と言おうとしたんだろうが、その雇われ人の俺は他所ではなんと呼ばれていることやら。
 正直、こんな仕事を続けていていいものかと悩んだりもするが、辞めてどうするのかとも思う。

 いつまでも潰しが利く年齢でいられるわけではない。
 前世で生きていた世界でも、一定以上の年齢になってしまえば転職は簡単ではなくなるのだが、剣と魔法のファンタジー世界であるここは更に厳しい。
 大抵の人間は親から職を受け継ぎ、そうでない人間は一攫千金を夢見て一部の成功者を除き のたれ死ぬ。
 言ってみれば俺は一攫千金を夢見た人間で、しかし成功者にはなれない人間なんだろうと思う。
 聞いた話だと、トルネコも最初は店も持てない雇われ人だったのがレイクナバの北にある洞窟で宝を見つけて一財産を稼いだそうだが、何があったんだろうな。それって、ゲームだと金庫か何かだったと思うんだが、そんなもんでここまで稼げるはずもないし別の何かがあったんだろうな。
 チクショウ。それを俺が見つけていれば今の立場も逆転していただろうに。
 まあ、今更そんなことを言っても意味はなく。つまりは、そういう運の要素が成功者になるに必要なんだろう。

 閑話休題。

 人間は歳をとれば筋肉やらなにやらが衰えるようにできていて、鍛えに鍛えた俺も死ぬまで戦士としてやっていけるとは思っていない。あの偽リックとかは一生現役でいられる気もするが。
 魔法使いの道を選んでいれば話も違っていたのだろうが、そっちだと一人旅ができる頑健な肉体を持てなかっただろうから、早々に行き倒れていた可能性が高い。
 だから、後のことを考えれば定職にはついておくべきであり、他人に後ろ指を指されようがどうしようが続けるしかないのだろう。

「おーい。どうした、スコット?」

 おっと、支度に時間をかけすぎたのか、俺が護衛を担当する商人に呼ばれてしまった。
 行く先のボンモールと言えば、武術大会のあったエンドールと戦争をするために武器防具を買い集めているともっぱらの噂で、死の商人であるトルネコの傘下の俺たちの目的もそういうことなのだろう。
 名前忘れたけど、あそこの王子はゲームだと、エンドールの王女と恋仲だったと思うんだが、それが理由で戦争が回避されるんじゃなかっただろうか。
 まあ、ゲームと違い戦争大好き商人のトルネコが知れば、王子か王女を暗殺してこいとか言われそうなんで黙っておこう。
 そもそも、エンドールのお姫様は武術大会に優勝したリックって奴と結婚したから、そういうのは関係ないかもしれんが。

「いま行く」

 答えて、名前も覚えていない商人の所に歩く。
 無駄なことを考えるのはやめよう。
 戦争が起こりそうだとか、この分だとトルネコが勇者一行と旅に出ることはないんじゃないかとか、そんなことは俺が考えることじゃない。
 そういうことは、偉い人間や神様が考えればいい。この世界には、マスタードラゴンって神様が存在するはずだしな。
 トルネコが旅に出ないくらい、そいつがなんとかフォローするだろうさ。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 その後、ボンモールとエンドールは戦を起こし、トルネコを大いに富ませることになる。
 スコットの記憶に違わず、二つの国の王子と王女は恋仲であったというか、実は王子であるリックが武術大会に出場して結果として結婚までしていたが、両国の王たちはそれを知らずに戦争を始め知ったときには手遅れになっていたのだ。
 もっとも、武具の充実したボンモールと、近くに武の国であるサントハイムがありその影響で優秀な武闘家を多く抱えているエンドールの戦力は拮抗し、多くの犠牲を出しただけで勝者を生まず、どちらかの国が滅ぶと言うこともなかった。
 それは両国の王に取ってた不本意であったろうが、戦争と言う行為そのものを好むトルネコには幸いであったろう。
 両国が残ったということは、戦争の火種が残ったということでもあるのだから。
 トルネコは旅に出ることなどなくボンモールに武器を売り続け、スコットは生涯をトルネコ傘下の商人の護衛の戦士として過ごすことになる。
 神は、人同士の諍いに干渉しなかったのだ。



   第3章 死の商人トルネコ   完



◆ お ま け 話 ◆



「替え玉を使うなんて、そんな卑怯なことはやりたくありません! そんな方法で優勝したんじゃあ、僕はモニカに顔向けできないじゃないですか」

 正論を吐く青年に、ピンクの鎧を着た戦士は困った顔になる。
 青年の名はリック。エンドールのモニカ王女と恋仲にあり、しかし国同士の不仲のためにそれが周囲に認められないでいるボンモールの王子である。
 なんとかしたい、しかしなんともならない。そんな悩みと共にあった彼は、ある日エンドールで行われる武術大会に優勝すればモニカと結婚できると聞き、それに出場することを考えた。
 そして、その話を聞いた戦士は是非とも手を貸したいと考えたのだが、リックはその手を取ることを良しとしなかったのである。

「僕は、自分の力で優勝してモニカを手に入れます」

 そんな宣言をするリックの姿は、戦士の目には好ましく写るが、それが結果に結びつくかと言えば別の話だ。
 戦士の見たところ、リックはそこそこ鍛えられてはいるが歴戦の戦士と言えるほどのものかと言えばそうではないし、武術大会であるからには歴戦の戦士であっても無手の戦いになれば勝ち目は薄い。
 だからこその替え玉出場の申し出だったのだが、それをリックは受け入れない。
 卑怯とか以前に、この三メートル以上の大男が、一般的な体格のリックに成り代わって出場して誰も気づかないとかありえないだろうというツッコミはないらしい。
 どうしたものかと戦士が頭を悩ませていると、リックの肩がポンポンと背後から叩かれた。
 叩いたのは、何故か戦士と一緒に旅をしているホイミスライムの触手である。

「まあまあ、落ち着いて。エンドール武術大会には、あのサントハイムのアリーナ姫も出場すると聞きます」
「何!? その話は本当か?」

 驚いた顔の戦士の問いに、ホイミスライムは「ええ」と頷く。

「うむむ。あの武神が自ら以上と認める武の才を持つ王女が出場するとなると……」
「リックさんの勝ち目は万が一にもありませんな」
「でも、優勝者が女性では結婚の話はなかったことになるのでは?」

 リックの楽観的な推測をホイミスライムは笑い飛ばす。

「何を言ってるんですか。今は、血と破壊と暴力が支配する時代ですよ。武神の娘が優勝なんかしたら、喜んで結婚させようとするに決まってるじゃないですか」
「しかし、アリーナ姫の方は同性で結婚をするつもりなどないかもしれないじゃないですか……」
「甘い。サッカリンに蜂蜜をかけて食べるより甘いですよ。最初から、優勝者にはモニカ王女との結婚が発表されているのですから、優勝はしたけど結婚はしたくないなんて言っても認められるはずがないじゃないですか」
「でも、アリーナ姫も一国の王女なんだから、エンドールの国王も無理は言えないんじゃ……」
「王女だからこそ、正式な約束事を破るわけにはいかないのですよ」
「そんな……」
「それに、アリーナ姫が出なかったとしても、優勝するのは腕っ節だけが取り得の荒くれ者になる可能性が高いんじゃないでしょうか。いいんですか? あなたの大切な恋人が、彼女を愛してもいないケダモノのような男に陵辱されても」
「それは……」
「素直になりましょうよ。本当はあなたも自分の実力で優勝できるなんて思ってないんでしょ」

 ホイミスライムは身を乗り出し、リックの肩の上に顔を乗せるようにして耳元に囁く。

「いいですか。今は、悪魔モンスターが微笑む時代なんですよ」

 カッっと、どこかで稲光が輝いた気がした。

 

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焔怒汚流武術大会にしたかったのですが、あのノリを再現するのは無理でした。
規格外品ガイバーの元ネタは某リリカルな同人誌。



[24681] 第4章 モンバーバラの姉妹
Name: 車道◆9aea2a08 ID:19da274d
Date: 2010/12/08 20:17
 私の名はオーリン。
 前世の記憶なんてものが蘇って、困惑している錬金術師の弟子である。



「正気か!?」

 そう叫んだのは私の弟弟子のバルザックで、言われたのは師匠のエドガン。
 何がどうしてこうなったのかというと、三人でダンジョンを探索した結果、発掘した進化の秘法を師匠が封印すると言い出したからである。
 正直なところ、私だってバルザックの気持ちは分からないでもない。
 進化の秘法の発掘は、モンスターの徘徊するダンジョンを三人で歩き回って血と汗と泥にまみれての成果である。
 そんな努力の結果を封印しようなどとは、正気の沙汰とは思えない。現在進行形でダンジョンにいて、モンスターに遭遇したりしてるしね。
 けれど、蘇ってしまった前世の記憶を考えれば、封印するのが正しいんだろうなとも思える。
 前世では、ドラゴンクエストⅣというゲームをやった記憶があるのだけど、どういうわけか今の自分はそれの登場人物と同じ名前の人間になっているのである。というか師匠とその娘や弟弟子の名前から考えて登場人物本人っぽい。
 そして、そのゲームでは弟弟子のバルザックが師匠を殺して進化の秘法を奪ったはずで、なんとか説得して思いとどまらせるのが兄弟子である私の使命であろう。
 しかし、私にバルザックを説得可能なのだろうか? というか、そもそも発掘したこれは本当に進化の秘法なのだろうか?
 師匠の発掘したそれは、現在私の手の中にあるのだが何というかオレンジ色をしていて携帯ゲーム機のような形状をしていた。というか、前世の記憶を信じればアニメのデジモンで見たデジヴァイスに似ていた。
 なんで、ドラクエの世界にデジヴァイスがあるというのか。まさか、ここはドラクエの世界じゃなくてデジタルワールドだったなんてオチじゃないだろうな。
 前世の記憶なんてものがなければ、不思議な形状だなと思うだけで済んだのに、こうなると困惑しかできない。
 そんな風に考え込んでいるのが悪かったのだろう。
 背中に衝撃を受けて、わけも分からないまま倒れた私は武器を取り落とし転がった。

