<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[24734] 【正式採用決定】(末期戦モノ)幼女戦記Tuez-les tous, Dieu reconnaitra les siens
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2013/08/04 06:42
あの時代を、一人の政治家は以下のように評したという。

“戦争から煌きと魔術的な美がついに奪い取られてしまった。
将軍や、英雄が兵士たちと危険を分かち合いながら馬で戦場を駆け巡り、帝国の運命を決する。
そんなことはもう無くなった。
これからの英雄は安全で静かで物憂い事務室にいて書記官たちにとり囲まれて座る。
一方何千という兵士たちが電話一本で機械の力によって殺され、息の根を止められる。
これから先に起こる戦争は女性や子供や一般市民全体を殺すことになるだろう。
やがてそれぞれの国には、大規模で限界の無い一度発動されたら制御不可能となるような破壊のためのシステムを生み出すことになる。
人類は初めて自分たちを絶滅させることができる道具を手に入れた。

これこそが人類の栄光と苦労の全てが最後に到達した運命である。”

そして、その栄光と苦労の到達点であるイルドリア戦線は、辛うじて均衡点を保っていた。

突破せんと欲する連合と、守り抜かんとする帝国。
じりじりと押しつつも、連合はあと一歩を抜けず。
押されつつも、辛うじて守り抜く帝国には、打開策がとぼしく。

ただ、断続的に砲火を交わしつつ、砲弾で大地が耕作された。

しかし、すでに、帝国側は余力を漸減させ始めている。
戦線の維持が、帝国には、すでに大きな負荷であった。
さしもの、戦争機械も錆びつき始めていた。

だが、前線では崩壊の兆しとは程遠く、日常となった擾乱射撃の音を時計代わりに、いつものごとく日常が営まれていた。




中隊長は、ふと思った。
観測班からの、定時連絡はどうしたのかと。
彼が、そう思い通信士官に其の事を問いかけようとした。
其の時、彼の意識は途絶える。

捩じれ、肉が弾ける様な音を残して、彼の頭部が吹き飛んだ。
地面に叩きつけられた体の何処かは、電気信号の名残か、ぴくぴくと痙攣する。
だが、周囲は飛び散った脳漿にまみれたことに、気がつく暇もない。
なぜなら、彼の頭部を肉片に変えた弾丸が、中隊に引き続き降り注ぐのだ。
あるものは、肺を撃ち抜かれ、あるものは指揮官同様に頭を持っていかれた。
運のない者は、砲弾の直撃で、肉片すら判別できない程に飛び散った。
運良く、手や足で済んだものは、苦悶の声を上げる。
そして、生き残った彼等の悲鳴に応じるように、第二撃目が放たれる。

「っ!」

鉄の暴風雨。
しかし、戦場の習いによって、塹壕に飛び込めた生き残りたちは、頭を低くしてそれに耐えしのぶ。

だが、それはスコールと異なり、通り雨のようにすぎ去ってはくれない。
断続的に轟音と共に、大地が嫌な振動で着弾を告げる。

その、着弾の振動音と共に、なにか、嫌な音がすることに観測班は気がつく。

何事だ!?と、士官が声を上げる。
彼らは、混乱し、動揺しているものの、情勢を理解できてしまう。

いや、これは……馬鹿な!
いえ、間違いありません!

敵です。敵が、こちらに!

敵だ。敵が、全面攻勢に出たのだ。
砲撃は、常の擾乱射撃とは程遠い。
それは、徹底した準備射撃。
頭を隠し、こちらが伏せているその間に、歩兵が突撃してくるのだ

観測装置にとりついている兵士たちは思わず動揺せざるを得ない。
生き残りの士官も、思わず絶句してしまう。
全面攻勢が始まったのだ、と推測はできる。
予期されてはいた。しかし、その攻勢正面に自分たちが立つとは。
思わず、居並ぶ面々は、意図せずにお互いの表情を覗きこみあう。

共通しているのは、恐怖。
死への恐怖。ありうべからざる事態への動揺。
わずかに、運命の理不尽さへの恨みごと。

「敵、小隊規模で浸透してきます!」

ありえん!連合王国がご自慢の火力戦ではなく浸透強襲作戦を?
敵は攻撃方法を変更したというのか!?

そんな無情な思いが、士官らの頭をよぎる。
だが事実として敵が、浸透してきているのだ。
開戦初期に、帝国が得意とした戦術で、蹂躙していた敵に蹂躙されようとしているのだ。

過去の戦果と、その脅威が咄嗟に頭をよぎり、反応を鈍らせる。

無論、何とか頭を切り替え、状況に対応すべく、気を取り直した彼らは何をなすべきか理解できた。
火力に頭を押さえられ、伏せていればよかった昨日までとは異なるのだ。
今日は白兵戦をやってでも、何が何でも、敵を追い返さねばならぬ。

で、なければ死あるのみだ。

「総員、敵浸透部隊を近づけるな。敵の射撃は面制圧に過ぎない!本命は歩兵だ!」

生き残りの先任士官が、ともかく応戦の指揮をとる。
中隊長以下、先任士官が特進する事態とて、ここでは日常に近い。
号令と共に全員が素早く応戦配置に取り掛かる。
だが、間に合わない。反応からして、魔導師がすでに、こちらの視界に飛び込んできている。
一個小隊とはいえ、混乱によって我々の応戦が遅れてしまった。
敵ながら、素晴らしい勇気だ。
あっぱれな判断力だろう。微妙なこちらの遅れに乗じて、懐に飛び込んでくる。

「少尉殿!敵が侵入してきます!!」

「押し返せ!」

他に、どうしろというのだ。
そう悪態を吐きながら、彼らは、銃剣とライフルを手に、演算宝珠で爆炎をまき散らす魔導師に立ちはだかる。
どちらも、人間だ。撃たれれば死ぬし、撃てば殺せる。

偶然、ライフル弾で肉を穿たれた敵魔導師が、躓き、そこに容赦のない銃火が降り注ぐ。
その隣では、トーチカごと、魔導師達の爆炎によって生きたまま生焼にされる悲鳴が。

そこへ、砲兵が、榴弾を撃ち込み、纏めて、魔導師を吹き飛ばそうとするも、すでに、魔導師達は退避済み。

とはいえ、ただで引かせるはずもなく、可能な限りの銃撃でお土産を送りつけている。
お返しとして、いくつかの魔力弾。鉛玉と魔力が、しばしば応酬されあう。

だが、重要なのは、敵はこちらに比して圧倒的に優勢であり、こちらは遺憾ながら劣勢であることだ。
全体としては、思わず敵に悪態の一つも吐きたくなる。

「敵大隊規模が、前方2000より急速接近中!此方に接近しています!」

「敵魔導小隊を排除しろ!このまま大隊に懐に入られれば、チェックメイトだぞ!」

兵士たちは、思う。
魔導小隊は、優秀な敵だ。
こちらをかき回すだけかき回し、時間を稼ぐことに徹している。
そして、こちらは、それに煩わされ、防御態勢をまともに整えることができずにいる。

交わされる銃火に、魔力が干渉し、顕現させる事象。
肉を穿ち、骨を砕き、トーチカを吹き飛ばし、人間を殺す。
単純作業に、彼らは没頭する。だが、時間がない。
致命的なまでに、時間が足りないのだ。

迫りくる、敵大隊。
防衛戦は、覚悟の上の事ではある。
しかし、死にたくはない。誰だって、死にたくはない。

わずかながら、神に、救いを願い、それは、かなえられる。

唐突に、縦横無尽に空からこちらを翻弄していた敵の魔導小隊が全力で散開し始めた。
その直後、紅い、紅い魔力光が空を横切る。
それを避け損なった敵の魔導師は、肉を裂かれ、熱で生きながらにして焼かれる苦悶を上げつつ、大地へ。
生き残りも、間髪をいれずに、飛び込んでくる魔力の嵐に呑まれ、急速に数を減らしてゆく。

「友軍です!!友軍の魔導中隊が、こちらに!」

通信士官の仕事は、こういった朗報を大きな声で友軍に知らせる役割も持つ。
少々、大げさに叫ぶ彼に、皆笑いを浮かべながら、心の底では、生き延びられたことで安堵。
当然、部隊をたてなおす好機であり、生き残りの古参兵共は、何をなすべきか知悉し、行動する。
生き残る、チャンスを無駄にはできない。

「急げ!敵大隊を近づけるな!ぼやぼやするな!」

「負傷兵を下げろ!死体は、後でいい!」

下士官たちが、辛うじて統制を回復。
この調子ならば、迎撃は辛うじて間に合うだろう。
防衛陣地に、魔導中隊の増援。
一応、敵旅団程度ならば、持ちこたえることも不可能ではない。

「224中隊、応答せよ、224中隊、聞こえているな?」

だが、無線に飛び込んでくるその声で、指揮所の生き残りは、暗澹たる思いに駆られざるをえない。
まだ、声変わりしていない幼い声。女児故に、さほどの変化がないとしても、その違和感は歴然。
子供の声だ。そう、戦場に、子供が、出てきているのだ。

しかし、人間的な感傷は、明日後悔することにし、今は、生き延びねばならない。
誰ともなく、必要な事を、手順どおりに進めていく。

「こちら、第224中隊。救援に感謝いたします。」

「義務を果たしたのみだ。」

子供の教育問題は、一発で解決できる、と幾人かはそこで確信した。

規律と、戦場だ。

我がままいっぱいに騒ぎたいであろう年頃の娘をして、淡々と、義務について語らせられるのだから。
それは、人類の進歩か?・・・まあ、敗北だろうが。
理性と知性は、この事態を将来、どのように、評するだろうか。

「こちらは増援指揮官、ターニャ・デグレチャフ魔導中尉だ。生き残りの先任は?」

そう、帝国は、すでに魔力適正さえあれば、女子供にですら依存せねばならぬほどに追い詰められている。
全人口の半数で戦争をするには、物足りず倍を必要として、なお足りないのだ。
追い詰められているのだろう。

すでに、少年兵どころか、促成教育で士官として前線で血のまどろみに浸かりきっている者さえ、当たり前にいる。
彼女も、その一人であり、最も練達した士官の一人だ。
つまりは、未だ子供にして、すでに血塗れで、泥に浸かって、戦士となり、殺し、殺されを経験してきている。

「自分であります、中尉殿。」

「む、少尉か。残りは?」

ごく当然のように、大人を顎で使える子供というのは、驚くべき存在だろう。
年齢に怯むことなく、為すべきことを為せる士官というのは、理想的な軍人だろう。
大人どころか、子供も戦場に立つのだ。
まともな、感覚を持つ人間には、生きにくい時代である。

「戦死なさいました。」

「やれやれ、今日も今日とて、特進と野戦昇進の大盤振る舞いだ。」

それが、日常。
すでに、下士官からの叩き上げが、少尉どころか部隊によっては、大隊長にごろごろいる。 
部下の兵隊は、戦時促成教育を受けただけの新兵か、新任士官ども。
誰だって、有能ならば、すぐに上に昇れる戦場だ。

「この分だと、戦争が終わるころには、貴様も私も将軍様だな。」

それを、日常の一環として受け止め、肩をすくめてカラカラと乾いた嘲笑を上げられる少女は、狂っている。
軍人として、完成した子供など、狂気の沙汰以外の何物でもないが、生き残りとは、そういう狂人だけだ。

「さて、豚共をどうにかせねば。屠殺場の仕事を肩代わりするのは、いい加減うんざりなのだがね。」

接近してくる魔導中隊は、普通のことのように、敵を殺す。
それは、我々と同じだ。
では、何が違うか。
それは、狂人が指揮し、狂人が武器を振るうという一点だ。

この戦場で飛びまわる魔導中隊は、碌でなしの戦場を飛び回って生き残ってきた精鋭だ。
文字通り、叩き上げの精鋭達だが、どこか狂った戦争の代表格ですらある。
指揮官は、子供。完全に実力主義ということは、あの子が人殺しの才能にあふれているという証明だ。
本当に、誰にとっても名誉も糞もない戦争としか言えない。

「我々は、敵大隊を側面から喰い破ろう。支援は可能か?」

「もちろんです、中尉殿」

クソッたれ。
本当に、クソッたれ。
昨日も、今日もまったく同じの地獄模様。

中尉殿のような、悪魔にでもなれば、ここも心地よいホームかもしれない。

だが、ただの兵士にはここは、少々居心地が悪すぎるのだろう。

「私の中隊は、戦争を早食い競争だと勘違いする間抜けが多い。申し訳ないが、早い者勝ちだ。」

安堵させようと、軽口まで、兵士たちの娘のような年齢の兵士が利いている。
居並ぶ兵士たちに、それが上官で有るというのが、すんなりと何故か理解できる。
理解し、特に疑問に思わないという異常。
異常が、日常。


「ああ、ご安心ください。中隊長殿。」

こちらは、無線で会話を交わしているが、部隊間通話。
特に、暗号化されていない、汎用回線で接近中の部隊は楽しく会話。
戦場のど真ん中で、敵に突撃しながら。
それでいて、誰も疑問を浮かべない。

「何事か?」

「いくら、大食いどもでも、あれだけいれば分け合うこともできるかと。」

先ほどの、軽口、早食いにからめて、副官と思しき主が、中隊長と呼ばれる少女に応じている。
碌でもない世界。
誰も彼も、一度は狂った末に頭の産み出した、悪夢かと疑う。
だが、断続的に耳に飛び込んでくる砲声が、夢ではないことを不幸にも兵士達に実感させるのだ。

「私は育ち盛りだ。多少多めに喰わねばならないのだよ。」

「これは、確かに。育ち盛りの胃袋を甘く見てはなりませんな。」

子供の冗談だ。
ごく、当り前のように子供が、子供であることを主張しているだけなのだ。
口調からして、子供じみていないが、それでも、子供の主張としては理にかなう。

そう、死体の数を競う事でさえなければ、普通の子供なのだ。
それが、軍服をまとい、軍用の高価な演算宝珠と、ライフルをかついで、人を殺して飯を喰らう。



うん、すまない。

これは、サンプルみたいなものなんだ。(思い出したように、消すかも。)

つまり、こんな感じでずるずる絶望的になっていくのだ。

そう、地獄のような、末期戦ものが急に書きたくいなったんだ。

本業というか、書きかけの完全に別の作品の事は、ご容赦願いたい。

ちょっと、気分がこういうものを、書きたい気分になってしまったのだ。

無責任と言われないように、できるだけ、あちらも、更新したいと思うけれども、気がついたら・・・。

これを、書いてしまっていたというので、ご海容いただければ、と思う。

当然、東部戦線も真っ青の代物となるといいなぁ・・・と。

なお本作は、

商業作品では
鷲は舞い降りた
鷲は飛び立った
擲弾兵
皇国の守護者
等々を読み漁り、

(ネットで見れるもの)
やる夫が雪中の奇跡を起こすようです
魔法少女リリカルなのはAnother?Fucking Great?

等々、を最近読んだ勢いで書きあげてしまった。

※これらの作品から大きな影響を受けました。(魔王とか、血塗れとかの活躍に。)
お勧めですので、是非一度。
(いや、最後のリリカルは、絶望的な情勢とは、違いましたが。うん、ぐんじん幼女+勘違いって有りだと天啓が。)

うん、率直に言うと、こういうものばっかり読んでいたら、急に書きたくなって、しまいました。気がついたら、こんな時間に、こんなものを書き上げていたorz

辛うじて戦術的勝利を収めつつも、じりじりと負けていく

この末期戦の雰囲気が、何故か、良く思える不思議。

(なんか、最近のハッピーエンド系に食傷気味なのかも。)

ついでに、自己犠牲モノとか、英雄譚とかもノ―サンクス。

どちらかと言えば、卑怯な主人公いても良いじゃない。


とか、考える筆者はひねくれ者でしょうか?



そうそう、ご安心を。

手ぬかりなく、潤いとして、まほう幼女を投入しておいた。

(アンサイクロペディア準拠のため、「エターナルヨウジョ」第5章10条4項を順守している)

まほう幼女という一説は、法的措置により変換できない旨、ご理解いただければ幸いである。


















(ようじょの中身は、リバタリアンのリーマンとか、想定しますが。)


ちなみに、タイトルは、霊験あらたかなお言葉。
迷える人々に、導きを与える教皇特使のお言葉です。
もしも、貴方が何か判断で、迷うことがあれば、是非。

心やさしい、教皇特使アルノー・アモーリの言葉を思い出してみてください。神への溢れんばかりの信仰心は、きっとあなたの心の安らぎをもたらしてくれると思います。

興味があれば、ぜひ、検索してみてください。

きっと、なにか、言葉にできない思いを、貴方も共有できると思います。



いろいろ、ごちゃごちゃ申しておりますが。

最後に。

こーゆーのって、ニーズありますか?

2/1
テスト版⇒チラ裏
9/12
チラ裏⇒オリジナル版

なんか続いたので移ってきました。
よろしくお付き合いいただければ幸いです。

2012/3/17
誤字修正しましたorz

2012/3/30
さらに修正しました。

2012/4/12
sarani orz

2013/1/28
書籍化計画の開示許可が出ました。
詳細は、一番下のページにある『おしらせ』をご参照ください。

2013/8/4
無事に、出せることになりました。そろそろ、出版予定日やら何やら決まるはずなんで、もうちょっとだけお待ちください。



[24734] プロローグ・ベータ版
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/03/30 23:57
僕からしたら、人生とは栄達と挫折の混合物であった。
ついでにいうと、離人症じみた、若干現実味のない世界でもあった。
人並み以上の頭は有った。良くも悪くも、小学校では学校で一番の頭があり、其の時は幸せでいられた。
中学の時、私立の進学校に合格した時、初めての躓きを経験した。

進学校の中でも、本物の進学校とは、数多ある小学校で一番程度の頭では、平凡程度の評価しか与えられない。
中高一貫校故に、僕は努力した。6年も、落ちこぼれを見下してきて、6年見下されることになれるのは耐えられない。
だが、辛うじて中位の上程度にまでは喰い込むことができたが、逆に言えばそれが限界であった。

僕から、一人称が、私に変わるころに、限界をいよいよ痛感し始めた。

大学は、有数の名門校に入れた。嗤うべきかもしれないが、進学校の中では、それが当然だ。
ごく少数の、本当の天才は、大学どころか、一芸の世界に道を見つけたようだが。
ともかく、一般的なエリートとして僕は歩み始めた。

まあ、屈折した内面だろう。
なにしろ、学歴エリートという存在は、プライドが高い。
当然のように、周りの愚鈍な連中を見下すことで、自分を保ってきた。
すこしは、角も丸くなるにしても、当然のように心のどこかには残っている。
自分がてっぺんならばともかく、誰かの下に置かれるのは、耐えがたい。

何かへの、逃避。
それは、当然のこととして、惹き起こされる。
高学歴どもに、オタクが多い?当たり前だ。
僕自身を含めて、世間でどうふるまうかを常識として知っている学歴エリートの素顔なんて、そんなものだ。

政治学・法律学・経済学について、大学ではごくごく当然のこととして学んでいる澄ました連中。
そいつらは、頭が二つの世界に生きているといってよい。
一つは、現実の世界。もう一つは、妄想の世界。
大学で、はっちゃけて楽しい人生を送ろうとすることができるのも、少なくはない。
だが、多いわけでもないのだ。

人間関係は、まあ、無難にこなす。
逆に言えば、自分のテリトリーに踏み込ませない程度の距離感を保つ。
公と私の空間の区別があまりにも明確だ。
はっきりと言えば、自分の側に人がいると寝られない。
自分が、無防備なところを晒すのは、正直言って怖い。

まあ、天下国家を論じ、政治に悲憤慷慨するということも、あった。
だが、醒めているのだ。自分自身が一番かわいいというのは議論の余地がない。
もちろん、ここまで社会的に恵まれた立場を享受させてくれている両親へは感謝している。
できれば、親孝行をして、楽な老後をとも思う。
まあ、両親は共に高給取り。放っておいても、すでに老後の安泰は約束されているようなものだ。
できることは、まず心配をかけないことだ。

オタクであることは、秘密に。
大学では、勤勉な学生を。
サークルでは、ほどほどに拘束されない文科系を。
友人は、高校時代のものと、それに加えて類は友を呼んだの類。
あとは、コネと能力を構築して、社会に出るまでのモラトリアムを過ごす。
当然、人的資本投資に勤しみ、シグナル理論も併せ持って、世間では評価される学生が出来上がる。

さて、こういった人間の使い道は社会では意外と多い。
就職不況も、さしたる逆風にはならなかった。
なにしろ、スタートラインが違うのだ。事実として述べるならば、ハンデ戦だ。初めから、約束されたようなものだ。
OB・OG達への訪問は、当たり前。どころか、人事部の採用担当者と飲みに行く学生は、少ない。
其の先輩が、中高一貫校の同門で、大学のOBともなると、もっと少ないかもしれない。
だが、少ないだけでゼロで無いのだ。
ゼミでは、わざわざ先輩がリクルーターとしていらしてくださった。
業界の裏側をあっさりと説明いただき、レクチャーを受ける。

曰く、あの会社の人事部はこういう人材を求める。
こういった面接が望ましいなどなど。
大学というツールと、名門高校というツールを組み合わせれば、無能でもそこそこに行ける。
人並みであれば、確実極まりない。

そこで、僕は、私という一人称にいつしか、一人称を切り替えていた。

そこに、子供じみた性格とは程遠いつまらない精神を注ぎ込めば、少なくとも、企業にとっては戦力足りえる。
働きがい?自分らしさ?報酬が正当な労働対価である限り、なんら問題ではないと、断言できる。
必然、最良の企業人になれる。忠実なのだ。限りなく、企業の理屈に従い、率先して利益を追い求める。
そういう、企業の狗として、人生を送り始めた。

仕事において、情は、必要以上には関心を払わない。
心がない?サイボーグ?ドライ?
違う、ただ、そういった他の事に関心がないのだ。
そして、趣味と仕事の世界にいる。これに、満足している。
たとえばPS3を買う時、それでFPSを楽しむことを考える。
同時に、その原価計算を行い、ライバル企業に赤字を与えられるかどうか真剣に考えているのだ。
当然、仕事は効率的に行い、企業の求めるところに従い、正当なトレードが成立してきた。

だが、人生とは、上手くいくことがないのが定石だ。
30代に足を踏み入れ、ようやく報酬が両親の額に迫り、出世コースに確実に乗った時のことだ。
人事部長から、誘われ、人事部に入ったことが面倒事の始まりである。

「なんで、私なんですか!」

費用対効果が悪いからに決まっているではないか。
そう答えたいのをこらえて、しぶしぶ可能な限りの丁重さをもって答える。
慇懃無礼?大変結構。それは、法で禁じられていない。
録音され、訴えられることが有るというが、実に理不尽だ。
企業は、利潤追求団体であり、社会的無能の扶養組織ではないのだが。
とはいえ、これも仕事だ。裁判官の心証を鑑み、ごくごく穏やかな口調で応じておく。

「馬鹿にしないでください!」

「いえ、ですから、業績の悪化という事態があり、我々といたしましても・・・。」

疲れるのだ。果てしなく、啼き散らし、喚き散らし、組織に依存しようとする連中を相手にするのは、疲れる。
泣いて結果が変わるなら、結構だ。営業の一環としてその戦術は、アリだ。
だが、無駄だとわかっているではないのか。
散々、人のことを、感情の無い化け物だの、ボスの狗だの、サイボーグだの言っておいて、いざとなってこれとは。

自分という人間が、劣っているというのは自覚している。
天才どもには、比肩できず、努力で秀才たちに及ばない。
人格は、歪みまくっている。なにしろ、屈折したコンプレックスの塊だ。
本当の善意の人間は、眩しい。
偽善に関してならば、社会全体で良識あるとされる水準にあるが、それだけに、偽善だとわかる頭が、あざ笑う。

だが、これほど醜悪な自分であっても、なお、この目の前で喚く無能よりはましだと驕る心がある。
なにしろ、費用対効果という点では、自分は優秀な成績を保っているからだ。
だから、系列会社の、整理統合対象となった部門でリストラを行うのも、面倒ではあるが、きっちりとやる。
そして、本社に業績を引っ提げて帰ればよいはずだった。

ところがだ。
人の感情は、倫理や、禁忌に優先する物らしい。
所詮、学歴エリートこと良い子ちゃんたちの集団と異なり、感情に身を任せる人間が、多いというべきだろうか?
部長から、駅では背後に注意するように、と忠告された意味を理解できていなかった。
後は、物流網を肉片で混乱させたとのみ、申し上げよう。

そして、気がつけばだ。

「御主ら、本当に生身の生物か?」

「失礼、どちら様だろうか?」

テンプレ小説で良く見る老翁が、ため息をつきつつこちらを観察している。
答えは三つに一つ。
一、私は奇跡的に一命を取り留め、医者が私を診察している。で、私の眼か脳に深刻な障害が生じた。
二、私は死につつあり、妄想か幻覚を見ている。
三、私は、胡蝶之夢を経験し、現実の世界で起こされた。

「・・・つくづく、人間性の狂った連中だ。つまらんことを考える。」

こちらの胸中を読んだ?
事実であれば、プライバシーと、機密保全上、極めて、好ましくない不快な行為だ。

「その通り。御主ら、他者への共感力のない連中の心を読むのは、不快だがな。」

「驚いた・・・。悪魔が実在したとは。」

「何を言うかと思えば。」

この世の理を外れうるのは神か悪魔である。
神がいるならば、世の不条理を放置するはずもなし。
故に、世界に神はいない。
よって、存在Xは悪魔である。
証明終了。

「・・・創造主を、過労死させるつもりか貴様ら。」

貴様ら?複数形。つまりは、自分に加えてその他の存在。
私の仲間が多いという事実は、慰めになるだろうか?
微妙だろう。自分という存在を、私は本質的に嫌いではないが、別に愛してもいない。

「最近多いのだよ。そなたらのような狂った魂は。何故、人間性の進歩で、解脱せん?涅槃に至りたくないのか?」

「人間性が、社会の進歩に伴い、そうなるからでしょうな。」

ロールズの正義論は、結構極まりないが、現実に適用するには、無理がある。
人間は、すでに、持っている者と、そうでない者として区切られているのだから。
悪いが、持っているものを他者のために投げ出すことはできない。
未来よりも、明らかに現世利益追求が当然ではないか。

しかし、だからといってどうせよというのだ。
私が死んだならば、魂はどうなると?
建設的な議論をしよう。これからの事の方が大切だ。

「輪廻に戻し、転生させるまでだ。」

神と自称する存在Xからの解答は、実にシンプルであった。
なるほど、これが説明責任の全うというものか。
仕事とは、なるほど、手を抜くべきものではない。
私も、説明責任と法令順守の重要さは、良くわかる。
例え、不快であっても、社会の一員、組織の一員として、踏むべき手続きには、理解を示すべきだろう。

「結構です。では、よろしくお願いします。」

さしあたり、次の人生では背中に気をつけることにしよう。

「・・・、もうこりごりなのだが。」

だが、微妙に、呟かれた言葉に困惑することになる。

「は?」

「貴様ら、いい加減にできぬのか。どいつもこいつも、解脱して涅槃にいたるどころか、信仰心のかけらすらない。」

と言われても、困るのだが。
正直に言って、目の前の存在X(神と自称)が、何に憤りを感じているのかわからない。
老人が短気な事は理解しているつもりだ。
だが、微妙なことに、それなりに地位のありそうな人間が激怒していると、判断に困る。
アニメなら、ギャグですむが、実社会では冗談ではすまないことも多い。

「最近の、人間は世の理から外れすぎだ!物事の理非をしらん!」

いや、存在Xに世の理を説かれても困るのだが。
そもそも、世の理とやらがあるなら、予め告知してくれないと困る。
さすがに、僕らであっても、言葉にされないことは理解できないのだが。
テレパシー能力に目覚めたり、ニュータイプになった記憶もない。

「十戒を定めたであろう!!」

1. わたしのほかに神があってはならない。
2. あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
3. 主の日を心にとどめ、これを聖とせよ。
4. あなたの父母を敬え。
5. 殺してはならない。
6. 姦淫してはならない。
7. 盗んではならない。
8. 隣人に関して偽証してはならない。
9. 隣人の妻を欲してはならない。
10. 隣人の財産を欲してはならない。

無理に、心にテレパシーか何かで流しこまれてくるものの、うん、その、困る。
一応、多神教圏に生まれて、宗教の寛容性という名の適当さになれている。
一神教とか言われてもね?ほら。困惑してしまうとしか、言えない。

それに、父母は敬っているし、人を殺したことはない。
男だ。性本能は、生物学的に組み込まれている。
自分を自分で、設計したならばともかく、私達を設計したのは、自分自身ではないはずだ。

「生涯痛恨の過ちであったわ!」

神の一生とはいかなるものなのだろうか?
純粋に、学術的な観点から、関心がわく。

それと、殺人願望も、殺人衝動もないはずだ。
ああ、FPSでヘッドショットを決めた時は爽快だが、別段、殺人願望が人並み以上というわけでもない。
動物愛護にも協力し、保健所の捕殺が減るように努力する運動のポスターくらいは、もらっていたはずなのだが。

「やってないだけで、殺す行為は楽しんでおろう!?」

盗んだことはないし、他人に関して、偽証したことも、略奪愛を楽しんだこともない。
なにより、誠実な一人間として生きてきた。
職責に忠実であり、法に忠実であり、人間としての行動規定に積極的に背いた覚えもないのだが。

戦争に行けば、パラシュート降下中にエビの養殖に励むべしという神の啓示も得られるかもしれないが。
残念ながら、軍役の経験はオンライン限定だ。
みんな大好きドラッケン族の前衛
主要成分
* ギギナニウム:100% 
* オモイヤリン:不足 
* ヤサシニウム:無配合 
* 心、魂:皆無
を後方から援護する腐れ眼鏡そっくりのキャラだったが。


「結構だ!どうあっても、反省しないというなら、相応のペナルティーを科すほかにない!」

言いがかりにも、程があると思いたい。
何故、私が?

「いや、お待ちいただきたい。」

「うっさいわ!」

キレないでいただきたいのだが。
まがりなりにも、超上の存在と称するなら、もっと精神の円熟を。
あるいは、その偽装でも結構なので、求めたいところだ。
知人の弁護士など、法廷と、オンラインでの姿が全くの別人同然だが、社会生活はできている。
彼くらい完璧になれとはいわんが、もう少しだね・・・。

「六十億の管理など、オーバーワークなのだ!」

産めよ、増えよ、地に満ちよ
と聖書にあるのだが。
教養の範疇で、間違いなく、この事実を人類はおそらく忠実に守っている。
さすがに、管理職なら自分の指示くらいは、覚えておいてほしい。
それすらできねば部下から軽蔑され、リストラ対象になりやすいのだが。

そして、自分の出した指示の結果には、しっかりと責任をとってほしい。
なにしろ、それが、あるべき倫理というものだ。
そうは、思いませんかな?

「き、貴様らのように信仰心のかけらもない連中ばかりで、赤字なのだ!」

ビジネスモデルの欠陥では?
ボスコンかThe Firmに見てもらうことをお勧めしますが。

「契約を破っておいて良く言う!貴様らが、解脱する機会を欲したのがそもそもではないか!!」

知りませんがな。告知してくれなきゃ、わからん。
内容証明郵便で送るのが重要なものだったら常識で、契約書ならそもそも直接手渡しのはずだが。

「超上の理にひれ伏しただろう!」

いや、今や科学の進歩がまるで魔法ですからな。
発展しすぎた科学は、まるで魔法というし、自然科学万歳。
世の事は、すべからく、問題無かりし。
満ち足りた世の中で、切迫していなければ、危機感も、信仰も生まれません。
縋る、という行為は、窮地に追い込まれなければ、宗教に縋らないのですからな。

「・・・つまり、それは、あれか?」

わかりませんがな。
だいぶ、存在Xへの対処が適当になりつつあるのは、いたしかたない。
だが、会話できないのは、さすがに、困る。
どうしたものだろうか?
翻訳代行サービスであれば、契約したいところだ。

「貴様は、信仰が足りず、性欲に駆られ、我を恐れず、さらには倫理観もかけらもない。」

異議あり!
そこまでではない。
すくなくとも、屑ではあっても、さすがに、それほどでもないのだ。
道徳的に、社会規範的にみた場合は、決してそう悪く言われるほどでもない!

「黙らんか!貴様らがそうだから、毎回毎回手間をかけて輪廻に戻しても、すぐこうなる。」

いや、ですから、人口増加が問題であって、少なくとも人類全体の寿命は上がってますが。
平均寿命なる概念がありまして。いや、もちろん、マルサスの人口論もありますが。
お読みになっていない?
ネズミ算式に増えていくから、まあ、大変でしょうが。
我々は、特に、何かをしているわけではないので、コンサルティングすると、ビジネスモデルの欠陥かと。

「その分、信仰が増えれば、事足りるのだ!」

ああ、ですから、それはビジネスモデルの欠陥です。
消費者の心理分析が甘かったとしか、言いようがない。
消費行動分析を、きっちりとやって、もう少し、採算性を考慮すべきでしたな。

「その原因は、貴様の場合は、科学の世界で、男で、戦争を知らず、追い詰められていないからだな?」

・・・アレ?ん?なんか、マズッた気がする。

OK.落ち着け。今の存在Xは、他社に、たたき上げ技術職を大量に引き抜かれた時の人事部長並みに危険だ。
状況は把握。
対応も、検討。

「ならば、その状況にぶち込めば、貴様でも、信仰心に目覚めるのだな?」

いや、その結論は端的に過ぎませんか?
落ち着きましょう。確かに、私は、進みすぎた科学は信仰を曖昧にすると言いました。
ですが、神様。落ち着いてください。そう、落ち着いて。

ですから、神の恩寵を実感出来れば、問題ないのです。
いえ、もちろん、わかりますよ?こうして、我々を管理していただいているのは、良くわかります。
ええ、わかりますから、その手を下していただけますか?
それと、戦争を知らないというのは、誤解でして。

「今さら、媚びても遅いわ!」

いや、主よ。思い出してください。
魔法使いなる人種は、この世界にいませんし、自称しているやつらは神を信じておりません。
魔法の存在だって、そう言うものですよ!

それに、性欲は男女、関係なくあるものにきまっています!

「もう、良い。分かった、ともかく、試してやる。」

「はい?」

「貴様で試してやろうというのだ!!!!」



んで、

「おんぎゃーー!おんぎゃーー!!おんぎゃーーーーーーーーーーーーーーーー!!??」(どうして、こうなった!?)

コンクリの上、何故か、バスケットの中で、身動きできずに泣く羽目になっていた。
まさに、劇的な運命。ついでに言うと、良い笑顔の自称神のサムズアップが眼をつぶると瞼の下に。
何?コミカルで、最高に、MADな一生を送れ?
どうしろと?
いや、テンプレなのか?
そうか、そうなのか?
いやな予感しかしないのだが。






おーけ、落ち着け。戦場では、慌てた奴から死んでいく。いいか、生き残るのは、臆病で冷静な奴だ。
だから、恐怖は抱いて良い。だが、落ち着こう。
うん、身動きできん。そして、先ほどの会話を思い出そう。

『その原因は、貴様の場合は、科学の世界で、男で、戦争を知らず、追い詰められていないからだな?』

ここは、科学の世界ではなく、魔法の世界で、
相互確証破壊理論で、平和だった世界ではなく、戦争の真っただ中で、
ひょっとして、股間の例の戦友がいない世界なのだろうか?


いや、落ち着け。
うん、ロールズの正義論を出したはず。
ついでに言うと、持たざる者になりたくないと・・・。


「おぎゃぁあああああああああああ!?」




さて、皆様に近況報告をば。

我が名はターニャ・デグレチャフ。命名は、信じるならば、神と称する存在Xによる凶行。
うん、この前ターニャさんなる人物、対物ライフル、デグちゃんに撃ち抜かれてましたよね?
いや、さすがに中二アニメは、嗜んだ程度なので、はっきりとは覚えてませんが。
死ねという悪意を感じるのですが。
ちなみに、なぜ、名前がわかるかというと置手紙が。
絶対、この世界では存在しないハズの両親が、僕を捨てる経緯を涙ながらに記した手紙にお名前が。
発見した人達曰く、良いお名前だったので採用とのこと。

うん、孤児なんだ。
それも、捨て子。

パパは軍人。
うん、戦死しているらしいのだ。
で、ママは、パパと婚姻前にみーを身ごもったと。
そして、ママンの、パパンに責められて、哀れ、僕は捨て子になりにけり。
そして、やっぱりちょくちょく耳にする限りでは、ここは、魔法の世界なのだ。

2歳の誕生日(なんでも、生後1歳の誕生日に捨てられたらしい。)に
僕を抱き上げた院長さんが、手紙を読んで、くれた。
意味は分からないだろうけど、貴女のご両親は、決して貴女を見捨てたのではないですよ云々と。

心温まる思いですた。
本当に、ありがたく、思わず、涙を流してしまいました。
マジ、マジで勘弁してください。

・・神様、ごめんなさい。謝るので、許してください。
許してくれませんか、そうですか。
そう思いつつ、今日も今日とて、孤児院でシスターたちの有りがたいお祈りに交じる2歳児。

うん、ごくたまに、すごくごくたまに、忌々しい気配がするんだ。
なんか、すごく不本意極まりない上に、むかつくことこの上ないけど。
でも、交渉するには、まずなにごとも、交渉相手を見つけなくてはならない。
だから、嫌でも、嫌であっても、とにかく相手をしなくてはいけない。

いや、よちよち歩きだから、年配のシスターに抱いて連れてきてもらっているのだけどね?
取りあえず、コミュニケーションの重要さを良く理解した。
ひたすら、大泣きして、聖堂の前で泣きやみ、中に入るとようやくね?
言葉一つとっても、口が動かない。
『聖堂に入れてほしい』なんて、『せ』がはっきりと発音できずにつまずく始末。
ほんと、うん、死にたい。
いや、誰だって幼少期の記憶をなくしたいはず。
まともなら、おしめ一つとっても屈辱ものだ。

しかも、なんか、呪いでもかけられている傾向がある。
間違いなく、悪意によってだが、この世界の魔法の才能が与えられているらしい。
それも、中途半端に。
そう、中途半端に。
大切だから、二回言ったが、そう、この世界はワールドアットウォー!!!の可能性が濃厚なのだ。

でね、どうも、この世界、というか、私の生まれた国は、帝国で、拡張主義国家で、ついでに、軍国主義らしい。


うん、大事な事だから、繰り返して言わせてもらおう。
軍国主義国家なんだ。それも、国民皆兵制で、男女平等主義という、妙なところだけリベラルな。
またの名を、男女が平等に、徴兵される世界ということである。

そして、帝国は、周辺国と同盟を結んだり、戦争をしたりと、とにかく、戦争が大好きときた。
もちろん、国民は、平時には兵役を2年済ませれば、御役目ごめんとなるけどね?

いやいや、この世界、かなり、生存のハードルが高い。

私のような、知的インテリゲンツィアが、生き延びるのには、組織が必要なのだ。
忌々しいことに、文系の身では、技術職と異なり、腕一本で食っていくのは、難しい。
まあ、この世界の技術体系が、私の知るそれとかなり異なっているようではあるが。
ともかく、今から、理系に転向するならば、それ相応の教育を受けねばならない。

そう、教育だ。

だが、教育を受けるというのは、生活が安定していなければ、ならないのだ。
この、孤児院は、所謂宗教系の団体が善意で経営しているとはいえ、極めて貧しい。
養子の貰い手が見つかるか、義務教育の小学校に相当する学校を卒業すれば、自動的に卒院だ。

それから先は、自前で生活していかねばならない。
うん、この世界は、児童福祉とかに優しい世界ではないのでね。
授業料一つとっても、頼る大人のいない子供一人、それも言いたくないが、幼女では、払えるものじゃない。

必然、低賃金労働者にならざるを得ない。

ところが、戦争ばかりやっていると、世の中は、不景気。
植民地では、多少景気が良いとのことで、一旗組が、よく出ていくようだ。
・・・大半は、夢破れて、没落し、ごくまれに一部が成功するだけのようだが。
ともかく、こんな世情だ。
仕事一つとっても、そうそう、簡単に有りつけるものではない。

たとえ、魔法の才能があっても訓練せねば、使い物にならないのは、当然のこと。
魔導師の給与水準は、極めて高いとはいえ、それは、教育投資費用が莫大だからだ。
一介の孤児に用意できる額では到底ない。

つまり、現状では、宝の持ち腐れ。

ところが、世の中には、奇特な学校があってね?
授業料は、全額無料。
衣・食・住が保証されて、これも、無料。
在学中の医療は無料で、最先端治療が24時間受けられる。
高価な教材も使い放題で、魔法の教育にも極めて熱心。
その他の教育も、帝国どころか、この世界でも有数の高水準。
教師陣も、帝国の優秀どころがかき集められている。

それに飽き足らず、学生に、給費まで、支給される学校があったりする。

この、就職氷河期において卒業生の就職率は100%。
もちろん、社会のエリートとして受け入れられる。
一度、この学校を卒業してしまえば、天下り先まで、約束されるというから、破格の待遇だ。
しかも、頑張りによっては、大学へも、さらに好待遇の条件で入れてくれるという。
内容も、完全な、実力主義。
望めば、他国の大学に、留学に行く費用も成績次第では出してくれるという。


こんなに、素晴らしい学校だが、何と世界各国にあるというのだから、世の中は上手くできている。

ちなみに、我が国にあるのは、そのままである。

帝国軍士官学校である。





・・・・・・軍国主義国家に、転生させられる。
そして、将来の進路が、士官学校一つしかないような、条件。
ああ、一応、陸か海か空か、魔導か、選べるらしいが。


うん、これは、戦争があると考えるほかにない。
そして、たぶん、士官学校にかなくても、戦争になる。
で、戦争になれば、当然、帝国臣民は、戦争にとられる。
つまり、一兵卒として、お国のために、行ってこなくてはいけないのだ。




神よ、我を、見捨てたもうたか。
それとも、神なぞそもそもいなのか。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
本作は、ネタとネタと、純然たる趣味によって形成されております。
誤字もあったりします。
修正しました。
ZAPしました。



[24734] 第一話 学校生活
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/22 18:35
やあ、平和な日常から、戦場報道を見て、ひどいねとつぶやき、ランチに戻る常識人諸君。
おいしく、楽しい、ランチの最中に、このように泥まみれで薄汚く、硝煙臭い軍装で誠に失礼。
時に、紛争地域の原油で、他国船舶で、飢えている国々から輸出される原材料で食べるランチとはおいしいのだろうか?

まあ、おいしいのだろうね。
飽食万歳といったところかな?
ああ、気を悪くしないでほしい。
別段、嫌味を言うつもりはなかったんだ。

いかんせん、我々のランチは、泥まみれになって演習場で食うレーションか、スパムばかりでね。
もちろん、純国産だ。多国間で輸入封鎖を喰らっている地域で、外国産のものは、まあそうない。
こちらの同盟国との貿易もあるにはあるが、食糧の優先度は果てしなく低い。
なにしろ、自給できるのだ。必然的にだ。希少資源や原油が優先されてしまうということにすぎない。
要するに、バリエーション豊かな食事とは、程遠い生活なのだよ。
唯一の利点は、風情ある大自然の中で、虫達の鳴き声を聞きながら、食べられるということくらいだ。
虻や蚊が、たくさん湧いている野戦演習場を風情というならば、だが。

まあ、そんなわけで、少しばかり羨ましいと思っただけなのだよ。
気にせずに、お食事を続けてくれれば、幸いだ。

では、始めまして。ターニャ・デグレチャフ魔導少尉候補生だ。
なんと、クソッたれの軍隊め、8歳児を、帝国軍魔導士官学校に入れやがった。
てっきり、義務教育が終了するまでの余裕が有るかと思っていた。
なんでも、戦時特例だそうで、魔導師の強制徴募対象となるのが嫌なら、士官学校しか選択肢がないと。

連中、小学生くらいの子供にすら、軍事教練を始め出した。
魔導師適正の高い子供は、子供であっても幼年学校という名目で、囲い込む気が満々である。
ちなみに、笑うほかにないのだが、幼年学校には、入学資格として年齢制限がある。

だが、士官学校にはないのだ。
ある意味では、実力主義ここに極まれりとも言うほかにないだろう。
ちなみに、軍幼年学校をでても、士官にはなれない。
つまり、兵となるか、士官となるか、この年齢で魔導師は決めろと言いやがるのか?

まあ、自分の適性の中途半端な高さを呪うことにしよう。
主よ、存在Xに呪いあれ。つまり、神が、存在Xであれば、自分を呪われたし。
違うのであれば、神を詐称する奴に災いあれ、というわけである。

今すぐにでも、何とか、この狂った世界から抜け出したいが、そうもいっていられないらしい。
そういうわけで、士官学校の試験に飛び込み、無事合格というわけだ。
曲がりなりにも、中身がそこそこにはエリート出ということもあって、さすがに、この程度は受かるよ。

なにしろ、本気でこれしか選択肢がないとわかれば、人間どんなことでもやれる。
まして、子供の頭というのは、学習機能に関して天才的なのだ。
幼児は、全員天才だと、改めて痛感せざるを得ない。言語一つとっても、幼児は、勝手に習得できるのだ。


まあ、そういうわけで、楽しい楽しい魔法のお勉強だ。
極論からいうと、生まれ持った才能依存の誤魔化しとも言うのだが。

なにしろ、個々人の魔力絶対保有量は、個人の魔力保持可能量に依存する。
まあ、タンクにどれだけ入れられるかということである。

そして、魔力の供給は、個人の魔力生成可能量による。
ようは、タンクにどれだけ給水できるかということである。

で、魔力放出量は、一時に行使できる魔法の規模を決定する。
つまり、タンクから、どれだけ最大量水を出せるかということである。

生まれ持った才能依存というのは、要するにタンクとホース、それに、給水力は、変えられないということにある。
無論、運用によって、生まれ持った差をカバーすることはできる。
だから、我々は、それを運用によって誤魔化す教育を受けるのである。
だが、適性が高い方が、有利であるのも、紛れもない事実。

故に、魔導師の戦力化に際しては、魔力による事象の発動を、効果的に行うべく、演算宝珠が重要となる。
世界に干渉し、変化を強制的に惹き起こす魔法。
その干渉力を最大化するために、最適化する演算宝珠は極めて重要な要素だ。

演算宝珠抜きでは、人体発火や、不思議パワーでテレビを騒がす程度の干渉しか世界には行えない。
逆に、適切な演算宝珠と一定以上の魔力があれば、個人で重火器並みの火力を行使し得る。
この発見は、この世界における軍事革命とも言うべき大発見であった。
当然、魔法という、これまで否定されていた概念の再評価と、魔力保持者の捜索が各国で行われるようになる。
これが、だいたい150年程前の話である。
まあ、ここら辺は、さほど重要でない魔力理論史や、魔力‐人体相関論の専門なので、促成教育に伴い省かれている。
興味があれば、図書室で漁ればよい。

それほどの、ものだ。
演算宝珠の価格は、品質による差があるにしても、極めて高価なものとなっている。
我々、魔導士官候補生に支給されている量産型一つで、我が軍の主力戦車並みの価格。
量産型でこれだ。個人向けにカスタマイズされた代物など、戦闘機並みの価格という。
まして、初期の演算宝珠は、あまりにも高価すぎた。
ゆえに、各国ともに研究にこそ取り組めども、本格的な実戦での運用となると、及び腰にならざるを得ないでいた。

例外が、列強としては新参格に相当する帝国である。
もともと、軍事大国として名高い国家であるだけに、その潜在的な可能性を高く評価。
むしろ、積極的に投資、研究に勤しんだ。
結果は、今日でも帝国が魔導戦力における優越を確保していることからも明白だ。
最も先駆的に魔導師を実戦投入した事で、投資に見合うだけの配当を手にしている。
それほどまでに、バルミラ極地事件、カラドニア半島介入戦争などの最初期における魔導師の軍事的戦果は絶大であった。

極端な例えだが、最も優秀な魔導師一人で、小隊から、中隊を一人で相手取れるのだ。
機動性は、歩兵でありながら、機械化部隊並み。
費用対効果を考慮しても、帝国の先見性は間違いなくあった。
・・・少なくとも、帝国軍魔導士官学校はそう主張している。
加えて、列強各国もそれ以来、なりふり構わず、魔導師の戦力化に励んできた。

では、そんな世界の戦争だ。
さぞかし、リリカルで、ファンタジーかというと、実に合理的にできている。
可能な限り、魔導師の能力を均質化し、戦力として、汎用性を確保しようという努力は涙目めぐましいほどである。
わざわざ、陸軍と分離した形で、空軍に続く第四軍として魔導軍があることを思えば、其の程が分かる。


だが、問題点が二点ある。
まず、個人差が大きいのだ。どうしても、個人技の範疇が大きい。
さらに、魔導師の絶対数が、少ない。
なるほど、かき集めれば、数個師団、或いは、無茶をすれば軍団程度は、編成できるかもしれない。
だが、それが限界なのだ。それでは、全面戦争はできない。
100万の予備戦力を持つ相手国がいるとして、せいぜい2~3万の魔導兵だけでは、物量に蹂躙されるのみだ。

当然、通常の質量兵器が飛び交う世界で、時たま魔法が飛び交うという何とも夢もかけらもない戦争が繰り広げられる。
そして、帝国は、戦争が大好きだが、どうも発想が私の世界で言うところの一次大戦型だ。
つまるところ、機械による生身の虐殺が、待ちかまえているか、二次大戦のようにボロボロにされるかだ。

世界中で、小競り合いが頻発し、各列強の代理戦争が前哨戦として始まっている。
一応、帝国と各列強は名目上中立関係ではあるが、情勢はいよいよ緊迫してきた。
神と、悪魔も、もうすぐ大忙しとなるような、とにかくろくでもない世界の蓋が開きかけている。

そんなご時世だ。
士官学校の教育を時間をかけて何年もと、ご丁寧にやってくれるはずもない。
情勢の悪化に伴う、短期促成というやつだ。
本来は、4年かけて行う教育を、なんと2年でやるという。
それも、魔導師としての訓練と、陸軍部隊との協同の関係上不可欠な陸戦に関する教育込みでだ。

一年目に行うべき普通学、つまり物理・数学・語学・一般教養は、なんと任意学習対象ときた。
さすがに弾道計算や魔導処理係数程度はやるにしても、公式を叩きこまれ、あとは実地だというではないか。
体力育成を兼ねて、野外演習に、魔法理論を、一年目で、徹底的に履修。
最後の、2か月ほど隊附という名目で、野外行軍の一環と称して国境付近の陸軍部隊で研修。
不幸な誤射や、偶発的な暴発事件が頻発する愉快な、国境音楽を子守唄にトーチカの薄暗いひと隅で死んだように眠る2か月。
これにて、二号生から、一号生に進級となるわけだ。

その後は、より高度な戦術的指導や、各種技術の研鑽と、二号生の指導というわけである。
ここで、部下の扱い方をまなび、あるいは、魔導師としての専門的な戦闘技術を身につけることとなる。
そして、実質的に陸軍の指揮系統に組み込まれることになるため、2ヶ月ほどは陸軍士官学校で最終課程を行う。
これで、陸軍側の試験に合格できれば、晴れて、教育が完了することになる。
この2年の教育を完了すれば、どうなるかと言えば、栄光ある帝国軍魔導少尉殿に任官できるという次第。

どういうことかと言えばだ。
9歳児の先任少尉候補生様として、英雄願望の間抜けどもを、教育しなおすという、大変ありがたい職責を賜ったのである。

そんな、時間があれば、自分が生き残るための研鑽をしたいので、正直迷惑極まりない。
しかし、微妙な問題として、私は比較的成績優秀な少尉候補生として、この任務を与えられている。
つまり、より上級の選抜将校としての、資質をテストされている身でもあるのだ。

率直に言うと、連中がいつ死のうが、私の知ったことではない。
だが、連中の統率を失敗すると、私に無能の烙印が一つ押され、その分、価値がないとみなされるわけだ。
そうなれば、生存率に良からぬ影響がもたらされることとなるだろう。

「栄光ある帝国軍魔導士官学校の狭き門を潜り抜けてきた、諸君。合格おめでとう。」

貧しくとも、ただで学べるうえに、給料さえもらえる素晴らしい環境だ。
当然、競争率は軍が小競り合いで死者が出ていようと関係ないようだ。
自殺死亡者どもか?選択肢がなくて、ここに消極的選択として入ってきた、私と同じ口は何人いる?
まあ、うん、学歴エリートの仲間入りおめでとう、と言ったところだろう。
落ちこぼれたら、相当悲惨だが。

「私は、諸君ら二号生の指導先任となるターニャ・デグレチャフ一号生である。」

本来ならば、四号から始まるべきにもかかわらず、促成教育とのこと。
ここにいるのは、わずか2期分に過ぎない。
だから、こんなにも、不慣れで、遣りたくない仕事を、気がつけば遣る羽目になっている。

しかし、教育任務に従事する私の同輩は何人くらいだろうか?
命令とあれば、即座に行動。軍の原則というだけのことはある。
先立って、私が指導先任となることを教えられたのは、つい1時間前だ。
本当に、嘆かわしいくらいドタバタしている。

「はっきりと言おう。我々は、実に困難な情勢において、常に最良の結果を求められる。」

というか、死ぬような戦場に行きたくない。
捨て駒にされたくなければ、私は、常に帝国にとって惜しむに足る価値を提示する必要がある。
人事の発想は、究極的には費用対効果だ。
軍隊の評価とは、極めてしまえばコストの発想に近いものがある。
要するに、ここで使い捨てても惜しくないか、最後まで使いたいかだ。
まあ、兵隊を使い捨てとはさすがに思いたくないが。

「だが、安堵してほしい。我々は、貴様らに期待しない。だから私としては、望む。私を絶望させるなと。」

名目上、指導する義務があるが、これは率直な意見でもある。
自分の身を守ることが最優先。諸君が、弾よけにでもなってくれるならば、大歓迎。
せいぜい、無能で無いことを期待したい。

というか、足を引っ張らないでいてくれればベターだ。
出世に役立つなら、ベストと表現してやるが。

「断わっておくと、私の使命は、帝国軍の防疫である。すなわち、無能という疫病を、帝国軍から排除することにある。」

大学の教授に偏屈なゼミ指導で有名な教授がいたが、今ならお気持ちがよくわかる。
無能な学生、それを社会に出すことで、自分の評価がどうなるかわかるのだ。
当然、間引くにきまっている。その程度も間引けないと、評価されたくはない。

「かかる情勢下において、帝国軍に無能が蔓延するを許すは、罪ですらある。」

ついでに言えば、ここで建前論を言っておくことは、保身にもつながる。
軍事国家で、国家への忠誠心を疑われるほど厄介なことはない。
さすがに、帝国に政治将校はいないとしても、面倒事は避けるべきだろう。
逆に、忠誠心が確かだと認められれば、後々生き残りやすい。
敗戦後は怖いが、だからこそ負けられないし、ついでにいうならば、そこまで生きていられるかが先だ。

「諸君は、48時間以内に、私の手を煩わせることなく、自発的に退校可能である。」

居並ぶ新入生を、何とも無しに見やりながら、できれば、有能、無能関係なく、減ってくれることを祈りたい。
有能すぎれば、競争相手になり、無能すぎれば、足を引っ張る。
まあ、有能な分には、我慢もできるが。
本当に、救い難い無能は、今後の私の評価に悪影響を及ぼしかねないので、なんとしても排除する必要がある。
早期自発的退職を募集するようなものだ。

「誠に遺憾ながら、48時間有っても、自分が無能であると判断できない間抜けは、私が間引かねばならぬ。」

誠に、遺憾ながら大半の新入生は、10代後半である。
すなわち、それほどの年月がありながら、自分が有能か、無能かの正常な判断ができないアホもいるわけである。
まあ、見た目ようじょにこれほど悪しざまに罵られているのだ。憤っている連中が多数いるのが、正常な反応。
とはいえ、馬鹿ばかりだというのがよくわかる。子供ではないか。戦争に連れて行って何が楽しいのだろうか?
つまるところ、これは愚痴に過ぎないが、それでも言いたい事として、口に出てしまう。

「まあ、ヴァルハラへ行くまでの短い付き合いではあるが、新兵諸君、地獄へようこそ。」

まあ、できれば、諸君が行くまでの間、となるのが一番理想的ではあるが。
ともかく、歓迎しよう。新しい新入生に多少愛想を振りまいておくのも重要だ。
かつては説明会の後で、少々無感情すぎると上司から注意されたものだけに、一応気を付けたい。
嫌われ過ぎると、下手なところで、足を引っ張られるのが、人間社会なのだから。

視点変更:一般

「栄光ある帝国軍魔導士官学校の狭き門を潜り抜けてきた、諸君。合格おめでとう。」

あれほど、淡々と祝われては、言祝がれている当事者達が、それと気付かないのではないか?
そう、おもわず益体もないことが、頭をよぎるほど、彼女の第一声は平坦であった。
成績だけ見るならば、優秀な生徒だ。

やや、理論よりも実践を重視する傾向から、微妙に評価が難しい。
しかし、席次こそ、第3席だが、首席との点数差はわずかに3点。
長距離非魔導依存行軍と、近接格闘演習以外の教科では、彼女が常に一つ頭飛びぬけている。
体格や、そもそもの年齢を考慮すれば、実質的に首席と言ってさえよい。

そう、評価は難しい。
9歳児として、天才であると評すべきか、9歳児にして、完成しているというべきか。
ともかく、必要な水準を満たしてはいる。

おそらく、彼女は必要とあらば、明日からでも現場に出せる。それほどまでに、完成されているのだ。

間違いなく今と同様に、唐突に小隊や分隊を与えられても、動じることなく掌握するだろう。
というか、既にした。やってのけた。

今さらながら、本当に、9歳の餓鬼かと、思わず教官達で頭を抱えるだけのことはある。

魔導師の精神は概ね早熟だとしても、これは異常だ。
普通、大多数の見ず知らずの人間の前で、前準備なしでのスピーチ。
確かに、士官ともなれば、これは当たり前に行うべきことだ。
しかし、間違っても士官学校の生徒が慣れているようなことではない。

「私は、諸君ら二号生の指導先任となるターニャ・デグレチャフ一号生である。」

彼女は、なんだろうか。
そう、我々の教え子である、一号生だ。
しかし、我々は彼女を教えているという実感がない。
まれに前線研修で人が変わるという話は聞くが、この一号生、二号生の時からなんら変わらない。
つまりは、これが地なのだ。

「はっきりと言おう。我々は、実に困難な情勢において、常に最良の結果を求められる。」

そう、情勢が悪化しているのは、周知の事実。
だが、彼女ほど、そのことを深刻に受け止めている人間は、現役でもさほど多くはない。
研修先の陸軍部隊からは、陸軍大学への推薦状が二号生の時点で送られてきている。
曰く、今すぐにでも、陸軍に欲しい。

「だが、安堵してほしい。我々は、貴様らに期待しない。だから私としては、望む。私を絶望させるなと。」

有象無象を眺めやる視線は、なにがしかの矜持をもつ新兵ならば、反発するに足るだろう。
過酷な教練を乗り越えるためには、その何くそという反発が大きな力となる。
自分達も、新兵のころは指導軍曹を鬼か悪魔かと思い大いに恨んだものだ。
それを、思えば彼女の演説は新任どもを迎える上で、最適の選択をしている。
だが、今さらであるが、自分と年が変わらないどころか、幼い少女だ。
それを為しているということを、二号生は理解できていないのだろう。

「断わっておくと、私の使命は、帝国軍の防疫である。すなわち、無能という疫病を、帝国軍から排除することにある。」

だが、これは、彼女の嘘偽りなき本心だろう。
新入りの彼女を侮った当時の指導先任である一号生は、今や使い物にならない廃物とされている。
戦略・戦術理論で、新入りに足を取られて、教官から苦言を言われた。
総合分隊対抗演習で、洗礼を浴びせるべき一号生が、二号生の分隊に打ちのめされるという最悪の記録を刻まれた。
極めつけには、魔導師として、条件的優位にありながら、教導演習で一方的に弄ばれた。

自我のつよい人間が、発狂してしまうには、十分すぎる条件だった。
なによりも、当時の指導先任生を発狂させたトリガーは、彼女が、彼をそもそも歯牙にかけないことだった。
彼女にしてみれば、彼は、無価値であり、同時に、積極的に排除するほどのものでもないという認識。

「かかる情勢下において、帝国軍に無能が蔓延するを許すは、罪ですらある。」

まさしく、彼女は有能極まりない防疫官であった。
帝国の利とならない、無能は排除し、弾よけ程度は、容認する。
無能を蔓延させるは、罪だというのも完全な本心だろう。
費用対効果の概念に、実に忠実だ。・・・忠実すぎるほどに。

「諸君は、48時間以内に、私の手を煩わせることなく、自発的に退校可能である。」

低能がいるとすれば、48時間の意味を知らない間抜けくらいだろう。
入学後、48時間に申し出れば、入校辞退と同じ扱いになる。
つまみだされるのと、辞退を申し出るのでは、全く意味合いが異なる。
覚悟なきものを、選別するという意味にいては、まあ、配慮された制度だろう。

「誠に遺憾ながら、48時間有っても、自分が無能であると判断できない間抜けは、私が間引かねばならぬ。」

遺憾と言うが、彼女は、仕事と判断して、一切情け容赦なくやりかねない。
むしろ、其の手間を惜しむかのようだ。いや、そうなのだろう。
どうも、彼女は、極端だ。
矯正できる可能性を、評価せずに、費用対効果なしと判断すれば、すぐ切る傾向がある。
教育者としては、微妙だろう。
実戦指揮官向きなのかもしれない。
確かに、前線では、無能は最悪の悪夢を味方にもたらす。

「まあ、ヴァルハラへ行くまでの短い付き合いではあるが、新兵諸君、地獄へようこそ。」


視点回帰:デグレチャフ

さて、士官学校の一日とは、清掃に始まり、野戦演習その後の用具整備で終わる。
極端な事であるが、促成教育で求められるのは、実戦的な士官である。
当然、おかざりでなく、実戦で戦える事が求められる。
どこまで、達成できるかという問題はあるにしてもだ。
だからこそ、徹底した教育が追求される。
そのため最近では、教育プログラムがより実戦的になりつつあるという。

例えば、一号生になって、最初の山場が、銃殺隊だ。
社会の屑と上層部が判断した、標的。つまりは、死刑囚を我々候補生が処刑し、二号生は楽しい見学タイムとなる。

本日私は、自分の分隊を率いての、第二回目の銃殺隊である。
といっても、前回同様、教官の指示に従って、発砲するだけであるが。
的となっているのは、連続婦女暴行殺人犯。
検察、弁護の双方が、事実認定ではなく、被告の精神状態と情状酌量で闘争したというから、真黒である。
だから、こうして、我々の下に送られてくるわけであり、私が銃殺隊を指揮している。

ちなみに、こう言ってはあれだが。
経験談として言うならば。一回目は比較的楽だ。なにしろ、死刑にふさわしい犯罪者だと自己欺瞞できる。
引き金は、随分と引きやすい。だが、そのあと、自分達で撃った人間を、殺したのだと実感させられる。

なぜ、その日に限って朝食が軽めのものになっているか、よくよくわかるというものだ。
貴重な食料を、大地に還元する間抜けどもに喰わせるのは、確かにおしい。
軍隊とは、どこまでも、合理的な発想を重んじる組織であるということが、良くよくわかる。

加えて、長距離襲撃訓練は、抜き打ちで発令されるが、夕食が、妙に豪華であると、それがシグナルだ。
最後の晩餐、というわけでもないが、さっさと飲み込まなければ、食堂にやってきた教官殿の指定する時間に間に合わない。

本題にも戻ろう。
今日は、分隊で、死刑執行という実に精神衛生上愉快になれない仕事を行うわけである。
午前中の戦術論は、上の空になるのも、無理はないと言いたい。

「おい、デグレチャフ一号生。想定条件、攻勢。この状況で半包囲下におかれた部隊の取るべき戦術を述べよ。」

「はい、中央突破、背面展開、包囲殲滅が最適であります。」

どこぞのグータラ元帥ぐらいしか、やってのけられる人間はいないと思うのだが。
ブラックホールを背水にするのは、戦術であってもやりたいものではない。
まして、敵前でやれるかと言われればノーだ。
まあ、紅茶党は趣味が悪いから、麗しき珈琲党としては、真似すべきでないのだろう。

「状況防衛、かつ敵戦力が優勢の場合。」

「はい、一点突破による離脱、もしくは遅延部隊を設け、後退を推奨致します。」

最大のロマンは、当然島津さんちのまねごと。
関ヶ原からでも敵中突破は不可能じゃなかった。イエス、ウィ―キャン。
捨て奸は、エグイよね。人間業じゃないと思う。
理論上ならば、いくらでも選択肢がある。

「貴様が、分隊指揮官であるとする。この状況下での遅延戦闘の本旨は?」

分隊指揮官?
随分と、選択肢が乏しいシチュエーションである。
たぶん、指揮官に任官するとすれば、確かに分隊指揮官から始まるから、序の口としては当然か。

「はい、狙撃戦術が最適かと判断します。」

一人の犠牲で、みんな、特に自分が逃げられるのだ。
美辞麗句を尽くしてでも、これに限ると思いたい。
もちろん、全体には、そんなことは言わないが。
部隊と命運を共にする?お断りだ。給料くれる分以上の貢献は、する気がない。

「想定を追加、撤退が許可されない場合。」

「はい、敵の損害最大化、もしくは敵拘束時間の極大化のどちらかを戦術目標に設定していただきたいと思います。」

死守するなら、理論上は、敵に損害が大きすぎて、攻略を別の方に向けさせるか、拘束戦をするかだ。
当然、最後の最後で、降伏するし、指揮官の私は最後まで生き残るつもりであるが。
言うまでもないが、敵の捕虜となるのは、敵の物資を浪費させ、補給線に負荷をかけるためだ。
ようは、生き延びたい名目だけどね?
逆に拘束するだけなら、ひたすら守ればよい。
排除したい地点に拘束するというだけで、大きな戦果なのだ。

「何れの場合も述べよ。」

「はい。敵損耗最大化を目的とする場合、伏撃より混戦に持ち込み優勢なる敵支援投射能力の無力化に努めつつ、近接にて刺し違えます」

半包囲されるということは、要するに敵の支援火器になぶられるということを警戒する必要がある。
ならば、混戦こそが最も敵にとっては望ましくない戦闘だ。
なにしろ、誤射を恐れずに発砲し、こちらもろとも優勢な敵軍が吹き飛ぶか、泥沼の消耗戦かを敵に強要できるのだ。

「そして、敵拘束時間の最大化でありますが、少数の部隊を殿軍とし、ゲリラ的に出血を強要する戦術を採用します。」

具体的には、島津@関ヶ原である。捨て奸舐めると、撃ち抜くよ?
あの戦術を魔導師がやると、敵拘束は完全に目標を達成し得るだろう。
一人で、下手をすれば一般の歩兵中隊並みの戦力が分散して、遅延防御に努めるのだ。
突破には最大限の戦力を必要とし、多方面で戦力を展開する必要があるために所定の拘束は達成し得る。
なにより、島津とて、関ヶ原から主将は生き延びている。
私も、その過去の成功にあやかりたいものだ。

「・・・大変結構である。」

しかし、微妙に気になるところがある。
生き残り、存在Xに報復するためにも念を押しておくべきことだ。

「教官殿、質問をよろしいでしょうか。」

「かまわん。なんだ?」

「はい、半包囲下におかれるという想定は、攻防戦でありえる設定であります。」

例えば、一番ポピュラーな浸透強襲における第一挺団のような例だ。
第一挺団は戦線を突破し、突破力を消耗した際、後続の到着まで耐えることが求められる。
だが、それは友軍部隊が存在する戦場で、複数の連携を前提とした過程だ。

「その通りだ。一般的に、部隊の孤立は忌むべきではあるが、ままあることである。」

突破破砕射撃で粉砕でもされない限り、突破戦において、一時的に孤立することはままある。
だから、半包囲下で持久せよという、想定は士官ならば、ごく当たり前にやらされる命題といえよう。

「はい、ですが、敵が優勢、かつ後退が許されない状況とは?」

だが、敵が優勢、かつ後退が許されない状況というのは、微妙な想定だ。
たいていの場合、殿軍やそれに準じる形式とならざるを得ない。
少なくとも、攻勢に転じるまでの遅延防御ではなく、攻勢下での耐久とは、負けている側の軍隊だ。

「なにが、言いたいのかね?」

「はい、死守命令が、下される状況は、どの程度ありえるのでありましょうか。」

できの悪くないオツムは、この子供の体故に大量のエネルギーをどうしても必要とする。
だが、解答は導き出せる。最も一般的な予測は、我が軍が不利になりつつあるということ。
しかし、未だ列強間での本格的な衝突が始まっていないこの現状で、その予測はどこからくる?

「珍しいな、怖気づいたのか?」

っ、要するに、頭でっかちであることを見破られて?

顔面が、思わず強張りそうになる。
ばれたら、発覚したら当然戦意過小との評価で、内申に響く。

「はい、いいえ。教官殿。」

声は、震えていないだろうか?
最大限、平静を装っているつもりだが、動揺を表に出すわけにはいかない。
相手の眼を、耐えがたきを耐える意志で持って睨み返し、内心の動揺を糊塗せねば。

「・・・ならば、よし。」




誤字ZAP
ZAPだ!



[24734] 第二話 良い一日。
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 00:29
視点:一般(教官)

銃殺隊を、士官学校候補生に行わせるのは、何故か?
彼らが、実際に戦地に赴き、殺人を行うことが、確実に見込まれるからである。
だから、前線に準じる国境警備研修で、硝煙の香りを嗅がせる。
その匂いを復習し、定着させるために、わざわざ銃殺を執行させるのだ。

「おい、デグレチャフ一号生。想定条件、攻勢。この状況で半包囲下におかれた部隊の取るべき戦術を述べよ。」

「はい、中央突破、背面展開、包囲殲滅が最適であります。」

だから、この時期に多少なりとも、多くの士官候補生は動揺する。
人を殺すということの意味を、考えすぎて、壊れかけるのだ。
生命を奪うという事は、本質的にそういうものだ。
どの動物が同族殺しを積極的に行おうか!
まさに、人間の呪われた特権としか思えないような代物だ。
いや、だからこそ、我々は殺人という行為の忌避感を乗り越えさせねばならない。
だが。平然とした表情のデグレチャフは、淡々と自明の解答を読み上げるように応じてくる。
学業に逃げる秀才、というのではない。過去の経験からいって、そういう連中はどこか思いつめた口調になる。
だが、彼女は、明日の食事を伝えられて、知識として了解しつつ今日を過ごすにはさしたる影響も無しという態度。
むしろ、無意識のうちに奴は嗤っている。
やってのけると言わんばかりに、気さくな雰囲気なのだ。
いや、奴にしてみれば、銃殺を命じられる意図を理解しても、意味が理解できていないのかもしれない。

私自身、激戦区帰りの古参兵に、新兵に対するフォローをしているような気分だ。

「状況防衛、かつ敵戦力が優勢の場合。」

「はい、一点突破による離脱、もしくは遅延部隊を設け、後退を推奨致します。」

想定状況を悪化させ、貴様にやってのけられるのかという問いかけを視線に乗せる。
だが、解答は模範的かつ、迅速なもの。
まるで、軽い問いかけに応じるかのようなごくごく冷静な解答。
むしろ、これが魔導士官としての有るべき模範なのかとすら、錯覚させるほどあっさりとだ。
葛藤も、躊躇も存在していない。
つまりは、気負いがないのだ。
歩けと言われて、歩く程度、普通にできるというような自然体なのだ。

「貴様が、分隊指揮官であるとする。この状況下での遅延戦闘の本旨は?」

では、士官として最初に遭遇しうる状況でどう処理する?
国境研修で上がってきた報告は、彼女でなければ別人の報告と混同されたと断じて良い代物だった。
実質的な機会さえあれば、敵兵を前に舌舐めずりしかねない程だと所見があった。
叩き上げの中隊付き軍曹によれば、行為だけを見れば、歴戦の士官同等であり、良く部下を苛めたと褒めている。
訓練で、これほどまでに兵を苛めぬいた将校はおらず、彼女の在任中に実戦が無かったのは実に不幸だとすら記載された。
指揮官先頭の精神で、屈強な兵士が悲鳴を上げる長距離浸透訓練を、実質敵地で行う。
あれは、訓練という名目の匪賊討伐だと、報告書を見た将校は一致している。
完全戦闘装備で、夜間に、匪賊徘徊地域を、長距離浸透襲撃行程で孤立した友軍基地まで、行軍。
誰にとって幸運なのか、わからないものの、匪賊に遭遇せず。
遭遇していれば、虐殺か、屠殺か、蹂躙かの何れかだろう。
曰く、敵よりも候補生殿が恐ろしいと、良い意味で言わしめた、らしい。

「はい、狙撃戦術が最適かと判断します。」

完璧すぎる解答。
分隊の兵士たちは、訓練時、徹底した遂行能力を強要されたという。
曰く、やるか、私に処分されるか選べと。
反抗した数名の兵士は、躊躇なくライフルで撃たれている。
いや、正確な名目上の理由は、銃の暴発事故。
間抜けな兵士が、夜間行軍演習中に整備不良や、不注意で大けがをしたというだけのことだ。
本来、責任者の責任が追及されるような形式での報告だが、だれも、額面通りにそれを受け取らない。
受け取れるわけがないのだ。

・・・偶然兵士に銃口が向かった状態で、銃が何度も暴発?

それこそ、冗談に過ぎない。

この文字通り鉄血の統制によって、彼女の長距離浸透襲撃行程時には、ツーマンセルでの分散進撃ができていた。

兵士が嫌がる狙撃戦術も、彼女ならば命じれば、兵は従うのだろうと信じられるから恐ろしい。

「想定を追加、撤退が許可されない場合。」

「はい、敵の損害最大化、もしくは敵拘束時間の極大化のどちらかを戦術目標に設定していただきたいと思います。」

淡々と言ってのける。
若者特有の、軍事的な浪漫ティズムとは無縁の、ごくごく計算式に従っての解答。
戦場に酔うのではなく、唾棄しつつ、最高の解答を計算している結果としての解答。
もはや、私は、士官候補生を教えているという気にはなれない。
なにか、少女の皮をかぶった戦闘機械に語りかけているのだろうか?

「何れの場合も述べよ。」

「はい。敵損耗最大化を目的とする場合、伏撃より混戦に持ち込み優勢なる敵支援投射能力の無力化に努めつつ、近接にて刺し違えます」

生まれは、誰も知らない。
彼女は、孤児院出身であり、魔導師の適性があるがために、兵士として徴兵される代わりに、こちらに来た。
適うならば、親の顔が見てみたいものだ。
人が、この少女を産みえるものだろうか?
人以外の何かが、兵器として産むべきを誤って、人として生んだのではないのか?

「そして、敵拘束時間の最大化でありますが、少数の部隊を殿軍とし、ゲリラ的に出血を強要する戦術を採用します。」

士官学校の採点としては、決して完璧で無い解答。
敵拘束時間の最大化には、理論上は、徹底的な遅延防御が最適だとされる。
少数の分散は、確固撃破の対象であり、最もさけるべき戦力配置と、教えている。
だが、どうだ。
理論はともかくとして、実践は異なるのだ。言うは易し。だが、それを実践するのは別の議論だ。
実戦で、最も恐れるべきは、彼女の解答なのだ。
戦場で、実戦で、最も最適な解答を、彼女は教わらずとも知悉している。

「・・・大変結構である。」

このまま、前線に送り出そうとも、なんら問題なく、彼女は活躍するのではないか?
正直なところ、彼女を教育するということは、これ以上無意味なこともないように思えてならぬ。
前線帰りで、硝煙と帰り血の臭いを燻らせる野戦指揮官に、指揮官のイロハを説くように思えてならない。
だが、彼女は、貪欲な知識欲を持ち、かつ頭の回転が廻る。

「教官殿、質問をよろしいでしょうか。」

「かまわん。なんだ?」

「はい、半包囲下におかれるという想定は、攻防戦でありえる設定であります。」

そう。士官学校の教育においても、一般的に想定される事例である。
やや、乏しい事態であるのは事実だが、設問としては不思議なものではない。
そして、実戦でも、少なからずの将校が直面してきた。

「その通りだ。一般的に、部隊の孤立は忌むべきではあるが、ままあることである。」

だから、最悪を想定して、対応していることは、最悪に備えるという軍隊の性質上、誤ったことではない。
促成教育にも関わらず、この分野は削減されていないのだ。
当然、それだけ重要な戦術上の判断が迫られるという想定だ。

「はい、ですが、敵が優勢、かつ後退が許されない状況とは?」

だが、これは微妙な想定だ。
帝国にとっては、あまり望ましくない未来像を示唆すらしている。
つまりは、劣勢に追い込まれつつある帝国の有りうる未来なのだ。

「なにが、言いたいのかね?」

「はい、死守命令が、下される状況は、どの程度ありえるのでありましょうか。」

しかし、未だ列強間での本格的な衝突が始まっていないこの現状で、その予測はどこからくる?
わずかな手元の判断材料からそこまで推察したならば、異常としか思えない。

「珍しいな、怖気づいたのか?」

我ながら、うかつであった。
彼女の人間らしさが発露したと、ただ、咄嗟に誤解してしまっていた。
その誤解に安堵し、不覚にも適切でない質問を、考えればわかるようなミスをしてしまう。

「はい、いいえ。教官殿。」

冗談でも、訊ねるべきではなかった。
そう、即座に後悔する。
眼にあるのは、至誠。
疑われたことに対して、わずかながらも隠しきれない反発。
どれほどの憤怒がその胸中には渦巻いているのだろうか。
聞くべきでなかった。

「・・・ならば、よし。」

理解する。
彼女は、戦局を理解し、その上で、なお覚悟を決めている。
驚くべきことに、その対処すら考慮の上でだ。
明確な意思で持って、其の手に武器をとれる。


視点回帰:デグレチャフ


精巧な戦争機械をして、耐えがたい負荷とは何か?
実のところ、歴史的にみた場合、戦争の決定打なるものは存在せず、支配戦略も皆無である。
なるほど、ドイツはその強大な戦力を維持することに失敗した。
一次大戦も二次大戦も、ドイツは最終的な敗者だ。
だが、一つ留意しておくべき事項がある。
少なくとも、一次世界大戦時、ドイツはロシアを破り、二次大戦時はフランスを降した。
だが、経験則から補足しておくと、一次大戦のドイツ敗戦要因は、国力の限界だけにはとどまらない。
中から破れたのではないか?
精巧な戦争機械とて錆びつけば、それまでだ。

まあ、共産主義以上に軍部独裁も悪質なので、どちらもどっこいだろう。
ロシアの一次大戦敗戦要因とて、国内の情勢が主たる理由なのだから、国内を政治的にクリーンにするのは常識だ。
だから、この世界においても統治サイドがごくごく常識的に国内の潜在的敵対勢力を削ぐのは合理的。
反抗する連中を取り締まるのは、もっと自明。

当然、その取り締まられた連中に対峙するのは、国家のみが所有する暴力装置。
すなわち、私こと、ターニャ・デグレチャフ一号生が属する帝国軍というわけだ。
精確を期すならば、帝国軍憲兵司令部や、野戦憲兵隊の専門だがね。
細かいことは、実際にはどうでもいいことでもある。
なにしろ、これからそういう憲兵隊の下請け作業だ。

銃殺の指揮を執るという微妙にありがたいのか、ありがたくないのかわからない仕事なのだ。

・・・仕事は、前向きに取り組んだ方が精神衛生上望ましい。
勤労意欲もわいてくる上に、効率もそちらの方が望ましいとされる。
如何に、部下の意欲を引き出すかということも重要だが、まずは、自分からとも。

よし、善は急げ。今日できることを、明日に持ちこすな。
その視点で、考えをきり替える。
すなわち、銃殺の指揮は、人を殺すという一点からは解放されない。
しかし、直接手を降すわけではない。
そう、個々が重要。
銃殺の指揮って、良く考えると自分で撃たなくてよいですね。
考え方を変えてみればよいという結論は実に正しい。
すなわち、あいあむ無罪。
引き金を引くのは、同期の面々。
銃殺命令を出すのは、お偉いさん。
私は、ただのメッセンジャー。
つまりは、組織の一歯車。
むしろ、その潤滑油。
結論は、実に気分よく仕事をさせてくれそうだ。

「なにか言い残すことは?」

本日の銃殺対象は、筋金入りの共和主義者。ああ、共産主義者の疑いもある?
国境侵犯の上げくに、偽装した戸籍で帝都で騒乱を引き起こそうとしたそうな。
加えて性質が悪いことに越境の際、国境警備隊を襲撃し、警備兵に死者までださせている。
罪状は真黒。

「目覚めよ!何故、君達は、同じ階級から搾取せんとするのだ!」

本人は、それを恥じるどころか、堂々と述べるありさま。
要するに、信念のある男だ。
立派な男だ。資料として渡された供述調書によれば、堂々と自説を展開している。
軍上層部が搾取構造に味方し、本来は許されるはずもない皇帝専制に味方した?
本来、社会には支配構造など無意味であり、それは階級の欺瞞である?
てっきり、尋問に当たった憲兵隊が締め上げて無理やり自供させたのだろうな。
そんな風に、誤解するほどに典型的な共産主義的イデオロギーが散々記載されていたが・・・。

これは、本物のアカではないか。

「ああ共産主義者かな?なかなか、御立派な信念をお持ちのようだ。」

まったく、なかなか御立派なゴキブリモドキではないか。
しぶとさではゴキブリを上回り、自己の正義に陶酔し、周囲の迷惑を顧みないなど、道徳観はゴキブリ以下だ。
まだ、修正主義者ならば、汚泥を飲み込む程度には我慢できるというのに、これは共産主義者だ。
本物の。
吐き気を催したくなる。
自分が、相対する世界。
その中に、こういった本物の狂人どもがいるとは!!
さっさと、共産主義者同士、自己批判なり、総括なりして、自浄してくれればよいものを!

目的のためには、何だって許されると勘違いしている共産主義者?
宗教の原理主義並みに危険思想であり、連中が夢破れるまで付き合えと?

おお、存在Xめ!よっぽど無神論が嫌いと見える!!
それほどまでに、私を屈服させたいのか!
よろしい、自由意思はなによりも重要だ。
私は、私の愛する自由と権利のために最後の一歩まで譲歩することなく、不断の権利擁護に努めて見せる。

「・・・子供か。無批判になるな!自分の頭で考えよ!君は、騙されているのだ!!」

「つまりは?」

「悟れ!体制の狗だと!」

御立派だ。本当に御立派だ。
自分が正しいと信じてやまない本物どころか純正の共産主義者だ。
そんなに、みんなで貧しくなりたいならば、人を巻き込まずに自分たちで不幸を共有してほしいものだが。
なにより、ここで私に変に言葉を残さないでくれないだろうか。
これは、一種の踏み絵であり、ここで動揺すれば、御目付の教官殿から、何と評価されるか。
いや、私の名目上の指揮下にある銃殺隊への影響すら私には、マイナス評価になりかねん。
全くもって迷惑な存在だ。

「失敬な。私は、諸君が爆破し、吹き飛ばそうとした無辜の市民を守る軍人だよ。」

故に、私は反論せねばならない。
これ以上、このゴキブリに囀られる前に、叩きのめしてでも黙らせねばならない。
故に、演算宝珠を起動。
殺さず、生かさず。この曖昧さはバランスが重要だ。

「自分の頭で考えよか。実に、ご正論である。素晴らしい正論だ。ぜひとも、参考にさせていただこう。」

対象周辺の酸素を瞬間的に消費。呼吸困難になり、口をパクパクさせる姿は、共産主義者のしぶとさか。
しばらくは、さすがに黙っているだろう。
まあ、顔面が赤くなったり青くなったりするのは、生物学的反応として見ておく。
共産主義者なのだから、紅くなるべきだろうに。
赤が見足りなくて、内ゲバなぞやっているのではないのだろうか?

「だが、やはり、考えてみたが下郎の囀りを耳に入れるのは不快なのだ。」

大学で、一番前の席に何故座らないと思う?
簡単だ。アジ演説をする間抜けが未だに大学の学籍にしがみついているからだ。
内ゲバと総括で全滅すればよいものを。
自分達に未来が無いからと、私達を勧誘し、あまつさえ、貴重な時間の効用を低下させる下郎どもがいた。
我々が、適切にその無価値なものを無視することによって、辛うじて時間の浪費を避けているにも関わらずだ。
あの、アホどもはビラを配り、アジ演説をし、立て看板をたてるなど、資源の浪費も甚だしい連中であった。
奴らなど追放してしまう方が、よほど大学の人的資源投資効率上望ましいはずなのだが。
まあ、ゴキブリと同じか?

「私は、あくまでも指揮官なのでな?今殺すわけにはいかないのだ。残念ながら。」

本当に、銃殺なんぞ、趣味ではないものの、共産主義者と赤とマルキストならば、自分でやってしまってもよい気がする。
これが、所謂攻撃性なのだろうか?
組合にしたところで、双方にとって合理的な解決策の模索をするのはまだしも、旧国鉄系のはしぶといと聞く。
一切合財含めて、共産主義者の跳梁跋扈を防止するのは、人類共通の責務ではないのだろうか?
共産主義者が自前で飢えてくれるのは、自由だが、一緒に私を飢えに巻き込もうとすることには、断じて抵抗する。

「このままではいつか破綻する日が来るぞ、であっているかな?」

連中の言うことは、いつもきまっている。
軍靴の足音が聞こえてくるだの、平和万歳だの、武器を捨てて、バンコクノロウドウシャヨダンケツセヨだ。
実に正論だ。
だから、お願いだから、其の正論で持って、戦場の前に立ってほしい。
非武装宣言なりなんなり、敵前で勝手にやってほしい。
私と、はっきりと明確に無関係であるという前提条件で。
きっと、きっと、それで私の苦労は半分くらいは軽くなるのだから。

「ふむ、深謀遠慮のほど恐れ入る。」

本当に、彼らは我々の理解できない世界に生きている。
確か、ソ連の未来は電化にありだっただろうか?
建国早々電気椅子を賛美するとは、恐ろしい国家もあったものだ。
私は、民主主義国家で座り心地の微妙な普通の椅子で十分なのだ。
帝国主義の襤褸椅子であったとしても、最新のソ連式電気椅子はごめんこうむりたい。

「だが、いかんせん、あなた方の言うプロパガンダで、何といったか・・・」

そして、ここはアピールポイント。
反体制派に対してシンパシーを感じるのではなく、攻撃性を持っていることをアピール。
これに理屈付けと模範的な解答ができれば、評価は上昇間違いなし。

「ああ、近視眼的で感情的な生き物なのだ。」

なによりも、最近どうも戦意や体制への忠誠に関して、教官から問われる機会が増えている。
教官が何を考えているか、相手の立場に立って考えてみれば、一目瞭然。
要するに、危惧されているということだ。
指導する立場を任されてはいるので、一応戦意はともかく、帝国への忠誠心皆無という事はごまかせているはずだが。
なににせよ、徹底しておくことにしくはなし。

「私は、私が守るべき人々の敵を撃たねばならない。」

本音で会話するならば、共産主義者は、嫌いだし。
プロ市民もあれだが。
正直、リストラしただけで、会社に対して抗議デモとはひどくないだろうか。
まあ、会社が生活を保証すべきという発想も分からないではないけれどもね?
それは、共産主義の世界の発想だと、どうして分からないのだろうか?

「それで十分ではないのかね?少なくとも、無辜の人々を吹き飛ばすために正論を吐くよりは、よほどましだと思うのだが。」

ああ、昔はさらにひどかった。
大手の企業がテロリズムに狙われることも多かったという。
ビルが爆破されたりと、散々な事も多かった。
共産主義者は爆破と、誘拐と、内ゲバにしか才能がないのかもしれないが。
ともかく、そう言った共産主義者が誤りを認めるかというと、何故か認めないのだ。

「必要な犠牲だった?とでも?。なるほど、悲痛な決意なのかね?」

搾取構造を批判し、爆弾で人間を吹き飛ばすことのどこに正当性を見出すのだろうか?
功利主義的概念から言えば、それで善が為されるならばいたしかたない。
しかし、労働者を労働者の味方と称する連中が吹き飛ばすとは!
なんたるアンチテーゼ!
造反有理!愛国無罪?だっただろうか。
世の中、まともな人間が苦労するというのは場所を全く選ばない共通事項なのだろう。
これが、世界的な真理だというならば、なるほど、私もなかなか悟りが開けそうだ。

存在Xが何を考えているのか、不明だが、これが奴の言う解脱なのだろうか?
(おそらく、何も考えていない短期的衝動にかられる存在だと私は疑ってやまないが・・・)
今一つ、わからないが、賢くなった。
知識を血肉とすることができたというのは大いなる喜びだ。

まあ、連中のいう労働者とは奴らの頭の中にだけ存在する不思議ちゃんかもしれないが。
さすがに、そこまでは付き合いきれぬ。
まだ、抑圧された貧困層の宗教的抵抗の方が理解しうる。
何故、精神科医が繁盛するのかよく理解できる。
世界に狂った連中が多ければ、一般人が苦労し、心が病むのだろう。
うむ、狂った連中は、自分から精神科の世話にはならないだろうし。
つまり、ここでの論理的な結論は、一般人のみが犠牲になる理不尽さだ。
許容するわけにもいかない。断じて、この事に対して抵抗する義務があるのだ。

「ならば、我らも百殺一戒で臨まねばなるまい。つまり、これも必要な犠牲ということだ。」

共産主義を許してはならない。
我々はそれを断じて許さない。
こういうスタンスを示す必要があるとしか思えない。
必要な犠牲というよりも、むしろ、必要なコストくらいなのかもしれない。

「ああ、囀るな下郎。どう言おうと、貴様は下劣な屑で、私が正義だ。」

アピールポイント2。
ともかく、有る程度自分達の正当性をアピールしておけば私が銃殺命令を下したところで、同期の諸君も気が楽だ。
私の評価もましになって私もハッピー。
共産主義も減少して、世界もハッピー。
四方八方丸く収まる。
気配りは、社会人のスキルだというが、本当に面倒くさい。

「爆弾魔を、民衆を守るべく射殺する。さて、他に私の行動を定義できるのかね?」

さて、銃殺だ。
手を振り上げ、銃殺隊に銃を構えさせる。
本当は、告解なり懺悔なりをしたい奴らのために牧師がいるはずだが。
共産主義者は無神論者だし、それも気にせずに良いだろう。
神がいるのかどうかも、私にとっては疑わしいことだし、無意味な事はしない方がよい。
なにしろ、この銃殺指揮が完了しても、新任の指導計画を提出し、訓練指導をせねばならないのだ。
時は金なり。
黄金よりも重い、時間を、これ以上浪費するわけにはいかない。

「諸君の言う、賢明な市民諸君は、石を投じることは有っても、月桂樹の冠は差し出さないと思うが。」

そう言うなり、手を振りおろし、銃殺を指令。
なにか、良いことを為したような気にすらなれる。
単発の発砲音が、綺麗に揃ってこだまする。
素晴らしい。まさに、完璧だ。
どこぞの、メトセラ風に言うならば、パーフェクトだ!と執事を褒めるところですらある。
この幼女ボディでは、股ぐらがいきり立つこともないとしても、機嫌が上気する。

「ああ、今日は良い日だ。善をなした。」

皮靴から泥を落とし、靴を磨いたような爽快感だ。
あるべき、秩序。あらまほしき世界への貢献をなしたという実感。
たまには、こんな一日も素晴らしい。

そう思いつつ、諸般の手続きを完了。
本日最後のお勤めである新任指導に取り掛かるべく行動を開始。
銃殺隊を解散し、そのまま、次の野戦演習助手として野戦演習場に向かう。
指導教官の手伝いというよりも、半分権限を委託されたような形だ。
遅刻は、絶対に許されない。
魔導士官学校の時間は、有限であり、その有限の時間を徹底的に活用せねばなにもできない。

生き残るために、腐れ眼鏡なみに、深謀遠慮を張り巡らし、何とか、ヤサシニウムを含んだ盾を確保せねば。
それが、できなければ、せめて防御用の干渉式だけでも洗練させてしまいたい。
つまりは、生き残るために何でもしなければならないのに、他人の指導とは!

ああ、面倒だ。面倒極まりない。
しかし、そうは言っても、これをやってのけねば自分の組織における価値が低下するのだ。
それは、自明なことだ。なにしろ、組織にとってみれば、一匹狼など、扱いにくいだけ。
ならば、周囲の価値を高める努力をしなければ、いつかは切り捨てられる。

だから、模範的な指導姿勢を示す。
あるべき、要求されている水準に達するように何をしてでもやってのける。
その決意を胸に、私は、今日も今日とて、野戦演習場にて、銃殺の余韻を楽しむこともなく、声を荒げて指導する。
そのうち、カルシウム不足で背が伸びなくなるのではないかと思うほど、声を震わせてだ。
グッドライフには、健康が不可欠なのだが、どうもいけない。

まあ、いい。

「さあ、始めよう。今日も、楽しい楽しい、お遊びだ。」

演算宝珠を全力で活用。
ライフルの弾丸に干渉式を封入。
演習弾故に、さほどの容量も入れられないものの、まあ吹き飛ばすには十分。

「道具は、用意したかな?問題ないかな?さあ、さあ!!」

演算宝珠とライフル、それにぴかぴかの制服が我ら候補生の三種の神器である。
では、その中でも新任にとって最も価値あるものとは何だろうか?
答えは難しい。
何しろ、演算宝珠は尤も重要な魔導師の武器である。
今、私が握っている宝珠と同型を彼らも手にしている。
ライフルは、兵を兵たらしめているものである。
彼らのライフルは、彼ら一人ひとりのライフルだ。
身にまとうは、野戦演習場で私に汚されるためにぴかぴかに磨き上げられた制服。
ぴかぴかの制服が無ければ、彼らは鬼のように優しい教官殿に可愛がって頂ける。
(どちらを選ぶかは、個人の自由だ。)

そういうわけで、これは実に難しい好みの問題だ。
まあ、私個人としては、汚れることのない制服が一番ありがたいのだが。
なにしろ、演算宝珠で防御装甲を展開すれば、制服が汚れることなどありえん。
それが、できるならば、という条件付きだが。
故に、ぴかぴかに磨き上げねばならないライフルの分解清掃が一番面倒である。
演算宝珠は、定期的なメンテナンスを除けば扱いやすい。
だが、定期的なメンテナンスが相当に手間なのだ。

では、無価値な存在とは何かというのは、極めて簡単である。
それは、私の目の前で横たわっている新任の二号生どもだ。
今日も今日とて彼らは、私を失望させる。

「遺伝子を後世に残すことが、害悪ですらある無能諸君。」

本日は、簡単な攻防演習と、機動防御訓練をベースとした体づくり。
ちなみに、魔導士官は、男性女性の比率が実戦部隊でも比較的イーブンな部門。
であるだけに、ここでも配慮する必要がある。
まあ、さすがに、この身でセクハラ訴訟されるかは微妙だが。
それでも、手順に変更の必要もないだろう。

「諸君を紳士淑女に育て上げるという無理難題が私の職責である」

実弾射撃を楽しむなと言いたい。
トリガーハッピーか?トリガーハッピーなのか?
ただ、弾丸をばら撒けばよいとでも勘違いしている間抜けなのか?
面制圧だの、擾乱射撃だの、そんな戦術的判断は、当てられるようになってからだ。
まして、魔導師の本質は、演算宝珠を活用することを求める。
兵士であるということは、ライフルを使えてなんぼ。
狙ったところに、干渉式をライフルで投射することもできねば、宝珠とライフルの組み合わせも理解していない。
総合職だろうと、一般事務職だろうと、ワードとエクセルが使えてなんぼだというのに。
なにより、反抗心丸出しでこちらを睨みつけてくるといは良い度胸だ。

「だが、任である以上やり遂げねばならない。貴様らは、私が、確実に、泣いたり笑ったり出来なくしてやる」

その反抗心を教育してやる。

と、思ったら、少数の跳ねっ返りと、少数の屈服組。

そして、大多数のサイレントマジョリティとなりました。

さて、どう料理しよう?これ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
求ム感想!!

※勢いで書いてるけど、作者には特定の人種・宗教に対する偏見はありません。本作は、完全なフィクションです。作中に出てくる用語は、学術的に価値のあるものではありません。

※恥ずかしながら、ミスがあったので修正いたしました。
>岩様、ご指摘いただきありがとうございます。

さらにZAPしました。
さらなるZAPが吹き荒れています。
ZAPZAP



[24734] 第三話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 00:30
視点:二号生

最初は、信じられなかった。
なんだ、と思った。
曲がりなりにも、軍の士官学校だ。
高官や、お偉いさんの子供がいてもおかしくはない。
それが、式典でスピーチをするのだろう。
面倒なことだ。
そう思い、壇上に上がった少女を見て違和感に気がつく。

軍装をまとった子供?

あれが、先任?

そこで、あたかも新入生に全く期待していないと言わんばかりの罵詈雑言。
子供に言われているという実感よりも、憤り、思わず感情のままに激昂しかけたくなるような代物だった。
あれが、強面の軍人然とした人間ならば、恐怖もあるだろうが、少女ではそうもいかない。
だから、何くそという反発の方がつよかった

あれほど、現実離れした経験もないだろう。
想定外の事態に対処せよという軍の教訓ならば、まごうこと無き大成功だ。
・・・そう思った。思っていた。

入学式を終えて、今後の教程が説明されたのちには、これが、軍隊の洗礼かとみんなで話し合ったものだった。
声色に不釣り合いな、鬼気すら漏れるようなスピーチも絶大な効果ありだなと、同期で笑いあったものだ。
役者として、なかなか優秀な子だなあ、と呑気に笑うこともできた。

次の日に、僕達が、爆破干渉式で叩き起こされるまでは。

不慣れな生活故に、もたついていた僕たちは、隊舎ごとデグレチャフ一号生殿に吹き飛ばされていた。

曰く、5分前行動もできない無能は、間引いておくが祖国のためと。

デグレチャフ一号生殿は、本気で、一言一句其のままの意だった。
それを理解できねば、ここでは生きていけない。

激昂し、反抗しようとした奴を、命令不服従と、上官反抗だと告げて軽く撫でる。
少女が、激昂した青年を撫でるということは、なかなか衝撃的な光景だ。
撫でられた方にしてみれば、死んだ方がましな激痛なのだが。
曰く、神経系に痛みを誤認させる干渉式だ、と。
外的な損傷もなく、後も引かないがために、実に思いやりと慈悲が溢れる教育的な干渉式だろう?
冗談じゃない。あれは、拷問用か、悪意の塊にきまっている。
神経に何かを溶かされるような違和感。
直後に、発狂してしまえば、楽になれるような狂った神経を駆けまわる痛覚の大合唱。
痛みで気絶し、痛みで意識が蘇生させられる最悪の循環。

あれを一度食らえば、とてもじゃないが、反抗する気はなくなる。

罵詈雑言の嵐とて、百聞は一見に如かずだ。

“エビのようにピクピク痙攣し、私の餌になりたいのか?”
“そののろまな尻で誘っているつもりか?この蛆虫どもめ!”
“私は、差別が大嫌いだ。公平性こそが人間を人間たらしめると思う。貴様らと私の違いは、まさにそこだろう。”
“安堵せよ。私は、誠実だ。貴様らとて差別はしない。故に、蛆虫一匹だけ特別に罰を与えはせん。”
“貴様らの足りない頭に、連帯責任という言葉を、教え込むためだ。難しいだろうが、頑張って覚えたまえ。”

ごく、少数、本当にごく少数の連中は、それが理解できていない。
頭よりも、本能で動くような、連中。
それが、なまじ人並み以上の頭脳を持っているがために、ここに存在してしまったような連中。
学歴の割に、無能というべきだろうか?
誰にとったって、望ましくないのだろうが。

例えば、そいつらが、演習計画を完全に無視して、暴走したとすればどうだろう。
デグレチャフ一号生殿は、実に平等な方なので、我ら二号生一同ことごとく、懲罰ものだ。
当然、煉獄から地獄に突き落とされるに等しい。

クソッたれ!
同期の足を引っ張る無能どもに災いあれ!!!
悪魔のような一号生殿にもだ!



視点回帰:デグレチャフ

前回の連中は、教科書通りの戦術を、無批判にセオリー道り採用した。
少し掻き乱すだけで、混乱し、碌に対応もできずにいたので、一人一人丁寧に指導してやった。
まあ、この短期間でセオリーを曲がりなりにも形にしたということは評価してやってもよいだろう。

応用ができないという点もある。だが、さすがにそこまでは現時点では求めない。
しかし、実によろしくないことに、あれがあるべき戦闘の手法だと勘違いしているようなのだ。
てんでばらばらに散開し、分散進撃という態を取るところは、無能の極み。
確固撃破の最適対象である上に、統制がとれていないために、分散進撃にすらなっていない。
連中、後続との支援と接続を構築しつつ、継続戦闘能力を維持するという発想が頭からごっそりと抜け落ちている。
というよりも、動物的な暴走だ。
おおよそ、理性がある人間が採るべき戦術ではない。
いや、アメーバなのか?アメーバなのだろうか?

「さて、糞のように無能諸君」

私は、とにかくひたすら生き延びるべく自分を鍛えねばならない。
或いは、上層部に自分の有用性をアピールし、生き残る機会を最大化せねばならない。
にもかかわらず、新任どもはこのありさまだ。
前線では、華々しい戦果を求めて、盛大に自爆するだろう。
自爆テロにでもつかうならば、まだしも、戦争には全く使えないにきまっている。
与信では、人格に問題があると報告されて仕方ない水準だ。
こんな連中の指導者に、誰がまともな評価を出すだろうか。
そして、実に遺憾ながら指導を担当する一号生は私。
つまり、責任者とは私のこと。
常識的に考えて、信賞必罰が軍隊どころか、社会の基本。
さて、人事が採用した新人すら教育できない管理職は?
当然、まともに評価されるわけがない。
全く我慢ならん。

「48時間以内に、申告せよという私の忠告が難しかったことは詫びよう。」

普通は、仕事をやる時に一通りの訓練を受けて、その最低限度の試行錯誤の中から、必要なスキルを身につけることになるはずだ。
つまりは、ある種の新人研修は模倣である。
模範となる形を模倣し、やがて、自分のスタイルを確立することになる。
企業の管理職を見てみればいい。
千差万別であるが、みな共通して抑えるべきところは抑えている。
だが、それは、基本ができてからの話。
新人が、好き勝手にやれということでは断じてない。
創造性など、独創性などというのは、基本を知っているからこそ飛躍し得るものでもあるのだ。
よっぽどの特異な例外的天才ですら、基礎的な分野に関する知見はあった。
ナポレオンしかり、ビスマルクしかりだ。
この無能どもには、何故それが理解できないのだろうか?

「諸君に、頭脳が存在すると、確認もせずに断定した私の落ち度だ。」

人は、言ってみせ、やって見せねば動かぬという嘆きがある。
実際に、教育する身としては、幾度も痛感してきた。
だが、ここは軍隊。言ってやらねば、銃殺のはずなのだが。
研修時も、反抗する部下は、銃殺してよいという軍令に乗っ取って処理しようとした。
恥ずかしいことに、ハズしてしまい、経歴のために暴発事故として処理したのは苦い思い出だ。
暴発事故と記載する時ほど、教育役としてついてきた軍曹の眼がきつかった事もない。
彼が、上手く処理してくれたおかげで、キャリアが守られている。
やはり、優秀なノンキャリアとは上手くやっていくことが肝要だ。
そういうのを見つけておくと、人事の評価もよいし。
ああ、益体もないことだ。今は、目の前のことをどうにかせねば。

「諸君の頭蓋骨を解体し、頭脳があるかは自然科学の基本に則り、自分で確認すべきかもしれん。」

それにしても本当に、言われたことも覚えられない連中に、頭脳があるのだろうか。
案外、魔法の世界。
これは、新任をまともに指導できず、新任の素質を疑うべしという教訓を与えるべく魔法人形か何かではないのか。
少しくらい、脳を覗きこんでみても賢明ではないだろうか?
幸い、演算宝珠は多少の外科的手術は可能なのだ。
頭蓋骨を切開し、閉じるくらいであれば、そこまで難しくはない。
炎症も魔導で抑えられるうえに、痛みは、四肢を麻痺させれば、暴れられることもない。
問題は、特にない上に、近接魔導刀の生成・発現は割合得意な干渉式だ。
ふむ、少し檄発させれば、名目は立つかな?

「諸君は、どう思うかね?」

ほどほどの表情。
疑問を呈しているのだという印象。
これが人事部の誇る、殴られ役だ。
具体的に言うと、法的は問題が無くとも、感情には著しく影響することを呟く役割だ。
後は、首を切りたい奴が檄発し、殴られ役を公衆の面前で殴打すれば完璧だ。
ただちに、医療機関に運び込み、診断書を作成し、懲戒免職一発。
軍は、もっとシンプルで、上官に反抗するだけで、事足りる。
この点は、実に効率的だ。
なにしろ、自己完結している組織なので、問題を起こすものは、内部で自由に料理できる。
まさに、私達人事にとっては、最適な環境だ。
これで、生命がかかっていなければ完璧なのだが。

「ふざけるな!!いい加減にしろ、この糞アマ!唯々諾々と聞いていれば、何様のつもりだ!!!」

ああ、単純。
なるほど、有る程度の学力があり、試験に突破したのだ。
相応の自負やプライドもあるのだろう。
だが、幼い。いかんせん、自負が高すぎる故に、自制ができない。
知性では、私が上官だとわかっていても、見た目が自分よりもはるかに幼い私に罵られるのだ。
耐えきれず、檄発する輩は、必ずいると見たが、予想通りすぎる。

「しまった、また失敗だ。無能に意見を聞くとは。わかっていたのにミスを犯すとは、私もまだまだだ。」

ここで、煽れば完璧を極める。
なにしろ、先ほどの発言で十分に問題発言だ。
後一歩、彼が踏み出してくれれば、銃殺すら可能になる。
この記録は、あまり私のキャリアに傷をつけることもないだろう。

「さて。ミスを繰り返すわけにもいかない。」

さあ、オペの始まりだ。
手順は完璧。
干渉式で、微弱なスタンガンモドキを目標に射出。
着発式で、麻痺を確認。
子供のなりでは、頭を抑えるために倒れてもらう必要がある。
故に、痙攣している二号生を足払いし、大地と熱烈な抱擁の機会を贈呈。
彼が、大地を思う存分抱擁し、私はその間に彼の頭を覗くことにする。

「ああ、動くな二号生。私は近接魔導刀の発現には自信があるつもりだが、オペは本職ではない。」

簡単な応急処置と野戦救命措置の講習は完了しているが、魔導師とて万能というわけではない。
近接魔導刀は、無菌状態に保たれているとはいえ、傷口が広がりすぎるのは一応望ましくはない。

「手元が狂えば、貴様の、まあ、有るとすればであるが、頭脳に刺さりかねんぞ。」

それに、暴れまわられては、手元が狂いかねない。
私は、サディストではないので、彼に死んでほしいのでもないのだが。
むしろ、せっかくの機会なのだ。
二号生に応急措置と魔導師の可能な治療法について説明していしまう事としよう。
で、あれば講習の時間を短縮できる。

「離せ!離せぇええ!!!誰か、この狂人を止めろ!止めてくれ!!」

「ふむ、猿のオペは、四肢を拘束してだったな。ああ、拘束すれば麻酔は、無用か?」

だから、狂人ではないというに。
じたばたされると危ないので、拘束用干渉式を起動。
実戦ならば、手足を撃ち抜くらしいが、ここは魔導士官学校。
優しく、後を引かないように、魔力スタンに留めておく。
舌が上手く回らなくなっているようなので、魔力スタンは有効に効いている模様。
ならば、わざわざ麻酔を使い、傷の治りを遅れさせることもないだろう。

「デ、デグレチャフ一号生殿!このような事、許されるとお思いなのでありますか!!?」

「はて。命令不服従。上官反抗、かつ暴言。彼に精神疾患か、深刻な頭部の異常が無い限りは、銃殺ものだ。」

本来は、銃殺一発。
でも、それでは、私に指導教官としての資質不足というレッテルが。
それは、断じて避けねばならない。
精神に異常ありとでもすれば、放校処分。
私こと指導担当者も、彼を取った採用担当者も、彼が狂ったとなれば免責。
ついでに、彼の周りをフォローしておけば職責も全う。
つまり、みんなハッピーになれる。

「なれば、銃殺前に上官としては、彼に命令を理解するだけの頭脳があったのかを確認する義務がある。」

本人のためでもあるし。
二号生の後期課程前には、近接魔導刀なんて、実戦使用で演習だし。
だから、今後のためにもこういう馬鹿を生贄に、治療課程を教え込むことには意義があるハズ。

「問答無用で銃殺するのでは、彼に頭脳があると断定しているのと同じだ。それが、偏見であったら私はどうすればよい?」

はっきり言って、なんでこんなに苦労しなくてはならない。
だから、無能は嫌なのだ。
私の足を引っ張るのではないかと常々危惧していたが、まさか、あっさりと出てくるとは。
リスク分析していなければ、思わず頭痛でこの場なんぞどうにでもなれと思うところだ。
我々は、諸君に給料を払っているのだ。
働くふりではなく、働いてもらわなければ困るのだが。
ああ、もう、うっとおしいことだ。

「常々思っていたのだ。何故、これほどまでに私の命令に従わないのかと。従う頭脳が無いのではないかと真摯に疑ってきた。」

頭を振り、本意ではないということをアピールしつつ、手早く清潔な布と縫合用の糸を用意。
消毒用アルコールは常備のもので事足りる。
光源が欲しいところだが、まあ野戦演習場だ。一定の光量はある。
足りなければ、発光式を誰かに唱えさせればよい。


「疑念がある以上、それを確認せずに、銃殺送りというのは不誠実だろう。きちんと確認しておくべきだ。」

「教官殿をお呼びすべきです!!せめて、せめて諮問会議にかけられるまでは、処遇を・・・。」

「現行犯なのだ。防疫官として、私は為すべきことを為さねばならない。」

言っただろうに。
まったく、48時間という時間厳守もできない連中が多すぎて困る。
5分や、10分ではない。48時間だ。
まったく、時計や時間すら理解できていないとは!!
帝国の国防を担う魔導士官候補生がこれだ。
よっぽど国力や人材面に深刻な欠陥でも抱えているのではないかと危惧しておくべきか。
上申書でも出すべきだろう。このままでは、私が生き残れそうにもない。

「それに、良い機会だ。魔導師がどういった医療行為が可能かを実演しよう。見ておくように。」

そう言い、実演に入ろうとした瞬間に静止。
急速接近してくる魔導師。
干渉式の精度よりも発現速度を優先した力技か?
漏れている魔力光の規模から、あれは教官クラスだ。

「何事だ!?」

「はい、教官殿。二号生が狂ったので、少々確認を。」

手早く立ち上がり、敬礼をしつつ、応答。
参ったな。
無能の処分に上司がたちあうというのは、やりにくいのだが。
最も、ご用件次第だろうが・・・。

「殺される!!殺されてしまう!!!!」

「ああ、黙りたまえ二号生。ただすこし、脳を覗くだけだといっている。簡単なものなのだよ?」

敬礼もできんのかね?
まあ、四肢を拘束しているから、それを要求するのは無理だとしてもだ。
もう少し手順という物を踏めないのだろうか。
やはり、むのうとは掛詞で、無能兼無脳のことではないのだろうか?

「デグレチャフ一号生?」

「はい、教官殿。」

「何をしている?」

ああ、この無能をどうして放置しておいたのかと。
許容してきたのかという実に、嫌なご指摘だ。
思い出したくもないが、採用した奴が使い物にならないと営業本部長から怒鳴りこまれた時を思い出す。

「はい、教官殿。指導であります。」

「彼は?どう見ても、拷問の用意にしか見えぬが。」

「はい、いいえ教官殿。発狂し、命令不服従・上官へ暴言を吐き、上官反抗を為しましたので、拘束いたしました。」

言葉を選ばせてくれない。
ああ、いやだ。
おかげで、無能がいて、私が指導責任を全うできていないということの証明が成立してしまう。

「それで、処刑しようと?」

「はい、いいえ教官殿。彼の頭脳が存在するかが疑われたため、上官として免責できないか、頭脳の存在を確認すべく用意しているところでありました。」

「・・・正気かね一号生。」

ああ、これでは、やはり、処刑しとけということなのだろうか?
軍人の精神構造は理解しにくい。

「はい、教官殿。部下を満足に指導できず、恥じいる次第であります。」




気がつけば、輸送車両で北方管区に運ばれることに。
何故かは、知らないものの、6か月の紛争地域研修ってなりふり構わぬ動員令では?
陸軍さんからは、試験の免除を告げるお知らせまでいただいた。
曰く、優秀な貴官の研修成績及び士官学校での成績に鑑み、陸軍は、貴官を選抜す。
選抜幹部候補生として、ただちに、任地に赴き、少尉課程を全うせよ。
とのこと。

陸軍が試験免除。
しかも、よりにも寄って、選抜ときた。
そう、選抜幹部候補生研修だ。
つまり、戦争でさっさと死んでこいというに違いない。
一般企業の人事で解釈してみよう。
わが社の中核事業において、高度に専門知識を必要とする重要なプロジェクトのために、関連会社に出向し指導を行うべし。
要するに、オブラートに包んだ肩たたき。

何がまずかったのだろうかね?
やっぱり、無能の間引きを怠ったからだろうか?


※これまでに解除された実績
・「エターナルヨウジョ」第5章10条4項準拠
・初級サディスト
・解体者見習い
・くびきり幼女
・救い難いMAD

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あとがき

本作は、ここから、末期戦ものに突入です。
戦術的勝利、局所的優勢は望めるかもしれません。
心底嫌になるような泥濘にまみれ、夢も希望もない敗走が待ち受けているかもしれません。

なにより、勝利を錯覚し、夢見、あげく、現実に突き落とされるかもしれません。(状況としては、1942年のドイツ軍夏季攻勢前くらいです。)

本作は、戦略的敗北を現場がのたうち回るという形で末期戦の本旨に忠実です。

くりーく?
ja!!!☜
nein

ZAP!



[24734] 第四話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/05/31 00:08
投稿も電撃戦に準じて迅速かつ速やかに。
※作者の投稿ステータス:1939年ドイツ国防軍並み



画面の前の皆さまこんにちわ。
ターニャ・デグレチャフ9歳です!
もうすぐ、10歳になります。

ここ帝国北辺も、ようやく春です。
暖かくなり、私達も外でいっぱい動き回ることができるようになりました。
みんな、元気いっぱいです。
あっちこっち、駆けずり回り、もうこのあたりでは、一切迷ったりしませんよ!

ここにきて、いろいろな人たちと知り合えました。
全てが、勉強です。
まだ、小さいのでいろいろと失敗してしまいますが、一つ一つできることを頑張っていきます。
例えば、これまでは、小さくて、重いものをしっかりと持てませんでした。
でも、工夫すれば、できるというのです。
私には、わかりませんでした。
だから、なんとかやってみても、いつも失敗の繰り返し。
でも、優しく指導してもらって、何とか、できるようになりましたよ!









ようやくライフルの反動にも負けずに、連発することができるようになったんです。











と、言うわけで、死んでくれ。

納得できるかどうか、わからないけれども、死んでくれ。

すまないね。戦争なんだ。


では、ようじょの皮をかぶったリバタリアンより皆さまへ改めてごきげんよう。
ターニャ・デグレチャフ帝国軍魔道准尉であります。
ああ、そう構えないでいただきたい。
今は、非番でありまして、単なる一個人としてお話し申し上げているところです。
医薬品関連企業の株価にはご注目されましたか?
ああ、できれば研究に強みがあるところではなく、今製造ラインを確保しているところがよいですね。
御覧のように、ここしばらく業績がうなぎのぼり、株価も連動中でありましょう?

大きな需要がある。要するに、そういうことです。

さて、経済学的に考えてみれば、需要があるというのは、それを欲する消費者がいるということになります。
言うまでもなく、欲望の二重一致が成立してこそですからね。
ここまでは、経済学のことを全く理解できないマルキスト以外には、自明でしょう。
もちろん、そういうわけですから、医薬品が大量に必要な方々がいるということです。
では、いまさらですが、医薬品を欲する消費者とは誰でしょうな。

ああ、もちろん現在帝国や世界で特定の疾患が流行しているか、その兆しがあるというわけではありません。

ご安心ください。帝国の衛生水準は、おそらく世界有数の高水準を維持しております。

我が国由来の伝染病等で皆さまを煩わせる事はおそらくないでしょう。
ワクチンや、特効薬等の備蓄はしておくにこしたことはないかもしれませんが。
製薬会社のスポークスマンではないので、あまり強く推奨することもないですね。

さてさて、インサイダー取引は証券取引法に抵触いたしますから、これ以上は口をつぐむと致しましょう。

ですが、明日の朝刊をお楽しみにしていただければと思いますよ?







はい、デグレチャフ准尉であります。
気がついたら、士官候補生ではなく、准尉に。
いつの間にやら辞令を頂き、士官候補生から昇進だそうで。
研修終了と同時に少尉に任官できるそうですが、どうも、雲行きがあやしい。

それが、つい先日までのお話です。
紛争地域に直面している国境。
名目上では、この地域の帰属権は、争われてはいない。
そういうことになってはいるものの、それは単純に帝国が圧倒的だから。

自重しないソ連に対して、領土要求する国家に理性があるとでも思いますか?

単純化するとそういう図式でした。
はい、過去形。

ここしばらく、国境では、ちょっとした偶発的事故が散発していました。

具体的には、ライフルの弾が帝国軍の宿舎に撃ち込まれたりとか。
国境付近の鉄道に爆弾が仕掛けられているのが発見されたりとか。
その何れにおいても、協商連合製と思しき兵器だったりとか。

ああ、物騒。

そういう物騒な世情にもかかわらず、私は呑気に飛行哨戒班で陸軍との連携研修。
あくまでも、士官学校の教育の一環です。
ちなみに、コールサインはピクシー04。
魔導士官学校からの促成組や、現地の研修要員などなどからなる臨時の編成。

で、48時間の待機命令。
まあ、よくある実戦のピリピリとした緊張感を維持させるための奴でしょうな。

まったく運の無いことに、24時間ほどした時に、なんと、本格的な武力行使。
いやいや、なんでも協商連合の首脳陣が選挙で変わって、方針が一変したらしく、一気に進駐してきましたよ。
馬鹿じゃないの?
それとも、必勝の方策でもあるの?

そう聞きたいところです。
よくわからんのですが、何故、向こうから手を出してくる?

普通、セオリー通りに行くならば、帝国がいちゃもんをつけて、武力行使。
もしくは、挑発しまくり、一発撃ち返されたところで、大進撃。
あるいは、もう名分など気にせず蹂躙戦。

ところが、気がつけば、協商連合から宣戦布告代わりに、退去勧告?
“24時間以内に、我が国固有の領土より退去せよ”
“進駐する協商連合軍に投降し、武装解除するか、速やかに退去せよ”

・・・本気なのか、それとも協商連合側に偽装した帝国の自作自演勧告?

ええ、そう真剣に混乱するほど衝撃的な勧告でありました。

ところが、実際に、協商連合軍が、意気揚々と国境を越境。
なんですかな、なんと言えばいいのか。
こういう時に、どういう顔をしていいのか、良くわからないのです。
無謀なレミングス?もしくは、自殺志願者の群れ?


私にはさっぱり理解できない深謀遠慮もあったのか、ともかく協商連合は大々的に侵攻してきます。
まあ、私がここによこされた時には、お上は開戦を決断していたのでしょう。
物資の集積量・軍団の集結度合い。
全て、秘密裏に行ってのけたということは実に見事な手際。
早い話が、馬鹿が飛び込んでくるのをもろ手を広げて待ちかまえていた状態。


ウェルカム・トゥ・ヘル!!

・・・さすがに、帝国も協商連合から戦端を開くというのは半信半疑だったらしいですが。


ええ、だって、平時でさえ、軍団規模の駐屯軍。
そこに、一応来るかもということで動員されたらしい我ら追加の一個軍団。
まあ、情報封鎖@北方演習という名目でしたが。
あとは、いつもよりも多めにマスメディアを用意。
我々から撃ってないよアピールまでしておいたのに、本当に向こうから来るとは。

世の中、摩訶不思議すぎる。

気分としては、本当にフィンランドかポーランドから武力行使を受けたソ連の気分。
いや、腕まくりして、叩き潰したいけど名分が・・・
オヤ?向こうから鴨がネギと鍋と燃料セットできたような、という気分。

“開戦です!!ご覧の皆さま、繰り返しお伝えいたします。
開戦です!!たった今、戦争がはじまりました!!
帝国が、レガドニア協商連合の最後通牒に対して、宣戦を布告致しました!!
ご覧になれるでしょうか!?
帝国軍の魔導部隊が続々と国境を突破しております!!
すでに、各所で交戦中との情報が入って来ております!”

眼下では、友軍機甲部隊と、なんか、同行してきて叫び声をあげている報道関係者。
・・あら?
ここに至ってまで報道関係者ってことは、情報戦をやる気が上にはあるということか。
強大さアピールは悪くはない。
加えて、正当性を示すためにも、向こうが先に国境を越えたという証明があるので、気分は楽。
ついでに、マスメディアを入れるということは、要するに勝てるということだろう。
負けてるところを報道してほしい首脳陣なんていないし。
不祥事隠しは、どこも考えること。
逆に、隠すことが無いか、少ないということは順調なことの証。
少しは、気が楽になる要素だ。

正直、北方に飛ばされた時は研修とか、左遷とか、そういうものだと思っていました。

・・・まさか、人手不足の特殊プロジェクトに出向だったとは。

そういうことは、こっそりと言い含めてくれれば、気持ちよく出立できたというに。
おかげで、気分が乗らないまま、北方紛争地、今では北方戦線に赴任したせいで、周囲から浮いてしまっている。

まあ、もともと不本意ながらも私の外見は幼子。

加えて、これまでのエリートコースから逸脱して不貞腐れているように見える子供。

自分だって、仕事でもなければ関わりたくすらない厄介さ。
それが、准尉というそれなりの地位。
誰だって厄介事には近づかないという実に自然かつ賢明な判断力を有している。

さすがに、帝国軍の人材不足もそこまで深刻ではないのか、北方にはまだ余裕があるのか。

いや、中身はともかく、一応は子供である私を動員せねばならない時点で、根本的にはあれだが。
平時と戦時の境界線が曖昧になりつつあることを考慮しても、相当厳しいのではないだろうか。
企業で言えば、銀行から与信を与えられない程ぎりぎりの自転車操業に等しい状況。

ともかく、今はこれを乗り越えなくてはならないのだが。
やれやれだ。
しかし、これが初戦。
味方が圧倒的に優勢な戦場で初戦というのは運がいい。
まだ破局点に達していないからだろうが、比較的余裕のある部署に付ける。

ぎりぎりかもしれないが、少なくとも帝国という緻密な戦争機械は、未だ健在なのだ。
当分は、いくばくかはましな状況で戦争ができるだろう。
その間に生き延びるために必要な権力と地位。それに、コネクションを確保してしまいたい。

幸い、ここ北方方面軍は任地の性質上中央からの出向者が多い。
私自身、名目上は中央からの出向だ。
つまり、ここで成果を上げれば、中央軍への復帰も叶うし、後方勤務も夢ではない。
帝国軍親衛隊にまで選抜されれば、帝都防衛の任で、ずっと後方待機も可能。

要するに。
ここで、盛大に活躍し、後々に有効なキャリアを積んで来いという有りがたい魔導士官学校の思し召しだ。
教官殿には、感謝状を速やかに投函しておくべきだろう。
人事に意を配っていただいたのだ。
こうした好意に対しては、礼節として感謝を述べておくべきものだ。
コネを軽視すると、大失敗しがちなのだ。
先方がこちらに好意的であり、こちらがその好意に気付いていないとは、まさしくありえない失態。

それに不平不満を抱いていることが発覚すれば、考査になんと記されるか知れたものではない。
失態は速やかにリカバリーし、取り繕い、事後の予防に活用する必要がある。
さしあたってはPXで封筒と紙を購入してきた。
軍隊のいいところは、手紙に関しては、まあ、書いていても邪魔されないということだろう。
出撃前に遺書を、という軍隊の伝統もあり、こうしたところには融通がきく。
まあ、検閲はされるのだが。

しかし、ここは全くの無問題。
なんとなれば、私はお世話になった士官学校の教官殿にお手紙を差し上げるだけなのだ。
賞賛される行為でこそあれ、なんら問題がある行為ではない。
強いて言うならば、遅いという懸念がある。
だが、ここには完璧な大義名分が。
すなわち、情報封鎖。機密保持。
全くもって素晴らしい。
職務に忠実であったという名分があり、かつ時期的にも最適なのだ。

そういうわけで、じつのところ、私は珍しく今高揚している。
失敗があったけれども其れを取り繕い、さらに得点にできるのだ。

だから、実際に戦場に参加し、戦域で、弾着観測を行っていても私の気分はご機嫌であった。

「ピクシー04より、CP」

「こちらCP、ピクシー04。感度良好」

実戦では、演習ほどに無線感度がよくないと想定されていた。
にもかかわらず、協商連合からの妨害もなく、さしたる障害が無い以上、感度は極めて良好。
本当に、協商連合は何がしたいのだろうか?
ゆっくりと、行軍隊列を保ちつつ、進軍し、しばらく混乱した揚句に停止?
実弾演習の的になりたいなら、素直にそう言ってくれればよいのだが。
七面鳥ならぬ、ドードー撃ちなら、私も参加したかった。
友軍が、これでもかと言わんばかりに最適な射撃目標を実戦で撃てるとは。
羨ましくて、思わず、ライフルをかついで飛ぼうかとすら本気で出撃前には考えてしまった。

「ピクシー04より、CP。同じく感度良好。観測データを送る。」

「確認した。現在砲兵隊に転送中。弾着観測継続されたし。」

「ピクシー04了解。別命あるまで、弾着観測に当たる。オーバー」

「CP了解。オーバー」

いや、実に楽な仕事です。やってることは、極めて重要ですが。
無線と観測機材一式背負って、弾着観測を行うだけ。
仕事は、リアルタイムで数的処理は演算宝珠の得意とするところであるためただ飛んでるだけ。
後は、我が帝国軍の誇る砲兵隊の仕事。
その見事な曳下射撃や同時着弾射撃を見学するだけの本当に簡単なお仕事です。
もともと新興の軍事大国だけあって、帝国陸軍は比較的新型の装備を誇り、火力主義の信奉者。

銃剣は嘘をつかないのかもしれませんが、物量も嘘をつかないのです。

そういうわけで、ゆっくりと飛びつつ、データ収集。
あとは、人任せにしつつ、出撃前に基地で行われた非公式の戦果トトカルチョの結果に思いをはせる。
私の属する観測班で、誰が担当した砲兵隊が一番戦果を上げるか。
まあ、戦果確認という仕事を自分達で兼任しているために若干水増しの懸念もあるのだが。
なにしろ、単独で、観測やれというあたり、微妙に嫌なものが背中を走らざるをえない。
最悪、水増しされていてはたまらないのだ。
しかし、まあ、今は大丈夫だろう。

さすがに、戦果確認機が仕事をさぼって誤情報を発信すれば、利敵行為だ。
憲兵隊にお世話になりたいほどに、憲兵隊を恋しがれている奴は魔導士官には少ない。
我が観測班に隠れた憲兵隊のファンがいない限りは、うちの班はクリーンのはず。

なにしろ、こちらから待ちかまえていた開戦。
要するに、制空権も、対空魔導監視網も万全に整えられている状況。
散発的な抵抗も、対空砲火の輝きを、先生こと砲兵隊に告げ口すれば、一発きついげんこつで黙らせてくれる。
だから、私は戦場見物という実に呑気な立場に等しい。
全力で戦争をやっている連中には申し訳ないが、実に良い身分だ。
全くもって素晴らしい。叶わぬ願望かもしれないが、今後もこうあってほしいものだ。

なにしろ、特等席で、花火の打ち上げを眺めて、今か今かと待ちかまえている状況。
富士総合火力演習が可愛く思えてくるような、盛大な規模で今から撃たれるのだ。
気分も最高に素晴らしい。
砲兵隊が耕し、歩兵と機甲部隊が前進。
対地援護兼直掩が我々魔導師。
その上空を戦爆混合戦隊が、奥地侵攻の先遣として先行中。
演習でもこれほど上手くできるかどうか。
それが、現実に成功しているのだ。もう、笑って乾杯するほかにない。
戦争が、楽しくてしょうがないものに思えてしまうほどだ。

「CPより、ピクシー04、砲兵隊による観測射撃開始。データ、送レ。」

「こちら、ピクシー04、弾着確認。演算宝珠のデータを砲兵隊へ転送中。」

「CP了解。効力射に留意せよ。全力射撃は200秒後の予定。オーバー」

「ピクシー04了解。オーバー」

やや、高度を上げつつ、少し距離を取るように西側へ動く。
そう簡単にずれるとも思わないが、破片に巻き込まれて、味方に落とされるのは全く理不尽。
さすがに、らりって落ちたいかといわれれば微妙だ。
しかし、観測射撃一つとっても、かなりの投射量。
これは、ぜひとも本番に期待せざるを得ない。
砲兵隊は気分よくぶっ放し、私は指をくわえて見物といえども、これはこれで見ごたえがあるだろう。

なにより、有象無象が右往左往して混乱しているのを上空彼方から見下すのだ。
その事実だけで、かなり気分が良いものではないか。
これで、私が直接砲撃できていれば最高なのだが。
まあ、人生において、最高の追及は完全に達成し得るものではない。
だから、最善で我慢するほかにないのだろうが。

「・・・・ザッ・ザザザ・ザッーーーーーーーー」

ああ、まったく。こんな良い時にもかかわらず無線にノイズ。観測射撃が始まったから?
これからが、良いところだというのに。
しかし、演習ではこれほどは無かったはずだが。
実戦だからかもしれないが、これでは弾着観測の精度が微妙に不安になる。
ん?照射?
・・・照射!?

「メーデー!メーデー!ピクシー04より、CPへ。戦域警報!至急処理を要請。」

国境付近に残存している敵戦力の中で、最も脅威足りえるのは、間違いなく魔導師。
レガドニア協商連合は、魔導師に関しては後発国であるため数こそ少ない。
しかし、少ないという弱点を補うために、徹底的な質的増強が、行われている。
それを、可能としているのが主としていくつかの反帝国的国家の援助だ。
実戦試験というのもあるのだろうが、協商魔導師は、装備の面で極めて優れている。
というか、どこからどう見てもレガドニア人ではなく、アウストリア人とか、ファリウス人とかがいる。
まあ、もちろん、個人が、あるいは、団体が国籍離脱したり、他国軍に志願するのは自由である。
我が帝国においても、過去にそういう事例は結構あった。
人の事は、とやかく言えるものでもないらしい。
だから、レガドニアという一つの協商連合ではなく、実質他国の精鋭軍が援軍として駐屯しているようなものだ。
さすがに規模は小さいし、戦局に大きな影響を及ぼせるものではないはずだが・・・。

事前諜報では、敵魔導師らは、やや南方のエリヤンス防衛のために急遽集結中と、説明されている。
レガドニアの後ろ盾であるアウストリア連合王国やファリウス共和国の意向は不明だ。
しかし、少なくとも進駐しようとしてきた連中には確認されていないとのこと。
もし、発見すればただちにCPへ、急報せねばならない。
戦術的価値もそうだが、政略的にもつ意味合いは果てしなく大きい。
もちろん、手順通りに報告は行うし、そもそも、敵を一人で引きつけて、大活躍という英雄願望は無い。
死にたい奴は、勝手に死ねばいい。
生き残ることが最優先なのだ。
敵発見という手柄で、私にとって十分すぎる。
ついでにいえば、背後にいる連中の政治的な背景を考えれば、こちらから仕掛けるのは避けたい。
まあ、さすがにそれは無理な願望だろうが。

「我、敵魔導師群を感知。中隊規模、急速接近中。」

「座標、戦域α、ブロック8、高度4300!」

向こうは、どのような葛藤や政治的な思惑があったにせよ戦意旺盛。
極めてやる気に満ち溢れた勤勉な軍人だ。
最悪極まりない。
全力で持って、回避機動。すぐ先ほどまでいた空間に、プラズマと誘導弾多数が撃ち込まれる。
こちらに向かってきているのは規模からして、すくなくとも小隊?いや、精鋭分隊もありうるか。
敵中隊主力は突破し、こちらの支援火力をつぶす気だろう。
どちらにしても、望ましくない。
砲兵隊は自走砲ならばともかく、大半は牽引式。
逃げるにしても、隠れるにしても、時間は絶望的に足りないだろう。
必然的に、直掩部隊の活躍にかかってくる。
だが、さすがに魔道中隊規模の突撃を受け止めるには、相応の戦力が必要になってしまう。

「オン・エンゲージ!」

無線の向こうでCPでも動揺するような声が漏れ聞こえてくる。
予想の範疇であっても、最悪の事態なのだ。
誰だって動揺するし、愚痴の一つや二つくらいは付きたくなるだろう。
それは、理解できる。理解できるが、しかし、その問題の矢面に立つ私としてはどうにも困る。
なにしろ、面倒事の当事者なのだ。

「CPより、ピクシー04!」

ほら来なさった。
面倒事の予感が100%。
女の勘は、的中率が高いというが。
さて、外見ようじょといえども中身は別段、女性のつもりは無いのだが。
なんだろうな。この嫌な感じは。
今なら、碌でもないことである確率に生涯所得を全部賭けてもよいくらいだ。
どうせ、少しも外れないのだろうから。

「こちらピクシー04。感度は悪化しつつあるも、聞こえている。」

「射撃観測を中断、接敵を維持。遅延に努めよ。また、可能ならば情報を収集せよ。」

ああ、きた。
全くもって最悪極まりない。
接敵し、情報を収集?
いやいや、それ以前に、遅延に務めろと?
一人で、中隊をかき回せと?
隠れる遮蔽物一つないこの大空で?

死ねと言いたいなら、はっきりそう言ってほしいのだが。

「現在、友軍魔導小隊がスクランブル中。600以内に急行予定。」

ああ、10分で来てくれると。
インスタント食品が出来上がり、食べ終わって、片付けまでやってのけられるだけ有るじゃないか。
正直、中隊相手に10分遅延防御なんぞ、やってのけられる訳が無い。
個人の保身と生命の安全を勘案すれば、三十六計逃げるに如かず。
いや、敵前逃亡ではなく、戦略的に価値の無い空域からの転進だ。
より重要度の高い任務に向かうために転進すべきなんだよね。

「ピクシー04より、CP。即時離脱許可を。繰り返す、即時離脱許可を。」

「CPより、ピクシー04。許可できない。機動により遅延防御に努めよ。」

ああ、クソッたれ。
後方から命令一つで人の命を奪える指揮官に災いあれ!
そういうことを命令するならば、私と席を代われと本気で叫びたい。
機動防御でも遅延防御でも、攻勢防御でも好きな奴を選ばせてやんよ!!

「友軍砲兵隊は?」

とはいえ、私は大人なのだ。
感情に任せて、恨み事をぶつけてやると後々、面倒にあることは理解している。
恨みは、将来偉くなってから返せばいいことだ。
そのためにも、なんとか今は、今できる最善をしておくだけだ。
そう言うこう次第だから、取りあえず、後ろにいるはずの砲兵隊の状況を聞いておく。

「現在、直掩の魔導小隊が急行中なれども厳しい。すまないが、離脱は許可できない。よろしく頼む。」

ああ、最悪決定。
クソッたれな事態を招いた因果律に、災いあれ!!
まったく、いったいぜんたい、何故、私の後ろにいる砲兵隊めがけて、敵魔導師隊が突撃してくるのだ。
隣の戦区でも一向に良いじゃないか。
どうして、よりにもよって、こっちにくる!
悪魔め。未だに私を呪うか!?
もう、決めた。
こうなったら、やけくそだ。
どいつもこいつも、私を殺そうというのだな?
ならば、一人では死なない。
今決めた。
死なばもろともだ。

「ピクシー04了解。Semper Fi!!」

「Do or die.May god breath you...」

・・・やけくそで叫んだのは認めるがね。
なんですか、その最後の沈黙は。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
うん、すまない。
絶望的な戦局を期待しているところで、御預けなんだ。

でも、ご安心あれ。
確かに作者は、マブラヴもガンパレも好きだし絢爛舞踏章の英雄も大好きです。ルーデルとか、絶望的な戦況なのに、奴がいるところだけ絶望的なのはソ連軍とかいうリアルチートも、もちろんいける口です。

しかし、しかしです。
大好物も、そればかりでは食傷気味になります!

タマニハ末期戦モノデモドウダロウカ?


ZAPです。
ZAP+ZAP
ああ、ZAPの嵐がorz



[24734] 第五話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 00:33
視点:デグレチャフ

寡兵でもって、大軍団を破るにはどうすればよいだろうか?
シンプルな解決策は、質的優位を確保することと、核戦力でもって対抗する事である。
ところがだ。
私は、この空域においてNBC戦を敢行することができない。
なんなれば。
この素晴らしい世界は、機甲師団や魔導師といった変なところで近代的でありながらNBC戦は未発達。
故に、碌に有効な干渉式の術式すらないのだ。

では、何故NBC戦は未発達なのか?
答えは、単純に無力化されているからだ。
笑うほかにないが、魔導師は、自身への干渉を可能な限り排除しようという意志を持つ。
意志は、それが魔力を有することによって、顕現し、結果毒ガス程度ならば有る程度まで耐えられる。

信じられないかもしれないが、魔導師とはとにかく健康な連中なのだ。
さすがに、季節外れの流行病に疲労困憊している時は罹患するらしいが。
ともかく戦場で暴れ回るような連中は、馬鹿は風邪をひかないという古典的な概念の実証例だ。

故に、これまで研究するだけ無駄と割り切ってきた。
割り切ってきたのだが、追い詰められると、一発逆転の可能なものが欲しくなるから、人間というのは不思議なものだ。

さて、現実逃避を諦めて状況を確認しよう。

私の現状は、関ヶ原でSHIMADZUなる変な連中の進路にうっかり陣を置いていた徳川さんちの兵隊さん。
つまり、言いたいことは、こっちにくんな。
あっちいけ、あっちに。

なにしろ、全戦線で帝国軍が圧倒的に優勢。
部分的に越境してきた協商連合軍をドードーと同じく絶滅危惧種にした揚句に、追撃戦だ。
先遣隊に至っては、協商の首都を爆撃すべく驀進中。
これにて、めでたく協商連合軍は壊滅という寸前のところ。
ここに、何を狂ったのかは不明だが、少数精鋭の連中が友軍の撤退支援で飛び込んできた。

おかげで、私はちっともやりたくない局所的敵戦力優越空域での遅延防御という虐待を受けている。

これが、楽しい楽しい現状である。
児童相談所でもないものか。
曲がりなりにも、私は子供なのだが。
少年兵は、子供の権利条約で禁止されているはずなのだが。

・・・まさかとは思うが、私は国際法上兵士足る資格が認められないがために、捕虜になれないということはないよな?

そこに関しては、帰還後、法務士官を問い詰めなくてはならない。
最優先事項に入れておくことにしよう。

さて、遅延防御だ。
こういった情勢下において。敵の足止めをするにはどうすればいいだろうか。
私の装備は軽い防弾効果のある魔道師用の軍装に、観測用機器一式。
後は、一般量産型の演算宝珠に、人並み程度には優秀な頭脳だけ。
本来は、干渉式を封入し、射出するライフルは現在なし。
元より、搦め手でしか戦えないのはわかるが、さすがにこれはきつくはないだろうか。
無論、ただで死んでやるつもりは、微塵もないので、最悪は自爆でも何でもしてやるつもりだ。

しかし、できれば生き残りたい。
むしろ、できるかぎり最優先で生き残りたい。
つまり、逃げ出したい。
こちとら、観測用に軽装備。
観測機器を投棄すれば、文字通り軽装備。
敵中襲撃なんて考えるクレイジーな連中が重装備である以上、距離は稼げる。
本来であれば、躊躇の余地なく逃げ出したい。
しかし、ここは帝国軍。
敵前逃亡は言うまでもなく銃殺刑。

私自身が、結構な頻度で名目として活用していただけにわかる。
敵前逃亡なんてやってのけた日には、憲兵隊と壮絶無比な鬼ごっこを永遠に楽しむ羽目になる。

だから、戦うしかない。
僚機どころか、そもそも孤立無援であるにも関わらずだが。
ああ、やってられない。
なんだって、こんな戦勝確定の戦場で、死を覚悟して戦争せねばならん。
ちくしょう、この思考は危険だ。
無理やりだが、思考を切り替え。
ガンホー・ガンホー・ガンホー。

覚悟を決めるしかない。
どのみち、敵の目的は私の排除ではなく友軍砲兵隊を叩くことによる撤退支援。
つまり、まとわりつく蝿を排除する程度の感覚で私を落とそうとしているだけ。
屈辱極まりない。
私を、敵兵ごときがそのように見たことを一生後悔させてやる。
見下すのは、私であって、私が見下されてよいはずがない。

腐れ眼鏡に倣ってアドレナリンやら、脳内麻薬やらドバドバだして、戦意高揚。
後の事なんぞ、考えずに、干渉式でドーピングを連発。
反応速度向上、瞬発力増大。
魔力回路をこじ開けるひきつった痛みを脳が受け取る前に、脳内麻薬で緩和。

ああ、テンションが上がり、体が昂ぶってくる。

「何たる光栄。楽しいぞ。最高に愉快だ。ああ、楽しくて楽しくて、どうしようもない」

「ピクシー04?」

独り言だが、CPには聞こえているようで安堵。
一応、戦意旺盛で、奮戦する意志があったということを万が一の際には証言してもらわねば困るのだ。
ここで計画倒産ならぬ、計画墜落しているということを露見させるわけにはいかない。

テンションは最高にご機嫌だし、世界がぐるぐる愉快な感じとなっても、魔導師の頭脳とは実に優れモノだ。
こういった、理性分野の思考を狂気や薬物の汚染からは実に的確に防御できている。
これだから魔導師は止められない。
できれば、帝国軍所属は速攻で止めたいのだが。

「戦勝確定の戦場。つまらぬ仕事かと思えば、一人で一軍を相手取り、戦場の主役だ。」

つまり、こんなところで死ぬわけには断じていかない。
世の中は公平ではないし、フェアから程遠いけれども、それは市場の失敗でしかない。
究極的には、コストの問題でしかないのだから、自分自身のコストを如何に高くするかだ。
それには、マーケティング戦略が不可欠。
だから、売り込みはきっちりと。
アピールは最適な機会を逃すことなくガンガンと。
要するに、だ。
“世の中を、甘く、見る事”
これが、できれば、人生はなかなか愉快になるということだ。

「敵味方共に、有象無象に紛れての戦争かと思えば、こんなひのき舞台」

ちっとも嬉しくないし、この空域にいるのは私だけ。
こっそりと逃げ出すことすらできないという最悪な状況。
これほどまでに選択肢が乏しい戦況。
実は、謀殺がたくらまれているのではないかとすら疑いたくなる状況だ。

「感無量とはこのこと。It's a good day to die.」

観測用装備を投棄。
さて、重装備でのろまな対地攻撃装備の敵魔導師と踊ってやろう。
連中はかなり素早いし、火力も絶大だが、単純に有る理由で私には絶対に勝てない。
すごく、嫌だし、気乗りしないし、最悪の中の最善でしかないが、それでも、この際構うものか。
重要なのは、私が飛行不能になり、落ちれば私の戦略目標は達成できるということだ。
しっかり飛んで行って、無茶でも砲兵隊を叩かねばならない連中とはそもそも条件が異なる。

敵前逃亡ではなく、奮闘及ばず継戦不能になり、可能な限り友軍付近に不時着。
それさえ出来れば、私は少なくとも敵前逃亡の咎めを受けることはない。
ついでに、協商連合の蛆虫のような連中にとって、貴重極まりない時間を分捕り、友軍も苦労させられる。

つまり、連中は私に遭遇した時点で戦略目標においてはすでに失敗しているということだ。

なにしろ、奇襲の予定が、強襲に変更され、あまつさえ増援まで呼ばれたのだ。
あとは、私の保身をいかにして達成するかという次元の問題。
必然的に、この戦闘に勝者なぞ存在させないし、よしんばいたとしてもそれは私だ。

痛いのはすごく好みでないし、泥を付けられるのは全くもって不本意だが、汚泥を啜ってでも生き延びねば。



視点移動:一般


『フォン・リヒテン・ヴァルター魔導士官学校校長殿

御無沙汰しておりました。
ターニャ・デグレチャフ准尉であります。

本日は、出撃前に身辺整理と遺書を用意する時間を頂きましたのでこれを記しております。
さて、遺書、というものでありますが小官は、孤児であり身寄り、というものがございません。
故に、誰に何を書いたものかと思い悩んだ挙句の御礼状という形式になっております。

むろん、言うまでもなく本来は死後に送付されるとのことです。
ですが、小官のそれは大凡遺書というにもおこがましい代物であり、依頼したところ、お届けいただける運びとなりました。
可能であれば、御世話になった教官殿達にお礼のお手紙を記したいところでありました。
ですが、北方が情報封鎖環境におかれていたために、このようにぶしつけな形となっております。
どうぞ、ご海容いただければと思う次第です。

短い間ではありましたが、最良の御指導を頂けたことには感謝の念に堪えません。
何よりも、帝国軍人として先陣を賜るという最高の栄誉。
この機会を得ることができたのはひとえに、魔導士官学校より推薦を頂くことができればであります。

機会があれば、ご期待に添えるような確固たる戦果をあげたい、そう自負する次第であります。
とはいえ、私の所属ではそうそう戦果を上げる機会には恵まれ得ないでありましょう。
無論、一個人の願望よりも職責と義務を全うするという意志を欠くものではありません。
機会があれば、と思う一方で職責を全うせねば、との思いにもかられるという次第であります。

個人として、軍人としての義務を全うし、名誉に恥じぬ戦いを為せることをどうぞ、ご覧ください。


ターニャ・デグレチャフ』





粋がるなよ小娘が。手紙を読み終えた彼は、そう呟きかけるも、やや躊躇した。
そう。呟きたいが、実績が思わず躊躇させるのだ。

本来は、単独で砲兵隊の観測支援に当たるはずが、強襲してきた敵部隊と遭遇戦に陥る。
当然、装備に至っては観測支援用に軽装備にきまっているだろう。
基本的なライフルどころか、僚機すら存在していない。
普通ならば、鎧袖一触とならざるを得ない状況だ。
だれが、どのように考えたところで、碌に時間稼ぎもできない。
せめて、増援が到着するまでの一秒二秒でも、稼いでほしいという無茶な願望だ。

ところが協商連合の一個魔道中隊を単独の遅延防御で、増援到着まで実質的に拘束?

戦果は、撃墜2 撃破1 継続戦闘能力喪失1
実質一個小隊を叩き潰してのけている。

散々暴れ回り、複数からの射撃と干渉式の併用で仕留められるも、増援到着まで持ちこたえた。

当人も、結局付近を捜索した友軍歩兵部隊に回収され、辛うじて一命を取り留めている。

その戦闘の有様も、まるでかくあるべしと教本が推奨するような敢闘だ。
四肢に広範な被弾があり、演算宝珠を歯で銜えた形跡あり?
早い話が、バイタルパートを死守、可能な限り抵抗し、時間を稼がんとする冷静な戦術判断あってのことだ。
おかげで、四肢が残っているのが不思議としか言えないようなありさまらしい。
軍医曰く、文字通り見事なまでに壊れている。よくぞ、生きているものだ、と。

今後の経過は不明だが、すでに北方方面軍の知人からは、叙勲が決定したと知らされている。
曰く、銀翼突撃章だ。
おそらく、戦争初期における最功だろうと、軍は評価したのだ。
それに見合う戦功をあげ、戦績があるのだ。
ストーリーとしては完璧極まりない。

だから、戦意高揚のために英雄ではないにせよ、信賞必罰が行われた。
救援を受ける形となった砲兵隊の親元。
つまりは、陸軍が、研修の繰り上げ合格として少尉任官を上申。
寛大な上層部がそれを即時採決し、彼女は今や、押しも押されぬ帝国軍魔導少尉となったわけである。

だが、怖い話だ。
まだ、10にもならない少女が、戦場で一人前の顔をして飛んでいるという事実はうすら寒いものすら感じる。
自分の学校で仕込んでおいて、何とも情けないが。
魔導少尉を育て上げたというよりも、殺人人形の訓練に付き合ったような疑念が付きまとってやまない。

彼女の資質に疑念を抱き、無理やり北辺の研修に送り出したことに対して、真摯に感謝されては困惑が尽きない。
なにしろ、普通の人間ならば、口で言っている事とやっていることが全く違う。
だが、彼女は言動一致の典型例だ。
無能は間引くと宣言し、良い意気込みだと笑っていた教官連中が青ざめるほど過激だった。
確かに、確かに命令違反をした候補生には厳罰が必要だ。

しかし、頭蓋骨を切り裂き、直接命令を叩きこんでやるといわんばかりの行動は、さすがに限度を超えすぎている。
前線では、優秀極まりない士官として働けるであろう。
だが、絶対にまともな感性ではない。どこか、人間として一本ねじがずれて完成をしているのだ。
それは、帝国軍にとっては理想的な資質であるのかもしれない。
実際、そうとしか言いようがないのだろう。戦争に適した人間は、そう先天的には多くは無い。
だから、彼女は逸材だ。素晴らしいまでに、軍が欲してやまない魔導師だろう。
どこか、人間として壊れている人格が、今後の戦争には求められるということなのか。

まして、単独で敵を食い止め、あまつさえ損害すら与えてのけた魔導師は有能極まりない。
そうとしか表現しようがないのだ。
たとえ、ぎりぎり禁忌一歩手前の干渉式を濫用し、自爆まがいの戦術だとしてもだ。

はっきりと言えば、劇物だ。
部隊が求める均質な戦力という意味合いからは大きく逸脱。
個人の裁量で行動を任せるには、あまりにも危険すぎる思考。
本物の戦争狂だ。

敵も味方も構うことなく、巻き込んで手段を選ぶことなく戦争に邁進しそうな狂人だ。
多くの生徒を見てきたが、あれほど異質な人間は随分と珍しい。
はっきり言えば最初の事例だろう。なにしろ、兵器として完成した子供などそら恐ろしいだけだ。
せめて、その機能が敵に向かい十全に機能するように仕向けるくらいしか使い道がない。

英雄と持ちあげてやろう。
可能な限り、その戦功を尊重してやろう。
叶う限りの自由裁量を認めてやろう。
できうるすべての支援を行って、戦えるように手はずを整えてやろう。
そうしてやる。
だから、お願いだから、前線で戦ってくれ。

貴様らが愛してやまない戦争に、これ以上一般の兵を巻き込まないでほしい。
戦争は、戦争を愛している連中だけで好きなだけ狂気に浸りながらやってほしい。
誰もそこに混ざりたいとは思わない。
教え子に対してあまりにも冷淡であることは望ましくはない。
自覚してはいるが、思考が理解できないのだ。

認めよう。はっきりといって、恐ろしい。
あまりにも、常識を外れすぎていて、私には理解も及ばない。
そのすべてが、あまりに、あまりにも異質なのだ。
最初は、行き過ぎた帝国の人材収集機構に、適合しすぎたからかと勘ぐった。
よほど狂った愛国教育でも施されたのかと、彼女の出身孤児院を情報部の知人経由で調べたほどだ。
だが、結果はシロ。
孤児院の経営は、まあ、他のそれと比較しても、異常なし。
強いてあげるならば、多少寄付等によって経営に余裕があり、栄養状態が平均並みにあること程度。
つまりは、飢餓からの脱走でも、虐待からの経験でもない。
確かに、幼年学校での訓練は不可避だろうが、しかし、あれは魔導師としての才能がある子供を発掘するための仕組み。

なぜ、士官学校に志願した?
入校試験の際に、彼女は、少女の皮をかぶった化け物は言っている。
“他に道はない”と。

溢れんばかりの国家への献身と、忠誠。
見事だというほかにない理想的な軍人の資質。
たゆまぬ訓練と自己鍛錬の意志。

全て賞賛されてしかるべきものだ。
これらが単独であれば、教官として喜ぶことができた。
それらを兼ねそろえてあれば、我々は歓喜することができた。
ところが、今それの体現者を前にして、我々は自らが欲したものに応じた化け物に直面している。

戦意旺盛は理想的な軍人だ。
戦術的な判断を有効にできるというのは、士官として理想的な状況だ。
命令に絶対服従し、最善を尽くすという規範も完璧だ。
なのに、どうしても怖いのだ。

“他に道はない”という言葉に何が含まれているのかが分からない。

奴が、溢れんばかりの殺人嗜好を合理的に昇華しようとしたのではないか?
本質的な戦争狂で、自らの嗜好に合わせるには、軍以外には道が無かったからではないと誰に断言できるのだ?
滴る血を見て、喜び殺戮の旅に飛び出しかねない危険人物だと誰が保証できる?

行動の一つ一つが、狂っているか、狂人だ。

もちろん、平静に戦争ができるものではないということは、理解できる。
酔わずに戦争ができる奴は本物の、狂人か、壊れてしまったということくらいは経験則として理解できる。
だが、ひょっとして、それを楽しんで戦争をしているとすればどうか。

理論も実践も殺戮者にとってみれば、一つの美学に過ぎないと、過去に耳にした。
其の時は、随分と突飛な見解だと一笑に付したが、今ならば、其の意味合いをよく理解できる。
嫌々ながらも、理解してしまったのだ。
よく言っても、彼女は異質であり、我々とは異なるのだ。

あれが、英雄というやつなのかもしれない。
つまり、常人とはどこかずれている。
英雄を賛美するのは結構だ。
だが、断じて英雄に続けとは教えない。
教えるわけにはいかないのだ。士官学校とは、人材育成機関であって狂人を産む何かではない。


視点回帰:デグレチャフ


無意味やたらに気分をハイにした挙句に、暴れ回った経験は有りますか?
私は、つい先ほど初めて体験しました。
実に、碌でもない理由と必然性がそれを欲したからでありますが。
率直に言って、必要が無ければ二度とやりたくない代物です。
何故、世間一般でこういう愚行が平然と行われているのかなど、理解の範疇外にすっ飛んでいるものとしか。

なにしろ、周囲との人間関係に深刻な悪影響を及ぼします。
まずもって、戦争が大好きで大好きでたまらない変人という碌でもないレッテルが張られてしまい困惑どころではありません。
確かに、脳内麻薬等々で多少トリップし発言が危なくなったのは覚えていることです。
敵兵と空中で交戦しているうちに、好戦的な発言があったのもレコーダーに残っているので事実でしょう。
ですが、発言とは必ずしも額面道理に受け取るべきではない。
そういうこともわからないのかと言いたいところです。
ですが、誠に遺憾ながら映像で見た限り薬物でハイテンションになっていると思しき私自身の姿を見る限り、誤解を解くのは至難の業。

幸い、最低限の目標であった敵前逃亡に準じる戦意放棄を誤魔化すことには成功。
ついでに、奮戦も評価されるにはされています。

ここまでは、計画通り。

で、ここからは全く計画と異なる大きな問題。
まずもって、空中戦で自分から墜ちようとできるだけ防御重視したのが失敗。
うん、手に持っていると落としそうで不安だったから演算宝珠をがっちり歯で噛んだのがまずかった。
魔導師って頑丈だった。
想像以上に。
やられた振りをして降下しようとすれば、偽装⇒反転強襲には引っ掛からないと敵が誤解。

なし崩しに、近接戦に持ち込まれて、しぶしぶ格闘戦を二度もする羽目になった。
演算宝珠を歯に加えていなければ、間違いなくやられていたよ。
で、ここでうかつに頑張ったのが大失敗の根底だった。
敵がわーっと殺到してくるものだから、煙幕でも張って逃げようとしても、其れすら叶わない。

このボディー、実に数十発のライフル弾に、数度の爆裂干渉式を受ける羽目になって、防御に使った四肢がずたぼろ。
これ以上壊せないのじゃないかというくらいぼろぼろ。
敵が同士撃ちで多少うごきを鈍らせていなければ、地面に落ちる前にきっと挽肉になっているところだった。
一応、友軍勢力圏に降下することはできたために、何とか、回収されたけどね。

無理やり、反応速度やらなんやらをドーピングした付けが来て、全く動けずにしばらく痛みと仲良く付き合って行く羽目に。
命あってのこととはいえ、二度とやりたくはない。
この負傷をこれ幸いと後方に回れるのではとの淡い期待も軍医殿が実に親切だったために敢え無くついえる。
うん、魔導医療なめたらいけないね。
一定水準以上は自然回復に任せる方がいいとか言うらしいけど、自然回復に任せられる程度には治せるんだ。
生きてれば、なんとでもなるんだね。

おかげで、回復次第前線に復帰可能という有りがたくもなんともない診察結果。

これも、どうやら、戦意旺盛と上層部がこちらの予想通りの評価をしてくれたのが原因。
厳密に言うならば、私は戦意がきちんとありますよとアピールしたつもりが、何故か戦争ジャンキーと誤解されていた。
いや、もちろん、戦意過小疑惑よりはまだ良い。
でも、戦争ジャンキーって何だ。
戦争に行きたくて行きたくて仕方がない奴みたいじゃないかと思わず、激昂したくなる。
ともかく、そういう誤解のせいで酷い目に遭う未来がほぼ確定しているのだ。

その証明が私の制服できらきらと光っている銀の物体である。
たぶん、地獄への旅券に違いない。
もしくは、煉獄への入国ビザ。

群を抜いた敢闘精神。
見事なまでの自己犠牲の精神。
帝国軍魔導士官の模範そのものである。
貴官の武勲を讃え、これを授与する。
なんて、言われて銀翼突撃章まで、司令部の連中、送ってよこした。

突撃章って、ようするに、敵陣に突っ込む突撃大好きな戦争狂。
私のような自由人かつ知性の信奉者とは程遠い人種が授与されてしかるべき勲章ではないか。
誤解もはなはだしい。
もらえるものはもらっておく精神ではあるが、さすがにこれは辞退したかった。
できることならば。

・・・意識が無いうちに授与が決定されて、軍情報誌で公布されていると知るまでは。

実に愉快な事だが、人に人事部がなにがしかの好意を示し其れに応じない時の評価は怖いことになる。
それこそ、可愛さ余って憎さ百倍だ。
メンツの問題もあるし、何より組織において決まったことをひっくり返すなぞ、論外極まりない行為。

だから、私としては本意じゃないと叫びたいにもかかわらず神妙な表情で、授与された銀翼突撃章を制服に付けねばならない。
何か深刻な悪意ある嫌がらせではないのかと切実に、切実に叫びたいところである。
まるで、何か悪魔が呪ったような変な具合に、戦争好きだという自分のイメージが軍で形成されている。

おかげで、このままでは、最前線送りが確定だ。
いや、すでにもう確定したか?
すでに、陸軍から昇進の推薦があり、認められて、晴れて魔導少尉に私は任官だ。
辞令は目が覚めたらベッドの隣においてあった。
昇進そのものは喜ぶべきだが。
これが、出向前に箔をつけるだけの昇進とどう違うのか微妙に怖くて分からない。

或いは。
生前贈与という可能性かもしれないのだ。
二階級特進を見越して、候補生から、少尉にしてやって、さっさと死んでこいという。
そこまで、突き放した意図で無いにしても、戦争好きなら戦死しやすい戦場に行く。
だから、早めに少尉に任官させてやろうとか言う微妙にピントのずれた好意の線も捨てきれない。

好意ならば甘んじて受けるとでも思っているのだろうか?
できれば、安全かつまともな待遇の部署で働かせてくれることを切望してやまないのだが。
そんな、ささやかな願いすら叶わぬとは。

常に職責に忠実であったというのにこの報い。
世の中は実に不公平だ。


追加で解除された実績
・銀翼突撃章
・戦争中毒(軽度)
・前線送りフラグ


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あとがきというなにか。

状況は、グルジアに殴られて、本気で殴り返すロシアみたいな構造。
協商連合:グルジア
帝国:ロシア
つまり、これ幸いとフルぼっこにするところです。


で、あとは、グルジアがたまたま、ベネルクス三国みたいな地理的条件にあれば?

帝国:ドイツ
???:フランス

さあ、帰結は大戦争だ。
ちっとも、夢も希望もない、大戦争だ。
ということに。

※作者の更新ステータス:1940年5月くらいのドイツ国防軍
ZAPしました。
ZAP



[24734] 第六話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 00:35
『銀翼突撃章』

それは、数ある勲章の中でも最も価値のある勲章の一つである。
そもそも、帝国軍の勲章は実力を賞賛する類のものが多い。
(この点が質実剛健かつ実利的な帝国らしい所以とされるが、ナショナリズムの範疇かもしれない。)
昔は、各個々人が月桂樹の冠で個々人の勇気を賞賛していた。
だが、軍の近代化に合わせて、これらが現在一般に採用されている勲章に変更されたという。
その中で、敵に対して勇猛果敢に戦った兵士に対して授与されるのが突撃章である。
大抵は、大規模攻勢の先鋒を務めた部隊に一般の突撃章が授与され、その中でも確固たる功績を上げたものが柏葉付突撃章を授与される。
しかし、それらでさえ比較できない程の名誉が銀翼突撃章には込められている。

なんとなれば、それは、危機に陥った味方を救いあげた大天使のごとき救い手のみに許される名誉なのだ。
これらの推薦資格からして、通常の突撃章と異なり、この銀翼突撃章は上官の推薦によるものではない。
戦友に対する溢れんばかりの敬意をもって、救われた部隊の指揮官が一般には推薦する。
(たいていの場合は、救われた部隊の最先任が、ということになるが。)
だが、それらにもましてなによりこの銀翼突撃章の最大の特徴は受賞者の大半は故人ということにある。

危機的状況にあって、個人が部隊を救いうるものだろうか?
其の手段はいかほどもあろうか?
尋常な手段で持って、其れを為し得ようか?

答えは、語らずとも、白銀突撃章授与者の記念撮影でとられた写真を見れば一発だ。
大半は受賞者のライフルに乗せられた帽子に勲章が付けられている。
公式規定として、ライフルと帽子が代理として授与されうることが認められる。
その、規定が熾烈なまでの過酷さを物語っていると言っても過言ではない。

故に、この銀翼突撃章は受賞者の階級に関係なく、将兵らから敬意を払われるにふさわしい。
それほどまでに、誉れの高い勲章なのだ。

私が意識不明で昏倒しているにもかかわらず、叙勲があっさりと決まったことにもこの背景があるらしい。
なにしろ、生きているうちに叙勲される例は少ないのだ。
上が、容態が判明する前も勲章を放り投げるようにしてくれたのにも過去の経験があればこそである。
そして、運よく生き延びた私は、久方ぶりに生きて銀翼突撃章を授与された軍人となる。

其の御利益のほどは、確実極まりないというほかにない。
なにしろ、本来であれば、魔導士官任官後、一定期間を経なければ許されない二つ名があっさり決まったのだ。
それも、北方総監部から直々の賜り物としてだ。おかげで、拒否できなかった。
その名も“白銀”。
つまり、公式文章に魔導師としてサインする時は“白銀のターニャ”という泣きたくなる名前でサインせねばならない。
随分と、皮肉なことだが、私の外見は所謂ロシア系の美少女。
不本意極まりないが、確かに私の外見は白い。
そして、初陣で銀翼突撃章。
だから、白銀。なんと、安直極まりない帰結。

馬鹿じゃないのかと思った私は、しかし、現実はもっと馬鹿げていることを忘却していた。
随分と美しい響きであるものの、中身は自由主義経済市場で競争万歳のリバタリアン。
無論、心にもないことを言ってのける程度はやれないものではないし、仕事なら努力もする。
しかし、戦意高揚のためと、正統性のプロパガンダ用に、式典に出ろと言われるのは苦痛極まりない。
わざわざ、精鋭のエース級にしか許されていない個人記章までお上が用意してくれた式典用礼装をまとってだ。
ご丁寧に、北欧神話のヴァルキリーを白銀の刺繍であつらえた目立つことこの上ない個人記章。
わざわざ一種礼装には、白銀の参謀モールまで付いてきた。
個人に異常とも言えるほどの特権授与。
これが意味するところは元より、魔導師の重要度もさることながら、明らかに戦意高揚のプロパガンダだ。
エースが戦場に存在すれば、安心感がある。
それが、友軍を救うという実績を過去に持っていれば、ことさらだ。
少なくとも、兵士の感覚としては、友軍もろと敵と心中するよりは、自分を救ってくれる士官についていきたいだろう。

というか、私のように士官の大半も同じような見解に違いない。
ただ、ちょっとばかり、私自身が救う側におかれてしまい、これでもかと言わんばかりに目印が付けられているのだが。
これで、戦場だろうと、後方だろうと常に目立つことを避けられないというわけだ。
まあ、もとより子供は目立つということもあるが、しかし、これではっきりと個人が特定できてしまう。
つまり、今後も、そのように危機的状況にある部隊を救出することを義務付けられる死刑執行猶予書のようなものだ。
敵からすれば、怨敵。
味方からすれば、最低でも助けに来てほしい存在。
その願望をはっきりと裏切っていることがばれた時に来る反動は考えたくもない。
つまりは、以後もしっかりと敢闘精神を発露するか、後方に上手い事引っ込まなくてはますます拙いということだ。

しかも、しかも、しかもだ。
これから、国外のメディアに露出させられるのだ。
その際、口調と服装を其れ相応にせよとの厳命。
・・・さすがに、こればかりはと、泣きつき、辛うじてメディアの前ではということに落ち着いたが。
しかし、化粧までどこからともなく現れたご婦人に施される始末。
うっとうしいことこの上ない。
メディアに露出する前の研修などはっきり言って苦痛以外の何物でもなかった。

傷が治りかけであまり動くなと軍医殿からありがたくて泣きそうになる御忠告故に逃げ出すことすら叶わず。
ただ、ひたすら女言葉と、表情の作り方を叩きこまれる経験なぞ、生涯に一度すれば十分すぎる。
できれば、次の世界があるかどうかは不明だが、二度とごめんこうむる。
どうもつい先ほどから、存在Xの悪意の波動が感じられてやまないのだ。
私は第六感なるものをさほど信用しないが、こちらの困惑を見て歓喜しているまさに悪魔の意志が感じられて仕方がない。

魔法があるのだ。
いつの日か、この存在Xに人誅を降してやりたいところだ。
神殺しか、悪魔殺しかは不明だが、むしろこの方が世のため人のためである。
そう、人間は自らの運命を自らで定められるということだ。
人は、考える葦である。故に、神は不要なのだ。悪魔の誘惑にも屈しない。

・・・現実逃避はこのくらいでやめておくことにしよう。
うん、いたしかたないし、不本意極まるが、ここまでだ。
無駄な抵抗は断念し、次回の反攻に全力を温存できるようにしなくては。
恥の心があるということが、これほどまでに実存に悪影響を及ぼす。


おお、友よ。慈悲の心あらば、眼を閉じ、耳をふさぎ、口をつぐんでほしい。
また、明日会おうではないか。








































友よ。裏切ったな?
君を友と呼び、信じた我が心を裏切ったな?
もはや、Vangeanceあるのみか。
本当に、本当に残念だ。












































さようなら、良き友よ。
始めまして、我が怨敵。






「始めまして。今日はよろしくお願いします。」

相手の顔を視界にとらえたら、如何にも好意的に受け取られるように微笑む。
“お会いできてとても嬉しいと、相手にメッセージを出すのです。”
派遣されてきた指導員の言葉通りに相手がこちらの微笑みに気がついたところで、さりげなく握手。
力を込めずに、そっと、おずおずとしない程度に気品良く手を差し出す。

何度も練習させられた成果として、実に絵になるのは事実だ。
反復動作でこれを、ひたすら練習したのだ。
心の精神衛生を除けば、問題は確かに無い。
見ている側には楽しいのだろう。
正直なところ、外面だけ見れば、確かに私の行為は尤も自然だ。
しかし、私には女装癖があるわけでも、被虐趣味があるわけでもない。

です、ます、といった丁寧語で誤魔化してはいるものの、女言葉を積極的に使え?
この命令を思いついた、広報官がいるとすれば、そいつは間違いなく悪魔の手先であるか、悪魔そのものに違いない。
軍装に至っては、本来は任意選択可能なパンツが排除されて如何にも少女趣味なスカートがいつの間にか届いている始末。

そして、忌々しいことながら、実に似合っているのだ。
おかげで、自分に合わないからといって謝絶することすら叶わない。
軍人としての本分は質実剛健であり、小官の心情と合わないといっても、軍令であると押し通される始末。

今にして思うのだが。
私は、以前はアイドルや芸能人といった連中にほとんど無関心であった。
それは、正直に言って興味がなかったのだが・・・。
これほどまでに過酷な職業だと知っていれば、今少しばかり、相応の敬意を払っていた。

まあ、ジョークではあるが、『我々男性が知っている女性のもつ10の秘密』は










10

だけだというから、私以外の本物の女性群はこういった演技をなんなくできるという可能性を排除するものでは無いが。
とはいえ、さすがに、自分がやっていることの気持ち悪さ。
精神が、拒絶してやまない。全くもって忌々しい限りだ。
無遠慮にじろじろと眺められるだけでも耐えがたいというのに、それを誇って撮影され、挙句インタビュー?
それだけ、過酷な仕事なのだ。
ハリウッドや芸能界で薬物が蔓延るのももはや、構造上の欠陥ではないだろうか?

「こちらこそ、よろしくお願いします。ターニャ・デグレチャフ少尉です。ターニャと呼んでください。」

自分の名前を、相手に親しみを持って呼んでもらえるようにすること。
これで、相手の印象はこっちにかなり近づいてくる。
同時に、名前を交換する際に相手も自分の愛称を述べてくる可能性が高められるので、効果は大きい。
どこにでも、いるではないか。
誰とでもすぐ仲良くなれるタイプの人間が。
彼らは、実にフレンドリーに話しかけてくる。
それをだ。幼く、愛しげな子供がやるのだ。
子供の暗殺者までも真剣に警戒するスターリンでもない限り、誰だって心の障壁をゆるくしてしまう。

「ああ、これはどうもご丁寧に。」

「私達は、こっちが、マーロリー。私は、リリーよ。よろしくね。」

実際、男性の方は、笑顔を浮かべて自然に握手をかえしてくれている。
見た限り、明らかに仕事では有能そうなタイプだが。
案外、こういったタイプは子煩悩なのかもしれない。
子供も存分に甘えているのだろう。甘えなくてはならないこの身としては、気持ち悪いだけだが。

「ミスター・マーロリー。ミス・リリーですね。」

しっかりと、礼儀正しくも相手の眼を見て微笑むこと。
しつけのなっていない子でもないし、大人びようと努力している微笑ましさも持ち合わせられますよ?
そこまで、考えて微笑んでいるとすれば、女性とは本当に魔性の生き物だ。

「しかし、驚いた。帝国軍の方から、確かに伺ってはいましたが・・・。」

「こんなに、小さいおこちゃまだとは、思っていなかったと?」

我知らず不快の念故に少々言葉をオブラートには包んでも反論したくなる。
何故かは知らないが、この体。
微妙に成長が遅い。
本来は、女性の方が、やや男性よりも一定期間先行して成長するはずなのだが。
おかげで、見下される機会が多くて実に不愉快な思いをする。

「ああ、いや、これは失礼。」

「ごめんなさいね?マーロリーは、レディに対する礼儀を知らないの。」

しかし、先方はこちらの言葉を、別のニュアンスで受け止めている。
それは、なんかな?子供扱いされた子供が、憤っていると?

・・・今日は気分が悪いから帰っていいだろうか?
こんな気分になるのは、体調が悪く試験が終わり次第速攻でベッドに飛び込んだ時以来だ。

「大丈夫。気にしてませんよ。」

まあ、その悲痛な思いも叶うわけがなく。
私の外面は、コロコロと笑いながら、謝罪を受け入れて機嫌を直しているかに見せている。
ここまで、表情を自由に動かせるようになったことは、素直に驚いているが、嬉しくないのは何故だ?

「でも、本当に驚いたのは事実だよ?」

「まあ、そうね。」

「そうですか?」

首をかしげて、子供らしいしぐさを交えつつ、口元に指を伸ばして、考える素振り。
はきそうだ。
演算宝珠で、鎮痛術式と、安静術式を即時形成。
まさか、これほどまでに、精神に打撃を与えうるとは。

「ええ、まるでお人形さんみたいに可愛いもの。こんな可愛い子が、と言われてもちょっと想像できないのよ。」

褒められたら、素直に喜ぶ事。
素直に、喜ぶ・・・こと?
喜べと?
これも、仕事のうちか?
仕事なのか?

「本当ですかー?」「本当よ。」・・・・・・・

気がつけば、微笑みを浮かべながら、目の前の女性記者と談話している。
だが、どうにも、記憶があいまいだ。
いくつかやりとりをした、記憶はあるのだが、内容を思い出せない。
思い出したくもない。

「ええ、もちろんよ。」

「うん、それでは早速本題に入って良いかな?」

「ハイ。大丈夫です。」

気がつけば、このインタビューのために北方方面軍司令部がわざわざ用意した紅茶が届けられる。
ここら辺は、まあ理解できないものでもない。
前線において、物資が欠乏していないどころか、外国からの来客に応じて、それぞれの好むところを用意できることを示す。
まあ、一種のプロパガンダであり、見栄でもある。
とはいえ、実際のところ、これは司令官から、参謀連の私物をひっくりかえして何とか、取り揃えたらしいのだが。
なんとも、ご苦労な事だが、できれば、それほど難しいなら、無理をしないでいいのだが。

「それでは、さっそく聞かせてほしい。ああ、もちろん、しゃべれないことは、無理に話さなくても大丈夫だからね?」

「はい、わかりました。」

男性が質問役。連れの女性は、記録兼フォローといったところか。
まあ、基本的な形式ではあるものの、しかし、実にいやらしい配慮だ。
しゃべれないことを無理に話すなということは、逆に言えば軍機以外は話せということだ。
子供相手にやることではない。
うっかりと、口を滑らせることを期待しているのであれば、その手には乗らぬ。

「じゃあ、初めに。どうして、君は軍に入ったのかな?」

「ええと、軍隊に入った理由ですか?」

入りたくて、入ったとでも思われているのだろうか?
それとも、無理やり入れられたということを引きだしたくての質問だろうか?
前者の解答は、これ以上戦意旺盛であるということを物語ってはまずい。
激戦区送りの確定が決定になってしまう。
かといって、後者はもっとまずい。
軍全体を敵に回す碌でもない答えだ。
つまり、自分の意志で入隊。理由は、好戦的でないもの。

「正直に言えば、それが一番良いと思ったからです。」

「うーん、どうしてかな?」

理由?
士官学校は、軍隊のエリート?
翻って私は孤児の出身。ただし、父は軍人。
ふむ、そこからのストーリーは一応作ってはある。

「実は、私は孤児なんです。」

「それは・・・その、すまないね。」

「マーロリーったら。ごめんなさいね。本当に、気の利かない人で。」

やや、上目に相手を見やる。
うん、効果があるのは、認めよう。
だから、指導要員が嘘をついていないのは、事実だと認めるにやぶさかではない。
同情を引くことが、これほど、これほど効果的とは。
相手の精神をこちらに引け目を感じさせつつ、自分の精神をこれほど蝕めるとは!

「あ、そういう事じゃないんです。」

別段、経済的に苦しくて軍に行くしかなかったというマイナスの要素を出すわけにはいかない。
これからの出世や、保身を考えれば、美談が望ましいのだ。
なにしろ、プロパガンダである。マイナス要素を自国のプロパガンダにいれるなど、減点要素でしかない。
誉れ高き皇軍の実態が、貧しい学生の数少ない選択肢だと、認めることは旧軍ですら憚られた。

まあ、日常的に貧しい生活出身の兵卒と接している小隊長クラスの連中は、実態を知悉していたようだが。
おかげで、民衆レベルの感情と、軍組織との整合に悩んだ挙句、暴発した事例はまあ、ままある話だ。
とはいえ、それは下の常識。
上にとっては許容できない異端思想。
異端思想は、隠し持つことはまあ、見逃されうるが、公表したらただでは済まない。

「私の父は、軍人としてこの国を守っていました。」

だから、遺伝上の死人を活用しよう。
ちっとも良心は痛まない。
ついでに、世間的な評価も高まる。
普段ならば、まあそれほど悪いやり口でもないだろう。
しかし、この私自身でやっていて気持ちの悪いしゃべり方はどうにもならないのか。

思考が危険域に突入。
再度、演算宝珠の干渉で、辛うじて、精神を維持。
人間の精神は、辱めの方向次第では容易に崩れるということを実体験として今学ぶ羽目になっているとは。

「母が、病気で亡くなるまで、私がいつか字を読めるようになったら、と書き残してくれていました。」

公式には、私の母は病死した人間のそれを孤児院の先生が手配してくれている。
お優しいことだと思いたいが、まあ、これは世の中のシステムだ。
そして、公式には私は軍人の遺族年金受給資格を持つことになり、士官学校合格時に、まとめて手渡された。
そう、軍にはいらねばもらえないシステムだった。
死んでしまえと叫びたい。

「私は、この国が好きなんです。そして、父と同じように、守りたい。そう考えて、入りました。」

そこで、けなげな子供らしからぬ一面を見せつつ、あとは、誤魔化す。
取りあえず、面会前に軍から広報用に言わんとするところをまとめられた資料では以下の事を伝えよと指示された。

『平和と自由は、一度それが確保されたからといって、永遠に続くものではない。
我が国家は、何ら拡張主義的な野心を持たず、領土の征服などを夢見るものでもない。
しかし我が国は、その領土を維持し、自ら作った制度を守り続けることを望む。

そのために力を尽くすことが、我が国当局と国民自身の義務である。
軍事的防衛の準備には、絶えざる努力を要するが、精神的防衛にも、これに劣らぬ力を注ぐ必要がある。
国民各自が、戦争のショックを蒙る覚悟をしておかねばならない。
その心の用意なくして不意討ちを受けると、悲劇的な破局を迎えることになってしまう。
「我が国では決して戦争はない」
と断言するのは軽率であり、結果的には大変な災難をもたらしかねないことになってしまう。

だから、不断の覚悟で持って有事の備え、結果、このような事態にも対処できたのだ』

要するに、公式の防衛見解と同様のことを、子供らしくたどたどしく説明しろという辱めだ。

領土拡張意欲は、ロシア並みの本能があるし、新興の強国である我らが帝国はバリバリの軍国主義だ。
だけれども、世の中には、建前なるものが存在し、それに制約されている。
他国の介入を阻害したいし、おまけで自国国内の団結も望んでしまう。
だから、こうしたむちゃくちゃなプロパガンダを、外見だけとはいえ、子供にまで話させるのだ。

記者がどう思ったかは、まあ言わずもがなだろう。
子供個人に対する好意的な雰囲気とは裏腹に、こちらの説明を聞いている姿勢は、甚だアレだった。
北の某国が垂れ流す電波を耳にしている常識人のような対応だ。
こんな良い子に、こんなことを言わせるなんて。
そういう呟きすら聞こえてきそうなインタビューはまさに茶番。

そもそも、少年兵を誇らしげに広報するということに、帝国の国際政治における感覚の甘さというか素人さがみられる。

うん、もともと軍事力で統一を成し遂げた軍事国家だ。
外交なんて、不出来なのは分かっている。
だけど、その犠牲なる身としてはやはり、不条理なものを感じざるを得ない。

まるで、悪魔の意図にからめ捕られたか弱い純朴な人間の気分だ。
悪魔は狡猾であるというキリスト教の教訓はまさに読んで字のごとし。
神の存在を賛美し、悪魔を罵るという点から、ゴッドの存在を肯定し、そちら側よりの見解なのだろう。
だが、少なくとも存在Xが悪魔であることは、私の中では、自明故に、悪魔に関する資料だけ読めばいいのだ。
各宗教の伝承から、悪魔の資料を抜粋すれば、十分対策は取れるはずだ。

今日のこの屈辱。
願わくば、やつの屍で晴らしてみせん。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
急にようじょ分が不足しているとのご指摘があったので。

予定では、勲章⇒前線フラグだけでしたが、急遽追加で。


うん、要するに、ルーデルみたいな人間だと勘違いされた平和愛好家な立場を御連想ください。
生き残りたければ、難易度EXで大戦果を上げねばなりません。
で、そしたら、ルーデル率が上昇してさらに、死亡フラグが!

ちなみに、現状:これから、パリぼっこぼっこにしてやんよ!
ZAPしました。
ZAP



[24734] 第七話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 00:36
本日は晴天なれども、風強し。
現在の高度は4000。
予定の航程は半分ほどを通過。
対地速度は、巡航速度を維持。
混成魔道襲撃大隊は、所定のコースで予定通りRTB中。

早い話が、本日のお勤めを完了してきたところということだ。
実に、御役所的だが、別段間違ってはいない。
私の属する軍隊というやつは、公務員だ。
それも、24時間どころか、25時間命を鉋で削って過労死寸前まで戦う官僚とは違い、命あってのものだねという発想のだ。
もちろん、命をかけているのはこちらも同じだし、職業に貴賎は当然ない。
だから、私の部隊がゆっくりと晩御飯と、ビールを期待しながら帰っているというのは、別段サボっているわけではない。
あくまでも、仕事を完了した定時退社というやつだ。
誰からも後ろ指を指される所以はない。

ああでは、あらためてごきげんよう。こんな時間に、大変失礼。
帝国軍北方方面司令部直轄第17混成魔道襲撃大隊、通称アフター5所属のターニャ・デグレチャフ魔道少尉である。
私の近況かね?
実戦能力ありとコンバットプルーフされてしまったがために、私は、前線送りと相成ったところだ。
望ましいか望ましくないかで言えば、まあ、現状の職場は望ましいところだろう。
司令部直轄の魔道襲撃大隊の主任務は、進撃を続ける北方軍の直掩だ。
飛んで行って、地上の防御拠点を粉砕。あとは、地上軍が蹂躙。
時折、空軍の支援を受けつつの、敵主要航空拠点強襲制圧が厳しいと言えば厳しいが、その程度だ。

なにしろ、協商連合はもともと、少数の精鋭魔導師を試験的に導入しているような段階。
はっきり言って、魔導師は、質的にはともかく、数的は圧倒的に少数。
まして、少数の大半は、紐付きだ。協商連合の意図する戦術にどれほど従順かという点に関しても問題があるのだろう。
航空機と魔導師の交戦はそもそも、管轄する戦域が異なるためにほとんど無意味。
人間サイズの的に、機関銃を直撃させるというのは、容易ではないし、これが小回りのきく魔導師ともなれば、さらに難題だ。
そして、魔導師の防御を貫くのは、なかなかに厳しい。
一方で、魔導師にしても、航空機の速度は脅威であるし、なにより、逃げを打たれると、追いつけない。
高度も速度も、航空機は魔導師に優越しているのだ。
根本が魔道技術であるとしても、航空機は、科学技術の発展した世界同様に、空を自由に飛び回れる。
だから、シンプルに敵航空機は、航空機に相手させるのが実は正しい解答だ。

しかし、小国が航空部隊を十分に整備できるかと言えば、それもまた異なる。
当然、輸入するか、旧式で我慢するかの問題だ。
本気で、戦争機械に対峙するには、あまりにもぜい弱に過ぎる。

だから、私の仕事は弱い者いじめの手伝いだ。
ナイフくらいを振り回すチンピラ相手に、重火器を持ちこんで、ガンホー叫ぶ連中の上空から、AC-130で旋回すると言えばわかるだろうか?
区画ごと吹き飛ばし、あるいは、一発一殺で確実に仕留めたり、と方法はいろいろだが。

そんな、アフター5所属であるが、私は大隊付き遊撃参謀という肩書だ。
仕事は簡単。友軍の作戦行動に随伴し、適宜必要と判断し、支援する独自裁量権付きの将校である。
ある程度の実績が無ければ、独自裁量権を没収される前提だが、かなりの厚遇と言えるだろう。
指揮系統に属しながらも、ほとんど自由なのだ。
これも、銀翼突撃章の霊験あらたかな御利益だ。

これほど、優秀かつ勇猛な将校は放し飼いにしておくのが一番いい。
お上の判断を、いちいち細かい指示を出すよりも、自由にやらせておくのが最良の結果につながるというものだ。
つまり、リバタリアンにとって最も話のわかる状態とも言う。
・・・それを行うことを、個人が欲していれば、であるが。

放し飼いにしておくというのは、要するに猛獣扱いされているということ。
加えて、大隊付き参謀というやつは、使い勝手のいいパシリでもある。
私自身、自分で自分の労働を決められる自由裁量権を失いたくはない。
だから、自前の仕事は地味なものでも、きっちりとやっている。
やっていた。
しかし、仕事を終えたらどうなるだろうか?
デスクに、新しい仕事が放り込まれるのが世の中のシステムというものである。

だから、ほどほどの水準を見極めるべく行動してきたが、最近ようやく感覚がつかめてきたところである。
手をさほど抜いているわけでもないが、さりとて厳しいというわけでもないワーク量。
かつ、其れ相応に上の求める水準に応じられる程度を見つけるのは難しいものだった。
しかし、それも、難しかったという過去形。
いまや、ルーチンワーク化し、ゆとりある最低限の文化的な生活を楽しめる一歩手前といえよう。

なにしろ、大隊の通称からして、アフター5。
もっぱら、不定期出撃の多い他の魔導部隊からやっかみ半分に付けられている通称だ。
地上部隊の進軍に合わせて出撃する任務の性質上、夜間の出撃はほぼ無し。
おまけに、司令部直轄の性質上、基本的には後方の基地から出撃する。
故に、まあ、戦争をやっているとはいえ、立場としてはそこまで拙いものでもない。
戦時下にあるとはいえ、後方の司令部。
それも、優遇されている魔導師だ。
この戦時下にもかかわらず、三食のうち二食はまともなものが食える。
なにしろ、暖かい。
昼食はさすがに軍用のレーションと、喧嘩を売っているのかというくらい固いビスケットだが。
人の飲むものとは大凡思えない味とは言え、珈琲等の嗜好品もまずまず確保できる。

戦争というのは、それはそれは大変なものだ。
前線で兵隊がライフルの弾丸一発を撃てるようにするためには、想像もつかない労力を必要とする。
まずもって、弾丸を加工する機械と職人がいなければ弾丸は作れない。
弾丸に加工する前の原材料を、労働者が採掘し、製錬するためには溶鉱炉に投じなければならない。
この繰り返しを経て、ようやく弾丸ができ上ったとしよう。
だが、弾丸というものは、それに適合する銃が無ければ、撃ちようがない。
そのため、弾丸に適した銃が存在するところに運ばねばならぬ。
で、運ぶためには当然鉄道等の様々な交通手段でもって、運ばねばならぬ。
当然、運ぶためには人手だけでは足りずに、様々な郵送手段を敵から守らねばならない。
そこまでして、ようやく前線に弾丸と銃が揃ったとしよう。
しかし、これを撃つだけならばともかく、戦争をやるには、訓練された兵隊が必要だ。
銃の分解清掃方法から始まり、基本的な射撃方法を叩きこみ、戦争の仕方を覚えた兵隊を育てるには時間がかかる。
だから、圧倒的に国力に差が無い限りにおいて、近代以降の戦争とは総力戦が不可避となった。

そのためには、当然、国民一人一人の力を、一人はみんなのために、みんなは一人のためにと全体主義に走るのは構造的宿命である。
つまり、その団結を維持し、高揚させるためにはいかなるプロパガンダも惜しまずに、行われる。
しかし、人間はパンのみにて生きるにあらずというが、パンが無ければ死んでしまう。
戦争は、究極の消費競争であり、両国はありとあらゆる物資をつぎ込んで引くに引けなくなる。
そして、ようやく終結したとしよう。
残っているのは、焼け野原。
戦争を継続するためにありとあらゆるものを犠牲にし、挙句に何ら得るところ無し。
こんな馬鹿げた戦争を延々とやれば、どのような大国とて、没落は必須だろう。

これで、没落しない方法があるとすれば、それは戦争が戦争を養う方策以外にありえない。
それとて、問題の先送りでしかないが、しかし、目の前の破局を避けることは叶うのだ。

まあ、そんな盛大な浪費である戦争中にだ。
勝ち戦とはいえ、暖かい食事を取りつつ、嗜好品に不満が漏らせる状況が如何に恵まれているか、お分かりいただけるだろうか?
魔導士官学校の一食よりも若干良いものを食べられているのだが。

私としてはそれほどつまり、現在の部隊に不満があるわけでもないし、現状にはまずまず肯定的とならざるをえない。
理想としては、本国の後方警備部隊か、司令部付きだが、そのために必要な経歴と実績もまずまず稼げている。
戦局が致命的に悪化する前に、後方に下がることも決して不可能ではないだろう。

「ホテル1より、アフター5。貴隊を確認。帰還を歓迎する。」

「ブラボーリーダーより、ホテル1。貴様のツケを回収するまでは、死ねんよ。」

このやりとりも、最早聞きなれた日常の風景だ。
我らが大隊長殿は、鬼のようにカードが強く、ほぼ基地中の管制官や後方要員からむしり取っておられる。
演算宝珠のバックアップを大隊長の個人資産で大隊全体に用意できるほどなので、部下としては何ら不満はない。
なにしろ、鴨られるとわかって勝負するなど論外。
故に、各基地の何も知らない間抜けか、復讐者と大隊長殿は戯れる毎日である。
世が世なら、ギャンブラーとしてその道で名を為したのではないかと私などでも、信じるほどだ。
本人いわく、金は金が大好きだから、私のように金を集めてくれる人間の下に集まりたがるのだ、そうである。

「ホテル1より。ブラボーリーダー。貴官の武運長久を祈る我が誠意の表れだ。戦争が終わるまで、待ちたまえ。」

「ブラボーリーダー了解。ならば、もう一度むしり取られてくれ。ランディングに入る。オーバー」

「ホテル1、ランディング了解。わざと負けるのも大変なんだが。オーバー」

ホテル1とブラボーリーダーの勝負は其れなりに長い。
お互いに、腕は良いが、ホテル1は運が無いのだ。
ここ一番で、何故か天に見放されているように、ツキがこない。

全く合理的でないことは事実だし、認めたくないが、事実として、戦場では運が重要だと認めよう。
例えば。
今降下機動で、基地へと着陸途中の我がアフター5であるが、過去にはここで殉職者を出した。
戦闘で演算宝珠に被弾し、基地上空で回路が吹っ飛び、そのまま失速して地面に墜落。
魔導師にとって、空戦起動中に、演算宝珠が落ちるということは恐怖そのものでしかない。
だから、というわけだろう。
直後に、簡易飛行制御式程度の発現が可能な予備の演算宝珠を大隊長が個人資産で自弁し、部隊に配布した。
頑丈で、信頼性の高いと評判のやや旧式に属するタイプだが、バックアップとしてみれば最適だ。
地面にたたきつけて、蹴り飛ばしても、正常に動作するという堅牢な作りと、其れなりの能力。
実際、これがあるのと、無いのでは全く恐怖感が異なるといってよいだろう。

もともと、頑丈な魔導師とて、演算宝珠の支援がなくなればただの人間だ。
地面と衝突すれば即死間違いなし。
しかし、簡易とはいえ、飛行制御ができれば、墜落することは避けられる。
さらに、弱かろうとも、演算宝珠の防御支援があれば、着地に多少失敗しても一命は取り留められる。
だから、着地機動をとり、地上での点呼を受けながらもこうして、のんびり考え事をする余裕に恵まれるということである。

しかし、いつものごとく、という光景は必ずしも毎度の再現が約束されているものということではない。
そして、今日は私にとっての短い毎度の光景がぐるりと暗転したようなものである。
本日の戦果確認機が、アフター5の戦果報告を完了し、いつものごとく解散命令が出るのを待っていたことろ、大隊長殿が胡乱な顔をなさる。
・・・司令部からの通達事項に不明な事でもあったのだろうか?
そう思い、何事やらと思えば、いつの間にか、大隊長から変な顔のまま命令を受ける羽目に。

曰く
『デグレチャフ少尉!召還だ。ただちに司令部へ出頭せよ』とのこと。

いったい、何故呼ばれる?
また、プロパガンダにでも付き合わされるというのか?
それとも、なにか失態を犯しただろうか?

考えてみよう。
ここ一週間は、地上軍の援護に際して、大隊主力と別行動をとり、主として背後の残敵掃討を野戦憲兵を支援する形で行っている。
もともと、野戦憲兵隊からの要請があったが、大隊では規模が大きすぎ、さりとて無視するには少々問題が大きいために、私が出向くことになった。
その掃討戦で、其れなりの成果は上げているし、野戦憲兵隊に感謝されども、文句は言われていないはずだ。

だとすれば、あとは、プロパガンダか。
実に、気分が重くなるほかにない。
また、あれをやらねばならないのだろうか?
そう考えるだけで、気分がどんよりと重くなっていく。

「ターニャ・デグレチャフ魔導少尉、入室いたします!」

から元気を出して、半ば自動的に入室する。
外面としては落ち着いているかもしれないが、何を言われるか正直不安。

「きたか、白銀の。」

「・・・はっ。」

・・・其の白銀のというのは、止めていただけないだろうか?
中二病臭くて、どうにも、心の免疫機構が免疫不全を惹き起こして膠原病にでもなりそうなのだが。
これが、名誉だというのだから、帝国魔導師の心理構造は、永遠に私とは分かり合えないのかもしれない。

「そう固くなるな。吉報だ。」

其れをどう受け取ったのかは知らないが、ともかく先方は悪い知らせだとは思っていないようだ。
実態がどうであるのかは不明であるが、まあ良い知らせというからには、プロパガンダ出向ではないはず。
軍人の多くは、まともにプロパガンダと付き合いたいとは思わないもの。
戦功を軍の広報紙で取り上げられる程度ならばともかく、外部に向かって建前を延々喋るなど、誰にとっても基本的には苦痛だ。

「拝見いたします。」

差し出された封筒を受け取り、開封。
中にあったのは、発令日の日付が無い人事書類。
つまり、正式ではないものの、日付を記入し、上官がサインすればいつでも有効になる代物。
所謂、内定だ。
就職する時と異るのは、内定辞退など全く考えられない会社ならぬ軍隊からの内定であるというのが、わずかな相違点だろう。
わずか、と受け取るのか、越えがたい壁と取るのかは、個人の自由裁量である。

「喜べ。本国戦技教導隊付きの内示と、総監部付き技術検証要員としての出向要請だ」

とはいえ、内容そのものは理想的な提案だ。
本国の後方。それでいて、そこそこ以上に高い地位と、安全性。
なにより、本国戦技教導隊は、装備面でも最優遇されている上に、一番自分を鍛えるにも適した環境だ。
私自身、他者の指導をしながらというのは、厳しいかもしれないが、周りから技術を盗むという意味では、最高の同僚ばかりだろう。
教導隊所属という経歴は、決してマイナスの評価につながるものでもない。
加えて、総監部付き技術検証要員という曖昧な出向要請も、そうまずくはないだろう。
なにしろ、総監部と言えば、後方の代表格だ。
技術検証要員ということは、兵器検証要員とは微妙に異なり、実戦試験を想定していなかったはず。
つまりは、試験の名目で、後方に引きこもることも可能。

悪くない。アフター5の定時退社も悪くはないが、どの道、お上が転属を命じてくるのならば、これは諦めだろう。
そして、新たな転属先も、勤務そのものは厳しいかもしれないが職場環境としては、ここよりもよいほどかもしれない。
妥協の余地は限りなく存在する。むしろ、妥協するほかにない。

「可能な限り貴官の意向を尊重するつもりだが、異議を申し立てるかね?」

これほど、好意的な申し立てを拒絶するということは、よほどの意志が無ければ。無理だ。
まあ、意志だけで拒絶し、後々高い買い物をするという事になるので、合理性を勘案すれば、イエスか、ウィ―かヤーの三択でしかない。

「はい、いいえ。」

「よろしい。兵站総監部で、新型のテストだ。形としては教導隊からの出向になる。」

司令はそう言うなり、私が同意したことを書類に書き込み、それが辞令となり私に手渡される。
この手際の良さからして、内示ということすら、形式的な手続きだったのだろう。
すでに、発令間際の辞令であり、断りでもしない限り確実に発令される寸前だったに違いない。

「とはいえ、聞きたいこともあろう。質問を許可する。」

ものわかりのよい、上司は大好きだ。

「ありがとうございます。では、まずわざわざ教導隊所属とするのは?」

本来は、総監本部付で事足りるのではないだろうか?
教導隊というキャリアは大歓迎だ。
大歓迎なのだが、その人事の背景にある政治力学なり、事情なりをぜひとも知っておきたいところ。
そうでなければ、何か厄介事に知らぬうちに足を取られて、躓きかねない。
それは、まったく歓迎できない事態だ。
望ましくない。
故に、知らねばならぬ。
なぜ、そのような人事なのかと。

「エースとはいえ、子供を前線に送ることは、対外的によろしくない印象をばら撒く。」

・・・今さらながら、軍上層部の感覚がずれているのは理解した。
いまさらそういうことに気がつくとは。
自軍内部で戦意高揚に使うならばまだしも、それを対外プロパガンダに使っている時点で、外交の素人臭さを露呈していると何故わからない?
帝国が、軍事力を偏重してきた結果、国家戦略を欠いているのでは無いかという危惧は、最早現実の問題だろう。
協商連合を簡単に料理している軍事力も、逆に言えば周辺諸国にしてみれば、重大な脅威でしかない。
安全保障のジレンマだろうが、我々は囲まれているのだ。
全てを倒すことができなければ、大人しくしておくほかにないという事実は、黙殺されているのだろうか?

まあ、これ以上は別の機会に検討しておくべき問題だ。
今のところ、聞いておくべきことは、上層部が子供に配慮したという事実。
私は、書類上子供。
つまり、配慮される立場。

「だから、エースは、後方のお飾りになれと言うことでありしょうか。」

ようするに、前線に出なくて、後方でまともな食事と、暖かい宿舎でぬくぬくとしていればよいか、という事実確認。
これは、まさに自分の生存戦略上最適かつ理想的な状況ではないかとすら思えてくる。
素晴らしい。素晴らしいではないかと、思わず叫びたくなるほどに、状況は理想的かつ完璧だ。
実にワンダフル。
今なら、世界中の人々と分かり合える気がしてならない。
喜びのあまり、らちもない電波すら受信できそうだ。

「斬新な見解だな、少尉。私には、思いつかないような見解だ。」

ふむ、外れではない。
少なくとも、強く否定するほどではないということ。
つまり、上層部の意向は不明だが、目の前の上官は少なからず私の意見に同意しているという事だろう。
意味するところは、無難な線をハズしていないだろうということだ。

「失礼いたしました。」

「上は、貴様を評価している。新型の開発功労者という地位を用意したのもそれだ。」

それが、対外的な理由か。
まあ、内部でも十分に通用しないこともない理由だろう。
しかし、総監部での新型と言えば、なんだろうか?
さすがにモルモットという事はないのだろうが、せめてどのような技術を検証するのか程度は知りたい。

「その新型について、お伺いすることはできましょうか?」

さすがに、機密というならば、引き下がるし、後で知ればよいだろうが、心構えというものがある。
人間、殴るぞと警告を受けてから殴られるのと、唐突にぶん殴られるのでは全く受けるダメージが異なるものなのだ。
殴られるとわかっていれば、無意識のうちに、ではあるものの体がそれに備えられる。
だから、私個人の心構えとして、それを知って覚悟を決めておくというのは有意義な事。
まあ、好奇心も大きいのだが。

「ふむ、演算宝珠の試作機としか、知らされてはおらん」

「わかりました。ありがとうございます」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今回は短め。

短かったことは反省であります。

戦局:ファニーウォーみたいなもの?
つまり、西方への進撃前です。
比較的余裕があって、外見を取り繕う余裕がある時期とも言います。

生温くて、御不快かもしれませんが。
今後の予定としては
①新型を喜ぶのは、アニメの主人公だけという話(Ju 87 Gみたいなじゃじゃ馬?)
②神、女性らしいおしとやかさを欲する。
③赤と黄色の黄色野菜を電気で加工。
④グッドモーニング・『正義』の巨人
⑤赤ひげの王様
の予定です。

思いのほか、同好の士が多い事に歓喜の極み。

いや、もちろん我々は外道ではありません。
ただ、逆境にあっても、屈せずに努力する姿が好きなのです。
つまり、頑張る人間が大好きだということです。 
頑張る人間を応援したくなるのは当然ではありませんか!

ZAPしました。
ZAP



[24734] 第八話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 00:38
帝都ベルンより、南西方面。
クルスコス陸軍航空隊試験工廠上空。
高度は12000
すでに、既存の演算宝珠では実用限界の高度を突破している。
メートル換算で約3600

酸素の残量も心許ないが、体温の低下はより深刻だ。
高所順応をおこなうために、6800付近で時間を取りすぎた。
はっきり言って、生身の人間が長くいられる領域ではない。

「デグレチャフ少尉?意識はありますか?デグレチャフ少尉?」

管制機が無線越しに問いかけてくる声に応答する事さえ、恐ろしく億劫だ。
防寒服があるとはいえ、酸素ボンベと空中用無線を抱え、非常用のパラシュートを背負ってようやく実験できる高度。
この高度に生身の人間を送り込もうと考えた連中は、一度自分で体験してみるべきだ。そうすべきだ。

「一応あるにはあるが、長くは持たない。はっきり言って、生身でこれ以上の高度は不可能だ。」

地上よりも21.6℃も寒い。酸素濃度に至っては63%弱。
空戦機動で辛うじて一時的に滞在し得るかどうかという高度は、明らかに人間を拒絶する領域でしかない。
そもそも本来の演算宝珠では高度6000が上昇限界。
それ以上は、推進力が足りずに重力を振り切れないはずだった。

だから、魔導師というのはせいぜいが攻撃ヘリ程度の制空能力しか有していないのだ。
にもかかわらずだ。

この新型、エレニウム工廠製95式試作演算宝珠は本来ではありえない推進力を発揮している。
方法自体は極めて単純かつ古典的なものだ。
エンジンと同じ発想で、単発で弱いのならば、双発に。
双発で足りなければ、四発にというシンプルなもの。
ただ、重要なのは。

「なにより、魔力が底なしに喰われる。魔力の変換効率は最悪だ。」

ガソリンの代わりに、魔力を消費する演算宝珠はエコかもしれないが、魔導師にとっては無謀もよいところだ。
カタログスペック上は革新的な性能だ。
だが、従来の4倍の魔力を消耗する上に、4機の演算宝珠核を同調させねばならない。
驚くべきことに、核を4つも載せているにもかかわらず、試作演算宝珠は従来のものとさほど大きさが変わらない。
故に、恐ろしいほどの小型化を達成したことは技術上の敬意を払われてしかるべきなのだろう。
だが、使う側にしてみればたまったものじゃないとしか言えない。

精密機器を、小型化するということは、遊びが無くなるということだ。
ただでさえ、難解な4機同調起動を行わねばならない上に、安定性と信頼性が乏しい機構だ。
理論上、魔力の消耗は4倍のはずなのに、実際には、ロスがあまりにも多く、6倍程度は垂れ流しになっていると見てよい。
この高度に慣れていないことも大きいのだろうが、全力で空戦起動を行ったような恐ろしい疲労感は急速に高まっている。

「少尉、もう少し、高度は取れんのかね?理論上は、18000までは固いはずなのだが。」

・・・このMADめ。
無線に割り込んできた元凶の乗っている管制機を思わず睨みつけたい衝動にかられる。
声の主は、アーデルハイト・フォン・シューゲル主任技師。
睨みつけたからといって、問題が解決するわけではないので行わないが。
このまごうことなきMADの作品を試験する羽目になるとは、人生は実に理不尽だ。

「ドクトル、無理を言わないでいただきたい。」

防寒服よりも電熱服でもない限り、これ以上の高度は飛べない。
そもそも、なぜ、このような高度実験をしているのだろう?
酸素ボンベに一発被弾すれば、愉快なことになるのは自明だ。
仮に、電熱服を着こんで、この世界に耐えられたとしよう。
その電気を演算宝珠に依存するとすれば、さらに、魔力消耗度は跳ね上がる。
この高度で意識を失わない保証がない以上、パラシュート装備は必須。
しかし、意識を失ってのパラシュート降下とは、実戦ではただの的だ。
趣味でやらされているのではないかと本気で勘ぐりたいのだが。

「まだ、魔力に余裕はあるはずだ。演算宝珠の負荷もまだ許容値以前の水準だろう。」

「ドクトル、遊びがなさすぎますよ。この欠陥宝珠め、いつ火を噴くかわからないんですよ!?」

前回の上昇速度実験は、本当にひどかった。
同調がわずかに狂った瞬間にバランスが崩壊。
原因は、魔道バイパス回路のほんのわずかな伝導速度のずれ?
原因を知らされた時は、どんな精密さを要求しているのだと、本気で叫びたくなった。
演算宝珠内部で魔力暴走で、核が過負荷に耐えきれずに魔力爆発。
咄嗟に、バックアップの通常演算宝珠で抑え込んだが、あれは、高度4000程度だからできた代物だ。
高度12000で行いたいかと言われれば断じてノーだ。
仮に、こいつが火を噴いた場合、パラシュートが燃えれば後は大地と激烈なキスを交わす羽目になる。
ファーストキスに思い入れがなくとも、誰だってそんなことは、嫌だろう。

仮に、火を噴いたとして、投げ捨ててしまいたいが、機密の塊としか表現できない試作演算宝珠である。
そんなことが、許されるわけがない。
可能な限り、こいつを無事に回収させなくてはならないのがテスト要員の使命なのだ。
だから、慎重にならざるを得ない。
こんな、一輪車で綱渡りをしながら、ナイフのお手玉と、火の輪くぐりをするような遊びの無さの演算宝珠でだ。
ガンガン高度をあげるなぞ、馬鹿のやることか、自殺志願者のどちらかでしかない。

「私の最高傑作に、言うに事欠いて、欠陥宝珠だと!?」

ああ確かに、性能は最高だよドクトル。
この4発の同調機構を曲がりなりにも実現したことそのものは、恐ろしく精密な技量だ。
従来のものと同じだけの機能をこれほど小型化した核で実現したのは、まさに天才的だとしか言えない。
だが、だからこそ、頼むから使う人間の事を考えて作っていただけないだろうか。
ドクトルの作品に合わせて人間がいるのではなく、人間に合わせるべきだということを理解してほしいのだが。

「ドクトル、お願いだから無線機で大きな声を立てないでください。」

「黙りたまえ!まず、先に発言を取り消したまえ!」

ああ、もうこの専門バカどころか、精神的餓鬼め。
本当に頭の痛い限りなのだが、よりにも寄ってこいつは、主任なのだ。
こいつが主任で私が首席テスト要員。
つまり、どうあってもお付き合いせざるを得ない関係だ。

「ですから・・」

ッ!?
あああ、畜生!
また同調が狂った。
ただちに、魔力供給を緊急カット。
同時に、演算宝珠内部の魔力を緊急排出。
一動作でただちに緊急措置を実行。

思った以上に、前回の教訓を取り入れた安全機構は有効に機能。
だが、演算宝珠内部の魔力が完全に排除できたというわけでは無し。
各核がそれぞれてんでバラバラに魔力をぶつけ合い、回路が一瞬で吹っ飛ぶ。
散々要求した外殻の強化が間に合っていたこともあって、辛うじて実害なし。

「管制。確認しているだろうか?パラシュート降下する。」

この高度では、予備の演算宝珠を起動するよりも先に、パラシュートを開いたほうが安全だ。
なにより、ここは帝都。パラシュートでゆっくりと降下しようとも狙われる心配は無用。
さしあたり、現状では深刻な問題はない。おとなしく、着地に備えるくらいか。

「了解しまし、ちょっ、ドクトル、止めてください!離れて!離れて下」

だが、管制機の方は、こちらとことなり、問題だらけのようだ。
無線を通じて、聞こえてくるのは、なにか揉め合うような音。
どうやら、無理やり無線機を奪い取ろうと、誰かが横暴にも暴れているらしい。
才能と、人格が一致しない事例は多々あるとはいえ、これほどひどい人物を見る機会が我が人生にあったとは。
よほど世界に嫌われたのか、悪魔が私を呪っているのか。

「デグレチャフ少尉!またかね!?」

どうやら、通信員の奮戦も空しく、無線は邪悪な科学者に奪取されてしまったらしい。
彼が無線機を守るべく敢闘したという事実には感謝しなくてはならないだろう。
そして、彼が力及ばず邪悪な科学者が私の前に立ちはだかるという以上、自衛権を行使せざるを得ない。
まさか、自力救済の世界になっていたとは。
法律は本当に、どこに行ってしまったというのか。
今ならば、法学者に心の底からの敬意と、尊敬を払うので、ぜひとも法秩序の再興を為してほしいところだ。

「言わせていただければ、私こそ、またかと言いたいのですが!」

なにしろ、最初は単純な爆破系干渉式でさえ、妙に凝った複雑な機構故にまともに動かなかった。
飛行試験をと言われた時は、飛ぶことの偉大さと大変さをこれほど再確認させられる羽目になるとは思わなかった。
安全機構を、機能美がないだの、バランスが崩れるだの言われた時は、思わず撃ってしまいそうになった。
ようやく、辛うじてまともに試験ができるようになった瞬間に、変な試験項目とオプションが加えられた時は、転属届を発作的に提出してしまった。
却下されたが。
理由?
まともに、実験まで行けたのが私だけだからそうだ。

前任者達の屍を越えてゆけとさ。

てっきり修辞学的な意味かと思っていたが、どうもそのままの意味らしいので、帰りたいのだがね。

「君が、集中をとぎらすからこういうことになるのだ!それでも軍人かね?」

軍人だとも。
なりたくてなったわけでも、楽しい職業でもないけど、軍人だ。

「御冗談を!私の職責は兵器を扱うことであって、欠陥機械のご機嫌とりではありません!」

少なくとも、私の仕事はライフル担いで、演算宝珠片手に戦争することであって、欠陥機械抱えて、自爆する事じゃないはずだ。
いくら、軍隊といえども壊れたライフルか、狂った演算宝珠を支給されれば文句の一つも言う権利はある。
まして、魔導師の装備とは、過酷な現代戦において、信頼性と堅牢さが不可欠というのは子供でも知っている常識のはずだ。
魔導師に限定せず、軍用の装備というのは、そもそも頑丈でなんぼ。
ワンオフの妙に凝った作りなど、はっきり言って戦争向きではない。
競技用のレースカーが、まともな実用に耐えないのと同じで、全く無意味だ。

「なに?また、欠陥と言ったのかね!?」

ワールドレコード競争でもやっているならば、ともかくだ。
このMADめ、まともに兵器開発する気があるのか?
明らかに、趣味の世界で、やっているのではないのか?
兵站総監部も、兵站総監部で、どうして、こんなことを許しているのだ?
本当に、世の中は不思議な事ばかりというほかにない。

「こんな高度で、突然壊れる演算宝珠のどこが、まともな兵器ですか!」

航空機だって、エンジンが突然止まるようなものは、殺人機よばわりされる。
酷いクラスの欠陥なら、未亡人製造機の栄光を授与されるほどだ。
其れに比べたって、この演算宝珠はそもそも動くことそのものが奇跡な水準だ。
すぐ壊れる上に、出力は安定性に乏しく、おまけに信頼性は皆無。
兵器以前の問題の気がしてならないのだが。

「君らがホイホイ壊すからだ!どうして、君達は、そんなに簡単に精密機械を壊せる!」

「壊れるような構造で作るからでしょう。軍用ということの意味を御理解しておられるのですか?」

本当に、軍用ということの意味を絶対に理解していないのだろうな、と思わざるを得ない。
確かに、軍の要求したスペックはことごとく満たしている。
大幅に上回る水準であるとさえ言ってよいだろう。
実用高度が、簡易とはいえ、爆撃機の迎撃可能性を持ち得ている時点で、魔導師の戦術的価値はさらに跳ね上がる。
瞬間的な火力の増大に関して言うならば、理論上は4倍だ。
従来の魔導師が持ち得ていた攻撃力を飛躍的に跳ねあげられるということは、間違いないだろう。

まともに、こいつが動きさえすれば、の話だが。

はっきり言って、稼働率と整備性が最悪だ。
本来の演算宝珠は、一か月に一度程度簡易なメンテナンスを行えば、問題なく動く精密機器だ。
一度使用するたびに、技術スタッフ総出でメンテナンスをせねばならないなど論外極まる。
それも兵站総監部という最も充実した後方支援設備を有する研究機関の技術スタッフでだ。
先行技術検証という意味合いはあるのだろうが、どの程度反映されているのか果てしなく疑問が尽きない。

「この4機同調という技術が、どれほど、革新的であるのかどうして理解しない?」

「革新的であるのは、認めますとも。ですから、まともに動くものを作っていただきたいと何度も申し上げた。」

「理論上、動くではないか!」

頭が痛い事を、本気で言ってくれる。
理系の人間と付き合う時に、たった一点だけ注意すべき点がある。
それは、特に優秀な科学者や技術者の場合に留意すべきことだ。
すなわち、MADか、どうかというただ一点だ。

ちなみに、天才とMADの区別は実に簡単だ。
私が、殺したいのがMADで、平和に会話できるのが天才だ。

「ドクトル、私は実用的な水準を望んでいるのですが。」

「そのための、実験ではないか!PDCAサイクルも知らないのかね!」

PDCAサイクルなら、熟知しているともドクトル。
だから、ぜひとも言わせてほしい。
もう少し、まともなプラン立案と、チェックをしてほしいと。
やらされる側にしてみれば、たまったものじゃないレベルの欠陥が多すぎる。
安全機構が組み込まれなければ、本気で投げ出しているレベルだ。
その水準とて、必ずしも十全ではない。
今回は、どうやらまともに動作したようだが、それでも、完璧には魔力暴走を封じ込めるには至っていないのだ。
万が一、酸素ボンベにでも引火すれば、愉快とは程遠いことになっていた。

パラシュートも、防刃繊維に防火加工を施して作られた特注品だが、これだって、100%の安全を約束するものではない。
万一意識が飛んだ場合、自動で開くかどうかの不安はあるし、なにより、爆発の規模いかんでは碌でもない体勢で首をつりかねん。
地面に降下したら、こんどこそ本気で転属願か、出向から出戻りできるように、人事部にかけ合ってやる。
このままでは、いくら命があっても本当に足りない。
この際、教導隊で本格的に活動できるように、嘆願したほうが、いいかもしれないだろう。


視点変遷:兵站総監部会議室


・・・これは、また、随分と本気で転属を願っているようだ。
なんと、これで、4度目である。
そのたびに、切実さと、懇願の度合いが高まっていくのだから、よほどだろう。

届けられたばかりのデグレチャフ少尉による嘆願書と転属希望要請に目を通して、兵站総監部技術局では管理職がことごとく頭を抱えていた。

「で、どうするのかね?受理するのか?」

「論外だ。あのシューゲル主任技師が求める水準に、曲がりなりにも到達したのは彼女だけなのだぞ」

才能だけ、というよりも才能しかないにしてもシューゲル主任技師のそれは突出していた。
基礎分野のデータ収集という一面と、先進技術の開発・検証という目的で控え目に評しても意欲的な要求水準であった、95式要求概要にカタログ上とはいえ、応じているのだ。
純粋に技術の研究という面から勘案した場合、95式のもたらしたデータは大きな成果を上げていると言える。
しかし、それは研究という分野からのみの評価を行った場合だ。
研究機関としての性格は、それで良いとしても兵站総監部としては総合的な判断を求められる。

「だが、95式を辛うじてにせよ、まともに使えている。それだけの才をすりつぶすのは、惜しい」

デグレチャフ少尉以前に、殉職した人間のリストは、決して短くはない。
しかも、厄介な政治的事情として次期演算宝珠の座を求めるのは、何もエレニウム工廠だけではないという事情もある。
ここで、銀翼突撃章保持者を殉職させた場合に惹き起こされる政治的なごたごたは、可能な限り回避したいと誰だろうと願わざるを得ない。
まして、そのデグレチャフ少尉は、これからさらに才能を飛躍的に伸ばしうるのだ。
使いつぶせるかと言えば、さすがに惜しい。
軍上層部が、出向には同意しながらも、教導隊所属としたことも、上からのメッセージだ。
いじくりまわすのまでは許すにしても、生かして返せということだろう。

「その、95式も失うには余りに惜しいから、こうして苦悩する羽目になるのだ!」

本来であれば、それほどの厄介さが付きまとう試作兵器はお蔵入りするのが普通だ。
しかし、そうした通常では考えられない程の優遇を95式が受けられたのは、その可能性故にである。
ある程度のリスクは許容してでも、莫大なリターンが見込める。
そう判断されてきたがゆえに、95式には湯水のように予算が投入され、ここに至っている。
少なくとも、可能性の入り口は見え始めているのだ。
行けるのでは、ないだろうか?そう、考えてしまうほどに、リターンは大きい。

「4発同調という技術的な意義は認める。だが、ほとんど実用化の目処は立っていないではないか!」

無論、反対派としてもその技術的な意義は認めるに吝かではない。
その革新性を評価しないわけでもない。
だが、彼らにしてみれば、それはあまりにも高い買い物であり、しかも本当に買えるのかすら不明な代物だ。
現時点で可能であるかと言われれば、眉唾ものだと感じている。

「技術レポートを読んだかね?デグレチャフ少尉の分析は、なかなか卓見だ。魔力がいくらあっても足りないというではないか」

10歳という子供の書く内容では無いな、という驚きもあった。
だが、技術レポートの内容そのものは、全うかつ極めて卓見であった。
なにしろ、この時点で魔力保有量が人並みにある魔導師だ。
将来性は保証されたようなものだろうが、その魔導師でさえ、魔力不足でまともに運用できないと悲鳴を上げている。
いくら、技術検証が目的とはいえ、これは4発という仕様の構造上の欠陥でしかない。
瞬間的な火力は増大するかもしれないが、継続戦闘可能時間の減少はとてもではないが、これほどを許容できるものではない。
技術検証の重要性は、こうした先進技術の欠点を洗い出すことにあるとはいえ、これはどうしようもない。

「もとより、先進技術の検証と試行目的だ。その程度は、許容範囲に留まる。」

その点に関して、どうしようもないというのは、同意する。
しかし、それが技術検証という目的に特化した場合、運用上の制約はさほど重要ではないというのが技術派の見解だ。
周辺列強に対する技術競争は過酷な水準であり、彼らは彼らで、95式の可能性に賭けざるを得ない。
技術的な競争で後れを取る事が大きな脅威である一方で、優越できれば圧倒的なリターンが見込める。
その可能性という基準で評価した場合、彼らは95式の全ての費用を是認し得た。

「技術的な意義はともかく、軍にとっては遊んでいる余裕はありません。」

だが、それは、技術者の見解であって、軍隊の理論とはまた別だ。
並みの演算宝珠ですら主力兵器並みの価格がするというのに、ワンオフの特注試作型だ。
信じられない金額をすでに飲み込んで、なお足りない?
即刻別の方面に予算をシフトしたほうが、まだ費用対効果がましではないか。
その主張もまた当然の理屈である。
帝国は強大で、軍事費が乏しいわけではないが、それとて有限だ。

「それでも、魔力変換固定化の可能性があるということは、継続するには十分すぎる理由では?」

「錬金術でも追及されるおつもりですか?有限の予算と人員はいつまでも浪費するわけにはいきません。」

魔力を演算宝珠で最適化し、現世に自らの意志を干渉。その干渉により、実態をもった現象を発現。
それが、基本的な魔導師が使う干渉式の原理だ。
当然、発現する現象は一時的なものになる。
爆発を引き起こそうという意志でもって、現世に爆発を発現したとしよう。
それは、一時的な現象であって、爆発を惹き起こした魔力は拡散し、固定化できるものではない。

ならば、固定化という意志を乗せればよい。

其のような概念事態は、演算宝珠が実用化されたかなり早い段階から検討されてはいた。
だが、魔力を魔力で現世に固定化するという発想は、極めて実現が困難であった。
楽観的な見込みによる研究や、実用化の試みは、現在に至るまでことごとく列強各国において頓挫している。

世界に干渉する意志に干渉し、それを現世にあるものとしてなす。

もはや、錬金術の世界の話だ。

なるほど、実用化すれば、質量保存の法則を無視しえる。
技術としての魔法ではなく、それは伝説や神話の魔法に分類できるような技術といえよう。

確かに、理論としてはすでに、確立されている。
膨大な魔力を必要とするために、最低でも双発の核で持って現象を発現。
同じく、その固定化のために、同数の核でもって、現象を固定化。
そのために、最低でも4発の核を完全に同調し、かつ別々のタスクを並行して行える精密制御。

これまでは、理論上の話でしかなかったのだ。

「すでに、4機同調は実現されているのだ。可能性は否定できない」

「完璧な同調が、全く見込めない状況なのですよ。唯一うまくやれているデグレチャフ少尉の稼働率でさえ、とてもまともなものじゃない。」

試験のたびになにがしかのトラブルが生じている。
無論、試作兵器という性質上、そのことはある程度は予想される範疇だが、これほど重大な事故が多発しているのは異例のことだ。
間一髪でぎりぎりデグレチャフ少尉が生き延びているのが実態だろう。
実際、稼働状況は辛うじて、動かせているというほかにない。
これでさえ、従来に比べれば、著しい進歩だというのだから、程が伺える。

「それにしても、何故彼女なのだろうな。」

逆に言えばだ。
彼女が従来の試験要員に比べてなぜ、成功したのかを探った方が解答は出るのではないだろうか?

「どういう意味ですか?」

「これまでの試験要員は、帝都防衛魔道大隊の精鋭。あるいは教導隊か前線で最低でも2000時間以上のキャリアがある魔導師だった。」

本来、試験というものは、それを評価し、分析できる人材によって行われるものだ。
実際に、兵器を運用する現場の人間の意見を取り入れつつ、技術的に洗練させていく。
そうした兵器開発の在り方からすれば、今回の試験要員は、これまでにないほど選抜されていたはずだった。
しかし、実際に試験が始まると、それにもかかわらず状況は一向に進展を見せなかった。
豊富な経験と、実績を持った人員がことごとく失敗。

「そのことごとくが、一度たりともまともに使えていない95式を、運用できるということは、特筆すべきことだ。」

そう。
95式の特異性故に無視されがちだが、何故、デグレチャフ少尉は運用できる?
言いかえれば、何故彼女は、先達と違うのだ?

「彼女の選抜理由は?誰が、推薦した?」

そして、そもそも誰が彼女を試験要員に回したのだろうか。
今さらであるが、人事を承認したのは確かに兵站総監部だが、そこに書類を出した人間がいるはずなのだ。
だとすれば、当然その選抜理由も記載されている。

「シューゲル主任技師が自分で選んでますね。なんでも、彼女ならば動かせる可能性が最も高いとか。」

「奴には、何故そのような事がわかるのだ?」

散々前任者たちが失敗したことを踏まえて、デグレチャフ少尉を欲しがるということは、なにがしかの確信あればだ。
肝心な事としては、その確信の理由だ。
実際に、ある程度の進捗が見られたということは、その理由になにがしかの意味があるということ。
思い込みだけと断じきれない以上、何故前線からそのような人材を欲したか?
彼女の特質、あるいは技能に由来するのか、それとも何か別の理由があるのか?

「既存のものに慣れ切っていないならば、従来の演算宝珠同様に、無茶な使い方はしないはずだと。」

なるほど。
確かな話ではある。
この4機同調という機構は、全くの別物だ。
これまでと同じ感覚で魔力を通すのは、難しいだろう。
そして、魔力の通し方に違和感を覚え、力ずくでねじ伏せるなと説明され、なんとなくでも理解できるのは子供の柔軟さだ。
彼女ほど早熟であれば、感覚の制御や、理屈の理解も不可能ではないし、それを実現する技量もあるのだろう。
大変結構かつ、順当な理屈だ。

そこまでは、理解できるとしよう。

「・・・おい。一定以上の力量があって、従来の演算宝珠に慣熟していない魔導師なぞそういるものではないのだぞ」

当たり前の話だが。
そんな都合のよい魔導師は、そこらへんに転がってなどいない。

95式で示されたことは、同調機構は、通常の運用には余りにもハードルが高すぎるということではないのだろうか?
つまり、これまでの魔導師をことごとく再訓練し、訓練体系を一変しない限り、到底使い物にならないと?
しかも、従来の演算宝珠よりも難易度そのものも高い故に、新兵の訓練も一からの再研究が必要になるだろう。
それらを実現したところで、同調機構のもたらすメリットと、費用を考えるとあまりにも高価だ。
運用がどれほど、職人技を要求されることになるかと考えれば、碌でもない事態というほかにない。

「予算も無尽蔵にあるわけでもない。やはり汎用性にかけすぎるのではないのか。」

「すでに、演算宝珠の安全機構といった新機軸のデータは揃いつつあります。ここらが潮時では?」

結論としては、やはり開発打ち切りが妥当ではないのか?
少なくとも、縮小すべきではないのか。
そうした提言が、会議場の空気を支配し始める。

「火力増強の可能性そのものは、あまりにも魅力的だ。なにも、4発で無くとも、双発にはできないのか?」

其れに対して、惜しむ側としては断ちがたい未練が未だにある。
まだ、火力増強ということを勘案すれば、2倍というのも悪いものではない。
4発に比較すれば、双発という選択肢はそれほど難易度が高くないのではないだろうか?
そのような見解で、運用上の選択肢を増大できないかとの意見が、惜しむ側からは提示される。

「それもそうだ。双発ならば、同調そのものは簡易になるのでは?」

「確かに、難易度は比較的ましにはなります。」

4機同調に比べれば。
双発は容易ではないだろうかではないだろうか?
其の質問に対する答えは、実に皮肉なことに開発推進派の技術部から出されることになる。
確かに、4機同調に比べれば楽だろう。

「ですが、それさえ複雑すぎ、かつ稼働率が低迷せざるを得ないというのが技術部の見解です。」

だが、そもそも同調という機構自体が新機軸で難解なのだ。
稼働率の改善も、さほど見込めるものですらない。

「それならば、いっそ演算宝珠を2個単純所有したほうが早いな。」

「前線で稼働率が低いなど、話にもならん。そうしてみれば、同調技術は未だ時期尚早か。」

開発打ち切り。
それが、出された結論である。



視点回帰:デグレチャフ


世の中には、良い知らせと悪い知らせが混在しているものだ。
上手い話など、そうそう転がっているわけもないということである。
確かに、この欠陥宝珠の開発打ち切り通達と、私の教導隊への帰還は、喜ぶべき事態だ。
まだ、正式な決定ではなく、内々の通達に過ぎないが、おそらく本決まりだろう。

だから、これ以上命を危険に晒さなくてよいというのはこの上ない朗報だ。

で、最悪なのは、どの道これ以上開発できないのであれば、リスクが大きすぎてできなかった実験をやろうとMADが開き直ったことである。

落ち込むとか、へこむとかしていればよいものを。
どこからか電波を受信する機能までMADは備えているらしい。
突然、天から天意のアイディアが降ってきたと絶叫し、『今ならやれるのだ!!!』と叫び散らしていた。
当たり前のことであるが、このMADですら、普通の精神状態ではリスクが大きいと判断する実験である。

碌でもない事態しか想像できない。
だが、開発打ち切りということもあって、これ以上付き合わなくていいならばと、スタッフも消極的な抵抗に留まってしまう。
故に、ここまで生き延びておきながら、本当にどうしようもない実験を、私が行うことになる。
まともな常識ある科学者ならば絶対に眉をひそめるような代物だ。

なんでも、95式の開発における最終目標はもともとこの実験の成功にあるらしいが、成功率は失敗するとしか思えない。

その実験を、複合多重干渉誘発による、魔力発現現象の空間座標への変換現象発現固定化実験。
通称、魔力変換固定化実験というぶっ飛んだ空想上の産物である。

理屈そのものは、もっともらしい。
95式は、その精密な内部構造故に、脆弱とならざるを得ず、稼働率・整備性共に難があった。
故にこの課題を克服するためには、これを魔力でこの世界に同定し、固定化することで強度を確保し維持する必要がある。
そして、95式は理論上、4発同調機構の搭載により、これを可能としえる技術的素地を有す。
95式の技術的最終到達点に、駄目もとで挑戦してみることには、技術的課題を洗い出す意味でも大きな意義があるのだ。


実に其れらしいことを言っている。
だが、絶対にMADの好奇心由来なのは間違いない。
もしも、まともに成功する見込みがあるならば、本来もっと最初の時期にやっているにきまっている。
それを、この時期になって追及するということの背景を勘案すれば、本気で駄目でもともと。
上手くいけば、ラッキーぐらいの狂った判断でやってやがるに違いないのだ。

「少尉、準備は良いだろうね?」

何故、そう、うきうきとした笑顔までこいつは浮かべているのだろうか?
周りを見てみろと言いたい。
ここは、周囲に本当何もないだだっ広い実弾演習場の一角。
周囲には観測機器とドクトルだけ。
スタッフは大いに距離を取って観測機器越しにしかこちらをモニタリングしていない。
ようするに、誰だって爆発確定だと信じて、退避している。

「ドクトル、本気でやめませんか?試算では、最悪我々は演習場ごと吹っ飛びかねませんが。」

今回の実験は完璧に制御するか、吹っ飛ぶかの瀬戸際なのだ。
その完璧な制御という眉唾ものの達成を信じて疑わないのはドクトルのみ。
気が効いたスタッフはわざわざ医療チームを待機させてくれている。
それも、救命医療班と野戦治療施設一式の本格的なものをだ。

「それが、なにか?科学の進歩には犠牲がつきもの。それに、君だけではなく、私もここにいるのではないか。」

「正直に申しまして、その潔さを別のベクトルに向けていただきたいのでありますが。」

きさまは、自分の発明品で吹っ飛ぼうとも本望かもしれない。
それに、自業自得もよいところだろう。
だが、付き合わされる私が、MADの発明品で、こいつと心中しなくてはならないのはどういうことだと言いたい。
無理心中もいいところではないか。

「・・・?科学者足るもの、探究に忠実であるべき。つべこべ言わず始めたまえ。」

なら、勝手に死んでくれ。
できるだけ、周りに迷惑をかけずに。
それが無理なら、せめて、私に迷惑をかけずに。
第一、科学者ではなく、私はこの場では軍人で子供なハズだが。

「私は、軍人です。」

「じゃあ、命令だ。とにかく、さっさとやりたまえ。」

なんとたること。
まったくもって、どうしようもない。
確かに、その通りだ。
ちくしょう。

「・・・95式へ魔力供給開始。」

「観測班了解。無事を祈る。」

その、どなどなが聞こえてきそうな通信は止めてほしいのだがね。
できれば、今すぐにでも、実験中止を宣言してくれないものか。

私の不安げな表情を察したのだろう。
めずらしく、というか初めてドクトルが私に微笑みを向ける。
まるで、安心せよと言わんばかりの表情だが、一体何を安心せよというのだ。

「なに、安心したまえ。成功は約束されたようなものだよ。」

「・・・ドクトル、一体どこからそのような自信が?」

MADがサイコであったとしても、私は一向に驚かない覚悟はすでに決めているのだが。

「なに、簡単なことだったんだよ。」

「と、申しますと?」

「私は、主任技師。少尉が、首席試験要員。つまり、我々が反目せず、協力すれば事を為すは容易いということだ。」

・・・まあ、尤もな理屈ではある。
今さらではあるし、開発がここまで迷走し、打ち切りが決まったような時に悟っても遅いのだが。
それでも、まあこのMADがそれを理解できたということは、奇跡であるには違いない。

「なるほど、その通りではありますな。」

「だろう?そして、私は先日天啓を得てね。」

「・・・天啓、でありますか?」

なんだろうな。
言葉の綾だろうに。
何故か、嫌な予感が。
それも、超ドレッドノート級の嫌な予感がするのだが。

「そうだとも。我々が共に、神に成功を祈願すれば、信ずるものは救われようとな。」

「・・・・・・・・・・は?」

思わず、疑問が素直に口から洩れる。
神に、成功を、祈願する?
この、科学者が?
正気か?
いや、打ち切りで気が狂ったのか?
ありうる話だ。
今すぐにでも、安全機構を作動させるべきか。
いや、まずは魔力供給量を絞るほうが重要だ。

「驕らず、謙虚な気持ちになるのが重要だということだが。」

「いえ。その前なのですが・・・。」

まずいまずいまずい。
こいつは、本気で、なにか、電波を受信している。
あまりにも普段から狂っているから、発覚が遅れていたらしい。
よりにもよって、こんな時になって、この事態に気がついても手遅れだ。

「いい機会ではないか。二人で、神に成功を祈ろうではないか。」

「ドクトル、貴方は無神論者では?」

「発明の神が私に舞い降りたのだ。私は、今や敬虔な信徒だよ。」

やばい。
事態は、もうどうしようもない。
95式は、製作者同様に、どうしようもなく狂い始めた。
魔力でコーティングの制御をしているが、もう制御が効かない。
回路の調子も違和感しか感じられない。
このままでは、魔力暴走一直線。
だから、安全機構を作動させたいのだが、なぜか、機能していない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

魔力を引き抜こうとすると、全体のバランスが崩れて崩壊確定。
しかし、魔力を注ぎ続けると、何れ制御が効かなくなり暴走が待ち受ける未来が確定。
なんだろうな。
悪魔の契約を迫られているような気分は。

「我らが発明の信徒となり、祈願すれば成功は間違いないのだ。」

「・・・ちなみに、私が祈願せねばどうなりますか?」

「まあ、二人して殉教というところだろう。」

あっさりといってくれる狂人。

「今すぐに、メディックを呼びましょう。或いは、私が楽にいたしましょうか?」

今なら、こいつだけでも始末してしまった方がいいかもしれない。
どうせ死ぬなら、せめてこいつだけでも自分で殺しておかねば納得できない。
こいつを殺して、こいつの欠陥宝珠に殺されれば、まあお互いむかつくとしても因果応報だろう。

「落ち着け少尉。君も神に会ったことがあるのだろう?お互い、神を信じれば救われる。」

おい。
ちょっとまて。

「魔力係数が、急速に不安定化!?魔力暴走です!」

「そんな!?核が融解寸前!総員退避ー!!!!!!」

観測班の悲鳴を耳にしながら、私は意識をうしなう一瞬前に、間違いなくあの悪魔。
存在Xが、にやりと笑うのを確かに実感した。
ああ、そうだった。
あれは、超常の存在。
人間を弄ぶろくでもない悪魔だった。

“図ったな!?悪魔め!!!!!!!!”

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あとがき

うん、MADが、投影魔術の消えないバージョンを求めたようなものです。

そういえば、大戦中ドイツの兵器開発は意味がわからないものを本気で大量にやってましたね。

技術開発というより、もはや趣味な気がしてならないのですが。

一応この世界の情勢を参考までに
帝国:ポーランドぼっこぼっこにしてやんよ!
世界:ファニーウォー

そろそろ、次の局面。
本格的な大戦争を?
でも、勝ち戦はつまらないので、飛ばす予定です。
サクサク進めて、赤ひげの王様にお会いしなくてはなりません。

ZAPしました。
ZAPZAP。
ZAP



[24734] 第九話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 00:40
状況を説明しよう。
上が間抜けだった。
だから、こうして、前線で飛んでいる。

説明終了。


それにしても、空を飛ぶのは、実に恐ろしい。
姿を隠せる遮蔽物が雲以外に乏しく、身を守ろうと思えば、せいぜい身を丸める程度しかできないのだ。
魔導師は、ある程度は頑丈だ。
だが、頑丈だからといって死なないわけではない。
近距離でばら撒かれるライフル弾程度ならば、防御できる。
だが、貫通力重視の狙撃兵や、そもそも口径からして別次元の機関銃の前に立ちたいかと言われれば、断じてノーだ。
それでも、戦術上の優位を欲するがために、上は、飛べと命じてくる。

しがない一少尉としては、サラリーマン同様に、職務規定に従うほかにないのだ。
泣きたいことに、私は軍人で、しかも航空戦技に関しては士官学校で空戦技能章を授与されるほど頑張っている。
今さら、飛べませんという泣き言は通用しない。
だから、嫌々飛んでいる。
地上軍に先行する形で前方警戒線の斥候要員兼航空警戒要員というやつである。

「ホークアイ03より、ヴァイパー大隊。」

前方で鵜の目鷹の目で敵を探し、発見次第進撃中の友軍に伝達。
後は、接近中の敵集団と一定の距離を保って接敵しつつ情報を継続して収集。
場合によっては、直掩集団の誘導といった管制を兼ねる。

早い話、我が帝国軍地上軍を狙っているありとあらゆる軍隊にとって、真っ先に叩き落としたい的だ。
なにしろ、放置しておいていいことは何一つとしてない。
だから、最初に落とす。
こちらも、同じように、相手の前衛斥候を叩き落とす以上、お互い様というべきかもしれない。

「前方より、高速接近中の群影を感知。」

が、それはあくまでも飛んでいない人間の意見だ。
飛んでいる魔導師にしてみれば、たまったものではない。
敵を直接撃つ訳でもないのに、真っ先に狙われるのだ。
一番割に合わない。

無論、嫌々飛ぶ以上、身の安全は最大限配慮している。

通常の魔導師では、到達し得ず、敵航空機の襲撃時には、接近前に急降下して逃げ切れるぎりぎりの高度。
地上からの対空砲撃に関しては、下方に全力で防御膜を形成しているので、一撃程度ならば耐えられるだろう。

高度8000。
主の加護を受けし、95式様々だ。

詳しい理由?
呪われているからであって、不本意極まりない状況故にだ。
話したくもないような事情が背景にある。
昔読んだ漫画で、秘密は女性を美しくすると呟いた犯罪組織の一員のお方がいたが、あれは間違いなく嘘だ。
主を讃えることしかできない私には、内心の自由を回復したくてたまらないのだ。
まあ、いろいろと考えるよりも先に、目の前の仕事をやっつけでもよいからやっておかなくてはならないが。

「3時方向より、推定中隊規模の魔導師隊が急速接近中。」

西方からの進撃。
私が、こうして敵の的になる羽目に陥っている諸悪の根源ですらある。
つまるところ、間抜けにも西方からの進軍を招いた上の責任だ。

なにしろ、帝国は北方戦線に傾注していた。
戦果の拡大を欲して、本格的に蹂躙し始めた。
征服による併合すら、夢見ていた兆しがあるほどだからだ。
ここで、重要となってくるのは、地理的な条件である。
北方は北方方面軍という名とは裏腹に、実質的に北東の戦線を担当していた。
東方軍の支援が主たる戦略課題なのだ。
そのため、大規模な侵攻作戦を行うに際しては、動員した部隊が侵攻部隊として割り当てられる事となる。

これによって、問題が複雑化した。
あるいは、極端になったとも表現できるだろう。
軍隊の動員とは、事態をいろいろと加速させるのだ。
主として、悪い方向に。

長年の国境紛争や、領土問題に加えて過去数度にわたる局地的戦闘といった衝突を抱えていた西方の問題も再燃せざるを得ないのだ。
なにしろ、留守を撃てるとすれば、西方地域が大人しくなるわけもない。

それに、西方地域にしてみれば、この期を逃すわけにはいかない。
主力が北東にある時を狙う。
その考えは実に正しい。
なぜならば、放置しておけば、やがては北東の圧力から解放された帝国と対峙せねばならないのだ。

だが今ならば、東方への牽制から、東方軍が動けずに、本来西方軍が有していたであろう侵攻戦力が留守。

何しろ、こちらが軍を動員し、北東に戦力を投入している状況において、西方も沈黙し得るものではない。
最初はあくまでも、軍の動員には当然軍を動員することで、対抗せざるを得ないために動員したに過ぎないだろう。
だが、こちらの主力が、北東に赴いているとすればどうか?

相手は、軍事的にみた場合、主力が遥か彼方の戦線に投入されている。
自らは、動員が完了した戦力を相手の前線に完全に配置している。

なるほど、純粋な時間で見た場合には、一撃で北方戦線はけりがつきつつあるだろう。
まさに一瞬といってもよい。
だから、戦争の早期終結という発想は成立し得る。

だが、軍事的にみた場合あまりにも大きな時間をそこで必要とするのだ。
国の崩壊が数ヶ月というのはあまりにも、急激かもしれない。
しかし、軍事力が数ヶ月拘束されるということは、あまりにも長い。
長すぎるのだ。
今日の軍隊は数週間もあれば動員を完了し、完全充足の軍隊で、大挙して進軍し得る。

「さらに、1時方向より大隊規模の地上部隊を確認。加えて、機種不明なれども航空機複数が急速接近中。」

北方戦線で勝利を収めることを優先した。
つまり、戦略的な判断だと、上は強調しているが、要するにだ。
愚かにも、単純に裏をかかれただけだ。
もしくは、間抜けにもこの事態を想定していないかのどちらかだろう。

どうも、うちは軍隊が国家を所有しているような軍事国家で、外交下手というイメージがぬぐえないのが怖いところである。

『それは、帝国にとって、二正面作戦を避けるための秘策であり、新秩序の誕生を告げる砲火の咆哮でもある。』

などと、新聞やラジオは喚いているが、前線で戦う兵隊にしてみれば、そんなことはどうでもよい。
一発の銃弾や、一回の援護の方が切実に望まれている。
せいぜい、塹壕で退屈しのぎにジョークを作る以外には使い道のないプロパガンダなど、後方の連中にでも聞かせていればよいのだ。
前線では、大義や、理想よりも、現実が極端に重んじられる。

「敵前衛魔導師集団、我を感知した模様。なおも急速接近中。」

どう言葉で取り繕うとも、現実は実にシンプルイズベスト。
要するに、西方の方面軍は主力が戻ってくるまでサンドバッグにならざるを得ない。
卑近な事例で申し訳ないが、もっと具体的に言うとこの空域では私から。

教導隊やら、先行量産型を受領し実用評価を任務とする評価部隊などは、残留部隊といえども基本的には充実した戦力を持っている。
何故、前線で戦わなくてよいかといえば、本国において全軍の質的改善に努める方が、長期的には利益が大きいからだ。
精鋭をすりつぶすよりも、その精鋭が幾多もの部隊を精鋭に育て上げさせる方が、当然利益は大きい。
だが、誤解しないでほしいのだが、彼らはやはり精鋭部隊なのだ。
何かあれば、当然のごとく戦力として期待される。

具体的には、予想もしない火事が起きた時の火消し役としてこうして、表に立たされることとなるのだ。


「我、空域より退避す。貴隊の武運を祈る。」

敵から嫌われるのは簡単だが、友軍から嫌われるのはもっと簡単だ。
正々堂々と見捨てればよい。
もっといえば、助けられるにもかかわらず、自己の安全を優先すれば完璧だ。

「ヴァイパー大隊了解。貴官も無事で。」

つまりは、こちらに直掩を廻さずに防御に入っている連中のことだ。
まあ、地上戦力で互角。
魔導師の支援と航空援護があるという状況で、一介の魔導師を救うべく軍が動くというのはありえないのだが。
ありえないのだが、その連中に危機を知らせるということを体を張ってやっている魔導師に、それはやはり酷くないだろうか?

無論、自分自身が相手の立場なら、それが魔導師の仕事だと割り切るのでダブルスタンダードだとは理解するが。
仕方のないことだと割り切るほかないのだろう。
とはいえ、其れ相応の給料くらいは、求めても悪くはないはずだ。
双方の契約関係上、これほどの献身ならば、高給でも払われない限り、不平等もよいところである。

95式は、使いたくない。
この、神の恩寵篤き演算宝珠めに頼るのは、本当に嫌なのだ。



視点変遷:共和国第228魔道捜索中隊


「Golf1より、CP。敵哨兵と遭遇。」

「CP了解。付近の直掩と思われる。排除しつつ、敵主力を引き続き捜索せよ。」

運がない相手だと、思う。
中隊規模の魔導師。
それも、軍集団の先鋒を務める精鋭に追いかけまわされるのだ。
優秀なのだろう。
先にこちらの接近に気がついていたらしい。
すでに、実用的とは程遠い高度8000にまで上昇している。
長くは持たないのだろうが、逃げを打つにはそれしかない。
こちらが、追撃を躊躇するような環境に持ち込むか、あとは、運を身に任せて低空のランダム機動しかない。
長距離進出している我々も、通常ならば、高度8000での追撃戦は忌避すべきだろう。
しかし、地上軍主力をむざむざと観測させるわけにもいかない。

「Golf1了解」

「聞いていたな?よし、Mike小隊は敵哨兵の排除。残りは私と強攻偵察だ。このまま突っ切るぞ。」

なによりも、帝国の警戒線が手薄な今こそが、共和国にとって唯一の勝機なのだ。
このような防衛線に時間を取られて、敵主力が引き返すに任せるわけにはいかない。
防衛線に一当てして、可能な限り情報収集。
可能であれば、撹乱と、突破起点の形成すら我々には期待されているのだ。
哨兵には悪いが、あまり時間をかけるわけにもいかない。

「了解、すぐに追いついて見せますよ。」

小隊長がそういうなり、Mike小隊は急速に高度を上げていく。
まあ、高度8000は、さすがに、共和国の精鋭といえども厳しい消耗を強いられる。
通常は4000が基本。よほど無理をしても6000までが実戦で耐えうるとされる高度だ。
その意味において8000を選択した敵は賢明だ。
実際、この追撃でMike小隊は消耗し、実質的に強攻偵察は2個小隊に規模を落とさざるを得ない。
戦力の誘因と遅延という観点からして、敵哨兵は極めて有意な貢献をしている。
とはいえ、そのように敬意を払うべき相手と、我々は戦争をしているのだ。

「Engage。Fox1,Fox1!」

戦域無線に耳を傾ければ、干渉式を封入した長距離射撃戦が開始され、逃げ切れないと悟ったのだろう。
Banditは急速に旋回し、獲物を手にMike小隊へ反転攻勢に出たらしい。

「Fox2,Fox2!信じられん!これをかわすのか!?」

いや、遅延による時間稼ぎか?
すでに中距離での応戦だ。
私の指揮する二個小隊からかなり離れた距離ではあるが、かすかにMike小隊が格闘戦機動を取り始めたのが確認できる。
混戦に持ち込み、時間をひねり出す?
悪くはないだろう。
だが、中隊ではなく小隊規模なのだ。
掻き乱すには少なすぎ、圧倒するには多すぎる戦力差だ。
勇気と決断に敬意は払われるだろうが、それは無謀という物。

「Tally-Ho!! Break!Break!」

私の判断と同じく、Mike各員は分散。
敢えて、格闘戦に応じる。
目的は敵の排除と、後続の支援なのだ。
奮戦する相手は知らないだろうが、どのみち、Mike小隊を消耗させようともすぐに後続が来る。

だが、それは、私の油断だった。

「Fox3!Fox3!クソッたれ!なんて固さだ!」

近距離故に、双方の射撃による応酬は当然激しさを増す。
だから、こちらの射撃が当たり始めるが、無線は、好機よりも、嫌な気配を漂わせ始める。
いや、嫌な予感しかしない。

「Mike3! Check six! Check six! ああ、畜生!」

「PAN PAN PAN!」

「なんなんだあれは!なんなんだ!あいつは!ええい、Fox4!」

錯綜する無線。
何なのだ?
思わず双眼鏡でのぞき込み、目の前で繰り広げられている光景に思わず私は目を疑う。

空戦機動において、中隊随一を誇るMike小隊が、翻弄され、遊ばれている?

・・・ありえん。

魔導師は、あそこまで、あそこまで動けるものなのか!?

「Mike1? Mike1?」

気がつけば、すでにMike小隊は半身不随だ。
1と3は落とされ、4は演算宝珠をやられたのだろう。パラシュート降下中だ。
2が辛うじて、持ちこたえているが、あれとて長くは持たない。

「くそっ、Bravo,Golf反転、Mikeを援護するぞ。」

ありえん。
魔導師にいくら個体差があるとはいえ、ここまで一方的とは。
帝国の魔導師は確かに一部にチューンされた特機と称される演算宝珠と、生まれ持った高出力魔力で武装しているのはいる。
だが、それとて、せいぜいツーマンセル相手に持つかどうかだ。
対魔導師戦闘で、各個撃破ではなく、小隊規模を相手取ってそのまま料理できるなど、想像もつかない。

「Bandit in range!」

すでに、Banditはこちらの射程に入っている。
距離はややあるが、決して長距離射撃をはずす距離ではない。
相手もそのことを理解しているのだろう。
急激に回避機動を取っている。
ほとんど、信じられないような乱数機動そのものとしか言えない。

「Fox1,Fox1!」

しかしなにより悪夢なのは、その防御膜の固さだ。
長距離射撃故に命中精度を優先したとはいえ、曲がりなりにも誘導干渉式に爆裂式くらいは混ぜている。
その直撃に微塵も動ぜず、応射してくるなど、何かの冗談かとすら思いたくなる。

「I'll engage! cover me!」

らちが明かない。
そう判断したのだろう。
golf2が、近接魔導刀を手に突進していく。
いくら固かろうが、近接戦で魔導刀を叩きこめば、無事では済むまい。
其の判断自体は、悪くない。

「Got it, Fox2,Fox2!」

「Bandit未だ健在!?そんなバカな!」

「golf2,Break!Break!」

だが、牽制と援護を兼ねた中距離射撃は、ことごとく防御膜に弾かれる。
それどころか、近接戦に持ち込もうとしたgolf2に至ってはMike2の援護があって辛うじて虎口を脱しているありさまだ。
加えて、敵からの射撃は、こちら側の防御膜をあってなきもののように引き裂き、あっという間に2機喰われた。

嵌められた!高度8000は、欺瞞行動。
こちらの分散を狙っての行動だ。
まんまと乗せられ、確固撃破される愚を犯している。

「MAYDAY MAYDAY MAYDAY!敵新型と遭遇!」

「糞ったれ!何が、楽勝だ!Golf1よりCP,ただちにRTBを要求する。」




視点変遷:95式評価委員会

新型兵器というものは、コストに加えて、整備性・稼働率といった前線でなければ評価しにくい要素も多い。
だから、急遽西方からの脅威に備えるということで試験的に導入された95式もめでたくコンバットプルーフされる事となった。
それも、極めて良い方向に予想を裏切る形で。

「それで、戦果は?」

「見事なものです。撃墜6、撃破2、未確認2です。観測班によれば、未確認2も帰還できるか果てしなくおぼつかないとのこと。」

駄目でもともと。
それが、奇跡的に実験に成功したというから、試験運用してみれば驚きの戦果だ。
確かに、デグレチャフ少尉は、銀翼突撃章を授与されるほどの戦上手ではある。
だが、それとて混戦を幸いに、上手く増援到着まで持ちこたえられたということに過ぎない。

「実質的に、ほぼ単独で中隊を屠りました。」

そう。
相手が引いたから、全機撃破には至っていないというだけで、単独で中隊を駆逐してる。
この持つ意味は、圧倒的な質的優位以外の何物でもない。

「ふむ、まさか、これほどとはな。」

常識からすれば、信じがたい成果としか形容しがたい。
まさに、革新的以外の何物でもないだろう。

「ですな。エレニウム工廠での実績からすれば、よほどの欠陥機かと覚悟していましたが。」

蓋を開けてみれば、これまでの失敗続きとて、一気に許容できるような成果だ。
なるほど、コストがかさむのだろう。
製造も複雑なのだろう。
だが、これほどの成果ならば全てが許容し得る。
コストも、量産すれば案外かなり下げることも見込みうる。

「いや、実際に欠陥機以外の何物でもないのですよ。」

だが、そういったもくろみに対して、技術部が盛大に水を差す。
彼らにしてみれば、運用側の思考が手に取るようにわかるのだ。
革新的な技術。
革命的なまでの、質的改善への願望。
その全てが、技術部に言わせれば、不幸なことに幻想でしかないのだ。
夢からは、早く醒めてもらわねばならない。

「どういうことですかな?戦果としてみた場合、単独で望みえる戦果以上だ。」

「さよう。魔導戦の在り方を変えるような代物ではないのか。」

たしかに、それは事実だ。
だからこそ、95式は評価試験対象となったのだ。
4機同調による魔力変換固定化の実戦運用とその可能性。
その探究は、魔力を固定化し、弾丸のように保存し得ることの戦術的価値の探究に尽きる。
いつでも、好きな時にためておいた魔力を戦闘に活用し得る。
これは、魔力保有限界を事実上消失させた。
加えて、4機同調による4倍の出力実現。

はっきり言って、試してみたかった。
だから、投入してみた。

身も蓋もない言い方をすれば、技術検証以外の何物でもないのだ。

「成功例は、一件のみ。技術検証目的とした場合を除けば、大失敗ですよ。」

「他の事例は?」

一番の成功事例は、同時に唯一の成功事例なのだ。
まともに量産できるめどがあるかと言われれば、そもそも再現できるかすら怪しいと言わざるを得ない。
なにしろ、恒常的に暴発だの回路不備による自壊だのが起きている代物だ。
確かに、魔力で一度コーティングを成功させてしまえば、後は頑強だろうが、そのコーティングの成功率は絶望的水準なのだ。

「酷いのだと、前線で爆発事故を起こして小隊ごと駄目にしています。」

同調実験に失敗し、4倍の魔力爆発による相乗効果で、試験運用中の小隊が吹き飛んだ。
あれは、ひどい損失としか形容しがたい出来事である。
なにしろ、教導隊や先進技術検証団の精鋭が小隊規模で吹き飛んだのだ。

「・・・しかし、魔力をバーストできるのだぞ?捨てがたい魅力だ。」

運用側が、喰いついてくるのは想定し得る。
なにしろ、本当に魅力が豊富極まりないのだ。
これまでの、魔導師中隊に匹敵する火力と機動性に防御力まで単独の魔導師が保有し得る。
その可能性だけで、彼らは目の色を変えて、欲する。

「使いこなせているのは、デグレチャフ少尉のみ。彼女以外の検証要員では、吹き飛ばないのが最大の成果です。」

だから、釘を盛大に刺しておかざるを得ない。
技術的な革新性ということには、技術部も衝動的に探究の精神が刺激されるのは事実だ。
しかし、冷静になってみればその危険性や、困難さも一番よく理解できる。
理解できてしまう。

「成功事例があるのだろう?それの再現を行えばよいではないか。」

「・・・エレニウム工廠が消失寸前までいったのですよ?デグレチャフ少尉の成功とて、ほとんど偶然です。」

4機同調による魔力変換固定化は、想像以上に危険が大きい。
奇跡的に成功したが、失敗していればエレニウム工廠を吹き飛ばすには十分すぎる量が観測されているのだ。
当然、まともに考えて、それほどの規模が消失するような実験を何度も失敗させるわけにはいかない。

「偶然とは?」

「核が魔力暴走で融解しかけた瞬間に、暴走した干渉波が一致したがために辛うじて、融解寸前で同調。」

要するに、制御できなくなった魔力が、勝手に上手く絡み合ったということだ。
検証しようにも、偶然としか形容しがたい。
敢えて言えば、魔力が暴走し、上手く調整し得れば、可能性がありうるという結論だが、結論とも言えないような代物だ。
まともに再現できるものではない。
雷が落ちて、その結果できあがったオブジェがたまたま立派な形をしたというのを、再現せよというに等しい。

「それによって、暴れていた魔力が魔力変換固定化を起こした。要するに、ほとんど奇跡の偶然です。」

実験の報告書にシューゲル主任技師が、『神の御業』故に成功したと記載したことからして、その奇跡の度合いが推し量れるというものだ。
ほとんどありえない事態。
それが、たまたま人の理解を越えて起きてしまったようなものなのだ。
95式を作り上げたシューゲル主任技師からして、この継続開発を断念してるのだ。
彼でさえ、この演算宝珠は神にでも選ばれねば使えまいと最終的に結論している。
この事からも、その至難さが推し量れる。

「つまりは?」

「よくわからないものを、よくわからないまま、無理やり運用しているのが実態です。」

技術の成果を試験的に試してみたい。
たまたま実戦の機会があったがゆえに、投入してみよう。
投入してみたら、大きな成果が上がった。

要するに、そういうことくらいしか、わかっていないのだ。
原理の解明にも、再現にも、莫大な時間と労力を必要とする上に、その成功確率事態も、賭けるに値しないようなものしか算出できない。

「いっそ、デグレチャフ少尉を祭り上げたほうが、有効かもしれんな。」

「・・・同意いたします。そちらのほうが、寄与するところは大きいでしょう。」

ならば、いっそのこと。
こうした技術を宣伝し、相手に研究させるのではなく、個人の力量に起因させてしまった方がプロパガンダに使いやすい。
幸い、デグレチャフ少尉は銀翼突撃章をあの若さ、あるいは率直に言えば幼さで授与されているのだ。

その力量を賞賛するという意味では、そちらの方が賢明やもしれない。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
うん、更新はペースが落ちて申し訳ない。

今回は、95式という前回出てきた演算宝珠が何故か上手く機能していると認識してもらえるだろうか?

まあ、世の中には上手い話などあるわけもないから、いろいろと訳ありなのは御理解いただけると思う。

空戦の描写は、敵さんに限ってすこしやんきー風に。
これで、特徴を付けて区別してみようという発想です。

英語力?
うーん、日本の教育システムを信じてほしいとしか・・・・。

ZAP中です。
ZAPZAP
ZAP



[24734] 第十話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 00:42
「諸君、ゆゆしき事態だ。」

神域
その一角で、彼らは極めて誠実に苦悩している。
それは、実に真摯な意図からだった。
善意からですらある。

「すでに、承知の通り、信心深い人間は急速に低下。」

「文明の発展と信仰の両立は極めて困難である。」

より高次の世界へ導く。
或いは、最低限無干渉を貫く。
そのどちらにしても、輪廻というシステムを保ち続けるには、多くの限界が見えつつあった。

特に、発展し、人々が幸福になればなるほど信仰が崩壊するのだ。

システムにとって、これほどの悪夢は存在し得ない。

「例の検証結果は?」

「駄目です。超常現象だと認識しても、それ以上には。」

過激な大天使などは、超常現象を惹き起こすことで、信仰心をよみがえらせるべきだと主張。
モーゼの例に倣って実行すべきだとし、試験的に超常現象を発現させてみてはいる。
だが、結果はとても成功とはおぼつかない。

何れ、科学が解明し得るだろう。

それは、あくまでも現時点で理解し得ないという程度。
未解明という程度であって、探究と研究の対象でしかないのだ。

「やはり難航しているのですか。」

「なぜだろう。昔は、語りかけるだけで、神だとわかってくれたものだが。」

「時には、あちらから、呼びかけすらありましたな。」

そう。

人々の信仰が篤い時は、語りかければよかった。
そうすれば、彼らと意志を疎通することができたのである。
それどころかあるものは、自発的にこちらに呼び掛けさえしてきた。
だが、今となってはそれも最早ほとんど皆無だ。

真に救いを求める声すら、碌に届けられないのだ。

どうして、こうなったのだろうか?

『成功事例を調べなおしてみるのも重要だ。』

その主張自体は極めて理にかなったものであった。
だから、彼らは崇高な理念と、使命感故に行動を開始し、神話の世界から現世までを網羅して調べ尽くす。
彼らにしてみれば、神話の御世も、過去の思い出に過ぎない。
当然、一つ一つを思い出し、調べ上げることはその意志さえあれば、成し遂げられる。

「・・・やはり、恩寵が存在したからではないでしょうか?」

出された結論は、ある意味とても、現実的なものとなる。

「どういうことだ。」

「過去、人間の文明があまりにも未成熟の時、彼らだけでは回避し得ない災害から彼らを守るために介入いたしました。」

現代において、先進国ではすでに嵐は、さしたる脅威ではない。
ハリケーンですら、国家を滅ぼし、屋台骨にヒビを入れることすら叶わないだろう。
大半の国家でも嵐や大雨程度は、はっきり言って都市機能をマヒさせる程度でしかない。
それは、一度の嵐で畑が全滅し、人が流され、一族が路頭に迷う時代とは全く異なる環境だ。

だから、神々は、人が欲しない以上介入を自重してきた。

そして、忘れられてきたのだ。

自立を促すことは、彼らを高次の概念へと成長させるために不可欠であった。
だが、それが、信仰心を欠落させるきっかけになるとは、長らく誰も予見し得ないでいたのだ。

古代の人々は、発展を神々の恩寵と讃えた。
ローマ帝国は、神々と共にあった。
ローマが滅びし跡に教会が中世を支配した。
だが、王権が神から与えられたものと王権神授説者は唱えた。
科学者は、信仰心から、世界の、神の作った真理を探究した。

それが、いつしか、この信仰心がごっそりと抜け落ちているのだ。

「ああ、最近は地上の文明も相応に発展しつつあるから、介入は成長を阻害すると判断し、独り立ちさせてありますね。」

「逆にだからこそ、我々の存在を認識しにくいのではないでしょうか?」

別に、彼らにしてみれば、発展を妨害する意図はない。
むしろ、それは本来の予定からしてみれば、望ましいことですらあった。
神の作りたもうた秩序を探究せん。
そうした、意図からの自然科学の発展は、むしろ、大歓迎ですらあった。

思考停止の礼賛から、本質を理解して、崇拝する。
其の理をもって、より高次の概念へと至る。
記念すべき第一歩であるとすら認識していたのだ。

だが、それが逆効果を今になってもたらしているとすれば、非常に深刻な問題を惹き起こす。
惹き起こさざるを得ないのだ。
それを是として、これまではぐくんできた世界は、あまりにも多い。

「うむむむむ、だとすれば難しいぞ。」

おもわず、一同揃って考え込む。
できれば、さほど大がかりな修正を要さない形で解決せねば、とても大きな労力を必要としかねない。
相当に、これは、厄介な事態だ。
しかも、放置しておけばしておくほど問題の悪化が予見される。

「だれか、打開策に提案は?」

ここで、期待を裏切らず智天使が考え抜いた案がある旨を説明。
一応の、基本方針には問題がないことを主張。
本質は、信仰心の忘却を補填する構造さえあれば、問題はないのだ。

「ですので、やはり信仰心を再興させるべく一部には微修正を施すべきです。」

概ねは、全体からも同意を得た提案。
しかし、それは、これまでの方針からすれば、具体的な方策というアイディアが出尽くしているようにも思える。

「その方針は、理解できるものです。しかし、具体的にはどうすればよいのでしょうか?」

「これは、確信を持てる提案ではありませんが、聖遺物を現世に新たに与えるべきではないでしょうか?」

「うん?どういうことだ?」

聖遺物ならば、すでに、星の数ほど大地に降ろしてある。
やや、国や地域によって数に偏りはあるかもしれないが、すでに十分以上の数を投入してあるはずだ。
そして、信仰心をはぐくむという点からしてみれば、あまり成功していない。
せいぜい、歴史的に珍しいという理由で珍重されているようなものだろう。

「既存のそれは、珍重されて厳重に保存されており、人々に知らしめるという役を十分に果たせておりません。」

しかし、その実態を彼らは知りえていなかった。
なにしろ、長い生だ。
聖遺物を人々に与えた、時の記憶は残っているが、さすがにずっとそれを覗き続けてきたわけではない。

実態を調査して、ようやく聖遺物が飾りになっていることに気がついたのだ。

「なるほど、だから信仰も祈りの言葉も忘れられるわけだ。一種の皮肉であるなぁ・・・。」

必要とされなくなっている。
言ってしまえば、それだけだが、彼らにしてみればやはり、いろいろと感じざるを得ない。
一方的に、押し付けるつもりはない。
だが、そうしなければ、システムにはよろしくない事態が予見され得る。

だから、自発的に理解してもらうには、定期的に聖遺物を必要とされるところに降ろすべきではないのか?

その意見は、試してみるだけの価値はあるように思われた。

「だとすれば、祈りの言葉を教えられ、かつ彼らに必要な聖遺物を現世に降ろすことにしましょう。」

「いい考えだ。さっそくそうしてみましょう。」

「ちょうど良いものがありました。」

故に、決定は極めて迅速に行われる。
もともと、気が長く、おおらか彼らにしても、この事態を深刻に受け止めていたのだ。
だから、行動は一切手を抜くことも、神々に特有のどこか抜けた帰結もなく、一切がマジで行われた。

「ほう?」

「神の領域に至る一歩手前、まあ、あと1000年もすればそこに至れるような代物を研究している人間が地上にいまして。」

「ほう、特異点か。その人間とのコンタクトは取れたのかね?」

ごくまれにだが。
過去にも、自然科学を探究し、神々の領域に至りかけた人間は各世界に其れなりに、現れている。
珍しい。
確かに、近頃では例外的に珍しい事例だが、しかし、前例がないわけではない。

そして、今回のケースでは尤も最適な事例であるように思われるのだ。

「彼も、道が長いことを悟ったのでしょう。語りかけ、神の御業を説いたところ、甚く感じ入っておりました。」

「では、そこに聖遺物を降臨させると?」

「いや、奇跡です。」

「奇跡?」

かくして、天上の方々は、かく語り、かく決定されにけり?


「と、まあ、そういった議論の末に、貴女方が開発されているエレニウム95式でしたか?これの起動実験に奇跡をもたらすことを主は御認めになられたのです。」

気がつけば、また見覚えのある空間で、前回の存在Xよりは、いくばくか理知的な存在に迎えられたのがつい先ほど。
今回の来訪原因は、MADが強行した無謀な実験が直接の原因ではある。
だが、奴はせいぜいが、狂った科学者であって、狂信者ではない。
しかし、直前の言動から察するに、彼もまた被害者なのだ。
黒幕は、存在Xの一派だろう。
MADもこの件に関しては、彼らに踊らされたのだ。
まったく、微塵どころか、分子単位で同情する気がわかないが。

「はあ、なるほど。」

眼の前の存在も、これまでの比べてまともという程度に過ぎない。
ようは、話ができる狂信者という程度なのだ。
油断は、禁物。

はっきり言って、なにか宗教に染まっているような相手だ。
神か悪魔かはこの際どうでもいいだろう。
だが、注意すべきは、相手は合理的ではなく、価値観を押し付けてくる可能性が高いという事。
頭の価値観が完全に、狂っているのだ。
理知的だろうと、その本髄は、無能な働き者と同じ。

即刻排除すべきだ。
せめて、無能な怠けものならば、まだ耐えられよう。
しかし、狂信者というのは、有能無能に関係なく、みな勤勉だ。
実に礼賛すべき美徳なのだが、たった一点、『狂気』が全てを無に帰させている。

「そして、おめでとうございます。貴女は、その無知ゆえに罪深き存在であったということを主は御認めになり、導くことを決意されておられます。」

「一向に結構だ。」

・・・ウォイ。

直球か?
なにか、あるかと思っていたがど真ん中に、直球で豪快にストレート?

はっきり言うが、人の人生を左右するのは楽しいが、私がされるのは論外。
何故私の人生を、私が決め得ない?
私という個人は、私が支配し得る最低限の存在ではないのか?

「ああ、ご安心ください。貴女の不安は、何を強制されるかということでありましょう?」

いや、なんだろうな。
この不安な気分は。
確かに、他者に強制され、自分自身の進路を決定されることに反発しているのは事実だ。

思考を制御されたり、誘導されたりするのも、屈辱極まりない。

共同幻想は、その物語に酔いたい人間だけで共有していればよいのだ。
その幻想から利益が産み出せるならば、我々は投資し、利がなければ関心を寄せるまでもない。
こちらに、害が及ぶのであれば、夢から叩きだして、現実の汚泥を啜らせてやるのもよいだろう。

だが、共同幻想を共有するように強制する思想の自由への攻撃には、一個の人間として徹底抗戦せざるを得ない。
自由だ。
私は、自由なのだ。
誰からも私の自由は侵されたくない。
自分という存在が、原則に反して他人の自由を犯すのは、耐えがたいがまあ、耐えられる。
だが、私個人の自由を、他者に犯されるのは、絶対に耐えがたい。

私には、その自由を守り抜くだけの才覚と、人脈が過去にはあった。
現在には、それを擁護するための具体的な力と、その価値の重要性も理解している。

「ですので、ご安心ください。我々は、貴方の演算宝珠を祝福し、奇跡を為せるように致します。貴女は、それを使い、神の恩寵を実感し、祈りの言葉を唱えられるようになるでしょう。」

「祈りの言葉?」

「そうです。主を讃える言葉を貴女方の祖先が忘却し、貴女方に語り継げなかった責任は、貴女方には存在しません。」

「当然だな。それ以前の議論でもあるが。」

どうやったら、そういう理屈が成り立つのだ。
だれか、まともに、説明してくれ。
できれば、今すぐに。
翻訳機でも通訳でも良い。
特急料金に、割増しでチップも出す。
だから、何を言っているか、誰か、理解できるようにしてくれ。

「ですから、主は、祈りの言葉が湧き出るように、心に語りかけられるように、奇跡を信じられるように至らしめました。」

「・・・それは、すごく悪質な洗脳に聞こえるのだが。」

状況を整理してみよう。
この邪悪な連中は、私をこの世界に投入した。
拉致もよいところだ。

で、私が屈しないので新たな方策をとった。
それが、呪い付きの演算宝珠を使わせることである。

使えば使うほど、心が蝕まれていく?

全く糞喰らえ。

だが、たちの悪いことに、高すぎる対価にも関わらず過酷な戦争を生き抜くためには、其れを使わざるを得ない。

なんという、マッチポンプ。
インサイダー取引と比較できない程、悪質な行為だ。
こんな横暴が許されるとは、法と正義はもはや地上から一掃されたに等しい。

私は、地上における法と正義の代理人を目指すべきなのかもしれぬ。

「別段強制するものではありません。ただ、神の奇跡を実感し、真摯に祈りをささげられる。貴女の持つ演算宝珠はその加護を受けたのです。」

よく言う。
こんな戦争でいつ死ぬかもわからない環境に放り込み、強制するつもりはないと?

それは、砂漠で水を飲むなというようなものだ。
死ねというに等しい。
要するに、脅迫も良いところだ。

「なるほど。ところで、私の実体は?」

「あなたがたは、神の恩寵に守られます。さあ、いざ行きなさい。主の御名を広めるのです。」


そういう怪しげな言葉を最後に、私の意識は、地上に引き戻された。
少しも嬉しくないことに、人類の中では一番見たくない奴の顔と声によってだ。
私が、帝国法務官吏であれば、MADは即刻銃殺する法律を作っておく。
それが、帝国の為すべき責務ですらあると、今の私は確信するのだ。

「主はおられた!奇跡だ!!!信じる者は幸いなり!!」

預言者にでもなったつもりか、このMADめ。

「落ち着かれよ、主任。」

頼むから黙ってくれ。
MADが狂信者に転職できることが科学的に証明されたことを全身でもって誇示する必要はないのだ。
頼むから、視界から失せてくれ。

「おお、デグレチャフ少尉。実験は、成功だ!!共に神の御名を讃えようではないか!!!!!」

だが、いかんせん、MADは狂信者で、かつ相も変わらずMADなのだ。
奴め、信心深く狂ってやがる。

「さあ、さあ、私に奇跡の恩寵を見せてくれ!」

「管制、95式の制御術式は正常か?」

できれば、技術的な障害から制止が入らないかと期待。
しかし、曲がりなりにも超常の存在たちが仕掛けた呪いだ。
私の願望など、容易に蹂躙していることだろう。
なんと、人は無力なことか。

「見た限りにおいては。ですが、観測機器の故障かもしれません。」

「やもしれんな。仕方ない。95式は封印し、研究所で検査をするべきだろう。」

素晴らしい。
慎重なのは、技術者にとって必要不可欠な資質だ。
私を見捨てて、全員退避したことは許し難いが、今ならば、其れすら甘受できる。
彼らは、制止するために生き残ったと考えれば、許容できるではないか。

「何を言う!!今すぐに、起動したまえ少尉!!」

押し問答に持ち込まれる。
このMADめ、本当にいつか誤射か事故でも起きないだろうか?
いや、すでに数回そういう事態に巻き込まれているはずだが、何故生き延びている?
まさかとは思うが、存在Xならびにその一党の手先なのか?

私の敵だとは分かっているつもりだが、不倶戴天の敵だったのか?

「・・・起動する。理論上は成功するか工廠が吹き飛ぶかだな。」

「笑えないジョークですな少尉。」

全く笑えんよ。
まあ、呪いというからには、碌でもない結果しか予想できないが。
演算宝珠の回路に魔力を走らせ、4核の同調を開始。
実に順調かつ、スムーズに魔力が走り、核の同調に至ってはそれを意識せずに済むほど滑らかだ。

魔力のロスに至っては、理論値と同等の結果を出せているに違いない。

なるほど、これは確かに、性能だけ見れば実にすばらしい。
素晴らしい発明だと絶賛されるだけの代物だろう。

だが、誠に遺憾ながら、こいつは、呪われている。

「おお、主の奇跡は偉大なり。主を讃えよ。その誉れ高き名を。」

高らかに、口から出た感動の言葉。
主を讃えんと全身の細胞が瞬間的に欲した。

「成功した?・・・まさか、本当に!?」

観測班が驚愕の渦に叩きこまれ、疑問の叫びをあげたことで、ようやく我に返る。

「・・・今、私は何を?」

今、何を思った?
何を口にした?
賛美した?
アレを!?

「ああ、少尉。君もわかるかね?この信仰が。奇跡だよ奇跡!」

「奇跡?」

「唱えたまえ、主への賛美を。見たまえ、奇跡を。」


ここまでが悪夢のような事実。
結局呪われて、ろくでもない目に遭い、やっと、やっと私が解放されたのは結局一定のデータ収集が完了してからだった。
ここ以外ならどこでもよい、とにかく逃げ出したい。
そんな願望をかなえるべく、わざわざ西方から共和国が宣戦を布告。
その待望の知らせが、私が世の中に悲観しかけたときに、飛び込み、私の精神を救ったのだ。

だが、結局、楽をするのは難しいらしい。

「転属、でありますか?」

その知らせを、一日千秋の思いで待ち望み、耐えてきた。
やっと、やっと嘆願が通ったらしい。
これで、精神も救われる。
そう思って、配置された今の場所からすぐに移動だ。

「ああ、転属だ。上は、エースをあそばさせるつもりはないらしい。第205強襲魔導中隊の第三小隊長だ。」

士官学校出の魔導師が、一番最初指揮する小隊長。
やっと部下を得ることができるのだ。
これで、自分一人で行ってきた仕事を分散して行うこともできる。
あまり、上の覚えは良くなくなるが、最悪の事態で盾代わりもなる。

まあ、無能でなければだが。
極端にひどい場合には、相応の措置が必要になるとしか言えない。

「それと、おめでとう少尉。先の戦功で、貴官には航空突撃章が授与される。さすがに、銀翼に比べるのはおかしいかもしれないが。」

「ありがとうございます。」

それだけ人事担当に伝えると手際よく宿舎の荷物を整理。
ただちに、指定された部隊へと移動することになる。
もともと、前線での辞令だ。
余裕があるわけもなく、さっさと行くべきであり、遅刻は敵前逃亡とすら見なされかねない。

・・・良くても脱走未遂だ。

だから、さっさと移動し、出頭する。

「よくきたな少尉。歓迎しよう。中隊長のイーレン・シュワルコフ中尉だ。」

転属先の上司は、極めて正統派の魔導師だった。
中隊長が中尉。
年齢からして、おそらく其れなりの軍務経験あり。
加えて、従軍章から察するに実戦経験も豊富。
まあ、敵より怖い無能な上官でないだろう。

さすがに、ビルマ・インパール戦線を崩壊させたという伝説の将官が上官であれば、私も覚悟を決めて、抵抗せざるを得ないだろうが、さすがに、この上官は真っ当だろう。

そうでなければ、中隊長になる前に、友軍誤射で悲劇的な特進を遂げられているはずだ。
まあ、単に運よく誤射が起きていないだけならば、私のライフルが暴発する悲しい事もあり得るが。

「ありがとうございます。ターニャ・デグレチャフ少尉であります。」

できれば、上手くやっていきたいものだ。
いくらなんでも、そうホイホイ上官に悲劇的な事故を何度も起こすのは、誰にとっても喜ばしいことにならない。
やるとしても、次回からはキャリアを思えば、適度に時期を冷ますくらいはしなくてはならないだろう。
つまり、相応の決断を必要とする。
逆に言えば、一定以上の水準さえあれば、仲良くやっていくべきなのだ。

「うむ、銀翼突撃章保有者だ。期待している。」

「はっ!」

やれやれ。
本当に、銀翼突撃章様々だ。
望んでいないどころか、今すぐに投げ捨てたい『白銀の』という二つ名も、精神のSAN値チェックを除けば現状実害はない。
他部隊から好意的にみられるというのであれば、それは、まあ歓迎しておくべきものだろう。
好意は、少なくとも敵意よりはましである。

「よろしい。さっそくだが、状況を説明する。」

だが、まずは、仕事に取り掛かるためにも情報を集めねばならない。
具体的には、敵情と、こちらの状況である。
特に、管理職の一員が報告する報告書と、現場の実態が全く異なることがあるために、ここは、最も重要な部分である。

「貴官も承知しているように、現在大陸軍主力は、急速に再編・集結中であるが、西方戦線に来援するまでにはしばしの時間を必要とする。」

その軍団概要は知悉している。
なにしろ、急な事態だ。
お上の狼狽具合は、教導隊まで動員して、とにかく西方防衛の確立を急ぐ姿勢が物語っている。
95式も継続評価試験という名目で、実質的に戦力として計算されているほどだ。

これは、規格外の演算宝珠であるとはいえ、正直、まともな神経なのか疑ってかかるべきだ。
わかってはいるが、経営者がまともじゃない企業や集団がまともな結果を出せるわけがない。
こんな、極めて自然の道理を恨む日が来ようとは。

帝国軍の主攻として認識される、大陸軍は、その主力をひきつれて北方に配置され、再編には、軍事上あまりも長い時間を必要とする。
現在の集結度合いは、望ましいものではない。
そう聞いているが、では、どの程度遅れて、どんな影響が前線にもたらされうるのか。

生き残るためには、全てを知らねばならない。

「集結状況はどのようなものでありましょうか?」

「芳しくない。北方に輸送車両が払底しているせいで、西方への再配置には想定より1~2週間ほど遅延するらしい。」

本当に、2週間で収まるのだろうか?
再配置というが、移動し、再編し、統制を回復するのは、容易ではない。
軍隊は、進軍するだけで、消耗するのだ。
燃料や、物資どころか、疲労という数値化しにくい要素も無視できない。

「そこで、西方戦線では遅延防御を断念。機動防御に移行することが決定された。」

・・・・・・・・そんなに不味い状況なのか。

一部の突出部形成を許さざるを得ない程に、我々は、戦力において劣勢なのか?
それとも、敵損耗を意図的に引き出すための方策か?
後者ならば、本国は大陸軍の来援がスケジュール通り進められると考え、攻勢の前準備だろう。

だが、意図せずに遅延防御を断念せざるを得ない状況に追い込まれているだけならば、楽しくない防衛線だ。
楽しい防衛戦があるとすれば、マジノ線くらいだろ。
なにしろ、戦うことなく無力化されたという戦略的失敗はともかくとして、内部環境はまともなのだから。
正直、消耗抑制戦術で戦争するつもりならば、国境をきっちり全部要塞で固める程度の発想を用意すべきだろうに。
なぜ、一部の要塞にドイツ軍がレミングスのごとく突っ込んでくると期待したのだろうか?
果てしなく謎だ。
世界の七不思議に数えるべきかもしれない。

フランス人は、感情や理屈抜きの冷徹な情勢分析に関して、一言あるはずなのだが。

まあ、御国柄か、そういう冷静な分析をなぜかいつも中央が理解できないという欠陥も大きい上に、プライドが強すぎる弱点も大きいとは言える。

どこの国でも知識人もピンキリであるし、政治家がナショナリズムに流されたと判断するべきなのだろうか?
だとすれば、帝国の首脳陣も情勢を理解したうえで流されている可能性はありえる。
そうであるならば、明確な戦略方針によってではなく泥縄式に戦争だ。

「我々の中隊はその機動打撃部隊に抜擢されている。貴官の奮戦に期待する。」

救いは、配属された中隊の任務が機動打撃部隊ということくらいだ。
戦場の点ではなく、面を任務地域とするだけで、生き残れる可能性はかなり広がる。
動き回ることが、生き残る秘訣なのだ。
だからこそ、それがどの程度可能であるかが極めて重要となる。

「なにか、質問は?」

「はい、中尉殿。我々の出撃地点は防衛拠点でありましょうか?それとも後方の拠点でありましょうか?」

塹壕掘って拠点構築に追われつつ、ひたすら敵の襲撃に怯えるか、反撃要員として後方でぬくぬくできるかはあまりにも大きい。
反攻部隊は、確かに最前線に突入するという意味では、被害を受けるが、基本的に反攻作戦ができる程度には優勢な戦力比を楽しめる。
要するに、圧倒的劣勢な状況下で反攻ということはあまり考えずに良い。

「喜べ少尉。最前線だ。」

「光栄であります。」

最悪極まる。
前線で、機動打撃要員?
つまり、拠点防衛兼反攻時の陽動ではないか。
命がいくつあっても足りる気がしない。

塹壕防衛ならば、手近な連中を盾とすればよいが、陽動で拠点から打って出るとなれば、それもできない。
後方からの連中と、拠点からの出撃で敵突出部を挟撃するといえば聞こえは良いだろう。
だが、実態は態の良い的だ。

「貴官ならそう喜ぶと疑わなかった。場合によっては、我々も拠点防衛の支援に従事しうる。」

予想的中を喜ぶべきだろうか?
嫌な予感というものが外れなくなるのは、碌でもない経験だ。
危機管理という点からすれば、まあ悪い能力ではないのだろうが、一生使う機会がない方がよっぽどましだ。

「では、機動打撃を優先しつつも、防衛支援でありますか。」

「其の認識で間違いない。」

拠点に固定され、挙句機動打撃部隊として酷使される運命を甘受か。
オーバーワークにもほどがあるだろう。
労働条件の改善を要求するか、最低限ベースアップを希望したいところだ。
もちろん、契約の範疇である以上、軍務に服することに異論はないが、これほど酷使されるのだ。
相応の見返りが欲しい。

「最悪ですな。よほど、大陸軍の集結は難渋しているようだ。」

「ほう、わかるのかね?」

「敵戦力の摩耗を狙った機動防御ではなく、純粋な遅延目的となれば、時間が如何に足りないか、間抜けな新任将校ですら悟りえましょう。」

広範な戦線全てで遅延防御ができないのだ。
敵戦力を消耗させることを前提とした機動防御線ではなく、抑えきれないがために、一部で敢えて突破させて叩かざるを得ない程に状況はよくない。
一応、組織的な機動防御ということなので、末期の東部戦線ほどではないのかもしれないが、これは覚悟を決めざるを得ない。

「・・・評判通りの毒舌だな。まあ、いい。我が中隊の状況は知っているな?」

「はっ。当該方面軍全体で基幹要員が不足。すでに第205魔導中隊からも一個小隊抽出されており、我ら第三小隊はその補充と認識しております。」

「問題ない。つまり、貴官の小隊は錬度不足も甚だしいのだ。拠点防衛を主たる任務として欲しい。」

錬度不足なのは分かっているが、だから固定戦力とすると?
機動戦に耐え得ないから、それを再教育し、訓練する間は拠点の防衛戦力とすると?
つまり、無能に足を引っ張られろということではないか!
いっそ、さっさと戦闘に耐えない状態にして、自由の身になってしまう方がまだ、安全かもしれない。

機会があれば、それを狙うべきか。
いや、さすがに、あってもいない小隊のことを判断するのは、さすがに速すぎる。

「機動防御線にもかかわらず、小官は、拠点防御でありますか?」

「予備戦力だ。」

ならば、再教育する時間はありえる。
だが、敵がどの程度の猶予を我々にもたらすかは完全に不明。
必然的に、いつ敵が攻めてきてもいいような状態を維持しなくてはならない。
機動打撃部隊ならば、ゆっくりと敵が攻めてきてから行動すればよいが、拠点防衛の任があると、そうゆっくりと英気を養う時間すらない。

「了解しました。状況によっては、拠点の放棄は許されるのでしょうか?」

「残念だが、これ以上の戦線後退は許容されていない。」

「では、可能な限り固守せよと?」

「上は、勝利かヴァルハラかを選ばせてくれるそうだ。」

勝利か、ヴァルハラか?
選べるとでもいうのだろうか。
それは、要するに死守命令をオブラートに包んだ表現でしかない。
死にたくないし、誰かのために盾となるのもごめんこうむりたい。

何故、私が、他人のために、死なねばならない?

勝手に他人が私のために死ぬのは、その方の完全な自由意思だ。
だが、私が、他人のために死ぬのは、私の自由意思に完全に反する。

自由こそ至高。
民主主義もまあ、自由故に、肯定しよう。
だから、お願いだから、戦時国債の発行をくい止めてくれ。
帝国の勝利を前提とした戦時国債増刷による戦費調達など、勝敗に関係なく戦後はハイパーインフレ確定だ。
勝っても負けても、楽しい未来しか想像できないのは、愉快極まる。

「素晴らしい。どちらも大好きです。」

「大変結構。では、さっそく中隊に貴官を紹介しよう。」

さあ、ちっとも楽しくない戦争を一緒に頑張る仲間に挨拶だ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・欠陥兵器?いいえ、聖遺物です。
・解除された実績
 聖遺物の所有者
 小隊長
 MAD被害者会会員資格

そろそろ、泥沼が完成。

後は、人を配置し、突き落とすだけ?

誤字修正orz
ZAP



[24734] 第十一話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/22 18:36
やあ、宗教に寛容という名の無頓着なみなさまごきげんよう。
随分と御無沙汰してしまって本当に申し訳ない。
ええ、本当に申し訳ないと感じているのですよ?
改めて、ごあいさつを申しあげましょう。

狂気は十分ですか?
神を讃える覚悟はおありですか?
あるいは、神を信じない御覚悟はおありですか?


自分という物を信じられるのは何故ですか?
貴女の、貴方の寄って立つ理性は健在ですか?
遺憾ながら、小官はそこまで、傲岸不遜になれるほどには愚かにも自惚れ得ない凡人であります。
故に、どうしても理解しがたいのです。
だからこそ、知りたくてたまらない。
お伺いしたくてたまらないのです。
どうか、どうかご無礼をご容赦いただきたい。
貴女は、貴方は、あるいはあなたは、何故自分が正常だと確信できますか?
確信できているとすれば、そのあなたの精神は、誰が保証してくれますか?
あなたが狂っていないと誰が保証してくれますか?
実は、あなたを含めた誰もかれもが狂っていて、単純に気がつかずに済んでいるだけではありませんか?

だから、救いをもたらす信仰が必要ではありませんか?
神は必要ではない?
それは、結局のところ、自己欺瞞ではありませんか?
あるいは、救いなど欺瞞で神なぞ存在しないと豪語できますか?
一つの孤立した個として完結できるほどに完成した種なのですか?

教えてください。

どうか、お願いです。

教えてほしいのです。

かつて、狂った狂人が問いかけました。
“私の狂気をあなたが肯定し、認定してくれるとしよう。”
“では、そのあなたの正常は誰が認定してくれるのだろうか?”
と。

其れに対して、私は答えましょう。
神が、その神意を表すことによってであると。
あるいは、神が存在していないことが証明であると。

祈りましょう。
声が神に届くように、ひたすらに声をそろえて祈りましょう。
そして、神の御旗のもとに、進みましょう。
神に逆らわんと欲する連中は蹂躙してのけましょう。
或いは、神なぞ存在しないのかもしれません。
それでも結構です。

神に刃を向けんとする異端者を、神から遠ざけましょう。

少なくとも、行動の主観性など無意味ではないでしょうか。
私が、神の存在を信じようと信じまいと他者には本質的に意味がないのです。

神を信ずる者にとってみれば、私は悪夢をばら撒く災厄の使者となりましょう。
神を信じない者に対しては、神の鉄槌を下す殲滅の使者となりましょう。

行動には両義性があり、くだらない定義にはさほども重要性がありません。

故に、事態を簡潔にするためにも仮定で話すことをお許しいただきたい。
いやなに、重要なのは私は少なくとも神と名乗る存在を知っているという事。
それを神と定義するかどうかはともかく、客観としては神なるものの尖兵というわけである。

つまり、皮肉な見方をしなければ使徒とも言える。いや、使徒だろう。
敬虔な信徒の一員にして、信仰を同じくする仲間と歩みながら、信仰を深める巡礼の最中ということになるのだろう。
とはいえ、聖務の途上ではあるものの、皆様にごあいさつ申し上げる時間は有る。

と、まあこれくらいにしておこう。
信仰の在り方は人それぞれだから、まあ懐疑的になるという私のような存在があることも理解してほしい。
最も、私自身、戦場という地域で、熱烈に信仰されているある宗教の一派に帰依している身だ。
公平を期すために言っておくと、敵味方わけ隔てなく信仰されている普遍的なものである。

さて、ごきげんよう。

帝国軍、西方方面司令部直轄機動打撃群第七強襲挺団、第205強襲魔導中隊所属ターニャ・デグレチャフ少尉だ。

ちなみに、火力戦の信徒であり、運動が大嫌いにもかかわらず否応の無い運動戦の権化であり、ついでに魔導師である。

あなたは、神を信じるだろうか?

信仰は、貴方に救いをもたらす。
それは、前線で、塹壕で、火力陣地で、うずくまっている全ての敬虔な信徒に、神の啓示を約束してくれるのだ。

私も、これまで特定の信仰を奉じたことはなかったが、近頃宗旨替えをし、敬虔な信徒の一人となった。
唯物論者や、無神論者とて、おそらく私と同等の経験をすれば、同じ結論に足るだろう。
少なくとも、砲兵隊の突破粉砕射撃なり、一斉射撃なりを直視すれば、異論は文字通り粉砕されるはずだ。

おお、神を讃えよ。

そは、砲兵。
そは、戦場の神なり!

我らが、無線で請願し、神は呼びかけに応じる。

有象無象を、
突破部隊を
防御部隊を、
敵砲兵を、
すべからく神は粉砕する。

諸君はお気に召さないかもしれない。
だが生き残りたければ、神に祈りたまえ。
さすれば、砲兵隊は実にすばらしい加護を諸君にもたらす。
というか、砲抜きの戦争などもはやありえない。
砲抜きの戦争など、アルコールのないビール並みで無意味に等しい。
あるいは、湿気たマッチだ。

突撃前の準備射撃は心強い味方だ。
擾乱射撃がなければ、敵集団とまともにぶつかり、大きな犠牲を払うことになる。
突破破砕射撃で敵の戦意ごと粉砕する時など、思わず神を賛美してしまうだろう。
頑強な防御陣地に閉じこもった鈍亀共を、80サンチの巨砲で押しつぶす時など、形容しがたい喜びだ。
神の御業を模倣せんとする異端者どもを、対砲兵戦射撃で粉砕するのは、信徒の喜びである。

ああ、誠にすばらしい。
ただ一つ、この喜びと信心に対抗し得るものがあるとすれば、それは朝のナパームくらいだろう。
だが、結局それとて砲兵の支援にとって代わるには不足なのだ。
なにしろ、ここはジャングルなどないのだ。
海に面していないことはないこともないのだが・・・。
誠に残念だが、私はサーフィンはさほどに好きではないし、私の部下にサーフィンが上手い軍人もいない。
だが、その精神には敬意を示し、素晴らしい波がとある中佐殿にはあることを祈ってやまない。
何れの分野であれ、求道者には相応の敬意を払ってしかるべきだ。
少なくとも私はそう思う。

「小隊、撃ち漏らしを狩るぞ?用意は良いな?」

双眼鏡越しに眺めていた戦局は、いよいよ弱い者いじめの態を示しつつある。
つまりは、正しい戦争のやり方に準拠しているということ。
撃てるところから崩していくのは、間違った方法ではない。
むしろ、奨励されているとすらいえよう。

「拠点内部でぬくぬくと給料泥棒も悪くないが、たまには仕事をしないと追い出されるからな。」

「違いありませんな。」

例えば、目前で崩壊寸前のボロボロの敵前衛。
これを的に待ち構えていた砲兵隊が演習以上に活躍するのもありだろう。
ついでに、我々のような機動打撃部隊が楽しい楽しい御挨拶をかねてピクニックとしゃれこむのもよいかもしれない。
お弁当と演算宝珠を抱えて、御歌を楽しく歌いながらのハイキング。
ライフル片手に突撃軍歌を謳いながら、陽気に吶喊するのが戦場の作法。

「まあ、ハイキングだ。美容と健康のためにも適度な運動を積むとしよう。」

「ああ、少尉殿は身だしなみに気を使われるのですな。」

「当たり前だ。社会人のマナーだぞ?」

確かに敵は戦線全般で驚くべき敢闘精神と攻勢精神を発露している。
おかげで、本来は拠点で陣地防衛に従事し、塹壕構築にこき使われて、擾乱射撃の的である我らも出撃できる始末だ。
最悪、拠点で敵侵攻部隊に蹂躙されるという事態は回避できるが、しかしこき使われているとも言う。
まあ、運動不足にはならない。加えて、給料分の労働もしているのだ。
社会人として最低限度の勤務を果たしていると思えば、仕事をきっちりとやらねばならぬ。
個人的には、危険手当と残業手当も欲しいところなのだが。

「我々は、顔なのだ。」

「顔、でありますか?」

そう、我々は戦場の顔なのだ。
我々の任務は逆襲部隊。
この種の任務に従事するのは精鋭である。
つまりは、どこでもかしこでも投入されるのだ。
言い換えれば、会社の顔に等しい。

そして、会社の顔とは営業や渉外の担当者のこと。
少なくとも一番お客様に接するのは彼らなのだ。
よれよれの営業担当者なぞ信用されない。
頼りない雰囲気の交渉担当者なぞ、使いたくもない。
むしろ、リストラするのが正しい解決策だ。
ネゴシエーターを外注するのは望ましくはないが、一つの解決策なのだ。
首にされたくなければ、顔はきっちりマナーを守らねばならない。

「軍の精鋭だと自覚を持て。ここでは我々が、軍なのだ。」

最も今回は、比較的楽であるし、おまけのようなものである。
砲兵が、耕し、歩兵が前進。
まさに、古典的な展開である。
個人的には食べ残しのおこぼれをもらうのは、不本意とまではいかないが、あまり気の進まないことだ。
しかし、せっかくのパーティーを集成軍団砲兵がやってくれているのだ。
ご招待を蹴り飛ばすのはマナー違反にもほどがある。
ビジネスで言えば、契約書を持っていくだけで纏まるような子供でもできる仕事だ。
今日は彼らの良き行いを讃えるとしよう。
遮蔽物もない平野をのこのこと行軍している所に、集中砲火を浴びた残敵だ。
中隊どころか、私の小隊ですら過剰戦力と思えるような残骸でしかない。

「アイ・マム。しかし、120㍉の集中砲火とは壮観ですな。」

「全くだ。しかし単なる猟犬役はつまらない。できれば、もっと別の方が良いのだがな。」

大人しく華役に収まるしかないとはいえだ。
営業担当にしても、渉外担当にしてもきっちり仕事をするのは重要だ。
たまたま、敵が不用意にも火力陣地付近にのこのこと現れるものだから今回はそこに誘導するだけで済んだ。
機動打撃部隊の仕事は、本来側面強襲だから、まあ楽と言えば楽なのだが。
しかし、逆に言えば、今回は戦功を稼ぐこともできないのだ。
きっちり仕事をするのは、もちろん、評価はされる。だが、相応にだ。
なにしろ、集成軍団砲兵が、120㍉で吹っ飛ばした残敵掃討など、片手間でできる仕事だ。
パートでも済むような仕事を正社員が頑張っても、なかなか費用対効果は上がらない。
つまり、評価も微妙。
いい加減、練度抜群と見なされて後方で温存されるほど重視されたいのだが。

「少尉、貴様ならそう言うと信じていたぞ。」

「中隊長殿、いかがされました?」

しかし、うちの中隊長は良い人だ。
ほどほどのリスクで、そこそこの評価を得られる場をわりと優先して回してくれる。
おかげで、ぼちぼち功績が溜まりつつある。
もう少しすれば、部隊錬度も向上したとみなされ、本格的に拠点防衛から解放されるはずだ。
上司で言えば、上に引き立ててくれるような堅実なタイプ。
下としては、割と付いていきやすいタイプである。

「仕事だ。友軍支援になる。」

「友軍支援?この戦域で友軍に支援を行うのは、まずもって砲兵では?」

集成軍団砲兵が展開している地域だ。
我々魔導師が飛んで急行するよりも、120㍉で吹き飛ばす方が確実に速い。
なにより、せいぜいが中隊規模の魔導師よりも砲兵隊の方が圧倒的な火力を投入し得る。
統制射撃が保たれ組織的戦闘が可能な砲兵隊は、戦場の支配者である。

「弾着観測班が、敵魔導師中隊にまとわりつかれている。我々は、其の援護だ。」

「おや、人事ではありませんなそれは。」

ああ、それでは仕方ない。
確かに、我々魔導師の出番だ。
飛行目標に対する砲兵部隊の命中率などお寒い限りだし、なにより友軍ごと吹き飛ばしかねない。
そして、割と至急の支援を必要とするものでもあるだろう。
それは、統制射撃を維持するためにも、早急に対処が必要な問題だ。

なにしろ弾着観測は、敵にしてみれば実にうっとおしい存在だ。
当然、魔導師か戦闘機部隊が出張って来て、叩き落とすなり、空域から排除するなりするだろう。
我々だって、敵の観測要員がうろうろしていれば、即刻叩き落とせと叫ぶのだから、お互いさまと言えばお互い様だ。
友軍の航空優勢が確立された戦域で観測せよと言われるならばまだしも、混戦状態にある戦場での観測は死亡率筆頭グループだ。
別名、二階級コース。
にもかかわらず、弾着観測が求められるのはそれほどに重要だから。
目をつぶって砲撃するよりも、リアルタイム観測があるほうが絶対良いにきまっている。

「ああ、そう言えば、貴様は以前北方で経験していたな。」

「はい、二度と御免ですが。」

砲兵隊の支援任務に就くということは、要するに敵魔導戦力の的になるということだ。
よく言っても、せいぜい護衛になるかということぐらいしかないのだろうか?
いつもいつも敵観測要員を叩き落とさんと意気揚々な共和国なり協商なりの魔導師とじゃれるのは疲れること極まりない。
本格的に残業手当の増量を要求したいところである。
加えて、危険手当も増やしてもらう必要があるだろう。
これは、現状ではさすがにあまりにもローパフォーマンスすぎる費用しか支払われていない。
もう一度行けと言われれば、抗命寸前まで粘りたい。
二度とごめんというのは、嘘偽りない言葉だ。

「ならば、援護は貴官に任せよう。我々は、残敵掃討だ。」

「よろしいのですか?まだ、突撃許可は出ておりませんが。」

さしあたり、苦労を知っているだけに、早々と助けに行けと?
まあ、苦労している観測班人の支援というのは、悪くない。
功績としても悪くない種類だし、心情的にも同情しているのだから悪くない。
少しばかり、問題点があるとすれば、上からの許可が下りていないことだ。

「なに、私の裁量権の範疇だ。なにより、砲兵隊からも要請が来ている。」

だが、これが話せる上司というものだ。
悪くない。
本当に、後ろから発砲など考える必要すらない。
全くもって、今回は付いているとしか形容できない。
MADの次が常識人ということで、世界のバランスは保ち得ているように思えてならん。
これが円環の理というやつだろう。

「では、いた仕方ないですね。」

そういう人物からの命令だ。
さっそく正しい理屈に従って、戦争を再開しなくてはならない。
今なら、まがいモノの神ではなく、砲兵隊という真なる神のために戦えることでもある。
ハレルヤを今なら謳ってもいい気分である。

いや、まて。
・・・ハレルヤを謳いたいという概念は刷り込まれたものではないだろうか?
つまり、存在Xに対する心理的抵抗感が減衰させられているという危機的状況ではないだろうか?
人間は、追い詰められた状況では少々心理的に弱くなるという。
もしや、これがその症状ではないかと心配になる。
これは、のちほど検討するべき課題だ。

つまり、現状では考えても仕方がない。
帰還後に軍医にでも聞いてみるほかにない種類の問題だ。

「ぶちのめして、よいと。」

「そういうことになる。」

いい笑顔を浮かべる上官殿。
きっと私も素敵な笑顔。
つまりは、みんな笑顔で今日もハッピー。
うん、笑顔は重要だ。
笑う門には福来たるということであるし、笑顔を忘れるわけにはいかない。
さあ、笑顔をばら撒きに行くとしよう。

「はっ、デグレチャフ少尉、ただちに救援へ赴きます。」




「糞ったれの情報部め!何が、この地域が最も手薄だ!?」

ひらりひらりと。
傍目には優雅に。
実際には文字通り懸命に回避行動を取っている帝国軍魔導師に向かって、光学系干渉式を光の雨さながらに撃ち込む。
これで、ようやく4度目だ。
先ほどから、ばらばらに動きまわっている敵観測手を落としているが、敵の砲撃は精度にいささかも動揺をきたしていない。

砲声から察するに、120㎜の重砲だろう。
下手をすれば、180-240クラスもあるかもしれない。
戦域から全速で離脱しようと試みる友軍地上部隊は、混乱し、良いように撃たれてしまっている。
なまじ、突破速度を優先した編成であるために、撃たれ弱いのが完全に裏目に出ている。

直掩の魔導師が突破優先のために増強されているのが唯一の強みだ。
しかし、泣きたくなることに管制まで手が回っておらず、迎撃効率は頭を抱えて適当に撃っているに等しい。
今でこそ、単独行動中の敵観測手を各個撃破してはいるものの、警報が発されたのは間違いないだろう。
通信妨害を維持するにも限界がある。
すでに、相応の迎撃部隊か、即応班が上がっていると見ざるを得ない。
そうすると、我々は地上軍援護どころか、自分達の退路すら断たれることを覚悟せざるをえなくなる。

「口が動く余裕があるなら、さっさと手を動かせ!この馬鹿野郎!」

だから、ともかく友軍の後退を支援するためにも敵砲兵の無能力化は何としてもやらざるを得ない。
問題は、その方法。
砲兵隊を叩くのが一番シンプルではある。
しかし、規模からいって集成砲兵クラス。
師団や大隊付きの砲兵ならば、犠牲覚悟で懐に潜り込める可能性は無くはないが、集成砲兵となれば対魔導師戦闘も十分に考慮されている。
ならば、次点の観測手狩りしかない。
しかし、こちらは手間がかかる上に効果が出るには時間がかかる。

「アイサー。ええい、光学系のみでは限界があります。爆裂系の使用許可を。」

空間まるごと爆裂術式で吹き飛ばせば、地表で隠蔽や欺瞞している観測手も吹き飛ばせる。
光学系でいちいち地面を走査していては時間が足りない。
高度をある程度落とさなければならない上に、見落としを警戒して何度もやらなければならないのだ。
最初は空を無防備に浮かんでいるところを狙えるが、敵とて愚かではない。
すぐに警報が発せられると想定しないのはアホのすることだ。
こちらの襲撃はすぐに知れ渡り観測手らはただちに隠れていることだろう。
当然、こいつらの発見には恐ろしい労力が必要となる。

「このペースでは、半数も狩れません!」

だから、怪しい区画を丸ごと吹き飛ばすというのは、方法論としてはなかなか有望なものとされる。
実際、対砲兵戦の前哨戦はお互いに、位置を探り合いながら、相手への妨害として観測手を吹き飛ばす。

しかし、それは一定以上の火力が現存する時に限られる。
要は、魔導師中隊の瞬間的な最大火力を常時叩きつける程度が最低限でも求められるのだ。
その消耗は、はっきり言って増強されたとはいえ、現在の前衛集団直掩部隊には荷が過ぎる。
地面を焼き払う規模ともなれば、継続戦闘に深刻な悪影響を及ぼす。

「論外だ。長期的には結局索敵にさし障る。」

だが、長期的、というには彼らは本当に付いていなかった。

「高魔力反応!敵増援と思しき魔導小隊、急速接近中!」

「ああ、畜生!観測狩り中断!迎撃用意!」

分散し、疲労が蓄積した状況。
本来の教典は、戦闘の回避を強く推奨している。
だが、理屈という物はとにかく実戦では無用の長物なのだ。
『それができれば、苦労しない』ということである。



二個増強魔導中隊?
つまりは、通常ならば手強く単独で仕掛けようとは微塵も思わない相手である。
通常ならば。
ポイントは、彼らが疲弊しきっており、ふらふらということだ。
直掩部隊ということは、長距離をわざわざ警戒進軍で疲労しきっていることだろう。
帰路の事を思えば、全力など大凡だせないということだろう。
さらに言うならば、正確な位置さえ特定できれば砲兵隊が勝手に処理してくれる状況である。
熟練のFACならば、それだけで料理できるだろう。
少々難しいのは、我々は観測手ほどの装備ではない上に、敵は死兵になりかねない状態ということだ。
さすがに、死兵ともなってしまうと厄介である。
油断しているどころか、手負いもよいところだろう。
ただ、最後のデータリンクによれば、かなり分散して掃討戦を行っていた。
密度で言えば、戦域には高々小隊規模しか存在していない。

「小隊諸君、誠に遺憾だが、敵は二個中隊。つまり、私が一個。君たちは残りものだ。」

つまり、こうして各個撃破兼スコア稼ぎができる大変おいしい職場である。
稼ぎ時だ。
仕事ができるということを示すには良い機会である。
どうしてもやばくなったら、砲兵隊に力任せでぶっ放してもらうのもありだろう。
幸い、集成砲兵様々が後方にはおわしますのだ。
多少の余力はあるということ。
聞けば、散弾をわざわざ用意しているという。
完璧ではないか。

「小隊長殿だけ、エース願望でありますか?」

「いやなに、あと10機も落とせば規定で恩給と恩賜の休暇だ。そろそろ、休みが欲しいのだよ。」

撃墜スコアが50の大台に乗れば、特別な休暇がある。
具体的には、2週間の恩賜休暇と、ボーナスに加えてベースアップ。
勤務時間もフレックスタイム制が導入される独立行動裁量権が部分的に導入可。
5機落とせばエース。
50機落とせばエース・オブ・ザ・エース。
つまり、勝ち組。
なにより、この戦果は戦争犯罪の訴追対象にはならないのが素晴らしい。
戦後を見据えても全く問題がないとはこれいかに。

つまり、殺人は犯罪でも大量殺人は叙勲される功績なのだ。
一般論とは矛盾するが、経済学的にはありなのだろう。
倫理と経済学は必ずしも一致しないとシカゴ学派が以前証明したはずだ。
要は、効率性の追求は道徳感情による抵抗感を克服できるということだろうか。
可能であれば、大学で博士号を取る時にでも研究したいと思う。

「そして、休みでゆっくりとグルメを極めるつもりだ。悪いな、諸君。」

「なんともお羨ましい。」

全くもってその通り。
実にすばらしい。
ベリーグッド。
恩賜休暇中の勝ち組は、後方で美味いご飯すら食べられるのだ。
さらには、企業の経営陣と会食する機会もある。
要するに、人的社会関係資本の構築には最適な環境である。
繰り返しになるが、実にすばらしい。

「貴様らには相済まないが、まあ早い者勝ちだ。」

まだ、戦争にもかかわらず我々には余力がある。
言いかえれば、まだ、後方に下がることができる時期なのだ。
ここで、後ろに下がっておかなければずるずると前線に張り付けられて摩耗し、後は愉快な収容所ライフ。
それだけは、絶対に嫌だ。
だから、戦争に勝つことを目標にしつつ万一に備えなくてはならない。
・・・勝てるだろうか?

確かに、帝国は精密無比な戦争機械だ。
私の知るドイツ同様に、おそらく一国ならば必ず勝てる。
二正面も、戦えないことはない。
しかし、それらは帝国の強大さを物語っても勝利を約束するものではない。
なにしろ、一対世界だ。
問題は、世界大国を何カ国まで相手取れるかということに集約される。
勝てるか?

はっきり言って、厳しいだろう。

「戦争は、勝っているうちに楽しむものだからな。」

「おや、少尉殿ほどの方ならば、絶望的な防衛線をもお好みになるかと思いましたが。」

・・・出世できるなら、少しは考えないでもないけどね。
はっきり言って、奇跡を一度!じゃなくて、奇跡連発!は無理だ。
95式は呪いの塊だし、そもそも使いたくないものを使っても勝てるかどうか微妙ですらある。

「軍人だよ。命令があれば行くがね。」

業務命令に総合職は従わねばならない。
仕方がないことである。
望んで士官になったと世間的には見なされるのだ。
国家に忠誠を誓わねば、契約違反となってしまう。

「お好みになるわけではないと?」

「言うまでもないことだがな。さて、彼らが殿軍を楽しんでくれるとよいのだが。」

誰が、好き好んで銃など担ぐものか。
呪われている世界に、災いあれ。
或いは、私以外の全てに災いあれ。
せめて其れが不可能であるならば、私には災いがありませんように。

「ほう、どうされるおつもりで?」

「せいぜい、歓待してやるさ。鉛と魔力光は私のおごりだ。」

官費なのだ。
もちろん浪費すれば評価が下がるが、営業努力で資源を投じるのは業務の一環である。
交際費が経費として認められるのは、それが必要だから。
つまり、必要とあらばガンガン使っても結果を出せれば問題が無い。
死体の量産ができるのであれば、鉛玉を乱射しても文句ひとつでないだろう。
唯一の懸念材料は、財務官の胃だ。
彼らの心労を慮ると、実に申し訳ない気持ちになる。
本当に申し訳ないと思う次第であり、ぜひとも担当者には財務官の精神的な健康回復に貢献してほしいと思う次第だ。

私は、経費を使うのが仕事。
財務官は、経費を捻出するのが仕事。
メンタルケアは、専門のサポート要員の仕事。
つまり、みんな自分の仕事をきっちりするのが、あらまほしき世界である。
秩序を賞賛するべきだ。
あるいは、分業の行きつく先を予見した経済学の先見を賞賛するべきかもしれないが。

「ついでに、パスポートをお持ちか確認してみますか?」

「よし、そうしよう。」

確かに、戦時交戦規定は入国管理法を無効化するものではなかったはずだ。
当然のことながら、我が帝国が国境線と主張する地域を越境した連中相手となれば入国審査は不可欠だろう。
部下に言われて気がついたのは少々うかつだった。

「では、それがスタートの合図ですね。どうせなら競技にでもしますか?」

「ふむ、では撃墜数で競うとしよう。私に勝てたら、中隊長殿秘蔵のワインでもがめてやろう。」

以前テントを覗いた時、場違いなほどよいワインが秘蔵されていたのを記憶している。
大方は、カードで手に入れたのだろうが中隊の財産を功労者に渡すことに同意させるのは難しくない筈だ。
駄目ならば、穏便に手に入れることを諦めればよい。

「なんともはや。では、小隊長殿独り勝ちの際は、我ら揃って本日の手当て返上ですな。」

「うむ、悪くない。悪くないな。その賭け乗ったぞ!」



小便はすませたか?

神様にお祈りは?

部屋のスミでガタガタふるえて命ごいをする心の準備はOK?

さあ、お仕事の時間だ。















こっそり、投稿中。
+ZAP中です。
ZAP+ZAP



[24734] 第一二話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 00:55
頭が重い。それに、意識も霞む。
部隊は、部下はどうなっているかの心配どころではない。
それどころか、次の瞬間には飛びかける意識をつなぎとめるので限界。
咄嗟に光学系の屈折光学デコイを展開したにもかかわらず、安全規定を大幅に超過する乱数回避の連続。
辛うじて、統制を維持しているものの共和国の精鋭と自負した中隊が、わずか一人に翻弄されている。

わずかな間に、事態があまりにも急激に進展していた。

「MAYDAY MAYDAY MAYDAY」

始まりは、接敵を知らせる緊急警報。
あの前線戦域管制官が悲鳴を上げるのを聞くのは初めてだった。

「Break!break!」

指揮官が散開を指示。
遠距離から纏まって撃たれるほど馬鹿げたことはない。
即座に其れに従い散開したが、その指示に迅速に応じられる練度の高さであったが甘かった。
敵が見当たらないと首を傾げた瞬間に、バディの上半身が吹き飛ぶ。

「ショーン!?」

「Bandit!Angel12」

「Angel12!?」

攻撃を受けた方向を走査し敵を発見するも、あまりの高度に絶句する。
高度12000
魔導師の実用限界高度6000が馬鹿馬鹿しくなる高度だ。
対地上比で6割程度の酸素濃度という過酷な環境云々以前に魔力が枯渇する。
航空魔導師の実用限界が6000というのは、生半可な理由ではない。

「It is supposed to be a fighter!」

「Shit!It's not!The magi particle is detected!!」

戦闘機かとも勘ぐるが、やはり間違いない。
感知される魔力の粒子反応と魔力光。
紛れもなく航空魔導師だ。

うすくなる酸素濃度。
急激に低下する体温。
魔力の枯渇は致命的だ。
加えて、高所順応も大きな問題になる。

信じがたいことに敵の魔導師はそのすべてを克服し、あまつさえ戦争をしていた。
悠々と飛ぶ姿は、帝国の武力を如実に体現しているかの印象すら纏ってやまない。

「Climb! Climb and maintain 8000!」

疲れ切った部隊。
敵観測班排除に集中力を喰われた上に、長時間の滞空は全てを摩耗させていた。
質・数が互角の部隊と戦えば鋭気に満ちている方に分があるのが道理。
帝国の航空魔導師はその精鋭が謳われてやまない存在。
対する我々は質的劣勢を数で補う傾向がある。ましてや、この敵はあまりにも非常識。
たとえ、充足しきった状態であったとしても苦戦は免れ得ないだろう。
そもそも高度12000へのアプローチは不可能に等しいのだから。

「Sir!?Are you sure!?」

「We have no choice!」

理論上は航空魔導師と航空機ではやや航空魔導師に分がある。
ただし、それは高度6000以下という限定的なフィールドでの話。
航空魔導師は魔法が使えるが所詮生身の人間なのだ。
高高度での戦闘では、ただの的に過ぎない。

「That's why AWACS is in so panic.」

「I agree. It's a horrible.」

なるほど、規格外も良いところだ。
AWACSが慌てるのもよく理解できる。
なにしろ、一般に航空魔導師空戦規定によれば6800以上への上昇は不可能とされてきた。
いや、実際不可能なのだ。

演算宝珠とライフルで殺し合えるのは6000が限界。
ごく例外的な高地連隊出身の航空魔導師は7000以上で戦闘ができるというが、桁が違う。
高度12000。
戦闘機ですら酸素供給が無ければパイロットがブラックアウトする世界。
酸素濃度があまりにも薄すぎるのだ。
この高度以上へあがる場合は、よほどの緊急避難的な措置とされる。

例えば、圧倒的に劣勢であり離脱を試みる際など、本当に限定された局面でしか行われない。
戦闘機動など論外とされる。
たとえ仮に敵魔導師を撃墜したところで帰還は絶望的だ。
一時的に敵地で潜伏し回復を図れれば、よいが其れも希望的観測。
それ以前に、ブラックアウトで墜落するか動けなくなって的にされるか。
しかし、今ばかりは例外的な事態である。

「Otherwise, our ground troops will be annihilated.」

「Sir,you are right.We've no choice.」

しかし、航空魔導戦に限らないが空で上を抑えられるのは致命的。
故に、上がるしかない。
せめて、こちらの射程にとらえなければ鴨だ。
逃げるにしても、戦うにしても上がらなければ何もできない。
だが、逃げるのはなしだ。
地上軍が退却するまでの時間を稼がねば、我々どころか地上軍そのものが壊滅しかねない。
元より選択肢はないのだ。

「Engage until Bingo fuel.」

魔力限界まで、交戦。
なにより、ショーンの仇だ。
生かして帰すわけにはいかない。

「Go for engage and defeat them or just die!」

指揮官の決意がこもった号令とも叫びとも付かない一言。
叩きのめすか、我々が叩き潰されるか。
選択肢は二つしかない。
魔導師というものは、兵隊なのだ。
殺すか、殺されるかという本質は不変。

「B in Engage!」

ブラボーチームも交戦に突入。
各個撃破されかねない情勢に思わず、神を呪いたくすらなる。
あんな厄介な敵の他にも、敵増援があると思えば実に憂鬱にならざるを得ない。

「My God!」

だが、長距離観測術式を展開した先にあるものは、それ以上だ。
目標の個体魔力素をライブラリで検索。
敵増援という事実以上に最悪の答えが叩きだされる。
『登録魔導師』
早い話が、複数回の戦闘における記録で照合した結果碌でもない物を引いたということだ。

「It's a Rhine's Satan!」

戦術的脅威と認識されて軍のライブラリに登録された魔導師。
その中でも、ラインの悪魔は出会いたくない航空魔導師筆頭格である。
当該方面の戦闘で出現が確認されたのは、わずか1か月前。
わずか1か月。そして、奴の撃墜スコアは60を超えている。
特に、重魔力系の空間爆撃や精密な光学系狙撃式は恐ろしい。
狙撃兵と同様の手段、『友釣り』に掛った部隊など半数が壊滅した。
なにより嫌らしいのは、辛うじて帰還できる程度の致命傷を負わされた魔導師が多いという事実。

貴重な航空魔導師を惜しみ、治療に傾注したとしてもほぼすべてが死亡。
医薬品の消耗は厄介であるし、なにより軍医達の手が拘束されるのは痛い。
おかげで、地上軍は多くの兵士に軍医が不足する羽目になってしまう。
しかも、航空魔導師が損耗することにより、戦術的に見た場合危険なまでに魔導師が減少している。

単独の個が、戦略を、軍隊を相手に渡り合うのだ。

悪魔と呼ばずして、これを何と呼べというのだ。
ここで、何が何でも撃墜せねばならない相手。
無論、高度12000を相手取るのは無謀だろう。
だが8000程度の高度ともなれば、十分に狙える。
何より、こちらは落とされたとはいえ、数で勝る。

12000で飛んでいるのだ。
相当無理をしなければ、できる話ではない。
たとえ、規格外であるとしてもだ。





視点:デグレチャフへ回帰

デグレチャフという個人からしてみれば、敵部隊がこちらに吶喊してくるというのは想定外もよいところであった。
通常の魔導師では高度6000を越えての戦闘は自殺行為。
まして、長距離進出せざるを得ない航空魔導師。
そのような連中に魔力の余裕があるはずもない。
そうとばかりにたかをくくっていたのは完全に失敗だった。

遠距離から、一方的に攻撃するのは最高だが、さすがに皮算用だったらしい。

「ラインの悪魔め!今日こそ、今日こそ貴様を叩き落としてやる!」

「・・・貴方とは初見になるはずだが?」

軍人だ。
さすがに、恨みを買っていないとは思わないが初見の人間から執念じみた叫びを聞くのはどうなのだろう。
悩む、というよりも純粋に疑問を覚えるにとどめ戦術的判断を続行。
動きが素早く、しかも乱数機動を取っていることから、精密狙撃はもはや効かない。
故に、大まかな領域ごと爆破する爆裂系か、空間目標に対する誘導射撃が最適と判断。

目標捕捉。相対速度修正。無意識のうちに、エレニウム95式で最適な射撃方法を選択。
ニューラルリンケージ、イオン濃度正常、メタ運動野パラメーター更新。
全システム、オールグリーン。



nicht!

微弱な初期照準魔力照射を複数検出。
形式、不可視の誘導系射撃式及び空間発現系爆破式。

敵のアプローチ圏内に侵入していたにもかかわらず、意味のない会話に気を取られ、思考が停滞していた!

頭の中に照射警報が全開で鳴り響く。
即座にエレニウム95式の核で魔力発現プロセスへ緊急割り込み。
体勢を崩すことを承知で魔力をつぎ込み最大加速。
同時に乱数回避機動が自動起動。

辛うじて、間に合ったその直後に、つい先刻までいた空間に雨霰と魔力光が降り注ぐ。
一部には爆裂式まで混ざっていたいらしく爆風の余波で大きく高度を狂わされる。

「っ、と。これはさすがに、どうしたものか。」

高地連隊の部隊かとも思ったが、高度8000へ高知順応すら省略して上昇してくるとは。
高低差を考慮しても、敵射程圏内に捉えられた。しかも、まずいことにこちらは数的に劣勢。
咄嗟に、光学系デコイを緊急生成し、欺瞞行動を展開。
複数の幻影をばら撒くものの、即座に射撃魔法が飛んでくる。
咄嗟射撃でここまでの統制射撃。

「アレを回避する?化け物か!」

うるさい連中だ。いや、わざとやっているのだろう。相手は数的優位を活用している。
会話に引き込み、集中力を削ごうというやり方を繰り返したのだろうが、もうその手には乗らない。

統制された射撃魔法による戦闘形式は、個人技に依存する帝国魔導師の鬼門だ。
特に、質的優勢を誇る帝国に対して、共和国は数的優位を徹底的に活用してきた。
中でも、目の前の連中のように一糸乱れぬ交戦具合。
戦域通達で注意が呼びかけられるネームド以外にありえるだろうか。
違うとしたら、有力な敵部隊がたくさん存在するということで、実に望ましくないことこの上ない。

検出された魔力反応をライブラリで照合。実にありがたいことにライブラリはきちんと仕事をしていた。
その忌々しい予想は見事なまでに的中する。連中、ネームドの中隊だ。
わざわざ、本国戦技教導隊から統制射撃に警告が発されるほどの厄介な連中。
明らかに給料分以上のサービス労働だ。見合わない事この上ない。

「CPへ至急、敵魔導師はネームド。繰り返す、敵はネームド。」

「CP了解。現在増援が急行中。無理に撃破する必要はない。」

ありがたいお達しだ。
死んでこいと言われないだけ上出来と言ってしまってもいいいだろう。
だが、軍人という生き物の社会では「勇敢さ」と「大声」が評価されるのだ。
臆病よりは、蛮勇が尊ばれる狂った集団の中で正気であるのは実に大変である。

しかし、出世のためだ。いた仕方ない。

「増援把握。なれど、ここは私の戦場。」

やりたくないが、吶喊くらいはしておかないと戦功評価にさし障るのだ。
思い起こせば、よくぞ関東軍なぞあそこまでお気楽に自己幻像を肥大化させたものだと思う。
だが彼らの真似をすれば出世はできるのも事実。愛国者と自称する奴に碌な奴はいない。
真の愛国者というのは、行動で示すが、似非共は口で表わすのだ。
だが、出世のためならば、行動と口でアピールしてこそである。道具としての愛国主義は実に便利なのだから。

「帝国を侵すのであれば、協商連合だろうと共和国だろうと有象無象の区別なく排除するのが我らが使命。」

エレニウム95式は全力で使えば使うほど精神を蝕む呪いつき。
要するに、性能の代償として神と称する存在Xを全力で賛美する悪夢の様な仕様である。
関東軍式出世ドクトリンを採用している手前、それらしい言葉に聞こえることが唯一の幸いか。

しかし、頭でっかちのつじーんのような連中の真似をすればするほど出世できるとは、軍とは何かが間違っている。
だからこそ戦争なんて馬鹿げているものを望むような軍人まで出てくるのだろう。
本来ならば、軍人ほど平和を希求し、無駄飯ぐらいであることを望む職業もないというのに。

「空間座標把握、各目標の乱数回避軌道算出、チャンバーへの魔力充填正常」

敵は数的優位をいかし、こちらを狩らんとする。
協商連合の航空魔導師相手に各個撃破が通用するとも思えない。
個別に撃破していては数に押しつぶされてしまうだろう。
なにしろ、相手は一糸乱れぬ統制を誇っている。
最初に狙撃で幾分減らせたのは僥倖に等しい。
二度目は望めないと覚悟するべき。

だから発想を転換させる。要は、連中を統制のとれた群像と認識すればいい。
ジャイアントキリングだ。

ちまちま狙うのではなく空間を標的にすればよい。

「CPへ戦域空間爆撃警報。」

「CP了解。戦域空間爆撃警報を発令する。」

エレニウム95式は4核の同調機構と魔力のストックが可能。
そして、ため込んだ魔力と全力稼働による爆裂系式は、戦術戦域全体を巻き込んだ干渉が可能。
もちろん欠陥演算宝珠による全力稼働だ。碌でもないことを惹き起こすのは保証を付けられる。
敵味方の区別なく吹き飛ばす上に、魔力ノイズまで撒き散らし、爆煙が有視界領域を狭め、そして孤立を生む。
組織的戦闘を著しく困難にし、統制を皆無にするために組織的戦闘において使い勝手は最悪だ。

教導隊の評価では、自爆以外に使い道はあまりないというありがたい講評まで頂いた。

だが、個人対組織だとなれば、組織を吹き飛ばし、個人対多数の個人に持ち込める。

「去ね。不逞の輩よ。ここは、我らが帝国、我らが空、我らが故郷。」

愛国心を空間全域に垂れ流すことで、戦功評価に期待しよう。
ついでに、一般的には信心深いことも比較的評価されるのだから、存在Xによる呪いも出世のためだ。
今回ばかりは甘受しよう。例え、自己の自由と尊厳が耐えがたい苦痛に悲鳴を上げるとしても、である。

「汝らが、祖国に不逞を為すというならば、我ら神に祈らん。」

敵魔導師が散開。左右より十字砲火を形成しつつ、こちらの火線が集中できないような空中機動だ。
全く、油断のない連中で通常の爆裂系術式に対する散開基準より大幅に間隔を取っている。

「主よ、祖国を救い給え。主よ、我に祖国の敵を撃ち滅ぼす力を与えたまえ」

低酸素環境下において、基準を大幅に超える高機動を連続した揚句に、牽制の射撃を行ってくる戦争狂だ。
まったく、そんなに戦争が好きならば自分たちで二つに分かれて殺し合えばよいモノを。
何を好き好んで、人を巻き込むのだろうか。本当によい迷惑である。人に迷惑をかけてはいけませんと、教わらなかったのだろう。
つまりは、教育に深刻な欠陥があったに違いない。子供達の未来を決定するのは教育なのだから、しっかりしてほしいものだ。
それとも、こちらと同様に戦争による出世と生存を狙った経済的合理性でもあるのだろうか。

いやまて、そうであるならば、交渉するべきだろうか?
交渉によって、より大きな利益を見出すことも可能ではないだろうか。
利益追求という合理的経済人としての自覚まで失いかけさせるとは、なんたること。
戦争とはかくまでも、過酷であり人間の理性を失いかけさせるとは。

理性的に考えれば、利益が一番なのだ。
当然の自明のことではあるが、交渉する前に相手を空間ごと吹き飛ばしてしまっては交渉にもならない。
ここは、ジャングルではないのだ。

ジャングルのように掟ではなく、合理的論理性がすべてを支配する。
弱肉強食といっても、経済的利益による弱肉強食が単純な力に優越するのは疑問の余地がない。
例えば、殺し合いを趣味としていない以上、私に相手を殺すのは利益があるからに過ぎない。
ゼロサムゲームで無いとすれば、協力関係の構築はゲーム理論上可能。

なら、八百長でもやりたいところだ。
私は生き残る保証と出世の可能性があってハッピー。
相手は、出世なり生き残る何なりできてやはりハッピー。
所謂Win-Win関係が構築できるだろう。

確かに、ジャパンの国技なるものは、八百長だと統計的に示した経済学者の予想も正しかったことだし、経済学は侮れない。
優秀な経済学者ならば統計で、勝敗の不自然さを指摘し、分析できる。
だが、彼らが八百長を見抜くようになるころにはきっと戦争も終わっているに違いない。
なにしろ、戦争中なのだ。経済学者のやるべき仕事はいくらでもあるし、重要度も遥かに高い。

「信心なき輩に、その僕らが侵されるのを救い給え。神よ、我が敵を撃ち滅ぼす力を与えたまえ。」

一応、術式の展開を行うように見せかけるべく意味のない讃美歌を全力で垂れ流す。
これによって、こちらの意図をしばらくCPに隠すこともできる。
上手くいけば、魔力ノイズでこちらの様子がうかがわれない間に交渉を妥結させてしまえばよい。

やはり、そうなると相手を見極めねばならないだろう。

・・・ここは、メッセージを送るべきではないだろうか?
ひょっとすると、相手は交渉の窓口を開いてくれるかもしれないし、お互いに上手くやれるかもしれない。
先入観に縛られてしまうのは、社会人として失格だ。
共和国軍人という連中のことを私は、共和国という先入観で見ていたのかもしれない。

人は見た目ではないのだ。
きちんと、相手の中身で本質を見極めて丁寧に対応しなくてはいけないだろう。
人間の個性とはかけがえのないものなのだから、尊重されてしかるべきもの。
いくら、戦争中とはいえ、交渉できるかもしれない相手に対しては誠実であるべきだ。

だが、もちろん言うまでもないことであるが、敵との交渉は当然のことながら軍法会議ものだ。
戦闘放棄など、敵前逃亡扱いに等しく、言い逃れの余地なき銃殺刑が待っている。
いくらなんでも、背任で捕まりたくはないし、殺されるともあれば非常に微妙だ。

しかし、善良なる一個人として、無用な戦闘を避けることができるとあれば個人の犠牲も甘受しよう。
話が通じる相手であれば、個人的な出世と休養の機会を先送りするのは吝かでもない。
それは、戦争狂から自衛する際に戦果として稼ぐことにする。

だが、こちらの労働は明らかに給料を上回る不当労働でもあるし、休暇が欲しいのもまた事実。
つまり、バランスを取ることができれば最善にできるに違いない。
連中に話が通じれば、素晴らしいハッピーな関係が構築できるだろう。
話が通じなければ、叩き落として後方でゆっくりと休暇と美味い食事を楽しむことにしよう。
ワインが飲めないのは残念極まるが、後方地域は魚のソテーが有名であるところだ。
ぜひとも、美味に期待したいところ。

「告げる。諸君は、帝国の領域を侵犯している。」

だから、取りあえず、当たり障りのない言葉を選んでみよう。

「我々は、祖国を守るべく全力を尽くす。我々には、守らねばならない人々が背後にいるのだ。」

軍人の義務は、祖国の人々を守ることらしい。
暴力装置としての軍隊と、皇帝の軍隊という性質があるとはいえ、やはり軍人とは国家を守るものだ。
まあ、国家が軍隊を保有するのではなく、軍隊が国家を保有するプロイセンの様な国家もあるので、一概には言えないのだが。
一般論として言えば、建前論のアピールにもなる。

「答えよ。何故、帝国を、我らが祖国を、諸君は侵さんと欲す?」

譴責するようで、その実問いかけ。交渉の糸口をこちらから投げかけてみるとしよう。
この程度であれば、敵兵に対して話しかけるという非常識さが、誤魔化すこともできる。
まあ、相手に対する戦場での抗議や嫌がらせ音楽と同じ扱いだ。

さて、御返事は如何に?
と期待するも、帰って来たのは罵詈雑言と雨霰と降り注ぐ射撃。

乱数回避機動を取っているために、被弾こそしないものの、やはり気が進まない。
やはり、言葉なき獣に等しい戦争狂なのだろうか?
正気になって合理性をお互いに追求できる近代的な経済人ではないのだろうか?

だとすれば、本当に悲しいことではあるが戦争を楽しむ連中に付き合わねばならない。
時間外労働手当と危険手当を請求したいところであるが、どこに請求するかも規定されていないのを思えば、泣きたくなる。

『CPより、戦域へ警報。高魔力ノイズに警戒せよ。』

ご丁寧にCPが要請通り警報を発してくれている。
すでに、十分な魔力も蓄積されていることだ。
合理的な経済人であれば、0よりも1を重視するに違いない。
つまり、ひょっとすると電波状態が悪化しない限りリスクを取る気にならない慎重な相手がいるかもしれないのだ。
そして、そういう合理的な相手ならば爆撃されても生き残ったら合理的解決を選択するに違いない。

少なくとも、私ならそうする。
そういうことならば、仕事は迅速さを追求するべきだろう。
一切の躊躇も、一切の遅延も排除し滞りなく事態の進展を促す。
溜めに貯めた魔力を全力で制御しつつ、思考にノイズが入ることを甘受。

「聖徒よ、主の恵みを信じよ。我ら、恐れを知らぬものなり。」

充填されていた魔力が急激に解放される脱力感。
全身の細胞が吸い取られる魔力によって悲鳴を上げそうになるが、エレニウム95式の呪いが封じ込む。
苦痛が強制的に法悦へ変換されるぬぐい難い違和感。
喜びと苦痛のブレンドで頭がシェイクされる感覚は、何物にも形容しがたい最悪なものだ。

「運命を嘆くなかれ。おお、主は我々をお見捨てにならず!!」

全身で感じる喜びと、自由が奪われる忌避感はもやは耐えがたい水準。
許される事ならば、今すぐにでも悪態をつきたいにもかかわらず、口は讃美歌を口ずさみかねない。
忌々しいことだがアカが唯一正しかったとすれば、宗教は麻薬だという認識に違いない。

麻薬はシカゴ学派的な見解で言えば、経済的に統制し得るものではあるが。
とはいえ、この麻薬はやめたくても止められないのではなく、止めたら死にかねないところに問題がある。
実に厄介極まりない。シカゴ学派の見解には、止めた場合即死しかねない薬物なぞ考慮されていないのだ。
考慮する方が、どうかしている想定であるのは言うまでもないだろうが。

「遥か道の果て、我らは約束された地に至らん。」

瞬間的に、気化爆弾と類似のプロセスが発動。
圧力が限界に達した魔力が、計測不能な速度で噴出。
沸騰魔力拡散爆発反応に加えて、拡散した魔力が空気と混合され自由空間魔力爆発を誘発。

急激な気圧の変化は、急性無気肺や肺充血を惹き起こし、燃焼によって唯でさえ薄い酸素濃度は致命的な水準にまで低下する。
高度8000での酸欠と一酸化炭素中毒は頑強な航空魔導師をして一瞬でブラックアウトさせ、地面へ突き落とす。
辛うじて、意識が残った魔導師を襲うのは、もがきたくなるほどの苦痛。
急性無気肺と一酸化炭素中毒、それに酸素分圧の急激な低下による合併症状は地獄のような苦しみを伴う。

「っ、ゲホッッ、ゲホッ。」

有効攻撃圏外であるデグレチャフですら、ともすれば酸素濃度の低下に息苦しさを覚える程だ。
攻撃圏内に留まっていた魔導師では、飛べたとしても最早長くはない。
なにしろ、自由空間魔力爆発で魔力が広域に拡散され魔力ノイズを形成している。
通信の途絶程度で留まるどころか、飛行術式の維持すら困難になれば、戦闘の継続は不可能。
煙で視界が制限されているのが厄介ではあるものの、直撃を受けた相手の様子は容易に想像がつく。

「交戦中の共和国軍に告げる。すでに、勝敗は決した。」

故に、勧告を試みることにしてみる。
ここまでやって生き残っている相手がいるかどうかという疑問があるが、さしてコストがかさむ行為でもない。
まあ、生き残っていなければ中隊撃破の功績をもって後方でお茶を楽しむとしよう。

「投降するならば、ヴォルムス陸戦条約に基づき、捕虜としての権利を保障する。」


※ひっそりと時々、更新します。
大量に誤字修正を行っております。
ZAPの嵐。
ZAP



[24734] 第一三話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 00:56
視点変遷:共和国東方方面司令部、第4ブリーフィングルーム。

『登録魔導師』通称、ネームド。
航空魔導師の世界は狭い世界だ。
中隊規模であっても、12人編成。
航空魔導大隊でようやく36人編成。

そんな世界だ。

5人も航空魔導師を撃墜すればエースと呼ばれ、スコアが50に至れば、エース・オブ・エースと認められる。
エースを6人以上有している部隊か、個人の撃墜スコアが30を超える頃が一つの境界線だ。
それを越えれば、敵軍に『登録』され、警戒すべき好敵手として認知される。

ネームドは戦場を支配する。

ネームドに対抗できるのは、圧倒的な物量か、同格以上のネームドのみ。

空に存在する味方のネームドは戦場において、友軍将兵にとってこれ以上にない精神的支柱だ。
特に数的優位に依存する傾向の強い共和国軍にとって、帝国の精鋭とも渡り合えるネームドへの信頼は群を抜いて強い。
ネームド自体の希少性と、戦術的価値から重要な作戦に投入された彼らは勇名を轟かせている。
第4航空魔導師団所属、第42航空魔導団106捜索魔導中隊もその精鋭として名を轟かせていた。

つい、先日までは。

「これより、106捜索魔導中隊及び、107捜索魔導中隊壊滅に関する戦技評議会を開始します。」

初期想定では、帝国の主力は東方に位置しネームドを含めた有力魔導部隊は不在とされている。
故に、ネームドとそれに準じる精鋭が壊滅するなどということは通常ならば、ありえないことだろう。
だが、壊滅したのだ。

それも、圧倒的に数的優位にありながらも、ほぼわずか一人の魔導師の手によって。
初めて耳にした時、誰もが自分の耳を疑った。
何かの間違いだ、と。

「106及び107は、敵観測魔導師の排除に従事していた際、迎撃に上がってきた敵魔導小隊と接触。」

長距離侵攻の必要性からネームド部隊が出された。難しく、厳しい任務であるがために余人では代えがたい、と。
だが、信じがたいことに同数以下の部隊によって甚大な被害を被ったとなれば状況いかんによっては戦局に影響しかねない。

そのことを理解している参謀たちの表情は、畢竟、険しくならざるを得ないのである。

「現在配布しているものが、回収された演算宝珠と、生存者の報告を総合したレポートです。」

だが、分析に従事した魔導士官らの表情はそれ以上に思いつめている。
彼らは、先だって分析に従事する必要から、回収された演算宝珠の記録と、レコーダーの分析を行っていた。
生存者への聞き取りも、重傷者相手ということもあって制限されたものではあるが、衝撃的な内容を耳にしている。
半生半死のわずかな生き残りらから回収したもので無ければ、まず信じがたいものなのだ。

いや、信じたくない、というべきか。

「・・・ですが、まず、交戦記録の画像をご覧ください。」


「MAYDAY MAYDAY MAYDAY」

接敵を知らせる緊急警報。いつだって冷静であることが仕事の前線戦域管制官が悲鳴を上げている。
これが、新人ならばまだ笑えるが、彼はベテランだ。
106壊滅の記録を最初に司令部に報告し、撤退支援要請を発している。
おかげで、辛うじて107と106の生存者が収容できた。

「Break!break!」

ノイズ交じりの画像には、指揮官の命令に即座に従い、迅速に散開する部隊が映し出されている。
分析した航空魔導士官らは、ここからの光景が未だに、現実のものとして受け入れ難く感じていた。
記録によれば、この時限界交戦距離を遥かに上回る超長距離より精密狙撃をされた、とあるが未だに信じがたいのだ。

全力で乱数回避を行っている106。

「ショーン!?」

そして、急激な乱数回避軌道によって画面が急激に移動を繰り返す。
すでに、幾人かが被弾し、落とされていた。

「Bandit!Angel12」

「Angel12!?」

そして、高度12000。
そう、信じがいたことに高度12000からの攻撃だ。
すでに、本国へ急報しているが、既存の倍以上の高度へ帝国軍魔導師は至っている。
これが事実であれば、既存の航空魔導師は軒並み無力化されるに等しい。

『・・・馬鹿な、ありえん』

誰が呟いたか不明瞭なその一言が、司令部の総意を体現した言葉だ。
12000という数字に、彼らの頭は一瞬麻痺してしまう。
それほどのものなのだ。

魔導師の実用限界高度は6000

それが、常識だ。人間の限界と言い換えても良い。
対地上比で6割程度の酸素濃度に加えて、信じがたい魔力消費量になる。
戦闘機動など、取った瞬間に魔力が枯渇するだろう。

「It is supposed to be a fighter!」

「Shit!It's not!The magi particle is detected!!」

実際、部隊も戦闘機かとも勘ぐっていた。だが、相手は紛れもなく航空魔導師である。
複数の光学処理された映像から映し出されるのは、帝国軍制式仕様ライフルとアンノンの演算宝珠反応を伴う敵影。
距離があるため、相手の姿までははっきりと映し出されていないが、随分と小柄か。
しかし悠然と、支配者のごとく空を遊弋するその姿からが、一切の障害を物ともしていないことを表してやまない。

「Climb! Climb and maintain 8000!」

疲れ切った部隊。すでに、長時間の任務に従事していた106の戦闘力は十分な状態ではなかった。
ましてや、この敵はあまりにも非常識。ありえないのだ。たとえ、充足しきった状態であったとしても苦戦は免れ得ないだろう。
本来であれば、高度8000ですら、戦闘機動は自殺行為に等しい見られる環境。
そこへのアプローチを部隊長に即断させるほど、高度差があるというのは俄かには信じられない。

『・・・8000へのアプローチ?』

『俄かには信じられん。』

しかし、航空魔導戦に限らないが空で上を抑えられるのは致命的。
故に、上がるしかない。彼らは、上がるしかなかったのが映像でよくわかる。
視界は全てこちらが見上げる形で記録されているのだ。上がらねば、一方的に鴨撃ちされてしまう。
逃げるにしても、戦うにしても上がらなければ何もできない。
彼らに選択肢はなかった。

「Engage until Bingo fuel.」

魔力限界までの交戦を部隊長が宣言。
後退の許されない重要拠点の防衛か、戦闘の回避が不可能と見なされた時のみのそれだ。

回収されたレコーダの記録と並行して映し出されているのは、戦域航空図。
厄介なことに、彼らが後退すれば退却中の友軍が敵砲兵隊に叩かれかねない状況にあった。
加えて、迎撃に上がってきた敵魔導師は迎撃に上がったばかり。
余力がある以上、追撃戦は容易に想定できた。

故に、106の活路は、敵魔導師を排除しての後退のみ。
それ以外に、選択肢が無かった。
だからなのだろうが、Bingo Fuelの覚悟で持って交戦に挑んでいる。

「Go for engage and defeat them or just die!」

指揮官の決意がこもった号令とも叫びとも付かない一言。
叩きのめすか、我々が叩き潰されるか。そこに込められた悲壮感は、全滅を覚悟している。

「B in Engage!」

ブラボーと呼称されていた107がほぼ同時に魔導小隊と接触。
これによって106は完全に孤立する事となる。わずか、一機の航空魔導師相手に、孤立してしまうのだ。
同時刻に107が交戦した小隊は、練度こそ高いものの、平均的な帝国軍であったと報告されている。
明確な足止め。
相手は、本気で106を狩りに来た、と戦術担当士官は分析している。

「My God!」

そして、106はここに至って交戦相手が『登録魔導師』であると確認した。
性質の悪いことに、この戦域で急激に頭角を現して来た新鋭である。
詳細なデータはすべてアンノン。
対策はおろか、一般的な戦術手法に至るまで未知の脅威。

情報部の尻を蹴っ飛ばして現在再調査させているが、未検証ながら前線の噂として否定されていた報告がいくつか既に見つかった。
曰く、中隊と単独で交戦した。曰く、ありえない高度を飛ぶ魔導師がいる、等々。

戦場だ。情報に混乱があることは承知しているが、相手の異常さゆえに発覚が遅れたのが悔やまれる。

「It's a Rhine's Satan!」

『止めろ。カギール大尉、ラインの悪魔とは?』

『詳細不明のネームドです。魔力反応で同定されているにとどまります。』

問い詰められる情報参謀の顔色は真っ青だ。
魔力反応のみでの同定とは、要するに何も分からないのと同じだ。
それは居並ぶ高級将校の前で、情報部の無能を告白するに等しい。

交戦した際の演算宝珠のレコードを解析すれば、概要程度は把握できる。
意味するところは、レコードの分析を怠っているか、単純になにも記録されていないかのどちらかでしかありえない。

『レコードの分析はやったのか。』

当然、誰もが思いつく疑問を座長の参謀長が問いかける。
貴様らは、その程度もやらなかったのか、と。

『撃墜され回収された物を17件検証しました。生存者への聞き取りも既に完了済みです。』

だが、情報部の解答は実に明瞭である。
彼らとて、仕事はしっかりと行っていた。
未確認の魔導師によって甚大な被害が出ているという情報はそもそも、彼らが発したものだ。

特任の調査班を編成し、わざわざ撃墜され、回収されていない魔導師の遺体収容作戦まで敢行している。
その結果として、複数の演算宝珠を回収し、残骸から何とか物になる資料が無いかと調べまでした。

・・・だが、なにも出てこないのだ。
その存在を示唆する証拠は山ほど積み上げられたにもかかわらず、実像が一切出てこない。

『・・・それで魔力反応のみ?どういうことか。』

『近距離有視界交戦後の生存者がほとんどおりません。生存者の大半はアウトレンジで撃墜されていました。』

近づいた魔導師は軒並み、全身が爛れるほどの火力で吹き飛ばされていた。
回収された演算宝珠は、頑強な外殻が融解し、核が損傷している。
通常兵器でこれを為そうと思えば、重砲か1トン爆弾を引っ張りださねばならない程だろう。

近接戦では極めて高火力によって排除し、遠距離からは精密狙撃を行ってくる魔導師が存在する。
そのような戦術的脅威と認識されて、未確認ながら魔力反応によってのみ軍のライブラリに登録された魔導師だ。
ラインの悪魔とは、見えない敵への恐怖と嫌悪がこもった二つ名である。
なにしろ、当該方面の戦闘で出現が確認されたのは、わずか1か月前。
そう、記録が正しければ共和国軍の進撃と同時に出現し、撃墜スコアが60を超えた。

前線からは、ネームドの投入による駆逐を切実に希求する要請まで出されている。

『続けます、これは、奇跡的に生存した106部隊員の演算宝珠が機能停止前に記録した映像です。』

映し出されたのは、中隊規模の統制射撃をものともせず回避する敵影。
何処を狙っているのかと訝しいほど、こちら側の火線はあたりそうにすらない。
信じがたいことに、十字砲火を受けているにも関わらず、敵の軌跡はいっそ優雅と表せるほど穏やかなものだ。

『・・・まさか、踊っているのか?』

思わず、誰かが呟いてしまうほどに、その姿は蠱惑的ですらある。
魔力光が盛大に光を発し、あまたの光源が降り注ぐ中、敵影はひらりひらりといっそ優雅と評したいほど見事に回避している。
忌々しいことに、まるで当たる気配がしない。
誰が名付けたのか知らないが、ラインの悪魔とはよく言ったものだ。
統制射撃を掻い潜り、危なげなく応戦するなど常人では考えられない。

『統制射撃が追いつかないのは、機動性が追いつかないからか?』

『それほどの高機動だというのか。』

従来、帝国軍魔導師の質的優位を背景として、共和国軍では統制射撃を生み出すに至った。
個人の力量を過信し、突出しがちな敵魔導師を集団で確実に仕留める。
その教義は、数的優位を前提とはするものの、共和国軍にとっては一つの解答と見なされてきた。

弾幕を展開すれば、落とせない航空魔導師など存在しない、と。

『空間爆破も回避されています。おそらく、こちらの初期照準を検出し、回避機動をとるまでのタイムラグが一切ありません。』

『数秒あるかないかの時間に回避するだと?それでは、魔力誘導系は全てかわされるではないか!』

統制射撃の基本は、多数の誘導弾を複数用いることによって、回避軌道を著しく限定し、直撃に持っていくことだ。
空間爆破は、相手の大凡の速度と方位を測定し、予想進路上を広範に吹き飛ばし、巻き込むことを狙う。
だが、何れも相手を照準し、測定しなければ有効弾は極めて困難とされている。
それが、集団での戦い方なのだ。

つまり、これが有効でない相手とは、集団による戦いのメリットが全くとは言わずとも、大幅に減少せざるを得ない。

息を飲む列席者の心臓は、次の瞬間縮み上がる。

敵演算宝珠からの測定魔力値が観測限界を振り切ったばかりか、魔力を還元し、増幅させている。
複合多重干渉誘発による魔力素の衝突がいくつもの光を生みだしているではないか!
多重詠唱規模の魔力を、帝国軍は単体の魔導師が発現させしめた。

『観測機の記録も、観測値の限界を突破した、とあります。』

『馬鹿な!?それでは、』

言葉が途切れたのは、魔力素の固定反応が、惹き起こされているという観測データが突き付けらたことにある。
観測不能規模の魔力、意味するところは多くの魔導師が、国家が意図して遂に断念した現象。
理論上、魔力発現現象が空間座標へ干渉し得るなど、ありえないとされた。

魔力の変換現象発現固定化実験など、狂気ざた、とされているのだ。
それが、ありえるはずもないことなのだ。

『・・・ありえん、ありえん!』

その意味を誰よりも理解している技術士官は、壊れたように現実を否定し始める。
それは、魔導師の技術ではなくもはや神話の世界の議論だ。

「汝らが、祖国に不逞を為すというならば、我ら神に祈らん。」

最大望遠で記録された姿は衝撃的だ。

『・・・子供ではないか。』

まだ、幼いと形容して差し支えのない魔導師。
それにもかかわらず、紡がれる言葉は撃滅と殲滅の音。
計測される魔力値と、忌むべき音は、破滅を予兆している。
貴様の祈る神がいるならば、悪魔か、破壊神か、と頭を抱え主に縋りたくなるほどだ。

「主よ、祖国を救い給え。主よ、我に祖国の敵を撃ち滅ぼす力を与えたまえ」

だが、言葉は純粋だ。
そのまなざしは、ただひたすらに無垢である。

彼女、と敵魔導師を形容するべきだろうか?

その言葉はひたすらに神へ縋っている。

「信心なき輩に、その僕らが侵されるのを救い給え。神よ、我が敵を撃ち滅ぼす力を与えたまえ。」

我らが、許されざるものであるか、というべき存在か。
そう問いかけたくなるほど、彼女の眼差しは敬虔であり我々を批判している。

「告げる。諸君は、帝国の領域を侵犯している。」

その言葉は、神託を告げる巫女のように、厳かであった。
その威は明らかに、信仰に裏付けされている。

「我々は、祖国を守るべく全力を尽くす。我々には、守らねばならない人々が背後にいるのだ。」

その言葉は、ひたすらに義務感に支えられたものだ。
其ればかりが、彼女の義務であると言わんばかりに。
守るべき人々が背後にいるのだという切実感と共に。

ただ、ひたすらに彼女は義務を果たさんと立っている。

「答えよ。何故、帝国を、我らが祖国を、諸君は侵さんと欲す?」

災厄を予見したのだろう。
106は、全力で阻止せんと火力を集中させる。
わずかなりとも詠唱を防ごうとするのだ。

「聖徒よ、主の恵みを信じよ。我ら、恐れを知らぬものなり。」

だが、現実は無情だ。
運命は、彼らに味方しない。
神が、いるとすればだが、それは彼女に微笑んでいた。

「運命を嘆くなかれ。おお、主は我々をお見捨てにならず!!」

収束された魔力が急激に観測記録にノイズを走らせ始める。
意味するところは、空間を攪拌する規模で魔力素が滞留しているという事。

「遥か道の果て、我らは約束された地に至らん。」

そのことばがとりがーであった。

思考が停止した彼らが眼にしたのは、すさまじい規模の閃光を放ったモニター。
やがて、演算宝珠が破損し、再生された映像が停止する。

『・・・神よ、我らを、救い給え。』


帝国軍陸軍大学選考再審議会

「では、次に東部方面軍より、軍功枠推薦者をご覧ください。」

議事進行を務めるのは、陸軍大学の教官。
居並ぶ列席者は文字通り、陸軍の中枢を担うにたる人材。
そして、彼らが扱うのは、次代を担う人材の選抜。

通常、再審議とは合格に届かなかった存在を再審査し、場合によっては合格とするために開かれる。
もちろん、逆に合格に不適格と見なされた人物を弾くこともあるものの、通常はありえない。
軍の未来を担う人材の選抜に際して、帝国軍は一切手抜かりがないように最善の注意を払っている。

だが、信じがたいことに、今回は合格者に対する疑義が提示されているのだ。

「今回の審議対象は、公平性追及の観点より、匿名審議の時点で最優が出されております。」

出願者の個人情報は一切省かれた書類を、複数の審査員が考査。
与えられるのは、実績・情報部・教育担当者による数値評価。
それによる講評は情実を一切排除し、比較的的確な審査を可能としてきた。

そののち、個人情報が開示され、最終的に陸軍のエリートコースに上る士官が決定されるのだ。

この人事は厳正かつ公平なものでなければならないものとされている。

「ですが、陸軍大学人事課長よりの異議によって、再審査請求が出されました。本審査は、その要請によるものであります。」

故に、議事進行役を務める教官の口ぶりも訝しむという口調にならざるを得ない。
匿名審議で優が出る士官ですら、数少ないのに最優、つまり首席合格者に疑義が出されているのだ。
これが、軍に有力な影響力を及ぼす将校の子弟や貴族関係者であれば、公平性に疑義ありとも言えるかもしれにない。

だが、身上は軍人の遺族。
有力な身内はなし。
推薦者は何れも、赤の他人。
派閥や貴族との縁故も皆無。
推薦者は何れも、軍内において堅物と有名な現場上がり。

問題行動すら記録されていない士官だ。

これほど見事な経歴を実力で昇り詰めてきた士官に門戸を閉ざすように主張するなど、陸軍の伝統では大凡考えられない。

「レルゲン人事課長、貴官は何故、異議を申し立てられた?」

そのために、居並ぶ面々の眼差しは理解できないと言わんばかりの目線を陸軍大学人事考査局人事課長レルゲン少佐に向ける。
これが、陸軍人事の中枢を担うエリート中のエリートにして一切の瑕疵が許されない人事局課長で無ければ怒声が出ていただろう。

「現地部隊の推薦、士官学校席次、軍情報部による身辺調査、憲兵隊による調査報告書、軍功、何れも卓越した士官だ。何処に問題が」

軍功推薦枠とは、卓越した士官を選抜するための枠だ。
そこに、少壮、いや若年と言える士官が選抜されたのは優秀な人材の適材適所を実現し大きな益をもたらすと期待できる。
現地部隊の推薦は、手放しの絶賛に等しい。士官学校の席次は年齢を考慮すれば、首席相当だろう。考課評価は完璧に近い。
通常、うるさい事この上ない情報部と憲兵隊がそろって絶賛するなど、過去に何例あったか疑問なほど。

「さよう、全て最優か、それに準じるものであるのは事実であります。ですが、小官は断じて受け入れがたいと認識します。」

だが、レルゲン少佐はその何れも認めたうえで、再審査を請求した、と明言する。
言い換えれば、それらのいずれも受け入れがたい、と。

「席次が2位、憲兵とのもめごとなし、情報部は愛国心特優、機密保持能力保証ときた。現地部隊からは勲章の申請まで出ている士官だぞ?」

当然のことながら、居並ぶ列席者にしてみればまさに戯言としか形容しがたい言掛りに等しい。
唯でさえ希少な銀翼突撃章保持者が、前線から軍功により野戦航空戦技章の推薦まで貰っているのだ。
人格、技量共に突出していなければ認められない野戦航空戦技章の推薦である。

「これを跳ねるならば、今季は入学者ゼロとせねばならない程だ。」

重々しげに呟かれた一言が、ほとんど全員の総意であった。
力量・軍功・考課の何れも卓越した士官であると形容する以外に、評価のしようがない。
こんなスコアの出願者を跳ねるならば、今季の出願者は軒並み選考外と宣告せざるを得ないだろう。

「今回は、特例で匿名審議が解除されております。こちらをご覧ください。」

さすがに、見かねたのだろう。
同席した人事局総務課長が関係書類を配布する。
本来であれば、匿名審議の内容を再審査する際も匿名が原則ではある。
だが、状況次第では彼の権限によって解除する事もできた。

曲がりなりにもレルゲン少佐を知っている彼は、少なくともレルゲン少佐に助力しようと思っている。
ただ、それはどちらかと言えば彼の意見を支持するからではなく、彼のキャリアを守ろうという善意からだが。

なにしろ、この戦果をあげたのが齢11の幼子だ。
まともな士官ならば、誰だって戦場に出すことを躊躇するべき子供。
レルゲン課長が、彼女の軍大学進学に反対する理由もその年齢を危ぶんでだろう。
そのくらいの認識だが、ともかく彼はこの案件については機密保持を解除することに同意したのだ。

「・・・・・このような子供が、このような戦果をあげたとでも、いうのかね?」

さすがに、事態の異常さが認識されたためか、室内も静まり返る。
若干11にして、魔導中尉任官。士官学校次席卒、白銀突撃章保持、野戦航空戦技章推薦保持。
撃墜スコア62、(協同22)のエースオブエース。二つ名は『白銀』
そして、教導隊所属の経歴あり?

笑うか、どうすべきか迷うところだ。

異才、そう形容するほかにない経歴である。

「魔導士官の養成は急務でありますが、さすがに年齢が引っ掛かるか。」

だが、さすがに若すぎる。
部隊を、それも大隊規模の部隊指揮官として部隊を任せることができるかどうか。
何より、魔導士官の育成が必要であると叫ばれて久しいが、魔導士官は何れも近視眼的になりがちだという批判も存在する。

「さよう、魔導士官としての能力がいくら優秀でも、将校として使えるかは別の問題だ。」

なにしろ、極めて専門的な領域で卓越するだけでも一苦労なのだ。
航空魔導師は、個人レベルでは卓越した能力を誇るが、部隊指揮を得手とするものは案外少ない。
それだけに、魔導士官としての優秀さは必ずしも、指揮官、将校としての力量には直結しないのだ。

名選手は必ずしも、名監督とならない。
つまりは、個人としてはエースであっても、部隊指揮官としてはまた別な要素が求められてくるのだ。

故に、一部の将官らはレルゲン課長が年齢と実力に疑義を有したのか、と解釈する。
確かにその面からみれば、疑義をはさむ余地はあるかに見えなくもない。

「能力に問題はありません。なにより、軍功、現地の推薦と形式は完全に満たしております。否定する要素ではありません。」

だが、考課担当者は、その疑義を否定する。
小隊規模の指揮経験が記録されているものだが、瑕疵は見当たらない。
まあ、小隊指揮程度もできねば、そもそも士官教育の意味がないのだが、案外ここで躓くのも少なくないのだ。

現地の推薦を勘案すれば、少なくとも部隊指揮能力に現時点で疑義を呈するのは適切とは言えぬ。

「短期促成教育の士官だ。戦術知識に偏りがあろう。将校教育の方が、適切ではないのか。」

だが、一部の将官はそれでも疑義を呈する。
なにしろ短期促成の教育だ。実戦である程度は通用するにしても、知識に穴がある可能性は常に付きまとう。
単純な戦術レベルの指揮ならばともかく、複合的な要素を勘案せねばならない部隊長以上の指揮には適切な能力を有するだろうか?

その疑問を彼らは常識的に抱く。

「彼女の卒業論文は、『戦域機動における兵站』です。以前、陸軍鉄道部が絶賛した代物ですよ?」

しかし、匿名審議の時点で特優を付けた考課担当者らは譲らない。
なにしろ、戦略レベルで議論ができる、という実証を彼女は卒業時点で出していた。

それが『戦域機動における兵站』というタイトルの論文。
通常、勇ましいことを好む士官学校生とは思えない程地味な題材だ。
彼女の戦果を考えれば、意外と思われるほどに。
だからこそ、匿名審議の時点で彼女が11歳などと誰も想像し得なかった。
戦域における兵站を論じるなど、熟練の野戦経験者かと、匿名審議時点では想像したほどである。

概要は、単純明晰だ。
物資集積の重要性と、デポの配備と規格化による円滑な物流による兵站線の確保。
極めて、効率化を重視し物資の緊急備蓄を除き、死蔵を排除する事を目的にしている。
後方で死蔵される物資への批判から、前線で正常な戦闘行動を継続するために不可欠な物資管理の提案。
一読した陸軍鉄道部長が絶賛し、鉄道部への配属をほとんど懇願したというのは兵站関係者では有名な話らしい。

事実、査読した幾人かの熟練した野戦将校も軒並みこの論文を絶賛している。
曰く、前線で攻勢に出て、物資が不足した経験を持つ人間ならば、この論文が理解できないわけがない、と。
その多くが、陸軍大学の卒業論文であると誤解していたことも付記しよう。

兵站レベルの議論ができる時点で、もはや近視眼的と形容するのは困難だ。

「士官学校時代の現地研修で、すでに陸軍大学への推薦がヴァルコフ准将名義で出ています。現場は高く評価しているようです。」

それどころか、一部の将校らは彼女の資質を極めて高く評価していた。
紛争地域における活躍を賞賛して、ヴァルコフ准将などその時点で陸軍大学へ推薦しているほどだ。
能力が評価されることこそあれども、疑問が提示される事は一度たりとも彼女にはない。

「それこそ、何故その時点で審議されていない。」

さすがに、というべきか。
これまで沈黙を貫いていた座長が口を開く。

「・・・小官が、年齢・戦功不足を理由に棄却いたしました。」

そして、レルゲン少佐の解答に対し、やはりかとばかりに頷くと、厳しい目線を向けた。

「レルゲン少佐」

「はっ、なんでありましょうか、大佐殿。」

「貴官の公平性に疑義をはさみたくないが、一度目はともかく、今回の審議要求はどのような理由によるものか。」

もはや、公平性に疑義が出るレベルの無理難題をレルゲンが口にしているに等しい。
座長は口にこそしないものの、同じ疑問をほぼ全員が共有していた。
これほどの逸材、これほどの戦功。

卓越した士官だ。
何故、これに疑義を彼は呈するのか?

「・・・デグレチャフ中尉の人格に深刻な疑義を感じたためであります。」

レルゲン少佐にとってその答えとは、デグレチャフ中尉の人格へのぬぐい難い不信感を有するからであった。
彼は、幾人もの将校を見てきた経験から、ごく自然に違和感を抱かざるを得ないのだ。
そして、今やその違和感は深刻なまでの不信感として固まっている。

あのような異常人格者を、帝国軍中枢に入れることは断じて阻止しなければ、と彼は決意している。

「精神鑑定・情報部の機密保持能力検査、何れも極めて高い数値が出ていることを踏まえての発言か。」

「はい。」

なるほど、精神鑑定も、情報部の調査もクリアするだろう。
それどころか、場合によっては宗教家から敬虔さを褒め讃えられるほど敬虔な信徒かもしれない。
交戦時に、神に許しを請うなど、大半の軍人とは無縁の精神構造なのだから。

だが、それは彼女の異常さを発見できないだけなのだ。

「貴官は、この検査に疑義を呈するのか?」

「はい、いいえ。何れも適切な検査結果であったと認められます。」

それらの調査は、いずれも適切な数値を出すことだろう。
なにしろ、彼女の異常性はそこにはないのだ。
まあ、無理もない。

その精神鑑定は、大半の場合成人した職業軍人としての精神を鑑定するものであって、彼女のような異常者のためではない。
だからその結果は、公平かつ厳正に行われた検査の結果としてみていいだろう。
そこにこそ、この異常性の原因があるのだ。

「レルゲン少佐、私は貴官の発言が記録に残されていると明言した上で確認したい。」

「はっ。」

レルゲン少佐にしても、記録を取られる事も、キャリアに深刻な打撃を受けることも恐ろしい。
実際、選良中の選良としてエリートコースを驀進してきた彼にしてみれば、本来こういった議論は避けたいものだ。
だが、言わねばならないという衝動が彼を襲っていた。
全身が、全精神が、人間としての彼に、天敵種の存在を告げているのだ。

それは、異端であり、許容できない異常だ、と。

「何故、貴官はデグレチャフ中尉に対し、人格上の疑義を抱くのか?」

「小官は、3度彼女を見かける機会がありました。」

一度目は、卓越した士官候補生だと思った。
二度目は、恐るべき士官候補生だと思った。
三度目は、狂った士官候補生だと確信した。

「公的にか、私的にか?」

「何れも陸軍大学の公務によるものです。士官学校査察時に彼女を3度見ました。」

おそらく、彼女ほど記憶に残る候補生はいなかったし、これからも現れないだろう。
少なくとも、そう現時点で確信できるほど、彼女は異常なのだ。
冷静かつ、合理的。そして、愛国的かつ平等主義。敬虔な信徒にして自由主義者。
何れも、賛美されるべき人間としての資質を有しながらも、彼女は歪んでいた。

形容しがたい違和感と歪さが同居しているのだ。

「彼女が問題行動をおこした、そう主張するのかね?或いは、言動に問題が?」

「当時の教官らの所見をご覧ください。一言、『異常』と書きなぐられております。」

一番彼女に接する機会が多かった指導教官が面白い記録を残している。
全てにおいて卓越した、と評価しつつも『異常』と私的に書きなぐったのだ。
彼の抱いた違和感こそが、彼女の本質ではないのか。

通常、欠点を指摘する事はあろうとも、『異常』と指導教官が記すのはありえない。

「・・・ふむ、故なしとも言えないか。説明を。」

さすがに、座長も糾弾する姿勢を解き、聞く姿勢を見せる。
彼にしてみれば、あくまでも公平な議論の観点から、事実を確認する必要を覚えただけだが。

「異常なのです。すでに、完成した人格と視野を有し、人間を物と認識している士官候補生など初めて見ました。」

まるで、完成した機械の様であった。
命令を完全に順守し、達成する。まさに、理想的な士官だ。
それでいて、現実を理解し、空論なぞ一度も耳にしなかった。
到底、常人とは思えん。
だからこそ、三度目であんなことができたのだ。

「秀才特有の現象とは?」

「間違いなく現場で通用します。事実、ヴァルコフ准将と情報部が連名で二級鉄十字の申請を出していました。」

なにより、あれを新任というには、違和感しかない。
権限を限界まで活用した結果、すでに少尉任官以前に実戦参加の疑惑すら見つかった。
わずかな手掛かりだが、総合すれば情報部の作戦に関与した疑いが濃厚。

叙勲の手続き段階でさすがに棄却されているものの、二級鉄十字が申請される時点で、何かがあったのはまちがいない。

「・・・現地研修中にか!?」

驚きが全体に広がり、一瞬室内にざわめきがよぎる。
いくらなんでも、信じがたい話だが短期間のうちに叩きだした経歴は、それに信憑性を付与するのだ。

現地研修中、つまり9歳程度の子供が、実戦参加した揚句に叙勲の申請を得る?
もしこれを外部で聞けば下手なジョークと一蹴するところだ。

「情報部を締め上げたところ、極秘裏になんらかの作戦に関与させた可能性を示唆しました。」

国境の紛争地域。
士官候補生の研修地としてはかなり危険度の高い部類だが、そこまではまあ、良いだろう。

だが、屈強な兵士が悲鳴を上げる長距離浸透訓練を、実質敵地で行っている?
完全戦闘装備で、夜間に、匪賊徘徊地域を打通して、孤立した友軍基地まで行軍するなど、士官候補生の指揮とは思えない。
締め上げた知り合いの情報部員は、てっきり叩き上げの少尉が指揮した部隊が作戦参加したと考えていたほどだ。

それはそうだろう。そんな力量がある指揮官ならば、情報部だって頼ろうと思うはずだ。
まさか、研修中の士官候補生だとは夢にも思わなかったはず。
今では、叙勲申請が棄却されたのも、案外情報部が候補生だったと遅れて悟ったからではないかと疑っている。

「・・・士官候補生が、現地で、情報部から叙勲申請をだされるほどの作戦に関与した、と?」

ここまでくれば、さすがにその異常さが無視できない。
睨みつけられた情報将校らは知らないとばかりに首を振る。
だが、彼らにしても左手のしていることを右手が知らないという原則は知っているのだ。

調べれば、すぐに何かが出てくるだろうということぐらいは、予想しているに違いない。
顔色が、先ほどから急激に青ざめ始めているのだから。

「許されるならば、機密情報の開示許可を頂きたく思います。」

「そちらは調べておこう。それで?それだけならば、優秀な士官というに過ぎないはずだが。」

検証はこちらでおこなう。
そういう意味合いを込めつつも、座長はそれが事実だろうとは確信していた。
だが、それだからこそ、彼は疑問に思わざるを得ないのだ。

年齢、戦功、考課、何れも問題のない士官に、何故彼はここまで疑義を呈するのか、と。

「士官学校在籍中に、彼女は命令違反者に魔力刀を突き付けています。」

「・・・跳ねっ返りを叩き潰すのも、上級生の仕事では?」

極言すれば、私的制裁は軍法で禁止されているが、明文化されていないルールもあるのだ。
例えば、訓練中のけがは事故であり、上級生と格闘訓練中にけがをすることもままあると。

言い方は悪いが、その程度で、処罰していれば、軍人の半数近くはなにがしかの悪評を得ていることになる。

「本気で頭をこじ開けかねませんでした。教官が制止しなければ、一人を廃人にしたはずです。」

だが、違うのだ、とレルゲン少佐は叫びたい衝動を抑えて説明する。
居合わせた者にしか、理解できないことはよくわかっているつもりだ。

「・・・少佐、教育係の発言を信じていれば、今頃軍は死体だらけだぞ?」

軍の教育係が新兵に過激な言葉を飛ばすのは、軍にとって通常のことに過ぎない。
海兵隊や航空魔導士官において訓練時の新兵に対する罵詈雑言など、殺してやるならば、まだ可愛い方だ。
貴様の頭をかち割ってやる、空っぽの頭を吹き飛ばしてやる、などいくらでも平然と教練場で響き渡っている。

「やや過激な傾向があったとしても、さすがにそれは、微妙な評価だ。」

「年齢を考慮すれば、よく自制したと評価もできる。」

その程度、はっきり言って、可愛いではないか、と多くの軍人は自らの経験則で判断してしまう。
彼らは、見ていないがためにそう判断してしまうのだ。

彼らの多くは、新兵教育時に、それこそ家畜のように怒鳴られ、まごまごするなと魔力刃で斬られかけている。
そして、今現在に至るのだ。その経験からしてみれば、不服従を繰り返す新兵に対して魔力刃を突きつける程度、驚くことでもない。
言葉にしても分からない馬鹿には、多少お灸をすえるか、素振りを見せるくらいは、許容されているのだ。
むしろ、いちいち不服従の咎で、軍法会議にぶち込まないだけ温情的だとすら判じている。
なにしろ、上官への反抗は最悪銃殺すら含めた極刑。
言い換えれば、判断能力の少ない新兵を銃殺するくらいならば、殴り飛ばす方が温情的だと彼らは信じている。

「ふむ、まあ人事課長の危惧は年齢と自制できるか、という点で見ればまあ、わからなくもない。」

そこまでくれば、彼らの結論は揺るがない。
確かに、年齢不相応のところがあるのは認めよう。
新兵をしごいているという人事課長の論説も、まあ行き過ぎはあるにしても、許容範囲。
異常な才能を持っていることに、人事課長が危惧を有するのもまあ、理解できなくはない。

だが、陸軍大学への進学はむしろ彼女が受けいていない分野の教育を提供することで、有能かつ卓越した士官を養成できるに違いない、と。

「だが、やはりレルゲン少佐、君の意見は主観的に過ぎる。客観性を欠くと言わざるを得ないのだ。」

そして、やや動揺こそしたものの、彼らは彼女の合格を素直に承認することにする。

「もちろん、君が公平に見ようとした事実は認める。だが、君ともあろうものも、印象に囚われすぎだな。」

「まあ、よく調べている。情報部の締め上げが課題だな。」

むしろ、彼らは人事課長が本気で彼女の問題を取り上げた、とは今やだれも認識していない。
軍内力学において、卓越した遊泳術を発揮しなければならない人事課長が表だって情報部を批判できるはずもないだろう。
だから、別の話題にかこつけて批判を展開したのだ、と多くは見ている。
言葉にこそしていないものの、人事考査の途上で、発見した情報部の不透明な動向を叩く題材としてこの審査請求だと。
情報部からの評価が、過去の秘密作戦を反映した不透明なものだ、と。
確かにこれならば、彼の失点とも言えないが、功績の方が大きく、評価されるだろう。
情報部に至っては、レルゲン少佐を追求するどころか、謝罪する側に回る。

つまり、大凡の評価は人事課長はよくやるな、という程度の認識であった。

要するに、公平性を追求しつつ、情報部の秘密主義に疑義を呈したのだろうと。

「ご苦労だった、レルゲン少佐。彼女の審査請求は棄却するが情報部の再調査要請は受け入れよう。」

「・・・ありがとうございます。」

かくして、レルゲン少佐の意図とは裏腹に、だれも、だれもそれを止めようとはしないのだ。




※常識人苦労する?
今後の予定:陸軍大学⇒大隊長(少佐コース)
そう、少佐コースなのです。
あの、少佐です。例の最後の大隊のww

※誤字修正
ZAP!ZAP!ZAP!
ZAP



[24734] 第一四話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 00:59
前線に比べれば、後方のなんと快適なことか。
まさか、一日三食暖かい食事が取れるとは驚きです。

いやはや、もう一度前線にいけるでしょうか。

っと、大変失礼を。ごあいさつを申しあげるのが遅れてしまいました。

キャンパスライフを満喫中の皆さま、これよりよろしくお願いしたく存じる所存です。
ああ、失敬。ライフルではなく、筆記用具を持参するべきでした。
いや、まだ前線の気分が抜けていないようです。
どうにも、手元に演算宝珠とライフルが無いと落ちつかないのですよ。
幼児性と笑ってくれますな。
子供がお気に入りの毛布や人形を手放せないのと同じとは考えたくないのですが。
しかし、身体に精神が引きずられる可能性もあるので、戦々恐々としているところです。
実に、実に、お恥ずかしい限り。
窓がある生活にもそのうち慣れると思います。
さあ、机を並べて楽しく平和に、たくさんの敵兵を排除し、明るい帝国の未来を確立するべく共に学びましょう。

こんにちは、ターニャ・デグレチャフ中尉、11歳です。
今年から、晴れて大学生になりました。
ええ、大学生です。陸軍大学は、立派な大学です。

何度でも言いますが、大学です。

ああ、世間的には飛び級ということになります。
素晴らしい教育制度と奨学制度のおかげで、私は学費に悩む必要どころか、給与まで受け取って学べるのです。
しかも、ただ学ぶだけで昇進し、エリートコースまっしぐら。
生命の安全度も跳ねあがり、軍中枢への道と、安全な軟着陸戦略も模索できるのです。

ああ、なんと学びの素晴らしいことか。
歴代の賢人が積み上げてきた英知を継承し、あまつさえ其れにじかに接する機会を与えられることの素晴らしさ。
規律正しい清き正しい平和な学生生活の素晴らしさ。
学生とはなんと、なんと素晴らしいことでありましょうか。

ああ、これほど素晴らしい環境です。
離れたくなくなる気持ちも、理解できますが、如何せんここは陸軍大学。
正常な組織ですので、無能は陸大に不要と、前線送りです。
そういうわけなので、長くいることはできません。
まあ、頑張れば優秀な成績次第では後方勤務なので、インセンティブには不足がありませんが。

さあ、そういうわけで今日も今日とて楽しくお勉強です。
さすがに、ライフルと演算宝珠を持参し、衛兵司令にとがめられるのは、今日でおしまいにしたいのですが。
やはり、一度染みついた習慣という物は恐ろしいですね。
サラリーマンが定年退職後もうっかりスーツに着替えてしまうのも納得という物です。

さて、無意識のうちに担いだライフルは何処に隠せばよいのでしょうかね?




「おはよう。ラーケン衛兵司令。」

かけられた声で、ようやく接近に気がつく。
本当に、気配すら感じられなかった。
曲がりなりにも、実戦を経験してきたとはいえ、やはり戦地帰還組からすればなまっているのだろう。

それとも、彼女が卓越した兵士だからだろうか?

「おはようございます、デグレチャフ中尉殿。失礼ながら、今日もライフルをお持ちで?」

下士官として、幾人もの将校を見てきたが、彼女ほど前途が明るい士官も少ないだろう。
聞けば、わずか10代で陸軍大学に入るなど前代未聞という。
それ以前に、10代で中尉任官という経歴もありえないのだが。

もしも、何も知らずにそのことを聞けば、一笑して笑い飛ばすに違いない。
頭でっかちの秀才参謀だって30代に行くか行かないかだ。
そんな限られた枠を10代前半の餓鬼がとれるものか、という笑い声を自分が出していても不思議ではない程に。

だが、世界は広いらしい。
まさか、戦場で一度も遅れをとったことのない自分の背後を、あっさり取ってしまう士官がいるものだ。
明らかに、デグレチャフ中尉殿は、外見で侮ってはいけない部類の士官だろう。
聞けば、毎日のようにライフルと演算宝珠を持参し、当直の衛兵司令に預けているらしい。

武器を手放さないのは、戦場での経験だろう。
たまに、戦場帰りで武器を精神的に手放せなくなる奴もいるがこれとも違うようだ。
別段、武器を手放すと不安に駆られるという様子もない。
要するに、習慣として、武器をもつことを自らに課しているということだ。
常在戦場の心得というが、ここまで貫徹していれば、繰り返しになるが、この年で野戦航空戦技章を授与されるだけのことはある。
叩きこまれた戦訓と、下士官兵への適切な態度。

次に戦場立つ時は、年齢で敵兵を区別することなく、撃たなければ死ぬかもしれない。
一つ学んだと思っておこう。

「ああ、恥ずかしながら、なかなか習慣という物は治らないらしい。」

その気持ちはよくわかる。
自分も、月明かりのある寝台で寝られるようになるまで、常に遮蔽物を無意識のうちに探していたものだ。
別段、安全と分かっていても、戦場において命がけで見つけた習慣は簡単には変わらない。

「いえ、御立派なものです。」

むしろ、しっかりと戦場の要点を理解しているということに他ならないのだ。
正気を保ったまま、戦場で何が重要かを理解することが、青い新任少尉にとっての試練である。
戦場とは彼らの信じる建前が激しく現実に蹂躙される世界なのだ。

勇ましさ、栄光、名誉なぞ泥まみれになって、殺し合い、その中で少数の例外的な士官が名声を手にする。
その少数だけが知っている秘密は、実は難しいことではない。
下士官兵の言葉に耳を傾けて、彼らを心服させる意見を出せればいいのだ。

だが、これができる士官は本当に、本当に少ない。

「ありがとう。叩き上げに保証されるほど嬉しいことはない。」

だから、目の前の少女の外見ではなく、内実に敬意を払い、真摯に対応する必要があった。
叩き上げを評価できる士官は、伸びる。

そう思いながらも、衛兵司令は自分の職務を忠実に果たすことで、小さくも恐れ多い中尉殿への敬意を示す。

「しかし、失礼ながら、本日の御用向きは?」

世間一般で言うところの安息日。
つまりは、日曜日だ。敬虔な信徒ならば大半は教会に行くし、人によっては懺悔もする。
この中尉殿も午前中はよく教会でひたすら真摯に祈っていると聞く。
なにより、実際ひたすら聖像を見つめる彼女の姿を目にしたのは、一度ではない。

時間帯からして、昼食をすましたところだろうし、陸軍大学とて日曜は任意だ。
まあ、月曜から土曜は過酷極まるらしいが。

「なに?どういうことか。」

「ご存じのように、本日は休日であり、講義はありませんが。」

講義があるならば、学生が登校するのは当然だが、休日に陸軍大学へ要件もなく足を踏み入れさせるほど軍はぬるくない。
もちろん、相応の理由がある限りにおいてその限りではないのだが。

「ああ、簡単だ。図書室を使いたい。寮の資料室では事足りん。」

そして、誠に単純なことながら、デグレチャフ中尉殿は実に、実に勤勉であられる。
気難しい司書長ですら、その知識と好奇心、向学心を賞賛しているというのだから、軍人の鏡というべきかもしれないだろう。
何より、古い戦訓の分析と概念の再分析は参謀本部の作戦課をして驚嘆させるほどだと、古い上官から耳にした。

この小さな頭に、何が詰まっているのだろうかと、本気で感嘆したことを覚えている。

「失礼いたしました。毎度のことで、恐れ入りますが、武器をお預けになってご利用ください。」

普通ならば、将校の私物を預かるのは、余計な手間がかかり気も乗らないものだが、この中尉殿は別格だ。
戦場で、ライフルほど信頼できる戦友は皆無である。
そして、魔導師にとって、それと同じくらいにかけがえのないものが演算宝珠だ。

これを預かるのは、名誉でこそあれ、手間と感じることではない。

「そうさせてもらおう。では、失礼する。」

手早く所定の位置で申告書を書き上げ、慣れた手つきで、保管証明書を受け取りデグレチャフ中尉殿は校内へと進まれる。
さりげなく見たが、背後から見ても、その足取りは一切躊躇が無い。
戦友を預けることに躊躇が無いほどに信頼された、と思えば我もなく嬉しくなるものだ。

「・・・准尉殿、随分と、態度のでかい餓鬼ですね。」

だが、その下士官冥利につきる感情を理解できない馬鹿が水を差してくる。
軍隊生活に慣れてきた上等兵は得てして士官学校出の士官を馬鹿にする傾向があるが、これは修正が必要な水準だ。
その程度の頭だから、未だに曹への道が無いのだとすら思えてきて、頭が痛い。

あの程度の年齢の方が、士官で、この馬鹿は年齢以外なにも取り柄が無いとは。

「馬鹿か貴様?ション便臭い餓鬼どころか、戦地で浴びた帰り血の匂いをまだ漂わせている硝煙臭い餓鬼だぞ?」

さすがに、実戦経験のある軍曹がたしなめるものの、まだ認識が甘い。
あそこまで徹底した軍人になるには、古参兵の中でも才能と戦争への愛情が必要だ。

言い換えれば、人間として戦争を嫌い抜きながらも、どこかで戦火に恋焦がれる人間でなければ、彼女を理解できないのだろう。

「軍曹、貴様の認識はその程度か?」

「はっ?いえ、もちろん良い上官になられるとは思いますが。」

もちろん、よい上官になられるだろう。
自分であれば、彼女が大隊長であれば、喜び勇んで従うはず。
突撃だろうと、突破粉砕だろうが、遅滞防御だろうが、いや殿軍だろうと従事するに決まっている。

彼女は戦争に愛されているのだ。
軍人として、名を残し、あるいは無上の栄光が約束された部隊となるだろう。
その誉れが確実に約束されたと確信できる。

幾人もの将校を見てきたからこそわかる。
あれが、所謂英雄なのだ。

「気が付け、間抜け。中尉殿は二個演算宝珠をお持ちだが、御預けになられたのは一個だぞ。」

だが、理解できない間抜けには口にしても仕方がないだろう。
中尉殿が、こちらの職責に譲歩し、ライフルと予備の演算宝珠をお預けになったのだ。
最後に一つ、一番使い込んだ演算宝珠を手元に残すのは、権利に等しい。

最も、それを理解して持ち込みを黙認したのではなく、気がつかなかっただけの馬鹿にはいう気にもならないが。

「無意識なのだろうが、本当に気を抜かれないお方だ。」

「・・・週番士官殿にばれたらことですな。」

・・・ああ、貴様らはまだその程度の認識か。



・・・ああ、恥ずかしい。

心なしか、またあの間抜けがライフル担いできましたよ、と衛兵たちに笑われている気がしてならない。
ラーケン衛兵司令が気のきいた人物で本当に良かった。
何も言わずに、しっかり保管してくれるおかげで、こちらも自然体に校内へ入ることができる。

自分のミスが許しがたく、かつ屈辱でしかないが、かといって醜態を晒すことも望ましくはないのだ。
気配りをしてくれるラーケン准尉には、機会があれば職責上許す範囲内で便宜を図ってくれたことへの返礼を考えるべきか。
まあ、本心から恥を感じるのはミスをしたという事実があればこそ。

そして、ミスの原因は単純だ。
いい加減恨みつらみをぶつけようと、休日になると飽きもせずに最寄りの教会で、存在Xの模倣像を呪っているからだ。
もし現れればその場でライフルをぶっ放すつもりで持ち込んでいるのだが、残念なことに一度も出会えていない。
うん、自分でも、いい加減非効率的極まる非生産的活動は自粛すべきかとも思うのだが。

しかし、これを怠ると、エレニウム95式の呪いで本当に敬虔な神の信徒とされかねないのだ。
だから、存在Xの像を見るだけでおぞましく思える心を維持する事は、精神衛生上不可避の必要行為。
これを怠ることは、呼吸を怠り、思考を放棄するに等しい行為に他ならない。
そんな馬鹿な真似は断じてお断りだ。

人間の尊厳は、思考するところにあるのだとすれば、思考を停止した時点で私という人格は消失する。
そんなことを受け入れるのは、精神的な自殺以外のなんだろうか。自殺でしかないのではないか。

要するに、私は生物として自殺できないのだ。
証明終了。

まったく、それにしても存在Xが遠因で恥をかくところになるところだった。
忌々しいことこの上ない連中だ。
っと、これ以上のミスを重ねるわけにはいかない。

「デグレチャフ中尉、入室いたします。」

一言断って、図書室の扉に手を掛ける。
休日とはいえ、多少の利用者がいることもあり得るのだ。
そしてここは陸軍大学。
入学者の最低階級が中尉以上ということは、私など下から数えたほうが早い位下っ端なのだ。

上位者が中にいることを考えれば、常に気が抜けない。

「む?」

ほらみろ。

如何にもと言わんばかりに偉そうな将官がいくつもの地図と記録をほじくりかえしている。
戦史研究は比較的マイナーなジャンルとはいえ、重要な分野なのだ。
当然、ごくまれにお偉いさんが資料を求めて陸軍大学にまで足を運ぶこともままある。
なにしろ、持ち出し厳禁の記録だ。見たければ、自分で足を運ぶしかない。

「っ、失礼いたしました。准将閣下。自分は、」

そして、これこそ千載一遇の好機である。
いつの時代も、上に知己を得ておいて、損は無いのだ。
出会いを求めるならば、可能性のあるところに足で出向き、機会を増やすことが不可欠。

誠に遺憾ながら、この身はまだ、若い。
故に、アルコールを活用する場へ出入りは憚られる上に、相手の酒を不味くするので逆効果だ。
しかし、逆に言えば他の場では、好印象にもなる。

自分の外見を活用する事は、前世の事情から得意ではない。
確かに、笑顔を造る程度のことはできるが。
とはいえ、足を引っ張らない程度に常識で判断することはできるのだ。

「ああ、良い。今は卒業生として先輩に対する敬意でかまわん。」

さいわい、相手は気さくなタイプ。
ここは、せいぜい真面目な陸軍大学の大学生として振舞うことにしよう。
そうすれば、何かの折に役に立つことがあるかもしれない。

「はっ、ありがとうございます。自分は、デグレチャフ学生。帝国より魔導中尉を拝命しております。」

「ゼートゥーア准将だ。参謀本部戦務参謀次長を拝命している。」

参謀本部の戦務参謀!
後方のお偉方トップに近い集団ではないか。
全くもってついている。

「お目にかかり光栄であります。」

心より、そう言えたと思う。
なにしろ、参謀本部の人事を司る連中と同じくらいに連中は権威がある。
企業で言えば、経営戦略を形成する中枢部門。
そこの住人と職務外で知見を得られるのは、ついていると形容するほかにない。

「ふむ、中尉、君は何か急ぎの用事があるかね?」

「はい、いいえ。准将殿。本日は、知見を得るための自学目的であります。」

思わず、飛び上がりそうになるのを自制しつつ、素直に自分の目的を申告する。
幸い、知的好奇心を充足させる必要性と、法令研究の用事で頻繁に図書室を利用しているので不自然さは無いはずだ。

言うまでもないことだが、偉い人間という物は、つてを求めて近づいてくる人間を一番嫌うものだ。
ここは、素直に相手の知見を得られたことを幸いと思うことにして、せいぜい好印象を得るにとどめるべきだろう。
お互いに良好な職務関係を構築する事が利益になると思っていただけるように、自己アピールはしたいが。

「いい機会だ。座りたまえ。たまには、若い者の意見も聞きたい。」

「はっ、失礼いたします。」

そして、相手は幸いにもこちらにある程度の関心を有してくれている。
こちらへ関心のない相手へのプレゼンに比べれば随分と楽なものだ。
人員削減のプレゼンで、必要性を理解してくれずに反発してくる役員を相手にするよりはるかにましと言える。

「さて、貴官のことは少しばかり耳にしている。随分な活躍のようだな。」

「はっ、過分な評価を頂いております。」

『白銀』という身も悶えたくなるような忌々しい二つ名。
帝国軍の命名センスを徹底的に再検証するべきだと確信しているが、少なくとも目立つことは目立っているらしい。
少壮の精鋭ということもあり、多少知名度が上がったのは出世に幸いか。

ただ、目立ちすぎると出る杭は打たれるので、どこかで、調整できるように注意する必要があると思う。

「ふと思うのだがね中尉。この戦争はどうなるだろうか。」

世間的な会話として、軍人が戦局を語るのは、まあ普通の世間話の様なものだ。
ここで、下手に自分が馬鹿であるとアピールし、機会を失う間抜けでもなければ、無難な会話に徹するだろう。
それは、確かに凡俗の発想としては間違いではない。

だが、相手がこちらに関心を示しているのだ。
素直に、自分の意見を表明する事ができれば、ある程度意欲的と見てもらえるものである。
もちろん、馬鹿なことをいわないのは最低条件だが。

「お言葉ですが、閣下の御言葉は含意が広すぎます。」

だから、相手の質問の意図を確認するという積極性のあぴーるは出世に不可欠。
一を聞いて、十を知るができれば理想だ。
だが、十を聞いて、一を知るよりは、遥かにましである。

なにより、帝国軍人という生き物は、正確さに対して偏執的なまでにこだわるのだ。
加点を狙うよりも、失点を防止する方がここは大切だろう。
声が大きければ、出世できるわけではない。
ちまちまと細かいところに気がつき、大きな声で叫ぶことで、出世できるのだ。

「ふむ、確かにそうだな。言い換えよう。貴官はこの戦争の形態をどう予想する?」

「僭越ながら、自分は言及すべき立場にないと考えます。」

そして、自らの職責を越えた発言は自粛するべきだ。
例えば、人事部が営業に口を挟むべきではないし、営業が人事部に口を出すのも同様だろう。
もちろん、積極的なブレインストーミングの類は推奨するべきである。
無能な人間であろうとも、集まれば、なにがしかの知恵を出せるというのだ。

もちろん、単なる衆議では集愚の意見となりかねないので、注意せねばならないのだが。

「よい。諮問しているわけではないのだ。自由に述べよ。」

「では、お言葉に甘えて失礼いたします。」

本来は、やりたくない。
だが、これ以上固辞するのも逆に失礼にあたる。
なにより、語ることのない無能と見なされかねないのはまずい。

黙っていても、わかってくれるだろうというのは甘えだ。
それも、超ド級の幻想でしかない。
人間は、耳を2個持っているが、口は1つしかないのだ。

要するに、聞く耳を持っている相手には、口が一つで十分ということに他ならない。
だから、最低限口を動かせばある程度は話が通じるにしても、動かさないで通じるわけがないのだ。

「今次戦争は、大戦に発展するものと確信します。」

プレゼンの基本その一。
予想は、断言したほうがよい。
ついでに、独創性をブレンドしつつも堅実に。

「大戦とは?」

「おそらく、主要列強の大半を巻き込んだ世界規模での交戦に至るかと。」

この世界では、これが世界大戦の嚆矢となるのだろうか?
まあ、間違いなく列強同士の本格的な戦争になるのだ。
大戦と形容して間違いない。つまり、常識的に考えて、世界大戦になるということを認識しているに決まっている。

列強と列強が覇権を求めてぶつかるのだ。
陣営別に本気で戦わないわけがない。
だから、甘い認識ではないと、現実を見つめていると、アピールする方が評価されるだろう。

「・・・根拠は?」

「帝国は列強として新興ながらも、従来の列強と比較し単独ではかなりの優位を誇っております。」

そして、説明を面倒くさがらないこと。
言うまでもないこと、などと油断してはいけない。

認識のずれは、会議をボロボロにしてしまうという事をもっと熟慮するべきなのだ。

無駄の多い会議を防止するための唯一の解決策は、徹底的な共通認識の確立。
そういう意味では、准将殿は実にしっかりとされた方だ。
たかが中尉を相手に、ここまで真剣にこちらと会話をなさろうとしてくださるとは、驚くほどの寛容さ。

「そのため、帝国は他の列強と一対一ならば負けることはなく、勝利が収められるでありましょう。」

「うむ、共和国に対しては勝利できるだろうな。」

そして、言いにくいことを言葉にしてくださる。
『共和国に対しては』ということは、逆に言えば、その他はその限りではないということだ。
上位者が軍の潜在的な敵の存在を示唆してくれるおかげで話が進めやすい。

部下の力を活用するという点においては、部下を選びにくい軍隊は企業よりも徹底して取り組んでいる。
このことは、人事部でリストラを行っていたころには持ちえない視点なので、真摯に学ぶべきだろう。
軍隊では、企業と異なり、部下を選びにくいのだから、育てるしかないのだ。

「ですが、連合王国や、連邦がこれを座視するとは考えにくいのが実像であります。」

「・・・彼らは今次戦争に直接の利権を有していない筈だ。」

そして、当然のことを再確認。
うん、実にいい。
実に、素晴らしい。
これこそ、知性的な会話というやつだ。

相手が、こちらの知性がどの程度あるのか、と興味を持っていなければ成立しない会話。
素晴らしく楽しい。
これこそ、社会人の醍醐味だろう。

「はい、いいえ。彼らは、覇権国家の誕生を許容するか、拒絶するかの選択を迫られることになるのであります。」

「覇権国家?」

「はい。大陸中央部において、共和国を排除した帝国は他の列強と比較し相対的ではなく、絶対的優位を確立します。」

ドイツ帝国が単独ではフランスにも、帝政ロシアにも勝てたであろうことを考えてみればいい。
大英帝国がそれを放置するほど、間抜けだろうか?
そうであれば、今頃あの島国は、単なる辺境扱いされていたに違いない。
だが、彼らはシビアに現実を理解していたからこそ、参戦している。

この世界の列強だって、国家理性の命じるままに戦争に参入してくるに決まっているではないか。

「故に、共和国の排除を短期に、それも他国の干渉を許さない形で実現できない場合、必ず連鎖的に他国の干渉を誘発します。」

「なるほど。確かに、そうかもしれないが、だとすれば共和国が覇権国家足るのではないのかね?それも受け入れがたいはずだ。」

っ。

ああ、言葉が足りなかったことを補ってもらえるとは。
こちらが幼げにみえることを考慮してもらえたのだとすれば、情けをかけられたのだろう。
これ以上の失敗はまずい。

強かに頑張ろう。

相手の眼をしっかりと見据えて、はっきりと答える。

「同意します。ですので、それ故に帝国と共和国が共倒れになるように図られると思われます。」

「介入はあると?」

「はい。おそらく、共和国への借款から始まり、武器供与もあり得るのではないでしょうか。」

有名なレンドリースや、戦費調達。
英仏は、戦争に勝ってもふらふらだった。
このことを思えば、帝国と共和国が楽しく戦争し、疲れ果てたころに連中が介入してくるのは自然な帰結だろう。

「・・・なるほど、見えてきた。」

「はい、共和国に多額の資金を貸し付け、共倒れを狙い最後に介入する、という青写真を他の列強が描くと思われます。」

まったくもって、国家とは邪悪な存在に違いない。
善良な個人をして、邪悪な組織人に至らしめるのだ。
人間の本性を大幅にゆがめる存在の可能性を真剣に検討するべきだ。
例えば、忌々しいソビエトや東独など、秘密警察が人間性を大きく損なったという。

見たまえ、シュタージに監視される社会の恐怖を。

自由を。
精神の自由を!

個人主義こそが世界を救う唯一の正しい道だと、人類は今こそ悟るべきなのに。

「では、帝国が圧倒した場合は?」

「即座に、介入を決意するものかと思われます。」

だが、思想の自由という崇高な命題も重要だが、智的な会話をおろそかにするわけにもいかない。

こちらが、なんとかつじつまを合わせて解答しているという見苦しさを出さないように留意。
誠実に、考え深く常識的な見解を述べている、という様式を保持するのだ。

「なるほど、興味深い想定だ。ならば、どのように対応する?」

「それほど、奇策があるわけではありません。」

実際、奇策が思いつくならば、上申している。
そうすれば、きっと出世の種になるだろうに、軍事的な才能が乏しいことは残念だ。
まあ、軍事的創造性なぞ、ナポレオンやハンニバルに任せるべきなのだろう。

平和を愛する善良な一個人としては、恥じるべきことでもない。

「ですので、過去の歴史に倣い講和を模索し、不可能であるならば消耗を抑制する事を第一目標といたします。」

「・・・勝利を目指すわけではないと?最悪、敢闘精神を疑われかねない発言だな。」

ああ、まったく。
口が随分と迂闊になったものだ。

よりにも寄って、戦務参謀次長殿の前で、敢闘精神を疑われるような迂闊な発言をするとは。

本当に自分の口が行ってのけたのだろうかと、口を撃ち抜きたくなる大失態だ。
キャリアに傷がつきかねない。いや、以前臆病者は、最前線で酷使されるとも耳にした。
大変まずい。実に不味い。

なんとか、動揺を顔に出さず、ごくごく冷静な口調で、そのような意図が無いと、間接的に主張するほかにない。
同時に、多少勇ましいことを言って、敢闘精神を見せねば危ないだろう。

「はい、いいえ。勝利を目指さないのではありません。ですが、まず負けなければ帝国の勝利であります。」

「それで、どうやって勝利する?」

「徹底的に敵に敵の血を流させることを貫徹し、敵の戦争継続能力を粉砕します。」

徹底的、貫徹、粉砕、等軍人が好む言葉を選択。
いかにも、戦意旺盛を示しつつ、現実的な言葉遣いを何とか模索する。

「敵野戦軍の殲滅かね?」

敵野戦軍の撃滅?理想ではあるが、困難だ。つまり、この質問は釣り。
こちらが、迎合するために強硬論を唱えているのではないと示すためには、敢えて反対する必要がある。

「それは理想ですが、おそらく困難と思われます。陣地戦で防御に徹するべきではないでしょうか。」

「それで、勝てるのかね?」

「わかりません。ですが、負けることもありません。そこで、一撃を与える余力を保つことこそ、戦略上の柔軟性を増すかと。」

勝てるとは断言してはいけない。
だが、負けると取られるわけにもいかない以上、この解答が限界だ。

一応、保険として、一撃という言葉を入れておいた。
敵を殴り飛ばす意欲があるという言説を止めるわけにはいかないのだ。

「ふむ、興味深いな。だが、相手も何れ同じ戦術に至ればどうする?」

ここだ、ここで積極性を示すしかない。
相手はある程度こちらに関心を示している以上、最後の印象が一番大きくなるはずだ。
であるならば、最大限攻撃性をアピールし、敢闘精神の不足という非常にまずい真実を糊塗しなくてはならない。

「はい、そのことを考慮し、航空魔導師による戦場錯乱と突破浸透襲撃を提案いたします。」

突破浸透襲撃なぞ、正直狂気の沙汰だと思うが、魔導師による実現可能性がわずかなりともある以上、提案する価値はある。
実際に、やるのは自分ではないことだし、無茶は言うだけならばいくらでも言えるものだ。
つ○ーんを見たまえ。かれなぞ、満蒙国境地帯で散々好き勝手にやらかした挙句に、本国で栄転を遂げているではないか。
あるいは、連合国最高のスパイと称された無茶口だか、鬼畜口将軍。
いや、まて、ひょっとしたら死ぬ死ぬ詐欺の人だったか?死ぬ死ぬいって示談金をむしり取るのだろうか?
うん、なんか、違う気がするし、思い出せないが、まあ、いい。

あれほど、無責任になれれば、人生も苦労しないのだろうが。

如何せん、私は善良な個人だ。そこまで、人間を止めていない以上、自分の経験談をもとに、まあ、やれるだろうという程度に留める。

ああ、なんと私は常識的な人間か。
私こそが、善意の塊と言えるに違いない。

そう思い、自分の正しさをそれとなく確認しておく。
うん、間違いなく自分は正義だ。

「うん?魔導師は支援が任務ではないのか?」

「陣地戦において、火砲並みの火力を展開し、歩兵以上の俊敏性を持つ魔導師は理想的兵科です。」

正直に言うが、機動防御は本当に大変だった。
ネームドと殺し合いをやらされた時など、ウォージャンキーを相手にする厄介さをつくづく思い知ったものだ。
神がいるのならば、ああいう輩を全部消し去ってから神を主張するべきだ。
同族殺しを好むような種族など狂っている。
つまり、存在Xが神で無いことは証明済みなのだ。

ああ、如何に悪魔から逃れればよいのだろう。

「なるほど、売り込みが上手なことだ。」

「恐縮であります。」

多少はここで恐縮しておくべきだろう。
だが、相手の反応は悪くない。

肩をすくめつつ、手元に書類に何か書き込み始めたところをみると、問責する気はなさそうだ。
実にすばらしい。口先で誤魔化しきれるのならば、ネゴシエーターの職も検討するべきかもしれない。
だが、専門は人事なのだ。
広く浅くよりも、狭くとも深い方が、給料は良いのだが、どうしたものだろう。

戦後の人生設計を始めたいので、手に職を付けるべきかもしれない。
其れを思えば、資格は絶対にとるべきだろう。
魔導師としての実戦経験豊富・いつでもどこでも殺し合いに対応なぞ、どこのギャング志望かといいたい。
いつの時代も、復員兵士の職業問題があるのだから、人材として自分に投資しておかねば問題だ。

「で、仮にだが、魔導師を陣地戦に使うとして、規模はどの程度欲しいか。」

・・・こうして、人生設計を頭の片隅で考えていたので、良くなかったのだろう。

問いかけられた質問に、あまり意図を解釈しようとせずに、答えてしまう。

「大隊が、適切であると確信します。兵站への負荷が少なく、かつ戦力として最低限の単位になるかと。」

「面白い。まあ、検討してみることはしてみるとしよう。若い意見は常に面白い。」

「ありがとうございます。」

それが、普段の彼であれば絶対に違和感に気がつき、なんとしても回避しようとした事態だと気がつかなかった。
そう、不注意こそが、人生のもっとも恐るべきミスを誘発するのだ。



帝都某所にて

『ゼートゥーア閣下?』

いつになく、考え込んだ様子を懸念したのだろう。
幾人かの参謀が気がつけば自分の顔を心配げに注視している。

部下の前だというのに、と思いつつ、一方で知的な衝撃の余波が未だに頭に渦巻いているのだ。

なんでもない、と誤魔化す気分にもなれず、つい素直な感想を漏らしてしまう。

『風聞とは、存外正しいものだな。』

『はっ?』

どうされたのだろうか、という表情が一斉に並ぶのを見て、ぜートゥーア自身、信じられない思いを口にするのは憚られた。
新任少尉が、エースオブエースにして、銀翼突撃章保持?
ライフルよりも、人形を抱いている方がよほど似合うような少女が?

・・まあ、魔導師だ。突出した天性の才能があれば、まだ可能かもしれない。

だが、明るく笑っている方が、よほど魅力的であるべきなのに、軍人然とした姿に違和感を覚えさせない時点で、何か狂っているようだ。
魔導師の英才教育は考えものかもしれない。
いや、それだけならばともかく、プロパガンダに使う時点で、軍人として違和感を覚えざるをえなかった。

だから、それが陸軍鉄道部に絶賛されるほどの論文を書いたというのは、さすがに無理があるだろうと思った。
十中八九代筆だと確信していたのだが。
たまたま見かけたのを幸い、試すつもりで声をかけたが、これでは予想外も甚だしい。

まさか、あの年齢で、参謀本部が躊躇している戦争の先行き予測をこれほど明瞭に語れるとは。
他の余人が言えば戯言と断じられるような戦争案だが、妙に説得力があった。
まるで、見てきたかのように断言するのだ。あれほど断言できるのは、よほどの確信があるものに限る。

人の意見を語る、というよりも自身の考えを述べていると考えざるを得ないのだ。

『すまないが、出所は言えないが、この案を検討してほしい。』

『・・・随分と、過激な戦局予想でありますが。』

それはそうだ。自分だって、世界中が戦争に突入するなどという案は、考えつかない。
過激にも程があるだろうが、一考すれば恐ろしい可能性が頭をどうしてもよぎるのだ。
そんなことは、ないだろう。
どこかに、穴が見つかるだろう、とは思うのだが。

しかし、仮にだ。あくまでも仮にだが。
もしも、もしも彼女が正しかったとしよう。
その時は、約束通り一個大隊預けてやるのも悪くない。
狂気に身を任せねば戦争に勝てないというならば、何でもやるのが自分の仕事なのだ。

『・・・嫌な大人にだけはなりたくなかったのだがな。』

そしてふと、自分の思考に愕然としてしまう。

子供を戦争に送る?
軍人として最悪の恥だ。
・・・ああ、自らの無能が恨めしい。

あとがき
※つじー○とは、作戦の神様のことです。
無茶口将軍なる名前の将官はたぶん日本帝国陸軍に存在しません。
大隊長フラグを構築しました。
常識人の自己嫌悪フラグを構築中です。

ZAP!
ZAP!



[24734] 第一五話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2017/01/29 16:26
参謀本部人事局人事課

帝国陸軍の中枢を担う参謀本部。
閑静な帝都の一等地に建つ歴史的な建造物は、積み上げてきた歴史にふさわしい威厳を放っている。
そして、小さいながらも、参謀本部には人事局が設置されていた。
通常、士官人事は教育総監部の主管である。それにもかかわらず、参謀本部が人事局を有するのは独自の人事制度を意味する。
つまり、陸軍大学の卒業者に限っては参謀本部が排他的な人事権を有しているのだ。
言い換えれば、高級軍人の人事は全て参謀本部が直轄してきた。

「レルゲン中佐、昇進おめでとう。」

陸軍士官・魔導士官は、ここで昇進を告げられるようになれれば軍の主要ポストへの道が開かれる。
そのため、常に陸軍大学卒業生に対してはやっかみと妬みが渦巻く。
そのように特権的とすら評された陸大卒の中でも、選ばれた者だけが、人事局人事課長によって昇進が祝って貰える。

レルゲン陸軍中佐は、その中でも出世の筆頭組だ。
彼は順調に陸軍のエリートコースを驀進している。
陸大卒時点で大尉であった彼は、陸軍駐在武官として連合王国勤務を経験。
現状分析に卓越した能力を発揮し、陸軍大学の人事課長として抜擢される。
新任に対する選抜と教育の手腕を参謀本部より高く評価されていた。

「ありがとうございます。大佐殿。」

「貴様にもそろそろ、参謀本部付きの辞令が出るだろう。いい機会だ。眼を通して置きたまえ。」

そして、彼は参謀本部の身内と認識されている。
軍の中枢と極めて近い位置に存在していると表現しても良い。
それゆえ応接室で、軍事機密の塊をそれとなく渡されるレルゲン中佐の表情は平然としたものだ。
でかでかと、極秘と押された書類の束は、部外持ち出し厳禁の機密書類を意味している。
参謀本部の人事局で渡されるということは、広く参謀本部で議論されているものだろう。
つまり、参謀本部での一般論を集約中であり、貴様も読んで意見を出せ、ということか。
それが許されるということは、いよいよ参謀本部への移動も間近ということでもある。

そう解釈したレルゲン中佐だが、渡された論文に眼を通すにつれて、怪訝な表情を浮かべる。
論文をめくるにつれて、その表情は怪訝なものからどんどん変化していく。
最後には、突然強かに頭を殴られたように唖然としたものとなっていた。

「『今次大戦の形態と戦局予想』?」

これは何だろうか?
今次大戦とは?
いや、ここにそもそも書かれている戦争の形態はありえるのか?

そのような疑問の響きが込められた呟きに、人事課の大佐は疑問を肯定するように頷く。
彼は、疑問を、反論をとにかく何かを叫ぼうとするレンゲル中佐を眼で制して淡々と事実だけを口にする。

「戦務参謀次長殿肝煎りの代物だ。軍内には異論も多い。」

「だが、無視し得ない、と?」

異論が多い上にできの悪いものを、わざわざ機密扱いにはしないだろう。
まして、そろそろ参謀本部入りするであろうから、わざわざ見ておけと言われるはずもない。
そのように無価値なものであれば、黙殺される。
しかし、黙殺されるどころか異論を複数招くにも関わらず価値があると見なされたとすればどうか。

少なくとも、戦務参謀次長殿肝煎りの代物というだけのことがあるのだ。

「その通りだ。戦略レベルの予見では、戦務・情報・外局・作戦の各局が同意を示した。」

そして、まさしくその通りだと肯定された。

・・・ありえるのか、とレルゲン中佐は頭を抱えざるを得ない。

戦争の戦略論は常に喧々諤々の議論を伴ってきた。
その帰結は概ね多様な可能性を示唆しており、一長一短あるものだ。
極論を言えば、一致するということはほとんどありえない。
その百家争鳴的な議論を集約し、最適と思われる戦略を描くのが本来の参謀本部のあり方だ。
陸大で、戦略論を議論する時、教官が常に積極的な議論を促すのもそれが理由である。
多角的な視点を、複数採用することで、議論の精緻さを向上させている。

どれほど完璧に見える提言も、どこかに穴があるというのが陸大の常識。
だからこそ、少しでも弱点を補うべく議論が奨励されてきた。

「で、あるとすれば、この戦争は、世界戦争に発展する、と?」

その伝統を誇る陸軍参謀本部で戦務・情報・外局・作戦の各局が戦略レベルで同意した?

実質的には、この提言を戦略レベルで否定し得ない可能性を濃厚に有していることを認めるに等しい。
異論が多い、というのは受け入れがたいという戸惑いに近いのだろう。
実際、自分にしてもいきなり『世界戦争』と言われたところで釈然としない。

「貴様は、『総力戦理論』という概念に聞き覚えは?」

「いえ、寡聞にして。」

そして、思考の渦に飲み込まれかけていた時に耳慣れない言葉が突然飛び込んでくる。
『総力戦理論』?
どこか、『世界戦争』『今次大戦』という概念と呼応していそうな概念であるように思われてならない。

確かに、耳にしたことはないのだがどこかに引っかかる。
少なくとも、見たことはあるはずだ。
どこかで、同じ事を経験しているはずであるのだ。

「鉄道部が機密保持指定で提出した論文だ。」

そう言って差し出された論文の概要に急いで眼を走らせる。
執筆者は鉄道部の若手参謀ら。
覚えのない名前だが、機密保持を考慮すれば偽名もあり得るか。
冊子に眼を通していくうちに、どうしても先ほどの衝撃と同じ匂いを嗅ぎつけてしまう。

曰く、戦争遂行において国家は、国家の有する国力を総動員する必要に迫られる?

反駁したい感情が咄嗟に沸き上がるものの、そこに述べられているのは事実に基づく推論だ。

戦争の質が本質的に変質し、弾薬・燃料の消費量が増大。
これは事実だ。東部方面軍の兵器消耗量・弾薬射耗はすでに開戦前の見通しを上回る。

戦闘員の著しい犠牲者?
ああ、確かにこれも正しい。すでに一部では補充の速度が限界だと聞いた。
すでに、平時の兵員補充計画は破綻している。

これらを前提として、戦争はそれまで予想されていなかった様相に至る、と?
兵器・兵士は大量消費の戦闘に巻き込まれ、人的資源の莫大な消費と、国家経済そのものを破壊しかねない規模で資源を消費?
この狂気の競争は、どちらかがその負担に耐えかねた時点で、勝敗が決するという予想は不可解ですらあるだろう。

「最近、急激に出回っているが、どうやら戦務課が配っているらしいな。」

「・・・率直に申し上げまして、随分と過激な予見であります。しかも、破滅的です。」

どちらかが、完全に破綻するまで、人とモノを消費し続ける戦争形態が世界規模で繰り広げられるという予言に近い。
事実であれば、帝国と共和国の戦争が拡大し、世界規模の世界大戦に至るという発想だ。
そこには、人を数字として見なし、消耗品と見なす恐ろしい世界が口をあけているように思えてならない。

一瞬、禍々しい死神が鎌をもってこちらを凝視しているような感覚に襲われる。
背筋を冷たいものがよぎり、情けないことに全く未知の恐怖を覚えてしまう。

「だが、上は真剣に検討している。憲兵隊は、すでに赤狩りの用意を始めたらしい。」

『消耗戦にお互いが耐える上で、最も重要な留意点とは何か。
それは、国内の騒擾分子による団結の弱体化と厭戦感情の高まりである。
総力戦において、国家は持ちえる経済資源の動員を妨げようとする如何なる勢力とも妥協し得ない。』

確かに、『総力戦理論』はこのように説いている。
理屈としては、一貫しているようだがそもそも世界大戦という認識に基づく議論だ。
憲兵隊が赤狩りを始めているということは、世界大戦が起こるという認識を持っているに等しい。

受けた衝撃の大きさで頭が上手く回転しないが、お頭の良さに感謝するべきだろうか?
破滅的な未来しか思いつかない。

「ありえるのですか?この形態の戦争は、破滅的です。到底、どの国家も為し得るとは思えないのですが。」

全ての列強が、自国の人的・経済的資源をどちらかが破綻するまで消費し尽くす。
そんな形態の戦争は、考えずとも破滅的な結果に至るのが眼に見えている。
常識で考えれば、お互いに利益がないばかりか損害だけが積み上がっていくのだ。

おおよそ、国家戦略を主導するまともな為政者や軍人が惹き起こすとは思えない。
国家の利益を追求するという観点からすれば、利益が見いだしえない破滅的な戦略なのだ。

「わからん。貴様に言えることは、覚悟しておけ、という事だけだ。」

だから、敢えて参謀本部付きの辞令が出る前に、見せたのだ。
如実にそう物語る表情に、思わず背筋が伸びる。

確かに、このような狂気の世界を議論するとあれば今一度心構えを冷静にし、現場を見ておくべきかもしれない。

「はっ、失礼します。」

退室し、参謀本部の静かな廊下に足音を響かせながらレルゲン中佐は全力で回転させる。
総力戦・世界大戦、いずれも理論としてはいくらでも批判できそうだが、何故か現実味がある。
否定しようとも、否定しがたい何かがあるのだ。
だが、何故だ?何故、否定できない?
何かが違和感として喉に引っ掛かっている。

「・・・なんなのだ、この違和感は?」

総力戦も世界大戦も、何か身近にあったはずなのだ。
いや、そんなものが身近にあるはずもないのだが、なにか覚えがある。
異質な感覚には覚えがあると言っていい。

「どこかで、いや、何かを、忘れて?違う、なにか、引っ掛かる。」

以前何かの論文で眼にした。いや、これは違う。総力戦・世界大戦なる言葉は初めて聞いた。
では、類似する概念?その記憶は一切ないはずだ。一番類似したものは、確かSF小説でみた。
だとすれば、なにか経験なものか?
しかし、前線の経験は乏しい。
中尉までは現場だが、連合王国駐在武官以来、後方勤務だ。
だとすれば、連合王国で耳にした?

「それこそ、ありえない。」

連合王国の報告書は山ほど書いた。
何れも、良く記憶しているがそのような概念があったとの記憶はない。

・・・考え過ぎだろうか?いや、どこかで何かを見たはずなのだが。




戦争の真っただ中だろうと、いや、戦時中だからこそ、参謀は必要になります。
だから、参謀教育には湯水のごとき資金が投じられるわけです。

こんにちは。
こちらはデグレチャフ中尉。
現在、学生生活の一環として参謀旅行中です。

保養地として名高いマインネーンの温泉地で、伝統を保持し、帝国軍人としての誇りを涵養するべく参謀旅行を行っております。
古代より帝国諸族が伝統的儀式を行った地域なので、軍の研修地としても有名ですが。
ええ、もう毎日山を登って、ハイキングを楽しんだ後に、温泉と格式高いディナーでマナーの御勉強です。
これもお国のためと思い、毎日を過ごしております。

陸大選抜の学生で女性は自分一人と実にジェンダーフリーとは程遠いので実に快適です。
逆説的ですが、一般の連中は安宿ですよ?

ですが、私は例外。
参謀旅行で使う旅館は男性用。なにしろ、修道院ですからね。
なので、現地の軍関係施設を利用することになります。
でも、考えてみてください。現地の軍関係施設に何故、女性用保養施設があるか、と。

単純なんですけどね。皇族用なんです。皇帝陛下のご息女とかの。
軍に入ることなんてほとんどありえないのですが、予算を取ったら造らなきゃいけません。
これが官僚主義。うん、まあ、何も言わないでほしい。

でも、明言されていないので、女性士官は使えるという実に逆差別仕様。
ああ、平等じゃないことが本当に心苦しいのですが、国費を無駄遣いさせないためにも、ここを活用する次第であります。
もちろん口には出しませんが、随分と心苦しいのですよ。
ええ、もう罪悪感で胸が張り裂けそうなほどに。
だから軍が無駄な箱モノを、と批判されないようにせめて私が活用しようと思います。

だから、拷問の様な参謀旅行にも耐えようと思います。
この旅行の制度設計は実に単純明快。
思考が極端に鈍る極限状況下の耐久訓練。
魔導師は、演算宝珠の補助式があるという理由で、重機関銃のダミーと完全装備。
そう、完全装備で登山どころか、50キロ近い重機関銃をかついで登山とは。

もちろん、ハイキングコースなどなく、山岳旅団の訓練エリアです。
制度設計を行った人間は、絶対にサディストであると確信する次第。
軽装が身上の山岳旅団が音を上げるようなコースを重装備で登坂?
ああ、考えたくもない。児童虐待で告訴できないのか。
使える権利は、なんでもつかってやるぞ、この野郎。

まあ、疲れ果てている時でも、馬鹿な判断をしないですむようにという訓練です。
疲れ果てた参謀が勢いで立案した作戦なんて、大抵ツジーン級の核地雷です。
ええ、危険極まりない。だから、予防しようという意図はわからないでもない。

だから、そういう事を予防しようという発想は十分に理解可能でしょう。
ただ、個人的にはそもそも参謀が疲労困憊しないようにしてほしいのですが。

「ヴィクトール、あそこの丘陵に敵が防御火点を構築したとする。貴様は大隊を速やかに前進させねばならない。」

だが、参謀教育というものは徹底している。
疲れ果てた士官らに対して、容赦なく戦闘指揮を想定しての質疑が繰りだされるのだ。

「攻略法方法を提言せよ。」

火点が丘陵の上に存在?
こんな峻厳なところにあったら、突破も迂回もできそうにないではないか。
すごすごと引き下がるか、重砲兵隊を使って遠距離から潰してもらうほかにない。
あるいは、魔導師を吶喊させるか、だろう。

「突破は困難です。速やかな進軍のためには迂回を提言します。」

だが、ヴィクトール中尉はどうやら疲れた頭で突破が無理と判断するに留まるらしい。
教本通りの迂回戦術を採用してしまう。
まあ、確かに見た限り突破できそうにはないのだが。
とはいえ、同じくらい迂回できるとも思えない。遮蔽物は乏しく、相手は上を占位しているのだ。
速やかな前進以前に、鴨撃ちにされるのがオチだろう。

「なら、自分でやって見せたまえ。」

「はっ?」

「この峻厳な地形で、迂回できるというならばやって見せろ!この大馬鹿ものが!地形を読めと言っているだろう!」

当然、教官の怒声も強まろうというもの。
ここで地形を把握せず、無謀な作戦を立てることほど忌むべきこともないらしい。

だが、人の失敗という蜜の味を楽しめるほどの余裕もない。

「デグレチャフ、貴様ならどうする?」

畜生、あとで何か奢りたまえヴィクトール中尉。
君が答えていれば、どやされるのはだれもいなかった。

そういう思いで、彼を睨みつけたいところだが、まごまごしているとありがたい雷が落ちてくる。
ヴィクトールは役に立たないにしても、良い避雷針であるのだ。
避雷針は使えるようにするべきであって、折ってしまうべきでもない。
今は、素直にこの場をしのぐことを優先しよう。

「重砲の支援はあるのでありましょうか?」

まず、基本の確認だ。
こんな山岳地帯に歩兵大隊が歩兵砲を持ちこむことは考えにくい。
だが、師団直轄砲兵でもいれば支援は期待できるだろう。
或いは軍団管轄砲兵でも構わないが、ともかく援護があるかないかの確認は重要だ。

どうせ、援護のない場合を考えさせたいのだろうが。
まず手札を確認する姿勢を見せないと、『何故、重砲兵の支援を考慮しない!』とどやされるに決まっている。
わかっているが、理不尽なことだ。

「ないものとする!」

「第一案、大幅に後退し、別の稜線沿いに迂回機動を取ります。」

ならば、無理に犠牲を出すのを回避するに限る。幸い、稜線次第では時間もさほど全体では変わらない。
なにより、無謀な攻撃を仕掛ける必要はないだろう。
良い射界を確保している拠点を相手に突撃を命令するなど、無謀か蛮勇も良いところだ。
そんなのが参謀になれるかと言えば、なってほしくはないとしか言えないのだが。

いずれにせよ、肉弾で火力を超越できるかどうかは、弾丸より多い兵隊でもいない限り無理にきまっている。

「時間的余裕がない場合。」

「・・・魔導師と歩兵の散兵戦術を採用します。魔導師で火点を潰し、歩兵を援護に回します。」

航空魔導師による拠点攻略は鉄板だ。
ある程度の犠牲は覚悟せざるを得ないが、歩兵単独で突破するよりは遥かにまし。
なにより、自分が航空魔導師なのだ。
貴様が指揮すると仮定して、という質問ならば歩兵大隊に魔導師が随伴していてもなんら不合理ではない。

まあ、ややずるい解答かもしれないが。

「よろしい。では、歩兵のみで攻略せねばならないと仮定しよう。」

当然のように教官はハードルを上げてくる。
しかし、陣地を歩兵だけで『攻略』せよとは問題が変わっているのではないだろうか。

大隊の進軍が目的のはずなのだが。
いつの間にか、歩兵大隊で攻略するようにと命じられる始末。
・・・嵌められたのだろうか?

「はっ?歩兵のみで『攻略』、でありますか。」

「そうだ。少し時間をやろう。野営したくなければ、答えは早めに出すように。」

無茶を口になさる方だ。
陣地を歩兵で攻略できるならば、そもそも陣地戦などで頭を悩ませる必要はないというのに。
こんな状況で攻略戦をやれというのか。
工兵も、魔導もなしで?
いっそ、肉弾三勇士でもやれというのか。

いや、考えるまでもないことだ。

「教官殿。考えるに、攻略は、不可能であります。」

一瞬、学友たちの表情が変わる。
考え込んでいた彼らの多くが、不可能という言葉に衝撃を受けているかのようだ。

いや、実際そうなのだろう。
なにしろ、露骨に教官の心情を悪化させかねない言葉だ。
自分の席次が下がるかもしれない発言。

実にいやな気分になる。
どうせならば、席次を争っているウーガ大尉殿あたりが指名されてくれればよかったのだが。
全くついていないと頭を抱えたい。
両手は重機関銃で埋まっているので絶対にできないが。

某日帝のように銃剣突撃に定評があり、阻止火力が貧弱ならばまだ期待もできよう。
だが、共和国軍の防御陣地へ銃剣突撃をしかけたところでハチの巣だ。
夜間大隊襲撃を考慮しないでもないが、山岳地帯で大隊規模の夜襲は全滅の恐れすらある。
そこまでしても、成功の公算は乏しい以上、答えは不可能ということになる。

「何?どういうことか。」

「参謀の職責とは、何か。其れを考えれば、小官は不可能であると具申いたします。」

だから、責任を回避するための言葉をきちんと用意しておく。
人間は失敗から学ぶ生き物なのだ。以前、図書室で准将殿相手に失敗した経験を繰り返すつもりはない。
前回は幸いにも私的な場と見なされたがゆえに追及されずに済んだが今は、公的な場。
失敗は高くつくだろうが、そもそも失敗は未然に防止策を用意してある。
無理だというのを自分の敢闘精神の欠如ではなく、職責に起因させてしまうのだ。

「その職務とは、実行可能な最善の方策を追求することにあります。」

つまり、参謀的に考えれば、そんなことは不可能。
やれないのだ、ということにしてしまう。
もちろん、参謀の仕事は勝つための作戦立案である。
だが、名目だけならいくらでも口実にできる義務があるのだ。

「ただ、徒に兵員の犠牲を積み上げることは最も忌むべきであります。」

兵隊の命より勝利を重視するに決まっているだろうと、怒鳴られたらもうどうしようもない。
だが、少なくとも敢闘精神の欠如という批判を回避するための方策はばっちりだ。
兵隊を慈しめというのは、士官学校で繰り返し、繰り返し、それこそ何故かさらに繰り返し指導された。
思い起こしても不思議なことに、何故か一番私が強調して言明されていた気がする。
部下を選べないのだから育てろ、ということを理解できていないと思われたのなら残念だ。

ともかく、名目は完璧。
大義は十分。
堂々と胸を張って今回は言ってのけられる。

「以上により、本案件に対する解答は、攻略を回避すべきであるということになります。」

こちらを睨みつけてくる教官殿の眼差しは、こちらの真意を見抜こうというそれだ。
嘘偽りを口にしているつもりは、全くございません。
そう言わばかりににらみ返すのは、ビジネスマンなら誰でもやれる。
あとは、軍人の様な眼力の強い連中に負けない胆力があればよい。
要するに、慣れが5割だ。後は、内心の自由を信じる心が5割である。

「結構。記録しておこう。よし、行軍を再開!」

っ、やっぱり記録されるのか。
やはりサラリーマン的な思考では、軍人思考には好まれないらしい。
ああ、どうしたものか。

上手く誤魔化したと思いたいが、記録されるということはあまりいいことでもない気がする。



参謀本部第一会議室。

「西方方面の情勢は悪化しつつあります。」

示された地図で西方軍は、だいぶ防衛線を押し込まれている。
辛うじて、共和国軍主力の侵入に抵抗はしているものの前線は限界に近い。
前線の部隊はほぼ満身創痍。

緊急で首都の戦力をかき集めて増派したため一時的には持ち直していたが所詮限定された数だった。
緩やかではあるが、戦線全域が圧されていた。
事実、一部の後方拠点と見なされている地域が既に敵魔導師の航続圏内に入っている。

「ですが、大陸軍主力の集結は完了しました。」

だが、次の報告でようやく安堵の息が広がる。
懸念されていた鉄道による大規模輸送であるが、致命的な事態を招く前に辛うじて間に合った。
当初の予定を大幅に超過したとはいえ、まだ戦線は持ちこたえている。
西方軍からの悲鳴に近い援軍要請にも何とか応じることができたと言えよう。
今ならば、まだ戦線は立て直せるのだ。

「・・・なんとか、間に合いましたな。」

予定ではもう2週間は早く現地に展開可能であった。
間にあったとはいえども、本当にぎりぎりでだ。
大陸軍という主力の国内機動に手間取っているようでは、戦略的な選択肢に制限がかかりすぎる。
中央の予備も少なすぎて、即応という点においては大いに課題がある。

「やはり、即応性が課題か。」

そのためには、大陸軍がより軽快に動けるようにしなくてはならない。
鉄道ダイヤの調整も重要だろう。
遊兵化するのは避けたいが、中央が随時動かせる部隊も必要かもしれない。
片方の戦線に戦力を集中し、勝利をもぎ取るという帝国軍の伝統的な戦略は速度が命だ。

「或いは、二正面作戦を想定するしかない。」

一方、近年急激に主張されているのが重点配置の見直し論だ。
曰く、片方で勝利を収めている間にもう片方が破綻するリスクが近年あまりにも高すぎる、と。
取り繕って誤魔化し誤魔化し運用するのも限界がある。
ここは、そもそもの前提を切り替えて二正面作戦を覚悟するのも一つだ。
方面軍を中心に、いくつかの指揮官は戦略の転換を要求している。
各地の方面軍は防衛を主任務とし、攻勢には大陸軍を充てるという発想ではもう無理だと彼らは感じているのだ。

「本気ですか?二正面作戦を回避することこそ、基本戦略であるハズです。」

だが、当然のことながら戦力の分散投入は軍事戦略上忌むべきであるという原則はいつの時代も鉄則に近い。
『全力で片方の敵を倒し、しかる後にもう片方の敵に当たるべし。』
所謂内線戦略は金科玉条として参謀本部に根を張っている。
局所優勢を確立し、絶対の勝利をもぎ取るまでの間方面軍が頑強に時間を稼ぐ。
列強に囲まれた帝国の伝統と地政学上の必要性が産み出した戦略だ。

そもそも二正面作戦を全力で戦い抜ける国力があればそれほど苦労はしない。

「情勢が許さないとしたらどうだね?最悪に備えておくべきだと思うのだが。」

だが、方面軍がある程度の規模を持つとはいえ共和国軍の前に崩壊寸前になったのも事実。
大陸軍が間に合わなければ、西方工業地帯が失陥するところだったという事実は大きい。
内線戦略は片方が耐えきれるという前提が無ければいけないのだ。
故に、当面は防衛戦力の増強こそが急務だとする方面軍らの主張もあながち間違いではない。

「・・・現状での大規模な軍管区再編は、困難。なにか、妙案が?」

しかし、平時ですら軍管区の再編は大仕事だ。
敵と戦争をやっているさなかに司令部の再編などというのは無理難題にも限度がある。
サッカーの試合中にフォワードとディフェンダーを総入れ替えするようなものだ。
大混乱で済めば良い方だろう。

「即応軍の創設を提言したい。戦域機動の改善によって、必要な時に、必要なところへ展開できる部隊が必要なのだ。」

そこに提案されるのは、かねてから主張されている即応軍の創設だ。
戦域機動によってある程度の即応性を担保した軍規模の集団が欲しいという声は常々出ていた。
特に、ゼートゥーア参謀本部戦務参謀次長を中心とした戦務参謀らは近頃強硬に主張している。
実際の運用を担う作戦も戦務の意見に同意を示し、即応性の向上が必要だとの認識を露わにしてきた。

「そのための大陸軍では?」

「でかすぎて、展開が遅い。だからこうして西方軍が苦労しているのではないか。」

従来では、大陸軍がその任を補うと考えられていた。
だが、すでにでかすぎてその任に堪えないと見なされている。
西方軍が英雄的な奮戦を行わなければ、今頃西方工業地帯は失陥し講和会議の条文作成をしていたかもしれない。

「まったくだ。軍功をばら撒き過ぎて、すでに西方軍分の叙勲分が埋まるなど尋常ではない。」

「加えて陸大の軍功推薦枠、割り当てられる中央のポスト減少。この不満は大きい。」

実際、西方軍が今期の枠を全て使い果たすという異常な事態になっていた。
予算の関係から恩給や褒賞枠には限界があり、他の方面軍が割を喰らっている。
一部の将官人事はすでにいびつな形になりつつある。
同期どころか、下の期に抜かれる士官が続出しているのだ。
各方面軍が輩出している陸大の推薦枠等では東部軍が泣く泣く一部を西方軍に割いている。

「その影響を過小評価していただきたくないものだ。」

「さよう。特に、割を喰っている東部軍の不満は凄まじい。」

軍の人事上あまり望ましい事態ではない。
なにしろ、西方・北方の両軍がひたすら戦功を稼いでいる時に放置されているのだ。
東部全域を防衛とする重点配置方面で良い思いをしてきた連中が、突然の待遇悪化に不満を覚えても仕方ない。

「東部方面軍は協商連合とも共和国とも無縁だ。東方の抑えとして存在しているとはいえ無駄飯ぐらいの評判は良いものではない。」

「実戦経験の不足も問題だ。ある程度バランスを取る必要がある。」

彼らの心情も問題だが、なにより問題なのは実戦経験が偏るという事。
西方軍の将兵だけを戦争に使うわけではないのだ。
何れは、東部軍の兵士も戦場に立つことも想定しなければならない。

まさか、戦闘が始まるまで傍観させておくというのも無為な話である。
かといって、激戦中の西方よりベテランを大量に引き抜き東部軍の教育に充てることも論外。

「つまり、東部軍を中心に、ある程度柔軟な部隊を形成したい、と?」

そうなると、一番現実的な案は即応部隊として東部軍から部隊を抽出することだ。
最激戦区に投入されることになるだろうが、少なくとも軍功は稼げるし経験も積める。
東部軍が軍全体に貢献しているという形にもなり、反目も多少はましになるだろう。

「なるほど、意見としては悪くない。」

それゆえ、参謀本部内部でもある程度の部隊を抽出する事には合意できる。
戦争体験というわけではないが、実戦の雰囲気から部隊を遠ざけるよりは有益だろう。
西方軍の負担も軽減できる上に、えてして予算を争う両者の融和にもつながる。

「そこでだ、戦略機動の実験を兼ねて、師団規模で試してみたい。」

だが、各論には賛成でも規模となるとやはり合意は容易でない。
ゼートゥーア准将らのグループは戦域機動実験に対して強い関心を持ってはいるものの、モノは有限だ。
鉄道部と合同で、師団規模の実験を要請していたがさすがに戦時中には贅沢に過ぎた。
即応軍構想と合わせて息を吹き返した案ではあるものの、反対も根強い。

「反対だ。東部にある戦略予備は2個師団だけなのだぞ?」

「規模が大きすぎる。東方の守りまで薄くなどできない話だ。」

大陸軍の編成時に、西方の守りが薄くなったという教訓がある。
西方軍の苦戦も原因の一端は戦力抽出と見なされている。
其れを考えれば、主戦場から遠いとはいえ東部軍より部隊を抽出しすぎるのは危険だった。
なにしろ、戦略予備として東部軍が固定要員の他に持っているのは一個軍のみ。
最低水準の戦略予備からさらに部隊を抽出する事には異論がでる。

「東部方面と北方方面から抽出すればどうか。」

「それは、北方が片付いてからの話だ。」

北方で協商連合を処理し終えればいくばくか余裕も出るだろう。
だが、現実問題として大陸軍主力が敵主力を粉砕したとはいえ制圧には時間がかかる。
ここで北方軍から部隊を抽出するのは本末転倒だ。
なにより、部隊を引き抜かれた北方軍司令部は激怒することだろう。

「では、一つ実験的な要素を試したい。魔導師の大隊を実験的に中央の即応司令部管轄下に置くのはどうか。」

そこで、一つの提案を次善の策ではあるが現実的には本命として戦務は持ち込む。
ゼートゥーア准将が中心となった構想で、『即応魔導大隊構想』がすでに参謀本部には提出されている。

「例の『即応魔導大隊構想』か。私としては賛成だが。」

事前に根回しをしてある作戦は支持を表明する。
現実に、作戦は魔導部隊によって局地的な優勢を確保することに心を砕いているところだ。
前線で柔軟に運用できる魔導大隊は歓迎するところだろう。

「魔導大隊をわざわざ引き抜くと?」

「東部方面軍からならば、余力はある。何より、魔導大隊ならば、航空輸送も可能だ。展開力は高い。」

一部からは、東部軍の戦力低下を懸念する声が上がるものの、展開力の高さという要素で反論される。
魔導大隊は、36名編成。陸軍で言えば中隊より輸送が容易なのだ。
36人の兵士が45日の規定分物資を必要とするとしても、兵站への負担は極めて限定的。
必要とあれば、一日で大隊は西から東への展開を完了する事が可能とされる。

「・・・では、実験的に魔導大隊の設置を認めよう。参謀本部直轄部隊、という扱いでだ。」

元々、さほど反対意見が出るような要素の乏しい提案だ。

「即応軍司令部の設置は見送るが、魔導大隊の結果次第だ。」

さすがにこれ幸いと設立を希望した即応軍司令部は認められないものの、実験的な要素が許されている。
即応魔導大隊の設置は、おそらく将来的には即応軍司令部の形成にも至るに違いない。

「では、次の案件に移ろう。」

どうやら、約束は守れそうだ。
そう安堵し、ゼートゥーア准将は密かに肩を下ろす。
そして、気分を切り替えると次の案件へと集中し始めた。


あとがき
本作は常識人が大好きです。
もちろん、戦闘妖精も嫌いじゃありませんが。
取りあえず、大隊長ルート確定
帝国軍⇒総力戦フラグ構築中

追伸
ZAPしてます。
ZAP

2017/1/29 句読点微修正



[24734] 第一六話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:17
世界大戦には、謎が多い。
特に、帝国側資料は終戦期の混乱もありほとんど謎に包まれている。
いくつもの禁忌に両軍が手を出したとされるが、全ては分厚い機密のベールに包み隠されたままだ。
私はあの戦争に、world today's newsの従軍記者として参加した。
大戦に関わった多くの同世代人と同様に、私は真実を欲している。
断罪のためではない。
ただ、何が起きていたのかを知りたいのだ。

私は、賛同してくれる仲間たちと戦争の真実を追求したいと思い、WTN編集会議でドキュメンタリーを作成する事を提案した。
告白するが、何から手をつけていいかもわからないという状態で。
自分でも、なにをしていいのかわからなかったのだ。
しかし、幸いにも理解ある上司と仲間たちの協力を得ることができた。
WTNと素晴らしい仲間達に満腔の感謝を。

しかし何から手をつけていいのか、という疑問は尽きないのが実態である。
戦場の真実は何か?そんなもの、各人によってそれぞれではないか。
そんな意見すら飛び交い、我々は方針を決めかねていた。
いくつも機密文書の機密指定が解除されたが、それは全体図の理解を深めるというよりもむしろ混乱を招くものだったからだ。

当初、私達は比較的機密指定解除が早かった連合王国の資料に注目した。

初めは、大戦後半のダカール沖事件を調べてみた。
陽動作戦として語られる事の多い南方作戦。

その作戦へ参加した連合王国海軍本国第二戦隊が旗艦フッド以下7隻まるごと全滅した事件は有名だ。
艦隊が唐突に消滅したのは何故か?
きっと機密にされる理由もそこに違いない。

私達は帝国が欺瞞情報に掛り全迎撃部隊をダカールに集結させたのでは?と考えてみた。
つまり、本命の帝国奇襲作戦を隠匿する生贄として、連合王国は第二戦隊を差し出したのだろうという想定だ。
その事実を隠匿するために機密指定にされたのではないのか?

戦場で、そういう陰謀があったのではないかと私達は想像していた。
実際、汚い話は従軍記者の時に耳にしていたので資料で裏付けられたか、とも予想したほどである。

そう思いさっそく機密解除された資料を読んだ我々だが、一気に予想が狂わされた。

『連合王国海軍最悪の一日は×××××××××××によって惹き起こされた。』

わずか一文のみが解除されたそれだが、軍関係者は全て口を貝にしてコメントを拒絶している。
そんな時、知り合いの戦史関係者が興味深い話を持ってきてくれたことは何かの縁だったのだろう。
戦場の噂を良く分析してみると真実が見えると彼は示唆してくれた。

曰く、×××××××××××という11文字のコードはいくつかの戦線で散見される、と。
彼によれば、おそらく高級将官かスパイのコードではないかとのことだ。

我々はこの×××××××××××をタロットに関連付け『11番目の女神』と名付け調査を開始した。
調査の結果は驚くべきものだった。
『11番目の女神』は帝国の大規模な戦闘には、ほぼ全てと言ってよいほど顔を出していた。

最も初期に確認されるのは、大戦の2年前。
国境紛争地域で某国の情報部が報告していた。
ここから我々はおそらく、情報将校かエージェントではないか?との仮説をたてた。

だが、奇妙なことに気がつく。
当時一線で交戦していた軍人の一部が、『11番目の女神』という我々のネーミングに敏感に反応したのだ。
曰く、『最高に悪いジョークを聞いた思いだ』。

ひょっとすると、偶然11文字のXが一致しただけで複数のものを混同しているのではないだろうか?
そう思った我々は、文脈と地域からできるだけ合理性の高いと思われる『×××××××××××』を抽出するべく統計に挑んだ。

そして、最も×××××××××××というコードが散見される戦場を発見した。

ライン航空戦(大戦の天王山とも呼称される)
最激戦区として『空が3割血溜まり7割』と恐れられたライン絶対防空圏を巡る魔導・航空戦。

同僚のクレイグと私はWTN派遣の従軍記者としてライン航空戦を見ていた。
『悪魔の住むライン』『ネームドの墓場』『銀すら錆びる戦場』など、大げさに聞こえるだろうが、全て事実だった。
経験から断言させてもらうが、あの戦場には本当に悪魔が存在する。

例えば、我々と酒場で意気投合した気の良い魔導師がいるとしよう。
だがわずか6時間後には、彼の葬儀に私達が参列しても不思議ではない。
少なくとも、3度其れを経験した。

『あそこは、人間が人間でなくなる』
親しくなった航空魔導士官の一人が戦死する直前に漏らす声は、今でも生々しい質感を伴って思い出すことができる。
あそこは、人間の狂気が集まった戦場であった。

そのライン航空戦で『11番目の女神』は絶対な存在感を示している。

私達は俄然興味を抱くことになった。
無理を承知で、当時の帝国軍関係者から聞き取り調査を行った結果はNEED TO KNOWの壁が想像以上に分厚いということだけ。
参謀本部勤務だったある将校がただ重い口を一言開いてくれた。
彼からは、自分と連絡が取れなくなった時に公表してほしいと言われている。
そのことを、聞こうと思って連絡を取ろうとしたが既に音信不通となった。
以後、今に至るまで彼と連絡は取れていないことを付記する。

匿名を条件に彼が語った一言を、彼との約束に基づきここに記す。

『V600』

私達はこの謎を追っていく。
あの狂気の時代に、何があったのかを知りたいのだ。
※アンドリューWTN特派記者


クリューゲル通り三番地、ゾルカ食堂

陸大の教育は、かなり贅沢な時間の使い方をしていた。
それだけに、戦時には随分と削られた科目も多い一方でより実戦的な教育が志向されたとも言える。
実際、通常2年の教育が一年弱に削減されたが中身はより厳しくなったと評されるほどだ。

自分自身の能力は、決して劣っていないと思いたいが綺羅星のごとき俊英らと机を並べると世界が広いと実感させられる。
世間的には、一家の長として幸せな家庭を持ちながら軍のエリートコースを昇っている自分は恵まれた方だろう。
両親は軍人への道を強制しなかったが、士官学校に合格した際には我がことのように喜んでくれた。
自分には不釣り合いなほど、良い妻と巡り合うことができたのは最大の幸福だった。
つい先日生まれた我が娘は、自分の血を引いた新しい命がこれほどまでも愛おしいとは信じられない程に愛くるしい。

だから、という表現は適切ではないのかもしれない。
しかも曲がりなりにも持つものが、持たざる者に問いかけるというのは許されないかもしれぬ。
それでも、これまで敢えて気にしないようにしてきたことを、聞く気になったのだろう。

聖グレゴリウス教会近くの閑静な食堂。
事前に聞いていた通り、ライフルと演算宝珠を無造作に机の上に放り出した少女が昼食のオーダーを頼んでいた。
教えてくれた憲兵隊の知人によれば、いつも日曜はここで食事をしているとのことらしい。
なんでも、武装したまま入れる教会近くの食堂が他にないからだとか。

「ウーガ大尉殿、珍しいところでお会いしました。」

ウェイターの視線でこちらに気がついたデグレチャフ中尉が、見事な敬礼をこちらに向ける。
答礼しつつ、彼女の席へ近づきウェイターに適当なものを注文しつつチップを渡して追い払う。

「いや、いつもここだと聞いたのでね。少し良いか。」

「もちろんであります。どうぞ、こちらへ。」

見る限り、彼女は軍装以外には、飾り気すらない。
正直に言えば、彼女が私服でいるところを見ても彼女とは気がつかない程軍装が馴染んでいる。
11という年齢よりも、中尉という肩書がしっくりくるほどに彼女は軍人なのだ。
私物と思しき私物も官給品以外には、これといって見当たらない。
強いて言えば、机の上に広げられた新聞と書き込みの為されたロンディニウム・タイムズやWTNの特集号。

だが、陸大の語学教育は周辺国の言語習得を推奨している。
中立国のロンディニウム・タイムズやWTNなどは一般に手に入る中では良い教材だ。
私物、という程のものでもない。

「大尉殿は、ふだんこちらに?」

新聞への書き込みを中断し、こちらを見つめる眼差しは意図していないのだろうが私の背筋を冷たくする。
この小さい彼女は、同時に帝国軍魔導師の中でも有数の誇り高きエースオブエースなのだ。
迂闊な質問は、侮辱を意味し、最悪決闘になりかねないだろう。

だが、人は無謀というかもしれないが、私はどうしても知りたいという欲求を抑えることができなかった。

「デグレチャフ君、失礼なことを聞くが君は何故志願した?」

「・・・はっ?」

なんと問いかけるべきだろうか。
そういろいろと考えていたが、言葉を飾ることに意味はないのだろう。
結局、口から出ていたのは単刀直入な疑問であった。
単純化され過ぎていて、彼女がこちらの質問の意図を理解しそこなっているほどだったが。

まさか、あのデグレチャフ中尉が顔面に疑問符を浮かべる姿を目にすることになるとは。
どうやら鉄仮面の様だと同期ですら語られる彼女にも、表情はあるらしい。
感情表現に乏しいとは思っていたが、やはり人間じみたところもあるのだな、と安堵する。

「ああ、大尉からの問いかけではなく、同期の疑問だと思ってほしい。」

なんとなく上官の疑問に応じようとする姿勢ではなく本音が聞きたかった。
そのためには、上官としてではなく陸大の同期として胸襟を開くつもりだ。

「君ほどの才幹があれば、道はいくつもあるだろう。なぜわざわざ軍に?」

単に魔導師としての才能が突出しているだけならば選択肢もさほどないのだろう。
軍は優秀な魔導師を渇望しているのだ。才能があれば、あまり年齢には頓着しない。
彼女ほどの才能があれば、確かに若くして軍に徴用されているかもしれない。
そうであるならば、彼女は一個の兵器として扱われるに留まっていた。

だが、それにしてもまだ年齢の猶予はあるはずだ。

まして、彼女は純粋に自身の才知で以て陸大までたどり着いている。
わずか齢11で、末席とは言え陸大12騎士の一翼を占めるに至った。
天性の魔力だけでは、一個の兵器留まりだっただろう。

それほどの才能があれば、技術者としてでも研究者としてでもいくらでも選択肢があるはずだ。
事実、帝国大学は飛び級を受け入れているし、優等な学生には学費を免除するどころか奨学金も出す。
道はいくらでもあるはずだが。

「・・・私の父は軍人でした。」

「でした、ということは。・・・すまないな。」

でした、という表現に引っ掛かりを覚えすぐに悟る。
珍しい話ではないが、帝国軍人というものは死と隣り合わせだ。
いつ何時、誰だって死んでしまう。

その死んでしまった人間には、それぞれの家庭があり、残される家族がいる。

「御気になさらずに。いまどき珍しくもない話です。」

しかし、デグレチャフは気にした様子もなく笑って見せる。
もう慣れた。
そう言わんばかりの態度だが、まだ子供の様な年齢の彼女がそこまで悟っていることの方が私には悲劇に思えてならない。
彼女は、復讐を意図して軍に入ったのだろうか?

「孤児だった私には他に道が見つかりませんでした。その中で、最善を選んだつもりです。」

だが、復讐を意図したというには微妙な表現が気にかかる。
そう、ぼかした表現だ。
他に道が見つからないという表現は引っ掛かる。

何がか?
簡単だ。確かに彼女は、最善の選択を選べる中から選んだとは言っている。
だが、それは望んで自発的に選んだとは言っていない。
他に見つからなかったといっているのだ。

まるで、それでは選択の余地がなかったと告白するに等しい。

「しかし、士官学校に入れる学力があれば高等教育も選べたのではないのか。」

この年齢で、あそこまでの難関を突破できる頭脳があるのだ。
奨学金など希望すればいくらでも取れるだろうし、飛び級も可能だろう。
幾人かの篤志家は、こうした才能ある若手を応援する事を喜んでやるとも聞く。

何故、彼女は選択の余地がないと?

「・・・大尉殿、失礼ながら大尉殿のご家庭は恵まれておられるのでしょうな。」

「いや、幸福ではあるが普通の家庭だったが。」

父は官吏として、中堅どころ。
母は、平凡な家庭の生まれ。
これと言って、権門とのつながりもない。
父方の祖父は海軍軍人だったために、軍人になることを喜んでくれたがその程度だ。

だが、次のデグレチャフ中尉の言葉には言葉にしえない衝撃を受ける。

「ああ、羨ましいことです。孤児には、選択の余地などありませんよ。その日暮らしでかつかつでした。」

まるで、そのひもじい日々を思い出すような口調。
言葉にはされないものの、彼女は自らの凄まじい境遇を全身で匂わせる。
想像もつかない重みのある雰囲気に我しれず、背もたれに背がぶつかっていた。

「・・・軍人遺族には、恩給があるはずだ。」

「大尉殿、私は母親の顔も覚えていない私生児なのですよ。孤児院が無ければ、今頃は野たれ死んでいたことでしょう。」

淡々と紡がれる言葉は、ウーガにとって想像もできない世界の言葉だ。
彼は、ごくごく善良な中流階級出身の士官である。
言い換えれば、まともな生活を送ってきたのだ。


それ故に、なればこそか、と悟る。
教会付きの孤児院だろう。
不幸な始まりとはいえ、彼女は教会に救われたからこそ、ああまでも熱心に教会に通うのか。
だからこそ、真摯に祈るというのか。

「しかし、あれだ。何と言っていいのかわからないが、君はまだ子供だ。軍人は止めるべきだ。」

だが、それにしてもだ。
戦時中故に、軍を止めるのは夢物語だろうとも道をいくつも捨てるべきではないだろう。
軍人という生き物は、本質的には無駄飯ぐらいでなければならないのだ。
無駄飯ぐらいとはいえ、いざという時には死なねばならない。
そんな仕事を、仕方なく子供が選んでいるというのは悲劇だ。

「・・・ウーガ大尉殿、大尉殿は小官の資質を疑われると?」

だが、余計な一言だった。
曲がりなりにも、名誉と誇りある軍人に対しての一言ではない。
彼女を憐れむのは不遜だろうが、今の発言は完全に余計なものだった。
それでは、憐れみに等しい。

「それは違う!だが、君のような子供が戦争に行くことに違和感を覚えるのだ。」

弁明じみてしまうが、これが本音だ。
こちらを試すような目線でにらんでくる中尉は、少女なのだ。

誰が、娘を戦場に送りたいと思うだろうか。
生まれたばかりの娘を、戦場に送るかと思うだけで気が狂いそうになる。
命をかけてまで帝国に殉じた彼女の父親とて、そんなことは望んでいなかったに違いない。
同じ父親として、間違いなく断言できる。

「軍務です。軍人である以上、避けようのないことではありませんか。」

だが、彼女は平然と、一片の躊躇なく軍務と断言する。
軍人としてあれ。
その言葉を、文字通りで体現しているのだ。
建前としての軍人論ではなく、他に道を知らずに軍人となり、まるで軍人としての自我を成長させたかのように。

彼女の自我は何処にあるのだろう。
我知らず、そんな意味もない疑問すら頭をよぎる。

「本気で言っているのかね?」

そして思わず、我ながら意味もない問いかけを発してしまう。
彼女は本気も本気だろう。
こちらを見つめる眼差しは、こちらの真意を見逃すまいとする真剣な眼だ。
戯れや偽りで、こうまでも断言できるとは思わない。

ましてや、実戦経験を存分にえた人間だ。
現場を知らない人間の空論とは全く違う。
硝煙と鉛でコーティングされたゆるぎない信念がある。

「・・・大尉殿、さきほどからどうかされたのですか?」

ウーガの煩悶を訝しんだのだろう。
礼節を保ちながらも、デグレチャフは目前の相手にわずかながら疑問をぶつける。

それが、ウーガにとってはとてもいたたまれない。

「子供が生まれたんだ。女の子らしい。」

「それは、おめでとうございます。」

丁寧に祝辞を述べてくれるが、実に礼節によった対応だ。
子供への愛情というよりも、単純に慶事があったことに対して淡々と祝辞を述べられているような感覚。
まるで、自分とは縁のない世界に対する視線かと感じてしまうほどだ。

それは私の思い込みが原因なのだろうか。
確かに私には、彼女が母となるところが想像できない。
だから、そう感じてしまうのか。

「君を見ていると、ふと思ったんだ。自分の娘も、戦争に行くことになるのだろうか、とな。」

すでに、彼女は随分と胸襟を開いている。率直な意見を聞けたという実感もある。
だが、まるで乗り越えられない認識の齟齬と違和感にぶつかってしまう。
正体不明の感覚。
言葉にできない違和感と壁が、厳然として存在している。

「可愛い盛りの子供を、戦場に送る社会などどうかしている。そうは思わないだろうか。」

自分でも、何が言いたいのかよくわからない。
ただ、思ったままに感情をそのまま言葉で表現している。
こちらを見つめる視線が何かを見極めようとするものになっているのはわかる。

正直に言えば、自分だってここまで我を見失うとは思っていなかった。
だが、言葉をぶつけてしまった以上、後には引けない。

やがてその様子を観察していたデグレチャフ中尉は、ゆっくりと宣託を告げる巫女のように口を開く。

「・・・大尉殿、貴方は常識的な方だ。退役をお勧めします。」

まるで、立場が逆転したかのような言葉だ。

「何を言うかと思えば。戦火を次の世代に引き渡さないように自分たちでけりをつける時に退場しろとはひどいことを言う。」

「貴方は、戦場を知っている良識ある人間だ。貴方が退役すれば、一つの力になれる。」

そうすべきだ。
言外に含みを込めた彼女は、テーブルの上で小さな手のひらを握り拳にして力説する。
貴方は、止めるべきだ、と。

「私とて軍人だ。軍人以外にはなれないよ。」

「いいえ大尉殿。貴方には理性がある。同期として厚かましい助言をさせて頂くと、狂気の幕が明ける前にせめて後方に下がるべきだ。」

「それは、許されない行為だ。」

戦争なのだ。悠長にデスクで仕事をできるような状況は終わった。
それに、自分一人、仲間を、同期を、戦友を置いておめおめと下がれるものではない。
友らよ、君達と共にあの戦列に並ぶと誓ったのだ。
ゆめゆめ、下がれるものではない。

「大尉殿、生きることも戦いなのです。娘さんを戦場へ送らないためにも。」

「・・・考えておこう。」

だが、彼女に反論できない。
反発は覚えるのだが、それ以上に言葉にできない。
まるで、11歳の言葉に呑まれているかのようだ。
いや、呑まれているに違いない。

「あまり時間もない以上、決心はお早めに。」

「参謀みたいことを言うやつだな。」

「そういう教育しか受けていませんので。」

まったくもって、余裕が無いらしい。
陸大の学生相手に参謀じみているなといったところで、無意味だ。
なにしろ、高級参謀や幕僚としてそうあらしむべく教育されている。

むしろ、褒め言葉だ。
使い道としては、これほど間違った使い方もないだろう。

よほど、動揺していたのだなと自分でもそれとなく悟る。

「・・・なるほど。確かにその通りだ。」

確かに、としか言いようがないではないか。

「ああ、昼食がきたようです。ご一緒しましょう。」

「・・・ああ、そうしよう。」




お昼時であったウーガ大尉は、どうやらお子さんができて錯乱していたらしい。
うん、まあ親になるということが心理学上の変化を誘発するという学説には同意することにしよう。

まあ、彼が善良であったということなのだろうが。

なにしろ、世の中には虐待や育児放棄など珍しくもない現実が広がっている。
一介のリバタリアンとしては、自由を愛するし、できる限りの尊重もするつもりだ。
だがそれでも、最低限度自主的に運命を選択できない子供には、保護を与えるべきだと思う。

でなければ、児童保護の名目で国家が個人の家庭に介入する口実をもたらすことになるのだ。
曲がりなりにも、自由を獲得するための不断の努力を義務付けられた個人がそれを怠るに等しい。
そんなことだから、これ幸いと介入されるのだ。

まあ、確かに同情すべき点はなくもない。
それが自由意思による出産ではなくルーマニアのコミュニストの様な例もあるのだ。
チャウシェスクの落とし子といった例は、個人の自由に原因があるのではない。
完全に、個人に自由が無いことが原因なのだ。

シカゴ学派の某教授にいたっては、経済合理性と自由意思の尊重こそが虐待と性差別を撲滅するとまで断言された。
私も、それを強く支持する。
帝国も、多少自由を認めてほしいものなのだが。
そうすれば、さっさと退役するなり亡命するなり考えるのだが。

まあ、組織に忠誠を誓った手前そう簡単ではないのだろう。

ともあれ、これでウーガ大尉殿は陸大の出世コースから脱落だ。
相手が精神的に無防備になっているところで説得するべきだと主張したファシストは悪魔的な天才に違いない。
これで、なんとか陸大で100人中12位を確立できる。
まあ、すでに開示された成績に異議申し立てを行うほど大尉も無粋ではないだろう。

なまじ、中途半端に下では陸大のメリットも微妙だった。
高すぎれば戦後何を言われるかわかったものではない。
下手をすれば責任を取れとか言われかねん。
しかし、低すぎては自由に行動する事も難しいのだ。

その点、一応は優をとり軍の誉と称される陸大の騎士と賞賛されるランクに入れた。
まあお勉強の出来と、教官との相性の問題だ。
積極的敢闘精神にやや疑いがもたれたことを思えば、この順位は妥当なものだろう。
次からは、もう少し積極的なところを見せていかなければとは思うのだが。
いつも運が無いだけに、もう少し注意深くあらねばならない。

まあ、今日はその点ついている。
先ほどの昼食は、舌先で丸めこめたウーガ大尉が立て替えてくれた。
夜は、参謀本部に招待されている手前何か出るだろう。
海軍ほどではないが、参謀本部の食堂もまあそこそこの質だときく。
ぜひとも期待しよう。


同時刻参謀本部第二会食室

格式と伝統は、参謀本部内部に豪勢な晩餐室を設置させしめた。
豪勢であり、兵卒からは無駄の極みと言われ、将校からも使い勝手が悪いとあまり評判はよくない。
だが、ある一言が全てを一変させた。

曰く「陸軍は、晩餐室も無駄が多い。」

このことを笑った海軍に対して、陸軍は戦艦の無駄な設備の削減を勧告した。

曰く「ホテルで戦争に行く連中の気がしれない。」

そのため、陸軍において今では晩餐室への批判は裏切りと見なされるほど一致団結している。
豪勢なその部屋で、昼食を兼ねた会議が開かれるという通達。
それがレルゲン中佐へ届いたのは、作戦課のデスクにかばんを置くのとほぼ同時であった。

「反対だ。絶対に反対します。」

手紙を開いた瞬間にレルゲン中佐は思わず瞠目したのだ。
これは、断じて受け入れられない、と。其ればかりを午前中は思って碌に仕事もはかどらなかった。
それほどまでに、受け入れがたいのだ。
目的を遂げるべく並べられた食事には手もつけずに、居並ぶ高官の中でレルゲン中佐は独り奮戦していた。

「レルゲン中佐、貴官の意見は尊重するが主観的な要素は排除せねばならない。」

直接の上司に当たる作戦課長は、不幸にもレルゲン中佐の意見を支持していない。
なにしろ、彼にしてみれば待望の戦術的改善案だ。
そう簡単に手放すには忍びないのだろう。だが、現場からすればそれは危険すぎる。

「彼女に即応大隊を持たせるなど、論外です。全滅するまで、前進を止めないような性質を持っています。魔導師を磨り潰すような行為です!」

デグレチャフ中尉を陸大卒業と同時に大尉へ。
恐れていたことだが、この程度ならばまだ修正が効く。
技研か、教導隊に枠があるだろうと油断していた。

まさか、上が実験的な部隊をデグレチャフ大尉指揮下に編成しようなどと考えているとは!

それは悪夢以外の何物でもないに決まっている。
まかり間違っても、受け入れがたい事態だ。
彼女は、危険すぎる。

「何度も貴官が主張しているそれだが、陸大の教官らは兵を慈しむと評価している。」

デグレチャフに対する繰り返しの疑義提起。
一応、参謀本部の人事課が再調査を行ってはくれた。
確かに、士官学校では一部の教官らがレルゲンの見解を支持している。

『彼女は、好戦的に過ぎる』と。

だが、陸大の教官らは違う意見を示した。
参謀旅行という極限状況下でも兵を慈しみ、損耗を忌避したと。
建前論で行えるものではない、というのが彼らの結論だ。

陸大卒で編成される参謀本部では、これが決定的な重みを持ってしまう。

曰く『戦闘意欲は旺盛。なれども、損害を忌避する正常な感覚を保持す』と。
要するに、優秀な資質だと認識されてしまっているのだ。

「先入観に囚われすぎではないのか。」

「・・・士官学校時代の報告をご覧になりませんでしたか。」

諦めきれずに、彼女に対する否定的要素を調べ上げて提出はしている。
だが、レルゲン自身が陸大卒の参謀なのだ。
どちらの判断に重きが置かれるかなど、考えるまでもなく熟知している。

「最終的に彼女も教育を受けて成長していよう。陸大では問題ないという。」

陸大で問題を起こせば全く真逆の評価になることだろう。
だが、陸大で優等と評され、選抜されて騎士となった彼女は瑕疵がない。

「彼女の行動は、教育の成果というよりも本性です!あれでは、大隊など預けられません!」

だが、せめて反対しておかなければならない。
それが高級士官とのキャリアを傷つけるとしても、軍人としての義務からは逃れるべきではないのだ。
彼女に大隊を任せれば、大隊が敵と戦う前に彼女に殺されかねない。
そんなことは、軍人として許容できないものだ。

「なにより、若すぎるし階級もつりあいません!」

「デグレチャフ中尉はすでに大尉への昇進が決定している。中隊指揮官よりは、大隊指揮官となるべき人材だ。」

「帝国には、有能な軍人をあそばせる余裕はないのだ。貴官も承知しているだろう。」

だが、すでに上は方針を決定している。
いや、既定の方針なのだろう。
なにしろ突発的に戦務課から持ち込まれた案にもかかわらず、支持されている。
『即応魔導大隊構想』なるものは、初めから戦務と作戦がうち合わせていたに違いない。
でなければ、もう少し審議も活発となるはず。

即応性の改善という早急な課題を解決するためだ。
多少の問題にすら眼をつぶる気に違いない。
これは、新参者にも説得するというポーズと配慮に過ぎないのか。

「ならば、教導隊に戻すか、技術研究要員にするべき問題です。彼女は、子供だ。子供の無邪気な残酷さを御存じないのか。」

試しに別の案を提示してみる。
参謀本部は伝統的に議論を歓迎してきた。
多様な視点は、瑕疵を減らすと信ずればこそだ。

「レルゲン中佐、貴官の意見は傾聴しよう。だが、これは決定したことなのだ。」

「参謀本部の決定だ。貴官ならば、意味するところもわかると信じる。」

逆に言えば、一度議論が決定すれば異論は許されない。
徹底的に論じることは推奨されるが、方針が決定すれば一致団結し遅滞なく遂行する事が求められる。
其れができないということは、参謀本部からの放逐でしかない。

「・・・っ、失礼いたしました。」

実質的に決まっていたことなのか、とレルゲン中佐は肩を落とす。
参謀モールがこれほど忌々しく見える日もないが、彼とて自制できる。
いや、本来ならばこれほどまで中央にかみつくこと自体ありえない。

だが、それでもなお、彼は不安でたまらなかった。

「結構。では、予定通りデグレチャフ大尉には大隊を新編させる。」

「編成が完了次第少佐への昇進と大隊長への辞令を用意しておけ。」

「以上だ。次の議題に移ろう。」

・・・本当に、これで、これでよいのだろうか、と。



※ノリノリで更新中。
⇔金土日と所用があり、世間様だけ祝日の月曜日。
更新は極めて不定期になることをご了承ください。

ZAP!orz
ZAP



[24734] 第一七話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:18
こんにちは。
陸軍の最大秘密を御存じでしょうか?
口が裂けても海軍には漏らせないと皆が口にしていることです。

ところで、私は魔導師なので厳密には陸軍軍人でないのですがおわかりでしょうか。
ええ。
ここは、一つ陸軍最大の重要機密を露呈しようと思います。

これによって、陸軍が粛軍されればと切実に願うからであり、一切の私心がないことを明言しておきます。
私は、帝国軍を愛し、帝国陸軍を愛しているからこそ申し上げるのです。

参謀本部の会食室で喰う飯は、海軍が誇るワードルームどころかガンルームの飯より不味いのです。
本当に驚きのまずさ。民間人から人気が無いのは、絶対に食事の質に原因があるハズです。
海軍の会食パーティのにぎわいをご覧ください。

いえ、もちろん前線の塹壕で喰らう缶詰よりはましですが。

それにしたって、これは酷いと叫びたい代物でした。
絶対箱モノに予算をかけすぎたせいで、中身にかける予算が底をついたに違いないですね。
もしくは、料理人が逃げ出したに違いない。
唯一まともに食えるのが、ジャガイモのサラダという時点でなくしかないですよ。

まあ、海軍に見栄を張って高い食器を買い込んだおかげで、見栄えだけはそこそこ良いです。
ですが、それ以外は酷い。評価できるのはそれくらいとしか言えないくらいに酷い。
正直、連合王国の食事ぐらいとしか競えないのではないかと思うほどです。
それでも、せいぜい違う点は冷たいか、暖かいかの違いかくらいしか上げられないのですが。

証言者:匿名希望の幼女


参謀本部人事課応接室

参謀本部というものは、外部からの人間にとって極めて居心地が悪い空間だ。
常に中で働いている人間は、外からの来客をじろじろと眺めればよい方で、大抵は誰何してくる。
物珍しいというよりも、外部からの訪問者を基本的に疑ってかかるのだ。

もちろん、機密を扱う部署故にと思えば仕方のないことなのだろう。
だが、訪問者にしてみれば居心地の良いはずもない。
そのため、参謀本部は伏魔殿とまではいかずとも軍全体からはやや忌避されている。
一般論で言えば参謀本部は嫉妬の対象であると同時に、なんとなく虫の好かない連中の巣とされているのだ。

まあ、一般論であり各人それぞれ受け止め方は違う。
大尉殿、どうぞ、と従兵に伝えられた人物はその点、実に独創的な印象を抱いた。

曰く、構造上非効率的なオフィスだ、と。

機密保持を徹底しようにも、ソフト面・ハード面で劣る。
その上、作業効率も欠陥がある建物に本社機能が集中しているようなものだ。
以前西方で見かけた海軍の軍艦の方がよほどスマートに設計されていた。

空間が限られている中で最大限効率性を追求することにかけては、海軍の方が上手に違いない。

・・・陸軍軍人が聞けば激昂して斬りかかってきかねないような独創的な表現である。

「デグレチャフ大尉、命により出頭いたしました。」

実に、軍人然とした申告。
誰だって、初めて知遇を得る相手には相応のふるまいをするものだ。
将校ならば、軍人ならばこうするべきだ、こうあるべきだというステレオタイプの模倣。
少なくとも、軍という大きな組織では無駄ではない。

事実、相手もそうするべきだ、そうあるべきだという態度をとってくれるからだ。

「おめでとう。」

事実、初めて出会う人事部の大佐殿が満面の親しげな笑みを浮かべてくださる。
相手もそうするべきだという態度をとっているに過ぎないが、礼節とは無意味なものではない。
少なくとも、交渉に際して相手の隙を付けるかもしれないツールなのだ。

油断して隙を見せるよりは、相手の隙を探す方が有益なのは言をまたない。

「昇進だ。デグレチャフ大尉」

「ありがとうございます。」

内心の無関心とは裏腹に、盛大に声を出す。
昇進はすでに辞令が出ていることだ。いまさら、さもありがたく大佐殿に言われずとも知っている。
重要なのは、これからの本題だ。

「さて、来てもらったのは昇進だけではない。貴官の配属についてだ。」

そう。
陸大卒業後の進路だ。
陸大卒組の人事は、教育総監ではなく参謀本部が握っている。
少数の仲間意識の強い連中が、人事権を管轄するのだ。
当然、気に入られなければ割を喰らう。
逆ならば、大いにやりやすい。

「できる限り、希望を考慮することになっている」

「有り難くあります。」

大佐殿は、考慮するという。
要するに、聞くふりだけはしてやろうというメッセージだ。
人事部の人間ならば、誰だって少なくとも頭越しに命じることは少ない。
リストラする時ですら、一応は情理を尽くして説得するものだ。
極めて、理不尽なことに我々が相手に同情する態を演じながら、である。

首を切る人間が、切られる人間に同情する振りをさせる会社もどうかと思う。
だが仕事なので仕方ないのだが、やはり社員の生命保全という観点からすれば変えてほしいところだ。
後、リストラ担当者はリストラ名簿を作成されて仕事をするので、必ずしも選んでいるわけではないことも告知してほしい。
自分の部下に首を告げられず、我々に告げさせた挙句に同情する振りをする上司も上司だ。

だから、人事の人間がいくら友好的であろうとも油断してはならない。
むしろ、建前論の世界で生きている人たちなのだ。
建前論には建前論に限る。

「ですが、小官は軍人です。命令とあらば、どのような配置でも謹んでお受けいたします。」

しらじらしく答える。
どのみち、最終的には人事命令という形で辞令が来るのだ。
どのような配置でも謹んでお受けしますという方が、下手に藪蛇となるよりもましな場合も多い。
もちろん、貧乏くじを引かないように注意は不可欠だが。

「結構だ。貴官にはこのように書類が回されてきた。」

大佐殿はご丁寧にも人員要望書の束を取り出し、差し出してくる。
いずれも、第一線の部隊。そして、切実に魔導師と士官を必要としているようだ。
見た限り、後方で再編中の部隊もなくはないが。
仮に、何か下手なことを言えば選ぶ余地もなく一番厳しいところに送られたに違いない。

「ああ、それと参謀本部からも一枚出ている。」

出された書類は、ただ参謀本部が参謀本部付きを求めているという配属希望書だ。

「貴官の武功を考慮し、人事部では選択を強制しない。好きなものを選びたまえ。」

「選り取り見取りでありますね。迷ってしまいます。」

いくつもの選択肢がある、といはいえあってないようなものだ。
人事を決定する参謀本部がいくつものオファーが来ていることを知らせてくれたのは、まあいい。
だが、決定権を持つ部署がうちに来いと言っているのに聞かない馬鹿はいないだろう。
断れるなら、断るに決まっているが、断れるわけがない。

「だろうな。」

大佐殿は重々し気に、熟慮したまえと促してくる、
ポーズであっても、その姿は真摯にキャリア選択を悩む若者に助言するという人物像を造りだしていた。
まったく、大した役者だ。
まあ、こちらの大根演技に付き合ってくれる時点でオチの見える三文芝居。

「だが、いつの時代も楽な仕事というものはない。」

「はっ」

背筋を伸ばした姿勢のまま、応じる。
相手にしても忙しいのだ。
こちらの下手な芝居に長々と付き合える時間は無いらしい。

「参謀本部が君に何を命ずるかは知らないが、幸運を祈るとだけ伝えておく。」

「痛み入ります大佐殿。」

幸運を祈る、という表現は私的な表現だ。
要するに、個人的な好意を表明してくれたというメッセージに違いない。
相手は、何かこちらを高く評価する要素をもっているということ。
つまり、最初の『何を命じるかは知らないが、』は嘘偽りで何をさせられるか知っていると見るべき。

なにかを御存じなのですか?

それを聞くべく、微妙に首をかしげたターニャ。
其れに対して、心得たりとばかりに大佐殿は頷き、意味深な一言を残した。

「なに、貴官のことだ。すぐにまた会うことになるだろう。」



人事の応接室から退室するデグレチャフ大尉。
ゼートゥーア准将は、副官を待機させており、そのまま自分の執務室へと案内させた。

開口一番目をかけている部下の昇進を受けて満面の笑みを浮かべる。

「久しいな、デグレチャフ大尉。昇進おめでとう。」

「閣下の御言葉、誠に光栄であります。」

優秀だとは思っていたが、まさか齢11にして騎士に選抜されるほどの才幹があるとは。
いや、教官連中の見る目が無いのだろうか。
この小さな大尉の頭の中には、今次大戦の行く末が入っているかもしれないというのに。

もっと、違和感を抱くべきなのだ。
こんな幼い段階から、卓越した才能を発揮している人間は異常なのだ、と。
独創的な発想を評価するべきか、狂気と評するべきか。

だが、少なくとも目前の彼女は理知的な将校だ。
そして、自分は彼女のプレゼンを受けて大隊を用意することになっている。
相手の見通しが正しく、其れに対する対応も知っているとあれば人材を活用することに躊躇いは無い。

「貴様のことだ。実務的な話の方がよかろう。」

なにより、お話よりも、実務的な会話の方がお互いに有益だ。
言葉を飾ることを好む性格とも思えず、必然、実務の話が一番早い。

「参謀本部よりの配属を受けたな?」

「はい。参謀本部付きで。」

当初の約束を考えれば、参謀本部からの辞令は不可思議にも思えるのだろう。
優秀ではあり、選択肢が無いことを悟って自発的に参謀本部を選ぶ頭脳はあるようだが、若い。
訝しむような表情がどうしても浮いて出ている。

「結構だ。」

「・・・小官には、話が見えません。」

実際、彼女にしてみればすぐにでも大隊に配属されるつもりだったのだろう。
戦史編纂室で、大隊規模の機動を研究していたという話を陸大で耳にしている。
その彼女からしてみれば、話が見えないというよりも違うと言いたいのだろう。
呼び出された挙句に何も告げられずに参謀本部付きという辞令は訝しいのもわかる。

「逸るな大尉。なに参謀本部は、すぐにでも貴様に大隊を任せるつもりだ。」

まあ、実際のところを言えば彼女が逸ったのも仕方ないだろう。
彼女の配属を希望した部隊の多くは実際大隊であり、前線では彼女を評価している。
自分自身を前線向きと彼女が評価しているらしいことは、教官らの多くが指摘しているのだ。

曰く、兵を慈しむが、極めて積極的果敢に戦闘を志向する、と。

もちろん卓越した魔導師だ。前線向きだという資質は評価できるし、卓越している。
だが、私としては数少ない陸大卒の魔導師により広い広範な役割を期待したいのだ。
故に、ある意味ではこれが良い機会になるとすら思っている。

「だが新編の魔導大隊になる。」

「新編、でありますか。」

「組織の常だ。諦めろ。面倒事は多い」

部隊を組織し、訓練し、統制を確立する。
その何れも、経験と熟達した古参兵の支援が無ければ極めて難しい仕事だ。
人が組織をつくるが、組織は人をつくらない。
故に、何かを組織できるだけの人間は本当に貴重な帝国軍の大黒柱なのだ。

「そこで、貴様は明日にでも編成官の辞令を受けることになる。」

そして、蛇の道は蛇というが、制度上利用できる制度は全て利用してしまう。
例えば、編成官という職業は本来傭兵隊を正規軍に組み込む際の職務だ。
雇用する傭兵団をいくつかまとめて管理し、その上に君臨するための制度。
本来は、300年ほど前に活用されていた制度だが、廃止されていない以上有効だ。
書類上は有効である以上、だれも異議を挟めない。

そもそも、編成官なる職務を知らないので抗議もできないかもしれないが。

「編成官?随分と、古式めかしい職務でありますが?」

だが、優秀なことだ。
少なくともデグレチャフは編成官について古式めかしいと認識している。
事実上のごり押しを制度上で糊塗する術もそのうちすぐに覚えられることだろう。
実に頼もしい。これが男だったら自分の孫娘をやっても良いくらい卓越している。
頼もしすぎて、目の前の軍人が、ただの少女に過ぎないということを失念しそうなほどだ。

「大尉に大隊を預けるのは難しい。大隊編成の功で無理やり少佐にねじ込んでおく。」

本来は、あまり言うべきでないのかもしれない。
だが、彼女にはむしろこちらが味方だという事を素直に納得させた方が良い仕事になるだろう。
大隊の新編だ。
やるべきことは多い。
彼女にとって、戦務は警戒するべき方面ではないと伝えておくことは有益だ。

「・・・実質的に大隊長と認識してよろしいのですか。」

「案ずるな、そこの約束は果たすつもりだ。全力で取り組め。」

さすがに、大隊が欲しいと言ったことを忘れてなどいない。
ただの中尉が、准将にだ。並々ならぬ決意と自負があればこそに違いないだろう。
その能力は本物だ。
魔導師にして指揮官の器を持っている稀有な人材を活用する事は、すでに覚悟している。

「周囲の反感を買う事を前提で申し上げてよいでしょうか。」

なにより、何食わぬ顔で念押しをしてくる用心深さ。
周囲の反感を買う事を前提で、というが既に買っているのだ。
直訴して大隊を手に入れたなどという噂は広がっていないにしても昇進の早さで十分目立つ。

だが、言葉にするということはしっかりと認識したうえで助力を求めているということだ。

「いまさら気にする口かね。なんだね?言ってみたまえ。」

「編成に際しては、全権が与えられたと考えてよろしいのでしょうか」

「言った通りだ。大隊兵員、装備は可能な限り充当する。」

『大隊が与えられないならば、自由にやらせてもらってよいのか?』
彼女の疑問に対する答えは明確だ。
もちろん、自由にやってよろしい。必要とあれば、戦務を上げて支援する用意がある。

初めから、そういう約束だった。
大隊兵員、装備ともに可能な限り融通するように手配してある。

「48名以下であれば、好きなように編成してかまわん。」

そして、大隊を基礎から編成させる詫びも兼ねていくばくか配慮をしておいた。
その目玉が、大隊の規模だ。
増強大隊相応分の予算を確保してある。
名目は、実験部隊に付き例外的措置ということだ。

「48名だと、増強大隊になりますが。」

「即応大隊が増強大隊なのは当然の処置である。新編ということで、予算はねじ込んだぞ。」

即応部隊が貧弱で使えるのか?
そう囁けば、運用に従事する作戦も息を合わせてこれを支持してくれる。
遠くに点在している複数の兵力よりも、手元で纏まって使える大隊の方が価値は高い。
常識的に考えて、誰もが手を挙げて賛成し得る内容だ。

「ただ、人材は東部軍と中央という制約がつく。こればかりは動かせん。」

唯一の制約は人材の供給源。
東部軍と中央軍以外から勝手に精鋭を引き抜かれるわけにはいかない。
そういう運用側と方面軍の意向もあり、部隊の中核は東部軍と中央軍出身の部隊になる。

その意味において、東部軍の陸大推薦枠を一つ潰したデグレチャフは恨まれがちだがいい機会でもある。
東部系の軍官らとも上手くやることで、少なからず身内意識を養うことができれば評判も上がるだろう。
それは、有形無形の形となって彼女の支えになるに違いない。

「大隊は貴様の本業に合わせて、航空魔導大隊になる。」

これは、言うまでもないこと。
航空魔導大隊の編成はすでに発令されたも同然に等しく、後は時間の問題に過ぎない。
デグレチャフもそれは了承していると見え、何も言ってこない。

まあ、無駄な会話が無いというのは機能的ではある。

「指揮系統は、どうなるのでありますか?」

率直に聞いてくる奴だ。
ここで即応軍司令部と答えられれば随分と楽なのだが。

まあ、部隊を誰の下で使う事になるかと考えるのも指揮官にとっては必要なことだ。
分析的に聞いてくるだけでも、十分な合格点をやるしかない。
嫌味というよりは、純粋な疑問なのだから。

「即応の観点から参謀本部直轄だ。編成番号はV600番台を用意してある。希望はあるか?」

「空きの番を埋めます。」

躊躇のない即答。
要するに、番号や飾りにはさしたる興味もないということか。
まあ、部隊の特定と業務上の必要性には配慮しているようなのだが。

「ならば601だ。基本的に貴様の上官はいない。喜べ。参謀本部会議直轄だぞ。」

「・・・まさに我が世の春ですな。」

「全くだ。誰だって羨ましいことだろうよ。」

俗に大隊長が一番楽しいという。
指揮官として現場に立ちつつ、ある程度の自律的な指揮権も持つ。
要するに、自分で戦争をしつつ、戦争を指揮できる立場だ。

優秀な連中にとっては、さぞ楽しい立場だろう。

うっとうしい制約が大幅に取り払われる参謀本部直轄の大隊長ともなればなおさらだ。

「編成の期限は?」

「早いに越したことはないが、明確な期限は無い。」

「なるほど、ではせいぜい選抜に勤しみます。」

にやりと笑うデグレチャフはいささか、悪い噂を思い出させてしまう。
曰く、部下の選抜基準がきびしすぎる、と。
戦場への早期参入を希望しているだけに、彼女は相当思い切って部下を厳しく選抜しかねない。

もちろん、部隊の質を保つのは指揮官の仕事だが、部下を育てるのも指揮官の仕事だ。

「大尉、忠告しておくが貴様は部下を選びすぎるという評判がある。」

その意味において、部下を育てる才能や力量がないのではないかという疑念は大きなマイナスになる。
軍では、部下も上官も選べないのが当然なのだ。言ってしまえば、上手くやるしかない。

それができないのであれば、個人として如何に突出していようとも軍の力にはなれない。
せいぜい、一匹狼として組織の中ではぐれて孤立することになるだろう。
群れは、圧倒的に数で勝るのだ。

「能力を疑うわけではないが、あまり良い風評ではない。留意しておけ。」

「御高配に感謝致します。」

だが、彼女には淡々とそれを受け流すだけの余裕がある。
すでに、ある程度の人員のアイディアも練っているのだろう。
実際、部下を使いこなす才能もあると士官学校から報告されていることを併せて考えれば、それほど悪いことにはならない筈だ。

「なに、貴様が実力でもぎ取った成果だ。誇ってよいぞ。」

「驕って墜ちるよりは、謙虚で生きながらえたいと思います。」

「結構。その様子ならば、問題なかろう。」

なによりも、この者は出世や特権に驕ることが無い。
自然体に、恩恵は享受しても溺れることなくその分も義務を果たせる。
実に稀有な士官だ。

いや、貴族的と言っても良いかもしれない。

もとより貴族とはあり方であって、血ではないのだ。
ありようが、高貴であることに血は関係ないのだから。

「明日にでも辞令は出るだろう。今日は、宿舎からでないことだな。」

「・・・随分と手回しのよいことですね。」

あきれたような響き。
まあ、昨日の今日で辞令が変わるともなればそうも言いたくなるに違いない。

「せめてもの詫びだ。気にするな。」

「いえ、ありがとうございます。」

「では、期待しているぞ大尉。武運を祈る。」

実験的な部隊を預けるのだ。
重責ではあるだろうが本当に期待している。
願わくは、この実験的な措置が実を結ばんことを。




『V600』


この編成番号は、記録には一切存在しない番号だった。
戦後公表された部隊資料には、いくつかの機密指定されたものを例外として番号は全て公表されている。
だが、V600系統はどこにも存在しない。

帝国軍の編成は中央軍のV000番台から始まり、各方面軍を合計してもV400番台に留まる。
例外として考えられるのは、中央技研所属の部隊。
だが公表された資料ではV000番台か、V500番台に留まる。

一部の専門家は、高度な機密維持のために例外的にV600番台が特殊な実験部隊に付与された可能性を指摘した。
大戦中、激烈な技術競争は大戦以前に比べて世界レベルで技術を発展させている。
その技術競争に勝ち抜くためには、高度な機密保持がどうしても不可欠とされてしまう。
機密保持のため、別枠で部隊を設けたのではないか?

その指摘は、確かに考えるところが大きかった。
さっそくエンダーのチームがそれと思しき関係者のリスト作成にとりかかる。
同時に、私達のチームは帝国軍技術部の資料に手を伸ばしてみた。

浮かびあがってきた結果は一人の中央技研に所属した技術者。
我々は、直接その中央技研の元技術将校に直接尋ねる機会を得た。

彼の名前はアーデルハイト・フォン・シューゲル主任技師。
大戦中盤に傑作と謳われたエレニウム工廠製97式『突撃機動』演算宝珠の主任開発者だ。
敬虔な信仰をもつシューゲル氏は日曜の午前中に礼拝を欠かさないという。
氏が毎週訪問する教会の司祭が口をきいてくれたおかげで、面会が叶うことになった。
幸いにも厳しい監視の中ではあるが、我々の訪問は受け入れることになる。

シューゲル氏は、前評判通りの理知的な人物だ。
『神に祈った日に、遠来より来る客人を歓迎する事ができるのは、私の喜びとするところです。』
神のご意思でしょう。

そう呟き、安息日の午後に押しかけて来た我々を心からもてなしてくださった。
実を言えば、私達は氏のような帝国の技術者というものは気難しいと覚悟していたので拍子抜けである。
ここに、善良なるシューゲル氏のごとき人物を疑った自分の偏狭さを告白し、許しを請う。

『過ちを悟ったのです。何事も、みこころの導きですな。』

そう一笑して謝罪を受け入れてくださったシューゲル氏に我々はさっそくV600番台の部隊について問いかけた。
だが、我々がV600の番号を口にした瞬間、監視と思しき憲兵が答えようとしたシューゲル氏を制止してしまう。
何かがある。我々は確信を抱く。

しかし、シューゲル氏は苦笑いを浮かべて憲兵を見やると、思いもしない話をしてくださった。

「V600なる部隊番号は存在しない。だがね、諸君。記録を漁りたまえ。歴史の勉強は記者にとって重要なことではないのかな。」

苦笑いを浮かべた氏の言葉に混乱しつつも、我々はV600なる番号を部隊名ではなく別の何かと判断し調べることにする。
カギとなるのは、歴史の勉強というシューゲル氏の言葉。
まるで存在しない部隊番号だ?違う。存在しないのだ。

軍制の専門家が、我々の一か月近くにわたる苦悶を解いてくれるまで、我々はひたすら頭を抱えていた。
見かねたのだろう。
外信部の同僚が紹介してくれた専門家は一刀両断に我々の過ちを見抜いてしまった。

曰く、『VXXX番というのは、そもそも編成番号である。』
帝国軍は、その軍事制度上戦務課が編成し、作戦課が運用する。
重要なのは、編成する部署と運用する部署が異なるのだ。
通常、運用側は編成側が編成した番号をそのまま引き継ぐ。
例えば、中央軍の補充目的で戦務がV101部隊を編成したとしよう。作戦はそれを第101任務部隊として運用する。
だが、明確に配属が決定されていない場合誤解を避けるべく普段使わない番号を使う。
だから、編成番号V600は存在し得るが、600番部隊は存在しないことは自明。

底の部分で混同が起き、我々は第600番台部隊という存在しないゴーストを自分たちで作り上げていたのだ。
まあ、笑ってほしい。真実を知ったと思えば、こんなありさまだ。
突発的にビアホールへ取材に赴くことを決し、一日ぶっ続けでビアホールをチームで体験したとだけ記録する。
(残念ながら、ビアホールの取材経費は認めらなかった。)

なるほど、賢明なるシューゲル氏には我々が何か変なものを追っかけているように思えたに違いない。
氏にとって誤算だったのは、あの助言を悟れるほどに私が勉強しているという誤解くらいだろう。
さあ、これではかどるに違いない。
そう思った我々は、何故か痛い頭に悩みながら帝国軍参謀本部の戦務課が残した編成資料を読み漁った。

すると、事実お目当ての物はあっさりと見つかるのだ。
なにしろファイリング分けされている中で600番など一つしかなかった。
まるで、見つけてくれと言わんばかりに放置されていたそのファイル。
しかし、中身は空っぽだった。ただ、簡単なメモが残されている。

帝国軍参謀本部戦務課通達

『常に彼を導き、常に彼を見捨てず、常に道なき道を往き、常に屈さず、常に戦場にある。
全ては、勝利のために。

求む魔導師、至難の戦場、わずかな報酬、剣林弾雨の暗い日々、耐えざる危険、生還の保証なし。
生還の暁には名誉と賞賛を得る。』

参謀本部第601編成委員会

それにしても、編成番号601は、一体どのような部隊番号が割り当てられたのだろうか?
残念ながら、資料はメモ書き一枚しかない。
だが文学的な修辞を嫌った帝国軍にしては異例なほど情感がこもっている。

眼にした人間がいれば、印象に残っているに違いない。
そう判断した我々は、当時帝国軍に従軍していた魔導師達へ調査を開始した。

すると、一人目で見事にビンゴ。

実に情けない話を伺う羽目になる。

『ああ、それなら有名ですよ。プロパガンダ部隊を造るという話でしょう?本気で志願した連中がぶつぶつ言いながら帰ってきましたよ。』

『プロパガンダ部隊?』

『ええ、“帝国の正義と高貴さを表すための部隊”とやらを広報部が欲したとか。』

『ええと、プロパガンダといっても我々の手元にそのような資料ありませんが。』

『当然でしょう。プロパガンダのために航空魔導師の大部隊を引き抜かれて問題が起きない筈がないじゃないですか。』

『ええと、つまり?』

『作戦課と前線から激烈なクレームの嵐で編成話そのものが流れたと聞きました。結構有名な話だと思いますが。』

まさか、と思った取材班は幾人かの元帝国軍魔導師に話を伺った。
否定してくれるだろうという願望5割。
ああ、知っているよという解答が来るのではというあきらめが5割だ。

だが、運命のいたずらか幸運かは知らないが、事態は微妙に違った。
有力な証言を幾人かの魔導師から得ることができたのだ。

『ええ。知っています。即応軍司令部構想の妥協に失敗した末の産物ですよね。』

『プロパガンダ部隊だったのでは?』

『ああ、あれは単なる噂でしょう。私は、即応軍にV600番台が割り当てられると聞きましたよ。』

『即応軍?』

『ええ、大陸軍より小回りが利く部隊を欲したみたいです。まあ、失敗したようですが。』

これは、元中央軍の兵士。

『西方方面軍と東部方面軍の合同部隊を便宜上V600と呼称したそうです。』

『・・・即応軍やプロパガンダ、という話に聞き覚えは?』

『ああ、ブラフですよ。戦時中はよくある話だ。』

『それで、そのV600部隊とはどういう部隊なのですか。』

『はっきり言えば、開戦当初に消耗した西方方面軍と東部方面軍の再編ですよ。』

『再編?』

『ええ、解散させるのではなく便宜上整理のために設けたとか。』

『では、いろいろな風聞は?』

『諜報上のブラフと聞きましたが。なんでも、精鋭部隊を新編中と脅すために。』

これは元北方方面軍の兵士だ。

そのほかにも、如何にもありそうな話から荒唐無稽に近いものまでありとあらゆる話が出てきた。
まるで戦場の噂大全だ、そう私達は笑いながらも迷いを抱いている状態に置かれてしまう。
調べれば調べるほど、別の側面が突然新たに湧き出てくるのだ。真実は一つではないが、それにも限度がある。
我々は、完全に五里霧中におかれた。

何が正しいのだろうか?まず、其れから考えてみよう。いろいろな話を聞くことができたが、何か違和感がある。
集めて統計をとってみれば、相互に一致したり矛盾したりしている。
つまり、何かしらもとになる事実は間違いなくあって噂が独り歩きしているのだろう。
それによって、私達にはまるで、真実がつかめない。
この戦争そのもののようだ。戦争について多くのことが語られ、戦争の惨禍は理解されている。
だが、この戦争の真実は未だに明らかにされていないままだ。

『V600』と『11番目の女神』の混沌さ。
それは、まるで、この戦争の本質ではないか。

※アンドリューWTN特派記者



※あとがき

すまない(´・ω・`)
数時間前に更新が不定期なるとお詫びしたよね。

うん、別に嘘は言っていないんだ。
確かに、投稿のペースは変わっている。
だが、別に遅くなるとは一言も言っていないんだ。ヽ(・ω・`;)ノ

うん、テンションあがっているうちに書き上げてしまった。
気まぐれでごめんね。( ;´・ω・`)

ついでに誤字もありましたorz
ZAP!
ZAP



[24734] 第一八話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/22 18:37
参謀本部戦務課第601編成委員会

こんにちは。
自分の感性が、他人と合わないと感じたことはありませんか。
受けた印象が全く真逆で、同じものをみたとは思えない事態です。
同じ言葉を話しているつもりでも、全く違う結論に至って不思議に思う事はありませんか。
なんか、合意できたと思ったら全く違う合意でした。
常識という言葉は何処に行ったのだろうかと勘繰ったことはありませんか。
まともに考えたらこうなるはずだと思って用意してみたら、全く違って笑うしかありません。

他人と、意志疎通できるならば忌々しい悪魔にでも祈って見せると歎いたことはありませんか。

私は、現在進行形で全てを体験しております。
申し遅れました。
私、第601編成部隊編成官を拝命しております、ターニャ・デグレチャフ大尉であります。
参謀本部が実験的に設置を決定した即応魔導大隊構想に基づく遠大な計画。
このたび軍人としてその一端を担えるは、無上の喜びとするところ。
随喜の涙を流すあまりに、なんでこうなったのだろうかと考えてしまうほどであります。
意味がわからん。ただ、なんとなくそう申し上げたい気分です。

何故か知らないうちにお偉いさんから大隊を好きにしていいよ?といわれるなど意味不明にも程があります。
率直に申し上げて、訳がわかりません。
強力なバックアップに、官僚機構が出したとは信じられないような大盤振る舞い。
逆に、怖すぎます。
気前の良い大蔵官僚に出会った気分とはまさにこれ。

信じられないものを見て、思わずだれかの頭をライフルで撃ち抜いて現実かどうか試してみたい衝動に駆られるほどに不気味です。

しかも、ほぼフリーハンドとはこれいかに。
編成の規模は増強大隊。締め切り自由?
なんの冗談かと本気で笑いたくなりませんか。私は、笑ってみました。
ニヤッと笑っているところを見られて、死にたくなりましたが。
本当に、下士官という気のきいたベテランじゃなければ言いふらされて精神がぼこぼこにされるところでした。

いや、優秀な補佐役らとしての彼らは大したものです。

彼らにそれとなく意見を聞いてみたところ、素晴らしい意見がありました。
編成が自由なら、大尉殿が納得されるまで要員を選抜されてはいかがですか?なんて、言ってくれるのですよ。
古典的な牛歩戦術とはいいますが、悪くない。

精鋭の選抜には時間がかかりますからね。

ブリテンのスペシャルなエアーのサービスとか選抜に時間がかかって仕方がないと聞いたこともあります。
おかげで、ようやく育った隊員が民間軍事会社にヘッドハントされて涙目とか。
これが、供給が限られた状況での売り手市場というやつですね。

自己投資を怠らなければ、この世界でも戦後には民間軍事会社へ転じることができるかも知れません。
そうすれば、いつの日か約束されたビバリーヒルズも夢ではないかもしれないのですから。

『常に彼を導き、常に彼を見捨てず、常に道なき道を往き、常に屈さず、常に戦場にある。
全ては、勝利のために。

求む魔導師、至難の戦場、わずかな報酬、剣林弾雨の暗い日々、耐えざる危険、生還の保証なし。
生還の暁には名誉と賞賛を得る。』


どうみても、地獄への片道ツアーの案内です本当にありがとうございました。

常識的に考えて、こんなむちゃくちゃな募集要項に応募してくる連中はいないでしょう。
自分だったら100%応募しない自信が保証つきであります。
当然、部下の戦意不足と再訓練に補充とやることは多いでしょう。
下手をすれば、部隊の編成そのものが危ぶまれることになりかねません。
それでも、時間は稼げますし何より自分の要求水準が高くて部下が集まらないならば、参謀本部にも問題を転嫁可能。

合理的に考えて、これにまさる募集広告は無い!
そう確信していたのが、一週間前です。
思えば、よくこんなむちゃな募兵要項を戦務課が通してくれたものだとすら感心していました。
いやー現場を知らない連中だから、大言壮語を好んでくれて助かるとすら思っていましたとも。
ええ、前線からしてみればこんな無理難題を言われるのがわかりきった部隊に志願するのはアホだろうと。

だって、そうでしょう?
ようするに、常に最前線に放り込まれ、撤退時は最後に後退。
無理難題だろうとも、戦線をこじ開け、降伏も後退も認められないような常在戦場配置を宣言。
素直に、戦場は至難の場所と書いた挙句に、報酬はわずか。
うん、これで普通なら十分以上に説明義務を果たしたはずだ。
これに加えて、剣林弾雨の激しさと一寸の油断もできず、油断すれば即死とまで書いてある。
生還の暁には、一応メダルとかもらえるとは書いておいたけど、要するに特に何もないということだ。

エリートとして名高い魔導師が、こんなむちゃな求人条件で応募してくるはずがない。
いってみれば、ウォールストリートで
『サービス残業あり、労災適用外、休日出勤常態化、低賃金、医療保証なし
成功の暁には、満足と充実感を保証(成功の見込みは甚だ乏しい。)』
という求人広告を出すようなものだ。
エコノミストやトレーダーが応募してくるとは、誰だって思わないに決まっている。

応募してくるのがいれば、そいつはアホか天才だ。

それより過酷な募兵条件を出した時点で、3か月は志願者集めで時間を潰せると想定したほど。

・・・現実逃避は時間の無駄。
一介の常識的なリバタリアンとして、自分の時間を自由に使う権利の行使は何物にも代えがたい喜びではある。
が、可能であればできる限り満足度の高い時間を使いたいもの。つまり、逃避行動は時間の無駄。

ここは素直に積み上げられた志願書に向き合わなければならないだろう。

『従兵!従兵!』

参謀本部の一角にオフィスを設けて以来、一週間が経過しているが従兵を呼び出すのはこれが初めてだ。
正直に言えば、最初は如何に時間を稼ぐか、に思考を没頭させていた。
幾人かのベテラン下士官らに目的をそれとなく匂わせて、彼らの提案を参考にしたのだが。

何故だ?
何故、こんなに志願書があつまる?

・・・ひょっとして、半ば強制的に志願させられたとかだろうか?

だとすれば、牛歩戦術は見破られているということになりかねん。
そうなれば、この書類にケチを付けるためにまず事務員を結集する必要がある。

とにかく、一刻も早く事態を打開するべく行動を開始せねばならない。
そうしなければ、いつの間にか既成事実化してしまう。
ここは、些事も見逃さない口うるさいタイプの憲兵将校がダース単位で必要だ。
できる限り、今すぐに。

『はっ、はい大尉殿。なにか、ご用でしょうか。』

ん?
女性?

入ってきた若い(とはいえ、自分よりは年配になる)女性が敬礼してくる。
答礼しつつ階級章に眼をやれば特務伍長。ようするに、一芸で評価された人間か。
男女平等な帝国軍は、主として後方勤務に女性を大量に動員している。
まあ、一部では動員の代わりに労働に充てることを戦争経済の必要性から検討しているらしいが。
ようするに、事務員として戦える人間を後方におくのは無駄という発想らしい。
実に合理的極まる発想だ。案外、女性の社会進出も早いだろう。
もちろん、それ以上に前線送りのリスクもあるが。
例えば、能力があれば女性だろうと前線送りだ。
さすがに、歩兵には皆無に近く、少数の航空隊や魔導師。それに、例外的な狙撃兵くらいだが。
おかげで、敵国や第三国によって帝国軍は女性まで戦わせるとプロパガンダでぼこぼこにされる。

まあ、事務員くらいならば別にどうでもいいと思うのだが駄目なのか。

『・・ん、ああそうか。貴官とは初対面になるか。官姓名を申告したまえ。』

そもそも着任して以来、忙しすぎて従兵を呼ぶ暇すらなかった。
一応、習慣として人を呼びに行きたくなったので呼び出したのだが。
そもそも、彼女は誰だ?あと、私が顎で使ってよいのか?
重要なのは、この二点である。

『サーシャ・カヴェーリン特務伍長であります。大尉殿付きの従卒を命じられております。』

『ターニャ・デグレチャフ大尉だ。なるほど、どうやら随分と気を使われたようだ。』

同性を従卒に付けるという時点で、わりと気のきいた配置だ。
プライベートのことを従卒にやらせるつもりはないが、まあ女性の方がやりやすかろうという変な配慮が見えて仕方ない。
正直、やりにくいともやりやすいとも思えないのだが。

無能で無ければ、それでよい。
無能であったら、さっさと別の人物に交代してもらおう。
普通であれば、扱き使ってやる。
有能だったら、秘書と副官としてひたすら扱き使おう。

「さて、特務伍長。すまないが、衛兵司令にお願いして何人か憲兵をお借りしたいと伝えてくれ。」

だが、無能な怠けものですらメッセンジャーは務まると過去の偉人も言っていた。
衛兵司令に憲兵をお借りしたいというメッセージくらいは誰にだって運べるだろう。

正直に言えば、憲兵のオフィスにまで通じる館内電話が欲しいが何故か陸軍参謀本部内にはない。
伝声管や、艦内電話がある海軍はよっぽど先進的なのだろう。
それとも、陸軍は全体的に予算が欠乏しているのだろうか。だとすれば、それはそれでよろしくないのだが。

「憲兵ですか?」

そこは、わかりました大尉殿が理想的だった。
憲兵の部署を聞いてくるならば、まだ評価できるのだが。
それとも、彼女は私のお守でもするつもりなのだろうか。

「特務伍長。憲兵が他にいるのかね。できれば、ダースはお借りしたいと伝えること。」

部下になめられては、仕事にならない。
何のために、職責と序列が決まっているかを理解してほしいものだ。
特に、馴れ馴れしくしてくる部下なぞ、碌な連中がいたためしがない。
戦場で分かったことは、馴れ馴れしさとリラックスの一線が大きく違うという事だろう。
機会があれば、人事マネジメントのコツとでもして本を書くのも悪くない。

「失礼しました。すぐに、お伝えしてまいります。」

「結構。」

まあ、見た目が幼いのだ。
敵から外見で侮られる事で、生き延びられるのは歓迎しよう。
味方から侮られて足を引っ張られるのは、我慢できないにしても、だ。

ともかく、志願者が多すぎる。
リストを見れば、東部軍と中央軍どころか何故か西方方面と南方方面のものまで混じっていた。
・・・志願者は東部と中央軍から選抜しろと言われているはずなのだが。

いやまて、これは使える。
どのみち、これだけ志願者が多ければ確認でひと手間かかるハズ。

・・・これは、上に相談するべきだろう。

うん、そうであるに違いない。なにしろ、規定違反だ。
こんなことを許容していては、組織の規律が崩壊してしまう。
そういうわけなので、再選考を行う必要がある。

「よし、さっそく准将閣下のところへ行かねば。」

話が違う、そうねじ込むだけでもだいぶ時間は稼げるだろう。
そう思い、腰を浮かしかけた瞬間に自分の短慮を歎きたくなる衝動に駆られた。

マテ、待て待て。
単純すぎないかその見方は。

志願者が集まらないと見越して出した募兵は何故か、逆に成功した。
ここで、下手に再選考の必要ありとか言えば、いっそ全軍から募兵して良しと言われかねん。
そんなバカなことになればますます面倒だ。

西方軍と南方軍の書類は、見なかったことにしてしまおう。
所謂、厳正な審査の結果、今回は運よく前線送りを見逃して上げます的なのりだ。

そうだ。どの道、無理やり志願させられたに違いない連中。
行きたくもない戦場に派遣されそうになっているに違いないから、本心では選外を願っているはず。
つまり、選ばないことが最善。
絶対、そうしたほうが陰徳も積めるに違いない。

そうなると、むしろたくさん応募者がいることを活用しよう。
ここから最高の部隊を造るためにハードルを上げるのだ。
そうすれば、きっと時間もたくさん必要になる。運が良ければ、編成に時間をたくさん使えるだろう。
最悪でも、この選抜を乗り切れば盾くらいにはなるに違いないのだから悪くない。
悪くないどころか、素晴らしいと言える。

そうだ。
ここに至っては、損害を最小化することに頭を切り替えるべきだ。
コンコルドのようも馬鹿な決定過程の真似をすることは、避けたい。

損害の最小化とは、失う物を極限まで減らすこと。
つまり、藪蛇を避けるべきだろう。
其れさえできれば、全く問題ない。

悪鬼どころか、鬼神ですら逃げ出すようなむちゃくちゃな基準で選抜してやろう。



「アイシャ・シュルベルツ中尉、ただ今着任いたしました。」

「クレイン・バルハルム中尉、同じく着任いたします。」

東部軍から首都へと呼び出されて駆けつけてきた若い中尉達。
彼らが、首都郊外に設けられた第601編成委員会駐屯地に出頭したのは定刻通り11:00だった。
最精鋭の魔導部隊が結成される。
志願者は名乗りでよと言われ、義務感と功名心から志願した二人は、意気揚々と官姓名を申告する。

「御苦労。参謀本部第601編成委員会委員長、グレゴリオ・フォン・ターナー大佐だ。」

それを受け入れるのは、グレゴリオ・フォン・ターナー大佐。
正面のデスク越しにこちらを見極めんと睨めつけてくる歴戦の古兵を思わせる彼の威圧感に思わず二人とも背筋をただす。

しばらく、こちらを睨みつけてくる大佐の眼光によって直立不動となった二人に対し、何かを納得したように大佐は頷く。

「諸君には、すでに本日の予定が通知として来ていると思うが変更を告知する。」

予定の変更を通知。
これは、ひょっとして既に試験が始まっているということではないだろうか。

士官学校でも、予定の変更。
目標の変更は一般的なことであった。
柔軟な反応が求められているに違いない。

そう判断した二人は、一言も聞き洩らさないように全身を集中させる。

「通達してあるように、本日1400までに第七演習場集合は取りやめ。諸君は、ただちに第六航空戦隊司令部へと向かいたまえ。」

ただちに。
そう、ただちに第六航空戦隊司令部へ出頭せよということだ。
おそらく、『ただちに』というところが重要なのだろう。
如何に、緊急の命令に対応できるかが問われているに違いない。

「・・・なお、当然のことではあるが選抜過程による機密保持義務が貴官らにはかけられている。」

そして、選抜過程による機密保持義務。
やはりか。
そう思った二人は、機密保持と使える手段の検討に修正を加える。

市街地の飛行は原則厳禁。
一般の交通手段は使えるだろう。
だが、タクシーは機密保持規則上推奨されていない筈だ。

基本は、軍の車両。
それもできる限り憲兵や司令部付きの奴がいいはずだ。

「機密保持資格に疑義が出た場合、即刻原隊へ処分付きで送り返すので注意せよ。」

「はっ。」

言わずもがなの注意事項を通達され、速やかに退室した二人は即座に打ち合わせを始める。

「第六航空戦隊司令部?すまないが、所在地はわかるか?」

「ええ、問題ないわ。確か、アウグスブルク空軍基地所在の部隊ね。」

バルハルム中尉にとっては聞き覚えのない戦隊司令部。
だが、幸いにもシュルベルツ中尉が頭に叩きこんでいた。

帝都郊外のアウグルブルク空軍基地。
確か、輸送部隊を擁立し、大規模な輸送任務にも対応できるというはずだ。
精鋭部隊というだけに、空軍との連携も重視しているのだろう。

機密保持を勘案すると、たしかに郊外の基地の方が適切でもある。

「そうなると、郊外か。参ったな。軍用車両をどこかで調達できるか?」

だが、そうなると軍用車両の調達が課題となる。
二人とも、かなしいかな現在の所属は東部軍。
一般の部隊に対する命令権など存在しないし、つかえる手段は限られる。

「・・・参謀本部付きの憲兵隊なら持っているはずよ。予備を借りられないかしら。」

しかしシュルベルツ中尉は頭を廻すとこちらへ敬礼をしてきた憲兵の姿で活路を思い出す。
丁寧に答礼し、彼女は目の前の憲兵が参謀本部付きの憲兵軍曹であることを確認した。

彼ならば、車両を持っているはず。
機密保持資格も問題が無い。

「軍曹、車両を回せるかしら?」

「はい中尉殿。問題ありません。」

打てば響くような快諾。
取りあえずは、間に合うだろう。
そう思い肩の荷を下ろした二人に車両を手配した憲兵軍曹は最敬礼で二人を見送ると、同僚と共に肩を落とした。

騙されて基地へ飛んで帰る連中を見送るのが使命とは言え、多すぎではないか?

「・・・これで、14組目か。」

口に出して確認し、改めて多いなと思う。

「今日は、あと何組だったかな。確か、5組だと聞いたがな。」

彼らは、すでに今日だけで同じような相談を14件も受けている。
わざわざ彼らの目につくように巡回さえ、させられているのだ。
一人二人ならば、偶然なのだろうがここまでくれば試験官の意図もなんとなく見えてくる。

「まずいなあ、4組ぐらいは受かると思っていたのだが。」

まさか、あっさり騙されて原隊送りにされていると気がつかないとは。
あの中尉殿達もアウグスブルク発東部方面行きの輸送機で原隊に送り返されるに違いない。

「3班の連中が正解でしたか。」

全滅するに賭けたのが3班。
4組に賭けたのが1班。
ちなみに半数は受かると見込んだ2班はすでに脱落している。

頼むから、受かってほしいものだ。

持っていかれるボトルのことを思い、憲兵軍曹は切実に志願者の合格を祈った。
信心深い方ではないにしても、神にすがりたいと思っているのだ。



『つまり、V601は宣伝目的のプロパガンダですと!?』

若い少尉は、論外とばかりに口角泡を撒き散らしながら抗議の声を上げる。
握りしめた拳は今にもデスクを殴りつけようとするほどだ。

今にも、苦戦している西方方面軍へ助力せんと駆けつけた東部軍の軍人はプロパガンダをやっておけ?
冗談ではない。全身でそう物語る少尉。

『落ち着きたまえ少尉。私とて、このようなことを言うのは本意ではないのだ。』

相対する少佐は、実に申し訳なさ気に頭を下げる。
そう、少尉に対して少佐が謝罪するに等しいのだ。

彼もまた、この事態に憂慮している。
だが、少なくとも少尉に対して申し訳ないという気持ちを切実に言葉にできずとも態度で表わすのだ。

さすがに激昂している少尉も、目の前の少佐にぶつけるのは意味がないことを悟れる。

『・・・つまり、黙って踵を返せ、と?』

『すまんな。貴官の意欲は嬉しく思う。機会があれば、志願してくれ。』

心底から同情したような少佐の声色。
そこに込められた思いをくみ取ったのだろう。
少尉は握り拳をほどき、見事な敬礼をすると一礼し、退室していく。

『・・・失礼します。』

そう言って少尉がドアを閉めた瞬間、室内で失望のため息が盛大に零れた。

「・・・これではいい加減、対光学系術式対策を徹底しようという気になるな。」

つい先ほどまで、壁しかなかった一角に忽然と現れた数人の将官が苦虫をダース単位で噛みしめるように吐き捨てる。
彼らは、嫌になるほど単調な三文芝居を延々と見せつけられ嫌気がさしているのだ。
全くもって嘆かわしいことに、演じさせられているとは気が付きもしない間抜けの演説を延々聞き続ける。

それを演出するのは簡単な仕組みだ。

光学系で欺瞞の立体映像を作成。存在しない人物を部屋の隅に置いたデスク前に映し出す。
そして、部屋の違和感を光学系偽装式にて誤魔化す。
要するに、隅っこの方にある違和感を誤魔化すために内装をいじるのだ。
そうすることによって、そのデスクが中心にあるかのように偽装。
つまり、室内は随分と小さく見えることになる。
余剰スペースでは、高級将官らが苦虫を潰して観察しているというわけだ。
ようするに、少尉は独り芝居を盛大に居並ぶ査察官の前で演じていた。

結論は仮にも、魔導師であるならば常識以前の基本である認知力。
それすら欠落していると如実に証明された彼は、東部軍の実戦経験欠如を見事に宣伝してのけた。
そういうことになる。

敵軍ならばともかく、自軍の無能さが証明されたのだ。
愉快な参謀などいるわけがない。

「でしょうね。視野狭窄と言われても仕方ないはずだ。」

肩をすくめるデグレチャフ大尉。彼女のうんざりとした表情にいら立っていた面々はむしろ蒼白だ。


精鋭部隊の選抜試験で、すでに東部軍は全滅に近い結果を突きつけられた。

曰く、無能、怠惰、傲慢、無策、低能、注意力散漫、観察力皆無、最悪の給料泥棒と言いたい放題。
結論が、東部方面軍魔導師全般に対し、再教育の必要性を認ムル?

冗談ではない。

そう言って東部軍から参謀本部に怒鳴りこみに送られてきた参謀が目にしたのは実に情けない光景だ。


『口で申し上げるよりも、ご覧になった方が早いでしょう』

そう言うや、デグレチャフ大尉は試験官として抗議に同調していた将官らを招聘した。
試験自体は単純な仕掛け。
ようするに、光学系の欺瞞という基礎的なトリックに気が付けるかどうかだけだ。
例えば、はなしかける映像は実態が無い。

だから、机越しという配置である程度誤魔化すらしいが、一日中見ていれば非魔導師の自分ですら違和感に気がつく。
なにより、立体映像は口を動かす真似をしているだけ。
後は、合成音声でデグレチャフ大尉がでっち上げた話を横から適当にしゃべっているだけなのだ。

本当に耳を澄ませていれば、横から聞こえてくることに気がつく。
種が分かっている人間からしてみれば、忌々しいほど単純な仕掛けにほとんど全員が引っ掛かった。
大半の連中は、行けと言われた空軍基地からそのまま原隊に送り返されるという。

これでは、抗議よりも東部軍が訓戒されかねない内実である。いや、確実にそうだ。
東部軍から抗議に出向いてきた参謀らには、軍中央から叱責目線が四方八方から飛ばされる始末。

「なるほど。貴様が散々不合格を突きつけるものだから、視察しに来てみたが納得だ。」

戦務次長のゼートゥーア准将が笑いながら、東部軍の使者を睨みつける。
一体、貴様らは今まで、何をやっていたのか、と。
魔導師の教本には、共和国軍の活用する統制射撃へ光学系欺瞞式が有効な対処法として記載されている。
また、共和国軍も戦場で多用する事から対光学術式対策は魔導師の基本とされているのだ。

選抜段階で基礎すらできないと証明されては、東部軍の立つ瀬がない。

「しかし、中央軍の実戦経験者が半数は見破れる詐術か。」

「同水準のそれを東部軍では、ほぼ全員が見破れないのは問題だな。」

「光学系の式で幻影を形成しているだけの単純な術式です。実戦では一般的なデコイとして使います。」

暗に、デグレチャフ大尉が練達しているからではないのか。
そういう意味合いを込めた疑問に対しても、デグレチャフ大尉は淡々と答える。
実際、中隊規模の統制射撃を相手に光学系欺瞞を活用し生き抜いてきただけにその言葉は凄まじい重みを持つ。
なにより、中央軍で先に西方へ派遣された部隊が半数近く見破っているという事実。

「光の屈折で、眺めている試験官の前で実在しない映像相手に踊っているのです。採用したくない気持ちもお分かり頂けるでしょう。」

実戦経験者やベテランが、前提条件と見なす条件。
それは、最低限度の要求水準と見なすには合理的と言わざるを得ない。

これでは、最低限度の要素すら欠落している志願者では、意欲以外に評価できずとも無理もないだろう。

「それで、東部軍の成績は?」

「東部軍志願組は、これまで29組中27組が幻影に騙されて原隊復帰となりました。」

淡々と報告書を読み上げてくる事務官の言葉に、一日中喜劇を見せつけられていた査察官らは思わずため息をつく。
あれほどあっさりと騙されているようでは、無理もないのだろう。
東部軍の再教育を真剣に検討するべきかもしれないと、すでに作戦参謀らは頭を抱え始めている始末だ。

あんなにあっさりと誤魔化されるような部隊で、戦争ができるものかと深刻な疑いが生じている。

「中央軍の10組中5組が受かったのと合わせても、中隊分しかありません。」

そして、2人1組で行われている一次試験の合格者はわずかに12人。
これでは全員採用しても中隊分の人員しか編成できない。
目標のわずかに25%に留まる。

「現在、残っている東部軍65組に期待したいところです。」

一応は、期待しないでもない。
しかめっ面をしつつ、ぼそっとデグレチャフ大尉が一言呟いて見せる。
そういう口調だが、目は無理だろうということを主張してやまない。
実際、今日のあり様を見ている査察官らも同感である。
いや、東部軍の参謀らですら同意せざるを得ない。

あんなありさまでは、確かに厳しいだろう。
突然東部軍の練度が向上でもしない限りは、せいぜい4、5組受かれば良い方だ。
下手をすれば、増強1個中隊が限度となってしまいかねん。

「この割合では駄目だろうな。」

諦観と共に、東部軍の将校らの肩が落ちる。
彼らとて、自分達の部隊が無能だという烙印を押されるのは望まないが現実は残酷だ。

当分、東部軍魔導師は冷飯ぐらいになるだろう。

「・・・要求水準を引き下げられるか?」

「再訓練を施せば、使い物になるという基準設定が必要です。編成に時間がかかります。」

失望の念もあらわに戦務課の将校らが、編成期間の見直しに言及する。
訓練で何をやっているのだ。
そう言わんばかりの目線を東部軍参謀らにむける者も珍しくない。
なにしろ、要求水準を引き下げると必然的に部隊の編成に時間がかかる。
一番厄介である部隊の教育期間が信じられない程長くなるのだ。

誰だって苛立たない方がおかしい。

ベテランを部隊に馴染ませるのと、新兵を基礎から叩きこむのでは全く意味合いが異なるのだ。
能力差がありすぎる部隊は運用にも支障をきたすために、均質化せざるを得ない。
つまり、デグレチャフ大尉が選抜した中隊を基幹としつつも部隊を形にするには時間がかかるということだ。

「具体的には?」

「一月ほどは。」

針のむしろに座らされた東部軍の面々を救ったのは皮肉にもデグレチャフ大尉の一言だ。
一月という数字に、思わず全員の意識がそちらに集中した結果、東部軍のことが意識外へ落ちている。

選抜し、再教育するということは本来恐ろしいほど時間を必要としてしまう。
だが、居並ぶ高級将校の前でなんということも無しにデグレチャフ大尉は大言壮語するのだ。
一月もあれば、無能どもですらまともな兵隊に叩き直す、と。

ただの大尉がこれを口にするならば、虚言癖かただの馬鹿だと思われるに違いない。
新兵教育で2年かかるのだ。いくら経験を積んだ魔導師だからと言って大隊を1カ月で作るという方がどうかしている。
『無理だ』『不可能だ』『実現性が無い』と誰もが喉元まで出かかっている。

しかし、其れを言わせないだけの風格がデグレチャフ大尉に漂っているのだ。

叩き直してご覧にいれよう。

実力に裏打ちされていなければ、不遜なほどの自信を彼女は示す。
孫の様な年齢の大尉に、居並ぶ高級将校が軒並み呑まれているのだ。

東部軍への問責は一時的に棚上げされてしまう。

「ならこの際構わない。多少手荒でも、再教育してやれ。」

唯一、この事態を予想していたのだろう。
戦務課の参謀次長を努めるゼートゥーア准将がニヤリと笑った。
多少、手荒でも。
この場合は、死なない程度にやってよいという許可だ。
一か月しかないのならば、しごくほかにない。

「はっ。」

良く理解しているのだろう。
応じるデグレチャフ大尉も、良く似た微笑みだ。
まるで、吸血鬼が獲物を獲得したかのような獰猛な微笑み。
そう、笑うという行為は、本質的には攻撃的な行為である。

「この記録を、教導隊におくってやれ。連中に、東部軍を再教育させてやる。」

そして、彼らはそつがない。
思い出したかのように付け加えるゼートゥーア准将は、東部軍を放置する気はさらさらないのだ。
これを機会に、むしろ徹底的に叩き直す所存を示す。

「全く先が思いやられる。今後は戦訓の共有が課題だな。」


あとがき?
やあ、大隊戦友諸君(´・ω・`)ノ
うん、マッセナ師団の真似は無理だorz
すまない。

今後の更新は金曜:がんばるお。土曜:やってみるだけやってみるお。日曜:ムリぽ。月曜:神よ祖国を守りたまえ。火曜:たぶん復活してるお。

という予定(暫定)。

あと、多くの反響とかコメントとか感謝感激であります。
頑張っていくので、今後ともよろしくお願いします。

※微修正しました。ZAPもしました。
ZAP
ZAP



[24734] 第一九話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:21
はたから見れば、異常な光景だ。
いや、本当に自分の正気を疑うべきかもしれない。

『こののろまども!尻を引きずらずに、さっさと高度を上げろ!』

『たった8000だぞ?腑抜けどもめ。聞こえていないのか?』

先ほどから、感情を感じさせない平坦な声が無線で流れている。
信じられないかもしれないが、これは声変わりも微妙な少女が発しているのだ。

展開された魔力光は禍々しく点滅し、高度を下げようとすれば容赦なく撃ち落とす意思を示している。

『むりです、もう無理です大尉殿。』

『よろしい。ならば、死ね。今すぐに死ね。貴様が死ねば諸経費が仲間のために役立つ。』

弱音を吐くと冗談抜きで砲撃術式が展開される。
意識がブラックアウトするか、魔力が尽きて降下せずに高度を下ろすものは、断固撃墜する。
そんな馬鹿げた宣言が、本当に行われると予想しなかった魔導師らは、文字通り百聞は一見にしかずを学んだ。

『さあ、潔く死ぬか上昇しろ。』

今日もまた随分と規格外だ。

共和国軍魔導師が、高度8000に至っている。
で、あるならば我々は高度10000を目指さざるを得ないと信ず。

たった一言、そう呟いた教官は『直ちに』全力で上昇するように命令した。
その時点で躊躇した志願者は選外。おそらくは、其れが幸運なのだろう。
通常、高度6000を越えての交戦は自殺行為だと見なされている。
その高度6000を平然と越えて高度8000を指向。

この選抜試験は狂っているかもしれないが、参謀本部も各方面軍も大真面目だ。

『無能』をたった『一月』で精鋭に育成して見せる。

大言壮語などではない。デグレチャフ大尉は、本気だ。
本気で、骨の髄まで叩き直し、精鋭へと叩き上げるつもりに違いない。

「レルゲン中佐、いかがでしょうか。」

第601編成部隊の訓練を視察したい。
そう申し出たレルゲン中佐を、デグレチャフ大尉は実に簡単に受け入れた。
まるで、何一つとして問題はないと言わんばかりの態度。

いや、実際に問題はないのだろう。
少なくとも現時点では訓練で死者は出ていない。
重傷者も皆無に等しく、ぎりぎりの見極めが異常に上手くなされている。

「見事なものだ。」

本当に、見事というしかない。
兵を限界ぎりぎりまで絞り上げることにかけては天才的だ。
生かさず殺さず能力のぎりぎりまでを文字通り絞りださせている。

死に直面する恐怖に等しい経験で、兵士が大幅に能力を伸ばすというプログラムなのだろう。
一か月も疑似的に死の恐怖に追われれば、確かに急激な能力向上予想も納得いく。
しごかれる将兵には、つくづく同情するが。

「・・・酸素ボンベも無しに、何故高度を8000に上げられる?」

だが、居合わせた技術将校らは別の視点から衝撃を受けていた。
訓練とは言え、高度8000へのアプローチが平然となされている。
あのデグレチャフ大尉だ。別段、高度12000を飛んだところで驚くには値しない。
だが、将兵をその高度へ上がらせられているということは大きな意味がある。

「ああ、それは単純です。」

だが、茶飲み話をしながら話す話題のように案内役の憲兵はあっさりと答える。

「酸素発生の精製式を常時展開させているそうです。」

その意味を理解するまで、一瞬間が空いた。
常時展開。つまり、式として常駐しているということだ。

「・・・常駐式を二つもかね?」

「はい。最低限度の要求水準として要請された模様です。」

憲兵は、技術職ではない。
故に、その専門領域での革新性に衝撃を受けることもないだろう。

だが、参謀本部の技術者たちは愕然としている。
がやがやと騒ぎだし、一部ではそんな馬鹿なという囁き声まで漏れてくる始末。

そう。魔法式の多重起動。一応、理論上は可能だ。
技研の研究でも、常にそれ自体は実験として成功している。
だが実戦使用に耐えうる並列常駐式を可能とする演算宝珠の開発は難航しているはず。

いったい、何処からそのような代物が出てきたのかと彼らは騒ぎ始める。

「どこから、そんな無茶に応えられる演算宝珠を?」

まだ、正式に軍へ納入されてすらいない代物。
何処の試作品かは知らないが、随分と伝手のあることだ。

まったく、あきれるしかないとレルゲン中佐は肩をすくめる。
あれほど才能だけは突出した軍人だ。
どこの軍事メーカーが新型の検証を依頼しても不思議ではない。

「大尉殿がエレニウム工廠から先行量産群を強奪同然に徴用したそうです。」

其れを聞いても、ああ、あそこか、というぐらいの意識しか思いつかない。
なにしろ、彼女はそこで技術開発に従事していた経歴がある。
当然、主任技師との接触は今でもあっておかしくない。ならば、そのつてで新型が流れてくるのは自然な流れだ。

機密が多いエレニウム工廠から徴用したというのだ。
参謀本部装備調達部の黙認があったのだろう。
そうでなければ、今頃憲兵隊が死体の山となって転がっても不思議ではない。

『単調な機動を取るなと言っただろう!良い的だと何故気がつかない!?』

高度8000で、何とか安定した飛行を確立しようとしている訓練生。
そののろまさを嘲笑うようにデグレチャフ大尉の機動は滑らかだ。
まるで、亀の様な動きの訓練生に対して大尉の機動は燕のように素早い。

これが、ネームドなのか。

『よろしい。言ってわからないなら、実践あるのみだ。』

『ら、乱数回避!急げ!』

「・・・信じられん。常駐式を並列起動して乱数回避機動が取れるのか。」

目の前で繰り広げられている訓練は、ほとんど訓練生が逃げ惑うだけの訓練だ。
一見すれば、情けないにもほどがあるだろう。

だが、技術的に理解が深いものから見れば、ほとんど信じられないことの連続。

技術的に不可能に近い並列機動を安定して実現。
あまつさえ、戦闘機動に等しい乱数回避機動に耐えうる演算宝珠など夢の様な存在だ。

「デコイも出していますね。」

いや、それどころか幾人かの訓練生は砲撃を回避するために光学系のデコイを積極的に活用し始めた。
つまり、乱数回避を行いながら、光学系の欺瞞用デコイを生成できるだけリソースに余力があるという事だ。
みたところ、かなり展開速度と欺瞞性の高いデコイらしい。
いくつかは、自律行動を見せているようにすら思える。

全く大した性能だ。

しかも、それを量産可能な規格に落とし込み、量産してのけている。

「・・・エレニウム工廠の新型は想像以上に優秀ですな。」

次の制式採用はアレ以外にはありえないな。
あの光景を目にすれば、誰だって反論しないだろう。
少なくとも、耐久テストは彼らが現在進行形で行っている上に、性能は申し分が無い。
課題はコストくらいだ。それとて、本格的な量産が決定すればだいぶ下がる。

「エレニウム工廠に資料を請求したい。」

「わかりました。手配しておきます。中佐殿。」

副官に資料請求の手配を任せるとレルゲン中佐は上空の軌跡に目を向ける。
実に見事な空中機動だ。
ほれぼれすると言っても良いほどに、技量が卓越している。

才能と人格は反比例するのだな。
そう思った自分の人の悪さが、逆に仮説を証明するようで不快だ。

『いい機会だ。貴様らの価値を証明して見せろ。』

「デグレチャフ大尉、いささか行きすぎではないのか?」

素朴な疑問だが、彼女は兵隊の損耗を嫌うという。
一体なぜだろうか。彼女が隣人愛に目覚めるわけもないし、兵士を駒としてみているからか?
それにしては、この訓練は本当にぎりぎりだ。
駒を育成するという目的からすれば、行き過ぎなほどに。

『いえ、問題ない範疇だと認識しております。ここで選別し、排除するべきです。』

だが、その疑問は彼女の解答でさらに深まる。
何故か?
選別し、排除するという発想は士官学校時代のスピーチそのものだ。
曰く、『無能という疫病から帝国軍を防疫するのが我が使命』。

駒の育成というよりも、切り捨てに近いものが感じられる。

「限度がある。すでに、半数が脱落したのだぞ?」

一体なぜだろうか。

『まだ、二個大隊分の人員はあります。人的資源には、まだ問題ありません。』

「そうか。わかった。続けたまえ。邪魔をしたな。」

ああ、畜生。
そういうことか、よくわかった。
資源か。
そうか、人的資源か。
人的資源と言うのか兵隊を。

貴様にとって、兵隊は人的資源という代替可能な資源というわけだ。

『いえ、御気になさらずに。』

なるほど、違和感が理解できた。
あいつは、デグレチャフは、デグレチャフ大尉は、人間を数で数えている。
それ自体は、参謀に珍しいタイプでもないが彼女は意図してではなく、資源として数えているのだ。

ならば、やつは実に合理的だ。

資源の有効活用ということにかけては、実に計算高いに違いない。

「良くわかったよ。なるほど、貴様が書いたに違いない。」

総力戦や世界大戦の認識に、どこかで見た記憶があるはずだ。
すぐそばに、根源があった。
だからこそ、見覚えのある足跡を見出せるのだ。

数字の狂気。
狂気の世界。
世界がおかしいのか?

まったく、嫌な時代に軍人になったものだ。
嫌な奴がいる時代に、戦争が起きたものだ。
糞ったれの神様とやらがいるならば、悪魔に味方している時代に違いない。

「中佐殿?」

「やれやれ、彼女が狂っているのか、世界が狂っているのやら。」

あの訓練が、全てを物語っているように思えてならない。
いやはや、彼女の本質を見極めることのなんと恐ろしいことか。
あれは化け物だよ。

後日、レルゲン中佐は参謀本部に辞表を提出するに至る。
戦時中故、慰留され現職にとどまることになったが、彼は変わったと以前を知る人間からは評された。
とにかく、現場の意見を尊重する。
同時に、下士官兵の意見を極力収集したというのだ。
参謀本部主流の高級士官としては異例なことに、彼は常に現場からも認められていた。

そのことを他人から褒められたとき、レルゲン中佐は笑って指揮官先頭の精神と現場主義の大切さを説いた。

なにしろ、信じがたいことに、デグレチャフ大尉は教導過程の全てに参加していたのだ。
兵士と同じタスクをこなし、なおかつ兵士を指導し、あまつさえ兵士を介護する。
大の大人が悲鳴を上げるような過酷な演習を、平然とこなすどころか、全体を俯瞰する余力すらあったのだ。
率直に言えば、訓練の一つ一つがありえない程限界ぎりぎりまで兵士を絞るものだろう。
一つ間違えば、死人が出ても不思議ではない。いや、出なかったのはほとんど幸運に過ぎないだろう。

それでも、兵士が不可能だと抗弁できないのは、単純に目前で平然とデグレチャフ大尉がこなしていたからに過ぎない。

そこまでやったからこそ、彼女の下に部隊は集った。
で、あるならばだ。
学ぶべき点から学ぶことを、彼も厭わないのだ。

・・・少しでも狂気に抵抗するために。



一月で精鋭が育つわけがありませんとも。
ええ、常識で考えればわかる話。
それを、大勢の高官の前で宣言すれば後には引けなくなる。

言ってしまえば、失敗すれば普通は大問題。
それこそ、キャリアに傷が付き懲罰的に最前線送りもありうる話。

しかし、デグレチャフ大尉ですら育成できない程資質に問題ありという結論が誘導できれば意味が逆転する。

臭いものには蓋の発想で、この話が無かったことになるのも予想されるのだ。

加えて、戦務課からは非常の手段を用いるも可との許可を得ている。
徹底的に、かつ限界ぎりぎりで訓練すれば絶対に根を上げるはずだ。
そうすれば、耐えられる訓練を放棄した根性無し共という評価が他の人間に行くだけで済む。

私は無傷だ。

だから、古今東西ありとあらゆる特殊部隊の訓練方法を取り入れようと思う。
米国風のメニューは以下の通り。
水中順応訓練ならぬ高度順応訓練。
文字通り、限界まで根性を出させることにしよう。

この訓練が終了すれば、後は悪名高いヘルウィークだ。
4日間の合計睡眠時間は4時間。
徹底的に極限状況に追い込み、人間の本性を暴きだすという過酷な訓練。
いくら、魔導師が思考分割可能とはいえ、限度がある。

仲間よりも自分を優先する帝国軍人にあるまじき愚者を暴きだすという大義名分のもとにやってやろう。

もちろん、部下を苛めるのは本意ではない。
無意味な暴力をふるって喜べるほどの低能ではないのだ。
きちんと、意味付けし合理化し、意味がなければ暴力など振るいたくもない。

だから、リタイアはいつでもウェルカム。
むしろ、さっさとリタイアしてほしいくらいである。
抑圧から解放されたいと思う。だから、早くリタイアを選びたまえ。

取りあえず、ヘルウィークを凌がれたら一週間のSEREだ。
対尋問・サバイバル訓練をみっちりやってやろう。
一週間の間に、発狂寸前まで追い込めばすぐにリタイアするはず。

それでも粘る戦争狂素質の連中対策もばっちりだ。
ヘルウィーク直後にSEREで疲労困憊した連中。
そのまま、非魔力依存長距離行軍演習をアルペン山脈で一週間ぶっ続けで行う。

もちろん、睡眠時間も休息時間も限界ぎりぎり。
戦場の記録で、一番悪いモノを基準としてある。
たとえば、水は水筒半分だけとか。
もちろん、手持ちの食糧はなし。
演算宝珠を使用すれば即失格。
使ってよいのは、二人でナイフ一本。
参謀旅行をより厳しく、稠密な代物にしたと言えば、お分かりいただけるだろうか。

険しいアルペン山脈を一週間で横断できねば即リタイア。
通常、一週間での踏破は厳しいとみられる程度だが、健康体が万全の装備と状態で挑んでの話だ。
こんな条件で突破できる人間がいるとしたら、呪われているに違いない。

ようするに、そこでミスをした者から容赦なく落とすのだ。
そうしていけば最後には、程良い結論になるだろう。

なに、これだけでは万が一ということもある。
そこで、絶対に確実となる保険も用意した。

これだけは、これだけは絶対に使いたい手ではなかったと言っておく。
私にとっても、全く本意ではないのだ。
だが、これ以上に確実な手段も皆無。
故に、ええ、涙をのんで保険を用意しました。

わざわざ、エレニウム工廠のMADが新開発した試作量産型を標準装備としたのです。
あの歩く災厄ことアーデルハイト・フォン・シューゲル主任技師。
彼が開発中というエレニウム工廠製97式『突撃機動』演算宝珠の先行量産モデル。

きっと、あの忌々しい主任技師の責任追及問題に発展される事も期待できようという物。


ええ、そう思っていた時期が私にもありました。
なんで、でしょうかね?
本当に、人生とは、呪われているものなのか。
それとも、人間の可能性とは無限なのでしょうか。

信じることは大切かもしれません。
でも、思い出してください。
希望的観測は徹底して排除しなくてはならないと。

経験的なアプローチは常に有益です。
思い出してください。
いつでも、貴方の失敗は、貴方に原因がある場合が多いのだと。

気が付いた時には、もう手遅れになっていることが多々あると。


本日をもって貴様らは無価値なウジ虫を卒業する

本日から貴様らは帝国軍魔導師である

戦友の絆に結ばれる

貴様らのくたばるその日まで

どこにいようと軍は貴様らの兄弟であり戦友だ

これより諸君は戦地へ向かう

ある者は二度と戻らない

だが肝に銘じておけ

そもそも帝国軍人は死ぬ

死ぬために我々は存在する

だが帝国は永遠である

つまり―――貴様らも永遠である!

故に、帝国は貴様らに永遠の奮戦を期待する


・・・なんで、私はこんなことを言う羽目になっているのだろうか?

前後の記憶があいまいだ。
遺憾なことに、訓練中にエレニウム95式を起動したためか、部分的に記憶が飛んでいる・・・。




戦場には、面白おかしく語られる噂が少なくない。
例えば、首なしお化けが首を探して未だに彷徨うというたぐいのものだ。

実際のところを言えば、戦場の噂というのは何か根本は存在する。
それが、どこかの段階で膨れ上がって肥大化した噂に化けてしまう。
戦場の噂・怪奇現象というのは得てして何かしらのエピソードが誇張されたものだ。

私達は『V600』と『11番目の女神』を調査する過程で、多くの噂にも接した。

“これもあの戦争の記憶である。”

そう判断した私達は、戦場で語られていた噂の収集も並行して行うことにしていた。
実のところを言えば、『V600』も『11番目の女神』に関する情報収集も難航している。
ロンディニウム・タイムズのジェフリー特派員が私達に個人的に協力してくれいるため、彼に期待したいところだ。

そういう事情なので、今回は『戦場の噂』にスポットライトを当ててみよう。

ある者は、荒唐無稽な話を語った。
ある者は、まことしやかな話を語った。
ある者は、真実とも偽りとも判然としない話を語った。
ある者は、一切のコメントを拒否したが、真実は違うと沈黙で示した。

そんな戦場の噂は戦後かなり有名なものもいくつかは知られている。
そして、それが本物だということもたまにはある。

例えば、帝国の『B作戦』なる大規模な通貨偽造作戦だ。
正式名称は『高度戦争経済打通戦略第七号提案』というごてごての名前のそれだ。
発覚したのは、『帝国軍の隠し財産』を信じたトレジャーハンターによる発見がきっかけだった。
噂どおりに、帝国が引き揚げた占領地から、馬鹿げた規模の外貨が発見された。

しかも、驚くべきことに専門家も欺くほど精巧な完成度の偽造通貨だったのだ。
発見された通貨は終戦直前に製造され、隠匿されたものだったと判明した。

この作戦は一般に、偽造を行ったB機関の名前由来の『B作戦』として知られている。

なんとも驚くべきことに、共和国と連合王国が戦後調査した結果がここにある。
戦後すぐには、経済混乱の懸念から秘密にされていたものの、遂に隠しきれずに両国が公表したファイルだ。
それによれば、帝国は、大陸本土ではなく共和国・連合王国の植民地で大量に偽造通貨をばら撒いたらしい。

その量、総流通量の13%。
大戦後、植民地が武装独立運動を展開する上での秘密資金元は、このB資金だとも語られる。

戦時中に、帝国が後方撹乱を狙ってばら撒いたB資金は世界史に大きく影響を与えたとまで嘯かれているほどだ。
さすがに、この辺は真相が曖昧であるので、コメントは差し控えることにしたい。

そんなわけなので、噂が真実を含んでいないとは、さすがに断言できない。

例えば、エレニウム工廠製97式『突撃機動』演算宝珠は、エレニウム95式なるもののダウングレードに過ぎないという噂もある。
まあ、これはさすがに傑作演算宝珠の制作秘話がほとんど失われてしまった故の戦場伝説だろう。

先行試作機の多くが、誤解を招いたのかもしれない。
実際、連合王国にも似たようなエピソードは事欠かないのだ。
戦闘機として名高いスピリット・アーサーには、スピリット・ファイヤなる別の機体があったと軍事専門誌が騒いだことがある。
議会が、空軍の二重予算を疑うに至るまでいったこの騒動。
調査の結果は?

まあ、みんな御存じのように制式採用を競ったF202ドラゴンのことを、帝国軍が誤認して新型と記録したのが原因だ。
この新型疑惑を、帝国軍はスピリット・ファイヤと推測し、それを専門誌が丸呑みにしたというのが真実らしい。
おかげで、空軍は逆に戦後、予算が少なすぎるという実態を把握した議会によって予算が増えたとも言う。

この疑惑、実は空軍の自作自演疑惑も一部では噂になっていた。
ここまでくると、何が何だかさっぱりということだ。

そういうわけで、まあ、本物を見つけるのは困難。
この世界で私達は、砂漠におちている宝石を見つけようとしているわけだ。
たまに、其れと思しきものを見かけても大半は蜃気楼。
蜃気楼にも種類があって我々が幻惑されるものから、さすがにそれはないな、というものまで様々なだが。

まあ、中にはほほえましい噂もある。

例えば、近年一番笑えたのは、帝国軍魔導師は子供恐怖症だという戦場伝説だろう。
曰く、子供が笑うとパパが怯えるのよ、と奥さんが笑って言ったという話だ。
由来は不明だが、まあ、世界を恐れさせた帝国軍魔導師にも敵わないものがあるという噂は面白い。

彼らにも、苦手なものがあったのだ。

そう思えば、だいぶ戦後の融和にも役立つことだろう。


ふう。お疲れ様。え?共感できるかって?微妙だね。
どちらかと言えば私は子供よりも妻が怖いし。
ん?

ちょっ、ちょっとまて。ちょっと待ってくれ。

止めたんじゃないのか?おい、待ってくれ。今すぐに止めてくれ。

ん、ああ、ええっと。
いや、違うんだキャッシー。
本当だとも。うん、そう、軽いジョーク。いや、本当だって。
え?いや、うん、話し合おうじゃないか。きっと、何かの誤解・・・・


※アンドリューWTN特派記者

※アンドリュー記者が、たまたま一身上の理由により休暇を取ったため本連載は一時休載致します。
WTN


あとがき
・・・アンドリュー記者同様に、作者もお休み致します。
申し訳ない。
ちょっと土曜日曜はムリぽ。
フリとかネタじゃなく、まじむりぽ・・・。
月曜も頑張るけど、たぶんむりぽ・・・。

鋭気を養って火曜日から頑張りたいと今は・・・。

ZAP



[24734] 第二〇話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:23
機密指定:『×××××××××××』関連

口述者:イーレン・シュワルコフ少佐(当時)

歴史というものは、極端に単純化されている。
例えば、薄氷の勝利であろうとも勝てばそれが全てなのだ。
過程への評価は、ごく少数の専門家にのみ記憶され一般には顧みられない。
その代表例が西方大進撃と呼ばれる大陸軍機動戦に伴う一連の攻勢だろう。
きっかけは、北東へ主力が移動した隙をついた共和国軍の戦略的奇襲であった。
今日では西方への電撃的な攻勢成功以来、共和国軍による奇襲は戦略的失敗であると後知恵では語られている。
曰く、準備が足りなかった。純粋に攻勢に出るのが遅すぎた。或いは、戦力が不足していた、と。
だが、我々前線で当時戦っていた人間に言わせれば、どちらが勝っても不思議ではない戦いであったと思う。
西方方面に配置されていた帝国軍師団の大半は、共和国軍に比べると遥かに劣勢にあった。
信じられないだろうが、私の中隊は拠点防衛を担う精鋭にしてたった一つの逆襲部隊。
そう、機動防御を担える魔導部隊はたった一個中隊に過ぎなかったのだ。

もちろん、開戦以来急ぎ増強はされたが、限界がある。
部隊の実態は平時編成のままであり、軍政組織から戦時体制への移行が著しく滞っていたというしかない。
対して、共和国軍の戦力は比較的充足しており、少なくとも第一線を蹂躙できるだけの能力は間違いなくあった。
大陸軍の集結・再編が間に合うか、我々が全滅するかという極めて厳しい時間との競争が実態だ。
帝国西方工業地域を占領、もしくは破壊されるだけで我々は崩壊する。
帝国という戦争機械はひとえに西方工業地帯に依存していた。今なお、経済の中心は西方であることを思えば容易に想像できる。
ここが叩かれた場合、帝国の戦争遂行能力にはほとんど致命的な打撃が与えられる。
このことは歴史が証明してきた。

そして、その歴史を再現せんと共和国軍は狙って不思議ではない。
奇策というよりも、手堅い戦争計画だと個人的には判断する。
その共和国軍攻勢計画第224プランによる、33個師団による即時攻勢計画。
これは、ほとんどその最終段階までを完璧に履行した。
戦力的に劣勢とならざるを得ない帝国軍は、遅延戦闘を断念。
機動防御による組織的な時間稼ぎを試みるという、共和国軍の想定は不幸にも的中。
帝国の動向は、ほぼ共和国軍の想定に留まり戦局の主導権を完全に握られた。

辛うじて、というべきだろうか。
大陸軍の反攻はスケジュールに大幅な遅延を見ながらも成功した。
最後の一線を守り抜いた西方方面軍の健闘は、正に偉大だ。
だが、同時に帝国の限界はここで発露されている。
帝国は、両方に敵を抱えて戦うことが絶対にできない。
片方で持ちこたえている間に、もう片方で勝利をおさめるという伝統的目標は遂に破綻を示しつつあった。
その現実を受け止めた帝国参謀本部は、事態を正しく認識。

問題は、ここからだ。
大陸軍の増強と、機動性向上により従来の戦略を改善するという提案が当初は注目された。
だが、これの提案は戦争中期以降、急速に関心の対象外となる。
理由は、大きく二つだ。
一つは、大陸軍によってすら勝利を収めるには莫大な時間が必要となること。
もう一つは、方面軍にとって単独で防戦を行うリスクはあまりにも莫大に過ぎるという認識が生じたことによる。
そのため、参謀本部は2つの主要な論戦に巻き込まれる。
消耗抑制戦略ドクトリンによる持久戦か、敵の損耗拡大を重視した漸減戦略による漸進戦か、だ。

消耗を抑制し、敵が攻勢を断念するまで防衛を行う。
これ自体は、一つの発想としては合理的かもしれない。
しかし、勝利に至るまでの過程はあまりにも長くなりすぎる。

そこで、敵の人的資源に狙いを定めた損耗拡大計画が提言された。
誰が、提言したか?
『彼女』に決まっている。
知らないとは言わせない。実に、有能な、合理的な士官として彼女は名高いのだからな。
まあ、狂気の合理性などとも言われたが。

彼女は、かなり初期の時点で戦争は全てを動員する戦いだと見抜いていた。
だからこそ、戦争においては使用し得る資源によって大きく影響されると主張したのだ。
曰く、『資源と資金をため込んだところで、兵器を生産し、使用する人的資源が欠乏すれば戦争は継続できません。』
だからこそ、だからこそ、損耗抑制というドクトリンが提唱されたとも言える。
だが、それでは泥沼なのだとも彼女は主張し始めた。それは、防衛戦に関する損耗統計が取られたことがきっかけである。
帝国軍と共和国軍は大凡1:1程度の互角の比率で持久戦においては損耗した。

人口比率で見た場合、帝国は共和国を上回り状況は有利。
しかし、デグレチャフは言ったのだ。
何故、帝国軍人と共和国軍人が等価なのですか、と。
人口で上回るならば、多少の損害を許容してでも、撃滅すべきだ、と。
言い換えれば、許容し得る限界まで損害を覆うことになろうとも、早急な勝利が必要だ。
彼女は、そう主張したのです。
他の介入を招くような緩慢な死を選ぶよりは、帝国の意志を示すことによって共和国にカードを投げさせるべきだ、と。

その結果?
ええ、ご覧になっているでしょう。この通りですよ。




思い出すのもおぞましい悪夢だ。

「主よ、私に、羊たちを導くすべを与えたまえ。」

高度8000
既存の航空魔導概念を打破するその高度に響き渡る声は、純粋だった。
わずかに、反抗するような気概を持った連中は死屍累々。
今や、我々は従順な子羊のように死にそうな体に鞭打って空を飛んでいる。
いや、飛ばされているというべきか。

かなり怪しくなった時間感覚が正確であれば、あれは5日前のことだった。

『諸君に選択肢をやろう。私を撃墜するか、訓練を楽しむかだ。』

疲労困憊し、死体のように眠り込んでいる我々を宿舎ごと魔導砲撃で吹き飛ばしたデグレチャフ大尉は壮絶な笑顔を浮かべていた。
手にしたライフルの銃剣は、迂遠にも彼女の前で意識を落とす魔導師を今か今かと待ち望むかのように磨かれている。
演算宝珠は、ひたすら莫大な魔力を漂わせ、隙あらば攻撃をと腹に一物ある魔導師の自殺幇助に余念がない。

『いいかね?これから一週間だ。このB-113演習域内で諸君は戦域機動演習を行う。』

いつの間にか用意されていた地図には、三点のポイントが書き込まれている。
演習内容の概要に依れば、開始時刻より、全力で持って第一ポイントへ移動。
制限時間は48時間。
この時点で、手段は一切問われない。とにかく、脱落しないことが重要とされる。
厄介な問題点として、魔力反応に応じて観測砲撃と魔導誘導砲撃が行われるという注意書が付いていなければ、楽だっただろう。

魔導師が纏っている魔力反応を隠匿しつつ、行軍するのは困難を極める。
なにより、宿舎ごと吹き飛ばされた我々は身についていた咄嗟の防御術式で守れたものしか物資がない。
水すら、欠乏してしまっている。こんな状況で、非魔導依存行軍を行う?
あのときは、狂っていると思った。

だが、なんとか苦労して第二ポイントにたどり着いた時、光学迎撃戦の発令を受けた。
曰く、砲兵隊が暇を持て余していることもあり、演習を変更する、と。

『諸君、一人の脱落者も出さないことは、正に喜びである。』

珍しく、表情を満面の笑みで満たした大尉殿を見た瞬間、全員が悪寒を覚えたと認める。
ああ、まだしごき足りなかったのか。
こんなに余力があるとは知らなかった。
もう少し、厳しくしても良いだろうな。

どういう意味で取るかは、各人でやや解釈が割れた。
だが、大尉殿がありがたくも我々に合わせて訓練メニューを向上させる決意を為したことだけは、誰もが認める。

『そして、諸君の優秀さゆえに砲兵隊は弾丸を持て余している。』

あとは、言わずもがなだ。
満面の笑みを保ったまま、あの大尉殿は、我々を絶望の底に突き落とす。

『諸君、仲間はずれはよくない。ここは、砲兵隊とも仲良く遊ぼうではないか。』

直後デグレチャフ大尉殿から、展開された術式が熱線を放つ。
その射線の先には、こちらに向かって飛翔しつつある訓練弾。
集結ポイントに対する砲兵隊からの砲撃。
そう、定点に対する砲兵の砲撃だ。当たらない方がどうかしているほど簡単な砲撃。

諸君は、実に有能だ。私としても、大変誇らしい?
実にすばらしい技量だ。
よくぞ、訓練とはいえど、砲兵隊の魔導観測を回避した。
それは良いとしても、対砲兵防御がなっていないのはよろしくないだろう?
万が一に備えておくのも訓練だ。
だから、諸君と砲兵隊との合同訓練の一環として、この拠点で防衛訓練を行おう。
一応、防衛戦だ。今から、15分は陣地構築の準備もして結構。
なに、訓練用弾薬の備蓄が少ないのでね。そう心配する事でもない。
36時間も打ちあえば、砲弾も尽きると思う。
そうのたまいやがった。まるで、ピクニックの予定を告げるような朗らかな口調でだ。

『さあ、諸君。死にたくなければ、迎撃するように。なお、ルートを外れると“私”が魔導砲撃を行う。』

ああ、あれは本当に死にそうになった。
今思えば訓練弾という名目で、一部に『目覚まし用』の弱装弾が含まれていたのは、驚くにも値しない。
なにしろ、大尉殿だ。有言実行の姿勢を貫くに決まっている。
死にたくなければ、という言葉にウソ偽りはなかった。
ただ、大尉が、どうということもないように傍に立っていたのが油断を招いた。

てっきり、散発的に砲撃が来るのかと思ったのだ。
ようは、ライフル競技の様なものか、と。

いや、甘かった。
本当に、砲兵隊が釣瓶打ちしてくるとは、予想していなかったのだ。

『主よ、汝の僕を守りたまえ。その誉れを、全能を、我に示したまえ。』

神々しいまでの防殻を全力展開した大尉殿を除き、全員が降り注いでくる砲弾の迎撃に狂奔した。
距離からして、数分の迎撃時間はある。観測し、迎撃可能軌道にある砲弾を空中で撃墜するのだ。
言葉にするのは簡単だが、恐ろしく消耗する。
訓練生は、合計で72名程度はいただろうか。
しかし、二個大隊とはいえ観測し、稠密な迎撃網を構築するとあれば砲兵相手は不得手。
なにより、撃ち漏らしが即重大な損害につながる。

近隣の砲兵隊を総動員したと思しき釣瓶打ち。
辛うじて、紛れ込んでいた実弾を見分ける識別作業を考案していなければ、本当に全滅していた。
また、夜間も断続的に飛び込んでくる砲撃は、疲労と視認領域の限界から絶望を覚える。
なにより、自分の仕事をしたところで、仲間が失敗すれば連座し吹き飛ばされることだろう。
かといって、自分の防御を固めると、誰かが吹き飛ばされる。
仲間を信頼するしかないが、できない奴は容赦なく『間引かれる』。

結局、拠点防衛中、ほとんどまともに一睡だにできなかった。

そして、ようやく36時間が経過した時、大尉殿が申し訳なさ気な表情で無線機を指さす。

『諸君、砲兵隊がまだ弾を余らせているという。』

直後に、聞き覚えのある空間飛翔音がこちらに接近。
事態は、ごくごく単純なものだった。砲兵隊が砲撃を再開したに過ぎない。
だが、わずかに気が緩んだところへの砲撃。
ここまで、辛うじて連帯を保っていた魔導師達にも動揺が走る。
自己保身に走ったのは、本能だろうが高くついた。
喜び勇んで、大尉殿が宣言を忠実に履行するのを我々は、再び目の当たりにする。
結局、この砲撃そのものはすぐに終了したものの、この時点で候補生は60名程度に絞られた。

そして、第三ポイントへの移動が開始される。
条件は、それほど複雑ではない。
ただ、進むだけなのだ。条件は、時間以外何も示されなかった。
つまり、情報が全く皆無。

『注意して、行軍するように。』

これだけ言われた我々は、何が起こるかという警戒を緩めずに、びくびくしながら行進した。
時折、爆弾を実装した急降下爆撃中隊が上空を索敵航行していたが、見つからなければよい。
何故か、放し飼いにされている軍用ドーベルマンが目撃されたが、これも回避すればよい。

すべからく、回避は可能なものだった。

なにか、何かあるに違いないと警戒していた我々を嘲笑うかの如く、何もなかった。
本当に、ただ行軍しただけなのだ。
もちろん、疲労困憊しきった我々が全力でやっと間に合うかどうか、という程度の時間制限だったが。

そして、体力を使い果たした我々を一瞥した、大尉殿は対尋問訓練を宣言する。
ある意味で、自分自身で肉体を拷問したような我々だ。
死んだ方が楽だということを、良くよく理解した。
そのまま、疲労困憊が深まった状態でアルペン山脈に放り出されるのは思い出したくもない悪夢。

もはや、我々が死にそうになっている傍で平然と行軍する大尉殿は悪魔か神の手先に違いないと確信したものだ。

ああ、敵よりも恐ろしい味方というやつがいるとは。
おまけに、大尉殿は人ではないのだ。心臓を賭けても良いが、私と幾人かが見ている。
訓練中、息絶えたはずの戦友を大尉殿が蹴飛ばし、気がつけば彼が復帰していた。

私自身、死の深淵を覗きこんだはず。
アルペン山脈で、高度7200より雪崩に巻き込まれ肺をやられた。
軍医殿に言っても、絶対に信用されない筈だが私は知っている。
光臨を見たのだ。
確かに、神は、主はおわします。

気がつけば、私は戦友の背中に担がれていた。
『無能め。雪崩すらかわせない間抜けが、味方の足を引っ張る気分はどうだね?』
悪態を、罵倒を口から吐き出す大尉殿。
だが、私は知っている。
見ていたのだ。俯瞰した視座で主が牧羊犬と讃えられた大尉殿が私を救うべく雪崩に突入したのを。

いくら、戦友がずたぼろになった貴様を、大尉殿がゴミ雑巾のように放り投げてよこしたという事実を伝えてくれてもだ。
大尉殿がよい指揮官なのは間違いない。人間としては、全く評価のしようも無いが。
笑うしかないだろう。
実際のところ、全員が笑いながら上司をぼろくそに言っているのだ。
狂った連中だと思う。大尉殿の狂気が感染したのかもしれない。
だけれども、私には帝国を救う事を神が啓示してくださったのだ。
汝、神国を守る使徒の尖兵たれ、と。


全くもって、狂った世界だ。
大尉殿が神の使徒だというならば、この世には悪魔しか存在しないというのに。
いや、だからこそか。
だからこそ、神話の世界の神々が実態を伴った存在として我々に感じられるのだ。
教義は、神のためのもの。
別段、かのかたがたはひとのためにおわしますのではない。

だからこそ、だからこそ、我々はその手で以て存在を、人間の、人間としての、尊厳を示すのだ。




第601編成委員会:編成官執務室

こんにちは。成長期なのに、身長が伸びません。
ターニャ・デグレチャフ大尉であります。
周りが、がちむちの軍人や如何にも歴戦という態の女性魔導師(少数)だと威圧感を覚えました。
いやはや。
頭脳労働者とはいえ、多少は体力も必要な元ホワイトカラーとしてはいささか危惧せざるを得ません。
健全な労働成果は、健全な健康あってのもの。
疲れ果てた頭でプレゼンなど、やるだけ無駄ではないですか。
いや、無駄以外の何物でもありません。
そのようなこと、本意であるはずがないではありませんか。
つまり、一個人として、無駄を嫌うならばまず成長しなくては。

そういうわけで成長期なのに、成長しない理由を軍医殿に聞きに行きました。
ええ、気がつけば、どうすれば成長できるだろう?と軍医殿に聞いていたのですよ。
軍医殿から、成長が遅いのは訓練と筋肉のバランスがあれだからと忠告を受けました。
あとは、適切な睡眠時間と、適切な食事で成長できますよ、と。

ほほえましげな顔をされたので、訝しむことしばし。

直後、手元のライフルで記憶を抹殺するべく頭蓋骨を吹き飛ばしたい衝動に駆られる。
女性としては、ふくよかな軍医殿。嫌なところに気のきく参謀本部に災いあれ。
私に、よりにもよって私に、女性らしい気遣いを、同性として女性に?
忌々しいことに、男性ゆえに信仰という名の強制に反抗してきたと決めつけられたのがことの始まりだ。

まさかとは思うが、私は女性として成長したいと洗脳されたのか?
いや、状況証拠だけで決定するのは非常に危険だ。
今までも、エレニウム95式で不快な思いを多々してきたのは事実。
しかし、思考制御は限定的な起動中のはず。

記録を確認する限りにおいて、自身の思考に持続的な制御が働いているという事実は確認できていない。
だが、何か、極めて遺憾な事態が進展しているようにも思えてくる。
悪魔よ、おまえは、おまえたちは、自由を愛する一個の人格をもてあそぶというのか。


・・・気がつけば、首元に全く覚えのないロザリカ一つ。

聖母様?ええ、よく教会にある奴ですね。わかりますとも。
よくシスターが配っているのを見たことがあります。
ええ、見ているだけです。

・・・現実逃避を止めて現実を直視。

何故、覚えのないロザリカを?
いや、それ以前に私はいつから記憶を失った?
いかん。本格的に、記憶が信じられない。
教会でもらったものにしては、あまりにも使いこまれている。
言葉にすれば、歴史的な風格と存在感があるというべきか。

はっきり言って、世が世なら教会の聖遺物として保管されているような代物とも言える。
できることなら、私からさっさと遠いところに隔離してほしいほどだ。
希望するならば、今すぐ何処にでも寄贈するほどにどこかにやってしまいたい。

・・・そんなものが首元からぶら下がっているとはいよいよ重体だ。

確かに、訓練を行ったという事実は認識できる。
選抜という名目で、適格者無しという報告を行おうと思ったところも正しい。
一ヶ月間の記憶は、はっきりとあるのだ。
だが、どこか、どこかがおかしかった。

「・・・高度8000で無意識に起動したのがまずかったか。」

だが、高度を上げる関係でエレニウム95式を起動したのは致命的だった。
精神汚染が備蓄される可能性を考慮しておくべきかもしれない。
認識としては、短期的に口を操るというよりも鉱毒が蓄積するのとおなじか。

「精神汚染検査を受ける?だが理由は?」

軍の精密検査機関では、魔導技術関連で思考分野への働きかけを研究している。
連中の技量を信じる限り、異常な思考誘導程度は見抜けると対尋問技術研究会で公表していた。
今、正常な判断ができるうちに検査を受けておくべきかもしれない。

しかし、問題は理由だ。
精神に問題をきたした指揮官とみられることは、キャリア以上に今後の生活全般を脅かしかねない。
なまじ、中途半端に男女平等の発展した帝国において女性管理職は珍しくないが当然質を問われる。
ホワイトカラーとして勤務するためには、なにがしかの問題を抱いていると見なされてはよろしくないのだ。

頭を抱えての煩悶を打ち切ったのは規則正しいノックの音だった。
即時性のない思考を即座に、破棄。
頭を一先ず、仕事へ切り替える。

「大尉殿、ヴァルトハイト通信兵、入室を願います。」

「入れ、軍曹。」

珍しく、通信兵が手紙を抱えてこちらにやってくる。
通常、電信か戦域魔導通信で処理される帝国軍としては珍しいことに書式が紙だ。
こういう公式通達が紙で行われる時は重要な命令書や、辞令の時のみ。

「大尉殿、参謀本部よりです。」

宛先は、編成官ターニャ・デグレチャフ大尉殿。
つまり、私個人宛。
個人宛に参謀本部が手紙を出すということは一般的ではない。
せいぜいが、営門将官への昇進を伝える退職勧告ぐらいだ。

あとは、ほとんど制度外の要求を伝える時に使われる。

要するに、碌でもない手紙だ。

「御苦労。返信は急ぎか?」

碌でもない用事ならば、できるだけ対応に時間が欲しい。
逆に、退任を勧告し軍から解放してくれるならば、今すぐにでも逃げ出したいが。
さすがに、それは甘すぎる考え方だろう。

「はっ、公用使がお待ちです。」

「何?」

そして、公用使が待機しているという事。
つまるところ、意味するところはとにかく読んでみるしかない。

・・・なに?早すぎる。

一瞥したデグレチャフ大尉は即座にペンをとり、軍用通信便に走らせる。
宛先は、参謀本部。
件名は、再考の具申。
優先度は、与えられた権限を最大限に活用。

「大尉殿?いかがされましたか。」

「・・・早すぎる。まだ、あまりにも早すぎる。軍曹、至急参謀本部を呼び出してくれ。」

訝しげな軍曹に機密電信で参謀本部を呼び出すように指示。
同時に、手元の受話器を取り上げようとした瞬間に招かれざる知らせを持って、客人が訪れる。
まるで、こちらがそのように行動するのを見越したかのような出番。
いや、間違いなく予想していたのだろう。
だからこそ、わざわざ一介の大尉相手に参謀本部から高級参謀が来るのだ。

「いや、それには及ばない。デグレチャフ少佐。」

「っ、レルゲン中佐殿。こちらにいらしていたのですか。」

相手は、実に常識的なことで有名なレルゲン中佐殿。
常識的であり、ついでに子供を前線に送ることを忌避する善良な軍人だ。
是非とも、私個人としては心情が適合するといえるだけに親しくなりたいのだが上手くいかない。

まあ、子供が勲章ぶら下げて近づいてきたら、所謂常識人は忌避するのだろう。
能力主義の徹底した概念からすれば、常識は良識という固定概念に過ぎない。
だが、自分がそれを活用する側に立つとすれば、いくらでも利用する。
常識とは、一般的に広範な支持を受けているに過ぎない概念だ。
同時に、大衆世論の支持を得ているという事実はある。
つまり、活用の仕方次第ではある程度有益になる。
とはいえ、そのハードルは高い。こんなところに来るということは、少なくとも彼も今回は味方ではないということだ。

「ああ、昇進おめでとう少佐。私が公用使としてきた。聞きたいことも多いだろう。」

すでに、内示を規定事項のように通達する中佐。
わざわざ、私の部下がいる前でいうということは、訂正させる気が無い。
何より厄介なことは、公用使としての彼の発言だ。
ここで、下手に抵抗すれば最悪抗命とも取られかねない。

「・・・ご配慮、ありがとうございます。軍曹、下がれ。」

「はっ、失礼いたします。」

即座に、第三者の眼を排除。
空間を可能な限り密室に持ち込むことで本題に踏み込めるようにする。

とはいえ、すでに押されている。
私の昇進。その意味するところをそれとなく、大隊は察するだろう。
言い換えれば、大隊は戦闘を覚悟させられる。

錬成不足や、組織形成の必要性を説いたところで、時間は稼げるだろうか。

「さて、中佐殿。これは、どういうことでありましょうか?」

本来であれば、あと半年は後方で安全に過ごす予定だった。
訓練が、なぜか完遂してしまった案件は深刻な問題だが、ひとまず無視する。
それでも、部隊を実用に耐えうる水準に持っていくには数カ月は不可欠。
通例では、半年は与えられたはずなのだ。

こんなにも早く、編成官を解かれる理由が不明確に過ぎる。

「48人になった。上は、これで編成したと見なしている。」

「ええ、編成は終了であります。ですが、まだ部隊としては完成しておりません。」

素人は誤解しがちだが、編成の完了と部隊の完成は同義ではない。
意図的に無視されてはたまらないので断っておくが、相手も端から承知しているに決まっている。
どこまで、厚顔無恥に要求を出すか。
命令ではなく、要求なあたり、最悪の性質だ。一体、どこから出てきた提案だ?
政治が原因だろうが、こんなことまで介入されるとは甚だ不愉快にも程がある。

「兵員、装備。問題はない。」

「御冗談を。現状では、連携訓練、応用教習課程、指揮官基本合意形成すらおぼつかないのが実態です。」

確かに、兵員、装備ともに問題は起きていない。
だが、ここで下手に問題ないと肯定すれば反論の余地もなくなるだろう。
なにしろ、こちらの迂闊な発言をひたすら狙ってくる相手だ。
ここで、口実を与えるわけにはいかない。

「つまり、部隊として運用するには制限があると?」

「当然です。実戦投入には、最低でも半年は頂きたい。」

常識というものは、先入観だ。
だが、少なくとも先入観を形成する程度には理由がある。
言ってしまえば、経験主義上の人間理解も内包されているのだ。
組織を生きたものにするためには、当然のことながら、時間がかかる。

「一か月で大隊を仕上げた貴様だ。明日にでも、前線に赴けると上は信じている。」

「正気でおっしゃっておられるのですか?編成された部隊と戦える部隊は全くの別物です。」

書類の上では、完全編成の2つの部隊は同じかもしれない。
だが、片方が新編直後で、もう片方が戦地帰りだとすれば、差は歴然だ。
同じサラリーマンでも、個人差はあまりにも大きい。
いや、言い換えよう。同じ営業部の営業マンは成績が同じことなどありえない。
絶対に、経験豊富で成果を上げるものと、訓練せざるを得ないものがいるのだ。
こんなことは、人事の常識どころか、組織の常識だ。
先入観というものを排除し、一般原則化すると言っても良い。
つまり、組織にとって、大抵の場合は不可避な時間だ。

「編成後、すみやかに訓練するとしても、錬成期間を設けるのは、常識です。」

「編成され次第投入できるはずもない、か。貴官だからこそ、上は言っているのだよ。」

答えにも、理屈にもなっていない解答。

「単独戦力としての小官をお考えならば、それでもよろしい。」

独りで戦地へ投入されるのもいやだが、単独で派遣されないとわかっているからこそ言える発言。
まあ、確かに、私には戦歴がある。実戦経験も割合豊富な部類だろう。
だからこそ、錬成に時間が不要と判断されるのも、不本意ながら納得いく。
中途採用の様な存在なのだ。即戦力が期待されている。

「ですが、大隊としての戦力発揮を望まれるならば、まったく事情が異なることを御存じのはずだ。」

だが、新卒採用の群れを、まるで即戦力であるかのように期待するのは論外極まる。
もはや、新卒どもを育てる余力が無いばかりか、ベテランがいないと告白するようなもの。
つまりは、末期症状の露呈だ。或いは、ごく例外的なベンチャーくらいだろう。

「・・・少佐。帝国軍には余裕がない。」

「・・・訓練不十分の魔導師大隊を投入せざるを得ない程に、でありますか?」

「大陸軍の魔導師が西方にごっそり引き抜かれたため北方が手古摺っているのだ。」

確かに、西方に魔導師は重点配置された。
だが、それは大陸軍所属の魔導師が大量に移動したからこそだ。
北方軍の魔導師とて少なからず残存する。なにより、協商連合は死に体だ。
北方方面軍だけで、十分に対処は可能。無理に訓練不足の魔導大隊を投入する必要もない。

むしろ、それは資源の浪費に等しい愚行だ。
寝かせておけば価値が上がるワインを駄目にするような愚行。
或いは、チーズの保管を怠るに等しい。

「つまり、北方の安定、それによる余剰戦力を西方に投じる必要があると。それも、速やかに。」

まるで、信じてもいないことだが、北方方面に増援が必要な情勢だと力説する中佐殿。
実に、明白な参謀本部からのメッセージだ。
少佐への内示と、大隊長への辞令。

意味するところは、単純に『戦えると言え』と強制しているに等しい。
さっさと、前線へ行けと言われているのだ。
不愉快にも程があるし、その背後の政治的なメッセージが読めるがために拒めないのが忌々しい。

「行けと?」

「ああ、行ってもらう。すでに標準以上の練度はあるはずだ。」

「標準の大隊をお望みならば、いくらでも融通が効きましょう。」

無駄な抵抗だとは思う。
だが、標準的な大隊ならば、それこそ東部軍からでも中央軍の他部隊でもいけるはずだ。
せめて、何か意図するところを、所在を把握したい。

「それはそうだ。要するに、上は貴様らに戦果を求める。特に、東部軍がな。」

、っ、。
そうか、東部軍か。
求められるは、戦果。
ようするに、費用対効果に疑問の声が出ていると。

まったく、給料泥棒どもが良い身分だ。
無能な同僚ほど厄介な存在が無いというが、これは厄介どころか害悪そのものかもしれない。
一体、何が悲しくて戦争ごっこが大好きな連中に、戦争にいけないと妬み事を言われる必要がある。

それどころか、親切でお宅の部隊は改善が必要だと報告してやったのに。
まさか、それを根に持って逆恨みするとは全く非合理的な対応を言わざるを得ない。
東部軍の人員を再訓練してやっているというのに、その費用対効果に疑問を提起するとは。
まったく、理解に苦しむ思考だ。
私が、なにか問題行動をしているというならばともかく、東部軍のためにも働いているというのに。

「早い話が、錬成費用分を証明せよと。随分根に持たれたものです。」

一体、何がそこまで彼らに無理難題と逆恨みを誘発させたのやら。
いやはや。
そういう事情を呑みこめば、北方への派遣も意味がだいぶ理解できる。
ここで戦果をあげれば、参謀本部もかばってくれるのだろう。
戦果をあげたが、課題点の洗い出しとか言う名目を付ければ時間も稼げる。
一石二鳥の可能性がある。

「良く言う。そういうことだ。実戦演習と思い諦めろ。」

ああ、素晴らしい。
素晴らしいですぞ、レルゲン中佐殿。
わざわざ、実戦演習という実態を暴露してくださるとは。

「了解であります。・・・わざわざお膳立てしていただいた戦場。楽しみにしております。」

「結構。では、改めて。昇進おめでとう。デグレチャフ大隊長。」

不本意だが、派閥人事だ。
これもまた、軍という組織の厄介さではある。
だから全体主義的で視座の狭い同僚など持ちたくないのだが、今回ばかりはまともな同僚のために頑張るとしよう。
そうすることで、軍全体の無理を押しとおす連中の力が弱ることを期待する。
そうすれば、もう少し、私にとってもやり易い時代が来ることだろう。

取りあえずは、北方でピクニックとしゃれこむことにしよう。




あとがき

こんな時間に、更新できるとは。意外と、人間やれば、できるものでした。

m9(・∀・)『鋭気を養って火曜日から頑張りたい』そういう発言があったはずだ!

(`・ω・´)月曜日に更新しないと言ったことはない。キリッ

_φ(* ̄0 ̄)ノ  月曜日に頑張った結果ですね。

(・ω・)ノ うん、やればできるもんだ。では、次回もこうご期待。

たくさんの応援・コメントありがとうございます。

ZAPしてます。
ZAPZAP.
ZAP



[24734] 第二一話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:24
帝都第14駐屯地講堂

「大隊長入室。」

すでに部隊員が集結していた講堂で、第一中隊を率いるヴァイス中尉が立ちあがり声を上げる。
部隊員の敬礼に答礼し、休むように手で促し中へ。
ターニャはゆっくりと中央の台へ上がると、兵員を一瞥し満足したように頷く。

「御苦労。すでに、聞き及んでいると思うが第203遊撃航空魔導大隊を率いることになったターニャ・デグレチャフ少佐だ。」

まったくもって、まったくもって不本意極まる辞令だ。
休養と連携訓練に4カ月。
練度向上用の基礎訓練に2カ月。
合計すれば、最低でも半年は猶予があったはずの前線送り。

だが、参謀本部という権力の中枢が命じてきたことを公然と拒めるほどの実力もない。
そのために、不本意極まることながらも喜び勇んで前線へ飛び出す羽目になってしまう。
聞きたくもない上司のカラオケに付き合わされる新入社員の方が、まだ幸せだ。

こっちは、下手をすれば無能と烙印を押されるのみならず命に関わる。
魔導医療が急激に発展しているとはいえ、死の一歩手前までからしか、生き返ることはできないのだ。
さすがに、魔導技術も魂は造れないらしい。
絶対に、マッド達が造り上げているとばかり思っていたが。

とはいえ、仕事は仕事。
給与明細が改善していることを慮れば、少なくとも給料分は働かねばならない。

「諸君は、これより第203遊撃航空魔導大隊の一員である。皇帝陛下と祖国のために尽くせ。義務を忘れるな。」

「「「はっ」」」」

見事な応答を見て取りあえずひと満足する。

部下が戦争狂の疑いもあるとはいえ、全部が全部そういうわけでもないだろう。
そんな連中は、きっと私のように不満があるに違いない。
人事管理上、彼らに対しては与えられたもの相応の義務があるという事を喚起しておく必要がある。
だが、今回の反応を見る限りは、問題なさそうだ。油断は禁物だが。

曲がりなりにも、帝国だ。
麗しく、尊敬に値するらしい皇帝陛下と祖国のために、義務を尽くしてもらおう。
・・・幸いにも部下は頑強な連中なので、最低限盾になる。

基本的には、一緒に仕事をしても良いと思える程度に優秀な魔導師達だ。

「結構。では、これより参謀本部よりの通達を告げる。ヴァイス中尉。」

さて、細かい事務連絡は副官にやらせることにしよう。
なにしろ、そのためにわざわざ副官という職制が存在するのだ。

「はっ。すでに大隊長より通達されたことではあるものの我が大隊は遊撃大隊となる。」

参謀本部の通達によれば、203は遊撃大隊だ。
つまり、規定の各方面軍割り振りとは全く異なる方式で番号が割り振られたことになる。
皇族護衛を専任とする独立した100番台とことなり、方面軍系の200番台。
まあ、203自体は、たまたま欠番だった203が割り振られたに過ぎないのだが。

ともかく、遊撃大隊として初めから編成された初めての部隊である。
当然のことながら、多くの実験的な要素と教訓を得ることが期待されている部隊だ。
なにより、参謀本部が各方面軍と調整抜きに自由自在に動かせる部隊。
つまりは、使い勝手の良い部隊という性質も有している。

言葉にはされていないが、ある意味では戦略予備に等しい。

「言い換えれば、大隊は常に内線を全力で東奔西走させられるということだ。」

何か問題があれば、即座に投入されるということである。
消防士と言い換えても良いかもしれない。

「つまり、参謀本部は我々を馬車馬につながれた、馬並みにこき使うということだ。喜べ。キャロットは用意されているらしい。」

キャロットが何かとは知らされていないのだが。

「「わっははははははは。」」

笑い始めた部隊。

まあ、笑うしかないだろう。
特別手当の一つや二つで喜び勇んで戦場に誰が行くものだろうか。
士官や将軍の給与は多少ましかもしれないが、兵卒への特別手当などたかが知れている。
むしろ、命の危険を勘案すれば、碌でもない価格だ。
もちろん自由市場制度が確立されていれば、個人の決定の範疇かもしれない。
だが、徴兵制度など全くもってけしからん制度だ。

まったく、今すぐにでも志願兵役制にしてほしい。
もしくは、今すぐにでも退役させてほしいものだ。
もちろん、恩給と将校年金は最低限の条件として。

とはいえ、これは雑念だ。
手を挙げ、ヴァイス中尉に次を促す。

「大隊、傾聴!」

彼の声で一瞬のうちに静まり返ることにわずかに満足を覚える。
少なくとも、指示を守れる程度には訓練もできた。
まあ、軍人なのだから今さらというべきでもあるが。

「だが、タダで餌が食えるほど馬という生き物も恵まれてはおらん。」

誰だって、無意味な出費は望まない。
競走馬ならば、走ることが求められる。
農耕作業用ならば、まあ耕すために力が出せればよい。
種馬ならば、遺伝子を残すため。
そして、馬車の馬だって走るために餌が与えられる。

馬という生き物とて、本質的には餌を恵まれるということは、労働力を提供するということに変わりはないのだ。
人間との違いは、望んでそうしているかどうかという点ぐらいだろう。
もちろん、一番重要な相違点であるのだが。

「当然だが、ある程度仕事ができるという事を証明する必要もある。」

別段、自分が馬になりたいと思ったことはない。
ついでに、養われたいなどということは、人間の尊厳に賭けて思ったことはないのだ。
だが、まったくもって残念なことに私にはそういう資質があると上が見込んだ時、上が養うという判断をしてしまう。

曰く、扶養してやるのだから働け、と。

自由意思が無いとは、全くひどいものだ。

「現在我々は、現在東部方面軍と中央軍の混成だが、これより所属は中央だ。」

政治的なメンツというものは、実に馬鹿馬鹿しい。
合理的に考えることができない政治判断というやつは、政治の限界だろうか。
いや、貴族や皇帝独裁という制度が破綻しているのだ。
民主政治とて集愚に支配されるのは制度上の潜在的な欠陥要素かもしれない。

全くもって、人間とは政治的な動物である。

メンツのない動物の方が、よっぽど合理的かもしれない。
まあ、メンツという概念が動物にあるかどうか未確認故の誤解かもしれないが。

「さて、東部が面白いはずもないらしい。私は恨まれる覚えはないのだが。」

おかげで、デモンストレーションをやらねばならない。
サーカス団のお猿さんとして、芸をやらされるような気分だ。
虐待と思っても良い。
唯一の違いは、おそらくそこにある。
動物たちは、動物の虐待を阻止するための無数の愛護団体が活躍している。
一方で、帝国軍人は虐待だと叫び保護してくれる保護団体はいないということだ。

人間も政治的とはいえ、動物なのだから、多少気を使ってほしいものだ。
もちろん、温情主義的な面々に憐れまれるよりはましだが。

「・・・そういう次第で、我々はピクニックにいける程度には団体行動ができるという事を示すことになった。」

だから、北方方面へ出向き、能力を示すように命じられる羽目になった。
全くもって不本意極まる命令だ。まるで、社内力学の関係で、無意味な出張を命じられるに等しい。
資源と時間の浪費も良いところだ。
自分が、人事権を持っているならば、こういう輩からリストラするのだが。

ともあれ、いらだちは表面に出しても仕方がない。
目線で、許可を求めてきたヴァイス中尉へ鷹揚に頷いて見せる。

「本日18:00より、夜間長距離機動を開始する。各中隊長は集合。飛行プランを提示する。」

詳細な打ち合わせにとりかかろうとしている面々を見やりつつ、何か言葉を吐いておくことにする。
所謂、訓示ということか。
軍人というやつは、とにかくこういう形式的なやり取りを好みがちだ。
時間の無駄という発想よりも、精神的な陶酔を優先するのは感心できない習慣だと言っておこう。

もちろん、組織人である以上行わない理由などないのだが。

「さて、中隊長らがおしゃべりを楽しむ間、短い通達事項を伝えておこう。」

中隊長クラスならば、既に察していてもおかしくない事実。
暗黙の疑念という程度だが、知っていると部隊の心構えも異なるだろう。
別に、機密指定されているというわけでもない話だ。
手短に話しておくことにする。

「大陸軍が抜けたとは言え、北方戦線は本来決着がついていねばおかしい。」

協商連合と我々が一般には呼ぶ国家。
正式名称、レガドニア協商連合は魔導師に関しては後発国だ。
それが、部分的とはいえ帝国と質的に拮抗したのは外部からの援助を示唆している。
当然というべきか、各国は国家レベルでの関与を否定したが、義勇軍の存在は沈黙を保っているままだ。
アウストリア連邦、ファリウス連合王国といったいくつかの国家の関与は確実だろう。

だが、もともと国力で帝国に大幅な遅れをとっている協商連合の魔導師だけでここまで奮戦できるはずもない。
大陸軍の衝撃と、方面軍の圧力を受けてなお、抵抗するほどの力はないはずなのだ。
にもかかわらず、私達はピクニックに赴く羽目になっている。
なにか、別の要素が絡んでこなければこの状況には説明がつかない。

「本来は、ということはだ、何かがある。」

「大隊長殿!?」

退室しかけていたヴァイス中尉が思わず血相を変える。
何を言おうとしているのか、ある程度予想が付いたのだろう。
忌々しいことだが、誰も彼も言葉にして良いことと、悪いことがある。

「ヴァイス中尉、これは私の推察だ。私見に過ぎんよ。」

だから、まあ現在のところ中立国であるアウストリア連邦については沈黙しておこう。
余計な波風を立てるのは本意ではない。
それは、出世に響くし、なにより口が軽いという致命的な誤解を招く。

信頼できないと見なされるわけにはいかぬ。
当然だが、そのくらいの配慮は持っている。

「まあ、諸君。共和国か連合王国か、はたまた何処の誰かは知らないが誰かがお節介をしているということだ。」

全くもって余計なことを行ってくれている。
まあ、国家理性上から考えれば実に合理的な対応だ。
嫌になるくらい、適切な対応と言ってしまっても良い。
国家にとってみれば、通常の国益擁護の範疇だ。

故に、相手を恨むよりもむしろその程度の計算もできずに戦争を始めた協商連合が忌々しい。
いったい、何が楽しくてわざわざ協商連合から帝国に喧嘩をふっかけてきたのだろう。
そんなに戦争が好きで好きでしょうがない首脳陣でも上に抱いていたのだろうか。
まあ、そうだとすればだからこそ帝国にぶつけるために援助されるのかもしれないが。

しかし、よくよくあんな辺境の国家に各国が注目するものである。
国家の担当者らには全く頭の下がる思いだ。
大抵は資源もない地域の利権以外には、認識が及びにくいというのに。

「つまり、我々は全世界の注目を集める部隊で、楽しくハイキングを楽しむということになる。」

そういう意味では、各国の注目を集めている戦場に投入されるということでもある。
当然、失態は参謀本部の激怒を買うことになるだろう。
失敗は、許容される範疇の損害で留まることを意味しない。おそらくは、懲罰的な報復がある。
其れを避けるためには、絶対に模範的な帝国軍魔導士官でなければならない。

故に、誠に不本意ながら、戦場に嬉々として赴かねばならないのだ。
そうしなければ、評価がマイナスになる。

「どうだね?素晴らしいとは思わんか。」

貴様らも、察するだろう?
そういう意図を込めた私の視線に、部隊員も察したらしい。

「最高でありますな。まさか、参謀本部がいきなり晴れ舞台を用意してくださるとは。」

「いやはや。この暑い時期に避暑旅行とは随分と気のきいた辞令であります。」

「参謀本部とは無理難題を言ってくるとばかり思っておりました。本当に、参謀本部からなのでありますか。」

これ幸いと、全員が乗るふりをしてくれる。
いやはや、思った以上に礼儀正しい部下だ。
上司を適切に立てるすべと、こちらの要求するところを良く理解している。
これならば、余計な心配をする必要もないやもしれん。

「よろしい。そういうわけだ諸君。せっかくだ。北方でバイキングといこう。」

せいぜい、戦闘が待ちきれないという表情を上手に浮かべられているだろうか。
微笑みを浮かべることで、吐き出しそうになる悪態を誤魔化す。

「では、解散。」




北方管区クラグガナ物資集積地点防衛前衛部



まったく、最悪の一日だ。
スクランブルで上がったヴァイパー大隊にとっては、まさにそうとしか形容しがたい。

北方で掃討を行っている方面軍の物資集積地点への襲撃。
よりにもよって、航空魔導師による拠点襲撃によって北方方面軍はすでに二度やられている。
辛うじて、前線全般の補給は維持されているがこれ以上は許容できない。
だから、なんとしても襲撃を阻止せよ。

上は簡単に言ってくれるが、まったく無理難題も良いところだ。

「糞ったれ。あれが、本当に協商連合の魔導師か?」

ヴァイパー大隊は、帝国軍の中では標準的な技量だ。
つまり、さほど弱くもないし、別段ネームドのように化け物じみているわけでもない。
だが、魔導大隊としては比較的戦歴の長いベテランだ。
そのために、わざわざ集積地点の防御に回されてしまったのは運が無かった。

「想定より早すぎる!情報部め、何が大したことはないだ!」

事前に渡されていた協商連合の平均的な魔導師の予想水準ではかなり有利なはずだった、
質的増強が行われ、統制射撃などいくつかの戦法が採用されているのは知っている。
だが、個人の技量では圧倒し、空域管制による統制を保った帝国軍に敵うはずがないのだ。

本来の見通しでは。

故に、彼らは徹底的に情報部と適当な報告を寄こした前任者らを恨みたくなる。

戦場の霧と言ってしまえばそれまでだが、苦しむのは常に第一線の部隊なのだ。
だれだって、自分の与えられている前提条件が全く違うとなれば嫌味の一つでも言いたくなる。

「っ、隊長?」

そして、迂闊な機動で敵の射線に捉えられた部下を庇った大隊長が紅い花を咲かせる。
幸い、機動が一時的に乱れたに留まり、乱数回避を取れてはいる。
ブラックアウトにならずに済んだために、命に喫緊の危険性はない、
だが、明らかに見える範囲でも重傷だ。

防殻を撃ち抜けるだけの出力は、協商連合の装備規格であっただろうか。

「・・・ぬかった。すまん、02、後は任せる。」

「了解です。隊長!07、13、貴様らも限界だ。大隊長殿と後退しろ。」

ともかく、指揮権を継承する02はその場で思考を速やかに切り替える。
隊長は継戦が困難。後退には、護衛もいるだろう。
となれば負傷の度合いと消耗の多い部下を付けるしかない。

だが、これで大隊の兵力は半減した。
すでに、一個中隊相当の魔導師が後退している。
その半数近い人数は撃墜された。
協商連合ごときにだ。

集積地襲撃へかける相手の意気込みは並々ならぬ水準らしい。

「CP聞こえるか?こちら、01。ヴァイパー大隊の指揮権変更だ。」

「CP了解。ヴァイパー02、聞こえるか?」

CPの声にもさすがに切迫感が込められている。
すでに、前方に展開していた当直の中隊はやられてしまった。
対魔導師戦闘に有効な対空陣地もほぼ抜かれている。
あとは、集積地付近の直掩防御用程度だ。
多少の迎撃ならばともかく、大規模な敵魔導師の襲撃には到底耐えられない。

「問題ない。こちら、ヴァイパー02。大隊長負傷に付き指揮権を継承した。」

まったくどうしたものか。
ゆっくりと対処方法を考えたいと思うが、神様がいるとすればそいつはあばずれに違いない。

「CP了解。北東エリアより二個中隊規模を斥候が目視。認知圏内への接近は確実。」

「増援?一体、連中にどうしてそんな余力がある!?」

思わず、無線をはずして叫ぶ。
すでに、目前には二個大隊規模の魔導師が展開しているのだ。
撃退した魔導師とて中隊どころではない。
其れを思えば、相手は連隊規模の魔導師を投入しているという事を意味する。

情報部が無能だとしても、それ以前の問題だ。
明らかに、協商連合の兵力にしては過剰すぎる。
どこぞの、列強が介入しているとしか思えない。
少なくとも、共和国は確実だろう。

「ヴァイパー02より、CPへ意見具申。」

こうなっては、ここで突出したまま迎撃を維持するのは困難だ。
損耗の拡大を甘んじて受け入れるよりは、多少の損害を覚悟しても再編が望ましい。
そう判断し、02はCPを呼び出す。

「我が大隊は損耗が激しい。これ以上の迎撃は困難。即時後退の許可を。」

後方に下がった魔導師と、集積地点付近の防御陣地。
これらと連携すれば、損耗したヴァイパー大隊でも辛うじて最大限迎撃戦は戦える。
集積地点に損害が生じる可能性は高まるが、他に迎撃できる選択肢もないのだ。

残存魔導師だけでは、各個撃破の対象でしかない。
ならば、せめて余力を残した大隊残存部隊と合流し、支援を受ける方がまし。

「CP意見具申は了解。上級司令部と検討する。5分待て」

本来であれば、5分という数字は素晴らしく効率的だ。
官僚的なCPが事態を認識している証拠でもある。
だから、喜ぶべき迅速な対応なのだろうが、前線に立つ身からすれば5分もか、と思わざるを得ない。

300秒だ。
その間に、何度敵の攻撃をかわし、応戦することになるだろう?

「なるべく早く頼む。前衛はすでに満身創痍なんだ。」

迎撃を任されているとはいえ、さすがに損耗が限界に近い。
持久防御を優先したとしても、そう長くは持たないだろう。
ともかく、何とか後退許可が出るまでしのぐしかない。
・・・その判断は、合理的ではあったが許されなかった。

「中尉殿、二時方向に機影多数。爆撃機です!」

警戒に従事していた部下からの悲鳴交じりの報告。
まったく、最悪な時に、最悪な連中が顔を見せる。
悠々と高空を飛ぶ存在。

北方戦線ではほとんど確認されていない筈だった爆撃機。

「っ、高度は!?」

「9500はあります!」

一分の望みが込められた疑問への解答は無情だった。
高度9500。
戦闘機と魔導師という天敵に追われた爆撃機は、その生存方法を高度に依存することにした。
当然ながら、その防御装甲は強靭だ。
あまりある高度差と装甲で守られた爆撃機を迎撃するのはそもそも魔導師には負担の大きい任務となる。

しかも、それは何ら他の妨害がないという奇跡的な条件下での数字だ。
二個大隊と交戦しながら、爆撃機を迎撃しろとは、不可能な命令そのもの。

「ヴァイパー02より、CP!至急だ。」

「こちらCP。ヴァ、」

「爆撃機を複数確認。高度9500と推定。迎撃は困難。直ちに集結中の友軍部隊を出撃されたし。」

いったいどうした?
そう、呑気に問いかけてきそうなCPの言葉をさえぎりまくし立てる。
爆撃機は機動性こそ鈍重だが、速度はかなりある。
戦闘機が250程度だとすれば、あれは200から、220程度。
魔導師の速度がだいたい230程度だ。
無理をすれば250にも対抗できるが、そうなればほとんど真っすぐにしか飛べない。

敵の本命は爆撃機による爆撃と、魔導師の二本立て。
全くもって忌々しいことに、対抗手段は確かに限られる。

「爆撃機?規模及び方位知らせ。」

「我々から見て、二時方向。機影は20程度。」

たった20機とはいえ、大きい。
集積地の燃料だ。焼夷弾で焼かれれば、大惨事となる。
当然、相手もそのことを見越しているのだろう。
だからこそ、魔導師どころか爆撃機まで持ち出してきた。
まったく、ご苦労なことだ。

「CP了解。迎撃は可能か。」

できるものか、と吐き捨てたくなる気持ちを抑え込む。

「難しい。高度が違いすぎる上に、敵魔導師部隊が排除できていない。長距離狙撃は困難だ。」

ようするに、無理にきまっているということだ。
通常の条件下でも、高度差3500では敵爆撃機排除を行うのは困難。
部隊が完全充足の状況で、統制射撃を行えば、或いは、という程度の可能性しかない。

まして、敵魔導師部隊と交戦しながらとなると全く不可能な領域の話となる。

「・・・クラグガナ集積地を爆撃されるのは断じて避けたい。案は無いものか。」

「我々が全滅したところで、迎撃は無理だ。」

縋るようなCPの確認だが、無理な話は無理な話なのだ。
できることと、できないことがあり、自分達はできることを最大限行っている。
これ以上は、全く別次元の要求でしかない。

さて、全滅覚悟で、抵抗しろと言ってくるだろうか?
完全に皮肉な関心すら生まれてくるが、随分と自分も達観しているらしい。
さすがに、ここは覚悟を決めるべきかもしれん。

そう思った時だ。

「了解。・・・何?本当か?」

囁かれる声と、怒号。
そして、司令部内でのざわめきの声。
なにかが、何かが司令部内で起きている。

「CP?どうした、CP?」

「CPより、ヴァイパー大隊。直ちに後退せよ。」

有無を言わさずに、CPが口にしたのは待ち望んでいた後退命令。
だが、この状況下であっさりと出されるとは。
いったい、何があったというのだろうか。

「後退許可?ありがたいが、大丈夫なのか。」

「喜べ、援軍だ。大隊規模で現在エリアB-3より急行中。合流後、援軍の指揮下に入れ。」

援軍?
まったく、いったいどこからそんなモノが湧いて出てきたというのだ。
予備部隊があるならば、そもそもここまで苦闘する羽目にもならずに済んだものを。

「援軍など初耳だ。そんな余力があるなら、最初から出せばよいものを。」

「中央軍からの急派組だな。コールサインはピクシー。」

恨み事を聞き流し、伝えられる情報。
中央軍から増派された部隊ということは、到着早々巻き込まれたということだろう。
大方、予定よりも早めに着任した部隊をこれ幸いと司令部が放り込んだに違いない。

「しかも、喜べ。増援部隊指揮官はネームドだぞ。」

思わず、口笛を吹きたい衝動に駆られる。
素晴らしい。
全く素晴らしい贈り物だ。

大隊規模の援軍にネームド。
通常ならば、拍手をして歓迎したいほど恵まれた増援だ。

「ヴァイパー02了解。随分と豪勢な援軍だ。」

確かに、後退許可も出されるだろう。
納得の増援だ。惜しむらくは、もう少し早く出て来いという事。
まあ、まったくの筋違いだとはわかるが。

とはいえ、奴らが早めに出てくればここまで苦労する事もなかったのだ。
救援への感謝と遅刻への恨み事をそれぞれ一言はいわねば気が済まない。

これで、戦闘機の増援もあれば完璧だろう。
少数とはいえ、迎撃用の戦闘機もしばらくすれば出られるはずだ。

「戦闘機隊の発進は?」

「・・・無用と判断された。」

だが、問いかけへの答えに思わず愕然とする。
戦闘機が、無用?

「は?」

一体何を言っているのかと尋ねたくなる。

「気にするな。ともかく、合流を急げ。」

「・・・了解。」



北方方面司令部


頭を抱えて戦局図を睨みこんでいた参謀らが、あまり聞きたくない知らせを耳にしたのはその時だった。
中央の参謀本部から、一片の通達。危機にひんしている補給線問題に対する中央の解答はシンプルだ。
曰く、「援軍ヲ派遣。テダシゴムヨウ」。

「参謀本部め。前線にまで、余計な口出しとは。」

まったく、人を馬鹿にしたようなせりふだった。
観測所からの報告によれば、確かに大隊規模の航空魔導師が急速接近中ではある。
なるほど、確かにすばらしい増援だ。
要請してから直ちに派遣されたところをみると、即応という概念は偽りでもないらしい。

だが、増援を出す時に手出し御無用とは、前線に対する過剰な干渉に等しいはず。

「いや、大陸軍を引き抜く代わりということは考えられませんか。」

それでも、視点を変えてみれば借りを返す機会でもある。
中央にしてみれば、完全な決着のつく前に大陸軍を引き抜いたという負い目があるだろう。
プライドの高い連中が素直に頭を下げてくるとも思えない。
だから、こちらの失態に付け込むとまではいかずとも、相殺する程度は考えているはずだ。

「・・・恩を売るつもりですかな。」

「だが、テダシゴムヨウ?いい度胸だ。」

それにしても、テダシゴムヨウとはよく言ったものだ。
こちらに恩を売りつけるにしても、そもそも北方の物資集積地点が危機にひんしているというのに。
大した自信だ。下手をすれば、北方の兵站事情が極めて追い込まれるというリスクを勘案したのだろうか。

「北方の補給線が危機に面しているというのに、大した自信だ。あやかりたいものです。」

いっそ、傲慢ともいえる中央からの通達。
本当に、大したものだと思わず口にしてしまうのは現場とすれば当然の反応に過ぎない。

だが、その彼らをさらに唖然とさせる知らせがもたらされる。

「第203遊撃航空魔導大隊より入電。ピクシー大隊です。」

接近中の増援部隊からの入電。
通例ならば、コールサイン通達などの事務的な連絡に留まる。
だが、もちこんできた通信兵が読み上げることを躊躇しているのだ。

「いいから、読みあげろ。」

不審に思った参謀が促し、ようやく通信兵は口を開く。

「援軍ゴ無用。ヴァイパー大隊ヲ直チニ後退サレタシ。」

援軍ご無用?
つまり、現在まで迎撃戦闘を展開していたヴァイパー大隊を下げろということか。
まったく大した自信というよりも、自信過剰というべきに違いない。
二個魔導大隊とさらに爆撃機を含む増援。

強行軍で進撃してきた魔導大隊の手に負えるとは到底思えない。
そんなことも理解できない大隊長旗下の部隊に任せる?
それこそ、論外としか言えない。

「・・・迎撃用の戦闘機はいつでも上がれるのだな?」

「格納庫にて待機中です。命令があり次第、いつでも出せます。」

幾人かの参謀は、咄嗟に独自の迎撃策を練り始める。
少数とはいえ、戦闘機を出せばある程度爆撃機への牽制にはなる。
もとより、魔導師で劣勢である以上魔導部隊対策は必要だ。
だが、爆撃機の侵入阻止は自前でできることをしておきたい。

「出すべきでは?いくらなんでも、不味い。」

「いや、命令だ。さすがに、これ以上は。」

“独断専行となってしまう。”
その一言は飲み込まれているが、参謀たちの懸念を一番集約している。
命令もなく、行動をするのは参謀らの権限に含まれていない。
彼らは、作戦の立案が仕事であって、決定を下す立場ではないのだ。

その苦悶を解放したのは、皮肉にもピクシーだ。

「管制機、ピクシーを確認。機影48、速度250、高度・・」

報告にあったピクシー大隊の接近を上空で警戒中の管制機が感知。
報告される速度は、実質的に限界速度と見なされている250だ。
その速度を維持しつつ、編隊飛行ができるとすれば練度は高いだろう。

「随分と早いな。うん?高度はどうした。」

わずかに、これは期待しても良いのか。
そう心が傾いた参謀らが、高度の情報を求める。

「高度、7500?いえ、なお上昇中です・・・。」

「何だと?」

「間違いないのか?戦闘機ではないんだぞ。」

高度6000という常識。
いくら、データとしては8000までの到達記録を知らされていようとも実戦で見るまでは別なのだ。
技術者の可能という数字と、現場の一線部隊が示しだす数字は全く重みが異なる。
軍人という人種は、新機構、新兵器、新技術というものをとことん疑い抜く。
それだけに、目の前で示される結果に対しては謙虚にならざるを得ないのだ。

実戦で証明された事実は、それほどに重い。

「間違いありません。ピクシー大隊は、現在高度8000へ。」

「っ、増速します!速度300!?」

さらに、信じられない数字が跳ねあがる。
実質的に、技術試験機が叩きだしたに等しい高度と速度。
それを、編隊飛行を維持したままで第一線に戦闘加入する部隊が示しているのだ。
事実であるとすれば、まったく別次元の能力を持つことを示しているデータとなる。

これが、事実だろうか?
なにしろそうだとすれば、すべての部隊が軒並み旧式化するほどの隔絶した性能差なのだ。

「管制機のデータ観測は正常なのかっ?」

「他に異常は見られません。すべて正常です。」

思わず、信じがたいという表情を浮かべた参謀ら。
何が、とは言わないが思わず言葉にしがたい衝撃だ。

「・・・参謀本部は、規格外の切り札を持っているようですな。」

「全くだ。規格外も良いところだよ。」

唯一、言えることはこれが味方であって良かった、ということだろう。
本当に、規格外の増援としか形容しがたい。


あとがき
・ω・)今日も更新。明日も更新?

皆さまへの公約です!(`・ω・´)キリッ

公約って、守られるの?ヘ(´ー`*)

(∩゚д゚)アーアーきこえない・・。

台風次第です(-_-;)

そんな感じですが、次回にもご期待ください。
ZAPしました。
ZAP



[24734] 第二二話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:27
『11番目の女神』について、ロンディニウム・タイムズのジェフリー特派員は一つの仮説をうち立てた。
それについて、ジェフリーはあまり愉快な予想ではないが、ありえる話だと語っている。
今日は、戦場の噂に過ぎないのか、それとも真実なのかについて議論したい。

我々が『11番目の女神』について尋ねた軍関係者は何れも、この存在についてコメントを拒否した。
本来であれば、否定するなり、肯定するなりするはずなのだが、一切を語りたくないというのだ。
それは、あまりにも頑なな拒絶である。

『軍の恥ですか?』

そう訊ねた時のことだ。
それまで、沈黙を維持していた一人の退役将官がテーブルをたたき割る勢いで殴り付けていた。
立ちあがった彼の表情は、鬼もかくやという形相。
私達は、思わず後ずさってしまう。それほどに、退役将官の激怒は凄まじかった。

『戦場を、戦場を知らぬ貴殿らには、絶対に理解できない世界があるのだ!』

彼は、私達を一喝すると話すのも不快だ、とばかりに席を蹴るように立つ。
奇妙なことに、同席していた他の退役将校らも同時に席を立っていた。
まるで、彼らの沈黙が総意を表しているかに思えるほど、気まずい雰囲気だったことを告白する。

さて、ここまでの話は事実だ。
だが、私達が見た事実だけで真実を語るのでは、何も見えてこないだろう。
そこで、ジェフリー特派員の持ち込んだ情報と彼の仮説を議論したい。

ジェフリー特派員は、『11番目の女神』が初めて連合王国によって確認された場所を西方ではなく北方だという。
何故だろうか?
大戦末期の北方反攻作戦に至るまで、連合王国は常に西方戦線に傾注していた。
にもかかわらず、西方にいたはずの『11番目の女神』を何故連合王国は北方で確認したのか?

答えは、実に単純だという。
参戦前の時点で極秘裏に、レガドニア協商連合へ部隊が派遣されていた。
そう、連合王国が宣戦布告なき戦争加担行為を行っていたというのだ。
今までも、囁かれていた噂だが間違いないらしい。

資料の裏付けも万全。
連合王国資料室は、かなり手強い相手であったが、既に資料の開示に合意している。

何が起きていたのか?
その探究の過程で、我々はこの事実を発見した。

それによれば、共和国と帝国が激突している最中に連合王国は介入を決断したらしい。
連合王国防衛委員会が、将来の敵情調査を目的として実戦情報の収集を勧告。
これを受けて、少数の魔導師部隊を主力とした『義勇軍』がレガドニアへと派遣されていた。

国際法の批判をかわすために、退役した将兵が、『自主的』かつ『独断』で志願した『義勇軍』。
その内訳は、今なお資料開示を拒絶されているものの関係者の話では魔導師を連隊規模で派遣したようだ。
当時の連合王国は中立国である。
そのために、戦争中盤のように魔導師戦力が切迫していないとはいえ、大した規模の『義勇軍』だ。

当然、政治的なごたごたも随分と見られる。

そして、『義勇軍』はかなり手ひどくやられたらしい。
これが、一番致命的だった。
表に出せない秘密裏の介入と、貴重な魔導師戦力の消耗。

『11番目の女神』について、言及されるのはここからだ。

これが、原因であると『義勇軍』の指揮官が報告書をまとめている。
さて、ここに至って『11番目の女神』は人だろうか?それとも、何か特定の用語なのではないか、という疑惑が私達に生じた。

ジェフリー特派員の意見は、シンプルだ。

「補給と兵站の致命的不足」きっちり、11文字である。
要するに、上への不満を明記されるわけにはいかないという事情らしい、というわけだ。
まさしく、『軍の恥』ではないか。
補給を訓練に置き換えても良い。ともかく、組織上の欠陥を隠蔽したいのではないか?
ジェフリーの主張はこのようなものだ。

正直に言えば、私は同意できない。
西方戦線に従軍記者として参加した記憶から言えば、補給はまあマシだった。
訓練も、まあ見た限り悪くないように思う。
もちろん、一記者だが、長く取材しているのだからある程度の推察はできるはず。

なにより、西方戦線の消耗は異常だった。
いや、異常が日常になるほどの別空間ともいう。
あんな世界で暴れまわる悪魔がいても不思議ではないのだ。

おかげで、私達の議論は平行線だ。
まあ、政府の権力監視ということを旨とするロンディニウム・タイムズ。
対して、海外からのニュース提供を得意とするWTNでは、見方が違うのかもしれない。

ともあれ、私達はこのことを継続調査していきたいと思う。
なお最後に、素晴らしく理解ある妻を持てたことを幸福に思うと付け加えたい。
では、また来週。

※アンドリューWTN特派記者




連合王国義勇軍前線司令部

「ネームドです!西方で確認されたネームドが現れました!個体照合、ラインの悪魔です!」

観測兵が驚いたような声を上げ、司令部の注目を一瞬のうちに浴びる。
眉唾ものと思われていたネームドの出現情報だ。
曰く、デスゾーンを容易に飛び越える。
曰く、ネームドの中隊を単騎で屠る。
曰く、空間を歪曲させるほどの干渉式を使える。

共和国軍担当者から情報を受け取った時、何かの冗談に決まっていると笑ったものだ。
帝国軍の技術水準が高いのは事実だが、これは無理がありすぎるだろう、と。
連合王国の分析では、存在自体が疑問視されていた。

だが、さすがに観測兵が感知したとなるとやや疑わしい情報も見直す必要がある。

「実在したのか?共和国軍の連中、白昼夢を見たものだとばかり思っていたが。」

何かの間違いなど、良くある話。
戦場では、誤報など当たり前の話である。
故に、せいぜい誤報だろうとおもっていた士官連中もさすがに騒ぎ出す。

幾人かが、分析班を叩き起こすべく受話器に飛びつき、もう幾人かが上級司令部を呼び出し始める。

「魔力で同定。間違いありません。急速接近中。」

さらに、複数の観測兵が魔力で同定。
間違いなく、登録されている魔力反応だと分析。
単独の検知であれば誤報もあり得るが、ここに至っては実在が事実と認められる。

「敵増援は大隊規模。記録にない部隊です。」

加えて、複数の大規模魔力反応。
規模から察するに、間違いなく大隊規模。
下手をすれば、増強大隊規模の魔力反応だ。

随分と、思い切り良く増援が出されている。
しかも、その魔力傾向が過去の記録と一致しないということは、新手だ。
帝国軍の連中が、新手の魔導大隊を出して来たという事実は大きい。

「データをとるぞ。レコーダーは回しているな?」

「事実なら、単騎で中隊を屠るような化け物ですよ。ぬかりありません。」

簡単な軽口を叩きながら、情報士官は目の前に映し出される情報を分析する。
魔力傾向に見覚えのない部隊だ。なにより、西方で未確認ながらも存在が噂されたネームドが実在したのが気にかかる。

「傍受はできているか?」

「だめです。未知の暗号・通信形式です。少なくとも、ライブラリには存在しません。」

だが、ある意味予想通りの返答。
解読とまではいかずとも、ある程度の形式は記録がある。
そのため、通信波長を傍受することによって大凡の所属程度は予想可能。
しかし、まったく未知の暗号・通信形式となればいよいよ新手だ。

「司令、少なくとも新手です。過去の北方軍とは共通点も見当たりません。」

「結構。管制機を上げたいところだがな・・。」

苦笑を浮かべる面々。極寒の地に送られたとはいえ、その表情は陽気なものだ。
彼らは知っている。余裕のない戦争など、今さらだという事を。
同時に、政治的な制約によって様々な制限があることもだ。
取りあえず原因に関係のありそうな神と悪魔を一通り罵り倒した後に、受け入れている。

「さすがに、管制機を持ちこむわけにはいきませんしね。」

「そういうことだ。前線に注意喚起を。」

「了解。」

見事な敬礼をしたCP将校が無線機で指示を叫び始める。
敵情判断は難しい情勢ではあるが、少なくとも後方には精鋭が集められていた。
将来の対帝国戦をも見据えた上での派遣。
そのためにも、各種経験と教訓の収集が望まれているのだ。

「しかし、驚きだ。まさか、300近い速度で飛んでくる大隊があるとは。」

実際、幕僚の大半がありえないと否定したネームドが実在している。
つまりは、戦場の空気を読めていないのだ。
大規模な実戦経験の欠如は誰もが痛感している。

戦場の情報は、正に職人のみが分析できるものだ。
情報の仕事は、教えてくれと言ったところで、誰も教えてくれない。
まして、専門の教科書なぞあるわけもないし、よしんばあったとしても役には立たない。

「・・・話半分くらいには覚悟するべきかもしれませんね。」

故に、派遣された将校の多くは経験を積ませるための情報将校だ。
彼らの多くは、この派遣目的が純粋に自分達を教育するためのものだとは知らされてはいない。
だが、それを察する事もできない程度の奴は時間と資源の無駄遣いとして強制帰還させられている。

それだけに、彼らの多くはありえないと思いつつも、客観的な情報分析を始めていた。
だからこそ、危機感を抱くのだ。
例え全てが大げさに誇張されているとしてもだ、ネームドである。
まして、増援部隊は大隊で増強大隊の可能性も濃厚。
単純に見ても、大規模な大隊による迎撃だ。
楽観視できる状態ではない。

「例のネームドが、中隊を一瞬で吹き飛ばすと?さすがに連隊相手では無理だろう。」

仮に、仮に中隊を相手にできるネームドがいたとしよう。
だが、数は質を圧倒し得る。故に、ネームドはまだ対策できなくもない。
単独であれば、さほども問題視されずにすんだであろう。

「だが、大隊は無視できない。速度から察しても、かなりの練度だろう。」

「対するこちらは、数こそ多いとはいえ混成部隊。・・・厳しいな。」

しかし、純粋に数だけ見れば新手の増援は深刻な脅威となる。
連隊に対して大隊と言えば、大した脅威とも見えないかもしれない。
だが、連隊は消耗しており、相手が増強大隊だとすれば事情は異なってくる。

「共和国、連合王国、協商連合、いずれも戦闘ドクトリンが全く異なる、か。」

なにより、彼らは寄せ集め。
連合王国・共和国が極秘裏に共闘しているために、共有できていないものは少なくない。
協商連合に泣きつかれ救援を望む共和国と、対帝国戦情報収集を意識している連合王国の足並みは多分に乱れている。

「協商連合はともかく、共和国は数が多い。分断されかねません。」

そのため、共和国と協商連合はともかく、連合王国は戦闘に際しても戦力温存となりがちだ。
兵器テストの意味合いから、輸出したという態で爆撃機や戦闘機を持ちこんでいるが。
だが、基本的に可能な限り消耗を避けたいというのも本音である。

「なにより、時間をかければ再編された大隊の来援もあり得ます。」

その『義勇軍』にとってみれば消耗の多い突破は望むところではない。
なにより、時間が経過すれば帝国に増援も予想される。
つまり、益が乏しい割に苦労が多い。本音で言えば、後退したいところですらある。
だが、ここまで犠牲を払って敵兵站線を撹乱してきたのも無視できない。

「最悪、爆撃機だけで拠点を叩くことになるか。」

故に、最低限の目標達成の手段として爆撃機へ期待がかけられる。
燃料の集積地に対する爆撃だ。
少数の攻撃成功でも、大きな戦果が期待できた。

「反対です。邀撃戦闘機が出てくれば、無視できない損害を被りかねません。」

「軽快な魔導師相手ならばともかく、高速爆撃機ならば振り切れないか?」

「すでに、共和国が試して大やけどしている以上反対だ。」

だが、同時に相手の防御も無視できない。
つまり、不本意ながらも彼らは成果を出すためにも攻めざるを得ない立場にある。

「だとすれば、敵魔導師の排除はどの道必要だ。」

「問題はネームドと未確認大隊の能力。潰せればよいのだが。」

そう呟いた時、運命の女神はいたずらなことをする。
20キロ以上先の前線を管制するための簡易指揮所。
協商連合軍の隠蔽された管制施設を引き継いで使用している彼らは失念していた。

魔導師にとって、20キロという数値は、別段さして遠くもないのだという事を。

「何?本当かそれは!?間違いないのか!」

突然、管制任務に従事していたCP将校が立ちあがり、血相を変えて無線機にまくし立てた。
直後に、幾人かの情報将校も血相を変えて立ち上がる。

「α大隊より、緊急通信。退避勧告です!」

「機器を落とせ!逆探されている!」

それぞれが、叫んだのはほぼ同時だった。

「ネームドより高魔力反応!魔力砲撃術式急速展開中!」

さらに、観測兵が悲鳴の様な声を上げ、狂騒がさらに拡大する。
逆探された?α大隊より、退避勧告?・・・高魔力反応!?

「そんな!?何キロあると思っている?」
「退避ィーー!!!退避ーーー!!!」

思わず、否定しようと叫び声を上げる馬鹿を蹴り飛ばし、幾人もの将兵は退避壕へ駆け出し、直後に吹き飛ばされた。


高度9500 集積地点前方交戦地域


「朝日のごとく 御光をもて 暗きを照らし 今ぞ生まれし 主をたたえよ」

収束する魔導砲撃術式。
28センチ砲並みの貫通力と破壊力を込めた魔導砲撃を繰り出す七層の制御式が空間に飛散し消滅。
莫大な光量が、一瞬戦場で輝き、直後に盛大な着弾音が空間に轟く。

「観測波の消滅を確認!敵観測部隊、排除完了。」

同時に、ノイズ混じりながらも観測手を務める軍曹が着弾と効果を報告してくる。
言うまでもなく、命中は確実。加えて、相当の打撃も確かに与えているに違いない。
いずれにしても、魔導師戦闘の基本である敵観測要員の排除は実に順調に行えた。
素人なのか、盛大に強力な観測波を飛ばしまくっていたのであっさりと発見。

こそこそと基本的にパッシブ受信のみに専念している共和国軍に比較すれば、随分と楽に見つけられた。
協商連合の質的欠陥は未だに改まっていないらしい。
高濃度の魔力空間に対して観測波をアクティブで出すなど、長距離を取れる管制機くらいしか行わないものだ。

よっぽど間抜けだったのだろう。

砲撃術式を展開したターニャは、実に単純ながらも経験からそのように判断した。
ひとまず、運があったらしい。
そう判断し、小さな手を握り締めて、幸運を噛みしめつつ状況を判断する。

「敵通信量激増しました。砲兵隊からのコールを確認。おそらく、前方斥候と思われます。」

同様に、観測に専念していた部下からの報告もその判断を強化する。
間違いない。
紛れもなく、前方斥候と観測班は吹き飛ばせた。

そう判断し、ターニャは手にしたライフルを意気揚々と振りかざす。

「よし、間違いなく観測班は潰せたな?では、仕掛けるとしよう。」

数的劣勢環境下で交戦など、本来は断固としてお断りしたい。
だが、相手の観測要員を潰せたということが、事態をだいぶ楽にする。
空戦中の部隊は、通常ばらばらになりがちだ。
いくら、統制のとれた部隊であっても乱戦になれば全体の様子を見渡すことなぞ叶わない。

それを防ぐために管制機が飛ぶが、それと同様に重要なのが前線の航空観測官だ。

「ピクシー01より、大隊各機、敵観測班は排除。」

その観測班が間抜けにも位置を自ら露呈。
ものはためしと、砲撃してみればあっさりと吹き飛んだらしい。
こうなれば、敵は統制のとれた大部隊ではなく単なる群衆も同然。
CPの支援もない魔導師なぞ、個人戦を戦っているに等しいのだ。

「目標は高度6500、数およそ準連隊規模。うち二個中隊が後衛。爆撃機複数を認む。」

なにより、敵がいい具合にばらけているのはパーフェクトだ。
前衛の二個大隊はある程度消耗しているらしい。
本来であれば、観測班の誘導で新手の二個中隊が増援として参入するところだ。
だが、今となってはよくわからないうちに連絡が吹っ飛んだに違いない。

経験則上、共和国や協商連合の魔導師は集団戦に特化しすぎているきらいがある。
そんな連中だ。
何故か知らないが、地獄の様な特訓に嬉々として耐えきったうちの軍人たちなら圧倒できるだろう。

まあ、最低限、私の足は引っ張らない。
だから、盾としてくらいは全くもって問題なく活用できる。
加えて、素晴らしいことに今回は敵爆撃機まで存在しているようだ。
こいつらを撃墜すれば、空軍のエースにもなれるだろう。
そうなれば、確か規定ではいくつかの昇給と優遇措置も期待できた。

いや、実にすばらしい。
珍しく、ブルーオーシャンに等しい環境だ。
日ごろの行いが良いからこそ、このように恵まれた環境が産み出されたに違いない。
たまには、運命の因果律とやらも私に味方するようだ。

「第一、から第三中隊は、前衛部敵二個大隊を撹乱せよ。第四中隊は私に続け。」

なにより、大義名分がある。
私は、大隊長。
つまり、部下を指揮する者。
言ってしまえば、自分で戦うこともあるよね、程度のレベル。
面倒な敵部隊を排除させる仕事は、部下に押し付けても良い。
むしろ、そのための部下だ。
より重要な問題を考えるためにも、部下には頑張ってもらいたい。
少なくとも、諸君には相応の投資を参謀本部が行っている。
私が、無能と判断されるような事態をここで招くのは避けたいところ。

もちろん、勇猛果敢と判断されてさらに激戦地送りとなるのも避けたい。
だから、バランス人事だ。
難しいところは、部下にやらせる。
そして、その功績を讃えて、厄介事をそちらに送り込むことにしよう。
なに、適材適所の極みである。
戦争が大好きな彼らならば、きっと喜んでくれるに違いない。
私は、良い人材の発掘と推薦という功績で以て後方に下がるつもりだ。
これこそ、理想のWin-Win関係。
実に、素晴らしいと言える。

「敵後衛及び爆撃機を叩く。その後、混戦中の二個大隊を背後より挟撃。」

とりあえず、こっちは中隊連れて後方に回り込むことにする。
危ないところはできるだけ避けたいところ。
つまり、迂回という名目で、毒見をやらせるようなものか。
敵が想像以上に強ければ、迂回奇襲中断、友軍救援という名目で攻撃をやめて帰るつもりだ。

保険も万全と言える。

「戦闘計画は以上だ。ただし、諸君。」

ついでに、如何にも戦意旺盛な前線指揮官であるかという事をウォッチングしている東部軍にも示す。
こうしておけば、軍隊だ。
声の大きい、攻撃思考の積極的果敢な指揮官に対する理由のない批判は沈黙するだろう。
声が大きいつじーんを見たまえ。
まともな人材を十把一絡げに使い潰し、大いに災厄を振るったにもかかわらず出世できている。

「諸君のノルマは、足止めだ。だが別に、私を待つ必要はないぞ?倒してしまっても一向に構わん。」

不味くなったら、保身のためにつじーんドクトリンを採用するとしよう。
幸か不幸か、あの御仁、戦後にも戦犯として指名されるのを見事に逃げ切った。
あの随分とずうずうしい神経は真似できないにしても、いくばくかは学ぶところもあるのだろう。

彼もまた、出世の鬼として修羅道に墜ちた企業戦士となったに違いない素質がある。

まあ、さすがに人間としてああまではなりたくない。
私のように、善良な一介の市民には少々無理な世界だ。

とはいえ、やるべきことをやる参考にはなるだろう。

「なお、帰還後の祝賀会は一番成績の悪い中隊長の奢りとする。25年物を発注した。破産したくなければ奮闘するように。」

ともあれ、趣味でよいワインを飲む名目くらいは探しておく必要がある。
なんでも、つじーんは不適切支出の監査にうるさく、そこから弱みを握る男だったともいう。
そこから学ぶことは、企業も大して変わらない。
交際費は不適切に使うと、出世に響く。
だから、ここは部下の金で呑むことにする。もちろん、ここに大義名分付きで。

「「「「了解」」」」

「よろしい。では、諸君。皇帝陛下と祖国のために義務を尽くせ。」

ちっとも敬愛できない皇帝陛下及び、税金分の福利厚生は期待したい祖国だ。
だが、少なくとも軍人恩給と諸手当を払ってくれることを約束している祖国でもある。
悲しいことに、どうも第一次世界大戦時のドイツじみた戦略的位置にある祖国でもあるのだが。

ああ、なんて悲劇なんだろう。
まるで、倒産が確定したような会社にいる気分だ。
ちっとも勝ち馬に乗れる状況ではない。
早期依願退職して、別の優良企業に乗り換えたいところだ。

しかし、戦争やっている最中に裏切るのは非常に厄介な問題が付きまとう。

誰が、こんな人間を信用するだろうか?
合理的に考えれば、裏切る行為に見合ったリターンは期待できない。
すでに、散々戦争で殺し合っているさなかに、保身を目的とするのは難しいのだ。
立場的には、狙撃兵に近いものがある。
戦争が終わって、無事に復員できればまあよい。

だが、万が一戦場で投降する事にでもなれば、その場で射殺されかねん。

「頭の足りない協商連合その他に教育してやろう。言葉ではわからん連中だ。」

実際、以前共和国軍に降伏勧告を行ってみたが、全く話が通じなかった。
酷いことに、経済的合理性のかけらもない連中だ。
そんなに戦争が好きで好きでしょうがないなら、国を半分にして自分たちでやればよいのだが。
よっぽど、他の人間を巻き込むことが共和国や協商連合は好きらしい。
本当に、良い迷惑だ。

一般人の迷惑もしばしば考慮してほしいものである。

「奴らに、天上の世界から鉄槌を下してやろう。如何に自らが無力なのか諭してやろう。」

こちらが、御空の上からのんびりまったりと攻撃できる立場になければ本当にたまったものじゃなかった。
今だからこそ、余裕をふかすこともできるが、本当に心臓に良くない。
こんな小さな体であることに感謝を覚えるのは、せいぜい的が小さくて当たりにくいだろうと思う時ぐらいだ。

えらい人は、“偶々当たるから弾というのだ!”というそうだが、偶々でも当たりたいものではない。

「第一、第二、第三の各中隊は先行しろ。我々は、迂回し、後方を叩く。」

まあ、そういうわけだ。
一番危ない一方で、功績が抜群のところは希望者を送ってしまうに限る。

「「「了解。祖国と大隊長に栄光を!」」」

「貴官らに武運のあらんことを」

いやはや、よっぽど戦争に飢えているらしい。
想像以上に、部下はやる気に満ち溢れている。
実にすばらしい模範的な勤労精神だ。
彼らが戦争などという非生産的なことに専念していなければ、是非ともリクルートしたいほどにすばらしい。

まったく残念だ。
これだから、悪魔の存在は証明されるのである。
神が本当にいるとすれば、かくまでも不適切な資源配分は行われないに決まっている。
市場原理こそが、唯一の正しい道なのだ。
見えざる手は、市場にのみ存在するという。
これは、実に残念でならない。まったく、世の中は難しく出来ているものだ。

「第四中隊、高度を上げろ。迂回し、増援と思しき二個中隊を叩く。」

ともあれ、仕事に際してはやるべきことをやろう。
増強大隊ということは、4個中隊編成。つまり、実質的に大隊+中隊である。
大隊で二個大隊を迎撃し、中隊は二個中隊にぶつける。
実にシンプルな比率だろう。とはいえ、個人の力量を活用するという点では、後者の方が楽だ。

つまり、楽をしたい私はそちらについていく。
なにより、もっと楽な目標もある。
人生は、如何に楽をするかだ。
苦労は、買うものだというのはヘッジファンドの宣伝に違いない。

「了解です。爆撃機はいかがされますか?」

「私が独り占めだ。悪く思うな?空軍のエースにもなりたいと思っていたところだ。」

「はっはっはっ、ご冗談がお上手い。」

大切なことを部下が訊ねてくるので、釘を刺しておく。
さらりと言ってのけるが、実に本心なのだ。
ところが、如何にも上手い冗談を聞いたとばかりに部下が笑い始めたので不審に思いそちらを睨みつけてみた。
眉を寄せて、いったい、何がおもしろいのだ?と。

「御存じないのですか?戦闘機で落とす必要がありますよ?」

だが、答えは実に単純だ。
まったくもって忌々しいことだが、ルールを誤解していたらしい。
盛大に部下の前で自分の無知をさらけ出すとは。
本当に、形容しがたい恥でしかない。

「なんだと?全く実に残念だ。戦闘機を借りてくれば良かった。取りに戻りたいくらいだよ。」

「そうされてはいかがでしょうか?正直、大隊長殿と御一緒すると、私が奢る羽目になりそうでして。」

随分と、部下に笑われていることだろう。
戦闘機を空軍に借りるために帰るということなんぞ、できるわけもない。
そんなことをすれば、敵前逃亡扱いだ。
銃殺刑、銃殺刑が待ち構えている。

こんな外見だけならば、幼げな子供でも間違いなく、官僚機構は銃殺にしてくるに違いないのだ。
利権団体でも、権利団体でも、既得権益集団でもいいから擁護してくれる組織はいないだろうか。

「敵に背を向けることは、できない。」

「では、致し方ありませんな。せいぜい、手早くやってしまうことにしましょう。」

その時、タイミング良く他の部隊からも通信が飛び込んでくる。
素晴らしい頃合いであることこの上ない。
空気が読める部下というのは実にすばらしい。
私の出世に大きな力となることだろう。

実に、良いことである。

『悪いが、貴官の奢りで確定だ。エンゲージ!』

『25年物をたらふく馳走になるよ。中隊、続けぇ!!』

『良い戦友を持って嬉しい限りだ。では、大隊長殿、お先に!』

「っ、あいつら!申し訳ありません大隊長。」

雰囲気が確実に変わる。
まったくもって優れたフォローだ。

飲み会や意味不明な接待に行く回数が少なくて済む人事といえども、このくらい優れていれば一発でわかる。
連中、絶対に営業職に向いているに違いない。
きっと、営業戦略の根幹を担うに足るはずだ。
まったく惜しい。
本当に、惜しい。

「良い。私に構わず先行しろ。」

「ありがとうございます。第四中隊、前に出るぞ!」

どうやら、うちの中隊長は全員戦意旺盛らしい。
獲物を前にしたドーベルマンのように行きたそうにしているので手綱を放つと、あっという間に突撃していく。
あっという間に紡錘の突撃隊形を構築し、上空から敵の頭を押さえにかかっている。
実に、見事な動きだが、一糸乱れぬ突撃を即座に繰り広げるあたり、戦闘意欲旺盛にして勇猛果敢にも程がある。

本来は、第四中隊を自分の直掩に回すつもりだったのだが。
あれほど好戦的ではむしろ距離を取った方が安全かもしれない。
盾にするには、少々好戦的に過ぎて逆に敵が近寄ってきかねない程なのだ。

「やれやれ、お相手は鈍重な爆撃機か。」

一人さびしく迎撃戦。

「気乗りしないが、仕事だ。着実にやるとしよう。」

目立たないことは良いことなのかもしれないが、アピールできないのも微妙だ。
おまけに、相手は爆撃機。
ちまちま狙って落とさねばならない。
魔力を感知しての魔力誘導ができない以上、熱源探知かレーダー誘導しかない。

いくら魔導師とてレーダーは積んでいないし、熱源探知術式を組み込むのは一苦労だ。
結局、狙撃に近い攻撃になってしまう事を思えば時間と手間の割に合わない仕事である。

正直に言えば、不機嫌になるのも仕方のないことだと思う。

『デグレチャフ少佐、聞こえますか?』

『こちらピクシー01、聞こえている。いつからコールサインを忘れた?』

だからこそ、少々不機嫌に飛び込んできた通信に対応してしまう。
感情を制御できないとは、社会人失格かもしれない。
それでも、苦労の多い仕事をしている最中に、規則違反を見せられたとなれば愉快なはずもないのが人間だ。
まったく、規則とルールを何と心得ることか。

適当な人間があまりにも多すぎる。

『も、申し訳ありません。』

『軍機と規律を何だと心得る。』

謝ればよいという問題ではない。
規則違反は、事故につながるのだ。
保険屋が統計をとったところによれば、重大なエラーはこうしたエラーに由来するのだ。
ハインリッヒの法則をなんと思っているのだろう。

可能であれば、こんな人員は配置転換してもらいたいところだ。
少なくとも、私に迷惑をかけ得ないところへ。
不可能ならば、せめて直接害の及ばないところへ。

『そこまでにしてもらいたい。こちらはホテル03、ホテル03だ。聞こえているか?』

ともあれ、偉そうな人間が代わりに出てきたので態度を改めることにする。
これ以上は、逆にこちらが顰蹙を買いかねない。
組織人として、やるべきことは実にシンプルだ。体制に刃向かうことは断じて慎む。

『こちら、ピクシー01、感度良好。ご用件を賜りたい。』

『ヴァイパー大隊及び、後退した部隊の再編が完了。後詰を出せる。』

そして、叱責ではなく素晴らしい連絡だ。
消耗が大きく、援軍としてよりもお荷物となると見ていたヴァイパー大隊の再編が上手く済んだらしい。
いやはや、北方方面軍の手際が実に良いことである。

『おお、随分と手際のよいことだ。よろしい、お願いしましょう。』

使える要素であれば、実にウェルカムだ。
盾にもならないお荷物は迷惑だが、使える駒は何であれ歓迎する。
いやはや、想像以上に今回は運があるようだ。

『何?いや、わかった。手配しよう。』

『感謝いたします。では、せいぜいご覧あれ。オーバー』

ついでに、この嬉しい事実を部隊と共有することにしたい。
いくら戦争好きの連中だって、仲間が増えるに越したことは無いはずだ。
率直に言ってしまえば、今すぐにでも援軍を歓迎したい気分である。

こちらが数的に劣っているのは事実なのだから、大隊の来援は手が喉から飛び出すほどに待ち遠しい。

「大隊長より大隊各機へ、告げる。」

まあ、部下達も喜んでくれるだろう。
なにより、これで後背を気にせず戦えることにもなる。
私の安全もさらに高まることだろう。

「喜べ。援軍だ。わざわざ、援軍が来てくださるそうだ。」

一度下がった部隊をこれほど手際よく再編できるとは。
実にすばらしいと言い表すしかない。
確かに、一部の事象を見て全体を判断するのは危険である。
とはいえ、通信兵が無能であっても、上は有能であることを示しているのだ。

すぐにでも援軍が来てくれることだろう。

「言わんとすることはわかるな?」

ゆっくり、援軍が来るのを待とうではないか。
さすがに、言葉にすると戦意に疑問が提示されてしまうので言葉にはできない。
だが、わざわざ援軍が来てくれるという事実を伝えたのだ。

「「「はっ」」」

彼らの短い返答からも、きっと了解の意図が込められているに違いない。

「さて、では給料分の仕事はするとしよう。」


あとがき
コメント、お返しできずにすみませんorz
次は、きっちりとやりたいと思います。

取りあえず、あとがき的な何か。
・勘違いは?⇒微量ですが、常に混入するつもりです。
・単位は?⇒フィート、ノットです。
・信仰は?⇒そのうち、エビに走る兵隊が出てくるかもしれません。
『汝、迷える子羊よ。武器を捨てて、えびを獲れ』的な。

更新?
テンション次第で(ノ゚⊿゚)ノ
つまり、台風次第で(・_・;)

誤字?
ZAPしてます。
ZAP



[24734] 第二三話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:30
協商連合某所・・・連合王国人道支援団体“ピース・ワールド”病院

『爆撃機部隊がやられている!援護はまだか!?』『光が、光が、うわぁああああああッ』『編隊長機シグナルロスト!?』
『散開!早いぞ!弾幕を張れ!近づけるな!』「ピクシー02より中隊各機、吶喊だ」『ッ!前衛が抜かれた!射撃中止、即時近接戦用意!』
『メイデイ!メイデイ!救援はまだか!?』『ノーランドコントロールより全部隊。作戦中止!作戦中止!現刻をもって作戦を中止!』『爆撃機部隊が!』
『糞ったれ!前衛が喰われた!何なんだあいつらは!何なんだあいつらは!』『リーコン中隊が排除された!このままでは、包囲される!』『直掩部隊が抜かれた!?』
「ヴァイパー02よりピクシー01。現在急行中。」「了解。敵増援の兆候なし。追撃戦を想定されたし。」「ヴァイパー02、了解。」『敵増援の反応あり!大隊規模です』
『増援は?こちらの増援は!?』『ノーランドコントロールより全部隊。直ちに、第二集結地点へ後退せよ。繰り返す、第二集結地点へ後退せよ。』
『駄目だ、振り切れない』『・・・畜生、畜生、畜生!!』「ピクシー01より大隊各位。掃討戦へ移行する。」「ヴァイパー02より、ピクシー大隊。我貴隊を視認す。」
「こちらもだ。追撃戦は任せられるか?こちらは残敵掃討を行いたい。」『敵増援が!』『糞ったれ!足を止めるな!逃げるんだ!早く!』「了解です。感謝します。」
『糞ったれ、まるで地獄だぞ!』『俺の腸が!誰か、俺の腸を拾ってくれ!』「貴様らの怨敵だ。遠慮無用。オーバー」

いったい、昨晩飲んだのは何だったのだろうか。
最初に感じた疑問は埒もないものだった。
誰かに揺さぶられているのが分かるが、久々に頭が働かない。
ガーニング中尉は、全身を苛む気だるい気分に疑問を感じた。
だれかに、よばれている?

『っ!・・・!』

ぼんやりとした意識がやや浮かび上がり輪郭を浮かび上げ始める。

『中尉!中尉!』

・・・困ったことになった。呼び捨てにされているということは、憲兵か上官だ。
まだ、頭がぼんやりとしているのに。くらくらしてたまらない。
本当に、何を飲んだのだろうか。

染みついた習慣から、うっすらと眼をあける。
真っ白な眩しい空間。
何かがぱちぱちと光っていた。いや、何かの機械だろうか?
眩しいなと思いつつ、体を動かそうとして何か違和感を覚える。
ざっと見たところ、自分のベッドではない。
見覚えのないようで、ある空間。真っ白な空間。
いや、空間なのか?これを自分は、知っている。

「・・・うう、自分は?」

答えなど求めていないうめき声だが、こちらに呼び掛けていた誰かには聞こえたらしい。
突然、あたりががやがやと騒がしくなる。
体を起こそうとするも、ひっくり返りかけてしまう。体が思うように動かない。
誰かに助けられたらしく、抱きかかえられていることを漠然と理解する。

「中尉!?よし、意識はあるな?衛生兵!軍医を早く!」

「・・・自分は?」

ようやく口に疑問を運ばせるだけで全身が倦怠感に包まれる。
何かがおかしい。
目の前の光景がぼやけている。
焦点が定まらないどころか、ぶれてすらいるのだ。
現実感がゆっくりと回復し始め、其れと並行して違和感が増大。

「落ち着け。どこまで覚えている?」

「・・・何を、何を言っているのですか。」

だめだ。それ以上思い出したくない。
思い出してはいけない。

・・・何を?

「大尉殿、だめです。見事にミンチであります!」

「同じく。ログも全滅でした。回収はしましたが、何かに役立つとは到底思えません。」

ミンチ?
全滅?

私は。
私の戦友たちは・・・・・・・・・・・

『ようこそ、帝国へ。パスポートはお持ちですか?』『はっはっはっ、大隊長殿。歓迎の花束を忘れてしまいましたが、どうしますか。』
『おや、困った連中だ。代わりに花火でも持ってきているだろう?』『おお、そうでした。盛大に咲かせてやりましょう。』
『ああ、なら私は歓迎の歌でも歌ってやるか。』『おや?大隊長が何か御存じですか?』
『いい歌だぞ?』

“さーいーた さーいーた
まぁあっかな花が なーらんだ なーらんだ
あか くろ きいろ
さーいーた さーいーた
どの花見ても きれいだなー

「貴様ら!口を縫われたいのか!」

どこかで、誰かが慌てて口を噤むが、もう遅い。

まぁあっかな花が 戦友が、上官が、部下が、

「・・・ぁあぁああああぁああああああああああアアア!!!!!!」

「衛生兵!鎮静剤だ!早く!」

「この馬鹿どもがッ!貴様ら覚悟しておけ!」



北方方面軍司令部参謀会議室

いつの時代かは分からないが、一人の傑物は警告している。
『勝利とは、麻薬の様なものだ』と。
軍事的勝利は、輝かしい栄光と無上の陶酔感を国家にもたらす。
故に、人々は勝利に酔いしれると共にさらなる勝利を望む。
誰ひとりとして、何のための勝利かという事を問うことは許されなくなる。
軍事的ロマンチズムは、あまりにも激烈すぎる反応を国家に惹き起こすのだ。

だから、冷めた軍人という生き物は誰からも好かれない。
臆病と罵られれば良い方だ。

「故に、消耗を回避し出血は極力抑えることが望ましいと判断します。」

表示された地図に描かれているのは撤退行動をとるのは帝国軍。
予想される追撃行動をとるのは、当然ながら敵軍である。
なるべく兵站線に負荷をかけないようにという視点からの後退案。

通常の士官が口にすれば、即座に臆病者という罵詈雑言以上のものが浴びせられることを覚悟しなくてはならない提案である。
ターニャは席にゆっくりと腰かけると、居並ぶ諸参謀らの表情を眺めた。
大隊は本来の任務を完遂し、一時的な駐屯地へと帰還している。
彼女としては、本来の任務を終えたのだ。この猶予を活かして戦線の再編が図られる事を願っていた。
それには、取りあえず誰かが撤退を進言しなくてはならない。

そうであるならば、躊躇して発言できない間抜けどもを刺激してやらねばならないことだろう。
会議で意見を言わないのは、無能か空気を読み過ぎた馬鹿だ。空気を読むのは、根回しの一環ではあるが仕事はやらねばならない。
仕事まで空気を読んでくれることを期待する人材ならば、リストラするしかないのだろう。

とりあえず、襲撃してきた連隊規模の敵部隊は撃退した。
誰もかれもが、浮かれているが彼女は現実を直視している。
彼女の大隊は最善を尽くした。まさしく狂気の連中が、最善を尽くしたのだ。
できる限りの努力は、連隊規模の部隊を撃退し、爆撃機を叩き落とした。
敵魔導師に対する打撃も甚大なものを与えたという自負がある。
だが、兵站線の消耗は深刻に過ぎる。

すでに、大規模な集積地をことごとく叩かれているのだ。
そう、人はパンなくして前進できない。
戦術的劣勢を挽回せよというならば指揮官の努力する余地もあるだろう。或いは、奮戦すれば解決できる。
しかし、焼かれた集積地の物資は逆立ちしたところで戻ってくるものではない。

平然たる表情で、ごくごく単純に彼女が至った結論はシンプルなのだ。
帝国軍は、冬越えの物資すら覚束ない。今や、戦線は再編を必要とする、と。

だが、如何せん彼女は、彼は単純な人間心理にすら疎いのだ。



イェーコフ・シュライゼ中将は、北方方面軍司令部の参謀長として提案を凝視しながら辛うじて激昂するのを抑え込んでいた。
提言は、本来的な意味において一つの案として出されたに過ぎない。つまりは、あくまでも一つの選択肢に過ぎないのだ。
主力の大陸軍を引き抜かれ、部分的に魔導師戦力で劣ったとはいえ協商連合に対する帝国の優位は確立されている。
もちろん、物資が焼かれたのは非常に頭の痛い問題だ。
敵魔導師に打撃を与えたことで、これ以上の損害は阻止できたが不足しがちなのは理解できる。

「デグレチャフ少佐、確認したい。」

ややあって兵站参謀が口を開く。

「貴官は、越冬を想定しているのか?」

「はい。」

彼女はいっそ、淡々と表現できるほど無造作に口を開いた。

「現状では、兵站線を維持できません。無益な攻勢で物資・兵員を浪費し敵を喜ばせる義理もありません。」

シュライゼは兵站参謀と作戦参謀に視線を向ける。ある程度予想していたことだが、兵站参謀は納得したような表情を浮かべていた。
なにしろ、軍の規定を考えるまでもない話で物資が足りないのは末端の兵卒に至るまで耳にしている。
この兵站参謀とて格別卓越しているというわけでもないが、物事を常識で考える程度には優秀だ。物が足りていないというのはよく理解している。
だが、作戦参謀らの表情は驚愕に歪みかけていた。

彼らに与えられている命題は、兵站参謀と異なるのだ。

「デグレチャフ少佐。それでは時間を失う。」

「はっ?」

同席の面々の表情は実に多様だが、概ね状況を伺っている。
特に、作戦参謀らが上官の意向を伺うようにこちらに目線を向けて見せた。
シュライゼは頷き、次の言葉を促す。

「年を越えてしまう。長期戦は望ましくない。物資の消費もだが、これ以上部隊を拘束されるわけにもいかない。」

作戦参謀は北方軍の苦しい内情をにじませつつ続ける。
グレイン北方方面司令が同意を示して頷いたので、シュライゼは肩の力をかすかに抜く。
少なくとも、時間の制約という点において北方軍が一致した見解を持てていることは重要なのだ。

「条件は敵も同じです。」

其れに対する解答はあくまでも抑揚のない声だった。
デグレチャフ少佐を睨みつける視線に微塵もひるむことなく、彼女は反論する。

「敵地でずるずると消耗するよりは、一刀のもとに解決するべきだ。」

「兵站が耐えきれません。」

状況を踏まえた上での提言。もちろん、彼女はそのつもりで戦線縮小を提言したのだあろう。
だが、それは暗中模索の一手というよりは、他に手段がないと信じ切っての態度だ。
戦局打開のためにも早期決着を望む作戦参謀らの意見に耳も傾けない。
いや、それどころか彼女は華奢の体から理解しがたいと言わんばかりの雰囲気を漂わせながら、切り捨てる。

「おそらく、すぐに攻勢限界に直面します。」

右こめかみを指先で軽く押しながら、シュライゼは兵站参謀を睨みつける。
彼は少なくとも、短期攻勢ならば物資を賄いきれると保証されていた。

「短期攻勢ならば十分賄える。」

その視線を受けた兵站参謀が口を開き事実を述べ始める。
曰く、二会戦分の標準弾薬、3週間分の糧食。基準値の航空燃料と多目的燃料。
示された数値は、少なくとも方面軍が3週間の攻勢を行えるという事を示す。
3週間だ。
ようやく決着がつきつつある北方戦線ならば3週間以内に解決できる。

「反対です。敵の抵抗は頑強であり、到底短期間に打破し得るとは思えません。」

だが、示された数字に眉ひとつ顰めることなくデグレチャフ少佐は首を横に振る。
まるで論外と言わんばかりに示された数字には見向きもせずに、一蹴。
そして、これ見よがしな溜息を盛大につく。
幾人かの将校が表情を引き攣らせるが、シュライゼは其れすら辛うじてではあるが耐える。

残敵掃討ならば、1週間かかるかどうか。
最悪の場合でも、3週間も抵抗されるとは思えない。
なにより、敵主力はすでに大陸軍が撃破済みなのだ。

唯一の懸念材料であった敵魔導師も排除済み。
正直に言えば中央軍派遣組は今となっては、厄介者なのだ。
これ幸いと追い払う口実ができるかもしれないならば、まだ耐えて見せるつもりであった。

「一理はあるが、敵の抵抗もすでに限界を超えた。」

「倍以上の敵を撃破。これは貴官の戦功だ。協商連合など恐れるには値しないとは思わないのか。」

なにより、敵魔導師の消耗から察しても、敵軍は既に限界を超えている。
いくばくかは他の列強より介入があったにしても新手とはいえ増強大隊に連隊が駆逐されるようでは内情が察されることだ。
敵の主要な抵抗線は散発的な攻撃を繰り出すのみ。
協商連合全土の制圧はほとんど、時間の問題。
幾人かの情報参謀がデグレチャフ少佐に水を向ける。

「兵力・質で勝っているのだ。物資を喰い尽くすよりも、動くべきだ。」

敵軍の捕虜から得た情報によれば、既に敵は武器弾薬どころか糧食にすら困窮しているという。
情報部は、敵軍に組織的戦闘能力は最早欠落していると結論づけてすらいる。
シュライゼにしてみれば、対陣するよりも冬が来る前に決着を付けてしまいたいところだ。
にもかかわらず、たった一人の少佐が頑強に抵抗しているおかげで議論がここまで長引いている。

中央軍の意向を体現していなければ、今すぐにでもつまみだしてやるところだと思うのは彼一人ではないだろう。

「内実は、友軍の奮戦によって損耗した二個大隊に援護のない孤立した増強中隊程度だと記憶しております。」

わざわざ情報参謀らが配慮し水を向けた結果は、ぶち壊されるような回答だ。
いっそ、戦功が無ければ戦場を知らない餓鬼として叩きだすのだが。
シュライゼは重々しい表情の裏で苦々しい思いを噛みしめる。
いつだって、そうだった。中央軍は常に実情に合わない提言を行いあげく方面軍を振り回す。

慎重であるのはまだ良い。
だが、戦機を逃す愚か者に口を挟まれる事は許容できない話だ。
のんびりと机上の空論を交わす参謀本部とは異なる。
前線では、指揮官が一刻を争う決断を迫られるもの。

悠長に冬越えなど論じている場合ではないのだ。

「だが、優勢な敵を破ったという事実は変わるまい。倍する敵を屠ったのだ。」

「撃破確実は、中隊分にも及びませんでした。撃破というよりは、辛うじて撃退したにすぎません。」

暗に、撃退したということを強調するデグレチャフ少佐に思わず魔導参謀が顔をしかめる。
撃退後、追撃戦を行った北方軍の戦果はゼロに等しかった。
わずかな損害を与えたものを撃墜確実と称しているが、対照的に中央軍は撃墜数を過少申告している。
譲られたのだ。

大隊規模の戦果をあげたことになっているが、ほとんどは連中のスコア。

その裏取引を知っている面々はほんの数人。
それ故に、居並ぶ列席者の大半が怪訝な表情を浮かべる中でシュライゼは視線を魔導参謀に向ける。

貴様らが、連中にでかい顔をさせているのだから黙らせろ、と。

「それでも、実質的に倍する数の敵を相手取って、だ。おまけに、爆撃機の撃墜まで!誇るだけの価値はある。」

「友軍が奮闘し、連戦となる疲労し孤立した敵の撃破です。爆撃機の撃墜は、新型の演算宝珠によるところが大であります。」

「・・・君は実に謙虚だな。」

いっそ、嫌味なまでの口上。
思わずだろう。高級参謀の一人が、口の端を歪ませて冷笑的な微笑みと共に呟いていた。
本来ならば、咎めねばならぬ。
そう思いながらも、誰もが躊躇した。
一瞬間が空き、沈黙が室内に広がる。

「はい、いいえ大佐殿。小官は、事実にもとづいた解答を行っております。」

だが、その気まずい雰囲気をぶち壊すかのような言葉が吐かれた。
高級参謀らを睨みつけるように凝視したデグレチャフ少佐。
目線を上級者に合わせて応答するというのは、礼儀としては正しいのだろう。
だが、つい先刻まで戦場で硝煙と血に浸っていた魔導師が凝視するとなれば話は別だ。
気の早い幾人かの魔導士官に至っては無意識だろうが演算宝珠に手を伸ばしている。

「そこまでにしよう。」

さすがに、これ以上は許されない。
そう判断し、口を挟む。
目線で部下を制しつつ、両者を取り持つようにシュライゼは言葉を紡ぎ始める。

「デグレチャフ少佐の意見は分かった。だが、早期解決こそが喫緊の課題だ。」

これだけ散々吠えさせてやったのだ。中央軍からの意向は、嫌になるくらいわかった。
正直に言えば、気に入らないことこの上ない話だが、少なくとも理解はする。
一介の少佐がここまで、上官らの居並ぶところで抵抗するという事は、よほどの厳命があったに違いない。
シュライゼ中将恐れるに足らずとなめられでもしない限り、少佐がこれほど増長するなどありえない話だ。

だから、使いはもう大人しく黙っていろ。

断固たる意思を込めて眼圧を向ける。

「断固として反対いたします。逆に他の方面へ甚大な負荷を及ぼしかねません。」

だが、驚くべきことに其れすら彼女は歯牙にもかけなかった。
少しの躊躇もなく、淡々と動じることなく参謀総長に意見し、あまつさえ反論した。
一介の大隊長がだ。

「友軍の負担を減らさんとする意図だ。少佐、軽率な発言は控えたまえ。」

増長にも程がある。銀翼突撃章保持者とはいえ、許される限度があるのだぞ?
相手に対して、怒鳴り散らしたい衝動を抱くも憤怒を押し殺して口を開く。
曲がりなりにも、陸大卒ならば弁えておくべき一線を目の前の少佐はたやすく踏み越えている。
戦場で無ければ、絶対に許されることではない。
戦場だからこそ、戦場だからこそこの程度の叱責に留めることができる。
そう思い、相手を威圧するべく幾人もの将校が厳しい眼を向け始めた。

「・・・西方では、友軍が汚泥を啜り、泥濘に突き落とされ、飢えに苦しんでおりました。北方は随分と恵まれておりますな。」

だが、相手は驚くほど大胆不敵な行動に出る。いや、挑発以外の何者でも無かった。
参謀会議用に持ち込まれた珈琲杯を持ち上げて、用意されている砂糖とミルクに視線を向ける。
口元の不快な笑みが実に意味深であった。
同時に、室内を見渡し快適なオフィスで何を言わんとするのやらと口にせんばかりの表情。
顔は口ほどに物を言う。

「ああ、もちろん友軍を思う気持ちは、なんら変わらないと信じておりますが。」

その一言は、シュライゼ中将をしてその忍耐を遂に決壊させた。
これ以上、中央軍の無理難題に悩まされている方面軍に口を出させるのは耐えられない。
我知らず、椅子を蹴って立ちあがっていた。
これ以上、あの生意気な口を開かせることが耐えられない。

「・・・少佐!そこまで言うならば、貴官はとっとと西方に帰れ!臆病者は北方には無用だ!」

「それが、北方方面軍の総意でありましょうか。」

「くどい!」

気がつけば、将校に対して怒鳴りつけていた。
いっそ、蹴り飛ばしたいという衝動すらある。
一瞬静まり返った室内において、列席者の多くは沈黙を保ってはいるが気持ちは同じだ。

そして、憎たらしい程に落ち着き払ったデグレチャフ少佐は見事な敬礼をしてのけた。

「はっ、失礼いたします。」

そう言うなり、彼女は実に簡潔に立ち上がると一礼した。
まさか、と思うが流麗な動作で扉へ向かいそのまま退出。
結局、一言も抗議の声は無かった。



北方方面軍第七駐屯地(現大隊駐屯地)

「少佐殿?」

帝都帰還を通達するべく駐屯地へ戻ったターニャを出迎えたのは、週番士官兼副官のヴァイス中尉だった。
気のきいたことに、従卒に予備のコートと珈琲を用意させる手際は熟練のそれだ。彼は実に優秀な人材である。
なにより、煙草を吸わないのが素晴らしい。

参謀会議は基本的にいつも煙いのだ。
いや、戦場でタバコを否定しようとは思わないが、せめて分煙を要求したい。
あるいは、私の顔に向かって煙を吹きかけてくるな。
個人の権利を制限するのは、明らかに受け入れがたい抑圧だ。
しかし、嫌みたっぷりにこちらに煙をかけてくる高級将校共など撃ち殺しても良いはずだろう。

仕事もしない癖に、吸っていた葉巻は高級ものだ。
よくもまあ、心にもない友軍の心配だのなんだの口にできたものだ。
私だって心にもない建前を言う時は、もう少し取り繕うというのに。

「実に下らん時間だった。予算の無駄遣いだな。」

なにより、ファニーウォーができるというのに戦争したがる等狂気の沙汰だ。
乏しい経営資源で、何ができるかを勘案するというのはコンサルタントに指摘されるまでもない真理だというのに。

思案にふけりながら、ターニャは手にした参謀鞄をデスクの上におくと戦局図に書き込みを加え始める。
兵站線の後退、それによる遊撃防御という名目で北方滞在。
それによる主戦線投入回避のプランは崩壊してしまった。
しかもそれどころか北方方面軍は、いわゆるデスマーチの匂いがぷんぷんする。

「連中、戦争が好き過ぎるな。」

まったく、周囲が戦争好き過ぎるのは心底考えものである。
乏しい物資で戦争をやろうという発想など付いていけない。
物資がたまるまでは、のんびりと陣地構築に勤しみ激戦は他の友軍に任せるという発想が無いとは。

功績と軍事的ロマンチズムに染まりすぎているのではないだろうか。

「私には、理解できない世界だ。」

自分の無能さを告白するのは本意ではないが、そうとしか判断できない。
理解できないのだ。何が楽しくて、連中攻勢など主張するのだろうか?
勝ち戦になら声高々に進軍を主張しても良いだろう。

むしろ、私が率先してやっている。

「予備の地図を。」

「はっ、こちらに。」

部下から北方戦区全般の地図を受け取り、書き込んでいた戦局図と対比。
頭を抱えて苦吟してみるが、どうやっても理解できない。
希望的観測ですら、大きなリスクがあることを無視できないほどなのに。

地図で全面攻勢を想定し駒を動かしてみる。
確かに、山岳地帯を除けば平野部にある都市の制圧は可能だろう。
だが、常識的に考えて都市を占領されて素直に降伏する確率は半々だ。

山岳地帯の掃討戦を冬場にやるなど、ソ連軍でも躊躇するに決まっている。
冬戦争の再現になりかねない。

勝てるだろうか?
相手にむーみん谷から迷い込んできた妖精さんがいなくとも無理だ。

「・・・やはり、無理だろうな。」

そんな負け戦に参加し、軍歴に傷を付ける位ならばさっさと撤退するべきだ。
沈む御船からサヨウナラ。ごくごく常識的な対応だろう。
船が沈みかねないという警告も発している以上、私は道徳的に正しい。
つまり、これ以上の警告は無用というよりも義務の範疇を越える行為。

そう考えながら、書き込んだ戦局予想図をくるくると丸めて参謀本部宛の報告書に紛れ込ませる。
ここに至っては、失敗を想定した保険がないのは馬鹿としか言えない。

出世の鬼である秀吉もそう言えば北の負け戦から逃れたという。
ここは、その先例を改良して模倣することにしよう。
つまり、カッサンドラのふりをするのだ。失敗しても暴言を吐いたのはあちら。
軍法会議に持ち込まれる不安はない。

いや、まて。少し冷静となろう。
少なくとも、ターニャは経験豊富なのだ。
失敗を繰り返すようなマネはしない。

自分の常識は、必ずしも狂人たちの常識とは限らないのだ。
ひょっとすると、戦争大好き教なる宗教でもあって、自殺を推奨しているかもしれないではないか。

「ヴァイス中尉、貴官は自殺願望があるか?」

「はっ?いえ、突然どうされましたか。」

確認の意味を兼ねて部下に訊ねてみる。
まあ、ヴァイス中尉の反応から察するに杞憂だったらしい。

それもそうか、と思い従卒が持ってきてくれた珈琲に手を伸ばす。
北辺は寒いのだ。ホットコーヒーでも飲まねばやってられない。
気に入らないことに、北方司令部の連中は私を子供扱いしてミルクに砂糖を盛りだくさん出してきやがったが。

「信じがたいことに、全面攻勢だそうだ。兵の無駄だな。」

この冬場に全面攻勢。
いうならば、手持ち現金が少ないところで大ばくちを打つようなものだ。
まあ、賭け金は兵隊の命なので高級軍人はちっとも懐が痛まないらしいが。
シカゴ学派的に分析するならば、インセンティブに深刻な欠陥があると判断するところだろう。

「・・・兵站の手当ては?」

信じがたいというヴァイス中尉の反応から察するに、やはりこれが一般的な反応だ。
うん、兵站線という概念が異常で無いとすれば北方方面司令部は何を考えているのだろうか。

まさか、へそくりでもあるのだろうか?
だとすれば、帳簿外予算の存在だ。
査察官を更迭する必要がある。
怠慢も良いところだ。これだから、バブル経済を阻止できないと批判されるのだ。
適切な監査は市場を正常に動かすために不可欠だというのに。

「あるわけがないだろう?冬になれば鉄道も止まる。冬越えの物資を何処から持ち出す気なのか想像もつかない。」

まあ、いつの時代も税金を取りに来る役人だけは優秀だという相場がある。
自由市場化の信奉者である市場原理主義者ですら、徴税事務の民営化を訴えないということが何よりの証明だ。
対して、支出については実に多様な批判と改革案が噴出しているが。
見たまえ、シカゴ学派ですら徴税局の民営化には賛成していないのだ!

「で、我々は?」

「指摘したら中央に送還だ。おかげで祝賀会の費用は期待できないと思う。」

全く不幸な行き違いだ。主計科が予算の執行を拒否してくるとは。
管轄が違うという名目で、つい先日まで出すと確約した予算の支払いを拒絶。
まさに、嫌がらせとしか思えん。
祝賀会費用は、北方方面軍からギンバイして調達するしかない。

「ご安心ください。我々は、軍の予算を使っておりませんので。」

だが、幸か不幸か我が大隊の某中隊長ことゲーレン大尉の部隊は撃墜スコアが大隊最下位であった。
ニヤリと笑ったヴァイス中尉らは、散々タダ酒をゲーレン大尉から分捕ったことになる。

私?

やれやれ、飲みたくとも飲めない以上、他人の不幸で酔うしかないではないか。

「ゲーレン大尉に乾杯だな。彼のおかげで、大隊に馳走できる。」

「いや、ゲーレン大尉殿には頭が上がりませんな。」

まあ、魔導師だ。たっぷりと給料もでる。
なにより、出撃手当・転属手当・危険手当etcだ。
小さな家くらいなら建てられるほど稼いでいるだろう。
まして、中隊長ともなれば額は跳ねあがる。

「全くだ。ついでに哀れな北方軍にせいぜい同情の気持ちを込めてお誘いの手紙でも出すとしよう。」

そういうわけだ。
どうせならば、我々が来る前に獲物を弱体化させてくれた北方軍のお優しい友軍とも親交を深めるのも悪くない。
なにより、気持ち悪い信仰告白を垂れ流したことで生じたであろう誤解は解除しておきたい。

私は、ノーマルだ。

変な風評被害は未然に防止しておかねばならない。




参謀本部戦務課

発信者:デグレチャフ少佐

『北方戦線派遣報告』概要

一.北方方面軍より派遣要請打ち切りあり。当初命令に従い中央司令部指揮下に戻る。
  方面軍命令により、我派遣を打ち切られる。戦果、敵魔導師中隊、爆撃機少数を撃墜。
  新型の性能良好。実戦使用問題なし。部隊の練度は再訓練を一部要すると判断。
  即応能力・展開能力は良好。概ね問題なし。

二. 従前の予想通り、複数の列強魔導師と思しき魔導師と交戦せり。
  ドクトリン及び演算宝珠の形式から連邦を含めた潜在敵国の介入を予期。情報部に引き継ぎ済み。
  一部、観測拠点に連合王国製機器を確認。連合王国情報部の介入可能性を勧告す。
  我が方の機密漏えいは現時点では確認されず。なれど、情報を収集された可能性は濃厚。

三.北方方面軍は秋大攻勢を計画中。我、これを危惧す。
  戦局推移について北方方面軍司令部と意見が一致せず。後述の理由により我、攻勢に異議を提示す。
  シュライゼ中将閣下より、慰留されるも異議を下げず。閣下より帰還を命じられるに至る。
  我、本攻勢計画に対し、深刻な疑義を有す。長期化の懸念あり。

四.北方方面軍兵站線は、脆弱。同封の資料を参照されたし。
  北方方面軍は、複数の兵站集積地にて物資を焼失。冬越えの装備は行き渡っていないのが実態である。
  燃料・食料は一定量あるものの、占領地域への輸送経路は脆弱。泥濘地を踏破しえるか深刻に疑問。
  短期間の攻勢に耐えると評価されるも、戦前の基準に基づくことを勘案すれば弾薬の欠乏は深刻と判断す。
  冬季前に鉄道輸送にて備蓄するべき旨提言するも、受け入れられず。物資の集積は芳しからず。
  我、北方方面軍の飢餓すら憂う。

五.北方方面軍の軍紀弛緩極めて深刻。
  戦地故に、消耗は予期される。なれど、主計科を中心とした部隊に対し査察の必要性を認む。
  予算の適正支出に対する疑義あり。


以上。



あとがき
更新速度?

・・・( 〃..)ノテンションが上がらない。

コメントありがとうございます。

ターニャ『言わんとすることはAだ!』
世の中の解釈『つまりBですね!』
ズレをお楽しみください。

文章を読みやすくできればと反省中・・・。

いろいろ試行錯誤すると思いますが、お付き合いください。
よろしくお願いします。

7/31 一部誤記を修正

ZAP



[24734] 第二四話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:33
帝国-ライネホテル食堂

秋の日の素晴らしい昼食であった。
前菜のパテは、旬の鮮魚を使った素晴らしいもの。
絶賛しても、し足りない程だ。敢えて言えば、至高の一品。
スープのジャガイモは伝統の一品。
食べ慣れているとはいえ、ジャガイモに愛着を持たされるのは微妙な気分だが。
とはいえ、これは悪くない。

そしてまだ見ぬメインは、白身魚の逸品だとガイドが言っていた。

居並ぶ在郷軍人会と地方の名士たちとのコネクション作成もできるとは実にすばらしい。
うっとおしい北方方面軍司令部はともかく、兵士たちから餞別としてもらったコスケンコルヴァは大好評だ。
さすが、アルコール依存症を高めることで悪名を轟かすだけのことはある。

まあ、良い年齢の名士たちだ。
物珍しい味わいに驚いているというのが実態だろう。
話のタネになるという事で、喜ばれたならまずまず。

気分よく、メインにとりかかろう。
白身魚のソテーが実に楽しみだ。

そんなことを思った時に給仕が待望のメインディッシュではなく、不吉な黒電話と受話器を持ってくる。
わざわざ“デグレチャフ様”と断って。
中央への帰還途上、とある保養地を経由するために地元の在郷軍人会の名士らと会食をする場だ。
そんなとこに、わざわざ戦時中にかかってくる電話にまともなものがあるだろうか?

まったく、最高の休日が最悪の休日に一変したようなもの。

恭しく差し出された受話器をつかんだ時の気分は、嫌々だ。義務で無ければ、逃げ出したいほどに。
叩き起こされて、主力戦艦が撃沈されましたという報告を聞かされるチャーチル氏の様な気分とはまさにこれ。
誰か、ストレートで地獄のような珈琲を用意してくれないだろうか。

「ターニャ・デグレチャフ少佐か?」

「はっ、間違いありません。」

頭越しの誰何。
明らかに、軍人からのお電話。しかも、要件も、時候のあいさつも抜き。
周囲のきらびやかな会食ムードとは裏腹に、電話がお届けするのは最悪の前線からのお誘いだ。
今すぐ帰りたい。
こんな、すぐに居場所が把握されるような性質の会合にのこのこ出向いた我が身の不明よ。

「参謀本部通達、デグレチャフ少佐及び指揮下の部隊は現刻をもって直ちに駐屯地へ集合せよ。完了しだい報告を。」

「拝命いたしました。現刻をもちまして、デグレチャフ以下直ちに最寄りの駐屯地にて集合。その後、直ちに報告いたします。」

・・・見事なまでに誤解の余地が無いほど明白な召集命令。

こんなことならば、無線封鎖してゆっくり訓練名目で帰れば良かった。
後悔後先に何とやら。

受話器をゆっくりと置いて、従卒にたっぷりチップをはずむ。
最悪の知らせをもたらしたのは彼ではない。
全く気に入らないが、お仕事には対価を払わねばならないのだから。

「おや、何か良い知らせですかな。デグレチャフ少佐?」

だが、多額のチップはたいていの場合良い知らせを持ってきてくれたボーイに払われるものらしい。
どうにも感情に左右されて合理的な思考ができない人間行動に思えるので、そういうことを私はしないのだが。
そのことを御存じない地元の名士が何か、良いことでも?と人の良さ気な顔を浮かべて近づいてくる。
笑顔を浮かべて、礼儀正しく対応するべき時なのだろうが上手くできそうにもない。

結局、品のないしかめっ面を浮かべて首を横に振る。

「いえ、ミスター。残念ながら、あまりよろしくない知らせの様です。」

「おや、それは。」

心底同情したような表情の紳士は、実に良い人間だ。
まあ、戦争行かなくて済む連中の善意である。
突撃させられる側としてみれば、実に複雑なものがあるがそれはそれ。

丁寧な礼儀作法は、失点を抑えるための必要最低限度のツールに含まれる。
当然ながら、私も其れに倣うのは自明だろう。
人間とは、本質的に政治的な生き物なのだ。

「申し訳ありませんが、軍令です。小官はこれにて中座させていただきたく。」

「・・・御武運を。少佐殿。」

「ありがとうございます。無礼のほど、ご容赦いただきたく思います。では。」

一礼するとそう言い残し、預けておいた外套をボーイから受け取る。
礼装とはいえ軍服だ。実用を意識した外套はがっしりしていた。
いつもながら思うが、つくづく軍隊というのは変なところで不合理だ。
こんな代物までコートと同じ扱いにするというのは無駄だろう。
そこらに放り出しておいても問題ない強度なのだが何故こうも貴重品扱いするのやら。

・・・塹壕戦用のトレンチコートをファッションに使う一般感覚もどうかとは思うが。


コートを受け取ると同時に、待合室で待たせてあった従卒に気がきくボーイが知らせたのだろう。
すでに、部下は車を廻していた。
エンジン音が気分を良くしてくれる日が来るとは。

素晴らしい。
たっぷりとボーイ達にチップを惜しまないことは正解だった。
丁寧にドアが開けられているのも良い。

そのまま、手早く乗り込むと車を出させる。

「伍長、帰営する。すまないができるだけ飛ばせ。」

「はっ。」

伍長が直ちに車を発進させ、微妙な揺れを感じつつ不幸の共有を決断。
座席に体を沈みこませる暇もなく、演算宝珠を起動。
駐屯地へ繋ぎ、週番士官へコール。わずか2コールめで対応したのは合格点だ。
電話番としてはまずまずだろう。

『いかがされましたか、少佐殿?』

まあ、あまり良くない知らせだ。
前置きを長々とおくよりも単刀直入に用件を伝える。

『休暇打ち切り!即時召集命令発動!現刻より、直ちに総員を集結させよ。』

『・・・はっ、召集命令を受領いたしました。半休の将兵を直ちに呼集致します。』

まったく、保養地での休養予定が一気に予定の繰り上げだ。
ルーデルですら、休養を取らされていたドイツ軍が羨ましい。
いったい、どうして休養を取りたくない奴が休めて、休みたい人間が休めないのだろうか?

どこぞの石油会社のトップではないが不公平だと叫びたくもなる。

『急がせろ。参謀本部からの御指名だ。』

『了解です。』

わざわざ名指しで命令してくるとは。
まったく最悪のことを予想してしまうではないか。



帝国軍第203大隊仮設駐屯地

「帝国軍北洋艦隊司令部より入電!」

「・・・読め」

艦隊?よりにも寄って、艦隊司令部からの入電?
それも、方面軍を経由しないという事は参謀本部が其れを望んでいるということか。

手早く状況を判断しつつも、ターニャは入電を読み上げるように促す。
構わないのかと伺ってくる通信兵に頷く。
其れに応じる形で招集をかけられた士官らが疑問符を浮かべる中、通信兵は任務命令を読み上げた。

「捜索遊撃戦闘命令です。第203大隊は帰還計画を即時中止。離脱を図る協商連合残存艦隊の追跡任務に至急向かわれたし、以上!」

まったく。
捜索遊撃命令とは楽に言ってくれる。
サーチアンドデストロイなど、いまどき流行らないに決まっているのだが。
そもそも、魔導師に洋上航法能力なんぞ無いのに洋上で敵艦隊を捕捉せよ?
無理難題も良いところだ。

「副官、北洋方面戦域管制図を。ノルデンコントロールを呼び出せ。」

全く頭が痛くなってくる。
頭を振って気分を切り替えると、当該方面の地図を持ってくるようにヴァイス中尉に指示を出す。
並行して、当該方面の管制と通信ラインを確立。

「はっ、直ちに。」

機敏な動作で差し出される地図と、受話器。
相手は、ノルデンコントロールの管制官か。
一言二言話しただけで、海軍側の人間につないでくれる。

お役所仕事ではなく、横の連携が良いという事は実に最悪だ。
これを名目にさぼることもできない。手際が良すぎるというのも考えものか。
いや、少なくとも労働に対して誠実であるという事を称揚するべきかもしれない。
一介の善良なる市民として、勤労の義務を果たしている市民を賞賛するのが正しいあり方。

其れを思えば、やはり公共善のために耐えるしかない。

仕方がないので、時間を無駄にすることなく必要な連絡を始める。
愚痴は時間の浪費という贅沢だ。
企業戦士にとって、時間を浪費する贅沢が許される日などない。
貴重な休日を自由に過ごすためにも、最大限のパフォーマンスは必須である。
軍人とて、なんら違いはない。

「北洋艦隊の配置は?」

ともかく、協商連合残存艦隊の情報と友軍の配置が必要だった。
頭の中で、一般通達を思い起こしながらターニャは手早く必要事項の確認にとりかかる。
北洋艦隊は大洋艦隊程ではないにしても、ある程度の主力艦を含めた有力な艦隊。
連動して動く分には十分に期待できる戦力ではある。

だが、何より全く経験のない戦区での任務だ。
現地情報は何よりも不可欠であるし、最新の情報は喉から手が出るほどに必要だ。
下調べのできていない戦闘など考えたくもないほど面倒でしかない。
言うならば、交渉相手のことを何一つとして知らずに買収交渉に赴くようなもの。
これで交渉がまとめられるほど優位にあるとすれば、そもそも交渉の必要があるかすら疑わしいくらいに隔絶する優位が必要になるだろう。

ヴァイス中尉から受け取った地図を机に広げさせると、ペンと受話器を握りしめる。

「北洋艦隊は現在キィエール軍港より第二巡洋戦艦隊が出港。第13潜水任務群が哨戒網を構築しております。」

キィエール軍港からすでに緊急出港した第二巡洋戦艦隊が索敵中。
書き込んでみて頭を抱えたくなる。巡洋艦や巡洋戦艦は足が速いが比較の問題に過ぎない。
見つけられるかどうかは、やや微妙。
対する潜水艦の定点監視と哨戒網は悪くないが、コンタクトしても攻撃できるかは微妙なものとなる。

「予想される敵残存艦隊は?」

「巡洋戦艦2、巡洋艦1、駆逐艦6であります!」

そして、肝心の敵艦隊は巡洋戦艦を含む協商連合残存のほぼすべての艦船。
まあ巡洋戦艦とはいえ協商連合所属艦の実質はポケット戦艦。海防目的用の小型戦艦だ。
捕捉できれば第二巡洋戦艦隊の敵ではない。問題は、小型故に足が速く28ノットと優速なこと。
巡洋戦艦隊で捕捉しきれるかが微妙な速度だ。

「大物だな。・・・空軍・魔導部隊はどうしている?」

当然、このような背景がある以上偵察部隊としては空軍や魔導部隊が期待される。
だからこそ、近隣に配置されているとすら言える。
むしろ、魔導師部隊として第203大隊が召集されるのも其れを思えば当然の部類。

敢えて言えば、管区外の部隊を動員するほどに手が足りないのはあまり良くないということか。

「第二偵察魔導任務群が先発しています。空軍は天候不順に付き出撃見合わせです。」

「天候不順?現地の天候は?」

まあ、理由はそういう事だろうと思う。
夜間飛行可能な偵察機はともかく、天候不順で飛べるほどの機体は多くない。
その点、魔導師ならば多少の悪天候にも対応できるとされる。
あくまでも、されるだけだが。

飛べるとは言え、雨の中索敵飛行させられる側にしてみればたまったものではない。
偵察魔導任務群のような専任部隊でもない限り、索敵任務に専従するのは困難が大きいか。

まあ、その意味において実戦部隊として203に捜索遊撃命令が出たのは配慮されたのだろう。

「気象台の予想では荒れるそうです。だからこそ、脱出行が決行されたと海軍は予想しています。」

そして、敵側にしてみれば帝国の索敵網弱体化は脱出の好機となる。
なればこそ、わざわざ纏まった部隊がこの時期に突破を図るのだろう。

協商連合部隊が連合王国か共和国に逃げ込めば、協商連合亡命政府ができかねない。

・・・北洋艦隊としては、断じて逃がすわけにはいかないということだろう。

「なるほど、把握した。海軍側の要望は何か?」

その意味からすれば、我々があっさりと北洋艦隊司令部に貸し出されたことも納得は一応できる。
本国の連中にしてみれば、面倒事を防止するためにならば、我々を貸し出しても安くつくと考えたのだろう。

なれば、海軍側の意向に忠実に従っておくことこそが正解。

「現状では、特にありません。コンタクトがあり次第敵海兵魔導師の排除をお願いしたく。」

「海兵魔導師?協商連合にそれほどいたとも思えないが。」

「さあ?どこからか、突然湧いてくるのはいつものことでは?」

そして、相手の対応も実に正解だ。
協商連合の亡命政府は政治的正当性という観点から見た場合、共和国や連合王国にとって不可欠とまでいかずとも重要。
列強の海兵隊が義勇軍として参戦していても何らおかしいことではない。

まあ、溜息は我慢できないが。

「なるほど把握した。では、我々は前に出ておく。いつでも、発見次第連絡を。」

「了解。感謝いたします。」

受話器を下ろし、気分を切り替えるために冷えてしまった珈琲を飲み干す。
苦いものを二重に飲み干す気分で、少なくとも意識は覚醒する。
まあ、最悪だという心情に何ら変化はないが。

敢えて言えば、メインを喰いそびれたおかげで軽い空腹がある。
思えば、豪雨の中の出撃になる。
部隊に食事を取らせておく方が良いだろう。そうすれば、自分ももう一度食事にありつける。

「副官、今すぐに部隊に食事を取り直させろ。」

「はっ」

気のきくことに定評が私の中であるヴァイス中尉だ。
そんなに時間をかけることなく食事を用意してくれることだろう。

「豪雨の中を飛び回る。多少腹持ちのよいものを用意させておけ。」

「了解しました。」

一応、上官ぶって指示しておくがまあ形式美というやつである。
軍隊という奴はこれを怠ると散々批判されるというから苦痛極まりない。
神の讃美歌を歌わされる並みに無駄が多いことは嫌いなのだが。

だが、今回ばかりは気合を入れて仕事をする必要がある。
政治亡命の可能性が高い敵残存艦隊の追撃戦だ。
しくじることは、あまりにも問題が大きい。

将来のことを思えば面倒事は避けたい。
だが、かといってそれ以前に敵前逃亡や問責で危険なことになるのも御免だ。

「第二巡洋戦艦隊に合流を?」

「いや、北進しよう。近隣で即応できる魔導大隊は我々だけだ。出遅れるよりは、前で備えるべきだろう。」

問題は、危険をほどほどに抑えられつつ奮闘する事。
つまり、第二巡洋戦艦隊への合流は駄目だ。
本格的な戦闘でボロボロになるまでお付き合いするか、何もないかの二つしかない。
それよりは、ミドルリスク・ミドルリターンの即応部隊の方が無難だ。

艦隊の援護がなければ、適当なところで後退する理由になる。
加えて、前方展開していれば長期滞在は消耗したとの理由でさけることもできよう。

「艦隊の先鋒ですか。胸が躍りますな。」

なにより、先鋒というのはそれだけで評価される。

「何を今さら。即応魔導大隊なのだ。いつものことだろう。」



「大隊長入室!」

敬礼で迎え入れられた大隊長の表情はごく普通だったと部下には見えたことだろう。
ターニャは何事にも動じないというあるべき士官の姿を演じ切れていることに自信があった。
そのまま淡々と答礼し、周囲を一瞥すると満足げに頷く。

まあ、内心ではうんざりしているのだが。

「御苦労、楽にしろ。ヴァイス中尉」

「はっ、状況を説明いたします。」

面倒事を部下にやらせるのは、いつの時代も上官の特権かつ義務である。
組織というものは、本質的に上下関係によって動くものだからだ。
上官が部下の仕事を奪ってしまうような職場は本末転倒だろう。

「昨日未明、北方方面軍第224夜間偵察隊所属の偵察機が集結中の艦艇を捕捉。」

ボードに張り付けられた写真は、撮影された協商連合艦艇の一覧である。
海軍国と言えない協商連合とは言え、一国の海軍だ。そこそこの規模はある。

ターニャにしてみれば、大艦巨砲主義なぞ時代遅れの代物に過ぎない。
だが、航空機が中途半端に成長し、魔導師なるものが飛び交う世界であっても軍艦は無視できないのも事実。
なにしろ、戦艦の艦砲は鉄量だけで見れば歩兵師団を遥かに凌駕する。
加えて、ハリネズミの様な艦隊対空砲火と海兵魔導師による迎撃網は実に抜くのが困難な網だ。

まあ、協商連合艦艇程度であれば、随分と楽だとも予想しているが。

「分析の結果、参謀本部はこれを脱出を図る協商連合軍残存艦艇と推察。」

推定航路は、一直線に連合王国に駆け込むルートから、蛇行するものまで様々。
しかし、最終的な目的地は共和国というよりは連合王国と推察されている。

これは、指揮官クラスにしか知らされていないことだが連合王国艦隊が領海ぎりぎりで演習中という報告もある。

「北洋艦隊に対し、捕捉撃滅が発令されている。我々はこれの支援だ。」

まあ、支援という幅広い概念でヴァイス中尉が締めくくった。
後は私の仕事だと言わんばかりにこちらへ視線を向けてくるので引き継ぐ。
さすがに、給料泥棒にはなれそうにもない。

「現在、北洋艦隊司令部付第二偵察魔導任務群が先発している。」

この雨の中、ご苦労なことにもだ。


「我々は、北進し情報を得次第これと合流する。言うまでもないが、臨機応変に対応せよ。」

「了解」

「情報部によれば、協商連合残存艦艇は砲弾消耗・機関損傷によってまともに戦力発揮できる状況ではないとのこと。」

「だが、どこかの親切な人間がいろいろ提供したらしい。つい今朝消息を絶った偵察機が最後に送ってよこした報告は全く別だ。」

「敵の足は速い。加えて、海兵魔導師までいるらしい。我々の主任務はこの海兵魔導師の排除となる。」

「各自完全装備で60分後に演習場滑走路に集合。何か質問はあるか。」

・・・まあ、戦争狂の部下らだ。見事なまでに戦意旺盛である。

結局、いつものように特に疑問もなく1時間後に部隊は出立。
高度を上げつつ、巡航速度で北進の途上にある。

途中、幾度か友軍潜水艦部隊が誤報を垂れ流し私がイライラした以外には特に変わった知らせは無い。
しいて言えば、風雨が強まり視界が急激に悪化していることくらいか。

周囲を見渡すが、飛行している大隊の面々すらまともに把握できない。
編隊飛行には自信があるつもりだが、部隊がはぐれて戦力発揮できないというのでは悲しすぎる。
さすがに、そこまで方向音痴の部下を持ったつもりが無いのは唯一の救いだろう。

「管制より、ピクシー。現在コンタクト報告なし。」

「ピクシー01了解。気象情報は?改善する見込みはないのか。」

うんざりとするような報告を、うんざりとするほど後方から聞かされる気分は最悪だ。
コンタクトなしということは、ずっと飛び続けている我々がさらに索敵しなくてはならないという事を意味する。
雨雲を突破しようにも随分と高度を上げねばならない。
結局、中途半端に濡れながらの飛行だ。

外殻で水をはじくとはいえ、気分の良いものではない。

「ウルバン・コントロールよりの、戦域管制情報を送る。・・・当分は無理だな。協商連合が逃げ出したくなるのも良くわかる。」

「戦区全域にて豪雨に暴風。現在二級洪水警報並びに飛行制限勧告発令中?了解した。他部隊は?」

いっそ、飛行制限勧告が飛行禁止勧告になれば帰還できるのだが。

「キィエール軍港より捜索遊撃任務に第一戦隊が出港中。空軍は特殊強行偵察中隊が索敵任務に出撃。友軍誤射に警戒せよ。」

友軍も捜索中?
まあ、何もないよりは、ましか。

そんなことを考えていた時のことだった。

「了解。・・・っ、大隊!ブレイク!ブレイク!!」

錆びた風景。雨音に交じる耳障りな音の原因は纏まりのない悲鳴と苦痛のうめき声。
音からして20センチ以上の主砲発砲音。極めて至近。
時折鼓膜を揺るがす音は炸裂音か轟音だ。構えたライフルに容赦なく降り注ぐ豪雨は戦闘行動を阻害する。
気が付くのが遅れた。やや高度を上げていたのが災いし、魔力素を盛大にばらまいて位置を露呈してしまっている!

「ピクシー01より、CP!コンタクト!コンタクト!」

「CPよりピクシー01、何事か?」

呑気なCPが恨めしい。
何が、ノーコンタクトだ。
本当に、調べたのか。
よりにも寄って、我々の真下にいるではないか!

味方の捜索魔導師はなにをしていた!

「我砲撃を受けゆ。間違いない、巡洋戦艦の発砲炎だ。ウィンゲンブルク沖200!」

報告を入れつつ、編隊飛行を即座に崩す。
見失わないように間隔を詰めて飛んでいては、敵の対空砲火に良いようにやられてしまう。

「大隊、散開!対魔導師、対艦戦闘だ。片方に気を取られ過ぎるな!」

周囲は見渡す限りの暗闇。
だが、間違いなく対空砲火に晒されている。
目を凝らせば、下から発砲炎とおぼしき光が点滅。
もうじき、対空砲火の瞬きが来る。

「っ!対魔導迎撃照射感知!対空統制射撃きます!」

「魔導師反応です!畜生!海兵魔導師がきます!」

実際、優秀な部下は適切に状況を把握している。

「総員任意戦闘!各中隊長の判断で応戦せよ!」

ともかく、組織的迎撃を受けている以上、対応が必要だ。
この暗闇の中で統制だった戦闘を大隊規模で行うよりは、各中隊に任せる方が無難。
統制を回復し、ある程度の体制を整えねば!

「ええい、視界が悪い!」

「海の湿気に留意しろ!相手は慣れている!高度を落とすな!」

だが、位置から推察するに下方へは第二・第三中隊が最適な位置にいるらしい。
第四と第一は上方警戒だったために高度に余裕がある。
そして、私は第一中隊を直卒している以上、危険なことは第四に押し付けたい。
素早く計算し、修正することにする。

「っ、魔導師を艦隊から引きはがす!第二、第三中隊は前衛だ。敵魔導師を牽制しろ。」

海兵魔導師の方が、航空魔導師にとってみれば脅威だ。
当然ながら、対空砲火と敵魔導師の攻撃に晒される趣味は部下くらいにしかないだろう。
危険地帯の仕事は御免蒙りたい。

「第四は後衛。第二、第三中隊の後退を支援しろ。艦隊と撃ち合うなど論外だ!」

本音で言えば、第四中隊も壁にしたいがそれは高望みすぎる。
それならば、囮を増やす方が結果的には正解だろう。
敵にしたところで、一個大隊を狙う方が効率は良いに違いない。

「第一中隊、わが身の不幸を嘆け!或いは、武勲の機会に咽び泣け!喜べ、艦隊を撹乱するぞ。私に続け!」

危険な対魔導師戦闘は部下にやらせて私は敵艦隊をおちょくる。

「「「「了解」」」」

「艦隊斬り込みとは、剛毅ですな!先陣はお任せを!」

意気軒昂なる中隊要員らが志願するが、貴様らの意図などお見通しだ。

「悪いが、指揮官先頭だ。引っ込んでいろ。」

こんな時ばかりは、指揮官先頭の精神が役に立つ。
誰だって、常識的には先頭で敵の砲火に突撃したいとは思わないだろう。
だが、これは素人計算なのだ。

私だって、理性的に考えなければやりたくないことだが、こちらの方が安全性は高いと知っている以上躊躇なくこちらを選ぶ。
常識的に考えて、理性が恐怖を凌駕するのだ。

考えても見たまえ。
先頭を狙った弾丸というものは、弾幕となる。
これを速度で潜り抜けたとしよう。
まあ、一番目は良い。
250の速度を想定して敵が弾幕を張ったならば、300で突入すればいいのだ。
そうすれば、50の差で先頭は安全。
しかし、後続は?

後、攻撃後離脱する時後ろに盾があるほうが安心できるのは言うまでもない。
目は前についているのだ。

考えてみれば考えてみるほど、後の方が危険でしかない。

つまり、指揮官先頭の精神こそ安全策なのだ。
戦争というのは、如何に臆病になれるかで生き残れるかどうかが決まるという。

当然、臆病な私としてはしれっと安全なところをとっておきたい。

「我に続け。繰り返す、我に続け。」

さしあたり、対空砲火がそれほど濃厚で無い艦影を探索。
それはそうだ。

平静になって考えるまでもなく、巡洋戦艦や巡洋艦の濃厚な対空砲火とキスしたいと考えるのは狂ったウォージャンキーだけだ。
戦争映像なり、特集なり見ればいい。米空母の対空砲火なぞ、空1割に弾幕9割だ。見ているこっちが絶望したくなるような濃厚な迎撃網。
いくら魔導師の外殻が強硬とはいえ127ミリ高角砲の対空砲火なぞ御免蒙りたい。

夜間で敵味方の姿が明瞭でない分いくばくかやりやすいとはいえ、対空砲火に定評のある大型艦を狙うのは危険すぎる。
当然、駆逐艦を狙うのが常道。

「・・・っ、あれが駆逐艦か?まあいい、ぶちかますぞ!」

暗くてはっきりと視認できないが、やたらめったら乱射している銃座があるために一つの艦影を捕捉する。
周囲に僚艦がいないことから考えるに、孤立した駆逐艦だろうか?
これならば、他艦の支援も懸念しなくていい分楽だろう。

そう判断し、突撃隊列を形成。
高度4500より、一気に急降下するべく紡錘形の隊形を維持しつつ突撃角度を微修正。

「ーくっ、被弾しました。お先に帰還します!援護無用」

だが、なかなか駆逐艦というものも侮れないらしい。
考えてみれば、まあ主砲の127ミリ砲が対空射撃可能なのだから油断禁物か。

被弾した部下はまあ、飛ぶことに支障はない。
だが、見たところあまり状態も良くない以上下げるしかないか。
援護無用という事はまあ無事帰れるだろうし、今は他に手当てできることもない。
せいぜい、囮になることに期待するしかない。

「さっさと帰れ。よし、各員爆裂式用意。駆逐艦の装甲ならば爆雷か魚雷発射管を狙えばやれんこともない。」

思考を切り替えて、最善の攻撃方法を検討。
空間事爆破するような広範囲対象の重爆裂系はこちらが動きを止めている間に的になる。論外。
では、ちまちまとライフルで射撃?嫌がらせにもならないだろう。却下。

ならば、もっとも有効な嫌がらせは?
起動速度重視の爆裂式で敵の爆雷か魚雷を誘爆させてやることだ。
戦艦すら狙える魚雷が誘爆すれば、駆逐艦はひとたまりもないだろう。
敵艦の後部に攻撃を集中すれば駄目もとでも速度低下や舵の破壊も期待できる。

こちらのリスクはさほどもない。

まさに、パーフェクト。

「魔導師が艦艇を沈めていけないという法もない。盛大にやるぞ!」

「引きはがしました!現在拘束し、距離を取っています!」

唯一の懸念であった海兵魔導師の引きはがしも順調だ。
これで急降下中に上から襲われるという間抜けな展開は避けられる。
一応、名目とはいえ撹乱できていることにもなるので完璧に過ぎる。

「よろしい。そのまま艦隊支援圏外まで引きずり出せ!」

「「「了解!」」」

現在急行中の友軍艦隊到着まで拘束するのは困難だろうが、敵の消耗を促すだけでも勲功抜群だろう。
なにより、敵艦隊の位置を特定できた時点で随分と仕事をしているのだ。
ここは一当てしてさっさとRTBするに限る。
捕捉した以上、撃滅は他の部隊に責任を押し付けてしまえばよいのだ。

「さて、第一中隊諸君、戦果なしの丸坊主と言われたくなければ仕事の時間だ。」

一気に、ダイブ。

対地攻撃とは異なり湿度が不快感をもたらす急降下。
とはいえ、雨にまぎれての急降下だ。さほどの迎撃効率もない。
予想通り迎撃の弾幕は、私に追い付かずに、後ろにそれていく。
当然だ。たいていの場合先頭の方が生存率は高い。
なにしろ、先頭の速度に合わせて後続が突入してくるとあれば、先頭の速度に合わせて銃撃すれば撃墜可能。
敵が救いがたいほどに無能で無ければ、二番機以降が危ないのは自明なのだ。

部下を囮にしてでも、生き残って出世するというのは企業も軍も変わらない不変の真理。

「・・・総員、術式展開!」

とはいえ、脱落が無かったのは嬉しい誤算だ。
まあ、駆逐艦なのだから先ほどの脱落はまぐれあたりというところか。

手際良く中隊は爆裂式を展開。
後部に集中させた攻撃が連続して放たれる。

「第四中隊より弾着報告。なれど、敵艦健在の模様。」

その着弾を確認する間もなく急速上昇によって離脱。
部下が後ろの盾となるとはいえ、あまり期待できない気休め程度である以上全速でだ。
のんびり戦果観測をして撃墜されるのは間抜けの仕業。
当然、遠距離から見ている部隊が戦果報告を判断する確認機の仕事は請け負ってくれる。

その第四中隊によれば、まあ敵艦健在らしい。

誘爆音がしない時点で、わかりきってはいたが残念なことである。

「十分だ!敵の掻き乱しという目的は達した。離脱するぞ!」

急速離脱する第一中隊に合わせる形で、他の3中隊も距離を取り始める。
そのまま、敵海兵魔導師を牽制しつつ、離脱。

一気に距離を取るべく最大速度で帰還隊列を形成させる。

まあ、悪くはないだろう。
確かに主目的の敵海兵魔導師撃滅は失敗しているが、戦略的に敵捕捉の功績は無視されないだろう。
つまり、これ以上の戦闘は消耗が多いだけで利益は少ない。
手柄は友軍に譲るべきだ。

「戦果報告はいかがされますか?」

「魔導師撃墜6、不明艦不確実中破だろう。駆逐艦にしてはかなり足が落ちている。機関部には損傷を与えたはずだ。損害は?」

「こちらも、6名ほど重傷を負っています。軽傷は多数。」

「・・・ほとんど、負け戦だな。合わせる顔が無い。」

まあ、今回のことで当分は無理を言われずに済むだろう。
彼らならば、この無理難題にも対応できると思われるよりはずっとましだ。
むしろ、部隊の受けた損害から再訓練と休養を申請できるかもしれない。

其れを思えば顔がにやけそうになるほどだ。
もちろん、自制し、沈痛な表情を造る位には経験を積んでいるが。

「魔導師で対艦戦闘までやられたのです。十分な戦績であります。」

「後は、友軍に任せよう。帰還だ。」


あとがき
ヾ(´ω`=´ω`)ノ オハヨォ

色々と感想を頂いており恐縮の次第。
ハートフルな童話や白い妖精さんは検討中です。
チラシの裏から移転するかは正直迷ってます。
コールサインのミスは修正しました。
更新速度は・・・・うん、ごめんなさいorz

(つ∀-)オヤスミー


追記
誤字修正
漢字変換がアレなのでRTB等の用語に置き換える事にしました。
ZAP



[24734] 第二五話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:48
連合王国‐ロンディニウム



「情報参謀はなにをしていたぁっ!!!」

閑静な住宅街の一角にあるひっそりとした建物。
外部と目立たない形で隔離されたその建物の中では静けさとは対極に嵐が吹き荒れている。
中でも、凄まじいのが居並ぶ情報参謀らを面罵する対外戦略局のハーバーグラム少将だった。
握りしめた拳で机をたたき割らんばかりに叩きつけ、生半可な答弁では許容する気配は見えない。
立ちすくんでいる情報参謀らは銃殺前の囚人のように顔色が真っ青だ。
まあ、無理もない話である。
ほとんど不眠不休で整えた局面が一夜にしてひっくり返された少将の激怒は凄まじい。
北海の哨戒ライン割り出しと、帝国軍巡回ルートの分析。
北洋艦隊の出撃可能速度の確認と牽制を兼ねた本国艦隊の演習スケジュール作成。

その労力が一瞬で泡沫の泡と消えてしまったのだ。
ハーバーグラム少将ならずとも連合王国関係者は歯ぎしりして口惜しがっている。
それどころか、問題の原因究明に抜本的な取り組みの必要性を認めているほどだ。
機密保持の責任を担う情報参謀らは、すでに胃の負担が限界を超え始めている。

「何故、あそこに、帝国軍の魔導大隊が現れる!」

かねてから疑問視されていたことだが、連合王国情報部の敗北は偶然で片付けるには少々負けが過ぎていた。
一度二度ならば、不幸な事故も三度となれば必然である。
情報収集と観測所を兼ねていた派遣義勇部隊がピンポイントで魔導師によって砲撃された時はまだ、偶然を疑えた。
観測波から逆探知の可能性ありという分析結果に基づき、機器の改善も図られている。
強行偵察部隊に艦影が捕捉されたことも、不幸な事故や偶然と言えなくもないだろう。

だが、今回はあまりにも偶然というには不可解すぎると受け止められた。

よりにもよってピンポイントでやられたのだ。

「鋭意精査中です。ですが、本当に偶然としか思えません!」

「帝国情報部は優秀やもしれませんが、いくらなんでもここまで把握できるとは・・・」

「では、この映像をどう説明する?」

口々に疑念を否定しようとする士官らを黙らせたのは、映し出される交戦記録。
かなり濃い戦闘魔力濃度によるノイズで詳細がぼけているとしても、それが物語るものは明確だ。
一心不乱に単一目標へアプローチしていく帝国軍魔導師達。
敵の攻撃を引きつけようと懸命に他艦が攻撃を行っているが、敵部隊はその何れをも無視している。
損害に臆するどころか、度外視しているとしか思えない機動。
そのまま、迎撃に上がっていく海兵魔導師を拘束しつつ一隊が急降下突撃隊形を形成。
迷うことなく巡洋戦艦に対して突入してくるところで映像が途絶える。

あきらかに、他艦には目もくれずに特定の船に対して突入してきている。

「何故、この地域にわざわざ北方戦区で確認された精鋭ネームド部隊が網を張っていた!」

ハーバーグラム少将の雷が鳴り響く。
情報参謀らは、ご丁寧にも帝国軍ネームドは北方戦線の援護に専念する模様とまで分析したのだ。
わざわざ中央から派遣されたネームド部隊。
それが攻勢計画の後押しになるとまで、一部では分析した。

だが、予想とは異なりネームドはわざわざ配置されたエリアを大幅にずれる形で出現している。
当初は未確認の新鋭部隊かとも疑われたが、記録された魔力反応がすぐにその疑念を打ち消してくれた。
なにしろ、記録された反応からつい先日協商連合方面で存在が確認されているネームド部隊と即座に同定されたのだ。
つい先日、ご丁寧にも協商連合に派遣された義勇軍と交戦した部隊だ。本来こんなところにいるとは考えにくい部隊である。
帝国軍のローテーションを勘案しても交代・休養にはあまりにも早すぎるペース。

「戦闘が激化しつつある北方。まして連中は攻勢を計画中だ。そんな時にわざわざ有力な魔導師部隊がこんなところに派遣されると?」

まして、攻勢計画を立案中の帝国北方方面軍が偶然精鋭の魔導大隊をわざわざこんな地域に展開させる?
北方戦線に武器弾薬から兵員をできるかぎりかき集めさせている連中がだ。
ここまでくれば偶然というよりも必然に近い。

「なにより、見たまえ。連中、艦隊前衛に見向きもしないで中央部へ突入している。」

不意遭遇ということも説明がしにくい。
連中、前衛部の駆逐艦隊には全く手を付けていない。
それどころか、巡洋艦や駆逐艦を無視して中央部上空まで隠密裏に忍び寄っていた。
感知されるぎりぎりまで秘匿性を重視して接近。辛うじて行われた迎撃にわき目もくれず目標を襲撃している。
これで偶然というならば、運命の女神がダース単位で帝国に微笑んだとでもいうのだろうか。

「なにがしかの通信を艦隊上空で入れている記録もある。」

艦隊上空で突撃隊形を構築する寸前でなにがしかの報告を入れる?
会敵報告と言えないこともないが、ならばもっと早い段階で行われるべき種類の報告だ。
連中が索敵部隊であるとすれば、ここまで接近する必要はない。
逆に攻撃部隊であるならばそれ以前に誘導部隊がいなければならない筈だ。

無誘導で、大隊規模の魔導師と突発的に不意遭遇など冗談にも程がある。
知らなければ、神のみぞ知る偶然でも起きない限り遭うはずもないのだ。

「迷いもせずに護衛を引きはがしにかかった上に一個中隊が巡洋戦艦に躊躇なく突入だ。笑うしかない。」

対空砲火の命中率は決して高くはない。
そんなことは海軍どころか陸軍ですら知っていることだろう。
だが、知っていることと実践するのでは天地ほども差がある。
あまり当たらないからと言われて、機関銃がずらりと並べられた巡洋戦艦に突っ込むか?

躊躇の一つもあろうというものだ。
よしんば、躊躇しないとしてもやり方はいくらでもある。
攻撃が目的であるならば遠距離から砲撃術式を展開するという方法があるだろう。
魔導師の超長距離砲撃式ならば対空砲火の大半から逃れられる。

もちろん、其れをさせないための海兵魔導師だ。
しかし、あの状況下で奇襲は可能だった。
こちらは、敵に真上を取られるまで気がつかない程静謐な反応しか出されていなかったのだから。

「見たまえ。魔力反応からしてネームドが嚮導機を務めている。」

ネームドの魔力反応を発見するのが遅れたとは協商連合の無能さゆえだろうか?
嚮導機の魔力同位体観測は基本中の基本だ。
出力を絞って隠匿飛行でもしない限り、感知は容易。
魔力の出力を索敵部隊が絞ることはまだ良い。滞空時間を延ばすために一般的であるし、被発見率を下げるとして好まれる。
だが、大隊規模で急行中の部隊が行う事があるだろうか?
確かに、一時的な滞空時間は延びるが消耗も跳ねあがるのだ。
戦闘加入など論外。結局、奇襲目的以外で出力を絞ることなど・・・。

「・・・洗い出しの結果は!?」

この結論を認めることは、非常に重大なことを意味する。
漏れていなければ、敵の行動に説明がつかないのだ。
当然、情報部の洗い出しとモグラ叩きが急務となる。

だが、泣きたいことに敵の徴候が何一つとしてつかめないのだ。
担当者らはすでに半泣きである。

「暗号・ダブルスパイ・内通者の何れも検討しましたが、やはり現時点では白です。」

「本格的な調査待ちですが、暗号が解読されたとは思えません。使い捨ての指定コード以外発信していません。」

「ダブルスパイ・内通者の線も極めて微妙です。当該情報にアクセスできた人間は二桁にも及ばないのです。」

「不幸な、不幸な偶然ではないでしょうか?」

もちろん、情報部や情報参謀とて手をこまねいていたわけではない。
『偶然』という言葉に落ち着くまでに散々調べつくしている。
調査の過程で幾人かのモグラを発見し、締め上げることまでやってのけた。
にもかかわらず、事態は少しも改善しないのだ。

ここまでくれば、やはり不幸な事故だったのではないのか?
一部の人間がそう考え出すのは時間の問題である。

だが、その考えは一蹴された。

協商連合艦艇に観戦武官として派遣されていた情報部将校や海軍将校の報告書。
そこに記載されている詳細な報告は、偶然の事故と主張する一派を沈黙させるに十分すぎた。

「・・・亡命政権要員を乗せた巡洋戦艦に、たまたま展開していた大規模な増強魔導師大隊が不意遭遇戦闘で、たまたま攻撃して亡命政権要員の居住ブロックに攻撃を集中する?」

目を通したハーバーグラム少将に至っては、手にしていたパイプを握りつぶしかけた程の代物。
添付されている写真は、攻撃が一ブロックに集中して行われたことを如実に物語る。
そして、通常であれば全く重要な攻撃部分と見なされないエリアへの攻撃。
対艦戦闘を考慮すれば、重爆裂式なり、喫水線の下を狙う重力式なり有効な攻撃手段は少なくない。
だが、わざわざ居住区に対人掃討用の爆裂術式だ。艦橋を狙うならばともかく、わざわざ居住区に対してだ。それも、中隊全ての攻撃が集中して。
しかも海兵魔導師の報告によれば、目標のブロックに着弾させた後は一切の戦闘行動を取らずに離脱しているとのこと。

偶然というのならば、どこまでが偶然なのだろうか?

「笑える偶然だな。本当に、偶然というには、笑え過ぎる偶然ではないか!」

そう叫ぶなり、ハーバーグラム少将は言葉を失ったかの如く沈黙した。
冷静沈着、不動の如しとまで讃えられた傑物がである。









帝国軍本営陸海軍合同会議室

戦務参謀と情報参謀と作戦参謀が頭を抱えているというのは要するに不味い事態だ。
政略的に問題が生じたか、或いは軍事上の問題が発生したことを意味している。
当然の事として参謀らが事態の収拾に苦慮することになるのだ。
まあ、誰に責任を押し付けるかを半分くらいは考え始めているに違いないが。

「何?逃げられた?」

居並ぶ陸軍士官らの思いを一言で言いあらわすと正にこれである。
いや、全ての参加者の思いであったと言っても良い。
袋の鼠とまではいかなくとも、ほぼ確実視されていた作戦だ。
ここのところ、手持無沙汰であった海軍に華やかな戦果をもたらすとの期待は見事に裏切られてしまっている。

「・・・北洋艦隊は再捕捉に失敗しました。」

「魔導大隊が捕捉し、友軍潜水艦がコンタクトに成功したにもかかわらず?」

手際の悪いことに索敵魔導師ではなく、遊撃部隊として展開していた203大隊が偶発的に接敵。
不意遭遇の混乱によって大隊は海兵魔導師と敵艦に若干の損害を与えるに留まっていた。
まあ、発見に成功したのだ。
この時点で、さしたる戦果が無いことよりも発見の報に重きを置いたのはデグレチャフ少佐の失態ではない。

次に、試験的に投入されていた友軍潜水艦が報告のあった位置から推測される航路で見事に敵艦隊を再捕捉した。
デグレチャフ少佐らの報告通りの編成。
雷撃位置の関係上、取り逃がしたとは言え所詮潜水艦。
発見できたという時点で十分に役割を果たしている。

ここまではよい。

「はい、取り逃がしたようです。」

だが、取り逃がすとは何事か。
曲がりなりにも、北洋艦隊には其れなりの主力艦を配置してあるのだ。
相応の戦果をあげることを期待している。
まさか、重油の無駄食いであるというのか。
そのような思いが込められた発言が陸軍側から提示されるのは当然だろう。
貴重な魔導師や物資を割いて海軍が昼寝しているとあれば、陸軍は黙ってはおれない。

どういうことか?

暗に叱責を込めた陸軍から厳しい視線。
それに晒された海軍参謀はしどろもどろになりながら、資料を提示し弁明を試みる羽目になる。
どうして、自分がこんなことをしているのかと思いながらも、彼は彼なりに最善を尽くす。

「いえ、悪天候下で二度もコンタクトできたこと自体が偶然でした。再捕捉は必ずしも容易ではないのです。」

洋上での捕捉は決して容易ではないのだ。
艦隊とはいえ、大海原では小さな点に過ぎない。
面を全て制圧しない限り完全な哨戒網の構築は不可能。

どこまでやれるかは、確率論に近い。
それ故に、海軍士官は経験則に基づく推論を重視する。
言い換えれば、経験が浅い帝国海軍は常に後手に回っているとも言えた。

ハードの拡張は順調だとしても、其れを運用する兵員の育成には多くの課題を抱えているのが実態なのだ。

「それをやるのが、貴官らの任務だろう。」

しかし、愚痴を言っても始まらないのも真実。
言われるまでもなく、軍人とは与えられた戦力の中で最善を尽くすことが求められてしまう。
そうである以上、海軍としては十分なだけのハードを運用するソフト面は努力で補わなければならない。

「しかし、同時にこれ以上は言っても仕方のないことだ。」

とはいえ、これ以上は無用な糾弾になる。
そう判断したゼートゥーア准将はガス抜きを終えることにした。
見渡す限り、陸軍側の不平不満はだいぶ口にされた様だ。
海軍側の我慢もそろそろ限界に近い。これ以上は危険だろう。

なにより、これ以上は単なる時間の無駄だと判断する。

糾弾を切り上げ現実的な解決策の模索を提言する。

「事後策の検討にかかる他にない。海軍側の提案は何かあるのか?」

発言を終え、ゆっくりと陸軍側を見渡し言い足りな気な参謀らに釘を刺しつつとゼートゥーア准将は着席した。
如何にも、待ちかねていたという感情を見せながら立ちあがる海軍参謀に若いなと思いつつも気分を切り替える。

「我々としては、外交面からの支援で共和国との合流を阻止したく思います。」

提示された資料には、外務省からの意見が付与された方策が提示されている。
その案自体は特に問題があるわけではない。実際、良くまとめられているとも思う。
少なくとも、道理は通っている。

「中立国義務条項の活用か。しかし、連合王国が素直に履行すると思うか?」

だが、国家の生存闘争において道理が全てではない。
そうであるならば、今頃世界はユートピアが実現されていたことだろう。
地上の楽園が不在であることが、現実を如実に物語るのだ。

「外務省は、微妙だという見解を寄こしています。正直、ありえないでしょう。」

おそらく、連合王国は48時間以内の出国を要求するだけだろう。
中立国の義務として武装封印措置を真剣に行うとも思えない。
駐在武官による確認は、手続きの遅延によって抵抗されるに決まっている。

そうなれば、許可が下りる頃には船が湾外に出ているに決まっているだろう。

「だとすれば、連中は悠々と共和国艦隊と合流することになる。」

「面倒ですな。これでは、協商連合系の抵抗が長引く。」

性質の悪いことに、連合王国の領海と共和国の領海が接する水域は少なくない。
連合王国領海での交戦が禁じられている以上、実質的に共和国艦隊との合流は阻止不可能。
外交上の問題を全て無視しない限り、阻止し得ない。

そして、協商連合の軍艦が帝国と戦うというのは降伏を求める上で難題となりかねない。
みろ、海軍はまだ健在だ、と。
抗戦意欲を挫きたいところで、頭の痛い問題となりかねない。

「・・・早急に沈めるほかにありますまい。」

被害を最小限に留めるためにも、事態の収拾を急ぐほかにない。
そのためにも、協商連合艦艇は軒並み沈めておかねばならないだろう。
数隻の打ち漏らしならばともかく、そのまま逃げられたのだ。
一隻、二隻沈めた程度では最早鎮火し得ない。

ならば、せめてできるだけ迅速に撃沈し尽くすのが唯一の選択肢だ。
そうすることによってのみ、問題の早期終結が図れる。

「では、北洋艦隊への命令は速やかな撃滅という事でよろしいか。」

「結構です。」

海軍側としても、それらに異論はない。

「増援は引き続き出す。ともかく、早期に解決してほしい。」




第203大隊駐屯地‐大隊司令部

そこにあるのは、純粋で静謐な結晶だ。
純粋な・・・濃密で、仄暗い沈澱して膿んだ狂気。
見ているもの全てを狂気に誘う悪夢の様な瞳。
睨みつけられた側としては、魅入られないようにするのが精一杯。

「御命令をお伺いしたく思います。中佐殿」

軽く息を吐いたレルゲン中佐はようやく、肺に空気を送り込んだ。
陽気が窓から差し込んでくる室内。
冬にしては暖かそうな一日だというのに、全身を寒気に包まれるようである。

理由は簡単だ。

目の前の結実した狂気の結晶。

「デグレチャフ少佐、特殊襲撃命令だ。貴官には引き続き北洋艦隊への支援行動が命じられる。」

情報部が汚名返上のために掴んできた情報がある。
艦隊の亡命成功に気を良くした協商連合首脳陣の一部が亡命政権樹立のために国外へ出るというのだ。
当該方面に展開中の諸艦艇に対しては民間船への臨検命令が念押しで発令されている。

だが、より大きな理由としては海軍の面子という問題が横たわっている。
これ以上の失態は、海軍軍令部の問題に留まらず帝国の不名誉にもなりかねない。
当然、北洋艦隊は使える資源をすべて活用したがっている。

だからこその援軍。
だからこその支援。

「・・・名誉挽回の機会というわけでありますか。」

しかし、目の前の小柄な少佐はそのすべてを理解しようとしない。
狂っている責任感だが、彼女は自分自身の責任に慄いていた。

ただの、ただの少佐風情が全ての責任を背負い込んでいる。

寒気どころか、おぞましい何かが室内に吹き荒れているかのような違和感。
あるいは、正常と異常のはざまに放り込まれたような気分だ。

「敵部隊の捕捉には成功したのだ。少佐の責任ではない。」

「怨敵を目前に、取り逃がしたのであります。次は、次は確実に。」

取りなしの言葉は、全く意味を持たない。
別段、空疎な言葉を吐いたわけではないのだ。
悪天候下で敵部隊を捕捉しただけでも十分すぎる功績。
まして、部分的とはいえ敵海兵魔導師にも損害を与えている。

パーフェクトではないがベターな結果だったと唯一人を除いて誰もが認めるだろう。

「少佐?」

「ご安心を。過ちは繰り返しません。絶対に、過ちを繰り返さぬとお誓いしましょう。」

だが、その唯一人はパーフェクト以外を受け入れない。
恐るべきことに、殺意と愛国心の塊を純粋に軍人という形に成型したかのごとき思考。
軍人というよりも、彼女は軍人の形をした人形に近い。

うわ言の様に繰り返される言葉の端々には奇妙なまでの切迫感すら漂う。
ただ一度、ただ一度ベターな結果を取っただけでこのありさま。
完璧主義にも程がありすぎる。

命令を字句通りに遂行することにしか関心が無いのだ。
狂っているとは思っていたが、いったいどういう教育をすればこれほど歪に育つのだろう?