「なんだ?」

 痛みに耐えながらも視線を転じると、そこには何体ものモンスターがいて、そいつらが襲ってきたのだと分かる。

「気をつけろアニキ! モンスターだ」

 バルサックが注意してくるけど、注意するの遅いよと思わなくもない。この二人が騒いでいたせいで集まってきたんだろうし。あとアニキ言うな。
 というか、武器を落として転んでいる時点で、私の人生は詰んでいる気がしないでもない。
 襲ってきたモンスターの数のことを考えれば、助けも期待できないし。
 だからと言って簡単にあきらめる気のない私は、拳を振るい飛び跳ねて襲ってきたスライムを殴りつけた。
 本当なら、武闘家でもなんでもない私の拳でモンスターにダメージを与えられるはずもないのだが、殴りつけた拳が輝き正体の分からないエネルギーが迸る。

「これって……」

 なーんか、見覚えがあるような。まさか、ねえ。
 いや、そんなことを考えている余裕がある状況ではない。どうにもこうにも私は詰んでいるのだから。
 だから、確かこうだったなという台詞をやけくそ混じりに叫ぶ。

「デジソウルチャージ!」

 左手に持った不確定名──進化の秘法に右の手の平を叩きつける。
 瞬間、

「デジモン進化ーッ!!」

 ダンジョン内に響き渡る叫び。それは、バルザックの口から出た言葉だった。
 何故に?
 そんな疑問をものともせず、バルザックの体がカクカクした感じに分解され、それがまた集まって再構成されて二足歩行爬虫類に、と思ったら即分解してもう一度の再構成を経て見上げんばかりの巨体を持つ二足歩行食肉恐竜が姿を現す。

「アグモン進化ーっ! ジオグレイモン!」

 猛々しく宣言する巨大恐竜。
 って、お前、バルザックだよね?
 なんで、お前がデジモンに変身しているんだよ。

──ジオグレイモン
──グレイモンの亜種とされる恐竜型の成熟期デジモンだ。
──必殺技は、超高熱の火炎を吐き出し全てを焼き払うメガフレイム。

 うおっ、なんだ今のナレーション。どっから聞こえてきた?
 左右を見回してみるが、いるのはモンスターとデジモンと師匠だけである。

「メガフレイム!」

 ジオグレイモンの口から吹き出す炎が、今まさに私を襲おうとしていたモンスターを焼く。
 危なっ! 今の、ちょっとでもずれてたら私が焼け死んでるぞ。

「ホーンインパルス!」

 ジオグレイモンが、鼻の上に生えたツノを衝角のように突き出し、その巨体からは考えられない速度でモンスターの群れに突撃して、弾き飛ばし踏み潰す。
 つええ、デジモンつええ。あっという間に、モンスターを全滅させたよ。

「やったぜ、アニキ!」

 バルザックの声で、そんなことを言いながら恐竜の指で器用にサムズアップするジオグレイモン。
 だから、アニキ言うな。
 あと、何がどうなってるんだ。このままだと、頭がどうにかなりそうだ。
 混乱しているとカツンと音がして、何となくそちらに顔を向けると、悲愴な面持ちになった師匠がこちらを見ていた。
 今度は、なんですか!? 私の精神はとっくに限界ですよ!

「まさか、こんなことになってしまうとは……。いや、これも運命か……」

 だから、なんなんですか。悪い予感しかしないけど、説明を要する!

「進化の秘法は、世に出てはならんのだ!」

 血を吐くような叫びと共に懐に入れた手が取り出すのは、腕時計型の携帯ゲーム機っぽい何か。

「ハイパーバイオエボリューション!」

 携帯ゲーム機っぽい何かから溢れ出た光が螺旋を描き師匠の周囲を飛び、その身を包み肉体を変質させる。
 ええっ!? これって、まさか?

「デジモン進化ーッ!! レオモン!」

 って、オイ!! そこで、なんで死亡フラグデジモンになる?
 ここは、バイオデジモン的に考えてアーマー体か、究極体になるんじゃないのか?

──レオモン。
──百獣の王や気高き勇者などと呼ばれる強い意志と正義の心を持つ獣人型の成熟期デジモン。
──必殺技は、右手からライオンの顔をしたエネルギー波を放つ獣王拳だ。
──アニメでは、デジモンアドベンチャー、デジモンテイマーズ、デジモンフロンティア、デジモンセイバーズと各シリーズで、主人公たちに協力する強くカッコいいデジモンとして登場するが、出てくると必ず死ぬため存在自体が死亡フラグなどと不名誉な呼ばれ方をする事もある。
──デジモンクロスウォーズではカッコ悪い悪役として登場したが、やっぱり死んだぞ。

 うおっ? また、どこからともなくナレーションが!? というか、後の方の説明はいらないだろ。

「これも、世界の平和のためだ。許せよ、オーリン。獣王波!」

 わけの分からない事を言って、突き出した拳から無形のエネルギーを放ち攻撃してくるレオモン。
 何がなんだかさっぱり分からんが、あれが当たればただの生身の人間でしかない私はそのまま死んでしまいそうだ。ガチで殺しにかかってきてるのかよ。
 一難去ってまた一難な感じだが、それをジオグレイモンの巨体が阻む。

「アニキに手を出すなら師匠でも許さないぞ。メガフレイム!」
「獅子王丸!」

 どっからともなく取り出した剣の一閃が、ジオグレイモンの口から放射された炎を両断する。

「無駄だ。我が正義の剣の前に、そんな攻撃は通用せん」

 どんな理屈だよ?

「獣王拳! 破砕蹴り!」

 いきなりの必殺技がジオグレイモンを襲いふらつかせたところで、高く天井にまで跳躍して、そこを蹴って加速して頭頂にかかと落としを決める。
 そして、

「百獣拳!」

 獅子の顔をしたエネルギー波が連続して放たれ、傷を負ったライズグレイモンはついには轟音を立てて倒れる。
 レオモンつええなぁ。
 って、こっち見たーっ!
 次は、お前だって感じで迫ってきたよ!

「分かっただろう。この忌まわしい力、進化の秘法は封印しなくてはならないのだ」

 言って、握った拳にエネルギーを宿すレオモン。
 忌まわしいとか自分のことじゃないんですか。封印はいいけど、なんで私をガチで殺しにかかってるんですかね、この人。

「アニキに手を出すな!」

 不屈の闘志で再び立ち上がるジオグレイモン。何が彼をそこまでさせるのだろうか。あとアニキ言うな。
 なんてボケたことを考えてる間にも、更なるレオモンの連撃でジオグレイモンが吹き飛ばされて転がる。
 いやいやいや、もっと真剣になれよ私。
 アイツがやられたら次は自分が殺されるってのもあるが、私のために体を張ってくれてる奴が殺されるのを見過ごすのは人として間違いまくってるだろう。
 問題は、私に何ができるかということだけど。
 デジモンバトルに、人間の私ごときが何をできるというのか。なんて、負け犬根性は捨てるべきだろう。
 拳を握ってみるが、殴りつけたところでデジモンが人間の握力でどうにかできるはずもない。そして、モンスターに襲われた時に落とした武器を拾ったたところで同じようなもの。
 つまり、バルザックを助ける武器には、この拳だけでも充分だということだ。
 考えてみれば、最初にレオモンが殺そうとしてきたのもデジモンになったバルザックじゃなくて私だし、囮の役は果たせるはずだ。

「行くか」

 決意を言葉にして跳び出そうとしたその瞬間、私の拳が強い輝きを放つ。
 これって、さっきのと同じ……。って、考えてる場合じゃない。

「デジソウルチャージ!」

 また、デジヴァイスに右の手を叩きつける。その輝きが移り、同時にジオグレイモンが光に包まれる。

「ジオグレイモン進化ーっ!! ライズグレイモン!!」

──ライズグレイモン。
──体の半分以上が機械化されており、その巨大な体を軽々と飛翔させる翼も、ビーム砲を搭載した兵器になっているサイボーグ型の完全体デジモン。
──左腕は自分の体ほどもある巨大なリボルバーになっており、そこから放たれる攻撃の威力は核弾頭一発分に匹敵するといわれているぞ。
──必殺技は、リボルバーから発射される三連発の高速射撃のトライデントリボルバーと、翼のビーム砲と胸部の発射口からビーム弾幕を放つライジングデストロイヤーだ。

 ありがとう、ナレーション。何が起こってるのかは分からないけど、現状は把握した。

「ライズグレイモン! レオモンを撃て!」
「分かったアニキ。トライデントリボルバー!」

 私の言葉に何の疑問も持たずに必殺技を使うライズグレイモンを、レオモンは驚愕の目で見る。
 当然だろう。私たちが今いるのはダンジョン内であり、そんなところで核弾頭に匹敵するような攻撃をすれば、自分も爆発に巻き込まれかねない。ついでに、諸共に生き埋めになるのは間違いない。
 けれど、この方法なら必ずしもレオモンの命を奪う必要がない。
 相手は恩ある錬金術の師匠である。
 殺されかけたから殺すなんて発想は出てこない。
 幸か不幸か、相手は同じ成熟期デジモンなら一方的にタコ殴りにできる実力者なのだから、完全体デジモンの使う直撃すれば確実に命を奪うであろう必殺技も、牽制もなしに撃てば避けるだろう。
 そうなれば、生き埋めになるのを避けるためには、私たちを殺すのをあきらめてダンジョンから逃げ出すしかない。
 問題を先送りにしただけな気もするが、他の方法が思いつかないのだからしょうがない。
 撃ち込まれた弾丸が爆炎を生み出し、その中にレオモンの姿が消える。
 やりすぎたかな。

「アニキ……」

 まずいことになったと言わんばかりの落ち込んだ声で呼んでくるジオグレイモン。
 え? 本気で殺っちゃったとか? あとアニキ言うな。

「天井が崩れてきたんだけど、どうしよう?」
「ああ、そっちか。それなら予定通りだ」
「わー、さっすがアニキだ。それで、これかどうするんだ?」
「これからって……、え?」
「え?」
「悪い。考えてなかった」
「アニキーッ!!」