「・・・気を張るな少佐。貴官の功績は評価されている。貴官は、任務を果たせばよい。」

「ご安心ください。一隻たりとも残すつもりはありません。」

全く言葉が通じない。
会話が成立しているようで、何か致命的な齟齬が横たわっている。
私は、ただ任務の遂行を励行しただけのはずだ。
それが、何故この狂気の塊は撃滅の意図高らかに戦意を満ち溢れさせている?

戦争狂にも程がある。

帝国軍が産み出した最高にして最悪の戦争狂に違いない。
唯の人が、これほどまでに同族殺しを嬉々として行い得るものか。
あるいは、躊躇なく軍務を何処までも忠実に行いうるのだろうか。
人として、根本がずれていない限りありえない齟齬だ。

「参謀本部も敵部隊の排除を期待している。」

名目上、伝達に従事する者として伝えなくてはならない事実。
慣習上部隊長に敵部隊の排除を期待する旨の通達は、一般的な行為である。
時候の挨拶に等しい。

だが、だが、どこかで理性が警告を発するのだ。

目の前の化け物じみた戦争狂は字句通りに実行しかねないと。

「貴官と部隊の武運長久を祈る。幸運を。」

うすら寒いものを感じつつ、レルゲン中佐は職務への義務から激励を口にする。
少なくとも、彼女と彼女の部下は友軍なのだ。
矛先が向かうのが、愛する祖国で無い以上何を恐れることがあろうか。

自分を誤魔化すように心の底で疑問を押しつぶす。

「ありがとうございます。」

それを知ってか知らずか、答礼するデグレチャフ少佐の姿は見事なまでに模範的ですらあった。



大隊駐屯地‐大講堂

ひやひやしていたが、結局参謀本部からの通達は事務連絡であった。
てっきり、任務失敗の叱責かとも危惧していたのだが。
上は思った以上に寛大らしい。ありえないくらいに寛大だ。
私ならば、部下が無能であればリストラを勧告する。
誰だってそうだろう。リストラできないと軍だと考えてもペナルティは覚悟しておくべきだった。

だが、上は二度目の機会を与えてくるつもりらしい。
言い換えれば、最後の機会に違いないだろう。これ以上の寛大さを期待するのは無理がある。

だとすれば、面識のあるレルゲン中佐殿がわざわざ事務連絡で来てくれたのは上の配慮だろう。
中佐殿が仰っていることは、上はまだ私を見捨てていないという事の婉曲な表現に違いない。
何とか、取り持つから戦果をあげて見せろという心配り。

「ふむ、近いうちにお礼をしておかねば。」

よい上司だ。
其れ相応の敬意を払ってしかるべき人物ということになる。
上官を選べない軍でこういう上官に恵まれたのは幸いだった。

そのことに若干気分を改善させつつターニャは呟く。
業務連絡のために召集していた大隊要員はすでに集合済み。
適度に緊張感を保って耳を傾ける姿勢は好感が持てる。

「大隊諸君、私は神を信じない。微塵もだ。」

いるならば、私に存在Xを切り刻みシュレッダーにかけた後、豚のえさにする力を与えたまえ。
其れができないのであれば、せめて存在Xをこの世からけしてほしいものだ。

口にはしないが、思いを心中で述べておく。

できもしないのだろうが。

そう思い心の中で嘆息。
居並ぶ私の部下の方が、よほど役に立つし忠実だ。
実にすばらしい飼い犬である。
まあ、手綱を緩めると戦場に突撃していくので頭が痛いのはどっこいどっこいであるが。

ともかく、失態を取り繕う機会だ。
壇上に立ちあがり、名誉を挽回するためにも部下を懸命に鼓舞することにする。

「神よ。貴様が偉大だというならば、倫理を実践して見せろ。」

其れが倫理というものだ。
法の支配や、一般的普遍原理に反抗するというならばそれ以上のことを示す必要がある。
それもせずに、神の存在を主張するのは片務的な契約履行要求にも程がある。

軍人として命令を受けた。そのために、給料やもろもろの待遇で養われているのが私の身分。
一応、敵部隊発見には成功しているとしても当初の任務には失敗している。
いうならば、救急車が消火活動に参加して失敗したようなものだ。

確かに、火は消し止められても人を救えなければ本末転倒。

我々は発見したならば、同時に海兵魔導師を排除しておかねばならなかった。

それが仕事なのだ。
他の所など取り繕う暇があるならば、まず敵海兵魔導師を排除しておくべきだった。
レルゲン中佐殿や参謀本部がオブラートに包んでくれてはいるが、これは我々の失態だ。

意気消沈する部下らには、このことを徹底して自覚させなくては私が不味い。
中間管理職とは、こういう機微を部下に解らせなくてはいけないのだ。
部長がそれとなく伝えてくれたミスを、課長が修正せずに放置していることはありえないだろう。

「人は、矮小な存在にも其れを期待しない。」

当然、上は我々に失望するとばかりにターニャとしても思っていた。
無能とすら思い定められても仕方ない。
製造の人間が、何を狂ったのか営業に出た挙句に在庫管理に失敗したら?
営業にいくら成功しようと本末転倒だ。

無能と罵られる事を甘受せざるを得ないだろう。

「だが、喜べ。軍は我々に機会を与える意思があった。」

わざわざ、参謀本部から人を派遣してくださるほどにだ。
このことは、まだ見捨てられていないことを意味する。
懲罰大隊送りの危険性は残っているが、戦果をあげることで克服するしかない。

「煉獄だろうと赴き、征服することこそ軍人の本務」

行けと言われれば、何処までも行くしかないのだ。
いまさら言うまでもない基本ではあるが、基本を確認しておくことは常に大切である。
ハインリッヒの法則は、細かいエラーの積み重ねに警告を発している。

事故防止のためにも、過激なくらいに念押しをするのが基本だ。

「なれば、今一度任務を行おう。我らだけでも行おう。」

「大隊長?」

副官のヴァイス中尉が口を挟んでくるとは。
正直、くど過ぎたのだろうか?

やや躊躇するが、やはり部下の前で動揺するなという士官学校の教育が頭をよぎる。
ただ漫然と過ごして後悔するよりは、やって後悔する方がまし。

そう判断し、気にも留めないという表情を辛うじて維持しながら周囲を一瞥する。
たぶん、大隊要員はまあ念押しの確認にそれほど飽きてはいないらしい。
基本を大切にできる人材とは、本当に持って帰りたいくらい素晴らしい連中である。

「番犬は優秀であるという事を教えてさしあげよう。」

きちんと、認識を確認。
要するに、暴力装置としての軍隊は番犬だ。
国家の統制から暴走する意志は全くないことを示しておく必要がある。
どこで、誰の目が光っているかわからないのが世の中。

多少あざといくらいに忠誠心をアピールすることの方が良い。
失笑を買う方が、警戒されて罠にはめられるよりも百万倍ましである。
何れ、失笑した奴を蹴り落とせばよい話だ。

「どこへ逃れようとも、我々が喰らいつくことを教えてやろう。」

しっかりと追撃戦を今度はやります。
そういう表現では、戦意不足と判じられかねない。
だから、微妙に軍人的に鼓舞するような発想で作文。

協商連合の艦艇をウサギに見立てれば、我々は猟犬。
忠勇な猟犬として軍から認識される事が理想である。
上は、我々にウサギの排除を希望している以上猟犬としては頑張るしかないのだ。

「大隊長!越権です!我々には、越境攻撃権は認可されておりません!!」

・・・おいおい本当にどうしたのだろうか。

気配りと常識と良識に私の中で定評のあるヴァイス中尉が訳の分からないことを叫び始めた。
越境攻撃なぞ誰がやるというのか。
私か?私が、越境攻撃をしかけるといつ口にした?

それとも、軍人の常識で越境攻撃を独断で敢行するのがデフォルトなのか?

・・・落ち着け。まず状況を確認しよう。
手早く知識のパズルを並べて状況理解に努める。

①ヴァイス中尉は常識人だ。
②私は、模範的な軍人の真似をしているところだった。

OK、ここまでは何ら問題が無い。
今の私はつじーんのごとき模範的な軍人。誰からも批判されるいわれ・・・・・

待て待て。
もう少し、踏み込んで考えよう。
私は、つじーんの真似をしている。
さて、つじーんは常識人から好かれる存在だっただろうか?
いいや、そんなことはありえない。むしろ、嫌われている気がする。

何故か?



つじーんと言えば独断専行?




・・・そんなのは、決まっている。
私の様な常識人が、つじーんのような部下を持てば即首だ。
なにしろ、すぐに独断専行する奴である。
使えないにも程があるだあろう。







そして、私の副官は常識人?
つまり、私はツジーンじみて暴走しかねないと常識的に判断された?
ううむよろしくない事態だ。私は恥を知る良識人である。
独断専行で他人に責任を押し付けることなぞ、やりたくもない。

まして、ルールを守ることこそ生きがいである。
ルールは破るものではない。潜るものである!
そんな基本的なことも私が分からないと思われていたとは・・・。

「中尉。落ち着きたまえ。誰も、連合王国に喰らいつくなどとは言っていない。」

ううん、困ったことになった。
内心でまったく見当違いの汗を流しながらターニャは苦吟する。
正直に言って、つじーんやきちくぐち将軍のような人間だと思われるのは避けたい。
というか、そう思われていたならばヴァイス中尉と話をする必要がある。

内心で思いつめつつも、とにかく場を乗り切ることに専念。

「はっ?失礼いたしました。」

「まあ、簡単だ。協商連合艦艇は共和国艦隊と合同で行動すると予想される。そこを狙うぞ。」

のこのこ出てきた連中を叩く。
ただそれだけの仕事。
それ以上は給料分以上だ。
もちろん、出世のために頑張るという発想もありだ。
だが、軍での出世は必ずしもハッピーを約束してはくれない。

そうである以上、私は取りあえず給料分の仕事に留めたいのだが。
一体、どうしてこうなったのか?
いや、もちろん存在Xの悪意が根本なのだが、とターニャは歎いた。
確かにツジーンの真似をし過ぎるとアレかもしれないと反省。
今度、部下と腹を割って話をするべきかもしれないと思う。

「では?」

「ああ、海兵魔導師の真似ごとだ。喜べ、海軍の食事の方が旨いぞ?」

取りあえず良い知らせが一つある。
海軍の食事は、陸軍のそれよりもはるかに恵まれている。
正直、ハードに予算をかけすぎだと酷評される海軍だが料理というソフトは陸軍を遥かに上回るのだ。
福利厚生の観点から見た場合、職場としては海軍の方が望ましいに違いない。




あとがき
①一言で言うと?
⇒駆逐艦ではなく巡洋戦艦でした。
②で、どうした?
⇒襲ってみたら、偶然お偉いさん吹っ飛ばしてました。
③皆はなんと?
⇒知らぬは本人ばかり。連合王国inパニック。
④ところで?
⇒更新速度につきましては、鋭意善処し解決に向けて関係者一同最善を尽くしていきたく考えておりますところであります。(〃゚д゚;


追伸
誤字修正
ZAP



[24734] 第二六話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:50
帝国海軍‐北洋艦隊司令部付き第二演習海域


高度100

波飛沫に顔をしかめつつ、デグレチャフ少佐は接舷強襲隊形を指示。
海面すれすれを維持しつつ、できる限り速度を落とさずに目標へ吶喊。
それに応じる形で各中隊がそれぞれ援護しあう隊形を構築。
敵迎撃弾幕を欺瞞するための煙幕にまぎれて一気に取りつく。

『右舷敵魔導師接近!近接戦用意!手すきの者は右舷へ!』

幾人かの下士官が対応するべく動き始めるが、やや遅い。
すでに手遅れだ。懐に魔導師を入れてしまった時点で甲板戦は避けられない。

どたばたと駆け回る相手は、いささか不慣れなのだろう。
狭い甲板とはいえこける者まで目につく。
あれは、相当に訓練するほかにない。

「魔力刃構えェ!!中隊、続けえぇえ!!」

ともかく、今日も今日とて先頭に立っているデグレチャフ少佐は一切減速することなく突っ込んできた。
慌てた水兵たちが逃げ惑うところへ追撃の干渉式まで展開してだ。
吹き飛ばされる水兵たちが混乱を悪化させて、駆けつけてきた海兵隊を巻き込む。
統制を回復させようとする海兵隊の努力を後続の中隊が阻害。
牽制射撃の応酬で時間を奪われた海兵隊が阻止する機会が失われる。

『寄せるな!撃ちまくれ!』

『着剣!総員、着剣!』

少数の士官と水兵が辛うじて応戦体制を辛うじて造るが衝撃力を押しとどめるには至らない。
デグレチャフ少佐とその直卒中隊は簡易防御陣を突破。
そのまま第二艦橋の砲弾破片避け用の緩衝材に魔力刃を突き立て取り付く。
減速は、全くなしだ。
おそらく、内部のフレームの一つも歪んでいることだろう。
見ている側としては、実に気が気ではない。

「ランディング!制圧だ!GO!GO!GO!」

ほとんど正面衝突の様にぶつかったにも関わらず第203大隊員達は意気軒昂そのものだ。
きびきびとした動作で手際良く橋頭堡を確保。
そのまま艦内の主要部分を制圧にかかる。
少数であるにもかかわらず、お互いをカバーしあう連携によってその隙はほとんど見受けられない。

「対空砲座を潰すぞ!後続のポイントを確保!」

『各砲座、これ以上近づけるな!』

『第二艦橋を奪還する。海兵隊を中心に襲撃隊を編成。』

やや手間取っていたとは言え、海兵隊を中心とした逆襲部隊の編成が完了。
いくら大隊規模の魔導師とはいえ艦内という閉鎖空間では最大の売りである機動力は発揮できない。
だからこそ、海兵隊や海兵魔導師は一般の魔導師とも互角に艦内で死闘を繰り広げられる。

「逆撃きます!マリーン共です。」

「海に突き落とせ!断固排除しろ。」

だが、迎え撃つ第203大隊要員らも驚いたことに手際よく艦内の要所要所を制圧している。
通常の魔導師は機動戦や空中機動を重視するあまり近接戦が不得手となりがちだ。
矢面に立つ前衛ならばまだ別だが、後衛ともなれば平均的には苦手な部類。

それが大魔力の行使が誘爆の危険性から制限される閉鎖空間での近接戦ともなれば本来は致命的だろう。

『マリーンの精神を見せつけろ!陸ガメごときにでかい面をさせるな!』

「後続、到着いたしました!直ちに、制圧に向かわせます。」

だが、第203大隊と海兵隊はがっつりと組みあってお互いに譲らない。
一進一退の攻防は、やや地の利がある海兵隊に有利とはいえ流動的。
次の一手にお互い苦心しているところに、後続の中隊が到着。

我勝てり。

そうニヤリとしたデグレチャフ少佐と中隊指揮官。
これに対して、増援を許した海兵隊側の表情は芳しくない。
余剰戦力を抽出しようにも海兵隊は底打ち。
一般の水兵もある程度は戦力になるが、砲座等から引き抜くわけにもいかない。
わずかに躊躇し、指揮が滞る。

『手隙の要員は直ちに白兵戦用意!叩きだすぞ!』

とはいえ、このままでは艦橋や機関ブロック・弾薬庫まで制圧を許してしまう。
そうなれば、いくら戦力残っていようとも艦は終わりだ。
躊躇なく艦に残っている余剰戦力をかき集めることを艦長が決断。
直ちに、反攻作戦のために余剰戦力がかき集め始められる。

戦艦というのは、かなり人が乗っているものなのだ。
それに本業ではないとはいえ、水兵とて銃撃程度はできる。
動員された士官と下士官が懸命に臨時の陸戦隊を形成し、海兵隊への増援として派遣される。
駄目でもともと。数で押して押し出す。
実にシンプルだが、有効な攻撃方策である。

だが、これくらいであれば第203大隊も押し返すだけの地力があった。
鼻歌交じりで陽気に煙幕を展開。

「大隊各員!海兵だろうと私の大隊と正面からぶつかる無謀を教えてやれ!無様な戦死者は地獄送りだ!」

デグレチャフ少佐の怒号と共に、一気に強襲。
実質二個中隊の圧迫によって抵抗を強打。
鬼の様な形相の魔導師らに圧迫された水兵らが後退し始めたところで、デグレチャフ少佐が少数の部隊を率いて迂回。
艦内の激戦に注目が集まってしまった間隙を盗んで左舷側より奇襲を敢行。

『挟撃された!?くそ、部隊を一部左舷に回せ!』

「足並みが乱れた!?成功だ!デグレチャフ少佐殿が背後を取られたぞ!一気に崩せ!」

挟撃され浮足立った相手の様子。
それを見逃さず、各中隊指揮官は適切に戦果の拡大に努める。
後方からの攻撃と、苛烈さを増した前方からの攻撃によって混乱は拡大。

一部の海兵隊が辛うじて迎撃線を再構築しようと試みるも、速やかに叩き潰される。

「クリア。」「こちらもです。」

「よろしい。第一中隊、艦橋だ。私に続け。第二・第三は機関部だ。第四は弾薬庫。速やかに制圧せよ。」

抵抗を掃討しつつ、第203大隊は各中隊ごとに個別目標を設定。
敵の主要な抵抗を排除したのちに、艦内主要部分の制圧作業に取り掛かるべく部隊の再編にとりかかる。
ほぼ制圧した各区画から順次掃討。
そのまま油断することなく主要区画へのアプローチを開始。

その時点で艦側が抵抗を断念した。
統制が崩壊した艦内の迎撃はほぼ打破されている。
同時に、敵部隊は後続と合流し意気軒昂。
艦側の戦力はもはや存在せず抵抗の手段も限定されたのだ。
彼らは、潔く統裁官に敗北を認める旨を告げざるを得ない。

「よし、ツーマンセルで突入。前衛は、構えておけ。」

「デグレチャフ少佐、そこまで。そこまでです。」

その知らせは、今まさに艦橋へ踏み込まんとしていたデグレチャフ少佐へも伝えられる。
ほとんどぶっ飛んだ機動に付いていかざるを得ない統裁官としては、ようやくという思いだ。
正直、第二艦橋に取り付くので御同行をと言われた時には、本気でいろいろと思ってしまった程である。

『演習終了!繰り返す、演習終了!』

響き渡る艦内放送によって告げられる演習終了の知らせ。
これを耳にして艦内の破損した物品のことに思いを馳せつつも、関係者はようやく肩の力を抜く。
めったに行わない実戦形式の総合演習。
さしあたり、色々と壊れてはいるが事故はなかった。

『間抜けな死体ども、動いてよし。』

そして、其れまでうつ伏せになって死体役を演じていた水兵らがのろのろと起き上る。
やられたと認定されたら、死体としてそこから動けなくなるのだ。
演習規格のゴム弾や威力の減衰された爆裂式とはいえ、あまり気分の良いものではない。

一部は、必然的に医務室で軍医の世話になる者もいる。
例えば不運にも第203大隊と海兵隊の銃撃戦に巻き込まれた水兵だ。
伏せているとはいえ、流れ弾がちまちま当たっていたためにかなり酷い目にあったと語っている。
彼のように不運な輩は珍しいとしても、怪我は少なくない。
待機していた衛生兵と軍医の一団は、大忙しである。
手際良く受入の用意を整えて待ちかまえているとはいえ、医務室は当分混み合うことだろう。








片付けられた士官室。
ゆっくりとした雰囲気の室内に詰め込まれた士官らには、陸軍よりはマシと称される珈琲が配られていた。
各自の私物であるレーションやビスケットも持ち込みが許される空間は海軍ならではある。

とはいえ、ただ漠然とお茶会を楽しんでいるわけでもない。
むしろ、演習後の本番はこれからなのである。

「では、艦隊総合近接演習の総括を行う。」

半舷上陸を許され、演習明けの陽気な気分でPXに駆け込む兵卒らと異なり士官らはむしろここからが正念場だ。
各統裁官からの講評と各部隊長からのコメントで改善すべき点を洗い出し、訓練に反映しなければならない。
なにより、今回の演習は珍しく双方にとって理想的な条件だったのだ。
ただやって終わらすというのは、あまりにも無駄が多すぎるといえよう。

「まず、実戦形式の演習という事は有意義だったと言える。」

評価自体は肯定的なものとなる。
やってよかったというのは間違いない認識だ。

海軍側としては、対魔導師戦闘の経験がどうしても不足しがちである。
対艦戦闘が主任務とはいえ、海兵魔導師の存在は無視し得ない。当然、これを想定して訓練は行われている。
だが、海兵魔導師とはそもそも絶対数が少ない存在。陸軍との取り合いに加えて、海軍内部でも奪い合いに近い。
オーバーワーク気味な海兵魔導師である。引っ張りだこなために演習のために引っ張り出すのは難しい物があった。
その意味において、海軍としては不足を補う意味で今回の演習を歓迎している。
同時に、第203大隊としても経験不足な対艦戦闘・対艦制圧戦闘の実践が行えるという事もあったために前向きに取り組んでいた。

そのため、統裁官が有意義と評したのは言葉通りの意味が込められている。
特に、精鋭の魔導師相手に演習とは言え交戦経験を積んでおくことは海軍にとっては貴重な経験となる。

「では、まず演習艦となった戦艦バーゼルのグレイン大佐より恨み事を。」

「・・・率直に申し上げれば、完敗です。おまけに、散々壊されてしまった。」

指名を受けて立ちあがったグレイン大佐はデグレチャフ少佐に一礼し、口を開く。
敗北を認めるグレイン大佐の表情はさすがに諦めの色が漂っていた。
演習、人死に無し。だからと言って、艦内が散々あらされたのは事実だ。
悪くないとはいえ、思うところもある。
なにしろ演習艦という名目ではあっても、十分以上にぐしゃぐしゃにされているのだ。

もちろん、後片付けも戦時ダメージコントロール演習という名目で行ってはいるのだが。

「ダメージコントロール演習は、まずまずでした。修復も速やかに行えたと評価しています。」

結果は、まずまず。
まあ、満足できると言えるだろう。
機関科を中心に整備を行った艦内は、動作検査に問題はなかった。

・・・とはいえ、ある程度の修繕は必要となるだろう。

割られたガラスの補修や歪み等は少々時間がかかる。

幸い、協商連合艦艇の中立国停泊権利時間が過ぎるまでには修繕も完了する見込みとはいえ艦長にしてみれば気分の良いものではない。
察してか、デグレチャフ少佐も頭を下げているあたり、気配りもできるのだろう。
正直、居並ぶ大人の中で違和感なく混ざり込んでいる姿は異常なのかもしれない。
異常なのかもしれないが、しかしもはや慣れの領域である。そうである以上、誰も気にしないことにしていた。

「さしあたり、対空砲火の見直しが課題です。接近してくる魔導師相手にかすりもしないとは。」

寄せ付けませんと豪語していた部下を小突きまわしたいという表情。
グレイン大佐の勘気をこうむった各銃座は当分猛訓練に追われる事となるだろう。
見ていた各艦長らも当分、同じように訓練を強化することになるに違いない。
取り付かれたらまずい以上、取り付かれる前に追い払わなくてはならないのだ。

「デグレチャフ少佐、突入側から見て改善点は?」

「根本的には、火力が不足しているかと。濃密な対空砲火以外に接近阻止できるとは思えません。」

そして、あっさりと防御を突破して見せた側の見解はそれ以上に単純だ。
火力が足りないというごくごく真っ当な見解に落ち着いている。
結局、確率論でしか迎撃できないのであれば数を増やすしかないという哲学がそこに横たわっていた。
もちろん、デグレチャフ少佐の主張はごくごく単純に戦史を知っているからに過ぎない見解だ。
ハリネズミのように対空砲火を取り付けない限り、艦艇は対空防御において無力となってしまう。

「バーゼルの対空砲座はかなり強化されているはずですが。」

だが、逆に言えば其れを知らない人間からすれば機関銃を山ほど乗せた船に突入するなど自殺じみた行為としか思えない。
機関銃と言えば、歩兵の突撃を粉砕し、地上の魔導師でさえ押し戻せる火力を誇るのだ。
そんなものが山積みされた戦艦という要塞。その中でも卓越した防御火力を誇っているバーゼルならば火力としては十分ではないのか。

疑問を口にされ、一部の士官も興味深げに同意する。
少なくとも、火力は十分だったのではないか?と。

「突入側からいえば、さして脅威でもありません。」

しかし、その疑問を実際にあっさり制圧してのけたデグレチャフ少佐は一蹴する。
実際に迎撃網で脱落者を出すことなく制圧してのけた少佐の言葉には重みがあった。
対魔導師戦闘や演習の経験が不足していた北洋艦隊司令部にとってみれば魔導師の脅威を改めて実感する思いでしかない。
同時に、魔導師として第三者の意見も欲しい。

そう判断した総統裁官が、デグレチャフ少佐らについていた統裁官にそれとなく目を向け意を伝える。
くみ取った統裁官は発言を求めると、大凡の所見を述べ始めた。とはいえ、それはデグレチャフ少佐とほぼ同意見だ。

「デグレチャフ少佐の御意見に同意します。実際に、突入に随伴してみて驚いたのですが火線はそれほどでもありません。」

「・・・防御火力が貧弱と?」

艦の防御力に対して過信していた。
そう言われたに等しい結果だ。
今までも幾度かは、魔導師と軍艦で合同演習を行ってはいたが、規模が違った。
これまでは、せいぜい中隊規模が一番大きかった事例である。
増強大隊相手に実践した結果は驚くほど艦の防御力に対する疑念を提起していた。

「ええ、想像以上に数が足りないと思われます。接近阻止のためには、ハリネズミのように銃座を増設するべきかと。」

「同意です。それと20㎜だけではなく40㎜機関砲の配備も望ましいかと。」

そして、理想的な対空砲火の配置ということに関しては米軍の模倣が一番だとデグレチャフは一人信じている。
この世界では、まったく前代未聞である試みだが少なくとも実戦でコンバットプルーフされた方法なのだ。
だからこそ、淡々とではあるが新機軸を自身の功績という態でそれとなく提言していた。

「どういうことかね?」

「私見ですが、20㎜は短距離防御用です。重層的な迎撃網構築のために中距離火器の配備を強く推奨します。」

20㎜は取り回しや速度において利点があるとはいえ射程と威力で多少難点がある。
中距離で迎撃のためにも40㎜機関砲を配置する事は合理的だろう。
なにより、魔導師の外殻といえどもまして航空機といえども40㎜の直撃を受ければひとたまりもない。
連装機関銃座を複数側面に配置し、ハリネズミのように対空銃座を配置すれば戦艦を攻略するのは骨が折れる仕事になるだろう。

「できれば、数を重視していただきたい。既存の10倍程度は必要かと。」

「グレイン大佐?いかがか。」

「・・・面白い提案だと思う。ただ、側面の副砲を取り除くなど大規模な改修をしないと数はさほど置けないだろう。」

「踏み込んで申し上げれば、副砲は無用の長物。対空防御の方が優先度を上げるべきかと。」

航空戦の時代を知っているのだ。
デグレチャフ少佐にしてみれば、大艦巨砲主義よりも航空信者に宗旨替えを促したいところである。
まあ、同時に火力戦の信者であるので対地砲撃用の火力自体は極めて高く評価しているのだが。

だが、同時に一方で受け入れられにくいだろうという事も理解している。
本来の艦隊の任務は対艦戦闘であり設計段階では魔導師の運用がそれほど発展していない。
艦艇整備要求で対魔導師戦闘や対空戦闘の要請が始められているのは、今年次からの要請とも聞く。
正直に言えば、魔導師は陸で戦うものだと思われていたのだ。

演算宝珠の性能向上と航空機のスペック向上。
これらによってようやく脅威たりえるかもしれないという程度の認識がようやく広がりつつあるのが現状なのだ。

航空機の発展が第二次世界大戦中に劇的に進展し、一気に一足とびで進歩する歴史は知っている者にしか理解できない。
それほどまでに、科学技術の発展を戦争が促すとは夢想だにされていないのだ。

「ううむ、確かに対空防御は重要ですが・・・。」

「対艦戦闘能力に問題が発生するとなれば、やはり考えざるを得ない。」

事実、無能とは程遠い高級士官らをしても既存概念というのは重いものなのだ。
対艦戦闘に重点を置いて整備された艦隊は、どうしても対艦戦闘という本来の任務を意識せざるを得ない。
そして、対艦戦闘というドグマに基づいて考えれば副砲はどうしても惜しい。
加えて接近戦に備えるという意味が薄れたとはいえ、肉迫攻撃を仕掛けてくる水雷艇や駆逐艦の撃退は無視できない要素。

「艦政本部とも議論せざるを得ませんな。この問題は、海軍大学と艦政本部に預けたいと思います。」

結局、一応棄却されずに考慮されるようではあるが先送りに等しい結論となってしまう。
まあ口を出しただけある以上、デグレチャフ少佐にしてみれば義務は果たしたようなものだ。
なにしろ、対空砲火が強化されずとも彼女には実害がない。
自分が乗る船でもない限り、何処で沈もうとも本質的には無関係だとすら思っているのだから。

そんなことをおくびにも見せずに、謹厳実直という態に擬態している彼女だがごくごく真剣でもある。
少なくとも、自分の生存確率を高めるためには自分の部隊を鍛え上げておくに越したこともないのだ。
当然、反省会による問題の洗い出しということに関しては実に熱心である。
いや、熱心にならざるを得ない。ミスの予防こそが、最善だと信奉しているのだ。

「結構。他に、突入側からの意見は?」

「強いて申し上げれば、連携に問題があるかと。」

「それはどのような?」

「海兵隊と水兵の連携に問題がありどうも水兵の混乱に海兵隊が足を取られているという印象がありました。」

どうも、異なる部署同士の連携に問題があるというのが受けた印象だった。
これが今日配属された部隊同士であれば、連携不足も分からなくはないが同じ艦に乗り合わせている部隊同士だと少々問題だ。
見たところ、海兵隊は自分の仕事は地上戦や上陸作戦だとばかり思い込んでいる節が見受けられた。
もちろん、それが主任務であることは否定しないが艦内戦闘がド下手糞というのは望ましくない。

同時に、水兵と連携できずに混乱していたのは全くもって駄目駄目である。
営業とシステムエンジニア程乖離した組織は、デスマーチで持って補う羽目になるのだ。
この場合、デスマーチのデスは文字通りのデスとなるだろう。

友軍の連携不足で巻き添えを喰らう可能性を思えば、連携強化を提言しておくことは絶対に必要となる。
自分勝手な理屈ではあるが、至極まっとうに考えた結果としてデグレチャフ少佐は連携改善の必要性を滔々と述べた。
根本にある発想は自己保身。だが、同時に利他的であることで最大多数の利益を実現するべく行動していた。

そして、その最大多数の利益という思想は全体に許容される提言につながるものだ。

「なるほど。海兵隊としてはどのように?」

連携不足という事を漠然と誰もが意識していたのだろう。
総統裁官も納得しつつ当事者の意見を伺うそぶりを見せる。
もちろん、ある程度海兵隊の面子を重んじるための手法でもあるが。

「お恥ずかしながら、艦内戦闘を想定した訓練が不足しておりました。再訓練の必要性を認識しております。」

「ただ、実際に戦ってみた感想として魔導師としても艦内戦闘の経験が不足していました。」

同時に、本題へ入る。
魔導師のみの第203大隊は精鋭なれども経験が足りない。
生き残るためには、経験が必要なのだ。

そのためには、一番この方面に経験がある海兵隊との合同訓練こそがデグレチャフ少佐の希望する結論だった。

生き残るためには、専門家に知恵を拝借する事を躊躇してはならない。
それこそ、生き残ってから事後策を考えればよいのだ。


あと、長引けば夕飯が艦隊から供与される。
つまり、海軍士官向けの良い食事である。

長引かせることは、別段苦痛でもなかった。








連合王国-ロンディニウム



ダース単位で苦虫を噛みつぶしたかの如き雰囲気の室内。
ハーバーグラム少将の不機嫌さが室内に蔓延し、状況は最悪に等しい。
元々気難しいとされる人物が、いらだちを募らせているのだ。
不用意な発言次第では首が飛ぶ。
その空間に飛び込んできた知らせを見た通信参謀は実に幸運だった。
通常は、地雷原に突っ込まされるかの様にびくびくせざるを得ないのだが今回は異なるのだ。

はっきり言えば、悪い知らせではなかった!
ほとんど小走りで責任者へ注進へ向かったのは幾日振りだろうか。
職務である以上、好き嫌いで左右されるわけにはいかない。
だが、悪い知らせを持っていくことほど気が進まないことが無いのも事実だったのだ。

「特務艦アルバトロスより最優先です。」

「回せ。」

不機嫌そうな声にひるむことなく、通信でもたらされた事実を端的に伝える。
民間船に偽装した連合王国の情報収集艦や仮装巡洋艦からの報告。
それらの中でも特に優先度の高い緊急の報告が使い捨ての暗号を使ってまで送られてきたのだ。

めったにない悪い知らせかと覚悟していたが、解読してみれば驚くべきことに少なくとも悪い知らせではない。
そう、悪くないのだ。
まあ、良い知らせと手放しに喜べるかどうかは分からないが。

「協商連合政府が、要人輸送を希望しているそうです。」

内容はシンプルに言えば、要人輸送。
もっと正確に言えば、協商連合政府のなかでも実質的に最高権力機関である評議会の評議員輸送だ。
実質的に亡命政府樹立のために、協商連合がなりふりかわまずに頭を下げてきているということになる。

「・・・外務省の仕事ではないのか。」

だが、受け取った側からしてみれば管轄違いと思わざるを得なかった。
対外戦略局の仕事は、あくまでも立案と分析である。断じて窓口ではない。
なにしろ外交上の要請を受け取るのは外務省だ。協商連合の場合、現地の大使館から知らせてくるのが普通だろう。
仮にも一国の代表者らが、情報部や戦略局の一室に直接亡命交渉を持ちかけてくるものだろうか。

窓口を間違えたとしか思えないという感情に包まれたとしても、それは不思議ではない。
上官の訝しげな態度は、通信参謀にもすぐに理解できる。
まあ、彼とて少しは同じような疑問を持ったのだからなおさらだ。
とはいえ、無駄を嫌うハーバーグラム少将には手短に説明しておく必要がある。

「協商連合海軍関係者からの私的な接触があったとのこと。」

「漏えいしたのか?だとすれば、随分と情報保全に穴があったとしか思えない。」

「いえ、どうもうちの船舶全てに当たっているようです。」

要するに、連合王国の情報機関と関係がある船に声をかけたのではない。
むしろ逆なのだ。偶々頼ろうとした船が連合王国特務艦アルバトロス号だったということである。
なにしろ、協商連合に寄港しているほとんどすべての船舶に打診しているときた。
情報保全に根強い疑念が生じている時とは言え、これはむしろ当然の結果としての要請だろう。

先方も駄目でもともと位の意識に違いない。

「なりふり構わずか。悪手だな。リストは?」

「こちらに。他は全て定期航路船の様です。」

そして、なりふり構わず支援を求めれば必ず何処からか漏えいしてしまうことだ。
仮に隠し通すつもりがあるのならば、もう少し慎重にやるべきだろう。
よしんば、隠し通す意図が無かったとしても政府首脳が逃げ出す算段をしているというのは国民の士気を削ぐ行為に違いない。

そろそろ北方戦線で帝国軍の大規模攻勢が予測されている時期である。
正直に言って、この時期にそのような風聞が広まることになれば抵抗が弱体化しかねない。
よほど帝国軍の情報操作かと思いたくなるほど碌でもない一面を持ち合わせている。

「いかがされますか。受け入れるならば急がねばなりませんが。」

だが、気に入らない相手だからと言って放置が許される問題でもない。
実際のところ、先の亡命政権樹立構想が頓挫している以上対応は必須なのだ。
なにがしかのカードを活用する必要を痛感しているところへの知らせ。
活用しないわけにもいかないと、作戦参謀は積極的な意図を込めて質問を発する。

動くべきではないか?と。

「反対だ。仮装巡洋艦を目立たせて良いことがあるとは思えない。」

対して、一部からは慎重策が提言される。
なにしろ戦時国際法・各種国際法に抵触しかねない存在なのだ。
破ることには良心の呵責が無いとしても、損得計算からの躊躇は邪悪な組織人だ。
むしろ、合理的な計算感情から躊躇する傾向も強い。

条約とは破るものではない。相手に破らせるものなのだ。

少なくとも、ハーバーグラム少将は前回も国際法が許すぎりぎりのラインで踏みとどまっていた。

「いや、どのみち臨検される事は避けたい。機材の積み込みは?」

だが、同じ思考を共有していても首脳陣の発想はまた異なったものとなる。
なにしろ彼らはもう少し、深く知っていた。
汚名返上とばかりに情報部が積極的に活動し、いくつか面白い事実をつかんでいる。

「ほぼ完了したかと思いますが。」

「・・・ならばいまさら余計な荷物を入れてもさほど変わるまい。その要人は?」

なにしろ、情報部参謀らにしてみれば汚名返上の好機である。
北方戦線の情報収集や分析には鬼気迫る勢いで取り組んでいた。
そして、特務艦にはその勢いで彼らが収集した各種情報や使用した機材が密かに積み込まれているのだ。
臨検されたらまずいというのは、もはや規定の事項だ。
いまさら何か新しい積み荷にを入れたくらいではどうという事もない程に。
ならば、いまさら不味い荷物を一つ放り込んだところでさして変わるとも思えない。

「評議員です。」

評議員が連合王国に亡命政権を樹立するという事は政治上大きな意味を有する。
これは、政治感覚が欠落していては務まらない情報部に勤務する参謀らにとっては自明。
優秀な参謀らも同様だろう。

そして、彼らを束ねるハーバーグラム少将は無能からは程遠い人物であった。
だからこそ、彼は躊躇する。

「・・・しばし待て。」

確かに、確かに亡命が成功すれば前回の失敗を上回る成果を得られるだろう。
それだけに、この場の責任者とて問題をよく理解している。
成功すればの話でしかないのだ。失敗すれば、政治的外交的リスクがあまりにも大きい。
加えて、影響の大きさからハーバーグラム少将といえども独断で決定し得る範疇を越えている。

そして、彼の権限では許されていないことも良く弁えていた。
だからこそ、手綱を握る立場に抜擢されているのだ。
暴走せず、冷静に判断が可能という資質は得難いものと見なされている。
事実、統制されなければならない部署なのだからこそハーバーグラムという劇物が放り込まれているのだ。

手早く書類を作成させると、自身の手に持つ。
機密保持ということにことさらに神経質にならざるを得ない問題なのだ。
そのまま幾人かの護衛を引き連れて海軍省に飛びこむ。

「ハーバーグラムだ。第一海軍卿は?」

執務室を守るように立っている憲兵。
当直将校が不審げな表情でこちらを伺ってくることは職務故に甘受せざるを得ない。
ハーバーグラム自身、若い時分には上級の将官らを呼びとめる時は相当緊張したものだった。
其れを思えば、止めることを行った当直将校は随分と生真面目なのだろう、と頭の片隅に留めておく。

「執務中です。お約束が?」

「ない。急ぎの用件に付き第一海軍卿に御取次願いたい。」

幾度か、当直将校が確認を取った後に執務室へ。


すぐ近くの海軍卿執務室へ駆け込むなり、人払いを願った。
言わずもがなかもしれないが、情報保全に関してピリピリとしているのだ。
突然の来訪。何か機密度の高い会話だと察した海軍卿が手早く人を追い払う。
付き人を全て外に出しきり、周囲に人影が無いことを確認した上で報告。

「少将、手短に頼む。」

「はっ、私では判断いたしかねる事態が発生しました。」

簡潔にまとめた書面を提出。同時に書類の概要を口頭で報告する。
第一海軍卿が書類に目を通しているのを確認しつつ、細かな補足説明を加えることで理解を促す。
ともかく、一刻を争う事態なのだ。

「協商連合の評議員が特務艦による輸送を希望しています。」

「厄介事だな。他に、あの地域に停泊している連合王国籍の民間船は?」

政治的にはまあ、ありな選択肢。
だが、海軍卿はこれを厄介事と口にしていた。

もちろん、理由がある。

確かに、政治的には大きな成果が期待できる。
だが問題は、輸送手段なのだ。
どうやって連合王国の地に送り届けるのか?

特務艦アルバトロスは、目立つ。
なにしろ、定期航路船ではなく純粋な貨客船として登録してあるのだ。
何処に寄港していても不思議ではない。
不思議ではないのだが、湾口を監視している人間がいれば絶対に気が付く。

そんな船に重要人物の輸送を行わせるのは少々リスクが高そうに見えるのだ。

「4・5隻程度は。しかし、定期航路船です。帝国が監視しているかと。」

そして、不味いことに連合王国船籍の船は協商連合に寄港を自粛していた。
正確には、協商連合湾口施設への寄港を開戦後激減させている。
中立国の義務というよりは、巻き添えを喰らう事を恐れてだろう。

だから、今入港しているのは予め決まっている定期航路船程度にとどまる。

そんなところに、定期航路以外の船が停泊しているのだ。
目立たないと思う方がおかしい。
客観的に考えれば、帝国がみすみす見逃すとは到底思えない。

正直に言えば、情報部の収集した情報は外交官に持ち出させることすら海軍省は検討中であった。
アルバトロスは少なくとも、武装は施されていない。
まあ、速度は29.5ノットと明らかに貨客船にしては無用なほどの速度。
おまけに、遊覧飛行用という名目で小型の水上機まで密かに艦内で保有しているが。

それでも、機密資料さえなければ臨検されても国際法上は痛む腹は無い。
加えて、船員が魔導師であったとしても、それは職業選択の自由に過ぎないのだ。
なにしろ、連合王国は自由の国家である。

だが、交戦国の亡命を幇助するとなればやはり面倒だろう。

「アルバトロスは其れなりの速度は出せます。ですが、帝国の哨戒網を突破できるかは。」

アルバトロスは足が速いといえども、限界もある。
ましてや、前回の巡洋戦艦襲撃を勘案すれば必ずしも安全とは言い切れない。
踏み込んで言えば船というルート事態が疑問視されている。

「よし、洋上で友軍潜水艦に移乗させよう。」

だからだろう。
思い切った決断を第一海軍卿は下すことにした。
船は確かに沈む。或いは、簡単に居住区画が襲われる。
だが、最初から潜航できる船ならば隠れることも可能だろう。

「潜水艦?使い物になるのですか?」

「マイヤー提督は保証している。ともかく、潜水戦隊司令部と協議が必要だな。」



あとがき
①めずらしくペースが速い件について。
⇒テンションがヾ(@°▽°@)ノ
②なんか、話が普通じゃない?
⇒次へのつなぎ的な何か。
③誤字脱字そろそろ訂正せんか。
⇒今からやります(;´Д`
④結局オリジナル版いくん?
⇒三〇話をめどに校正つついくことにしました。
⑤一部分かりにくい文章について。
⇒以後気を付けたいと思います。

追記 
誤字修正
ZAP



[24734] 第二七話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:52
帝国軍北方哨戒空域‐B47



決断の重要さを御存じですか?
指揮官というものは、或いは責任者というやつはどこかで決断しなければいけないのです。
決断自体は、どうするかという決定です。
つまりは、自分で決定すればよい。

そして、多くの自己啓発本でもご覧になればわかることでしょう。
決断は間に合わない決断であってはならないと。
遅すぎた決断には意味がありません。もちろん、迂闊な決断も禁物ですが。

つまりは、バランス感覚。
物事に際して、適切な感覚を持ち合わせることが必要不可欠。
重要なことですね。
管理職の必須技能と言ってよい。

ああ、申し遅れました。

私、当該方面の捜索警戒哨戒を承っております第203魔導大隊大隊長、ターニャ・デグレチャフ少佐であります。
本日はお日柄もよく、寒い北洋方面といえども視界良好。
まさに、最高のフライト日和であります。ああ、ご覧になれますか?
後ろを随伴しておりますのが私の部下たちでございます。

え?目が怖い?

ごもっとも。
ニコニコ笑って戦争できるほど人間を止めてはいません。
ええ、当然であります。



なにしろ、狩りの最中ですので。

並んだ、部下達もそれは同じ。
猛禽類の様に鋭い目付き。
獲物を見据えた彼らには、狩人としての完璧なまでの冷血さが保たれている。
そう、たった一撃なのだ。

たった一撃を放つだけで100人近くを一度に同族殺しできるというのに。

その表情ときたら稠密に外さないようにと真剣そのものなのだ。

本当に嫌になる世界だ。
人間が人間らしくあれない世界に災いあれ。

ついでに、戦時国際法に糞ったれと付け加えておくように。

いくらなんでも潜水艦に対する無害通航権の規定が無いとは手落ちも良いところだ。
罪刑法定主義にでも持ち込めというつもりだろうか。

目前では、国籍不明の潜水艦が我々から逃れようと急速に潜航していく。
随分と素早い。一分もしないうちに、潜りきるだろう。
だが、一分という数字は短くとも現存するのだ。

今ならば間に合う。
潜水艦の装甲は、紙くず同然。
対艦攻撃すら想定していた大隊火力ならば、瞬時に撃沈も可能。

はやく、はやくきょかを

部下が期待のこもった視線をこちらに向けてくるのが感じられて仕方ない。
恰も、猟犬が飼い主の許可を求めるかの如き視線。
平然とその視線を受け止めてはいるが、心中では穏やかとは言い難いものが吹き荒れる。

私は、責任者なのだ。

国籍不明艦を撃沈?
馬鹿な、戦時国際法は交戦国間以外の交戦を認めていない。
最悪なことに連合王国船籍の船がすぐそばに展開中だ。
中立国船舶の目前で戦時国際法違反を行えと?

それで惹き起こされる諸問題は確実に私の首を絞める。
間違いなくコンプライアンス以前の問題だ。

では、見逃すか?
みすみす、直上をとっておきながら臨検すらせずに?
それこそ軍では問題に発展しかねない。

なにより、国籍不明艦を取り逃がしたとなれば無理を言っている手前私はタダでは済まないだろう。
こんな地域で活動している不明艦だ。
積み荷もさぞかし重要なものだろう。
そして、潜水艦は頑張れば2日程度は潜航して逃れることができる。
ソナーの類が無い以上、一度取り逃がせば再捕捉は事実上不可能に近い。


・・・何故だ?何故私がこんなに追い込まれなければならない?





事態は時をやや遡るところから始まる。





共和国‐「海峡司令部」


「早期警戒線より警報!」

警戒ラインに張り付いていた偵察機からの警報。
その意味するところは明瞭である。
帝国軍の艦隊になにがしかの動きがあったのだ。
待ち望んでいた、艦隊決戦の好機。

司令部内の張りつめた空気すらも一気に最高潮へ高まる。

「デフコン1発令。ようやく、お出ましか。」

待ちかねた。

そう言わんばかりに呟かれた司令官の心情は全ての共和国海軍軍人の心情と共通するものである。
ライン戦線にて激戦を繰り広げる陸軍とは裏腹に、無駄飯ぐらいとまで揶揄される海軍。
汚名を返上する機会であり、友軍を支援する待ち望んだ機会である。

「Spike,Alpha両隊はただちにスクランブルへ。」

待機中の即応部隊へ離陸命令。
大規模艦隊行動が見られる場合、偵察部隊を大量に投射しえるかどうかで全てが決される。
戦場の霧が漂う海域では、敵を先んじて発見した方が主導権を握れるのだ。

司令部要員一同が固唾を飲んで報告を待ち望む。
じりじりと身を焦燥で焼き尽くされるかの様な緊張感。

「Spike4よりHQ,魔力観測にて連隊規模の帝国軍魔導師を確認!」

「っ、海兵魔導師か!」

「海軍航空隊と海兵魔導師の出撃準備を急がせろ!」

飛びこんでくる接敵報告。
喧騒の度合いを高める司令部は、矢継ぎ早に迎撃部隊へ展開を通達。
だが、一本の報告に思わず彼らの動きがフリーズした。
熱気が一気に冷やされて、飛散する。

「・・・間違いないのか?」

「間違いありません!北洋艦隊旗艦のヘルゴラントを確認しました!連中、艦隊戦力を根こそぎ投入するつもりです!」

共和国海峡艦隊は、帝国軍大洋艦隊と対峙しこれを撃滅するのが本来に主任務である。
だが、主力艦隊を北方と南方に分散しなければならない共和国に対して帝国は北方に集中できた。
大洋艦隊と北洋艦隊の合流は、共和国海峡艦隊をして劣勢に追いやらざるを得ない。

7:7で戦っていたところに3の敵増援。
10:7という数字は戦えなくはないが、戦いたい数字というには程遠い。
仮に、増援として協商連合艦艇を加えたとしてもさしたる助力にはならないだろう。

対して、北洋艦隊は数こその少ないものの比較的新型ぞろい。
旗艦のヘルゴラント自体、最新鋭のヘルゴラント級一番艦。
超弩級戦艦の数で見た場合、海峡艦隊の劣勢が圧倒的となる。

早期に発見できたことは運が良かった。
何も知らずに、のこのこ艦隊決戦を挑んでいれば数で叩きのめされていたであろう。
発見できたのは正に僥倖。しかし、問題は如何に対応するかということになる。

「陸軍魔導師に援軍を要請!航空攻撃もだ!」

間に合うか?
一瞬だが、海峡艦隊司令部の頭をよぎった疑念は深刻であった。
共和国と連合王国を隔てる海峡。
名目こそ中立を維持する連合王国だが、物資・義勇兵の輸送ルートを断たれるのは共和国にとっては看過しがたい。

「動ける艦艇は根こそぎ出すぞ!全力出撃だ!」



北洋艦隊母港‐艦隊司令部


海峡方面で高まる決戦の戦機。
それに呼応する形で帝国軍基地も何処となく浮ついた雰囲気となっていた。

ざわついた雰囲気の基地。いつもは重々しいまでの雰囲気であるが、今ばかりは活気の方が先んじている。
足早に駆け回る将兵も張りつめた表情ながら、どこか落ち着きが無い。
いや、軽い苛立ちを持ち合わせているのだろう。なにしろ、主力艦隊が全力出撃しているさなかに留守番なのだ。

人間は平和を愛する生き物であるが、同時に軍事的なロマンチズムにも酔いたがる生き物。

面倒なことだ。

そう思いつつターニャは指定された司令部会議室へと足を進める。
通りぎわに確認する限り、北洋艦隊の将兵は戦意旺盛だ。
一部の残存艦艇はそれこそ、今にも飛びだしかねない程に焦燥感に駆られている。

だが、何故輸送船が多数湾内に停泊しているのだろうか?
高速輸送船という名目で帝国が兵站支援用に開発した輸送船は艦隊随伴が基本だ。
本来ならば、全力出撃中の北洋艦隊・大洋艦隊に随伴しているはずなのだが。

まさかとは思うが、ガリポリでもやれというのだろうか?

やや頭が痛くなるのを覚悟しつつ指定された座席へ着席。
手渡された資料を恐る恐る開く。

・・・なんともはや。

「では、状況の説明を始めよう。」

こちらの気も知らないで北洋艦隊第二巡洋戦艦隊司令長官がブリーフィングを始める。
神妙な表情を造りつつも、心中では盛大に愚痴を吐きたい気分だ。

「我々は、北方方面作戦の支援任務を行う。」

・・・北方作戦の支援?

北方方面軍め、物資欠乏に至るのが早すぎる。
あまつさえ、北方の湾口施設は大半が凍港だ。
砕氷船なぞちまちま動かしていては撃沈されてしまう。

それを援護しろと言われても限界がある。
なにより、厳寒の北方で魔導師の運用とはこれいかに。

「諸君も存じているように現在、北洋・大洋両艦隊は合同で海峡突破作戦を展開中だ。」

言わずもがなのことだが、北洋艦隊主力は海峡突破作戦が発令中だ。
これは、協商連合艦艇が共和国領域へ逃げ込むのを阻止すると同時に共和国艦隊を引きずり出すことを目的としている。
ある意味では、戦略的な奇襲に近い。なにしろ、北洋艦隊が本来の任務領域を越えて大規模増援として大洋艦隊を支援するのだ。
上手くやれば、共和国艦隊との艦隊決戦に持ち込み一気に撃滅する事も可能だろう。

つじーんやいんぱーるのきちくの真似をするのは考えものだろうが、ここは勝ち戦。
昇進と功績を比較的安全に確保できる機会なのだ。私でなくとも軍人ならば勝ち馬に乗りたいと考えても不思議ではない。
事実、残された将兵たちは出撃の見込みがないことに意気消沈したり、機会を探したりと様々だ。

誰だって出撃と聞けば喜ぶことは喜ぶだろう。
だが、問題は行き先だ。
戦史が物語るのは、冬の厳寒地に送り込まれる部隊は碌でもない羽目に遭遇するのが常である。

あの真っ赤なソ連軍ですら冬戦争で散々な目に遭遇しているのだ。
帝国軍が冬でのたうちまわらない筈がない。

「これによって主力戦艦部隊はほぼ抽出されている。だが、同時に北方管区に確固たる敵戦力も不在だ」

艦隊は良い。
なにしろ、近くまで行って適当に人とモノを下ろすだけだ。
敵部隊と言えば、せいぜい数隻の駆逐艦程度も残っているかどうか。
潜水艦や魔導師に航空機の脅威があるとはいえ第二戦隊の戦力ならば十分に対抗できる。
まして、天候が悪化すればするほど航空機や魔導師の脅威度は低下する。

「この状況分析により、我々には共和国艦隊進出の脅威が排除されている間に協商連合湾口の制圧作戦が発令された。」

思わず、机の下で拳を握りしめてしまう。
湾口の制圧作戦。
要するに、強襲上陸作戦だ。
この寒い中タラップを悠々と降りてではなく、ライフルと演算宝珠をかついで強引に。

「目的は、この地域における不凍港の確保による補給路の確立である。」

突っ込めと命令する方は楽だろうが、行けと言われる方からすればたまったものではない。
補給路の確保はまだよい。意味は理解できる。少なくとも、必要だという事は納得しよう。
だが、我々が確保せよとは何事か。
そもそも、補給路が必要だというならば、どうして不凍港を友軍が制圧していないのだ。
制圧された不凍港へ物資を輸送せよならばともかく、不凍港を占領した上で補給の途絶した友軍まで物資を運べとはどういうことか。

つまり、制圧・近隣掃討を我々がやった挙句にオツム不足の北方軍が行った無謀な攻勢のツケを払えと?

「難渋している友軍への補給路確保のためにも確実に行いたい。」

・・・難渋しない方が不思議なのだが。

冬越えの準備も怠って、どうして敵地で容易に攻勢に出るのだろうか。
まったくインパールの牟田口といい勝負である。
補給路の途絶した戦線ほど悲惨なことはないというのに。

こんなことならば、とっととライン戦線にでも転属希望を出しておくべきだろうか。

雪で足周りが悪い泥濘地。
この地帯で輸送車両を護衛しながら、兵站を確保せよ?
無理難題にも程がある。スキー襲撃に対応するだけで、一日が終わるに違いない。
魔導師で直掩すると言っても限度がある。
軍馬の耐寒装備なぞほとんどない以上、馬匹は全滅に近いだろう。
そういうことになれば、輸送車両をこき使うほかない。
だが、機械がきちんと動くのか?動作テストは、雪原で行われたのか?

どう考えても、泥船だ。

「発言を。」

「何かね?デグレチャフ少佐。」

「私の部隊は、協商連合艦艇への追撃命令が出ています。北方戦線への移動は許されておりません。」

上官への反抗は、全くもって嫌な行為だ。
気分が乗らないことこの上ない。

だが、だからこそこういう時にこそ堂々としておかねばならないのだ。

誰だって、自分の言葉を否定する奴が卑屈であれば叩き潰すのが常。
逆に、如何にも道理でありますと言わんばかりに堂々としていれば多少の説得力は付く。
建設的な提言を行っていると周囲に見なされれば、言い訳でも真実に化けるのだ。

故に、まずは虎の威を借りる狐の真似ごとをやらかす。
軽い探りだ。失敗したとしても、全く問題のないラインからのトライ。

「案ずるな。参謀本部より臨時で許可が出されている。確認しておけ。」

だがさすがに、この辺の調整は終わっているらしい。
まあ、驚くべきことでもない。
なにより、その程度の事ならば当然把握している。

重要なのは、私が参謀本部の意向を極めて気にしているという姿勢のアピールなのだ。

「了解いたしました。では、出撃を拒否できるでありましょうか?」

後ろめたいことは何一つとしてない。

そう言わんばかりの態度で、要求をオブラートに包んで提出。
臆する姿勢を見せれば、それが卑怯なことと見なされかねない。
だが、堂々としていれば大抵の要求は一定の説得力を有するのだ。

間違っているか、正しいかではない。
重要なのは、大きな声で堂々と主張するかどうかである。

「・・・どういうつもりか?」

「単純に申し上げれば、監視網が無くなることを危惧しております。」

仮に、なにかに突破されれば警告していたという功績が付く。
よしんば何もなかったとしてもそれは確認できていないと言ってしまえばよい。

「つまり、空白を造りたくないと。」

第一段階はクリア。
少なくとも、一蹴されなかった時点で相手は話を聞く用意がある。
善良な士官であれば、警戒網が解かれることによる問題を深刻に考えるだろう。
自己保身的な士官であれば、何かに突破されることによる責任追及を恐れることだろう。

どちらにせよ、相手はこちらの言い分を真剣に分析し利害計算なり、情勢分析を行うことになる。

「はい、北洋艦隊の偵察部隊の大半が海峡方面に出ております。同時に、残存艦隊が眼を持っていくと海域の警戒が弱体化しかねません。」

だから、その背をそっと押してやる。
海域の警戒弱体化の懸念。
尤も過ぎる意見だ。仮に自己保身の意欲があろうとなかろうと、無視できないに決まっている。

もちろん、やり過ぎは危険だが。
これも、バランスが重要である。
とはいえ加減を間違わなければ、相手の感情を極端に損ねることなく説得できるのだ。
間違いなく有効だろう。

「・・・尤もな意見ではある。だが、貴重な魔導師部隊を割いてまで行うべきことだろうか。」

「逆であります、閣下。魔導師部隊だからこそ、残せるのであります。」

ここまでくれば、相手に口実を与えてしまえばよい。
相手とてわかっているに違いないのだ。元々海軍の仕事は湾口までの護衛とせいぜい艦砲射撃程度。
魔導師部隊のカバーはそれほど重要ではない以上、後方の警戒を無視する方が彼らにとってはリスクが大きい。

だから、魔導師部隊を抽出させるに足る名目を上げればよいだけだ。

「単独での戦闘能力、哨戒距離、航続性。いずれも、魔導師ならば一定の水準を保ちえます。」

ある程度は、支援抜きでも対空・対艦・対地の何れもこなせる魔導師の戦闘力。
長距離偵察機並みの哨戒距離と滞空可能時間。
なにより、組織的にコンパクトな魔導師部隊は少数で広域をカバー可能。

同意を得るのに時間はかからなかった。

「・・・よろしい。許可しよう。」




そして、問題はここに至る。

どうせ何も見つからないだろうが、飛んでいれば飛行手当がつくからと基地を離陸したのが間違いだった。

不審船発見報告が飛びこんできたのが少し前。
勤勉な連中が発見したらしい。
まったく、奇特な誰かが給料分以上に働いているのではないだろうか?

哨戒という名目でぶらぶらと流していた私と直卒中隊が一番付近にいるというのがけちの付き始めだった。

接敵を警戒し、小魔力反応で接近するために出力を絞ったのはまあ良い。
おかげで、少なくとも密かに接近する事はできた。
ビンゴというべきだろうか、連合王国国旗を掲げた貨客船と国籍不明の潜水艦を発見してしまう。

・・・何か、移送していた様な気がするのだが。

まあ、言うまでもなくこんなところで密会を楽しむお二人のお嬢様だ。
まったくの無関係というわけにはいかないだろう。
ぜひとも、御両者の御関係をお伺いしたいところ。

と行きたいのだが。

潜水艦はその名の通り潜れるのだ。
そして、戦時国際法が定める海上での臨検規定に潜航する相手の規定なぞない。

なにしろ、潜水艦は比較的新しい艦種なのだ。
列強の代理戦争で便利屋扱いされている手前、一応対潜戦闘や阻止戦術は研究されてはいる。
だが、大半の海軍関係者はやはりこの艦種に極めて疎い。
おかげで、戦時国際法海軍関連項目から潜水艦の規定も抜け落ちているとは。

無制限潜水艦作戦が発令されるのも時間の問題な気がしてしまう。

で、問題は冒頭に戻る。

目前では、潜水艦が全力で潜航を試みているところだ。
数分もすれば、こちらの攻撃が届くかどうか微妙な潜航深度にいたり、悠々と逃れかねない。

臨検拒否であれば、撃てる。
だが、まず威嚇射撃。その後、船体射撃というのが戦時国際法が要求する手はずだ。
臨検拒否とは、潜航のことではないのだ。
忌々しいまでに、法の穴を相手に潜られた。

私は、法を潜るのは大好きだが、潜られるのは大嫌いである。

ふと頭をよぎるのは、落とし所。

・・・泥の深さに意味があるのか?

すでに、私は泥沼に浸かっているようなものだ。
泥にまみれてしまえば、いまさら泥の種類が増えようともどうという事もない。
真っ白なシーツならば泥に付けることも躊躇できよう。
だが、泥まみれの泥団子を泥に浸したところでどうしたというのだ。

「総員、襲撃隊形を構築せよ。直撃は避けろ。あくまでも、威嚇だ。」

ならば、泥まみれでも、真っ白でもない程ほどのところを選ぼう。
戦時国際法は、威嚇射撃を禁止していない。
直撃させない限りは、威嚇射撃と強弁できる。

「総員!襲撃隊形!威嚇射撃用意!」

中隊長が復唱。
曲がりなりにも、『待て』で待ち続ける程度に自制心のある部下たちだ。
威嚇といえば、威嚇にするだろう。

そして、潜水艦の装甲は爆雷一発でひしゃげるほど脆弱だ。
対艦攻撃すら想定した重爆裂式が至近で複数爆発すれば潜航どころではないだろう。
後は、浮上してきたところで悠々と乗り込めばよい。

「いいな、絶対に直撃させるな!?」

だから、口を酸っぱくしてこちらに撃沈の意図が無いことを強調しておく。
沈められては本当に困ったことになるのだ。

「相手は潜水艦だ。爆雷一発でひしゃげる装甲だ。至近弾数発ですぐに根を上げる!沈めてしまえば、口もきけん。」

何を積み込んだのか。
その積み荷次第では、大きな戦果になるだろう。
むざむざ撃沈して物的証拠をこちらの手で処分する事は無駄にきまっている。

絶対に確保してやらねば。

「Jawohl!, Frau Major!!」

「よろしい!諸君、連合王国がご覧になっている。くれぐれも無様な真似をしないように!」

隊列を速やかに形成。
潜水艦の対空砲火なぞたかが知れているどころの話ではない。
悠々と余裕すら持って配置へつく。
あとは、どの程度距離を取るか。

簡易爆裂式と異なり、重爆裂式ならば30メートル強も逸らせばよいだろう。
せいぜい火薬換算で250キロ程度だ。破片も飛び散らない以上、水圧で十分。

「船体より30メートルは離せ!」

脆弱な潜水艦だ。
距離が近すぎて轟沈されてはたまらない。
威嚇半分、警告半分ならば、30メートルも離せば良いだろう。
水中で衝撃が緩和される事も考えれば、及び腰すぎるかもしれない。

とはいえ、まさか攻撃と取られるわけにもいかないのだ。
帝国と協商連合の交戦海域といえども、国籍不明艦の撃沈は許されていない。

「威嚇射撃、間隔30!」

「よし、テェエエ!」

だからこそ、だからこそ距離をとって仕掛けた。
誤解のないように、威嚇射撃に留める旨を何度も叫んである。
部隊記録に記録されているだろう。
射撃諸元式に30メートルは取れと明言してあることも入力されているはずだ。

つまり、自分の保身は最低限度は達成可能と判断。
ならば躊躇することなく職務を遂行するに限る。

手元の演算宝珠に大量の魔力を流し込み、射撃用に変換。
叩きこまれた魔力が核によって調整され、部隊によって潜航せんとする潜水艦至近に照準。
360度から、30メートル間隔で中隊によって統制された重爆裂式が海中で炸裂。
瞬間的に、水しぶきが舞い上がり、不明艦の姿を消してしまう。

「第二小隊、降下!浮上してくる不明艦の臨検に備えよ!」

まあ、威嚇射撃とはいえ至近弾で浸水していることだろう。
脆弱な潜水艦ならではの弱点だ。
当然、機密保持のために色々と不味いものが処分されてしまう事が予想されるのだから、さっさと制圧するに限る。






連合王国S級潜水艦シルティス



モグラが情報機関に潜り込んでいる。
そんな噂が流れていることは知っていた。

自分達潜水艦とて潜ることにかけてはモグラに負けるつもりはないが、如何せん情報の海と現実の海は意味合いが違う。

派遣される時、クルー達はごくごく順当に航海演習としか知らされていなかった。
唯一、艦長のみが海軍省から『技術士官』として乗り込んできた男の正体と、厳封された命令書の存在を知っていただけである。
航海長ですら、出港後初めて航路設定の段階で知らされたほど機密保持は徹底されていた。

ところがだ。

ごくごく少数の限られた人間しか知らない筈の会合地点。
積み荷の移送は辛うじて間にあった。
大半のクルーらには、触らせずに特務艦から移乗してきた情報将校らが積み荷は厳重に警備。
後は、帝国軍哨戒線を何食わぬ顔で突破するだけのはずだった。
そんな瞬間に突然、それまで姿も形もなかった帝国軍魔導師の中隊が現れるとはどういうことか。
一瞬、海軍省の『技術士官』と顔を合わせてしまうほどに衝撃は大きかった。

「帝国軍魔導師多数接近!アルバトロスとの会合を目撃されました!」

当然、こんなところに現れるという事は積み荷の存在を知っていなければできることではないだろう。
特務艦が目立つとはいえ、あれは名目だけでも民間船だ。
帝国としても中立国である連合王国民間船籍の船を手荒に扱うわけにもいかない。

だが、不明艦であれば対応はある程度交戦国に準じる対応で許される。
そこまで理解して襲撃計画を立てているとすれば、モグラは間違いなく存在するに違いない。

「停船命令きます!」

通信兵が上げた叫び声が、急激に艦長達を現実に引き戻す。
一瞬だが、頭によぎった疑念を一先ず据え置き逃げのびなければならない。
S級の潜航可能深度は100メートルを超えている。
いくら魔導師といえども、潜ってしまえば追尾は困難。

船体射撃でも受ければ別だろうが、戦時国際法は停船の定義を明確にしていない。
いや、正確には潜航を逃亡行為と認識していないのだ。
なにしろ、船は本来沈まない時代に造られたルールである。

「即時無線封鎖!緊急潜航!!」

取り付かれる前に潜航してしまえばよい。
無線を封鎖し、通信を拒み一瞬のうちに潜航。
それで、逃れられると考えていた。

甘い見通しだった。

潜航するためにベント弁を開いた瞬間、だ。
観測員が悲鳴のような警告を発する。

「ま、魔力反応多数!総員、衝撃に・・・」

何かに掴まろう。
頭ではそう思えたが、体が動かない。
咄嗟に、体が動いたクルーは多くなかった。

動かなければ。

そう思い、手を伸ばそうとしたその時大きな音が轟く。

次の瞬間、船体を巨大な衝撃が連続して襲い刹那の浮遊感を感じ取ったかと思ったところで意識が飛んだ。

「艦長!?糞っ!軍医!艦長負傷!至急発令所まで!」

誰かが叫ぶ声で意識が一瞬浮かびあがるが長続きしない。

その様子を見て副長は即座に指揮権の継承を覚悟する。

状況は、最悪という言葉がこれほど似合う状況もないだろう。
船殻に破口多数。浸水が急速に拡大している。おまけに、艦橋周囲は水圧の影響で潜望鏡らが全滅。
辛うじて機関こそ動くものの、後部電池室に問題が発生。塩素ガスが噴き出してしまう。
有毒ガスの発生は、防毒マスクを必要とするが吹き飛ばされたクルーを動かすだけで精いっぱい。
浸水とガスで艦内の環境は急速に悪化してしまう。

火災の発生も時間の問題だ。

駄目押しとばかりに、舵が動かない。
おそらくだが、水圧で破損したのだろう。
これでは動くこともままならない。

・・・応急修理も限界。

辛うじて排水ポンプが片方のみ動くが、バランスが取れなくなる。

「・・・『技術士官』殿。本艦は限界です。」

苦渋の決断を下さなくてはならない。それも、早急に。
副長とて、『技術士官』と称する正体不明の将校が単なる一介の将校であるとは思っていない。
故に、決断を暗示する。降伏しか道はない、と。
艦長が指揮を執れない状況にある以上、彼がクルーの命に対して責任を持っているのだ。

結論は、浮上しかない。

「どうしようもないと?」

「長くは持ちません。積み荷の処分があるならば、手早くお願いします。」

「・・・承知した。」



あとがき
①攻撃?
⇒いいえ、威嚇射撃です。まあ、潜水艦ですから、不幸な事故は起きますが。
②出会った?
⇒偶然って怖いですね。
③更新?
⇒大本営発表:がんばる(`・ω・´)
④どういう位置づけ?
⇒ルシタニア号的な何か。まあ、連合王国から見てですが。
⑤少佐有罪?
⇒?????
⑥泥沼の地上戦は?
⇒そろそろ。

ZAP



[24734] 第二八話(外伝①)
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:54
外伝

また、夢を見る。
全てが、私達従軍兵士の記憶に焼きつけられたのがかの大戦だった。
あの日、あの時、あの場所。止むことを知らない銃声が壊れたレコードの様に頭で再生される。
気がつけば、私の意識は懐かしの戦場へと回帰していた。
戦後なお、その記憶は風化するには生々しすぎる実感として私達の頭に居座っている。
糞ったれの戦場。おぞましい人類最悪の産物。泥と蝿が支配した戦場。

ああ、ラインは地獄への入り口そのものだった。



頭上を砲弾が至近距離で飛び交う中、我々G中隊は新たな攻撃地点への移動命令に従い漸進した。
前線を形成する第5連隊の中でも最も激しく交戦中のE中隊の側面援護任務。
我々機関銃班は先陣部隊が構築した壕に機銃を据え付け、陣地を構築した。
この戦域では帝国軍が圧迫しつつあるはずだが、戦線は未だ流動的らしい。
砲撃跡で草木一本まで吹き飛ばされた泥濘塗れの土地を巡って壮大な資源が浪費され血が流されている。
壕からわずかに見渡せる限りの視界には、一面の砲煙だけだ。

禍々しい敵砲兵はその視界の悪化をものともせずに、緩急をつけながら不断の砲撃をこちらに加えてくる。
我らがG中隊の迫撃砲班も果敢に重迫撃砲で応戦しているが焼け石に水だ。
砲煙で包まれた戦場ながらも、共和国軍陣地からは多数の発砲炎がいくらでも確認できる。
泥地故に、こちらの迫撃砲は底板が泥に沈み射撃が安定しない。機銃ですら、弾道が熟練兵ですらまともに制御できないほどだ。

見渡す限り、全ての兵士が泥まみれになりながら何とか攻撃地点を確保しようと懸命に人力の限界を尽くしている。
砲を壕に据え付けた野戦砲班が観測射撃を試み、選抜ライフル歩兵がタコ壺を懸命に掘っている。
だが、その光景はほとんどおぞましいまでの戦場で為されている超人的な挺身だ。
泥溜まりの中、ウジと泥と砲弾の雨にも屈せず腐臭と死臭をまといながら碌な遮蔽物もない戦場を前進する。
それも塹壕足でだ。

「まったく信じられん。ガマガエルどもめ、よっぽど泥が好きらしいぞ。」

「そうだな。砲手どももよっぽどこの地を泥まみれにして飛びこみたいらしい。」

「だが、撃たれているのはH中隊だ。同情するよ。」

チームの軽口で張りつめた緊張がやや緩むが、近くのタコ壺仲間からの言葉で嫌な現実を思い出す。
撃たれているのは、我々に先立って前進しているH中隊だ。
忌々しいことに、上層部は敵の防御を突破できると確信しているらしい。
一体何人死体を積み上げればこんな泥地を確保するに値すると信じているのだろうか?

「航空支援はまだなのか!?いい加減、敵の砲列を黙らせろ!」

誰かが呻くように漏らした一言は、中隊全員の共通した思いだった。
部分的な航空優勢の確保と、それに伴う地上戦線の押し上げ。
忌々しいお偉方の言葉によれば、まさしく完全な支援とやらが約束されていたはずなのだ。

「いっただろう?クリスマスの七面鳥を賭けても良いくらい支援なぞ空手形だと!」

一発かすめるだけで人体を粉微塵に粉砕する砲弾や榴弾が飛び交う戦場で完全な支援など夢物語だ。
訓練すらまともに受けていない補充兵ならばともかく、古参ともなれば上層部の確約程信頼できない物はないと知っている。
激しく砲弾のスコールに晒され、長時間に及ぶ砲撃によって抑えがたい苦痛と精神の摩耗に直面する兵士たちは常に懐疑的とならざるを得ない。
そうでなければ、希望をたびたび粉砕され、おぞましい戦争の実態に耐えられないだろう。

「っ、やられた!ちくしょう!」「衛生兵!衛生兵!」

隣の壕から誰かが崩れ落ちる音と、戦友たちが慌てる気配が戦場の轟音にも関わらず何故か感じ取れる。
運の悪い誰かが流れ弾か狙撃兵にやられたのだ。壕ごと吹き飛ばされておらず、連続した着弾もない以上、狙撃兵。
私達は咄嗟に頭を一層低くすると共に、敵が伏していそうな所へ向かってやたらめったら銃弾をばら撒いて牽制する。

「担架を出す!援護しろ!」

負傷した仲間を後送するのだろう。4人の担架兵が懸命にカバーされながら駆け出す。
我々がこの戦場で後ろに下がる人間の中では、唯一の頼みとすることができる衛生兵達だ。
お気楽な後方勤務をしている人間とは違い、彼らは私達ですら躊躇するような弾雨だろうとも味方のために突入していく。
衝撃と痛みで吹き飛ばされたとしても、それすらも覚悟して仲間のために別の仲間が駆けるのだ。
彼らだけは、心から尊敬できる。

「煙幕を張れ!」「手榴弾だ!ありったけ放り込め!」

迫撃砲班が煙幕を、選抜ライフル兵達が擲弾を、我々がともかく弾幕を張る。
無事に飛びだした担架は正に歓迎すべき光景だった。
同時に、敵は我々の攻撃によって優先するべき目標の存在を思い出したらしい。
どんどん遠ざかっていく担架ではなく、猪口才な機銃陣地を叩き潰すことを決意したようだ。
付近への至近弾が巻き上げた砂塵に耐えきれず、思わず顔を伏せてしまう。
塹壕にうつぶせになって耳を澄ます限り、我々G中隊はおおよそ考えられる限りたくさんの共和国軍砲兵から砲弾を馳走されているらしい。
すぐ近くで聞きなれたヒューッという風切り音のあとに、ズッゥンというやや聞き慣れない重々しい着弾音。
128ミリどころか、連中虎の子の180ミリ野戦砲まで出張ってきている。

「全員聞け!友軍の支援部隊が急行中だ!何とか持ちこたえろ!」

我らが大隊長殿のありがたい訓示が無線から流れ込んでくるが、虚しくなる気分の方が強い。
補充兵の少なくない大隊だ。戦意を喪失しかけた連中が、縋る糸でも投げ出したのだろう。
その手綱が限りなく頼りないと知っている我々以外には、有効だろうがどれほど持つことか。

「で、その支援部隊はいったいいつ来るんだ?」

機銃チームの誰かが口にした一言が、戦場を知っている兵士たちの総意だ。
本当に援軍が必要だろう。このままでは、泥まみれになって泥濘地を確保するために我々が悉く死体とならざるを得ない。
そのためにも、援軍は今すぐにでも必要だった。

「援軍が欲しい。できれば、死ぬ前に。」

そのとき、近くの通信兵が大声で喜びの叫びを上げた。
位置特定を防ぐために、傍受を主任務とする連中だが、たまにはこういう事もある。
大抵、悪い知らせをもたらすだけの連中だが、例外的に良いことを告げることもありうるのだ。
まあ、経験則というやつは結局正しい。

「援軍だ!援軍がくるぞ!」

狂ったのかと、思わず戦友達から憐みの込められた視線が飛ぶが即座に彼らは信じられないものを見ることになる。
いや、耳にしたというべきか。

“愛する祖国よ、平穏なれ。”

広域に全回線でそれこそ魔導師の才能もないような兵士ですら聞き取れるほどに強力な言葉が発せられている。
砲撃の硝煙が空を黒く覆い尽くし、泥濘が全てを飲み込むかのような戦場に響き渡る声は驚くほど淡々としていた。
一瞬、遂に自分達も狂ったのかと正気を疑ったのは無理もない。それほどまでに、現実離れしている現象だ。
増援部隊用の符牒だ。どうも、ありもしない幻想の援軍という幻聴だろうか。

“愛する祖国よ、平穏なれ”

だが、聞き違いでも発狂したわけでもないらしい。
誰かが、誰かが帝国公用語でリピートしているのだ。
それも、敵味方識別用の使い捨て合言葉を発しながら!
 
『ラインの護りよ!そは磐石にして忠実なり!そは磐石にして忠実なり!』

無線機の出力を最大にして、通信壕の通信班が応答している声。
わが機関銃班の無線がまくし立てるそれは、ここでも聞こえている。
くだらない合言葉を考えついたものだと通信兵たちを筆頭に中隊全体で符牒のセンスを馬鹿にしているものだが、この時ばかりは心底救いに思えてならなかった。
強力な魔導師のみが使える広域への干渉。魔導師しかありえない。帝国が誇る、最精鋭の魔導師しかありえないのだ。

だから、知らないという事はとても幸福だった。
援軍として飛んでくる救い手が、悉く戦場の友軍に破滅をもたらしかねない劇物だと。
帝国軍からすら『死神』扱いされる彼女だと。
狂気による、狂人のための、戦争狂による大隊。
連中が、この戦場に、やってきたのだ。




硝煙交じりの雲を突っ切る時、ざらざらとした緊張感が立ち込めてくる。
ターニャ・デグレチャフ少佐は、主観的にはうんざりと。
客観的には無表情で、ライン防空識別圏D-5区画へと急行する部隊を率いていた。

『符牒確認。こちら第203魔導大隊、コールサインはピクシー。現在戦域に急行中。到着まで160秒』

ターニャには実に気の乗らない仕事がある。男性としてみれば、プロパガンダで愛嬌を振り撒くことだろう。
しかも、女性としてみれば忌々しいまでの男性優位による軍機構に出世を阻まれるというおまけつきだ。
それらに比べれば随分ましとはいえ、高度を極力低空に保ちつつ高速で戦場へ急行するのは気に入らない仕事の一つだ。
例えば、左遷された挙句に酷使される平社員。或いは、名ばかり管理職。これは、危険はない。
だが、空薬莢が散乱する眼下の大地を突っ切り、硝煙を高らかにくゆらせる敵砲兵陣地への突撃任務の指揮。
危険手当と戦地手当がつくとしてもあまり良い気分ではない。

「大隊各位、支援戦闘だ。対地攻撃兵装、拡散爆裂式・光学欺瞞式・対弾外殻形成にて用意。対空・対魔導は任意に行え。」

ターニャは手にしたライフルと演算宝珠を握りしめつつ必要な指示を淡々と行う。
支援戦闘というのは、実に厄介だ。誤爆は断じて許されない。
かといって、大規模爆裂式を一発撃ち込んだところで、塹壕や陣地というのは被害を極限化するようにそもそも設計されている。
だから、とってりばやく敵陣に近付いて散々暴れ回るしかない。
そのためには、可能な限り高速かつ低空で侵入し一気に奇襲を賭けることが望ましいとされる。
だが、それは理屈だ。実際に行う側としては速度と高度を一定に保つのに既にうんざりせざるをえない。
低空を高速で突っ切るのは誰にとっても愉快とは言えぬ。
軍法会議のごたごたから逃れるためとはいえ、ライン戦線送りになったのは実に運が悪かった。

『了解ピクシー。現在G中隊とH中隊が叩かれている敵砲列を叩いてくれ。』

『了解した。支援として現刻より5分間の制圧射撃を要請したい。その間に叩く。』

幸か不幸か、銀翼突撃章保持者という事もあって独自行動権を維持できたのはこの種の戦場ではありがたかった。
石ころだらけの後方基地とて、泥濘塗れとなって敵砲撃下で拠点防衛を命じられた挙句に訳も分からないうちに砲撃の的とされることに比べれば遥かにマシだ。
曲がりなりにも後方拠点。食事とて標準的な塹壕用携帯口糧ではなくきちんと温食が出てくる。おまけに、下世話な話だが排泄物の管理もマシだ。
低空飛行時点で悪臭が漂ってくるなど、衛生概念に真っ向から反逆しているとしか思えん。
塹壕なぞ体が幼女化云々以前に、常識的な衛生概念を持つ教養人としては耐えがたい環境としかいえない。トイレの誤作動で沈没する潜水艦並みに酷い。

其れに比べれば、対空砲火の薄い野戦砲陣地を空から強襲する程度給料相応の仕事。
なにより、敵魔導師の迎撃もない以上鴨撃ちでしかない。良い的だ。せいぜい戦果を拡張し、休暇規定を満たせるようにしたい。
懲罰人事とは言え、明文化されていなければ権利の行使は許される。
さっさと後方拠点に移って安全なポストを猟官したい。

『5分?それでは敵砲列どころか、対空砲火の制圧すらおぼつかないがやれるのか?』

なにしろ、前線は比較的安全性の高い襲撃任務ですら碌でもない程のリスクを冒さなければならない。
たとえば、本来は忙しいはずの観測班がわざわざ支援を積極的に行ってくれるという事。
前線の観測班がこちらを誘導してくれている以上、戦域の状況は望ましくないのだろう。
通常、観測班は着弾観測を専門に行う連中だ。連中が暇という事は、友軍の砲兵の規模はそう多くないのだろう。
魔導師の外殻を最大強度で展開し、対地強襲隊列で行動するならばまず誤射などありえない。
よしんば、奇跡的な確率で直撃したとしても新型のおかげで致命傷は避けられるだろう。なにより、ブートキャンプで対砲兵防御は叩きこんである。

『問題ない。それと、我々に構うことなく突入後も砲撃を継続されたし。』

なにより、対地強襲の上方警戒に従事するのが指揮官の務めなのだ。
空戦の基本として、一隊で持って対地強襲を行う際は一隊がエアカバーを提供する必要がある。
当然、直掩につけば砲弾に巻き込まれる危険性がありえない水準にまで低下するのは説明の必要もないだろう。
加えて、ようやく高度を上げられるのだ。湿った重い空気から逃れられることが少しばかり快適でもあった。

ともあれ、悪臭と危険地帯から離脱できるという事はデグレチャフ少佐にとっては機嫌を改善させるには十分条件。
彼女、と評するべきか微妙な存在であるが、ともかく少女はめったに浮かべない笑顔すら浮かべる。
それと同時にご機嫌な気分で上昇軌道を描き始めた。対地支援という事もあり、無理に寒い高度に上がる必要が無いことも乙である。

故に、ターニャ・デグレチャフ少佐は珍しく確かに浮かれていた。





援軍に喜んでいたはず。
その瞬間までは、今でも鮮明に思い出せる。
ようやく来援する魔導師。これで一息つけると安堵した。
機関銃の銃身が摩耗を勘案すると交換する必要があった我がチームは、伝統的かつ神聖な儀式を敢行。
その結果、トランプに嫌われていたらしい私が、物資が積み上げられていた拠点壕で兵站担当の下士官と物資を漁る羽目になっていた。

誤解されるが、後方の方が安全というのは少なくともライン戦線では幻想である。
前線で再接近地点で数十メートル至近にまで近づく前線は、眼前敵に対峙すればよい。
少なくとも、砲兵は味方ごと吹き飛ばすような危険域への射撃をめったに行わない。
よしんば行われたとしても然程も危険ではないのだ。榴弾を味方陣地に落とすよりは、徹甲弾の方がまだまし。
そんな両軍の思惑から、最前線はせいぜい機関銃と狙撃兵と地雷とライフルに注意すれば即死はしない。
なにより、敵味方の識別が困難な地域だ。
笑えることに、突破されかけた陣地が共和国軍の砲撃で侵入した共和国軍兵士を一掃したこともある。
恭しく、野戦砲兵章を敵砲兵に推薦した旨が官報にユーモア交じりに掲載されたほどだ。

曰く、見事な訓練の結果を発揮し共和国軍砲兵隊の帝国に対する献身を賞賛す、と。

『正気か?』

だが、この漏れ聞こえてくる無線やその設備というやつは致命的だ。
味方以外の電波で強いモノとは要するに、敵司令部や拠点壕と一発でばれる。
地下に頑丈な防御施設を構えているから安全と誤解する新兵は、幻想を吹き飛ばされるのに2日もかからない。

対して戦果の期待できない前線に撃つくらいならば、と重徹甲弾の雨嵐が襲ってくるのだ。
榴弾ならば、壕にこもっていれば多少は防ぐこともできるだろう。
だが、重徹甲弾は直撃すれば壕なぞ無意味に近い。もちろん、ないに越したことはない。だが、動けない穴倉にこもっていれば砲弾に耕されておわり。
拠点壕は少なくとも48時間以上同じ地点に司令部が置かれる事は稀だったことが、全てを物語っているだろう。

まあ、そんな背景はどうでもよいだろう。
聞いてしまったのは、信じられないような発想だ。
一瞬、戦場で耳が狂ったのかと思ってしまっても私は悪くない。

『私の部下に、味方の弾に当たる間抜けはいない。敵の制圧と抑制は何よりも優先される必要がある。』

だが、私はどうやら優秀な耳を持っていたらしい。
いかにも、楽しげな声。軽い口調で、物騒な内容。
いかにも愉快そうな声が、確かに無線機から聞こえてきた。

「・・・本気なのか?」「ありえんだろ。なんで魔導師の連中が従うのだ?」

だが、どうやら神様はくそったれか、それとも何か我々子羊には想像もつかない深謀遠慮でもおありになるのだろうか。
おもわず、顔見知りの下士官と二人で顔を見合わせてしまう。
うちの砲兵が、友軍魔導師ごと砲撃させられる?信じられない事態だ。
直撃させれば、砲兵隊はタダでは済まないだろう。よしんば、許されたとしても味方殺しだ。
最悪の汚名を着せられることになる。

いくら、いくら命令とは言え、味方に砲弾を撃ち込むことは誰も許さないだろう。
誤射は、誰が撃ったかわからない。だから、暗黙理に処理される。不幸な事故として。
だが、観測射撃中の砲兵が友軍所在地域に撃ち込めば言い訳の必要性すら怪しい。

『・・・少佐、あなたは。』『ご配慮無用。砲撃を継続されたし。』

いっそ、清々しい。
そこまで、ご機嫌な雰囲気が無線の先からでてくることに恐怖を覚えてしまう。
砲撃に長時間さらされ、ただひたすら塹壕にこもって無事を祈るしかない恐怖。
あの恐怖は、体験した者にしか分からないだろう。
思わず、大声をあげて一気に楽になりたいという衝動と恐怖を抑え込むのは人生最悪の経験としてリスト入りさせるには確実すぎる。
だが、それにすら耐えた兵士をしても、耐えがたい人間としての恐怖が何処とも知れずに沸き上がってくる。
狙撃兵に狙われた時ですら、これほどではなかった。
寒い。体の芯が凍りつくような寒さ。いったいこの悪寒は一体何なのか。

『ピクシー03より、01!魔導師反応多数確認!二個中隊規模の敵魔導師が上がってきます!接敵まで600!』

誰かの警告。そして、通信兵らも右往左往しながら新たな敵情報を各所に伝達する。
これらが意味するのは、単純に新手の敵部隊が出現したといういことか、迎撃部隊が現れたかのどちらか。
ともあれ、私は補充部品と弾薬をかついで前線の壕に手早く戻らねばならなかった。
連絡壕が比較的穏やかな状況の内に陣地に戻りたい。そう思って、下士官に礼を述べると用意されたものを掴んで駆け出す準備を行う。
その時、軽い舌打ちと、溜息が無線越しに鳴り響いたのを確かに聞いた。

つい先ほどまで、ご機嫌と言わんばかりの声色が聞こえた無線から。

『第一中隊、対魔導師戦闘用意。私に続け。アポなしの間抜けを叩き返す。残りは砲兵だ。手早く済ませて合流せよ。』

まるで、ブリザードのような言霊を感じた。
言霊を知らない?ああ、戦場で少し有名な話だ。まあ、知らないに越したことはないだろう。
ようするに、悪魔が預言書を抱えて気まぐれで読み上げたものだと理解すれば問題ない。

つまりは、カオスだ。

『ピクシーよりCP,敵魔導部隊を遊撃するが予定に変更はない。対空戦闘の配慮は御無用。』

常識で考えれば傲岸不遜で自信過剰。そんな指揮官に直卒された連中は、実に不幸だっただろう。
だが、記憶を再生している私の脳は叫び声を止めない。

ああ、化け物め、と。英雄殿、英傑殿、卓越した魔導士官殿。
貴女は素晴らしい士官だった。私達、ライン戦線に従軍した全ての帝国軍兵士の総意として、貴女は神だった。

「魔力がでかいだけのボンボンか?よっぽど自殺願望があるらしい。」

そう呟いた誰かは不幸にも、もう生きていない。

「ピクシー?・・・大陸軍の連中から聞いた覚えがある気がする。たしか、死神と評していたが。」

デグレチャフ少佐についてなにがしかを聞きかじっていた彼は、噂を実証した。
ああ、彼女は神だ。それも、生と死を司るとびきり有能な。

『・・・大隊諸君、楽しくなってきたぞ。さぞかし、楽しいだろう?』

怖気の走るような怒気すら湛えた言葉が、全域に垂れ流されていた。
まるで、全ての敵意を誘蛾灯が集めるかの如く。
デグレチャフ少佐は、その牙を剝いたのだ。それは、激烈な反応を招く。

共和国は、悪魔を狩ることを欲する。
要するに、死神を殺すべく人類の英知とやらを傾けてくれたわけだ。
神は死なない。だが、傍にいる我々は?

・・・死神とはよく言ったものだ。

敵を殺し、敵に味方が殺される。
そして、尊き少佐殿は周りが死に尽くした泥地を一瞥し、お帰りあそばすのだ。
糞ったれ。



================
あとがき
(´ー`)y-~~
修羅場なう。

更新を頑張りたいと思ったりするのですが、なかなかはかどらないことをご容赦ください。
補給というか、投稿するように心がけたいと思います。

追伸
誤字修正なう。

ZAP



[24734] 第二九話
Name: カルロ・ゼン◆c2c04458 ID:b7b166a9
Date: 2012/04/12 01:56
軍隊というものは、暴力装置だ。
如何なる形容詞で美辞麗句を施したところで本質は代えようもない。
故に、その構成員に対する信頼の度合いに関わらず、首輪が必ずつけられる。

皇帝の軍隊、帝国の防人、民族の先鋒、護国の御盾。
そのように称賛され誉め称えられる帝国軍とてその例外ではない。
帝国の臣民が誇りに思う軍人。
だからこそ、そこからの逸脱は厳しく咎められる。
帝国軍部は一つの規範として、模範であることを望む。
一介の兵卒ですらだ!

であるならば、名誉ある士官は品行方正たれと強く求められる。
ある意味、平時であれば軍人としての資質よりも重視された程だ!

故に、帝国軍の軍部は規則を偏執的なまでに愛した。
そこからの違反にはすべからく軍法会議を用意するほどだ。
一つの社会階級として帝国軍士官は軍法会議にかけられることそのものを恥じる。

だが、これは平時であればの話だ。
名誉を重んじ、大義を尊ぶ平和な時代は過ぎ去った。

今や戦時。

軍法会議が開かれる小法廷の雰囲気はただならぬものがあった。
一触即発の張詰めた空気。
そこでくりひろげられているのは、審理というなの政治である。

「デグレチャフ少佐、本法廷は貴官に対する審理を棄却する。」

法務担当士官は世界最高のアルビオン料理を三夜連続で振る舞われるフランソワ人のような表情で手元の判決に等しいペーパーを読み上げる。

「中立国艦船に対する攻撃、及び撃沈は不幸な事故であった。」

親の仇でも睨み付けるように傍聴席で拳を硬く握りしめていた外務省の人間に至っては、形容しがたい顔色で被告人席で悠然とする幼い少女を凝視している。
彼らの脳裏は煮えたぎっていることだろう。

「所定の規定に従ったデグレチャフ少佐に過失は認められない。」

愉快げな表情を浮かべていたのは、渦中の本人位だろうか。
いや、感情の乏しいデグレチャフ少佐が喜びの顔であったかなぞ、誰にもわからない話だ。

「以上の理由により、デグレチャフ少佐に対する拘禁措置は解除となる。」

そして、前線が欲して止まない優秀な魔導師は身柄を解放される。
…まさしく参謀本部の思惑通りに。

ライン戦線は急を要するのだ。
使える魔導師を政争で足留めされては堪らない。
砲弾や物資は優先的に大陸軍に割り当てられるとしても、魔導師は別?

それで戦争が出来れば誰も苦労しない。
もっと魔導師を!一人でも多くの魔導師を!
そう豪語される時に、勲章持ちのネームドを遊ばせる余裕は何処にもない。
あるはずがないのだ。
そんな余裕があれば、戦争など遥か昔に決着がついていたに違いない。

だから、必要だから。仕方がないから。
そういう理由だけで、結論は決まっていた。

いや、或いはデグレチャフ少佐に何か過失があれば違っていたかもしれない。
だが、完全に軍法と国際法に基づいた攻撃による連合王国潜水艦撃沈。
ルールに基づかない、或いは逸脱した潜水艦にルール通りに威嚇。
不幸にも、潜水艦を想定して立案されていなかったルール通りの威嚇射撃が招いた事故だ。

何かひとつでも過失があれば、外交担当者らの懇願通りに重い厳罰もまだ出せた。
しかし、何一つ過失がない場合は?


これでデグレチャフ少佐の処分を強行するならば、ルールを起草した内務省や陸海軍関係者もろとも外務省の人間まで巻き込んだスキャンダルに発展しかねない。

さらに、デグレチャフ少佐の功績が事態を厄介にする。
銀翼突撃章保持者にして将来有望な士官。
内々ながら、陸軍鉄道部と戦務課、それに技術局から圧力がこれでもかとかけられていたのだ。

軍法会議に持ち込まれたことそのものが、法務担当士官らの苦心の成果だった。
よくやった。 そう評されてよい。

だが。それは所詮組織内での話にすぎない。
圧力に組織内の人間が抵抗したところで、外部の人間にしてみれば結論は変わらないのだ。

公的には、話がついている。
不幸な事故だった、と。


では、納得ができるだろうか?
軍艦を撃沈されて死者まで出ているのだ。
そう簡単に収まりがつくとは思えない。

…いや、言葉を選ばずに言えば、連合王国は喜び勇んで煽動している。

『残虐な帝国軍』

地政学を解する人間にしてみれば、帝国が並みいる対抗勢力を打倒すれば何が起こるか自明なのだ。国民が戦争に乗り気でないならば、乗り気となるような煽動を始めておかしくない。

そんなところに、誤爆とはいえ格好の題材が飛び込んできたのだ。
いくらあざとかろうとも反帝国を叫んで止まない。
そして、法学的な細かい議論は煩雑かつ難解である。

公的には、通信機材と航海機材が整備不良により故障した連合王国潜水艦が帝国領海に迷い混み、警戒行動中の帝国軍魔導部隊からの呼び掛けに気が付かないで定時訓練の一環として潜航訓練を開始。これに対して、戦時国際法に基づく威嚇射撃が行われた結果、潜水艦の外殻に多大な水圧がかかり、圧壊寸前となり緊急浮上。

帝国軍魔導師らによる人命救助活動が行われた結果、多数の負傷者を帝国軍病院にて加療するも、重傷者は救命活動も虚しく死亡。また、潜水艦は応急措置が間に合わず浸水により沈没。

故に、厳密には撃沈ではなく、むしろ海難事故に近い。


だが、簡潔に分かりやすい構図が描けるのだ。

『帝国軍、連合王国艦艇を撃沈』

これだけで、十分すぎる起爆剤となる。いや、既に燻っているところにガソリンを注ぐような行為。
帝国外務省は、これ以上の事態悪化を憂慮してやまない。





いや、正確には誰もがわかっている。

むざむざと帝国の独り勝ちを許して覇権国家の誕生を招くか?
それとも、勢力均衡策に基づき断固阻止するかだ。

そのための口実。
それ以上でも、それ以下でもない。

だから、実のところ誰もが覚悟しているのだ。
常識的な判断力があれば、自明である。
帝国だろうと連合王国であろうと、お互いによくわかりきっている。

そう、連合王国と帝国の激突は時間の問題でしかないと。



なればこそ、デグレチャフ少佐という一介の魔導士官の処分は然程も重視されない。
勿論、誰もが口を塞ぐが。
要するに政治だ。

ただ、結果的に彼女の存在は微妙なものとならざるを得ないのも事実。

だからこそのライン送り。

参謀本部は戦果を期待して。
外交担当者らは、二度と問題を起こさなくることを期待して。
(叶うことならば、その地ではててくれることすら期待して。)
法務担当らは、厄介ごとから距離をとるため。

ともかく誰も彼もが彼女らをライン送りにすることを切望した結果として、ラインの悪魔が嘲うこととなる。


そして、事態はライン戦線をさらに地獄とした。





おはようからおそよう迄。
あなたがたのすぐ隣で寝ている死体は早めに片付ける事を推奨します、ターニャ・デグレチャフ魔導少佐です。
ごきげんよう。元気に戦争をしていますか?塹壕では、気を抜くと大火傷しかねませんからね。
ニコニコ笑って精神を健全に保って、健康に気を付けましょう。
特に、アルコールは適量を心掛けること。
煙草は狙撃兵に狙われたくなければ、諦めましょう。

まあ、酒も煙草もやらない健康な方には関係ないですが。

いやぁ、ライン戦線は愉快です。
医療費がかかりそうな喫煙者がことごとく禁煙してくれます。
いっそのこと、皆で健康増進運動でもどうでしょうか?


一番穏やかな日でも雨時々砲弾日和。
狙撃兵と嫌がらせの擾乱射撃を除けば、まあ湿度と泥にまみれながら塹壕でゴロゴロしていてもよいでしょう。
我々魔導師は後方でつかの間の休養と洒落こみます。

晴れの日なぞ射界良好につき血を血で洗う大激戦。
一日に飛び交う砲弾だけで、某島国の軍隊ではない軍事組織が一年間に使う弾薬の何倍か想像もつかない規模です。
砲兵が耕し、歩兵が前進するとは、よくいったものでしょう。

物資と人材をこれ程無価値に扱うのは、ちょっと他に思い付けないほど盛大に浪費しています。
いくら私でも、もうちょっと人材は大切に扱うものですが。
全く信じられないコスト感覚ですよ。

赤紙一枚で兵隊を召集したって、訓練に装備に各種給費がかかるというのに。まるで一山幾らのように使い捨てるとか、株主総会で叩かれたいのだろうか?
砲弾なぞ、グルップル社からいくらリベートを受け取っているのかと小一時間問い詰めたいほど盛大に乱射する始末。
弾幕は重要ですとも。
勿論、今更ご高説を拝聴せずとも理解しています。

ですが、せめてコストカットはすべきでしょう。
何で列車砲だけで規格の違う7,8種類もあるのやら?

20センチとかはともかく、何で運用に千人単位で必要な80センチ列車砲迄豊富な種類があるのか。
技術者に対して、ろくでもない経験がある身としては連中作りたいから、取り敢えず作ってみたのではないかと疑っている程。

量産性の欠片位希求すべきではないだろうか?

いやはやです。

まあ、こんな光景を見れば軍産複合体が戦争をプリファーするのも納得というもの。

一次大戦時に日本が好景気になるわけだ。
朝鮮特需もしかり。

こんな恐るべき勢いで物資を浪費する消費者がいれば、売り上げが延びないはずがない。正に需要と供給の関係というやつ。
いっそのこと、民間軍事会社でも起業したくなるほど魅力的な市場ということになるのでしょう。

ああ、無情。
こんなに無駄遣いできるならば、給与の引き上げでもしてほしいものだ。
一発幾らするかもわからない砲弾を湯水の如く共和国へ撃ち込む金があるのだから、福利厚生とて考えてほしい。

とまあ、ごく普通の被雇用者として物思いに耽っていたターニャの思考は、事務連絡を持参した部下の声によって遮られた。

「少佐殿、補充魔導師らが方面軍司令部に。」

「補充魔導師? 結構だが、私の大隊に損耗はないが。」

損耗なし。
正に、この狂ったライン戦線でも最もコストパフォーマンスの良い部隊マネジメントをしているつもりのターニャにとって見れば、補充魔導師と自分達の関連性がわからない。

そもそも、補充を要請していないのだが?
そう困惑すらしてしまう。
まさか、司令部が気をきかせて用意してくれるはずもない。
部隊はすでに増強大隊。増員も考えにくい。

「…面倒ごとかね?」

というか、厄介ごとの予想しかできないのは何故だろうか?
これ程善良かつ丁寧にコストを意識しつつコンプライアンスの遵守に努めているにも関わらずだ。

運命というやつがいるのならば、救いがたい奴に違いないと断言できる。…まあ存在Xの同類だろうと思うが。

「いえ何でも、我々に教導隊の真似事をやれと。」

案の定、我々に求められることは厄介なことだ。
戦地慣れしていない補充要員に対する教導任務。
大方、補充要員の損耗率に遅蒔きながらも誰かが気づいたのだろう。

それは結構な事であるが、どうしてそのような結論に至ったのだろうか。

「教導隊?それでは、我々に戦地で新人研修でも行えと。」

部下の一人が信じられないとばかりに鼻をならすが、全くその通りだ。
新人なぞ、戦場においては自分の弾除けにすら使えないお荷物でしかない。
はっきり言えば、駆逐すべき対象に近い連中である。
足を引っ張られたくないというのに、補充要員を教導せよ?

率直に言えば、そんなことが可能かどうか一度現場に来てみろと叫びたい程である。

「信じられませんな。連中、御子様たちのお守りしながら戦争が出来ると信じているらしい!」

「我々に弾除けとなれと?全く馬鹿げた話です!」

というか、私の部下は臆面もなく口にしていた。
まあ、正直な連中である。
最もこの程度は多少なりとも、塹壕で震えた経験者ならば誰にでもわかると思うのだが。

パニックに陥った新任の面倒さよ。
砲弾に惨めに耐えることができなくなってしまえば、狂うしかないのだが。
よりにもよって塹壕内部や基地の宿舎で騒がれた日には頭を抱えたくもなる。
まだ基地なら後送して軍医に押し付けるが、そんな余裕のない前線でパニックになられたらお手上げだ。

何より、パニックは伝染してしまう。
端正なお顔をぐじゃぐじゃにして、耐えている健気な連中まで騒ぎ出したら手の施しようがなくなる。
最悪の場合、シャベルが沈黙を生む。
全く塹壕で、基地で、墓場でと便利なことだ。

「落ち着け諸君。」

とはいえ、命令は命令だ。

「研修というならば、現場を見せてやれば良いか司令部に照会しておこう。」

精々無理のない範疇でやることにしよう。
何も手取り足取り丁寧な新人研修を期待されている訳でもない。
貴重な人材の浪費は忌むべき愚行。

まあ、我々の負担にならない程度にやれる研修を行うことにしよう。

「わかりました。きっと、一発で現実を理解出来ると思いますよ。」

与えられた任務とは、要するに現場に馴れさせろということだ。
ならば手っ取り早く最前線一歩手前で見学させれば良い。
ついでに大隊が危険なところに突っ込まされない分ましだと思うことにする。

それに最前線というやつは百万の言葉よりも遥かに雄弁に現実を語る。
部下も賛成してくれているらしい。
さてさて、研修のスケジュールを組まなくては。




「諸君、ようこそライン戦線へ!」

司令部が仕事をてきぱきとするときは、マトモなことではない。
補給が滞り、増援が遅延するのに厄介ごとだけはスムーズにやって来る。

つい先程教導任務について聞いたばかりなのにもう押し付けられた。
似合わないとわかっていても、お顔をしかめて不機嫌にもなろうというものだ。
しかもある程度予想していたとはいえ、補充要員が悉く新兵とは。

「私は、諸君の教導を行うデグレチャフ魔導少佐である。」

こんなことなら、中央で教導隊になんか所属するべきではなかった。
技研もマトモな職場ではなかったし、エレニウム95式は頭痛の種だが。

「知っての通り、ラインは地獄だ。言うなれば、墓場だ。」

補充要員がことごとくパタパタ死んでいくのは考えものだ。
もう少し、実態に適応できる訓練でも受けていればましなのに。
…いや、そう考えたからこその教導任務か。

「もっとシンプルに言えば、駆逐すべきどんな無能でも二階級は昇進できる素敵なラインだ。」

其れにしても、ライン戦線の消耗率の高いことよ。
私は一介の少佐だが、着任時は売るほどいた先任がばたばた昇進し、稀に運良く後送されるか転任する程度。
気がつけば、少佐の中では上から数える方がはやい先任である。

いやはやライン戦線は市場も真っ青の競争空間だ。
ダーウィンが見たらなんということだろう?

「故に、英雄志望の諸君は狙撃兵とでも戯れたまえ。」

言っても聞かない馬鹿には話すだけ時間の無駄というもの。
長引かせて貴重な補給物資を消耗させるだけもったいない。
其れよりは、さっさと敵狙撃兵の弾丸を消耗させるに限る。

「それ以外の諸君。せいぜい邪魔にならない程度に頑張りたまへ。」

まあ、指示通りに動くならば弾除けくらいにはなる。

「さてさて、諸君。短い付き合いだろうが仲良くやろう。」

こんなところか。
さて、給料分は働くとしよう。



後書き
①諸般の事情によりPCではなくスマートフォンで書いて投稿しています。
スマートフォン、名前通りにスマートかと思いきや(-_-;)
②次の更新いつよ?
→多分、今月中には…
③コメントありがとうございます。

頑張っていく所存。
ZAP



[24734] 第三〇話
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f05b6601
Date: 2012/04/12 01:58
シャベルは偉大だ。
それは少しばかり深く身を隠すことの可能な穴を掘ることができる。
或いは数を揃えれば立派な塹壕を構築できる。
少し見方を変えればトンネルすら掘れる。
(滅多に行われないが)頑丈な敵の塹壕も一撃で粉砕できる坑道戦術すら成し遂げる。

そして、シャベルは塹壕における最高の近接装備だ。
銃剣より長く、ライフルより取り回しが容易で、一番頑丈な装備である。
それに加えて製造コストは極めて安価にして量産性抜群。
おまけに余計な精神汚染の懸念もなし。
理想的だ。まさに、これがあるべき人類の到達点である。

何より魔力に依存しないのでサイレントキルにも最適。
魔力走査に頼りきりな間抜け共にガツンと現実を教育することが可能なシャベル。
まさに夜間分散浸透襲撃には不可欠のアイテムといえよう。
もちろん昼夜を問わず汎用性抜群でもある。

こんばんは。
地面を匍匐前進しているとはいえ、寝そべった姿勢でご挨拶するご無礼をご容赦ください。
ターニャ・デグレチャフ魔導少佐です。
本当はドレスコードに従いしっかりと礼装でもってお目にかかりたいところ。
しかし、ラインで着飾れるのはアホか戦死して後送される英雄の遺体ぐらいになるのです。
狙撃兵が休暇返上で皆勤賞を狙っている以上、塹壕のドレスコードは灰色の迷彩色一択。
重い鉄帽かぶってこそこそと鼠のように怯えながら前進するしかないとは屈辱の極み。
泥まみれになってこそこそと前進するしかないとはなんたる苦痛!
ああ、不快極まりない!
後方でのんびりしている予定が新人研修の一貫で前線体験ツアーを企画する羽目になるとは。
さてさて、あまり愉快ではないのですが今夜も今夜で前線ハイキングとパーティーのお誘い。

まったくどうして上は無理ばかり言うのだろう。



事態は、半日程さかのぼったところから始まった。
喜劇と見るか悲劇と見るかは、どの視点から見るか次第だろう。
ただ、以後帝国軍の命令系統と伝達手段が格段に改善される契機となった。
しかし、当事者達にとってはその時点では別の次元の問題であった。

※()=偉い人の発想
 【】=前線のごくごく一般的な士官の発想


「野戦能力の改善について貴官の意見を聞きたい。」

(補充要員の損耗率が高すぎる。塹壕があるからとはいえ、野戦訓練が省略され過ぎだ。)
【夜戦能力?確かに使い物になるにはほど遠いが…】

「はっ、大規模な夜戦が起こる可能性そのものは低いために優先度は低いかと。」

【心配のし過ぎではないだろうか。組織的な戦闘を維持しにくい夜戦で大規模な攻勢は考えにくい。仮に日露のように師団単位での夜襲があったところで、機関銃と塹壕に支援魔導師があれば撃退は容易だ。少々の損害は許容範囲だろう。】
(確かに、大規模野戦の勃発は考えにくい。教導するデグレチャフ少佐が他の分野を重視するのは全体から見れば正しいのだろうが…)

「小競り合いの被害も無視できん。」

(損害が積み重なるのも問題だ。何より士気が低迷してしまう。)
【はてはて?小競り合いの損耗率は許容範囲にとどまるはず。】

「小競り合い程度の夜戦であれば、さほどの被害も出ないはずですが?」

【せいぜい嫌がらせ。本格的な襲撃はハイリスク過ぎだ。そうである以上大抵は躊躇せざるをえない。やるなら少数の魔導師が浸透襲撃するくらいだが。それとて、規模はさほどでもない。数で対処可能なはず。】
(何よりベテランと新兵の経験差が大きい。デグレチャフ少佐の部隊は損耗率が飛び抜けて低いが、他の部隊は徐々に補充要員らの損害が増えている。今は確かにさほどの被害も出ていなくとも、将来的には問題だ。)

「野戦とはいえ補充兵はそうもいかん。塹壕の特性に不慣れ過ぎだ。」

(狙撃兵の存在、野戦砲の脅威低下。加えて一列塹壕線を突破したところで敵戦線の突破とはいえない。従来の野戦教義で教育された兵では機敏な対応は望みにくい。)
【ああ、たしかに塹壕という障害物は夜戦のやり方をずいぶん変えている。警戒の方法も随分と変わったし補充兵が不慣れなのは確かにあるか。警報が過敏だったりするのは全体でも問題だった。加えて、魔導師は日中塹壕にいる機会が乏しい分なおさらか。】

「成る程、確かに魔導師らは特に塹壕に不馴れなところがあるのは事実でしょう。」

【(つまり、新しく補充で送られてくる魔導師は塹壕に不慣れ。再教育が必要なのは事実。)】

「ああその通りだ。特に非魔導依存環境下での戦闘は見ていられない。」

(塹壕で非魔導依存環境下を厳命されていても、気がつかずに漏らして敵に捕捉された事例が多すぎる。)
【ああ、間抜けが進軍中に位置を露呈し部隊ごと吹き飛ばされた事例がそういえばあったな。査問会が開かれたというが、その結果として補充兵研修の見直しが図られたか?なるほど、確かに一人のミスで損害が拡大しすぎるのは問題か。】

「まして錬度不足の補充兵では夜戦の小競り合いすら不安と?」

【だとすれば、上が補充兵の練度全体を危惧するのも理由のない話ではないか。懸念、と笑い飛ばすわけにもいかん。】
(まさに。いずれ規模の大きい戦いが起きた時にこの手の問題が悪化しないという保証はどこにもない。)

「そういうことだ。大規模野戦の発生はともかく、小競り合い程度は頻繁にある。」

(ともかく、大規模会戦が勃発する懸念は低いとしても将来的には無視しえない。我々が攻勢に出るにせよ、防衛を迫られるにせよ練度は不可欠だ。小競り合いで補充兵を中心とした部隊の多くが劣勢にあるというのはその意味において大きな問題を映し出している。)
【確かに。大規模夜戦の可能性そのものは皆無に近い。だが、個人のミスで規模の割に大きな損害を出しすぎる事例が散発したのではたまらないか。なるほど、改善が必要だ。】

「わかりました。教導に際して留意しておきます。」

【ミスの防止を求められるということは、ある意味においてまともな組織運営上の発想。ミスする人間を首にできる民間と異なり、一人のミスでみんな戦死しかねないのだ。一人はみんなのために。みんなは一人のために。まったくもって名言だ。一人が失敗すればみんな死ぬし、みんなが間違えば一人が奮戦しても結局勝てない。】

「それに関してなのだが。」

(教導で配慮してくれるのは助かる。だが、それだけでは十分とは程遠い。やはり、実戦経験の欠如そのものが問題なのだ。)

「はっ、何なりと。」

【はて?これ以上となると、無理難題になるが。面倒事でないといいのだがなぁ】

「経験させてやれるかね?」

(やはり、実戦経験を損耗率の極端に低い熟練部隊と共に積ませるのが一番だ。経験は教育に凌駕する。)
【本気か?夜戦を経験させてやれと?いったいぜんたいどうやって?】

「は?経験、でありますか。」

【教導しろというのは、死体に対してではあるまい。まさかとは思うが、ツアーを組めと?】
(・・・やはり負担が大きいために彼女も反対するか。確かに、野戦指揮官として交戦しつつ、教導しろというのは難しい。しかし、彼女以外にこのような依頼ができる人材は少ないだろう。いや、皆無だ。)

「ああ、塹壕でしばらく教導し野戦の機会があれば現地部隊と共闘してもらいたい。」

(教導部隊として、塹壕に補充兵と共に赴いてもらえれば前線の補強にもなる。)
【・・・後方から塹壕にぶち込まれて、しかもお荷物抱えて?現地部隊の質いかんではさらに難題になるのだぞ。夜戦の機会とは、要するに夜間浸透襲撃の実習をやれと。ろくでもない命令極まりない。】

「夜戦を、でありますか?危険が大きいと具申致します。」

【・・・あまり表だって反抗するのはまずい。とはいえ、さすがにこれは避けたい類の命令なのだが。いくらなんでも要求が厳しすぎる。もう少し緩くしてもらえないのか。】
(デグレチャフ少佐の反対は理解できる。難易度は高い上に彼女の部隊を危険にさらす。前線指揮官、部隊指揮官として彼女は命令に対して異議を申し立てる義務があるのは当然だろう。ある意味で、唯々諾々と従うよりはよほど安心して補充兵を託せる。)

「それは承知している。貴官が錬度不足の補充兵で野戦に危惧を抱くのも道理だ。」

(だからこそだ。だからこそ、彼女にやってもらう。)

「それでも、ということでありますか。」

【もろもろを承知の上で夜戦を行えということか。まったく何たることだろう。無理難題を言われるのは民間企業だろうと軍隊だろうと同じかもしれないが、結果が違いすぎる。納期を早めろと言われたり、配属場所を変えたりする結果が違いすぎるのに!】

「その通り。命令だ。」

(すまないとは思う。しかし、野戦の教導はぜひとも必要なのだ。)
【・・・これ以上の抗弁は不可能。それどころか、微妙な立場にある身としては控えるしかない、か。最悪、補充兵をおとりにして逃げ帰る算段でも立てておくことにしよう。ともかく、生き残ることを考えなくては。】



かくして、決定的な齟齬があることに誰一人として気がつかぬままにデグレチャフ少佐は命令の遂行に邁進する。

夕食をゆっくりと味わいつつ、指揮下の中隊長らに夜戦用意と補充兵らの担当を相談。
ついでにけしからんことに、ジャガイモが古くなっていることを当番兵に指摘する。
当番兵から、補給部隊が缶詰を優先して運んでいるとの説明。

・・・兵站網の整備と効率優先らしい。
いわく、長期保存が可能な分計画的に搬送可能な缶詰が優先されておるとのこと。
逆にいえば、生野菜や肉魚介類はあまり期待できない。
まあ、戦場で新鮮な食事を期待するのは海軍だけの特権だ。
もしくは、優遇されているという潜水艦部隊だけ。まあ、潜水艦部隊はその他の環境が悪すぎるが。

要するに、輸送効率が優先されてはじめているのかと納得。
さすがに効率優先には異議を申し立てようもないとして、矛を収める。

仕方なく仕事の打ち合わせを続行。
とはいえ、魔導師が大隊規模で夜襲というのは統制が魔導依存になる。
干渉式を発現すると感知されるうえに、個人個人の無線機など配備されていない。
こんな状況で新兵を加えて夜戦をやろうというのは無謀の極み。
まだ、イランに向かうイーグルクロ―作戦のほうが可能性は高いほどだ。

では、小隊規模で各自任意に分散進撃か。
単独でも通常の歩兵中隊にすら匹敵する火力を誇るとする帝国軍魔導師の小隊だ。
まあ、現実的に見ても歩兵中隊と小隊で同等の戦力は発揮できるだろうとなる。
加えて夜襲。混乱の拡張が期待できる。だが、明らかに魔導に依存してしまう。
当然、魔導依存となる。干渉式を発現した瞬間、敵部隊が後退して一帯が絨毯砲撃で吹き飛ばされかねない。

いや、あるいは単純に機関銃の阻止火力に阻まれることすらあり得る。

では、中隊規模で浸透襲撃。
現実的ではあるが、難易度はけた外れに高い。
それぞれが陽動を兼ねてまったく異なる4地点を襲撃するのは悪くない計画だ。
しかし、増強大隊とはいえ4個中隊全てを動員すると予備戦力がなくなる。
当然、予備戦力を指揮するという名目で後方に残りたい自分としては認められないプランだ。

一番練度の高い第一中隊を直卒。後は、襲撃に参加させるのが私的なベスト。

しかし、部下らの提唱する作戦は私指揮下の第一中隊が主攻。
他が陽動で予備戦力なしというプランだ。
目的は、夜戦としては比較的難易度の低い敵兵拉致。
要は、警戒壕にいる敵哨兵を招聘するということである。

「つまり、貴官らは極力交戦を回避したいというのか。」

「はい、大隊長殿。率直に申し上げて補充兵付きの戦闘なぞ不可能であります。」

・・・戦闘回避は確かに重要か。
私の受けた命令は単純だ。『夜戦を経験させよ』につきる。
己を知り、敵を知れば百戦危うからず。
あるいは、高度に文明的に相互理解に努めること。
このために、敵兵をお誘いにいく夜間ハイキングも悪くはない。

そう、悪くはないのだ。良くもない。物事は単純に善悪とは言い切れないということ。

「しかし、速度が懸念材料だ。迅速な撤収が何よりも要求される。」

思わず懸念材料を口にしてしまう。
なにしろ、責任者としてはありとあらゆる可能性を検討して対応する必要がある。
うっかり考えていませんでしたとはいえない。
想定内と口にして失敗すれば嗤われるし、想定外だと言えば無能を糾弾される。

真剣に考える必要から、懸念材料は口にせざるを得ないのだ。

抵抗する敵兵を殺さず気絶させる。これ自体は、まあ魔導師なら簡単だ。
士官学校や新兵教育でさんざん殺さず生かさずを実践している。大権現様や調所様も驚きの便利さだ。
農民ではなく、兵隊相手というが統治論としては同じ結論だろう。
いや、シビリアンを相手にしないだけ私の方がまだ良心的だ。

あるいは、シャベルの平べったいところで軽く叩いてもよい。
横でたたくとスライスだが、平べったいところで叩けば一丁上がり。実に便利といえる。
よっぽど、補充されてくる新兵どもにはシャベルだけで参加させたいほどだ。

だが、確保した後はどうするか。
警戒壕がアラートを発してしまえば、戦うか逃げるかしかない。
捕虜を獲得するのが目的である以上、戦うのは無意味。
借金をしているのに支出を増やす並みに無駄な行為だ。さっさと帰るに限る。

それこそ、この時になって初めて空を飛ぶくらいだ。
隠していた魔導反応を盛大にぶちまけつつ戦線を急速離脱。
数分間の命がけのチキンダッシュである。逃げないと砲撃に吹き飛ばされるだろう。
まあ、よっぽど変な当たり方をしない限り苦しまないで済むともいうが。

とはいえ、誰だって生命を謳歌したいに決まっている。
自殺志願者だって、生まれてすぐに自殺を欲するほど熱烈に人生に絶望していないのだ。
人間は、未来に希望を抱ければ明るい平和な未来を築ける素晴らしい可能性を秘めている。
人間に代わりなんて存在しない。オンリーワンなのだ。
少なくとも、他の人間は知らないが私は代替が存在しない。

だから何としても生き残りたい。いや、生き残って見せる。

そのために、この数分間だけはいやいやでも悪魔を神と讃えながら全速力で飛ばしている。
一応、相互に援護しつつ後退などと言ってはいるが足を止めることは絶対にない。
脱落はそのまま良くて捕虜、下手をすれば戦死を意味する。

「・・・まあ適度に緊張感はありますな。」

だが、私の部下はどうにもみんな狂っている。
私は懸念材料を口にしたつもりなのに、なぜ彼らは適度な緊張感と口にするのだろう。
よっぽど戦争中毒者ばかり集めた部隊になってしまったのが失敗だろうか。

ちょっと距離を置きたい。
誰か、他に、何か、まともな意見はないのかと探す。

発見。

「危険なのは、最後の数分間。まあ、近づいて行く途中に馬鹿がいなければの話ですが。」

まだしもこちらは常識的な見解。
接近中に音を立てるか、魔導反応をばらまく間抜けがいなければ接敵は可能。

「ふむ、まあ意見が出揃ったならばまとめてみよう。」

できるだけ常識的な結論にまとめてみよう。
①交戦は極力回避する。
もちろん、平和が一番である。反対する理由はない。
②一番有力な部隊を派遣する。
忌々しいが、軍事常識的に反論するわけにはいかない。常識的に採用。
③発見されねば接敵は可能。ただし、離脱は危険。
だが、一番無難な計画。ということは、漸進と急速後退の手はずを整えれば問題はないということか。

「よろしい、所定の方針を通達する。」

さて、初めてのピクニックをご一緒する補充魔導師達はだれにしようか?





夕食はジャガイモ。後、少しばかりの肉類。
優遇されている魔導師ですらこれだ。
後方拠点だということもあってまだましだというが、前線はどのような状況なのだろうか。
大陸軍は徐々に敵戦線を圧迫しているというが、兵站線の苦労も大きいのだろう。

そんなことを思いながら、ようやく任官したばかりのヴォーレン・グランツ魔導少尉は軍人らしく手早く食事を終えた。
野戦演習場のレーションよりはましな食事だ。少なくとも、食欲は満たされるうえに舌も拒否を示さない。

だが、食事はそこそこでも気分は数日前から実に憂鬱である。なにしろ、最激戦区のライン送り。
いや、士官学校を出た時は最激戦区に出るということを武者ぶるいしたこともあった。
赫々たる戦功をあげて、英雄になってやろうとも少しは考えたのだ。

その意気込みも、戦地へ向かう途中の軍用列車がライン戦区に近付くにつれて一気にしぼんでいった。
あるのは、砲弾痕と焼けただれた何か。視界一面が灰色になっていた。すべて、焼け野原だ。
ときおり、帝国軍列車砲と思しき大きな砲声が轟くことも不安な感情を高めていく。
思わずあたりをキョロキョロ落ち着きなく見渡し、同じように不安げな顔に気がつくこともしばしばだった。

帝国軍士官学校に伝わる伝説で『戦場よりもデグレチャフ一号生殿が怖い』と当時の二号生がつぶやいたというが、まったく伝説も膨れ上がった誇張もよいところだ。
そんなことすら思いながら、ライン戦線司令部へ着任報告。
到着するなり、早速教導隊がつくという話を聞いて少しは安堵できた。
司令部曰く、補充要員として再教育後配属するのでまずは前線になれること。

やっていけるのではないだろうか。

そんなことを思ったのが数日前の朝だ。

『諸君、ようこそライン戦線へ!』

悪魔というのが実在するなら、教導を務めてくださる第203遊撃航空魔導大隊の大隊長殿こと伝説のデグレチャフ少佐殿に違いない。

あの笑い方。
ウジ虫を眺めるような冷厳な眼差し。
血に飢えたような相貌。

あれなら、本当に反抗した部下を撃ち殺そうとしたり、頭蓋骨を叩き割っても不思議ではない。
戦場でヘマをしたら絶対に殺される。
そんな確信を抱くほどに、禍々しい方がわざわざ指導教官として付いてくださった。
・・・泣きたい。

補充要員の中でも士官学校出は自分だけ。
つまり、あの見た目幼女、中身悪鬼の噂を笑い飛ばすか知らない連中ばかりである。
あんな子供が戦果を立てられるなら、というくらいならまだよい。
侮っている連中が何をやらかすかと思うだけで胃が痛くなる。連帯責任という言葉をこれほど恨んだこともない。

今夜は非番だ。手早く寝ることにしよう。
そう思った時のことだった。


召集がかかり、3分で203大隊ブリーフィングルームへ小隊ごとに集合せよとの命令が出される。

「急ぐぞ!走れ!」

手早く食事を終えていた自分の小隊を急かし、かろうじて2分と51秒で大隊ブリーフィングルームへ駆け込む。
到着した小隊は他になし。いや、直後に我々4班と競っている7班も駆け込んできた。
その直後、3分が経過。

実ににこやかな表情の上官たちが遅れてくる小隊を出迎える。
小隊の多くには、遅れてしまったという悔悟の感覚はあるのだろうか。
ともかく、手早く我々全員が集合。

かくして、笑顔の大隊長殿によってピクニックの計画が発表されることとなった。

『諸君、私としては実に遺憾ながら4班及び7班以外の諸君にはペナルティが必要だと思う。』

無能は殺すとかつて士官学校でスピーチしたことがある少佐殿だ。
きっと、3分というラインを守れない小隊は地獄に突き落とされるのだろうと同情したが、誤りだった。

『諸君、機敏さを学ぶために諸君らは塹壕送りだ。言って分からない以上、機敏に動かない連中がどうなるか実地で学びたまえ。』

地獄の底に埋められるに違いない。
愕然とした表情の彼らに対して、最前線の警戒壕配属が即座に下達されている。
最激戦区の最前線の警戒壕だ。俗に、カナリアと称される配置になる。

ちなみに、カナリアのいわれは鉱山内部で籠に入れられるカナリアである。
反応がなくなることが、彼らの存在意義とまで酷評される配置と比較されたらしい。

だが、安堵したのがまずかった。

『さて、時間厳守の立派な諸君。ご褒美だ。』

すばらしいことを口にしよう。
そんな感じで少佐殿が私たち一人一人を見つめていく。
隣の仲間たちが何か、褒章があるのかと期待するようだが私は別であった。

すごくいやな予感がする。

『今からピクニックに行き、乾杯して新しい友達を見つけて招待しよう。つまり、パーティーだ。』

少佐殿がそう口にするなり、どこからともなく手渡されたのが遠足のしおりと書かれた小冊子。
ピクニックの手順?
手榴弾とシャベルを装備し、ライフルと演算宝珠を用意しましょう。
夜間迷彩はCQB対応装備。ちなみに、許可なく演算宝珠やライフルを使用すれば射殺か撲殺。
共和国軍兵士も人間です。つまり、友達になれます?
じゃあなんで、シャベルで殴って気絶させるのやら。

・・・古代においては、友達を得るためにとこぶしで語り合うものです?

今日文明人は、文明の利器たるシャベルを使います・・・?

『クレイジーだ。』

誰も口にしないが、これは夜間に敵兵を連行するという拉致任務。
いわゆる情報収集行為だが、当然のごとく危険すぎる任務だ。
なにしろ、敵兵を引っ張ってくるということは敵の塹壕にまで近づかなくてはならない。
要するに、機関銃と各種重砲と歩兵砲と狙撃兵とたくさんの歩兵が待ち構える敵陣地に忍び込み敵兵を拉致。

『・・・死んだかなぁ』

なにより、そこからが厳しい。
たくさんのお友達とシャベルで交流後、お家に招待しましょう。
ただし、お友達のみなさんは引き留めようといろいろしてくると思います。
各自それを振り切って帰宅するまでが遠足です?

『ちなみにだ。時間厳守だった諸君には心配ないとは思うが、一言付け加えておこう。』

そして、にこやかな微笑みすら浮かべる少佐殿。
ああ、神よ。どうか、私たちをお救い下さい。

『遅れたら置いていく。ああ、二階級を一気に昇進したいものはその場に残ってもよろしい。』

最初に会った時にも似たような趣旨のご高説をたまわった。
まったく、一言一句そのままの意味だったとは!

ヴォーレン・グランツ魔導少尉は思わず体が震えていることに気がつく。
生存本能が叫び声をあげているのだ。
戦争に、闘争に、殺し合いにおびえている。
だが、その本能すらデグレチャフ少佐の一瞥には屈服してしまう。
なにしろ、そちらの恐怖のほうが大きい。

そのまま、牧羊犬に追い立てられる子羊のように私たちは出撃。
うめき声一つもらさずに、粛々と匍匐前進で最前線を闇夜の帳に隠れて進軍。
先陣切って大隊長殿が叩きつけたシャベルの鈍い音。
そして、幾人かのうめき声。自分たちも無我夢中で油断していた敵兵の頭にシャベルを打ち付ける。

そうして、どのくらい時間が経過しただろうか。
体感時間では一生に等しい時間が過ぎ去ったような気分だったが、現実の時間はほんの数十秒のことだった。
わずか一瞬。そのほんのわずかな時間の間に、警戒壕の特定区画にいた兵らが無力化されるか、永眠させられた。

士官学校の銃殺とことなり、文字通りシャベルを振り下ろした衝撃がいまだに手に残っている。
あの感覚。何かをつぶすような感覚がいまだに体を支配していた。
もしも、あのまま放置されていれば私はどうなっていただろうか。

『時間だ。中隊、捕虜を担げ。新任共は、援護。30秒後に魔導封鎖解除。飛び出るぞ。時計合わせ、3、2、1、初め。』

しかし、なんら動揺を感じさせない平坦かつ囁かれるような声で命令が私たちを現実に引き戻す。
叩きこまれた命令と訓練がのろのろと体を動かしてくれる。
そうあるように訓練されていたのだ。訓練が自分を救ってくれた。

命令されるままに30秒後、演算宝珠を全力稼働させながら跳躍。
一目散に友軍防衛線まで飛び立つ。
たった数分。ただ、飛ぶだけの簡単な手続き。それが、恐ろしくもどかしい。
砲撃音に心臓が悲鳴を上げる。呼吸が苦しい。

自分が自分でなくなるかのような恐怖。

誤射を避けるために高高度をとり友軍後方拠点への安全軌道に乗った時、緊張感が一気にほどけて全身が倦怠感に包まれる。

・・・なんで少佐殿は平然と讃美歌を歌えたのだろうか。


あとがき
※特に抗議なければオリジナル版へ移ろうと思います。
感想いただければありがたいです。

追記
なんか愛されているようなのでグランツをかわいがろうと思います。
後、今更ながらタイトル変えるべきかとも悩み始めました(^_^;)

追記2
※よし、えいっと移行しよう。
という訳で動きました。これからもよろしくお願いします。

ZAP



[24734] 第三十一話(外伝②)
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f05b6601
Date: 2012/04/12 02:15
その日、起床して日課である体操と朝食を終えたデグレチャフ少佐は迷いを振り切るようにペンに手を伸ばした。
後方拠点ともなれば、郵便も通っている。当然、必要とあらば手紙は投函可能。
軍用郵便なので少しばかり遅延することもあるが、おおむね普通の手紙と同様に後方に搬送されて送り届けられる。
もっとも、彼女のように身寄りのない人間が出す私的な手紙の相手などいない。
せいぜい、公的な手紙か非公式の手紙かぐらいの違いだ。

その手紙の中では公式に属するものを彼女は書くことにした。
おずおずと便箋を取り出すと、慣れない手つきでペンを走らせる。
すでに何枚も書いた書類ではあった。当然、仕事と割り切りテキパキと書けたものだ。

しかし、今日ばかりはそのペン先も重い。
いや、すらすらと書ける人間のほうがおかしいのだろう。

『拝啓
親愛なるツイーテ・ナイカ・タイヤネン准尉のご家族様
小官は、ターニャ・デグレチャフ魔導少佐。彼の上官だった者であります。
このたび、まことに残念ながらご家族の皆様にとってかけがえのない若者であったツイーテ・ナイカ・タイヤネン准尉の傷痍退役をご報告させていただきます。
彼は、作戦行動中に急激に体調が悪化。
軍医の診断によって、長期の軍役に耐えかねると判断されました。
おそらく、ご実家か軍病院で長期の療養が必要となることでしょう。
人事局は望むところで療養することを認めております。
どうぞ、彼と話し合ってゆっくりとご療養ください。
お預かりしたお子様をこのような形でしかお返しできないことをご容赦ください。
彼は優秀な魔導師であり、勇敢で皆から信頼されるかけがえのない私たちの戦友です。
ツイーテ・ナイカ・タイヤネン准尉を私たちの戦列から脱落させてしまうことは、大きな悲しみであります。
わずかばかりの慰めになることを願って、小官の名で一級野戦従軍章と傷痍メダルを申請し認められました。
末筆ながら、彼の末長い闘病と回復を祈念しております。

敬具
第×××部隊指揮官、帝国軍魔導少佐 ターニャ・デグレチャフ』




・・・まさか、部下をじゃがいもの食あたりで失う日がこようとは。
やはり、あの古いジャガイモがまずかったのか。

食べて、そのまま夜襲に参加したら突然帰って嘔吐し激痛を訴えた時は愕然としたものだ。
てっきり、ベテランがここまでのたうちまわるとは魔導師にすら有効なNBC兵器でも投入されたのかと驚いた。
あわてて治癒術式を発現するも、痛みを緩和する程度。
軍医が駆けつけてきて、診断してようやく一息つけた。

つまり、悪性の急な食あたり。
それも運悪くツイーテ・ナイカ・タイヤネン准尉だけ。
まったく、彼は腕が良い魔導師だったというのに。
こんなところで戦線離脱者を出してしまうとは。

それにしても良く、良く人事が傷痍扱いにしてくれたものだった。
これで恩給はつくし、軍人としての名誉も傷がつかないで済む。
上官としても、不名誉な部下を持ったという経歴の傷がつかない。

というか、じゃがいもで部下を失った士官とか、嗤うしかないではないか。
まさか、胃袋から制圧される間抜けが私の部下にいたとは・・・。

ああ、失礼しました。
部下に何かあった時にご家族にお手紙を出すのは上司の責任ですからね。
お手紙をしたためることばかりに気が急いてご挨拶が遅くなりました。
まことに、まことに申し訳なく思います。
申し遅れました。帝国軍第203遊撃航空魔導大隊を率いるターニャ・デグレチャフ魔導少佐であります。

本日はお日柄もよく、元気いっぱいに共和国軍の砲撃が陣地を揺るがしておりますが取り立てて他に申し上げることはないようです。
朝は、ベーコンと乾パンと珈琲もどき。野菜スープは急遽廃棄されました。
ジャガイモの問題がありますので。
個人的には、野菜がないことを嘆きたいのですが、こればかりは致し方なし。
まあ、食中毒起こすかもしれないジャガイモを食すわけにもいきますまい。
朝一で補給を受け取りに行っているので昼食には缶詰の野菜を食べる機会があるという知らせくらいでしょうか。

とまあ、戦場とはいえある程度生活はパターン化が避けられません。
しいて気になることと言えば、前線にて研修中の補充兵らが元気にやっているかどうか。
まあ、昨日送り込んだばかりなので一週間ばかり塹壕でモグラの真似でもやってくれば俊敏になるでしょう。
ならなければ、送り返して再教育を申請する方がよほど良いかと思います。

それと、変な命令のことぐらい。

この前、夜戦をやれと偉い人が言ってよこすものなのでしぶしぶ夜戦をやりましたが、補充兵2人を失ってしまいました。
いやはや、30秒で行くよといったのについてこられなくて砲撃で吹き飛んだのを部下が確認しています。
ツーマンセルごと吹き飛ばされるとは、運のない補充兵達でした。
おかげで、私の評価が微妙に下がるかもしれないと思うと頭を抱えたくて堪りません。

まったく、だからまだ彼らに夜戦など早いと上申したというのにと嘆きたくなるもの。
しかも、上層部に至っては夜戦を命じた記憶などないと白々しくこちらに責任を転嫁しようとしてくるありさま。

きちんと、
『ワレ、ショテイノ、メイニ、シタガイ、ヤセンヲ、キョウドウス』
と上申し
『リョウカイ、ブウンヲ、イノル』
と頂いているというのに。

こちらはきちんと証拠をもって、抗議したいと思う次第。

責任を転嫁するのは、まったくもって嘆かわしい。
民間企業から始まって、ヤンキーの軍隊に至るまで実に微妙な歴史の繰り返しでしょう。
たとえば、マッカーサーなるおっちゃんが、アイゼンハワーなる若者にパレードの準備を命じておきながら、そんな記憶はないと強弁するようなろくでもない歴史です。

本当に悲しくなる。ああ、涙が出そう。だって、女の子だもの?

・・・・・・・・・・??

失礼、所用を思い出しました。
今日のところはこれで終わりにさせていただきたく思います。

私も、軍医にかからなければ。



帝国軍参謀本部、戦務・作戦合同会議

「では、定刻となりましたのでライン戦域における攻勢計画の是非を巡る戦務・作戦合同協議を開催したく思います。」

議事進行を務める士官が口を開くが、それに続くものはなく沈黙がその場を支配した。

壮麗な外見の建物とは裏腹に中では思いつめたような表情で高級軍人たちが頭を悩ませている。
状況は刻一刻と変化し、その実態を把握するだけでも至難の業。
加えて状況は全体からすると悪化の一途を辿っている。

積極的な攻勢による早期終結を狙った対協商連合の全面攻勢は頓挫。
補給線に対するゲリラ的な襲撃によって兵站が悲鳴をあげている。
かろうじて、海軍の支援によって補給状況が改善したとはいえ攻勢を継続できる状況ではない。
大陸軍主力が抜けたために、戦線を立て直す時間を与えたのは高くついてしまった。
方面軍は、戦力でこそ押している。しかし、厳寒によって拘束されたままだ。
主戦線であるラインに増援を派遣できるほどの余裕はない。
おそらく、来春までこの戦線は硬直したままだ。

翻って、対共和国は海軍が優勢に海峡の制圧権を獲得しつつあるがこれを是認するべきかどうか海軍と陸軍の見解が一致しない。
空軍・魔導軍は支援を求められればどちらでも応じるという構えだが、海軍と陸軍は懸念材料が異なりすぎた。
海軍としては、海峡を突破したくてたまらない。なにしろ、優勢にあり共和国軍艦隊撃滅の好機である。
だが、陸軍としては仮に海峡を突破してしまえばどうなるかを憂慮せざるを得ない。

連合王国がおとなしく黙っているだろうか?
あの海峡を取るとなれば、連合王国はなりふり構わず勢力均衡のために介入してくるだろう。
そうなれば、以前参謀本部内に出回った『今次大戦の形態と戦局予想』や『総力戦理論』といった懸念が本物になる。

そう、世界大戦だ。
終わりのない連鎖的な戦争の拡張となることが避けられない。
そうなれば、現在共和国軍のなりふり構わない抵抗に直面しながら何とか進めているライン戦線が頭をよぎらざるをえない。

共和国軍だけで手を焼くライン戦線。
まだ、まだ共和国だけならば勝算はある。
しかしそこに連合王国部隊が参加すればどうなるか?
現在優勢にある戦力比がひっくり返りかねない。

帝国海軍は連合王国海軍を阻止しえるか疑わしい上に、残存の共和国艦艇も加われば防衛で精いっぱいとすらなりかねん。

もちろん、時間をかけて放置することも許されない。
どのみち、時間をかけすぎれば帝国とて消耗しきってしまうだろう。

横合いから連合王国なり他の列強なりに殴り倒されるのも耐えがたいのだ。

このジレンマをどうするべきか。

誰にだって簡単に解決できる方策があれば苦労しないだろう。
そして、幸か不幸か一人だけプランを知っている人間がそこにいた。
ゼートゥーア准将は、知っていた。
少なくとも、負けなければ良いのだと。

彼すらも躊躇せざるを得ない内容であったが、ついに意を決して発言を求めて認められる。

「視点を変えるべき命題であると認識します。」

これから、自分の発言がもたらすものを思えばどうしても緊張せざるを得ない。
そう思いながら、准将はあくまでも淡々と口から自ら言葉を紡いでいた。

絡み合った複雑な糸を一撃で解きほぐす秘策は血腥いものだ。
快刀乱麻を断つというのは、諺にすぎない。
良く切れる刀というのは、誰をでもよく切れる刀なのだ

「従来のドクトリン、価値観では厳しいでしょう。パラダイムシフトが必要です。」

敵の城下に攻め入り、降伏文書に署名させるといった方式で勝利を得ることはもはや不可能だろう。
帝国と協商連合のように圧倒的に国力差がある事例以外で全面降伏を求めるのは難しい。
現在の恐るべき戦争を見れば、列強間の戦争は出血にどちらかが耐えられなくなるまで血を流す必要がある。

「勝利ではなく、敗北を避ける。これ以外に、最後に立っているのは困難でしょう。」

「・・・ゼートゥーア准将、つまり攻勢計画に反対と?」

作戦の人間がいぶかしげにこちらへ質問を投げかけてくる。
彼らの発想は、所詮その程度にとどまるのだ。
いや、逆にいえばそれが常識だろう。
彼らにしてみれば、攻勢計画とは敵を突破し、蹂躙し、戦争を終わらせるためのプロセス。
しかし、それは違うのだ。

「いえ、私は攻勢計画を立案し支持します。ただし、目標を変更するのです。」

「目標の転換とは?」

続けてくれ、いや、やめてくれ。
そのどちらの意図も込められた質問に、ゼートゥーア准将は爆弾ともいえる内容をあっさりと口にした。

「突破ではありません。出血の強要です。言い換えれば、できるだけ敵を消耗させるための攻勢計画です。」

『徹底的に敵に敵の血を流させることを貫徹し、敵の戦争継続能力を粉砕します。』

今でも、陸大の図書館で幼い軍人が語った言葉が一言一句はっきりと思い出せる。
恐るべき世界を淡々と語られた時の衝撃は今なお忘れがたい。
いや、現実が彼女の言葉通りに進展していることを考えればその驚きはむしろ強まってすらいるだろう。
彼女は、デグレチャフ少佐はこの事をいったいどこまで予見していたのだろうか。

戦争の先を予見するのは極めて困難だ。
常識なぞすぐに切り替わり、新しい戦理が戦場を支配することだけが共通の原則。
その変化に適応することができる軍人なぞそうそう存在しない。
だが、変化に適応するどころか変化を予見することができる軍人がいるとは!

「つまり、瀉血戦術によって敵を出血多量で崩壊させる。これこそが、唯一の解決策です」

誰かが、思わず身じろぎして椅子が揺れる音が静まり返った室内に妙に響いた。
完全な沈黙。

それにさらされる彼の気分は、実に淡々としていた。
いや、厳密に言えばデグレチャフ少佐に対して共感を覚えてすらいたのだ。
図書館で淡々と語るあの口ぶりは、きっと理解していたからこそとわかってしまう。

突破は絶対に不可能。
よしんば、突破しえたところでこちらの消耗も甚大だろう。
そして、戦局悪化を危惧した連合王国が急遽参戦してくればすぐに押し戻される。
そうなれば、帝国にとっては最悪の結果だ。

血だけ流して、得るところが皆無どころか押し戻されるとなれば兵の戦意が崩壊する。
少なくとも、私はそのような部下を再び戦線突破に投入できるとは到底思わん。
そんなことは、命令するだけ無駄だろう。
ならば、その失敗を敵に犯させればよい。
無様に共和国が出血多量で自らが流した血の海で溺死するのを待つ。

これこそが、我々帝国軍の採用しえる唯一の選びうるマシな選択肢なのだ。
つまり、戦争とは英雄や騎士道精神の発露ではなく、究極的にはいかに無駄なく敵を殺すかという一事に集約された。
つまり、言い換えれば今次大戦は総力戦となるのが不可避。

「故に、敵兵を、敵の物資を徹底して叩きます。そのための攻勢計画を立案することを要請し、発言を終了させていただきます。」

きっと、ほぼ確実に予見される未来がある。
居並ぶ同僚・部下らの表情がそれを物語っているのだ。

『狂っている』

誰もが口にしかねない状況。
遅かれ早かれ彼らも理解するのだろう。
これ以外に道があるとは思えないことを。
彼らがいつ、気がつくかはわからない。

だが、私や、私と同じ考えに至ったものは間違いなく後世において厳しく指弾されるだろう。
糾弾され、虐殺者と罵られるのだ。
多くの前途ある若者を、ただお互いに出血を競って殺し合わせる狂気の世界。
その元凶として、私たちは歴史にその汚名を刻むことになりかねない。

それは、さほども的を外した予想とは思えなかった。
なにしろ、初めは自分がデグレチャフ少佐に感じたことが狂気なのだ。
静謐な狂気を携えているという印象は、間違いではない。
いや、あれこそがこの狂気の戦争に一番適合した進化なのやもしれん。
総力戦理論を耳にした時感じたおぞましいという恐怖感。

この狂った戦争の中で正気であるということは、きっとあまりにも贅沢に過ぎるのだろう。
ああ、神よ。
あなたはきっと、最悪の阿婆擦れに違いない。




・・・・・・神よ、どうしてあなたはこのようなことをお許しになられるのでしょうか。

一通り胃液を吐きだし、昨晩の食事を吐き出し尽くしたヴォーレン・グランツ魔導少尉は宿舎の一角で天に嘆いていた。
思い出すだけでも、おぞましい経験をつい先ほどしたばかり。
シャベルで名も知らぬ共和国軍兵士の頭蓋骨を叩き、正気をなくしたようにシャベルを振り回し続けていた。
そして、命令によって現実に引き戻されると直後に離脱命令。
無我夢中で空を駆け抜けるべく全力で魔力を演算宝珠に注ぎ込む。
そのすぐ直後に、いくつもの機関銃がこちらに向けて放たれ始めた。
泡を食って防御膜と防殻を形成。ともかく、逃げるのだ。
そう思い定めて、一目散に援護も忘れて逃げる。

そんな時だ。運命のいたずらか、悪魔の仕業かぐんぐんと上昇する大隊長の姿が見えた。
闇夜の帳にもかかわらず、いっそすがすがしい声で讃美歌を歌う大隊長。
信じられないものを見る思いだったが一人だけ離脱されるのか、置いていかれるのかとおびえて付いていこうとする。

置いていかれないように。そう思って高度を上げようとした瞬間だ。
気がつかない間にヴァイス中尉殿に掴まれて高度を引きずりおろされていた。
帰還後、囮になっている大隊長に接近するとは正気かと散々罵られたが助けていただけねば、今頃私は同期2人と同じくミンチになっていたところだろう。

あの時、ともかく逃げ帰ることばかり考えて、安全な軌道に乗れるまでの間の記憶はひどくあいまいだ。
自分の演算宝珠が記録した光景をみれば、良くあんな所から生きて帰ることができたと、神に感謝したくなるほど信じられない密度で砲撃が降り注いでくる。
ほんの数秒。
たったそれだけの間、反応が遅れた7班の2名は瞬時にその代価を命で払わされた。

一瞬の油断。
それが意味するところはあまりにも高い。

安全な後方の基地についた瞬間に、自分の手に人の頭を殴り飛ばす触感がよみがえり吐き気を催す。
いや、それは私に限った話ではなく補充兵一同の共通した思いだった。
なにか、自分が許されざる罪人になったかのような罪悪感。
どうしようもないほど苦しみながら、私たちが悩んでいるそばで先任らは連行してきた捕虜を平然と尋問し始めていた。

『素直にしゃべりたまえ。そうでないと、うっかり手がすべりかねん。』
『安心したまえ。我々は戦時国際法を順守する。諸君が捕虜宣誓を行えば、相応の権利を認めよう。』
『案ずるな。我々は虐殺者ではない。きちんと常識をもった人間だよ。』

・・・信じられなかった。

この光景が、こんなことが、人間が行えることが信じられなかった。
戦場だ。
ありとあらゆる残虐な、非道なことが行われると知っているつもりだった。
私とて軍人だ。
軍人である以上、義務を果たすことに躊躇しないはずだと思っていた。
・・・思っていたのだ。

だが、これはなんだろうか。
これが軍人の、祖国を守るために果たすべき義務だというのだ。
私が、果たすべき義務が!

耐えがたい気分。
自分が、自分でいられなくなるような奇妙な嫌悪感。
初めて、初めて本当に自分の手で人を殺す経験は思い出したくもないものだった。
あまりにも、あっさりと人が死んでいく戦場。
つい先ほど夕食をともに囲んでいた人間が、次の朝食にはあっさりと姿を消している。
ほんのわずかな間に、人を殺し、仲間が殺されていた。

ライン戦線は本当に、本当に地獄だ。

思わず、逃げ出したいという衝動すらかすかに頭をよぎった。
そんな時だ。
当番兵らが朝食の用意ができたことを知らせに来てくれた。
後方拠点ゆえに、士官である自分には一応士官食堂を使う権利が認められている。

言い換えれば、士官食堂で食べねばならない。
しぶしぶ水で口を漱ぎ、軍装を整えるとやつれた顔が鏡に映っていた。
たった一日でまるで幽鬼のような変貌。これが自分の顔だとは到底信じられない。

「・・・戦争に来たんだなぁ。」

ぽつりと。
口が勝手に心の中身を漏らしてしまう。
洗面台に手をつき、再びこみあげてくる吐き気をかろうじて堪えると天を仰ぐ。

本当に、本当にどうしてみんなこんな狂った世界で平然としていられるのだろうか。

その思いは、食堂に入った瞬間にさらに強くなった。
203所属士官らで混み合う士官食堂。
すでに、大隊長殿は朝食をすますと執務を取られているらしい。
大隊士官らは、ゆっくりと食後の談笑だ。
あんなことがあった後だというのに、笑い声さえ飛び交っている。

にこやかな表情で、穏やかな談笑。
浸っていた狂気の戦場と、ここのギャップに気持ち悪い何かを感じてしまう。
当番兵に給仕され、食事が出てくるが食欲などあるはずもない。
それでも、軍隊生活で身に付いた無理にでも食事を喉に押し込む習慣は健在だった。

珈琲で乾パンをほぐしながら、無理やりベーコンと共に喉に押し込む。
味なんてわかるはずもないが、とにかく体が生きるために必要だと割り切って飲み干す。
こんなときでも、人間は食べなければならないのだ。
士官学校でへとへとになって無理やり喉に押し込んだのと同じ。
そう自分に言い聞かせながら、なんとか食事を終えたのは随分と時間がたってからだった。

気がつけば、いつものように午前中の座学を受けるため小講堂へ足が向いているところである。
繰り返し、繰り返し習慣によって叩きこまれた命令遵守の精神。
こんな腑抜けてしまった時ですら、しっかりと自分は軍人であるのだ。
気がついたとき、いっそ笑い飛ばしたくなる。

「・・・いやいや、どうしたのだろうか。」

笑えるんだ。
そのことが、すごく驚きを伴う発見だった。
こんなときにでも、というべきだろうか。

「っと、遅れるわけにはいかない。」

随分と朝食に時間を使ってしまっていた。
常在戦場を謳われる軍人としては、とにかくテキパキと手早く済ましておくべきそれを。
おかげで、朝の時間にはほとんど余裕がない。
考えごとにふけっていは、午前中の座学に間に合わないだろう。

あわてて、駆け足で小講堂へ駆け込む。

「グランツ魔導少尉、入室いたします!」

「グランツ?かまわん、入れ。」

だが、そこにはガランとした机と幾人かの中隊長たちと主要な士官らがいぶかしげな表情を浮かべているだけだった。
遅すぎたのか?
一瞬、そんな不安が頭をよぎるが壁にかかった時計ではまだかろうじて5分前。
全員がそろっていなければいけない時間だ。
逆に言えば、自分だけがここに駆け込んでくることは、本来あり得ない。

「どうした?貴様らは、今日一杯休養が許されているはずだが。」

こちらの戸惑いを理解したのだろう。
ヴァイス中尉殿が口を開いてくださって、私はようやく気がつく。

「はっ、恥ずかしながら座学があるものと。」

昨晩の衝撃が大きすぎて何も耳に入っていなかったらしい。
ヴァイス中尉殿が苦笑しながら説明してくれるところによると、帰還後に休養が許可されたとのこと。
頭が他のことで一杯だった私は、何も気がつかずにふらふらと起き上がってのんびりと食事を楽しんだとみられていたらしい。
要するに、休養が与えられたからゆっくりと食事をしているのだろうと上官らも判断したので確認しなかったのだ。

もっと早く気がつくべきであった。

「失礼しました。」

「なに、構わん。ついでだ。参加した所見を述べてみろ。」

そう言ってヴァイス中尉殿が席を指さす。
居並ぶ他の上官らも異論がないようなので、その場にご一緒させていただくことに。
・・・まあ、いい機会ではあるし、ある意味自業自得だ。

「率直に申し上げると、無我夢中でした。とにかく、気がつけば基地に戻っていたのです。」

ともかく、死にたくないと思って無我夢中に行動していた。
自分が、何をしたのかと言われれば正直記憶はあいまいなのだ。
恥ずかしい思いで率直にそのことを口にする。

「まあ、普通はそうだろうな。」

「いや、良くやったものだ。初めての実戦であれならば次からは随分と楽になるはずだぞ。」

だが、上官らはそのことを別段咎めるという風ではなかった。
士官学校であれば、意識を明瞭に保てと雷の飛んでくるところだ。
しかし、前線では建前ではなく現実論として生き延びたことが認められていた。
むしろ、当然のこととしてそれとなくこちらを気遣ってくださる。

「一度は全員が通る道だ。まあ、大隊長殿の教導を生き延びれば大抵は何とかなると思ってよいぞ。」

「ありがとうございます。」

思わず安堵の息が口から洩れそうになる。
つい先ほどまで、信じられないほど動揺していた自分の精神が少しばかりは落ち着きを感じ始められるほどだ。
誰も口にはしないが、きっと初めて人を殺す時は動揺したのだろう。
自分たちも、銃殺をした時に動揺した。
だが、今ではその記憶を持っているがその記憶だけで動揺することはない。

「少尉、考えすぎるな。ともかく、生き残ることを考えたまえ。」

誰かにぽんと肩をたたかれて解放される。
それが、殻のついたヒヨコよりは多少まし。
そんな風に私が先輩・上官らから認められた証だった。


あとがき
タイトル変更無用とおっしゃってくださった
ふ~せん様ありがとうございます。
おかげで、こんなとんでもないタイトルで続けていく気力がわきました(^^ゞ

というか、皆さんの感想のおかげでこんな作品も続けることができています。本当にありがとうございます。

これからも、よろしくお願いします。

あと、新人可愛がりが強かったので勢いにまかせて一本書きました。
グランツ少尉には未来に幸あらんことを。

ちなみに、本話に登場する某准尉はフィンランドの某パイロットとは一切無関係です。本作は、完全にフィクションです。

ZAP



[24734] 第三十二話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 02:17
朝起きると、モーニング珈琲付きの朝食が整然と用意されている。
事務手続きは順調。恐ろしいほど順調だった。
普段は通すのに数時間はかかる申請が、一発で認可されすぐに補給物資が届けられる。
吝嗇が仕事の補給担当士官がにこやかに干渉式封入用の特殊術式弾と発現用雷管を手渡してくれるなど、おぞましいにも程があった。
にこやかな財務担当者や会計監査官に会う方が、まだ現実的だろう。

手続き通りに全てが上手く行くなど、初めてみました。
まさか、あんなに愛想よく補給品と書類審査が終わることがあるとは。
まったく思いもしてみませんでした。
心底驚愕しています。
ああ、いけない。驚いてばかりでは、何も進まない。
御挨拶が遅れてしまいましたね。
帝国軍で魔導少佐を拝命しております、ターニャ・デグレチャフであります。
まさか、官僚機構がこんな異常反応を示すとは。
絶対に、何かの前兆に違いないでしょう。
前例主義とことなかれ主義は、もはや補給部や書類審査時の鉄則。
自然現象に近いものと形容できます。
つまり、これは、異常気象の前触れに違いない。
皆さん、当面のお出かけは必要が無い限りできるだけ自粛されるべきではないでしょうか。




今日は、絶対に碌でもない日に違いない。
そう確信し、ターニャは毅然と覚悟を決めた。
塹壕の連中には警戒を厳命。部隊を第二種臨戦体制下に配置。
敵情を観察し、不穏な情勢があれば即応を可能とするように手はずを整える。

そして、何故か何事もなく昼となり昼食が出された。
それも本物のステーキにザワークラフトである。
珍しく良好な補給線によって運ばれて来たばかりの新品。
部隊の連中は喜び勇んで喰らいつくが、まさかと思って少々様子を見てから食べることに。

じゃがいもで「黄金の負傷」を得て安全圏に後退した部下が羨ましい。
自分は、対連合王国外交政策に微妙な影響を及ぼしかねないので後送されるか怪しいだろう。
食あたりで倒れたとなれば、これ幸いと生贄になりかねん。
うっかり、食あたりもできないのだ。
当然、部下らがすごい勢いで肉を消費していくのを眺めるのはつらいものがある。
一人お預けを喰らうのは悲しいものだ。
しかも、結局何もなければもはや形容しがたいほどに。

もはや我慢ならん。
しぶしぶ理性と欲望のバランスを取って肉に手を付けようとした時のことだった。

「少佐殿、司令部からです。」

まったく、貴様が常識人で無ければ門前払いするところなのだがねヴァイス中尉。
せめて空気を読みたまえ。
大した楽しみもない前線勤務で美食を得る機会を妨害するなぞ、よっぽどのことが無い限り許せん。
信じがたい暴挙ですらある。

「・・・食事時だぞ、ヴァイス中尉。」

非難とまではいかないが、そこはかとなく不満げな声色。
上司がそうした声を出す時は、大抵の部下ならば躊躇する。
だが、よっぽどの時は彼らもそれに屈しない。
そして、今はそのよっぽどの時であった。

「申し訳ありません。ですが、大至急とのことです。」

そして、通信筒ではなく単純に短い符牒を示してくることからして厄介事の匂い。

「うん?電信ではないのか。」

通常、命令は電信で送られてくる。
指揮官宛である以上、通信兵を例外に指揮官よりも先に眼を通すことは許されない。
だから、短い符牒とは電信で通信を送る必要が無いか送れない種類の通信に用いられる。
ようするに、くだらないことか、深刻に面倒かつくだらないことのどちらか。

「いえ、即時出頭命令であります。」

「即時出頭命令?了解した。」

ああ、なんという日だ。
きっと碌でもない一日になる。



毎年、この時期になると気が重くなります。
皆さん、こんばんは。
WTN特派員アンドリューです。

本日お送りするのは、ドキュメンタリーではありません。
あの戦争であった出来事を振り返る。
そういった追悼番組となっております。
はじめに、アレーヌ・ロイゲン地方における暴動についてお話しましょう。
ご覧になっている映像は、占領された地域で住民が帝国軍に対して蜂起した時の貴重な映像資料です。
画面右側に見えるのが、カレリアン大聖堂。
後ほど、お話する悲劇の舞台でもありました。

さて、前置きはほどほどにして現場よりの鎮圧の犠牲者追悼式典の映像をご覧ください。
今年は、遂に各国大使の列席が見られています。
今なお、論争が絶えませんが今年はようやく両者が合同で追悼式典を行えるに至ったのは喜ぶべき和解のプロセスといえましょう。
なにより、市民達の手によって瓦礫から復興されたカレリアン大聖堂の除幕式が行われる記念すべき日です。。

あの燃え上がるアレーヌ市。
そこから、苦難を乗り越えて人々が復旧するように努めた物語。
今夜は、戦争の悲劇を語り継ぎつつ明日を思う人々の姿を追います。

こちらが、廃墟となった直後のアレーヌ市です。
当時、数少ない中立国であった四都市同盟諸国による報道スタッフによって密かに記録されていました。
手前に見える崩れ落ちかけている建物が白い大聖堂として有名であったカレリアン大聖堂の廃墟だとお分かりなるでしょうか?
事の始まりは、パルチザン狩りに端を発した武力衝突でありました。
元々、反帝国感情の強かったアレーヌ市。
小競り合いが本格的な暴動に発展するのはあまりにも急でした。

『これは、前線で進軍中の大陸軍本隊の兵站線を脅かしかねない。』

そう判断した帝国の反応は苛烈を極めます。
アレーヌ市で反帝国暴動が勃発したとの一報を受け取ったゼートゥーア准将(当時)は速やかな鎮圧を参謀本部に提言。
作戦・戦務の合同提議は帝国軍参謀本部緊急会議にて速やかに承認され、後方拠点にて待機中であった戦力の投入が許可されます。

重要な点として、帝国軍は速やかに鎮圧を決断したという点が今日でも大きく議論されています。
それは、パルチザンとの交戦中に都市暴動に発展したために非正規戦と認識したことを意味していました。
動員された帝国軍は鎮圧ではなく、掃討を目的に編成されたのです。
この点について、帝国側は戦時国際法による保護はパルチザン活動及び支援によって消失したと主張。

かくして、あまりにも速やかにアレーヌ市が戦火に包まれる事となってしまいました。

ここに、辛うじて生き残ったアレーヌ市民らの証言があります。
それによれば、彼らは暴動を起こすつもりはなく抗議行動が激化したのが実態だったと語ってくれました。

・・・もちろん、ことの始まりはどうであれ帝国の反応が激烈であったのは歴史が物語っているでしょう。

今日でも機密指定や資料の消失によって判然としないのですが、すくなくとも大隊規模の魔導師が最初期に襲来。
形ばかりの警告後、市民達に魔導師の暴威が襲いかかってきます。

『曰く、射撃演習の的のように市民が撃たれた』
『連中は撃った人間をスコア呼ばわりした』
『立てこもっている区画ごと重爆撃術式で粉砕した』

いずれも、今日血のにじむ思いで語られる悲劇。
この日、判明しているだけでアレーヌ市民の半数が命を落としました。
その中でも最大の悲劇が先ほど申し上げたカレリアン大聖堂の物語です。

迅速、かつ過激なまでに暴れ回った魔導師らは先遣隊に過ぎませんでした。
完全な掃討及び鎮圧を目的とした大量の予備部隊が鉄道輸送によって運び込まれ始めると市民らは逃げ場を失い始めます。
多くは、市街地の中で絶望的な抵抗を行うものと突破を図るものに二分されるでしょう。

ですが、それ以外に戦う術すら持たない市民は立て篭もるしかありませんでした。
その大多数に避難場所として選ばれたのがこのカレリアン大聖堂を中心とする区画です。

これに対して、帝国が取った行動は今でも多くの議論を招いています。
ただ、法学者らが一致していることとしてこの虐殺は、如何なる当時の戦時国際法にも抵触しないという事実一つでも、十分に衝撃的でしょう。
武装蜂起した市民は、軍服を着ていたわけでもなく非正規戦闘要員。つまり、国際法上は捕虜としての権利すら否定されています。

帝国軍は、ただ遠巻きに囲んで一言勧告しました。
曰く、『直ちに、無関係の一般市民を解放せよ。諸君の虐殺行為は許容できない。戦時陸戦規定第26条3項に基づき、帝国市民の解放を要求する。』
これに対する市民の動きは、混乱のために記録に残されているものはわずかです。
ただ、少数の帝国寄りの市民が脱出を図り、帝国軍の目前で射殺されたことは確かでした。

さて、このような悲劇が起きたのは何故でしょうか?
近年指摘されているのが、共和国軍のプロパガンダが予期せぬ事態を惹き起こしたという可能性です。
すなわちアレーヌ市民に対して、共和国軍はすぐさま救援を派遣し再奪還する意図を表明していました。
事実共和国軍の一部兵士らは、帝国と一戦交えることすら覚悟していたのです。
その雰囲気は、アレーヌ市民にも感染していた。一部の歴史家は、そのように指摘します。
暴動発生直後、少数の共和国軍魔導師が来援し加勢していたことも、判断を過たせました。
共和国の救援まで持ちこたえられる。
そんな展望があったと、多くの生き残った人々は証言しています。

そこに、帝国が最後となる勧告を行いました。
曰く、『武装蜂起セリシ非正規戦闘要員ヘ勧告ス。諸君ガ不当ニモ拘束シ捕虜トセリシ帝国臣民ニツイテ戦時陸戦規定第8条5項ニ因リ担当官ヲ接見サセヨ』

これに対するアレーヌ市の解答は
『我らアレーヌ市民。捕虜などおらず。ただ、自由を求める市民あるのみ。』
というものでした。

帝国は、戦時陸戦規定により、捕虜及び自国市民が存在せず非正規兵によって占有された都市攻略戦をその場で決行。
それも、市街地へ突入し個々の兵員が目標を視認することによって責任を回避するために遠巻きから、砲撃による延焼を狙ったものでした。
一部の資料では、火災旋風の実証実験として意図的に火災を拡大させる地点が割り出されていたと言います。

一般には『アレーヌの屠殺』として悪名高い帝国軍による虐殺行為です。




帝国の軍人というやつは、合理的思考がことのほかお好みである。
言い換えれば、現象に対してとにかく理屈を付与したがるのだ。
曰く、戦略的に考えて云々。

そんな連中にとって、西方管区軍が占領した地域での暴動はどういう意味を持っていると理解されるだろうか。

当然、帝国内部がレジスタンスやパルチザンという火種を抱え込んでいた西方管区アレーヌ・ロイゲン地方での反帝国派を扇動。
これを蜂起させることによって、西方帝国軍後方地域を遮断。
第一目標は鎮圧部隊として出撃する前に西方軍を拘束。
第二目標は、第一目標が叶わずとも、アレーヌ・ロイゲン地方に橋頭堡を確保。補給線を圧迫。
その間に、消耗戦によって帝国を摩耗させるという二段構えの作戦。
これは、帝国にとって恐るべき最悪の事態をも惹き起こしうるものだ。
それくらい帝国側が考えたところで別段不思議でもないくらいの事象であった。

事実、アレーヌ・ロイゲン地方の反帝国運動が蜂起した時に帝国が受けた戦略的衝撃は計り知れなかった。
後方連絡線の機能不全化は誰にとっても想像することすら、恐ろしい。
早急な排除が求められるも、共和国軍の魔導師が合流し抵抗も激烈と予想される。
加えてただでさえ戦力の不足する前線と、後方の安定化要求はほとんど同時に満たし得る要求ではない。
この二つの難題によって帝国は大きなジレンマに直面することになる。
唯一の幸い、或いは災厄であったのは遊撃用の魔導師部隊が増強されていたことだ。

当時司令部が手持ちで温存していた魔導師部隊は、帝国軍予備戦力として一定の戦力を保有。
帝国軍はこれによって分離独立運動の鎮圧を選べる状況にあった。
もちろんのことではあるが、これらを動員すると浸透襲撃に対抗する予備部隊を使用してしまうことを意味する。
当然、そうなれば主戦線の崩壊すら危惧された。
加えて、魔導師部隊ではせいぜい威嚇と牽制程度しか都市制圧戦には活用できない。
だが前線の敵部隊を撃滅するか撃退する事は可能だ。

攻勢に出てきた共和国軍の撃退を優先すべきだろうか?
その場合、兵力的に空白となりえる後方地域での暴動が、完全に拡散しかねない状況である。
そうなれば、補給線にも著しい悪影響をもたらし消耗戦において絶大なる損害を出しかねない。
かろうじて拮抗している前線には耐えられるとは思えない規模の損害となるだろう。

では、先に蜂起を鎮圧すべきか?
しかし、唯一の予備戦力が蜂起鎮圧に時間を取られるのは致命的だ。
拘束され、時間を失うとすれば突破した共和国軍の浸透突破を放置し、損害を計り知れないほどに拡大しかねない。
せっかく戦略的な奇襲を跳ねのけここまで押し戻した犠牲が全て無駄になるのは許容できない話。
逆に、共和国軍にしてみれば、成功は約束されたものとみられていた。
帝国がどのような方針を取ろうとも、結局は一定の成果を達成できる、と。

ここに至って、帝国軍は、歴史に残すべきでない明らかな悪行に手を染めた。
それは、誰が命令したのかは不明だ。
誰が実行したのかすら、明確な記録は残されていない。
まさに、この軍人は記録に残せない人物だった。
奇跡の防衛戦を成し遂げた最良の軍人であると同時に、帝国の名誉を汚泥に叩きこんだ最悪の軍人であるのだ。
戦後であるために、今ではその軍人を批判するものは多い。
だが、私個人としては、その立場に立った人々を擁護する。
当時の状況においては、他に代替選択肢が存在し得ず、かつそれは命令という形で下されていた。
確かなことは、確かに帝国の戦線は救われたということだ。

ウォルター・ハルバーム ロンディニウム大学教授

忠勇な帝国軍魔導師として、名誉を捨てよという命令に、名誉で以て答えざるを得ない、という状況であったのではない。
極論ではあるが、そうすべきでないと我慢していた人間に、愚かにも許可を出してしまったのだ。
殺したくて、壊したくてしょうがないという衝動。
言ってしまえば、狂気が一番適切な表現だろうか?
あるいは、「『合理性』の極端な追求」と彼女ならば評するかもしれない。
とにかく軍司令部は、箍を外してしまった。
賢明にも、勝利のために彼女の制約を取っ払ってしまったのだ。

軍の、帝国の命令であり、軍人として従わざるを得ない。
そういう大義名分は、理性で抑え込んでこれた衝動を解放してしまう。
あるいは、躊躇する理由が消滅した、ということ。

獣が、目前に投じられた食事に喰らい付くことは誰の責任だろうか?
飢えた獣の前に、生贄を投じた連中の責任以外の何物でもないと、私は信じる。

帝国軍参謀本部ゴミ箱より発見された走り書きのメモ



「参謀長、このような事態は想定されているのかね?」

呼集された参謀団を見渡すと、軍団長は事態の深刻さに舌打ちしたくなるのをこらえ、鷹揚に訊ねるふりをした。
内心は煮えくりかえっている。
共和国軍の動きは、本国の予想をはるかに上回り素早い。
すでにごく少数とはいえ、増援の魔導師がアレーヌに入ったという情報が飛びこんでいる。
おそらく、時間の経過とともに防備も整えられるだろう。
対するこちらは、計画が完全に破綻。
ようやく混乱が収まりつつあるとはいえ、帝国軍の混乱は目を覆いたくなるほどだ。
さらには参謀本部が約束した制圧部隊の来援すら、滞る始末。
鉄道課の士官は何をしていたのかと散々罵倒したい気分である。

この情勢下で、野戦憲兵がまともに反乱分子を扱えないとは!

憲兵連中ご自慢の野戦憲兵達がどこで昼寝をしていたのかは知らないが、怠慢もいいところだ。
シェスタの習慣があるならば、引っ込んでいればよいものを。
我らの忠勇な魔導師一個中隊もあればこのような醜態は防ぎ得ただろうに。
今や、事態は加速度的に悪化し始めている。それは、ほとんど最悪の事態を予期させてならない。
後方地域での暴動。
それによって、補給部隊は身動きが取れない状況に追い込まれている。
前線を動かせば、共和国軍が呼応するのではないか?
その不安が絶えない以上、前線の兵力を動員するのは最小限に留める必要がある。。
まして、共和国軍の魔導師が合流したとあっては、この排除を行うのは至難の技となる。

「はっ、されております。戦務参謀、説明を。」

だが、さすがに、というべきだろうか?
参謀団はこういった事態に対する分析を短時間でまとめあげてきた。
事前の想定は全てではないにしても、物事に取り組む際の助けとはなる。

「はっ、その、あくまでも純軍事的な観点から、極めて限定された目標を達成するという想定で、戦略研究の一環として行われたものがございます。」

「何だね、それは?使い物になるのか?」

問題は、まとめあげてきた其れが使えるのか、使えないのかということに尽きる。
なにしろ、ここまで事態が悪化したのだ。
生半可な方策では、問題を解決し得るようには思えない。

・・・しかし、彼らの口ぶりを思えば、どうも期待薄だ。

「使えるか、使えないかで言えば、間違いなく一定の成果はあります。」

「ですが、その、非常に重大な決断を必要とするものでもありまして・・・。」

はきはきと答えろ。
そう怒鳴りつけたいのをこらえる。

「時間が惜しい、とにかく説明しろ。」

「はっ、本想定は極めて短時間に、市街地にて魔導師を含めた防衛線構築中の敵部隊を排除することを念頭に、陸軍大学戦略研究委員会に提出された想定であります。」

少なくとも、聞く限りにおいては有効な提案だ。
陸大が戦略研究委員会に提出させるという事は有用性が認められればこそ。
市街戦で短時間に敵魔導師を含めた防衛部隊を排除できるのであれば、有用性は計り知れない。

「・・・実に画期的ではないか。何故、全軍配布に至らなかったのね?」

「ヴォルムス陸戦条約に抵触するのかね?」

同じ疑問を覚えたのか、参謀長が懸念材料と思われた国際条約を口にする。
短時間に市街地を制圧するとなれば、重砲かガスでも使わなければ頑強な抵抗を突破できそうにもない。
そして、市街地にガスなぞ許可できるわけもないだろう。

「いえ、法務士官によれば、既存の如何なる国際条約にも矛盾しないとあります。」

「なおさら、素晴らしい。一体何が課題なのかね?」

だが、合法だというならば躊躇する理由はないはずなのだが。
正直に言って、一刻を争う状況なのだ。
こんなところで、法務士官の法学論争に付き合っている時間はない。

苛立たしげに机の上を叩きつつ、軍団長は躊躇する参謀に続きを視線で促した。

「想定では、都市において、純軍事的観点より、敵戦力のみ存在し、非戦闘要員が存在しないという想定で立案されております。」

「なんだ、それは?そのような架空の想定で、使えるのか?」

馬鹿げていると叫びかねない状況想定だ。
敵の軍事的戦力のみが住んでいる都市など存在するはずがない。
大半は、民間人だ。せいぜい、民兵が混じっている程度。
まして、アレーヌ市は占領時点で多数の市民が確認されているのだ。

「いえ、このような状況を法的手続きにより創出します。」

答える方も、問いかける方も、感情を敢えて感じさせないフラットな声になる。

「つまり、これは一種の欺瞞です。法務士官によれば、非戦闘員の存在を除外したことによってのみ正当性を保証できると。」

「・・・老若男女を問わず、殺すということかね?」

誤解のしようがないほど明瞭な事態だ。
市街戦。ああ、市街戦。
碌でもない市街戦を本気で行えというのだから、法的合理性云々以前の問題なのである。

「都市を全て焼き払うという極めて、単純かつ明快な方法です。」

早く終わらせてしまいたい。
そう言わんばかりの口調で参謀が続きを始める。
いっそ、続きがなければと思ったのは彼一人ではない。
「火攻め?しかし、古典的だが、魔導師を相手にかね?」

「火災旋風というものに、聞き覚えは有るでしょうか?」

狂った報告書と悪魔の考えた計画書。
このプランを考えたのは悪魔が勧誘に来るほど狡猾な弁護士か、犯罪者に違いない。
思想が、ほとんど人間離れしている。
技術的に可能であるという事と、実際に行うということを同義で考えられる人間がいようとは。

「いや、初耳だが。」

「過去の大規模火災の事例を本想定は検証したうえで、立案されたとのこと。」

各種制約に縛られる市街戦。
少なくとも、如何にそれを対応するべきかという命題は研究対象だった。
だが、だれも法的制約を取っ払う方策の模索に至る思考は持ち合わせがない。

極端なことを言えば、警察が人質を取られている時に人質もろとも犯人を吹き飛ばせる方策を模索するようなものだ。
確かに、犯人逮捕は最優先であるだろう。
しかし、そのためには人質を救出するのではなく排除してしまおうという発想に至るか?
常人ではありえない発想としか形容しがたい。

おおよそ、軍人の合理的思考様式とすら適合しない目的合理性の追求のみを求める思考様式。

「魔導師による火攻はかくあるべきだとの一つの到達点に至った模様です。」

「理論はともかく、実践は?」

「陸軍演習場で試行した結果、想定に近い現象まで至りました。複数地点から調整して火攻を行えば、十分に実現し得ます。」

・・・おお、神よ。
何故、何故私がこのようなことを。
何故、悪魔の計画書を私が命じねばならないのですか。















呼び出されたので出頭してみれば、大尉の階級章を付けた情報将校が出迎えてくれた。
要するに、良くないお知らせを彼が持ってきたということだろう。
そう判断し、ターニャはごくごく穏当に深呼吸して悪い知らせに備える。

いつでも、冷静沈着に。

しかし、その思いは即座に崩れ去る。

「後方地域が遮断された!?」

嫌な知らせをもたらされた時、人間は良い面に気がつけるかどうかが肝心だと、私の先達は助言してくださった。
以来、その助言を忠実に守りぬいている。
そう、例えば今、手にしていた本物の珈琲を飲まずにいて良かった。
それは噴き出すか、むせてしまうには、もったいない貴重品だ。

・・・よりにもよって後方が遮断される?

「はい、デグレチャフ大隊長殿。パルチザンによる蜂起であります。」

「この時期にか!」

明らかにパルチザンと共和国軍が示し合わせている。
こんなことぐらい子供にですら想像し得だろう。
帝国軍の主力が拘束されている状況で、パルチザン運動が激化?
共和国がその火種に油を注がないわけがない。
同時に、パルチザンが注がれた油で火遊びをしないわけがない。

「はい、この時期にであります。」

この事態を理解しているのだろう。
報告を受け取ったデグレチャフ少佐の顔にも、何かを噛みしめるような苦渋の表情が浮かんでいる。
部下の前でそうすべきでないのかもしれないが、叶うならば知らせを聞いた全ての将校が同じような表情を浮かべたに違いない。

「状況は?」

「駐屯していた憲兵隊や駐屯部隊の一部が辛うじて抑えるべく試みてはいますが、急速に情勢が悪化している模様です。」

「まずいぞ、鎮圧できるのか?」

それは、つまり最悪の事態だ。
足元に火が付いたも同然。
放置すれば大やけどを後方が負い、消火に手間取れば前線が抜かれる。

「わかりません。ですが、即応に備えねばならないかと。」

「そうだな。待機命令だ。命令あり次第動けるようにしろ。」

希望的というか願望としては、落ち着いてくれというものがあった。
だが、えてして落ち着くのではという希望的観測は外れる。
実際、願望空しく情勢は急激に悪化。
共和国軍が攻勢にでる前兆が確認され、遂に司令部は決断を迫られていた。

結果、最終的には純軍事的合理性のみを追求することに至る。
その事態を決定的にしてしまったのは、共和国軍増援がパルチザンに合流したという一報。
ここに至って、軍は実に明快な結論に至る。

譲歩し得ない一線がある以上、その保持を優先する。

「空挺降下!?しまった!魔導師です。共和国が空挺作戦を!アレーヌの叛徒と合流する模様!」

管制からの悲鳴。
ただの武装蜂起した魔導師も含まないような叛徒であれば、鎮圧は容易だ。
だが、逆に魔導師を相手とした市街戦となると、重装の歩兵師団とてとんでもない犠牲を覚悟せねばならない。
なにしろ、遮蔽物と障害物にまみれて、立体的な戦域なのだ。
大きな声では叫ばれないものの、市街戦こそが魔導師の本領を最も発揮し得る場であるとすらいわれている。

「迎撃は?」

だからこそ、魔導師が都市防衛に加わるということが持つ意味は格段に大きい。
武装した暴徒ならば、集結中の予備部隊から抽出した歩兵旅団でもあれば、鎮圧しうるだろう。
しかし、平地や防衛拠点での迎撃と異なり、魔導師が防衛を固めた都市攻略となると物量で蹂躙するのは効果が薄い。

故に、魔導師が最も苦手とする空対空戦闘によって阻止すべきであり、そのための西方防空網が整備されているはずであった。

本来ならば。

「間に合わず、迂回されました!」

だが、想定と異なり、帝国軍の航空艦隊はその全力をライン航空戦に充てざるを得ない状況に追い込まれていた。
航空優勢を確保する以外にも残敵掃討や進撃妨害といった航空部隊の任務は少なくない。
それだけに、帝国軍航空戦隊は、前線付近の制空権獲得に全力を投入し、航空優勢の確立を図った。

結果、戦線を安定させることには成功していた。
だが、後方地域への奇襲を妨害するにはあまりにも手薄となっていたのだ。

「拙いな。このまま橋頭堡を確保されるのは避けねばならない。」

「対魔導師戦ですか?よりにも寄って待ちかまえている魔導師相手にやる羽目になるとは。」

そう、それなのだ。
鎮圧が遅れるほど、事態は致命的に悪化するだろう。
送り込まれた魔導師の規模は不明だが、少なからず抵抗を組織だったものにすると予想される。

「・・・デグレチャフ少佐、直ちに長官室へ。」

故に。
誰かが明確に決断したのではなく状況に流された。

案外、歴史とは誤算の繰り返しだ。


あとがき
・・・更新速度を上げようと頑張りたい次第。
あと、負傷というかジャガイモは所謂「黄金の負傷」
元ネタは、湾岸の時に食中毒です。
いやあ、ネタが通じるって楽しいですね。

今回、色々と難産ですがちょっと次回は頑張ります。
次回、ドレスデンとアレーヌの共通点?
お楽しみに。

追伸
色々とコメントでネタに応じていただきありがとうございます。
励みに頑張ります。
ZAP



[24734] 第三十三話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 02:18
闇よりもなお暗き存在 其は、汝にまとわりつかん
血の流れより紅き存在 故に、その誉れを讃えん
混沌の海にたゆたいし たまゆらの安寧
色なき平安 約束された再生と創造

笑え。

朝のナパームの香りは、何物にも代えがたい。

さあ、検疫の時間だバイ菌ども。


そうは思われませんか、中佐殿?


  Xday-1y2m11d
第17研究室
帝国軍陸軍大学における合同戦略研究会議

「以上により、戦線が進むにつれて市街戦に至る可能性が極めて高い。」

机の上に広げられている戦況図は、帝国が少しずつではあるが共和国領に押し込んでいることを示している。
未だ、両軍共にわずかな不毛の地を争っている状況ではあるが。

しかし、微々たる歩みでも進歩は進歩。

なにより、押し込まれていた状況から反攻を企画できるまでに持ち直したのは大きい。
そして、そのために共和国領内での各種戦闘が現実のものとなり始めた時点で帝国は困惑することになっていた。

『市街戦』だ。

重要拠点は、防衛の要衝かつ交通の起点として共和国軍が放棄するとは考えにくい。
そして、悪いことに市街地には一般市民も多数居住している。
一部は避難や疎開させられるのだろうが、都市機能を維持する事が可能な程度の市民は残留していると考えざるを得ないだろう。

「そこで、参謀本部より提示された命題が市街戦への対応だ。」

戦時国際法は非戦闘要員を巻き込む形での市街戦に極めて批判的だ。
本気かどうか知らないが、トリガー条項として非戦闘要員を意図的に巻き込む形で攻撃を行った国家に対する無条件の経済制裁の権利すら認めている。
実行するかどうかは自由だ。
国際司法裁判所で議論し、認定されればという条件付きとはいえ列強間に囲まれている帝国にしてみれば厄介な条文である。

だからできるだけ大義名分を他の列強に与えない形で制圧する事が要請されるのは時間の問題となる。
もちろん、時間稼ぎに過ぎないだろう。
なにしろ地政学上介入するには十分すぎる核心的利益がそこには介在しているのだ。

・・・だからこそ、すこしでも介入引き延ばしが図られるべきでもあるが。

「率直に申し上げて、非戦闘要員を巻き込まないとなれば攻囲して兵糧攻め程度しか選択肢がありません。」

居並ぶ将校らからなる面々にしても、要請自体が如何に現実離れしているかはよく理解している。
だが、無理難題だろうとも戦略上やむを得ない要素として糞ったれと罵れる程度に現状を理解できてもいる。
だからこそ、オブラートと修辞学に包まれた表現で無理を言うなと表現する。

攻囲して兵糧攻めと言うが、悠長に都市が陥落するまで包囲し続けるなど困難極まりない。
敵の3倍近い兵力を張り付けておくだけで兵站線への負荷は想像を絶する。
いや、戦略的にみれば大部隊を拘束されるに等しいという問題付きでだ。

共和国領内で都市にぶつかるたびに帝国軍は大きく戦力を張り付けざるか、攻囲を断念するかを決断しなくてはならなくなってしまう。

「いっそ、前線を動かさず敵が耐えきれなくなるまで防衛に徹する方がこの種の問題からは解放されるかと。」

純粋に戦力集中原則のみを考慮すれば、侵攻よりも防衛の方がマシ。
軍内部では、一つの仮定にすぎないにしてもこう考える士官も少なくなかった。
彼らとて、勝利を望まないわけではないが手足を縛られて戦争をやれると考えるほどには頭が沸騰してもいない。

「協商連合でやれたではないか。」

「国力差をお考えください。それに、そんなことをしているから北方方面に戦力の多くが拘束されている。」

なにしろ、他に選択肢がないがために北方で戦力の大半が拘束されている。
兵站線の負担は、開戦前の想定を大幅に超過するに至ったほど。
国力・人口で圧倒している小国相手でこれだ。
列強間の大戦では、もはや現実的な方策とは言い得ない。

「・・・失礼ながら、この種の議論に意味はあるのでしょうか。」

そんなときだ。
かわいらしい声が、可愛げのない平坦な口調で、物騒なことを呟く。

通常ならば、叱責されてしかるべき内容の発言。
しかしながら、発言者であるターニャは別段問題がないと信じていた。

「デグレチャフ学生。意図を説明したまえ。」

「はっ、包囲して兵糧攻めというのは中世や良くて前近代の悠長な攻城戦であります。」

ウィーン包囲とか、ナポレオンによるイタリア遠征とか。
そんな時代の戦法で近代戦を戦う軍隊とはありえないだろう。
そんな軍隊で戦争をするぐらいならば、戦争をしない方がよっぽどましだ。

「で、あるならばです。」

もちろん、現実的に選択肢が乏しいのはわかる。
だが、そんなことは全員百も承知している問題なのだ。
そんなわかりきったことを議論するために集まっているのではない。
ブレインストーミングもできないのであれば、法律の穴を掻い潜るほうでも探す方がよほどましだ。
実際に実行するかどうかは別の問題としても、議論に際してありとあらゆる可能性を検討しないのは手落ちもよいところ。
曲がりなりにも知的教育を受けた一個人として、不誠実の誹りは免れ得ない失態だ。

ならば、議論のための議論でもいいから別方向からのアプローチを考えてしかるべきだとターニャはシンプルに確信していた。

「いかにして市街戦を合法化するかを考えるべきではないでしょうか。」

市街戦が国際法で制限されている?
だから、市街戦以外で攻略する方法を模索するというのは相手のルールで勝負するようなもの。
極言してしまえば大切な商取引を相手の本拠地で交渉するようなものだ。

それでは大抵勝てない。

むしろ、局面をひっくり返して自分の本拠地に持ち込んで交渉を行うべきなのだ。

つまり、いかにして市街戦を合法化するかという視点の転換も議論としてはありではないか。
いや、もちろん実戦で行うのはイラクやアフガンをみれば御免蒙ること甚だしいが。

「・・・デグレチャフ学生。陸大では戦時国際法の教育課程がないのかね?」

「いえ、履修いたしました。大変興味深い内容だと認識しております。」

法律は学生時代に法学(憲法論含む)と民法A・Bを履修して以来だった。
一応、国際関係論や国際行政学で国際法も齧っていたが。
そういう意味では、久々に法律という文明の統治者を学ぶ機会が与えられたことは純粋に楽しかった。

「・・・では、その上での発言かね?」

「はい。」

そして、当然ながら如何なる法律にも解釈の余地というものは多分に残されているのだ。
だからこそ、米国の様な訴訟社会で弁護士が多数活躍して訴訟合戦が盛大に繰り広げられる。
法律というものは、要するに解釈と運用によってできることとできないことがいくらでも変わるのだ。

それこそ、どこぞの島国平和国家なんて軍隊の保持をしていないと言いながら立派な兵器を多数備える不思議国家になれるほどに。
まあ軍隊放棄するのに比べれば若干マシな判断とは言え法律解釈はかくまでも幅広く行えるのだ。

「解釈の問題であります。国際法が明示的に禁止した行為以外は、解釈によって制限されているにすぎません。」

「具体的には?」

「一例にすぎませんが、“軍隊は非戦闘要員の存在する区画に対して無差別の攻撃を禁じる”という条項があります。」

これだけみれば、非戦闘要員が多数居住する市街地での戦争などできないだろう。
だが、逆に考えるのだ。敵も同様に制約されるのだと。

「これは一見すると攻撃側を制約する条項でありますが、当然防御側も制限を受けるものです。」

「・・・なるほど。それで?」

続けることが許されるので、続ける。
まあ、法律論争なんて半分はこじつけと言いがかりだ。
裁判所が最終的にその真偽を決定するとしても、国際法は国家間の解釈によって大幅に左右される。

「戦時国際法には、非戦闘要員の保護義務があります。そして、そのために万全の手段を尽くすことが求められます。」

言い換えれば、非戦闘要員が居住する区画に少数部隊を潜入させて攻撃を受ければどうなるか。
流れ弾が一発でもあれば、それだけで大義名分を創造することも可能だ。
まあ、これは極端なやり方。もう少し、正当性が強いやり方がある。

「あるいは、敵に非戦闘要員が不在と発言させれば制約は一挙に解決するかと。」

「何?」

「最後の市民一人に至るまで抵抗する等の発言であります。これで、市民一人まで民兵と解釈すれば捕虜としての権利も認めずに済みますが。」

・・・北朝鮮が全国民を兵士にしたと言ったから、兵士なら吹っ飛ばしても戦争犯罪じゃないというくらい無理やりな解釈。
とはいえ、極論だが法律解釈を突き詰めていけばある程度条理を捻じ曲げることも可能なのだ。
もちろん、正義や公平という概念が捻じ曲げられているのだが。

しかしだ。
そもそも神とか悪魔とか存在Xとかそういう存在がのさばっている世界だ。
正義とは何か、ということを突き詰めて考えればむしろ戦争がある世界を規定する奴の方が邪悪ではないだろうか。

つまり、私は善き一人の個人として義務を果たすに過ぎない。
QED



Xday

一介の少佐を軍団長直々に呼び出すという事は、めったにない。
だが、滅多にないという事を持って喜ぶのは難しいだろう。
少なくとも、今後も自分がこの化け物を呼び出す機会があるかもしれないという事なのだ。
可能性の話に過ぎないと言われたところで、気分がはずむはずもない。

「喜べ、デグレチャフ少佐。」

「はっ。」

目の前で姿勢を正す化け物を極力直視しないようにしつつ、仕事と割り切って相対する。
魔導師という存在は、ただ人からすれば異質な存在だ。
人間が独力で空を飛び、魔導の力で持って現世に干渉する。
理屈はともかく感情が付いていけない。

だが、目の前の少佐は理屈すら理解できないのだ。
発想が、枠組みが、あり方が全て歪んでいる。

「貴様に方面軍司令部から特命だ。」

齢が一ケタで任官。
聞いた時少年兵というやつかと笑ったが、出会った時の第一印象は戦闘機械だ。
即座に認識を訂正したが、未だに理解しきれたとは思えないのだ。
銀翼突撃章保持者にして戦闘のために生み出された妖精という前評判は字句通りの意味に違いない。

「1422を持って特命が発令される。」

簡単な野戦教導を命じたところ、信じられないことに夜間に敵前進壕への肉迫奇襲を教導した。
迎撃戦に際しては、真っ先に突出した戦果をあげる。
損耗率は、この戦場で他のどの部隊よりも低い。
まったく、これだけ聞けば完璧な軍人だろう。

完璧すぎる。
非難しようがないほどの正論と実績。
それ故に、こいつを止められない。
レルゲンという中佐が排除を試みて失敗したという話も納得だ。
いや、それ以前に法務士官らが手放したのも、外務省が諦めたのもそこに原因がある。

「速やかに、後方のアレーヌへ浸透した敵魔導師部隊を排除せよ。その後友軍と合流しアレーヌ制圧に当たれ、以上だ。」

後方でアレーヌ市へ共和国軍魔導師が降下。
完全に警戒の裏をかかれた形だ。
おまけに、パルチザンが暴動に発展。
アレーヌ市を制圧できねば鉄道が使えず、鉄道が使えねば兵站が途絶える。
それは、つまり飢えるということだ。
そうなれば、戦争の行く末は子供でも明瞭になる。

それだけに、上層部は生半可な覚悟ではない。
いや、すでに覚悟を決めたようだ。
必要とあれば、アレーヌ市を灰燼とすることも辞すつもりはないらしい。
アレーヌ市に避難命令と夜間外出禁止令が即座に発令されている。

渡された計画書通りであれば、素直に叛徒が投降しない場合アレーヌごと『適切に処理』するつもりらしい。

そして、それの一助に使われる程度に彼女は政治的に信頼されている。
なにより、恐ろしいまでに有能だ。

「何か疑問は?」

「敵戦力を。」

「最低でも大隊規模。」

その尖兵となるのが、203という魔導大隊だ。
魔導師という都市制圧戦の障害を排除するために投入される。
もっとも、上としてもアレーヌを焼くという事には躊躇があるようだ。
砲兵隊や航空部隊の出撃は用意が命令されたばかりで、即時実行には至っていない。

だから、というべきか。
一応のアリバイとして、というべきか。
203によって敵魔導師部隊排除後、降伏勧告が行われるという。
問題は、アレーヌ市民がこれで戦意喪失しなければこちらも後が無くなるという事。

「構成は?」

「少数の共和国軍魔導師以外は民兵だ。多数のアレーヌ市民が犠牲になっている。」

そして、恐るべき事実はもっと身近にある。
目前の魔導少佐は国際法に卓越した見解を陸大時代に発表していた。
この場合の卓越とは、少々通常とは意味合いが異なる。

極論してしまえば、今日の様な事態を予期して解決するために悪魔的な頭脳を持ち合わせていたということだ。
なにしろ、アレーヌ市民の犠牲という軍事行動の大義名分は、彼女が発案したと私は知っている。
戦務のゼートゥーア准将から一切合財を説明された上で、彼女を預かったことをこれほど後悔するとは。
あの野郎、先輩の胃をもう少し大切にするべきだ。

「何とも痛ましい。ところで他愛のない囀りですが、パルチザンがいると耳にいたしましたが?」

「耳がよすぎるのも困りものだ。何かの音を聞き間違えるのだからな。」

「では、我々の敵は、共和国軍なのですな。」

あくまでも、あくまでも自分達の敵は共和国軍かと確認してくる士官などいるだろうか?
普通の士官ならば、そのことに疑問すら抱かないだろう。
ライン戦線において、敵と言えば共和国そのものを意味するほどなのだ。

「当たり前ではないか。陸戦条約を順守していない連中だぞ。直ちに非戦闘要員を保護せねば。」

だが、だからこそ敵という言葉を再確認してくるということは。
何を意味しているかを明瞭に理解していなければできることではない。

「大舞台ですな。晴れがましく、衆寡敵せずに時間を稼げとでも?」

「おやおや、少佐。勝利かヴァルハラかを選べるのだ。好きなものを選びたまえ。」

「殲滅して勝てという御命令でしょうか。」

まあ、確かにそう解釈されるのも無理はない。
広域殲滅戦を理論上法的に制約されることなく実行する以外に、勝利し得るか。
つまり、大量殺戮者になる様に命じているようなもの。
戦闘ですらないな。
陸大が法学解釈を何処まで間違っていないか次第だとしても、明らかに虐殺を前提として立案したとしか思えない計画。

いや、彼女自身が関わった計画という噂も聞く。
この表情、この余裕。
あながち、噂というやつは間違っていないかもしれない。
そう思わざるを得ないほど、非人間的なのだ。

「ああ、それと、昨日1100を持ってアレーヌ市に避難勧告が出されている。だがすでに、同市は完全に制圧されたと見てよい。」

「それはつまり?」

「全て、排除せよと上は言っている。法的には共和国軍部隊だけがそこにいる。」

率直に言ってしまおう。
隠す意味もほとんどない。
なにより、この戦闘機械じみた軍人に必要なのは単に許可と命令なのだろう。
ルールは遵守するが、逆に言えばルール以上のことは絶対に行わないのだ。

「最悪ですな。我々は、行くも地獄、引くも地獄ではありませんか。」

口でこそ、こう嘯く。
が、ならば何故笑う?
・・・その、歓喜の笑みは何だ!?
口元から覗く牙は一体何だ?
どうして、そうも、嬉しそうに笑う?

「・・・都市制圧戦だ。時間との戦いだな。」

一瞬、たじろいだのを誰にも気がつかれていないとよいのだが。
そう思いつつ、軍団長は明確な恐怖を彼女に感じていることを自覚する。

「何、同市は完全に制圧されたのでありましょう?ならば、都市区画ごと蹂躙すればよいではありませんか。」

「少佐?」

「民間人がいれば、制約となりましょう。ですが、完全に制圧された以上、心おきなく。」

心おきなく何ができるというのか。
心底、そう問いかけたい気持ちを抑え込む。

「しかし、残念なことだ。」

これで、賽は投げられたのだろう。
おおよそ、投げ手にとってこれほど胸糞悪い賽もないのだろうが。

「ええ、本当に、本当に残念で仕方がありません。ですが、我らは軍人。命令とあらば、麗しのアレーヌとて、焼かねばなりません。」

悪魔め。
ゼートゥーアの奴め。
奴ら、戦争に勝つためには何でもするつもりらしい。
文字どおりの意味で、ありとあらゆることを為すということ。
本気で、本気で狂って戦争に勝つつもりだ。

いくら軍人とはいえ、壊れている。

「・・・軍人になど、なるものではないな。」

「ええ、全くもってその通りであります。ですが、誰も彼も思うように生きられるわけでもありますまい。」

その通りだ、デグレチャフ魔導少佐。
しかし、貴官ほど軍人が天職であるのもいないだろうよ。
あるいは、地獄のライン戦線が貴様にとって安住の地なのやもしれん。







呼び出されて、出頭してみれば出撃命令。
対魔導師戦闘の命令で呼び出されるとは何事かと思えば、後方の重要拠点に浸透した敵魔導師の排除命令。
あと、敵魔導師のほかに大隊規模の民兵が合流しているらしい。

まあ、これを叩き潰すというのが今回の命令だ。
そんな命令でわざわざ方面軍が呼び出すのだから、思わず何度も念押ししてしまった。
本当にそれだけだと思った時は、思わず笑いたくなるのをこらえた程だ。
別段、さほども難しくない。

いや、むしろ前線付近を離れる最高の好機。
そう判断して、即座に行動を開始するべく大隊司令部へ駆け込んだのがつい先ほど。

・・・渡された命令書にどうにも気になるところがあるとようやく気がつく。

法的には真っ白なのだろうが、無差別戦略爆撃の可能性が示唆されているのはどういうことだろう?

敵魔導師排除後、残存部隊が投降しない場合の手順がすごく怖い。
まず、榴弾や爆裂式で石造りの建造物をできるだけ破損させる。
そうすることで、建造物内部の可燃物を露呈させるのだ。
後から、焼夷弾を中心とした空爆だろうか。

こんな規模で行えば、アレーヌとドレスデンの共通点ができ上ってしまう。

・・・・・・下手をしなくても、虐殺だ。

そうなれば、私も戦犯にノミネートされかねない。
そんな危険は御免蒙る。しかし、それは帝国が負けた時の話。
仮に敗北しなければ、ここで命令を拒否したところで軍令無視と敵前逃亡えとせとら付きで銃殺だ。

なにしろ、命令は命令。
そして、現時点では全く問題のない命令だ。
拒否できる根拠はないし、危惧する理由もない。
上申しても相手にされるかどうか。

極東軍事裁判は法の遡及適用すら為されている以上、人道的に行動しなくてはならないだろう。
いや、それ以上に多数の人から後ろ指を全く指されないように行動する必要すらある。

となれば、極力法律を順守する必要があるというどころの話ではない。
なんということだ。
いや、人道的でなければ命が危ないというべきか。
手を抜きたいが、手を抜く理由もなく戦果が不足しても面倒。

・・・。いや待て。理由ならある。
足手まといの補充兵が多数いるはずだ。
彼らが足を引っ張る以上、敵魔導師の排除が終わるころには他部隊が到着するだろう。
そうなれば、後は損害が出ていることと消耗を理由に引き継ぎが可能。

そうなれば、そうなれば手を汚すこともない。

いやはや、こんなことがあるとわかっていればもう少し補充兵に寛容になっているべきだったか。
うん?いや、しかし命令者には使用者責任が伴う。仮に、補充兵が誤射したらどうなるのか。
いうまでもなく、引率責任者である私が軍事裁判かつるしあげ裁判にかけられることになるのだろう。

帝国が勝った場合の軍事裁判はまだましだ。
運が良ければ無罪放免も期待できる。
しかし、負けた時は復讐の贄にされる事だろう。
それは困る。名案だと思ったのだが、どうにもいけない。

いっそのこと、目撃者を排除してしまうか?
いや、さすがに虐殺とて生き残りの証言というのは必ず出てきた。
それに極東軍事裁判をみれば、証人なんていくらでも創造できる。

「・・・気乗りしないな。」

そう呟くしかないのが実態だ。

なにしろ、出撃までほとんど時間的な余裕がない。
そして優秀な我が部下達は戦争が大好き連中で集まっただけあって出撃命令と聞くと同時に、集結している。
すぐに、出撃態勢に移行できるだろう。
こんなことならば、第二種戦闘配置を出しておくべきではなかった。

どうする?
なまじ勲章をもらっているだけに、がちがちの帝国主義者と見なされかねない。
いや、絶対にそうだ。そうなれば、後は不愉快な人生が待っていることだろう。
ドイツを見ろ。戦時中、熱心なナチだった連中は碌な眼にあっていない。
親衛隊なんぞ、未だにごたごただ。まともなのは、空軍のエースパイロット程度。
それでも、多数が共産主義者に抑留されている。どこぞに、抜け穴はないのか?

ハルトマンのように抑留されるわけにもいかない。

・・・いやまて。
一人いた。
ルーデルとかいう軍人がいた。

筋金入りどころか、鉄筋コンクリート並みの反共主義者にしてナチ寄りの軍人。
しかし、戦後は割と人生をエンジョイできていた。
彼だ。
彼に倣えばよいのだ!



あとがき
更新。
あと、微妙に長引いている変なテンション。
うん、頑張って更新ペースを上げていきたいと思います。
コメントでご指摘いただいたように、他との絡みも出すつもりです。

こんな作品を一気読みしていただいた方もいたようで、感謝感激の極み。

タイトルがあれですが(-_-;)

いや、きっとタイトルからにじみ出る本質を御理解いただけたのだと信じております。

教皇特使のアルノー・アモーリ氏の御言葉
『Tuez-les tous, Dieu reconnaîtra les siens』というものを御検索いただければ、きっとあなたも本作がタイトル通りの展開を迎えていることを御理解いただけるかと。

追伸
フィクションです。

誤字修正しました。
さらにZAPしました。
ZAP



[24734] 第三十四話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 02:20
「大隊諸君、ピクニックだ。」

二種配置から召集がかかり、とにかく遅れまいと駆けこんだグランツ少尉。
彼を出迎えたのは、しかめっ面で不愉快そうな表情を満面に浮かべる大隊長殿であった。
見れば、苛立たしげな表情どころか憤懣いた仕方ないというありさま。

碌でもないことに違いない。
この前は並行追撃と称して敵魔導師部隊について50キロも主戦線を越えたところまで追撃戦を行わされた。
すくなくとも、夜間に敵塹壕まで行って来いと言われるくらいの事は覚悟しなければ。

「航空艦隊の間抜けどもが取り逃がしてアレーヌに敵魔導師の浸透を許した。」

だが、少佐殿の口から放たれた言葉は覚悟していても堪えるものだった。
噂では囁かれていたが、公式に上官の口から肯定されると気分が重くなる。
前線への主要な補給地点中継地が抑えれる事は、兵站に致命的な影響が出るのは誰にでもわかる。
そんな物騒な事態だからかいつもは淡々としているデグレチャフ少佐殿も感情もあらわに不機嫌さを隠さない。
なにしろ、敵魔導師が空挺降下で後方に浸透したという噂はグランツ少尉ですら唖然としたほどだ。

悠々と飛んでいる輸送機すら取り逃がすとは!

「そして、民兵と合流したらしい。アレーヌは今や共和国軍の手に堕ちた。」

悪い知らせだ。

だが、正直に言ってだからどうなるのだろうか?
民兵や魔導師は排除すれば済む話だ。
魔導師や民兵では都市を完全に防衛する事は不可能だろう。
歩兵という兵科を欠いては占領など夢のまた夢。
民兵とて数は補えるかもしれないが、本格的な組織的戦闘に耐えうるとは思えない。

「当然、奪還する。」

至極まっとうな結論としては、奪還あるのみ。
思わず緊張で喉が渇くが、しかしこの程度のことであれば従軍する前から覚悟はしていた。
殺し殺される戦場。
その中で、場所が変わる程度の事だ。
補給線が断たれる事の恐ろしさに比べれば、出撃命令はある意味慣れてきている。

「さて、それに当たり難題がある。」

だが、いつもならば簡潔な作戦目標が無駄なく伝達されるにもかかわらずデグレチャフ少佐殿はわざわざ一呼吸置いた。
よく見れば周囲に並んだ大隊の主要な士官らの表情も張りつめている。

いったい何事だろうか?

「アレーヌ市は。」

わからぬままに次の言葉を待ち、そして驚愕する。

デグレチャフ少佐殿は『アレーヌ市は、』とおっしゃりそこで言葉を詰まらせた。

地獄への突撃命令すら淡々と発するであろう上官が躊躇したのだ。
何かを振り切り、耐えがたいことを敢えて為す。
そんな悲壮な重々しい何かがそこにはある。

部隊が静まり返り、物音一つしなくなったその時だ。
何かがおかしい。
当たり前のように出撃に気を取られていた兵士たちも何事かと訝しがりはじめる。

それを遮るかのように少佐殿は言葉をつづけられた。

「アレーヌ市は、共和国軍に占領される事となった。諸君、我々はアレーヌ奪還に当たり共和国軍を『全て』排除しなければならない。」

はて?

ごくごく真っ当な話ではないか。
民兵に魔導師が合流した形で占領している以上、共和国軍魔導師を全て排除しなければ危険性は大きい。
言わずもがなのことではないのか?

難題と言うほどのことだろうか?

良くわからずに混乱するグランツ少尉。
いや、正確には補充兵らの多くはいつもの命令と何ら違いがないとすら感じている。
ただ、いつものごとく往けと言われて出撃するのと何ら変わりがない。
そう考えるほどにだ。

だが、ヴァイス中尉の方に目線を走らせればわずかにだが顔をこわばらせている。
明らかな緊張と動揺。
それに、何かを自制するような深呼吸。
これは諦観だろうか。
しかし、いったい何に対する?

「当然のことであるが、『非戦闘要員』への発砲は厳しく禁じる。ただし、市街戦につき『物的破損』については『破壊許可』が出ているためその対象とはしない。」

そして念押しされる交戦規定。
ごく普通の交戦規定だ。強いて言えば、市街地での発砲による物的破損の免責がある程度。
それとて、通常の手続きに含まれたものに過ぎない。

「なお、敵魔導師交戦前と排除後にそれぞれ降伏勧告を行う。」

何か、何か見落としているのではないのだろうか。
漠然と良くわからない不安感に包まれてしまう。

「降伏勧告中、交戦を一時切り上げることに留意せよ。」

告げられていること自体は、普通の出撃と同様。
敢えて違いを上げるならば市街戦という事だけだ。
当然、いくつかの交戦規定制約が変わる。
しかし、それらの変更を踏まえたところで対魔導師戦闘という主任務に変更はない。

・・・ない筈だ。

敢えて考えるとすれば降伏勧告だろう。
だが、市街戦で敵部隊を投降させる方が掃討戦よりも犠牲が少ないのは自明。

拒否されても少々厄介な掃討戦を行う程度で済む。

「敵が降伏勧告を受諾すれば良し。そうでない場合は『掃討戦』に移行する。以上だ。」

実際、上官の口調もごく平坦ないつも通り感情を感じさせないようなものだった。
降伏してくれればそれでよし。
駄目ならば、いつものごとく掃討戦に移行というのもごく普通。
強いて言えば、違和感だ。
何か、齟齬があるような釈然としない感覚。

とはいえ、出撃前に雑念に囚われるべきではないか。
そう判断し、グランツ少尉は演算宝珠とライフルに出撃前最後の確認を始める。
戦場で自分の武器が手入れ不足で使えなくなるよりは、雑念を忘れるべきだった。




「ブラボーリーダーより戦域管制。ネームドだ!データ送信。確認せよ。」

予想通りとはいえ、帝国軍の反応は迅速の二文字を極めた。
わずか数時間で大隊規模の魔導師がすっ飛んでくるとは。
連中、よほど事態を深刻に受け止めているらしい。

これは、少々無理をしてでも空挺降下を敢行した意味があったというものか。
共和国特殊作戦軍第二魔導中隊司令ビアント中佐は気乗りしない作戦になにがしかの意味が見出してたことをそれとなく安堵する。

やや追い詰められつつある共和国。
むろん、水面下で連合王国からの接触があることは公然の秘密だ。
問題は、援助の条件如何では共和国のもつ海外権益をことごとく喪失しかねいというハードル。
それと列強としての発言権だ。

連合王国参戦前にできるだけ、押し戻しておきたい。
そんな政略絡みの意向からビアント中佐にしてみれば狂気の沙汰としか形容しがたい後方浸透作戦が敢行されてしまっている。
国家理性とはよく言ったものだ。

「確認した。・・・『ラインの悪魔』?連中、大物を引っ張り出して来たぞ。」

だが、国家理性というだけあって少なくとも皮算用は正しいらしい。
ライン戦線にいる魔導師ならば誰しもが名前を聞き及んだことのある正体不明のネームドを主戦線から引きはがすことに成功している。
高機動戦と長距離射撃戦を得意とするネームド及びその指揮下にある精鋭部隊。
ライン戦線における帝国軍遊撃部隊として広域防衛に就く優先撃破度の高い部隊だ。

機動防御すら可能なこの部隊を前線から引きはがすことができたのは、単に大隊規模の魔導師を前線から引きはがす以上の意味がある。
アレーヌ市ほどの市街地を制圧するとなれば、数個師団程度の地上戦力も不可欠。
最前線から抽出するか、予備部隊を動員するかは帝国軍の参謀本部次第だが。
どちらにせよ交通の起点であるアレーヌを抑えられては補給線も立ちいかない以上、敵増援を阻止するのは確実。

その間に前線で大反攻とやらが成功してくれることを願うばかりだ。

「チャーリーリーダーより戦域管制。あの大隊相手に長距離戦をやれと?」

だが、さすがに特殊作戦軍の精鋭らを持ってしてもあの『ラインの悪魔』相手に直距離戦を挑むのは厳しいだろう。
元々は、すこしでも敵戦力を削っておくことができれば程度に期待したのだが。

「作戦に変更はない。元より長距離戦は牽制程度だ。遅延戦闘に努めよ。」

駄目でも損はない。
その程度の期待しか長距離戦には期待していないために問題なし。
牽制程度の火線で良いだろう。
本命は、回避機動を強いることによる損耗と陣形の乱れだ。
とにかく、遅延戦闘に努めることが肝心である。

「「了解」」

即座に所定の手続き通り行動が開始される。
いくつかのビルに潜んだ魔導師らによる擾乱射撃。
そうそう直撃するものではないが、かといって無視できる種類のものでもない。
なにしろ、統制された射撃管制は共和国軍魔導師の得意分野。
悠長に飛んでいれば直撃させることすら可能なのだ。

『大隊長より大隊各位並びに補充大隊諸君。義務を尽くせ。オーバー』

「敵魔導師、散開。こちらの長距離狙撃を回避しています。」

だが、当然のように攻撃は回避されているらしい。
多少の損害を与えることも期待していたのだが。
わずかな損害を与えるに留まるか、実質的にはほとんど損害を与えられていないのだろう。

「・・・しかし大隊規模の魔導師を即時投入か。ライン戦線への支援としては十分だがこれはきついぞ。」

そして、敵の練度が前評判通りに高いという事は嫌なことを意味する。
ビアント中佐にしてみれば、頭を抱えたくなる事態だ。
敵正面戦力から引きはがすのは良いにしてもだ。
大隊規模の魔導師、それも精鋭が躊躇なく投入されるという事は地上部隊の突入も相当規模を覚悟せざるを得ない。
敵はアレーヌを早期に奪還することを重視しているのだろう。
最悪、戦線の後退を覚悟されている場合は碌でもない事態になりかねない程だ。

「二個中隊で『ラインの悪魔』らを拘束しているのです。いたしかたありますまい。」

特殊な任務を行うための魔導師。
それを二個中隊も投入したのだ。
ラインの悪魔を拘束するなど、任務の一環に過ぎないと言えば過ぎない。
副官の物いいに納得できる部分もないわけではなかった。

「市街戦がカギか。しかし、2週間以上は持たないぞ。」

だが、いくらなんでも相手が予想以上にこちらを重視しているとあれば歎きたくもなる。
当初予想は単純な突入か、中隊規模の魔導師程度だった。
いきなり大隊規模とは相手の意気込みもしれるというもの。

なにより、躊躇なくネームドを持ってこられることに頭が痛くなる。

「前線で反攻作戦が始まれば敵圧力は減衰。なにより、補給が途絶し薄くなった防御陣地なら突破可能ではありませんか?」

「希望的観測に過ぎん。成功は願っているが、やはり厳しいな。」

友軍の支援があり、アレーヌ市民らからなるパルチザンと合流できたとはいえ本格的な地上軍に突入されればどうなることか。
魔導師の支援があり、防衛側とはいえ火力と数で劣っているのだ。
長くは持ちこたえられないだろうし、犠牲も大きくなる。
なにより、軍人として恥ずべきことに守るべき市民を盾として戦争をする羽目になるのだろう。

・・・国家理性とやらを信奉する一部の連中は、パルチザンを最悪使い潰しても時間を稼げれば良いとすら考えている節があった。

「では、最悪の場合は遅延戦闘に努めつつ損害の極大化に努めると?」

「それしかあるまい。何れにせよ、軍人とは因果なものだな。」

そして、屈辱的なことに自分の任務とは要するに市民を盾にする作戦の忠実な履行だ。
これによって戦争に勝つことが可能になると言われれば、やむを得ないのだろう。
しかし、軍人としてみればこれほど自らの存在意義を問われる作戦もない。

「敵先鋒、防空識別圏突破!市街上空へ急速接近中!」

だが、彼とて軍人だ。
思考という行為は、有意義であっても場所と時間を選ばざるを得ないことぐらい弁えている。
で、なければとっくの昔に死んでいた。

「司令、それ以上は。」

「わかっている。来るぞ。近接伏撃戦用意!」

敵が迫ってきている以上、自らの任務に対する葛藤は後回し。
生き残るために全力を尽くす。
後悔ができるのは、生きているものの特権なのだから。




後方地域に浸透強襲やらかすような命知らず相手を排除しろと命令されたことはありますか?
私は、今の今までありませんでした。
その幸運を素直に喜びつつ、こんな不運な目に遭うことを歎きたいと思う次第です。
でも其れにも屈することなく自分の仕事をきっちり行っていきたい。
そんな仕事人間の自分に最近気がつきました。

常識的に考えられる常識人であることを誇りに思いたいです。

デグレチャフです。
御空を飛ぶだけで、迎撃が飛んでくるとは全くさびしい時代になったものだとは思いませんか?
思われないならば、一度体験してみるとよろしいでしょう。

しかも共和国軍御自慢の統制遠距離射撃。
どこぞの人類に敵対的な有機系資源回収ユニット並みにズバズバと光線が飛んできます。
いや、あれほど強烈ではありませんがね?
でも、生身に対しては結局同じような効果があるのです。

ええ、当たれば防御膜とか外殻を貫通して墜ちかねません。
95式に全力で魔力を注げば耐えられるかもしれませんが、それはそれで精神的な自殺なので躊躇してしまう。
そういうわけなので、一番いいのは避けること。

「エンゲージ!素早い、連中できるぞ。」

とはいえ、百戦し百勝するのが難しいように無傷で突破とは無理らしい。
見ればかなり突撃陣形が掻き乱されてしまっている。
共和国軍御自慢の統制射撃対策を兼ねて編成したにも関わらず、だ。
やはり速度と散開だけで敵射撃陣を抜くのは厳しいものがあるのだろう。

今はまだいいが、アカどものような火力信者相手には本当に厳しいかもしれん。

「ヴァイス中尉が被弾されました!生命に差しさわりはありませんが、継戦は困難かと。」

「なに?止むを得ん。ヴァイス、下がれ。」

だが、まずは目の前の問題に対処しなくては。

一番の常識人にして、この作戦に対して色々と思うところのあるらしい善良なヴァイス中尉があっさり被弾してしまう。
通常ならば、彼もまたエースオブエースをねらえるような人材なのだけれども。
全く、よくよく考えればまともなストッパーが墜ちたらどうなったことやら。
共和国軍が狙ってやっているとしたら、恐るべき事態を意味しかねない。

「しかし、大隊長殿、」

「良いから下がれ。貴様一人抜けたところで問題はない。足手まといになるくらいならば、さっさと被弾した連中をまとめてRTBしろ。」

真面目なのは結構だが、真面目要員が抜けたら大変困る。
他に真面目な人間がいない以上、真面目な人間は私一人になってしまう。
そうなれば、心身ともに疲労するのは言を待たないことだ。
戦争という狂った現象の中で常識を維持できる人間は本当に貴重極まる。

基本的にいざという時にも判断力を損なわない常識人。
市場と合理性を重んじられる近代人こそが近代以降の資本主義社会を支えてきた人材なのだ。
戦争という浪費で彼らの様な人材を浪費してしまう事は本当に恐ろしい。
戦後、こんなにベスト&ブライテストを浪費した帝国経済はどうなることやら。
考えたくもない。

今のうちに、もっている給与を金や現物に変えておくべきだろうか。
勝っても負けても帝国の未来はあんまり明るくない気がする。

「了解です。・・・御武運を。」

「貴様は考え過ぎるのだ。躊躇したのだろう?この大バカ者め。帰ったら覚悟しておけ。」

しかし、まずは今を生き残る必要がある。
面倒な上に気乗りしないが、アレーヌ市に立てこもる共和国寄りの連中を粉砕しなくてはならない。
もちろん、人間としてみればあまりよろしくない行為だ。
合理的に考えて、排除した方が楽だからと言って人権を侵害するのは褒められた行為ではない。

そう、博愛主義的な私としては巻き添えを無関係の人にまで及ぼすことは望ましい行為ではないと判断する。
善良かつ良識的なヴァイス中尉だから法律的に問題がないとしても、引っ掛かるところがあったに違いない。
要するに、躊躇と躊躇いが機動を束縛し、結果的に被弾することになったのだろう。
まあ、わからなくはない。

ただ、一言いうならば自分も同じ立場ならば同じようにして責任を回避したかったということだ。
そのことだけは羨ましい。
まったく、虐殺の片棒を担ぐのはそんなにいやか。
嫌だけどさ。

でも、片棒を担ぐというのは広義の概念に過ぎない。
私はただ何もしないだけなのだから。
いわば、見ざる聞かざる言わざるの三猿である。

現代刑法的には不作為という行為。
しかし、直接の行為主体ではないのだ。
つまり、通報義務があるかどうかの争点程度しか問題はない。

ルーデルだって、さんざんソ連の戦車や戦艦や戦闘機や列車砲を爆撃したが収容所等については免責されている。
要するに、彼は出撃しただけであってその程度のことでは問責されるほどのことではないのだ。
よろしい。要するに、私も一軍人としての義務を果たすだけならば問題は何のほどもないのだろう。

おお、法律とはすばらしきかな。

「ハッ。申し訳ありません。」

とはいえ、問題がある以上喜び勇んで従軍したいというもので無いのは同じ。
ヒャッハーと喜び勇んで従軍できる作戦なぞ、そもそも存在しないという気もするのだが。
なんで戦争なんてしているのだろうか、と思ったりする。

今日も今日とてなんだって、こんな無体な作戦に従事しているのだろう。
本気で頭を抱えるターニャだったが、悠長に戦場で考えごとにふけるほど自殺願望を持ち合わせているわけでもなかった。
頭を切り替えて、目の前の課題を処理する程度には慣れている

「構わん。それも貴様だ。よし、ケーニッヒ中尉。ヴァイス中尉の指揮権も継承しろ。」

「了解。」

仕方ないので、適宜指揮権を再編。
どの道、対魔導師戦闘とせいぜい牽制程度に敵を押し込むのが任務だ。
敵魔導師が健在であるならば、ある程度叩かねばならん。

「各自、近接戦突入用意。伏撃に警戒せよ。相手はできる。侮れば貴様らが料理されかねんぞ。」

「大隊長殿。敵魔導師が後退中!連中、市街地に引きこもるつもりです!」

だが、その計画は敵が積極的に迎撃に出撃してくるという前提によって立案されたもの。

「っ、止むを得ん、突入中止。そのまま押し込んでおけ。」

言い換えれば、市街地外周部で伏撃してくる敵魔導師と切り結ぶのは職務であるがそれ以上は違う。
つまり、市街地外部へ攻撃可能なエリアから敵魔導師を排除してしまえば少なくともターニャの任務は大方達成される。
速い話が、爆撃機と砲兵隊に手を出せない位置に敵を押し込んでしまえばそれで終わるのだ。

「大隊長殿?」

「追い払えばよい。そのまま敵を押し戻し次第降伏勧告だ。」

「・・・よろしいのですか?」

その意味を理解しているからこそ、幾人かの中隊長は躊躇いがちの言葉を返す。
無論、誰だって掃討戦に移行後攻撃を躊躇するような連中ではない。
しかし、これから惹き起こされる事態を全く予期できない程度ではないのだ。

「我々の仕事ではなかろう。少なくとも、私の仕事は対魔導師だ。市街戦は含まんよ。」

しかし、ターニャとてそんなことはすでに割り切っている。
むしろいかにして手を汚さないかに重点を割いている以上、降伏勧告後速やかに離脱するという事は何物にも代えがたい優先度を持つ。
簡単な仕事だ。
それで間接的に誰かが死ぬにせよ、すくなくとも自分が手を降すわけではない。

だとすればだ。

「・・・わかりました。」

躊躇しつつも、結局誰も踏みとどまって反論する者はいなかった。
良しにせよ、悪しにせよだ。
つまるところ、誰もが言いたいことはあるにせよ其れを飲み干す程度には大人なのだ。

企業とは、要するに我慢だ。
接待やリストラ、或いはいかようにもならない上司。
何れも我慢せざるを得ないところがあまりにも多い。
だからこそ、それを回避できるのであれば躊躇う理由も乏しいもの。

まして軍人にしてみれば命令というのは絶好の口実だ。

「砲兵隊と爆撃機部隊につなげ。降伏勧告を行うと伝えろ。」

後は、引き継ぎだ。
降伏勧告を受け入れればそれでよし。
駄目なら、砲爆撃で決着を付ける。
其れだけだ。

まあ、降伏勧告を素直に受け入れるような相手で無いと知っているので既定事実に近いが。

「援護は?」

「第二中隊、直掩に回れ。」

しかし、降伏勧告をしておくに越したことはない。
相手が合理的であれば、降伏を選択するという可能性も皆無ではないのだ。
それに、降伏勧告をしておけば心情的にも随分と楽になる。
そしてそれは仮に裁判になったとしても弁護側資料として活用できるのだ。

「さて、呼びかけるとしよう。」

やって損がない。
ならば、やらないのは資本主義への造反に等しい。
ほぼ拒否されるとわかっている以上、せいぜいアピールのために真摯さを装うべきだろうが。
だが、コストをかける価値は間違いなくある。
それにこれで降伏してくれれば実にありがたい。

まあ、現実には大量に投降される方が兵站線や部隊への負荷が大きいのだけれども。
それに投降などありえないという前提で上はすでに殲滅戦をやらかす気まんまんである。
リスクヘッジをするべきだとは思うのだけれども、コストカットも重要な要素である以上この決断は決して責められる物でもない。

やれやれ。
まあ、現場としてはそこまで考慮するいわれもないだろう。
さて、始めるか。

『直ちに、無関係の一般市民を解放せよ。諸君の虐殺行為は許容できない。戦時陸戦規定第26条3項に基づき、帝国市民の解放を要求する。』

名目こそ一般市民の解放要求。
とはいえ、元々共和国都市のアレーヌに在住している帝国国籍の人間は軍人か軍属程度。
蜂起が起きた時に、殺されるかリンチされているかだろう。
よしんば、生き残りがいたところで大人しく解放されるとも思えん。

むしろ、生き残った帝国市民を連中が腹いせにぶち殺す確率の方が高い。
よくもまあ、こんなシナリオを実践する気になったものだと思うくらいだ。
SFや小説で核戦争後の世界を語るのと、実際に核戦争を行うには信じられないくらいの違いがあるのだが。

「観測しているな?発見できたか。」

「・・・ああ、撃たれました。ええ、こちらが映像です。」

そして予想通りに、捕虜を民兵が撃ち殺して何か罵っている。
いつの時代も統制のとれていない民兵のやることなんぞ決まっているのだろうが。
だからこそ、まともな軍隊と民兵は別物なのだ。

『くたばれ帝国野郎』?

そんなところか。
まあ、戦闘行為に慣れていない人間というのは得てしてああいう行為に走りがちだ。
まして、組織的に訓練されていない民間人が銃を持った程度ではあんなものだろう。
社会人と同じで軍人というのも訓練されていなければ制服を着ていても使い物にならないのだ。
まさに人的資本とは言い得たものである。

「HQへ。映像送信。即時救出許可を求む。」

そして、同時にこれは大きなチャンスでもある。
名目上の降伏勧告という義務は果たした。
後はこの殲滅戦に加わるだけだが、それは避けたい。

・・・大義名分はすぐ目の前に転がっている。

いったい、どこの軍隊が自国市民を救出に行きたいという軍人を咎めるだろうか。
少なくとも、捕えられている帝国臣民を救うというのは政治的にクリーンな行為。
軍事的にはあまり意味のある行為とは見なされないだろうが、ここに至っては殲滅戦という段階が控えているに過ぎない。

で、あるならば後は政治的に如何に振舞うかが問われる段階だ。

「HQ了解。直ちに実行せよ。」

「ピクシー01了解。即時実行す。」

さあ、人助けだ。
良いことを為そう。
自分のために。


====
あとがき
へびさんマン様と十里菅利様が信仰について言及されていたので
つ 『コピペ 悪魔「お前ホントに人望あんのかよ」』で検索してみてください。

※注意
 本作は神学的に正しいことを保証しません。

あと、戦闘妖精ということは対空対地なんでもやります。
ジャムだとかいって友軍基地を撃ったりするかもしれません。
いえ、もちろん誤射ですが。

それと初めて読んでいただいた方に感謝を。
ええと、タイトルがあれというご指摘ですが、読んで字の如しのタイトルを心がけたつもりです。

さあ、更新だ!・・・・・・・・・・・・と言えるように頑張ります。

誤字修正+再修正+ZAP
ZAP



[24734] 第三十五話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 02:20


『HQより作戦参加部隊へ。掃討戦へ移行する。“共和国軍”を掃討せよ』

黒と灰色の世界を彩る紅い炎。
そして、仄かにちりちりと光る閃光が視界に入る全てだった。
散漫な意識が何処となく捕えた音は、戦域全体へHQよりの命令。
そう命令だ。
命令によってグランツという一個の人間は、ここに来ている。
ここに来て、引き金を引いて敵を殺す。
いや、殺したのは人だ。

そして、つい先ほどまで気になっていた疑問も解消した。
戦場の匂いなど嗅ぎ慣れているにもかかわらず、鼻に触る臭い。
その正体は人間の焼き爛れる臭いだった。

とっくの昔に嘔吐し尽くしたはずの何かが、口から飛びでそうになるのを懸命にこらえる。
さすがに実戦なれしつつある、というべきだろう。
グランツ少尉は少なくとも状況を理解しようと努めることができる程度には、まだ平静だった。

降伏勧告から始まって、民兵と市民の分離を図ったのがつい先ほど。
厳密には市民を民兵と見なすための手続きだろう。
ともかく、市民を非戦闘員と定義しなくて済むようになった瞬間、帝国は容赦なく都市を攻撃し始めた。

幸運にも、自分は帝国軍属の捕虜救出任務に従事。
デグレチャフ少佐殿が敵ではなく味方を優先する軍人であることに違和感を抱くも、即座に解消。
この方は単純に、優先順位の問題でことを判断されているのだ。
曰く、軍人とは国民の盾であり敵の排除か国民の救助どちらを優先するかと言われれば国民の救助に他ならない、と。

おかげで少なくとも砲撃が始まるまでのわずかな間にせよ、市街地で囚われていた人々を救いだすことができたのは幸いだった。

『すでに敵の組織的抵抗は排除した。以後、各個に撃破せよ。』

闘志に満ちた共和国市民達は概念的な意味では、確かに帝国と戦うつもりだった。
彼らは、意識の上では共和国を守るために立ちあがったのだろう。
そして少なくとも、彼らの悪意は救助された軍属らの体と遺体が物語る。
だが、だからといって眼前で繰り広げられた光景を楽しむことはグランツ少尉には不可能だった。

石造りの建築物に対して榴弾が使用されて屋根を粉砕。
可能な限り室内の可燃物が露わになったところへ、焼夷弾を撃ち込む。
火の鎮火を防止するためと、風を送り込んで延焼を促すためにまた榴弾で建物を破砕。
そして、また焼夷弾。
この繰り返しは、アレーヌ市をわずか数時間でおそるべき業火に叩きこんでいた。

市民が築いたバリケードなど意味を為さない。
それどころか、合流した共和国軍の魔導師ですら火に炙られる始末だろう。
市街地はすでに地獄絵図よりも地獄そのものに違いない。

自分がした事と言えば、純粋に捕虜となっている帝国の軍属救助。
手は汚れていない。
少なくとも、市民という非戦闘要員を撃ち殺す真似はせずに済んでいる。

だが、大隊長殿の降伏勧告とそれを拒絶した民兵。
これが切っ掛けだったのだ。
自分達の大隊は、そのための尖兵であり帝国臣民救助という名分がなければあの中で殺し合いに参加することになっていた。

「ピクシー01了解。目標を願う。」

そして、帝国の捕虜を奪還した203大隊はすでに再編され次の命令を待っていた。
信じられないことに大隊長はあのアレーヌで行われているおぞましい何かに参加するつもりらしい。

最早戦う術どころか生き残ることすらおぼつかないアレーヌの人々。
しかし、帝国軍司令部も大隊司令部も各中隊指揮官もまだ満足していないのだ。
目前に存在する以上、これを喰らいつくす以外に選択肢を認めない。
いや、それどころか信じがたいことだがそれ以外に知らないのだ。

大隊長はすでに再編が完了した部隊で追撃命令を受諾していた。

「HQよりピクシー大隊。後退中の敵残存魔導師が殿軍を務めている。排除可能か?」

「目視した。・・・問題ない、可能だ。」

教育の一環として司令部配属。
安全かと思っていたが、耳にする言葉を考えればあまり歓迎できないものかもしれない。
デグレチャフ少佐殿の視線が捉える先には、ある程度纏まった数の人が確かに見える。
確かに、確かに殿軍は満身創痍とはいえ共和国軍の魔導師と思しき連中だ。

しかし、魔導師ならではの強化された観測術式はその背後にいる人々がタダのヒトに過ぎないことも教えてくれる。
そう、到底戦えるとは思えないような人々。その顔に怒りと恐怖、そして絶望と脱出へのわずかな希望が浮かんでいた。

「殿軍を排除後、砲兵隊が残敵を掃射する予定だ。10:00以内に排除を願う。」

・・・そして、司令部は纏まった数の“敵”に離脱を許すつもりはないらしい。

デグレチャフ少佐に対して、砲兵隊の砲撃から防護術式を展開する残敵掃討が命じられる。
そう、辛うじて人々を逃がそうと試みる魔導師らの掃討命令だ。
彼らがいなくなれば、展開されている防護術式は一瞬で消失するだろう。
そうなれば、砲兵隊がその背後にいる人々を粉砕するのはその直後に違いない。

砲兵隊は“敵”の実態を知ることなく、見事に粉砕するのだろう。
我々は、少なくとも“魔導師”と戦うだけで直接その背後にいる人々を撃つわけではない。
しかしその直後になにが起こるかは十分以上に察する事ができる。

いや、何が起こるかをよく理解してしまう。
我々が行うのは、最後の盾を粉砕する事なのだ。

「了解。最善を尽くす。」

あの魔導師らが排除された瞬間に残された人々の命も吹き飛ばされる。
砲兵隊の集中射撃。
それも、塹壕どころか壊れ果てた瓦礫すら存在するか乏しい平地でだ。
生き残れると考える方がおかしい。

「・・・大隊長殿、御考え直しください。もし、もし我々が彼らを排除したら。」

気がつけば。
思わず我ながら信じがたいことではあるが、上官にモノを申していた。
顔面が蒼白になるのは自覚している。

抗命罪に近い暴挙だ。
司令部から下された命令への反論。
一介の少尉が大隊長という職責にある人間に行ってよいことではない。

「帝国の敵が吹き飛ぶのだろうな。結構なことである。」

「しかし、それは!」

だからだろう。
少なくとも、躊躇したとはいえ反論してしまったのだ。
自分でもわからないくらいに混乱したグランツ少尉は何とかデグレチャフ少佐をとどめようと口をはさむ。

だが、デグレチャフ少佐はその言葉を聞いてもなお平然としたままだった。

「グランツ少尉。逃がした敵はまた銃をとれるのだ。我々を撃つためにな。」

ああ、そうだろう。
あの憎悪に染まった人々の表情。
間違いなく、間違いなくあの人々の中から共和国は熱心な新兵を得ることになるだろう。
戦意に関していうならば帝国を憎む以上全く心配いらないに違いない。

だが、だから、殺せと?

その葛藤を悟ったのか、それとも意図せずだろうか。
デグレチャフ少佐はきっちりと最後に大切なことを付けくわえた。

「敵は撃たねば撃たれるのだ。少なくとも、撃つなと言われるまでは撃たねばならん。なにより命令だ。」

そして気がつけば、地面に叩きつけられていた。
土が口の中に入った感覚。いや、土というよりも泥だ。
強かに打ちつけられた顔面が痛みを訴えてくるが、辛うじて意識は明瞭である。

強烈な蹴り上げではなく、足払いで済んだのは温情だろうか。

「聞かなかったことにしてやろう。命令だ。銃を取りたまえ。仕事の時間だ。」

そう、命令だ。
命令である以上、やらねばならないのは分かっているのだ。
命令なのだから。

くそったれめ。




こんにちは。
長距離列車って乗り心地あまり良くありませんよね。
一等車は随分とマシなのですが、やはり戦時中という事もあってマシという程度。
おまけに軍の列車砲やら輸送車両やらが優先して移動するためにダイヤの乱れは深刻極まりません。
こんな状況下において私が行うべきことといえば、せいぜい書類を見るか冷めた珈琲を啜る程度。
機密保持措置とやらのおかげで無線封鎖どころか一等車からでることすら禁じられているとはこれいかに。

ああ、一応食事は鉄道持ちなので比較的まともです。
とはいえ、のんびり食事が楽しめる雰囲気でもないのでしょう。
おまけに気の利かないメニューでメインがビーフシチュー。
ええ、普段なら喜び勇んで食べますが今は少々御免蒙りたいメニュー。
おいしいんですけどね。
おいしいのですけど、つい先ほどまでいた戦場で色々見てしまったのでちょっとばかりヘビーです。
美味しいと素直に認めるに吝かではないのですが。
ええ。

ミートドリアとかなら、さすがに喉を通らなかったことでしょう。

いけないいけない。
申し遅れました。
ターニャ・デグレチャフ魔導少佐です。
楽しい楽しい法律論争と、実際に実践してみるのは全く意味合いが違うと思いませんか?
例えば国民皆兵とか総力戦で国民全員が軍人だと言ったら民間人なんていないと仮定できますか?
普通、そんなことを現実にしないと思います。
というか、合理的に考えてその法律論争を行う事で失う利益があまりにも多いと思いませんか。
まったくとんだ時代です。
人を人とも思わずに、使い捨て。
せめて賢く使い捨てするなら議論もまだできるのでしょうが、ここでは無作為。
許しがたい浪費でしょう。
おまけにリサイクルという資源の効率的な運用についても未発達。
まったく、人的資本投資にいくらかかっていると思いますか?
魔導師の育成費用と期間をおもえばポンポン戦死されるわけにはいかないというのに。

信じられないですよね。
大学を出て、博士課程に進んだ科学者がつい先日まで前線配置だったらしいです。
科学をおろそかにしたら敵の新兵器や新技術に遅れを取るというのに。
いやはや、レーダーやVT信管を相手が持っていてこっちが持っていないとかは御免蒙りたいものです。
相手がマンハッタン計画推進中にこっちの科学者が最前線で戦死とか利敵行為もよいところではありませんか。

アインシュタイン博士は兵士としては全くの無能であっても国家に役立つという点においては一介の兵士以上だというのに!
まったく、アインシュタインやノーベルのような連中には銃を持たせるよりも鉛筆を持たせて計算させるべきだとわからんのか!
それこそ、ノーベルのような人間を前線に立たせる並みに無意味だ!
彼にはニトログリセリンでも研究してもらった方が、世のためである。
ついでに、資源の浪費を防ぐために平和を奨励してくれる素晴らしい人的資源の保護者でもある。

「アルフレド・ノーベル博士: 可能な限りの最短時間でかつてないほど大勢の人間を殺害する方法を発見し、富を築いた人物」
と高く評価される人物だが、同時に彼ほど効率を重んじた人間もいなかった!
私ならば、「人的資源の保護にも努めている」と書きたすところだ。

ああ何たる人的資本の浪費!
ポスドク問題でポストが足りないのではなく人材が足りないというなら前線からひっこ抜けばいいのに。
こんなことをしているから、人材が足りなくなると思いませんか?
最近ようやく修正されているらしいですが。

とまあこんなことを思いながらメモ書きにしたのを正式な上申書に記載する程度しかやることがありません。
鉄道といっても戦時中故に車窓から見えるのはあまり良い光景でもなく暇です。
呼び出された身である以上、耐えねばならないのでしょうが。

アレーヌ市を徹底的に粉砕したおかげで余裕はできたのでしょう。
部隊に休養許可が出て、集結していた各部隊の再配置を上が検討する。
まあ、その程度は予想していました。
でもまさか私だけ帝都の参謀本部へ出頭せよとはこれいかに。

何か呼び出されるようなことをしただろうかと真摯に行動を振り返っても特に瑕疵があったとは思えないです。
ええ、人命救助に徹したとはいえ敵魔導師の排除は完全にやってのけました。
それ以前のライン戦線では野戦の簡易叙勲とはいえ何個か勲功によって叙勲もされているほど。
特に問題行動はないはず。

部下の統制も特に失敗した記憶はありません。
もちろん山下さんのように部下の不始末で軍事裁判など御免蒙るので我が大隊の規律は極めて厳格です。
捕虜虐待は断じて許しておりません。
国際法規に極めて忠実かつ、軍務へ専心する理想的な部下を持てたのはちょっと面倒事が減って楽で良いすね。

本当になんで呼び出しを受けたのでしょうか?

「失礼する。久しぶりだな、デグレチャフ少佐。」

徒然なるままに迷走しかけていた思索を断ち切ったのは聞き覚えのある声だった。
コンパートメントの入口に立っている佐官のコートを羽織った将校。
誰だろうかと考える前に、相手の顔を見てなんとなく事情を理解できた。

「お久しぶりです、ウーガ少佐殿。御壮健でなによりです。」

確か、後方勤務に就いたと耳にした。
陸軍鉄道部か兵站司令部だったはずだが。
陸大同期の中ではおそらく、一番出世するだろう。
自分が大尉に任じられるころには佐官に昇進されていた。
戦地勤務以外ではかなり早いうちに中佐に上がるだろう。
ああ、羨ましい。
なにしろ兵站司令部をでたら参謀本部か陸軍大学の教職のはずだ。
仲良くしておいて損がある相手ではない。

「ああ、貴官も壮健でなによりだ。アレーヌの事は聞いている。ご苦労だったな。」

「すみませんが、軍機に抵触するため詳細は・・・。」

そして、陸大同期故に顔見知り程度よりは親しいため気心も多少はしれている。

「かまわんよ。今日はほとんどゼートゥーア閣下の使い走りだ。同じ用件だろうがな。」

だからか、というべきだろうか。
以外にも、というべきだろうか。
メッセンジャーとして扱き使われているのだろうな、と察する事ができた。
なかなか苦労されているらしい。
其れはともかくとして、同じ用件とはこれいかに?

「何か、御存じなのですか?」

「・・・まあ、貴官なら問題ないだろうな。」

口が軽いのか固いのか。
まあ、ウーガ少佐は割合良識的な人間なので信頼されていると素直に感謝しよう。
何かを為すためにコネと縁故と人脈ほど便利かつ重要なものはないのだから。

「今、陸軍鉄道部に緊急戦域輸送の計画が求められていてな。それの報告だ。」

「・・・失礼ながら、自分との関連性が見えません。せいぜい私は野戦将校として運ばれる側ではないでしょうか?」

陸軍鉄道部は内線戦略を採用する帝国にとっては必要不可欠な部署である。
彼らが円滑に軍隊を動かせないと効率的な戦力移動ができずに戦力が集中できない。
そうなれば、大陸軍なぞ図体がでかくて身動きのできない象のようなものだ。
それだけ重要な部署ともなれば、戦域を動かす緊急輸送計画を求められるのはよくある話だろう。

それは良い。

だが、何故其れが自分の呼び出された用件と被るのだろうか?
こういってはあれだが、自分は魔導師。
それも、大隊指揮官という戦術単位に過ぎない。
せいぜい何処へどれに乗って行けと言われる程度だろう。
或いは、飛べるのだから自力飛行でここまで飛んで行けと言われるかもしれない。
わざわざ帝都に呼び出される必要は皆無のはずだ。

「戦域というのが問題でね。上はライン戦線を引っ込めるつもりらしい。」

「ライン戦線を。・・・まさか、後退すると?」

それだけに、ウーガ少佐の言葉を理解するのに一瞬時間がかかった。
ここまで押し込んでおきながら、戦線を引っ込める?

「その通り。引き込んで出血を強要するつもりらしい。」

「・・・驚きました。大胆ですが、面白い発想です。」

いやはや、自分も錆びついたものだ。
これでは、コンコルドの失敗を笑えない。
不採算事業は投入した資金を惜しむのではなく、これ以上の損失を惜しむべきだろう。
まったく、前線にいると経済的合理性を重んじる感覚が錆びつきそうになるから恐ろしい。
それとも存在Xが私という近代的合理精神の忠実な信徒を滅ぼそうと考えているのだろうか?
確かに、奴が口走っていた戦争ある世界ならば・・・という文脈には注意しておく必要がある。
恐るべきことだが、確かに自分の中にある市場と合理性への感覚がマヒしてしまう寸前だったのだ。

ああ、戦争とはなんと罪深いことか。
一刻も早くこんな人間の狂気と無駄から離脱したいところだ。
経済戦争をするべきであって、字句通りの実弾が飛びかう実戦はやめるべきだろう。

「しかし、引き込めるのですか?」

それにしても、ゼートゥーア准将閣下も驚くべき発想をなさるものである。
確かに戦線を押し上げるのは手間がかかるだろうが、後退するのはそれほど難しくない。
というか、敵の追撃があったとしても重防御の塹壕に突撃を敢行するよりは損害も少ないと予想できる。

悪くない発想だ。
でこぼこの戦線を整理すれば、敵に対して万全の正面戦力で戦う事ができるだろう。
まあ、共和国領に攻め込んでいる以上補給線は敵の方が優勢だろうがこちらも後退する分楽にはなる。

もちろん相手が乗ってくるという前提つきだが。

「そのための情報管制だよ。・・・どうも、我々は一芝居打つことになるのだろうな。」

「芝居、でありますか?」

「いいか少佐。アレーヌは未だ健在だ。である以上我々はこれに対する包囲陣を引くが、兵站線が維持できない。前線は下げるしかなくなるのだ。」

・・・ちょっと待ってほしいのだが。

さすがに、さすがにその設定で前線を後退させられるのか?
いくら共和国が無能と仮定したところでその欺瞞程度見抜けると思う。
というか、連中だって派遣した部隊から応答が無くなればその程度欺瞞とすぐに察するに決まっている。

「いや、さすがに無理がありませんか。第三国経由にせよ、参加部隊からの報告にせよすぐに真相が漏れるかと思いますが。」

「逆だ。第三国経由でプロパガンダを流す。曰く、英雄的にアレーヌ市民が抵抗中、とな。」

なんともはや。
素直に感心してしまう。
プロパガンダを専門にかじったわけではないが、これが如何に効果的かはすぐに想像できる。
まさか、この時代の人間がその類の情報戦を思いつくとは正直予想していなかった。
総力戦といった概念が乏しいこの世界でだ。

人間というのは、実に適応力と柔軟性に富む素晴らしいものだと改めて実感する。
これほど賢明でありながら、戦争をするとは実に不合理なのだが。
まあ、行動経済学は其れを言えば矛盾の塊である人間を感情面から説明しようとする経済学だ。
面白い点も多々あるのだろう。

「まさか、選択肢を奪うおつもりですか。」

ブラボー。
まさか、ビスマルクに踊らされるナポレオン三世の再現ではないか。
エムス電報事件は本当に古典的外交の歴史的偉業だ。
一介の常識人に過ぎない私ですら、そんな手があったとはと驚くべきもの。
ある意味で挑発に等しい。
いや、ビスマルクが挑発だとすればこっちは誘い水か?
まあ、細かい分類は学会に任せるとしても実にブラボーと心からの賛辞を送りたい。

「そういうことだよ。よしんば救援に来なければ“見捨てた”と。プロパガンダを流せば損はしない。」

「素晴らしい発想です。考えたものですね。」

いやはや。
国民の団結が重要な総力戦で抵抗する市民を見殺しにした共和国政府というレッテルは実にいやなものだろう。
国家が理性的に考えれば、大多数の利益のために少数を犠牲にしていることなぞ国民感情に納得を求められる類のものではない。
というか、そんなことをあからさまに主張できる国家はソビエトとかそういう連中ぐらいだ。
ポルポトにいたっては、犠牲にする少数が国民の三分の一くらいだった。

まあ、国民の保護という名目で開戦する国家もあることだからどっこいどっこいかもしれない。
宣教師が殺害されたという名目で出兵するのは最早常套句に近いと思うのだがどうだろう。
帝国も同じようなことを過去何度かの紛争でやっているし。

もちろん、純粋に外交上の争点として自国国民の保護は怠られるべきではないのだが。
というか、そのために税金を払っているのだ。
夜警国家だろうと国民の安全を守るという一点においては機能する事が欲せられる以上、やるべきことだろう。
そういう意味では、安保は国家の義務だ。
まあ、限度があるのだろうが。

っと、だいぶ脱線してしまった。
思索にふける場合ではない。

「しかし、それと自分とはどういう関係でしょうか。」

そんな大げさな戦略になんで自分の様な一介の野戦将校が関わってくるのだか。
本格的に想像がつかない。
いったい何故だろう?

「単純だ。後退の殿軍は203大隊らしいぞ。」

「・・・随分と過分な評価を頂いているようで。」

そういえば、都合の悪いことを知ってしまった人間をどうするのか考えてみれば・・・。
口が封じれらるように多額の退職金とか年金で黙らせるのが民間流。
まあ、コストがかさむことは事実だ。
そのコストを惜しみつつ合理的に解決できるのは、やっぱりしゃべれなくなってもらう事。

そして、それは合法的に戦場で達成されるとしたら考えるまでもない。

・・・アレーヌ市の口封じだろうか?

考えすぎかもしれないが、どうも自分は忠誠心でも疑われているのだろうか?
確かに、追い詰められれば自己保身最優先だが。
そのためにも組織には割合忠誠をアピールしてきたつもりだというのに。
いや、アレーヌ市で躊躇していたのを悟られたのだろうか?

しかし、そこまで下手な名分で失敗したという記憶はないのだが。
自国軍属の保護は立派な口実。
うん、問題はないと思いたい。

だが、なら何故殿軍という任務になるのだろうか?

「遅延防御程度だが、厳しいものになるだろう。おそらく、そのための協議ではないのか。」

「半包囲下での遅滞防御?私の部下を半数は失わなくては時間が稼げませんね。」

士官学校でよくよく聞かれた質問だが、まさか本当にそんな羽目になるとは。
やれるけどやらないのと、実践してみるのとでは全く意味合いが異なる。
口で部下を盾にしますと美辞麗句でいうのは、まあ簡単だ。
実際に行うのは凄まじい統制が必要になるのだろう。
少なくとも、私の様な若手の将校に求められる限度を超えている。

「半数もかね?・・・それでは、全滅に近いではないか。」

「ええ、そうなるでしょう。士官学校の口頭試験をまさか実践する羽目になるとは。」

御冗談でしょうと叫びたいが、碌でもないことこの上ない。
ウーガ少佐の人柄は多少だが理解しているつもりだ。
要するに、冗談を口にするような人間ではない。
それに彼がここで私を偽る理由も特に見当たらない以上、事実と想定したほうが無難。

つまり、軍の最後尾で遅滞戦闘をやりながら後退しろと?

シマーヅさん家みたいな戦闘民族にでもやらせるべきであって、一介の魔導師にやらせるべきことじゃないだろうと言っていいですか?
思わず列車の窓から逃げ出したい衝動に駆られるも辛うじて自制。
ここで逃げたところで、事態は一向に改善しない。
後は、いかにして解決するか。
いや、生き残るかだ。活路を探すことを考えねば。
幸い部下は皆有能な盾である。
最悪、シマーヅさん家御自慢の捨て奸を活用する必要がありかねん。
ライセンス申請はしておくべきだろう。

「考え過ぎだ。そこまで時間をかけたりはせん。警戒程度ではないのか?」

「常在戦場であれば、最悪を予期して備えねばなりませんからね。嫌な性分だとは思いますが。」

さっさと戦線を後退させられれば苦労はしなくて済むだろう。
だろう?つまり、願望に過ぎない。
こんな願望に命を賭けるわけにはいかないのだ。
万全を期して殿軍を行う必要がある。
なんということだ。

こんなに気分が悪くなるなら、ビーフシチューを食べるべきではなかった。
吐きたくなる。
ルーデルという人が牛乳を飲んでいたのは、他に消化によいものがなかったからではないだろうか?
いや、どちらかと言えばあれは本気で戦場中毒の気がするが。
自分も牛乳を飲むという習慣は真似するべきかもしれない。
後ほど考えよう。

「・・・こちらも万全は尽くす。あまり時間をかけないように努力しよう。」

「お願いします。ウーガ少佐。」

とにかく、何たることだ。
後でゼートゥーア准将に直談判してでも撤回してもらえればよいのだが。
口封じ目的ならば絶対に拒絶されるだろう。
いや、拒絶されずとも後々にやはり始末される危険性は付きまとう。
そうなれば、生き残るために最悪共和国に投降する事も検討せねばなるまい。

いや、共和国に投降するのは危険か。

・・・連合王国艦艇を沈めた事故は実についていなかった。
最悪、共和国と連合王国の長期的な友好関係とやらのために生贄に捧げられかねない。
というか、確実にそうなる。

そうなれば、やはりここはまず窮地を脱することを考えなくては。

「いずれにせよ、軍人である以上やるべきことを尽くす。そういう事ですね。」

畜生、何も知らないふりをして生き残らなくては。
もちろんこれが誤解であればそれに越したことはないのだが。
楽観的観測で行動して失敗するよりは悲観的に備えておく方がまだましだ。

コスト計算をする時に大丈夫、大丈夫と仮定し、5.7メートルという基準を過信した結果はどうだね。
もちろん企業である以上コストを意識するのは当然だろう。
むしろ、コスト感覚のない戦争をやらかす国家の方がどうかしているのだ。
私は断固として平和を支持しよう。限定的な利権獲得のための地域介入は大賛成だが。
合理的な経済主体による戦争はまあ、許容範囲のコストに留まるはずなのだ。

その点、エスカルゴの基準ときたらどうだね。
発電所というか、もはや要塞だ。
まあ、彼らの造る要塞にはいろいろな意味で定評があるのだけれども。
マジノ線とか。

ああ、いけない。
どうも知的好奇心と純粋さから思考があちこちに飛んでしまう。

「どちらにせよ、だ。デグレチャフ少佐。今ばかりは再会を祝って乾杯といこう。」

「代用珈琲しかありませんが、それでよければ。」

とりあえず、次から牛乳は用意しておこうと思う。
ちなみに、帝国は何故か牛乳の産地として有名だ。



====
あとがき
御免よノーベルさん。
あと、アインシュタイン。

取りあえず、更新速度はまずまず。
誤字頻度はたくさん。
でも、一応注意はしているという不思議。

ヒューマンだからね。エラーがつきものです(-_-;)

取りあえず、戦闘妖精という事で何処からでも生還できるようにしなくては。シマーズさん家の真似は状況次第。
またの名を行き当たりばったりで行こうと思います。

あと、アレーヌは番外編を書くかどうか。
正直グロもアレなので。
まあ、そんなところで失礼します。

誤字修正
溜弾⇒榴弾
ご指摘ありがとうございます。
再開⇒再会
ZAPしました。
ZAP



[24734] 第三十六話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 02:12
我はターニャ。ターニャ・デグレチャフ。

主よ、敬虔なる貴方の僕として、御前にて願い奉らん。

主よ、我御前にて、神聖なる御誓いをたてん。

主よ、世の乱れを正したまえ。

主よ、我を平和のための道具といたしませ。

帝国の清浄な門を犯せし、罪人を

帝国の善き人々にあだなす、敵を

帝国の誇りを汚せし、汚物を

帝国と主の王国の名において、我は滅すことを御誓いいたす。

咎人地より消え、悪しき者絶滅されるよう、我が魂よ、主を頌えよ──ハレルヤ

主よ、不義なる者を打ちのめしたまえ。

主よ、この心の虚しさを正義の憤怒で満たしたまえ。 

主よ、我に力を与えたまえ。

おお、主よ、主よ、主は偉大なり。

我は、ターニャ。ターニャ・デグレチャフ。

主よ、我と我が朋友を御照覧くださりませ。

我が付き従えるは、帝国の防人。

我らは信仰の守護者にして、帝国の処刑人。

すなわち、我らは神の代理人。

神罰の地上代行者。

主は我を導き、剣は我に付き従う。

かくて主の助けによりて、我らは勝利せん──

我らが使命は

我が神に逆らう愚者を

その肉の最後の一片までも絶滅すること―――

主よ、あなたのまします天が下より彼を逐い、御怒りによって滅ぼしたまわんことを。

Amenエイメン




・・・出典不明 ライン戦線資料収集館収蔵物 『ラインの戦唄より』



ターニャ・デグレチャフ魔導少佐であります。
みなさまにご挨拶申し上げること、帝国軍人として万感の思いであります。
いささか、諸事により御挨拶を長々と行えないことを御海容ください。
一介の野戦将校とはいえ、戦地においては煩雑を極めるものであります。
『ブレイク!ブレイク!』『04、Fox3!Fox3!』『糞ったれ!13がやられた!』
『01より10、11、カバーしろ!さっさと引き摺って下がれ!』

ああ、まことに失礼いたしました。

現在、作戦行動中につき音声が乱れることがあるやもしれません。
この埋め合わせと謝罪は、後ほど行いたいと思う次第です。
では、現在のライン戦線の気象観測をお楽しみください。


空一面の砲弾。
雨霰と地面から空へ逆に打ち上げられるのは、鉄だ。
ただ、暴虐なまでの鉄量がひたすらに単一の目標に向かって飛び去っていく。
暗闇の中でも絶えることのない発砲炎が、人の営みを意味していた。

ライン戦線。
そこでは、人間の命が最も安い。
地獄への最寄り駅。死神と悪魔の稼ぎ場。
この世で最も死の境界線が曖昧な煉獄である。
名だたる魔導師ですら、例外ではない。
ラインは魔導師の墓場ですらある。

『フェアリー01よりCP,完全に包囲された。長くは持たない。状況は?』

高度8000への打撃力不足は魔導師に限った話だ。
戦闘機にとってみれば、まだ許容高度。
まして、対空射撃を想定した高射砲の榴弾や対空散弾の濃密な弾幕は魔導師とて容易に屠る。

防御膜として魔導師の体より1メートルほどの間隔で展開している魔道障壁。
ここで防御できれば、魔導師にとっては損害皆無に等しい。
だが、魔導障壁といえどもそうそう強度は強くない。
直撃を受けて防御膜で防げるのは一般に単発ならば12.7㎜。
もちろん、個人差はあるものの飽和攻撃を受ければ歩兵の小銃相手でも魔導障壁が減衰し貫通しかねない。
防御を意識し、リソースをこちらに回せば40㎜程度までは持ちこたえられる。
だが、仮にそうだとしてもそうそう大口径砲の直撃に耐えうるものではない。

最後に頼ることになる防殻は肉体に直接自らの力で防御装甲を魔導師が纏うだけあって頑強ではある。
だが、物理法則までは捻じ曲げられない以上着弾の衝撃は覚悟せねばならない。
分散させるとしても、120㎜の直撃を受ければ内臓の受ける衝撃でひとたまりもないだろう。
運が良くてもブラックアウトし、墜落することになる。
大半は、そのままミンチになるほうが多いのだろうが。

幸か不幸か、私の保有するエレニウム95式は88㎜程度まで防御膜で弾ける。

その上に120㎜の直撃を耐えられる程度に抑えられる防殻を生成可能だ。
加えて、その時まき散らす高濃度の干渉係数によって広域に魔導障害を惹き起こす。
このことで、視認率を極端に低下させることすら可能。
わかりやすく言えば、ECMを全力で稼働させているような状態になる。
夜間の場合、光学機器で飛翔物体を捕捉するのは困難を極めるだろう。

もちろん、ECMに類似する以上あからさま過ぎる反応なのは間違いない。
レーダーがホワイトアウトすれば、何かがいるのは明白なのだ。
そのため、隠密裏に行動するには不適格。
だが、存在は感知されようとも捕捉されねば誘導弾や統制射撃の類は脅威たりえない。
そのため高速で突破し撹乱する程度の隠れ蓑としてはなかなかに優秀だ。

重大かつ致命的な副作用として、精神が病むが。

『フェーズ2は間もなく完了。現在フェーズ3発令まで所定の防衛行動を継続せよ。』

ノイズ交じりの無線。
暗号化された上に、指向性の特殊な形式を使用しての魔導師間の通信だ。
辛うじて会話の用には足るものの、高濃度残留魔力によるノイズが酷い。
共和国軍の観測を掻き乱せる以上、戦術的には正しくとも友軍の動向が明瞭でないというのは嫌なものだ。
なにしろ、殿軍である。

戦域全体を巻き込んだ、大規模機動となれば隠匿は極めて重要な課題になる。
暗闇にまぎれての撤収といえども師団規模ならばともかく方面軍規模ともなれば話が違う。
そして、いくら機動性・即応性に卓越した魔導師といえどもライン戦線全域をカバーできるほどの戦力はない。
まして、これをやや定数割れ気味の増強魔導師大隊一個で行えというのは尋常な手段では不可能だ。

そのために考案されたのが、攻勢計画を偽装した強行偵察。
参謀本部は大規模戦域機動に伴う、鉄道網の活性化を誤魔化すことは不可能と判断。
逆に、活発な活動を見せ始めた鉄道網の情報を意図的に流出させている。
曰く、『大規模な攻勢計画のために集積された物資・兵員の増強あり。』、と。
事実、帝都でゼートゥーア准将にお会いした時に耳打ちされていなければ私ですら攻勢計画だと信じるほど手が込んでいた。
帝都では、参謀本部の広報官が非公式の場とはいえ『大規模作戦』について言及していた。
『ライン戦線における大規模作戦』の風聞。
そして、活発に動き始めた鉄道網と物資。敵を引きこみ殲滅するための大規模欺瞞後退計画だ。
物資はいくらでも必要になる。
そして、アレーヌ市については徹底的な報道管制が引かれていた。
おかげで、大抵の事情通たちですら大規模作戦とはせいぜいアレーヌ市の蜂起を鎮圧するための増援としか認識していないようだ。

共和国側の判断は情報が少ないが、大凡アレーヌ市で苦戦している以上帝国が全面攻勢に出てくるかには半信半疑という。
よくもまあ、誤魔化したものだ。
だが、おかげで強行偵察の可能性というものには思いいたっていたらしい。

一応、という程度で備えてあったらしい。
私の大隊が強行偵察を敢行するために出撃した際、予想以上に混乱は乏しかった。
欺瞞行動を感づかれないために、私の大隊は文字通り本当に所定のコースをたどって強行偵察を行う。
第203大隊は散開し、ライン全域で強行偵察を実行中である。

後ろでは、鈍重な野戦砲を無理やり後送しているところだろう。
そのフェーズが完了すれば、あとは歩兵の撤収だ。
すでに工兵隊によるトラップの設置は完了済み。
撤収はあと数時間もかからないと見込まれる。

そして、その数時間を稼ぐことはそれほど難しくなさそうだ。
この戦線では頻繁に行われる強行偵察の目的とは防衛体制と戦力配置を確認するための釣りだし。
大規模攻勢の前触れとして双方に認識されているために、受けた側は戦力の隠匿が優先される。
数時間程度は、こちらの前線に対して監視の目も緩まざるを得ない。
当然、情報収集を阻止するために濃密な対空砲火が熱烈な歓迎を行ってくれるが。
おまけにやや後方の拠点からは迎撃用の部隊が出張ってくる以上、生還率はけして高くない。
最も、強行偵察とはその損耗率すら目安になるのだが。

『フェアリー08より01。我、被弾。離脱します。』

実際、隣を飛んでいる部下が戦闘継続に差しさわりのある状況になるのも珍しくない。
迎撃効率だけ言えば、レーダーがホワイトアウトしている以上統制射撃は夢のまた夢。
(バトルオブブリテン時、光学機器に依存した英軍が夜間に敵機一機を撃墜するために必要とした砲弾:30000発)
逆に熟練したレーダー観測射撃ならば効率的な迎撃も可能だろう。(一機当たり:4087発まで低下)
だが、レーダー観測射撃や魔導師による統制射撃に依存しがちな共和国軍は夜間の有視界戦闘はドへたくそ。
にもかかわらず、損害が続出するのは敵の投入してくる鉄量によるところが大きい。

下手な鉄砲も数撃てば当たるのだ。
恐ろしい。

・・・よっぽど砲弾メーカーの株を買っておくべきだった。

単価が安く利益率が低い消耗品とはいえ、これほど浪費されるとあれば利益も相当だろう。
軍需物資の利益は低く抑えられがちだからと資源系に給与を投じていたのは誤りだったかもしれん。

『01了解。06、09、援護だ。私が二連射する間に後退させろ。』

後悔後先に立たず。
当時、何故そのような判断に至ったのかを再検討しつつ未来に活用せねば。
これぞ未来志向。

ともかく、今は被弾した部下の穴埋めが必要。
当然ながら、私が危険を冒すのは避けねばならない。
では、援護しないのが正解だと思うだろうか?

答えは、違う。

素人は、自分が発砲する事で位置を露呈するかもしれないと心配する事だろう。
確かに、その危険性自体は正しい認識だ。
だが、それは所詮素人考え。

後退する一人の部下を援護するために二人の部下がカバーに入る。
そうなれば、3人の塊が出来上がり。
私が支援射撃を二回行ったところで空は砲弾の炸裂する煙やらサーチライトやらで一杯である。
いまさら、二度の攻撃程度碌に気がつかれもしないだろう。

むしろ、撤退支援を行う部下が盛大に反応を出すデコイになることも期待できる。
いいかえれば、彼らが撤退している間は敵の視線を彼らが独占してくれるということだ。
わずかなリスクで危険を大幅に避けられるとあれば、当然こちらの方が合理的というもの。

『大隊長殿、危険すぎます。』

当然、危険だということをプロである部下達は認識できる。
危険な囮にされたくはないということで、抗弁したくなる気持ちはよくわかるものだ。
自分だって会社のために切り捨てられそうになれば、ちょっと待ってくれと叫びたくはなる。
契約の末に納得できるものならばともかく、契約外の理由で犠牲になるのは理不尽というもの。

『やむを得ん。時間が惜しい。行動せよ。』

だが、悲しいかな。
ここは軍隊で、私は上官だ。
私の上官に当たるゼートゥーア准将閣下から帝都で直々に殿軍命令を受けている以上、皆でやるしかない。
“厳しい任務になるだろうが、貴官ならばやり遂げると信じる”?
“上は、貴官に極めて大きく期待する”?
きっと、口封じということをあれほど見事に婉曲表現できる人は他にいないだろう。
抗議も聞き入れられなかった以上、間違ない。

どちらかと言えば、あの人とはウィンウィン関係が構築できていたのだが。
やはり、その上の意向だろう。
状況次第では、准将閣下と再度協力関係を構築したい。

ともかく、生き残れればだが。

手早く演算宝珠から干渉式をライフルの銃弾に封入。
やたらめったら打ち上げられてくる銃弾を防ぐために防殻を盾のように部下らの前に展開。
射線を遮ることで、一時的に安全な状況におく。
逆に言えば、何か射線を遮る壁が干渉式によって発現していることを共和国軍の間抜けですら理解できるという状況。
当然、その先に囮がいることぐらいは気がつくだろう。
そうなれば、弾幕の大半はそちらにそれるに違いない。

『01より06及び09。援護急げ。長くは持たない。』

とにかく、ゆっくりされては囮も長く持たない。
できるだけ私以外に眼を集中させねばならないというのに。
ハリー・ハリー・ハリー!

『了解。御武運を。』

『ああ、貴様らにも・・・主の御加護を。』

忌々しいことに、武運長久をとかよりも“主の御加護を”という意味不明な言葉が口から出てしまう。
泣いてしまいたいが、如何せんエレニウム95式抜きでは防御膜を即座に吹き飛ばされて防殻ごと粉砕されかねない状況。
高度8000フィートに対して有効な迎撃兵器なぞ高射砲程度だが、逆に言えばそれに当たった時点でタダでは済まないものでもある。

『CPよりフェアリー。損耗率・状況を報告せよ。』

『フェアリー01よりCP。すでに半数が脱落。現在スケジュールの半数を達成中。捜索中の共和国軍弾薬庫は発見できず。』

おかげで、頑丈な我が隊の魔導師ですら脱落者を多数出している。
死者こそ今だ皆無だが、戦線復帰が絶望的な面々も少なくないだろう。
やはり、募集時に絶えざる危険と正直に書いておいて良かった。
虚偽宣伝とか言われたら、正直という近代の生み出した商取引の原則を裏切るところだった。
信用経済において信用されないことの恐ろしいこと恐ろしいこと。

やれやれ、安堵のため息をつくべきだろうか。

『CP了解。01、そちらには悪い知らせだ。』

運を信じるわけではないが、先達が運という要素を重視していたことを思い出す。
偉大なるまつしーたさんは採用する時、そいつの運が良いかどうかを訊ねたらしい。
この狂った世界に飛ばされるという非人道的な扱いをされる前には、理解できなかった。
しかし、今なら分かる。
確率論の問題に過ぎないのかもしれないが、運という要素を研究する価値はあるのだと。

『何か?』

『レーダーのホワイトアウト圏外から大隊規模の魔導師がライン戦線に急速接近中。フェーズ3完了までこれを阻止せよ。』

『・・・フェアリー01了解。阻止戦闘に移る。他には?』

簡単に言ってくれる。
阻止戦闘と言っても、こちらは実質二個中隊規模で強行偵察中。
散開しているために、密集隊形にはない。
加えて、防御陣地を通過するだけで相当消耗している。
対する迎撃側は余力が豊富。誤射を受けない限り、敵陣地上空は相手のホームグラウンドだ。
緊張感やメンタル面でも随分と気が楽にちがいない。

こちらが精鋭ぞろいとはいえ、迎撃しろと言われてはいわかりましたと安請負したい相手ではないだろう。
なにより、強行偵察を阻止するべく上げられる大隊だ。
言わずもがな、選抜された部隊に違いない。

『即時強行偵察中止許可が出ている。』

そして、うん、面白い許可がでている。
強行偵察を中止してよいという許可。
確かに、阻止戦闘を命じられている以上中止するのは一つの可能性としてはありえる。

だから、上が中止を許可するのは合理的に見えるだろう。
だが、考えてほしい。口封じを考えるような上が、こんな好機に思いやりのある許可を出すものかと。
私ならば、絶対に出さない。
というか、少し考えれば軍事的合理性が罠だと教えてくれる。

『・・・無用に願おう。』

素人ではない。
合理的な思考を重視する経済人として、訓練されているのは伊達ではないのだ。

『なに?何を言っている?』

『強行偵察の本義は、敵のインターセプト調査。ここで強行偵察を中止しては欺瞞行動の意図が露呈しかねない。』

強行偵察による撤退の欺瞞に失敗すれば、殿軍は最後まで踏みとどまって時間を稼がねばならない。
そうなれば、そうなればおしまいだ。
ここで、少しばかり無理をして友軍に後退してもらう方が安全に違いない。
少しだけ時間を稼ぎ、その後即座に離脱する方が安全なのだ。
大隊相手を忌避して、共和国ライン方面の全部隊から追撃戦を受ける方がよっぽど馬鹿馬鹿しい。

つまり、リスクを勘案すればここで踏みとどまるより方法は無いのだ。
わずかな損を惜しんで、投資を怠ることの愚を知らない人間ではない。
それこそ、最終的なリターンこそ大切なのだ。

『フェーズ3の完了までに気付かれるわけにはいかない以上、選びうる選択肢は迎撃部隊を叩き落としての任務続行のみ。』

『・・・了解した。できる限り急がせる。』

『よろしく願う。』

結局、相手が協力してくれることになって一息。
まったく厳しいものだ。
さて、生き残るためにも狂気の世界に負けずに健気に頑張るとしよう。

『さて、大隊各位へ通達。対魔導師戦だ。我らに挑む愚を教育してやろう。』

まったく。
我々に挑むくらいならば、のんびり後方で休暇を満喫していればよいものを。
どうしてこんなに面倒な戦争に積極的にでてくるのやら。
平和を愛する私としては、本当に心苦しい。

私ほど、人間を愛している者はいまい。
にも関わらずだ。
私ほど、人間を殺すことを命じられる人間もすくない。

実に人生とはままならないものである。
全く、平穏無事な人生を送りたいものだ。




その日、何か特に変わった前触れはなにもなかった。
誰もが口をそろえて言う。
『普通の日だった』と。

強いて言えば、連合王国派遣観戦武官が数人親善のために来訪した程度か。
少しばかり夕食後に歓談した後、彼らはこちら側の担当官に案内される形で視察を始めた。

最もその時には、すでに共和国軍第22師団所属第3魔導大隊は空だ。
通常の待機任務に従事する部隊。
当然、スクランブル命令を受領次第空に上がって迎撃任務に就く。
彼らに与えられた任務。
それは強行偵察を敢行してくる敵魔導大隊の排除であり、友軍地上部隊の援護が想定されている。

「管制より、各員。今日のお客さんは、かなり本気だ。手を焼くぞ。」

その日、戦域管制官から告げられた言葉は深刻さを少々漂わせつつも何とかなるという含みに溢れていた。
魔導師の師団や連隊規模の強行突破や浸透襲撃ならばともかく、大隊規模の強行偵察を撃退するのはそれほど難しくはない。
なにしろ、強行とついているが本質は偵察行動だ。多少一当てしたところで退くだろう。
まあ、今日突入してきた連中はかなり気合が入っているという評価は素直な賞賛に近かった。

「管制、侵入してきたお客さんは?」

「増強大隊規模。すでに第三防衛線を突破。第四防衛線が突破されるのも時間の問題だろう。」

通常、強行偵察部隊は第一防衛線もしくは第二防衛線付近で陣地と即応度合いを探って引き下がる。
出撃した陣地付近ならば援護が期待できるし、第二防衛線付近であれば帰還が比較的容易だからだ。
故に、頻繁に派遣される陽動や牽制程度の強行偵察隊との小競り合いが頻発するのもこのエリアとされる。
夜間の強行偵察隊と迎撃部隊の小競り合いは夜の風物詩とまで評されてきた。

「速すぎる。防衛線の連中、何をしている?」

当然ながら、第三防衛線を突破するほど浸透してくる強行偵察隊というのは相当な入れ込み具合である。
共和国軍の退避壕や前線戦闘指揮所の所在が把握された可能性はかなり高い。
通常、そこまでの浸透を許すことはありえないといってよいだろう。
そしてなによりも、第二防衛線を突破されかけた時点で待機部隊にスクランブル命令が下されるはずなのだ。
第三防衛線を突破された時点でようやく出撃命令とは信じがたい初動の遅れと言える。

「広域魔導ジャミングによって索敵網が麻痺している。おかげでかなり初動が遅れた。」

当然、その事実は管制官の苦々しい口調に反映されていないわけがなかった。
状況が不明で、待機命令を繰り返された挙句至急邀撃に上がれというのは少々いただけない。
最終防衛線前で阻止する羽目になるとは。

誰もが、思わず苦々しく思わざるを得ない状況である。
たった一個大隊程度の魔導師に突破されたところで、ライン総司令部は叩き潰せるだろう。
だが、持っていかれる情報を思えば惨憺たる結果に終わりかねない。
広域魔導ジャミングへの対応が遅れたことで、何人かの高官は首がすっ飛ぶことになるのだろう。

「それと、対空射撃は光学機器依存らしい。敵戦力は健在の可能性に留意せよ。」

「了解。手負いの獣を侮りたくはない。他に、敵情についてわかる範囲で良い。何かあるか?」

いつもよりも、少しばかり厳しい任務になる。
誰もが、その時初めて事の厄介さに思い至った。
消耗した敵魔導師の邀撃とは異なり、比較的戦力を温存した連中とやり遭う可能性。
夜間という事も、状況を難しくしてしまう。
友軍の対空射撃が光学機器依存となればフレンドリーファイアーまで心配しなければならない。
敵味方識別が混乱していることを思えば、ありえない話ではないのだ。
それだけでも、十分に嫌な気分だった。

「同定には成功していないが、精鋭と統裁官は判断している。帝国の大規模攻勢の噂もある。油断するな。」

「助言に感謝する。諸君、気を引き締めていくぞ!」

だが。
結果論だけいうならば、だ。
気を引き締めるべきではなかった。
むしろ、死中に活を求める死に物狂いさが必要だったのだ。

「「大隊長より、各位。敵発見、交戦に備えよ。」」

夜故に、双方とも有視界の領域が狭いことが共和国には災いした。
発見事態は、ほぼ同時。
大隊長が交戦を宣言したのも、ほぼ同時だった。

簡単な話だ。

組織的戦闘と、統制射撃によって帝国軍魔導師の個々の質を集団で押しつぶすのが共和国軍魔導師の戦闘ドクトリンである。
夜間に、近接された領域で実質的には不意遭遇戦。まして、高魔導濃度による強力なジャミングの存在だ。
控え目に評価しても、勝手が違う戦いだろう。
そして、相手は近接戦に卓越した魔導師らで構成される部隊。

突撃を受け止められる道理がなかった。

もう少しだけ、もう少しだけ前衛が持ちこたえれば後衛が逃れる時間があった。
後わずかに、後衛が多ければ咄嗟射撃で接近を阻止して前衛が逃れる時間を造ることもできただろう。
だが、すべてがわずかに及ばなかった。

帝国軍魔導師の先頭に位置する指揮官から放たれた爆裂式は見事に前衛に大穴をこじ開ける。
同時に、複数の光学系射撃式が各中隊指揮官を潰すべく放たれ指揮系統が刈り取られた。
まだ、まだ組織的抵抗を行える共和国軍は咄嗟に前衛が開けられた穴を後衛が防ぐべく制圧射撃を敢行。

一瞬で、後衛が前衛をフォローすることで戦力の再編を図れる程度の力は残っていた。
それは確かに後衛への接近阻止という成果を果たす。
だが、その代わりに生き残っている前衛への火力支援がおろそかになるということを意味した。
帝国軍は約二個中隊相当の魔導師からなるが、共和国軍の前衛も二個中隊相当。

・・・そして、先ほど固まっていた中央部が信じがたい速度で発現された爆裂式で吹き飛ばされた上に指揮系統が混乱していた。

結果的に、共和国軍の前衛と帝国軍の数的関係は逆転。
後衛が自衛で手いっぱいになっているその時、斬り込みを受けた前衛の運命は確定していた。
常時、憎たらしい共和国軍の統制射撃で接近を拒まれている帝国軍魔導師。
他方、友軍の統制射撃によって残敵が破れかぶれで突破する事を阻止してきた共和国軍魔導師。
彼らが接触した時、帝国軍魔導師は日ごろのうっぷんを晴らすべく刃を気分よく振りおろしたという。

『フェアリー大隊、各位。追撃戦敢行。』

あとは、もう、簡単すぎる帰結だ。
壁を失った後衛が咄嗟に後退しようとする頃には、全てが遅すぎた。
襲撃用に速度が上がっていた帝国軍に対して、共和国軍は振り切れるほどの距離も速度も稼いでいない。

急速加速による戦域離脱は、叶わなかった。
結局、共和国軍第22師団所属第3魔導大隊はその一戦で持って壊滅判定を受ける。
生存者は、皮肉なことに最初に爆裂式で落とされて一命を取りとめた数名のみ。

結局、共和国軍はライン総司令部秘蔵の選抜魔導連隊の緊急動員を行うも侵入した大隊の捕捉に失敗。
どころか、物資集積場数か所を焼かれるという不手際すら犯した。
これにより、共和国軍司令部の視線は完全に侵入した部隊へと移ってしまう。

噂される大規模攻勢。
囁かれるアレーヌ市の運命。
風の便りで聞こえてくる帝国軍の動向。

いずれもが、彼らの混乱と誤解を助長した。
結果、彼らは完全に帝国軍の意図を読み違えることとなる。

その日、帝国軍は共和国に感づかれることなく戦線を放棄することに成功した。


あとがき…acfa風味?
作戦を説明する。
依頼主はいつもの帝国軍参謀本部。
目標は、ライン戦線に展開する共和国軍部隊だ。
弾薬費・補修費は帝国軍もちになっている。
友軍撤退完了まで、好きなように暴れてくれ。
敵部隊の損害が大きければ、それに応じて報いよう。
ただし、友軍の撤退行動が完了するまでは後退が許可されない。
それでも見返りは莫大だ。
こんなところか。

では、武運を祈る。

あとがき・・・いつもの。
西部戦線でヒンデンブルク・ラインを形成しようというお話です。
つまり、ラインにゼートゥーア・ラインが形成される?という事です。
ついでに、それほど戦力比で劣らない帝国軍。
きっと、共和国を損耗させて首都を陥落させてくれることでしょう。

次回、『西方大進撃!』
お楽しみに!

誤字修正+ZAPZAPZAP+ZAP



[24734] 第三十七話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 02:12
重防御陣地への強行偵察は犠牲が大きい。
ラインの悪鬼達を代表する精鋭たちですらこれによって、良くて半壊判定を受けている。
増強大隊規模の強行偵察は犠牲が大きすぎるが、さりとてこの規模を割ると所定の目的が達せられない。
このジレンマに直面した帝国軍は、敵重防御陣地を突破し一定の偵察行動を可能とする新兵器の研究を技術廠へ要求。

航空技術廠の解答は、高高度偵察ユニットの開発による対空砲火の射程外という提言。
もともと偵察という分野に関して特殊偵察任務群を有する航空部隊は確かに優越していた。
だが、他の部署にしてみれば面白い話ではない。

そんな時だ。
アーデルハイト・フォン・シューゲル主任技師が魔導技術の観点から一つの方法論とアプローチを提言した。

「・・・強行偵察用特殊追加加速装置?」

“なんだそれは。”

誰もが口にして、疑問を浮かべたことに対する答えはこういうものだった。
強行偵察とは、本来敵の迎撃ラインを突く必要がある。
で、あるならば強襲を前提としかつ一撃離脱が可能な重武装かつ高速のユニットを投じることこそが望ましい。
其れによって、敵陣地の防御度と迎撃を図ることが可能になるのだから、というもの。

理屈は正しい。

だからこそ、強行偵察という分野に関しては伝統的に航空機よりも歩兵や魔導師が活用されるのだ。
しかし、同時にこれらの犠牲が許容できる限度を上回っているのが実態。
其れゆえ技術廠が意見を求められている。

「左様。魔導師を高速で突入させる。」

しかし、視点を変えれば魔導師の突破成功率を伸ばせばよいという事でもあるのは事実。
ならばどうすればよいかという視点に立ったのがアーデルハイト・フォン・シューゲルという一個の『てんさい』だ。

答えは、速度と高度。
航空技術廠の発想とあまり変わらないという批判は、表層的なものにとどまる。
なにしろ、高度は副産物であり彼の提案は実質的に速度のみが重視されていた。
故に、追加加速装置。

だが、彼の『てんさい』ぶりを語るには提出された設計図を見る方が分かりやすいだろう。
ヒドラジン燃料を使用する超大型のブースターを多数搭載。
なんと、使い捨てのこれらを複数搭載することで航続距離を確保。
空になった燃料タンクから切り離すことで終末速度をさらに高める。
加えて最大の技術的障壁であるブースターの調整は断念。
思い切りよく、ただ加速し続ける代物とすることで技術的ハードルを克服する。
言い換えれば、ほとんど稼働中は速度を魔導師の側では調整できない。
一応、敵地上空で増速できるようにホウ素添加物タンクを用意してあるがこれは別だ。
青酸の十倍以上と予測される毒性のホウ素添加物による増速は緊急回避用。
そして、懸念される造波抗力の急増や衝撃波対策に空力弾性的問題は全て魔導師の防御膜と防殻を流用する事で対処。
(航空機では絶対に採用できない思いきりと切り捨てによってのみ達成可能と評された。)
音速で1.5程度を目指すという信じられない速度によって一切合財を振り切る。

そして、純粋に技術的に見た場合は新型偵察機の開発よりは容易に実現可能。
なにより、早く実戦に投入可能と見込まれた。

だが、一つ付け加えるとこの追加加速装置。
使い捨てでほとんど直線運動しかできないという代物である。
敵陣地突破後は魔導師が自力で帰還する事が求められてしまう。
実用化にかけては、少々問題が多いのではないか?
そんな声すら、囁かれ始めた時のことだ。

空挺部隊出身の士官が一言つぶやいた。

「それで、“部隊”を敵地後方に送り込んではどうか?」と。

なるほど、個人を送り込むのでは危険極まりないだろう。
だが、強行偵察という用途に限定しなければ空挺降下よりも確実に魔導師を後方に投射できる。
それも敵の迎撃網を潜り抜けてだ。

使い方次第だが、運用によってはそれこそ敵司令部に中隊規模の魔導師を叩きつけることで頭を刈り取るという事も期待できた。
この時点で、追加加速装置の研究は技術廠管轄から参謀本部から戦務が出張ってくることになる。
研究自体は引き続きシューゲル主任技師らに任されるものの、参謀本部はかなり詳細な報告を要求。
同時に参謀本部の中でも遊撃戦論者達はこの『追加加速装置』を熱狂的に推進した。

そして、『追加加速装置』はアレーヌ市がパルチザンらによって一時的に制圧される直前にプロトタイプの完成をみる。
防殻・防御膜を形成するために必要とみられる性能は、偶然にもエレニウム工廠製97式『突撃機動』演算宝珠が満たした。
実験に参加したテスト要員曰く、『突撃機動』演算宝珠という字句通りの性能である。

そして、一定程度の信頼性が担保されたことによって大急ぎで製造された先行量産型20機がロールアウト。
この成果を見た参謀本部では決戦計画にわずかな修正を施す。
ゼートゥーア准将によって共和国軍の誘引撃滅戦略が立案されていたが、これを加筆修正する形である計画が立案されたのだ。

『Schrecken und Ehrfurcht』

“衝撃と畏怖”と名付けられた作戦の目的は単純明快。

『敵司令部を直接たたく衝撃によって敵戦線を崩壊に導く。』

ただこれだけだ。
方法は、極端に単純化すれば敵司令部を襲うということに尽きるだろう。
もちろんこの作戦は元より、賭博性が高いことが認識されていた。
敵の防御陣地をいくつも突破して、敵司令部を突くのだ。
容易と考える方が、少なくとも立案時点ではおかしいだろう。

当然のことながら、参謀本部内部でも相当の異論が出されている。
だが、最終的に参謀本部は敵司令部を沈黙させられずとも直撃する時点で成果があると判断した。
司令部が脅威に晒される時点で、敵は司令部防衛のために貴重な戦力を司令部防衛に割かねばならないからだ。
最低でもそれによって、少なくない戦力を拘束できる。

これらの予測に基づき、稠密な立案が行われた。
作戦に投入される戦力は、魔導師一個中隊。
投入できる戦力と、必要とされる数を勘案しての結果だった。
『追加加速装置』(秘匿名称V-1)を使用し、敵戦列後方を強襲する中隊。
その投入は、共和国軍の誘引直後。
上手くいけば共和国軍は肝心のところで頭を欠くことになると誰もが期待した。

なお奇襲という性質上、演習は無しだ。
ぶっつけ本番になることは当然危惧されるも奇襲の利が重視された。
肝心の従事部隊だが、作戦がライン戦線に熟達しかつ敵司令部付近に一番接近した魔導大隊を推薦。
参謀本部も概ね合意し、秘匿呼称V-1大隊にその旨が通達された。(戦史編纂局注釈:V-1大隊に関する資料は不明)
なお、指揮官は帝国が選びうる最良の士官だと誰もが保証。
敵司令部直撃後は北上し友軍潜水艦もしくは艦隊によって回収されるとされた。

結果は、今日でも驚きをもって見られている通りである。


連合王国軍戦史編纂局 『ライン戦線史第三巻』より




ぐーてんもるげん
合理的思考は一見すると理解しにくい行動に見えるかもしれませんね。
でも、ちょっと考えてみてください。
常識とは、基本的に偏見かもしれないと。
なにしろ、常識というバイアスがかかっている判断基準は偏向的ですらありかねないのです。
考えてみてください。
普通預金を使っていて生命保険に入っているような人間は、自爆テロを起こすとは誰も考えないでしょう。
銀行員ならば、むしろ末長くお付き合いしたいタイプだと判断するくらいです。
だから、テロリストならばむしろ逆に普通預金口座を設けて生命保険に加入するのが合理的判断となるでしょう。

一見すると、変な話かもしれません。
でも、考えてみてください。
常識で合理性を図ることは狂っていると。
たとえば、それでも地球は回っているという有名な科学者の歎きを思い出してください。
そう、常識が正しいとは限らないのです。
どうか、どうかみなさん合理的に考えてください。

人を否定する前に、真に其れが正しいのか、と。

その上で、一言申し上げさせてください。
マッドな科学者は狂った考えを合理化せることをよくやるものだ、と。
V○Bで中隊投射を合理化するな、と。

くたばれシューゲル。あの糞ったれめ!
やはりあの時、殺しておけばよかった。


・・・・・失礼、汚い言葉を口走りました。

大変申し訳ありません。
お詫び申し上げます。
小官はターニャ・デグレチャフ、帝国より魔導少佐を拝命しております。

半壊した大隊の大隊長として、辛うじて友軍後方基地に辿りついたのが数日前。
戦功抜群と讃えられ、銀翼突撃章が柏付銀翼突撃章にグレードアップするそうです。
内々ながらも、黄金剣付き白金十字の推薦も。
ちなみに戦局の推移は参謀本部の予想通り。
共和国軍は、数日戸惑うようにこちらの後退を見た後で急速に進撃を開始しました。
すでに、帝国軍が開戦以来押し込んでいた失地を奪還。
帝国撃滅の意気も高らかに進撃中です。
いやあ、行く手に重防御かつ複線化された防御要塞網と逆上陸の用意をした艦隊があるのですけどね?
戦局を語れば、釜山に向かって進撃中の某北の国家に対して仁川から襲いかかるようなものでしょうか。
まあ釜山とは比較できないほど重防御の陣地に補給万全の帝国軍が待ち構えている時点で、ツミでしょう。
参謀本部の連中もたまには戦局を上手く予想できるようで驚きました。

で、戦局が順調に推移していることを素直に喜んでいたのが悪かった。

・・・考えてもみてください。

それは、戦略上きわめて重要な機密としか言いようがないほど重要な情報です。
まともな将校ならば、機密維持の重要性は考える前に本能で理解しているほど重要という前提で考えてください。
何故、一介の野戦将校が包囲撃滅の秘策である逆上陸艦隊の存在を知っていると思いますか?


必要だからですよ。

なにしろ、V○BことV1で突入して敵司令部を襲った後で逆上陸艦隊か待機中の潜水艦に逃げ込むからです。
ええ、片道は高速でロケットが運んでくれますが帰りは自分でやらねばなりません。
逆上陸艦隊は制海権を巡って優勢にあるために比較的合流は容易でしょう。
ですが、万が一敵魔導師部隊にでも追撃を受ければ潜水艦が浮上して回収してくれることか。

“海軍との共闘経験があることと、強行偵察で敵司令部付近に接近できた諸君だ。戦果を期待する”?

いよいよ口封じにも気合が入っていると考えるのは考えすぎでしょうか?

理屈で言えば、敵司令部を強襲するのは合理的。
完膚なきまでに合理的とも評価できる。
後方にある重要拠点の防衛を行いつつ前線に戦力を割り当てるのは並大抵の労力ではないはず。
当然ながら、司令部に実際に損害を与えられずとも相手は対策せざるをえなくなるので十分効果は期待できる作戦といえる。
なにしろ誰だって司令部が襲われたと聞くだけで、相当厄介事になるとわかるからだ。

中隊規模の突入する魔導師を抑え込むには最低でも大隊規模の魔導師か、航空部隊と歩兵旅団が必要となる。
それを常時即応体制下で待機させておくだけでも、相当の戦力を遊兵化させられることだろう。

参謀本部の考えが実に合理的と評価するのも吝かでもない。

・・・自分が突入部隊に選抜されてV1を背負っていなければ。

現在の高度8800フィート、速度991ノット。
203大隊、正式名称第203遊撃航空魔導大隊の中でも精鋭とされる連中から中隊を選抜。
シュヴァルム隊形3個を形成しつつ、音速の壁をぶち抜いての強襲作戦。
幸か不幸か機材トラブルもなく順調に作戦は進展中。

進展中というか、私達はただ運ばれているだけだが。

V○BことV1の操作方法は極めてシンプルだ。
スイッチを押してエンジンに点火した後は、微修正を操縦桿で行うだけ。
後は、防御膜と防殻を維持し続けるだけだ。
操縦桿でできる操作といえどもできることは限られている。
せいぜい、緊急回避用に増速する特殊装置とやらを稼働させるだけらしい。
一応、方向調整もできなくはないが数ミリ進路を調整できる程度の代物と来ている。

あとは、目的地上空まで燃料タンクを背負いながら突進するだけ。

到着後の手順は明瞭である。
目的地上空でヒドラジンとホウ素添加物を満載したV1の残骸が先行して突入。
爆薬を満載するよりも、効果的な打撃を与えるだろうというのが科学者らの見解だ。
音速を超えて突っ込んでくるV1の残骸は相当の物理エネルギーを持っていることはいうまでもないだろう。
こんな物に突入される連中は、本当に大変に違いない。
その後は、切り離された魔導師こと私達が降下して襲撃を行うというえげつない作戦である。

やられる方も、やる方も大変というある意味被害者しか戦場にはいないという点は涙を誘うが。

ああ、ぼやぼやしているとまずい。
タイムスケジュール通りならば、そろそろ時間だ。
気分を切り替えて、手早くやるべきことを確認。
速度正常。突入用のアフターバーナーの設定もクリア。
肝心の位置も航法地図を睨みつつ計器で現在位置を推定。
大凡の位置ではあるが、ほぼ予定通り。

『01より各位。時間だ。距離測定、角度算出急げ。』

『05より、01。目標捕捉。』



『各位の完了を確認。フェーズ7へ移行せよ。』

部下らから突入用意完了報告を受領。
其れを受けて、直ちに行動を次の段階へとシフトさせる。

私の宣言と同時に、中隊はほぼ同時にV1から射出された。
V1はその性質上、推進力を生みだすエンジンがあるために魔導師を上方に射出する。
その際、空になった燃料タンクや乗員保護具なども欺瞞でばら撒く。
其れにまぎれて魔導師が作戦行動を行うのだ。
瞬間的にせよ、高度10000フィートへ打ち上げられた後HALO降下を敢行というのはなかなかリスキーだ。
そして、パラシュートならば980フィート程度で開くのだろうが我々は魔導師。
250程度で直前に減速し、ほとんど部品と同じ速度で降下して発見リスクを極力下げている。
リスキーどころの話ではない。

帰ったら、発案者を同じ目に遭わせねば気が済まないところだ。

『諸君、諸君に主の御加護があらんことを。』

追伸、エレニウム95式の開発者が地獄とやらへ墜落しますように。
もしくは、私が直接送り届けてやるのも吝かではない。
心中で呟きつつ規定高度でパラシュートを展開。
即座に着地の衝撃が襲ってくるが、一応魔導師ならではの頑強さと防御膜で耐え忍ぶ。

考えた奴を脳内で殴り飛ばしつつパラシュートを切り離し、体を動かす。
幸い、各部位に特に問題はなさそうだ。

『09より、01。降下完了。損害なし』

ともかく降下は完了。
そして、秘匿処理がされた通信で周囲を見渡せば、11名の部下が無事に降着していた。
空挺降下後の集結が困難であることを勘案し、最寄りのロッテで行動するように指示してある。
どうやら、付近に降着した部下からコールがあったようだ。

『01了解。07、12は私についてこい。』

『04より01、シュヴァルムを形成。』

『02より01、同じく形成を完了』

素早く集結を完了した各小隊に満足を覚える。
敵地でまごまごとする部下が私の大隊にいるとも思わないが、手際が良いと気分は良いものだ。
テキパキと指示を実行できる人間集団は実によい。

『02、貴様はB目標。04、C目標だ。私はA目標をやる。』

事前情報によれば、共和国軍司令部があると思われる候補は3つ。
そして、厳重な警備も今は混乱している。
なにしろV1が共和国軍ライン方面司令部に派手な着陸をしているのだ。

・・・いや、着弾というべきか。

減速どころか、余ったホウ素添加物でアフターバーナーを点火して増速しながら地面に降り立ったのだ。
その最終速度は1000ノットを軽く超えているに違いない。
直撃すれば、運動エネルギーでトーチカとて粉砕するそれが12機だ。
よっぽどの地下壕でもない限り、物理的に粉砕可能だろう。

・・・ただの後方基地には過剰なまでの破壊力だ。

これは、費用対効果の観点から科学者が軽視している要素に違いない。
クラスター爆弾のように飛散する形式の方が有効だろう。
帰る機会があれば、この点で糾弾しようと決意する。

『敵魔導反応なし。』『同じく感知なし。』

『よし。行けるぞ。』

ともあれ、この混乱にまぎれて襲撃を行う。
敵の魔導反応がないことからも純粋に着弾への対応に追われていると予想される。
さすがに司令部付近には衛兵もいるだろうが、こちらの魔導師ならば排除は可能だ。

『01より総員。時間厳守だ。共和国軍の増援が10:00以上遅れることは期待できん。』

漏れ聞こえてくる音や状況から察するに、共和国軍は事態を理解できていないに違いない。
少なくとも、スクランブル発進ではなくダメージコントロールを優先しているはずだ。
そうでなければ、魔導師のスクランブル反応がない理由が説明できないだろう。

『03より01。傍受に成功しました。平文です。』

『良い兆候だ。魔導隠蔽行軍にて潜入。司令部襲撃後は全速で離脱する。集結ビーコンは離脱後10:00で二度打つ。』

『了解。』

やれやれ。
相方がいなければ、さぼるのだが。
いや、労働者として正当なサボタージュ権の行使はまた次の機会にしよう。

『よし、突入だ。』

直ちに、魔導反応を極力抑えつつ突入。
部下が其れに続く形で、混乱が拡大する敵司令部へ襲撃を敢行する。
後方拠点という事が災いしたのだろう。
共和国軍の後方士官らは明らかにこの手の混乱を収拾できていない。
おそらく、経験豊富な下士官も乏しいと見込むべきか。
あっさり小隊規模とはいえ浸透を許す警備度合いは、敵ながら哀れですらある。

これならば、民間の金融機関の方がよっぽど厳しい警備を用意しているに違いない。
入館許可証やICタグの管理は実に有効な対策であるし、警備員の気構えも違うからだ。
まあ、こんな後方に敵が来るはずがないと希望的観測を抱いていたらしい警備兵に期待するのは無理だろうが。

あっさりと司令部がある可能性のある建物に接近できた。

『07より01、配置完了。』

確認すると、敵衛兵はこちらと同数の4名。
随分と少ない。
どうも、これは敵司令部とは考えにくいだろう。
4人は装備からして、憲兵だ。
魔導師とは考えにくいのだ。
それほど重要なものを警備していないのだろうか?
まあ、危険な虎の穴に突入するよりはよっぽどマシと思おう。

『私と貴様で排除。右二人をやれ。09、12突入用意。カウントは09が取れ。』

とはいえ、油断は禁物。
後悔後先に立たずという。
危険な突入は最寄りに待機中の部下に任せて自分は支援に就く。
さらに、念には念を入れて二人がかりで衛兵を処理することに。
光学系狙撃式に隠蔽用の術式を被せて用意。

一応、09がカウントを取るので其れに合わせて衛兵を処理する。

『『クリア』』

同時に、先行した部下が憲兵らの守っていた門扉を蹴り破り突入。
彼らの突入と同時に、私達がカバーするために続く。
ある程度の銃撃戦は覚悟の上。

しかし予想外なことに、建物の内部はほぼ使用された痕跡がなかった。
というか、空っぽだ。
一応、清掃はされているようだが施設内部は空っぽに近い。
壁に張られたメモやカレンダーの日付はすでに1年近く昔の物。
おまけに、本来は厳重に封鎖されているべき金庫や棚が開けっ放しにされている。
漁ってみると、でてくるのは放棄されたことを表す品ばかり。

・・・はずれか?

いや、別に当たりが引きたいわけではないのでこれは素直に歓迎したい。
戦争に参加しているからといって好戦的にならなければならないという法もないのだ。
合理的に考えれば、リスクを回避できるならばそれにこしたことはない。

『先行して索敵します。』

『了解。退路を確保する。・・・いやまて。反応アリ!!』

上手くすれば、危険を冒さずに済むか?
やや、気を緩めてしまったのだろう。
それとも若干希望的観測を抱いたのが不味かったのだろうか。
ともかく、世の中はだいたいうまくいかないというのだろう。

ともかく肩すかしを味わえたのは一瞬だけだった。
こちらが魔導反応を極力隠蔽していたからこそ先に感知できたのは幸いだった。
突然壁が開き、そこから誰かが飛びだしてくる。
いや、誰かではない。
“敵だ”敵が飛びだして来た。

『ッ、エンゲージ!魔導師です!糞ったれ!』

『っ、伏せろ!』

咄嗟に持っていた消音機付き自動拳銃で干渉式を叩きこんで鉛玉を発砲。
室内制圧戦を意識して持ち込んだだけの事はあった。
奇襲を意識して飛びだして来た敵魔導師の防御膜は幸いにも脆弱。
消音機がついた9㎜拳銃弾と貫通術式だけで辛うじて貫通し、着弾する。

そして、着弾の衝撃で前のめりに倒れ伏した敵魔導師に対して3人が即座に銃撃を加える。
頑強な魔導師というものを知悉している者にとって、数発の拳銃弾程度で魔導師を排除しきれると考えるのは希望的観測に過ぎる。
少しでも、少しでも余裕があれば最悪自爆されかねない相手なのだ。
息の根を止めるのが、遅すぎるという事はあっても早すぎるという事は無い。

それにしても油断大敵とはよく言ったものだ。


『隠し扉?・・・っ、大隊長』

そして、敵魔導師が飛びだして来た隠し扉。
恐ろしく巧妙に隠蔽されているが、どうやら地下への扉らしい。
驚くことに、その階段の深さから列車砲の着弾にすら耐えうる深さに構築されたものと推測される。

この偽装。
迂闊な敵魔導師が仕掛けてこなければ、見逃すところであった。
まったく、手が込んでいる。
とはいえ、相手はミスをしてこちらはミスをしなかった。
これは、多くのアドバンテージを私にもたらす。

『話し声か。・・・機密か何かがあるのだろう。』

幸か不幸か、相手は地下にいるらしい。
いくつか、騒ぐ声が聞こえてくる。
・・・相手の言葉を聞き分けられる程ではないのだが物音はするのだ。

しかし、魔導師としての反応は感じられないことから少なくとも防御膜を展開しているとは考えられない。
普通は魔導師相手に無効な手段も今なら実に有効だ。
それにだ。
毒ガス等は無効化されるかもしれないが、魔導師とて生物。
気がつかない有毒物資まで選別して防護できるほど優秀ではない。
それに、酸素を自ら生成する事も不可能。
つまりだ。

『・・・捕虜を取りたいが余裕がない。仕方ないか。』

地下という事は、爆発で酸素が燃焼すれば一発に違いない。
というか、爆風だけでも十分すぎる脅威だろう。
逃げ道が複数あろうとも、其れを行う前に爆風と悪性空気バランスが待ち構えている。
一応、燃焼系気化爆裂式を撃ち込むと同時に並行して火をかければ完璧だ。
紙媒体の資料等は焼くことも期待できる。
なにより、消火に人手を取られれば追撃も鈍るだろう。

『焼くぞ。術式展開用意。カウント合わせ。5・4・』

ぎりぎりまで術式の発現を抑制しつつ、術式を構成。
気がつかれないように、最後まで気を抜かない。
現世への干渉式は極力仮想起動し、直前で展開するのが一番奇襲効果は高い。
もちろん、制御に手間を喰う上に時間がかかる代物だ。
普段の遭遇戦や高機動戦ではめったに使われないので、魔導師でもこれへの対処は困難。
なにより、後方の魔導師では教本程度の対応能力だろう。
塹壕戦特有の陰湿な襲撃方法に対処できるほど練達しているとも思えない。

『1・今ッ。』

大規模魔導反応をぶちまけつつ、盛大に術式を展開。
地下の奥へ叩きこむと同時に、次発を用意。
連射や急速展開は高機動戦を得意とする我々の専門分野。
ナパーム系の燃焼式をほとんど連続で発現し、可能な限りの延焼と成果拡大を狙う。
爆風で飛ばされるか、火で炙られるか。
違いはその程度だ。

そして、仕事がすんだら後はすたこらさっさに限る。
立つ鳥跡を濁さずというし、盛大に焼いていくが。
なにしろ、時間が迫っている。
やはり、タイムスケジュールが厳しすぎた。
10:00で施設襲撃というのは魔導師でも厳しい時間としか思えない。

そういうわけで、最後ならばと盛大に干渉式を発現。
ありったけの投射火力を置き土産とばかりに展開し、撃ち尽くすと撤収する。
一応、追撃の危険性を想定してロッテでカバーしながら建物内は移動。

・・・やりすぎたか、少々予想以上に火の回りが早い。

塹壕相手に撃ち込むのとは、また勝手が違う。
表面上は落ち着きつつも、心中では盛大に慌てるという器用な真似にも慣れたなぁと思いつつ疾走。
自分で付けた火に焼かれるのは、馬鹿げている。

そのまま急速に火の手が廻り始めた建物を飛びだすと、即座に部下と共に駆け出す。
一見すると、火事から逃げ出すように見えるだろう。
ちなみに半分は、本気で逃げているので演技も真に迫っているに違いない。
まあ、混乱しているところに襲撃を受けた基地で我々を気にする敵がどれほどいるかとも思うのだが。
それでも、何もしないで後悔するよりはして後悔する方が有意義だ。

『01より各位。目標A襲撃完了。時間だ。状況報告。』

『02、目標B襲撃成功。あたりでした。』

『04、目標Cに破壊工作完了。後をお楽しみください。』


ふむ、どうやらBが司令部。Cが何かの備蓄倉庫というところか。
ともあれ、敵の司令部を叩けたのであれば敵の混乱が期待できる。
幸い、近隣からのスクランブルがかかっていても我々の離脱方向を捕捉されねば大丈夫か。

『了解。撤収する。全速離脱。北上だ。ビーコンは10:00後。』

ならば、安全策を取ることなく離脱して逆上陸艦隊に回収してもらうべきか。
ともあれ、離脱後戦果報告をまとめて参謀本部に送らねば。
やれやれ。
明らかに給料分を超過する労働を行わされている気分だ。


あとがき(Acfa風味)

ミッションの概要を説明します。

ミッションターゲットは共和国軍ライン方面司令部。
当然、共和国軍によって厳重な防衛線が構築されております。
共和国軍防衛線及び防衛部隊は、極めて大規模な部隊です。
これがターゲットそのものではない以上、まともに戦う意味はありません。

従って、本作戦はV1を使用して、一気に敵基地へと入り込み
すみやかに目標を排除する流れとなります。

なお、帝国軍参謀本部は三か所の候補を設定しております。
それ以外は、特に破壊対象とはなっていません。

ミッションの概要は以上です。

帝国軍参謀本部は、あなたを高く評価しています。
戦果を期待していますね。

あとがき(いつもの2)
たまに更新速度が上がったり下がったり。
それでも人間だもの。
でも、連続更新できると気分が上がってくる。

追伸
綱渡りの任務は連続成功すると評価上がると思いませんか?

誤字修正
10月5日 漢字変換(-_-;)
>黄金熊さまに感謝

さらに漢字変換ミスをZAP

ついでにV○Bについて。
VmaruBです。○です。マルです。Oではありません!
○なんです。

ZAP



[24734] 第三十八話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 02:11
※おはようございます。夜討朝駆けとはよく申したもの。
たまにはこんな時間に更新するのも良くないかなぁと思う次第。
もちろん、まずければ自重しますが・・・。

それにならって、あとがきも朝駆けさせてみる始末。

先がき(Acfa風味)

ミッションの概要を説明します。

ミッション・ターゲットは
帝国軍防衛線前方に展開する共和国軍ライン方面軍部隊です。

帝国軍参謀本部は、本ミッションに複数の部隊を動員しております。
これと連携し、共和国軍部隊を全て撃破するというミッション・プランです。

共和国軍ライン方面軍部隊は、連戦で大きくその戦力を喪失しています。
現状であれば、貴隊と帝国軍で十分に壊滅が可能でしょう。

ミッションの概要は以上です。

帝国軍参謀本部は貴女を高く評価しています。
よい戦果を期待していますね。










まあ、外伝先にやりますけど。(・_・;)





突発☆外伝 ジョンおじさんの憂鬱。

共和国ライン戦線司令部隣接施設 連合王国人道支援団体“ピース・ワールド”病院

「・・・っ、知らない天井だ。」

思うにままならない意識を無理やり起こしつつ、共和国軍東方方面司令部所属カギール・ケーン大尉は自分の状況を確認していた。
うんうん、とそれを眺めながらジョンおじさんはさり気なくナースコールを押す。
おそらく彼の全身は倦怠感に包まれていることに違いない。
おそらくは、なにか強力な薬物だろう。それも、かなり持続性の強い鎮静剤か何かだ。
まあ、全身大やけどに一酸化炭素中毒によって死にかけていた軍人であるからのたうちまわらせるよりも優しいのだろう。

ともあれ、口が利けるようならば問題はない。
さっそく、聞きたいことを聞かなければ。
そう判断したジョンおじさん。

・・・正直に言えば、死の淵から生き返った人間はもう少しだけ心の平穏を味わう権利があるとも感じていたが。

彼の視力は良好だろう。天井を識別できるという事は、色覚も問題ないということだ。
しかし、体がほとんど動かせないため視野が制限される。
とはいえ、耳と口は正常なのだ。いい加減、気がついてほしいものでもあるが。

だが、ともかく生きている。

なら、そろそろここはどこだろうかと考える程度に情報部の人間は訓練されているのだ。
そんなカギール大尉の疑問に対して、答えて上げねばとジョンおじさんは考える。
“厄介極まりない性質を持つ情報部員にこちらが敵と勘違いされては面倒だからね、”と心中で呟いて。

「意識が戻ったかね。」

「・・・どなたです?官姓名の申告を」

聞き覚えのある声でゆっくりと呼びかける。
まあ、彼がよほど無能でない限り覚えているだろう。
いきなり官姓名の申告を求められる

「結構。貴官は、カギール・ケーン大尉。かくいう私は連合王国出身のジョンおじさんだ。」

ああ、“ジョンおじさん”かと相手が納得する振り。
まあ、胡散臭いことこの上ないとは自分でも思うのだが。
しかし、上官から一切合財詮索するなと命令されれば何も聞かないのが軍人だ。
取りあえず、顔はわかる相手である。
少なくとも、事前情報では敵ではなかったはず。
協力して情報交換を行う程度には友好関係があった。

だから“ジョンおじさん”だよ、で話が通じる。

「ああ、ジョンおじさん。それで、自分は何故拘束されているのでしょうか?」

だからこそ、彼は混乱しているのだろうが。
何故自分がベッドに縛り付けられているのだろうか?と。

「いや、別段拘束はしていないよ。薬物も痛み止めが中心だ。」

「は?ほぼ、全身の感覚が無くなるような代物が、痛み止めでありますか?」

さっきのナースコールで飛びこんできた連中から渡されるカルテを見る限り全身麻酔ではないらしいのだが。
一部は神経が壊れているのだろう。
・・・この年で、哀れなものだ。主の憐れみがあらんことを。...Amen.

「のたうちまわるというM趣味が共和国流というなら、文化の差異に基づく誤解だろうがね。」

やれやれだ。
この調子では、やはりどこかに潜り込んでいる帝国のモグラを引っ張り出すことはできそうにもないか。
そして、そう悲観的に考えたのは間違いではなかったらしい。
一酸化炭素中毒による記憶障害。
厄介なことに、カギール大尉は本件に関する有益な情報は何ら提供し得ない状況にあった。

『お大事に』

そう告げると、ジョンおじさんは心中で盛大に溜息をつきつつ病院の電話を手に取る。
少なくとも共和国軍に連絡して辛うじて救命に成功した一士官のことを連絡しなければならない。
彼はやられる直前になにがあったかわからなかったという事だけが、わかった。
容体が急激に悪化して痛くもない腹を探られるよりは、さっさと引き渡すに限るだろう。
・・・まあ、あちらさんが長く持たない以上『危険地帯』に『慈善団体』を置いておけなくなるという事情もあるのだが。
なにより、ハーバーグラム少将閣下の激怒を思えば責任の一端は共和国と分かち合うべきだ。

それにしても。
帰りの航空便が手際よく手配されることのなんと恨めしいことか。
きっと怒っているのだろうなぁ。

飄々としたジョンブル魂の持ち主であるジョンおじさん。
もちろん、いかなる時も冷静沈着であることを誇りに思う。
だが、その彼をしても歎きたい事というのは少しばかりはある。
例えば、海峡の先で怒り狂っているであろう上司の存在だ。
このことを思うだけで気分が憂鬱になるものだった。

『祖国の食事には耐えられるとしても、あのハーバーグラムのどなり声だけは勘弁。』

そう嘆く情報部員は決して少なくない。

しぶしぶ。
本当に文字通りそのままジョンおじさんは連合王国に降り立つ。
ティー以外に、心を休めてくれるのはなにもない。
ああ、頑張れジョンおじさん。
休暇が取り消されて急遽共和国まで出張というのも家族のための稼ぎだと思えばよい。

『やれやれだ。』

そう心中で呟きつつ、彼は報告を行うべく渦中へ飛び込む。
すでに行きかう人員の表情から事態は把握しているが、それでも行かねばならないのだ。
きっとドラゴンのように、怒り狂っているに違いない人間を観察するのも給料のうちかどうかは知らないが。

そう愚痴りながら、表情には出さずに入室。
待ちかまえていたハーバーグラム少将に要点を押さえた報告を口頭で行う。
間違っても書類に残すのは、全てが終わってからになる。

幸いというべきか、慣れていたからというべきか。
ともかく報告を言い終えた後、ジョンおじさんは耳をふさぐだけの時間的猶予を持っていた。
当然、躊躇うことなく行使する。


「・・・・・・・・・・・・・・・ッァアアアザァケルナァアアア!!!!!!!」

海男の声は大きい。
そして、怒りにまかせて怒声を上げる将官の声は特に大きかった。
対外戦略局のハーバーグラム少将。
その振りおろされた拳は、血まみれになりながらも耐久性で有名なオーク材のデスクを叩き割っていた。

まったく見事な技である。
力技とは言え、其れなりに見るべきところがある。
いやはや、今からでもバリツの師範として食べていけるのではないだろうか。

「いやはや。とは申してもですな。唯一の生存者も何も知らないうちに焼かれていたそうで。」

叫ばれるとわかっていたからこそ、耳をふさいでいたのだ。
そう言わんばかりに耳をふさいでいた“ジョンおじさん”は盛大に溜息をつくふりをする。
長い付き合いだ。
そうすれば、少しは相手が冷静さを回復する事も分かっている。
ちょっとだけしか沈静効果がないとも理解しているが。

「なにより、一切合財焼かれたために全てが消えておりまして。」

調査結果は全く望ましくないものだった。
集められた機密資料は全焼。
辛うじて、何かをつかんだかもしれないベテランの局員の損失も大きい。
派遣された人員らの上官は悉く“訓練中の事故”について手紙を書く羽目になっている。
人的な損害も馬鹿にならないだろう。

生き残った面々からの聴取もほとんど進んでいない。

「・・・何故だね?何故、貴様ですら知らないような機密部署に帝国軍魔導師がわざわざ突入してくる!!」

いやはや。
自分まで其れなりに疑われているとは。
いや、ここまで深刻なモグラだ。
多分に誰もが疑われざるを得ないのだろう。
連合王国情報部の敗北は、あまりにも“偶然”が多すぎる。

協商連合派遣部門が観測所ごと砲撃で圧殺されたのは、悲劇かもしれん。

偶々、協商連合艦艇に帝国軍魔導師が不意遭遇した揚句に流れ弾が一か所に集中する事も可能性はある。
そこに不運にも連合王国情報部がなんとしても守ろうとしていた人々がいたというだけもありえなくはない。

次の機会に、たまたま潜水艦が発見されてしまうのも船というやつの性質上皆無ではない。
洋上で魔導師と船が遭遇するのは稀にある話で、しかたなく機密保持が実行されるのは実に不幸な結果だったかもしれない。

そして、今回の件だ。
偶然以外の可能性、つまり漏えいを疑う声が上がっていたために調査を行うのは当然だろう。
その調査を行うためには、当然ながら秘密を守ることが重要になる。
そのために、連合王国情報部が共和国情報部と極秘裏に協力。
当然ながら共同で作業を行っていた機密施設の機密は極めて厳格に守られていた。
そこが偶々司令部を襲撃にきた帝国軍魔導師によって、偶然襲撃される事も広い世の中にはありえるかもしれないだろう。

まあ、偶然というやつは恐ろしい。
偶然帝国軍のモグラが連合王国に潜っていても不思議ではない程度に。

・・・そこでジョンおじさんは考えるのを停止した。
はっきり言ってこれ以上思考で遊ぶよりも現実的な対応が必要だからだ。
よしんばありえない話だが、偶然ならば偶然と証明しなければ疑心暗鬼に苛まれるだろう。
偶然でないならば、よほどでかいモグラが這いずりまわっているに違いなのだ。
そうであれば光を当てて、引きずり出さねばならない。

「さて。調べて見るしかないと思いますが。」

「・・・既に何度かやったが。」

ふむ。
存外、モグラとやら深く潜れるのかもしれん。
土を掘り繰り返してでも、探すべきか。
モグラについての情報をジョンおじさんは直ちに上方修正。

「一応私の方でも調べてみましょう。」

面倒だが、内務省の方も洗ってみるべきかもしれないか。
心中で予定を修正する。
モグラ対策を施しているといっても、他の部局から漏れていることも想定する必要があった。
しかも悪いことに、時間的な余裕はあまりない。
ライン戦線の崩壊は時間の問題だろう。これは、軍事専門家の統一した見解だ。
ちなみに、“ジョンおじさん”としてもその判断に疑問は無い。
悠長にモグラ探しをしている時間があるかどうか。

ジョンおじさんは優秀な人間であるが、自らの限界も知っているほどに優秀な部類である。
つまり、無理なことを無理かなぁと悟れるのであった。




みなさんごきげんよう。
皆さまにおかれましては、いかがお過ごしでしょうか?
思えば、戦火に身を浸す我々軍人というものは時として常識を失いがちなものです。
やはり一個の近代市民としての理性と常識を大切にしていきたいと思う次第。
皆さまにおかれましても、どうか善き隣人としての帝国軍人を御海容くださればと思うところです。

お久しぶりです。武運に恵まれ、また相まみえること叶い光栄に存じます。
帝国軍魔導少佐、ターニャ・デグレチャフであります。
皆々様におかれましては、一瞥以来ますますのご活躍とお伺いしております。

我々帝国軍人とて、皆様に笑われぬように全力を尽くす所存。

38度線を突破された?
落ち着くんだジョージ、逆に考えよう。
敵を包囲撃滅できる地点に誘導したんだと。
ほら、仁川逆上陸で袋のねずみさ。
はっはっはっ、今日も相変わらずライン戦線は地獄だぜヒャッハー。

とばかりに、各将兵らが奮起しております。
もう少し。もう少しです。
あとわずかな一撃で共和国軍を人として生まれた肥料としてやりましょう。
どうぞ、ご期待ください。

「攻勢計画第177号が発令されました。各隊、所定の手続きに従い戦闘行動を開始してください。」

気がつけば、HQからの作戦開始命令。

いつものライン戦線。いつものごとく繰り広げられる戦火。
そして、飛び交うのは人類が英知を集めて産み出したありとあらゆる『火』である。
ただ、今日は少し場所を変えてある上に条件が異なっていた。

「フェアリー01、コンタクト良好。第177号発令了解。行動を開始する。」

「ゲール01、コンタクト良好。作戦フェイズ2へ備え出撃待機中。」

「シュバルツ01、コンタクト正常。魔導ジャミングは想定内。第177号発令了解。所定の行動を開始する。」

前衛を担う魔導師大隊が後方の待機壕より進発。
同時に奇襲効果を狙って其れまで潜んでいた砲列が砲火を開く。
255ミリを筆頭に、各種砲弾の出し惜しみなき投入。
地図の書き換えが必要になるほどの鉄量がいともたやすく投じられる。

対する共和国軍の対応は散漫だ。
完全に混乱しきっており、のこのこと平地を進軍してきた挙句に身動きが取れなくなっている。
撤退するなり、防御陣地を構築するなりやればよいのだが。
司令部をおそった小隊は勲章モノである。
頭を吹っ飛ばされた共和国軍の混乱は見るに堪えない程哀れなものだ。

すでに後方を制圧済み。
現在進行形で海兵隊からなる逆上陸部隊が進撃中。
後方の補給線は完全に寸断済み。
いくら自前の物資があるとはいえ、ライン戦線に入りついていた共和国軍部隊が必要とする物資はいかほどだろうか。
歩兵の運搬可能量からして3日が限度に違いない。
そして、今日が運命の5日目。
まあ、温食を断たれた上に今はまだ冬である。

さぞかし寒さと飢えで震えていることだろう。

「・・・しかし、順調だな。」

本来、ターニャらは海兵魔導師らと合流する予定だったがここにいる。
当初の計画では、補給線打通のために反撃してくる魔導師への備えだった。
しかし、後方に浸透されたにもかかわらず共和国の抵抗があまりにも微弱なために送り返される始末。

稼ぎ時だ。
弱り切った共和国軍をぼこぼこにして昇進の機会を獲得するには絶好の好機。
摩耗しきった我が大隊だが、研修中の将兵らを数に数えれば一応数は揃う。
臨時編成の戦闘団としてみるならば、規模相応の戦力にはなるだろう。

「フェアリーよりCP。迎撃なし。繰り返す。迎撃なし。我前線壕突破。」

なにより、敵の抵抗はほとんど末期的状況。
通常ならば、雨霰と飛んでくる対空砲火がちょろちょろと上げられる程度。
散発的と形容するのも哀れなほど、弾薬欠乏は深刻らしい。

あっさりと。

本当に信じられないくらいたやすく、敵前線壕を突破し後方へ浸透できる。
ずいぶんと歓迎が手薄。
これがつい少し前まで戦っていた共和国軍かと問いかけたいほどだ。
本来ならば、魔導師なり戦闘機なりがでてくるはずの迎撃すらない。

おかげで、対地攻撃効率が演習場並み。
静止目標に対して上空から干渉式の術式を叩きこむだけの簡単な襲撃任務。
アフターファイブにいたころよりも容易な任務だ。
・・・あの頃は楽で良かった。

過ぎ去った過去のことに拘泥して効率を落とすのは趣味ではない。
だが、過去から学ばなければ行けないという視点で振り返るのは有意義だろう。

「ヴァイパーよりCP。若干の対空砲火のみ。損害軽微。突破に支障なし。」

「CPより各隊。エリア42に複数の魔導師反応。長距離観測狙撃式に警戒せよ。」

やはり、戦争は考えて頭を使った方が楽だ。
たまたま自分の隊だけが運に恵まれているのではなく、戦域全体で帝国軍が優勢を確立している。
隣の空域を担当するヴァイパー大隊が健在という事実。
CPが建前通りに、広域戦区を把握したうえで索敵・情報分析を見事に行う。

おかげで、危ない時には隣から救援が来る上に砲兵隊がきちんと支援射撃を撃ち込んでくれる。
こんな当たり前のこと。それが当たり前に行われるだけで、随分と戦争というものはやりやすい。

「フェアリー01より、砲兵隊へ至急。目標、エリア42。対魔導師制圧射撃を要請。」

いつもならば、いろいろと理由を付けられて受諾されないか渋られる援護射撃。
ところが、今日はわざわざ敵を誘引しただけあり砲兵隊の配置は完了済み。
それどころか大まかなエリア分けによって要請があると同時に砲兵隊からの支援が受けられるという理想的な状況にある。

「砲兵隊了解。現在観測射撃中、確認されたし。」

「前線管制官より各砲列、弾着確認。有効射と認む。」

まったく、ほれぼれするような熟練度。
観測されていたエリアに対して、魔導師が防ぎにくい大口径団による飽和砲撃が降り注ぐ。
重防御陣地や要塞ならばまだ耐えうるそれも、個人個人が構築した程度の簡易防御陣には荷が重い。
120㎜から255㎜の集中飽和攻撃。
それも、観測要員を抱えた砲兵隊による統制射撃だ。

「エリア42の沈黙確認!」

動けないところを叩かれては、魔導師といえども砲撃で押しつぶせる。
だからこそ、だからこそ嫌々ながらも私は空で戦うのだ。
まだしもそちらの方が砲弾に当たらずに済む。

いやはや、効率的とは素晴らしい。
こんな感じで、一方的に問題を処理できるのならば戦争というのも悪くはないと思えてしまう。
もちろん、資源の浪費であるので速やかな終戦こそが望ましいのはいうまでもないのだが。
まったく、共和国も意地を張らずに降伏すれば国家の人的資本を無為に損なう事もないというのに。

経済合理的観念を持ち合わせずに、全滅させるとは実にもったいない。
いっそ、相手が経済的な損得勘定ができると仮定して降伏勧告でも行うべきだろうか?
勝てない相手に全滅するまで抵抗しなければならない義務は軍人の義務を越えている。

ここまで追い詰められた将兵らに死ねというのは、国家が個人の人権を抑制できるとしても限度があるだろう。
というか、国家が権利を持つ個人に期待できる義務を大幅に超えている。
戦う事や国防についてはともかく、全滅する事まで義務ではないのだ。

『各第1梯団、作戦行動を開始せよ。』

しかし、何事でもゆっくりと落ち着いて考えられる状況でもない。
耳に飛び込んでくる友軍の無線からは、すでに作戦が次の段階に移行したことを告げている。
のんびりと飛んでいられる時間もあまりないらしい。
慌てるわけではないが、ややペースを上げて防御火点に対する攻撃を敢行。
わずかばかりの防御拠点を爆裂式で粉砕するだけだが、最後の組織的抵抗を挫くには十分すぎるだろう。
眼下を見下ろせば、右往左往する共和国軍と統制を保って進軍する帝国軍の姿が。

すでに、蹂躙戦とばかりにいくつかの帝国軍猟兵が突撃隊形を構築し始めている。
通常、防御陣地への突撃は犠牲が大きいがこちらが優越していれば話は違うのだ。
唯一の懸念材料とも言える機関銃を我々魔導師が潰している以上、本当にワンサイドゲームとなる。

共和国軍が降伏しないのは条件闘争のつもりかもしれないが、状況を理解しているのだろうか?
わずかばかりの損害を帝国に与える代償として全滅を選ぶのはあまり合理的とは思えない。
となれば、狂信的なまでに反帝国思想に駆られているか戦争狂か。
あるいは、まったく状況を理解できていない哀れな子羊か。

後者ならば、まだ説得のやりようもあるのだが前者なら最悪だ。
きっと、末期戦とか絶望的に蹂躙されるのが大好きな某親衛隊少佐のような奴が率いているに違いない。
そんな狂人の様な連中とお近づきにはなりたくないものである。

「空域警報!戦闘機複数のスクランブルを確認!」「敵魔導師反応確認できず。各隊、引き続き伏撃に警戒せよ。」

・・・どうやら、さすがに全く手をなにもうたないというわけでもないらしい。

まあ、いまさら戦闘機がでてきたところで遅いとは思うのだが。
しかし、危険かもしれない連中を相手にするよりは対空戦闘の方がよほど確率的には安全だ。
大隊に対地攻撃中止を指示。
ボックスを形成し、戦闘高度へ上昇するべく管制と交信。

どうやら、突っ込んでくる戦闘機は20機程度。

すぐに帝国軍の航空艦隊が迎撃するものの邪魔されたくないので少し遊んでやれとのことだ。
実に結構。本当にじゃれあい程度の戦闘に違いない。
なにしろ、魔導師と戦闘機は基本的にお互いが苦手だ。

小回りが利く一方で、速度・高度で苦しい魔導師。
一撃離脱に徹するしかないものの、打撃力を欠く戦闘機。
まあ、コストでは圧倒的に奴らが優勢らしい。
我々が落とされるよりも、連中が落とされる確率の方が高いので費用対効果は互角なので良いのだが。

「敵砲列、発砲!」

「被弾確認。各壕、損害を報告せよ。」

「戦域レポート。損害軽微。」

「対砲兵射撃!いっきに潰すぞ!」

下界で繰り広げられている戦闘という名の一方的な攻撃。
まったく、一発撃ち返されただけで敵陣地ごと粉砕できるほど余力があれば対地攻撃に加わった方が楽だったやもしれない。
とはいえリスク回避は合理的思考として当然必要。
今は、航空優勢なり制空権なりの実現に努めよう。

・・・それにしても。

この調子ならば、この戦争、勝てるかもしれない。


あとがき
orz ゴメンナサイ
テンションがおかしかった勢いで・・・。

誤字修正
ZAP



[24734] 第三十九話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 02:09
その日のことを、忘れないだろう。
少なくとも、大地に還るその日までは。




晴れ渡った冷たい夜。
ヴォーレン・グランツ魔導少尉は、ウールの付いた野戦用外套を着込んで当直についていた。
久しくなかった静かな夜。
近くで砲弾が着弾する炸裂音も、浸透襲撃を警戒する警報もならない平穏な夜。
ライフルの音すら無い夜は随分と久しぶりであった。

尋常でない速度での追撃戦。
疲れ切った兵士を休ませるために、大隊長殿ですら進撃を控えられている。
おかげで、というべきだろうか。

いつもならば、まず間違いなく夜間迎撃戦闘や浸透襲撃対策に追われているはずの時間帯にもかかわらず平穏無事。
安全と分かっている後方の基地ですら、夜間の奇襲対策でもう少し張りつめていることだろう。
もちろん、部隊が緩みを抱えているわけではない。
疲れ果てて泥ですらベッドにできるほど擦り切れていたとしても、だからこそ即応命令に応じられるのだ。
ただ、やはりどこか気持ちに余裕ができていた。

理由は明快。
単純に、共和国軍の過半を包囲せん滅し降伏させしめたからに他ならない。
共和国はその堅牢な要塞線から飛びだした時点で、すでに滅んでいた。
今となって彼らができることは、最後の悪あがきに過ぎないだろう。

故に、いつになく穏やかな夜が実現したのだ。
明日から本格的な市街戦。
二度目だが、これで戦争が終わるかと思えば幾分気は楽になる。
共和国を崩壊させるとまではいかずとも、帝国の安全は確保できるだろう。
そうなれば、この戦争で傷ついた国土の復興が待っている。

・・・先のことを考える余裕すらない激戦の日々を思い出し、周囲から気遣うような目線をもらう。

思えば、周りの事にも関心を払えていたのは随分と前の事のように思えてならない。
実際には、さして長くもない期間なのだが。
それだけに、これまでの激戦を思い返すだけの時間があった。
気分を落ち着かせるために、少しさめた珈琲杯を手に取る。

今までなんとなく飲んでいたが、思えばいい豆が使われているのだ。
当直故にアルコールの類は禁じられているが、大隊長の趣味で備え付けの珈琲はかなり充実しているのはありがたい。
よほど買い込んでいたらしく、考えごとをする時に代用珈琲とは無縁で済むのは正直助かる。

こんなことにも気が付けるようになった。
本当に、余裕があるらしい。

・・・大隊は、度重なる戦闘の摩耗によって再編されている。

補充兵らを組み込み、一部を他部隊から吸収。
実際、グランツ達が補充要員として臨時に組み込まれたのもその時だった。
事実上、教導完了と同時に組み込まれた形だろう。
現在では、母体となった203大隊に基づき帝国軍臨時混成第203大隊と呼称されている。

与えられたコードフェアリー。
妖精に違いは無いらしい。
とはいえ、連合王国の童話に出てくる妖精とは桁違いに邪悪だと自分ながら思う。
もっとも臨時編成という形だ。

戦争が終われば、上は本格的な再編を考えているのだろう。

そんな風に思考をこねくりまわしながら、珈琲を静かにすすった。
戦場ではありえないほど穏やかな夜だ。
機関銃と夜間擾乱射撃の砲火が途絶えるというので、逆に落ちつかないほどに。

「・・・落ち着きたまえ少尉。さすがに、挙動不審だぞ。」

だが、さすがに度が過ぎると周りから忠告されてしまう。
いやはや。
鉄の暴風が吹き荒れるライン戦線でもようやく寝られるようになったと思っていたのだが。
まだまだ、自分は先任達から見れば卵の殻が付いたままなのだろうか。

「すみません、ヴァイス中尉殿。」

以前、アレーヌ市で被弾し負傷されたヴァイス中尉殿。
幸いにも経過良好でつい先日ようやく復帰されたのは、大隊をよろこばせる知らせだった。
穏やかな人柄と、あちこちに気を配るヴァイス中尉殿には皆が助けられている。
本来ならば、当直士官は自分だけでよかった。
それをわざわざ実戦経験の感覚と勘を取り戻すため、と手伝ってくださっているのもその一つだ。

「まあ、気持ちはわかる。自分も正直落ちつかない。」

肩をすくめる中尉殿。
被弾した右肩ももう問題ないようだ。
つい先日は、退院祝いとさび落としを兼ねて大隊長と模擬戦を行えるほどだったしいよいよ復帰なさるのだろう。

しかし、中尉殿も落ち着かないとは。

「・・・やはり、違和感がありますか。」

「もちろんだ。我が大隊は結成以来常に最前線にあり、殿軍を務めたのだからな。」

苦笑して手にされた珈琲杯を飲み干すヴァイス中尉殿。
顔に浮かぶ苦笑は、激戦を潜り抜けてきた士官として面白がるようなものだった。
いったい、何故?

そんな疑問を久しぶりに抱く。

これまでの人生で考えれば、ほんのわずかな時間。
しかし、戦場暮らしはほとんど其れまでの半生に匹敵するほど長く感じられてしかたない。

「ああ、貴官らは知らなかったな。」

そして、グランツ少尉の顔に浮かぶ疑問の感情にヴァイス中尉は思い出したような顔をする。
てっきり彼も知っているものと考えていたが、思い出せばグランツ少尉らはようやく着任したばかり。
大隊の編成当初から残っている古参ではなかった。

着任した部隊の逸話というものを先任から聞かされる。
そんなごく一般的なことにすら時間が取れない程駆け足で彼らは組み込まれたのだ。

「いい機会だ。少し昔話をしよう。」

せっかくだ。
いい機会であるので、意見を交わしておくべきだろう。

そのまま、代わりの珈琲を従兵に言いつけるとヴァイス中尉はデスクの上で昔を思い出すように上を見上げる。

その横顔をみるグランツ少尉は、中尉殿もこんな表情をするような人だったのかと咄嗟に思ってしまう。

・・・自分が知っている中尉殿は、やはり中尉殿の顔をされているのだ。

大隊に馴染んだといっても、所詮まだ日の浅いということを彼もまた今更ながら自覚する。

「元々、自分は中央軍所属だったと知っているか?」

「いえ、初めて伺います。」

グランツらが配属されたのは、促成教育直後。
ほとんど時間的な余裕は一切ない状況でだった。
今初めて、自分達の先任の所属を聞いているというところ。

そうか、と頷き中尉殿は笑いながら何事かを暗唱された。

「『常に彼を導き、常に彼を見捨てず、常に道なき道を往き、常に屈さず、常に戦場にある。
全ては、勝利のために。

求む魔導師、至難の戦場、わずかな報酬、剣林弾雨の暗い日々、耐えざる危険、生還の保証なし。
生還の暁には名誉と賞賛を得る。』」

聞き覚えは?と促す目線。
だが、答えを聞くまでもなく理解できていないグランツ少尉の表情。
聞くまでもないかと、続きが紡がれる。

「203大隊に志願する際にいわれたことだ。生きて帰れると思うな、とね。」

苦笑を浮かべるその表情は、色々な感情がこもっていた。
後悔の情に、わずかな自嘲。そして、溢れんばかりの懐古の思い。

「若かった自分は、力量を過信して愚かにも英雄になれると思った。魔導師というのは自分を過信する。」

「いえ、中尉殿。中尉殿にそのようなことは。」

「いや、いい。事実だよ。そして、少佐殿に叩きのめされた。あの訓練は本当に生まれ変わるようなものだったよ。」

問答無用で雪山で蹴飛ばされ、砲兵隊の的にされ、息も絶え絶えになりながら高高度を飛ぶ。
本当に、良くやり遂げたものだとおぞましい経験に慄きながらもヴァイス中尉は本心から呟いた。
二度も心肺停止になりかけるおぞましい何かを、訓練というならば訓練なのだろう。
実際、下手をすれば実戦よりも訓練の方が恐ろしいほど過酷を極めていた。

そして、其れゆえにヴァイス中尉は確信している。

なにかきな臭いのではないかと。

考えても見てほしい。
訓練というものは、金がかかるものだと中尉は立場上知悉している。
大隊の演習費用は下手な連隊並みに使っているほどだ。
無駄を極端に嫌う大隊長殿の下にあるにもかかわらずである。

あの無駄を嫌う大隊長殿が訓練の方が温いと感じられる程度の実戦を想定していたのだろうか、と。
デグレチャフ少佐殿の副官として理解しているのは、単純明快な原則だ。
実戦が温いならば、訓練はほどほどで前線に投入。
実戦形式の訓練を兼ねることで、出撃して戦果をあげつつ部隊の教導を図っても何ら不思議ではない。

というか、グランツ少尉らの教導はほぼその形式だった。
故に、大隊長殿の思考方針が大隊編成時には徹底した精鋭選抜主義だったのが促成栽培に変化したのには理由があると言っていい。
それは、一種の信頼と言い換えても良いだろう。

なにかあるのだ。

『とにかく、頭数でも良いから魔導師を必要とする理由』とやらが。

それだけに、ヴァイス中尉はグランツら新規加入組を気にかけていた。
グランツ少尉は良い士官になるだろうと。
大隊長殿はとやかくおっしゃらないにしても、彼らの様な新規加入組にもそれとなく現実を伝える。

それが、ヴァイス中尉なりの気配りだった。






おはようございます。
今日は。
おやすみなさい。

どの御挨拶が適切かは存じませんが、皆様ご機嫌よう。
本日は残敵掃討が続く帝国軍ライン戦線より親愛なる帝国の皆さま並びに世界の皆さまに御挨拶を申し上げます。
御挨拶は、帝国軍より魔導少佐を拝命しております私ターニャ・デグレチャフが行わせていただく所存。

ご覧になれるでしょうか。
ここが、これが、かつてのライン戦線です。
豊かな緑も、憩いの場となる小川もすべて砲弾によって掘り返されてしまいました。
私も多くの戦友とこの地で過ごし、ある者はここにはもういません。
彼らのある者は癒えぬ傷を負い、またある者はヴァルハラへ赴きました。

そして、私と私の大隊は一時期ここを後にしたのです。

ですが、ですが!
ついに私達はここに戻ってきました。
一時的に後退し、共和国軍主力を誘引。
包囲撃滅後、逆上陸を敢行した海兵隊と合流して遮るものとてない道をパリースィイへ。
そう、エスカルゴ共のパリースィイへ進軍しているのです。

さすがに、というべきか。
あるいはここまで抵抗がなかったのは不思議というべきか。
我々先鋒を努める魔導師らはパリースィイ外縁部でようやく共和国軍と接敵したところです。
これまで抵抗がなかった共和国軍による抵抗に遭遇。
このため進軍のペースはいつもよりもやや低調ですが、そこまで悪いものではないでしょう。

見る限りではパリースィイ駐屯の部隊を中心として、二個歩兵師団。
塹壕と重砲に援護された防御陣地であれば、脅威たりえたのでしょうね。
首都で市街戦をやるわけにもいかず、外縁部にでてきたばかりの連中に防御陣地構築の余裕を与えるほど間抜けでもありませんが。

「フェアリー01よりCP。事前情報通りだ。二個師団規模の歩兵が防御陣地を構築中。」

「了解。友軍機甲師団到着まで阻止行動に努めよ。」

最近は楽な仕事で実によい。
そう思っていたら、情報部が珍しくまともな情報を持ってきた。
曰く、パリースィイ外縁部に共和国軍が防衛線を構築中。

おかげで待機の予定が、偵察兼対地襲撃任務に変更。
手当が割り増しになることを喜ぶべきか、休暇が削減される事を嘆くべきか。

「フェアリー03より、01。諸元入力完了。砲兵隊へ観測諸元送信済み。」

「フェアリー01了解。以後、観測に専念せよ。」

どちらにしても、この空は実に平穏だ。
共和国の間抜けどもは、首都に対空砲をでかでかと設置するのは美観を損ねるとでも思ったのだろう。
あるいは、ここまで戦場になるという危機感を国民に与えてはならなかったのだろうか。
ともかく確認されている限りで対空砲火は極めて脆弱だった。

実際に飛んでみても、40㎜連装対空機銃が辛うじて若干程度確認できた程度だろう。
127㎜高射砲に至っては、全く見受けられない。

おまけに、本来魔導師が戦場において最優先で狩るべき敵重砲なぞ影も姿もない。
ついでに言えば、この戦場で見受けた最大の火力は旧式の野戦砲程度。
一番厄介だと思えるのは、歩兵が中隊毎に有する迫撃砲程度だろう。
近接戦闘時に、重砲では誤射の危険性が高い時に歩兵が使用しうる最高の火力として、警戒が必要だ。

最も、それも程度問題。
それとて飛んでいればほとんど脅威とは程遠い。

「フェアリー03より大隊各位。砲兵隊による観測射撃の射線に留意せよ。」

やれやれだ。

友軍の180㎜重砲に吹き飛ばされたくはない。
一応、安全圏のはずだが余裕を持って上昇を決断。

上昇によって、多少陸上の動きが視認できなくなるものの問題が生じる程でも無し。
幸いにも、80㎜を中心とした野戦砲が中心の敵師団を砲兵隊が釣瓶打ちにする間は高みの見物をしゃれこもう。
180㎜と80㎜では射程に違いがありすぎるため一方的な展開になる。

文字通りのアウトレンジ戦術。
これは、随分と楽ができる。
まあ、爆撃任務ではなく対地襲撃任務なので軽装故に少し寒いが。

それにしても、お出迎えが来ないとは。
・・・准将閣下の読みが外れたということだろうか?

「フェアリー01よりHQ。所定の空域を確保。抵抗なし。敵魔導師をみず。」

確かに、帝国軍は快進撃を続けてきた。
しかし曲がりなりにも首都パリースィイまで進軍されていながら抵抗がないとなれば何かがおかしい。
いや、共和国軍の抵抗が見られないというのは理解に苦しむ事態とも言える。

そして、首都上空で旋回飛行可能とは!
予想外を通り越して、信じがたい状況だ。
何か悪い策謀に引きずり込まれているのではないかと危惧したほうがまだ現実味があるほどにひどい。
というのも本来は予想されていない事態に他ならない。
従来通りの見込みでは、がちがちに固められているはずの空域。
魔導師というのは、伏撃や邀撃に際して隠蔽が容易な兵科だ。
だからこそ、わざわざライン戦線では強行偵察で穴倉から引きずり出していた。

当然、首都に対空砲といった目立つものがなくとも魔導師程度はいるに違いない。
誰もがそう考えていたし、今なお伏撃を警戒する声はかしこにある。

それこそ、帝都上空を共和国軍が飛べないように共和国首都上空は相応の迎撃があるだろう。
対魔導師戦闘を意識して飽和攻撃で防御膜と防殻を撃ち抜かんと弾雨が来るはずのエリアに違いない。

そんな事前予測はほとんど抵抗なく将兵にも受け入れられるものだった。
にもかかわらず、弾一発飛んでこない。
無抵抗主義者が過半を占めているとも思えない以上、敵がいないということだろうか?
インターセプトするべく上昇してくる魔導師どころか、対空砲すらいないとなるとむしろ不気味だ。

ペンウッド卿のように敵もろとも自爆してやるという義務に忠実な人格者でも立てこもっているのだろうか?

いや、一応首都だ。
自爆で吹き飛ばせるほど政治的には軽くないだろう。

「HQ了解。弾着観測を継続しつつ警戒せよ」

だが、それが気になるとしても今はまず別のことに専念しなくては不味い。
軍は市街戦を忌避し、市街地に敵が立てこもる前に粉砕することを意図している。
其れ自体には異論がない。意図は正しいと言える。
厄介な市街戦で一区画ごとに掃討戦を行うよりは、包囲せん滅の方がよほど楽だ。
なにより、効率的である。

しかし、砲兵隊が粉砕に手間取ると後退を許しかねない。
あるいは抵抗を断念した敵部隊が自発的に下がることもありえる。
そうなれば、後背を抑えることで退路を断つ必要が生じることになるだろう。

当然ながら、空挺部隊の手配はされていない以上魔導師が代役を申しつけられる。
下手をすれば、自分の部隊が降下強襲任務に従事する可能性もあるのだ。
もちろん塹壕戦に比べれば随分とマシなのは事実。
しかし、敵の支配下真っ只中の市街地で伏撃を受けるかもしれないという危惧は楽しくない。

やらずに済むならば、そちらの方が良いに決まっている。

敵の動きと、地形を頭に叩き込みつつ砲兵隊の活躍を祈念するほかにないだろう。
一応、対地支援射撃で退路に脅威を与えることで拘束できないか検討するべきか。

「フェアリー了解。引き続き、警戒に当たる。」




共和国国防次官兼陸軍次官、ド・ルーゴ少将はその端正な顔を苦々しく歪めながら船上にその身を置いていた。

自らが立案したことといえども、この事態は不愉快極まる事態。
『大陸撤退』プラン。
人生において、これほど屈辱的な仕事といえばド・ルーゴ少将には他に思い当たらないだろう。
誇り高き共和国軍人として歩んできたド・ルーゴ少将の胸中は屈辱感と憤りに満ち溢れていた。
共和国の栄光を信じて死んでいった兵士たちや戦友ら。

その挺身があればこそ帝国の注目を首都に引き付けることができていた。
彼らが懸命に稼ぐ時間。
それは、共和国の命脈をつなぐ何よりも貴重なものだ。
一刻たりとも無駄にはできない。

フィニステール県、ブレスト軍港。
それは残存する共和国軍艦艇の停泊地として知られる軍港だ。
そこに、ほぼかき集められるだけかき集められた船舶が帝国に悟られぬまま集結に成功。

重装備や希少資源を含む多数の物資を満載し多くの兵員と共に彼らは離脱する。
守るべき国土、守るべき人々を置き去りにしてだ。

東部方面軍の壊滅によって崩壊すると見られた対帝国戦線の再編問題。
不可能と見たルーゴ少将は本土放棄を決断し実行しているが、彼にしても国土を放棄することへの躊躇いは強かった。
せめて、せめて後2週間早く連合王国が介入を決断していれば。
いや、あるいは10日でもいい。共和国軍主力が包囲撃滅された時点で連合王国が動いていれば。

そこまで考えかけてド・ルーゴ少将は考えても埒の明かないことだと自分に言い聞かせた。

「・・・進展状況は?」

そして、過ぎ去った好機の事は思考から追い出すべく頭を切り替える。
帝国軍に撃滅された主力は訓練され武装された精鋭だった。
これを失ったことは痛恨の極み。

だが、まだ共和国軍には纏めれば相応の兵力がある。
もちろん、分散配置されたままでは各個撃破か武装解除の対象に過ぎない。
しかし、しかしだ。

これを組織的に脱出させることができれば纏まった軍団が温存できる。
それこそ、機会を伺えば帝国に痛打を与えることも不可能でない程度の兵力が。

「第三機甲師団乗船完了しました。現在、第七戦略機動軍団より集成旅団が乗船中」

虎の子の戦車師団。
辛うじてロールアウトしたばかりの新型演算宝珠と新型主力戦車を装備する第七戦略機動軍団。
これらが合流できたのはこの惨事にありながら不幸中の幸いだった。
おかげで質的改善の著しい帝国軍魔導師にも対抗できる。

大半の魔導師は機動力にモノを言わせて既に集結済みだったが、首都近郊の第七戦略機動軍団の合流は微妙だったのだ。

これらの兵力を見ればド・ルーゴ少将ならずとも確信できるだろう。
まだ、戦える。
まだ、負けたわけではない。
と。

なにより、不完全燃焼にもほどがあるのだ。
確かに共和国軍の多くはライン方面に配置されたが、残存部隊とて決して無視できる規模ではない。

第一ラウンドは相手にとられたとしても、最終ラウンドで立っているのは共和国ということもありえなくはないと叫びたいところだ。

故に、反転攻勢を見越して彼らとしては手持ちの戦力をかき集めたいところである。
だが同時に、作戦の性質上時間の制約にも直面していた。
長引けば長引くほど機密が露呈する可能性は高まる。
そうなれば、今手元で集結しつつある反攻の中核となるべき兵力が悉く叩かれかねないのだ。

当然、指揮官としては時間と他部隊の集結度合いで決断を迫られる。

「・・・特殊作戦軍は?後どのくらいで合流できる?」

そのような状況下でも、なおド・ルーゴ少将が期待して待ち望んでいるのが共和国特殊作戦軍という精鋭らだ。
特殊な任務遂行を前提とした精鋭らからなる魔導部隊。
中でも、あのアレーヌから生きて帰ったビアント中佐らの力量と経験はこれからの戦いにおいて大きな力になろう。

彼らが合流に成功すれば、選択肢が格段に広がると参謀らも推察していた。
だが、それでもリスクも小さくないのが現状なのだ。

「10時間程度を見込んでいます。パリースィイからの急行となると追撃を受けている可能性すらありますが。」

・・・追撃を受けている場合、最悪のケースで追跡してきた帝国軍部隊にこちらの存在を感知されかねない。

そうなれば、これまでの努力が一瞬で崩壊しかねないだろう。
恐るべき可能性だ。
さすがに、このような状態で受け入れられるものではない。
彼らを見捨てていくべきではないだろうか?

一部ではそんな意見すら出かけている状況だ。

「・・・10時間後に出港だ。魔導師ならば洋上でも合流可能。時間内に最大限積み込みを行え。」

だが、ド・ルーゴ少将はぎりぎりまで待つ決断を下す。
積みこみと時間の制約。
その両者が許す限界まで待つことを決断したのは一つの賭けだった。

それはハイリスクではある。
そして成功すれば大きなリターンも意味した。

「それよりも、問題は海路だ。状況はどうなっている?」

「第二護衛艦隊よりの定時連絡ではオール・グリーン、と。」

だが、まずは退路を確保しなければならないのも事実。
そして船舶のルートは一応、帝国軍の影響下から依然として自由だった。
なにしろ帝国海軍は共和国海軍を圧迫したと確信しているが、それはいくつかの限定された条件下で辛うじて成立した状態だ。
正面から戦うだけが海軍の戦い方ではないと、教育してやれるだけの戦力は今だ健在である。

なにより、連合王国海軍を加えれば圧倒できるのはこちらなのだ。
帝国軍の戦略的柔軟性はあまり豊かではないと予想された。

「第14独立潜水戦隊より入電。ノーコンタクト。ルートはクリアです。」

そして幸いにも帝国軍はこちらの動向に感づいていない。
もしも、察知していれば物資を満載した船舶の逃走など許すはずもないだろうが。
今のところ、その様な兆候は一切確認されていない。
連中の行動基準からして、感づくのはしばらくたってからというのはありうる予想というところ。

もちろん一度脱出を成功させてしまえば、帝国は感づくだろうという事は予想できる。
だから、チャンスは一度。
たった一度の機会に賭けねばならない。
その一度が成功するかどうかは、共和国軍の動きを帝国に怪しまれてはならないという事が条件だ。
或いは、その目をどこかに逸らしてしまえばよい。

「在連合王国大使館よりレポート。敵主力は“演習中”の連合王国艦艇がホストを遂行中。」

そして、間抜けというべきか恒例というべきか。
突如として“抜き打ち訓練”という名目で連合王国本国艦隊が緊急演習を領海至近で敢行した。
おかげで、帝国軍の主力艦隊と航空・魔導戦力はそちらに張り付きこちらはフリーハンドを得ている。

集結中の船舶にほとんど損害が出るような妨害がないことからして、相手はこちらの動きに感づいてはいないのだろう。
現状、軍港付近で不審な帝国軍の軍偵といった不審人物の発見報告もない。
過信は禁物だが、決して絶望するには値しない状況だ。

「・・・ありがたい援護ですな。」

「なんとしても、生き延びて反攻を。」

「南方領域からの反攻作戦。臭くて耐えがたい連合王国の飯を齧ってでも戦い抜きますよ。」

部下らの戦意も衰えてはいない。
少なくとも、まだ、まだ戦えるのだ。
祖国を一時的に帝国の手に委ねることになろうとも、最終的には母なる土地を取り戻す。

「なんにせよ、これからだ。」

心中の固い決意。
その感情を抑制しつつも、呟く口に込められた思いは闘志に満ち溢れていた。
ド・ルーゴ少将は愛国者だ。
国を愛し、祖国を愛し、祖国の栄光を信じて止まない。
偉大で無い共和国とは、共和国ではないのだ。

なればこそ、なればこそ彼は共和国のために無条件の奉仕を行ってきた。
祖国の栄光と名誉のために半生を軍務に捧げてきたのだ。


あとがき
システム情報風
共和国?
⇒大陸よりこっそり退却中
エスコンの大陸戦争序盤的な何か?
ド・ルーゴ少将閣下の活躍にご期待ください。

連合王国
⇒準備運動が完了したようです。
ジョンおじさんの愉快な冒険譚にご期待を。

アカども
⇒アップを始めた模様です。
汚泥と泥濘の準備は冬将軍次第です。

民主主義の武器庫
⇒営業計画の策定を開始しました。
もちろん、孤立主義ですが大統領閣下はやる気の様です。

帝国
⇒シューゲル技師が期待に応える準備を始めました。
『こんなこともあろうかと』!