 ライズグレイモンの悲鳴のような叫びを聞きながら、私たちは地の底で眠りにいた。



   モンバーバラに行った事のない兄弟弟子   完



 なんてね。

「アニキーッ! これからどうするんだ?」

 そんなことを質問してくるのはバルザックだ。多分。あとアニキ言うな。

「どうもこうもな。お前、人間に戻れないのか?」
「無理みたいだ」

 答えてくるのは、私より少しだけ低いところに頭がある二足歩行恐竜。

──アグモン。
──獰猛だが勇敢な性格で、二本の足で歩く爬虫類型の成長期デジモンだ。
──必殺技は、口から高熱の火炎の息を吐き出すベビーフレイム。

 うるせえぞ、ナレーション。
 天井が崩れて生き埋めになるところを救ってくれたのはライズグレイモンだった。
 なんというか、流石は完全体デジモンというべきか、降って来る土砂から私を庇った後、土を掘って地上まで運んでくれたのだ。
 その後は、力を使い尽くしたのか成長期まで戻ったが、人間には戻らなかった。
 そして、困った。
 この世界ではモンスターは、人にとって殲滅指定敵性生物でしかない。
 大抵の世界でそうだろうという話は置いといて、デジモンを連れていては人里に入れないということである。
 まあ、アグモンの事がなくても、命を狙われてる時点でコーミズに戻る選択はないんだけどね。それも、エドガンが生きてればの話だが。

「なあ、アグモン。師匠は、生きてるのかな?」
「多分。トライデントリボルバーは避けられたし、あれだけ強かったら爆炎なんかで死んだりしないで、ちゃんと逃げたと思うぞ。『こんな崩れるダンジョンにいられるか! 傷の回復もしたいので、私は家に帰らせてもらう!』って言ってたし」

 ただでさえ死亡フラグデジモンなのに、何故あえて死に台詞を……。

「そんなことより、これからどうするのさ?」

 どうするって、エドガンから逃げる以外の選択肢なんかないよな。師弟で殺しあうとか、真っ平ゴメンだ。
 問題は、どこに逃げるかだ。
 弟子である私を容赦なく殺そうとした辺り逃げてもエドガンが追ってくるのは必定で、ついでに言えば、私が手に入れバルザックをデジモンに進化させたデジヴァイスが本当に進化の秘法であるのなら、これを狙ってエビルプリーストが襲ってくるんじゃないかと前世の記憶が言っている。
 となれば、追っ手を撃退できる力を求める必要もあるわけで。

「よし、サントハイム方面に行くぞ」
「サントハイム?」
「ああ。確か、その近くのフレノール南の洞窟に行けば進化の秘法を完成させるための必需品の黄金の腕輪があるはずだ」

 進化の秘法がデジヴァイスだった時点で、その辺りの知識はアテにならない気もするが、他に指針があるわけでもないしね。

「スゲー。そんなことまで知ってるなんて、流石はアニキだ!」

 そう褒めるなよ。記憶違いだったりしたら恥ずかしいだろ。
 とにかく、私たちは黄金の腕輪を求めて旅に出たのだった。

◆ 

「へー、ここがサントハイムか」

 キョロキョロと、フードと三度笠とローブとマントで正体を隠したアグモンが、物珍しげにサントハイムの町並みを見回す。
 正直、デジモンを連れて人里に入るのは避けたかったのだけど、いい加減に野宿ばかりというのも疲れた。
 というわけで、なんとか偽装して入ってみたのだが、やっぱり止めとけばよかったかなと思わなくもない。
 何しろ、門番からして金剛力士像みたいな体格をした双子で、なんかアグモンが天邪鬼みたいに踏みつけられたら似合いそうな感じだったし、その辺を歩いている人たちがどいつもこいつも世紀末な感じのマッチョマンばかりで、アグモンのことがバレたら命がなさそうな感じだ。

「そこ行く旅人さん。今日はリンゴが安いよ」

 声に顔を向けると、八百屋らしい店先で、そんなババアがいるかと言いたくなるガタイのいい老婆が元気よく呼び込みをしていた。
 周りの誰も違和感を持ってない辺り日常の光景なんだろうけど、うっかり商品を買ったりしたら毒殺されそうで怖い。

「アニキー。これ美味いぜ」

 ノォー!! なに無警戒にリンゴ食ってやがりますか。デジモンに人間の毒が効くかどうか知らないけど。あとアニキ言うな。

「5ゴールドですよ、お客さん」

 たけえ。と思ったら、アグモンの奴、カゴごと食べてるし。というか、見えてる見えてる。顔が出てる。

「お買い上げ、ありがとうございます」

 動じず、何か悪い事を考えてそうな、見てるほうが不安になりそうな笑顔を浮かべる老婆。
 ここは、あの笑顔を怪しむべきなのか、それともアグモンのことを驚かないことを疑問を感じるべきか。
 いったい、この国はどうなってるのさ。

「ねえ。どうして道の真ん中で、頭を抱えてるの?」

 今度は、そんな声が聞こえてきて、何となく顔を向けると十と少しを数えたように見える年齢の女の子が一人。
 ええっ!! マッチョでもなんでもない普通の女の子? この国に来て初めて見た。両脇には、武闘家もビックリの鍛え抜かれた肉体を持つ青年と老人が一人ずついるけど、そっちは見なかったことにしよう。
 おかしな感動をしていたら、女の子は答えない私ではなくリンゴを食べているアグモンに目を向けた。

「恐竜? 珍しい、ぬいぐるみね」

 ぬいぐるみとな?
 いや、そういえば4で出てきたかどうかは記憶にないけど、ドラクエ3にはそう言う名前の着ぐるみがあったような。あれは、猫だったけど。
 まあ、常識的に考えてモンスターが人間の町を堂々と歩くとかありえないし、ぬいぐるみと思われてたってことなのか。その方が、都合がいいけど。
 興味深そうにアグモンを見ていた女の子は、人差し指を立てるとアグモンをつつき始める。

「ざらざらしてる」

 そうかい。物怖じしない子だね。
 思ってたら、またこっちに顔を向けてきた。

「あなた誰?」
「オ……」

 いや、待て私。
 いつか私たちを追ってエドガンが来た時のために、名乗らない方がいいかもしれん。

「オ?」

 しかし、ここで名乗らなければ不審者一直線だ。この女の子はともかく、両脇に控える二人が怖すぎる。

「オ、オレの名前は、マサルだ!!」
「え?」

 そこで不思議そうな声を出すなアグモン。

「オレの名は、マサル・ダイモン! それ以上でも、それ以下でもない!」
「かわった名前ね」

 人差し指を下顎にあてて、なにやら考えている様子で言う女の子。
 ごもっともだね。
 いくら慌ててたからって、ドラクエの世界でこの名前はないわー。

「あれ? アニキの名前は……」
「マサルだよなー! アグモン! そうだろ!!」

 余計なことを言いかけたアグモンの言葉を遮って大きな声を出す私。
 ここで偽名を使ったなんてバレるのは、本名バレよりもヤバイ。
 やましいことがあるって全力で自己主張するようなもんだしね。

「ん……? ああ、アニキの名前はマサルだ。間違いない」

 よし、空気を読んだな。偉いぞアグモン。あとアニキ言うな。

「ふーん。ダイモンマサルとアグモンね」

 なにやら、半眼になって疑いの眼差しを向けてくる女の子。
 やだなぁ。子供は、もっと素直に大人の言葉を信じようよ。
 って、ダイモンマサルって言った? 私、マサル・ダイモンって名乗ったよね?
 問いただしたい気がするけど薮蛇になりそうだし、止めといたほうがいいよね。

「それで、マサルとアグモンは何をしにサントハイムに?」
「ここに来るまで野宿ばっかりだったから、たまにはベッドで寝たいってアニキが言ったんだ!」

 元気よく答えるアグモン。って、自分だって血抜きもしてないモンスターの丸焼きは食べ飽きたから町に行きたいってうるさかったくせに。あとアニキ言うな。

「へー。それじゃあ、また出て行くの?」
「おう。次は、フレノールって所に行くんだ」

 行き先まであっさりバラしたー!? なんか、デジモンになってから知能が下がってない?
 これ以上、喋らせるのはマズイ気がしてきた。

「あーと、わ、オレたちは先に宿を決めたいんで、この辺で」

 じゃ! っと、手を振りアグモンの手? 前足を引っ張っていく私。

「宿屋なら紹介しようか? なんなら、ウチに泊まってってもいいよ。旅をしてるなら、お金は節約しなきゃでしょ」
「なんですと?」

 思わず足が止まってしまう自分が憎い。貯金とかは全部コーミズだから、身ひとつで旅に出ることになって、あんまり金がないんだよね。

「でも、今日会ったばかりの見知らぬ旅人を泊めるとか、家の人に反対されるんじゃ?」

 そもそも、この歳の子供が連れてきた旅人を泊めて上げようなんて酔狂な親はいないと思う。

「うーん。そっちのアグモンは、なんだか強そうだしお父さまは喜ぶんじゃないかな。ブライとクリフトはどう思う?」
「はっ。姫様の言うことに、我らも同感です」

 ほらね。と、得意そうにこっちを見てくる女の子。てか、今なんと言った?

「えーと、お嬢さんの名前は何と仰いますか?」
「アリーナだけど?」
「そういえば、用事があったことを思い出しましたので、ここで失礼します」
「アニキ。用事って?」

 うるさい。黙れ。導かれし者たちなんかの家に行けるか。私たちは、自分で借りる宿に泊まらせてもらう。
 だいたい、王宮でアグモンがぬいぐるみじゃないってバレたら即死ねるわ。あとアニキ言うな。

 そんなわけで、アリーナから逃げ出した私たちは、二度と彼女に会うことはなかったのだけれど、すぐ後に別の会いたくなかった女性たちとは顔を合わせることになるのでした。



「見つけたわよオーリン! 父さんの仇」

 私を指差し、人聞きの悪いことを言ってきているのは、よく似た顔をした二人の女性。言うまでもなく、マーニャとミネアの姉妹である。
 でもって、ここはフレノール南の洞窟の入り口前。
 随分とあっさり見つかったので、見えざる神の手でも働いたのかと思ったが、単純にアグモンを連れて旅をしていた私が噂になっていただけらしい。
 うん。考えてみたら、モンスターを連れて旅をする人間なんて目立つものがどこにいるかなんて簡単に分かるよね。偽名とか関係なく。
 しかし、

「父さんの仇?」
「そうよ。傷だらけの体で帰ってきた父さんが、全部教えてくれたわ。あなたが、進化の秘法欲しさに父さんを裏切ったってね」

 なにそれ? 私の記憶と食い違いがあるんだけど。

「父は、あなたを倒して進化の秘法を取り返して欲しいと言って、息を引き取りました」

 嗚咽を耐えるように言うミネアは、こちらも思わずもらい泣きをしてしまいそうに悲愴な表情をしていたのだけれど、当事者である私から見れば言いがかり以外の何物でもない。
 そもそも、あのダンジョンのライズグレイモンとの戦いが原因でエドガンが死んだとしても、やったのはバルザックであって私ではない。
 別に、私の指示でやったことを否定する気はないが、殺しにかかってきたのは向こうで、こちらは身を守っただけだし。
 それで、どうして仇呼ばわりされなければならないのか。
 なんてことを言ってみたけど、やっぱり信じてもらえなかった。
 まあ、実の父親の最後の言葉と、その弟子の言葉なら父親の言葉を信じるのは人の子としては当然の心理だよね。迷惑だけど。

「それで、どうするつもりなのかな?」
「父の残した形見のこれであなたを倒して、進化の秘法は永遠に封印させてもらいます!」

 宣言してミネアが取り出したのは、毎度おなじみデジヴァイス。なんか私の持ってるのともエドガンが持ってたのも形状が違ってるけど。
 ミネアは、更にカードを取り出す。タロットカードか何か?

「カードスラーッシュ!」

──マトリクスエヴォリューション。

 ミネアの手の中のデジヴァイスのスリットをカードが滑り、どこからともなくナレーションが聞こえると同時にマーニャの体がサイコロ状に分解されて、再構築されキツネの顔の獣人に、と思った次の瞬間にはまた分解されて今度は複数本の尻尾をもつキツネが現れる。

「レナモン進化ーっ! キュウビモン!」

 うわぁ、なんだかとっても、デジャブ。

──キュウビモン。
──多くの経験を積んだレナモンが進化するといわれる九本の尻尾を持つ妖獣型の成熟期デジモン。
──必殺技は、九本の尻尾から青く燃える龍を出して敵を焼き尽くす狐炎龍だ。

 ナレーションも久しぶりだ。ホントに、どこから聞こえてきてるんだか。

「鬼火玉!」

 キュウビモンが、九本の尻尾の先から狐の顔の形をした青い炎を飛ばしてくる。

「ベビーフレイム!」

 対抗するように、アグモンの口から吐き出される火炎弾。
 しかし、青い炎はあっさりと小さな火炎弾を吹き散らし、アグモンを吹き飛ばす。

「アニキー……」

 ええい、情けない声を。
 分かったよ。やるよ。やればいいんだろ。あとアニキ言うな。

「アグモン、援護を頼む!」

 指示を出して、土を蹴る。
 人に比べて圧倒的な攻撃力を誇るデジモンに対して生身で突撃する無謀な行動に、ミネアはもちろんキュウビモンも驚愕に目を見開くが、私だって好きでやっているわけではない。
 他に方法があれば、そっちの手を使うのだ。

「キュウビモン! 狐炎龍よ」

 実の姉を、デジモンの名前で呼び指示をだすミネア。
 酷い話だ。バルザックをアグモンと呼んでいる私の言えた話ではないが。

「ベビーフレイム!」

 キュウビモンの九本の尻尾から青い炎が生まれかけたところで、アグモンの口から吐かれた火炎弾がミネアを襲う。
 キュウビモンの使う炎に比べれば大した火力はないが、人間を殺傷するには充分な威力を持つそれを無視すればミネアの命はない。

「狐炎龍!」

 龍となった青い炎が、火炎弾の迎撃のためだけに撃ち出され、その隙を狙った私の拳がキュウビモンの横っ面を殴る。
 もちろん、武闘家に転職したわけでもない私の拳がモンスターにダメージを与えられるはずもなく、次の瞬間にはキュウビモンの尻尾の一つに吹き飛ばされる。
 だけど、目的は果たした。

「デジソウルチャージ!」

 キュウビモンを殴った右手に宿ったデジソウルをデジヴァイスに叩きつける。

「アグモン進化ーっ! ジオグレイモン!」

 アグモンは見事に進化を果たしたが、ここで止める気はない。
 同じ成熟期でも、こちらの方が強いという保証はないのだから、できることはやっておくべきだ。
 気合を込め、もう一度輝かせた右手をデジヴァイスへ。と、ミネアも懐からカードを取り出す。
 まさか?

「デジソウルチャージ!」
「カードスラッシュ、マトリクスエヴォリューション!」

 ジオグレイモンとキュウビモンが光に包まれ、その姿を変えていく。

「ジオグレイモン進化ーっ!! ライズグレイモン!!」
「キュウビモン進化ーっ!! タオモン!!」

 ジオグレイモンがサイボーグじみた姿に変わり、キュウビモンが狐の面をつけた陰陽師といった感のある人の姿に変わる。

──タオモン。
──陰陽道に精通し呪術の能力に優れ、霊符や呪文を操る他に隠し武器、暗器の達人でもある魔人型の完全体デジモン。
──必殺技は、巨大な筆で空中に梵字を描き相手に貼り付けて大爆発させる梵筆閃だ。

 毎度、ありがとうナレーション。
 って、向こうも完全体ー!?

「トライデントリボルバー!」
「梵筆閃!」

 進化して間髪いれずの必殺技がお互いを襲う。
 ライズグレイモンの左腕のリボルバーから発射された三連射と、タオモンが空中に書いた梵字が激突し、凄まじいまでの爆発が生まれ両者の間に巨大なクレーターを作る。
 互角か。そう思ったのは私の勘違いだ。
 爆風に吹き飛ばされるように跳んだタオモンが宙返りしてミネアの後ろに降り立ち、爆風から顔を庇うミネアは、デジヴァイスを高く掲げて叫ぶ。

「マトリクスエヴォリューション!」

 ミネアがタオモンに倒れ掛かり溶けるように二人の体が重なり合い、ついには狐の面をつけて錫杖を持った女性の姿に変わる。

──サクヤモン。
──陰陽道の技を得意とし、神の意志を代行する役割を持つ神人型の究極体デジモン。
──神の意志を聞く時は、邪気を祓う力がより強力になる巫女形態になる。
──必殺技は、「金剛錫杖」を地面に打ちつけ邪気を払う浄化結界を張る金剛界曼蛇羅。

 まさかとは思ったが、テイマーと合体するデジモンテイマーズ仕様か。
 ていうか、こいつら究極体にもなれたのかよ。
 成熟期で戦ってたのは、成長期のアグモンにくらいキュウビモンで勝てると踏んだからなんだろうね。正しい判断だわ。

「ライズグレイモン」
「おう。ライジングデストロイヤー!」
「飯綱!」

 私の声に応えて、ライズグレイモンが翼の三連のビーム砲と胸部発射口からビームを一斉に発射する。
 人間はもちろん恐怖の帝王だって殺傷できる威力があるに違いないと私には思えるそれを、サクヤモンは腰のベルトにある四本の筒から四匹の小さな狐を出してぶつけただけで相殺した。
 まずいな。完全体と究極体の差があるとはいえ、こっちの必殺技をこうも簡単に防がれたんじゃあ、勝ち目が薄い。
 もしやと右手に目を移すが、早々都合よくデジソウルは宿ってくれない。

「ソリッドストライク!」

 ライズグレイモンが、左手のリボルバーでサクヤモンに殴りかかる。
 体重差を考えれば、人間大の身長のサクヤモンを巨竜の一撃で叩き潰すのは難しくはないように思えるが、単純に必殺技が連発できないためにライズグレイモンは苦し紛れの攻撃をしているに過ぎない。

「狐封札!」

 サクヤモンの投げた札が、ライズグレイモンの体に張り付き動きを封じる。
 
「浄炎狐舞!」

 サクヤモンの錫杖から青い炎が生じ、動きの止まったライズグレイモンの巨体に巻きつき全身を焼く。
 って、黙って見てる場合じゃない。このままじゃあ、必殺技を使われるまでもなくライズグレイモンがやられる。

「妖月蹴!」

 高く跳び上がったサクヤモンのかかと落としを、

「ヘビーバレル!」

 ライズグレイモンが、渾身の力を込めたリボルバーの打撃で迎撃する。
 核弾頭一発分にも匹敵するエネルギーにも耐えるクロンデジゾイド製の銃身が、サクヤモンの蹴りの一撃でミシリと歪む。これで、もう砲撃は使えまい。
 けれど、そんな事を気にしている場合ではない。
 かかと落としが不発に終わったサクヤモンはそこから跳び上がり、二発目の蹴りを繰り出す。

「雷襲脚!」

 雷の如く急降下の蹴りは直撃すれば、もはや傷つき体力の残っていないライズグレイモンを討ち倒すだろう。
 それを迎え撃ったのは、振りぬかれた私の拳。

「なにぃ!?」

 驚愕の声を上げるサクヤモンの気持ちはわかる。
 サイボーグ巨竜に止めを刺す一撃を、人間が拳だけで受け止めたら私だって驚く。
 というか、ライズグレイモンの体を駆け上って、超高速で落下してくるサクヤモンの蹴り足を殴りつけるとか、自分で自分が信じられない。
 どうなっているんだろうなと見下ろした自分の全身から湧き出すデジソウルの輝きを私は発見する。これは……、

「デジソウルチャージオーバードライブ!」

 試しに、それをデジヴァイスに叩きつけてみる。
 すると、ライズグレイモンに更なる進化の輝きが生まれる。
 光の中、巨竜のサイボーグは形を変え人型に近く姿を変える。

──シャイングレイモン。
──太陽のエネルギーを体内に蓄えて戦う、人型に近い巨大なロボットのような姿をした光竜型の究極体デジモン。
──大地に眠る力が込められたジオグレイソードを召喚する能力を持っている。
──必殺技は、巨大な翼を広げて光のエネルギーを極限まで集中して放つグロリアスバーストと、輝く光の翼で敵を薙ぎ払うシャイニングブラスト。

 進化して更なる力を得たシャイングレイモンが、光のエネルギーを拳に集中する。
 対するサクヤモンが、筒から四匹の狐を出す。

「シャインハンマー!」
「管狐!」

 二体の究極体の激突が、大気を震わせ大地を罅割れさす。
 人間は勿論、モンスターでもよほど力のある者でなくては、戦いの余波に巻き込まれただけで死に至るであろう戦場に私は立っていた。
 逃げた方が良さそうな状況で、そうしたいと思えないのは今も私の体を包み守ってくれているデジソウルが理由だろうか。