※アンドリューWTN特派記者がロンディニウムで活動しています。
※ゼートゥーア准将が少将に昇進するかもしれません。
※存在Xが信仰心の充足度会いに満足しています。

※誤字加筆修正
ZAP



[24734] 第四〇話(外伝追加)
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2011/11/13 23:03
追撃戦をやる時は、速度が大切。
そんなわけで、更新速度も速度が大切。
珍しく、更新速度を上げてみたりします。
長続きしませんがorz

それにしても、ここまで続くとは思っていませんでした。
ご愛読に感謝を。できれば、これからもご愛顧ください。
四〇話まで来れるとは・・・。





その光景は、まともな軍人にとって信じがたい光景であった。
直視に耐えないと言ってしまっても良いだろう。

血を吐くような呪詛。
胸倉をつかみあげる手は力強いが同時に酷く小さな手。
歪んだ表情と嘆願するような声色は、破滅を避けるための請願。
いや、救いを求めるような歎きの声色ですらある。

「一時間で世界を手に入れるか、全てを失うかが決まるのです!」

規律も、規範も、軍規も。
模範的と誰からも、それこそ彼女を本能的に忌み嫌うレルゲン氏ですら認める軍人がだ。
周囲の眼も憚らず、一切合財それらをかなぐり捨てて上官の胸倉をつかんでほとんど脅迫まがいに叫んでいる。

百戦錬磨の野戦指揮官。
無理難題を平然と成し遂げる練達の将校。
艦隊の防空網に気軽に突入できる恐れ知らずの魔導師。
暗い夜の帳を我が物顔で徘徊する夜戦のプロフェッショナル。
おおよそこの世で最も恐怖という感情とは程遠いであろう賞賛を一身に集める人物がだ。

誤解の余地のないほど顔を青ざめて叫んでいた。

「たった、たった500キロ!そこに、世界のカギがあるのですよ!?」

右手で指し示された地図。
つい先ほど、発見の報告があった不審な輸送船団が位置するのは共和国軍要衝のブレスト軍港。
重厚な防御陣地と残存艦艇からなる防御力は堅固を極めるだろう。
そんなところへの強襲要請。
まともな指揮官ならば、誰もが二の足を踏む。
そんなことは、彼女とて言われずとも理解していよう。

にもかかわらず、ほとんど動顛した彼女は攻撃計画を主張してやまない。

「今、今しかないのです!どうか、どうかブレストを、共和国を沈める兵力を。」

「少佐殿、デグレチャフ少佐殿!落ち着いてください、少佐殿!」

「閣下、どうか兵をお出しください。あれを、連中を取り逃せば、必ずや帝国の禍根となります。」

事態を見かねた衛兵らが恐る恐る間に入ろうとするが、激昂するデグレチャフ少佐は一切の制止を寄せ付けずに叫び続ける。

手負いの獅子ですら、これほどまでに恐ろしくはないだろう。
衛兵らとて訓練を受けて相応の腕っ節がある。
だが魔導師を相手にするのは気の乗らない任務の筆頭だ。
曲がりなりにも、軍人ならば魔導師相手の厄介さというのは体で理解している。
まして、相手は柏付銀翼突撃章保持者。
ほとんど、人間兵器とまで形容される戦功と武勲を賞するものだ。
“白銀”の二つ名は、後方においても確固たる戦果と共に響き渡っている。
敵ならば近づきたくもない相手に違いない。

「閣下、お願いです。どうか、どうかご再考を。帝国100年を思えば、今しかないのです!」

「・・・っ、デグレチャフ少佐!貴官こそ、落ち着け!」

「ブレスト陥落は時間の問題だ。無為に兵力を消耗する必要はない!少佐!」

躊躇う衛兵らをよそ眼に見つつ、参謀らが制止の声を張り上げる。
彼らにしても、腕づくで説得できるとは考えていない。
だが、彼女ほどの軍人ならば言葉で説得できるのではないだろうか。

そう考えて、彼らは声を張り上げ説得を試みる。

「ああ、どうかご理解いただきたい。時間です。時間がないのです!閣下!!」

だが、普段ならば言葉を必要としない程に物分かりの良い彼女は頑として引かない。
それどころか、焦燥感もあらわに全力出撃を主張して止まずにいる。

まるで。
いや、間違いなく何かに怯えるかのような表情でデグレチャフ少佐は嘆願する。

「閣下、連中はこそこそと逃げ出すつもりです。ネズミのように祖国を捨てて!」

・・・だからどうだというのか?

思わず疑問を抱く参謀らだが、彼らは間違っていない。
およそ軍隊というのは平時においてすら大食漢である。
補給の途絶えた軍隊の末路というのは哀れなもの。

なにより、寄る辺のない軍隊など崩壊も時間の問題なのだ。

それらを考えれば、ブレスト軍港に集結している共和国軍は防衛線再編用の部隊に違いない。
多くの軍人らは、そのように分析してむしろ逆上陸を警戒するべく行動していた。
なるほど、自分達が行ったように後方に上陸されて補給線を脅かされては厄介だろう。

「ならば、奴らが自滅するだけ。其れだけではないか!」

何を恐れているのか?
孤立した軍隊を屠ることなぞ、さほども難しくはない話。

だが、一抹の不安を覚える者がいないでもない。
なにしろ眼の前でほとんど狂乱仕掛けている将校の頭脳は折り紙つき。
陸軍大学の俊英にして、参謀本部の秘蔵っ子という評価ですら過小評価とされる戦略家としても知る者は知っている。

「自滅?ありえません!奴らは、いや、奴は反攻の戦力を逃すつもりなのです!断じて逃がしてはなりません!」

それでも、目前でほとんど声も絶え絶えに叫び続けている姿からは其れが理解できない。
懸命に訴えてくる姿には、見る者全てに対して何かを訴えていることが分かっても内容が分からないのだ。
何故、そこまでこだわる?
何故、そんな結論に至る?

「根拠のない空論だ!防衛線再編か逆襲用部隊と考えるのが妥当極まる!」

「アレを、あれだけ取り逃がせば帝国の勝利が揺らぎます。何れは崩壊に至りますぞ!」

幾人かが、考えようと努める。
だが、無情にも既に遅すぎた。

“帝国の勝利が揺らぐ。何れは崩壊に至る。”

そんな叫び声に対する反応は、発言者の意図したものとは異なる結果を産んでしまう。

「っぇえい、少佐を取り押さえろ!少佐、いい加減にしたまえ!」

しびれを切らしたのか、制圧命令が下る。
しぶしぶという態で衛兵とデグレチャフ少佐の部下が彼女を引きはがしにかかる。
大の男5人がかりでありながら、彼らは渾身の力を必要としたという。

「閣下、どうか、どうか。閣下、閣下!!!」

その叫び声は、ひどく耳に残るものだった。



故に、ブレスト軍港は滅ぼさねばならないと思います。

ごきげんよう、親愛なる帝国同胞ならびに朋友の皆さま。
親愛なる帝国を脅かすものは、撃滅されるべきでありましょう。
故に、ブレスト軍港は滅ぼされるべきだと小官は信じております。

また御尊顔を拝し奉ることができた事を大変名誉に思っております。
小官こと、ターニャ・デグレチャフ少佐は現在共和国領土の残敵掃討ならびに制圧行動中であります。
当然、将来に禍根を残すような残敵を残すわけにはまいりません。
故に、ブレスト軍港を襲撃して禍根を断たねばならぬと確信しております。

皆さま、どうかご理解を頂きたく思うのであります。
小官は軍人として為すべきことを為さねばならないのだと。
これは、必ずしも小官の本意ではないと。
ただ、ブレスト軍港を滅ぼさねばならないと確信していることを。


「大隊、傾注ッ!」

急遽召集された指揮官会合。
そこに集めた将校らを一瞥しつつ、ターニャは自問自答する。
ド・ルーゴ少将、実に不吉な名前だ。
不吉極まる名前と言っても良い。
まるで、核実験やNATOからの離脱を宣言しそうな名前だ。

自由共和国とか称しそうな実に禍々しい臭いがする。
断じて、断じて逃がしてはならない。

全くふがいないことに、上級司令部はこの具申を理解してくれないのだ。
では、単独でどのように叩くか?

何もしないでいれば波風は立たないが、それでは本末転倒も甚だしい。
ルーデルを思い出せば、出撃が敵国に咎められることがないのは明白。
つまり、この行為が戦後になって軍事裁判ものでないことは大丈夫だ。

むしろ、捕虜虐待とかが怖い。

ならば、出撃するという前提で考慮しよう。

つい先ほどまで懸命にあがいてみたが、コンタクトが取れたのはV1使用時にコンタクトしていた潜水艦部隊だけだ。
やりたくはないが、単独で襲撃を敢行するほかにないだろう。
幸か不幸か、すでにあるV1を使用すればブレストまでは妨害を受けることなく突破可能。

そうなれば、最低でもド・ルーゴ少将には御退場願える。

いうなれば、これは台頭著しい新興企業に対する敵対的公開市場買い付け。
特許や資産を押さえておかねば、将来我が社にとって脅威になるものを排除しなければならないという合理的決断。
ましてや、ここで叩いておければ随分と楽になるはずなのだ。

躊躇うことなく介入するべき事態であって、それを躊躇して後世からなんと不合理なと笑われるのは我慢ならない。

「御苦労。諸君、ブレスト軍港を襲撃する。」

ヴァイス中尉が音頭を取ってこちらを見ていた将校ら。
その顔が唖然とするのは初めてみた思いである。

戦争好きの部下たちだ。
喜ばれる事はあっても、唖然とされる事があるとは思ってみないだけに少々面食らう。

人事として、部下の動向はきちんと理解できていると思っただけに私もショックである。
まさか、部下の要望と希望をマネジメントするために理解できていないとなれば自分の無能を証明することに他ならない。

・・・いや、まあ冷静になって考えよう。

今ここで決断をするのは保留。

「大隊長殿!?、それは・・・。」

「独断専行だ。そのための参謀本部直轄部隊。そのための独自行動権である。」

持っていて良かった独自行動権。
通常の指揮統制系統が大混乱する事この上ない権限だが、プロジェクトチームとして考えれば理解しやすい。
直属の上官以外には、容喙されないというのは社長特命の重要プロジェクトを任されたと考えればよいだろう。

とにかく、必要なことを最小限度行うだけで問題が解決できるとすればこれほど効率的なこともない。
医学的に考えても、悪くなる前に予防する方が楽なのは明白。
なにより、医療費も抑制できるというではないか。

予防接種一本で防止できるならば、するべきだ。
それによって社会コストがどれだけ抑制できるかと考えてみれば、実に予防医学は素晴らしい。
今回のド・ルーゴ将軍に御退場願う作戦も予防医学の概念に近いのだ。

疫病は防がねばならない。
防がねば、取り返しのつかないコストを社会が払わされる。
それだけは、それだけは避けたい。

「し、しかし、我が大隊だけでブレスト軍港を襲撃できるとは到底思えません。」

理屈の上では、ブレスト軍港の防備は厳重極まるだろう。
だが、恐れるには足らない。
なにしろ、連中の防備は対艦対地を想定しているからだ。
つまりブレスト軍港の防備は航空技術や魔導師の降下襲撃戦術といったものを想定した防備ではない。

「問題ない。連中の防備は時代錯誤の代物。まして、正面で無い以上更新も急がれたとは思えん。」

場所柄か、ブレスト軍港は天然の良港だ。
元々嵐を避けたり大型艦船の入港には最適な自然状の地形と容易に地上軍が接近しにくい地理的特性。
古代より、艦隊の根拠地として活用されてきたのは其れなりの理由がある。

だが、同時に仮想敵国である帝国から遠いという事は連中にしてみれば安全な後背地ということにもなるだろう。
一刻を争う軍備拡張競争において、正面以外の更新に使える余力は多くない。
そんなときに、安全と見なされているブレスト軍港にそれほど装備を割いているだろうか?
艦隊の防御力と火力を防衛に使えると期待していたとすれば、ブレスト軍港の防御力は言われるほどではないのだ。

なにしろ、WW2末期の防御火力に比べれば現在の対空砲火なぞ豆鉄砲も良いところ。
こちらが襲撃を徹底的に長引かせない限り損耗率は抑制可能に違いない。
なにより、なにより連中には実戦経験が不足していることだろう。

撤退する部隊というのは、温存されていた部隊だ。

ライン戦線で地獄の洗礼を潜り抜けてきた連中は、あらかた屠ってある以上訓練されていようとも付け込む余地はある。
曲がりなりにも前線で戦ったことがあるかないかという差はかなり大きい。

「加えて、ブレスト軍港近隣に展開中の友軍潜水艦とコンタクトが取れた。」

そして、ブレスト軍港近隣に友軍の潜水艦が展開していることも確認できている。
まあ、脱出阻止というよりは通報艦程度の役割が期待されているだけだが。
それでも、回収してもらえば反復攻撃も水面下での離脱も可能になる。
選択肢が大きくなるのは喜ばしいことだろう。
なにより、潜水艦隊司令部に邪魔されない限り魚雷攻撃に同調して洋上襲撃も可能だ。

「V1によってブレスト軍港を直撃、その後は潜水艦に収容してもらい反復攻撃を行うというものだ。」

もちろん、使いたくはないがシューゲル主任技師の発明品はこの作戦において重要な役割を果たす。
アレがあれば、防空網の迎撃も友軍の制止も振り切れることだろう。
なにより、満載された燃料を船舶に直撃させれば其れだけで対艦ミサイル並みの戦果は期待できた。

48本の対艦ミサイルと考えれば、相応の戦果がでるだろう。
半数が命中するとしても、24隻。
戦果としては十分すぎる。
そこに魔導師が襲撃をかけると考えれば、ド・ルーゴ少将閣下を大将閣下に特進させられるに違いない。

いや、絶対にして見せねばならない。
奴は元帥になるよりも、二階級特進を贈呈してやるべきだ。

「質問があります。」

それに対して、部下らから提示されたのは疑義だ。
わかりきってはいるが、彼らを上手く納得させなければ躓きかねない。
慎重に、それでいて何ら後ろめたいことがないという態度で鷹揚に頷く。

「何か?」

「大隊長殿、V1は何処から持ってまいられるのですか?」

厄介な質問だが、答えは用意済み。
対応は可能だ。
曲がりなりにも、軍法会議に巻き込まれないための必要最低限度の理屈だけは用意してある。

本当に、必要最低限度に過ぎないが。
いや、大義名分というものよりも時間が最低限稼げればこの際文句はない。

給料以上の仕事をするのは臓がねじれるほど苦痛だが、自分の命のためだと思えば止むを得ん。

「何を言っている。シューゲル主任技師から実戦テストの要請を受けているではないか。テストしてやるだけだ。」

こんな時に役に立つとは皮肉だが。
技術廠から実戦データの再習得と微調整が施されたV1の再試験要請を受諾している。
あんな連中だが、たまには役に立つらしい。
おかげで、少なくともブレスト軍港を襲撃するための手はずが整えられる。

「・・・独断専行を越えて、越権行為と取られかねませんが。」

「動かねば怠慢だと言われるだけだ。ともかく、行動を開始せよ。」

後世の歴史家に笑われるのも我慢ならないし、何よりこの戦争が帝国の勝利で終わる可能性もある。
ダンケルクで撤退に成功しなければ、英軍と仏軍はブリテン本土防衛線を戦い抜けたことか。
いや、それだけではない。
ブリテン本土防衛のために必要な戦力をかき集めた英軍ではヘタリア軍でもそこまでボロボロになっただろうか?
それどころか、もっと考えてみればわかる話だが。

ブリテン本土を潰せば後背地の懸念なくソ連とドイツは戦えたのではないのか。

・・・極論を言えばここで叩いておければ帝国はこの二の舞を避けることができる。

ならば、ならばこれで戦争が終わるという事もあり得るのだ。
そうすれば、これ以上の危険もなくなる。





行動開始命令後しばしして。


順調な出撃用意を眼で確認し、デグレチャフ少佐は満足げに部隊を見渡すことができた。
整列する大隊要員と連れてこられたV1を運用するための技術者と整備兵。

ほとんど強奪寸前ながらも技術廠の要請を盾に後方のデポから吐き出させたV1はすでに滑走路へ並べられている。
長距離襲撃を想定して燃料を積むための増槽タンク付きのV1。
加えて、破壊力を増すために250キロの爆薬を搭載している。
音速でこれが突入してくれば、大抵の船舶は轟沈するだろう。
戦艦ですら、耐えきれるかどうか。

そんな光景と予想はターニャをしてかなり気分を良くするものだった。
ド・ルーゴ少将閣下がどれを旗艦にしているかは不明でも、戦艦を全部狙えば一発くらいは当たるに違いない。
その予想だけでも、彼女にとってみればかなり愉快な予想である。

最悪、ド・ルーゴ少将閣下に御退場いただくだけでも十分な配当が期待できた。
もちろん彼が連れて行こうとする残存部隊を叩くだけでも相応の成果がでるだろうが。

「・・・大隊長殿、部隊の集結が完了いたしました。」

「結構。V1の調整は完了したな?」

そんな高配当の期待とは裏腹に、部隊の主要将校らはやや懸念を抱いているらしい。
やれやれと歎きたいところだが、彼らの懸念もある意味理由がないものではないだけに難しいところ。
とはいえ、成果がでればよいのだ。

どうも気乗りしていない調子の副官だが、彼とて結果を見れば納得するだろう。
まあ、ヴァイス中尉は基本的にこの種の独断専行を快く思わないタイプ。
裁量権の範疇でやっている以上、止められないだけましと思うことにする。
なにしろ、彼とて軍人だ。
気乗りしないという事で、手を抜くという事もない。

その点、はっきりしていて大変よろしいといえよう。

まったく、何度か派遣された業務に際して気乗りしないからという理由で何度消極的な抵抗に悩まされたことか。
給料を払っている側からしてみれば、実に腹立たしい事態に違いない。
その点、軍人というやつは状況が異なる。
気分が乗らないからと言って手を抜けば死ぬようなところで手を抜けるほど楽な仕事でもないということだが。

「はっ。・・・しかし、よろしいのでしょうか?参謀本部にモノ申すと憤慨していましたが。」

「参謀本部に?越権行為でない以上、蟷螂の斧に過ぎんよ。」

正規の手続き。
こういってはあれだが、技術廠からの要請に応じるのは指揮系統上正当性が担保された行為だ。
目的が、現地の司令官に却下されている行動だとしてもそれを制約するのは何もない。

ブレスト軍港襲撃というのは、いくつかの管区が成立しているライン戦線では絶対にできない行為だ。
しかし、いまだ平定の最中であるならば多少の裁量権の拡大解釈で可能になる。
参謀本部に抗議されたところで、参謀本部から公的には咎められることはないだろう。
もちろん、水面下で厳重な警告を受け取ることを軽視するものではない。

しかし、どちらにしてもこちらが行動を終えたころの話だ。
成功すれば、どちらにしても十分に対応できる範疇に過ぎない。
未来の事を考えるためにも、まず眼の前の病原体は排除せねばならんのだ。

「・・・大隊長殿に方面軍司令部よりです。」

だが、嫌なことに方面軍司令部よりの命令が飛び込んでくる。
不幸にも伝令を務めることになった通信兵に対して、思わず表情をしかめてしまったのは過失だった。
すまないなと詫びつつ、差し出されたものを受け取りそれへ眼を走らせる。

内容は単純に行動を諌める物。
要するに、大人しくしておけという勧告だ。
名目上、独立しているとはいえ方面軍司令部からの要請。
これに可能な限り応じなければならない立場としては介入に近い。

本来であれば、これで退くだろう。
しかし、今ばかりはこれを受けるわけにはいかない事情がターニャにはあった。

「要請を理解し、尊重すると伝えてくれ。」

短く言葉を選んで返信を指示。
要請を理解し、尊重するという旨は否定ではない以上再度の念押しが来るとは考えにくい。
理解し尊重した上で、なお行動すればよいだけの話だ。

幸いというべきだろう。
こちらの行動に相手が気がつくころにはV1がブレストに着弾している。
そうなれば、相手にできることなぞ何もない。

だが、制止しようという動きがあるのは気に入らない。
あとほんのわずかな時間だが、そのほんのわずかな間に何があるかもわからないのだ。

「邪魔が入りそうだ。出撃スケジュールを繰り上げる。」

そう考えて、出撃スケジュールの繰り上げを決断。
万全の状況を確保するよりも神速を優先する。
本来ならば、気象情報や敵情分析を行った上での出撃行程を決定するところを全て省略。
状況は直前まで無線で受信するにとどめ、最短コースでの襲撃を決断。
これは一番燃料の消費が少なく、V1を敵艦船にぶつけた時の戦果も期待できるという副次的な効果も見込めるだろう。

どちらにしても、巧緻よりも速度だ。

幸いにも、連れてきた技術者らは良くも悪くも技術者だった。
必要とされる事をテキパキと処理していく姿からは、帝国の誇る高い技術的裾野が垣間見られるだろう。
精度の高い機器をきちんと整備してくれるという事には素直に感謝したい。

もうわずか。
いや、数分後には行動が開始できる。

そろそろ、総員に搭乗を命じるべきか?
ターニャがそんなことを考えた時だった。
先ほどの通信兵が血相を変えて走り寄って来る。

勘というものを信じるわけではないが、凶報がもたらされようとしているのだと悟った。
咄嗟に部隊を見渡すが、出撃にはほんのわずかに時間がかかる。
そうなれば、伝令から言葉が伝えられるには十分すぎるだろう。

っ、もう少し早く行動を起こしておくべきだったと心底後悔。
咄嗟に、伝令を気絶させることも考えるが衆人環視の下ではできるはずもない行動。
じりじりと焦るばかりで事態が一向に改善しない。

「大隊長殿、参謀本部より特命であります!」

ああ、聞きたくない。
それ以上は、なにも耳にしたくない。
言われずとも、碌でもない知らせと分かっているのだ。

ええい、もう少しばかり気が効かないのか!
少しだけ、少しだけ、仕事を遅らせればよいものを!

・・・感情が非合理的な判断をわめいていることはよく理解できる。

つい先ほど、軍人としての忠実さを賞したのだ。
よもや、その直後に前言を撤回するのは公平ではない。

それでも。
ターニャは喉をかきむしりたい衝動に駆られて仕方がなかった。

「停戦命令が出ました!参謀本部より全部隊へ最優先です!」

「停戦命令?停戦命令だと!?」

制止する間もなく、ヴァイス中尉が伝令に確認し始める。
おかげで、全将兵が耳にしてしまったことだろう。
これでは、攻撃を強行する事もできない。

単独では、さしたる戦果も出せない上に停戦破りで銃殺だ。

「大隊長殿、直ちに出撃を中止してください!」

伝令がこちらを制止するべく声を張り上げてくる。
ああ、よくわかる。
それが、貴官の仕事である以上それは尊敬を払われるべき行動だろう。

軍人として、一介の下士官としては理想的ですらある。

だが、ターニャとしては断じて呑めない話。
ほとんど、ある程度の処分は被る覚悟で独断専行の手はずをここまで整えたのだ。
今から、今から行動しては絶対に他の手段では間にあわない。

その時の表情は葛藤の極みにあっただろう。
行かねば、帝国の破滅という遅まきながらの破局が見えている。
だが、行けば一身の避けられぬ破滅。

つまり極めて単純な理由によって出撃はできない。
だが、出撃せねば緩慢な死を意味しかねない破局が待っている。
その可能性を完膚なきまでに粉砕し得る好機がすぐ目の前に転がっているのだ。

「・・・っ、中止!出撃中止!」

故に。
出撃を諦める声は、ほとんど絶望の色を伴っていた。






追記 外伝

皆さん今晩は。
WTN特派記者、アンドリューです。
ご覧になれるでしょうか?
カメラに写っているのはブレスト軍港跡地です。
これは、共和国政府特別の許可によって撮影が許可された貴重な映像になります。

さて、今は島の方に機能が移転しているここブレスト軍港跡地。
本日は、ここを舞台とした『歴史のIF』について考えてみたいと思います。

たった数分。
世界を決定的に変革し得たかもしれない時間の物語。

そのわずかな瞬間に歴史が変わりえたという事。
歴史を紐解けば、その転換点がいくつか見えてきます。
彼の戦争においても、それは同じことです。

そして、その時の人々は何を考えていたのか。
大変興味深い事例の一つを御紹介しましょう。

“『大陸撤退』プラン”と30分

その日、共和国の状況は極限まで追い詰められたと形容するほかにない状況でした。

ライン戦線における致命的な敗北と、建国以来最大の損害。
共和国軍はもはや組織的に帝国軍の侵入を阻止しえる状況にはないと誰もが判断していました。
最も早く動いたのは隣国に当たる連合王国。
講和の斡旋と即時停戦要請を付きつける最後通牒を交付。
これによって、実質的に共和国に味方する形で連合王国が介入する意図を露わにします。

ですが、すでに首都が陥落した共和国にとってそれは遅すぎた介入でした。
当時、帝国軍は首都パリースィイを制圧。
最後の抵抗を試みた共和国二個師団は、勝利の勢いに駆られた帝国軍によって奮戦むなしく降伏に追いやられていました。

ですが、歴史家たちは口をそろえてこの抵抗が稼いだ時間を讃えています。
彼らが持ちこたえたわずかな時間。
その時間は、世界を変えたのです。

当時、最も帝国軍との交戦経験が豊富であった共和国特殊作戦軍。
その指揮官として生き残っていたビアント中佐(当時)を中心とするベテランらの脱出に必要な時間。
それを彼らは稼ぎだすことに成功しました。

そして、最終的にビアント中佐の指揮する共和国特殊作戦軍の残存部隊はブレスト軍港に集結中のZ部隊へ合流します。

大陸撤退という軍事上、初となる本土放棄と並行しての反攻計画。
これらは当時国防次官兼陸軍次官であったド・ルーゴ少将(当時)によって急ぎ立案されたものでした。
組織的抵抗のために指揮系統を再編する必要性と時間的猶予の欠如。

それらを背景に、組織的戦闘による抵抗は一時的に断念してでも戦力を温存。
この凄まじいまでの国家理性が、この『大陸撤退』プランを生み出しました。
賛否両論が今なお強いこの共和国軍の行動ですが、確かにそれは意味ある行動でした。
今なお、批判する側の論者ですらその優位性については一定の評価を下しています。

最大の批判者であるMr.ゴールは、ド・ルーゴ氏の行いについて
『国民を守るべき軍が、国民を置き去りにして逃げ出すのは共和国の名誉を汚す行為であると思わざるを得ない』
とコメントしています。
Mr.ゴールは、その上で抵抗できない市民を戦火に巻き添えにしなかったことを強く評価する事でも知られている人物です。
同時に、Mr.ゴールは強力な愛国者でありました。
氏は、紛れもなく共和国を愛し、共和国という存在を信じていたのです。
だからこそ、氏にとってみれば国家理性に基づく本土放棄という行動を祖国が取らねばならないことは耐えがたい苦痛でした。

戦時中、レジスタンスとして活躍したMr.ゴール氏。
戦後は長らく共和国保守派の重鎮政治家として祖国の復興に尽くされた氏ですが、遂にド・ルーゴ氏との和解は叶いませんでした。

その氏ですら、祖国の解放においてこのブレスト軍港よりの脱出作戦が有効であったと認めています。
このことは大きな意味があると言えましょう。
まだ、祖国を奪還しようと誓った共和国軍は健在なのだ。

レジスタンス達にとって、このことは矛盾した思いながらも抵抗意欲を著しく高める効果があったとされています。
そして、その結果は皆さんもご存じの通り。

当然、この脱出計画に際しては最高の機密保持措置が施されていました。
なにしろ、兵員・装備を積載した大型船舶は非常に脆弱です。
加えて、連合王国の介入があるとはいえ帝国艦隊の哨戒網を突破する危険性はいうまでもないことでした。
万が一、作戦が露見した場合どうなるか。

集結した残存部隊が包囲撃滅されてしまえば、帝国はほぼフリーハンドを得るところとなるでしょう。
そうなれば、共和国の抵抗運動はその芽を発芽させることすらおぼつかない危険性すらあったのです。

機密保持措置が今だ解除されていないものの、連合王国司令部は“モグラ”の存在を確信していました。
モグラとは、情報機関では『潜り込んだスパイ』を意味します。
当時、連合王国情報機関は非公式の情報戦において痛打と形容するほかにない敗北を喫していました。
今なお正体が公表されず機密保持の分厚い壁によって囲まれている情報。
そこからの流出を危惧した連合王国情報機関は、ついに部隊がブレストを出港するその時まで報告を差し控えていた程でした。

同時に、共和国側も最大限機密保持に努めたのはいうまでもありません。
ド・ルーゴ少将の発令した命令は「逆襲のために集結せよ」。
脱出を意図したものと受け取られないように、将兵らには詳細を伏せたままの集結命令が出されていました。

ですが、そこまで。
そこまで配慮した機密保持措置も最後の時点で情報の流出を止めることが叶いませんでした。

きっかけは1本の電話だったと言います。
一本は間違い電話。
今だ、どこからかかってきたのか不明な電話は気象情報の読み上げを依頼するものでした。

拍子抜けした電話番は、それが軍用の回線であり全く違う番号だと親切丁寧に教えてやります。
漁師と思しき相手に対して、共和国軍人が取った対応は実にマニュアル的でした。
同時に、危険なので海に出ないようにと忠告を行いました。
ですが、これが露呈のきっかけとなってしまいます。

ブレスト軍港付近で何かがある。
そんな噂を耳にした帝国軍が哨戒中の潜水艦に偵察を命令。
そして、集結中の部隊が発見されてしまいます。

この時、ド・ルーゴ少将が発していた“逆襲用部隊”という命令が幸いしました。
帝国軍の主要な部隊はこれを、逆上陸による後方からの襲撃部隊と認識。
牽制にでてきた連合王国艦隊はそれの援護と認識し、北海方面の部隊に防衛基準体制を発令していました。
同時に、制圧した海峡の突破を許さないようにいくつかの部隊を移動させます。

このことは、最終的に脱出作戦を行う上で障害となる帝国軍哨戒網の弱体化を意味しました。
幸いにも、ド・ルーゴ少将の指揮する部隊は帝国軍に発見されることなく離脱に成功します。
同時に、共和国軍の停戦要請と連合王国からの停戦勧告によってしぶしぶながら帝国は交渉のテーブルに着くことになります。

共和国軍の残存部隊主力を温存する事で、交渉に際してのカードにする。
ド・ルーゴ少将の希望的な観測では、このことで帝国は譲歩を行う見込みもなくはありませんでした。
もちろん、実際にはそうならず覚悟していた通りになるのですが。

ですが、このように語られる物語に帝国側資料を付け合わせて歴史をみるならば破局の可能性は決して小さくありませんでした。

今日、お話するのはそのわずかな機会の物語です。

それは、帝国軍のある魔導大隊が出撃を強行しようとしたというもの。
今なお資料の散逸と関係者の沈黙によって、詳細はつかめていません。

ですが、当時魔導師の墓場と呼ばれるライン戦線初期の航空戦を生き残った精鋭らからなる有力な部隊だったと見られています。
案外、私達が追いかけている×××××××××××。
つまり、『11番目の女神』が関わっているかもしれませんが。

ともあれ、不明な状況が多いものの判明している限りにおいて有力な魔導師の大隊が襲撃を強く上申。
これが棄却されるとほとんど独断専行で襲撃を決行するために行動を開始していました。

彼らの行動は記録に残っていないものが多いために詳細は不明です。

ですが、残された交信記録、傍受された記録などからV1という特殊兵装によってブレスト軍港を直撃する計画と推察されました。
V1とは当時、帝国軍が配備したばかりの新兵装でした。
音速を超えて大量の爆薬と魔導師を敵陣に直撃させるという驚くべき特殊兵装。
幾度か使用され、そのたびに帝国軍に対峙する軍にとって頭を悩ませる事となる兵器です。

その最大の特徴は、ほとんど迎撃が不可能な音速を超える速度と搭載された大量の燃料と爆薬による破壊力。
仮に、大隊規模でV1を魔導師が運用した場合の数は36基。
当時のブレスト軍港と集結に成功した艦艇の対空防御網でV1は極めて迎撃が困難だったと推察されています。

同時に、V1の直撃は当たり所次第では戦艦すら轟沈し得ることが後に証明されるほどでした。
共和国の戦史研究家は、淡々と全滅したことだろうとコメントしています。

この恐るべき刺客部隊。
彼らは、ブレスト軍港から出港するわずか数分前に出撃態勢が整ったところでした。

そのとき、歴史が変わりませんでした。

『停戦命令』

それが下されたのです。

記録は、その時この部隊の指揮官が何を思ったかを物語っていません。
ただ、唯一残された資料は連合王国が傍受したという交信記録ですがこれは今なお公開されませんでした。

この戦争には謎が多い。
同時に、歴史の変わり目には多くの物語が無数に存在していたのです。




あとがき
極東の皇国は~?(・∀・ )っ/凵⌒☆チンチン
というご指摘を頂きました。
実は、困ってます。
あの国、一次と二次で立ち位置が違いすぎる(・_・;)

ド・ルーゴ少将閣下の御活躍はこれからだ!
あと、連合王国の介入始まります。

次回、“南方戦線”。
砂漠のバカンスをお楽しみください。

追記
感想でIFがでました。
なんとなくノリで外伝を書きました。
いつものと言われてorzと思いつつ誤字修正しました。←今ここ

あと、寧寧亭屋様としーさ様からコメントがあったので。
⇒基本的に、この幼女の中のヒト歪んでますので(・_・;)
・・・通常の手続きを踏む描写とか抜け落ちてすみませんorz

誤字修正



[24734] 第四一話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 02:07
共和国本土陥落から2カ月。
帝国の誰もが戦争は終わったものと思っていた。
だが、物別れに終わった連合王国との交渉。
徹底抗戦を叫ぶ元共和国軍らからなる自由共和国軍の抵抗。
なにより、本戦争に介入を決断した連合王国とその構成諸王国。
そこに友邦の支援が加わり、戦争は鎮まるどころか激化の一途をたどっている。

「前面の敵砲兵を排除する。デグレチャフ少佐、貴官の部隊はッ」

「?通信兵、つなぎ直せ!」

「HQへ回せ!1105通信障害発生!バイパスを要請しろ!」

通信途絶に騒然とする簡易野戦指揮所。
戦局が激化する一方の南方戦線において、誰もが余裕を失っている。
・・・まあ、ラインではいつものことだった。
ターニャは、ここでラインと変わらない日々を送っている。

簡易野戦指揮所から有線でつながっている司令部経由での交信を試みるのも既に確立されたノウハウ。
塹壕戦や高機動戦時の各種通信障害といった実戦特有の問題は大凡経験済み。
この位で慌てふためかない程度には対応策も練られている。
故に、ここで行うべき行為は各種チェックリスト通りの迅速な処理。

即座に、通信兵らはHQへの有線回線を開く。
その手際の良さは賞賛に値するだろう。
指揮系統の一時的な途絶にもかかわらず、戸惑うことなく対処できている。
だが、わずかばかりの応酬で彼らの顔色は一気に青ざめた。

「通信妨害ではありません!第44側の機材トラブルです!」

ああ、畜生。
ライン戦線にいれば、それが何を意味するかだいたい理解できるぞと心中でターニャは悪態をつく。
おそらく、ラインで洗礼をうけた連中も同じだろう。

「呼び出しを続けろ!短波通信で構わん。機材点検急げ!」

わずかな可能性に希望をかけたいところだが、期待を抱くことはしない。
期待するよりも、悲観的観測を抱く方がましなこともある。

予想通りというべきだろうか。
咄嗟に機材をチェックする通信兵だが、結果は白。
機材は全て正常に稼働中。
トラブルが見つからない以上、それは第44魔導大隊側の機材トラブルと彼らは主張する。
事実であれば、望ましくない。

バールバード砂漠の高機動戦。
その左翼先鋒を担う第7戦闘団の指揮所と連絡が取れないのは指揮系統の混乱を招くだけでは済まない。

状況がどうなっているのか?
焦燥に駆られる将校らだが、辛うじてそれを表情に出さない程度に自制している。
将校が兵卒の前で無様に動揺すれば、混乱が加速度的に拡大するのは自明の事。
当然、この中では一番若手のグランツ少尉ですらこの程度の事は理解しているだろう。

「コンタクト確立!短波です!」

「照会符号合致!」

一瞬、簡易野戦指揮所内部に安堵の空気が漂いかける。
・・・若手将校や実戦経験が不足した連中はどうしても楽観的観測に陥りがちか。

最悪を想定するという習慣は、合理的な経済人にとっても難しい。
バブルや恐慌といった行動経済学の理屈はその点を見事に暴露している。
生死がかかっていない金融取引ですらそうなのだ。

戦場で楽観的に最悪へ備えるなどというのは、経験が足りない連中には難しいのだろうとターニャは即断。

「ラインブルク少佐殿、戦死!」

最悪の知らせだが、破局を意味する知らせではないことに自分なりに安堵。
それとなく指揮所内部を見渡せば古参の連中は事態をよく理解し掌握するべく頭を働かせている。
まずまず。

ラインで独断専行と抗命寸前を責められ南部送りになる時、大隊を持ってこられたのは不幸中の幸いだった。
おかげで、教育の手間が半分に減る。
いや、一部を部下に委ねればさらに半分に減らせる。
つまり、自前で新しく教育するよりも25%の時間と労力しか自分は負担せずに済むのだ。

これが、効率的というものだろう。

ともあれ、優秀な組織というのはいついかなる時も歯車が錆びつかないように整備されている。
当然ながら、軍隊という組織は戦死という事態を織り込んで組織を設計し整備している。
つまり、優秀な軍人が一人死んだ程度で軍組織は理屈上揺らぐことはないようにされているという事。

「HQより、第七戦闘団へ広域コール!」

ラインブルク少佐との通信途絶。
短波とはいえ、友軍部隊から指揮官の戦死報告。
よっぽどお花畑の住人でもない限り、次の士官に可及的速やかに指揮権を引き継がせる。

戦争慣れしている帝国にとって、指揮権の継承というのは稀ではあるが皆無ではない事態だ。
そして、この戦争ではもはやあまりにも一般化している事態でもある。

「現刻を持って第七戦闘団の指揮権をデグレチャフ少佐へ移譲。ただちに戦線の再編に当たれとのこと!」

「デグレチャフ了解。HQへ送れ。」

オーバーワークだと叫びたいが、克己の精神でこれを辛うじて抑え込む。
第七戦闘団の次席指揮官として、この状況下で取りうる最良の決断を為すのが義務だ。
義務である以上、忌避する事は契約違反。
そのような、近代以前のバーバリアン共が行っていた不義を為すことは断じてできない。

不鮮明ながらも、把握できている敵情を書き込んだ地図を引っ張り出すと状況の把握に勤め始める。
さきほど、ラインブルク少佐の部隊が接敵したという報告があったことを書きたそうと背をかがめた時。

・・・何かが背中をかすめる感覚。

考えるよりも先に体が動く。
咄嗟に頭を抱えて地面に飛びこむ。
ほとんど、経験則から導き出されて大地に這いつくばり次弾を警戒。
その直後に、天幕がぶち抜かれて外の建物に着弾した何かが兆弾する嫌な音。
方位から察して、連合・共和国軍の防衛陣地至近から。

「敵狙撃兵展開中!糞ったれっ、40㎜抗魔導狙撃弾です!」

誰かが警告を叫び、ようやくのろのろと対応が取られ始めるが遅すぎる。
民間の警備会社の方がまだ迅速に行動すると叫びたいほどにもどかしい。

被害確認を行うまでもなく、その種の行為に使われる兵装については帝国軍魔導師ならば誰でも知っている。
40㎜という非魔導依存の火器では最大級の破壊力を有する対物ライフル。
最も、物よりも魔導師に向けられることが多いために対魔導ライフルと俗称されるほど魔導師の天敵だ。

これに、干渉式の影響を受けにくい重金属類で形成した弾殻の弾を撃ち込まれることを考えるとぞっとしない。
大半の重機関銃程度は数発直撃を受けても最悪防殻で防げる。
だが、この40㎜は防御膜でほとんど減衰しない上に防殻すら貫通しかねない代物。

連合王国御自慢の一品らしい。
なんでも、キツネ狩りの伝統で狐の代替品としてしぶしぶ魔導師を狩っているとか。
まったく、本当にスポーツと戦争だけはまじめにやる国め。
いや、ケワタガモ猟の練習にされないだけましと思うことにしよう。

「制圧射撃!抑え込め!」

本来ならば、そんな危険物を近づけないための外周防御。
それが、まったく機能していないことには本当に腹立ちを覚えてしまう。
人が、真面目に働いているというのに。

這いつくばって地面に横たわりながらも、砂を掴んでわめきたくなるほどの怠慢だ。
我慢ならない。
まったく周囲は何をしているのだと声を荒げたくなるほどのお粗末さ。
40㎜なぞ人が担げる武器とはいえ隠せる範疇にあるものではない。

与えられた部隊が第二線級でなければ意図的な怠慢と見なすほどの失態だ。
感情を押し殺して、舌打ちはこらえるが腹立ちは収まらない。
まともに警戒していれば、ここまで接近を許すこと自体がありえない。
悠々と狙撃されるなど、本来あっていい話ではないし断じて許せん。

危うく、頭を持っていかれる所であった。
人類経済にとって貢献し得る合理的思考が野蛮な暴力によって断たれることへの恐怖。
まったく、人的資本投資が一瞬で回収できない不良債権となるところだった。

背が小さくなければ、本当に危ないところである。
まあ、初めて背が小さいことに感謝したということだろう。
後わずかに身長が高ければ、背をかがめたところで頭部に直撃弾を受けるところだった。

咄嗟に思いついたのは、狙撃兵対策の基本。
怪しいところをしらみつぶしに砲撃するしかないという古典的な解答だ。

塹壕ならば、区画ごとにぶち込んでやればよいがここは砂漠。
砂丘の陰に隠れられるだけでも索敵は大いに手間取ることになる。
ならば、躊躇うことなく区画ごと攻撃するのが正しい。
市街地では採用できずとも、砂漠ならば躊躇する理由もなし。

「直掩は何をやっていた!?叩き出せ、今すぐにだ!」

同時に、副官のヴァイス中尉が一時的に統制を確保。
待機中の即応部隊を増援として出撃させることで狙撃手排除の音頭をとってくれる。
おかげで、こちらとしては指揮系統の回復に専念できてありがたい。

まったく、優秀な副官というやつはいつの時代でもきっと役に立つことに違いないだろう。
人事局にいれば、即刻昇進と重用を進言しているほどの逸材だ。

ともあれ、雑務を部下に任せるとやらねばならない仕事を優先順に開始せねばならない。
のんびりと行動命令と情報が送られてくる前に状況を理解し対応を決定せねば大きな損害を受けかねないのだ。
それだけに緊張感を覚えるが、ここで緊張を悟られるわけにもいかない。

幸い、通信兵と通信機材は健在。
コンタクトは保たれている。
いつものように、笑顔で穏やかに事を処理していくべき状況。
交渉と同じで虚勢を張るべきだろう。

「指揮権を継承したデグレチャフ少佐だ。状況を報告せよ。」

“つい今しがた、そちらの上司と同じような危機に遭遇しかけたよ”と親し気に笑いながら呼び掛ける。
こちらが笑えるという事で、相手も二コリと微笑み返してくれる。
結構な兆候だ。がちがちに緊張した新任が生き残りだったらこっちまで絶望してしまう。

何事も信頼できる交渉相手やパートナーとの方が仕事はやりやすい。
こんなことはビジネスに限らず全てに通じる真理だろう。

「44大隊よりCP。指揮権を継承しました、カルロス大尉であります。」

“お怪我はありませんか?”と付けくわえてくるのも高評価。
いい根性をしている。
この戦場でヒステリー症候群をおこされては、誤射するしかないのだから助かることこの上ない。
突然上司が吹っ飛ばされたにもかかわらず、混乱しきっていないのは特筆に値する。
こんな部下がいれば、きっと会社でも楽だったに違いないのだが。

引き継ぎの困難さと、厄介さを思い起こせば本当にそういう点では軍に学ぶ点は大きい。
企業経営を行う際には、ぜひともこの点を参考にした本を書くべきだろう。
軍事戦略を経営戦略に応用したビジネス本も、確かに役に立つことが多かったことでもあるし、ニーズもあるに違いない。

「カルロス大尉、デグレチャフだ。通信状況が悪い。改善は可能か?」

ただ、厄介なことは画像処理の粗さだ。
コンタクトは成功しているが、短波でしかも戦場ともなれば品質は最低限度というのもおこがましいレベル。

「申し訳ありません。これが限界であります。機材ごと敵の狙撃兵にやられました。」

「止むを得んか。よし、仕事の話にかかろう。」




南方へ向かう船旅は快適だった。
もとは、貨客船だったものを改造したためだろうか。
これまでの旅程は兵員輸送船としては格別快適な船旅であった。

思えば、その好待遇で気が緩んだのが不味かったに違いない。

士官食堂で海軍自慢の昼食を堪能したグランツ達としては、久々にまともな食事にありついたという気分だ。
この点に関しては、大隊長殿すら内海のクルーズとしてはまず及第点だとご満悦であられた。

まあ、大隊長殿の行動があればこそこんなところにいるのだから少々思うところもあるのだが。

・・・ライン戦線での越権行為未遂。

本来ならば、大問題に発展しかねない火種であった。
なにしろ、越権行為というよりもほとんど抗命寸前の暴挙だ。
正規のルートで作戦が却下され、陳情が却下されるところまではまだ良かった。
しかし、最後に司令官の胸倉をつかんでほとんど脅迫まがいの事までやっては揉み消せるはずもない。
その制止を振り切ってまでの強行されかけた出撃。

あの謹厳実直を絵にかいたような大隊長殿が、だ。
副官として長く付いてきたヴァイス中尉殿をして軍法会議ものかと呟かせるほどの事態。
ほとんど、一時期は“召喚命令がいつ届くか”という状況だった。

だが皮肉にも、それは外部の敵によって問題が吹き飛ぶことで解決されることになる。

『連合王国の介入。』

名目こそ、共和国に依頼されての停戦交渉の仲介。
最も仲介の停戦交渉なぞ名分であることは誰の目にも明らかだった。
あまりにも一方的な条件の通告。そして、一方的な最後通告の添付まであった。
当然、誰もが予想した通りに物別れとなる。

さらに、予想外の事として共和国政府が徹底抗戦を宣言した。
帝国への条件付き降伏を是認する前提で共和国と行われていた和平交渉。
其れに対して、脱出した残存部隊を率いるド・ルーゴ将軍が国防次官として徹底抗戦を宣言。
もちろん公式には帝国に占領された首都に政府があるが、共和国軍部隊はド・ルーゴ将軍についた。

大方連合王国の傀儡だろうという予想とは裏腹にド・ルーゴ将軍は自由共和国を宣言。
南方大陸の植民地を糾合し、対帝国戦争の継続を訴える始末。

そして、もともと叛乱が相次いでいた南方大陸にいる共和国軍の戦力は地方警備軍と称するには重装備すぎた。
なにより、対連合王国を視野に入れて配備されていた魔導師部隊が物を言う。
帝国軍参謀本部が頭を抱え込むことになったのはいうまでもない。
連合王国と同盟を結んだ自由共和国はそのすべてを対帝国に活用できるのだ。

大陸本土に一定以上の戦力を残しつつ、南方大陸情勢を打開する。
この難題の前に、うちの大隊長殿は切り捨てるにはあまりにも惜しかったらしい。
さすがについぞ庇いきれなかったのか、叙勲の申請は取り下げられたらしいが。

しかし、この結果として有力な魔導師戦力の貴重性が改めて意識される事となる。
グランツらの給与もこれでだいぶ改善されたのはうれしい誤算だった。
引き上げられたとはいえ、南方の砂漠まみれの地では使い道がない給料だったが。

過酷な環境で有名な南方大陸。
連合王国と共和国の植民地を叩くことで、継戦能力を欠如させるという戦略は悪くない。

『締め上げるのは、悪くない戦略だ。』

ヴァイス中尉殿や大隊長殿も基本的にこの点に関しては同意を示されている。
問題は、この南方大陸へ派兵される部隊は第二線級の部隊が大半だということだろう。
かき集められた予備役や補充兵らの質は恐ろしく訓練が不足している。
ライン戦線では殻も取れないひよっこ扱いだったグランツですら、一人前と見なさねばならないほどだ。
(だからこそ、ラインで鉄の洗礼を受けた部隊に利用価値が見出されたのだが。)

口さがのない古参兵らは軍団長のロメール将軍がいつ癇癪を爆発させるかでかけ始めた。
ちなみに、一番人気はすでに爆発させたである。

そんな具合だ。
ベテランが多いだけに、うちの大隊は大歓迎されているらしい。
ロメール軍団長からは諸手を挙げて歓迎されているという事は、割り当てられた兵員輸送船を見ても明らかだろう。
明らかに、期待されている。期待されていると考えられるのは悪くない。

・・・そんなことを思った自分を殴り飛ばしたい。

ヴォーレン・グランツ魔導少尉は軽く脳内で過去の自分を殴り飛ばすと、目前の事態に対処するべく行動する。
任務は単純明快。
この起伏だらけで視界が最悪の砂漠地帯に潜む狙撃兵の排除という任務。
いちいち索敵しても見つからない以上、怪しい領域ごと悉く爆裂式で吹き飛ばす。
おかげで、ただでさえ最悪の視界が信じられないほど最悪の視界になってしまうのが難点だ。

『司令部より各員へ。繰り返す、司令部より各員へ。』

その上砂漠の砂塵は、頑強な歩兵用ライフルすら動作不良にしてしまう。
機械の類にいたっては絶望的だ。
演算宝珠はまだ大丈夫だが、干渉式を封入する弾丸はこまめな確認が必要な戦場。

そんなむちゃくちゃな環境下でロメール軍団長はいきなり機動戦をおやりあそばすらしい。
飛び込んできた命令は、予定に変更がないことを促すためのアナウンス。

『両翼を閉じよ。繰り返す、両翼を閉じよ。』

上陸と同時に、機動戦。
補給や兵站線の確立といった諸要素で時間がかかるだろうと敵が油断した隙を襲うのは大賛成だ。

『フェアリー01より、第七戦闘団。聞いた通りだ。戦線を押し上げる。』

『ツェルベルス01より、第三戦闘団。第七戦闘団に続く。突破支援だ。』

問題は、中央が敵を拘束している間に迂回軌道で後方に回り込み包囲せん滅というドクトリンにある。
海側から迂回する連中はマシだが、この砂の中を迂回機動せよといわれる側はたまったものではない。
目印になるようなものも乏しい砂漠を、長距離行軍。
しかも、戦闘速度でだ。
第七戦闘団と第三戦闘団の練度を考えると、それだけで帰りたくなる。

『編隊飛行用意!脱落に留意せよ!』

「ビーコンを確認。大隊長殿直卒であります!」

編隊飛行命令。
CPからの命令に従って受信機能を確認。

やはり、というべきか。
誘導ビーコンを発しているのは大隊長殿だ。
デグレチャフ少佐殿が先頭で飛ばれるらしい。
戦闘団の連中は単純に驚いているだけだが、どれだけ其れが厳しいことか。

戦闘指揮をしながら誘導する。
ほとんど、人間離れした処理能力の頭脳を持ち合わせているに違いない。
自分ならば、航法に気を取られて絶対に指揮など取れないに決まっている。

そんな思いに駆られながらも、グランツ少尉も手慣れた動作で用意を急ぐ。
砂漠での高機動戦は初体験だが、基本的にはいつもの事。
割り切ってテキパキと用意を行うところは、短いながらも徹底した反復動作によって身に付いたものだ。

「失明したくなければ、ゴーグルを確認しろ!」

同時に、若い士官として彼は柔軟性と適応性にも富んでいた。
砂漠で戦闘と聞いた時点で、デグレチャフ少佐がより大きな航空用ゴーグルを持ち込んできたのをいち早く理解できた一人だ。
大きく重い新型ゴーグルに散々不満が出たにもかかわらず、グランツ少尉も着用を部下に徹底させていた。

ある程度、光量を調整できる上に砂塵対策にもなる。
この厳しい南方大陸の環境で戦うためには絶対に必要な装備だと直感で理解できたのだ。

『フェアリー01より、第七戦闘団。進軍を開始。』

「よし、行くぞ!」

そんな装備をまとった上での戦争。
何処だろうと、どんな環境だろうともグランツ少尉の属する国家と異なる国家らはその地を欲しているのだ。




帝国軍参謀本部、戦務・作戦合同会議

「定刻です。」

若い士官が、開幕の時刻になったことを緊張した口調で宣告。

「では、これより北方戦線の集結と其れに伴う対連合王国プランの検討会を開催いたします。」

その内容は、帝国軍の基本方針を決定するものだ。
当然、参加者は参謀本部参謀総長以下盛大な顔ぶれがそろっている。
議題は、単純明快。

この戦争の大方針を巡る意見対立の調整にある。

「まず、終結した北方戦線についてですがお手元の資料をご覧ください。」

ようやく終わった。
そう形容するのが一番ふさわしい北方戦線の制圧。
年明け早々の吉報だが、すでに遅すぎたという感が否めない。

戦力・国力で圧倒した上でここまで粘られたのだ。
もちろん、諸列強の援助があったとしても限度がある。

それだけに、列席する将官らの表情に浮かぶものは喜びと程遠い。
事後報告を受けて承認するのは仕事ではあるが、彼らの主たる関心は今や連合王国と共和国。
協商連合はせいぜい軍政の問題に過ぎないと割り切っている。
後は、戦務と作戦が必要な戦力を抽出して軍政統治の担当官でも決めれば済む話。

「では、この件につきましては人事局とも諮った上で軍政官の選抜にあたるものといたします。」

さして議論がこじれることもなく二、三の細かな補足質問のみでこの件はあっさりと承認された。
そして、会議の本題はその次の案件である。

「続きまして、ゼートゥーア参謀本部戦務参謀次長より発議されております南方大陸作戦についての審議を行いたく思います。」

司会役に促されて立ち上がるゼートゥーア参謀本部戦務参謀次長。
先日、共和国軍の誘引撃滅計画の功績によって昇進したゼートゥーア少将の提出した計画は参謀本部を二分した。
連合王国本土への大陸軍による牽制計画。
同時に、二線級部隊を抽出しての南方大陸作戦。

一見すると、南方大陸の攻略に重きを置いているかのような作戦だ。
しかし実際にはほとんど消極的な戦線再編策であり、防御を意図しての立案だと軍内部では受け止められている。
もちろん、南方大陸を主戦場とすることで帝国の外で戦争をやるということは国防上望ましい。
植民地の防衛は、本国との距離がある分連合王国の兵站線を痛めるだろうという分析も一理ある。

だが、主力部隊を温存しつつ再編するための時間稼ぎ。
それを効果的な嫌がらせとして行うという目的の下に立案されたのが本計画だ。
一部からは、あまりにも消極的に過ぎるという酷評も漏れ聞こえ始めている。

単純な話として、温存している主力を連合王国本土へ向ければどうなるか。
当然、敵は植民地と本土の双方を守る必要に迫られる。
そうなれば、本土を守るために植民地の戦力は不足することになるだろう。
意味するところは、いうまでもなく植民地攻略が容易になるという事。
そして、攻略に成功すれば連合王国の継戦能力を削ぎ落し自由共和国とやらの基盤を崩壊させるだろう。

これらの連中も、南方大陸作戦そのものは有効と認めている。
つかう部隊はそれほど抽出が困難ではない。
加えて、作戦の実行によって連合王国本土攻略の障害も減らすことが可能だと彼らも評価している。
だが、同時に直接大陸軍でもって連合王国本土を叩くべしと高らかに主張しているのだ。

そうすれば、戦争が終わると主張して。

「南方大陸で消耗を敵に強要。その間に占領地域のパルチザン平定と部隊の再編こそが急務と判断いたします。」

対するゼートゥーアの思いは真逆だ。
連合王国本土の制圧を楽観できないし、制圧したところで帝国は疲弊しきっていることだろう。
どこから、横やりが加えられることか。

「異議あり!大陸軍は即応可能。防備の固まる前に連合王国本土を強襲するべきです!」

「海軍戦力の差を思い起こしていただきたい。制海権が確保できていない。」

同時に、現実的な問題として連合王国海軍の優越という問題も横たわっていた。
帝国海軍は質・量ともにやや連合王国海軍相手には厳しいというのが一般的な見解だ。
元々、大陸国家である帝国にとって海軍戦力は急速に拡充されてはいるのだが劣る分野。

「そのためにも、航空・魔導戦力による制空権を確保するべきでしょう。」

もちろん、ここに参加するような将官ならば誰でも知悉している実態だ。
個艦性能では、連合王国に勝るといえどハードだけで勝てるほど戦争は簡単ではない。
訓練や技術といった要素は無視できない上に、数は絶対的な要素の一つ。
その差を補うのが、帝国では航空戦力と魔導師なのだ。

当然、その流れからいえば航空戦力と魔導師の活用によって敵を消耗させるのは想定されている。
航空・魔導戦力による制空権確保と、対艦攻撃で敵に摩耗を強要。
其れ自体は一般的とも言える発想だろうし、帝国軍も用意ができている。
だが、想定されているのは海峡突破といった戦術的要素。

「相手の土俵で消耗戦というのには、賛成いたしかねる。」

長期的に敵戦力を摩耗させるために、こちらから消耗戦を仕掛けるには少々どころではなく相手がまずかった。
列強のホームベースで消耗戦というのは、下手をすればこっちが先に息を上げかねないリスクがある。
本土防空戦ともなれば、敵の戦意は当然高揚する事だろう。
撃墜されたところで、すぐに戦線復帰も可能だ。

対して、こちらは撃墜されればその時点で運が良くて捕虜ということになる。
同じ程度の損耗率には耐えられない以上、常に損耗を抑制しつつ相手に損耗を強いねばならない。
可能性がないわけではないが、まぎれもなく難題だ。

「時間こそ恐れるべき要素です。相手の防備が固まってからでは遅すぎる。」

だが、同時に防御の固められた敵本土への侵攻作戦というのも無謀と言えば無謀。
幾人かの参謀らは、速戦こそが唯一の解決策と思いつめた上での攻勢計画の主張を行っていた。
そうしなければ、ライン戦線規模の敵重防御陣地や要塞群を相手取る羽目になる、と。

「その間に、こちらも防備を固められる。状況は同じかと。」

ゼートゥーア少将の腹は単純だ。
占領地ではなく軍が帝国を守ると信じている。
そうである以上、占領地の拡大よりも軍の温存が最優先。
いうまでもなく、相手に出血を強要しつつではあるが。

つまり、戦争を終えるために何も連合王国本土を制覇する必要性を彼は認めていない。
それどころか、泥沼化する最悪の方策だとすら思い始めていた。
もちろん、この考えを表だって公言する訳にはいかない。
共和国を撃破したと鼻高々の連中は、聞き入れるわけもないだろうし大人しく聞き流すとも思えないからだ。

だからしぶしぶ限定攻勢を提案した。
出血を最小限に抑えつつ、リターンが見込める作戦に絞ってだ。

腹の底にしまった本音を隠しつつ、消耗抑制策を主張する。
それ以外、ゼートゥーア少将には選択肢がないのだ。



( ̄ノ日 ̄)更新後の一服
※たぶん、ちょっと次回の更新はまた今度になるかと思います(-_-;)

・・・あとがき

ライン戦線後2カ月が経過した時点からです。
さっそく○フリカへ。
ただ、バトルオブブリテンやりたいなぁ、というところです。


リボン付の死神とかどしよう。
本土防空戦に出す?とか考えています。

次回の流れ。、
停戦⇒交渉決裂⇒自由共和国成立
ド・ルーゴ将軍と愉快な仲間達が南方でお客さんを歓迎する話です。

次回、
『歓迎しよう、盛大にな!』
お楽しみに。

10/17 誤字修正

ZAP



[24734] 第四二話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 02:06
南方大陸戦線は“砂漠”だった。
そこでは、大陸本土とは違ったルールが厳然と存在するのだ。
当時、南方大陸に勢力を構えていた列強は3つ。
連合王国・共和国、そしてイスパニア共同体である。
そのうち、イスパニア共同体は遂に最後まで中立を保った。
これは、イスパニア共同体内部の熾烈な政治的闘争によって外へ干渉する余力がなかったことが大きい。

事態をややこしくしているのは、南方大陸に植民地を有する国家は列強以外にも存在したということだ。
トルクメーン諸公国からなる一派や、イルドア王国からなる入植地など玉虫模様で地図は描かれることになる。
各国主権の入り乱れた地域情勢は、一言で表せば“カオス”である。
もちろん、大まかな色分けは可能だ。
ほとんどの勢力や傀儡政権は連合王国並びに共和国側。
公的には中立であろうとも、内実は義勇軍派遣や物資提供などで旗幟を鮮明にしている。

ただ、全てが帝国の敵となったわけではない。
たとえば、南方大陸植民地獲得競争において共和国や連合王国と利害が衝突する国家は帝国に付いた。
利害の一致による同盟関係の相手を求めることは、帝国にとってそれほど難しくもなかったらしい。
共和国の担当者にとって忌々しいことに、共和国の退潮は勢力圏拡大を願う近隣競合国を喜ばしている。

そして、イルドア王国はまさにそうした理由から帝国の同盟国となることを選んでいた。

もちろん、同盟国がそのままイコールで共和国や連合王国との交戦国を意味するものではない。
二国間の同盟関係は、基本的に任意の参戦規定を盛り込むのみで参戦義務については言及していないのだ。
帝国南方大陸派遣軍団が派遣された時、公式にはイルドア王国は中立を保っていた。

ただ、同盟国間の配慮として“駐屯”を許可しただけなのだ。
そして、これに対する帝国の動きも決して早いというものではなかった。
帝国軍の南方大陸軽視という事から、二個師団からなるわずか一個軍団の派遣。
より多数の増派を行うかどうかということについて、参謀本部は激論を戦わせる始末。
通常ならば、南方大陸に展開している共和国現地警備隊ですら対抗可能な程度の部隊だ。

誰もが、思った。
当面は戦力の集中に帝国軍が務めることになるだろうと。
言い換えれば、ロメール軍団長は政治的な派兵目的で派遣されたのだろう。
影響力拡大と同盟国への配慮が大きい派遣だろうと。

当面は、『小康状態が保たれることになるだろう』と。

帝国軍参謀本部ですら、そう考えていた。
とにかく、ある程度の部隊は派遣したが本格的にこの戦線に重点を置くべきか彼らも迷っていたのだ。
なにしろ得る物が一切ないと思われている地域への派遣。
総力戦に基づく敵消耗拡大という目的でもなければ、帝国軍の派遣事態が議論されなかっただろう。

その意味で、誰もが小康状態を予見したのは分析としては真っ当だった。

予想が覆されたのは、ある意味現場の驚くべき行動に原因がある。
その原因とは、ロメール軍団長だった。
敵どころか味方ですら、動かないと思い込んでいた南方大陸派遣軍は到着と同時に電撃的な行動を開始。

たった2個師団と侮った連合王国部隊。
これを集結前に各個撃破。数倍という規模の敵を相手に戦史上比類なき戦術を発揮する。
まさか、砂漠で機動戦を行われるとは思っていなかった連合王国部隊に痛打を浴びせる。

これに対して、ド・ルーゴ将軍の採択した戦略は明白だった。
イルドア王国への政治的工作を行うと同時に、帝国軍部隊をイルドア王国領土から隔離。
補給線を断つと同時に、支援の手が届かないように各種工作を強めた。

これに対抗するロメール軍団長の戦術は巧妙を極めるものと今日でも激賞されている。
わずかな部隊で持って陽動を行いつつ、湾口都市トリポールを奇襲占領。
イルドア王国に補給を依存しない根拠地を確保しつつ、共和国・連合王国の兵站線を痛打した。
共和国・連合王国にとって補給拠点であったトリポール陥落の影響は大きく響く。

結局、当初の予想とは裏腹に帝国軍南方大陸派遣軍はその存在を誇示するところとなる。
なにより、一方的な戦果は帝国の人々を熱狂させた。
ライン戦線での莫大な戦費と死者を出して共和国を倒したと思い込んでいた人々。
そんなところに継戦は、下手をすれば厭戦感情ともなりがち。

参謀本部ならずとも、その危険性は危惧していた。
だが、南方大陸での圧倒的な戦果。
その一方的な戦勝に人々は熱狂した。
まるで、帝国軍に匹敵する敵はいないとばかりの論調が繰り広げられる。
熱狂した人々は、好戦的に戦争を支持。

・・・同時に一層の戦果を求める。

このことは帝国軍参謀本部にとってみれば誤算も良いところである。
彼らにしてみれば、戦争継続を支持してもらえる事までは歓迎できた。
少なくとも、厭戦感情に包まれて国民が国内の不穏分子に煽られる徴候は抑えられている。
それは手放しで歓迎できよう。

だが、南方大陸で英雄が生まれると共に撤退の時期が見えなくなることを恐怖したのだ。

特に戦果拡張を求める積極派に対して、ゼートゥーア少将を中心とする損耗抑制派は強く抵抗する。
彼らにしてみれば、南方大陸への増派など受け入れがたい資源の浪費に他ならない。
補給線の負担一つとってみても、耐えがたい規模なのだ。

護衛艦は?
輸送船は?
直掩部隊は?

考えただけで、損耗抑制派は頭を抱えてしまいたくなる。

本土で一個軍団動かすのとは意味合いが全く違うのだ。
ライフル一つとっても、本土で製造したものを複雑なルートをたどって送らねばならない。
それも、何割かは輸送中破損や輸送船撃沈によって失うという前提でだ。

これに対して、植民地に一定の工業基盤を持つ連合王国や共和国はある程度は自活できる。
もちろん、親帝国勢力からの補給を期待する事も可能だろう。
だが、親帝国勢力とは要するに利害で結びついた程度の関係に過ぎないのだ。

当然、これらに補給を依存するなどまともな軍人ならば誰もが恐怖する他にない。

故に、参謀本部では再び激論が繰り広げられることとなる。
なんとしても、これ以上の戦線拡大を阻止せねば。
そう決断したゼートゥーア少将ら。
しかし、結論が出る前に再び南方大陸からの知らせが飛び込むこととなる。
それはゼートゥーア少将をして苦吟させる代物。

そして、ゼートゥーア少将は幸運にもそれをまだ知らない。





自由共和国暫定国防会議



戦果をあげる方は、盛り上がることだろう。
だが、あげられた側にしてみればたまったものではない。

目の前で繰り広げられる責任の押し付け合いと、嫌みの応酬。
これでひと段落したということが、ド・ルーゴ将軍の精神を酷く疲れさせる。
手にした書類からして、帝国軍との戦闘経過報告よりも同僚への非難が大半を占める代物。

会議のための会議とはまさに、言い得て妙だと密かに嗤ったものだ。
祖国を奪還するための行動よりも先に、自滅しかねない状況。
付き従っている将兵らの不満も限界に近い。

・・・だが。いや、今だからこそ行動が起こせる。

「トリポール奪還作戦を審議しよう。」

会議室の喧騒を無視して、ド・ルーゴ将軍は淡々と宣言する。
脱出前の階級で言えば、ド・ルーゴ将軍は少将。
年齢に比較すれば、恐ろしく高位だが同時に多数の先任がいる階級でもある。

事実、この会議室に集まっている将官の中で彼が一番若くかつ下から数えたほうが階級では早い。

それでいながらも、彼が上座を占めているのは単純に職責からだ。
共和国軍国防次官兼陸軍次官という役職。
有事において国防大臣に変わって軍に対する指揮権限を有すればこそ、彼は脱出した共和国軍を率いていられる。

「軍の集結状況は?」

もちろん、それは書類上の話に過ぎない。
植民地防衛軍に派遣されている将官らの大半は、出世コースを外れたとはいえド・ルーゴの先任ら。
自分よりもはるかに年下で、士官学校の年次が遥かに若い少将ごときに指示されるのを唯々諾々と聞くはずもない。

名目こそ、祖国奪還のために集まっているが自由共和国の内情はかなり混乱しているのが実態だった。

脱出した時に率いている部隊は、実戦経験こそ不足しているものの中央が整備しただけあり部隊としては有力だ。
しかも、指揮系統はド・ルーゴを中心に整備されているだけに纏まりも良い。
装備も補充の問題はあるにせよ、一番整っているのは本国脱出組である。
なにより、本国から精鋭の魔導師らが合流しているだけに戦力でも一つ頭突出していた。

だが、それだけだ。

植民地行政当局とのコネクションも、各種兵站の担当者も全て警備軍に依存している。
加えて、この地域で飼殺しにされているとはいえ将官は階級において本国軍を圧倒。

結果的に、今まではぎくしゃくした関係があり組織的な戦闘というよりはばらばらに戦っている状況だった。

「完了してはいるが、反対だ。」

なにより、ド・ルーゴ自身の立場もかなり曖昧だったのだ。
軍の集結命令一つとっても、命令を出すためにかなりの手続きと駆け引きを迫られる。
国防次官としての権限も、何もしないという消極的な植民地官僚の抵抗に直面。

会議で発言しても、居並ぶ将官らは平然と反論してくる程だ。
今日ですら、トリポール奪還作戦という名目で集結させた部隊の進軍に抵抗されている。
万事が万事この調子。

本来は、トリポール防衛に使うはずだった部隊の集結は結局間にあわない始末だ。
トリポール防衛に増援を連合王国が求めてきた時点で、手元にあった部隊は燃料が足りなかった。
兵站担当者は、平然と燃料の所在が不明だとのたまいド・ルーゴをして忍耐の限界に挑ませるほど。

加えて信じられないことに、一部の部隊は将官らが権益を有している各種権益を防衛するために配置されていた。
長すぎた配置の間に、彼らが利害を持つ植民地資産が増えすぎた結果として軍すら身動きが取れないのだ。

故に、ド・ルーゴ将軍は決断していた。

「失礼ながら、全員が反対と?」

そもそも、命令が下った時点で反対も何もないだろう。
そう思いながらも、今日この時までは猫なで声で自分を押し殺して来た。

「さよう、守るべき要衝を守ることこそ肝要。」

「我々は、この種の作戦に同意できない。」

植民地の権益にどっぷりつかった将官ら。
本来ならば、憲兵に身の上でも洗わせたいが今は指揮系統から切り離すことが最優先だった。
軍を集めている以上、その軍を使って抵抗される芽はつんである。

数だけで言えば、中央からの部隊が優越しているのだ。
なにより、植民地軍の将官はともかく兵士はまともなものが多い。
植民地勤務はせいぜい1~2年のローテーションなので彼らの大半は中央軍の命令に従う。

問題は、この将官らだけなのだと見極めるのに時間を使った。
だが、今や問題はこいつらだけなのだとド・ルーゴ将軍は心中で描いた絵通りに事を進める。

「わかりました。では、無理に反対している作戦の指揮を執るのもおつらいでしょう。」

ことは迅速かつ、速やかに終える。

「違う軍務を用意いたします。引き継ぎは結構なので、鎮守府にて当面参事官としてご勤務ください。」

南方大陸軍鎮守府参事官。
その任は、はっきり言えば鎮守府の窓際を温める程度だ。
本来は、戦闘中行方不明になった人間に対して便宜的に与えられる職務である。

言い換えれば、いないことを前提に任命される職務。
当然、実権などは悉く取り上げられている。

「「ド・ルーゴ将軍!?」」

ようやく事態に気が付いた連中が騒ぎだすが、耳を貸すつもりはない。
すでに、辞令は用意済み。
中堅以上の軍内部はすでにこちらを支持している。
ごたごたは生じることなく問題を処理できるという見込みがあればこそ強行したのだ。

「辞令は用意してあります。では、小官は作戦の指揮を取らねばなりませんのでこれにて失礼。」

そう言い捨てて、席を蹴って立ち上がる。
聞く耳持たずという態度。
これ以上、あの連中に軍をひっかきまわさせるつもりはない。

そのまま、騒ぐ元指揮官らを捨て置くとド・ルーゴは別室にて待機していた連中のもとへと足を向ける。

「諸君、待たせたな。さっそく、行動を開始しよう。」

立ち上がり、敬礼してくるのは実戦指揮官ら。
本土からの面々と、新しく加わる植民地軍の実戦指揮官らからなる参謀団。

とにかく、組織的な戦闘の実現のために彼らはド・ルーゴを選んでいた。
なればこそ、ここまで速やかに指揮系統の統一が実現したと彼も理解している。

「さて、状況は?」

そして、曲がりなりにも共和国は列強の一角を占める大国。
人材の層は決して薄くない。
必要とされる情報の分析と、各種作戦の立案は不得手とは程遠い。

まともにぶつかれば、二個師団程度を屠るのは決して難題ではないのだ。
同時に、まともにぶつかるための方策を考えることの重要性も理解している。
敵将ロメールは、驚くべき機動戦で集結前に連合王国軍を各個撃破した。
故に、こちらが分散進撃してのトリポール攻略が無謀ということはすでに共通理解として存在している。

兵站線の関係で、軍を集結させたまま進軍させるのが困難。
一方で、全軍でも一個軍団に過ぎない帝国軍は軍をひとまとめにしたまま進軍が可能だろう。
当然、分散進撃していれば帝国に各個撃破されるというのは大いに予想できる事態だった。

「予定通りです。帝国軍は行動を開始しております。」

だからこそ、ド・ルーゴ将軍は盛大にトリポール奪還を叫んだ。
機密保持能力に深刻な疑義のある将軍ら相手に、力説してのけた。
その動きを見せるために、わざわざ多数の物資を集結させると共に各ルートを伺う動きも行っている。

帝国軍は無能とは程遠く、当然こちらがトリポールを攻略せんとする意図を理解しているだろう。
連合王国経由の情報によれば、トリポール市街地にはすでに防衛線を構築しているとの報告もある。
すでに、こちらの見せたい意図を相手は受け取ったと解すべき状況だ。

「では?」

だが、にやり、と。
この場にいる誰もが思わず悪だくみをしている表情を浮かべてしまう。
其れこそが彼らの意図するところなのだ。

ロメール将軍は優秀だ。
分析した将校ならば、誰もが其れを認める。
機動戦に関してならば、当代における最高の権威かもしれないとまで。

なにしろ、砂漠で機動戦をやる各種障害は誰もが理解している。
自らの位置すら見失いかねない砂漠で部隊を組織的に動かす。
しかも、分散進撃をタイムリーに行わせるという事がどれほど難しいことか!

部隊を組織的に砂漠で機敏に動かせるだけでも、賞賛に値するほどだ。

そんな将軍である以上、軍事的に無能とは程遠い相手。
当然、トリポールを包囲されては防衛できないことをよく理解していることだろう。
最も、一個軍団で在南方大陸の共和国軍全てを相手取る無謀は子供にでもわかるだが。

つまり、誰だろうとこの事態に対して対処する必要性を認識するのは容易ということだ。
そして無能と程遠い軍人ならば、解決策が少ないながらも存在する事も認識できる。
例えば、撤退だ。
トリポールを死守する必要がなければ、後退してしまうのも一つの手であるだろう。

だが、帝国軍にとってトリポール以外の拠点は今のところ乏しい。
イルドア王国領への後退は政治的に受け入れがたい選択肢となっている。
そうなれば、帝国軍が取りえる手段は集結前の各個撃破に他ならない。
持ちえる部隊を使って、それぞれを叩くことで機動防御を行う。

それが、ロメール将軍の取りえる最良の解答に他ならない。

そのことを相手が理解している以上、むざむざと敵に各個撃破されるために出撃する必要はない。

むしろ逆だ。

「ええ、出撃するとの報告が。」

そして、待ち望んだ知らせもすでに飛び込んでいる。
連合王国情報部が買って出た偵察行動。
見事に、彼らはトリポールの情勢を把握していた。

『帝国軍、トリポールを出撃』の一報はほとんどタイムラグ無しで入手。

そのためか、今のところ帝国軍の動向を完全に掌握できている。
彼らは分散進撃してくる我々を奇襲するつもりだという。
というよりも、そうするよりほかに選択肢がないところまで追い込んだのだ。
後は、これを料理してやればよい。

「ああ、これで馬鹿どもの相手をした意味があるというものだ。」

彼らをおびき出すために、わざわざ攻略の意図を盛大に漏らした。
偽装ながら、街道整備まで行った程だ。
まあ、実のところを言えば工兵隊には街道拡充よりも地雷原構築に尽力してもらったが。

のこのこ奇襲をかけるつもりででてきた帝国軍を叩く。
短距離ならば、軍を集結させても補給線も持つ見込みだ。
よしんば、敵がこちらの集結を悟り後退してもそれはそれで一向に構わない。

その時は、妨害がない状況で分散進撃を駆けることができよう。

「さて、諸君。用意にとりかかることにしよう。」

ようやくだ。
ようやく、帝国に一撃を返すことができる。

奇襲するつもりで、索敵を最小限に絞りつつ速度優先で進軍してくる帝国軍だ。
地雷原に引き込み、奇襲するつもりだった連中を強かに強襲してやろうではないか。

誰もがその思いを抱きつつ、軍の編成を行っていた。
数で言えば、圧倒している。
そして、正面から戦えば決して酷く劣るわけでもない。
曲がりなりにも、列強の正規軍同士である。

数で圧倒すれば、勝利は確定されたもの。

「一矢報いるぞ!」

「「「はっっ!!」」」

故に、共和国軍の意気は高かった。
反撃への狼煙が上がろうとしているだから。




「やれやれ、困ったものだ。これでは、ティータイムのティーにすら事欠くではないか。」

盛大に燃え上がるトリポール軍港からなんとか逃げ出した連合王国の兵隊を拾った遊牧民族らとの取引は上々だった。
以来、なかなか悪くないお付き合いができているとは思う。
情報のやり取りに至っては、実に有意義なものがある。

だが、物資となるとそもそも取り扱っていないらしい。
ティーの入手を駄目もとで依頼した結果は、無情なものだった。
駄目だろうとわかっていても、期待してしまうものなのだ。

それを思い出して、大げさに歎く男性。

この砂漠という事もあり、民族衣装をまとったジョンおじさんだ。
ラクダに乗りながら、パカパカと遊牧民族らに交じってキャラバンを指揮。
その姿は、ほとんど溶け込んでいて一瞥した程度では見分けがつかないほどである。

ある程度、砂漠に精通した士官らを無事に引き受けられたのは幸いだった。
まあ、不幸中の幸いというやつだろう。
一部の遊牧民族を通じて、今後も取引が続けられるおかげで情報網の維持も可能になった。
共和国側へのメッセージも無事送り届けられたのでジョンおじさんとしてもやっと一息つけた思いである。

「・・・なにはともあれ、偵察は上手くいくようで何よりだ。」

愚痴が言えるほどに、状況に余裕が出てきているとも言えるのだ。
悪くない状況とも言える。

「客人よ、我らへの約款は守られような?」

「そこは確約できるとも。なにしろ、使い道のない機密費が腐っているのでね。」

それでも、心底紳士としてのジョンおじさんは歎いている。
ティーには事欠くのに、金銭には困らないから喜べと?
そんなことで喜べるほど、ジョンおじさんは品位がないわけでもジョンブル魂が不足している人間でもないのだ。

本当に泣きたい事態だ。
ティーの代わりに金でも飲めとホワイトホールの連中はいうのだろうか。

せめて、輸送するなりなんなりしてほしいところだ。
外地にて働くエージェントの福利厚生にも配慮を求めたいところである。
まったく、人の苦労を知らない連中ときたら。

「そういうわけだ。今後も良い関係を保ちたいと私は思っているよ。」

いろいろと思うところはあるものの、ジョンおじさんは優秀だった。
遊牧民族のネットワークを活用した監視網と連絡網の整備。
並行して、一部への武器供与によるゲリラ活動の支援。
彼らが捕まえた帝国軍捕虜の受け取り約定と、同じく連合王国捕虜の引き受け協定。

ともかく、帝国に対峙するために必要なネットワークをジョンおじさんは造り上げたのだ。

その苦労は並大抵のものでなかったのはいうまでもない。
平然とラクダに乗っているジョンおじさんだが、幾度となく大変なことに直面してきた。
一度は、遊牧民の争いに巻き込まれて老骨に鞭打って自らライフルを手にすることまでやってのけた。

キツネ狩りは得なジョンおじさん。
でも、ラクダに乗って襲撃してくるラクダ騎兵はもうこりごりである。
次からは、短機関銃かそれこそ機関銃でも持ってこようと思うほどだ。

「我らとしても、貴様らからの物資は役立つ。」

一方の部族長。
彼も、取引自体には肯定的だ。
近隣部族をまとめあげるための実弾が手に入るのは歓迎できる。
なにより、重火器は基本的に外部から調達している以上ルートが確保できるのは大きかった。

だが、ジョンおじさんと違い彼らは国家に忠誠を誓っている身ではないのだ。

「しかし、我らの働きをみたいというならば戦士を貴様らも出すべきではないのか。」

・・・故に、ジョンおじさん達が絶対に呑めない条件を突きつけてくることもままある。

遊牧民族と連合王国のお付き合いは内緒で無くてはならないのだ。
仮に、遊牧民族に紛れ込んでいることが露呈すれば遊牧民族のキャラバンにまぎれてあちこちに潜入できなくなる。
なにより、秘密工作は秘密で無くてはならない。

ジョンおじさんの苦労は続く。



あとがき
・・・主人公がでてこない?

逆に考えるんだ。

主役は遅れてやってくると!

あと、ロメールとド・ルーゴの能力比較

ロメール
戦術:天賦の才あり。
戦略:人並み

ド・ルーゴ
戦術:秀才
戦略:卓越した戦略家

こんな感じ。

あと、ジョンおじさんの暗躍にご期待ください。
ZAP



[24734] 第四三話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 02:06
南方大陸へ配属される部隊を初めて一瞥した時の感情は今でも忘れられない。
軽装の歩兵師団、それも補充兵と予備役兵からなる新編の。
申し訳程度に用意されているもう片方の師団とて、御世辞にも満足な部隊とは言い難かった。
額面戦力はともかく、ライン戦で相当消耗した師団だ。
数字並みの戦力を期待することすらおぼつかないとなれば、まともな指揮官ならば誰だろうと頭を抱える。

参謀本部に陳情し、増強を要請したが返事は梨の礫。
耐えきれずに直接申し入れ、ようやく得られた解答が一個増強魔導大隊の増派。
思わず喝采を叫びかけた気分の高揚が反転したのは、指揮官の勤務評定を与えられた時だ。

士官学校より一定の評価
曰く、野戦将校として必要水準を満たすと認む。
陸大より一定の評価。
曰く、望みうる将校としての水準を満たす。

これらの評価自体はまあ好意的なものだ。
だが、平時ならばともかく今は戦時。
そして現場での評価は散々だった。

北方より酷評。
曰く、指揮権に対する明確な異議申し立てにより配置転換となる。
西部より講評の拒絶。
曰く、功罪相反するために評価しがたい。
なお、抗命未遂あり。
技研より玉虫色の評価。
曰く、成果はあるもののプロジェクトの採算性が最悪。

もちろん、司令部から見た評価だ。
野戦将校として直卒する兵からの評価は高いらしい。
だが、部下として与えられるにはこれほど使いにくい部隊も珍しいだろう。

命令には従うものの、上層部の方針に異を唱える魔導師というのは忌避される傾向がある。
なにより、扱いにくい。
悪いことに、将校としてはともかく個人としては恐ろしく優秀な魔導師との評価が付いている。
ライン戦線で撃墜トップを競える程の力量。
おまけに、あのライン戦線で強行突破や伏撃を平然とやってのけている野戦将校。
ある士官が評して曰く、『狂犬』だ。
二つ名の『白銀』がもつ優雅さとは程遠い響きだが的確な響きだと感心した。
共和国からは『ラインの悪魔』とまで呼ばれたらしい。

ともかく、純粋に魔導師としてみれば優秀無比。
指揮官としても決して力量は悪くない。
なればこそ、厄介払いも援軍という名目で行われるのだろう。
率直な印象は、面倒事を押し付けられたというものだった。

「・・・首輪の付いていない狂犬の御散歩にでも行けというのか。」

偏見といえばそれまでだろう。
ともかく余計な予備知識を持っていたのは事実。
それだけに、デグレチャフ少佐が着任の挨拶に来たと知らされた時は身構えていた。
淡々と儀礼的な挨拶に終始し、ともかく相手を見極めようと悪い癖もでていた。

同じくらい、相手も淡々と儀礼的な応酬に興じていたので少なからず驚かされたが。
多くの魔導師や士官は誇り高い連中だ。
こんなところで官僚じみた迂遠なあいさつで歓迎されれば少しは動揺するものと思っていた。
それが、まったく動じることなく淡々と空疎な社交儀礼の応酬になるとは。

まさか、これでお勉強ができるという理由で士官学校から評価されているのではないだろうな?
思わずそんな危惧すら脳裏をよぎったのは、実戦将校としての危惧だった。
どうしたものかと悩んでいた時、“最後に”とデグレチャフ少佐は口を挟んだ。

「閣下、私の部隊ですが独自行動権を頂きたく思います。」

ご丁寧に、『参謀本部は、これに同意しております』と続けてだ。

“噂には聞いていたが、まさか本当に指揮系統から外れる権限を要求してくるとは。”

正直に言えば、北方や西方が持て余したのが一瞬で理解できる。
魔導大隊が指揮系統からごっそりと抜け落ちるのは、ほとんど一個師団が欠落するようなものだ。
別系統の指揮権を容認するなど、本来は指揮官として到底許容できるはずもない。

「言うではないか!それで、デグレチャフ少佐。それだけの口上を垂れるのだ。それだけ使えるのだろうな?」

だが、彼女は私の反応が気に入らなかったらしい。
能力への疑義に対して、不服とばかりに沈黙を貫く。
上官の問いかけに対する態度としては、ほとんど信じられない程の態度だ。

跳ねっ返りの強かった自分ですら、これほどではない。

「どうなのかね?」

思わず、語気を強めて答えを促していた。
これで答えがなければ、参謀本部がなんと言うともつっ返してやると心に決めて。

「お言葉ですが…小官は答えようのない問いに答える手間を省いたに過ぎません」

「…なに?」

だが、返された返答に思わず問い返してしまう。


「小官は軍人であり口舌の徒ではありません。口舌で戦働きの証明は致しかねます」

急な語調の変更。
尊大な態度も相まって強烈な皮肉を感じさせているだろう。

「仮に為し得たとしても、閣下にご納得頂けるとは思えません。それゆえ、お答えいたしかねます。」

言葉は耳から飛び込んでくる。
それは、よく聞きなれた明晰な帝国発音の帝国公用語。
聞き取りに何ら支障のない鈴なり声。
それでいて、一瞬意図するところが理解しかねた。
理解が咄嗟には追いつかない言葉。

即座に理解しかねる。
そして、しばしの硬直後ようやくロメールはその言葉の羅列が持つ意味に理解が及んだ。

「…つまり貴官は百聞は一見にしかずと言いたいのか。」

「解釈はお任せ致します。閣下、どうか私と私の隊を御信頼ください。」

静寂。
目に浮かんでいるのは、真摯なものだ。
だが、意図しているのならばそれは狂気に他ならない。
我知らず唖然とする。
信じられないものを見たとしか形容しがたい思いである。

思い当たるのは、たった一つ。

『前線症候群』

暗喩ではあるが、馬鹿なことを聞くなという警告。
同時に、力量を理解できないのかとばかりの脅迫。
それでいて、本人は極めて真摯に対応している。
傲慢だ。
同時に、恐ろしいほどに単純明快に歪んでいる。

何も信じていない。
上層部の力量も、戦略も、友軍すらも信じていないのだろう。
それでいて、ひたすらに忠実。
ひとえに国家の番犬たらんとする異常者だ。

不服従は理解できる。
彼女はただ、国家に忠実であらんと務めただけ。
有能な狂人である。
何よりたちが悪いことに、自身の歪みを自覚していない。

「・・・少佐。私は貴官を信頼するに足る材料を持ち合わせていない。」

狂っている。
しかも、有能だ。
そして誠実無比。

「口舌の徒として、武勲を述べることも無為。御用命を賜りたく思います。」

実に、実に明瞭な意見。
言葉ではなく行動で結果を示すという態度は好感が持てる。
通常ならば。

力量に驕っているのではなく、力に溺れるのでもなく淡々と告げる態度。
何が可能で、何が困難かを見極める才能もあるのだろう。
そうでなければ、一見すれば火薬庫で火遊びするようなことはできまい。
限りない実力に裏打ちされた狂気だ。
狂っているとしか思えない。

「力量が見たい。ああ、勘違いするな。戦略家としての判断をだ。」

見てみたいという思いがある。
英雄とでも、狂人とでも、戦友とでも呼んでやろう。
だから、力量を示すべきだ。
単なる狂気に侵された猛獣なのか?
それとも、狂った知性を持つ狡猾な獣なのか?

「遊撃任務を与える。第二陣でやってもらいたい。」

ある程度自立的な任務を与えることで判断してみよう。

まあ、結果は予想が付くが。

「かしこまりました。ご期待には応じましょう。」

見たまえ。
あの凶悪な微笑みを。
喜ばしげな喜悦の表情を。

戦う場を与えられて歓喜する姿を。

きっと間違いなく彼女は最悪の知人になるだろう。
そして、確実に頼れる戦友になるだろう。




今晩は寒いですね。
まあ、今晩に限らず砂漠の夜はとにかく寒いのですが。
北方帰りの我が大隊ですら寒がるとはこれいかに。

ごきげんよう。
私達は帝国軍人です。つまり、軍人ということであります。
行けと命じられれば、どこへでも参りましょう。
帝国のためとあらば何処へでも。
忠勇なる帝国軍戦友諸君並びに、親愛なる帝国臣民のみなさま。
ターニャ・デグレチャフ魔導少佐より、敬意と共に敬礼を奉げさせていただきます。

『祖国万歳!皇帝陛下に栄光を!』

そして、親愛なる朋友及び盟邦諸国の皆さま。
申し遅れました。
帝国は、私の祖国は皆さまを必要としています。
くれぐれもご自愛ください。





「ロメール閣下、具申したいことが。」

そろそろ夜の帳も下りようかという刻限。
空軍ですら本日最後の空中偵察報告を投下し終えた。
当分は、静かな夜になる。
最も、地上軍の参謀らはこれから乏しい光源や機材の中で分析する仕事が待っているが。

それだけに、野戦将校が意見具申をこの時間帯に行うという事は少々以上の驚きをもって受け止められる。

一体何事だろうかと。
不審に思うという事ではない。
ただ、疑問を純粋に覚えるのだ。

一体、野戦将校が何を心配しているのだろうかと。

「何か?」

それでも、一応聞くだけは聞いてくれる上司というものは素晴らしい。
部下のインセンティブを高めてくれる上官を持てたことは軍生活では最高の環境だろう。
こういう相手である。
ある程度、双方の利害を尊重しつつやっていけるだろう。

「先行偵察の御許可を願いたく思います。」

口にするのはもちろん、本音は隠しつつ双方にとって利益のある提案。
本音は危険を犯したくないというもの。
魔導師というのは、性質的に強行偵察やら追撃戦、はたまた先鋭としての突撃を命じられがち。
各個撃破するとはいえ、毎回毎回この種の作戦行動を取らされてはたまらないというものだ。

「奇襲の意図が露呈しかねない。意図するところは?」

「敵情把握に不備があるかと。」

そして、建前としては敵情把握。
もちろん建前とする以上は完全な理論武装を行う。
軍というものは、ある程度までは合理的なのだ。
理屈が通らないことも多々あるが、かといって理屈を完全に無視できるものでもない。
(当たり前だ。なにしろ、物理法則を捻じ曲げる理屈を唱えたところで敵は倒せない。)

「偵察部隊は出しているはずだが?」

「我々は現状ほぼ空軍の偵察部隊に依存しています。」

現実問題として、進軍中に偵察行動というのはかなり無理がある。
確かに野営中に偵察部隊を出すというのは、一見すると尤もらしい。
だが、目印も何もない夜間の砂漠を一般の歩兵で偵察するというのはほとんど無理難題だ。
そこで、航空機に頼る。

仕方ないと言えば、其れまでだ。

「加えて、夜間偵察に難があります。」

そもそも、急な進軍だ。
偵察行動もほとんど満足に行われていない。
もちろんそのことを危惧しない程帝国軍はおめでたくないだろう。
だから、偵察機が飛ぶのはよい。

しかし、夜間に航空機が対地偵察できるかといえば、技術的な制約が大きすぎる。

「それらを差し引いても、情報が偏りがちかと。」

偵察行動は近隣の航空艦隊により行われてはいる。
だが、燃料と敵航空戦力下という問題を抱えてだ。
いくらパイロットが誠実かつ懸命に任務を遂行したところで限界がある。

空軍の偵察結果というものは、一つの側面しか見られないのだ。
依存しすぎれば、情報の偏向のみならず誤解すら招きかねない。

「懸念がある以上、警戒行動をする必要があると確信いたします。」

つまり、建前であれどもそう簡単に無視できないもの。
同時に相手方にとっても利益のでる提案だ。
双方にとってウィンウィンとなる提案を行えることは、私にとっても誇らしい。

「・・・よろしい。認めよう。」

「感謝を。さっそく大隊を出します。」

礼を述べつつ、退出。
即座に大隊を呼び出す。
即応待機中だけあってヴァイス中尉が出るまでに1コール。
見事だ。

満足しつつ、出撃を伝達。
夜間の長距離偵察。
それも、砂漠でだ。
航法器材は念入りに確認する必要がある。
なにより、砂嵐の際に通信が途絶する事を考慮すれば備えはしておくべきだろう。
砂漠特有の気象状況や環境相手に単独行動する部隊としてできる備えは全てする。

そして、索敵エリアの策定。
索敵線を形成するために扇状に部隊を散開させつつ、一定の地点で集合。
状況が状況だ。

“分散進撃中”の共和国軍相手に対抗するためには敵影捕捉が不可欠。
同時に、危険なエリアから遠ざかりつつ功績をたてられると思えば完璧だ。
偵察任務という事は、発見次第帰宅すればいいだけの話。

強行偵察で無いので、今回は随分とマシだ。

もちろん、顔には出さないが楽をできて大変満足である。
おまけにどこまで飛ぼうとも接敵報告がない。
敵に遭遇しないという事は、危険がないという事。
安全なのはよいことだ。

てっきり、逃げ帰ることも覚悟していたのだが。
寒くて静かなよい夜だ。
北方帰りにしてみれば、雪がないだけまだましとも言える。

それにしても、静かすぎるが。

「・・・そろそろ接敵してもおかしくない。警戒強化。」

「はっ。」

「総員、対地・対空警戒怠るな。接敵予定時刻が近い。」

敵がこちらの索敵に警戒するというのは理解できない話ではない。
分散進撃を隠匿しようとするのは、合理的な行動。
こちらもそれを前提に注意深く索敵行動を行わざるを得ない。

だが、飛べども飛べども接敵なし。
どれほど飛ぼうとも敵影どころか我ら以外の生命体すら見かけない。

「フェアリー01よりフェアリー。」

何もないというのは、普通は歓迎。
とはいえ、何事にも例外はある。

「各指揮官は、状況を報告せよ。」

「第二中隊、コンタクトなし。我ら敵影をみず。」

「第三中隊、我の他に影なし。」

「第四中隊、ノーコンタクト。」

例えば、あるべきことがないというのは気にすべき事態だ。

「・・・おかしい。」

さすがに、これはありえない。
敵がいないのだ。
いうなれば、アスターなんとやら宙域の逆バージョン。

・・・逆バージョン?

計画では分散して進撃してくる敵を各個撃破することになっている。
なるほど、集結されれば手に負えない。
だが、三分割されれば我々の方が数的・質的優位で持って圧倒し得るだろう。

だが、違うのだ。
ばらばらの敵を襲うつもりが、敵が集結している。
○スターテでは、各個撃破できたが今度は単純に倍する敵に襲われるとすれば?

それこそ、こちらの理屈が逆用される。
分割されていれば勝てようが、集結されては手に負えない。

「HQにつなげ!至急だ。」

共和国軍の連中、分散進撃で馬鹿をすると思ったが。
慢心した!
罠だ。
これは、罠にちがいない。

「嵌められた。敵はここにいない。」

どこに?
決まっている。
戦力集中の原則を果たしたに違いない。
持ちえる資源の有効活用に努めたのだ。

当然、投入されているのは主戦場だ。
偵察行動中の部隊として、意味するところは明白。
即座に司令部へ一報を入れるしかないだろう。

名目とはいえ、偵察行動義務もある。
そういう事なれば、ある程度のつじつま合わせ程度を行うべき。

「・・・しかし、どうしたものか。」

敵が集結しているとあれば、単純な戦力比で圧倒されている。
こちらの軍団は、各個撃破という蜜に誘われて前進済み。
単純に後退したとしても、敵は其れこそ邪魔されることなく分散進撃できるだろう。

そうなれば、破局だ。


さて、ここで自分はどうするべきか。

友軍の援護に戻る?
論外だ。
圧倒的優勢な敵の包囲下に置かれた友軍救出とは要するに、死んでこいという事。
絶対に御免蒙る。

友軍の撤退支援を行う?
これは、難しいだろう。
側面を包囲している敵を突く程度はできるかもしれないが・・・。
突破口を形成したところで、維持できるかどうか。

むしろ、維持するために踏みとどまることを考えれば危険すぎる。

逃走するか?
だが、絶対に軍法会議が待ち構えているに違いない。
敵前逃亡だ。
おまけに、友軍を見捨ててというおまけがつく。
銃殺兵が送られてくるか、こっちが送還されるかはオプションに過ぎないだろう。

誤魔化そうにも、限度がある。


状況を整理して考えるべきか。
目的は、生存と保身。
そのためには、友軍を見捨てたと見なされないことが必須。
同時に、その結果として友軍の被る損害の程度は軽い方がよい。
もっとも、軽い方がよいに過ぎないという程度だが。

では、名誉を保ちつつ逃げるにはどうするか?
戦史を紐解けば、撤退戦ほど過酷なものはない。
加えて、逃げのびたところで守るべきものを守れた事例はあまりにも乏しいだろう。

だが、両者を充たす事例も歴史は教えてくれる。
例えば、関ヶ原の戦いだ。
あそこで、東軍と西軍が激突した時の事は有名だろう。
裏切り、策謀、躊躇?

何れにしても、そこから学ぶべきことは多い。

そして、敗軍の末路は哀れを極めている。
ほとんどは、領地没収か少なくない石高を召しあげられていた。
だが、もちろん例外もある。

敗戦していながら、まったく手を付けられない程の連中も不思議なことにいるのだ。
その名も鬼石曼子。

・・・シマーヅ一族?

つまり、敵中突破して帰れば敵前逃亡じゃなくなるという理屈か。
いや、でも、正直に言おう。

敵中突破して帰るって、無理難題にも程があるだろうと。





「・・・勝ったな。」

「はい、閣下。」

目前の光景は、ほとんど共和国軍にとって夢見たものだった。
分散進撃するという偽報で敵を誘引。
そして、集結した戦力で包囲撃滅寸前。

ド・ルーゴ将軍としては、万全の備えで望んだ反攻作戦の第一歩でもある。
当然ながら、ここまでやってきたことが効果を出していることの安堵も大きい。
長かったが、帝国軍をここで撃滅できれば南方大陸の守りは固められる。
大陸反攻への足がかりを強固なものに。

ようやく、それが手の届くところに来たのだ。

だから。

鳴り響く警報音は酷い音だった。

「だ、第228魔導中隊より、メーデー!」

何が起きているのだろうか。
ほとんど、そんな顔をした通信兵が救いを求めるような顔で報告する。

「第12魔導大隊よりエマージェンシー!突破されかけています!」

戦況を表す記号が書き込まれた地図。
それが意味するところは、右翼に位置する魔導師部隊がほとんど突破されかけているという事実。
誰もが、誰もが信じられないでいた。

「第七師団司令部より、至急報!敵一個連隊規模と思しき魔導師、右翼を強襲中!」

「何だと!囲んだのではないのか!?」

ようやく届いた敵情報告。
一個連隊規模の敵魔導師!?
冗談ではないと叫びたいほど、この状況下では嫌な知らせだ。

包囲するのを前提にした配置。
両翼は敵の側面を攻撃する前提で対地攻撃に特化している。
敵の厄介な魔導師を阻止するのは、中央に分厚く配置された魔導師の任務だ。

一応、大隊程度の魔導師を阻止できるだけの魔導師は両翼とて有する。
だが相手が、連隊規模となれば。
それこそ、この戦場にいる帝国軍の魔導師がほとんど全て包囲下にないという事を意味しかねない。

「馬鹿な!では、中央の魔導部隊は何と戦っているというのだ!?」

しかし、それでは事前情報と整合しないではないか!
思わずド・ルーゴは言葉を失い地図を睨みつける。
こちらの魔導主力は現在敵魔導師と交戦中。
数的優位故に、優勢を保っているとの報告をつい先ほど受けたばかりだ。

まさかとは思うが。
数的優勢を保てているのは、敵が一個連隊規模で魔導師を抽出したからなのだろうか?
だが、それでは敵がほとんど旅団規模の魔導師をこの戦場に投入していることを意味しかねない。
多くても、連隊規模。
それが、予想されている敵の魔導師戦力のはずだ。

「確認しろ、連隊規模なのか?」

頭の冷静な部分が、本当にそれは連隊規模なのかという疑念を生み出す。
例えば、敵がなにがしかの欺瞞措置を取ってこちらを誤解させているのではないか?
或いは情報の混乱が産み出した誤解ではないだろうか、と。

だが、同時に飛び込んでくる各部隊からの報告は?
それが何を意味するのだろうかということはわかる。
納得できるかどうかは、まったく別の問題だが。

「ド・ルーゴ閣下、既に二個中隊が落とされております。」

なにより。
参謀らの呆けた表情が物語ることは、よくわかる。
二個中隊規模の魔導師が叩きのめされたという事は、少なくともこれを一瞬で圧倒できる敵部隊が存在するということだ。
抵抗の末に撃破されたというならばともかく、第一報がメーデーだというのは尋常な戦力差ではない。

「第12魔導大隊が突破されつつあることを思えば、少なくともこれに倍する程度の戦力ではないかと。」

加えて、直掩に宛がわれていた第12魔導大隊からの悲鳴のような報告。
突破されつつあるというのは、遅延防御もままならないという事だ。
右翼の師団から支援を受けても、突破を阻止し得ない程だというのだろうか?

「っ、中央の魔導師を支援に廻しましょう!このままでは、包囲を突破される!」

あまりのことに考え込み始めたド・ルーゴの頭。
それを再起動させたのは、叫ぶようなビアント大佐の声だった。
あまりの事態に一瞬凍りついていた参謀らの中から、いち早く復活したビアント大佐。
遅れながらも、他の参謀らも事態への対処策を理解し始める。

右翼の砲列が叩かれては、敵の離脱を阻止し得ない。
ならば、右翼を援護する。

・・・至極まっとうな話に過ぎない。

だが、すこしばかり相手は真っ当ではないのだ。

「第5魔導大隊よりHQ、敵魔導師、我へ急速接近中!」

「馬鹿な、砲列を叩くのではないのか!?」

辛うじて中央から予備の第2魔導大隊と引き抜いた第一混成魔導連隊を右翼へ派遣した直後。
それまで右翼で暴れ回っていた魔導師らが突如としてその進路を変更した。
右翼への援軍阻止ですらない機動。

それは、壊滅寸前に見えた右翼包囲網の撃破を意図した行動ではない。

それは、右翼へ向かった増援部隊を相手取るための行動でもない。

それは、共和国軍中央集団への吶喊だった。

「・・・悪魔のような連中ですな。」

そして、それほど時宜を得た行動もない。
この場にいる誰よりも、魔導師について知悉していたビアント大佐は敵の意図が理解できた。
それが、理解できた。

右翼を叩く行動そのものは、目的の一つに過ぎないのだろう。
共和国が事態を放置しておけば、帝国は右翼を突破して離脱すればよい。
では、真っ当に共和国が右翼を増強すればどうするか?

簡単だ。
右翼を増強するために抽出された中央を叩くのだ。
まさか、左翼から右翼へ部隊を動かすわけにもいかない。
そうである以上、右翼の敵部隊を牽制するために部隊が抽出されるのは中央。

一直線に魔導師が突入するとして、ほとんどノイズや通信障害でこちらの索敵は一時的に麻痺する。
そうなれば、増援部隊が出撃した徴候を帝国軍が捕捉し動けばどうなるか?

ようやく右翼の防御に付きつつある魔導師らは、中央が襲撃される決定的な一瞬に遊兵化させられてしまう!
ほとんど、悪魔じみたレベルでの対応だ。
理論上、可能かどうかというものをあっさりと敵魔導師部隊はやってのける。
帝国軍魔導師の恐ろしさは、知り尽くしているつもりだったのだが。

「ド・ルーゴ閣下、お下がりください。」

「何だと?」

「敵の狙いは、ここです!連中は、奴らはラインでやったことを再現するつもりなのです!」

“外科的な一撃”で司令部を刈り取る。
誰もが、夢物語と嗤うそれを帝国はライン戦線でやってのけた。
厳重無比に防御陣地の形成されたライン主戦線を突破し、あまつさえ要塞化された司令部が落ちたのだ。
あの時、前線部隊が被った混乱はほとんど筆舌に尽くしがたい規模に及ぶ。

・・・ましてや、今の共和国軍にとってド・ルーゴ将軍の代わりはいない。

自由共和国軍という名称からして、苦心の作なのだ。
共和国軍の頭となれる将軍が倒れれば、後は纏まった抵抗は難しい。

帝国軍にしてみれば、それこそ南方派遣軍団すべてが全滅しようともド・ルーゴ将軍と刺し違えれば勝利だ。
いや、この状況では帝国軍の撃滅は困難。
帝国にしてみればせいぜい叩かれたという程度か。

そして、それを阻止するためにこちらの火力や部隊を突入してくる魔導師に向ければどうなる?
少なくとも、当初の作戦目標は絶対に達成できないだろう。

「諸君、閣下を御守りしたまえ。正念場だ。」

ラインでは突破されたが、ここは断じてそうさせるわけにはいかないのだ。


あとがき

つまり、今回はどんな感じよ?
※①ロメール『アスターテで分散進撃してくる連中を各個撃破だ!』
 ②ド・ルーゴ『馬鹿め!集結した戦力で単純に圧倒してやるわ!』
 ③ターニャ:じゃあ、逃げるんで戦う真似だけでもしますか。
 ④ド・ルーゴ『おのれい、伏兵とは卑怯な!叩き潰してやる!』
 ⑤ターニャ:なんかくるし、方向変えよう。
 ⑥ビアント『ゲゲェッ!しまった、閣下が危ない!』
 ⑦ロメール『今だ、行動開始!』

たぶん、こんな感じ。
オプションでロメールさんとターニャちゃんの出会いを冒頭で。
黒船さんのご要望に応えられたかどうか。

あと、みなさんおはようございます。
※誤字修正。
※さらに誤字修正

ZAP



[24734] 第四四話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/03/08 22:55
「はははっはははっははっははっはははは!」

装甲車両に乗り合わせた不運な下士官らが顔をしかめる。
まあ、誰だって敵の包囲下に置かれた状況で指揮官が突然笑い出せば顔をしかめる権利くらいはあるだろう。
正気を失われたらたまったものじゃないという彼らの気持ちは別段おかしなものではない。
いつものロメールならば、ここで笑いを引っ込めていただろう。

「いや、実に、実に愉快だ。やってくれるじゃないか、少佐!」

だが、ロメールとしては笑いが止まらない事態だった。
それほどに、目前で繰り広げられている光景は衝撃的だったのだ。

ある程度、首輪を付けて制御できると思っていたがやはり彼女は解き放った方がよほど効果的に働く。
何かを嗅ぎつけたからこそ、あんな時間帯に偵察行動をおっぱじめていた。
敵の偽装を見破り、共和国軍に本隊が接敵する前に警告してくれたのはありがたいことだ。
おかげで、わずかなりとも優勢な敵を相手に戦うだけの用意ができた。
同時に、包囲下にない部隊が存在する事で撤退のめどがつくはず。
そう考えていた自分が馬鹿馬鹿しくなるような情景だ。

「まさか、まさか前に向かって後退するとは!笑うしかない。見事だ!」

第203遊撃魔導大隊が、敵右翼を攻撃中という一報を受けた時は戸惑った。
包囲網が完成しつつある今、はたしてどの程度の効果があるのかと。
せいぜい、我々が全滅する時間を引き延ばせる程度だろう。
頭の冷静な部分では、すでに壊滅を所与のものとしかけていたのだ。
せいぜい、そこから逃げられれば運があるのだろう、と。

だから、突然デグレチャフ少佐らが戦闘を打ち切って敵の中心部へ突撃を仕掛けたことを理解するのが遅れてしまった。
右翼を叩いたのは完全に陽動だったのだ。
本命は、我々が対峙している敵の主力。
その大本命である敵司令部への直接攻撃こそが彼女の選択した方策だった。

味方にとっては、破邪の盾として『白銀』だろう。
だが、司令部にとってみれば『狂犬』そのものだ!
いやはや、手綱を握らない方がよっぽど戦果を叩き出す。

「いやはや。あれでは並みでは使いこなせないわけだ。」

一介の野戦将校としておくには惜しすぎる才覚だ。
アレが部下では、さぞ上官らはやりにくかったに違いない。
自分ですら、少々持てあましかねないのだ。

参謀本部が、いや、西部方面軍すら嫌々ながらも独自行動権を付託した理由がよく理解できた。
敵の増援を振り切り、中央部へと斬り込んだおかげで敵は大混乱中。
包囲されていたはずの帝国軍は、纏まった戦闘部隊を組織的に保持し続けたために状況を打開できるまでになっている。
前に進もうと、後退しようと自由。

それこそ、両翼が中央の混乱によって即座に対応しかねているのは当初の各個撃破方針を蘇らせるに足るもの。

「敵左翼を叩く!機動遊撃戦だ!敵左翼を叩き、そのまま敵中央部をぶち抜くぞ!」

強襲され混乱している右翼は一先ず放置。
中央部はデグレチャフ少佐が混乱させている。
そうであるならば、残りは左翼。
現在指揮系統から孤立しているものの一番組織的戦闘力を残している左翼を叩く。

咄嗟に、軽師団を後詰にすることを決断。
残りの戦力を左翼にぶつけることで、包囲網の瓦解と各個撃破を図る。
そうすれば、最悪でも退路は確保可能。
手堅く行けば、敵の混乱に付け込むことである程度の打撃を与えることもできる。

其れだけの判断を咄嗟に行えたのは、ロメール将軍の非凡さだろう。
少なくとも、包囲下にあって秩序を保ったまま抵抗を維持できたことは賞賛に値する。
それだけに活路を見出した彼の行動は迅速だった。

「少佐に伝えろ。“自由にやれ”と。」

そして、良いことなのか悪いことなのかは誰にもわからないが手綱を放り投げる。
繋がれたチワワの方が、見栄えは良いだろうし可愛がられるだろう。
だが、戦場では暴れ回る猟犬の方が必要なのだ。

そして、彼女とその大隊は型に当てはめない方がよほど敵に災厄を撒き散らす。
そうであるらしいならば、目的を達成するための手段と割り切れる。

「はっ?よろしいのですか?」

「あれには、自由にやらせるに限る。狩りは猟犬に任せるべきというだろう?」

ロメール自身は、同数の軍団を率いてならばほとんど誰にも負けるつもりはない。
それこそ、デグレチャフ少佐を相手にするのも楽だろう。

だが、大隊規模の部隊運用という意味においては彼女に劣ることも理解できる。
少なくとも、制御するだけ労力の無駄だということだ。
彼女は、かの大隊は猟犬なのだ。
餌の取り方など教えられずともやってのける。
それこそ、下手にしつけて獲物が取れなくなるよりはよっぽど野放しにした方が合理的という物。

「それよりも、浸透襲撃用意を急げ!共和国の砲兵が統制を取り戻す前になんとしても、取りつかせろ!」

取りあえず、運用についてはおいおい考えていけばよい。
それより重要なのは直近の対応策。
共和国砲兵隊を潰さなければ、一方的に叩かれてしまう。

「ヤー!直ちに取りかかります。」

きびきびと動きだす猟兵には賞賛を。
このような情勢下であろうとも、機敏な動作を行える猟兵はさすがにライン帰りだけある。
定数割れしているとはいえ、戸惑わない分よっぽど役に立つ。
軽師団は、まあ、慣れてくれればもう少しは使い物になるのだろう。
少なくとも、戦う術を学びつつあるとは評価しても良い。

「残存の砲兵をかき集めろ!背後を突かれたくない。敵中央集団に向かって撃ち込んでやれ。制限はなしだ。」

「牽制目的であれば、全ての必要があるでしょうか?」

「突撃には砲兵を連れていくわけにもいかん。何より、軽師団の防御支援もいる。取りかかれ。」

だが、さすがに単体で防御するのは限界だろう。
防御支援抜きで包囲下に置かれれば崩壊しかねない。
そうなれば、突破中の全部隊が動揺する。
いや、軽師団の崩壊が波及しかねないところだ。

速度が重視される機動戦。
砲兵隊は連れていけないとあれば、防御を最優先に考えて使うほかにない。
少なくとも、砲兵隊は攻防に役立つこと間違いなしだ。
撃ってよし、牽制して良し、守って良しだ。

「失礼しました。直ちに。」

光明が見えている。
包囲下に置かれているというのに、ロメール将軍の気分は高揚していた。
不思議なことに、何とかなりそうなのだ。
まったく、神々がおられるとすれば奇妙なことをなさるものである。





「はははははははははははははははははははははははははは!」

「はははははははははははははははははははははははははは!」

共和国軍司令部。
本来ならば、静謐ながらも熱のこもっているべき室内は異様な空気に包まれていた。
ひきつった顔の参謀らが見つめるのは、部屋の中心で空疎な大笑いを浮かべている二人の高級将校。
その片方は、彼らの指揮官であるド・ルーゴ将軍である。
もう片方は、ここに居並ぶ将校らの中でも最も実戦経験が豊富なビアント大佐。

自分達の最高指揮官が、頼るべきベテランが突然笑い出すのだ。
戦場において、これに勝る恐怖もない。
狂ったのではないか?

とっさに軍医を呼ぶべきかどうか参謀らは短い間ながらも深刻な葛藤を抱え込む。
その周囲の様子にも関わらず、ド・ルーゴ将軍とビアント大佐は二人そろって笑い続けていた。
よくよく注意深く見れば、その笑いが半ば開き直りに近いものだとわかっただろう。

完全な勝利を確信した布陣だった。
三方向から、包囲下に置いた帝国軍を圧迫していくだけの簡単な作戦。
戦略では完全に勝っていた。

「まさか、まさか戦術で戦略を覆すとは!やってくれる。」

それが、完膚なきまでに粉砕されていた。
戦略レベルで何ら間違っていないにもかかわらず、戦術レベルで戦略の差が覆されるのだ。
理屈から言えば、ありえるはずもない事態だ。
だが、現実にはお膳立てした戦局がひっくり返されてしまっている。

右翼を強襲した敵連隊はその後、こちらの増援と入れ違いになる形で中央を強襲。
ビアント大佐直轄の部隊が迎撃にでているが、驚くべきことに迎撃を受けた瞬間敵は後退し始めた。
これによって共和国の最精鋭集団で喰い止めつつ、組織的抵抗の再編を図ろうとする試みはあっさり崩れる。

敵が攻勢に出てくるならば、一部で拘束し防御しつつ本隊で帝国軍残存部隊を叩けば良かった。
だが、敵が後退するとなればこちらが攻撃を行わなければならない。
当然理屈は逆になる。

かといって、放置するわけにもいかない。
叩かれた右翼の混乱は目に余るものだし、左翼は突破を図る敵主力と激戦中。
こんな戦況で敵に一個魔導連隊を自由にさせるのは許されない。

そして。
まさかとは思ったが。

誰もが頭で一度は予想しても、否定していた事態。

「敵魔導師、複数に散開!?これは、きゅ、急速反転!?」

思わず、誰もが唖然としてしまう。

そんなバカな、と。

そんな事が可能なのか、と。

「「まるで、鬼ごっこだ。」」

2人が呟いた通り、躊躇いつつも迎撃にでた部隊が敵の追撃に移った瞬間だ。
わずかな隊列の乱れが産み出した寸隙を帝国軍が待ち構えていたように突破する。
双方が加速した結果、相対速度はほとんど交戦困難な領域。
駄目で元々とばかりにこちらの魔導師が攻撃するも、ほとんどかすりもしない。

「ええい、予備の部隊を出せ。追撃中の連中と合わせて挟撃しろ!」

形だけ見れば。
形だけならば、帝国軍の突入部隊は複数の魔導師に包囲された形になる。
一見すれば、包囲殲滅は時間の問題だろう。

「駄目です!早すぎます!」

だが、早すぎた。
予備の部隊が上がる前に、追撃中の部隊が追いつく前に奴らは目的を達するだろう。
たった一人を排除するために、わざわざこんなところまで突入してくる連中だ。

「対魔導師防御急げ!直撃来るぞ!」

慌てふためく周囲を余所に、躊躇なくビアント大佐はド・ルーゴ将軍を退避壕へ押し込む。
直後に、退避壕に飛び込めた参謀らは幸運だった。
彼らが飛び込んだ退避壕で、体をどこかにぶつける直前。

「・・・ッ!!!」

何か声にならない警告を叫び、咄嗟に全員が身を伏せる。

直後、つい先刻まで指揮所が置かれていたエリアへ魔導師による蹂躙が加えられた。
対人仕様の爆裂式に散発的ながらも擲弾と50キロ爆弾による襲撃。

ほとんど、完膚なきまでに指揮所を叩き潰した魔導師達はそのまま速やかに離脱を開始。
懸命に追いすがる共和国軍の魔導師を退避壕から見守る司令部の前で軽やかに振り切っていく。

そのほんの一瞬の出来事に、ほとんどの参謀らは唖然としてしまっていた。
その数少ない例外であるビアント大佐は即座に状況の確認を行う。
司令部は全壊。
あの様子では、予備指揮所を使うしかないだろうと判断。

「・・・ご無事ですか閣下?」

「聖母の御加護だな。あと、少しずれていれば危ないところだった。」

幸いにも、ド・ルーゴ閣下は退避壕に飛び込んだ際の打撲程度。
まあ、飛び込んだというかビアント大佐に突っ込まれたようなものだが。
それにしても、辛うじて最悪は避けられたとビアント大佐は判断する。

見れば、ド・ルーゴ閣下が何かに祈るように目を瞑っていた。
あの閣下が、と思わざるを得ないがそれとて無理もないだろう。

なにしろ、後わずかな差で共和国軍の頭を持っていかれるところだったのだ。
ラインでは未知であったために行動が遅れたが、二度目はない。

「損害は?」

「混乱していますが、辛うじて限定的です。撤退を?」

まだ、戦える。
少なくとも、次があるのだ。
ここは、南方大陸。
帝国の本拠地ではなく、共和国と連合王国の縄張りである。
長期戦の分は決して悪くない。

なればこそ。
戦力の温存と敵の消耗拡大に立ちかえるべきだろう。

その思いから、ド・ルーゴは損害の抑制と撤退を決断する。
促されるまでもなく、戦略家としての彼はこの事態を既に受け止めて解決済みだ。

「ああ、いた仕方ない。退くぞ。」

会戦で戦っても勝てない。
ならば、戦わなければ良いのだ。
ただ、消耗戦に引き込み鑢ですりおろしてやる。
ここで生き延びたという事が、すでに一つの転機なのだ。

負けない。
それこそが、勝利となる。




「はははっ、見ましたか少佐殿?あの連中の間抜け面ときたら!」

「はっはっはっ、気持ちはわかるが少々自重したまえ。」

珍しく、本当に珍しいことだがターニャはご機嫌だった。
ころころと年頃の子どものように笑いながら、彼女は大隊の先頭に立って愉快気に爆笑している。
まあ、テンションが上がればどんな堅物でもニヤリとしたくなるというもの。

「いやぁ、少佐殿をエスコートできないとは無粋なエスカルゴ共ですな。」

「なに、連中が遅すぎるのさ。仕方ないでしょうな。」

演算宝珠の中でも、97式は特に高度と速度に優れる。
当然、襲撃して一撃離脱という保身第一主義の戦術には最適なタイプ。
95式は大欠陥品だが、97式は使える。
なにしろ、普段は安心安全の97式を使うほどだ。
やばくなったら、色々と心の自由を泣く泣く放棄せざるを得ないが。

ともかく、今回はご機嫌になるほかない。

「最もだ。なにしろ、帝国のトレンドは早い。流行遅れの共和国軍人ではね。」

故に、柄にもなく冗談を嘯く気にもなる。
いつも、いつも神を讃える歌とやらを勝手に詠唱させる呪いと無縁でいられることの素晴らしさ!

「なんにせよ、97式に乾杯だ!」

「全くですな。こいつのおかげで、鴨撃ちも随分と楽になったものです。」

形だけ見れば、我が大隊は大いに奮戦した。
ほとんど、我が大隊だけで敵をかき回したと豪語しても良いほどだ。
一個大隊で、包囲下にある友軍の包囲網を打通!
敵増援を翻弄しつつ、敵主力部隊を誘引し足止め!
そして、反転強襲し対地襲撃まで行った!

適当に逃げ回っていただけで、実は全く戦果がでていないことも美辞麗句で飾ればこの通り。

敵を避けていただけだとまずいと思い、最後に適当に対地攻撃を行ったので言い訳も完璧だ。
まあ、ちょくちょく飛んでいるだけの新兵がいたのでスコア稼ぎも行ったが。
しかし、正直飛べるだけのひよっこを撃墜スコアに数えるとマイナス評定が来るのでむずかしいところ。

まさか、今回警戒もほとんどしていないひよっこをダース単位で我が大隊が狩りましたといっても自慢にもならんだろう。
これをスコアとしてカウントすると、これまでの撃墜スコアが水増ししたのではないかと疑われかねない。
きちんと、ターキーシュートのスコアですと表記しておかねば。

ほら、WW2でも言うじゃないですか。
東部戦線でろすけ相手のスコアと西部戦線で米英軍相手のスコアでは意味が全く違うと。

「しかし、敵も執念深い。どうやら、まだ追尾されているようですが。」

手元のレコードをキズものにしたくはないなぁと思いつつ、後ろを見ればどうやらやる気満々の敵兵。
一瞬思案するが、さすがに送り狼を連れて離脱するのは気だるいことこの上なし。
なにより、さすがに追撃で追いすがってくる部隊はやり手らしい。

ほとんど加速限界で飛んでいるのに振りきれないのも、少々癪である。
ストーカー規制法でも提言するべきなのだろうが、戦場にそのような規定もない以上自力救済するほかにないだろう。

「よし、遊んでやろう。諸君、釣り野伏せだ。お客様を遊んでやれ!」

離脱するためにも、送り狼を伏撃しておきたい。
せっかく疑似シマーズ・モードなのだから、ここでも倣っておいて悪くないはず。

「「「ヤー!可愛がってやりましょう!」」」

大変結構なことに部下の戦意は旺盛だ。
おかげで、大変難しい偽装敗走とおとり役を簡単に得られる。

「フェアリー01より02及び05、諸君は囮だ。殿軍を装い、偽装敗走せよ。」

まず、二個中隊で殿軍を務めさせるフリをする。
ポイントは、フリだ。
敵の追撃に敵わないフリをして後退。

同時に、統制を乱したかのように他の部隊が逃げるフリをする。
そして逃げる真似をしながら左右に散らばるのだ。

後は、引き込むだけ。

「残りは各個に散開。空域D-3に敵を誘導後、三方向から撃滅する。」

囮の二個中隊がD‐3空域に敵を引きこんだ瞬間、逃げ惑っていたはずの全部隊が反転攻勢に出る。
そうなれば、敵は袋のねずみ状態。

楽して圧倒的な戦果が上がるという素敵仕様である。

「はっはっはっはっ、笑いが止まらないな!」

偶には、楽もしてみるものだ。
これからも、こんな感じであれば楽なのだが。






とある次元、とある存在領域。
そこである存在が、歓喜に震えていた。

「ふっふっふっ。素晴らしい!」

喜びのあまりに、思わず主の栄光を讃えかねない程だ。
最も、ここにはそれを咎めるよりも同調しそうな存在しかいないのだが。

「智天使様。いかがされました?」

「おお、大天使か。聖務御苦労。いや、良い勢いで信心が高まっておってな。」

素晴らしい知らせだ。
そう言わんばかりの智天使。
そして、当然のように微笑みを浮かべる大天使もそれに賛意を表す。

当たり前のことを、当たり前のように言祝ぐ。

「それは、よろこばしいことですな。しかし、妙ですな。はて?」

だが、同時に大天使は疑義を顔に浮かべる。
しばし前に、自分が聞き及んでいた事と違うような気がしたからだ。
彼らは、全なる神の前には等しく、職務に関する上下以外は比較的寛容である。
其れゆえに、上役の言葉にもふと疑義を呈する事は許されているのだ。

「おや、どうかしたのかね?」

当然、智天使は丁寧に善き意図で持って疑問に答えようと声を優しくかけた。
彼にしてみれば、共に主の栄光のために戦うものに力を添えるのは善なる行いである。

「かの世界には無神論者なる邪悪がはびこっていると聞きますが。」

「はて?わたしの 管轄はそのようなことはないのだが。どなたか、御存じか?」

だが、大天使の口からこぼれ出てきた言葉は彼にとってみれば聞き覚えのない事柄だった。
彼の担当するエリアでは、人々は確実に神の存在を感じ始めている。
そう、みな敬虔に神の声に縋ろうと熱心に願っているのだ。

謙虚な信徒たちを守り、導くことこそ喜びである智天使にとってこれほど喜ばしいこともない。
なればこそ、喜びで笑みを浮かべるに至ったほどだ。

無神論者なる連中の跳躍跋扈など耳にするだけで、秀麗な顔に影が差す。
自分の管理下にそのようなことがあれば、それは大いなる憂いに他ならないだろう。

故に。
完全に善意と義務感から、訊ねるのだ。
誰か、そのような問題に直面しているものがいれば手を差し伸べねばと。

「ああ、お恥ずかしい限りだが其れは私の管轄だ。」

そして、当然ながら彼らは不都合を隠し立てするよりも共に解決する事を望む。
なにしろ、導き手としてそのものたちは義務を負っている。
喜びとともに、誘う事こそが存在意義であるのだ。

それを怠る輩は、堕落した邪悪にして救いのない存在と見なすほかにない。

だから、助力の申し出が歓迎されたことは当然。
しかし、その問題を抱えている管理担当に思わず居並ぶ存在が驚くことになってしまう。

「熾天使様に導かれた者達がでありますか!?一体、何事が。」

最も、最も父なる存在に近侍するはずの熾天使。
その導きが人々に及ばなくなっているというのだ。
信仰に厚く、父なる神の信頼も厚い熾天使の導き。

其れで持ってしても、救えないとなれば困惑せざるを得ないだろう。

「ああ、嘆かわしいことに彼奴らめ、信仰を捨てるどころか冒涜しつつあるのだ。」

冒涜とはいかに?

基本的に、寛容というよりは個々の羊たちに無関心なまでの存在達。
それが、集団としての無神論者に直面するばかりか冒涜とまで断じられるような行為が報告される?

全体に広がるのが、良くわからないなという感じの疑問であった。

「ありうべからざることなのだがな。統治者を神格化しようという不届きな動きすら見られるとのことだ。」

だが、口にするのもおぞましいとばかりに熾天使が吐き捨てた言葉がその疑念を吹き飛ばす。
一瞬のうちに静まり返り、一呼吸おいてその言葉の意味が染み渡ると驚愕が生まれる。

「恐れを知らぬにも程がありましょう!一体、どのような輩がそのようなことを!?」

「口にするのもけがらわしいが、神を阿片と片付ける輩らしい。」

しぶしぶ、という形で補足される説明。
よりにも寄って、世界の根源がけがらわしいものとされるのだ。
あまつさえ、父なる神に取って代わろうとする不逞の輩。

過去に堕落した存在ですら考えつかなかったおぞましい行為に他ならない。

「なんですと!?おぞましいにも程がありましょう!」

それは、ほとんど総意。
言葉にされない思いは、唯一つ。

“いったい、どうしてこんなことに?”

「まったく、上手くいかないものですな。」

思わず、智天使が溜息を漏らしつつ歎く。
いや、それはここに居合わせる全ての総意でもあった。
そこには、つい先刻喜びに満ち溢れていたのが嘘のように悲哀に満ちている。

「世界の半分は、救いを求める子羊で満ち溢れつつあるというのに。」

ようやく、神の声を信徒に届けることができようかというのにだ。

「残り半分は無神論なる邪悪に落ちているとは。」

世界の半分が闇に落ちていては福音も届かないとは!

「・・・信じられません。世界の半分を無神論が覆い尽くすなどありえるのですか?」

同時に、大天使や他の天使らから溜息のような疑問が吐き出される。
本当に、本当に、本当に考えられない事態。

まだ、個人がそのような狂気にとらわれるという事はヒトの歴史にも例がある。
そのような個別の事例については、基本的に大事ないというのがこれまでの方針であった。
なにしろ、集団に対する関心とは裏腹に個々に対してはほとんど無関心なのだ。

だが、同時に集団で狂ったような事態になれば憂うのも事実。
なにしろ、ほとんど過去に例のない事態だ。
新しい信仰の形式や信仰心の低減ということであればいくらでも例がある。

それに対応してきた経験も豊富だ。

しかし、このような事例は過去にはなかったし想定されてもいない。

「確かに、奇妙なことではあるが。やれやれ、どうしたものだろう。」

とはいえ、歎くだけで行動を怠るわけにもいかないと知恵が絞られる。

「信心の回復ということであれば、例の個体を遣わすのはどうか?」

完全なる善意から、導き出された結論は信心の回復という既定のソレ。
手段については、智天使がこれまで成果の出つつある方法を取ってみることを提案し受け入れられる。

「なるほど、神のしもべとして戦う栄誉を与えれば、あの者も回心いたしましょう。」

なにしろ、個々の事例に無関心である存在達が注視している個があるのだ。
それによって、実際に人々の信心が高まっているというのは行ってみる価値があると判ずるには十分すぎる。

加えて、善意があった。
その者に、神の栄光のために戦う事を与えるのは完全な善意から提言されているのだ。

神の加護と栄誉を理解できない光を忘れた羊を回心させてやらねば。と。

「では、その方向で。詳細は?」

それは、もろ手を挙げて歓迎される意見。
個の言い分など、そもそも聞く耳を持たない以前に聞く必要性が何処からも指摘されない。
いや、それは視点が違うからだろうか。

人間とて、人間以外の意見にはほとんど耳を傾けないのだから。

「座天使様にお願いするのはいかがでしょうか?」

「よろしい。主には私から申し上げよう。」

故に、反論すら提出されずに事は決する。




あとがき


初めに

心やさしい、教皇特使アルノー・アモーリの言葉を思い出してみてください。神への溢れんばかりの信仰心は、きっとあなたの心の安らぎをもたらしてくれると思います。

である以上、笑顔が大切です。

\(^▽^)/
ヾ(=^▽^=)ノ
\(o⌒∇⌒o)/

本作は、皆笑顔で幸せです!

「市民、貴方は幸せですか?」


※誤字修正
こんどのはもっとうまくやってくれるでしょう。
※誤字再修正
こんどこそ、もっとうまくやってくれるでしょう。



[24734] 第四五話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 02:06
デグレチャフです。
今、帝都にいるとです。
デグレチャフです。
今、部隊の緊急招集をしとるとです。
デグレチャフです。

今晩は、皆さまもご機嫌麗しく存じます。
御挨拶申し上げる小官は、ターニャ・デグレチャフ帝国軍魔導少佐です。
帝国軍参謀本部付きに移動となった第203航空魔導大隊にて大隊長を拝命しております。

正直なところを、言葉を飾らずに率直に申しましょう。
南方大陸戦線で、時代遅れの植民地軍と遊んでいたかったと思います。
いうなれば、蘭領植民地防衛軍を零戦で圧倒していたかった気分です。

気が付いたら、本国からきな臭くなったから帰って来いと言われる始末。
ようやく、ようやく仲良くなれそうだったロメール将軍とはお別れでした。

『ド・ルーゴの奴め、貴官がいなくなればきっと枕を高くして寝るだろうよ。』

『ああ、では閣下が親愛なるMr.ド・ルーゴ氏の枕を蹴り飛ばす知らせを待つことにいたします。』

離任の報告に行った時も、お互いの状況から軽口が叩けるほど理想的な上司を持ちえたと思うのですが。

それにしても参謀本部の連中、よっぽど状況打開策探しが煮詰まっているようです。
取りあえず、戦果が上がっているという理由で我々の交代に二個軍団を南方大陸に送るとか。
大盤振る舞いこれいかに。
だから、枕を蹴っ飛ばすことも期待できると私が比喩表現で無責任な応援もできるのですが。

いや、本当に残念でした。

ようやく、ようやく楽になる戦線から引き抜かれた挙句に酷使されるというのは本当に残念極まりません。
難しい交渉をやってのけて、依頼通り有能な人材を獲得してきた矢先に功績をかすめ取られるようなもの。
これが社会とは言え正直泣きたくもなります。
少なくとも、インセンティブが低下する事は明白でしょう。

まあ、だからというわけかは知りませんが上は勲章を二、三個くれました。
とはいえ型落ちの演算宝珠を主力として使用している共和国軍植民地警備軍相手なので慰め程度ですが。

曰く、『南方大陸での献身を賞す』とか。

要するに僻地勤務で特別手当を付けられるようなものでしょう。
誰だって大気汚染や渋滞や住環境が良くない都市へ赴任させられるなら相応の手当をもらいますからね。
砂塵まみれになる砂漠から帰還する時にまとめて上が払う気になってくれたのでしょう。

そんなこんなで、私は実に疲れ果てて本国に帰還する運びとなりました。
まあ、親しい友人達がいる本国に帰るのだと思えば多少気分も良くなるいという物。
当分はお互いにらみ合って動かない連合王国とのファニーウォーでもエンジョイしようかと考えていました。

ええ、考えていました。

軍人というのは、実に自由が乏しく義務が多いのです。
ええ、労働力を自由に市場に供給できるのならばさっさと転職したいほどに。
民間軍事会社とかあれば、本気で検討したいところ。
いや、いっそ自分で起業するべきかも。

とはいえ、今は現状の命令に対応する必要があるのです。
例えば機動演習に参加しろと言われたら、唯々諾々と参謀本部の命令に従って行動しなければなりません。
ついでにいえば、夜中に電話一本で叩き起こされて通達されたとしてもです。
おまけで、輸送部隊が何故か夜間低空侵入用の特殊輸送機で編成されていたとしても。

ええ、何も言わずに夜中に叩き起こした部下らを情け容赦なく“輸送機”とやらに詰め込みます。
エアボーン用の特殊戦機体?
演習は機動演習だからに違いないでしょう。
上もたまには、演習内容にひねりを加えるという創造性を生み出したに違いありません。

それと『参謀本部作戦局戦略偵察部』から、何故か連絡将校が来ていて出発前に“個人的な用事”で大隊の中隊指揮官らと話がしたいそうです。

ええ、本当に個人的な用事なのかと叫びたかったです。

おかげで、機上にて任務内容の変更を通達する羽目になりました。




「御苦労、楽にしろ。良い知らせと悪い知らせがある。ヴァイス中尉。」

低空侵入用の特殊機材を山ほど積みこんだ輸送機内部。
軍用の輸送機だ。
当然、旅客機のような快適性など微塵も考慮されていない機内には兵隊が山ほど積み込める。
そして幸か不幸か、4発の輸送機内部にはぎりぎり増強大隊が積み込めてしまう。

それだけに、機内で当然のように何かあるという事を察してそわそわしている連中の視線を受ける羽目になってしまう。

うちの部下は、戦闘狂である。
そんな連中を後方送りにして放置していたのだ。
きっと、きっとうずうずしていることだろう。

あまり注目を受けたくもないので、事情を知っている部下に解説を丸投げ。
アウトソーシングによる効率化はグローバル化への第一歩。
外注して何が悪い。
効率のためならば、軍隊においてもいろいろやってみるべきだろう。

さあ、ヴァイス中尉!
貴官が、優秀な外注先であることは確信済みである。
後はその有用性を遺憾なく発揮してくれたまえ。

ターニャは期待を込めてヴァイスに視線を向けて促す。
やってくれるに違いないという信頼感。
彼ならば、なんら問題ないだろうという安定感を評価してのものだ。

「はっ、では状況を説明させていただきます。」

そして、その期待にヴァイス中尉は良く応じてくれる。
狭い機内で、其れなりに体格の良い中尉は不便そうにしながらもブリーフィングを開始。

「本日未明、帝国軍参謀本部は東部方面軍第437戦術特殊偵察小隊より緊急報告を受信。」

状況は単純だ。
東部の対連邦警戒要員からのアラート。
それ以外に、戦術特殊偵察小隊(ようするに、不法越境して浸透偵察を行うイリーガルの連中。)が鳴くことはない。

わざわざ、シビリアンや外交官を偽装して侵入する極めて秘匿性の高い部隊。
『参謀本部作戦局戦略偵察部』が管轄しているという事以外に一切知らされていない。
そんな連中がだ。
寄こす緊急報告なぞ、鳴って危機の勃発を伝えるくらいしかないだろう。

「対連邦第一警戒線即応待機中の同部隊は規模不明の連邦軍部隊の活性化を報告。」

わざわざ、第一警戒線即応待機中ということはだ。
何かあるに違いないという徴候があればこそ。

・・・南方大陸から呼び戻されたのはひょっとしてこのためか?

万が一の際の尖兵として投入しようとか?

いや、それは出撃前に考えても仕方がないと放棄したこと。
今更どうこう考えたところでどうしようもない。
ならば、少しでも与えられた任務の達成ないし生還の方策を考える方が有益だ。

「なお、同部隊は報告後通信途絶。」

状況を整理しよう。
何か連邦のアカどもに動きがあった。
こちらの監視要員が鳴いて音信不通になっている。
今から、確認へ赴く。
一応、中立国へ領空侵犯して。

・・・いろいろと覚悟するべきかもしれない。

具体的には、捕まらないように全力で逃げ回るとか。
これが、ステイツなみに人権とかに配慮する国家ならば投降もオプション足りえる。
ところが、相手はアカ。
投降したところで碌でもない未来が待っているという事は、大戦末期のドイツ軍捕虜の運命が良く証明済み。

つまり、生きて帰るためにはアカと戦わなければ。

「これを受け、機動演習のために集結を完了していた我が大隊に対し、参謀本部より即時偵察命令が発令されました。」

上が最初から偵察を求めていたとしても、機密保持のためにここまで徹底しているとは。

なんとなしに聞き流す風を装いながらも、ターニャは心底参謀本部の機密保持意識の高さに感動していた。
素晴らしい情報管理体制だと言わざるを得ないだろう。
相手は、何処にでもシンパを獲得してくる浸透力にかけては定評のある連中だ。

よもや、よもや我が大隊にアカなどいようはずもないが。

逆に言えば大隊以外は信頼できないのだ。
つまり、大隊の運用スケジュールを見ることができる連中にアカがいない保証は皆無。

「以上であります。」

口頭で状況の説明を終えたヴァイス中尉がこちらに向かって終了報告を寄こしたのを拾って続けることにする。
ターニャはゆっくりと、しかしきっぱりとした意思を込めて部下らを見渡すと口を開く。

「機密保持が最優先となる。アカども相手だ。警戒しすぎてし過ぎという事はない。」

そして、機長から渡された航路図を部下らに回覧させながら作戦行動の説明を開始。

「さて、我が大隊が搭乗した第22輸送飛行隊は現在全力で作戦地域へ飛行中。魔導師の温存が優先される。」

名目では、演習参加中の機体が航法機材のトラブルで誤って連邦領空を侵犯。
演習空域と誤認して、部隊を投下してしまうということになっている。
当然ながら、カバーストーリーだ。
同時に、魔導師の運用を感知されないための魔導師温存でもある。

「到着は、本日深夜から未明の予定となっている。」

視認性を極限まで低減するための夜間迷彩仕様機。
そして、低空侵入用の特殊機材を搭載した特殊作戦機の行動には夜の帳が一番。
一方で降下部隊の集結には相応の練度が求められる。
だが、目印一つない砂漠で推測航法を経験した我が大隊は大丈夫だろう。

能力主義で選抜された部隊というものは素晴らしい。
グランツ少尉らの様な補充要員の質もすでに正規要員並みに引き上げられている。
大隊の戦力はほぼ完ぺきな定数を充足済み。

なにより、参謀本部直轄という事で充実した予算で訓練ができたのは大きい。
結局、教育というものは実践させるのが一番効率の良いものである。
人的資本投資とは、ようするにそういうものだ。
もちろん、大学における理論の教育も有意義ではあるが。

・・・今回には関係のないことであるが、人間いつもの思考というやつが精神の安定には重要なのだろう。

自由、公正、市場を信じるのだ。
人間とは、本質的に政治的動物。
で、あるならば。
政治的に振舞い、市場において公正な競争を自由に行うべきなのだ。

「なお、本作戦は連邦主権領域下での活動だ。作戦地域到着後、何かあったとしても我々の軍籍は存在しなかったこととなる。」

逆に言えば、市場のない環境下においてこちらが公正である必要性は皆無。
むしろ、政治的に正しい行いこそ推奨される。
相手が自由を侵害するのであるならば、我々は自由の戦士、フリーダムファイターとして戦わねばなるまい。

憲法の規定にもあることだ。
自由とは、不断の戦いによって獲得するものだと。

「毎度のことだが、任務への是非は問うな。」

ターニャは重々しく部下らに告げる。
なにしろ、不正規任務だ。
会社のために泥をかぶれと言われて喜ぶ労働者はいないだろう。
リターンが相応でなければ、誰だってインサイダー取引や厄介な献金に関わりたいとは思わない。

だから、企業には法務部というコンプライアンス遵守という名目のもとで抜け穴を模索する部署があるのだ。
・・・いえ、もちろん、我が社の法務部は順法精神に満ち溢れ社会的な役割を果たすことに極めて熱心でありますが。
ええ、一般論として申し上げただけであり、我が社や軍は法の精神を体現していると申し上げてもよいでしょう。

「もし、437が正しければ祖国は一刻を争う事態に陥る。」

国家の利益は、全てに優先するという大陸的な国家理性主義。
まあ、御隣に戦争狂じみた国家やアカがうようよしていればおフランスならずとも同じような発想になると思います。
ついでにいえば、国家のためにといえば大抵の悪事は国家が責任を取らされるのも事実。

例えば、葉巻の有名な共産主義勢力の島の件。
介入が大失敗?
軍産複合体の責任?
そんなの、認可した大統領の責任でしょう的な。

それでダラスでassassinateされた大統領がごめんちゃいさせられたような。

「以上が悪い知らせだ。良い知らせは、この任務により、我々は東部軍との合同演習に参加できなくなったということだ。」

その知らせを聞いた瞬間、一斉に口笛を吹いて部下らが歓迎の意図を示してくれた。
誰もが、顔にやってやるぞという笑みを浮かべて陽気である。
まあ出撃前の虚勢だとしても虚勢を張れるだけ余裕があるというのは喜ばしい。
同時に、部下らが私の前で不平不満を漏らさない程度に信頼してくれているのもだ。

部下から信頼されない上司など、マネジメント能力欠如で更迭されても不思議ではないのだからこれは大切だろう。

うむ、満足である。

「437担当地域は、事前情報では連邦軍集積拠点と推測されています。これまでのところ情報部では、集結を確認しておりません。」

そこへ水を差さないように注意しつつヴァイス中尉がタイミングをとらえて口を開いた。
盛り上がっているところに、それとなく補足する形で興奮をなだめこむのは見事な手腕だろう。
戦闘意欲は保持しつつも統制を保つことができるのは、ひとえに彼らの様な有能な士官らがいればこそ。

やはり、武田信玄は正しい。
ヒトは石垣である。

・・・ある意味で、むかつくことにスターリンも字句通りこれを実践していた。

まあ、資本主義の石垣は比喩であり共産主義の石垣は文字通りという事だろう。
資本主義の椅子と共産主義の椅子の違いの様なものだ。
せいぜい、木製の椅子と電気椅子ぐらいの違いということになる。

「ですが、437担当地域が活発化していれば、連邦軍の行動が意図するところは明らかです。」

もちろん、私は座るならば普通の椅子がベストだと考える。
近代以降において、自由が存在しないという事は許されざる不正だ。
あっては良いことではない。

「いうまでもないが。・・・コミュニスト相手だ。遠慮はいらん。」

そう。
民主集中制度とやらによって、人々を苦しめるコミーが相手だ。
ZAPZAPZAPしてやらねばならないだろう。

「機長の御好意により、第22輸送飛行隊が領空侵犯によって我々のデコイを引き受けてくださる。」

まったく申し訳ないことに、この“輸送機”は領空侵犯を継続する予定だ。
我々を落した後も、降下地点を悟られないように高度と針路を保ってくれるという。

「仮に連邦軍の迎撃があれば、当機の安全は全く保証されていない。」

戦闘機なり魔導師なり迎撃部隊に襲われればどうなることか。
まあ、赤の広場を国際空港とする連中だから案外見落としてくれるかもしれないが。

しかし、発見されれば民間機すら撃墜するコミーだ。
民主主義と自由が頭から抜け落ちたような官僚主義的な対応になるだろう。
無事を期待したいが、そもそも道理が通じるかどうか。

「御好意を忘れるな。戦列に並ぶ人々に敬意を。」

私は、戦争なんて大嫌いだ。
人間同士の殺し合いなんて、人類史上最悪の営みだとすら思う。
合理的に考えて、それは許されざる資源と人的資本の浪費に他ならない。

それでも、私はこの戦いに関してならばいいたい。
フリーダムファイターに栄光あれと!

「いつもの如くやれ。そして、いつもの如く戦果を示せ。祖国と皇帝陛下に尽くせ。帝国に栄光を!」

「帝国に栄光を!」

素人目には無謀な作戦だろう。
魔導師が、わざわざ歩兵の真似ごとだ。
潜入は空挺降下。
進軍と敵兵排除は原則非魔導依存で特定を避けろとの命令。

侵入以降は、437担当地域を偵察。
偵察後、事態が事実であれば手段を問わず越境帰還し、報告。
誤報であれば、機密保持措置を採用せよとの命令だ。

当然、無謀な任務だ。

だが、相手がアカなのだ。
油断していては殺されるというのであれば、先制はむしろ防衛行動に過ぎないだろう。
つまり、アイアムジャスティス。

「少佐殿、作戦地点です。」

機長が目的地への到着を告げてくる。
これから、彼らはエスコートなしで連邦空域を侵犯ということをやってくれるのだ。
彼らの献身に応えなければ、フリーダムファイターとして面目ない。

自由を。しからずんば、死を。

自由を獲得し、自由を擁護し、自由を守るための聖戦だ。
クルセイドとでも、ジハードとでも正義の戦いとでも呼んでくれて構わない。

「大隊長より、大隊各位へ達する。
これより作戦行動を開始する。
大隊各位、行動開始。繰り返す、行動開始!」

降下用の扉が解き放たれ、一気に闇夜が視界の大半を占め始める。
降下作戦用のパラシュートを背負って、機外へ飛び出すことを躊躇するのは我が大隊には不在。

降下中が一番危険と承知しているために、真っ先に私が保身のために先陣を切ったのはまあ役得だ。
スカイダイビングならば、スポーツ感覚で楽しめるのだが。
いかんせん降下任務だ。
風を楽しむ暇もなく、素早く降下を完了させるとパラシュートを回収し隠蔽を手配。

同時に、各自最寄りの連中と合流する。
各級将校の手際がよいのだろう。
手早く、夜間にもかかわらずほとんど混乱も出さずに集結に成功する。

「大隊諸君、お仕事の時間だ。静かに、手際良く行うことにしよう。」

即座に、斥候が進出。
状況の把握に努めようとするものの、ほとんど労力を割くまでもなく事態は明らかだった。

「状況伝達、437は正しかった。そして、我々はどうやら遅すぎたらしい。」

集結直後に、無数の兵営が夜間にもかかわらず慌ただしく活動しているのが遠距離からでも遠望できた。
本来は、条約によってこの地域に配置されていないはずの戦車師団が複数集結済み。
おまけとばかりに、列車砲が前進配置されている。

射程から考えるまでもなく、この地域に列車砲とはほとんど宣戦布告に等しい暴挙。
いや、良く見れば夜間にもかかわらず砲口がゆっくりと調整されている。
列車砲の角度調整に時間を要する事を勘案すれば、あれはもう攻勢の用意だろう。

寿命が短い列車砲の砲身を、あのように酷使する理由はほとんど他に見当たらない。
よしんば実弾演習だとしても、どこで演習する気かと聞きたいものだ。

「少佐殿、あれを!」

そして、スコープ越しに見てみれば大量の燃料と砲弾が積み上げられている。
見ればバラックから出てきた歩兵らが、士官らに指示されたのか多数のトラックに搭乗し始めてもいた。
これがブラフだとすれば、連邦はほとんど信じられない綱渡りをやってのけているに違いない。

「・・・無線封鎖を解除。状況を即時報告せよ。」

「了解いたしました。ただちに。」

長距離暗号通信機を担いだ通信要員が即座に無線機へ取りつく。
出すのは、一度きりの使い捨て符牒だ。
傍受されても解読され得ない上に、こちらの位置露呈の可能性もやや低い。
これで、わずかなりとも偵察義務は完遂できた。

問題は、これからどう行動するべきかだろう。

まだ、まだ開戦したとの報告は入っていない。
・・・時間の問題だろうが。
しかし、先に撃つわけにはいかない。
自由を守るためには先制するのも権利だろうが、如何せん政治的に正しい行いが国家には求められてしまう。

国家の手先である身分としては、如何せん組織に従わねばならないのだ。

たとえ、山積みにされた砲弾と燃料を吹き飛ばせばコミーを大量にやっつけられるとしてもだ。
ここは我慢せねばならないところだろう。

「各中隊長に通達。こちらからの戦端を開くことなかれ。」

断腸の思いであるが、物資集積場を吹っ飛ばすのはしばし後のお楽しみにせざるを得ない。
同時に、時間を浪費すれば敵の動きに対応できなくなることも意味する。

・・・どうしようか。

そう考え始めた時だった。
ゆっくりと微調整を繰り返していた列車砲の砲身が一斉に動きを止める。
同時に、連邦の陣地が不意に静まり返った。

「・・・少佐殿!宣戦布告です。たった今、帝国に対して連邦が宣戦を布告しました!!」

「状況を戦時即応プランへと移行!」

通信兵が、血相を変えて叫ぶような声で寄こした報告は耳から飛び込んできた。
一方で、眼前では敵列車砲がゆっくりと初弾を装填し始めているのが良く見える。
そして装填されたその砲弾は、轟音と同時に帝国へ向かって放たれた。

アカとの戦争。
アカとの戦争。
アカとの戦争だ。

「総員、襲撃戦用意!!」

ほとんど、自然な流れで部隊を動かす。
何をすべきかは、嫌というほど理解できる。

「国境線では、既に東部軍が交戦中と思われる。我々は、当初計画を放棄!」

帰りたいが、帰るためにはまず敵を混乱させて我々の退路を確保しなければならないだろう。
なにしろ、我々は任務のために敵地に奥深く入り込んでしまっている。
撤退するという事は帝国に侵攻するアカ多数と嫌でも戦わざるを得ないという事。

「敵後続部隊への遊撃に入る。まずは、物資集積場を吹き飛ばすぞ。突撃隊列形成!!」

其れを回避するためには、単に撤退するのではなくある程度掻き乱す必要があるのだ。

まあ、コミーを吹き飛ばす機会を御預けされていたことがやや私を好戦的にしたのは否定できないが。
・・・いや、もちろん私は平和主義者である。
単にコミーと共に天を仰げないだけなのだ。
ただ一度も工場という生産現場に入ったことがない奴があれこれと経済を論じるのには耐えがたい。
ああ、陶器工場に遊んだことがあるとは聞いたことがあるが。

まあ、工場視察団の報告書すら読めないコミーの理論家などそんなものだろう。

そんな連中相手だ。
資本主義の信徒にして、愛すべき自由を愛する健全な市民として。
銃を取るのは、全米ライフル協会だけではないのだ。

「「「はっ!」」」

「各中隊長は、それぞれの進撃路を掌握せよ。各位、襲撃後は各中隊長指揮下での遊撃戦を展開。」

さしあたり、作戦は浸透襲撃。
ライン戦線で散々大隊が使い古した手段である。
中隊指揮官らもこれらに熟達済み。

張りぼてに決まっているれっどあーみーを粉砕してやろう。

「一つ良い知らせがある。現時点で、連邦軍魔導師の反応はない。」

ついでというべきだろうか。
連邦軍の魔導師反応がこれほどの大規模攻勢の徴候にも関わらず感知されていない。
連邦の魔導師運用ドクトリンに何か特異なことでもない限り、それは不在を意味するものと考えられるだろう。

「だが、油断するな。常に敵増援の可能性へ留意せよ。」

もちろん、畑で兵士が取れる国家だ。
どこからわいてくるかしれたものではないのだが。
まったく、自国国民をあれほど酷使するコミー共の感情が理解できない。

理解したくもないが。

「よろしい、大隊総員傾注!」

さて、ここは誠心からアンチコミーのフリーダムファイターらに語りかける。

「祖国は危機にあり!祖国は諸君の献身を欲す!」

帝国は相対的には自由だ。
コミーよりは。
それだけで、戦うには十分すぎる理由になる。

「否、我らが祖国のみならず世界の存亡がこの一戦に掛っている!」

いや、コミーの跳躍跋扈を許した第二次世界大戦の結果を知っている身としては。
抑制の必要性はこの世界の誰よりも知悉しているつもりである。
我々がやらねば、人類は世紀の人体実験に付き合わされてしまう。

「奮起せよ、総員、奮起せよ!」

自由主義世界の未来がかかっているのだ。

「銃を取れ!宝珠を握りしめろ!」

銃は人を撃たない。
人が銃を撃つ。
人が、銃でコミーを撃つ。

「行動開始!」

自由を守るのだ!



あとがき
コミーはZAPZAPZAP

筆者は・゚・(ノД`)虫歯の様です。
歯医者曰く、金曜日にドリルとか。
・・・ドリルにロマンなんてないと思いました。

sas様、MoMa様、今後ご愛顧のほどをよろしくお願いします。

>十里菅利様
X=完璧な管理者=神です。
ご安心ください。

コミーへの憎悪=コンピューター様とかけあわせ。

それにしても、あの幸福なゲームを御存じな方ばかりとは。

いやはや。
それでは、皆さんごきげんよう。

追伸
本作品は、フィクションです。
作中にでてくるもので、なにか類似したものがあってもフィクションです。
作者は、基本的に中道です。
ネタですので、御海容いただければと思う次第です。

※誤字修正
ご指摘のあった『に遊んだ』は~に遊ぶ的なノリで書いたので特に修正しておりません。

でも、誤字が別にあったので修正しました。
ZAP



[24734] 第四六話(外伝3)
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 02:05
※基本的にメインストーリーとはほとんど関係ありません。
強いて言えば、○りやとかべ○やとかべり○とかの導入。

幼女といえば、○りやじゃないかと。








みなさん、こんにちは。
こちらはWTN特派員アンドリューです。

今日、私達WTNのクルーは連邦の大祖国戦争記念日に合わせて
モスコーにて開かれるセレモニーの取材を行っております。
ご覧になれるでしょうか?

あの戦争に従軍した老兵士たちによるパレードです。

彼らが戦った東部戦線。
それは、ラインに並ぶ大戦の最激戦地でした。
おそらくあの大戦において最大の死者を産んだのは東部なのです。



・・・先の大戦における、彼らの献身に敬意を。



さて、あの大戦において連邦と帝国の関係は開戦まで極めて微妙なものがありました。
連合王国の情報機関は、連邦が帝国に対して好意的中立を保つものと推測。
共和国のド・ルーゴ将軍に至っては、義勇軍程度は連邦から帝国軍に貸し出されるという前提で考えていた程です。
事実、この大戦が始まって以来連邦が行ったことは連邦外務省が大戦を非難する声明を出していた程度でした。

一方で、連邦と帝国は短期間ながらもほとんど同盟寸前まで緊密な軍事関係を構築した時期すらあったのです。
今日では公開されている“ラッーパロ条約”。
対立していると思われた両国が、実は秘密裏に軍事交流と不戦協定を結んでいたのでした。

このような状況下において、

あの戦争に連邦が参加した日の事を振り返ってみようと思います。

南方大陸にて、自由共和国軍と連合王国軍が苦戦していたあの年。
突如として両国は耳を疑うような吉報に驚かされる事となりました。
第一報を受け取った連合王国外務省の反応は今日でも語り草となるほどです。
『連邦が参戦』と聞いた瞬間に、連邦が帝国側に立って宣戦布告してきたと早とちりしたとまで言われています。

対外戦略局のハーバーグラム少将(当時)に至っては、三度も報告者を追い返したという伝説まであるほど。
ちなみに、自由共和国のド・ルーゴ将軍は二度で信じたとか。

・・・まあ我らがジョンブル魂は、いついかなる時も希望的観測に傾かずに油断がないという証明でしょう。

当然、帝国の反応は対象的でした。
鬼謀を持って同盟諸国を恐怖に突き落とすゼートゥーア将軍をして愕然とするものだったといいます。
副官の記録によれば、第一声は『ばかな?』
参戦の理由を理解できずに、ほとんど呆然自失寸前だったと記録されています。

同時に、ほとんどの連邦軍将校にとっても参戦は唐突でありました。
開戦のわずか一カ月前。
そこで中枢のわずかな人間によって計画が立案されたというのが定説です。
彼らは、定例となっていた大演習の予定に修正を施しました。
わずかに、帝国寄りの地点を集結地とし実弾演習を大量に想定させたのです。

・・・当時、大戦の真っ只中であったために各国はこの動員目的に敏感にならざるを得ませんでした。

特に、隣国の帝国はその筆頭でしょう。
彼らの勤勉な情報機関は、連邦に不穏な情勢ありとの報を掴んでいました。
ですが、総力を挙げ情報収集にいそしんだ結論は誤りでした。
帝国側は示威的行動の域を出ないと結論したのです。
そのため、帝国軍側は防衛線をある程度警戒させるに留まっていました。

連邦軍側ですら、集結の目的は演習であると大半の指揮官すら信じ込んでいたとの証言が多数あります。
真の意図は徹底的に隠匿されていました。
その証拠に当時の国防委員会ですら集結の目的が帝国との戦争であると説明されたのは開戦の24時間前だったとされています。

ほとんど、誰もが訝しがった開戦への経緯。

この点について、近年飛躍的な学術的な研究の進歩がありました。
本日は、当時の連邦中枢部が御専門のロンディニウム大学政治学科のシャーロック教授にお越しいただきました。

シャーロック教授、本日はどうぞよろしくお願いします。

『こちらこそ、よろしくお願いします。それで、クレムノロジーの最新の結果ですな?』

ええ、そうです。
教授の御専門は、クレムノロジーと呼ばれる連邦首脳陣を対象とした分析と伺っていますが。

『ええ、その通りです。どうしても情報が限られているために推理小説じみた分析になっていましたが。』

確かに、連邦の秘密体質は筋金入りですからね。
我々も取材のためにビザを申請するだけで、信じられないほど時間と労力を割かれました。
信じられますか?
連邦外務省から記念日に合わせての入国ビザが発券されたにもかかわらず、まだ別の書類が必要だったのです!
国境警備隊にはまた別の許可証を申請する他に、公衆衛生局の規定書を申請する必要までありました!
ほとんどうんざりして仕上げたと思ったら、国家宣伝省から取材許可証がないのでカメラを没収すると宣告されかけたんですよ。

『はっはっはっ、良くあることでしょうね。私達も、資料面での進歩は連邦以外によるところが大きいですからな。』

なるほど、秘密主義故に推測が多いということですね。
しかし、さきほど教授が仰った資料面での改善とはどのようなことを仰っておられるのでしょうか?
つまり連邦以外で機密文書等が公開された、ということになるのでしょうか?

『その通り。ようやく、当事者の片方である帝国側の資料が発見され始めているのです!』

ああ、そういう事なのですね。
皆さま、お聞きになられましたか?
そうです、我々も調べている今次大戦の謎を解くカギ!
『帝国軍の機密文書』に関連する記述がいくつかあったというのです。

それで、教授。
いったい連邦首脳陣が開戦を決断した理由とは一体何だったのでしょうか?

『集団パラノイアでしょうな。』

はっ?
済みませんが、もう一度お願いします。

『ええ、構いませんよ、集団パラノイアです。』

・・・すみません。

心理学について疎いので、ご説明願えないでしょうか?
集団パラノイアの定義くらいは理解しているつもりなのですが・・・。
どうにも私には理解しかねるお話です。
あまり、できの良い学生で無かったのかもしません。

っと、これは私事ですね。
では、教授お願いします。

『そうですね。実は、いろいろな分析の結果20年ほど前にはすでに連邦首脳陣の精神状態に注目が集まっていました。』

なるほど。
何故彼らが、そのような決断をしたかという背景の分析ですね。
しかし、ずいぶんと昔のことですね。

『仕方ありません。共産主義国家において指導層の健康・心理状態は最高機密なのです。』

その点は、わが国の政治家とも同じですな。
王室の方々に倣って、うちの政治家たちも解放するべきだと思うほどです。
まあゴシップ誌の強引な取材を許容するべきとも言えないのですけどね。

さてさて、話がそれてしまいますね。
それで、指導層に関して連合王国なみに連邦の機密保持が頑強だったという事でしょうか。
それによって、分析が難しことになってしまっていたと?

『いやいや、比が違いますよ。ともあれ、資料が乏しかったのが実態なのは間違いないのですが。』

我が国の政治家もガードは其れなり以上に固いのですけどね。
私達の取材チームはいつも歓迎されません。
ともあれ、それ以上という事であればよほど資料が入手しづらかったというのも納得です。
では、その状況に変化が起きた、と?
ご説明願えるでしょうか。

『その通り。情報部は、ジュガシヴィリ人民委員会議長は神懸り。ロリヤ内務人民委員部長官は偏執狂と結論付けていました。』

ええと、それはまた随分と極端な結論でありますね。
いったいどうして彼らはそのような結論に至ったのでしょうか?
交戦国の資料という事を考えれば、よほど好意的に解釈してもほとんどこじつけに近いようにも思うのですが。

『ごもっともな疑問。ですが、資料はかなり真面目かつ中立の観点から分析された専門家の仕事でした。』

つまり、信頼できるということですか。
たとえば、それはバイアスがかかっていないとしても正確ですか?
もし、信頼できるとすればそれはどの程度の確度なのでしょうか?

『少なくとも、連邦の公式見解よりは間違いなく信頼できるでしょう。』





真理省通達
『大戦に至る我が国の経緯』:未修正 速やかに修正を要する。



心優しいヨセフおじさんは悩んでいました。
彼の双肩にはヨセフおじさんを信じる人々の期待がかかっているのです。
おじさんとしては、人々の幸せを願いひたすら国内の開発に勤しむべき時期だと考えていたようです。

ところが。
ヨセフおじさんの優しさに甘える国民は堕落する一方であったのです。
なんということでしょう!
大いに嘆き悲しんだヨセフおじさん。
そこで、信頼できる同志のロリヤ同志に解決を求めることにしました。

仕事のできる有能なロリヤ同志はただちに行動を開始。
まず、仕事の重要さを人民に理解してもらうために率先して見回りを始めたのです。
もちろんロリヤ同志はヨセフおじさんの指令を誤解することなく良く理解していたのはいうまでもないでしょう。

決して高圧的になることなく、人々にこんこんと説き続けることを始めました。
そんなにお仕事がきついのであれば、もう少し楽な仕事に移ってみませんか?と。
ヨセフおじさんの優しい心を理解していたロリヤ同志の行動は、人々に合わせた仕事のあり方を一緒に考えるというもの。
当然、難しい仕事や厳しい仕事に挑戦しようという人民は積極的に応援してあげることにします。
一人でさびしい思いをしないですむように、お手伝いのスタッフまでロリヤ同志のところから派遣してあげました。

そして、厳しい仕事や難しい作業が合わない人民には難しくない仕事を探してあげることにしたのです。
実のところ、これがロリヤ同志にとって最大の難問でした。
なぜならばロリヤ同志の前任者、エージョフ同志が失敗したのはここだからです。

人民すべてから尊敬されるヨセフおじさんから信頼されるという名誉を裏切るわけにはいきません。
ロリヤ同志は、国内をほとんどくまなく調べさせることにしました。
革命的な積極行動を好むロリヤ同志は、自分のスタッフ達に農村の麦わらの中まで調査させたという逸話をもつほど。
涙を流す農民たちと共に、収穫物を運ぶお手伝いまでやりながら仕事探しが続きます。

そして、東の果てでようやく数字を数えられる程度の学力があれば誰にでもできる簡単な仕事が見つかりました。
ロリヤ同志は喜んで、そのことを発見した部下に問いかけます。
それは、いったい何人の雇用を創出することができるのだろうか、と。

これに対する答えは、正に理想的なものでした。

なんと、すべての国民が従事してもなおまだ余力がありうるというのです!
驚いたロリヤ同志は再び問いかけます。
いったい、それはどんな仕事なのでしょうか?

答え。
それは、シルドベリアで木を数えるという環境に優しい仕事でした。
人々の日常で疲れた心を自然で癒しつつ、環境保護を行えるに違いない仕事です。
ロリヤ同志は嬉々としてこのことをヨセフおじさんへ報告する事にしました。

もちろん、報告を聞いたヨセフおじさんは飛びあらんばかりに喜びます。
自慢のグルジョアワインをロリヤ同志に振舞いながら、信頼に応えてくれたことにお礼をいうことにします。
目と目を見つめあって、真摯な雰囲気でヨセフおじさんはロリヤ同志の献身に深く感謝しました。
そして、賞賛したのです。
ロリヤ同志のようなすばらしい同志をもてたことは、国にとっての喜びでもあると。

もちろん、ロリヤ同志が喜び勇んだことはいうまでもありません。
これまで以上に、ヨセフおじさんのために働くことを約束します。
そして、ロリヤ同志は約束を忠実に実行したのです。
人民の間では、ロリヤ同志の働きぶりが語られない日はないほどでした。

そんな毎日が続くかと思っていたある日の事。
ロリヤ同志は、ふと天啓をえたような夢を見ました。
気がつけば、まるで其れが現実の予知夢なのです。

もちろん、合理主義的共産主義者であるロリヤ同志はそのように非科学的な要素には惑わされません。
粛々と自らの職務を忠実に履行する毎日が続いていきます。
ですが、ほとんど毎晩のように夢にうなされる日々が続くことになってしまいました。

さすがのロリヤ同志も、自分が働き過ぎで疲れているのかもしれないと考え始めます。
そこで、信頼し尊敬しているヨセフおじさんに相談してみることにしました。
すると、なんという事でしょう。
ヨセフおじさんも同じような夢を見ていたというではありませんか!

これは、いったいどうしたことでしょう?

すこし考えたヨセフおじさんは、二人とも同じ心配があるに違いないという合理的な分析を行いました。
なにしろ、国の未来が双肩にかかる重さは程度の差があれども2人とも自覚しているのです。
ひょっとすると、何か心配事があるから夢に見るのではないだろうか?
つまり、自分達はなにかを行うべきではないのだろうか?

そんなことをおじさんたちは真剣に考えてみたのです。

ですが、国内でおじさんたちは特に誤りを犯してはいません。
それどころか、経済の成長は順調であるとの報告や人々が幸福になっていくとの報告ばかりが入ってきます。
その勢いは留まるところを知りません。
なんと過ちを犯した人間ですら、率先して国家の運河建設プロジェクトに先を争うように参加するほど。

おじさんの優しさに甘えていた人民達もようやく勤労精神を身に付け始めています。
一体、なにを心配する事があるのだろう?
そんな疑念がヨセフおじさんの頭をよぎります。

答えは、知的好奇心の強く勉強熱心でもあったヨセフおじさんが外国の新聞を読んでいた時に明らかになりました。
なんと、世界は悲惨なことに大きな戦争の戦火に包まれていたのです。
平和な国にいたために、ヨセフおじさんは戦争の当事者ではもちろんありません。

ですが、何かをしなくてはならないということ。
そして、苦しんでいるであろう世界人民のための最終的解決が必要であるという事は考えるまでもないことでした。
ヨセフおじさんは、素晴らしい慈愛の心で何ができるかを考えることにします。

きっと、どこかでおじさんの助けを必要としているに違いない人民がいるのです。
人民の指導者として、親愛なるヨセフおじさんが躊躇する事はできませんでした。
躊躇する他の修正主義者たちをロリヤ同志が根気よく説得し、遂に何を為すべきかヨセフおじさんの決意が固まります。

連合王国・共和国人民のため、そして帝国当局によって弾圧されている人民のためにヨセフおじさんは行動を開始。
こうして、ヨセフおじさんと同志ロリヤの戦いは始まりました。
もちろん平和を愛するヨセフおじさんの軍隊は、戦争のために血に飢えたような帝国軍と戦うにはあまりにも経験不足です。
不幸にも、ヨセフおじさんの軍隊からはシルドベリアで木を数えに行ってしまう人民も少なくなかったのです。

人民の仕事を強制的に振り替えさせるのは、もちろんヨセフおじさんの本意とするとことではありませんでした。
選択肢は常に提示されていましたが、それでもおじさんの優しさに応じるべく多くの人民が自発的に軍に加わることになります。

こうして、連邦は世界人民のために戦うことになったのです。



※真理省統括官より各部へ通達。 1953年通達
同志ロリヤに関する記述の変更要求。
反動的反革命修正主義者であるロリヤの条項を適切に修正せよ。
党の最新の発表に基づき、該当する部分の修正を施すべし。
なお、親愛なる人民代表にして偉大なる指導者である同志ヨセフについて訂正するべき個所は見当たらず。
ただし、万歳、栄光あれ、忠誠といった言葉を加味することを真理省は推奨する。

また、反動的帝国主義者でもあるロリヤがシルドベリア開発に貢献したかのような記述は誤り。
私的に革命を蚕食したロリヤによって我が国のシルドベリア国土は著しく荒廃する寸前となった。
このことを修正し、現在の発展をもたらしたのは同志フルフルチョフである。
偉大なる同志の功績を混同するという過誤は速やかに修正されねばならない。

当該項目を記述した担当官は、愛情省に赴くこと。
なお、愛情省担当官は速やかに当該項目作成の事実を検証するべし。
同時に、愛情省担当官ならびに真理省担当官は修正作業の円滑かつ革命的な進捗に貢献するように強く求められる。



※※真理省統括官より各部への通達。 1956年通達
革命の簒奪者であるヨセフを賛美する反革命的行為を即座に修正すべし。
革命的指導者フルフルチョフ同志の功績を直ちに記載すべし。
党の最新の発表に基づき、該当する部分の条項を適切に修正せよ。
なお、親愛なる人民代表にして偉大なる指導者である同志フルフルチョフの偉大な貢献に関する記述は修正無用。
同時に、近年の類稀なる同志の献身に関しても適切な条項による案内で人民を啓発するべし。
共産主義世界の防衛に貢献した赤軍のハンガリア動乱における活躍と英雄的献身を指導されたのもフルフルチョフ同志である。
類まれなき指導力の記述を加味することで、同志の祖国への貢献を正しく評価する事。

また、ヨセフに関する記述においてワインというブルジョワ的飲料の愛飲の事実が確認された。
真理省担当官としては、ただちにワインという毒物を製造する反革命的富農を愛情省担当官が対処されるように要望す。
同時に党の最新の情報と併記することによって、反革命的簒奪がヨセフによって行われた項目への追加項目を加味すべし。



※※※真理省統括官より各部への通達 1964年通達
コッスイギン同志、ポドゴルーヌル同志、ブルネルジルフスキー同志によって、祖国は指導されている。
この観点から真理を直ちに確立するべし。
党の最新の発表に基づき、該当する部分の状況を適切に修正せよ。
人民の簒奪者らによる統治にもかかわらず、祖国が発展を迎えているのは三人の同志が現場で英雄的活躍をしたところによる。
この観点から、誤解と偏見に満ちており読解に耐えない部分を削除することを真理省は命ずる。
愛情省には、この観点からの指導を強く要請。
人民に対して、このように反革命的情報を意図的に流布した担当官は愛情省によって再教育される必要性があると思われる。



※※※※真理省統括官より各部への通達 1977年通達
近年の革命的世界に関する最新の調査によれば、かかる発展の起因となったのはブルネルジルフスキー同志によるものである。
いくばくかの補佐があったという事実を過大評価するべきではないと真理省は科学的合理性による修正を要請する。
党の最新の発表に基づき、該当する部分の条項を直ちに修正するべし。
なお、当該項目については誤記が多く論考に値しない記述も多数含まれる。
これらは、真理省担当官の反革命的叛乱分子による破壊工作であると結論付けられる。

以上により、真理省統括官は当該項目を修正改善し
『同志ブルネルジルフスキー同志による英雄的大祖国戦争伝』による項目へ修正することを勧告す。

以後は、当該項目を参照するべし。
旧版については、真理省が責任をもって廃棄。
愛情省は速やかに人民に対する愛情的措置を敢行する事。



おまけ
つじーん:作戦の神様
Too genius(略してgen) Too genn!!: なんて、天才的な!!
と覚えると良いと思います。

たとえば、あの将軍はつじーんだよねとか。
つ無茶口将軍閣下は“つじーん”じゃね?とか。



あとがき
・・・んんんんんn?
なんか、気が付いたらこんなのを書いてしまっていましたorz

フィクションですが、現実の方がフィクションよりも('∀';)

※真理省は誤字を修正いたしました。
※※真理省はさらに誤字を修正いたしました。
ZAPしました。
ZAP



[24734] 第四七話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 02:04
彼はつまらない男だった。
仲間達からは、議論を戦わせる価値のない男だと見なされた。
多くの仲間たちが栄達する中、彼はせいぜい組織の事務方を任される程度。
軍事的栄光とも無縁。
それどころか、彼は大きく失敗し味方の勝利を挫いたことすらある。
軍人の中からは、彼が足を引っ張らなければ勝てたはずだとまで言われた。

故に、彼は決定的な台頭を誰にも阻害されることなくやってのけることができたのだ。

事務方の権利を抑えるという事は、要するに人事権を握るに等しい。
少し、また少しと彼は自分の息がかかったものをあまり目立たないが重要なポジションに送り込んだ。
なるほど、名目上は彼よりも偉大な経歴と名声を誇る先達らが長を務めているだろう。
だが、その下で実務を司るのは彼が派遣した人間だ。

密かに。
そう、誰にも気がつかれることなく彼は政権を手にした。
政権の前任者がその直前でようやく彼の危険性に気が付いた時には全てが遅かったのだ。
彼だけは、危険すぎるという警告は誰も真剣に検討しようともせずに聞き流されてしまう。

その代価を彼らは、自らと一族郎党の命と財産で償うことになるのだが。


そうして、ヨセフという男は連邦という世界でも有数の国家を掠め取った。
狡猾にして、計算高い男。
彼にしてみれば、帝国の存在は許容できる障害に過ぎないはずだった。
仮に、連邦が単独で存在すれば共産主義に対するブルジョワどもの憎悪は同盟を産みかねないだろう。
しかし、逆に帝国という利害を掻き乱す要素が存在すればブルジョワ共は近親憎悪に明け暮れるはず。

しぶしぶながらも、この戦略的思考の正しさを連邦軍すら認めていのだ。
それが、突如として開戦に至った。
帝国どころか、それは連邦にとってすらあまりにも唐突に過ぎたと言えよう。
誰もが、誰もがその独裁者の真意を知りたがる時、ヨセフは一人で思いつめていた。

夢を見たのだ。

ある晩の事、粛清に成功した忌々しい軍幹部らの悲鳴を思いながらグルジアンワインを堪能してうたた寝した時だった。

誰かが自分に語りかえける声。
謳うように、誘うように誰かが自分に語りかけてくるという経験。
優しげな、それでいてどこか聞くものにおぞましさを感じさせるような声。

「・・・が・・・、問題・お・・。
・・・・、・・・、・えて・・・。」

何かを訴えかけるような声。
いまさらか、と最初は笑い飛ばす。
粛清に感傷を覚えることなど、とうの昔に止めたことだった。
ヨセフに残っていたわずかな人間性は愛する妻の死と共に消え去っている。

いまさら粛清で悩んだところで、止まるものではない。
なにしろ、殺すか殺されるかだ。
手を止めれば、自分が裏切り者の刃にかかって死にかける。

「・・、考え・・・・、簡単・・・なの・。」

考えを改めよとでもいうのだろうか?
自分を救ってもくれなかった聖書とやらは少年時代に放り投げている。
迷信深い連中の教化は手間がかかるが、地上から一掃すればそれも解決するだろう。
ロリヤはその点に関しては、実に優秀であり初めてヨセフを満足させてくれた。

「・は・・・解・・。」

だが、頭に呼び掛けてくる声は留まるところを知らない。
どうやら、懸念していたように魔導師絡みだろう。
代替可能な、言い換えればいつでも首を斬れる兵隊とちがい魔導師は管理が難しかった。
個人で組織に抵抗できるような連中を残しておいては火種になる。

なればこそ、不穏分子の未然阻止を図って先手をうった。
にもかかわらず、自分には理解しがたい何かの干渉が行われているというのだろうか。
苛立ちを込めつつ、警備主任を呼び出すための受話器に手を伸ばす。
場合によっては、担当者を変えるべきかもしれないと思いながら。

だが、受話器をとったことを彼は生涯後悔する。
まるでそれまでノイズ交じりだった声が明瞭な声で受話器から飛び込んでくるのだ。

「貴様らがいるから、問題が起こる。
よろしい、ならば、考えてみよう。
そう、考えてみれば、簡単なことなのだ。
貴様らがいなければ、問題は起こらない。
死は全てを解決する。
故にアカの狗共に、私は宣告する。

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!

それだけが我が望み。地獄をゆっくりと味わえ!
我が絶望と苦痛をおまえたちが、連邦全体が受け取るのだ! 」

思わず、受話器を落した時地面で何かが割れる音。
我に帰れば、いつの間にかグルジアンワインのグラスを地面に落していた。
警備用の受話器など、手を触れられた痕跡すらない。

「閣下?今の物音は!?」

「ああ、何でもない。グラスを落しただけだ。」

気にするな。
暗に、何かあったのではないかとの質問を封じる目線を部下にやる。
目線を合わせて睨みつけた先にある瞳は、飛ばされることへの恐怖。
口をはさめば、身の破滅という事を良く理解している訓練されたまなざしだ。

この恐怖こそが、人を動かす根底だとヨセフは信じて止まない。

「すまないが、片付けておいてくれたまえ。」

この場を取り繕う事は、彼にとってみれば決して難事でも何でもない。
そう、この場限りであれば。

鋼のごとき図太さを持つ彼ですら、悪夢に屈するのにはさほどの時間も必要ではなかった。
排除せねばならない。
断固、それを排除せねばならない。
国外の危険因子を、ヨセフはこれ以上耐えられなかったのだ。

だから。

粛清で将校の絶対数が不足し
農業政策の集団化で農民のルサンチマンが暴発寸前で
魔導師の粛清を完了したばかりの軍隊で
帝国という戦争機械にヨセフは彼の不完全な軍隊を差し向けざるを得なかったのだ。

まあ、ヨセフの国では兵隊が畑で採れるのだが。




デグレチャフ少佐率いる遊撃部隊は、意図せずして偵察から強襲へと任務変更となっていた。
当然ながら、装備は偵察を前提としたものであり拠点攻略用兵装は皆無。
汎用性の高い魔導師といえども、本来ならば集積拠点を襲撃するのは困難だった。

本来ならば。

「・・・いやはや。列車砲は良い的だな。」

弾薬を露呈させて積み上げるとか、安全管理がなっていないにも程がある。
おかげで、高価な列車砲が雁首ならべたところを誘爆であっさりふき飛ばせた。
たった一度の爆裂式。
本来ならば、トーチカの一つも潰せれば御の字。
ところが、誘爆してくれれば燃やすだけでも一手間な程の物資が一瞬で吹き飛ぶ。

「でかい、もろい、良く燃える。まさに、完璧ですね。」

阿鼻叫喚が眼下で繰り広げられるのを余所に、ターニャとその副官のヴァイス中尉はご満悦といった表情で悠々飛んでいた。
時折、散発的に飛んでくる流れ弾以外はほとんど迎撃すらない空。
対地襲撃任務用の爆薬やらなんやら持ってきていないにもかかわらず、適当に撃っていれば誘爆するのだ。

そんなところに並べられている兵器が脆弱な列車砲。
ヴァイス中尉の言うように、まさしく標的としては簡単に過ぎる代物だ。

「まったくだ。しかも、敵増援が歩兵だけとは。」

そして、てっきり集積拠点の防衛についていた魔導師が上がってくるとの予想は肩すかしを受けている。
猛烈な反撃を覚悟していただけに、ターニャにしてみれば肩すかしも良いところだ。
春闘の時期にリストラ勧告するつもりで踏み込んで無抵抗という並みに想定外にもほどがある。

「グランツ少尉らの小隊を動かしますか?」

いざ敵増援部隊が出てくれば、殿軍を押し付けて自分の盾にするつもりだった予備戦力。
しかし、この状況下では戦果拡大に投入したほうが効率的。
戦況を俯瞰してみれば、ぽつぽつと取りこぼしが出始めているところでもある。

「そうしよう。どうにも、この調子では伏撃よりも機動戦の方がよさそうだ。」

「はっ、直ちに。」

組織的抵抗を復活されてはたまらない。
そういう意味では、叩けるときに徹底して叩くべきだと判断。
ヴァイス中尉の言を入れて、即座に予備部隊の投入を決断する。

「それにしても、いったい敵魔導師は何処だ?」

待機していた魔導師らが偽装を解除し、掃討戦に加わるのをみつつターニャは疑問を口に出す。

常識的に考えて、兵站設備のデポが襲われているのだ。
無能だろうと有能だろうと、取りあえず防衛を考えてしかるべき事態。
対応の良し悪しはあろうとも、魔導師らからなる増援部隊が派遣されてくるのが当然だろう。

のこのことやってきたところを伏撃させよう。
そう考えて、手ぐすね引いて待ちかまえさせていたのは間違いではないはずだ。

ところが、一向に敵の魔導師どころか航空部隊すら出てこない。
何をやっているのだろうか?

いくら、いくら共産主義の非効率性といえどもさすがに限度があるはずだ。
むしろ効率無視の戦力逐次投入を延々やり続けられることを覚悟していたのだが、一体どうしたことか。
ほとほと、世の中の事が理解しにくい時代である。

「大隊長殿、司令部より至急電であります。」

「繋がったか。読みあげろ。」

さしあたり、気持ちを切り替えるとようやく連絡が取れた司令部からの指示に思考を向ける。

「はっ、東部軍への支援命令であります。詳細は一任とのこと。」

渡された通信文に記載されているのは、いつものごとく遊撃命令と自由行動への認可。
部下のマネジメントを大変すばらしくやってくれるのはありがたい。
これで上司がつじーんとか無茶口とかだったら戦意喪失して脱走するところだった。

そうでなければ、うっかり上官に名誉の戦死でも遂げてもらわねばならないところ。

いやはや。
上官にあたるゼートゥーア閣下のありがたいことありがたいこと。
この人についていけば、社内派閥の力学上出世は間違いないという素晴らしい縁故である。
社会的関係資本でいうところの、有益な関係だ。

「状況は?前線の状況が知りたい。」

そんな素晴らしいステイクホルダーのためである。
こちらとしても、誠実かつ丁寧な仕事を心がけるのが近代的合理人としての明白な天命。
信頼と誠実さこそが近代以降の商慣習の基本である。
情実と慣れ合いになれば、それは唾棄すべき動脈硬化を組織にもたらすが。

・・・いずれにしても、効率を勘案しないコミーども相手には理解できない発想だろう。

奴らのコミー脳では、生産要素とやらの内流通に関する見解がすっぽ抜けていた。
大量に価値のない製品とやらを積み上げて腐らせればよろしい。
こっちはこっちで、市場の導きに従うまでの事だ。
アダムスミスは宗教を信じていたらしいが、どうにも神の見えざる手という表現は面映ゆい。
やはり、ここは市場の見えざる手というべきだろう。

いやはや。
思考の楽しいことよ。
最も、其れに浸ることができるのは学者くらいだ。

仕事が待っている。
ああ、無粋なコミー共め。

「良く持ちこたえているものの、少々戦力不足とのこと。」

「では、遅延戦闘で大陸軍来援待ちか。」

友軍の支援任務。
何をするべきかは、彼らのおかれた状況による。
当然、この場合は遅延戦闘の支援となるだろう。

つまり、時間稼ぎのためのお手伝い。
ようするに、コミーへの嫌がらせをすればよいということだ。
嫌がらせならば、私が危険なことをそんなに犯す必要もない。
その一方で、コミーを叩くこともできるという私的な充実感も伴う。

仕事のやりがいというものがあるわけだ。

「いかがされますか?我々ならば、遊撃戦は得手でありますが。」

みれば、いつの間にかグランツ少尉らに指示を出したヴァイス中尉も会話に加わってくる。
彼の提案は、魅力的なのは間違いない。
広大な連邦領である。
おまけに、相手は非効率的なことで悪名高いコミーども。
当然、硬直した組織相手に戦うならば遊撃戦は一つの選択肢だろう。

なにより、ライン戦線時代に比べれば広大な領域で敵の分布はおそらく薄い。
完璧すぎる状況である。
こんな状況である以上、下手に主戦線に接近して友軍部隊に編入される方が面倒だ。
コミーを叩くのは大好きだが、コミーに叩かれるのはちっとも好きではない。

「どちらにしても、敵主戦線を突破するリスクに比較すれば迂回機動の方がベターではあるか。」

東部軍の援護は行うが、それはこちらの安全あっての事。
我が身よりも優先されることなぞ、ありうるはずもない。
自由なのだ。
自由こそが、全てに優先されるのはあまりにも自明。

つまり、なにも危険なドンパチやっているに違いない戦線に加わる義理もない。
幸い、大義名分もあるのでせいぜい安全を追い求めることにする。

「では、飛行で?」

「もちろん。ここにいたっては、隠匿よりも陽動を優先しよう。」

陽動ということにすれば、当然本国の命じてきた遅延戦闘の支援とやらにも十分。
なにより、派手にコミーを叩くことは痛快だ。
ベトナムと違い、状況は制限なしだ。
当然、都市部への攻撃も致しかたないだろう。
なにしろ、コミーとやらは“全国民による総攻撃”とやらをいつも言っているのだ。

きっと、国民皆兵どころか本当に兵隊しかいないに違いない。
なにしろ農作業に大攻勢とやらをかける連中だ。
何処の農民が農作業に攻撃を加えるというのだろう。

当然、自国の農業基盤を吹き飛ばすために国民総出で非効率なことをやっているに違いない。
食糧総監とやらは、要するに略奪部隊の指揮官だと物の本で読んだ。
そして、調達部隊は都市と農村から加わっているという事も知っている。
つまり、これはゲリラ部隊を相手にするようなものではないか。

ロジック上は、コミーは全て戦闘員。

うん、よし、一つ派手にやってみるべきかもしれない。
95式は使いたくないが、コミーを吹き飛ばすことを勘案すれば我慢の範囲だ。

・・・そうするならば、コミー共の象徴でも打ち壊してやりたいところ。

偶像崇拝とか個人崇拝とか、コミーの愛する銅像を吹き飛ばして非効率性を笑ってやろう。
何処がいいだろうか?
やはり、ヨセフグラードとかだろうか。

いや、やるからには首都の方が効果的に違いない。
当たり前のことだが交戦国家の首都だ。
どう考えても防備厳重に違いないと考えるのは、実は素人。

コミーの防空能力はざるだ。
はっきり言うと、ざるどころか機能不全も同然だ。
パイロットが酔っ払って迎撃に上がれないことなぞ日常茶飯事。
いや、むしろ迎撃に上がったところで見当違いのゴーストを追いかけまわす毎日だ。

連中が珍しく戦果をあげるとすれば、民間機か不注意な偵察機程度。

・・・陽動ならば、ある程度迎撃があれば引き返せば良い話だ。

「目標を敵首都に定めるふりでもしようではないか。」

「首都強襲でありますか?・・・いささか、懸念材料が多いかと思われますが。」

目標を口にした瞬間、居並ぶ部隊員の表情が引き攣ったのはいささか心外だった。
まさかとは思うが、ターニャにしてみれば自分が実現可能性の検討もできないかと思われるようで不快。
一方で、ヴァイス中尉が口にする懸念材料とやらが常識的な誤解に基づくものだとも理解はできる。

まあ、彼らは合理的な近代人なのだから仕方ないと結論。
確かに、常識的な人間ならば首都の防備をきっちり固めているに違いないと判断することだろう。
誰だってそうするに違いない。
ところがどっこい。
相手は、コミー。

「案ずるな。コミーの防空能力のなさは折り紙つきだよ。それこそ、大学生でも突破できるに違いない。」

赤の広場国際空港に悠々と民間セスナ機に着陸されたことまである。
一国の首都に、国境警備隊御自慢の何重もの防空網をあっさりと乗り越えられてだ。
しかも、相手は訓練も碌に受けていない民間人の学生。

強固極まる防空網(笑)相手に心配するのは、まったくの無用というものだ。

別の世界のコミーが犯した失態だがコミーの構造的欠陥である。
そうである以上、きっとこの世界でも蓋然性は高いに違いない。

「まさか!さすがに、そこまではないでしょう。」

「どうだろうな。まあ、陽動とはいえ示威行動としても悪くない。」

実際、半々だろうがまあ機会があるのだ。
アメリカ様の東京空襲に倣うのは、どうにも癪だが意義は大きい。
それこそ、陽動としてならば完璧に過ぎる。
本国に対しては、戦意をアピールしつつ功績を示す。
ついでに、わりと安全策を採用。

「では、本気で行われるおつもりですか?」

「もちろんだ。ああ、念のため本国に照会を取れ。一応、政治的配慮とやらを確認しておく。」

一応、敵国首都を襲撃する行動をとるのだ。
政治的な要素を勘案すれば、お伺いを立てておいたというフリは大切だろう。
止められたにしても、敵国首都襲撃を進言したという記録は残る。
逆に、ゴーサインが出れば当分主戦線を離れる口実もできるというものだ。

「了解いたしました。直ちに取りかかります。」

突然の指示にもかかわらず、テキパキと行動を開始する部下を見やりつつターニャは大変満足を覚えた。
同時に、にんまりと我知らず微笑む。
安全策を採用しつつ、一番おいしいところを持っていくことができるポジション。

実にいい。
大変、喜ばしいとすら思える。

「・・・本国の許可が待ち遠しいものだ。」

故に、思う。
はやく許可がほしいなぁと。





帝国軍参謀本部、第一会議室




連邦軍との開戦。
この知らせは、当然ながら戦争指揮を司る参謀本部へ激流のごとき勢いで流れ込んでいた。
各哨戒施設からの緊急連絡、担当する方面軍からの情勢報告。
同時に、各方面からの問い合わせ。

当然のことながら、参謀本部の処理能力にも限界がある。
優先度の低い情報や問い合わせは脇に追いやられ、ともかく優先度の高い案件から処理されていく。
即刻手が付けられたのは待機中の大陸軍を東部へ派遣すること。
鉄道部は不眠不休でダイヤを調整し、ともかく送れる部隊から順次送り出しを始めている。

並行して、兵站の調整が行われており担当官らは天を呪いながら物資の手配を進めていた。
予め手配されているデポの調整や確認のために現地へ参謀らを出すための航空便は手筈通り。
ただ、厄介なことに現地からの報告ではやはり混乱しているとのことだ。

ともかく、鉄火場である。
行動の結果が、吉と出るか凶と出るか。
半ばかけに近いところまであるのだ。
誰もが血走った眼で、かけずり回っているのが各所で見える。

そんな中にあって。
第203遊撃航空魔導大隊という魔導師とはいえ、たかが大隊規模の部隊からの要請が最優先で検討されるのはほとんど異常だった。
一個大隊が、現地方面軍を飛び越して参謀本部に直接指示を仰ぐ。
軍制度上、本来は望ましくない事態。

「レルゲン大佐、貴官の意見を聞こう。」

「はっ、小官といたしましては成功の公算があるのならばやらせてみる価値はあるかと。」

だが、でしゃばるなと叱責するどころか参謀本部はその要請を速やかに稟議に回す。
それも追い立てられるように働いている各専門家らにわざわざ時間を割かせて、だ。

「・・・首都直撃。陽動としては、完璧であります。」

遅延戦闘を行う主戦線。
その援護任務に従事するはずの第203遊撃航空魔導大隊指揮官はどうやら順調に平常運転らしい。
どこをどうやったら、このような答えになるのだろう。
さっぱり計算式の過程が見えないが、ともかく任務要求は完璧に満たす解答が出てきている。

「この通信からして政治的要素から、許可伺いとのこと。」

疲れた頭でレルゲン大佐は何を考えているのか、さっぱり理解できない魔導士官のことを頭に浮かべる。
魔導士官とやらが、みんなあのように理解しがたいわけでもない。
絶対に、この発案はデグレチャフ少佐のものに違いないのだ。

あの少佐が、こちらに制止を求めてこのような迂遠なサインを送ってくることはありえない。
通常、引き下がらない部下をなだめるために上層部の制止を欲するという事はわかる。
だが今回は、逆に違いないだろう。
行きたがらない部下に配慮して、一応上の許可を求めているのだ。
加えていうならば、政治的配慮までできている。

未然に政治的いざこざを回避する能力を有するのは、連合王国潜水艦撃沈で十分に証明済み。

「成算はあるのでしょう。良い陽動になりますし、やらせてよいかと。」

成算があるのであれば、当然陽動としては完璧。
仮に、失敗したとしても敵は対応に部隊を割かねばならない以上東部の圧力緩和という事は期待できる。
通常であっても決して悪くないレート。

だが、同時にレルゲン大佐の頭をよぎるのはデグレチャフ少佐のガラスの様な瞳である。
あの虚無を覗きこむような人間離れしたまなざしを思い出すだけで、十分に通常の範疇では収まらないことを理解可能。
外見だけならば、愛くるしい幼女だ。
だが、あの眼は人間というよりも殺人人形じみた印象をレルゲン大佐に与えて止まない。

「・・・大佐、本気かね?」

「ゼートゥーア閣下、御考えください。あのデグレチャフなのですよ?」

いぶかしむようなゼートゥーア少将の問いかけに逆に聞き返す。
本来ならば、信じられないような無礼だろう。
だが、あのデグレチャフ少佐だ。

ラインで笑って踊っていたらしい。
あの共和国の防空網を強行突破して司令部を落すような規格外。
それが、わざわざ進言してくる作戦である。

「だが、首都だぞ?」

「・・・・・・首輪を嵌めて飼殺すよりも、噛みつかせてやれば良いではないですか。」

成算があるにちがいないのだ。
それに、よしんば失敗したところであの狂犬じみた攻撃精神が発露されれば陽動としては十分以上の戦果をあげることだろう。
猟犬というには、凶悪に過ぎるがともかく獲物にかみつかせた方が良いというのは共通している。
野に放てば、自分の嗅覚で戦機をつかめる指揮官なのは実証済みなのだ。

許可を出したところで、問題になる政治的要素も乏しい以上、行かせるべき。
理由もなく制止する方が、遥かに危険だろう。
ド・ルーゴを取り逃がしたことも、今となっては高くついている。
其れを思えば、狂犬の嗅覚を信じるに越したこともない。

「嫌な見解ですな。大凡、前線部隊に対する態度ではない。」

「中佐、君は知らないから言えるのだ。」

良識的な意見でこちらを諌める中佐。
その意見を、レルゲン大佐はあっさりと鼻で笑い飛ばす。
一度、たった一度で良い。
本質に触れてみれば、すぐに理解できる。

役に立たないとなれば、訓練生に魔力刃を突きつける戦争の狂犬だ。
あれは、邪魔になるとわかればきっと味方もそれとなく吹き飛ばすくらいはやるだろう。
前線で無能な指揮官がそれとなく事故死するのは、決して珍しくはない。
だが、彼女は合理的な理由で持ってきっちりと吹き飛ばすのだろうと思う。

「あれは、狂人だ。せいぜい敵を宛がっておかねば我々が撃たれかねない。」

そういう意味では、ロメール将軍の統制は見事だったとレルゲン大佐は評価する。
使いにくいと歎くのではなく、放置することで最大の戦果をあげさせていた。
掣肘されないということで、デグレチャフも良く働いていたというではないか。
いくら、いくら共和国の植民地防衛軍が型落ちとはいえ鴨撃ちの様に戦果をあげている。

まさに、英雄とでも評すべき活躍。
だが、考えても見るべきだ。
一歩間違えば全滅するような敵中突破を平然とやってのけるというのは、どこか狂っているに違いない。
届けられた会戦の報告書は、ほとんど理論上辛うじて可能かどうかという理想的な戦術機動のオンパレード。

まるで、すべてを俯瞰して見渡していたかのようなタイミングで適切な機動を描いていた。

「まさか!柏付銀翼突撃章保持者ですよ?」

「だからこそだ。」

生きて柏のついた銀翼突撃章をあの年齢の子供が保持している。
考えてみれば、考えてみるほどその異常さが際立つのだ。
異常なのだ。
軍人として、あまりにも完成しすぎている。
ほとんど、なにか箍が外れているとしか思えない。

軍に忠実なのは、まあ理解している。
だが、その忠誠はどのように向けられているものか。

「・・・その辺にしておこう。ともかく、私としても許可してよいと判断する。」

「「閣下!?」」

さすがに、見守っていた幾人かもゼートゥーア少将の言葉に思わず口を挟んだ。
それはあまりにも、成算が乏しいのではないか?
貴重な精鋭魔導部隊を無為にすりつぶすことつながるのではないか?
軍の士気にそれらが悪影響を及ばすのではないか?

いずれも、言外にそれらが込められた制止の言葉。

「成算があるからこその言だろう。秘蔵のボトルを賭けても良い。」

「本気ですか!?」

だから、彼らはゼートゥーアがあっさりと懸念を一蹴したことに驚愕する。
参謀という生き物は、あくまでも常識の範疇で物事を考える秀才だ。
既存の概念から外れた発想というのは奇としてあまりなじみが乏しい。

「ああ。本気だとも。さっさと許可を出してやろう。」

彼らに理解しろというのが無理なのだろうな、と思いつつレルゲン大佐は敬礼し退室。
今か今かと、許可が下りるのを待ち望んでいるであろう彼女に電報を打つべく通信室へと足を向ける。

・・・連邦に災いあれと思いながら。




あとがき
※真理省より通達
誤字修正:誤字があったという事実を修正するべく行動開始。
※※今度の作者はきっと、上手くやってくれることでしょう。(パラノイア風)

作者です。こんな時間の更新になりました。
それにしても、運命のロリヤは可愛いのに。


どうして連邦のロリヤは(´;ω;`)ウッ…

ZAPZAPZAPしたくなります。

>ewtwy様
変なネタばっかりですみません。
(m´・ω・`)m ゴメン…

これからも、ご愛顧いただければ幸いです。

今回のまとめ。
①ヨセフおじさん 『先制予防攻撃!』←パラノイア気味
②ゼートゥーア少将 『全力で防御!』←理解できずに混乱中
③東部の皆さま 『とにかく時間を稼ぐ!』←同上
④大陸軍の皆さま 『現在急行中』←混乱中
⑤主戦線 『絶賛戦争中』←クリーク!クリーク!
⑥ターニャ 『・・・適当に放火して主戦線の反対側いくか。』
           ↓
⑦レルゲン大佐 『訳が分からないよ。』←今ここ。

うん、コミーの偉大な防空力と一晩で赤の広場を国際空港にかえられる工業力を賛美しよう。
すごいよね。
海外からのお客様に合わせて、広場を国際空港にしてしまえるんだ!

※誤字修正orz
+ZAP
ZAP



[24734] 第四八話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 02:04
「ふむ、では適切に処理するように。」

シルドベリアの収容所。
そこに送り込んだ労働者の適切な運用を所長に指示しつつロリヤはゆっくりと執務机に受話器を置いた。
我ながら奇妙なことだが、ここしばらく悪夢にうなされていただけにやや眠気を覚えていたのだ。
いや、ようやく寝られるようになったからこその眠気かもしれない。

だが、眠気よりはどうも別の欲求も沸き上がってくる。

結局、原因は心理的なものだったらしい。
いつ横合いから帝国に殴られるかわからないという警戒感は、自分でも想像できない程だったようだ。
帝国に宣戦を布告し奇襲攻撃を敢行して以来彼の気分は頗る快調であった。

おかげで、書類の決裁がはかどりいつもよりも多くの案件を処理できたのは幸いだ。
リストの半数を粛清し終えたのだから、当分は安泰だろう。
眠気は紅茶で覚ますことにしてもう一つの欲求も満たすことをロリヤは考える。
たまには、悪くない。

やはり、今日は適当に市内を散策してなにか拾いモノを探してみるのも悪くはないだろう。
いつの間にか彼はそのように考え始めていた。
思いつけば、それを実行に移すことに特に躊躇いもないのがロリヤの特徴だ。

「私だ。そうだ、車を出してくれ。」

幸いにも、というべきだろう。
同志書記長からの言いつけは、順調に終えていた。
後は、前線の政治将校らから報告が上がるのを待つばかり。
こればかりは、いくばくかの時間を要するだろう。

「戻るまでに、きっちり処理を終えておくように。」

そう判断した彼は、自分の趣味を優先することになんら躊躇いを覚えなかった。
もちろん、部下らをきっちりと酷使しておくことも忘れない。
今日中にしっかりと帝国との関係があったと思しき連中の処理を命じてある。
できなければ、ツケをたっぷり払わせてやるつもりだ。

「ああ、市内を視察する。いつものやつだ。」

そうして、手配された車に乗り込み市街地へと車を流させる。
途中、何ヵ所かの検問所に自分の手のものが歩哨として立っているのを見て大いに満足。
党ナンバーの車を止める愚か者がいないどころか、きちんと敬礼し秩序を形成しているのは評価できる。

後は、これでほどよい獲物がいれば満足なのだが。
最近は忙しくて、碌に楽しめていないのだ。
ちょっとばかり役得を求める程度だが、しかしロリヤにとっては貴重な時間。

「あれはどうかな?・・・んん、微妙か。」

もう少し、幼い方が自分の好みなのだが。
ちょっとばかり自分の趣向には合わない。
良い線をいっているとは思うのだが、それだけに違和感が惜しいのだ。

「どうされましたか?」

「いや、今一つだ。そのまま車を流してくれ。」

街を歩く少女らはロリヤにしてみれば今一つ食指を動かすに足らないものばかり。
後ろ姿に魅かれても、実際近寄ってみた感じではどうにも物足りない。
少しばかり、河岸を変えてみるべきだろうか?

そんなことを考えた時だった。
市街全域が飛行禁止空域に指定されているはずの空。
本来ならば、あるはずのない影が複数そこに浮かんでいる。

「ん?何処の馬鹿だ?」

故に。
当然のことながら、ロリヤは規則違反を犯す愚か者を苦々しく見やる。
これだから、空軍や魔導師というのは信用ならないのだ。

そこまで考えて、ふとロリヤは狡猾な頭脳で疑念を覚えた。
このあたりに、魔導師なぞ残っていないはず。
魔女狩りを徹底して主導したのは自身である。
こんなところに規則違反をやってのけられる魔導師などそもそも物理的に残ってはいないのだ。

「馬鹿な!?」

気がつけば。
おもわず、彼は外見を取り繕う余裕もなく叫んでいた。
そんなバカな話がありうるのかと。
一体どうして?

そんな埒も明かない疑問すら頭に浮かぶ。
直後に、その疑問は解消された。
ゆっくりと対地襲撃隊形とおぼしき隊列を構築する魔導師ら。
いっそ、悠然とでも評するべき見事な動き。

そして、ロリヤは知っていた。
連邦軍にあれほど秩序だった行動ができるはずもないと。
当然である。
自分で粛清し、ガタガタにしたのだ。
そうできないように。

必然的に、答えは消去法で導き出される。
敵だ。
連邦に敵対する国家の軍だ。

・・・そこまで考えが至った時、彼は今度こそ絶叫する。

「帝国軍!?馬鹿な!ありえん!?」




連邦モスコー市民の皆さま、ごきげんよう。
初見になりますね。
小官は、ターニャ・デグレチャフ。
帝国軍にて魔導少佐を拝命しております。
僭越ながら、帝国軍を代表して御挨拶申し上げることをご容赦ください。
上から、しっかりと御挨拶するようにと命じられております故。
ああ、どうぞ固くならないでください。
楽な恰好のままで結構です。

ええ、一言だけ申し上げさせてください。
“良いアカは、死んだアカだけだと。”

失礼、もう一言付け加えさせてください。
“さようなら、さようなら。”

『フェアリー01より、大隊各位。』

普通に、夜間とはいえ長距離浸透襲撃を行ったところあっさりと入り込めるのが連邦クオリティ。
ただぷかぷかとお空を飛んでいくだけの簡単なお仕事。
一度も迎撃どころか感知もされないとはこれいかに。

いや、さすがに魔導師反応を抑えるように隠密飛行を指示しましたが。
遅かれ早かれ気がつかれるものだとばかり。
ええ、連中の不手際を予見してはいてもここまでとは。

逆に言えばレーダーや魔導反応の感知網が全く機能していない防御網などざるそのもの。
どうも、地上の検問やら交通規制やらは念入りにやっているようですが。
・・・どうみても、国防というよりは国内向けの統制。

いやはや、恐れ入る思考パラダイムである。

おかげで、モスコーまで本当に到着してしまったのだからなんと言えば良いのだろうか?

部隊はコンバットボックスを形成。
適切な間隔を保ちつつ、順調にモスコー上空へ進入中である。
ここに至るまでに空で遭遇したのは、鳥か雨雲程度。
長距離進軍とはいえ、魔導師の消耗度合いは程度が限られることもあってかなり余力がある。

都市襲撃で散々暴れ回っても北へ離脱し旧協商連合圏の友軍支配領域へ逃げ込めるだろう。

『所定の計画通り、第一中隊は私の直卒。他は、政府施設の強襲だ。』

せいぜい、パフォーマンスに励むことにしよう。
具体的には、ベルカに倣って敵国の首都上空をぐるぐると旋回してみるとか。
後、相手はコミーなのでメンツを蹴っ飛ばしておくに限る。

『第二中隊、貴様らはモスコーの広場で醜悪な銅像の解体。可能ならば、ミイラもだ。』

ヨセフの銅像を蹴っ飛ばすのだ。
おそらく、あの銅像ほど世界で倒された銅像も少ないのではないかと思うが。
まあ、いい機会なので我が大隊もその歴史的偉業に仲間入りしようではないか。
可能であれば、偶像崇拝の対象となっている廟のミイラもふっ飛ばしたいところ。

まあ、それは可能であればで良い。

『第三中隊、シルドベリアを遠望できるモスコーで一番高い建物の制圧と破壊を任せる。秘密警察は全て排除だ。』

地下からでもシルドベリアが見えるという旧保険事務所。
ここの機密書類を焼いてやることは、実質的に一番連中が嫌がることをできるに違いない。
秘密警察の面子をつぶすのは、報復も怖いのでできれば目撃者を全部消してくれることを願ってやまないところ。

『第四中隊、クレムリン襲撃だ。遠慮無用。やれるだけやりたまえ。』

あと、米軍は皇居爆撃禁止だったらしいけど我々には特にそういう制約もない。

ドイツ軍も英王室への攻撃には制限を設けた?
関係ない関係ない。
我ら帝国軍。

さあ、クレムリンの熊どもをぬっころしてくれたまえ。

全資本主義者が夢見たシチュエーションである。
まさに、今の私に羨望することだろう。
筋金入りの反共主義者にしてみれば、感嘆し同時にぜひともその場に居合わせたいと願う光景でもあるに違いない。

『『『了解!』』』

さすがに、部下らの戦意も頗る旺盛である。
いくらコミーの醜悪極まるお粗末な防空網とはいえ防空網は防空網。
突破し首都を襲撃できることは彼らにとってもうれしいに違いない。

あまり、はしゃぎすぎて帰る時間を忘れられて困るか。
ターニャはそのことに思い当り、一応部下に釘をさしておくことも忘れない。
これぞマネジメントである。

『撤収は信号弾及び広域通信にて指示する。』

適度に破壊し、適度に馬鹿にする。
そんな襲撃が目的なのだ。
東京空襲もほとんど米帝様のプロパガンダ。

国家そのものがプロパガンダの連邦にはやはり一番有効な攻撃である。
連中のことだ。
主戦線に増援を送り込むよりも、再発防止と責任のなすりつけ合いで貴重な時間を浪費してくれることだろう。
総括なり、自己批判なりしてくれれば幸いだ。

そのためにも、目的を再度部下に周知徹底する。

『本作戦の目的は、連邦の面子を強かに蹴り飛ばすことである。』

帝国軍の首都侵入を許す。
連中のメンツは丸つぶれにちがいない。
当然、隠匿や隠蔽を図るのだろうがそれをさせないための襲撃行為。

威信のかけられた建造物や象徴をことごとく吹っ飛ばしてやればいいわけもできまい。

『連中に、生まれてきたことを後悔させてやろう。』

『『『はっ!』』』

『よろしい、作戦行動を開始せよ。』

コンバットボックスが4つに分かれていく中、ターニャはゆっくりとモスコー中心部へと中隊を進出させる。
連邦の空で帝国軍が凱旋式の様に編隊飛行を繰り返す。

わざわざ、手元の演算宝珠で広報用に画像を記録しながらである。
モスコーとわかるように市街地と部下らをカメラに収めながら、ターニャはゆっくりと旋回を始めさせる。
同時に、ふと思いつく。

『第一中隊の諸君、歌おうではないか。帝国の国歌を。』

『はっはっはっはっはっ、素晴らしい。素晴らしいお考えです少佐殿。ぜひ増幅してやりましょう!』

部下からの反応も好評。
大変、結構。

カラオケ接待はつまらないことこの上ないが、コミーの頭上で奴らを馬鹿にする歌ならば大歓迎である。
事態を良く理解できていないであろうモスコー諸君のために、わざわざ音量を増幅させる術式を展開。
さながら、オーケストラを指揮するような気分でガンガン帝国国歌をコミーに聞かせてやる。

『フェアリー06より、01。シルドベリアが良く見えます!我らもご一緒したいのですが。』

『大変結構。シルドベリアまで届けとばかりに熱唱したまえ!』

部下から景気の良い報告。
空から見やれば、盛大に燃える一角からだ。
コミー共、さぞかし泡を吹いていることだろう。
それを考えただけで、気分爽快だ。

勲章モノの功績に違いない。
帰還すれば、間違いなく叙勲の申請をしてやらねばならないだろう。
どうしたものだろうか。
勲功を賞する以上、参謀本部に相談するべきやもしれない。
どちらにしても、信賞必罰の信念が大切だ。

いろいろと考えながら、威圧するように爆撃隊列を形成。
適当に目立つ国旗やら党旗やらを吹っ飛ばして遊ぶ。
基本的に、襲撃行動とは時間を定めてやるモノ。
もちろん新手の増援等があれば、その時に対応を変えねばならないが。

『フェアリー09より、01。申し訳ありません、クレムリンの防御に手古摺っております。』

とはいえ、突破に難渋する程度であれば増援を投入したほうが効果的。
限られた時間内で最大限の戦果を上げるためには、できる限り暴れさせるのが一番。

『06、第四中隊の援護だ。』

『了解。直ちに。』

幸い、第三中隊はすでに所定の目的を達成している。
戦果拡張を行わせたいところだが、第四中隊の目標を破壊することが優先されるべきだろう。
ターニャは素早く計算し、手すきの第三中隊の投入を決定。

同時に、万が一に備えて自分の率いる中隊も少し彼らに近い位置へと動かす。
第二中隊を孤立させない程度の距離だが、クレムリンの事態に即応できるように配慮。

『04より、01。ヨセフおじさんを粉砕せり。繰り返す、ヨセフおじさんを粉砕せり。』

『ご機嫌かね?諸君。』

『気分爽快ココニ極マル。』

『大変結構。では、市街地に旗でもつっ刺して帰ることにしよう。』

そして、第二中隊もあっさりと目的を達成したらしい。
気分爽快とは大変ご機嫌である。
羨ましい限りだが、ヨセフ像を蹴っ飛ばせば確かに気分爽快になるに違いない。

まあ、一番メンツにかけて警備が厳重かと思っていたがそうでないならばちょっとばかり冒険してみても良いだろう。
例えば、広場ど真ん中に硫黄島らしく帝国旗を掲げてみるとか。
マリーンに倣うのはちょっとどうかと思う?
いやいや、良いものは良いものなのです。

“様式美”というものは、要するに美しいものである。
哲学者らの議論を待つまでもなく、打ち倒されるコミーというのは素晴らしいのだ。

はためく帝国旗をコミーの心臓部に掲げる。
政治的インパクトは絶大。
冒すべき危険は、広場の制圧が完了した今ならばそれほども無し。
つまり、安全に手柄をゲッツする大チャンス。

陽動としてみれば、これほどまでに完璧な陽動もないだろう。
きっと、ゼートゥーア閣下にもご満悦いただけるに違いないと確信できる。

『旗でありますか?・・・手持ちがありませんが。』

残念なことに、部下からは手持ちの旗がないという解答。
だが、心配は全く無用だ。
腹案もなく提案するほど、段取り力がないわけがない。

『心配ご無用。入手先に心当たりがある。』

コミーの習性を知悉していれば、柔軟な対応が可能になるのである。
例えば、コミーはプロパガンダが大好きで映画が大好きで、ついでに検閲が大好きだということがある。
当然ながら、コミーの映画は検閲されて政治的に正しい映画となるのだ。
つまり、ここしばらくでいえば反帝国的なプロパガンダ。

・・・邪悪な帝国軍の邪悪な国旗もなしに映画を撮影できる物ではない。

連中のいうところの正義の軍隊としてのコミーの赤旗もたくさんあるだろう。

『一体どのような?』

『コミー御自慢の映画撮影所だ。連中、反帝国プロパガンダに使う国旗くらい持っているだろうよ。』

当然、山のように燃やすための国旗やらなんやらがあるに違いない。
撮影用機材もそこから拝借できれば最高だ。
コミーの代わりに、我々がプロパガンダ映像を用意してやろう。
コミーの機材で。

まあ、燃やされるのは帝国の国旗ではなく連邦の国旗と変更。
コミーの赤旗だ。
きっと、燃やすと映える筈だ。
その光景を想像するだけ、もう十二分以上にわくわくしてくる。
愉快爽快というやつだろう。

ついでに、コミーの広場に我々が国旗を掲揚してやるのだが。
ああ、ジャーナリストを連れてこなかったことが実に悔やまれる。
いくら急だったとはいえ、報道関係者をこの辺で捕まえるわけにもいかないし全く度し難い。
次善の策は、やはり自前の機材を調達することだろう。

『・・・確かに。御尤もです。』

『旗と撮影機材をデリバリーしに行く。それまで、適当に廟でも壊して置きたまえ。』

『了解です!お待ちしております!』

さて。
映画撮影所で文化交流としゃれこむことにしよう。
コミーに文化があるかって?
安心したまえ。
内陸国にも海軍が存在するのだ。
コミーにも文化が存在しても何らおかしくはない。



双眼鏡で戦況を覗きこんでいたロメール将軍は、舌打ちしたげな表情を引っ込めると肩をすくめた。
戦局は、やや帝国軍優勢と言える状況だがどちらかというまでもなく消耗戦に近い。
手持ちの戦力をすりつぶして得る勝利には、次がないのだ。

当然、不本意だろうとも敵に打撃を与えられただけで良しとしなければ。

「・・・突破しきれないか。仕方ない、撤収だ。」

未練がましいとは思う。
だが、突破できない以上正面からのぶつかり合いを続けたところで泥仕合。

「ロメール閣下、よろしいのですか?このままやれば・・・」

「水が持たない。なにより、こちらの損耗が増すだけだ。」

参謀らは、取りあえず勝てるということに拘泥しているがロメールに言わせれば勝利条件が違うのだ。
損耗の抑制が南方大陸においては全てに優先される。
なにより、兵站の水がこれ以上は危険だ。

今ならば、後退しても後方まで持つ。
だが、長引かせれば撤退しようにも水がなくてにっちもさっちもいかなくなるという可能性もあるのだ。
引き際もここでは重要となる。
限られたリソースの配分は全てを左右しかねないのだ。

「とりあえず、打撃を与えたことで良しとしよう。いつかは、ド・ルーゴ氏の首を取りたいがね。」

「はっ。」

しぶといことに、いまだに自由共和国軍の抵抗は粘り強く続いている。
それどころか、日に日に敵戦力が増しつつあるのではないかというのがロメールの所見だ。
悪いことに、ド・ルーゴの組織した反帝国組織のレジスタンス活動とやらも散見されつつあると聞いた。
本国は、占領政策上もド・ルーゴの排除を切実に望み始めている。
だが、相手もさるもの。
徹底的に決戦を回避しようと試みつつ並行してこちらの損耗を拡大させようとしている。

あまり、長引かせれば本当に叩き潰せなくなりかねない。

とはいえ、末端までその意図が徹底しているかどうかはまた別の問題だろう。
なにより共和国軍の植民地編成組にまで周知徹底できているかは疑問だ。
仕掛けてみてもよい。

気がつけば、一仕掛けを思いついていた。

「よし、撤収する。ただし、伏撃の用意をしつつ敵が釣れれば包囲せん滅だ。それ以外は速やかに撤収するぞ。」

「は?・・・仕掛けるおつもりですか。」

引かれるのではなかったのですか?
そんな参謀らの疑問を、少々もどかしく思う。
アレならば、言わなくとも理解し呼応して対応してくれた。

「もちろんだ。連中に我々が慌てふためいているように見せかけろ。」

釣れるかどうかは微妙かもしれないが、やってみるだけの価値はある。
一部の部隊でも突出し始めれば、後は戦局の流動性に釣られて穴からぞろぞろと連中も出てくるだろう。
逆に、警戒されれば後退が安全にできるという事でもある。
要するに、やってみて損がある作戦ではない。

「了解です。」

取りあえず、眺めているロメールの前で帝国軍は後退を開始。
最後尾の連中は、盛大に混乱する様子を偽装しながら後退中である。
遺棄車輛に欺瞞したブービートラップ等すら仕掛ける余裕がない風を装えと指示済み。
おかげで、敵は警戒行動を取らずに進軍できるので楽だろう。

「さて、どうしたものだろう。釣れれば楽なのだがなぁ。」

釣れるかどうか。
さて、どうなることかと考えていたロメール。
もちろん、出て来てくれるに越したことはないのだがなぁと思いつつ冷めた珈琲を啜る。
状況次第だが、撤収が成功すればそれも悪くはない。

自分の手筈に何か問題はなかっただろうか。
最善を尽くしているつもりでも、やはり見落としがないだろうか。

そんなことを考えながら、ロメールは自分の行動を振り返り一先ずは納得する。
少なくとも、自分にできる最善は尽くした。
後は、結果が出るのを待つだけだ。

「・・・やりました!閣下、連中のこのこと出てきています!」

「よし、軽く揉んでやろう。魔導師はまだ出すな。引き付けるぞ!」

そして、結果は吉とでる。

軍事的浪漫に逸ったのか、単純に理解できていないのか。
どちらにしても哀れなことだが共和国軍部隊が防衛陣地からノコノコと姿を現し始める。
少なくとも、勢いだけはあるようだ。
帝国軍を撃退したという思い込みが、彼らの士気を高めている。

「中央の部隊で時間を稼ぐ。その間に、部隊を再編。」

もちろん、そんな連中とまともにぶつかりたいとは思わない。
即座に、対応を検討しロメールは部隊の配置を動かさせる。
ある程度後方に引き始めている部隊の指揮系統再編を行わせるための時間稼ぎ。

「撤退を装う。主力部隊は一度敵との距離を取らせろ。」

どちらにしても、遅延戦闘に努める以上できるだけ鋭気を逸らすに限るだろう。
同時に、相手は頭に血が上った連中なのだ。
まともにぶつかることは、無意味極まりない。
だが、逆に言えば士気さえ挫けば鴨同然。
自分達が包囲されているという事実を理解した瞬間に今度は浮足立つことだろう。

連中が動揺したところを包囲して袋のねずみにしてやるつもりだ。

「迂回機動でありますか?」

「その通り。撤退するように偽装して包囲してやろう。」

視野狭窄中の連中だ。
姿が見えなくなった部隊の事を逃げたと勝手に判じてくれることだろう。
其れゆえに、甘い脇を強襲するという戦術が通用する。

やはり、自由共和国軍とやらはド・ルーゴのように経験豊富な指揮官は乏しいらしい。
奴が直卒していない部隊ならば、ここまであっさりと小手先の戦術で釣りだせる。
弱いところを徹底して叩くのは戦争のやり方に過ぎない。

申し訳ないが、そこを徹底的に叩かせてもらうことにしよう。

「では、魔導師はどう動かしますか?」

「ああ、魔導師らは中央部隊が崩れかけた時の補強兼追撃用だ。」

そこで、魔導師部隊に指示を出していないことを思い出して命令を発令。
自分では注意しているつもりでも随分と気を張っていたのだろう。
いつの間にか、言わなくとも魔導師部隊が動くという前提で考えてしまっていた。

「かしこまりました。直ちに。」

「・・・やれやれ、やはりデグレチャフは扱いやすかったなぁ。」

いわずとも、こちらの意図を理解し最善の戦術的行動を取れる指揮官だった。
使い慣れれば、これほど使い勝手の良い士官もいるものではない。
ようやく、お互いに呼吸もつかめてきたので連携も上手く行き始めていたのだが。

「返してもらえれば、楽になるのだが。」

本国に召還されてしまうとは。
つくづく、自分の手札は上の都合に掻き乱される。
それが軍人の定めとはいえ、やはり歎きたくもなるというもの。

特に、優秀な魔導師は喉から手がでるほどに欲しいのだ。

「まあ、連邦とのごたごたがありますからな。難しいでしょう。」

とはいえ、それはどこも同じなのだ。
だからこそ、上はアレを引き抜いて本国に持って帰っているに違いない。
情勢の悪化を勘案すれば、まあ妥当と評するべきだろう。

遊撃戦が得意という事も、対連邦ということでは評価されるべき要素。
上の判断は、忌々しいことに仕方ないと許容せざるを得ない。

「やれやれ。まあ、連邦にお悔やみ申し上げることにしよう。」

「はっ?」

「私だって、あの大隊を相手にしたくはないからな。」

まあ、ここはせいぜいデグレチャフ少佐の武運を祈ることにしよう。
祈るまでもない気がするのは、さすがに信頼しすぎか。
まあいいさ、とロメールは気分を切り替えるべく飲みさしの珈琲を飲み干す。

砂漠で飲む珈琲はよいものだと思う。
気分が切り替わるし、何よりアルコールと違って常飲しても非難されない。
まあ、アルコールはアルコールでよいものなのだが。

ともあれ、仕事だ。

「なるほど、御尤もですな。」

「さて、そろそろこっちも自分の仕事に取り組むか。」

さしあたり、こっちはこっちで共和国に止めを刺さねば。



あとがき
状況説明
((o('∇'*)oドキドキo('∇')oワクワクo(*'∇')o)) ハヤクコミートバシタイナァー

サンボウホンブ]_・)Go!Go!Go!

εε= κ( ` ▽´)κヒャッハー


>Oージンジ様
うーん、ルーさん入れると帝国が勝つ気がしてしまって・・・。


あと更新速度は当分がくっとなると思いますが、ご容赦ください。
ZAP



[24734] 第四九話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2011/11/25 02:02
"AЦарю́ Небе́сный, Уте́шителю Ду́ше и́стины,
и́же везде́ сый и вся исполня́яй,
Сокро́вище благи́х и жи́зни Пода́телю!
Прииди́ и всели́ся в ны и очи́сти ны от вся́кия скве́рны,
и спаси́, Бла́же, ду́ши на́ша."

響き渡るのは、鈴の様な祈りの声。
長らく、本当に長らくこの地で弾圧されていた信徒が歌うかのような祈りの声だ。
連邦国民にその意が解されるように、敢えて連邦公用語で紡がれる祈りの声。
穢れを祓い、天の王を讃え、魂の救済を謳う声。

そして、襲撃されるモスコーだ。
この世に煉獄が生まれたのかと信心深くない人間でも思わざるを得ないほどの惨劇。

あまりといえば、あまりの光景だった。
憲兵や秘密警察程度の反撃では軍隊、特に魔導師大隊相手には一蹴されるのがオチ。
強勢を誇った大国の面子は、たった一瞬で完膚なきまでに粉砕された。
つい先刻まで、ロリヤが執務を行っていた建物には意気高らかに帝国の国旗が突き立てられる始末。

革命の指導者らが眠る廟は爆破され、同志書記長が閉じ込められているクレムリンも陥落寸前。
子飼いの軍人らが、どうにか撃退を試みているものの反撃は悉く叩き潰される始末だ。
大隊とはいえ、所詮魔導師からなる大隊。
人数で言えば歩兵中隊にも満たない規模だ。
たった、たったそれだけ。

それだけの連中に良いように暴れまわられているのが現状なのだ。
大凡統治機構の上部にいる人間ならば、我を失ってしまうのも仕方ないような状況だろう。
まして、ここは連邦だ。
並大抵の国家ですら、責任問題に発展するのは避けられないだろう。
だが、連邦では文字通りの粛清劇が幕を開けるに違いない。

「ああ!なんということだ・・・。」

それだけに、まともな視点で物事をとらえるならばロリヤが空を呆然と見据えているのは事態の深刻さを物語るものとなる。
なにしろ、粛清の実行人として恐怖を限りなく撒き散らしているのがロリヤなのだ。
ヨセフとロリヤの前で、首都を直撃されたのである。
軍人らの首がダース単位で物理的に飛ぶくらいならば、それは(連邦においてみれば)平和的な解決に分類できるだろう。
理想的な穏便策だとすらクレムノロジーの専門家ならば評するに違いない。

「・・・・素晴らしい。なんと可憐なのだ。」

だが、次にロリヤの口から零れ出た言葉は純粋な彼の真情だった。
共産主義的微笑を常に浮かべた仮面を引きはがし、彼は純粋に恍惚の極みにある。
愛くるしい表情に信念を張りつめた顔。
あれを屈服させることを思うだけで、もう限界だ。
ロリヤは形容しがたい感情に駆られる自分の精神が、形容しがたいほど変容するのを自覚する。
あれを、あの幼女を、自分の下に。
もはや、もはや、他のなど。
ロリヤにとってみれば、どうでも良い。

「・・・・・・欲しい。ぜひとも欲しい。是が非でも欲しい。」

あれを見てしまったのだ。
これからは、他のモノなど木偶の坊に見えてならないだろう。
凛とした表情。
歌うような祈りの声まで、心地よい鈴なり声だった。
忌々しい帝国の国歌であってすら、その声は見事だった。
ぜひとも、喘がせたいではないか。
いや、そのまえに端正なお顔を歪ませるのも悪くない。

ああ、たまらない。
是が非でもこの手に。なんとしてでも、手に入れたいと思った。
権力への渇望もないとは言わない。
だが、それすらもこの衝動に比べればなんと卑小かつ矮小なものか。

これは、もはや“愛”だ。

「手に入れて見せよう。ああ、そうとも、手に入れて見せるとも。」

私の理想のお人形を。
ああ、待ち遠しい。
待ち遠しくてこちらから手を伸ばしたくなるほど。

素晴らしい、これが恋だ。
年甲斐もなく、ドキドキしてしまう。
いや、そわそわだろうか?
ともかく、居ても立っても居られない気分とはこういう気分に違いない。
今ならば、どんな困難でもやり遂げようという意欲と決意に満ち溢れているようだ。

「手段は選ばない。なんとしてでもだ。そう、なんとしてでも。」

目的のためには手段をえらばない。選ぶつもりもない。 .
そのためならば、如何なる悪魔とでも手を結ぼう。
如何なる政敵とでも妥協しよう。
いかなる、不穏分子ですら活用して見せる。
シルドベリアにぶち込んだ処分予定の魔導師達を助命してでもアレが欲しい。
いや、むしろそうするべきだ。

あれをひっ立てられるならば、誰だろうと構わない。
それこそ、イデオロギー上の脅威であろうともだ。

ああ、早く。
早くあの花を手折りたい。



人の不幸は蜜の味。
少なくとも、自分の不幸は砒素の味だろう。
だが、珍しく。
本当に珍しいことだが。
連合王国の首脳陣は他国の不幸に心底喜べないでいた。

まあ、同情はしていないが。

「・・・・・・・・・・・・・間違いないのかね?」

第一海軍卿が肺腑から絞りだす声には疲労がまじまじと込められている。
開戦から急ピッチで体制を整えている海軍だが、それだけに小競り合いが散発。
加えて、通商ラインの維持は海軍卿の強靭な精神をも擦り減らせている。

そんなところに、こんな報せだ。
ワインを抱えて寝込みたくなったとしても、それは個人の責任ではない程に悪い知らせだった。

「はっ、大使館を通じて届けられた最新の記録です。」

当然、この報告を持ち込む情報部は歓迎されざる報告者とならざるを得ない。
誰だって悪い知らせよりは、良い知らせを持ち込む人間を歓迎するものだ。
それだけに、下手におどおどするよりは超然とした態度の方がまだマシ。

そう判断した対外戦略局のハーバーグラム少将は敢えて表情を殺し淡々と報告した。

モスコーに少数ながら魔導師部隊が浸透襲撃。

最初の知らせは、大使館に配属したばかりの情報将校からの緊急報告だった。
曰く、『帝国軍魔導師がモスコー上空を旋回中』。
その第一報を聞いた時は、戦略的なプロパガンダ作戦だろうと判じたものだ。
旋回飛行という事は、示威行為。
対連邦の戦果誇示と戦意高揚のプロパガンダだろうと誰もが驚嘆した。

よくぞ、交戦国の首都にアプローチできたものだというのがその理由である。

「モスコーの主要政府機関は徹底的に襲撃されたと判断いたします。」

だが、そのうちに事態が少しずつ明らかになるにつれて驚愕は恐怖と畏怖にすり替わった。
少数部隊のはずが連隊規模の魔導師に規模が変化。
それも、複数が散開して同時に突入というモノに変化し示威行動よりは本格的な襲撃と判断される。
決定的だったのは、その破壊規模だ。

モスコーの大使館員によれば、少なくとも秘密警察と革命記念広場等などが完膚なきまでに粉砕されているとのこと。
並行して、クレムリンに対して大規模な攻勢が敢行され陥落寸前まで追い詰められたとの未確認情報まで飛び込んでいる。
市内は極度の混乱状態にあるというが、そのため詳細な被害状況すら不明なのだ。

それを惹き起こしたのは帝国軍魔導部隊だというのは、確実だ。
連隊規模といえども、せいぜい100名いるかいないか。
相対的には少数部隊の浸透奇襲とも形容可能。とはいえ、破壊力は抜群だった。
そして、連邦が喰らった損害を連合王国が受けないという保証は何処にもない。

「防空体制を見直す必要があるな。」

今更ながら、閣僚らが認識したのはロンディニウム防衛の脆弱さだ。
海の防壁は今なお健在。
しかし、空からの侵入者を追い返せなければ意味がないのだ。

「最低でも、連隊規模の敵部隊を阻止できるかね?」

「・・・侵入そのものを阻止できるかは、微妙かと思われます。」

同時に、事態に対処させられる陸軍参謀らの顔面は蒼白寸前となっている。
せいぜいが、鈍重な爆撃機程度を想定していた防空体制だ。
俊敏な魔導師に大隊規模か連隊規模で襲撃されれば阻止は極めて困難となりかねない。

そうなればどうなるか?

連邦の恥を連合王国が同じように晒すということになる。
考えただけでも、恐ろしい事態になるだろう。
そして、参謀らはその可能性が排除できないことに気が付ける。
気が付けるがために、彼らの気分は果てしなく沈まざるを得ないのだ。

「では、我々が連邦の様な醜態を晒しうるというのかね?」

「現状では、その公算が必ずしも拭えないかと・・・。」

誰だって、言わずともわかる。
そんな苛立ちを込めて、首相はデスクを叩きつけて愚痴を断つ。
必要なのは、対応策だ。

「結構だ。対応策を聞きたい。」

欲しいものがあれば、聞いてやる。
だから、早く言いたまえ。
さもなくば、全責任を何かあれば貴様にとらせてやろう。

そんな視線を受ければどんな高級軍人とて観念して素直に必要な物資を口にするだろう。

「防空網の強化が最優先になります。戦闘機部隊と魔導師部隊を本国防衛軍団に配置していただきたく。」

実際、陸軍参謀総長の転身は軽やかと評すべき迅速さだった。
つい先日までは、ある程度の自信を見せていたにもかかわらず判断の切り替えだけは素早い。
いや、教訓を学ぶことにかけては才能があるというべきか。
古典に拘泥し、学ばない将官よりはよほどましかと首相はとりあえず評価した。

「しかし、そうなれば南方大陸に回せる戦力に限界が出ます!内海艦隊からは、すでに再三の要請が!」

「アレクまでは、まだ戦略的緩衝地域があります。共和国のために我々が犠牲となることもないかと。」

外務卿が慌てて抗議するが、陸軍の反応は冷淡なままだ。
まあ、連中にしてみれば外務省の面子に配慮する程度の義理はある。
だが、自分達の面子を深刻に蹂躙される危機を敢えて引き受けるまでの義理でもないという事だろう。

南方大陸でひたすら増援を求める自由共和国の要請を伝えてくる外務省への対応はいっそ見事なまでに無関心だ。

「同意しますが、限度があります。」

微妙な留保を加えたのは海軍軍令部。
連中は、内海艦隊と共和国残存艦隊の合流した戦力を評価しているのだったなと列席者は思い出す。
少なくとも、運河と植民地防衛のためにはある程度戦略的緩衝地帯を維持したいのだ。
そのためにはある程度、ある程度だが共和国の残骸に戦ってもらうに越したこともない。

・・・まあ、こんなことを考えているからいつも共和国に嫌われるのだ。お互い様だが。

「逆に、我々が同じことを試みるのはどうかね?」

少し話題を変えよう。
そう考えたのだろう。
大蔵卿が、柔軟なアイディアを提示することで取り敢えず別方向からの検討を提言する。

「・・・うむ、悪くない提案だと私は思うが。」

せっかくの助け船だ。
乗っておくことにしよう。
そう判断し、取りあえず議論に組み込む。

「難しいかと思われます。少なくとも、帝国軍は首都に3個大隊規模の魔導部隊が配置されているようです。」

だが、軍の解答は即答だった。
この様子からして、連中も一度は同じことを検討したらしい。
結論が出ていればこそ、わざわざ提案しなかったのだろう。

「・・・ずいぶんと大盤振る舞いだな。」

「教導隊、技術廠、補充大隊の様です。」

それにしても、よっぽど連中には余剰戦力があるのだろうか?
思わず呆れかけた閣僚らを代表して第一海軍卿が溜息を吐く。
一応、首都にいる理由に納得が行く部隊だとしてもどうしてこんなところにいるのかと歎きたくもなるのだろう。

「とりわけ、教導隊の実力は本物だと推測されます。要撃された場合、突破が期待できません」

加えて、情報部の駄目押しが入る。
報告書に記載されている情報から察するに、精鋭中の精鋭が集められたのが教導隊。
前線に出てくる機会そのものは少ないものの、実戦経験豊富な士官らで構成されているために現場慣れはしているらしい。
むしろ、消耗していないために下手な部隊よりも精強との分析すらあるほど。

「そのための奇襲では?」

今更ながら、話を聞いていた大蔵卿が疑念を提起。
確かに、そのための奇襲だ。
連邦に対する帝国の襲撃も奇襲に近いと大枠で判明している以上、可能性はあるのではないか。
そんな趣旨の疑念が込められた発言。

とはいえ、そうした発言が出るのは文民からだ。

「ライン戦でライン方面には警戒線が既に構築済みです。感知されずに突破するのは困難かと。」

ライン戦線を少しでも知っていれば。
つまり、軍人であれば誰でもあの戦線の防御陣地を知っているという事を勘案すれば。
誰だろうと、奇襲が困難だということはわかる話。

そもそも、帝国軍ですら奇襲ではなく強行突破を図らざるを得ないほど双方の警戒網が張り巡らされていたのだ。
ライン戦に帝国が勝利したからと言って、そこの防御陣地をいちいち帝国が放棄する義理もない。
どちらかと言えば、警戒線は堅持しているだろう。

実際、ハーバーグラム少将は再三調査させたが穴は見つかっていない。
そうである以上、警戒線に感知されずに突破するのは困難。
むしろ、警戒線に敢えて接触させるハラスメント攻撃の方が有意義だと判断せざるを得ない程だ。
海軍の支援を得て、海兵魔導師を突入させる案もなくはないが成算は乏しいという結論。

敵航空優勢下で敵支配領域へ艦隊を長期間さらすなど論外だった。
まして海兵魔導師の希少性を勘案すれば、リスクが高すぎる。
それを考えるまでもない話として、そもそも海軍を今前線から引き抜けるはずもなし。

「こちらから仕掛けるのは、非常に困難だというのが各軍の結論であります。」

結局、連合王国にできることは時間を稼ぐこと。
そして、貴重な時間で持って反攻のための力を付けることしかない。
いいたくはないが、連邦と帝国が潰し合ってくれねば当面好機はないかもしれない程だ。
だいぶ状況は苦しいと言える。

「・・・よろしい、連邦の対応は?」

だが、それには連邦と帝国の消耗戦が絶対に必要不可欠。
忌々しいことに、帝国は連邦の首都を突くことで大きく揺さぶりをかけている。
連邦は後方防衛のために大量の部隊を張り付ける羽目になり、対帝国主戦線はかなり制約されることが予想された。
実際のところ、連邦の不幸を素直に連合王国が喜べない最大の理由もそこにある。

「すでに、首都防衛部隊の再配置を完了した模様。」

つまり、どこからか忠誠心が高くて能力もそこそこの部隊が転用されたということだ。
当然、連合王国としてみればそれにはぜひとも帝国と主戦線で殺し合ってほしい存在である。

「襲撃に参加した帝国軍部隊は、すでに離脱済みです。」

「連邦は言を濁しましたが、追撃部隊は振り切られるか墜とされたようです。」

「こちらも、同じ見解です。コンタクトをロストしていると情報部は判断しました。」

そして、襲撃に参加した部隊が無事に離脱しているという知らせは再発の可能性を示唆することになる。
帝国軍の精鋭が、再度首都を襲撃するかもしれないという恐怖。
特に、連邦の様な専制国家では絶対に再発が許されないだろう。
それは、政治的にも軍事的にも連邦の権威を徹底的に傷つける事態だからだ。

曲がり間違っても、連邦の軍官僚は自分の首を物理的に飛ばしたいとは思わないはず。
当然、彼らが軍を運用する際にはかなりの制約が付きまとい大量の遊兵を生み出すことになる。
ついでに、帝国軍がモスコーを襲撃して悠々と帰還との報は帝国の戦意を高揚させるに違いない。
こっちは上がるはずもないことを思えば、これも軽視できない情報だ。

「情報統制は?」

「敷くだけ無駄だ。モスコーを帝国の軍靴が踏みにじったというのは既にあらゆるパブで話題の中心だよ。」

そして、情報統制を行おうにも話の衝撃力が強すぎた。
すでにパブに派遣した部下らから、ハーバーグラム少将は散々帝国が蹂躙する様を多種多様な表現で報告されている。

曰く、帝国軍は悠々とモスコー上空で国歌を歌って意気揚々と国旗を掲揚した。
曰く、帝国軍は革命の記念の地で赤旗を蹴り倒して帝国国旗を突きさした。
曰く、帝国軍は映画配給所を襲撃して赤旗をことごとく燃やす意趣返しをした。
曰く、帝国軍は偶像崇拝反対と叫んで革命指導者記念廟ごと爆破した。
曰く、帝国軍は革命的に考えた挙句に偶像崇拝と秘密警察破壊を敢行した。
曰く、帝国軍は連邦の報道声明通りしっぽを巻いて“前に向かって”撤退している。
曰く、帝国軍はクレムリンで記念撮影までした。
曰く、帝国軍は文化交流と称して記録映画『モスコーは涙を信じない』を上映予定とか。

聞けば、最後のは『泣いたところで誰も助けてはくれないのだという』連邦の格言を皮肉ったらしい。
要するに、強かにメンツを蹴っ飛ばされて泣きっ面に蜂の連邦を笑う帝国というブラックな表現とか。

さすがに、ハーバーグラム少将をして苦いモノを覚える程帝国の襲撃は見事だったらしい。
おそらく明日には、帝国軍と連邦軍のジョークが主流になっていることだろう。
当然ながら、国民はそんな間抜けな事態に自分達が巻き込まれることを断じて許さないに違いない。

誰もが、理解している。
本土防衛は、同盟者との連携よりも優先されねばならないということなのだ。

「・・・自由共和国の外務につなげ。どちらにしても、対応を検討する必要がある。」

口を開いたのは首相だった。
少なくとも、それが自分の責務であると自覚し行動する点において彼は潔い。
少なくとも責任者として、責任を取るという事をジェントリ魂が彼に求めたのだ。

「ド・ルーゴ将軍にはすまないが、本土防衛が最優先されるのは自明。いた仕方ないだろう。」

運河防衛ができるのであれば、本土防衛に部隊を転用するのもやむなし。
その決断は、当然ながら自由共和国の反発を産むだろう。
だが、それでもやらねば帝国に本土を直撃されかねない。
そうなれば、この戦争は終わりなのだ。

「ですな。誰が伝えに行くかと思うだけで気が滅入ってしまいますが。」

・・・まあ、このことを伝えに行かされる外交官の気分は最悪だろう。
少なくとも、連合王国の外交官にとってみれば災難の種は播かれた。
最も、今更両国の信頼関係はこの程度で変わらないという冷めた見方もあるにはあるが。

曰く、この程度はいつものことだ、と。






苦々しい顔の男たち。
握りしめた拳と、苦渋の表情は今なお彼らの心中が激しい苦慮に悩まされていることを如実に物語る。
誰もが、誰もがこのような事態を惹き起こした原因に激しく頭を抱えていた。

まるで、そのありさまは敗戦が告げられた愛国者らのように悲哀を誘う光景。
夢破れた兵らが、放心するかのような涙を誘うほどの哀れさすら放ちかねなかった。

そして。

その彼らの深刻さとは裏腹に、彼らが頭を突き合わせて呻いているすぐ傍では人々が熱狂的な歓呼を叫んでいるのだ。
誰もが、歴史的な偉業だと帝国軍を賛美している。
一方的な宣戦布告の報復として、敵国首都を直撃した軍の果敢な行動を支持する発言。
常日頃、軍の対応が温いと絶叫する極右が手放しで絶賛。
他方、軍に批判的な極左すら沈黙するほどの献身的偉業との評価。

“モスコーを帝国軍特殊部隊が直撃せり”

その一報に、帝国臣民は熱狂的に酔いしれている。
いや、それこそ殆どが陶酔しているのだろう。

だが、だからこそ。
だからこそ、帝国軍参謀本部はあまりの事態に思わず放心し苦慮しているのだ。

『政治的要素からの攻撃許可申請』

この意味するところが、デグレチャフ少佐と参謀本部では決定的に乖離していた。
許可を出した時、参謀本部が認識したのはせいぜい首都を威圧する程度だろうという認識。
なにしろ、曲がりなりにも一国の首都だ。
陽動として襲撃行動をとるのは、一定以上の意義がある。
だから、囮としてはまあいいだろう。

それくらいの軽い気持ち、といえば語弊があるだろうか。
ともかく、事態をせいぜい示威飛行程度と誤解していた。
そもそも、参謀本部は実際に首都侵入すら半数の参謀らは実現可能性を疑っていたのである。

対する実際のデグレチャフ少佐の行動は破滅的と評するほかにない。
首都上空への侵入。
これだけでも、相当政治的問題を連邦は内部に抱えることだろう。
まあ、その程度であれば単にプロパガンダの良い材料となる程度で済む。

そう。その程度であれば。

一国の首都を襲撃。
政治中枢・秘密警察本部・政治的象徴をことごとく粉砕するか破壊し、意気揚々と国旗を掲揚。
あまつさえ、敵国首都で国歌と万歳を三唱して何処からか調達してきた機材で記録画像まで撮っている。
わざわざ、撮影用に何度か赤旗を燃やし直しましたと報告された時は意味がわからなかった。

なんでも、デグレチャフ少佐直々にカメラを構えて記録映像を撮影したという。
形だけ見れば、幼い少女がカメラを抱えている姿は微笑ましいものがあるのかもしれない。
だが、そのとき参謀本部の面々はどうしても微笑ましいと思う事ができなかった。

むしろ、カメラという武器を構えられたという形容しがたい何かを感じるほどだ。

「・・・まさか、ここまでやるとは。いや、やれてしまうとはというべきか。」

報告を受けたゼートゥーア少将の表情はすぐれない。
いや、真っ青だったと評するべきだろうか。
思い起こせば、確かに彼女は常々徹底した連邦排撃論者だった。
国家総力戦に際して、アカの排除と防諜を誰よりも強く主張している。

それどころか、二正面作戦への伝統的な警鐘を鳴らしている一派でもあった。
そのドグマは明確であり、片方を叩き潰す機会があれば残る片方も徹底的に叩こうというもの。
内線戦略とデグレチャフ少佐が呼称した誘引撃滅戦略は対共和国では実に有効だった。

だが、だからこそというべきだろう。
戦略的にフリーハンドを得た帝国が何をするべきか?
そんな命題を与えられれば、デグレチャフ少佐は徹底的に連邦を叩くに違いない。

一応、というべきか。
確認のために政治的配慮とやらを確認したのだろう。
おかげで、一切歯止めなく破壊活動を敢行し連邦の面子を完膚なきまでに粉砕し埋葬した。

一言で言えば“やりすぎた”。

「・・・間違いない大功です。ですが、同時に限りないトラブルメイカーでもあります。」

敵国首都を直撃。
同時に、帝国の旗を一時的にせよその地に掲げさせたということは間違いなく戦功第一。
わざわざ、大隊長自らカメラを手にとりその記録までする徹底ぶり。
少なくとも、戦意高揚や陽動という初期目的は完全に達成していると言える。

「連邦との和解案は?」

「・・・・・・完膚なきまでに拒絶されました。」

だが、早期終結を願う参謀本部にとっては凶報極まりなかった。
まだしも、緊密な関係を有していた連邦軍との交渉による停戦の模索。
その試みは、わずか数日で完全に途絶えたのだ。
面子を何より重んじる相手の顔を蹴り飛ばすどころか、蹂躙する行為。

帝国臣民は喝采を叫ぶが、その喝采の声すら参謀らには頭痛の種に他ならない。
講和など言い出せる雰囲気ではないし、明日にでも連邦に城下の盟を結ばせてやろうという声すらある。
こんな状況では、ただでさえ難しい交渉がほとんど現実可能性の欠如したものとなるだろう。

チェスで言えば、初めから詰んでいるようなもの。

「情報としては、当面講和可能性は皆無であると判断いたします。」

今さら、という感じで情報部がどこか諦めを漂わせる声で情勢分析を纏める。
これでは、国境防衛に終始してなんとか落とし所を探ろうという泥沼化の努力は無意味と評するようなものだ。
つい先日までは、なんとか国境を防衛せよと主張していたにも関わらずである。

「作戦としては、多少主戦線が楽になると判断します。ですが、突破後の抵抗は熾烈を極めるかと。」

「戦務としては、中立国への連邦圧力増大を懸念せざるを得ません。」

純戦術的には大成功だろう。
確かに、主戦線の援護としては十分すぎる陽動だった。
だが、戦略としてみれば帝国軍参謀本部は自らが許可した襲撃行動でのたうちまわる結果になっている。

連邦軍は面子にかけて戦争に取り組むことだろう。
いや、連邦という国家そのものが本気で戦争に取り組んでくるのだ。
ある意味では、共和国残党及び連合王国という敵を抱えていたところに第二戦線を形成されるに等しい。

「情報部も同意です。同時に、親帝国派の影響力が急激に低下しているため情報収集に支障が。」

そして、脈々と形成してきた親帝国派はこの襲撃で根こそぎ一掃されたことだろう。
連邦との融和は、もはや望むべくもない。

「・・・で、いかがします?まさか、あの連邦に攻め込みますか?」

当然、解決策は連邦を叩いて下すということになる。
だが一体どうやれというのだろうか。
連邦の国土はまともな将校なら其れだけで兵站の事を思わざるを得ないほど広大だ。
そんなところに、反帝国感情に包まれたナショナリストがうようよ。
兵站線の確保だけで帝国軍は出血死しかねない。

「論外極まる。兵站線がそれだけで崩壊するぞ。」

そこに居並ぶ参謀らの総意がこの言葉に込められている。
だからこそ、彼らは連邦とことを構えたくなかった。
挑発するような真似すら、可能な限り各方面軍に通達してまで自重させていたのだ。

「・・・だが、賽は投げられた。」

そう。
もはや、後戻りができない段階へ強制的に押し上げられてしまっている。
帝国は、その小さな勝利の対価として大きな犠牲を払うことになるだろう。

「東部でも包囲撃滅による敵出血死を狙う、これしかないでしょう。」

デグレチャフが帰還次第、奴を締め上げてやる。
そう内心で誓ったレルゲン大佐は採決を伺うようにゼートゥーア少将に視線を向けた。
どの道、他に選択肢はいくつもない。

やはり、狂犬だった。
いや、狂った獅子だ。

そう思いながら、レルゲン大佐は可決される自らの案を寒々しい思いで見つめていた。

大戦争。
どこまでも、拡大してく大戦争。
その第二幕を自分達がこじ開けてしまうという悪寒と共に。



あとがきの前のなにか

/人◕‿‿◕人\こんばんわ、幸福な市民諸君。
3T様が、ハートフル(hurt+ful)な運命の物語を欲されたので。
初めてながら、恋愛モノに手を出してみようと思う。

やあ(´・ω・`)
またその場の勢いなんだ。すまない。

だから、あとがき前に先にお詫びしておこうと思う。

でも、このハートフル物語を見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。
殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい。
そう思って、この物語を作ったんだ。

じゃあ、あとがきを始めようか。

あとがき

誤字指摘ありがとうございます・・・orz

後、うん、アンサイクロとかゲッペルスとゲッべルスとかは検討しときます。取りあえず、ゲッペルスとゲッベルスは別人扱いで。


最後になりますが、コメントいつもありがとうございます。
なんか、ぐでーとなっていたのにそうだあれをやろうと思ったら書いてました。(。・ω・)ノ゙

誤字修正orz ZAPZAPZAPさらに誤字修正orz
またかorz....

・・・!

つ次回予告でお茶を濁そう。

『少佐殿、栄転。』

ターニャ・デグレチャフ少佐殿のさらなるご活躍にご期待ください。



[24734] 第五〇話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 02:03
暗澹たる思い。
許されるなら今にでもワインに逃げたい気分とはこのことだろう。
そう思うのは、自分だけではあるまい。
心中で密かに、されど盛大に溜息をつくとレルゲン大佐は用意されている席に着いた。
左右に並んだ顔の痙攣具合から察するに、誰もが不承不承この場にいることは良くわかる。

「揃ったな?よろしい、始めよう。」

通常、査問会議や軍法裁判は憲兵の管轄だ。
しかし、今回の査問会はわざわざ参謀本部の重鎮らが自ら査問官を務めるという異例尽くめ。
査問委員長に至っては、名目だけだろうが参謀総長が充てられるという具合だ。
実質的に委員長を務めるゼートゥーア閣下からして、参謀本部の大黒柱と評されるほど。

とはいえだ。

レルゲン大佐は忸怩たる後悔の念に駆られてやまない。
なにしろ、幾度となくその危険性は示唆されていたのだ。
其れゆえに。
自分は、よほど気を付けているつもりだった。

だが、見誤っていたというほかにない。

・・・第一報を耳にした時はデグレチャフを陸大に入れたことをこれほど後悔したこともなかった。

レルゲン大佐は、それとなく気分を切り替えつつ眼の前の事態に気持ちを向け直す。
さしあたり、査問委員会がデグレチャフの経歴を照会。
其れに応じて、各種資料が委員に配布されると同時にデグレチャフに対して公的記録が記載される旨の通達。
レルゲン大佐や他の参加者らがいかなる心情を抱えていようとも、とりあえず規定通りに査問会は進められる。

良い機会なのは間違いないのだ。
少なくともその真意を把握し、理解できる好機であるのは間違いないのだから。

「以上に間違いはないな?」

「はっ、ございません。」

賞罰を含めた経歴。
その確認は、あくまでも事務手続き。
いわば前座にすぎない。

「結構。では、少佐。貴官に対して解答を求めたい疑義がある。」

「はっ、お伺いいたします。」

本番はここから。
集められた諸官の関心もそこにある。
いや、そこにしかないと言えよう

だからこそ。
だからこそだろう。
突然、ゼートゥーア少将は書記官に退出を命じた。
同時に、部下の将校に命じて如何なる者も会議室に近づけないように厳命。

居並ぶ諸官に対しても、ここで耳にしたことは一切口外無用と睨みつけてきた。
もちろん、否応など言えようもない。
誰もが、戸惑いつつも同意する。

「・・・本音でいこう。これは、何だね?」

そこまでして。
初めてゼートゥーア少将は手にした一式の報告書を地面にたたきつける。
つい先日、デグレチャフ少佐によって参謀本部に送られたソレ。
まともな政治感覚を持つ将校ならば、顔面蒼白とならざるを得ないようなソレだ。

閣下の怒りを表すかのように、その紙束は勢いよく地面にぶちまけられヒラヒラと紙が舞う。
大凡、軍に奉職して以来初めてみるような激怒の発露だ。
訓練小隊付き軍曹とて、ここまで顕著に怒りの表情を表すことか。
はっきりと言って、これほど人間が激怒できるのかと思うほど。

だが。
気がつく者は、さらに驚嘆しただろう。

・・・デグレチャフ少佐は、それを唖然と見据えている。

淡々とでもなく、否定されて激怒するでもなく。
あの、あの戦闘人形が。
人間の形をした化け物が。
まるで、驚愕しているかの如き表情を浮かべているのだ。

「答えたまえ、少佐。貴官は、いったい如何なる理由によりて連邦首都を蹂躙した?」

「閣下、ご質問の意図が小官には理解致しかねます。」

質問の意図は明瞭。
はっきりと言ってやり過ぎなのだ。
いったいどのような意図から、このように連邦の面子を粉砕し蹂躙するような攻撃が行われたのか?
早期講和を座礁させるかのような行動に申し開きはないのか?
誰もが、質問の意図をはっきりと理解した。

にもかかわらず。

にもかかわらずだ。

質問の意図を理解しかねるだと?

思いもよらないデグレチャフ少佐の解答。
それによって思わず、誰も彼もが一瞬凍りつく。
こいつは、デグレチャフ少佐は何を言っている?
眼の前の存在が急に理解しがたい化生に思えてならない。
一体、今何を口にした?

「・・・何?理解しかねる?文字どおりの意味だ少佐。何故、連邦首都を蹂躙した?」

ゼートゥーア少将すら思わず一瞬戸惑わせる解答。
心理戦だとすれば、これほど見事な一撃はないだろう。
密かに、本当に密かにだがレルゲン大佐は舌を巻く。
居並ぶ将校の雰囲気が掻き乱されていることくらい、彼にとって容易に理解できた。
誰もが一瞬のうちに混乱と困惑に突き落とされたのは間違いない。
だが、戸惑いつつも閣下は追求を続けられる。

そう。
何故、あれほどやり過ぎたのか?

「閣下、小官の受諾した御命令は連邦首都を直撃せよでありました。小官は参謀本部の命に従ったにすぎません。」

「・・・本気でいっているのかね?」


「もちろんであります、閣下。」

だが、その点に関してデグレチャフ少佐の解答は堂々たるものだった。
一切後ろめたいことがないとばかりに胸を張って誇らしげに解答してくる。
容姿だけを見るならば、初めてのお使いを果たした子供が自信満々に胸を張るようなもの。
頼まれたジャガイモを間違いなく買ってきたよと言わんばかりの雰囲気だ。

・・・まるでこの場に似つかわしくない雰囲気。

「では、貴様の行動は参謀本部の命令によって行われたというのか。」

良く見ると。
ゼートゥーア少将のこめかみが痙攣ぎみに。
いや、見るまでもないことか。
誰だって、今の閣下の真ん前に立ちたくはないだろう。

あのゼートゥーア閣下が全身で激怒の意を露わにしているのだ。

「はい、閣下。東部主戦線援護のために、小官に命じられた陽動任務を遂行いたしました。」

「・・・自分の起こした事に気がついていないのかね?」

火薬庫で火遊びする連中を眺めるのはこんな気分に違いない。
いつ爆発するのかとはらはら。
ドキドキというよりも、胃がキリキリする感覚だ。
今日ここに居合わせた士官は、その身の不幸を嘆くしかない。
運が良ければ、ウィスキーでも飲んで忘れるほかにないだろう。

・・・忘れられるのならば、だが。

「はい、いいえ閣下。小官は主戦線援護として十分な陽動を敢行したと確信しております。」

聞かれたことが、質問の意図が理解できないとばかりに応える少佐。
後ろめたいことは一切なさげ。
それでいて、何故上官に問い詰められるのかを全く理解できずに困惑する表情がそこには貼り付いている。

「少佐、私の質問にそれ以上何か応えることはあるかね?」

対する少将。
これ以上、怒りという感情を一個人の顔面に顕現させるのは不可能という水準まで怒りを満ち溢れさせている。
できることならば、半径100メートル圏内には絶対に近づきたくない状況だ。
こんな時にすら、そんなことが頭をよぎるものか。

・・・レルゲン大佐は頭の片隅で、どことなく思考が逃避しつつあるのを実感しつつもそれを禁じえないでいた。

「閣下、先ほどから申し上げておりますが小官にはそれ以上にお答えすることはありません。」

「・・・・・・少佐、私は貴官の戦略眼を高く評価している。」

ほとんど、ほとんど驚嘆するべき自制心でゼートゥーア少将は辛うじてながらも暴発を抑え込んだ。
鋼の精神という形容すら、熔解させしめんほどの激怒でもってしてである。
おそらく、その一事をもってして後世の史家からは賛嘆されてしかるべきそれだ。

「光栄であります閣下。」

そこで、しれっとのたまえる少佐も後世の史家が特筆に値するのだろう。
・・・正直に言おう。
言葉が通じるという事が、これほど不気味だと思ったこともない。
一体、目の前の少佐は何を意味しているのか理解の範疇外だ。

「本作戦の意義を申告したまえ。」

「はっ、東部主戦線の援護として最適でありました。同時に、連邦に消耗を強いる第一歩となったと自負しております。」

言葉を交わせば、答えが得られる?
そんな馬鹿なと叫びたくなる世迷い事だ。
一体、どこをどうすればそんな答えが出てくると問い詰めたい様な解答。
やれと言われたからやったに過ぎないという態度。

・・・そんな事を許可した覚えはないのだが。

いや、それ以前に。
少しも後ろめたく思っていないどころか、それを堂々と態度に表わすこいつは何だ?
思わず、咄嗟に痛み止めを欲したとしてもソレは決して精神が弱いということではないだろう。
これが。
よりにもよって、こんな精神性の軍人が一個魔導大隊を統率する化け物なのだ。
銀翼を柏で持っている代物。
正に英雄とでも形容するしかない戦果。
されども白銀という二つ名は、おそらくあまりにも実態から乖離している。
優雅な白銀というよりは、返り血で錆びついた錆銀とでもいうべきおぞましい存在。

「結構だ。貴官に早期講和の可能性を聞きたい。」

「論外であります。そもそも、検討すら無為であるかと思われます。」

迷いどころか、躊躇なき解答には隠しようもない自信が満ち溢れている。
まったく、こんな事態に対して確信を持って答えられるとは。
よほど先の事も見えない救いようのない馬鹿か、狂った現実に適合した狂人だけに違いない。

そこまで考えてようやくレルゲン大佐は真に恐怖する。

現実が狂っている。
で、あるならば狂っている現実の中では奴が。
狂っているデグレチャフ少佐の方が理を有するのではないのか?
すなわち、逝かれた世界で狂った理屈を解するのではないか、と。

「理由は?」

あるいは、その可能性を考慮すればこそゼートゥーア少将は怒りを抑え込めたのやもしれん。
そう判断したレルゲン大佐は咄嗟に気を引き締めて合理性を検討し得る程度の気構えを取り戻す。
先入観を捨て、単純に理解しようという姿勢。
もちろん、彼とて確固たる個人であり完全に事象を理解できるとまでは思えない。
それでもだ。
一から違うパラダイムの世界を理解しようという努力ができたこと。
それは、少なくとも帝国高級軍人の知的柔軟性を限りなく良い形で発露したと言える。

「まず、前提があります。連邦は我が国に対し、我々が知る限りにおいて開戦を決断する合理的な理由が存在しません。よろしいでしょうか?」

「続けたまえ。」

それは、当然の疑問。
参謀本部の俊英ならば、誰でも『何故!?』と叫びかけた疑問。
かの国の開戦理由は、今なお不明瞭な点があまりにも多い。
そこに疑問があることは、良い。
少なくとも、帝国軍参謀本部をしてもかの国の合理的な開戦理由には思い当たらないのだから。

「そうである以上、我々が知る限りにおいて我々がかの国に交渉できる点すら不明なのです。」

故に。
デグレチャフ少佐は単純明瞭な解答を導き出す。
不明である以上、我々がそれでもって交渉することは不可能。
なにより、根本原因が分からない以上究明しようがない、と。

「故に、早期停戦のための交渉はまずもって困難極まります。」

結論としての、交渉の実現困難性。
いわれずとも、その程度は誰にでも理解できる。

しかし、ただ実現されないだけで困難と形容されることのなんと多いことか!

「その困難極まる可能性を不可能としたのは貴様ではないのか?」

なればこそ。
参謀本部は可能な限り最大限の交渉チャンネルを通じて連邦とのコンタクトを試みた。
外務省も他の省庁も、帝国のありとあらゆる機関が、全てのチャンネルで試みたと言ってよい。
その努力をほとんどたった一撃で以て葬り去ったのが、あの首都直撃だった。

面子を蹴り飛ばされ、踏みにじられ、木っ端みじんにされた連邦は引けなくなっただろう。
高らかに高揚した我が国の戦意は、そう簡単に矛を収めることを許容しない。
勝利を求めて、さらなる戦果を求めて、世論が高まっている。

その事態を生み出したのは、デグレチャフ少佐の行動ではないのか?
少なくとも、責任の一端はあるのではないか。

「はい、いいえ閣下。」

当然というか、自明というか。
その解答は、何故か予想できた。
後に、居合わせた将校と語ったレルゲン大佐は誰もがそれを予想していたことを知る。

「・・・聞こうか。」

ほとんど未知の感情。
聞きたいという思いと、聞きたくないという悲鳴の様な感情。
軍に入った時から、国家のために戦う事は覚悟していたつもりだった。
だが、これは何だ?
この目の前で淡々と解答する軍人とは、これが国家の望んだ軍人の最終形態だとでもいうのだろうか?

「閣下、連邦は我々とは異なる視点で世界を見ております。本質的に排他的かつ被害妄想に至る傾向が強い国家です。」

「・・・それで?」

分析の視点は明瞭。
少なくとも、連邦独特の世界観について彼女は専門家として既に参謀本部内で一定の名声を確立済み。
いや、戦略家としてというべきだろうか。
総力戦やそれに伴う兵站の新概念は参謀本部を打ちのめしている。
消耗によって敵国を出血死に追い込むという名誉も人間味もなげうった戦略は恐ろしく有効に機能した。

共和国軍野戦軍撃滅と出血死に伴う軍崩壊はみているこちらが唖然とするほど。
断首戦術の成功や、ライン戦線での活躍は戦略家としての手腕のみならず卓越した野戦将校であることも証明している。

「彼らが行動を起こす最大の理由は“恐怖”であります。軍事行動とてその例外ではありません。」

その最も戦場の空気を理解する将校がだ。
その鋭敏な戦略眼で、居並ぶ軍の俊英を圧倒する才能がだ。
仮に、真実に迫っていたら我々はどうすればよいのか?

「つまり、どういう事がいいたいのかね?」

「閣下、帝国の存在が連邦にとって最早“恐怖”なのであります。である以上、連邦が矛を収めるには我々が滅ぶしかありません。」

・・・それは、つまり。

「早期講和はありえないと?」

思わず、口を挟んでしまう。

大戦争。
どこまでも、拡大してく大戦争。

頭をよぎるのは、何故眼の前の少佐があどけない笑みを浮かべているのかという疑問。
何故笑えるのだろうか?
何故、そこまで穏やかにこちらに微笑む?

「はい、大佐殿。」

まるで、良く我が意を得てくれた。
そう言わんばかりの口調で紡がれる肯定の答え。

それが、事実でないと思いたい。
しかし一方では、それが事実であるのだという考えが何処からともなく湧いてくる。
おぞましい大戦争。
また、またラインの様な地獄を造れというのか?

「講和の成立自体絶望的であります。我らが滅ぶか、奴らが滅ぶか。もはや、二択に一つしかありえません。」

おお、おお、神よ。
何故、何故貴方はこのような事態をお許しになられるのですか?

「・・・10日やろう。」

思わず言葉を失ったレルゲン大佐。
いや、ほとんど全ての将校がそうだろう。
それを視界の隅にとらえつつ、ゼートゥーア少将は辛うじて口を動かした。
ほとんど執念と意地で紡いだ言葉。

「はっ?」

「10日やろう。レポートにまとめて戦略研究室に提出したまえ。ソレ如何で裁決を出す。」

戦略眼は狂っていようとも確実なのだ。
ならば、それを見極めてやろう。
狂気の世界を狂気で分析したソレを見て使い道を決める。

もはや、腹は括ったのだ。
毒を食らわば皿まで。
今更、今更後戻りもできまい。





モスコーの地下壕
薄暗い地底の会議場に集まった面々はたった一人を除いて顔面蒼白となっている。
まあ、当然だろう。
独裁国家で、偉大なる独裁者の面子を蹴り飛ばされた責任者となれば誰だって生きた心地もしまい。
まして、事態に心底激怒する同志ヨセフ書記長とニコニコ笑っている粛清執行官のロリヤ同志だ。
2人を見れば死んだと早とちりしてもおかしくない程に、場の空気は凍りついている。

だが。

予想外なことに、誰もが覚悟していた粛清劇は幕を開けることなく終焉する。

「同志書記長。私に案があります。」

「ふむ、何かね?」

てっきり、粛清なり、処分なり、処刑なり、処理なりを言い出すに違いない。
誰もが、責任者となることを恐れて凍りついたその時。
同志ロリヤは誰もが予想もしない言葉を続けた。
それは、同志ヨセフ書記長にとってすら予想外となる言葉。

「目には目を、歯には歯を。魔導師を使いましょう。それに、将校も。」

思わず、書記長ですら一瞬呆けさせる発言。
粛清でも、責任者の処断でもない実に建設的な提言。
よりにもよって、あのロリヤから!

鬼畜と同僚の政治委員からすら密かに思われている彼が。
よりにもよって、あのロリヤが。
建設的な提言をするとは、まさかありえるのだろうかと思わず何人もが人前にもかかわらず動揺するほどだ。

もしも、もしもここが眼をそらせばそれだけで反逆の意とありと断じる同志ヨセフ書記長の前で無ければ。
誰もが隣の人間と向き合って、思わず正気かとお互い目配せしてしまうほどの違和感。
それほど彼の態度は衝撃的だった。

「・・・同志ロリヤ、本気で仰っているのですか?奴らは、反革命分子ではありませんか!」

辛うじて、精神の動揺をある程度抑え込んだ党員から出されるのはイデオロギー上の発言。
少なくとも、何も言わずに黙りこんで策謀していると思われたくないがためのもの。
列席者にとってありがたいことに、少なくとも発言は全員の頭を再起動させる契機となる。

「逆に考えたまえ。反革命分子同士、殺し合わせればよろしい。弾の無駄が省ける。」

だが、同志ロリヤの解答は明瞭だった。
一瞬の躊躇いもない実に明確な考え。
そこには、まったく躊躇いが感じられない程だ。
まさか、同志書記長の御意向でもあるのだろうか?
ここで、この独裁国家でこれほどまでに自分の意志だけで発言し得るのものか?

思わず、誰もかれもが疑念に駆られるほどの自信に満ち溢れた態度。

「いつ裏切るかもわからない連中ですぞ!」

「それを監督するための政治将校ではないのかね?」

これが。
これが、つい先日まで、その監督する政治将校に率先して告発させて大半をシルドベリアの収容所か銃殺していた男の発言だろうか。
まるで、何を自明のことを聞いているとばかりに聞き返してくる姿からは想像もつかない程だ。

「・・・いや、反対です。危険すぎる。」

どう答えるのが正しいのだろうか?
ここに至っては、全員が考えざるを得ない問題となる。
ここで同志ヨセフ書記長の勘気を被れば、一生が即座に閉じることになりかねない。
いや、少なくとも破滅は避けられないだろう。

どう答えるべきか。
いや、そもそも、同志ロリヤの真意は何処にあるのかを探らねばならない。
彼は、いや、書記長は何を考えている?

「危険すぎる?今、危険すぎると言ったが、では次は襲撃を阻止できるのだろうね?」

「・・・なんですと?」

「責任者は現有戦力で十分とでもいうつもりかね?だとすれば、今回阻止できなかった責任を私は問わねばならないのだが。」

だが、のんびりと思考している時間的猶予は一瞬で吹き飛ばされた。
・・・反対すれば、現有戦力でモスコー防衛を押し付けられる。
押し付けられるが、それが可能だというならば今回の原因は怠慢となるだろう。
そうなれば、可能と発言したにもかかわらず出来ないのは怠慢と受け取られる。

待っているのは、良くて収容所だ。

「同志ヨセフ書記長、どうでしょう。ここは、皆の意見を聞きたいと思いますが。」

「そうしたまえ、同志。・・・帝国に勝つためだ。手段は選らばんでよい。」

個々に至って、列席した政治委員達は覚悟を決めた。
他に選択肢はないとも言えよう。
叛徒として自分達が粛清していた連中を、国家の敵と断じた連中を。
外敵と戦わせるために解き放つ決断に同意するしかないのだ。
そうでなければおそらく、いや、間違いなく自分達の誰かが国軍を破壊した不穏分子として粛清されかねない。

・・・あるいは、すでにめどが付けられているのやもしれないのだ。

『全会一致』

その日。
連邦の政治局は全会一致で持って国家の敵と断じられた人々の釈放と軍部への編入を決定。
躊躇なく、彼らは決断し行動した。
帝国に対抗するために、彼らの行動原理である“政治”すら捻じ曲げて。

まあ、原理原則というのは最優先事項に従うものである。
連邦において、それは極めて単純かつ明瞭であった。

粛清されるか、従うかである。
その二択以外に、連邦に選択肢は存在しない。
いや、それどころか二択あるのは幸福な部類ですらあるだろう。
なにしろ。
大半の連邦国民は、上によってそれを決められるのだから。





みなさま、秋の夜長にいかがお過ごしでしょうか?
小官は、日々の無聊とは無縁に執務に勤しむ日々であります。
健全なる精神は、健康な肉体による。
そう箴言が申すように、日々の適度なワークは精神衛生上大変望ましい効果をもたらすかと。
大変厚かましいことではありますが、私も適度なワークによって精神の健全性が保てていると実体験を述べさせていただきます。
申し遅れました。
小官は、ターニャ・デグレチャフ魔導少佐。
現在、参謀本部戦略研究室付きの特命将校を拝命しております。

ええ、大隊の休養再編にともなう一時的な人事配置であります。
まあ管理職の悲哀と申しますか、帰国後会議にかけられてどうも理解しかねる審問を受けまして。
どうやら、私の部隊が行った首都直撃に対して上司がお怒りの様子。

もちろん、私とて社会経験や軍隊の規律を弁えている良識人。
自分が間違っているかもしれないし、上の人には上の人なりの怒る理由があるのではと考慮して適切な対応をしました。
まあ、今一つ何故ゼートゥーア少将閣下がお怒りになるのか理解できなかったのですが。

・・・考えてみるに、蹂躙した事と戦略眼の観点から激怒された。

ふむ、そのパラダイムと上が求めていた早期講和の可能性。
これを検討することが10日間の課題に違いない。
幸いにも、閣下は私の戦略眼を評価してくださっている。

・・・取りあえず。

アカやコミーと対話可能かどうかをこの時代の人々が理解していない可能性を考慮しておくべきだった。
コミー死すべしと米帝さまが悟るのは、少々時間を必要としたはず。
具体的にはケナンとか頑張って以降。

つまり、言い換えれば。
この時点で、参謀本部はコミーを合理的な国家理性の持ち主と見なしているということか。
ああ、何たるバイアス。
何たる、誤解。
確かに、確かにそれは誤解だ。
なるほど、上が早期講和の可能性を求めるのも理解できなくはない話。

つまりそうか。

蹂躙したことが怒られたのも良くわかった。
どうせならば、ヨセフの首でも持ってこいということか。
そうすれば、戦争どころではなくなって早期講和できたかもしれないのに、と。

・・・難しいものである。

面子を蹴り飛ばすだけでは、相手が意固地になってしまう。
ならば、抵抗する意欲のわかないように叩きのめしてくるべきだというのか。
いや、しかし、やり過ぎは危険なのだが。
特に、戦後の保身的に。

・・・そこまで軍に忠義を尽くす義理があるかと言われれば悩む。
給料相応の仕事はしているつもりなのだが。

ううむ、どう報告書を仕上げるべきか悩む日が来ようとは。
事務仕事に関しては、完璧に近い自信を持っていたのだが。
やはり、何事も過信は禁物という事に違いない。
仕事をきっちり。

ともあれ、やれることから始めよう。

そうして。
とにもかくにも、ターニャは実に自然な帰結として自分の思うところを記したレポートを書きあげることになる。
“連邦対外行動の源泉”と名付けられたそのレポート。
それは、機密指定故に著者が公開されずにミスターXと名付けられたレポート。
それにちなんで一般にはX論文として後に知られることとなる。

後世の史家は言う。
“まるで、現代の人間が歴史を語るように連邦を分析した恐るべき慧眼。あるいは、ほとんど狂気の産物。”と。


あとがき
なんと。
気がつけば、この作品も五〇話に。
ご愛顧に多謝。
東部戦線は、坂道への一直線。
もちろん、そろそろ民主主義の武器庫にも立ちあがってもらわねば。

ご安心ください。
自由を守るために、世界は戦います。

一部コメント等において、
敗北主義的・コミー的・ロリヤ的・好戦的発言が見られましたが
ご期待に沿う形でZAPZAPZAPによって、おもてなしする予定です。

あと、ハムは純愛だと思います。
少なくとも彼の愛はロリヤ並みの純粋さだと思います。
ハムのガンダ○への愛は本物だと思います。
王道的に考えて、ライバルは出したいと思います。
でも、本作はライバルの結末は王道的に高め合うというよりは足の引っ張り合い?

>翠鈴様
ご安心ください。
『本作は、まぎれもなく良識的な作品』であるとPC様及び、UV様に認定されています。

うん、まあ、その。
ご安心ください。
たぶん。



なんだかんだ、頑張れば更新できました。
今後も引き続き頑張っていこうと思います。
よろしくお願いします。

あと、誤字気を付けますがご容赦くださいorz
+誤字修正orz
ZAP



[24734] 第五一話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 02:01
東部主戦線 帝国軍第25戦区


いつものごとき、団体客。
いつものごとき、お土産。
いつものごとき、大歓迎。

どこぞの戦争フリークスどもなら随喜の涙を流しかねない約束された地と叫ぶことだろう。
あるいは、化け物による化け物のための戦場であるのやもしれない。
・・・常人にしてみれば、とにかくはた迷惑でしかないが。

重砲がほとんど絶えまなく砲声を轟かせる様は、ある種の戦場音楽だ。
それは、狂ったように通常の理屈を捻じ曲げる戦場において一種の秩序を生み出してすらいる。
火力は大地を耕し、人間を吹き飛ばし、その果てに敵砲兵に粉砕されてしまう。
それだけに、支援に付けられた魔導師の観測小隊に対する連邦の執着は凄まじい。

今も、まだ若い魔導師が集中砲火を浴びて防殻を撃ち抜かれている。
直前に送信した弾着情報を受け取った砲兵指揮官は、あっさりと砲撃を命令。
繰り返し行われる行為に過ぎないとばかりに、誰もが無感動だ。

珍しくもない光景が、盛大に人類種の英知を結集した営みとして繰り広げられるそれ。
見慣れたソレを、指揮所から見つめる将校らはどこか悟りきった表情を並べる。
わずかに、双眼鏡を覗き込む眼だけがギラギラと輝く姿は幽鬼のソレを連想させるだろう。

「要求は無理難題で、問題は山積か。」

地図に書き込まれた赤い旗。
それぞれが、一個連邦師団を意味する赤い旗にぐるっと包囲されるのは最悪の気分。
消耗前提の東部戦線といえども、全滅という言葉の持つ意味はやはり重たい。

ここが、連邦の主攻点になったという事実。
参謀本部の連中にしてみれば、完全に想定の範疇内なのだろう。
しかし、耐えしのぶ師団にしてみればたまったものではない。
実際、慣れているはずの司令部すら一瞬背筋を冷たいものが走るのだ。

「いかがされますか、師団長殿?」

そんなときだからこそ。
必要以上に絶望的にならないという事がどれほど大切か戦場に出たことのない連中は知らないだろう。
参謀が重くなりがちな精神状況を慮ってか辛うじて軽い口調で口を開く。
わかりきったこととはいえ、場の空気を解きほぐす程度の効果はある。

「増援を要請するほかにないだろう。まったく、キリがない。」

やれやれと軽く肩をすくめるという行為。
信じられないような重圧下において、そうふるまえて初めて戦場に立てる。

少なくとも、できる努力は徹底して行った。
塹壕は掘った。
障害物も張り巡らしてある。
陣地防衛用の火器は数個師団程度を撃退できるだろう。

だが、それがどうしたというのだ?
冷静になって、考えれば考えるほど師団長の背筋は寒くならざるを得ない。
相手は連邦だ。
我々との損耗比率が7:1だろうともまだ軍組織を維持し得る相手である。
連邦軍人を倒すのは極めて容易。
なれど、連邦軍を倒すのは至難の業である。

大砲が必要であった。
なんとしても、火力が必要なのだ。
いや、それ以前に数が絶対的に不足している。
まずもって、数が必要でもあるだろう。

当然、いつもの如く増援を求める悲鳴は前線から後方に送られている。
司令部からも、前線司令官からも。
とはいえ、泣き付かれた側にも事情はある。
空手形以上には、無い袖を振れないというのだ。
たいていの場合、慰めにもならない言葉が返ってくる程度。
尻に火がつき初めて、ようやく軍集団予備が虎の子を捻出して送ってくるあり様。

だが。
その日に限って言うならば。
少なくとも、参謀本部は気前が良くなったらしい。

『一個戦闘団の増派』確約。

耳慣れない単位の増援だが、聞くところによれば旅団よりは役に立つらしい。
少なくとも、上はそう主張している。
まあ、それよりもそもそも本当に送られてくるのやらという疑問はあったが。
なにしろ手元にない戦闘団とやらよりは、手元にある小隊の方が100万倍も役に立つのだから。





グーテン‐ターク!親愛なる帝国臣民の皆さま!
戦局は日々一進一退を続ける厳しい状況でありますが、我が帝国軍は極めて意気軒高に戦線を維持しております。
小官も、軍人としてこの戦列に加わったことを無上の誇りとするものであります。
ああ、申し遅れました。
小官は、帝国軍にて参謀本部戦略研究室付きで魔導中佐を拝命しておりますターニャ・デグレチャフ中佐であります。
初見となる方には、御挨拶申し上げることができる名誉を嬉しく思う次第であります。
再見となる皆々様、武運に恵まれ再び相まみえることができることに感無量であります。

ええ、少々込み入った事情がありましたが現在後方のデスクワーク勤務を拝命しております。
現在の仕事は、帝国軍参謀本部が各方面より収集した情報の分析が主たるもの。
一番直近の仕事は、“連邦対外行動の源泉”という専門家向けの小冊子です。

なかなか各方面より良い反響を得ることができたらしく、どうやら無事に才覚が認められたという事になると思います。
いやぁ、なかなか嬉しい限りですね。
自分の作品が世の中に認められるというのは、そうそう容易には得難い経験です。

ええ、一生デスクワークするつもりですよ。
やはり適材適所こそがこの世の理。
人材管理は、如何なる組織においてもまずもって重視されてしかるべきモノ。

そんなことに思いをはせながら、ターニャは淡々と資料を整理していた。
前線の報告によれば、主戦線は辛うじて拮抗状態に持ちこめているらしい。
大変結構なことである。
損耗比率も、7:1を維持。
いくら畑で兵隊がとれる国家だろうとも大きな打撃に違いない。

・・・懸念があるとすれば、やはり世界最大の武器庫が後ろから襲ってくることだろう。

幸か不幸か、帝国の産業界は合州国と良好な関係を維持しているが競合関係にもある。
産業界が戦争に反対してくれれば良いのだがなぁ・・・。
武器売りたいだろうし、困ったところだ。

東部戦線を抱えつつ、なおかつ叩き切れていない連合王国を抱えた状態で反則IC国家が加わっては絶望あるのみ。
当然、帝国の外交課題は彼の国を戦時工業体制に移行させることなく穏便に宥めること。
土下座外交でも良いので、とにかくかの国の民意を抑え込むことによって時間を稼ぐことでもしない限り無理だろう。
その合州国であるが、政治体制は当然の如く民主主義。
民主主義国家が開戦する時は、本当に怒った時なのだ。
つまり、合州国を怒らせては本当におしまい。

今度のペーパーはそのことを主眼に置いて帝国の戦略的外交でも論じてみるつもりだった。
だが、そのことについてメモを作成していたターニャの作業は珍しい来客によって妨げられることとなる。

「中佐殿?デグレチャフ中佐殿?」

「ここだ。久しいな、ヴァイス大尉。」

つい先月、実戦部隊指揮官から解放された時に面倒事一式を部隊ごと纏めて私が押し付けた元副官。
まあ、引き継ぎは円満に行えたし詫びも兼ねて階級も昇進できるように手はずした。
少なくとも、良好な関係を維持できているとは思う。

休養再編とのことなので、まずまずやれているようだ。

「はっ、一月ほどでありましょうか。ご無沙汰しておりました。」

「良くやっていると聞く。私も、前任者として誇らしいよ。」

聞けば、グランツ中尉を副官にしたとか。
新しい人材の積極的登用を試みてくれるのは、私としても大変うれしい。
帝国の未来を担うに足る人材がたくさん出てくれば、私の様なデスクワークは前線に出る必要もなくなるに違いないからだ。

やっと、やっとローティーンらしい文化的かつ保護された生活を送る毎日。
素晴らしい限りであるが、如何せん戦場に長くいたためか身長が伸びない。
そんな他愛もないことを気にとめられるほど、最近の私は充実した生活を楽しんでいる。
つまり、彼らには感謝こそすれども邪険にする理由はない。

ぜひとも、帝国の防人としてこれからも盾として頑張ってほしいものである。
そんな彼らへの激励の言葉を惜しむつもりは、もちろんない。

「ありがとうございます中佐殿。」

「それで、今日はどうした?まさか、今更教導隊に教えを請いに来るほどの技量でもあるまい。」

ちょくちょく近況報告の手紙をもらってはいたが、直接本人がお出ましとは珍しい。
ヴァイス大尉自身、実戦経験豊富な尉官でもある上に部隊も練度は折り紙つき。
正直多忙に違いない指揮官が、わざわざ教導隊まで足を運ぶ理由に心当たりはないのだが。

「中佐殿、本日はお願いがあってまかり越しました。」

「・・・ふむ、聞くだけは聞こうか。」

とりあえず、協力できることならば協力しても良いと思う程度にターニャは鷹揚だった。
最も、それは後方の安全な地帯から協力できるという前提があればこそであるが。

・・・はっきりいえば、前線で戦ってもらうためにならば多少の骨折りも惜しむつもりがないという他人事感覚である。

それだけに、軽い気持ちで聞くそぶりを見せる事となってしまう。
一方のヴァイス大尉は、少し考えた後で聞くそぶりを見せる上司に安堵。
言ってしまえば、断る気があればそれ以上聞く気がないと断られると思っているからだ。
それくらい、両者の考えには断絶がある。

「中佐殿の戦闘団に、ぜひ203を。我々は、中佐殿指揮下で戦う事を切望致します。」

「戦闘団?悪いが、何の話かね?」

いったい、何のことか?
さっぱりわからないとばかりに首をかしげるターニャ。
自分の指揮下で戦いたいと言われたところで、そもそも戦略研究室の下でどうしたいのかという気分。

「ご安心ください中佐殿。漏らす真似はいたしません。」

だが、その姿勢をヴァイス大尉は『機密保持』を重んじる厳格さなればと思い込む。
それはそうだろう。
参謀本部戦務参謀らから内々と念押しされた話だった。
本来ならば、尉官が知りえる情報ではない。
関係者なれば耳打ちしてもらえた程度の関わり。

軍務に厳格な中佐殿が、容喙されるのはむしろ大尉にしてみれば想定内だった。
機密保持だろうと、解釈した大尉はごく穏当に抗議を聞き流す。

そして、運命へごく単純に神の悪戯が働く。

「中佐殿、参謀本部のゼートゥーア閣下よりお電話です。」

「なに?すぐ行く。すまないが大尉、しばし後だ。」

そうして、これ幸いとヴァイス大尉に断って部屋を後にするとターニャは受話器を取る。
内線であるために、傍受される危険性が乏しいために館内連絡用の電話程度は参謀本部も採用していた。
まあ、各人のデスクに一台というわけにはいかないが。
それでも、企業戦士にはなじみ深い受話器だ。
ワンコール精神を発揮し、即座に鳴り次第飛んでいく。

『デグレチャフであります。』

『御苦労中佐。単刀直入に言おう。東部へ戻ってもらう。』

だが、電話を即座に拾ったことをターニャはすぐに大後悔する。
出来ることならば、聞きたくなかったことだ。
一瞬、受話器越しに叫び返したいという衝動にすら駆られつつも不本意な転勤命令を受けた軍人として完璧に自制。

『・・・御命令とあれば無論否応ありません。所属は?』

行きたくないが、行けと言われれば軍人に拒否権なぞない。
それこそ、民間でもやれるだろうとか、便利屋扱いするなとか叫ばないのと同じだ。
行けと言われれば、軍人に拒否権は原則ないのだ。
サイレントネイビーならぬサイレントアーミーとしてターニャは統制に服するしかない。

だが、電話先の相手はこちらが喜ぶだろうとばかりに話を続けてくる。
最近の少将閣下が何を考えているのかいまいち読めないターニャにとっては、これは判断が難しい。

『喜べ。戦闘団を新編させてやる。』

喜べと言われても。
そもそも前線に送り返されたくないのだが、と思う。
出来ることならば、文化的かつ比較的にせよ安全な後方から一歩も出たくないというのが切実な願いだ。

コミーを叩き潰すのは愉快だが、危険を冒すのは別の人間にやってほしい。
というか、私は対コミーで危険を随分と引き受けているのだ。
もう、他人に頼っても批判されない程度に国家へ献身したつもりでもある。

『戦闘団の件でありますか?』

だが、軍人であり組織人でもあるターニャは完全に不満を飲み込む。
言いたい不満だけで、一日潰せるとしても命令が撤回できないならば建設的な要素を見出すべきという世知があるのだ。
取りあえず、“新編”と“戦闘団”という要素は時間を稼ぐ口実になるのではないのだろうか?

以前、大隊を編成するように命じられた時のことを思い出しながら何とか前向きな姿勢をターニャは保つ。

『そうだ。貴様の主張したカンプグルッペ・ドクトリンを試行させてやる。成果を出して見せろ。』

そう、ドイツ軍にならって帝国も戦闘団を編成するべきではないか?
そんなことを、少しばかりまえに『柔軟な軍運用と戦術多様性に関する諸提言』で出したばかりだ。
きっと、上はその素晴らしい思いつきに感銘を受けて実験してみる気になったのだろう。

畜生め。

こんなことならば、もう少し後から報告書を出すなりしとくべきだったか?
後悔後先にとは良く言ったものである。
やはり、ゼートゥーア閣下の意向を最近読み違えている事と言い注意力が散漫だと切実に反省。

・・・次からは上手くやりたいものである。

『基幹部隊は古巣の203魔導大隊を宛がう。歩兵大隊と砲兵中隊に加えて多少の人事裁量権は認めてやろう。候補リストは後ほど正式な命令と共に届ける。』

取りあえず、ヴァイス大尉の話は良くわかった。
前線配属が断れない話ならば、古巣で良くわかる部隊が使えるのは歓迎できる話だ。
上がそのことを配慮してくれるというのは、まあ配慮が得られているという事。
一応とはいえ、こちらの事も配慮してくれていると感謝すべきか。

一先ず、どの程度物分かりが良いかを調べねば。

『失礼ながら、編成期限は?何週間度頂けるのでしょうか?』

『5日だ。』

調べようという思いで、稼げる時間を訊ねる。
そして、質問に対する答えを得たとき、一瞬ながら彼女は凍りつく事となった。
耳から飛び込んできた言語。
それが、理解できなかった。
理解したくなかった。
理解する気も、さすがに生まれなかった。

『は?今何と、仰いました?』

『5日だといった。それで、部隊を編成して10日以内に東部戦区へ移動せよ。戦線投入は遅くとも今日より3週間後だ。』

一瞬ばかり、聞き違いの可能性を考慮して聞き返すが答えは変わらない。
もしも、見る者がみれば愕然としている“錆銀”という大変希少光景を目にすることになるだろう。
まあ、それを喜ぶかどうかは人間性に対する極めて微妙な問題があるのだろうが。

・・・誰だって、化け物が愕然としているという光景を心理的に解釈するのは愉快ではないだろうから。

ともあれ、無理難題を耳にしたという事実はターニャの頭を強烈にシェイクする。

5日。
たった5日。

いや、3週間で実戦投入というのはほとんど夢物語に違いない。
現地について6日程度の猶予しかないではないか。
かき集め、移動させ、そして実戦投入までの期間がほとんど不可能な水準。

いくらなんでも、現実可能性の欠片も見当たらない無茶な命令も良いところ。
そんな命令を受諾すれば、誰であろうとも耳を疑う事になるだろう。
いや、疑わざるを得ない。
間違いなく、全帝国指揮官が同じ反応をすることだろう。

『閣下、御命令とあれば全力を尽くす所存でありますが・・・。』

暗に、絶対に間にあうわけがない。
無理難題どころか、不可能。
そんなニュアンスを含めて命令の撤回を求めるに至ったのは、むしろ穏便な抗議だと言えるほど。
戦闘団を編成しろと言われても。
そもそも、新設の部隊単位を一体どうやって作れというのか。

『“多少”は大目に見る。手段は問わずに、やってのけろ。』

『・・・了解いたしました。』

だが、悲しいかな。
軍というのは、会社以上に上司の無理難題に何としても応じなければならないのだ。
皮肉も抗議も全て飲み込まざるを得ない立場としては、実に泣きたくなる状況である。

自由を束縛されているという点において、これだから軍事国家というやつはと叫びたくなるほどに。
まあ、比較対象がコミーとなるとまた別。
とはいえ、所与の条件で戦わざるを得ないのだ。

『結成式は6日後に行う。新編の部隊だ。おめでとう、嚮導戦闘団ということになる。コードは“サラマンダー”だ』

『大げさな名称ですな。さぞかし、強そうに聞こえてくる。』

・・・歴史の皮肉だろうか?

何故か、国民戦闘機という言葉が頭をよぎる。

『全くだ。それに見合った戦果を期待させてもらう。』

そういうなり、一方的に電話が切られる。
しばらく、呆然と受話器を握りしめて歎きたい衝動に駆られるものの彼女は鋼の精神でもって取りあえずやるべきことを確認。
時間が無い以上、行動を開始するべきだと結論。

時間が無いのだ。
寸刻たりとも無駄にはできない。

即座に、待たせている執務室へとんぼ返りし待たせてある元部下へ悪魔の微笑みを浮かべることにする。

「・・・ヴァイス大尉、喜べ。許可が出たぞ。当分は地獄に連れて行ってやる。」

「はっ、お供いたします戦闘団長殿!」

いやはや。
やはり、嘆かわしいことだが現実は無情。
世の中は悪魔がいこそすれども、善なる神は存在しないに違いない。




とある国の、とある工場。
資本主義の総本山と呼ばれるにふさわしい国家の工場で、ジョンおじさんは楽しい楽しいショッピングに励んでいた。
もちろん支払いは、ジョンおじさんの財布ではない。
ジョンおじさんのお友達、フィラデル持ちだ。

まあ、御国元に請求書が行くので買い過ぎは禁物。
とはいえ、必要なモノは買う必要があるのだ。

例えば、『新型トラクター』。41.9tながら500馬力はまずまず。
もう少し、早いトラクターも検討候補ながら防衛戦が多い連合王国は速度よりも頑丈さを求めている。

「Mr.ジョンソン、さすがにそれはあんまりだ。」

だが、さすがに買いたいと言われて全て売れるほど合州国にも在庫があるわけではなかった。
なにしろ、『新型トラクター』はようやく生産が始まったばかり。
おまけに、新型という事はいろいろと企業秘密というやつもある。

交渉を持ちかけられた担当者が渋るのは当然とも言えた。

「おや、貴社の新型トラクターを買いたいというのはそれほど無謀ですかな?」

「“新型トラクター”なのですよ?“国内の需要”も満たせていない状況で“輸出”とはいささか・・・。」

州軍とかに余剰品を売るのと異なり、陸軍の需要すら満たせていない状況。
そんな時に、“中立国”に“トラクター”を売り払うのはさすがに厳しい。

「タダでとは申し上げていない。お支払いはきちんとしますとも。フィラデル持ちですぞ。これほど確実な支払いもないでしょうに。」

「せめて、“旧型トラクター”では駄目ですか?あれなら、在庫もたくさんあります。」

もちろん、商人としては諦めが悪い。
なにしろジョンおじさんのお財布は大きいのだ。
ニーズがあれば、もちろん売りたいと思うは資本主義ならずとも当然の発想。

マネーの入ってくる話として、彼が代わりに提案するのは少し古いトラクターを買わないかという提案だった。
幸い、在庫は頗る豊富にある。
生産性も良好なので、追加生産も可能。
生産ラインを稼働させることができれば、それはそれで嬉しい知らせとも言える。

少なくとも売り手にしてみれば。

「おお、悲しいかな。砂漠や高温多湿の地域で使えないと聞いています。なにより、脆弱だと。」

だが、ジョンおじさんの手持ちカタログではソレは買ってはいけない品物リストに載っている。
なにしろ、柔らかい上にパンチが効かないというのが本職の評価。
そんな“トラクター”は“トラクター”ではないと一部の連中は酷評する始末。

確かに、機械的信頼性が高いのは評価できるが400馬力も評価を下げる一要因。

「・・・我が社としても本当に残念です。」

取りあえず、他を当たろう。
ジョンおじさんは切り替えることもできる紳士だ。

必要とあれば、取りあえず最悪は“重トラクター”でなく古い“中トラクター”で妥協することも検討するべきかと思いなおせる。
同時に、別の課題を並行して解決しようという意欲もあるのだ。

例えば一つが主力戦車や主力航空機よりも高価な“精密懐中時計”を切実に必要としているので先にこの商談とか。

「ふむ困った。“精密懐中時計”はお取り扱いで無いのですよね?」

「ええ、それは我々スカンク組合取り扱いですね。」

そして、カウンターパートナーとしてスカンク組合の技師がニコニコとでてきたのでジョンおじさんは気分よく相談できた。
やはり売り手が親切で、技術に通じているとなるとやりやすいだろうと思いながら。
これが、良いカスタマーサービスだとジョンおじさんはスカンク組合を高く心中で評価する。

すでに、ジョンおじさんの心中では、本国に送るレポートで高く評価するつもりだった。

「率直におたずねしますが、“6F型耐水精密懐中時計”はどれほど取り扱われていますかな?」

船に乗っている連中が、ぜひともという6F型。
まあ、大人気らしい。
海の潮風でさびたりしない上に、動作信頼性が高いので船に乗る連中は喉から手が出るほど欲しいと言ってきた。

買ってきてほしいリスト筆頭でもある。

「“6F型”ですか?あれは、まだラインに乗ったばかり。正直、発売できるのは当分先の話になります。」

だが、悲しい事にやはりかの国のでもまだまだ数が足りないらしい。
やれやれ、あれも駄目これも駄目。
これではまともに使い物になるのは、いつになれば買えることかとジョンおじさんしょんぼり。

しかし、嬉しい事にスカンク組合は売り込みにかける熱意が違った。

「ですが、“4U型汎用精密懐中時計”はいかがでしょうか?」

それは、やや不人気とされるタイプ。
しかし市場の評判とは裏腹に、ジョンおじさんのリストでは割と高く評価されていた。
確かに、特化してはいないし性能も程ほど。
だが、同時に大体の事に使用できるとして緊急輸入用としては4Uも悪くないなぁというところなのだ。

「おや、在庫がおありで?」

「ええ、500ほど。必要とあれば、明日にでも納品いたしますよ。」

幸いにも素晴らしい事にスカンク組合はいささか不人気故にこの“精密懐中時計”を大量に抱え込んでいた。
捨てる神あれば拾う神あり。
ジョンおじさんは、躊躇うことなく即座に購入を決断する。
同時に、この金払いの良さがスカンク組合におまけさせる意思を沸かせた。

「素晴らしい。ところで、他にめぼしいものは?」

「コンペ落ちで良ければ、“G-58モデル試作精密懐中時計”がいくつか。性能は本採用の物とも遜色ありませんよ?」

ちょっとばかり、おまけとして新型に匹敵するものを彼らは持ち出すことにしたのだ。
まあ、ジョンおじさんは買い物にけちけちしない性格。
そして、スカンク組合は取りあえず技術者だった。

造ってみたら、試したいというのが彼らの性質。
故に、取りあえず売りこんでみようとスカンク組合のエージェントが思ったことは両者にとって幸運だった。

「面白い。どうちがうのですかな?」

「安定性重視で、拡張性が乏しい上に製造コストが高騰いたしまして。」

新型として取りあえず、ためしに作ってみた。
結果は、まずまず。
しかし、コストやら拡張性やらを徹底的に検証された結果スカンク組合の試作は採用されなかったのだ。

本採用とやらが、安定性を欠くときに拡張性とはこれいかにとこっそりスカンク組合が不満を持っていたのも大きい。
まあ、要するに見返してやりたいという思いがあったのだ。

こうして、ジョンおじさんは予想以上に良いモノを提示されるという幸運に恵まれることになる。
デパートの店員から、こっそり秘蔵の商品を紹介されるようなものとして彼は実に鷹揚に購入を決める。

「あの性能で安定とは。ふむ、在庫を全て頂いても?」

「先行試作ロット20基でよろしければ。運用データを頂けるのであれば、原価だけで結構です。」

なじみ客になってもらえるに違いない。
そう判断し、即座に値引きを提案。
商売人としても、スカンク組合のエージェントは実に有能だった。

実際に使ってみた感覚が欲しい。
そう思っていたところなのだ。
テスト代金を払わずに済むどころか、開発コストの一部でも回収できれば。
未来志向の発想で、取りあえずデータをスカンク組合は求めジョンおじさんは経費削減に成功。

「おや、これはありがたい。」

「いえいえ、お使いになった感想に期待させていただきます。」

本国へは、最上級の賞賛をレポートにしたためよう。
そう決断しつつ、ジョンおじさんはホクホクがおで契約書を差し出してくるスカンク組合のエージェントににこりと微笑むとペンをとりだす。
そして、鮮やかな筆跡で“ジョンソン”とサイン。

素晴らしい契約だった、と彼は後にすばらしい友情に感謝しながら述べたと言われる。


=======
あとがき

>ssssssssss様よりご要望がありましたが・・・。
いや、やってみるという愚挙の試みは文章力という制約で放棄されました。
無理でした。私には無理です・・・orz
書ける人へリスペクト。

>通りすがり様
はじめまして。
折衷的というか、つなぎ合わせてと申しますか(・_・;)
おおざっぱさというご指摘は次回以降に反映させたいです。

>通様
女っ気が少ないというご指摘は御尤もでした。
次回以降、少々成分構成を再検討いたしたく思います。

なお、後者のご指摘につきましては同志ロリヤとご検討ください。

>ラッキー様
m(_ _;)m
こんなタイトルですからね。
・・・いや、わかってはいるのですが。

一部たびたび言及されている極東の某国について。
⇒たぶん、出ません。

あと、X論文は学術論文ですよね。
むしろ長文電報の方が政策的には。

X人気に嫉妬してしまいそうな・・・。

取りあえず、今回は
『デグレチャフ少佐殿、ご昇進』+『戦闘団長おめ』
『ジョンソンおじさん、お買いもの』
の二本立てでお送りいたしました。

次回の予定は未定なようで若干書きつつあります。

それにしても、国民戦闘機のやばさは異常です。
あれぞ、ドイツの科学力を物語るに違いない。
一晩で、一晩でやってくれれば完璧だったのですが・・・。

orzまた誤字修正
orzさらに、誤字修正。ZAP中...
ZAP



[24734] 第五二話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 02:00
ネームドの来援?
有力な戦闘団の御到着?

ああ、おかげで糞ったれの戦争だ。

信じられるか?

中隊丸ごと全員がネームドという化け物の様な部隊があったんだ。

いやはや、おとぎ話なら悪魔でも祓ってくれるような連中じゃないか。

そんな連中がだ。

血相変えて人間殺しに突っ込んでいく。

来援というよりは、むしろ狂気を感じるよ。
おかげさまで助かったのは、感謝するがね。
指揮官に付き合わされた連中にはほとほと同情するよ。

連中、きっと敵より上官が怖かったことに違いない。
子供を見るたびにびくびくする連中ときたら、酷いことこの上ない。
なにしろ、敵を見た時ほっとしたからな。
きっと綺麗なお顔の指揮官様じゃない事に安堵したのだろうよ。


連中、嬉々として引き金を引いていたからな。


無名戦士の証言集
第22師団所属第16連隊所属兵士の呟き。

※同師団は、東部戦線の転換期となったクルスノルク機動戦に参加。
戦線崩壊後、緊急投入された『サラマンダー』戦闘団の来援により辛うじて撤退に成功。
しかしながらその後、崩壊していく前線で激戦を生き残れた兵士は一握りである。
なお、その後の『サラマンダー』戦闘団は第二次ライン戦役に従軍。
記録が散逸しているため不明な点が多いが、アールデン大攻勢に参加、壊滅したものと思われる。





親愛なる帝国臣民の皆さま、ごきげんよう!
最前線より、さらに一歩手前の激戦地より皆さまに御挨拶を申し上げますは
帝国軍サラマンダー戦闘団にて、戦闘団長を拝命しております
私こと、ターニャ・デグレチャフ魔導中佐であります。

皆さまの、健康とますますの御武運を祈って御挨拶申し上げます。

日々苦難の絶えない戦役といえども、やるべきことは単純明瞭。
明確に、為すべきことを為すだけの実にシンプルかつシステマチックな日々であります。
我ら、帝国軍人一同は国家のために為すべき事を為すのみ。

皆さま、御唱和ください。

『帝国に、黄金の時代を!』




・・・どうしてこうなった?


心中では、激しく自問自答しつつもターニャは外見だけは淡々と無表情を保つ。
良くも悪くも、ポーカーフェイスであることを感謝したい気分。
なにしろ、上司が不安げな表情をしていれば部下の不安度は比例関数的に膨れ上がる。

例えば、リストラされるという噂がある時に上司が顔に陰を造れば一発だ。

リストラの事実をリークするに等しいだろう。
おかげで、労働組合に騒がれたものだった。
まあ、今となってはほとんどその程度ならば、と笑える出来事。

なにしろ、可愛らしい御顔を与えられて気がつけば戦場に放り込まれている。
叶う事ならば、いつか無神論で世界を覆い尽くしてやりたいものだ。

・・・いや、現実逃避はその程度にしよう。

ちょうど、各級指揮官も集合を完了した。
気分を切り替えてコミー狩りに備えなければ。

「サラマンダー01より、サラマンダー戦闘団へ。」

無理やりかき集められた部隊を前に、訓示を垂れることほど無意味なことはない。

そう判断したターニャはこっそり気分を切り替えつつ表面上は淡々とブリーフィングを開始。

やり方は、シンプル。
わかっているべき人間が、わかっていさえすれば良いのだ。
どこの組織だろうと、末端にまで経営戦略なり方針なりを細微に至るまで詰め込むことはない。
徹底すべき大方針さえ徹底してしまえば、あとは自発性に任せるべきこと。

もしくは、マニュアルで代替可能性を担保するかのどちらかだ。

「昨夜より敢行された連邦軍攻勢によって、第七戦区にて友軍連隊が孤立。これを受けて東部軍司令部より、我が戦闘団に対し救援命令が発令されている。」

眼の前に居並ぶ連中は、全員自分よりも身長が高いという状況。
これ幸いと、弾よけには使えるのだろうがいささか会話には不便。
そこで、自分の椅子は特注品だ。
まあ、少しだけ高さが高くなっているだけであるが。

ともあれ、効率良いミーティングのためには共有すべき情報とやるべきことの伝達が不可欠。

コミーに囲まれた友軍の救助。

短く言えば、その程度。
態良く言えば、友軍に対する増援任務。
逆に言えば、孤立した連中の救援という無理難題。

「幸い第224連隊は防衛陣地で防戦中。状況を勘案し、魔導師を先遣する。機甲・歩兵混成大隊は攻囲解除が目的の突破支援だ。」

・・・どう考えても、一個戦闘団に割り当てる任務ではない気がするというのは指揮官の胸の内に秘めておくべきものだろう。

この体、大事を秘めておくには少々胸が小さすぎるのでこっそり不満を漏らしてしまうかもしれないが。
まったく、“適当”な部隊編成をしておかねば着任と同時に全滅しかねないようなハードルの高さ。

方面軍の連中め、豊富な補給物資と兵站を約束しておきながらしょっぱなから割り当てる任務がこれとはふざけているとしか思えない。

「敵の補給限界を勘案すれば、二三日耐えきれば攻勢限界に到達する。すでに、攻勢開始より8時間強が経過済み。」

一応、上も全く考えなしというわけではないと思う。
根拠としては、兵站線の限界という概念。
確かに、ライン戦線でも塹壕を突破するために軽装の歩兵が保持できる食料・装備は3日が限界だった。

敵の攻勢限界が2・3日というのは、一応理論上はありえる話だ。
まあ、あくまでも理論上は。

「試算では、最大でも64時間防衛に成功すれば敵攻勢を頓挫させうる。」

希望的観測によれば、という条件付きだというのは飲み込む。
敵が増援を投入してくれば?
交代部隊が用意されていれば?
大規模な補給に敵が成功すれば?

考えるまでもなく、高くつく。

具体的には、自分の命とか、自分の安全とか。

「だが、第224連隊はすでに組織的抵抗の終末状況とのこと。速やかな救援が必要だ。それも、今すぐに。」

盾にしようにも、本来の防衛任務に従事している第224連隊はすでにズタボロ。

これらの状況を伝達される指揮官らの表情もまるで蹂躙されたかのように真っ青となっていく。
だれだって、こんな状況下で増援に送り込まれたくはないのだろう。
私だって、御免蒙りたい。
命令で無ければ、今すぐに反転して安全な後方拠点に帰る。

「状況は最悪の一言に尽きる。孤立した連隊は、一個基幹大隊をほぼ損耗。砲兵陣地は壊滅済み。」

駄目押しとばかりに、火力支援すら望めない状況下。
少数が多数に対峙する上で、絶対に必要不可欠な火力の支援すらおぼつかない。
連邦の連中、真っ先に火力陣地を叩きにきたという。
第224連隊が間抜けなのか、それとも敵が狡猾なのかは不明だが。

ともかく、貴重な火力支援は無し。
砲兵抜きで歩兵が多数の敵に囲まれている状況。

「対する敵部隊は、最低でも4個師団。司令部は、これを広域浸透部隊と想定。撃退が我らに期待されている。」

・・・全滅判定して見捨てる方が楽な気がする。

そんなことができないとわかっているので、全く嫌になる話だ。
こっそりと溜息を吐くと、部下らを一瞥。
悲しいかな、やはり新編の戦闘団司令部は空気が重い。

古参組のヴァイス大尉らはまだマシだが、戦争処女どもは真っ青である。
彼らは、泣きたいのだろうがこっちも泣きたくなるというものだ。
こんな連中抱えて戦争しろといわれるとは、ほとほと運が無い。

「幸い、敵魔導師の姿は確認されていない。」

対して、こちらは一個増強大隊に加えて補助中隊を強引に引っ張って来てある。
“適当”に対応していただけの事はあると自画自賛。

まあ、訓練も碌にできていない新兵に等しいお嬢様がた。
使えるかどうかは、まあ鉄火場で試してみるしかないだろう。
駄目ならば、まあ弾よけ位にはなると思いたい。

駄目なら、『事故』か『不幸な偶然』に依存しよう。
弾は貴重なので、そうならないことを希望するが。

「故に、速やかに合流後防衛支援だ。我が大隊戦士諸君、案ずるな。ラインに比べればどうという事もない。」

本当に、こんな時に頼れるのは古参の大隊だけだ。
カエサルが自分の子飼い兵士をことのほか大切に扱った理由が理解できる日が来るとは夢にも思わなかった。
禿の女たらしと馬鹿にしていたことを本当に恥じる。
こんなにストレスがたまる仕事をしていれば、禿げても仕方ないだろう。

ついでに、古参兵どもをどれほど頼りにしても不思議ではない。
というか叶うならば、私も歴戦の百人隊長がダース単位で欲しいくらいだ。

我が大隊諸君には、それこそ道理を捻じ曲げてでも為すことを為してもらわなければ。

「新兵諸君、案ずるな。ネームドとは、伊達ではないのだ。」

そして、真っ青な御顔の戦争処女諸君。
頼むから、もう少し使えそうな顔をして欲しい。
お願いだから。
いや、本当に。

リップサービス程度で良ければ、いくらでも惜しまないから本当に空元気でも良いから出してほしい。

「味方で良かったと感動させてやる。なにしろ、我々は君たちの側のネームドだ。」

ほら、友軍にネームドついてるよ!
安全だと思うよ!
だから、ほら、元気を出して進軍しようじゃないか。

誘う意味も込めて、表情筋を極力動かす努力。
一応、微笑みの様なものを浮かべて元気づけるという事ができたと自分では思えるのだが。
やはりぎこちないのか、部下らの反応は芳しくない。

・・・慣れないことはするものではないなぁ。

「さて、ブリーフィングはこれくらいにしよう。口より手足を動かす時間だ。」

気まずいのと、恥ずかしいのを誤魔化すために手を振って行動を促す。
ソレを持って指揮官らは散会。
取りあえず、それぞれの部隊を指揮するために行動を開始するようだ。

「歩兵前進!歩兵前進!」

「戦車前進!パンツァーフォー!」

見ていると、どうもやる気はあるらしい。
掛け声には多少とはいえやる気も満ち溢れている。
期待以上だ。
やはり、歩兵は親衛師団から引き抜いただけあり儀仗兵以上の練度は期待できる。
機甲部隊は、兵員の質はともかく装備はそこそこ。
ロメール閣下にはいくらお礼を申し上げても、尽きることが無い。

危惧することは多いが、まあ何とかなると希望は抱くことにしよう。

「大変結構。さて、大隊戦友諸君。仕事の時間だ。」

何処の軍でも、秘蔵扱いするに違いない貴重な魔導増強大隊だ。
4個師団相手とはいえ、防戦ならば多少は持ちこたえられる。
駄目だったら、救援の努力むなしくと言って撤退しよう。
その時は、撤退支援と収容くらいはするので恨まないでほしい。

わざわざ機甲部隊と歩兵部隊に同伴するのはソレが目的である。
素人目には、有力な部隊から離れるのは危険に思えることだろう。
だが、私に言わせれば有力な盾よりも危険地域から離れる方に意義がある。

つまり、精鋭部隊を前線に投入。
私はやや頼りないけれども後続の増援を率いるという態で安全地帯からアプローチするというやり方。
なにより、予想通りならば到着するころには敵の攻勢も限界に近いだろう。

運が良ければ、ヒーローは遅れてやってくるを体現できる。
それはそれで戦功だろう。

「ヴァイス大尉、貴官に期待する。」

捨てゴマ扱いとまではいかないが、まあ駄目ならすまん。
謝れば良いという問題ではないかもしれないが。

とはいえ、必要な行為である以上私が命じなくても誰かが命じたに違いないのだ。
恨むならば、こんな命令を私に出させた上を恨んでほしいと思う。

「はっ、中佐殿のご到着まで死守してご覧にいれます。」

「結構、では、行動を開始。」

運が良ければ、また生きてあえるだろう。

「食後の軽い戦争だ。不味い食事とはいえ食べた分だけ仕事はしたまえ。生きていれば、上手い食事を馳走してやる。」

その時は、戦場用の塹壕食以外を御馳走してやろう。
まあ、頑張ってほしい。




執務室で遅い食事をとりながら、前線から送られてくる報告書に眼を走らせていたゼートゥーア少将。
その執務を妨げたのは、余裕を感じさせない切迫した足音だった。
顔を上げて、入室してきた部下を見たゼートゥーア少将は一瞬訝しむような顔になる。

優秀な期待している将校。
だが、彼が血相を変えて飛び込んでくる?

「ゼートゥーア閣下!デグレチャフ中佐に戦闘団を任せるというのは、本気ですか!?」

「レルゲン大佐、どこで知った?機密事項のはずだが。」

その疑問は、彼が口をひらいたことで氷解する。
良くも悪くも、レルゲン大佐は軍の良識派に属する将校。
言い換えれば最も“デグレチャフ”の行動を危惧する人間だ。

そして、彼の懸念は概ねにおいて正しい。
一般にはデグレチャフ中佐を高く買っていると評判のゼートゥーア自身、同じ危惧を抱いているのだ。

だが、彼に言わせれば勝つためならばどんな劇薬でも飲むしかない。
戦争なのだ。
手段をどうこうという場合ではない。
副作用でのたうち回ろうとも、戦争に勝ってから考えることにしていた。

「第二親衛師団の大隊を強奪したという報告がつい先ほど飛び込んできました!」

口から、泡を飛ばす勢いでまくし立てるレルゲン大佐。
彼が担当する部署に関わりがあるところでの出来事から今回の戦闘団編成を嗅ぎつけたらしい。
まったく、そこは予想通りに優秀であるのか。

そんなことを思いつつゼートゥーアは溜息をつく。

「“適当”に処理した結果だろうな。」

軍において、適当とは要するに最大限できる全ての事を活用するということだ。
多少といったが、あの中佐相手である。
武器強奪を行われなかっただけ、よほどマシだと彼は悟りきっていた。

統帥権干犯じみた行為だが、少なくともあれのことだ。
逃れられる程度の名分は手配してあるのだろう。
ならば、なんら問題はないということだ。

とやかく言おうとも思えない。

「・・・確かに、第二親衛師団は現状遊兵です。しかし、これは明らかな越権」

「そこまでだ大佐。」

それ以上は、聞く気が無い。
明確な意思を込めたメッセージを発して制止。

「閣下!?」

「練達した野戦将校だ。遊ばせておく余裕はない。」

前線からの要請は、日々深刻さを伝えてくるのだ。
確かにアレのレポートは優秀だが同時に限界もある。
レポートの実用性を試行しつつ、前線の困難も緩和するためには使わざるを得ない。

魔導将校で、あれほど部隊指揮に卓越した士官はほとんどいない。
いや、皆無と言っても良いだろう。
あれにしか、使いこなせない代物を抱えた傑物。

後方で活用すべきというのはわかるが、火消しにも使えるのだ。
少なくとも、上に引き上げて有効活用するためにも前線で功績を上げさせるのも悪くはない。
ならば、今は前線に投じるべき時期と判断した。

「せめて任地を南方大陸にすべきです!」

「あれはもう持たん。ロメール将軍は健闘しているが、やはり物量戦に引きずり込まれると苦しい。」

軽い戦局揺さぶり策として派兵された南方大陸派遣軍団。
一応、戦術的勝利を連続して収めているが敵の物量にやや苦労しているという。
しかも厄介なことに、輸送船団に対する連合王国海軍の襲撃もあって兵站はボロボロ。

当初目的の一撃はすでにぶつけてある以上、これ以上の戦力投入という事には疑問が付いている。

「しかし、彼我の物量差は。」

「かの国の援助だ。間違いない。かなりの量が流れ込んでいる。止めようもない。」

危惧されていた事態。
デグレチャフは悪魔かと叫びたいほど、レポートが警告していた通りの事態。
合州国製の軍需物資が大量に連合王国経由で流れ込み始めている。
不味い事に、民間企業の取引を偽装してわざわざ中立船籍の船で。

撃沈しようにも第三国の船舶。
あるいは、かの国の船舶だ。
撃沈や臨検は、あの合州国を戦争に招きこみかねない。
少なくとも、デグレチャフ・レポートはそう主張している。

蓋然性はかなり高いだろう。

つまり、阻止し得る可能性はなかなか乏しい。
陸揚げされたところを空爆するのが、唯一の方法だがそれも厳しいものがある。
なにしろ、高高度からの爆撃航程。
命中率が乏しい以上、絨毯爆撃になるが爆撃機をそれほど集中運用できる状況にはない。

魔導師を使おうにも、主戦線に張り付かせていてソレも困難。

現状、打つ手なしなのだ。

「合州国の物資が!?しかし、彼の国の政策は局外中立ではないのでありますか?」

「大統領はそうではないということだ。」

実際、かの国は主観的には中立国だと思い込んでいるらしい。
まったくはた迷惑なことだが商売程度という事。

加えるならば、あの国の大統領はまた別の意見があるらしいが。

「・・・いかがしますか。」

「我が帝国といえども連邦と連合王国だけで手が一杯だ。これ以上は避けたい。」

結局、有効な妨害方法が無い以上手を出すのは高くつくだけだ。
合州国の戦争介入派が露骨な挑発を仕掛けていると考えざるを得ない。
そんな毒りんごを自分から齧りに行く必要はないのだ。

「みすみす利敵行為を見逃すのはしゃくだがな。」

そんなわけだ。
東部で勝つしかない。
そのためには、如何なるタブーもないのだ。
それが帝国を利するかどうか。
全てはそれで考えねばならない。

「そんなわけだ。大佐。勝つためには、何でも使うぞ。」

「・・・はっ。」





彼らは、ちょっとした待機命令にいらついていた。
連邦軍の中では、希少な稼働状態にある魔導師部隊。
大隊規模の彼らは、これまで監視されほとんどいつ何時粛清されてもおかしくなかった。

それが、少しばかり扱いが変わり始めたのがここしばらく。
何かあったのかと訝しむ彼らの待遇改善は、部隊内で主戦線の戦局悪化という理由が挙げられていた。
だが、実際に主戦線に配属されても彼らに与えられた命令は待機。

信用されていないのかとも思ったが、それにしては監視も何もほとんどない。
部隊に付けられた政治将校に至っては、これまでの連中とは毛色の違う中央組。
監視強化というよりは、何か別目的に投じられるのではないか?

そんな噂を大隊長が抑え込む日々の繰り返し。
今日もそんな一日になるのだろうと誰もが考えていた日の事だ。

「戦友同志諸君、獲物が現れた。」

ほとんど、取り乱すことのない政治将校がやや緊張した表情で爆弾を投下。

「モスコーの特命だ。」

「モスコーの!?同志政治委員、私は知らされていないが。」

一応、抗議する大隊長。
まあ完全に信頼されているわけではないが。
しかし、わざわざモスコーからとは穏やかではない。

「申し訳ありません、同志大佐殿。最重要機密事項としてつい先ほど党本部から伝達がありました。」

「・・・いったい、我々は何を倒せばよいのかね?」

一体何事か?
そんなことを訝しむ大隊士官らに政治将校は一方的にまくし立て続ける。

「帝国のネームド部隊指揮官です。コードネームは『サラマンダー01』。」

彼にしても、必死なのだ。
成功すれば、出世につながる状況。
しかし、モスコーの特命をしくじったとあれば彼もタダでは済まない。

「この新手の帝国軍部隊を指揮する、コードネーム『サラマンダー01』の完全な撃滅をモスコーは望む、とのことです。」

「完全な撃滅?」

わざわざ個人を特定して、魔導大隊を投じることの異常さ。
何かがあるというのは、誰にだってわかる。
そして、つまりモスコーは犠牲を織り込み済み。
言い換えれば、その上で犠牲を問責しないと言っているのだ。
どの程度まで、モスコーは我々に死ねというのか?
暗にそれを問いかける大佐の疑問。

「・・・損害は考慮する必要が無いと。目的以外は、一切無視してかまわないとも。」

全滅しようとも、成功しろ。
政治将校の立場としては、そう答えるしかない。
その意味で、この解答は良心的な範疇。
少なくとも死ねと明言はしていないのだから。

「つまり手段も問わない。如何なる方法でも良い。だから、撃滅せよと?」

「その通りです同志大佐殿。モスコーは、ヨセフ閣下は『サラマンダー01』が地上から撃滅されることをお望みです。」

「なるほど、モスコーの意向は良くわかった。」

ここまで言われて、連邦において了承する以外にどのような選択肢があるだろうか。
快諾する以外に、彼らにどのような解答方法があるのだろうか?
連邦において、モスコーの、同志ヨセフ書記長の意向以上に優先されるモノなどない。

「同志士官諸君、聞いての通りだ。何としても、これを撃滅したまえ。」

『『『はっ!』』』




それは、一瞬のうちに幕の上がった光景だった。

「神よ、我が敵を許したまえ。」

傍で歌い出したのは、化け物と敵からおぞましく恐れられる我らが上官殿。
大言壮語は、大言どころか謙虚なそれ。
現実は、あまりにも、あまりにも非現実的。
狂っている。
何かが、おかしい。

「神よ、我が敵を許したまえ。」

逃げ惑う敵魔導師。
たった、たった一人相手に二個中隊規模の連邦魔導師は遊ばれている。
こちらの一個中隊はほとんど手出しすらする余裕すらないというのにだ。
頭を押さえこまれて全滅すら覚悟した筈の我々。
それが、たった一人の参入で立場が逆転するとは。

「そは、無知にしてあわれな子羊。」

ライフルに特殊封入式で守られた魔力弾が挿入される。
けらけらと、いや、童心の笑みを浮かべる中佐殿。
愛おし気に敵兵を見つめるまなざしと、ぺロリと舌なめずりする様はほとんど非現実的な光景そのもの。
クスクスという何がおかしいのか笑うあり様の恐ろしさ。

「そと戯れるぞ、楽しけれ。」

ほとんど、教本で禁じられそうな緊急回避を強いられる連邦。
何処の誰が見たところで、危険極まりないと非難するそれ。
しかし死神の鎌を振り切ろうとする動きも、はたから見ていると無様なもがきにしか見えない。
あまりにも、鈍重。
迫りくる刃を避けるには、あまりにも遅い。

「主を讃えし歌、我歌わん。」

恍惚と。
ほとんど喜ばし気に彼女は歌う。
ころころと微笑み、楽し気に歌う。
一切の咎めも感じさせない笑顔。
一枚の絵になるような、本当に素晴らしい場違いな笑顔だ。

「帝国が怨敵と遊ぶぞ、楽しけれ。」

形成される発現式。
4層の信じがたい密度の魔力式を形成するのは、信じがたいほど乏しい魔力。
保持魔力がこれほど乏しい魔導師が形成したとは信じられない式にもかかわらず、だ。

「怨敵が血で持って大地を染め上げん。」

歓喜の声を上げて、放たれるソレ。
その瞬間、全て飛散する。
赤い赤い何かが、盛大に大地へ飛散する。

「そを乾かし遊ぶぞ、楽しけれ!」

滴る赤い液体。
飛散するピンク色の人間だったもの。
そして、対峙するのは晴れやかな笑顔の幼い少女。
自分が狂ったと思った方がまだ現実的な光景。
いや、案外狂っているのかもしれない。

「おお、我ら主を讃えん。」

満足げに頷き、盛大に信仰告白を始める上官の姿は恐ろしいものだ。
綺麗な、澄んだ目。
一片の狂気すら感じさせないその目。
それが、逆に恐ろしい。
まるで人形の様な御顔にくっついたその瞳。

「約束の地ぞ、開かれん。」

戦意が崩壊した敵魔導師が散開を試み、容赦なく追撃が襲う。
いつの間にか展開された光学系狙撃式。
音もない世界で、あっさりと敵が刈り取られている。
まるで、祈りを妨げさせないための静寂。

「いざ、歌え、いざ、歌え。」

戦場にもかかわらず。
戦場だというのに。
静まり返ってしまった戦場で。

「主の御心を、我ら讃えん。」

我々の上官が、盛大に嗤っていた。




あとがき
εε= κ( ` ▽´)κ
ご新規様初めまして。
タイトルがアレでm(_ _;)m
いや、別にタイトルが間違っているとは思いませんが・・。


今回はこんな感じ。
①狂犬投入!←参謀本部
②狂犬投入!←現地司令部
     ↓
③危険だから部下を先遣しよう←中佐殿
④後続の部隊護衛する戦闘団長殿ぱねぇ←皆
⑤狂犬きたこれ←連邦軍

⑥ぶっ殺せ←親愛なる同志ヨセフ

⑦さあ、信仰告白を歌わせよう←???


>Q猫様
うん、頑張って書きます。
なので、こっちを先に投稿させてください。

たぶん、たぶん、次までには。

ああ、今日も頑張って起きよう...

では、おやすみなさい((_ _ (´ω` )ペコ

補足説明
言葉足りずで混乱させてしまい申し訳ないです。

52話の最初のやつは、中佐殿が大戦末期(WWⅡ的に言えば1944年の春くらい?)に暴れ回る姿。
第203遊撃航空魔導大隊がすり減って生き残りで編成された中隊的な。

この幼女戦記の最初のページはなんか、イントロ的な奴でメインストーリーとの関連性はあんまりないです。
タイトルから誤解されると思ったので有り難いお言葉を教皇特使アルノー・アモーリから頂き
『Tuez-les tous, Dieu reconnaitra les siens』
を描写してみようかなぁと思った次第です。

95式は、基本的に動かせる人がいないのが原因でデグレチャフにまかされました。うん、専用装備なんだすまないね。
呪われていようとも専用装備は専用装備!

バクー油田は知らないのですが、ハグー油田ならあると思います。(本作は、愉快な夢と希望に満ち溢れたフィクションです。)

そんなところです。
後誤字修正しました。

>kakkaka様
言及があったリストは間違いなく活用しました。わらしべ長者的に。

ZAP



[24734] 第五三話(時系列的には第五二話前の外伝)
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:46
(´・ω・`)やあ、こんばんは同志諸君。
うん、頑張って更新してみた。
でも、外伝なんだ。




みなさん、こんにちは。
こちらはWTN特派員アンドリューです。

今日はBlack Fridayでクリスマス商戦の戦が繰り広げられているニューヤークよりお送りしております。
もうすぐクリスマス、ええ、クリスマスです。
私も、たくさんプレゼントを子供たちや妻に買って帰るつもりですよ。
本当のところを言えば、WTNのお仕事なんて忘れてショッピングに走りだしたいくらいです。

でも、残念ながら私のボスは許してくれないでしょう。
そういうわけで、趣味と実益を兼ねてお仕事です。
もちろんテーマはいつもの謎とき。
ええ、クリスマス前だからと言ってやることは変わりません。
ご安心を。


とはいえ、何か面白い小話が子供たちにあればよいなぁと皆さんお思いではありませんか?
そこで、我々WTN特別取材班がお勧めするのが『サラマンダー』です。
良い子にしていないと妖精さんが悪戯するぞというクリスマスの脅し程度ではビビらなくなったお子様にぜひ!

なにしろ、強面の軍人ですら怯えてしまうほどインパクトのある噂です。
私達をミドルイーストで護衛してくれた恐れ知らずのPMC達から聞いた彼らの怖いものリスト筆頭。

それが、『サラマンダー』伝説。

なんでも、『サラマンダー』は大変賢く加えて愛くるしい外見をしているそうです。
可愛がっていると、実によく懐いてくれる上にシェパードの様に信頼できるファミリーの一員になってくれます。
ときどきおねだりや悪戯をしますが、まあ皆大目に見て上げてしまうらしいですね。

さすがに、やりすぎると怒ったレーゲンおばさんに怒鳴りつけられてしまいますが。
まあ、そんなこんなでも皆が結局『サラマンダー』を可愛がってしまいます。
やっぱり、頼りになるシェパードの上に愛くるしいとなればつい、ね?

それが気がつけば、いつの間にかだんだん『サラマンダー』のお願い事や悪戯が度を越してくるようになります。
でも、怒って叱りつけてくれるしっかり者のレーゲンおばさんのことを皆疎ましがってしまったらどうなるでしょうか?

そうです。
だれも、『サラマンダー』を止めることができなくなっていたのです!
もちろん『サラマンダー』は皆の事が大好きです。
でも、悲しい事に良い事と悪いことを教えてくれる人がいなかった。

こうして、『サラマンダー』は自分が皆から嫌われてしまっていることに気が付けません。
やがて、誰もが愛想を尽かしてしまいます。
でも、『サラマンダー』は良く見るととても強そうでした。
なにしろシェパードに似ているのです。
皆が考え始めます。
いったい、どうするべきだろうか?と。

ここからの結末は、語り手によって様々。
でも、親御さんたちはこのお話を通じて子供たちにこう言えるはずでしょう。

「トム、君も『サラマンダー』になっていないかい?と。」

ちなみに、私にこのストーリーを教えてくれた元軍人に聞いてみました。
すると、彼曰くやはり『サラマンダー』は子供の事らしいです。
軍人であっても人間ですからね。
やっぱり子供の事で様々な悩みを抱えているのでしょう。

ええ、皆親御さんは子育てに悩んでいるという事でしょう。
ついでに、子供達には増長しすぎないように甘やかしすぎない事。
アンドリューとの約束です。

さて、ではこの伝説の物語は何処から来たと思いますか?
なんと戦場物語だそうです。

あの大戦で兵士たちの間に広がったストーリー。
一体、なんだと思いますか?

真実は、出征兵士たちが残して来た家族や子供達のことを思ってという事のようです。
つまり会えない分、どうしてもプレゼントを贈って甘やかし過ぎた彼ら。
戦争が終わって帰国してみたら、どうしようもなく我がままになった子供にショックを受けるという話らしいですね。
こうして、帰国後初のクリスマスで『サラマンダー』となった我が子をしつけるという逸話ができたという事です。

まあ、戦争が今日に残した物語と絡めて見ました。
たまには、変わったアプローチも皆さまに楽しんでいただけたのではないかと思います。

では、ごきげんよう。







参謀本部の与えられていた執務室。
ヴァイス大尉と入れ替わりで上からの命令とリストを運んできたのはグランツ中尉。

そのリストを受け取り開封したターニャは凍りついた。
一瞬、白磁の様な指をわなわなとふるわせるとリストを怨敵であるかのように睨みつける。

グランツ君が届けてくれたリスト。
それは参謀本部オリジナルで、私は中佐でした。
その内容は甘くてクリーミーで、こんな素晴らしいリストをもらえる私は、きっと特別な存在なのだと感じました。
今では、私が戦闘団長。部下として連行するのはもちろんデグレチャフオリジナル。
なぜなら、彼らもまた、特別な存在だからです。

「・・・新編歩兵大隊及び、補充砲兵中隊?」

提示された書類で候補はそれぞれ4つ。
歩兵部隊とわずかな補充砲兵中隊。
あと、新編の装甲中隊が与えられるという事になっている。
こちらは、選択肢が無いらしい。

それにしても、新編の素人を与えられるとはこれいかに。
一応、これから激戦地と名高い東部に放り込まれる身としては抗議もしたいところ。
ラインで面倒を見ていたグランツ君らですら、まだ訓練を受けたうえで放り込まれていた。
それがいまどきの連中ときたら、促成栽培すら生ぬるい急速練成というありさま。

端麗な容姿がみるみる歪み、その表情は頭痛をこらえるかのような様に急変。
傍で直立不動を保っているグランツ中尉が思わず表情を引き攣らせるほど機嫌が悪化していた。

いや、それも無理がない程状況が悪かったのだ。
役に立つかどうかも不明な新編部隊。
加えて、火力の中核となるべき補充砲兵中隊に至っては旧式の砲も良いところ。
文字通り、補充要員をかき集めたのだろう。
まあ、完全な新編よりはマシだがそれでも装備・質の面で不安が残る。

そこまで考えて、ターニャはそれ以上の思考に意味を見出し得なかった。
これ以上は愚痴になると判断。
いやはや、足で稼ぐのは銀行員だと思っていたのだがと独り言をつぶやきつつ立ち上がる。

仕方がないので、部隊の相談をするために参謀本部内部で頑張って足で稼ぐことにする。
軍に入ってまで足で稼ぐことになるとは夢にも思わなかった。
そう嘆きつつ、彼女は引き攣った顔でつき従うグランツ中尉をお供に参謀本部装備課へと突進。

居合わせた装備課で担当している班長クラスの少佐を捕まえると、即座に猛烈な抗議をねじ込む。

「最大限、兵員の質で充当できるものは配慮しております。」

そして、装備課の解答にデグレチャフ中佐殿はお怒りになられたと後日グランツ中尉はひっそり上司に漏らすことになった。

官僚的答弁、それも疲れ切った官僚ではなく如何にも後方で元気そうな後方士官のそれ。
一応は、儀礼的な笑みを張りつかせていたターニャの激怒はあっさりと沸点に到達。
形ばかりの儀礼をかなぐり捨てると、能面となって一歩担当官へと近づき口を開く。

「ベテランを欠いた大隊?人形の方がまだマシだ。」

リストに載せられた兵員の大半は、予備役か徴兵されたばかりの新兵。
基幹要員となるべきベテランは、基本的に軍の考課で最低基準の連中ばかり。
少し使い物になりそうな下士官もいないではないが、ラインで負傷し復帰したばかりの連中だ。
体力の衰えや現場を離れていたことを思えば、頭を抱えたくなる現状。

正直、これなら邪魔にならない人形の方がデコイ代わりに使えてましだ。

「しかも、15cmは15cmでも新型でなく旧式?射程が劣ること甚だしい。」

数値だけ見たとしか思えない配慮。
射程の短い旧式で火力を構築しろと要求するのは狂気の沙汰だ。
塹壕戦を経験したことのない連中には、アウトレンジで一方的に叩かれる恐怖など理解もできないのだろう。

そう判断したターニャの口調は苦々しいものが込められている。

「機甲中隊はマシとはいえ、4号のD型?打撃力欠如に加えて装甲も撃たれ弱い。」

加えて彼女を不機嫌にするのは、機甲部隊への割り当て装備。
すでに訓練部隊用や後方警備用である旧型の4号戦車を割り当てられるとは我慢できなかった。
彼女の赴任先は、占領地ではなく最前線なのだ。
パルチザンは対戦車砲や重砲を持ちださないかもしれないが、主戦線では航空魔導師まで出張ってくる。

「・・・南方大陸割り当て分のG型に余剰はないか?」

最低でも、現役のG型でも割り当てられない限り前線ではモノの数にも数えられない。
そして、幸いにも彼女はつい先日ロメール軍団長と私信を交換する機会があった。
軍団長から耳にしたのは、補給の途絶に対する憤りと補給状況の悪化に関する危惧。

それによれば、装甲車両の消耗は極めて低レベルなれども燃料と弾薬の補充が緊急に必要らしい。
ところが装備課の連中、余っている車両と燃料、弾薬の割合を変えようともせずに送ってくると愚痴が書かれていた。
そこまで官僚的ではありますまいと書いたのであるが、いやはや。
まさか、全くその通りだとは。

「無茶を仰らないでください、中佐殿!すでに、余剰物資など何処にもありません!」

対する解答は、実にシンプル。
余剰物資はないと。

だが、ターニャは知っている。
ロメール閣下が、つい2日前に送ってくださった返信に、2個中隊規模のG型ではなく燃料が欲しいと送って拒まれたという愚痴があることを。

「南方大陸軍集団の第5軽師団には貸しがある。連中割り当てのG型をこちらにもらいたい。船ではその分燃料でも送りたまえ。」

私は必要な装備を得られてハッピー。
ロメール閣下は緊急に必要な燃料の補給を獲得できてハッピー。
誰もがハッピーになる功利主義的合理性による提案。

考えてみよう。
誰も損をしない取引。
そんな取引を断るのは、コミー位だ。
合理性のない拒絶は、全く理解しがたい。

人間、幸福追求を怠ってはそれまでだ。

「本気でおっしゃられているのですか!?むちゃくちゃですよ!」

「今は第21装甲師団だったか?ロメール閣下に話は私が付ける。」

「付けられるなら、付けていただきたいものです。」

責任はだれが取るのか?
そんな表情をしていた少佐が、口を滑らした。
迂闊な奴だ。

交渉に際して、答弁に際してぼやかすこともできないとは。

ニヤリと素敵な微笑みを浮かべるとターニャはつい先日届いたばかりのロメール将軍の手紙を懐から取り出す。

「結構。では、さっそくもらっていこう。」

「はっ?」

呆けた間抜けの先に親愛なる南方大陸派遣軍団長直筆のお手紙を突きつけてやる。
つい先日受け取った時は、こんなことに使うとは夢にも思わなかったが役に立つものだ。
結局、人間社会というのは人の縁であるなぁと実感しつつもロメール将軍とのご縁に感謝。

そして頭が事態を理解できていないらしい彼のために、ターニャは優しくそこを読み上げてあげることにした。

「ロメール閣下の言葉を教えてやろう。“どの道届かないのであれば、戦友が使いたまえとすら思う。”とのことだ。」

少々ならば強引でも良い。
そういう風にゼートゥーア閣下からも御許可を頂いている。
軍団長が同意した戦力融通に参謀本部戦務ボスの御許可だ。
官僚主義的な装備課の装備管理班から一個中隊分のG型を巻き上げる程度は問題ないだろう。

少なくとも、彼らが言い出した条件はクリアしているのだ。

「ついでだ。」

わなわなと震え始めた少佐を見てふと思い出したことがあったので要求してみることにする。
人間、自発性が大切というではないか。

行動あるのみだ。
なにしろ、聞いてみるだけならばタダなのである。

「西方大進撃時に分捕った共和国の奴があったな?」

「は?」

「装甲車があったはずだろう。自走砲に改修してもらいたい。」

旧式の大砲を新型に変えろというのはさすがに無理難題かもしれない。
でも、共和国軍から分捕った装甲車に大砲を据え付けて自走砲とするのはどうだろう?
どうせ、使い道がないから保管しているに違いない車両だ。

燃料を食うかもしれないが、どのみち東部はエスティ油田の近くだ。
防衛戦となれば、いくらでも汲みだされたばかりの新鮮なオイルを車両に飲ませることができるだろう。
その点では、南方大陸の連中と違って燃料の心配はあまり要らない。

うむ、考えれば考えるほど理にかなっている。

「む、無茶を仰らないでください、中佐殿!」

「結構、自分たちでやらせるとも。だから、装甲車を倉庫から出していただきたい。」

ま、改修しろと装備課に要求するのは確かに無茶かもしれないと反省。
彼らの仕事は管理であって、改造ではないと言われればそれはそうかもしれない。
一応、反論に理を認めたので引き下がる事にする。

技術廠あたりをせっついて、突貫工程で改修させるしかないだろう。
幸い技術廠にはつてがあるし、教導隊つながりで工兵隊にも知己がいる。
人数は集められるはずだ。

だが、彼女が物分かりの良い姿勢を見せているにもかかわらず相手の態度は頑固だった。

「そんなむちゃくちゃな。」

「いや、ぜひとももらいたい。」

一体、これ以上なんだというのだろうか?
向こうの言い分を飲んで、譲歩したというのに。

・・・?

いや、まて、思い出そう。
確か偉いろーまんな旧教徒でいすかりおてな方が人にお願いする時に必要な言葉があると言っていた。

ううむ、嫌な相手に頼むときでも礼儀があるという事なのだろう。

よろしい、笑顔で頼みごとをしっかり頼むことにしよう。
人間、礼儀を忘れてはいけない。
何事も人間社会と文明が築き上げてきたルールにもとづかなくては。

さあ、笑顔で

『Please』と言おう。






命令を出したばかりのところに、部下が嘆願に来るというのは良くある話だ。
参謀本部に努めている将校ならば、だれしも経験したことがあるに違いない。

だが、さすがのゼートゥーア少将をしても来訪者の要求は理解できなかった。

正確には、理解できたのだがそれほど厚かましい要求はほとんど初めてだったというべきだろうか。

「・・・補充魔導中隊が欲しい?」

要望書には、一個魔導中隊の増派依頼と書かれている。
どこからどう読んでも、そこに誤解の余地はない。
文章の体裁に誤りがあるわけでもなく、書類としては完璧なソレ。

ソレをゆっくりと机に置くと最近疲労がたまりつつあるゼートゥーア少将はゆっくりと顔を上げる。
眼の前には、直立不動で立ち並ぶ中佐と中尉。
大方、デグレチャフ中佐に連行されてきた不幸な若い中尉だろう。

「はっ、練度を勘案しますと、絶対に必要不可欠であります。」

「中佐、君はすでに増強大隊を有している。言い換えれば、並ぶもののない最強の矛を持っているのではないのかね?」

それだけで、ほとんど連隊か旅団並みの戦力足りえる増強魔導大隊を指揮下に収めている戦闘団だ。
ここに新編とはいえ歩兵大隊と装甲・砲兵各一個中隊付けてやるというのにさらに増強しろというのか?

それは、ほとんど事実上独立増強混成旅団並みの戦力を寄こせと言っているに等しく思えてしまう。
はっきり言って戦力過剰にも程がある。
まして、一介の中佐に預けられるべき戦力ではない。

「ご明察のとおりであります。ですが、叶うならば弱くとも盾も必要なのであります。」

だが、彼女は全くこちらの咎めるような声にも気にした様子が無い。
その姿を見ている限りでは必要だと本当に確信しているように見えてくる。
この戦況で一個魔導中隊を捻出しろと平然で要求してくる神経が信じられん。

「無茶を言う。」

「無茶を言えとのことでしたので。」

確かに、多少は許すと言ったがこれはどうか。

いや、・・・本当に必要ならば考えないでもないが。

「使える魔導師部隊はほとんど前線だ。」

しかし、考えるとしても実際に使える魔導師など余っていない。
やりすぎて扱いに困り果てた増強大隊が余っていたのはほとんど政治的な事情があればこそ。
帝都防衛において防空を担う連中を削ることは厳しい上に、戦略的にまずいことを招きかねない。

仮に、帝都襲撃でもうければ政治的・軍事的打撃は連邦が証明したような面倒事になる。

面倒だが、ゼートゥーア少将は少しばかり考える素振りを取って考えてはみる事にした。

魔導師の育成状況は望ましくない。
元々才能があるような連中は、だいたい軍が吸い上げている。
魔導師の余剰人員というもの自体が、実は乏しいのだ。

まあ、次世代の未発掘である才能ある連中もいるかもしれない。
だからといって、いくらなんでも碌に教育も完了していない魔導師が使い物になるだろうか?

眼の前ですました顔をしている中佐。
この戦場帰りのローティーンの様にどこか壊れた子供が帝国にそれほどいるとも思えない。
というか、軍人としてはともかく一個の個人としてそれは怖すぎる。

・・・使えるかどうか微妙だったために徴用の対象外だった連中。
それと、促成栽培された魔導師が少数いるにはいるか。

かき集めれば大隊程度は形成できる。
補充中隊程度であれば、引き抜くことも不可能ではない。
だが。

兵士というよりは、あれはひよっこ。
それも、殻のついたひよっこもいいところだという。

「この際、贅沢は申しません。魔導師ならば、何でもいい。」

・・・だが、そもそも使える物は全て使う。

その理念の提唱者であり体現者でもあるのがデグレチャフ中佐だ。
生まれてから、10年とたたずに軍に飛び込んで人生を戦場で過ごす。
この狂った世界で狂っていないという贅沢を楽しめる権利は、誰にもないのだろう。

まともであるという贅沢は、戦後に楽しむしかない。

「・・・歩兵の直掩に使える程度の魔導師で良ければ、少しは用意できる。」

「結構です。ぜひとも頂きたい。」

機動戦どころか、まともな魔導師としての訓練も完了していない新兵連中。
歩兵の支援程度には使えるだろうが、苛烈ならざる戦局において限定的防戦にのみ耐えうるという評価だ。
ある程度の損耗率上昇も許容せざるを得ないようなお粗末な部隊。

「ただし、新兵も良いところだ。おまけに、訓練も未了。教官連中は使い物にならないと評価したが。」

通常ならば、最低でも6カ月与えられるべき訓練期間のうち半分も完了していない。
促成栽培教育だ。
詰め込むことを詰め込んでいるとはいえ、術式や魔導師としての訓練はまだ始まったばかり。

教官連中の評価では、まあ弾よけくらいにはなるかもしれないという程度。

「銃殺の経験は?」

「したはずだが。」

「ならば結構です。取りあえず、殺せれば問題はありません。現地で再教育しながら使っていくつもりです。」

だが、平然とデグレチャフ中佐は人殺しの経験を訊ねてきた。
まさに、彼女がデグレチャフという一個の異常な個人であることの証明だろう。
人間を製品の様に見なし、テスト済みかと聞いてくるようなニュアンスの会話。

人間を、ここまで機能で見ることができるように育てることができるものだろうか?

軍は確かに個人の機能に注目する組織だ。
代替可能性、コスト意識といった要素は常に付きまとっている。

だが、ただの人間にそれだけで判断できるようになるものだろうか?

「・・・分かった。即座に手配しよう。」

「感謝いたします。」

そして向けられるのは、丁寧な謝辞。
将校として模範的態度と評するほかにない敬礼。
伸びた背筋は、子供らしい顔をどこか現実離れした人形に近く見せる。

誰か。

何か、おかしいと思わないのだろうか?





その日、戦闘団の仮駐屯地に設定された大隊司令部に飛び込んできたのは殺意に満ち溢れた中佐殿であった。
いつもならば、能面な表情でほとんど機械的に答礼してくるデグレチャフ中佐殿が感情を露骨にあらわしておられる。
あのデグレチャフ中佐殿の逆鱗だ。

勘のいい連中は、これ幸いと訓練に逃げ始めた。
それも、近くにいてはたまらないとばかりに普段は嫌がる長距離低空分散襲撃演習航程が今日ばかりは大人気。
とにかく姿をかくして可能な限り魔導反応を抑えて長距離飛行というハードな訓練だが、リスクの比較は段違い。

逃げ出すわけにもいかない大隊当直要員と、ヴァイス大尉は実に暗澹たる気分であっても危険な虎の檻に入らざるを得ない。

「使い物にならん!今すぐに、再訓練するか、撃ち殺してやりたい気分だ。」

想像上の何かを脳内で銃殺しているのだろう。
無意識なのだろうが、中佐殿のお手が腰の拳銃に伸びかけている。
ポーチに手を伸ばす幼い少女ならば絵になるのだろうが、これは恐怖しか呼び起さないだろう。

「いったい、どうなされたのですか?」

聞きたくないが、聞かねばもっと怖いことになりかねない。
地雷だとわかってはいたが、取り敢えず慎重にヴァイス大尉は口を挟む。
次から、グランツ中尉あたりを戦闘団長付き副官に任命するかと考えながら。

「不服従に抗命だ!信じられん!」

「・・・はっ?中佐殿にでありますか。」

だが、怒り狂った中佐殿の口からもたらされた答えに一瞬凍りつき理解が及ばなかった。
顔面をほとんど怒りで真っ赤に染め上げた中佐殿の表情からすると、本当に何かがあったのだろう。
しかしだ。

待ってほしい。

常識的に考えて、あの『抗命=銃殺』に何の躊躇いも見せないという中佐殿にわざわざ不服従・抗命するアホがいるのだろうか?

正直、偉大なるアホと呼んでやりたい。
というか、どうしてそういう連中が生きているのだろうか?
中佐殿の事だ。
射殺されていても、一向におかしくないと思う。

意味がわからない。
何があったか、説明しろ。
混乱しきった顔でデグレチャフ中佐殿についていかせたグランツ中尉に視線を向ける。

「歩兵将校殿一同曰く、“我々には我々のやり方がある”とのことであります。」

そして、引き攣った顔で答える中尉。
曰く、新編の歩兵大隊らの指揮官は中佐殿を甘く見られていた。
曰く、自信満々にプロだからと言って中佐殿のご指示を丁重に無視した。
曰く、指揮権に関して独自の判断権を求めた。

「信じられん、戦争に別のルールも何もあったものじゃない。そんなことも分からないのが士官だと?狂っているな。」

銃殺してやりたい。
そんな思いを全身で体現した中佐殿が吐き捨てる。

「いったい、誰がそんなことを?」

「全員だ!332大隊全士官がだ!」

・・・後方部隊の士官に碌なのが残っていないという噂は耳にしていたが。

まさか、まさかよりにもよって獅子と猫を取り違える馬鹿どもとは。
なんということだろう。
ちょっとだけ。
ちょっとだけだが、無能を銃殺に処したいと口になさる中佐殿のお気持ちが理解できてしまった。

「いかがされるのですか?」

まさかとは思いますが、今から撃ち殺しに行かれるのですか?
だとすれば、ちょっとどうかと思うのですが。

「決まっている!親衛師団から新鋭の降下猟兵大隊をもらってこい!」

「・・・はっ?」


・・・・・・・・・・・・・・・はっ?

親衛師団?
降下猟兵?

一体、中佐殿は何をおっしゃっておられる?

「第二親衛師団は、当分休養再編だったはずだな?」

ええ、はい、その通りであります中佐殿。

「ライン戦線で我々の後ろをついてくるしか能のない馬鹿に本物の師団をやるほうがどうかしているのだ。」

ええ、はい、御尤もであります中佐殿。
ですから、お願いですからお腰のホルスターを握りしめるのをやめていただけないでしょうか?

「戦力の有効活用だ。交換する。お飾りの防衛任務なら、馬鹿でもする振りくらいはできるはずだろう。」

ええ、はい、お言葉通りであると思います中佐殿。
ですからどうか、どうかお願いです。
胸元の演算宝珠へ無意識に手を伸ばされるのをおやめ下さい。

「・・・それを、参謀本部に申し入れるのですか?」

どうか、どうか暴発しないで頂きたい。
ほとんど神にすがる思いでヴァイス大尉は恐る恐るその一言を口にする。
彼にとってみれば剣林弾雨の中に飛び込む方が、まだ希望が持てた。

なにしろその相手は、デグレチャフ中佐殿ではないのだ。

そして、奇跡が起きた。
少なくともその日、その場に居合わせた帝国軍第203遊撃航空魔導大隊の司令部要員はそう信じる。

「心配無用だ。第2親衛師団の大隊長は同意済みだよ。」

つい先ほどまで、地獄の獄卒すら裸足で逃げ出しかねない表情だった中佐殿がにこやかな微笑みを浮かべられたのだ。
それこそ、天使のように荘厳で素晴らしい笑顔が花開く。

「一体、どうやって説得されたのですか?」

「なに、簡単さ。あれは戦争フリークスだ。渇望していたよ。一発だ。」

・・・訂正。

誘惑する悪魔に違いない。
少なくとも、中佐殿は恐ろしいお方である。
偉大な魔導師であらせられる。
偉大な指揮官であらせられる。

神様、どうか私達の中佐殿が私達の敵でないことを感謝させてください。

「加えて編成主任のレルゲン大佐は話がわかる方だ。問題はないだろうよ。」

心中、今度の日曜日はきちんと教会に足を運ぼうと決意するヴァイス大尉。
そんな彼の内心をつゆ知らず、ターニャは事が順調に進むとばかりに喜ばし気に微笑む。

なにしろ、何とか目算が立った。

いやはや。
【PLEASE】と言ってみるものだとしみじみと思っている。
皆イエスと言ってくれた。

『お願いします』と頭を下げることにも意味があるようだ。
これで、少しは危険な前線に行っても生き残れる公算を高められる。

・・・せめて、せめて明るい未来のために頑張ろう。

生き残れれば、最低でも西の方に逃げれば希望はあるし。



それは、ひどくおかしな光景だった。
集められたのは、新設される戦闘団の結成式。
場所は、参謀本部肝煎りを表してかわざわざ参謀本部の一室を貸し与えられている。

上の気合も十分なのだろう。
列席している高官らの姿もちらほらと見えている。
それは、いい。
新しい部隊の設立という行事に来賓がいるという事に過ぎない。

儀礼任務も多かった親衛師団でそれは良く経験している。

「・・・ようこそ、大隊戦友諸君。頼りにさせてもらおう。」

だが、あれはなんだ。

特注の演説台にわざわざ乗らなければ部下を見渡すどころか第一列の背に姿が隠れてしまうような指揮官。
そんな馬鹿げた存在が、人形の様な能面で見るからに戦地がえりの殺気を漂わせる魔導師らを顎で動かしている。
一挙一動を逃さないように緊張した魔導師らにニヤリと微笑む姿は、ひどく違和感がある。

「中佐殿!戦闘団長殿!指揮官殿!」

一心不乱に唱和する姿は、完全に上官を信頼し地獄の底まで共に進軍するような姿を想像させてしまう。
曲がりなりにも、精鋭と評されていた我ら第二親衛師団の降下猟兵大隊らですら敬意を払わざるを得ない連中が。
地獄のライン戦線で曲りなりにも勇名をはせた部隊が。
たった一人の子供に全身全霊で敬意を表している。

「共に遊んだ素晴らしき大隊戦友諸君。新たな仲間が戦列に加わることを祝賀しよう。」

まるで、百戦錬磨の将校の様に微笑みすら浮かべるその姿は理解の範疇外。

「新兵諸君、ようこそ最前列へ。」

訓練将校の微笑みの様な凶悪な微笑み。
はたして、はたしてこんな子供の様な姿が浮かばせうるのかというソレ。

「私の、我々の戦場へようこそ。歓迎しよう、盛大に。」

柔らかく、それこそお人形でも抱えている方が似合いそうな手を広げて歓迎の言葉を述べる何か。
殺人人形とか、戦闘妖精とでもいうべき何か。

誰も。
そこに居合わせた高官らの誰もそれに異議を申し立てない何か。
ベテランの魔導師らが服従している何か。

何故、あの戦争フリークの大隊長がこんなのにつき従うのかと訝しがるべきではなかった。
覚悟してくるべきだったのだ。

あの、あの戦争狂が惚れ込んでいるという事実に!