「グロリアスバースト!」
「金剛界曼蛇羅!」

 お互いの必殺技が発動し、轟音と共に世界を揺らす。
 二体は互角、ならば。

「デジソウルバースト!」

 シャイングレイモンの体が真紅に染まる。

──シャイングレイモンバーストモード
──シャイングレイモンがバースト進化により一時的に限界能力を発揮した姿。
──太陽を彷彿とさせる高エネルギーの火炎オーラをまとった姿をしており、燃え盛る剣と盾、そして翼を持つ。
──必殺技は、全身全霊を込めて大爆発を引き起こすファイナルシャイニングバーストだ。

「よしっ! 一気に決めろシャイングレイモン」
「わかったアニキ。コロナブレイズソード!」

 シャイングレイモンが両手に持つ剣と盾が融合し、生まれた炎の大剣が踊り、サクヤモンが咄嗟に作った結界を一刀のもとに切り裂く。

「ファイナルシャイニングバースト!」

 世界そのものを焼き尽くし粉砕するほどの爆炎が、サクヤモン一人を襲う。
 いかに究極体のデジモンといえど、それほどの大破壊の力を秘めた攻撃に耐えられるものではない。
 数秒の後には、全身の所々に火傷を負って倒れた姉妹が倒れていて、立っているのはシャイングレイモンと私だけになっていた。

「手加減したのか?」
「してないぞ。まだ生きてるのか?」

 うん。と私は縦に首を振る。
 流石は究極体デジモンになっていただけの事はある。ちゃんと息があるようで、胸が上下している。

「とどめを刺そうか?」
「やめろ」

 エドガンの時もそうだったが、私たちの戦いは身を守るためのものであって、相手を殺傷することを目的としたものであってはならない。そんな気がする。
 それにと、中央部に大きく亀裂の入ったデジヴァイスをシャイングレイモンに見せる。

「壊れてない?」
「壊れたんだよ。さっきの戦闘中に」

 どこかにぶつけたというわけでもないが、シャイングレイモンに進化させた時点で血思索ヒビが入り、バーストモードで修復不可能なくらいになってしまった。
 なんて考えてたら、手の中で真っ二つに割れた。

「あっ」
「あっ」

 デジヴァイスが砕けると同時に、シャイングレイモンの体が縮みアグモンに戻る。
 マーニャとミネアは人間に戻ったのに、こいつはどうしてデジモンのままなんだろうか。

「アニキー、これからどうしよう? 進化できないと、また別のデジモンが襲って来た時に勝てないかもしれないぜ」

 いや、他にもデジモンに変身する人間とかいないと思うけどな。というか、いたら嫌だ。
 とはいえ、マーニャとミネアは今後も襲ってくるだろうし、本気で他にいないという保証はない。
 となれば、デジヴァイスをどうにかしなくてはならない。あとアニキ言うな。

「とりあえず、黄金の腕輪を探そう」

 元々、それが目的でここまで来たんだし、進化の秘法の重要アイテムならデジヴァイスの修理用アイテムだったとしても不思議ではない。
 生まれ変わってからこっち科学文明から隔離された生活を送っていた私に、携帯ゲーム機にも見える機械の塊であるデジヴァイスを修理できる技能があるとは思えないが、そこは忘れよう。

 そんなわけで、私たちは洞窟に入って行き黄金の腕輪を手に入れてデジヴァイスの修理も済ませるのだった。

「やったぜアニキ!」

 だからアニキ言うな。私は女だ。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 数年後、世界のあちらこちらで、二足歩行の恐竜を連れた男のように口の悪い女性と、それを追う姉妹のデジモンバトルとか、スピリットエヴォリューションで伝説の十闘士エンシェントグレイモンの力を受け継いだ炎の属性を持つ人型デジモンに進化したエビルプリーストとの戦いが目撃されたりしたという。



   第4章 モンバーバラの姉妹に追われるデジモン   完



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次回完結。
今回の話は、何人の読者がついてこれるのやら。

実は、この章は最初ギャグのない暗いだけの話を書いてたのですが、ギャグを期待しているであろう読者の誰も喜ばない話だと思ったので没にして一から書き直してたりします。
そしたら、ごらんの有様だよ!!



[24681] 最終章 導かれし者たち
Name: 車道◆9aea2a08 ID:19da274d
Date: 2010/12/10 19:56
 ある日、俺は死んだ。
 死因は交通事故。
 その日は、前日に夜更かしをした覚えもないのに歩きながら意識を失うという離れ業をなしとげた俺は、登校途中に赤信号で車道に飛び出しトラックに撥ねられて死んだ。
 しかも、狙ったようにブレーキが間に合わないタイミングで飛び出すという、実に作為的な臭いのする死に方をして魂だけの存在となった俺の前に、『神』を名乗る三つ首の竜が現れて言った。

「細かい説明は省くが、お前をドラクエ4の世界に転生させてやろう」
「いや、省くなよ。意味が分からん」
「むぅ、面倒な奴め」
「たった今、死んだばかりの人間にする説明を面倒臭がるな!」

 思わず叫んだ俺だが、後から考えるとよく得体の知れないバケモノ相手にそんな態度を取れたものだと自分に感心する。多分、パニクってたんだろう。もう一度、同じ態度で話せとか言われたら無理と答えること間違いなしだし。
 ともあれ、『神』の言うところによると、多くの人の想いが空想を具現化させ空想上の生物や器物を創り出すことは珍しいことではなく、同じように世界が生み出されることもあるという。
 つまりは、『神』の言うドラクエ4の世界も、多くの人間に知られているために同じように人の想いから生み出された世界であり、そこの管理者であるそいつが気紛れを起こして、たまたま見かけた俺をそこに転生させる気になったらしい。

「気紛れって、そんないい加減なことでいいのか?」
「どうせ、人の妄想でできたいい加減な世界だ。人助けに使って悪い理由はない」
「人助けなのか?」
「死んだ人間に、第二の人生をプレゼントしてやろうというのだから人助けで間違いはないだろう」

 そうかもしれない。けど……、

「転生した後で、即死ぬ可能性もあるんじゃないか?」
「その辺りは、お主の希望を叶える方向でフォローしよう」
「フォローと言うと?」
「勇者に転生して魔王を退治するのも、勇者の双子の兄に転生して一緒に旅に出るのも、ゲームには登場しなかったオリジナルなキャラになって勇者の手助けをするとかも思いのままだぞ」
「マジで?」
「ああ。なんなら、ゲームにはない特殊な能力も与えてやろう」
「至れり尽くせりだな。そこまでしてもらえるなら転生もいいかな」

 なんて答えた俺は、望む希望を口にしてドラクエ4の世界に転生させて貰うことにした。
 ただし、勇者やその仲間のポジションではなく、敵であるデスピサロとしてだったが。
 勇者として魔王を倒す英雄になるというのも魅力的ではあるが、考えてみればドラクエ4の勇者は旅立つ時には住んでいた村の人間を皆殺しにされて、デスピサロを倒した後も特に何らかの報酬を貰ったという記憶はない。
 ひょっとしたら、覚えていないだけで何かの報酬があったのかもしれないが、そんなもしかしてに賭けて命がけの旅をするなんて割に合わない。
 勇者なんか、マスタードラゴンに弄ばれる道化だったような記憶もあるしな。
 だから、逆にラスボスになって世界を支配する選択を俺はした。
 どうせ、人の妄想から生まれたような世界なら、そこの住人を踏みにじっても罪悪感を覚えなければならない理由はないのだから。
 ラスボスの役目は勇者に倒されることだが、ドラクエ4の知識を持っている俺ならゲームでは失敗している旅立つ前の勇者を倒すことも、それが失敗したとしても後のイベントを潰して回ることも可能なはずだ。付け加えると、『神』に貰った能力を持つ俺は、進化の秘法を使うまでもなく勇者を打倒する力があるしな。



 そんなわけで、デスピサロに転生した俺はデフォルトで持っている魔王の力と、『神』に貰った能力でモンスターたちをねじ伏せ忠誠を誓わせ軍団を作り、進化の秘法を手に入れて最強になれと煩かったエビルプリーストは追放して、次に勇者を倒すことにした。
 ただ、ここで問題が起こった。

「で? その勇者はどこにおるんじゃ?」

 ちゃぶ台を挟んだ向こう側で、座布団の上に胡坐をかいてトンカツを食っているオッサンが、ご飯をボロボロとこぼしながら言う。
 身長は150センチくらいだろうか。猿のような言動で周囲を混乱させるだけしか能のない、スライムよりも弱い小男。
 このオッサンが、魔王デスピサロの父親だと言われて誰が信じるだろうか? 少なくとも俺は信じたくなかった。
 しかし、魔王と言えど木の股から生まれたはずもなく、両親がいるのは当然のことであるのだから父親の存在を否定してもしょうがないのだが、これは酷い。
 きっと、俺の生まれついての容姿と戦闘力は母親から受け継いだに違いない。
 俺が物心ついた頃には、父に愛想をつかして実家まかいに帰ったとのことなので、どんな魔族ひとなのか知らないわけだが。
 そもそも、この父のどこが良くて結婚する気になったのかの方が謎だ。

 それは置いといて、俺は勇者がどこかの村に隠れ住んでいることは知っていても、それが具体的にどこだったかを覚えていなかった。
 まあ、幼少の頃に一度クリアしたことがあるだけのゲームを何年も細かいところまで覚えているほうがおかしいし、まったく手がかりがないわけでもない。

「まあ、モンスターたちに探させてますし、そのうち見つかるでしょう」

 ゲームだと手がかりなしに勇者を探し当てられたのだ。いい加減な記憶でも、手がかりがある以上ゲームより数年は早く見つけられるに違いない。
 配下のモンスターに命じて捜索をさせてから十年以上の年月が経っているが、まだ慌てるような時間じゃない。
 今にして思えば、捜索を始めた頃にはまだ勇者は生まれてなかったんじゃね? と思ったり、ここにはいないだろうけど念のためにと、ついでにライアンも倒しておこうかなという考えでバトランドに送った『おおめだま』なんかとは比較にならない強力なモンスターが結局倒されたと聞いて薮蛇だったかなと思ったりしたが、それもこれも勇者を倒せばチャラだ。
 そういうわけで、くつろぎ味噌汁をズズッと飲む俺である。
 なんでドラクエの世界に味噌汁があるのかは謎だが、『神』の言葉を信じるなら人の妄想で作られたいい加減な世界なんだそうだし、そのくらいは許容範囲だろう。

「ふむぅ。しかし、その勇者を倒さねば世界征服ができんのじゃろ?」
「そうですねえ」

 自分の口の中からする、たくあんを噛むポリポリという音を聞きながら考える。
 勇者の旅立ちは故郷の村が滅んだことが原因であり、実は放置していても問題ない気もする。
 まあ、勇者なんだから何もなくても旅立つだろうけど。

「なら、さっさと勇者を倒して世界征服をして、ナオンとワシだけが住むことを許された神聖なる王国を建国するのじゃ!」
「はいはい。わかりましたから、早くトンカツ食べて寝てください」

 この父は、生きていても何の役にも立たない男だが、逆に何をやらかそうと特に害にはならない無能であるので、その言動は常に聞き流される。
 もちろん俺も聞き流す。
 さて、夕食も食べたし風呂に入って寝るかな。
 そんなことを思い立ち上がった時、四畳半の父子の憩いの部屋に配下のモンスターが入ってきた。
 なんだ?