「私から、諸君に期待するのはたった二つだ。」

まるで、どこかで聞いたことがあるような台詞。

「我が大隊の足を引っ張るな。追いついて見せたまえ。以上だ。」

そういうなり、中佐殿の浮かべられる微笑み。
あれが、笑うという行動なのだろう。
本質的に、笑みとは攻撃的だと良く言ったものだ。

間違いなく、笑うという行為は牙をむき出しにする行為そのもの。
威嚇以外の何物でもない。


あとがき
きっと、中佐殿の頑張りが帝国を救うと信じて!

本当は、もうちょい早い予定だったんだ。
本当はブラックフライデーに間にあわせるつもりだったんだ(´;ω;`)

でも、5日でできる部隊の作り方(交渉編)はできたと思う。
基本は、プリーズにあるんだ。
プリーズさえ付ければ、お互い蛇蝎のごとく嫌いあっている2人もお話できると思うし。

取りあえず、部隊はこんな感じ。
指揮官:ターニャ・デグレチャフ魔導中佐
・第203遊撃航空魔導大隊(参謀本部直轄)
・第22装甲中隊  (新編:4号G型装備)
・第116降下猟兵大隊(元第二親衛師団所属)
⇒員数外として、ロレーヌ150mm自走砲もどき保有
運用上、砲兵中隊は歩兵大隊付き
・第204補助航空魔導中隊(新編)

戦力的には、独立増強混成旅団?

あと、中佐殿を背後から撃つとかクーデターとかは予定にないです。
熊さんと森で幼女が遊ぶほのぼのストーリーの予定です(*´∀`)

いろいろと混乱させてしまい申し訳ありません。

>誤字修正+2
ZAPの嵐、吹き荒れるZAPorz

誤字修正に加えて、追記。

そろそろブラウ作戦でも発動させようかと思っています。
候補は二つ。
①A集団に所属させて、ハグー油田めがけて大行進。
ついでに、登山もして山頂にまた国旗を突き刺します。
ところが!・・・深入りしすぎて包囲せん滅の危機に!
間にあうのか、撤退作戦!?

②B集団に所属させて、ヨセフグラード大攻防!
遅れた進撃計画、待ちかまえる敵兵。
ようやく始まった作戦。順調に包囲してみれば、待ちかまえる冬将軍!
冬の嵐作戦、君は生き残ることができるか!?

気分的には、国旗をさすために登山というのは浪漫があると思います。
でも、ヨセフグラード大攻防戦も楽しみだと思います。

気分が乗った方がたぶん次の奴になる予定。
ZAP



[24734] 第五四話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:44
大戦中期、帝国軍参謀本部内部では戦争指導方針を巡り深刻な対立が生じていた。
ライン戦線を全般的に指導したゼートゥーア将軍らからなる西方派。
彼らは、敵軍に出血を強要し出血死させる瀉血戦略を主張。
対して、東部戦線を重視する東部軍関係者を中心とした東方派。
彼らは、包囲殲滅による速戦即決による決戦戦略を主張した。

西方派はリスクの高い決戦戦略を強く批判。
特に、消耗抑制ドクトリンの信奉者であるゼートゥーア将軍は大規模攻勢計画を忌避。
塹壕戦の教訓から、分散浸透襲撃や包囲戦術そのものは肯定的に評価するものの敵に対し優勢にでないうちに攻勢に出ることには極めて懐疑的な態度を示していた。

これに対して、東方派は連邦軍が数的優位を確保するという前提のもとで戦略を立案。
その前提に立てば、西方派の主張する数的優位を確保した後の殲滅は非現実的であると主張するに至らざるをえない。
そこで彼らが着目したのが誘引撃滅戦略と称される内線機動を活用する戦略だった。
これは、第一次ライン戦後期に、出血させ衰弱させた共和国軍を包囲殲滅するゼートゥーア将軍の考案した手法の応用である。
東方派は機動力に注目し、包囲の可能性を見出した。
消耗抑制ドクトリンが延々と死者を積み上げるのに対し、決戦ドクトリンはただ一度の勝利で持って損害を抑制しえる。
この論法によって東方派は消極的な参謀本部主流派の抑制に強く反発。

連邦軍初期の奇襲攻撃によって一部崩壊した戦線から侵入した連邦軍を対象とした作戦をきっかけとして彼らは自身の理論を試みることになる。
タンネーン・ニ・ベイクにて侵入した連邦軍40万をわずか15万の戦力にて包囲に成功。
損耗比率は帝国軍1万5千に対し、連邦軍のそれは15万(うち、9万名強が捕虜)。
数的劣勢から完全な殲滅には至らず、残余の離脱は許したものの東方派の理論を実証するには十分な戦果と見なされた。

これを受けて、帝国軍東方派はさらなる戦果拡張と早期戦争終結を構想。
折しも、膨大な数の犠牲者に慄きつつあった内閣と帝室に対し早期終戦の可能性を欲する動きが生じていた。
参謀本部主流派として西方派は抵抗を試みたものの、東方派はタンネーン・ニ・ベイク会戦の成果を強調。
なにより、ライン戦線で西方派が勝利に要した山の様な帝国軍将兵の遺体に対して東方派の成果はあまりにも雄弁だった。

かくして、帝国軍参謀本部は一つの作戦を立案・実行するに至る。
作戦名“青作戦”‐大規模攻勢計画による包囲殲滅作戦。
ハイリスク・ハイリターンの作戦であると強い反対がいくつも出る中での強行された作戦であった。
発令された命令番号は第41号。
41号作戦、一般には青作戦として知られる東部戦線屈指の大攻勢である。


帝国軍参謀本部命令第41号

極秘‐搬送は将校により行われること。

連邦における冬期戦の終わりも近い。すでに、我々はタンネーン・ニ・ベイクで連邦軍予備戦力を撃破した。
状況は流動的であるが、連邦軍の余剰戦力は枯渇しつつありほぼ奇襲攻撃によって獲得した優勢を喪失している。
このような状況を背景に天候と地表状態が好転し次第、帝国軍は主導権を奪取せねばならない。
目標は、連邦軍が依然保持している残存戦力を徹底的に殲滅し、加えてその最重要な戦争経済上の資源を可能な限り無力化することにある。
そのため、まず主要兵力を南部戦区の主要作戦に振り向けるものとする。また、拡大する戦線防御のために参謀本部は機動軍団を編成する。
本作戦の一般方針はドーン河前面の敵を掃討し、ついでコーカサス地区の油田及びコーカサス山脈の道路を奪取するものとする。
ただし、優先目標は敵残存戦力の撃滅におく。


そして、最後に一言そこには書きたされていた。
“勝利の時は近い。”、と。





居並ぶ列席者の憂鬱そうな表情。
建設的な提案の一つも出せばよいにもかかわらず、ただ同志ヨセフ書記長の意向を汲々と気にかけるだけの無能ども。
情けない限りだと人民と祖国と党のために今日も勤勉に働くミスターロリヤは嘆かわしく憂う。

彼には夢がある。
そのためには、如何なる努力も惜しんでいない。
今では、連邦でも最も勤勉に努力するテクノクラートだと自負するほどだ。

夢を追いかけてこそ、青春。
いや、夢があればこそ生きがいがあるのだ。
なにかよくわからない怠惰な連中はラーゲリにいるのとどう違うというのだろうか?
そう思いながらも、ロリヤは一先ず仕事に取り掛かる。

「以上の報告を総合いたしますと同志書記長、報告によれば帝国軍は同志書記長のご予想通りヨセフグラード及びハグー油田へ進撃中であります。」

聞くだけ時間の無駄だと思えるような長々しい報告。
内務人民委員会の現地報告書ならば三行でまとめなければ非効率の罪でラーゲリ送りにしてやるところだ。
思えば、連邦は非効率的すぎる。
官僚主義がすでに蔓延し、遺憾ながら機構一つとっても簡潔に機能しない。

思えば、同志書記長がイライラしているのも良くわかる話である。

「ご苦労だった。さて、同志諸君、状況は今の通りだ。どう思う?」

暗に解決策を求める質問。
本来であれば、同志ヨセフ書記長の質問に応えるのは危険が多い。
なにしろ、提言して上手くいけば権限と功績を得ることもできる。
だが、成功しすぎれば同志書記長の地位を脅かす粛清の対象となりかねない。
そうでなくとも、党内で足を引っ張り合いに引き込まれて没落の危険性が高まる。

一方で、失敗すればその場で責任を取らされることとなる。
そのことを考慮すれば、列席者らが真摯な覚悟を決めたまなざしで同志ヨセフを凝視しつつも一言も口を開かないさまで良くわかるというものだ。

とはいえ。
憤慨の意を込めてペンを握りしめる。
そのまま書類を破らんばかりにつき立てたい衝動に駆られてしまう。

これでは、無能どもが雁首並べているのと同じでしかない。
全くの無駄だ。
一刻を争う時に、まったく最適とは程遠い。
そのうちラーゲリに送り込んでやる、と決意。
一先ずは、やるべきことを決断する。

「同志書記長、我々は今や敵を引きこむ事に成功しております。ここは、彼らが下がれなくするべきでしょう。」

「つまり?」

「餌を付けた針を飲み込ませてやりましょう。ヨセフグラードを連中にくれてやるのはいかがですか?」

連邦の国土は広大だ。
しかも、いいことにインフラの発展が遅れている。
通常であれば、望ましくない限りであるが軍隊の進軍という点を考えれば敵にとっても悪条件。
そして、機械化していない連邦軍は機械化に依存しつつある帝国軍よりも能力発揮が容易。

なにより、消耗戦に引きずり込めば絶対に連邦優位なのだ。
地図を見れば、子供でも分かる単純な計算。
10人がかりで倒さねばならない強者が10人いたとしよう。
100人がかりで、10人を襲えば、酷くてこずるかもしれない。
だが、100人で1人と10回戦うのは極めて容易だ。

引きずり込んで手薄になった敵をぼこぼこにしてしまえばよい。
あるいは、無駄な消耗戦を強要できるところを造り出せばどうか。
たとえば連中が一度獲得すれば絶対に放棄できないような政治的効果の強い都市。

都市というのは、資源はない上に市街戦で消耗戦に持ち込めるという効果も期待できる。
そして、南部コーカサス地域で最適に見えるのがヨセフグラードだろう。
連邦軍にここの死守を命じるのはごくごく一般的に見える。

ついでに付けくわえれば、帝国軍の一部もこの都市を攻略すれば絶対に手放さないだろう。
我々がプロパガンダで奪還してみせると叫び続ければなおさら。
そして、動きまわる組織的な軍隊と野戦に挑むならばともかく消耗戦ならば数の利がモノを言う。

「同志ロリヤ!いくらなんでも、それは連邦の名誉にかかわります!」

「偉大な指導者、同志書記長の御名前を掲げた工業都市をよりにもよって帝国軍に明け渡せと仰るのですか!?」

だが、どうにも頭を押さえたくなるような馬鹿が湧く。
見ればいかにも忠誠をことさらに強調する連中。
追従くらいしか能のないような連中に足を引っ張られる不快感。

「黙りたまえ。同志書記長、続けさせて頂けるでしょうか?」

一番初めにラーゲリ送りにするリストに入れておこう。
そう思いつつ、ロリヤは形式上議事進行を司る同志書記長と向き合う。
少なくとも、同志ヨセフからは信頼されているのだ。
例え、一時的に同志書記長にとって不快なことを申し入れるとしてもそれは忠義から。

「・・・ロリヤ、続けたまえ。」

そして、独裁者というやつは得てしてその手の事に敏感だ。
もちろん、ロリヤは経験則上それを知りえているに過ぎないが。

ともかく、この場の最高権力者は手をふり立ち上がった抗議者を座らせロリヤに続けさせる。

「ありがとうございます。」

そして、心得たものだ。
ロリヤも大げさに礼を述べると立ち上がり、壁に掛けられた地図の前へと足を進める。

状況が書き込まれている地図。
馬鹿どもが主張した大規模攻勢でタンネーン・ニ・ベイクで壊滅的な打撃を被ったのは痛かった。
だが、幸いにも帝国軍も間抜けらしい。

基本的に、衝動的に攻勢に出たがるのは軍人というやつの欠陥だと笑いつつロリヤは心中ほくそ笑む。
敵の陣地に攻め込むという事を理解できていない。

「ヨセフグラードは、コーカサス地域の主要都市です。つまり、市街戦によって帝国軍に消耗戦を強要することが可能になります。」

若干の工場や交通網ということもあるが、位置が最適だった。
交通の要衝という点は、南部コーカサスを防衛すると見せかける際には最適の拠点たりえる。
市街地という事、ある程度の規模を持つという事。
この点は、軍の質で劣る連邦軍にとってはより重要な意味を持つ。

「さらに、これは私見でありますが市街地の様なごく近接した戦闘ならば徴兵したばかりの新兵でもそれなりに戦えるでしょう。」

前線に派遣している政治将校の中には彼我の消耗比率を報告させている。
愛しいサラマンダーに至っては、どうやら大隊規模の魔導師を一人で私の天使が撃退できるほどとか。
いやはや、屈服させるときのことがさらに楽しみになってしまう。

それ以外の有象無象どもでも、基本的に損害比率は1:5より良くなることは今のところ報告されていない。
だが、連邦軍の規模は圧倒的である。

市街地で殺し合うならば、そもそも組織的戦闘やら機動戦やら連中お得意の統制がとれた行動とやらも制約されるだろう。
純粋に数学を研究する数学者のような眼差しでロリヤは勝利のために計算する。

「損耗比率をすこしでも互角に持ち込めば、最後は帝国が音を上げます。」

少しだけ損耗比率を下げれば。彼我の損害比率は圧倒的に連邦優位に持ち込める。
或いは、逆に少しだけ連中の損耗比率を引き上げれば良い。

ロリヤはそこで嗤う。
ああ、軍人というやつは厄介な生き物だ。
連中には面子やら体面といったもののほかに矜持が多すぎる。

「ですが、彼らが勝利し続ける限り土地の重要性を勝手に高めてくれるでしょう。」

ピュロスの勝利と悟って、後退できるからピュロスは偉大なのだ。
並大抵の将軍であれば、勝利に幻惑されてさらなる戦線拡張を、さらなる戦果を追い求めてしまう。
当然、ヨセフグラード攻防戦に相手は乗ってこざるを得ない。

「そうなれば、連中は後退するにできない羽目になるのです。」

引くに引けなくなれば、連中は部隊を増強して守りを固める羽目になる。
そう、動けなくなるのだ。
機動力で包囲を得意とする連中が定点防衛に戦力を割く羽目になる。

「あとは、連邦軍が英雄的に奪還すれば完璧でしょう。」

そうなれば、数の暴力にモノを言わせてこちらが包囲してやればよいだけの話。
幾人か、第三国経由で帝国に工作員を送り込んで世論を刺激してやるのも良いだろう。
そうすれば彼らは引くに引けなくなる。

「もちろん、最後の最後まで抵抗するために督戦隊を内務からヨセフグラードへは派遣するつもりです。」

そして、敵を引きつけるための活き餌。
反連邦的言説を唱える連中や、民族主義者と反動主義者を帝国軍へぶつけてすり潰す。

淡々と告げるロリヤであるが、心中では静まり返って慄いている馬鹿な幹部連中を見て歎きたくなる。
みれば、静まり返った会場でおぞましげな何かを見るような顔がちらほらと。
こんなところで、良識ぶるという偽善者ども。
善人が、善人がこんなところにいるわけがないだろうと嗤いたくなる。

「これによって、連邦軍に志願させる市民の壁と収容所から放り込む連中で帝国軍と潰し合わせることができると確信しています。」

体制に忠実な将兵を温存しつつ、潜在的危険因子を排除。

「いえ、言葉を変えれば全ての連邦市民が英雄的に侵略者に対抗するという事になるでしょう。」

それも、粛清という形ではなく祖国のために。
粛清執行人は体制の人間ではなく、なにしろ帝国軍だ。
党は一切手を汚す必要はない。

気が付いた自分の手際にロリヤは思わず驚いたものだった。
人間、夢と希望のためにならば信じられない力を発揮し創造性豊かになるものだ、と。

「同志書記長の御名前が冠する都市のために、全ての連邦市民が立ち上がる。素晴らしいとは思いませんか?」

「・・・なるほど。提案は認めよう。」

そして、少なくともその提案は有効だと誰にでも理解できる。
善悪や道徳的価値観について、咎める者は誰もいない。
だから、それは、とても簡単に認められた。

「ありがとうございます。」

「よろしい、同志ロリヤに一任する。ただし、失敗が許されないことは分かっているな?」

「もちろんです。お任せください。」

失敗は許さないという厳しい眼差し。
背筋にひやりとするものが走るが、ロリヤは眼をそらすことなく強固な意志で見つめ返し続けた。
彼には、夢があるのだ。

「・・・同志書記長閣下、代わりにと申し上げては恐縮ですがお願いさせていただきたいことがあるのですが。」

「必要な物資の手配は認めよう。他に何か?」

「あのモスコー襲撃犯です。どうか、私の手で裁かせていただきたく思います。」

あの、あの妖精が欲しい。
何としても、何としても。
何が何でも、自分のところに。

「極めて、極めて敏感な案件だ。断言しかねる。」

あの忌々しい事態。
それをよりにもよって、同志書記長の前で口にする。
それだけでも、虎の尾を踏むに等しい行為だ。

実際、みれば堪えてはいるが怒りと屈辱でペンを持った手が酷く震えている。

「同志書記長閣下。では、あの幼女だけでも頂きたいのです。」

無謀だとわかってはいる。
だが、それでも。
それでも、男にはやらねばならない時がある。

「・・・同志ロリヤ、君の嗜好に適ったのかね?」

「もちろんです!いや、適切な表現ではありませんな。」

全てをなげうってでも、やらねばならない事。
いわねばならない時、それが人生にはあるのだ。

「なに?」

「あれこそ、我が理想とでもいうべきものであります。ぜひとも、ぜひとも我が下で喘がせてみたいものです。」

純粋な決意と覚悟。
ロリヤはただ、ひたすら懇願するしかない。
願うしかないのか?
いや、彼は行動した。
願いは許されるのだろうか?
それは、神のみぞ知ること。

しかし、ロリヤは決断した。
ロリヤはすでに決断したのだ。
愚かだと笑いたければ、笑わせれば良い。

「・・・・・・よろしい、憂いを除けるのであれば許そう。」

「お任せください。如何なる妨害や敵を排除してでも達成してご覧に入れる所存であります。」

かくして、ロリヤは夢にみたことを達成するために必要な羽を手に入れる。
会議終了と同時に、車に飛び乗ると再建中の本部へすぐさま戻り仕事を再開。

「同志書記長閣下の御許可は頂いた。後は、後はこの手につかむだけだ。」

状況は、着実に夢を現実とすることを可能とさせていた。
その充実感は、ロリヤをして年甲斐もなくわくわくさせてしまう。
子供の様な純粋に何かを楽しみにできる心。
とっくの昔に失ってしまったとばかり思い込んでいたソレにロリヤは新鮮な驚きすら覚えている。

「・・・帝国軍は上手く罠にはまりつつある。上手くやれば、あのサラマンダー戦闘団もヨセフグラードに引き寄せられるに違いない。」

だが、彼は同時に成熟した大人として慎重さも持ち合わせている。
純粋な思いを抱えつつも、彼は我慢を覚えているのだ。
もちろん、最後の楽しみを彼は期待しているのは事実だが。

「そのためにも、最大限抵抗する必要がある、か。軍の士気はどうかね?」

努力を惜しむつもりのないロリヤはすぐさま担当官を呼び付け諮問する。
彼にしてみれば、人事を尽くして天命を待つしかないのだ。
ならば、後悔しないためにできることは全てやるほかにない。

「決して高いとは。一部は脱走が増加しているとの報告もあります。」

「ふむ、督戦隊は予定より多めに送るべきか。内務の中から選抜せよ。できるかぎり早めに送り込みたい。」

当然、打てる手は全て手配する。
夢追い人として、彼は理想のために自分の全てを犠牲にしている。
その献身たるや、必要とあれば世界を敵に回してでも為すという覚悟。

「かしこまりました。」

「それと、収容所の待遇改善を図れ。」

同時に、彼は知っている。
夢の大切さ。
希望の大切さ。
人間は、夢と希望が無ければ人間らしく生きられないという事を。

「はっ、しかしそれは・・・。」

「10年ぶち込むよりも、1か月良い扱いをして帝国軍と殺し合わすべきだ。国家の財産は有意義に使うべきだ。」

そんなことも理解できないのか、どうにもぐずる部下にもロリヤは寛大だ。
彼は、夢と希望の伝道者。
必要なことは、人々が幸福であること。
そして、つまりは人々に含まれる自分が幸福となることである。

「つまり、囚人であろうとも有用に活用するべきだ。わかったら動きたまえ。」

「し、失礼いたしました。直ちにいたします。」

「必要とあれば、幾人かの収容所看守を見せしめに処罰しても良い。・・・おそければ、君も対象だ。」

努力せよと彼は、皆にもとめる。
夢を追い求める姿は、誰にとっても大切なものだと彼は知っているのだ。
生き残るという夢があれば、みんな良く頑張ることだろう。

「はっ。」

「なに、やるべきことをやれば何も問題はない。肝に命じておきたまえ。」

だから。
諸君。
お願いだから、はやく、はやく私に見せてくれ。

心中の葛藤を辛うじて抑え込みつつロリヤは願う。

「よろしい、行きたまえ。」

早く、あの妖精を私の下に連れてきたまえ。



みなさまごきげんよう。
綺麗な空気と、素晴らしい夜空はお好きですか?
微風が優しく私達を包み込む中、大地に横になって何処までも続く雲を眺めてみようと思いませんか?
過度に機械化され画一化されてしまった個性のない都市から外の世界に足を向けてみましょう。
そこには、きっと素晴らしい私達の帰るべき自然が豊富に残っていると思います。

機械に依存し、車社会になれてしまった皆さんは大地を歩くなどどうかしていると思うかもしれませんね。
でも、思い出してください。
私達の祖先は歩いていたのです。
そして、今私達も歩いています。

ですから、ご先祖様に倣って外を散策しようではありませんか。

ああ、前口上が長くなりすぎてしまいました。お恥ずかしい。
小官は、帝国軍参謀本部派遣戦闘団を預かっておりますターニャ・デグレチャフ中佐であります。
現在のお仕事は、武装したハイキング。
やる事と言えば、行けども行けども泥まみれの大地をオートバイか装甲車に揺られながら進むだけのお仕事であります。

本来任務は、青作戦発動に伴い進軍する帝国東部方面軍B集団の側面援護。
参謀本部が新設した第七機動軍団所属としての側面警戒任務といえばよいでしょう。
まあ、タンネーン・ニ・ベイクの戦いで東部派が侵攻してきた敵予備戦力を叩きのめしたとのこと。
参謀本部は敵が出てこないという想定を立案しているらしいので、まったり行きましょう。

ええ、まったりと。
できるだけ、深入りしないように。
具体的には、ピンポンダッシュくらいの勢いで。



仮設された野戦指揮所。
戦闘団に割り当てられた戦区は極めて平穏そのものであり、これ幸いと各戦闘指揮官は部下の訓練に勤しんでいた。
一方で、散々激戦に投入されるのではと心中ひそかに覚悟を決めていたヴァイス大尉は密かに安堵。

なにしろ、東方派からややうとまれる西方派閥に属する上官だ。
激戦区に投入されなかったのは、幸運だったと最近軍内の派閥抗争にも知悉し始めた彼は溜息をついたものだった。

そして、通信兵が差し出して来た報告書に思わず頬を緩める。
どうやら、作戦は危惧とは裏腹に順調に進展しているらしい。
このことを、報告しよう。

そう思った彼は、野戦指揮所の一角で地図を睨み唸っている上官の下へと不用意に足を運んでしまった。

「中佐殿、司令部から吉報が。」

「何?」

吉報とは何か?
その碧い澄んだ瞳に浮かぶのは完全な疑問。
理解しかねるという表情のデグレチャフ中佐殿。

だが、緊張の箍が外れていたヴァイス大尉は気がつかなかった。

「B集団がヨセフグラードに敵軍を追い込んだとの報告です。」

届いたばかりの戦闘詳報。
それによれば、B集団は当初の予定よりもやや早く敵をヨセフグラードに包囲したとの報告が書かれている。
組織的抵抗を試みる模様だが、すでに相当数の敵兵は疲弊しきっているともある。

この報告書を見れば、ヨセフグラードの攻略は確実だと誰でも確信できる。
いや、確信できるだろう。

そう判断して彼が差し出した書類をひったくるようにして受け取った中佐殿は顔を歪ませた。

「攻囲戦?連中、市街戦をやるつもりなのか?」

「・・・市民などいないという法解釈が出されております。」

心中、ヴァイス自身気に病む事ではある。
だが市街戦で巻き添えになる民間人の存在は心苦しいがここに至ってはどうにもならないという事は彼も悟った。
犠牲が少ないことを、祈るくらいしか彼にできることはない。

「またか。やれやれ、ご苦労な理屈である。それで?落としたのかね?」

「いえ、完全に攻囲し殲滅する予定の様です。」

そして、タンネーン・ニ・ベイクで敵野戦軍完全殲滅にまで至らなかった教訓から東方派は徹底した包囲を決断している。
彼らは、追い込んだ連邦軍ごとヨセフグラードを攻略するつもりだ。
A集団の作戦も順調に進撃中との報告が連日飛び込んで来ていた。

それだけに、ヴァイス大尉はごくごく常識的に作戦が順調に進展中と判断している。

「連中馬鹿かね?多少取り逃がそうとも時間をかけずに叩くべきなのだが。」

だが、意外なことに上司は機嫌があまりすぐれないらしい。
いや良く見れば、白磁のような能面じみた顔が珍しく青ざめかけている。
なんだろうか?
一瞬疑問を覚えるが、軍医の診察を受けるように進言すれば良いと判断。

同時に、手早く今後の方針について伺う事にする。

「・・・それで、いかがされますか。」

「いかがされるとは、どういうことか?」

「その、B集団の側面援護であります。かなり伸びきった戦線を晒しており極めて危険な状況かと思われますが。」

与えられた命令によれば、このようなB集団の側面援護が戦闘団の主要な任務。
当然、状況に適応するためには戦闘団を動かす必要がある。
動かさずとも、即応できるように多少臨戦態勢を整えておかねば急な要請にも対応できない。

だから、動くべきではないのか?

そういう意味を込めてヴァイス大尉は申告する。

「A集団次第だ。A集団がハグー油田を無傷で確保できれば即時攻囲支援に向かうがそれまではA集団の側面防御が優先される。」

だが、意外なことに上官の解答は理論上正しくとも著しく消極的な意見。
正直に言って、卓越した戦闘意思を有すると敵味方から恐れられる軍人のそれではない。
上が期待することとも真っ向から反対しているといえる。

「中佐殿、よろしいのですか?」

「よろしいもなにも、私はヨセフグラードなどどうでもよい。いっそ、攻略に失敗すれば良いとすら思う。」

だが、ここで彼は悟る。
なにか、何か掛け違いをしていた。

「はっ?」

「考えても見たまえ。重要なのは敵野戦軍撃滅であって消耗戦を強いられる市街戦など論外極まる。」

何かを堪えるような表情の中佐殿。
体調が悪いのではなく、なにか耐えがたいものを耐えるようなそれ。

「市街地に追い込んで包囲殲滅というのは、理論はともかく実態を伴わん。」

虚空を睨むような表情でぶつぶつと呟かれるお姿は少々どころではなく恐ろしい。

「東方派の連中、なにか勘違いしているのではないか?」

苦々しく吐き出される言葉。

「いっそ攻略に失敗しさっさと戦線整理するべきだろう。B集団の間抜けどもめ、その方がマシだとなぜわからん?」

眼をつぶって頭を振る姿は、できの悪い生徒に歎くようですらある。
だが、はっきりいってそれは軍人が露骨に友軍の敗北を願うような言葉だ。
下手をすれば上層部批判どころの騒ぎではない。

もちろん、この卓越した上官がそのことを理解していないはずもないのだがそれでも口にされてしまうという事だろうか?

「中佐殿。それ以上は。それ以上は、どうかお慎みください。」

だが、ともかく彼は部下としていうべき忠告を口にする。
その制止は少なくとも、誠意からのものだ。

「いや、すまないな。」

だが、口を閉じつつもデグレチャフ中佐殿の顔色はむしろ悪くなる一方。

「しかし、しかしだ、ヴァイス大尉。貴官ならばわかるはずだ。」

「中佐殿?」

一体何を?
顔に疑問を張りつかせているであろう自分を、その碧眼で覗き込むようにして中佐殿は仰られた。

「我々も同じことした。そうとも、ラインで引きこんで消耗戦に持ち込んだ挙句殲滅したではないか。」

「・・・では、この快進撃は敵の誘引であると?」

一瞬凍りつくような何かが背筋を走る。
いや、恐怖に包まれたと言ってもよい。
まさか、そんなばかな?

言葉にしがたい何か。
だが、言葉にされれば理解できる。

少なくとも、ヴァイス自身ライン戦線でその場に居合わせていたのだ。

「敵がラインやタンネーン・ニ・ベイクから学ばないとでも思うかね?間抜けなコミーなら楽で良いだろうがそう簡単ではないのだ。」

ラインで、タンネーン・ニ・ベイクで。
帝国軍は引きこんで撃滅して見せた。
言い換えれば、引き摺りこめる領域を活用してきた。

・・・いわれてみれば、連邦軍がそれをできない道理が無い。

なにしろ、連邦の面積は広大だ。
広大に過ぎる。

「時間だ。貴重な時間を動くべき軍が攻囲戦にかまけて浪費してしまう。」

「罠、と仰るのですか?」

・・・加えて、連邦の冬はつらい。

もしも、もしもだ。
この後退が敵の誘引であればどうなるか?

「他に考えられん。」

一縷の望みが込められた問いかけ。
それに対する解答は誤解の余地が全く残されていない明瞭なそれ。

「し、しかし連邦がよりにもよって面子を捨てるとは・・・。」

「コミーは、目的のためなら躊躇せん。生き残るためなら連中はいくらでも悪あがきするに決まっている。」

口にしつつも、ヴァイス自身気付いていた。
おそらく、その通りなのだろう。
いや、そうだからこそ何事も順調に進んでいるのだと。

まだ上が罠に気が付いていないとすれば、もう罠を逃れられる時間はそう長くないかもしれない。

「伝令任務だ。B集団司令部まで将校を出したい。」

「了解いたしました。」

・・・だが、果たして、間にあうのだろうか?



あとがき
(´・ω・`)困った・・・。

気が付いたら、なんか知らないうちに二次創作が出てた。

二次創作でるのを喜ぶべきなんだろうか?
それとも、困ったなというべきなのだろうか?
(*´・ω・`*)ムゥー

まあ、平和に行きたいし(o´・ω・)b・・・。
どうしよう?様子見?


取りあえず、本作は平常運航で行こうと思います。
所謂ブラウ作戦です。

ZAP



[24734] 第五五話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:43
あれは、とにかく繊細さがない。
機動性の定義を辞書で調べろと叫びたいほど機動性を誤解している。
鈍重だし、小回りは利かない上に精密性とは対極の設計だ。
火力はあるが、敵より味方を巻き添えにするような命中精度。
正直、硬いことを除けば全く評価するところがない。
とはいえ、そんな演算宝珠だ。
まったく、厄介極まりない。

T3476型演算宝珠に対する技術部レポート。





ヨセフグラードの攻略が完了との報告。
居並ぶ中央の参謀らは無意味な戦いだったと醒めた表情で熱弁をふるうために送り込まれた東部軍の参謀を見ていた。
南方のハグー油田は制圧との誇らしげな報告に至り、延々名演説を聞かされ続けた座長が手を振って制止する。

その心中にあるのは、だがほとんど諦観である。
彼にしてみれば、状況が自らの手からこぼれおちていくのを傍観せざるを得ない状況なのだ。

「で、施設が全壊、再建の見込みなし。進軍した友軍部隊は燃料切れ。詰んだな。」

だが、それでも。
職務に忠実であったゼートゥーア少将は足掻くだけは足掻いてみるつもりだった。

辛辣極まる評価に一瞬凍りつく東部軍の人間。
それが視界に入らないかのように淡々とゼートゥーア少将は手元の書類に眼を落す。
状況は、ほとんど嫌になるくらい明白だ。燃料の尽きた機甲部隊と歩兵が魔導師部隊に護衛されて孤立中。
みれば一目で誘い込まれていたという事がわかる。

「いかがいたしますか?」

訊ねてくる兵站担当の参謀はほとんど顔面が蒼白だった。
この最悪の知らせがもたらされて以来、兵站部の雰囲気は絶望を漂わせ始めている。
ただでさえ、当初から危惧していた兵站線の問題。
なにしろ、43号作戦の発動は参謀本部の意向にそむく形で強行されていた作戦だ。
碌でもない事態は覚悟していた。

それでも、ここまで絶望的になれば全滅すら予期される。

「中佐、連邦の鉄道網は使えないのだな?」

居並ぶ参謀の中から見覚えのある技術将校の顔。
顔色のよくない参謀らの中で、技術畑の連中はどこか居心地が悪そうだとこんな時にどうでもよいことを思う。
無理難題を押し付けるつもりはないので、そこまで怯えられても困るのだが。

「はい、規格が異なるためにほとんど使用は不可能であります。」

「鹵獲した車両は?」

「軍全体を賄うには到底足りません。そもそも、補給線そのものが確立し得ないのです。」

無理なものは、無理なのです。
そう言わんばかりに数学的統計を使用して説明を始めようとする技術将校。

一応、敬意を払いつつも手を掲げて制止。
必要なのは、専門家の判断。
つまりは、補給や技術を専門とする連中に求めるのは補給が可能かどうかという判断。

そして、彼らが出した答えは不可。

「・・・撤退しかあるまい。無駄に広い連邦で寸土に拘泥することに何の意味がある?」

故に、戦争を専門とする将校としてゼートゥーア少将は専門家としての判断を下す。
そもそも、土地を征服し尽くせるほど狭くないのだ。
そうである以上、対連邦は敵野戦軍撃滅以外に勝機はない。
だが、この状況は必ずしも望ましくないものがある。

深く入り込みすぎている。
そして、当初予定されていた敵野戦軍の撃滅には至っていない。

なればこそ。
しかめっ面のままゼートゥーア少将は結論として下がることを決断するように強く場を促す。
中央としては、それ以外に選択肢があるように見えないのだ。

「いえ、決戦に持ち込むためにもヨセフグラードを保持し奪還を試みる敵軍を引きずり出すべきです。」

しかし、東部派遣参謀はこれに異を唱える。
彼らにしてみても、状況は理解しているし苦慮してもいる。
なにしろ、彼らは戦陣にあるのだから。

それでも、だからこそここまで粘った彼らは戦果を見込んでいる。
彼らが切望した決戦、撃滅の機会が今にも近づいているのだ。
少なくとも、集結中の敵を捕捉できる絶好の好機。

そう考えて彼らは中央を口説く。
参謀本部のみならず、軍事参議院や各将官に対してなりふり構わず。

「最後の機会です。今こそ、敵を決戦に追い込むまで引き下がるべきではありません。」

どのような形であれ、敵が出てくる。
そうなれば、東方派が切望している決戦に持ち込めるのだ。

故に、東方派の意見を代弁する参謀はほとんど感極まって懇願する。
勝つためには、一か八かであっても包囲撃滅し敵野戦軍を叩かねばじり貧だと。
だからこそ、全力を挙げて決戦態勢をと彼らは逸っていた。

「本気かね?こちらが場所を選べるならばともかく、今回は選ばされているようなものだ。」

対するゼートゥーア少将は醒めきった顔を浮かべていた。
戦争をしているという現実は、少将にとって数字の意味を全く別次元にまで昇華させてしまっているのだ。
つまりは、数が全てを支配しているという一つの諦念。

10人に1人が勝てることはあるかもしれない。
低い確率だが、ゼロではない。

だが、100人に10人が勝つのは?
あるいは、1000人に100人で勝つのは?
いや、今の現実に適用してみよう。
100万人に10万人で対抗できるだろうか?

10対10を10回繰り返すならば各個撃破も可能かもしれない。
だが、それはこちらが決戦の場を選びうるという前提があればこそ。

選ばされている身となれば、否応なく10倍の敵とぶつかる羽目になる。

「いるだけで衰弱していくような兵站線を抱えて、決戦戦力を張りつかせろというのは狂気の沙汰としか言えまい。」

そして、10倍の敵は強まることこそあれどもこちらは弱る一方。
救い難い事に、こちらの主力はなにもせずとも衰弱していく。

故に、馬鹿馬鹿しい限りとゼートゥーア少将は淡々と撤退以外の道を否定する。

「・・・東部軍は、この決戦によって敵を誘引撃滅し得ると確信しております。」

「意味がない。」

食いさがる東部軍参謀に対する解答は、おおよそ簡潔極まる切り捨てだった。

「・・・・・・・なんですと?」

「で?タンネーン・ニ・ベイクにおいて15万だったか、1個軍団撃滅したにもかかわらず連邦は情報部によれば新規に2個軍団編成したらしいな。」

もし。
この場で感情に支配されていない人間がいたとすれば。

悟っただろう。
傲然と立ちふさがるかに見える参謀本部の実力者。
恐るべきライン戦の立役者が苦悩しているのだ。

「なればこそ、回復しきれない規模の打撃を与えねばこちらがじり貧になるのではありませんか?」

「こちらが衰弱してはそれ以前の問題だ。ヨセフグラードに戦力を張りつかせれば東部戦線全域が薄くなる。わかっているのかね?」

「そのための機動軍団ではありませんか?それにある程度の規模であれば誘引撃滅の好機でありましょう。」

ぽろりと。
まだ若い参謀が冒険主義的な言葉を口にする。
タンネーン・ニ・ベイクで覚えた禁断の果実は素晴らしい味だった。
自軍に圧倒する敵軍を引きこみ、包囲撃滅。

おおよそ参謀、軍人ならば理想とする戦い方。
華やかしく、名誉に満ちた勝利。

「・・・私ならば。」

だが、狂った現実で勝ち抜くことを考える参謀というのは少々視点が違う。
少なくとも、奇跡の類を祈るほど神頼みで戦争するほどおめでたくはない。

偉大な勝利は結構だ。
その事に特に何かをいうつもりはない。
だが、偉大な勝利が偉大な終戦につながるかと言えば、そうではないとゼートゥーア少将は知っている。

「主力が突出している好機を見れば、東部戦線の突破による兵站線破壊を狙うがね。そうなれば、決戦以前に主力は飢えてお終いだ。」

単なる数の暴力。
おおよそ、戦術と無縁の力押し。
だが、伸びきった脆弱な戦線でこれに耐えられるだろうか?

なるほど、戦術の妙を発揮すれば一部は押し返せるかもしれない。
それでも敵に1点でも抜かれれば阻止するための予備隊が必要になる。
広大すぎる防衛戦に予備隊を投入して火消しできるかといえば全く別問題だろう。

「そうやすやすとは抜かせません。なにより、いざとなれば温存している大陸軍予備部隊を投入すれば良いではありませんか。」

ああ、とゼートゥーアは理解した。
さきほどから、妙に疲れると思えば。
人間、苛立ちが募ると何もかも億劫になるらしい。
思わず人目が無ければ手元の灰皿を能天気なことをのたまう馬鹿ものに叩きつけてやりたかった。

「なけなしの戦略予備を前提にするべきではない。」

「理屈はともかく、現状では取りうる最適な選択肢であります。」

馬鹿なことをいう奴だと叫びたいが虚しい。
はっきりと言って、この会議自体実のところガス抜き目的で行われているに過ぎないのだ。
参謀本部は帷幄上奏権を有するが、帷幄上奏権を有する唯一の機関ではない。

たとえば。

各方面軍上がりが大勢を占める軍事参議院にも帷幄上奏権はある。

作戦指導は参謀本部の管轄事項だとしても。
皇室や宮中まで干渉できるほど軍は国家の中の国家たりえていない。

「馬鹿なことを。機動軍団とて、まともに戦えるのは参謀本部が出した戦闘団程度ではないのか?」

この会議は、作戦の打ち合わせが目的という話ではある。
だが、より上の腹の中が見えないわけがない。
本来は参謀本部が起草していた戦略方針への露骨な干渉。
軍事参議院そのものは直接的な作戦作成権限が無いにしても、上奏はできるのだ。

それが通れば、参謀本部は目的を追求せざるを得ない。

・・・ここまで反対している参謀本部に、打ち合わせ?

形式論だ。
誰もが、心中で理解していながらも職務にせめて忠実であろうと機動軍団への懸念を提示。
側面を守ることになっている機動軍団の戦力は、額面はともかく内実は空っぽ。
帳簿上は、複数の部隊を有する。

「新編の部隊を複数有することは事実ですが、問題はありません。一定の戦力は有しております。」

だが。
新編の新鋭部隊などいるわけがない。
編成されたばかりの部隊とは、要するに部隊として未完成という事だ。
まして、今の帝国軍に素質良好な兵隊からなる新編の部隊を編成できる余力も無し。

なにより。

「・・・私の下に届いている報告では、“まあ、銃を撃つ真似くらいはできるかもしれません”との評価なのだが。」

「どなたが視察されたか存じませんが、現場を御存じないに違いない。」

苦々し気に、これだから現場を知らない中央派遣将校はという顔をする東部軍の面々。
それを冷静に眺めつつ、参謀本部側出席者は醒めた眼を向ける。
なるほど、確かに自分達は参謀本部の中央組。
現場の事を引きだされたら、口をつぐむべきだろう。

「ふむ、まあ確かにラインで生き残って叙勲された程度の将校だ。下士官に言わせればまた違うかもしれないだろうがね。」

だが、親愛なる“錆銀”がそう嘯いたのだ。
つまりは、その程度の連中しかいないのだろう。

そしてここまで会話しても、東部軍の連中は、東方派の連中は賭けに出る素振りを隠そうともしない。
この事実にゼートゥーア少将はほとほと絶望する。

「っ。では、其れ相応の増援を頂きたいものです。」

戦力が厳しい。
ソレを指摘されて、引き下がるのではなく増強要求。
はっきり言ってしまえば、露骨すぎる。

「単刀直入に言おう。増援は出せないし、そもそも余剰戦力がない。」

「・・・苦境にある友軍を見捨てられるというおつもりですか!?」

東部軍から派遣された連絡将校団。
その中で、これまで静観していた団長格の大佐が立ち上がり口を開く。
正直なところを言えば、彼が抑えてくれることを期待したかったのだが。

「大佐、貴様は馬鹿かね?そもそも増援など無用と豪語した揚句43号作戦で戦力をすり減らしているのは貴様らだ。」

心中、何度目になるかわからない溜息をつきつつガス抜きだろうというべきことを言う。
それだけが、今ゼートゥーア少将にできる最善だった。
ほとんど、何の役にも立たないだろうと諦観しつつも言葉を続ける。

「状況が流動的なのは御存じのはず。硬直した運用で破局を迎えるおつもりですか!?」

「ならばさっさと後退して防衛線を固めろ。それで時間を稼げば我々も増援を捻出する余力ができる。」

「それでは、将兵の血で贖った勝機を逃します!」

・・・合理的な判断ではないのか。

やはり、東方派は酔っているに違いない。
いや、彼らは常識的なのかもしれん。

どちらにしても、彼らは情がありすぎる。
将兵の血で贖うのは勝利ではない。
国家の生存だ。

そこまで考えて、ふと、違和感を覚える。

狂った世界の理で持って、人を諭す?
私も、狂った世界の住人になりつつあるらしい。

「・・・すでに、そんなものはない。」

勝機を探すことが、軍人の仕事なのかもしれない。
だが、自分には破局への道しか見えてこないのだ。
まるで、誰かに破局への道を繰り返し繰り返し予言されているかのような気配すら感じつつある。

いや、言葉を飾るまい。


『それで、どうやって勝利する?』

『徹底的に敵に敵の血を流させることを貫徹し、敵の戦争継続能力を粉砕します。』

自明の計算式を説明するかのような淡々とした解答。

思い起こされるのは、初めて出会った時の会話。
あのときは、感銘を受けたものだった。
今になってあの会話を思い出せば背筋が凍りつかざるを得ない。

・・・・・・・・・・・・・・化け物め。

あの、化け物め。

今の、この帝国の現状を。
未来を、今の世界を平然と予言していやがった。

『敵野戦軍の殲滅かね?』

『それは理想ですが、おそらく困難と思われます。陣地戦で防御に徹するべきではないでしょうか。』

ちがう、あれは。
あれは、知っていなければ言えない。
・・・だが、人の身でどうしてそれを知りえる?

「っ、しかし!やってみねばわかりません!」

「大佐、正直に言おう。貴様らがゴリ押しすれば要求している45号計画は承認されるやもしれん。」

・・・いや、間違いなくされるだろう。

もはや、阻止し得ない。

勝利という幻想を追い求める軍人どもに災いあれ。
この戦争は、奴らが知っている形態の戦争とはもはや次元が違うというのに。

「だからいっておこう。全滅だけは避けたまえ。東部軍が崩壊すれば、それこそ終わりなのだ。」

ああ、負けない。
ただそれだけ。
それだけが、どれほど遠いのか。

『はい、いいえ。勝利を目指さないのではありません。ですが、まず負けなければ帝国の勝利であります。』

貴様を消極的と。
それで、どうやって勝利すると訊ねた自分の愚かしさは嗤うほかにない。
ああまったく、狂気の世界で平然としていられるアレはなんだ?
レルゲン大佐が忌避するのが、ようやく、ようやく理解できはじめる。

化け物。
生み出したのは、我々大人。

ああ、畜生め!!!!!








デグレチャフより、戦闘団要員へ。
おしゃぶりを銜えたお子様の救援任務だ。
どこかの防疫官が仕事をさぼったおかげで、前線で足を引っ張る馬鹿どもが出てきてしまっている。

とはいえ、遺憾ながら救い難い無能だろうと形成しているのは防衛線だ。
放置しておけば、我々も面倒事に巻き込まれる。
未だに信じられないが、我々は側面防御部隊の側面を援護する。

本末転倒にも限界があるが、致し方ないだろう。
念のため、戦闘団本隊は三種戦闘配置。
状況を勘案し、一個中隊により哺乳瓶の配達任務を行う。
泣きやまない餓鬼どもにミルク瓶をくれてやろう。
第一中隊、私に続け。

上が子守りをやれと仰ったのだ。
本意ではないが、最善を尽くすぞ。



ノイズ交じりの通信。

悲鳴交じりの通信を耳に、ターニャ・デグレチャフ中佐は全速で空を駆けていた。
金髪をなびかせながら、彼女は白魚のごとき繊細な指で手元の演算宝珠を握りしめる。
絵だけみれば、それは戦乙女。
あるいは、天使と評してもよいほどの可憐な飛影。

『グループリーダーより、戦闘団各員へ。敵の新型だ。遺憾ながら、かなりやる。』
『防殻が分厚すぎる!爆裂式系では貫通できない!』『集束させろ!光学系術式で一点を貫け!』

『駄目です!?硬すぎます!』

凛とした強い意志を感じさせる碧眼は、恐れを知らない彼女の勇気を物語り
噛みしめられた白い歯は、友軍の苦境への思いを表しているかのようですらある。

だが、その外面とは裏腹にターニャは心中では自身の決断を盛大に後悔していた。
新型が出張ってきたというので、鹵獲してやろうと思ったのがつい先ほど。

たいていの場合、新型というのはモルモットだ。
そして、連邦の新型というのは鹵獲できればそれなりの功績になる。
側面防御が任務の友軍部隊。

機動軍団所属の連中が、突発的な襲撃で混乱している程度であれば大した規模でもないだろうと油断していた。

どうも、襲撃を受けたことによる混乱というよりも新手の敵に対抗できない事によるパニックで崩壊しているような気配がある。
下手をしなくても、自分から危険地域に飛び込んでいるというのが現状だ。

部下は戦争狂だが、私自身は保身主義者なのだがと心中で激しく後悔。

『CPより戦域管制。サラマンダー戦闘団が戦域へ来援中。600以内に到着予定。』

ともあれ、ここまでくれば阻止しなければ自分も厄介事に巻き込まれる。
幸い、肉壁が全滅していない以上後ろから援護できるだけでもついていると思う事にしよう。

「サラマンダー01より、グループリーダー。敵新型の位置情報送られたし。」

さしあたり、通信回線の状況は良好。
駄目でも要請するだけならば、タダだ。
割り切って通信回線を開いてみれば、あっさりpingに反応がある。

ふと頭に疑問が浮かぶ。

・・・いったい、敵魔導師はジャミングを何故しないのだろうか?

人形じみた顔を歪めつつ警戒の度合いを一つ上へ。
碌でもない事態しか想像できないと眉をひそめる。

『ち、チャーリーリーダーより、サラマンダー。現在データーリンク中。』

「っ、驚いた。何故戦線崩壊していない?」

だが、次の瞬間送られてきたデータに本当に愕然としてしまう。
敵魔導師大隊に、友軍魔導師中隊が突破分断され友軍歩兵部隊が各個に抵抗中。
一言で言えば、蹂躙戦を受けている最中と形容しても差し支えが無い状況。

にもかかわらず、データを見る限りではどの部隊も持ちこたえている。
練度がここまで低い部隊が、ここまで抵抗できるには何か別の原因が必要に違いない。

「敵は撃ってこないのかね?それとも、撃ってきても当たらないのかね?」

敵が撃ってこないのであれば、予想もつかない事態だ。
その時は、取りあえず危機にないのだと判断したことにして全速反転しよう。
引きしまった顔の裏側で、逃げる算段を考えつつターニャは返事を待つ。

『ご冗談でしょう!?散々撃ってきますし、あの馬鹿げた威力に当たればタダではすみません!』

「把握した。つまり、よほど頑強で馬鹿げた火力だが大して当たる不安はないということか。」

解答は、どうやら火力馬鹿。
命中率が低くとも、火力でその低さを補うつもりのコンセプト。
恐ろしく硬いという防殻と防御膜を考えれば、蹂躙戦用なのは間違いない。

幸い、敵の動きが鈍いので対応は可能だろう。
だが戦術で対応しなければならない。
つまりは、危険な綱渡りの必要も少しあるという事。
今回は壁がいるのでだいぶ楽だが。

「対魔導師戦闘の基本は、一撃離脱だ。諸君、少し見せてやろう。」

超長距離ながらも、敵魔導師の一部はすでに攻撃射程圏内。
すばやく魔力を演算宝珠に叩きこみ、造り置きの固めた魔力も惜しみなく注ぐ。
長距離砲撃じみた爆裂系だが、幸い友軍は距離をとっていることもあり誤爆の心配はいらない。

まあ、必要があれば誤爆やむなしと割り切っているが。

ともあれ、高速で飛翔しつつ最大限絞って狙いを定めた爆裂式が発現。
離脱不可能な速度で持って、敵中央にて強烈な爆発を惹き起こす。

蹂躙戦用に固まっていたところへの規格外な一撃。
短期間で注ぎ込める限界レベルまで注ぎ込んだ上で撃ち込んでやったのだ。

「馬鹿な。目標が健在だと?」

「・・・っ、驚きました。中佐殿の一撃を受けて浮いていられるとは。」

だが、並大抵の魔導師ならば受けただけで墜ちる規模の爆発にも連邦の魔導師は耐えて見せた。
正直、信じがたい。

「っ、堅固にも限度がある。集束系統の光学系だ。ワンショットでしとめろ。」

咄嗟に敵の防御膜自体は消失している事実に注目。
防殻へも全く打撃が与えられないというわけではないらしい。

そうであれば、広域に破壊力を撒き散らさずに集束させればと可能性を見出す。
手早く攻撃方法を再検討。

このような状況下において、何かをまくし立ててくる現地部隊への対応は後ほど考えることにしよう。
今はともかく迎撃最優先だ。なにしろここまでリスクを冒して前進している。

だが、思ったほどには手古摺らずに済んだ。
中隊から前衛小隊を斬り込ませ、私は残りの後衛組を率いて長距離射撃戦を展開。
光学系集束式ならば、分厚い防殻も貫通は可能。
必ずしも一撃必殺とはならないが、少なくとも有効打は与えられた。

後は、接近した連中が魔導刃で斬り伏せる。

「ゾーン・クリア!」

満足げに頷くと、ターニャは手早く部隊の損害を確認。
自分の中隊はやけど程度。
また、突撃を受けた友軍部隊は手ひどく追われたが損害自体は軽微らしい。
とはいえ、損耗比率の詳細は調べる必要がある。

逃げ惑うだけの新兵と、適当に追いかける連邦兵。
練度も何も感じられない不毛な消耗戦の様相を呈しつつあるのが実感されて非常に不安を感じさせる結果だろう。

「敵魔導師の墜落地点を捜索する。装備一式の回収が目的だ。できれば、遺体も収容したい。」

一先ず、当初目的である敵新型演算宝珠の確保を優先する。
可能であれば、連邦軍魔導師の遺体でも収容できれば敵の兵装や栄養状態も把握できるために回収を指示。

「時間が限られている。手早く行動しろ。」

辛うじて、統制を回復しようと足掻いている現地部隊の下士官をとっ捕まえて協力を命令。
もちろん命令だが、“よろしく頼む”とプリーズを付けるのを忘れない。
いやはや。
現場から嫌われては、管理職などできることは限られているのだ。

そんなことも理解できない新人を総合職として採用されているとわかった時の絶望ときたら。

まあ、私は歴史に学ぶ。
つまりは前例に倣う。

「それと、友軍部隊の損害を調べろ。」

「はっ?」

「相対していた部隊の損耗が知りたい。犠牲を出すのは常に痛ましいものだ。」

政治家の真似だが、まあ損耗に関心があるフリをしておくのは政治家にとっては必須の技能。
お悔やみを申し上げますと同レベルだが、それでも効果があるのは選挙が実証済み。
同情票など意味がわからない票があるのだ。

世の中、痛みを共有するのはともかく共有する真似ならやって損はない。

「了解。」

ほれぼれとする敬礼で飛びだしていく我が戦隊の兵士ら。
彼らならば、私の意図が疑われることもないだろう。
私がニヤニヤ笑いながらお悔やみを言うよりも、彼らが真摯に同情してれば信憑性も増すというものだ。

「厄介な相手だ。とにかく硬い。あれは、並みの魔導師では防殻を撃ち抜く前に蹂躙されかねん。」

それにしても。
本当に厄介な新型が出てきたものだ。
とにかく頑丈だという点で、とにかく叩き落とすのに時間が取られる。
物量主義の連邦相手にやるのならば、これは無視し得ない。

手古摺っている間に、味方がやられかねない。
或いは、自分の時に援護が期待しにくくなる。

思わず、頭を抱えたくなるが自重。
兵士の眼があることを考慮し、腕を組むことで代わりとする。

「っ、毛色の違う相手が出てきたようだな。」

さしあたり、戦闘団に警報を出しておくべきだろう。
そう判断すると、ターニャは近くの野戦指揮所へ通信機を求めて足を向けた。



第三種配置。
それが、繰り上げられるのにはさほども時間を必要としなかった。

「大尉殿!敵影急速接近中!規模、二個大隊相当!並びに後続多数確認!捉えきれません!」

中佐殿が一個中隊を直卒されて友軍救援に赴かれため留守を任されたのはヴァイス大尉。
当直室のすぐそばにある仮眠室で横になっていた彼にとってラインで聞きなれた音が耳に飛び込んでくる。
そのまま跳ね起きると、即座に指揮所に飛び込む。

「戦区に警報!機甲中隊へ即応命令。」

当直士官が口を挟む前に部隊を動かすように命令。
如何せん、親衛隊上がりの将校は攻勢には慣れていても突発的な襲撃を受けた経験が圧倒的に足りない。
加えて、砲兵や補助魔導師中隊は右往左往しかねないほど練度に難点がある。

「待機中の補助魔導師を索敵に出しますか?」

「・・・いや、迎撃の用意だ。手早くやってくれ。」

故に、彼は補助魔導師の索敵使用を早々に断念。
統制を乱すよりも、手元にひと固まりの戦力として投入し得る状況を保持することを優先する。
同時に、一番防御力が堅実な機甲中隊を外周へ配置するべく部隊へ出撃を命令。

「了解であります!」

訓練の賜物と、魔導師大隊付きの司令部要員らの経験が速やかな行動を生み出す。
誰もが、咄嗟に通信機器や地図を取り出し一瞬のうちに状況を把握できるように動く。
戦闘団の司令部だけは、24時間中佐殿の気分次第で抜き打ち訓練が施されるために一応の形にはなっている。

限度はあるにしても、ひとまず満足のいく水準であることにヴァイス大尉は安堵。

「機動軍団司令部へ急報。我、有力なる敵部隊と遭遇しつつあり、だ。」

事態の急を告げる報告を、形式通り機動軍団司令部へ報告するように通信兵へ指示。
命令を受け取った通信兵がキーを叩くのを見ながら、大尉は心中穏やかならぬ感情を辛うじて押し殺す。
ここに残留している将校の中では、彼が最高位なのだ。
部下が見ているという事を常に意識せざるを得ない。

「・・・、よりにもよって中佐殿がおられない時にとは。」

苦労人だと人に良くいわれる。
自分の力量は、決して悪くはないが常識的な枠組みに留まりがち。
言い換えれば、与えられた戦力相応の事はできるがそれ以上はできない力量。

あの中佐殿のストッパーとしてならばともかく、戦術的才覚は平凡だと自覚している。
それだけに、中佐殿が不在の時に攻勢を受けることには少々苦々しい思いを抱かざるを得ない。
なにしろ、機動軍団が攻撃を受けているという事が何を意味するかわかるのだ。

全戦線のうち、脆弱な横腹が集中的に襲撃されているという可能性。

「グランツ中尉、一個小隊で後方警戒。連絡線の警戒を行う。」

「後方に浸透されたとお考えですか?」

そこまで考えた時、上官から命じられていたことを思い出す。
そう、全面攻勢もしくは大規模攻勢におかれた際には包囲される可能性を考慮せよ、と。

「考えたくはないがね。大規模攻勢だ。考えておく必要もあると思う。」

敵が全面攻勢に出ているとすれば。
中佐殿は、どこかが綻び決壊する可能性を危惧されていた。
常に退路を意識せよ。
兵には意識させるべきではないが、常に指揮官は逃げ道を把握するべきだという指示。

それらを考慮すれば、やはり後方を信頼できる将校に守らせておく必要がある。

「了解です。」

手早く敬礼するグランツ中尉には、もはやライン戦線で見た情けない新米の面影はほとんど残されていない。
頼もしくなったものだと思いつつ、答礼。
足早に彼が退室するのを視野の隅に入れつつ、近づいてきた通信兵の方へ体を向けなおす。

「大尉殿、戦闘団長殿からです。」

受け取ったのはあまり暗号化されていない回線。
本来は、あまり使用が推奨されないが緊急時に限って使用が許可されている。

「ヴァイス大尉であります。」

「大尉か、私だ。敵の新型と交戦。撃退はしたが、厄介きわまる。」

ノイズ交じりながら、明瞭な声。
そして、厄介きわまるという上官の評価。
それだけで、敵の新型に関する警戒感が急激に高まっていくのが感じられる。

「特徴はどのようなものでした?」

「とにかく硬い。爆裂系では辛うじて防御膜を損耗はさせられても仕留められん。」

第一印象は、強度。
あの中佐殿が硬いと評価されるならば、それは間違いなく重防御なのだろう。

「では、対処法は?」

「確実に止めるには、集束系光学式。もしくは魔導刃だ。それくらいでしか防殻を越えられない。」

そして、解決策は現状力技しかないらしい。
聞いているだけで、あまり愉快な気分とは言い難くなる情報だ。
近接戦闘になるまで近づくという事は、それまで火線に身を晒すということ。
逆に、集束系光学式では動きが鈍くなりかねない。

「あるいは、冷却するか燃やすのも選択肢かもしれないがこちらは試す暇がなかった。」

試されていない情報が与えられるも、これは参考程度。

「防御膜だけで長距離爆裂式や砲撃を無力化しかねん。」

だが、防御膜だけで砲撃を無効化しかねないとは。
硬いといっても限度があるべきだろうと、彼は溜息をつきたくなる。
手早く、手持ちの対戦車ライフルを確認。
光学系が使えない歩兵で落とせる相手かどうかで対応策は劇的に変わらざるをえなくなりかねない。

「・・・随分と厄介な新型が出てきたものです。」

それだけに、咄嗟に言葉となったのは諦観の言葉。
戦場において、あまり良いモノでもないが。

「幸い、火力はあるが命中率・機動性は共に鈍重だ。機動戦に持ち込み、狩るしかないだろう。」

珍しく、中佐殿にしては歯切れの悪い解答。
対応策が見当たらないらしい。
伺う限りでは、中佐殿らは中隊の統制射撃と近接格闘戦で撃退したとのこと。

結局、消耗が激しかろうとも機動戦で踊るしかないというのはあまり気分が乗らない仕事を意味する。
顔色には出ないものの、大尉自身眉を顰めてしまった。
普通の部隊で、それをやるとどれほど犠牲が出るかと思わず考えてしまう。
高くつくというレベルではない。高すぎることにもなりえた。

だが、彼の思考は唐突にオペレーターの悲鳴の様な怒号に割り込まれる。

「大尉殿!アンノンです!魔導反応がライブラリにありません!」

緊張が張りつめたような雰囲気。
誰もが、一瞬アンノンという言葉に意識を向けてしまう。

「どうやら、そちらにも出たらしいな。」

だが、彼らの上官は実にこともなげに言ってのける。
それを、当り前だと。
驚くべきことではないと。

いつものように平然とした口調で。

「はっ。」

そして、ヴァイス大尉は良識的な人間であった。
つまり、いわんとするところは与えられた命題をきっちりと遂行する人物である。
そして、彼はできることは確実に行う。
そこには一切の例外が無く、誠実な任務の遂行があるのみだった。

いつも通りにやれと言われれば、その通りに行う。

「可能な限り損耗を抑制しつつ遅延防御。可能であれば、撃退せよ。」

「了解。」

故に。
ヴァイス大尉は適切に対応する。
少なくとも、誰が見てもソレが適切であると考えられる程度に。





あとがき

( ´ ▽ ` )ノ ネムイ

ちょっと、勢いで書いた。
追記・修正するかも。


ええと、いろいろとコメント頂いたのでまずそれから。
①感想板からの再び
二次創作に関して(暫定ながらも、取り急ぎ)

>金子様◆5f2c60f4
⇒金子カズミ◆324c5c3d ID:41149635様と同じ方でしょうか?

ええと、なんて言えばいいのかな、初めまして?
正直、全く考えてなかったので如何したら良いのか・・・。

らいとすたっふルール2004とか二次創作のルールそのものは
いろいろあるみたいなんですが、それでご飯頂いている訳でもないので。

あんまり、うるさい事を言わなきゃならないという立場ではありません。

取りあえず、
本作はXXX板とかオリジナル板とかを避けていただけるなら
今のところArcadiaさん内に限り二次創作で
どなたでも(まあ、いないだろうけど。)
世界観とか使って頂いても大丈夫にしようと思っています。

ただまあ、できれば、おんなじところなので一言
なにか適当にでよいので事前に伝えてもらえると心臓にありがたいです。

後、好き勝手本編は書くのでそこは最低限ご了承ください。

予想外にも程がある事態なので
(まさか、二次創作が出るような作品だとは!驚きでした。)
率直に言えばこれで良いのかちょっと自信がありませんが一応こんなところにしたいと思います。

Arcadia外では正直勘弁してください。
たぶん、本質的にチキンなのでメンタルが耐えられるとは思えませんorz

後、私自身いろいろなSSやコメントを読んで(実際できているかどうかは、別にして)勉強させてもらっています。それとコメントを頂けると励みになっています。

これからもグダグダと書いていくかと思いますが皆さんよろしくお願いします。

カルロ・ゼン

===ここまで

②うん、みんな大人なんだし、理知的にいこう。(´・ω・`)

“私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る”ってボルテールの名言らしきものもあるらしいし。

作品の好き嫌いあると思うけど、もういいじゃん。

荒らさないで行きましょう。
本当にヽ(;´Д`)ノ

(チキンなので命かけられませんし、本当にボルテールが口にしたかは疑問でも)


③お初の方々。
(・ω・)ノタイトルドオリダッタデショウ

タイトルって重要だと改めて思いました。本当にorz


④ロリコンは病気ですか?
⇒アンサイクロペディアをご参照ください。

⇔ロリヤはどうなるのでしょうか?
⇒XXX版はありえません。

⑤では、同志ロリヤの御顔を思い浮かべください。

次回予告。

罠が見破られたからどうだというのかね?
見破られたところで、逃れられなければ良い話だ。
諸君は知識と行動が常に一致するのかね?

ロリヤ文書第22253号 ヨセフグラード攻防戦時期に作戦指令書に走り書きされたもの。


次回、ヨセフグラード攻防戦。

・・・君は、生き残ることができるか。

追記
作者はZAPされました。(誤字という反動的行為により)
現在、新しい作者を培養中です。

ZAP



[24734] 第五六話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:42
罠が見破られたからどうだというのかね?
見破られたところで、逃れられなければ良い話だ。
諸君は知識と行動が常に一致するのかね?

ロリヤ文書第22253号 ヨセフグラード攻防戦時期に作戦指令書に走り書きされたもの。





懐かしい地について語ろう。
怨恨の地だ。
私の部下が、戦友が、幾多の戦士がこの地で亡くなった。
そして、私は生き恥をさらしている。
軍人としての私は、ここで死んだのかもしれない。

いや、生き恥を晒し続けているのだ。
残されたものの義務もほぼ果たした。
もはや、私がすべきことは語る事のみだろう。

『ヨセフグラード201』   著 エルンスト・ウィルヘルム退役元帥



「第七区画通信途絶!」「第332突撃猟兵中隊より緊急、敵戦車部隊です!」「第54戦区に中隊規模の敵魔導師浸透中!」
「即応中隊、予備が付きました!」「友軍航空部隊、来援まで300!」「第六ブロックのFACがやられました!」

飛び交う無線通信。銃声や断続的に響き渡る砲声をバックに通信兵が声をからして叫び続ける。
かき消されないようにと声をからして叫ぶ通信兵らを避けながら、第24戦区と名付けられた戦域を担当する若い中尉は最後の予備隊を率いるために駆け出す。
市街地の区画ごとを争う市街戦。
入り組んだ市街地は、その路地一つ一つの支配権を争い壮烈な激戦が繰り広げられている。

『広域管制。第六ブロックは以後第七ブロックFACへコネクト。第54戦区に敵魔導師浸透中。』

耳に飛び込んでくる広域通信に舌打ちしながら、彼は辛うじて中隊と共に送りこまれた第24戦区に到着。
昔は立派だったであろう小学校の残骸に紛れながら、突破を図ってくる敵の歩兵部隊を迎え撃つ。
手持ちのライフルは、超近接戦では役に立たないのでとっくの昔に放り出していた。
手には、近接戦に優れた短機関銃とナイフ。
小銃は選抜歩兵だけに与えて、機動力と投射火力を重視している。

「着剣!突き殺せ!!!」

怒号が飛び交い、各下士官らに率いられた分隊が各個に近づいてくる連邦兵と交戦。
銃剣やシャベルという原始的な道具で人間が殺し合うというこの世で最低の戦場の一つ。
いや、この世というよりはあの世の最寄り。

はっきり言えば、碌でもないところだ。

「Ypaaaaaaaaaa!!!!」

「っ、押し返せぇ!!」

同時に、最も油断できないところでもある。
叫び声をあげながら斬り込んでくる敵兵にシャベルの刃を叩きつけ、痙攣するそいつの頭に叩きつけると蹴り飛ばす。
辛うじて、というところだが中尉の分隊は浸透してこようとする敵歩兵を撃退できていた。

「左翼の弾幕が薄い!機銃班、何やってるの!?」

「押し返せ!押し返せ!敵はド素人も良いところだぞ!」

幾人かの古参下士官らが中心となり、部隊は苦闘しつつも良好な統制を保持。
押し込まれそうな陣地や、危うい場面もギリギリながらもベテランらの献身によって耐えられた。
防衛線を瓦礫沿いに構築することにも成功。
突撃してくる敵歩兵の流入量も、わずかながら減少しつつあるようだった。

よし。

上手くやれている。

彼は、一先ず安堵の息をつく。
状況は、流動的ながらも押し返しつつある。
悪くはない。
小康状態を確保し、逆襲への備えができつつあるのだ。

ともかく、報告しなければ。
そう判断した中尉は通信兵を探して視線を左右に動かす。

だが、戦区司令部に向けて拠点確保の報を入れようと通信兵を探すために視線を動かした時。

その時だった。

「た、退避ィイイイ!!」

魔導師。
連邦軍魔導師。
それも、一個大隊規模の魔導師が巨大な術式を形成しているソレ。
ソレが眼に飛び込み、知覚と同時に中尉は叫び声を上げていた。

確認された連邦の新型演算宝珠の威力。
帝国軍技術廠によれば、馬鹿げた火力もお粗末な命中率でさほどの脅威もないとか。
だが、とにかく頑強な連中で歩兵はとにかく奴らが苦手だ。

そして、市街地では命中率も糞もない。
区画ごと爆破されれば避けられるはずもないのだ。

近くの物陰に飛び込もうと体を動かす。
それは、叫ぶとほとんど同時だった。
叫ぶと共に、行動を開始。

しかし自分の行動があまりにももどかしく感じられて仕方がない。
まるでスローモーションで敵の魔導師を見ているかのような感覚。
信じられないほど、体の動きが遅く感じられるのに愕然とした時意識が突然墜ちた。

「中尉殿?・・・フォスター中尉殿!?」





シャベルは持ったかね?
お子様たちの眠る場所を掘るためには絶対に必要な一品に違いないだろう?
もちろん、敵の頭蓋骨に穴を掘るためにも使えるという意味では逸品といってよいものだ。

ああ、5キログラムまではポテトマッシャーを許可しよう。
諸君に限らず皆はポテトが大好きだからね。
もちろんだが、いざという時のための鉛飴はたくさん抱えておくように。
お子様たちが泣いているかもしれないのでね。
舐めさせてあげれば静かになるだろう?

うん、素晴らしい
装備の手配は各自ぬかりないようだ。

よろしい。
準備はできているようだ。
第一中隊、いつもの如く私に続け。
いつもの如く、帝国に尽くせ。

いつもの如く子守の時間だ。
だが、あまりにも同じことの繰り返しでは飽きるというのも事実だ。
なんなら、子守唄でも歌ってやろう。



『ホテル7よりサラマンダー01。ホテル6よりコネクトを引き継いだ。確認されたし。』

『サラマンダー01コネクト。感度が悪い。電波状況は最悪だな。目標を指示されたし。』

ノイズ交じりというより、ノイズに通信が混じっているかのような通信状況。
耳が馬鹿になりそうな雑音が多すぎると、ターニャは秀麗な顔を盛大に顰める。

高度8000
最大戦速で飛ばすには、連邦の空は夏でも寒過ぎだ。
おまけに誘導ビーコンが散々混線した揚句に、信号そのものが喪失。
ようやく繋がった友軍管制とのコネクトもノイズが8割というありさま。

寒くて雑音にまみれながら不完全な情報で戦場に放り込まれるのを喜べるのは狂った歩兵指揮官くらいだ。

『結構。友軍の歩兵中隊が第24戦区で中隊規模の敵魔導師と交戦後通信途絶。エリア24へ急行せよ。』

舌打ちしたくなるのを堪えて頭に地図を思い浮かべる。
第24戦区といえば、ホテル6管制下にあった戦区。
FACが区画ごと爆撃か砲撃で吹っ飛ばされでもしたのだろうか。
いや、友軍部隊が抵抗中という事はFACが狙撃兵にでもやられて混乱していることだろう。

『サラマンダー01了解。敵部隊撃破と友軍残存部隊の収容を試みる。』

通信障害から勘案するに、通信が途絶したのは一時的なトラブルによるものと判断。
全滅していれば、友軍部隊の救援という手間が省けて楽なのだが。
まあ、壁になるべき友軍部隊が摩耗すること自体は望ましくないと判断。

一方で最大戦速にて追随してくる部下らは最後の盾だ。
これもそう簡単にすりつぶしたくはない。
だが、すでに戦区全域で連邦が攻勢を開始しているため手札を全て使わざるを得ない状況。

機甲部隊と猟兵どもはすでにグランツ中尉の一個魔導中隊を付けてドーン河で交戦中。
友軍連絡線の死守が目的だが、正直戦闘団程度に任せるべき任務ではない。
辛うじて、機甲部隊と自走砲の機動力で浸透してくる敵の頭を叩いてひっこめさせてはいるが対処療法にも限界がある。

『ホテル7了解。・・・っ、待て、追加情報だ。』

難しいな、と唇から我知らずに溜息が洩れて白い溜息を生み出す。
白銀の世界を駆ける姿は憂いもあって美しいと形容できるかもしれない。
だが、当の本人にとっては頗る不快きわまる状況だ。

『第23、25にも中隊規模の敵魔導師との報。くわえて後方より大隊規模の敵部隊がそれぞれ進撃中だ。撃退し得るか?』

切迫した管制官の音声に頭を切り替える。
咄嗟に思い浮かべる戦区地図で、第23-25戦区に撃ち込まれた楔の打撃力を想定。
防御の固い連邦魔導師を先頭に強行突破を図る意図は明白。

問題は、それを阻止するためには組織的な防衛線が不可欠という事。

『難しい。引っ張りだこでな。この中隊で我々も打ち止めだ。』

技量で劣るつもりはないが、如何せんあれは強固な防御力を誇る。
あの防御膜を吹き飛ばし、本命の防殻を撃ち抜くにはどうしても時間が必要だ。
どこか一つの戦区なら排除し得るにしても、そのころには残りが落ちているだろう。

『ホテル7了承。阻止もしくは遅延戦闘で構わない。友軍の再編まで時間を稼いでくれ。』

『サラマンダー01了解。』

忌々しい事に、FAC共はいつも無理難題をいってのける。
友軍爆撃機でせめてコミーの歩兵だけでも排除してもらわなければ到底手が足りるとは思えない。

「・・・全戦域で攻勢を受ける?」

ウラヌス作戦か?
しかし、それにしては早すぎるような気もする。
だが、タイムスケジュールなど信頼するべきではないしそもそもタイムスケジュールがあるかどうかも不明だ。

気分を転換。
やるべきことは、単純明瞭と割り切り効率を追求する。
仕事は、雑念を払って専心すべきもの。

まして、戦場だ。
呑気に考えごとをする前に、敵を殺さねばこちらが死んでしまう。
後悔や懺悔をするならば、せめて殺してからにするべきだと部下にもいってある。
なにしろ、それは生者の特権だ。

生命を賛歌したい気分である。
これこそ、人間だ。

『機動防御を提案する。防衛線を一段後退させたい。』

生き残るためにも最善を尽くす。

頭の中の地図を纏めると、ルートが分散している状況で抵抗するよりも後退して戦線を再編するべき状況と判断。
幸い、第23-25戦区への交通路は第16戦区に流れ込む形だ。
第23及び25戦区の防衛戦力と第16戦区の部隊を合流させればある程度の抵抗力は確保可能。
同時に防衛線を下げれば、防衛正面に敵を誘導させることもできる。
防衛線を後退させつつ、各個に敵を撃破する機動防御にとって最適な状況だ。

市街地で機動防御というのは、教本にはないやり方だが成功の公算は高い。
なにより、機動力に優れる魔導師部隊は動くのが本分。
定点防御は機動力を持つ火力点を単なる火力点にしてしまう。

『・・・FACの権限を越える。貴官の部隊は、遅延戦闘を行われたし。』

『ホテル7、私には独自行動権がある。・・・認められなければ離脱すらできるのだぞ?』

だが、提案に対する耳を澄まして返事を待った解答は聞くなり顔をしかめざるをえないようなもの。
秀麗な眉をひそめるというよりも、鬼の様な形相を浮かべて通信機越しに声を少し落とす。

やりたくはないが、死守命令を喰らうよりは独自行動を選択する方がマシに違いない。
同時に、相手にFACの命令を唯々諾々と頂戴する訳ではないという意思表示。
敵を造る行為でやりたくはないが、命に勝るものはない。

ノーと言えるデグレチャフでなければならないのだ。

『ホテル7より、サラマンダー01。貴方を敵に回すつもりはない。少しだけだ。すぐに上級司令部につなぐ!』

結構だ。
わかっているのならば、妥協しよう。

『いや、済まない。感謝する。』

やれやれ。
後手後手に回りすぎている。
先んじれば人を制す、というのだが。

これでは、制されてしまうではないか。

一応、友軍に事態を警告するためのレポートなり書状なりはばら撒いたのだが効果はいま一つらしい。
主導権を回復し得ずとも、なんとか相手の意図を封じ込め続けたいものだ。
せめて、コミーに国土が蹂躙される前に資産だけでも。
どうにか、資産だけでもスイッツァランドに逃がす時間が欲しいところ。

本音で言えば、帝国には東部戦線を再編して何とか条件講和に持ち込めればよいなぁとも思う。
そうすれば分断は避けられるし、コミーの不愉快な拡張も見ずに済む。

だが、今は目の前の事に集中するとしよう。

『戦域まで60秒!総員、ツーマンセルを確認せよ。小隊ごとに、突入用意。』

『『『了解。』』』



B集団司令部を司るエルンスト・ウィルヘルム上級大将は憂鬱な表情で手元に届けられた情報を見比べていた。
一つは、たった今前線の強行偵察部隊が収集してきた前線の情報。
それによれば、連邦軍主力部隊はルージエンフ付近に集結中の徴候が顕著に表れているらしい。

第9軍指揮官は、ただちに増援を要請してきていた。
増援を送らねば、モスコーへ進軍するための起点であるルージエンフ突出部が包囲殲滅されかねない状況だという。
通常の状況であれば、ただちに予備部隊を急派するべき状況。
だが、一つのレポートがウィルヘルム上級大将の頭にストップをかけていた。

機動軍団所属の野戦将校が書いたというレポート。
ただの、参考という程度にはあまりにも連邦の行動原則を分析しすぎているとまで恐れられたソレの著者によるものだ。
通称X論文として知られるレポートの著者が記した連邦軍の行動予想。

それによれば、連邦軍はヨセフグラードを罠にかけるために各戦線で陽動攻勢にでると予見していた。

あの病的に白い中佐。
人形じみた表情に、らんらんと光る碧眼は狂気を感じさせて止まない。
聞けば、戦場で盛大に讃美歌を歌っているという。
白い外見と銀翼突撃章受賞の栄誉からから、“白銀”と二つ名を付けたらしい。
だが、はっきり言って返り血に染まって“錆銀”も良いところだ。
あの金髪など、月光で焼かれた狂気の色にしか思えない。

通常であれば。

あんな狂人の口にする予想など一顧だにしない。
だが、あれは狂人ではあっても本物の狂気と知性が同居している。
すくなくとも、味方より敵をたくさん殺せる士官だ。

そんな狂気と英知のブレンドされたような戦況予想によれば。

『敵の攻勢は全てヨセフグラードを起点とした作戦行動であり、我が軍は直ちに後退するべきである』という結論だ。

東方派にとってみても、少なくとも撤退するべきであるという意見はともかく予想の正確さは認めている。
なにしろ、第43号作戦に対する危惧は正しかったのだ。
その点は誰もがしぶしぶ認めている。

「本命は、ヨセフグラードでしょう。アレの嗅覚は信頼すべきだと考えます。」

その最先鋒が第四軍団のヴィクトール・フォン・シュラー大将。
東部派の中ではいち早く東方派の提唱する包囲撃滅作戦の危険性を指摘している人物でもあった。
同時に、彼は東部派の将校としては珍しく西方のライン戦線で戦火の洗礼を受けてもいる。

それだけに、ラインで鍛えられた狂犬の『鼻』に対しては経験則から強い信頼がある。
あの戦場を生き残るには、何がしかの特別な嗅覚が必要だったのだ。
その嗅覚を持ち合わせている戦場帰りの中でも、『錆銀』は卓越した勘を有す。

「なにより、我々はヨセフグラードに大部隊を密集させ脆弱な横腹をわずかな機動部隊で防衛しております。」

加えて、とシュラー大将は憂慮が止まらない。
脆弱な横腹に、突出した集団。
まるで、タンネーン・ニ・ベイクが立場を逆転して再現されているかのようだ。
煙草に火を付けて、一服する態で動揺と湧きあがってくる恐怖を抑えながら彼は恐れている事態を口から吐き出す。

「我々が引きずり込まれている可能性は無視し得ません。」

「いえ、危惧自体は御尤もながら敵の本命はモスコー防衛にあるかと思われます。」

だが、複数の参謀や将軍は強行偵察の結果を重視してやまない。
集結中の連邦軍は、すでに軍団規模を凌駕し総兵力で100万とも予想される巨大な戦力。
車両だけで戦車2000両。
魔導師の規模も2000名はくだらない反応だという。

これが、モスコー付近の突出部に集中して配備されていればその意図は明瞭だろう。

偽装を考慮しても、さすがにこれだけの規模が動いているとなればどうやっても誤魔化せる許容量ではない。

「ルージエンフ突出部は43号作戦の陽動でしたが、同時に包囲殲滅するために敵軍を誘引する目的も兼ねています。」

連合王国ではなく、東方戦線、東部軍を優先するべしとする東方派、もしくは東部派にとってみればこれは絶好の好機でもある。
確かに危機だが、彼らは同時に待望の決戦に敵の大部隊を引きずり出すことも可能になるのだ。

この事実は、敵が主要な攻勢を駆けてくる地点をヨセフグラードと予想するシュラー大将ですら認めざるを得ないもの。
シュラー大将自身、ウィルヘルム上級大将と同様にどちらが敵の主要な攻撃地点かは定かに判じ得ないでいるのが実態だ。
ただ、シュラー大将はラインでの経験から狂犬が狂った理で持って真実を嗅ぎあてている可能性を排除し得ないでもいる。

あれは狂っているが、同時に戦機に対しては誰よりも鋭敏だった。

「しかし、現実にはヨセフグラードで激戦が繰り広げられている。増強があるとすれば、そちらの優先度は低くないはずだ。」

我ながら、確信が無いというのは困ったものだと自嘲しながらの反論。
ヨセフグラード攻防戦は、徐々に市街全域を制圧しつつある帝国軍と、なんとか時間を稼ごうとする連邦軍による局地戦だ。
すでに実質的には攻略したも同然の地域。
残敵掃討の段階にあるというのが、一般的な認識だ。
ときおり、増援部隊が戦線を掻き乱すことで乱れることはあっても状況はこちらに優位とされる。

実のところを言えば、連邦軍がより重要度の高いモスコーを面子にかけて今度こそ防衛しようとしたところで一向に不思議ではないのだ。

「敵が、当初の想定通りモスコーを重視したとしても不思議ではありません。」

事実、東方派の参謀らは当然の如くその事実を指摘してくる。
面子を重んじる連邦が、狂犬に散々辱められたのはつい先日の事。

その記憶も生々しい連邦にとってルージエンフ突出部は、確かに深刻な問題に見えることだろう。
排除を切実に望んだところで、おかしなところはなに一つとしてない。
いや、むしろそれを放置していることの方が理解に苦しむほどだ。

「幸い、ルージエンフ突出部の防衛はある程度整っております。」

自信ありげに、口を開く東方派の作戦参謀ら。
彼らとて、ヨセフグラードの可能性を考慮しないわけではない。

だが、彼らの常識にしてみればここまで大規模な戦力が1点に向けられることの意味は明白だった。
たまたま、モスコーかヨセフグラードのどちらかが争点たりえた。
そして、偶然ながらもどうやら連邦はモスコー防衛を優先しているということ。

結論が導き出された後は、迅速かつ速やかに対応策が立案されている。

「ここで、誘引した敵部隊を包囲しえれば敵の予備戦力をことごとく叩き潰すという当初目的が達成されるはずです!」

戦争機械としての帝国軍参謀らは実に精緻な計画を立案し終えていた。
大規模反攻作戦による敵の逸った攻勢を、逸らしつつ包囲に持ち込みその後撃滅。
複数の部隊が連動し、各級指揮官の判断力が試されることになる作戦でもある。

だが、これまで培われてきた帝国軍という組織はそれを可能と為し得るほどに精緻な軍機構を有した。
同時に帝国軍人の力量は、過ちも多かったが決して劣ってはない。
むしろ、野戦指揮官に関する限りは卓越したと形容し得る力量を現状でも保持し得ていた。

それが意味するところは単純かつ明瞭。

夢にまで見た包囲撃滅作戦があと一歩手前にまで迫っているという事実。

誰もが。

帝国中の誰もが切望してやまない完全な連邦軍撃滅の好機。

「閣下、ご決断ください!」

「閣下!!戦機は熟しました!御命令を!」

誰もが、居並ぶほとんど全員が確信してしまった状況。
ごく一部の将官だけが与えられた機密論文と情勢分析から危惧を覚えて躊躇するも、大勢は決している。
なにしろ、根拠の乏しい一野戦将校の“勘”とやらだ。

魔導師などという個人が卓越した力量を持つ世界で殺しあっている連中の“勘”というものの意味を理解できる人間は少ない。
きっと、狂った世界の狂った仲間達だけがその“勘”とやらを理解できるのだろう。
なにしろ、一般的には“白銀”というよりは“錆銀”とでも呼ぶべきおぞましい何かが囁くのだ。

それを根拠に、自信に満ち溢れて決戦を待望する参謀らを説き伏せられるかと言えば答えは断じて否。

シュラー大将は、舌打ちを堪えつつ煙草の煙を肺に吸い込み頭を回転させてどうすべきか急速に思案。

不味い事に、ウィルヘルム上級大将自身はルージエンフ説に当初から傾いているようだった。
ここで、大勢が決してしまえばおそらく上級大将は主戦場をルージエンフに設定してしまう。
だが、悲しいかな。
制止する材料が乏しい。

加えて、自身もはっきりと確信を持ちえずにいる。

いや、そもそも本当にルージエンフなのではないか?
あの狂犬も勘所を外したのではないのか?

そんな疑問が常に付きまとうのだ。

故に、彼は躊躇した。

そして、それ故に生涯その決断を後悔することになる。



=====
あとがき

※白銀☜白い肌+銀翼突撃章=白銀だね!
⇔現在、物騒すぎて“錆銀”呼ばわりされます。

ええと、肌は白ですが、銀髪じゃないんです。残念。

とりあえずターニャたん(*´Д`)ハァハァ
とかはZAPZAPして良いでしょうか?

後、ロリヤの深謀遠慮に惚れた方は是非、お気軽に彼らのオフィスのドアをノックしてみてください。なにしろ、お気軽にと看板がかかっていたらしいので。

今回は、第二次ルジェフ会戦を用意中です。
次回、夢にまで見た大勝利にご期待ください。

※>ゼブラフィッシュ様

Σ(・ω・ノ)ノ
驚きでした。

(´・ω・`)ナンゾソレ?
状態です。

なんと言えばいいのだろう。
知らんうちに、またなんか・・・。

取りあえず、スルー。



※また誤記という反動的行為があったので作者を培養槽から取り出し
ZAPZAPしておきました。本当に、困ったものです。

あと、銀髪ロリカードとか、うん、危なすぎる。
それは、ロリヤ勝利フラグすぎるので自重しましょう。

一応、中佐殿はドイツ系ですので。
いや、今から銀髪に変更も・・・・うん、自重。

それにしても、東部軍不憫な評価orz
弁護しておくと、彼らは有能なんです。
というか、くまー族がおかしいんです。

つ実際のスターリングラード攻防戦時に“NKVD”に処刑されたソ連軍人
:その数なんと、一個師団を上回る1万3千人!


損害を考慮せずにただ物量でひら押しするのが、これほどに恐ろしい。

ZAP



[24734] 第五七話(外伝追加)
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:41
ごきげんよう。
親愛なる帝国臣民の皆さま。
小官は、現在ルージエンフ突出部における作戦行動に従事中であります。
遺憾ながら、軍務多忙につき御挨拶を正式に申し上げることが叶いません。

軍事行動の詳細につきましては、後ほど軍の広報官より正式な発表があるまでお待ちください。
メッセージがある方は、従兵までお申し付けください。

軍務とはいえ、不在の御無礼をいたします事をここにお詫び申し上げます。

サラマンダー戦闘団、戦闘団長、ターニャ・デグレチャフ魔導中佐





一瞬途絶した意識が目覚めたのは、神経の焼けるような刺激が原因だった。
訳の分からない感覚。
久しく忘れていた感覚。

衝撃波にシェイクされ廻りかけた頭がその刺激を何とか理解しようと努め、結果それが知覚される。

それは、とてもなじみ深いモノ。

それは、痛み。
痛みを自覚した瞬間に、痛みが痛みと頭と体で理解される。
そう、痛みだ。

痛い。

肩がズキズキと痛む。
わずかに、痛みが去ったかと思えば鈍痛がぶり返す。

痛い。
痛い。

辛うじて、意識は保っているが痛みで思考に靄がかかる。
頭が回らない。
ここはどこだ?
戦場だ。

痛い。
痛い。
痛い。

キリキリと締め上げられている。
痛覚が、ぎりぎりと理不尽な痛みを神経越しに断続的に送ってよこす。
何をしている?
飛んでいる。
敵陣地へ向かって、飛んでいる。

痛い。
痛い。
痛い。
痛い。

痛みで朦朧とした頭に浮かぶのは、簡潔な疑問。
どうして、こんなに痛いのだろうか?
簡単だ。
右肩が吹っ飛んでいる。
そこから、色々なものがだらだらと流れているのだ。

痛い。
痛い。
痛い。
痛い。
痛い。

どうして、私の肩はえぐられているのだろうか?

そこまで考えて、痛みで意識が飛びかける。
動かすだけで、意識が飛びそうになるが如何せん魔導師は丈夫らしい。

咄嗟に、治療用の術式を全力で展開。
ほとんど、条件反射で痛み止めを精製、投入。
望ましくはないものの、飛行術式を乱すわけにはいかない。
そのまま止血と増血のために術式を並列起動しつつ、傷口を強制的に縫合。

肉がえぐられる痛みが徐々に消え失せてくることを実感しつつ、縫合を完了。
今更ながら、右腕の感覚がマヒしていることに気が付く。
どこか、他人事じみたような頭でそれを自覚。
同時に遅まきながら、隊列後方のグランツ中尉がこちらの異変に気づいたらしい。

混乱を広げないように。
それを考えたのはほとんど、条件反射だった。
だが、近づいてこようとする彼を手で制止しようとしてようやく右手が動かなくなっていることを実感する。
神経がやられているのか、痛みで麻痺しているのか。

ともかく、片手では非力なこの身がさらに非力になってしまう。
そのことは、処理能力が混乱して低迷している頭でも取りあえず理解できた。

右手が使えないのは、困るなぁ。
神経からの情報に混乱した脳で、漠然と浮かんだ思いがそれだ。
まあ、動かせるようにすればいいのだろうと即断。
そして、なんとなく右手を動かすために魔力でラインを形成していた。

疑似神経じみたものをわずかな間に造り出し、それを現世で自身の右肩へ固定化させる。

笑いたくなるほど、単純なことだが、ライン越しに伝わってくる痛みで、つながったことを確認。

ハンドサインで大事ないことを示し、突撃継続を命じる。
じくじくと痛みが残る肩。

コミーに傷つけられたということが、今更ながらに理解できる。
ログを見れば、徹甲弾の直撃。
それも152ミリ以上のソレだ。
防御膜や防殻がごっそり持っていかれている。
かすめただけで済んだのは、ほとんど奇跡の類だろう。

我が身の幸運を噛みしめつつ、ターニャは世界のありとあらゆる超常的な存在とやらが同じ痛みを共有することを望む。
苦しみを独占するのは、本意ではない。
同時に、朦朧としつつある頭で軍の命令を再確認。

『攻勢に出てきた敵軍集団を包囲、後殲滅。敵余剰戦力を全滅させよ』

思えば、命令だった。
気乗りしなかった上の殲滅命令だが、此処に至っては躊躇する気も湧いてこない。
殺し合いなのだ。
そうだ、殺し合いだ。

ここは戦争がある世界なのだ。
世界は、平和では断じてない。
ルールが違うのだ。

殺さなければ、殺されてしまう。

躊躇していることは許されない。
まず殺そう。
それから、考えても遅くはない。




「まず、念のために刺せ。死体に見えても油断するな。銃剣で突き刺して、反応を確認しろ。」

荒れ果てた戦場の跡地。
つい先刻まで、懸命な抗戦が行われていた陣地。
ところどころ、泥と血と何かがぐちゃぐちゃに火力によってブレンドされた大地。

いや、蹂躙されたのだ。
悪鬼羅刹ですら、裸足で逃げ出すような魔女の手によって。
情け容赦なく、人間としてではなく駆逐されるべき何かとして追い立てられながら。

「手間であっても、足を使うな。銃剣かシャベルを使え。」

大破した野戦砲が設置されている陣地。
あるいは、被弾して、故障して放棄された装甲車両の陰には物言わぬ屍が累々と横たわっている。

そこに乗り込んだデグレチャフ中佐の第一声は、百戦錬磨を自負する降下猟兵らですら肝が竦むほど現実的だった。
いや、狂気の世界に入り込んでいたというべきだろう。
わずかな生き残りすら許すつもりのない言動が物語るのは、ただ一刻も早い殲滅を願うという事。

そして、眼前にて示されている世界は暴威の痕跡だ。

これらが、これらが全て目の前で仁王立ちする中佐殿によるもの。
軍服をどす黒く染めつつ、平然と戦い続ける魔導師。
熟練の軍医が処置なしとさじを投げる重傷だったにもかかわらず、敵を殺し続けた戦闘狂。

「制圧が完了次第、攻勢を再開する予定だ。時間をかけるな。手早くやれ。」

泥濘をかき分けて進軍する装甲部隊をバックにデグレチャフ中佐はハッパを飛ばす。
とにかく、手早くやれと撃たれた筈の右手を振ってだ。
同時に、必要最小限度の用意も怠りなく手配。
自走砲部隊は、すでに間接射撃を再開し直掩を除いて魔導師は先行して戦果を拡大中。

潰走する連邦軍の背中に鉛玉を馳走していた。
降下猟兵らにとっては、信じがたいことの連続だ。
戦闘団へ配置され、初日に行われた教導以来魔導師連中の異常さは知っているつもりだった。

だが、現実は遥かにそれを乖離している。
デグレチャフ中佐殿からして、人間離れしているとしかいうほかにない。

『本部より、サラマンダー戦闘団。左翼を第七師団が制圧中。』

『サラマンダー01、感度良好。右翼敵殿軍を粉砕。繰り返す、右翼敵殿軍を粉砕。』

侵入してきた敵軍の包囲せん滅作戦。
その先鋒を担うサラマンダー戦闘団に課せられた任務は左翼突破部隊とのコンタクト形成。
早い話が、右翼をぶち抜き左翼をぶち抜いてくる第七師団と合流、その後包囲形成任務という事だ。

当然、本来であれば第七師団の突破成功によって敵防衛線を動揺させしめた後に戦力の劣る戦闘団が支援を受けて打通すべきものだろう。

だが、デグレチャフ中佐は第七師団に遅れることを拒否した。

「・・・戦闘団諸君、命令である以上諸君に抗命は許可されない。軍人である己を恨め。」

それは、それは素晴らしい笑顔。
作戦開始直前に中佐殿は可憐な笑顔を浮かべておられた。
我々、降下猟兵にとっては地獄への誘いそのものに思えてならない微笑み。
そして魔導師達も嗤っていた。
最悪の戦場へ突撃させられるというのに、平然と笑って応じる魔導師達。

「打通作戦だ。第七師団に寸土でも遅れをとれば抗命と見なす。なんとしても、なんとしても先に到達せよ。」

思わず、降下猟兵どころか戦車兵ですら躊躇するような峻烈な命令。
それどころか、中佐殿は黙りこくった部隊を一瞥すると指揮杖で地図を叩きつけた。
押し付けられた指揮杖の先が示すのは会合予定地点。

誰もがその地点を注視した時、指揮棒はゆっくりと街道沿いに動き始める。

「諸君、会合地点で第七師団と合流。包囲は奴らにやらせろ。我々は殲滅戦だ。撃ち漏らしを出すなよ。」

「た、単独で、でありますか?」

「もちろんだ。」

そして、面白くもなさそうに地図を一瞥すると地図の会合予定地点を再び指し示す。
後は、議論ではなく行動が求められていた。
誰もが不安げに行動する中、彼女の古参大隊はただ迅速に展開を開始。
いや、いつもの如く理不尽に猛威を発揮していたというべきか。

そして、今に至っている。


直面した連邦軍による迎撃。
なるほど敵部隊の抵抗は、まさに強烈の一言につきる規模だった。

機械化された連邦軍の機動力は決して低くはなく、かつ火力に至っては相当充実していたほど。
最近、情報部から警告が出されていた連装ロケット砲による面制圧火力は驚嘆に値した。
対して、我が方の火砲は自走砲が辛うじて展開できた程度。

あの中佐殿をして、防殻を撃ち抜かれるほどの密度と火力が構築されていた。
152㎜だ。
いやはや、かすめただけとはいえ人間が152㎜とぶつかったのだ。
まともな人間ならば、当たっていれば死んでおくべきだろう。
ところが、中佐殿はそれをさして気にもすることなく突撃を継続されていた。

そうして、今凱歌を上げているのは我ら帝国軍。

奮闘むなしく、連邦軍は粉砕され、蹂躙され蹴散らされている。

全ては、面制圧を無視して魔導師による強行突破が敢行されたことが契機だった。
増強一個魔導大隊による浸透強襲。
個々が一個の生命体の様に浸透した魔導師による敵火力陣地蹂躙。

被弾したとわからないほど、平然と突撃を率いた中佐殿が接敵して事が決した。

たった、一瞬の出来事。
連邦軍は、瞬きの間にその火力による援護を喪失。
後は内側に入り込んで暴威をふるう魔導師らに混乱し降下猟兵が機甲部隊と進撃。
混乱しきった敵兵は、あっけなく蹂躙される。

戦闘は、いや、戦闘と形容された一方的な殺戮はあっけないほど簡単にそれで為された。


『サラマンダー01より、本部。打通に成功。繰り返す、打通に成功。現在、敵残存戦力を掃討中。』

通信要員ならば、きっと交信先の相手が浮かべているであろう困惑の表情を鏡に見たことがあるだろう。
友軍の師団が突破に手間取っているという時に、戦闘団はあっさりと敵部隊の抵抗を粉砕。
残敵掃討中と言われて、素直に飲み込むには、やはり衝撃が大きすぎるのだ。

『ほ、本部了解。第七師団を援護可能か?』

『魔導師のみならば、再編が完了済みで可能だ。』

半信半疑という声に対するデグレチャフ中佐殿の解答は明瞭だ。
誤解の余地が無いほどに、明瞭だ。
まるで、彼女は今日の天気について語るように平然と信じがたいことを淡々となさる。
それどころか、いや、おそらく。

それを、当然であるとしか見なしていない。

『り、了解した。敵魔導師部隊が抵抗の核となっている。これを諸君には担当してもらいたい。』

『結構だ。直ちに、排除する。』



B集団司令部を司るエルンスト・ウィルヘルム上級大将は、その日晴れやかな気分で朝を迎えていた。
なるほど、ルージエンフ突出部への増強という決断は苦渋の末に下したもの。
決して軽々しく行えるものではなかった。

だが、少なくとも突出部へ挑んできた連邦軍は待ちかまえていた帝国軍に完全に包囲されている。
支援行動を命じられた第四軍団のヴィクトール・フォン・シュラー大将ですら、この地で敵予備戦力を拘束し得たと判断するほど。
つまり、東方派が夢に見た敵予備兵力の完全拘束という状態が達成し得ている。

「勝ちましたな。」

「・・・ああ、ようやくな。」

誰ともなしに呟かれた言葉。
参謀らの誰もが、連日眠れない夜を過ごし事態に一喜一憂していただけにとりわけ実感が込められている。

ウィルヘルム上級大将自身、肩の重荷がようやくおりたという気分である。
中央からは、さんざん危惧が表明された上に東方派自身も決して一枚岩ではなかった。
決戦候補地を巡っては、激戦の続くヨセフグラードと不穏な動向のルージエンフ突出部で誰もが悩んだ。

だが、やはり読み切れたという喜びが司令部には充満していた。

戦前に情報部が予想した以上の敵部隊を既に包囲下に置き締め上げているところなのだ。
あと、敵の組織的な抵抗は既に崩壊しているとの報告も入り始め参謀らの緊張も解きほぐれ始めた。
少しだけ、時間がかかってしまうのだろう。

しかし、何れにしても敵部隊の降伏は時間の問題に思われている。

そんな時だった。

「閣下、第七師団のヴェルゲルン少将より緊急であります。」

「何?こんな時にか?」

険しい顔をした通信将校が、声を潜めてウィルヘルム上級大将へ耳打ちしてきた。
明らかに、重大事が起きたことを物語る表情と緊張。
それらをウィルヘルム上級大将は瞬時に察知し周りの参謀らが訝しむ間も与えずに、さっと通信室へ抜け出した。

「こちらです。」

辛うじて確保されている有線による通信回線。
受話器を握ったウィルヘルムの耳にはすぐに声が飛び込んでくる。
あの豪胆なヴェルゲルン少将らしからぬ動揺した声。

『閣下、今すぐに戦闘団を止めてください!連中、殲滅戦を行うつもりです!』

『何だと?どういうことだ。』

すでに、連邦軍主力の残存は重包囲下にある。
連中にできる事と言えば、せいぜい白旗を上げるか全滅するまで撃たれるかのどちらか。
まあ、つまり連中にできることはさっさと降伏する決断を誰が下すかだろう。

そんな情勢下だ。

すでに、帝国軍の各部隊は進軍を停止し相手方の動向を伺うように進撃停止命令が出されている。

『連中は停戦命令を受諾していません!それどころか、魔導師部隊が殲滅に出ています!』

だが、最も難しい任務である打通を完遂したヴェルゲルン少将は信じがたい光景が目前に広げられていた。
困難な打通を援護してくれたサラマンダー戦闘団。
確かに、その戦闘力は参謀本部中枢が評価するように圧倒的だった。

まさに、戦場の神とすら形容し得た。

だが、突破支援への感謝は即座に戸惑いと困惑にとって代わる。
第七師団にとって、事態はほとんど理解しがたいモノでしかない。
悪夢と形容してもよいだろう。

『・・・すぐに引き戻せ。包囲した連邦軍の降伏は時間の問題なのだぞ。』

『駄目です、我々の要請ではまったく受け付けません!』

打通を祝い共に進軍していたのはごくわずかだった。
進撃停止命令が下った瞬間、デグレチャフ中佐は即座に独自行動権を発動。
咄嗟に制しようとする第七師団に対しては指揮系統というごく真っ当な理屈で持ってこれを拒絶。
ヴェルゲルン少将の勧告も、戦闘団長はあっさりと謝絶。

彼女は、しかめっ面を浮かべながら“敵は速やかに排除されねばなりません”とだけ呟き部隊を進めてしまう。

それを見送る間もなく、ヴェルゲルン少将は確保されたばかりの有線に飛び付き司令部へコール。
かくして、ようやく事態は司令部の知るところとなったのだった。

『戦闘団司令部を呼び出せ!今すぐだ!』

思わず、怒声をあげる上級大将の声に慌てた通信兵がかつてない速度で戦闘団へコール。
早く出てくれと願う通信兵の内心を天が汲みとったのか、わずかな呼び出し時間で戦闘団司令部とコネクト。
わずかな符牒のやり取りの後に、通信兵らは面倒事を上官らに押し付けることを決断する。

『繋がりました、デグレチャフ中佐です。』

そういって、受話器を渡すなり極力目立たないようにと隅へ移動。
正直、戦地にある野戦指揮官と怒り狂った将軍の論争になど誰だって巻き込まれたくはないだろう。
直接怒りが向けられるわけではないにしても、通信兵らも巻き添えは御免だった。

そして、その退避行動が賢明であったことが次の瞬間に早々と証明される。

『中佐、直ちに全ての戦闘行動を中止しろ!停戦交渉が行われるのだぞ!?』

開口早々、ウィルヘルム上級大将の口から飛び出る怒声。
並みの佐官ならば、将軍から怒りに満ちた叱責を受けるだけで肝が冷えることだろう。

加えて。
加えて、今のウィルヘルム上級大将は怒りのあまり受話器を握りしめる手が痙攣しかけている程なのだ。
傍にいる通信兵らがおっかないと思うほどの怒りを向けられれば、生半可な佐官程度では肝をつぶすに違いない。

実際、通信室の雰囲気は張りつめきっている。

『閣下、失礼ながら誰と停戦交渉を行うおつもりであられますか?』

だが、その怒りの矛先を向けられた佐官は平然とした口調そのもの。
まるで、日常で単なる会話を楽しんでいるのではないかと思えるほど平然としたそれ。

大凡、戦地で暴れている士官の声とは思えないほど、日常の会話そのものの口調だった。

『・・・敵軍の指揮官とだ。』

それ故に、あまりの違和感に誰もが戸惑う。
一瞬、怒り狂っていたウィルヘルム上級大将らですら気勢を削がれる思いに駆られる程だ。
もちろん、進軍停止命令に関して問い詰めようという思いはある。
だが、彼らにしてもあまりの平然と語る中佐の声に怒りよりも戸惑いを覚えてしまった。

・・・なんだこれは?と。

だから。
次の瞬間に放たれる言葉は、瞬時に意味を理解しえなかった。

『すでに、排除済みでありますが。』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだと?』

口にできたのは、意味のない疑問。
いや、精神の均衡を保つために取りあえず口から吐き出されたというのが正しい。

排除済みとは何か?

排除済みとは、つまり排除したということか?

『司令部ごと爆殺いたしました。取り逃しを現在掃討中です。』

誤解の余地のない言葉。
では、通信機越しに先ほどから響いている爆音は紛れもなく交戦音かと誰もが理解できる。
掃討中と言ってのけたのだ。
要するに、司令部を吹き飛ばして生き残りを刈り取っているのだろう。

『・・・貴様らは、貴様は、何をしているのだ?』

『はっ。御命令通り、包囲後殲滅戦に移行しております!』

よくぞ聞いてくれたとばかりに、声に張りが出てくることに誰もが信じられない思いだった。
敵軍の包囲に成功し、降伏させるばかりかと思ったところへの殲滅戦。
誰もが、誰もが想定していない作戦行動を当然視する狂犬。

『中佐、貴様は何を言っている?』

『はっ、敵軍を包囲後各部隊は迅速かつ速やかに敵残存戦力を無力化せよとの軍令を遂行中であります。』

・・・確かに、軍令はそうなっている。

だが、敵残存戦力の無力化とは何か?

『直ちに戦闘行動を停止せよ!』

恐るべき事態。
誰だって、ここまでくればこの狂犬が言わんとするところが理解できる。
ライン帰りの狂犬め。
南方大陸で一層血の味を覚えた狂犬め。

『そのような御命令は、軍令に違反いたします。迅速かつ速やかに排除すべきであります。』

いや、壊れた精密機械か?
平然と軍令に忠実なだけだと主張してのけるこれはどこかおかしい。
確かに、戦闘団は参謀本部直轄だ。
なるほど、戦闘団の任務は参謀本部の発令した計画による。

嫌々とはいえ、正式な命令が発令されれば誰でも従う。

そこまで考えて、一つ理解できる事があった。
なるほど、命令だった。
疑問の余地なく、理屈では奴に理がある。

だが、だから何だというのか?
つまり、優先されるべき命令がそうだからという理由によって。

『中佐、貴様はまさか、迅速かつ速やかに皆殺しにせよとでもいうのかね?』

『・・・失礼ながら、小官の任務は字句解釈にはありません。発せられた命令に従うのみであります。』

暗に否定しないところに、この化け物の本意があるのは明白。
いや、あまりにも明白すぎて自明のことを語っているかのようですらある。

一体誰がこんな凶暴すぎる狂犬を野に放ったのだ?

罵る言葉か。
叱責の言葉か。
それとも、解任の言葉か。

ともかく、何かを激怒に駆られたウィルヘルムが口にしかけた時。

血相を変えた通信兵の怒号によって口から零れかけたソレがかき消されることになった。
本来であれば、こんな場に割って入ることなど誰だって考えもしない。
だから、叱責しようと通信兵を睨みつけた全員が顔面を蒼白にして叫ぶ通信兵を直視していた。

だが、彼はその全ての視線に気がつかないほどに動顛し悲鳴の様な声で叫んだ。

「ヨセフグラード駐留部隊より緊急!想定をはるかに上回る大規模な敵部隊による攻勢を受けています!」

言葉の尽きる思いとは、このことだろう。







≪外伝≫

それは、数年前のこと。
最後の平穏な日々の物語。




少尉候補生なる使い物にならないお荷物を背負わされるのは、何処の部隊でもお断りだ。
新任少尉が現場の事を何も知らないボンボンになるのも困るので、現地研修自体は支持されているとしても。
世の中というのは、総論賛成、各論反対というのが基本である。

誰だって、自分の隊に未熟な厄介者を抱え込みたいとは思わないだろう。
いや、まして緊張が緩められない国境線ともなれば!

列強の利益が複雑に錯綜する国境線というのは、それだけで現地部隊の対応に求められる要素が格段に跳ねあがる。
係争地域の国境線ともなれば、駐留する陸軍部隊の指揮官らはそれだけ気を使わざるを得ない。
そんなところに、何をすべきでないのか、これすらも理解できていない士官候補生を受け入れろと言われれば?

堪ったものじゃないというのが、嘘偽らざる本音だ。

だが、なんだかんだと現地部隊は嫌がりながらも最終的には受け入れてきた。
そこにある理由は結局必要だと理解しているからに他ならない。
厄介事だとはいえ、誰もが士官に必要な経験だと渋々ではあるが認めているからである。

当然、国境警備研修を受け入れる部隊の選定は中央が念入りに行う。
関係者ならば、誰だろうとも受入部隊については一定の配慮を行うのは常識といえる。
たいていの場合、ある程度緊張していても小康状態にある国境警備隊からローテーションで選出。

新人研修中は、部隊の負担が過大にならないようにやや後方に配置されなおすことまでやっている。

とまあ、これほどまでに本来ならば様々な措置が施されるべきものが国境警備研修である。


だから。

だからこそというべきか。

「・・・・・・・・・何だと?」

ヴァルコフ准将は唖然とした表情で中央から臨時に配属されてくる研修生の資料を放り出した。

いや、ほかにどうしろというのだろう。

御歳9歳にお成り遊ばす士官候補生を配属するという通知。
それもよりにもよって、小規模な国境紛争が頻発しているヴァルコフ准将の旅団にだ。
配属を考えた奴らは、どこかおかしいとしか思えない。

取りあえず、馬鹿な真似はやめろと散々中央へ吠えてみたが何とも驚いたことに人事は撤回されなかった。
それどころか、『野戦将校として使用に耐えうる』という中央のお墨付きすら飛んでくる始末。

どうにかしようと思っているうちに、何故か眼の前には随分と小柄な軍服を着こんだ人影が立っていた。

「デグレチャフ少尉候補生、ただ今着任いたしました。」

「ヴァルコフ准将である。貴官の着任を歓迎しよう。」

その時、准将は素直に考えを決めた。
魔導師としてのキャリアを考えれば、後方に温存して出さないのが一番だろう。
だが、上の連中がこの娘を戦地に投じるというならばいっそのこと軍人として不適格であると証明してやるほうが良いに違いない、と。

「少尉候補生、貴官は隊附だ。つまり、率いる部隊は通常ない。」

そう、大抵は経験させるという事に留まるものだ。
現場の感覚をつかませて、それをもとに何とかまだマシと皆が我慢できる程度の新任少尉を造るための工程である。
だが、そもそも9歳児に軍務を経験させようという方がどうかしているのだ。

ならば、早々にその事実を突きつけてやるのが大人の道理というもの。

そう判断してヴァルコフ准将は敢えて厳しい対応を選んだ。

「だが、国境での小競り合いで将校の抜けた小隊がある。」

野戦帰りの長距離偵察小隊に将校の欠員がちょうど出ていた。
普通ならば、まともに考えて叩き上げの少尉かよほど資質のある若手でもない限り任せられないような部隊。
だが、穏便に潰すのであればこれほど適した部隊もないだろう。

「長偵の小隊を2ヶ月預けよう。これを2ヶ月指揮したまえ。」

少々酷だろうが、まあ、結局は彼女のためにはこれが一番だろう。
そうヴァルコフ准将が判断したのは、基本的に善意からだった。
さすがに、こんな幼い娘のような軍人を前線に放り込むほど彼は良識が乏しいわけはない。

だから、手荒い歓迎を受けてすぐに帰るだろうと、そう思っていたのだ。



ちょっと、脅してお家に帰らせろとの御意向だ。
そんなことを、中隊長殿に仰せつかったベルグン軍曹は正直気乗りしない事この上ない気分だった。

全員が、よかれと思っているのだろうが子供を泣かせるのまで隊付き軍曹の仕事と誰が考えたのだろう?
新兵をしごいて、教育し直すのは得意でも子供の教育は保育士にでも頼みたい気分だった。

なにしろ、名目とはいえあの不幸な少尉候補生が与えられるのはつい先ほどまで実戦下にあった長距離偵察部隊。
気が荒れているだろうと、誰でも予想ができるところに補充要員が追いつかず劣悪な要員が臨時で配属されているはずだ。
抗命の処罰歴があるような、札付きの問題がある兵らを分隊規模とはいえ補充しているというのは気がかりな事実。

つまり、中隊長殿のご配慮としては少尉候補生をつまみだしつつ、問題のある兵隊もついでにつまみだしたいという腹。
そこまでは、わかるが要するにその実行者となるのは自分なのだ。

「第346長距離偵察中隊付き、ベルグン軍曹であります。少尉候補生殿の補佐を中隊長殿より命じられております。」

せいぜい、歓迎していないという表情で敬礼しつつ、どうにも嫌な任務だと心中愚痴をこぼしても無理はないだろう。

「結構。よろしく頼む軍曹。貴様が小隊の最先任か?」

「はっ、その通りであります少尉候補生殿。」

随分と、年齢不相応なしゃべり方をするとは思う。
とはいえ、くりくりした青い瞳で前線をみるよりも絵本でも読んでいればよい。
要するに子供だ。

「よろしく頼む。では、仕事の話だ。今後の予定は?」

少しは、気張っているのだろう。
あるいは、早熟さゆえに中央の誰かが使い物になるのではないかと言いだしたに違いない。
元々、魔導師は早熟な傾向があるというのもあるのだろう。

どう考えても、9歳児で採用するのが適切だとはベルグン軍曹には思えないとしてもだ。
とはいえ、あまり長居させて脅かし続けるつもりもない。

さっさと、無理だと悟らせて帰らせようというのが中隊長の意向であり、さらにいえば准将閣下の御意向らしい。

「はっ、夜間定時哨戒任務が1800より、明朝0600まで予定されております。」

「・・・随分と長いな。それも匪賊が徘徊する係争地域でか?」

しょっぱなから、通常ならば躊躇するような規模での演習命令が出されている。
匪賊がうようよ徘徊する危険地域、それも係争地域だ。
何かあったとしても、大規模な戦力は紛争の拡大につながりかねないので早々動かし得ない地域である。

何かあっても現地部隊は通常自力で対応しなければならないだろう。

「夜間長距離行軍演習を兼ねており、中隊本部の命令であります。」

「そうか、命令か。」

「はっ、命令であります。いかがされますか?」

暗に、怖いなら参加を見送ってはどうだろうかと示唆。
これに乗れば、そのまま戦意不足と能力不足で穏便にお帰り願う。
無理をしてついてくれば、適度に脅しあげて肝をつぶさせるという計画だった。

「軍曹、貴様は馬鹿か?いかがされるとは、どういう意味だ?」

だが、ベルグン軍曹はどうにも困惑する事になる。

「は、・・・その。」

「侮ってもらっては困るな軍曹。私は、これでも軍人だ。」

そう口にしてにやりと笑う少尉候補生殿。
少しは、根性がある。
そう思ったが、すぐにベルグン軍曹は自分が見誤っていた事に気がつかされることになる。

初めて会った時、うっかり見かけで誤解していた。
そう、気が付いた時、ちょっとおやっと思っていたが誤りだったと理解する。
それは、夜間行軍演習中に下士官のいうところの『ちょっとした問題』が起きた時だった。

「・・・暴発事故だな。いや、実に不幸な事故だ。」

なんともはやと言わん表情で立ち尽くす少尉候補生殿。
だが、ベルグン軍曹は見ていた。
見てしまったのだ。

「候補生殿!?」

なるほど、札付きの問題兵らが反抗して隊内の喧嘩沙汰で銃を取ろうとしたのは理解できる。
それを、抑えるために将校が力を行使するのもまた不文律ながら認められてきた。

「事故だ。」

「し、しかし。」

「整備中に弾を抜き忘れたのだろう。不注意な奴らだ。」

だが、騒ぎを起こした馬鹿が銃に手を伸ばした瞬間には撃たれていた。
つまり、少尉候補生殿は端から騒ぎを起こす馬鹿には眼を付けていたのだ。
この闇の中で、初めての前線だというのに?
こんな、こんな小さな子供が?

まだ、背の小さい野戦将校だと言ってもらった方がよほど信憑性があるというものだ。










あとがき
師走というけど、12月の忙しさは殺人級(´・ω・`)

意地と気合で更新して見せる!と言いたいけど、何処までできるか・・・。

土曜までのデスマーチを生き残れば、生き残れればorz

いや、月曜が本場ですが。
とまあ、こんな感じで世界中に愛好者の多いデスマーチです。
神様、一日はどうして24時間なのでしょうか?

クリスマス以降には時間できるかもしれないのだけど。
タブン

ちょっと次回予定は不明
⇒そういうわけで、ご希望のあった国境研修時代を外伝として追加しました。
いや、実は書きかけで結局放置していた奴をごちゃごちゃといじっただけなので、余裕ができ次第ちょっと手直しするかもしれません。

誤字修正もやりました。
あと、コメントに感謝を。

ZAP



[24734] 第五八話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:41
夏の盛りも過ぎ、ようやく秋になろうかという季節。
本来であれば、誰もが収穫を祝い、秋の訪れを楽しむ豊饒の刻だ。
それは、自然の摂理。
自然の流れだ。

しかし、ヨセフグラードにおいては、その限りではない。
そこにあるのは全く別の世界である。

「押し返せ!帝国主義者どもを、祖国から蹴り飛ばすのだ!」

怒号を飛ばす連邦軍は、反撃の時来たれりと意気軒昂。
侵略者らの全てをなぎ倒さんとばかりに飛び込んでくる。
雲霞の如く押し寄せてくるその様は、森が動くかと錯覚するほどの規模を誇る。

対する帝国軍。
消耗し、数を減らした彼らは市街地にこもり数的劣勢を補う戦術を取らざるを得ない。
当然ながら、それは受け身に回ることを意味する。
しかしその戦意はやはり、旺盛だ。
いや、その怒号される激烈さで言えば連邦の比ではない程激昂する魔導士官を抱えている。

「殺せ!三千世界で根切りにしてやれ!」

敵兵が潜んでいると思しき区画ごと、爆裂式の集中運用で粉砕。
区画が確保された瞬間に、随伴する降下猟兵が機甲部隊と合同で防衛線の穴を再編。

それらの部隊を指揮する中佐の姿は見えずとも、声は連邦兵に聞こえるのだ。

「咎人を地より消し去りたまえ。」

囁かれる戦場の噂。
狂った狂った魔女の噂。
無慈悲な、狂気の、敬虔な唄い手

共産主義者が過去の遺物と蹴り飛ばし、墓場に突き落としたはずの迷信。

「悪しき者、そを主は肉片の一片まで消し去りたもうことを、欲したもう。」

『科学』の時代だ。
祈りなど、信仰など新しい共産世界に無用と豪語していた。
誰もが、旧弊じみたそれに背を向けるべきだとされているのだ。

だというのに。

「我が魂よ、主を讃えよ。我が魂よ、怨敵を滅ぼすために奮起せよ。」

嬉々として、バヨネットの中へ飛び込んでくるのは一体何だ?
よろこばしげに歌いながら、祈りながら、囁きながら。

あれは、何だというのだ。

「おお、ハレルヤ!そを、そを、主が欲したもう!」

朗らかな声。
明らかに、戦場には場違いな声。

そして、その声とは裏腹に次々に友軍が紅い花を咲かせている。
火力を街路に集中し、接近阻止を試みているにもかかわらずだ。

「・・・・・・おお、神よ。」

誰が、口にしたのかは分からない。
それでも。
何かに縋ろうとするのは、不思議なことだろうか?

連邦兵は、一世代前の迷信深さを笑った口でひたすら暴虐の嵐が通り過ぎることを願うほかにない。

「殺せ!あの悪魔を殺せ!」

いくばくか、勇気がある者は立ち上がる。
そうして、彼らはバヨネットを煌めかせ戦場に赴くのだ。
幾多もの勇士が立ち向かう。

そして、ソレは嗤うのだ。

「・・・神の地上の代理人に、弓引く分際で。」

信じられないような、声色。
この世のそれとは、到底信じられないような声色。

「事もあろうに、神の地上の代理人を悪魔呼ばわり?」

言葉に、言霊なるものがあるという俗説。
それを笑い飛ばせる兵員が今日この場にいるならば、それこそが英雄だろう。
神話の世界或いは、煉獄の世界において人ならぬ身でなければ。

それに立ち向かう事など、能うはずもないのだ。

「貴様らの様な輩に・・・異端の咎人に、神をも恐れぬ無神論者の分際で?」

ケラケラという笑い声。
いや、嘲笑だろうか?
耐えがたい音をしばし、しばし口から発した後。
静まり返った戦場にソレが囁かれる。

「即決簡易裁判を執り行う、罪状、異端の咎。判決、死刑。」

そして、それは銃剣を煌めかせながら吶喊してくる。
全てをなぎ払わんとする決意と共に。





連邦の官僚について、いや、共産主義国の官僚について世の中にはいろいろな逸話がある。
たとえば、官僚主義的側面は信じがたいほど低い能率だというのは、まだ柔らかい部類の批判だろう。
酷いものになれば、硬直しすぎた官僚制度のことを赤い貴族とまで揶揄する類のジョークも山ほどある。

しかし、世の中には例外もある。
民営化・民営化と馬鹿の一つ覚えの様に官僚制を叩き続ける連中すら税務署の効率改善を訴えないように。
大多数の国民が別段勤勉であってほしいとは願わない部署に限っては克己心を発露していると誰もが感じるのだ。

そして、内務人民委員部に関しては誰もがその勤勉さを心の底から認めるほどに人民に尽くしているという例外的な部署であった。
といっても、ゲルマーニズ的に文化が欠如して機械的に非人間的な活動が行われているわけではない。
かつて招かれたサーカスでは、その演奏が万雷の拍手で讃えられるほど文化的でもありながら誰もが勤勉に働く。

これぞ、共産主義の勝利だと公式に宣言されたほどである。
そう、『公式』に。

そのように誉れ高い内務人民委員部の仕事は、多岐にわたる。
当然ながら、その長であるロリヤの仕事は大変膨大かつ責任重大なものだ。
並大抵の人間であれば、その職責の重さに耐えかねてシルドベリアで木を眺める余生を送りたがるほど。
下手をすれば、職務の重さに耐えかねて不幸な事故すら起きてしまう。

だが、ロリヤはこの点において人民に奉仕しうる革命的な労働者であった。
なにしろ、彼には夢があるのだ。
そのためであれば、彼は如何なる激務も苦としない。

この日、ロリヤは手早く仕事を行っていた。
いくつもの重要な書類。
そう、とても重要な書類だ。
彼は国内の安寧を保つという治安上の責任者でもある。
つまり、彼は人民を守るために常日頃は反逆者を収容所にぶち込んでいた。
だが、今は反逆者を前線に送り込むために必要な、免訴手続きと収容所への解放命令にサインしなければならない。

仕事が変わろうとも、究極的な目的が同じなのだが。

「同志内務人民委員長殿、ヨセフグラードに派遣された委員からの報告書です。」

「御苦労。・・・ふむ、望ましくないな。早急に手当てしよう。」

そして、ロリヤは連邦の首脳陣によってヨセフグラードに関する全権が委ねられた身でもある。
本来であれば、軍が主導すべき案件だが連邦はシビリアンコントロールの確立した世界初の民主集中制国家だ。
党の人間として、ロリヤはここで起きる問題に対応しなければならなかった。

「脱走兵が多すぎて、銃殺隊が足りていない。収容所から、銃殺隊を前線に動かすべきだな。」

ちなみに、脱走兵が起きる要因というものにロリヤをはじめとした内務人民委員部は全く興味がない。
いや、厳密に言えば要因に心当たりはあるのだが、改善するよりも銃殺隊で脅す方が効率的だと判じているのだ。
だから脱走が起きるのは銃殺隊が足りないからだと、大真面目に彼らは判断する。

「困りました。すでに、収容所に残っている人員では到底足りません。人員を増員する必要があります。」

「わかってはいるがね。君、今必要なのだよ。」

足りませんでおわるのが、無能な官僚主義的硬直性であるとするならば。
少なくとも、内務人民委員部は足りないものを補うための創造性を持ちあわせている。

ちなみに。

持ち合わせていなかった前のロリヤの秘書官はめでたくシルドベリアで再研修中だ。
内務人民委員部は、無能を扶養し国家に損害を与えるほど堕落していないのである。
そこは、高潔と義務感の砦なのだから。

「同志ロリヤ、では政治将校達にも銃殺を行わせるのはどうでしょうか。」

創造性豊かな官吏達は、しばし考えたのちに明瞭な代替案を提示した。
それは、各部隊に配属されている政治将校たちを活用しようというものだ。

「はて?銃殺の権限は与えていたのではないのかね?」

「明文化されておりませんでした。この際、反動的将兵の罷免権に加えて銃殺権を加味すべきではないでしょうか。」

「ふむ、そうすれば内務人民委員部の銃殺隊がかかわるべき案件が減らせる上に効率も良いな。」

意見に耳を傾けていたロリヤはその意見に理があることを即座に認める。
同時に、政治将校らに対して慣習的に認められてきた権利と職務を明文化することで確実に履行できるように協力すべきと決断。
仕事の早いロリヤは、即座にその命令書の作成を指示。

間髪をいれずにでき上ってくる命令書にサインし、遂行を命じる。

そして、ロリヤはテキパキと事務仕事を行うと届けられた書類の中から厳封された一つの封筒に手を伸ばす。
厳封されたその封筒は、ヨセフグラードに個人的に潜らせているチームから届けられたもの。
まさに、数日前からロリヤが首を長くして待ち望んでいたものだった。

「・・・ふむ、素晴らしい仕事だ。」

届けられた報告書は、とある帝国軍部隊の動向についてまとめられたものだった。
調査報告書、つまりは、敵情の分析という仕事ならばなるほど軍情報部でも良いのだろう。
だが、ロリヤが欲しているのは無味乾燥な軍の報告書ではない。

無能な連中ときたら、サラマンダー戦闘団の事を恐れるばかり。
ロリヤにしてみればいちいち、その脅威について教えてもらわずとも知悉しているつもりだ。
なにしろ、モスコーを直撃されたことすらある。
そんな連中の恐ろしさを、いちいち無能な軍情報部に訊ねるだけ時間の無駄。

仕方がないので、ロリヤは自分で特別チームと大量の要員を手配すると調査に取り掛からせている。

命令はシンプルだ。

『ターニャ・デグレチャフの追跡調査』

実質的にただこれだけのために、対外情報収集局に新たな課を立ち上げて追跡調査を行わせている。
名目こそ、対外情報収集だが要するにロリヤとってみれば彼の女神を追跡させることに意味がある。

超長距離から捕えられた彼女の写真は、収容所からカメラの腕が良いという理由でカメラマンを出した甲斐があった。
そう思いつつ、金髪を風に委ねながら歌うようにライフルとバヨネットを繰り出す彼女の写真をロリヤはファイルする

明白な意思のこもった表情。
澄み切った瞳。
決意を噛みしめるかの様に結ばれた唇。
全てが、全てが狂おしく渇望の対象だ。
穢れを知らない無垢なイデア。
恐れを知ることのない戦乙女。

ああ、手に入れることをどれほど望んだことか。

ほとんど、わが身を焦がさんばかりの熱烈な恋だ。

予想通りに、あの女神は、理想は、イデアは、彼の用意した鳥かごに飛び込んできた。
まさに運命を感じてしまう。
いや、まさにこれこそが運命に違いない。

「悪くない。調教するのが、本当に楽しみだ。」

場所は用意した。
ヨセフグラードだ。
歓迎のための手筈も整えた。
必要があれば、もっと大量の軍を送り込むことも辞すつもりはない。

逃げ出す馬鹿どもを押しとどめるための手配は完了している。
すでに大量の内務人民委員部の要員を送り込み政治将校も動員するつもりだ。

ああ、本当にその時が待ち遠しい。



ヨセフグラードにて友軍が大量の連邦軍に包囲されたと耳にした瞬間のB集団司令部の反応は迅速だった。
少なくとも、包囲していた敵部隊を可能な限り迅速に撃破。
そして、手隙になった部隊をかき集めて解囲のために一軍を捻出してのけた力量は賞賛されてしかるべきもの。

誰もが、誰もが連邦軍予備兵力の強大さと重厚さに驚きを隠し得ない状況下でそれをやってのけたのだ。

誇ってよい。

後世の史家からは、その再編が悉く賞賛されていることを思えば彼らの偉業が理解できるだろう。

ともかく。
当人達にしてみれば、我武者羅に行った再編と救援部隊の派遣。
初め、彼らはこれによって『奇襲された』ヨセフグラードを救援するつもりだった。
だが派遣された救援部隊と現地部隊の報告から、即座に見方を変える羽目になる。

信じがたい規模の敵部隊。
信じがたい規模の火力投射。
そこにあったのは、彼らが撃滅したと思いたかった連邦軍の予備兵力。

当初の予定とは裏腹に、単なる救援部隊ではヨセフグラードは持ちこたえ得ないことが明白だった。
かくして、彼らは決断を迫られることになる。

再び、決戦を挑むべきだろうか?
それと、今すぐに残存部隊をヨセフグラードから撤退させるべきだろうか?

だが、戦局はそもそもそのような悠長な議論を許さない程、逼迫してしまっていた。

『物資払底、残存弾薬些少、速やかなる救援を要す。』

状況がどうにもならないと司令部で理解されるまでには、ほとんど時はかからずに済んだ。
補給の断たれたヨセフグラードの部隊はほとんど身動きが取れないほど敵部隊に包囲されていた。

連絡線すら遮断されては、戦争どころではない。

かくして、最も迅速に身動きが取れ、なおかつ敵の重囲を突破し得ると期待される部隊がともかく先鋒として急派されることとなる。
そう、ルージエンフ突出部戦で苛烈無比と恐れられた突破力を誇るサラマンダー戦闘団が、だ。

そんな事情で、ターニャの率いるサラマンダー戦闘団は数日前に重包囲を突破し何とかヨセフグラード司令部との連絡を回復。
以後、友軍増援部隊来援まで防衛線維持に従事させられているところだった。

来る日も来る日も、コミーの大軍を機械的に相手していれば誰でも嫌になるに違いない。
なにより、史実で全滅するか降伏するかを迫られるようなところだ。
正直言えば、あまり長く滞在したいところでもなかった。

つまり、理由が付けられるならば逃げ出したくてたまらない。
外見とは裏腹に、非常に臆病なことを考えているターニャにとって逃げるための口実は非常に重要だった。
なにしろ、敵前逃亡も死刑だ。
銃殺刑が待っているのだ。
まあ、本当に追い詰められたら究極の決断で亡命も考えることになるのだろう。

だから。

「・・・中佐殿、有線が全て断たれたため魔導将校による伝令で連絡線を維持したいとのことですが。」

その話を司令部から寄こされた若い伝令将校が持ちこんできた時。
鉄面皮の下では、思わずしめたものだと叫んでいた。

連絡線維持のためにヨセフグラードをたびたび離れられる。
そのような伝令という名目であれば、外に出ることも叶う。
ごたごたしているうちにヨセフグラードが落ちそうになれば、戻らねば良いだけだ。

だが、そこで飛び付くのは少々まずい。
内心では、その提案を飛び上るほど喜びつつも敢えてそこで抑制。
むしろ、反対だと言わんばかりにしかめっ面を浮かべて口を開く。

「論外だ。単騎でのろのろと飛んでみろ。的以外の何物でもない。」

実際、将校による伝令といえどもぐるりと囲まれているのだ。
そう簡単にできることではない。
反論の理由自体は、大変真っ当なものだった。

友軍支配地域を横切ってくるだけで散々敵弾を浴びかけた若い伝令将校にも良く理解できる。
それだけに、若い伝令将校は護衛を付ける必要性について即座に理解し提案した。

「小隊ではどうでしょうか?」

「無理だな。どうせ出すなら、ヴァイス大尉の一個増強大隊全力出撃しかあるまい。」

小隊というのは、一応可能性はあるだろうと専門家としてターニャも認めるに吝かではない。
だが、小隊ではターニャが加わる口実が乏しいのだ。
小隊の伝令任務に、わざわざ戦闘団長が加わる必要性はどこにある?
そうなれば、逃げがせる機会を逃しかねない。

ならば。
いっそのこと。
いざという時の盾も兼ねて大隊を引き連れていく方がよほど賢明だった。

「で、伝令任務に増強大隊を宛がうおつもりですか?」

「連邦の包囲は分厚い。浸透しようにも、単騎では望めない。強行突破以外に道はないと判ずる。」

口にしている自分が、難しい顔を造れているか。
そう思いつつ、ターニャは淡々と数学の解法を解くかのような口調を維持して理を説く。
事実、重包囲下にあるのだ。
V○Bでもあればともかく、単騎で突破できるというのは夢物語。
小隊を付けても、捕捉されれば全滅か生き残りが片道くらいはいけるかというところ。

「御尤もではありますが・・・。しかしこの状況で、大隊を引き抜くのは許容できないかと。」

「・・・よろしい。ならば、私が行こう。」

だが、ここまで渋れば。
口実として難しい事、戦力が必要なことを散々力説しておいたのだ。
力量がある魔導師ということならば、自分はネームド。
ライン戦線で、あの信じられないような資源と人的資本の浪費を生き抜いた古参兵。

つまり、参加するにやむを得ない任務だ。

通常であれば、誰でも眉をひそめるに違いない。
なにしろ、統合部隊の指揮官がその場を離れるのだ。
歓迎されないどころか、糾弾されても不思議ではない。

だが、ヨセフグラードほど重包囲下におかれ戦力が枯渇している状況であればどうだろうか?

指揮官の行うべきことは、せいぜい部隊の一員として眼の前の難敵とぶつかるほかにできることが乏しい。
なにしろ、機甲部隊は四六時中敵と対峙。
降下猟兵は大隊長に直卒されて機甲部隊と共に防戦に努める一方だ。
魔導師部隊は、ヴァイス大尉が直卒してすでにターニャが面倒を見る必要はない。

「この状況だ。私が抜けても、戦闘団は戦える。一方で、突破できるのは私くらいだ。」

そういう状況ならば、一番可能性があるのは自分だとターニャは自負している。
忌々しい精神の屈辱を耐えるならば、瞬間的な火力で敵をなぎ払う公算もあった。

護衛として使える盾が無いのは、本当に不安だ。
弾除けなしで戦争に赴くのは、賢いやり方でもない。
だが、合理的に考えるとこれは非常時だ。

通常のやり方に拘泥するのは、応用性と柔軟性のないアホだ。
加えていうならば、恐怖に囚われて思考を停止するという愚行でしかない。
本当に何が危険かという事を合理的に考えれば、死地から逃げることを選ぶのだ。

それこそが、合理的結論である。

「本当にそう伝えてよろしいのですか?」

もちろん、それを悟られては職務の誠実な履行という点で経歴を傷つける。
ここら辺には、若干の配慮がいることをターニャは知悉していた。
苦渋の決断だという表情の裏腹で、計算を働かせる。

如何にも、しぶしぶと。
相手が望んだというような形式で許可を取らねばならないのだ。

「もちろんだ。同意するのであれば、その旨電信で『同意』とだけ送るように。」

つまりは、命令される必要がある。

後は、それを上が公認すれば大手を振ってひっそりと逃げるだけ。
まずB集団司令部にコンタクトが取れれば帰る時は最低でも護衛くらいは付くだろう。
駄目ならば、危険すぎて戻れないと主張してみても良い。

いや、戻るのは危険すぎるだろう。

私にはたけーださんの包囲をもう一度潜り抜けようという気持ちは微塵もないのだ。
危険だから残れと言われるだろうから、それ幸いとB軍集団司令部についていけばよい。
ならば、片道突破するだけでよいのだから随分と可能性が見込める。

部下を見捨てていくのは、心苦しいといえば心苦しい。
だが、これは法律用語でいうところの緊急避難だ。
板に1人しか掴まれないとすれば、仕方ないではないか。

それとなく、周りに別れでもいうかという気分。

だから、短くない付き合いであるヴァイス大尉を呼び出す。
逃げ出すからには、それを糊塗しなければならないという事情もある。
どの道、留守にするという事で呼び出し事後策を検討させねばならない。
ならば、最前線で戦闘しながら対話するよりは後方にある指揮所で話す方が安全だろうと判断。
そうして、呼び出したヴァイス大尉がようやく指揮所に顔を見せた時。

大変タイミングの良いことに通信符牒を解読した通信兵も報告のために入ってきた。

「・・・司令部は同意するそうです。速やかに進発せよと。」

「よろしい。手筈を整える。ヴァイス大尉、留守中は貴官に任せる。」

まさに、自由への逃走。
いや、自由の回復というべきだろうか?

どちらにしても、喉から手が出るほど渇望していたソレが許された。
この気持ち、免罪符を得られたという事で思わず叫びたいほどだ。
もちろん、教養ある人間としてそうはしたないことをするわけにはいかないが。

「危険すぎます、中佐殿。」

一方で、傍で聞いていたヴァイス大尉は大変憂慮してくれる。
まあ、確かに行って帰ってくるのは危険すぎるだろう。
片道だけでも、かなり厳しいのは事実だ。

「承知している。未明にかけて敵の警戒が乏しい時間帯を狙うつもりだ。」

もちろん、死ぬつもりは微塵もない。
当然、安全には万全の配慮をとまではいかずとも可能な限り気を使う。
それに、戻ってくるつもりはほとんどないのだ。

「はっ、ですが・・・。」

「なるべく、早く戻るつもりだが留守中は貴官に指揮権を委ねる。」

「はっ、お任せください。」

勢いよく肯定してくれる彼を見ると、やはり心が痛む。
こんな非情な決断を下さざるを得ないとは。
優秀な人的資本をこんなところに置き捨てていくのは、人類の収支にとって赤字に違いない。

シカゴ学派的に考えるならば許されない所業だ。

「・・・やれやれ。救援が間に合えば良いのだが。」

心の底から、友軍部隊の救援が間に合う事を願う。
コミーを吹き飛ばすに足る増援があれば、その力で持ってこの未来ある人的資本を救える。
だが、史実では間に合わなかったのだ。

せめて、伝令で増援の必要性を訴えることぐらいは誠実に行うべきかと思い定める。
善良な一個人として、できることを素直に行うのだ。

「やはり、厳しいでしょうか?」

「いざとなれば、離脱も検討するべきだろうな。」

そう、後は彼らの自助努力に期待するほかにない。
まあ軍法無視は気がつかない振りをしてやっても良いだろう。
それくらいは、柔軟性もあるつもりだ。

それに、それならば自分の侵すべき危険もそれほど多くはないのだから。



あとがき
(`・ω・´) b
やってやれないこともありませんでした。

ほら、あれ、アレです。
追い詰められると、なんかこう別の事やりたくなりませんか?
更新してみるとか。

いや、結局どっちも間に合わせました。

(`・ω・´) やってのけた

仕事が雑かもしれないけど、ともかくやってのけた・・・。

>よむろみ様
伏線をぼちぼち拾っていこうと思っております。

>774様
これからも、アレな作品ですがよろしくお願いします。

あと、外伝の続きはさすがに書けませんでしたorz


では、今日は逝ってきます。

追伸
誤字修正しました。
ZAP



[24734] 第五九話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:39
無慈悲な深みのお月さま。

あなたは遥か遠くから、残酷なまでに明るい光を送り出し、

広い世界を移ろいながら、 人の住みかを見つめている。

おおお月さま・・・今しばし、そに留まりたまえ!

どうか教えておくれ!いとしい敵はいずこ?

・・・教えておくれ!いとしい敵はいずこにありや?

伝えておくれ・・・無慈悲な銀のお月さま。

伝えておくれ・・・どうか私はあの敵を
 
 いつもこの手で抱きしめたい。

たとえ、つかの間だとしても、夢を見るように。

安全な闇夜の帳をどうか遍く照らしておくれ。

ああ、伝えておくれ!伝えておくれ!私は、ここで待っていると!
 
 どうか、伝えておくれ!ここで待っていると!

ああ・・・人のこころが、私の姿を夢にも見れば、

きっと誰もが目を覚ましてくれるでしょうに!

ああ、消えないで・・・ ・・・お月さま・・・消えないで!

どうか、どうか私の獲物を隠さないで。

東部戦線にて記録。
『悪魔の唄集第七編 東部の狩人』



未明の強行突破。
遭遇戦は極力回避することが望ましいものの、突破するためには速度と火力が不可欠だ。
忌々しいエレニウム工廠製95式試作演算宝珠と、エレニウム工廠製97式演算宝珠は分解清掃済み。
基本的に、速度を出すために95式により飛行を制御。
これを使うと、使用直後に毎回自分の頭を吹き飛ばしたい衝動に駆られるが、命あってのものである。
人間の尊厳といえども、緊急避難的に捨てざるを得ないとは。
戦争とはなんと過酷な次元の闘争だろうか。

今回は、逃げるのが目的だが突破もある程度想定しなければならない。
そこで、防衛火力は97式によってえることを想定している。
本来であれば、一瞬で魔力が枯渇するだろうが、今回ばかりはため込んだ魔力を95式に封入済み。
やりたくはないが、貯蓄を切り崩せば突破に必要な速度と火力を両立しうる。

ただし、地上戦や魔導依存以外の戦局も十分に想定されるだろう。
そのためにライフルの弾とポテトマッシャーは持てるだけ吊り下げる。
医療キットとヨセフグラード防衛司令部からの書類を胸元のポケットにくくりつけ装備を確認。

銃剣以下、各種ナイフは艶消しを確認し問題のないことを直接目視で調べた。
医療キットの内訳は鎮静剤といくばくかの標準的な薬剤。
以前、右肩をやられた時に造った疑似神経の調子は良好。
医療理論の応用だったが、やってやれないことはないらしい。
固定化してあるので、魔力が切れた時は最悪これを解いて魔力源にしうるだろう。

航法図は頭に叩き込んであるが、念のために再度確認。
最も手薄な敵部隊の警戒線を蹂躙しさえすれば、突破し得るはずなのだ。

全てが十全に手配されていることに安堵し、一呼吸。

最寄りの友軍まで駆け抜けるだけだ。
魔導師の機動力を持ってすれば、簡単なフライト。
やってやれないことはない。

そうとも。
やって、やれないことなど、何もない。

「・・・御武運を、中佐殿。」

「なに、軽いハイキングだ。貴様も壮健でな。」

チャンバーに魔力を装填。
最大戦速を達成するために、核を最大同調。
欺瞞術式を起動しつつ、酸素供給式を並列起動。
敵情を把握するためのパッシブ系索敵術式は極力反応が無いことを祈りつつ起動。
後は、魔力の大枠をつぎ込む飛行関連術式。

つまるところ、魔導師の小隊が何故最低でもツーマンセルなのかと言えばそこに限界があるからだ。
97式ですら、飛行関連術式と酸素供給術式でかなり限界に近いのだ。
欺瞞術式とパッシブ系索敵式はそれぞれ分担しなければならないのが、実態。

その制約を突破できるのは、さすがに95式は技術的には卓越しているのだろう。
これで面倒な厄介事が無ければ、賞賛に値するのだが。

「高度12000、隠蔽術式は堅調。悪くない。」

それどころか、精神汚染も現状乏しいのはいつになく喜ばしい誤算だ。
あの精神的にまともな判断力を喪失した状況で戦闘空域を突破するのはやりたいことではない。
下手をすれば、狂信者のように自決する羽目になる。

「・・・今日ばかりは、95式には感謝したいな。」

しばし、平穏なフライト。
重砲で抉られた大地は、でこぼこで景観を損なうのだろうが全体としては景勝地にも勝るとも劣らない。
これが戦場でなければ観光ビジネスを興そうかと思うばかりだ。

まあ、コミーの地でビジネスを思える程度に冷静かつ経済人として健全であるという事を喜ぶべきだろう。
ともあれ、状況が許すのだ。
しばしの平和を楽しむのは、人間性回復にとって有意義なのかもしれない。

むしろ、戦争のある世界に私を放り込んだ存在Xこそが、自由と尊厳の敵とも言えるのだろう。

「第三ラインを通過?・・・そろそろ哨戒部隊とコネクトしかねない域だが。」

時計で時刻を確認。
パッシブで確認している限り、こちらを指向する索敵系の術式等はなし。
未明の視界で限られているとはいえ、敵部隊の陰も見えない。

事前に図上で見た限りでは、かなり大規模な攻囲軍の存在が予期されているべきライン。
直近には熱源反応すら感知されないことを勘案すると、上手く穴に潜り込めたと見るべきだろうか?
いくつか、パッシブにて放たれている魔力反応を検知するも魔導師部隊の哨戒部隊は遥か彼方。
おまけに、こちらに向かってアクティブ系索敵式を放とうとはしていない。

・・・こちら?

少し引っ掛かり、頭に配置を思い浮かべる。
連中は、攻囲軍だ。
しかし現在の状況は、帝国軍の増援如何。

・・・コミー共は、ひょっとすると来援阻止に気を取られている?

ありえる話だ。
つまり、連中が探しているのは脱出しようとする私ではないのだ。
暗闇にまぎれてこっそり補給物資を運ぼうとする鼠輸送部隊でも探しているのだろう。

「・・・だとすれば、奴らに追随すれば警戒線を突破し得るな。」

悪くない。
欺瞞式が見破られない限り、こちらをこの暗さで視認するのは至難の業。
まして、哨戒部隊の背後を通っていれば多少の魔導師反応はノイズ扱いだ。
連中に誘導してもらい、警戒線の最外周部から加速。
そのまま、最大戦速で離脱を図れば離脱可能性は十分だ。

コミーの連中は、数が途方もなく多い。
それは現実に大きな脅威だが、逆に言えば小回りは別問題だ。
首都の広場にある国際空港に着陸された時もそうだった。
我々が、首都を直撃した際もそうだったのだろう。

つまり、連邦軍を破るのは難しかろうとも連邦兵を破るのは容易いのだ。

針路を修正。
高度と、ベクトルを先行する連邦哨戒部隊に同調させる。
距離は少しあるが、魔導師反応はノイズと処理される程度。
一方で、不慣れな連中は警戒をヨセフグラードと反対側に指向している。
発見される恐れは限定的だ。

不味くなれば、地上で潜伏してもよいだろう。

そう思い定め、しばし緊張の時が流れる。
いざという時のことを想定し、97式と兵装は即応できるように維持。
とはいえ、誰にとっても運の良いことに平穏無事に連中について警戒線外周部に到達。

事前に航空写真で得ている情報によれば、連邦警戒線外周部は比較的手薄。
さすがの連邦も、三重に取り囲んだ上でさらにその外周に地上部隊を配置できるほどの兵力はないらしい。

即座に、降下。
周囲に気を付けつつ、森に潜り込む。
装備を確認。
装備状況は良好。

パッシブで調べる限り、連邦軍魔導師部隊は離脱中。
あとは、遠ざかっていく部隊の探知圏から出た瞬間に友軍部隊まで一直線に飛んでゆくだけ。

さらばだ、ヨセフグラードの諸君。
できる限り、コミーを殺してくれたまえ。
叶うことならば、諸君も無事に離脱してくれることを祈念する。

アディオス!
諸君の武運長久を祈る!



B集団司令部の雰囲気は、重かった。
急ぎ部隊を再編、取り急ぎ派遣した救援部隊を派遣したところまでは良い。
だが、ルージエンフ突出部にて力戦した第七師団を先鋒とした救援部隊ですら。
連邦軍の構築した重囲の前に二の足を踏んでしまう。

再編したとはいえ、部分的な戦力を差し向けているだけでは突破は困難。
誰もが、嫌々ながらその事実を認めて頭を抱えてしまう。

「ヨセフグラードとの連絡は?」

そして、駄目押しとばかりに通信状況が完全に悪化。
これまでは断続的ながらも確保できていたヨセフグラードとの連絡手段が完全に途絶している。
強行突破を意図して、なんどか中隊規模で魔導師や機甲中隊による威力偵察を試みるも全て失敗。

手痛い損害を出すばかりで、打開策は一向に見当たらず。
ついには、技研に掛け合って『追加加速装置』(秘匿名称V-1)を引っ張り出させることすら検討。
最も、使用するにはかなり平坦な滑走路と機材の移送という難題が立ちふさがっていた。

一応、近い将来に数基が搬送される予定ではあるものの現状では空手形。

結局、使用できる長距離無線を最大出力で使用するほかにないが妨害されているのが実態。

「駄目です。通信兵には呼び続けさせていますが、かなり強力な妨害電波を受けています。」

通信将校の顔色は、連日の疲労でやつれ始めていた。
包囲されている部隊からの信号をなんとか拾おうと神経の張り詰める日々が続き過ぎているのだ。
すでに、通信兵の疲労はかなり限界に近い。
それでいて、辛うじて拾える電波はノイズだけだ。

「有線の回復は絶望的です。」

工兵隊が密かに有線の回復を試みているものの、こちらも手つかず。
いくつか秘密裏に秘設したはずの地下回線も、砲弾の雨で途絶しているらしい。
有線の復旧可能性を命じられた工兵隊としては、首を横に振るしかない状況だ。

「・・・では、どうす」

どうするべきだろうか?
そうウィルヘルム上級大将が口を開きかけた時だ。
自分の副官に遮られる事となった。

「閣下、伝令です。ヨセフグラードから将校伝令が参りました。」

副官から耳打ちされた情報に思わず振り返る。

「なに?あの包囲を突破できたのか?」

散々突破を試みさせて、悉く失敗した重囲だ。
部隊だろうと、個人だろうと突破は至難。
辛うじて、高高度を飛ぶ高速の戦闘機によって通信筒を送ることはできるが、それとて一方通行。

作戦に必要な情報が手に入るという事実は、歓迎すべきものだった。

「はっ、その・・・俄かには信じがたいのですが。」

「どうした?構わん、続けたまえ。」

「サラマンダー戦闘団のデグレチャフ中佐殿が、単騎で突破してきた、と。」

そして、その偉業を為した人物の名前。
耳にした時、よくもまあと思う一方で奴ならそれぐらい平然とやれるのだろうなともどこか納得していた。
X論文、卓越した野戦指揮官、恐るべき魔導師。

どこか、どこか常人には計り知れない何かを持っているとしか思えない人材。
アレなら鼻歌交じりで突破してきたと言われても違和感がない。

「・・・恐れ入るな。すぐにここへ。」

どちらにしても、このような難局に当たっては一つの変化をもたらし得る好機だ。
確かに、デグレチャフというアレは劇薬。
しかし使いようによっては、毒も薬になりえる。

初めて。
初めて、デグレチャフ中佐があの地にいたことにウィルヘルム上級大将は感謝した。



「デグレチャフ中佐、入室いたします!」

「・・・御苦労、デグレチャフ中佐。通信筒は?」

そうして、呼び出されたデグレチャフを見るとあの重囲を突破したというのに特にいつもと変わりがない。
高揚も安堵もなく、ただいつものように淡々とした瞳。
人形だと言われれば、よほどそちらの方が信じられるような無感情。

「こちらになります。」

差し出された通信筒を受け取り、開封。
眼を走らせてみる程度でも、包囲された部隊の困難さは予想ができた。
状況は加速度的に悪化しつつある。

誰でもその程度の認識だが、認識よりも現実はもっと過酷だ。

「貴官の見る現状が聞きたい。兵站状況は?」

「食糧の欠乏が深刻であります。弾薬は辛うじて持ちえるでしょうが市街地での極近接戦で消耗が激しい。」

淡々と口にされる現状。
お家でままごとでもしている方が似合いそうな子供が、戦慄すべき現実を淡々と語る?
それだけでも、このデグレチャフという人間の異常さがわかるというものだ。

そう思う。
そう思わざるを得ない。
だが、その違和感に構うよりも現実に切迫した問題がある。

だから、ウィルヘルム上級大将以下全ての将校はその点について沈黙するほかにない。

「医療品の払底は時間の問題、加えて迫りつつある冬への備えがありません。」

「具体的には?」

「冬用の外套に燃料が欠乏しています。機甲部隊用の乏しい燃料が流用されたとしてもそれほど多くはないでしょう。」

語られるのは、過酷な現地の実情。
B集団自身、防寒具の手配を慌てて行っている状況なのだ。
包囲されたヨセフグラードで十分な防寒着が確保できるとも思えない。

また、機甲部隊や各種発電機に必要な燃料という問題も深刻だ。
蓄電池ならばまだ何とかなるが、燃料は空中から投下することすらおぼつかない。

「・・・来援なしでどの程度持ちこたえうると見るかね?」

士官学校出の若い少尉ですら、このような状況に追い込まれた部隊が独力で抵抗し得るとは思うまい。
そうなれば、必然的に問題となるはどの程度持ちこたえうるかという点だ。
包囲された部隊が抵抗を続けられるまでのタイムリミット。

それ次第で、救援部隊にとって作戦の難易度も格段に違ってくることになる。

例えば、再編中の部隊が完全に集結し得る程度の時間が見込めるのであれば容易だ。

「一月以上は厳しいでしょう。冬が来れば、疲労と損耗が加速度的に跳ねあがります。」

だが。

無情にもデグレチャフ中佐が語るのは、B集団司令部にとっては最悪の想定よりもさらに短い想定だった。
おそらく、時間があまりにも少なすぎると誰もが感じる。
なにしろ一月では、現有戦力でしか救援作戦に従事できないだろう。

「・・・そうなれば、崩壊は時間の問題です。」

「厳しいな。来援しようにも、軍に突破力がない。」

崩壊は時間の問題。
その事実をいっそおぞましいまでに平然と告げる中佐。
現実問題として、兵力不足の問題はB集団の手足を縛っている。

決戦に動員した部隊の再配置は今だ未完了。
ここでヨセフグラードを包囲している部隊を再度殲滅するには数が足りないのだ。
それどころか、救援部隊すら満足にかき集められずにいる。

「閣下、来援なしでは全滅あるのみです。ここは、脱出を検討すべきかと。」

咄嗟に誰もが思い浮かべるのは、ヨセフグラードを放棄というプラン。

「だが、そうなればヨセフグラードを放棄することになる。」

「軍が全滅するリスクに比べれば、まだマシです。」

幾度も議論された問題だが、忌々しいことに帝国のお偉方はこだわりが御有りらしい。
参謀本部中央や東方派ですら、一致してヨセフグラードの放棄を望んでいるにも関わらずだ。
遅まきながら、機動戦の本領に帰りたいという東方派。
これ以上の戦力消耗を避けたい参謀本部。

だが、肝心の帝国では状況があまり理解されていない。
故にこうして時間が浪費されていく。

その躊躇を断ち切ったのは、無遠慮なしかし思慮深い声だった。

「失礼ながら、猶予はあまりありません。脱出しようにも、ヨセフグラード駐留部隊は限界なのです。」

外界の醜態に呆れたのだろう。
つい先ほど、包囲下に置かれているヨセフグラードを脱出してきた中佐の顔に浮かんでいるのは侮蔑の表情だった。
現場の苦労を知りもしない後方への憤りを通り越して、理解しがたいと言わんばかりのそれ。

・・・だが、実際問題としてデグレチャフは正しい。

こんな子供ですらわかる事実が、何故後方にいる連中が理解できないのか、それがウィルヘルムにも理解できない。

「・・・認めよう。つまり、これ以上では自力で打って出ることもできなくなるのだな?」

「はい。例えば、私の戦闘団は今ならば衝撃力があるでしょうが、一ヶ月後で突破しようにも跳ね返されるかと。」

じり貧。
そして、救援を行おうにも手元戦力は十全とは程遠い状況。
誰もが認めることだが、このままでは手詰まりである。

しばし、こちらを糾弾するかのような瞳で睨みつけてくるデグレチャフ中佐と見つめ合う。
驚いたことだが、少なくとも中佐は人形ではなく意思は強固らしい。
いや、やはり、狂っているのかもしれないが。

「中佐、今ある救援部隊はそれほど有力ではない。しかも、参謀本部はともかく首脳陣は固守をお望みだ。」

いわんとするところは、明瞭だ。
軍は、命令が無ければ動けない。
それは、帝国軍人として最低限の矜持だ。
命じられれば、如何なる艱難とて耐え忍び遂行しよう。
だが、命じられたことには叛けない。

ウィルヘルムとて、帝国に忠誠を誓った軍人なのだ。
その誓いを破るというのは、心中ただならぬ葛藤を伴う。

「さようですか。・・・では、しかたありませんな。」

だが、では、仕方がない。
そんな口調で呟かれて、ウィルヘルム上級大将は愕然とした。

これは、この中佐は伝令だ。
そう、この知らせを持って帰るのだ。
帝国のふざけた話を、命がけで持って帰らねばならないのだ。

それを、淡々と言ってのけるという事は軍人でなければ理解し得まい。
聡明でなくとも、誰でもわかるような絶望的な知らせのために命を賭ける。
それを、わずかな溜息で引き受けるという悟り。

諦めているのだろうか?
それとも、仕方がないと力の及ぶ限り最善を持ち場で尽くすのだろうか?

「・・・っ、いや、ヨセフグラード駐屯部隊が突破を図れば我々も呼応する。」

その時。
ウィルヘルム上級大将の頭に浮かんだのは、悪魔じみた思い。
離脱許可は、出ていない。
だが、今のところヨセフグラード部隊は通信が途絶し、それを知りえていないのだ。

ならば。

ならば、仮に困窮した駐屯部隊が離脱を図れば。

離脱する友軍を救援するために、動くことはできる。
救援部隊が、離脱を支援しヨセフグラードの重囲から逃げ出させることは可能だ。

そこまで気が付いた時、ウィルヘルム上級大将は自分が何を呟いているのかをようやく理解する。

「すまないが、貴官はここに『来なかった』。離脱は偶発的に行われねばならない。」

文字通り命がけで敵中を突破してきた軍人に言うべき言葉ではない。
口にしているのは、誇り高い軍人に偽れという教唆。
だが、ヨセフグラード司令部は、離脱許可を欲するだろう。

「貴官が、一言、一言過てば全てが上手く行く。」

そこで、仮に。
そう、仮にだ。
伝令が誤った知らせを持ち込めば。

その行為に理由などいらない。
ともかく、許可さえ出れば軍人は動く。
まして、勇猛無比と名高い軍人が持ち帰った後退の許可なれば。

誰が、それを疑いえよう。
それに呼応する形で、救援部隊が動けば。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小官に、それを行えと?」

だが、それが意味するところは明白すぎる。
事実、示唆されたデグレチャフ中佐は表情を失っていた。
能面を張り付け、何を考えているかわからない茫洋とした視線。
それが、こちらに向けられているという事実に背筋が凍りつく。

そしてデグレチャフ中佐の口から吐き出される言葉は、苦悩の発露だ。
誇り高い、それも名誉と義務感の高い魔導師。
それが、軍全体のためとはいえ抗命し、軍令を偽れと唆される。

能面の表情だが、そこにはどこか苦渋の感情がウィルヘルム上級大将には感じられた。

「小官一己の名誉にかけて、」

「いや、軍集団司令部にかけて事後は約束する。頼む中佐、軍を救ってくれ。」

だから。
次の瞬間には、居並ぶ高級将校がほとんど嘆願せんばかりの勢いで中佐に縋りついていた。

「・・・小官は、軍人です。服従の義務があります。」

苦虫をダース単位で噛み潰したような苦渋の解答。
彼女の立場に立てば、簡単だろう。
許可を得ることができるか、救援さえ得られれば良いのだ。

だが、それが叶わないばかりか国家の失敗を個人で背負わされている。

「中佐!貴官ならば、ここで、ここで全滅する戦略への影響を理解できるはずだ!」

幸か不幸か、デグレチャフ中佐には状況が理解できてしまうのだろう。
狂った戦闘狂であるにせよ、冷静な戦略家としての顔を持つのだ。
このような状況を予見していた人材であるだけに、なおさら事の重大性を理解できているに違いない。

だからこそ、彼女は苦悩せざるをえない立場に追い込まれている。

統制を重んじ、服従の誓約に殉じるか。
戦略上の必要性に殉じるか。

「・・・理解致します。ですが、軍令を歪めることの危険性をご理解ください。」

「軍集団司令部の総意にかけて、貴官の名誉は擁護する。頼む、デグレチャフ!」

だが、これらの状況を理解できているデグレチャフ中佐だからこそ。
いや、デグレチャフ中佐にしかこのような状況は打開できない。

しばし、苦吟しつつもデグレチャフはその事実を噛みしめるように最終的には頷く。

「・・・しかし、小官とて戻れるかどうかすら、定かではありません。」

言葉にされるのは、実現可能性について。
実際、デグレチャフ中佐が重囲を再度潜り抜けられるという保証は何処にもないのだ。
最低でも、それを成し遂げないことには何も始まらない。

だから、ウィルヘルムは即座に手持ちの予備兵力を一つすり潰すことを決断する。

「我々が威力偵察を試みる部隊を出す。盾として使い潰してくれて構わない。」

ちらりと、横を見れば参謀長ら以下参謀らも同じ腹。
誰もが済まないと思いつつも、彼女に委ねる他にないと諦めた。

「部隊長にいい含めておこう。だから、何としても突破してくれ。」

「・・・ぜひもありません。」


あとがき

ルサルカってよくね?
(・ω・)?

オペラとか、結構深いなぁと。

あと、中佐殿を無事に離脱させてみました。
ええ、無事に。


後は、パウルス元帥モドキが無事に離脱を決意すれば全て平和に。

次回、雷鳴作戦。

追伸
誤字修正しました。
+ZAP
ZAP



[24734] 第六〇話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:38
ヴァイス大尉は、将校である。
それも、練達した魔導師にして将校だ。
ほぼ間断なく最前線に住まう彼は、この世界のルールを良く理解していた。

つまり、彼は野戦将校であった。
兵からは信頼され、上官からは認められるということである。
ある種、士官の理想像と言い換えても良い。

だが、不幸なことに彼の上官は“唯の”野戦将校ではない。

神懸かった個人技能と、奇跡としか形容できない戦果の連続。
平然と防御弾幕に率先して突入していくような戦争狂。
大体において、死神が裸足で逃げていくような将校だ。

とはいえ、味方である限りにおいて頼もしい。
味方である限りは。
そんな上官の下で、雨霰と飛んでくる銃弾を潜り抜けてきたのだ。

ヴァイス大尉にとって、戦場はもはや日常の延長に過ぎない。
その日も、特段変わった一日の始まり方ではなかった。
早朝に行われる連邦軍の擾乱射撃と威力偵察で眼を覚まし、スクランブル。

それ自体は、もはやいつものこと。
だが、その日は少しばかりいつもと違った。
朝方、朝駆けしてくる連邦兵を撃退し一息つこうとした時だ。
ヴァイス大尉にとって、それは一本の暗号通信から始まった。

「大尉、ライフルが必要だ。7.62㎜54R弾と調整済みライフルを大至急手配しろ。」

前置きを投げ捨て用件のみ告げる声。
要求されるのは、『連邦制式採用規格』のライフル弾。
この時期に。
あの中佐殿が。
それを欲したもう。

それだけで、直ちにヴァイス大尉は事態の重要度を理解する。
啜りかけていた珈琲を杯ごとテーブルに置くと周囲に聞き耳を立てる部下がいないことを確認。
機密保持の確認をしたうえで、話の続きを行う。

なにしろ『連邦制式採用規格』の弾丸だ。

そんなものの使い道など、限られている。
わざわざそんなものを持ち出すという事はこれから為すことを顕著に物語る。
一体、誰が違う事を予想し得ようか。

「・・・直ちに、小官が持参いたします。それで、どちらに?」

経験者は黙して語らない行い。
だが、それは厳然たる一つの摂理として軍には存在する。
野戦将校にしか理解できない『法』なのだ。

それに従い、義務を果たす。
部下に対する将校の義務は、果たさねばならない。
果たされない義務に対する答えは、口にすることも憚られる。

「よろしい。駐留司令部で会おう。」

それに対する中佐殿の声は普段通り。
これから為すことの重大さにも関わらずいつも通りだった。

淡々と、事務的な口調。
あの人は、あの中佐殿は、いつもそんなものだ。

やはりか、という思いと共に留守を部下に任せると兵器庫へ。
回収されてきた連邦軍の武装の中から、保存状態の良好なライフルを二丁選別。
幸いにも、すでにこれらを回収時に試射済み。

そして。

「とはいえ、命令でない以上放棄できるとは思えない!」

パウロン閣下のその一言に絶望する。

ああ、駄目だな。
まず思ったのは、そんな諦観。
パウロン閣下は立派な方だ。
人格という点で言えば、まったくもって完璧な人間だろう。
兵と同じような防御壕で、同じ程度の食事に甘んじていることは悪いことではない。

実際、その点に関して評判は悪くないのだ。

だが、不運なことに選ぶ仕事を間違われたのである。
軍人として、この上なく誰にとっても不幸なことだと思う。
なにしろ、将兵にとってみれば上官の人格よりも能力が全てなのだ。

いい人につき従って死ぬよりは、狂人だろうと生きて帰らしてくれる上官の方がまし。

そして、これ以上の説得を断念した中佐殿がゆっくりと頷く。
幸い参謀長以下将校らの同意はすでに取り付けてある。
ヴァイス大尉は、咄嗟に周囲を見渡し他に眼が無いことを確認。

制止の必要を認めず、中佐殿の御心に全てが委ねられる。
後は、中佐殿が事態に幕を引く為にソレをひかれる。

かくして。

不幸にも。

パウロン閣下は偶然司令部に飛び込んできた流れ弾によって、名誉の戦死を遂げられた。




親愛なる帝国臣民並びに、敬愛なる胞友諸君。
寒さがひとしお身に沁みる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
偽悪的なことを申し上げるのであれば、前線で艱難辛苦に耐えている将兵がいる中祝い事というのはいかがなものか。
とはいえ、家族や親しい友人とのひと時を過ごす喜びを妨げるのもこれまた無粋。

故に、一軍人として皆さまにお願い申し上げるのはわずかなお願いであります。
どうか、どうか刹那で良いので前線の将兵に思いを馳せていただきたく思う次第であります。

ターニャ・デグレチャフ魔導中佐


不幸な事故の後、ヨセフグラード駐留部隊は速やかに脱出作戦を開始。
『想定されていなかった』ヨセフグラード駐留部隊による脱出作戦。
この突発事態はB集団指揮系統に若干の混乱をきたす。
されども、臨機応変なB集団司令部の統率よろしきもあり雷鳴作戦と臨時で命名された救援作戦は成功裏に完遂される。

急遽派遣された救出部隊の先鋒を務める第七師団と、サラマンダー戦闘団は無事に重囲を打通。
予定外のこととはいえ、随時急派されてきた増援部隊によって脱出口が維持される間に駐留部隊の脱出は成功した。
純軍事的観点から結果だけ見るならば、満点に近い結果。

しかし、その過程に至っては当然大きな紛糾を産まざるを得ない要素を複数含んでいた。
かくして非公式ながら各種査問が行われる事となり、軍部は看過し得ない事態をそこで見出す事となる。

報告によれば。
B集団司令部はともかく、ヨセフグラード駐留部隊は死守命令を受諾でき得ない状況にあった。
通信が途絶し、情報がない状況でパウロン元帥(戦死後二階級特進)が脱出を決断。
脱出作戦の発令を命じた瞬間、流れ弾ないし狙撃弾によって昏睡。
指揮権を継承した次席指揮官が脱出作戦を指揮。

この動きを感知し、やむをえずB集団が救援行動を行い脱出が成功裏に完遂されたという。

だが、軍事の基礎的な知識があれば誰でもこの報告に違和感を覚えることだろう。

いや、素人ですら。
はっきりと言えば、この報告書は騙す気が無い。
わかるものは、わかると見なしての行為。
むしろ、だからどうした?と言わんばかりの声なき声が込められている。

気付けのために、数滴ブランデーを垂らした紅茶を飲み干し一息つく。
肩の飾りが増えるにつれて、疲労と酒量が増えているのを嫌でも実感。
パンドラの箱を開けるのは嫌な仕事に違いない。

「・・・久しいな、中佐。」

「はっ、お久しぶりであります。ゼートゥーア中将閣下。遅まきながら、ご昇進おめでとうございます。」

模範的。
そう、教本に乗せられるほど模範的な敬礼をしてのけるデグレチャフ中佐。
もしも、もしも奴が軍服ではなく学生服でも着ていれば礼儀正しいで片付けられることだろう。
あるいは、もう少し可愛げなり人間味があれば微笑ましいという気分も湧くかもしれない。

だが、10代にようやく入ったばかりの小娘がやるものではないだろう。
もっとも、それは今更の話だ。
ゼートゥーア自身、デグレチャフはデグレチャフという一個の別枠だと既に割り切っている。

要するに、種が根本から違うのだ。
軍人と民間人が異なるカテゴリーに過ぎないとすれば
人間とデグレチャフは、違う種として認識すべき存在。

時代が時代ならば、きっと英雄というやつに違いない。
大量殺戮を前提とする戦争の達人を英雄と呼ぶならば、だが。

多分に頭痛を伴う認識でしかない。

「前置きは良い。吐け。貴様、何をした?」

「・・・いささか、理解致しかねます。」

参謀本部の並大抵の参謀ならば竦み上がるような眼光。
渾身の圧力を視線に込めて睨みつけるも、眼に映るのは涼しい顔だ。
碧眼を細めて、拝聴するという態で疑問まで口にしてのけた。

肝が太いのは、知っている。
多少締め上げた程度では、全く苦にしないだろう。
もともと野戦将校というやつらは、図太い精神を持ち合わせているものだ。

同時に、諦めが悪い一方で降伏のタイミングも間違わない連中である。

「パウロン元帥の件だ。」

下手に搦め手で締め上げるよりも、単刀直入に斬り込みこちらの意志を叩きつける。
一切の言い逃れを許さないと言外に込め、眼を合わせて徹底追及の意図を示す。

「・・・元帥閣下に関して、小官に何を御尋ねなのでありましょうか。」

「何故撃った?」

一先ずは、一歩前進。
パウロン元帥について、という一般化された話題になってはいるが一応踏み込めた。

予想していた中でも、最も手強い反応。
正直に言えば、そこまで巧みに自己防衛するのかと疑問も抱いていた。
戦争ができて、おまけに政略までできる?

本当に、化け物かと叫びたい心情を抑えつつ一先ずは穏便に物事を進めるべく努力。

なにしろ、本当に疑問だった。
知りたかった。
何故、何故あそこでパウロン元帥は撃たれねばならなかったのかと。
踏み込んで言うならば、何故このデグレチャフが撃ったのかが知りたい。

「小官とて連邦兵の心情までは、理解致しかねます。」

対するデグレチャフの解答は、撃ったことに対する間接的な肯定。
対象を連邦兵に偽装しているが、自分に対する疑念は否定していない。
韜晦しているようで、まったく誤魔化す意図の感じられない解答だ。

ゼートゥーアは握りしめた拳がこわばっているのを今更ながら自覚する。
やはりか、と思う一方でここまで明文化されたルールをこれが破るとはという驚きもあった。
奴は、理解し難い。
レルゲン大佐の分析では、明文化されたルールから逸脱する可能性はほとんどありえないとされていた。

なにしろ、これまでのところルールに対しては絶対服従。
軍人としては基本だが、その基本をとことん遵守しているという点でデグレチャフは完璧だった。
模範的ですらある。
実際、独断専行に近い行動に際しても奴はきっちりと法的根拠なり保険なりを用意していた。

「中佐。」

「はっ。」

「貴様が撃ったことは、わかっている。状況証拠から考えて、貴様以外に撃ったのはいない。」

それが、今回に限っては。
状況証拠からして、真黒だ。
少しでも疑う頭があれば、誰が下手人かなど一目瞭然である。

確かに、パウロン元帥の検視結果は、連邦のライフル弾によるものと報告されてはいる。
派遣した部下による追加調査の結果も、その事実は争う必要が無いことを示すもの。
ただ、流れ弾というにはあまりにも異常な角度からだったという報告をゼートゥーアは握りつぶしていた。

ちなみに、ちょうど子供くらいの身長で銃を構えればちょうど射角が一致するとのことである。
考えるまでもなく、デグレチャフ以外に戦場で司令部内に侵入して司令官を撃とうという発想をする子供はいない。
そもそも、それは子供ではなくデグレチャフという分類にすべきものだ。

「だが、理解しがたいことに同じ推察に至ったはずのB集団司令部が貴様を全力で擁護している。」

そこまで明白な状況証拠とはいえ、予想可能であるというのに。
B集団司令部は一切を不問にしている。
それどころか、公式非公式を問わずにデグレチャフ中佐に対する憲兵隊の調査が妨害された。

ある憲兵分隊など、増援部隊として最前線に放り込まれかけた程だ。
やむをえず、前線視察任務と称して送りこんだ参謀らまで動員する羽目になった。
それでいて、結果は必ずしも満足できるものではないのだ。

「ほとんど、ありとあらゆる伝手で免訴の圧力がだ。」

前線での調査妨害どころか、中央でデグレチャフの査問会を行おうとすれば強硬な反対がねじ込まれる始末。
曰く、前線で戦っている士官を後方で悠長に査問会議にかける暇があれば、1人でも多く増援を。

少なくとも、理屈としては至極まっとうな理屈だろう。
それだけにゼートゥーア中将としては困惑するほかにない。

「・・・デグレチャフ。私は、貴様の才をおそらく唯一人、理解しているつもりだ。」

異能という表現では生ぬるい狂気の才能。
奴は、陸大時代にすでにこの戦争形態を予期し対応策を提唱していた。
不完全ながらも、そのような戦局における勝算まで見つけ出し理論化している。

誰が信じるだろうか?

世界大戦は、眼の前の怪物にとってみれば既定事項の実証に近いという事を。
ほとんど、偶然から知ってしまった秘密は恐ろしい秘密だ。

「帝国にとって貴様が必要な人材であるという確信は揺るがない。」

「大変、身には過分な評価を賜り恥いるほかありません。」

かしこまる素振りは、自然なものだ。
だからこそ、恐ろしい。
やつにしてみれば、それほどまでの才すら誇るものではないのだ。

まるで、それが当たり前と言わんばかりの感覚。
大量の屍を築き上げる効率的な殺人競争。
参謀本部で数字を眺めていることに、恐怖すら覚えるというのに。

眼の前にいる怪物は、それを所与のものとして計画を立案する。

「・・・帝国には貴様が必要だ。故に、私は本件には眼をつぶるつもりですらある。」

だが、そんな化け物でも。
戦争に勝つためならば、使える手札は全て使うほかにないのだ。
そして、デグレチャフという札は文字通り鬼札である。

どうあろうとも、捨てるという選択肢は選べない。
なれば。なればこそ。
人形のように、平然とこちらを凝視するこの化け物も使うしかない。

この碧眼が何を覗き込んでいるのだろう?
一体、こいつの見ている世界はどんなにおぞましいものなのだろう?

「故に答えろ、中佐。何故撃った?」

「閣下。小官が撃ったとすればそれは、祖国を守るべき軍を全滅から救うためでありましょう。いわば、オペであります。」

「結構だ。・・・良くわかった。」

平然と言ってのける口は、それが必要だったという事を確信しているからこそだろう。
後ろめたいというよりは、医者が難しい手術を成し遂げた様な自信と誇りすら感じられる。
やっていることにも関わらずだ!

ゼートゥーア中将は、思わず舌打ちしかける自分を抑えつつデスクの上で頭を抱える。
本来であれば、部下の前で将校が取るべき態度ではない。
だが、そうでもしなければやっていられなかった。

・・・行為にあるのは、結局効率という概念。

中佐にしてみれば、それは外科的な対処法に過ぎない。
軍と国家という機能からみて、患部を斬り落とすという行為。

士官学校でぶち上げたという防疫官とは、本当によく言ったものだ。
必要とあれば、独断だろうと構わずに上官にまで牙をむく。
レルゲン大佐が危惧するのは、全くもって通常の軍制度からすれば妥当なもの。

「中佐、ことがことだけに処罰は覚悟しろ。と言いたいところだが、先にも言った通りだ。」

本来ならば、銃殺刑に処してさっさと軍から摘まみだすべき性質だ。
上官に銃を向けるなどというのは、軍組織にとって許容できない叛乱だ。
加えて、その判断基準が独断で為されるのであればそれは統帥権への反逆だ。

ことがことだけに、本来ならば極刑に処すべきだろう。

・・・だが、帝国軍はこれを使わざるを得ない。

「貴様の東方戦線従軍記録は公式に破棄される。」

東方派と内輪である程度の交渉は完了済み。
形式上の処罰と、いくらか現実の処罰は行うものの経歴に傷はつかないように配慮することで手を打った。
具体的には、東方戦線従軍記録の抹消。
つまり、戦果と戦功が白紙になる。

「軍歴は、日付を遡って今日まで参謀本部戦略研究室付きの特命将校だったと記録されるだけだ。」

そして、今の今までデグレチャフは本部勤務だった。
そういう事になる。
本部勤務であれば、そもそも東方戦線での不祥事には関わりが無いからだ。

公式には、死んだ誰かの名前をデグレチャフに置き換えればよい。

「・・・当然、その分の戦果は破棄されることになるがこれが譲歩できる限界だ。」

「寛大な御処分とご配慮に感謝いたします。」





上司に呼び出され、締め上げられて無事解決かと思ったのは甘かった。
ゼートゥーア中将閣下は人的資本の効率的な運用に際して、機能発揮を十全に行われる方だ。
人員を遊ばせるということほど、この中将閣下とも無縁な思想もない。

「それと、中佐。」

こちらを睨みつける視線は、ようやく緩みつつある。
とはいえ、並大抵の強さではないというのもまた事実。
会社の上司にこれほど怖い目線をする人間はいなかったのだ。

ここまで緊張させられる上司というのは、やはり軍人だからなのだろう。
そんな上司の前で無様な姿を出せばどうなるかは考えるだけでも背筋が凍りつく。

「はっ、何でありましょうか。」

「帝国には有能な魔導師を遊ばせておく余力はない。」

はっきりとした、非扶養宣言。
働かないのであれば、温情ある処置も期待できないという事だろう。
まあ、そもそも人手が足りないからこそ、ここまで好待遇なのだ。

ここで、働かないのであれば私であっても肩を叩く。
むしろ肩すら叩かずに、一枚の通告で終わらせる。

「御尤もかと。任地を賜りたく思います。」

形式上は、私が志願するという形式。
まったく、依願退職を募集するような手口に引っ掛かるとは。
こちらが散々使い古してきた手段だというのに。

心中、密かに穏やかならぬターニャとは裏腹に事態はお膳立てされていたかの如く順調に進む。

「結構。南方大陸で懐かしい顔が貴様を待っている。」

懐かしい顔。
そういう事ならば、当然ロメール将軍閣下に違いない。
不幸中の幸いというやつだろう。

まあ、ロメール将軍閣下の指揮下でならばそこまで不味いことになるとは思えない。
数の暴力を相手にするのは気が進まないがそれはどこも同じだ。
本当にいざとなったら降伏できる分、コミーよりも相手がマシかもしれない。

そう思えば、ポジティブな側面にも目が向けられるというものだ。

「今度は、撃つな。」

同時に、太い釘が撃ち込まれる。
まあ、統制上これ以上の逸脱は本当に銃殺刑に至ることになりかねないのだ絶対にそんなことは避けたい。

あれは、史実の悲劇を回避するために本当にやむを得ない緊急避難的措置なのだ。
ヨセフグラードで降伏し、コミーの楽しい楽しい収容所生活など、死んだ方がマシだろう。
そんなことになるくらいならば、命を捨てる覚悟で別の道を選ぶしかなかった。

・・・二度と、二度とあんな綱渡りはしたくないし、するつもりはない。

「その必要があるとは思えませんが。」

だから、ここでは自信満々に解答できる。
なによりも。

派遣先のボスは極めて有能なのだ。

いくらなんでも、ロメール将軍を撃つ必要があるとは思えない。
パウロン元帥閣下のように、歴史に名を残すような失敗もないわけだし。
つまり、どちらかと言えばロメール将軍を支援すればするだけ長生きできる可能性が高い。

「結構だ。ああ、それと。」

「はっ。」

処罰は、戦績抹消という物。
軽くもないが、事に比較すれば比較的軽微だろう。
実態からすれば、事実上の無罪放免。
そして、未来に対する期待値も決して悪いものではない。
だが、そう考えただけにターニャは少々気が緩んでいた。

「貴様の部下は、引き続き対連邦だ。貴様は、現地軍と合流しろ。」

・・・この言葉を耳にしたときの衝撃は忘れられない。

何とかヨセフグラードで捨てずに済んだ盾。
当然、南方大陸にも持っていくことを今の今まで考えていたのだから。
そんなターニャの内心には全く留意せずゼートゥーアは淡々と事務的な通告事項を通達。

唖然とするあまり、少々反応が遅れたことを了承と受けとったらしくその場で会見が打ち切られた。

そうして、気がつけば。

極寒の連邦から、灼熱の砂漠へ逆戻り。
はっきり言って職場環境としてこれほど酷いものはない。
おまけに、単身赴任。

率いていくべき戦闘団は取り上げられて、着のみきのままで南方大陸行きの輸送船に放り込まれたのがつい先週。
身を呈して私を守るべき盾もなく、使えないお荷物を背負わされるとはこれいかに。
万年赤字の地方支店に、手足となる人材を取り上げられて放り込まれるようなものだ。
成果が上がらねば、私がリストラされかねないような事例。

到着早々、軍港に対する連合王国・自由共和国の空襲でスクランブル。
敵の練度向上と、帝国軍兵士の練度低下に愕然としつつ何とか撃退。
迎撃命令が下ってからが遅い上に、基準以下の戦闘能力。
これで、物資集積所の防衛部隊だというのだから空恐ろしい。

翌日、司令部に着任の挨拶に行くため飛び乗った輸送トラックがらくだ騎兵に襲撃されてひと悶着。
砂漠でらくだの機動性を侮ったわけではないが、兵站末端が脅かされているという事実に背筋が凍りつく。
特に、給水車に穴が開くだけで軍は渇きでのたうちまわらざるを得ないのだ。

着任報告をロメール閣下に行うと同時に、簡潔な戦局概説を賜ったのが昨日。
辛うじて、機動防御と遊撃戦で数の不足を補っているが兵站の維持まで戦力が及んでいないとのこと。
加えて、非公式ながら民主主義の兵器庫から物が流入しているとの懸念まであるらしい。

あの国相手に、消耗戦など無意味だ。

・・・帰りたい。今すぐ、本国の安全な地下壕に帰りたい。



あとがき
時間が、時間が、足りないorz

こんな時間に更新する理由?
たぶん、逃避かなぁ・・・。

ちょっと年内更新できるかわかりません。

( ー`дー´)やってやれないことはない!

※ちょっと、補足説明的な。
流れで言うと
①某司令部
『悪いけど、偽の命令を伝令してくれない?』
『もちろん、その後のフォローはするから!』
②某幼女
『おk』⇒『後退許可でました。』
③某元帥(二階級特進)
『そんな疑わしいモノ認められるかボケェ!!!』
④某幼女
『仕方ないよね、せんそうなのだもの。』

⑤みんな
『・・・そこまでやれって、誰もいってないんだけど(・_・;)』
⑥中将閣下
『・・・撃ったのは奴の独断じゃね?』
※命令の偽証は、問題にもなっていません☜守られた約束
※撃ったのが絶賛問責中☜誰のせいかと言えば、もういわなくても。

※誤字修正
ZAP



[24734] 第六一話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:37
あらゆる万物の中でも偏見と先入観程、将校にとって有害なものはない。

愚かな将校たちは、敵コマンドを無学な野蛮人だと侮っている。

なるほど、一見するとただ『神は偉大なり』と叫んでやたらめったら乱射しているだけのバーバリアンだ。
精強な軍にしてみれば、その様な連中ごとき恐れるには値しない。

もしも、真にそうであればどれ程楽だった事か。

実際の彼らはその正逆で、経験から授かった知恵と、しかるべき科学知識の両方を兼ね備えていた。
いや、或いは卓越した自己制御の強固な自制心こそを強調するべきかもしれない。
どちらにせよ、彼らは完全に合理的精神の持ち主だった。

そうでなければ。
まだ扱いの難しかった当時の初期術式で、あれほどの損害が与えられるはずがない。
彼らは各部隊の飛行ルートや天候の影響、赤外線の放射特性や大気の状態すべてを勘案した。
あろうことか砂漠の複雑な環境を全て理解し、環境を味方に付けているのだ。

砂漠の民ですら、その知識と経験に感嘆するほどに。

その上で、『神は偉大なり』とつぶやき術式を起動していたのだ。

決して単なる神頼みで、でたらめに兵器をぶっ放していたわけではない。
無計画に見える乱射が何度、『偶然』大損害を我々に与えたことか考えてみればわかる。

一度ならば、『偶然』だろう。
二度ならば、或いは『不幸な偶然』だろう。
だが、三度ならば、それは『必然』だ。

その現実を認識できる将校がいないのは単純である。
理解できるようなまともな将校は、すでに墓の下だった。
軍の根幹である頭と補給線。
そこが彼らの目標であり、同時に我々が期待する若者達を配属した所だった。

故に、彼らが標的にしたのは、同時に最優の将校らだった。

敵は充分な知性と教養を持っていた。
狡猾さと用心深さ、勇気と臆病さはこれ以上望み得ない程卓越した将兵達。
足りなかったのは物資だけだ。
われわれの信じる『精強な軍隊』と彼らの差は、たったそれだけにすぎない。

私の勝利は結局のところ物量の勝利なのだ。

南方大陸戦線回顧録
連合王国、モンティ元帥著より



暗号化された通信…キーの一致を確認…クリア
周波数の整合性を確認…クリア
傍受阻害用のデコイチェック…クリア

解読した結果を確認…偽装通信回線の確立正常。

いささか、偏執的だろうとも実際は丸裸に近いのだ。
歴史は、エニグマが丸裸にされたことを知っている。
ウルトラ情報とは、要するに帝国の通信に他ならない。

故に。

ターニャは二重化された暗号通信をわざわざ指向性通信で行う。
偏執的と笑われるほうが、位置情報を垂れ流すよりもずっとましだから。

『ホテル01よりレイピア・コマンド』

高度20
速度230
位置情報確認、誘導ビーコン正常。
対地走査継続

複雑化された通信は定型文と数字のみでやり取りされ簡便とは言いがたいそれ。

だが、ターニャにしてみればそうでもしなければ傍受され解読されるに決まっている広域通信など使う気にはならなかった。

臆病者が生き残るのだから。

『戦域管制情報』

感度良好。
コマンドの隊列確認。
目標までの所定時間は飛行計画通り。
襲撃行動のフェーズは順調に消化中。

『砂嵐確認されず。繰り返す、砂嵐確認されず。』

最大の懸念である砂嵐。
それらは、先行している航空隊の報告ではクリア。
突入に際しての支障は一切排除されている。

せわしく地形に合わせて飛ぶ部隊にもやや安堵の念が浮かぶ。

『敵飛行場守備部隊、増援の徴候なし。』

気がつかれた兆候も無し。
いい前兆だ、とレイピア・コマンドを指揮するデグレチャフ中佐はほくそ笑む。
敵の各種検知波を避けるための超低空飛行。
砂漠の起伏に富んだ地形に追随して飛行する魔導師の発見は困難。
奇襲には最適だった。

防塵ゴーグルの徹底的な改良がなければ、絶対に決断することはなかったが。

『発観測機、気象情報転送。』

転送されてくる気象情報。

『レイピア01より、ホテル01。受信確認、データ正常。オーバー』

『ホテル01了解。グッドラック。オーバー』

正常に受信できたことに安堵しつつ、ターニャは自分が発案したコマンド奇襲作戦の成功をほぼ確信していた。
主戦線と違い、コマンド部隊はかなりの独立行動権が付与された自立性の高い部隊。
ロメール閣下の御好意もあり、ほとんど通常の指揮系統からは解き放たれている存在だ。

あまりいい顔はされなかったが、人員の抽出許可まで確保できたのは望外の幸せである。
消耗した部隊の再編に乗じたとはいえ、古参兵を集めることができたのは上の協力があればこそ。

それだけに、仕事はしなければならない。
闘志旺盛であることを示し、上官の決断が費用対効果に見合うものであるという事を示さねば。
それが、あるべき経済人として当然極まる行動だろう。

だが、逆に言えば仕事をしていれば掣肘されることも少ない部隊。
いざとなれば作戦行動と称して敵地に浸透し投降することすら可能なのだ。

まあ、今は敵拠点襲撃が最優先だが。

『レイピア・リーダーよりレイピア・コマンド』

突入に備えて、ターニャは手持ちの装備を再確認。
ごく微弱な出力で部隊内用の暗号化された通信回線を開く。

『突入に備えよ。装具の確認を怠るな。』

突入前の最終確認を指示。

特に、砂塵や気温の変化でやられたグリスによる銃の動作不良に留意。
術式を封入した特殊弾が、発射されずに銃口内部で術式を展開というのは最悪の自爆だ。
連鎖的に広がりかねないので、初弾は必ず通常弾にせよと念押ししてある。

一人の失敗で全体が巻き込まれるのは堪らない。
自爆するならば、敵地でやるべきだ。
最低でも、私に迷惑をかけない距離でやってもらわなければ困る。

『湿度、気温は想定通り。風はほぼ無風だ。』

素晴らしいことに、超長距離狙撃戦には最適の環境。
そして、目標の連合王国空軍基地には航空用燃料がたんまりとある。
加えて、近くにある航空機が運ぶための航空爆弾や銃弾も備蓄されている。
まず、可燃物には事欠かないだろう。

さらにいえば、それらはターニャにとって何よりも重要な安全という要素も満たす。

なにしろ、超長距離で全員が狙撃するだけなのだ。
術式を封入する特殊弾による長距離ハラスメント攻撃の応用。
有利な状況というのは動揺や焦りによるミスも抑制しうる。
つまりは、適切な環境というもの。

その上で、敵に対する最も費用対効果の高い攻撃を行う。

それをおこなうためだけに、長距離浸透した揚句にぶっ放して逃げるのだ。
敵は後方拠点の防衛のために主戦線から大量の戦力を引き抜かざるをえなくなる。
そうなれば、数的劣勢にあるロメール閣下への最大の援護となることだろう。

『一次襲撃は演習通り90秒だ。60秒経過後に戦果拡張か後退の指示を出す。』

襲撃は、まず可燃物を吹き飛ばす。
ごく短時間に、極力火力を投入してできるだけ混乱を拡大。
敵部隊の反応が悪くなければ、やたらめったら乱射して後退。
混乱が拡大し、対応がばらばらになれば徹底的に火力を投射。

その見極めは、60秒という短い時間。
まあ、安全策を重視して悪くはないだろうというターニャの配慮だった。
勇気とは勇者が墓場に持っていけばよいものである。

少なくとも、経済合理性を重んじるターニャには皆無な要素。

『襲撃開始は、15:00。ただし、赤の信号弾が上がれば即時離脱だ。』

むしろ、その行動原理は勇気とは真逆。
臆病で緻密な計算に基づいた計画的行動。

例えば。

時間設定は、連合王国の警戒が最も緩むティータイムを狙った。
連合王国では、こんな砂漠だろうと本国での生活と同様にティーを楽しむらしい。
こんな砂漠でまでティーを嗜むのかという思いが無いわけではないが、活用すべき情報だ。

お茶会にお呼ばれしていない無粋な来客らでドアをノックしてやろうという帝国流のユーモアでもある。
ブラックなジョークが大好きな連合王国人ならきっと理解してくれるだろう。
思いついたときの自分は、素晴らしく冴えているとターニャは自画自賛したほどだった。

まあ、危険だと判断したら即時離脱は忘れない。
深入りするのは自殺志願者の行為でしかないのだから。

『配置に付け。』

灼熱の砂漠に身を伏せるのは、最悪の行為。
銃身への悪影響も怖い。
だから、射撃開始前に最後の確認。

各部正常、異常なし。
大変結構だと頷き、ターニャは部下らのハンドサインで問題が無いことを確認。

出撃前に合わせた時計が、あと数分で攻撃開始時刻であることを物語っていた。
さすがに精密な帝国製の腕時計は素晴らしい精度。
この砂漠で酷使しているにもかかわらず、一応動作する。

設計者は、よほど冗長性確保と動作テストを念入りに行ったに違いないとターニャは感心していた。
スコープの先で優雅に紅茶を飲み始めている連中には、100年たっても造れないことだろう。
まあ、連中の奇想天外な発想力と創造性には本当に注意しなければならないのだろうが。

『開始60秒前。』

だが、埒もない思考は飛び込んできた観測員の言葉で吹き飛ぶ。
すでに発見済みの燃料貯蔵施設。
大きすぎて、外しようのない目標に照準を合わせてゆっくりと引き金に指をかけた。

・・・狙撃というやつは、そっと優しく引かねばならない。

その点、非力なこの体というのは狙撃だけにはある程度適しているのかもと笑いたくなった。

『5・4・3・2・1・オープン・フォィァヤァ!!!』

初弾は、通常弾。

飛翔物体が奏でる飛翔音以外には、さほどの影響も基地には与えないことだろう。
ライフル弾の拠点に対する効果などたかが知れている。
運のない敵兵に当たりでもすれば、ましという程度。

だが、要するに試射なのだ。
問題が無ければ、即座に本命の術式封入済み特殊弾が装填され放たれる。

つまり。

装填されている次弾からが本命。

爆裂系術式が、砲弾のように燃料貯蔵施設や弾薬庫に飛び込んでいくということになる。

『着弾!着弾!』

観測員の叫び声とほとんど同時に火が上がり、一瞬で轟音と共に燃え上がるのが視認される。
航空用のオクタン価の高い最高の可燃物だ。
さぞかし凄惨な勢いで燃えることだろう。

間違っても近くには居たくないものだ。

『弾薬庫誘爆!』

『貯水塔崩壊!』

加えて、副次的に戦果が拡大。
敵の弾薬庫に叩き込んだ術式は十二分な成果を上げて、盛大な轟音を轟かせる。
砂漠ではそれに劣らず重要な水のタンクにも打撃を与えることに成功。

水がなければ生きては行けないし、短期的には消火用水にも事欠くことだろう。

『完璧だ!駐機中の航空機へ攻撃をシフトせよ!』

予定通りに事が進む素晴らしさよ。
にんまりと微笑みを浮かべつつ、駐機中の航空機に攻撃目標を変更。
空で落とすのは少々面倒だが、地上で駐機中の航空機は本当にただの的だ。

飛べない豚は、本当にただの豚なのである。
飛べない飛行機も同じようなものだ。

『襲撃経過から45秒!』

飛び込んでくるのは、襲撃時間が半分を経過したという観測員からの警告。
襲撃の継続か、離脱かを即断する必要に迫られているのだ。

みれば敵守備隊はやたらめったら右往左往するだけ。
統制のかけらも存在していないと言い得るだろう。
基地の主要な備蓄物資も吹き飛ばすか延焼が期待できる状況。

本来であれば、戦果拡張が最も望ましい。

だが、気になる反応が基地内部に複数見られる。
輸送機から?

・・・空挺降下させる魔導師か?

『レイピア・リーダーより、コマンド各位。』

そうである可能性が高い反応だ。
地上で出会えたことを運が良いというべきか、ついていないと歎くべきかは難しい。
だが、少なくとも対応しないわけにはいかないだろう。

『魔導師反応を多数感知。』

即時離脱?
いや、送り狼を抱えての離脱はハイリスク過ぎる。
即刻排除の必要性を実感。

時間が惜しい。

『速やかにこれを撃破せよ。撃破後、即時離脱だ。』

取り敢えず、撃破すればそれでよいだろう。
組織的戦闘力さえ砕けば、送り狼足りえないのだから。

ともかく、必要最小限の投資と納得できるリターン。
欲を掻きすぎて行動経済学で笑われるのはごめん被る。

『敵魔導師、規模推定中隊ないし増強中隊。』

観測される反応からして、地上で叩けるのならば叩けるだろう。
敵の反応は悪くはないが、その程度に過ぎないのだ。
此方が一方的に敵を捕捉しているというのは、揺るがない事実。

最大射程で爆裂系術式を一方的に投射。
秘匿性と軽快さが重視される近距離戦中心の空挺降下装備では、限界があるのだ。
いくら精鋭だろうとも、そもそも射程が足りない装備では話にならない。
奴らの仕事は近接戦。
我々がしているのは、遠距離戦だ。

距離の壁は、交戦において絶大な意味を有する。

『敵部隊の反応消失!』

結局のところ、投射される物量の差が物事を決する。
強固な防殻だろうとも、度重なる爆発と鉄量の前には削られるのだ。
航空燃料や各種弾薬の誘爆もその場にいる魔導師にとっては致命的。

危惧するまでもなく、あっさりと事は決する。
実に簡潔な撃滅報告。
それに大きな満足を覚えつつターニャは待ち望んでいた後退に移り始める。

『離脱する!ツーマンセルを保ちつつ全速だ。』

損害なし。
戦果は、極大まで期待できるだろう。
まず、間違いなく偉大な勝利と呼びうる戦果だ。
誇ってよい。

『・・・我々の勝利だ。コマンド各位、Prosit!』

『『Prosit!! Frau Oberstleutnant!!』』



「・・・負けたな。」

一時的に病気療養のために帰国していたロメール軍団長。
飛んで戻るなり、そう呟かざるを得なかった。
彼をしても、手がつけられないほどに状況が悪化していたのだ。

参謀本部から南方大陸戦線の急変と、留守を任せていたシュトーメン装甲大将急死の悪い知らせを受け取ったのはつい先日の事。

急遽駆けつけたロメールの前で、戦況図は絶望的な状況を示していた。
それは、見通しの甘かった本国と彼の失策でもある。
敵の攻勢は依然として先であるという戦況判断の過ち。
徹底して秘匿されていた敵の攻勢は、正に奇襲と形容するほかになかった。
加えて敵物量は警戒していたものの、現実に突きつけられた数値は予想をはるかに上回る始末。
戦況はもはや、いかにして全滅を避けるかというところにまで追い込まれていた。

それすらも。
彼ほどの才覚があれば、もはや絶望的だと判じざるを得ない程に。

しょっぱなから彼我の物量差を見せつけられる始まり方だった。

総計45万個を投じた高密度の地雷原、通称『悪魔の花園』。
まずもって正面突破は不可能と見なしていたその花園。
これで時間がわずかなりとも稼げる公算だった。
『悪魔の花園』を敵が避けるならば、と。
可能性の問題ではあったが側面強襲の作戦すら立案されていたのだ。

それを、あろうことか連合王国は砲兵隊の砲弾で悉く駆逐してのけていた。
正面から、物量にモノを言わせて解決し突破してしまっている。

同時に、戦線各所や航空写真から総合して集められた情報が物語るのは絶望的な戦力差。
収集された情報を統合すれば、敵魔導師・装甲部隊の規模は彼我に4倍弱の差がある。
総合戦力に至っては、彼我の比較が虚しくなるほどだ。
航空優勢は完全に確保され、こちらの補給は必要量の2割強しか確保されていない。
いくつかの部隊は補給線が完全に途絶し、悪いことに通信すら確保できずにいる。

「潮時か・・。やむを得ない。戦線を下げる。」

後退の決断を下すのは早かった。
他に選択肢などない。
状況を考えるまでもなく、損害の最小化と戦力再編のために戦線を下げる必要性が迫っていた。

あとほんのわずか東進すれば運河も制することができたというのに。
これまで、南方大陸で常に奇跡を起こして来た彼らですらも変えようがない現実。
物量という現実に遂に直面せざるを得ない時が来ていしまっている。

誰もが口惜しく感じる中で、合州国の介入を知っている将校らはそれもまた止むなしと諦観を抱いている。
今回の連合王国軍及び自由共和国軍の砲弾供給量の実に8割強は、合州国製だという統計分析。
連中の装備している装甲車両と演算宝珠の大半も、出所不明という名目で既に介入を始めたかの国の物。

物量差という事に関してならば、高級将校は気が遠くなるような物量差を思い知らされている。
いまや、前線の将兵らはそれ以上の脅威を直接実感しているに違いない。

「装甲師団を殿軍としよう。機動防御を行いつつ、戦線を再編する。」

部隊を下げるために必要な手順。
それらを、一つ一つ手配し戦線の再編にとりかかる作業そのものは順調に進められる。
ロメールが集め、実戦で育てた幕僚たちだ。
技量も、職責に対する意識も、なにより敢闘精神も何ら不足することはない幕僚ら。

参謀教育の賜物である彼らは、軍人としてほとんど理想に近い仕事ぶりである。

「魔導師を遊撃部隊として出す。一部を総予備とするほかは、全力出撃だ。」

「ガソリンを後送する手配を急げ!」

絶望的な状況にもかかわらず、彼らは義務を素晴らしく履行していた。

その仕事ぶりに満足しつつも、将兵の優秀さという質では限界があることを悟らざるを得ない。
卓越した質を圧殺せんとする敵の物量は、合州国という製造拠点を得て完全に確保されてしまった。
意味するところを理解し、ロメールはほとんど暗澹たる思いに駆られてしまう。

こちらの装甲集団は、ほとんど鹵獲した旧式車両と現地で共食い整備された装備に依存。
魔導師は少数のベテランを除けば、戦前の基準ならば訓練不足と判断される素人ばかり。
補給に至っては、敵航空優勢化における困難さを嫌というほど味合わされてきた。

辛うじて、戦術で持ちこたえさせていた戦線だが所詮は薄氷の上で踊るような無理が付きまとっていたのだ。
戦力比が完全に狂っている状況で常勝せよというのは所詮机上の空論である。
戦術で奇跡が起こせても、戦略にはなんら影響が及ぼし得ないというのは戦略の基本だ。

前提条件が狂っている以上どうしようもない。

「北部戦線の状況は?」

「対戦車砲が砲・砲弾共に不足。88㎜に至っては、全戦線で24門しかありません。」

少なく見積もっても1000台は敵戦車がいるというのに、こちらの88㎜は24門。
軍団長が、24門の大砲の配置に頭を悩ませるなど末期も良いところだろう。
これで、どうやって敵の物量に対抗しろというのか?

報告を聞いて、ロメールはいっそ笑いだしたくなるほど絶望的な状況に頭を抱えてしまいたくなる。
『悪魔の花園』によって、ある程度敵部隊を拘束し消耗させられるとの公算だった。
その間に、稼いだ時間で増強部隊を投入し部隊を再編するという計画は完全に破綻。

要請した補給は半分も届いていない。
今では、共食い整備どころか完全に遺棄せざるをえない車両すら出てきた。
散々念押ししたガソリンと砲弾に至っては、欠乏と評するしかない状況である。

泥沼化しているという東部の状況も勘案すれば、これ以上を望むのは現実的な希望ではないに違いない。

「では、南部戦線の状況は?」

「ロメール閣下、ファルゴーレ義勇師団が」

「突破されたか。」

あの弱兵ぞろいでは、駄目かと思いこんでいただけにロメールとしてはそう聞かざるを得なかった。
なにしろ、精鋭で守りを固めていた北部戦線からしてボロボロに崩壊寸前まで叩かれている。
義勇兵程度では、到底持ちこたえられないだろう。
“政治的理由から、存在する義勇兵”とまで酷評されるほど。
そんな彼の思いこみ。
ある意味では、それが義勇兵に対する帝国軍の正直な思いだった。

だが。

「いえ、戦線を支えて辛うじてながら撤退に成功しました。」

報告する参謀自身、信じがたいという思いがあるが事実は小説よりも奇であった。
弱兵と、弱卒と帝国軍どころか敵からも侮られていた彼らが。
最も奮戦し、彼我の戦力比を数えるほども馬鹿馬鹿しい敵を相手に奮戦。

辛うじてながらも、戦線崩壊を防ぐ最大の立役者として力戦してのけていた。

「・・・なんとも。見誤っていたのは私の方か。」

あの鉄量を投じられてなお組織的に動いてのけた。
この事実は、思わずロメールをして評価を一変させてしまう。
見誤っていたとも、素直に口にしてしまうほどに衝撃的だった。
予想外の嬉しい誤算である。

はっきり言って、絶望視していた戦局。
それがなんとかなりとも、後退し得る可能性が見えてきたのだ。
少なくとも、滅入りつつあった気分を明るくする材料ではある。

ロメールらの眼には、戦線を下げて状況を再編するために必要な状況が整いつつあるように見え始めていた。

南部戦線が無事に後退できたということは、北部戦線は側面を気にすることなく下がれる。
そうなれば、敵が水や燃料の問題に時間を取られている間に防衛線を再編するための時間が得られるのだ。
厳しい状況ではあるが、まだ戦術の妙を尽くすことで破局は回避できそうに見えた。

「閣下!友軍潜水艦より、緊急です!」

それだけに、血相を変えた通信将校が次に口にした情報に思わず誰もが凍りつくことになる。

「ダカール沖に、連合王国艦隊出現!報告によれば、揚陸部隊を随伴しています!」

「何だと!?」

防衛線後方、補給拠点と現戦線の中間地点。
当然、ここを断ち切られれば圧倒的物量の前に帝国軍は崩壊する、
そこに揚陸部隊を伴う連合王国艦隊が出現という情報。

意味するところは、誰もが理解し得た。
口にせずとも、誰もが理解した。

・・・終わりの始まり。

誰もが、脳裏で思わずその可能性を悟らざるを得ない。




あとがき
新年おめでとうございます。

コメントへの御返事やもろもろの追記は後ほど時間ができてからでご容赦くださいorz

今年もよろしくお願いします。


追記
コメント、いつもありがとうございます。
遅くなりましたが、ご容赦ください。

>三葉虫様
うーん、まあ戦争の未来を予言した人ってその時代ではよくて変人扱いですからね。
ハミルトン中将とか、機関銃の時代を予言したら呆けたとか言われてますし。

知ってる人は、狂人扱いでどうでしょう?

>でんでん虫様
同志ロリヤの頭の中は、連邦最大の機密に指定されています。
情報公開を幸せな市民としてご希望されますか?
必要ならば、モスコーにあるシルドベリアにつながったオフィスまでいつでもお越しください。
手隙の担当官が御相談に応じられるかと思います。

>翠鈴様
ええと、つまり、死亡フラグ回避の方向で頑張ろうと思います。

>ee様
あら?Oberstleutnantって、中佐だとおもってました。

>ななん様
たぶん、ターニャにシマーヅのような根性ないと思います。
どうにか、考えてはみますが。

>庁様
(・_・;)

・・・うーん、難しいご指摘を頂いてしまいました。

書いてる本人としては、数寄者同士まあわかるだろうと思っていました。
はっきり言ってしまえば、こんなタイトルですしorz
読む人選ぶかなーと。

ただ、確かにご指摘通り問題があるとも感じています。
次回以降、元ネタが分かりにくいようなものがあればお手数ですがご指摘ください。

>ふ~せん様
逆に考えてみれば、シンプルです。
質で優れていようとも、コミー程の物量がなければ・・・。

>haka様
いや、どっちかっていうと毒を食らわば皿までのゼー閣下にご期待ください。

ZAPしました。
ZAP



[24734] 第六二話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/01/15 05:00
ダカール沖 
連合王国本国艦隊所属第二戦隊(アグリーメント作戦前衛集団) 
Operation Agreement発動より13:25

限定上陸による敵の締め上げ計画。
さほど抵抗も予想されていない作戦だった。
それが蓋を開けてみれば、地獄の釜を開けてしまったようなものだ。

誰もがこんなはずではなかったと叫びながら、のたうちまわる羽目になっている。

「フッドが!マイティ・フッドが!」

水兵らが上げる悲鳴の様な叫び声。
そちらに目を向ければ、事態は一目瞭然だった。
戦場に響き渡った轟音と直後に立ち込める煙。
そして傾斜しきった船体は最早フッドを救う術がないことを示している。

開戦前には、列強海軍最強を誇った巨艦。
連合王国海軍の誇る最大の軍艦にして最高の巡洋戦艦。
海軍の誇るマイティ・フッド。

それが、たった一撃。
たった一撃で海の藻屑となり果てる?
この眼で見ていても、あんまりだと誰もが叫びたいような光景だ。

「アーク・ロイヤル被雷しました!」

フッドの被雷で咄嗟に艦隊は陣形を解いて回避行動を選択。
練度・反応共に望みうる最良の水準でそれは行われていた。
しかし乗員らによる懸命の操舵も虚しく空母から轟音と水飛沫。

不味いことに衝撃で揺れた影響で発艦しようとしていた艦載機同士が衝突し出火。
艦隊のクルーがあっけにとられる間もなく、みるみる延焼し始めた。
咄嗟に離脱に成功した海兵魔導師とクルーが消火を試みているが火の勢いは増すばかり。

護衛部隊にしてみれば、これ以上雷撃を許すわけには断じていかない。
フッドのクルーを救助するにしても。
アーク・ロイヤルを救うにしても。
敵潜水艦が徘徊していては、到底作業を行うために船を止めることすらできないのだ。

怒りと焦燥に胸を焦がしながら、無意識のうちに誰もが歯を噛みしめる。
だが、連合王国海軍駆逐艦バミューダのクルーは次の瞬間思わず神を盛大に呪う事となった。
すぐ前方を全力で疾走していた巡洋艦イリアストラル。
一瞬、嫌な音がしたかと思うと、水柱。

「イリアストラル、イリアストラルが!」

急速に傾きつつある船体と、沈み始めた状態からして艦を救う見込みはほとんど絶望的だった。
巻き込まれるのを避けるためにやむをえずバミューダは針路を転進。
イリアストラルより指揮権を継承し、傷ついた友軍を守るべく叶う限りの努力を全て行った。

少なくとも、聴音手らの血のにじむような努力は報われる。

「感あり!これは・・・推進音!?敵潜と思しき感1!」

「直ちに転舵!急げ!これ以上雷撃させるわけにはいかん!」

これに対して、連合王国の軽巡と駆逐艦の対応は迅速だった。
聴音に支障が生じようともこれ以上の雷撃を阻止することを決断。
迅速に敵潜水艦を制圧するため、直ちに多弾散布型のヘッジホッグが発射される。

「音源を逃すな!ルイス、ヴィクターにも敵潜水艦を叩かせろ!」

復讐戦への衝動と仲間を守るという義務感から、彼らは最善を尽くした。
水兵らが次弾を装填するべく駆けずり回り、下士官らが声を枯らして作業を追い立てる。
そこにあるのは、人為の限界にまで祖国に献身する将兵らの姿だ。
だが、悲しいかな。
彼らの動きは完全に裏目に出ることとなる。

その時を待ち望んでいた海からの悪魔。
魚雷に纏わりつくようにして運ばれてきた災厄。
連合王国最悪の敵が海から姿を現すこととなる。

「さ、左舷に敵魔導師!本艦に急速接近中!」

「糞っ!総員、衝撃に」

警告の声。
其れすらも間に合わず、指揮をとっていた艦長の意識が肉体もろとも吹き飛ぶ。
対潜戦闘用の投射爆雷や駆逐艦が積み込んでいる戦艦をも屠りうる魚雷の誘爆。

「バミューダ爆沈します!」

一瞬、理解できない感情に駆られる残存艦の乗員。
彼らが、我に返ったのは見張り員の悲鳴のような警報だった。

「魔導師!?魔導師です!帝国軍の魔導師が!」

後続艦が警報に対応するいとまを与えず、突如として現れた魔導師らは術式を悠々と展開。
本来ならば、戦闘機と海兵魔導師によって接近が阻止されているべき連中の出現。
だが、少なくとも狙われた駆逐艦は義務を最後まで完遂した。

駆逐艦ヴィクターは再装填済みだったヘッジホッグを敵潜推定位置に向けて投射。
駆逐艦ルイスは咄嗟に使用し得る全ての砲口を開いた。
そして、次の瞬間に誘爆させられた自らの武器弾薬によって瞬時に戦闘能力を奪われる。

「ルイス、ヴィクターがやられました!」

「・・・なんということだッ!」

あまりと言えばあまりな事態。
戦艦・空母を含んだ前衛が一瞬でほとんど全滅に近い損害だ。
有力な敵艦隊に襲われて力尽きるならばともかく、わずか数発の魚雷と魔導師によって?

連合王国関係者にとってみれば、誰にとっても、悪い夢としか思えない光景だろう。

「直ちに爆雷・魚雷を投棄!誘爆させられる!急げ!」

「撃ちまくれ!敵の数は少数だ!落ち着けば、制圧できない相手ではない!」

だが、当事者達にしてみれば悪夢に魘される訳にはいかない。
なんとか、手を、体を動かし懸命に足掻くしかなかった。
数だけ見れば、襲撃してきた魔導師はたった一個中隊にも満たないような少数。

理屈の上では、簡単に阻止し得る程度の敵でしかない。
祈るような思いで、張られる弾幕と艦を隠すための煙幕。

しかし、戦いの天秤は無情だった。
人の努力をあざ笑うかのように、傾いた天秤は戻せない。

「ヴィ、ヴィンセントが!」

中隊規模にも満たないとはいえ、魔導師らの集中砲火を浴びたヴィンセント。
辛うじて浮いてこそいるが、その戦闘力は瞬時に叩き潰されるところとなってしまう。
喫水線を狙われたのだろう。
その傾斜は浸水によって劇的に悪化していく。

「・・・敵魔導師、本艦に急速接近中!?」

そして、ヴィンセントが最早脅威たりえないと判断した帝国軍魔導師の行動は決まっている。
急激に傾きつつあるアーク・ロイヤルから海兵魔導師らが牽制攻撃を行い介入するも、掣肘するには至らず。
それどころか、応射される術式によって鎮火しかけていた火災がさらに悪化する羽目になる。

精強な海兵魔導師といえども、火災や爆炎に包まれれながら、さらに敵魔導師と交戦するというのは限界が過ぎた。
わずかばかりの援護を行った代価として、いとも容易くねじ伏せられてしまう。
そして全力で対空砲火を開いていた最後の駆逐艦の運命が決されようとする。

帝国軍魔導師らはこんな時でなければ見惚れてしまうほど見事な襲撃隊形を形成。

「悪魔め・・・ッ!」

ほとんど天を呪わんばかりに誰がこぼした時だった。
今にも、今にも突撃を開始しようとしていた連中が、突如として陣形を乱す。
直後、つい先ほどまで彼らが飛んでいた空域に対して、雨霰と光学系狙撃式が降り注ぐ。

「救援です!本隊からの救援が!」

沸き上がる歓喜の声。
誰もが、生き残った誰もが、素早い友軍の救援に随喜する。

対する帝国軍の反応は真逆だ。
直前で増援に気が付き、咄嗟に散開してのけた彼らの損害自体はない。
だが、最後の最後で邪魔が入ったことに嫌でも気がつく。

『中佐殿!』

咄嗟に散開してのけた練度の高さ。
ほとんど奇襲じみた射撃を受けてなお統制を保ちえる組織力。
何れも、卓越した技量を物語る。

それだけに、彼らはよく状況を理解していた。

『旅団規模の魔導師反応!我に対して急速接近中!』

『ッ!時間切れだ!』

急速接近してくる連合王国海兵魔導部隊は、最低でも旅団規模。
追撃を受けながら、小型潜水艇で発艦した母艦と合流するのは不可能だ。
いや、そもそも旅団相手となればそもそも振り切って離脱することそのものが困難だろう。

『各自、残存艦に任意で撃ちつつ後退!』

直ちに。
ほとんど、躊躇なく部隊を指揮するターニャは後退を決断。
同時に、追撃してくる部隊を少しでも割くべくハラスメント攻撃を即断した。

辛うじて、健在の駆逐艦。
それに対して、対艦攻撃の術式ではなく主として対人攻撃を想定する爆裂系術式を発現。
吹き飛ばされる艦橋と、燃え始める船体は足止めに最適だった。
追撃してくる部隊にとって手を割いて救援せざるを得ないだろう。

あの傾斜で艦を保ちえるとは思えないが、空母の方も足止め要素たりえる。
クルーを救うために、敵は追撃よりも救援に手を割かざるを得ない。
つまり、それだけ送り狼が減り安全性が高まるというものだ。

『離脱を優先する!乱数回避を怠るな!』




ダカール沖について語るために少し時間をさかのぼろう。
それは、不幸な経緯によってサラマンダーを率いる羽目になる前の話だ。

人間、誰しも自分が使う訳でなければ幾らでも無責任になりうる。
少なくとも、開発理念を提示した当の本人は自身が使用することなどまったく想定していなかった。
そんな乱暴な経緯で開発が決定された兵器。
連合王国海軍を恐怖のどん底に叩きこんだそれ。

正式開発名称『海中汎用加速装置』、秘匿呼称V-2。

開発がスタートするのはデグレチャフ中佐の短い参謀本部戦略研究室勤務中の事である。
その日、技術研究計画に対して前線経験者として招聘されたデグレチャフ中佐は愕然とした。
議論されていたのは、優勢な連合王国海軍並びに共和国残存艦艇対策。

軍艦なんぞ、航空攻撃なり潜水艦作戦で減らせば良いではないか。
延々と戦艦の主砲の大鑑巨砲論を聞かされ続けていたデグレチャフ中佐の我慢は限界に達し口が開いていた。

『対艦戦闘?魚雷でもぶち込めば良いではありませんか。』と。

パールハーバーなりマレー沖航空戦なりを知っている人間としては。
魚雷をぶち込んでやれば、戦艦だろうと何だろうと撃沈できない洋上艦などないことは自明であった。
だから。

極言すれば、大量の攻撃隊を配備しようというのがターニャの結論である。
潜水艦も悪くはないだろう。
一次大戦時には、一隻の潜水艦が三隻の重巡洋艦を一度の遭遇戦で撃沈したこともあるのだ。

もちろん、オブラートに包み込み官僚的修辞で持って言い繕ってはある。

「昨今の優勢なる敵海上戦力を勘案するに、帝国軍をして優勢なる敵海上戦力を撃滅する最良の方策は雷撃であります。」

だが、これに対する解答はターニャをして一度も想定し得ない類の解答だった。

「・・・中佐、我が軍の潜水艦戦力では、阻止し得ない。」

はっきり言って、何故潜水艦なのか?
思わず思考が追いつかずにフリーズしてしまうほどに相手の解答はターニャにとって理解しかねるもの。
別にターニャとしては潜水艦に決戦をやれなどというつもりは微塵もない。
空母航空隊なりなんなりで、撃沈すればいいではないかといいたいところ。

「いえ、小官は航空機による雷撃を話の中心にしているつもりでありますが。」

「ないものねだりだ中佐。我が軍には対艦攻撃に使える雷撃隊は存在しない。」

迂闊にも魔導師として空軍に疎いが故の誤解。
その時、その場で知らされるまで。
デグレチャフ魔導中佐は、空軍に雷撃機が無いという事実に気がついていなかった。

なにしろ、知識にある太平洋戦線で散々航空雷撃が繰り広げられている。
ビスマルクに痛恨の一撃を与えたのが旧式のメカジキ複葉機であることも知っているのだ。
そんな人間にしてみれば、魚雷を抱えて飛ぶ航空機というのは、あって当然であった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

え、ないの?
なんで?
なんで、ないの?

その瞬間、ターニャは全身全霊で思った。
一体何故か?と。
あまりの疑問の深さに、思わず一瞬素で疑問を顔に浮かべてしまうほどに。

そして鉄面皮と一部で囁かれる表情が一気に崩れ去った彼女。
軍人然とした表情が崩れ去ってまるで年相応に見えた、と居並ぶ列席者が思わず、唖然とするほどだったという。

「知らなかったのか?」

「いえ、マルタール島で空軍は敵艦を撃沈したのでは?」

空軍の戦闘詳報に眼を通す時間はなくとも、軍全体の一般状況を知る程度の事はしていた。
御自慢の敵艦撃沈という戦果があったために、てっきり雷撃機が普通にあるものと見なしていたのだ。
対艦攻撃時にも空軍との合同作戦はたびたびあったと記憶している。

・・・いや、普通あるものだろう。

ターニャにしてみれば、あるものだと見なしてきたもの。
無いと言われない限りある程度情報にバイアスがかかってしまう。
なにしろ、促成教育で実戦投入された挙句海軍との共闘は基本的に艦隊決戦の支援のみ。
どこかにいるのだろうくらいにしか思っていなかった。

「急降下爆撃によるものだ。戦果の大半は、駆逐艦か輸送船だよ。戦艦には通用しない。」

だが、蓋を開けてみれば。
何ともお粗末なことに帝国軍は大陸軍に代表されるように典型的な陸軍国家だった。
海軍こそ近年の急激な拡張政策と増強に次ぐ増強で一線級をそろえられている。
しかし、空軍は航空優勢と対地支援がメインの陸軍国家のソレ。

「開発は?」

「行ってはいるが、一朝一夕に完成するものでもない。1-2年はかかるだろう。実戦化はさらにかかるとみていい。」

ほとんど懇願に近い問いかけは、いとも容易く希望が断たれた。

唯一の希望は、高い技術力ながらもそれも期待できそうにないと来る。
感情のままに行動することほど不合理な結末を誘引することがないとしても。
経済的合理性を重んじる人間が、不合理を憎んでしまうという感情に囚われる皮肉は止めがたい。

「では、潜水艦なり魚雷艇なりに肉迫攻撃を敢行させれば。」

それでも、賢明な社会人として、軍人としてターニャはあくまでも代替案の提示を行った。
空軍が対艦攻撃で無能なのは課題としてともかく、対艦攻撃はなにも空軍の専業ではない。
むしろ、海軍にとってこそ主任務なのだ。

だとすれば、魚雷艇や潜水艦といったオプションを海軍が展開するのはむしろ義務であった。
特に、帝国軍の潜水艦配備状況は極めて良好であり連合王国のシーレーンを脅かしている最中である。
洋上を航行中の艦船に魚雷を命中させる技量は、想像以上に困難であるが彼らはそれをやってのける技量があるのだ。

「現状では厳しい。なにより、技術的制約が大きく命中率が期待できん。」

だが、逆に言えばそれだけの技量をもって立ち向かわねばならない技術的制約が介在するのも事実。
接敵し、雷撃を行うだけと言葉にするのは容易だ。
しかし実際に雷撃を行うには信じられないほど複雑な手順が必要となる。

理想的なポジション、艦首前方を確保し至近距離から雷撃できるかどうかはほとんど僥倖次第。
目標の進路や識別といった初歩的な要素ですら熟達した士官ですら判別に困難を覚えるのである。
魚雷の航行コースの計算に必要な的速・照準距離測定・方位角の算出に加えて魚雷の信管・深度を選ばねばならない。

海軍側に言わせれば、デグレチャフ中佐の要求する肉迫攻撃を行う事は理想に過ぎないのだ。
もちろん、自身が海軍関連について専門外であることをターニャとて自覚はしている。
だが、合理的に考える人間には発想の転換と逆のアプローチという応用力も伴うのだ。

具体的には、命中率が低いならば数で補えば良いという単純な発想。
百発1中だろうと、百門用意すれば、目標には必ず当たる。

「逆に考えましょう。魚雷はあるのですね?数で押せば良いではありませんか。」

「あるにはあるが、運ぶキャリアーが限られている。洋上航行中の船団を殲滅できるだけの規模はないのだ。」

しかしながら、そのような思考程度は実のところ既に出尽くしている。
技術者というものは、新機軸での打開に傾きがちだが運用側は最善を尽くすもの。
訓練や運用で低い命中率を補うための工夫は徹底して取り組まれているのだ。

故に、現場の意見聴取という名目で何か案が無いのかと追い詰められている参加者にしてみればいつも通りの議論だった。
すでに出尽くした意見の繰り返しならば、今日も特に得るところなしか。

参加者がそう考え始めた時、その一言は呟かれる。

「では、魚雷に魔導師を乗せて魚雷発射管なり潜水艦分離形式なりで射出するのはいかがですか?」

追い詰められた人間の発想力というのは存外馬鹿にならない。
そして、実際に実用化されたものは如何に狂気であったとしても平然と語られるものなのだ。
狂気の兵器など世界の歴史を紐解けば、本が何冊かけることか。

人類を何度滅ぼしてもなお余るとされる核の時代。
核の傘と相互確証破壊理論というブラックジョークにしては愉快すぎる時代。
そんな時代で暮らしたターニャにとって人間魚雷という名は一つの帰結だった。

イタリアの小型人間魚雷や、日本の回天。

「は?」

「魚雷を有人化し、航行能力を与え体当たりさせましょう。なに、乗員は直前で離脱させれば問題はありません。」

どちらにせよ人間魚雷のような狂った発想の兵器も受け入れられる土壌がある。
そして、自分の命が一番可愛いターニャは護国のために死んだ先達と違い『命を大事に』がモットーだ。

・・・まあ博愛主義とは程遠く、『自分の命を大事に』であるのだけれども。

加えて人的資本の重要性について嫌になるほど理解している。
だから、イタリアの人間魚雷の方がクレバーだと考えたのだ。
ならば回天の破壊力とイタリアの人命重視の良いとこどりに躊躇はない。

「・・・改修しろというのかね?しかし、時間がかかるのには変わりないだろう。」

「改修自体は、比較的簡便です。艦隊で採用している魚雷を操舵可能とするだけです。」

イタリアのアレはすごく合理的な設計だ。
まあ、厳密に言えば魚雷というより小型潜水艇というべきだろうか?
それで接近した揚句、機雷までセットしてのけた。

アレクサンドリア港攻撃では、わずか3組に分かれた6人のチームが戦艦2隻を撃破。
驚くべきことに油送船・駆逐艦も機雷で撃破している。
費用対効果という点に関していうならば、回天よりもマイアーレに分があるだろう。

というか、乗るならマイアーレに限る。(なにしろ安全だ)
だが、回天の破壊力もまた魅力的なのは事実。

「仕様は?」

「艦隊魚雷に跨り操縦席を付けるだけです。射出形式が理想ですが、困難であれば分離方式でも良いでしょう。」

つまり、良いとこ取り。
魚雷の上に乗っていって、魚雷がぶつかって混乱している敵艦隊に吸着機雷をセットすればよい。

「魚雷を最終コースに乗せたのち、吸着機雷による破壊工作を敢行。そのまま回収すれば良いでしょう。」

「敵のド真ん前。自殺行為だ。兵器として致命的すぎる。」

「費用対効果をお考えください。」

イタリアが、6人で、戦艦2隻だ。
コストをこれ以上削減して戦艦を沈めるのは相当に難しい。
なにより、作戦に従事した6人は囚われたとはいえ死人は出さなかった。

そう、人的損耗ゼロで圧倒的戦果が叩きだせるのだ。
加えて海兵魔導師ならば、案外捕虜とならずに離脱も期待可能。
無茶な話ではない。

「本気かね?」

とはいえ、特攻兵器、自殺前提の兵器の類は狂気の産物。
戦争という狂気に追い詰められた国家が窮した末に苦悩しつつ発案する代物。
あの極東の某国家ですら、特攻には異論が噴出したのだ。
帝国において感覚的に許容される一般的な水準との乖離は凄まじい。

「使えるのであれば、もちろん。」

だが。
戦争とは、『そういう極限状態に追い込まれるものだ』
そんな前提条件で行動しているターニャにそんな機微は理解できていない。

一次大戦前に日露戦争の戦訓から未来を導き出したブリテンの将軍が呆けたと評されたように。
戦争というものは固定概念を経験という授業料の高すぎる教師から学ぶことでやり方が変わるのだ。
まともな人間というものは、逆に言えば固定概念や常識から未来を考えがちなもの。
言い換えれば、ターニャというのは彼らからすれば理解できない行動原理と理屈で動く怪物に他ならない。

・・・ターニャとしては、ごくごく真っ当に歴史の知識を持ってきているだけなのだが。

「・・・そもそも、実現性はあるのか?」

それが、実現性困難性を言い立てて狂気の香りのするプランを阻止せんとする発言者の意図とはつゆ知らず。

「アクティブ索敵術式と酸素供給式は高高度用の物を転用可能です。実用性・費用対効果、共に卓越すると信じております。」

ターニャは淡々と疑問に答えていく。

頭の中によぎるのは、技術に拘泥して失敗した別世界の悪例。
ジャーマン系の悪弊は奇妙な新型兵器による戦局の打開に拘泥して既存の生産ラインに悪影響を及ぼすことだ。
だが、この点に関しては人事管理で期待値と現実との乖離に悩まされた社会人経験は合理的たりえる。
なにしろ、理論上の可能性ではなく知っている完成形から語っているのだ。

実現可能性という点に関して、ターニャは軽々しく事を進めることのないようにと万全の配慮を常に行う。

「技術廠としてはいかがお考えでしょうか?」

加えて、ごく一般的社交辞令と責任回避の一環として専門家に話を振ることも忘れない。
(他の参加者からしてみれば言い逃れを許そうとしない態度にしか見えないのだが。)

ターニャの自意識としては、ごくごく真っ当なプロセスの踏襲。
技術分野の議論に関しては専門家の意見を尊重することは当然だとすら感じているからだ。
エンジニアを無視して社内管理ツールを造ったところでまともに動かないのは当然だろう。

要するに、それと同じこと。

「技術廠としては、試作命令があれば実現可能性はあるかと。」

そして、専門家というのは聞かれたことには概ね正直に答えるものである。
彼らとしても、簡単な技術上の障壁も克服できないと見られるのは望まないことだ。

「・・・技術廠で研究するにとどめよう。兵を軽々しく摩耗させるのは賛成しかねる。」

「もちろん、人命第一であります。その点には、なんら揺らぎがございません。」

何ら打開策の見当たらない関係者にとってみれば、使える物を渇望していた。
はっきりと言えば、座長以下誰もが渋々ではあるものの否定するだけの理由が無いという結論。
それだけに、ともかく試してみようという程度の意図から開発だけには許可が下ろされる事となる。

「結構。ぜひとも海軍さんで“小型潜水艇”として試験して頂きたいかと思います。」


あとがき
少しばかり忙しくて、更新が遅くなってしまい申し訳ないです。

今回は、イタリアのマイアーレと日本の回天の良いとこどりです。

個人的には、回天のような兵器を使わなければならない戦争をした時点で負け戦だと思います。
ですが、回天に込められた狂気のような護国の執念は形容しがたい思いを抱くのも事実です。

一方で、イタリアのマイアーレは何と言えばいいのでしょうか。
ヘタリアがイタリアになったとでもいうのでしょうか?
アレクサンドリア軍港での戦果は、圧倒的すぎて何とも言い難いものがあります。

兵を無駄に死なせないという事を、イタリアに教えられるのは複雑な気分。

・・・本作はフィクションですのでそこらの葛藤はさておきましょう。

航行中の水上艦艇に魚雷をぶつけるのは、本当に難儀なこと。
(サイレントハンターで、ちょっと外れた時のorz感。そして当たった時の爽快感ときたら、堪りません。)
ついでに、一発くらいじゃ戦艦は沈みません。
何本魚雷を当てろというのかというくらい、頑丈です。

マイアーレの操舵性と、回天の破壊力を足してしまえば完璧じゃない?
そう考えてみました。
←巡洋戦艦・空母・巡洋艦はこいつで撃沈。
あと、駆逐艦は爆雷や魚雷が誘爆して轟沈した例を参考にしました。
(e.g.秋月とか)

これからもご愛顧いただけると幸いに存じます。

※誤字修正
+誤表記修正

前衛艦隊の編成(損害)は以下の通り
巡洋戦艦(フッド)☜轟沈(雷撃による)
正規空母(アーク・ロイヤル)☜浮力喪失・沈没(雷撃及び火災)
巡洋艦(イリアストラル)☜轟沈(雷撃による)
駆逐艦(バミューダ)☜爆沈(弾薬誘爆)
駆逐艦(ルイス)☜爆沈(弾薬誘爆)
駆逐艦(ヴィクター)☜爆沈(弾薬誘爆)
駆逐艦(ヴィンセント)☜大破後、浮力喪失・沈没(被弾及び誘爆)
駆逐艦(コール)☜中破、自力航行困難(被弾による)
8隻中7隻沈没、1隻大破(=事実上の全滅)

本隊・揚陸部隊は別に。



[24734] 第六三話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:35

欧州にある島国の人間は、味覚は壊滅的であるし、ジョークはブラック極まりない。
おまけに、変質的なまでに奇妙なことにこだわるという悪癖まで持ち合わせている。
そんな連中であるが、とにかくまじめに取り組むことも二つほどあるのだという。

それは、スポーツと戦争である。

「しつこい連中だ。」

付き合わされる側にとってみれば、堪ったものじゃないな。
そんな思いを抱えながら、デグレチャフ中佐は苦々しく呟く。
辛うじて、交戦距離から離脱し敵射程圏外まで離脱には成功。

しかし、引きはがすには至っていない。
執拗な追跡に晒され、精神的にも物理的にも辟易する。
しつこさと執念深さという点で、連合王国海兵魔導師は突出していた。
これならば、絡んでくる酔っ払いの方がまだ対処が楽に違いない。

はっきりいって、ターニャにしてみれば諦めの悪い奴らというのは苦手な相手だ。
そして、諦めが悪いばかりか執念深い優秀な敵というのは会いたくもない相手だった。

「いかがされますか、中佐殿?」

「海兵魔導師の平均的な進出限界を考慮すれば、長くは持つまい。」

それだけに、当初からターニャはまともに相手とぶつかる気はなかった。
速やかに離脱を決断し、迅速な撤退行動に移行している。

加えて、状況を勘案すればまともに戦う必要性も乏しく思えたのだ。

相手にしたくないという感情的な趣向に加えて、相手は母艦から飛んできているという事実がある。
言い換えれば、こちらよりも長距離を飛んでいる。
どんな相手だろうとも、航続半径を越えて追撃してくれば着水するほかにない。
根性や執念といったものでは、越えられない限界が物理法則として現存する。

「奴らがへばるまで飛ぶしかあるまい。」

早々と離脱を開始したのは、そういった公算があればこそだった。

最大戦闘速度を保ったまま、ひたすら敵を引きはがすために全速で飛行。
正直に言えば、魔力の無駄が多い上に疲労を誘発する最悪の機動である。
やりたくないフライトであるのは間違いない。

だが、こちらが潜水艦から発進したのに対して敵はさらに遠方から駆けつけてきたのだ。

こちらも苦しいが、相手はこちら以上に疲労しているに違いない。
速度を維持すれば、先に根を上げるのは奴らに違いなのだ。
少なくとも、よっぽどの事が無い限り状況は拮抗状態のままである。

早く、早くへばれ。

そう願いながら、可能な限り速度と高度を維持。
高度と速度に一日の長がある以上、追いつかれない限り問題はないはず。
それが、当初の見込みだった。

「連中、ついてきますが。」

だが、願望虚しく送り狼は何処までも追跡してくる素振りを見せている。
はっきり言って、見込みのない追撃を延々惰性で行っているという可能性は最早捨てたほうが良いだろう。
引き返すにしても、追撃を続行するにしても惰性でここまで迷いなく追尾できるはずもない。

その事実が、ターニャの計算式に齟齬があったことを意味している。
では、いったい何が間違いだったのだろうか?
ターニャの脳裏に浮かぶのは、いくつかの疑問と候補である。

まず、こちらの計算が、何かずれていたのは事実のようだった。
言い換えれば、あちらにはこちらにない要素が計算に組み込まれているに違いない。
しかし、それは何だろうか?

一番ありえるのは、航続距離がこちらの想定以上というケース。
長距離浸透襲撃兵装や、滞空支援装備等を活用すれば少しは距離が稼げるだろう。

「部隊丸ごと長偵仕様だとでもいうのか?考えにくい。」

だが、ターニャは端麗な表情を歪ませ、その思いつきを一蹴する。
戦争を常識で考えることは危険な先入観だが、物理法則を無視してまで常識を軽視するのもまた危険だ。
数に限りがあるという絶対の現実を勘案すれば、軽武装で部隊の疲労が加速度的に増大する長偵仕様は例外的な装備。

この種の任務に最適化された中隊、もしくは独立大隊程度を最高司令部辺りが戦略目的で装備しているかどうかだ。
はっきり言えば、海兵魔導師に至っては小隊規模で有しているかどうかだろう。
限られた乗員で多数の多様な任務に応じねばならないのが海兵魔導師だ。
疲労が高まりやすく、かつ打撃力にかける長偵仕様に保有部隊の大半を換装すれば、運用に著しい制約を及ぼす。

「・・・片道飛行のつもりか?」

だが、片道飛行というのは本来劣勢にある部隊がやむをえず行うもの。
巨大な輸送船団を発見した少数部隊が已むに已まれず行うならば、まだ理解できよう。
多少の損害を許容してでも、攻撃すべき巨大な目標がある場合に行われることはあるのだ。

しかし、逆に言えば数名の魔導師を屠るために片道で旅団規模の魔導師を捨てるのはありえることではない。
その点からして、片道飛行のつもりもないのだろう。

つまり、極論すれば普通の海兵魔導師が帰還するつもりで飛んでいる?
いや、まて、そこだ。
帰還先は、何も、母艦に限る必要もない。

地図を脳裏に浮かべて、周囲にある拠点情報を勘案。
・・・素晴らしく最適な候補が見つかることに乾いた笑いが口に浮かんでしまう。

「だとすれば・・・、連中バレッタ島に降りるつもりか。」

こちらの進路上。
補給線を脅かす厄介な拠点。
その戦略上はともかく戦術上はそれほどでもない拠点。
だが、間違いなく魔導師が着陸して休養を取れる施設はある。

なにより、バレッタ島そのものにも魔導師部隊は駐留が確認されていた。

「っ、厄介ですね。下手をすれば挟撃されかねません。」

「可能性の問題だが、な。無視するには、危険すぎるだろう。」

もちろん疑問は存在している。
母艦を空にしてまで、バレッタ島に向かうのか?
バレッタ島からの迎撃部隊が上がってきているのか?
それとも、連中はそもそもバレッタ島への増援か?

だが、示唆されている可能性だけで十分以上に危機を予知し得る状況でもある。
命を大事にする観点からも、希望的観測ではなく悲観的観測に基づいて対策を練る必要があるだろう。
ともかく、後ろからついてくる連中をどうにか引きはがさねば自分が危ない。

自分よりも大切なものもないのだ。
なんとかせねばならないだろう。

「っ、方針を変更する必要があるな。」

敵を引き連れて友軍支配領域に戻っても歓迎はされないだろう。
在りし日の帝国軍ならば、待ちかまえて撃滅するだけの力量もあったものだが。
今では、ぎりぎりで防衛を何度も行っているだけに損害を出して撃退するしかないのが眼に見える。

ついでに、このまま追撃を受け続けることによる危険性も無視し得ないと自己弁護。
そうであるならば、政治的な面倒事を避けて自分の身を危険にさらすべきではない。
むしろ、正当化できるのであれば自分の身を守るために政治的な面倒事を惹き起こすべき時だ。

「いかがされるおつもりですか?」

幾分訝しむような声に対して、実に清々しい顔でターニャは笑いながら答えた。

「簡単だ。“中立国”があるではないか。」

「・・・イルドアですか!」

「その通り。我らが“盟友”にして中立国のイルドア王国だ。」

公式に中立を宣言した国家の中に、最寄りのイルドア王国がある。
役に立たない同盟国でも、見方を変えれば最適な避難所足りえた。
その事実と状況を理解した部下らの顔には納得の表情が浮かんでいる。

軍事的に見た場合、少しも役に立つ助力を行わない同盟国。
公式には、中立を宣言し局外からこの戦争を傍観する同盟国。
あまりに信頼できないソレだが、外交的には中立であるという事が役に立つこともある。

少なくとも、同盟国であり本国に近いという地理的な特性は逃げ込むには最適。
中立とはいえ、同盟国である以上それなり以上に融通は期待できた。
最低でも、駐在武官からの支援は間違いなく提供されることだろう。

「そうとも。一応ではあっても“友好国”だ。6人程度のお友達なら受け入れてくれるだろうよ。」

それに、我々はわずか6名程度の人数。
魔導師という特性が無ければ、せいぜいタカの知れた人数だ。
一方で、100人以上ぞろぞろと連れて追撃してくる敵魔導師はどうだろうか。

「少なくとも、100人の大集団は歓迎できないだろうしな。」

「・・・確かに、その通りです。」

連中は少なくとも公式にはイルドア王国と何ら同盟関係を有していないはずだ。
水面下では知らないが、少なくとも公表されている限りにおいては厳然たる中立を掲げている。
そうである以上、我々を歓迎し得ても奴らを歓迎するのは難しいだろう。

中立国の立場というのを勘案すれば、微妙な問題として追手が躊躇してくれることも期待できる。
なにより、最悪連中がイルドア王国の中立を侵犯しようとも知ったことではない。
国家の面子をかなぐり捨てて黙認するには、イルドア王国の国情が許してくれることだろうか?

上手くやれば、気乗りしない同盟国を無理やり大戦に引き摺りこむことも期待できる。

「そこに潜り込むぞ。なに、駐在武官に渡りを付ければ本国まではなんとでもなる。だめなら、武装解除だ。」

中立国を盾にするのは、本意ではない。
いくら、半島国家のイルドア王国が中立を宣言し、同盟国として帝国が迷惑を被っているとしてもだ
本当に、国際法の精神が踏みにじられるのは、法というルールへの裏切りを覚える。
もちろん、これは緊急避難的措置である以上いた仕方ないのだが。

潜り込めるのが理想だが、駄目なら駄目で素直に武装の封印を受け入れてイルドア王国から離脱するのも一つの手だ。
なにしろ、中立国を抜ければ、そこは帝国本土と地続きである。
イルドア王国が自殺願望でもない限り、我々が無体に扱われる心配はいらないだろう。

「・・・それしかありませんか。」

少なくとも、ターニャのプランに反論は出なかった。
追い立てられる身としては、誰もがともかく何とかする必要性を理解している。
デグレチャフ中佐の発案したプランが最も成算の満ちていた以上、様々な言葉は飲み込めた。

「手順を説明する。力尽きて墜ちたという擬態だ。航続距離限界を装うぞ。」

そして、純粋に功利主義的な観点から中立国に面倒事持ち込むことが決定される。
だが、中立国の中立を露骨に侵犯するほど、ターニャは国際法を軽視していない。
そこで勘案されたのが追撃を受けている間に『追い込まれた』という受け身の演出だ。

最初からイルドア王国を巻き込むつもりで飛んでいたのではなく、追われているうちに辿りついてしまった。

これならば、少なくとも道義的な責任問題は回避できる。
なにより、航続距離限界を擬態すれば速やかな離脱という要求を丁重に回避しえた。
中立国とはいえ、人道上の観点から墜落した魔導師の救助には応じざるを得ないだろう。
なんならば、盛大に救援通信をばら撒いて注目を集めても良い。

まさか、イルドア王国へ向かって連合王国魔導師が発砲する訳にもいかないだろう。

「まさかとは思いますが、泳げと仰りますか?」

「海上で軍装の一部と機密書類を遺棄するにとどめよう。」

“墜落を覚悟し、回避するために重量物を遺棄した。”

建前であっても、これで機密保持措置を行える。
そうであれば、拘留された際に機密をそれとなく抜き取られる危険性も回避できた。
ニヤリと笑う部下らとターニャ。

「では?」

海に降りないとなれば、必然的に降下するところは陸地を意味する。
つまるところ、イルドア王国の陸とは要するに国土だ。
そして、イルドア王国は半島であり伝統的な海港都市が複数存在する。

「パラシュート降下で市街地に降りる。力尽きてしまえば、仕方ないだろう?」

ターニャのプランは明瞭そのものだった。
イルドア王国上空まで、盛大に救援要請をばら撒きながら接近。
上空で魔力切れを擬態し、そのまま“やむを得ず”市街地へパラシュート降下する。
当然ながら、おおよその海港都市には駐在武官が滞在している。

外交官と違い、軍人というのは親身になって助けてくれる存在だ。
なにしろ、武官の仕事はあちらこちらに良い顔をするのが仕事の外交官とは真逆の仕事。
軍のサポートが彼らの本務だ。
つまり、状況次第だがこのような状況では最も頼りになる連中である。

後は、駐在武官が駆けつけてくれるまで申し訳なさげに待機でもしていればよい。

仮にしぶとい追手がやってこようとも、それはイルドア王国が対応すべき珍客となる。
相互交通条約を締結している帝国軍人と異なり、連合王国軍人は入国を断られることだろう。
国境外から遠距離砲撃を行おうにも、着弾先はイルドア王国。
それも、市街地だ。

精密砲撃を心がけたところで、絶対に巻き添えを出してしまう。

「まさか、連合王国も無辜の中立国市民まで巻き沿いにはできますまい。」

「さてね。私としては、彼らがそこまで条理を理解していないことを願うばかりだ。」

実際、外交下手でないことで有名なかの国だ。
なにかの切欠で、誤って怒りに我を忘れて攻撃を叩きこんでくるという事はないと見込んでいる。
よしんば、前提が間違っていたとしてもそれほど難しいことはない。

長距離砲撃術式というのは、感知してしまえば回避そのものや、防御そのものは可能だ。
巻き添えを受けた市民を守るという態を擬態すればよい。
後難を思えば頭を抱えるのは奴らになる。

・・・その時は、面倒事を持ち込んだ我々も恨まれるのだろうが。

せいぜい神妙にして被害者然としていることにしよう。

「その後は大使館まで駆け込むだけだ。」




その日の事を歴史から眺めるのであれば、それは記録に値する一日であった。
一つの世界記録と一つの転機が訪れた日と、歴史家は記録するだろう。
最も、当事者たちはそのことについてその当時知る由もなかったが。

さて、とある島国において世界記録を記録する組合の人々が存在する。
彼らの好奇心と記録を追求することにかけての責任感はおそらく並々ならぬものだ。
そんな彼らと共に唐突であるが、一つの疑問を問うとしよう。
『人間の拳はどの程度破壊力を持ちえるだろうか?』

そんな疑問に対して、とある軍関係者らが興味深いエピソードを提供することになった。

「ヤツらは、東部戦線にいる筈ではなかったのか!?」

振り下ろされる拳の速度、威力。
物理法則の限界に挑戦する勢いで振り下ろされる拳。
意味するところは、単純かつ明瞭な破壊力だ。

目撃者の証言するところによれば、それは間違いなく凶器だという。
しかも、驚くべきことにその凶器はプロボクサーの拳ではない。
なんと紳士然とした中年男性の羽ペンでも握っている方が似合うような拳である。

「間違いありません。例の部隊の所在は常に把握しております!」

しかし、外見とは裏腹にその拳は本物だ。
帆船に使われるオーク材。
しかも、特注でコーティングまでされた代物。
それが嫌な音を立てる。

それ程までの上官の怒りに晒されながらも、担当者は自分の仕事に自信を持って応えていた。
内心では、こんな嫌な報告を行わざるを得ない我が身の不幸を嘆いていたとしてもだ。

「では、何故遥か南西のダカール沖でヤツの反応が記録される!?」

「・・・分遣隊、もしくは何らかの事情で将校が移動するのは不可思議ではありません。」

緊張と山積みになった報告書からの疲労。
担当官が、疲れ果てた頭のどこかで眼の前の現象を俯瞰していた。
現実味の乖離した世界にあって、ヒビの入ったオーク材というのは実にシュールそのもの。

「1人1人追跡調査する必要があるというのかね?」

「はい、閣下。」

怒りで体を震わせるハーバーグラム閣下。
これでも、貴族の出として高官で紳士然としているのが常なのだが。
よほど腹にすえかねているのだろう。

疲れた頭で思うのは、怒り心頭に達すれば人間は拳でオーク材をぶち破れるのだなぁという純粋な感心。
世界記録として、今度申請してみるべきかとすらぼんやりと考えてしまうほどだ。

「では、速やかに取り組みたまえ。絶対に捕捉するのだ。」

やれと言われれば、仕事だ。
否応なく取り組むほかにない。
必要とあれば、予算と人員の追加申請を行う必要もあるに違いない。
まあ、余剰があれば認められるのだろうが。

・・・どちらにしても超過勤務気味な情報担当者らにとっては、さらに寝れない夜が続くことになるだろう。
嫌な情報を上司へ持って行かされた挙句、難題を押し付けられて部署に帰るのは本当に不幸なことだった。

「はっ、直ちに担当する班を編成いたします。」

・・・時間ができたら、本当に世界記録でも申請してみるか。

担当官が彼の思いつきを、それとなく心中の備忘録に候補として書き留めた時だった。
ある種の人間にとっては、実に胃が痛くなるような報告が外務省より飛び込んでくることになる。

「閣下!外務省より、大至急です!」

「・・・何事だ?」

血相を変えた事務官が、礼儀作法と沈着さをかなぐり捨てて駆け込んでくるなり大声でまくし立て始める。
若いとはいえ、其れなり以上の沈着さを持ち合わせている事務官がこれほどまでに慌てるのは珍しい。
その事実が、少なくともハーバーグラムという一個の怒れる存在が即座に爆発するのを抑制させしめた。

少なくとも、暴発寸前ながらも用件を聞こうという姿勢を保ちえた。

それだけに、凝固され圧縮されていた怒りが次の瞬間、哀れなオーク材にぶつけられる。

「イルドアに、イルドア王国に、海兵魔導師に追撃されていた連中が逃げ込みました!」





朝早くから叩き起こされた挙句、砂塵に晒されることほどつらい仕事も少ない。
まして、新任参謀として南方大陸に慣れていない参謀将校らにとっては尚更だった。
それでも帝国軍人としての規範を叩きこまれた将校らは間断なく指示を飛ばす。

「最後尾の第七旅団より至急。追尾を受けています!」

「作業を急がせろ。」

海岸線沿いの街道。
艦砲射撃に晒されるリスクを冒しながらの戦術的後退は遅々として進んでいない。
物量に押されての後退とはいえ、組織的に秩序だって後退できているのが唯一の救いだろう。
それとて、圧倒的な物量差の前にと考えた将校らは暗澹たる思いに駆られる。

「せめて、航空支援なり魔導支援が受けられれば幾分楽になるのだが。」

航空優勢は完全に敵方にとられてしまった。
友軍航空部隊は、重要拠点の防空戦闘で手が一杯だという。
おかげで、部隊の移動に頗る手間取っている。

現状では辛うじて、司令部直轄の偵察機部隊が敵情収集の片手間で情報支援を行ってくれる程度。

魔導師らはまだそれに比較してみればマシだ。
特殊コマンドによる敵後方への浸透襲撃作戦は順調そのもの。
これによって、かなりの敵魔導師を拘束することに成功している。

とはいえ、厳しい状況で敵魔導師をいなしているのが現状だという。
こちらを積極的に支援できるほどの余剰戦力が枯渇しているのでは、とても助けは期待できない。

「急がねば。・・・本当に、時間との闘いなのだ。」

「はい、中佐殿。」

ジープの上で、懸命に後退する部隊を見やる彼らの気分は暗澹たるものだ。
撤退行動というものは、大凡混乱と混沌がつきもの。
辛うじて、辛うじて統制を維持できているとはいえ状態の良くない街道だ。
見ている前で、また一台の装甲車両が動きを止める。

殿軍を務める第七旅団には済まないが、これでは迅速な後退というモノ夢のまた夢。
最悪、潰走に至らないように手配するのが限界かもしれないという状況。
無理もない。

追い立てられながらの後退というのは、酷く焦燥感を駆り立てるものだ。
そして、それが混乱を連鎖的に拡大すると手がつけられなくなる。

「中佐殿!」

「とにかく道を開けさせろ!流れを止めるな!」

若い中尉に指示を出しながら、彼はゆっくりと状況を把握するべく周囲を見渡す。
不味いことに、混乱は容易には収まりそうにない。

これでさらに時間を喰うのかと歎きたくなり、思わず天を仰いだ時だった。

「・・・・・ッ!?」

特徴的なエンジン音。
聞き覚えのない音と言い換えても良い。
空冷エンジンの音だ。

忌々しい、ヤーボのエンジン。
ありとあらゆるところに湧いて出てくるあのヤーボ。

そして、これほど帝国軍人が砂漠で聞きたくない音もない。

『ヤーボッ!?』

そして、聞き覚えてしまうほどにそれは身近な脅威でもある。
咄嗟に気がついた幾人かが警告を叫ぶ。
隊列を組んで混雑した道路上に部隊が広がっているのだ。

状況として考えるならば、これほど良い的も少ない。
歯ぎしりするような思いで空を見渡す。

・・・居た!

数機の戦闘爆撃機がこちらに向かって、まさに肉迫してくるところだった。

「対空戦闘用意!任意にて撃ちまくれェ!」

咄嗟に迎撃命令を叫び、臨時の対空戦闘を指揮。
可能な限りの手筈は整えられていた。
対空砲陣地こそ欠くものの、高角砲はある程度用意されている。

万全とは程遠いものの、敵の襲撃を阻害する程度の働きは望みえた。
低空で掃射を試みる敵機相手にならば、軽機や重機も阻止射撃を行うには有効だろう。

「車両から離れろ!遮蔽物に身を隠せ!」

そして、襲撃を受けた際に将校が行うべきことは損害の最小化である。
混乱した兵士というのは、いとも簡単に損害を一気に増やしてしまう。
実際のところ、街道で錯乱した兵士が車輛の運転を誤るだけで混乱は加速度的に拡大する。

或いは、車両にしがみついていれば良い的になってしまうだろう。

だから対空戦闘時に行うべきことは、兵士を速やかに退避させることだ。
そして、そのためには装甲車輛から飛び降りさせねばならない。
渋る兵士たちを蹴り飛ばすのは、下士官らの仕事だ。

「頭を下げろ!負傷者を物陰に引き摺りこめ!」

士官らは、その流れをなんとか調整し混乱と損害を最小限に抑えるべく尽力していた。

だが、味方に声が届くようにという事は、目立つという事だ。
ジープの上で絶叫し腕を振り回す姿は空の襲撃者からも良く見えていた。
かくして、牧羊犬よろしく集団を導く頭を刈り取るために襲撃者は標的を定める。

12.7㎜と7.62㎜による地上掃射。
そして、駄目押しとばかりに放たれるロケット弾。

身の危険にジープから飛び降り、本能的に頭を守るべく防護姿勢を取る。
そして、中佐の意識はそこで昏睡し沈む事となった。


あとがき
忙しくて遅筆になるのは、どうも申し訳ない限り・・・orz

たぶん、わかりにくいと思うので地中海の地図を出してみてください。
ダカール沖は本来大西洋側なんですが、この際地中海だと置き換えて。
で、まあ、マルタ島とイタリア半島らへんで『鬼ごっこ』だとお考えください。

安地があるなら、そこに逃げ込んだっていいじゃないか。

という感じでしょうか。
あと、そろそろ終わりに向けてペースを上げていければと思います。
ZAP



[24734] 第六四話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:34
『大使というのは、自国の利益のために、外国で嘘をつくために派遣される誠実な人間をいう。』

ある島国の外交官は、書類の余白にこう書き記した。

ちなみに、その君主は自分の部下にかような精神の持ち主が存在することに驚嘆したとか。
以後、彼がいくら手慰みに書いた軽口だと主張しても登用することはなかったという。

実際のところ、良い外交官とは嘘をつく生き物ではないのだ。
嘘は、何れ明るみに出るときがある。
それは、外交官の、ひいては国家の信頼を損なう。

で、あるならば。
外交官とは、つまるところ沈黙することを学ばねばならないのだ。

「・・・事態は、我々の知る限り、遭難した将兵かと思われますが。」

例えば。
明らかに、こんな問題を惹き起こすような佐官に心当たりがあったとしても。
言い換えれば、生存に手段を選ばない佐官を知っていても。
公式に知らされない限りは、知らないとしらを切ったところで全く問題はない。

むしろ、それが今彼に与えられた仕事だった。

如何にも、困惑を隠せないという表情を保ちながら駐在武官は嘯く。

「どちらにしても、友好国に救助されたのは幸いでした。」

『友好国』をわずかに強調しながら、それとなく微笑む。
重要なのは、イルドアが友好国であるという形式上の事実。

こちらの意図を偽って言葉にするのは、『嘘』だろう。
だけれども、言葉というのは多様な意味と印象を相手に与えることができる物なのだ。
それ故に、外交官という生き物は専門に養成されねばならない。

言い換えると、そんな言葉で魑魅魍魎の跳躍跋扈する舞台で渡り合う外交官というのは存外対処が厄介な存在だ。
お互いがお互いを天敵と感じていると言ってもよいだろう。

だから、この場合相手が意気がって駆け込んできた軍警であるというのは帝国にとって僥倖ですらあった。

「夜分に友好国とはいえ、貴国を我が国将兵のために煩わせたお礼をさせていただきたい。」

言葉にするのは、外交上全く意味のない謝罪。
言葉だけみるならば、誠実さにあふれる言葉になるだろう。
行動に注目するならば、それなりに誠実に見えるかもしれない。

実際のところ、帝国とイルドアの関係が微妙であるというのは事情通には知れた話。
それゆえに、鬼の首を取ったように軍警がねじ込んできた時は駐在武官も心得たものだった。

なにしろ、すでに速やかに手配させたワインと饗応の手筈が整いつつある。
そうなれば、帝国による心からの『歓待』を楽しんで軍警諸君は引き返すのだ。
途中、適当なところで記念撮影を行い感状でも送れば事足りる。
救助したという名目での『感謝』を受け取って彼らは帰っていくのだ。

結果は、『抑留』ではなく『救助』にすり替えられるだろう。

「ささやかですが、饗応を用意しております。また、後ほど司令部に煩わせてしまったことに対する謝辞を。」

「結構なことです。我々としても、『友好国』のために骨を折った甲斐があるというもの。」

権勢慾やら、出世志向やら。
ともかく、微妙な関係の国の鬼の首を取ったという幻想を抱いているのだろう。
少なくとも、駐在武官は仕事がこうまでもやりやすいことを神に感謝する。
実に、実に満足そうな中年の佐官が平均的な軍警というイルドアを哀れに思わざるをえない。

はっきりと言えば、それがアレならばアカどもなり連合王国なりがいい値で買い取ったことだろうに。
それを高々数本のワインと地元の料理で買いたたかれるのだ。
つくづく、無知と無教養は恐ろしいものだと彼は嘆息しつつ、この幸運を神に感謝した。

かくして、名もなき駐在武官らの尽力によりデグレチャフ中佐ら一行の身柄は秘密裏の内に帝国に移ることとなる。
本国の意向により直ちに、身柄は本国に送還される事となっていた。
最も、丁重な扱いながら本国までは一切の通信・行動の自由が許されなかったのであるが。



「・・・せめて、新聞くらいもらえないものか?私は、士官としての名誉と待遇を要求する。」

「申し訳ありませんが、中佐殿。それらは、参謀本部の命により禁じられております。」

規則と規律を遵守することに生涯をささげた様な野戦憲兵による丁重な拒絶。
すでに、何度目になるかわからないやりとりだ。
ほとんどうんざりするような思いで、ターニャは延々と要求を繰り返し主張していた。

お役所仕事相手にうんざりするのは、いつものことだが軍でもここまでとは!
心中穏やかならぬものを感じ、遂にターニャは踏み込むことを決断する。

「小官の軍籍が抹消されるか、将校クラブから除名されたのかね?」

軍籍、そして軍籍以上に重い意味を帝国で持つ将校クラブへの所属。
言い換えれば、これらは帝国において将校に対する名誉と権利を担保するものだった。
参謀本部ですら、将校クラブの意向には配慮せざるを得ないほど将校クラブの権威は突出している。

その将校クラブについて言及するのは一つの賭けだった。

「いえ、中佐殿。中佐殿の軍籍も名誉も保たれております。」

「軍曹。ならば、私の言わんとするところは理解できるかね?」

全ての現役・予備役を問わず将校であるという事実は将校クラブによって保障されている。
現役の将校だろうとも、クラブから追放されればその身の安全は保障されないも同然。

逆に言えば将校クラブは同質性の高い集団であり、同時に極めて排他的な性質も伴う。
将校クラブは名誉を重んじ面子を重んじる。
将校クラブの者を将校として遇しないのであれば、それは将校クラブへの挑戦を意味した。

ここまでされるのだ。
ひょっとしたら、追放されたのかもしれないという危険性があった。
しかし、将校としてあるまじき惰弱さで名誉を汚したものだけが追放されるのだ。

言い換えれば、議論がある将校であろうとも勇猛でありさえすれば将校クラブでは賞賛される。
そして、少なくともデグレチャフ中佐の名誉と誇りに対しては将校クラブが太鼓判を押しているのだ。

「小官に軍人としての待遇を与えよ。」

当然、将校クラブからの保障があるのならば『デグレチャフ中佐』には権利がある。
名誉と其れ相応の対応を求める権利があるのだ。

「中佐殿、大変失礼をいたしますことをお許しください。ただちに、指揮官に取り次いで参ります。」

「・・・結構だ、憲兵軍曹。私が聞きたいのは、引き延ばしではなく解答なのだ。」


苛立っているという表情をことさらに露わして、威圧。
感情を表にすることは、こちらの意図するところを相手に理解させるという意図からだ。
顔は口ほどにモノを言うという。

将校ならば、誰でも自分の表情が部下からどのように見られているかを初めに叩きこまれる。
逆に、下士官らは将校の顔色をよく理解してこそだ。

「中佐殿、小官は中佐殿のお世話を命じられておりますが、指揮系統が異なります。」

だからこそ、出来る下士官というのは敵に回すと厄介だった。
舌打ちしたくなるような模範解答をしれっと言ってのけられる。
少なくとも、筋は通っている逃げ口上。

それだけに、ターニャとしてはままならない状況に嘆息したくなるのだ。

イルドアで駐在武官らの手によって身柄引き受け手続きが進められた時は素直に感謝できた。
だが、本国への移動が鉄道、それも『封印列車』モドキとなると少々事情が異なってくる。
しかも抗弁が許されず、一切の情報が与えられず問答無用ときた。
コンパートメントに部下と切り離されて放り込まれたのがつい先ほど。
悪意かどうかは知らないが、あまり愉快な気分になれる待遇とは言えないだろう。

「貴様は、随分と優秀なようだな。」

加えて、監視要員として世慣れた軍曹がついてくるとなれば少々困惑せざるを得ない。

「はっ、光栄であります中佐殿。」

気鬱になることだ、と歎きたくなる。
厄介な道中になりそうだと思う。
よりにもよってこんな下士官に世話されることになるとは。
そう、歎きかけた時ターニャは気がつく。

・・・いや待て。

この死ぬほど忙しい時期に熟練の野戦憲兵がこんなところをうろうろしているものだろうか?
憲兵の本務は軍内の綱紀粛正と占領地の秩序維持であり、共和国領域や東方が主たる勤務地。
そもそも、イルドアは管轄違いだ。
どこをどう解釈しても、本来中立国のイルドアに帝国の憲兵がいる必要は皆無である。

イルドアとの外交関係上、帝国軍人が入国は許可されてはいるだろう。
だが、人手が渇望される野戦憲兵がわざわざこんなところにいること事態がおかしな話だ。

「そこで軍曹、ひとつ貴官に聞きたいのだが。」

なにか理由があるのだろう。
結局のところ、人間は何処まで行っても行動原理に大差が無いとすれば、理由が絶対にある。

嗅ぎつけた自身の嗅覚を信じ、ターニャはそれとなく当たりを付けた違和感を突きつけてみた。

「何故、人手不足の野戦憲兵がこんなところ、そう、イルドアに“居た”のかね?」

本国から送られてくる移送列車。
それが、封印列車であるという事はなにか奇妙なものがあった。
自分に対する悪意というよりは、丁重な隔離。
そう、隔離だ。

情報が与えられないというのは、一見すれば情報封鎖と封印列車の封印維持を思わせる物でもある。
これらをみれば、なるほど憲兵付きで『私』が監視されている。

「・・・、中佐殿、小官にはおっしゃることがいささか理解致しかねるのでありますが。」

だが、おかしな話だった。
隔離されながらも、拘禁されず将校としての名誉は保障されている。
それでいながら、事実説明や何もブリーフィングなしで隔離された。
将校クラブの面子を考えれば、あまりに微妙なラインを押し渡ろうとしている。
外交上の配慮や機密保持など理由など、いくらでもねつ造できるだろうに。
まるで、隔離が口実であるかのような扱い。
そして、摩訶不思議なことに『憲兵軍曹』と数人が乗った列車が『封印列車』になっているということ。

自分を移送するために、わざわざ彼らが本国からやってくるものだろうか?

逆に考えてみればどうだろう?
発想の逆転だ。
我々は、確かにイルドアで憲兵に引き渡された。
だが、なにも憲兵は『我々』を受け取るために帝国から来たのではないとすれば?
つまり、『我々』の移送を名目に野戦憲兵を動かしたとすればどうだろう。

「ああ、聞き方がわるかった。この時期に、『貴官ら』がイルドアから私と帰国するのはなぜかね?」

例えば。
封印列車の客室に、他に誰が乗っているのかと考えてみれば面白いだろう。
なんでも、私と部下は引き離されてそれぞれ個別の客室に移されているらしい。
それは結構だが。
空きコンパートメントに誰が何のために乗っているのだろう?

・・・いや、違うか。

歴史が物語るのは、結局のところ同じ話だ。
イタリアがドイツを裏切るのはほとんど既定事項。
そうであるならば、ドイツはそれに備えていた。

・・・帝国がイルドアの裏切りに備えたところでごく自然なことだろう。

「そうだな・・・イルドアの占領政策の下見といったところかね?」

そっと、なにげなく爆弾を放り投げ相手の表情を凝視。
一瞬たりとも動揺を見逃すことなく、観察するべく相手を見つめる。

そして、その反応は一目瞭然だった。
眼がわずかながら泳ぎ、驚愕の色が顔に浮かぶ。
一歩足が乱れたことがその動揺の大きさを物語っていた。

無機質な視線で睨みつけられることの動揺以上に、真実が見抜かれたことへの驚愕。
隠し通すべき秘密を見抜かれたもの特有の、動揺と躊躇いだ。

間違いない。

適当に考えてみたが、まさにアタリだ。

「まさか、こんな時に観光旅行という事もあるまい。」

そうなると、この封印列車事態が我々の送迎ではなく秘密裏に潜入した憲兵の回収列車。
参謀本部の特命で送りこまれた軍偵が、堂々と国境を超えるということか。

「・・・どうだろう、軍曹。貴官の見解が聞きたいところなのだが。」

そこまで、口にして。
ターニャは自分が何を口にしているか少しばかり冷静に考えることができた。


うん?



イタリアの裏切りと同じ時期?

・・・ちょっと待ってほしい。

良くも悪くも回転の速い頭は、見抜かれて硬直する憲兵軍曹を視界から早々に追い出し一つの解を導き出す。
ターニャにとってみれば、あまりにも望ましくない結論。
だが、合理的に考えてみればその可能性を否定するにはあまりにも状況が悪すぎた。

それは、ひょっとして、そういうことか。
あれなのか?

帝国が本格的に敗北する時期が近いということか?

いや、思い出せ。
思い出すんだ。

歴史上、ヘタリアは一次大戦では敵についても結局大した脅威ではなかった。
二次大戦でも、イタリア戦線自体は戦後まで保たれていた。

つまり、むしろ、これは、好機だ。

これ幸いとイルドア王国戦線に留まれば、最悪の場合でも混乱の内に亡命できる。
すくなくとも、コミー共に捕まる可能性はゼロ。
安全度を勘案すれば、それが正解だ。

「中佐殿、失礼ながら小官では判断いたしかねます。」

「ふむ、それで?」

頭の中の思案は、明瞭。
それだけに、次に憲兵軍曹が口にした言葉はターニャにとって渡りに船だった。

「・・・指揮官のところへご案内いたします。どうぞ、これまでの御無礼をご容赦ください。」

「かまわんとも。貴官の義務を尊重する。」

悠然と許しつつ、心中は好機到来に沸き立つ。
これほどまでの好機は、ほとんどなかったのではないだろうか?

ようやく、ようやく運が向いてきたに違いない。



トルカイナ共和国の優雅な喫茶店。
名高い海峡を一望できる喫茶店は、駐在外交官の間でも評判の店だ。
そこで楽しめるトルカイナ珈琲についても、なかなかなモノと誰もが評価する。

好みの差こそあれども、そこの喫茶店は常日頃から評判が良い店だった。
それ故に、重要な商談で場所を望む顧客はここを貸し切り相手方に誠意を示す。
心得た店側は、余計なことを囀らないように心得つつ、聞き耳を立てることなく場所を提供していた。

そんな喫茶店である。

本来ならば、誰もが喜んで商談に挑む場だろう。
だが、ジョンおじさんは安物の紅茶を飲まされた紳士の様に苦々しい顔を浮かべ不本意そうに杯を空けていた。

「いや、困った。これは、本格的に困った。どうしたものだろう。」

ここに来たのは、仕事でだった。
連合王国情報部との接触を連邦が非常に高度なレベルで望むというのはきっかけだ。
行って来いと言われ、公務員の定めとして否応が無かった。

「・・・我々はイデオロギーの相違を克服すべき。貴国はそうお考えにはならないのですかな?」

モスコーにあるシルドベリア直通と噂される地下室発のメッセンジャーからのお誘い。
きっと、碌でもない案件だろうと誰もが予想していた。
それだけに、のらりくらりと交わすことを当初は求められたものだ。
ジョンおじさんの仕事は、韜晦することだと本人すら覚悟していたものである。

だが、蓋を開けてみれば予想外にも程があった。
連合王国情報部にとってみれば予想だにしないメッセージ。

いつもならば、建前仲良くしましょう、本音は糞喰らえだ。

しかし、今回は建前仲たがいしましょう、裏では協力しましょうのメッセージ。

言い換えれば、相互不信にもかかわらず協力の要請である。
正直に言ってしまえば、信じられない。

「うーん、仰ることはよくよく理解できるのですがね?」

はっきり言って、喧嘩を売られるよりもよほど対処が難しい。
かくして、秘密裏に中立国を経由してトルカイナ共和国入りしたジョンおじさんは、喫茶店で苦虫をかみつぶしていた。
相手が目的も理由もわからずに、協力的になる?
ありえるはずもない事態が、眼前に繰り広げられているとなれば驚くほかない。

「いやはや、唐突な申し入れでして。私としても、いささか困惑せざるを得ないのです。」

連邦の秘密主義は悪名高い。
そんな連中が、情報資料を公開してくると一方的に通告してくる?
本来ならば、欺瞞情報の山を掴まされると考えるべきところだ。

だが、正直に言ってメリットがあまり先方にあるやり方でもない。
すぐばれる欺瞞情報の山など渡されてもすぐに見抜ける。
戦術的な欺瞞は可能かもしれないが、戦略的に欺瞞するための偽情報というのは正直扱いが複雑だった。

「信頼していただけないだろう、とはロリヤ長官も申しておりました。」

「ほう?」

だが、驚くべきことに。
信じがたいことにというべきか。

「それ故に、一度だけ本部資料室を公開する用意がございます。」

・・・今何と?

ジョンおじさんは、思わず紅茶のお代わりを頼むことすら忘れて連邦特使の言葉を噛みしめていた。
本部資料室とは、秘密警察の心臓部。
それを、公開?

よりにも寄って、一度限りとはいえ敵対する情報部に機密資料庫を公開!?

「随分と、そう。随分と大胆な提案ですな。・・・見返りに何をお求めになることか。」

例え誘い水であったとしても、すげなく一蹴するにはあまりにも魅惑的に過ぎる条件だった。
はっきり言えば、『絶対に断れないような条件』である。
これを拒絶する情報員がいるとすれば、その忠誠心が何処に向けられているかを問われることになるだろう。

それほどまでに、この提案は連合王国情報部にとって魅力的すぎた。
少なくとも、話を聞くべきか。
ジョンおじさんの判断は、素早く纏められる。

そして、その判断は直後の要求で揺らぐことになった。

「ロリヤ長官は、モスコーを襲撃した魔導師らの身柄をお求めであります。付随して、そちらの記録を抹殺していただきたい。」

「・・・失礼。例の魔導師部隊についてですかな?」

求められる物は、『情報』でも『利権』でもなく魔導師らの身柄。
普通の要求であれば、手放しで商談を取りまとめてしまいたくなるような案件だろう。
だが、今回ばかりはジョンおじさんをしても見積もりが容易には出せない案件だった。

「『サラマンダー』、あるいは『ラインの悪魔』とでも呼ばれていた部隊長が指揮する部隊です。」

こちらが度々後手に回らされている案件の山。
本国の机が粉砕されるほど、ハーバーグラム閣下を激怒させたあの『悪魔』。
つい先日は、我が方の巡洋戦艦と空母を含む艦隊を沈めた『怪物』。

捕まえて、尋問したいことは山ほどある。
聞かねばならないことは、それこそ情報源から始まり腐るほどあると言っても良い。
単純にその突出した戦闘力と驚くべき狡猾さを考えれば、簡単には譲れない。
なにより、相手の対価を思えばその裏にあるのを勘繰りたくなるというモノ。

「驚きましたな。いったい、このキツネに何をお望みなのですか?」

はっきり言えば、重要な案件なのは間違いない。
しかし、わざわざこちらが断れないほど魅力的な条件を出すべきものかと言えば微妙なのだ。
理由を聞く必要があると考えざるを得なかった。

「モスコーが蹂躙されるなど、あってはなりません。そのような記録は各国から抹消していただきたい。」

だが、答えを聞いた瞬間、ジョンおじさんは納得が行きかける。
あの面子と官僚主義的な連邦での醜聞だ。
モスコーが直撃されるなど、誰にとっても悪夢だろう。

その隠蔽に走ったところでなんら怪しくない。
少なくとも、あの国ならば、やりかねないだろう。
そう判断できる程度に、理由には筋が通っている。

「醜態を隠匿されたいという事ですかな?・・・しかし、アレは我が国としても捕えたいのですがな。」

それでもなお、ジョンおじさんは引っ掛かりを覚えてしまう。
元より、相手が正直に話しているという保証はないのだ。
こちらが、信じそうな理由を適当にでっち上げている可能性は否定できない。

というよりも、それを当然疑ってかかるべき。

「当然、貴国の醜態も隠匿されます。その上で、実行者らを引き渡していただきたい。」

だが、この案件は微妙だった。
相手方の理由がどうあれ簡単には、拒絶できない。
こちらの醜態が隠匿できるとなれば、恥をかいた海軍は応じることを望むだろう。
少なくとも、戦時報道管制は楽になるに違いない。

「無論、事はそう簡単ではないでしょう。お返事は後日で結構です。」

ジョンおじさんの苦悩を楽しむように一瞥した後、特使は微笑んで解答をすぐには求めないことを伝えてくる。
少なからず、緊張していたのは双方共に同じらしいが相手はもう楽だろう。
羨ましいことだと思いつつも、ジョンおじさんは平然とした表情を取り繕って意外そうに頷いて見せた。

「おや、そうですか。」

「ですが、ぜひご検討ください。」

「ええ、そうさせていただきましょう。」

後は、形式的な社交辞令に留まる。
商談が取り纏まらなかったにしても、少なくとも意向を双方が把握できたのは幸いだった。
そういう態で立ち去るだけだ。

「ああ、失礼。杯が空いておりますな。・・・君!済まないがタンジール風ミントティをもらえるかね?」


あとがき
・・・orz

更新できるように努力したいところです。
たぶん、あと5話くらいで合州国にやってもらえるはず・・・。
予定は未定といいますが。

あまりお待たせすることのないように努める所存です。
たぶんですが…。

誤字修正。
反動分子の作者をZAP中...

次の作者は上手くやることを期待しています。

ZAP



[24734] 第六五話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:13
封印列車の一等席。
軍用ながらも、執務机を備え付けられたその一室。
居並ぶ軍人らが、張りつめた表情を浮かべる中で部屋の主が口を開く。

「久しいな、中佐。貴様のコマンドが被った損害は?」

数か月ぶりに見るゼートゥーア中将が口にしたのは、単刀直入な用件。
再会を言祝ぐ言葉も、時候の挨拶も抜き。
そこにあるのは、無駄を一切斬り捨てた合理性の塊だった。
戦局からくる重圧と、絶えまない部下の戦死は中将をして人間的な要素をほとんど拭いとってしまっている。

居並ぶ将校らは、その事実に思い至り慄然たる思いに駆られざるを得ない。
だが、良くも悪くも鈍感力に関してターニャは卓越していた。
仕事の話をするのは、一向に構わないと信じている。
故に、ターニャとしては特に異論もなくそれに応じることにした。

「魔導師が6名重傷。本作戦にて、1人が肺をやられました。今日が峠でしょう。」

短い付き合いの部下だが、1人も死んでいないのは幸いだ。
おかげで、七面倒な上官の義務を果たす必要が無い。
しかし、微妙な状況にある部下が1人いるのは、残念だった。

できれば、持ち直して一命を取り留めてくれればよいなぁと思わず顔に思いが浮かんでしまう。
だが、その緩んだ表情を咎めるよりもゼートゥーア閣下は淡々と仕事を進める方を優先された。

「練度の方は?」

「砂漠でしごきました。使えると思います。」

南方大陸ではサラマンダーを使えないので、現地で臨時に徴発した部隊を指揮していた。
その部隊の練度は、さんざん砂漠で後方敵拠点を襲撃した甲斐あってなかなかのモノ。
やはり、実戦経験は何物にも代えがたい貴重な訓練だとターニャは教育効果を実感している。

端的に言ってしまえば、マニュアルは読むだけでは意味が無いのだ。
実践に次ぐ実践こそ唯一つの有意義な教育法だろう。
数学の解法を見るのではなく、実際に解かせてみなければ出来ないのと同じだ。

「損耗により戦闘行動へ支障はないのか?」

「補給を頂ければ、なんら問題ありません。例えばでありますがイルドア相手ならば、ほぼ戦力たり得ると判断します。」

部下の練度は、まあしごき足りないとは思う。
だが、言わずもがなな相手ならば恐れるには足らない。
なにしろ実戦経験が欠如している連中だ。

私が汚泥にまみれ砂塵に悩まされた時、パスタとピッツァで文明的な生活を謳歌した連中である。

・・・バルバロイと呼ばれる連中相手に備えを怠ることの愚を、教育してやるくらいは可能だろう。
経験という授業料の高い教師から学ばせてやる。

本心から言えば、文明人たちを攻撃するのは大変心が痛むことだ。
だが、残念ながら私には自己保存のために緊急避難的措置をとる権利がある。
私の安全のためだ。

美味しいパスタは私が語り継ぐのでイルドアの諸君には、バルハラで食環境の改善を行っておいてもらおう。

「結構だ。」

同時に、この解答は中将閣下を満足させたらしい。
これで危険極まりない戦線を避けられるだろう。
後は、のらりくらりとパスタやピッツァを楽しみながら、適当に戦争すればよい。
文明人同士、理解しあえばなあなあの戦争ごっこで終戦まで遊べるだろう。

たぶん。

「中佐、意見が聞きたい事がある。」

「はっ、なんなりと。」

そして、うちの上司は部下の意見を幅広く取り入れてくれる実にやりやすい相手だ。
このゼートゥーア中将でなければ、今頃私は本格的に亡命しているかコミーに殺されるかしていただろう。
・・・ああ、恐ろしい。

存在Xへの怨讐も終わっていないうちに、奴のミモトとやらへ送られるのは断じて御免蒙るところ。
ぜひとも、ゼートゥーア閣下には出来る限り協力しなければ。
利益が一致している以上、協力しないのは合理的な経済人としてあるまじき愚行だろう。

「イルドアについて、貴官の意見が聞きたい。」

ふむ、パスタの国についてお聞きになりたいと。
結構。

「はっ、小官が思いますにおそらく叩き潰すほかにありますまい。」

「・・・中立維持や同盟国としての参戦は望みえないかね?」

歴史的経緯を勘案してみよう。
奴らが中立など、最後の最後でどうせ戦勝国面されるだけだ。
ここで中立を維持できたところで、いつ何時裏切るかわからないのは危険すぎる。
敵か味方か判別したほうが、敵か味方か曖昧な存在よりも状況次第では楽。

「どちらにせよ、役に立ちません。」

味方として参戦してもらったところで、実のところ微妙だ。
なにしろ、使い勝手が悪すぎる上に防衛地域が一気に拡大してしまう。
旧イルドア植民地防衛義務など、悪夢だ。
ロメール閣下が過労死するだろうが、あるいはそれ以前に憤死するかもしれない。

「戦力評価をしたかね?」

「はい。その上での結論です。」

確かにイルドア海軍は装備だけ見れば帝国高海艦隊並みの質だ。
規模はやや小さいが、兵装だけ見れば一流と称してもよい。
しかし、悲しいかな無理をして整備されているだけだ。
ダイヤモンドと似ているかもしれない。

見た目はきらびやかだが、衝撃には酷く脆弱。

主戦場が陸でありなおかつイルドアの陸軍は致命的なまでに機械化が遅れている。
というよりも、半島国家として海防を優先せざるを得なかったがために工業基盤の大半が海軍に向けられた。
そして、損害を補充し総力戦に対応できるだけの基盤がそもそもない。

「イルドアは、陸軍戦力において役に立ちません。逼迫する東部戦線を勘案すべきでしょう。」

そんな国家だ。
外敵の侵略から身を守るための海軍と、植民地確保のための陸軍程度しか持ち合わせていない。
不味いことに、この国の軍隊は郷土軍の性質が強すぎることもある。
はっきり言って、国防に使えても友軍として従軍してもらうには最悪だ。
そんな連中と共闘したところで足を引っ張られる。

史実同様に、きっとイルドア防衛に貴重な戦力を割くことになるだろう。
それでは、はっきり言って東部戦線の崩壊を早めてしまうだけだ。
せめて、せめて合州国が介入してくるまで持ちこたえる必要がある。
コミーに覇権を許すわけにはいかない。

つまり、個人の合理的安全確保の権利と世界への義務を勘案すればイルドアは滅ぼされねばならないのだ。

「つまり、帝国にとって叩きやすく果実の多い敵です。」

海軍戦力を拿捕できれば、戦局に寄与するだろう。
拿捕できずとも、正直南方大陸を放棄さえすれば帝国はイルドア海軍に悩む必要もない。
沿岸防衛軍としての性質が強いイルドア海軍当局では、到底外洋への遠征など考えもしないはずだ。

仮に、仮に考えたとしてだからなんだ?

フリッツXもどきで撃沈すればいい話だ。
幸い、フリッツよりも凶悪な対艦攻撃兵装は複数帝国が保有している。
対して、イルドアは金のかかる魔導師戦力の整備は一番列強で遅れた連中だ。

「あらゆる要素を勘案した結果でも、叩くべきです。それも、今すぐに。」

史実でも、イタリアは基本的に裏切るまで散々躊躇した。
だから、時間という貴重な要素を稼ぐことができたとも言えるし失ったとも表せるだろう。
それでも、はっきりとしているのは簡単な事実だ。連中は中立国であり力を養えるという事だ。

放置しておけば、連合王国や自由共和国・合州国からの援助も届きかねない。
そうなるくらいならば、さっさと外科的手術を敢行し、憂いを取り除くべきだろう。

「大義名分が必要だ。ひねり出せるか。」

「・・・大義名分?」

そんなもの、占領してからイルドア人民の要請に応じたとでも言えばいいのではないだろうか?
さすがにコミーの真似をするのは気が乗らないとしても、それくらいは言っても良い気がするのだが。

「そうだ。少なくとも、一方的に同盟を破棄して攻勢には出られない。」

だが、さすがに国家というものはお行儀のよい振りはしなければならないだろう。
赤い国ですら、行動原理は、『人民の解放』なのだ。
まあ、何から解放するかは観測者の主観も一部あるのだろうが。

眉をひそめて、言葉の意味を解釈。

曲解を許さないという上司の冷たい目線を感じる当たりちょっと困りものだ。
法解釈を上手くこねくり回す程度の答えでは解決できないに違いない。
結論は、被害者にならねばならないということか。

「・・・つまり、奴らに先に手を出させればよろしいのですね?」

「そうだ。しかし、可能だろうか?」

言われてみて、ターニャは考え込む。
小さな手だろうと、振り上げれば振り下ろしたくなるモノ。
つまり、上げることさえさせられれば事はなる。


史実を思い出せ。

・・・ロンメル元帥がアフリカを撤退し、シチリアが脅かされた時クーデターが起きたはず。

つまり、逆に考えよう。
ロメール閣下に南方大陸を放棄させて、シシリー島に駐留したいとイルドアに通知。
軍事条約を盾に強圧的な態度で臨めば奴らの天秤も傾くことだろう。

いや、まて。
それでは不確実だ。

「難しいですね。極めて、難しい問題です。」

「貴様でもか?」

・・・ここまで期待されているとは。

もう少し、頑張って評価にふさわしい労働を行うべきだろう。
しかし、実際問題確実性のある方策などあるのだろうか?

理屈の上では、イルドアはいつ裏切ってもおかしくない。
だが、裏切りに際して奴らがその気になるには帝国の劣勢が必要だ。
言い換えれば、イルドアが帝国に勝てると確信する必要がある。

確信。

・・・確信?

騙せばいいだけか。

「あまり良い手ではありませんが、一つ確実なものが。」

正直に言えば、随分後まで温存しておきたい策だ。
ついでに言えば、大抵の司令官は信用すらしてくれないかもしれない策だ。

「使えるならば、この際何でもかまわん。」

だが、上司が有能であれば活用してくれることだろう。

「では。ここは、連合王国情報部を活用しましょう。」

ウルトラ情報とやらに依存している連中だ。
一度くらいならば、上手く踊ってくれることだろう。





すぐ右となりのジャンソン伍長は良い奴だった。
後ろのハイデルガー少尉は、素晴らしい叩き上げの士官だった。
少し前のクルーガー曹長ときたら、下士官の鑑だった。
銀翼突撃章に推薦されるに値するほど、戦友への義務を彼は為している。

皆素晴らしい兵隊だった。

それらを過去形で語らねばならないことは、もう慣れた。
頭を上げられないほど密度の濃厚な制圧砲撃。
飛翔音が着弾音で霞むような、圧倒的鉄量と轟音に晒され続けて数時間。

帝国軍サラマンダー戦闘団所属、グランツ魔導中尉は口に入った埃と泥を吐き捨てながら辛うじて生きていた。
砲弾に耕された大地でのたうちまわる兵隊。
その中で、グランツもまた生き残っている。

臨時構築された塹壕では、到底対処しきれないような鉄量の投射と間断なき歩兵突撃。
単純ながらも、単純であるがゆえにそれらは帝国軍全体に出血を絶えまなく強いている。
それ故に、戦闘団は火消しに追われやむを得ず分遣隊が各地に飛んでいた。

連日の激闘。
堅いだけの連邦軍魔導師が、連戦で消耗した帝国軍にとっては鬼門と化していた。
数に優れた連邦軍に対し、帝国軍の基本戦術は機動力と火力。
将校と優れた下士官らによってのみこれらが成し遂げられている。

早い話が、機動防御で局所的優勢を確保。
適切な地点に火力を投射するというのがその基本戦術となる。
だが、強固な敵の魔導師は酷く厄介だった。

「連邦軍魔導師を感知!数7!」

生き残っていた観測兵が上げる叫び声。
盛大に罵声を上げ、グランツは超長距離光学系観測式を起動。
干渉規模からして、せいぜいひよっこも良いところの敵と判断。

開戦前の水準で帝国軍が維持されていれば、さしたる脅威でもなかっただろう。


しかし今や、帝国は疲弊した。
そして、連邦のえげつないところは、ひよっこでも強度があほみたいに堅いことだ。

「伏撃一択。魔導刃でたたっ切る。」

小隊規模で光学系狙撃式を集中させて、ようやく焼き切れる防殻の分厚さ。
やたらめったら乱射されるだけとはいえ、火力も侮れない。
その敵が数にして7。
その数字は、長距離戦で落とそうと思えば中隊以上の規模が必要になる。

一区画に中隊を投じるような、そんな贅沢は東部ではもはや望みえない。

「距離500までサイレント!」

高度を取って消耗戦覚悟でひたすら漸減。
或いは、刺し違えるリスクを承知で近接魔導戦に持ち込み魔導刃を叩きこむ。
教本では避けるべき戦術しか、グランツらには選び得ない。
東部では、泥にまみれた将校らが常に直面するありふれた苦悶だ。

そして、彼が率いるわずか4名の古参魔導兵らは不満一つ述べることなく配置に就く。
誰もがこれしか方法が無いことを理解しているのだ。
他に対抗できるすべはない。
あれば、誰もが採用している。

誰もが想定し得ない様な極限状況での無理な連戦。
補給状況は極めて劣悪。
普通ならば、後退して補給線の再編を必要とするほどだろう。

悪いことは纏めてやってくるもの。
厄介なことに後方連絡線は常に不安定ときた。
ここしばらく、天候が安定せず航空支援も限られてしまうらしい。

そのように、鑢で身を削っていくような日々が延々と繰り広げられている。
空軍のやや不定期な投下物資が途絶えれば、ライフル弾どころか食糧すら事欠く。
そんな日々が、もはやグランツらにとってはありふれた日常と化していた。
彼らはありとあらゆる悪態を世界に吐きながら、塹壕を掘るしかない。
魔導師ですらだ。

状況を勘案すれば、ここに居る魔導師らは東部でもベテランに分類される古参兵といえるだろう。

「観測兵、距離4000より読み上げ開始。」

「了解。」

距離とタイミングが伏撃には極めて重要となることを、理解できる古参兵。
この戦場において、その価値は同量の金にすら勝る。

なにしろ東部の平均的な魔導師の出撃回数は一日で5回。
拠点防衛につかない航空部隊に至っては、7回である。
東部に留まれば、生き残る限り誰もがエース様だ。

魔導師ならば、あっという間にネームドたれる。

・・・生き残るという事の障壁が想像以上に高いという事を度外視すれば。

まあ、堅いだけで技量も何もない連邦軍魔導師でも落すのは厄介だ。
なにしろ技量を尽くす戦いというよりは、鑢がけである。
首狩り戦術など奇手であって、軍全体からみれば何とか追い払っているに過ぎない。

「距離4000!」

なにしろ、とグランツは自嘲する。

相手の練度はお粗末にも程があるだろう。

観測兵が緊張しきった表情で告げている彼我の距離は既に認知圏内。
距離5000を切っている。
本来であれば、とうの昔に感知されているべき距離だ。

距離8000に無警戒で敵を入れたら、あの愛くるしいお口の主は死刑宣告を告げてくるだろう。
良く見積もっても、夜間ハイキングに叩きこまれて火遊びはさせられる。

ところが、連中ときたら呑気に飛んでいる。
基礎以下の対地警戒も索敵もできずにただひら押しにしてくる間抜け相手だ。

落せて当然。

そして、そんな連中の単純な数に圧殺されているという現状。
古参のベテランらにしてみれば、嗤うほかにない。

どうでもいいような連中に押しつぶされそうになる屈辱は耐えがたいものだ。
自身の足掻きが、足掻きに過ぎないというのはもっと屈辱を深める。

「距離2000!」

魔導師の領域で言えば、ほとんど直近の距離。
だが、まだだ。

斬り込みたくなるのを自制しつつも、グランツは手にしたシャベルを握りしめていた。

その手に握りしめたシャベルを見つめながら、グランツは苦笑いする。
ライン戦線でも、そう言えばシャベルを抱えて塹壕に突撃させられた。
魔力でシャベルの刃を魔導刃の刀身にするようになって以来、握りしめたシャベルは第二の相棒である。

実際、使い勝手が一番良い。
とりわけ、この東部ではそうだ。

「距離1000!」

周囲を確認。
魔導師がこちらは4。
落ち着き払った古参兵らは頼もしい限りだ。

魔導師の護衛の兵卒は、悲しいことに東部到着以来半数にまで減っている。
今日、3人も一度に失ったことは大きな悲劇だった。
敵討といくほかにないだろう。

だが、意気込みとは裏腹にとことん今日のグランツはツキに見放されていた。

「っ距離700!敵隊形に変化あり!」

密集して飛んでいた連中が、咄嗟に襲撃を回避するために乱数回避機動を開始。
さすがに、完全に間抜けであることを期待する訳にもいかなかった。
舌打ちしつつ、方針を即座に変更。

「っっ!アサルト!アサルト!」

咄嗟射撃で牽制しつつ飛翔。
すり減った部隊では、ツーマンセルすら望みえない。
混乱しきった状況での混戦。

口を開けば悪態か罵声しか出ないだろう。
学校ならば、士官が避けるべきリスクをいくつも犯したクレイジーな選択。
そんな愚行を選択しなければならないほどの戦局にはもう慣れた。

ベテランですら新任に苦い顔をする余裕すらもはやないのだ。
教科書通りの戦術では、一日と生き残れない。

牽制と揺さぶりを兼ねて煙を撒き散らすべく爆裂術式を起動。
本来であれば、有効でない攻撃は牽制にすらならないと一笑される無駄だ。
だが、教科書を書いた連中は知らなかったのだろう。

大丈夫だとわかっていても、燃え盛る炎と煙に包まれて動揺しないには経験が必要だ。
少なくとも、誰かが怯える子羊たちを率いる牧羊犬たる必要があるだろう。

「・・・奴か。」

混乱しきった敵兵の中で、叫び声と通信を最も発する魔導師を瞬時に識別。
占位している座標も、指揮官であることを裏付けるようにほぼ中央。
予想通りだが、念には念を入れて観察した甲斐があった。

多重に起動した術式で推進力を確保。
部隊の混乱を収めるのに忙しい連邦魔導師が気付く前に、懐に潜り込む。
分厚い防殻、強固な防御膜。
何れも、光学系術式では飛散してしまうだろう。

だから、一切合財の躊躇をかなぐり捨ててシャベルの刃に宿した魔導刃を突きだす。

急速接近する相対速度と高密度の魔力。
正面からぶつけるだけで、防御膜も、強固な防殻も突きぬく。

悲しいことに、この戦術は有効ながらも近接戦でこれができる新人が恐ろしく乏しい。

頭を失い、さらに統制の乱れた敵魔導師を狩り落としつつ思うのは練度の低下だ。

帝国軍魔導師の高い質は最早過去の逸話になりつつある。
現状では、わずかな資質を持つものならば直ちに候補生として養成所に回されているらしい。
従来ならば、到底許可されないような水準でだ。

新任時のグランツらが尻に殻の付いたひよ子だとすれば、今の連中は卵程度だろう。
温めれば、孵化して大空を羽ばたくことも可能かもしれない。
だが、現実は自分達が受けた様な促成教育をさらに短縮した訓練期間で前線送り。
損耗が激化し、さらに短縮圧力がかかるという最悪の悪循環に陥っていた。

「排除完了!敵反応は担当区域に確認されません!」

「御苦労。状況終了。各自、戦闘態勢を解除し警戒態勢へ移行せよ。」

観測兵が担当区画から完全に敵魔導師反応が消滅したことを確認し、報告を寄こす。
受け取った観測結果から任務終了と判断し、戦闘態勢を解除。
同時に、戦域全体の状況を把握するべく情報を収集。

状況が終了したとはいえ、グランツにしてみれば少しも気が抜けない仕事だった。
流れを見誤ると、すぐに取り返しのつかない状況に巻き込まれる。

そうして、彼は各戦区からの被害報告に目を走らせる。
だが、やがて眼を走らせ、天を仰ぎたくなってしまった。

「・・・また損耗か。このままでは対応しきれん。」

隣接区域の部隊は、補充要員らからなる新編の魔導中隊が担当だ。
いや、担当だった。
現在中隊規模で防衛していた区域に残存しているのはわずか小隊規模の魔導師のみ。

自分達サラマンダー戦闘団の分遣隊が引き揚げた後、当該戦線の防衛は誰が担うのかを考えるのは恐怖だ。

制空権を魔導師・航空戦力が確保しているからこそ辛うじて数に勝る連邦軍を押しとどめられている。
だが、言い換えればそのどちらかが崩壊した時点で全てが狂いかねない。

いや、全面的に崩壊することは確実だろう。

・・・どうしろというのだろうか。





「・・・このままでは帝国は崩壊しかねません。」

狭い陸軍連絡機の内部。
呼び出された中佐に対し、操縦桿を握った若い参謀将校が苦境を漏らす。
小型機の内部では、誰もが憂慮していた。

そこにあるのは、深い苦悩だ。

南方大陸帰りの面々は誰もが合州国の介入を実感している。
東部帰りの面々は、否応なく擦り減っていく帝国軍を目の当たりにしていた。

「合理的な帰結は、停戦だ。なんとしてでも、な。」

彼らの眼に映る帝国軍は、疲労し打ちのめされる寸前である。
まだ、辛うじて戦場というリングで拳をぶつけることは可能だろう。
だけれども、もはや勝機はどこにもに見いだせる状況ではない。

故にこれがボクシングで、彼らがセコンドならばタオルを投げただろう。

「何としてでも、余力を残して停戦に持ち込まねば。」

誰かが呟く一言。
それが、帝国のおかれた現状で唯一選びうる方策だった。
参謀本部はまだ戦う気である。
前線の部隊は、隣の戦友のためにならば銃を取ることを厭わないだろう。

だが、前線の過酷な洗礼を受けて帰還した彼らが目の当たりにしたのは疲弊しきった戦争機械だった。
精密に組織され、設計された筈の戦争機械ですらすでに歪み始めている。
まだ、外側は綺麗に磨きあげられるべく努力が払われているだろう。

しかし、内側が盛大な不協和音を奏で始めているのを彼らは耳にした。

「動員年齢幅と配給制の拡大。参謀本部ですら、この方策は窮余の策だと。」

街を見渡せば、辛うじて若者や働き盛りの人間を見ることもある。
だが、それらは大半が軍人か工場から引き抜くにはあまりも貴重な熟練工だ。
大半の労働層は動員され、一部が工場に回されたほかは湯水のごとく東部に投入されている。

「・・・なにより、砲弾が足りません。海軍分も底をついています。」

砲弾・弾薬各種軍需物資の消耗は、ライン戦線からの戦訓に基づく予想すら上回ってしまった。
海軍割り当て分の20㎜~88㎜砲弾を緊急に融通することで急場は凌いだものの、海軍の予備すらもうない。

もとより、艦隊の備蓄している砲弾・弾薬は陸軍のそれには適合しないものが多い。
対空砲火用の弾薬を辛うじて転用できたのは、幸いだったが海軍とてない袖はふれないのだ。
これ以上の転用は、艦隊の能力発揮に係るとして海軍は拒否する構えを見せている。

「油田防衛も課題で、稼働率がこれ以上低下すれば航空部隊の運用に支障が出かねません。」

「まだましだろうな。魔導師部隊にいたっては、すでに半数が基準以下の新兵だ。」

突きつけられる現状は、どれほど楽観的な将校ですら頭を抱えて呻きたくなるほど絶望的。
導き出される結論としての、停戦合意には誰も異論が無い。

「・・・だが、落とし所は?」

問題は。

「連合王国・連邦・共和国に合州国。いったい、連中が何を要求してくることか。」

連邦と共和国は大幅な領土を要求してくるだろう。
連合王国は、海軍戦力の削減を開戦前から要求していた。
これらに応じるだけで、帝国は列強としての地位を喪失するに違いない。

占領した協商連合の土地を交渉材料にしようにも、そもそも無条件の返還要求が叫ばれているのだ。

交渉できると考えるだけ望み薄だろう。

『耐えがたい損耗を敵に強いることで、敵が停戦気分に陥るのを期待する。』

この参謀本部の非公式なドクトリンは、交渉に対する絶望的な見解からひねり出された答えに過ぎないのだ。
開戦当初は、あまりにも悲観的だと一笑されたその見解。

しかし、それが唯一の希望となるほどまでに帝国は窮している。



あとがき
思ったよりも早く更新できました。
でも、もうちょっとペース上げようと思います。

・・・こんなことしか書けないとはorz

追記
大幅に誤字修正しましたorz


>ホーリックス様
こんな作品へようこそ!歓迎します。
それにしても、被害者のデグレチャフに対して、なんと残酷な。

>Oージンジ様
まさに、それが書きたくて書いた趣味の作品です。

>翠鈴様
戦争は、ありとあらゆる手段を持って行われるものですからね。
ZAPだけでは、ちょっと足りないのでしょう。

>ee様
“この気持ち、まさに恋だ”ですね。

>D4様
デグレチャフ魔導中佐殿の活躍にご期待ください。

>ゲイ・ビルツ様
幸福でないならば、ぜひ担当者にご相談ください。


>ふ~せん様
誤字修正しました。

鉄の男なみのZAPの嵐が吹き荒れています。
ZAP



[24734] 第六六話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/03/17 23:56
"Gotterdammerung"と名付けられた機密。
私が、その存在を知ったのは報道関係の仕事から退いて作家としての道を歩んでいた時だった。
当時の私は、大戦の人間模様を中心にした小説を書き上げたばかり。
鎮魂と先人たちへの不戦の願いを兼ねて戦没者公園へ足を向けたのが、私を再びこの世界に引き込む契機だった。

いや、あるいは先人達から手招きされたのかもしれない。

その日、私は書き上げた本を手に、献花台へ向かっていた。
ある老紳士が、私の手にしていた本に気が付き、よろしければといって手渡したのが事の始まりだ。

『興味深い著作ですな。きっと、皆が手に取るような本です。勝手ながら、御成功をお祈りさせていただきたい。』

私に礼を述べたその老紳士こそ、連合王国で戦時中に情報部を率いたあのハーバーグラム卿だった。
それを私が知らされたのは、それからしばらくして卿が亡くなった後に卿の遺言で訪ねてきた弁護士からだ。

あの日の事は、今でも思い出せる。


事務所の一室。
しばらく、訪れてきた老境にさしかかろうかという弁護士は沈黙を守っていた。
口を開こうにも、言葉にならない思い。

それは、心に踏み込まねばならない取材をしている時幾度も経験していた。

「・・・卿は、亡くなるまで自身の失敗を後悔されておいででした。」

だから、促すことなく、ただ相対して待つ。
急かすことなく、ただ沈黙して待つ。
そういう気持ちで、待ちつつ来客用の茶葉で入れた紅茶を飲んでいた私に彼が切りだした一言だ。

「卿の失敗?失礼ですが、その、私の前職を御存じでしょうか?」

一線から退いたとはいえ、戦争の真実を追求するプロジェクトに携わった身だった。
そして、プロジェクトは未だに継続している。
関係者のエピソード、特に失敗談を知ってしまえば当然公開されてしまう。

探究者として、またジャーナリズムに携わる者としてのジレンマだ。
だが、少なくとも相手に対して正直であるべき必要性を疑うことはできなかった。

もしもだ。

もしも、相手が私だけに話すつもりならば帰ってもらわねばならない。

そう思いつめていた私に対して、老弁護士は微笑してくれた。

「ああ、御懸念には及びません。貴方が世間に知らしめるべきだと思えば公開していただいて構わないのです。」

わかりきったことを、諭すような声。
当然だろうが、彼は私の職を良く調べていたらしい。

そして、その上で私を訪ねてくれた。
このことを知ったのは、随分と後のことだ。

だが、ともかくその当時の私は相手の物分かりの良さにただ驚くばかりだった。

「ただ、一つだけ条件が。」

「承りましょう。」

「あと15年は公開を見送っていただきたいのです。」

なにしろ、求められた要求はたった一つのシンプルなもの。
もちろん、軽々しく公開すべきでないという情報もある。
それを思えば、15年の期限という要求自体は理解できた。

「・・・関係者が亡くなるまでという事ですか?わかりました。それで真実を教えていただけるのならば。」

真実を秘匿するのでなければ、それは許容できる条件。
そう考えて、差し出された契約書に私はペンを走らせた。
今では、あのときの緊張が懐かしい。

「結構。では、お話しましょう。」

そうして、少しばかり深い呼吸をした老弁護士は口を開く。

「卿は、一度だけおもらしになりました。『“ウルトラ情報”は正しかった。だが、“汚染”されてもいた』と。」

ウルトラ情報?
汚染?

少なくとも、その当時の私には何のことかいささか理解しかねる用語ばかりだった。
なにか、情報が汚染されていた?

だが、ウルトラ情報とは一体何だ?

「・・・それだけですか?他には何か?」

これが、重大な秘密だとハーバーグラム氏が死の間際に残した言葉?
手掛かりを求めて、尋ねる私は今思えばぶしつけだった。

加えて、あまりにも事態を理解できていなかったことも追記しておこう。

「遺言では、貴方に手記を公開することを望んでおられます。」

「ありがとうございます。すぐにでも、お邪魔させていただければ、幸いです。」

戦時中には。
あの大戦中には。
事実は小説よりも奇なりということが、本当にありえた。
本著は、そのハーバーグラム氏の手記から導き出された新たな事実を初めて公開するものだ。

“Gotterdammerung” アンドリュー著 前文より




策というよりも詐欺に近い。

それを聞かされた時のゼートゥーア中将が受けた印象だ。
まともな軍略というよりは、クモの巣の様に張り巡らされた罠で相手を追い込む方策。
単なる軍人に考えつく策とは、視点が違い過ぎる。

どちらかと言えば、人間として狂っているかどうかの違いにすら思える悪辣さ。
これが、効率至上主義に駆られた戦争狂の末路なのだろうか?

形容しがたい思いに駆られながら、彼が精神を辛うじて立て直すまでの間に化け物は地図に手際よく書き込み始めていた。

「第一段階で戦線の再編をイルドアに対する侵攻計画に偽装します。」

南方大陸からの撤兵。
これ自体は、実のところ何度か検討されてはいた。
少なからず議論された背景は戦略的価値だ。
南方大陸には、戦略的価値が見出しにくい問題がある。

しかし、少なからず価値があったのだ。
砂漠に敵を引きずり込むという事は消耗させるという点で有望。
なおかつ、イルドアに対する外交上のカードにもなった。
そのため従来は、イルドアとの関係や敵の戦力分散といった観点から棄却されている。

だが、デグレチャフ案はイルドアを叩くという点からスタートしているため従来の制約からは自由だ。

「第二段階で、イルドア国境付近から部隊を引くように偽装します。」

地図で印の付けられた国境沿いの部隊。
予備役中心の部隊が大半ながら、装備・訓練は悪くない水準にはある。
想定では、基本的にイルドアの陸軍とであれば相応に渡り合えると判断されている。

信頼しきれない同盟国に対する帝国の不信感が表明されている形だ。
常々、イルドアは水面下で憂慮と非武装地帯の形成を要求してきていた。

だから、それに応じるように偽装しよう。

それが、デグレチャフ案の骨格だ。

「これにより、我が国の意図は次のように偽装されます。」

淡々と示されるドクトリンは情報戦に重きを置くもの。
まず、南方大陸からの撤兵を偽装。
しかる後に、南方大陸派遣部隊は本国に帰還するように見せかけてイルドアを攻撃すると敵に信じ込ませる。

「まず、南方大陸より撤兵する。次に、南方大陸派遣軍でイルドアを叩く。」

その方針は、敵に疑心暗鬼を呼び起こすモノとなるだろう。
何もわざわざ南方大陸派遣部隊を使う必要性などないからだ。
だから、判断材料を汚染し状況を誤読させる必要がある。

「それらの意図を隠蔽するためにイルドア付近の部隊を撤兵し、東部へ増派。」

そのための、第二段階案だ。
東部戦線で帝国・連邦が共に信じがたいほど消耗戦を繰り広げているのは周知の事実。
この事実は、連合王国情報部も確認済みだろう。

だから、東部に増派するという理由は誰もが納得してしまえる。

加えて。

東部に部隊を引き抜いて増派すれば、イルドア王国の意図が不安になってしまう。
どの道、信頼できない同盟国というリスクを厭ったところで不思議ではない。
戦線再編で余剰となった南方大陸派遣部隊を、イルドア攻撃に回す。

それは、ありえないとは誰にも言いきれない策だ。

「以上の擬態を連合王国並びにイルドアに信じ込ませます。」

そして、いっそ楽し気にターニャは地図に青色で敵に信じ込ませる配置を書き込む。
書き記されている部隊配置を見る限りでは、イルドア・連合王国の選択肢は単純になる。

がらあきのイルドア・帝国国境と離脱する南方大陸派遣部隊。
しかも、帝国は行動が読まれているとは全く考えていない。
対潜警戒程度のわずかな護衛で、イルドア半島に接近する上陸部隊は良い的だろう。
上陸部隊を屠った後に、イルドア軍が国境を越えて進撃すれば帝国は止めを刺される。

完膚なきまでに帝国の産業基盤は破壊され、東部に残存する部隊の補給も断たれる。

終戦に向けてチェックメイトするだろう。
なにしろ、帝国は予備戦力の大半を東部に投入済み。
防空部隊として帝都にいくばくかの魔導師・航空隊が駐屯してはいる。

しかし、彼らは遠方から飛来する航空部隊や強行偵察の敵魔導師邀撃が主任務。
言い換えれば、本格的な地上軍の阻止任務は本来想定されていない。
二線級の地上部隊であっても、この状況では帝都を攻略可能だろう。

手をこまねいて状況を遠望するには、少々魅力的に過ぎる。

「ですが、実際には欺瞞行動を行う部隊を除いて、どの部隊も動かしません。」

最も、そんな危険性は帝国側とて百も承知。
だからこそ、わざわざ相手が夢見る幻想を演出するのだ。

いや、デグレチャフだからこそ実行に移せるとも言えるのだが。

「連合王国、自由共和国は撤退する途上にある輸送船団の撃滅並びに南方大陸の制圧作戦を意図するものかと考えられます。」

大規模な船団の移動が見られれば、相手方は完全にこちらの欺瞞情報を信じるに違いない。
このような状況下での、大規模船団移動が意味するところは明らかだ。

増援か、撤退する部隊収容のための船団。

そのどちらかしか考えられないだろう。
だから、敵は当然洋上にある囮船団を追いかけまわすことになる。

「加えて、イルドア王国は脆弱な我が国の側面を叩くことを意図するでしょう。」

そして、イルドア王国は漁夫の利を求めて横合いから殴るくらいの気持ちで参戦してくるに違いない。
イルドア王国を参戦させるために、連合王国は絶対に彼らの傍受したウルトラ情報を活用するからだ。
戦後の列強間の取引材料として、絶対にイルドアは帝国を倒す決定的な役割を欲してしまう。

それは、少数の懐疑主義者や冷静な人間では歯止めが効かない衝動だ。
多数を熱狂させるのは、いつの時代も極めて簡単なきっかけで惹き起こせる。
1人、2人を踊らせるのは難しいが踊らせられれば後は簡単なのだ。

「ですが、実際には我々の防衛線は強固です。ライン同様、イルドア軍主力撃滅後、イルドア王国を制圧します。」

後は、ライン戦線で誘引撃滅を図ったのと同じ展開だ。
重防御の防衛戦に引き込み、火力と陣地で撃滅。
塹壕とトーチカで、イルドア王国地上軍を肥料にしてやるのだ。

「これらにより、我が国は先制攻撃をイルドアに開かせ、なおかつ戦略上の優位を確保し得ると判断しました。」

最低でも、外交上先に銃弾を放つのはイルドアからにできるだろう。
これは、結果として裏切り者という汚名はイルドアに着せられる。

何より、地上部隊を撃滅されればイルドア王国軍は致命的な損害を被った責任を誰かが払わねばならなくなる。
内輪もめだ。
外から眺めている分には、きっと楽しいだろうとターニャは想像するだけで愉快な気分になれる。

ふふふ、と口から笑い声が漏れてしまうほど楽しみだった。

不合理なことで、愚か者どもが罵り遭うのを眺めるのは一つのストレス解消法としてはなかなか有効なのだ。
イルドア半島に防衛線を構築し、戦争ごっこをしながら相手の不和を眺めて終戦まですごす。
ピッツァ付きという食環境を思えば未来に希望が持てる展望だ。

「イルドア・連合王国は感情的なしこりを抱えるでしょう。それらは、敵の分断を可能とします。」

敵がいないと連合王国から囁かれて、開戦を決断。
決断してみれば、実態はボロボロにされた挙句に逆侵攻をうけて占領される。
イルドア王室の権威が保てるか、実に興味深いモノだ。

侵略者のレッテルをイルドア側に貼り付けられれば、レジスタンス対策も随分と楽になる。
これらは、敵を分断して統治する上で最高の材料だ。

「また副次的な効果も期待できます。南方大陸で敵が上陸作戦を計画した場合はこれを誘引・撃滅することも可能です。」

加えて、南方大陸領域の奪還を試みる連合王国・自由共和国が逸って上陸戦をする可能性もある。
これを惹き起こせれば、水際撃滅でも誘引包囲せん滅でもお好みで料理できる最高の敵失だ。

想像するだけで、愉快な事態だろう。
思わず、笑いが止まらなくなりそうだ。

これが、真面目な作戦会議でなければ笑いをかみ殺すこともできなかったに違いない。

「以上が、"ライン騎行"作戦の骨子です。」

ライン戦線での大勝を再び。
そういう意図からのラインの地名を込められる作戦は、少なくない。
ライン騎行という作戦名は、ほとんど何を意味するか聞いたとしても理解できないだろう。

悪くない計画案だ。
それが、ターニャの自己評価である。

だが、当然ながらこれにはある前提が必要だ。

「・・・デグレチャフ中佐、素晴らしい計画案に見えるが一つ問題がある。」

この計画は、悪くない。
一見して、実現可能性が高そうに思える。
それは、話を聞けば誰でも理解できた。

だが、その実現に際してクリアすべきたった一つのハードルはかなり高い。
少なくとも、居合わせた参謀らの感覚ではそのハードルは乗り越えきれそうにないほどに。

「はい、情報欺瞞の段階における成功可能性でありますね?」

もちろん、ターニャとてそれが難しいことは理解している。
連合王国を欺く為に意図的に欺瞞情報を流すなど、到底不可能に近いだろう。
よしんば、流せたとしても相手にそれを信じ込ませるのは至難の業。
その目処がつかねば、到底連合王国を踊らせることはできない。

だが、幸か不幸か本来であれば知るはずもない“ウルトラ情報”の存在をターニャは知っているのだ。

「それについては、個人的な経験から、私は一つの結論を有しております。」

解読された根拠・方法の物証はない。
そんなものがあれば、そもそもこんな密室で話すこともないだろう。
だが、確実なのは知っているのだ。

こじつけだろうとも、ともかく事実を事実と認めさせればよい。

「言いたまえ、デグレチャフ中佐。」

「では。閣下、我が軍の暗号は解読されているものと思われます。」

我が軍の暗号強度について、情報関係者は過信している。
確かに、エーゲルマン式暗号は突破されないと過信されてもおかしくない程に強固だ。
だが、解読できない暗号というのは幻想だろう。

長い髪を指で玩びながら、ターニャは状況を皮肉なものだと思わざるを得なかった。

実際に暗号を解読されていると思しき兆候は、この世界でもあったのだ。
解読されうると考えて観察すれば、その確信は揺るぐことはない。
第一次なのか、第二次なのか微妙に判断しにくい戦局も、結局暗号が破られていた。

そして、この世界においても同様らしいと確信した時は悪意を感じたものだ。
この世界に存在Xが神とやらとして君臨するとしても、せいぜい邪神としてに違いない。
拝火教ではあるまいし、これで善なる神が存在すると仮定する必要もないだろう。

まったく嘆かわしいことである。

「・・・奇妙なことだな、中佐。その危険性は常々関連部署が議論し漏洩の可能性、解読される危険性を検討したはずだが。」

「閣下、私は南方で小規模ながら何度か偽電を奇襲作戦で活用しました。その経験談から申し上げれば黒です。」

技術的要素はこの際重要ではない。
ハイエクではないが、人間に理解し得ることなど限界があるのだ。
限界がある知性で未来を予知し、予想するのはあまりにも危険だと改めて思う。
だから、堅実に暗号を変更するように要求し続けているのだ。

幸か不幸か、これまでその上申が拒絶されているのでこんな罠も使えるのだが。

「小規模な検証実験を行っていただいても結構。間違いなく、解読されています。」










とあるカフェの一室。
東海岸特有の落ち着いた雰囲気を楽しむ間もなく、ジョンおじさんは仕事の打ち合わせに追われていた。

「さらなる大規模借款についてですが、フィラデルはようやく同意しました。」

ジョンおじさんは、大切な奥さんに別れを惜しむ間もなくお友達のフィラデルにお呼ばれしていた。
今回は、おじさんの御船が沈んでしまったので新たな『ヨット』を借りるための交渉だ。
嬉しいことに、共和国の様な貸し倒れを恐れたフィラデルは貸与することに同意してくれるらしい。

前回は渋られていた『新型トラクター』の供給もめでたく合意を取り付けることができている。

ジョンおじさんとしても肩の荷が下りるような気分だ。

前回確保できた“4U型汎用精密懐中時計”と“G-58モデル試作精密懐中時計”は本国で大人気だった。
特に、“4U型汎用精密懐中時計”の追加要求が山ほど届けられている。
あと、スカンク組合を喜ばせたこととして“G-58モデル試作精密懐中時計”も本番できっちり活躍できていた。

早い話、彼らが望んでいたデータがそろう環境にあったのだ。
その謝礼として前回は供与を断られた“6F型耐水精密懐中時計”も少数ながら確保。

皆がニコニコできるよい具合に商談がまとまるという大変よろしい状況だった。

「ありがたい。これで、我々としてもいくばくか気が楽になります。」

ジョンおじさんの仕事は大変順調だった。
いや、順調で無い問題もあることはあるのだが、ともかく全体としては順調だった。
問題は、ジョンおじさん達のお友達にある。

散々大言壮語した揚句に、破産してしまったお友達。
それでも、もちろん大切なお友達だ。
ジョンおじさんとしては、嫌々ながらも面倒をみて上げているつもりでいた。

「それで・・・Mr.ジョンソンさんのご友人に債権をお返し願えるかどうかについてですが。」

当然、ジョンおじさんの合州国のお友達もそのことを良く理解している。
というよりは、ジョンおじさんが居るからこそ強硬な取り立てに出ないだけだ。
本来ならば、とっくの昔に不良債権の処理を彼らは始めていたことだろう。

実際、昔ジョンおじさんのお友達らが健在な時ならば返せた額。
しかしながら、破産して主要な不動産を制圧された彼らには厳しい額だ。
不良債権として処理されては、ジョンおじさんらにとって困ったことになる。

しかも、それを建て替えられるほどジョンおじさんらの内情は裕福でもない。
困ったことに、ジョンおじさんたちも借りる立場なのだ。

「ああ、難しい問題ですな。私としては、円満な解決を願ってやみませんが。」

とはいえ、ジョンおじさんはジョンブルだ。
はっきり言ってしまえば、ふてぶてしく振舞う事もできた。
なにしろ、債権者は債務者に対して取り立てるために債務者を守らねばならない。

貧乏人と金貸しならば、こんな関係は望めないだろう。
だが、一国規模の貸し借りとなれば、借り手の破産を貸し手も傍観できなくなるものだ。
勝手に破産してしまえとは、どんなに嫌でも付きつけられるものではない。

フィラデルの友人らが新たな借款に応じたのも、根本的にはそれが大きな理由となっている。
だから、ジョンおじさんとしては他人事として対応する事でこれまでは問題ではなかった。

そう、これまでは。

「もちろん、私達としてもMr.ジョンソンにお願いするのは筋違いだと承知してはおります。」

「ですが、御理解いただきたいのです。借款に対して我が国の世論は非常に微妙です。」

「ふむ、なるほど。」

問題は、フィラデルの友人達を選ぶ人々の意識だ。
彼らにしてみれば、まるで不良債権にずぶずぶとお金を投じているように見えるのだろう。
もしも、外の世界に気を払わないとすれば確かにそのお金を他の事に投じても良いように見えるに違いない。

「フィラデルは、支援する意志があります。ですが、国内の事情が許す限りという条件付きの援助です。」

つまり、破産を望まないが支援にも限度が出てくるという事だ。
なにしろ、フィラデルにいるジョンおじさんの友人には『人気』を気にすべき理由がたくさんある。
誰だって、嫌われることを他人のためにやるのは躊躇するだろう。

それは、ジョンおじさんたちをして現在が順調ながらも長期的には難しい問題を予期させるのだ。
今は、今は支援を受け取ることがまだ可能だとしても。

一体、いつまで支援が受けられるかは不透明な要素が多くなりつつあるのだ。
喜ばしいと手放しで支援を喜び続けることはできない。

「我々としましては、少しばかり明るい材料が見たいと思っております。」

「なるほど、明るい材料。しかし、なかなか微妙な要求ですな。」

しかし、言わんとすることはあまりにも明瞭だ。
要するに返せる見込みを示さねばならない。
それも、その意欲と能力があることを眼に見える形で。

可能ならば、できるだけ早く。

「御理解いただきたいのです。フィラデルは少々焦っています。」

「・・・御忠告、感謝します。それでは。」


あとがき
⇔レンドリース?でも、返ってくるの的な合州国の疑念。
ウルトラ情報?
信じ込んでいるのを逆用だbyデグレチャフ。

ワグナーはかっこいい中二病。

今回は、こんな感じでお送りしました。

アンドリュー氏の新著にご期待ください。
後、グランツの人気とターニャの不人気ぶりに涙。

あんまりだ。

追伸
誤字修正
ZAPしました。



[24734] 第六七話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:12
統べるモノたちは、常に憂うるべき事態を抱えて止まない。
為すべきことはあまりにも多く、彼らは常に憂慮している。

「・・・困ったことになりました。」

「はて?観測結果は、状況が改善していることを示唆しておりますが。」

故にたいていの場合、何かしらの問題を彼らは抱えている。
担当者が誠心誠意対応していくうえで、悩むのは珍しくもないだろう。
だが、その瞬間において珍しい事態が生じていたことは否めない。

「いえ、全体としては良好なのですが。」

そう、全体として世界の調和は維持されつつある。
傷ついた信仰と、人々の敬虔さも回復基調を示しつつある。
各種統計は、調和が取り戻されつつあることを示していた。

だが、調和にとって『ある不安要素』が無視し得ないほど巨大化しているのだ。

最悪の場合、調和が維持できずに上げ基調が崩壊しかねないほどである。

「全体の調和を掻き乱すような個のエラーが生じたのですか?」

「しかり。誠に誤算でした。まさか、今代の者どもが使徒を悪鬼と捉えるとは。」

調和回復のために、世界にテコ入れを行う。
それは、彼らにとって管理し世界の調和を維持するための不可避の方策だった。
本来であれば、信仰の要素が不足しているのであれば要素を追加供給すればよい。

信仰が過剰となり、行きすぎるようになれば信仰を適性化するべく諭すことも行っている。
だが、信仰が不足しているので信仰の要素を追加供給したことでトラブルが生じるとは予想外だ。

「はて?以前、オルレアンなる地やそれ以前に各地で使徒を遣わした時は信仰に寄与したはずですが。」

経験上、彼らにとってそれは成功していた方策である。
理知的な思考で考えれば、過去に成功した要素が失敗しているという事には何がしらの原因があるのだろう。

そして、それは担当者をして少々困惑せざるを得ない原因だった。
ほとんどあるまじきこととして、想定されてすらいない事態。
はっきりと言葉にするならば、矛盾した事態だろう。

「どうも、今代の者どもは使徒の力を恐れて畏怖するようです。」

「・・・使徒の行いに問題があるのでは?」

そう。
諸人を導き、信仰へ人々を誘うべき使徒。

それが、信仰の言葉を忘れるばかりか、あろうことか改悛しないのだ。
本来であればそろそろ自らの責務に目覚めても良い頃なのだが。

過去に一番悔い改めさせるのが難しかった時代でさえ、彼らは悟りに至り諸人を導いた。
ところが、今代の使徒は明らかに問題がある。
加えて、使徒の行いに対する健気な子羊たちの対応も問題があった。

祈りの言葉を使徒が(強制的に)唱えているにもかかわらず、言葉に耳を傾けない。

これでは、奇跡を奇跡と彼らが認識できない恐れがあった。
彼らに祈りの言葉を授けるつもりであったというのには、大誤算だ

「以前の使徒らと違い、やはり教育が十全ではなかったのでしょう。」

英知に包まれた存在にとって、過ちは認められ、修正されねばならない。
そこには、いかなる例外も存在してはいなかった。

「では、どなたかが教育すべきだ。」

当然、方策は明瞭かつ簡潔なものだ。
教育が不足しているという事実。
ならば、それを導くにふさわしい英知を有する存在を遣わす他にない。

「ふむ...一理ある意見でしょう。よろしい、地上に適切な使いの者を遣わし、主の栄光を讃えさせます。」

故に、即断された答えは実に当然の帰結だった。
それは、為すべきことを端的になすために行われなければならないのだ。




帝国海軍高海艦隊旗下、第七潜水戦隊所属、艦隊潜水艦“U-20”

U-20は艦隊司令部より発令された哨戒航海を終了し、夜間水上航行にて速度を稼いでいた。
水上航行によって得られる速度は、母港への帰還を楽しみにしている乗員たちにとって無上の喜びだ。
だが、同時に彼らには獲物を得ることができなかったことを悔しく思う気持ちもまたある。

いくどか雷撃の好機に恵まれたものの、運悪く命中はなし。
散々下手糞な爆雷を浴びせられたのでお互いさまというところだが。
ともあれ、母港に帰るまでにできれば一隻くらいは戦果をあげておきたいと誰もが考えていた。

そして、その日、幸か不幸か見張り員は夜陰に不審な船影を見出すに至る。

「艦長!本艦三時方向に独航船です。」

当直員からの報告で叩き起こされた大尉艦長の反応は機敏だった。
距離・針路共にある意味最適な距離であり、雷撃するには最高のチャンスが転がり込んだのだ。
軍装のまま横になっていたベッドから機敏に起き上がると、その足で発令所に飛び込む。

「総員起こし。潜航する。潜望鏡深度だ!」

手際良く配置に就く乗員らも、今航海最後のチャンスとばかりに動作は理想的。
お手柄の見張り員らはハッチを閉めて飛び降りてくるなり、戦友らから肩を小突かれ歓迎されている。
まったく、お手柄だった。

「機関停止、潜望鏡用意、魚雷発射管注水用意!」

訓練とは違う躍動感。
水兵らを指揮する下士官らの表情も狩りへの興奮が抑えきれずに高揚している。

誰もが、久々の獲物に静かながらも興奮しているのだ。

「発射管水圧調整完了!」

静かな、そして待ち遠しい時間が過ぎていく。
そんな中で潜望鏡を覗き込んでいた艦長は、獲物を判別していた。

「・・・貨物船か?副長、君はどう見る?」

ほぼ、艦種については知悉している。
なにしろ一瞬で識別出来なければ、獲物を見分けられないのだ。
だが、その日珍しく艦長は判断に躊躇いを覚えてしまう。

「我が軍の封鎖海域を突破するのであれば、貨物船ないし軍艦かと。しかし、見慣れない艦影です。」

同時に、意見を求められた副長が潜望鏡を覗き込み困惑する。
彼らはこの海域で哨戒経験が豊富であり、おおよその敵艦は知悉しているつもりだった。
もちろん、封鎖海域を突破しようとするのは敵艦ないし敵性国家の艦船だ。

だが、見慣れない艦影という点が彼らを警戒させていた。

「それに貨物船にしては、少しばかり無警戒過ぎる。灯火管制が不十分だ。」

なにより、探照灯を付けている点が注意を引く。
対潜警戒中の巡洋艦に見えなくもないのだ。
やや艦影がずんぐりむっくりしているのが気になるものの、仮装巡洋艦ということもありえた。

浮上して砲撃するというオプションはこれで消える。
やはり、雷撃しかないだろう。

「速度約25ノット・・・やはり、独航中の巡洋艦ではないでしょうか?」

なにより、足が速いという点が問題だった。
単独で航行しつつ25ノット弱という速度。
これほど優速の輸送船ならば、護衛が当然近隣にいておかしくない。
あるいは、単独航行中の巡洋艦だとしてもその火力は十分潜水艦にとって脅威だ。

25ノットもでる中立国船籍の貨物船がこの海域に紛れ込んでいるならば、事前に艦隊司令部から警告も出るだろう。
それに、軍艦がこんな地域をうろうろしているならば、連合王国側なのは自明だ。

「封鎖突破用の高速輸送船もあり得るが。・・・よし、雷撃戦用意!」

結局のところ、不審ではあっても敵に違いはなさそうなのだ。
事前に受け取っている作戦命令では、海域に侵入した船舶への無条件攻撃が命じられている。
なにしろ、この海域は連合王国船舶の大動脈だ。

「はっ、雷撃戦用意!」

「せっかくの機会だ。残雷を使いきってしまえ。」

母港も近く、帰還途上ということもあった。
これまではけちけちして外して来たのも艦長の判断に影響している。
とにかく、撃沈して見せよう。

「では?」

「4本いくぞ!」

「はっ!」

残雷4本の射角を散開設定。
相手が1万トン以上であるという仮定から、ある程度深度を深めに設定。
乗員が必中を祈念するなか、射出された魚雷は順調に目標へアプローチ。

連続して鈍い音と振動が2度。

「・・・敵艦へ直撃2!」

聴音手からの報告に思わず誰もが喝采を叫びそうになるのを堪える。
まだ、獲物を沈めたと決まったわけではない。

だが、次の瞬間、誰もが思わず喝采を叫んでしまう。

「誘爆音多数感知!弾薬庫を直撃した模様!」

水中に身を潜めてなお、確実に敵が致命傷を負ったと理解できる音。
火薬が同時に破裂し、船体を吹き飛ばすような轟音。
それは、聴音手が報告するまでもなく乗員に何が起きたかを理解させてくれる。

ただの誘爆音ではなく、ほとんど弾薬庫が丸ごと吹っ飛んだかのような音だ。

「敵艦、急速に傾きつつあります。」

わずかに潜望鏡から見えるのは、一気に横転していく敵艦だ。
だが、良く眼を凝らすと何かを海上に投射しているようでもある。

「・・・?どうも、重巡洋艦以上の大物に見えるな。」

対潜戦闘が未熟。
加えて、船影が想像以上に大きい。

「・・・単独ということを考えると重巡洋艦かと思われますが。」

だが、単独で航行していたという事を考えると護衛がついていないのは極めて不審。
ありえるのは、やはり重巡洋艦程度だろう。
なにがしかの事情によって独航していたと考えるのが自然だった。

「やはりそうだな。・・・しかし大きい。1万5千トンクラスはある。」

「何れにせよ、大物です。これで、大手を振って帰れますよ、艦長。」

しかし、何れにしても大物であることに大差はない。
当然、撃沈スコアによって得られる撃沈報奨金も大した額になるだろう。
そのことを思えば、それ以上の高望みはいささか慾深過ぎるようにも思えた。

「そうだな。よし、予定通り帰到する。」

故に。
その日、U-20の航海日誌には撃沈スコアが追加される事となる。
船種詳細不明なれども1万5千トンクラスの敵艦を撃沈。

それが、その日彼らが判断した戦果だった。

・・・実際は排水量4万4千トン越えだと彼らが知るのはしばし後である。







陽光が差し込み、お日柄は良好。
なれども、将兵らの多くは日だまりを楽しむ前に生き残らねばならなかった。

精巧で緻密な戦争機械と、粗雑ながらも巨大な戦争機械のぶつかり合い。
極限まで双方共に国力を絞り出して投じられる物資が、兵力が、果てしなく浪費されているのだ。
ほとんど、際限なき消耗の張り合い。

そこにあるのは、文明の破壊力がむき出しでぶつかり合うハルマゲドン。

サラマンダー戦闘団とて、その地においてはわずかな力を振るい得るに過ぎない。
いや、わずかというには少々誇張が過ぎる。

雲霞のごとき連邦軍相手に、力戦したところで圧倒的物量差だ。
叩いたところで、叩いたところで、次々に新手が押し寄せてくる。
その様は、ほとんど途切れることなき敵戦力の豊富さを物語ってやまない。

後退するべきだろうか?

ベテランの古参士官らは一瞬そう考え、しかし即座に考えを放棄する。
なにしろ、苦しいのは戦域全般に共通した事象だ。
突出点に位置しているのでもない限り、ここで引いたところで状況が改善するという保証は皆無。

それどころか、戦線が崩壊してより状況が悪化することも想定し得た。

加えて、戦局は被害甚大なれども防衛可能と彼らには判断できる状況。
なるほど、圧倒的物量差からなる圧迫は脅威。

だが、単純なひら押しならばまだ撃退できる。

ベテランならば、勝機を見出す状況判断ができた。
そう、ベテランならば。

「持ち場に戻れ、少尉!」

逃げ出そうとする新任少尉。
ほとんど、血相を変えて今にも飛び去りそうな若造を抑えるべくヴァイス大尉は罵声を上げていた。
将校がよりにも寄って兵の前で、である。

「しかし、無理です。無理です、大尉殿!」

『その囀る元気があれば、さっさと持ち場に戻れ。』

内心で、侮蔑と怒りに駆られつつもヴァイス大尉は呼び掛ける。
まだ錯乱しつつある少尉を、何とか諭して義務を思い出させるべく呼びかける。

「少尉、まだ持ちこたえられる。落ち着いて、義務を思い出して配置に就きたまえ!」

敵は2個大隊規模の歩兵。
はっきり言って、中隊規模の魔導師がいれば簡単に押し返せる。
敵に火力支援と小隊規模の魔導師支援がついているとはいえ、押し返せない相手ではない。

ラインの大規模会戦や東部のもっと厳しい戦いに比べれば今回はまだ、マシな状況だ。
はっきり言えば、厳しいという状況の尺度が違う。
勝ち目が見える時点で、この衝突はよほどまともな状況なのだ。

にもかかわらず、新任がまた着任早々騒ぎ始めてヴァイス大尉を煩わせていた。

「無茶です、大尉殿!あんな数、支えきれるわけがありません!後退するべきです!」

「ふざけるな!まだ持つ!ここで引けば戦線が崩壊するのだ。持ちこたえろ!」

新任どもが受けている促成栽培と過酷な戦場。
想像している戦場とのギャップは確かに大きいのだろう。
だから、それとなく幾度か警告はしてきたが連中は理解しない。

まったくばかげた話だ。
自分が警告する時は悲観的だの大げさだの言われ、敵が来るとあんな敵を相手にするのは無理だと言われる。

これが何度も続いていては、さすがにヴァイス大尉としても考えざるを得ない。

「あんまりだ!私は、指揮官の権限として部隊を全滅から救うために後退を進言します!」

「認められん!引けば、それこそ全滅だ!」

だが、この手のやり取りを何度か繰り返しているだけにヴァイス大尉は次に眼の前の馬鹿が囀ることが理解できた。

「無謀な行為です!私は、反対だ。付いていけない!このことは、師団司令部に具申します!」

意見具申。
指揮権の喪失を宣言。
あるいは、独自行動の宣言。
ともかく、逃げ出す口実を彼の前任者らも口にしたものだ。

「敵前逃亡だぞ少尉!最後の警告だ。さっさと、持ち場に付け!」

いい加減、疲れてしまう。
ヴァイスは、新任のおかれたストレスに理解を有してはいた。

少なくとも、先任として先達の義務を果たすべく配慮と教導を行ってはいる。
だが、こんな一刻を争う事態になると指揮官としての義務が彼には存在していた。
彼は、自分の与えられた命令を部隊の損害を極小化しつつ行わねばならない。

そんな状況での配慮だ。
そこには、おのずから限界が存在する。

「戦術的撤退は裁量権に含まれています!!私は、必要な行動を取らない将校を司令部に告発するだけです!」

「先任軍曹、その馬鹿を止めろ!」

将校が、部隊を、兵を見捨てて逃げ出す?
そんな事態は、どう考えても許容できない。
当然ながら、咄嗟に取り押さえざるをえないのだ。

精神錯乱として、後送すれば少なくとも銃殺刑は逃れられた。
さっさと抗命と敵前逃亡で銃殺しかねないあの方に比べれば、これは随分と穏当な措置だろう。
あの方は、そこに関して躊躇が極端に乏しい。

「少尉殿、失礼します!」

命じられたため、素早く幾人かの下士官が飛びかかり抑え込もうと試みる。
だが、最後の慈悲も無駄に終わることとなった。

「離せ!離せぇ!!」

その魔導将校は咄嗟に演算宝珠を起動。
錯乱しきった状態、血走った目。
そのまま飛翔しようとするのは、最悪の状況だった。

司令部の位置すら露呈しかねない愚行。
いや、そのまま飛んでいけば間違いなくやりかねない。
それだけは、許せない事態だった。

「っ、あの馬鹿を撃ち落とせ!」

やむを得ずに、出す射殺命令。
待機していた他の魔導師が即座に光学系狙撃式を展開、起動。
分厚い連邦魔導師の防殻を焼き切る狙撃術式が集中し、あっさりと焼き切られた魔導師が墜落する。

敵前逃亡とはいえ、味方殺し。
盛大に友軍陣地の所在を露呈しかけた間抜けの始末とはいえ気分のいいものではない。

繰り返そう。
気分のいいものではない。

「・・・これで三度目。いい加減、まともな将校を寄こしてほしいものです。」

そして、撃墜した小隊を指揮する准尉が忌々し気に呟く。
中隊司令部付きの彼らは、すでに3度目の銃殺執行を行ったのだ。

はっきり言って、苦々しい思い以外の何物も抱いていないだろう。

補充される新任将校の質は酷いものだった。
魔導師として二線級ならば、御の字。
今では、ほとんど訓練も受けていないようなものまで少尉様だ。

状況判断能力にも著しく欠点が見られる。

「彼でも、まだまともな部類だろう。少なくとも、錯乱して乱射されるよりはマシに違いない。」

肩を落としつつ、片手でヴァイス大尉は撃ち落とされた元部下の収容を指示。
少なくとも、今回は誰も巻き添えにならなかったのだと自分を慰める。

「ああ、奴ですか。アレは確かに酷かった。」

「全くだ。貴重な古参兵を巻き添えにされるとは。思ってもみなかった。」

前任者に比べれば、まだマシ。
そう判断し、ヴァイス大尉は双方に不幸なことだったと諦観の念を抱く。
一瞬だけ、黙祷。
そして、大尉は意識を切り替える。

「よし、迎撃にとりかかるぞ。」

そう、お客さんだ。
まずは、生きて帰らねばならない。
全てはそれからなのだ。




兵士だろうと、将校だろうと生きている以上は生活上の営みが不可欠だ。
特に、食事と睡眠は絶対に欠かすことのできない極めて重要な要素だろう。
暖かい食事がとれるかどうか。

それは、単純に嗜好の問題を越えて戦略レベルで補給が機能するかどうかという問題に直結している。

さすがに、というべきだろうか。
帝都の食糧事情はさすがに良好だった。

帝国軍参謀本部の食堂を除けば、という但し書きがつくが。

聖グレゴリウス教会傍の食堂。
久しぶりの帝都だったので足を運んだデグレチャフ中佐は、昔馴染みの店に足を向けていた。

顔なじみの老ウェイターは徴兵されるには年を食い過ぎていたのだろう。
いつも通りの完璧な接客態度で、昔座っていた席へ即座に案内される。
差し出されるメニューを一瞥する限り、戦火の影響は少なくとも食事が楽しめない程ではないらしい。

なにしろ、メニューを開く限り、価格が少々上昇してはいるが大体はいつも通りだ。

「アイントプフ、それとリーキのグラタンにアイスバインを。付け合わせは、いつものザワークラフトで。」

それだけに、嬉々として注文を始めていた。
前線では、到底望みえないような良質な食事。
何より、参謀本部の会食室で食べるよりはずっとマシだ。

なるほど一部、ワインや煙草それに砂糖といった趣向品は配給制になっている。
だが食料品全般の供給はまだマシらしい。
案外食糧生産と供給は万全なのかと安堵しかけたターニャの希望的観測。

それが打ち破られたのは、食後のメニューまでオーダーしようとした時だった。

「それと、タンザニアン珈琲を。」

帝国ではかなりポピュラーな銘柄を注文。
食後の一服というのは、食事には欠かせない。
そして暖かい珈琲は、単に趣味を越えて日常に欠かせない一つの要素だ。

そう思い、なんとなしに口にした時違和感を覚える。

「申し訳ありません、お客様。」

「うん?ああ、品切れですか。仕方ない。では、なにがありますか?」

申し訳なさげな老ウェイターの表情。
そこから、単に品切れかとターニャは早とちりする。
戦時中だ。
遺憾ながら、こんなこともある。

多少の品切れはやむを得ないのだろう、と。
だから、気にすることなくある種類を頂こうと考えていた。

「軍属の方ですか?」

だが、返される言葉はより深刻な事態を示唆していた。
相手はこちらが口にした事に少々驚いているのだ。
つまり、なにか知らないうちに変化があったに違いない。

「ええ、そうです。魔導軍に奉職しております。」

「ああ、では御存じないのでしょう。今、珈琲は配給制でして各家庭別に割り当てられたものに限られているのです。」

そして、申し訳な下げに老ウェイターから告げられた事実はターニャを打ちのめす。
告げられた事実、配給制の拡大。
意味するところは、食堂では最早珈琲を楽しむことができないという事実。

文明にとって不可欠な要素である公共空間。
その公共空間形成に歴史的貢献を果たして来た珈琲が欠如する?

・・・ああ、なんたることだろうか。

「・・・なんですと?では、食後の楽しみは?」

「一応、代用珈琲ならばございますが。」

謝意を示す老ウェイターが提示してくる代替案。
少なくとも、何もないよりはまともだろう。
それに、食事自体は提供されるのだという事実。

ここは、妥協するしかないかとターニャは判断した。

「ううん、仕方ない。それを頂こう。」

「かしこまりました。少々お待ちください。」

食べる喜び。
それが奪われることは悲しいが、まだ前線に比べれば食事は良いのだ。
自分自身に、そう言い聞かせて食事が出てくるのを待つ。

だが、期待しない方が良いかもしれないと覚悟してしまう。

そして、覚悟はある意味正しかった。

「うん、悪くはないな。」

アイントプフは、さすがに野戦糧食よりはずっと良好だった。
インゲンとジャガイモは味がいい感じにしみ込んでいる。
ベーコンはいつも通り、良い仕事がしてあった。

それだけに、熱々のアイントプフに関して言えば期待通りだ。

季節もののリーキはとろりとした食感と程良い甘さに満足できた。

問題はアイスバイン。
明らかに小さくなった上に、少しと言わずに味が落ちている。
ハーブは、ドライハーブが手軽に入手できる以上肉と塩の問題に違いない。
水質が変化したという話も聞かない以上、そういう事だ。

肉類の質が落ちているという事実は、食糧事情の悪化を間接的に物語るのだろう。
付け合わせのザワークラフトも昔ほどは、よくない。

だが、まだ料理人の仕事によって悪くないと評することができる水準にはある。
仕事がしてあるのだ。
好きか嫌いかで言えば、ターニャは好きな方だと答える。

確かに期待し過ぎていれば、失望したかもしれない。
だが、前線の食生活に比べれば信じられないくらい良い食事だった。
なにより、同じ食糧供給事情かまだマシな参謀本部のソレに比べればずっとマシだ。

悪くない。

それは、いつもの状況と比較してであってこの状況下ではほとんど望みえないほどの賛美に近い。

それだけに。

「・・・っ、」

それだけに、残念だった。

「お口に合いませんでしたか。」

「申し訳ないが。慣れていないのでしょうな。」

飲み干した小さなコーヒーカップを老ウェイターに返し、ターニャは差し出された水に手を伸ばす。
中に入っていた液体は、確かに黒かったし珈琲の様な色はしていた。
だが、単にそれだけだ。

香り高い珈琲の芳香も、芳醇な味わいのかけらもそこには存在していない。
泥の様な味と司令部の珈琲を罵っていたが、まさかこの世にアレより酷いものがあるとは想像してもいなかった。
なまじ珈琲と名がつくだけに、失望も大きい。

何より、カフェインが感じられなかった。
これは、致命的だ。
なんのために珈琲を口に含むのかと叫びたい代物。

「やはり、慣れねばそうそう飲めたものではありませんな。」

そう口にする老ウェイター自身、決して好きそうな表情はしていない。
実際、他に口にするものが無い以上渋々という事なのだろう。
しかし、この店で飲めないということは他でも飲めないという事だ。

その事実は、ターニャをして落胆させてしまうものである。
どこのカフェに行っても、代用珈琲しか出てこないのであれば足を運ぶ価値は激減するのだ。

「ですな。ああ、食事は素晴らしかった。よくぞ、ここまで味を保てるものです。」

だが、気分を切り替えて素直に食事に対する賛辞を口にする。
材料はともかく、料理人の手仕事がきっちりと良い味を維持できるように励んでいた。
これは、賞賛に値する仕事だろう。

「ありがとうございます。やはり、そう言っていただけると励みになることでしょう。」

「ぜひ、軍にも欲しい程だ。では、失礼。」

まったく。
これぐらい食事がまともならば、外食せずに済むのだが。

会計を済まし、街へ足を向けながらターニャが思うのは軍の食事への不満であった。



あとがき

日常生活も必要らしいので。
あと、たまにはターニャさん以外にも活躍させようと思いました。
帝国の潜水艦が活躍するエピソードを入れてみます。

あと、本作は未成年の飲酒、喫煙には反対しております。
アルコール・煙草は基本なしで。

誤字修正
ZAP



[24734] 第六八話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:12
その日、対連合王国諜報作戦を担当する対外諜報局は珍しい客らに占拠された。
普段は、物静かな室内にぞろぞろとだ。
内訳は、参謀本部の高官ら数名と、どこからどう見ても場違いな魔導中佐殿。
まあ、保安担当の士官が通している以上問題はないのだろう。

それでも、同じ参謀本部の一角に存在するとはいえ、ほとんど誰も足を向けない区画だ。
こんなところに、大勢押し寄せてくるとは!と誰もが思う。

まあ、職業がら誰もが表面上は無関心を装い職務に邁進するのだが。
加えて、今回ばかりはお偉方の期待も理解できた。

「モーゲル33よりリーゼンコントロール。」

「こちらリーゼンコントロール。お使いはどうだ?」

先日、対連合王国諜報作戦の一環として空挺投入された情報部員。
彼らは海軍関連施設の破壊工作に従事すると、誰もが聞かされている。
潜水艦作戦にとって脅威となる護衛駆逐艦の稼働率低下。

それを主目的とした撹乱工作だ。
重要度を考えれば、通商破壊作戦に期待する参謀本部のお偉方がやってくるのも納得できた。

「無事に成功。繰り返す。無事に成功。」

無言で、通信人らが拳をぶつけ合う。
“お使いの成功”とは、要するに無事の侵入成功を意味するシグナル。
万が一、拘束された際にエマージェンシーを告げるべき『打ち間違い』もなし。

完璧だった。

しかし、彼らがもしも少しばかり好奇心を働かせれば違う結果を予期したことだろう。

「リーゼンコントロール了解。お買いものリストを確認せよ。」

「モーゲル33了解。お買い物リストを確認。」

順調極まりない作戦行程。
思わず、誰もが浮かれた表情になってしまう。

「お財布は持ったか?」

「問題ない。いつでもできる。」

装備の確認もクリア。
空挺投下した爆薬一式の回収成功は最高の朗報だった。
なにしろ、事前の計画では爆薬回収時が一番露見しかねない部分だ。

降下装備一式の隠匿と、爆薬の回収に成功。
ここまでくれば、一先ず峠を越したといえる。

「リーゼンコントロール了解。お迎えの手配は予定通りで問題ないか?」

「現状では、問題ない。変更があれば、次回までに送る。」

「了解。幸運を祈る。」

こうして開始された破壊作戦。
作戦自体は、ほとんど理想的と言えるほど順調に進展。
報告によれば、数か所の燃料貯蔵庫と対潜爆雷工場の爆破に成功。

連合王国の新聞は、無能な政府を攻め立てる論調とスパイへの警戒を連日叫んでいる。
叙勲委員会は、作戦に参加したエージェントらの功績を検証することを確約してくれた。

後は、回収するだけ。
そう、侵入し情報や機密を収集したエージェントらを回収するのだ。
密かに夜間侵入する潜水艦がその任に就くことになっている。

だが、彼らはそこで躓く。

「リーゼンコントロールより、モーゲル33」

定時通信に向かう担当者の顔は、これまでの楽観ムードとは裏腹に悲観的になりつつあった。

「救援に派遣した潜水艦が、撃沈されたため回収は中断される。」

参謀本部は、異例の成功をおさめたエージェントらの回収に艦隊型潜水艦を特派するという好意を示した。
夜間浸透用に新鋭の艦を、ベテランの指揮するクルーからなるメンバーが操縦。
U-234、コードネームは“ロス・ジャルディン”。

しかしながら、再接近後“ロス・ジャルディン”は不運にも有力な対潜部隊との接触を報告。
その後、消息を絶ってしまった。
海軍によれば、作戦行動中行方不明という扱いだが実質的に喪失したとのこと。

「モーゲル33了解。できるだけ、早期の再開を希望する。」

「リーゼンコントロール了解。再開は未定なれども、最善を尽くす。」

打開策を模索。
誰もが、懸命に英雄たちを回収するべく知恵をめぐらす。

そんな諜報活動をよそ眼に、数人の高級将校は同様に知恵を巡らしていた。
問題は、手元に突きつけられた結果の深刻さに誰もが唖然としてしまったことにある。

「条件は確認されました。投入されたエージェントらが全て“成功”を打電しています。」

意気揚々と。
その表情は形容しがたいが、敢えて形容するならば得意げに。
作戦の発案者であるデグレチャフ中佐は結果を報告する。

なにしろ、彼女の発案した計画。
たった一言ひっ繰り返すだけの奇術。

「・・・まさか、降着時点で“失敗”を誰も打電できないとは。」

それだけで、投入した情報部員がダース単位で拘束されたことを物語っている。
たった2度だ。
一度は、空軍の候補地偵察活動報告。
二度目は、輸送部隊への投下命令。

たった二度、通信を利用しただけで降下予定地が割れていた。
降下に成功し、潜入活動を開始するべきエージェントから送られてきた『成功』の報告。
それは、本当に成功ならば『失敗』と打電されるはずだった。

にもかかわらず、全員が誇らしげに『成功』を打電。
要するに、捕まったか殺されたという事だろう。

「投入地点が漏えいしたか、それとも暗号が解かれたかのどちらかでしょう。」

この時点では、まだ偶然を疑う声も見られた。
また、半信半疑の将校らは確証を欲していた。
検証実験が行われるのは、当然の帰結だろう。

そして、その検証実験の結果がつい先ほどの回収失敗という報告になる。

「ロス・ジャルディン号実験の結果は明瞭かと思われます。」

存在しない幻島に絡んだ、デコイによる作戦。
暗号通信のみ、実在する艦のモノを流用したが結果はどんぴしゃだった。

「V-2をデコイとした試験でしたが、指定海域に到着と同時にヘッジホッグの嵐です。」

デコイとして張りぼてを作成。
魔導師が密かに、指定海域に接近させたところ激烈な歓迎を受けたという。
位置座標は、ほとんど偶然の一致というには厳しい。

なにより、位置を読まれていたことは解読されたと解するには十分すぎる証拠だ。

「・・・解読された。そう判断するほかにないでしょう。」

「異議はありません。」

機密保持を担当する将校らの表情は蒼白を通り越して、色が全滅しているかのようですらあった。
そもそも、暗号が解読されるという事が彼らには想定されていないのだ。
これまで流出したであろう情報、対抗措置を講じるまでの損害を勘案すれば、途方に暮れたくもなる。


「・・・・・・・・・・・・・・・では?」

「戦略欺瞞作戦を開始致しましょう。」

誘惑に成功した悪魔の微笑み。
如何にも、愉快気だと朗らかに笑い告げる口。
朗々と口にされる内容。

それは、寒々しい室内をして背筋をうすら寒くするには十分だ。




狭い室内に集まった男達。
文字通り、連合王国の命脈を委ねられた俊英達。
連合王国の知性と理性を代表する選良ら。

彼らは、如何なる状況だろうとも自らに課せられた義務を果たす。
決断を、責任を取ることに躊躇は許されないのだから。

「以上を総合すると、帝国軍は大規模な戦線再編を意図しているものと思われます。」

だが、その日の議題はその彼らをしても思わず呻かせしめる代物であった。
帝国軍の動向に関する重大な機密情報源、『ウルトラ情報』。
彼らですら、厳重な機密保持措置を講じてメモすら許されないその情報。

そのウルトラ情報が語るのは、予想された中でも最も可能性が低いと見なされていた帝国の動向だ。

「・・・南方大陸放棄は予期されていたオプションの一つではあるが。」

戦略目的は損耗の抑制。
その観点から見れば、南方大陸より帝国軍が撤退することは常に想定されていた。
当該方面の艦隊に与えられた想定では、常に敵船団の動向調査並びに阻止攻撃が厳命されている。

最も、帝国側も総力を挙げてくるであろうために敵の撤退妨害は困難と判断されていた。
それでも、敵の脆弱な部分を洋上で叩けば1~2割程度の損耗を強いることは可能と推測されている。
本来であれば、その損害で十分だと海軍本部は判断していた。

本来であれば。


「イルドア占領とはまた、思い切った選択にでる。」

だが、上手くいって8割程度に逓減させしめたといえども南方大陸派遣軍は大きい。
実戦経験の乏しいイルドア陸軍だ。
そして、建前とはいえ同盟国による“連合王国海軍艦艇”を避けての緊急避難寄港。

油断しきったイルドア王国を電撃的に制圧するのは、決して不可能ではない。

「自由共和国軍艦艇の状況は?」

「望ましくありません。ダカール沖でのフッド轟沈以来、泊地から一歩も出ようとしないありさまです。」

そして。
忌々しいことに、帝国軍が先に収めた伏撃。
そう、伏撃と形容するほかにない戦闘だ。

連合王国艦隊の被った損害の巨大さが、艦艇の供給能力が途絶している自由共和国に恐慌を引き起こしてしまった。

今や、有力な艦隊を損なう事を嫌った彼らは主力艦の温存を叫んでいる。
おかげで、連合王国艦隊の負担が増加し部隊の疲労は危険な水準にまで高まっているほどだ。

このような状況を、帝国軍は南方大陸派遣軍の偵察で多少なりとも探知しているらしい。
まあ、コマンド部隊の活発な活動状況を勘案すれば間違いなく把握されていると想定するべきだった。

このような状況では、到底完膚なきまでの阻止というのは望みえない。

「だが、博打に過ぎる。南方大陸から撤退する部隊だけだぞ?」

「しかし弱体なイルドア陸軍では、特に魔導師戦力で劣る分阻止し得ないかと。」

そして、一見すると博打に見える作戦も合理的計算に基づく部分が見え隠れするのだ。
連合王国が阻止攻撃に出てくることを前提に、友軍港湾施設へ逃げ込む輸送艦隊。

誰が、どう見ても演技とは思えないだろう。
なにしろ、連合王国艦艇が、帝国軍輸送艦を実弾で砲撃するのだ。

護衛艦を除けば、非武装の輸送艦が逃げ込んできたところでイルドア海軍は対応すらしないやもしれない。

「・・・上陸を正面から堂々と連中が行えば、海上護衛戦力の欠如も解決できる。ある意味、妙手です。」

そして、イルドア領海への進軍は連合王国海軍とて躊躇せざるを得なかっただろう。
間違いなく貴重で、代替の聞かない時間がそれで失われていたはずだ。

その間に、イルドア海軍の懐に入り込んだ帝国軍輸送船が内包している陸軍歩兵を揚陸すれば全てが終わる。
見事なまでの不意打ちになるだろう。
おそらく、それがイルドア半島全土で繰り広げられることになる。

・・・そうなれば、イルドアは帝国に占領されることになるのだ。

当然、その保有する艦艇は幾分なりとも帝国に接収される。
そして、それだけは、連合王国にとって断じて許容できない事態だった。
イルドア王国の命運など、この場にいる人間にとって一瞥の価値すらない。

だが、その鋼の艦艇には万金の価値すら彼らは喜んで認めるのだ。

状況を、事態を理解した彼らの顔には狡猾な敵への感嘆と苦悶の感情が浮かぶ。

「いくらなんでも、イルドア政府も気がつくかと思いますが。」

わずかな自己防衛に期待しての言葉。
可能性の検討に過ぎないと言え、曲がりなりにも一国の政府だ。
イルドア政府が、防衛の必要性を軽視しているとも思えない。

なにより、海軍力に傾注しているかの国が南方大陸派遣軍の国内上陸をそうそう許容し得るのか?
その疑問が口にされるのは、ごく当然な意見の発露だろう。

「それが、大使館によればイルドア政府は南方大陸撤兵を歓迎すると。」

だが、情報担当者と外交担当社者は肩をすくめて状況の加速度的な悪化を告げる。
それは、あくまでもプロとしての冷静さを取り繕う努力に過ぎない。
なにしろ当の本人たちですら、肩をすくめる一方で苦虫を噛み潰しているのだ。

「馬鹿な?事実上帝国の南方大陸派遣軍が国内通過することを容認すると?一体何故!?」

「代わりに、保障として帝国はイルドアが望んでいた国境の非武装化を飲むと通告したそうです。」

「帝国は、この余剰となる部隊を東部に投入する模様。」

想定すらされていないような、大規模欺瞞だった。
イルドア王国への圧力を緩和する方策を見せかけ、自己の弱体化を演出。
その一方で、背後からの一撃を怠りなく手配。

どこの誰が考えたのかは知らないが、悪魔のように狡猾な案だ。
発案者は、ラインで共和国軍誘引撃滅を主導した帝国参謀本部のゼートゥーアあたりだろうか。
まったくもって、無駄のない嫌な手配りだった。

東部に増援を送り、自国の信頼できない同盟国を外科的に排除。
そればかりか、信頼できない連中の手から武器を取り上げて国防に転用する気だ。
チェスというよりも、東洋の将棋を遊んでいるかのような嫌な意図。

「かなり、狡猾な策です。南方大陸派遣軍の真意を理解できねば、奇襲を許すことになるでしょう。」

純粋に、知的思考遊戯としてならば理解できなくもない次元の計画。
だが、それを実際に実現可能性として突きつけられることの恐怖を誰もが味わっていた。

「ですが、諸刃の剣でもある。たった一撃、先制し得れば帝国の横腹は食い破れます。」

一方で、陸海軍の参謀らは危機の中に打開策を見出している。
帝国の行動は、完全に賭けなのだ。
それは、成功する確率が極めて高く蓋然性に富む作戦だ。
だが、賭けとは何かリスクを内包しているもの。

今回は、擬態とはいえ脆弱さをさらけ出す国境線がそのリスク。
塹壕やトーチカが残されたとしても、防衛線全域に配置された兵員が移動すれば突破は可能。
言い換えれば、帝国がラインで先例をしめしたように脆弱な本土を蹂躙し得る。

その事実に、誰もが思わず息をのむ。

優雅たれ、冷静たれ。
そう教育された筈の彼らが、手を汗で滲ませ事の重大さに緊張しているのだ。

「・・・御苦労、評決にかかろう。」

決断を彼らは迫られている。
いや、決断というよりも覚悟だろうか。

「ハーバーグラム君、私はこのウルトラ情報を活用すべきと考える。」

「反対です。海軍卿閣下。ウルトラ情報の機密保持は最優先されるべきかと。」

戦争の終結。
その可能性が彼らの頭をよぎっていたのは否定できない。
苦しい戦況は、彼らをして合州国のままならない態度に一喜一憂せざるを得ない状況を形成していた。

帝国軍潜水艦隊による通商破壊作戦の損害も甚大なのだ。
イルドア船籍の貨客船が撃沈された案件で、プロパガンダを開始しているがそれとて状況は微妙。
なにしろ、フィラデルフィアが煮え切らない態度である。

それ故に、彼らには勝利が、劇的な戦局の改善が切実に必要なのだ。

故に、誰もが解決策を望んでいた。
彼らの判断に、わずかながらバイアスがかかってしまう。
その事実は、老練なハーバーグラムにわずかな違和感と警戒心を湧き起こす。

臆病であれ。
狡猾であれ。
その視点から、ハーバーグラムは直感的に違和感を覚えたのだ。

「情報源を隠したまま、イルドアを説得できれば問題はあるまい。」

「・・・それは、その通りでありますが。」

だが、ハーバーグラムにしてもわずかな違和感が感情の動揺から来るのかとしか説明し得ない。
合理的な理性による結論ではなく、なにか違和感を覚えるという程度の疑念。
無論、通常であれば彼はそれに拘って見せただろう。

しかし、ウルトラ情報は彼が全力を注いで掴んだ情報だ。
彼は部下の解読チームには全幅の信頼を置いている。
機密保持措置は、前代未聞の厳しさ。
そして、帝国軍の通信動向から彼らが解読されたと判じた兆候は皆無。

「なにより、合州国からの支援も先細りだ。これ以上の戦争は、な。」

これ以上の戦争は、偉大な連合王国をして国力を消耗させしめ崩壊を招く。
帝国と同様に、連合王国という緻密な戦争機械もまた酷く摩耗し歪み始めているのだ。
数字は、まだ辛うじて小康状態を保っているかに見えるだろう。

だが、国家の選良たるエリートたちがまるで一山いくらかの様に尊い命をなげうっているのだ。
オークブリッジのある学年など、ほぼ全クラスが全員志願し、今や運の良い数人の重傷者が本国でベッドに寝ているだけ。
彼らは、悉く国家の選良であることを自らの生命で、体でもって証明するために戦場にて果てた。

国家の次代を担う若者が、恐ろしい勢いで若い前途ある命を散らす。

「戦争終結の一手だ。やってみる価値はある。」

リスクは存在するだろう。
だが、帝国はウルトラ情報で計画のほぼ全貌が漏えいしている事実を知らない。
トランプで言えば、相手の手札が見えるという状況なのだ。

相手のベットにコールしない理由はない。

「君達情報部の貢献でつかみ取れる勝利だ。誇りたまえ。」

故に、ハーバーグラムという軍人は遂に自らの違和感を無視してしまった。

「・・・はっ、ありがとうございます。」

それは、彼の生涯を縛る。



彼女と出会ったのは、いつだっただろうか?
いや、考えるまでもない。
士官学校の、あの校庭。

そう、あの校庭が全てだとレルゲン大佐は心中で呟く。

「戦闘団長?」

目前では、人と獣の境界線を踏み越え戦い抜き、人事を尽くしきった集団が、それでもなお、喜び勇んで闘争に赴かんと欲している。
この集団を、軍団長は『狂気の塊』と称し、本国では彼女の英雄的な戦闘ぶりを賞賛しているが、そのどちらも正しくはない。
目の前で、苦虫をつぶした表情を浮かべた少女。
彼女は、極めて冷静かつ、合理的で、人間としてこれ以上ないほどに壊れている。

「楽しいぞ。きっと、楽しいことになる。」

ある者は、彼女の祖国への驚くべき献身性から、英雄だと誤解する。
いや、戦果だけを見れば彼女は紛れもない英雄だ。
当代の魔導師として、彼女以上の力量を持つものは片手に数えられるほど。
また、別の者は彼女が戦場で見せる桁はずれの戦果に悪鬼だと恐れおののく。
部下は、勝利をもたらし、絶望的な戦場からさえ生きて返してくれる上官だと信頼し、心服する。

だが、それもどれもこれも、違うのだ。
彼女は、自分の役割を、字句通りに解釈して行っているのに過ぎない。

「戦闘団、傾聴!殲滅戦だ!きっと、楽しいぞ、絶対に楽しいに決まっている。なにしろ殲滅戦だ!」

大隊長とは、兵の先頭に立って戦い、部下を鼓舞するのが一般に思われる姿だ。
それは過ちではないものの、自らを前線に置きつつも、極めて重要な戦術的裁量権が与えられる士官にとって難しい地位の一つである。
それは、旅団長以上なれば、部下を管理し、戦場に送り込む立場だ。自ら戦うことなどありえないだろう。
逆に、中隊以下では裁量が限定され、自由に思うままに戦術を選べないだろう。
しかし、大隊長ならば、自由に動けるのだ。
臨時編成の戦闘団とは、大隊長に旅団長並みの指揮権を付与するという代物。

そして、それに応じて見せるデグレチャフ。

「新兵諸君!祖国に、軍に、私に、苛め抜かれる尻に殻の付いた未熟な戦友諸君!」

自由に動ける。
すなわち、彼女にしてみれば、悪夢なのだ。
彼女の生来の育ちは、孤児院出身ということしか知らない。
だから、どうしてここまで杓子定規に字句解釈せざるを得ないのかは、謎だ。
しかし、はっきりしているのは、彼女は限定された条件の達成が本分ということだろう。

私は帝国軍の誉れある将校として、長らく従軍した。
帝国軍の将来を担う俊英らを教育する立場を与えられたことは我が誉れである。

彼女は、小隊長として完璧であり、中隊長としては理想的ですらあった。
だから、大隊長になった時、それは極めて順当な事であるかに思えた。
それは、確かに絶大な戦果と驚くべき戦功によって、一時は裏付けされたかに見えた。
だが、違うのだ。

絶望的な防衛戦を、奇跡的に戦い抜く有能な野戦指揮官?
違うのだ。
単純に撤退命令が届いていないから、所定の防衛ドクトリンに準拠し、孤軍奮闘しているにすぎないのだ。
たしかに、敵戦力の拘束には成功している。
戦略的にみた場合、敵戦力が撤退中の友軍に襲いかかるのを単独で阻止しているかにも見える。
だが、それは違うのだ。

間違いなく私の教え子は、有能である。
有能ではある。
あるのだが、それは恐ろしく偏った有能さだ。
はっきりと言えば、上からの命令を最高の水準で達成することに特化した才能なのだ。
組織にとっては、代えがたい有能さかもしれない。
参謀本部を統括されるゼートゥーア閣下はそれをよしとされた。

切れない刃に意味はないのだ、と。
だが、切れすぎるは周りの歯車にとってはもろ刃の剣だ。

「諸君と髑髏の乾杯にて前祝いとしたいが、遺憾なことに時間が乏しい。」

軍人とは、そういうものだ、と本人は信じ切っている。
だから、情け容赦なく躊躇うことなく部下を死地に送り込み、自分もそこに並んで立つ。
嫌々であろうと、指揮官率先と言われたことを額面通りに実践しえる。
そこでは、軍事的ロマンよりも、単純な義務感が優先されてしまう。

彼女の軍事的冒険の全てが合理的計算の帰結だと誰が信じ得ようか?
まるで、わが身を顧みない自殺願望の様な突撃を平然となす神経。
それが必要だから。

たったそれだけの理由で、死地に嬉々として突撃し活路を切り開く?

「まるで、無力な新兵諸君。駆り立てるぞ。情け容赦なく、我らは駆り立てるぞ!」

おまけに、感情の起伏が恐ろしく乏しい。
内向きに精神をこもらせているといってもよい。
しかも、それでいて良くある戦場を現実と受け止められなくなる精神状態とは全くの無縁。
軍医が言うには、この事態を現実として認識しているにもかかわらず平然としているのだ。
冷静に、どこか壊れて指揮を執り続ける。
威勢の良い叫び声も、指揮官とは、常に臆せず声を上げるべしという伝統あればだ。

笑いながら愉快に突撃するべしと書けば、疑問を押し殺して命令に従う従順さ。
軍令を、命令を、字句通りに実行してのける克己精神。
それでいて、必要だと判断すれば。

上級の将校だろうと。

「我らに与えられたのは、新兵と敗残兵に相応のドブさらい。」

異常に過ぎた。
ありえないと、誰もが現実を受け入れられなかった。
だが、あろうことか。

・・・奴の嗅覚は、天凛としか形容しがたい鋭さを誇る。

イルドア情勢は、奴の脚本通り。
まるで、東洋の詰め将棋とやらのようにわかりきった手順をこなすかのような安定感。
想定からまるで外れることのない情勢。

異常すぎるほどに、順調だった。

さらに。
元をたどれば、この戦争形態、戦局推移、魔導師戦術。
全て奴は正しかった。
今なお、正しい。

これが、何を意味するか理解できるだろうか?

慄き。
恐怖。
絶望。

人の形をしたナニカ。

まったく、奴が実は自分が悪魔ですと告白してきたら信じてしまいそうだ。
むしろ疑えるかどうか疑問に思う。
あっさりと、やはりかと思ってしまうに違いない。

「悔しいかね?ああ、実に不愉快極まりないだろう。」

問いかけに、呼応する形で、怒号の様な感情が兵員に満ち溢れる。
わずかなベテランが、促成訓練を受けただけの新兵が雄たけびを上げる。
恐れを知らない鉄人であるかのように。

人員の掌握は、完璧だ。
古今東西、これほどまでに徹底して統制を確立し得た部隊は絶無だろう。
ここまで困難な戦局で、臨時編成された部隊が継続戦闘能力を形成し、統制を保てることは軍の見本といってもよい。
教本に極限状況の統制術として後世の士官たちに語り継がれるだろう。
おそらく、この状況下において、望みえる最良の指揮官だろう。

「ああ、大変結構。それでよい。これがよい。これこそ、この瞬間のために我らが牙はある。」

経験豊富な指揮官ならば、彼女の才幹に慄くだろう。
部隊長経験のある将校ならば、誰もが理解しているはずなのだ。
将校に必要な資質を、奴は少尉に任官した時持っていた。
部隊長に必要な資質を、奴は大尉に任官した時に既に習得していた。
部隊長としての才幹を、奴は与えられた最初の機会で証明して見せた。

兵卒が、上官にそうであってほしいと願う資質を全て持ち合わせていた。

いや、有能である将校ならば誰だろうとわかっているにきまっている。
崩壊した防衛線の前方で機動防御など、狂気の沙汰以外の何物でもない。
自殺願望からかけ離れて遂行しようとしているなど、人間の理性が耐えられる物なのだろうか?

ラインで、東部で、南方大陸で奴がやってのけた機動防御。
壮大にして野心的な大規模迂回機動?
成功しなければ、狂っているほど無謀な大規模長距離浸透なのだ。

「諸君、軍人としての最高の誉れだ。我々が、この戦場で友軍全ての先鋒をになうのだ。」

言いかえれば、孤立無援なのだ。
友軍は、こちらに感謝しつつ速やかに後退しているだろう。
確かに、撤退援護は任務かもしれないが、それは緩やかに奴も本来後退すべきだ。
全滅するのは、目的ではない。

だが、何の因果かデグレチャフという化け物は全滅を敵に強要してきた。

そして、今回のは成功すれば歴史的な長距離浸透襲撃だ。
ノコノコと巣穴から出てくるイルドア軍。
奴らがこちらの防衛線に接触するまでのロスタイム。

その隙をついての長距離迂回で空っぽになった国境防衛線を蹂躙。
直後に部隊の大半を一路南進させゾーンコントロールを確保。
反転してくるであろう残存イルドア軍主力には機動防御にて遅延戦闘を敢行。
包囲網の完成までの時間を稼ぐ?

奴が発案し、奴が指揮を執らねば思案すらされなかったであろう無謀な軍事的冒険だ。

「諸君、我らの、我らによる、我らのための戦争だ。軍人としてこれに勝る誉れはない!」

こんな作戦命令を突きつけられれば、誰だろうと死んでこいと言われたのと同義と取るだろう。
一個戦闘団で、慌てふためくとはいえ方面軍を正面から相手取るのだ。
だが、眼前で威勢よくぶち上げるあの姿には、なんら不安のかけらすら感じさせない自信が満ち溢れている。

「最高だ。その上でだ、誰が獲物かすら自覚できずに無邪気に追いかけてくる若狗を喰らう。」

確かに、敵の練度はさほどではない。
あの化け物を少数と侮ってかかれば、実戦経験の乏しいイルドア兵は奴の鴨だろう。
だが、奔流のごとき敵兵の全てを受けきるなど無謀の極みだ。

「まことに。まことにたまらない。最高の快楽ではないか。あの悲鳴!あの絶望!あの最高の一瞬!」

戦場において数は真理だ。
あの化け物は、その数字に逆らっては孤軍奮闘し得るだろう。
東部で。
南方大陸で。

奴は、数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの戦力差を無造作にひっくり返し続けている。

或いは、その倍の敵ならば、屠殺しえるだろう。
その倍の敵でも、片付けることは不可能ではない。
極限に至れば、その倍までは、叩けないこともないだろう。

しかし、如何に精鋭といえども、人間を止めているといえども、それが限度だ。

「猟狗諸君は実に不幸だ。我々は、餓狼だ。彼らには誠に申し訳ないが、丸々太った子豚ではない」

開戦当初は、どの帝国軍部隊も充実した重装備で大半が一線級部隊であった。
今は、定数割れどころか、標準基準でいけば戦闘に耐えうるなど不可能な状況だ。
だから、帝国軍の練度は開戦前と比較するのも絶望的なほど低下してしまっている。

しかし、一方でデグレチャフは本当に飢えている。
理解しがたいことだが、奴は敵兵に降伏勧告を促す一方で殲滅戦に何の躊躇もない。

・・・戦時国際法の援用や曲解。

そういった知恵は、専門の法務官をして感嘆させるほどだ。
練達の法律専門家すら、舌を巻くらしい。

間違いなく、間違いなくデグレチャフというのは餓狼だ。
それも、極めて悪質な牙と頭脳を持つ、恐るべき餓狼だ。
錆銀という忌み名ほど奴を体現する言葉もないだろう、

「我らの敬愛する戦闘団長殿、無邪気な若狗を欺くのは、さぞかしお辛いでしょう?」

奴の古参兵。
負傷したベテラン兵。
例外なく、奴の指揮下を望んだ連中。
奴の下で戦う事を望んだ連中。

人数はわずか。
一個小隊に至るかどうかというごく少数の連中。

だが、悉くエースにしてネームドたれる怪物。
機動防御を担当する連中は、まるでハイキングに出かけるような気楽さだ。
死地に飛び込むというひっ迫感などかけらも見せていない。

・・・なにしろ、あのライン絶対防衛線で越境を担当して負傷した連中なのだ。

「ああ、彼らの期待にこたえられないことを思うと、罪悪感で胸が張り裂けそうだ。」

ニヤリと。

愉快そうに、眼を細める感情の発露。
そこに感じるのは、邪悪さというよりも種の違いだ。
本質的に、何かが違うと感じてしまう。

「さて、勝利に飢えて渇望してやまない戦友諸君。」

そっけない口ぶり。
だが、呼びかけられた古参兵は無条件に最敬礼を表してやまない。
そこにあるのは、文字通りの服従。

行けと言われれば、死地に笑って飛びこむ箍の外れた古参兵。
本来古参兵というのは、死地を忌避するというのにだ。

「いまだ、勝利の美酒を味わったことのない新兵諸君。」

そして、戦争の悲惨さを知らない新兵への声は悪魔の誘惑に等しい。
誘う声は、まるで勝利が約束されているかのような美声。
絵がらだけ見れば、愛くるしい彼女は、勝利の女神だ。