「デスピサロ様! 勇者の居場所が判明しました!!」
「なに!? よし、今日はもう遅いから、明日の昼から軍団を率いて攻めるぞ」
「はっ! しかし、なぜ昼からなのですか?」
「低血圧で、朝から起きるのが辛い」
「そうですか……」



「さーて、ここが勇者の住む村だな」

 魔王の宿敵たる勇者を探し求めてやってきた俺は、自分の野望ゆめ平穏こうふくを求める、ごく一般的な魔族。
 強いて違うところをあげるとすれば、現役の魔王ってとこかナー。名前はデスピサロ。
 そんなわけで、現在は勇者の隠れ住む村を前にモンスターの軍団を連れてきているのだ。
 父も途中まで一緒に来てたが、途中の町でナンパしてくると言って軍団を離れて、その直後に野犬の群れに襲われて死んだので城に帰した。
 今頃、ザオリクをかけてもらっているだろう。

 関係ないが、俺の人生にロザリーという名前のエルフとの出会いはない。
 考えてみれば、生まれたときから目標が決まっていて、それに向けて寄り道なしで邁進してきたんだからモンスターとは扱われていないエルフとの出会いがあるはずもないわけだが、なんと彩りのない人生であることか。
 いいけどな。

「これより、勇者のいる村を殲滅する。猫の子一匹逃すなよ!」

 右手を上げて宣言する。
 皆殺しとか心が痛まないでもないが、モシャスで生き残られても困る。
 世界を手に入れると決めた俺に、躊躇いはない。

「突撃!」

 俺の掛け声と共に、この日のために選りすぐったモンスターの軍団が村に突き進み、無力な村人たちを蹂躙する。

「バギクロス!」
「マヒャド!」
「ベギラゴン!」
「メラゾーマ!」
「イオナズン!」

 呪文の言葉とともに、吹き飛ばされたり凍らされたり燃やされたりするモンスターたち。
 無力な村人……? 蹂躙……?
 一応、ラストダンジョンにいるような強力なモンスターたちを連れてきたんで呪文の一発や二発で倒されることはないが、意外に強いな村人。
 まあ、それも時間の問題だ……。

「ギガデイン!」

 強力な雷が俺を中心に周囲の大地を舐め尽くし、モンスターたちを焼き尽くす。
 ギャース!! なんだ今のは? 俺じゃなかったら全身大火傷レベルのダメージだぞ。
 俺だから軽傷だけど、周りのやつらが吹っ飛んだわ。

「オイ! お前が、このモンスターたちの親玉だな?」

 呼びかけられ、そちらを見るとパーマのかかった緑色の髪の少女が、棍棒を構えて俺を睨みつけてきていた。
 どう見ても勇者だな。女勇者だったのか。

「なんで、このタイミングで俺の前に立ちふさがってきてるんだ? あと、額にあるダイの大冒険な紋章は何だ?」
「お前が、このモンスターたちの親玉かって聞いてるんだ!」

 答えないと、こっちの質問にも答えないつもりか。まあ、いいけどな。

「そうだ。俺が魔族の王デスピサロだ。それで……」

 肯定した途端、棍棒を振りかぶる勇者。こっちの質問には答える気なしかよ。

「ギガブレイク!!」

 ってオイ! マジ物のドラゴンの騎士なのかよ。

「フェニックスウィング!」

 炎を纏う掌底手が、稲妻を纏う勇者の棍棒を止める。元は対魔法用の防御技だが、魔法剣を防ぐにはちょうどいい。

「カラミティエンド!」

 手刀を作った右手が勇者の胸を貫く。

「カイザーフェニックス!」

 とどめに炎の魔法が、不死鳥と化して勇者を焼く。
 これが、俺が『神』に貰った能力の一つ『天地魔闘の構え』。
 正確には、大魔王バーンの使える能力を貰った。のだが、これは能力というより技だから使いこなすには時間がかかった。
 そして、これを完全に体得したと自信を持った時から、俺はピサロからデスピサロに改名したのだ。
 にしても、勇者が竜の騎士ってのはどういうことだ?
 そういえば、俺に大魔王バーンの能力を使えるようにすることで、世界がそれを許容するように変質すると『神』は言っていたが、その結果がこれなのか?
 まあ、勝てたんだから良しとするかな。

「って、ええ!?」

 倒れた勇者を見下ろしたら、女勇者がもう一人いて膝を折り、倒れているほうの勇者の手を握っていた。

「大丈夫か、モコモコ!?」
「ああ……、アベルか……。俺は……、もうダメみたいだ……。だから……、ティアラのことは……任せたぜ」
「モコモコォォォー!!」

 いや、ティアラって誰だよ。
 そんな事を思いつつ見ていると、倒れている方の勇者の額にあった紋章が消えて、それが移動したかのように、しゃがんでいるほうの勇者の右腕に宿る。
 なにそれ怖い。

「うおおぉぉー。モコモコの仇だー!! ギガブレイク!」

 立ち上がり、こっちは棍棒ではない勇者の稲妻を纏った剣が振り下ろされる。

「フェニックスウィング!」

 受け止めた俺の掌底手を剣が切り裂く。
 大魔王バーンそのものではない俺では、『天地魔闘の構え』が使えても紋章二つ分のギガブレイクを完全に受け止めることは無理だったらしい。
 だが、完全には無理だったというだけで、片腕を犠牲にして攻撃は止まった。あとでベホマを使おう。

「カラミティエンド! カイザーフェニックス!」

 右の手刀が二人目の勇者の胸を貫き、不死鳥が焼く。
 そして、

「大丈夫か、アベル!?」

 現れた三人目の勇者が、倒れた二人目の勇者の手を握る。

「ああ……、デイジィか……。俺は……、もうダメみたいだ……。だから……、後のことは……任せたよ」
「アベルゥゥゥーっ!」

 二人目の勇者は静かに息を引き取り、その額と右手の紋章が消えて号泣する三人目の勇者の両手に紋章が浮かび上がる。
 無限ループって怖くね?



   最終章 導かれなかった者   完



「かくして、モシャスで勇者の姿になり、竜の紋章を複数持った村人に魔王は倒され、世界は平和になりましたとさ……。デスピサロが真っ先に死ぬとは思わなかったな」

 三つ首の竜の中央の首が困ったものだと呟きを漏らし、それに彼の従者であるはずの天空人たちが恐怖に身を振るわせる。
 彼の名はカイザードラゴン。ある日、突然にやってきて天空界の神たるマスタードラゴンを倒し、この世界の神の座を奪い取った怪物。
 そして、天空人たちに竜の騎士の紋章という力を与えたのも彼だ。
 天空人は、彼を恐れるが敬いはしない。そんな相手に力を与えたのは、その竜の騎士の力を持ってしてでも彼には太刀打ちできないから。
 右の首は過去を、左の首は未来を、中央の首は現在の全てを見通し、全能の力を併せ持つ彼に脅威など存在しないから。
 それほどの力を持つ彼の正体を、誰も知らない。
 そう。地獄の帝王やデスピサロやマスタードラゴンをはるかに凌駕するこの怪物は、マスタードラゴンに戦いを挑んだその日より以前には誰にも存在すら知られていなかったのだ。
 もっとも、それは当然であったろう。彼は、そういう存在であることを望んだのだから。
 この世界を創った者に、そうであることを望んだ人間。
 元々は、デスピサロ、シンシア、ホイミン、アリーナ、スコット、オーリンと名乗る者たちと同じ世界に生きていた、この世界がゲームであると知る、ただそれだけ人間の一人であった者。
 それが彼の正体であると、この怪物を知る者の誰が知ろう。
 彼が怪物となったのは、ある存在との出会いが理由である。



 『そいつ』は、世界を見る存在であった。
 それ以外には何も求めない、世界に干渉せず守りも滅ぼしもしない、しかし神の如く力を有した存在。
 世界を見るためだけにあるそいつは、今ある世界がいずれは滅びるであろうと予想し、その日を恐れ今ある世界を守るのではなく、予備の世界を創り続ける選択をしていた。
 予備の世界は人間の作った創作の物語を基に創られ、しかしそれが理由で幻想の如く儚さを持つ。
 その幻想を強固にするための核として、創られた世界の基である創作を知る人間が必要とされており、ゆえに『そいつ』は予備の世界を創る毎に人の魂を抜き取り、そこに送り込んでいた。
 そこに、魂を抜かれる人間の同意などなく最初は説明すらなかったのだが、予備の世界の存続には幻想が固定されるまでの長期に渡り核に生存してもらわなくてはならないのに、どれほど強靭な肉体を器として与えても新しい環境に戸惑い適応できずに短い期間で死に至る核が多いと気づいた。
 だから、『そいつ』は予備の世界に送り込む魂に、事前に説明をすることにした。
 もちろん、そんな世界に送らず元の体に戻してくれなどという願いは無視されるが、その説明を聞いた最初の一人がこう言ったのだ。
 好きな能力を持って、好きな世界に送ってくれるのなら耐えられると。
 そいつは、すでに作った世界に人の魂を送るという作業をしていたので、好きな世界というのは叶えられなかったが、好きな能力に関しては了承した。
 どんな能力で何をしようと、創った世界が壊れなければ『そいつ』にはどうでも良かった。
 自分の創った世界の中に限定するなら、たとえ全能の能力を持った器であろうとも用意するのは簡単なことだったのだから。