その眼。
凍り切った碧眼。
返り血にまみれたたおやかな細指。

知るものが見れば、悪魔の誘惑そのものだが。


「潤いにすら程遠いが、獲物だ。むしゃぶりつくせ。骨の一つもしゃぶり残すな。」

~~~~~~~
あとがき

最近、妙に多忙orz
時期的なモノと言えば、それまでですが・・・。

なんとか、落ち着き次第もうちょいペースを上げて更新しようと思います。

ちなみに、>4550様大正解です。
まあ、本作での名前は微妙に違ってルーシータニア号ですが。

なお、同志ロリヤ及びその賛同者の御意見には悲しくも応えられません。
ですが、なにがしかの解決策を模索しておりますので、ご容赦を。

ほのぼの日常系とまではいかずとも、取りあえず心温まるエピソードを用意できる予定です。教皇特使アルノー・アモーリによる心温まる談話を予定しております。

次回、"たぐいなき愛を"/"今日われ善きことせしか"。
ご期待ください。


追伸
アルコールなる反動分子の深刻な破壊工作の痕跡を認めたことを告示いたします。反動的なカルロ・ゼン(04くらい?)はZAPされました。
次のカルロ・ゼンはよりうまくやることを祈りましょう。

駄目でしたorz

orz
ZAPZAPZAP....
ZAP



[24734] 第六九話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:11
ごきげんよう。
帝国軍、挺身先遣隊イルドアヌス戦闘団、戦闘団長ターニャ・デグレチャフ魔導中佐です。
卑劣にも、同盟国を裏切り先制攻撃を行ってきたイルドア王国に対する防衛行動を指揮しております。

この心中の動揺を、皆様に如何にお伝えするべきでしょうか。
私には、この心を言葉にすることができないのです。
願わくば、どうか名誉を知る者達の歎きをお聞きください。

悲しむべき裏切りでありました。
卑しむべき裏切りでありました。
許しがたい裏切りでありました。

帝国は、その剣の名誉を、護国の誉れを、共に高め合う事を誓った朋友から刺されたのです。
名誉と自らの誇りにかけた誓いは破られました。

信じがたい裏切りが、軽蔑されるべき背約があったのです。

違えることなき鋼鉄の盟約と謳われた誓約が、誇りによって結ばれた盟約が破られたのです。

名誉を汚す忌むべき裏切りによって!

我らにとって、もはやイルドアはこの地上において共に天を仰ぐことのできない忌むべき裏切り者なのです。

おお、祖国よ。
おお、我らが祖国よ。

復讐するは我らにあり!

ラインで、東部で、南方大陸で我らは名誉と祖国の安寧を保つべく微力を尽くしてまいりました。
その努力あたわず、祖国を危急の事態に追いやらんとする忌むべき策動を粉砕できない軍をお許し願いたい。
どうか、御理解いただきたいのです。

いや、願わくばどうか、御存じいただきたいのです。

今度こそは、祖国を侵さんとする侵略の策動を粉砕して見せると。
我ら、最後の一兵に至るまで祖国を侵さんとする邪悪な敵を打ち滅ぼさんと。
この身が動くこと能う限り、祖国に害為さんと働く輩に喰らいつかんと。

勝利万歳!
祖国に栄光を!




ジムナスト作戦艦隊、艦隊旗艦HMS ヴィクトリアウス

帝国軍の南方大陸放棄とそれに伴うイルドア連合王国制圧作戦。
これに対するカウンターとして発動された『ジムナスト作戦』は初めから躓いた。

大量に出港した輸送船は、確かにイルドア王国に逃げ込んだ。
それを確認するや否や、イルドア王国は対帝国宣戦布告に踏み切り越境を開始。
ところが、直後に輸送船に乗っているのは少数の義勇イルドア兵のみと発覚。

それどころか、国境から下がったところに重防御陣地が構築されているという始末。
複層の縦深防御陣地で、正面からの突破は到底不可能な代物。
にもかかわらず、塹壕戦の経験が浅いイルドアはこれに正面から突撃。

あとは、大惨事だ。

「いやぁ、困りましたね。これでは、戦争どころじゃない。」

海兵魔導師指揮官、ドレーク少佐をして彼の長いキャリアの中で初めてみるほど間抜けな醜態だった。
意気揚々とイルドア王国が撃沈した帝国軍輸送船に乗り合わせているのはなんと、イルドア義勇兵。
あまつさえ、病院船に踏み込んでみれば連合王国・自由共和国の捕虜だ。
つまり、連合王国海軍とイルドア海軍は間抜けにも意気揚々と味方を砲撃していたという事になる。

「ラビッシュ極まりない、間抜けとはこのことだ。」

そして、一方的な『侵略』を帝国は強く批判。
正々堂々と、迎え撃つと称して即応してきた。
観戦武官らの悲鳴のような報告によれば、すでに侵攻したイルドア主力は包囲殲滅の危機にあるという。

明らかに、いくら帝国といえども手際が良過ぎた。
なにしろ、南方大陸に上陸した我が方の部隊も水際殲滅の危機に晒されているのだ。
ここまでくれば、どんな馬鹿でも嵌められたことくらい理解できる。

「・・・状況を理解しているのかね?少佐。」

それほど小さな声で呟いていたわけでもない。
当然、ドレーク少佐の独り言というには大きすぎる呟きに居並ぶ将官らが不愉快そうに問いかけてくる。

まあ、このような戦局でニコニコできるわけもないのだろうが。

「問題なく。状況は、一言で言い表せば“最悪”でしょう。」

情報部が一体何を嗅ぎつけてきたのかは知らない。
だが、一杯喰わされたのは事実だろう。
なにしろ、イニシアチブが全て帝国軍に握られてしまっている。

イルドア王国軍は、崩壊寸前。
こちらの攻撃部隊は壊滅寸前。

どちらにしても、最悪と以外に形容しようがない。

「なにしろ、奇襲したはずが手際良く反撃される。どころか、南方大陸では奇襲上陸部隊が包囲せん滅されたとか?」

奇襲作戦の筈が、完全に看破されていたと考えるほかにない結果だ。

「情報参謀が現在情報分析中だ。」

「意味が無いでしょう。状況を勘案すれば、我々が嵌められたのは明白だ。介入するべきです。それも、速やかに。」

実際、ここまで見事に嵌められれば手放しで称賛するほかにないだろう。
しかしながら、同時に見事すぎる手際の良さというやつは相手の意図を理解する助けでもある。

迅速極まりない、イルドア制圧作戦。
これが何を意味するだろうか?

もちろん、意図だけ見れば多面的な要素が介在するのだろう。

だが、海兵魔導師からしてみれば単純だ。

「・・・許可が下りない。これは、本来帝国が先制するはずだったものなのだぞ!」

高度に政治的な理由とやらで、ジムナスト作戦中、イルドア王国は第三勢力として帝国と戦いたがった。
そのため、実に面倒ながらもイルドア王国と連合王国は公式には中立関係に置かれている。
まあ、公然の秘密であり実際にはかなりの『観戦武官』を初めとする関係者が従軍しているとしても、だ。

要するに、政治的な配慮というものらしい。

「ですが、これではイルドアが先制した揚句にカウンターで沈みます。」

だが、はっきり言ってイルドア王国が崩壊するとなればドレークとしても座視することはできなかった。
開戦した揚句に、速攻で叩き潰されるなど迷惑も良い新しい同盟国だが、それでも味方だ。

まあ、その程度ならばことば程度で慰みと共闘を謳うだけでもよいだろう。
しかし、それを許さない事情があるのをドレークは知っている。
いや、全ての海軍軍人ならば遅かれ早かれ悟るだろう。

「イルドアのピッツァ程度ならば、ジーベンルタルのワインで忘れられますが主力艦は難しい。」

イルドア王国の海軍。
国力相応以上の規模を唯一かの国が誇るものが、その海軍力だ。

帝国軍の技術支援もあり、高海艦隊並みの『質』をかの国の艦艇は有している。

そして、残念ながらイルドア海軍の海兵魔導師の練度はそこら辺の新兵並み。

「せめて、艦隊が離脱する時間を稼ぐべきです。」

イルドア王国軍が、対帝国宣戦布告まで機密保持に努めたのはよい。
だが、その結果としてほとんど開戦用意の出来ないうちに奇襲を優先せざるを得なかったのは致命的だった。
国内の各所に手配を行う間もなく、開戦に至るのだ。
混乱の規模は、眼もあてられない程だろう。

そんな状況で、唯一組織的に動いていたイルドア軍主力部隊が屠られれば混乱は、もはや回復しようがない。

艦隊の離脱まで、時間が絶対に必要だった。

「・・・その程度ならば、イルドア陸軍とて持ちこたえうるはずだ。」

「残念ながら、イルドア海兵魔導師の練度に問題がありすぎるのでしょう。」

そして、数少ないイルドア駐在経験者としてドレーク少佐は知っていた。
あの国の海兵魔導師は、数はともかく質は三流以下だという事を。
彼が、以前追跡した厄介なネームドクラスの人間ならば片手間で弄べることだろう。

そして、ネームドクラスの帝国軍魔導師は、対艦艇制圧強襲もこなせるのだ。

この意味を海兵魔導師は、よくよく理解している。

「なに?」

「私の隊でも、イルドアの戦艦一隻くらいならかっぱらえます。」

やれと言われれば、実際できるだろう。
一個小隊もあれば、奇襲で接舷強襲。
艦橋を抑えて、機関区に突入するだけ。

混乱しきっている連中ならば、鎮圧用のガスなりで落ち着く頃には全滅だ。

一隻どころか、場合によっては数隻分捕ることもできるかもしれない。
そして、昼寝をしきっている連中から取り上げれば戦艦というのは大変有用な兵器である。

「我々が、イルドア同様にシェスタを楽しめば、イルドア艦艇がそっくり帝国海軍に分捕られかねません。」

「ドレーク少佐!口が過ぎるぞ!」

たしなめる声。
だが、ドレークはここで留まるよりも自身の危惧を口にする。

「不味いことに、ヴィネツィアとジェノバは帝国に近すぎます。」

地図を見たときから、思っていたことだ。
イルドア御自慢の大規模軍港。
そのうちの二つは、あまりにも帝国領に近過ぎる。

それこそ、開戦と同時に制圧されたと考えても不思議ではない程に。

「私でさえ、開戦と同時に制圧を考える程ですから帝国ならばぬかりはないでしょう。」

なにしろ、獲物としてみれば最高の獲物なのだ。
設備だけ見ても、帝国がこの海域方面に持ちえなかった最良の潜水艦拠点たるだろう。
そこに残されている燃料・資源は、帝国海軍にとって喉から手が出るほどに貴重なモノ。
加えて、ドッグにお宝が転がっている。

「不味いことに、ラ・ペツィアの造船場は艤装が完成間近のボロニョーナ級がドックに転がっています。」

イルドア海軍御自慢の新鋭艦。
完成間近のそれが、ドッグで最終整備中だ。
クルーの乗り込みが確認されていない上に、爆破して自沈するには浅瀬が多すぎた。

やすやすと制圧されることだろう。
まず、逃げることは叶わない。

「加えて、ヴィネツィアから本拠地のターラントまでは長距離兵装の魔導師ならば襲撃可能です。」

そして、ヴィネツィアだ。
こちらも、泊地の艦船ごと降伏するか自沈するかのどちらかに違いない。
運が悪ければ、制圧されている可能性もある。

そして、整備されたヴィネツィア空軍基地は帝国軍がラインで活用したという長距離巡航兵装が運用可能だ。
あれならば、ターラントを電撃的に襲撃し得る上に艦艇すら撃沈し得る爆薬も運べる。

「航続半径が足りない。まさか、歩いて帰るとでもいうのかね?」

「船に乗れば良いでしょう。臨戦態勢も取っていない艦艇が、大隊規模の魔導師に奇襲されれば結果はわかりません。」

例の狂った長距離巡航兵装。
あれに搭乗するほどのベテランならば、艦の数隻程度は強奪しえる。
大隊規模でも投入されればターラント軍港は諦めたほうが良いほどだ。

「対案は?」

「即時介入です。全力出撃すれば、ターラントの艦は救えるかもしれません。」

それを阻止するためには、ターラントで迎撃するほかにない。
忌々しいことに、イルドア海軍に、イルドア魔導師にできないのであれば自分達が出るしかないだろう。

そうすれば、或いはターラントの艦艇は確保し得る。
加えて、これはおまけだが見捨てるのではないという政治的なメッセージとやらにもなるだろう。

「それに、最悪撃沈か拿捕も可能でしょう。」

最後に、万が一の際は撃沈で帝国に利用されることも阻止し得た。


かくして、それらの理由に納得した艦隊司令部はドレーク少佐の提案を採用するに至る。

その15分後、ジムナスト作戦の挫折により待機中であった海兵魔導師一個旅団が行動を開始。
彼らはイルドア半島へ向けて、順次編隊長より急速発艦。
その後、空中にて隊列を形成し急遽イルドアへ向かう。

結果だけ言えば、彼らは間にあった。
間にあってしまった。



グーテンターク!
ピッツァとパスタはお好きですか?
あるいは、素晴らしいエスプレッソ!

素晴らしい。
これぞ、人生。
これぞ、生命。
これぞ、喜び。


なにより素晴らしいアドリアーノ海。
眼下に広がる白磁の如き町並みは、アドリアーノのクイーンに相応しい高貴さすら漂う代物。
高度5000からの眺めは絶景そのもの。

ジャーマンが、半島北部を制圧してしまうほど観光に押し寄せてしまうのも道理というモノ。
二次大戦中も、今も変わらず大人気というわけだ。

ああ、素晴らしい資産価値に違いないというのに。
まったく、リタイア後は租税回避地に資産を移してヴィネツィアを満喫したかった。
何が悲しくて、強制労働まがいの軍務に就く人生を送る羽目になったのやら。
忌々しいのは、速やかな軍港制圧のために町並みを楽しむゆとりすらないことだ。

いや、成功のためには悲観主義は忌むべき。
ビジネスの鉄則は、心が折れたモノから没落するのだ。
資本主義とは、すなわち市場の競争。
そう、競争だ。

生存競争なのだ。
だから、連合王国なりあるいは下手をすればそのうち合州国が南進してくるかもしれない南下は囮にやらせる。
で、ピッツァの国のヘタレ兵士共と戦争ごっこを自分は満喫。

完璧極まりない作戦だ。

万全に整えられ統合された機動作戦。
作戦目的は以下の通り。

まず、イルドア陸軍の速やかな撃滅。
第二に、イルドア海軍艦艇の速やかな確保。
第三に、第二目標の達成が困難である場合は撃沈しイルドア海軍戦力を撃滅。

これらの達成によって、連合王国・自由共和国ないし合州国の介入を阻止。
同時に、イルドア戦線が帝国軍にとって負担にならない形で早期終結が期待される。

素晴らしいことに、ラインでの塹壕戦から十分にイルドアは学ぶ機会が無かったらしい。
縦深防御陣地を微弱な抵抗と誤解し、正面から強襲。
あっけなく、機関銃と機動防御部隊によって大部分が屠られている。

さらに、我々イルドアヌス戦闘団が後方連絡線を遮断。
あまりにあっけなさすぎるほどだが、それだけで大混乱が発生。
結局、機動防御の必要性すらイルドアヌス戦闘団に関してはないほど。

辛うじて、中隊規模の敵歩兵を散発的に撃つ以外には仕事が無い。

そのため速やかに第二作戦目標の実行を発令。
本国からわざわざ空輸したV-1を活用して長躯し各イルドア軍主要軍港に対する同時奇襲作戦を発動。

すでに、ヴィネツィアとジェノバの軍港制圧は完了済み。
残る目標は、ロマーニャ・シチリニア、ターラントのみ。

距離の問題と、限界攻勢点を勘案しシチリニア軍港の艦艇は確保を断念。
こちらは、事前に展開した潜水艦隊によるV-2を使用した漸減作戦で対応。

ロマーニャは軍主力によって突入、制圧する予定だった。
そのため、包囲作戦の完遂を優先しイルドアヌス戦闘団の本隊は掃討戦を継続。

まあ、ロマーニャの防衛体制を混乱させるために空軍による無防備都市勧告のビラが出されているが微妙なところだ。

なにしろ、あそこは政治的にヤバイ。
曲がり間違って、ぽーぷに誤射でもしたら大事だ。
正直、かかわり合いになりたくない。

おまけに、市街地での交戦で民間人を巻き添えにするのも面倒。

そんな判断でのんびりと、逃げてくるイルドア兵を適当に爆破していたターニャの優雅なイルドア旅行。
楽しい時間は、想像だにしていなかった報告によって突如として終わりを迎えることになる。

「なに?ターラント班が迎撃されただと?」

予期せぬ事態。
はっきりと言えば、新兵が多いとはいえ二個大隊規模のV-1を投じた大規模長距離浸透襲撃だ。
イルドア海兵程度ならば、火力で圧倒できるはずの作戦である。

「ノイズ交じりですが、報告によれば1個増強大隊と不意遭遇。現在交戦中と。」

「・・・なんだと、早すぎる。イルドアの魔導師部隊がそこまで統制のとれた緊急展開だと?」

だが、返される報告はより深刻な事態が進展していることを物語る。
二個大隊規模の襲撃隊が、増強大隊にてこずる?
悪い予想をするならば、相手がベテランかそれに準じる練度の可能性を意味しかねない。

魔導師は、個体差があまりにも大きい分野。
まして、帝国は特にそうだった。
少数精鋭主義故に、技量未熟者を戦力として運用するノウハウが乏しい。

・・・一線級の魔導師ならば、簡単に鴨撃ちできる。

だが、逆に言えば一線級の魔導師ならばだ。

「ありえん。」

即座にその可能性を切って捨てられるほど、イルドア魔導師の一般的な練度は低い。
技量未熟にも限度があるほどだ。
なにしろ、まともな演算宝珠すらイルドアは自前で調達できていないほど。

例外はあろうとも、組織的に有効な戦力足るとは到底考えない。
つまり、論理的帰結としてこれはイルドアの戦力ではありえないのだ。

「近隣の敵性艦隊の配置を参謀本部に要求しろ!今すぐにだ。」

「はっ、直ちに。」

悪い予感。
何かが、いや、言葉を飾るまい。
勝利が手からこぼれおちていくような予感。

「・・・っ、奴らか!」

届けられた敵情は近隣に極めて有力な魔導師部隊を有する艦隊の存在を示唆。
ダカール沖にてフッドとやり遭った時、執拗に追撃してきた部隊だ。
嫌になるくらい統制され、かつ隙の乏しい連中。

あの嫌な性質の部隊だ。
指揮官の性格も押して測れるというもの。
きっと、こちらの意図を理解し妨害するべく介入してきたのだ。

「ダカール沖以来、しつこい連中だ。」

しかも、厄介なことにこちらの優れている速度・高度を無力化しうる点を突いてきた。
V-1による機動中は、諸元の関係からして追撃を振り切れ得るだろうし、阻止され得ない。
だが、襲撃地点では分離・突入する以上混戦だ。
まして、対艦攻撃が目的では距離を取ってちまちまと削ることもできない。

「御存じなのですか?」

「なに、連合王国に海水浴を楽しんでもらったら奴らが追いかけてきた。今日はボート遊びが気に入らないらしい。」

軽口をたたく一方で、彼我の戦力差を計算しターニャは愕然とする。
あの部隊では、ましな兵隊とはいえ新兵が大半の襲撃隊には荷が重すぎた。
全滅しようとも、ターラント軍港の艦を撃沈できればまだ良いが。
いや、それはあまりにも希望的観測だろう。

阻止攻撃を掻い潜り、敵艦に肉迫攻撃を敢行できるだけの合理的判断は期待できない。

「不味いぞ。ターラント軍港の戦艦は何隻だ?事前情報では、3だったな。」

事後策を。
対応策を。

なんとか、対応しなければ。

その思いに駆られるターニャにとって、次の報告は脳を殴られるに等しい衝撃だった。

「ターラント班によれば、6です!。」

6隻?
戦艦が、6隻!?

人眼が無ければ思わず、『馬鹿な』と盛大に叫んでいるところだった。

イルドア海軍の主力艦は分散配置されているのではなかったのか?と。

「なんだと!?増えた三隻の内訳は!?」

「ヴィットリオ級2、ドゥイリオ級1です。」

そして、その内訳は考えうる限り最悪。
イルドア海軍最大を誇る超弩級戦艦、ヴィットリオ級が二隻も!

「・・・最悪だ。超弩級はロマーニャ軍港にいるのではなかったのか!?」

これは、外交で穏便に接収するなり自沈を許して無力化する予定ではなかったのか?
ロマーニャ軍港で降伏式に使えますなと、笑っていた情報参謀。
友軍の将校をこれほど撃ち殺してやりたいとおもったのは、従軍して以来随分と久々のことだ。

「ドゥイリオもだ!やつらは、シチリニアに所在があると情報部が報告してきたはずだ!」

加えて、やや古いとはいえ快速のドゥイリオ級。
停泊しているところを襲撃することで、撃沈ないし無力化する計画が完全に崩壊する。

さすがに、戦艦六隻を取り逃がすのは許容できる水準をはるかに上回ると言わざるを得ないだろう。

事態を想像し、ターニャは思わず歯ぎしりする。
放置すれば間違いなくイルドア残存艦艇は協商連合残存艦艇のように連合王国・自由共和国に吸収される。
小型艦ならばまだしも、戦艦6隻となれば断じて論外だ。

連合王国艦隊と辛うじて拮抗している高海艦隊にとってはヘビーブローも良いところ。
それどころか、こちらの接収する戦艦群すら動かすには危険すぎるほど制海権を確保されてしまう。
こうなってしまえば、無力化されてしまったも同然。

思わず、背筋を冷や汗が流れる。

「っ、計画が崩壊する!なんとしても、ターラントの艦を確保するぞ。」

解決策はたった一つ。
即座に、ターラント軍港を強襲。
確保ないし撃沈を前提に、なんとしても攻撃しなければならない。

そうでなければ、戦争にならない。
別段、帝国の命運には身を呈するほどの関心もない。
だが、アカに対抗するフィラデルフィアのアンクルが立ち上がるまでは長引かせねばならないのだ。

断じて、断じて大陸を赤くされるような終戦だけは受け入れがたい。

つまり、帝国にまだ崩壊されては困る。

「し、しかし予備戦力が足りません!」

「独断専行する!包囲網の一角を放棄!即時離脱だ、全速でターラントを叩く!」

そのために。
そのためだけに。

ターニャは実に豪快な即決を行う。
安全地帯に自らを置くことを、苦渋ながらも放棄。
即座に使用できる部隊を取りまとめて、予備のV-1を使用することを決断。

「V-1の残機をこちらに廻せ!」

無線で、技術廠からの要員にほとんど脅しつけるようにして手配を命令。
貸しが腐るほどあることもあり、向こう側としても否応はないらしい。
幸い、中隊分程度の予備はあったためにそれを確保。

問題は、誰を投入するか。
だが、今回ばかりは手元に使える連中がある。
まったく、なんという幸運だろう。

「ライン帰り共!」

「「「はっ!」」」

大変心得た連中は、これから何をすべきか完全に理解している。
そうでなくては、そうでなくては到底使い物にならない戦線を生き残ってきたのだ。
仕事をいちいち教えなければ、できない新入社員とは別である。

自ら、考え、積極的に行動するグローバル人材だ。

素晴らしい。
実に、世界に誇れる戦争職人の集団だ。

「戦争の仕方を素人に教えてやるぞ!私に続け!」

新兵ばかりで数の優位も活用できない間抜けしか与えられない現状。
いや、魔導師の資質を碌に活用しない新兵も新兵か。

どちらにしても、万全とは程遠い状況の中での最善を尽くすしかない。

「ちゅ、中佐殿!?」

「宛、イルドアヌス作戦司令部、発、イルドアヌス戦闘団、我独断専行ス、繰り返せ、我独断専行スだ!」

最低限度の引き継ぎは、イルドアヌス作戦司令部に押し付け放置。
状況からして、混乱するばかりの新兵や経験不足の連中は足手まとい。
肉壁にすらならないことを思うと、速度優先でこの場に放置を決断。

「事前情報が違いすぎる!前提が崩壊する前に、行動せねばならない。」

作戦前提、つまりイルドア海軍艦艇の確保という点から行動が必要なのは自明だった。
それ故に、それを高らかに叫ぶことで行動の自由は確保される。

「最低でもヴィットリオ級は沈める。でなければ、作戦目標が達成され得ない。」

即席ながら、ブリーフィングを開始。
作戦目標は、すでに周知徹底されている。
故に、作戦目標達成に必要な条件の告知。

そう、超弩級戦艦の撃沈は最低条件だ。
確保できることが望ましいが、不可能ならば撃沈する必要がある。

「諸君、帝国のため、帝国を賛美し、歌いそして地に降りて死ね。」

見渡せば、ラインで平然と突撃戦を敢行した将兵らは泰然と命令を待ち望んでいる。
まったく、どうして彼らは戦争にこんなに平然といけるのだろうか?
自分は嫌で嫌で仕方ないのだが。

まあ、そんな戦争狂をかき集めて造られた部隊が母体だからかと自己解決。

「ラインで生き残った諸君。私の大隊にて出会った親愛なる戦友諸君。懐かしい大隊の栄光を新たにしよう。」

ライン戦線で鍛えられた古参兵というのは今では相当に貴重だ。
補充要員の質が深刻に低下しつつある中、もはや望みえないような質の高さだ。
それが、思わぬことに手元に再び戻ってきたことは望外の幸運。

「ああ、楽しいぞ。戦友諸君と、共に帝国を讃えて歌おうではないか。」

実に、不幸中の幸いというものだ。
ターニャはその碧眼を細めて、自らの運、或いは悪運の良さに笑う。

まだ、まだ流れは変えられるのだ。

「ラインで、東部で、南方で果てし戦友のためにも、我らが威を誇示しよう。」

手にするのは、ライフルと演算宝珠。
滑走路に並ぶ、V-1はラインで使った極めつけの突撃用兵装。
縦横に張り巡らされた共和国軍防空網すら突破した代物。

やれる。
間違いなく、これならばイルドアの間抜けな防空ラインはいとも容易に突破可能だ。

そして、ターラントも制圧は困難だろうとも破壊くらいはできる。

「我らこそが、我らこそが帝国の魔導師だと。類なき覇者だと思い知らせてやろう。」

なにしろ、部下らの戦意は上々。
煽るだけで、戦意の高さを反映し怒号の様な歓声が上がる。
少なくとも怖気つくということとは無縁だろう。

大変人間として、失格な連中だ。
真人間の自分としては隣人愛の精神にも限界があるがなんとか耐えることにしよう。
自分の人品は卑しからぬと自負しているが、これこそたぐいなき愛だ。

近代以降の合理的自由を愛する自分にとって、他者の意志もまた尊重されねばならないのだから。
これもひとえに、自由への愛故にだろう。

そして、自由を愛するがためにコミーに対峙せねばならないのだ

「目標!ターラント軍港!総員、行動を開始せよ!」

そう、だからまだ帝国の崩壊は阻止する必要がある。
手段を厭う暇はない。

「敵は殺せ!全て殺せ!必要とあれば、疑わしいものもだ!それは、歴史が判断する!」



あとがき
コメントでターニャが皆さんに愛されている?、と知りちょっと蹴り飛ばすのを爪先で突くくらいに加減しました。
プランA⇒ロマーニャ進軍ルート
プランB⇒ターラント軍港お祭りルート☜採用


コミーの破壊工作による誤字脱字にはZAPで対応します。
追記:早々と行いました。
カルロ・ゼン05はきっとうまくやることでしょう。

>dasf様
個人的には此処のAlto様『リリカルなのはAnother~Fucking Great!~』とかお勧めです。

取りあえず、歴史的に嫌がらせ・阻止攻撃・火刑に定評のあるサー・ドレイクのハラスメント妨害にご期待ください。

某ゲーム風にすると

ロリヤがシルドベリアと畑から徴兵中です。
合州国は、フィラデルフィアでルーシータニア号合同追悼式典中。
自由共和国、そろそろ独自行動を計画中。
ロマーニャで聖人がアップを始めたようです。
サー・ドレイクが生まれる時代を間違えているようです。

ちょっと今週末から所用があるので更新は遅れると思います。
ご容赦ください。

追記
誤字修正しました。
ZAPの嵐が吹き荒れています。
ZAP



[24734] 第七〇話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:10
我はターニャ。ターニャ・デグレチャフ。

主よ、僕として、一介の敬虔なる卑しい僕として、御前にて願い奉らん。

主よ、我御前にて、神聖なる御誓いをたてん。

祖国を、名誉を、誉れを誓わん。

主よ、理の乱れを正したまえ。

卑劣を、裏切りを、背教をただす力を我に与えたまえ。

主よ、我を恒久なる平和のための道具といたしませ。

我が身は、信仰の具象にして、真理の鍵。

帝国の清浄な門を犯せし、許されざる罪人を

帝国の善き人々にあだなす、口にするのも汚らわしい怨敵を

帝国の誇りと信頼を汚せし、名誉を知らぬ汚物を

帝国と主の王国の名において、我は一切地上より滅すことを御誓いいたす。

咎人地より消え、悪しき者絶滅されるよう、我が魂よ、主を頌えよ

──ハレルヤ

主よ、不義なる者を打ちのめしたまえ。

主よ、不義なる者を打ちのめす力を我に恵みたまえ。

主よ、この心の虚しさを正義の憤怒で満たしたまえ。 

主よ、輩を裏切りしイスカリオテを焼きつくしたまえ。

主よ、我に力を与えたまえ。

主よ、我に貴方の名を唱えることを許したまえ。

おお、主よ、主よ、主は偉大なり。

我は、ターニャ。ターニャ・デグレチャフ。

主よ、我と我が朋友を。

主の王国を守らんと、御盾とならん信徒を御照覧くださりませ。

我が付き従えるは、帝国の防人。

裏切られ、名誉を汚された歎きの信徒にして

敬虔にして、信仰のための戦いに喜び赴く熱信者。



我らは信仰の守護者にして、帝国の処刑人。

すなわち、我らは神の代理人。

神罰の地上代行者。

主は我を導き、剣は我に付き従う。

かくて主の助けによりて、我らは勝利せん──

我らが使命は

我が神に逆らう愚者を

その肉の最後の一片までも絶滅すること―――

主よ、あなたのまします天が下より彼を逐い、御怒りによって滅ぼしたまわんことを。

Amenエイメン



出典不明 『悪魔の囀り第一節』 ロマーニャ大司教座記録文章より。






ターラント軍港上空。
V-1を活用し、長駆襲撃を敢行した帝国軍二個航空魔導大隊。
対する連合王国は海兵魔導師一個旅団を投入。
質・量共に圧倒する連合王国に対し帝国側は劣勢を強いられる。

当初の目的達成は困難。

そう判断したイルドアヌス戦闘団指揮官、ターニャ・デグレチャフ魔導中佐は自ら予備隊を指揮。
ターラント軍港に終結したイルドア王国主力艦の無力化を行うべく長駆襲撃を敢行する。

「ルドラ01より、ルドラ特別攻撃隊。」

特別攻撃隊に付けられた臨時コードはルドラ。
デグレチャフが、直卒して強襲と聞きつけたレルゲン大佐命名によるものだ。

「目的は、イルドア海軍戦艦の撃沈ないし拿捕である。」

V-1間の通信状況から。短く簡潔なブリーフィングのみが行われる。
古参兵を2つの小隊長とし、自分の列員にもう一人を配置。
『デグレチャフ突撃』と。
後に参謀本部をして唖然とさせる独断専行は、かくして幕を開けた。

「友軍の損耗に配慮する必要はない。任務を遂行せよ。」


対する連合王国側も用意に抜かりはなかった。
空母付き海兵魔導師らからなる部隊を指揮するドレーク少佐は、ベテランだ。
過去には、間にあわなかったとはいえデグレチャフ追撃戦も指揮。

帝国軍魔導師の特性をよく知り尽くし、相手の強いエリアでは戦わない狡猾な指揮官でもある。
そのドレーク少佐をして、飛び込んでくる報告は背筋をうすら寒くさせる代物であった。

「パイレーツ01より、パイレーツ海兵魔導団。」

目前では、緊急離脱を図る帝国軍魔導師らの姿。
二個大隊程度とはいえ、基幹要員の古参兵を除けば実質的には新兵の様な練度だった。
少々てこずる局面もあったものの、全体的には圧倒している。

いまなお、追撃戦を試みるべきかと指揮官らが思い悩むほどだった。
だが、ロマーニャ方面に展開している観測班からの警告でその必要性は一瞬でけし飛ばされる。

「悪い知らせだ。ネームド警報を確認。」

辛うじてとはいえ、やはり一部の観測要員だけでも北上させた甲斐があった。
間違いなく、保険というものは用意しておくべきだとドレーク少佐は安堵する。
迂闊な追撃戦を行っていれば、きっと丸裸の艦艇が餌食となっていた。

「観測班によれば、『ラインの悪魔』だ。」

ラインで、絶対防御線で、突破不可能と謳われた全ての戦線で。
全てを無理やり力ずくでこじ開けている帝国の先鋒を担う化け物だ。
長距離で相対速度が高速の信じがたい機動を双方が取るために、はっきりとした容貌は不明。

だが、辛うじて残っている交戦記録からすると小柄の女性という事までは判明している。

「帝国軍のネームドの中でも最悪の奴が突っ込んでくるらしい。」

笑えない話だが、『ラインの悪魔』とやらに接敵し生き残れた幸運な魔導師は子供嫌いになるらしい。
奴に接敵し、近接戦闘を生き残った魔導師が皆無に近いことから本当に子供かどうかは分からないとしても。
広域に垂れ流される奴の甲高い声を思い出し、思わず無意識のうちに演算宝珠を握ってしまうという事だ。

帝国軍が、根こそぎ動員で魔導師資格のある子供まで動員しているという事があるのだろう。
おそらくは、何かの誤認があるとは思うのだが。

なにしろ、『ラインの悪魔』は開戦当初から存在が確認されている化け物だ。

「今すぐにでも、母艦に帰ってティーとプディングを楽しみたいところだが仕事が残っている。」

その正体は、実際興味が無いわけではない。
だが、それよりもそんな凄腕を相手取るというのはベテランならばことさら厄介だとわかる。

「幸い、規模は中隊弱程度だ。」

数だけ見れば、さしたることもない連中。

だが。

侮るなかれ。

奴らが。
奴らこそが。

帝国の先駆け。

「無理はするな。時間を稼ぐだけでよい。援護を密にせよ。生き残れば、我らの勝利だ。」

だが、こちらとてむざむざと相手の舞台で踊るほどウブではない。
老女と揶揄される祖国だが、それだけに手管はいくらでもあるのだ。



かくして。

イルドア王国最悪の悲劇が幕を開ける。

だが、戦史は別の事を語る。
連合王国と帝国。

その運命の分水嶺だった、と。



『『エンゲージ!』』

接敵の感知。
それは、ほとんど全く同じタイミングだった。

強行偵察用特殊追加加速装置特有の高度及び速度。
ラインで使用されて以来、連合王国とて当然情報収集に余念がなかった。

故に、ドレーク少佐にとって方角とおおよその敵情が掴めていれば感知は容易い。

対するデグレチャフ中佐にとってみれば、その高速故に優れた索敵能力が活用し切れていなかった。
早すぎる速度故に、最大感知範囲に敵を捉える頃には近づき過ぎている。
故に、本来ならば最大の強みである圧倒的なアウトレンジが活用できていない。

だが、そもそもデグレチャフ中佐にとってみればそんなことは問題ではなかった。

なるほど、素人ぞろいの先行攻撃隊では碌に強行偵察用特殊追加加速装置なる珍妙な兵器は十全に使いこなせまい。
せいぜいが名前通りの運用ができれば御の字という練度。
なにしろ、V-1の突入角は最終的に魔導師が直接微調整してやらねばならないのだ。

実のところ、迎撃されるという緊張感で動揺すれば碌に当たりもしない代物。
故に、対拠点攻撃といった範囲を優先する攻撃に使用されることが多いおおざっぱな兵器。

『各位の最終調整を確認、諸君行動を開始せよ。』

だが、逆に言えば多少外れても構わない程の威力。
直撃させることができれば、その威力は本来の破壊力を存分に発揮し得る。
無論、それは理論上の話に過ぎないと言えばそれまでだ。

凶悪なまでの推進力。
加えて、鈍重な操作性。
これらを乗り越えて直撃させられるのは、ほんのわずかだ。

だが、そのわずかな連中が扱うとそれは恐るべき災厄と化す。


『対艦攻撃を最優先とする。目標、敵戦艦。』

高度10000フィートでの射出。
同時に、大量に散布される残骸と突進してゆく弾頭。
本来であれば、そこからHALO降下だが今回は突破を優先。

魔導師による対艦攻撃など、限定的な損傷しか与えられない。
だが、艦橋を叩けば事態はだいぶ変わってくるだろう。

機関区と艦橋の破壊。
それだけで、最低条件は達成し得る。
自沈されたところで、浅いターラント軍港ならばサルベージも容易。

故に。

ターニャは全く一切合財の躊躇をかなぐり捨ててイルドア戦艦群に襲い掛かる。
対して、ドレーク少佐はわずかながらも艦の拿捕阻止を意識し過ぎていた。
いや、決してその意図は間違ってはいないのだ。

なにしろ、本来のターニャの、帝国軍参謀本部の作戦意図はイルドア戦艦の拿捕だ。

手に入れられないと理解したターニャの行動は、ドレーク少佐をして予期しえないもの。


「迎撃!敵対艦兵装を止めろ!」

咄嗟に。
敵の意図を理解。
阻止を命令。

先発の帝国軍部隊が運用していた兵器。
さほどの命中率もないため、軽視していたソレ。

だが、その軌道は見事なまでに停泊中の艦艇に向けられている。

不思議と、誰が見ても直撃コース。
同時に、限界戦闘高度で限界降下速度を振り切って駆け下りてくる魔導師群。
規模だけ見ればバラバラに降下してくる連中に過ぎないだろう。

だが、ドレーク少佐は思わず舌打ちして悪態を思いつく限り叫びたかった。

想定よりも、遥かに速すぎた。

元々の最大速度に降下速度が加わった敵魔導師の速度はあまりにも素早い。
そして、そちらに気を取られた部下の迎撃火線は散らばってしまっている。
おかげで、突入してくる10基あまりの内迎撃できたのはわずか3基。


後の7基は容赦なく戦艦群へと降り注ぐ。

そのうちの2基は目標をそれて至近弾に留まる。
それでもヴィットリオ級が傾きかけるほどの代物だった。

だが、彼女らはまだ運がいい方だろう。
なにしろ直撃だけは避け得たのだ。

直撃を受けたドゥイリオ級2隻の運命は悲惨だった。
衝突の瞬間、信じがたい轟音が発せられたかと思うと煙と油しか跡には残っていない。

超弩級の誉れを持つヴィットリオ級ですら、運のない船は1基の直撃で急速に横転しつつある。

たった一瞬。
そう、たった一瞬でだ。

イルドア海軍の主力艦3隻が屠られている。

「・・・いやはや。これは、逃げる時間を稼ぐどころの話じゃないな。」

思わずドレーク少佐をして唖然とさせる敵の思い切りの良さ。
手に入らないならば、敵の手に渡さないように破壊する。
理屈で言えば、明瞭簡潔なそれ。

だが、こんな短時間でそこまで理屈で、合理性だけで動けるものだろうか?

「侮ったつもりはなかったが…、まったく割に合わない相手だ!」

こちらが想定する最悪。
それを常に選択してくる最悪の敵。
実に、実に敬意を持って殺してやりたい敵だ。

「パイレーツども!化物相手だ。まともにやり遭うな!適当にじゃれろ!」

怒号し、包囲し距離を取って嬲り殺しにすることを選択。
その時点においてドレーク少佐の判断は完全に正しかった。
選びうる最良の選択肢を選び抜けたというべきだろう。

彼は、誇ってよい。

なにしろ。

結果だけ語るならば。
パイレーツ海兵魔導師戦闘団は、やり遂げた。
少なくとも、残存艦艇が離脱するだけの時間を稼ぐことはできた。

なけなしの判断力を使ったイルドア海軍が抜錨。
遅きにしっした観はあるものの、ともかく行動は開始された。

戦略的に見た場合、この意義は少なからずのものが有る。

大半を。
部隊の大半をすり潰すという損害を許容するのであるならば、だが。

指揮官にとっては、究極のジレンマだろう。
目的達成と全滅を天秤にかけるというのは、最悪の経験だ。
それは、ドレーク少佐にとっても紛れもなく悪夢だった。

最も非情な決断にして、報われない戦いを彼は戦っている。



「包囲を崩すな!距離を保ちつつ、牽制しろ!」

中隊毎に分散しつつ、統制射撃。
公算の上では、十二分にラインの悪魔だろうとも阻止し得る筈だった。

緊密極まりない連携を叩きこみ、合州国から供与された新型で強化された火力を発揮。
理論上は、理論上はそれこそ連邦軍の新型演算宝珠が誇る防殻すら一撃で撃ち抜くそれ。

ひらりと。

軽やかにそれをいなされるのは、我が目で見ても信じがたい事態だった。

たった一人によって遊ばれる。
ありえることだろうか?
群が、個に蹂躙されえるなど?

たった一人を阻止するために中隊単位で火力を、火線を集中させているにも関わらずだ。

「各位へ、散開!直ちに散開せよ!距離を取りつつ、牽制に努めろ!」

一個旅団全ての防御火線だ。
加えて、遅まきながらもイルドア艦隊が接近を阻止するべく機銃を動かし始めている。
はっきり言って、こんなところに突撃するなど、狂気の沙汰。

だが、奴は止まらない。
止められない。

止められないのだ。

空間ごと爆破しようと、火線を4方向から集中させようと。
あの化け物は、そんなものを気にかける様子すらなく舞う。
光学系の狙撃式すら、回避されるとあっては限界だった。

「β中隊、σ中隊、信号途絶!畜生!もっと火力を集中しろ!」

「駄目です!止められません!早すぎます!」

「畜生!畜生!う、ウワァあああああ.....ッ!!!!」

飼いならすどころか、このままではこちらが檻ごと食い破られかねない。

既に、2個中隊が食い破られた。
加えて、奴が率いてきた部隊の練度も恐ろしく高い。
こちらを抑え込むために、貴重な数を割かねばならないのだ。

もはや、数の優位というものに依拠しての戦闘は泥沼の消耗戦でしかない。

損害を抑え込みつつ、敵を牽制しようなどという甘い発想自体が許されない因果な存在。
信じがたい規格外の化け物め。

どうする?
このままでは、檻は持たない。
そうなれば、結果は目に見えたも同然。

阻止せねばならない。

・・・何としても。

そのためにならば、損害を厭う事は許されない。

咄嗟に損害の抑制を視野から蹴り飛ばし、駆逐優先を決断。
損害の規模を考えたくないほど犠牲を覚悟し、近接戦で魔導刃を叩きこむことを選択。

ドレーク少佐は、その時点で為し得る決断を自己の責任で持って行う。

「CQB用意!各位、奴を叩き落とせ!」

いくら。
いくら化け物じみた防御膜と防殻だろうと。

四方八方から斬りかかれば、損害を厭わねば。
どんな化け物だろうと必ず斬れる。
化け物とて、最後に勝利するのはいつも人間なのだ。

ドラゴンとて、最後は人の剣が斬り伏せる。

その必殺の意志を込めて放たれる魔導師らによる吶喊。
各位が、己の為しうる全てを込めた吶喊。
瞬く間に殺到する魔導師で、空域が狭められるほどの速度。

だが、信じがたいことに。
それすらも、それですら、あっけなく踏みにじられる。
いなされ、回避され、そして刃を返される部下ら。

「やってくれるッ!」

我知らず、歯軋りするドレーク少佐。

連合王国屈指の練度と統制がとれた彼らが、まるで十把一絡げのように。
あっさりと、あっけなく斬り伏せられていく。
それを彼は、指揮官は、ドレーク少佐は目の当たりにさせられている。
その光景は、ドレーク少佐をして思わず天を仰がせるに足る光景だった。

最早、我慢の限界だった。

次の瞬間、彼は決断していた。

直卒の部下らを引き連れ最大戦速にて吶喊。
部下らが、貴重な生命で稼いだ隙を穿っての一撃。
せめて、せめて一太刀でも浴びせてやらんという渾身の突撃。

一撃入魂、見敵必戦。

我が身を省みない捨て身の一撃。



「はああああああぁああああああああっ!!!!!」

裂帛の猿叫じみた叫び声。
我が身を省みず、突撃し続けてくる海兵魔導師にターニャは完全に戦慄していた。

先ほどから、辛うじて避け続けていたが敵はこちらの疲労を狙っていたのだ。
まだ、余力があるとはいえ全方位から近接魔導刃をチラつかされては良い気分ではない。

はっきり言えば、侮っていた。

突破し、敵艦艇を撃沈ないし座礁させしめられると考えていたが、今となっては希望的観測でしかない。
まさかとは思っていたが、連合王国魔導師の練度でコミー並みの人海戦術を取られるとは。

戦術的には合理的な思考だが、正直自由を重んじる連合王国軍人にそんな戦術が可能とは。
先入観と偏見から人間が如何に自由になれないかということかとターニャは切実に反省している。

「総員、散開!敗走中の友軍を取りまとめて、敵艦離脱を阻止せよ!」

とっさに、囮を使い自らの安全を確保することを決断。
蹴散らされて、盾にすらならない二個大隊だが纏めれば敵の注意を引くくらいの事は可能だ。
気に入らないが、コミーの躍進を防ぐという大義のためにも手段は選んでいられない。

連合王国ですらコミー並みの人海戦術をとってくるのだ。
仕方がない。

「隊長!?」

「こちらは、引き付ける!行動を開始したまえ!」

味方ごと、こちらを撃ち落とさんと言わんばかりの集中射撃。
敵も味方も程良い具合に狂気に染まっているらしい。

常識的に考えられる自分は、きっとこの戦場では少数派。
厄介なことに、敵味方共に後の事は知らんとばかりに火力を発揮。
しかも、妙に敵演算宝珠の性能が上がっているのか97式の防殻では凌ぎきれそうにない。
苦渋の決断だが、95式による防御を選択。

機動性と防御力の向上に伴う、若干の変速。
ジリジリと脳が焦がれるようなノイズ。
最悪の気分だ。

そんな時に、ライン古参兵が命令に対してなつかしむような口調で回線を開いてくる。

「・・・ラインもそうでしたな。」

言われてみれば、まさにその通り。

「・・・ああ、苦労をかけるな。」

そう言えば、奴らを囮にしたのは今回が初めてではなかったなぁと頭の片隅で思い出す。
確かに、ラインで強攻した時も被弾した連中やら何やらを囮にしたものだ。

苦労をかけるなぁと素直に、この時ターニャは考えていた。
なにしろ、デグレチャフ中佐という軍人にとって古参兵の価値は卓越しているのだ。
使い潰すにしても、必要な状況になるまで使い続けたいものだった。

「いえ。では、直ちに。」

そして、それ故に温存を考えた。
つまり、珍しく少しは援護してやるかと考えてしまう。
援護射撃は、一応程度のおざなりな光学系術式による速射での牽制。

だが、そのために射線を少しばかりずらすこととなる。




ほとんど、ほとんど無駄のない教本通りの動き。

だが、そのわずかな間隙はドレーク少佐にとって十分すぎた。

右斜め下後方。
死角からの完全なサイレントアサルト。
全速で、そして躊躇なき吶喊。

部下らが、盾となりそこまで辿りついた刃。
異常なまでに分厚い防殻すら貫く為のエストック。
その一撃は、ドレーク少佐にとって渾身の一撃だった。

事実、それは尋常では考えられないほど強固な防御膜をいとも容易く貫通。
魔導刃が濃密な存在で持って押し通り、防殻すら切断。

そのまま、加速した勢いで持って右肩ごと頭まで串刺しにしてくれん。
ここで、何としても落さねばならないという危機感。
なにより、部下らの敵討だった。

エストックに力を込め、押し切らんと踏み込む。
だが戦勘が悲鳴を上げ、ドレーク少佐は咄嗟に衝動を抑え込む。

完全な死角からの強襲。
魔導師の相対速度で衝突したのだ。
現実の時間で言えば、ほんの一秒足らずの間。
『ラインの悪魔』にエストックを突き刺した瞬間とすら言い換えてもよいほどの刹那。
手ごたえはあった。

だが、それは本来あるべき手ごたえではなかった。

まるで、魔導刃を叩きつけ合うような鋼の様な感覚。

・・・馬鹿な!?

それでは、まるで。

「ドレーク少佐殿っ!?上です!少佐殿!!」

「っ!!!」

刹那の警告。
ほとんど、咄嗟に動く体。
それが幸いし辛うじて間にあう。

交差する陰は、『ラインの悪魔』。

だが、それ故にドレーク少佐は見てしまった。
気が付けるだけの力量があってしまった。

ドレーク少佐は眼の前の存在が正真正銘の化け物であることを理解する。

確かにエストックで突き刺した筈の肩。
そこから、漏れ出るべきは赤い血だ。
だが、そこから漏れ出ている血には魔力しか感じられない。

そんな筈はないと、笑いたくなる。
なにしろ、真実彼が叩き切ったのが『ラインの悪魔』の肩だ。
断じて魔導刃ではない。

ところが、手の感覚はそこに確かに魔導刃が存在したことを物語っている。
つまり、奴は肩に魔導刃を仕込んだ。
ほとんど理解しがたい精神力としか思えないが、ともかくそう推察するしかない。

「・・・化け物め。自分の腕に魔導刃を発現する?」

エストックの一撃。
それは、確かに奴の肩にまで達した。
なにがしかの防御が取られねば、間違いなく奴を屠っていただろう。

故に、その一撃を防ぐために魔導刃を展開するのは一つの選択肢だ。
実戦において、敵魔導師から身を守るための近接格闘戦においても念入りに教わることである。
それ故に、合理的か非合理的かで比べれば防御のために魔導刃を発現するのは正解だ。

実に合理的極まると言ってもよい。

だが、少し視点を切り替えてみれば異常極まりないだろう。

「・・・まったく、我が目で見ても信じられない。糞ったれめ。」

思わず吐き捨てて距離を取る。

首を守るために、腕を捨てる。
合理的すぎて、非人間的なまでの効率主義者でもない限り為し得ない行動。
首に届く刃を阻止するために、自分の腕に刃を差し込み発現。
痛みという根源的な本能を押し殺して?

それを、この眼の前の餓鬼が?

自分で目にしない限り、報告者を狂ったと自分ですら断じかねないような事態だ。

"・・・我らは、我らは神の代理人。"

「・・・・ん?」

だが、自分が狂っていると断じられる材料はまだ増えるらしい。
最早唖然とするほかにないが、先ほどエストックを突き刺した瞬間に奴の雰囲気が激変した。

一撃を受けたことで怯えた、というならば話は簡単だろう。

だが、見たことのない反応だ。
それでも、古兵としての経験がそれはヤバイということを教えてくれる。

"主は我を導き、剣は我に付き従う。"

虚ろな、空虚な瞳。
手にしている演算宝珠が起動していると思しき術式は何と4つ。
最悪の化け物だった。

ネームドである以上、万全の態勢で挑んだ。
叶う限りの工夫もしてのけた。

"かくて主の助けによりて、我らは勝利せん──"

だが、アレは規格外。
想定すら、しえない程の化け物。

まさしく、空虚な化け物。

"我らが使命は"

謳うように口ずさまれる戦唄。
だが、おぞましい。
集束密度など、考えたくもないレベルだ。

聞くもの全てを、地獄に誘わんとする最悪の誘惑だ。

"我が神に逆らう愚者を"

空虚にして、恍惚とした表情。
餓鬼の浮かべる表情ながらそこにあるのは、清廉にして慈悲深い微笑み。
聖女の様に清らかで、悪魔のごとき妙なる調べ。

全く似つかわしくない微笑みとはこれの事だろう。

だが、全くもって忌み嫌われる存在だというのは理解できる。

"その肉の最後の一片までも絶滅すること―――"

『ラインの悪魔』は、文字通り言い得て妙というわけだ。

しかし、それでも。

ドレークとしては足掻く。

海賊というのは、諦めが悪いものだ。
なればこそ、ドレークの隊はパイレーツと呼ばれている。

手にしたエストックを叶う限りの速度で投擲。
同時に、手持ちの兵装で全力攻撃。
命中など端から期待していない。

だが、相手が対応するわずかな間に演算宝珠への魔力供給をカット。

当然、高度を維持できなくなった身体は高度6000から急激に降下を開始。
だが逆に言えば、感知されることなく緊急離脱しえる脱出方法。

海面ぎりぎりで演算宝珠を再起動。
全速で逃げ出すべく再加速。
海賊の一撃離脱戦法に倣ったソレだが、この場では少なくとも上手く行った。

こちらを追撃するか、対艦攻撃に転じるか一瞬迷った敵影に対し長距離から牽制を兼ねて射撃。
同調する部下らが火線を集中させ、何とか動きを再び封じ込める。
だが、その集中する火線の規模はつい先刻に比べればはるかにまばら。

「パイレーツ01より、パイレーツ海兵魔導団!」

まだか!?

ドレーク少佐ですら、この状況には思わず叫びたくなるほどの焦燥感に駆られてしまう。
腹立たしいまでに遅いイルドア海軍の動きだが、ようやく出港が始まっている。
同時に、まだ完全に速度ができっていない上に隊列もバラバラな艦影は時間が必要だ。

後わずかな時間さえ稼ぎだせれば逃げ切れるのは時間の問題。
そう、時間の問題だ。

ただ、そのためにはあの化け物じみた猛獣ともう少しだけじゃれねばならない。

「死んでくれ。あの間抜けどもが逃げ出す時間のために、死んでくれ。」

肺から吐き出した言葉は、ドレークの胸を容赦なくえぐる。
この、他の誰でもない自分が命じるのだ。
誰もが命じてほしくないであろう命令を、この自分が命じるのだ。

『死んでくれと』

馬鹿な誰かが考え違えた為の戦闘で。

・・・・・・・・糞ったれとは、まさに、このことだ。





あとがき
お恥ずかしいことに、ちょっと所用が立て込んでおります。
夜にもう一度、ちょっとあとがき追記+コメント等に対応しますのでご容赦ください。

コメント対応(部分的です。本当に申し訳ありません)

oimo様
orz...すみません。
何とか改善できるように努力したいです。

寡兵様
誠意ある解答を疑われる旨、誠に残念です。

アリア様
アイドルの定義を差支えなければ、御教授ください。

ななん様
・・・ひょっとして、チラ裏からって取ってよいものだったのですか?

現在、反動コミー分子カルロ・ゼンをZAP中です。
誤字が修正されています。
ZAP



[24734] 第七一話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:10
金は偉大だ。少なくとも、通貨が信頼される限りにおいて。

信用とは、かけがえのないものだ。

なにしろ、信用によって通貨に価値が付加される。
そうでなければ、紙切れに誰が財産を託すというのだろうか。

信用とは、全てだ。
信用できない取引相手とは、取引しない。
信用できない債務者には、金を貸さない。

誰だって合理的に考えれば、そういう結論に至る。


では、仮に。

合理的な前提がひっくり返されればどうなるだろうか?

「冗談ではない。・・・協商、共和国、そして今度はイルドアだ!」

「焦げ付いた貸し付けだけで、どれほどになることか・・・。」

中世において、貴族や王族は徳政令を乱発した。
もちろん目的は借金の棒引きだ。
国王にその権限があることを明記した国家すらあった。

現在の世界において、そのような蛮習は一掃され金融取引はより健全なモノとなっている。

なっていた。

だが、合州国債権者一同にとっては不幸なことだが帝国との戦争が全てを狂わせてしまった。

フィラデルフィアの会員だけが集まるクラブ。
その一室に集う男達の表情は一様に重い。

「イルドア債権がストップ安。関連企業株も連動して暴落しています。」

信用とは空気の様なもの。
空気が汚染されてしまえば、それは逃げ場がないという事だ。

「・・・ようやく合州国の経済が立ち直りつつあるというのに!」

汚染された信用は、毒ガスの様に合州国の経済を蝕む。
なにより致命的なことに、彼らは帝国に債権を有さずその敵国に債権を有していた。
つまり、彼らにしてみれば債務者が蛮族に襲撃されているようなものである。

「まして、安全保障上の問題もあります。」

加えて状況を難しくしているのは、安全保障上列強のバランス崩壊が付きまとうこと。
彼らが、旧大陸で殺し合うのならばまだ看過しえるが超大国の誕生は別の議論になる。

旧大陸を制する国家の誕生は、合州国にとって大きすぎるリスクだ。
現状ですら、帝国の脅威は安全保障を担当する人間にとっては大きすぎた。
もちろん、だからといって手をこまねいているわけではない。

取りあえず、借金漬けにしつつ帝国を抑制するために旧宗主国を活用してみた。
大量の武器をリースし、一部では戦略資源の融通も民間を通じてながら行っている。
だが、実際のところ抑制が期待できるどころではない。
融通した貸付のその回収すらおぼつかないのが現状だった。
損切りということも、考えないではない。
なにしろ、これ以上の赤字阻止というのは一つの見解だ。

だが、損切りの結果として帝国を放置する?

それは、さすがに彼らにしても高くつき過ぎるように思えてならない。
連合王国が崩れれば、帝国と連邦の一騎打ちだ。
それで共倒れになってくれれば結構だが、そうもいかないだろう。

あまりにも、あまりにも希望的観測に過ぎない。

「だから、介入するとでも?君らは馬鹿かね?」

しかしながら、同時にだからと言って即断するほど選良とは愚かではない。
少なくとも、彼らは自らの発想が合理的であればあるほど危うさも学ぶのだ。

「しかし、放置しておくことは…」

「御説は結構。で、どうやって介入されると?まさか、債権のために戦場に行けと告げるおつもりかな?」

天下国家を語るのは、所詮誰にでも許される児戯。
問題は、天下国家を如何に為すかにあるのだ。

「世論は、ある程度熱しつつありますがやはり足りない。」

理屈だけで、世界は動かない。
簡単に言ってしまえば、介入するためには大義が必要なのだ。
人々を酔わせて、戦争に介入させられるだけの名分が。

そして、難しいことに帝国は合州国に対して確固たる敵意を表していない。
さんざん水面下で反帝国運動を支援しているにもかかわらず、だ。
おそらく、臓は煮えくりかえるほどに激昂しているのだろう。

だが、表面上はいとも紳士然とした面で帝国はこちらに微笑んで見せている。

「機会を伺うしかありますまい。」

こんな状況で開戦できるわけがなかった。
次の大統領選挙を考えれば、フィラデルフィアとて二の足を踏む。
近侍する幾人かにとっては、大統領の腹はわからないでもないが。

そうでなくとも、上院は孤立主義に制されているのだ。
少なくとも、上院で仕事をしているメンバーにはそれが理解できてしまう。
財界の人間にとっても、国内の雰囲気ならばよく理解できる。

誰ともなしに、溜息をつかざるを得ない状況。

「・・・介入の手筈だけは整えておく必要がありますな。」

「言うまでもなく。」

あと一押し。
それが、足りない。

誰もが、誰もが決定打を欠くことに切歯扼腕していたその時。

「失礼、ジェントルマンの皆様、お仲間に加えていただけませんかな?」

招待状を渡されてもいない客が、にこやかな微笑みと共に来室する。
なにしろ、会員制のクラブにも関わらず、彼は此処の会員ではない。
いや、そもそも会員である資格すらないだろう。

・・・愛国者であること、という条件を異邦人の彼は満たせないのだから。

彼ら全員がある程度の面識を有していたのは、彼の職業上の理由によるものでしかない。
表向きは、連合王国フィラデルフィア大使館付き一等書記官ジョンソン・ドゥ。
本職はきな臭い仕事だとここに集った男達は知っている。

「Mr.ジョンソン?いくら、貴殿とはいえいささか無粋ですな。」

アポも無しの訪問。
いささか、心証を害したという表情で一同を代表して最年長の男が口を開く。
最も、その眼には無礼を咎めるよりも何用かという警戒が強い。

だが、今日ばかりは彼らもジョンソンの来訪を喜ぶことになる。

「御無礼はお詫びいたしましょう。こちらを。」

差し出されたのは、薄い便箋。
主として、外交電報が挟まれる公的なモノ。
そして諜報部員が他国の有力者に渡すものだ。

渡された側が訝しみながらも、封を開けた時彼らは驚愕することになる。

「・・・ほう、これは!」

アルトゥール帝国外務卿の発した電報。
宛先は、隣国メヒカーノス。

どうやって、入手したかは問わない。
問題は、内容なのだ。

『対合州国宣戦布告要請』

帝国の外務卿によるメヒカーノスへの公式要請。
秘密電報だろうと、結局のところ漏洩してしまえば同じだ。

メヒカーノスが飲もうと蹴ろうと、意味はない。
実際、国力差を勘案すればメヒカーノスは一蹴するだろう。
だが要請があったという事実は揺るがないのだ。

十分だった。

国民を。
世論を。
議会を。

全てを動かし得る最高の鬼札。

「どうやら、お気にめしていただけたようですな。」

「ええ。素晴らしい。」

アルトゥール電報事件と、歴史はそれを語る。



13才の誕生日。
少しも身長が伸びないばかりか、ストレスと過労で体重が減りつつある今日この頃。
ごきげんよう。

小官は、帝国軍イルドアヌス戦闘団長、ターニャ・デグレチャフ魔導中佐。
未だ、硝煙の臭いが濃厚に立ち込めるイルドア戦線より皆様に御挨拶申し上げます。

想定されるお仕事は、いとたやすき代物。
なにしろ、パスタとピッツァのお国で行進するだけ。
適度にエスプレッソを楽しみつつ、優雅な半島旅行の予定。

素晴らしいことに、イルドア半島には良質な珈琲豆が大量に輸入されていた。
これだけあれば、当分配給される信じがたい悪質な代用珈琲を啜らずに済むところ。

まさに、人間性の回復できる素晴らしいイルドア滞在計画。
おまけに快適な気候と、風光明媚な町並みが整えられているである。

完璧な半島滞在予定をターニャは立案。


・・・だがそれは、しょせん予定だった。

ハッピーバースデー。
合州国が一言、メッセージを言うためにわざわざ南方大陸まで足を運んでくれたそうです。
海をわざわざ越えて、御苦労な事に。

まあ、こんな体になった誕生日など祝うものでもないと考えていたのが13年前。
祝う事を考えていたのは、失敗だったなぁと見通しの甘さを反省するのが今日この頃。

油断があったのかもしれないと自分の甘さを苦々しく思いつつ即応。
高度2000、最大戦速を維持しつつ南方大陸へ急行中。
洋上航法は手慣れたものだった。
おかげで、頭の片隅で敵の思惑について考える余裕もある。

『戦闘団長より戦闘団各位へ。』

敵情は完全に不明なれども、軍団規模の合州国軍上陸との報が飛び込んできたのがつい先刻。
それと同時に、合州国による宣戦布告の報も飛び込んでくる。
これで、奴らは嫌でもコミー対策に関わらざるを得ない第一歩を踏み出したかとようやく安堵。

『新しいお客さんだ。』

要するに、これは自分の知るところの『トーチ作戦』に類似するものだろう。

遅かれ早かれ、介入はあるモノと想定はしていた。
歴史からも、政治経済からも、この介入は必然だと。
だから、早々とイルドアに逃げ込むという計画を立案。
合州国の介入後は、適当に終戦まで安全なイルドアで果報を寝て待つ計画だった。

が、少々イルドア戦線で失敗を犯し過ぎた。

よりにも寄って、主力艦を取り逃がしてしまったのだ。
タチの悪いことに損耗率もかなり高い数字。
懲罰的に東部戦線に送られる危険性すら感じられてくる状況。

少々焦りを覚えていた時に合州国が重い腰を上げてやってくるというではないか。
そして、旧知のロメール閣下が増援要請を本国に送っているという。
幸い、イルドア駐留中の自分の戦闘団は航続圏内。

まさに、最高の好機だった。
即座に救援へ赴くことを志願。
一当てして、ご覧にいれましょうと請け負ってくる。

イルドア方面の情勢が安定しつつあることもあり、出撃許可が下りるまでさほどの時間も要していない。
いつも、これほど仕事が早ければ良いのだが。
まあ、今回ばかりは確率論的に恵まれていたとターニャは判断している。

『まあ、要するに狩りの獲物が増えたと思う事にしよう。』

なにしろ、この時期の合州国軍は素人も良いところだ。
歴史上、奴らはいつも介入してくる当初は弱兵。
後半からは物量で圧殺してくるものの、今は素人集団だ。
大量の重砲兵やら火力やらは持ち合わせていても、使い方は未熟。

だから、遊んでやるくらいは可能だろう。
リスクを慎重に見極めたうえでの行動だ。

奇襲し軽く撹乱することで、自分の失態を相殺するには最適な機会だった。
碧眼を細めながら、ターニャは皮肉な誕生日プレゼントだと笑いたくなるのを堪える。

『諸君、そろそろ昇進したくはないかね?喜べ。わざわざ合州国の皆様が協力してくださるそうだぞ。』

『それは、素晴らしいですな中佐殿。』

洋上航法中の戦闘団。
にもかかわらず、そこには全く緊張感というものが無い。
合理的に考えれば、自然体で最高の実力を発揮し得る状態と評すべきだろう。

全く、部下が戦闘狂だという事実にはいつも戸惑わされる。
自己投資してきた人的資源を損なうリスクにどいつもこいつも無頓着すぎる。
合理的近代人として、合理的アクターとして、嘆かわしい限り。

まあ、軍人というものはそういうモノを装わなければならない以上自分も真似するしかないのだろう。
せいぜい、度胸があるというようにニヤリと嗤って見せる。

『まったくだ。わざわざ海を越えて御苦労なことだ。』

まあ、実際鴨がネギをしょって大海原を渡海してくれるのだ。

自分から出向くよりも、ずっと距離的に楽であるのは間違いない。
長時間、潜水艦に詰め込まれて通商破壊作戦にでも従事させられたら大変だっただろう。
いくら身長が伸びないためそこらの子供よりも背が低いとはいえ、狭い空間は狭い空間だ。

『ロメール閣下を破産させる最高の好機だ。』

旧知の合理的な将軍閣下からの要請でもある。
ビジネスを一緒にできる人間に対して、良好な関係を維持しておくに越したこともない。

『戦果をあげて、せいぜい美味なイルドア料理でも楽しむことにしよう。』

『ロメール閣下の御馳走ですか。それは素晴らしい!』

部下らの戦意は旺盛。
仕事をする分には支障が無いだろうと、まずは安堵する。
状況は決してコントロール出来ないものではない。

少なくとも、今回は可能だとターニャはほくそ笑む。

予想は完璧だった。

しかし。
しかしながら。
ターニャの思惑は思わぬ事情によって急速に修正を余儀なくされるに至る。

それは、ターニャにとって想定すら為し得ないようなお粗末な原因。
だが、それは確実に誤算として計算式を狂わす。



カセリーナ峠。

歴史に名を残すのは、帝国軍と合州国軍による初の大規模会戦が行われた地としてだ。
だが、後世の合州国軍事専門家向けの戦史にはこう記載されている。

『カセリーナの屈辱』と。




高度8000。
FACとのリンク正常。
戦闘隊形の形成完了。
空域における友軍航空艦隊との距離正常。

各部隊との通信リンク確立に問題なし。
前線各部隊との通信すら、望めば正常に繋がる状態だ。

何と言えばいいのだろうか。

はっきり言えば『正常』すぎた。
軍の演習並みにマニュアル通り事が進み過ぎている。

FACとの通信にノイズ一つないという事態は戸惑うしかない。
最低でも、高出力の通信機で敵の妨害電波を押しのける程度は覚悟していたのだ。
なにしろ相手は合州国軍。

物量と機械の国家である以上、なんとか技量と知恵で対抗するしかないと覚悟している。

それが、蓋を開けてみればこのあり様だ。
悪質な詐欺に嵌められつつあるかのような違和感が隠せない。

『イルドアヌス01よりホテル3、感度良好。ノイズすら当方では感知できず。』

『ホテル3了解。感度良好。敵によるECMは感知されていない。』

相手は、合州国軍だ。
その装備の質を勘案すれば、電波妨害程度どの部隊でもできるに違いない。
連合王国に供与されている装備の質から考えて、能力は十分にある。

それだけに、想定外も良いところだった。
ECMを一切発しない?
それは、敵の通信妨害を一切行わないという事に他ならないのだ。

『間違いないのか?散々ブリキどもが使っているのだぞ?』

『間違いない。空軍の先行偵察部隊とすら繋がる。』

だが、いくら首を捻ろうともそれはゆるぎない事実。
ターニャにとってみれば、理解できない何かだった。

まさか、傍受してその場で解読しているという事だろうか?
いくら彼の国といえどもそこまで行えるとも思いたくはない。
最悪を想定するならば、それも考慮せざるを得ないが。

希望的観測を排しての判断は絶対だ。
しかし、それ以外にメリットがあるだろうか?

一番考えられるとすれば、こちらの所在を確実に把握できるという事か。

なにしろ、妨害されていないのだからこちらの電波は垂れ流しだ。
高度8000で通信電波を撒き散らしている魔導師など超長距離から捕捉できるだろう。
だとすれば、考えられる結論は一つだ。

『敵航空部隊並びに魔導師の所在を送られたし。伏撃に警戒したい。』

練度がそれなりの部隊であれば、こちらが所在を露骨に表わし上空をのうのうと飛んでいるところを襲撃可能だ。
この状況で考えられるのは、つまるところこちらをおびき寄せての伏撃というのが正解だろう。

『残念ながら、こちらでは確認されていない。現在、第9航空艦隊が索敵中。』

『了解。敵伏撃部隊排除を留意する。作戦命令に変更はないな?』

まったく、良くわからないことばかりだ。
こんな手探りでリスクを取るというのは、本来推奨されないやり方だろう。
リスクヘッジの観点から、見直しが必要かもしれない。

これほどまでに戦い方が違うという事には、正直戸惑ってしまう。
だが、相手は物量の国なのだ。
躊躇し判断を誤るよりは、速度で図体のでかいやつらをかき回すのを優先するべきだろう。

『司令部伝達、敵情把握を優先する。命令に変更はない。オーバー。』

『イルドアヌス01了解。当初目的通り威力偵察を敢行する。オーバー。』

命令に変更が無い以上、敵情偵察が主任務となる。
すでに、いくばくかの航空優勢を確立した第9航空艦隊が先行済み。
魔導師の任務は、より低空から侵入して敵を誘引ないし突いてみることだ。

威力偵察という気乗りしない任務だが、まあ突くだけなら危険も乏しいだろう。
伏撃に警戒する必要があることを考慮し部隊毎に散開させて侵入隊列を形成。

『戦闘団長より各位へ。索敵撃滅戦である。』

サーチ&デストロイの発令。
要するに、戦闘団がいつもやってきた任務に違いない。
慎重さが求められる仕事であるが、同時に憶病であっては絶対にいけない仕事。

まあ、ターニャにしてみれば危険であまりやりたくないという点で気に入らない仕事だ。
なにしろ相手は合州国軍だ。
ハリネズミの様な対空砲火が手ぐすね引いて待ちかまえていることを思えばなおさらである。

VT信管が出てくる頃には、接近すらおぼつかないに違いない。

『小癪にも、伏撃の懸念があるものの相手は素人だ。』

だが、あるまじきことに連中はまるで我々の様な戦術を採用している。
引き込んで伏撃という発想は、正直彼らにはなじまないものかと思っていたが。

・・・いや、先入観というのはいけない。

それは判断力を鈍らせる上に状況を誤解させてしまう。
なにしろ、海兵隊が太平洋戦線で大規模な夜襲を敢行したこともあるのだ。
そんな筈はないという先入観ほど有害なものはないだろう。

慎重に、潰していくに限る。

『合州国からのお客様に、丁重な入国審査をしてやろうではないか。』

適度に注意を促しつつも、あとは怯えていないという勇敢な指揮官のアピール。
気乗りしないが、職務規定で将校とは模範たるべしと規定されている以上いた仕方ない。
契約に同意して将校として従軍しているのだ。

不敵な微笑みで素敵に嗤ってやる。

『素晴らしい。パスポートとビザの検査ですな。不法入国者はいかがしますか?』

『それはもう、教育してやろうではないか。』

軽口を叩きながらも、高度を下げつつ敵第一警戒線に突入。
迎撃を覚悟するものの、鉄のシャワーどころか散発的な銃撃と微弱な対空砲火のみ。
下手な鉄砲をやたらめったら撃たれると覚悟していたターニャにとっては予想外も良いところ。

一瞬、敵警戒線の位置を見誤ったかと勘繰り否定。
少なくとも、部隊の接敵報告と航空艦隊の報告を総合する限りでは誤りが無い。

やはり、誘引して伏撃してくるつもりなのだろう。
そうでなければ、状況に説明が付けられない。

「・・・っ、火力主義かと思っていたが存外違うのか?」

想定と状況が違い過ぎた。
自分の前提知識と全く違う挙動には、疑念がわき上がらざるを得ない。
確かめる必要があるのは、事実。

『敵魔導師ないし航空部隊は?』

念には念を入れ、各部隊には索敵に留意させている。
にも関わらず、発見の報どころか友軍が接敵したという報告すらない。
実際、ターニャ自身起動している索敵術式は空域がクリアであるという事を表すばかりだ。

『・・・確認されておりません。』

実際のところ、部下も戸惑っているのだろう。
通信障害による報告未達の可能性も、この通信状況では考えにくい。
つまり、判断しにくいことに敵が未発見。

いるべきところに、敵がいないというのはそれはそれで違和感がありすぎる。
The Firmが存在しないコンサル会社並みだ。
ありえな過ぎて、逆に警戒心を呼び起こしてやまない。

『索敵を継続。対地警戒も怠るな。』

『『『了解』』』

「奇妙すぎる。・・・どこに隠れている?」

そう思った瞬間に、岩陰に人影を視認。
規模複数。
最低でも、4~50人?

咄嗟に、視認できた人影を部隊もほぼ同時刻に発見。

『塹壕線を確認。・・・いえ、偽装壕です!』

敵だ。

『潰せ!伏撃部隊だ!ブレイク!ブレイク!』

本格的な陣地構築ではなく、偽装程度の壕。
こんな最前列で、岩陰に潜んでいる連中が浅い壕を掘るはずもない。

対空術式を警戒し、即座に散開。

小隊毎に回避軌道を描きつつ、敵部隊に襲撃の機会を与えないように増速。
行き掛けの駄賃とばかりに、対地爆裂術式を起動。

『各小隊!最大戦速にて突入!』

各小隊長の判断に個別の戦術判断を委ねつつ突入。
この時、デグレチャフは知らなかった。

あまりにも浅かったために偽装壕と判断された壕。
それは、経験不足の合州国軍兵士が掘った壕だという事を。
ECMが無いことは、伏撃のためではなく単純にミスだという事を。

対空砲火が濃密でないのは、そもそも対空戦闘の経験がないために理解されていなかったという事を。
航空優勢・魔導師による空域制圧が容易であったのは、相手の無理解が原因だと。
連合王国とは違い、相手はそもそも大規模総力戦の素人だという事を。

要するに、ハードはともかくソフト面で合州国軍はこの時点では素人も良いところだという事を。

だが、さすがに個別の戦闘事例まで記憶していない以上ターニャにとってイメージは強大だった。
それ故に、ターニャの行動は敵が『世界最大の軍隊』であるということを前提とする。
質・量で圧倒している敵軍との戦闘を想定しての苛烈な突撃戦。

かくして。

合州国軍の第一陣は到着早々強烈な洗礼を受ける羽目となる。


あとがき
orz
誤字が、誤字がぁああああ...

ZAPにとりかかりますのでご容赦ください。
追記
誤字ZAPを敢行しました。

現在、Computerがクローンの増産を検討中です。

後、ちょっと余裕が出てきたのですがまだまだ厳しいので更新は不定期になることをご容赦ください。

後、コメントに感謝を。

>牛歩さま
疑似神経は、疑似ですから。
痛覚のカットくらいは(`・ω・´)

>D4さま
ぶっちゃけると、マーシャルプランのために介入してほしいだけです。
デグレチャフ的思考によれば、旧大陸を買収しようとするコミーを抑え込むホワイトナイトが必要なのですね。


あと、主人公の人気に安堵しました(´・ω・`)。
こんなタイトルですから、主人公が愛されないと覚悟していましたが。

ともあれ、勇気、友情、努力の末に、強敵に打ち勝つ合州国のヒストリー開幕です。

次回、『敗北を踏み越えて』

合州国の苦闘と、栄光にご期待を。

追伸
フリーデンタール中将更迭後、入れ替わりにアノ将軍来るぅー?
(・∀・ )っ/凵⌒☆チンチン

とのお問い合わせを頂きました。

良くわかりませんが、英雄願望で自称ハンニバルの生まれ変わりの突撃愛好者なら本国から搬送されているところです。

ZAPしています。
ZAP



[24734] 第七二話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:09
その日、南方大陸に輸送船から降り立った男は激怒していた。
彼は、生来の怒れる男である。

彼は、陸軍を愛していた。
彼は、合州国軍を誇りに思っていた。
彼は、祖国の軍人であることを最高の名誉に思っていた。

そして、無能な友軍と口だけの後方要員が死ぬほど嫌いだった。
もしもの話だが、許されるならば全員銃殺刑にしてやりたいほどだ。
臆病者が彼の陸軍を、合州国軍の名誉を汚すことほど耐えがたいことはない。

このように怒れる軍人足る彼にとって、目の前の光景は沸騰するには十分すぎた。


圧倒的物量差。
二個師団に対して、二個軍団。
しかも、定数割れの上に補給が途絶えがちな相手だ。
対するこちらは、完全充足の上に兵站線が確立されていた。

誰が考えても、物量で押すだけで勝てる状況の筈だ。

近隣の制海権は確保され第3艦隊を中心とした戦艦群の火力支援の任で展開済み。
それらの状況で、抵抗のないままに確保した要衝に防御陣地を構築。

その気になれば、ワンサイドゲームで早々とコールドゲームだ。
士官学校を出たばかりの新米だって、これくらいの事はわかるに違いなかった。

はっきり言えば、こんな条件で負けるのは救い難い無能くらいだろう。
そうでもなければ、物量で圧倒する軍隊がここまで無様に振り回されることもなかった。

事実として、ボロボロになっている彼の愛する軍隊。
これが、怒れる彼の心をずたずたに切り裂いてしまう。
許されるはずもない醜態を、無能と臆病者が満天下に晒してしまったのだ。

これで怒らないのは、玉無しくらいだろうと憤慨が収まりそうにない。
怒れる彼の名前は、ジョージ・パルトン。
『大胆不敵であれ!』がモットーの軍人となるために生まれてきた合州国の誇る戦争狂である。

当然ながら、平時の祖国において彼は非常に厄介者扱いされていた。
開戦後も、スマートなエリート然とした連中と揉めて出番が遅れてしまう。
それだけに、輸送船を降り立ったパルトンは戦意に満ち溢れすぎていた。

出迎えの合州国将校ですら、思わず声をかけることをひるんでしまうほどに。
だが意気地のない姿は、さらにパルトンの怒りを招きその場の雰囲気を締め上げてしまう。
もはや、張りつめた緊張が臨界点に達しかけたその時だ。

「酷いあり様ですな。いやはや、見ていられない。」

1人の連合王国軍魔導将校が場の雰囲気を押しのけるように軽口を叩きながら前にでた。

「南方大陸へようこそ。連絡将校を務めておりますドレーク少佐であります。」

「パルトン中将だ。」

立ちふさがる者は悉く粉砕してやるぞと言わんばかりの眼光。
余計なことをして、火に油を注ぐなと居並ぶ将校らが胃を痛めるなかでドレーク少佐は笑いながら敬礼する。

「こちらへは、戦争をされに?」

そして、開口早々に爆弾を起爆する。
怒れる男にしてみれば、その一言は許容しがたい一線を越えていた。
元々怒りで血が上っていた頭が沸騰。

いかつい顔に、下手な返答次第では直々に撃ち殺してやるというほど剣呑な表情が浮かぶ。

「それ以外に、こんなところに何故来る?貴官は、馬鹿か?」

「いえ、一体何をしに来たのか興味がありまして。」

大惨事となるか。
誰もが、思わず喉がカラカラに乾く。
そんな張りつめた雰囲気の中で、ドレーク少佐は飄々と毒を吐いてのける。
なにしろ、彼はほとほと素人集団のお守に嫌気がさしていた。

イルドア海軍のヘタレどもを護衛。
やっと完了したかと思えば、今度は虐めっ子に苛められたヤンキーのお守り?
ウンザリだった。
今すぐにでも、投げ出して帰りたいほどに。

それだけに、彼は口だけの合州国軍将軍とやらにはもはや耐えがたい辟易を覚えていた。

一方でパルトン中将も本質的にはドレークと同じ怒りを分かち合っている男だ。

無能な友軍。
臆病な友軍。
口だけの将軍。

それに対するドレークの憤りは、言葉にせずともパルトンにもよく理解できる。
つまりは似た者同士だということ。
パルトンは将軍であり、ドレークは実働部隊の指揮官であるという相違があれども闘士なのだ。

「・・・我々の事を、第二のイルドア軍と呼んでいるとか?」

「さて、自分には何とも。」

暗に、役に立っていない自軍を笑われていることも確認。
パルトンにしてみれば、同じ戦いを知る者から笑われることほど悔しいこともない。
後方で定時帰宅する腑抜けにならば、何を言われようとも気にかけもしないだろう。
だが、戦士にとって同じ戦士から名誉を疑われることは耐えがたい苦痛だった。

本質的に、パルトンという軍人はあまりにも誇り高くかつ戦士として生を受けているのだ。

「結構。汚名はすぐにでも返上してやる。」

彼にとって、合州国軍の醜態は彼の名誉に直結する問題だった。

なにしろ全く許しがたいほどに遊ばれてしまっている。
帝国軍からは、散々翻弄された挙句に峠から蹴りだされてしまった。
馬鹿げていることだが、反撃するどころか早々に逃げ出しているのが軍の実態。

「鍛え直す。今すぐにだ。」

直ちに、叶いうる限り迅速に。
根性無しの軍隊を再教育する必要がある。

拳を握りしめパルトン将軍は怒りと共に宣言する。

そうでもなければ、誇り高い彼は帽子を地面に叩きつけて腑抜けた将校をぶち殺してしまいそうになるのだ。

「訓練を行われるのですか?こんなところで?」

そんな悠長な時間があるものかというドレーク少佐。
その反応はあまりにも真っ当であり、そして合州国が彼らに何を言っていたか理解できてしまう。

ああ、前任の無能どもは時間が必要と馬鹿の一つ覚えの様に引きこもっていたことだろう。
なればこそ、なればこそ奴の様な戦士がこちらに馬鹿を見るような目線を向けてくるのだ!

何たる屈辱!
何たる侮辱!

そして耐えがたいのは、自分がそんな無能どもと同じ軍で、同じ国家で、同じ軍服に袖を通しているという事実!

怒れる男にとって、それ以上我慢のならないことは地上に存在し得なかった。

「理論は、実践しなければ役に立つものか。軍で実戦に勝る訓練があるものか。今すぐに進軍だ。」

それ故に、彼はあっさりと戦闘行動を決意する。

「・・・本気でおっしゃっておられるのですか閣下!?」

「無茶です!我が軍の魔導師は休養と再編が不可欠です!」

驚いたのは、待ちかまえていた合州国軍の参謀らだ。
新任の指揮官が、軍でも名高い闘将だというのは誰もが聞き及んでいる。
当然、性格を反映してかなり積極的な行動に出るものだろうとは覚悟していた。

だがまさか。

着任早々、攻勢を決断されるとは誰が予期し得ただろう?

「・・・貴様らの言うとおりにしていれば、戦争が終わるまで身動き一つとれん!」

習うより慣れろ。

言ってしまえば、彼は演習よりも一度の戦場経験の方が重要だと信じていた。
国境紛争で従軍したことのある数少ない軍人として、パルトンは実戦経験こそが全てに優越することを知っている。
ごちゃごちゃと戦場を知らない連中に口出しされるのは彼にとって理解しがたい現象だった。

「反論は聞いた。だが、私が指揮官だ。行動すると決定した以上、行動あるのみだ。」

それ故に、彼は反論してくる参謀らを文字通り強権でねじ伏せる。
生来の行動派であるパルトンにとって、これ以上の足踏みは耐えられない。

なればこそ、彼が任命されたのだ。
フィラデルフィアの覚悟と決意はそれほどである。





強行偵察、RTB、報告という実に単純なステップ。
しかしながら、小さな背丈にかかわらず傲然と司令部内を闊歩するターニャは内心苦悩していた。
人眼が無ければ、碧眼を細めて爪でも齧ってぶつぶつ呟きかねないほど。

もちろん、近代的合理人としてそんな馬鹿な真似をするつもりはない。

だが、心情としては理解しがたい現象をどうやって理解すればと心底困り果てている。
なにしろ協商連合よりも弱兵ぞろいで、あっという間に蹴散らせてしまった。
強行偵察のつもりだったが、実際はほとんど強襲か下手をすれば奇襲だろう。

二個軍団程度に、わずかな手勢で向かった結果は自分ですら困惑するほどの戦果。
弾薬集積庫、航空用燃料貯蔵庫、仮設埠頭、砲兵隊陣地。
ことごとくが、無抵抗か微弱な抵抗の内に叩き潰すことが出来てしまった。

ラインならば、きっと近づくまでに部隊の半数はおとされても不思議ではない目標ばかり。
それが、ことごとくあっさりと排除できてしまうのだ。
装備も補給もお粗末な軍隊を叩いたと思えれば楽なのだろう。

だが、相手の装備も兵站も恐ろしく充実している。
なんと、信じがたいことだが砂漠にアイス製造機すら持ち込まれていた。
砂漠にありながら、水の確保が為されているばかりか嗜好品も多数確認している。

スパムを食べたいとは思わないが、少なくとも食べるものも持ち込まれてはいるのだ。

何なのだろうか?
帰還後の疑問は、それに集約されてしまう。
理解しがたい現象にも程があった。

強健な体格の子供のような印象?
正直、分析してもこのように常軌を逸脱した結論しか出ない。
何かもう少しばかり判断材料が必要に思えてしまう。

一体、何事か?

最も、その答えが出る前にターニャはロメール将軍の前に立っていた。

故に。
判断は上の仕事とばかりに、ターニャは見て抱いた印象をそのまま上に報告する。

「一当たりしましたが…率直に申し上げて大変評価しづらい相手でありました。」

人事として、人間の力量、組織の活力を評価するのは一日の長があった。
無能な組織や、不健全な慣れ合いという悪習を暴くのは天命だとすら信じている。
その自分をしても、合州国軍というのは理解に時間を要すると判ぜざるを得ないのだ。

「どういうことか?」

「恐ろしいほど弱兵です。同数ならば、帝国軍はまず負けません。ですが、組織力は異常の一言に尽きます。」

魔導師など、素人も良いところだった。
ツーマンセルどころか、雁行隊形で閲兵式のように飛んでこられた時は唖然としてしまった。
ケッテ戦術ですらない素人が、ロッテのサッチウィーブに挑む?

これだけなら笑えるが、素人連中と一蹴するには無視し得ない要素があり過ぎた。
合州国の底力を知っているターニャとしては、それは断じて軽視できない要素と感じている。

「組織力?」

「弾薬集積庫を複数爆破し、ほぼ敵の戦闘継続能力を消滅させたと判定されたのですが未だに健在です。」

対協商連合戦で補給拠点を襲撃された時、帝国軍はその行動に著しい制約がかけられた。
経験則上、ラインや東部でも同じ事例は敵味方共にいくらでも知っている。

だが、驚くべきことに戦果判定のための情報収集結果は兵站の健在を示唆してやまない。
仮設埠頭は常識外れの速度で再建されていた。
少なくとも、貨物・兵員の揚陸にはなんら支障が生じていない。

つい先ほども、有力な機甲部隊を含む重戦闘部隊が上陸しているという。

「…そこまで、そこまで兵站が卓越しているというのか。」

ロメールが唖然とするほどに、その兵站は強固であると判じるほかにない。
本国から遠隔地に部隊を投射するということは、国力の総合力が問われる難題だ。
それを、集積した物資を複数吹き飛ばされなお平然と維持できる兵站。

維持するための後方組織の充足度は、帝国をして愕然とするほどだろう。
南方大陸に部隊を展開するに際し、補給に苦しめられているロメール将軍である。
彼にしてみれば、自分の経験から殊更合州国の規格外ぶりを感じざるを得ない。

必死にやりくりしている帝国軍をあざ笑うかのような圧倒的な兵站。
相手の層の厚さを図るべく送り込んだ偵察部隊の報告は、潜在的な難敵を示唆してやまない。

「予期されていたことではあります。それと、経験不足という弱みも時間が解決しかねません。」

常識的に考えれば、資質に恵まれ戦訓から学ぶ余裕のある軍隊という事になる。
元より合州国の圧倒的な国力に関して、統計上の知識は誰もが持ち合わせていた。
参謀本部とて、合州国の参戦を想定した際は物量と兵站において優れるだろうと予期している。

だが、これほどまでに分厚い兵站を見せつけられると血の気が引く。

今はまだ、図体がデカイばかりの素人だろう。
だが、戦い方を学ばれては押しつぶされかねない。

その危機感は、優秀な将校ならば誰もが即座に抱く類のもの。
問題は、これに対する対応策だ。
ロメールの頭を占める悩みも、それ絡み。

「・・・叩くか、粘るか正念場か。」

彼には二つの選択肢がある。

速戦か、持久かだ。

時間は必ずしも、帝国の味方ではない。
その前提から考えれば、速戦するという方策が一つの選択肢ではある。

敵が十分に練度でもって組織力を活用できる前に、海岸線から叩き出す。
そのためには、時間が最優先されるべき要素として勘案されねばならない。
そうでなければ、敵は練度を向上させ戦訓から学ぶ敵が強固になり排除は困難となる。

以上の理由から、排除を前提とすれば速戦あるのみ。

対して、速戦のリスクは予備戦力と備蓄を根こそぎ投入してしまうという点にある。
言い換えれば、中途半端な逐次投入を避けるためにも攻勢には全力を注がざるを得ない。

対して、持久は現時点でのリスクは限定的ながら長期的には強大な敵との対峙を意味する。

「貴官は、速戦を主張するか?」

本来ならば、ロメール将軍は帝国軍でも有数の運動戦信者だった。
並大抵の敵ならば、機動力と戦術にて屠って見せる自信と力量を持ち合わせている。
だが、その彼をしても状況の判断は微妙な要素が多すぎた。

常のロメールならば、行動を開始していただろう。

だが、彼の戦勘は嫌な警鐘を盛大に叩きならしている。
勝算のない博打だ、と。

「いえ、遺憾ながら連合王国軍魔導師の展開を確認しております。速戦は困難かと。」

そして、ロメールですら手放しで称賛したくなる卓越した野戦将校の返答も同様だった。
ターニャ・デグレチャフ魔導中佐。
白銀という優雅な二つ名とは裏腹に、『錆銀』と言われる彼女をしてだ。

見込みがあれば、ラインの重防御陣地を突破してのける魔導師。
それが成算なしと判断するのだ。
可能性があるとすれば、一番高い魔導師の判断である。

その事実から、ロメールは即座に速戦論を放棄する。
これでは、彼であろうともせざるを得ない。
これ以上は、時間の浪費でしかなかった。

苦々しい思いで、口の中に泥を押し込まれたような気分を吐き出す。

「・・・じり貧か。嫌なものだな。」

「御尤もであります。」




こうして。
灼熱の大地で、愉快な仲間達による愉快な戦争が幕を開ける。
砂塵の吹き荒れる戦場での、泥臭い戦い。

それは、合州国軍にとっての最初の試練だった。
速成ながらも、鬼上官に叩き直された軍隊の最初の課題だ。

合州国史上最も困難な一連の試練が幕を開ける。


「進めぇえ!」

集積された軍砲兵。
本国から廻航されたばかりの戦艦群。
仮設の飛行場から飛び立った爆撃機に魔導師。

カセリーナ峠でデグレチャフが蹂躙した軍隊と同一とは思えないほどに、その動きは組織的。
加えて、圧倒的な工業力と天然資源に支えられた兵站は鉄量を存分に持ち込んでいる。
なにしろ、対魔導師戦闘でコストパフォーマンスが最悪とされる戦車すら大量に持ち込めるのだ。

優れた工業基盤故に、造りだされる製品は量産品として完成された整備性・量産性を持ち合わせている。
魔導師らですら、一定の規格によって再訓練され編成された連中からなっている。

言ってしまえば、それまでの合州国軍とは全く異質な軍隊へと進化している。

そして、それに対抗するべく展開する帝国軍魔導師。
こちらは、練度において当代未曾有の怪物ぞろい。
黄金柏剣付き白金騎士突撃章を有する『ラインの悪魔』を筆頭にネームドが並ぶ。

圧倒的組織力と、圧倒的な個の力の衝突。

周囲にとっては迷惑以外の何物でもないその戦闘は、合州国軍砲兵隊が口火を切る。

出し惜しみを一切排した、圧倒的な鉄量による面制圧。
その鉄量は歴史に特筆された。







砂漠で人類史上、最大の鉄量が非建設的行為に浪費される最中。
連邦の人民を代表し、ロリヤは国家発展のために建設的な行為へ勤しんでいた。

「・・・つまり、希少資源を輸出する訳です。」

戦時経済の管理は、緻密な統治機構と世界最大の官僚機構を誇る連邦をしても難事だった。
本来ならば、当然のように生産手段の国有化による延々としたプロセスを経て事が進められている。
だが、それでは最早間にあわないのだ。

前線の損耗は、畑で兵隊が取れる連邦をしてもかなり手ひどい人的損耗の水準に至っている。
ようやく脱皮し始めた工業基盤は、過度な負荷と戦火による破壊で大きく打撃を被った。
また、穀倉地帯が戦場となったことで食糧配給にも深刻な悪影響を被っている。

別段、餓死者の人権に興味が無い連邦当局だとしても生産性の低下には反応せざるを得ない。
ノルマの未達成に対して厳罰主義で望んでも限界が迫っているという事は、ロリヤは職責上理解している。
プロパガンダで祖国戦争を謳い、大量動員で軍需最優先に働いてこれだ。

共産主義者としては非常に異例ながら、ロリヤにしてみれば貿易による状況の改善という結論しか道は見えなかった。

「代わりに、我々は完成品を輸入します。」

結論としては、連邦内部の希少資源や金銀の輸出と工業製品の輸入しかない。
そうでもしなければ、連邦はボロボロに疲弊し尽くして戦争に勝とうが負けようが崩壊する。
別段、自分の安全が確保できるならばそれも一向に構わないがロリヤにはもっと大切な目的がある。

あの麗しいデグレチャフ。

あの、端正な顔。
見事な意志と、成し遂げる実力。

それをひれ伏せさせるためには、戦争に勝たねばならないのだ。

ありとあらゆる手段を活用し、一切顧みることなくロリヤは自分を突き動かす情動に身を任せて止まない。

「それは、帝国主義的資本主義への逆行では?」

「経済建設により生産手段を人民が保持してこそ、戦時経済もより高度に組織化しえると考えますが。」

忌々しいことに。
同志書記長は、面倒事の処理はこちらに委ねるおつもりだった。

もちろん、提案が許されたという事は同志書記長閣下も問題は認識されていたという事を意味する。
そうでなければ、自らの権限を部下に委ねてみようという発想が湧いてくるはずもない性格だ。
ある意味、究極のリアリストとして問題克服の方策を求めていたのは間違いないだろう。

そして、厄介なことに諸問題を予期して部下が動くのを待っていた節もある。
案外、失敗した時はこちらを切り捨てることで処理するつもりかもしれない。

いや、自分ならば絶対にそうするだろう。

成功すれば、自分のプラス。
失敗しても、少なくともその場はしのげるだけの保険が掛けてある。

まあ、この国では誰でも考えている事なので驚きもしない。

だが、副産物には辟易してしまうのも事実。

だから、目の前でうっとおしい政治局の面々から反論されねばならないのだ。
自分の力では何も出せない自らのイデアに比較し醜悪な肉の塊ども。
口から出されるのは、鈴の音の様な声でも、内容のある話でもない。

まったく、いつか機会があれば粛清してやりたい程度だったが今となれば今すぐにでもしてしまいたい。

イデアの追求という哲学的命題を阻止するとは、族滅してもまだ不足だ。

「大変素晴らしいお考えです。」

とはいえ、政治局でそれなりに生き残ってくる以上時間が必要なのだろう。
奴らの警護要員に命じて粛清するにしても、手筈を整える時間が不可欠。

取りあえずは、説得し宥めすかし、丸めこむ必要がある。
そして成果を出して、同志書記長から粛清の許可を取り付けねば。
つまり、それまでは耐え忍ばねばならない。

その一心で、表情に温和かつ丁寧な笑顔を張り付けてロリヤは口を開く。

「ですが、それで勝てますか?」

如何にも、連邦の勝利を心から願ってやまないという口ぶりで。

「それで、帝国軍を押し返して逆侵攻できますか?」

誠実に、軍を応援しているという口ぶりで。

祖国を心配しているという口ぶりで。

これで、奴らが反対し軍に損害が出ればそれを口実に粛清も可能。
曰く、反連邦的破壊工作にくみし軍と祖国を危機に陥らせた、が適切だろう。

「同志ロリヤ。短期的な視点で、共産主義の最終勝利を危機に晒すべきではない!」

「修正主義者と戦ってきた同志ならばおわかりの筈だ!」

・・・ああ、本当にこの手の輩はいくらでも湧いてくる。

防疫に際しての原則は、『隔離と滅菌』である。
特に、滅菌は焼却が望ましいのは言うまでもないだろう。

しかし、逆に中途半端な滅菌は事態を複雑としかねない。
いつか余裕ができ次第、容赦なく処理して肥料にしてやろうと決意。
それまでは、ごまかしごまかし行わねばならないだろう。

とはいえ、実のところ入手している情報と分析の結果から海外貿易の成算はあった。

故に。

「もちろん全てを理解したうえで、全責任を取るので行わせていただきたいと思っております。」

同志書記長の望んでいるであろう一言をその場に差し出す。
言ってしまえば、政治局の主である同志書記長の意図はそこに集約されているのだ。
リスクを最大限ヘッジするという発想は、もはや投資家のソレである。

まあ、誰も彼も連邦政治局で生き残るには練達の投資家以上にリスクに留意しなければならないという事なのだろう。

だから、本来ならばロリヤとてこんな行動は取りたくない。
だが、仕方ないではないか。

彼にとっての女神は遥か彼方。

報告によれば、なんとイルドアを越えて南方にまた戻ったという。

「連邦には、連邦人民には時間がないのです。微力を尽くすことを政治局に御理解いただきたい。」

急がなければ、自分の手で確保できなくなるではないか。
そうでなくとも、いろいろな諸外国の機関が彼女に関心を抱きつつある。
一応のところ、取引でこちらの獲物と伝えてはあるが実効性のない主張はすぐに無視される世界だ。

なんとしても。
なんとしても、この手で確保するかそれ相応の影響力を確保しなければならないのだ。
その目的のためならば、多少のリスクを選ぶことにロリヤは躊躇しない。

彼にとって、それは夢なのだ。
人生を賭するに値する、最高の夢なのだ。

人は、それを恋という。
ロリヤは、不器用だと自覚している。
それでも彼なりのやり方ながらも、その恋を成就させるべく努力していた。



あとがき
パルトン:兵隊が駄目駄目なら、大砲だ!火力だ!パワーだ!実戦経験こそが、兵隊を鍛えるのだ!
ロリヤ:原理原則に拘泥?馬鹿馬鹿しい。夢に向かって、努力するべきだ!

本作は、夢と希望を持ち努力する人々を応援し続けていきます。

誤字修正!
華金だというのにorz
ZAP!



[24734] 第七三話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/03/16 22:14
それは、奇跡を起こすことが義務付けられた日。

それは、約束された終末への第一歩。

誰もが待ち望んだ終わりの始まり。



親愛なる帝国臣民の皆さま、並びに親愛なる帝国友邦諸国の皆さま。
帝国軍南方大陸駐留部隊を代表し、御挨拶申し上げるはターニャ・デグレチャフ魔導中佐であります。
晴れがましい場ではありますが、皆様に再び見えることが叶う事に勝る喜びはございません。

ただ、誠に遺憾ながら状況はやや緊迫しているというのも事実。
皆様との回線に、いささか以上のノイズと着弾音が混じり込み皆様を煩わせていることをお詫びいたします。
誠に、誠に恐縮ながら現在前線においては苛烈な戦闘が勃発中であります。

親愛なる皆様、帝国軍は侵略行動に対し断固たる防衛措置を講じることを確約いたします。
祖国防衛に邁進する将兵らの意気は堅固であり、祖国を死守せんと侵略者に対峙する意志は壮健と評すほかにございません。
ですが、戦局いかんともしがたい局面も局所的に生じることを御寛恕ください。

現在、帝国軍南方大陸方面軍は我を圧倒する規模の合州国軍と対峙しこれを抑え込んでおります。
これらの状況は、流動的でありますがすでに大打撃を与えさらに締め上げんと我ら帝国軍は邁進しているのであります。
いささか、前線は多忙であり十分に戦局に関して言葉を尽くして御説明できないことをご容赦ください。

最前線より、ターニャ・デグレチャフ魔導中佐がお送りいたしました。




「全戦域において、攻勢を確認!」

緊張で喉が渇ききった帝国軍将校らが、戦域地図を前に喉を嗄らす。
砂漠の砂塵が密閉された筈の司令壕内部に入り込んでくることを気にも留めず、誰もが眼を開いて地図を凝視。
書き込まれた戦域情報は刻一刻と変化し、誰もが青い顔を並べて事態の悪化に直面する。
彼らとて、手をこまねいて事態の悪化を座視していた訳ではない。

叶う限りの最善は尽くしている。

その上で、彼らは無力だった。

「・・・大規模な行動?事前の想定とは違いすぎる。」

先の衝突で完全に叩きのめした筈だった。
なるほど、確かに敵の兵站は強靭であり時間は敵に有利だろう。
だが、少なからず損害を与えたのも事実なのだ。

立ち尽くす将校らにしてみれば、合州国軍がここで再起できるとは夢にも思っていなかった。
彼らの、帝国軍の兵站概念で考えればおおよそ説明できない速度・規模での再建に近い。
無意識のうちに一歩、気持ちの上で彼らは圧倒されているのだ。
それほどまでに、合州国の底力は現実の障壁として帝国軍の前に立ちふさがる。

「ロメール閣下からは?」

「可能な限り遅延戦闘に努めつつ、敵情把握に努めよと。」

そして、後方の上級司令部にできることは本国への撤退許可申請くらいだろう。
ロメール将軍の手持ち予備兵力は既に枯渇して久しいのだ。
南方大陸方面軍の高級将校にとって、増援の見込みなどそもそも期待するだけ無駄とわかりきっている。

遅延戦闘に努めよと後方から言ってよこすのは、他に言えることが何一つないということの証明だ。

アドレナリンが充満し、引き攣ったような眼光でお互いを見やる将校らにしてみれば堪った話ではない。
砂漠で定点防御陣地を構築するというのは、本来無謀極まる概念なのだ。
砂漠戦とは、兵站拠点を巡っての高機動戦であり動的な概念を最も尊ぶ。

偽装や欺瞞措置による奇襲・伏撃は一つの選択肢だが、拠点によっての防御というのはナンセンス。
砂漠でどうやって強固な防御陣地を構築しろというのかと、本国の間抜けどもに現地は絶叫してやまない。
さらさらと流れる流砂の上に、塹壕線を構築できると信じているアホがいるとすれば実践してみせろ、と。

コンクリートも重機も欠如しているどころか、戦闘工兵すら事欠く前線で強固な陣地構築をして見せろと。

まして、相手はラインでの共和国軍を遥かに圧倒する規模の火力を投入してきている。
辛うじて仮設した簡易防御陣地では到底持ちこたえ得ないというのが衆目の一致するところ。
最も楽観的な将校でさえ、この状況下では退路が確保できれば幸いだと考える程度だ。

ゆっくりと、しかし敵に付け込まれないように砲撃の止んだ刹那に逃げるということができれば、だが。

それだけに、誰もが思わず全滅の悪寒に囚われてしまう。
唯一人、デグレチャフ中佐を除いて。

なにしろ、こんなところでお国のために壮烈な戦死なぞ御免蒙ると考えているのだ。

ターニャにしてみれば、こんな状況ならばさっさと逃げる以外にオプションはない。
当然、全滅の悪寒とやらに付き合って雰囲気で集団自殺に付き合う意志はあるはずも無し。
言ってしまえば、自分だけは高速魚雷艇を用意して逃げ出せるダグちゃんの気分だ。

コレは酷いと歎きながら、いつか戻ってくる!と豪語して高速魚雷艇に乗り込むつもりである。
そして、生きていればなんとでもなるとかなり楽観的な見通しも持ち合わせている。
なにしろ、無茶口は戦線再編と撤退支援の名目で真っ先に逃げ出したが生き延びた。
トミーだって、胃潰瘍の診断書をゲッツすればまあ生命だけは保全できた。

まあ、トミーの事例は最悪の手段。
できれば、無茶口程度の手段でここから脱走するに限るとターニャは早々に判断している。
つじーん方式もないではないが、あれは運要素が強過ぎるのだ。

碧眼を細めて、司令壕を見渡す限り突発的に戦局を改善させる案を持っている人間も無し。
誰も彼も真面目に仕事はしているが、切迫していて今にも緊張の糸が切れそうである。
まったく、御苦労なことだがこちらを巻き込まないところでやってほしいとターニャは肩をすくめる。

少なくとも、自分が巻き込まれない事と保身が最優先だ。

そこでここは、無茶口方式が最適だと判断。
逃げ出すに足る口実を考え、即座に結論付ける。
当然、撤退支援以外にない。

故に。
堂々と逃げるために。
ターニャは口火を開く。

「失礼、差支えなければ我が隊で撤退支援に志願いたします。」

如何にも後ろめたいことが何一つないという表情で。
内心の面倒くささを鉄面皮で完全に覆い尽くし、如何にも忠勇な軍人然とした表情で。
ターニャ・デグレチャフ魔導中佐は撤退を進言した。

その姿は、いっそ清々しいまでに凛々しい。



戦争とは、なにも剣林弾雨を掻い潜るだけではない。
だが、逆に言えば一般的に言える程度には掻い潜らねばならないとも言える。
帝国軍将兵にとって不幸なことに。

この日、パルトン中将率いる合州国軍が投じた鉄量は前代未聞の規模であった。
古典的な操典に曰く、『砲兵が耕し、歩兵が前進する。』
本来ならば、比喩である筈の耕作を文字通り国力にモノを言わせて現実に至らしめたのである。

「10時方向に複数装甲車両を確認!」

故に。
練度未熟だろうと。
連係不足だろうと。

合州国軍の進軍を阻止するためには鉄量に頭を押さえられた状況となってしまう。

「何故ここまで近づかれた!?識別急げ!」

これが、地盤強固な山岳地帯や地下要塞構築済みの防衛線ならば押し返すことも叶うだろう。
砲撃というものの制圧効果と対要塞攻撃の有効性は案外跳ね返されることも少なくないのだ。
だが、ここが仮設の防御線しかない砂漠地帯ともなれば。

砲撃に押しつぶされないようにするので精いっぱい。
むしろ、擦り減っていく部隊の統制を維持するだけで将校らは疲労困憊してしまう。
敵情把握以前に、自軍の情勢すらまともに理解できなくなりかねないのが実態である。

「敵戦車を視認!急速接近中!」

「戦車!?」

加えて、盛大な着弾が視界と聴覚を覆い隠してしまう。
そのために、本来ならばエンジン音で真っ先に気がつくべき敵戦車の存在すら隠匿されてしまっていた。
なにより厄介なのは、単独ではなく明らかに中隊規模の敵戦車ということだ。

今次大戦で飛躍的に発展している戦車の性能を勘案すれば、歩兵ならずとも遭遇したい相手ではない。
単独で渡り合えるとすれば、航空部隊か魔導師程度。
なお、戦車の特性上強固な装甲を撃ち抜く為には対人用ではなく対装甲用の術式が必要とつく。

航空優勢なり、魔導師による支援なりが確立してればそこまで恐るべき敵ではないかもしれない。
だが、魔導師の援護を欠く状況かとなれば事態は真逆に転がり落ちてしまう。
そして、連合王国から戦訓を学んでいる合州国軍は敵魔導師を牽制するために魔導師を連帯させることも忘れていなかった。

「に、2時方向に敵魔導師!」

「糞ったれ!すぐに迎撃に向かわせろ!」

歩兵の指揮官にしてみれば、悪夢のようなコンビネーションである。
技量未熟といえども、敵魔導師は敵魔導師。
歩兵のライフル程度では防殻どころか防御膜すら抜けるか不明。
20㎜以上の大口径重火器で制圧しなければ、大損害を覚悟せねばならない天敵。

しかも、戦車よりも小回りが利くのだ。
数で言えば戦車の方が多かろうとも排除の必要性は依然として高い。
そのため、選択の余地なく援護任務中の魔導師を迎撃に向かわせる羽目に。

「戦車が抑えられません!」

「野砲でも、高射砲でも使える物は全部使え!何としても適当に押しとどめろ!」

当然、戦車の相手は自力で行わねばならない。
泣きたくなるが、将校らはそれでも平然と鉄面皮を装って無茶を下士官に命令する。
なにしろ、なんとか適当にできねば全滅だ。
蹂躙されて戦車か魔導師に吹っ飛ばされかねない。

生き残るためには、抵抗を行うしかないのだ。
言われずとも承知している対戦車砲兵は、手早く砲弾を装填。
単純に直進してくる間抜けを笑いながら、初弾を発射。

ものの見事に直撃し、敵戦車一台を撃破。
その戦果に思わず帝国軍将兵からは歓声が上がる。
第二射、第三射と対戦車砲が戦果を生み出し、見入る将兵の前に敵戦車の残骸を積み上げ始めた。

何とか押し止められるか?

だが、そんな指揮官らの希望的観測は合州国軍第三艦隊戦艦群の超長距離制圧射撃によって蹂躙される事となる。

遥か上空にて対戦車砲の発砲炎を観測した連合王国軍魔導師による砲撃管制。
その要請によって、戦艦アイワーを中心とした40㌢砲による一斉射撃が対戦車砲陣地に降り注ぐこととなる。
120㎜程度ならば、辛うじて直撃しない限りは持ちこたえられる防御陣とて40㌢はそもそも想定外。

「っ!?観測されています!」

「こんな制圧下で対抗砲撃など、自殺行為です!」

あえなく。
形容するならば、あっけなく。
歩兵部隊の頼みの綱である対戦車砲陣地は粉砕される事となる。

当然、観測されているという事実が将兵にとって重くのしかかる。
着弾観測と砲撃管制を行われている状況では、超長距離からの重砲による射撃に対抗できない。

「ええい、敵の観測要員さえ排除できれば此処まで…」

そこまで、思わず口にしかけた将兵ら。
しかし、次の瞬間に爆発し吹き飛ぶ敵戦車群を目の当たりにすることとなる。

一体何が?

誰もが思わず抱く疑問。
それに対する答えは、空からやってきた。

『こちらイルドアヌス戦闘団、現在撤退支援行動を開始中。』

誉れ高き帝国軍魔導師。
その中でも、イルドア方面で勇名を轟かせた精鋭戦闘団。
対艦攻撃すら可能な重火力部隊。

『イルドアヌス01よりCP。敵観測要員の排除を行う。友軍誤射に留意せよ。』

彼らは、合州国軍魔導師の飛びざまが無様にしか思えないほど見事な機動で突入。
空を覆い尽くさんと飛んでいる合衆国軍魔導師や、戦車部隊をあざ笑うかのような速度と衝撃力。

『CPよりイルドアヌス戦闘団。敵魔導師排除に留意されたし。』

『イルドアヌス01了解。友軍上空の掃討に努める。』

圧倒的優勢な敵を前にして、平然たる解答。
どうという事もないと、気負う事のない平静さ。

その時、イルドアヌス戦闘団は前線部隊が渇望していた救い主だった。

まさに、救いの神だったのだ。
思わず、十字を切ってしまえるほどに。



敵前逃亡は銃殺刑。
将校ならば、もっとハイ・ペナルティ。
こんなところで、堂々と逃げるにはどうすればよいかと聞くのは愚の骨頂。

最大戦闘速度で戦場上空を横切るターニャの心中は活路を見出したがために、平静そのものだった。
生き残る確率が最も高い行動を選択するという合理主義に基づき、ターニャは歴史に模範解答を発見している。
逃げるときは、撤退支援という名目が不可欠。

これは、偉大な無茶口将軍から学んだ歴史的教訓である。
正直に言って、どれだけ優秀な弁護士だろうとも無茶口将軍には叶わない気がする。
自己保身能力に関してならば、人事の視点で見ても切りたくても切れない素晴らしい保身ぶりだ。

愚者は経験しなければ学べないかもしれないが、近代的合理主義は歴史から学ぶのだ。
自由を愛する一己の人間として、ターニャは知恵を振り絞りシマーヅしかこの場を乗り切る方策が無いことを知っている。
幸いにも、というべきだろうか。

シマーヅの様に撤退、ただし前方へという発想は帝国を含めて列強に知っているような連中は皆無だ。
当然の事として、友軍の撤退支援という名目で堂々と敵陣を突破してしまえばあとは何処へ行こうと自由。
つまり、シマーヅの真似をして自由へ飛び立てばよい。

そう、自由だ。
実に甘美極まりない響きである。

『イルドアヌス01より、戦闘団。繰り返すが目標、敵観測魔導師の排除並びに砲兵陣地。』

素人は得てして、感情に惑わされて大きな失態を犯しがちだ。
なるほど、確かに一見するとアホの様な火力を投射してくる合州国軍陣地強襲は自殺行為に見えるだろう。
誰だって間違っても、ハリネズミ対空砲火に直面したいとは思わないに違いない。

実際、それも一理はあるのだ。
なにしろ、敵の物量は圧倒的の一言に尽きる。

『友軍の撤退支援だ。諸君、刺し違えてでも成し遂げろ。本作戦行動において、撤退は認めない。』

故に。
こんな命令を出して突撃する指揮官というのは、敢闘精神の塊に違いない。
ここまで、勇猛果敢に突撃を敢行すれば軍法会議に引きずり出されるという恐れは皆無。

もちろん、何故か自分の部下は悉く好戦的なので喜び勇んで突撃してくれる始末。
確かに自分の言動も、好戦的であることを装ってはいる。
だが、どの将校だって自己保身のために同じ程度には好戦的言動を行っているのだ。

つまり、原因を探求すれば自分以外の要素が大きい。
おそらくは、最前線に放り込むに際してのゼートゥーア閣下の余計な配慮とやらに違いないだろう。
まあ、こんな突破戦の時は躊躇しなくて済む分楽なのだが。

『突破後は、敵後方をかき回す。遊撃戦を想定し、長時間戦闘に備えよ。』

とまあ、こんな風に威勢よく言っているがこれは全て合理的計算による結論だ。

一般に言って、合州国軍の強みは火力と物量と組織力である。

結論としては、大量の火力によって粉砕するための軍隊と言い換えても良いほどだろう。

つまり、こんな連中と砲撃戦はやるだけ時間の無駄という事になる。
こちらが一方的に擦り減らされてしまうだけで、人的資源と各種消費財の浪費に他ならない。
それほどまでに、合州国の火力は脅威だ。

だが逆に言えば、彼らは接近されてしまうとその火力を有効に活用できなくなる。
味方もろとも砲撃で吹っ飛ばすのは、連邦ならばともかく合州国では難しい。
誤射程度はあるだろうが、懐に入り込んだ魔導師を排除するために戦艦が40㌢砲を意図的にぶっ放せば大事だ。

艦長以下命令を下した連中は、悉く合州国名物の訴訟戦争に突入することだろう。
それを知っているために、誰もが味方もろとも砲撃には躊躇する。
連邦軍なら知ったことかと撃つだろうが、さすがに合州国軍には出来ない相談だ。

故に。
端的に言ってしまえば。
相手に近づく方が安全な戦場というやつもたまにはあるのだ。
常識や自分の思いこみで敵に近付くことを恐れる方が、実は危険という事になる。

実際、空域には合州国・連合王国魔導師もうようよ飛んでいるのだ。
これを盾に、適切な距離まで並行追撃を行えば砲兵隊を叩くことも可能。
そうなれば、お勤めから解放されて自由へ一直線という計画である。

そして、その計画は見事に的中する事となる。

並行追撃じみた混戦を繰り広げる魔導師群。
ドレーク少佐率いる連合王国軍魔導部隊は、まだ奮戦し得た。
大打撃を受けた残存部隊とはいえ、精鋭ぞろいの部隊だ。

一時は、イルドアヌス戦闘団の1個中隊を屠り包囲せん滅を試みるだけの戦果も立てている。

だが、大多数を占める合州国軍の部隊は混戦に持ち込まれそのまま押し込まれてしまう。
そして、ドレーク少佐が歯軋りする前で砲兵隊が射程にとらえられ対地攻撃で一掃される事となる。

さらに。
悪辣極まりないことに。
偽装退却を演出し、イルドアヌス戦闘団は合州国軍魔導師を誘引。

艦隊や対空砲火の盾に使いつつ洋上へ誘引。
その後、使い終わったとばかりにあっさり叩き落としイルドア半島方面へ急速離脱。
連合王国魔導師部隊の奮戦によって、一定程度の損耗は与えるものの戦術的には大敗だった。

砲兵陣地が叩かれたがために、全戦域にわたって合州国軍将兵に動揺が拡大。
特に、対陣地射撃を砲兵が専従していたがために突破に必要な衝撃力が消失。
敵戦列を蹂躙せよと息巻いていたパルトン中将をして、攻勢の中断を余儀なくされる。





さて、合州国の首都フィラデルフィアというのは自由と文明の中心である。
建国以来の精神は、確固たる民主性と自主独立に依拠した強固な自由主義への帰依による。
建国以来の父祖の伝統は、合州国市民をして自ら銃を取り防衛に努めるという祖国防衛の精神をはぐくんできた。

そんな国家であるものの、合州国は他の列強と異なり大規模近代戦闘の経験が乏しい。
国内での匪賊討伐戦や隣国との小規模な国境紛争程度ならば経験済み。
独立戦争や内戦時には、大規模会戦を戦い抜いたといえそれは前時代の経験だ。

もちろん、その工業力に裏打ちされた国力は強大な軍事力を賄えた。
だが、経験不足というものを軽視すべきでないという事も合州国の指導者たちは理解している。

その日、フィラデルフィア中枢に位置する男達は実に憂慮していた。

「・・・報告書は読んだ。」

つい先日、ボロボロに叩きのめされたという報告書を読んだ彼らは現地部隊のトップを挿げ替えていた。
官僚的な軍人から、現場思考の闘将タイプに切り替え行われた戦闘の報告書。
それらが明らかにしたのは、フィラデルフィアが予期だにしなかった事態である。

「はっきり言うが、酷いありさまだ。」

「こんな状況で、合州国のボーイズは戦争ができるのかね?」

パルトン中将による軍の練度確認と訓練を兼ねての積極攻勢。
結果は、軍の質に深刻な疑念を喚起してやまないものだった。
その衝撃は極めて深刻なモノとして受け止められている。

思わず、大統領をして自国の兵士に対する懸念を口にさせてしまうほどだ。

「確か、陸軍はイルドア陸軍の脆弱さを指摘したレポートを作成していたな。」

「そんな余裕があるならば、まず自分達の問題を改善してみてはどうかね?」

「わずか一個戦闘団の魔導師に、二個軍団が翻弄された?ナンセンスだ。」

居並ぶ高官の誰もが、陸軍長官が数か月前に見せていた自信満々の表情をあざ笑うように非難を合唱。
実際、開戦直前に陸軍長官は、合州国軍の状況はボタンの一つに至るまで何一つ不足していないと請け負ったのだ。
だが彼の願望むなしく、展開している合州国軍は実に脆弱極まりないという事実が露呈した。

兵員の技量、組織的指揮系統の未確立、対空戦闘経験の欠如に魔導師部隊の運用未熟。

何れも、戦闘を通じて学んでいけば良いと鷹揚に構えるにはいささか犠牲が大きすぎた。

「パルトン中将だったか、彼の指摘が正しかったのではあるまいか?」

それ故に。
陸軍主流派は嫌々ながら、派閥的には敵に近いパルトンを抜擢する羽目になっていた。
そして、パルトンの戯言が全て戯言でないとフィラデルフィア中枢の前で暴露されてしまう。

「全くその通りだ。」

「彼の報告書によると、10年も前に問題になっている事ばかりだ。軍は、無能の集まりなのね?」

居並ぶ高官らは、官僚的な陸軍軍人とやらの挿げ替えを既に決断している。
そこにいる陸軍長官は、すでに出席者の中では『前陸軍長官』と認識されていた。

「派遣前の大言壮語、高くつくぞ。・・・覚悟して起きたまえ。」

そして、大統領の一言によってうなだれていた陸軍長官の肩が落ちる。
促されて退室していく前陸軍長官の姿を見やりながら、大統領はため息交じりに呟くことになる。

「・・・早急に後任を考えねば。」

実際、想定外の事態なのだ。
煙草を燻らせる高官の誰ひとりとして、このような事態は想定しえなかった。
戦闘経験の欠如という問題は、認識していたとしても。

ここまで崩れるというのは、予想だにされていなかったのだ。

「分析の結果は?」

「損耗比率で言えば、まあ許容範囲です。ですが、投じた鉄量から言えば明らかに問題が多すぎます。」

実際、パルトン中将の敢闘精神と手腕をもってしても帝国軍に押し戻されてしまっていた。
これで指揮官の手腕に問題があれば、個人に責任を求めることもできただろう。
だが、実際にはパルトン将軍は損耗比率を辛うじてながら抑え込み敵に適う限りの打撃を与えていた。

本来ならば、勝っているべき布陣で手抜かりはなかったというほかにない布陣なのだ。
問題は、彼に与えられている戦力に存在していた。

「・・・砲弾と火力でなんとか押し込もうとして失敗、というところですか。」

魔導師、砲兵隊、機甲部隊。
この全てが技量において帝国軍に翻弄されてしまっていた。
そのため、規模においては圧倒していながらも戦術で敗北。
連合王国の支援部隊がいなければ、本当に駆逐されかねないほど酷く叩かれている。

砲兵陣地上空に侵入を許した時など、こちらの魔導師を盾とする戦術に恥ずかしいほど遊ばれていた。

「実際のところ、改善できるでしょうか?」

これほど深刻な問題は、そうないだろう。
当然、改善が必要だと誰もが素直に認める。

問題は可能かどうか、だ。

「厳しいでしょうな。訓練課程を考え直す必要がある。」

敵と対峙しながら、新兵の教育課程を見直すのは容易ではない。

「でしょうな。加えて、砲弾だ。何を押しても火力を供給しなければ。」

工業力に余力があるとはいえ、砲弾の増産には時間がかかる。

「兵員の数もでしょう。限定動員では間に合いそうにもない。」

兵員の確保、工場労働者の確保とて一筋縄ではいかない。

何れも、合州国ほどの国力があれば克服できないこともないだろう。
ただし、どうしてもそのためには時間が必要不可欠だ。
この場合において、時間というのは全てに優先する。

「何れにしても、時間が必要だ。他国を矢面に立たせるしかありません。」

結論として、合州国はその問題を同盟諸国に押し付ける以外に選択肢が無かった。
まあ、合州国にしてみれば本来旧大陸が旧大陸内での解決に失敗した問題だという認識も存在している。
それくらいの負担は、当然だと誰もが簡単に納得していた。

なにしろ、合州国は基本的に巻き込まれた側というのが彼らの認識である。
率直に言って、積極的な自己犠牲精神というのは生まれようもなかった。

「左様。連合王国や連邦にももう少し負担してもらいましょう。」

「ああ、そう言えば自由共和国というのもありましたな。」

「いくつかの亡命政権は連合王国に任せればよろしい。」

実際、一部の上院議員や世論は未だに本格的派兵に異議を唱えている始末だ。
さすがに介入の必要性をフィラデルフィアは疑いこそしないが、配慮の必要性も理解している。
当面は、支援に留め損害を抑制できるように部隊を再編成する時間を稼ぐ必要性は共通の認識だった。

「で、肝心の支援は?」

「少なくとも装甲車両や砲弾薬は余裕があるので、これをリースしてやりましょう。」

そして、少なくとも工業力にモノを言わせての大量生産は合州国の得意分野。
すでに大量の経験知に基づく最適化が為されている分野である。

故に、居並ぶ面々にとってみれば反対する根拠はなかった。
なにしろ、既に大量の援助を連合王国に行っている。
一時は継続が危ぶまれることもあったが、個々に至っては堂々と供与できるのだ。

せいぜい、頑張ってもらいたいものだった。

「・・・それで我らのボーイズの犠牲が減るならば。」

これが、合州国政治家の本音。
誰だって、自分の有権者をバタバタと戦死させたい政治家はいないのだ。
どう考えても、政治的な自殺行為に他ならない。

まだ有意義な戦略目標をでも確立されているならばともかく、無様な敗北は許容しがたいのだ。
少数の犠牲を悼むならば、まだ許容し得る範囲かもしれないがそれ以上は断じて受け入れがたい。

故に、犠牲を他国に押し付けるという提案は実のところ誰にとっても素晴らしい提案なのだ。

そして、ロリヤはそれをよく理解していた。
だからこそ、彼は自己責任を恐れずに貿易協定を申し出たのだ。
暗に、犠牲を引き受けてやるから援助を、と申し添えて。

「では、連邦のロリヤが申し出ている貿易協定に応じるという事でよろしいでしょうか?」

「構わんよ、国務長官。ついでに、連邦内部の情報も収集してくれ。」

断るにはあまりにも魅力的すぎる提案。
故に、少々誰もが警戒しながらもそれは快諾される事となる。

かくして。

巨大な国力から『民主主義の武器庫』と称される合州国が本領を発揮し始めることとなる。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
あとがき?

華金だという今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

本作は、何とか南方大陸を片付けてD-DAYに向けて調整中です。

①そろそろロメールが持病で帰国すると思います。
②合州国が失敗をばねに奮起するそうです。
③ロリヤが交渉に成功しました。

ちょっと後から、あとがきは追記します。
ひとまず、これにて。

追記
本作は、基本的に
『すごい可能性を秘めているけど、実力を発揮できない』
合州国が友情、悲劇、そしてそれを乗り越えパワーで頑張ると思います。

ターニャさんは
無茶口将軍やダグちゃんを見習う予定です。
具体的には、ダグちゃんの様に逃げのびて良いポジション狙い。
ツジーンの様に潜伏することも検討させています。

ともあれ幼女戦記はこれからも、ちまちまと更新してまいります。
もうしばらくお付き合いいただければ幸いです。




[24734] 第七四話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:09
デグレチャフ中佐にとって、その日はリスク分散の重要性と賢明な先物買いを実感できる一日だった。



イルドア方面での制圧戦を経て南方大陸に転戦。
合州国軍の火力と国力を存分に見せつけられて帰国したのがつい先日。
参謀本部へ出頭してみれば、いつの間にか雰囲気が一変していた。

・・・人事特有の嗅覚でターニャはそれが大規模な人事異動によるものだと即座に理解。

咄嗟に、旧知の人間を探し出すべく周囲を一瞥。
幸い、兵站司令部付きのウーガ中佐殿と眼が合う。
陸大同期の出世頭、情報源としては理想的な人物だった。

『例の店』で落ち合う事を確約し、即座に行動を開始。
偽装のために、戦史編纂局で二三の資料を借りるとそのまま退庁。
いかにも職務を終えたという雰囲気のまま、教会の方へ足を向ける。

一応、周囲の注目を浴びていないことを確認し食堂へ入り夕食を注文。
代用珈琲はともかく、以前と変わらない食事の質にそれとなく安堵する。
行きつけの店の味が落ちることほど気が滅入ることもないのだ。

まあ、アイントプフの野菜が小ぶりになって味も薄くなっていたのは悲しい事実だったが。
ともあれまだ、帝国本国の食糧事情は良好らしい。
そんな事実に当面は、本国駐留も悪くないなとターニャは軽く考える。

だが、全ては情勢を見極めてからだった。
何かが参謀本部で起きようとしているのだ。

・・・故に、ターニャは情報を欲しウーガ中佐を待つ。

食後のハーブティーという珈琲党にとっては遺憾極まりない食後の一服。
だが、まあ味は決して悪くないなと考え始めた時、食堂にウーガ中佐の姿が現れた。

「久しいな、デグレチャフ。本国にはいつ?」

「お久しぶりです。ウーガ中佐殿。つい先日、南方大陸より召喚されたばかりです。」

帰国早々の遭遇だ。
向こうも、こちらが戻ってきたことは知らなかったらしい。
兵站司令部が気付いていないという事は、まあ正式な辞令はあす以降だろう。

ともあれ、無駄話に時間を割く趣味をターニャは持ち合わせていない。
挨拶も早々に、ターニャは本題に切りこむ。

「単刀直入にお伺いしたいことが。」

ハーブティーを追加で頼み、ウェイターを追い払うなりターニャは口火を開く。
同時に、碧眼で持って相手の挙動を一挙一動逃すことなく直視。
最も、さすがに同期だ。
ウーガ中佐とてその程度で動揺することはない。

「ああ、わかっている。参謀本部で近々大規模な人事異動があるらしい。」

「・・・らしい?」

だが、それだけにウーガ中佐が口にする内容にターニャは困惑してしまう。
兵站司令部ともなれば、其れなり以上に内部情報に精通しているのだ。
それが随分と曖昧な表現。

・・・緘口統制でもしかれていなければありえない表現だ。

そして、緘口統制が必要になるほどの内容?
どう考えても、大規模な人事変動以外にありえない。

「・・・まさか、軍機に抵触するほど大規模な移動だと?」

「肯定も否定もできない。」

探索射撃に対する反応は、陸大同期がしうる最大の配慮と譲歩が為された解答だった。
実際のところ、インサイダー取引と解されかねない程の漏洩だ。
誰だって、もふたんが『何もしゃべってくれなかった』と叫べば査察だと理解する。

はっきり言えば、それくらいシグナルとしては鮮明。
ウーガ中佐からの配慮は、ターニャをして事態を理解するには十分すぎるだけの材料を提供してくれている。

「わかりました。ところで、ゼートゥーア閣下の進退は?」

「っ、良くわかるものだな。」

大規模人事異動で自分に知らせが無いという事。
そして、ゼートゥーア閣下との良好な関係を自分が有することを知ってなお機密の壁を示唆。
つまるところ、ウーガ中佐のメッセージは慎重に解すれば十二分に理解できるものだ。

人事担当者ならば誰だろうと、それくらいのロジックとタームは使いまわす。
後方要員の言葉というものは民間の人事にとってはなじみやすいとすら言えるだろう。
まあ、しばらく使っていないしゃべり方なのでいくばくか、ぎこちなくはあるが。

「なるほど、感謝いたします。・・・そうなると、後任はヒンデンブルク閣下か。」

「何故そう考えるのかね?」

否定も、肯定もない疑問。
言葉だけ聞けば、コメントしていない。
だが、それは要するに軍官僚としてのタームだ。

否定しない以上、潜在的には肯定している。

第三者からすれば、面白がっているように見せかける雰囲気といい実に官僚具合が板についている。
後方勤務で随分とウーガ中佐殿も苦労されているのだろう。

「ゼートゥーア閣下は消耗戦論者です。更迭されるならば、後任は決戦論者のヒンデンブルク閣下でしょう。」

まあ、情報提供を受けた様な立場だ。
これからも引き続き情報を流してもらえるように、自分が優秀な人材であるという事をアピールしておくに限る。
そのためには、もっともらしく推察して見せるのが良いだろう。

この世界は、一次大戦と二次大戦の入り混じった世界。

つまり、参謀本部の人事は方針の争いだ。

「実際、後方はともかく前線では消耗抑制ドクトリンが歓迎されているのです。」

前線では、華々しくなくとも損耗が抑制できることは評価されている。
実際のところ、無謀な突撃命令を下されるよりはずっとマシだからだ。
ついでに言えば、自分としても人的資本投資の損害がまだ少ないだけマシだと考えている。

だが、経営陣の立場に立ってみれば少しばかり視点が違ってくるだろう。
彼らにしてみれば、損切りがいつ完了するのか知りたくてたまらないに違いない。

帝室、政府、世論。

どこかが、ゼートゥーア閣下の消極方針に不満を覚えたとしても不思議ではない。

「逆に言えば、国力がすり減っていくことを目の当たりにした面々が動揺したのでしょう。」

この場合、誰かと推察することは無意味だ。
なにしろ誰もが、同じような疑念を抱きつつあるのだから大きな潮流と解するべきだろう。
重要なのは、基本的な流れを読み違えないこと。

そうすれば、保身に成功するのは間違いない。
派閥闘争や足の引っ張り合いで自壊するのは馬鹿馬鹿しいが、さりとて巻き込まれるのも御免だった。
だから、自分は最後の最後でゼートゥーア閣下と心中しないような方策を模索しなければ。

「そこまで推察すれば、あとは問題を一刀両断に解決できそうな御仁にお鉢が回ってくる。そういう事です。」

ともかく、そのためにも自分の有能さをウーガ中佐という参謀本部の知己に再度示しておく必要があった。
こう言っては何だが、陸大時代に後方勤務を勧告しておいた自分の慧眼に乾杯したいほどである。
良いコネになるかと期待していたのは事実だが、これほどよく育ってくれるとは。

保険程度に考えていた投資が、大成功した時の気分は実にたまらない。
今後とも、良好なお付き合いを考えていく必要があるだろうとターニャはそろばんをはじき直す。

「いや、面白い仮説だ。」

「此処までくれば、後の展開も随分と予想できます。」

幸い。

相手は実に気前がよい。
此処まで話に付き合ってくれるという事は、評価されていると考えていいだろう。
なにしろ、今回の人事異動問題でも悪くない位置を維持できる知己だ。

評価を上げておくに越したことはないと判断。
売り込みの機会に、自己の評価を上げておくことを怠るのは馬鹿だ。
行動あるのみだろう。





久しぶりに、席を共にしても陸大の同期と悟られないような容姿ダケは幼いデグレチャフと遭遇。
参謀本部内部に激震を確実に及ぼすであろう水面下での政争を、建物に一歩足を踏み入れるだけで勘づくとは恐れ入るしかない。
常々、その異常な戦果に周囲は驚愕している。
だがウーガとしては、その嗅覚ならば無理もないだろうと思わざるを得ないのだ。

卓越した戦勘といい、戦略眼といいまったく人を外見で判断すると痛い目を見るというのは彼女のためにあるような言葉である。
実際のところ、ゼートゥーア中将が散々贔屓にしているというのも無理もない話だ。
自分ですら、判断を迷う事があればデグレチャフの異常に鋭い嗅覚に頼りたいと思ってしまう事だろう。

そんな彼女が、現在進行形の事態について関心を示すのはある意味当然の事。
余計な騒動を回避するためにも、ある程度事情を匂わせる程度は、と思っていた。
しかし、わずかな断片から瞬く間に全体像を把握してしまう能力には未だに驚愕させられてしまう。

つい先日まで最前線で鉄火場をくぐってきたというのに。
わずかな示唆で、ほぼ帝国内部で繰り広げられている綱引きの全体像を俯瞰してしまえているのだ。

そればかりか。

ほとんど、事情を知る者のいない筈の新作戦すら予期し得ると豪語するのだ。
これは、軍人ならばウーガでなくとも興味がわかないはずもないだろう。

「聞かせてもらうだけ、聞かせてもらっても構わないかね?」

だが、ウーガ中佐としては興味半分、本当に嗅ぎつけるのでは?という疑念半分だった。
なにしろ、あのレルゲン准将をして『化け物』と形容させる傑物である。
南方大陸戦線の戦訓で、異例の昇進を果たしたロメール上級大将ですら一目置く野戦将校でもある。

あるいは。

そう、或いはある程度予期するのではないだろうか?

だが、その予想は裏切られる。

「はい、おそらくですがヒンデンブルク閣下ならば東部戦線での積極行動を企画されるでしょう。」

「その根拠は?」

・・・ある程度どころか、弩本命。

驚きすぎて、逆に違和感なくそのまま訊ね返してしまえたのは僥倖だった。
後少しばかり条件が悪ければ、ウーガは狼狽しない確信が持てないほどの衝撃。

「包囲撃滅する上で大切なのは、敵の主力を叩くことです。我が国が直面している脅威の中では現状、東部の連邦が最大でしょう。」

兵站司令部に秘密裏に命令された、補給計画。
その意図するところは、慎重に隠匿されているといえども本部ならば理解できた。
大規模な部隊の動員と運動戦の用意。

東部において、おそらく大規模な攻勢計画をヒンデンブルク大将が検討しているのだろう。
ウーガ自身を含めても、ほんの数人しか知らない筈の計画を眼の前の子供が軽々と予期していた。

もはや、脱帽するしかないほど鬼才というのは卓越した戦略眼を持ち合わせている。

「故に、大陸軍を活用した徹底的な攻勢ないし包囲撃滅戦を意図されるかと。」

別段、どうという事もない口調。
誇るでもなく、驕るでもなく、数式を与えられた人間が当然の答えを口にしているかの口調。
そこにある確信は、彼女がそれを当然視していることの表れとしか思えなかった。

「・・・・・・ふむ、それで?」

「悪くはありません。実際、連合王国、自由共和国程度が残敵であれば一つのオプションとしては有効です。」

そして、まるであたかも自分が全軍を統率するかのように言ってのける口調。
垣間見られる彼女の意見を考えるならば、彼女は自分が上に立った時にどうするかという事を常に意識している。
自分の階級で果たすべき仕事を全うし、なおかつ上に登った時の事を想定して検討しているというのは軍人としての理想だ。

「では、何故ゼートゥーア閣下は採用されなかったのだろうか?やはり、損耗を抑制することを優先されたからか?」

「いえ、合州国を警戒するからでしょう。」

そして、答えに何ら淀みがない。
はっきり言って、答えを知っていなければ答えようのない質問である。
だが、いくらなんでもゼートゥーア中将と接触があったとしてもこれほどの機微を閣下が漏洩するものだろうか?

万が一に、ありえたとしても彼女の言葉はまるで自分の答えを語っているかのようである。
言うまでもなく、つい先日まで合州国軍と交戦していたのだ。

「報告書は私も読んだが、正直に言ってそれほど脅威だろうか?無論、国力を侮る訳ではないが。」

兵站司令部勤務の身としては、確かにあの物量、兵站概念には恐怖すら覚える。
だが、それでも質に劣るという報告はウーガ中佐をしても緊急の懸念対象にするべきかと疑念を抱かざるを得ないものだった。
彼にしてみれば報告書に記載されている合州国軍の働きは、はおおよそ脅威とは考えられない脆弱ぶりだったのである。

だが、ターニャにしてみればあの『合州国』であるのだ。
他の誰よりも、今次大戦におけるかの国の役割を承知している。

「ウーガ中佐殿。私に言わせていただけば、短期間のうちに連邦を撃破できねば後背を合州国に突かれます。」

「つまり、時間との競争ということか。」

仮説として考え、ウーガは時間との競争という概念に嫌な響きを覚えた。
あの広大な東部戦線での、速戦即決というのはさすがに難題だろう。
補給計画を策定する人間からしてみれば、広大で貧弱なインフラというのは悪夢だった。

それを開戦前から予見して補給の重要性を訴えていたというデグレチャフの実績。
一度ならばまぐれだろうが、ここまでくれば素直にその先見性を理解できる程度にはウーガは優秀だ。
だから、異常さという点においてデグレチャフを理解することができた。

こんな能力を持った人材が、自分の子供と同じ程度の年齢の時にやってのけた?
自分で目の当たりにしなければ、絶対に笑い飛ばしているに決まっている。

「間違いなく。そして、連邦を短期間のうちに叩きのめすのは難儀な仕事です。」

デグレチャフの解答は連邦の意外な強靭性を理解した上での言葉である。
もはや、その程度では驚かないが冷静になって考えればつくづく異常極まりない。
いくら魔導師の精神が早熟とはいえこれはレベルが全く異質だ。

自分と同年代であっても、ここまで合理性を追求できるかどうか疑わしいほどだ。
子供の皮を被って古参兵がしゃべっていると言われた方がまだ現実味がある。

「いつも思うが、デグレチャフ。君は前線将校にはもったいない。今すぐに参謀本部に帰ってくるべきだ。」

「厳しいでしょう。私とて、祖国に奉仕するのは厭いませんがゼートゥーア閣下の色が付きすぎている。」

これだ。
単純に能力が卓越しているとあれば、単なる天才と無理やり片付けることもできる。
世に言う天凛というやつだろうと、自分を納得させることもできるだろう。

だが、こんな自分の半分程度も生きていないような奴が。
派閥力学といった経験則がモノを言うような世界まで俯瞰できるとなれば。
もはや鬼才としか形容しがたい。

これでいて、軍人として卓越しているのだ。
容姿だけ見れば、デグレチャフはそこらの愛くるしい子供を平凡に見せるほどずば抜けている。
まあ、強すぎる碧眼の眼光が全てを台無しにしてはいるが。

まったく、天から愛されているとしか思えないほどデグレチャフは卓越していた。

「ヒンデンブルク閣下の一派とはウマが合わないと?」

「おそらく、私の提言は突拍子もないモノと解釈されるのが落ちです。実際、理解されないことの方が多い。」

自分の提言が受け入れられないことへの反発ではなく。
単純に、それを事実として受け入れるという諦観。
それでいながら、所与の条件で最善を“眼の前の軍人”は達成してきたのだ。

「・・・・・・貴官が、あと10年早ければ。」

それは、ウーガの嘘偽りない本音だ。
デグレチャフが将官クラスに上り詰めていれば。
この戦争は、根本からひっくり返っていただろう。

それは、この傑物と、鬼才と、化け物と幾多の俊英から評される人物を見てきたウーガの実感なのだ。

「無意味な仮定でしょう。ともあれ、情報提供に感謝いたします。」

淡々と。
無意味な仮定と切って捨てられる想像。

だが。

ウーガ中佐はそれでも思わざるを得ない。
帝国に時間があれば。
もしも、帝国に10年の余裕が与えられていれば、と。

だが、彼の願望は叶わぬ夢である。

数日後、彼はデグレチャフ中佐がノルマルディア方面司令部付きに左遷されたことを耳にし、嘆息することになる。





栄枯必衰とはよく言ったモノ。
まさか、参謀本部直轄から転がり落ちて方面軍の方面司令部付きに蹴りだされるとは。

都落ちどころか、地方営業本部から地方支所に蹴り飛ばされるようなものである。
曲がりなりにも相応の実績を上げているというのに、まったく派閥抗争の余波をくらうとは。
実に嘆かわしいことであるというほかにない。

人材のマネジメント能力が無い連中と、派閥争いをする連中はまったくけしからん。
寡頭支配の鉄則が組織論的に仕方ないとしても、我慢ならないことは我慢ならないのだ
人的資本投資を全く無視する愚行には、ほとほと愛想が尽きる。

だが、ターニャにとってそれ以上に気に入らないのは場所だった。
よりにもよって、ノルマルディア地方への配属。
これが、誰かに意図的に組まれているならば最悪の配慮だ。

誰が考えたのかは知らないが、すりつぶして豚のえさにしてソーセージの原材料にしてやりたいほどに気に入らない。
ただでさえ、代用珈琲に煩わされイルドアで豆を確保できたと思えば転戦で手放す羽目になっていた。
本国でなんとか調達しようと考えていたところに、早々の転属命令が飛び込んでくるとは全く運が無い。

せめて。
なんとか、直卒する部隊だけはまともなモノを。

そう考えて旧知のところに泣きついたデグレチャフ中佐だが、直面するのは散々な結果だった。

「・・・まさかとは思いますが、これから選抜せよと?」

「その通りだ。これでも、まだマシな部類だと覚悟してほしい。」

参謀本部から蹴りだされつつある消耗抑制派。
その中では、比較的影響力を行使し得る立場にまだ留まっていたレルゲン准将をしてできることは乏しかった。

「分散進撃もできない素人で、マシ?自爆させるぐらいしか、使い道はない気がしますが。」

なんとか捻りだされたリストに記載されている魔導師一覧。
正直に言って、開戦前ならば魔導師候補にすら上がらなかったような資質劣悪ないし諸問題付きの連中だ。
いや、問題が多く能力が乏しいというほかにその数すら乏しいと付け足すべきだろう。
訓練期間が極端に短縮された結果として、無い無いづくしの現実が横たわっている。

「使えないとみるか?」

「論外です。長距離飛行術式すら碌に使えないのですよ!」

航空魔導師として使えなければ、三次元機動を確保できる魔導師である意義が激減する。
塹壕戦用の魔導師も使えないことはないが、ノルマルディア地方で戦う事を考えるとダウトだった。

「だが、魔導師としての火力は確保できるだろう。」

「魔導師反応を垂れ流し過ぎです。国境に配置した時点で、即座に悟られます。」

火力を確保できるといえども、この程度ならば野戦砲をかき集めたほうが隠匿性は高くまだマシ。
むしろ、位置を露呈し艦砲射撃の鉄嵐に巻き込まれないだけそちらの方が安全性はベターだろう。
そうなれば、何のための自分の護衛用の部隊なのか全く意味がわからない。

「これならば、むしろベテランの古参兵をかき集めて浸透襲撃班を編成する方がまだ有益かと。」

「非魔導師でか?」

「長距離偵察部隊ならば、最適でしょう。火力は、私がいれば事足ります。」

単純に、海岸線警戒程度の部隊ならば自分とベテランの歩兵で事足りた。
左遷した連中の意図する程度の任務ならば、確かにこの程度で十分だろう。
まあ、正直に言えばとてもじゃないがD-DAYには耐えられないだろうけれども。

「悪くはないだろうな。まあ、ベテランなぞどこにもいないが。」

「基幹要員程度で構わないのですが。」

別段、自分の護衛用に流用するのだ。
中佐級の人間が指揮する部隊の基幹要員程度いれば事足りる。
その意味において、ターニャの発想は清々しいまでに自己保身主義に依拠していた。

なりふり構わず、自己防衛に努める意図しか無いと形容してもよいだろう。
誰だろうと、まあ、あのD-DAYの矢面に立つことを考えればそうなるしかないだろうが。

「そんな余裕はないのだ、中佐。」

「・・・大陸軍に根こそぎ持っていかれましたか。困ったことだ。教導隊は?」

なんとか、なんとかアテが無いだろうか?
大規模攻勢計画が立案されているという事は、まあ根こそぎ動員されたことくらいは想像が付く。
本国待機中の部隊は、真っ先に動員対象なることだろう。

こうして、ターニャは次々と駄目になっていく候補に愕然とするほかなかった。

・・・当てにしていた技術廠の研究要員すら引き抜かれていたことを思えば、最後に残るのは教導隊しかない。

だからこそ。
今日は旧知のレルゲン准将に請願しているのだ。

「これ以上は引き抜けないし、引き抜けば帝都防空に穴が開く。」

だが、実際問題としてレルゲンにもできることは何もなかった。
なにしろ、彼とて近々転出することが確定しているのだ。
このような状況下において、取り計らえることには限度がある。

そのため、ターニャとしては途方に暮れざるを得ない結果だった。
一方で、レルゲン准将にしても困惑せざるを得ない案件である。


帝都防空網は相当疲弊しているのだ。
ここでローテーションが崩壊すれば、防空網がマヒしかねない。
そうなれば、参謀本部が責任を取って済む話ではなくなる。

とてもではないが、レルゲンとて要請できる話ではない。

「参りましたな、レルゲン閣下。せめて、イルドアヌス戦闘団から何人か持っていきたいのですが。」

子供にもわかるに違いない話。
そして、その程度デグレチャフも理解しているはずだとレルゲンは訝しむ。

言われずとも、その程度の事は理解しているに違いないとレルゲン准将はデグレチャフ中佐を評価しているのだ。
その程度も理解できていなければ、単なる狂犬でありそこまで恐れる必要もない。
だが、理解できる上に狡猾だからこそ厄介なのだ。

にもかかわらず、先ほどから聞いていれば『とにかく戦力を』の開き直りである。
率直に言って、レルゲン准将にしてみれば異常だと考えざるをえないほど物分かりが悪かった。

「中佐、はっきり言うが左遷されているのだぞ?無理だとわからないのかね?」

言いたくはないが、技量未熟の魔導師であってもデグレチャフ中佐なら教導できるのではないか?
ある程度、所定の練度まで錬成することは可能だと考えればこそ何とか見繕える連中を提示しているのだ。
その位の事は、奴ならば言われずとも理解するだろう。

いや、或いは言われずとも察してそれに対応して行動する筈なのだ。

「准将閣下、その程度理解したうえでお願いしております。」

「却下だ。…上は、貴様に精鋭を預けると何をしでかすかわからないことを危惧している。」

まさか、ターニャはD-DAYが怖いので即座に盾にできる部隊が身辺に欲しいというだけで陳情しているとはつゆ知らず。
レルゲン准将は、目の前で敢闘精神豊富すぎると評された中佐が一体何を意図しているのか理解しかねていた。

彼自身、デグレチャフの危険性を人一倍理解しているのだ。
一方で、その能力も高く評価している。
いや、能力が高いがゆえに危惧してもいるのだ。

故に、密かに上が危惧していることを漏らすことで反応を探ることにする。

「危惧?ロンディニウムを襲撃するとでも?」

「その通りだ。」

実際、デグレチャフならやりかねない。
そう思わせるに足る実績が、嫌になるほどあるのだ。

「ご冗談でしょう?」

「冗談などではない。上は、限定講和を模索し始めている。そこで、貴様に水を差されたくないのだ。」

だから、大人しくしていろ。
暗にそう含みを持たせる言葉。
まあ、半分以上は参謀本部の総意だろう。

何とか状況を改善したい一派にしてみれば、状況を悪化させることが確実なデグレチャフという鬼札を発動させるわけにもいかない。

「では、イルドア方面にでも回していただきたい。なにも、ロンディニウムが狙えるところに置くこともないでしょう。」

「防空任務程度は期待しているという事だろう。」

同時に、デグレチャフならば単独でも十分に防空くらいは可能だろうという評価もあった。
なにしろ、ネームドである。

単独であっても浸透襲撃を試みてくる連合王国王立空軍部隊と魔導師を排除することが期待できた。

なればこそ、東部ではなく単独でも最大のパフォーマンスが期待できる西部に回されるのだ。
デグレチャフというネームドの代わりに幾人かが既に東部に再配置されている。
上も、この戦力が如何に卓越しているかという事を勘案していない訳ではないのである。

「敵航空拠点の排除は、航空優勢ならびに総合的防空の観点から必須です。」

「そういうと思えばこそ、精鋭を取り上げるに決まっているだろう!私とて本意ではないのだ!」

だが、そう言えばこういう奴だった、とレルゲン准将は盛大に嘆息する。
わずかでも口実を与えれば、即座に盛大に噛みついてくるのがこの魔導師の本性だ。
任務に忠実であると言えば聞こえはいいだろうが、本質は任務の遂行に際して手段を選ばないところにある。

敵であればこれほど恐ろしい敵はいないのだろうが、味方であってもこれほど厄介な味方も珍しいだろう。

「ああ、イルドア方面軍に御転任でしたね。でしたら、少々イルドア方面軍から御融通頂きたい。」

おまけに、酷く頭の回転が速い。
そして、状況を嗅ぎつける能力に至っては化け物だ。
異常な嗅覚で、どこからか嗅ぎつけてくる。

「一体何が目的だね?話次第では、相談くらいには応じよう。」

「閣下、小官の想像ですが笑い飛ばさないと御確約いただければ。」

ゼートゥーア閣下からも、奴の勘を信じろと言われているのだ。

・・・聞くだけなら、タダだ。

「よろしい、言いたまえ。」



あとがき

本作は、末期戦モノなのでそろそろデグレチャフ苦労指数を跳ねあげていきます。
デグレチャフ苦労指数については、作者の独断と偏見で調整するとしか申し上げられません。

実は、書き始めた時は
ゼートゥーアさんのモデルは
エーリッヒ・フォン・ファルケンハインでした。
しかし、いろいろごちゃごちゃしてしまいました。

でも、やっぱり大戦末期のゴタゴタを出すために
ヒンデン・ルーデンコンビを投入することにしました。

あと、D-DAYに向けて突っ走る予定です。

『決戦!オッバマビーチの死闘!合州国史上最大の上陸作戦!』

を近々予定しております。

でも、ロリヤも頑張っているので

『バグラーチオ作戦!君は、生き残ることができるか!?』

でグランツ君らの活躍も予定しております。
色々な意味でギネスブックに載る戦いを再現できるように頑張っています。


思い付きで始めた本作ですが、なんとなくですがそろそろ終わりが見えてきました。

今しばらく、お付き合いください。

やっぱりZAPありましたorz
ZAP



[24734] 第七五話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:08
酸素がなくなり、肺が空っぽになる感覚。
自分の意志では抑えられない痙攣。
いや、もはや立っているのか横たわっているのかもはっきりとせず全身が苦しい。

何が起きているのかすら、理解できない苦しみ。



戦争なんて糞ったれだと思っていた。
何が悲しくて、生まれ持った才能を使い捨てねばならないのだろう、と。

魔導師としての技量は、中の上。
このご時世だ。
帝国軍の中でも決して悪くはない水準である。

身も蓋もなく言うならば、特権的な待遇を謳歌できる立場。
特別配給される食糧は、今となっては他では口にできないものだろう。
アルコールの類も戦前とほとんど変わらない質なのだ。

こんな待遇を受けられるのも、自分が数少ない優秀な魔導師だから。

はっきり言えば、新兵と老兵しかいないような本土防衛軍では一番の主戦力として扱われていた。

『そう、扱われていた。』

天狗になったと言われれば、それまでだろう。
だが、貴重な戦力として俺達の行動は大目に見られていた。
多少の乱痴気騒ぎや、形だけの上官に対する軽蔑。

いくらなんでも、マズイと思う事もあった。
だけれども、戦力不足の軍はそれでも自分達に依存しなければ戦えない筈。
どこか、そう甘い考えがあった。

だから、新しい上官が赴任したと耳にした時に特に注意しなかった。
どうせ戦時緊急錬成で促成栽培された新米士官に違いないと思いこんでしまっていたのだ。
アラートがならない限り、酒をかっくらって寝転がっていようとも誰にも文句を言わせるつもりはない。

文句を言うならば、出撃しないと脅してやれば誰もが口をつぐんだのだ。
今回もそうだろうと思いこんでいた。

軽く揉んでやればママの下に逃げ帰るに決まっていると、ツレの連中と嗤っていた。

ああ、つい先ほどまでは確かに自分達の天下だったというのに!


「上官への不服従、無許可離隊、即応待機中の飲酒、ああ、民間家屋の不法占拠に公金の横領疑惑か。」

良い気分で飲んでいたところに、餓鬼が紛れ込んできて囀っている?
馬鹿馬鹿しい話だ。一体、誰に守ってもらっているつもりだろうか?

基地近くの馴染みの店の扉を文字通り蹴り飛ばし、能面で淡々と口を開く餓鬼。
身の程知らずにも程があるので、少しばかり『教育』してやるべく仲間たちと立ち上がる。
みれば、ぴかぴかの糊が効いた軍服を着こんで然も偉そうに突っ立っていらっしゃる。

大方、戦時中の事だ。
コネで成り上がったボンボンか貴族の御子弟様という奴に違いないと判断。

綺麗に手入れされた金髪に、かわいらしいお口だ。
まったく身の程を知らない餓鬼だが、使えないこともないだろうと苦笑いする。
お口と下の口は、まあナリだけなら悪くはないのだ。

こんなところにノコノコやってくる方が悪い。

「あああぁっ?一体、誰にモノを言っていらっしゃるのかな?」

まったく、口のきき方がなっちゃいない。
誰がここをしきっているか教育してやらねば。

まったく、帝国軍の魔導師というのは仕事が多くて大変だ。
そう笑いながら、餓鬼を逃がさないように数人で取り囲む。

「・・・口のきき方も忘れたのかね?」

ビビって泣きださないどころか、虚勢を張っている姿は見ていて面白い。
大体、士官という奴らは自分が偉いと無条件で信じ込んでいるのだ。
それを砕く瞬間というのは実に面白い。

それまで威張り腐っていた奴らがペコペコして許しを請うのは味をしめない方が無理というモノ。

「いや、無能な蛮族が言葉をしゃべることを期待したほうが無理という話か。」

「なぁんだと貴様ぁあああ!?」

現実を教えてやろうじゃないか。
そう考え、腕を振り上げる。
叩きのめして、序列と上下関係を叩きこんでやる。

そう考え、腕をふりおろそうとして違和感に気が付く。

振り下ろした筈の腕。
嫌に肩が軽く、そして熱かった。


「やれやれ、着任早々処刑を執行する羽目になるとは。オーバーワークにも程があるとは思わないかね諸君。」

態度が悪い程度ならば、使える限り許容してやろうと思ったが。
まさか、魔導師として最低限度の基本である防殻の即応展開も出来ない下の下しかいないとは。
反抗的すぎる馬鹿を教育しようとしたが、まさか此処まで技量劣悪とは想定していなかった。

アルコール漬けの馬鹿どもを教育する手間を考え、再教育は断念。
なにしろ、酒に逃げた挙句技量劣悪ととてもじゃないが盾になるとも思えないのだ。

ターニャとしては、正直お荷物を抱える気はなかった。
自己保身的観点からみても、こんな連中を部下に持つインセンティブは欠落している。
なにしろ、部下の統制も取れないと判断されれば左遷されている身がさらに不味い立場に置かれるのだ。

堪ったものじゃない。

だから。

本当は、気乗りしないのだが。

「現行犯だ。戦時中につき、小官に付与された権限により即決処刑を実行する。」

魔導師として、基本すら出来ないアホども。
所有する潜在力や魔力展開可能量はあるのだろう。
だが、馬鹿げたことに奴らは術式の組み方すら碌にできていない。

ごちゃごちゃ騒いでいるので、我慢の限界だった。
そもそも、ここまで出向いてきたのも憲兵隊を送り込んで銃殺させる前に使い物になるかだけでも調べてやろうという温情なのだ。
それが、こんなに無駄足だとわかりすぎるほど単純な反応をされれば誰でも溜息の一つ付きたくなる。

民間人がいないのは確認済み。

故に、無駄足を踏まされた鬱憤を原因へぶつけることに躊躇する必要はない。

即座に鎮圧用のソマンガスを展開。
こんな閉鎖空間である。
ターニャ的には億劫極まりないので馬鹿どもが馬鹿である可能性に期待しガスを展開。
通常ならば、高機動戦ではよほど高濃度で広範囲に散布しなければならない。

だがここは閉鎖空間で、しかも防御膜による対ガス防御も怠っているアホどもだ。
無色無臭のガスに対する警戒心というのが退化している連中は、馬鹿みたいに鼻息が荒い。

結構なことだとターニャは嗤う。

無能な口だけの連中はみるみる顔色が変化し、痙攣を開始。
地面に崩れ落ち、ぴくぴくと引き攣り喉をかきむしる連中は体中の穴という穴から体液を漏らしてやまない。

まあ、自分は優しいのだ。
少なくとも、どんな蛮族だろうとも法的権利はすべからく尊重している。
故に、きちんと法的手続きを怠ることなく執行することにかけては手を抜かない。

故に。

仮に処刑するとしても、規定通り銃殺しなければとターニャは判断。
ルールに従う事を求める以上、自分もルールを遵守するのは当然なのだ。
有機リン系の解毒剤であるオキシム剤を緊急精製、静脈に叩きこんでやる。

これで、中毒症状が緩和され銃殺刑の執行まではまあ持つだろうとターニャは分析。
ソマンは残留しにくいために、この家屋の持ち主に対してさほども迷惑をかけずに済むだろうと判断。
魔導師戦ではガスなど利かないという常識から、対ガス防御を怠るのは危険だなと教訓を導く。

戦時国際法で敵国への使用が厳禁されているためこんな時しか使えないので、使ってみただけだが。

「・・・こんな初歩的な手にやられるアホが部下だと思うと泣きたくなるな。」

左遷先だ。
さほど、有能な人間がいないことは覚悟していた。
だが、まさか無能どころか有害な連中が跋扈しているとは。

泣きたくなってしまうではないか。
まさか、こんな涙もろく自分がなっているとは驚きである。
肉体に精神が屈服しようというのだろうか。

いや、断じて阻止しなければ。
泣くのを堪え、強靭な自己を保持するのだ。
今日を懸命に生きることこそ、生の喜びなのだから。

今日も一日、神の糧に感謝し生きなければ…?

ん?





夜間浸透襲撃を試みてきた敵歩兵をシャベルとナイフで排除。
血だまりに敵の死体を蹴り飛ばし、念のために銃剣で一突き。
反応が今回は無いので、特に問題無しと判断して将兵らは適当に囮に使うも狙撃兵は釣れず。

舌打ちしつつ、使えるモノをはぎ取って廃棄。
まあ、連邦兵の所持品にあまり期待するのは新兵くらいだ。
運が良ければ、合州国製の精密機器も手に入るが政治将校が前線に出てくることは稀なので誰も期待していない。

手際良く各員が行動しているとはいえ、容易に排除が完了。
これは嫌がらせ程度の攻勢と判断し、防衛線の再編成を戦闘団司令部は決定。
冷めたレーションながらも食事が配給され、擾乱射撃下ながらも吶喊工事を再開。
再びシャベルを手に警戒しつつ、穴を掘り、壕を整備。

幸い、連続襲撃はないために警戒を解除し当直要員を残し就寝許可が出されたのが0205。

早朝早々の朝駆け対策として敷設しておいた地雷原からの炸裂音を聴音手が感知したのが0652。
仮設壕で横になっていた将兵が、炸裂音に叩き起こされ即応配置。
なんとも人騒がせなことに、強行偵察隊程度の浸透と判明。

ぶつぶつ言いつつ、将兵らは再び二度寝に入る。

敵魔導師による襲撃ないし、重対要塞砲による効力射は皆無。
敵歩兵による浸透襲撃もたったの一度のみ。

その日は、実のところ東部戦線では平和な一日だ。
戦闘団司令部に至っては、代用珈琲を啜りながらなんと世間話まで可能だった。

「お聞きになりましたか、ヴァイス少佐殿。」

いつもならば、伏撃か機動防御に追われて席を温める暇すらない将校らによる歓談。
グランツ中尉にしてみれば、随分と久々に席に座って食事が取れるだけで御の字だった。
夜間大規模浸透を排除する際には、野戦レーションを齧りながら演算宝珠とシャベルを振るう羽目になっていた。

消化不良を気にする方でないとはいえ、さすがに走りながら食べるのは不味かったと今では後悔している。
デグレチャフ中佐指揮下で狂った長距離行軍を行う時でも、5分とはいえランチタイムは取られていたのだ。

ともあれ、束の間の平和を謳歌しつつも話題はどうしても軍の動向になってしまう。

「ああ、大規模増援という話か。眉唾ものだが、実際ところはどうなのだ?」

代用珈琲の不味い味に顔をしかめつつ、ヴァイス少佐は野戦慣れした将校特有の懐疑主義も露わに首をかしげて見せる。
大規模な増援、確実な補給、即座の支援、進発した増援部隊。
少しでも、世間慣れした将校ならば手元に届くまでそんなものは信じたりしない。

東部においては、手元に届いてもしばらくは疑ってよいほどだ。
補給が届いたかと思えば、大規模侵攻に直面するということもままあるのだから、上の意図に誰もが敏感になってしまう。

だから、話の腰を折られようともグランツ中尉は特に気分を害することなくソースを公開する。

「どうやら本当の様です。・・・兵站関係者から聞きだした話では、3個軍団規模の増援だとか。」

先日、輸送部隊護衛中に兵站司令部付きの連中から聞きだした情報。
それによれば、近々大規模な兵站のテコ入れがあるという。
全体像は誰も把握できていないようであったが、少なくとも大陸軍相当の規模であるというのは間違いないらしい。

各地にデポが形成されているというのは、兵站部の連中の口からも明らか。
少なくとも、物が異常な規模で動いているというのは事実だろうとグランツ中尉も確信できるほどに兵站が活発だった。
グランツとてベテランである以上話半分に聞いた上での判断だ。

「大陸軍相当?俄かには、正直信じがたい。」

「自分もであります。…ですが、事実ならば或いは。」

東部での大規模攻勢による戦線整理。
それが達成できれば、歪に入り乱れてしまった前線は随分と楽になる。
食事の手を止め、ふと戦力図を思い浮かべる。

状態は拮抗しているのだ。
確かに、一撃強打すれば状況が動かせるだろう。
難しい情勢とはいえ、大陸軍規模の槌で敵を叩けば。

期待できるのではないか。
だが、そう言いたげなグランツに対しヴァイス少佐は肩をすくめて見せる。

「・・・それは、どうだろうな。難しいと思うが。」

「はっ?」

「歴戦のサラマンダーですら編成当初の定数割れだ。補充は追いつかず、補充の質は劣化が著しい。」

最前線で直近の悩みは、定数割れと不安定な補給だ。
だが、戦闘団司令部クラスの悩みとなる補充要員が顕著な質的劣化を見せていることの方が大きくなる。
錯乱した若手を撫でて寝かせる余裕すらなくなると、今いる兵士の負担が劇的に跳ねあがってしまう。
だから、技量未熟者は補充要員とせずに他部隊に譲っているだけにヴァイス少佐の危惧は強い。

なるほど、人数だけ見れば大陸軍規模だ。
或いは、装備・兵站状況も改善されるのかもしれない。
だが、外が硬くても中は脆くないと誰が言い得るだろうか?

「つまり、額面戦力通りではないと?」

「間違いなくそうだろうな。そして、性質の悪いことに上が理解しているか怪しい。」

そこまで考えた時に、ヴァイス少佐は不安を覚えざるを得なかった。
現在のお偉方は平時に昇進し、将軍になって戦争に直面した面々ばかり。
言い換えれば、現場で戦った経験がほとんど乏しいのだ。

操典の上では、古参兵と新兵の区別くらいできるかもしれないが。
結局のところで前線壕に入ったことのないお偉方という奴なのだ。
書類とテーブルマナーはお上手でも、戦争がお上手かどうかはやってみないとわからない。

だが、自分達のデグレチャフ中佐殿のようなお偉方のほうが少数派なのは言うまでもないだろう。

「何故、そうおっしゃれるのですか?」

「さてね、古参兵の勘だよ。」

中佐殿のお供をして何度も見ているのだ。
勘というよりは、経験知だがそれは言っても仕方のないこと。
過去には、不幸な事故にも立ち会ったことがある。

…必要に迫られてではあったのだが。

「さぞかし、的中しそうなのですが。」

一方で、グランツ中尉はこちらの答えで盛大に眉をひそめて憂慮の意を表す。

なにしろ、古参兵の勘というやつはそれなりに前線では信頼される。
生き残っている人間の知恵という奴は、言葉では説明できない経験知に依拠しているのだ。
これを軽視することの不味さは理解できないと、長生きできない。

「するんだな、これが不味いことに。」

そこまで呟くと誰ともなしに立ち上がり敬礼し別れる。
今日も、戦争に戻らなければならないのだ。

面倒だが、仕事の時間である。



機動戦の第一人者でありながら、消耗抑制ドクトリンを支持した将校というのは居場所が無いらしい。
病気療養から全快して復帰したロメールが直面したのは、決戦主義派から疎まれているという現実だった。
元々、持病が悪化し南方大陸軍から本国に帰還したのは一次的な休暇のつもりだったが状況が変化。

気が付けば、無任所で飼殺しにされていた。
なんとか知己を頼って復帰を試みたものの、帰ってくる反応は芳しくないものばかり。
いよいよ焦燥感が増すが、こればかりはロメールをもってしてもどうにも手が出せない。

愛する家族と暮らすのは悪くはないが、逆に言えば本国でやることが与えられずに放置されるのも癪なモノ。
結局、閑職だと誰もが理解できるポジションがいくつか提示されるものの取ってつけたものばかり。
散々またされた挙句に、これかと歎きたくなったが是を蹴れば次が無い可能性も理解できる。

それだけに、散々癪ではあったもののロメールは選択せざるを得なかった。
やむを得ずと言った感じではあるが、与えられた物の中ではまだマシなモノを。
こうして、ロメールは消去法でノルマルディア方面の担当を選択した。

彼にしてみれば、本土防空任務に携わる辛うじて矜持を維持できる程度の職。

だが、その対岸のロンディニウムでは彼とデグレチャフの配置が静かながらも強い動揺を一部にもたらしていた。

「・・・よりにも寄って、ラインの悪魔が。」

知らせを耳にした時、驚愕のあまり紳士らしからぬ振る舞いを幾人かはしてしまった。
ハーバーグラム中将など、驚愕のあまりティーカップを地面に落してしまったことに気が付かなかったほどだ。
だが連合王国の知性を代表する誰ひとりとて、それを指摘する精神的余裕は持ち合わせていなかった。

ほとんど手玉に取られ続けていた連合王国にとっての天敵。
よりにも寄って、一番来てほしくないところに、一番来てほしくない奴が陣取っていた。
戦争の基本が、相手の嫌がることをやれというならば、間違いなく基本に忠実な配置である。

「偶然では?」

新任の事態を理解できていない間抜け。
彼は希望的観測を口にするが、周囲からの咎める目線に気が付き赤面して口を閉じる。
此処まで来るならば、もはや必然と思わざるを得ない。

何度、何度あの『ラインの悪魔』に『偶然』大損害を負わされたことか!

「砂漠のキツネまで回されています。聞くところによれば、わざわざ南方大陸方面から配置転換と。」

そして、機動戦の第一人者であり卓越した戦術家であるロメールが配置転換された理由。
平地が多く、機動戦に最適なノルマンディア方面にこの時期になぜ?と考える必要があった。
大部隊が与えられていれば、場合によっては連合王国方面への大規模上陸作戦の可能性もわずかとはいえ考慮できる。

だが、与えられている部隊は基本的には二線級ないし損耗した部隊だ。
これで攻勢を検討するのは、原則的に不可能。
そうなれば、これらの戦力をロメール将軍が有しているという意味は簡単だ。

手持ちの戦力で防衛線を有効に構築することが期待されているという事になる。

「…東部で大規模攻勢をかけるならば、本来は東部に行くべき連中だろう。」

「偶然という可能性は切り捨てよう。奴を相手にする時は、必然だと思え。」

赤面している若造に言い含めつつ、誰もが新しい難題に頭を悩ませ始める。
素人ですら、あの『ラインの悪魔』と『砂漠のキツネ』を組ませるなら激戦地でやらせる筈だろう。
合州国軍が上陸した南方大陸からわざわざ卓越した指揮官と将校を引き抜く必要性は無い。

大規模な方針転換が行われたことから、派閥人事の可能性も検討されてはいる。
だが、しかし仮に派閥人事を強行するとしても偶然で起こりえることではない。

「読まれていたのでしょうか?欺瞞情報で混乱させられていると情報部は分析していたのですが。」

「しかし、こちらの動きを読んでいれば本土を空ける筈がありません。」

相手のブラフなのか、罠なのか。
仮に、帝国が対連邦攻勢を企画し大規模な部隊移動を行わせているならば本国は空っぽだろう。
D-DAYに際しては、さしたる抵抗を受けることなく上陸できると予期できた。

だが、同時に過去にイルドアで煮え湯を飲まされた経験は連合王国をして酷く慎重にさせている。

「イルドアの事例がある。・・・慎重に行くべきだ。」

ウルトラ情報を逆手に取った大規模戦略欺瞞にしてやられたのだ。
この本国を空にするという情報も、うかうかするとこちらの主力を釣りだし撃滅する方策やもしれなかった。
そうでない可能性があれば、好機を逸することになるやもしれない。

だが、かつて戦争を終わらせるという誘惑に屈して払った代価は誰もが覚えている。
そんなリスクは2度と取るわけにはいかなかった。
あのときは、賭けていたのがイルドア王国という他国だったが今回は連合王国そのものが乗っているのだ。

勝てる戦いでもない限り、リスクを選択することはできない相談でしかない。
いや、仮に勝てるとしても、リスクを極力回避する必要があるだろう。
煙草を燻らせる程度の時間があれば誰でも同じ結論に至る。

「最低でも、ロンディニウムの防衛体制を見直す必要があります。」

「完全に同意する。アレに蹂躙されるのだけは、阻止せねば。」

そして、同時にリスク計算を即座に再検証。

"ある程度の自信がある防空網だが、そんな程度でアレを止められるだろうか?"

結論は、できれば苦労はしないというモノ。
その程度で阻止できればそもそも『ラインの悪魔』などという名前が湧いてくるはずもない。
恐るべき戦略兵器級の影響力を有する化け物、奴はそういう規格外の存在なのだ。

あのラインの重防御陣地をやすやすと突破した実績があるのだ。
ハリネズミじみた防空陣地程度では気休めにしかなりそうにない。

「やり直しだ。防衛線にテコ入れを行う。」

「時間をかけ過ぎると、連邦が根を上げ始めてしまいますが?」

駐在武官や観戦武官らを通じて要請されている第二戦線の形成。
一応、気乗りしないが要請そのものは必要なものなので受諾されていた。
戦略上、二正面作戦を帝国に強いる有効性は広範に指示されている。

最も、戦略上の必要性と政治上の必要性というのはえてして一致しないもの。
本来ならば、スケジュールに合わせて行動を開始しなければ間に合わない頃合い。
しかし、連合王国や合州国にしてみれば莫大な犠牲が予期される事態は御免蒙りたかった。

だが、はっきり言えば前提条件は全ての敵主力を連邦が引き付けているから第二戦線を構成しろという事だ。
逆にこちらに奴らが来ているのならば、すでにそれは敵戦力を一定程度拘束しているとして評価されても良い。
そう自己弁護できる余地があれば、行動を躊躇するには十二分すぎる。

「知ったことか。それよりも、合州国に通報だ。最悪、計画を見直さねば。」

なにより、連合王国は常に自国の国益を他の何よりも最優先に考えるのだ。
そこに一切の躊躇が介在する余地はない。




おまけ


(´・ω・)
やあ、すまない。

(´・ω)
うん、わかってはいるんだ。


こんなことをしている暇があったら、さっさと本編を書けと言われることは。
本当は、こんなことをしている時間にノルマルディア上陸作戦を書くつもりだったんだ。
クルスクやバグラチオンで泥沼の末期戦をZAPZAPするつもりだったんだ。

信じてほしい。
わざとじゃなんだ。

(´・ω・`) ホントダヨ?

でも、最近妙にarcadiaへの投稿が多いことに気が付いたのだ。
良くわからないけど活性化するのは良いことだと思っていたら、なんか『なろう』からの移住だとか。
理想郷となろうの比較は、まああれだけど。

『チュレンヌ税制改正物語』とか『理想のヒモ生活』は良かったなぁ…。

とか思いながらスレを開いたら

クリークだったんです。
一心不乱のクリークだったんです。




理想郷歴2012年3月15日午後9時

"Hello, this is NIJIFUN Radio, latest news programme."

『秋の日の ヴィオロンの ためいきの…』

午後9時15分、いつもならばそこで終わる筈の放送。
だが、Arcadia方面軍、デグレチャフ戦闘団は次の瞬間に叩き起こされる事となる。

『身にしみて ひたぶるに うら悲し』


国防軍情報部より、事前に指定されていた符牒を確認。
事前情報通り、公開放送による作戦開始符牒の送信だった。
当直室に詰めていた参謀らが一斉に動き出し、防衛線は蜂の巣をつついたような狂騒状態に陥る。


『オペレーション・オーバーロード』の発令。

だが、悲しいことにArcadia方面軍全ての即応は叶わない。
事態の勃発はあまりにも急激だったのだ。

事前情報は半信半疑で受け止められ、結果的に初動が遅れてしまう。
結果、本隊上陸に先立ち先遣部隊の空挺降下の有効な阻止に失敗。

近隣の部隊が迎撃を敢行し、歓迎の意も露わに突進するも徐々に戦線維持は困難に直面する。
だが、迎撃部隊と降下部隊の激闘はほんの始まりに過ぎなかった。

『なろう』本隊、約1万隻からなる強襲上陸船団。

百戦錬磨のArcadia方面軍をして、最大の苦戦を予期させるに十分すぎる戦力。

故に、塹壕戦の友であるシャベルを手に古参兵らは敵の上陸に備える。
ある者は、錆びついた自らの腕を自嘲しながら見やった。
また、ある者は手持ちの残弾に溜息をつきながら長期戦を覚悟する。

誰もが、覚悟を決めていた。

彼らは知っている。
自らの敵が、チートであり、神様に力を与えられた軍勢であり、そしてチーレムの主たちだと。
Arcadia大陸で揉まれた古参兵らは、久々の香りに意気揚々とシャベルを掲げた。

そろそろ、時間だ。
お客様の第一陣が御到着するころ合いだろう。


歓迎しよう。
ここは、オハマビーチ。
Arcadiaへの関門である。


攻め入るは、圧倒的物量による蹂躙を試みる『なろう』。
守るは、覚悟完了済みの古参兵らによる『Arcadia』。
仁義なき戦いが、いま幕を開ける。


続く?


|ω・`) ショボーン
別に排外主義とか『なろう』帰れとかじゃなくて一緒に仲良くやればいいじゃない。

うちだって指摘されたけど
神様転生、TS、チートと
いろいろ良い具合に入っているし。


(・ω・´)ヨシッ! 相互理解に貢献しよう!

思い立ったが吉日、さっそく何やろうと考えていたのがつい先ほど。

名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2012/03/15(木) 23:20:42.45 ID:1QHP+/zcO
ノルマンディー上陸作戦ならぬ、アルカディア上陸作戦開戦だな

・・・m9っ`・ω・´)ソレダ!

ちょうどD-DAYやろうと思っていたんだ。
とか言う感じで遊ぶのは駄目ですかね(´・ω・`)

ノリで笑い飛ばすくらいが精神衛生上良いじゃない。


不味かったら、削除しますが。


あとがき

J`・ω・)キャプテン○ローだって、やればできる子。
三日連続更新なんて
How hard can it be?

ZAPZAPZAP

J`・ω・)Oh Cock!

明日は更新できるだろうか?
How hard can it be?

ZAP



[24734] 第七六話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:07
戦場において心理というのは極めて重要な要素を占める。

古典的問題として、軍隊の質ということを議論してみよう。
一般的に言えば、実戦経験の欠如した軍隊はいくら装備が精強でも酷く脆い。
逆に言えば、兵站状況が劣悪で装備も未充足だろうとベテランを侮るべきではない。

理解できるかね?
もう少し補足説明しよう。

典型的な事例は、ゲリラ戦に求められるだろう。
少数の精鋭に対して、圧倒的な部隊でありながら討伐に苦労するという事例は珍しくない。
地形、彼我の戦力差、兵員の心理。

こういったものを熟知した野戦指揮官が1人いるだけで、羊の群れが獅子を殺しかねない。
羊とて、戦う事は可能だという事実を忘れるべきではないだろう。
それを失念し、戦場において痛恨の打撃を受けた事例はあまりに多い。

つまり、統率に際して心理を良く学んでおく必要性は自明だ。

なお、経験則からひとつ付け加えよう。
ネームド魔導師は、単独で戦場を支配するがそれは副次的な脅威だ。
真の脅威は、奴らが戦場に与える心理効果だと留意せよ。

心理効果を軽視すべきでない理由は前線に立てば理解できる。
例えば、大戦後半以降に合州国軍兵士が『聖女』のプロパガンダに慰められたという事実は忘れるべきではない。

或いは、逆に風評被害が生じた事例に言及してみよう。

戦場伝説だが、『ラインの悪魔』という風評によってあのパルトン閣下の部隊すら動揺したのだ。
実在しないネームドだろうと、これほどのインパクトを部隊に与えたという事を重々士官は理解しておくように。


では、解散。


某参謀教育過程における一講義。戦場における統制と戦場心理。


穏やかな風が吹く海岸線。
なだらかな砂浜は、海岸を散策する大半の人間の眼を和ませる美しい青さを保っている。
打ち寄せるさざ波は、白く透きとおり心を和らがせる。

そんな海辺を足早に歩く軍服の一団。
優しげな浜辺を忌々し気に見やる視線。
サラサラと流れるように白い砂の硬さを確かめるべく無造作に振り下ろされる軍靴。
彼らだけがその風景になじまない異物だった。

「・・・広すぎる。これでは、海岸線全域に部隊を張り付けるのは自殺行為だ。」

柔らかすぎる地質、広すぎる防御正面、そして遠浅の海。
おおよそ、防御陣地を構築して迎撃するには不適切極まりない条件。
攻めるに容易く、守り難い地点でありながら交通の要衝に面する海岸線。

「トーチカに鉄条網、パイクに地雷。一帯を防御するだけでどれだけ資材が必要なことか。」

美しい自然の産物を、人工物で埋め尽くさねば気が済まないとばかりに軍人らは吐き捨てる。
観光客にとっては理想的な地理条件も、彼らにしてみれば忌々しい制約要素でしかない。
ビーチで泳ぎたいならば、理想的な条件も戦争をやっている時は鬱陶しくてたまらないのだ。

特に、これからここで何が起こるかわかっている人間にとっては殊更に。

「機雷を敷設?いや、遠浅の海だ。杭の方が有効か?」

接近阻止、水際迎撃は相手の火力を考えると困難に過ぎた。
上陸してきたところに機動戦で叩くという発想は、旧陸軍が試み失敗している。
やはり、ペリリュー島の戦訓が示しているように組織的防衛戦を戦うしか戦える方法ない。

そこまで思案し、ターニャはいくばくか敷衍した思考を集約する。

歴史上、屈指の激戦として有名なオハマビーチ。
それを再現するべきかどうかという悩みの原因は、優先目標の順序にある。
条件講和に希望を見出すならば、絶対に上陸を阻止する必要があった。
逆に、コミーの大波を覚悟するならば上陸阻止は損得が微妙になる。
速やかに西側、最低でも合州国と連合王国に国土を確保してもらう方が長期的には有利となるのだ。

まあ、どちらにしても自身の安全確保という点はゆるぎない最優先事項ではあるのだが。

問題は、どちらの方策を選択しようにも潜在的リスクがあまりにも高いことにある。

条件講和を勝ち取るために、抵抗して成功すれば一番理想的だろう。
だが、失敗すればどうなるか。
言うまでもなく、歴史に忠実に戦闘を行い歴史通りに負ければ帝国は分断されることになる。
別段、そのことはターニャという一個の個人にとって問題ではないがコミーの拡大そのものは脅威に違いない。
加えて、ノルマルディア方面軍で激戦に身を投じるという事は身の安全に深刻な問題を惹き起こすことだろう。

コミー対策を最優先した場合、率直に言って何が起こるかターニャも見極めることができていなかった。
歴史よりも合州国・連合王国の戦力が温存されているために早期終戦の可能性は期待できる。
だが、或いは損耗を抑制しようと相手が考えれば補給が途絶えた東部の対コミー防壁が崩壊しかねなかった。
なにより、それはターニャにとって予測のつけようもない問題を惹き起こす潜在的な可能性がある。

このため、実に身勝手な戦略上のジレンマに悩みながらターニャは海岸線の視察を行っていた。
だが、即断する必要があることを経験上ターニャは十分理解している。
躊躇し、貴重な時間を浪費すべきでないという事くらいはターニャも学んでいるのだ。

「中佐殿、ロメール閣下がお見えです。」

だが、上官の招集にターニャは思考を打ち切った。
どちらにしても、仕事の時間である以上集中する義務があるのだ。
手抜き仕事しかできない悪徳業者とは違い、ターニャは仕事に誇りを有している。
言い換えれば、仕事は丁寧にやるものだった。

「すぐに向かう。」

視察を続けるように工兵隊の技官らに言い残し駆け足。
待ち切れなかったのだろう。

すでに、将校用外套を羽織った一団がこちらに近づいてきていた。
先頭に立って周囲に鋭い視線を飛ばしている将校は、良く知った顔だ。

或いは、現場を自分の眼で見たがる性格なのかもしれない。

「どうみる、中佐?」

「遺憾ながら、手持ちの全戦力を張り付けても防衛しきれません。」

視察現場に現れた上官に対して、ターニャは素直に勤勉さを認めていた。
恣意を挟むことなく、少なくとも客観的事実を報告し結論を述べる。

この場において、上司が視察を行っている以上は自己の力量を疑われない方が重要だった。
なにより、上の本音が聞ける機会というのを思えば防衛構想を聞き出したかった。

「要塞化が間にあわないと見るのかね?」

「いえ、人数の問題です。」

それ故に、ターニャは観察した結果を淡々と報告する。

いくつかある問題点。
資材や時間の問題は軽視できない要素であることに違いはない。
だが、より深刻なのは兵士の数だった。
コンクリートや希少資源はイルドアを含めて占領地から徴発し得るだろう。
しかしながら、肝心の人的資源は本国の枯渇しつつあるプールに依存しなければならないのだ。

「そうだろうな。とてもではないが、広すぎる。」

「敵損耗の最大化を図りつつ、遅延戦闘に努めるのが最上かと。」

軍事的側面だけ見れば、少なくとも敵を拘束する必要があった。
結局、ターニャは自己保身と予期困難なリスクを評価できないと判断。
であるならば、純軍事的観点から防衛計画を立案する方が総合的にはリスクが乏しいと仮定した。

無論、この判断は流動的なものであり決して確定事項ではない。

「やはり、それしかないか。」

「残念ながら。せめて、私の大隊があればいくばくかの衝撃力は確保できたのですが。」

だが、ロメール将軍ですら消極的な防衛しか為し得ないと考えているならばやはり最善を尽くしつつ保身が正解だろう。

ある程度の会話。

そこから、状況の大まかな概要を掴んだターニャの結論は芳しくない現状を改めて確認するに留まる。

「無い物ねだりは無意味だ。できることをするしかあるまい。」

「はっ。」

ビジネスと同じだ。
できることを、できる手持ちの材料で為す。
結局のところ、人為を為してしかる後に天命を待つしかないのだ。
それは、究極的には神の見えざる手だ。

「地雷を敷設するとすれば、どう見る?」

「…、んん?っ、失礼しました。広域に散布する必要があるでしょう」

一瞬、自らの思考に違和感。
しかしながら、乱れる思考を咄嗟に破棄。
上官の眼前で醜態を晒すことだけは何とか回避。

こんなところで、評価を落して使い捨てされるのは御免だった。
気を取りなおし、ターニャは自分の仕事に専念する。

「説明を。」

「はっ、小官ならば上陸に先立ち複数のコマンドを空挺投入します。それを足止めするためにも地雷は必須です。」

航空機の性能向上が急激に進んでいる以上、迎撃は困難だと判断している。
なにより、散々敵後方への浸透強襲を帝国が行っている以上有効性は誰もが知っていた。
コンバットプルーフされた戦術だけに、相手方が活用してくると考えないわけにはいかない。

「どちらにしても、可能な限りの手腕を整える必要があるかと。」

守るつもりで、防御を固めるならば。
偏執的なまでに念に念を入れる必要がある。
どちらにしても、やる以上は仕事で手を抜く訳にはいかなかった。







南方大陸戦線の平定なる。

頑強な抵抗を続けていた帝国軍南方大陸派遣部隊だが、遂に満身創痍となり継戦を断念。
帝国軍司令部が投降を決断し、パルトン中将はそれを受け入れた。
現在のところ、合州国・連合王国を主力とする同盟軍は再編に追われている。

共和国領土の奪還に際しては、自由共和国軍の参加を強くド・ルーゴ将軍が希望。
一方で、第二戦線の形成と早期の大陸侵攻に備える必要性から戦訓の取り入れが望まれている。

このような状況下にあって、パルトン司令部に出頭したドレーク少佐は司令部に即座に通された。
形式上、連合王国軍魔導師部隊の奮戦に対して参謀長が謝辞を述べ昇進の推薦を行ったことを通告。
それに対して、ドレーク少佐は型通りに応答し一通りの形式を完了する。

だが、わざわざそんなこと程度で呼び出すほど暇な司令官ではない。
何かがあるのだろうと、ドレーク少佐も覚悟はしている。
そして、やりとりが終わった瞬間にパルトン中将が口を開き本題を切りだした。

「ドレーク少佐、昇進だ。そして、貴官には新設する合同部隊を任せたい。」

「新編の合同部隊、でありますか。」

ドレークの声に、明らかに忌避する感情が滲む。
辛うじて、イルドアでの損害から部隊を再編し使い物になると判断した矢先の話だ。
加えて合同部隊という響きは、詳しく知らされていな時点で十二分に嫌な予感をもたらす。

パルトン中将とて、ドレーク少佐の心情は理解できる。
誰だって、手塩にかけて鍛え上げた部隊を取り上げられて新編のお荷物を与えられれば憤るだろう。
だが能力がある以上使い尽くすことに躊躇はなかった。

「そうだ。合州国、連合王国という同盟国の合同部隊だ。」

実のところ、パルトンにとってもこの件は面倒な話である。
フィラデルフィアのお偉方とロンディニウムの気取った連中が考えついたのだろう。
政治を戦場に持ち込もうとする連中の考えることは、理解しがたかった。

「同盟国が轡を並べて戦うというのだ、実にすばらしいと誰かが考えついたらしい。」

鼻で笑い飛ばしながらも、苦々しい表情でパルトンは続ける。

「プロパガンダだ。」

本国からの要望。
世論対策と、厭戦感情への対策。
気に入らない要素が付きているのは、パルトンとて否定しない。

まあ、利用できるとも考えているのだが。

「政治ですか。」

「半分は政治だが、もう半分は必要性あってのことだ。」

「必要性ですか。」

警戒心も露わにドレークは尋ねた。
そもそも、おかしな話だった。
パルトン中将と言えば、政治絡みの要素を持ち込まれることを殊更嫌うタイプの将軍だ。
いわば、古いタイプの軍人である。

そんな人間が、政治からの要請を飲むほどの必要性となると、嫌な予感しかしない。

「今更だが、合州国軍の練度底上げは必須だ。」

「御尤もなことかと思われます。」

・・・勘がどれだけ悪くても、ここまで言われれば誰にでも理解できた。

というか、パルトン中将が切実に悩まされている問題を知っていれば予期すらできる。
辛うじて勝利したとはいえ、物量に物を言わせた力押しは損害が多すぎるのだ。
なんとか技量を向上させたいとパルトン中将が願っているのは周知の事実である。

確かに、軍の指揮系統上混合部隊は厄介だろう。
加えて面子の問題が介在する以上、簡単には乗り越えられない障壁も多い。
だが、逆に言えばその厄介事を政治家が珍しく引き受けてくれるとすれば?

パルトン中将の様に手段を選ばない将軍ならば、自軍の教育のためにドレークたちをこき使う事を辞さないだろう。

「訓練は過酷なものになるかと思いますが。」

「一向に構わん。手段を選ばず、何としても使えるよう仕上げてみせろ。」

観念したドレークに対するパルトン中将が浮かべる満面の笑み。
忌々しいが、厄介事をなんとか遣り遂げねばならないという事をドレークは諦観と共に受け入れる。
一方で、本意でなくとも任務である以上気分を切り替えて実現のために最善を模索し始める。

「それで、どの程度の戦場が想定されているのでしょうか?時間の猶予は?」

訓練に際して、重要なのは2点だ。
どの程度の練度が要求されているのか。
要求される練度に至るまでに、どの程度の時間的猶予が与えられるのか、である。

だが、ドレークにとって不幸なことに彼に求められる要件は過酷極まるものだった。

「強襲上陸戦の先鋒だ。上は、火急的かつ速やかな投入を求めている。」

本来、最精鋭が充てられるべき困難な任務。
ドレーク自身、自分が今の今まで手に塩かけていた部隊で辛うじて適合するかと悩むほどだ。
それを担えるレベルにまで火急的かつ速やかに錬成?

最終的な目的は正しかろうとも、考えた人間は素人に違いないだろう。
これは、明らかに無謀な計画に違いない。

「・・・生半可なことでは叶いません。訓練用弾薬や費用は御考慮願います。」

「一切考慮する必要はない。こちらで手配しよう。」

だが、同時にパルトン中将にしてみれば無謀だろうと何だろうと戦力になるなら歓迎すべき計画らしい。
よほど自軍の不甲斐なさに激昂していた中将からしてみれば、戦力として使えるという事以外に勘案する要素はないのだろう。
つまるところ、どれほど抗弁したところでひっくり返ることはないのだ。

「・・・微力を尽くさせていただきます。」





神々というのは、実のところ人間の善き営みを好まれる。
超常の世界において、その物差しを満たす者は神々に愛されえた。
善き人の隣人愛を保ち、ひた向きで敬虔な努力を尽くせば、最後に神の勝利が約束されるのだ。

デグレチャフという罰当たりな個体を再教育し、信仰を世界に復元せんという試みも本来はそのような観点から始まっている。

全ては、愛から始まっている。
だが、難しいことに愛というのは伝え方が問題だった。
いくら善導するべく導こうとも、事態は意図せぬ方へ流れていくのだ。
これまでの経験則が全く通用しない新たなイレギュラー。

担当する存在達にとってみれば、意図せぬ結果の連続というのは看過し得ないイレギュラーだ。
対応の必要性を認めた彼ら。
だが、奇跡をもってしても難題が山積していた。

『どうすれば、改心させることができるだろうか?』

存在らが集い、協議する中で直面したのは各種アプローチが悉く有効に機能しないという現実だった。
従来通りの対応では、イレギュラーに対応できていないというのを誰もが認めている。
教育係を派遣すべきかという点から、人々の信心を司る人間に語りかけ言葉にさせたがデグレチャフは聞き流したらしい。
本格的に、何人かを派遣し延々信心を回復するように調伏させてまでいるが効果は微弱だという。

ここまで語りかけさせれば、少しばかり戸惑えども先人たちの様に声に聞き入るはずであるのだがそういかないのだ。
状況が物語るのは、あのデグレチャフはこちらの声を聞けないのではないかという疑念である。
神々の声を聞くことを忘れた人という種が、そうなるのではないかという危惧すら湧きあがらざるを得ないほど深刻な問題である。

此処に至り、新たな問題としてそれは無視できなかった。

『人は、神々の声を今もなお聞けるのだろうか?』

この疑問を確かめるべく、幾度か遣わされた存在らによる結果。
それは、疑問がある程度蓋然性をもった脅威として存在することを示唆していた。
人々は、これまで想定された以上に神々の声を聞く力を低下させ極端になるとデグレチャフ並みに低迷させてしまっている。

一体、何故このような事態になってしまったのかという問題の理解と解決策が求められるのは言うまでもない。
いかにして、人に再び神の声を行き渡らせるべきかという難題はどの存在にとっても容易に解決し得るものではない。
なにしろ、これまでは人々に語りかけるということを前提として全てが行われていたのだ。

『前提の崩壊』

これは、重大な危機ですらあった。
そのために、これに対していくつかのアプローチを試みる必要性は認知されている。
しかし、有効な効果を如何にして見出すかという点で彼らは戸惑うしかないのも事実だった。

だが、一つの大陸に眼を移した時、存在らは歓喜した。
そこの人々は、純粋に神々の声に耳を傾けていた時代の純粋さを保っているのだ。
そればかりか、今なお戦火を憂い祈るという敬虔さを持ち合わせている。
手を携え、難題に取り組まんという敬虔な勤勉さは称賛に値した。
信仰を保ち、敬虔に、勤勉に働く戦士達。

そんな時、1人の少女が存在らの眼を惹いた。

彼女の名前は『メアリー・スー』。

まさに、神々が待望して久しい存在だった。
彼女は愛くるしく、素晴らしい才能の塊だ。
だが、それ以上に劇的に存在らに歓迎されたのは敬虔さである。

非人間的なまでに信仰に身を捧げた、と人間ならば評する信仰心。
だが、存在らにとってはそれが歓迎すべき誠実さに思えてならなかった。
常人がまどろむ中での、卓越した存在。

それに気が付いた存在は歓喜する。
これが、新たな福音をもたらすだろうと信じて。
彼女ならば、迷える子羊を導けるだろうと悟って。
なにより、彼女ならばあのイレギュラーを改心させることもできるだろうと期待して。

問題を解決する光を手に入れたと、歓喜した存在ら。
その光は、闇を祓う事が期待されてやまない。

かくして、『聖女』と讃えられるメアリー・スーは歴史に名を記すこととなる。
神々に愛された彼女の物語は、彼女が軍に志願する日から始まることになる。
史書にはその理由は、一切記されていない。

だが、それはすべて存在らの促しによる。
存在らは、彼女を祝福し同時に導くことを喜びと共に行った。

歯車はこうしてようやくそろい始める。

志願し、合州国軍魔導部隊に配属されたメアリー・スー。
彼女は、決して弱音を吐かなかった。
彼女は、決して努力を惜しまなかった。

そのひた向きさから、彼女は訓練部隊の誰もから愛されていた。
そして、そのひた向きな努力と敬虔な心は敬意すら払われた。
この逸材に対する軍上層部の反応は、極めて好意的とならざるを得ない。

そして、最適な配置を考えていた時に、ふとパルトン将軍隷下で進展しているプロジェクトに誰かが思い当る。
合州国軍と連合王国軍の合同部隊創立計画は、極めて政治的な要素が強い計画だ。
だが、プロパガンダ部隊であると同時に実利を求める観点からも決して能力を軽視しているわけでもなかった。

それ故に、看板に悩むことになっていたのだが。
だが、メアリーは完璧だった。
軍人としての技量は要求水準を満たし、人格者という点も好要素として働く。
なにより、彼女を知る人間は全て彼女にある種の『カリスマ』が存在することを疑いもしない。

それが、如何なるものかという事を史書は語ることはないだろう。
しかしながら、当事者たちは口をそろえてメアリー・スーを賛美する。
彼女こそが、あるべき信仰の体現者であり『聖女』である、と。
合州国の善き意図を体現するものである、と。

故に、彼女は短期錬成用の訓練課程を修了すると同時に南方大陸方面へ配属されることになる。
配属先は、新設される合同任務部隊、第118戦術魔導任務群。
彼女は、そこにおいてさらに鍛錬を重ね前線の兵からも承認されていく。

後にノルマルディア上陸作戦において、最先鋒を担い激戦を経験する部隊。
その新編に際して、メアリー・スー魔導少尉は1人の小隊長として赴任し後には敬意を集めることになる。




あとがき
(́◉◞౪◟◉)ハハハハハァ!
ちょっと、きついけど何とかなりました。

デグさんに天敵投入でのたうち回ってもらいたいです。
メアリー・スーに御加護を。


後書きはもう少し、書き足すかもしれませんが取り急ぎ。
書き足しました。


ZAPの嵐が吹き荒れています。
メアリー・スーは神々に愛されているようです。
ターニャ・デグレチャフは神々を悩ませているそうです。
ハーバーグラム閣下の机が昇天されました。
グランツ中尉とヴァイス少佐は平常運航の様です。
ドレークさんが昇進されました。

神々の黄昏中…

次回、『初めての戦場』

メアリーの初陣にご期待ください。
ZAP



[24734] 第七七話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:07




…新兵ばかりの新編部隊。

はっきり言えば、ドレーク中佐にとって昇進よりも配置転換拒否の権利の方が欲しくなるような任務である。
弾薬と新型の演算宝珠にたっぷりの訓練予算が宛がわれるとはいえ、それだけで部隊が造れるなら苦労はしない。
実弾演習も装備も訓練された兵士に宛がわれて初めて意味があるのだ。
忌々しいことに、実戦経験の乏しい兵士を選別し、使い物になるまで鍛え上げるだけで数カ月はかかる。

それを、火急的かつ速やかに行えと言われるのだ。
現場を知悉したパルトン中将の無理難題でなければ、一蹴していたほど問題は山積している。
だから、幸か不幸か彼は大体の事に対してシニカルにならざるを得ない。
新兵に卓越した技量を持ち、なおかつ誰からも愛される人格者が入っていると聞いても鼻で笑うだけだった。

だから、どうした、と。

はっきり言えば、ドレーク中佐に必要なのは悪鬼を殺し得る刃なのだ。
切れ味がよかろうと竹光では使い物にならない。
なればこそ、お上品なレイピアなどではなくエストックを獲物として選んでいる。

生理的に受け付けない、というのは極端だろうか?
だが、おおよそ『誰にでも愛される』という評価が気に入らなかった。
気に入られる、程度ならばまだわかる。
まあ、それでも胡散臭いが。
愛されるとなれば、もはや違和感しか残らない。

言葉にできないが、感覚が合わないのだ。
そして、ドレーク中佐は自分の勘を信じればこそ今日まで無事だと知っている。
つまるところ、厄介なのが入ってくるのかという気分に変わりはないだ。

だから、ドレーク中佐はある新任を本能的に気に入らないと悟った。

その新任は、合州国から鳴り物入りで派遣されてきた魔導少尉だ。
彼女の名前はメアリー・スー。

外面は、瀟洒で可憐な18歳の乙女である。
彼女は、生まれて以来毎週欠かさず教会へ足を運んでいたと聞く。
物心ついた頃からは自分で。
それより前は、孤児院の保母さんらに連れられて。

特筆されているのは、彼女が如何に人格的に卓越したかという絶賛に尽きる。
人事の人間ともあろうものが、心酔しているのかと眉をひそめたくなる内容だった。

彼女の両親は子供の頃に死んだらしい。
らしいと言うのは死因を、誰も彼女に伝えられる人間がいないのだ。
だが、彼女は日々の糧を頂くことを主に感謝し日々を清く正しく生きている。
まあ結構なことだろう。

そして、戦争に心を痛めた。
多くの人々が傷つき、倒れることに耐えられなくなった。
一晩泣いた後、彼女は決心したという。
軍に志願し、自分のできることをしようと決意したというではないか。

実にすばらしいと、手放しで誰もが称賛するだろう。
プロパガンダだと言われれば、なるほどと納得してしまえるほどに現実感が欠如しているとしてもだ。

いや、現実味のなさという点では赴任してからのメアリー・スーは想像よりも酷かった。

鼻につくような正論。
正義とは何か、信仰とは何か?
自分達の義務とはなにか?
大いに結構だった。
従軍牧師とでも語り合ってくれれば、それでよい。

だが、先任らの忠告と教育は完全に逆効果。
頑なに『明白なる天命』とやらを延々聞かされる羽目になる。
おかげで、どうやら自分の部下がおかしくなってしまっていたらしい。

気が付いたのは、巡察中に苦虫をダース単位で噛み潰した訓練担当の軍曹からの報告によってだ。

新任どもが、変な影響下にあるという理解しにくい報告。
だが、嫌な予感に突き動かされたドレーク中佐は即座に足を動かしていた。
突進先は、奴の所属する中隊宿舎。

そして、絶句することになる。

曰く、神の命ずるままに戦う。
曰く、正義の戦いに赴くは喜びである。

…理解しがたい何かに直面したと、後に彼は語る。

目の前で誠実かつ、敬虔な信仰心を発露しているらしい少尉。
大変結構なことだが、それならば聖職者を目指せばよろしいだろう。
ドレーク中佐が行っているのは、戦争の訓練だ。
断じて、『神の兵隊』とやらを育成することではない。

間違っても
正しい戦争のために、
正義の兵士が、
英雄的に雄々しく戦うということなどありえない。

戦争とは、本質的には殺すか殺されるかに尽きる。
死にたくなければ、敵兵を排除しなければならない。
必要なのは善悪などではなく、まして正義という戯言であるはずがないだろう。

信じがたいことに。
いや、信じたくないというべきだろうか。
ドレークの指揮下にあった一つの中隊丸ごとが彼女の、メアリー・スー少尉の影響下にあった。

一個中隊全員が、自らの天命とやらを信じてやまないアホになっていたのだ。
許されるならば即座に中隊長を解任し、狂った信仰者を軍から叩き出したかった。
だが、そのためにとった方策は悉く棄却される羽目になる。

理解しがたいことに、上層にある一派が強固にメアリー・スー少尉を支持していた。
それどころか、積極的に彼女を支援しようとすら試みているほどだ。
指揮権に対する干渉すら、一部には策動している痕跡が見られたほどである。

なにしろ、暗にながらも彼女に『独自行動権』を付与しろなどという戯言すら囁かれた。

いくら政治的プロパガンダの必要性があるとはいえ、これは我慢しかねる仕打ち。
なにより腹立たしいのは、メアリー・スー少尉はそれが自分に与えられた天命だと信じて疑わないのだ。
間違っているのは、ドレーク中佐であり、彼女はいつも正しいというスタンス。

何故か、自分だけが異物になったかのような感覚。
苦悩するドレーク中佐にとって、その中隊は劇物だった。

だが。

メアリー・スー少尉は魔導師としての素質において、卓越し過ぎていた。
ドレーク中佐をしても、軍から放逐するどころか部隊から放逐できないほどに。
内心の不信感や、葛藤を無視せざるを得ないほどに。

いや、正確には上がそう望むがゆえに。

それ故に、ドレーク中佐はその中隊の存在を許容した。
厳密には、その中隊が存在するという前提で部隊を編成し直した。
彼にとって、もはやその中隊は統制できない部隊だった。

故に、彼は隔離しその悪影響を最小限に留めるべくはからう。
そうまでして、彼は部隊の統制を保つべく最善を尽くした。
だが、結果的に彼は一身に誹謗中傷を浴びせられることになる。

一体いつから、軍は古代の十字軍に先祖がえりしたのか?
ほとんど理解しがたいほど、理屈では説明できない程の逆風だった。
それに屈せずに抵抗し得たのは、パルトン中将の支持とドレーク自身の軍歴故だ。

だが、このために遂にドレーク中佐は不安要素を抱え込んだままその日を迎えることになる。





なつかしいにおいがする

突き刺される男のにおい

斬り倒される女のにおい

焼き殺される赤児のにおい

撃ち殺される老人のにおい

死のにおい

戦のにおい

ああ、屈辱の思いが、蘇る。

あの日、あの時、忌々しい豚どもに、我らは、蹂躙された。

南方で、蹴散らされた我々が嫌というほど嗅いだにおいだ。

あの時も、このにおいがした。

なつかしいにおいだ。

誰が、忘れられようか。

共に南方大陸から敗走した戦友諸君。

ヴァルハラに逝った英霊に背を向け

まだ、息のある戦友を、無力な戦友を見捨て

守るべき大勢の人々を、背後に残し

名誉が汚泥に突き落とされ

我らが、無様にも負け犬のように逃げ出した南方だ。

怨敵との再会を言祝ごうではないか。

今日はここが、その南方だ。

一日たりとも、一時たりとも、

ここにいる我らが忘れること叶わずに煩悶した南方以来の怨敵だ。

道半ばで逝った戦友が、復讐をと願った南方以来の怨敵だ。

ああ、懐かしい敵だ。

無敵の敗残兵諸君。

最古参の敗残兵諸君。

我が、敗残大隊戦友諸君。

万願成就の時が来た。

誰が、この日を待ち望まずにいようか。

この日がくることを、ひとえに渇望していたのだ。

この日が来ることだけを、夢見て、恋する乙女のように、待ち焦がれていたのだ。

この日を、思うだけで、胸が焼き焦がれるほどの焦燥に駆られたものだ。

地獄の底をはいずり廻った。

汚泥をすすり、屍肉を喰らい、ひたすら、この日を渇望し

ついに、遂に待ちに待った時が来た!

多くの英霊が無駄死にで無かったことの証の為に・・・

帝国の安寧を掻き乱す豚どもを、間引く為に!

南方の戦場よ!我らは帰ってきた!!

豚共の血で、大地を紅く、紅く染め上げ

二度と、二度と、豚の分際で、

我ら帝国の土地を犯さぬように。

連中を教育してやろうではないか。

言葉ではなく、銃弾と銃剣で持って、連中に教育してやろうではないか。

ここが、誰の土地であるか、教育してやろうではないか。

ノルマルディアは決して南方の轍を踏まないと。






ターニャ・デグレチャフ魔導中佐より、D-DAYをお知らせいたします。
状況がひっ迫しておりますため、最前線よりの簡略な礼式になることを御寛恕ください。
喜びと共に、帝国軍将兵らはその任を最前線にて遂行しております。
ごきげんよう、親愛なる帝国臣民の皆様。
最前線より、帝国の防人たる我らが軍人を代表し御挨拶を申し上げるは無上の喜びであります。

我らは、祖国より任じられ、祖国より期待される国家の盾であります。

祖国を防衛せんとする確固たる意志。
己が任務を理解し、全うせんという明確なる義務感。
ご安心ください。

祖国の宸襟は我らが案じ奉りましょう。
危機に晒された祖国がために、わが身を呈して祖国を護持いたしましょう。
幾多の躯を晒すことになろうとも、寸土たりとも侵すことを阻止いたしましょう。

最後の一兵に至るまで、我らは抵抗いたしましょう。

帝国に、栄光を!
我らが、帝国軍に、皇帝陛下に無窮の栄光を!



今の気分?
強いて言うならば、この世の地獄に向かって、超特急で飛んでいるのが今の気分。
たぶん、この上なく最悪でしょう。

ターニャにしてみれば、状況というのは最悪を通り越して災厄だった。
なるほど、D-DAYがあることは覚悟していたし、ある程度備えることもしている。
だが、どうみても自分の想定以上に連合王国や合州国は戦力を結集しているらしい。

確かに。
確かに、全てが史実通りにいくとは思っていなかった。
だが、同時にまさか史実を遥かに凌駕する大規模侵攻に直面するとは誤算も良いところ。

許されるならば、咄嗟に全てを放り出してイルドア方面に逃げ出したい状況だった。

しかし周りは、壁として確保した部下が取り囲んでいる。
壁として確保した筈が、今となっては一個大隊により意図せぬ監視下に置かれているようなもの。
要するに、敵前逃亡は不可能である。
敵前逃亡で、軍法会議、銃殺刑のコースよりは、まだ敵に突撃したほうが生存率はある。

・・・たぶん。

事の始まりは、D-DAYによって混乱した部隊を掌握していた時だ。
偶々、バグラーチオ戦によって消耗したサラマンダー戦闘団から古参兵らが合流していた。
最初は最高の防壁をゲットできたと笑いが止まらなかったターニャだが、今は激烈に後悔している。

なにしろ、好戦的に過ぎる部下らだという事を過小評価していた。

後退し、機動防御をすべきかという提案は一笑された。
まるで、自分が冗談を言っているのではないかと受け取られてしまうのだ。
それどころか、逆襲すら進言される始末。

だが、一理あると認めざるを得ない提案だった。

「中佐殿、一発敵をビビらせてやりましょう。」

「良い提案だ。だがどうする?」

敵が、ビビってくれるにこしたことはない。
懸命に、構えられても困るし無駄だ。

ターニャは合理的解決策を好む。
周囲の評価はともかく、本人はいたって平和的な解決策を望んでやまない。
主観では本気で殺し合いがやりたいと思うほど、人格が破綻していないのだ。

いや、むしろ人的資源の浪費を嘆く実に熱烈な平和主義者だと自負している。
だが悲しいことに、戦争であり軍にあっては敢闘精神を疑われる訳にもいかない。
やむをえず、理想的将校の模倣を行っているがそうすると今度は好戦派と見なされてしまった。

評価にバイアスがかかることは覚悟していたが、あんまりだ。
いくばくか、周囲の評価に理不尽さを感じつつもターニャは生き残るために懸命に頭を回転させる。
敵は、史実以上の大規模部隊。
よりにも寄って、自分の所在地に軍団規模の部隊が投じられている。

逃げ出すだけでも、知恵を働かさねば。

「いっそ、何かを広域念話でばら撒いてはいかがでしょうか。」

ばら撒く?
ああ、敵を言葉で脅すというのは一つの手だ。
向こうも上陸戦でがちがちに緊張しているだろうから、有効だろう。

「脅してみるか。いいだろう、少しばかり腹案もある。」

ふむ、例の少佐殿に倣ってやるアレをやってみるか?
たしかに、臆病者には、強烈なビビらせ効果が期待できる。
ついでに言うと、外見は無表情の幼女軍人でも、中身はチキンな自分にとっても自己暗示が効いてよい。
テンションが高い方が、戦場にいる時は、気が楽だ。
では、一発、かましてみよう。

「腹案でありますか?」

「諸君でも怯えることを請け負えるぞ。さて、行動を開始しよう。」

かくして、冒頭に至る。
せいぜい緊張しきった敵軍を怯ませれば楽になるだろう。
そんな程度の威嚇だが、こちらが戦意旺盛であることくらいは伝わるに違いない。

ビビってくれたかな?そうなれば、楽なんだがと本気で思いたい。
いや、相手も合理的なら勝利が見えた戦闘で命を惜しむだろう。
どう考えても、積極的にリスクを冒してまでこちらと交戦したがる理由は乏しい。

ターニャは、本気でそう分析し自らの安全を確信しかけたほどだ。
なにしろ、自分ならば勝ち戦で手負いの獣と戦うつもりは微塵もない。
合理的に考えられる手強い相手ならば、自然と手を控えてくれるはずだった。


だが、帰ってきたのは最悪の反応。


「ターラントでの借りを返させてもらおう。死んだ部下の墓標に添えてやらねばならんのだ。」

聞き覚えのある嫌な奴の声。
連合王国の執念深い指揮官の声。
散々手を焼かされた厄介な連中。

「アレーヌで燃やされた部下と市民の仇だ。共和国の怨念を思い知れ。貴様だけは、貴様だけは!」

ログを検索。
・・・共和国特殊作戦軍?
生き残りか。
目撃者は排除した筈だったのだが。

市街戦を意図する連中まで来ているとは実に厄介である。

「消えろ!今すぐに、私の視界から、私の世界から消え失せろ!」

「殺せ!奴とて、不死身ではない!」

聞き覚えのない声。

しかし、感情的に激昂していることは十二分に理解できる。
どちらかと言えば、理性よりも感情を優先しそうだ。

どうやら、敵は戦時国際法よりも殺人衝動を優先するのだろうか?
困ったことに、どうもこの感じから言って素直に投降が受け入れてもらえる雰囲気でもなさそうだ。

以前読んだものの本で、ノルマンディーで双方が捕虜を殺し合ったという記述は間違いなく現実に違いない。

ああ、すごく厄介なことだ。
デグレチャフ中佐として、軍務を全うしただけなのにどうして此処まで戦意旺盛な敵に遭遇しなければならないのやら。
勝ち戦とはいえ、命を惜しむのではなく殺人衝動に酔うという事だろうか?

やっぱり、現実はそんなに甘くないのか。
むしろ、理解しがたいことだが嬉々として連中戦争する気である。

ちくしょう、腐った存在どもめ。
やつさえ、こんな、理不尽な環境に自分を放り込まねば、こんなことにはならなかったのに。

世界に災いもたらす存在Xに災いあれ。

そこまで思った時に、ターニャは遭遇する。
自らにとって、存在自体が許容できない存在に。

覚えのない波長の通信波。
だが、確実に嫌な匂いをぷんぷんと漂わせている。
奴の、奴らの匂いが付いている。

天敵。

そう、天敵の匂いだ。

不倶戴天の天敵の匂い。

「聞きなさい、恐れを知らないものよ。私は、メアリー。メアリー・スー。」

鈴の音色の様な麗しい声だ。
実に、奴らが好む声色に違いない。
ああ、讃美歌を歌うならば素晴らしい声にちがいない。

「悔い改めなさい。主の御心を偽る異端よ、貴女は間違っている。」

・・・ぱーどぅん?

ああ、きっと可憐な面持ちで素晴らしい心の持ち主なのだろう。
信仰の自由は尊重されてしかるべきだ。
だから、お願いだから死んでくれ。
今すぐに、自由に死んでくれ。
神の国とやらに行って、自由にしてくれ。

だから、お願いだから。
現世から、消えてくれ。

「悔い改めるならば、慈悲の心をしめしましょう。」

・・・慈悲?

結構、不倶戴天であることは理解している。
いい加減、ウンザリしている時なのだ。
慈悲というのは、要するに存在Xの手先でストレスを発散しろということか?

そうであるならば随分と、味な真似だ。

「祈りなさい。自らの罪を、神の前に懺悔なさい。慈悲にすがることを、主はお許しになるでしょう。」

・・・奴に、縋れと?

結構。
冗談は、存在だけにしてもらわねば。
今すぐに、殺してやる。
その存在を、叶う限り速やかに抹殺してやる。

幾度夢見たことだろう。
貴様らだけは、根絶やしにしてやる。


ターニャが珍しく、心底好戦的衝動に駆られていたときの圧迫感は司令部内に満ち渡っていた。
その時、傍に立っていたヴァイス少佐は自分が中佐殿の敵でないことに安堵する。
噛みしめられた歯の音と、何かを握り殺さんという手の引き攣り。
自分が敵なら、何も考えずにひたすら逃げ出さんというばかりの強烈な殺意だった。

百戦錬磨の古参魔導師をして、思わず敵対すれば死しかイメージしか浮かばない。
それほどまでに、デグレチャフ中佐からは死の匂いが立ち込めている。

「・・・我らが戦闘団長殿?」

「ああ、ちくしょう、愉快だ。」

なんと、嗤っていた。
いついかなる時でも、ほとんど感情を表に出さない中佐殿が。
勇猛無比な突撃を行う時ですら、冷静さを持ち合わせる中佐殿が。

喜び勇んで、ぶち殺してやると言わんばかりに怒り狂っていた。
いや、こんな戦場だ、東部ですら平和に思えるような戦場だ。
冷静であるという贅沢は、生き残ってから楽しむことにしよう。

「ああ、確かに、愉快ですな。」

「ヴァイス少佐、君もか。」

「いえ、中佐殿ほどでは。」



くくっ・・・ふふっ・・・

くくっ・・・ふははははぁっ

来るか。また来るか。懲りずに来るか

良いだろう。まだまだ少ないぞ。いくらでも来い

固まれ!!集え!!群れて集え!押し寄せて集え!!

脆弱な力を拠り合わせて私を殺しに来い!!『ひとり』たりとも逃げるなよ!!

そして朽ち果てろ!!一列に並んで端から食われろ!!

それだけのために来い!!

次から次へと途切れなく!!右も左も埋め尽くせ!!

刀槍のきらめきが地平を覆った、あの時のように!!

血肉をむさぼり、骨も残さず食らった、あの時のように!!

魂のひとかけらも残さず!!食らってやるさ!!『あの時』のように!!

私が殺戮に関して教授して差し上げよう!!!

異端の豚共で、大地を染め上げて、主の御覧に入れよう!!

主に、お喜びいただこう。ああ、ハレルヤ!!

帝国の平安と、安寧のため。

主の王国の安寧のため。

主の御心のままに、喰らい尽くしてやろう!!

喜べ。貴様らは、御心のままに殺してやる!!!!!




ターニャという存在にとって。
あるいはメアリー・スーという存在にとって。

心からの殺意と、純粋極まりない悪意。

それは、不倶戴天の天敵同士による戦いの始まりであった。





艦砲射撃を行う戦艦群の火力支援。
無数の重砲の支援を受けつつ上陸を開始した合州国海兵師団。
彼らの多くは、戦争を終わらせたいと願っている。
祖国奪還を願う自由共和国軍将兵。
悲願を目前とする彼らにとって、祖国の地は待望の地だ。
長きにわたる激戦を終わらせんと願う連合王国軍将兵。
疲れ果てた彼らは、なお任務を果たさんと激戦に赴く。

対して、圧倒的鉄量に晒される帝国軍将兵。
構築され、複線化された防衛線。
悪意の塊のような地雷原に、強固なトーチカ群。
偏執的なまでに配置されたトラップは、岸壁にすら埋め込まれている。

それらをもってして帝国は津波のように押し寄せる敵を迎え撃つ。


史上最大の、空前絶後の大規模作戦。

そして、同時に誰もが願っていた。
どうか、どうか自分だけは死にませんようにと。
縋れるありとあらゆる存在に。
彼らは、心から祈りを捧げる。

多くの者が、祈りむなしく散華するとしても。
確率論による無情な結果があるとしても。
兵士には祈ることしか許されない戦場がある。


こうして、歴史が築かれる。
ノルマルディアよりラインへの道は拓かれた。
幾万もの将兵らの血と、無限に思える鉄量によって。


その日、幾万もの将兵にとっての悪夢は幕を開けた。




あとがき

(ノ;_ _)ノ
作者は、力尽きました。
残念ながら、
頑張ったのですが…。

疲れましたorz

しばらく、更新は御寛恕ください。
ZAP



[24734] 第七八話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:06





アンドリュー記者さん、だっけ?
ああ、そうさ。
あの戦場の事は、いまも魘されるよ。
誰だって、生き残れた連中はそうなる。

いや、違うか。

『違うとは?』

未だに、あの声が張り付いているんだ。
笑い声を上げるような狂った嬌声だ。
喜び勇んで突撃してくる魔導師連中は二度と見たくない。

本当に酷い戦場だった。
情報参謀の間抜けどもときたら、撃ち殺しても物足りない。

『・・・情報将校への発砲事件というのは本当にあったのですか?』

本当に?
はっはっはっははは、これは傑作だ、本当に傑作だ!
・・・いや、失礼。

アンドリューさん、貴方を笑うつもりはなかったんですがね。
逆に聞きたいんですが、あんな連中を撃ち殺してやりたいと思わない生き残りがいると思いますか?
機会があれば、私が撃っていたに違いない。

いやはや。
本当に惜しいことをしたものだ。

『それほどまでに?』

あの馬鹿どもが、上陸前に何と言ったと思います?
二線級の第442特別防衛旅団と一個補充魔導師中隊程度、ああ、要するに敵はほとんど脅威たりえない。
連中は、艦砲射撃後に我々は武装したハイキングでも楽しんで来いとお口にした訳なのですよ。
せいぜい招集されたばかりの老兵と根こそぎ動員で形だけの敵魔導師中隊が展開?

艦砲射撃で一掃するので、敵兵よりも不発弾に留意しろとまで言われましたよ。

『でも、違った。』

そう、違った。
素人どころか、ネームドが、ベテランが、精鋭が。

※編集注
当時の事前分析では、帝国軍の予想戦力は予備役から絞りだされた二線級旅団程度とされ此処が主攻とされた。
しかしながら、実際には東部で最も奮戦したサラマンダー戦闘団を中心に古参兵らからなる師団が展開。
展開したネームドだけで中隊規模を誇るほどの重厚な防衛線が隠蔽され、上陸部隊を待ちかまえていた。

みんな死んだ。
上陸した時点で、師団は半数を失っていただろう。
戦場を突破した時には、上陸部隊は消えていた。
想像できるかね?戦友の死体に隠れて前進したんだ。

なにより恐ろしかったのは敵の魔導部隊だ。
信じられないことに、大隊程度の魔導師に味方は散々だったよ。
はっきり言えば、役立たずだ。

いや、例外はあるがね。
だが、化け物どもの頂上決戦に興味はないよ。

・・・まあ、そんな感じだ。

あんたの知りたいことは、わからないが、こんなところで良いかな?

『ありがとうございます。』




ウェゲティウスに曰く
『生まれながらの勇者はいない。勇者は訓練と軍紀によって育てられる』。

勇者とは、勇者として生まれるのではない。
1人の人間を、規律が、訓練が戦士に育て上げる。
戦士は、戦場で勇者たらんことを求められ初めて勇者となるのだ。

敵前上陸を敢行する兵士というのは、生まれながらの存在ではない。

彼らは、名誉・愛国心・戦友への友情など多様な理由で銃を取り海岸を駆けた。
そしてその多くは、二度と故国の地を踏むことなく異郷の地に果てる。

『汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ』

ラインの悪魔が蠢く戦場。
そこは、ラインで解き放たれた怪物による人類種の天敵による最悪の戦場だった。

情報参謀は何をしていたっ!!!?

誰もが、一様に声をそろえて眼前の光景に対する説明を情報担当者らに求めてしまう。
簡単な筈の上陸作戦。
念には念を入れた艦砲射撃と、圧倒的戦力による敵前上陸。

簡単な作戦のはずだった。

それが、一体どうしてこうなった?
一兵卒から、将軍に至るまで全員が頭を抱えたくなる戦局。
そして、前線の多くの兵士はそれを耳にすることになる。

『サラマンダー戦闘団長より、戦闘団各位。』

戦場に響き渡る凛とした声。
広域へオープンチャンネルで流されるそれは、凛々しくも禍々しい。

『…汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ。ここが汝らの地獄門であると奴らに教育してやれ。』

眼前に広がる地獄絵図。
恐れ知らずの海兵隊だろうとも、思わず竦んでしまいそうになる光景が繰り広げられていた。
地面を踏みしめることすらも叶わず、幾多の上陸艇が粉砕される。
運よく陸に上がったものらが、あっけなく地雷に吹き飛ばされる。
なんとか張り付いた中隊が、迫撃砲の集中射であっけなく消える。

戦車ですら、待ちかまえている対戦車砲でたちまち火を吹く。
敵のトーチカに肉迫した歩兵は、隠蔽されていたピアノ線に足を取られる。
身動きできないところに、降り注ぐ機銃が、勇敢な兵士が最後に目にしたもの。

『諸君、地上に生きるもの全ては、遅かれ早かれ何れは死する運命にある。であるならば、祖霊の眼前で、祖国のために怨敵に立ち向かう以上の死があるだろうか?』

『『『否!断じて、否!』』』

死を省みない敵兵の突撃。
全員が、死兵となって突撃してくる恐怖。

『諸君、かつて私をあやしてくれた人のため、赤子を抱く母のため、我らの背にいる人々のため。』

阻止しようとする魔導師を。

『恥ずべき悪漢、忌むべき怨敵らから皆を守るために私は行こう。』

近づけまいと張られる弾幕を。

『この浜辺を埋める幾万もの敵だろうとも、私は押し止めよう。』

掻い潜り奴らは、突入してくる。

『さあ!私に続け。私に続け、祖国を共に守らんと欲する勇者よ!』

『『『帝国万歳!勝利万歳!』』』

化け物どもが、やってくる。


オハマビーチに上陸した合州国軍6個師団にとって、その日は最悪の一日として記録されることとなる。
ブラッディ・オハマ。
戦史上、最も短時間に5個師団が事実上消滅したと記憶される最悪の戦場である。




それは、恐るべき光景だった。

あざ笑うかのように、無数のエースがゴミの様に叩き落とされる光景。
連隊規模の魔導師が即応し、突入してくる帝国軍魔導師を叩き落とさんと上がったというのに。
高々、大隊程度の魔導師が落とせない。

いや、落とせないどころか止めることすら叶わない。

幾多の精鋭が、エースが、ネームドまでが。
先陣を切って突入してくる『ラインの悪魔』に切り伏せられ、地に落とされた。
蹂躙する筈が、攻守が完全に逆転した戦場。

あの連合王国のドレーク中佐ですら、飛び出して来た敵の佐官に喰いつかれて抑え込めずにいる。

非現実的な光景だった。

ネームドすら、敵の大隊にあっけなく抑え込まれる戦場。
ベテランぞろいの中隊が、いとも容易く姿を消してしまう。
そして、奴らは止めようもない。

辛うじて、身を呈した防戦で上陸部隊への攻撃こそ阻止し得ている。
だが、当初予定されていた密接な対地支援など考えることすらおぼつかない状況だった。
敵のトーチカを潰すどころか、連隊規模の魔導師を展開しておきながら防戦で限界。

艦隊の眼前で繰り広げられている光景は、そこまで非現実的なものだ。
まるで、誘蛾灯に吸い寄せられる蛾の様にあっけなく魔導刃に掛かる友軍魔導師。
自らの眼で見てなお、信じがたい光景だと将兵らは唖然としてしまう。

頼るべきネームドらが、身を守るのが限界と言わんばかりの戦場。
規格外としか考えようのない敵の吶喊は合州国・連合王国の司令部をして驚嘆させるものだった。
誰が想像するだろうか、この劣勢下において嗤って突入してくる敵を。

少しでも頭の働く人間ならば、それが如何に無謀かという事を理解出来るに違いない。
にもかかわらず、一心不乱に突入してくる奴らは悉くこちらの予想を覆している。

『奴らを止めろ!このままでは、上陸部隊が!』

『駄目です!追いつけません、畜生、なんなんだあいつらはっ!?』

誰もが破局を覚悟した。

だがその時、聖女が舞い降りる。
先頭で突進している魔導師への重爆裂術式。
混乱する戦場のさなかにあって、的確に針路を捉えて起動する技量は卓越していた。

しぶしぶ、という観で先頭の帝国軍魔導師は針路を変更。
同時に爆炎を回避しつつ散開した部隊は攻撃源に対して、各個に応射。
だが、それらを瀟洒に回避し彼女は行方に立ちふさがる。

「皆を守るために。私は戦う。・・・やれる。私がやらなきゃいけないのだから。」

覚悟を決める声。
その声は想像以上に幼いものだ。
だが、その声の主であるメアリー・スー魔導師少尉は決意と共に立ちふさがる。

咄嗟に突撃してくる帝国軍部隊に対して爆裂術式と光学系術式を連続展開。
即座に反応し、散開されるも光学系で追撃し敵部隊の突進力を奪う事には成功。
回避にこそ成功した帝国軍部隊も、衝撃力を失い再攻勢のための発起に手間取る。

「私が、皆を守って見せる!」

その意気込みと共に彼女は演算宝珠を振るう。
幾多の術式、数多の干渉式。
悉くが、味方に迫らんとする帝国軍部隊を喰いとめる。

そして、その奮戦は敵の大物を釣りだしてしまう。
悪魔と聖女。
それは、水と油の如く交わり合う事のない存在だった。



嫌な匂いだ。

忌々しい連中の匂いがぷんぷんする。

『ッ乱数回避!』

部下が緊急回避を迫られるほどの火力と密度。
なにより、術式の展開速度が生半可ではない。
全力で忌々しい95式を起動したとき並みの処理速度と展開能力。

・・・なにより、波に覚えがありすぎる。

存在Xと不愉快な存在らの波。
忌々しい連中だ。
一個の自由人として、近代的合理人として、討たねばならない自由の敵は忘れようもない。

滞空座標ごと重爆裂式で破砕するべく95式を起動。
同時に乱数回避を想定し散弾を形成、射出。
熱感知式の追尾系熱術式を組み込んだ雷撃系術式は多重展開済み。

一連の動作を流れるように一瞬のうちに組みあげると即時実行。
高度8000、距離至近。
外す距離ではなく、まして防御することすら叶わないような至近距離である。
のこのこ出てきた怨敵に直撃を叩きこむべく研ぎ澄まされた感覚。

戦場に出て、喜び勇んで敵を討つのは初めてだ。
なるほど、感情的になるというのは合理的とは程遠い行動でもある。
実際のところ、目標を追求するための合理性を保ち得ていなければ今にも切りかかっていきたいほどなのだ。

ああ、あの糞袋。
狂った連中の手先を叩き潰すことこそ、我が望み。
同時に、相手の規格外さも重々理解できる以上万全を尽くす。

爆裂系術式を複数起動し、追撃用に展開。

『灰は灰に。』

けし飛ばすに足る火力。
肉片の一片も残してやるつもりはない。
直撃の有無は、関係ない。

『塵は塵に。』

出し惜しみなしの全力。
通常ならば、まず撃破確実。

なれども、忌々しいことにしぶとい相手であることをしっている。

『戦闘団各位、近接混戦を想定せよ。遺憾ながら、突破し得ない。』

如何なる術で逃げのびたのかは定かでないものの、メアリー・スーという標的は健在。
爆炎の隙間を駆ける姿は、ほとんど有効打を与えられていないことをターニャに悟らせる。

認めよう。

極めて、敏捷でありながら強固な防殻まで展開し得る一流の素質を持っていると。
自由を愛する近代的合理人らにとって、何としても此処で落としておかねばならない脅威だと。

応射を回避しつつ、ターニャは幾度となく高速展開する光学系狙撃式にて目標を攻撃。
高機動戦はターニャに限らず帝国軍魔導師にとってはお家芸というもの。
にもかかわらず、歯がゆいことに至近弾すら与えることに至らないのだ。

相手の機動は尋常ではない。
その事実は、思わずターニャをして対応に窮させるほどだ。
時折、部下らが交差射撃や十字砲火を試みるのだがそれもいなされてしまっている。

部隊が全力でかかればやれなくはないだろう。
だが、忌々しいことに複数の敵部隊と交戦している現状でそれは望みえない状況だった。
困ったことに、退くことも進むこともできなくなりかねないのが現状である。

打開策が必要だった。
それも可及的速やかに。

距離を保ちつつ、術式を応酬し合いながらターニャの頭は何とか使えるモノを見出そうと全力で回転する。

彼我の技量差。
遺憾ながら優越ながらも、圧倒し得るほどではなし。
彼我の継続戦闘能力。
奴らの干渉を勘案すると、不確定要素が多すぎるため判断困難。
彼我の戦力差。
精鋭なれども、物量への対応は困難。

・・・この状況下において有効な打開策?

敵を知り、己を知ろう。

自分は、平和主義的な合理的近代人。
相手は、異端は皆殺しの狂信者。

自分は、保身第一の合理的人間。
相手は、信仰第一の感情的人間。

こちらの勝利条件は、自分の生存。
あちらの勝利条件は、我々の撃滅。

付け込むとすれば、自己保全能力の欠落具合と判断。

そこまで考えたとき、ふとターニャの頭に愉快な考えがよぎった。

そうだ、奴の自己犠牲精神とやらはどうなっているのだろうか、と。

確信は全くない上に、土壇場で試すのは賭けに近いものがある。
だが、自分の脳が導き出した答えが蓋然性に富む以上試してみる価値はあると判断。
少なくとも、合理性がある考えであるのは違いないのだ。

速射性と追尾性優先の術式から威力と貫通性重視に術式を変更。
同時に、射撃目標を変更する。
賭けであるのは間違いないだろう。
しかしながら、必要最小限のリスク選択だった。

ターニャは、メアリー・スーから、彼女の下を航行する上陸艇に照準を変更。
そして、高機動戦を打ち切り、上昇を開始。
消耗が著しく跳ねあがるとはいえ12000までは実用戦闘高度だ。

此処からならば、メアリー越しに上陸艇を上から撃てる。
もちろん、ちょろちょろと動き回るこざかしい魔導師に充てるのは難しいだろう。
高度を取ったからと言って、応射されない保証もない。

だが避けられるものならば、避けてみるがいいさと対艦攻撃に重点を置く。


奴が回避すれば、上陸部隊が叩かれるだけの話だ。
当たりもしない攻撃を延々撃ち続けるよりはまだマシだろう。

もしも。
自分としては、かなり蓋然性があると思うのだが。
奴が友軍部隊を守ろうとすれば、大変結構。
狙う手間が省けるというものである。

何かのところで読んだ話だ。
避ければ、味方が死ぬという古典的な話。
お優しいメアリーさんの結論を楽しむことにしよう。

そうほくそ笑むと、ターニャは術式を解放した。



『攻撃が緩んだ?…一体、何を考えて?』

味方の援護のために緊急展開したメアリーらの小隊は、他部隊と連携して帝国軍を有効に阻止していた。
敵はおぞましい勢いで突入してくるものの、正義を守るためにメアリーらの部隊は力戦。
既に、敵の衝撃力を相殺し混戦に持ちこむことで動きを封じこむことに成功している。

そして、メアリー自身は瘴気を祓うべく哀れな化け物に相対していた。
さすがに、恐れられるだけの事はあり悪魔の攻撃は鋭利なもの。
しかしながら、メアリーの心に恐れはない。
メアリーは神の加護を信じ、恐れることなく立ち向かう。

おぞましい執念が込められた攻撃とて、メアリーにとっては当たるはずもない攻撃だった。
だが、間髪をいれない猛攻撃が止まった時、メアリーは違和感に気が付く。

あの悪魔が簡単に諦めるとは思えない。
一体、どんな悪逆非道な手を使うのかと警戒。
毒ガスや生物兵器の類を平然と使ってきそうな相手だと知らされている。

神々の御加護がある身として、メアリーは耐えられるだろう。
しかし、非道な手から仲間たちを守るためには迅速に対応する必要があった。
そのため、油断なく身構えて備える。

『…?まさか、逃げるつもりなのかしら?』

だが、メアリーの目前で敵魔導師は反転、上昇を開始する。
高度9000近い領域での交戦であることを思えば、緊急離脱以外には使用されない高度。

酸素濃度と温度を考えれば、追撃は命がけになる。
我が身を惜しむつもりはないものの、此処で追撃を行えば余力は払底するだろう。
そうなれば、守るべき人々のために力を尽くすことができない。

『…それにしても。部下も見捨てて、逃げるなんて。』

だが、それにしても信じられなかった。
メアリーの前から逃げ出した魔導師は指揮官だろう。
部下らが依然として交戦しているのに見捨てて逃げ出すとは卑怯な魔導師だった。

平然と、部下を見捨てて逃げられる精神。
それがメアリーには理解できず同時に恐ろしい。
そんなことができる人間が、世の中に存在することが耐えられないほどに。

だから。
奴が上空で展開している術式を注視して初めてメアリーは理解する。
敵が攻撃目標を変えているという事実を。

『そんな!?』

無誘導ながらも威力と貫通力を重視した対艦攻撃術式。
その照準は、間違いなくメアリーの下に展開している仲間達に向けられたもの。
阻止攻撃を行おうにも、行動を起こす前に術式が展開されてしまう。

自分が、警戒して動かないでいるうちに早々と敵が行動を変えているという事実。
味方を守る筈が、役立たずになってしまっているという事実。
自分の失敗で、仲間達が危機に晒されているというのは耐え難かった。

だが、まだ間に合う。
幸いにも、あの一撃を耐えることはできるのだ。

そこまで考えた後は、躊躇が無かった。
味方を守るべく身を呈して術式の射線に割り込む。
そして、被弾。

防殻まで揺さぶられる強固な一撃だった。
だが、神々に護持され祝福された守りが敵の攻撃を弾く。
敵の攻撃を阻止できたという事。
そして、味方に損害が出なかったということに安堵しつつも自らの迂闊さを懺悔する。

浅はかにも、敵が簡単に諦めると考えてしまった自分を彼女は神に恥じた。
そして、覚悟も新たに敵を睨みつけた時メアリーは違和感に気が付く。

遠くからでも誤解の余地のない悪魔の嘲笑する嗤い声。
攻撃を阻止されたというのに、むしろその顔は愉快気ですらある。
考えていることが理解できないが、何か陰湿なものを感じてしまう。

一体何を?

その疑問は再び放たれる術式で一瞬遮られる。
咄嗟に再び防殻を全力で展開しつつ、身を呈して攻撃を阻止。
けれども、次の瞬間に彼女は違和感の正体に気が付く。

…輸送用の上陸艇攻撃に不要な筈の『対防殻』貫通用術式。

対魔導を念頭に置いた攻撃術式。
敵が上陸艇を狙う限りにおいては、必要のない術式の筈だった。
何故、こんなものが組み込まれているのだろう?

まるで、魔導師を撃つために…

そこまで思考が及んだ瞬間、メアリーの鋭敏な頭は一つの仮定に思い至る。
まさかと思いつつ、悪魔を見やったメアリー。
そこで、彼女は自分の最悪の予想が正しかったことを不幸にも理解する。

『このっ、卑怯者が!!恥を知りなさいッ!』

味方を人質にとっての一方的な蹂躙。
メアリーが避ければ、仲間が死ぬ。
守るために、よけられない。
それどころか、身を呈して攻撃を阻止しなければならないという状況。

許されるはずもない卑劣な攻撃だった。




その日、D-DAYに直面したノルマルディア方面司令部は最善を尽くした。
可能な限りの防衛指揮と、適切な戦力運用。
念入りにそなられていた防衛施設と防衛計画。
これらは、遥かに優勢な敵軍を相手に互角に戦線を維持し得るという離れ業を成し遂げている。

「降下した敵兵は?」

「ほぼ排除が完了しました。現在、残敵を掃討中です。」

すでに、師団規模で後背地に空挺降下してきた敵兵は排除済みだった。
図上演習で散々行われた想定に含まれていた行動である。
敵空挺部隊は降下予定地を沼地に変化させ、即応部隊で包囲することによりあっけなく壊滅させることができた。

だが、その朗報にもかかわらず司令部の雰囲気はどこか思いつめた空気が漂い始めている。
言うまでもなく、その原因は想定をはるかに超える規模の大規模上陸部隊にあった。

「海岸の状況は?」

実に900万個近い地雷を活用した海岸防衛線。
トーチカを複数構築し、数倍程度の敵ならば上陸を試みた時点で粉砕し得る想定だった。

「オハマでは、敵の攻勢を完全に粉砕いたしました。」

実際、数倍どころか十数倍近い戦力差にあっても防衛戦を戦う事はできている。
一部の戦場では、敵の上陸部隊を阻止するどころか撃退することにも成功していた。

「…ですが、他の海岸線の状況は望ましくありません。一部ではすでに浸透されています。」

「予備隊は底をつきました。増援が無い限り、これ以上の阻止攻撃は困難です。」

だが、それでも圧倒的な戦力差というものが重い現実として時間と共に司令部にのしかかってくる。
ロメールの適切な予備隊投入によって、戦線の崩壊こそまだ阻止し得ているものの破局は誰の目にも明らかになりつつあった。
想定されている戦力差を遥かに上回る規模の敵部隊を相手として力戦しているとはいえ、消耗が激し過ぎる。

計画段階では、数日は余裕があった筈の予備隊。
だが実際には、初日で底を突くありさまである。

「…敵空挺部隊の掃討を中断!再編した部隊を予備隊に充てる!」

ロメールは苦渋の決断ながらも、予備隊を捻出するべく戦力の再配置を決断。
本当のところは、補給線やゲリラ攻撃阻止のためにも空挺部隊を狩りたてておく必要は十二分にある。
しかし、崩壊しつつある防衛線を再建するためには一刻の猶予もロメールには残されていない。

「ロメール閣下、参謀本部より撤退許可が下りました。」

「増援は!?まだ、支えられると送り返してやれ!」

だが、それでもロメールはまだあきらめてはいなかった。
ここで、戦線を放棄しては彼我に戦力差がありすぎる状況が陸上戦となるのだ。
そうなれば、損耗比率で敵を押し込むという事は二度と望めなくなるだろう。

敵が無防備な海岸を直進せざるを得ない此処で、阻止しなければ帝国に後はないのだ。

「今引けば、崩れる!奴らめ、それが理解できないのか!?」

いらだたしげに机に手を打ちつけ、ロメールは吐き捨てる。
決戦主義者共は、上陸してきたところを機動包囲するつもりらしい。
ロメールにとってそれは、非現実的すぎるように思えてならないのだ。

「オハマ守備隊より、近接部隊への支援許可申請が。」

「許可する。包囲されては元も子もない。」

増援の無い状況で、やりくりしなければならないという不快感。
だが、諦観に至るほど諦めが良ければ既に南方大陸で彼は膝をついていたことだろう。
不屈さと強靭な精神力で持って、ロメールは勝機を懸命に模索し続ける。

敵が大規模であるという事は、当初から想定していた。
想定よりも大規模であるからと言って、白旗を上げるほど彼は脆弱ではない。
だが、そこまで考えた時ロメールは疑問を覚える。

奴は?
デグレチャフはどうしたのか、と。

「サラマンダー戦闘団は何をしている?」

「はっ?」

咄嗟に問いかけの意味を解していない参謀。
戦場の緊張と狂騒の中にあって、無理もないことだとはロメールも思う。
だからこそ、こんな中にあっても自然体のデグレチャフというのは異常であり貴重なのだ。

「デグレチャフ中佐はどうした。奴からは何も言ってこないのか?」

その奴が、今の今まで何も奇抜なことをしないというのがロメールにとっては不思議だった。
いつ何時、奴が敵艦隊への攻撃計画なり迂回機動計画なり提出してきても驚かない程度には付き合いがある。
むしろ、今の今まで普通の戦争をしていることが異常だと思っているほどだ。

「…敵攻勢開始以来、連隊規模の敵魔導師を喰いとめておられます。」

「その程度に、奴がてこずるのか?」

だから、思わず。
連隊規模の魔導師と交戦中と言われた時には、理解しがたかった。

「は?いや、しかし連隊規模の敵ですが。」

新しく配属された参謀が、何か口にしているがもはやロメールにとってそれは意味を持たない言葉だった。
状況を勘案すれば、普通の部隊は奮戦していると言えるのだろう。
だが、錆銀とまで呼ばれたあのデグレチャフがてこずるほどの『質』を敵が伴う?

それは、ロメールにしてみれば彼我の戦力差がさらに拡大することを意味している。

「奴が、手古摺っている?俄かには信じがたいな。…糞っ、想定外にも程がある。」

想定ですら、かなり敵の戦力が優越であることを想定し過ぎているとの批判があったほど敵を多く見積もった。
蓋を開けてみれば、それすら敵の戦力を過小評価していたというのだからお笑い草だろう。
だが、加えて敵の練度が想像をはるかに上回るとなれば増援到着まで持たせるという事の現実味が急激に薄れていく。

「…総撤退を検討なさいますか?」

参謀長が囁く最悪の選択肢。
本来ならば、そんなことになる筈ではなかった選択肢。

だが、ロメールをしても最悪を覚悟せざるを得ないほど状況は悪化しつつある。
挽回は、ほとんど不可能だった。

「…覚悟せざるをえん、か。」



あとがき
コメントを多数いただきありがとうございます。
おだてられると、木に上ってしまうタイプだなぁ
(´・ω・)y━

_(。_°/いや、もう限界なんですが。

たぶん、週末まで更新さぼります。


おまけ。
T中佐による柔軟な考え方レクチャー。

(´・ω・)ん?敵が速くて攻撃が当たらない?

・・・ちがうよ、逆に考えるんだ。(´・ω・)∩

じゃあ、敵が当たりたくなるようにすればいいんだ!

※見方を変えれば、だいたいの事は何とかなるんだ!固定観念や思いこみを是非排して合理人を目指してほしい的な。

誤字ZAP
ZAP



[24734] 第七九話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:05
天よ、我にあと一個中隊を与えよ。
さらば、三千世界の鵺をも弑せん。


D-DAY,帝国軍サラマンダー戦闘団、戦闘団長××××・××××××魔導中佐(記録散逸により姓名不明)






交差射撃が失敗。
これで三度目。
しぶといネームドだった。
東部で勇名を轟かせたサラマンダー戦闘団。

その大隊が誇る編隊戦闘技量。
単なるイノシシ武者程度ならば、息をする感覚で刈り取れる。
なにしろ強固な連邦魔導師の防殻を相手にしてきた。
並大抵の連合王国魔導師ならば、一撃で落してみせる。

だが、忌々しいことに目の前の連合王国軍魔導師はしぶとい。
ヴァイス少佐にしてみれば、並大抵の魔導師ならば一撃で落して見せる自信があった。
驕りでも過信でもなく、単純に実績に裏打ちされた確固たる経験則。

それでいながら、彼は同時に組織的戦闘を重視しているのだ。

にも関わらず単騎で斬り込んできた勇敢な魔導師程度、屠れないとはどうしたことか?

『ツヴァイ中隊!まだ突破できないのか!?』

『申し訳ありません!糞ったれ!火線を集中させろ!ハンツ、さっさとそいつを落とせ!』

本来ならば、遊撃の任に就くべき最後部のツヴァイ中隊。
ヴァイス少佐としては、敵上陸部隊を叩くときに投入するつもりの切り札。
だが、やむを得ないとはいえすでにカードは切らされてしまっている。

側面からこちらを拘束しようとする自由共和国軍魔導師。

『駄目です!ああ、畜生!』

突破する程度ならば。
中隊ながら東部で二個大隊を突破してのけたこともあるというのに。
タダの寄せ集めにすぎないような技量の大隊に最精鋭が拘束されている。

個々の戦闘を見れば、部下はすべからく最善を尽くしていた。
おおよそ、人智で叶う限りの力戦。
それは、東部で地獄の釜底を彷徨ったヴァイスの眼から見ても納得できる水準で、だ。
中佐殿にですら、部下の敢闘精神と戦技にはご満足いただけることだろう。

にもかかわらず、突破できない。
押しているのは間違いないのに、どうしても最後の一突きが足りない。
崩せそうだという感覚があるのに、どうしても破れない。

『ドライ中隊!まだ持つか!?』

『アカの津波に比べれば可愛いものですよ!まあ、いい加減ウンザリしていますが!』

加えて、自由共和国軍と挟撃する形で合州国軍・連合王国混成部隊に側面を牽制されている。
東部での戦力比に比べれば可愛いとはいえ、練度・装備共に優秀な部隊相手となれば話は違う。
機動防御で時間を稼ぐのは得意だが、遺憾ながら機動防御は動けることが前提なのだ。
拘束されつつある部隊の側面を防御してという制約が多すぎる環境では限界がある。

一方で、先鋒では信じられない光景が展開している。
あの、中佐殿。
あの、錆銀と敵味方問わず恐れられるデグレチャフ中佐殿。

その中佐殿が全力で突破を図り、突破を為し得ずにいる。
展開されている重爆裂術式、光学系狙撃式は矢面に立った敵は悉く粉砕される代物。
過剰すぎる火力を惜しむことなく投じてなお、デグレチャフ中佐ですら喰いとめられている。

ヴァイスにとって、何かがおかしかった。
彼の経験則から言えば、何か歯車が狂っていなければ起こりえない筈の事態。
ある筈のない事態だ。

『戦闘団長よりアインス中隊。我に構わず、敵上陸部隊を叩け。』

だが、混乱しかけていた彼の頭は衝撃で一瞬のうちに冷却される。
中佐殿の直掩に就いている中隊への離脱命令。
突破の衝撃力を担保するために、中佐殿が直卒されていた中隊。

突破できない以上、衝撃力を喪失した部隊は再攻勢を発起するために再編が必要だった。
それは理解できるし、理解できない話でもない。
しかし、明らかに大隊規模の敵を抑え込んでいる状況下で中隊に転進を指示できるだろうか?

『サラマンダー02より、01!中佐殿、よろしいのですか!?』

『貴様の中隊が動けない以上、選択肢はない。』

凍りつくように冷徹な判断。
ヴァイス自身が指揮するフィア中隊。
忌々しいことに、ネームドらに纏わりつかれ本来の支援ができていないのだ。

ここで最も余剰戦力があると言えば、間違いなく中佐殿だろう。
単独で発揮している火力は下手な中隊並みなのだ。
だが、言い換えれば中隊程度でしかないとも言える。

『せめて、グランツの小隊を御同伴ください!』

『無駄だ。戦力を分散するよりは、集中運用するべきである。』

状況が悪すぎた。
あの中佐殿が突破し得ないほど苦戦している。
そればかりか、歴戦の部隊で持ってしても想定以上に手間取る始末。
火力が、衝撃力が、決定打が足りていない。

もどかしい焦燥感。
焦りが如何に危険か知悉していようとも、思わず不安が頭をよぎってしまう。

だが、ヴァイスの焦燥感は対峙する連合王国軍魔導師らにとっても共通のものだった。
視点を変えれば、その内側はほとんど戸惑いと衝撃に満ち溢れている。




何故、喰いとめられない?

叫びだしたいほどの焦燥感に駆られながら、ドレーク中佐は暴れ牛の様な帝国軍の突撃を辛うじて流す。

刺し違えても阻止するつもりで突撃を迎え撃った。
にもかかわらず、彼我の損害比はけた外れ。
一瞬でも気を抜けば、容赦なく叩き落とされる。

この高機動であるというのに、信じがたいことに交差射撃が的確に飛んでくる恐怖。
共和国御自慢の統制射撃をより昇華させた信じがたい精度と連携。
何より恐怖せざるを得ないのは、強固な防殻を唯の一撃で抉り取る貫通術式。

『パイレーツども!格闘戦だけは避けろ!糞ったれの情報参謀め、何が、素人が展開中だっ!!!』

『帰ったらぶち殺してやる!あの無能どもめ!ッ、ブレイク!ブレイク!』

格闘戦を志向し、生半可な阻止火力は防御膜で弾く部下らだった。
にもかかわらず、現状では一撃足りとも受けることができないという信じがたい状況にある。
イルドアで、南方大陸であの悪魔と戦い抜いたベテランらがである。

唯の中隊ごときに翻弄されている。

側面をそれぞれ左右から挟撃し圧倒的優勢を確保している筈の友軍も突破できていない。
それどころか、突破されないのが精いっぱいであるというほど敵の勢いは猛っている。
通常では考えられないほど持続力を保っての突撃など悪夢でしかないというのに。

『何なんだ連中は!なんで平然とこんな状況で突破してこられる!?』

『無駄口を叩く暇があれば手を動かせ馬鹿野郎!』

敵前降下から、敵前上陸まで。
ありとあらゆる難題を達成するために必要な技量を。
パルトン中将肝煎りの地獄の特訓を。

生き残り、乗り越えたはずの部下らが。
まるで素人の様にあしらわれている。

『高度を落すなっ!上を取られたら鴨も良いところだぞ!』

高度8000。
限界戦闘高度のぎりぎり上。
開戦前は、戦闘が絶対に推奨されない高度。

この高度で、低高度でも著しく消耗する高機動戦を戦い抜くのは地獄だ。
酸素の欠乏と低温で感覚が狂い始め、思わず本能に従い高度を落としたくなるがそれは甘美な罠に過ぎない。
戦争において、上方を確保されるという事の恐怖は歩兵が一番理解しているだろう。

『ああ、畜生!帰ったら、嫌になるまで酸素を吸ってやる!』

『その時は、奢ってやるよ戦友!生きて帰ればなァっ!』

低酸素高度での戦闘行動など、誰も本気で想定していなかった。
少なくとも、既存の演算宝珠は全てそうだ。
カタログスペックはともかく、この高度での実戦使用までは想定していない。

到達し、飛ぶという事は可能だろう。
だが、到達しそこで高機動戦闘を行うとなると全く次元が違う。
高地で登山をゆっくり行うのは、まあ出来ないこともないだろう。
だが、高地で全力疾走の長距離走となれば大半の人間は肺が持たない。

『突破阻止すら手間取るとは…。それにしても、あの馬鹿共は何をやっているんだ!?』

ここまで高度を維持してなんとか喰いついているというのは、ひとえに奴らを自由に動かさないためだ。
化け物を下に放つ訳にはいかないという一心でここまで阻止戦闘を行っている。

だというのにだ。

メアリー・スーに毒されたアホどもときたら。
一体何を血迷ったのか身を呈して友軍を守りますと言い始めた。
魔導師としての資質と、戦術眼の乖離が甚だしい無能ども。

なまじ防御力があるだけに、敵前衛との接触部に置いた。
確かに、突破そのものは阻止し得ているように見えたのでその判断は正しかったのだろう。
だが、馬鹿どもの手綱を管理していないことをドレーク中佐は壮絶に後悔し始めていた。

肉迫攻撃を敢行し、敵の行動を阻害するのが求められているというのに。
何を血迷ったのか防御膜と防殻で地上への攻撃を阻止するという理解しがたい行動に移っている。
アレでは、1人の魔導師の攻撃を阻止するために中隊が全て張りつかされてしまう。

戦力の完全な誤運用も良いところだった。
馬鹿にしているのかと嗤いたくなるほど、無駄な戦力運用。
あんなアホどもが、一個中隊だというのは最悪の皮肉だった。

敵の中隊は、此処まで有能で。
自分の中隊は此処まで無能で。

『ッ!スー少尉!敵中隊が離脱する!追撃しろ、何としても足を止めさせろ!』

『逃げる敵は、逃がしましょう。それよりも、あの卑劣な敵が先です!』

『ええい、切りやがった!あの馬鹿がァあ!』

あの近視眼の無能に期待したことを後悔。
ここまで有能な連中が、中隊規模で離脱する?
そんな馬鹿な話を、この戦局で信じるのは奴くらいだ。

どう考えても、本来の目的に立ち帰って対地攻撃に向かうに決まっているだろうに!

『手隙の部隊!誰でもいい!早く、追撃しろ、地上部隊を守れ!』

こんな混戦だ。
追撃を行えるような余力はどの部隊にもない。
それどころか、包囲しているものを食い破られないように阻止するので手いっぱい。
一個でも部隊を引き抜けば、即座に微妙なバランスが崩壊する。

左翼だろうと右翼だろうと、中央だろうと。
どこか一つのバランスが崩壊すれば、即座に全部に波及しかねない。
だが、ただでさえ酷く叩かれている地上部隊。

そこに、あんな連中を中隊規模で放り込むのは論外だった。

『ええい、糞ったれ!地獄だぞ、まるで!中隊、続けぇ!』

『小隊前進、奴らを止めろ!断固阻止しろ!』

ドレークの部隊から中隊が離脱。
同時に、自由共和国軍からは古参小隊が捻りだされる。
増強中隊程度の投入。

少なくとも、少なくとも地上部隊への攻撃を逓減することは叶う程度の支援。
同時にその程度の代価を払うために、各部隊は急激に危機的状況に追い込まれる。
連隊規模の部隊が展開していながら、増強中隊を展開させるだけで破綻する戦局。

『抜けた穴を埋めろ!入りこませるな!入られたら、食い破られる!』

『ええい、あの狂人どもめ、手を焼かせるっ!』

死にそうなほど忙しい戦局が、棺桶に半分以上足を突っ込んだ戦局に変化。
火力が欠如し、連携が欠如し、一気に各員の負担が跳ねあがる。
1人が落ちれば、その負担は残った者にのしかかる。

そして、連鎖的に負担が増大し、戦線の維持が急激に困難に陥っていくのだ。
指揮官にとってはほとんど悪夢に近い。
現在進行形で直面しているドレーク中佐にしてみれば、吐き捨てたいほどである。

だが、それらの感情は次の瞬間に完全に吹っ飛ぶ。

『ドレーク中佐、こちらにも、援軍をお願いできますか?』

『…なんだと少尉?』

全く後ろめたくない堂々とした声。
一瞬、一体何を口にしているのかと考えてしまうほど非現実的なことを馬鹿が囀っている。

一体、誰の失敗でこんな窮地に陥っていると思っている?

『ご覧のように、友軍部隊への敵攻撃阻止に全力を注ぐためにもこちらへも増援を頂きたいのです。』

それを阻止するために、部隊が身を呈して肉迫阻止攻撃を行っているのだ。
よりにも寄って、それが理解できないのか?
いや、どころか言うに事欠いて増援を寄こせ?

『ならば、直ちに高度を上げ阻止攻撃を行え。』

中隊規模の余剰戦力で遊んでいるのは連中だけだ。
狂った趣味で盾になるのを放り出し、阻止攻撃に転じればすぐにでも帳尻が合う。
にもかかわらず、いうに事欠いて増援を寄こせ?

『それでは、地上部隊に被害が生じてしまいます。中佐殿、中隊程度の増援で構わないのですが。』

『…中隊程度?』

そして、眼前の敵と斬り結びながら聞くにはその言葉はあまりにもドレーク中佐の逆鱗に触れすぎていた。

『はい、その程度で結構です。』

『余剰戦力があるとでも思ったのか!?つべこべ言わずに、高度を上げろ!』

曲りなりにも部下を相手に、痛い目にあってしまえと思ったのはこれが初めてだ。
死んでしまえと思わなかったのは、同じ軍に所属する軍人としての最低限度の躊躇があればだ。
ぶちのめしてやりたい憤りを敵よりも、部下に感じつつドレーク中佐は叫ぶ。

『いいか、高度を上げ、交戦しろ。それ以外はない!』






上空の死闘。
だが、下界とて凄惨さは勝るとも劣らない。

眼前の光景を見れば、誰だろうとこれが入念に用意された防衛線であるという事は理解できる。
自分達が突破しなければならない敵の防備が、想定をはるかに上回るという現実は物言わぬ骸が全身で物語る。
圧倒的火力でトーチカを叩き潰し、脆弱な防衛隊を蹂躙する?

論外だった。

「…攻勢を中断しましょう。これでは、人命の浪費だ。」

「しかし、今オハマでの攻勢を中断すれば防衛隊が自由に動けてしまう!」

司令部の緊急会合。
集合した幾人かの顔面は、殴打された痕跡で酷く歪んでいた。
上陸部隊の将校が、血相を変えて情報将校に殴り込み拘束されるという椿事。
偶々近くにいた彼らが引きはがす際に受けたのは巻き添えだ。

だが、泣きじゃくり怒り狂った上陸指揮官の焦燥感は誰もが理解していた。
海岸線のトーチカは下手な艦砲では弾かれてしまう上に狡猾に隠蔽されている。
上陸部隊を支援するべき魔導師部隊は、友軍支援どころか遅延戦闘に追われてしまう。
揚陸する筈の戦車に対しては、敵の対戦車砲が降り注ぎ上陸の障害物になり果てる始末だ。

「阻止攻撃に切り替えましょう!」

「無理です、阻止攻撃を行えるだけの火力がありません!」

散々議論されているのは、火力支援の増強。
だが、戦艦群が展開しているにもかかわらず対地砲撃支援の効果は十分ではない。
それどころか、上陸部隊は火力の支援が足りないために次々と追い詰められてしまう。

「揚陸出来ないのか?」

「近づけません!艦砲射撃でトーチカを潰してください!」

「間接照準ではとてもではないが、無理だ。効果的な排除は期待できない!」

延々と繰り返される議論。
艦隊は、艦砲射撃以外の提案を出せと要求する。
陸上部隊は、とにかく艦砲で何とかしろと言って引かない。

だが、さすがになにがしかの行動が必要だった。
誰もがソレは理解し得ている。

「結構!ならば、駆逐艦乗りの腕を見せてやりましょう!」

「各艦続け!乗り上げて直接照準で叩き潰してやれ!」

事態が動くのは、しびれを切らした駆逐艦乗りらによる突撃だった。
各艦の艦長が示し合わせることなく、全速で陸に向かって突撃。
意図的に座礁させ、敵弾から友軍部隊を遮蔽する構造物を提供。

同時に、陸に上がったことによって目視圏内にあるトーチカを直接照準によって砲撃。
対戦車砲どころか、対艦攻撃を想定した127㎜砲による徹甲弾の直射。
さすがに、この近接火力支援は帝国軍の想定した火力支援を上回った。

直上から降り注ぐ砲弾くらいならば、直撃しない限り防ぎえるだろう。
実際、ターニャやロメールが構想したトーチカは203㎜砲弾程度の直撃に頂上は耐えられるようになっている。
問題は、正面にある。
銃眼の関係上、どうしても正面の構造は脆弱になるのだ。
加えて、限られたコンクリートという資材の問題。

これによって、トーチカの正面防御力は戦車砲の75㎜程度しか対応していない。
無論、揚陸される重火器が限定されるという想定。
直接照準による火力支援で提供されるのは軽火器程度という前提は上陸戦ではおおむね正しい。

しかし、国力にモノを言わせた駆逐艦の挺身攻撃。
これは帝国軍にとって最悪の展開だった。
対艦攻撃を行おうにも、座礁した駆逐艦は無力化に頗るてこずる相手となる。

海の上ならば、沈めることも可能だろう。
だが、着底している船体は射撃によって穴をあけられても致命傷にはならない。
むろん、身動きできない以上酷く撃たれるのは間違いないが。

しかし、火力は卓越している上に排除するには貴重な重火器を集中させる必要がある。

『中佐殿、各トーチカが!』

『敵艦艇を排除、無力化しろ、今すぐに。』

咄嗟に魔導師部隊が上陸艇から駆逐艦に照準を変えるも、駆逐艦というのは簡単には沈まない。
洋上ならば、転覆させるなり舵を壊すなりで無力化し得る。
だが、爆雷を投げ捨て、魚雷を投棄して突進してくる駆逐艦を止めるのは至難の業。

此処に至り、辛うじて持ちこたえているオハマですら敵圧力に直面し始める。
捻出した予備戦力の早期投入と入念な地雷による防衛陣地。
これらによって本格的な戦線崩壊こそ阻止し得ているものの、帝国軍一般の戦局は加速度的に悪化しつつあった。

『…タユ・ビーチが突破されつつあります。』

そして、圧力の巨大さに圧迫された戦線の一部では融解し始める。
突破の希望に湧きあがる上陸部隊と、覚悟を決める帝国軍防衛部隊。
だが、突破しつつあった連合王国海兵師団は側面を狂犬じみた勢いで吶喊してきた降下猟兵に食い破られる。

『サラマンダー戦闘団より、第116降下猟兵大隊が大隊長独断で緊急展開中!』

『構わん、良くやった!』

裁量権を任せておいた歩兵部隊による独断の救援行動。
眼下で進展している事態を見やりつつ、報告を受けたターニャは即座に行動を追認する。
オハマに配置するよりも、破裂しつつある戦線の維持を優先した部下の意図は正解だと認めるからだ。

『戦闘団長より、各位。何としても突破しろ。これ以上は、地上が持たん!』

大隊程度とはいえ、東部で生き残った百戦錬磨の古参降下猟兵。
防衛戦における彼らの存在感と安定性は、機動防御や陣地防衛において十二分に発揮される。
それは、ほとんど理想的な兵隊として語られることだろう。

だが、眼下を見下ろすターニャの前で合州国二個機甲師団が部分的ながらも重装備を揚陸し始める。
駆逐艦群による身を呈した支援によって、対戦車砲の対応能力は限界を突破。
飽和攻撃により、各防衛線は各個に近接防衛を迫られるほどに追い込まれている。

降下猟兵らの緊急展開によって持ちこたえているとはいえ、わずかに破局までの時間を稼げたに過ぎない。



そして、空中での突破戦もあと一押しが足りなかった。
敵の限界を見据えて投入した筈の中隊も、増強中隊に纏わりつかれて思うようには戦果がでていない。
加えて、ターニャの貫通炸裂術式を封入した『対上陸艇』術式が直撃している不愉快な存在。
すでに最低でも二桁の直撃を与えているにもかかわらず、まだ浮かんでいる。

随伴魔導師はほぼ処理し得たものの、如何せん奴らの手先だけあってしぶとかった。
魔導師の防殻どころか、局所的には戦艦のバイタルパートを撃ち抜けるだけの火力。
それらを全力で投射したにもかかわらず、相手はまだ辛うじてとはいえ健在。

『サラマンダー01より、02。進路掃討完了。残敵制圧中。突破発起用意。』

『02より01、申し訳ありません。各隊が手間取っております。』

一応、突撃路はメアリー・スーなる糞袋を制圧しているために確保は完了。
必要とあれば、中隊程度は突破し得る間隙を無理やりこじ開けてはある。
だが、忌々しいことに各部隊が拘束されるか交戦中のため一個中隊が足りなかった。

『…後、一個中隊あれば。』

『中佐殿?』

『忌々しい限りだ。後一個中隊あれば、三千世界の鵺すらも弑せんというのに。』

ほとんど無意識の一言。
上陸艇どころか、上陸部隊司令部の位置する敵艦すら射程におさめうる距離。
今、統合する頭を刈り取れば。

艦橋に、接舷し対人術式を叩きこむだけで良いのだ。

そのたった一撃に投ずるための中隊が手元にあれば。
一瞬で雲霞のごとき敵兵を、混乱しきった群衆に叩き落とすことができた。
烏合の衆ならば、この防衛線は抜かれることもないだろう。

つまりは、牧羊犬を駆逐するだけの単純な一手。
臆病な人間を勇者にする魔法を解く、最善手。
これだけで、戦局を一変させることが為し得るだろうと確信できた。

余人が言えば、無謀・過信と嘲笑されるであろう呟き。

『…本願成就ならずか。』

だが、デグレチャフという軍人を知る人間ならば無条件でソレを肯定し得た。
一個中隊で、奴ならば間違いなくやってのけるであろうことを。
一大隊程度の魔導師部隊と圧倒的劣勢な数の地上部隊による戦闘団。
それで、圧倒的優勢な敵を相手に此処まで防戦を戦える指揮官である。

そのターニャの表情に浮かぶのは、最善を尽くしなお一歩及ばないことへの悔恨の念だ。
目の前に、この流れを変える全てが見えている。
たった一個中隊、たったそれだけで地上最大の上陸作戦を覆し得るだろう。

そう、それだけの余力が今の帝国には無いのだ。

その事実が、ターニャをして悲嘆させずにはおられない。
それは、ロリヤならば思わず有無を言わさず収容所から一個中隊と言わず大隊程度を送るほどの悲壮さ。
だが、全滅による有終の美などの趣味までは持ち合わせていなかった。

なにしろ、自己保全最優先思考である。
離脱する前に、奴だけは撃墜するとしてもそれ以上のリスクは取る必要性を最早感じていない。

『ロメール閣下につなげ。…総撤退ないし水際決戦を進言する。』

まあ、撤退だろう。
だが、罷り間違って突撃するなら離脱しよう。

…此処までか。




あとがき
週末
という訳で、更新いたしました。

多数のコメントを頂いたことに感謝いたします。
作者の対処能力を飽和しておりますので、全てにお答えできないことを御寛恕くださいorz

本作では、
お前が避ければ…、的な展開や
卑怯?勝てば官軍、的な展開は
友情や努力といった要素から望ましくないために排除しております。

本作は、R18的要素やロリヤの理想とする展開などを排除した
いや、末期戦なんで東部の悲劇は検討しましたが。

『極めて健全』な末期戦モノです。



一部感想よりご要望がありましたが、水着撮影など論外です。
ですが善き意図からであると判断し、優しい連邦対外連絡室は御友人に面会するための『シルドベリア』直行旅行券を発行いたしました。

どうぞ、お友達を助けに行ってあげてください。

追伸
完結までスパートヾ(・∀・´+
これからが本当の地獄だ!

誤字ZAP
なお、更新は順調に遅延中。
ZAP



[24734] 第八〇話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:04
軍歴で一番の地獄?
ああ、オハマだと思っているのだろう?

実のところを言えば、オハマは煉獄にすぎんよ。
アレは、所詮煉獄でしかない。
まあ、人の身にとっては既に耐えがたいものではあるのだがね。

実際のところを言ってしまうとだ。
第二次ライン戦線の方が過酷だったよ。
まあ、なにしろ帝国軍には次が無い。

だから、壮絶以上の血を血で洗う激戦だった。
良く、ラインは地獄だったというだろう?
違うんだ。本当は逆だ。

地獄はラインというんだ。
そりゃ、悪魔の一つくらい湧いても当然に違いないだろう?

無名従軍戦士。
『第二次ライン戦について』





合州国空母艦載機群と防空戦に駆りだされた帝国軍魔導師の激戦下。
戦艦の主砲弾直撃にも耐えうる偏執的な強度で吶喊構築された帝国軍司令部。
世界で最も強固にして、安全な筈の司令部にもかかわらず居並ぶ面々の表情は蒼白だった。

だが、沈黙しつつある参謀らに代わり雄弁に物が語る。
書き込まれた地図が、通信が途絶えた部隊が。
圧倒的物量の奔流を浴び続けている帝国の惨状を物語ってやまない。

縋りついて通信の途絶した部隊に呼びかけ続ける通信兵。
呼んでいる方も、理解しているのだ。
もはや、そんな部隊は何処にも存在していないという事実を。

そして、遂に誰もが予期しなかった事態に直面せざるをえなくなる。

『閣下、ご決断ください。』

ノイズ交じりの音声。
お世辞にも、聞き取りやすいとは言いにくいソレ。
だが、雑音混じりのその声が司令部を支配する。

『遺憾ながら、防衛線は崩壊しつつあります。』

淡々とした口調。
もしも、知らずに聞けば事の重大さを理解しかねるほど平易な声である。
だが、その内容は激烈を極めるのだ。

わずかに、背後から聞こえてくる交戦音は戦局に一刻の猶予すらないことを物語っている。
かすかな着弾音と思しき爆音と、魔導師らが術式を展開する轟音。
何れにしても、戦場の過酷さが息吹きとなって飛び込んでくるような臨場感がそこにはある。

『直ちに行動を開始しなければ、我々はわずかな可能性すら失いかねません。』

無線越しでなければ、思わず報告者の顔をまじまじと覗き込みたくなるほど平坦な口調だった。

言ってのける口は、単純明瞭な事実の宣言。
医師が、末期の患者に対して症状を告げるのと同じ口ぶり。
敢えて冷静かつ平易な口調による説明ぶりを想起させる。

「突破は?」

唯一つの望み。
或いは、ロメールの最後の頼みとするもの。

だが、現実はあくまでも厳然たるものだ。

『…最善を尽くしておりますが、後わずかに及びません。』

そこにあるのは、悔しさの色。
屈辱を堪えるような、激情の込められた口ぶりからデグレチャフ中佐の感情が理解できる。
戦局を読めば、誰だろうと中佐とその部隊が意図したことが理解できるだろう。

敵揚陸艦隊司令部の刈り取り。
特殊兵装ないし、あとわずかな増強さえあれば成し遂げられたであろう偉業。
だが、上からの不十分な援助によってあと一歩というところでデグレチャフ中佐の攻勢は頓挫した。

もしも、仮に。
サラマンダー戦闘団が東部で摩耗していなければ。
或いは彼らだけで所定の目標を達することも叶っただろうに。

それほど、思わずこの劣勢下にあって期待ができるほどサラマンダー戦闘団の奮戦は見事だった。
だが、奴らほど奮戦し力戦した部隊があっても勝てないという事が彼我の物量差を物語る。

「では、崩壊が先と?」

『遺憾ながら、そうなる公算が大であると判断いたします。』

声だけ聞けば、如何にも他人事のような口調だ。
何も知らなければ、無責任であると軽蔑することだろう。
実際、文字だけを見れば逼迫した戦局で悠長なことだと見なされうるものだ。

だが、その場に立っているものならば逆にことがわかる。
なにしろ、平坦な声の背景音は激烈なまでの交戦音。
そして、時折交じってくるノイズと悲鳴が生々しい臨場感を保ち続けて止まない。

このような地獄において、平坦な声というのは全く別の意味しかない。
人事を尽くし、人力の限りを尽くし、その上で及ばないという虚脱感。
或いは、抑えきれない激情と戦線の崩壊を目の当たりにしての動揺。

これらを押し殺すための、強固な意思だけでデグレチャフ中佐が語っているということを誰もが理解する。

「よろしい。貴官の意見を聞こう。」

既に、ロメールは総撤退を前提とした計画の予備行動を参謀らに命じていた。
ロメールにしてみれば、拘泥し引き時をあやまりたくはない。
だが同時に、最前線の嗅覚を踏まえた上での提言を受け入れる心づもりで話を聞く。
彼にしてみれば、戦理があれば好機をとらえて動くつもりだ。

『はっ、乾坤一擲の水際機動戦ないし総撤退を提案いたします。』

「…決戦?勝てると思うかね?」

それで、勝てるのならば。
海岸線から、敵を押しだせるのであれば。

全滅しようとも、攻勢に出ることをロメールは躊躇しなかっただろう。
デグレチャフ中佐の熱意と偏執的な防衛線構築を間近で見てきた彼だからこそ、そこに迷いはない。

ほとんど、突破は不可能と彼自身信じかけていた防衛線だ。
これほど優位な状況を保って敵と対峙できるのは、この機会以外にありえない。
なにしろ突破されれば、以後はこの防衛線を突破しうる敵と平地で機動戦となる。

疲労しきった帝国軍では、遅かれ早かれ崩壊が訪れかねない。

『今攻勢に出れば、敵上陸部隊には全滅と引き換えに大打撃を与えられる筈です。』

だが、デグレチャフ中佐の解答は希望的観測を徹底的に排した現実的なものだ。
なるほど、地上部隊に大打撃は与えることが可能になる。
友軍が強力であれば、彼我の損害比から敵を消耗させるという消耗抑制ドクトリンに適った方策だ。

悲しいかな、後方には再度防衛線を構築するだけの兵力はない。

『これにより、最低限度の時間は捻出し得るかと考えます。』

確かに、デグレチャフ中佐の言うとおりだろう。
最低限度、敵が部隊を再編する時間は捻出できるに違いない。
そうなれば、放置されている旧ライン防衛線で防衛設備を再稼働させる時間くらいは捻出できる。

だが、逆に言えば今ここに貼り付けた部隊は全滅だ。

「勝てないというのだな?」

『残念ながら。総撤退ならばこちらの戦力を温存し得ますが、同時に敵戦力も健在となります。』

消耗を抑制しつつ、時間を稼ぐ。
結局のところ、ロメールに選択肢はない。
いや、そもそも初めから選択肢などなかったのだ。

押し勝つか、押しつぶされるかの二択だ。

故に、彼には押しつぶされることを避けるしか道は残されていなかった。




しぶといゴキブリを追い回すような感覚。
牽制射撃と重対艦術式の発動は、さすがにストックがあっても摩耗する。
これ以上は限界だった。

もしも、総攻撃が発動されれば一目散に『遊撃戦』に移行し離脱する覚悟すら決めたのだ。
まあ、幸いにも。
その覚悟というか、自己保身のための決断は無駄に終わる。

『総撤退を発令する。』

ロメール将軍による撤退の決断。
疲れ果て、崩壊に瀕している戦線にとっては待ち望んでいたものである。
ターニャ自身、押しきれずに困窮しつつあったのだ。

それだけに、ロメール閣下の即断はまさに福音としか思えなかった。
これは、素晴らしい英断であると言わざるを得ないだろう。

「…っ?、失礼いたしました。了解です、閣下。」

嫌な感じ。
まるで、健全な自由と尊厳が冒されるような違和感。
だが、ともかく今は戦争だ。
生き残ってから後悔する方が絶対に賢明に違いない。

ノイズは無視して、これからの事に意識を集中させる。

『中佐、貴様の隊は殿軍を志願するか?』

つまり、こんなわかりきった殿軍の要請には断固として応じる訳にはいかない。
もちろんロメール閣下とは今後も良好なお付き合いを望むところではある。
だが、どう考えても自分自身の死刑執行書類にサインするような任務に志願する訳にはいかないだろう。

近代的合理精神に基づいて考えるならば、死を回避するのは当然の帰結である。
というか、何が悲しくてそんな危険を侵さねばならないというのだろうか?
ありえない発想であるとしか言いようがない。

「…失礼ながら、閣下。差支えなければ退路掃討に志願します。」

故に、保身とバランス感覚に優れる人間ならば誰でもこうするに違いないだろう。
そう考えながら、ターニャは自分の安全を考慮しつつも役に立つような代替案の提案を行った。

『何?退路掃討?』

「空挺部隊の掃討が完了しておりません。はっきり申し上げると、退路が寸断されかねないでしょう。」

本来ならば、掃討されきっている筈の空挺部隊。
なにしろ、来るとわかっているのだ。
降下に適した地点は泥沼にするか、地雷原にしておいた。

対空砲火も充実させていることを考えれば、組織的に降下することすらままならなかったに違いない。
加えて、少数とはいえ広範に掃討部隊を配置しておいた。
本来ならば、掃討されているべきほど入念な手配りが為されていると言える。

そう、本来ならば。

予備戦力として掃討部隊を抽出。
加えて、降下してきた連中の規模は他と同じく膨大だった。
実際のところ、防衛線ならば大した脅威でないのは事実。
しかし、撤退する最中には中隊程度の敵兵といえども大きな災厄足りえる。

例えば、交通の要衝にあたる架橋を爆破されればそれだけで詰む部隊も出てくることだろう。

『野戦憲兵が安全は確保しうる筈だ。』

そのために、一定程度の要衝は野戦憲兵が防衛している。
橋、主要な交通起点などは最低限度の防衛設備も整っているとは言えるだろう。

だが、ターニャにしてみればそんな理由など知ったことではない。
なにしろ史実では散々空挺降下に悩まされたことを知っているのだ。
対策の必要性は実際のところ存在すると考えている。
まあ、自分の優先度が友軍よりも高いのだが。

というよりも、本音で言えば退却する友軍も知ったことではないのだが。

「御尤もです。ですが、共和国は後方浸透を行う特殊作戦群を有しております。」

だが、しらじらしく口は如何にも説得力ありげな言葉を口ずさむ。
実際のところ、そこまでいかずともパルチザン程度は湧くことも覚悟しておくべきだろう。
つまり、非正規戦である。

魔導師にとってみれば、一番安全な戦いとも言えるだろう。
すくなくとも、防殻を一撃で撃ち抜く重砲を相手にしなくて済むのだ。
まあ、魔導師が敵に交じっていれば厄介事だが。

『…アレーヌのことか?』

実際、アレーヌでは魔導師部隊の排除に苦労したものだ。
最も、大半をそこで不幸な火災が焼き払ってくれたのでもう同じ真似は敵もしないだろう。
さすがに、連中も学習するに違いないとターニャは敵の知性を見積もっている。

あれでもエスカルゴとて国家理性を信奉する理性ある存在も数多く存在するのである。
まあ、過去の実績があるのでそれを強調することで真っ先に転進する口実には使わせてもらうが。

「その通りであります。我々が袋の鼠となる危険性は無視すべきではありません。」

まあ、厳密に言うならば。
我々ではなく、自分なのだが。

『…一理あるな。よろしい、先行し退路を確保せよ。』

「拝命いたします。殿軍が後退する頃には掃討を完了してご覧にいれます。」

そうして、さっさと離脱するための手順をターニャは開始する。
実のところ、メアリー・スーなる糞袋を叩き落としたいという欲求は未だに残っていた。
だが、数十発の術式を曲りなりも耐えている相手である。
加えて何故か『試練』だの『神の栄光』だの恍惚と呟くアレ相手は面倒だった。

故に、大変不本意極まりないが離脱を優先。

部隊を再編し、再突撃を装い後方に急速離脱。
幸いにも、追撃もなく部隊は楽々と近隣都市のカルーン方面に向けて離脱を開始。
比較的順調なことに、敵空挺部隊とは散発的な銃撃戦に至る程度。

そのいずれも、火力で爆砕し退路掃討は実に順調だった。
だが、正直に言えば実に不愉快なことなのだが。

それだけに、油断してしまっていた。

『っ!中佐殿!』

『対魔導師戦闘用意!各自任意に散開せよ!何故、ここまで近づかれた!?』

撤退支援任務中の接敵。
ターニャらにしてみれば、追撃を振り切ったと判断した矢先。
それだけみれば、決して珍しくもない話だ。

むしろ、よくある話だろう。

だから、ターニャとしては実に運のないと歎きつつも応戦する羽目になる。
最も、自由共和国特殊作戦軍魔導師らにしてみれば化け物じみたネームド共にはち合わせたのだ。
これだけ見れば、どちらが不幸かは分からないが。

なにしろ、接敵した自由共和国特殊作戦群にしてもこんなところで接敵するとは夢にも思っていなかった。
もっと後から、包囲されて慌てふためき後退する帝国軍部隊を安全に叩く予定だったのだ。

【何故、こんなところに帝国軍魔導師が!?】

それだけに、混乱の波及は一応掃討を覚悟していた帝国軍よりも深刻となる。
最も、逆にそのために入り乱れてしまい帝国軍も隊形を乱さざるをえなくなったのは不幸中の幸いだったのだろう。

『各自、乱戦に備えよ!突破後、再編する!』

入り乱れた戦局故に、ターニャが指示できたのは乱戦に対して備えろという単純な命令一つ。

ターニャは咄嗟に突破を決断し、各個に突破を図るも混戦に突入。
入り乱れた状態で、各自がツーマンセルすら維持できなくなる。
手当たり次第に至近の敵魔導師へ術式を叩きこむも、状況は望ましくなかった。

ターニャが率いているのは、離脱したばかりの魔導師大隊。
退路確保を兼ねての長距離行軍の予定が、増強大隊規模の敵魔導師部隊と会敵。
自分らしくない不手際だった。

いや、そもそもそれはヴァイス少佐にしても。
グランツやその他の古参兵にしても。
誰もが、不覚にも気が付かなかったという点で異常だった。

『中佐殿、申し訳ありません。』

『…以後、留意せよ。他に言う事はない。』

素人ですら、対魔導師警戒の重要性を理解しているというのに。
何故か索敵警戒中にも関わらず、至近に近づかれるまで発見できていなかった。
別段、卓越した隠蔽が行われているわけではない。
交戦してみた感触は、力量は悪くはないが別段卓越したほどのものでもないのだ。

伏撃専門の演算宝珠でも開発されたかとも疑ってみるが、敵の術式等にこれといった差異も見当たらない。
わずかばかり雲量があるため、見落とすことは可能性としてなくはないが。
いや、気が付かない筈はないのだ。

幸いというべきだろうか?

こちらの兵士は疲労困憊してはいるが、連戦疲れを見せずに今のところは戦えている。
同時に、相手の兵士は技量が並み以上だ。だが、言い換えれば並み以上程度でさほどの脅威でもない。
まあ、手間取っている事と火力が貧弱になってはいるのだが。

『敵の技量は案ずるほどではない。だが、油断はするな。着実に落とせ。』

『『『了解しました。』』』

故に、撃墜スコアを伸ばす結果になるだろうと判断。
そして同時に、慎重に対応する必要性をも認める。
なにしろ、予想外の事態というものは油断した時にこそ生じるのだ。

だからこそ、安全策を追求しておくに越したことはないと判断。
自己保身を優先する。

『戦闘団長より、各位。陽動する。釣られた馬鹿を仕留めろ。』

『り、了解しました!』

火力の規模からいって、統制射撃を受けない限り自分への脅威にならないと判断。
安全性の観点から言えば自分が動きまわるほうが望ましく、さらに言えば部下を活用することもできた。
ひらりひらりと防御を固めて避けるだけの方が、攻撃に気を割くよりも安全なのは自明だ。

『交差射撃で仕留めろ。忠告しておくが、私に直撃させればタダでは済まさんぞ。』

『はは、さすがにそんな命知らずな真似はできません。』

そうか、そこは理解しているのだなと満足しつつ、敵を錯乱させるために突入。
ほとんど碌に照準すら合わせずとも、巻き込むだけならば爆裂術式をやたらめったら乱発すればよい。
統制を重視する連中にしてみれば、それだけでかなり容易に掻き乱せた。

加えて、敵練度の低迷が自由共和国軍に限っては深刻だった。
はっきり言えば、ライン戦の時に比較して連中の技量は劣悪になっている。
まあ、本国を占領されて補充も何も欠落していることを思えば逆に此処まで鍛え上げたことを賞するべきなのかもしれないが。

しかし、何というべきだろうか。
明らかに都市戦を志向した装備の魔導師部隊とどんぴしゃで遭遇してしまうとは。

『悪い予感というものは、あたるものだな。司令部に通報だ。』

取りあえず、回避機動を取りながら長距離通信は片手間なので部下に命令。
実際のところ、正直遭遇するとは思ってもいなかっただけに意外だという気持ちは強い。
せいぜいパルチザンくらいだと思っていたのだが。

『了解。司令部へ送信、我、有力なる共和国軍魔導師と遭遇せり。以上。』

とはいえ、地理的状況が異なるのだろう。

考えてみるまでもないことだが、ここは連中の祖国だ。
その気になれば、愛国者が一山いくらでかき集めることも可能なのに違いない。
つまるところ、不慣れな都市戦で摩耗させられる可能性すらあった。

そんな連中と遭遇できたのは、運が良かったに違いないと考える。
おかげで、戦場からの『転進』に正当性が付く。
これで、危惧が現実のものになったという事で自分の名声も保ちえるというものだ。

『やれやれ、ここで会敵していなければまずかったですな。』

『全くだな、少佐。さて、残りを落してしまおう。』





その日、メアリーにとって事態はあまりにも絶望的だった。
身を呈して友軍を守ったにもかかわらず、多くの犠牲が地上部隊にはでてしまっている。
あまつさえ、彼女に続き味方を守るべく身を呈した信心深い者達は気高い精神ゆえに散華してしまっていた。

こんな状況において、彼女の上官はとことん分からず屋の様であるのだ。
自明な状況であるというにもかかわらず、後退を開始している敵をみすみす見逃そうとしている。
正直に言って、彼女も敵の苦境に付け込むのは好きではない。

だが、戦争をしている以上何が必要かという事は理解しているつもりだった。
追撃戦時において、戦果が最大化できるというのは常識だ。
なにより、主の御心のままに軍を進めるべきだという事は疑う余地もない。

だというのにだ。

「追撃なさるべきです!それも、今可及的速やかに。」

「・・・スー少尉。我々の任務は、埠頭の防衛だ。」

彼女の上官は、まるで彷徨える羊の様に無気力で決断力に欠ける表情をしている。
確かに、激戦で疲労したのだろうという事はメアリーにも理解できた。
彼女にしてみれば、疲れ果てた人間に鞭打つというのは本意ではない。

だから、少なくとも疲労しているドレーク中佐に同情と共感を覚えない訳ではないのだ。
ただ、メアリーにしてみれば他にも優先するべきことは明白だった。
気高い精神で散っていた殉教者らの殉教に応えねばならないと信じている。

「重要性はわかりますが、犠牲になった仲間のためにも追撃は必要です!」

戦いに犠牲が出るのは、もちろんメアリーにとって大変つらいことだ。
悲しみに暮れ、思わず彼らの魂の平安を主に彼女は祈ってやまない。
だが、だからこそ殉教した彼らのためにもメアリーは手を止められないのである。

ここで歩みを止める訳には、いかない。
そうでなければ、犠牲になったものが悼まれないではないか。

「正気かね、少尉!?」

「中佐殿こそ、お疲れではないでしょうか。」

そう考えるとメアリーにとってドレーク中佐も、1人の迷える子羊だった。
なにしろ彼は多くの部下を、この戦いで卑怯な卑劣漢に落されているのだった。
心中の苦労や悲嘆は、多くの仲間を失ったメアリー同様に非常につらいものに違いない。

あの悪魔。
あの卑劣な輩。
信じがたい背教の輩。

無理もないと、メアリーは感じる。
天命を受けた彼女ですら、試練の過酷さに慄くことがあるのだ。
ドレーク中佐にとってみれば、その過酷さに耐えられないとしても不思議ではなかった。

「…なに?お疲れだと?」

「はい、中佐殿。お休みになられてはいかがでしょうか?」

そう思えば、メアリーにとって敬愛する上官をいたわるのは当然だった。
信心深い彼女にとって、隣人の心境を慮るのは当然の配慮。
むしろ、今の今までそれに気が付けなかった自分をメアリーは神に懺悔する。

そこに、偽りはない。

「・・・・・・・・・・・・・・それで?貴様はどうするというのだ。」

「ご安心ください。中佐殿を惑わす悪魔はこの手で必ずや。」

疲れ果てた顔のドレーク中佐殿。
それを確認し、やはり自分の考えが正しいことをメアリーは確信する。
あれだけ、自信と誇りに満ち溢れていたドレーク中佐。
連合王国のジェントリを体現していたような人間がだ。

あれほど、疲れ果てて打ちひしがれているというのはメアリーにとって救済すべき1人の迷える人間に思えてならない。

「ならばこそ、私の仲間たちだけでも行かせてください。」

このドレーク中佐も仲間を、部下を、戦友を失った犠牲者だった。
神のお導きのよろしきがあればこそ、それを理解できたのだろう。
自らの至らなさと、主の偉大さを噛みしめつつメアリーは決心を新たにする。

「…本気で言っているのかね?」

「もちろんであります。増援は無用です。どうか、御許可を。」

そして、彼女の誠意は通じる。
と、少なくともメアリーは感じた。
なにしろ、ドレーク中佐は出撃許可を快諾。
それどころか、彼女に同心するものらを派遣することに助力までしてくださったのだ。

かくして、決意も新たにメアリー達は飛ぶ。
怨敵をうち払わんと正義の決意も新たにして。




あとがき
こんな時間に更新?
ヽ(・ωヽ )ワッケ( ノω・)ノワッカ┗()・ω・()┛ランッ

予想外の時間を突いてこそ、奇襲効果は抜群!
夜討朝駆けは武門の基本!
睡眠時間は放り投げるモノ!

とまあ、テンションおかしいのですがお休みなさい。

頑張って、更新します。

ついでに、ZAPします。
ZAP



[24734] 第八一話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/12 01:03
「我々は侵略者ではない。少なくとも、私はそのつもりだ。」

彼女はそう呟き、騎士道と正義を体現した。

過去は、厳然たる存在として両国に横たわるだろう。

だが、同時に我々は人間としての関係性を喪失してはならない。

過酷な戦時下であっても人間としての尊厳を保った人々の事を知っている。

私達は、覚えている。



匿名軍人の残した言葉と精神を称賛して
オラニエ、アムスルテルホテル食堂に捧げられた石板より。




D-DAY :合州国・連合王国・自由共和国軍大陸上陸を開始。
D-DAY+1:上陸に成功
D-DAY+19:エプホム作戦開始。カルーン方面へ大規模侵攻を開始。
D-DAY+33:エプソム作戦成功。カルーンを制圧。
D-DAY+43:ロメール元帥、連合王国第431カナルディア戦闘飛行団の対地掃射により戦死。
D-DAY+61:モルタル攻防戦に勝利。

大陸反攻作戦の成功と、それに続く共和国領土解放作戦。
一部の帝国軍部隊が散発的な抵抗を示している中で、首脳陣としては本格反攻を警戒していた。
だが、敵の反攻は予想されていた規模をはるかに下回り合州国軍は反攻を粉砕。

情報部の分析によると、ロメール元帥の戦死も確実らしい。
まあ、誰もが情報部の報告と分析には疑いを向けているので実際は半信半疑だが。

そして、共和国南部からの打通作戦であるアンヴィル作戦の開始。

首都解放に燃える自由共和国軍の進軍と、最後まで粘っていた敵戦闘団の撤退。

これにより、首都パリースィイの解放が実現。


これらにより、進軍は悉く順調に見える。
少なくとも、表面だけを見るならばであるが順調だ。
おかげで少なからず、楽観論が広がってしまった。
味方の意気も高らかを越えて過剰なまでに上がっている。

そんな浮かれ気分はパルトンにしてみれば、ともかく酷いものだ。
浮かれ気分で一部では既に戦争が完結したかのようなお祭り騒ぎである?

論外としか思えない。

なにしろ、パルトン中将には大いに気に入らない戦局であった。
進軍が順調という事は敵を叩けていないという事なのだ。
もちろん彼自身の好戦的趣向からの不満も無くはない。

無くはないのだが、実際のところ敵野戦軍が健在で後退しているという事に引っ掛かりを覚えるのだ。

職業軍人としての勘が、何かを囁いている。

なにしろ、組織的防衛戦を水際でアレほど堅実にまとめ上げた挙句此処まで順調に後退している帝国軍である。
連合王国が之までの意趣返しとばかりに、首狩り戦術でロメールという頭を刈り取ったとしてもあっけな過ぎる。

やはり、ここまであっけなく押し込めるものかという疑念はパルトン中将の中で燻っていた。
本当に戦闘力を喪失し、後退したならば終戦も間近なことだろう。
だが、もしも仮に奴らが防衛線を再編するために計画的後退を行っているのであれば?

長引きかねなかった。

その観点から、旧知の上官であるアイゼントルガー将軍らと検討しパルトンは戦慄する。
当初の想定をあまりに上回る快進撃によって、合州国軍ですら兵站線は過剰な負荷に直面していた。
連合王国・自由共和国軍部隊の状況はさらに深刻であり、進軍に支障がでる始末。

補給線確立のためには、港湾施設を奪取ないし建造する必要に迫られ始めた。
無論、兵站は常に合州国軍で重視されているのは言うまでもなく当初から港湾施設の制圧は予定に組み込まれている。
目標は、旧オラニエ公国を中心とした低地地方の港湾施設。

ところが、低地地方を中心とした旧ライン戦線の防衛線が一部再稼働していることが航空偵察により発覚。
正面突破は困難な一方で、時間を要すると防衛線が本格的に再稼働しかねない状況であることが判明する。

早急に解決することが、求められていた。

問題は、ここからだ。

「燃料を頂きたい。私の装甲部隊で、強行突破して御覧に入れる。」

パルトン中将の提案は、補給を機甲部隊に集中することによる突破案。
なにしろ、重装備の揚陸に手間取ると考えられていたために彼の部隊は後発組だ。
損耗軽微で上陸には成功し、遅れた分のうっ憤を晴らすべく一気に進撃しつつあった。

ただ、兵站上の問題から燃料にかなりの問題を抱えている。
そのため、パルトンとしてはこれ以上の進軍には慎重にならざるを得ないところだった。

逆に言えば。

彼としては、燃料さえ有ればこの戦争を今年の内に終わらせることも可能だという自負がある。

「いや、反対だ。低地地方の地形を考えるに空挺作戦が効果的だと判断する。」

だが、逆に連合王国指揮官のモントンメリー将軍は自分の指揮下にある部隊への優先的補給を要求。
その根拠となるのが、低地地方後方への浸透作戦だった。
彼は大規模空挺作戦により敵防衛線の無力化を強く主張。

論拠とされたのは、帝国軍がかつてライン戦で行った司令部強襲作戦である。

モントンメリー将軍は、この戦訓を元に防衛線突破にこだわる事による損耗を強く批判。
敵防衛線後方にある戦略的価値の高い施設を直接制圧することを強く要求した。
もちろん、パルトンにしても、御説を賜らずともその程度の事は理解できる。

問題は、作戦の前提にある帝国軍の組織的防衛戦能力が低下しているという希望的観測だ。
それはパルトンに言わせてみれば、モントンメリー元帥の希望的観測に過ぎない。
確かに、敵はあっけなく後退しているが逆に言わせてもらえば組織的に後退しているのだ。

つまり、組織的抵抗を試みようとしている地点に空挺降下なぞ自分から包囲されにいくようなもの。

しかしながら、逆に。

モントンメリー元帥にしてみれば正面突破など損害が多すぎる上に成算が乏しいのだった。
彼の見るところ、帝国軍部隊は酷く叩かれて後退しつつあるのだ。
ロメール元帥が退却中に戦死するほど組織的抵抗力は乏しいと判じ、彼は追撃を強く希望していた。

だが、敵が曲がりなりにも防衛線を構築しているのであれば後方から強襲する方を望むというのが戦術的には正しい。
それが、彼の見方である。


此処に至り、パルトン中将とモントンメリー元帥は直接意見を対峙させる事となる。
不幸だったのは、両者ともに闘将であり、なおかつ強引な性格であり妥協を忌み嫌うことだろう。
両者の調整役を引き受けざるを得ないアイゼントルガー将軍は、妻への手紙に愚痴を散々書き連ねる事となる。

アイゼントルガー将軍の立場は難しいものだった。
なにしろ、名目上は連合王国・合州国合同作戦群最高司令官とされる。だが合同作戦群自体、妥協の産物であるのだ。
そして、旧共和国領土に関する自由共和国との兼ね合いや、連邦との関係にも頭を悩ませねばならない。

結果的に、彼の判断は上の“政治”とやらに影響されざるをえなくなる。
そのため合州国軍の面子ではなく、連合王国軍の面子を尊重せざるを得ず将軍は妥協する。

モントンメリー元帥の提案した大規模後方空挺降下作戦の承認。
与えられた作戦名は『ガーデンマーケット』。

空挺軍5個師団を投じ、ライン防衛線を無力化。
帝国本土への進撃路を切り開くことを目的とした大規模作戦が発動される。






その日、デグレチャフ中佐はオラニエで久々の休暇を満喫していた。

時間が持てたのは、本当に久々である。
此処しばらくは本当に大変だった、と嘆息。
なにしろノルマルディー以来、休む暇がなかった。
戦闘団は火消しとして散々こき使われたのだ。

下手な反撃戦や救援戦まで戦わされる始末。
加えて、突っかかってくるアホやアホやアホの相手はうっとおしことこの上ない。
感情的になるのは、よろしくないと承知していても気に障るのだ。

おまけに口だけならば楽なのに、とにかくしぶとい。
散々手古摺らされた挙句に、仕留め損ね続けている。

致命的だったのは、まともな防衛戦を指揮できるであろうロメール閣下の件だ。
あの方が、二階級特進し元帥になってしまわれたことはつくづく惜しまれる。

おかげで指揮系統に深刻な混乱が生じ、あまつさえ参謀本部が戦局を理解しかねているのが混乱の元凶だった。
現在でこそ戦局はある程度安定しつつあり、帝国軍は当初の計画通りライン戦線の頃まで後退させている。
東部からの戦力抽出が難儀していることは問題であるものの、少なくとも時間は稼げることだろう。

このおかげで、ようやく戦闘団にも再編の余裕が与えられた。
だからこそ徴発したホテルの食堂で、フォークとスプーンを持ちながらターニャは肩の力を抜けるのだ。

そして、料理の評判で選んだだけの事はあった。
戦場の泥まみれの野戦糧食に比べて、オラニエの食堂は素晴らしい時間をターニャに提供する。

エンドウ豆のエルテンスープは絶品そのもの。
オラニエでは、『スープを食べる』というらしいが良く理解できるというものだった。
形も残らないほど煮込まれたスープは実に食べ応えがあり、ターニャを喜ばせる。
なにより、野菜が大量に煮込まれているのは歓迎すべきことだろう。

寒くなりつつある低地地方であるが、熱いエルテンスープは体を温めてくれる。
加えて、栄養価も豊富とあれば称賛するほかにない。

加えて、ジャガイモの食べ方としてパタットはアリだと感心してしまう。
マヨネーズの味はくどくて得意ではない方なのだが、パタットには大変良く合う。
マスタードを混ぜてあるのだろうか、舌を刺激するのがいささか苦手だが。

そして、チーズの品質も悪くない。
ゴーダにエダムといった各種チーズはクラッカーの御供として高く評価できた。
なにより、保存が利きやすいというのはメリットだろう。

帝国本土のチーズは、いささか趣向が異なる。
そのため、ターニャにしてみれば食べ易いとは思うがクヴァークは戦地で諦めざるを得ない。
まさか戦場で発酵していないフレッシュチーズを楽しむ訳にもいかないのだ。
だが、エダムの様なハードチーズならば最適である。

だが、何より絶賛したいのはニシンのハリグだった。
ターニャとしては、クラッカーのお供によし、メインによしと大感動もの。
特に、軍用の硬いクラッカーと付け合わせで食べられる事に気が付き大いに感心している。
ウェイターに確認したところ、在庫は頼めば安く譲ってくれるという事らしい。
実にすばらしいことに、ある程度の保存が利くので大量に買い込むことが可能であるという。

おまけで、クラッカーにはチーズを練り込んだものが手に入る。
悲しい事に、こちらの在庫は連合王国夜間爆撃によって倉庫ごと燃えてしまったらしい。
そればかりか、工場の方も散々爆撃されたために操業を停止しているとのこと。

まったく、とんだ良い迷惑だった。
ターニャとしては自国の食事が貧しいからといって人に当たり散らさなくともよりだろうに、と思わざるを得ない。

だが、代用珈琲とはいえチコリ珈琲は悪くなかった。
少なくとも、飲めないことはないというのがターニャの率直な評価である。
濃厚なチーズや塩気のあるニシンを楽しむならば、若干の薄さは許容範囲だ。

「いやはや、久々に良い物を食べました。」

良い物は、素直に称賛するべきだろう。
そう判断し、ターニャは率直な意見を親切なウェイターに告げる。
まあ、徴用された彼らにしてみれば複雑だろうとは察するが。

「そう言っていただけると、光栄です。」

「いや、本心だ。些少ながら御代を収めたい。軍票ではなく、パウンドで払おう。」

故に、ターニャとしては正規の商取引を行う事を望む。
なにしろ、少しでも経済を知っている人間に言わせれば軍票など紙切れだ。
信用のかけらもない紙幣で支払うという事は、コミーの収奪と変わらない。
その点、信用という事を知る合理的経済人であるターニャはルールを順守してやまない。

だが、謙虚な申し出を行ったつもりにもかかわらずウェイターの表情にあるのは驚きの色。

「それは、ありがたいのですが。…よろしいのですか?」

そして、躊躇するような表情である。
つまるところ、申し出が信頼されていないという事に他ならない。

合理的アクターであるターニャにしてみれば、自らの提案が信頼されていないというのは衝撃だった。
曲がりなりにも、文明人として振舞っている身である。
こんな風に、信頼が欠如しているという事を形にされることは歎くほかない。

「我々は侵略者ではない。少なくとも、私はそのつもりだ。」

「中佐殿?」

「ああ、失礼。つまり、私は一個の客でありサービスに対して正当な対価を払うという事です。」

正当なサービスには、正当な報酬を。
近代を形成する基本的なルールを踏みにじることを、ターニャは良しとしない。
なにしろ、その身は法を愛してやまないのだ。

「市場相場ではお高いでしょう。正規の価格でお支払いします。」

当然、市場原理に対する敬意もそこには介在してやまない。
国家による市場の統制など、ターニャにしてみれば悪魔の所業に他ならない。

おおよそ、まともに経済を学ぶか実感した人間ならばコミー流など模倣すら行わないものだ。
市場の失敗よりも、国家介入の失敗の方が如何に多いか考えてみればよいと信じて疑わない。
そんなターニャにとっては、帝国軍の採用している軍票と標準価格政策は狂気の沙汰だった。

だからこそ、自然体でここまで申し出るのである。
そして、その姿勢は少なくない帝国軍人を見てきたウェイターを困惑させていた。

だが、散々悩んだ挙句、彼は率直なところを口にした。

「・・・失礼ながら、中佐殿は随分と変わっておられますな。」

「と、いいますと?」

「軍票を押し付けない帝国軍人に、初めてお目に掛りました。」

なにしろ、占領されている地だ。
不平不満など、表立って表明できない。
今まで、散々苦労させられている。

だからこそ、ホテルを軍が借り上げると言われた時は従業員一同で絶望しかけたものだった。
しかしながら、驚くべきことにやってきた一団の指揮官は幼い子供。
それだけでも驚愕するべき事なのに、なんとも初めてみるタイプの軍人だった。

ベテランの域に入るウェイターでも無ければ、驚きのあまり表情が崩れていただろう。

「ああ、お恥ずかしい限りです。物事の道理をわきまえていない輩が多すぎる。」

そして、ターニャにしてみれば赤面ものだった。
自分の属する組織がバーバリアンと同列に見なされていることは、恥じるしかないのだ。

故に、即座に謝罪し正当な対価を払う旨、将校の権限で申し出る。
そして、素晴らしい料理を改めて素直に称賛。

悪くない人間的な行動だった。
合理的近代人として、市場人としての尊厳を回復できたという誇り。
法の前に平等であるという精神を体現できた喜び。

つまるところ、デグレチャフという一個の人格の尊厳の保持。

この点からすれば、ターニャは実に良識ある軍人だった。
いや、一般的に言っても実に良識人だった。
そして、個人としては夕食にも大いに期待していた。


だが、不幸にもターニャにその機会は与えられない。


夕食前の緊急招集。


有無を言わさぬ、仕事の時間だった。




「ハンター1よりハンター中隊。目標を視認。」

「第224特殊作戦群、所定の配置を完了。」

「第七空挺師団、所定のエリアに侵入を開始します。」

モントンメリー元帥の詰めるガーデンマーケット作戦司令部。
史上最大の空挺作戦は、極めて潤滑にスケジュール通りに進展していた。

空挺降下による敵支配地域後方への大規模浸透作戦。
並行しての、機甲師団が地上を進撃し空挺部隊支配地域を確保。

パルトン中将の強い主張により、これらに加えて戦線全域での陽動攻撃が敢行される予定だった。
すでに、一部の防衛線とおぼしき地域では散発的ながらも衝突が繰り返されている。

賭けであることはモントンメリー元帥自身が十二分に承知している。
だが、戦争の早期終結と連合王国の戦後に向けた発言権確保のためにも引けなかった。
なにより、作戦は全般状況が順調に進展していることを物語っている。

『HQより作戦全部隊へ。作戦に変更はない。降下を開始せよ、繰り返す。降下を開始せよ。』

そして、降下命令が下される。

「GO!GO!GO!」

各輸送機より降下を開始するは精鋭らから選抜された5個空挺師団。
連合王国が持ちうる最大の空挺戦力にして出し惜しみを一切排した徹底的な戦力投入。

その日、低地地方に展開する空挺部隊の中にメアリーらの姿もある。
先遣隊として投入される彼女らの任務は、予期される帝国による迎撃の排除。
主任務には、敵魔導師の排除をも含む最前列だ。

空挺降下に際し、最も先陣切って降下し敵の排除を行う過酷な任務。
だが、メアリー中尉にとってその程度の事は恐怖にはならない。

むしろ、その重責が任されているという事の誇り。
義務を果たさねばならないという責任感。
そして、御心にそぐうという信仰心。

疾風迅雷のごとき勢いで降下する彼女の部隊は、ドレーク中佐の好意で新編された中隊だ。
何れも、人格・技量共に卓越し敬虔な信仰心を持つ頼もしい戦友達。
疲れた体に鞭打ち、ドレーク中佐がかき集めてくれた彼女の為の中隊規模の魔導師達。

「行きます。…主の御加護があらんことを!」

自身にかけられる期待。
それを思えば、怯むことなどありえなかった。

否。

喜びと共に。

神の栄光と共に。

人々を圧制から解放するために。

メアリーは、オラニエの地に降り立つ。

魔導師とはいえ、減速用のパラシュートなしの降下。
だが、速度と奇襲を優先したメアリーは素早く降着。

「三時方向に敵火点!」

「制圧します!手隙の魔導師、私に続きなさいっ!」

散発的な対空砲火を制圧しつつ、降下地点を確保する。
空挺部隊の最も脆弱な降下直後を狙ってくる敵部隊の排除。
そして、部隊集結後は橋の確保が求められている。

だが、敵の抵抗は散発的。
そして、友軍の降下は極めて順調に進展。

メアリーの中隊が確保している地域にも、すでに大隊規模の部隊が降下を完了している。

後は、降下直後の混乱を克服して前進するだけの簡単な作戦のはずだった。

降下地域に展開していた帝国軍シャーレンドラー戦闘団はこの圧力に抗し得ずに後退。
メアリーを含めた作戦参加者は多くのレジスタンスに熱狂的に歓迎される合流に成功。
順調な滑り出し以外の何物も予兆としては見出されない状況。

「クリスマスまでには終戦だ!」

誰もが浮かべる希望の表情。
それを、メアリーは尊いものだと思う。

なればこそ、終戦を阻害しようとする帝国軍は討ち果たされねばならなかった。

しかしながら、作戦は順調そのもの。
すでに、制圧目標の橋は5個中3個を制圧。
加えて、地上軍の進軍も予定通りの進行速度を維持している。


後わずか。
ほんのわずか。

そう、後わずかな筈だ。

「押し返せっ!」

区画にたてこもる帝国兵の強固な反撃。
重火器を据え付け、火線を張り巡らされた防衛拠点での抵抗は予期されてはいる。

「奴らに白兵戦のなんたるかを教育してやれ!」

「ひるむなぁっ!突破しろ!」

既に、区画の半数は制圧済み。
掃討は時間の問題に過ぎないのだ。

「援護します!斉射三連後、突入!」

メアリーの率いる中隊は、直掩として最前線での支援に従事。
たびたび、敵部隊の逆撃を押し返し戦線を進めることに貢献している。
全体からみれば、やや突出した形になるだろう。

だが、そもそも先遣部隊はそれが仕事だ。

前に、ひたすら前に。

進む必要があった。

後わずかで、戦争が終わらせられるのだ。
長きにわたり、人々を苦しめてきた戦争の集結。
そのためにならば、わが身を呈することになんの躊躇いがあろうか。

「制圧完了!」

「次の区画へ!早く!」

最後の一押し。
そのために、メアリーは前線を駆ける。
迎撃砲火を掻い潜り、火点を制圧。

掃討は順調といえた。

地理に精通したレジスタンスの支援を受けた各隊は優勢を維持しつつ帝国軍を排除。
幸いにも、未だ制圧に至っていない橋も敵の破壊工作を免れていることは確認できた。
一番危惧していた、敵防衛隊による爆破で制圧が失敗するという危険性は回避できている。

さらに、協商連合義勇兵らからなる一個空挺旅団の増援が降下を開始。
橋頭保は確実に防衛力を向上させ、来援中の友軍機甲師団も最寄りまで接近している。
メアリーの中隊とて、損耗皆無とはいかないものの依然として戦力発揮に問題は無し。

やっと一息ついて、解放を味わっている人々と共に自由を賛歌しえる。
区画制圧を完了し、達成感に浸りつつあったメアリーとその中隊。
だが、次の瞬間にメアリーは突然飛び込んできたオープンチャンネルからの声に耳を奪われる。

『…Requiem æternam dona eis Domine』

全方位にわたり、最大出力で発せられるソレ。
背徳的であり、許されざる異端による嘲笑い。
清らかな、敬虔な願いを踏みにじる忌むべき所業。

咎人が、我らの罪を笑うという許されざる大逆。
主を恐れぬものによる、御心への反逆。
咎人が、異端が、信徒を嘲ることへの憤激。

「Gloria in excelsis Deo. Et in terra pax hominibus bonae voluntatis!」

主の栄光を。
人々に平穏を。

そのために、メアリーはあの日武器を取った。
明白な天命に、遅まきながら目覚めたのだ。
主の御心を、彼女は体現している。

自分の世界を、善き人々を、恐るべきやつばらから守るために。

『Hostias et preces Tibi, Domine, laudis offerimus.』

「Hosanna in excelsis!」

言葉を弄ぶ悪魔。
いと清らかであるべき聖句を、祭壇への賛美の贄を。
穢し貶めんとする恐るべき異端。
災厄の根源。

『「Sanctus, sanctus, sanctus, dominus deus sabaoth.」』

言葉は、同じ祈りの聖句。
なれども、込められた思いの違いにメアリーは恐怖する。
神を嘲笑い、その影響を嘲笑する異端。

それは、許されざる存在だ。

『dona eis requiem sempiternam.』

「dona nobis pacem!」

死者を汚し、冒涜するような暴言は許し難かった。
平和をもとめるべき敬虔な祈りが悪用されることへの怒り。

「っ。そこっ!!!」

発信源は、自らの所在を隠すことなくこちらを誘っている。

悪魔のおぞましさよ!

罠だとは、わかっている。

あのおぞましく卑劣な異端が相手だ。

それでも、行かざるを得ない。

メアリー・スー。

その身は、神の地上における代行者なのだから。



あとがき
教皇特使のアルノー・アモーリ氏がアップを始めたそうですω´・)チラッ。

ロメール将軍?
悲しいけど、彼は『優秀』すぎたんだ。
『不幸な流れ弾』が直撃とは、何という不運なことだろう。
(´・ω・`)


チーズとピッツァの国もあるけど、
チーズとニシンの国があっても良いじゃない。

あと、大手外食店はポテトにマヨネーズつけてくれても良いじゃない。


ひとまず、次回予告

迫りくる邪悪なデグレチャフ。
(-(-д(-д(`д´)д-)д-)-)『突撃ぃ~~!』

混乱する司令部。
(*´・ω・)(・ω・`*)ドウシヨウ?

懸命に抵抗する勇者たち
ヽ(^ ^;)

東より来たる熊
( ・(ェ)・)Zapシマスカ?

次回、『オラニエは燃えているか?』

※珍しくまともな次回予告です。
ZAP



[24734] 第八二話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/18 01:19






たった二つの制圧目標は、遥か彼方。

ライン戦線低地地方方面は、文字通りの泥沼と化していた。

機甲部隊にとって大敵の泥濘。
それを嫌になるほど知悉していたのは東部帰りの工兵隊だ。
作戦の意図を察知すると同時に彼らは堤防を爆破。

海抜高度という単純な理由によって、流れ込んだ水が泥濘を生み出す。

此処に至り、平地や砂漠といった乾燥地帯の経験しか持たない連合王国・合州国は難儀することとなる。
舗装された路面ならば容易に進撃できる予定だったものの、海水や泥によって足回りにトラブルが多発。

ガーデンマーケット作戦発動より4日。

本来ならば、とっくに完了しているべき空挺作戦は未だに完遂どころか成功の見込みすら立っていない。

軍の想定では、空挺部隊の戦闘継続可能時間は4日。
だが、現場ではたった2日の戦闘で保持していた弾薬の大半を射耗。
緊急展開した魔導師部隊と補給物資の投下で辛うじて息をつないでいるものの、限界はすぐそこにまで迫っていた。

本来ならば、すでに機甲部隊が増援として連絡を回復していなければならない。
だが、冠水した大地に足を取られた部隊の進撃ペースは当初の想定をはるかに下回る。
そして地形の変化と混乱の拡大は部隊の損害を急激に拡大させていた。

レジスタンスに至っては、連絡線が冠水により途絶。
進撃路を誘導し得た彼らの多くは孤立し、帝国軍掃討部隊に刈り取られてしまう。
不味い事に、一部の暗号表が奪取されたらしく通信が解読されたと思しき兆候まで見られた。
これにより、機甲部隊の進撃はおぼつかないどころか崩壊の危機すら一部には現れ始める。

ガーデンマーケット作戦司令部は司令部予備の投入を決定。
第一多国籍義勇空挺連隊を緊急展開させるものの、増派として急行してきたバルパー戦闘団の進路上に降下。
重装甲戦闘団相手に奮戦するものの、火力と鉄量の差により増派した空挺部隊まで危機的状況に陥る。

辛うじて、航空優勢を確保し得ているものの全力出撃が続いたため航空部隊の稼働率は危険域にさしかかりつつあった。
さらに、難しい問題としてオラニエは帝国領ではない上に市街地が多いために非戦闘員が多数居住。
戦時国際法と合州国世論の反発から、全面的な都市爆撃は躊躇され支援の効率が制約されていた。

此処に至り、ガーデンマーケット司令部は魔導師による強行突破による市街地制圧と橋の占領を決断。
だが、増援まで投入された魔導師部隊でもってしても帝国軍防衛線の突破は至難と思われた。




みとめない。

それだけは、認められない。

悪魔よ!

あなただけは!

交戦開始以来、47時間23分が経過。
同伴していた中隊は既に半数が戦死。
残り半数も、魔力切れか戦闘継続不能な状況で落ちた。

尊い犠牲と挺身に涙し、その犠牲を無駄にしないためにもメアリーは戦い続ける。

すでに至近弾は多数。
十数発の光学系狙撃式に至っては防殻に直撃した。
だが、メアリーの渾身からなる一撃は間にあったはず。

重爆裂術式の4重起動。

奴の、異端の、悪魔の存在する空間そのものを確実に爆砕。
何度となく、捉えたと確信したがそのたびに裏切られ続けた。

確かに、確かに直撃させているはずなのだ。

にもかかわらず。

いったいどうして!

貴女は、そこに立っているの!?

ターニャ・デグレチャフ!

「やれやれ、合理的に考えて歴史に対する敬意を持ちえないのかね?」

その口を。

何故、貴女は開ける!?

瘴気を、撒き散らす!?

「世界遺産だと思うのだがね、貴様がいま爆砕した風車群は。もう少し、文明と人智に敬意を払うべきだ。」

異端が、囀るな。

追跡用の術式を封入した雷撃系術式を圧縮起動。

回避を阻止するため、錬成系術式により多数の鉄球を精製し射出。
駄目押しで、動きを阻害するために重力系干渉式を展開し重力偏差を形成。

術式の多重起動により、激しい魔力消耗とそれに伴う倦怠感が身を苛むも押し切り展開。
すでに、連続戦闘許容時間は遥かに上回っている。
演算宝珠の核も過負荷で戦闘後はオーバーホールが必須の状況。

限界を見極めつつ、術式を展開し続けているがそろそろ無理が祟っている。
だが、それでも退く訳にはいかないとメアリーは覚悟していた。

我が身はとうの昔に信仰に捧げたもの。

ここで、悪を討つことが叶うならば、この身をどうして惜しむことがあろうか。

「やれやれ。堤防を巻き込むとは正気かね?」

恐るべき悪魔。
メアリーとて、意図して撃っている訳ではない。
撃たされているのだ。

奴は、必ず射線上に発砲を躊躇させる代物を置く。
実際に、それで躊躇した心やさしき仲間が幾人も落とされてしまっていた。
メアリーとしては、苦渋の決断ながらも撃たざるを得ない。

だからこそ、許し難かった。
その悪辣さ、卑劣さは唾棄する他にない。
貴女を討つ事は、人類にとって不可欠とメアリーは心中で叫ぶ。

貴女を此処で取り逃がすことによって、どれほどの犠牲が生まれることだろう。
かくまでも邪悪な存在は、存在が許容される筈がないのだ。

「個人的には、何故低地地方と呼ばれているか考えてみるべきだと思うよ。」

口をつぐみなさい悪魔よ。

貴女の誘惑と惑わしには屈しない。

如何なる犠牲をこの身が払う事になろうとも、ここで貴女だけは討ち滅ぼす。

決意も露わにメアリーは全霊を賭して刃を振るう。
全身が、神経が痛みを訴えてくるとしても義務感と信仰心でそれを押し殺す。
同時に並行して近接時に擲弾を投擲。

消耗戦である以上、わずかなりとも相手に打撃を与えるために可能な全てを行う。
もちろんこちらも苦しいのは事実だが、それとて覚悟の上なのだ。
こちらが苦しかろうとも、信仰心の無い虚栄の悪魔には何れ限界が来ることだろう。

その確信があればこそ、メアリーは戦い続けられる。





タフすぎる害虫や雑草の駆除。
そのために、人間は『殺虫剤』や『除草剤』を開発してきた。
頑強な防衛線を突破するために、ガスを人類が活用することを思い至るまでには然程も時間を必要としないのは自明だろう。

だが、今のターニャにとっては厄介なことに魔導師という兵科には基本的にガスが利きにくい。
なにしろ高機動戦闘が基本であり、なおかつ防御膜に初期対魔導師戦術で一般的だったガスへの対策が施されている。
おかげで、ガスではなく空気中にある酸素を奪うといった小手先以外は通用しにくい。

しかも、魔導師が酸素生成術式を起動していれば空気中の酸素を燃焼させたところで無駄骨となる。
20時間ほど前に酸欠で撃墜できないかと試みるも結果は愕然たるもの。
酸素を発生させていないどころか、一酸化炭素濃度が危険域にあって濾過していないにもかかわらず。

あのアホはちっとも堪えていないらしい。
いちど解剖して免疫系と呼吸器系を検査してみれば、どれほど医学に貢献することだろうか。

『戦闘団長より各位。戦局を報告せよ。』

本来ならば、部下の手を借りて数にモノを言わせて袋叩きにしてやる計画だった。
素人じみた指揮官に率いられた中隊程度、戦争狂で構成された大隊ならば一掃できたことだろう。
今頃は、空挺降下してきた敵兵を掃討し終えても良いころ合いなのだ。
予定では、ホテルの食堂で紹介されたフローリン名物のマスタードスープに挑戦していた筈なのだが。

それが物分かりの悪い司令部の増派要請に応えていくうちに、大隊が直掩小隊のみに減ってしまっていた。
まだ気心の知れたグランツ中尉の小隊を直卒していたので安堵していたのが不味かったらしい。
敵が空挺降下による増援を降ろして来たらしく至近の戦闘団を支援するべく小隊まで出してしまった。

おまけに、95式が散々電波を垂れ流してくれたおかげで増援がまるでこちらに姿を見せない始末。

『02より、01。ご安心ください。敵師団主力は包囲完了。撃滅は時間の問題であります。』

『04より、01。現在、アーネンベルク橋を防衛中。敵圧力は減衰中。』

『09より、CP並びに01。現在、敵将官級空挺将校を追跡中。おそらく、敵空挺師団長かと推察されます。』

結構なことだった。
戦局全般は、敵の奇襲攻撃を受けたにもかかわらず拮抗状態。
敵が軽装で空挺降下していることを想定すればそろそろ継続戦闘能力に深刻な支障が生じる頃合いだろう。

だが、実際のところターニャにとって今すぐにでも必要なのは増援だった。
しかしながら、どうにも上手く来援させられそうな部隊がいないのだが。

『01より各位。現在敵ネームド級と交戦中。状況に変化なし。各位の奮戦を期待する。』

直撃させども、酸欠に突き落とそうとも。
なぜかビクともこらえないアホ相手にすでに48時間近く撃ちあっている。
睡眠不足をアドレナリンで誤魔化すにも限界があるだろう。

最善を尽くしたところで、せいぜい5-6時間が限界だ。
特に、弾薬を使い果たしつつある上に魔力のストックが枯渇し始めている。
このままでは、じり貧だった。

下手に焦るべきではないのだが、かといって泰然と構えておくには危険すぎる。
すでに、だいたいのオプションは選択済み。
一番有望だった光学系術式による狙撃は、十数発直撃させてもピンピンしているので放棄。

重爆裂式による酸欠、四肢損傷を狙った攻撃は有効打に程遠い。
魔導刃を叩きこんでみたが、どうも木刀で鋼鉄を殴ったような手ごたえ。
希望があれば、条約違反も承知でガスも躊躇せず使うつもりだが効きそうにもない。

駄目で元々とポテトマッシャーからライフル弾まで撃ち込んでみたが期待外れ。
熱核術式でも展開すればとも思うが、この近接戦で奴を仕留められるほどの熱量を出せば自分もただでは済まない。
長距離射撃で直撃させられるならば躊躇しないのだが、如何せん悠長に距離を取れるほどの余裕が無い。

距離を取ろうとしても、さんざん追撃され位置取りだけで数時間使っている。

『サラマンダー01よりCP。遺憾ながら、交戦限界が近い。』

『CP了解。…申し訳ありません、中佐殿。予備戦力がありません。増援は今しばらく。』

『やむなし、か。』

一応、最後の切り札となるようなものに心当たりがないではない。
堤防ないし鉄橋爆破用に用意してある1トンクラスの軍用火薬。
対艦攻撃すら想定し得る規模の威力であることを勘案すれば、有効打を与えることは期待できることは可能だ。

だが、はっきり言って爆心地に誘導でもしない限りあのタフな化け物の器に致命的な一撃を与えるのは至難。

正直退くだけなら可能だろうが、またこいつに付きまとわれることを思えば憂鬱で堪らない。
だが耐えねばならないところだ。

何れ、機会を見て超長距離から熱核術式と重力式なりなんなりですり潰すことを夢見て耐えよう。

・・・。

いや、これは敗北思考だ。

本来ならば、手持ちのリソースを活用していかにして勝利するかを考えねばならないところ。
それが、こうまでも思考が追い詰められてしまうのは、疲れているからに違いない。

よろしい。
最善の方策を模索してみよう。

こちらは疲弊しているとはいえ、まだ術式を乱射する程度の余力は健在だ。
そして、こちらの勝利条件は敵空挺部隊の排除及び機甲師団の撃破にある。
これらを勘案すれば、奴に屈辱を味あわせるためには何をすればよいかは単純だろう。

すなわち、一心不乱の突撃によって奴のお友達を嬲る事にある。
あの手の連中は、精神が肉体を支配するような狂信者だからこそ恐ろしい。
だが、逆に考えれば奴の精神のよりどころを砕けば。

…、本当にそうだろうか?

常識的に考えて、狂信者やあの手の連中に合理的な発想が正しいかという事に関して自信が持てない。
逆恨みされることや、奮起しかねないという事を考慮すれば適切とは考えにくいかもしれない。

ならば、どうすべきか?

そこまで考えた時、デグレチャフ中佐を支援するべく最善を尽くしていたCPからの吉報がもたらされる。

『CPよりサラマンダー01、友軍砲兵中隊が支援可能です!』

送られてきた戦域情報に基づけば、120㎜砲兵中隊が二分間程度ならば支援射撃を展開し得るとのこと。
しかしながら、ターニャにとって難しい事に、その程度の支援射撃であの糞袋を叩き落とせるとは考えられない。
なにしろ、すでに十数発は直撃させているのだ。

支援を申し出てくれる厚情には感謝の念を抱かざるを得ないが、むしろこの高機動戦では有効とは思えないのである。

なにより、高機動戦である以上確率論でしか命中率は語れない。
そして、忌々しいことだが奴が直撃する確率と同じくらいに自分にも当たりかねなかった。

『ありがたいが、この近接戦では誤射されか…、いや。その手があるか。』

…確率論?

友軍誤射?

思えば、何故、それに思い至らなかったことだろう。

『CP、感謝する。最高の助けだ。砲撃支援は無用だ。それよりも、敵の配置状況が知りたい。』

素晴らしいひらめきである。
これならば、あの糞袋とそのお友達が勝手に殺し合うという愉快な展開も期待できるだろう。
考えただけでも、思わず喜悦の感情がこみあげてきてしまうほどだ。
まあ、我ながら疲れているためか感情の起伏が激しいことだと笑いたくなるが愉快なのだから仕方ない。

『各戦域で敵主力の攻勢が開始されているようです。また、敵増援は友軍戦闘団が排除済み。』

『ああ、最も敵の多いところを教えてくれ。』

別段、戦局の詳細が知りたい訳ではないのだ。
一番重要なのは、一番巻き添えにできる奴らが多いところという事に過ぎない。

『は?敵の多いところ、でありますか?』

『ひと暴れして遊撃戦のなんたるかを間抜けどもに教育してやろうとおもう。』

『少々、お待ちください。』

空挺降下というのは、もう少し活用を上手くやるべきだ。
まあ、どこの誰が考えたのかは想像ができなくはないが。
やはりというべきか、連合王国というやつら、海戦はともかく陸戦は下手糞過ぎる。

きっと、地下でウェリントン公爵が号泣しているに違いない。
ターニャにとってみれば、知ったことではないが。

牽制を兼ねて、いくつか重力系と光学系術式を展開。
どのみち、大して当たらない上に有効打となりえないのだ。
威力も展開速度も必要最小限に抑える。

こちらが、疲弊しきったと誤解させることができれば幸いだ。
どちらにしても、必要最小限度の労力で最大の戦果をおさめることに意味がある。

『…中佐殿、敵の連合王国第三〇機甲軍団が最も至近では有力です。また、合同編成の第三機甲軍が前線を圧迫しています。』

『なるほど、つまり近くではライミーで遠くはお友達たくさんという訳か。』

難しいところだが、敵の混乱を狙うならば寄せ集めを狙うべきだろう。
だが、交戦限界という事を考慮すれば最寄りの奴らを狙うべきだった。

少しばかり考えるが、やはり連合王国を狙うべきだろう。
それに、物の考え方を変えれば合州国と連合王国の麗しき友情に貢献し得るのだ。

『…よろしい、第三〇機甲軍団に御挨拶に行く。ルートを誘導されたし。』

『了解しました。』

敵の位置は比較的、近距離。
そして、糞袋はこちらの消耗を確信してやまないらしい。
近接して手榴弾まで投擲してくるわりには、じわじわと押すつもりのようだ。

大変結構なことだとターニャは嗤う。

こちらが、最大戦速で飛びだしても逃げるとしか考えないことだろう。

「ええい、しぶといっ!」

如何にも、息も絶え絶えという観を装いつつ術式を展開。
もちろん手を抜いて、展開速度・威力共に並み以下にしてある。

熟練の魔導師ならば、敵が弱っているように見えるときこそ警戒するものなのだがと思いつつ相手を観察。

そして、確信する。

「くっ、認められん。認められん、私が、糞っ!」

口では悪態をつきつつも、歓喜が抑えられない。
ほっとしたような表情。
アレは、こちらの消耗をようやく確認したことによる安堵の表情だ。

「ええい、CP援護を寄こせ!間にあわない!?なんだと!?」

奴に聞こえるように、盛大に罵声を漏らす。
此処までやれば、あからさま過ぎないように逃げる用意を始めるだけだ。
どのみち、一度距離を取りたいのは事実なのだからそこだけは手を抜かない。

「・・・っ、これまでか。」

「ついに、限界のようですね。大人しく、主の断罪を受け入れなさい!」

「・・・、まだだ、まだ、諦めん!」

ようやく、釣れたのだ。
せいぜい付き合ってもらわねばという本音を隠して、ターニャは後ずさる。
距離は、やや取れた。

相手の油断が擬態の可能性も考慮していたが、わずかとはいえ後ずさることで距離を稼いでいるのに詰めてこないのだ。

油断は、本物と判断できる。

「今日のところは、これで失礼させてもらう!」

「なっ!!?」

眼つぶしを目的としたフラッシュ。
全身全霊で展開した術式に加えて、牽制と足止めを兼ねて爆裂術式を家屋に撃ち込み粉塵と瓦礫を散乱させる。

メアリーが咄嗟に防御と追撃に備えて身を守った瞬間に全速離脱。
最大戦速まで加速し、戦線の離脱を装う。
仮に、追撃が無かったとしても面倒な敵を振り切れただけ良し。

「卑怯者!逃げるのですか!」

そして、期待を裏切らず間抜けが懸命に追いかけてくれる。
怒りに顔を赤く染め、噛みしめられた唇は実に魅惑的だった。
なるほど、もの好きな輩ならアレを聖女とあがめるのもいるのだろう。

まったく、存在Xなる悪魔の一党が人類を惑わすために遣わした悪の存在とアレを判じて間違いない。

せいぜい、吠えさせてやるさ。

『戦闘団長より各位。馬鹿を釣った。流れ弾に留意せよ。』

『『『了解』』』

もちろん、自分がこれから何をしようとしているのかは理解しているのだ。
味方を巻き添えにするようなことで責任を追及されたくはない。
メアリー・スーだけが、そんな馬鹿なことで問責されるべきなのだ。

そう思いつつ、その糞袋から放たれた光学系狙撃式を緊急回避。
外れた術式が最寄りの建造物に直撃するのを見やりつつ、ターニャは自分の成功を確信する。
頭に血が上ったアレは、周囲の事など気にせず術式を展開することだろう。

実に結構なことだ。

前線のルールでは、撃ってくる奴は敵である。

『中佐殿、そろそろ目視範囲内であります。』

そして、少しばかり飛んだだけで探していた敵軍主力部隊に接触。
順調とはこのことだった。

『・・・、っ、こちらでも視認した。誘導御苦労。オーバー。』

目視したターニャは我慢できないという声で、誘導してくれたCP将校をねぎらう。
同時に、逃げ切れないと悟った態で追いかけてくる糞袋に向き合うと再戦の構えをとった。
市街地で入り組んだ地形の関係上、建物を挟んで背後には連合王国機甲部隊が展開中。
形だけ見れば、挟撃されて追い詰められたとも言える。

実際、それを思ったのだろう。
あの糞袋はほくそ笑んでいる。
もう逃げ場がないと勝手に思い込んでいるに違いない。

糞袋が術式を展開しはじめる。
ああ、愉快だ。
懸命に対抗術式を生み出しながら、ターニャはぎりぎりまで引き付ける。

防御術式を多重展開。
これを撃ち破るべく、奴がさらに術式に魔力を注ぎこみ威力を跳ねあげるのを確認。

そう、それでいい。

限界まで攻撃力が高められた術式。

それが放たれると同時に、ターニャは急速離脱。
もちろん、よけきれるとは思わない。
なればこそ、術式で防御を何重にも固めたのだ。

そして、煙幕を展開。
あの糞袋からしてみれば、姑息な逃げの一手だろう。
もちろん、それもないではない。

だが、肝心なのはこれから。

≪Mayday! Mayday! Rhein's Devil has come! ≫

レジスタンスから分捕った部隊が回してくれた通信波長。
指向性の通信波を使用しているとは、実にすばらしいものだ。
助けを求める相手は、頼もしい頼もしい連合王国軍機甲部隊。

なにしろ、逃げるために煙幕を展開しているのが自分だ。
そして、私を討つべく術式を展開しているあの間抜けは間接的に連合王国に術式をぶち込んでいる。

どこからどう見ても、奴が味方だと信じる奴はいない。
そしてこの近接戦は、私とやつの識別を困難にする。
きっと、長距離観測している連中も『ラインの悪魔』とやらが展開していることを確認してくれるだろう。

あとは、混乱にまぎれてRTBだ。

すでに、眼下では機甲部隊が盛大に勘違いをして砲弾やら機銃やらで麗しいメアリー・スーを攻撃中。
あの糞袋、反射的に術式で応射するという最大のミスを犯したおかげで火線の応酬は止めようがないだろう。
いくら冷静な士官や下士官がいようとも此処まで火が付けば、簡単には止められない。

翼ならぬ魔力光を振って、支援に感謝の意を示しつつ離脱。
実際、連合王国の皆様には『感謝』しても、し足りないのだ。
あんな狂信者の相手をお任せした揚句、離脱の支援までしていただけるとは。

いやはや、紳士の国とは言い得て妙だろう。
実に、愉快だった。
強いて言うならば、心残りはたった一つ。

奴が盛大に慌てふためいているのを思う存分に観察できないのはいささか残念だった。



あとがき
①今日のデグレチャフ先生による他力本願のレッスン
『面倒な奴は、心強い仲間に何とかしてもらいましょう!』

加筆修正するかもしれません。

ZAPしました。
ZAPではない程度の修正を行いました。



[24734] 第八三話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/18 01:20
『第五師団、戦線を維持できません!』『第一空挺師団より緊急!師団長の通信途絶、指揮系統に深刻な混乱が生じています!』
『第三航空任務群、出撃限界に迫りつつあります。』『第225輸送飛行隊の損耗率、35%を超えました!これ以上は、限界です!』
『第30機甲軍団、先鋒部隊が壊滅!混乱が急激に拡大しています!』『未確認情報ですが、友軍誤射の報告です。』
『全戦域で情報が錯綜!指揮系統はすでに機能を発揮しえておりません!』『っ、緊急です!第30機甲軍団、進軍を停止。軍団長より、突破不可能との報告あり!』
『パルトン中将閣下より、至急電。燃料が枯渇しつつあり!敵主力の拘束は、もって24時間とのこと!』
『情報部より至急!敵本国より増強進発の報あり!規模、3個師団相当と推定!』『戦闘工兵の損耗が許容値を突破しています!』
『第一多国籍義勇空挺連隊、残弾途絶!緊急の支援が無ければ、持ちこたえられないと主張しています!』

押し寄せる情報の嵐。

その全ての情報が、事態は破局的であることを居並ぶ司令官らに告げていた。
政治的な事情によって、元より“損害”は度外視で強行された作戦ではある。

だが、ここまで破局的な失敗を想定していたかと言われると慎重派や懐疑派であっても首を縦には振れない。

誰が此処まで状況が悪化すると予期し得ようか。
敵戦線後方への電撃的な降下作戦だ。
それも、多数の精鋭からなる空挺師団と機甲師団の同調攻撃である。
加えて現地のレジスタンスから重要な支援も受けられると情報部が確約していた。

損耗が許容値を超えることは想定しえても、全面的な失敗というのは想定の範疇外である。

だが、だからこそなにがしかの対応が必要だというのは自明だ。
すでに、状況は加速度的に悪化してしまっている。
何がしかの対応が無ければ、作戦参加部隊の大半が壊滅することは明らかだった。

特に、この作戦で主役としてしゃしゃり出た連合王国空挺部隊と機甲部隊は壊滅の危機に直面していた。
最精鋭を自他共に自負する第一空挺師団では、前線で師団長自身が敵魔導師部隊に包囲され戦死。
ガーデンマーケット作戦司令部が投入した多国籍義勇兵らに至っては、残弾が無くなり近接戦に移行せざるを得なくなっている。
蜂起したレジスタンスらは、冠水によって孤立し各個撃破されてしまっている。

そのほかにも、空挺部隊と連絡線を確保するべく進軍した機甲部隊が包囲されて逆に救援が必要となる始末だ。

確かに、なにがしかの行動が必要なのはわかる。
だが合州国将官らは、ガーデンマーケット作戦司令部が求めてきたなけなしの合州国空挺師団投入要請は蹴っていた。
どう考えても、ここまで悪化した戦局が1個空挺師団の投入程度で打開できるとは思えないのだ。

なにより、現実には使える燃料の制約が付きまとっている。

輸送機で前線に空輸や空挺投下支援を行った結果として、前線のデポでは既に燃料が欠乏しつつあった。
もちろん、直ちに作戦行動に支障が出るほどではないが懸念材料としては大きなものだろう。
空軍の航空支援が途絶すれば、空挺部隊への支援が途切れることを思えば決して無視し得ないものだ。

最前線の機甲部隊は、より事態が深刻だ。
特にパルトン中将の部隊は進撃スピードに補給が追いつけない状況が続いている。
そんなところで、前進を再開させられたのはすぐ終わるという見込みがあればこそ。

だが、このままでは全面陽動作戦を敢行したために文字通り身動きとれなくなるのも時間の問題だ。
まずいことに、パルトン中将の警告通り敵主力を拘束し続けなければ降下部隊は一瞬で蹂躙されかねなかった。
そして、パルトン中将の部隊は既に相当無理をしておりこれ以上時間を引き延ばせというのは物理的に困難と判断されている。

つまるところ、せいぜい24時間程度しか敵主力は拘束し得ない。
その後は、重装甲・重装備の機動部隊に空挺部隊が粉砕されるのは目に見えている。
どころかこちらの重装備で突出している機甲部隊も撃破されかねないほどだ。

「パルトン中将の機甲軍団に緊急補給だ。司令部備蓄を出す。」

それを打開するために、アイゼントルガー将軍は最後の備蓄を放出することを決定。
現状の兵站状況では、攻勢を再起するための備蓄をため込むには絶望的な時間を要することになるだろう。
だが、それを甘受してでも行動しなければならないことは自明だった。

モントンメリー元帥の発案したプランに押し切られた時点で、こうなることは覚悟しておくべきだった。

苦々しい思いながらも、アイゼントルガーは状況を受け入れる。

「…なんたることだ。これでは、秋季大攻勢どころの話ではないな。」

地図に記載されている前線の戦力図。
それだけみれば、圧倒的優勢は自分達のはずだった。
驕ったか、と自嘲気味に自分の不注意さを笑う。

相手は、帝国なのだ。
世界有数の軍事国家にして、並みいる列強を相手に孤軍奮闘してのけた強国。
手負いの獣を甘く見るべきではないという教訓に違いない。

どちらにしても、今は破局を回避することで手いっぱいになることだろう。
そう覚悟し、アイゼントルガーは善後策を打ちはじめる。





だが、ここまで合州国・連合王国を追い詰めているかに見える帝国とて盤石とは程遠い。
優位に戦闘は進められているものの、直面している困難さは多様なものに及ぶ。
特に、圧倒的な機甲部隊を有するパルトン中将による前線への圧迫は危機意識を誰もが刺激されていた。

もちろん、現状では持ちこたえてそれなりに反撃もなしえている。
しかしながら、厄介なことに拘束され主戦線に貢献できていない。
どころか、救援として合州国軍の新手が押し寄せてきた場合の戦力にも不安がない訳ではないのだ。

なにしろ、防衛線は部分的に機能しているだけ。
つまるところ、本格攻勢を仕掛けられた場合への懸念は根深いものがある。
仮に、ノルマルディー規模の攻勢を受けた場合防衛線が瓦解するのは自明と見なされている。

そして、ノルマルディーでも空挺降下が先ぶれだった。

ノルマルディーでも、敵空挺部隊の排除は優勢に進められたとはいえ最終的には敗退している。
秩序だって後退できたとはいえ、突破されたという事実は背後に守るべき本国がある現状では慰めにならない。
これ以上の後退は許されていないという危機感が、防衛司令部を悩ませる。

そして、それは指揮下の部隊に対する過酷な要求となって表れていた。
ただし一言、司令部の名誉のために言及しておくならば。
彼らの仕事量も、また文字通り忙殺されかねないほど煩雑なものを適切に処理していたという事を特筆しておこう。

後世に驚愕される帝国軍将校の質の高さ。
人的資源の恐るべき速度での摩耗にもかかわらず、帝国の人的資源はまだ持ちこたえていたのだ。


とはいえ、それらの事実は前線でこき使われる部隊にしてみれば慰めにも程遠い。


忌々しい糞袋を親愛なる連合王国の諸君に押し付け帰還したターニャを待っていたのは再出撃命令だった。
しかも、混乱した防衛指揮のためか命令事態が支離滅裂に近い無理難題。
曰く、機動力をもって敵全戦線を翻弄しつつ高度な火力で持って拠点を防衛せよ?
まともなように見えるかもしれないが、どこか狂っているにちがいない。

「少しは、休ませてほしいものだ。まったく、不味い珈琲を啜る時間すらないではないか。」

仮設の戦闘団司令部。
司令部というよりも、バリケードと通信機器を設置しただけの簡易陣地でターニャは悪態を漏らす。
この混戦のおかげで、イルドアから持ち帰ってきた珈琲の袋までなくしている。
正確には、ホテルに置いたままであるがともかく手元にないのだ。

出撃命令が急すぎて持ち出す余裕すらなかった。
戦局に余裕があれば、付けられたであろう従兵にでも持たせたのだが。
いちいち将校に従兵を付けるような余裕など、そんなものは東部で無くなっている。

おかげで、不味い珈琲で耐えねばならない。

「兵站状況も最悪だ。司令部は、補給も無しに行動させる気か?」

「限られた兵站状況故に、とのことであります。」

ヴァイス少佐とて、本意ではないが他に言いようもない。
実際、兵站が厳しいのは明白。
とはいえ、敵の空挺降下作戦以来混乱しているのも事実。

要するに、上は何とかしろということを仰っているのである。

「ふん!初心者は無理難題をおっしゃる。」

それに対して、ターニャは鼻で笑いたいと言わんばかりの表情で吐き捨てる。
参謀本部にいた時以来気にかかっていることだが、前線経験が乏しい参謀のなんと多いことか!
レルゲン准将閣下ですら、数度というのは笑うほかにない。

一度、塹壕で一緒に泥水を啜ってみればよいのだ。

「上が沸いた人でも、下がしっかりしていれば、『被害を最小限に止める』手段を思い付くようになると、言いますが。」

「ふん、被害を最小限に留めるというのは、詭弁だ。無駄な損害など、最小限もくそもない。無駄以外の何物でもない。」

災害でもあるまいし、戦争というのは本質的に利益がない限り無駄だ。
そして、人的資本の浪費と社会資本の浪費という観点からして、最小限の犠牲も糞もないのだ。
経済的に考えれば、無駄は何処まで行っても無駄なのである。

最小限の無駄というものは、必要だからある無駄である。
戦争において、犠牲が出るというのは全くの非生産的浪費に他ならない。
故に、ターニャは熱狂的な平和愛好主義者なのである。

「では、いかがなされます、中佐殿?」

「貴様も私も軍人だ。」

とはいえ、ターニャ自身は契約と義務で拘束された身である。
なにしろ職務専念義務が世の中には存在する。
もちろん命に勝る優先価値などありはしないが。

ありはしないのだが、抗命、敵前逃亡というレッテルも拙い。

「つまりは?」

「やれといわれたら、せいぜい呪詛でも呟きながら、やるだけのことだ。」

「一言多いですな。」

仕事はきっちり。
嫌でもしっかり。
これが、社会人のルールである。
近代人のマナーである。

つまり、ターニャという一個の近代的合理人にとって譲れない一線である。

「貴様もだ。」

「それで、どうされます?やつら、懲りずに押し出して来たようですが。」

「そうらしいな。では、一つ、教育してやるか。 」

まあ、手負いの人間や組織を甘く見るべきではない。
敵は倒してから、余韻に浸るべきなのだ。
敵対的買収は、完了してから祝うべきもの。
要するに、経済と戦争はそういうところでは似ている。

まあ、生産的か非生産的かというところで根本が違うのだが。

ともあれ、上から敵を眺めでもしないかぎりやってられないというのがターニャの本音だ。
意欲的かつ有能な軍人としての、模範解答としてもこれで正しいのだろう。

「では?」

「だが、魔導師とはいえ限度があるという事を上の連中は理解するべきだ。」

それでも、少しばかり上に言いたいことがあった。
ヴァイス少佐がたしなめてくることを思えば、上官批判は程ほどにしておくべきなのだろう。
だが、ターニャにしてみれば言うべきことはきっちり言っておかねば仕事が増えるという事は自明だった。
どう考えても、自分のノルマを終えたら帰宅していいはずなのに次からノルマが増える?

軍隊だって、それは例外ではないのだ。

「そもそも、機動戦が本務の魔導師なのだぞ?」

まだ、機動防御に努めよという命令ならば理解しやすい。
それならば、本来の任務だ。
しかし、敵を翻弄しつつ拠点を防衛するとは意味がわからない。
いったい、司令部の連中はそもそも『どこ』を守れというだろうか?

まさか、全戦線すべての拠点を固守しろとでも言う気か?

「機動防御ならいざしらず、わざわざ拠点防衛に貼り付ける方がどうかしているのだ。」

「指揮系統の一時的な混乱によるものかと思われますが。」

「…だとすれば、是正は早めに行うべきだろうな。」

ターニャにしてみれば、軽い気持ちで仕事を押し付けられることへの反発がある。
なにしろ、生死がかかっているのだ。
真剣にもなろうというものだろう。

合理的に考えて、ここで使い潰されるような命令を受け入れるのは自殺行為だ。
即座に状況を打開する必要があるのは間違いない。
だが、どうやって?

答えは、簡潔明瞭。

行動によってだ。

なにしろ、命令は極めて広範な解釈の余地にあふれている。
言い換えれば、敵軍に打撃を与えることさえできれば如何なる手段でも正当化し得る。
そこで、自分の兵科に対する誤解を解くことも可能だろう。

「中佐殿?」

「そもそも私の大隊は、戦闘団は何が得意なのか思い出せ。出撃するぞ。今すぐに、だ。」

そういうなり、ターニャは部隊に出撃準備を命令。
目標は、敵前線司令部。
といっても、別段ご立派なモノを叩く訳ではない。

この手の空挺作戦の指揮は、前線航空管制官無しでは不可能だ。
つまり、空挺部隊の命綱をたたっ切るという効率的な方法による戦局の打開。
まあ、ハンニバル以来の敵主力無力化による勝利というのは古典的手法だ。

それこそが、現状におけるターニャの選択しうる安全策にして効率的な方策である。

ベトコンが採用した、窮余の策だが一応とはいえ正規軍の帝国軍ならば余裕だろう。

「目標、敵前線司令部。諸君、無理難題を上が押し付けてくるとはいえ仕事は仕事だ。」

市街地での交戦である以上、敵の航空支援は面制圧も困難に違いない。
ピンポイントの誘導弾もない以上、拠点爆撃以外で敵航空機は無能に等しいだろう。
まあ、さすがに完全に無視するわけにはいかないが。

それよりも大きいのは、空輸能力の方だ。

降下した部隊の兵站は、航空管制官の誘導によって輸送機が担っている。
つまり、兵站を根こそぎ断つためには航空管制官を排除すれば一発。

「防衛司令部、こちらデグレチャフ。」

「?いかがされましたか、中佐殿。」

「全力出撃する。」

簡単な話だ。
結局のところ、快刀乱麻を断つ。
一撃だ。

無駄のない、外科的手術が効果的なのである。




前線付近に増援として展開した合州国軍。
第6師団並びに第12師団を中心とした第4軍。
彼らに課せられた任務は、孤立している友軍救援だった。
さしあたっての任務は、突出し、孤立した連合王国第三十機甲軍団との連絡線回復にある。

実際のところ、押し込んでいるとはいえ帝国にも余力は乏しい。
なればこそ、新手の増援部隊は比較的軽微な抵抗に直面するだけで進撃できていた。
それは、彼らを派遣することを決断したアイゼントルガー将軍の想定通りと言える。

なにしろ、彼らの多くは初の実戦をノルマルディーで過ごすという過酷な初陣を体験してきた。
それだけに、当初は損耗を考慮し、休養を必要とすると判断され彼らは予備部隊に回されている。
それだけに、当初アイゼントルガー将軍は彼らの投入を躊躇していた。

しかしながら、状況の悪化と使える手札の問題から不安を抱えながらも投入せざるをえなくなる。

だが、アイゼントルガー将軍の危惧とは裏腹に、彼らは比較的順調に進撃に成功。
状況は良好であるようですらあった。
後わずかで第三十機甲軍団との連絡回復が可能な距離にまで進出済み。
そんな彼らは、きっちりとレーダーを監視し警戒を怠らない。

だから、接近してくる敵性反応にも敏感に対応できた。

「レーダーに敵性反応!警戒せよ。」

手順通りの対応。
レーダー及び対魔導師センサーを展開し、前方を走査。

「反応は2つだけだ。」

結果は、たったの2。
そう、敵の反応はわずかに2だ。
だが魔導師という事を勘案すれば、油断すれば手痛い損害を被ると理解できる。

なにしろ、高速で接近してくる敵魔導師である。
一撃離脱を専門とする敵部隊を想定すれば、油断できる相手ではなかった。
故に、彼らは慎重に接近してくる敵に狙いを定める。

「一撃離脱部隊か?正確に狙うぞ。」

「追尾しろ!少数とて侮るな!」

だが、彼らの手順は正解ではあるものの十分ではない。
少なくとも、手なれた古参兵ならば魔導師だけに気を取られないものだ。
確かに魔導師は脅威だとしても、歩兵や砲兵といった古典的な兵科も人間を殺すには十分すぎる。

なればこそ、大勢が上を向いている時は。
いや、そういう時こそ古参兵は対地警戒を厳にするのだ。
だが不幸にも、そのような古参兵はこの戦場の合州国軍には望みえない。

そして、それ故に帝国軍サラマンダーの顎に噛まれることとなる。

『・・・、レーダーに依存し過ぎですな。』

『塹壕戦を知らない間抜けども相手だ。伏撃が此処まで簡単だと笑えてしまいますね。』

演算宝珠を使わず、人間の持つ足によって前進。
たったそれだけ。

たったそれだけで、レーダーや対魔導師索敵兵装は高価なおもちゃだ。

ハイテク兵器といえども、使うのが人間であり用途以外には無力という事実を忘れるべきではないのである。

だからこそ、損耗が激しくなることを承知で用心深い指揮官は哨兵を出す。
機械はごまかせても、人間の眼で目視されれば浸透作戦は阻止されるのだ。
それを、どうにも合州国の人間は失念してしまっているらしい。

実際、この手の戦術は経験則によるところも大きいもの。
塹壕戦での騙し合いを体で経験していない連中には少々厳しいのだろう。
シャベルを抱えて這いずり回った経験は、経験していないものには理解しにくい。

『総員、着剣。おしゃべりは帰ってからにしたまえ。』

『っ、失礼いたしました、中佐殿。』

古典的な戦争では、歩兵こそが全てを決するという事が嫌というほど強調されている。
素人ですら、マッセナの異常な行軍速度がイタリア戦役において決定打になったことを理解できるのだ。
その常人離れした行軍速度が、連戦し、疲弊し尽くし、機械化どころか馬匹にすら事欠く軍隊によって為された。

この事実を、もう少ししっかりと記憶しておくべきだろう。
全く、歴史から学ぶ賢者たれというつもりはないが、歴史のお勉強はするべきだ。

「ん?・・・、そんなはずは。いや、しかし。」「どうした?」
「魔導師反応です。第七区画に展開している友軍魔導師はいないはずなのですが。」
「スクランブル展開している友軍ではないのか?」「問い合わせてみよう。こちらCP,繰り返す、こちらCP,展開中の」

『…まだ味方だと思い込んでいるのか?かまわん、ぶっ放せ。』

間抜け具合にも程がある。
罠の可能性を考慮したとしても、ここまで魔導師を近づける罠があるとは考えにくい。
であるならば、一心不乱に吶喊するべきだ。

『よろしい、制圧するぞ。グランツ、貴様の隊で続け!』

『了解、中佐殿!』

呼びかけてくる無線発信源に対し、術式を展開。
哀れなほどに対応が遅いために、展開が非現実的なまでに遅い重気化爆裂術式を展開し得るほど。
ぶっ放した術式は、あっさりとテントを中心とした合州国軍通信要員を包み込み炸裂。

『蹂躙せよ!蹂躙せよ!ラインを思い出せ!』

咄嗟に事態を理解できていないであろう敵兵に対し、部下らが情け容赦なく襲いかかるのを傍目にターニャは護衛を率いて突進する。
生き残った将校によって指揮系統が回復されるのを阻止するためにも、頭は根こそぎ刈り取らねばならなかった。
それも、できる限り迅速かつ徹底的に。

とはいえ、弱い者いじめだ。
奇襲を受けて、混乱しきった哀れな集団を嬲るだけである。
まさに、ターニャ好みの展開であった。

飛び出してくる生き残りに対して、精密無比な狙撃術式を展開。
個別にたてこもる連中の掃討は、手間暇を惜しみ爆裂術式で建物ごと粉砕。
少数の魔導師に対しては、二個中隊を割り当て狩りたてさせる。

これほど、一方的な展開は随分と久々。

『諸君、後180秒で離脱する。最大限、敵設備並びに物資を破壊せよ。』

なにしろ、自分は比較的危なくない一方で最大限の戦果を見込める。
費用対効果、リスク分析の観点から言って完璧だった。
戦争という非生産的作業に従事するならば、常にかくありたいというほどに。

同時に、深入りする危険性を理解している。
ターニャは時間を区切ってきっちり引き際も忘れない。
スクランブルが飛んでくる可能性を考慮し、一撃離脱に徹する。

とはいえ、電光石火で蹂躙される側にとってみれば堪ったものではない。
いきなり通信手段を粉砕された挙句、援護なしで司令部要員だけで突入してくる大隊規模の魔導師と殺し合うのだ。

言葉を飾らずに言うならば、一方的な虐殺の幕開けに他ならない。

事態を合州国・連合王国が把握した時、第四軍司令部は文字通り地上から消失していた。




この世の地獄という表現がある。
文学的表現であれば、感情に訴えるだけですむ。
だが、体験させられる方にしてみれば堪ったものではない。

だが、一度体験すればもう終わっただろうと考えてしまうのが人間の性である。

俗に、東部戦線と呼称される戦線。
帝国軍の一大攻勢によって、双方共に疲弊し尽くした筈の戦場。
この戦いにおいて、帝国は当初の目的こそ達せえなかったものの、連邦軍に痛打を与えていた。
参謀本部をして、再建には1年強程度を要すると判断させるほどの大戦果である。

帝国軍にしてみれば、ようやく一息つけると期待してしまう。
誰もが、状況の好転を期待していたのだ。
だからこそ、一部の部隊を西部の危機に捻出する余力まで確保できていたほどである。

だが、連邦軍はロリヤ同志と書記長同志の指導により恐るべき速度で再建されていた。
もちろん多大な犠牲を払い、並みの国家ならば軍が崩壊するほどの損害を受けたのは事実である。
しかし、厳密に言うならば先の帝国軍との戦いで摩耗したのは実のところ一線級の部隊ではない。

それこそ、根こそぎ『革命的』に招集した『愛国的』かつ『模範的』兵隊を『鉄の前衛集団』が導いて戦ったのである。
もちろん『崇高な』犠牲を多く必要とした事は、『祖国防衛』のための『尊い』犠牲だった。
だが、彼らの『党への信頼』と『同志書記長への信頼』は報われることになる。

なにしろ、『革命防衛の崇高なる使命感』に満ちた犠牲によって温存されていた親衛軍が遂に動き出したのだ。
奔流の勢いで各戦線を蹂躙する親衛軍は、まさに連邦の威信を体現し各所で戦局を優位に進めていた。
それを為し得るだけの装備と、兵站は十二分に行われていたのである。

いや、そのためだけに温存されていたと言ってもよい。
だからこそ、今の劇的な戦果があるのだから。

そして彼らの戦果を、戦争指導に従事するロリヤは淡々と謙虚に党の政治局で誇るでもなく述べていた。

「つまり、消耗し、疲弊し、疲れ果てた帝国に対し、我らが連邦軍の精鋭は圧倒的優位に戦局を進展させております。」

合州国との貿易によって確保したトラックや弾薬。
全て親衛軍に割り当て、代わりに他部隊は余剰兵器で戦い抜かせただけあって親衛軍の装備状況は良好だった。
それこそ、開戦前の帝国軍親衛師団並みの充足率と練度を保ち、なおかつ合州国軍なみの装備。

軍団規模のそれを、疲弊し尽くした帝国軍戦線にぶち当てるのである。

「戦局は極めて優位に進展し、すでに前線からは突破の報告が相次いでおります。」

なにより、連邦にとっては幸いにも。
合州国と連合王国が重い腰をようやく上げて第二戦線を形成した。
まあ、ロリヤにしてみれば確保すべきイデアが横取りされかねないという危惧もあるのだが。

というよりも、もっぱらそれこそがロリヤにとっての問題である。
なにしろ、報告によればあの可憐なイデアは野蛮な合州国の狂信者と殺し合っているらしい。
まったくもって、ロリヤの心配も知らずに困ったことだった。

ともかく、合州国や連合王国(それとおまけで共和国)といった連中には彼女の素晴らしさが理解できていないのである。
みすみす貴重な奇跡の塊のようなイデアを壊される訳にはいかないのだ。

「故に、この勢いを活かし帝都まで圧迫し得るようにさらなる攻勢を企図すべきかと考えます。」

まったく、叶う事ならばこの身一つでも駆けていきたいものだ。
その心だけならば、常に彼女の傍にある。
身を焦がすような衝動ではあるが、ともかく耐えねばならないのだ。

ロリヤはただひたすら想いが成就する時を待ち焦がれている。

だが、彼にしてみれば満願成就の時は近いように思えてならない。



あとがき
ZAP終わってから、書きます。
ご容赦ください。

誤字ZAPしてきました。
今日も真理省は残業で大忙しです。
真理省は、常に真理をお届けします。

夢も希望もないのですが、デグさんの部下は野郎どもです。

あと、希望とか救いとかのリクエストがあったので
神様と聖女様に頑張ってもらいたいとおもいます。
それと、デグさんを昇進させることも検討します。

なんという問題の積み増し大盤振る舞い。

加えて、ロリヤの純愛にご期待ください。

『帝都の中心で、愛を叫ぶ?』

微修正。



[24734] 第八四話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/04/22 20:41
結果だけ話そう。
連合王国は、合州国は軽率な軍事行動の代価を盛大に払わされた。
貴重な燃料を浪費し、部隊を消耗させた結果が泥沼のライン線である。
帝国は、生き延びた。

少なくとも、列強として覇を唱えた面子にかけて帝国は踏みとどまっていた。
そして我らが怨敵、『ラインの悪魔』は今日も今日とて浸透襲撃を繰り返す。
既に、前線司令部や航空管制官の損害が許容できない範疇に突入して久しい。

あのメアリー・スーは糞忌々しい事に何故か昇進しやがった。
連合王国本国が散々ねじ込んだにもかかわらずである。
おかげで、メアリー大尉に置かれては独立遊撃部隊を率いられるらしい。
間違いなく悪夢だが、少なくとも自分の指揮下から外れたことを今は喜ぼう。

そして、私ドレーク中佐は連合王国本国勤務として呼び戻された。

運が良い?

まったく、そう思った過去の自分を蹴り飛ばしてやりたいよ。


「ふむ、ドレーク中佐、貴官はどう思うかね?」

「小官は、行けと言われれば行かざるを得ません。」

眼の前で楽し気に煙草を燻らせる壮年の紳士。
彼の持ち込んできた案件を思えば、本国勤務よりも最前線勤務の方が幾分楽だったに違いない。
そう思いながら、ドレーク中佐は義務感だけで辛うじて答えていた。

「レジスタンスの解放任務とあれば、否応申し上げる権利は無いでしょう。」

帝国軍に拘束されたレジスタンスの解放作戦。
彼らが収容されている収容所の外壁を破壊し、逃走を支援せよという難題。
不味い事に、敵の警備は厳重極まりない。
すでに、空軍が二度トライして失敗している。

本国情報部がなんとか、ここのレジスタンスを解放したいと思うには相応の理由があるのだろう。
知りたくはないし、首を突っ込むつもりもないがともかく解放の必要性があることはわかる。
だから、本国情報部付きとなった自分の部隊が投入されるという事も理解はできないこともない。

「ですが、近隣にサラマンダーが駐屯していると言われれば二の足を踏まざるを得ません。」

だが、よりにもよって。
あの『ラインの悪魔』が陣取っている拠点に手を出す?
奴は落とさねばならない怨敵だが、軽率に手を出すべき相手ではないのも承知している。

「ふむ、やはり、そうか。貴官もそう思うかね。」

「全力を尽くしますが、遺憾ながら公算は乏しいかと。」

最善は尽くす。
救助すべき人々がいるのならば、全力を尽くそう。
だが、それでも、とドレークは思わざるを得ない。

端正な顔をしかめ、思い浮かべるは軍港防衛以来の『悪魔』との交戦記憶。
どう考えても、相手のホームに乗り込んで複数の目標を追求しながら戦える相手ではなかった。
狩るか、狩られるかの全力での闘争以外に、勝算は見込めないだろう。

その苦悩を傍で見ているジョンおじさんとしても、正直行けとは言いにくい。
彼にしてみれば、実働部隊の指揮官が実現困難性を訴えている作戦を強行する愚は良くわかる。
特に、モントンメリー元帥が強行したガーデンマーケットの結果を思えば殊更に。

「…ううむ、なるほど、貴官の意見は良くわかった。尤もだとも思う。」

だが、平然とした表情の裏側でジョンおじさんとしては悩まざるを得なかった。
ガーデンマーケット作戦の失敗と、それに伴うレジスタンスの被害は大きなものがある。
そして、犠牲を撒き散らした割に何ら得るところのない作戦というのは誰からも評判が悪いものだ。

身内の連合王国軍内部からですら、批判と悪態が漏れ聞こえてくる始末なのだ。
同盟軍の合州国軍からなどは、モントンメリー元帥の更迭要求すら出たという。
唯一、評価しているらしいのは連邦だが、連中にしてみれば第二戦線を維持させるための方便だと思われる。

こんな燦々たる結果に終わったツケとして、拘束されたレジスタンスは圧迫されているのだ。
諜報関係者らにしてみれば、ヒューミット情報源の保護という重要問題が勃発している。
なにより、連合王国に対する信用の回復が絶対に必要不可欠と現状ではなってしまった。

連合王国は、あなた達を見捨てない。
そのメッセージを発することが急務である以上、レジスタンスの救援は絶対に必要だった。
政治的にも、諜報の必要性からも、なにより士気の面からも。

だから、情報部は難しい立場に追い込まれている。

「だが、ことは連合王国の名誉と信用にかかわる問題だ。」

「承知しております。我が国の作戦に関わり、拘束された人々の救援は切実な問題です。」

助けに行かねば。
次から、連合王国を信用し協力しようという人々は激減するだろう。
そうなれば、諜報作戦の成立など望むことはできない。

「ですが、戦力が足りません。」

「これ以上の増強は厳しい。少なくとも、当面は無理だ。」

「…では、空き巣狙いしかありません。かなり賭けになりますが。」

ドレークにとって、唯一現実的に思えた選択肢は空き巣狙いだ。
敵が強いからといって、真正面から相手にしなければならないという法はない。
故に、彼は主戦線において積極的な友軍の強行偵察を要求する。

「そう簡単に動くのかね?」

「断言はいたしかねますが、遊撃部隊の性質上動くかと。」

突けば、性質上遊撃部隊の色が強いあの戦闘団が即応する公算が高かった。
そうでなくとも、敵を疲労させておくことに意味はある。
加えて、強固な防衛線とはいえ、各所に穴があるらしきことは情報部も掴みかけていた。

強行偵察そのものも、決して無駄ではない。

以上の消極的な理由ながらも、連合王国は手持ちの戦力の中でまともな状態の部隊をいくつか出す。
同時に、積極的行動の必要性を認めていた合州国のアイゼントルガー将軍も渋々ながら部隊の派遣に同意。
本人としては、先のガーデンマーケット作戦で手痛い教訓を受けているためにかなり躊躇したらしい。

とはいえ、軍事上有効である上に副次的効果も期待できると押して、消極的ながらも参加を連絡官らが取り付けることに成功。





平和を愛し、人的資本を慈しむターニャにとって裁量権の拡大は歓迎すべき事象である。
出来る限りの範囲ながらも、血なまぐさい戦場を離れられるのは喜びだ。
もちろん、職務専念義務に違反しない程度に、である。

実際、軍人として国防に貢献できるような形で戦争は不本意ながらも頑張っている。

敵の弱いところを突くという弱い者いじめであっても、ちくちくと刺すのは有効なのだ。
まあ、それだけではアピールできる部分が弱いので、歩兵大隊や機甲部隊で陽動を出すことも結構やっている。
シマーヅの採用した野でやれる釣りの真似事だが、恐ろしいほど敵は単純らしい。
うろうろしている機甲部隊を怪しむどころか、嬉々として撃滅しようと伏撃の餌食となる。

もう少し、頭を使えと言ってやりたいほどだ。
先入観に縛られて、自軍が優勢だという過信を抱くのは自由だが注意深くあるべきなのである。
というか、大局での優勢が必ずしも局地戦における100%の優位を意味しないという事を理解できていないとは。
全く、スコア稼ぎに最適すぎて笑いが止まらない。
司令部に対する言い訳にもなって、全く顎が外れるかと思うほどである。

さすがに、敵があまりに間抜け故の一方的戦果は自分自身でも信じられないほどだった。
防衛司令部が、実際の戦闘を査察するべく数人送ってきた時は無理もないと思ってしまったほど。
まあ、幸いにも敵のアホさ加減が数日で変化する訳でもなく、納得してもらえたのは助かった。

おかげで、最近はなにもうるさいことも言われず裁量権を行使できている。
結果的にではあるが、危険なところを避けて好き勝手に動けている。

やはり、インセンティブ理論的に考えても、自己裁量権があるのはうれしい限りだ。

まあ、相手があってこその戦果である。
その意味においては、遥々海を越えてやってくる合州国軍や連合王国に感謝しなければならないだろう。
ついでに、劣悪な補給状態の改善にも貢献してもらえて実にありがたい限り。
なにしろ兵站状況に格段の差があるため、敵のデポから補給しているのが現状である。
孫子に曰く、敵から奪え、だ。

いやはや、略奪を推奨するとは存外古人はよっぽど合理的発想に至るらしい。
分捕った戦利品で、その気になれば一個魔導師大隊を新たに新編できるほどである。
ちょび髭が『戦争経済』とやらの専門家ならば、自分は『戦闘経済』の専門家と称して良いのかもしれない。

論文でも書いて、どこかに投稿してみることも検討してみよう。


こんな具合で、敵の主要補給拠点や通信拠点をしらみつぶしに襲撃して久しい。
拠点防衛に努めて、陣地から動けない友軍を脇に自由気ままに動き回れるのだ。
ターニャにしてみれば、状況は歓迎すべきものである。

前々回は、堂々と正面から殴りかかった。
前回は、V○Bを活用しての強襲。
そして、敵の警戒が空に向かった今回はいつもの如く徒歩襲撃。

ライン戦線低地地方方面に展開したサラマンダー戦闘団は、いつもの如く戦場で暴威をふるっている。

敢えて状況を説明するならば、近頃活発に活動する兆候が出てきた敵軍の邀撃戦に努めているというところだろうか。
こちらのライン線が、存外穴だらけであるという事実に、敵は気が付きつつあるらしい。
そのため、司令部の憂慮するところによれば強行偵察部隊がこちらの弱点部分を捜索しているとのこと。

故に、独自裁量権の範疇でターニャも敵偵察部隊を叩いている。
最も、根元を断つために泳がして司令部を直撃することもままあるのだ。
そして、今回は見事に敵の本隊の捕捉に成功。

包囲し、セオリー道理に術式を一斉に展開。
敵魔導師が慌てふためく姿を堪能できないことを惜しみながら、発現。
後は、戦争が大好きな連中はCQBのために吶喊。
ターニャの様に義務感から戦場に立つような平和愛好主義者は、狙撃に徹する。

そして、襲撃というのはいつも迅速かつ徹底的に行われなければならない。

「状況を報告せよ」

襲撃開始から数分後。
盛大に術式が撃ち込まれ、廃墟と化したデポ。
その一区画で警戒体制を維持しながらターニャは各自の進展状況を照会する。

「掃討完了。」

各中隊の状況。
中央区画は、生存者どころか死者の身元すら怪しいほど徹底的に爆砕されている。
掃討しろと命じておいために、何も言わないが正直戦力の浪費だった気もした。

「魔導師排除に少々手間取っておりますが、300以内に制圧して見せます。」

魔導師の生き残り連中が立てこもった外縁部。
そちらの制圧が遅れているのは、ターニャとしても憂慮せざるを得ない。

「時間が無い。手隙の者は?」

「はっ、こちらで支援可能であります。」

ヴァイス少佐の隊?
なるほど、手際良くお土産の敷設が完了している。
近隣に撃破対象も残っていない。

「助かります、少佐殿!」

謝意を述べるグランツに対し、ヴァイスの隊が支援を開始。
仮設の防衛拠点どころか、急造のバリケードだ。
さすがに、横合いから強かに襲われれば終わりはあっけなく訪れる。

「「「「所定の目標の排除を完了。」」」」

ターニャが事前に設定した目標。
その悉くを部下らが撃破し、完了報告が入ってくるまでには然程の時間も要さない。

「・・・よろしい、大変結構。離脱する。置き土産を忘れるな。」

対人地雷からなる簡単なブービートラップと遅発信管をセットした爆薬。
細かな努力を惜しまないことが、効率追求上大切だという事を『カイゼン』はターニャに教えてくれる。
地道な改善策。

その結果として、敵の救援を妨害するという結論をターニャは見出している。
どの道、敵の物資全てを破壊するのは手間だ。
加えて、救援部隊をいちいち伏撃していては逃げる機会を失う。

逆に言えば、救援部隊が救援活動を円滑に行えないようにしてやれば良いのだ。

そして、その間に自分自身は安全圏に離脱するという公算だ。
すでに襲撃地点から、相当程度距離を取って離脱中。

念のため、追撃を警戒していたが反応は無し。
兆候も見られないために、おそらくはいつもの如く救援に追われているのだろう。
まあ、偶に迂闊な若手による追撃がある時は、それこそスコアにしているのでどちらでもよいのだが。

「おっと、そろそろか。」

どちらにしても、戦闘空域を離脱、友軍識別圏も間近。
手順通り、ターニャは任務完了報告を入れるべくチャンネルを開く。

『CP、こちらサラマンダー01、任務完了、RTB中。』

複数回指定された波長と形式で、防空司令部指揮下の防空戦闘指揮所に送信。
管制官を呼び出し、指定のコースでRTBする意志を表す。
なにしろ、下手な機動で敵味方の識別を誤られては面倒事になる。

所定の形式を踏まえているかどうか、確認しつつターニャは状況を確認する。

『む?CP、聞こえるかCP?』

だが、長距離通信特有のラグというには違和感。
呼びかけに対する反応が無いばかりか、ノイズが異常に多い。
磁気嵐や各種外的要因によって影響されるとはいえ、偶然というには不審すぎる。

「…どうされました?」

「長距離通信にノイズ?指向性光学系術式で呼びかけろ。」

防空司令部の手順によれば、磁気嵐やなにがしかの要因で無線が使えない場合の規定は指向性光学通信。
精度や信頼性の問題がクリアできないために、補助的役割に留まっている。
そこを補うために、複数の魔導師が発信することで成功率を高めるのが現状唯一の解決策。

小規模偵察部隊等、隠密性を優先したい部隊から改善が切に望まれている。
まあ、大隊規模であれば問題ではないのだが。

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

「駄目です、反応がありません。」

まあ、指向性光学系術式は相手が受信する体制を整えていなければ無意味。
長距離通信にノイズが混じっているのが懸念材料とはいえ、その程度ならば良くある話だ。
磁気嵐なり砂嵐なり、気象状況なり理由はいくらでも考えられる。

あるいは、敵の電波妨害という可能性も無きにしも非ずだが。
いや、レジスタンスによる破壊工作という線も無視すべきではない。
しかしながら、その程度で麻痺していては防空戦闘など不可能だろう。

複線化し、冗長性をシステムに持たせて設計されているのが当然だ。
防空司令部が各地に配置している防空戦闘指揮所の通信波はかなりの出力を誇る。
或いは、方面軍司令部の戦域警報はリレー式に各自が発信する性質から友軍が近くにいれば飛び込んでくる。

「戦域警報は出ているか?防空司令部からの警報は?」

「いえ、どちらも平常を維持しているとのことです。」

「・・・よほど無能でもない限り、アラートが出る筈だろう。」

ここは、ライン線の後方なのだ。
会社に例えれば、本社の受付を通過した内側である。
お客様なり訪問者なりがあったとして、誰かが気が付き対処しなければならないエリアだろう。
社員教育によほど失敗しでもしない限り、アカの他人がスタスタと入ってこられるところではない。

「つまりは、制圧されたと見るべきでしょうか。」

「他に解釈できない。制圧された、と判断しよう。防空司令部にアラート。」

大量破壊兵器でも投入され、有無を言わさず沈黙させられるのならば別だろう。
だが、明らかに被帝国占領地域もろともガス攻撃というのは無理だ。
国際法以前に、政治的理由で連合王国だろうと合州国だろうと二の足を踏まざるをえない。

コミーですら、堂々とは使用し得ない筈だ。
ワルシャワの蜂起を見殺しにすることは簡単でも、さすがにワルシャワ市民にガスを流すのは違うという事だろう。

「無能どもめ。前線すら定かですらないというのに、黙させられるとは。全く救い難い。」

つまりは、密かに近づいてきた敵にあっさりと防空戦闘指揮所は無力化されたか制圧されたに違いない。
確かに、ライン線沿いの敵部隊に対してターニャは同じような戦術を再三繰り返して来た。
それ故に、だからこそ知っている筈の友軍が同じ手に引っ掛かるという事が理解できないでいる。

どうして、他セクションからの報告を他人事と思いこめるものだろうか。
オーバーワークでFACの頭が麻痺している可能性を勘案するとしても、防空戦闘指揮所の警備担当は警備が仕事の筈だ。
いや、そもそも不穏分子を掃討するためにわざわざ後方勤務要員が配置されているのである。
野戦憲兵なり、情報部なりが仕事をしていればレジスタンス如きどうにでもできねばならない。

だから、前線送りを見逃されているのではないのか?

人を働かせて、自分が働かないばかりか仕事を押し付けてくるとは!
全く嘆かわしい事に、典型的なフリーライダーではないかとターニャは嘆く。
せめて、給料分も仕事ができないのか、と叫んでやりたかった。

「・・・やはりか。この距離に入って、照会がない。」

すでに、設定されていた本来の哨戒線を数度も越えているが問いかけは無し。
襲撃隊列で侵入して良い空域ではないにも関わらず、敵味方の識別要請すらない。
防空戦闘指揮所がアラートを出していないのではなく、出せないという事で決まりだろう。

「レジスタンスか空挺かは不明だが、浸透した敵に沈黙させられたと想定する。」

まさか、軽武装のパルチザン程度に落とされたとは考えたくない。
現実的な可能性を考慮すれば、魔導師または空挺部隊だろう。
防空戦闘指揮所が襲われていることを勘案すれば、敵の目的はおのずと限られてくる。

「強襲奪還戦を想定せよ。」

通信表の奪取、情報収集行動。
或いは、管制官を連れ去り尋問することもあり得るだろう。
防空戦闘指揮所はある種、機密の塊でもあるのだ。

最悪の場合、機密漏洩対策を厳にしても対応できない危険性がある。
当然、断固阻止だ。
嫌がらせと敵情報収集阻止の点から、ターニャは行動を決意。

ターニャの推察は、実に合理的なものである。
実際のところ、コマンド作戦というのは連合王国好む作戦でもあるのだ。
ただ、それはターニャに与えられた情報に基づく分析だった。



警備隊の散発的な抵抗を排除し、レジスタンスたち解放を完遂。
制圧作戦を完了し、連絡将校らは限られた時間で慌ただしく情報収集に走る。
一方、敵増援に備えて仮設ながらも防衛体制と迎撃態勢を整えたドレークの気分は優れない。

なにしろ、敵のど真ん中に侵入しているのだ。
それも、空き巣狙いで辛うじてやってのけたというのに過ぎないやり方で。
このような奇襲というのは、看破されれば酷く脆い。

敵増援規模次第では、あっさりと蹴散らされかねないことを覚悟するほかにないだろう。

それだけに、大規模敵部隊接近との報は当初ドレークをして凍りつかせるに十分過ぎた。
情報部の分析とやらを過信するつもりはなかったものの、成算はあるはずと考えていたのだ。
前線と基地の往復には、多少なりとも時間を要するだろう、と。

それでも『ラインの悪魔』は早すぎた。
ほとんど最大戦速で飛び続けたとしか思えないような速度で、帰還。

隊列は、完全に敵拠点制圧用の突撃隊列。

一瞬、此処までかと覚悟を決めかけたその時。
何故かドレークの眼前で、収容所とは真逆の方向に帝国軍先鋒は降下を開始。
それどころか、こちらを一顧だにせず後続も突入を開始する。

「どういう事だ?」

双眼鏡を抱えたまま、幾人かが唖然と事態の推移に疑念を漏らす。
なにしろ、中隊規模のコマンドを引き潰すには十二分な戦力が見当違いの方向に突撃していくのだ。
どう考えても、目的が理解できないにも程がある。

「…どうやら、帝国内務省と軍は上手くいっていないようですな。」

だが、地元レジスタンスと折衝していた連絡将校が事態の謎を解き明かす。
レジスタンスらによれば、帝国軍と帝国内務省は管轄権争いを行っていたらしい。
実際、施設の警備は内務省管轄化の警察が行っていたと判断されている。
予想されていた重装備の帝国軍憲兵隊は姿すら発見されていない。

連絡将校自身、半信半疑の推論を口にしているのだが蓋然性は高いかと思われた。

「どうも、連中はCPが襲われたと認識しているようです。」

「ご覧ください。一直線にCPへ進路を取っています。」

そして、実際に帝国軍の行動は推論の説得力を補強してやまない。
明らかにこちらの想定を上回る速度で展開していながら、ドレークらには警戒すら払わない行動。
誘いにしても、明らかに油断と隙が大きすぎるだろう。

「ああ、オラニエ義勇兵らが制圧している筈だ。こちらには気が付いていない?」

今回の作戦において、決起したオラニエ義勇兵らが通信施設の破壊と制圧を行う予定だった。
計画では、制圧完遂後、彼らは潜伏している予定である。
つまるところ、帝国軍は完全に空っぽとなった通信施設跡地に突撃しているのだろう。

抵抗が無いという事に彼らも戸惑っているのだろうか?
だが、どちらにしてもドレークらにとっては最高の好機だった。

「今が好機だ。直ちに、撤収する。」

密かに、離脱行動を開始。
焦ってこちらの行動を気取られる訳にはいかない。
慎重に。
それでいて、速やかに。

難しいが、希望はある。

「奴らが、仲たがいする間抜けで助かった。」

相互に連絡が不全という事は、こちらの存在に奴らが気付いていない可能性が期待できた。
帝国軍がせいぜい、蜂起したパルチザンという認識であれば追撃が出るのは遥かに遅れるだろう。
そのころには、ドレークらは遥か洋上で本国に逃げ帰るべく飛んでいるに違いない。

その事実は、かなりの心理的負担を軽くするものだった。

「まあ、内務省と軍の中が悪いのはどこも同じなのでは?」

「確かに!軍と仲良くできる内務省など、我々は見たことがありません!」

部下らの冗談も、まあ明るい兆候に影響されている。
まあ、とはいえ他国を笑うよりも自国の状況を反省するべきだろう、
なにしろ、連合王国自身、植民地省と内務省、それに大蔵省の骨肉の争いは悪名高い。
情報部や軍との内部抗争もかなりアレだ。

今回は、敵失に助けられたとはいえ自分達がいつ同じ醜態を晒すかはわからない。
念を入れて、相互に連絡を密にしておくべきだろうな、とドレークは思わざるを得なかった。
だが、まずは無事に離脱しなければ始まらない。

そこまで考えて、ドレークは意識を一先ず撤収することに集中させた。



かくして、ドレーク中佐らが自戒と共に撤収にとりかかっているその時。
連邦において、内務を司るロリヤは軍に対して再度攻勢を展開するように強く要求していた。
その口調は、同格の同僚に対する職務上の要請という形式ながらも脅迫じみて聞こえるもの。

「ジョーコフ将軍、何としても冬季に押し切っていただきたい。」

「同志ロリヤ、仰ることは無謀だ。無謀すぎる。」

突然の粛清執行人の訪問。
それに相対する気分はどの様なものだろうか?

こんな益体もない疑問に対して、連邦軍ジョーコフ元帥ほど答えを実感している人間はいない。

モスコーから、飛んできた同志ロリヤの要求は単純明快な攻勢要請。
一般的に、同志書記長の粛清実行者であると同時に激しい反帝国論者として知られるロリヤだ。
党中枢に近い人間からは、さらに書記長の意向体現者として恐れられている。

そんな人間が、司令部にやってくるなり攻勢を要請してくる?
ほとんど、命令に近い要請だ。
いや、脅迫というべきだろうか?

一瞬、凍りついたとはいえそれでもジョーコフ元帥が抗弁できたのはひとえに彼の用心深さ故にだ。
唯々諾々と攻勢を敢行し、屍を積み上げた挙句要求を達成できねば結局粛清されかねない。
確かに、現在の同志ロリヤは対帝国戦のために一部の追放を解除することを主張する現実論者ではある。

だが、同時に勝てない司令官ならばあっさりと斬り捨ててくる事は自明なのだ。
使えない高級軍人と見なされれば、キャリアどころか財産生命に関わりかねない。

「帝国は未だに、疲弊したとはいえ激しい抵抗を繰り広げている。」

抗弁するリスクを恐れない訳ではないが、少なくとも説明を行う猶予程度は期待できるのだ。
ならば、破滅に向かって直進するよりは破滅の綱渡りを行う方が連邦で生き残るためにはまだマシだった。

実際、純軍事的には帝国軍は擦り減っているにもかかわらず未だしぶとく存在している。
健在とまでは行かずとも、圧倒というよりは一進一退というのが現状なのだ。
さすがに、帝国の攻勢は投入された親衛師団によって粉砕できるだろう。
いや、部分的にならば親衛師団によって戦線を押し上げることも可能かもしれない。

「このような状況下で、強攻しては戦局が覆されかねない。いささか、常軌を逸している。」

だが、強行できる状況ではない。
なにより、党の強い影響下にある親衛師団をすり潰すという行為は危険が高すぎた。
はっきりと言えば、党の手駒を台無しにする行為なのである。

ジョーコフ自身が、如何に党に逆らう気が無いとしても上の許しが期待できるは思えない。
唯の師団ならば、党中枢もとやかく言わないだろうがそれでは突破が困難だった。
つまるところ、攻勢を行うために必要なカードが足りていない。

だから、追放程度は覚悟するべきかと思いつつジョーコフは抗弁した。
今ならば、まだ処分されるならマシな程度に収まるとダメージコントロールを行ったからだ。

しかし、彼は次の瞬間に思いもかけぬ光景に直面する。

てっきり、不愉快気な表情になるかと覚悟していたロリヤ。
そのロリヤが、表情を歪めるどころか微笑ませていた。
どころか、こちらのこわばった表情をほぐすかのように落ち着いている。

そして、口から紡がれた言葉は衝撃的ですらあった。

「ご安心されたし。同志書記長に掛け合った。親衛軍を4個抽出することを党は承認した。」

「・・・同志ロリヤ、貴方の言葉を疑う訳ではないが俄かには信じがたい。」

軍事を司る自分ですら、親衛軍や軍の総数に関して知らされてはいないのだ。
だから、党が予備部隊を隠し持っているということそのものは別段驚くには値しない。
いや、追放されていた連中を呼び戻しているという事を考えれば当然だろう。

仮に反旗を翻されたところで、粉砕できるだけの忠実な手勢を用意しておくのが党の常識だ。
一個師団や二個師団程度ならば、まだ理解できなくもない。

だが、4個軍?

それほど党が温存していたことも驚きだが、それを此処で手放すということはさらに驚きだ。
正直に言って、これほど協力的な同志ロリヤという存在は俄かに信じがたかった。

「私の仕事は、同志たちの支援だ。私は、仕事をしているに過ぎない。」

「・・・ならば、私は自分の仕事を行う事にしよう。」

「結構、何としても前進していただきたい。特に、連合王国と合州国が我々の代わりに叩かれているうちに。」

こちらが、戸惑っている間にもありえない程大盤振る舞いを行った男が淡々と説明を続けていた。
正直なところ、未だ罠ではないのかという疑いすら抱いているジョーコフ元帥の戸惑い。
それを一切無視し、ロリヤはとにかく時間が惜しいという態度を貫く。

実際、ロリヤにしてみれば時間こそが全てに優越するのだ。

「“階級の敵同士を争わせる”そういう戦略だったのでは?」

「原則はそうだ。ただし、同志書記長の見解では緩衝地帯の確保も急務となる。」

なにしろ、階級の敵同士を争わせるという悦に浸っている同志書記長を説き伏せたのだ。
理由は、戦後を見据えて占領地を拡大しておくべきという安全保障上の概念から入った。
実際、徹底したリアリストとして同志書記長もこの件に関しては即座に同意を示している。

『腐ったドアを蹴り飛ばしてやりましょう』

そう囁いたロリヤに対して、同志書記長も一瞬で肯定したのだ。
前々から、誰かが言い出すのを待ち望んでいたに違いない。
もちろん、失敗すればロリヤが生贄になるのは間違いないだろう。

「・・・なるほど、前線を押し上げておくのは安全保障上の理由からという訳か。」

だが、そんな懸念は微塵も垣間見させずにロリヤは淡々とジョーコフ元帥に建前を述べる。
なにしろ、ロリヤにしてみれば満願成就なるかどうかの瀬戸際なのだ。
一歩でも前にでなければならないならば、行動あるのみ。

「しかり。そのためには、可能ならば帝都に連邦軍の旗が立つことが望ましい。」

帝都まで突入できれば、きっとあの妖精を自分の前にひれ伏せさせることも叶う。
そのためならば、ありとあらゆる苦難と危険だろうと乗り越えていくつもりだ。

自分の下で喘がせるためならば、如何なる労苦だろうと惜しむには値しない。

「だが、だからといってこの冬季に攻勢に出る理由をお伺いしたい。」

理由は単純だ。
待つことは覚悟できているとしても、耐えがたいもの。
一日千秋の思いなのだ。
手に入るならば、一刻も早い方がよい。
むしろこれ以上待てるものか、というのが本音だ。

そんな当たり前のことだが、ロリヤとしてもさすがにジョーコフ元帥にそれを話す訳にはいかない。

「帝国は冬季に戦線が停滞すると考えている。我々が親衛師団を投入したにもかかわらず、だ。」

だから、全力稼働したロリヤの明敏かつ悪辣な頭脳は極めて合理的な理由を見出す。
それは、おそらく帝国自身すら気が付いていないであろう心理的陥穽だ。

帝国軍は、情報分析によればこちらの攻勢が無いという前提で行動している。
だからこそ、だからこそロリヤの傍で活動していた筈のデグレチャフの部下らが西部に送られてしまった。

「確かに、親衛師団の損耗は避けたい。だが、敵が固定概念に囚われているのであれば別では?」

だから、その呆けた帝国軍を強打してやるのだ。
そうすれば、或いは彼のイデアが近くに戻ってくることも期待できる。

「確かな情報ですかな?軍情報部からは、そのような知らせは一向に入っては・・・」

「装備や兵站状況ならばともかく、心理は我々の専門。ご信頼いただきたい。」

そのために情報分析や情報収集を徹底して部下らに実行させているのだ。
失敗の可能性を徹底して排除するために、希望的観測や推論を排して、である。
耳触りのよい報告を出すアホは、情報分析のやり方を理解できないアホ。

なにしろ、直属の上司であるロリヤの意向すら分析できない間抜けなのである。
革命的国家財産の浪費以外の何物でもないので、おべっか連中は肉体から解放してやった。

分析結果は、極端に疑い深い人間だろうとも納得できる結果だとロリヤは自負している。

「なるほど、納得はできないものの理解はできる話だ。それに、党の命令とあれば否応もない。」

その結果が、眼の前のジョーコフ元帥の快諾だ。
満足しつつ、微笑みを浮かべてロリヤは手を出しだす。

「ご協力、感謝いたす。」

彼は目的のためであれば、如何なる協力も惜しむつもりはないのだ。
これによって、軍を粛清したり将軍連の弱みを握ることも可能だがそれは無益。
なにしろ、ロリヤにとって全ては有益か無益かの二分しかない。

そして、『目的』を遅延させるものは全て今のロリヤにとっては無益なのだ。

「なに、親衛軍はありがたい。戦果はご期待していただいて結構。」

目的のためならば、誰とでも協力しよう。

ああ、まったく、待ち遠しいものだ。



あとがき
帝国:(´・ω・)…連絡不備で良くわからないけど、敵に逃げられますた。
連合王国:(・ω・)作戦成功!(自分達も気をつけよう)



以上の事実が表しているのは、帝国主義的侵略主義者と進歩の途上にある権威主義的資本主義者による封建的植民地保有国家の思想的限界を表す退廃性と後進性である。人民によって、連邦から駆逐されたこの悪弊を引きずる退廃的かつ修正主義的な国家が、その内在的対立を克服なしえないのは自明かつ当然の帰結だろう。

それに対し、党の賢明なる指導と、革命的連帯精神は、思想的優越に支えられたものであり構造的かつ本質的差異を結果としてもたらすものである。

すなわち、共産国家において国家関連機関には如何なる齟齬も思想的対立どころか乖離すら存在し得ない。それは、イデオロギーの完全さゆえに共通目的のために全てを一致して革命的に前進させるという熱意と理念が正義によって為されるからである。

( ー`дー´)キリッ
つまり、思想的優位がこの顕著な差を生み出すのである。

文責:真理省


つまりは、(ロリヤの)愛だ。

追記
コメントにおいて、同志ロリヤの革命的偉業に対する称賛と、かくまでも偉大な偉業を如何にして成し遂げられたのかという疑念が提起されてました。

革命的精神が足りないようなので、革命的に解説しましょう。
①連邦軍では、軍が後進的資本主義勢力の軍団と同規模です。
②一般的な軍団は、2~4個師団からなります。
③別の世界にある「そびえと」なる国家の親衛師団が16個以上。
④ついでに言えば、連邦軍の兵力は畑で取ります。
⑤でも、1個師団あたりの定数は実は少ない連邦軍。(まあ、1万ちょい?)
⑥つ某戦地で銃殺刑に処された兵士数1万3千?人。
⑦つ「そびえと」なる国家で懲罰部隊送りになった軍人:42万ちょい。
⑧つ「そびえと」なる国家で従軍した総数:3450万?

逆に考えるんだ。
4個軍も、じゃない。
4個軍程度、と考えるんだ。

かの国では、別にその位どこから湧いても誤差でしかないのだと。

ZAPしときました。



[24734] 第八五話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/05/11 02:16
進め、進め?
赤の波をかき分けて、前進せよ?
一心不乱に前進せよ?

ゴーアヘッド、ゴーアヘッド?
命令は、前進あるのみ、前進あるのみ?
屍ですら、なお前進しかねない狂気の前進?

戦場の喧騒と高揚に酔いしれた彼らは、悪鬼だ。
いや、既に彼らの住まう境界線は煉獄上。
わざわざ煉獄から地上に遊びに赴く化け物ども。

神よ、我らをお許しください。


帝国軍東部方面軍参謀将校の手記より。





東部、蹂躙される。

この一報は、東部戦線の安定を予期していた参謀本部を一撃で屠る。
完全に想定外の事として狼狽しきった彼らは、それでも予備戦力を抽出。
だが、当然ながら帝国の払底した戦力は彼らに厳しい現実を突きつけていた。

本来の想定では、方面軍が持久する間に大陸軍で反攻戦力を担うという想定だ。
だが、すでにバグラーチオ、西部防衛線等々で摩耗しきった大陸軍は満身創痍。
事態は、あまりにも逼迫しており戦力が徹底的に足りないという現実を誰もが直視した。
ばかりか、帝国軍内部においても深刻な継戦能力への疑念を植えつけてしまう。

結局、誰もが頭を抱えながらも開戦前に提唱されていたゼートゥーア式の消耗抑制方針を渋々承認。
同時に、戦略機動研究の先見性と有用性を改めて思い知らされる。
此処に至り、帝国軍参謀本部はその戦争指導を勝利の追求ではなく講和の追求に変更。

加えて、作戦指導におけるゼートゥーア将軍らの役割を承認。
ここに、参謀本部が一度は否定された消耗抑制派が再登場する。
東部の防衛は、短い期間ながらも最後まで彼らが取ることになる。

最も、大局はともかく前線の仕事は変わらない。
敵が攻めてくるならば、押し返す以外に選択肢はないのだ。
だが、押し返せるものだろうか?

彼我の正面戦力差は、隔絶したものだ。
これまでは、優秀な将兵と敵の混乱に付け込むことで辛うじて対応可能だったとしても。
あの、国力を最大限活用して押しかかってくる連邦の攻勢を粉砕し得るのだろうか?

此処に至り、悪化した戦局を立て直すために派遣された将軍らは否応なく厳しい現実に直面した。



東部の大地を踏みしめ、レルゲン准将は着任の報告を行うために東部軍司令部に足を運ぶ。
彼は、ゼートゥーア大将の派閥として左遷されていた自分が呼び戻されるにいたった経緯を理解している。
無理難題を上が押し付けてくるのはいつもの事。

とはいえ、彼にとって上官は気心が良くも悪くも知れた相手だというのは気が楽になる要素だった。
追い詰められてひっ迫している戦線で、良く知りもしない司令官の下に配属されるよりは、遥かにましだろう。
楽観思考でいかねば追い詰められて、発狂しかねないだけの経験からレルゲンは努めて楽観論者たらんと努めている。

「ゼートゥーア閣下、お久しぶりです。」

「貴様も壮健そうで何よりだ、レルゲン。」

幸い、というべきだろうか?
着任の申告を交わすと、餓狼の様に飢えた眼光に見据えられる。
レルゲンにとって旧知の上官は抜身の刃の様な鋭さを未だ失っていなかった。

ある者が、ゼートゥーア閣下をして狂気の塊と形容したというが無理もない。
なにしろ、閣下とデグレチャフだけが今日この日を予見していたのだ。
最悪に備えるべく、手段を選ばない両者はどこかおかしくならざるを得ないのだろう。

最近になって、ようやくレルゲンもデグレチャフが『合理的』だということが理解出来つつある。
他に選択肢が無いのであって、デグレチャフは『過度に好戦的』というわけでもないらしいのだ。
要するに、奴はごくごく狂った感覚で持って、命令を遂行すべく最善を尽くしているに過ぎないということになる。

まあ、そんな人材を発掘してこき使うゼートゥーア閣下だ。
東部における数少ないプラスの要因は素直にありがたい。

「イルドア方面の状況は?」

「安定してはおりますが、膠着状態です。」

「では、部隊の抽出は困難か。」

挨拶も早々に打ち切られ、振られる話題はイルドア戦線の情勢。
現在、最も帝国軍の抱える戦線の中では安定しているイルドア。
しかしながら、レルゲン准将の見るところイルドアですら余力は乏しい。

そして、イルドアですら余剰戦力を欠くという事の意味は深刻だ。
帝国本土に残留している教導部隊や少数の研究部隊を除けば予備戦力が文字通りいない。
教導部隊とて、帝都防空任務に駆りださざるを得ないほど帝国は追い詰められていた。

「参謀本部はやはり、増援を出し渋りますか?」

「駄目だな。それ以前に戦力が払底してしまっている。」

参謀本部からの増援割り当ては無し。
それどころか、ゼートゥーア閣下が吐き捨てたように余剰戦力は帝国から払底していた。
本来ならば、こういった事態を回避するための消耗抑制ドクトリンなのだ。

過去を愚痴っても有益ではないにしても、わかり切っていた破局を迎えるのは気に入らない。

「…予期された事態ではありますが、直面すると厳しいものであります。」

「なに、手札には鬼札もある。やれんことはない。」

だが、こうなるべくしてなったとこをゼートゥーア閣下は既に受け入れていた。
或いは、帝国の国防のためにならばありとあらゆることを飲み込む覚悟を決めていたからだろうか?
何れにしても、ゼートゥーア大将の表情は諦観とは程遠かった。

「は、鬼札、でありますか?」

「サラマンダーが戦闘序列下にある。アレは、少なくとも状況を変えうるよ。」

「死屍累々を積み上げて、でありましょうな。」

・・・そして、鬼札についてレルゲンは吐き捨てたい衝動に襲われながらも同意する。

狂ったルールの中では、あれが一番ルールを熟知しプレイしているプレイヤーだろう。
帝国軍全軍から選抜された狂気の集団と形容するべきかもしれないが。
なにしろ連中ときたら、損害を顧みるどころか一個戦闘団で敵防衛線を蹂躙してのける。

ソレだけ聞けば、如何にも敢闘精神旺盛で優秀な部隊だろう。
だが、奴の戦績はまともな古参兵ならば眉に唾を付けてしまうほど胡散くさい。
北方以来、ラインで、東部で、南方で。
ほぼ、帝国の全戦線における作戦行動に参加し、その何れにおいても竣功と問題を惹き起こしている。

ただの戦場伝説か、誇張された戦果ならばよっぽど話は簡単だろう。
問題なのは、あのデグレチャフの戦果は何れも本物なのだ。
ライン低地戦線で、奴の戦果を疑った参謀本部の監査部が派遣した将校が恐怖を物語っている。

「監査部の報告をご覧になりましたか?常軌を逸脱しているとしか思えない。」

奴は、監査部の将校にただ、作戦行動に同行することを求めた。
そして、平然と敵野戦陣地を蹂躙し、逆撃してくる敵魔導師を伏撃し、あまつさえ救援部隊を側面強襲してのけた。
のみならず、唖然とする監査官の前で奴は撃破した敵から奪った装備で敵別拠点を襲撃。
ケラケラと楽しそうに笑いながら、突撃を敢行するその姿をみた幾人かはいまだに魘されている始末だ。

それですら、デグレチャフという災厄に関わった中では、実のところ幸運な部類に入るのだろう。
信じがたい戦果を、あっさりと監査官が認めてしまうのだ。
不審に思い再調査のため、監査本部から派遣された連中はさらに運が悪かった。

デグレチャフのいうところの、友釣りで釣りだされた魔導師を伏撃。
のたうち回る敵兵を、ブービートラップの囮として救援に来た敵魔導師を包囲撃滅。
さらに、ハイキングを敢行すると称して主戦線後方に徒歩浸透。
敵勢力下にあるにもかかわらず、平然と敵デポを襲撃して迎撃に来る敵魔導師を屠っていた。

それが、たった一日だ。
心身ともに疲弊し尽くすのが当然だが、なんと基地に帰還するや否やデグレチャフは再出撃に同行を求めてきたという。
断るならば、『職務不履行』で『憲兵隊』を呼ばざるを得ないとうそぶきながら。
結局、再監査はわずか一日で終了したという。

「そうだろうとも。だが他に、選べるものがない。」

「では?」

アレを解き放つのか?
そういった確認の意味合いを兼ねての問いかけ。

だが、てっきりあっさりと肯定されるかと思っていたレルゲン准将は驚愕させられた。

「奴の報告と作戦案は承認した。・・・やはり、アレは人間ではないのかもしれないな。」

「は?」

まるで、ゼートゥーア閣下が恐れているかのような発言。
あの、ゼートゥーア閣下が?

「・・・焦土作戦と徹底した奇襲作戦、首狩り戦術だ。」

デグレチャフは、奴は、いったいどういう精神構造をしているのだろうか?

差し出された作戦計画書。
それを一瞥したレルゲン准将の感想は、他には形容しがたい。

焦土作戦と並行しての敵兵站拠点襲撃。
そこまでならば、理解できる。
だが、兵站拠点襲撃を陽動に敵司令部を直撃する?

立案・実行が、奴でなければ議論の対象にすらならないに違いない。



シャシリクは、粗野ではあるが大地の味がする。
野戦料理だ、もちろんおおざっぱであるし塩気を優先しているのはいた仕方ない。
マトンではなく、鶏肉であるのも食糧事情に制約されているからだ。

それでも、野外で食べるバーベキューとしてみるならばシャシリクは一つの英知だ。
だが、肉汁したたるシャシリクを貪れる時間は限られている。
戦闘団司令部から飛びだして来た通信将校が手にしていた命令文で、ターニャの休息は打ち切られる。

ゼートゥーア閣下直々の出撃命令。

「サラマンダー01より、各隊。仕事の時間だ。」

ライン線において、辛うじて持久を確立し得た帝国軍。
だが、そのわずかな余裕を活用するだけの猶予すら彼らには与えられていなかった。
一段落した戦線から、直ちに動かし得る機動性の高い部隊を緊急に抽出。

その中には、端正な碧眼と可愛らしい口元を盛大に歪めて飛ぶデグレチャフらも含まれていた。
いや、厳密に言うならば過去の戦略機動の概念提唱という実績から真っ先に動かされたというべきだろう。
神経を使うパルチザン掃討から解放されるのはともかく、東部送りというのは誰にとっても愉快ではない。

「各コマンドごとに浸透。敵中隊司令部を各個に蹂躙せよ。」

東部では、恐るべき規模で師団が押し寄せてきていた。
信じがたいとことに、素人どころか完全編成の『親衛師団』が軍団規模でだ。
状況は完全に崩壊と危機にひんしている。

事態に相対する軍人ならば、思わず誰もが天を仰ぐほどに。

「諸君、戦争の勝ち方を間抜けな東部軍に教えてやろう。」

押し寄せる連邦軍に対する遅滞戦闘すらおぼつかず、全戦線が崩壊に瀕する中で。
事態を掌握し、ターニャだけが勝算を見出し得ていた。
いや、厳密に言うならば『勝てない』のはわかりきっているのだ。

しかし、『負けない』戦い方ならばターニャにとって容易に展開できる。
なにしろ、史実で連邦は常に装備の質にかかわらず致命的な弱点を有しているのだ。
本来ならば、官僚的手続きや面倒事で実行には移れなかったかもない。

だが、素晴らしい事に人の縁というものはわからないものだ。
東部の事態が悪化しているという状況で、参謀本部は主流派から追放されていた将校連中の再登用を開始。
そして、東部方面の防衛はライン線における卓越した作戦指揮を正当に評価されたゼートゥーア閣下に委ねられたのだ。

某皇国が北方で行ったような遅滞戦闘を行う事を、上申したところ実にあっさりと快諾された。
ターニャ自身が、そのあまりの即決具合に驚くほど全面的な支援が約束されている。
実に好都合だった。

「幸い、ゼートゥーア閣下は現場を御存じだ。」

ニヤリと碧眼を細めて笑って見せる。
客観的にみれば、どうせ子供が笑っているように見えるだけで、面白くもないだろう。
だが、少なくとも幾人かの古参兵はお愛想笑い程度に付き合ってくれた。

まあ現場を知っている司令官が、ボスであるというのは誰にとってもあり難いというのは事実だ。
人格異常な孤児上がりの某皇国将校ですら、焦土作戦には部下から反発があった。
ところが、まあ、戦局が末期まで追い詰められている帝国軍はそんなことを気にする必要すらない。

上からは、支援と補助すら得られる始末だ。
まったく、コミー相手でなければこのように社会資本を浪費するような策など採用したくない。
だが、必要とあれば躊躇することなく仕事は完遂しなければならないのだ。

いずれにしてもこれで、まともに仕事ができる。
まともに仕事ができるという事は、世界をコミーから防衛できる。
つまり、許しがたい怨敵どもを駆逐できるのだ。

「北極熊どもの兵站を断つ。ああ、焦土作戦の用意を怠るな?」

あの国は、正面装備はともかく兵站は雑。
加えて、だいたいにおいて略奪による補給前提の非常に野蛮な軍隊である。
全くもって、コミーという連中はルサンチマン爆発の暴徒に等しい連中だ。

合理的かつ客観的に観察すれば、奴らの進撃が長続きしないという前提で防衛を如何にするかに過ぎないのだ。

「戦闘団、傾注。祖国防衛である。帝国は、諸君の献身に期待する。」

「「「はっ!」」」

戦争というのは、実のところ兵站を整えられるかどうかで8割が決まるのだ。
ならば、正面戦力が劣勢だろうとも地の利と経験で対応するほかにない。
というか、誰が正面切ってあのアホの様な国力を持つコミーとの戦闘に立たねばならんのだ。

危険すぎるではないか。

コミーを撃つのは大賛成だが、叶う事ならば合理的かつ資本主義的精神で一方的にやるべきだ。
幸い、ゼートゥーア閣下から許可は既に出ている。
必要なことを、必要な手順で、きっちりと行う事にしよう。

「戦闘団諸君、今や帝国に猶予はない。」

実際のところ、歴史で言えば1944年だ。
1000年帝国の999年目くらいだろう。
こんなところでぽっくり逝くのは、実に馬鹿馬鹿しい。

だが世界を共産主義者から守り、資本主義社会と文明を、自由を守るために戦わねばならない。
アカの旗の下で、自由を奪われ管理されるくらいならば、自由のために抵抗するのは一つの合理的帰結だ。
ついでに付記しておくと、帝国が崩壊したとしても強い反共主義者というのはやがて『評価』されるだろう。

つまり、自分が有能で、ついでに強い反共主義者であるということを示しておくのは長期戦略上も望ましい。

「だが、私は諸君を信頼している。北方で、ラインで、モスコーで、南方で、イルドアで、オラニエで私に付き従った戦友諸君。」

戦争狂が集まった、ある意味目的特化型の部隊を指揮することになったのは不幸だ。
だが、この狂った世界においてただ一人理性的である自分の生存に利するならば、ターニャにとって選択肢はない。
幸いというべきか、部下の統制はまずまず取れているのだ。

戦争犯罪に手を染める反社会的分子が紛れ込んでいないことは、まったく僥倖だ。
おかげで、戦後になにがしかの冤罪で報復裁判にかけられる可能性は比較的乏しい。
一番危険だった連合王国潜水艦誤沈も、少なくとも國際海事裁判では過失が無かったと認められているのだ。

後は、適当にコミーを倒しつつ終戦近くに脱出するに限るだろう。
そこまで、帝国に見切りを付けた考えを腹の中で考えながらも表面上はおくびにも出さない。
そして、ターニャは表面上では愛国者として真摯に憂う表情で告げる。

「祖国は危機にある。」

不味い事に、一部の厭戦感情が危険な水準に突入しているらしい。
占領地域の不穏な情勢を勘案すると、ここでの混乱はターニャが資産を安全なシュヴィーツ共和国に移す前に暴発しかねないのだ。
それは、さすがにこれからの世界で生きていくうえでも少し待ってほしいものである。

だから、取りあえず帝国の見せかけでも良いので盤石ぶりを示す必要があるとターニャは個人的に感じているのだ。

「いつもの如く勝て。いつもの如く、理不尽に屈するのではなく理不尽に蹂躙せよ。」

部下からの視線が集中するのを意識しつつ、ターニャは出撃を号令する。

「サラマンダー戦闘団、出撃!帝国が、誰の土地かアカに教育してやろう。」

「「「了解!」」」





損耗を度外視して敢行された冬季大攻勢は、ジョーコフがロリヤに確約した通り順調に進展していた。

破竹の大進撃を続ける連邦軍。
4個親衛軍からなる主力は、すでに帝国軍防衛線を蹂躙。
後続らがその突破口を拡大し、続々と新手の連邦軍が帝国軍支配地域を蚕食。

冬季故の攻勢のため、多少なりとも手間取っていることは事実だが進撃ペースは良好。
すでに、全戦線で帝国軍防衛部隊は敗走に移っていた。
いくばくかの強固な抵抗を行っている遊撃部隊もあるにはあったものの、数ですり潰すことに成功。

再攻勢のために補給を順次受領し始めている親衛軍の兵站状況が整い次第、さらなる戦果拡張が期待されていた。
ジョーコフ自身、状況全般は問題があるとしても順調な部類だと安堵しているほどである。

だが、楽しい時間には唐突に終わりが押し寄せる。

「閣下、悪い知らせです。」

続けろ、とジョーコフは顎で部下に促す。
無数の報告が飛びかう司令部において、形式は既に取っ払われて久しい。
ジョーコフ自身、親衛軍の指揮官らとのやりとり以外は副官に取り次がせているほどだ。

「なんだと!?」

だが、そのジョーコフをしても思わず問いかけるほどの内容。
思わず、振り返ったばかりか立ち上がり詰め寄ってしまう。

「帝国軍が、市街地を焼き払っているだと!?」

進撃路上に位置する都市群。
何れも、市街地での頑強な抵抗が予期されたために包囲して撃滅する公算だった。
それをよりにも寄って、帝国軍自身が放棄している?

防衛線の再編か?

一瞬、ジョーコフの頭をよぎったのは常識的な対応だ。
敵に奪取されることを阻止しつつ、防衛線を再編するために部隊を後退させる。
そのためにならば、敵に利用されないように街を壊すことも理解はできた。

「はっ、加えて水源が汚染され、鉄道に至っては爆破されています!」

だが、次の報告を加味すると事態が全く違ってくる。
防衛線の再編どころか、完全に焦土化させることを前提とした行動になる。
つまり、やつらはこちらとの戦闘を根本的に捻じ曲げるつもりらしい。

「やつら、焦土作戦を行うつもりか!親衛軍は動けるか!?」

阻止する必要があった。
焦土と化した帝国外縁部を制圧したところで、なんら得るところはない。
ばかりか、帝国本土へ進撃するための橋頭堡確保も果たせなくなる。

帝国を直撃するための橋頭堡を確保するために、敵の油断を突いて大攻勢を展開しているのだ。
橋頭堡が確保できねば、そもそも攻勢に出た意味が無い。
だだっ広い防衛に適さない平野を確保したところで、補給事情が悪化するだけだ。

直ちに、行動の必要があった。
敵に、全てを破壊される前に阻止しなければならない。

「補給の必要があります。一部の歩兵部隊程度ならば動けますが、全戦線での押し上げは不可能です。」

補給をいそがせろ。

怒気をこらえながら、ジョーコフ元帥がそう指示を出そうとした瞬間。
まるで、見えない悪意が嘲笑うかのように立て続けの凶報が飛び込んでくる。

「閣下!兵站司令部が襲撃を受けました!」

ジョーコフ元帥は通信将校から、ひったくるように連絡を受けとり血走った眼を走らせる。
魔導師増強中隊程度の帝国軍特殊部隊による補給拠点襲撃。
よりにもよって、こんな時期に展開されているという事は焦土作戦の側面援護だろう。

「何だと!?今すぐに動ける予備部隊を出せ!何としても、食い止めろ!」

阻止しなければ、進撃ペースどころか攻勢すら頓挫しかねなかった。
ここまでお膳立てされた作戦で、攻勢を頓挫させればロリヤの手にかかることは間違いない。
何かの間違いで、ロリヤの手を逃れられたとしても、同志書記長の手は長いだろう。

「親衛軍の指揮官を呼び出せ。大至急だ。」

対応を急ぐ必要があった。
そのため、ジョーコフはこの状況下で最も戦力を温存している部隊に注目。

「親衛軍から、魔導師を抽出しろ、防衛支援を行わせる。」

「了解いたしました。」

対応を命令しつつも、ジョーコフ元帥としては敵が憎たらしいまでにこちらの弱点を突いてくる事を認識していた。
焦土作戦で対応してくるという事は、この冬季の攻勢が何のために行われるかという事を理解していることを意味する。
準備攻勢によって、春季の大反攻につなげたい連邦軍の意向を読み切っていなければありえない行動だ。

つまり、こちらの戦略目的が相当程度帝国軍に読まれているとい想定せざるを得ない。
焦土作戦を行いながら、後方の補給拠点を直撃してくるところは敵ながら実に見事にこちらの泣き所を突いている。
これでは、進出した部隊の兵站が維持できないどころか崩壊しかねなかった。

だが、同時にジョーコフは帝国軍の余剰戦力が払底しているという事も確信する。

わずか、増強中隊。
魔導部隊とは言え、たったそれだけしかこのように重要な作戦へ投入できない。
状況を勘案するに、帝国軍指揮官が絞りだした最後のカードだろう。

だが、哀れなことにその程度では打撃は与えられても押しつぶされるのが目に見えている。
カードを出すのが、明らかに早すぎたのだろう。
後わずかに待つ事ができていれば、事態は違うのだろうが。

そこまで考えた時、ふとジョーコフ元帥は違和感を覚えた。

「…早すぎる?そうだ、早すぎる。」

口に出した瞬間に、違和感は決定的なモノとなる。
こちらの、連邦軍の意図を一瞬で理解した帝国軍指揮官だ。
まかり間違っても、そこまで迂闊な戦力運用を行うものだろうか?

一部の統制がとれない連中が、突出して作戦を行う?
だが、時期と場所から勘案して明確な作戦行動で無い限り、兵站司令部が直撃されるとは考えにくい。
そこまで違和感と猜疑心を募らせたジョーコフがふと戦力配置に目を向けると奇妙なことに気が付く。

司令部付近に戦力の空白地帯が、生まれつつあった。

予備隊が、近隣の魔導師部隊が、即応し得る親衛師団の魔導師部隊が。
悉く行動を開始し、司令部から離れた地点に位置する兵站拠点に急行していた。
それは、ジョーコフ自身が承認し、命令した行動であるのは間違いない。
個々の案件ならば、その対応は適切だ。

・・・個々の案件ならば。

後方に浸透し、襲撃を敢行できる敵部隊の技量。
早すぎる、敵精鋭部隊の出現。
まるで、おあつらえに空っぽになった司令部付近。

「呼び戻せぇ!今すぐに、全魔導部隊を、呼び戻せ!」

咄嗟に、何もかも他の要素は放り出しジョーコフは叫んでいた。
鋭敏な彼の頭は、ようやく隠された真実を探り当てたのだ。
連中御自慢の『首狩り戦術』。

遠ざかりつつあった部隊を呼び戻し、防衛線に配置。
だが、ほとんどの部隊は急には戻れないほど進出してしまっている。

「っ!第三哨戒線より緊急!大隊規模の敵魔導師急速浸透中!」

辛うじて、感知することこそ間にあった。
だが、敵を撃退するための部隊は間にあうだろうか?
全ては、時間との戦いになるだろう。
それも、ジョーコフ自身の生命と連邦軍の命運を賭けた。

敵が、こちらを蹂躙するのが先か。
こちらの増援が、間にあい敵を阻止し得るか。

だが、何れにしてもジョーコフには理解できた。

「…してやられた。」




後書き
今日は、コメントに頑張って応答する(`・ω・´)
いえ、これまでやれなかっただけなんですがorz

誤字修正しました。

そろそろ、作者としては本作の終わりが見えてきたつもりです。
韋駄天マイヤーさん風に終戦するか、帝都は燃えているか?などなど迷う事はありますが。

ともあれ、現時点で帝国は
一九一八年ないし、一九四五年程度のジャーマン並みに追い詰められています。


おまけ。
イースターも近いので、中小企業を応援しようと突発的に思いました。
最近、航空機事故も多いので航空貨物会社も大変じゃないかなぁと。

取りあえず、全ては「(」・ω・)」うー(/・ω・)/にゃーを聞いていたのが原因だと思います。


Zalamander Air Service
通称ZAS

従業員300人程度の比較的小規模な航空関連企業。
50年代初頭に創業され、現在に至るまで細々とながらも事業は継続している。
上場されておらず経営実態は不明。

ただ、情報開示法により近年公開された資料によれば『重要機密保持』企業と分類されている。
これは、現役で活用されている猛禽級らの技術開発に関連した企業の分類と同じだ。
おそらく、技術開発系の研究目的の企業であり国防委員会高度技術研究計画局からの出費を受けたものと思われる。

問題は、航空安全法の関係から我々合州国航空運輸安全局は査察を行わねばならないかもしれないという事だ。
どちらにしても、深くかかわり合いになりたい企業ではないので国防委員会に照会中なので結果待ちだろう。


航空運輸安全局、担当官覚書。



「はい、Zalamander Air Serviceでございます。」

朗らかな声の受付嬢。

「いつもお世話になっております。マクレーン運輸のジョン・ドゥです。」

仕事中とはいえ、気心が知れた相手に安堵する担当者の声。

「ああ、ミスター・ジョン。こちらこそ、お世話になっております。御用件はなんでしょうか?」

「はい、運輸関連部門の方にアポイントメントをお願いしたいのですが。」

例えば、聞き耳を立てていようとも特に何の変哲も見いだせない業務連絡。

「かしこまりました。確認してみましたところ、時間に余裕があるのでいつでもお越しいただきたいとのことです。」


そんな程度の電話だ。
趣味人が耳をすませていたところで対して面白くも無いに違いない。




ZASの運輸担当者は、やってきた来客に思わず眉をひそめる。
なにしろ、マクレーン運輸の人間かと思いきや、その提携先の人間だ。
もちろん問題はないが、厄介事の気がしてならないのは事実。

「…やあ、驚いた。ミスター・ジョンソン。マクレーン運輸の方がいらっしゃるものだとばかり思っておりましたが。」

「私だって、来るつもりはなかったんだがね。」

実際、ミスター・ジョンソンと呼ばれた老人の表情は渋々といったもの。
肩をすくめて、自分の用事で来た訳ではないことをアピール。

「では、メッセンジャーというわけですか。」

「その通り。実は、マクレーン運輸さんはイースターカードの配達業務が手いっぱいでね。」

「なんとも、困ったことですね。それで、我が社にお声が?」

イースターの時期なのだから、そういう事もあるのだろう。
そんな表情で、担当者らはそろって溜息を吐く。
『マクレーン運輸』が運べないところなると、『相当』だろうが。

「ところで、いったいどなたへですか?」

その疑問は、純粋に仕事からのもの。
ZASは何処へでも荷物を配達が売りなのだ。
届けろと言われれば、48時間以内に地上のありとあらゆるところに空輸。
それが、社是である。

おかげで、こんな不景気でも十分に仕事があるのだ。

「ティエンヴィーフ地区のミス・ユゲットさんだ。困ったことに、色々な人が荷物を送りたいらしい。」

「聞き覚えがありますな。…、ああ、そう言えば近くに空港がありました。『其処』に届けろと?」

そういえば、何か業界紙か専門誌で読んだ記憶があった。
確か、極東方面のどこかだ。
いや、そうかあの方面に違いない。

確かに、ミス・ユゲットは有名人だ。
なにしろ、合州国の副大統領まで出向いていったほどである。
なるほど、『荷物』もたくさんあるだろう。

「ああ、大至急でお願いしたい。間にあわないと大事だからな」

「エクスプレス料金での航空輸送ですと、大変お高くなってしまいますが。」

だが、合州国から極東まで荷物を運ぶとなれば大仕事だ。
機体の整備から、燃料の手配に中継地点の確保。
何れにしても、今から大急ぎで取りかかったとしてもかなり厳しい。

48時間以内のエクスプレス料金となるのは、これらの諸経費を全て盛り込むからだ。

「もちろん言い値で払うとのことだ。」

「失礼しました。時間外労働手当・航空特別手当・海外赴任手当等をご承認いただけますかな?」

今から、配達要員を休日返上で呼び集める必要がある。
まあ、少しばかりの待機要員がいるとしても時間が必要なのは間違いない。
まして、かなり『繁忙期の地区』に急遽派遣するのだ。

各種手当は相当なものになる。

「認める。とにかく、間にあわせてほしいのだ。」

「了解です。ところで、配達方式は一斉配送でよろしいですか?」

手間と費用からすると、纏めてデポに届けるのが推奨される状況だった。
なにしろ空港があるのだから、現地で受入体制を整えてもらうのが最適だろう。
そう考えたZASの担当者の考えは、正しい一方で不十分だった。

「いや、個別でやってもらいたい。」

「・・・そうなりますと、トラックで戸別訪問となります。正直、我が社で行うとしてもかなり難しいものになるのですが。」

航空貨物を往復で届けるだけならば、困難といえども然程の事もない。
だが、『繁忙期の地区』で戸別配送というのは、正直人手がいくらあっても足りないだろう。

「貴社には、そういう事が得意な人材がいるではないか。」

「まさか、社長にお出まし願うのですか?いえ、仕事である以上は構いませんが。」

休暇を満喫しているであろう、社長。
あの人を、呼び出す羽目になるとは!
納得させるには、相応以上の金額を積み上げねばならないだろう。

そこまで、急ぎの仕事という事だろうか?

「言っただろう。言い値で払う、と。とにかく急ぎイースターカードを届けると同時に、回収してほしいものがあるのだよ。」



ZAP!



[24734] 第八六話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/05/13 18:13







合州国 国立文書管理室 『レルゲン連邦共和国軍退役中将覚書』 
※非公開 存在の照会を禁ず。
理由:『原初の大隊』について直接関与したことが確実な軍人の中で、元上級将校から得られた唯一の供述である。


廃墟より甦り、
未来を目指して、
汝に最善を尽くそう。
ライヒよ、統一された我らが祖国よ。
我らは一致協力して
過去の苦難を乗り越えてみせる。
必ずや我らは成功するのだから。
暁には、太陽がまたとなく燦らかに
ライヒを照らし出すことだろう。
取り戻そう、我らがライヒに
黄金の時代を!

幸福と平和あらんことを、
我らがダス・ライヒに。
全世界の民が平和を求める今、
汝はその手を諸国民に延べよ。
我ら兄弟のごとく一致すれば、
ライヒの敵は打ち砕かれるのだ!
平和の光を輝かそう。
そうして、母親が二度と
息子の死を悼まぬようにしようぞ。
誓約しよう、我らがライヒに
黄金の時代を!


かつてないほどに
耕し、建て、学び、働こう。
そして己の力を信じて、
自由な世代が立ち上がるのだ。
ライヒの若人よ、国民団結の
最良の努力者よ、
汝はライヒの新しい息吹だ。
太陽はまたとなく燦らかに
ライヒを照らし出さん。
築き上げよう、我らがライヒに
黄金の時代を!


忌々しいナショナリズムの歌だと、民共は罵っているが由来を知っているかね?
元は『バルバロッサ』作戦関係者が歌っていた祖国再建への思いが込められたもの。
まあ、関係者以外が知るはずもないか。

そう、『バルバロッサ』。
ライヒの伝説で聞いた事くらいはあるだろう?
我らが祖国の、ライヒの危機にあって、大王が救国の英雄として蘇る、と。

ああ、焦らないでもらいたい。
諸君がここにきて、私がここにいるという事は、話すつもりだということだ。
我々が、『バルバロッサ』作戦で何を行ったかということを。

そもそも、『バルバロッサ』は×××××××××××が戦争後期に構想し末期に稼働したもの。
作戦が明らかにされた日の事は、良く覚えている。今でもだ。
あの日、私は自分自身で何者もゼートゥーア閣下の執務室に部外者は近づけないよう手配していた。
執務室への扉には、選び抜いた陸軍少佐二名をわざわざ歩哨に配置した程だ。

そこまでして、初めて事が始まった。
 
「××××××中佐、入室いたします。閣下、ご決断を。」

入室早々に一介の佐官が臆せず将軍にモノを申す。
本来ならば、越権に近いとしてもこの場においてはそれが望まれていた。
驚くべきことではないのかもしれないが。

なにしろ、追い詰められた帝国は末期症状を呈したのだ。
当然、打開策のためならばありとあらゆることが模索されていた。

「やはり、もはや事は決したかね?」

だから、眼前で交わされる会話は、すでにもう何ヶ月も前から囁かれていたソレだと理解できた。

『戦後』についてだ。

当然のことながら、現状の帝国軍において語るにはタブーに近いソレ。
だが、誰もが理解している差し迫った現実としての『戦後』。
なにしろ、問題があることは誰もが認識できているのだ。
古参ならば、周りを見て嫌でもそれを悟らざるを得ない。

かくいう私自身、追い詰められているという危機感は切実なものだった。
なにしろ、事態の悪化が日に日に実感できているのだ。
もちろん。ゼートゥーア閣下のなりふり構わぬ焦土作戦と、遊撃部隊を活用した外科的一撃は有効だった。
だが、そもそも本土付近で焦土戦をやらなければならなくなっているという一事でもう十分だろう。

そこまで、帝国は追い詰められていた。

帝国は、世界に冠たる彼らのライヒは崩壊に瀕し、のたうち回っている状況。
ある者は厭世的となり、ある者は享楽的となる。
或いは、現実から逃避して夢の世界に行くことを望まないものは自決を選び始めた。

そして、足掻こうと決断した人間というのは、絶望に向かいあっているにすぎない。

そう。
ここまで、帝国は追い詰められていた。

だが、眼の前にいる二人は問題に対する処方箋を持ち合わせていると私には理解できていしまう程度には長い付き合いだった。
たとえそれが、激甚極まりない劇薬だとしても、だ。

事ここに至っては、祖国を救うために飲み干さざるをえまい。
それが、当時の私が行った決断だ。

「はい閣下、もはや戦後を語る時期かと。ご決断を。」

淡々と、夢も希望も現実の圧倒的な質量で蹂躙されなお奴は奴だった。
誰もが認めたがらない敗戦という事実、それを所与のものとして奴はそこに存在する。
こちらを見据える碧眼は、もはや信じがたいほどに無機質な印象を見るものすべてに与えて止まない。

信じがたい事に、奴はこの段階に至ってなお行動が一切変わっていないのだ。
祖国の勝利のために貢献し、祖国の敗北が確定するならば再起のために奮起する。
おおよそ、軍人の義務と責務からすれば完璧極まりない軍人像だろう。

最も、傍にいれば奴のおぞましさが嫌でもわかる。
人間として壊れていなければ、そもそも此処まで淡々としえるものだろうか?

今でも、私にはそれが理解できない。

「…我らは、売国奴と罵られるだろうな。」

「卑劣漢、変節漢、或いは二度と日のあたる道を歩けますまい。」

帝国将校にとって、将校団の一員たることはほとんど存在の証明と同義だ。
今となっては、少々理解されにくいかもしれないがね。

ともあれ、知っておくと我々帝国将校の思考様式を理解出来るだろう。
否定され、名誉を剥奪され、売国奴、卑劣漢と罵られることは自決の方がはるかに容易とされること。
誇り高き将校にとって、名誉を汚される事、自ら汚すことは耐えがたいほどの苦痛なのだ。
いや、おそらくは大半の将校にとって死すら選びかねないほどの代物。

だが、だからこそ奴は異常だった。

平然と言ってのけるどころか、気に留める素振りすらない。
奴は、軍人としておおよそ理想的な献身性を持ちながら、同時に一切名誉に関心を示さしてこなかった。
謙虚という次元の問題ではなく、そもそも価値を見出していないようですらあっただろう。

…あるいは、本当に価値を見出していないのやもしれない。

そんな××××××という軍人はやはりどこか狂っていたのだろう。
狂っていないとすれば、戦争という形態に生態を最適化された別種の存在かもしれない。
少なくとも、帝国にとっては仇なす存在でないことだけが救いだろう。

なにしろ、忠誠心に関しては疑念の余地が無かった。
今でもおそらくは、完璧だろう。

「結構だ。中佐、反逆者と呼ばれようとも我らは、責務を果たさねばならない。」

「御命令とあれば、小官に否応はございません。行け、と言われればどこへでも参ります。」

だが、ならば、いったい、何故奴はここまで身を呈して奮戦するのだろうか?
義務に忠実だというのは結構な話だが、義務を重んじる理由は何処にあるのだろうか?
通常であれば、将校の義務というのは将校が将校であるという一事によって正当化される。
だが、奴は将校であるとはいえ将校であるという事に名誉を抱いているようには見えなかった

一体、何故?

だが、その疑問はゼートゥーア将軍が一笑することで混乱へと変わる。
気に留める様子すらない姿から、そこにはなにがしかの理由があるのだろうと伺われてしまう。
なんなのだろうかと思わざるを得なかった。

「ああ、貴様ならばそう言うだろうとわかっていた。」

そこにあるのは、理解と共鳴の顔。
誰よりも、誰よりも帝国軍人として名誉と規範を重んじていたあのゼートゥーア閣下が、である。

「この日があることを、予見していたのは貴様と私だけか。はっはっはっ、この戦争に負ける訳だ。」

「なればこそ、戦後に備えねばなりますまい。歴史に、責務を果たさねば。」

孫と祖父ほども年の離れた二人。
にもかかわらず、この二人は同じ種類の人間だ。
おそらくこの二人ほど軍人として同じ視野を有している軍人は帝国軍といえどもそうはいない。

レルゲンという一個の軍人。
自身に欠落した、野戦将校としての根底にある何か。
その紐帯が、おそらくはこの絶望的状況にあってなお二人を結びつけているに違いない。
もっとも、やや偏りがちな現場の見方とも異なる何かだ。

そこにあるのは、高度に観念的ながらも現実に即した戦略なのである。
なにしろ、今日の情勢をみれば異常さが理解出来ようという代物。

「歴史への責務、か。参謀本部もまんざら、間抜けばかりではないのだろうがな。」

間抜けばかり、だから此処まで持ちこたえた持久策が崩壊した。
おそらく知っていると思うのだが、戦中の消耗抑制ドクトリンは実に有効だったのだよ。
可能性程度であれども、戦争を拮抗状態に封じることができそうな程度には。
暗に、参謀本部の決戦論者を批判したいであろうゼートゥーア大将の地位。

だが、だからこそ破綻に直面する事になにがしかを思わざるをえないはずなのだ。
私自身、一度は見えた拮抗状態が崩壊したことに対する憤りは抑えがたかった。
本来ならば、まだあのライン線で、東部防衛線で帝国軍は持久しえたはずなのだ、と。

それでも、ゼートゥーア閣下も、奴も淡々と現実に適応して最善策を模索している。
この事実だけでも、淡々と語る二人の異質さが理解出来ようというもの。
そして、次に交わされた二人の言葉によって理解を放棄した。

所詮は自分の様な常人が、理解し得るものではないのだ、と。

「フライコール構想だ。最悪に備えるという意味で、連中は敗戦後の軍事力維持を模索しているようではあるのだよ。」

「悪くはないのでしょうが、所詮は常道です。」

そう、フライコール構想。
結局戦後すぐに、破綻してしまった義勇軍構想だ。
初めて聞いた時は、絶望的状況下の打開策にも思えたのだが。

信じられるかね?
奴は、実に常識的で面白味も何もないと笑ってのけたのだ。

「常道?」

「国破れ、山河ありと詠えるのならば、まだよいでしょう。」

焦土戦を平然と立案した奴の心理?

異常かもしれないが、恐ろしいまでの目的合理性に支配されていたとしか思えない。
理解しがたい人格なのは、保障できるが同時に目的合理性を酷く重んじていたとも記憶している。
だから、常識や希望的観測を徹底的に排したものの見方ができたのだろう。

「ですが、現状でライヒを待つものと言えば分割されどん底に突ちるしかない。」

信じられるかな?
奴は、戦争後期で既に今日の世界情勢が如何なる形になるかという事を予見してのけた。
10年どころか、1年後の世界情勢すら読み違えるのが人の世だというのにだ。

「このように狂気の世界で、常識的であるという贅沢は事後に楽しむべきかと。」

「大いに結構。ならば、今次大戦の汚名は全て私が被ろう。貴官の、帝国に対する献身に期待する。さて、説明してもらおうか。」

私は、今でも思うのだ。
あの日、あの場所でゼートゥーア閣下が奴を解き放ったのだ、と。
間違いであったとは思わない。

奴は、間違いなく救国の英雄だろう。
陳腐な表現だが、赤の脅威から世界を守っていたと言い換えても良い。
だが、それでも、私は言わざるを得ないのだ。

神というものが実在するならば、それは救い難い存在に違いない、と。














グーテンターク。
親愛なる帝国臣民並びに、帝国友邦の皆様。
千年帝国も999年目くらいに突入いたしました。
我らが帝国の長寿を言祝ぐべきか、終わりの始まりを嘆くべきかは自明でありましょう。
日々絶望的な消耗戦でジリジリと押し込まれる毎日ですが皆様いかがお過ごしでしょうか?

申し遅れました。
誉れある帝国軍魔導将校にして、サラマンダー戦闘団戦闘団長、ターニャ・デグレチャフ魔導中佐であります。
皆様に帝国軍の一員として、再び相まみえ御挨拶を申し上げるにすぎる名誉はございません。
伝統と実績を誇る国防の柱としての、帝国軍より御挨拶を申し上げる機会が後幾度あるかと思えば殊更に。



まあ、早い話が。
敗軍の将校ほどみじめな者もいないだろうという事は、良くお分かりいただけるかと。
規律の崩壊、下克上の発生、抗命の頻発と、将校としての権限の消滅。
この程度であれば、頭痛程度に収まりうるかもしれない問題。

だが、不味い事に魔導師は今次大戦において少々以上に暴れ回りすぎた。
そう、やり過ぎたのだ。

帝国が戦局をコントロールできないことが自明になった時点で、ターニャにとってそれが意味するところは明白。
なにしろ、勝者が敗者を裁くのだ。
当然、報復感情に駆られた有権者に応じるために、盛大に行われることだろう。

いや、下手をすれば政治的事情によってそもそも裁判抜きで処刑されることすらありえる。
公正な裁判さえ受けられれば、一切国際法と陸戦条約に違反していない自分の無罪は明らかだ。
良心に照らし合わせても、法を順守し、職務を与えられた裁量権の範疇で忠実に遂行したに過ぎない。

だが、そんな真っ当な議論も道理と法を理解しない連中には無意味。
何より、東からコミーの大津波が接近してくる状況下において、帝国に留まる事はあまりにも危険すぎた。
そこまで、一瞬で理解できたターニャの行動は当然の事として国外逃亡となる。

他に、選択肢はありえない。
亡命するにしても、どこかの軍に投降するにしても、とにかく帝国と心中するのは御免なのだ。
はっきり言ってしまえば、ターニャにとって理想とするべきはオトラント公爵の英知である。
確かに、風見鶏と批判されることも当てはまらなくはないが、彼の人物は激動の時代を生き延びる上で最適な人間だ。

船を乗り換えるためには、彼のオトラント公爵が激しい政争を如何に乗り越えたかという英知に頼るべきだろう。
この場合は、紛れもなく厄介事から大義名分を得て逃げ出すという危険回避がベスト。
そのためだけに、ターニャは誰からも疑われることなく、批判されることもない計画を造り上げた。

いや、他の全てを投げ出し言い訳のためだけに『バルバロッサ』計画を造り上げる。
そして、如何にも国家100年の計とばかりにそれを関係各所に売り込んでのけた。
結果として、遂にゼートゥーア閣下に召喚されて説明するに至ったのだ。

この状況下において、ターニャは必死だった。

「状況を勘案するに、ライヒの統一性を維持するために帝国は可能な限り分割されることを回避しなければなりません。」

「分割、というのはありうるのか、中佐?」

「間違いなく、ほぼ確実でしょう。コミー共の行動原理を勘案すれば、衛星国を欲することは確実。」

歴史を知っているターニャにしてみれば、類似の状況下でコミーが類似の行動を取る公算は極めて高いものだった。
おそらくは、偉大なる指導者こと同志ヨセフも恐るべき恐怖を衛星諸国にもたらすだろう。
答えを知っている数学の問題を解くようなものである。

答えさえわかっていれば、いくらでも辻褄は合わせられた。

「対して、合州国はともすれば感情先行で帝国に対し懲罰的対応を望みかねない。」

如何にも、真摯に国家を憂うるという態度ながらも熱弁を振るうターニャ。
そこにあるのは、風見鶏と呼ばれながらも誰もが踊らされたオトラント公爵の英知に縋らんばかりの危機感だ。
彼の人は、必要に応じていつでも纏っている服を切り替えられた。
そして、切り替えた時はその役割を誰よりも上手く演じることで生き延びてきたのだ。

つまり、真なる愛国者として今のターニャは行動している。
行動や言葉だけならば、おそらく古今東西のありとあらゆるライヒの愛国者にすら劣らないだろう。
まあ、その内心は一刻も早く崩壊する帝国の国土から逃げ出したいだけなのだが。

「長期的にみれば、共産主義の侵略性に直面する旧大陸防衛の必要性から彼らが問題を認識するでしょうが。」

「だが、それまでに、帝国は分割統治されると?」

「というよりも、おそらく傀儡国家をコミーが造り対抗する形で合州国が独立させるという構造にならざるを得ないでしょう。」

状況推察は、ターニャにとって帝国の将来をして絶望的だと判断せざるを得ないものだった。
参謀本部の知己から入手してのけた合州国の新聞報道を読む限り奴らは、駄目としか思えない。
なにしろ、忠勇で素晴らしい同盟者として連邦を称賛している始末だ。

確認してもらったが、動物たちが農場経営を行うだけの心温まる物語も出版されている気配が無い。
つまり、一般的に言ってコミーに合州国が今のところ同盟者として共感してしまっている。
資本主義が、共産主義と共存できるというおぞましい幻想に蝕まれていると言ってよい。

当分は、期待できないだろうというのがターニャの見方だ。
そこから、知っている内容を加味して推察すればあっさりと恐るべき未来は語りえた。
つまり、連邦に祖国は割れるという警告だ。

この恐るべき警告を耳にして、誰もが思わずふるえあがるのだ。
まあ、さすがに程度の差はある上に信じるか信じないかは個人の知性に依るのだが。

「大胆極まりない予想だ、という自覚はあるのだな?」

「小官にしてみれば、自明の帰結であります。むしろ、必然というべきでしょう。」

そして、ターニャの信頼通りゼートゥーア大将という人間は傑物だった。
現状を俯瞰し、将来がどうなるかを見通すという点において卓越していると言える。
それだけに、彼はターニャの言葉が極めて現実味を持った言葉だと理解してのけた顔をしていた。
現実に対する、極めて優れた洞察力。
それは、合州国の人間が彼の人ほど理解が早ければ冷戦構造も随分と楽になるのだが、とターニャをして思わしめるほど。

「…そこまで大胆に論じるのだ。ライヒにとっての最良の方策も案があるのだろう?」

「分割は不可避という前提で申し上げます。」

ここまで、先を見通せる人間の思考は誘導すべきではない。
頭の良い人間にとって、この状況で取るべき方策など自明なのだ。
そう判断し、ターニャはただ歴史から得た答えを如何にも推論という態で語り始める。

狭い室内で、鬼気迫る表情で睨みつけてくるゼートゥーア大将と聞き入っているレルゲン准将。
ターニャにしてみれば、この状況下は望んでやまないものだ。
なにしろ、彼らならばターニャが確度の高い推論を述べるだけで信頼し、さらに行動を支援してくれると期待できた。

持つべきものは、やはり人脈と信頼である。

「コミーの統治は、収奪的かつ非効率的な行政機構と官僚主義の押し付けにならざるを得ません。おそらくですが、秘密警察も氾濫しライヒは侵されるかと。」

だから、ターニャは敢えて帝国崩壊後の国土保持という観点から論じ始める。
帝国は、ライヒという基盤によって立つ概念。
それがライヒに存在する一つの政体に過ぎないという極端な割り切りも素直に明かした。

その上で、コミーの脅威を論じる。
ターニャにとって、東西ドイツの統合がどれほど波乱含みだったかという知識は大きな助けだった。
計画経済でそもそも経済を運営し得ると考えた連中程度に運営されれば、国家がどうなるかは恐ろしい現実が教えてくれるだろう。

不作為よりもなお恐ろしい、経済の摩耗と破局が待ちかまえているのだ。

「この被害を最小化するためには、極力連邦占領地域を最小化することが理想です。」

「…つまり、合州国・連合王国にライヒを明け渡せ、と?」

下手な対応いかんでは、撃ち抜かれかねない程厳しいゼートゥーア閣下の眼光。
ここで、答えに詰まるわけにはいかなかった。

「その通り。極言すれば、それを連邦に悟られずに行う必要があります。」

だから、下手なところで口にすればそれだけで反逆と断じられない内容を淡々とターニャは口にしてのける。
相手を信頼しているという事もあるが、それ以上に愛国者としてどうすべきかを考慮してのけた結果だ。
祖国の被害を最小化すべく考えに考えた結果を論じるという態でターニャは語るべきだと判断していた。

「具体的には?」

「我々が、乾坤一擲の大反攻を発起し挫折すればよろしいかと。ついでに、その攻勢で親コミー連中やライヒを損ないそうな輩を纏めて処分しましょう。」

狂気の沙汰。
常識的に考えれば、ありえない提案。
それを、ターニャは敢えて行う。
自分が如何に、冷静に狂っているか、目的合理性のために手段を選ばないかという事をアピールするために。

同時に、潜在的な脅威の排除という実利の追及も忘れない。

「結構。こちらで手配し得る範疇だ。それで、まともな将兵で東部を守るということか?」

「はい。そして同時に、攻勢開始直後に合州国軍と接触、以後交渉のチャンネルを確保します。」

策自体は単純だ。
全軍で東部戦線を押し返す努力を行いつつ、保護してもらう。
矜持の高い帝国軍人は唾棄するだろうが、それが現実的なのだ。

そして、こうしておくことでコミーの拡大を抑制できるのであるならば。
方便としてこれに勝る方策もありえなかった。

「貴様のことだ。成算はあるのだろう。続けろ。」

「はっ、極力合州国・連合支配地域でライヒを覆い戦後を迎える。これが、計画の第一段階です。」

自己保身と、ライヒの利益が相反しないように極めて慎重に配慮してのけたのだ。
ライヒの利益を追求するべく行動し、自己利益には興味すら示す必要すら今はない。
なにしろ、ライヒの利益が自己の利益というインセンティブにおいては疑念の余地すらない愛国者として行動し得る位置にいる。

「第二段階は、分割が固定化される前の段階におけるライヒ市民の保護になります。」

当然、自分がリスクを犯さない限りにおいてターニャは方便を単に方便とする必要もなかった。
祖国のためにという大義を掲げ、その信頼性を増すための努力は一切惜しまない。

「ライヒの財産である人材を極力連邦支配地域から脱出させることを目的に行動します。」

そして、あくまでも自分の目的はライヒのためだという態を一切崩さずにターニャは注意深く本命へと近寄っていく。
だが、その目的はあくまでもライヒの利益という文脈で語られるのだ。

「それだけか?」

「いえ、同時に、占領下におかれる帝国施設から可能な限りの軍需関連産業と関連人員を友好的な中立国へ移転させます。」

軍需基盤と関連人員。
つまるところ、関係者の亡命を手配しておくという事に他ならない。
そして、ひとたび確保されたルートをどうしてターニャが使えないことがあろうか?
ばかりか、関連産業を持ち出せば影響力を行使して失業の危機も回避できるに違ないない。

産業界に恩を売るという意味でも、有意義なのだ。

「長期的に祖国防衛に必要な軍事基盤は、工業力でしょう。これを温存し、長期的な発展に備えます。」

そして、同時にマーシャルプランに類似した復興計画に乗じて成長産業に投資。
後は、投資のリターンでターニャは金銭的利益を享受し祖国の経済は復興する。
もちろん、win-win関係と断言し得る。
理想的と言えるかもしれない。

「以後は、おそらく経済的優位を確保するための経済戦争となるかと思われます。それも、体制の優越を証明するための。」

そして、資本主義陣営の経済的成功は必然的に失敗だらけのコミー経済に現実を突きつける。
幻想世界に生きている連中だろうとも、否応なく認めなければならない現実という奴を突きつけてやるのだ。
なるほど資本主義は崖っぷちだとしよう。
そして、常に革新的に資本主義へ一歩先んじる共産主義というわけだ。

何処まで落ちていくのかは知らないが、偶には奴らも真実を語るのである。

「この点に関しては、50年程度で連邦に対して勝利を収め得られるかと思います。」

かくして、連邦に対峙し資本主義陣営が勝利を収めることで世界はよりターニャにとって望ましい形に近づく。
まあ、存在Xへの怨讐を思えば無神論陣営が減ること自体は嘆くべきかもしれないが。
それでも、狂信的な連中が策動して撃ちあうのは総括という素晴らしいものだと割り切っている。
さすがに、ターニャの余命を逆算してもそのころには残りの人生を楽しむころ合いに違いないのだ。

「その根拠は?」

「あの国は、巨大であるがために崩壊に至るには時間が必要でしょうが、同時に巨大であるために改革も困難です。」

さすがに、狂った国家運営のまずさを理解した連中がいないわけでもなかった。
だが、共産主義の改革派は挫折している。
おそらくは、唯一可能性があったアンドロポフという例外がこちらでもないとは限らない。
それでも、彼ですら指導的地位に上り詰めるまでに生命をすり減らしていた。
つまり、まともな改革派が失政をリカバリーするだけの執務期間は高齢化と硬直した組織が与えないだろう。

「つまり、徐々に崩壊すると?」

「はい。本質的に、恐怖で統治する連邦です。非効率性と硬直性に蝕まれれば、自壊すらありえるかと。」

つまり、恐怖だけで動く国家という点で連邦の未来は詰んでいる。
というか、成立したこと自体が奇跡だろう。
仏革命すら、最後は恐怖だけでは維持できなかったのだから、とターニャは苦笑する。

「この段階で、第三段階に移行します。弱体化した連邦から、ライヒを回収します。そのための費用は莫大なモノとならざるを得ないでしょう。」

どちらにしても、此処まで語ればターニャにとってゼートゥーア大将が導き出す結論は望ましいものだと理解できた。

「再統一のコスト?」

「非効率的な統治と恐怖で統治された土地の回復です。おそらく、膨大な社会的コストを支払う事になるかと。」

避けるべき最悪の想定の提示。
最悪を回避するための方策の提言。
必要な諸方策と、段階的なビジョン。

これらを提示し、ターニャは毅然とした愛国者の仮面をかぶってゼートゥーア将軍の結論を待つ。

「…貴様は、随分と長期的なビジョンでものを見るな。」

「帝国軍人として、帝国に為すべき義務を為しているにすぎません。」

愛国者として満点の解答。
だが、真に愛国者であろうとなかろうとターニャは確かに口にしたことを実行してのける決意があった。
である以上、遂行に対する専念義務は一切後ろめたいことが無い。

故に、こちらの内面にまで踏み込んできそうな視線にもきっちりと睨みかえしえた。

「・・・よろしい。本提言を採用する。必要な支援は全て提供しよう。」

そして、遂にターニャは望みえていた答えを手にする。

「おめでとう中佐。貴官は帝国を救う。」

「感謝いたします、これに勝る誉れは他にありません。」




あとがき
更新復帰。
デグさん、足掻く。
それにしても、オトラント公爵といいビスマルクといい、欧州の政治家マジ魑魅魍魎。



[24734] 第八七話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/05/18 00:55
その日、東方司令部の奥深くに位置する作戦室は緊迫感が漂い何者も近づきがたい雰囲気を発していた。
だが重々しい雰囲気の作戦司令部内では、バルバロッサ作戦司令部要員ら額を寄せ手渡された作戦計画書を前に困惑を隠せずにいる。
なにしろ、その計画は稠密極まりなかった。

稠密極まりない計画は、それ故に逆に柔軟性を欠くとして冗長性を付け加えて修正されるのが常。
臨機応変に対応し、各級指揮官の裁量権に依るのが、本来の帝国軍が得意とする戦術の妙なのだ。

『狂っている。明らかに一つ蹉跌をきたすだけで、崩壊しかねない。』

しかめっ面の男がうめき声を上げる。
作戦の成功そのものが目的でないという珍しい状況。
であれども、この計画では崩壊が目に見えている。

『はい。ですが、逆説的に他に選択肢が無いという状況下では合理的とも言える選択かと。成功の公算は6割程度はあるかと。』

だが、ひたすらに練り込まれた計画自体はある程度の可能性を有していた。
確かに、緻密極まりない。
だが、個別の案件を細目別に検討した男らは再び眉をひそめる。

…極めて現実的な作戦目標。

それどころか、演習計画並みに実行が容易なように手配が整えられている。

『なるほど、悪くはない。だが、戦略目標に叶うのか?』

『どこかで破綻しましょう。最低でも、パルトン将軍の介入は確定的です。故に、成功はありえません。』

だが、作戦の成功自体は目的ではないのだ。
誰にとっても、これはあくまでも【作戦行動そのもの】が目的の軍事行動なのだ。
合州国・連合王国を強打することは、本作戦においては意味が無かった。

それだけに、本末転倒を疑いかねない意見も出る。
だが、崩壊のための柱は何本も仕掛けがされているのだ。

『なるほど、これならば成算はあるか。』

『いい機会です。ついでに、戦犯呼ばわりされそうな有為な連中も書類の上で『戦死』させましょう。』

そして作戦行動に乗じて、幾人か亡命させることの提案。

『…中佐、貴官は本当に冴えているな。』

『光栄です、閣下。』

誰かが、呆れたように溜息をつき、一人が淡々と応じる中でそれは着々と準備が整えられていく。







冬のある日。
列強としての帝国は、断末魔を叫ぶことになる。
歴史は物語る。

『ライヒの護り』作戦。

それは、あまりにも無謀な攻勢だった、と。
史家は訝しむ。
そこに成算はあったのか、と。

必然性は、そこに介在しない。
誰もが、その無謀極まりない攻勢を訝しむ。
少しでも、道理がわかれば単純な話だ。

小康状態にあった西部戦線。
小規模ながら、押し上げに成功しつつある東部戦線。
そんな状況で、誰もが想定すらしていない戦局で。
帝国軍は、全戦線において大規模攻勢を発起。

当初こそ、攻勢を予期していなかった合州国・連合王国軍は混乱。
これに乗ずることで、一定程度は前進に成功するも帝国は攻勢を維持することができなかった。
状況を把握した合州国パルトン将軍の機甲軍団が緊急展開し、帝国軍の側面を打通。

これを撃退ないし排除することができず、帝国軍は電撃戦に失敗。
衝撃力を失った帝国軍は、数的劣位から急速に摩耗。
一時的に西部戦線において主導権を掴みかけた代価として防衛戦力の大半を喪失する。

本来ならば、ありえるはずもない事態。
ゼートゥーア将軍の構想した消耗抑制ドクトリン。
講和模索のための戦線死守。
誰もが、その妥当性を認めた恐るべき戦略に真っ向から反する攻勢。

消耗抑制ドクトリンと内線理論により形成された防衛戦略。
敵ですら、恐ろしさに慄きつつも有効性を認めたのだ。
史家はこの戦略の蓋然性を強調してやまない。

それを台無しにする大規模攻勢。
帝国の残された余力を根こそぎ奪う最悪の選択。
あまりに、無謀な大規模攻勢。
追い詰められた帝国の先走り。

結果だけ見れば、誰もがしたり顔で帝国の行動を笑うだろう。
だが、近年修正主義学派が提唱した分析によると恐るべき真相が現れてくるという。

通称、『恐るべきゼートゥーア』。
帝国軍参謀本部が産み出した恐るべき戦略家にして、『消耗抑制主義者』。
彼の恐ろしさは、その実績が雄弁に物語る。
世界列強を相手に一国で互し、なおかつ勝利しかけたという一事で十二分に語られるだろう。

もしも、帝国に開戦までいくばくかの猶予があれば。
彼が、参謀本部から更迭されねば。
或いは、彼がもう少し早く戦争指導の全般を司っていれば。

そう囁かれるほどに、彼の戦略家としての力量は卓越している。

そのゼートゥーア将軍が指揮した東部戦線。
近年流出した資料によると、東部においては連邦軍こそが破局寸前だった。
それこそ、深刻な戦力不足と指揮系統の混乱で帝国に強打されるほどに。

一例をあげよう。
今日に至るまで、大戦の英雄、ジョーコフ連邦軍元帥は連邦内部の政治的闘争によって粛清されたと考えられていた。
モスコロジーの専門家たちですら、大半がそう信じていた。

だが、発見された資料によればジョーコフ元帥は東部において戦死している。
連邦は隠匿に努め、辛うじてヨセフ体制崩壊後にそれとなく病没と発表したというのが明らかにされつつある。
おそらくは、隠されていた真実だろうと専門家らは分析している。

消耗抑制ドクトリンと焦土戦術。
これらは、連邦軍を強かに叩きのめす間に防衛線を東部において再編するという離れ業によって成し遂げられていた。
連邦軍の陸軍大学において、幾度となく机上演習が行われたが一度たりとも再現されることすらなかったという離れ業。

だが、それをゼートゥーア将軍は成し遂げていた。
そして、与えられた最後の機会に彼は賭ける。
西部戦線の安定化を目的とした大規模戦略機動作戦。

『ライヒの護り』作戦

こう着状況にあったライン戦線における主導権確保と敵の消耗極限化。
大規模戦略奇襲による戦線の再編。
そのためだけに、大規模包囲作戦を断行。

その恐るべき構想は、たった一つの蹉跌によって躓く。
パルトン・ダッシュと讃えられるパルトン将軍指揮下の装甲軍団の緊急展開。
これにより包囲網が食い破られ遂に『ライヒの護り』は頓挫する。

連合王国の戦闘報告書によると、帝国軍が目的を達成する危険性は6割近い。
ゼートゥーア将軍自身が、指揮を取れば実に7割5分と見積もられた。
非公式ながらも、連合王国・合州国は事実上の危機にあったことを報告書で認めている。

ライン戦における共和国・帝国の戦闘で行われた首狩り戦術や大規模浸透襲撃も密かに行われた形跡があった。
ここまでにおいて、ゼートゥーア将軍の構想は足りない戦力を如何に戦術で補うかに英知が絞られている。
それは、信じがたい事ではあるが、戦略での劣位を戦術での優位で覆しかねない程に。

その鬼才が心血を注ぎ上げ、柔軟性と冗長性が無くなることを覚悟で造り上げた稠密な計画。
もしも、パルトン将軍がゼートゥーア将軍の想定したように数日程度遅れれば?
攻勢によって大混乱に陥った司令部が正規にパルトン将軍に行動を発令したのは46時間後である。
その時、既にパルトン将軍の機甲軍団が行動を開始していなければ、決定的な場面で彼の軍団は遅れる事となった。

そう。
独断専行寸前の行動によって、パルトン将軍は辛うじて戦線崩壊を阻止した。
これがライン戦線の趨勢を決定づけ、帝都への道が開かれたのである。


リンデンハート 第七章『ラインの護り』より。







その日、パルトン将軍の司令部は共和国市民らによる慰問と、式典に参加していた。
クリスマス前のやや浮かれた気分の中で、市民らとの交歓。
和やかに進む中で、パルトン将軍と幕僚らは聖歌隊の讃美歌を称賛していた。

聞けば、子供達は戦災孤児であり教会が面倒をみているというではないか。
まだ年若い子供達を思い、思わず誰もがしんみりとした表情となる。
パルトン将軍自身、何か提供できるものはないかと申し出たほどだ。

そして子供達の中でも、やや小柄な幼い少女がおずおずとパルトン将軍に記念の花束を差し出す。
曰く、感謝の言葉と激励。
どうか、頑張ってほしいという思いを子供達が、市民が、各々述べはじめる。

そこまでならば、いつもの話だろう。
問題は、パルトン将軍が小さなレディに握手した時に当事者以外に気が付くことなく起きた。

『…お初お目にかかる。小官は、デグレチャフ魔導中佐。銘は『白銀』。ゼートゥーア大将のメッセンジャーです。』

接触することによって、魔導師適性のない人間にも語りかける接触型通信。
それを、眼の前で緊張したような表情で手を差し出して来た子供が行っている?
この一事は、豪胆で以て鳴らすパルトン将軍をして、思わず愕然とさせしめた。

そして、目線を合わせるためにしゃがみ込んでいた為にパルトンの表情は誰からも気が付かれもしない
このような状況なれば、誰だろうとも思わずぞっとしていまうだろう。
相手は魔導師、それも名乗りが事実ならば実力本位の魔導師世界においてこの年齢で佐官?

『花束にカードが仕込んであります。ご一読を。』

「はじめまして!私は、メアリーと言います!」

状況が状況でなければ、思わず付き飛ばしで腰の拳銃に手を伸ばしていただろう相手
それが、こちらの驚愕を笑うかのような笑顔で握手と共に花束を渡してくる。

「・・・ありがとう。小さなレディ。私は、パルトン将軍だ。」

「よろしくお願いします。将軍!」

本当に、ただの子供ではないのか?
思わずパルトン将軍がそう思ってしまうほどに、外見上は和やかなものである。
最も、その場を離れると同時に、直ちに魔導師と工兵を呼び出しに花束を解体させ言葉通りにカードを見つける。

封筒に入ったそれは、魔導師や工兵によれば特に罠の類は見受けられないとのこと。
直ちに彼らを下がらせ、一体何事かと訝しむ参謀ら共に小奇麗なメッセージカードを前にする。
そこまでして、初めてパルトンは先ほどのメッセージが白昼夢でないことを理解した。

そして、即断を旨とする将軍としては珍しく躊躇した後に漸く渋々ながらも開封を決断。
パルトン将軍は所謂信心深い部類ではない。
どちらかと言えば、神よりも砲兵を信じている。
そして、神よりは戦車を愛してやまない。

極めつけに、自分は古代の名将の生まれ変わりだと信じるくらいに英雄願望に満ちている。

そんな将軍であっても、真っ当な感覚として何か碌でもない事態が進展していることは虫の知らせで理解できたのだ。
だが、だからこそ躊躇を振り切って大胆不敵に彼は行動する。

2時間後、彼はメッセージカードに託された方法で『メッセンジャー』を自称する魔導師を迎える。
単純に、カードの要請通り教会の聖歌隊に対して指定された名義でちょっとしたプレゼントを送ってみた時はまだ半信半疑だった。
だが、堂々と警戒厳重な基地内部に平然と潜り込んできた技量からして、少なくとも餓鬼と侮るべきではないのだろう。
わずかばかりのいたずらといった可能性はこれで完全に消えた。

幕僚らには呆れられるどころか、休養を勧められかけたほどだが少なくとも自分の直感は間違っていないらしい。
相手は、やはり直感した通り見た目で図るべきではないようだ。

「…まさか、本当に来るとは。」

「ふん、此処までする連中だ。逆に来なければ興醒めだろう。」

驚愕を隠せていない参謀長を睨みつけ、黙らせると同時にパルトンは顔を来訪者に向ける。
ごく普通の服装、強いて言えば少しばかり迷彩色が強い程度か。
魔導師がこんな格好で歩いていれば、絶対に補足は困難だろう。

「随分なお言葉ですな。将軍閣下のご招聘に応ずるべく慌てて飛んでまいりましたのに。」

「良く言ってのける。いったい何用だ。」

だが、表情と口ぶりは明らかに歴戦の兵士のソレ。
パルトンに言わせれば、戦士のものだ。
なにより、将官や高級参謀を前に堂々たる態度。

「人払いを願いたいものですな。事情が事情であることを御考慮頂きたい。」

加えて顔色一つ変えずに、厚かましくも要求してくる精神は敬意を払うに値するだろう。
少なくとも、よほどの身の程知らずでもない限り慣熟している態度からしてそういう地位にあるとも推察できる。
というか、パルトンにとって腑抜けて後方で威張り散らす小物らしい自軍の士官よりもよほど好感が持てると言えよう。

「かまわん。諸君、退室しろ。」

「感謝いたします。」

相手が戦士であるという事は、すなわち闘争の原理を理解しているという事だ。
名誉を重んじる帝国士官が、少なくとも抜身の刃を手にしていない以上話す余地はある。
和平の使者は、少なくとも槍を持たないのだ。

だが、そのパルトンの意図を完全にくみ取れた部下は絶無。
一瞬、静まり返ったのはパルトンが何を言わんとしているのかを将校らが理解できなかったからだ。

「閣下!せめて、護衛をお付けください!相手は魔導師なのですよ!?」

彼らにしてみれば、敵の魔導師相手に将軍を相対させるなど論外。
まして、パルトン将軍だ。
事の弾みによっては、殺し合いに発展しかねかった。

「良く言う。餓鬼の悪戯と笑ったのはお前らだろう。」

「しかし!」

確かに、餓鬼が来ると言われた時は困惑した。
なるほど、確かにまともに受け取らずに護衛も手配していない。
だから、そもそも護衛は今更だ。

しかし、だからといって唯々諾々と従うべきなのだろうか?

「良いからさがれ。どの道変わらん。」

「は?」

だが、葛藤する彼らの悩みをパルトンは一蹴。
どころか、にやにやとこちらを眺めているデグレチャフ中佐とやらに視線を戻す。
そして、貴様の腹は読めているぞとばかりに、眼光で答えるように促しておく。

「ここまで、魔導師を入れ込んだ時点で敵意があれば小官は発砲しておりましょう。要するに、撃つ気があればとっくに撃っております。」

「…気に入った。敵陣に乗り込み、そこまで言ってのけられるとはな。」

「名高い闘将に言われるとは光栄でありますな。」

どうという事もないような会話。
そう、これが戦士の会話だ。
腑抜けて機械に依存しきった貧弱な兵士とは違う存在。

ドレークといい、デグレチャフといい、まったく魔導師という連中は悉くパルトン好みの戦士である。
実に、実に、素晴らしいことだと関心すら覚えてしまう。
それに比べて、自分の直属の部下の何たる腑抜け具合か。

思わず、全く違う事に腹を立て懸けるも動物的直観で話がそれることを思い出して珍しく彼は自制。

「結構。そういうわけだ。さっさと出ていけ。」

さもなくば、蹴りだしてやろう。
そんな表情の上官を見れば、長い付き合いの士官らは説得を断念せざるを得ないことを理解する。

しぶしぶ、本当にそういった表情で参謀長が各員に退室を命じる。

さすがに交渉の性質から、知る人間が少なければ少ない方が良いという事は彼にも理解できるのだ。
まあ、こんな形で唐突に敵国の魔導士官と話をしたいかと言われれば全く別なのだろうが。

「…それで?一体、何用か。」

「時間が惜しいので、単刀直入に申し上げたい。」

頷き、続けろとパルトンは目線で促す。

「閣下、我々は取引を望んでいます。帝国軍の一部は、貴国に対して協力する意図が。」

「取引?一部とは?」

「率直に申し上げれば、帝国はその身を連邦ではなく合州国に委ねたい。そのために、西方において撤退する用意があります。」

だが、続けろと促したパルトン自身でも、ここまで淡々と語られれば一瞬だが理解が遅れる。
取引というが、これはほとんど『戦後』に関する外交交渉に近いものだ。
パルトンにしてみれば、この状況下でいきなり交渉に入る有効性が理解し得ない。

なにしろ、ここで降伏するのならば国務省なり関係機関に一報入れてもらえばよい。
野戦指揮官同士の戦域を限定した停戦交渉なり、撤兵交渉なりならば軍使を正式にだせばよいだけのこと。
つまり、そもそも秘密裏に士官を派遣してこのような危険かつ大胆極まりない交渉など無益でしかない。

「…ほう、ならば即刻武装解除してもらいたいものだ。」

故に、パルトンにとって降伏ならば交渉の余地はほとんど皆無だろうと思われてしまう。
どのみち、この状況下で悠々と帝国軍主力の撤兵を許す必要があるとも思えない。
放置すれば、それらはやがて進撃するであろう合州国のボーイズの前に立ちふさがってくるのだ。

逃げる敵は、明日の敵なのだ。
パルトンにしてみれば、今日撃てる敵を、明日撃つのは馬鹿のすることである。
怠けものとは程遠く、臆病とは無縁の彼にしてみれば、論ずるに値しないほどに。

「それは、できません。少なくとも、連邦の脅威が現存する以上我々は貴国が東部国境に至るまで自衛権を保持するつもりであります。」

「どういう意図だ?」

時間稼ぎか?
だが、それにしては無駄に手の込んだ時間稼ぎだ。
なにより、戦士として、闘士としてのパルトンの直感がもう少し話を聞く価値を見出している。

「昨今の情勢を勘案するに、戦後の帝国の運命は望ましくない。おそらく、貴国と連邦の二ブロックが世界を分割するでしょう。」

おもえば、餓鬼相手に舐められた口のきき方だと思う。
だが、不思議と話していて許容できた。
事の本質を見誤るべきではないのだろう。

「我々は、かかる情勢下において我らがライヒの分割を真剣に憂慮している。」

口に出している内容は、合州国において将官やその上の人間が密かに論じているに過ぎないテーマについてだ。
それだけでも、十二分に話題の深刻さが理解できるというものだろう。
碧眼に事の重大さを憂う色があるのは、愛国者故の葛藤が眼の前の魔導師にもあるからに違いない。

糞忌々しいあの聖女とやらよりも、よっぽど部下に欲しいタイプだった。
帝国が交換に応じるならば、一個機甲大隊を払っても良い位だろう。

「故に、西方から撤兵し、直ちに東方の戦力として使いたいと考えています。」

「面白い提案だな。だが、知っているとは思うが連邦と我々は一応同盟国なのだが。」

提案自体は、単純なものだ。
西側で撤兵し、合州国が進駐してくるまで東部で防衛に徹するので速やかに行動を要請。
仮にも、交戦中の国家が出してくる提案でなければ平凡極まりないと評しえる提案だろう。

逆に言えば、国土防衛が主任務であるべき軍からこんな提案が出る事があるはずもないのだろうが。
奴ら、よほど連邦に支配されることが嫌と見えるらしい。
わからない話ではないし、個人的感情を加味すれば悪い話でもないだろう。

ただ、一応とはいえ気に入らない国家でも同盟国でもある。
なにより、パルトンにとって連邦も気に入らないが帝国軍も現存する敵なのだ。
甲乙つけがたいと言えば、つけがたい。

「失礼ながら、パルトン将軍の御言葉とも思えません。共産主義の危険性は、感じられておられることでしょう。」

「…それで?貴様ら、一部の人間とやらは何を望む?」

「迅速かつ、速やかな進駐を望みます。可能であれば、今すぐに。」

揺さぶってみても、結果は変わらず。
パルトンは、一先ず相手の要求は理解した。
要するに、保護しろと言ってきているのだ。
それも、連邦に占領されるよりも早く。

自分のところに話を持ってくるのは、反共主義者としての評判を聞きつけての事だろう。
そこまで、こちらの事を良く調べているということはそれなり以上に本気だ。
使えるものは全て使うという視点から見れば、悪い話ではない。
自分の部下を死なすことなく、戦果を確保できるという提案は魅力的ですらあるだろう。

だが、承諾できるかと言えば微妙だった。

「補給線が伸びきった状況で伏撃されるのは御免だ。何より、信頼という言葉を教えてやろう。」

提案自体は、魅力的なものだ。
だが、逆に帝国軍残存部隊を温存したまま撤退させることは潜在的なリスクも多い。
何より、信じて進軍すればどうしても速度を優先せざるを得ないだろう。

それは、必然的に兵站に激甚極まりない負荷を与える事となる。
本国からの兵站線は、ライン低地線を巡るガーデンマーケット作戦以後かなり混乱してしまっている。
もちろん、通常の状況であれば問題はないが進軍となると話は違う。

リスクもまた、無視し得ないほどに高いのだ。
半信半疑という状況で、手を出せるほどには帝国軍という相手を信頼できる道理もない。
直観が、進軍を、速やかな進軍を豪語しているとしても、だ。

そして、相手もこちらに信頼されないだろうという事は予期していたに違いない。

「で、あるならば、我々としては次善策に移らざるをえません。」

「ふむ。」

断られたということにもかかわらず、淡々とデグレチャフ中佐は小冊子を取りだし机の上に放り出す。
外面だけ見れば、年相応の絵本の表紙だが、まあ中身は絶対にまともなものでもないのだろう。
奴にしても、そう単純に信頼されることは期待していなかったに違いない。

だが、この小悪魔見じみた来訪者はパルトンを良く驚かせる。

「ここに、帝国軍最後の反攻計画、『ライヒの護り』作戦の作戦原案を用意いたしました。」

「何?何と言った?」

「『ライヒの護り』作戦です。我々は、手札をお見せいたしましょう。その上で、貴国の信頼を得たうえで進駐を望みます。」

聞いたことのない作戦名。
欺瞞か何かだとしても、最後の反攻計画というのは気にかかった。
誰もが、帝国軍が消極的な遅滞戦闘に徹するという予想をしていることを思えば尚更に。

「…まとめろ。何が、望みだ。」

「ライヒを連邦の統治から逃すために、貴国に占領していただきたい。そのために、我々は東部において持久の用意を行っています。」

そう。
奴の話からすれば、東部で連邦を抑えているうちに合州国に保護されたいというのが奴らの望みだ。
だが逆に言えば、本来はそれをわざわざ合州国に伝える必要があるのだろうか?

放置しておいても、帝国が撤兵すれば自然と合州国は進軍するはずだ。

「わざわざ伝える意図は?」

「確約が必要なのです。我々は、貴国が妥協し、帝都入場を連邦に譲りかねないことを危惧しています。」

・・・なるほど、少なくとも一定以上の筋は通っている。

損耗を抑制しようとして、名よりも実を取ってもおかしくはない。

「貴国が現在からの進駐を確約してくれるならば、我々は直ちに攻勢を中止いたします。だが、信頼できないというならば死体を積み上げて覚悟を証明してご覧にいれます。」

「…死体で語るというのか?本気か、貴様ら。」

「我々は、貴国の進駐を心から望むのです。それが、祖国を保持し、防衛する軍人の義務でありましょう。ライヒ防衛の次善策は合州国占領領域極大化以外にありえません。」

これは、戦士か?
いや、紛れもなく狂った愛国者だ。
健気なまでに、祖国のために挺身してのけた挙句の破局に直面した愛国者だ。

その上で、為し得る義務を遂行しているというのは信頼に値するだろう。
手段を選ばず、こちらを必要とあれば撃つだろうが、少なくとも合州国の庇護を必要としているのは間違いない。
そうである以上、奴は間違いなくライヒのために信頼し得る。

「これらの情報を渡すに当たり、望むのは徹底した機密保持をお願いしたい。」

「殊更に言ってくれる。信用ならんというのか。」

「はっきり言えば、貴国の機構内部に相当数のモグラが潜り込んでいます。我々は、真剣にソレを憂慮してやまない。」

ふむ、用心深いというのは悪くはない。
まあ本心から警告しているのか、保身からかは知らないが。
奴らが独断専行で交渉してくるのであれば、微妙な問題も多いに違いない。

それらを考慮すれば、余計な妨害が入ってくることを阻止したいというのはわからん話でもないだろう。

しかしながら、鷹揚な気分でパルトンが快諾できたのはそこまでだった。

「手土産に一つ。貴国の財務次官補。洗ってみることをお勧めします。」

名指しで、一人の人物を洗うように奴は言って残す。
本国の財務次官補?
洗うとは、どういうことか?

「まさか、そんな馬鹿な話が」

「黙れ!」

動揺し、ありえないと口走りかけた参謀長を一喝。
確かに言葉通りならば、重要な意味を持つ。
背信者だという告発なのか!?

パルトン自身、衝撃を受けていないかと問えば嘘だろう。
汚らわしい裏切り者が、背後で策動していると思えばそれだけで怒り心頭となる。
もちろん普通ならば、猜疑心をあおるための囁きと一蹴すればよい。
だが、取引のための信頼を得ようとする相手が差し出すもの。

或いは、可能性に過ぎないにしても本当にありえるのか?
混乱と疑念に包まれたパルトンの表情はこわばらざるを得ない。
それを知ってか、相手もそれ以上言葉を重ねようとはしてこなかった。

そして、仕事を終えたとばかりに一礼。

「以上が、ゼートゥーア大将の御言葉になります。パルトン閣下にお伝えいたしました。」

だが、そこで奴は豹変した。
それまでの傍若無人な態度から、一転。
困惑したような表情と、躊躇し、ようやく口を開く。

「…将軍、筋違いなのは理解しておりますが。ライヒを保持していただきたい。その限りにおいて、我々は合州国に忠誠すら尽くしましょう。」

…当分、忙しくなりそうだった。



あとがき
パ○トンは激烈な反共主義者。
というか、ナチと組んでソ連と戦争しようとか平気で言う人。
よく、そもそも将軍になれたなぁ・・・。

ZAPしました。
誤字修正を続けていく所存です。



[24734] 第八八話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:ed47b356
Date: 2012/05/31 00:33
その日、彼女は決意も露わに戦場に立っていた。
生き残ったわずかな、しかし恐るべき百戦錬磨の古参兵らを率いて。
散々に打ちのめされた敗残兵でありながら、その屹然たる存在は敗北というものとは無縁のようですらある。

「どうにもなりません。」

だが、砲弾に耕された大地におかれた戦闘指揮所で彼女の副官は諦観と共に呟いた。
あらゆる戦場に付き従い、将校として真っ当な常識と良識を持ち合わせる副官の言葉。

「解囲されつつあります。側面が破られるのは時間の問題でしかありません。」

「なけなしの予備隊が展開していますが、かき集めても旅団程度。機甲軍団の突撃を受け止めることは、叶わないかと。」

次々と出される報告内容。
誰もが、地図に書き込まれる前に悪化している状況を理解出来ていた。
それは到底覆しようがない。

「状況の悪化は覆しようもない、ということか。」

参謀らが呻くような苦吟するような表情で現状認識を吐き出す姿は、悲哀すら漂い始めている。
百戦の内の一戦において敗軍の覚悟を決めよ、というのならばまだ楽だろう。
だが、国家の行く末を、帝国の存続を賭けた一戦なのだ。

例え他で百勝しようとも、今日ここで勝たねば全てが終わる。
それを理解した彼らの顔は生きながらにして幽鬼そのものと化す。

「残念ながら。誘引して撃滅し得れば、まだ、可能やもしれませんが。」

「論外だ。その間に敵主戦線は再編されるだろう。」

辛うじて願望交じりの希望的見解を誰かが口にするも、即座に現実的な見解によって夢すら摘まれる始末。
最も、薄氷の上で敢行された作戦において臨機応変に敵有力部隊を誘引して撃滅という離れ業を為すのは不可能だ。
それは、無理に無理を重ねている帝国軍にとって過酷すぎる要求である。

「では、側面をあらされたまま包囲しろと!?それこそ、論外だ。」

だが、現状を踏まえれば最後の希望を賭けた包囲作戦が破綻しつつあるのだ。
それも、単なる戦術上の一敗ではなく、後の無い悲壮な作戦における敗北である。
大王以来の伝統を誇る帝国が存続を賭けた一戦での敗北なのだ。

そのような屈辱、誰にとっても唯々諾々と容認などしえるはずもない相談である。

「…諸君、総合しよう。つまり、側面が維持できれば良いのだな?」

だから、そこにおいて壮烈な覚悟を決めたデグレチャフ中佐の表情には覚悟を決めたもの特有の晴れやかな表情が輝いていた。
もちろん彼女とて、後が無いことはその卓越した技量と能力故に理解している。
だが、だからこそ彼女は唯一の勝機を見出し得た。

刹那というほかにない勝機。
戦場において、彼女の率いる戦闘団が唯一、その役割を十全に発揮し得る千歳一隅の稀な機会。

側面は、崩壊しつつあるのだ。
未だ、崩壊してはいないのだ。

そして、側面が崩壊しない限りにおいて作戦には依然として成算が立つ。

そこまで考えれば、彼女にとって為すべきことは自明だった。

「側面を圧迫しつつある敵機甲師団を押し返す。諸君、死守せよ。帝国の命運は、この一戦にある。」

「中佐殿!?」

軍団規模で突進してくるパルトン将軍の機甲軍団を押し返す?
あまりに無謀、あまりに成算が乏しい。
そんな常識的な言葉が思わず参謀らの口から零れ落ちかけ、誰もが否応なく口を噤む。

いや、或いは他に選びようがないのだ。

「よろこべ、愛国者諸君。我らは、ライヒを救えるぞ。」

悟りきった将校の表情。
部下を死地に送り込まざるを得ない将校の笑い顔。
他に、どのような表情も浮かべることが許されない苦り切った表情を無理やり歪めた様な笑顔。

その表情を一体誰が、浮かべたいと思うだろうか。
誰が、自らの部下へ死地に赴けと命ずるものだろうか。

そこにあるのは、苦渋の決断。
義務を為すものに付きまとう、過酷な決断だ。
それでありながら、指揮官は孤独に淡々と命じなければならない。

苦渋の、いまわしい決断。
それは、幾万の言葉よりも如実にデグレチャフ中佐の握りしめた拳が内心を物語っている。

だからこそ、全員が思わず笑っていた。

彼らには、わずかなりとも笑えるだけの矜持があるのだ。

「諸君、ライヒの命運を我らが委ねられるのだ。帝国軍人として、これに勝る名誉はない。」

「いや、欣快そのもの。愉快でたまりませんな。」

「全くもってその通り。帝国軍人にとって、これに過ぎたる誉れはございません!」

誰もが、口を揃えて笑っていた。
糞ったれの現実に、如何ともしがたい現実に。
押しつぶされることを拒絶し、最後まで懸命に足掻かんと欲し最善を尽くす彼らは笑っていた。

そして、誰もなしに口をそろえると彼らは唱和する。

「戦友諸君!帝国に、黄金の時代を!」

「我らがライヒに、黄金の時代を!」

第203遊撃航空魔導大隊に始まり、剣林弾雨に遊び、ライフルを抱いて銃剣を友に戦場を我が物顔で駆け抜けた古参の兵ら。
デグレチャフ中佐指揮下のサラマンダー戦闘団は、この日、帝国軍の横腹を死守すべく展開。
三度にわたり、パルトン中将指揮下の機甲軍団の攻勢を満身創痍となりながら跳ねのける。
なれども遂に四度目の攻勢において、文字通り部隊が瓦解。

最後の一兵まで奮戦するも、遂に彼らは大地へ倒れ伏す事となる。

かくして、その英雄的な末路はかく語られる。
彼らの誰もが前のめりで果てていた、と。
無念を噛みしめるように、誰もが撃ち尽くした武器や壊れた宝珠を手に最期まで戦った骸を晒した、と。

ミュンヒハウゼン・ブックス 『魔導猟兵伝説、サラマンダー戦闘団の最後』




静寂さを突如無粋な三度の銃声が掻き乱す。
ライフルを担いだ男は肩をすくめると、念のための銃剣を手に撃ち抜いた軍服姿の遺体へ歩み寄った。
倒れ伏している遺体が身に付けた徽章は帝国軍魔導少佐。
遺体が手にしている壊れた宝珠は、全軍でも希少なエレニウム工廠製97式後期生産型『突撃機動』演算宝珠。
そして、身に付けた銀翼突撃章。

そのシリアルナンバーは、帝国軍ヴァイス魔導少佐に授けられたものであることを物語っている。

「ヴァイス少佐、これで今日から貴官は大佐というわけだ。」

そして、その倒れ伏した遺体の傍でナイフを掲げた男の傍らに立っていたデグレチャフ中佐がニヤニヤと笑いながら遺体を蹴り飛ばしていた。
問題はないだろうと判断しつつも、男に油断はなかった。
違和感が無いようにと死体に銃剣をさして念を押す。

「問題無しか。昇進おめでとう、大佐。」

「はっ、光栄でありますデグレチャフ准将閣下。」

そして、ヴァイス少佐は自分に向けられるからかい混じりの言祝ぎに応じた。

「やれやれ。これで誉れあるザラマンダー戦闘団も壊滅だ。諸君、どうだね?死んだばかりの気分は。」

あちらこちらに倒れ伏し、あるいは砲弾で引きちぎられた死体の山々。
長距離狙撃術式で焼かれた遺体や、形をとどめない程度にバラバラになった肉片すら転がる戦場跡地。
そこに、帝国軍サラマンダー戦闘団の遺棄した車両や複数の各坐した野砲がうち捨てられていた。

少なくとも、誰が見てもここにあった部隊が完膚なきまでに消滅したことは理解出来るに違いない。
すでに、数時間前に司令部には接敵報告を送り、苦戦していると匂わせることまで終わっている。
後は、戦場で遺体を回収しタグを照会して火葬すれば全てが書類上は完了する事となっている。

そう、法的にはここにいる戦闘団の残余は悉く死者なのだ。
実際、彼らの名が付いた死体が回収され火葬されることも確定済み。

「悲憤慷慨といったところですな。」

「強いて言うならば、重かったのが頂けない。もう少し、小柄なのはなかったのですか?」

「やれやれ。死んだのだから、もう少し大人しく謙虚にお迎えが来るのを待ちたまえ。」

そうまでして、彼らの死は偽装される。
最も、将校を除けば兵の多くは身寄りのない連中だけが志願して付いてきている。
なにしろ、『特殊作戦』と称して決死の作戦に志願を募ったのだ。

サラマンダー戦闘団の中でも、比較的身寄りが乏しいものらによって構成された『バルバロッサ』大隊が戦死を偽装。
他の残余戦闘団は、委細を含めてある将校らによって以後は合州国によって包囲され戦後を迎える予定となっている。

「天なる国へ、でありますか。いやはや、しばらくは煉獄暮らしでしょうが。」

「諸君の様な戦闘狂には三千世界をひれ伏させてみるのも、面白いだろうがな。」

まあ、存在Xの手先を蹴り飛ばし銃剣で突きさすというのは想像するだけで愉快なのは間違いない。
忌々しい95式を使うたびに自由が、健全な魂が蝕まれるのだ。
これを思えば、確かに部下の様な戦闘狂を率いて三千世界ならぬ天なり煉獄なりを蹂躙するのも悪くはないだろう。

「あいにく、この私は平和主義者である。義務は果たすが、争いは望むところではないよ。」

だが、どちらかと言わずともターニャにとって平和こそが最も尊重されるべき価値観である。
せいぜい、教会をブービートラップだらけにするなり、激戦を偽装するために砲弾を打ち込む的にするなりで今のところは我慢できた。
まあ、手の届くところに存在Xの手先どもが湧いて来ても殴らないかと言えば、殴らずに銃弾なり術式なりを叩きこむのだが。

「ああ、中佐殿はお優しい。」

「時々、自らが軍務にふさわしくないのかと思うがね。」

そんな軽口を叩きながら、あくまでもリラックスした感じを保つ。
というより、こちらが戦意に満ち溢れていると誤解されて撃たれてはたまらない。

なにしろ、全滅したという態で危険な戦場からひっそりと姿を消すのだ。
回収し、収容してくれる合州国の面々とも仲良くやっておくに越したことはない。
本音で言えば、収容されるという事に危惧を覚えないでもないのだ。

なるほど、拘束されるのか軟禁されるかの違いは無視できない。

「まあ、ヒスパニアのバレンシアオレンジでも楽しみにしようではないか。」

取りあえず、両者の妥協がヒスパニアでの拘留という妥協だ。
親帝国寄りながらも、合州国・連合王国に恩を売りたい彼の国。
イルドア王国絡みで面倒事は避けたいルートではなく、教会を介さない独自のルートを採用してある。

建前では、中立国に迷い込んだ軍人らと同様に拘留されるという事になっている。
まあ、監視付きだがある程度の自由が戦後まで保障されるという密約が辛うじて結べた。
彼らの黙認の元で当面は帝国の産業基盤を解体輸出するのがターニャの仕事となる。

まあ、マネジメントはかつての前職であるし問題はない。

むしろ、健全かつ生産的な経済活動に携わることができる分ターニャとしてはご満悦と評しても良い結果だ。
ヒスパニアの大地がもたらすバレンシアオレンジとパエリアに代表されるヒスパニア料理というのも乙なもの。
何より、良好かつ平和な環境下で経済活動を平和裏に行うのだ。

ターニャにとってみれば、まさに本領を発揮するにふさわしい戦場である。

「…平和の謳歌ですな。」

「ああ、平和主義者にとって素晴らしい理想だとは思わないか?」

如何にも、待ち遠しい。
そんな口調で呟きながら、ターニャはこちらに近づいてくる一人の軍服姿の男性に目を向ける。

「…どうやら、お出迎えの様だ。総員、傾注。」

敵意はないものの、秩序だっていることをアピール。
単純だが、全員が直立し捧げ銃の体制でこちらに接近してくる士官と思しき男性に敬意と注意を向ける。
ここまで事が進んでいるのだ。

まさか、ぶっ放す馬鹿は双方にいないだろう。

そんなことを緊張しながらも、ターニャは希望する。
まあ、こちらに歩み寄ってくる士官にしても、緊張は同じだろう。
取引ができていなければ話題に事欠かない『ラインの悪魔』へノコノコ近づいたりしないに違いない。

「…貴殿らが、平和主義なら世の中はよっぽど過酷なのでしょうな。」

「失礼、無聊を厭う慰みに過ぎません。お待ちしておりました。」

お互い、緊張していたとわかりつつも一定程度に慣れ合わないことを理解。
いや、素晴らしい緊張感だ、とターニャは素直に喜びを覚える。

「結構。」

「では、世話になります。」

慣れ合うでもなく、見下すでもなく淡々とした職業意識による扱い。
まさに、理想的な人間関係のソレである。
意味のわからない八つ当たりで突き落とされて以来、絶えて久しかった人間関係でもある。

実に、実に嬉しかった。

やることは、山の様にある。
例えば、こちらの誠意を示しつつコミーの脅威を示すために有名なスパイでもこっそり密告しておくべきだろう。
でも、ある程度出し惜しみも大切。
取りあえず、最後まで取っておくべきKFさんの事は黙っておこう。

いざとなれば、彼を密告するだけで十二分に功績として連合王国がかくまってくれるだろうし。

そこまで、思い至った時、ターニャは自分が珍しく高揚してマナーを忘れていたことを思い出す。

「以後、よろしく。」

そう呟き、ターニャは喜んで手を差し出す。
渋々返される握手の手を握り、ターニャは満面の捕食者の笑みを浮かべて呟く。

「では、契約を果たすとしよう。」




基本的に、下々の者どもについて干渉しないというのは原理原則である。
もちろんその原理原則を、森羅万象を司る面々は重んじている。
なにしろ、従属と自発性という問題は尊き方々が真摯な議論の末に善導すべきものと結論付けられているのだ。

信徒は、その自らの内発的な動機により信心を問われるべきである。
これを強制することは、形式的信仰の誘発につながりかねない悪行に等しい。
なればこそ、下々の事柄は善導すべきとされるものの直接的な介入は原則として望ましくないとされている。

「天に捧げる灯、でありますか?」

故に、とある地上を担当する存在が、申し出たと提案は珍しいものだった。
捧げるべき灯について、善導したいという提案は、介入を意味するのだ。

最も、提案という行為には相応の理由も存在している。
なにしろ、天に何かを人が捧げる儀式は、近年絶えて久しい。
忘却の彼方に忘れ去られ、形式的な言葉だけが送られているのが悲しいかな、実態なのだ。

「ええ、大変謙虚で素晴らしい。火の祭典を人の身でありながら、地上の子らが意図したのです。」

そして、彼らにしてみれば意思を内発的に示した時点でそれらは介入とは別のモノとなる。
為すべき行為を強要する訳にはいかずとも、迷える子羊が道をゆき始めれば、障害を取り除く。
彼らにしてみれば、そうして善良なる信徒を幾度にわたり導いてきたのだ。

使徒を使わすことが、奇跡を使わすことが、例外だとすればこれは存在にとって常道ですらあった。
善き行いのために、人々を導くという崇高な使命感と義務感。
それらが充足されることを、英知と共に彼らは言祝ぐ。

「それは素晴らしい!ようやく、祭壇に火をともし、神の奇跡を願うのですな。」

「祈りの言葉、救いを求める健気な子羊らの改心した声が届いております。実に、実にすばらしい。」

彼らとて、人の世が求める奇跡が変化し、同時に信仰が移ろいつつあることは認識していた。
なればこそ、なればこそ状況の改善のために何を為すべきかを真摯に議論しているのだ。

その存在らにとって、これはまさに福音ですらありえた。

「未だ、迷いや逡巡が見られるのも悲しい事実ではありますが。」

「弱く迷えるものを灯の光で導くのは、使命でありましょう。」

もちろん、誤りなき人間などありえないというのが真理だ。
人々が、例え正しい行いを為そうと動き始めたとして力強く為し得るとは限らない。

種は、茨に囲まれ、岩場に播かれれば、芽を出すことが叶わないのだ。
その問題を乗り越えるために、善き種の芽を存在らが護り、そして導くのである。

「異端どもも悔い改めましょう。それにしても、こたびの使徒はよくやっていますな。」

故に、存在らは労を惜しまない。
それどころか、状況をここまで改善させしめた新たなる使徒を大変評価する。
なるほど、信仰の言葉を人々に思い起こすべく派遣された前任者はある程度実績を上げている。

だが、同時に森羅万象を司る存在にとって満足すべき結果とは程遠い。
対して、新たなる存在の使徒は能う限りの才を持って信仰に挺身を為している。

そして、遂に火の祭典を、清めの灯を為すのだ。

絶えて久しい典礼。

それらの復古という事の意味は、計り知れない。

「実に、結構。素晴らしい限り。主の御心も安らがれましょう。」

故に。
存在らは事象を歓迎してやまない。



混乱まみれの連邦主戦線。
間抜けどもと、任務を果たせなかった護衛を口封じがてら、人間の過去形にする作業を陣頭指揮する同志ロリヤの表情はすぐれない。
彼が、多大な期待を込めて梃入れした冬季大攻勢は、確かに一定程度成功を収め得ていた。
しかし同時に、成功し過ぎて大いなる災いをもたらしてしまう。

指揮系統が一変し、ゼートゥーア大将が帝国軍東部戦線の防衛指揮権を獲得。
なりふり構わない焦土作戦と、首狩り戦術の組み合わせは頼りになりそうだった連邦の英雄を奪っている。
情報統制と、ある程度の口止めでなんとか秘密を維持しているものの敗北という事実は響いてくる。

「…党中央の、同志書記長の不興。やはり、どう考えても不味い。」

実際、かなり無理を言って親衛軍の動員を認めさせていた。
戦果に見合った犠牲と言えば態は良いだろうが、損耗を嫌うのは誰だろうとそうだろう。
そして、前進出来ているとはいえ事態が悪化しているという事は譴責こそされずとも危険な事態に違いない。

もちろん、有力すぎる部下を嫌う同志書記長の前で勢力を落すというのも保身上は良いだろう。
だが、責任を取らせたいと同志書記長が思われるほどの失敗は不味すぎる。
功績と失態を比較すれば、今のところは地位を保ちえるのだろうが。

だから、なにがしかの行動が必要だった。
成果を上げる必要があるのだ。

そうして、適当に人間を過去形にしつつ時間を過ごしていたロリヤに衝撃的な知らせが飛び込んで来る。

「何、帝国が西部で攻勢発起して大敗しただと?」

「はい、連絡官らの報告を総合すると、数日前の衝突が本格的な会戦だったと。」

執務室に使用している旧ルルマルシャ王国貴族の城館の一室。
その室内で受け取った通信文を読みあげたロリヤは絶句する。

敵残存戦力を分析しているロリヤや連邦首脳にしてみれば、東西両戦線で帝国が攻勢を発起できること自体が想定外も良いところ。
そもそも、残存戦力が乏しいからこそ焦土戦で遅延戦を行っているに過ぎないのではないのか。

「連合王国や合州国はなんといっている!」

「多大な犠牲を払ったが、一先ず連中に大打撃を与えたというニュアンスでしたが。」

だが、疑念まみれとしてもとにかく不明な点を明らかにするために交戦した『同盟国』からの知らせをロリヤは欲す。
そして、秘書官から差し出された報告書の束に眼を走らせ、損耗度合いの把握に努める。

見る限り、かなり大規模な攻勢だろう。

投入された戦力の規模、動員されている後方要員の規模をみる限り帝国にとって余力を振り絞っての攻勢に違いない。
そして、多大な損害を連合王国や合州国に与えることにも成功している。
しかしながら、それらの代価としてほとんど余剰戦力は瓦解してもいるのだ。

これらを勘案すれば、わずかに進軍ペースが鈍ろうとも最終的な終戦はより早期になりえる。

「ううむ、報告通りならば良い。良いのだが・・・何か、匂わないかね諸君。」

戦争の重荷に直面している連邦にしてみれば、早期終戦や敵の弱体化は歓迎すべき事態である。
報告通り、大きな会戦があったという程度ならばロリヤもこれほど引っ掛かるものを覚えることは無かっただろう。
だが、この状況下でなけなしの戦力を振り絞って攻勢を行うという点に違和感があった。

帝国軍というのは、ロリヤの認識ではもっと狡猾でしぶとい反体制派並みに諦めが悪い。
最悪の反動勢力であると言ってしまってもよいほどだ。
そんな連中が、追い詰められた破れかぶれの攻勢を発起し得るのだろうか?

なにがしかの成算があってのことだろうか?
だが、そうだとすれば連中はリスク計算を行い損害の最小化に努める筈だ。

「いや、考え過ぎだろうか?我々への影響は?」

だが、一先ず深刻な疑念を抱いているとしても影響を算定する必要がある。
疑念への対応を先送りし、分析を持参している補佐官にロリヤは顔を向け問いかけた。

「はっ?・・・これで、主戦線で一息つけるかと思われますが。」

「不幸中の幸いでしょうな。これで、時間が稼げる。」

だが、そこでロリヤは引っ掛かるものを同定する。
そう、それだ。
刹那のひらめきであり、何故思い至ったのかはロリヤ自身説明できないものである。

何かが、ロリヤの頭に答えを囁いていたかのような唐突なひらめき。

「・・・・・・何!?今、何と言った!」

「じ、時間が稼げると。」

突然豹変したロリヤに、あからさまに言えば怯えつつも補佐官が言葉を繰り返す。
時間、時間が稼げる。

そして、なるほど時間が稼げるというのは連邦にとってだろう。
だが、何も連邦だけではなく帝国にとってでもないのだろうか?

「それだ!時間だ!してやられた。何たることだ!」

「は?」

「わからんのか、この無能どもが!時間稼ぎだ。奴ら、結託したのだ!」

帝国軍が、あの忌々しく狡賢い連中が。
敗北を拒絶しようと足掻くのではなく、敗北を前提として足掻くとすればどう動くか?
当然、連邦よりは連合王国なり合州国なりと何処かで手打ちするに違いない。

だが、何をするにしても交渉するための時間が、連邦を遠ざけておくだけの時間が必要になるに違いない。

「同志ロリヤ、まさか、帝国と連中が手を結んだと?」

そう、そう考えれば全て辻褄が合う。
なるほど、大打撃を受けた帝国軍の部隊が後退して再編するとしてどこに送られる?
いや、そもそも必要無い攻勢で統制しにくいアホどもを粛清しがてら誠意の証明とすれば?

この程度の発想ならば、連邦にとってむしろ馴染みのある思考方法だ。

「間違いない。帝国は裏口を開けて庇護を求めるつもりだ。それ以外に、ありえん。」

裏口を開ける。
そして、ボロボロになった連邦軍が再編している間に、帝国が時間を稼ぐ。
これは一見すると、連邦のための時間的猶予であってその実逆だ。

連邦の世界戦略に対する、明確な痛打。

「そんなことがありえるのでしょうか?何より、帝国と連合王国や合州国がそれほど信頼しあえると到底思えないのですが。」

「交戦は、連絡官らが直接確認しています。ファニーウォーとは程遠いという報告ですが。」

無能どもが囀る中で、ロリヤの頭脳はむちゃくちゃな思考過程ながらも、正しい答えに辿りつく。
それはあたかも、ジャングルの中をむちゃくちゃに駆けまわって奇跡的に出口に至るような確率だった。

だが、それでも出口に至ったのだ。

「馬鹿か貴様ら。私の妖精だぞ。それくらい、やってのけるに違いない。」

戦後を見据えて、帝国が秋波を合州国に送るための貴重な時間稼ぎ。
それらに、連邦が知らぬ間に付き合わされて進撃を留めてしまっていた。
つまり、悠長に再編などしている場合ではないのだ。

「前線の軍人どもを突け。今すぐに、前進させろ。今すぐにだ。」

損耗を顧みず、今すぐに前進することこそが最善だとロリヤは確信する。
手段は、結果によって正当化されるという連邦の哲学はロリヤに行動を求めているのだ。

「いいか、損害に拘泥するな。直ちに、帝都まで進軍せよ。停止は認めない。」



後書き
あとちょいで、東部の大空襲とか。
というか、そろそろ本格的に帝国が蹂躙されるだけです。
当分、ターニャじゃない人たちの活躍が多くなると思います。

本作は、取り合えず帝都攻防戦とその後の戦後処理で完結する予定となっています。
なお、完結後に【試作】背教者の兄(歴史物・ローマ帝国)というのを頑張って書こうかと思っています。まあ、他にもいくつか候補があるのでご指摘等あればぜひよろしくお願いします。

ZAPしました。



[24734] 第八九話
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:a9244f5b
Date: 2012/05/31 00:03
誰もが、その日の事を。
あの日まで事を、記憶している。

ただ、公式の記録のみがその事実を沈黙しているのだ。



その日の事は、連邦の情報関係者の間では今も伝説として語り継がれている。
プロパガンダがどうであれ、難渋していた連邦軍の醜態と混乱ぶり。
当時、対帝国強硬策を主張する同志ロリヤは四六時中苦虫をかみつぶしたような表情であった。

モスコーの秘密書庫に封印されているという当時の写真という写真がロリヤの鬼気迫る表情で埋まっていると言われたほど。

なにしろ、大魚を逃しつつあったのだ。無理もない。
誰だろうと、目の前から勝利の女神が離れていこうとしてれば手を伸ばしたくもなるものである。
手が届かねばそれは、不機嫌にもなるだろう。

そして、連邦内部において勤勉な内務人民委員の長官が不機嫌であるということほど露骨に危険なこともない。
勤勉な死神が、文字通り癇癪を炸裂させながら執務している傍に立つのはギロチンの傍に立つのと同義だった。
すでに怠惰な現地軍の幾人かが、もちろん幸運にもというべきだが、執務室にアルコールの匂いを持ちこんだ咎で再教育だ。

ピリピリしきった室内にあっては、冷酷非道で持ってなる内務人民委員らですら誰もが一心不乱に職務に逃避するほかにない。
早く自分の仕事を終わらせて逃げ出そうと懸命なまでに仕事へ逃避する以外に、選択肢がそもそもあるのだろうか?
地雷原は他人に渡らせるべきであって、自分が足を踏み入れるべきものではないのだ。

そんな緊張しきって呼吸すら重苦しくなりつつあった内務人民委員の建物。
その一角にある会議室で、ロリヤと高級官僚らが定例会議を行っている時にその情報はもたらされた。

ある意味で不興を狩った場合の生贄となるメッセンジャーに選ばれた若い士官が、厳封された通信文を手に会議場に乱入。
もちろん規則にのっとり、礼儀正しく、かつ職務に忠実な行動なのだろうが誰もがロリヤの暴発を覚悟した。
いかほどの朗報だろうとも、不機嫌なロリヤを遮ってまで報告したいと思うだろうか?

実際、運搬役に選ばれた若い士官の運命は当の本人も含めて誰もが悲観してたことだろう。
だから、通信文を手渡し、死を受け入れんと悄然とした若い少尉はロリヤに肩を叩かれた時意識を失っていた。
誰もが次の瞬間のロリヤによる罵声を予期し、身をすくめる。

「…啓示だ!そうだとも、まさに、そうあるべきだ!」

そして、確かにロリヤの大声が会議室に響き渡った。
音量に関して言うならば、さほど大柄でもないロリヤが発するとは思いもつかないほどのそれ。
だが、参加者悉くの予想を裏切ったことにその表情には満面の笑みすら浮かんでいた。

「素晴らしい!まさに、完璧だ。素晴らしいとしか形容しがたい!」

そして、歓喜の叫びと共にケラケラと大声を上げて笑いだす始末。
一瞬の事だが、思わず彼が壊れたのではないかと誰もが口に出せない疑念を抱くほど常軌を逸脱した笑い声だった。

「……同志ロリヤ?」

渋々。
嫌々。

そんな表情で、同僚から厄介極まりない仕事を押し付けられた官僚の一人が問いかけるまで、調子を外したような笑い声が響き渡る。

「素晴らしい結果だ。合州国にモグラを潜ませた甲斐があるというものだろう。」

「諜報の成果が?」

そして、感激の表情も露わに彼は心からの笑みを浮かべる。
今まで彼が直面していた難題を撃ち破るであろう奇跡が手に入るのだ。
傲岸不遜にして、冷酷非道なロリヤして、それは歓喜せずには居られなかった。

「その通り。上手く誘導すれば、おそらくこれでこの戦争は終わりだ。」

「・・・すでに、終戦は時間の問題では?」

そう。
帝国の崩壊という公算はほぼ確定している。
だが、ロリヤにしてみればそれでは不十分なのだ。
そもそも、それでは意味が無い。

彼個人としても、連邦としても。

故に、此処しばらくロリヤは極めて不機嫌とならざるを得なかった。
西側の連中に、良いところを奪われた挙句、妖精を手に入れ損なうのだ。
その未来は、ロリヤにとって断じて許容できないもの。

如何ともしがたく見えたそれ。

其れが、打開できるのだ。
恋が、夢が、理想が、イデアが叶うのだ。

今、全身から彼は歓喜している。

「いや、連邦が決定的な役割を担えるだろう。」

「…どういう事です?」

現状は、帝国をどう切り分けるかという単純なパワーゲームだ。
連邦にとって、前線を押し上げることが、そのまま終戦後確保できるラインとなるだろう。
そして、そのラインの位置で今次大戦に果たした役割が図られるのだ。

当然、このままでは帝国を打倒したという栄光は合州国が掠め取っていくことになりかねない。
なにしろ、連邦が手古摺っている間に著しく戦線を伸ばしているのだ。
それを阻止するためには、連邦としてはこれ以上の足踏みは許されない。

決定的な役割を担うという事は、帝国の防衛線を連邦は突き崩さねばならないのだ。
それも、迅速かつ速やかに行う必要がある。
それこそ、西方の戦線が再編されて再攻勢を発起する前に。

故に、誰もが思わずロリヤの言葉を訝しむ。
決定的な役割を、担えるだろうとは、如何なることか、と。

それらの疑問は、ロリヤの察するところでもある。
だが、ロリヤにしてみればソレは、解決されたもの同然だ。
そこで、疑問に対し、ロリヤは端的にそのカギを口にする。

「合州国の連中、新型爆弾を使ってみたくて仕方が無いらしい。」

「新型、でありますか?」

それ以上を、ここで話すつもりはなかった。
なにより見渡す限りにおいて、新型爆弾というモノにピンとくる連中は乏しいらしい。
ロリヤは内心、科学技術に関する教育の停滞はここまで悪影響があるのか、と歎きたかった。
連邦内部の科学関連の停滞は、今後に響きかねない。

だが、少なくとも、今の喜びに水をさすものでもないだろう。

「まあ、現場はともかく上は使わせたいものだ。せっかく開発した以上、コンバットプルーフを望むのも無理はない。」

開発に成功した合州国首脳陣と、開発首脳陣は巨額の費用を投じた機密プロジェクトの成果を示さねばならないのだ。
言い換えれば、実際に使えることを証明しなければならない。
当然、良くわからないものを押し付けられる現場はともかく上は使いたくて仕方が無いのだ。

「これは、我々にとっても実に都合がよい。」

「情報収集でありますか?追加の人員派遣であれば、時間が必要となりますが…」

実戦で使用された新兵器というのは、情報が流出しやすい。
なにより、実際に使われた側に存在を秘匿するのは不可能だ。
そういう意味においては、新型兵器の情報収集を予期した部下は無能ではない。

だが、彼らが完全にこの『爆弾』の本質が理解できていないという事もロリヤには理解できていた。

「いや、我々が有効活用してやろうではないか。」

「は?」

「素晴らしいとは思わないかね?上手く誘導すれば、だいたいの事にけりがつけられそうだ。」

理論値に過ぎないとしても、その威力、性能。
たった一発で、文字通り連邦に帝国への門をこじ開けてくれそうではないか。
まさに、連邦にとってそれは福音であり、ロリヤにとって最高の贈り物だった。





その日、ジョンおじさんはごくごく真っ当な仕事の一環として古い友人たちを訪れていた。
与えられた仕事は、ごくごく穏当かつ真っ当なモノ。
ちょっとばかり前線に近いために外交官では危ないので、ジョンおじさんがメッセンジャーを代行しているだけである。
まあ、簡単な仕事なので、他の部署にわざわざ知らせる必要はない。
ついでに言えば、内部の部署に関しても、他にいくらでも仕事があるので絶対に煩わせてはならないと厳命されていた。

まあ、これはジョンブルなりの思いやり精神である。
誰だって自分の仕事で忙しいところで、さして重要でもないメッセンジャーに行きますというだけの業務連絡を大仰に流されれば億劫に違いないのだ。
当然気配りできてこその紳士である。

疑いの余地なく紳士であると自負するジョンおじさんにとって、他部署を煩わせないというのは造作もないこと。
誰にも余計な気を使わせることなく、あっさりと本国から出国しメッセージをえっちらおっちらと運ぶべく頑張ったのである。

こうして、共和国内部に位置し大陸方面を管轄するアイゼントルガー将軍の司令部で、ジョンおじさんは暖かく歓迎されていた。
そうなれば、旧交を温め直したいと、ジョンおじさんでなくとも思うところ。
だが、悲しいかな彼は一応メッセンジャーなのだ。

そういう訳で、ジョンおじさんは実に悲しげな顔でちょっとした疑問を口にする。

「…どういう事ですかな?何故、この時期に東部に対して貴国の戦略爆撃隊が全力出撃の徴候を示しておられる?」

「馬鹿な。陸軍航空団にそのような命令を出した覚えは」

ああ、やっぱり『ちょっと』の『ヒューマンエラー』による『連絡』の『行き違い』があったのか。
そう理解した、ジョンおじさんは善意からヒューマンエラーの齟齬を改善しようとちょっとばかりフォローしてあげることにする。
友人たちの間でちょっとした『連絡ミス』が『ヒューマンエラー』で起きてしまうのは悲しいことだ。
でも、人間というものは過ちを犯してしまう事があることもジョンおじさんたちは知っているのである。

だから、友人たちのミスはそっとフォローするのだ。

「ドレスデニアを更地にしてのけると豪語されているとか。いやはや。憎き憎き帝国軍の抵抗拠点を叩くという意味では実に合理的ですな。」

もちろん、人の問題に首を突っ込むことは無礼極まりない行為だ。
ジョンおじさんも、上司で怒りんぼのハーバーグラム中将だってそんなことはしたくない。
だから、最初耳にした時頭越しに怒鳴りつけるのではなく、やんわりと知らせてあげることにしたのである。

「御理解いただきたい。私達は、連邦と共通の敵として帝国に対峙しているのです。もちろん、貴国の軍事的貢献を貶そうとは思っていません。」

もちろん、公式に敵対関係にある国家の軍事拠点を空爆するのは実に合理的な選択だろう。
国際法は大規模戦略爆撃を公的には批判しているし、禁じてもいるが国際法は解釈に多義性が認められているのだ。
例えば、事前に爆撃を予告するビラをばら撒いておけば、後は自己責任であると豪語してもまあ戦勝国ならば問題に目をつぶれる程度には。

「ですので、応援しているのですが、ええ、ちょっとばかり意気込みすぎているかと思いまして。手負いの獣は手強いですからな。」

まあ、そんなわけでジョンおじさんとしては友人達に狐狩りや狩猟の経験上知悉している事象を助言しようという寛容さがあるのであった。

「それに、気になることが一点。」

「お伺いしようか。」

「先立って、帝国東部都市の内いくつかの都市が1カ月にわたり爆撃を被っておりません。」

ついでに、微妙に不審なことに注意喚起を行う。
もちろん連邦と交戦している帝国軍を支援するためには、東部を爆撃すべきだろう。
だけれども、その爆撃対象は人道的見地と戦術的価値から軍事目標を優先すべきなのは自明だ。

だから、都市が爆撃されないと言われても別段そこまで不思議でもないのだろう。
問題はちょっとばかり、対象の都市が市街地の形を綺麗に残している事や、標準的すぎる都市である事位だろう。

「…ふむ、興味深い話ですな。ひょっとして、軍事的に何ら価値が無いだけやもしれませんが。」

実際、軍事的価値が高い目標ならば他にいくらでもあるだろう。
ついでに言えば、うっかり連邦軍に誤爆してしまうといけないので、軍事的目標があっても前線付近で爆撃するのも避けねばならないのは当然だ。
だから、爆撃目標をイルドア王国などに絞って効果的に帝国軍を叩くという戦略を検討していると連邦には通達してある。

アイゼントルガー将軍らにとってみれば、はっきり言って黙約を遵守しているつもりだ。
その観点からして、全力出撃の案件はともかく、空爆が止まっている事そのものは別段問題とは思えない。
実際、帝国側は契約を順守するつもりらしいのだ。
すでに、帝国軍から複数の部隊が投降してきた上に、前線の防衛線は意図的に解体されてはじめていた。

パルトン将軍に至っては、即時進撃を主張するほど道から障害は取り除かれつつあるのだ。
陸軍航空団が戦果を焦っているというのは懸念要因ではあるものの、命令すれば良いではないか、というのが彼らの見解である。
別段、此処まで人眼を憚ってまで伝達すべきことなのか、と誰もが訝しむ。

いや、訝しまざるを得ない。

連絡将校を通じて、一言告げてくれれば良いだけの案件なのだ。
本来ならば。

「いえ、その通りならば宜しいのですが気になることを耳にいたしまして。」

だが、ジョンおじさんという人間は実に面倒くさがりでもある。
いや別段本人に怠惰な気があるわけではないのだが、多忙すぎて無用なことには手を出したがらないという性質が理解してもらえぬだけなのだと本人は自負している。
とはいえ、ノコノコやってきた以上は、相応の理由があるのだ。

「我々は軍人だ。単刀直入に言ってもらいたい。」

「結構、ならばお言葉に甘えましょう。」

まあ、無駄は嫌いだ。
仕事もたくさん残っているし、ティータイムも削るわけにはいかない。

「…貴国が先立って実験に成功したという原子のおもちゃ。使ってみたいとお考えではないでしょうな?」

「何のことだ?理解しかねる。」

「新しいおもちゃですよ、ロースアラモーで開発されていたのではないのですか?」

帝国側とのちょっとした外交折衝で手土産として渡された噂話。
他愛もないおしゃべりだが、新しいおもちゃの事を帝国側が噂していたのでちょっと興味がわいただけの事。
それを、おはなして注意喚起しておく必要があっただけの事だとも言い訳できる程度の関与。

ジョンおじさんのミッションは、結構あやふやな基盤によるものだ。
まあ、いつもの事だが。

「ロースアラモー?そこは確か、陸軍装備局の耐久試験場だ。なにか、勘違いしていないか。」

「…御存じないのか、我々の情報が間違っているのかは理解致しかねるところではありますが、確認を願いたい。」

そして、仕事の一環として義務の範疇は十分に満たしただろうとこの場で退くこともジョンおじさんにはできた。
本来ならば、深入りし過ぎていらぬ腹をみられるのもおっくうな話なのだ。

「一応、お伝えする分には構わないが調べても何も出てこないと思うがね。」

「私としては、間に合えば一向に構わないつもりです。何も無ければ、それはそれで良いでしょう。」

だから、面倒くさがりだと人から言われるジョンおじさんも常ならば此処で退いた。
しかしながら、別段面倒くさがりではなく効率論者なジョンおじさんである。
もしも、それが事実であればというリスク分析を行った結果としてもうひと押しすることも考えられた。

だが、しかし。

そのためには、確証が必要なのだ。
あの化け物が囁いた噂が、真実であるという確証が。
無い以上、ジョンおじさんは躊躇せざるを得なかった。

一応とはいえ、信頼関係を構築し得ているアイゼントルガー将軍らとの関係を損なうべきだろうか?
そこまで、あの帝国軍人を信頼し得るのだろうか?
そもそもの話、連合王国の国益を優先する立場からして、これ以上の深入りは許容されるのだろうか?

故に、その一押しは遂に為されることが無かった。
否、為せなかったのだ。




その日、ゼートゥーア大将はやむを得ない事情により帝都へ帰還していた。
本来であれば、防戦最中の方面軍指揮官が現場を離れることそのものが銃殺刑に匹敵する愚行だろう。
だが、のたうち回る連邦軍の前進を辛うじて抑え込み小康状態を維持していたことが幸いした。

状況の安定化を見た参謀本部と帝国政府は、初めて公式に『戦後』と『講和』を議論する事を決断。
ある意味で、最も卓越した戦略家として消耗抑制派どころか決戦論者からも評価されていたゼートゥーア大将の頭脳を帝国は渇望していた。
誰もが、この苦境下にあって辛うじて東部を安定させ、なおかつさしたる損害を被ることなく西方で引き分けた知将を欲するのである。

実際のところ、諸外国から見た場合西方遊撃戦は帝国にとってさほども高くついていない。
なにしろ、損害を偽装するべく行動した『バルバロッサ』関連部隊が多数の損害も演出してあった。
確かに、反帝国的なコミー分子は実際に帝国の盾として散らさせたものの、全体としては『攻勢』の割には、『安く』とどめられたと参謀本部ですら考えていたのだ。

しかし、この認識のギャップは本質的には帝国の継続戦闘能力に対する誤解からなるものだ。
確かに帝国軍は数だけ見れば、まだ遥かに敵国の予想を上回る数を揃えているだろう。
精密極まりない戦争機械は、イルドア王国という占領地域からなりふり構わず武装を徴発し部隊に割り当てていた。
錬成された魔導師の数に至っては、戦前の倍に届かんとする規模の部隊が編成されつつあるほど。

なにより、新型のエレニウム工廠製97式後期生産型『突撃機動』演算宝珠に至っては、彼我の戦力差をキルレシオで1:20に為し得ると期待されている。
実のところ、これらを試験運用していたザラマンダー戦闘団の中核が西部で失われたことだけが参謀本部にとっては惜しまれる程度なのだ。

このように、主観から見た場合、帝国軍は圧迫されているとはいえ小康状態にあるとすら言えた。
だからこそ誰もが、この膠着状態を活用して講和による解決を模索しようと『帝都』では考え始めているのだ。

しかし、馬鹿馬鹿しい限りだと前線に立てば嫌でも理解出来るに違いない。

西方攻勢は、東部防衛のために切り詰めてある。
だからこそ帝都では、誰もが余力を帝国が残していると誤解しているのだ。
そして、ぎりぎりの攻勢であったがために交戦国らは帝国が崩壊に瀕していると想定するのだ。

数ならば、いる。
だが、数に過ぎない。

それが、精強を謳われた帝国軍の末路だとゼートゥーア大将は嫌というほど実感している。
デグレチャフによれば、現在の補充魔導師は『弾避け程度にもならない』という。
実際、教導を兼ねて行われた新編の魔導大隊と古参による小隊の模擬戦では戦闘にすらならなかった。

傍で観戦していたデグレチャフが吐き捨てるところによれば、そもそも飛べない魔導師が多すぎるという。
それどころか、防殻の展開を維持できないレベルの魔導師が多数を占めつつあり、歩兵と防御力は同程度とのこと。
碌に訓練されていないことを考慮すれば、同数程度の連邦軍歩兵を押しとどめられれば僥倖程度の技量だという。

エレニウム工廠製97式後期生産型『突撃機動』演算宝珠はなるほど優秀だろう。
その技術水準については、ゼートゥーアとしても感嘆したほどだ。
だが、明らかに使用する側が付いていけない兵器だとも痛感している。
歴戦の魔導師ならば、嬉々として使いこなせるだろうが、新兵には過ぎた代物。

ためしに使わせてみるには見たが、飛行術式と観測術式の同時展開に失敗して墜落する始末だった。
敵兵から回収した連邦制宝珠の方が、まだしも補充連中には有効だろうと前線では判断されている。
少なくとも、雑に扱える上に細かい制御を望まなくて済む。

しかも、この宝珠の生産のために機甲師団の補充部品が滞っていた。
希少資源を豊富に投入するために、生産効率も悪すぎる。
こんな状況にありながら、上は幻想に生きているという事を前線に嫌でも悟らせていると言えよう。

だから、ゼートゥーア大将は単刀直入に幻想を打ち砕くべく発言した。

「善後策を議論される方々の参考のため前線から申し上げましょう。帝国軍は最早、帳簿上にのみ存在する軍隊にすぎません。御考慮いただければ、幸いに存じます。」

厳密に言うならば、東部において最後の遅延戦闘を行うための手筈は整えてある。
防衛に徹する限りは、東部においても一定程度の戦力が残存しているとも言い得た。

だが、少なくとも全体としては、帝国軍は消えているのだ。
現実に、もはや帝国軍とは帳簿上の存在に過ぎない。
ゼートゥーアは、そう確信していた。

少なくとも、衝撃に打ちのめされ感情が表情から抜け落ちた自分の部下が会議場に乱入してくるまでは。

「・・・・・・・・・・・ゼートゥーア閣下。ヴィエナ司令部より東部軍に関し至急報が。」

事の重大さから、余人には割って入れない会議。
その会議場に衛兵の制止を振り切り乱入してきた高級将校の顔は、亡霊の様な表情だった。
それは、ゼートゥーアがレルゲンという良く知っている男だと悟るのにしばし時間を必要としたほど。

重大な会議への乱入者であるにもかかわらず、レルゲン准将はその雰囲気と亡霊じみた表情で誰もが制止しえなかった。

「ヴィエナ司令部?プダベスト司令部ではないのか?ケーニヒス軍管区でもなく?」

「はい、閣下。遺憾ながら、ケーニヒス・プダベスト両司令部より至急電が来ることは最早、ありえないでしょう。」

そこにある表情は諦観。
そこにあるのは、希望を完全に砕かれ、不条理に直面した男の顔だ。

「なに?レルゲン、それを寄こせ。・・・・・・・・・・・・そんな、馬鹿なッ!?」

事態の深刻さを瞬時に悟ったゼートゥーア大将が通信文をひったくった瞬間に抱いた感情。
それは、彼の長い軍歴においても稀な、純粋な驚嘆と有りえないという願望じみた感情だった。

一切合財を合理的に考え、人間性ではなく効率で事態を考える総力戦を誰よりも理解した将軍。
その将軍をして、もたらされた知らせは、理解の範疇を越えていた。

否、その事実を容易には認められえない。

「事実です閣下。つい今しがた、情報を持参したヴィエナ司令部の伝令将校は直接現地を視認しております。」

だが、その俄かには信じがたい報告は部下の愕然とした表情によって急激に現実と化す。
それが、どれほど信じがたかろうとも化さざるを得ないのだ。

「…防衛線は、敵新型爆弾によりもはや消失いたしました。」



あとがき
最近、多忙でちょっと手間取ってます。
なんとか、きっちり終えたいと思うので今しばらくお付き合いのほどを。



[24734] 第九〇話
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:a9244f5b
Date: 2012/07/02 04:25
ウラン・プルトニウム等の核物質は、平和的利用・軍事的利用の如何を問わず厳密に管理されねばなりません。
核による平和的利用の成果は、否定されるべきではありませんが同時に細心の注意が払わねばならないのです。

そして、核の拡散は、絶対に阻止されねばなりません。
この命題に背いて、破綻国家やテロ支援国家が核武装を行うのは許容しがたいほどに世界を危険に至らしめるものです。
その結果、核兵器が流出し、世界に対する重大な危機を誘発せしめん可能性は想像するだけで恐ろしい。
我々、常任理事国は、断じて核の流出という脅威を甘受することができないことを明言いたします。

核の傘の下での平和という言葉によって、世界の軍事的な緊張は常に危うい状況に置かれてきました。
それらの状況を緩和し、同時に破滅的な破局を回避するために国際的な核軍縮の動きに我々常任理事国は努めていくものです。
同時に、我々は安全な世界のために徹底した『核管理』を提唱し、要求するものでもあります。

我々は、また同様に民生用原子力発電所の保安強化を強く供給するものです。
警備体制・使用済み燃料棒等についても軍事施設に準じた防御体制と管理機構を整えていない原子力関連施設は、その一切が巨大過ぎるリスクであります。
我々人類は、その進歩によって大きな知恵の実を貪っているという事実に謙虚であるべきでしょう。

同時に、我々常任理事国はアライアンス形成の前提条件であった紛争における諸条件の遵守を国際社会に対し強く履行するように求めるものでもあります。

アライアンスが形成された際、我々は世界に誓いました。
二度と、子供達が戦争に駆り出されることのない世界を造ろうと。
現在、再び繰り返さぬと我々が誓った悲劇が世界各地の紛争地帯で勃発してやみません。

アライアンスの知りえた衝撃的な結果は、5歳の少年兵が紛争地帯で銃を振り回しているのです。