 そして、カイザードラゴンと名乗るようになる彼も、同じ説明を受け全能の能力を貰ったのだが、もう一つの条件を突きつけた。
 その条件とは、そいつの真似事。他者の命を奪い、その魂を自分が送られる世界に連れて行ける権利。
 そして、そいつはその願いを受け入れた。『そいつ』は、人の命というものを作った世界を安定させるための道具としか見なさなかったから。
 もちろん、有限であると知っていたし、あまり多くの人の魂を持ち去れば、こちらの世界の存続が危険にさらされるのだから、人数に制限はかけられた。
 他者の魂を連れて行く権利を貰った彼は、別に神を気取りたかったわけではない。
 ただ、一人だけで創られた世界に行くのが寂しくて怖い臆病者だっただけの話。全能の能力を求めたのも、そうでもなければ安心できないほどに臆病だったからにすぎない。
 だから、魂を抜き取る相手も自分と同年代の少年少女を選び出していた。行った先の世界で仲良くなれるように。
 だけど、事実だけを抜き出して言ってしまえば、後にデスピサロ、シンシア、ホイミン、アリーナ、スコット、オーリンとなる少年少女の六人は、彼に殺されてしまうのだ。誰が、自分を殺した者と仲良くなろうと考えるだろう。
 最初に殺した相手の魂を前に、その事に気づいてしまった彼は嘘をついた。自身を偽るために口調まで偽った。彼には、自分を殺した『そいつ』のように、真実を伝えられるはずなどなかったのだ。
 その時は、適当な嘘に騙されてくれたが、他の人間でも同じような嘘に騙されてくれるとは限らない。
 だから他の人間は、かつての『そいつ』がしたのと同じように説明なしに魂を創られた世界に送り込むことにした。
 そこまで悩むなら、止めておけばいいものを続けてしまったのが彼の弱さであろう。
 自分のような人間でも、受け入れてくれる誰かがいるかもしれないという甘えが彼にそうさせた。
 結局のところ、受け入れて欲しいと思いながらも、真実を伝えるどころか転生した彼ら彼女らと直接顔を合わせる勇気すら持てなかったわけだが。
 そうして、自分を除いた六つの魂とともに創られた世界にやってきた彼は、まず自分に用意された器に宿り、次に器の持つ全能の力で一人目の魂を彼の望む通りに転生させて、次に他の魂の器を用意することにした。

 一方的にではあるが、彼は同郷の魂たちに友情を感じていたので、理不尽な運命に落とされないようにしてあげようとも思っていた。
 けれど、デスピサロとなった一人目の魂が願った事を考えると、退屈なだけの人生を与えるのも悪い気がする。
 だから、ドラゴンクエストⅣというゲームにおける重要な立ち位置に器を用意し、彼ら、彼女らを守護する駒を用意した。
 シンシアには、彼女を守れるよう周りに屈強な村人を集め、勇者には竜の騎士の力まで与えた。
 ホイミンには、ライアンに規格外の力を与え、しかしわざわざ危険な旅に出たくないと考えてもいいように、もう一匹のホイミンを用意した。
 アリーナには、少しの修行で規格外を超えられる才能と、しかし自分が戦わなくてもいいように、周囲の者たちにも強力な力を与えた。
 スコットは、強大な組織という力を持つトルネコの近くに配置した。
 オーリンには、本来は裏切り者のはずバルザックを、彼女だけは決して裏切らぬ存在とした。
 むろん、用意した駒たちも自身の意思を持つ一個の生命なので、全てが彼の思惑通りに動いたわけではない。
 全能の力は持っていても、彼に力を与えた存在が物語を基に創った世界であれば、そちらに流れが偏ってしまうこともある。
 そもそも、同郷の魂たちに至っては、その行動は彼の未来を見通す首を持ってしても予測がつかない。
 シンシアを守るために配した村人がモシャスで勇者に変身して戦うなど予想外の事態であるし、エドガンやその娘たちがオーリンの命を狙うなどありえないことが起こっていたが、全能では会っても全知には遠い彼にはどうにかできるものではなかった。

 ただ、自分が勇者やその周りの村人に与えた力のせいでデスピサロが命を落としたことは、悪かったなと彼は思う。
 だから思う。

「次は、ミルドラースにでも転生させてあげようかな」

 それは、彼の知る別の物語の魔王。
 世界観としては、この世界の基となっている物語の未来の魔王であると聞いたことがあるような気もするが、あくまでドラゴンクエストⅣという物語を基に創られたこの世界がその未来に繋がっているのかどうかは分からない。
 というか、繋がっていたとしても自分や他の同郷の者の介入で、繋がらなくなっている可能性が高い。
 ならば、自分が用意してやってもいい。
 この世界の中に限っては全能の神である彼には、同郷の者たちが死んでも、その魂を保存し次の肉体に転生させることも容易い。
 だから、思う。

「その時には、他の彼らも転生させてドラクエ5を再現してみるのもいいかもしれないな」

 彼は、同郷の者たちを友だと思っており、しかし負い目から直接顔を合わせることができない以上、自分をゲームマスターと見立てるしか彼らと彼女らと関わる術を知らない。
 それは彼ら彼女たちはもちろん、この世界に生きる他の生き物も、正しく自分の意思を持つ生命であることを考えれば、邪神もしくは悪竜と呼ばれるに相応しい行為であるのだが、全能の力を持ったがゆえに孤独となった寂しがりやで臆病な彼は、それにすら気づけないのだった。



   最終章 導きし者   完



[24681] あとがきのようなもの
Name: 車道◆9aea2a08 ID:19da274d
Date: 2010/12/10 19:57
 最後まで読んでくれてありがとうございました。
 では、これから自己満足全開の作品解説とかを始めます。



序章
 死を覚悟したシンシアが、超展開で命を救われる一発ネタが書きたいという思い付きから生まれた話。
 ドラクエなら、ダイ大を使うべきだろうという簡単な発想です。

 モシャスって、ゲームだと大して役に立たないけど、漫画やラノベに持っていけばチート能力になるよなぁとか、ずっと思ってました。

 モシャスした村人が竜闘気のこととかを知ってるのは、紋章に蓄積された経験と知識がどうのこうのです。
 ハーフにはない? アーアーキコエナーイ。


第1章
 序章が、勇者にもっとも近しいシンシア視点なら、ライアンと一緒に戦うNPCのホイミンの視点にするべきだろうという考えから、そういうことに。
 で、主人公にはツッコミ役をやってもらうべきだろう常識的に考えて。ということで、ライアンをツッコミどころ満載の超人に魔改造。
 ライアンは戦った。そして勝った。だと味気ないので、ツッコミどころ満載モンスタースカイライン(仮名)を配置。

 超人オリンピックはバトランドで開催されており、ライアンはかつてのチャンピオンでしたが、豚のようなマスクマンに……。

 あと、ライアンは超人なので、空を飛んだり巨大化も出来ます。多分。


第2章
 この章には仲間になるNPCがいなくて困りました。
 しかし、考えてみればこの章は3人パーティなんだし、その中の一人をツッコミ要員にすれば良くね? と思い、それ絶対魔法じゃないよというツッコミをやらせたかったので、魔法が使えないアリーナを主人公に起用。

 ザラキは正直思いつきませんでした。もし、思いついたら使ってました。

 アリーナは最高の才能を腐らせるだけのキャラです。


第3章
 スコットを主人公にするのはすぐに決まったのですが、トルネコをどういうキャラにするかに悩みました。
 この章の目的がゲームではお金稼ぎだったというのも、どうオチをつけるかで悩む理由でした。
 で、トルネコを戦争狂にしたわけですが、これだけだと、ただの出オチだしギャグというには弱いので、後から武術大会に出場する話と、いつかどこかで使いたいと思っていた悪魔が微笑む時代ネタを付け加えました。

 この章は1章から十年近く経過しており、その間ホイミンはずっとライアンと一緒に旅をしていて精神汚染を受けています。

 最終章でわかるとおりスコットの前世は学生です。高校生。

 某同人で『規格外品ガイバーな人たち』というのを見て、ガイバーネタか、この使い方はいいなと思ったわけですが、あとがきの説明のしかただと誤解する人がいそうだな、と後で思ったら実際にいました。ごめんなさい。

第4章
 オーリンを主役にして、そのポジションの転生者ならどう行動するかを考えて書いてみたんですが、どうギャグを挟めばいいのかわからない話が出来上がり、分量も短かったので没。
 没ネタではオーリンは普通に男です。
 で、どうギャグにするか考えた結果、進化繋がりでデジモンネタを使用。
 アニメのデジモンを知らない人には意味不明なんじゃないかと、不安でいっぱいでした。

 テイマーズの進化については、どうだったかとぐぐってみたら、デジモンテイマーズ 【進化集】という動画でマトリクスエボリューションと繰り返していたので、全部それでいいんだなと判断しました。
 違ってるかもしれませんが、現在確認できていません。


最終章
 デスピサロが死ぬまでが本編。
 なんか、短い気がしたので裏設定予定のものをネタばらし。

 カイザードラゴンは、適当にマスドラより強そうな名前だということでドラゴンナイツグロリアスから持ってきて、ビジュアルイメージはゴジラ FINAL WARSのカイザーギドラを使用しています。

 アベル伝説キャラ名は、分からないひとは読み流してくれれば良い小ネタです。


 さて、この先は4章の没ネタを公開しようと思っていたのですが、どうも感想を見ると誰も期待していないようなので、まったく関係のないドラクエ3の一発ネタでも置いておくことにしました。



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  ドラゴンクエストⅢ 伝説になる勇者


 16歳の誕生日の朝、目を覚ましたら母がお前は勇者なんだから魔王を倒す旅に出なさいと行ってきた。
 さて、これは何かの暗号だろうか?
 確かに私の父は勇者と呼ばれる人だったが、だからと言って私が勇者呼ばわりされる覚えはない。
 むしろ、強盗団の首領のような覆面をかぶりビキニパンツ一枚にマントをかけただけの半裸の姿で堂々と町を歩くような父と結婚をする気になった母の方が、よっぽど勇者の称号を受けるに相応しいのではないだろうか。
 思えば小さな頃は、それが理由で寺子屋の男子連中にからかわれたものだ。

「なにか失礼なこと考えてない?」
「滅相もない」

 勘がいいなと思いつつ、首を振る。

「なんで、私が魔王を倒さなきゃいれないの?」
「あんたが、勇者の血筋だからよ」

 打てば響くような感じで言葉を返してくる母をまじまじと見つめると、父が行方不明になってからは化粧っ気もなくなり、年齢のこともあって老け込んでいっている印象のある顔が見える。

「そうか。私の若さを妬んで、抹殺しようと……って!!」

 頭に拳骨を落とされた。

「バカ言ってんじゃないの。今世界は、魔王バラモスの脅威にさらされてるのよ」
「だから何?」

 モンスターに命を脅かされている人たちには同情するけど、勇者の血筋なんて理由で私が命を賭けなければならないなんて理不尽な話は認められない。

「うちの家は、そういう時のための勇者の家系だって理由で、お城からお金をもらってやっていってるの。だから、あんたは家のために魔王退治の旅に出る義務があるのよ」
「え!? そうなの?」
「そうよ。大体、あの人が帰ってこなくなって働き手のないうちが、どうやって生活費を稼いでいると思ったの?」

 考えたこともなかったわ……。

「じゃあ、ひょっとして旅に出たくないなんて言ったら……」
「良くて、家族丸ごと国から追放。悪くすれば、国民全員からの私刑か処刑もありうるわね」

 おおぅ。最悪だわ。
 見た目は変質者以外の何物でもなかった父は、それでも人々に称えられるに相応しい一騎当千の勇者だった。
 その父が、帰って来れなくなるような旅に出て生きて帰れる自信は私にはない。
 けれど、母や祖父の三人だけでモンスターの徘徊する城壁の外に追い出されれば、のたれ死ぬのがオチだ。
 もちろん、私刑もごめんだ。

「つまり、行くしかないのね……」
「ええ。だから、まずはお城に行って王様に挨拶をしなくちゃね」

 ニッコリと笑う母の笑顔は、しかし娘を死地に向かわせる罪悪感に歪んでいて……、演技してんなよババアと思わざるをえない。

「じゃあ、行きましょうか」
「いいわよ。行ってやろうじゃないの」

 そうして、私は母と二人でお城に向かったのだった。



「よくぞきた、勇者オルテガの娘……、オルテガの娘よ」

 母の顔パスで門番に通してもらい、その後は一人でお城に入った私を迎えた王様の第一声は、そんな言葉だった。
 私の名前を知らないのね。別にいいけど。

「単刀直入に言うが、勇者の使命的な理由で魔王バラモスを倒してくるがよい。軍資金は、その辺の宝箱に入っているから適当に持って行け」

 そんな、いい加減な。
 思いつつも、見回せば宝箱が一つ。

「あのー。これ開けていいんですか?」
「好きにせよ。それは、もはやおぬしの物じゃ」

 じゃあ、遠慮なく。
 取っ手とかないので、適当に蹴っ飛ばしてみたらカヒョッっと音を立てて開く宝箱。そして中には50ゴールド。ってオイ。

「王様。50ゴールドしか入ってないんですけど」
「50ゴールドしか入れてないからな」
「…………」
「…………」
「子供のお小遣いですか!」
「うむ!」
「うむ! じゃないでしょ。なんで、魔王退治の軍資金が子供のお小遣いなんですか!」
「そもそも、おぬしの家には毎月国庫から多額の金を送っておる。足りなければ親に頼めばよかろう」

 そうきたか。

「あと、いくらなんでも一人で魔王を倒して来いとは言わん。ルイーダの酒場には話を通してあるから、仲間を募るかよい。定員は四名までじゃ」
「定員があるんですか?」
「あまり連れて行かれると国防に問題が出るのでな」

 世知辛いわね。まあ、いいや。

「じゃあ、一度家に帰ってからルイーダの酒場に行ってきます」
「うむ。もう、こっちには顔を出さなくていいから、仲間を集めたらすぐ旅立つがよい」
「はい。そうします」

 というわけで、家に戻る私である。



「お金なら出せないわよ」

 出せないって……。

「どういうことよ?」
「あんたが旅に出たら、うちはお爺ちゃんと二人しかいないのよ。それで、あんたが魔王を倒せずに倒れるようなことがあれば勇者の血筋も絶えてお城からお金も貰えなくなりかねないんだから、貯蓄しとかなきゃでしょ」

 酷い言い草だ。とても、生みの親の口から出てくる言葉とは思えないわ。

「それじゃあ、旅の装備はどうすればいいのよ。私には素手でモンスターと戦う技能なんてないわよ」
「装備なら家にあるわよ」
「へ?」
「うちは、代々の勇者の家系よ。先祖代々の勇者の装備くらいあるに決まってるじゃない」
「そうなの?」
「そうなの」

 なんだ、慌てて損した。

「そういうことは、先に言ってよ」
「先に聞きなさいよ」
「で、その装備はどこにあるの?」
「ちょっと、待ってなさい。お爺ちゃーん、この子にご先祖様の装備を持ってきてあげてーっ!」

 自分で持ってくればいいのに、容赦なく老人をこき使う母。絶対いい死にかた出来ないわ、この人。
 そうして、待つこと数分。お爺ちゃんが、ヒーヒー言いながら人が入れそうな大きな宝箱を引っ張ってきた。

「ほら。この中に入ってるわよ」
「ふーん」

 どんな装備なのかと宝箱を開けて覗き込み、そして閉じる。

「どうしたの? 気に入らなかった?」
「気に入るわけないでしょ。なんなのよ、あれ」

 指差す宝箱に入っていた装備は、斧とマスクとマントとビキニパンツ。あんなの、装備して旅に出たら変質者呼ばわりされるわよ。

「お父さんと、お揃いの装備を変質者とか酷い子ね」
「酷いのは、お父さんの格好じゃない。って言うか、お父さんに渡してよ。そういう装備」
「渡したわよ。お父さんには、勇者の斧と勇者のマスクと勇者のマントと勇者のパンツ。あんたには、王者の斧と王者のマスクと王者のマントと王者のパンツよ。あっ! もしかして、光の斧と光のマスクと光のマントと光のパンツの方が良かった?」
「よくないわよ! いいわよ。もう、王様に貰ったお小遣いで棍棒でも買うから」
「待ちなさい!」

 急に、大きな声を出した母に驚く。

「なによ?」
「そのお金、家に入れなさい」
「いやよ!」



 王様に貰ったお小遣いで装備を整えることにしたわけだけど、素人の私が一人で選ぶより誰かに相談したほうがいいかもしれない。
 で、誰に相談するのかといえば母は論外なわけで、ルイーダの酒場で仲間を集めてすればいいのだと思いついた。

「それで、どんな人がいるんですか」

 酒場の主人らしき、柄の悪い酔っ払いの女性のルイーダさんに聞いてみたら、名前と職業を書いた名簿をくれた。この中から選べってことらしい。便利なものね。
 とりあえず上から見ていって、おや? と思う。

「ねえ、ルイーダさん。この名簿に乗ってるダイって人なんだけど……」
「なんだ?」
「職業の所に勇者って書いてあるんだけど」
「魔王退治のパーティの候補者に勇者がいると、何か問題でもあるのか?」

 えーと、そう言われると無いような気がしてくるわね。
 他は、どんな人が……。

「ルイーダさん」
「なんだ?」
「この、ポップって人の職業の大魔道士ってなんなんです?」
「大魔道士は大魔道士だろ」

 えーと。

「じゃあ、こっちの魔剣戦士は……」
「魔剣戦士だな」
「ホイミの使える武闘家は?」
「僧侶から転職したんだろ。そんなことも分からんのか?」

 転職って……。
 いやまあ、獣王とか魔影参謀とか魔軍司令とかの謎の職業に比べたらって、ええぇぇ!?

「何を吹いている?」
「こ、こ、こ、この大魔王バーンって何者!?」
「職業、大魔王のバーンだな。それがどうした?」

 どうしたもこうしたも、大魔王って言うからには、実は魔王バラモスの上にいる黒幕とか、そんな身分の魔族だったりするんじゃないの?

「いいじゃないか。そんな大物がいればバラモス退治も楽になるぞ」

 心を、読まないでください!
 でも、いい考えかもしれないわね。
 どうせ行き倒れる可能性の方が高い旅なんだし、後ろから刺される心配くらい軽いものよね。

「じゃあ、大魔王のバーンと勇者のダイと大魔道士のポップと武闘家の……」
「定員は四人までだよ」
「……そこをなんとか」
「ならんな。私も、王様に睨まれるのは面倒だ」

 面倒って程度のレベルなのね。
 うーん。つまり四人以内で最強のメンバーを集めないといけないのか。

「ステータスの載った書類もあるよ」

 また心を読むし。でも、ありがとう。

 かくして翌日には、三時間ほどかけて私の選んだ最強のメンバーが、魔王バラモスを倒す旅に出ることとなるのだった。



「いい天気だわ」

 青く澄んだ空を見上げながら、私は小さく呟く。
 お城で王様に魔王退治を命じられてから一年。私は今日で17歳になった。
 その一年で、世界は平和になった。
 世界を震撼させた魔王バラモスは、とうの昔に倒されている。
 私が勇者パーティに選んだ精鋭の手によって。
 勇者ダイ、竜騎将バラン、大魔王バーン(老)、大魔王バーン(若)。
 それが私の選んだメンバー。
 定員が四人までなら、私が抜ければ良いというコペルニクス的発想で選び出した最強の四人は、バラモスの後に存在が確認された大魔王ゾーマをも見事に倒してくれたはずである。
 そして、方法はともかく世界を救うという使命は果たされたのだから、誰に文句を言われる筋合いもなく私の今後の人生は安泰であるはずだ。

「ねえ。金持ちのヒヒジジイが、救世の勇者を嫁にもらいたいって言ってきてるんだけど、結婚する気はない?」

 この母さえいなければ……。



   了


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