地域内の少年少女、ほぼ全てが民兵と化した恐ろしい事例すらも、報告されていました。
このような、事態がどのような危機を誘発しているかを理解すべきです。

事態は既に悪化の一途をたどっており、紛争は最早制御不能な事態を招きつつあります。
国際社会は、少年兵の問題に対して真剣に取り組むべき十二分な理由があると言えましょう。
我々は、先の大戦において少年兵という悲劇的な事例を回避すると誓ったのです。

このように、国際社会と既存の秩序に対する著しい破壊的状況を改善する必要があるのは自明の理でありましょう。
我々は、既に多くの子供達に戦争の洗礼を浴びせた挙句、核という火を管理できるかどうかの鼎が問われているのです。
世界各国の、そして常任理事国の意志を代表し、此処に集った合州国・及び連邦代表は宣言します。

『子供の権利条約』の厳格な履行を強く促すこと。
そして、『核管理』の国際的な管理委員会を創設すべく強く提言します。

これらは、より安全で、より平和な世界のために必要であるとアライアンス常任理事国は確信するものです。


『少年兵と核管理に対する創設期の常任事理国による提言』 
アライアンスの求めた良心による世界の改良とはなにか? 第三章 









笑い声が、止まぬ笑い声がバレンシアに響き渡る。
壊れた蓄音器の様に、彼らは誰もが音律の外れた哄笑を垂れ流す。

形容しがたい激情のままに、彼らは嘲笑う。
奔流のごとき感情を轟々と放ち、そこに立つ姿は羅刹ですら逃げ出すほど。
握りしめた拳は、今や高らかに突きだされ、振り下ろされんとす。

その矛先は自明だ。

幾重にも彼らに取り囲まれ、審判を突きつけられんとする合州国の連絡士官ら。
人が体現しうる暴力の極限が凝縮された矛先を向けられては、生きた心地も無いだろう。
取り囲まれた相手は、悉くが剣林弾雨に遊び、硝煙弾雨が日常と化した極限の生き残り。

よもや、御せると思う筈もない。

否、刺激すら避けるべき相手なのだ。
本来ならば。
断じて。
絶対に。

その程度の事、連絡士官程度ですら理解し得る。
糞ったれの上層部が、何を考えているのかは知らない。
しかし、そんなことも知らないのかと取り囲まれた士官らは叫びたかった。

だが、彼らがその激情のままに暴発することはありえない。

「…静まりたまえ、大隊戦友諸君。」

たった一言。
怒声を響き渡らせるでもなく。
万言を尽くし、道理を説くでもなく。
ただ、一言でもって彼らは鎮まる。

それを為したのは、まだティーンになるかならないかの餓鬼。
初めてそれを見た時は、思わず隣にいる同僚と顔を見合わせて本物かと疑った程幼い指揮官。
だが、言葉ではなく存在が全てをこの場において物語っていた。
碧眼を細め、端麗な面差しをわずかに歪めるだけで彼女は場を支配する。

「してやられた、というべきだろう。」

淡々と吐き出される言葉は、そこに何の感情もこめられない平坦な言葉。
だが、言葉の調子とは裏腹に、肩をすくめ自嘲する顔は皮肉気に歪んでいる。

一発触発。

他には、その感情を形容しがたい。

「信用だ。大隊戦友諸君、遺憾ながら我々は信用されていないらしい。」

天を仰ぎ、憎たらし気に吐き捨てられる言葉。
その意を、思わず合州国の士官らは掴みかねる。

信用?
いったい、何の信用だ、と。

だが次の瞬間、彼らの疑問は最悪の形で氷解する。

「私は、悲しいのだ。大隊戦友諸君。」

大げさに歎く姿は、本来ならば喜劇的だろう。
だが、それは喜劇的というよりは激怒を取り繕うかのような素振りだ。

いや、狂気だろう。

「我々は、撃たれても撃ち返すことすら叶わない無能と見なされた。」

紡がれる言葉は、どこまでも平坦な声色。
淡々と紡ぐありさまは、どこか現実離れした呟きだ。

「我々は、敬意を払うに値する敵と認められなかった。」

歎き、歎き、歎く。

自らに価値が無いと。
そのように定義された自らを嘲笑うかのように奴は慨嘆する。
だからこそ、だからこそ恐ろしいのだ。

「笑いたまえ、合州国軍人諸君。諸君と取引したつもりで、相手にもされていなかったこの間抜けを。」

悲しみの表情を携え歩み寄ってくる化け物を前に、幾重にも包囲された合州国士官らは自らの不運を天に呪う。
物分かりの良い投降兵、取引が成立した以上脅威たりえる筈もない連中だと誰が口にしたのだろうか。

…こんな狂気の塊と、悪意が狂い咲きした連中を見誤った上に災いあれ!

「遠慮はいらない。さあ、笑いたまえ。…それとも、笑えないのかね?」

そして、合州国士官らの引き攣った表情を眼にした化物はソレに興味を失う。
もはやソレは、論ずるに値しないに過ぎないのだ、と言わんばかりに。

「結構、大変結構。」

ニヤニヤと。
悪意と害意の塊のような皮肉気な笑み。
それを浮かべる化物は、楽し気に全てを嘲笑い飛ばさんとする。

「さて、我が大隊戦友諸君。私は、帝国を代表して行動する義務がある。古の法で以て奴らにルールを教育してやろうではないか。」

愉快気に。
楽し気に。
無邪気なまでに。

カラカラと笑い始める姿は、おおよそ正気の沙汰ではない。

「私に付き従うバルバロッサの亡霊諸君、報復だ。」

「「「眼には、眼を!歯には、歯を!」」」

だが、もはや今となっては止めようがないのだ。
災厄は解き放たれる。
パンドラの箱は、開けられてしまった。




信用とは、空気のようなもの。
空気が汚染されてしまえば、逃げ場が無いのと同じく。
信用が汚染されてしまえば、市場原理は機能し得ません。

これは、近代資本主義の絶対的前提条件である信用の問題といえましょう。
言い換えれば、信用の回復は市場原理を有効に機能させる必要最低限度の義務。
つまり、こちらの信用が不当に貶められるのであれば自力救済を図らねばなりません。

信用がいかに大切かという事は、幾多もの先行研究が物語る通り。
取引に際して、信用を担保するのが名誉でなく現実の権力乃至パワーであるというのならば実にシンプル。
我々も、信用を得るための力を手にする必要があるのは自明でありましょう。

申し遅れました。
小官は、バルバロッサ作戦司令部直轄大隊指揮官、ターニャ・デグレチャフ魔導中佐であります。
正式には、帝国軍ザラマンダー戦闘団前戦闘団長デグレチャフ准将(二階級特進済み)でもあります。


軍籍抹消された人間なので基本的に正規の指揮系統からは束縛されない自由を満喫しているところでもあります。

ああ、自由!
束縛なき、自由!

何と素晴らしいことか。

これで、仕事が無ければ完璧ではありますがままならないのが人の世の常。
ええ、私とてある程度人生の経験上、希望的観測に基づく未来願望などに依拠して行動するのはナンセンスだと理解出来ますとも。

そんな私の仕事は、ちょっとした信用の回復。
要するに、自分達にお仕事ができるという事と取引相手としての信頼性を回復するための簡単なミッションです。

バルバロッサ作戦の実働部隊として、我々は独自の報復行動を実行するべく策動を開始いたしました。
すでにオレンジと太陽に別れを告げ、峻厳な山岳地帯を越えて本国の司令部と連絡を回復しております。
といっても、普通に帝国・共和国・イルドアの中間に位置する誓約同盟領内で駐在武官と接触しただけですが。

魔導師らしく、全力飛行で近くまで飛んでいくだけの簡単なお仕事。
後は、正規の手続きで発行されていない以外、全て本物と同じ外交旅券で入国。

かくしてターニャとその一派は連絡要員の武官らと作戦の実行に向けて備えていた。
といっても、ターニャらの行動は情報が入ってくるまではさしてやることもない。
魔導師らの仕事は、鉄槌でありどこに振り下ろされるかが決まるまでは、待つしかないのだ。

故に、出歩くわけにもいかずやることも乏しい部隊は食事程度しか楽しみがなくなってしまう。
ここまで生き残ってきた古参らである。
緊張やら、待機のストレスで食えないという脆弱な胃の持ち主はヴァルハラだ。

食べられるときに食べ、寝られる時に寝る。
それが、良い兵士の条件なのだ。
ある意味で、引きこもっていることも考えれば彼らは規則正しいニート生活を満喫していたとも言える。

そして、滞在三日目にして、チーズ・フォンデュへ飽きつつあった彼らはメニューに多様性を求めて止まない。
その日の夕食は、帝国風のジャガイモ料理ことレシュティを初めにメインはフォンデュ・ブルギニョン。
チーズではなく、薄い肉という点とソースの旨みは大歓迎されてやまないものだ。

そして、一部にとってはもっと大切なワインも素晴らしかった。
なにしろ、全方向を交戦国に囲まれた中立国である。
輸出できないために値崩れした安価で良質な輸出用ワインの値段は、大変お買い得である。

故に、ターニャとしても誓約同盟のある意味良いところ取りの料理に舌鼓を鳴らすゆっくりとした夕食を考えていた。
だが、ようやく食事にありつこうかという時に限って待ち望んでいた情報が飛び込んでくるものだ。

飛び込んできた連絡武官にひっ立てられ、渋々席を立った士官連中。
あまりモノは、しっかりと下士官らに美味しく頂かれることになる。

「インディーナポリスを確認。間違いありません。」

「…やはり、物は第八空軍にあるか。面倒だな。」

回収対象は、ちょっとした工業製品。
イエローケーキ関連で知り人ぞ知る専門の逸品。
ええ、世界中の破綻国家が欲しがるそれ。

崩壊しつつある帝国が欲して、なんら疑念なきソレ。
ターニャにしてみれば、自明の理。
ただ、その事実が自分は破綻国家に属しているのだという事を否応なく知らしめることが酷く不快だった。
まあ、その不機嫌さに空腹感と食いそびれた食事の影響が無いとも言えないが。

舌打ちしつつ、行動のために頭を切り替え最適解を模索。
搬送した軍艦の寄港ルートから、ほぼ間違いなく物は合州国第八空軍が管理していると推定される。
この状況下において、戦略爆撃部隊を有する同軍が保持していることには蓋然性があると言えた。

だが、所在地が判明したとはいえ課題は山積してやまない。
すでに、参謀将校らは地図を引き出し航法の見積もりにとりかかっていた。

「内陸のバッキンカムシャーへ長躯を。」

気の早い部下は、今にも飛びださんばかり。
無論、航続距離という観点からみれば出撃圏内なのは間違いない。
核が再度搬送されてしまう前に襲撃する必要性という事も理解できる話ではある。

とはいえ臆病で無くとも、山積している課題は否応なく理解出来るに違いない。
なにしろ、連合王国本土に、来援した合州国第八空軍の戦闘部隊まで展開しているのだ。

部下から手渡される敵防衛部隊の配置予想図を地図と対比すれば、結局提案に対して首を横に振らざるを得ない。

「論外だ。それでは、防空網にインターセプトされるのが目に見えている。」

迂闊に突撃したところで、せいぜい暴れ回った挙句に落とされるのが目に見えている。
それでは、無駄な犠牲も良いところであると言わざるを得ない。
なにより平和主義者であり、命を大事にしたいターニャにしてみれば命をチップにする気は皆無だ。

防空高射砲陣地以外にも、警戒線が複数存在していると想定されている状況下。
なにより、多数の魔導部隊がスクランブル態勢にあるらしい。
ごくまれに本国の偵察部隊が湾口部の強行偵察を試みているが、成功の事例は乏しいのだ。

「低空侵入では?」

「不確実性が高すぎる。やるならば、夜間に限るだろう。…統制が乱れかねん。」

多少現実的な教科書的作戦ならば、なるほど夜間の低空侵入で警戒線を突破することも不可能ではない。
だが、地形追随飛行は技術としては不完全も良いところ。
実際に偵察に成功している部隊がいるといえども、簡単に模倣できることでもない。

そもそも、魔導師による飛行隊列は低空飛行故に感知されにくいといえども限度がある。
航空機と同列に低空飛行の威力を期待するのは危険すぎた。
加えて、偵察機と戦闘編成の大隊では根本的に違う難題として指揮統制の問題もある。

出来たとしても、部隊の指揮統制が維持できるとは到底想定し得なかった。
そうなれば、各個撃破されるのは明白すぎる。
不愉快な事実だが、それが現実だ。

「ライン戦線の再現はいかがですか?また、強行突破を。」

「成功の公算が乏しい。」

過去の手法に拘泥するやり方では、部分的な成功しか収められないのだ。

かつてのライン戦線を勘案すれば、VOBは一つの選択肢だろう。
だが、アレは有名な浸透手段となりすぎた。

溜息を冷めた珈琲で飲み干し、ターニャは地図から答えを求めるべくひたすら睨み続ける。


敵の反応速度を上回る速度で浸透、突破。
それによる敵後方の錯乱という作戦ドクトリンの有効性は未だに健在だとしよう。
冷めていようと、珈琲が珈琲であるように本質は変わらないのだ。

だとしても、敵本土という条件はインターセプト側の即応性が顕著であると想定せざるを得ない。
さりとて、敵の処理能力を越える範疇で飽和攻撃を敢行するだけの規模は無し。
ターニャとしては、数的飽和以外の方策を模索し、実現しなければ攻勢は成し遂げ得ないと理解している。

本来、自分の仕事は発揮するのではなく、できる人間を採用することだった。
しかしながら、今こそ自力で創造性を発揮しなければならぬ時期である。
それだけに、ターニャとしてはアプローチを創造的に切り替えねばならないことを痛感して止まない。

命題は、基地襲撃とニューク関連物資奪取。
襲撃すべきバッキンカムシャーは、連合王国本土の内陸部。
つまり、長距離侵攻は不可避のそれとなる。

では、如何に長距離侵攻すべきか。

「参ったな。現実的に考えれば、考えるほど袋小路か。」

考え始めたターニャだが、すぐに忌々しげな表情で吐き捨てざるをえなくなる。
眉間にしわを寄せ、悩んだところで問題は解決するものでも無し。

「煮詰まっているな。時間も時間だ、気分を変えよう。」

故に、ターニャは軽いブレイクを取るように参謀将校らへ促す。
追い詰められた頭脳では、創造的な仕事が期待できないと思えばだ。
だが、如何せん創造性というよりはブレイク・スルーが求められる事態である。

肩をすくめ、従兵に軽食を用意させつまみながらターニャは頭脳を最大限回転させつづける。
マネジメントの一環で場の雰囲気に留意したが、これでは一時的な時間稼ぎにすぎないと理解している。

…いっそ、95式に頭脳をずぶずぶにされることを覚悟で全力起動してみるか?

主を讃え、讃美歌を歌いながら、核へ突撃。
想像するだにおぞましいソレだが、少なくとも一定程度の成算はある。
まあ、一定程度であるし何より思想良心の自由が侵されるのは耐えがたい苦痛だ。

他の代替策が望まれる。

一番、堅実なのは潜水艦による揚陸と、その後の徒歩による浸透襲撃。
だが時間がかかりすぎる上に、そもそも検問や警戒線を勘案すると現実的とは言い難い。
本作戦は、時間的制約の中で疑似MAD理論を確立させねばならないのだ。

速度が全てを決する。

逆のアプローチは無いのか。
速度戦で、問題を一刀両断に解決できるものは。

この際、アイディアが頭に降ってくるならばデウス・エクス・マキナでも構わない。
いや、おおよそアノ此方の認識できない上から見下すのが好きそうな存在Xの輩どもに期待しかけている自分では思いつきそうにないだろう。
高みとやらから、まったく、叩き落としてやりたいところだ。

…うん?

高み、そう、高みだ。認識できない程の高み。
高高度、叩き落とす・・・それだ、そう。

たしか、そういった降下戦術があった。
あれは視界外高度からダイブ、その後直前に開傘して降下だ。
魔導師反応は、垂れ流す心配が皆無。

「…ああ、アレならば、行けるか?」

確か、宣伝省がばら撒いていたビラに報復兵器とやらがあった。
アレは、本質的にはV○Bと同じ代物。
というよりも、弾頭を搭載して嫌がらせ攻撃能力を高めたソレだ。

弾頭の代わりに魔導師を搭載して、途中で切り離せば十分。

「中佐殿?」

「ヘイローでも、やってみる他になし、か。」

「はっ?」



そして。
ターニャと彼らは、空にあった。

高度32808

まともな迎撃戦闘機・魔導師ではおおよそ到達し得ない高度において帝国軍の誇るV○Bはなお正常に動作。
精密加工技術の粋が活用それた其れは、紛れもなき人類の英知の結晶だ。
ただ、開発者らが願った月へではなく、本来の用途からは間違った惑星へ間違った用途で其れらは飛翔を続ける。

作戦は、単純極まりない狂気の塊。
帝都発、連合王国パーミガム行き定期報復弾道航路。
その途上において、高度32808より非魔導依存静粛降下。
高度、950より非魔導依存傘により減速、降着し目標拠点を襲撃。

目標物資奪取成功後、速やかに全速で離脱。
その後、潜水艦にて『合州国方面』へ移動するという単純な計画である。

航空医学の専門家が耳にすれば、愕然とするだろう。
なにしろ、人は高度30000クラスにおいて、活動できるようには出来ていない。
空挺部隊の兵士が耳にすれば、耳を疑うだろう。
技術的困難さ以上に、その発想は彼らにとって現実味が乏しい。

だが、戦略家が最後の方策を耳にすれば顔をしかめて吐き捨てるに違いない。
刺し違えるつもりか、と。

それは技術的制約への驚愕ではなく、意図を理解しての言葉。


そして、降着する彼らにしてみれば実に簡単な仕事だった。
笑いながら降着する様など、さながらスカイダイビングを楽しみ、ハイキングに赴くかの如きあり様。

ラインで塹壕の汚泥を啜り、シャベルで殺し合いの洗礼を浴びた兵士たち。
全身で闘争を潜り抜けてきた、恐るべきデグレチャフの魔導師たち。
地獄の劫火で錬成された彼らに対し、後方の警備要員は哀れな子羊も同然。

明々と炎で照らされる空軍基地で、物言わぬ骸とかした衛兵らが死屍累々と積み上げられてゆく。
そして、侵入者らの目標を理解した基地司令は絶句した。

『本国』から、『搬入』された『新型の高性能500ポンド爆弾』と『カプセル』が保管されているエリアへの突撃。
司令部要員の大半ですら、詳細は知らされていない区画に保管されているものの価値。
それの真の意味を知っている数少ない将校らも、一瞬にして事態を理解すると同時に凍りつく。

ほとんど、其れは戦慄に等しかった。
そして次の瞬間、感知された魔導師反応に彼らは絶句し、その後叫んでいた。

何故、此処まで侵入を許したのか、と。

だが、彼らの懸命の防戦指揮と叱咤激励にもかかわらず加速度的に事態は悪化の一途をたどる。
デグレチャフの魔導師にとって、障害は皆無に等しかった。
そして、遂に警備にあたっていた憲兵が蹂躙され、『物』がセットで奪取されたという最悪の報告が飛び込んでくる。

『馬鹿な、あの重量だぞ!魔導師程度に、搬送できる質量ではない!』

認めがたい。

そんな表情で報告を受けた司令官。
だが、次の瞬間には全防衛部隊に対し司令部が追撃を発令。

しかしながら。

懸命の捜索にもかかわらず、『基地襲撃部隊』の捕捉に追撃部隊は失敗。
第八空軍司令部が血相を変えて大騒動に突入する中、ターニャは悠々と潜水艦と会合。

「お待ちしておりました、准将閣下。御成功、おめでとうございます。」

「御苦労、艦長。だが、これでも中佐だ。生きている以上、特進は無しだからな。」

笑いながら、大尉艦長と握手を交わしターニャは肩をすくめて見せる。
そして、にこやかと形容するには少々以上に物騒な微笑みを浮かべて笑う。

「それにまだ計画を完遂した訳でもない。封鎖線、突破を期待させてもらおう。」

「お任せを。21型計画艦の静粛性にご期待ください。」

だが、大尉艦長とて心得たものだった。
なにより、彼は新型の21型について誰よりも知悉し確信していた。
間抜けどもが、本艦を捕捉し得ることはありえない、と。


あとがき
orz
時間が、時間が足りないorz

ぎぶみー、タイム。

もうちょいで、お終いなのです。
頑張りまする。
+ZAPしました。

誤字修正とも。



[24734] 第九一話
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:a9244f5b
Date: 2013/06/06 20:38
奔流のごとき時勢。
抗いえない濁流に飲み込まれ、沈没しつつある帝国。
その大河のごとき激流は、周囲を巻き込み大きなうねりを歴史に残す。

だが、その奔流にのみ込まれ翻弄される当事者らにとって、その全体像を理解することは不可能だった。
形容するならば、あたかも台風に翻弄される小舟の乗客の様なものなのだ。
その小舟から見える動きは、あまりに激しく、あまりに大きい。
沈没しないように、辛うじて波を乗り越えらるか。
転覆せずに乗り越えられるかどうかを祈りながら耐え忍ぶに等しい心境。

俯瞰的な視座というのは、後世からしか望みえない。

程度問題とはいえ、その制約は合州国の軍人らにとっても大きな潮流の一つとして大きく影響する。
もはや、歴史の必然と言わざるを得ないだろう。
故に、当事者たちはその場その場において最善と信ずることを為す他にない。

帝国軍魔導師部隊と思しき強襲部隊による『新型高性能爆弾』の奪取。

この『新型高性能爆弾』奪取さるるの報は、文字通り当時の関係者を震え上がらせた。
幾重にも張り巡らされた防空網・警戒線の内側に保管されていた『新型高性能爆弾』。
敵どころか、味方にすら所在が隠匿されていた筈の其れ。

戦後を見据えて、本国が秘密裏に用意した切り札。

其れが、あっけなく大隊規模の魔導師によって阻止されることもなく奪取されてしまったのだ。
その日に限って、稠密に構築された筈の防衛線は一切反応することなく侵入を許す始末。
馬鹿げた事に、最初で最後の迎撃用員は整備員と憲兵であり防空部隊や警戒線は一切合財役に立たなかった。
スパナと拳銃で魔導師を抑え込めなどという無理が通る筈もなく、あとは単純な蹂躙戦。

ようやく、増援が捻出される頃には全てが終わってしまっていた。
駆けつけた部隊が眼にするのは、焼け落ちた格納庫と航空機材の前に呆然と立ち尽くす将兵らの姿だけだ。

だが、そのままやられっぱなしに甘んじるほど彼らのファイティング・スピリッツは貧弱でもない。

当然、合州国によるその後の対応は、迅速を極めることとなる。
軍の面子がかかっている以上、ならざるを得ない。
動員為し得る全ての対潜部隊を予想航路上に配置。
加えて、哨戒艇を根こそぎ展開させることで捜索網を形成。

だが通商護衛すら投げ出し、徹底した捜索を行うもののその行方はようとして捉えようすら無かった。

「確認しよう。奪取されたのは、カプセルと、爆弾。つまり、ニュークのセットが3つだな?」

「はい、アイゼントルガー閣下。第八空軍の報告によれば、持ちこんだ全てが奪取されたとのことです。」

結果として、貧乏くじを引かされた情報参謀が怒り狂った指揮官に不本意な結果を告げる羽目になる。
どんな馬鹿だろうと、重要拠点を襲撃された挙句、取り逃がしました等と報告したくはない。
事態が事態なのだ。誰だろうとも、こんな嫌な報告を上司に上げる仕事は望む筈もなかった。

だが、それでも仕事に忠実な情報参謀らは渋々とはいえ報告を上げざるをえない。
そして、その必然的な結果として怒り狂った将軍の矢面に立つ貧乏くじを心中で歎く羽目になる。

「…そもそも、何故襲撃を受けた!」

だが、理不尽だと叫びたいのは将軍も同様だ。

「はっ?」

「私ですら、報告を受けるまで『新型』の件は知らされていなかったのだ。何故、ヒスパニアに隔離した筈の”奴”が知っている!」

理解しがたいと言わんばかりに、アイゼントルガー将軍は肩を怒り震わせながらほとんど絶叫していた。
沸騰しやすいパルトン将軍ならばいざ知らず。
冷静沈着として知られるアイゼントルガー将軍ですら感情のままに絶叫せざるを得ないほど状況は理解しがたかった。
実際、アイゼントルガーの表情には拭いがたい懐疑の念がありありと浮かんでいる。

無理もない話だ。
なにしろ、そもそも新型の話は軍中枢と少数の関係者以外には完全に隠匿されていた。
その存在自体、アイゼントルガーの前からすら機密のベールで覆い隠されていたのだ。
新型、という一言で彼に対する通知は済まされていたのである。

神経質すぎるほど、機密保持が徹底されていた筈の『新型』。
それがあっけなく奪取されたことを報告されれば、温厚なアイゼントルガーですらキレる。

「何故、奴が保管場所を知っていた!」

分析の結果、敵の襲撃行動はほぼ一直線に保管エリアへ突入してきていることが判明済み。
生き残った憲兵隊の証言や、複数の基地要員の証言からほぼ確実だった。
ここで問題となるのは、敵侵入経路が基地周辺より先で一切把握できておらず広範なエリアに浸透していた可能性があることだ。
複数の防空警戒網に敵魔導師と思しき存在は、感知されず司令部の再調査にもかかわらず空路の可能性は乏しかった。

万が一という事を考慮すれば、連合王国内部に敵性魔導師が複数潜入していることを警戒しなければならないだろう。
現状、追い詰められつつある帝国にそのような余力がある筈もないと一蹴できる程度の危惧だ。
だが問題なのは、その追い詰められつつある筈の帝国に厳重に保管されてしかるべき『核』が奪取されたという事実だ。

やらかした事が、事だ。
再発の防止は、絶対に措置を講じなければならないだろう。

だが、そこまで思い悩んでいるアイゼントルガー将軍に対して彼の幕僚らは事態を正確に理解し得ていなかった。
なにしろ、彼らにしてみれば基地が襲撃を受けた程度の認識にしか止まっていないのだ。
核の威力を現実に見ていない幕僚らにとって、それはせいぜい強力な爆弾程度の認識だということが問題を悪化させてしまう。

「偶然、ということはありえないでしょうか?」

其れゆえに。

本国から派遣されてきた兵站参謀は、兵站面での優秀さはともかく、大陸の現実には疎い発言を行ってしまう。
彼にしてみれば、基地が襲撃されると言う事の確率を考慮すると偶然性が高いのではないか、と思った程度だが。

そして、その無理解さがアイゼントルガーを苛立たせてやまない。

「パーカー大佐。貴官は、奴が偶々襲撃した基地の、偶々押し入った弾薬庫に、偶々核があったと、本気で口にしているのかね?」

「…失礼いたしました。ですが、そうなると水漏れがあったとしか。」

「だろうな。連合王国の連中からか、我々からかは知らないが随分と大きな穴があいている。」

結局、友軍の組織機構はどこかに大穴があいているという事が嫌でも理解できる事態である。
いや、アイゼントルガー将軍にとって状況はより深刻だ。
それは、官僚主義的で全幅の信頼が置けなかった後方が、今や機密保持においては一切信頼できなくなったということに等しい。

つまるところ、それは後方と非常に微妙な問題について相談し得ないことを意味している。
いや、相談はできるだろうが秘密は保たれ得ない。
極言すれば、『帝国との取引』などという危険すぎる案件を持ち込んだ瞬間に、政治的な爆弾と化すことだろう。

「…雨漏りというには、大きすぎる穴だが、何としても修繕する必要がある。」

故に、アイゼントルガーは頭痛に耐えながら配管工の手配をG2に命じる。
最も命じた当の本人ですら、分野違いの事を命じているなと実感せざるを得なかったのだが。
とはいえ、アイゼントルガーのG2らは与えられた仕事に対して極めて『誠実』に取り組む。

すなわち、水漏れ・雨漏りを恥じる官僚機構と無縁の彼らは、素直にカウンターパートナーに相談すると言う素人らしい英断を下したのだ。
彼らは軍人であり、詰まるところ連絡線の維持を重視するというごくごく合理的な思考を行ったに過ぎない。
まあ、多分に秘密主義で現場には何も教えないくせに盛大な水漏れを引き起こした上への複雑な心境は否定できないのだが。

とまれ、水漏れ、雨漏りのどちらにせよ修理のことを相談された専門家というのは、専門家なりに対応策を検討し得るものだ。
こうして、相談を受けた連合王国情報部のハーバーグラム中将以下担当者らは狂気のごとき勢いで身辺調査に取り組み始める。
オーク材どころか、造船場から取り寄せた船殻を流用して造ったデスクに山と積み上げられた調査報告書。

その全てに徹底して眼を通し、担当官らがわずかな疑いすら見逃すまいと洗い、念入りに洗い、そして洗い上げる。




…だが、穴は見つからなかった。

いや、言葉を正確に使うならば多数の問題将校や、口の軽いアホは発見できた。
無数の問題を洗い出す事という点に関しては、決して成果が無かったわけでもない。
半ば八つ当たり気味に、厳格な処分を各軍の情報部と憲兵隊が断行することで軍の風通しが良くなったことは無視し得ない成果だろう。
だが、忌々しい事に大きな、情報漏れの大本を特定するには至っていなかった。
こうなれば誰だろうと、短期間の内に調べ上げた内容だけでは原因を特定し得ないと理解できるだろう。

扱いに困る売り込みが有ったのは、ちょうどその時だ。
以前から密かに接触があった程度だが、帝国軍内部から取引を希望する旨が複数のルートから送られてきていた。

雨漏りが酷い時、或いは水道管からの漏水が酷い時。
住人にとりうるのは、自力で修理するか専門家に仕事を依頼するかとなる。
そして稀にではあるが、修理の仕方や問題の個所を知っている人間が協力を申し出てくれれば専門家としても大助かりだろう。
苦虫をかみつぶしたとしても、ありがたいことはありがたい。

まあ、訪問販売の押し売りという形式に対する不満が無いわけではない。
しかし連合王国としてみれば、雨漏りに気付けど何処に何があるのか五里霧中に等しい状況なのである。
嫌々だろうとも、訪問を受け入れざるを得ないのは自明だった。

こうして、ジョンおじさんが商談のために老骨に鞭打ち秘密裏に派遣される事となる。




こうして、人力では抗い得ない濁流を押し止めるのではなくいなそうとする一派は行動する。
濁流を何とか乗り切り、祖国を救わんとする最後の意図を持った『バルバロッサ司令部』
その意を受けて、商談のために一人の士官がジョンおじさんと接触すべく派遣された。

メッセンジャーは参謀本部資材調達課のウーガ大佐。

偽装の名目は、兵站司令部所属の将校としての資材調達任務。
だが、本当の任務は『バルバロッサ』作戦のための対敵交渉である。

密命を受けた彼が、秘密裏に帝都を発し、中立国入りした時点で連合王国と帝国による手探りの接触が再開した。

最も、言葉で言い表すほど順調に進んだ訳でもない。
帝国の当事者にとって、事態は一刻の猶予すらも許されないという状況。
一方で、連合王国の当事者にとっては終戦のための重要な契機。
どちらにしても、立ち位置が極めて微妙な状況での接触だ。

紆余曲折を経て辛うじて、接触に成功した、というべきだろう。
だが、事実として接触に成功した事で事態は大きく進展する。


「やあ、こんにちは。こんなご時世ですが、ご商談をお持ちいただいたとか。」

貸し切った個室に心ばかりのお菓子と、お茶を手配し、会食のホスト側スタイルを保ったジョンおじさんは丁寧に客人を招き入れる。
にこやかな微笑みを浮かべ、紳士然としたジョンおじさんは客人をもてなすべく席を進めながらウェイターに料理を用意するように申しつけた。
大切な商談なのだから、御客人好みの帝国風料理をコックに念入りに用意するよう手配済みである。

「ええ、赤髭商会からのちょっとした売り込みです。Mr.ジョンソンならば、御関心がおありかと。」

対する客人は、ユンカー然とした教養がありながらどこか無骨な物腰を携えた30代の中堅どころ。
ジョンおじさんとしても、この仕事において滅多に相対しないタイプの商売相手である。
おそらくだが、ジョンおじさんの見るところ十中八九正規の外交官ないし、諜報要員でもないだろう。

強いて言えば、参謀将校か官僚の匂いが濃厚だ。
実際、事前の調査では兵站参謀という話を耳にしている。
そして『バルバロッサ』からの使者として派遣されてきた。

「いやはや、お分かりですかな?これでも、ちょっとした貿易商でしてね。」

にこやかな笑みを張りつかせたまま、ジョンおじさんはそろばんをはじく。
率直に言えば、想定している事態とは異なるとしか思えない。
外交官や諜報員ならば、相手との交渉に大きなウェイトが置けるが軍人などでは柔軟性が乏しいと思わざるを得ないのだ。

特に、参謀将校や官僚という連中は秘密交渉に必要な柔軟性とは真逆の硬直性にたけている。
原理原則や規則の遵守に特化した帝国人の中ですら、規則にうるさい連中との『商談』はタフな交渉人だろうと面倒極まりないだろう。
権謀術策を弄しようにも、そもそも相手が交渉ではなく一方的に通告するタイプであれば、話にもならないのだ。

だが、少なくとも複雑怪奇な現状を単純明快な要求が快刀乱麻の如く解決してくれるならばジョンおじさんとしては吝かではないのも同じだ。

「それで、何をお売りいただけるのですかな?」

期待半分、危惧半分。
そんな心境から、口が紡いだ言葉は、ありきたりな問いかけ。
ただし、その解答如何で相手を推し量るべくジョンおじさんは相手の顔を無礼にならない程度に凝視する。

「平和と、未来、というのはいかがでしょうか。」

「ほう、それで我々は具体的に何を頂けるのですかな?」

「…率直に申し入れましょう。戦後を見据えた議論を望んでいます。」

そして、彼は満額回答に等しい回答を得る。
参謀本部の一課長、それも中枢に位置する訳ではないというウーガ大佐の回答と見れば単なる願望だろう。
一佐官が、平和を望んだところでせいぜい局地的な停戦が実現するかどうか。

だが、『バルバロッサ』なる機密作戦の実務を兵站面から一手に引き受けている実務担当者の答えとなれば。

『バルバロッサ』が、この状況下において帝国軍に大きな影響力を持つ現実主義的将校団の一派だと言う事を勘案すればどうだろうか。
もはや、帝国が持ち堪えないと理解し戦後を語りえる将校らにより平和と未来が望まれているのだ。
それは論理的帰結として、終戦の方法論を彼らが模索しているという事に他ならない。

いや、彼らにしてみれば帝国を保つために終戦ではなく如何にして戦後を迎えるかという事が追求されるに違いないのだ。
故に、ジョンおじさんにしてみれば、ユンカー然としたこのウーガ大佐なる将校が口にした答えに対して驚きつつも納得し得た。

「末長いお付き合い、という事ですか。」

「しかり。我々は、基本的にはあなた方と相互互恵的な関係を望んでやみません。」

駆け引きではなく、単純に実務的連絡を淡々と行っているかの如き回答。
ジョンおじさんにしても、このような形で行われる交渉というのは滅多に経験が無いものだ。
経験則上、懐を探り合う会談には慣れているものの、あけっぴろげに交渉される軍人相手というのは勝手が違う。

なにより、細かい条件を詰める必要があるのだ。
非常に繊細かつ、微妙な問題が複数存在する以上、ジョンおじさんとしては総論賛成といえども各論を詰める必要があった。
シンプルに、バッサリと切り捨てるわけにはいかないのが難しいところなのである。

そして、その点から見るとジョンおじさんとして言うべき点が複数あった。
特に奪取された其れは不味すぎるだろう。
なにしろ、合州国は血眼になってその行方を捜索している。
故に、思わずといった態を装いながらもジョンおじさんとしては苦言を呈さざるをえない。

「難しい。そう、特にカプセルは不味かった。」

「あなた方が、即刻帝都まで進駐できれば即座に引き渡す用意があります。」

だが、回答は予め用意されていたと思しい速度でウーガ大佐が淡々と答えてよこす。
その態度を見る限り、彼らは交渉の必要性すら認識していないに違いない。
はっきり言えば、もう少し柔軟性を持ってほしいところだとジョンおじさんとしては叫びたかった。

それは、まるで脅迫だ。
いや、捉え用によっては完全な脅迫だろう。
そんなものを取引だと言って快諾できるかどうかを考えれば論外だった。

ジョンおじさんが如何に譲歩し得たとしても、そんな報告を持ちかえれば我らがハーバーグラム中将に絞殺される。
いや、それ以前に怒り狂った中将閣下の拳で粉砕されるかもしれなかった。
よしんば、それを耐え凌いだとしても合州国が快諾し得るだろうか?

甚だ疑問と言わざるを得ない状況だった。
しかしながら、そこまで考え口を開こうとしたジョンおじさんは言葉を挟む機会を与えられなかった。
どころか、次の瞬間にはあいた口がふさがらなくなる。

「…それと、核攻撃を行った部隊の“処罰”をお願いしたい。」

淡々と吐き出されるウーガ大佐の要求。
だが、言葉の調子とは裏腹に、その中身は実に厄介極まりない。
それは、先ほどの満額回答の意向、すなわち速やかな戦後を論じたいと言う彼らの言葉からして無理難題に等しい代物だった。

「処罰?…失礼ながら、それはどういう意味なのか、お聞かせ願いたい。」

理解しかねる。

率直に言ってしまえば、ジョンおじさんとしては頭を抱えたかった。
交渉なのだから、要求されることは理解し得なくもないだろう。
だが、通常の交渉であっても難しい要求をこのように微妙な状況下の交渉において持ちだされるのは予想外も良いところ。

物分かりがよいとはいえ、所詮は硬直的な帝国的思考なのだろうかと、ジョンおじさんが帰りたくなってしまうほどの難題である。
バイアスによる先入観を排するつもりであるとはいえ、ジョンおじさんとしては帝国の柔軟性欠如という一般論に相当の信憑性を認めたい気分だった。

「正規の指揮系統を逸脱したならば、扇動者がいた筈です。せめてその首を頂きたい。」

「正規の指揮系統を逸脱したと、良くご存じだ。」

そこまでわかっていることも驚きだが、そこまで理解していながら処分を要求するのは理解しがたかった。
そもそも合州国軍の処分を、その同盟国である連合王国経由で勧告するという思考が理解できない。
いや、それ以前に堂々と要求してのけてくる姿勢には、違和感もあるのだ。

どうみても、敗軍の姿勢とは程遠いとジョンおじさんは感じつつある。
彼らとて敗北を直視しているのだろうが、どうも今一つ理解できていないのではないか?
…そんな埒も明かない疑念すら湧きあがってくるほど相手の言葉は無造作で配慮が見受けられない。

「…言葉を飾る事に意味はありません。今は、時間の方が惜しい。率直に行きましょう。」

「構わないとも。だが、手始め、と言っては申し訳ないが何かこちらにも利のある話なのだろうね?」

馬鹿げた要求に見合うものが、果たしてあるのだろうか?

もちろん、戦後を見据えると言う事は連合王国にとっても悪い話ではないのだろう。
その意味においては、ウーガ大佐や、彼の属する『バルバロッサ』とやらとも協力することも吝かでもない。
だが、はっきり言って彼らがまともに交渉できるかどうか、この時点でジョンおじさんは懐疑的にならざるを得なかった。

しかし、驚くべきことに。

ジョンおじさんのいささか遠回しの疑念に対し、ウーガ大佐は軍人らしい単刀直入さで回答した。

「構いません。事を為すに当たり、我々は連合王国の力を過小評価していません。誠意のあかしとして何なりと、お聞きください。」

「ふむ、言葉を飾らないと言ったのは嘘かね?」

「失礼。では、手土産代りに一つ。」

「拝聴しよう。」

これで、価値のない、或いは時間稼ぎの言葉が出てくれば商談を打ち切るべきだろう。

そんな気持ちで問いかけたジョンおじさんは、次の瞬間に吐かれた言葉を生涯忘れることができなかった。

「貴国情報部、つまりあなた方が気になさっているらしい情報漏れについて。ダブルがいますよ。」

「ほう、ダブルを売ると言うのかね?」

「正確には、我々のダブルではなく連邦のダブルですが。」

どうという事もないように、語るウーガ大佐。
その口調は機密を語っているとはいえ、一般論に近くさして重要なモノを語るとも思えない口ぶりだった。
そして、既に幾度となく内部監査で情報部は内部を精査していた事を知っているジョンおじさんにしてみれば眉唾ものの情報。

まあ、確かに対帝国情報漏洩ということを主眼とした内部調査であったのは事実だ。
それでも、連邦のダブルという存在は優秀な対連邦課の活躍もあり排除されているというのがジョンおじさんらの認識だった。
ダブルが連邦から派遣されているとしても、それは連邦諜報部対策を担うラッセル課長らが水際で阻止しているはずなのだ。

故に、馬鹿馬鹿しいと思いつつジョンおじさんは次を促す。
そして、次の瞬間、全身の血が凍りつくような衝撃を受けた。

「何故、機密情報が漏えいしたか?答えは単純であります。軍情報部の課長級にダブルが。"ピレネー"のラッセル課長を洗う事をお勧めします。」

「…なんだと?」

「『キム』という名のコードネームで、彼が連邦へ流した情報は帝国にとって連合王国情報の中でも最も信頼できる情報だとか。」

軍情報部、防諜班ピレネーを指揮し、対連邦防諜対策を指揮する対連邦課のラッセル・フィルビィン課長。
彼の優秀さは、部内で秘密裏ながらも度々顕著な対連邦上の功績によって表彰されているほどである。
ハーバーグラム中将ですら、彼に対しては信頼し得る情報要員と信頼し、評価している愛国者。
なにより、上流階級出身でオクスブリッジ卒の連合王国において明白な責務を自覚したエリート階級というクリーンな背景。


その彼が、名指しでダブルだと告げられる?

馬鹿げた話だった。

本来ならば、笑い飛ばすべき事態だった。

だが、ならば、部内でも機密度の高いピレネーという符牒を何故帝国は知っているのだろうか?
ラッセル課長にしても、コードネームではなく官姓名で把握されているという事はどういうことか。
これが、部内の人間から言われるならばともかく、本来知っている筈のない帝国から名ざしで指名されるとは?

ちりちりと、脳裏を焦燥感が焦がし始める。

違和感。

そう、笑い飛ばすには深刻すぎる疑念だった。
何故か、連合王国情報部の機密作戦が度々、『偶然』失敗していたのだ。
帝国に機密が漏えいしているとするならば、それは相当に高位の関係者を疑うべきだった。

そして、対帝国防諜は成果を上げているはずにもかかわらず特定に失敗したのは何故だろうか?
ウルトラ情報というジョンおじさんにすら教えられていない情報源すらあるにもかかわらず、機密漏洩源は特定できていない。
ならば、理論上は帝国が第三国経由で情報を入手しているという事にも一定の合理性はあるだろう。

そして、帝国が、対連邦情報収集へ力を注いでいることは別段不可思議でも何でもないに違いない。

此処まで、考えた時ジョンおじさんは一定の可能性を認めざるを得なかった。
職務上、対連邦課のラッセル課長は連邦方面情報関係者に嫌でも接する機会がある。
疑われずに、連合王国軍情報部が知りえた機密を漏洩することは理論上可能だった。

そう、あくまでも可能という事に過ぎないだろう。

しかしながら、その可能性一つをとっても、ジョンおじさんの背筋を凍りつかせるには十分すぎた。

「それと、合州国のオークリッジ。あそこの研究機関は随分と楽しそうでありますな。多国籍で連邦の人間も研究に従事しているとか。」

駄目押しとばかりに、ウーガ大佐はもう一つ、それとなく爆弾を投下。
聞き覚えのない地名だが、先のインパクトを勘案しジョンおじさんは脳裏にオークリッジの名前を刻みこむ。
帰還次第、即刻両者ともに洗わなければならなかった。

「私は、一介のメッセンジャーなので真偽は知らされておりません。ですが、洗う事はお勧めします。」

事の重さ。
それを理解し得ていないのか、それとも関心を抱かないようにしているのかは定かではない。
だが、勧告してくるウーガ大佐は少なくとも其れが真実だと信じているとジョンおじさんには断言できた。
このような交渉ともよべないような接触を行ってくる相手が突きつけてきた情報なのだ。

彼らに、少しでも長期的な展望を見る能力があれば偽る可能性は極めて乏しい。

そして、手土産が事実であるならば、彼らが提供してくるであろう他の案件についてもジョンおじさんは交渉する価値を見出し得た。
『キム』と彼らが読んでいるダブルの件が事実ならば、それを手土産にできるという事実がモノをいう。
これほどの情報を、単なる予備接触の段階で提供し得るほどに手札があると言う事になるのだ。

他の価値ある諸々は相当の代物になるだろう。

「いかがでしょうか。信じていただきたいのです。我々は、帝国を守りたい。そのために、貴方がたと協力する用意がある。」

「結構なことですな。して?」

「簡単な話でありましょう。帝国は敗れる。ならば、如何にして国家を護持するかが究極の問題であります。」

全ては、『キム』を洗ってから。
事実ならば今すぐにでも、急報するべき重大案件だ。

防諜責任者が、よりにもよってダブルなどという話は笑えないどころではない。

そして同時に、帝国側の意図はそれとなく理解できた。
彼らは、本気でこちらと戦後の模索を行う意思があると見るべきだろう。
もちろん過大な要求をこちらに突きつけていると見えるが、信じがたい事に対価を贖い得る可能性すら見えていた。

「さて、他に何か伺っておくべきことはありますかな?」

「それだけです。我々は、それ以上は当初の約定通りの事以外に何も望みません。」

だが、事実であるならば、帝国の要求は飲む事を検討すべきだった。
対連邦情報漏洩が事実であれば、どの程度諜報部が蝕まれているかを洗うには彼らの情報を使うべきだろう。
それ以上に、バルバロッサ司令部が提供し得るであろう情報や戦後における協力は有益の可能性が高かった。

「ですが、こちらの要望と手土産は次回までに吟味を願いたい。」

「善処させていただきましょう。」




さて、抗い得ない濁流を乗り越えるべく足掻ける人々はまだ幸福だというべきだろう。
少なくとも、彼らは事態を何とか乗り越えるべく希望を抱くことができる。
だが、濁流に押し流されようとしている人々はわずかな時間を稼ぐためだけに足掻くしかないのだ。
それによって、稼いだ時間が、何事かを為してくれると信じる以外に何も許されない絶望的な状況。

そして、それこそが崩壊した東部防衛線を辛うじて修繕し再編しようと努めるゼートゥーア大将以下の将兵が直面した押し留めようのない悪夢だった。
この時、潜水艦のベッドは寝心地が悪い上に、オブラートに包んでも空気が淀んでいることを歎いていた程度のデグレチャフは幸運である。

なにしろ、崩壊した防衛線へ雪崩を打って押し寄せてくる連邦軍によって、東部各地は蹂躙の憂き目に直面。

根こそぎ動員された予備部隊、少年団による民兵部隊、そして民間から女性を徴発しての防衛戦闘。
都市の区画で、人の壁によって、わずかに時間を稼ぐための救いようのない遅滞戦闘。
しばしの時間を彼らが、その人命と財産によって稼ぎだしたとしても、それは大勢を覆すには至らない。

もはや、状況は覆しようがない地点は遥か彼方に。

かき集められた予備兵力は、魔導師は、投入と同時にその悉くが溶かされる。

本当にごくわずかな、東部帰りの古参兵らが戦線においてその勇名を轟かせようとも、個々の技量では支えようもない劣勢。
そして、一気呵成に帝都を直源せんとして、帝都への進撃路を確保すべく攻勢を開始する連邦軍。
帝国軍サラマンダー戦闘団残存部隊を中心とするレルゲン戦闘団が急造防衛線によって最後の遅滞戦闘に努めるも、数的劣勢は挽回しようもない。

生き残りの定足割れ魔導大隊が、壊滅寸前まで暴れることで、複数の旅団を屠り、機甲大隊を押し返したとしても。
東部で洗礼を受けた機甲部隊が、歩兵部隊が、地形を活用し、徹底的に遅滞戦闘に努めても。
彼我の損耗比率が、この状況にあって伝説的とまでいえる1:14を叩きだしたにもかかわらず、絶対数は無情だった。

レルゲン戦闘団が稼いだなけなしのわずかな時間。
許されたのは、たったそれだけの時間的猶予。
そのわずかな時間に常軌を逸した戦力化の努力が払われ、帝都を防衛すべく最後の足掻きが行われる。

こうして。

列強として世界に覇を唱えた帝国は、その帝都における戦いを迎える事となる。
…かくして、最後の3週間が幕を開ける。


あとがき
珍しく、デグさんはお休み。
次回、決戦、帝都攻防戦。
戦争を終えるため、合州国・連合王国・自由共和国・連邦・協商連合・イルドア王国(亡命中)らの友情と仲間への信頼による正義の勝利にご期待ください。

リアルが末期戦状態で、山積みのタスクをなんとかでき次第、更新する予定です。


いろいろ修正。
追い詰められておりますが、作者は諦めが良いのか悪いのか、足掻きます。

誤字ZAPしました。



[24734] 第九二話
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:a9244f5b
Date: 2013/06/06 20:32
問い。

旧態然とした反動主義者に対する連邦の見解とは何か?

答え。


せいぜい、私がイデアと戯れ、三千世界の愚者を殺し尽くす日まで恐れという感情と仲良くやりまえ。

さあ、恐怖したまえ。
さあ、震えてびくびくうずくまりたまえ。
貴様らには、陽光のあたる場所などありえない。
旧態然とした旧人類には、進歩の足音で怯えるのがお似合いだ。

内務人民委員代表同志ロリヤ






私が、『火の三週間』について語るのはおそらく初めてだろう。
というのも、アレは、あの大戦末期、もっとも熾烈にしておおよそ考えうる最悪の戦場だったからである。
その場に踏み入ったことのあるものならば、誰だろうともアレについて語りたがるとは思いえない。
あのアレーヌを、地上で三週間繰り返したかのような惨劇。
人が焼け、肉が焦げ、ただれていく匂いで大地が満ち溢れたそんな戦場。

直後に現地入りした記者の中には、それ以来ベジタリアンに転向せざるを得ないほど肉を受け付けなくなる者も続出したほど。
最前線の部隊に同行したある記者に至っては肉の匂いすら拒絶していた。
曰く、人間が焼ける嫌なにおいを思いだしかけて吐き気を催す、と。

地獄が地上に顕現したかのようなラインですら、『火の三週間』に比較すれば可愛い。
それは、ラインで、過酷な消耗戦を体験してなお私が確信し得る一つの事実。
対帝国報復感情に満ち溢れた自由共和国・連邦軍。
生存競争を賭けた帝国軍。
倫理が崩壊し、ただ戦理による支配された破滅的な闘争。

結果は、言うまでもない究極の煉獄そのもの。

私達の追っている謎の帝国軍将校、通称『11番目の女神』。
その存在について、我々は特番で報道した時、既にその痕跡が如何なる公式文書からも消失していることに気が付いていた。
本来ならば、それは苛烈を極めていた戦争末期に人知れず壊滅したと考えるべきなのかもしれない。

戦史においては、帝国軍残存戦力の抵抗むなしく帝都は連邦軍に攻囲されるに至った、と短く記される。
だが、現実には帝国軍を包囲しつつあった連邦軍とて万全の態勢とは程遠かった。
当該方面に対し、ロリヤ内務人民委員代表が執拗な圧力で尻を蹴飛ばし、無理やりこぎつけた攻勢。

なりふりかわまず焦土作戦を敢行する帝国軍と、損害を度外視して進撃する連邦軍。
両者の損耗は必然的に甚大な規模に及び大地を焦がし尽くす。
だが、其の狂気の結晶じみた戦場こそが、狂人たちの表舞台だった。

連邦の狂気。
鉄の男の、悪意の塊。
悪意の天才。

おぞましきロリヤ内務人民委員代表はこの惨劇を見て嗤ったという。

曰く。
泣き叫びたまえ、旧人類ども。
今宵、貴様らの信ずる神が居場所はラーゲリだ、と。
無神論者と自他ともに認める彼ら、連邦のドグマ通りに。
彼らは、帝都をソドムの都として焼きつくそうといったイデオロギー的情念に駆られていた。

無論、大義名分は美麗字句に満ちているというのだろう。
だがあのとき、あの戦場において事態を招いたのは完全に連邦のロリヤ内務人民委員代表の責だ。
彼が、連邦が、我々の同盟者であった社会主義者が招いた事態である。

“Gotterdammerung” アンドリュー著 第6章『火の三週間』より








帝都攻防戦第一週目。
バルバロッサ司令部にとって、そこで阻止する計画だった東部防衛線は既に崩壊。
再編のためのわずかな猶予を贖うことすら叶わず、怒涛の混乱に押し流され主導権を喪失。

何より致命的だったのが防衛指揮を担うべき東部軍の防衛司令部が根こそぎ核で刈り取られていることだ。
ある意味で、帝国軍お得意の外科的一撃による首狩り戦術を、無茶苦茶ながらも行われたに等しかった。
おかげで、残存部隊の再編すらままならず帝都への接近阻止に使えたのは教導隊や実験隊、そして残存部隊からなる混成連隊のみ。

急遽指揮を委ねられたレルゲン准将は、最大限最善を尽くすもそもそも彼我の物量や戦力差が隔絶していた。
わずかな戦術的勝利など、意味を為さないような戦場において彼らが稼ぎだせた時間はほんのわずか。
そのごくわずかな時間を贖うために、士官学校の学徒や予備役兵まで投入し高い代価を支払う羽目になっている。

それでも、辛うじて数個師団を集結させることに成功したのは、もはや帝国軍の意地だった。
世界に冠たる列強としてのライヒ。
彼らが、世界に誇った堂々たる大陸軍。

そのわずかな残滓に過ぎないとしても、疲弊し打ちのめされた参謀らは義務を履行すべく人智の限りを尽くす。

だが懸命の遅滞戦闘むなしく、ついに連邦軍の帝都への接近を帝国軍は許す。

残された最後の希望は帝都を死守しつつ進駐してくる筈のパルトン軍団へ投降することだった。
当然のことながら、本来の計画ならば十二分に余裕がある筈のそれ。
だが、現状は余裕があるという事とは程遠いほど追い詰められている。

そのような状況下にあって、大半の指揮官は余裕綽々としていられるほど精神が図太くはない。
レルゲン准将とてその例外ではなく、ごっそりとやつれた顔面において眼だけがギラギラと異相を放つありさまだった。
疲れ果てた彼をしても、異常な緊張感と現状への形容しがたい感情が意識を戦場に向けさせて止まない。

それは、レルゲンという軍務官僚にとって初めての衝動である。


レルゲンという個人にとって、軍務は定められた通りに定められた任務を遂行するものだった。
少なくとも、平時においては義務を果たし、有能な軍務官僚として、また有能な管理者として勤めあげている。
戦時にあっても、レルゲンという個人は有能な軍政家として、また幕僚として上を良く補佐した。

だが、野戦指揮官としての洗礼を浴びた時、戦場について士官学校で誰も教えてくれない真実があることに気づく。
例えば、己の決断というものは、決断というよりは必然的に迫られる判断に過ぎないというソレだ。

「地下に敵歩兵の浸透。第七降下猟兵中隊より、即時注水を要請。」

帝都防衛線周縁部。
バリケードと簡易ながらも構築した野戦陣地で帝都への侵入を阻止せんとするもくろみ。
だが、帝都の整備された交通網は地下まで網羅し、侵入してくる連邦軍は地下を経由して防衛線の迂回を試みつつあった。

当然ながら、地下のルートに割く防衛線力が枯渇している以上敵侵入を阻止するために注水するというのは当初から想定されている。
故に、後方から眺めていれば『注水』という選択肢は極めて単純な解決策として浮かんできたに過ぎないだろう。
だが、前線において『選ぶ』ということの意味を考えるのは簡単ではない。

「…第216野戦憲兵分隊より報告。避難民多数の移動に時間を要する見込み。」

地下は、空からの航空機や魔導師による襲撃を逃れるための防空壕として多数の避難民が逃げ込んでいた。
当然ながら、レルゲンにとってみれば彼らは護るべき帝国の臣民である。
迷うことなく本来であれば、レルゲンは彼らを避難させるべく手配し、かつ護衛を付けて避難誘導を行わせただろう。

つまり、『避難民を保護する』という選択肢もレルゲンにはあるのだ。
言い換えれば、『注水』するか、『保護』するかとなる。
時間さえあれば、或いは『保護』しつつ『注水』という選択肢も有ったのだろう。

…時間さえあれば。

「レルゲン閣下、緊急です。第七師団より、防衛線放棄の通告が。」

「司令部からはなんと!?」

「ゼートゥーア閣下は、戦線の即時再編を要求されております。」

戦場におけるあらゆる、決断。
戦場におけるありとあらゆる事象が、決断を制約する。
いや、決断というよりは、選ばざるを得ない中から必然的に選ばざるを得ないソレ。

「工兵隊より、即時注水申請。」

「…許可する。直ちに、予備のラインまで後退させろ。残存戦闘団を遅滞戦闘に投入する。」

選択肢など、あるようでないも同然。
最良の未来や可能性等というものは、戦場においては希望的観測だ。
いかほどに才覚に恵まれていようとも、選択し得るものはそもそも選べるほど豊富にない。

戦略での劣勢は、戦術でいかように奮戦しようとも覆しようが無いのだ。

「複数の小隊が、包囲されたまま取り残されつつあります。死守命令を出されますか?」

「残弾ある限りは、抵抗を命じる。撃ち尽くした後の進退は任意だ。投降も含む。」

「はっ。」

物量に富む軍は、補給の欠乏した軍に勝る。
兵員が多い軍は、定数割れの甚だしい軍を圧倒する。

そんな戦場下において、常識的な選択肢など選んだところで、一体どうか。

士官学校で教わる常識的な、教典。
それは、彼我の戦力差がほぼ均衡にあると言う事程度を前提としているものだ。
酷かろうと、3倍程度までしか想定していない。
それ以上となれば、遅滞戦闘に努めつつ損害を最小化して撤退せよと教わる。

なにしろ、それほど戦力差が隔絶している戦場など戦略的大敗でも為さない限りありえないのだ。

では、彼我の戦力差が1:10の戦場において取るべき選択肢とは一体何か?

「…デグレチャフ式か。笑えんな。いや、笑うしかないのか?」

奴の下した決断の悉くが。
この糞ったれの状況下における最適解だと知らされてみろ。
後方の司令部で、唖然とした思いでもたらされる報告?

馬鹿馬鹿しいことで、かつ何ともふざけた話だ。

驚くほかにないが、奴が正解だった。
忌々しいと言うべきか、呆れるべきか判断に迷わざるを得ないが、何れにせよ奴は合理的ですらあった。
奴の事を狂人と内心で恐れ慄いていた自分の『常識』とやらは、どうやら奴の戦場でまるで役に立たないらしい。

そう自嘲したレルゲン准将は内心の葛藤をただただ切り捨て、軍事的合理性にのみ重きを置く錆銀の方針を模倣する。
このように、狂った戦場においては奴を模倣せざるを得ないのだ。

狂わねば、狂った方策と罵られようとも、そうでもしなければ支えられないような末期なのである。
言い換えれば、他にどうにかできると言うならば、して見せろと叫びたいような状況。

そして、そこまでして禁じ手である市街戦を帝都で繰り広げてなお敵を喰い留めようもない現実。
ビルを爆破し、歴史的建造物をトーチカと化さし、重砲の標的とされることに甘んじてなお抗うことすら叶わない連邦軍の奔流。



そして、帝都攻防戦第二週目に突入した時、レルゲンの手元に残っていた戦力はわずか定数を割る大隊規模程度の戦力に過ぎなかった。
重囲化に置かれた個々の小隊や分隊を救出することすら叶わず、死兵と化した連中が伏激戦をあちこちで繰り返してなおこれである。
しかも嗤うほかにないが、部下の半数は今や他部隊からの流入した敗残兵。

まともな組織的抵抗は、すでにほぼ崩壊しつつあった。

辛うじて、ゼートゥーア大将指揮下にある第一、第七の両師団が組織的抵抗線を維持しているとはいえ既に帝都の東半分は制圧されている。
連絡線はズタズタに刻まれ、すでに伝令が市街地の瓦礫を乗り越えて、あちこち走りまわって辛うじて維持できている状況。
教導隊を中心に、ごくわずかな魔導師を機動防御に投入した甲斐があって戦局が小康状態にあることはもはや奇跡に等しかった。

損耗を度外視した攻勢を繰り広げていた連邦軍が、単純に砲撃スケジュールの関係で部隊の再編を開始した為に得られたほんのわずかな小康状態。
敵砲兵隊が砲口を開いた瞬間に再び、帝国軍は煉獄もかくはあるまいと思えるほどの鉄のシャワーを浴びせられる事となる。
奴らの謳う進歩主義とやらがどのようなものか興味はないが、少なくとも鉄と火薬の味がするのだろうというのがレルゲンや参謀らの一致した見解だった。

そして、ごくわずかな小康状態を無駄にすること無く、司令部は部隊の掌握と防衛線の補強に勤しむ。
今更笑うに笑えない話だが残っている将校らは総出で無線機に齧りついている。
崩れかけの防衛線で、絶望的な戦力差だろうとも、ここで稼いだ時間がライヒを救うとなれば否応はなかった。

参謀モールを誇らしげに吊るしていた連中ですら、今となっては疲弊しきった顔を無線機や受話器に押し付けて、あちらこちらにかけまくる。
ほんの数年前には想像すらできなかっただろうことであるが、准将や高級佐官ですらその例外ではない。
レルゲン自身、最前線の部隊を呼び出すべくあちこちへかけ続けるしかなかった。

最も、大半の通信は途絶しており、繋がること自体が稀。
それでも、指揮下にあるであろう部隊が何処からか命令を待っていれば指示を出すことが仕事なのだ。

「ああ、やっとつながった。閣下、閣下、聞こえていますか!?」

だから、初め交信が回復した時は、まだ前線付近に動ける部隊があるのかと驚く思いだった。

「閣下、爆破を停止してください!まだ、避難民が中に!」

そして、次の瞬間に使える駒が戻ってくるのではなく厄介事が生じたという事を理解して顔面にしかめっ面を浮かべる事となる。
何だこれは?
一体、何を叫んでいる?

理解したくないが、疲れて果てていようとも鋭敏な頭脳はアホの存在をレルゲンに否応なく理解させる。

「誰だ?」

「野戦憲兵分隊長カトラゼウス少尉であります。閣下、直ちに、爆破を停止してください!」

「少尉。無理だ。そもそも、小官は96時間以上前には貴官ら憲兵に避難民の誘導を命じてある。時間的猶予は十二分に与えられている。」

最前線で、軍団規模の敵に相対する状況下で。
このようなアホを相手にする羽目になるとは、士官学校だろうと陸大だろうと、高級参謀育成過程だろうと、全く習わなかった。
解っていれば、きっと無能を駆逐することこそが防疫官としての義務だとのたまうたデグレチャフを心底応援していたことだろう。

ああ、理解できる。
無能を軍から追いやらなければ、ならないという事は、軍が崩壊しつつあるこの時に深刻なまでに理解できた。
いやはや、世の中というものは随分と皮肉なものだとレルゲンとしても思わざるを得ない。

「ご理解ください、閣下。このような戦況下で、民間人が外へ出たがるはずがありません!」

「だから、私の部下に死ねと命じろと?冗談ではない。それに、爆破処置までは時間があるだろう。さっさと誘導したまえ。」

部下を殺すことは、正直に言えば軍人としての職務に含まれるのだろう。
だが、部下に効率的に死ねという事は最低限度の義務だ。
こんな狂った戦場においてこそ、人命は最も効率的に消耗されねばならなかった。

言い換えれば、こんなアホのために浪費できるほど安くはない。
コストの問題から言えば、敵の阻止ではなくアホのしりぬぐいのために投入するのは完全な無駄だ。
費用対効果、象徴的効能。
その何れも皆無の目的のために、死すべき運命にある兵であろうとも、死ねと命じるのはこの地獄にあってなお許されざる愚行。

敗軍の指揮官とて、その程度の良識と矜持くらいは持ち合わせがある。

「家財を運び出す時間が…」

「少尉。誘導したまえ。できそうにないかね?」

いっそ、穏やかな声色でレルゲンは相手の精神状態を見極める。
使い物になりそうにもない、泣きごとと現実離れした要請。
最前線の区画を爆破しないことには、遮蔽物を連邦兵に与える上にビルが狙撃拠点と化しかねない。
ただでさえ彼我の戦力差が明白なのだから、ブービートラップを仕掛けてさっさと後方で伏撃の手配をしてしかるべきなのだ。

野戦憲兵だろうが、憲兵だろうが、そもそも軍人であれば自明の理である。

そんなことも理解できないアホ相手に時間を無駄にしていること自体がレルゲンには耐えがたかった。
この小康状態が、いったどれほどの将兵の生命で贖っているのか。
それを考慮すれば、無駄なことをしている時間など寸秒たりともありはしないのだ。

無論、軍人として悪戯に帝国の臣民を危機に晒すべきではないと言う事程度は理解している。
すでに帝室が秘密裏に低地地方へ亡命しつつあることを考慮すれば、あとは帝都を死守しつつ人々を逃がすだけというのも道理だ。
なればこそ、すでにわずかながらも余裕があるときに避難を度々勧告してあった。

まあ、勧告する程度なれば、誰にでもできる事なのだろうが。
だけれども、他に何もしようがないのだ。
泣きごとを言う暇があれば、行動を行う時ということも奴は理解できていないと言うのか。

「無理です、閣下。私には、私にはできそうにありません。」

得られた回答は、もはや何の建設的な案すら内包していなそれ。
時間の無駄であり、喫緊の行動が要請されると言う事を理解もしてない其れ。

・・・・・・・・・・・・、いやはや、デグレチャフが議論よりも行動を重んじる訳だ。

ああ、素晴らしきかな、単純明快な合理性。
奴は狂っているかもしれないが、それはそこまで割り切れることこそ異常なのだろう。
いったい、いつから奴はこんな終末戦を想定していた?

一介の軍人に、そんなことを思う機会が、契機が一体どこにある?

「そうか、良しわかった。何とかこちらでしてみよう。」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

「ああ、憲兵軍曹いるかね?」

戦場において、熟練の下士官というのはその全身が、同じ重さの純金並みに価値がある。
そのことを理解できねば、野戦における機微など理解出来る筈もない。
あのデグレチャフが、下士官受けするという時点で、奴が常在戦場にあったという事をレルゲンは嫌でも認識させられる。

「…はっ。」

「よろしい。その無能を不服従で排除しろ。排除後は、君が指揮を取れ。良いな?」

「了解いたしました。直ちに。」

うんざりした口調で、命じたレルゲン。
そして、ようやくといった口ぶりで即答する下士官。
こんな戦場において、基本となるべきルールを弁えた行動にレルゲンとしても満足を覚える。

いや、こんな統制の箍を緩めるようなことすら、必要だと割り切れるほどに野戦擦れしたというべきか。
まさか、北方で暴走した奴の真似ごとを小規模とはいえやる当たり、もはや極まっていると言うしかない。

「…それにしても最悪だ。まさに、奴の行動そのものではないか。」

「閣下、いかがされましたか?」

「いやなに、ゼートゥーア閣下が奴を気にいるのが理解できた。なるほど、確かにこれなら気にいることだろうよ。」

いつからかは知らない。
何故かも知らない。
奴が卓越した戦略眼を有していた事は理解していたが、本質を見誤っていた。

奴は、あの化け物は、化け物ではなく必然の産物なのだ。
あの無謀と狂気に満ち溢れた行動は、ある意味で戦争の究極形態を合理的に体現したに過ぎない。
狂っているどころか、順当に適応したにすぎないというわけである。

なるほど、恐るべき慧眼をおもちのゼートゥーア閣下が気に入る筈だ。
あの、ロメール将軍が手放しで称賛する訳である。
ここまで、狂った戦場において戦争するという事を前提においているなど、他に誰が理解し得よう。









その日、ゼートゥーア大将は軍というにはあまりにも無残な状態にある第七師団長からの決別電を受け取り嘆息した。
鉄量に頭を押さえられ、市街地で区画ごとに血みどろの戦いが続く帝都防衛戦を戦い抜く事、すでに15日あまり。
その15日ですら戦える兵士どころか、予備役の老兵、学徒動員で投入された若者というよりは子供達をすり減らし辛うじて稼いだもの。

敵航空優勢下にありながら、辛うじて空軍に散発的な抵抗を行わせることができたのは10日までだった。
残存航空機部隊は、単なる残骸と訓練生の残骸に過ぎない。
魔導師部隊に至っては、動けない半生半死魔導師に宝珠を握らせ拠点防衛に従事させる始末。

機動防御を行おうにも、運動戦が可能な部隊は払底。
動くどころか、防衛拠点から頭を出した瞬間に鉄量で粉砕される。
予備隊などというものは、最早彼岸の彼方に存在する概念と化した。

そして、帝都に進駐する筈だった連合王国・合州国の先陣は未だ2日程度の距離。
進路上にある拠点に対してはなりふり構わず、無防備宣言を出すように下命し、使える部隊を根こそぎ引き抜いていた。
故に、これは純粋に機甲部隊の進撃速度と補給兵站線の状況に依拠せざるを得ないものだろう。

戦後の事を思えば、断じて連邦に屈する形で降伏する訳にはいかない。
だが、そのために支払った代価は既に甚大な規模に及んでいた。
人的資源は払底し、いまやライヒはその在りし日のかけらも帝都には留めていない。

若者達が、愉快気に笑っていたクラブは既に爆砕された。
壮年の男たちが、社交場にしていたビアホールはトーチカに転用されるか、砲弾の的と化した。
そして、そこで楽し気に笑っていた人々は悉く肉塊と化して連邦の鉄量に削られている。

『戦後』

それは、覚悟して議論していたつもりだ。
戦後というのは、要するに昨今の情勢下においては帝国の敗北以外にありえない。
辛うじて均衡を保ちえた、消耗抑制ドクトリンが崩壊後は決断せざるを得なかった。
この末期にあればこそ、戦後という事を見据える必要性は理解できる。

言い換えれば、戦後のためにこの事態を招いている。
自らが描いた結末のため、帝都を焼いている。

この全てに、ゼートゥーア大将は携わっている。
戦後の対連邦政策という、ライヒの一体性維持という、デグレチャフの囁きに乗ったのだ。
概念として、戦略論としての正しさはゼートゥーアにしても理解している。


『祖国の分割阻止』

それを、頭では理解し、犠牲を厭わず阻止すべく動いている。
連邦軍のなりふり構わぬ進軍を見れば、敵国に協調性という言葉が辞書から欠落している事程度は理解できた。
なればこそ、軍人としては屈辱ながらも西方をがら空きにして誘導している。

敗北の憂き目を甘んじ、その中で最良の未来を模索するという意味においては合理的な決断だった。
しかし、それでもなお連邦の意図と能力を甘く見ていたのだろうか。
或いは計画そのものが、楽観的な前提に依っていたのではないだろうか。

今更、考えても埒の明かないことだった。

『ライヒのために』

全ては、其れが為に。

ライヒに再び黄金の時代を取り戻すべく如何なる犠牲を払おうとも抗う。

だが、現実は唾棄すべき事にゼートゥーアに為せることはごくわずかだった。
残り少ない部隊をすり減らし、祖国のために銃を取る若者を散らせ。
そして、敵である合州国のパルトン将軍に縋らざるを得ないのが現実。

これが、世界に冠たるライヒの、世界列強最強を謳われた大陸軍の末路なのだ。
そこでは、自己の運命すら、自ら定めることは叶わない。



あとがき
取りあえず、次で帝都が終わります。
終戦は、もうちょいかと。

後は、戦争に参加した腕白ボーイズが、小道具を回収したり捨てたりするだけです。

今週中には、次の投稿ができるようにベストを尽くす所存です。
まあ、どうなるか解りませんが。



[24734] 第九三話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:a9244f5b
Date: 2017/01/29 16:29
海水でびしょぬれになり、不機嫌極まりない表情で呼び出さた上官。
雷が落ちることを恐れ、誰もが難を避けるべく手際よく用事を思い出しつつあった時に彼は戻ってきた。
それも、部下の誰も見たことのないような笑顔と共に。

「大佐殿?」

何事かと尋ねる副官。
それに対し、彼は何時になく上機嫌に笑いながら微笑みすら浮かべ吉報をもたらす。

「Sog諸君、ナンバーワンだ。」

「R&Rですね?」

これほど無駄骨を折らされた挙句の、ナンバーワンである。
兵士らにとってみれば、珍しくも上層部が頭を使った奇跡に感謝したかった。
早とちりした連中に至っては、すでにパブの事を頭によぎらせている。

だが、喜色満面になりつつあった兵士らから期待を込めて見つめられた彼は首を振った。

「いや、それではない。」

「自分は、それほどお国から給料をもらっていませんが。」

画家にとって、落胆する彼らの姿はある種のモデルとしては最良だったに違いない。
その時の兵士たちほど、天国から地獄へ突き落とされ絶望した人間のモデルにふさわしいものはなかった。

だが、知らせを持ちこんだ大佐にしてみれば“R&R”ですら霞む素晴らしい知らせなのだ。
彼の部下が、彼が、切望して久しい願いを思いもかけず手に入れてきた彼はポロリと爆弾を投下する。

「いや、これに勝るものはない。…あのFNGをこの世からBCDする許可が下りた。」

あのFNGをBCD。
それも、この世から。

それは、一瞬彼らにとって理解の範疇外にある言葉だった。

夢にまで見た、一つの妄想に過ぎない願望。
叶うとは、許可が下りるとは誰も考えられなかったそれ。
軍法会議を要求し、『政治』とやらで棄却されたそれ。

それが、叶うと理解した瞬間兵士らは立ちあがっていた。

「…本当ですか!?あのワンサンザウドを!?」

「志願者のみとなるが。」

休暇返上を命じられた兵士が、喜び勇んで戦場に行く稀有な事例。
志願を命じられた訳でもないにもかかわらず、誰もが歓喜して志願を叫んでいた。

「即刻志願いたします!」













潜水艦の艦内は狭い上に、暑苦しい。
空気に関していうならば、二酸化酸素濃度が高すぎる上に酸素そのものが乏し過ぎる。
高高度飛行に慣熟している魔導師でも、思わず呻くほどだ。

酸素濃度が低い事に加えて、二酸化炭素濃度と温度が慣れ親しんだ環境と異なりすぎるのが原因である。
おまけに、潜航中の艦内は薄暗くまともに日光すら浴びることができない。
其れゆえに、ターニャとしてはひたすらクルーの邪魔にならない範囲で健康維持に気を払わねばならなかった。

碌でもない環境極まりない。
だが、碌でもないとはいえ全くメリットが無いわけでもないだろう。

例えば、パンである。
地上勤務で口にできるのは堅焼きというよりはブロックに近いビスケットや、耐えがたいKパン。
高カロリー食を義務付けられた魔導師にKパンを増配する兵站課は、合理化の努力が欠如しているとしか思えなかった。
海軍用と陸軍用で物資を分けて管理するとは統合努力の欠如した縦割り行政の極みだろう。

高カロリーが義務付けられている魔導師ですら陸ではこれであったのだ。
これに対して、海軍の食事は伝統的に遠洋航行を想定して其れなりの質が用意されている。
中でも、危険な任務に従事する艦には艦隊司令部の配慮が施されてきた。

まして、潜水艦は危険に加えて劣悪な環境である。
兵士の士気維持のためにも食事は優遇されるのだ。
それは今日においても、最善の努力で維持されていると言えよう。

なんと潜水艦のパンは、ライ麦パン。
そう、純正のライ麦パンである。
このご時世、滅多にお目にかかれないどころか、存在を陸軍では疑っている種類のパンである。

しかもパターとジャムをたっぷりと。
おまけに缶詰とはいえソーセージとジャガイモを存分に。
慣れないと若干厳しい缶詰とはいえ、塹壕職に比べれば全てが天国である。

まあ、艦内の空気はありえんので術式を起動して浄化してはいるが。

「…まさか高高度用の酸素生成術式と、火力制圧下の有毒ガスを想定しての濾過術式を起動する羽目になるとは。」

呟きつつも、艦内環境が頗る良好になるので艦長から直接感謝され、特配まで有ったのは素晴らしい誤算だった。
南方大陸戦で一時乗船した時の潜水艦もそうであるが、ともかく潜水艦内の空気は酷い。
潜航中は外気へのアクセスがシュノーケルに限定されるために特にそうだ。

食事だけが楽しみなのだろうかと言えば、そうなのだろう。
私だって、潜水艦で鉄条網やらスウェーデン蕪ばかり食わされれば我慢の限界になるというものだ。
とはいえ食生活が素晴らしいのだから一先ず現状には大いに満足である。

食っちゃ寝し、戦時下の帝国では本来望みえないまずまずの食生活。
なにしろ員数外の人員なのだから、仕事も何もせずに好きなだけ休暇を満喫しているようなものである。
戦争行為に加わらないと言うだけで、ここまで穏やかな心持になれるとは。

遺憾ながら、最近の自分は心に余裕が無かったのだろう。
まさか、潜水艦で人間性の回復を実感する羽目になるとは。
世も末である。

やることもなく、さりとて怠惰な生活を楽しむこともし難いターニャにとって時間を如何にして有効活用するかだけが問題だった。
とはいえ、戦中であり思索に耽るにしても限度があり、かつ艦内文庫は既にあっさりと読み終えてしまっている。
チェスでも楽しむというのも悪くはないが、艦内で他にすることがなく兵員らによって既に使用中ときている。

さて、どうしたものだろうかと余暇を持て余しつつある時、若い水兵の遠慮がちな声によってターニャは思索を遮られる事となった。

「中佐殿、申し訳ありません。艦長がお呼びです。至急、発令所までお越し願えるでしょうか。」

「喜んで。すぐに行こう。」

彼の艦なのだから、呼び出す程度の事は当然の権利だろう。
加えて、暇を持て余していたこともあり、ターニャとしては断る理由が無かった。
儀礼以上に手際良く発令所まで駆け、すぐに計器を注意深く観察している艦長を発見。

「起こし頂き申し訳ありません、中佐殿。」

「かまわんさ。なにしろ、単なる便乗者の身ではやることもない。」

寝転がっているだけで、三食が比較的まともに出てくる環境。
空気と騒音、それに艦内温度の問題があるとはいえ対処出来ないものでもない。
術式で産み出せない食い物に比較すれば、全て対処可能なそれだ。

正直なところ、申し訳ないほどだ。
忌々しいコミーの働かざる者食うべからずの精神は気に入らない。
が、基本的に給料分仕事をしようと思うのは当然の義務なのだ。

まあ、これまで散々もらっている分以上に働いているような気もするのであるが。

散漫な思考になりがちな自分に、潜水艦病かと疑いつつも意識を切り替えたターニャは本題へと切り替えた。

「それで、何事が?」

「本国からです。ご覧ください。」

差し出された電報は、士官用。
既に主力艦隊は封鎖された港に閉塞されており、潜水艦や魚雷艇のみが港から出ているような状況だ。
わざわざ無線で流すという事は其れ相応の案件の告知に違いなかった。

そして、ターニャや艦のクルーにしてみれば本国から発せられる電報如何によりて行動を決せねばならない立場である。
発令所内の人間にとって、緊張しきった顔を意図的に自分の担当する部署に向けつつも、聞き耳を立てざるを得ない状況である。

だが、それらの感情を他所にいとも造作なく通信文に眼を通したターニャはこれといった感情の変化を見せることもなく肩をすくめて見せた。

「拝見しよう・・・、『赤ひげおじさんの子供が、ビスケットを分け合ってお昼寝中』?ふむ、これだけかね?」

「はい、現時点ではこれだけであります。」


「ふむ、了解した。」

首肯する艦長に対し、ターニャは御苦労と頷き封を綴じ直す。
後は、機密報として規定通りに処分すれば終わる簡単な話だ。
すでに、ターニャの頭脳はもたらされた内容に向かっている。

「やはり、こうなるか。」

バルバロッサより、発令された状況報告。
ビスケットは忌々しいブリキ缶絡み。
言い換えれば、ビスケットをお友達のブリキと分け合い、お昼寝中。

永眠していないという事から、まだ帝都は燃えているのだろう。
当分、火が付いている間は作戦進捗状況に変化が無いという事だ。
報復作戦の発動命令、並びに終戦を告げる放送もないことから作戦は順調に進捗中という事が判断できる。

予定よりも前倒しを求められないだけ、マシなのだろう。

「本艦に対する命令に、変更がありましょうか?」

「いや、変更はない。しかし、予定通りにアルゼルチナ入りしてもらう必要はある。」

緊張しつつも、どこか不安げな口調の艦長に対してターニャは特に表情を変えることなく淡々と現状維持を指示。
ターニャにしてみれば、少なくとも帝都が燃えている以上不安視する必要はないのだ。
戦闘をゼートゥーア閣下が維持し続けている間は、少なくとも終戦による状況の予期しない変化は避けうる。

それで、最低限度の必要条件は満たせた。
加えて、ビスケットを分け合えているという事から、戦後のためのフレームワークも形成しつつあることは自明。
後は、時期を待てば勝手に鉄のカーテン演説が出てくることだろう。

必要なのは、少なくとも、終戦までに行動の自由を確保できる環境に入ることだ。
終戦し、兵士らの里心がつけばシージャックすら検討しなければならない。
潜水艦という機械を動かす専門家ら相手に、それは非常に不愉快な仕事だろう。

おまけに、力づくで強制して仕事をさせた後は機密保持のために色々と面倒なこともやる羽目になる。
それは、ターニャにしてみれば資源の無駄遣いも良いところである。

「了解です。航程自体は順調なので、余裕を持って到着できるかと。」

「結構。よろしく願う。」

故に。
自分達と、彼らの相互利益を思いターニャは艦長に願う。
無事にタイムリーに運んでくれ、と。

「はっ。」








「部隊の展開。迅速にだ。」

「了解、大尉殿!」

目標のポイントに到着。
到着後、速やかに展開するべく部隊の兵が動き回る。
双眼鏡で其れを確認しつつ、間にあいそうな事に安堵しグランツ大尉は息をようやく吐き肩の荷を下ろす。

油断する訳ではないが、ぎりぎりの綱渡りを何とか成し遂げたのだ。



バルバロッサ作戦に選抜され、以後は死者となり司令部直轄となり一ヶ月。
ニヤニヤ笑いながら、戦場へ突撃していく戦争に関してだけは誰よりも信用できる上官から本国駐在を命じられた為だ。
きっと碌でもない事になると覚悟していたが、現実は想像を凌駕するらしい。

本国残留命令以来、帝国軍グランツ魔導大尉はひたすら奇妙な戦争に従事していた。

初めの東部で包囲されている突出部支援のため封鎖突破戦を支援する作戦は、極めて理解がしやすいものだろう。
実際、軍籍を消す前も度々従事していただけにグランツにとっては手慣れたものだった。

友軍援護だと言えば、誰だろうと軍人の仕事だとすぐに納得できる。

次の仕事は、秘密裏に交渉を行うべく派遣される高級軍人の護衛だった。
公式には、存在しないことになっている終戦のための密約。
故に、意図的に連合王国が設けた防衛線の穴を通過するにしても偶発的戦闘は十分にあり得る。

その護衛と言われれば、少なくとも必要だということくらいは理解できたし納得しうる。
表向きは、敵戦線の強行偵察と銘打たれた彼の部隊が赴くことも至極当然だろう。

だが、その次からは一般的な軍人としては判断に迷わざるを得ないものとなった。
死者として生者を送った帰路、連れ帰るのは帝国軍の軍装を纏った合州国軍の作戦参謀である。
曰く、双方の情報交換のために彼を往復させろとのこと。

連れ帰れば、連れ帰ったで今度は打ち合わせを終えた将校を秘密裏の会合地点まで護衛である。
しかも、目立たないように第三国経由でやれとのお達し。
偽造した旅券が堂々と発券され、あっさりと越境できた時点でグランツも嫌々ながら常識とやらを投げ捨てることにした。

その後は、バルバロッサ作戦に対して潜在的脅威となりえる親連邦派将校や共産主義者をどさくさにまぎれて暗殺である。
時に依っては、連邦軍の軍装で作戦行動を行わされることすら有ったというのだから、始末に負えない。

結局のところ、複雑に敵味方の境界線が曖昧になった戦域において信用できるということは『絶対的』な価値があった。
その信用に際しては一切合財の世間的な評価基準というものが無意味となりただ、実力と実績のみがモノを言う。
この万里霧中に等しい戦域では、敵か味方かわからないという事は、少なくとも味方ではないのだ。

そして信用してくれと言って、信用されるのはなかなか難しいモノ。
栄えある帝国軍、魔導士官という名誉と社会的地位だろうともほとんど無価値。
バルバロッサ作戦司令部は、ただ、行動で持ってのみ価値を評価していた。

それは、祖国に有益か。
あるは、祖国にとって有害か。

言い換えれば、悪名高き防疫官を自ら任じていた。


『実力をもってして自らの価値を証明せよ、できなば去ね。それすらもできねば、今死ね。』

戦闘団長殿が口癖。
泥沼の東部で使いモノにならない糞ったれの新任どもへ吐き捨てた一言。
士官学校出の若造が抗弁した瞬間に、無価値だと見なして吐き捨てた一言。

だが、今になって思えば悉くが合理的だ。
戦場において、弾丸は軍歴を、階級を、勘案しない。
これほど公平で平等かつ最低な空間。

覗き込んでいた双眼鏡を下ろし、溜息を吐きつつグランツ大尉は器用に肩をすくめる。
20代前半と言われても、前線経験が無い人間には理解し得ないほど疲れ切った顔に浮かぶのは納得のそれ。

結構だ。

そうとも。

それで、結構なのだ。

グランツとしても、そう判断せざるをえなかった。
ここまでくれば、仕事ぶりで実力を証明するほかになしというのも良くわかる。

なにしろ、今度の作戦行動は陥落間近の帝都支援を放り投げての“外交的協調”とやら。

部隊を指揮する立場に立ってみれば、非常に厄介な問題が複数転がっていることを嫌でも意識せざるを得ない。
当然、その生存戦略は余裕が消失した鋭利なソレにならざるを得ないのである。
つまり、嫌でも判断基準がデグレチャフ閣下のそれに近づくのが理解できるというものだ。

与えられた命令を遂行している限りにおいてと、自ら判断して目標を設定するそれは段違い。
政治的目的と軍事的目標の追求などというのは上から命じられて初めてようやく理解できるというもの。
まったく、世界というのは悪意に満ち溢れすぎていて、それが日常だと理解するには人生が短すぎるというものである。

「グランツ大尉殿。部隊の集結、完了いたしました。」

「御苦労、軍曹。連中はどうしている?」

意識を切り替え、グランツは作戦行動の進捗状況に気を向け直す。
部隊を展開し、命じられた戦術目標を追求するのは容易だ。
だが、戦略目標を達成するために行動せよと命じられるソレは想像以上に難しい。

そして、戦略のために非常に厄介な戦術を行わされる部隊の指揮官に油断や余念は致命的だった。
ほとんど無理難題を戦略上の必要性から達成するように、物事の道理を捻じ曲げて命じられているのだ。

「すでに、デントルマルクを進発済み。合流は、14:00を予定しております。」

「よろしい、合流まで極力発砲を控えさせろ。此処まで来て、おじゃんにする訳にはいかん。」

故に、やや緊張した彼は口を開き戒める言葉を言わずもがなでも口にしてしまう。
無論古参兵らからなる戦闘団の一部だ。
恐るべき戦闘団長殿の統制から外れた程度で、浮足立つほどウブな神経は東部で摩耗しつくしている。

だから、口にしたのはほとんど自分の不安交じりの心情だろう。
だが、おじゃんか。
まさしく、戦闘団長殿が苦笑い混じりに仰ることが理解できるというものだ。

ようやく成し遂げようという場面において、崩れるというほど理不尽なものもない。

「了解いたしました。」

「しかし、何たる皮肉か。」

「やはりライミーとの共同作業はお気に召しませんか、大尉殿?」

「好き嫌いは、克服済みだ。ラインの塹壕で好き嫌いなど言っていれば、敵より先に閣下に教育指導を施されたんだぞ。」

思い出すだけでも、口の中が苦々しい。
おまけに妙に印象に残ったためか、最初に吐いた時の胃液の味まで思い出してしまう。
酸っぱい上に、野戦場でみじめに嘔吐した記憶など最悪の記憶以外の何物でもない。

だが、碌でもない初体験だったのだ。
悪意の神が微笑んでいたとしか思えないほどに最悪だった。
もしくは、悪魔に祝福されていたに違いない。

最初の処女はよりにも寄ってラインで、シャベルで敵兵の頭をガツンとだ。
あの塹壕線を這いつくばって動きまわり、敵の壕に飛びこむと言う狂気沙汰とセットで、である。
平然と夜間襲撃なり敵地侵入なりをピクニック感覚で出かけられるようになった今ですら、上官の神経が信じられない。

そのあと平然とオートミールを啜れる上官らの精神を疑わない方がどうかしている。
生温かい敵の頭部を蹴り飛ばし、その足で食堂へ入るなど耐えがたかった。
隣で吐いていた自分は正常だったと思いたい。

だが、食べねば次の出撃に響くという理由で教育的指導が入ってくる。
よしんば、それでも食べなければ規定量に空き足りない古参の出番だった。
彼らが眼の前で食事を取り上げて食べた挙句、空腹のまま再び塹壕待機となるのだ。

嫌でも食べ無ければ、力尽きていたのは間違いない。
そして東部に至ってはそれ以上の過酷な環境である。

レーションどころか、糞ったれのKパンより悲惨なKKパンを碌に濾過出来もしない水を生のまま流し込まなければならない戦場。
術式で濾過しようにも、反応で位置が特定されるために制圧下では耐えざるを得なかった。
下痢と嘔吐に苦しまなかった兵隊がいるとすれば、今は公的にはお亡くなりあそばしたデグレチャフ閣下ぐらいである。

閣下ならば、ライミーだろうがなんだろうが、ニコニコ笑って握手すらやってのけるに違いない。

「その通り。何より共同作業も、ライミーにしては悪くない提案だ。」

「は?」

そして、今のグランツにとってはライミーの提案は愉快な笑える部分すら含まれている。
気が付いた時は、本当にライン以来の古参兵ら同士で大笑いしたものだった。
あの国は、食事がまずいのを誤魔化すためだろうが、ジョークのセンスが冴えているらしい。

「軍曹、君はいつからだ?」

「南方大陸からでありますが。」

「ああ、なるほど、ならば知らない訳か。」

剣林弾雨で笑って遊べる狂人どもの生え抜きしか知らない事実。
それを知っていた連中は、全員が全員死にたがりですら口をつぐんでいたのだから南方大陸組は知らないのだろう。
機密が保持されたことを喜ぶべきか、部隊内でそれほど畏怖されている事実を閣下に伝えるべきか微妙に迷うべきなのはわかる。

だが、グランツとしては何事も災いが惹き起こされていなかったことを言祝ぐ気持ちの方が強かった。

「冗談でも、ご本人の前で口にするなよ?その時は、殺される方が心温まる程凄惨な未来を約束してやるぞ。」

「心します、大尉殿。」

「…閣下は、大変食いしん坊であらせられる。自分の獲物には酷く執着される方だ。なにしろ、成長期のままだからな。」

ライン時代、戦闘団長の悪食ぶりを皮肉って当時の古参兵が冗談で口にしたそれ。
結果的に、その当事者は口にするのもはばかられる修正を受けたものだった。
もちろん、修正は規則順守というごくごく真っ当な観点からだろう。

だが、あの戦闘団長殿が神がかった眼で、神とやらを讃えながら宝珠を構えて惨劇を惹き起こしたことは今でも思い出したくない。

「…なるほど、戦闘団長の獲物を掠め取る!まさに禁断の喜びですな。」

「後が怖いがな。ワッハッハッハッハッ!」

言うまでもなく、やろうとしていることは恐ろしい。
気が付いた時には、笑うほかなかった。
なんと、閣下の獲物を横取りするということではないか。

しかも、よりにも寄って、あのライミー共との共同作業によって。
まったく世の中というのは不思議にできているものだった。

「なるほど、確かに!」

「だが、禁断の果実だぞ。間違いなく、絶対に美味に違いない。」

獲物が獲物なのだ。
さすがに、耐えるのはしつけられた猟犬をしても耐えがたい。

戦闘団長殿には、誠に、誠に申し訳ない。
だがグランツとしても怨讐が積もり積もった相手でもある。

「仕方ありませんな。補給が途絶えがちで空腹なのですから。」

「良く言った軍曹。その通りだ。」

笑いながら、頷くとグランツは配置に戻るように軍曹に促しつつ期待を込めて密かに嗤う。

「お手数だが、閣下に置かれては兵站部に苦情を申し込んでいただくほかにあるまい。」


あとがき
後で、コメント等対応します。ご容赦を。


2017/1/29 誤字修正



[24734] 第九四話
Name: カルロ・ゼン◆4d6ad4a6 ID:9ed5c35c
Date: 2013/06/06 20:36
勝敗は兵家の常だ。
故に、マレンゴが物語るのは、最後に立っていた者が勝者ということだ。

ピュロスは、ハンニバルは、カール12世は何れも類希な戦略家であった。同時代において、彼らに比肩しうる才覚を持つ将軍はほぼ皆無ですらあっただろう。恐らくは、アフリカヌスにとってすら、最盛期のハンニバルを食い止めることは過酷にすぎるのではないだろうか。

だが、歴史は彼らを悉く敗者として記録する。ボナパルトですら、マレンゴの戦いではドゼー将軍を失うという高すぎる犠牲を払い、そしてマレンゴの奇跡は二度と起きなかった。

ハンニバルは真に卓越した指揮官であり、ボナパルトは天才的な軍人であった。その能力は敵から畏怖されるほどである。彼らは、戦史にその名を輝かしく刻んだ。

だが、彼らは敗れた。

何故か?

答えは単純だ。

ハンニバルに勝てないならば、ハンニバルと戦わなければ良い。
彼の指揮下にない部隊を叩き続ければ、ハンニバルの手足を削げる。
そして、ハンニバルを封殺しえる国力と一体性が共和制ローマにはあった。

同じく、ボナパルトに勝てないのならば、ボナパルトの手足を1つ1つ削いでいけば良い。成る程、ハンニバルと異なりボナパルトの手足は非常に有能だ。マッセナ、ドゼー、ミュラ、スルトにランヌやダヴー。その何れもが軍人として卓越した指揮官である。彼らを束ねたボナパルトは恐ろしい。

だが、いかに有能な将軍とて居なければどうか?最後にボナパルトが指揮下に持っていたのは、グルシーだった。グルシーではなく、仮にドゼーかランヌがボナパルトの持つ指揮官ならば。或いは、ベルティエ参謀長さえ居れば。最後に立っていたのは、フランスだったであろう。

しかし、ボナパルトに奇跡を起こしうる彼らは悉く先立っていた。


勝敗は、戦略のレベルでほぼすべてが確定する。最良の指揮官を、将校を揃えるということは戦略次元の課題だ。

故に、ターニャは帝国の敗北を誰よりも切実に理解し、かつ予見し得た。それは、歴史が証明した事実ですらあった。

自由と市場経済を信奉する無神論者として、ターニャは自由経済を死守すべく行動を開始。ここにおいて、ターニャの戦場は戦後という舞台を見据えて戦われる。

言い換えれば、戦後の秩序を見据えての行動となる。

さて、平和な世界とは秩序とルールが何よりも優先される世界のことだ。お上品な、優しい穏やかな世界。

その世界では、有事においては許容された行為が嫌悪され忌み嫌われる。正義が物事を評価する物差しとなる世界。ここにおいて、勝つために許容された行為は、勝者にとって不都合な事実と化す。時に、隠匿を必要とするほどに。

そして戦時中の英雄は、時と場合に依っては困り種になりかねない。何よりも、統制のきかない英雄で軍内部に軋轢を生むアホは無用の長物だった。

戦時中には称賛された兵士が、戦後には石もて追われるのもそこに起因する。彼らは、平和な世界において居場所のない異物なのだ。

故にターニャは統制に服した。如何なる艱難だろうとも、自由の敵である存在Xにいつの日か正当な代価を支払わせるために甘受してのけたのだ。その日まで、生き延びて神と称する奴を滅さんと心に決めている。

だからこそ、ターニャは軍内部において畏怖され、警戒されなかがらも最後の日に置いても軍人として評価されている。その行動原理は明瞭であり敬意を持って信頼すらされるほどだ。

簡単な話だろう。

いくら営業成績が良かろうともコンプライアンスを無視する社員はリスクの原因である。それを人事の経験から、ターニャは嫌というほどに理解し恐れてすらいる。

なればこそ、ターニャはルールに服従した。

そして、メアリーは自らをルールと定義した。

自らの信じる正義と神の加護によりて彼女は確かに1つの価値観を体現するに至る。そこに、迷いは存在しえない。

だが、だからこそ既存のルールと相容れないとき、彼女は自らのルールを余りにも容易く適用しすぎた。

それは勝つために黙認されこそすれども断じて、歓迎されない。いや、苦々しく辛うじて許されているに過ぎないだろう。

何よりも彼女にとって不幸なことに、彼女には影響力があった。それこそ、『合州国』が手にした『神の炎』を照らせるほどに。

メアリーの中において、完全なる正義と信仰は政治による秩序に優越する。それは、ロリヤという連邦の謀略家にしてみれば容易に攻撃目標を誘導し得ることを意味していた。

共産主義者に踊らされる、影響力の大きな制御できない魔導師。
所属国にしてみればこれ程百害あって一利も無い存在も無いだろう。

故に、戦後の秩序にはメアリーの席が用意されないのだ。メアリーに勝者が望むのは都合の良い『退場』である。

「同志ロリヤ、党より至急の召喚であります。」

そして。

どうして同じことを連邦が考え付かないことがあるだろうか?血塗られた歴史は、彼らが常に血を血で洗う事を示してすらいるのだ。

只でさえ、独裁者にとっても危険なまでに国内の権力を掌握しつつある秘密警察のトップ等は余程のこともない限り長生きできるわけもない。それがために、多くの秘密警察トップは生き残るために極めて複雑な事象に留意し続ける必要があった。

その典型例がフランスの誇るもっとも有能な警察長官と言われるオトラント公だ。

オトラント公こと、ジョゼフ・フーシェに至っては風見鶏とあだ名されるほど変化自在に立場を変えている。彼は、驚嘆すべきことにあのフランス革命期において、すべてを生き延びた政治的動物である。

彼をギロチンに送ろうとした人間は、逆にギロチンで裁かれる羽目となった。彼を罷免しようとしたボナパルトですらフーシェの有能さゆえに度々苦々しい思いをする羽目となっていた。

そして、ボナパルトが失脚したのちも彼は辛うじてながらも自らの爵位を保つことには成功している。驚嘆すべきことに、彼は何時如何なる時も勝者と共に合った。それは、全て慎重さと異常なまでの嗅覚に支えられての結果である。

ロリヤもまた、フーシェの同類であった。
少なくとも、彼にとってのイデアに出会うまでは。

だが、彼は変わった。
変わらざるを得なかったのだろう。
それはロリヤにしてみれば必然だ。

しかし、彼の数少ない同僚や上にしてみれば困惑ではすまない。 恐ろしいが理解できていた怪物が、今や理解しがたい怪物に化したのだ。

経験則から、連邦指導部は結果的にロリヤを切り捨てることを本能的に決断する。彼がここまで手をつけられなかったのは簡単な理由による。

戦後に責任を取らせるために過ぎない。生け贄の羊は、そのために保存されるものだ。なればこそ、この戦争で生じた失策を押し付けて封印できる。

その過程は、機密の分厚いベールに覆われ全貌は容易にうかがい知れないものだ。

そして、誰にも知られることの無い後始末が帝都のやや西方で皮肉な組み合わせによって行われていた。

化け物は所詮化け物。
滅することが能わない神話の存在とは程遠い。
成る程、規格外であることは事実。
だが、結局のところ。
人の規格で測れる以上、人智の範疇に留まるのだ。

そう、何時だって、化け物を倒すのは人間の仕事である。



「エンジェルより、FAC! 繰り返します、エンジェルより、FAC ! 」

救援を、それも至急要請する広域無線。

爆炎と立ち込める煙に紛れながら途切れ途切れにもがく人影は、メアリー少佐が指揮する長距離偵察隊の残骸にすぎなくなっている。

救助を求める声には、焦りの色。
逼迫した感情がありありと脈打つそれ。
それは、今宵こそはと意気込む猟犬らに歓喜をもたらす。

彼女の小隊に割り当てられた無線の暗号形式と周波数は明らかにされており、帝国軍のジャミングはほぼ完全に封殺に成功。
何しろ自軍の周波数だ。
ドレーク大佐にしてみればわからない方が可笑しい。

「周波数のジャミング良好。」

「カバー展開は維持できています。」

加えて。

電磁ノイズを複数方向に展開している要員が発生させることで作戦行動圏内部は高出力の短距離通信以外を阻害。

完璧を喫するべく外部からの介入を阻止するために近隣部隊は然り気無く配置転換まで行われている。
特にシンパ共は念入りに。
これで外部からの助けは、絶対にあり得ない。

その上で、ノコノコと前進してきたアホが隠匿されていたとおぼしき帝国軍施設の調査に入った瞬間に吹っ飛ばした。

使用した爆薬は、出撃する燃料を欠いた戦艦群の主砲弾1200発を流用。そこに、88ミリ高射砲やら何やらの炸裂する弾丸をありったけ詰め込み吹っ飛ばすという剛毅な初撃である。

化け物が相手なのだ。
出し惜しみは一切なし。
文字通り、要塞を爆砕できる鉄量を投じた一撃。

戦艦どころか、戦艦からなる戦隊すら一蹴できるそれ。

「驚きました。あれで、生きているとは。」

故に、連合王国の海兵隊上がりにしてみれば俄には信じがたかった。
戦艦の総弾薬量を上回る規模の鉄量。
それに巻き込まれ、人間が原型を保っているどころか、生きているというのは奇跡に等しい。

海の人間にしてみれば、それほど非現実的に過ぎる光景だろう。

「なんのために集積地を誘爆させたか再認識すべきだな。全く、普通ならば生きているのが奇跡のはずなのだが。」

「…あれでくたばらないとは。成る程、閣下ですら殺し損ねるはずだ。」

だが、だからこそ。
皮肉げに笑う帝国・連合王国の指揮官らは改めて嫌でも相手の非常識さを再認識させられる。
メアリーは、あの糞袋はアホだ。
戦略面で見れば、恐ろしい迄に無能だろう。
戦術規模で、指揮官として見れば全くとるに足らない素人同然。

その意味では、デグレチャフというある種の傑物とは、比べるまでもない。

「ラインの悪魔が殺し損ねているのだ。覚悟してはいたのだが。」

だが、戦略・戦術といった部隊行動ではなく単独の戦闘力に関してだけは別なのだ。
卓越した、恐らくは当代随一の発現力にものを言わせるだけの力業。

それでいて、ラインの悪魔が仕留め損ねているという事実が規格外さを際立たせている。
恐らくは、個人で討ち取れる魔導師ではない。
ある程度の技量を持つ魔導師を集団でまとめて初めて対抗できるというレベル。

「波状で刈るしかあるまい。」

なればこそ。
なればこそ。

帝都が焼き尽くされようとしている今、バルバロッサ司令部は手持ちで尤も精鋭を『戦後のライヒ』がために投じている。

連合王国の部隊は、大佐級の将校が直卒する特殊戦部隊が特派されている。
その上で、数の暴力を組織的に束ねてかかる必要性をドレーク大佐は認めているのだ。

「化け物退治だ。磨り潰す。」

「同意です。損害を度外視し強襲を?」

「あれはしぶとい。我々以外の鑢で磨り潰すしかない。砲撃を手配した。」

グランツという若い帝国の魔導大尉。
突撃宝珠をかの怨敵に突き刺したくて堪らないという戦意は見事なものだ。
部隊の練度も高く、恐らくはネームドも少なくない。

東部帰りの魔導師を侮るべきではないのだろう。

「砲撃を?飽和量の鉄量が?」

そして、何よりも徹底しているのは戦力の情け容赦無き活用。
無駄を一切排し、極限まで可能性なことを行わせる思考方法は究極の功利主義。
刺し違える事を、平然と戦術に含み得る異常さ。

ドレーク大佐にしてみれば、ラインの悪魔が持っていた非人間的な匂いを嫌でも意識してしまう。

だが、物思いにふける時ではない。

報告される迄もなく、耳が聞きなれた砲弾の飛翔音を捉えた。
その戦場音楽がドレーク大佐を戦場に引き戻す。

「弾着今!」

特注の誤射。
制限なしの盛大な釣瓶打ちを最精鋭に行わせる。
それも、わざわざ榴弾と指定して撃たせているのだ。
当然だが、一番強力な203ミリに撃たせている。

少なくも、削るには有効だろう。

「降り注いだようだな。」

着弾は見事なものだ。
教本に見本として載せたいほどに見事な、誤射である。
遮蔽物すら存在しないエリアへ着弾は非常に効果的という他に無いだろう。
だが、それを見るグランツ大尉とドレーク大佐の表情には楽観の色はない。

「有効打足りえるとお考えでしょうか?」

グランツ大尉が口にする疑問がその象徴だろう。

魔導師の防御膜は小銃程度の弾丸には抵抗し得る。
ネームドの防殻に至っては、至近で炸裂した手榴弾や40ミリ対戦車砲にすら対抗し得るだろう。

無論、飽和攻撃ではその限りでもない。

しかしグランツの知る限り、ネームド相手には122ミリ以上の砲か、余程の高速貫通弾でない限り撃破は確実ではない。
稀有な例だが彼の上官は大口径砲の徹甲弾を被弾した上で平然と飛び続けた。

その上官が制限下とは言え仕留め損ねる獲物である。
率直に言えば、打撃力のために戦艦の主砲による援護すら望みたいところであった。
だからこそ、初撃には戦艦の砲弾を持ってきたほどである。

ドレーク大佐も同様に打撃力の不足は認めている。

「それこそまさかだ。だが、奴の余力を削ぐことはできるはずだろう。」

防御のために、防殻を強化すれば疲労の度合いは高まらざるを得ない。
被弾しないために、回避機動を取っても消耗するというには違いがない。

とにかく、奴を自由に行動させずに削り続ける。
その意味では、砲撃は大変有効だろう。
出血多量で動けなくなるまで撃てばよいだけの話。

「確かに。」

有効性については、グランツもまたそれを理解し得た。
削るために、制圧下に押し止めるというのは戦術としては正しい。

だが、同時に戦術としては押し止める為に奴を、ネームドの中の化け物を拘束する必要がある。

「ですが、奴を制圧下に留めるためには猟犬が必要となるでしょう。我々が猟犬を務めようと思うのですが。」

故に、軍人としての経験からグランツは申し出る。
忌々しいメアリーという雌狐に見立て、追い回すことを。
その獲物は遥かに狂暴であるものの、やってやれないことはない。

部下は死ぬだろう。
自分も死ぬやもしれん。
運が良く、死神に嫌われていれば或いは手足の一本ですむやもしれなかった。

元より、撃たれることなく撃てるとは思っていない。

だが、自らの価値は少なくとも証明はできる。

「感謝する大尉。よろしく願えるか。」

「お任せを。我々が、何度も通ってきた任務です。」

ライヒのために。
祖国を、傾かんとするライヒのために。

バルバロッサの要員は全てを賭けたのだ。
ライヒに、黄金の時代をもたらすために。

「盛大に遊んでやりますよ。帝国の真髄をご覧ください。」

何より、相手は化け物だ。
所詮は化け物に過ぎない。
化け物は、何時だって最後は人に狩られて終わるのだから。

滅びゆく帝国への餞に化け物退治を司るは軍人が誉れ。

さぁ、のたうちまわれ化け物め。
我らが、帝国の誉れが、遊んでやろう。





南半球の暑さもカフェの中までは入ってこない。

約束の時間にカフェで待ち合わせ。
未だに抜けきってはいない帝国訛りのヒスパニア語に男は待ち人が来たことに気がつく。

同時に、『予想以上に』訛りが少ないことに内心で眉をひそめる。
ある程度の訓練を受けるか、現地人でも注意しない限りあまり違和感のない発音。

偽装の必要上、帝国訛りを直そうとするのは予想できていた。
しかし、長年の母国語に由来する発音の習慣が簡単には変えられるだろうか?
言い換えれば、相当以上に訓練されていなければ語学というものの発音はなにがしかの形で残るのだ。
相当長期のヒスパニア語学習者?

一体、自分の交渉相手の経歴はどうなっているのだろうかと思わざるを得ない。駐在武官か、ヒスパニア系帝国人か?

だが、先入観に頼りすぎるのは危険でもあるだろう。
想像はそこで留め、彼は静かに客人がウェイターに案内されるのを待つ。

「カンパニーのジョン・ドゥ課長です。」

「カンパニー?改編されていたとは存じませんでした。いつ、改革を?」

第一印象は、自己紹介を拒む頑な態度と此方について強い関心を有しているというもの。
交渉相手の重要さから、相手が慎重になるのは予期されていた。
わざわざクリアランスを四重の機関にチェックされたあげくにメッセンジャーとしてカンパニーの課長を派遣するのだ。

彼らから提供された情報が、緊急の課題を暴露したのだから、その慎重さは内部でも理解は得ている。

「ご親切なご助言を頂けたお蔭でしょう。感謝状を贈呈しても良いのですが。」

「我々の仲ではありませんか。ご無用に願いたいものです。ご用件を頂戴できるでしょうか?」

だが、それもこれに比べればまだ可愛い。

「ケーキと水道管の商談に。」

奪取された新型爆弾。
あれは、不味すぎた。
はっきりとした影響は、分析官が匙を投げるほどという。

口が裂けても口外するなと念押しされた後告げられたときは思わず唖然としたことを今でもはっきりと覚えている。

みすみす奪取されたアホも、軽々しく投じた糞も、死んでくれと切実に願ったほどだ。
だが、おお!ありがたきかな!!
上によると、そんな愉快な爆弾を軽々しく投下して、厄介事を惹き起こした人間でもう患う必要も無いだろうとのこと。

後の課題は、過去の合意に戻りつつ引き渡されるのを待つことになる。
その交渉の為に、彼はわざわざ、交渉のためのメッセンジャーとして派遣されたのだから。

「我々としても、喜んでお話したいところです。」

解答は、ポジティブ。
大変結構なことだと男も一先ずは安堵。
ここでしくじれば、大惨事だった。

「結構です。商談に入っても?」

「勿論ですとも。私共の上司からはすぐにでもお会いしたいと。」

少なくとも、第一段階はクリア。
接触に成功し、かつ先方に交渉の意図があること迄は予想通り確定。

制服組の軍人らが畏怖する割には実に話しやすいほどであった。

「期待しても?」

可能であれば先方の心情を探れ。

与えられた命令通りの仕事に対するレスポンスも完璧。

「契約が順守される限り、何時でも喜んでとのことです。」

行動対行動の原則。
信用を第一に重んじるという態度。

実に、分かりやすい対応ですらある。
一般論だが、普通の対応といってもよいほどだ。

「言うまでもない事。すぐにでも、交渉のための担当者を派遣いたしましょう。」

「ありがとうございます。当分はお世話になるのでしような。どうぞ、お手柔らかに。」

差し出される手。
にこやかに握り返し、そこで漸く相手が野戦上がりであるのだなと男は気がつく。

柔らかな物腰にはひどく不似合いな手。

その手だけが、快適なカフェにある戦場の記憶だった。
銃を手に取ることに慣れた手。


そして。
ジョン・ドウゥと名乗った男が忙しげに報告のために帰国する姿を彼らは見送った。

連邦から、いや、厳密にはロリヤから各国に張り巡らされた眼。
その多くは、共産シンパからはじまり、ごくまれに国内の少数民族等も加わっている。
少なくとも、ロリヤにとってのイデアを手にするための努力には並々ならぬ経費と時間が投じられているのは限られた連邦高官レベルでの秘密である。

単なる情報収集者である彼らは知り得たこと、見知ったことをロリヤへ宛てて送り出す。

本来ならば。
こうして収集された情報は大いに活用されるだろう。
何しろロリヤは、人間性以外では連邦有数の有能な党員でもあった。

故に、大きな皮肉が起こる。

ロリヤの単独情報収集は、明らかに個別の根回しが足りてりていなかった。
故に、猜疑心の肥大化した連邦官僚機構はロリヤの行動を不審なものと糾弾。

これがきっかけとなり、ロリヤは本国に召喚されることとなるのだ。

だからこそ、ロリヤを通じて知る機会がありながら彼の『妖精』は見落とされてしまうのだ。


あとがき
出先からスマホです。
カルロ(云々)通り、ちょっとリアルの都合で携帯から。
とにかく、やりにくい。
後で、余裕ある時に誤字修正の予定。

でも、あとちょっとね。



[24734] 第九五話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:a9244f5b
Date: 2017/01/29 16:28
今更ではありますが、微妙に残酷な表現等が出てきます。グロ耐性ない方はスルーを。







世界平和を恒久的に実現するためにはどの様にすればよいか?

冷笑主義者は、人類の滅亡でも起きない限り不可能だと一笑で終わらせるに違いない。
理想主義者は、それを究極の目標としつつも現実的な方策を持ちだせずに苦悩するだろう。

では、リアリスト、それも究極的な狂気をはらんだ連中は世界平和など笑い飛ばすだろうか?

答えは、否。

断じて、否。

リアリストにして、狂気の度合いが混じりつつあるアナリスト。
彼らは、ごくごく真っ当な人間であり常識的な判断力でもって一つの結論を導き出す。

すなわち、『相互確証破壊理論』。
言い換えれば、お互いが滅亡するか、滅亡しないかの二択を双方が突きつけ合う世界平和。
一発が、全てを連鎖的に破壊すると言うシステム。

理論上、この相互確証破壊理論は全ての核保有国間の均衡が保たれる限りにおける平和を約束する。
つまり、核は軍事兵器ではなく理論上平和を維持するピースメーカーと化す。
核の傘とは、すなわち平和の傘だ。

狂っていると、まともでないという感性はこの場においてはリアリスト達から一顧だにされない。


彼らの理論はたった一言で正当化される。

『平和』

それが維持されているのだ。
そのために、ありとあらゆる犠牲を人類が払おうとしていることを考えれば。
いっその事清々しいまでに合理化してしまえば、こうなると彼らは笑う。

無論、相互確証破壊は狂気の理論だ。
それはあらゆる経済学と同様に、相手が合理的であるという前提が無ければ成立し得ない。
狂人が、破滅を願わないという保証が一体どこにあるのだろうか?
その意味において、前提条件に合理性と正気を求める理論は中々に愉快な皮肉ともいえる。

そう、中々に皮肉な状況だろう。
合理性を追求する理論は、主観的な仮定に依拠した理論なのだ。
故に、理論は専門家と一般の感覚で酷く乖離することも珍しくもない。

では、此処からが論点。

正義を信じる利他主義者かつ信心深い善人であり、よき隣人愛に満ち溢れた一人の軍人と。
完全な自己中心主義者かつ、市場原理を信じて部下を資源としか見なさない一人の軍人と。

いったいどちらが世界平和に貢献するだろう。

少なくとも、リアリストに言わせれば後者というのは世の中の不条理さを物語るものだろうか?

だが、いずれにせよ。

メアリー・スーは信じている。

正義は、正しいと。
信じる者は、救われると。
そして、正しき者には試練の後に祝福があると。

その世界において、付きつめていけば彼女に相対するものは全てが『試練』か『悪魔』の挑戦となる。

常識の感覚で批判するならば、正義とは多様な概念でそもそも議論の余地が多すぎるだろう。
共通善というコモンの議論ですら、それを多士が論じなければならないほどに複雑怪奇なそれ。
そこにおいては、正義とは相対的なものだという見方すらも一面に過ぎないと主張される領域。

故に、正義に依拠し、信仰を抱くと言ったところでそれは酷く主観的だ。
極論を吐くならば、メアリーの抱く価値観次第という事。
つまりは、彼女は裁判官にして検察官として事象を判別し善悪のカテゴリへ分類しているのだ。

そして、今日この戦場においてもそれは変わらぬあり方だった。

伏撃そして、襲撃してくる帝国軍魔導師。
その存在がメアリーにとっては、許しがたい。
彼女は、いや、彼女の部隊は善き牧羊犬であった。

本来ならば、より良き明日のために人々を導ける人々だった。

その、よき信徒ら。
彼らを卑劣な襲撃で殺した揚句に悔い改める様子すら見せない卑劣漢ども。
信仰のために、挺身した善き人々のことを思うだけでメアリーの心は涙する。

「距離2000を割りました、潜り込まれます!」

「IFFカット。我々ごと、ヤツを!」

戦争を楽しむ狂人ども。
優しさや、隣人ないではなく闘争と殺戮に溺れる悪鬼ども。
味方ごと撃とうとする、理解しがたい戦闘狂。

「無駄だ。防殻が違う。手隙の要員は一撃離脱だ、足止めしろ!」

これまで一定の距離を保っていた部隊が、突然加速し突撃を開始。
咄嗟に、切りかかってきた魔導師の魔道刃を切り払い爆裂術式を追撃で展開。
波状攻撃を仕掛けてくる敵小隊を各個に追い払い、かつ五分以上に応戦。

「くたばれ、この魔女めが!」

「よりにも寄って、異端が、私を魔女呼ばわり!?かかってきなさい、相手になります!」

劣勢にある事に焦ったのか、吐き捨ててくる敵魔導師に神罰とばかりに狙撃術式を顕現。
光輝の一線を辛うじて避けた異端者が、罵詈雑言をまだ吐き続ける姿はメアリーとしても眉を顰めざるを得ない。
品性の無い異端者。

数を頼みに、一方的に押し包む卑怯者。
一つ一つ、その汚らわしい卑怯者どもを浄化できればいかほどに平和につながることか。

「イノシシを相手にするな。文明人の知恵を原人に見せてやれ!」

「卑怯者!誇りはないのですか!?」

「誇りは、敬意を払う相手に相対する時までとっておくものでね。」

おまけに、人として、信徒としてのモラルが彼らには完全に欠落している。
その事実が、メアリーに戦争が人心にもたらした荒廃と退廃を感じさせて止まない。
主の教えが廃れ、信心が形式だけの空虚なそれとなる時代。

「吐いた言葉は、許されることは有っても忘れられる事はないのですよ?悔い改めなさい!」

信じる者は、救われる。
ただ、ただ、それだけ。
それだけを、たったそれだけを。

どうして、彼らは理解し得ないのだろうか?

「おお、恐ろしい。主よ、我らが悪口を赦したまえ。はっはっはっはっは」

「…主の御心はあまねく万物を照らされます。その慈悲の心を理解なさい。」

悔い改めるならば。
まだ、魂の救済はありえる。
その寛容な、慈悲の心。

しかし、メアリーの言葉は彼らには届かない。

「おお主よ、あの糞ったれをこの世から消し去ってください。…いるならば。」

「神を試すことなかれ!」

嘲笑交じりの軽口。
それは、不遜もよいところだった。
メアリー・スーという寛容な少女をして、それは耐えがたい侮辱。

それは、寛容を誤解し付け上がった行為。
許しがたかった。
主の慈悲の心はあまねく万物を愛されるのだろう。

だが、メアリーの心では到底それを許容しえない。

「ふん、奴の存在が存在論証の結論だ。相手にするな。削れば良い。」

「…私は、神の、主の、地上における栄光と慈悲の代行者。」

故に、彼女は自らの正義に従う。

「試練。ああ、試練なのですね。」

それを、自らの責務と思い定める。

「主よ、貴方は私に与えたもうたのですね。悪魔と、悪しき力と戦うために!」

故に、彼女は彼女の正義を為す。

義憤に燃えた一撃。
鉄槌となって不義の輩に降り注ぐ光輝。
その一条は、逃れようとする卑劣漢を逃がさずに捕捉。

「グッッゥ」

そして、距離を取って牽制しようとしていたグランツ大尉は一瞬で防殻を撃ち抜かれ苦悶する羽目となった。

防殻貫通。
左腕に着弾。

脳内麻薬のおかげか、それとも神経が死んだのか痛みはなし。
動くかどうかもわからないが、少なくとも目視する限りにおいて腕は繋がっていた。
後は、痛みが無いことを喜ぶべきかどうかだがそこまで悩む暇もなく追撃の術式が降り注ぐ。
間違いなく、先ほどの術式と同系統。

防御は無理だろう。

故に、グランツは防御を即座に断念。

咄嗟に全術式をカット。
ランダム降下機動で乱数回避。
死んだふりで騙されてくれればよいし、駄目でも誘導弾の誘導を振り切ることは期待できる。

だがつまりは、パラシュートなしのダイビング。

急降下で全身に掛る重力の力は、忌々しいまでに重い。
おまけに高度の変化で体が違和感を訴えてくる。
本能は、今すぐにでも酸素生成術式だけでも再起動しろとやかましく叫ぶ。

だが、吹っ飛びそうな意識にわずかにでも残るグランツの理性は『冗談ではない』と叫び返していた。
曲がりなりにも東部帰り。
放たれた術式が、こちらの波長を目標とした誘導型だとは一瞬で理解できる。

そうでもなければ、高機動中にわざわざあんな素人から直撃弾を初弾でもらうとは考えにくい。

厄介なことに、その素人の一撃は重すぎた。
グランツにしてみれば、それが冗談ではなかった。
仮に直撃したところでも、40ミリ程度ならば弾ける自信がある。

その防殻をバターの様に切り裂く熱線?

勘弁してほしい。
そう思いながら、降下。
幸いにも部下らが、カバーに入ってくれたおかげで追撃はなし。

まったく、冗談ではない相手だと言うのがグランツの本音だ。
あれだけ化け物じみていれば、ドレーク大佐が手段を選ばないというのも理解できる。
化け物退治の童話でもあるまいと思ったが、まったく連合王国の童話は案外昔あったことかと納得できる気分だ。



一方で、古典的な死んだふりを行う上官のカバーに入る戦闘団魔導師らにしても冗談ではないという思いは一緒だった。

それはまあ、自分達の子供の皮をかぶった上官だってあの分厚い連邦製宝珠の防殻を何とか貫通させる口ではある。
だが、それだって97式の狙撃系術式で集束させた一撃を上手く直撃させているからだ。

あんな無造作に誘導式を組み込んだ熱線をポンポン撃つまでは人間をおやめになっていない。

「神がかってやがる。」

見る限り、目標の防殻はだいぶ削られている上に数発の直撃すら戦闘団は与えることに成功している。
そればかりか、グランツ大尉殿が囮になっている間に数発追加で直撃さすらもした。
その状態であんな一撃を平然と放たれては、さすがに古参の彼らとしても唖然としたくなる。

どう考えても、手負いというレベルではない。

「敬愛なる戦闘団長殿も大概では?」

「あの方はアレだ。どちらかと言えば、トリガーハッピーだろうよ。」

「ああ、なるほど。」

軽口をたたき合いながらも、爆裂術式を三連展開。
敵の視界を塞ぎつつ、地道に消耗させるべく距離を維持。

東部で生き残るために叩きこまれた、連帯技量。
彼ら個人とて、生半可な技量ではないし自負に見合う戦果も残している。
だが、その古参魔導師らをして足止めが精いっぱいという現状。

削っている筈の防殻に、狙撃術式でわずかに穴を穿つだけも信じられないほど力を使わされている。
まったく、あんな化物相手に単騎で足止めしてのけた上官も随分だ。
あれならば、まったくもって驚きでしかないがデグレチャフ閣下が仕留め損なうと言うのも理解できる。

あれは、単独で相手にするには厳し過ぎる。
むしろ、単独で抑え込めたことを驚くべきだろう。

いやはや、いったい、どうやったらアレ相手に単独で交戦し得るのだろうか?

「・・・ん?時間だ。」

だが、少なくとも彼らは自らの仕事をやってのけた。
あの糞ったれを消耗させ、疲弊させるという当初目的は達成。
なにより、手傷すら負わせたのだ。
後は、新しい友達とやらの仕事だろう。

「…ブレイク!ブレイク!」



忌々しい神敵。
滅するべき怨敵。

それの襲撃を受け、メアリーは聖戦を貫徹すべく奮戦している。
無論、悪魔の力というのはおぞましく彼女とて無傷ではいられない。

すでに、かなりの血を失ってしまった。
防殻も幾度にわたる敵の術式でボロボロ。
辛うじて、戦闘可能な状態とはいえ通常ならば退くことを推奨される状態だ。

だが、メアリーに退く意図はない。

それは、彼女が正義だからだ。
正しき行いを為すものが、敗れることを主は欲されない。
メアリーの心には、自らが敗れることになると言う危惧は一切なかった。

それは、正義ではないのだ。

故に、ありえない。


そんな時だ。

これまで、一定の距離を保っていた敵が急に散開し始める。

暗号化された敵の通信が、急激に増大。
同時に、混乱しきった様子は何事かが起きたことを物語る。
だが、それらの疑問は次の瞬間に氷解した。

大規模な術式の統制射撃。
それも、明らかな精鋭とわかる密度のそれ。
自分の陣営と理解できる見慣れた術式。

ああ、正義は為されたのだ!

神は、自分を見捨てたもうことなく手を差し伸べられたのだ!


散開していた帝国軍魔導師らの陣形は、最早残滓を留めない始末。
先ほどの一撃こそ凌いだとしても、余力はないのだろう。
帝国軍魔導師らはちりぢりに追い散らされ懸命に離脱を開始している。

「こちらパイレーツ!救援要請を受信した!」

こちらに急行してくる部隊は見慣れた連合王国の指揮官。
帝国軍残存部隊を排除するべく重装備の魔導師らが続々と続いている。
そして、いくばくかもしないうちに帝国軍部隊は追い払われメアリーは『友軍』に収容された。

「ああ、ドレーク大佐!救援、感謝いたします。」

「少佐、君か!どうしたのだね、そのありさまは?」

全身ボロボロになったメアリーに対し、周囲の警戒を怠らず防殻と術式を展開させた部下を配置しながらドレーク大佐は気遣うように問いかける。
実際に、味方を収容している時に敵の襲撃を受ければ大惨事なることもあるのだからここで警戒してくれるのはメアリーとしてもありがたかった。
さすがに、異端者共を滅するべく争った影響は大きく彼女はかなり負傷しているのだ。

「異端者共の伏撃を受けました。部下が、犠牲に。」

「君こそ、傷をいやしたまえ。ひどいありさまではないか。」

口を開こうとするメアリー。
それを、手で制するとドレーク大佐は部下らに呼び掛けた。

「衛生兵!手当てを!」

「ああ、感謝を・・・?」

ドレーク大佐に指示された『衛生兵』らはメアリーの傍に駆けよる。
担架と医療用のカバンを担いだ衛生兵までいる姿に、思わずメアリーは苦笑した。
だが、いささか人数が多く大げさではあったものの疲労困憊しているのも事実。

メアリーも見栄を張ることなく素直に世話になる事にする。

そして、次の瞬間。

彼らは、魔導刃を発現させると、躊躇なくメアリーの心臓に、肺に、喉に、足に、腕に、内臓に、突き刺した。

「い、いった、い、な、。。を?」

理解できない。

彼らは。

彼らは、いったい、何をしている?

理解できない事態と、全身を襲う激痛。
何故、彼らが自分に憎しみの表情すら浮かべて刃を突きつけているのだろうか?

メアリーの顔に浮かぶのは理解できないという表情と理不尽な痛みへの疑念。

そして、それを見たドレークはゆっくりと口を開き解説してやることにした。
内心では、この糞袋がどのような答えを返すものかと、期待もせずに。

「彼には、低地で殺された弟の仇。」

友軍誤射だという短い戦死の通知。
両親に届くであろう通知に書かれなかった部分を、彼は知っていた。
誰が、自分の弟を吹き飛ばした人間を恨まないで済むだろうか?

救援に赴いた時、彼の弟は苦悶しながら彼の眼の前で死んだのだ。
人目もはばからず、彼は衛生兵と軍医に泣き付いていた。

「ああ、そこの彼は、婚約者が通信所ごと君にローストされたんだ。」

彼の婚約者は低地地方において勇敢な働き故に死んだ。
レジスタンスとの連絡網が寸断された時、彼女は通信機を抱えて走ったという。
そして、不運なことに辿りついた隠された通信所で流れ弾の爆裂術式が直撃。
生き残ったレジスタンスらが遺品だけでも回収できたのが奇跡だった。

彼は、その日、遺品の前で慟哭していた。

「彼は、一族かな?父君と、弟と義理の妹。伯父君もかな?」

或いは、一族が皆殺された若者。
弟夫婦は、まだ結婚したばかりだったと聞いている。
そして、彼らを敵と誤認した糞袋に襲われ救援に行った伯父と父も落とされたと聞く。

彼は、未だにただ一人の生き残った家族となった母にこの事実を伝えられていないらしい。
無理もないことだった。

「彼は、戦友のだそうだ。君が吹き飛ばした戦車に乗っていたらしくてね。運のないことだ。」

あるものに至っては、生まれたころからの親友を彼女に戦車ごとスチーム焼きされた。
仲の良い友人だったと、パブで浴びるように飲んでつぶれた彼が啼いていたことを誰もが覚えている。

「さてさて、味方殺しに言い分はあるかね?」

自分の部下を殺した、救い難いアホ。
それを蹴り飛ばしたい衝動と戦いながら、ドレーク大佐はゆっくりと尋ねる。
いったい、メアリー・スーは何を考えていたのか、という疑念から。

だが、良くも悪くもドレークという軍人は、あまりにまともなジョンブルでしかなかった。

「主の、栄光・・ための、聖せ..ん。」

彼には、聖戦などという概念は理解できない。
彼にしてみれば、闘争とは、対等な戦いであり、戦争とは、手段を選ばない闘争だ。
正義の戦いを否定するつもりはさすがない無いが、しかし彼には正義が多面的であることくらいは理解できる。

そして、信仰を理由に殺し合う事の凄惨さは本土で十二分に歴史的経緯から理解してきた。

「じ..ゅん、教でし.ょ..う!そ、それ、をは..ずかし.め..るような..」

「しぶといのは知っていたが。まったく、驚きのしぶとさだな。」

だが、彼にとって。
いや、彼らにとって。

メアリー・スーにだけは言われたくなかった。

彼女に殺された戦友らを、辱める?

論外だった。

「ああ、もういい。囀るな。」

蹴り飛ばしたいと言う衝動を我慢する気もなくなったが、部下に譲るのが上官の義務。
故に、好きにしろと周囲を囲んでいる連中に頷くとドレークは肩をすくめて別れを告げた。

「これ以上は、耳を汚したくない。さっさと死んでくれ。」

そして、それ以上奴が囀る前に周囲がヤツを細切れにし始める。
…よってたかって、嬲り殺し。

あまり、良いやり方ではないのだろう。

だが、少なくとも。

化け物退治とは、結局のところ童話通りになるのだ。
人間達が、化け物を倒す。
残酷な童話というのは、真実を物語っているに過ぎない。

「・・・大佐殿。」

だが、まだやることが少しとはいえ残っている。

「グランツ大尉。傷はどうかね?」

「腕をローストされましたが、なんとでもなるでしょうな。大佐殿。」

ぶらぶらと動かない腕を衛生兵らが固定しているのを見やりつつ、ドレークは素直に頭を下げる。
他に方策が無かったとはいえ、彼らを使い潰すも同然の陽動をやらせたのだ。

「・・・本当にすまないな。」

「お構いなく。これが、我々の誠意です。」

「間違いなく受け取った。」

彼らが、帝国軍が、矢面に立っていなければ今頃屍を晒していたのは自分の部下だった。
だが、政治とやらはできるだけこの事を『偶発的戦闘』によって片付けたいと言う。
だから、帝国軍人の死体が必要だ、とも。

そして、グランツ大尉らは唯々諾々としたがってくれた。
最善以上の最善を尽くしてくれたと言ってもいい。
これならば公式には帝国軍と糞袋が刺し違えたという物語にも信憑性が出るだろう。

「では、約束通りに。」

「よいのかね?」

「ええ、我々は投降いたします。いかようにでも。」

そこまで、そこまでさせておきながら、彼らは投降して捕虜の身となる。
そういう政治的取引だと言われれば、実行する側としてドレークは唯々諾々と実行するほかにはない。

だが、彼とて誇りと矜持があるのだ。

「悪いようにはしない。少なくとも、私の力が及ぶ限り最善は尽くす。」

できる限りのことはする。
そうでなければ、自らの誇りを誇れない。




一つの小さな戦争が終わった時。
大きな戦争の集結もまた、終わりの足音が迫っていた。
帝都外縁部をほぼ連邦軍は制圧。

中心部への突入は、最早時間の問題だった。

「まだか!?合州国でも、連合王国でも良い。とにかく、まだなのか!?」

だが、帝国側の当事者はその足音にもかかわらず絶望的な防衛戦を今なお継続。
戦局は、もはや絶望的という言葉の模範的な事例とすら言えるに違いない。

刻一刻と悪化していく戦局。
すでに帝都の阻止線は各地で寸断され、防衛部隊の指揮系統は崩壊して久しい。
辛うじて、中隊規模で統制を保てているのは司令部が掌握し得ている唯一の予備兵力という始末だ。

その中隊とて、定数割れで実態は増強小隊程度。
内実は、それすらかき集めて生き残った教導隊下士官らに分隊をまとめさせただけのそれだ。
夢も希望もない現実は、ライヒの残滓がもはやその程度しかないという事で語れるに違いない。

そこまで追い詰められた時、不幸な誤解が希望的観測を刺激し、壮大な幻想を創出したのは戦争下の悲劇だろう。
あるいは、追い詰められた帝国軍以外にとっては、喜劇やもしれない。

それは高らかな軍歌と共に、西より訪れた部隊だった。
ぴかぴかに磨き上げられた銃剣と、恐れを知らずに不敵な笑みを浮かべた兵士たち。
誇らしげに掲げられた軍旗は、彼らが正規の親衛師団に属する大隊であることを物語っている。

「増援だ!増援だ!第三親衛師団が、帝都西方に!」

「ヴァルデン軍団か!間にあったのだな!?」

俄かに活気づく帝国軍部隊。
その反応は、当然のことながら手元兵力を渇望して久しい司令部にまで届いている。

だが、一瞬表情を綻ばせかけたレルゲン准将は嫌なことを思い出す。
そして、勘違いで無いことは編成を思い出すことで確信できる。
緩みかけた表情を大いに顰める羽目になった。

「…閣下。」

「実働は?」

期待していないと言外に込められた質問。
だが、同時にこの状況下においては砂漠で水の一滴のように増援は渇望すらされている。
それは、達観しきっているゼートゥーアとしても変わらない。

「一個大隊。それも、機甲・魔導師を伴わない軽装です。」

だが、現実は無情だ。
ゼートゥーアと二人して頭を振りたくなるほど、この状況下においては無力に等しい増援。
ぴかぴかの制服も、充足した定員も、実勢経験すら乏しい政治的要因によって形成された師団の証。
実戦の洗礼を受けていない大隊程度の増援など、レルゲンにしてみれば一個大隊分の標的に過ぎない。

「フランソワ人の親衛師団では、そうならざるを得ないか。」

政治的な理由により。
ほとんど、プロパガンダ目的で。
或いは、数合わせ程度で。

反共を目的に、綺麗なお飾りを造るために編成された師団。

「迎撃に投入しろ。士気は稼げるだろう。」

「はっ。」

まともに戦えるとも、忠誠心が期待できるとも思える状況ではない。
だが、使えなくとも人数分敵の弾を吸収してくれるだけでも良いのだ。
戦えない部隊が、戦線を混乱させられるほどに統一的な戦線はない。

ならば、少しでも敵の奔流を留められるならばなんでも良かった。
親衛隊の軍装ならば、少しはアカどもの注目も浴びることだろう。

「合州国軍は?」

「すでに、バルバロッサ分遣隊が接触済みです。」

戦後の事を思えば、少なくとも帝都は複数の国家によって落とされる必要があった。
それは、最低でも帝国の敗北は連邦ではなく主要関係国の攻撃によって落ちる必要があると言う事だ。
間違っても、連邦に勝利の栄冠を輝かせてやる訳にはいかない。

そのために、取引をした。
誘導のために手筈すら整えた。

反逆罪も良いところだろう。
防衛指揮官が、曲がりなりにも交戦中の交戦国を帝都に引き込もうとしているのだ。

任官する時、敵弾に倒れる覚悟は持ち合わせていた。
だが、このような事態に直面するとは想像だにしてもいない。

「あと何時間可能か?」

すでに、まともな防戦は不可能。
皮肉なことに、連邦が先に東部で演じた泥沼の市街戦から帝国は学んでいた。
戦訓を活用することにかけては、抜かりなく反映されている。

組織的な戦闘が崩壊しようとも、一定程度の部隊を抵抗させれば敵の侵入は阻止可能。
厳密かつ正確に言うならば、遅滞だけはし得るだろう。
無論、連邦が損耗を度外視していたように帝国も損害を度外視する必要はある。

そして、帝国軍司令部は損害を一切顧みることなく時間のみを問う。

「三時間程度は。ああ、増援を投じればもう一時間は。」

問われたレルゲン准将は淡々と、鉄量に対抗するために人肉をいとも容易く放り込むことを報告。
彼にしてみても、ぎりぎりの状況下である以上一分一秒こそが如何なる犠牲をも正当化すると言う事になっているのだ。
だが、無情にも分程度では合州国は到着しない。

到着しない以上、如何なる手段だろうとも、時間を稼ぐ必要がある。

「耐えられんか。停戦交渉で時間をねじ出す。それまで、時間を稼げ。」

「最善を尽くします。」

停戦交渉を申し込むことで、部分的にせよ敵の進撃を束縛。
その後は、どれほど効果があるかはわからないが交渉の真似ごとでもできれば御の字。

そう判断したゼートゥーア。
その判断は、間違いなく正しい。

だが、正しいだけでは物事というものは思い通りには動いてくれないのだ。

「ああ、ハーゲンウルス大佐を。」

「閣下、繋がりました。」

前線の第七旅団。
それを呼び出し、指揮官のハーゲンウルス大佐が多忙な中呼び出せた事自体は幸運だろう。
なにしろ、各所で通信網が寸断され指揮系統に深刻な問題が続発しているのだ。

そんな過酷な状況下。
最前線の、防戦中の部隊で指揮官と無事に連絡が取れたことは幸運だった。

いや、そこまで幸運だった。

「停戦の使者を用意。先方にメッセージを送れ。」

「りょう・・」

「ん?ハーゲンウルス大佐!?応答せよ、大佐。大佐!」

一瞬、沈黙に包まれる司令部。
だが、静まり返ったがために司令部には低い重低音が良く響く。
そして一寸後、それが第七旅団司令部付近の方角から轟くことにも気が付いた。

「第七旅団、通信、途絶。」

「旅団司令部付近より誘爆音多数。弾薬庫に直撃した模様。」

哨兵からの報告。
だが、それらを待つまでもなく事態の理解は容易だった。

「伝令!第105参謀本部直掩中隊に緊急。戦線の穴を埋めさせろ!」

「最後の予備です!」

ゼートゥーアの命令に対し、思わず躊躇した参謀の反論。
かき集めただけの、それでもこの状況下では黄金よりも貴重な予備戦力。

「今使わずして、いつ使う!さっさと出せ!」

だが、それがどうした。

時間こそが。

時間こそが、全てなのだ。

「バルホルン中佐を呼び出せ!停戦交渉の用意を。」




あとがき
お久しぶりです。
なんとか、帝都が終わると思います。
流石に占領期とかまではやるつもりもないので、100話までには終わるでしょう。

メアリーには退場してもらいました。
若干こういうやり方は苦手なんですが…orz

後は、心温まるフレンドシップにご期待ください。

追伸
ZAPとか、ZAPとかコメント返しとか遅れて申し訳ありません。
なんとか、今月中には…


2017/1/29 誤字修正



[24734] 第九六話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:a9244f5b
Date: 2017/01/29 16:27

親愛なる、我が連合王国の、そして同盟国の皆さん。


我々の労苦と、困難。

それが、今日終わったことを私は今宵皆さんにお伝えすることができるならばどれほど私は幸せだろう。
実際、それができるならば私は長きにわたる任務を幸せに終えることができる。
そして、有権者の皆さんが私の事をもう沢山であり引退すべきであると考えておられるのならば、私は潔くそうするつもりである。

しかし、残念ながら、誰も予想だにできなかった長きにわたる戦いに皆さんと挑んだ初日と同様に警告しなければならない。
すなわち、依然として我々には為さなければならないことがたくさん残っているという事である。
つまり、惰性の轍、目的の混乱、偉大なことへの怯えから来る恐怖などといった要素に陥らずにさらなる犠牲を払わねばならないということである。
それは精神と、肉体の、一層の努力を大義のために必要とすることになるものである。

警戒と機敏の心構えをいささかも弱めることなく、即応できるように心がけねばならない。
無論、休日の歓喜は人間の精神にとって不可欠ではあるが、それは活力につなげるものである必要がある。

私が、皆さんにこう申し上げるのには理由がある。

大陸について、我々はまだ次のようなことを確認しなければならない。

すなわち、我々が参戦した際の直際かつ名誉ある目的が、我々の勝利の後の数カ月において放置されたり無視されたりしないこと。
同時に、『自由』『民主主義』『解放』という言葉が、真の意味から歪められないこと。
法と正義の支配を実現し、かつ全体主義国家や警察国家からの解放。

そして、我々は我々自身のためには何物も求めない。

それでも、だからこそわれわれは我々の戦った目的が、言葉ではなく、平和会議の席上で承認されることを見届けなければならない。
とりわけ戦後の秩序が、実行力を持ち正義と道義に基づく安定をもたらすことを確認する必要がある。

世界の新しい形が、勝者のための盾と化し、弱者にとっての紛い物とならないことを保証する義務がある。
勝者こそが、彼らの振るう巨大な力の高貴性ゆえに、それに値する存在とならなければならない。

同時に、これまで連合王国自治領が暗黒の時代に我々を支えてくれた事に、また支え続けてくれていることを忘れてはならない。
その紐帯でもって、我々はこの長く苦しい時代を、共に安全のために戦った。

だからこそ、みなさなんの信頼と寛容に値するためには、私は依然としてこう叫ばなければならない。
全課題が成就され、全世界が安全で清澄となるまで、ひるむことなく、迷うことなく、屈することなく、全身するのだが、と。

だが、それでもみなさんに申し上げなければならない。
戦争は終わった、そう、戦争は終わったのだ、と!


マールバラ公爵による帝国降伏当日の声明-『先の大戦とは』より




焼け野原になった帝都。
呆然と、放心して座り込んでいた老人が辺りを見渡し、やがてトボトボとどこかへと消えていく。
列強随一の栄華を誇った町並みは、悉くが瓦礫と化し、その瓦礫すらも帝都攻防戦のさなか砲弾で粉砕された。

辛うじて、帝都の栄華を物語るのは放射線状に構築された道路網の残骸のみ。
そして、半壊の建物を接収した各国軍の姿は帝都が掌握されていることを否応なく帝国に付き付ける。

そんな中で、奇跡的に無事であった建物の中で連合王国・合州国両軍を代表したアイゼントルガー将軍は帝国軍の降伏を受理していた。
典礼を司る儀仗兵らは、何処からか手品でも使って、煤だらけの一室をまともな会議場にでっちあげることに成功したらしい。
見事な手際に感心しつつ、アイゼントルガーは謹厳な表情でその場に臨む。

だが、彼の内心は表情ほど割り切れていない。
帝都では、問題が山積していた。
既に、だ。

連邦軍との関係は、非常に危うい均衡状態にある。
特殊な事例としては親帝国と見なされたフランソワ人の処刑が自由共和国軍によって行われているらしい。
面倒なことに、連合王国と自由共和国の両軍がいざこざをという話も耳にした。
憲兵隊の仕事だとアイゼントルガーとしては思うのだが、政治が絡むだけに参謀らも扱いかねていると聞く。

此処しばらくは碌に休めていなかった。
各軍の首脳は、誰もが同じように苦労しているだろう。

それでも、この時ばかりはさすがにアイゼントルガー以下、列席する全ての軍人が一つの感慨を感じて臨んでいる。
戦争が、過去に類を見ない戦争が、ようやく終わるのだ、と。

そして、それは帝国が降伏文章を受理することで形となる。

帝国側の代表、ゼートゥーア将軍が震える手でサインした降伏文書。
毅然と、それこそ古い教本の軍人然とした表情を保っているが、彼の心はインクが物語っていた。
サインは酷く歪んでいて、ところどころにインクの滲みすらある。

滲んだインクは、泣いている彼の本心なのだろう。

だが、少なくともアイゼントルガーにしてみればこれでようやく終わったのだ、という安堵があった。
この戦争は、あまりにも長過ぎた。
そして、あまりにも多くの若者たちを、泣き悲しむ母親の元へ冷たい亡骸として送り返してしまった。

だが、だからこそアイゼントルガーはこれ以上の厄介事は避けたい。
はっきりと言えば、政治的な理由で、部下をまた戦地へ送るのは避けたいのだ。

「結構、では、連邦の署名を。」

むすっとした表情ながらも、連邦代表が降伏文章にサイン。
遅々として、この席につこうともしなかった彼らを引っ張り出すまでには胃が散々荒らされている。
部下のパルトンなど、これ幸いと帝都から連邦を追い出してしまえとまで叫ぶほど。

そればかりではなく、本国ではどうやら政争が繰り広げられているらしかった。
これもまた、前線で交渉しているアイゼントルガーにとっては気の重い話である。
なにしろ、朝令暮改とばかりに訓令が送られてくるのだ。

前線とはいえ、司令部にいれば嫌でも上が混乱していることは垣間見ることになる。
大統領が、突如として逝去なされたことは、合州国本国でも想像以上の混乱を産んでいるらしい。
対帝国・対連邦の国家戦略を含めた国家のかじ取り全般がやや混乱していると聞く。
無論、大本に変更はないのだろうが。

だが、やや手間取ってしまったのは事実だ。
唯一上手くいっているのは、以外なことに占領行政くらい。
幸いにして、占領行政は帝国側協力者との事前取り決め通り、驚くほどスムーズに進んでいた。

帝国側との協力関係もまた悩みの種と言えば、悩みの種。
なにしろ、敵側と公然とまではいかずとも、戦時中に取引したのだ。
当時こそ本国の方も、承認していたが副大統領は御存じだったのだろうか?

或いは、連邦だ。

彼らにしてみれば、合州国は連邦を使い潰して美味しいところを持っていったと考えているらしい。
なればこそ、彼らが色々とごねているという話はアイゼントルガーにとって良くない徴候である。

「アイゼントルガー閣下、では、ご確認いただけますかな?」

「ありがとう。では。」

しかし、少なくとも帝国軍の降伏手続きは完了し得た。
武装解除や、各軍事施設の制圧も順調に完遂。
その意味において、アイゼントルガーという一介の軍人が為すべきことは終わったと言える。
いや、軍事の領域が終わったと言うべきか。

後は、降伏した帝国をどのように処理するかという戦後処理の問題。
つまりは、政治の領域の問題となる。
軍人が口を出すべき問題ではないし、出して良いものでもないのだ。
それが、文民統制である。

故に、肩の荷を下ろした気分でアイゼントルガー元帥は一先ずの平和を言祝ぐ。







なんとか終戦のめどが付いたという報告を閣議にイーテン外相がもたらした時、マールバラ首相以外の閣僚は一様に安堵の表情を浮かべていた。
逆に言えば、首相閣下は面倒事が相変わらず存在しているという事を理解しているらしい。
どうやら、現場から面倒事がブーメランのように飛んでくることを理解されていたようだ。

「終戦は結構なことだが。では、占領政策は?実際のところ、碌に連邦と折衝もできていない。」

あんな共産主義者でも、使える限りは使い潰すしかあるまい。
かつて、連邦と対帝国で共闘することを決断した時と同様にマールバラ首相の顔は不本意だと物語っている。
筋金入りの保守主義者にして帝国主義者のマールバラ公爵家が末裔にしてみれば堪ったものではないのだろう。
イーテンは、そこはかとなく複雑な心情であるだろう上司を慮りつつ口をつぐむ。

「いっそのこと帝国を掌握して、併合でもしてみるかね?」

「まさか!それこそ、論外でしょう。大蔵大臣として、国庫には余剰が一銭たりともないことを明言させていただきます!」

「では、帝国に行政機関を我々が確立して、我々が面倒をみて後始末するかね?」

困ったことに、実のところ連合王国とて明確な戦後のビジョンがあった訳ではない。
そこに問題があるのだ、とイーテンは数ヶ月前から悩まされてきた。
帝国の敗色が濃厚となりつつあった時期においても、低地戦線のガーデン・マーケット作戦の失敗などで連合王国内部においては明確な占領政策というものは後回し。

しかも、列強間の総力戦の後始末となるとさすがに前代未聞だ。
イーテンとて、列強の一角を占める連合王国外相として戦争・紛争の後始末は並み以上の経験と見識がある。
だが、同じ列強である帝国、それも植民地での戦争ではなく本国間のそれ。
その後始末ともなると、さすがに頭を悩ませるほかなかった。

なにしろ、マールバラ首相や大蔵大臣が愚痴っているように併合は無理だ。
そんな金は国庫に残っていないどころか、そもそもレンドリース用の返済資金すら大幅な赤を記録しているのである。
実質的に破綻寸前の国庫は、併合などという愚挙をやらかせば国庫そのものが消滅しかねない。

故に、誰もが嫌々認めたがらない現実の方策しか連合王国にとりうる方策はないのだ。

「仕方のないことでしょうが、やり過ぎです。一番、正当性と実力のある連中を見繕うほかにはありません。」

「では、やはりバルバロッサと?私は、良い案かどうか理解しかねる。」

だからこそイーテン外相は少なくとも帝国軍のバルバロッサという連中が提案してきた『戦後計画』は飲める、と考えていた。

彼らの言い分は、明瞭だ。
帝国は、少なくとも合州国・連合王国の陣営に属したい。
だから、煮るなり焼くなり御随意に。
ただし、対連邦に関してのみは帝国の温存を図っていただきたい。

そのために、連合王国が負担すべき全ては帝国側の協力という形でかなり軽減される。
まさに、双方にとって利益が出るような提案以外の何物でもない。

「ホークウッド卿、率直に言って、バルバロッサの何が問題ですかな?」

「イーテン外相、お言葉ですが帝国の再軍備、台頭は危惧すべきでは?」

これに対し、一部の閣僚らは負担が軽減されると言う事実は認めても帝国の再台頭を危惧し躊躇する。
なにしろ、敗北したとはいえ他の列強全てを相手に回して奮戦以上に戦い抜いた帝国だ。
安全保障上、この脅威を無力化すべく介入する必要があり、帝国側との協力は武装解除を骨抜きにされかねないという事を彼らは危惧している。

そして彼らは知らないが、一部の危惧は正しい。
実際、バルバロッサ司令部はライヒの再建という目標を抱いているのだ。

だが、それらを暗に察した上でもマールバラ首相はバルバロッサの提案を飲むべきだと決断していた。
愛用の葉巻を燻らせつつ、首相はゆっくりと諭す口調で言葉を挟む。

「ホークウッド卿、気持ちはわからないでもないがね。歴史を学ぶべきだろう。少なくとも、連邦よりはマシだよ。」

「共産主義者への番犬になさるおつもりですか?」

「ある程度、しつける必要はあるでしょう。ですが私としては、有効だと思いますよ。」

実際のところ、一定程度の利害対立があるとはいえ帝国・合州国・連合王国は資本主義陣営として潜在的には纏まりえる。
対して、連邦は世界革命主義だ。
無論、協調出来るのであれば協調が望ましい。

しかしながら、すでに帝国が支配していた東部の協商連合は連邦が引き継いで『統治』しつつあるという報告も現地からは入っているのだ。
彼の国を信頼するというのはイーテンとしては現実的かと疑ってかからざるを得ない選択肢である。

「私も、イーテン君の意見に同意だ。ところで、連邦の政治情勢に関しては何か入ってきたかね?」

「どうやら、人の皮をかぶった獣が、人を喰らう獣に粛清されたようです。」

正式には、病気療養中とのことだが。
だが、さすがに連邦内部の苛烈な政争を知っている分析官らはそれが『引退』か『銃殺』かのどちらかが決まるまでの保留だと分析している。
イーテンとしても、連邦との折衝経験や訪問経験から其れが正しいであろうことは理解できた。

まったくばかげたことに、その連邦の掲げる共産主義に憧憬を抱いた間抜けどもが自分の部下にいた。過去形である事を、神と国王に感謝したい。
この第一報がバルバロッサ情報という形で飛びこんできた時の苦々しい感情。

だが、イーテンは気持ちを取りなおす。
今は少なくとも、各省庁は『清掃』済みなのだから。

「ほう、ロリヤはヨセフの腹心だと思っていたのだが。…予想される連邦対外政策への影響について後ほどレポートをくれたまえ。」

「わかりました、首相。」

「それで、戦後政策に関する植民地人の意見は?」

「混乱しています。案外、我々の提案をたたき台にするつもりかもしれません。」

連邦と異なり、合州国の混乱は人為的なものではなく天命だ。
大統領が病死し、後任者に引き継ぐまでの混乱は一時的なものだろう。
だが、それにしてもこの時期に大統領が交代するというだけでも混乱は深刻な影響を及ぼす。

故に、暗にだが先方はこちらにたたき台を求めているのではないか?
そのような感触を、在合州国大使館は伝えてきている。
そして、最近話した限りでは合州国の大使も同じようなことを示唆していた。

「難しいな。連中の気分は、気まぐれだ。」

「アイゼントルガー将軍と参謀本部は信頼できるでしょう。彼らは、円滑な戦後秩序のために帝国を復興させるつもりだ。」

何より、イーテンは少しばかり陸軍省との縁もあり合州国の軍人ら、特にアイゼントルガー将軍らとも折衝していた。
あの軍人らと話した限りにおいては、やはり彼らも円滑な戦後秩序のために一定程度は帝国を取りこむ必要性を認めている。
もちろん、彼らも領土慾は皆無だった。

故に、連合王国は対帝国政策について一定以上の支持を合州国内部に期待できるだろう。

「結構なことだ。では、一先ず草案を親愛なる植民地人に送ってやろうではないか。」

これで、終わりかね?

そう言わんばかりのマールバラ首相。
だが、イーテン外相は不本意ながら、望ましくない知らせを首相に伝える義務が一つだけ残っていた。

「首相、フランソワの意見はいかがされますか?奴ら、戦後における権利を高らかに要求してきておりますが。」

「ああ、あの鼻もちならない連中!」

実際、ド・ルーゴの鼻持ちならない顔を思い浮かべたのだろう。
苦り切った表情で吐き捨てる首相の顔には、ぬぐい難い嫌悪の表情すら浮かんでいる。

碌に仕事もせず、さんざん援助物資と支援を要求し、挙句こちらの働き具合が全く不十分極まりないと批判してくる同盟者。
オブラートに包まずに言えば、敗残者の分際で、連合王国とあたかも対等以上の偉大な国家として振舞う自由共和国。
しかも、あの高慢なフランソワ人どもときたら、大戦のきっかけを惹き起こしておきながらライン戦線崩壊後は全てをこちらに丸投げにして逃げ出している。

それが、戦後において連合王国と対等な立場で話し合おうと言うのだから閣議で閣僚らがおおよそ愉快とは言い難い感情を抱くのも無理はなかった。

まあ、イーテンとしては彼の国が歴史的に連合王国との微妙な関係に苦慮している事を知っている。
そして、その上でド・ルーゴ氏には少なくとも連合王国の下に付いた訳ではないことを共和国に示さねば傀儡と笑われる危険性がある事も理解している。

まあ、だからといってイーテンという連合王国の外相が好意的になるべき理由など皆無なのだが。

「一先ず、要求だけ聞いておけ。聞くだけだ。」

そうなるだろうな、という予感はしていたがまさにその通り。
肩をすくめ、そうなるだろうなと解っていたことを示しつつ、イーテンは頷いた。

「解りました。大使にでも聞かせておきましょう。」






無知というのは、恐ろしい。
情報が無い段階で、行動を起こせるのは勇者か愚者だけだ。
そして、勇者は行動を起こすや否や、局面を覆しうるだけの力がある。

ザイドリッツの如きに至っては、ほとんど本能によって大王ですら成し遂げ得ないであろうタイミングで突撃を行った。
よほどザイドリッツという名は幸運をもたらすのだろう。
先達にあやかって命名されたザイドリッツは、あのスカゲラークで満身創痍になりながらも生き延びている。

運と、実力。

悲しいかな、腐肉漁りのつもりで入りこんだ彼らにはそのどちらも欠けていた。
雇われの警備員程度は、圧倒できる火力と人数の強盗団。
地元では、そこそこ忌み嫌われる程度。
仲間らでつるんで、日々ぶらぶらしているだけの連中。

言い換えれば、小火器程度で武装したチンピラである。

「ここに例の、帝国軍の隠匿財産が?」

「間違いない。潜水艦で、運ばれた木箱に金塊が入っている筈だ。」

彼らが、それを耳にしたのは完全に偶然だった。
各国の情報部ならば、あまりの胡散臭さに眉をひそめるような情報でも彼らは疑う事を知らない。
知らないというよりは、自分にとって都合のよい現実しか興味が無いと言うべきか。

だが、奇跡的にせよ彼らはアタリを引いたのだ。

中途半端に現地に根を張っているがために、彼らは誤った形で其れを耳にしてしまったとも言える。


そして、それは悲劇だった。
なにしろ、彼らには生存に必要な知恵が無い。
加えて、野生種が持っているべき本能すらない。
つまりは、情報を検証すると言う概念、危険を察知する本能の欠如。
悲しいまで、彼らは種としてもっているべき能力を腐らせてしまっていた。

「単なる倉庫にしては、妙に警備が厳重だった訳か。」

「ふん、あんな連中、いないも同然だろう。」

故に、彼らは酷く無警戒だった。

薄暗い闇夜でケラケラと無駄口を叩けるのは、自分が何をしていないアホに限る。
塹壕では、夜間に発狂した兵士をスコップで『寝かしてやる』ことすらあるのだ。
なにしろ、音源をばら撒いた揚句に警戒が散漫となるのだから黙らせるために手段は選ばれない。

そんな状態の連中が、取引の時間が迫り即応体制で魔導師らが警戒しているところにノコノコ押し入ってくるのだ。

だから、そんなところに頭の足りないような集団がゲラゲラと笑っているのを見れば伏撃に備えている魔導師らは思わず首をかしげたくなるのも無理はない。
いや、ラインなり東部帰りの狙撃兵が見れば、あまりの光景に囮だと確信してしまうほどの間抜けさである。
そして、同じように人を人としてではなく人材として見るターニャも同じような思考法にどっぷり浸かっていた。

端的に纏めるならば、状況が理解できていなかったとも言える。

「ああ、諸君、そこまでにしてもらいたい。」

故に、一先ずせん滅ではなく情報収集を優先したターニャの判断はある意味で完全な的外れだった。
だが、少なくとも判断の過程においては可能な限り合理的かつリスクの最小化を図っていたことは間違いない。
仮にこのチンピラ連中が囮であり、攻撃を誘発するのが目的であるならば監視者がいるはず。
ならば、こちらが接触しようとすれば監視している連中も動くだろう。

そこを制圧すれば、厄介事を一つ片付けることができるだろうし、なによりも監視者に代価を支払わせることが可能。
このターニャの判断は、酷く現実的というよりは戦場的な思考だ。
其れゆえに、肝心の事実が全く間抜けな連中が迷い込んできただけだという事を理解しそびれている。

だが、本人としては取りあえず弾薬費が無駄になるのを嫌ったとはいえ人道上の配慮を行っているつもりでもあるのだから救われない。

「官姓名と、所属、それに任務を吐きたまえ。」

一応の誰何。

これで、曲がりなりにもどこかに帰属していれば拘束して捕虜ないし人質としての価値を認めるに吝かでもないのだ。
だからコミュニケーションを円滑に図るため、人的資本価値の皆無な連中にも価値を見出してにこやかにターニャは話しかける。

ターニャとしては、彼らという個人に価値を見いだせずとも、彼らという存在が意味を持つのではないかと考えればこそだ。

「非正規作戦中の行動かね?悪いことは言わない、沈黙した場合非正規扱いで捕虜としては見なさないが?」

一応、悪いようにはしないとまで安全を保障。
わざわざ高級軍人が、のこのこ出てきて正式に宣言したということの意味は大きい。
加えて、相手が無知であることを危惧したターニャは完全なる善意で補足説明までも行っていた。

陸戦協定の規定や、国際慣習法に無知であることを危惧し、本人としてはほとんど揺り籠から墓場までの手厚いフォローを入れているつもりである。
故に、非正規兵として拘束された場合捕虜として扱わない旨を正式に告知しつつターニャは翻意を促す。

だが、悲しい事に言語慣習の違いというのは容易には乗り越えられない。

そもそも、第一印象で人は外見が9割という平時の習慣をターニャも、その古参兵らも完全に失念している。
ターニャにしてみれば容姿端麗だろうとも使えない新任は、単なる無能である。
逆に少年兵だろうとも有能であれば、十分な戦力足りえると分析してのける精神構造だ。
そして古参兵らにしてみれば、眼の前に君臨している上官を外見で推察すると言う事の無意味さを骨身で理解している。

故に、少なくとも外見で言えば子供に過ぎないターニャが暗がりの中から出て行って警告するという行動が招く誤解を理解し得た軍人はいなかった。
彼らにしてみれば、発見することすら叶わない至近距離で、ネームドが投降勧告をすれば取りあえず警告としては十二分だろうと単純に考えている。

「ふん、ざまぁない。何様だ?じゃりが。」

だが、それは少なくとも暴力の世界とはいえ『平和』な暴力の世界で過ごしている連中には全く理解しがたい。
突然出てきた小娘に驚きこそすれ、一人きりでこんな薄暗い倉庫にでてくる小娘だと理解するや否やニヤニヤし始める始末。

まあ、子供に慾情する者はさすがに少ないのだろうが。
しかしながら、暴力で屈服させるなり、口封じに殺すなり。
或いは、身代金でも請求し得るに違いないと彼らは彼らのロジックで考える。

だから口々に彼らは脅しを口にした。

それは彼らにしてみれば、単なる軽い言葉。

だが、自分の価値がよもや自らが意識せずに吐いた言葉の重さ程度だと眼の前の存在に判断されるとは夢にも思っていなかったに違いない。

「いやはや、まさかとは思ったが。」

にこやかな交渉用の表情。
それを止めたターニャは完全に無駄なことをしてしまったという軽い自己嫌悪の気分で肩をすくめたかった。
うすうす、単なるチンピラ崩れどもが腐肉あさりにでも来たのだろうと考えては見たが。

しかし、まさかそれが現実だとは。

現実は小説よりも奇なりという格言を思い、てっきり囮なり自爆させられるための運搬人なりを警戒したのだが。

それらが完全に空振りに終わったのだ。
虚しくならないわけがなかった。
警報で飛びだしたことは、仕方がない。

だがこんなことならば、冷める前に特産の珈琲を味わってくるべきだったとすら歎きたくなる。

「無価値な連中か。時間を無駄にした。まったく、救い難い屑どもめ。珈琲が冷めてしまった。」

「なんだとぉ?」

「まったく物騒な国だ。会話も碌にできない上に、身の程知らずばかり。排除だ。排除。物には当てるな?二、三人生きてれば、文句は言わん。」

これ以上の会話は完全な時間の無駄と判断。
それでも、念には念を入れて『物理的対話手段』による『言語の障壁』を『迂回』するための『協力者』を二、三人は確保するように命令。

体に聞けば、守秘義務という概念の無い彼らは『唄って』くれるにちがいない。
もちろん平和的に行えるに越したことはないので、『喋らない』のならば『放して』やるのも吝かではないのだが。

「なぁっ!?」

次の瞬間には、ライフルによる単純な狙撃がきっちりと目標を排除。
術式を宝珠から出すまでもなく、本当に単なる非被防殻目標にすぎなかったなぁとターニャは時間の無駄をつくづく悔いる。
それでも、部下はきっちり三人だけ四肢を仕留めるに留めたので習慣で良くやったとハンドサイン。

だが、別段音を殺す必要が無いことに思い至り肩をすくめて部隊と苦笑い。
つくづく、戦場とは程遠いにも関わらず非文明的な世界というのは理解が難しいもの。
ターニャにしてみれば、加減の塩梅がいささか掴みかねている。

それは、ただ待つだけの環境がもたらした一種のゆとりだ。

そうして肩をすくめかけたとき、ようやく待ち人が現れる。

「やれやれ、アンクルサムには時間厳守をお願いしたいものですな?」

「遅刻したからと言って、ブラッディ・バスでお迎えとは恐れ入ります。」

修羅場慣れしているとはいえ、所詮は後方要員。
あまり気分のいいものを見ているとは言い難い表情の、ジョン・ドゥ課長。

まあ、まともな感性の人間ならば死体がごろごろしているところに出迎えられれば顔をしかめるくらいはする。
というか、それくらいは大げさというよりも控え目な反応だろう。

「ああ、失礼。お会いできて光栄です。ジョン・ドゥ課長。」

「こちらこそ。デグレチャフ閣下。」

一先ず、取引なのだからにこやかな業務用の笑顔で握手の手を差し出す。
人事とて、この程度の簡単なマナーならば良くやったもの。
手慣れたものと言い換えてもよいだろう。

その差し出された手を握り返すジョン・ドゥ課長はある意味で大変立派だった。
こんな死体がごろごろしている現場で、にこやかな笑顔と共に歓迎の意を表明されようとも仕事を忘れなかったのだ。

「さて、現物を見せていただけますかな。」




あとがき

もう少しだけ、続くんじゃ。

後、補足説明を。
グランツ君:どうやら生き延びれたらしい
メアリーさん:五人に一人
偉い人たち:で、戦後どーするのよ。
ロリヤ:ルビヤンカで休暇中。
ターニャ:バカンスナウ
レルゲン将軍:投降しますた。
ゼートゥーア将軍:身柄を拘束されました。
パルトン将軍:交通事故。体が痛い。
アイゼントルガー将軍:胃が痛い。妻に愚痴ばかり。


2017/1/29 誤字修正



[24734] 第九七話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:a9244f5b
Date: 2012/09/02 12:59
大陸軍事裁判に関わったことは、私にとって人生の汚点だった。

勝者による、勝者の中の敗残者のための裁判。
明確な責任逃れと、盛大な自己犠牲の精神の衝突。

私は、この法廷に携わった経験から自分の子供に伝えたい。
断じて、断じて軍人になどなるな、と。
それは、政治と民意によって生贄に捧げられるのだ、と。

もしも、これが敗北したことによって生じるのであるならば。
これほどの不正義の犠牲になる理由がそれ以外にないのであるならば。
私は、息子に愛する陸軍へ入るべきではないと止めざるを得ない。

ゼートゥーア上級大将は、人類に、人道に対する罪で裁かれた。
彼は、全ての行為において有罪とされ、弁明すらなく絞首刑にされた軍人だ。
笑うべき事に、彼は帝国軍の侵略計画の全てを立案したとされている。

…そう、全てをだ。

彼は、協商連合軍との間に意図的に自ら紛争状態を参謀本部の一高級将校の時点で立案・実行した。
彼は、共和国国民を煽動し、挙句虐殺して後方地域のパルチザンを排除すると言う方策を実行した。
彼は、ライン戦線において有毒な化学兵器を使用し、陸戦協定を侵犯した。
彼は、全ての戦線において、非戦闘員を巻き添えにした市街戦を繰り返した。
彼は、捕虜を全て処刑し、戦闘要員を削ぐことを強く要求し実行させた。

彼は、帝国が世界征服を実現するために人知の及ぶ限りにおいて全てを為した。

これが、一介の軍人にかけられた嫌疑というのだ。
おおよそ、正気とは言い難い罪状のリストだろう。

この罪状を宣告された軍人を、ゼートゥーア上級大将という。

ゼートゥーア上級大将は確かに、有能だった。
有能すぎたのかもしれない。
なにしろ、彼の参謀本部での手腕は確かに際立っていたのだ。

特に、間抜けなイルドア王国や、協商連合に、共和国を返り討ちにした手際は鮮やかの一言に尽きる。
何よりも、内戦戦略と消耗抑制戦略は実に見事そのものだった。
だから、彼の敵は酷く間抜けに見えることになってしまう。

故に、彼に鼻を明かされた各国は彼を咎人にするほかになかった。
なにしろ、そうでなければ自分達の戦争指導が追求されるのだ。
現に、一部の国では兵士を無駄に死なせたとして政府高官が酷く叩かれた。

だからこそ、彼は責任を押し付けられた。

私の見解は、あまりにも帝国軍よりだと批判されるかもしれない。
なるほど、確かに私はゼートゥーア上級大将を擁護する。
しかし、私ほど帝国に対して憎悪の念を抱くに足る高級軍人は居るのだろうか?

私は、息子を森で失った。
それ以前に、私は合州国の若者たちを血まみれのビーチで死なせた。
戦争のさなか、私は指揮官としてあり余らんばかりの憎悪を帝国へ向けたと言える。

部下もまた同様だ。

だが、戦争を知っているからこそ私は断言する。
ゼートゥーア上級大将にかけられた嫌疑ほど荒唐無稽な嫌疑は存在しない、と。
それでも仮に、ゼートゥーア上級大将が全てを企画・立案したとしよう。

ならば、彼が強く初期の論集で指摘しているように二正面作戦などそもそも計画しなかったに違ない。
世界を征服するために、全てと戦うなどという妄想を本気で信じているのは軍事裁判において一部の検察と判事くらいだ。
なによりも、我々が押収した証拠の全てが帝国にとって今次大戦が誤算以外の何物でもないことを物語っていた。

帝国は、協商連合との地域紛争を自国内向けで協商連合が行っているパフォーマンスと分析していた。
国力差から、開戦すれば蹂躙しうるのはあまりにも自明だったからだ。
実際、帝国軍が戦端を開かないだろうという希望的観測で進軍した協商連合軍は敢え無く潰走している。

同時に、帝国側は予想外の会戦で物資の備蓄が不足していた事も今日では判明している。
むしろ、兵站関係者に言わせるならばあれだけの短時間で即応し得たことが、練度を物語ると言う。

共和国の一撃を防御しきれたのは、ほとんど奇跡だ。
帝国は、列強の一角としてはあまりにも若く常識的な感覚に過ぎた。
だからこそ、まさか共和国が横腹を、という隙を見せたとも言える。

帝都の防衛部隊まで割き、崩壊寸前の戦線を機動防御で食い止めたことは歴史的に見ても稀な成功なのだ。

ここまで疲労困憊した帝国が、辛うじて共和国を倒そうとした時に連邦に自ら殴りかかることがあり得るだろうか?
連邦軍検察官は、軍国主義で肥大妄想化したゼートゥーア上級大将の妄想によって、暴発したと主張した。
同時期に、ゼートゥーア上級大将が当時策定した国防計画は主として連合王国との攻防に主点がおかれていたというのにだ。

そして、連邦軍参戦後、一時期彼は戦争指導から外されている。

にもかかわらず、彼は全てに責任を持ち、操っていたと連邦は主張した。

彼は、私の知る限り捕虜の虐殺や、戦時国際法への違反は一件たりとも命じていない。
逆に言えば、それ以外でしうる全ての事をしたとも言えるかもしれないだろう。

だが、軍人にとって他に選択肢がありうる状況だったとは思えない。
私が、同じ事を命令できたかどうかはわからないが、少なくとも他に方策が無いことは理解できる。

そして、彼は部下の咎をすべて引き受けた。
法廷では何と、民家からの窃盗や強姦まで彼が命じた事にされている。
さらに言えば、脱走兵からの証言によって彼が略奪した資金を自ら着服したとまで。
おそらくは、彼は部下にかけられた冤罪すらも引き受ける覚悟だったに違いない。
汚名も、非難も全て一身で背負って彼は果てた。

だが、実のところ彼を擁護しようという公正の精神が我々になかったのではない。
ただ、公正の精神を軍事裁判が必要としていなかったのだ。
彼はほとんど無一文だったと証言しようとした我が軍のパルトン将軍は法廷で証言を拒否されている。
曰く、信頼できない軍人による証言、として。

脱走兵よりも、政治的に都合が悪ければ最善を尽くした自軍の将軍すらも『信頼できない』とする裁判。
すさまじいと言うほかにない。
オブラートに包み、根拠が無い乃至、専門外の領域であるために留意するに留めると言う表現が多々活用されているが。

かくいう私自身、帝国軍が捕虜を虐殺している現場を目撃した証人として召喚された時苦い経験をした。
フランソワ人検察官は、私が『パルチザン』が軍事裁判で銃殺刑に処されたところを見た、という証言をしたのを大層お気に召さなかったのだ。
『レジスタンス』は祖国解放のための第三列であり、つまり正規軍であるからして『捕虜虐殺』であるという見解を私は頂戴した。

その上で、私は『捕虜』が『虐殺された』と証言を訂正するように要求されている。

軍服を着ておらず、かつ民間人に交じったものを『パルチザン』と呼ぶのだ。
そして、彼らは帝国軍の手続きに基づき軍事裁判を受けている。
なによりも性質の悪い事に、パルチザンの一部には帝国側捕虜を嬲り殺している者もいたのだ。

そして、私が目撃したのもそういった連中の慣れの果て。
故に訂正を拒否すると、弁護側が『ブルドッレー将軍の証言は、被告人の無実を証明するものだ』と指摘。
私も、『捕虜虐殺については、小官が知る限りない。』と証言した。

結果、私は『捕虜虐殺』に関し、見識が無いために『不適当な善意の証人』と呼ばれる羽目になったのだ。
そのうえで、脱走兵が証言したことが事実として認定されていた。

私の信頼は、その程度らしい。

馬鹿馬鹿しくなった私は、その日、スコッチを一本被告人に贈呈した。
私の部下が、連邦軍判事と連邦軍検察官の顔写真を射撃訓練の的にしたという根も葉もないうわさが立ったのは次の日だ。
曰く、邪悪な帝国と勝るとも劣らない邪悪な連中を見つけたので邪悪さに慣れる訓練だ、と。
今だからこそ言えるが、実はパルトン将軍指揮下では実際にあった話らしい。


無論、帝国は、完全に無垢な無実とは言い難いのかもしれない。
それを許すかどうかは、別の次元かもしれない。
だが、少なくとも彼が軍人として最善を尽くしたがために、法廷で罪をかぶせられて一身に引き受けたのは正義の敗北だった。

後世は、私を、私達を笑うだろう。
おそらくは、不正義の、傲慢の象徴として。

被告には、争う意思が無かった。
原告には、真実は意味が無かった
あの法廷には、正義が無かった。

大陸軍事裁判は、人類史上に名を残すだろう。
勝者による一方的な裁判として。




合州国陸軍、ブルドッレー退役大将『回顧録』





交渉とは、取引だ。
取引とは、異なる二者がそれぞれの欲望に従い行うもの。
欲望の二重一致が成立することで、初めて其れは機能する。

言い換えれば、欲するところが明瞭でなければ取引というのは実に難しい。




「デグレチャフ閣下、貴女は一体何を望まれるのですかな?」

「何、と言われると答えに困りますな。」

問いかけに対する答え。
実のところを言えば、何を望むかと言われてもターニャにはふさわしい答えの持ち合わせがなかった。
故に、ターニャは礼儀を逸脱しない範疇で視線をそらし思考を回転させながら珍しく悩んでいた。

単純に言えば、冷戦下においてコミーを完膚なきまでに叩きのめしてもらいたい。
ついでに言えば、生命の安全も完全に保障してもらいたい。

だが、既に先約でバルバロッサと当事国政府は暗黙裡に生贄は決めてある。
上司に救われる形であり、本当に惜しい人をと思わざるをえないほど理想的な上司であった。
ついでに言えば、放っておいても冷戦は必然的に起きる。

そうである以上は、別段頼まずとも合州国は合州国で連邦と戦ってくれるだろう。
つまり、念押し程度に要求することはできるかもしれない。
しかしながら、相手が履行することに疑いが無い以上それは単なる無駄だ。

加えて、それは取引相手に対して無礼な上に二度手間なのである。
そもそも相手がこちらの要望を受け入れようとしているのだから、意味のない要求を出して無駄に恩を売られても意味が無い。

では、財産の保証を要求するべきだろうか?

だが、正直に言って各所に分散してある上に老後の心配をする歳でもない。
もちろん、将来のことを考えれば蓄えがあるに越したことはないのだろうが、知識があれば市場で挽回可能だろう。

では、何を要求すればいいのだろうか?

いっそ、糞ったれの存在Xを撃滅しろとでも要求するか?
しかし信仰の自由を掲げている上に、じゃっかん宗教に偏っている国相手に其れを言うか?
それこそ、逆に関係を壊しかねない愚行だ。

では、何を言うべきだろうか?

少しばかり逡巡した末に、ターニャは質問に質問で返す。

「Mr.ジョン・ドゥ。逆にお尋ねしたいのですが、貴方は何が可能なのでしょうか。」

はっきり言ってしまえば、こちらから要求するべきものは不明瞭。
であるならば、相手が提示し得る中で最も自分にとって利益があるものを選ぶべきだった。

「失礼、説明不足でした。」

だが、幸いにも無礼というよりは単なるコンファームとして相手にとられたのは幸いだった。
申し訳なさげなカンパニーのジョン・ドゥ課長は丁寧に頭まで軽くとはいえ下げてくれる。
アンクルサムのメッセンジャーとはいえ、随分と物腰が柔らかい。

だからこそ、逆に言えばターニャは油断ならない交渉相手だと気を引き締めなければならないのだが。

「私は、カンパニーの代表ではありますが、同時にサム伯父さんの全権を代表するとお考えいただき構いません。」

「…権限に不足はない、と仰るのですか?」

「御不審になるかと思いますが、参謀本部、国家安全保障委員会、司法省より承認されております。」

…それを最初に明示しない時点で、随分と信が置けない。

双方がにこやかに笑いつつ、手札をそれとなく示唆し合う段階。
ターニャにしてみれば、文明人の文明的な戦い方とはこうあるべきだと言う実に模範的な状況。
もちろん、戦いよりも協調や融和の方が望ましいのは言うまでもないことではあるのだが。

「ですので、貴女の意向は極力応じられる、と申し上げておきましょう。」

「大変有り難いお話ですな。具体的には、どの程度まで?」

権限があると言うのは、大変結構なこと。
その事実は、ターニャとしても歓迎できる。
だが、用心深く確認しておかねばならないことなど交渉事ではいくらでもあるのだ。

つまるところ、全権代表だろうとも本国に慮らねばならない事象がいくらでもある。
誰だって、会社を代表して契約を結びに来た人間が、会社の資産を全て使えるとは考えない。
だから、権限委託元から、どこまで許されているのかを確かめなければ。

其れゆえに、にこやかに談笑し相手の内実を探る。

「…必要であるならば、1億ドルまでの機密費が用意されております。」

だが、その帰ってきた答えはターニャを凍りつかせるには十分過ぎる物。
1億ドル?

…合州国ドルで、1億?

それは、軍艦が買えるような値段だ。
間違っても、機密費というには生ぬるい額。

そもそも、1億ドルも一体こちらの要求で何に使うというのか問いかけたい。

思わず、聞いた時に聞き返さなかった自分の自制心をターニャは評価したい思いだった。
額が額である。
率直に言って、個人に提示する額ではない。

辛うじて表情はポーカーフェイスを保っているものの、ターニャとしては相手方の出方を理解しかねていた。
観察する限り、ジョン・ドゥ課長には後ろめたい嘘をついているもの特有の挙動は皆無。
無論、この手の情報部員がそもそも表情に出す訳が無いので判断材料としては弱いだろう。

だが、そもそも最初に提示してきた額でこれという事が理解できない。

そんな額を一体何に使うと言うのか。
武器弾薬でも買い込んで、ゲリラ戦でもやれとでもいうのか聞きたい。

ん?

個人に提示する額ではなく、かつ戦争ができるだけの金額?

つまるところ、バルバロッサの作戦部隊に、提示されたとみるべき額か。

「1億ドル?なるほど、それだけあれば十分に非正規戦を行えるでしょうな。」

だが、逆に言おう。
どこでやらせるつもりか曖昧であることだ。
なるほど、自分は帝国軍人だ。

敗軍の将校というのが、戦いの手段を求めるのは常識的だろう。
つまり、合州国が余計な誤解とお世話で戦後も一定程度連邦と殺し合いをできるようにしてくれる意図があると見るべきか。

そうなれば、わざわざ国家安全保障員会が出張ってくるのも理解できる。
自分が望めば、連中、こちらをキューバに上陸した反共キューバ兵の用に扱う用意があると言う事だ。

「それこそ、ライヒのために戦えるというシナリオ。なるほど、Mr.ジョン・ドゥは中々面白い提案をなされますな。」

だが、それこそ冗談ではない。
自分が望んでいるのは、市場原理に基づく平和で文明的な秩序ある生活だ。
市場を破壊しようとする最悪の要素である共産主義を市場保全のために排除するのはもちろん望んでやまない。
政策を応援する必要があれば、極力応援するつもりもある。

必要があれば、税金を支払って政府機構が対連邦政策を遂行するのを協力に支援してもよい。

しかし、だ。

「ですが、私としてはライヒのためにできる自らの最善を為すほかにない。故に、非正規戦は望むべきではないのでしょう。」

「…お話を聞いて、安堵する思いです。」

自分の答え。
暗黙裡に。傭兵として戦うのは御免蒙りたいと言う回答。
対して、ジョン・ドゥ課長はしばらく眉をひそめていたもののほっとするように笑った。

外見で判断するのは危険だが、少なくとも相手にとって完全な拒絶で無いという事実が許容の範囲だったに違いない。

まあ、向こうもこちらを対連邦用に使いたいのだろうからライヒのためという口実で、連邦に害為すことは歓迎だろう。
とはいえ、あまり相手の意向を無視する形で話を進めるのも危険だ。
特に、相手が複数のバックを抱えている場合、意向にそぐわなかった場合に不満を買う相手が多い事に留意しなければならないのだから。

「つまるところ、私はライヒのために最善を尽くしたい。『ライヒに黄金の時代を』それが、私の望みなのですから。」

愛国者として仮面は、交渉において酷く便利だ。
こちらが判断する基準をいとも容易く雲にまける。
全く、悪魔の辞典で愛国者の項目が散々に描かれる訳だ。

自分とて、このような必要性でもない限り善人なのだから愛国者然とするつもりもないのだが。
必要悪として割り切るほかにないだろう。
良心が若干痛むが、しかしながら緊急避難措置としてこの程度は我慢するほかにない。

「崇高な御意志ですな。…では、やはり戦後はライヒのために戦われるのは変わりないのですな?」

「もちろんです。ただ、どのようにして戦うのか。それが課題なのですよ。」

経済上の便益で以て、帝国を再興させるのはビジネスとしてはありだ。
投資なり、技術移転なりやりようはいくらでもあるに違いない。

だが、問題は方策だ。

自分は、人材開発と捜索こそ経験豊富である。
しかしながら、投資部門や技術部門の経験はそれほど豊富ではない。
不味い事に、投資に関しては専門家には到底及ばないだろう。

やはり、正規に大学教育を受けてきちんと学ぶほかにない。
故に、此処からは単純な現状認識の確認だ。

「なるほど、御尤もですな。」

「ご理解いただきあり難い限りです。おそらく、私の部下にはまた違った意見の者もいるでしょうが。」

「いえ、そこまで考えておられるのです。納得されるかと。」

とはいえ、円滑な関係を維持できるのは大変素晴らしい。
ついでに自分の部下らが戦争狂であり、自分の監督責任を最小化したいと暗に伝えておく。
尤も、相手はそこまで理解してくれてはいないようだ。

ちょっとまずいので補足説明しておく必要を感じる。

「感謝しましょう。それで、貴国への望みになりますが。」

「ああ、解っております。ご安心ください。合州国で学べるように手配しておきます。」

「・・・よろしいのですか?私は、貴国の入国許可すら有しておりませんが。それに、部下の事もある。」

部下の面倒をみたい訳ではないが、少なくとも上官として規定された義務は果たす必要がある。
それに、不愉快な現実として入管の問題もあるのだ。
カバーの経歴を用意してもらえるとしても、どこまで有効なものが与えられることか。

「もちろんです。カバーの経歴を用意することぐらいはお安いご用ですよ。もちろん、経歴相応の行動をお願いすることにはなりますが。」

「経歴相応とは?」

「大変申し訳ないのですが、軍歴は抹消されてしまいます。なにより一介の市民として行動していただく必要があります。」

…なるほど。
軍歴まで不問にするために、記録そのものを抹消した上での市民権。
所謂証人保護プログラムに近いものならば、問題は少ない。

一介の市民として行動しろということは、沈黙なりなんなりを要求されているという事だろう。
それに、年齢相応ということになるだろうから、大学ではなく中高教育からという事もあり得る。
確かに時間を必要とするが、その程度であれば、こちらとしても願ったりかなったりなので問題はない。
加えて回顧録を出して、何人殺しただの殺されただのを語るのは、趣味でもないのだ。

「ああ、その事ならば問題ありません。しかし…」

「部下の方々には、望まれるならば市民権を。望まれないのならば、個別に対応いたしましょう。」

「解りました。お世話になりましょう。」

そこまで先方が好意的なのは、少々怖い。
だが、好意的であるならば使えるものは使うべきだ。

「いえ、こちらこそ。では、現物の引き渡しと同時でよろしいでしょうか。」

「異議はありません。」


こうして、交渉がまとまったことにターニャは満足すら覚える。
望みがかなうと言うよりも、得難い結果を得られたと感じればこそだ。

なにしろ主観的には、結果は大変良好なものであるとしか言いようがない。
まず危険地帯送りを回避できたうえに、カバーの経歴まで確保。
最悪、南米あたりで行動するしかないと覚悟していただけに大満足の結果であるといえよう。

故に、ターニャは完全に誤解を解くことに失敗した。
それは、本人にとってはあます事のない誤解でもある。
だが、自分以外の全員がターニャ・デグレチャフという魔導師は正真正銘の愛国者だと確信していた。
そして、『ライヒ』のためにという口実を、誰もが本音だと確信していたのだ。

だからこそ、ジョン・ドゥ課長は非正規戦という言葉を聞いた時に表情を盛大に引き攣らせ掛けた。
狂犬どころか、合理的に牙をとがらせる戦争狂が未だに戦い足りないのかと本気で恐怖したほどだ。

なにしろ、資料が示す限りデグレチャフという軍人は生粋の戦争狂である。
今では、軍歴が人生の過半を既に占めているというほどの戦争漬けで生きてきた軍人。
性質の悪い事に、恐ろしく有能なのだ。

ネームド級の実力に、卓越し過ぎた戦略眼まで有するとなれば野に放つには危険すぎる。
故に、買収だろうと何だろうと手段を選ばずに取り込むことをジョン・ドゥ課長は神にも等しいほどの上から命じられていた。

だから、結果的に。

ジョン・ドゥ課長は完全に読み違えた要求に対して誠実な対応を示す。

『ライヒ』のために『戦う』術を『学びたい』という希望。

なるほど、確かに危険な要望ではある。
だが、敗軍の将が、なぜ負けたのかを学び、かつ自国の再興のために奮起すると言うならば、少なくともマシだ。

戦場に解き放つくらいならば、4年程度、士官学校で管理するほうがよほど安全ではないか。
幸い、外見年齢ならば十分入学誤魔化しが利く。
アングロサクソン系というには少々顔がゲルマン系に近いが、ゲルマン系市民も少なくない。

問題はない。

そう確信した彼は、手際良く作業を行う。

こうして、ターニャ・デグレチャフという個人の望みとは裏腹に、真っ白な軍歴には『士官学校』の文字が輝く。
悲しいかな、ターニャはそれに最後の瞬間に入学許可証が届くまで気付かなかった。




あとがき

メイン盾:ゼートゥーア閣下。
サブ盾:歴史の擁護


今日のまとめ:『デグさんが、合州国に移民するようです。』


追記
責任者は、責任を取るために存在するのです。byA博士


やれば、できる子だと自画自賛。
何とか、何とかあとちょいで終わり。
長かった…。


ZAP
マリーンと陸軍を間違えるという愚挙を犯したカルロ・ゼン形式番号もはや不明をZAPしました。
責任者は、責任を取って速やかに続編を投稿するべく行動中です。



[24734] 第九八話
Name: カルロ・ゼン◆ae1c9415 ID:a9244f5b
Date: 2012/09/02 16:01
戦争が終わった時、彼の任務は完遂されたはずだった。
目的を達成し得たと彼は、軍事的側面から確信しえた。

そして、今、現実がそれを嘲笑う。
現実が、存在感をもってそれを嘲笑う。



内出血でどす黒く変色した左手に気付きすらせずレルゲン少将はベルンの収容所にて何もない灰色の壁を呆然と眺めていた。
右手には、数日前から握りしめぐしゃぐしゃになった新聞記事。
許可されて手にしたその新聞には判決後、即日処刑された上官に関する記事が載っている。



『人道に対する罪』

『人類に対するヘイトクライム』

『血を啜る帝国軍人』

その何れもが、つい先日まで帝国軍を賛美していた国内の報道記事。
無論、報道管制や検閲があればこそのモノも無視するべきではないのだろう。
過去においては帝国軍、今においては占領軍の意向にそぐわない新聞が発行差し止めされることも考えれば、無理はないとも言える。

だが、それでも。
目を通した時、彼がうけた衝撃は計り知れない。

帝都で連合王国軍に投降した際、彼の心は疲労困憊と過酷な現実で摩耗していた。
辛うじて、情動を取り戻したのは上官が一身に咎を引き受けるという新聞記事を目にした時なのだ。

許されるのか?

閣下が、いったい、どのような思いでそこに立っているのかもしらない連中に。
ここまで掌を返して侮辱されねばならないのか?

名誉が汚され、忠誠が嗤われ、自己犠牲が顧みられないことがあってよい筈がなかった。
ライヒがために、我らがライヒがために。

其れがために、彼は、彼らは。

それを、嗤うというのか?

恥知らずどもが、閣下の名誉を嗤うのか?
名誉のなんたるか、それすらも知らない連中!


屑どもめ。
言葉にするのも、汚らわしい狗め。


ふざけるなと叫びたかった。
だが、あまりの激昂は言葉すら紡げないほど。
レルゲンは思わず抑えがたい衝動に身をゆだね収容所の壁に拳を叩きつけていた。

罵声を外へ吐き捨てようとした時、彼は初めて外の光景に関心を向けた。
そして、収容所の外に広がる光景は明晰な彼の頭脳を強制的に冷却する。

灰色の眼差しが捉えたのは、焼きつくされた町並みの残骸。
摩耗しきった感情の視野においては、防衛線にならないという程度の光景。
せいぜい進軍を妨害するために地雷を敷設しやすくなったかという程度の光景。

だが、それはライヒの光景でもある。

彼が、帝国が、為すべきだった事を為せなかった証。
自らの無能を、あますことなく雄弁に物語る証。


眼前の現実が圧倒的な存在感。

その無情なまでの現実によって、レルゲンの怒りはあとかたもなく叩き潰されることとなった。

人影がちらほらと収容所の前を通り過ぎていくが、その足取りは誰もが重い。
彼は、それを国民の食糧事情の悪化と栄養状態として知識で知っている。
個人としても、乏しくなる食事で実感してきた。

だが、彼はそれを『数値』でもって戦闘継続能力でしか見ようともしていなかったのだ。
あのデグレチャフが、忌み嫌っていた合理性の塊がそうしていたように。

それでいて、あの愛国者はこの光景を予期していた。
なればこそ、なればこそあの狂人は、事態を予期した上で回避するべく行動。
理解し、支援し得たゼートゥーア閣下の心情が慾理解できる。

何にもまして、何にもまして我らがライヒのために。

『ライヒに黄金の時代を。』

その言葉に込められた真意。
意味するもの。
ライヒを、祖国を!

閣下は、ライヒの未来を望まれていた。

だが、現実は無情極まりない。
祖国は焼き払われた。
人々は、住むべき暖かい家を失い冬を迎えようとしている。
燃やすべき燃料など、全て燃やしつくされてしまっているというのに。
うずくまったきり動かなくなってしまう者も珍しくもなくなった。

疲労しきった帝国の人々にとって、今年の冬はあまりにも過酷に過ぎるだろう。
北部では、暖房設備が無ければ冬を幾人こせることか。
まして、今は人々は飢えている。

そして、それは軍が為すべきことを為せなかったがゆえの光景。


野犬が何処からか、残飯をあさりにやってくるのを占領軍の憲兵が忌々し気に追い払う光景も見慣れたもの。

比喩の意味でも、現実でも、祖国は、ライヒは焼きつくされてしまったのだ。

護るべき祖国。
彼らが祖霊。
護るべき人々。

世界に冠たる我らがライヒ。

その全てが廃墟と化し荒れ果てた、我らがライヒ。

その防人たるべき軍人。
自分は、その防人であるべき軍人だった。
そしてより一層罪深いことに、兵士たちに対して責任を負う指揮官ですらあった。

その無能が、今のこの光景だとすれば。

許されざる敗北を。

壁に叩き付けた拳の痛みすら忘れ、レルゲン少将はうずくまる。
気が付いた時、彼は慟哭していた。

解ってはいた。

彼らは、帝国は敗北したのだ、と。

そして、この実感する。

自分は、帝国は敗れたのだ、と。



そして、数日彼は敗北を噛みしめて項垂れる。
レルゲンという人格は、決して弱くはない。
それでも彼が受けた衝撃は途方もなく強烈だったのだ。

だが、なればこそ。

彼は誓うしかない。
先立っていった先人に。
戦火に倒れた人々に。
誇るべき戦列を共にし、先だった人々に。

誓って、誓ってライヒを廃墟より立て直さんと。

『ライヒに黄金の時代を』




合州国本国へ『水道管』の移送。
その陣頭指揮のために乗り込んだカンパニーのジョン・ドゥ課長。
わざわざ、『友好国親善訪問』の名目で寄港させた第三艦隊に詰み込みを完了した時、彼は思わずため息を漏らす。

それは、本当に安堵の色が込められた偽りなき万感の思い。

物騒極まりない交渉相手を、取り込みつつ奪取された『水道管』を回収しろという無理難題。
神のごとき上から降り下りてきた難題によって、彼の胃は完全に荒れ果てている。
なにより厄介なのは、取り込むべき化物は未だに戦場に未練たらたららしいという事実だ。

既に吐くべきものなど吐きつくしたにも関わらず、耳にした時は胃液が口から洩れでそうになった。

機密費を提示する時に、一部で危惧されていた通りに非正規戦への思いを唐突に口にするウォードッグ。
全くもって救いが無い事に、本人はそれ以外に生き方を知らない愛国者ときている。
仮にゲリラ化すれば、本当に何処までも死ぬ最後の日まで戦い続ける制御不能な政治的爆弾と化すだろう。

しかも、この爆弾、解体しようにも解体できる人間がいないのだ。
いや、居るには居たのだが過去形である。
なにしろ、制御できる上官は既に疑いの余地なく死んでいる。

間違いなく制御し得ていたという上官はあの『ゼートゥーア』上級大将。

あの、『ゼートゥーア』だ。

なるほど、確かにあの恐るべきライヒへの忠臣にして卓越した軍人ならばこの化物も制御し得たのだろう。
だが、何の因果か、わざわざ大陸軍事裁判という茶番で以て安全装置を世論は盛大に粉砕していた。

…自爆も良いところだろう。

セーフティーが首を吊らさていたと耳にした時、思わず自分も首をくくるかと本気で思いかけたほどに絶望。

なにしろ、アレと取引しようにも、アレが何を欲するか皆目見当もつかない。
通常の人間ならば、一定程度の金銭なりなんなりで買収することは不可能ではないだろう。
よしんば、買収だけでは動かないとしても欲するところを自明にすれば交渉の余地はある。

誘拐犯ですら、交渉しようと言うのだ。
まして、軍人として交渉したいと言ってくる相手ならば交渉は可能。
そう考えることは、一般的には間違いではない。 

一般的には。

さて、職務がらカンパニーではあまり一般的ではないケースも想定しなければならない。
当然のことながら、相応の経験を積んだ警察関係者から異常なケースを参考として耳にすることも頻繁にある。
嫌になるような、事例を散々耳にし人間の善意と悪意について吐き捨てるような見解を抱かざるを得ないほどに。

その自分達をして、今回の交渉相手は類似例を他に見ない。

キャリアからして稀なのだ。
いや、キャリアとして人生の過半を、軍事組織で軍人として過ごすのは良い。
まあ、将軍連中ならばある程度はそういった人間もいる。
だから、その程度ならばある程度は交渉のパターンも理解できるというもの。

将軍連中とて、将来の不安や、家族の心配、金銭以外の特権など色々な関心事項を持ちがちなのだから。

だが、今回の交渉相手はそもそも軍以外に何も知らない。
孤児院出身で、テディベアではなく、ライフルと演算宝珠で駆けまわっている子供。
それが、今次大戦の激戦区ほぼすべてに従軍。

士官学校や大学での評価は、極めて卓越した士官のソレ。
戦場においては、年齢が何かの冗談にしか思えないような戦果を淡々と積み上げている。
全ての分析において、分析官は愛国者、乃至病的な愛国者として分析してのけた。

経歴と実績を見れば、そもそも分析させる必要が無いくらいよく理解できる。

そんな軍人相手にだ、一度取引を反故に仕掛けたアホは救い難い。
事故は起こるべくして起こったのだろう。
実際、その支援要員として行動したのだから、今ならば理解できる。
だが、その支援に従事した時まさか此処にリンクしているとは夢にも思わなかった。

ともかく、馬鹿げた契約違反はすさまじく高くつく。

『水道管』を、あの厳重な防空網と警戒線が突破された挙句に奪取されたのだ。
先方が、交渉する意志を示したことが、奇跡に近かった。

そんな相手が、一体何を望むと言うのだろうか?

なればこそ、交渉において望みを探るべく訊ねた。
ポーカーフェイスを崩さなかったのは、ほぼ奇跡だろう。

「…必要であるならば、1億ドルまでの機密費が用意されております。」

額に上限は必要であれば取り払ってよいとまで言及されている交渉。
1億ドルにしても、当座用意できる額で、という意図に過ぎない。
空母や戦艦が楽々と調達できる金額にもかかわらず、安いくらいだと上は見なしている。

『これで、奴が大人しくなり平和になるならば、費用対効果は完璧だ。』と。

それでも、巨額も良いところの額を耳にしてアレは、感嘆するでもなく淡々と言ってのけたのだ。

「1億ドル?なるほど、それだけあれば十分に非正規戦を行えるでしょうな。」

狂っているとは思っていた。
まともでないとは、どこかまともでないとは死体が散乱したままの初会合で嫌というほど理解できていた。
アレ以来、肉の匂いを嗅ぐだけで胃が痛くなる。
この仕事が長いと、ベジタリアンに転向する人間が多いというのがよくわかる。

アレが、アレが、思いとどまったのはほとんど何かの奇跡に違いない。
煙草と酒の量が赴任以来妙に増えたと思うが、そうでもしなければやっておれん。
神々にでも感謝の念を捧げるべきだろうか?
いや、アレを産みおとしたのだから呪うべきだろうか?

とまれ、

「つまるところ、私はライヒのために最善を尽くしたい。『ライヒに黄金の時代を』それが、私の望みなのですから。」

と言われた時は本気で投げ出したかった。
闘争を継続するゆるぎない意志が確認できたのだから、たまったものではない。
現場にこんな危険物を押し付けてきた上に対し、密かな殺意すら抱くに留まったのはむしろ抑制的なほどだ。

だから、アレが、デグレチャフが闘争を一時的にせよ棚上げすると口にした時飛び付いた。
まだ迷いがあるような口ぶりだったので、迷われてはたまらないとばかりに。
そして、リスクがある事は承知でも一切を考慮した上で躊躇なく行動した。

カバーの経歴は、ごくごく普通の帝国からの移民を用意。
当然ながら、准将にまで至った経歴は一切が白紙となる。
にもかかわらず、その事実には平然としてのけたアレは、やはり地位ではなく『戦争』に執着しているのだろう。
まあ、苦労するのは自分ではない。

だから、きちんと士官学校に入学できるよう手配してのけた。
上院議員や大統領からの推薦という形式も、きちんと整えた。
一番厄介だった、本人の容貌は、幸いにも魔導師というデグレチャフの前職が解決。

金髪の髪は、術式で強制的に色を変えることによって銀髪に。
毛根から弄ったので、元に戻ることはないという術式専門家の保証済み。
加えて、本人の自己申告によれば帝国離脱後、随分と身長が伸びたとのこと。

正直に言えば、年齢不相応に小さな身長で栄養失調の典型例だ。
それでも、辛うじてだが士官学校に誤魔化して入れることはできるだろう。
飛び級という制度を活用すれば、さらに何とかなる。
それに、成長期なのだから容貌が変わることも期待できた。

つまり、身元が士官学校から出た後ばれる可能性も少ない。
おまけに、話す言語は英語に帝国訛りが入っているとはいえ、綺麗な連合王国系だ。
ウィスコンシナ州当たりの出身と言えば、十二分に通じるだろう。

後は、適当に孤児院に預けられるまでの経緯と、カバー用の両親。
経歴上の諸々を作成すればよかった。
無論、それらとて決して容易な仕事ではない。

だが、これほどまでに胃が痛くなるような苦痛に比べれば痛痒すら感じないソレだ。

一刻も早く、誰かに押し付けるためにジョン・ドゥ課長は全力で働いた。
それこそ、カバーがはがれて自分のところにブーメランが戻ってこないように懸命に。

そして、遂に彼は解放される。

にこやかに笑うデグレチャフを本国に送り、『水道管』の管理も移行。

やってのけたのだ。
後は、上院議員なり政府高官なりお偉方がのたうち回れば済む話。


しばらくは、長い休暇を取ろう。
労働は、当分考えたくもない。










世間で、疲れ果てた男たちが一つの裁判を呪っていた時。
モスコーにおいては、別の小さな裁判が行われ、その結果として拭いがたい安堵の念をみたした男たちが祝杯をあげていた。
いや、或いはその事実を耳にした全ての連邦人民が言祝ぐに違いない。

それはヨセフに不信感を抱かれたロリヤの粛清が確定し、さんざんわめきたてる彼を銃殺刑に処したことへの祝杯だ。

無論、党にとって、書記長ヨセフにとって不都合なのだから表向きにされることは皆無。
それでも、長期療養入りという発表以前に、ロリヤの息がかかっていた内務人民委員らは悉く拘束されている。
運が良ければ、海外へ逃げることもできるのだろうが、共産党は人材発掘に事の他熱心であるという実績がある。

一般の誤解とは異なり、共産党は広く人材発掘に努めているのだ。
一例としては、トルトルツキー氏をメキシカーナで発掘することに成功している。
極論ではあるが、連邦政府の対応は実に人材に対して貪欲であると言えるだろう。

だから、何も問題はない。

そう、テクノクラートらや高級党員は素直に喜べた。
忌むべきロリヤが粛清されたことを。
蓋をされてこそいれども、彼が何をしているかを知らない高級党員など居ないのだ。

「同志書記長の健康に!」

故に、彼らは素直に乾杯を叫びウォッカを流し込む。
同時に、密かに恐れるがために本心を覆い隠して乾杯を叫ぶ。
彼らは、未だに恐れているのだ。

いや、本質的に理解していると言い換えてもよい。
なにしろ、連邦において粛清というのは酷く身近なモノなのだ。
だが、どちらにしてもどこか浮ついた雰囲気がモスコーに流れたのは間違いない。

そして、それはモスコーを戦後交渉のために訪問したイーテン連合王国外相らの一行も目の当たりにするところとなった。

「やはり、戦争が終わったからでしょうか?」

「それはそうかもしれないが。しかし、今の時期というのは妙ではないのかね?」

当たり前に、人々が笑いながら酔いしれる光景。
それが連邦のモスコーでどれほど異常だろうか?
それを理解している連合王国の外交使節団は何事かと思わず首をかしげざるを得ない。

ここが連邦で、自分達の一動作に至るまで監視されていなければ駆けだしていって訊ねたことだろう。
それほどまでに、車窓から見られる光景は明るいものだった。

「いや、何とも言い難いな。何か、恩赦でもあったのでは?」

「祝祭日ではありませんし、何か報道もあったとは記憶しておりません。」

実際、外交交渉に従事する立場の人間にしてみれば軽い話ではないのだ。
報道されているニュースを見落としているわけでもなく、かつ何か特別な日でもない。
そんな時に、浮ついている国民世論を見落とすようでは外交官としてはあまり優秀ではないのだろう。

「合州国大使館に照会してみたまえ。」

「解りました、外相。」

とはいえ、同じ疑念は他国の外交官も抱いているに違いなかった。
そこで、イーテンは友邦に何がしかの徴候を捉えていないか照会するように依頼。

気になっているのは、イーテンも同じなのだ。
自身でも、どことなく人々が浮ついていることには気が付いているし注意も払ってみた。

印象的だったのは、外交当局にまで影響が出ていることだろう。
実際にいつもの交渉相手であるモルトフ外相ですら、どこか人間的だった。
驚くべきことに、対応もどこかにこやかで肩の荷が下りたと言うところまで見受けられる始末。
それでも、戦争の終結という事実ならば十二分に説明できるだけに判断が難しかった。

イーテンには、理解できていない。

彼自身、粛清を司っていたロリヤ自身が粛清された可能性があると言う事までは耳にしていても理解が及ばなかったのだ。
それは立憲君主制の民主主義国家において育った貴族であるイーテンには理解が及ばない世界の話。
いったいどれほど憎悪を一身に買い、かつ恐れられていたことかは連邦人にしか理解できようもないのだ。

彼にとっては、あまりにもそれは異常な世界の異常な論理。
連合王国の常識的なパラダイムにおいては、理解し解釈しようもない世界の論理なのだ。


そして、イーテンにとってその真相究明は最優先事項にはなりえなかった。
なにしろ、イーテン外相にとっていま重要なのは、連邦高官の身柄ではない。
連合王国にとって頭の痛い協商連合地域の独立と統治に関する連邦との協議。
そのためにモスコー入りしているのだ。

だが協商連合に民主的な政府を復興させる術と、その後の国家運営に至るプロセスで未だに連邦と連合王国・合州国は合意に至れていない。
同時に、既に帝国の占領政策に関してつばぜり合いが始まりつつあるのだから頭が痛かった。
もちろん、これほどの規模の戦争のあと始末なのだからイーテン自身容易に進むとは期待していない。

もちろん、肩の荷を自覚こそすれども退く訳にもいかなかった。

それでも、マールバラ首相が覚悟しているようにまた次の戦争のために備えられるのかという事にはさすがに苦々しい思いを抱く。
二度と、このような大戦を避けるために尽力しなければ。
イーテン外相にとっては、それこそが亡くなった全ての人々にできる最善なのだ。

だが。


同時に、鋭敏な外交官としてのイーデンはその思いを醒めた思いで見つめる自分を知っている。
それが、如何に望み薄な願望であるかを十二分に知悉した自分が苦笑いを浮かべながら語りかけてくるのだ。

「連邦が、信じられるのか?と。」

其れに対する自分の答えは、古典的な外交官のソレだ。
信じられようが、信じられまいが、交渉しなければそもそも始まらないのだ、と。
チェスのルールで、ある列を使ってはならないと定めてしまえばチェスはできない。

故に、そこにおいて如何なる選択肢も排除するべきではないのだ、と。
だから、イーテン外相は懸命に望みを繋ぐために折衝に力を入れる。

悲しいかな、その努力は報われない。
それは、外交史においては初期の失敗と記録される定めにあるのだ。
歴史において、イーテン外相の努力は失敗した外交政策と見なされることになる。

しかし、イーテン外相がその結果を見るのは今しばし後のことと。
本人とて、希望が無いことくらいは理解していたに違いない努力。
それでも彼は、義務を忠実に果たすべく最善を尽くす。

だからこそ後世において彼の経験は、初期の対連邦政策に関する一つの一里塚として記憶された。
対連邦外交に携わる事になる全ての外交官が抱く共通の悩み。
信頼できない交渉相手という問題。

それでも、彼らは交渉する。
交渉しなければ、ゲームは始められないのだから。




あとがき

やあ、こんにちは。
無能な前任のカルロ・ゼンがマリーンと陸軍を履き違える無礼を働いたのでZAPしておきましたよorz

取りあえず、何とか更新。

たぶん、次回が感動の学園生活で、その次が完結。
コミー流に言うと、完璧に計画通りで、100話きっちりという予定通りのペースです。

コメントで突っ込み頂いておりますが、学園編はありませんしベトナムとかもやる予定はありません。

でも、何とか無事に完結させられそうでほっとしてます。

今月中には、断じて完結して見せる予定。



[24734] 第九九話
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2017/01/29 16:26




軍隊というのは、無駄飯ぐらいで給料泥棒の方が仕事をたくさんするよりずっとマシだ。
機動力を持ち組織された軍隊が派遣されるほどの災害というのは、碌でもない大災害。
軍隊の本文である武力行使を必要とするのは、国家にとっては最悪の戦争である。

常識的に考えれば、軍隊というのは訓練に邁進するばかりで暇を持て余すのが望ましい。
無論、有事の備えは必要不可欠であるのは言うまでもないだろう。
古の言葉にあるように、戦争を恐れるならば、戦争に備えなければならないのだ。

だから、国家は軍というものを保持する。
そしていついかなる時であろうとも、軍の背骨になる中核の下士官と士官は育成しておくのだ。
国家が提供すべき最低限度の安全保障の一環として。

当然のことながら、まともな状態にある国家の教育制度というのは『平時』の教育に主眼が置かれる。
なにしろ、戦時下にない国家の軍人というのは死なれるたびに政府が揺らぐ問題と化す。
訓練中の事故死など、当たり前ではないかという末期戦国家の思想など持ちこまれてはたまったものではない。

最優先されるのは安全であり、かつ市民社会になじむ程度の訓練である。
間違っても訓練兵を最前線に放り込むだの、冬季山岳戦装備でいきなり越冬させるなどという真似はありえない。

大概の場合は、ペーパーワークが基本だ。
そして、一般的に言われるように合州国という巨大な国家を運営するために不可欠な知識を学ぶこともできる。
合州国の優れた政治家というのには、軍人上がりが少なくないのだ。
彼らは、軍人として巨大な組織を動かすためのノウハウとルール、そして人脈を手にすることができる。

なにより、最高指揮官としての大統領にとって軍の経験は貴重な判断材料だ。
なればこそ、合州国の士官学校は選良達を排出し続ける。

だから、ある意味で社会を学ぶには最適な場でもあると言えるだろう。
ドゥ夫妻やジョンソン氏などの面々が、躊躇なく社会教育の場として選ぶほどに其処は相応しいのだ。
尤も、カンパニーのMr.ジョン・ドゥ氏や連合のサー・ジョンソンにしてみれば自分の管轄下で無いというのが一番大きいのだが。


…誰だって、虎穴に入りたいとは思わない。

ましてや、虎穴どころの話ではないだろう。
軍団規模で構築された絶対防空圏をどうやってか中隊規模で突破し、浸透襲撃した挙句に揚々と帰還?
奴のためだけにいったい帝国がいくつ勲章を新設したのかぜひとも知りたいと、意味もなく好奇心を働かしたくなるような化物である。

猛獣の管理は、動物の専門家に。

戦争の専門家の管理は、軍人の専門家に。

こうして、官僚主義に敢えて堕ちることすら厭わず情報部は英知を傾ける。
そのためだけに、彼らは脅迫し、交渉し、妥協し、譲歩すら為した。
尤も、たったそれだけで、あのデグレチャフの管理責任から解放されるのだとすればお安いモノ。
故に、交渉を纏めたカンパニーのジョン・ドゥ課長は即日昇進が決定したほどだ。

提携先のジョンソン氏と並んで、二人でバカンスを満喫したいと申請した時も、快く快諾されるほど。

そうして、のこったスタッフらは祝杯を高らかに上げると共に教会へ赴き不幸な軍人たちの冥福を祈る。
何故ならば、祈るだけならばタダである上に世間体が悪くないのだ。

だが、情報関係者が我が世の春を盛大に謳歌している時。
送り込まれた人間と、送り込まれた側は盛大にのたうち回る羽目になっていた。

とはいえ。

送り込んだ側にしてみれば、最早自分たちとは関係のない事なので一切考慮に値しなかった。
悔やんでいては、身が持たないのだ。






Ladies and gentlemen, I am glad to see all of you.

新設されました合州国空軍士官学校、第一期生ターシャ・ティクレティウス少尉候補生より皆様に御挨拶申し上げます。

近年の多様化する空軍任務の性質と先の大戦の教訓より、空軍は専任の士官教育施設が必要であるという見識でありました。
その意味において、参戦後もない時期に開始した空軍士官学校創立プログラムが終戦直後に間にあったのは幸いでしょう。

大戦の戦訓を取り入れつつ、今後は均質化の難しい魔導師戦力とは異なり安定的な運用が可能な空軍の役割が増大すると言う事を私達は信じております。
以上の理由により、私達400名の新たな士官候補生を空軍が受け入れてくださることを、心より、心より、一同を代表いたしまして、心より、感謝いたします。

私事ではありますが、私の両親は私を誇りに思ってくれていると信じています。
至らぬ身ではありますが、今日ばかりは市民として誇らしい姿を両親に示すことができているとうぬぼれております。
本来であれば、この場に両親の姿が見えた事でしょう。

しかしながら、祖国のために挺身した父は国境警備の際に亡くなり、母も心労で後を追うように亡くなってしまいました。
最後まで、母は幼い私を案じていたと孤児院で父と母の友人の方から伺った時以来、いつか天国の両親を安堵させることができればと願ってきたのです。
主のご加護があればこそ、私はこうしてこの場に臨むことができたと信じて止みません。

天国の両親に。
そして、全てのお世話になった方々に。

私は、候補生を代表して宣誓いたします。

すべからく、市民としての義務を為し、神と共にある祖国を防衛せん、と。

今日、この場に集った候補生一同は、すべからく国家に対する市民としての義務を自覚し、義務を遂行する仲間足りえることを願ってやみません。

ご来場いただきました皆様、私達を受け入れてくださる教官の皆様、そして多くの私達を見守ってくださるお父さん、お母さん。
至らぬ我々ではありますが、鋭意義務を遂行すべく邁進し、もって合州国の平和と安全、そして世界に貢献していくことを誓います。

ありがとうございました。





盛大な拍手と共に、壇上を面映ゆげに下りていく若い士官候補生の姿。
彼女の様子は、何かをやり遂げたという上気と、安堵感だと一般の参列者の多くは好意的に捉えた。
逆に、魔導軍関係者は均質化の課題と個々の質に依存している問題を改めて否応なく認識。
一同揃って、微妙な表情を浮かべざるをえなくなる。
対して、予算を喰われることになる陸海軍の感想は、素直に新たな競合相手が出てくることへの警戒感だ。

だが、事情を知る本当にごく一部の人間はあまりと言えばあまりな展開に引き攣りそうな胃と顔面に懸命に耐える羽目となっていた。
あるものは、興味半分でこの場に列席したことを盛大に後悔する。
あの化け物が、どのような声で宣誓するのかと怖いもの見たさで列席した愚を彼らは精神衛生という代価で購う。

義務で、或いは何が起ころうとも抑え込むという覚悟。
それらと共に列席した面々にしてみれば、衝撃は覚悟していた。
だが、涜神すら平然となすあの化け物がいとも清らかな、そして実に健気にすら思える演技を成すのだ。

奴の実績と経歴を思えば、本心など一ミリグラムも含まれていないに違いない演説。
それを、奴を知らないという制約付きとはいえ人間経験の豊富な列席者に信じ込ませる説得力。
単なる化け物ならば、知恵で狩ればよいだろう。

だが、遥かに力で卓越した領域に有りながら、むしろ狡猾さを増す怪物をこれから飼育しなければ成らないとすればどうか?
それは、虎に翼を与えて野に放つという最悪の自体を予期させる。
何よりも恐ろしいのは、気が付けば奴は自分の領域を構築しつつあることだ。

何故だ…と思いつつも、関係者は自体を振り返らざるを得なくなる。

事のはじまりは、単純だ。
奴を魔導士官として採用するなどありえない相談である。
生体情報である以上、波長が変わるとはいえ軍歴抹消を前提とすればそもそも類似する記録もまずかった。
加えて、正直にいえば奴の士官学校での経歴から見て何をしでかすか怖すぎるということも挙げられる。

そこで、当初は陸か海に押し付けようということを情報部と上は考えたらしい。
順当に行けば、一番管理が容易な海軍に押し付けることで問題を解決する腹だったと聞く。
しかし、帝国海軍の特技である通商破壊を継承する軍人を育てるという可能性に海軍は激烈に反対。
曰く、こちらの手札を覚えられた士官に通商破壊されれば、護衛しきれる自信がない、というもの。

まっとうすぎる反論故に、最後の最後で陸軍預かりとなるのが筋だった。
しかし、陸軍には陸軍の事情というものが最後まで存在する。
南方大陸以来、交戦した関係者の数が多すぎて隠匿しきれるか微妙というのが彼らの回答になる。

そう、まずいことにデグレチャフは相当の陸軍軍人とも交戦しているのだ。
当然ながら、陸海双方が相手に押し付けようとした挙句に交渉が失敗。
そこで、この話をなかったことにしようと誰も言い出さなかったのは過去の教訓から学べばこそ。

契約違反をデグレチャフにするというのは、ある種のタブーだとある程度以上に資料を学べば誰でも理解できるに違いない。
あの精鋭共が、ゲリラ戦なり局地的に浸透するなりしてくればそれだけで重大な脅威と化す。

それは、手に負えない事態ということを意味するだろう。
誰だって、そんな事態を招きたくはない。

当たり前だ。

爆弾の解体は、爆破が一番確実だとしても。
誰が、わざわざ核地雷を踏み抜きたいと思うものか?
だから、爆弾は安全な施設に保管しておくべきだろう。

…そして、幸いにも。

このとき、合州国にはひとつの受け皿たれる組織が立案されていたのだ。
大戦中に存在感を増しつつあった、空軍。
その基幹要員である士官育成のための、士官学校を求める声は当然のこと。

無論、予算の兼ね合いや遅々として進まない調整から暫くは設立までに時間を要するはずだった。

だが、怪物の檻が必要となってしまう。
だから、そのために銀で檻を作り上げるために一切の遅滞が許されずに空軍士官学校は創立されることになる。

ここで、デグレチャフを入校させるために手を裏にまわそうと考えていた関係者は愕然とする。
いや愕然とさせられた、というべきだろう。

空軍の士官教育とは、教養と幅広い戦域認識が不可欠。
この命題に立った組織作りは、一見すると単なる野戦指揮官上がりで合格できない水準のはずだった。
なにしろ、オークスブリッジ級の知性と運動能力を要求するという桁外れの要求を拙速ゆえに彼らは当初通してしまう。

そして、最悪なことに。
いざ、試験を行い、所定の成績を収めたほんのわずかな中で主席だったのがデグレチャフだった。
そればかりか、早くも指導的な立場に収まりつつすらあるという。
最悪の被害をばら撒いてくれたカリスマ的な指揮官に、未来の基幹要員が掌握されるという恐怖。

あの、デグレチャフの影響下に置くためだけに空軍士官学校を作るというわけにはいかない。
それもまた、断じて許されるわけにはいかないのだ。
だから、彼らは人事に最善の注意を払う。

せめて、猛獣の檻を守る番人の人選には万全をきたそう、と。
もっとも、選ばれたほうにしてみれば堪ったものでもないだろう。
だが、選んだ側にしてみればほかに選択肢はない。

選ばなければ、猛獣が放し飼いになるのだ。
番人が噛まれようとも、知ったことではない。


こうして、設立された空軍士官学校は大学の学び舎だった。
そこで、士官候補生らが専門的な知識を必要に応じて学ぶ。
これこそ、まさに人的資本投資のあるべき理想的な姿だとターニャならば評しただろう。

その意味において、ターニャが放り込まれた空軍士官学校は『学校』としてはよほど上等な類だった。
授業料は当然免除であるし、給与すら支払われるのは帝国と同じ。
しかしながら、教育期間は短期速成とは真逆の4年。
しかも、リベラルアーツを重視するという重厚な教育姿勢。

その場において、記憶する限り三度目の大学生活はターニャにとってすら想定外なほどに有意義なものだった。
まず、軍隊の学校というからには散々戦闘訓練を行わされるかとの思いは完全に外れる始末。
なにしろ、航空力学や高々度実験、はたまた医学といった実用上の知識がただで学べた。
そればかりではなく、心理学・統計・科学知識といった幅広い分野まで学べるのだ。
士官学校に放り込まれると知らされたとき、思わず裏切られたかと考えたのは早計だったとターニャとしては考えざるを得ない程。

そして、少なくとも契約通りに満足しているという姿勢を見て上層部は安堵できる。

ゆえに、ターニャにしろ軍上層部にせよ状況はかなりの程度満足しうる範疇に分類できるだろう。
なにしろ、ターニャにしてみれば入ってみると自分の要求がかなりの程度叶えられていたのだ。
空軍という組織は、かなりの程度高度な科学的知見と教養を重んじなければ成立しない。
故に、そこで必要とされる知識を学ぶということはかなりの程度応用が利く。

特に、電子機器周りの知識が必要とされるということは、今後成長が確定している電子機器産業に身を投じられるということだ。
技術者としてではなく、使う側、投資する側としても学んでおいて一向に損はない。
なにより、膨大な予算を惜しみなく軍事技術に投じられる高等研究局との縁故が作れるのは素晴らしい環境だろう。

研究開発の方向が分かっているのだから、あとは技術者を囲い込んで資金を政府からもぎ取ってくれば成功は確定。
まさに、自分の望んだようにコミーを技術的にぼこぼこにしつつ、文明的な生産活動に従事できるという寸法だ。
ここまでしてくれた合州国にはいくら感謝しても、感謝しきれないほどである。

監視している限りにおいては、猛獣が懐く気配を見せているのだ。
檻に入れた連中にとっても、餌を与えて懐いてくれるならば安いものだと満足すらできる。

実際のところ、ターシャというカバーネームの安直さ位は寛容な気分で許容できるほどにターニャは現在満足していた。
多重に監視され、プライバシーが侵害されているという事実は証人保護プログラムの性質上やむを得ないのだ。
そう割り切れば、現在の環境はすこぶる理想的ですらあるのだから。

故に、ターニャは学ぶ。
自費ではなく、国費で学べるのだから時間こそが惜しむべき要素。
つまり、ぶち込める限りすべての時間に何かをぶち込む。

そして、合州国の国費で勉強しているのだからきっちりと還元しようという意識もある。
ある意味で、理想的な給費学生でもあった。
まあ、本人にしてみれば会社の費用で研究しているという感覚の延長線上なのだが。
当然ながら、パテントの一部はもらうが盛大に使ってほしいとすら考えていた。

猛獣が暴れださない限り檻にぶち込んだ人間はひとまず安心していられるという寸法である。
そして、猛獣は存外知恵が回り大きなリターンをもたらす気配すらあったのだ。
この状態は、少なくとも檻に入れられたターニャと、入れたお偉方にとっては理想的だろう。

ただ、押し付けられた番人役にしてみれば堪ったものではないということだけが問題だった。

「つまりだ、少尉候補生。君は、原子炉が欲しいのかね?」

「はい、校長。」

学び研究するというのは思考だけでは貫徹しえないもの。
当然、その過程においては研究のための施設が必要になるのは言うまでもない。
空軍には原子力関連の施設が乏しく、そのため原子炉が必要だと感じればターニャとしては即座に行動せざるを得なかった。
なにしろ、今後のコミー対策において大陸間弾道弾は必要不可欠。
そして、ロケット工学とならんで原子炉は技術者育成のために必要なのだ。

そう信じればこそ、好奇心と完全な合州国への善意でもってターニャはそう進言している。
ただ本人は、その発言がどう解釈されるかについてひどく無頓着である。
いや、会社への忠誠心と似たような心理状態で、スポンサーに貢献している意識すらあると言ってしまってもよい。

それは、提案を受ける側、校長にしてみればたまったものではないのだ。

…遥かな高みから監視されている方々から、散々警告されていたとはいえ衝撃は酷いもの。

「研究の目的は?」

「言うまでもなく、原子力関連の理解のためであります。核を理解しないで、戦略空軍の意義が成立し得ましょうか。」

心中、穏やかでない提案を受けて胃が激痛を叫び始めるのを意思で押さえ込む。
このとき、なぜ空軍において士官学校の校長席が非常に高く評価されるのかを彼は理解していた。
素人でも、校長職というのがどれだけ過酷なものかということは手当の額だけで理解できるに違いない。

彼だけは、空軍士官学校においてデグレチャフという化け物のことを嫌というほど警告されて知っているのだ。
そんな化け物じみた戦争中毒に、核の知見を与えるなど論外中の論外。
なによりも、この化け物に核を近づけるなというのは経歴を見れば三秒で理解できる。

そもそも、奴に掌握されないように注意するということも彼の職責なのだ。
だから、本来ならば一切奴に便宜を供与しないということが一つの解決策たり得る。

ただ、上にしてみればこの猛獣、飼い殺しにするには少々もったいなさすぎるとも認識されているらしい。
なにしろ魅力的すぎるので、奴の知恵と研究結果を可能な限り引き出せ、とも命令されているのだ。
命令されたときは、相反する命令を投げつけられたような思いで相当ひきつった感情を抱かざるをえなかった。

「検討だけはしてみよう。まだ他に?」

故に、彼は話題を変えることを試みる。
誰にとって幸いだったのかは不明だが、少なくともターニャはいくらでも改善を提案する意図があったことを彼は知らない。
要求が、ひとつだけかと思ったその愚を彼は自らの胃の健康によって支払う羽目になる。

なにしろ、ターニャにとって提案すべきことはいくらでもあるのだ。
現状と知っていることとの比較を行えば、いくらでも改善の提案は可能。
そして、善意から求められれば行うという意思があるのだ。

「…航空機製造メーカーとの人材交流を提案します。空軍士官にとって、必要不可欠な知見かと。」

現状において必要なのは空軍に配備する航空機に対する士官の知見向上だろう。
技術を軽視して、スペックだけを叫び始める士官が出たら最悪だ。

そう考えるや否や、提案を行うというのはある意味でまっとうな提案だろう。

「まあ、それはそのとおりだ。」

だから、校長しても拝聴せざるを得ない。
だが、彼は知らないのだ。

止められない限り、野戦上がりの軍人は少しでも無駄を省こうとする癖があるということを。
そして、次世代の戦争を知っているターニャは自重する気が一切ないということも。
こうしてさえぎるには、最も過ぎ、聞き続けるには危険すぎる提案を彼は延々と聞かされる羽目と化す。

不幸にも、その日に限って彼に急用がなくかつターニャにとって急ぎの用事もなかったことが文字通り終日の提案を実現してしまった。

航空機の空戦ドクトリン研究が必要という提案。
それは、最もだった。

ミサイル万能説に対する懐疑的な見解。
なるほど、確かにミサイルを撃ち尽くした航空機や、ミサイルが使用できない状況下の考慮は必要だった。

超長距離爆撃機計画に対する疑念。
ああ、そうだろうとも。現在研究中の弾道弾とやらをどうして嗅ぎつけたのかは知らないが、その通りだ。

空中給油の実現化。
アイディアとしては面白いし、実現の可能性を一考することもできるだろう。

前線航空管制官という構想。
確かに、近接支援の効率化という意味では大いに考えさせられる提案だ。

対地爆撃の新システム。
いわれてみれば、空中飛散型の爆弾というのは研究価値がありそうだろう。

早期警戒機開発プラン。
レーダーの穴を埋めるという意味においては、確かに可及的速やかに検討する価値があるに違いない。

「最後になりますが、空挺戦術の見直しを研究させていただければ、と。」

淡々とデグレチャフは提案を行い続けているが、そのいずれもが空軍にとって無視しえない貴重な提案だ。
特に、実戦経験をもとにした奴のたぐい稀な戦術眼から生み出されるプランは金言と言ってしまってもよいだろう。
確かに彼我の戦力が混在しがちな状況で、管制官の果たす役割が明確化すれば航空支援はより有意義になる。
空中給油が実現すれば、より長期間エアーカバーを地上部隊に提供できるだろう。
何より、レーダー網突破の専門家が提唱する対応策は今すぐにでも実装する価値があるに違いない。

故に、彼は論破され、説き伏せられ、ついにターニャに研究費用を与えることに同意してしまう。
無論、説き伏せられたというのは論理に説得力を認めればこそではある。

しかし、だからこそ。
デグレチャフが厄介だという事実を、否応なく認識させられるのだ。
すべての研究機関に、呪いのように奴が関与してくるという事態。

事情を理解している人間にしていれば、その意味が恐ろしく理解できる。
否応なく、突きつけられた現実は、奴が確実に力を養っているということを物語っているのだ。
帝国技術廠・教導隊上がりで実戦経験豊富という経歴は伊達ではないらしい。

高等研究局において、奴が推薦を付けた研究プランは無条件に承認されかねないほど奴はすでに信頼を得ていた。

「…どうしろというのだ。」

吐き捨てるような思いで、机の上に残された計画の山に目を向け彼は思わず天井を仰ぐ。
これが、あと3年も続くのだ。
どう考えても、長生きできるとは思えないような日々が3年も。


そこまで考えかけたとき、彼の心は完全に砕けることとなる。



候補生らの集う食堂。
ターシャは人の輪に溶け込みこそしないもののそれなりの付き合いを周囲とは保っていた。
もとより技量は教官らにすら一目置かれる上に、主席様だ。

周囲にしても、疎むというよりはそれなりに扱いが難しいとはいえ頼れる同輩という認識を抱いている。
なにより、彼らは空軍士官学校の創立時に集められた創設期のメンバー。
これからの空軍を担うという仲間意識は強く、存外多様性に対する寛容さも養われていた。

そのため、ターシャが同期らとまずまずの夕食を平らげ食後の珈琲を楽しみながら談笑するのもそれなりの頻度で見られる光景だ。
まあ、少しばかり変わっているなという同期の認識ではあるが、話せない人物でもないというのが周囲の評価。
なにより、秀才にありがちな規則礼賛という態度が強くないのが彼らには受けている。

いや、厳密にいうならばターシャは別段規則破りを認めているわけではない。
それに、違反を見つけた場合きっちりと規則に従って対応する。
故に、最初はうるさ型かと思っていた周囲だが、しばらく付き合っていると存外融通が効くことも分かってきた。

まず、この小柄な主席殿は効率を重んじる口らしい。
故に馬鹿話には乗ってこないが、バカバカしい形式も鼻で笑い飛ばす口なのだ。
無論、規則であるからして遵守はしているのだが規則に対しては別に信仰心があるわけでないらしい。

『要するに、礼儀作法の問題なのだから守るべきところで守れば問題ない。』

口にこそ出していないものの、話せる意識らしいということは薄々察することができる。
実際、実績さえ上げていればターシャは必要最低限度以上の干渉は行なってこないのだ。
前期の試験明けに、干渉しないどころか存外仲間思いなところも見られたと彼らは思っている。
パイ投げを行なっている面々を発見した時には、規則が禁じていないの一言で注意しようとした教官を制したほどのだ。

だから、その日食堂に急ぎ足で駆け込んできた候補生は仲間内で耳にしたばかりの話を早速ターシャにもたらす。

「フォーレスタン校長が長期休暇に入られたらしい。教官らの話では、復帰は相当厳しいという話だ。」

「校長が?何たることだ、やはり相当御加減が悪かったのか。」

練達の士官であり、常に公正な態度を誰に対しても保っていた校長。
だが彼について、候補生らが一番知っているのは赴任後、急速に体調を崩していったということだ。
開校式で、脂汗を流していたという話は誰もが最初はでっち上げだと笑い飛ばしていたが今では少しも笑えない。

航空医学を学んでいる候補生らが、医務室でげっそりとやつれた校長を亡霊だと見間違えた話すらあるのだ。
一体、どんな病気なのかというのが口さがのない候補生らの好奇心の対象だった。
…まあ、同時にひどく心配してもいたのだが。

「…まあ、無理もないだろうな。フォーレスタン校長には、ゆっくりと療養をとっていただきたいものだ。」

「おや、主席殿。心当たりでも?」

「憶測だがね。」

実際、ターニャにしても心配しているのは同じだった。
なにしろ、まともに改善計画を評価しかつ行動してくれる士官というのは貴重な要員だ。
加えて、話す限りにおいてだがフォーレスタン校長は冷戦構造化におけるコミーの脅威を認識されていた。

遅々として進まない戦後ボケした合州国の軍備と、ひたすら軍拡にいそしむ連邦との対比を考えれば誰でも頭を抱えたくなるはずだ。
なにより、ターニャは未来をおおよそ確信できるが、そうでない責任ある立場の人間にしてみれば相当の重圧だろう。

「昨今の情勢。気に病まれないほうが、難しいのだ。人一倍、責任感を感じられる校長ならば、言うまでもないに違いない。」

空軍の近代化と、組織機構の改編は対連邦政策上必要不可欠。
そして、その実現を担う校長ならばかけられる重圧も想像を絶するものがあるに違いない。
それでありながら、空軍士官学校という組織を作ったことに対する世論の風当たりや、他軍の牽制は胃に答えたことだろう。

現状が行き詰まり、自らの義務を遂行できなくなっていると感じた軍人が追いつめられるのはよくあることだ。
そして、まともな軍人ほど思いつめやすいというのも理解できる。

「本当に、惜しい方だった。一日でも早く、現役に復帰されればよいのだが。」

故に。

本心から、ターニャは有能な反共の闘士が戦列から落ちることを嘆く。
衷心から、その不幸に同情すらする。

ロメール閣下といい、優秀な人ほど長生きはできないものなのだなぁということに気が付くと思わず顔が引きつるほど。
運命の皮肉を苦々しい思いで見やると、ターニャとしては嘆かざるを得ないのだ。

「まったく、本当に得難い立派な校長先生だった。」

「ああ、良い方だった。」

そして、士官候補生らも素直に同意する。
短い付き合いだったが、わざわざ一人一人と話す努力までおこなってくれた校長のことを皆相応に好いているのだ。

「…せめて、安堵いただかねばな。次代は、我々がしっかりと担うと。」

せめてもの反共の戦友に対する餞だ。
完全に、善意からターニャはそうつぶやく。

完全な、善意から。




あとがき
お久しぶりです。
最近というかここ2週間くらいで転居いたしました、カルロ・ゼンです。時差があると思いますが、理想郷、海外からも更新できるようになってよかったなぁと安堵する思いです。


ちょっとどころでなく、デスマーチ気味だったので、更新が遅れてしまいましたorz


多分、今月中の完結は無理かなぁ…、いや、無理だと思ったらそこで試合終了だし頑張ることは頑張ってみます。

2017/1/24
こっそりと誤字修正しますた。


2017/1/29 誤字修正



[24734] 第一〇〇話
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2012/09/22 01:53
連合王国ロンディニウムの王立病棟が一角。
そこにあるのは、死期の近い重篤の患者が最後を迎える病棟。

「…結局のところ、デグレチャフというのはなんだったのか、お教えてはもらえないだろうか。わが友よ。」

医療機器がびっしりと並んだ病室で口を開いた男も、死の一歩手前で気力だけで踏みとどまっているような状態だった。
最新の医療技術や、最先端の医療機器を用いてもなお克服しえない生物としての限界。

寿命だ。

そして、それは今にも尽きようとしていた。

「そこまで、迫ったのだ。…友よ、君ならば想像はつくのではないのかね?」

その男を眺める人間も、また相応に年老いた老人だ。
そして、ひどく人生に疲れたような顔。
ただ、その表情には秘密を分かち合った親しい友人に対するような微笑が浮かんでいる。

「想像ならば、少しは。」

一人は、名の知れたジャーナリスト。
もう一人は、名が知られることがあってはならない無名の公僕。

立場も、政治信条も、生き様も違う彼らを結びつけるのはたった一つの紐帯。

「だが、私は死にゆくものの悲願として知りたいのだ。…真実を。」

「私はな、それを墓場にもっていかねばならんのだ。」

長い付き合い。
そして、一度もかたられることのないその話題。
だが、それこそが、彼らをして長い付き合いに至らしめる紐帯なのだ。

長くはない、余命。
お互いにそれを意識し、かつ死にゆく者の嘆願ともあれば聞かざるを得ない。
本来ならば、老人とて寝たきりとなって久しい友人の頼みを無下に断ることなどありえなかった。

だが、それは語れないことなのだ。

「話すと、迷惑がかかるというのか?」

「せめてもの餞に説明すると、少し違う。話せないのだ。私は、誓ってしまった身なのだよ。」

「…守秘義務だとばかり思っていた。」

苦笑し、せき込む病人を見やる老人の眼は穏やかなものだ。
友人に対する敬意から、話したい気持ちはあふれんばかり。
だが、同時に話してはいけないという誓いを彼はなしていた。

そのことについても、彼はこれまで口外したことはない。
あの日、あの場所で誓って以来、ずっと、だ。

「母の名に懸けて、ゼートゥーア将軍に誓ってしまったのだよ。Mr.アンドリュー。私には、話せない。」

「ははははは、ごほっ、ごほっっ・・・それは、知らなかったよ。」

こんな時でも、知的好奇心は健在らしい。
いや、職業柄しみついた習慣だろうか?
少なくとも、寝たきりの患者はひどく話に食いついていた。

「友よ、君が、あのゼートゥーアに誓ったと?いったい、いつ?」

「君の推測通りだよ。帝国と取引したんだ。」

「あと、一年早く聞けていれば。もう一冊書けたんだがなぁ…。」

ぽろりと放り投げられた答え。
そして、それは男が生涯をかけて追い求めていた謎の中にある一つの答えだ。

「君は、まだ私よりは若いのだ。そう気を落とさないことだね。」

「…自分の体だ。長くはもたないことくらい理解しているよ。」

だから、去りゆく者への餞に、すべてを語ってはくれないか。
眼でそう語りかける男は、ジャーナリストとしては失格かもしれない。
だが、一生涯をかけて真実を探求し、探求し続けている男からすればそれは一つの願いなのだ。

彼は、知りたかった。
あの戦争は、何のために行われたのか、を。
そして、彼はわからないがために知りたかった。

いったい、あの戦争にかかわった人間はどうなってしまったのか、を。

「あの戦争は、謎が多すぎた。一生涯かけてもたどり着けるかなどわからないほどに。」

「…もとより、承知していたというわけか。」

禁煙の張り紙をよそ目に、葉巻を取り出すと老人は友人に一本すすめると自分も火をつける。
健康だの、なんだのと言われて煙草を自分から取り上げようとする輩には申し訳ないが大戦以来の習慣なのだ。
こんな時くらいは、一服したくなる。

煙が、肺を満たすこの瞬間、吐き出した煙の分くらい、語ろうじゃないか。

「戦争しか知らない子供がいたとしよう。」

人生の過半を戦場と軍隊で過ごした子供というのは、この年になっても理解しがたい。
いや、年をとればとるほどより理解しにくくなったと言い換えてしまっても妥当だ。

「その子供が、ひどく純粋に祖国を想い、かつ信心深かったとしよう。」

子供の思いは純粋だ。
だが、純粋さというのは現実によって蹂躙されるもの。
クリスマスのプレゼント、それはサンタではないと知るのは小さな第一歩だろう。

では、戦争によって最初から蹂躙されたとすれば?

酷く歪んだ愛国者が育つのも自明だろう。
そして、種として見た場合歪んだのではなく適応進化だと本人は笑ってのけるに違いない。

「そして、天稟の才能に恵まれていた…そんな存在を私たちは妖精と呼ぶのだろうな。」

「おとぎ話などこの国には溢れているけれども、興味深い。もう一本?」

無言で、葉巻入れを取り出すとケースごと差し出す。
ああ、確かに煙草の煙は末期の患者にとって健康にはよろしくないのだろう。
が、末期の患者というのが、苦痛を押し殺して生きながらえているとすれば、短い余生で楽しんで何が悪いものか。

「構わないとも。パンドラの箱を開けることに恐怖がなければ、他愛のない話でも話すことにしよう。」

「恐怖、恐怖か。友よ。…君らは、いったい何を恐れているのだろうな。」

恐怖というのは、感情だ。
そして、感情というのはごまかしようのない内心。
では、百戦錬磨の妖怪どもをして恐怖させるとはいったいなんだろうか。

「アンドリュー、君はゼートゥーアという帝国軍人を恐ろしいと思わないか?」

「恐るべきゼートゥーア、だ。知れば知るほど、あの鬼才は背筋が冷たくなったのを覚えているよ。」

淡々と目的を追求する軍人。
戦術で、戦略の劣勢をはねのけた戦争芸術の達人。
世界を相手に、列強一国でもって渡り合った戦略家。

連合王国情報部を手玉に取り、イルドア・フランソワの両国を一刀のもとに屠った軍略家。
あの戦力差で、あの国力差で、対等に戦ってのけた異常さ。

そして、その極限状態を戦前に予見し備えて見せたことこそ異常さの真髄だろう。
彼は、列強が本格的な武力衝突に至る以前に総力戦を予見し、組織し、開戦と同時に総力戦に備えていた。
各国が総力戦を手探りで探っているときに、彼は総力戦後すら見据えていたという。

知れば知るほど、恐怖するしかない。

「彼が二人いれば、今頃帝国は世界に冠たる大帝国。そんな想いすらいだく将軍だった。」

そして、彼は自分の死すら利用してのけている。
…フランソワとイルドアのアホ共による復讐。

それに抵抗するどころか、荒唐無稽な汚名まであえて甘受し、裁判で一切抗弁しなかった姿勢は恐ろしい影響を今日にもたらした。
彼が一身に責任を負うことによって、すべての汚名と悪名は彼個人の裁量とされてしまったのだ。
常識人が考えれば、一介の高級将校がすべてを企画立案して世界大戦を引き起こすなどありえないというのに。

おかげで、大戦後も旧帝国軍人への追求は弱まりがちだったうえに、帝国への不当な罰の重さを糾弾する声は根強い。

「自らの死すらも、帝国の擁護に使ってのけた。…恐ろしい政治的・軍事的傑物というほかにはない。」

「では、そんな軍人をして、『卓越した』戦略家というのは想像できるかな。」

「難しいな。正直、ゼートゥーア将軍は評価が分かれるにしてもあの時代最高の将軍に数えられる。彼を超えるとなると…。」

難しいどころではない。
戦争は、ゼートゥーア将軍の予想通りに終わらせられたとまで評価される将軍なのだ。
彼にしてみれば、周辺国がアホすぎたがために大戦を防げなかったとまで評価される人物。

それが、卓越したと評価するとなればその視野はどこまで見渡せるだろうか。

「いたとしたら、恐ろしいとは思わないかな。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・いたというのか。」

「さて、いるとしたら妖精さんに違いない。」

遠い目をして、何かを思うようにつぶやく古い付き合いの友人。
長い付き合いで、お互いに腹の探り合いは散々してきている仲でもある。
それは、否定しているようで否定したという彼の癖だと男は知っていた。

「うるさい連中から隠しておいたスコッチがある。そこだ、棚の底に仕舞い込んである。」

寝たきりになった男にとって、それはもう飲むこともないかと覚悟していた酒。
まだ動けるときにこっそり持ち込み、飲みそびれていた酒だ。
てっきり人知れず、朽ちさせることになると思っていたのだが。

「最後の機会だ。せめて、飲みながら話そう。かつてのように。」




「…なに、退役したい?」

「はい、閣下。ティクレティウス少佐が辞表を。」

空軍基地の一角。
散々上から扱いに注意を要するといわれた軍人が、辞めたい?

司令個人としては、やめてくれるならば今すぐにでも、やめさせたいところだ。
だが、いかんせん不味いことに有能すぎて手放したくないと考えているお偉方も多い。

「理由は?」

部下が辞表を提出した時としては、ごくごくまっとうな疑問。
まあ、不満があるならば耳を傾けなければ不味いという危機感があるとしても普通の範疇だ。

だが、てっきり予算なり権限なりへの不服申し立てを予期していた彼の予想は完全に覆される。

「起業したいといっていました。」

「起業?…ビジネスの起業か!?」

あの、軍人が。
戦争と闘争と火力を愛してやまないあのティクレティウス少佐が。
ビジネス?

…それは、乏しい想像力の斜め上もよいところだ。

「はい。なんでも、サービス産業を始めるとか。」

「カンパニーはなんと?」

「…大歓迎するそうです。」

そこまで聞けば、もう十分だった。
要するに、またぞろ誰かの胃が痛くなるような計画が立案されているということなのだろう。
そして、カンパニーにとって利益になると連中が信じているということだ。

確かに奴の天稟は、空軍から失われるには惜しいのだろうが国家全体の利益を考慮するならば妥協の余地もあるに違いない。
そうであるならば、即刻退役を認めるにやぶさかではなかった。


かくして。

丁重ながらも、速やかに危険物は空軍の管理下から出される。
ただ、当の本人にしてみれば給費学生として面倒を見てもらったあげく不義理を海容してもらったという意識。
故に双方にとって実に円満に、一人の佐官軍人の退役は実現した。


こうして。

晴れて、軍属から解放されたターニャが始めたのは傭兵派遣のビジネスだ。
なにしろ、元手が乏しくても起業できるうえに一番難しい人員確保の目途が初めからついている。

大戦中の部下は、一部こそ民間に身を投じることに成功していたが大半は戦争に浸りすぎていた。
言い換えれば、日常生活に復帰するには少々以上の問題があったともいえる。
そんな連中を受け入れてくれる軍機構は、残念なことにライヒには望みえない。

となれば、失業対策を兼ねてこうした特殊技術を保持する旧帝国軍人を管理する機構をカンパニーが求めるのは自明だった。
そして、あのデグレチャフの部下ということにもなれば野放しにできる度胸ある管理職など皆無だ。
当然のこととして、失業対策と人材活用を兼ねたサービス産業のニーズがそこに生じることとなる。

ターニャにしてみれば、マネジメントは自分でやりあとは部下をこき使えば利益が上がる寸法というわけだ。
何よりも、人事管理の経験は豊富であるし人員の質からして他を凌駕するとの評価は下していた。
そうなれば、比較優位がある以上PMCという戦争産業への参入は成功しえると判断。

カンパニーの同意を経て、PMCとして起業することを決断。
平和を持て余していた旧部下らを中心としてかき集めた古参兵らを基幹要員として、さっそく組織づくりを始めることとなる。

ただ、ターニャにとって誤算だったのはカンパニーのテコ入れ具合。

当初は人員集めに協力程度かと思っていたのだが、気が付けば専用の輸送機に、小なりとはいえ拠点空港まで供与される始末。
突撃宝珠や、新式でまだ公式には発表されていないはずの『東側』宝珠すら持ちこまれていた。
そればかりではなく、ターニャが空軍時代に散々突っ突いて要求していたヘリの初期型すら転がっているのだ。

どう考えても、単なる人材派遣という規模は超えているだろう。

「…単刀直入にお聞かせ願いたい。何をお望みか?」

そう判断したターニャは早急にカンパニーの責任者と会談の場を設けていた。
過剰なひも付き援助、言い換えれば一度阻止したはずの非正規戦担当にさせられるという危惧があればこそだ。
部下を戦場に放り込み、人材派遣業務を行う程度ならばターニャとしても想定している。

だが、本格的に戦域を担えと要求されるのは話が違う。
ブラックなお水のような会社のようにバッシングされ、経歴を探られたくはないのだ。
PMCという人材派遣サービスは、節度こそが大切だと本人は固く信じて疑わない。

「ジョン・ドゥ局長。お答え願えないだろうか。」

「…少佐殿。我々は、あなたの国家への貢献を非常に高く評価しております。」

対して、カンパニーの意向は単純明快だ。
分析官らがそろって、T/D案件は対連邦上有利と判断済み。
言い換えれば、安い投資で甚大な損害を連邦に与えられるという判断が出されている。

何しろ、合州国の空軍力整備に対する貢献は莫大だ。
むろん潜在的に影響力が大きくなりすぎているという危惧もなくはない。
だからこそ、功績でもって取り返しのつかない影響力を確保される前にゴールデン・パラシュートを用意しようという発想だ。

ついでに、贈呈したゴールデン・パラシュートで連邦に損害を与えてくれるならば大歓迎というもの。

「ですので、ほとんど餞だとお考えください。今後のご活躍にも、期待しているのです。」

「…相当高く評価していただいているのですな。」

だが、評価される、ということは相手が関心を持っているということの裏返しでもある。
言い換えれば、支援に相応の成果を期待していると読み替えてもよい。
そして、亡命者としてはスポンサーの意向をそう簡単に裏切れないという弱みがある。

むろん、強要することはないだろう。

だが、無言の行間をターニャは勘ぐりすぎた。
当然のこととして、『期待』の意味を取り違える。

「ご期待にそぐえるように、最善の努力を尽くしましょう。」

そして、微妙に統制しにくいという評価のターニャが出す回答はカンパニーにとっては微妙に困るものでもあった。
なにしろ、手切れ金を渡したつもりが契約の手付金と認識されてしまったのだ。

もちろん、有能な反共の部隊が手に入ることは誰もが手放しで歓迎することである。
ただ、非常に厄介な部隊であり叶うことならば後方でおとなしく兵器でも開発していてほしい部隊でもあるのだが。

こうして。

ターニャとジョン・ドゥ局長は内心を押し隠しつつにこやかに握手を交わす。
内心では、またひも付きかと片方が嘆き、もう片方はまだ管理責任から解放されないのかと嘆息して。
両者は、相手が自分の欲することを欲していることに気が付けていない。

なにしろ、ターニャはカンパニーに協力させられると感じていた。
ジョン・ドゥ局長は、カンパニーが協力されていると感じていた。

双方ともに縁を切るつもりで相手が切らせてくれないと感じていたのだ。
とまれ、双方ともに誤算に気が付かないままに彼らは初めの契約を締結する。

設立される会社名はZalamander Air Service。
名目上の業務は、航空貨物・旅客輸送。
もちろん、荷物を空投しようとそれは貨物配達である。
特殊な地域だろうとも、お客様がいればご搭乗願う。
搭乗拒否といった差別的なポリシーは一切なしで、コミー以外誰だろうとウェルカム。

雨の日も、風の日も、ナンバーテンの日も、ワンサウザンドな日も、マザーファッカーな日ですらも。
いついかなる時も、必要なところに必要なものを搬送する『信頼できる』Air-Cab。
彼らは、こうしてひっそりと誕生した。

こうして生まれ落ちたZASは20年後、カンパニーにとってありがたくも頭の痛い『成功』を実現する。
だが、少なくともこの当時においてこのことは誰にも予期できない事態だった。





程よく空けられたグラス。
病室には望ましくないそれを平然と空けつつ、葉巻をふかす老人の表情は愉快げなものが浮かんでいる。
どこからともなく取り出されたツマミを摘みつつ、無言で飲み交わす二人。

そして、横たわりやつれた表情の男が突然何かを思い出したようにつぶやく。

「では、ZASはカンパニー指揮下のあれか。」

「先見の明があった、ということは否定しないな。」

幸運だと今まで思っていた。
卓越した先見の明があり、機動性の高い半官半民の航空会社。
傭兵であるという態を装っていながら、非正規戦に対応してのけた集団。
そして、実質的には合州国にとっての先見派遣部隊。

たまたま、必要な時に動かせる外部組織をカンパニーが作りそれが泥沼のインデンシナ半島に間に合ったのだ、と。
だが、仮にだ。

…それを見越して設立されていたとすれば。

いや、しかし。

「…20年近く前に工作用の組織を作ったと?」

「さてね。だが、よくフライトのお世話にはなったものだよ。」

ささやかれていた噂は、取材の過程で散々耳にした。
卓越した空軍士官、それも第一期の創成期の士官が、だ。
わざわざ約束されていた出世のポジションを放り投げて、民業になぜ身を転じたのか、と。

あるものは、派閥抗争の結果だと一蹴していた。
またあるものは、深い意図などないだろうと気にも留めていなかった。

だが、同時に第一期の空軍士官らが一様にその案件については意味深な笑みを浮かべるということは有名だったのだ。
そして、ZASと空軍の根深い癒着とまで評される関係は長らく手つかずのままに放置されていた。

もしもそれが。
最初から意図され、設計されて作られた組織であったとすれば?

冷戦構造下、正規軍が派遣できない局地戦や非正規戦への対応を専門とする部隊を初めから作り出すつもりだったとすれば?

「ずいぶんと、手際の良い筈だ。」

植民地の独立問題。
民族ナショナリズムの生み出す地域危機。
それらに対し、合州国の対応は教科書に従っているかのように誤りのない対応だった。
まるでゼートゥーア将軍が指揮する帝国軍のように迷いのなく、かつ正しい対応と評価できる。

…そこまで、そこまで先を見通し状況を分析できる士官が、いたとすれば。

「手際の良さが異常なわけだ。…合州国にとって、得難い戦略家ですな。」

ベッドの上で、こんな時でも考え始めた半生半死の病人。
だが、最後まで彼のジャーナリスト魂は健在らしい。

「まあ、私としてはそんな戦略家がいるとしても連合王国の同僚として付き合いたくはないだろうがね。」

苦笑し、葉巻を灰皿に押し付けると老人は肩をすくめながらスコッチをグラスに継ぎ足す。
さすがに氷がないのは残念だと思いつつも、気にするほどのことでもない。
彼とて、戦中の物資不足の経験はよく覚えている。

飲めること、吸えることには文句など漏らすつもりもないのだ。
そして、友人と飲み交わせるのであればそれ以上は求めるべきではないとも知っていた。

「そこまで、戦後も敵国で政策立案が採用されるほど有用な士官というのは面白い仮定だろうな。」

「だろうな。探偵小説程度には、面白い想像の小説が書ける気がするがね。」

彼の書いた本は、仕事柄きちんと目を通していた。
だから、肝心の知られては不味い事実に古い友人があと一歩でたどり着けなかったことも男は知っているのだ。
無論、知られては不味いのだが、同時に彼が知りたいと思っていることは尊重している。

それ故に、今日は彼に対する敬意で口を開いていた。

「事実は小説よりも奇なり。森羅万象のほうがよほど、複雑怪奇ではないかな。」

そして、病床で余命いくばくもないアンドリューというジャーナリストにとって、それは何よりの餞だった。
ただ、彼にしてみれば時間が無いことだけが惜しい。
だからこそ、最後の時を心行くまで楽しみたかった。

「まあ、いいさ。知りたいことは、知れないことも分かった。」

「友よ。君があきらめるとは、珍しい。」

「諦めたのではないさ。時間にゆだねるのだよ。」

古い友人同士、口を開いて出てくる言葉の意味はお互いよく理解できる。
時間だけが、解決策であるだろう。
そして、時間が秘密を秘密のままにするか、暴くかは後世でなければわからない。

違いない。

そう笑った男は、身を起こすのも苦しいだろう病人が愉快げ起き上がろうとするのに手を貸す。

ほとんど意地だけで、杯を掲げる彼に苦笑しつつ乾杯。
出会った時は、アルコールなど物の数にも入らないという勢いで共に年甲斐もなく飲み交わしたものだった。
お互い仕事柄から、腹を割っても話せないことも多かったが、それでも良い友人だと思えている。

「なるほど。では、時間と秘密に。」

「時間と、秘密に。」





連邦共和国軍の主催する航空ショー。
高級軍人のための隔絶された空間。
その中にあって、無理を言って一人にしてもらった男は階級以上の影響力を持っていることを関係者ならば知っている。

男の階級は、少将。
そして、明日には退役し営門中将となる身だ。

一介の軍人というには高い階級であるが、同時にこの場に参加するような軍人からすれば群を抜いて高いというわけでもない。
だが、彼は隠然たる影響力を連邦共和国に持つ長老の一人である。

彼にとって、階級とは対外的な肩書にすぎない。
知る人間にとって、男の存在は階級ではなくその背景が問題となるのだ。

空を飛ぶ航空魔導師と航空機の編隊飛行を眺めつつ、少将の軍服をまとった軍人は懐かしい顔を待つ。

『貴様は、正しかった』と認めるために。

そして、廃墟より立ち上がったライヒをゆだねるために。

…黄金の精神。ライヒへの、誇り。

別たれた祖国の再統一という悲願。

まだ、夢は叶えられていない。
だが、夢を見ることは叶うところまで男は進んできた。
時計の時間を、そこまで進めて見せた。

関係者は、ずいぶんと無理をしてくれた。
汚名を甘受し、日向の世界から追われてなおライヒがために尽くしてくれた。
言葉にするとたったそれだけだが、こめられた思いはどれほどだろう。

結局、彼女は愛国者だった。

傭兵など始めたときは、理解しがたかったが今になれば意図がわかる。
否応なく、その行動の背景が理解できるのだ。

猫の手でも借りたいほど各所で勃発する民族紛争に統一問題。
その時、連邦共和国も当事者の一つだ。
アンクルサムの欲する手は貸せない時も少なくない。
いや、下手をすれば頭痛の要素にすらなりかねなかった。

だが、そんなライヒに対しアンクルサムは常に好意的とならざるを得ない理由があったのだ。
その挺身は、今日のライヒにとって記録されない最高の貢献だった。

なればこそ、彼は願いを託す。

ライヒに、黄金の時代を、と。

そして、皮肉気に笑う。
ゼートゥーア閣下、あなたもやはり正しかった、と。
結局のところ、彼の常識は狂気の世界にあっては邪魔でしかなかった。

そして皮相的には平和な世界においても、構築している背骨は狂気なのだ。

だが、それでも。

狂気にあってなお、精神は尊い。

『ライヒに黄金の時代を』

それは、狂気に対する一つの答えなのだ。





おしまい



あとがき
一応、本編はこれで終了いたしました。
半分以上、衝動に身を任せ見切り発車した本作がここまで来たことには皆さんにおつきあいいただければです。

いや、回収し損ねた伏線とかいろいろあるのですが♪~( ̄ε ̄;)

無理ヤリマトメテナイヨ?
ホントダヨ?

ノルマ達成のために、ちょっと手つかずでしたorz
うん、こんな計画経済やってれば経済が破綻するのも無理はない。

と、コミー式の問題点を指摘してフォローのためにそのうち番外編で補足説明をすることをもくろむ実に姑息な作者はすでに一度ZAPしておきました。

次回作、正直に言うとガルスは時代背景の勉強が難しくてかけるか微妙なところです。古代ローマとビザンツの合間の頃なので、とにかく参考資料が…。

まだ、オトラント公の方が書きやすいorz

でも、ユリアヌスの時代は嫌いじゃないので頑張ってリサーチしてみるつもりです。



[24734] 番外編的な何か。 という名の、泣き言的な何か。
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2012/09/23 20:17
ここにあるのは、たぶん下書きとか書き損じ的な。



バルバロッサについて語ろう。
その黄金の精神と、連帯と献身を讃えて。

…冗談だと思っているのだろう?
まあ、与太話に付き合ってくれ。

ライヒ再統一は、冷戦構造の崩壊という国際政治構造の大激変なくしてはありえなかった。
だが冷戦当時においては、連邦の崩壊という前提はあまりにも荒唐無稽な条件。
政策担当者の多くは、冷戦構造を所与のものとしたうえでライヒの再統一を考慮せざるを得なかったという。

そんな時代において、一つの都市伝説としてささやかれるのが『黄金の精神』と呼ばれる政治的な動きだ。
その創設者とされるのが帝国軍が世界に誇った、恐るべきゼートゥーア将軍。
彼は、帝国の敗北確実なるを悟った瞬間に、帝国の次代を、ライヒを守るべく行動したと都市伝説では語られる。

そして、一つの実働部隊を彼はライヒ再建のためにまとめたという。

彼らがいつ、結成されたかについては歴史的な資料はことごとく沈黙している。
ただ、一致して彼らは『バルバロッサ司令部』と名乗る集団として行動しているとされた。
それはライヒで有名な、バルバロッサ大王の伝説…すなわち祖国の危機によみがえる救世主という伝説。
その伝説の王になぞらえたものであるのは言うまでもないだろう。

恐るべきことに、敗北を前提とした祖国再建プランは『国家の分断』を最小限にすることを主眼にしていたされる。
つまり、ゼートゥーア将軍はその戦争末期において戦後世界をおおよそ正しく想定したことになる。
言い換えれば、連邦と資本主義国の潜在的敵意に注目し、分断されると予期したということだ。

事実であれば、化け物とでもいうしかない未来予知のレベルだろう。

だが、都市伝説はもう一つ付足すべきことがあると物語る。

知っているかい?

それは、頭脳と刃を持ち備えたゼートゥーアの懐刀の存在だ。
名を、ターニャ・デグレチャフ。

錆銀の悪魔と敵国におそれられ、最後の愛国者・ゼートゥーアの後継者とまで評される伝説の化け物である。
その戦果・実態は今に至るまで戦後の混乱もあり資料はほとんど見つからないと伝説は語っていた。
実際のところ、デグレチャフという名の軍人はごくまれに名がみられる程度だ。
最も熾烈な東部戦においては、従軍の記録すら見つかっていない。

ほぼ確実なのは、帝国軍の技術廠ないし教導隊で少しばかり従軍したことがあるという記録だけだ。
そして、この程度のキャリアであれば退役した士官が現役復帰する際にたどる経路の一つにすぎないともいえよう。
実際、敗色濃厚な大戦末期の攻勢においてこの士官の属する部隊ごと壊滅したと記録されている。

だが近年、これらの公式の記録は改ざんされたものだと一部の研究者から指摘されているということは無視すべきではないだろうな。

実際、この『錆銀の悪魔』は一部の特殊な部署ではよく知られた名前らしい。
近年開示された一部の機密文章に出てくる『ラインの悪魔』がこの『錆銀の悪魔』と同一であるという指摘は蓋然性が高い。
これが事実であれば、このターニャ・デグレチャフなる魔導士官、ライン戦のごく初期から猛威を振るっていたということになる。

そして、これはあのアンドリュー記者が生涯をかけて追及した謎に対する予想と見事に一致するのだ。
荒唐無稽とこれまで一笑にされてきた、アンドリュー氏の研究。

氏は、その著作の中でターニャ・デグレチャフという軍人を実在するならば『人間の皮をかぶった何か』と評した。
すなわち、ネームドとして卓越した技量を誇り、かつ1個中隊を平然と屠る化け物、と。

氏によれば、すべてが事実であった場合デグレチャフという魔導士官は
あのライン戦においてピクニック気分で長距離浸透襲撃を繰り返し
一晩で共和国防衛司令部を陥落させてのけ
連邦首都を直撃し、赤の広場をがれきの山と化させた挙句
南方大陸で戦術で戦略を覆す働きをやってのけ
艦隊に甚大な被害を与え、返す刀でイルドアを屠り
大陸大反抗作戦において、歴史的損害を合州国に与え
ついに最後に倒れるまでに、暴威をひたすらにまき散らしたということなる。

まあ、事実であれば、笑うしかないだろう。

さて、こんな化け物がいるはずもないということはさておきだ。
実際帝国軍魔導師の戦果は、他を圧倒してたというのは有名な事実。

その背景にあったのは、宝珠と戦術ドクトリンだ。
あの97式はまさに奇跡の産物と言ってしまっていいだろう。
特に、戦闘高度と術式の並列展開性能は従来の宝珠をすべて旧式としてしまうだけのものがあった。
連邦魔導師の防殻すら貫通する狙撃術式など、回避するしか対処法がないとされるもの。


ああ、そうとも、あれはすごかったなぁ…。


酔払いの戯言。






「グランツ課長、ヴァイス部長がお呼びです。」

夜中にたたき起こされ、しぶしぶ握った受話器から飛び込んでくるのは呼び出し。
折角の日曜日、二度寝としゃれこむつもりの人間にしてみれば堪ったものではない。

だが、基本的に呼び出されれば否応は言えないのだ。
了解した旨、返答すると即座に飛び起き外回り用のスーツへ腕を通す。
防弾どころか、防刃でしかないスーツ程度では心許ないのだが、ビジネスだ。
致し方ないと、自分を慰めながら出社の用意。

宝珠こそ97式を用意しているものの、ライフルどころかアーミーナイフ数本という軽装。
地上を車で走らざるを得ないのは致し方ないとしても、やはり街道を走るという行為はまだなじめない。

…制空権を喪失した戦場でもないのに、身についた習性というのは簡単には取れないものだ。

苦笑しつつ、車を走らせ会社へ出社。
古いなじみの警備員が手を挙げ誘導してくれた車庫へ駐車し、オフィスへ小走りで移動。

いつものことながら、慣れてきているという危険性が警戒心を弱めないかと危惧。
まあ、最近では何パターンものルートで出社する癖はさすがに警戒心過剰かと苦笑いしたくもなるが。

「遅くなりました。ご用件は?」

「出張だ。中東に商用で行ってもらいたい。」

渡された資料と、航空券。
ローマーニャ経由の中東行き。

仕事の内容は、要するにコンサルタント。
早い話が、通常業務だ。
少しばかり、安全に関する規則と運用についてアドバイスするだけの仕事。

まあ、まっとうな仕事と言ってしまってよいだろう。

「…また砂漠ですか、了解です。」

とはいえ、砂漠地帯だ。
好きか嫌いかでいえば、あまり良い思い出のないところ、というべきだろう。
ラインに比べれば、まだましだろうが。

「癖が出ているぞ、そこはYESだ。」

「YES,ボス。」

敬礼しそうになるところを抑えつつ、退室。
いやはや、まだまだ癖が抜けきっていないらしい。

そう苦笑しつつ、グランツ営業第二課課長はゆっくりと肩をすくめ飛行場へ向かう車を手配する。
フライトは、ボストーン発後、ロンディニウム・ロマーニャの国際空港を経由したのちグリオン国際空港着。
まあ、長距離線である以上睡眠時間は確保できる見込みだった。

何よりも、自社の輸送機でない旅客機というのがいいところだろう。
自社の機材は、完全に空挺輸送用であり、人間が貨物扱いされている。

無論、軍人として従軍する以上は文句はない。
だが、ビジネスマンとして行動するならばもちろんしっかりとした旅客機の方が望ましいのもまた真理だ。

「って、エアー・アル航空?勘弁してほしいなぁ・・」

サービスや定時到着率には問題がないものの、政治的要素からリスクがある航空会社だ。
そう思いながら書類を広げると、搭乗し、保安体制のチェックも行えとある。
つまり、業務を引き受ける代わりにただで乗せてもらうという魂胆らしい。

…だから、気前よくファーストクラス、ということか。

まあ、仕事というのであれば多少の武装は持ち込んでも許容されるだろう。
そういう意味では、理解のある航空会社だ。

一応、保安検査場で普通に通過して引っかかるか確認するのも仕事のうちだろうが。

やれやれ。
思った以上にゆっくりできそうにはないらしい。

肩をすくめながら、グランツは飛行場で荷物を担ぐ。
宮仕えとは、どこも大変だなと思いながら。



おまけ

パターン1


通称、バビロン災害。
G弾の大規模運用による人類の反攻作戦は、その希望とは裏腹に、人類をさらに厳しい局面へと追い込んでいた。

途絶する通信。
そして、押し寄せてくる大津波。
後に大海崩と名付けられた天変地異。

この結果、人類はユーラシア大陸を海の底に失い世界規模での環境変化に直面。
追いつめられた人類は、それでも生き延びるためにわずかなら楽土を巡り骨肉の争いを強いられることとなった。
だが、その不幸な事実に気が付いた人間は少ない。


東部地域。
世界最大の超大国の政治・経済の中心となった地域とて甚大な被害をこうむった。
だが、幸いにも軍組織・行政機構は破たん寸前ながらも機能を維持。
豊かな備蓄と、整えられていたインフラによって救援は遅々とではあるが進みつつある。

そんな時だ。

隣国からの、悲鳴のような支援要請。
かろうじてつながった連絡は、人類勢力が危機に瀕しているということを伝えてくる。

「フランス・カナダから緊急の食糧援助要請が。」

「この状況です。厳しいものがありますが…。」

支援せざるを得ないだろう。
備蓄割り当て、民間人への配給制限。
厳しい懐事情を勘案し、頭痛をこらえるように誰もが頭を抱えながらできることを模索。

そんな連絡会議の席上だった。

生き残った将官らの中では異色の経歴を持つ将校。
空軍を出て、情報機関に拾われ、軍情報部に三顧の礼で招かれたという少将。
そして、情報部の内情を一切漏らさないまま今日まで沈黙していた軍人。

その彼女が、挙手し発言を求めていた。

「いかがされましたか、ティクレティウス少将。現地情報に心当たりでも?」

いったい何事か?
現地について、何か知っているのか?

そんな思いで口を開いたステイツの将校ら。
そんな彼らに対し、一切顔色を変えることなく彼女は爆弾を投下する。

「情報部として、即時核攻撃を提言します。最低でも、敵航空部隊と人口密集地帯は反応弾でつぶす必要があるでしょう。」

淡々とした口調。
すべきことを、ただ口にしているというそぶり。

内容が内容でなければ、単なる事務的な連絡かと思えてしまうようなそれだ。

「すでに、攻撃目標のリストは作成済みです。優先目標の割り出しも完了しました。」

手際よく配布される資料は、カナダにあるフランス租借地域。
配られた資料からするに、明らかにバビロン災害以前から練られたと思しき詳細な資料。
そして、各所に施された修正がバビロン災害後に現地の情報を経て手が加えられたことを物語っている。

…それは、核攻撃の攻撃目標が稠密に練られていたことを意味してやまない。

「重工業地帯は微妙なところですが、資源地帯はすでに汚染済み。ならば、躊躇する必要は乏しいでしょう。」

そして、淡々と言ってのける口ぶちは核攻撃をいかに効率的に行うかという観点のみの発言。
微塵たりとも、その口ぶりは核攻撃を厭うそぶりすら見せない淡々としたもの。
極言すれば、いかに一撃でフランスを地上から吹き飛ばすかのみにフォーカスした提案。

「問題は、国境付近です。気化爆弾で掃討するにしても、撃ち漏らす恐れが高い。なにより、飽和攻撃できるほどの部隊もない。」

そして、何よりも異常なのは平然と対人類戦争を所与のものとして想定している態度だ。
手慣れた口調で、ごくごく真面目に核の運用上の問題を列挙し、補完策を述べてくることなど想定外もよいところ。

唖然としてしまった聴衆を前に、面倒だが仕方ないとばかりに彼女は資料を並べると結論を吐く。

「必然、核攻撃と同時に、戦術機甲部隊でたたくしかないと判断します。」

「・・・・・・・少将閣下、おっしゃっていることの意味が理解できないのですが。」

「先制予防と言い換えるべきでしょうか。いえ、かの国の偉人に倣い積極的人道介入と言い換えてもよい。」

だが、ターニャにしてみればフランス第何共和政かまでは覚えていないが、ともかくアレな連中と戦争するつもりは微塵もない。
そもそも、バビロン作戦などという地球規模の自殺行為に付き合う意図もなかったのだ。
本来ならば、自分が死ぬまでは泥沼のBETA戦争を続けてくれればそれでよかった。

それが、だ。

アホ共が第四計画を頓挫させた挙句、第五計画で盛大に自爆してくれた。
自爆テロもよいところである。

記憶もあいまいだが、第四計画を懸命に国連経由で支援し、わざわざ衛生軌道上からのブースター付プレゼントまで阻止。
ステイツ内部からですら、情報部は国益を誤解していると散々叩かれるほど頑張ってこれだ。
こうなると、ひとまず生き残るためには衛星軌道上にある核弾頭でBETA着陸ユニットを潰しつつ、のこったBETAと遊ばねばならない。

まだ、気が付いていない連中が大半だがBETAがあの程度で全滅するはずがない。
なにしろ、費用対効果でいえば抜群の汎用性と冗長性を持ちタフな作業用ユニットである。
水没程度でショートするはずもない。

考えれば、知らなくともBETAの脅威は理解できるはずだろうに。

「人類に、核をお使いになるおつもりか!?」

「BETA相手とはいえ、散々投下したではありませんか。いまさら何を躊躇する必要が。」

核はもってうれしいコレクションじゃない。
どこかのコスモスな理事が吐いたという名言だ。
実際、MAD理論がBETAに通用しない以上核は使うしかない。
そして、MAD理論を無視して進撃してくるエスカルゴには撃つしかない。

こんな単純なことを、どうしてか周りの人間が理解できないのか。
そう思いつつも、ターニャはひとまず対話に戻る。

「この天変地異への対応策、いったい何を言い出すかと思えば…」

「その天変地異。彼らは追いつめられているのですよ、選択肢がほとんどないほどに。」

報告されているフランス側の惨状。
なまじ、本土からの避難が成功してしまっているがために状況は最悪だった。
主力の戦術機や一部の有力な艦艇まで東部側に集結済み。

そして、奴らは飢えている。
何より致命的なのは、追いつめられ狂騒に走っているという報告だ。
革命熱がまたぞろ頭を出しているらしい。

内ゲバでつぶれてくれればいいのだがそうもいかないようだ。

「奪うしかないのです。彼らにしてみれば、生き残るために。原初の生存闘争だと考えれば、理解はたやすい。」

敵を外に作る。
古典的だが、だからこそ有効なのだ。
こんな時に、敵にされてはたまらない。

だから、悪逆非道な帝国と罵られるならば『悪逆非道な帝国』として行動してしまうべきなのだ。

「故に、我々は先手を取らねばならない。それも、今すぐに。」

「…戦争になると?」

「どうしてならないことがありましょうか。」

ターニャにしても自分の方策が短期的な安全策にすぎないということはいやというほど理解している。
対人類戦争という敵前での分裂はばかばかしい。
だが、アホのような事態は避けがたく、であるならば損耗を最小限化すべき状況なのだ。

「だからこそ対人類戦争で無駄に装備を消耗し、いたずらに人的資源を失うよりも人道的解決を取るべきです。」

「人道的?」

「個別にギロチンよりも、散弾で一層の方が恐怖の時間が少なくて人道的。確か、リヨンで名を挙げたフランスの政治家でしたか。」

そう、20人を殺すならばギロチンよりも大砲だ。
そちらの方が、待ち時間が少ない分恐怖も少なく人道的。
なにより、苦痛が少なく効率的である。

…オトラント公爵とかいうフランスの政治家は、フランスの政治家にしては実に実利的で効率主義者だろう。

おまけに、恐怖を軽減するという人道上の配慮まで行えていた。
今日、動物の食肉加工の際に動物に不要な苦痛を与えないように配慮してるという姿勢は彼が望んだ人道主義の延長やもしれない。
ターニャにしても、その程度の普遍的な権利と配慮に敬意を払うことは忘れてはいないのだ。

「くだらない消耗戦よりも、一撃決着であるべきという姿勢は見習うべきかと。」

「・・・狂気の沙汰だ!」

吐き捨てられた言葉は、しかし、ターニャにとっては最悪の回答。

常識的なのは結構だ。

だが、常識的であるがゆえに、カシュガルへの核攻撃を躊躇したではないかと叫びたかった。
無論情動に任せて暴れるつもりはない。

それでも、失望はした。

「結構。では、血まみれの対人類戦を楽しまれればよい。失礼させていただく。」

「少将!?」

「私は、すでに対BETA戦の予定でおなかがいっぱいなのですよ。西海岸にでも行かせていただきます。」

作中、衛士が二人大陸横断に成功していた。
監視衛星もろくに機能していない状況下ならば、アレも使える。
忌々しい97式はなぜか、迷い込んだこの世界にもついてきているのだ。

大陸横断程度ならば、飛べないことはなし。
何より、光線級の脅威も『今ならば』許容範囲だ。

「まて、少将!対BETA戦とは…」

「撃滅しえたと?ご冗談でしょう。この程度で滅ぼせる相手ならば、そもそもここまで苦労はしませんよ。では、失礼。」

せいぜい、エスカルゴと仲良くつぶしあっておいてほしいものだ。
自分は、シアトルに逃げ込むことでも考えておこう。
だがそのためには手土産を用意しておくべきことは言うまでもない。

…こんな時のためだ。

ホワイトハウス付近に、秘密裏に構築したシェルターで待機している情報部員らを伏せてある。
わざわざ宇宙服と酸素、食糧に水まで置いておいたのだ。
生き延びていれば、回収できなくもないだろう。







やあ、日本時間でこんばんわ。
一応、本編完結させました、カルロ・ゼンです。
皆様のご愛顧には、改めて感謝を。

さて、書ききれなかった部分を補足するために番外編やるといいましたが困ったことに何をやったものかと頭を抱えています。

冗談で書き散らした昔の書き損じとか、いろいろあるにはあるのですが。
整合性に問題もありますし…ネタバレされそうですし、予想してない『それだっ』ていう解釈とかもありますし・・。


ぶっちゃけアナグラムとか、アナグラムとかアナグラムとか。


冗談ですが。


実際のところ、番外編でだらだらとやっても無駄に長い本作をさらに長くしてしまうだけなんですね。

それに、そろそろ放置しているガルスの面倒もみなきゃなりませんし。
不味い飯で頑張るにしても、限度があるのでここは男らしくスパッと5話番外編やっておしまいにしようと思います。

2014年までに終わらなければ、3話追加しますが。

とはいえやるからにはきっちりやりたい。
そんなわけで、希望を賜ろうと思います。
日本時間で、2012年の9月24日2100くらいまでに頂戴した意見でなんかこれっていうのがあればやります。

特になければ、
①哀ロリヤ
②ラインのランチ
③幼き日のデグレチャフ
④タイタンの躓き
⑤ブロークン・アロー

というお任せメニューのタイトル先行中身未定で行こうと思っています。

ではノシ



[24734] 番外編1 『ライヒの守護者』
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2012/09/28 05:02
今日なお忌み嫌われる一方で、その異才を恐怖されるゼートゥーア上級大将。
全ての列強を相手に、ただ一国でもって渡り合えた化け物。
人を、数字とみなし徹底して人を挽肉としてすりつぶす消耗抑制ドクトリン。
列強各国を敵にしたうえでフランソワ・イルドアを屠った実績。
前人未到の、おそらくは人類史上災厄規模の軍人。

故に、彼は戦後の軍事裁判において最初の戦犯として処刑されている。
だが今日では、明らかになった事実が彼に下された判決をあざ笑う。

彼は、一介の高級将校にすぎなかった。
彼は、決戦主義者に左遷され決定的な時期に指導的立場になかった。
彼は、国境紛争を抑え込むべく最善を尽くしていた。

いや、そもそも協商連合の行動は、彼ら自身の暴走だと史実は語る。

それが故に、専門家はこの論争に結論を付ける。
ブルドッレー退役大将が同情と憤慨をこめて告発したように。
彼は、生贄にされたのだ、と。
ただただ、その優秀すぎた頭脳故に。

与えられた義務を遂行し、帝国軍人として抗ったがために、と。

それ故に、近年は一部から国家に殉じた悲劇の軍人という評価すらなされつつある。
だが、その一方で彼の素顔は謎に包まれていた。
理由の大半は、資料が極めて乏しいところにある。
戦争中に資料の大半が焼失したものとみなされており、今日わかるのは残されたごくわずかな断片資料によるものばかり。

証言を取れたかもしれない彼の部下の多くは、司令部ごと核でふき飛び、また大半が戦地に倒れていた。
かろうじて、彼の素顔を知りえたかもしれない兵士の多くも帝都攻防戦の際に散華。
それがために、ゼートゥーア上級大将はその知名度に反して実像がきわめてあいまいな将軍だった。

しかしながら、ほぼ半世紀ぶりに発見された貴重な資料が漸く彼の人柄を伝える。
死去したジョン V. ヴーォト合州国空軍大将の手記。

遺族から贈呈された空軍が整理中に発見した記録。
それは、彼が担当官として収監されていたゼートゥーア上級大将とのやり取りを書き記した数日の記録。
そこから伝わってくるのは、収監されていた将軍に対する若いヴーォト中尉の心服だ。
彼は、以後、帝国基地に立ち寄るたびにゼートゥーア将軍の墓地に立ち寄っていたらしい。


その記録は、開廷直後から始まる。



「…愛国者として、殉死されるおつもりですか。」

与えられた牢獄は、牢獄というにはひどく快適な一室。
せいぜいが、収容しておくための施設ということもありゼートゥーアが収監された部屋は標準的な居室だった。
何よりアイゼントルガー将軍らの好意により従卒までつけられた彼は、将官と見間違われるほど厚遇されている。

だから、監視というよりは供応役と心得よと命じられた若い中尉には一瞬理解できなかった。
何故ゼートゥーア上級大将は、放免は無理でも相応に減刑が望めたにもかかわらず淡々と死を受け入れたのか、と。

彼が、辛うじて察しえたのはゼートゥーア上級大将がとうに覚悟を決めているということ。
だから、若き日のヴーォト中尉はそれを愛国者として国家に殉じる覚悟かと尋ねる。

「若いな、中尉。私は、愛国者ではない。愛国者ならば、誰が、祖国を、ここまで焼くものか。」

だが、その問いに対するゼートゥーアの答えは彼の予想とは真逆のそれ。
自嘲し、自らの行いをひどく悔いる男の嘆きにも近い呟き。

だが、そこに込められた思いは彼の悔悟だ。
部下を死なせた指揮官の、生き残った自身に対する自己嫌悪。

そのうえで、彼は苦笑いを浮かべながら皮肉気につぶやく。

「いや、・・・そうだな。愛国者やもしれん。私は、祖国の名のもとに大勢の若者を死なせたのだ。」

その時、ヴーォト中尉は彼が今次大戦において最終的に帝国軍の指揮を執ったという事実に思い至る。
大戦末期、もはや大勢が決した時点ですら帝国は敗北を受け入れがたいものとして抗っていた。

…実態を知らなかった彼は、少なくともそうとらえていた。
だから、真相を知った彼はその苦渋の決断に瞠目したという。

だが、知らぬがゆえに当時、彼はごく礼儀正しくそれを耳にしたにすぎなかった。

「貴国の辞書を読んだことがあるが、確か、そういう悪党を愛国者と呼ぶのだったな。その意味では、貴官は正しい。」

「悪意の辞典ですか?驚きました、将軍がまさか読んでおられるとは。」

堅物の、それも畏怖されていた将軍。
それがあのアイロニー塊のような本を?

想像がちょっとつかないな、というのが彼の感想。
一瞬だけ、場の雰囲気が緩み意外な一面を見たような思いに駆られる。

「何、私とて勧められて読んだものだ。部下に面白いのがいてね、勝利など幻想だと笑い飛ばすような達観した士官だったよ。」

「そうでしたか。」

「それでいて、怠け者でな。きっとアルデンヌの森のどこかで不貞寝して起きる気がないに違いない。…私が、殺したようなものか。」

だが、次の瞬間には消沈する。
いや、背負う重さを思いつつ若い中尉は沈黙せざるを得ない。
彼の、ゼートゥーア将軍の部下は、多くが果てているのだ。

「ああ、すまない。」

「いえ、大変貴重なお話を拝聴させていただいております。」

「何、二、三日もすれば刑場に屍を晒す身だ。遠慮はいらんよ。」

そう気にする様子もなく笑う姿。
淡々と死を前提とした彼の言葉。

既に、死を前提にした人間の言葉だと思えば軽い言葉なようで若い将校にとっては理解しがたい重みがそこにはあった。

「もう機会もないだろう。そうだな、貴官さえよければつまらない独り言に付き合ってはもらえないか。」

「この上ない栄光であります、閣下。差支えなければ、ペンをとっても?」

「好きにしたまえ。死にゆく者の言葉など、どうとでもしてくれて構わん。」

そこまで話した時、ゼートゥーア上級大将は思い出したように机にしまってあったボトルを取り出す。
合州国の将官が、名誉に敬意を表して送ってくれた秘蔵であろうボトル。

取り次いだヴーォト中尉は、そのボトルに込められた将軍から『すまなかった、』と言付かってすらいたボトル。

「ああ、死にゆく者には勿体ないものをいただいていた。よければ、空けてくれ。」

「…っ、頂戴します。」

だが、彼にはもう飲む時間も限られている。
故に、彼は最後の晩餐の相手を若い中尉に求める。

・・・そして、てずからついでやると自らも一気に飲み干し独白を始めた。

「私は、ただ、義務に従って生きてきた。」

誰もが認めるであろう事実。
彼は、軍人としての義務に忠実だった。

「帝国を、ライヒを守ること、それが与えられた責務だと信じて疑わなかった。」

ライヒのために。
それを誓い、彼は長らく軍に奉職していた。

「敵対する者がいれば、それを撃ち払い、祖国の平穏を護持する。」

何かを掴むように無意識のうちに延ばされた手。
握りしめ、想像上の何かを振り下ろさんとする拳。

「それが、私の義務だと信じて疑わなかったのだ。」

だが、義務が必ずしも、ライヒに貢献しなかった。

…そう続けようとして、ゼートゥーアは口をつぐむ。

さすがに、疲れ果てた。
軍人として、精神を削り続けてきた彼にとって義務だけが最後の務めだった。
だから、義務がその求めるところとそぐわないという事実が彼にとって持つ意味は当事者以外には理解できないだろう。

「…軍人の義務とはかくあるべきなのではありませんか。」

「ある意味で正しく、ある意味で違う。」

「私は、祖国を守る義務があった。だが、私は祖国を『軍』で守らねばと履き違えたのだ。」

彼は、祖国を守りたかった。
守るために、軍に奉職した。

…だから、どこかで履き違えてしまったのだ。

軍が、祖国を守らねばならないと。

「軍は国防のために資するべきでは?」

「それは、一つの方法論なのだよ中尉。私を含め、参謀本部はそこで誤った。」

軍は、国軍は、ただ一つの手段にすぎないということを忘れた。
軍事的な解決のみが、唯一の解決策だと軍が錯覚してしまった。

「そう、我々は単純に敵に打ち勝てばよいとしか考えなかったのだ。」

戦争に勝つこと。
負けぬことでも、戦争を回避することでもなく。

帝国軍は、戦争に勝つことを目的に組織されてしまっていた。

「帝国の軍事力と制度。おそらくは、それが根本の問題だろう。勝つことを考え、負けることを考えなかった。」

言い換えれば、そもそも敗北に対応できる国家ではなかったのだろう。
建国以来、帝国は勝ちすぎた。

…おおよそ、取り返しのつかない規模で帝国は勝ちすぎたのだ。

先人が誤ったとは思わない。
だが、帝国軍がその自己目的を勝利においた時点で、帝国軍はライヒに資する存在ではなくなったのだ。

「…我々は、敗北を想定できなかったのだ。」

受け入れがたい事実。
あの理知的なレルゲン少将ですら、実感できていない事象。
だから、彼は祖国を焼くに至ったのだ。

彼にとって、選択肢はなかった。

だが、選択肢を奪われた時点で対応すべきだったのだ。
それが、国家に対する高級軍人としての義務。
言い逃れのしようのない、自身の無能の証。

「敗北を前提として、戦争計画を立案する将軍はいない。貴国とて、同じことだろう。」

「その通りです。」

「故に、我々は敗北を回避するための方策を模索する。…戦争そのものを回避すべきだったのだ。」

帝国は、戦う必要などなかった。
協商連合を大陸軍でもって叩き潰したのは最悪の失策。
膺懲するにとどめ、国境の守りを固めるべきだったのだ。

戦争を誘発するような大規模動員など、まったくの失策。

…純軍事的に正しかろうとも、ライヒを焼いた咎はそこにある。

「なるほど、大変興味深いご指摘です。」

礼儀正しく相槌を打つ合州国の将校にしてみれば、知識にすぎないだろう。
彼らは、少なくとも敗北を知らない。
そして、彼らは今次の大戦において勝者なのだ。

…理屈としては知り得ても、感覚としては実感できないだろう。

「何故、勝たねばなりませんか?そう尋ねられた時、私はその疑問が抱けなかった。」

だから、彼は答えを期待することなくただ、思いを零す。

「戦争を終わらせるということのむずかしさ。まったくもって、度し難いことに誰も知らずに開戦していたのだ。笑うしかない。」

負けないように、周辺諸国を疲弊させるべく採用した消耗抑制戦術。
内実は、死体を積み上げ損害を競う最悪の競争だった。
そこまでしたうえで、帝国に出口は見つけられていない。

「私が死屍累を築き上げて学んだたった一つのことだ。出口のない勝利なき戦争など、人が無駄に死ぬだけだと。」

「…金言、確かに頂戴いたしました。」

「中尉、死にゆく者の戯言だよ。」

このゼートゥーア上級大将の最後の教えは繰り返される。
不幸にも、歴史は繰り返した。

あの泥沼のような民族紛争の時代、このヴーォト中尉はヴーォト将軍となり数少ない非介入派として警句を発している。
だが、皮肉にも彼の警句は彼の尊敬する将軍同様に忘れ去れ、彼もカッサンドラと化した。

そして、なんという歴史の皮肉だろうか。
ゼートゥーア上級大将は、無意味だとわかっている戦争において最悪の結末を避けるためだけに指揮を執った。
ヴーォト将軍は、自らが介入に強硬に反対したインデンシナ半島派遣軍の指揮官たることを強いられた。
そして、彼は勝てるはずもない戦いのために最善を尽くし、泥沼の戦場でもがくこととなった。




半島紛争とカッサンドラより
















国破れて、山河在り。


古来より、敗れた国というのは悲惨な運命が待ち構えている。

かつては栄華を誇った古の大帝国。
その残滓にすぎない名残を見るにつけ、誰が敗れた国家の行く末を思わざるものか。

否。

断じて、否。

誰が、祖国を、ライヒを、思わざるものか。
先祖が、先達が、友が、愛した祖国。
誰が、思いのこもった祖国を、愛せざるものか。

「…停戦文章が正式に発行いたしました。手続きが済み次第、武装解除に」

取りかかろうかと思います。

ゼートゥーアは、そう続けようとするレルゲン少将に対し、腕を上げて制止する。
彼の疲労困憊しきった顔に、理解しかねるという表情が浮かぶが敢えて口を挟みたかった。
そう、苦い現実を受け入れるように促さねばならないと。

「我々は、負けたのだ。」

「承知しておりますが。」

無論、ゼートゥーアとてレルゲン少将が頭で理解していないとは言わない。
バルバロッサ作戦が目指した国家の再建は、敗北を前提として企画立案された計画なのだ。
中枢要員として関与してきたレルゲンが知らないはずもないだろう。

敗北を前提とし、敗北を受け入れたうえでの対処方法の模索という弥縫策。
戦略次元での敗北を前提に、次回に繋ごうという計画。
なればこそ、この混乱しきった情勢下においてバルバロッサはかろうじて舵取りに成功しているのだ。

だが、とゼートゥーアは苦笑する。

ここに至っても、『敗北』を抱きしめることができているのは自分とデグレチャフだけらしい。

「停戦ではない。降伏だよ少将。私は、降伏文章にサインしたのだ。」

「…ッ、失礼いたしました。」

「後を任せる諸君には、重荷になるだろうが敗北を噛みしめてくれ。そして、耐え忍んでくれ。」

頭では分かっている。
帝国は、ライヒは、敗れたのだ。
祖国は敗れた。

一兵卒であれば、愛する祖国を守るために、戦い敗れたでよい。
彼らに犠牲を強いた士官らにしてみれば、自らの責任で部下を死なせた挙句に、敗れたということだ。
そして、国家の命脈を決すべき立場にあった軍人にしてみれば。

「すべては、我々の失態だ。無能極まりないことに祖国を焼かれ、徒に兵を損ない、為すべきことを為せなかった。」

今次大戦は、負けた。
完膚なきまでに、敗北した。
理由は単純明快に、誤ったからだ。

兵士の挺身は、彼らに要求しえる限界以上のものを彼らはなした。
祖国を貧窮のどん底に落とし、そのうえで絞り出された物資は莫大なもの。
それらを与えられ、祖国を守る方策をつかさどるべき参謀本部は誤った。

いや…それ以前の問題だろう。

外交感覚の致命的なまでの欠落は、フランソワの意図を完全に読み違えていた。
彼らが、協商連合を一つの重要な同盟国とみなしていたことを理解しえていなかったことは大失態だ。
なにより、純軍事的に見て『大陸軍』による決戦ドクトリンはつけ入るすきを与えすぎだろう。

ほかにも、地方軍と中央軍。
政府と軍部。
参謀本部と陸軍・海軍。
いくらでも、いくらでも改めるべきところはあった。

だがここに至って、それを論じても致し方がない。

「武力行使に至ったことが、そもそも我々の無能の証明だ。もはや、害悪であるというべきだろうな。」

勝てるという幻想。
勝利への渇望。

それが、これが、帝国をここまで焼き尽くしたのだとすれば。

「剣を取るものは、剣に死す。自明の理だが、誰もが忘れていたのだろう。」

何たる皮肉だろうか。
祖国を守らんと、
護国の、防人たらんと。

剣をとりて、駆け参じたる自らこそが。

「帝国を滅ぼすのは、結局のところその剣自身という訳だ。」

最悪の結果をもたらした。
帝国軍が、せめてフランソワ戦で力尽きていれば。
あの側面強襲で壊走していれば。

剣は、ものを切れる程度には鋭くて。
しかして、断ち切れるほどには鋭くなくて。

「笑うしかあるまい。祖国のために、いかなる邪悪をもなさんと誓った軍そのものが、事の根源なのだよ。」

なるほど、デグレチャフが勝利を望まないわけだ。
勝てるはずもない戦場で勝利を追求することの無意味さ。
そのことを理解した時、激情のままに叫んだことを思い出す。

あれは、敗北を所与のものとしたうえでの最善策をいつから考えていたのだろうか?
誰もが、誰もがあれを狂信的な軍人にして勝利を渇望する好戦主義者と評する。
だが、あれはただ、鋭敏にして英邁にすぎたのだ。


思い出すのは、陸大の図書室。
あの、一室。
取り留めもない単純な思い付きで発した言葉。

『ふと思うのだがね中尉。この戦争はどうなるだろうか。』

あの時、自分は単なる一介の士官に世間話のつもりで話を振った。
さして得られるところはないかもしれないが、若い者の意見を聞いてみようという程度の軽い気持ち。

『お言葉ですが、閣下の御言葉は含意が広すぎます。』

そして奴を引き当てた。
渋る口調とは裏腹に、確信をもっていると思しき表情。
そして、あれはあの時では誰もが予想しえなかった事象を予期していた。
否、現実が奴の言葉を追いかけたと評すべきに違いない。

『今次戦争は、大戦に発展するものと確信します。』

平然と、そして恐るべき慧眼を示した怪物。
列強間の、超大国間の衝突を一つの観察対象として俯瞰しえる多面的視点。

そして、迷いのない答え。

“主要列強の大半を巻き込んだ世界規模での交戦”

あたかも、自明の事象について語るかのように語った異常さ。
何より絶句せざるを得なかったのは、奴が語った論理だ。
それは、時を重ねるほどに正しい推測であることが裏付けられていく。

連合王国、連邦の介入の断言。
事実、今次大戦において合州国介入までの主敵はこの二か国だった。
介入の目的も、今となっては容易に理解できる。

奴が口にした理由は、覇権の阻止。
事実、そのためだけに連邦は自国の利害をなげうって参戦してきた。
そうでなければ、説明のしようのない連邦の行動原理。

だが、仮に。

覇権国家を阻止するために介入したとすれば。
その衝動的な軍事行動が、周辺国を組伏した帝国と相対する恐怖に由来するとすれば。
説明できてしまう。

そして、奴は警告していたではないか。
帝国が圧倒した場合は、合州国ですら介入を決断しうると。
その当時、誰もが局外中立を保つと信じて疑わなかった合州国が、参戦すると。

その上で、あのデグレチャフという異才は淡々と負けないということを目的にすべきと言い放ったのだ。

仮に、仮にゼートゥーアがその言葉を真に理解し、当初から行動していれば。
いや、敗軍の将に仮定など無意味。

だが、それでも。

『わかりません。ですが、負けることもありません。そこで、一撃を与える余力を保つことこそ、戦略上の柔軟性を増すかと。』

…負けなければ、戦略上いくらでも取りうる方策はあったのではないだろうか。

今日に至るまで、ゼートゥーアの取りえた方策は弥縫策もよいところ。
勝てないと悟ったうえで、最悪を避けるために出来る限り足掻いたに過ぎない。
だが、負けないという状態さえ保てれば。

幾ら、幾ら後悔しても、したりない。

そうして、ゼートゥーアは黙り口をつぐんでしまう。

「武力のほか一切の望みが絶たれたとき、武力もまた神聖である、というではありませんか!」

見かねて思わず、という顔で漏らすレルゲン少将は正しい。
彼は、軍人として必要な節度と理知的な態度を保っていた。
国家と軍の関係、武力の行使ということでいえば、一切の望みが絶たれたときに武力に頼るというのは理論上では正当だ。

だから、ゼートゥーアは戦争をやむなしとした。
智謀を傾け、帝国に勝利をもたらすべく全てを利用し総力戦に挑んだ。

「勝てなければ、正義があろうとも意味はない。不正義だろうとも、国家に安寧をもたらすことこそが義務なのだ。」

そして、負けたのだ。
守るべき人々を失い、誇るべき祖国を傾け
祖国を、愛すべきライヒを、彼は焼いたのだ。

だから。

廃墟の上に、彼は誓う。

祖国を、ライヒを蘇らさんと。

後に続く、戦列のためにいかなる犠牲をも、惜しまず。
いかなる汚名をも、甘受し名誉をなげうち。
この老骨は祖国の贄に捧げんと。

「いや、…つまらないことを言ったな。」

最後の別れだ。
せめてもの感謝と、敬意をもってゼートゥーアはレルゲンの肩を叩く。

「後は、託す。」

「…お任せください。」

「「ライヒに、黄金の時代を」」

短く唱和された祈りに近い言葉。
だからこそ、そこに込められた思いは真摯なものだ。
彼らは、ライヒに対する義務を果たせなかった敗残兵にすぎないかもしれない。

だが、彼らには矜持がある。
祖国に対する、偽りなき献身がある。
そして、踏みにじられようとも誇れる黄金の精神が脈々と存在するのだ。

ライヒに。
二度と、二度とこの悲劇を。
祖国が焼かれる悲劇を繰り返すまいと。

彼らは、誓うのだ。

黄金の時代を、再び、と。




そして、その決意を抱きゼートゥーア上級大将は茶番劇に挑む。




開廷した軍事裁判所。
表向きは今次大戦の、戦争犯罪を追求し戦争責任を明瞭とするために設けられた司法機関。
内実は、戦勝国による裁断の場であったとしても少なくともこの場にそれを指摘する人間はいない。

そして、ゼートゥーアは最悪の原告としてその場に引き立てられていた。
なればこそ、彼は眼差しを浴びる。

ある者は、敬意の眼差しでもって。
ある者は、恐怖でもって。
また、あるものは尽きることのない憎悪の念でもって。
その法廷に立つ軍人らは、一様に引き締まった表情で緊張も露わに被告席に立ち宣誓する男を凝視していた。

だが、幾多の思いと意図が込められた視線を一身に浴びようとも彼は、淡々と宣誓する。
既に彼は、生者でありながら死者に近い。
ならばこそ、彼はこの場において言葉を費やす必要がないのだ。

…彼は、すでに自らが為すべきことをすべて為したと知っている。

「被告人、帝国軍人ゼートゥーア上級大将。貴官に対する嫌疑は以下の通り。」

「一つ、今次大戦の契機となった協商連合との全面衝突を誘発すべく国境紛争を誘発したことによる国際不戦協定違反。」

「一つ、フランソワ市民に対するアレーヌ方面での虐殺。人道上の罪は、同様に各所で見受けられ、次の通り。」

「南方大陸、イルドア半島、東部戦線全域、低地ライン地方。何れにおいても、被告の指示と関与の下で虐殺が行われた。」

「一つ、世界を征服すべく内戦戦略を立案。そのために多くの惨禍を世界と人々に強いたこと。」

「一つ、イルドア王国に対し、不当な軍事的侵攻を行ったこと。」

「以上、4つの嫌疑により、人道上、かつ世界に対する罪として検察はゼートゥーア上級大将に対し絞首刑を要求する。」

「被告人、認めるか?」

読み上げられた罪状。
そのいずれも、彼には身に覚えがない。
開戦の時点で参謀本部の次長だった彼に、そこまでの権限はなかった。

影響力が皆無とまでは言わないが、少なくともそれを意図して引き起こしうる立場ではなし。

だが、ゼートゥーアは死なねばならなかった。
そして、ゼートゥーアは効率的に部下を死なせてきたのだ。
自らが、自らだけがきれいに死ぬというのは筋違い。

命じて死なせた兵士対して、彼は自らの死でもって最大効用を実現する義務がある。

「小官は軍人であり、かつ指導的立場にあり続けた帝国軍人であります。」

「被告人?」

「いくばくかの異議があろうとも、全体の責任は参謀本部において企画立案を行った小官に起因すると言う事に異議はありません。」

故に、彼は口を開く。
ただ後世が、帝国に免罪符を与えてくれることを願って。

「その事実を認めるのかね?」

「企画立案者としての責任として、全てに責任があると認識しております。」

全ては、自分という一人の責任として被る。
そうすることで、帝国の軍人に追求の手が伸びないことを期待して。
せめて、バルバロッサのための防波堤たらんと。

祖国を担う次代のために、汚泥は一身に。

「事実認定で争わない、と?」

「不服を申し立てる立場にありません。小官は、ひとえに責任を負うべき立場であります。」

故に、彼はすべてを受け入れる。
もはや、価値無き自らをせめて有意義に殺すために。
当然、その死にざまは復讐者たちが望む醜い最後とは異なる。

「裁判長!被告人に対し、反証尋問の許可を!」

そして、同時に連邦の思惑とも合致しない。

「ヴィッテ連邦軍検事、被告人は事実認定に異議を申し立てておりません。反証尋問は成立しません。」

「異議あり!被告は、事実認定を拒否しただけであり、事実を全面的に語ってはいない!」

それを妨げようと、咄嗟に介入してくる連邦軍検事は決して無能ではないのだろう。
怒気に包まれ、激高しきった表情で睨みつけてくるその表情は事態を理解した人間のもの。
リアリストの連中は、フランソワとイルドアの間抜け共を罵りたい気分でいっぱいなのだろう。

だから、ゼートゥーア上級大将という個人にすべてを起因させるわけにはいかないと理解しているのだ。

…なれば帝国は、ゼートゥーアという個に責を抱かせ責任を逃れられかねない故に。

そして、それこそがゼートゥーアの最後の役目。
彼は、デコイとしてひきつけ、一身に引き受けなければならないのだ。

「弁護側?」

「被告は、事実認定を受け入れます。」

故に、穏やかともいえる表情で彼はすべてを受け入れる。

「…では、語るべきことはありませんな。」

「裁判長!?」

「後日、判決を言い渡すことにします。では、これにて閉廷。」

微笑みすら浮かべた被告人。
あまりといえば、あまりな光景だろう。

世界の敵とまで宣告されたに等しい容疑を全て、被告が受け入れた挙句にこれだ。

それは、裁判の意義をまったく認めていないというに等しい。
それは、議論の言葉をただ無意味とみなしているという告白に等しい。
だからこそ、被告は悠然と逆に列席者を見遣りもせずに退廷していく。

だが、その表情には誇りと、為すべきことを為したという満足感が漂う。

…彼は、勝利したのだ。




あとがき

(*´-ω-`)番外編、ゆっくりやるつもりだったけど書き始めたら割と一気にかけてしまいましたよ…。

なんだろうね。

とりあえず、精根尽きたので当分更新はさぼりますorz

追記
うん、なんだろう。
人間、追いつめられると能力が急に伸びる気が。



[24734] 番外編2 『ラインの食卓』
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2017/01/29 16:25
ラインの食卓




『第8492魔導大隊』


寒く、冷たく、虚しく
沈んだ我らが心
同胞の幾多の死
何故、汝らに理解しえようか。

さらば、故郷の土地よ!
これが夢ではなく真だと、誰に信じられようか?
祖国よ、我らが母なるライヒよ、
ああ、さらば、我らが祖国よ!

さあ行かん、いざ、前へ!前へ!
広大な航路が、海の波が我らを待ちわび
海の彼方が、寄せ来る波の先に戦友が
我らを呼んでいる!

我らの父祖に栄光あれ
誉れと名誉の誓いは、今引き継がれた。
約束された、ライヒよ、黄金のライヒよ。
我らは、前進せん。
汝を阻むものはもはや何も無い!

進めよ進め、恐れを知らぬ
我らが名もなき悪魔の誇りよ、
祖国の希望よ、
黄金の信念の結晶よ!

我らの父祖に栄光あれ
誉れと名誉の誓いは、今引き継がれた。
約束された、ライヒよ、黄金のライヒよ。
我らは、前進せん。
汝を阻むものはもはや何も無い!

進めよ進め、恐れを知らぬ
我らが名もなき悪魔の誇りよ、
祖国の希望よ、
黄金の信念の結晶よ!

ラインに、ライヒに
我らの勝利を報告に赴こう。
ラインに、ライヒに
かの地で、我らが戦友が残した遺産に。
我らが誓った新世界をいざ告げん!

進めよ進め、恐れを知らぬ
我らが名もなき悪魔の誇りよ、
祖国の希望よ、
黄金の信念の結晶よ!

我らの父祖に栄光あれ
誉れと名誉の誓いは、今引き継がれた。
約束された、ライヒよ、黄金のライヒよ。
我らは、前進せん。
汝を阻むものはもはや何も無い!

ラインに、ライヒに
我らの勝利を報告に赴こう。
ラインに、ライヒに
かの地で、我らが戦友が残した遺産に。
我らが誓った新世界をいざ告げん!




ごく、限られた範囲ながらも有名な軍歌。
作詞された時期は、帝国本土戦末期。
初めて唄われたのは、泥濘と化した低地戦線において。
敗北が必然と化しつつある状況下で、数少ないベテランらが不屈の精神を歌った悲壮な軍歌。

一説には、実在が議論されるデグレチャフ中佐が最後の突撃を敢行する際にも高らかに唄ったとされる。

なお、帝国軍に当該部隊に相当する編成の部隊は実在しない。
実際のところは、悲劇的な部隊をみやった後世の創作とされる。










これは、ちょっとだけ夢を見た人の物語。
少しだけ苦い現実と、ほんの僅かな後悔。
でも、夢を見たことを悔いるつもりはない。

友情を誓った仲間たち。
頼りがいのある先達。
そして、何時いかなる時も導いてくれる人がいた。

そんな彼らでも、やがては時間によってそれぞれの道を歩んでいく。
道を違えたわけではなく、時間が道を分けたわけでもなく。
ただ、彼らは歩んでいく中で自分の道を見つけるのだ。

そんな風に道を歩んでいても彼らの友情は、確実に彼らを結びつけていた。
でも、その始まりはちょっとしたことにすぎない。
共に歩む仲間、それを手に入れるのはほんのちょっとしたきっかけがあれば十分なのだ。

そう、例えば。

共に食卓を囲むとか、そんな他愛もない日常で。
その日常こそが、かけがえのない思い出になるのだ。

だから、彼らはいつもこの時期に示し合せて集う。

集合場所は、見晴らしの良いなだらかな丘の上にあるレストラン。
丘を登る小道の先に、ぽつんと建てられたログハウス形式のレストラン。
さして有名でもなんでもないし、何か有名人が愛用しているわけでもない。

故に、そこは左程の注目も集めることもなくただ建設当初の形を保ったまま時を経ている。

「…っと、遅れてしまったようだ。申し訳ない。」

「構わないさ、待つのには慣れているとも。」

だが、彼らにとっては掛替えのない思い出の地だ。
彼らにとって、そこは揺りかごであった。
全ては、この地から始まりそして終わったのだ。


そこで待っていてくれる顔ぶれと、そこに眠る顔ぶれと。
再会のために。

彼らは帰ってくるのだ。
言祝ぐために。
夢へ、一歩ずつ歩んでいることを、語るために。

「自分で最後のようだ。さあ、始めようじゃないか。」

それを、肩を並べて歩いた無二の仲間たちに報告するために。
名誉と敬意、そして勝利を、先だった戦友に届けるべく
彼らは、食卓を囲み、そして歌う。

夢を、悲願を。
約束された新世界を、黄金のライヒを想って。







・ン・ツ、グラン・、

誰かが呼びかけてくる声。
眠たい頭が、まだ寝かせてほしいと呟く時間帯。

だが、眠たいと叫び続ける睡眠欲を押し殺しかろうじて顔を上げる。
自分を揺すって起こそうとしていたらしい人の輪郭。
…誰だろうか?

そう思う暇もなく自分が起き上がったことを確認した誰かは、もう次のベッドへ足を運んでいる。

「おい、ガルス!起きろ、ガルス!罰則を食らいたいのか!」

罰則?

なんのことだろうか、とグランツの寝ぼけた頭が考えこむ。
こんな未明の時間に起こされた挙句、罰則とは穏やかではない。
そもそも、連日扱かれているのだから寝かせてほしかった。

新任少尉にとって、睡眠時間ほど貴重なものもないのである。


だが、半分くらい動き始めた頭が何かを思い出すように理性を立ち上げる。
寝ぼけていた人間から、ある程度頭を働かせることで士官としての知性が回復。
温い寝台でそのまま微睡んでいたいという欲求。
それに引き摺られながらも、彼は何とか体を起こして考える。

夜間、そう、なにかあったはず。

そこまで考えたとき、突き出されたトレーで彼はようやく答えを得る。

「…食事?そんな時間じゃないだろう。」

「しっかりしてくれ。これから夜襲じゃないか。」

ああ、また、夜襲か。

ようやく理解した彼は、げっそりとやつれた表情のまま無造作に珈琲擬きを啜り目を覚ます。
すでに、幾度か経験した夜間浸透襲撃の行程。
暖かい食事などほど遠く、珈琲と固いKパンに冷めたベーコンが出てくるだけの夜食だろうと有ると無しとでは大違いだった。

だから、大急ぎで食事とも言えないような食事を?き込む。
のんびりと咀嚼している暇などないために、パンを珈琲に浸しベーコンごと丸のみ。
フォークとナイフを使ったディナーとは程遠い食事を惜しむことなく済ますと装具の確認へと向かう。

装具は仮眠前に確認しているとはいえ、何度確認しておいても損はないのだ。
もちろん、手入れし異常などない演算宝珠・シャベルと短機は動作正常。
塹壕戦用に反射しないよう黒塗りにした装具一式は、用意が整っていた。

だから、ひとまずやるべきことをやったと安堵し深呼吸。
手にした武装の重みが、ずいぶんと慣れ親しんだものだと気が付くころにはすでに出撃の最中。
いつものように、地べたを這いずり回り匍匐前進。
冷たい地面に体温が奪われ、手が悴むも体だけは余すことなく動かし続ける。
ここで孤立すれば、本当に一人きりで死ぬしかないのだ。

黙りこくって、敵前戦に匍匐前進。
この瞬間ほど長く、恐ろしい時間はない。
そして、最悪の瞬間は鉄条網に遭遇する時。

「ッ。」

誰かが、舌打ちし前進が止まったところで最悪なことになったことは理解できてしまう。

「ワイヤーだ。」「カッターで?」

塹壕戦用のワイヤーカッターはしょせん慰め程度の存在。
鉄条網を切断している時間が惜しいうえに、切断している間に敵が異常に気付けてしまう。
そして、張られている鉄条網は仮説ではなく杭打ちされた杭に束ねられた頑丈なそれ。

「論外だ。みろ、通電式の警報装置つきだぞ。明らかに露呈する。」

「迂回しますか?」

「…いや、時間を使いすぎている。迂回する余裕はないだろう。」

そして、指揮官らがきわどい判断を迫れる緊張感。
集まっている面々からして、時間が無いことは承知しているのだ。

当り前だろう、ここはライン。

ラインの塹壕戦。


すでに、引き返すには危険すぎる地点まで近づいてしまっていた。
当然ながら、下手にここで引き返せば戦果なく敵に追撃される最悪の状況。
危険を覚悟する以上、敵に打撃を与えて活路を切り開くしかない。

最低でも、敵の銃座を潰さない限り帰れないということだ。

手短に伝えられる命令は、強襲。
鉄条網を跳躍突破、敵の即応が立ち上がるまでのわずかな時間に塹壕線へ浸透せよとのご命令。

議論の余地はない。

覚悟を決める暇すら惜しみ、突撃隊列を地上で形成。

「では、始めよう。行動開始。」

気負いも、恐怖も感じられない淡々とした命令。
次の瞬間には、大隊が一個の意志のもとに駆けだす。
時間との競争。

敵が、敵の防衛線が反応するまでのごくわずかな間隙。

それを見越しての大隊突貫。
一歩遅れれば、容易く十字砲火の餌食と果てる命がけの全力跳躍。
そして。

塹壕線で、あっけにとられる敵兵の懐に飛び込みシャベルを振う。

手順は、もはや慣れきったものだ。

「弾除け代わりに捕虜を担げ!1分以内に行動しろ。手に入らなければ、死体でも構わん!」

無我夢中で、駆けまわり気絶したと思しき敵兵を発見。
担ぎ上げたとき、冷たいことで死体と気が付くも時間が迫る。
選択肢がない以上、せめて生きているように見えることを願うばかり。

彼我の塹壕は近い。たった、数分の飛翔。
理性が金切り声をあげて悲鳴を上げる、その数分さえ耐えきれば。
たった、たった数分の時間。

人生におけるこのわずかな時間。
たった、その瞬間だけでいいのだ。
無事に、無事に飛ばせてくれれば。

「フェアリー15、16シグナルロスト!」

だが、願いもむなしく降り注ぐ砲弾。
運悪く直撃を受けた戦友が、一瞬で肉片と化す。

「KIAと認定!振り返るな、荷物を投棄!」

同時に、それは敵が人間の盾に価値を見出していないということと同義。
故に、それらはもはや盾ではなく単なる荷物。
捨てろと言われるまでもなく、部隊はすでに担いでいたものを投棄している。

低空飛行故に、放り出された捕虜は悪くても骨折程度だろう。
だが、場所は帝国と共和国最前線のど真ん中。
…敵が、砲撃を躊躇してくれることを彼我のために願いながらグランツは懸命に飛ぶ。

そして、友軍陣地に飛び込んだ瞬間。
喘ぐように荒げた息のまま地面にへばり付く。
ラインの泥。

ラインの汚泥まみれになりながら、駆けずりまわる。

それが、彼の初めての戦場。
同時に、初めて戦友を失った戦地でもある。
会話を碌にかわす間もなく、出撃し、帰還後に見えなくなる姿。

さびしくなる隊の食堂で、彼らはそれでも懸命に陽気に振る舞う。
何時かは、この別離もなくなるのだ、と願って。



だが、その何時かは果てしない。
願望虚しく、彼らは戦列から一人、また一人と同胞を失う。
軍全体からすれば、奇跡的なまでの損耗率の低さ。

卓越した指揮官。
恐るべき、透徹した野戦指揮官。
加えて、圧倒的な技量でもって敵を容易く屠る魔導師。
そんなデグレチャフ魔導中佐指揮下の彼らは、すべての激戦地を経験する。

だが、最後に彼らが帰ってきたのはやはりラインだった。
地獄の底で生き残った将兵らからなる帝国屈指の戦闘団。
彼らは否応なく再びラインの最前線に身を投じることになる。

そして、避けがたい敗北の趨勢が確定した時。
戦闘団は、その目的は国家の再興に異動。
それに従い、ラインにおいて彼らは歴史の裏側で蠢く。
彼らは義務を果たす。
名誉に従い、義務に従い、祖国への挺身を為したのだ。




そして終戦当時、グランツの部隊は数少ない統制を保った有力な戦闘単位だった。
彼らは、バルバロッサ作戦司令部の直轄部隊として連合王国軍に投降。
最初から決まり切っていたのだろう。

捕虜というよりは、客人という待遇で軟禁状態に置かれることとなる。
奇遇にも、収容されたのは帝国・フランソワ国境付近のライン地帯。
因縁の土地に、彼らは三度舞い戻ることとなる。

そして、そこでグランツ大尉は連合王国の将校を介し、デグレチャフ中佐からの命令を受け取ることとなる。
内容はごくごく簡潔な、事後の手配に関する連絡。

希望者は、除隊を許可。
各員には、一定程度の褒章。
そして、なお望む者には、ライヒがために挺身を求む、と。

「わざわざ集まってもらって済まないな。」

片手をあげ、敬礼を制しつつグランツは手近なところに座るよう部下に指示。

「いえ、将校はやることもありませんので。」

呼び集められた将校は苦笑しつつ着座。
どのみち捕虜の身なのだ。
せいぜいが、連合王国に指示されつつ単純労働に従事するくらいが現状。
とはいえ、捕虜とはいえ形式的なもの。
将校に至っては、労働を拒否する権利すらあり仕事は割り振られてすらいない。

「それと大尉殿、ライミーから差し入れが。」

「また、紅茶か。仕方がないのは解るが、珈琲はないのか。」

彼らにとって、無聊を慰められるのは煙草とそれ以外の嗜好品くらい。
時間を持て余した彼らにとって、軍歌を歌い昼食を盛大に楽しむ程度が唯一の慰めだ。
幸いにも、連合王国側の好意によって紅茶にだけは不足していない。

ただ、紅茶ばかり貰っても少々辟易しているのは事実なのだが。
贅沢は言うべきではないのだろうが、帝国人は珈琲党なのだ。

「同じカフェインですよ、大尉殿。」

一応、苦笑しつつも宥める部下。
まあ味の問題はともかく、カフェインはカフェインだと。
使えるのならば、連邦製だろうが合州国製だろうが武器は武器なのだ。

えり好みするべきではない、と笑いながら皆くだらない話で盛り上がる。

「逆に聞いてやろう、同じ食事なら貴様イルドアと連合王国どちらがいい?」

だが、冗談とはいえ武器と違い食事は自分が食べるものだ。
鉛玉は敵兵への馳走だが、食事は自分への馳走である。
敵へならばともかく、自分のものともなればマトモなものを望まざるものだろうか。

兵隊にとって、食べるものというのは殆ど唯一の楽しみ。
敵の塹壕へ飛び込み、缶詰を分捕る戦功は分隊第一とされる程。

「…前言を撤回いたします。」

「とはいえ、せっかくのご好意だ。ドレイク大佐殿には今度お会いする時お礼を言うべきだろうな。」

だが、彼らはふざけながらも理解すべきことは理解していた。
投降した身分ながらも、これほどの好待遇。
ドレイク大佐の好意によって様々な便宜を図ってもらっていればこそ。

なにより、連合王国自身とて物資に余裕があるわけではないのだ。
それは、通商破壊作戦をおこなった他ならぬ帝国軍人としてよく理解している。
なればこそ、見栄もあるだろうが苦しい中で物資を融通してもらえる好意に感謝。

「食べられることに感謝を。」

そっけなくも、彼らにできる最大限にして真摯な黙祷。

「戦友に。」

「「「乾杯。」」」

そして、彼らは食事のたびに全ての戦友達に杯を捧げる。
先だった者たちも、生き残った者たちも、等しく共に彼らにとっては戦友。

なればこそ、帝国が崩れゆくときにあっても。
避けては通れない破局にあってなお。
ラインの地獄の底から、地獄の底をすべからく這いずり回ったいかなる時も。

彼らは、ただ共に戦い机を囲んだことを忘れない。
それだけが、記憶だけが彼らにとって唯一の追憶なのだ。

同時に、それを境に彼らはふざけきった表情を『悪魔の誇り』とまで讃えられた精鋭のそれとする。
戦争によって鍛え上げられ、敗戦によって研がれた彼らは一瞬で意識を切り替えると着座。

「さて、時間は有限だ。本題に入ろう。」

単刀直入。
無駄を排しきった言葉。
それが、彼らのもう一つの本質なのだ。

「はい。大尉殿、我々の今後はどのように?」

「我らが戦闘団長殿が決定された。」

驚くべき手際の良さ。
裏事情を知っていればこそ、それだけ状況の複雑さを彼は知っているのだ。
率直に言って、ここまで容易に交渉が取りまとめられたことはグランツにとってすら驚きだった。

なにより、それを淡々と捕虜収容所に収容されているはずの自分たちに通達できる手の長さときたら!

「ライヒ残留組はおとがめなし、無罪放免。少しだが共同作業への労働報酬も出る。」

形式的どころか、無罪放免。
いわゆる釈放された捕虜扱い。
バルバロッサの前身となったサラマンダー戦闘団は殺しすぎていたにもかかわらず、だ。
後悔してはいないが、覚悟はしていたほどである。

だが多少はドレイクが働いてくれたのかもしれないが、あっけないほど簡単に解き放たれる?
それも、多少とはいえ口止め料まで渡されて。

まったく、現実は小説よりも奇なりとは言いえたものだった。

「ライヒを去り、本隊に合流したいものは合州国行きだ。」

「では、我々は解散ということになりますか?」

「望めば、ここで除隊が許可される。」

そして、除隊許可まで出されていた。
望む者は、その身をこの地獄との境界線から抜け出させることすら可能なのだ。
剣林弾雨の日々から、穏やかで建設的な祖国復興の日々へ。

だからこそ、メッセージへ込められた上官の意志はあまりに明確だ。

「…ここまで漬かったのですよ?」

「なればこそだ。貴様らならば、敵を選ぶことくらいはできるだろう?」

デグレチャフという異才。
ライヒのために殉じたゼートゥーア閣下と、その意思を引き継いだバルバロッサ司令部。
彼らは、決断を求めているのだ。

戦列を共に進めるか、それとも戦列から暖かい家庭に帰り、口をつぐんで生きるかを。

そして今日まで生き残ったベテランには万が一にも、誓いを漏らす間抜けはいない。
戦場で生きこる最低限度の条件には、敵にすべきでないものを敵にしないことが大前提。
自殺志願者にでもならない限り、自らの戦闘団長の手の長さと実力を知っている人間が馬鹿な真似をするだろうか?

「違いありませんね。」

必要とあれば、平然と街ごと焼けとのたまう目的合理性の塊。
その進路を阻害するということの意味を考えれば、誰だって御免こうむるだろう。
自殺志願者ですら、苦痛にまみれのた打ち回りながら人生を後悔したくはないのだ。

戦場で幻想を悉く削られ、生命について一切の幻想を抱けなくなった軍人にとってそれは自明すぎる。

「で?退役希望者はいるか?」

故に、それは地獄から立ち去れる最後の切符だ。
ここで彼らは、残りの人生を決しなければならない。

全てを忘れ、日の当たる暖かな日常に帰るか。

渇望した、祖国の栄光。
黄金のライヒ。
ただ、そのためだけに。

全てを知り、日の当たることない日陰で這いずり回るか。

誰も、彼らの決断を責めうるものはいない。
果てしない汚泥の中で、のた打ち回った彼ら。
そこから日の当たる穏やかな世界を望んで、誰がそれを非難しえよう。

叶うはずのない、妄想ともいえるバルバロッサ。

だが、その決断を求められた兵士たちはまた嗤いながら日常に背を向ける。

「さてさて、大尉殿のお言葉が突然理解できなくなりました。」

「古代アラビール語ですか?大尉殿?」

『常に彼を導き、常に彼を見捨てず、常に道なき道を往き、常に屈さず、常に戦場にある。
全ては、勝利のために。

求む魔導師、至難の戦場、わずかな報酬、剣林弾雨の暗い日々、耐えざる危険、生還の保証なし。
生還の暁には名誉と賞賛を得る。』

彼らは、最初から壊れているのだ。

理解してすらいた。

たった一枚の部隊回覧で回ってきた募集要項。
もとより、彼らは生者でありながら境界線はとっくに乗り越えた存在。

日の当たる世界など、とうの昔に背後にした者たち。
彼らにとって、陽光や月光は忌むべきものにすぎない。
遮蔽物に身を潜めなければ、彼らは眠ることすらできなのだ。

彼らは優秀な魔導師だ。
今次大戦において、優秀な魔導師。
それはすなわち、最も日常からかけ離れた存在である。

そして倒れた戦列の、幾多の戦友。
彼らが、自らが命を懸けたライヒがために。

故に、彼らは初めから決断は済ませていた。

「…大ばか者どもめ。」

「なに、報酬にランチを希望します。とびきり、豪勢なやつを頼ますよ。」

軽く笑い飛ばす古参兵。
彼らは、ただ、仲間と名誉のためにそこに立っているのだ。

「仕方ない、明日はジャガイモを一つ増やしてやるか。」

「それだけですか?さすがに、勘弁してください。」

苦笑いしたような表情。
だが、言葉にされずとも食卓を囲んだ魔導師らは理解していた。

それは、夢だった。
叶うか、叶わないかなど考慮する意味がない夢。
祖国に、戦友に、今は亡き戦友に誓った夢。

祖霊に、先だった者達に。

誓おう、必ず為すと。

祖国に、ライヒに。

我らが、ライヒに。

黄金の時代を、我らがライヒに!





あとがき
とりあえず、なんかペースいい感じなので。

2017/1/29 誤字修正



[24734] 番外編3 『203は何処にありや?』
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2012/10/25 22:20
蒼穹を仰げ、いと高き所へと。
悪魔が嗤うその夜に。
星々は整然と夜天に瞬く
悠久の時は流れ、今この瞬刻に遂に
牢獄の壁は砕け散る。奴が目覚めるのだ!

奴は、彼らを引き連れ戻ってくるだろう。
彼らが降り立ち日、愚かな連邦軍は
未知なる恐怖を知らしめられるであろう。
天地万物は、彼らの恣に取り戻される。

彼らが再び舞い降りし時、安息には暗雲が立ち込め
無知で脆弱なる連邦の支配は仮初のものであると気付かされるであろう。
再臨の日、森羅万象は今再び彼らのものとなる!

燦然と、朱く燃え尽くさんばかりに激しく揺れる星々は
いつの日か、迫るであろう宿命が再臨せんとする始まりの兆しなのだ。
ああ、ああ、ああ、純粋なる恐怖よ!
その恐怖に、ただただ怯えるばかりの共産主義者よ。

昏き海底から、砲弾に耕されたラインの泥濘から。
凍てつく東部の極寒が空から、悪魔が現世へと今再び進軍す。

奴は、戻ってくるだろう。
彼らは、戻ってくるだろう。
再び、彼らは戻ってくるだろう。

愚かな連邦軍は、未知にして既知の恐怖を思い出さされることとなる。


蒼穹を仰げ、いと高き所へと。
悪魔が嗤うその夜に。
星々は整然と夜天に瞬く
悠久の時は流れ、今この瞬刻に遂に
牢獄の壁は砕け散る。彼らが目覚めるのだ!

戦場を支配する狂気が、恐怖が、そして苦痛が。
ラインを彷徨った幽鬼が、ラインの悪魔が再び徘徊するだろう。
再び彼らは戦場を支配するだろう。
終わりの見えない戦場が、地獄のふたを開けて待ち構えていることだろう。

無知で脆弱なる連邦の支配は仮初のものであると気付かされるであろう。
再臨の日、森羅万象は今再び彼らのものとなる!

燦然と、朱く燃え尽くさんばかりに激しく揺れる星々は
いつの日か、迫るであろう宿命が再臨せんとする始まりの兆しなのだ。
ああ、ああ、ああ、純粋なる恐怖よ!
その恐怖に、ただただ怯えるばかりの共産主義者よ。


昏き海底から、砲弾に耕されたラインの泥濘から。
凍てつく東部の極寒が空から、彼らは現世へと今再び進軍す。

奴は、戻ってくるだろう。
彼らは、戻ってくるだろう。
再び、彼らは戻ってくるだろう。

愚かな連邦軍は、未知にして既知の恐怖を思い出さされることとなる。
いと高き天球の星々は、燦然と輝き否応なくその現実を暴露する。

奴は、笑顔で戻ってくるのだ。


連邦国家保安局参考資料
反体制的カルト集団より押収した一文より。











執務室。
ただ仕事をするための場所ということ以外を来客に意識させない簡素な室内。
その部屋の主は、たった今受け取った報告を二度、読み直してようやく肩の力を抜いた。

「…やっと、死んでくれたか。」

X案件、解決。
病死を確認。

その報告を、5回確認させたうえで漸く信じる気分になれたユーリャン・アントロポフ書記長は深々とため息をつく。

「遅すぎたかもしれないが、それでも、やらないよりは。」

状況は、完全に泥沼だった。
カテゴリ-1の師団、その実に30%をも投じておきながら戦線は膠着。
統制のとれないゲリラと侮ったツケは、ガタガタの経済と崩壊しきった兵站では到底支えきれないほどの末期状態。

たった一人。

たった、たった一人の執念で、連邦はここまで泥沼に引きずり込まれていた。

とうの昔に墓場に送り込んでやったゼートゥーアの亡霊が嗤うのが今にも聞こえてきそうな悪夢。
あの裁判だけが、あの時だけが奴のばら撒いた災厄を未然に刈り取る最初で最後の機会だった。

あの、デグレチャフ。

何故、その人格を除き職務能力に関しては有能だとされたロリヤが拘泥したのか今では理解できる。
否、理解できるどころの話ではない。

奴は危険すぎた。
頭がいい獣という表現は、あまりにも過小評価だろう。
奴は、たった一人でこの連邦を締め上げてここまで追い込んでみせたのだ。

『バルバロッサ』という亡霊ども。
ゼートゥーアが残したというが、実態はデグレチャフの私兵もよいところだろう。
あのZASのうっとおしい介入によって、対外諜報局や出身母体からの敗戦記録も山のように積みあがっている。

だが、その小賢さしい連中に気を取られて本質を見誤ったのが連邦最大の失策。

奴の、本当に恐ろしいのはその頭脳だ。
あれには、未来が見えているとしか思えない。

…極秘裏に入手してのけた、X論文、それに続く封じ込め政策並びに締め上げ政策の極秘項目。

そのいずれにおいても、奴は、我々が機密を入手することを前提に書いていた。

前文に入れられた一節。
単純な謝辞に見える一文。

『この論文を、1人の詩人に捧げようと思います。
惜しむらくは、糖尿病に苦しまれ直接献辞できないことだけが心残りでした。
ターチナ夫人とお子様お二人によろしくお伝えください。』


入手した時、思わず凍りついたものだ。
スキャンダルの摘発を行おうとしていた矢先の一文。
国家保安局のいらだちと、浸透についてよく知っているとばかりの一節。

いや、自分の私生活など知る者は本当にごくごく限られているはず。
妻の名前を知っている人間など、国家保安局でさえ、限られたスタッフのはずなのだ。
それを、さりげなく献辞に混ぜ込み、いつの日か流出することを予期していた、と?

読んだ瞬間、初めて奴のことを時代錯誤な反動主義者と侮っていたことを後悔。


改めて奴の分析を行わせた結果を目の当りにした時、さしものアントロポフも絶句したほどだった。
その時に受けた衝撃は、今でも思い出せる。
そして、気が付いた時にはアルガニスタンは泥沼だった。

『薄汚いハイエナ』と軍が称したPMC。
非正規戦の専門家どころか、対連邦の伏撃戦に卓越した連中。
ああ、そうだろう。

やつらは、そのためだけに設立されたカバーカンパニー。

戦争のために、何処からともなくかき集められた兵隊。
道理で、道理で幾ら山岳地帯とはいえアルガニスタンにおける戦局が膠着するはずだった。
貧弱な輸送インフラと、厳しい経済情勢を嘆いていたが、そもそもここまで追い詰められたのが敵の戦略目標だと理解できてれば。

いや、あの、デグレチャフを、せめてもっと早い段階で処理できていれば!

だが、それは望むべくはない。
あれは、ネームド程度では鎧袖一触されるラインの悪魔。
戦中、あれ一人にモスコーまで蹂躙されたのだ。

とまれ、奴は死んだのである。

辛うじてではあるが、辛うじてではあるがまだ間に合う。
祖国は、祖国は傾きつつあるがまだ持ち直すことは不可能ではないのだ。

労働規律の弛緩、党の腐敗、非効率的な経済。
忌々しいことにX論文で予期されていた案件ばかりであり、奴の呪いとしか思えない。
だが、合州国の対連邦政策を主導していた奴は排除できたのだ。

「これからだ、これから、なんとしても連邦を。」

国家の再建。
そのために、なんとしても。


だが、その決意を抱えた彼に与えられた時間はあまりにも少ない。





「追悼飛行?意味が分からんよ。単なる訓練飛行だ。空軍機が、訓練空域で訓練して騒がれては仕事にならん。」

「何?下で、誰の葬儀をしていたって?知らんよ、空軍がいちいち私人の催しごとまで把握しているわけもないだろう。」


ウーガ連邦共和国軍中将、『匿名軍人』追悼飛行疑惑に対するコメント。



懐かしい食堂。
すでに三代目に代替わりし、往年の名残は味くらいだろう。
陸大時代、奴と腹を割って話したことを今日のように思い出す。

そこで後方勤務を進められた自分だけが、結局今はライヒにある。
皮肉なものだとウーガは辛うじて連邦共和国に編入された、旧首都で呟かざるを得ない。
家族のために後方勤務を志願したがために、彼は数少ない政治的に問題の少ない将校とみなされた。

それがために、再軍備時代に召集され、祖国の再軍備に関与。
バルバロッサが望んだように、ライヒは力強く再興していた。
悲願こそ、まだ叶わぬが。

だが、物思いにふけりつつあった彼は待ち人の来訪によって思案から引き戻されることとなった。

「久しいな、グランツ大尉。どうだね、アルガンは。」

久しい顔。

ウェイターにしばらく外してくれるように頼み、席を勧める。

「やはり、非正規戦は今後の課題でしょう。」

軽く頭を下げつつ、着席。

アルガン帰りの顔にあるのは、優位な情勢にもかかわらず深刻な懸念の色だ。
連邦軍を摩耗させるという戦略目標は、あまりにも容易く達成されていた。
言い換えれば、条件付きの制限戦争に正規戦型軍機構では対応できていない。

そして、それは合州国にとっても無視しえない課題なのだ。
その事実が、グランツをして表情を曇らせる。

「ウーガ閣下。やはり、私にはアルガンゲリラに宝珠を流した決断が正しいとは思えません。」

「だろうな。…デグレチャフの言葉ではないが、統制できない魔導師など危険すぎる。」

ある種の懸念と愚痴。

だが、根本において彼らはライヒのことのみを愁うのだ。
究極的にはライヒにとって利があるかないかでいえばまだ未知数。
正面装備を充足させ、対共産主義の最前線と化している祖国にとって連邦が摩耗するのは大歓迎できる。
すでに、新型の攻撃ヘリや一線級の師団が転用されているのは望ましい兆候だった。

その意味においては、バルバロッサにとってはアルガンの不安定化は許容できる。


だが、国内の共産シンパによるテロリズムに手を焼いた記憶はウーガにとっても生々しい。
あの中に、魔導師がいたとすれば。
取り締まりは、憲兵では武装の度合いが足りない羽目になっていただろう。

いや、それ以前に。

「何より、フランソワ人師団の轍は踏みたくない。合州国は、その辺の理解が甘い気がするな。」

帝都攻防戦の最中、帝國によって投入された親衛隊。
実質は政治的なプロパガンダのために編成されたお飾り師団でも、数にはなるだろうという判断。
だが、帝国側に立って戦ったという事実がフランソワにとってはあまりにも許容しがたかったらしい。
公式には、同部隊は存在しないことにされた。

だが、彼らは事後処理を誤る。
その結果、残存要員は武装したままエスカルゴ内部で武装集団化したと聞く。
アルジェンナ紛争の際に、彼らが現地勢力に味方したという風聞もだ。

武力をもった集団は、事後処理を誤ると利益以上の災いと化しかねない。
下手に装備を充足させ、兵器を持たせたとしてそれが自分に向けられないという保証はないのだ。

「まあ、いい。今日は、別件で来たのだろう?」

だが、そういった配慮は空軍に属する彼にしてみれば優先順位ではまだ高くない。
今日集ったのは、古い共通の故人を偲ぶためだ。

なればこそ、故人にゆかりの地でゆかりの食堂にて待ち合わせたのだ。

「話は、食べながらでもよいだろう。」

「ご相伴にあずかります。」

昔懐かしい食堂。
その一角に腰を下ろし、彼らは食事をオーダー。
ウーガ中将は記憶にある品を。
相伴するグランツは、同様に戦友と囲んだ品を。

程なくして運ばれてくる食事を前に、彼らは彼らの流儀で食前の祈りを唱和。

「「戦友に。」」

そして、わざわざ頼んで用意させたチコリの代用珈琲で乾杯。
珈琲擬きの味わいは、彼らが脳裏にて生々しい記憶を再生。

そう、戦争の味だ。
彼らが知っているその味は、戦時下の貧窮状態がもたらした代用品の味。
そして、彼らが偲ぶデグレチャフが散々文句を垂れた一品でもある。

アイントプフ、それとリーキのグラタンは戦時下で自給できた最大のぜいたく品の一つ。
アイスバインと付け合わせのザワークラフトは、彼らにとって戦地で親しんだ味。

それを食べるとき、彼らの思いは過去へとさかのぼる。

「…もはや、慣れた味だがまあ奴は是は嫌っていたな。」

飲み干したチコリ珈琲の味わいは可もなく、不可もなく。
だがウーガ中将は、デグレチャフが陸大時代からとにかく珈琲にだけは妥協したがらなかったことを思い出す。
そういえば、イルドア制圧時には買えるだけ珈琲豆を買い求めたとも耳にした。

「そういえば、そうですね。閣下は、確かに珈琲党でしたので。散々、四方八方手を尽くして買い求められたほどです。」

「ああ、それならば聞いた記憶があるぞ。それは確か、低地地方で撤退するとき泣く泣く手放した奴だろう。」

「ご存知でしたか?」

あまりに、気落ちしていたので貴重なストックを分けた記憶がある。
覚えていないはずもない。

「もちろんだ、それを種に残っていた珈琲をもっていかれたからな。」

「…我らが戦闘団長らしい。」

「長い付き合いだ。いずれ、返してもらうつもりだったのだがな。」

だが、機会がなかった。
あの終戦時のバルバロッサ作戦において、ウーガは渉外担当として工作に従事。
対するデグレチャフは、実働戦力として行動し最後は合州国入りしていた。

その後ウーガは、連邦共和国において祖国の再軍備に従事。
PMCを設立し、マークされているデグレチャフとのコンタクトはタブーが多かった。
結局、レルゲン閣下が一度会った他は機会がなかったのだ。

そして、奴が先立ってしまう。

「…まあ、仕方ない。」

この年だ。
散々、多くの先達を見送ってきた。

だが。

「よもや、奴を送ることになるとはな。」

ウーガはさびしげに呟き、手にしたカップを眺めながら故人を思い出す。

殺しても、死にそうになかったデグレチャフだ。
平然と死に神を殺し返すような、悪鬼羅刹。
アイツは、ラインの死線だろうとも平然と歩いてのけた。
全滅前提の東部において、極寒の中笑いながら突撃行程を為して見せた。

そのデグレチャフが、病死だ。
世界というのはつくづく不思議に満ち溢れている。

一方で、幾多の先人や戦友が先立つ中でウーガは生き残っていた。

「奴の葬儀には、参加できずにすまなかったな。」

戦友の葬儀。
まして、浅からぬ縁のあるデグレチャフだ。

本来であれば、陸大の数少ない生き残った同期として自分が送るべきなのだろう。
だが、政治的制約としがらみによってわずかな餞を捧げることしか自分には許されなかった。

「いえ、閣下のご配慮には感謝を。ヴァイス少佐より、お礼をとのことです。」

だが、古参兵らにとっては203とは思い入れの深い数字。
それは、大隊の始まりであり、同時に戦闘団の母体だった。

参列していたヴァイス少佐などは思わず、空を見上げ号泣したほど。
創設要員でこそないものの、グランツとて思い入れの深い数字。
それを見たときは、感極まる思いを抱かざるを得なかった。

彼は、彼らは、理解していたのだ。

祖国は、ライヒは、その挺身を忘れてなどいないということを。

「よもや、203を飛ばしていただけるとは思いもしませんでした。」

その数字は、ある種の特別な意味を持っていた。
だからこそ、ウーガ中将は面倒事を覚悟したうえでそれを飛ばす。

「あの程度のこと、祖国への挺身を思えばどうということでもない。」

祖国よ。
ライヒよ。

ライヒがために。

それを願っていた奴のことを思えば、枠組みを壊すわけにはいかない。
一方でせめてもの手向けとして、飛ばしたのが203だった。

「先だった者に、志半ばで逝ったものに、我らは誓ったのだ。」

一つの義務と、誓い。

それがために、敬意を示す。

ただ、それだけのことだ。

「「ライヒに、黄金の時代を、と。」」






「では、デグレチャフ・ドクトリンの概説を行う。」

士官学校の一室。
緊張しきった若者が、張りつめた表情で集う講義室の一室。
常日頃も真剣に学ぶ彼らも、今日の講義には緊張を隠せていない。

まあ、無理もないだろう。

教壇に立つのは、戦史の特別講義を依頼されて招聘されたジョン V. ヴーォト合州国退役空軍大将。
その鋭敏な頭脳と、戦略家としての名声は空軍のみならず軍全体に轟いている。

その戦略の大家が、年に一度、限られた面々相手とはいえ講義を行うのだ。

「諸君も知っての通り、大凡半世紀ほど前に確立された概念だが今日なお有用であるのは言うまでもないだろう。」

語られる言葉は、ごくごく一般的な知見。

「発案者及び、プロセスに相当の資料散失があるため理論の成立過程は不明な点が多い。」

学生らにしても、大戦期の混乱というのは想像もつかないが知識としては存在する。
彼らは、そのことを既に歴史として学んでいた。

「わかっていることは、帝国軍参謀本部所属のデグレチャフ少佐なる詳細不明の人物が発案したという事のみ。」

だが、語り手たるヴーォト退役大将はその歴史を経験している当事者だ。
それ故に、彼は語れない事実があるということも知っている。

あのゼートゥーア大将が、何を彼らがライヒに残したのかもおぼろげながらではあるが察していた。

だからこそ、万感の思いを込めて呟く。

「時代が時代だが、正に鬼才というべきだろう。」

どこまで見据えていたか、今なお読み切れない化け物。
ゼートゥーア大将があれほど逍遥と死ねたのは、後事を託せればだ。
今にしてようやく理解できたが、なるほど安心して死ねるに違いない。

帝国の軍人とは、まったく末恐ろしい。

「工業力の戦力転換、国家総力戦を最も初期に提唱し兵站線を活用した内線戦略の卓越した理論家。」

狂っていると同時代には、評されたであろうドクトリン群。
今日からすれば、常識に近い発想だが当時においては異端中の異端だ。
内線戦略こそ、過去に原型が存在するだろう。
だが、国家総力戦を前提に兵站線を整備して考えたのは奴が最初だ。

「同時に、徹底した火力信者にして機動戦論者だ。敵国に出血を強要する誘引殲滅は古典的典型例である。」

機動戦に対する執念は、ほとんど妄執に等しい。
だが、その機動力が果たした結果もまた断じて軽んじるわけにはいかないだろう。

「技術の進歩で塹壕戦や機動力の概念が一変した今日においては、もちろんこの時代の戦術をそのまま適用できるものではない。」

すでに、魔導師の機動力はヘリボーンで大部分が優勢性を喪失。
此処の先天的性質に依拠しすぎていた魔導師の多くは陳腐化している。
故に今日においては、ごく少数の特殊部隊として魔導軍が維持されているに過ぎない。

デグレチャフ式魔導師ドクトリンは今日では、活用されることはないだろう。

また、総力戦下での消耗抑制戦略は現在からみてもなお狂気の沙汰。

「特に、総力戦下においてのみ許容し得た消耗抑制戦略などは今日において現実的とは言い難いものだろう。」

出血量を競う戦術など、曲り間違っても今日では議論することすらタブー視されている。
ヴーォト自身、半島紛争で追求されたのは合州国軍兵士の戦死者数であった。
彼我の損耗比という冷たい統計は、今となっては誰からも歓迎されない。

派兵を決断する政治家にしてみれば、特にそうなのだろう。

「だが、“外科的手術による一撃”による一撃論と総合的な戦域認識からなる三次元戦争論は今なお基本原則だ。」

逆に、奴の得意とした首狩り戦術と三次元戦争論。
こちらは、今日的な意義が今なお増進する恐るべき事例だ。

「このデグレチャフ、真偽はともかく空挺戦術への影響や、特殊作戦への貢献という戦史の論争も絶えず存在する傑物だろう。」

…最重要機密。

ブロークン・アローに関する報告。

その中で、一件だけ公開されていない最初期の事故。
だが、当時耳にしたのは空軍基地が『襲撃』されたという話だった。

そして将官として目にした資料で『ブロークン・アロー』を目にしたとき理解できたものだ。
奴は、空挺降下、それも近年ようやく研究が進んだHALO降下を大戦時にやってのけたに違いない。

「なにより、戦術の限界によって戦略の劣勢を挽回しかけたという一事で持って恐怖に値する。諸君、これが卓越した士官だ。」

化け物。

知れば知るほど、その異常さが際立つ戦史のタブーだ。
後、10年遅ければ。

あるいは、もう少しだけ奴が高い階級と裁量権を与えられれば。

勝てただろうか?
戦術に、戦略で本当に対抗できただろうか?

ヴーォトと、その古い戦友らが時折話題にする限り、甚だ疑わしい。

「はっきり言おう、机上演習においてすら奴の成し遂げたことを僅かでも再現できる士官は稀である。」

ラインにおける帝国軍の強襲作戦。
一番、一番帝国の戦力が充実しているケース。
それでさえ、教官連中が四苦八苦してでっち上げに近い形で漸く成し遂げられるに過ぎない。

「奴の機動戦は、ほとんど戦争芸術の極致にあるとすら評される。理論としては、理解できなくもない。だが、模倣は論外。」

戦史を読めば、一見もっともらしく読めることだろう。
敵の間隙をついてだの、連携の弱点部を襲撃しだの。

だが、最前線で撃ち合いながら端的にそこを突けるだけで、異常なのだ。
まして、最大効率化を図れるともなれば人間業では済まない。

「なにより恐ろしいのは、奴はそれほどに卓越した用兵家でありながらそれを下策とみなしていたという事実だろう。」

その化け物が、化け物であるだけでなく知恵までつけていた。
恐ろしいというよりも、悪夢というべきなのだろう。

当時の関係者が、一様にこのデグレチャフを触りたがらなかったというのも理解できる。
士官学校で講演するだけの表層的な次元ですら、奴の恐ろしさが感じられるのだ。

当事者が、してやられた憤怒のあまり机を拳でたたき割ったという眉唾物のうわさも真実に違いない。

「つまり、奴は戦術レベルで卓越していながら視野狭窄に陥らず戦略次元で常に思考し戦域を認識してのけたのだ。」

俯瞰視点といえば、聞こえはいいだろう。
実際、高高度で戦域を見渡せる魔導師の視野は広い。

だが、魔導師がすべて奴のように卓越した技量を見せたかといえば奴の方が例外なのだ。

「そして、諸君。総合的な戦域認識とは兵站にある。デグレチャフは、作戦士官であると同時に兵站の専門家だ。」

単なるライオンならば、罠にかければよい。
狡猾なキツネならば、追い回して仕留めればよい。

だが、古典にあるライオンのように獰猛でありながらキツネのように狡猾な敵は最悪だ。

「徹底した兵站破壊と、連絡線の寸断。南方大陸で行われた遊撃戦は、その典型的成功といえる。」

少数の破壊工作による戦局の不安定化。
された方にしてみれば、たまったものではない。

「我々は、この帝国に対しそれを凌駕する物量で勝利した。つまり、兵站の勝利である。」

純粋に、国力で押し勝ったに過ぎないという事実。
言い換えれば、世界最大の国家であったがために勝利できたという現実。

だが、それでいいのだとヴーォトは誇る。
それこそがステイツの強みなのだ。

「故に、私は諸君の中から最良の士官を兵站へ配属する。組織こそが、戦略上の優位を産み出す根幹なのだ。」

ステイツの強み。
それは、規模だ。

質的・数的優位によって、戦術レベルでの勝敗を許容しえる優勢の確保。
それこそが、それこそが世界におけるステイツの覇権を裏打ちしているのだ。

「そのうえで、今回はアールデン攻勢を題材とする。諸君、史実でこそ阻止しえた攻勢だが侮るな。」

だが同時に、戦術レベルでの向上とて怠るわけにもいかない。
なればこそ、ある意味において合州国のドクトリンとは真逆の方向性をヴーォトは学生に行わせる。

質的優勢、戦略的優勢にある敵に対する仮想演習。
それが、敵を、敵の思考原理を知る最上の手段なのだ。

「過去の机上演習では、僅か3期のみが阻止しえたにすぎない。諸君の奮起に期待する。」



あとがき
いやぁようやく理想郷安定しました。
よかったよかった。

…うん、やってしまった(´・ω・`)

つながらないもんだから、(+ガルスの資料が集まんないから)なろうに手を出してしまったorz


存在Xとかいう物体名で、『彷徨えるオトラント公爵伝 ~ある政治的怪物の肖像~』を書いてました。

なんというタイミングで理想郷が復活。
これはフーシェの罠なんだorz

ZAPしました。



[24734] 番外編4 『ルナティック・ルナリアン』
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2012/11/07 09:34
番外編4 『ルナティック・ルナリアン』


1958
米国の探査衛星ヴァイキング1号が火星で生物と思しき存在を発見。
なれども、画像送信直後に通信不能となる。


1959
国連、特務調査機関ディグニファイド12招集
同年3月ターシャ・ティクレリウス大尉、合衆国航空宇宙軍より特務調査機関ディグニファイド12へ出向。


1966
国連、ディグニファイド12発展解消しオルタネイティヴ計画へ移行。
ターシャ・ティクレリウス中佐、合衆国航空宇宙軍調査・観察グループよりオルタネイティヴ計画司令部付国連軍将校として出向。


1967
月面、サクロボスコ事件
国際恒久月面基地「プラトー1」の地質探査チーム
サクロボスコクレーターを調査中に、火星の生命体と同種と推定される存在と遭遇。

付近にて実弾演習中であったティクレリウス中佐率いる第203調査・観察中隊が此れを救援。

此処に、第一次月面戦争が勃発する。


人類史上、初の地球外生物と人類との接触及び戦争(BETA大戦)が始まる。
異星起源種、BETA:Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race
――『人類に敵対的な地球外起源生命』と命名される

米国、対BETA宇宙兵器の基礎研究開始
米国国防省が在来宇宙兵器の決戦能力に疑問を提示
実際に交戦したティクレティウス中佐曰く、在来宇宙兵器は火力・継戦能力・コスト・生存性のいずれにおいても欠陥だらけ。

米軍の4軍(陸・海・空・宇宙)共同開発プロジェクト・NCAF-X計画発動


1968
国連、オルタネイティヴ計画を第二段階へ移行
月面方面軍第203調査・観察中隊は、国連軍オルタネイティヴ直轄中隊へ改編。
ティクレティウス中佐、月面における奇妙な地盤振動を報告。
地中侵攻の可能性を提示し、調査を行うも決定的なデータは収集できず。

国連、オルタネイティヴ3予備計画招集

1970
米国、月面より渇望されていた機械化歩兵装甲ハーディマンの実戦部隊を前線配備
人類初のFP(Feedback Protector)兵器を運用する実戦部隊を月面戦争へ投入。
一定の戦果を収めるものの、数的劣勢の挽回には至らず月面各所で後退を強いられる。

1971年
ティクレティウス中佐、独断で月面陥落を警告。
安保理に対し、即時増援ないし撤退を提言。
これを受け、月面戦線への大規模増援を安保理は可決。

第2計画司令部、越権行為を理由にティクレティウス中佐を解任。
国防省戦略研究室へ転属。

1972
異星起源種との戦争という状況に後押しされる形で欧州、EU統合及びNATO軍再編。
米国、同盟各国に試作戦術機の存在を公表
政府の情報公開を受けて、開発メーカーであるマクダエル社が、同盟各国に売り込みを開始。

1973


04.19:中国新疆ウイグル自治区喀什(カシュガル)にBETAの着陸ユニットが落下。

PRA軍航空部隊が即応。
着陸BETA群との交戦開始。
オリジナルハイヴ(H1:甲1号目標)の建設を開始。

『ルナリアン案件』発覚。


04.23:『ルナリアン案件』鎮圧
『ルナリアン案件』:国家安全保障委員会指定第427号機密。閲覧には、委員会の承認を必要とする。



BETA群が西進を開始

中国は、優勢な戦況を背景に国連軍の派遣を拒否するが、光線属種の出現により、人類側の航空戦力を無力化される。
BETAの物量に抗しきれず、中ソ連合軍側は撤退を重ね戦術核を用いた焦土作戦で対抗するも実質的な効果なし。


BETAの地球侵攻を受け、国連航空宇宙総軍司令部が恒久月面基地プラトー1の放棄と月からの全面撤退を宣言。
月がBETAの完全勢力下に。
国連、オルタネイティヴ3発動
直接的な侵攻と驚異の物量に歯が立たない実状を受け、決定的な成果を生まないオルタネイティヴ2が見切られ、
ソ連主導のオルタネイティヴ3への移行が決定する。






X-day -21 days

発『カッサンドラ』
宛『ルナリアン』

蒼き清浄なる世界に、黄金の時代を。


「…遂に、ですか。」

「やるのかね?」

「はい、閣下。ご迷惑をおかけいたします。」

「…我々地球人には、絶対に理解できないだろうな。」

「では、なぜ?」

「カッサンドラを信じる気になっただけだ。」



X-day -14 days

発NRO
宛国家安全保障会議

マイノット空軍基地発、フランシス E. ワーレン空軍基地着B-52搭載兵装に疑義。
至急、確認されたし。

案件番号3364733番



「…廃棄予定のミサイルごと紛失した核弾頭だと!?」

「不味いことに、巡航ミサイルは実戦運用が可能な水準です。」

「SACは何をやっている!」






X-day -10 days

発DIA
宛国家安全保障会議

案件番号3364733番に関し緊急。
マイノット基地保安要員より、核の弾数不整合の報告。

並行して、同基地保有の廃棄予定巡航ミサイルが前倒しで廃棄されている旨を確認。

廃棄担当者、空軍特殊作戦司令部の担当大尉が数日前より行方不明。
同案件に関し、緊急に調査を要請。
第20軍への内偵必要性を勧告。


「管理ミスではありません!」

「何?」

「SAC内部の独断です!奴ら、独断で核兵器を動かしています!」

「何だと!?」


X-day -5 days

発DIA
宛国家安全保障会議

要優先処理
案件番号3364733番に関し緊急。

在フランシス E. ワーレン基地、90th Missile Wing、独断でICBMを中央の統制より切り離している模様。


「・・・・・もはや、越権行為を通り越して叛乱です。」



X-day -4 days

発NSA
宛国家安全保障会議

要優先処理
BETAユニット、中国領カシュガルへの落着を確認。
PRAの行動活性化の傾向有り。

空軍により、戦局はPRAが優位に進めている模様。
案件番号36352567番。

対応協議の必要性を鑑み、緊急に安全保障会議の開催を要請。




「宇宙人が、ついにか。」

「面倒なところに堕ちました。おかげで、介入できない。」

「国連経由で介入を試みていますが…」

「当面は諜報活動を強化し、成果を得るしかないのだろう。」

「全く、堕ちるところがせめて東側以外であればよかったものを。」

「まあ、仕方ないでしょう。こればかりは。」


発DIA
宛国家安全保障会議

緊急・最優先
90th Missile Wing、一部ミニットマンへの諸言入力開始を確認。
目標、PRC領カシュガル。

即時鎮圧を要請。


「・・・核戦争を引き起こすつもりです。奴ら、本気だ!」







緊急に呼集された会議。

「時間だ。始めよう。」

誰ともなく、重苦しい雰囲気の中で議長が淡々と開催を宣言。

「マイノット基地から報告があった。…一部の核兵器は実装されていたよ。」

「独断で、核の無断配備並びにICBMの発射体制に入っていたのは事実だ。」

「…事実関係は現在至急確認中であるが、空軍内部どころか国防省中枢に核の無断運用の動きがあったということのようだ。」

続けて提出される各種の報告。
事態が発覚し、即座に全力で内偵を行っている情報部はあまりの事態に愕然としていたという。
たちの悪いことに、行動している連中は須らく愛国者だ。

故に、実態に迫るのに酷く手間取っていた。

「軍の統制を外れている中核は、月面戦線帰りども。確証はないが、おそらくティクレティウス大佐指揮下の部隊だ。」

だが、少なくとも影は掴んだ。
そして、これほどの事態。

凶暴な犬は、きちんと飼いならしておかねば安心できない。

「ティクレティウス大佐は、NCAF-X計画専従のはずでは?」

そう、だからこそ頭脳を生かすために研究部門にぶち込んだはずだった。

…カリスマとでもいうべきものがあったのだろう。

国防省においてすら、奴のシンパができているという分析資料には誰もが頭を抱えたくなる。

「SACへ奴が細胞を植え付けていた。確認された限りでは、二か所だ。」

「なかでも、 フランシス E. ワーレンの90番にかなり浸透している模様です。」

そして、古巣の空軍は完全に汚染されていた。

「第20軍は?」

「…頭から腐っていた。第20軍のアーノルド中将は黙認していた可能性すらある。」

「マイノットから、フランシス E. ワーレンへのB‐52は正規の命令で移動していた。…核の搭載以外は完全に正規のだ。」

疑いというレベルにすぎないが、関与が疑われる人間の中には中将クラスの高位将官までいるのだ。
SACという国防戦略のかなめが奴に蝕まれているということ。
これが何を意味するのは、不気味すぎて誰も考えたくもないほどだ。

だが、そこまで議題が進んだとき連絡将校が血相を変えて会議室に飛び込んでくる。

「閣下、緊急です。マイノットで拘束した将校が自白を。」

差し出された通信文。

そして、それを一読した直後に議長の顔色が一変。

「…間違いない、関係者は一掃する。大統領にも報告を。」







X-day -1day

発海軍特殊作戦群
宛国家安全保障会議

フランシス E. ワーレン・マイノット両基地を制圧。
第20軍将校ら複数の関係者を拘束。
90th Missile Wing、司令部要員らは全滅。

…なお、司令部内にてオルタネイティヴ計画権限によるICBMの運用許可を発見。

至急、関係者の拘束・調査を開始。




ターシャ・ティクレリウス大佐、国防省内部にて心臓発作。
軍中央病院へ『緊急入院』措置。











平和でユートピアな世界ならば、まだいい。時間逆行ならば、まあ損はしない。
未来がわかるということは、最高のインサイダー取引を合法で行えるものなのだから。
だが、それは市場が存在すればこそだ。

可愛いつぶらな瞳で焼き払ってくれるBETA世界だと理解した時、即座に絶望。

完璧な計画であったシリコンバレーで大規模投資計画なんぞは即座に放棄。
株式で濡れ手に粟の未来から一転、物量相手に摩耗させられる一生。
真綿に占められるように破産していくようなものだ。

シンプルかつ最も合理的な回避策は、BETAをお月さまから下に降ろさないこと。
そこまで考えが至ったら、後は月面方面軍、それも出来る限り権限を有する士官にならざるを得なかった。
その結果というべきか、月面戦争に従事。

だが、まったくだめだ。
月面の兵站線は完全に貧弱。
使い捨ての対戦車兵器にかかる輸送コストは膨大過ぎる。
宇宙で活用できる兵装など、高すぎて弱すぎる代物ばかり。

光線級が不在の状況下で、これだ。
到底、人類という知性体の装備では宇宙戦など望むべくもない。

結局のところ、唯一の正しい解決策は核による着陸ユニット撃破のみ。

…着陸ユニットさえ潰せれば。



月面帰りらの人脈。
国防省で、第二計画で培った人脈とツテを最大限に編成。
軍内部に生成した『ルナリアン』の人脈。
それで、辛うじてはあるが核の運用権限へアクセスすることに成功。

そして、いよいよカシュガルにBETAユニットが落ちてきた。

ミニットマンの集中飽和攻撃による一掃。

だが、あと少し。
たった少しのところで、突入してきた海軍特殊戦部隊によりサイロが陥落。
僅かな差で露見。

その事実は、間違いなく関係者への追及の手が伸びることを意味していた。

その一報を国防省で入手し、咄嗟に証拠の隠滅を決断。

行動を行おうとした瞬間だった。

国防省のオフィスに突入してきた完全武装の海軍兵士。
咄嗟に、拳銃に手を伸ばしかけたところで意識が途絶えた。

…ご苦労なことに、わざわざ自分一人のために鎮圧用のガスまで流していたらしい。


だが、生かして捕えるということ。
つまりは、なにがしか喋る機会もあるだろう。




「つまり、躊躇うことなく、速やかに核を使うべきです。ICBMが望ましいでしょう。」

世評によれば、ターシャ・ティクレティウス大佐は切れ者だ。
彼女は統合参謀本部きっての才媛であり、極めて鋭い戦略眼を有している。
実は転生して原作知識もちであるが、誰にもそんなことを漏らしていない。
故に余人はそれを彼女の頭脳から導き出されたものだと勝手に誤解する。
それがためにこれまでの時局を、原作知識活用し、もっともらしい分析と共に報告。
すでに、統合参謀本部内では100年に一度の英才として著名となっていた。

少なくとも、ルナリアン案件の時までは。

「ティクレティウス大佐・・・?」

いまだ、30代後半でありながら、異例の昇進速度を誇り士官学校の席順を度外視した出世頭筆頭。
近いうちに准将に昇格し、上級将官への推薦が当然視される傑物。
そのターシャは、その未来知識を最大限活用できる瞬間を好機とする。

査問の場に現れた高官らに、これ幸いと核攻撃を主張。
白眼視されようともBETAを戦略核の集中運用で殲滅しようとあらん限りに力説していた。
何も知らなければ、それは冷静に狂った戦略家の戯言にすぎない。

「過去の月面からの戦訓を考慮すれば、ミニットマンの飽和攻撃が最も有望でしょう。」

本人は、ごくごく筋道立てているつもりの説明。

「生産が始められているW62弾頭ならば、空中起爆で上部構造物を破壊し、しかる後に触発信管で根こそぎ排除できるはずです。」

だが、誰が知ろうか。

今後、30年近くBETAに人類が圧迫され続ける未来を。

だれが、想像しえようか。

核どころか、G弾の大量運用でユーラシアを沈めるまでに人類が追いつめられることを。

「理想としては、撃ち漏らしを避けるためにも、二桁の核弾頭は撃ち込むべきです。」

BETA大戦中のパラダイムならば核攻撃は全面的に正当化されるだろう。

「上部構造物の強度にも寄りますが、放射線汚染は度外視してでも、数を投入すべきでしょう。」

BETA大戦中のパラダイムならば、即時核攻撃は外交・戦略上容認しえるだろう。

なにしろ状況を一言で言うと『パラダイス』だ。
繰り返すが、『パラダイス』だ。
まだあの忌々しい光線級が出てこない。
だから、『パラダイス』に等しい環境である。

今なら、戦略核の集中運用であっさりBETAを排除できるだろう。
戦略防衛構想を整備すれば宇宙空間でBETA着陸ユニットを迎撃しているだけですむ。
これで、桜花作戦という博打は無用の長物。

おまけにオルタネイティヴ5よりはるかにクリーンだ。

だが、それはあくまでも後知恵。
追いつめられた人類が戦争に特化していく過程で認知された理論にすぎない。

「我が国の核戦略は、ソ連のそれとことなり、精密誘導に依拠して威力をやや犠牲にする傾向があります。ですが、集中運用によって、問題は克服可能です。」

相対的エコ万歳。
G弾で汚染された大地に住むくらいなら、核のほうが幾分まし。
好みではないが、人間相手に落とすわけでもない。
BETA相手ならばまあ、この際致し方なし。
いまさら一発くらいなら地球の環境にも致命的な一撃にはならない。
だって、核実験何回やったよって話さ。

そんな風に割り切って核攻撃を提言し、実行しようとする人間はこの世界ではまだ『ルナリアン』だけだ。

人類は生きているのだ。
全人口を二桁のパーセンテージで削られることに比べれば、核攻撃とて、検討対象といったところ。
少なくとも、G弾でユーラシア沈めるよりは、よほど感謝されるに決まっている。

ついでにいえば、急な減圧でぽっくり逝くのも御免蒙りたい。

そう考えているティクレティウス大佐の発想はMAD理論を信奉するストラテジストには異質其の物。
理解しようにも、前提条件が、戦略基盤が全く異なるのだ。

だからこそ、彼らには理解できない。

「ティクレティウス大佐、貴官はこれが公式の記録に残ることを理解しているのかね?」

暗に査問の意図を履き違えるなという助言。
同時に、此方の意図を訝しむというところ。

居並ぶ諸参加者もよく言って、訝しげ、悪く言えば査問打ち切りの傾向すら見せている。

だから、記録にせめて残してもらわねばならない。

「無論です。ぜひ、記録してください。」

憲兵を呼びたそうにしているのを視界の隅に捉えつつ、言葉を勢いに任せて紡ぐ。
憲兵隊を呼ぶのは結構だが、核攻撃を敢行してからにしてほしいところなのだ。

正直、戦略航空軍団の配属を志望すべきだったか未だに迷っている。
さすがに単独で核攻撃しても後が厄介。

「我が国の核戦力は、なんのために存在するのか?無論、使うためでありましょう。」

どこかの国防産業理事が叫んでいたが、まさしくその通り。
軍事費用は、無用の長物を貯蔵するために巨額の資金を投じたわけではないのだ。
間違っても、間違っても無力化される前に使用しなければ意味がない。

「核は持っていれば幸せになれるコレクションではないのであります。費用対効果の観点からすれば、今使うほかありません。」

そして、現状ならばユーラシアを保全しつつBETA着陸ユニットごとハイヴを一掃しえる。
そうなれば、今次BETA大戦は勃発するまでもなく終戦だ。
後は、技術力を伸ばして月面さえ奪還すれば当面の安全は確保しえる。

「ティクレティウス大佐、BETA相手に核は不要だ。」

だが、そんな発想を説明しえるわけがない。
情報源のソースを要求されたところで、開示できるはずがないのだ。
そんな情報分析など、誰も信じようとも思わない。

薬にすらしたくないだろう。

頭痛に耐えるようにこめかみを押さえて、敬愛すべき我らが議長殿におかれまして、お怒りになられる。
まあ、ある意味では、覚悟していたことだ。怒鳴られるのは、想定の範疇でしかない。

一応。

嫌だけど抗弁だけはしておこう。

「議長、逆であります。今しか、無いのかもしれないのです。核です。核しかありえません!」

「費用対効果の勉強を、士官学校からやり直したまえ!」

ターシャとしても議長殿の見解が正統派であることは認めるにやぶさかではない。
確かに現状の常識からすれば、戦略核を他国にぶち込むという時点で核戦争だ。
相互確証破壊理論の実証的研究と皮肉られても仕方ないような暴挙を要求している自覚もなくはない。

だが、今ならやれるという好機が目の前に転がっている。

そして蹂躙されてBETA大戦をエンジョイするよりかは、中国共産党と政治決着つける方が簡単なはずなのだ。
交渉できる時点で、あの中共とですらBETAよりはるかにお友達になれる可能性に溢れている。
それに、結局友好国のカナダにだって将来的にはぶち込む未来が横たわっているのだ。
それに比べれば、ICBMの投入は歴史的要請ですらあるとターシャは確信している。

「お言葉ですが、議長。月面戦争の戦訓を分析した結果をお手元にお送りしたはずです。」

せめて、それらの行動原理を正当化する努力は惜しまなかった。
胡散臭い注釈をもっともらしくつけただけではあるが。
とはいえ、一応BETAをこの世界では誰よりも知悉している自信はある。

「私は、合衆国にとって、この問題を放置することの危険性の方があきらかだと考えております。」

月面戦争は敗色濃厚だ。

そもそも、あのBETA相手に宇宙で戦争である。
拮抗できると期待する方が、どうかしていた。

…こちらは、宇宙服に穴でも開いたが最後。

対するBETAは、収束爆薬でも使わなければ宇宙空間で撃破できる火器すら乏しいという使用だ。

できる限りオルタネイティヴ計画権限で武装を持ち込んだが限界があった。
宇宙で戦うにはあの著名なツノ付きで赤く塗った機動兵器の集中運用でもない限り戦争にならない。

根本的に、この時代の技術で作られた宇宙船とか宇宙服とかで、月面戦争を戦い抜くのは無理がありすぎる。
これですら、歴史的経緯を勘案すれば格段上なのだから人類にとって月面戦線は遠すぎた。
酸素からなにやら全部せおって月面で戦闘するのだ。

BETA相手に、戦争になるわけがない。

「月面で、我々は負けました。その敵を水際で叩かずしていつ叩くというのです!?」

勢いに任せて、両手でデスクをバンバンと叩く。
実に頑丈なデスクなので、恐れることなく叩ける。
それは実用品として秀逸であるということだ。

だが、それと比較しても優秀という点で見れば作業用のユニットとして見た場合、BETAは優秀すぎる。
戦争ということを考える際に、補給の問題は実に大きい。
殆どの戦争が、兵站の強弱で左右されることを考えれば決定的とすら言えるだろう。
BETA相手に通商破壊作戦は無意味で、兵站を乱すことすら不可能に近いのだ。
原則特に追加装備なしでほとんどの環境に対応できる環境適応性は異常に高い。

最も汎用性の高い歩兵でさえ、人類は山岳なり砂漠なり極地なり、行くたびに専用の装備を用意しなくては戦う前に自滅する。

対するBETAは要塞級に小型種やらを搭載できるので意外と長距離行動も可能ときている。
こっちの現主力兵器、つまり戦車とかが地形に弱いのに比べて、あいつら川だろうと海だろうとものともしない。

歌って踊れれば、もはや何でもできるといってしまってよいに違いないだろう。
タチコマの恐るべきライバル足りえる可能性すらある。
魅力がでれば、某アンドロイドお嬢様にも匹敵しうるだろう。
その時は、ネズミーランドと死闘を繰り広げるのだろうか?

悲しいかな、この世界はネズミーランドの援軍が期待できない。
自前で、排除するしかないのだ。

「我々は、あきらかに既存の敵とは異なるものと対峙しているのです。」

一応、体裁を整えたレポートを作成し各所に配布し警告は散々発した。
けれども現状ではそれほど深刻視されていないとしか言えないようだ。
幾ら結論が正しいとはいえ、ほとんど推測で書かれたレポートなど、というべきだろうか。

月面に対して周回軌道爆撃を!と国連の分析官と共謀して提案したのは、我ながら冴えていたはずなのだが。
仮に月面から退却しても、対地軌道周回爆撃が可能になりますといってやったのだが。

結局この提言はあえなく却下された。

曰く、費用対効果が最悪すぎる、と。
そして地上戦ならば人類に分がある上に航空支援で十分だ、と。

いや、確かに月面の過酷な環境下だからこそ苦戦したのはわかる。
過酷な環境のせいだねと言われればそれはそうかもしれない。

…だが、そうして空を失うのだ。

それから、対応するのではどれほどの犠牲を払うことだろうか。

全く無意味な損耗を出し続けるという人的資源の許し難い浪費。
人類は、もっと効率的に対BETA戦争で死なさなければならないに違いない。
そうでなければ、どうやってあの効率的な作業ユニット相手に損耗で打ち勝てるというのか。

「月面という限定的な戦場ですら、我々には過酷に過ぎました。地表で戦うなど論外でありましょう!」

月面が耐えられているのは、本質的には我々人類をBETAが脅威と見なしていないからだ。
光線級が出現していないのも、単純に優先順位の問題と損害が少ないからに過ぎない。
端的に言ってしまえば、こちらの防衛拠点が少なく、単純にBETAから相手にされてないからだ。

BETAは資源探索が目的。
故に、当然のこととして優先順位は資源である。
そりゃ月の資源が多い方に優先的に向かっていくのは自明のことだ。

つまり、現状の月面戦線は過酷な環境とは言え、BETAの数だけ見れば、まだましなのだ。
いつこのことを軍人が理解するかは、全く別問題だが。

「BETAの戦力と脅威を過大評価しすぎだ、大佐。敵を侮るつもりもないが、ハーディマンのみで戦った月面とは状況が異なるのだ。」

月だったから。
環境が悪いから。

だから人類は苦戦したのだ。

それは、一面の真実に過ぎないことを後のBETA大戦史は証明してくれることだろう。

ホームグランドならば、重装備で手ぐすね引いて殲滅できると?
いつまで、通用するかわからない核戦力というカードをきれるのは今だけなのに。
そもそも、月面への軌道周回爆撃に研究予算満足につけなかったくせに。

だが、それをどうやってもターシャは証明し説得することができない。
山のように積み上げたレポートですら、ルナリアン以外にはまともに相手にもされないのだ。
そればかりか、月面で少しぼけたのではとからかわれる始末。

第二計画の実働部隊として、回収したBETA残骸標本を片手に説得に赴いてもなしのつぶて。
それどころか、これならば航空部隊で十二分に対応可能と回答される始末。

追い詰められてから本気出すのでは、間に合わない。
自分という人間は、夏休みの宿題だってちまちまとやるタイプだ。
今からちまちまと用意しておくべきだと叫んできた。

「閣下、BETA共とてそれは同じことです。我々だけが、一方的に新兵器を戦場に投入しえましょうか。新しい武器、新しい戦法、さまざまな可能性が考慮できます。」

「それは真実だ。しかしだ。だからと言って他国の領土に核攻撃を行うのとは別問題だ。」

そして、悲しいことにカッサンドラの叫びは良識派に届かない。
議長閣下をはじめとして、ステイツの軍人はあくまでも良識を有しているのだ。
彼らの誰も、未来の凄惨な種の存亡をかけた戦争など想定していない。

彼らにとってみれば、核というのは最後のカード。
いわば、禁断の手札である。

その感覚の違いは、パラダイムの違いを意味する。

「他国?確かに、中国は他国です。ですが、そこは人類の土地でも有ります!」

「何が言いたいのかね大佐?」

「合衆国は、人類の未来に責任ある立場として決断することを迫られております。そして、合衆国には、その能力があるのです!」

地球を。
人類を。

代表して、対BETA戦争の指揮を執る立場にあるべきステイツ。

だが、このパラダイムはBETAにユーラシアを持っていかれてようやく目覚める感覚にすぎない。
破滅する寸前に至って、ようやく発揮される危機意識というのは救いがたいものだ。

「確かに、合衆国は責任ある立場にある。大佐、だからこそ、核攻撃など断じてできないのだ!」

責任ある大国が、問題解決のために手っ取り早く核攻撃をできないという理屈は、実にまともだ。

マトモすぎるぐらいに、彼らは正しい。

だが、常識とは主導権を握られた側が叫ぶものだ。
非常識こそが、主導権を握るための最低条件だとすれば?

動くしかないのだ。

相手は、ちょっとばかり我々の常識から外れた宇宙からの招かれざる来客。
ようこそ地球へ!パスポートはお持ちですか?お持ちでない方は、残念ですが、お帰りくださいというやつだ。
お帰りくださらないので、強制的に排除するほかにない。

そして、いまなら、水際で押し返せるのだ。

「中国人民に撃つ訳ではありません!BETAの、強襲降下してきたユニットを叩き潰すための最良の選択肢なのです!」

「中国軍が展開中だ。」

ああ、そうだろうよ。
貴重なサンプル回収を夢見て、機甲師団と航空戦力がわんさかと出ている。
偵察衛星の資料で言われずともすでに確認済みである。
嫌になるくらい豊かな戦力をお持ちのようだが、あの程度では。
BETAを相手にするにはやはり不足しているといわざるを得ないだろう。
相手は、あの化け物どもなのだ。
古今東西化け物というやつは常に碌でもないのだから、ここで粉砕しておくのが最善に決まっているだろう。

「閣下、我々は、今手札を持っています。機を逃すことなく、損害を最小化すべきです!」

そもそも論になると、戦略防衛構想自体は、もう提案済みなのだ。
地球に着陸ユニットを落とすことなくさっさと迎撃しましょうと提言したのに。
予算が膨大に過ぎるとか、非現実的であるとか言いたい放題言われた。

実現には程遠いのが現状である。

こうなれば、もういかなる批判を覚悟しようとも核攻撃を断行するしかないのだ。
原作知識が正しいならば、2週間程度は光線級が出てこないはず。
当然、あ号標的とやらも、ふっ飛ばせばそれで済むのだ。
一撃、一撃でこの大戦を終わらせられる好機なのだ。

間違いなく、BETA大戦中期以降の軍人ならためらわずに核を独断でぶっ放しかねない好機なのだ。
大戦後半に意識調査を取れば、間違いない。
降伏とか恭順とかそういうことがとりわけお好きな方々を除外して即座に賛成の意を表明することだろう。

……むしろ。

核のキーを握っていれば、何よりも早く回すはずだ。
考えることなく、躊躇することなく速やかに。

「核を使えということの意味を理解しているのか!?」

たぶん、この面々の大半は反オルタネイティヴ5派になってくれるんだろう。
けど、今ばかりは将来のオルタ5支持派が議長でないことを残念に思う。
人間とは実に不思議な生き物だ。と冷静に分析しているようで、若干諦めが入りつつある自分を発見。
頑張ろう、超頑張ろう。挫けたらだめだ。将来のことを考えればここで粘っておくべき。
最低でも、元手はとれるはず。

最低でも、投資した労力分はリターンを確保しておかねば。

「理解しております。私は、冷静に分析した結果として即時核攻撃を提言いたします。」

故に、少しばかり真面目に説明しておき自分の戦況理解がダメになっていないことを明かしておく。

通常戦力に限定すればこちらの手札はようやく実戦配備が計画され始めているF‐4と戦車やら自走砲やら程度。
一見すると有望そうな航空支援は、核カードが無くなり光線級とかいう反則カードを場に出されると、使い物にならない。
フェイズ1のハイヴとて現状のドクトリンでは手に余る。
現状でのこちらの対ハイヴ戦略は、お粗末もいいところ。

極言すれば、わーっといってわーっとやっつけて未知の技術ゲットだぜクラスだ。

勝てるわけがない。

「閣下、小官の独断ではありますが、すでに、諸元は入力してあります。あとは、決断して頂くだけなのです!」

一応、軍関係者の名誉のために誰かに対して弁護しておく。
中共や、ウチとかみんな、航空優勢を確保し、地上軍でBETAをやっつけるドクトリンを主張している。
現時点では有効だ。


しかしながら、対光線級の想定が完全に抜け落ちている時点で砂上の楼閣にすぎない。
ALM弾も無しに、機動力の無い戦車や第一世代戦術機で光線級とがっつり戦争?
どうかしている。

物量に対抗するのは航空戦力のみ?
軌道周回爆撃ドクトリンもオービットダイバーズも無しにハイヴ攻略?
知らないとはいえ、無知がここまで恐ろしいとは。

経験という教育者の授業料は高すぎるという警句は間違いなく真実だろう。

「ティクレティウス大佐、そこらへんにしたまえ。」

「閣下、お願いです。どうか、どうか、核攻撃の採用を。神と母の名においてこれこそが人類の命運を左右する転換点ともなりかねません。」

まあ、ここに至っては核攻撃の清算が頓挫しているのだろう。
だから、せいぜい愛国者に擬態しておくことにしよう。

…次の好機が何時に訪れるかは分からない。

「警告するぞ、大佐!」

「どうか、私の分析レポートを精読してください閣下!他に道はありません!」

それを思えば、愚痴を言うだけ無駄なのだろう。

つーか、核で焦土作戦とかやるんだろ?。
ベルリンにだって落としたじゃない。何とかなるからさっさと使おう。
もってりゃうれしいコレクションじゃないんだから。
ほら蒼いコスモスのお偉いさんも言っていたでしょう!?

「そこまでだ!」

「閣下、人類をみすみす滅亡に追い込む選択をなされますな!神が我らに選択を今与えたもうているのです!」

「憲兵!!ティクレティウス大佐を拘禁せよ!」

「閣下!どうか、」

それ以上しゃべらせないよとばかり体格のいい憲兵さんに引きずられていきますよ。
でもまあ、諦めきれずに喚くのですよ。
やれ、核攻撃を今すぐに断行するべきだとか、選択の余地がないのだとか。
BETAを甘く見すぎているとか。
神が合衆国に与えたもうた時間の浪費だとか。

「主よ!どうか合衆国と人類を守りたまえ!」

「下がらせろ!」

「閣下!どうか、どうか、ご決断を!」

まったく、対BETA戦争をこれからどうしようというのだろうね?





とある軍人のユーラシアからの遺品より
国連軍戦史研究会編纂、BETA大戦史 
機密指定:閲覧には国連軍方面軍指揮官以上の推薦と、国連軍機密保持委員会による承認を必要とする。

なお、複製および持ち出しは、階級の如何を問わず、即刻軍法会議送りを伴う。

1973年カシュガル落下物事件
今日、BETAが地球に初めて着陸したカシュガルは中国領(今日の統一中華戦線領)であった。当初の戦局は、航空戦力の活用により優位に推移。現在でこそ光線級の出現により航空優勢が望みえないものの、当該時点において光線級は確認されていなかったため、航空優勢が確立されたことが最大の要因。一方で有利な戦局の推移から中国政府が国連軍の介入を拒絶し、結果としてBETAの光線級に苦杯を舐めさせられることとなった。この事件は、BETAに対する情報不足という点から論じられる点が多い。だが、最近公開された米国公文書の中から興味深い発見が行われた。カシュガルへのハイヴユニット着陸を受けて対策を協議するべく開かれた統合参謀本部の某会議にてBETAユニット着陸時に戦略核の集中運用が強硬に提起された形跡がみられる。議論されていた内容は、諸元が入力され、統合参謀本部の同意さえあれば、即座に核攻撃を行いうるものであったとされる。機密保持の観点と当事者が在命と言う点から、機密指定が一部残されている議事録によれば、月面戦争を分析した士官の一人が、即時に最大戦力の使用を強硬に主張し、降格処分と厳罰を課されている。中ソ合同の紅旗作戦失敗後に試みられて失敗した核によるハイヴ破壊は、この後も幾度か試みられるも一度も成功を収めていない。だがこの時点で光線級が存在しなかったことを考慮すると、成功の成算は極めて高いとされる。(国連軍統合司令部によれば、フェイズ1建設途上のハイヴ着陸ユニットに対して、ミニットマンは、十分な破壊効果が見込める。提言時点においては光線級がないために、攻撃は成功したとの予見は合理性が高い。)しかしながら、当時は現実的とみなされていなかった。この士官の言動は、戦略防衛構想を1960年代後半に提唱し、BETAの地球侵攻を予想したレポートとの関連性が現在指摘されているものである。いずれにせよ、我々はBETAに対して、あまりにも後手に回っていた。
(以下走り書き)
撃ってしまえばよかったのだ。それでこの大戦が防げたのに。
国土を、人民を、愛すべき故郷を全て焼き尽くす羽目になど、ならなかったのに。
その程度で済むならば、私がそこにいたならば、必ず撃っていたのに。



あとがき
お久しぶりです。
カルロ・ゼンとか、存在Xとか称してあちこちに顔を出しております。

なんか、割とBETAのつぶらな瞳に心を焼かれたいというMuv-Luvプッシュがありましたので少し捻ってみました。

ティクレティウス大佐の、愉快なパレオゴス反攻作戦にご期待ください!
ステイツは、人類は、諦めないっ (`・ω・´)

人類の皆さん、皆さんは幸福ですか?



スピンオフ作品、『ルナティク・ルナリアン』はアルファ・コンプレックス市にて公開予定(`・ω・́)ゝ

※セキュリティ・クリアランスが足りていないため、予定日時へのアクセスが許可されておりません。


追記

完結につきこっそりと、部分的にセキュリティ・クリアランスの制限が緩和されました。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

はははははっはははははははははははは。

嘲笑を響かせながら、彼女は嗤う。

だから言ったではないかと。

無能共め、散々よくも足を引っ張ってくれたな、と。

迫りくる戦車級は数知れず。
積み上げた闘士級の遺骸に至っては小さな迷路を作るに足る程。

担いだ対戦車ライフルの弾は完全に射耗。
手持ちの残弾は、アサルトライフル程度。
手りゅう弾に至っては、つい先ほど戦車級に投げつけたのでそこを突いた。
小型種程度には有効かもしれないが、戦車級や要撃級相手に小火器程度では絶望しかない。

本来ならば、重機関銃で相手にするべき相手に肉薄攻撃を繰り返して撃退している現状。
手りゅう弾も、爆薬も底を突いてくるとなれば逃げだすしかない。

そして、それが許されるならば彼女は何もかも投げ出してどこまでも逃げただろう。

だが、逃げ場など人類には最早残っていない。

ユーラシアを沈め、カナダを中央部を戦略核で焼き払い、バビロン災害に伴う減圧で北米の多くを不毛の大地と化したのだ。

クソッタレの第四計画に肩入れし、どうやら上手くいくと油断したのが致命的だった。
乾坤一擲の桜花作戦を、最後の最後でしくじったらしい。

即座に発動された第五計画。
持てるものをかき集め、シアトルのシェルターに飛び込むので精いっぱいだった。

そして、このざまだ。


たかが、たかが土木作業用のユニットごときに。
人的資本価値を垣間見ず、一切合財を排除する単なる末端ユニットに。
人類が、資本が、社会が、自分が蹂躙される羽目になった。

冗談ではない。

我々のシカゴ学派。
我々の市場。
そして我々の人的資本価値。

そのすべてを無視する低脳ども。
そんな連中程度に、そんな連中程度に屈するわけにはいかないのだ。

襲いかかってくる兵士級に鉛玉をぶち込み、半生半死のそれをバリケード代わりに防戦して久しい。
合衆国が誇った兵器廠で山のごとく積み上げられた弾薬をうちつくすほどの奮戦。

だが、弾に限りがあり人間に限界があるにもかかわらずBETAはきりがない。

「クソッタレのBETAに存在X!このおとしまえは兆倍にして返すぞ。必ずだ、必ず存在もろと殺してやる。」

崩れた防衛線の一角。
其処に浸透してくる小型種を吹き飛ばすべく、各所に設置されてある航空用燃料へ集中射撃。
食いつかれ、苦悶の表情のまま吹き飛ばされる部下の姿。
辛うじて再編に成功した情報軍の精鋭が、正規編成を保った一個師団が。

今では、わずかな区画の全集防御にすら事欠く兵数しか残存していない。

そして、それが人類有数の反攻勢力というのだから笑うしかないだろう。

「もうすぐここは陥落する。もうすぐそこまで化物が来ている。 
本施設よりこの通信を聞く『人間達』に最後の命令を送る
抵抗し、最後の義務を果たせ」


「非道い人だ あなたは 何奴も此奴も連れて回して 一人残らず地獄に向かって進撃させる気だ」

「それが戦争で、諸君のいう地獄はここだ。
 無限に亡ぼし無限に亡ぼされるのだ そのために私は諦観の夜を超え今、火の朝を迎えるべくここに立っている。
 見ろ、人類の敗北が来るぞ。 我らルナリアンは少なくともこれで勝利と共に滅びるわけだ。一勝一敗というところか?」

「狂ってますな、少将閣下。」

「ありがたいことに私の狂気は君らが保証してくれるというわけだ。 
ならばよろしい。 ならば私も問おう 君らの正気は一体どこの誰が保障してくれるのだね? BETAにでも祈ってみるかね?
一体どこの誰に話しかけているか判っているかね?私がライヒの黒衣を着て突撃宝珠を振りかざせば良かったかな?
私はラインで、南方で、泥濘で地獄の底を這えずりまわった生き残りだぞ?一体何人殺したと思っているのかね?
闘争と暴力を呼吸するかのように行う戦闘集団の生き残りに狂っていると?いかれていると?
何を今更!!半世紀ほど言うのが遅いぞ!!」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

11月7日、部分的にこっそり追記しました。
もうね、ローマ資料を英語とラテン語ってのは無理ぽ。
どうして、ガルスもオトラント公もローマ世界にぶち込むなんて発想にいたっのかと、小一時間自問自答したいですよ…。

多分、あるいは、ひょっとして、デスマーチでテンションがおかしくなった勢いでルナティックルナリアン本当に投稿するかもしれません。

まあ、ご容赦を。



[24734] 番外編5 『毒麦のたとえ』
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2017/01/29 16:24
諸君の希望を言いなさい。

私の部隊をゲリラ兵で編成してください。


[特殊作戦司令部にて連絡将校とZAS担当官。]




壮年の恰幅のいい白人男性。
いっぽうで、誰の印象にも残らないような服装と物腰。
そのカンパニーの担当官に思わず地を出させたのだ。

クスリと笑えばかわいらしいのだろうが、ターシャが浮かべたのは獰猛な笑み。
本来、笑顔は親しみを相手に示すものだろう。
だがその笑みは、笑うという行為が本来攻撃的なものであり、獣が牙をむく行為が原点であることを思い出させる。

「冗談だろう?」

「いえ、本気ですよ。」

呆れたようなカンパニーの連絡官。
希望を言えといった口で、まったく失礼な連中である。

笑顔を詰まらないという表情に切り替えターシャは手にした書類を一瞥。

「無能共ですよ。」

ひどいものだ、と内心の呆れを顔に表しつつ読み飛ばす。
予期していたとはいえ、現地治安機関の無能ぶりは手におえない。

軽く国家機動警察なり、国家憲兵なりを視察した限りでは単なる白蟻の集まりだった。
人的資源としてみる価値もないばかりか、資本を蝕み崩してく連中。

買収され、水漏れも激しい。
カンパニーの資料が記録する限り、腐敗していない官吏は墓の下だ。

法執行機関に至っては、逮捕状を出した判事が車ごと爆殺される案件が連続して発生。
硬骨漢で、辛うじて生き残っているある空軍の将軍が一年間に何度襲撃されるかなど笑い話のような世界だ。
陸軍の武器横流しに至っては、対外援助政策でステイツが用意した武器がそのままゲリラに流れる始末。

これで、忌々しいコミーとゲリラ共を掃討しろと?

「使い物になりません、そこら辺を歩いている子供を訓練した方がまだ使えるかと。」

端正な顔に感情を交えることなく淡々と告げるターシャにしてみれば、腐敗にほとほと嫌気がさしている。

手を抜くこと、権力に媚びること。
それでいてながら、弱者に当たり散らす。

まあ、典型的であるがそういった治安機関要員の再訓練など時間の無駄だ。
たちが悪いことに、都市ゲリラ戦において無能で腐敗した治安機関要員ほどゲリラにとって幸いする奴らもいない。
都市ゲリラマニュアルに記載されているように、無能な連中は結果的にゲリラの味方なのだ。

奴らは、潜在的には安定を望んでいるはずの市民すらもゲリラ側に弾圧と汚職で追いやってしまう。
なによりも、投じた費用に見合う成果を上げることなどなく単なる予算の浪費機関だ。
いや、単なる浪費ならばともかくそれがゲリラ側への補給源にされているとなれば我慢の限界。

「いっそ、大統領府を中心にカウンター・クーデターでも起こしませんか?そちらの方が、よほど効率的です。」

費用対効果を考えるならば、奴らこそを根こそぎ刈り取ってしまった方が幾分か楽に違いない。
対ゲリラなり、対カルテルなりを希望するならば、それから本国から兵隊を連れてくるほうがよっぽど簡単だ。

そのためには、腐敗し信用できない治安機関を解体する必要がある。
むろん、一撃で迅速かつ速やかに、だ。
幸い、コロビニアの大統領府は対ゲリラ・カルテル戦争に及び腰とはいえ乗り気。

「下手に信用できない味方に苦労させられるくらいならば、一掃すべきです。」

居ても居なくても治安維持効果に大差のない無能共。
それを排除し、一時的にステイツからPKOという名目で軍を出せばいい。
泥沼の非正規戦に陥る前に圧倒的な大兵力で一時的に制圧し、かつ現地の統治機関を温存して権限を委譲。

首都と複数の主要都市だけを制圧さえすれば、治安機関の浄化は時間の問題だ。
民主的に選出されている大統領の要請によって介入するのであれば、泥沼化は比較的容易に回避できる。

「正規軍による介入が困難であれば、都市ゲリラを偽装し治安機関の膿を排除することも可能ですが。」

せめて、それができないのであれば。

市街地で、貧民地区で、周囲を巻き添えにする形で都市ゲリラ戦を敢行してもよかった。
民衆の正義を唄う連中が、腐敗した官吏を撃つという名目でマトモな治安機関要員を狙っているのだ。
だから、こちらは相手の言い分通りに『連中とつながった腐敗官吏』を白昼堂々爆殺してやればよい。

そうなれば、平穏と平和を望む連中は挙って治安機関の強化を叫ぶことだろう。
そこに、ステイツが介入する余地はいくらでもある。

あくまでも、淡々とではあるがターシャは腐敗官吏とゲリラ許すまじという市場原理に基づき熱意を燃やす。
正当な経済活動を阻害するばかりか、国家という経済要素をかじり倒す白蟻である。
さっさと、駆逐しておくべきだという意見に経済関係者ならば即座に同意しただろう。

実際、進出している企業のビジネスマンにしてみれば議論の余地がない。
…現地駐在員の保険料だけで、一人当たり3万ドルもかかる国家というのはビジネスには最悪なのだ。

「…対外援助政策に基づく軍事援助だ。我々に介入の権限も直接の指揮権もない!」

だが、カンパニーとして唯々諾々と賛成しかねる内容。
はっきりといって、過激すぎる方策もいいところだ。
彼らの上が望んでいるのは、現状の枠組みの中での改善。

つまりは、目の前の化け物が提案している本格的な武力介入や積極介入は許容外。

まあ、担当官にしてみればこんな『化け物』を送ってよこした本国の自己矛盾を笑いたいのだが。

「2×2は4です。いいかえれば、0×αはどこまで行っても0なのですが。」

こんな使い物にならない兵隊を、兵隊に仕上げろと?
暗に、そんな無駄はしたくないなと全身で物語るティクレティウスの姿。

担当官としては、頭を抱えたくなるというものだ。

上が何を血迷ったのかは知らないが、『危険物』を投入して平穏無事に解決させようなどと。

しかも、参ったことにカンパニーは『コレ』を使わざるを得ないのだ。
そうでもしなければ、ステイツの裏庭が食い荒らされてしまう。
つまるところ、劇薬を飲み干さねば治療できないのだ。

如何しろというのだ?

だが、彼の苦悩は傍で渋い顔をしている初老の男性によって救われる。

「ティクレティウスCEO,そこらへんで若いのを苛めるのは勘弁願えませんかな?」

見かねて、割って入る。
そんな姿勢を保ちながらも、ジョン・ドゥ局長は話を引き取った。
彼にしても、知っているだけにキリキリと痛む胃と戦いだが。

「これはこれは、ドゥ局長。」

「貴女ならば、それこそ1ヶ月もあれば新編の連隊くらいは実戦投入できましょうに。」

戦闘団の編成・実戦投入の実績はステイツではありえないほど短期間に為されている。
通常の手続きを悉くすっ飛ばしてではあるが、短期錬成には定評があるのだ。

「やれと、おっしゃるか。むろん、手段を選ばねばできなくはありませんが。」

「…どれくらいですか?」

無論、本当に如何なる手段をも選ばねばという但し書きが付く。
そして、ジョン・ドゥ局長は過去の経験からそれが『文字通り』であることをよく知っていた。

「半数は、殺しても?最悪、略式の軍法裁判で抗命・不服従・反逆・収賄で銃殺する権限がいただきたいのですが。」

だが、世の中には知っていても胃が裏返りそうになることが幾らでもあるのだ。

…本気で言っているのだろうな、とわかってしまう自分がいやだった。

「…本国と協議しても?」

「もちろんです。前向きな回答を期待させてください。」















コロビニア公安警察とステイツ諜報機関の交渉は頗る簡潔に終わる。
ステイツにとって幸いにも、相手は珍しく話が通じるまともなリアリスト。

車爆弾に襲われること3度。
そのたびに内通者をあぶりだし続けていたミゲール長官である。
彼にしてみれば、もはや自分の部下が信用ならないのは自明。

早い話が、忌々しいゲリラとカルテルを一掃したという両者の願望が一致。
故に、公安警察ミゲール長官は早々と無能で腐敗した治安関係者の粛正に同意。

問題は、ステイツの介入に対して主権国家として如何に対応するかという問題。
結局のところ、公的機関が汚職で蝕まれているときに政治がクリーンであるわけがないのだ。
当然、政府各機関どころか議会関係者の多くも汚い金と大なり小なり関わっている。

そして、難しいかじ取りを迫られる大統領にしてみれば二律背反のジレンマだ。

彼は、心の底から祖国に平和を取り戻したかった。

同時に、心の底から祖国を蝕むゲリラや犯罪者を駆逐したくてたまらなかった。

つまり、安定をとり犯罪を見逃すか。
犯罪と闘うことで、祖国で苛烈な闘争を引き起こすか。

彼には、実質的に不本意な選択肢が二つしかなかった。

そう、『二つしかなかった』だ。

今や、彼には選択肢などない。
カルテルどもはやりすぎた。

おかげで、ステイツの武力介入か、自力対処かを迫られていたのだ。
そして、しびれを切らしたステイツが一つの解決策を提案してきた。

はたして、誰にそれを拒絶することが可能だろうか?

「…さて、本題に入ろう。ミス・ティクレティウス。」

「なんでしょうか、大統領閣下。」

すまし顔でいけしゃあしゃあと聞き返してくるスーツ姿の小娘。
全く、馬鹿にされたものだと吐き捨てたかった。
祖国を蝕む病理をその程度と称した超大国。

それを簡単に解決して御覧に入れると保証してよこした人材が、この程度の小娘?
大統領は内心で煮え繰り返る思いをこらえながら嫌味を吐きすぎないようにこらえながら口を開く。

「内政干渉を敢えて許すのは、解決できるとステイツが保証しているからに過ぎないことを理解しているかね?」

貴様ごときに、解決できるものかという疑念。
それをあくまでも、外交儀礼上問題にならない程度にオブラートに包んだ表現。
だが内包されている疑念は、どんなに鈍感な連中でも理解できるだろう。

そして、それはターシャにとっても容易に察しえる。

「ご安心ください。死は全てを解決します。人間がいなければ、問題は起こらない。」

だから、淡々と安心させるようにつぶやく。
ゲリラがいるから、カルテルがいるから、問題が起こるならば。
さっさと駆逐してしまえばいいだけの話。

後は、まっとうな経済活動で経済を成長させるだけの簡単な話だろう、と。
早い話が、敵には恐怖を、味方には安寧を。

たった、それだけの簡単な解決方法だ。

「……私は、祖国に平和を回復したいのだ。間違っても、内戦などやらかされては困るっ!」

「大統領閣下、お言葉ですがこれはすでにある種の戦争です。」

そして、ターシャにしてみればコロビニアの情勢が安定するならば多少の犠牲はどうでもよかった。
なにしろ、ターシャの視点に立てば破綻国家の後始末。
ステイツに散々薬物を流し込む問題の根源を排除するための機会なのだ。

彼女には、大国に翻弄される国家の大統領が心底願っている平和に興味がない。
その平和に要するコストが、経済活動に与える影響にしか関心を払う価値を認めえない。
馬鹿馬鹿しい話だが、この国ではビジネスマンが碌に安全に仕事もできないのだ。

そんな国家が望む微睡の平穏など、ビジネスマンにとって、価値があるだろうか?

「そして、ご安心を。私は、戦争の終らせ方を知っている軍人です。」

それくらいならば、秩序を回復。
そのうえで、経済建設でも行った方がよっぽどまし。

それが、市場原理主義者の導き出す単純明快なシカゴ学派的解決策。

無論、市場を認めるのならばそれこそ依存性のない薬物の合法化程度は検討してもよかった。

だが、悲しいかな。

薬物を資金源にしているのは、コミーとカルテルなのだ。
市場を蝕む輩相手に、シカゴ学派の前提とする市場は創設しえない。
であるならば、純理に基づき排除するしかないのだろう。

だから、ターシャは淡々と排除が最善と結論付ける。

「随分な口を利くものだな。青二才ッ!」

「ははははははははは、大統領閣下。その辺で、どうか、落ち着いてください。」

「スタンリー大使!やはりっ、信用ならん!!」

だが、その割り切りをしないのが人間なのだ。
薄っぺらい平和だろうとも、それが与えられる限りおいて自国の国民を思うのが大統領。
そして、貧困層上りの大統領はほかに食べるすべのない市民がカルテルに属してしまう現実を知っているのだ。

彼が、ステイツに望むのは雇用の創出。
間違っても、鉛玉をまき散らす連中ではない。

「では、いかがでしょうか。その、一都市のゲリラ掃討をお任せいただきその手腕を見てから決するというのは?」

だが、破局寸前の会談は辛うじてではあるが米側大使の機転でつながれた。
にこやかに割って入るスタンリー大使によって提示される折衷案。

はっきりといえば、拒否権をコロビニア側に差し出す提案。
これによって辛うじて大統領の破裂は抑えられる。

上手くいけば、採用すればいい。
上手くいかなければ、そのまま拒絶すればいいのだ。

一見すればコロビニア側にとっても、ステイツとっても妥協可能な範囲。
交渉を何とか取り持つべくスタンリー大使は双方のメンツを立てつつ現実的な解決策を提示していた。

これを飲んだコロビニア側とにこやかに談笑するスタンリー大使。

しかし、会談を終え大使館に戻る車中でターシャは獰猛な笑顔と共に大使に問いかけていた。

「・・・宜しいのですか、大使閣下?」

この国の腐った現状とステイツに対する明白な現存する脅威を騒ぎ立てているのはこの大使。
ターシャが派遣されたのも、そもそもは軍に大きな影響力を持つスタンリー大使の要請があればこそ。

そのスタンリー大使が一見すると穏やかな妥協策を提示することの意味が分からないターシャではない。

「ステイツの力を見せつけてやれ。はっきり言おう、これ以上カルテルをのさばらせるな。」

ニヤリと笑う大使。
人の好さげな微笑みが消え去った表情に浮かぶ笑み。
それは、まさしくステイツの優位を信じて疑わない超保守派の本音を表していた。

彼らにしてみれば、やむを得ず妥協しているにすぎないのだ。

潰せるならば、ステイツに害を為す輩を叩き潰したくてたまらないに違いない。
だからこそ、対ゲリラ戦争に躊躇しているコロビニア政府に最後通牒じみた要求を暗に押し付けているのだ。
まあ、その行動は厄介な薬物対策とメキシカニア方面の安定のために適切とZASは判じているが。

「…やむにやまれぬ人にとって戦は正義であり、武力のほか一切の望みが絶たれたとき、武力もまた神聖である。」

「『リウィウス』か、まあ、その通りなのだろうな。結局のところ、問題は経済格差と貧困だ。」

そして、その一方で問題の根源は経済格差と貧困に起因することも彼らはよく理解している。
結局のところ、ゲリラやカルテルが湧くのはそれ以外に食べる手段がないからだ。

対ゲリラ戦争・非正規戦をある程度経験している人間にとって、この事実は自明。
まして、大使クラスの人間ともなれば現地情勢はよく理解している。
ターシャが指摘するまでもなく、この国の問題は根本的には生活改善以外にないのは当たり前だった。

「ご存知ならば、話は早い。根本から対応する必要があるのでは?」

一応、問題解決のために派遣された身。
職務上の義務として、一応念を押しておくべきかという程度の疑念提起。
ターシャにしても、別段生活改善のための慈善事業を営む気は一切ない。

ビジネスになる規模まで拡大すれば、社会慈善の名目で介入することもあり得るだろうが。

「…ステイツの問題が解決するならば、知ったことかね?」

「確かに。予算の無駄遣いはよくありません。」

そして、返された答えに納得する。
要は金を使わず、できるだけクライアントの損害を抑制しろという話だ。
早い話が、ステイツに流入する薬物の撲滅とコロビニアでのビジネス環境の整備。
まあ、後者は首都の治安回復程度でいいだろう。

つまり、大使殿のお言葉をまとめるならば。

「では、大統領府が許可を下さるように“立派”な成果をせいぜい頑張って出すことといたしましょう。」

「期待している。」











…戦闘空域に突入。

高度1000
巡航速度より、最大戦速へ増速。

梯団ごとに突撃隊列形成。

地形追随飛行を解除、制空用に最大加速で上昇。
高度をとりつつ無線封鎖を解除。
索敵術式、全力展開。

術式を発現しつつ、ツーマンセルを再構築。

航程クリア。
針路想定通り。
市街戦を想定しての突撃隊列形成完了。

電子戦開始。
対抗電子戦、確認できず。
マザーとのコンタクト確立。

NROより戦域情報受信確認。

都市ひとつが舞台。

全く、野良犬どもには贅沢な墓場だ。

内心で、ゲリラ相手ということに嫌悪を感じつつ飛行。
最も、久しぶりの実戦に高揚している自分の精神も大概なのだろうが。

苦笑しつつも、グランツは手際よくやるべきことを確認。

「ベルカ01より、ベルカ中隊各位。久しぶりの戦場へようこそ。歓迎しよう。」

中隊全要員の追随を確認。
長距離浸透飛行程度で脱落する無能は、中隊にはいない模様。
全く持って、幸い。

さすがに、染み付いた経験というのは簡単には腐らないものらしい。

ああ、嗤うしかないだろう。
年月を経てなお、彼らは戦争に生きているのだ。
そしてここは、彼らにとって最後の楽園。

「カルテル程度、嗤って殺せ。…本物の戦争を教えてやろうじゃないか。」

「「「「Ja, alles klar!!!」」」」

戦時国際法は、カルテル構成員相手に交戦団体としての資格を認めていない。
簡単な仕事だ。

懐かしい音響。
炸裂する術式に、軽快な機関砲。
盛大にまき散らされる発砲炎のきらめき。

そのすべてが、忌まわしくも懐かしい。

「身体の底に響く実にいい音だ、脊髄が悲しく踊り鼓膜が歓喜に震える。」

切りかかってくるカルテルのまだ年端もいかない若造を蹴り飛ばし、術式を展開。
爆裂術式を高速展開しつつ、並行して放り込まれる擲弾を投げ返しつつ応射。

「それも常に死と隣り合わせのこの地で感じる事のできる喜び。ああ、何と充実した仕事か!」

爆音とともに吹き飛び爛れる死体の匂いを吸い込みつつ、部隊は行動を継続。
都市における制圧戦の基本は、区画ごとの掃討。
言い換えるならば、エリアごとの粉砕が最も最適。

限定的な攻勢に制約されているとはいえ、カルテル支配下の都市への攻撃だ。
武装しているゲリラはすべて排除する許可が下りている。

簡単な話だ。

暴力でもって街を支配しているのであるならば、それ以上の暴力をたたきつけてやればよい。
後は、寛容を武器に市民とゲリラを分離すればよい。

「ベルカ08より、CP。製造拠点を制圧。作業員の処理完了。」

「ベルカ12より、CP。事務所を制圧。関連書類の押収中。」

「CP了解。引き続き、各隊は掃討戦を継続せよ。」

ラインの、東部の泥沼を這いずり回った彷徨える敗残兵。
彼らにとって、軽火器で武装した程度の敵では物足りない。
そもそも、本来ならばコミーのカテゴリー1魔導師連中を想定しての編成。
それが、少々暇を持て余していたが故に回ってきた戦場。

「ベルカ03より、ベルカ中隊。目標を確保。繰り替えす、目標を確保。」

「宜しい。消毒後、ただちに帰還する。」

つまらないほど、簡単に終わる任務。
自爆して抵抗してくる敵兵はなし。
どころか、督戦隊が出張ってきて死兵と化した敵兵すらでてこない。

やつら、暴力と恐怖の度合いを理解していないのではないのだろうか?

…所詮は、平時の狂気か。


物足りないと感じる自分。
それが、戦場に全身で浸っていた人間の狂気なのだろう。
RTB中、物足りない気分に襲われる。

だが、荷物を抱えて煩悶しながらの帰還は呆気なく終わる。

手順通り隊列を解除してカンパニーのダミー企業が確保した敷地に降下。

「ベルカ中隊、ただいま帰還いたしました。」

「ご苦労、グランツ中隊長。君の隊が一当てした感触が聞きたい。」

そのまま、待ち構えている我らが社長殿にご報告。
特殊戦や破壊工作とは異なり、ずいぶんと久々の威力偵察。
ある意味で、ライン終戦工作以来久方ぶりのまともな軍事行動。

「朽ち果てていたドアをけり破るようなものかと。」

だが、遺憾なことに警察程度で事足りる武装のカルテルが相手だ。
威力偵察程度どころか、単なる蹂躙戦に終わったのは実に幸いではあった。
損害が出なかったことを指揮官として喜ぶ気持ちは確かにグランツにもある。

こんなくだらない戦場で部下を死なすことほど、指揮官にとって屈辱もない。

「おや、カルテルは気合が足りないようだ。ストラス隊が遊んだゲリラはもう少し戦争好きだったらしいのだがな。」

しかしながら、同時にもう少しだけ真面目に戦争を期待していた自分がいるのだ。
戦場で人生最良の時代を過ごした人間というのは、何処まで行っても戦場から離れられないのだろう。
もはや、そういう人生だとグランツは少しばかり割り切っている。

ライヒのためにと誓った身だ。
コミーと刺し違えるならば、祖国を割った連中と刺し違えるならば本望だった。

それだけに、敵がコミーですらないステイツの敵であるというだけでは非常に消化不良に近い。
せめて、ストラス隊が叩いたというコミーの方を蹴り飛ばしたかったというえり好み程度は許されるだろう。

「とまれ、ご苦労だった諸君。では、本題に入ろう。」

だが、さすがに意気揚々と仕事の話に移っている上官の話をさえぎって願うことではない。
彼は軍人であり、帝国軍人であり、つまるところライヒの軍人であった。
ライヒの軍人は反逆しないのだ。

これが、ライヒのためになると上官が判断したのであるならばグランツは唱える異議を持たない。

「大統領府は同意した。早速カンパニーからの仕事を開始しなければならない。」

そして、事前に伝えられた通り中南米の安定はライヒ方面への合州国軍増強につながる。
また、当地におけるコミーの勢力を削るべきであるという意見には全く異論がない。

「3年以内に、コミー系ゲリラ並びにカルテルを排除できるように警察・軍の育成業務だ。」

もどかしい、という表情のデグレチャフ閣下。
だが、表向きは軍事援助や軍事顧問団という扱い。
つまるところ、直接の軍事的な介入が禁じられてしまうという制約下での任務だ。

ZASという民間企業が、依頼されてコンサルタント業務を行うのだから仕方のない建前でもある。

今回の軍事作戦は、カンパニーのカバーストーリーでコロビニア国家憲兵隊が実働したことになるらしい。
まあ、自分たちが教導する予定の連中が実戦を担うという建前に従うということなのだろう。

「戦争ができる程度に鍛え直してやれ。ついでに、麻薬供給ルートも叩いて来いと取締局が叫んでいる。」

そして、それを使い物にしつつ薬物供給ルートをたたくというのが最終的な目的。

「面倒だが、命令だ。さあ、手始めに内の掃除から始めよう。半分までは、許されたぞ。」

にこやかに笑う上官。
気が付けば、居並ぶ全員もにこやかに笑っていた。












ラングルレーから飛んできたお偉いさんの第一印象。
それは、酷く胃が痛そうな顔だった。

カンパニーきっての敏腕、ジョン・ドゥ局長。
中央作戦局から、わざわざ対ゲリラ・カルテルのために超大物がおこしますのだ。

現地のカンパニー要員らにしてみれば、ヘマひとつ許されないという緊張感が漂っていたとしても無理がないだろう。
そして、空港で受けた第一印象からして誰もがジョン・ドゥ局長が神経質であることは理解した。

そんな扱いに困る大物が直卒する作戦。
実働部隊としてラングルレーからまわされてきたZASという連中。

…そして、ZASは着任早々超保守派のスタンリー大使の指示でやらかしてくれていた。

完膚なきまでに、容赦なくカルテルとゲリラの根拠地をそれぞれ一つずつ破壊。
ゲリラ相手にはナパームをばら撒いた後に、ハロゲン系消火剤をばら撒き意図的にガスまで発生させていた。
そのうえで、戦時国際法は禁じていませんと嘯く始末。

森林破壊を行うに忍びなく、火災を鎮火しようと最善を尽くしましたと言われたとき担当者が激高しなかったのは奇跡に近い。

市街地の方は、まだ、まだましだろう。
だが、それでも麻薬取締の名目でコカイン精製工場を丸ごと一つ焼き尽くしてくれている。
まあコカインを焼くのは、まだいい。
それは、歓迎できなくもないだろう。

だが、その時たまたま不運にも全ての工員が逃げ遅れて焼死したらしい。

オマケに、カルテルの首脳陣が家屋に踏み込み平然と銃撃戦を展開。
曰く、『不幸な銃撃戦の発生により巻き添えが出たことは遺憾』とのこと。
お陰で、カルテルに雇用されていたと思しき従者多数が死体で発見されている。

内偵では、処刑したと思しき痕跡もあったという。

そんな狂人ども。
劇物扱いされている連中。

言い換えるならば、それを投入させるほどカルテルの横暴はステイツ上層部を怒らせているのだろう。
誰もが、思わず合州国が本気であると理解させられる開幕早々全力投球である。
スタンリー大使としては、たいそうご満悦のことだろう。

お陰で、現地で働くカンパニーの要員がヒイヒイ泣きながら仕事をする羽目になっているのだが。


そして、胃痛で顔色が真っ白になっているジョン・ドゥ局長が頭痛をこらえながら持ってきた書類。

『国家憲兵隊の綱紀粛正』とやらの計画書。

カンパニーが収集した腐敗や内通の証拠を活用して叩き直す?
逆らうならば、陸軍刑法に基づき簡易軍法裁判?

あのZAS連中に、軍事裁判権である。

目を通しただけで、物騒な予感がしてたまらなかった。


だから、彼らが教導に行く初日。
カンパニーの現地スタッフは極力問題を避けるべく最善の努力を払ってお膳立てに努めた。
移動に使う車に仕掛けられていた仕掛け爆弾は、未然に解除。
現地部隊が計画していた横流しは、わざわざ横流しグループに警告を発して阻止までしてのけた。

早い話が、ZASという戦争狂に火をつけないための措置だ。
ついでに言えば、わざわざ中央からやってきたジョン・ドゥ局長の不興を買わないための努力でもあった。
だが、カンパニーの現地スタッフは知らない。

「こちら、国家憲兵第724空挺連隊のドラコール中佐殿です。」

「お初お目にかかる、ドラコール中佐。業務を委託されたZASのターシャ・ティクレティウスCEOです。」

「よろしく、ティクレティウスCEO。」

にこやかに談笑する国家憲兵隊指揮官の運命を、早々とジョン・ドゥ局長が神に任せていることを。
彼の指揮する部隊で、汚職にかかわっていないものなど数えるほど少ないのだ。
あのデグレチャフがそんな無能を、生かしておくかどうかは半々だとドゥ局長は割り切っている。

だが、同時に一縷の望みをかけて問題を悪化させない努力は惜しまない。
訝しげにターシャ・ティクレティウスと名乗る小娘を見つめる指揮官の延命を多少は試みるのだ。

「ああ、ご安心くださいドラコール中佐殿。」

暗に、自分が誤解を解くからお前はおとなしくしていろと言わんばかりの介入。
いくらなんでも、初日に軍事顧問が受け入れ先指揮官を射殺したでは外聞が悪かった。
スタンリー大使は大喜びするかもしれないが。
情勢を分析するカンパニーにしてみれば、そうなったときの外聞が悪すぎる。

「彼女は、いえ、彼女の会社はプロだ。それも、この分野では世界最高峰の。」

デグレチャフが、対ゲリラ戦の指揮を執るのだ。
ステイツの事情を知る将校であれば、それが手段を選ばなければ最善であることを認めることだろう。
手段を、一切選ばず、人道条件を一切問わねば、だが。

「ミスター・ドゥ。貴方の言葉を疑うわけではないが、お手並みを見たい。」

だが。

穏便に収めようというドゥ局長の努力は濁声でつぶされる。
ああ、そういえば今晩のフリカッセはベジタリアン用にトマトだったなぁと一瞬現実逃避したくなる。

丁寧なのは字面だけ。
侮った態度を隠しもしない国家憲兵隊の指揮官が態度。
それどころか、ジロジロと舐めるような視線を小娘に見せている。

そういえば、ドラコール中佐とやらは売春で年端もいかない娘を何人か殺していたなぁと今になって思い出す。

ジョン・ドゥ局長にとぅてこんな人間が、治安機関のトップという時点で信じがたい気分。
同時に、これでは上がデグレチャフを投入したくなるのもなんとなく理解できてしまう。

だが、納得している間に事態は急展開を迎えるのだ。

「当然でしょうな。よろしい、軽く手際を御覧に入れて見せましょう。」

にこやかに笑みを浮かべたままターシャ・ティクレティウスCEOは一枚の封筒を鞄より取り出すと開封。

「略式ながら、軍法裁判。被告、ドラコール・アンドロギン中佐。」

淡々と読み上げる口調は、事務手続きを行っているかのようなそれ。
読み上げている当の本人は、どうということもない書類を読むかのように淡々した姿勢。

「嫌疑、横領・武器並びに弾薬の横流し、ゲリラとの内通、職務義務違反多数。」

「ふ、ふざけるな!これは、一体何の真似だ!?」

だが、一瞬の硬直からよみがえった面々。
言葉に込められた重大さが行き渡りはじめるころ。

その瞬間にはZASの兵士らがライフルを構えている。

「判決。有罪、略式による銃殺刑。軍法裁判につき、本案件の上訴は認められない。」

そして、心から嬉しそうに判決を告げるターシャの声は残酷なまでの喜悦が混じっている。
アレは間違いなく、無能と反逆者を喜び勇んで銃殺刑に処する傾向があるのだろう。
帝国時代、忠誠心抜群なれども劇物と帝国軍が評したわけである。

「判決の即時執行。なお、コロビニア陸軍刑法第32条に基づき、貴官には希望すれば目隠しを使用する権利があることを通告する。」

「ドゥ局長、これは、いったいどういうつもりかと、聞いている!」

狼狽しきった濁声。

…ああ、面倒事はいくらでもあるのだなぁ。

そして見たくないものの、見やると答えを待つ瞳。
虚無的な瞳だなぁと思いつつも、見つめなおさねばならないのが自分の立場。
嘆きつつも、ドゥ局長は隣で自分の答えを待っているティクレティウスCEOに答える。

「半数は、きちんとものにしたまえよ。」

もちろんだと頷く化け物。

その姿を見ているドゥ局長は確信せざるを得ない。
こいつは本当に半数程度すりつぶしかねない、と。

大方、半分処理すれば残りの給料を二倍にして汚職を防止できる。
オマケに、経費負担に変更なしで経済的とか考えているのだろう。

…実に的を射ていそうな気がしてならない。

その思考を予想しただけで痛み止めと胃薬を飲んだはずの胃がキリキリと叫び始めていた。

「希望の申請がなされなかったため、そのまま執行。弾薬代の請求書を遺族へ。」

そして、処刑の宣言。

次の瞬間、実に手際よくZAS連中はぶっ放していた。
冗談でもなんでもなく、本当に言葉通りに。
命令一下、躊躇なく小隊が発砲し国家憲兵隊中佐を射殺。

どころか、どこともなく取り出したシャベルで穴まで掘っていた。
そのまま蹴り飛ばして穴に落とすと、痙攣している遺体にさっさとガソリンをかけ始める始末。

ZAS以外で実際にやると予期していたのは、せいぜいドゥ局長くらいだろう。
色々とトラブルを予期していたカンパニーの現地要員らにとっても、さすがにその発想はなかった。
軍事顧問団が、まさか、初日に?

「…やりすぎじゃないですか?」

思わず、といった口調。
咄嗟に咎めるべきか、問題ではないのかと疑念を抱くカンパニーの人間。

「何を言っている。奴が部隊丸ごと殺さなかっただけ随分とおとなしい。」

「・・・・・・・・・・・・・・・本気ですか、局長。」

そして、それに対するお偉いさんの答えは予想をはるかに上回る代物。

「なんでたかが、教導程度で本国から出張ってきたと思っているんだ?奴を止めるためだぞ。」

理解しがたい思いに駆られる彼らの前で、完全武装の魔導師らが術式を展開。
愕然として、動きを止めていた国家憲兵隊兵士の前に死に神の鎌を展開。

そして彼らが反抗の意志を取り戻す前に、蹴り飛ばしていた。

「叩き直す!国家憲兵、整列!死にたくなければ、さっさと走れっ!」

動きが遅い連中に突きつけられるライフルの銃口。
逆らえば、本当に発砲するだろうという確信じみた動き。

それを見ていたドゥ局長はひとまずため息をつくことにする。
まあ、使い物にはなるだろう。
なにしろ、あのデグレチャフの教導だ。

・・・・・・その後のことは、知らないが。















ようやく落ち着きつつある世界情勢。
裏腹に、コミーは最後のあがきを始めていた。
まったく素晴らしい敵失。

アルガン情勢を見たとき、最高の瞬間だと誰もが嗤った。
これで、コミーを徹底的に消耗させられる、と。

そんな日々の業務に追われるZASで、ターシャは古いお友達の来訪を迎えていた。

「…久しいですな、Mr.ジョン・ドゥ。」

「御壮健そうでなりよりです、ティクレティウスCEO。」

激化するアルガン情勢。
だからこそ、ZASは大量の『使い捨て観測機器』を空輸し隣国経由で散々送り込んでいる。
カテゴリー1師団を消耗させ、正面配備されていたアシカどもをガンガン地に這いつくばらせているのだ。
其ればかりでなく、これ幸いと墜落した残骸を回収して敵性技術検証のプロジェクトまで行っている。

まあ、製造技術の確認と兵装の調査であるが。

それだけに、ZASはここしばらく輸送業務とコンサルタント業務で全力稼働の日々が続いている。

そんな時にやってくるお友達だ。
大切な本題に早めに入るように促しながらも、珈琲程度は出す。

「それで、本日のご用件は?」

「中南米の反政府武装グループの掃討ですよ。」

そして、珈琲を片手に語り合う仲だからこそ。
何故こんな糞忙しいときに『古い友人』が難題を持ってきたのか理解する。

「…ああ、国家憲兵隊の件ですか。やれやれ、手塩にかけた雛を狩るのは心が痛みますね。」

短期促成で手段を選ばず戦力化した部隊。
碌に使い物にもならない連中を暴力と恐怖で従えただけのお粗末な錬成。
まあ、それでもゲリラ相手にジャングルで戦争は上手にできるようにしておいた。
都市のカルテル程度ならば、正面から粉砕できている。

まあ、自分達が手綱をしっかりと握っている限りではあったが。

なまじ、武器の使い方を覚えさせたとはいえ倫理教育など一ミリも行っていない。
本質が変わらい以上、統制を解いた瞬間に不安定要素化だ。
まあ、それでも体制に忠誠は誓っていたらしいのでカンパニーはとりあえず放置を決定。

そのまま、ほったらかしにされていたはずだが。
連中、やりすぎたのだろう。

まったく、狂犬どもめ。救いがたい。

「民主化した親ステイツ国家の方が望ましいのは言うまでもないでしょう。」

「早い話が、前体制の弾圧者とのつながりは消したい、と。」

情勢の変化。
まあ、ようやくコミー以外の民主主義者が出てきてくれたということだ。
それも、ステイツと取引できる程度には理性的な。

そうなれば、統制のとれない狂犬どもなど無用の長物。
それどころか、百害あって一利なし。

用済みということか。

「後始末をお願いしたい。」

「まあ、仕方ないですね。アルガンに行く前に一仕事しておきましょう。」

仕方がないが、仕事だ。
蒔いた種は、刈り取らねばならないのだから。




あとがき
ふう、長かったけどなんとか番外編も仕上げました。
多数のご要望、すべてには応じられずに申し訳ありません。

趣味と勢いで始めた本作、なんとか終えられたほっとしてます。

そのうち、海かガルスかオトラントかどれかを無事に完結させられたらなぁと思う次第。

多分、絶望的な戦局ですが。


誘惑に屈してルナリアンに走りそうになる気分が無きにしも非ずですが、取りあえずはオトラント公に人道というものを説明してもらう予定です。

長々とお付き合い頂きありがとうございました。

2017/1/29 誤字修正



[24734] あとがき(+ちょっとした戯言)
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2012/12/17 01:20
完全に趣味と勢いとノリで始まった本作。
長々とご愛顧いただき誠にありがとうございました。

本作は、基本的に好きな人に楽しんでいただければという余り一般受けする作品ではないにも関わらず多数のご声援が何よりの励みでした。色々とありましたが、無事に完結できたのはひとえに皆様のコメント・ご指摘・ご示唆のおかげです。

今一度、感謝を。

正直にいって、書き始めたときは此処まで長くなるとは予想だにしてませんでした。

プロットも、20話くらいで小さくコンパクトに終わる予定だった代物です。色々と、回収できていない無駄な伏線、吹き荒れるZAPの嵐など作者の能力不足を多々露わにしている問題は今後の課題でもあります。


なお、本作は
商業作品では
鷲は舞い降りた
鷲は飛び立った
擲弾兵
皇国の守護者
等々を読み漁り、

(ネットで見れるもの)
やる夫が雪中の奇跡を起こすようです
魔法少女リリカルなのはAnother?Fucking Great?

に加え
パラノイア
1984
その他コミー系多数
の影響を製作途中に加味しております。

書いているときに気が付きましたが、ジョーク要素としてのコミー系の便利さは異常です。


For example...


時空世界の秩序を維持する鋼鉄の前衛集団、管理局より緊急出版!

『それは、小さな紅い本。』

革命的精神に満ち溢れた一人のマルクス主義的少女の心温まる革命三部作!


あらすじ

第一巻

平凡な、小学三年生だったはずの私高町なのはに訪れた突然の事態。
渡されたのは朱い宝石。
手にしたのは革命の力

出会いが導く偶然が今静かに動き始めて

富農へ立ち向かっていく日々に
ルンペンになってうつむかないように
コムソール少女コミィカルなのは

はじまりますっ

レーニン・ハート、セーットアップ!



第二巻

それは、小さな願いでした。
望んだのは静かな日々。
待っていたのは、遠く離れた大切な同志との再会。
だけど訪れたのは突然の反動勢力の策動。
出会い、戦い、大きな力、運命が今静かに動き始めて
嵐の中でも、心をつなげた管理局を信じて。

コムソール少女コミィカルなのは A's

はじまります。
 


第三巻
憧れたのは、私達の革命を救ってくれた人
夢に見たのは、その人みたいに強くなること

ずっと憧れて、夢に見て、目指してて
 
だけど、4年越しの再会は、あんまりにも突然で
まだ、なんにもわからなくて

でも、ここからきっと、何かが始まる
そんな気がする

コムソール少女コミィカルなのは STS 始まります


みたいな感じでしょうか。
これは、チキンなもので、人様の反応が気になっていて
( ゚ノω゚)コソーリとスレをロムっていたある日衝撃的な書き込みを見て咄嗟にやってしまった落書きです。



以下回想

うー更新更新。

今更新を行うべく全力で作成している僕はアルカディアに投稿している一般的な作者様。

強いて違うところをあげるとすれば完結したばかりの自作の評価に興味があるってことかナー

名前はカルロ・ゼン

そんなわけで投稿後にある板の掲示板にやって来たのだ

ふと見るとベンチに一つのフレッシュなネタが横たわっていた。


753 :この名無しがすごい!:2012/10/27(土) 18:12:21.99 ID:x7VdSsEL
>>750
共産戦記コミィカルなのは はじまりますっ!

小中高と学生運動に明け暮れた管理局の期待のエースなのはさんは
次元世界の蛮人共の生活を武力によって完全管理するのがお仕事

ちなみに局のマスコットはアカ色で金槌持ってる同志ヴィータで確定


ウホッ!良いネタ…

『ヽ(`Д´)/それだぁああああ!!!!』

乗るしかない、このビッグウェーブに・・・ッ!


みたいな感じで、気が付いたら落書きしてました。
割とこんなノリで、余り深いプロットとか考えずに書き上げて後で頭を抱えたりしています。

そんな感じで、割と軽いノリで初めて後でどうしようと悩んでいたりしました。

煽てられると調子に乗って脱線してしまうお調子者のところもあります。

なんで、オルタをという声にホイホイ応じかけている自分がいるのですがいかんせん資料が足りない。おまけに、設定の理解も足りていない。しかも、メカ本持ってきてないんですorz

アスローン諸王国とかの方は、いかんせん原作が終わってもいない上に描写が限定的なのでちょっと手を付けかねています。楽しいんですけどね、守護者の続編はまだでしょうか?でたら、やります。

そんなわけで、ちょっと勉強し直して書けそうになれば書くのでそれまでは他のでご容赦を。

取り合えず今後の作成方針といたしましては、ひとまずオトラント公爵かガルス君に全力投入かと思います。…海、もう忘れられてるみたいですしorz

ガルスが王道的なもので、ある意味でヒーロー的なものをプロットとしては予期しています。まあ、責任を自覚しての成長ものです。

オトラント公爵は、陰謀情念を純粋凝固させてやりたい放題やらせる異世界ものです。


そんなところでしょうか。

では、最後に。
もう一度、感謝を。
ありがとうございました。

































2012年12月17日
(・.|コソッ

一度、完結という事で何とか終わらせた本作。どうしても、後半はペース配分やリアルの事情で急ぎ足になってしまっていました。

・文章力が。
・一気読みさせてもらいましたが、終盤の力尽きた感がちょっと残念かなと。戦況より作者さんが先に終戦しちゃったような。
末期戦ものというのに末期感あんまりなかったじゃないですかー。
あ、でも現段階ではあくまで試作ですから、今後先行量産を経て順次改善された量産型が出てくるんですよね?(疑いを知らない瞳
#試作といってもいわばワンオフの95型で、精神力尽きたからこれまでだと言われたらどうしよう

後日譚としては存在Xとの決着編を読んでみたいです。そもそもこの結末で信仰が回復とかしてないだろ、というのがどう落ち着くのやら。
・存在Xの意志や魔法といった初期に書かれたものが途中から投げ捨てられて
敵方のメアリー・スーも話を大して盛り上げること無く結局は主人公の踏み台だけで終わってしまい
第二次大戦の歴史をなぞって天才的な主人公マンセーな描写しか書かれなくなってしまったのが残念です。

・贋札をばら撒いた話はどうなったんですか?
最後に言及されるかと思っていたら、スルーされて終わっちゃって気になってるんですが

・幾つか疑問もあるのですが、それは番外編で語ってもらうのを期待して、次の更新を待っています。
・時に、プロローグに付いた「ベータ版」の文字はいつ消えます?

などなど、ご好評の割に回収しきれなかった無駄な伏線、吹き荒れるZAPの嵐など作者の能力不足を痛感することが多々ありました。

加えて、戦争ものということで地図や戦局図がないと分かりにくいということも大きな課題としてあります。正直、書いてる人はHoiやら何やらでだいたいあの辺と認識して地名を言われれば『そこだ』と分かるのでかなり説明不足でした。

多々改善の余地があったことをお詫びいたします。

試作なんだから、いい加減初期トラブルを克服した量産型もってこいとのご指摘や、初期の設定を後半生かし切れていないという苦言は身にしみるものがありました。

もし機会に恵まれましたらば皆様に再びお付き合いいただければと思う次第.(^_^;)))))コソコソ



[24734] The Day Before Great War 1:ノルデン北方哨戒任務
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2012/12/24 11:11
主よ、わたしをあなたの平和の道具としてください。
憎しみのある所に、愛を置かしてください。
侮辱のある所に、許しを置かしてください。
分裂のある所に、統一を置かしてください。
誤りのある所に、真実を置かしてください。
疑いのある所に、信頼を置かしてください。
絶望のある所に、希望を置かしてください。
闇のある所に、あなたの光を置かしてください。
悲しみのある所に、喜びを置かしてください。
主よ、慰められるよりも慰め、理解されるより理解し、愛されるよりも愛することを求めさせてください。
なぜならば、与えることで人は受け取り、忘れられることで人は見出し、許すことで人は許され、死ぬことで人は永遠の命に復活するからです

聖フランシスコによる平和の祈り







人の世で、何時の時のことだろうか?

人知の及ばぬ次元において、それらは苦慮していた。

流出するエーテル。

揺らぐ秩序と安定。

輪廻の順序すら崩壊しかける大混乱。

これは、そんな世界の崩壊に立ち向かう高次の存在らの物語。



「エーテルが、エーテルが足りません!」

秩序を構築する存在らの悲鳴。

智天使が、無窮の存在と、手足となるべきものらの間を引っ切り無しに往復する姿。

「緊急!煉獄の境界線喪失!」

天界を構築するエーテルの喪失。
アーエールの濁りと、希薄化に対応するために注ぎこまれたエーテル。
高次元の炎で、本来は結晶化すべきエーテルが濁り切ったこともエーテルの存在を危うくする。

人という存在がアーエール界に作られて以来、彼らはこの日があることを常に危惧してはいた。
だが、それを避けるためだけに10にも及ぶ戒律を授けたのだ。
本来ならば、それがあるがために避けられたはずの事態。

しかし、一部の信心深い内部告発が明らかにしたように天界はアーエールの汚濁に直面せざるをえなかった。
急速過ぎる人間の絶対数の増加。
本来ならば、輪廻によって昇華されたはずの魂。

それらは当初の契約と誓いを完全に裏切り無秩序なアーエールの浪費に陥っていた。
当然、本来の秩序を揺るがす重大な行為だ。

原則において、人の自立を促すために不干渉。
その前提を持つ存在らとて危惧し、たびたび警鐘を人に発せざるをえない事態。
にもかかわらず、人の子らはその異例の警鐘にすら耳を傾けえようとは為し得ない。

かくして、本来ならば避けられた事態はいつの間にか破滅の一歩手前で勃発してしまう。

「警報!アラームです!」

天使らが右往左往し、慌てふためく中でも響き渡る警報。
アーエールの深刻な希薄化と、汚染は本来ならば審判の日にようやく実現されるもの。
それ故に、ここまでエーテルが希薄化しているのは4騎士が放たれたとラッパが判断。

完全に想定されていない事態。
故に、完全な誤解ながらも世界を焼くべく第一のラッパが鳴り響き始める。
まだ、子羊が封印を解除してもいないというのにだ。

「審判の日は、まだ先だ!誤作動だと門に伝えるのだ、早く!」

だから、秩序を重んじる存在らは事態の掌握と混乱の解決のために全力を注ぐ。
その存在らにとって、定められた日はまだ先でなければならない。
故に、彼らにとって天界の秩序が乱されることは完全に望ましくなかった。

にもかかわらずだ。

事態は深刻さの度合いを刻一刻と増してゆく。

「存在が歪んでいます!」

「駄目です!?」

天使や、高位の大天使以上の存在まで駆り出される事態。
ありし日を想定し、その備えは行われている。
だが、間違っても誤発動で構築した世界を壊すわけにはいかなかった。

「子羊を出すな!今、審判の日を迎えると輪廻が崩壊しかねない!」

悲鳴のような警句。

増えすぎた人の子は、本来ならば転生する際により高次の概念へと昇華を望むはずだった。
だが、現状では想定とは異なり輪廻において昇華の現象は実に稀。
この状態において、審判の日を迎えることはそもそも天界の想定せざる事態だ。

これでは、輪廻の輪が魂の過剰供給で崩壊しかねなかった。
そうなれば、秩序と契約に従っていた魂までもが巻き込まれかねない。
それは、導くべき義務にある彼らにとって許されない事態だ。

人という種に対する愛と、義務。

それらが、契約を守らない不信心な輩に対する怒りとはまた別個に存在する。

「緩和しろ!早く!」

それ故に、魂の昇華を為すべくたびたび天使たちは相対的にせよ善きものは昇華せしめんと望んだ。
信仰の言葉も、祈りの言葉も、原初からかけ離れようとも信心があれば、と。
もはや、天上の言葉を聞くことすら叶わない輩であろうとも、形はどうあれ信徒であるのだ、と。

「駄目です!?真理部は、教理と契約の解釈を順守させるべき、と!」

だが、それは真理とは真逆。
本来の秩序を維持すべき教理と契約からの逸脱だ。

故に、曲げることなど叶わぬと叫ぶ天使らも又正しい。
良き教徒が、真の信仰者らが守られるべきだという言葉も道理。

「縋り付き、お願い奉れ。どうか、御言葉を頂くのだ!」

「主を煩わすのですか!?」

「まだ終末が宣告されていない以上、秩序は保たれねばなりません!」

それらは、平和を保たねばならないのだ。


だが、それを統べる存在にとっても事態は決して容易ではない。

「…また、であるか。」

「主よ、どうか御心を騒がすことをお許しください。」

ひれ伏す天使が恐懼するのを許しながらも、存在とて悩まざるを得ないのだ。
エーテルとアーエールの浄化は、決して容易い技ではない。
それを必要とするに至った事態という事其の物が、本来は望ましくないのである。

だが、同時にそれが自らの使命なのだ。

「よい、ラッパは鎮めさせよう。」

故に、その存在は終わりを告げようとするラッパを収める様に吹き手に命じる。

「地上のアーエールはいかがいたしますか?」

「浄化しよう。また、いつ何時濁るか分からないが…。」

そこまで口を開き、全能の存在は其れゆえに嘆く。

「だが、残念なことに、そう遠くではないな。」

かくして、その存在らは労苦を惜しまず働く。
報われることを望むわけではない。
義務と、誠実な愛ゆえに存在らは真摯に憂うるのだ。

だが、だからこそ。

それらは問わざるを得ない。

一体、なぜ人の子らは此処まで堕落したのだろうか?と。

一時期は、神の御業を再現せんとまで熱心なまでに信仰者だった彼ら。

それが、何故ここまでアーエールを汚すほどに天上の言葉を忘れたのか?と。























原初の話に戻ろう。

それは、デグレチャフという一個の異常者が初めて実戦を経験した時の話だ。

実のところ、調べ上げた張本人である私ですらいまだに現実とは信じがたい話。

だが、悪魔とも救国の鬼とも呼ばれた軍人というには過ぎた化け物の始まりだ。
あるいは、奴ならば平然とやってのけたやも知れない。
いや、平然とではないかもしれないだろう。

・・・・・・・・“嬉々として、笑い声を漏らしておられた”。

機密と忘却の分厚いベールに覆い隠された一つの証言。
当時、口頭で報告され司令部要員が覚書として書き記したたった一つの証言。
それが物語るのは、余りにも非現実的なそれ。

帝国軍北方管区ガナルダ地区。係争地域として、のちに戦史に名を轟かせるノルデンのガナルダ。

それは語られることすら稀な、忘却されつつある水面下で戦われた一つの戦争だった。

だが、その非正規戦の数少ない生き残りは口をそろえて断言している。
あそこは、“魔のトライアングル” 

敵が敵でなく、味方が味方でない何もかもが虚構で信じられない悪夢のような係争地。

故にその戦域から生きて帰った情報部員は、口をそろえて叫ぶ。
あそこには、『悪魔』が住んでいた、と。
人知を超越し、何もかもを飲み込み焼き尽くさん悪意の原初が燻っていた、と。





研修とは態の良い派遣社員か。
忸怩たる思いを抱きながらも、今日も今日とてターニャは国境警備に従事する。

名目こそは、国際法規と前線地域での実務を学ぶための6か月の紛争地域研修ではあるのだが。
実態は手の足りない国境警備への応援だと、派遣され2ヶ月目のターニャ・デグレチャフ准尉は悟っている。
要するに、病院が人手不足を研修医で誤魔化すようなものだ、と。

北方の山岳地帯。
伝統的に入り組んだ地域故に国境線が曖昧だろうとも、国境は国境。
そして、鉱物資源という問題まで絡んだ北方はいつものごとく不穏である。

一応、紛争を避けるために、双方ともに自軍の正規軍はその地域に展開してないという立場である。
せいぜい国境警備隊と、少数の国境監視用の飛行可能な部隊が展開しているという建前。

欺瞞の世界だ。

そこに軍事基地などないし、存在しない以上襲撃される道理もなし。
だから、不法入国者か武装強盗団の拠点でしかありえないのだ。

そういう理屈で、双方ともに小競り合いが勃発している国境。
国境警備といえども、不意遭遇戦を想定した行軍隊列は必然だった。

伏撃を想定し、長偵ご自慢の長距離哨戒。
言うまでもなく、こういった地域においてパトロールは極めて重要だ。
そして、パトロール部隊として歩兵よりも強靭かつ機動性の高い航空魔導師は最適なのだろう。
山岳猟兵や航空部隊と組まされ、来る日も来る日も雪山を飛ぶ毎日。

そして、その日のターニャは招かれざる不法入国者を発見する。

目標を発見した瞬間、気が付けばほくそ笑む。

これに関与すれば、しばらくは書類や関係各所への隠匿で後方勤務だ。
言い換えれば、ほとぼりがさめるまでは望まない最前線から合法的に逃げ出せる。

研修だから、国際法なり関連法規でも覚えておけばいいだろう。
或いは、兵站業務について勉強する時間もあるかもしれない。

なにより、正式な任官が前倒し。
その分、給料とキャリアにプラスだ。

だが、まだ捕らぬ狸にすぎない。
それを前に、出世の算段など捕らぬ狸の皮算用。

そこまで考えて、ターニャは頭を振る。
獲物は、手に入れてから笑うべきもの。
油断は禁物。
買収と同じだ。
買い占めてから、ようやく笑えるのである。

終わるまでは、絶対に気が抜けない。

気を引きしめ、改めて目標の観察に戻る。
当然、注意を目標に集中しつつも周辺への警戒も怠らない。
目標だけに気を取られ、敵増援や伏兵に襲撃されるのは至愚。

だから、ターニャは眼前の獲物を前に笑みをひっこめ油断なく周囲を見渡す。

ただ、淡々と手順通り司令部への回線を開くターニャは知らない。
獲物を前に舌なめずりしかけて自制したように見えることを。

「ザウバー07より、CP。コンタクトレポート。匪賊キャンプを確認。」

「CPよりC小隊。国境内か?」

「ザウバー07より、CP。国境内だ。」

国境内かどうかなど、誰も知らない。
なにしろ、複雑に入り組んだ状況での長距離哨戒。
だが、だからこそ。

公式には、誰もが国境内と認識していたという記録が必要なのだ。
最低でも過誤で誤魔化す為に。
知っていて、越境作戦を行うのと比較すれば錯誤の方がはるかにまし。

だから、このやり取りは定型文だ。

国境警備に従事しているC小隊は、“国境内”だと認識していたという記録。
最悪、深刻な事態に発展した場合でも誤認による越境を証明するための法的配慮。

早い話が、アリバイ作り。

「排除の許可がほしい。一撃を提案する。」

「承認する。増援は無用か?」

速やかに承認される攻撃案。
実際、実効支配を主張されかねない拠点というのは見つけ次第双方が潰しあっている。
ごくまれに、明白な越境の証拠として騒ぎ立てる場合もあるが今回は微妙なライン。

ならば、叩き潰してしまう方が禍根は少ないという判断は当然だ。

ただ、何を馬鹿なと叫びたいのは単独でやるかというCPの問いかけ。

増援なくして、一手に敵を引き受けて全滅しろと?

冗談ではない。

「火急的かつ速やかにお願いする。巣穴をたたかれてやってくる連中をたたきたい。」

「CP了解。ただちに、部隊を手配する。」

敵が増援を手配したところで、それは襲撃を受けてからだ。
既に展開を依頼してある友軍よりも先んじるということは考えにくい。
故に、ターニャとしては少々時間的な余裕を見出せた。

最低でも、半時間は早く来援できるだろう。
それだけあれば、最大戦速で離脱を試みれば後方の拠点に逃げ帰ることも可能だ。
建前の都合上、匍匐飛行で探知を逃れながらであっても前進拠点までは下れる。

「ナパームの用意。並行して、敵周波数の割り出しだ。」

なにより、幸いというべきだろうか。
匪賊のキャンプは、隠匿性を重視したつくり。
コンクリートで防護された火点は乏しく、火で十分に焼ける。

寒いときは、たき火に限るだろう。
加えて、ナパームの炎は後続部隊への誘導としても最適だ。

「しょ、正気ですか候補生殿!?」

「ん?ああ、案ずるな、間違っても、延焼させはしないよ。」

幸い、延焼しそうな可燃物は拠点以外には乏しい。
若干手間取りそうな部分としては、燃料タンクくらいだろうか?

「ハロゲン化物消火剤を精製。突入5分前に投入しろ。対BC防御を徹底させるのも忘れるな。」

「…候補生殿、ホスゲンをお使いに?」

問いかけてくる軍曹の危惧。
まあ、確かにハロゲンはホスゲンを化学反応によっては『不幸なことに』意図せず発生させるやもしれない。
だけれども、国境研修でターニャはきちんと国際法規と判例を学習している。

「ガスのことか?それならば、問題ない。」

しっかりと、国際法規は研修済みだ。
さすがに、こんなことに使うとは思っていなかったが。

「国際法規定で、ガス其の物の製造は禁忌だが消火剤は完全な合法だ。」

火災が発生し、延焼を防止するためにハロゲン系の消火剤を活用することを禁止する国際法は一切存在しない。
ホスゲンガスの投入は違法だろうが、消火剤の投入自体は完全に合法。

ならば、延焼防止のために全力を投じて何が悪かろうか?

こうして、不幸な火災を防止したにもかかわらずターニャは上司から譴責すら受ける。

そして、本人としては想定通りとほくそ笑んだ後方配置。
だが、それは不幸なことに平穏無事とは程遠い事態へ投じられることになる。





帝国軍北方方面軍第Ⅶ混成国境警備隊R-3(救難捜索)部の作戦室へ通じる通路は憲兵によって周囲から隔絶されていた。
無数の銃剣を煌めかせながらも休むことなく立哨する憲兵らは、吹雪で荒れる外界をそれでも何も見逃さじと凝視し続けている。

そして、ヴィクター・フォン・ヴァルコフ准将はその吹雪を心底忌々しげに眼を歪めながら睨みつけていた。

「もう一度、言っていただけますか?」

許される限度いっぱいの抵抗。
眼をそらし、問い直すことが彼にできる限界だった。

「遭難者の救援任務だ。それも、極秘の。」

背の高い初老の男性。
見た目こそ、何処にでも居る老紳士然とした男性だろう。

「…率直に申し上げますが、飛行魔導師か航空機であっても限り冬のノルデン地方は極めて危険です。」

だが、ヴァルコフ准将にとって遺憾なことにその男性は単なる民間人ではない。
参謀本部から、極秘と通達され派遣されてきた情報部の人間。
しかも、極力その意に協力せよと厳命すらされている。

軍人としては、命令に従うことに異論はない。

だが、と思う。

コークスを放り込んで盛大に燃やすストーブを置いてなお寒さを痛感せざるを得ないノルデン地域。

「二重遭難の恐れがきわめて高いことをご考慮ください。…せめて、天候が回復してからならば。」

こんな天候状況で、組織的な捜索活動を秘密裏に行うなど到底無理だった。
この寒さと最悪の視界のなかで、捜索隊を動かすことですら想像するだけで無謀そのもの。
実際問題として、吹雪の中では航空魔導師でさえ方位を見失い遭難するケースが珍しくない。

保温瓶に入れた湯ですら、あっという間に凍てつく状況だ。
常識的に考えれば、天候が回復してから空から捜索しつつ死体収容が出来れば御の字の状況。

「残念ながら、それはできない。」

「では、せめて潜入ではなく正規のルートを使って救援を行うことはできませんか?」

ヴァルコフ准将にしてみれば、思い切った発言。
秘密裏にしろと言われている任務を、あえて正規の捜索任務に切り替えてほしいという懇願。

「准将、これは極めて高度な政治的な判断に基づく任務だ。」

だが、老紳士はいっそ憎たらしいまでに平静な声でヴァルコフの懇願を切って捨てた。
そのまま、懐から取り出した葉巻をくわえシガーカッターを取り出す有様には取りつく余地がないことを物語ってやまない。

「情報部がらみですか?それとも、参謀本部の方で?」

「どちらもだ。…だからこそ、なんとしてもお客さんを拾ってきてもらう必要がある。」

そう答えるなり、一服し始めるお客人。
これ以上、議論を許すつもりは感じられなかった。

それに、葉巻をくわえる口元は微妙に引きつっている。
神経をピリピリさせている人間特有の、落ちつきを回復しようという動作。
実際、何を言ってもこの男性におかえり願うことは不可能だろう。

「そうなると、動けるのは冬季戦に慣れている山岳猟兵中隊と長偵の小隊程度になります。」

故に軍人としてのヴァルコフ准将は最低限度の可能性のために全力を投じなければならない。

だが、現実に動かせる部隊は払底したようなものだ。
この雪山に入れる部隊といえば、練達の山岳猟兵か長距離偵察部隊ぐらい。
そして、名目上国境警備隊であるヴァルコフ准将の部隊は大半が一般の国境警備隊員。

事情があり、手元にある魔導師からなる長偵の一個小隊と予備の山岳猟兵一個中隊。
精々、増強中隊程度しか即時に投じられる部隊は手元にない。
時間をかければ、国境警備司令部なり北方方面軍司令部に増派を求めることも可能だろう。

一方で、天候が回復するまでは状況説明が行える程度だ。
この悪天候下で増援部隊を動かすというのは、誰だろうと一顧だにしない。
なにより、強行させたところで不慣れな部隊では遭難するのが眼に見えている。

故に、現状では手持ちの増強中隊で捜索するしかなかった。

「せめて、遭難地点さえ分かれば部隊を急行させることも可能ですが…。」

ノルデン北方の紛争地域。
係争地点であるが故に、逆に帝国軍は多数の偵察と測量を行わせてあり地形にも習熟してはいる。
だが、それでも。

ノルデンの山は高く、そして広い。

「予定のルート候補これだ。だが、それ以上は把握していない。」

「是は…候補が多すぎます。とても、増強中隊で捜索しきれるとは。」

そして、差し出された計画のルートは余りに広範な選択肢を想定したもの。
情報部特有の複数の計画案による偽装と欺瞞なのだろうが、この場合は最悪だった。
遭難している連中がどのルートを取ったかすら定かでないとすれば。

見込みで周辺をカバーするだけで到底増強中隊では足りないだろう。

「無理は承知だ。だが、なんとしてもやってもらわねばならない。損耗を顧みず、だ。」

「…ご命令とあれば。了解いたしました。」

「では、よろしくお願いする。」

だが、そんな現場の葛藤とは裏腹に客人は実に平然と過酷な要求を突き付けてくる。
どれほど重要な案件なのかは知らされてもいないが、まったくもってふざけた要求だ。

「くそったれめ!」

目的のためならば、一切の損耗を度外視しての断行が命じられる恐るべき捜索救難戦。
厄介極まりない客人が退室した作戦室で、ヴァルコフにできることは吐き捨てることだけだった。

そして、無様極まりないことに分からず屋の上司を演じる羽目になっている。

自らが呼び出した、ターニャ・デグレチャフ魔導准尉相手にヴァルコフが命じるのは無謀な捜索救難命令。

若いというよりも幼い准尉だが、彼女は年齢や外見で侮ると何をしでかすかわからないことをヴァルコフは学んでいる。
なんの因果か、国境付近の“匪賊討伐戦”で盛大にやらかしてくれた准尉だ。

碧眼に軽蔑の色を浮かべないだけ、自制心があると言えるような命令を受け取った彼女の反応はそれだけに真っ当だった。

「率直に申し上げます。遭難推定時刻から48時間以上が経過している以上生存は絶望的です。」

情報部から寄越された遭難の時間と推測地点。
デグレチャフが地図を調べ、時間を知ったときに口にしたのは単純な誰もが同意できるような分析だ。

雪山、特に冬のノルデン地方を知っている人間ながら誰だろうと同意するに違いない。
あそこで、吹雪の最中に遭難しようものならまず24時間もつかすら怪しいだろう。

「特に、ノルデンの三角地帯は最悪の難所と言わざるをえません。」

まして、ノルデンの三角地帯は平穏な天候状況であっても遭難者を多数出している。
険しい地形、すぐに一変する天候、そして崩れやすい雪。

「ご存知のように、磁赤鉄鉱でコンパスが狂うだけでなく、風化した雪原で吹雪となれば天測による航法すらままなりません。」

それどころか、紛争の原因となっている資源が只でさえ厳しい山を魔窟と化さしめている。
コンパスすら狂い、太陽も月も見えない状況で飛ぶのは航空魔導師や飛行機ですら遭難しかねない。

そんな当たり前すぎる知識は、ノルデンに住む人間ならば子供でも知っている。

「観測班によれば、体感温度は-40℃をはるかに下回りかねない情勢です。」

そして、異常な爆弾寒波によって観測されている現在の気温は考えたくないほど寒い。
体感温度に至っては、人間を即座に凍死させるに十分すぎるほどだ。
このような状況下では、耐寒装備で身を固めた熟練の山岳猟兵とて長くは歩けない。

ベテランのコマンドでさえ、状況は同じだ。
精々、雪洞でビバークして生き延びられれば御の字だろう。

「この情勢下、協商連合側コマンドが展開しうるとは考えにくい情勢です。強行する必要性が…。」

「准尉!私は、それをすべて知っている!」

デグレチャフの言葉は、すべて正しい。
専門家ならば、山を知っている人間ならば、誰だろうと同じように考える。
ヴァルコフの経験と知識も、それには全面的に同意するに吝かでない。

ただ、彼らは軍人なのだ。

「失礼いたしました。准将閣下!」

口を噤む彼女の心中は察するに余りある。
一介の士官候補生に毛が生えた程度の准尉だ。
准将から下される命令に抗うことなどこの規格外の准尉でも不可能。

故に、即座に口を紡ぎ幾多の不満と抗議を飲み干すしか選択肢はない。

「それでも、行ってもらわねばならん。ただちに、捜索行程を立案せよ。」

「了解いたしました!」




あとがき
どうやら、人類は滅亡しなかったようなのでちょっとばかり存続を祝おうと思います。

(=゚ω゚)ノさあ、休暇だぁあああああああ!!!!

それと、テンションが高いのもあるのかなぁ?

後、改稿とか校正とかそこらへんはちょっとタイム。
堪忍を、堪忍をお願いします。
世の中には、諸般の事情が…。

まあ、その分頑張ってThe Day Before Great Warシリーズをお送りし様かと。

年末年始にお楽しみいただければ幸いです。

次弾装填より先にZAPの嵐が吹く模様。
皆様も、冬の山にはご注意を!

ああ、ZAPが…



[24734] The Day Before Great War 2:ノルデン北方哨戒任務
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2012/12/24 11:11

冬の山には魔物がすんでいる。

そして、ノルデンのガナルダは人間の存在を拒絶する碌でもない地域だ。

疑似好天による破滅への誘い。

磁気を含んだ地表によるコンパスの狂い。

だが、最悪なのは一見するとどうという事もない高度だ。

絶対量の乏しい酸素と、急激に寒くなる山々。

何よりも、高緯度故に雪が常に絶えない地域が多い。

地図で見れば、左程の峻厳さも感じない高度だろう。

しかし一度、現地に立ってみればいい。

きっと、あなたは叫ぶだろう。

こんなところで、戦争をしたのか!?と。



WTN特派員アンドリュー



ストーブで赤々と炎が躍っていることが信じられないほど冷え込む北方の地。
母国から遠く離れ、経験したことのないような極寒の地に派遣される連合王国の情報部員とは過酷な職務だ。
レガドニア協商連合と連合王国は通商の歴史を誇るが、越冬だけは耐え難いものと船乗りが語り継ぐのは伊達ではない。

だが、船に飛び乗り祖国へ帰れる船乗りらと違い情報部員に冬もそこに居ることが義務だ。
もちろんウォーカー少佐らからなる現地駐在部にしてみれば、できればノンビリとしたい時期でもある。

しかし、願望とは裏腹に地図を調べ追跡部隊からの報告を書きこむ彼らの顔に浮かぶ感情は苦悩だ。

飛び込んできたのは、共和国のスパイ案件。

単なる共和国の失敗ならば笑ってやればいい。
だが、同盟国から自国の軍事機密が漏れかねないとなれば話は別だった。
そういうわけで、この寒いノルデンを彼らと協商連合の共同追跡部隊が散々彷徨う羽目になっている。

もちろん、元より降雪で足跡が追えなくなることは懸念されていた。

だが、このノルデンにおいても過酷と評されるガルナダを経由して帝国側へ抜けるルートだ。
コンパスすら碌に使えず、天測も困難ともなれば使用できるルートは限られると当初は予期されている。
当初の見積もりでは困難ではあっても、捕捉は可能なはずであった。

そう、当初は。

「ええい、ビバーク跡すら発見できていない!」

若いガーニング中尉が漏らした、苛立ち交じりの一言。
だが、それはウォーカー少佐にとっても極々当たり前の疑念であった。
それは、まともに考えれば見つからなければならないのだ。

自然は、過酷だ。

風から身を守るための雪洞がければ、人間などあっという間に凍死する。
ミイラの様に固まった遭難者の遺体はいつみても凄惨なもの。

仮に雪洞を構えても、火なり何なりで暖を取らねば水すら飲めないのだ。
なまじ、ビバーク中に渇きに耐え切れずに雪を口に入れた人間の末路は悲惨というしかない。

それらは、担いでいける荷物の量とルートの安全性に制約される。

吹雪の中右往左往するのは、自殺行為。
だが、ビバークし続けてもやがて手持ちの物資が尽きれば凍え死ぬのだ。
それで急いて道に迷えば、よくある遭難者の末路が待っている。

故になるべく早く、しかし迷わないで進める安全なルートを選ぶしかない。

だからこそ、この時期に山越えを行うとすれば現実的なルートはどうしても限られる。

大きく分ければ、ルートは二つ。
大回りで道こそ険しいものの、稜線が明瞭で歩ける痩せ尾根の西側ルート。
或いは、さらに大迂回しての海側ルート。

小道や、経路が複数あるとはいえどこかでビバークの痕跡を見つけだし跡を追うことは不可能ではないはずだとみられていた。
だが、捜索の結果はビバークどころか痕跡一つ残されていないという。

犬まで動員しての追跡なのだが、その痕跡すらない?

「素人か信じがたい技量のプロかのどちらかでしょうな。」

ため息とともに、ストーブの上で沸かしていたお湯でお茶を入れた別の情報将校が思わずつぶやく言葉。

いくら協商連合の山岳戦部隊が混成とはいえ、一定程度の技量は有るのだ。
加えて、くだんの共和国軍敵情分析班エステルハージ中佐は完全な山の素人。
隠匿したところで、痕跡を捉えられないというのは少々考えにくかった。

だが、それが見つからないのだ。
入山の記録すら見当たらない上に、吹雪もあって捜索は極端に難航しつつある。

この時期に、単独での山越えを考慮する時点で素人も良いところ。
だが、成算があるとすれば信じがたいプロだろう。

「当たり前だ!冬のノルデンを、それもガナルダ経由で突破しようと考える人間だぞ?余程の技量持ちか、或いは単なるアホだ。」

だが、その時。

「まさかとは思いますが…単なるアホで広い尾根へ向かったとしたらどうでしょうか?」

ガーニング中尉が呟く一言。

それは、山を少しでも知っている人間ならば恐ろしくて選択すらしない行為だ。
自らの位置を喪失しやすい地形で、コンパスが狂う恐怖はなまじ専門家だからこそ知悉していた。
無謀だと知っているからこそ、ウォーカー少佐らはそれを考慮すらしていない。

だが、専門家ならば当然度外視してしまう選択肢なのだ。
それを素人が選択肢から外すかどうかという嫌な想定が彼らの頭をよぎる。

「稜線があいまいで自分の位置すら見失うのだぞ?まして、降雪や風を考慮すれば、危険すぎるはずだが。」

「素人考えで、越えやすいと判断したとすればどうでしょうか。」

「…何てことだ。ありえなくないぞ。」

熊の様な勢いで地図へ突進し書きこまれた捜索エリアを調べたウォーカー少佐は思わず呻くような声で吐き捨てる。

最初から度外視していた危険地帯。

地図に書き込まれている捜索部隊の配置や、捜索ポイントの大半は山越えが現実的なルートへ絞られている。
だが素人が、素人であるが故の蛮勇で突破しようと試みているとすれば完全な空振りになるのも道理。

なるほど、それならば確かに見つからないわけだ。

そう納得したウォーカー少佐は、ストーブの上に置かれた薬缶からお茶を作って一服すると猛烈な頭痛を堪えながら上級司令部へつなぐ。
当たり前だが、危険だから捜索をご容赦願いたいなどと言って聞き入れられればそもそも情報部など必要ない。

予想通り、上も困惑しつつも追跡を続行せよという方針に揺らぎはない模様。
なんとしてでも回収せよというありがたいお言葉がハーバーグラム閣下から送り返されてくる始末だった。

こうなると、ウォーカー少佐としては協商連合の窓口に掛け合い捜索範囲を拡張させざるを得ない。
まあ、当然こんな吹雪の中にあんな危険地帯に行けと他国に言えるはずもないので『義勇部隊』を使わざるを得ないだろう。

そう考えただけで、彼の心は否応なく重くならざるをえなかった。

問題が、エステルハージ中佐の身柄だけならばそれこそ吹雪がやみ次第生きていればご本人の収容としゃれ込んでもよいだろう。
実際、雪中行軍の専門家ですらこの天候と地形ではビバークしてやり過ごすしか安全策はない。
彼の生死で頭を悩ませるのは、せいぜい共和国の問題なのだろう。

しかしながら、問題はエステルハージ中佐の生死ばかりではなく彼の鞄だ。

そこに入っている機密と暗号は連合王国にとってもかなり都合が悪い代物である。
いっそ、稜線に砲撃でも撃ちこんで雪崩で隠してしまえという案もないわけではない。

だが、最低限どこらへんに隠れているかを見つけない限りは全ての稜線に撃ちこむわけにもいかないだろう。

だから、犠牲が出るだろうと覚悟しつつもウォーカー少佐は命ずるしかないのだ。

「捜索範囲を拡大する。東の広い尾根を中心に捜索させるぞ。」






捜索部隊に必要な、要救助者の基本情報。
通常ならば、分厚い機密の壁が立ちふさがるであろう案件だ。
しかし、意外なことにヴァルコフ准将の要求に対し情報部は少しごねた程度ですぐに資料を開示した。

これほど、犠牲も効率も鑑みずに強行させられるのでどれほど重要な案件かと首を傾げた准将。
彼の疑問は、帝国軍人として真っ当なものながらもこの場合だけは完全な無用の長物だった。

提示された資料に乗っているのは、共和国軍の軍人が帝国に内通しているという証拠。
それだけならば、重大な案件としてヴァルコフ准将も資料を精読したことだろう。

だが、事態は実に馬鹿馬鹿しいほどの滑稽さすら伴っていた。

事の始まりは、真剣だった。
共和国の情報機関が、共和国陸軍内部に対帝国通牒者がいることを示すメモを入手。
彼らの仕事は、曲りなりにも情報機関として仕事をしていたといえるだろう。

そこまでは、まだよかった。


共和国陸軍参謀本部は漏洩した情報を知りうる立場にいた人物達の調査を開始。
筆跡鑑定によって、陸軍参謀本部付きの砲兵大尉を秘密裏に拘束した。

しかし、そこから共和国陸軍は大いに迷走し始める。

なにしろ、筆跡鑑定以外に具体的な証拠はなし。
それどころか、金銭に清廉な砲兵大尉の生活具合と状況証拠すら欠いている始末だ。
それでも、組織防衛本能に駆られ醜聞をおそれた陸軍参謀本部が無理やり砲兵大尉を有罪として始末を図ってしまう。
この措置は、幕引きを図りたがっていた陸軍参謀本部の高官らにとっては不本意なことに事態をさらに悪化させていた。

身に覚えのない冤罪なのだ。
当たり前だが、砲兵大尉は無罪を主張する。

そして、件の砲兵大尉拘束後も盛大に水漏れが起きていることを情報部が把握。
新しく就任したド・ルーゴ陸軍参事官が激怒し、再調査を厳命し参謀本部に陸軍省が干渉し始めるに至る。
軍防諜班ピルカー大佐に再捜査させた結果は砲兵大尉の無実を裏付け、参謀本部を動揺させざるをえなくなる。

だが、ここに至って共和国陸軍参謀本部は後に引けなくなってしまっていた。
あまりに多くの高官が関与していたがために、彼らは有罪の証拠は軍事機密であり開示できないと強く主張。
再審請求に対し、有罪は自明であり国防上の観点から証拠は開示できないと突っぱねることで事態の収拾を図っていた。

おかげで砲兵大尉が完全に冤罪でないかという事で共和国政界は盛大に荒れている。

その混乱度合は、北方に展開している国境警備部隊のヴァルコフ准将ですら新聞の紙面を眺めただけで伝わってくるほどだ。

そんな風に、大荒れの共和国陸軍参謀本部に所属するエステルハージ中佐こそが実は真犯人だということだ。
ちなみに、最新の報告書によれば同中佐を陸軍省は疑い査問を要求しているものの参謀本部は形式的な査問でやり過ごしたとのこと。

読み終えたヴァルコフ准将にしてみれば、怠慢と無能がダース単位で積み上げられて出来上がった理解しがたい事態だった。
ある意味で、真っ当な軍組織の一員であるヴァルコフにしてみれば理解しがたいと言い換えてもよい。

「信じがたい杜撰さです。」

「その通り。一介の将校にそこまで手を伸ばさせられるほどに共和国の防諜はずぶずぶだ。」

だからこそ、共和国と国境を接する帝国情報部は実に仕事が楽なのだ。
そういわんばかりに葉巻をふかす老紳士の顔に浮かぶのは、ヴァルコフの困惑を理解するという苦笑。
結局のところ、鉄の規律と服従を要とする帝国の組織にあっては共和国の混乱は不思議なものだった。

「新任のド・ルーゴ陸軍参事官とピルカー大佐が出張ってこなければやりたい放題だったのだがな。」

真っ当な競合相手が登場した時は、これで諜報網の一つがダメになるのかと帝国側はさすがに諦めかけた。
だが、帝国情報機関が心底驚いたことに共和国参謀本部がメンツのために揉み消しを試行。
お陰で、内通者が把握されるどころか事件を共和国が勝手にスキャンダル問題に転化してくれる始末だ。

余りに順調というか、帝国に都合がよすぎる展開で逆に疑うほど都合が良すぎる展開だろう。
帝国情報部では思わず、盛大なダブルスパイをエステルハージ中佐が演じているのではないかと真剣に危惧したほどである。

「正直なところ、順調すぎて逆に我々が罠にかかっているのではないかと危惧するほど共和国の間抜け具合は深刻だ。」

だが、いくら調査しても共和国の自爆としか帝国には分からなかった。
調べれば調べるほど、共和国の理解しがたい政争の根が深いかを帝国人が痛感するほど。
質実剛健を尊び、ある種の単純な軍人気質を持つ彼らにしてみればそれは異世界の話にすら聞こえる展開だった。

「とまれ、ばれかけたので職務を幸い資料一式ごと亡命させる取引が行われた。」

だが、それでもまだ健全な部署が付きまとっていたのでエステルハージ中佐の希望を入れ帝国は彼の亡命を支援することにした。
彼が持ち出せる機密資料一式を持ちだす代わりに、帝国は彼の合州国ないし第三国への亡命ルートと資金の提供で合意したプラン。
驚くべきことに、罷免すらされていなエステルハージ中佐は共和国同盟諸国との連絡業務で出国に成功する。

「本来ならば、海路で亡命させる予定だった。冬のノルデン踏破など想定していない。」

後は、適当な船便で亡命手続きを完了させればすむ見込みだった。

…さすがに、エステルハージ中佐が持ち出した資料の価値を帝国も見誤ったのだ。

その中に共和国が連合王国から譲り受けた機密があるとまでは、さすがに帝国も想像だにしていない。
機密の重要度からして、本当に限られた担当部署間で共有すべき情報までもが漏れているとは考えなかったのだ。

だからこそ事態を理解し、血相を変えて飛び掛かってきたハーバーグラムの狗にエステルハージ中佐が間一髪で奪われかけた。
当然、連合王国を敵にまわして海路で亡命というのは困難極まりない行為で実現性を大いに欠くことになる。
なにしろ、大半の航路はどうしても連合王国領海乃至関連水域を通行する。

本来ならば寄港地があることで補給の便がよく、かつ連合王国海軍のパトロールと支援があるので航路の安全度は高いだろう。
しかし逆に言えば、いつでも臨検をうける可能性がある以上連合王国の敵にとっては協商連合の港から出るのは非常に危険だ。

だから、せめて越冬してから陸路でと説得していたのだが。

「怖気着いた彼は、ほとんど独断で山へ向かってしまったのだ。」

「それでは、ますます生存率は絶望的な。」

状況は理解したが、まったくほとんど不毛な原因で引き起こされたのだなと理解しヴァルコフ准将の気分は重くなる。
間抜け共の国で、信じがたい失態を糊塗しそこなった挙句の愚か者らの行動が自分達に影響しているのだ。
こんな至愚のために、部下を冬のノルデンに送り込む羽目になったと知らねば良かったほどである。

同時に、衝動的に山越えを決断したエステルハージ中佐が山を越えられる公算は限りなく低いことも改めて理解。

「そうなると、実際のところ遭難者救出というよりも機密文書回収が主任務ですか?」

「理想としては彼の持っている情報と、書類の両方だ。」

「…どちらを優先すべきですか?」

「書類だ。連合王国・共和国間の軍事通信用の暗号まで含まれている。」

まあ、中佐が生きていれば運が良かったという事だろう。

一つ、負担は減ったかと判断しえた。
無理に救命する必要がないのは楽だろう。

そう判断しつつも、ヴァルコフ准将は任務がさほど楽になったわけでもないと知っている。

回収対象が人間かスーツケースに入る書類かで重量が違うのは回収時の難易度には影響するかもしれない。

だが、結局この悪天候下に捜索を命じるのだ。
あまり気休めにはならないなと判断し、ヴァルコフ准将はもう何度目になるか分からないため息を漏らす。




実際、実働部隊の反応は最悪だった。

「…つまり、増強中隊では発見は絶望的と?」

作戦室で、形だけの計画案を提出してきた山岳猟兵中隊のマイヤー中隊長は露骨に不可能だと主張し続けている。
彼の計画では、各地に前進拠点を設けつつ捜索を行うという正攻法以外に活路がないと提示。

実際、秘密裏に捜索を行おうにも行動の隠匿だけで手一杯で到底捜索など困難だという技術上の障害が列挙されている。

まあ、雪山というのは演習場とは違う。
当然ながら、兵隊も進めと言われて進むだけでも困難なのだ。
そのことにはヴァルコフとて理解がないわけではない。

「二次遭難は目に見えています!どう考えても、この状況下で発見を期待する方が間違っています!」

だから、マイヤー中尉が中隊長として部下らを無謀な捜索行動で危険にさらすことに抵抗する心理もほとほと察しがつく。
准将自身、こんな馬鹿げた事態に重要な暗号書の問題がなければ捜索を強行しようという気にはならなかっただろう。

ある意味で、常識を投げ捨てた狂気の範疇に入るような要求だ。
この雪の中で、秘密裏に敵の暗号を回収しろ?
馬鹿げているというしかないだろう。

そう考えこみかけていたヴァルコフ准将の思索を打ち切ったのは規則正しいノックの音。

「デグレチャフ准尉、入室いたします!」

「ああ、准尉か。」

きびきびとした動作で入室してくるデグレチャフ准尉。
彼女は、たまたま兵站部から潜入戦用に協商連合部隊が使用している鹵獲宝珠の受領で遅れていた。

「准将閣下、やはりご再考を!この状況下、各種支援も抜きに雪山でまともに捜索活動を行うなど不可能です!」

そして、ヴァルコフ准将は彼女がマトモでないことはつい先日の一件で知っている。
マイヤー中尉が主張するように、この状況下でまともな捜索は不可能。

だが、こいつならば狂ってはいても合理的な解決策を持ち合わせているのではと一瞬勘繰りかけてしまう。

「准尉、貴官はどうだ?」

「はっ、小官も遺憾ながら増強中隊規模程度の捜索では発見に至る公算はかなり乏しいと感じております。」

だが、帰ってくるのはある意味真っ当な解答だ。

「マイヤー中尉殿のおっしゃるように、この条件で航空・魔導制限が課せられては航空魔導師といえども単なる歩兵です。」

実際、航空魔導師も捜索任務となれば数が投入されねば意味がない。
人数分の眼と視界しかないのだ。
悪天候ともなれば、本当にごくわずかな地域を探せるだけだろう。

そういう意味で、デグレチャフ准尉はマイヤー中尉同様に至極真っ当な思考原理で答えていた。

「では、案はないと?」

「…失礼ながら、秘密裏の捜索は必須でありましょうか。」

「何?それは、情報部の要求だ。」

だが、与えられた前提の中では有望な計画を出せずとも。

「ですが、前提は“その”遭難者を隠匿せよとのことであります。」

「つまり、貴官は別の遭難者をでっち上げろと?」

「はい。悪天候故に連絡機が航法を過ち遭難するというのは尤もではないでしょうか。」

前提を、当初目的の達成に叶う形で置き換えるという荒業。
驚くべきことに、前提の変更をデグレチャフ准尉は平然と持ち出してくる。
ある意味で、下級指揮官としては異質な思考だ。

所与の条件下での最善ではなく、目的のための最善追求。

「ガナルダ地区まで航空機で侵入すれば大問題だぞ。」

「ですので、航法を誤れば…」

実際、係争地域に航空機を飛ばすというリスクは看過しえない危険性があるだろう。
仮に航法を誤った民間機だとしても、それがどういう効果を及ぼすだろうか?

その点について、議論の必要を認めかけた准将だが言葉をはさむよりも先に新たなノックによって議論は棚上げとなる。

「失礼いたします!緊急!協商連合より、遭難者の通告です!」

飛び込んでくる通信将校。
議論の気配を察し、一瞬躊躇しているが、口にした内容は重大だった。

「何?かまわん、続けてくれ。」

「はっ、大使館を通じ遊覧飛行中だったDC-45型旅客機が航法を誤りノルデンにおいて信号を断ったと通告です!」

ヴァルコフ准将に促された通信将校が読み上げる通信文。

「我が国に対し、協商連合は捜索・救難活動を行う旨を通告してきました。」

協商連合側も、部隊の投入方法に苦慮していたに違いない。
それは、ある意味においてデグレチャフが提言しようとしていたことの先取りだった。
関係ない民間人の遭難という名目があれば、大規模な部隊をある程度動かしえるにちがいない。

「あくまでも、人道救助が目的であり紛争地域における双方の衝突回避のために事前に通告するものとのこと。」

人道救助とあらかじめこちらに通告してくるところに、外交芸の細かさが感じられる。
これで遭遇戦でもやらかせば、人道救助が妨害されたと盛大に騒ぎ立てることだろう。

かといって、これからこちらも遭難するとすれば先方が展開済みだから探してやると言われかねない。

なにより確率論から言っても、偽装としては不自然極まりないだろう。

「以上の事情により、シェーリフェル協定に基づき48時間の非武装地帯への立ち入り制限を望むとのことです!」

「…先制されましたな。」

故に、理解したマイヤー中尉の呟きはヴァルコフ准将の思いを代弁してもいた。
なるほど、確かに考えてみればそのような手回しで強引に部隊を派遣する方法もなくはなかったのだ。
確か、情報部の言い分では連合王国が出張ってきているとのこと。

連中が出てきているとすれば、確かにこの手の搦め手も理解できた。
当然、こちらにとって望ましくない展開だろう。

そこまで考え、苦虫を噛み潰す表情となりかけたヴァルコフ准将。

だが、意外なことにデグレチャフ准尉は逆に楽になったと言わんばかりに凶暴な笑みすら浮かべていた。

「いえ、考えようによっては此方の数を協商連合がカバーすると考えられませんか?」

喜悦のこもった笑みは、実に攻撃的な笑みだろう。
本人としては、無意識のうちになのだろうが。

だが、実際。

「奴らが大規模捜索をこの悪天候下で強行するというのは、ある程度目処がついているという訳だな。」

確かに、この悪天候下で捜索名目によって大規模部隊を投入するという事は。
目処がついている地点に大量に投入するという事でもある。

そうでなければ、悪天候下で部隊を無意味に摩耗させ尽くすだけの愚挙だ。
相手が賢明であるならば、当然目的のある投入に違いない。

「奴らに案内してもらえば要救助者の身柄奪還乃至処分は可能か?」

「率直に申し上げれば、目的次第ですが可能かと。」




あとがき

やあ、クリスマスとかいうクリスチャンのイベントを皆さんはご存知ですかな?

ブリテン島という島でお祝いされている行事で、まあ、クリスチャンの宗教行事なのでクリスチャン以外には無縁なものなのですけどね。

さて、本日は即興で○ランスの誇る歴史的なエピソード『ド○フュス事件』を元ネタに巻き込まれて苦労する人たちのエピソードをお送りしました。


後、完全に蛇足ですがこの作品では問題解決型アプローチをお勉強いただくことも可能です。

Q:吹雪の雪山の中で回収任務は可能ですか?

①見つけられません!
データによれば、捜索任務はとても損耗率高くて大変です。誰かに代替してもらいましょう。
⇒データに基づく現状認識

②たくさん問題があります!
冷静に分析しましょう。統計上、山で捜索活動に従事している部隊の戦闘力は時間と共に加速度的に低下していきます。だから、横合いから最高のタイミングで殴りましょう。
⇒事実に基づいた提案

③回収できますか?
誘導してもらい、疲れたところで回収します!もっとも成功率が高いプランでしょう!
⇒オーダーメイドの解決策。


なにかのお役にたてば幸いです(´・ω・`)




[24734] The Day Before Great War 3:ノルデン北方哨戒任務
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2013/01/29 01:14
「小官の落書きを、領収書代わりに持参したいのですが。」

あの言葉は、今でも思い出す。

『リンテレン戦時回顧録:ノルデンの闇』






















人間は、パンのみにて生きるに非ずといったアホがいる。
衣食住足りて礼節を知るとでも言いたいのだろうが、食というのは断じて軽視されてはならない。
ありとあらゆる生物は、まず食わねば死ぬのだ。

パンのみで文明的な生活を営めるかという議論ではなく、パンがなければ文明がどうなるかと論じるべきだろう。
そして、その観点から見た場合パンの質は死活的な要素だ。

パンの質は、すなわち文明の質でもある。

「…疑問なのだがこの、軍用糧食を考えた奴は自分で食べたことがあると思うか?」

例えば、極寒のノルデンで食べる山岳長距離偵察隊員用(非常食)戦闘糧食というのは人間の食べ物だろうか?

高カロリー食を、栄養バランスを考慮して軽量で持ち運びに最適化したといえばカタログスペックはいいだろう。
粉末ココアを始め、一応のカロリー吸収効率に配慮しているのも評価はできる。
ただ、割り切るしかないのだが、味は壊滅的だ。

食べるだけで、塹壕食とはこういうものかと否応なく理解できる味である。
総力戦学習食とでも名付けるべきだと、個人的には強く提言したいほどの味だ。

加えて、梱包に問題がありすぎる。
防水と撥水、加えて湿度を考慮したのは良いのだろうが固すぎて銃剣でこじ開けねばならない始末。
食糧本体こそ軽量でも、缶の処理は酷く面倒となる。

だが何よりも信じがたいのは、支給されたのは山岳長距離偵察隊用であって冬季戦用でないということだろう。
開発した連中、山には四季という要素があるという事を完全に忘れているらしい。
金属製で冷たくなりやすい梱包を複数抱え、熱量が足りていない状況下での冷たい糧食だ。

消化器官が痛めつけられるうえに、痕跡隠匿のための作業にも酷く手間取る。

「おそらく、可能性の問題ですが、たぶん試食程度はしたのでは?」

低下する体温を回復させようにも、パサパサの固まったブロックを無理やりナイフと歯で削るように食べるのは苦行以外の何物でもない。
炊事の煙で発見されるわけにもいかない以上、そもそも温めることからして簡単ではないというのに。
粉末ココアでも飲めという事なのだろうが、そもそもこの雪山で体を温められるのが粉末ココアだけというのは信じがたいものだ。

しかも、その品質が代用珈琲もかくは酷くないだろうという味とくる。
こんな糧食だろうとも、食事は食事だが文明人のものではない。

「したとしても、快適な兵站部審議室の一室でだろう。連中、ノルデンで食べる耐寒戦における軍用糧食の味がどんなものか想像もつかないに違いない。」

銃剣で無理やり凍りついた缶詰をこじ開けていた部下らの表情も、似たようなものだ。
メインの肉や魚は、基本的に余程温めないと食える固さではないうえに、味も最悪。
其れが凍結しているとなれば、泣き言を漏らさないだけご立派というほかにない。
解凍せずには食べられるわけがない以上、何とか温めるしかないのだが燃料が限られている。

ここまでくれば誰だって文句の一つや二つくらい漏らしたくなるだろう。

「非常食だから、非常時以外食べたくないようにしようとでも考え付いたに違いないだろう。もしくは、作った奴は連合王国のスパイだな。」

「どちらもあり得そうなお話で困りますな。」

「全くだ。」

雪洞を構築し、外部に発見されないように設置された前進傍受拠点。
さらに、後続の山岳猟兵中隊用にいくつかの雪洞まで設置したターニャの小隊は他の部隊と同様に後方兵站部をひとまず呪う。
比較的機動性が高くかつ高カロリーが義務付けられている魔導師でこれだ。

歩兵部隊の上げる怨嗟の声は、神という存在がいるならば間違いなく救いをもたらさねばならないほど。
故に、救いをもたらさない存在Xなど所詮は不味い飯を蔓延らせる非文明的な蛮族と同類だろう。

「いっそ、自分で開発しようかと思うほどだよ。」

三食どころか、雪中行軍のために4食この味覚を殺す味だ。
ターニャとしても、絶対軍用レーションを新規開発して売り込もうと確信するほど革新的すぎる味と言える。
そんな食事を殆ど、嫌々飲み込んでいたターニャにしてみればさっさと帰りたくて仕方ない。
仕事でなければ、なにもこんな蛆虫のような食事に耐える必要はないのだ。

暖かい後方の拠点で、焼いたばかりのサーモンの炙りでのんびりやりたいところ。
ちょっとばかり冷たいのでよければ、スモークサーモンを摘んでもいい。
赤々と燃える暖炉の前で、釣ってきた魚を焼くのもありだろう。

仕事人間にとって、後方のデスクワークに専念しながらの規則正しい上記の食生活は理想である。

「まあ、将来はさておき連中の通信量は?」

「変化がありません。」

だからこそ、ターニャは半分本気でさっさと変化があればと思いながら状況の推移を監視させている。

いや、状況を注視している作戦参加者らの胸中におけるたった一つの共有されている願いと言ってもいいだろう。
誰だってこんな時期に暖かい寝床から係争地域の冬山に入り込んで歩き回るのは望んでいないのだから。

「ただ、アルゴリズムから推測するにどうも連合王国系のコマンドが捜索に従事している模様。」

「何?厄介だな。…我々の装備は協商連合系だぞ。」

一方で、敵さんも捜索に専念しているようだが敵さんはエステルハージ氏の同僚のお友達らしい。
少しばかり頭の痛いことに、ターニャにとって連合王国は馴染みのない相手。
偽装装備は協商連合系であり、ドクトリンも基本的に協商連合を想定してのものだ。

いくら、協商連合の軍事操典が共和国・連合王国から影響を受けているとはいえやはり別物。
慣熟していない領域で、新手と交戦の可能性があるというのは歓迎できないニュースだった。

「…交戦許可は下りておりませんが。」

「分かっているとも。不意の不幸な偶発的遭遇戦が勃発する危険性を検討しただけだ。」

むろん、分隊員がたしなめるように交戦は目的ではない。
実際、最大の目的は秘匿性を保ちつつの捜索活動である。
ターニャにしても、殺し合いで殺されるリスクを上げる意志はないのだ。

ただ、実際最悪を想定しなければ際限なく事態を悪化させかねない。
例えば、損切を渋って廃炉どころかlevel7をやらかした連中も世の中にはいる。
嫌なことだろうとも、想定しなければリスクとは戦えない。

これは、企業戦略にとって最低限度のルールであり経済活動から人間が学ぶべき真理だろう。
かのカエサルが言うように見たくないことを直視できない人間というのは、市場原理によって淘汰されかねないのだから。

「准尉殿もご冗談がお上手で。ところで、お手の猟銃は狼避けですか?」

「当たり前だ。狼や熊から身を守るためには必要だ。」

平均的な猟師達が好むタイプの猟銃は、基本的に護身用として非常に有益だ。
仮に発砲したとしても、地元の猟師達が使用しているタイプなので発砲音・発砲炎を拾われない限りは行動の露見を避けられる。
機密保持の観点から見た場合、足が付きにくい有用な護身具と言えるだろう。

「さあ、行動を再開しよう。そろそろ中隊本隊が来る時刻だ。飯マズ連中と間違っての誤射は避けろよ?」











気の重い作戦というのは、何時だって覚悟を決めていても慣れるものではない。
ノルデンの地図を調べながら、いつの間にか冷めていた紅茶を飲み干し嘆息。
ウォーカー少佐にしてみれば、遅々として進展しない捜索任務にはじりじりと焦燥感を覚えさせられて仕方ない。

長引けば、長引くほどリスクは高まる。
体力を消耗した部隊は、驚くほど深刻なトラブルに巻き込まれうるのだ。
いや、あるいは単純なミスで部下を失うこともあり得る。

とにかく、早く終わってほしい。

ある意味奇遇ながらも、ウォーカー少佐の心情は帝国軍らのものとほとんど似通ったようなものだった。
さっさとエステルハージ中佐を見つけて荷物を回収してほしい、と。
生きている方が望ましいことは望ましいのだが生死問わず、なるべく早く、と。

だが、ウォーカー少佐はそれでも指揮官として最低限毅然とした態度でポーカーフェイスを貫く。

「第一、第五中隊、所定の航路を走査完了。痕跡、発見できていません。」

読み上げられる通信文。

だが、少なくとも問題が起きていないだけそれはマシな知らせだろう。

「第三中隊、針路を喪失。現在、ビバーク中。天候が回復次第、天測で復帰するとのことです。」

「第二、第四中隊、現在天候悪化につき飛行計画を大幅に遅延しています。」

残りの報告は、起こるべくして起こっている問題なのだ。
その意味からみてみれば、まだマシ。
むしろ、トラブルとしては人命を失っていないだけ良い結果だと考えられる程度だろう。

「第二二六捜索救援小隊、第三中隊の捜索を申請しています。」

「捜索に行かせてやれ。それと、第一、第五中隊の中で対地走査術式に長けたものを選抜しろ。規模は小隊でいい。」

「了解です。」

結局、遅延しているスケジュールを何とか取り戻すために行程を終了した部隊を再活用。
問題の最小化と解決を願い、支援部隊を動かし指揮官としての義務をウォーカー少佐は果たす。
それでも、妙に引きつる胃は自分がここまで緊張に弱かったのかと驚くほどだ。

この任務が終われば、内勤か情報分析課にでも転属を願うべきかもしれない。

「少佐、お邪魔するよ。状況は?」

だが、そんな戸惑いにも近い感情は掴みどころのない上役の登場で強制的に閉ざされる。
飄々とした表情で、どこか皮肉気な笑みを携えた初老のミスター・ジョンソン。
あのハーバーグラム閣下に馬車馬のごとくこき使われる有能な情報部の部員。

そして、ウォーカー少佐にしてみれば捜索追跡任務を持ちこんだ人物でもある。
尤もジョンソン氏とて仕事でメッセージを運んだだけだ。
彼が発したのではなく、ホワイトホールのお偉方が根源ではあるのは間違いない。

それでも、思わず厄介ごとを持ちこんでくれたという印象がぬぐえない。
やつあたりに近い感情だとは理性では理解できているのだが。

「発見には、時間がかからざるを得ない状況です。ミスター・ジョンソン。…上はなんと?」

だが、切り替えねばならない。

「机に恨みでもあるのか、或いは我らがハーバーグラム閣下は拳を鍛えることに熱心すぎるのかのどちらかだ。」

「そんなことだろうとは思っていましたが…一体、何を我々は回収するのですか?」

少なくとも、ウォーカーという軍人は軍人としての規範と官僚的な服従性を良く保つ。
それは、組織人として許される範疇の儀礼であり同時に一つの知性故にだ。

上が焦っていることを把握するのは、現地にとって上がどのくらい圧力をかけてくるか察する助けになる。
そして、任務の詳細や目的を知ることが出来れば自分たちの損害を最小化することも叶うのだ。

「何、大した書類じゃないよ。共和国によれば暗号書と、リストだ。」

「は?」

暗号書と…なんだ?
リスト?

一体、何の?

その声なき質問に対し、分かっているとばかりに肩をすくめながらジョンソン氏は簡単に爆弾を投下する。

「共和国が持っている対共和国協力者リストだそうだ。…帝国内の。」

所謂内通者のリスト。
その重要性は論ずるまでもないレベルだろう。

いや、そもそも…それほどのものならば『自前』で回収すべきではないだろうか?

どう考えても、我々連合王国の情報部にみられるくらいならば自前でなんとしても回収するはずだが。

「我々にとっても、真否の疑わしいリストだがね。だが、焼いてほしい人間は多いという事だ。」

無論、その疑問は回収を大使館経由という正気を疑うルートで依頼された連合王国関係者共通の疑問でもある。
機密性を重視し、本来ならばヒューミットで直接伝達してくるべきものをわざわざ正規の外交ルートで寄越すだろうか?

感覚の違いか、重要度を理解していないか、いまいち理解しかねる事態だった。

「実際、ピカール君からもよろしく頼むと言われている。海軍用の相互連絡用の暗号程度ならばともかく、本物ならばリストは不味いだろう。」

だが、少なくともまだ『話ができる』と情報部が判断している人間が懸命に回収を個人的なルートまで使用して別ルートで懇願してきたのだ。
身内の防諜体制を漏らすわけにはいかないのだろうが、少なくともマトモな人間ほど苦労する状況だろうという事は察しがついている。

だからこそ、ジョンソンをはじめとした連合王国の関係者は慎重な腰を上げて動いているのだ。

「そういうわけで、頑張って回収してくれたまえ。」

「最善を尽くします。ですが、あいにくの悪天候です。最悪、雪崩などで流してしまうことをご考慮ください。」

そして、それは上の人間の立場・努力だ。
部下を這いずり回らせ、指揮する人間にしてみればおのずから違う視点も見えてくる。

回収が最善というのは、上の立場だ。
無論、ウォーカー少佐とて回収しなければならない立場なのは理解する。
しかし同時に、彼は指揮官なのだ。

情報部に所属するとはいえ、部下の命に義務を負っている軍人だ。
彼ら一人一人に家族があり、一人一人に人生がある部下を持っている軍人なのだ。
そうである以上、ウォーカー少佐にとってホワイトホールの考える最善というのは非常に飲み込みがたい部分を持つ。

「それは最悪の手段にしてほしいね。帝国のコマンドに取られるぐらいならば、そうするしかないのだろうが…。」

「楽観できる状況ではありませんが、同時に過度に悲観する必要もありません。我々は、可能な最善を尽くすのみです。」

部下の命と、与えられた命令の重さ。
そのバランスを保ちつつ、犠牲を許容するというのは果てしなく苦痛を伴う仕事でしかない。
それでも、ウォーカー少佐は最低限度の求められる最善を追求する。

「結構だよ、少佐。よろしく…」

そして、損耗を顧みず捜索を強行することこそなくとも全力を挙げての捜索活動ということは現実的な解答だ。
ジョンソンとしても、ウォーカー少佐の答えは満足できずとも納得できる範疇のもの。
現地は、最善の努力を尽くしていると上に経過報告を兼ねて保証できると彼は判断する。

そうして、ミスター・ジョンソンが立ち去ろうとしたその時。

「報告!エステルハージ中佐の装備と思しき軍刀を第四中隊が第D6捜索地点付近で発見いたしました!」

通信文を掴んで飛び込んできた若い通信士官。
彼が、叫ぶように伝えた言葉は引きつりつつあった雰囲気を一瞬で解きほぐす。

佐官クラスの軍刀。

まず、自然の状態では冬山に転がっているはずのない明確な痕跡。

掴んだのだ!足跡を、痕跡を!

「良くやった!第四中隊に、好きなだけ飲ませてやると伝えろ!」

「アタリですね、少佐殿。」

「中尉、君の勝ちだな。私は、どうやら部下に身ぐるみ剥がれる運命にあるらしい。」

ガーニング中尉の進言を入れて、捜索エリアをシフトさせたのが大当たり。
近頃、トランプでは負け知らずであったもののどうやら任務では部下に負けたらしい。
だが今のウォーカーにしてみれば、喜んで部下の当たりに支払う気分だった。

なんならば、パブを借り切って労ってもいいほどに。

「だがそれも、エステルハージ氏を見つけてからだ。各隊の捜索範囲を再編する。」

「はっ!直ちに。」

無論、全ては終わってからだ。

だが終わりがようやく見えてきたのも事実。

「それと、待機中の二個中隊を遊撃と警戒に回す。即応に格上げしておけ。」

「了解!」

きびきびと動くガーニング中尉が、それでもわずかに足早に駆け出す。
それを隣で見送ると、それまで口を閉じていたジョンソン氏が笑顔を浮かべながら帽子をかぶり直していた。

「どうやら、流れが変わったようですな。」

微笑み返しながら、ウォーカー少佐は肩の荷が半分降りたとばかりに頷く。
少なくとも、確保目標の痕跡は確認できた。
まだ書類を回収する必要があるだろう。

とはいえ。

正しい方向で目標を追っているのだ。

「ええ、お聞きになった通りです、ミスター・ジョンソン。」

「ご成功をお祈りし、指を組んでいるとしましょう。では、失礼。」











思わず、ウォーカー少佐らが歓喜の声を上げたとき。
対峙している帝国軍も、情勢に変化が起きつつある兆しを捉えることに成功していた。

「通信量が急激に増加しました。部隊の移動と思しき兆候もとらえております。」

報告を、受ける中隊司令部。
その場に居並んだ各隊指揮官にとっては、ついに来るべきものが来たということになる。

「なにがしかの手がかりを見つけたようですね。」

端的に状況を言い表すデグレチャフ准尉の分析は妥当だろう。
実際、マイヤー中尉としても敵通信量の増大と我が発見された兆候のないことから同じ分析をしている。

「…だが、連合王国部隊は想定を大幅に上回る規模か。」

しかし、同時に傍受された通信の規模や地上走査波と思しき魔導術式反応から多数の捜索部隊の存在が示唆されていた。
角度でいえば、ほぼ確実に有力なる敵捜索部隊の兆候をとらえたと判断すべき状況だ。
マイヤー中尉としては、当初の想定を大幅に凌駕する敵部隊との交戦は避けるしかない。

彼の山岳猟兵中隊と、デグレチャフ准尉の小隊で増強中隊規模。

「確認されただけで、2個中隊。さらに、通信の兆候をとらえる限り最低でも他に2~3個中隊は展開中です。魔導部隊だけで、です。」

観測班の読み上げる敵戦力は、遅滞戦闘が望みえる程度の敵戦力。
言い換えれば、横合いから殴りかかって鞄を奪って離脱など望みえないほど戦力差が出ている。

率直に言ってしまえば、ここまで大規模に連合王国系の部隊がノルデンに展開しているという事がありえなかった。
情報部の事前分析でさえ、共和国・連合王国の教官や錬成関係者が派遣教官として出てきているという程度。
関係が深いとは予想されているものの、ここまで明瞭にノルデンの帰属をめぐって連合王国が協商連合に肩入れするというのは予期されていない。

「観測できない地上部隊を含めれば、増強大隊以上、下手をすれば旅団規模の捜索部隊が出張ってきています。」

まして、大隊規模以上の部隊をノルデンに投入?
協商連合に派遣した自国軍人を『人道目的の遭難救援任務』に投入しているとはいえ露骨すぎるパフォーマンスだ。
かといって、是と交戦に陥るなど外聞が悪すぎるだろう。

人道救助を妨害した帝国という見出しで、翌日には全世界にばら撒かれるに決まっている。

「…あまりに、政治的に過敏すぎる状況です。」

そして、居並ぶ士官らとしてもその程度のことは理解できていた。
国境研修とは、早い話がそういう微妙な政治的な機微を理解させるためのものでもあるのだからある意味当たり前だ。
だから、デグレチャフ准尉が『政治的に過敏すぎる』と暗に再考を促してくるのは至極もっとも。

実際、マイヤー中尉とて許されるならば退きたい状況だった。

第三国と、係争地域で本格的な武力衝突など面倒以外の何物でもない。
同時に、その地域が係争地域として外部からの干渉と介入を招きかねないだろう。
当然、そのような契機を招くべきではない。

しかしながら、では衝突を恐れて譲歩できるかといえばそれも別だ。
協商連合主張地域に展開している他国部隊に配慮して撤退したとなれば、その線を認めたと取られかねない。
当然、事実上の国境線画定だ。

それは、それだけは帝国としても受け入れがたい。

「マイヤー中尉殿、現状では強襲強奪案はとても現実的とは。せめて作戦の変更を進言いたします。」

故に、別の隊の小隊長が提言してくれた作戦の変更は必然だった。
実際のところ、何か解決策を探らざるを得ない状況なのだ。
この状況下において、最も機動性が高く戦力としても期待できるのは少数精鋭の部隊。

「同意しよう、准尉。君の隊で探ってこられるか?」

故に、マイヤー中尉は将校斥候の中で最も発見されずにやり遂げられる少数の実績ある部隊としてデグレチャフ准尉の小隊を選ぶ。
こんな子供のような外見で、一見する限りでは頼りないことこの上ないデグレチャフだが実績はあるのだ。
ノルデンを歩いたことがある将校であれば、そこで長偵資格を持つ人間を外見で判断することは至愚と判ずる。

だからこそ、マイヤー中尉はごくごく単純にデグレチャフ准尉を優秀な魔導士官と認識していた。
後方待機中とはいえ、この年齢で長距離偵察に従事できる魔導師。
はっきり言ってしまえば、マイヤー中尉の判断は常識に依拠した無難な発想だろう。

政治的に微妙な情勢下、交戦を回避しつつも情報がほしいという指揮官の葛藤。

だから、行けるかと一番有望な隊に聞く。

「一般情報に限られますが、索敵程度であれば可能かと。」

「よし、仕事に取り掛かってくれ。任意行動を許可する。」

そして、ある程度探ることならば可能だという返事は至極まとも過ぎるほどにマトモな答え。
過度に冒険心があるわけでもなく、緊張でもなくできることを行うだけだという姿勢。

デグレチャフ准尉の隊がこれまで先行して仮設拠点を構築している手際一つしても隠匿もかなりの技量だった。

…子供に頼るか、という自嘲じみた感情を除けば問題は何もない。

「は。ご命令を。」

「敵情を探れ。ただし、極力交戦を避けつつも回収が可能であれば回収を。」

故に、マイヤー中尉の命令は至極常識的な判断から下される。
無理は避けるべきだが、回収できるならば裁量権を与える、と。

「了解いたしました。」

ただ、彼はたった一つだけ、あることを知っておくべきだった。
ノルデンにおけるデグレチャフの行跡は、完全な順法精神と規律への忠実な軍人だと。
言い換えれば、ルールで奴を縛るために後に国際条約の『ガス戦規定』に追加条項が加えられるほどの劇物だという事を。

早い話が、マトモな結果を望んで派遣すべき軍人ではないと。



あとがき

やあ、あけおめ。

取りあえず、当分多忙につき更新が微妙に遅れることをご海容くださいorz

いや、遅れないかもしれないんですが・・・

取りあえず、ノルデン哨戒は後1~2話くらい。次は、ゼーさんの若いころでも。

誤字修正しました。



[24734] The Day Before Great War 4:ノルデン北方哨戒任務
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2013/01/28 22:00


ビバーク中の兵隊がやらねばならない仕事というのは、結局のところ穴掘りだ。
何時だって、まず穴を掘って比較的にせよ安全なねぐらを確保しなければ始まらない。
そういう意味においては、国際法と国際情勢に差し障りのある係争地域であろうとも仕事は同じ。

人数分の雪壕を構築し、コンクリートブロック並みに固い糧食をナイフで削って齧りながら待機。
普通ならば後は、意気揚々と新米士官でも弄れば古参兵というのはだいたい満足である。
弄れないほど堅物の士官であれば、眉を顰め、ダメだこりゃと長生きできない仮初の上官が冥福を祈ってやる。

「中間管理職はつらいな。」

だが、この場合弄る、弄らない以前にこの『新任?』はちょっと別格だった。
最初は単なる餓鬼かと、逆に躊躇したものの…『事故』や『不幸な偶発的事象』が多すぎるのだ。
経歴上は、まっとうな士官としてのコースを歩んでいるとされる士官だ。
一方で、古参兵ならば一発で嗅ぎ分けられる狂気の仄かな香りを漂わせる士官でもある。

第二次ホールシュテイン動乱時に、古参軍曹はその狂気を一度見ていた。
敵味方の損耗を一切度外視してただ『目的』だけを追求する指揮官というのは、頼もしくも恐ろしい。
まさか、越境攻撃しないだろうと暗黙の了解があったホールシュテイン北方限界線。
それをいとも容易く突破した指揮官は、敵野戦軍の撃滅を至上目的に一切合切を無視してのけた。

一兵卒では知りえないが、相当の関係国が一発触発になったと耳にしている。
そんな物騒なことをやらかした上と同じ匂いを漂わせる上官だ。

弄る以前に、『どうみても、戦闘意欲旺盛其のものですが准尉殿』と口にしたい。
そう口にできれば、人生はもう少し楽なのかもしれない。

「軍人とは、そういうものでしょう。准尉殿。」

「いや、その通りだな。まだまだ、私も未熟か。…学ぶとしよう。」

宝珠の機関部を確認しつつ、獲物に餓えたような溜息。
交戦規定を散々中隊長殿から念押しされたのか、発砲厳禁の命令が伝えられている。
にもかかわらず、念入りに装備を確認する姿は鬼気迫るものだ。

どこが未熟かは知らないが、この幼い士官は餓鬼の皮を被った狼やノストラフェスと言われても信じられる気分である。

「さて。連合王国はご苦労にも探してくれているが…どうやらまだ書類は見つけて居ないようだな。」

幼い表情に、つまらなさげで気怠そうな表情。
だが、酷く狡猾だ。
救出目標の死亡を前提として、回収すべき物だけ回収しようと言ってのける豪胆さ。
なにより、救援という任務を平然と再考できるのは異常だ。

遭難者を救うのではなく、遭難者のもたらす情報に注目し人命を数と考える節すら見せるとは空恐ろしい。

「やはり、捜索中と?」

「撤収する動きがみられない。あれでは、探していると言わんばかりだ。」

先ほどから、観察している連合王国系の捜索活動。
本来、明らかに如実な戦力差があるにもかかわらず平然としている胆力は異常だ。
状況を理解できていないガキが、平然としているのとはわけが違う。

そんな化け物じみた胆力と、狡賢い頭脳をこの年齢の子供が持ちえるのだろうか?
子供の無邪気さという言葉を、心底疑いたくなる。
神にかけて、自分が子供を持ったとしても信心深く育てなければと確信するほどだ。

「ただ、気になるのは外周警戒に当たっている中隊が居ることだ。あれを排除して懐に入るのは厄介だぞ。」

極々まっとうな敵情分析をする姿は、頼もしいといえば頼もしい。
実際問題、勇ましいフレーズで精神論をぶち上げる勘違いした士官よりは百万倍もましだ。

「仕方ない。日没まで待って、夜間浸透だ。」

だが平然と敵の手ごわさを認めたうえで、単調にことを運べるのは何かがおかしい。
端正な表情に、感情一つも浮かべればまだよいだろうに。
淡々と。

それこそ、人形じみた無感動さでことを進められては。

「一度、本隊に連絡を入れよう。通信可能な地点まで下がるぞ。」

実務能力は抜群。
状況判断能力も優秀。
これが、彼女の研修だというのだから新任士官とは何かの冗談かと聞きたいくらいだ。

それこそ、新任研修に偽装した古参兵の評価試験と言ってもらった方がよほど信頼できようというもの。
唯一、無視してしまいたい要素はやってきた人間が、自分の姪と同じ程度の年齢という事。

「夜のノルデンだ。怖くてたまらないな、軍曹。」

「はっ。」

だが、怖いなと嘯く准尉殿は、どう頑張っても姪と同じ人種には到底思えない。
今度機会があれば、兄夫婦に子育ての秘密でも聞いてみるかと変な想いすら頭に浮かんでくるほどだ。




喜色満面で飛び込んできた通信兵が持ち込む続報。
それは、ウォーカー少佐の胃に対する痛みを確かに和らげてくれいた。
発見した軍刀と、その痕跡を辿っての捜索活動の進展。

実際問題、目処が付きつつあるという事が大きな心の助けとなる。
すでに、現場の部隊に対して山のようにスコッチを馳走してやろうと決心できるほどに少佐の気分は和らいでいた。
だからこそ、先ほどとは異なり表情をやや強張らせた通信兵の姿を見ても鷹揚さを保ちえたのだ。

現場からの報告は、予想の範疇。
予想されていた事態にすぎない悪い知らせであれば、心構えはできていた。
それと同時に、さほど目立つ知らせではないものの重要なターニングポイントと化しかねない知らせも一つある。

どちらにしても、ウォーカー少佐にとって手札はブタではないということだ。
故に、彼は熱々のお湯でお茶を一服し一息ついてからゆっくりとお客人のところへと赴く。

「ミスター・ジョンソン、良い知らせと悪い知らせが。」

ある種、それまでは追いつめられた雰囲気すら漂わせていたウォーカー少佐のにこやかな表情。
それだけで、事態が改善しているという事を司令部内部の誰もが理解できるだろう。

心に余裕が出来た時点で、ウォーカー少佐は緊張に引き攣りかねないほどであった司令部の雰囲気を意図的に緩和すべく努めている。

「では、一先ず悪い知らせから。」

「エステルハージ中佐の死体を発見しました。不味いことに、足を踏み外しての墜落死で荷物の所在が不明です。」

「それは望ましくない。徹底的な捜索を。」

そして、指揮官にそこまで余裕が出てきたことを見て取ったジョンおじさんの表情も口ぶりとは裏腹にかなり穏やかなものだった。
実際問題として、素人がこんな厳寒のノルデンが危険地帯を軽装で突破できるとは考えにくい事態なのだ。
共和国軍の内勤専門家であるエステルハージ中佐殿が、無残な凍死体で発見されるのは十二分に想定されていた。

少なくとも、生きて帝国にたどり着かれるよりはずっとましな結果と言える。
まあ、共和国にしてみれば生きて法廷に引っ張り出したかったのかもしれないが。
そこまで連合王国情報部が面倒を見る義理もない。

もちろん、生きていればそれ相応に情報を絞ることもできただろうが。

「それで、良い知らせとは?」

「気象班の報告によれば、気圧に改善がみられるので天候は数日以内に回復するとのことです。」

逆説的に言えば、エステルハージ中佐が永遠に休むことで喋らなくなったのだ。
現世において何よりも有言にもの申すであろう書類の回収は急務だった。
その意味において、難航するであろう捜索を容易となす天候の回復は朗報だ。

「悪い知らせではないが、時間はかけたくない。捜索を急がせてくれ。」

時間との戦いではあっても、自分たちは勝利しつつある。

そう、厳しくはあっても余裕があるのだから。







吹雪の中、視覚ではなく探査機器と傍受だけで敵の動きを探るのはひどく神経を病む。
実際のところ、暗号化された敵の通信が解読される頃には回収任務は終わっているだろう。
必然、傍受の図り方は通信量の絶対値と、パターンとの対比にならざるを得ない。

この点、暗号解読班は楽でいいのだろうが現場の部隊は不定期に私用で無線を使う敵兵に酷く悩まされる。
隊内通信で暗号化された雑談をやらかされると、それだけで敵通信量に変化が生じてしまう。
当然、暗号化されているためにそれが雑談なのか、重要な通達なのか、本部とのやり取りなのかで酷く悩ましい。

苛立たしいことに、定時通信以外にも索敵の効率強化のために頻繁に圧縮通信がやり取りされているらしかった。
お陰で、敵に変化の兆候が表れるたびにターニャは仮眠からたたき起こされて敵全体の傍受に回るはめになる。
大体の場合、不定期な通信を拾って監視にはっても勝手に短距離通信で盛り上がって終わり。
早い話、単なる身内話をコソコソと傍受している人間の骨折りに終わる。

だが、単調なルーチンワークの繰り返しは組織の一員として出世するためには必須だ。
それができるか、出来ないかの違いが将来を決定するのである。
そうであると知っている以上、ターニャとしては所属する軍に対する忠誠心のために一切手を抜かない。

信用とは、積み上げるのに山のような時間を使うのだ。
…崩すのはあっという間であるが。

そして、その努力は報われることになる。

ウンザリとした表情で、敵通信網に変化の兆しアリと報告してきた通信兵。
珈琲擬きというにも、おこがましい何かに辟易としていたターニャが気分を変えるためにレシーバーに向き合った直後。

「っ、敵通信量に顕著な変化あり!中距離通信、急速に増加中!」

飛び交い始めた明らかに短距離通信にしては強すぎる出力の通信。
それまでの、気怠げな雰囲気を漂わせていた通信兵らの表情が一瞬で激変。
定時通信とは、規模が異なる情報量のやり取り。

そして、果てには長距離通信の出力で後方とのやり取りすら確認された。
その直後に、魔導師部隊宛と思しき集結信号が発信されたのが確認される。

「っ!准尉殿、どうやら目標は発見されたようです。」

意味するところは、広範囲を対地捜索術式で走査している魔導師への集結命令。
おそらく、それは目標を発見し集結することだろうと考えた通信兵は咄嗟に現場責任者の判断を求める。

仮に、回収されるとなると強襲、強奪もやむなしではないのか?と。

「いや、正確には手がかりが手に入った程度だろう。」

だが、ターニャにしてみればそもそも命がけの国際法規違反などやらかしたくないことこの上ない。
何が悲しくて、遥かに優勢の敵軍に突っ込んだあげく生還できても国際法違反の責任を被る立場にならねばならないだろうか。

そんなのは、給料分以上の要求である。
これが、取締役以上であれば別かもしれない。
だが、ターニャ・デグレチャフという幼い准尉の給料は家族手当がつかないばかりか、各種手当を入れてもカツカツなのだ。
なまじ、幼いだけに年齢加算分もないだけに雪山で捜索活動に従事する時点で過剰労働気味と本人は判じている。

だからこそ、仮に強奪に行かざるを得ない立場であってもそれに気が付かない演技をしなければならなかった。

単純な自己保身の感情。
それだけに、ターニャは敵情の中から自分にとって都合の良いものを懸命に探し破顔する。

「みろ、地上走査術式が密集し始めている。連中、此方への警戒は完全に忘れて何かを探しているぞ。」

「なるほど、そういう事ですか。」

発見したのならば、彼らは対地走査などという面倒なことはやらかさない。
さっさと、掃除して痕跡を消し去ってからRTBだ。
こんな遭難多発地帯で長居したいと考える素人が、出張ってくるはずもない。

それが、何を血迷ったか、全力で対地捜索中。それも、特定地点にフォーカスして。

「このタイミングで連中が、巡回網を崩して対地精査に移ったということを考えれば…。」

意味するところは、単純かつ明快だ。

「目標は、動かないと確信しているという事ですね。…ということは、死体を見つけましたか。」

巡回網は、動体目標を捕捉するための捜索警戒配備。
それを解除し、特定地点から順繰りに捜索するとなれば。
それは、エステルハージ中佐の捜索を打ち切り何かを探すに足る証拠を見つけたということだ。

あの連合王国が、エステルハージ中佐の私物程度で退くとも思えない。
そうであるならば、意味するところは単純だ。

面倒事を生んでくださった、帝国の善き友人であったエステルハージ氏が死んだという事である。
術式を監視している立場から言うと、おそらく彼らも死体を発見しただけだろう。
交戦というには、余りに平穏すぎる兆候だった。

仮に、連合王国が生きているエステルハージ氏を発見したらば拘禁するだろう。
其れがないという事は、単純な凍死か転落死だ。

「だろうな。よし、タイミングを見図り回収だ。その後は、逃げるだけだぞ。」

つまり、大よその回収物の所在は連合王国が発見してくれたと解釈してよかった。
暗号が解読できずとも、敵の動きが雄弁に所在を明らかにしてくれるのだ。
この点に関しては、連合王国情報部の失策というよりも迂闊さだろう。

…彼らは、良くも悪くもこのノルデンでの捜索活動に主眼を置いているのだ。

彼らは、戦術レベルにおいて捜索という任務に専念させられる立場。
早い話が、端から襲撃をも見込んで展開している帝国軍戦闘部隊とは前提が違う。
連合王国系の彼らに与えられている任務は、あくまでも捜索回収任務。

「強奪すると?」

覚悟が違うのだ。

ぼそりと通信兵が呟くほどに、連合王国情報部との戦闘すら考慮する帝国とは捜索の手順も異なる。
何より致命的なことに、共和国からの依頼で展開していた連合王国情報部は事の重要さを測りかねていた。

「まさか!交戦許可は下りていない。砲火を交えずに回収するしかないだろう。」

上からかけられる、圧力の度合いが桁違いなのだ。

当事者である帝国軍情報部にしてみれば、一切妥協を許さない状況だと知悉している。
それこそ交戦せずに、国際法違反の証拠を残さずに、しかし絶対に回収して来いなどという無理難題が出されるほどだ。
馬鹿馬鹿しい話ではあっても、現場のターニャは交戦許可なしで何とか掠め取る仕事の目途をつけねばならない立場となっている。

そして、ターニャは良くも悪くも天啓的な『善良な個人であり、邪悪な組織人』だ。
個人として善良であるかどうかの議論の余地はあったとしても、組織人として邪悪極まりないのは間違いない。
労使交渉で、法律の建前を守りつつも法の精神は平然と無視する程度に法律の扱いには悪い意味で慣れてもいる。

「…では、交戦は回避なさると。」

「当たり前だ。何のために、わざわざ工作用具をいくつも担がせていると思っている?」

故に、ターニャは極々まっとうに命令に忠実ながらも綱渡りじみた対応で目的の遂行に邁進する。
彼女に与えられた命令は、あくまでも『交戦の禁止』と『国際法違反の越境作戦露呈を回避』というもの。
人道的に行動せよなどと命令されていない以上、『不幸な事故』を採用する分には命令違反たりえないとターニャは判断している。

なにより、公式には存在しない越境作戦だ。
報告書でいちいち、詳細を報告させられることもない。
そんな作戦ならば、国際法違反が『立証されない限り』は推定無罪だ。

「では?」

「敵が罠に嵌ってくれれば結構。ダメなら駄目で、予備案に従い後退するだけだ。」

ターニャにしても、手を汚したくない。
だが、同時に組織の一員としてある程度踏み絵を踏まなければならないことも理解している。
人事部の評定において、組織への忠誠心とは重要な評価項目なのだ。

逆に言えば、少なくとも下手を踏まない限りトカゲのしっぽ切りにされにくい条件下での踏み絵は歓迎すらできる。

これほど早いキャリアの段階で、ある程度忠誠心を示せればその後の昇進や後方任務にも恵まれるだろう。
なにより、情報関係者に貸しを作っておけるとなれば最悪の場合亡命の一助になることも見込めた。
まあ、そんな最悪の展開は避けておきたいのだが、情報部に貸しを作っておいて損はないのだ。
借りを作っておくことは恐ろしいが。

故に、交戦ではなく『不幸な事故』で敵兵を排除。
其れが出来なければ、せめて自然災害に偽装して敵の回収任務を妨害することを計画している。
その為に、わざわざ発破用の爆薬を担がせているほどである。
すり替え用の鞄に加え、工兵用の器材までも手配しての計画。

「了解です。…しかし、魔導師相手に雪崩何ぞ効くものですか?」

だが、実際問題として器材を担いでいる側にしてみれば疑問を抱かざるを得ないところがある。

雪崩で捜索の妨害は可能だろう。
鞄を雪で流してしまえば、まず発見は困難だ。
それこそ、よほどの幸運に恵まれない限り永遠に失われるとみていい。

だが、それだけでもある。

雪崩は、所詮地表を走る自然現象。
航空魔導師という兵科は、いざとなれば緊急離脱が可能である。
飛んで逃げればいいのだ。

そこに火線を集中するならばともかく、雪崩単体で敵魔導師の排除が出来るかといえば疑問だった。

「実際のところ、航空魔導師が防殻を展開して離脱しているならば効果は望めんよ。」

無論、回収作戦を計画するターニャにしてもそれは分かっていることだ。
魔導師の最大の強みである機動力を削がないことには、雪崩程度ではどうしようもないという事は理解できる。
なによりも重要なことに、雪崩を引き起こすところを発見されれば終わりだ。

「だが、使い方次第だろうな。例えば、雪崩にいろいろ組み合わせるという手もある。」

それ故に、ターニャはちょっとした一工夫を忘れない。

下味のない料理など食べられないだろう。
だから、料理する時はまず下ごしらえからするのと同じだ。
作戦行動を起こすに際して、出来る限りの下ごしらえの労を怠ることは許されない。

例えば、地理的条件や植生・天候情報の収集は最低限の義務だ。
敵情分析や、貪欲なまでの前線情報の収集は失敗を避けるための基本ですらある。

その結果として、ターニャは種も仕掛けもあるちょっとした事故を演出できるのだ。

「組み合わせるとは?」

「ああ、少しばかり腹案を考えてある。」

雪崩は、自然現象でも起こりうる事態。
早い話が、自然現象である以上帝国とは無関係と強弁できる。

そして、雪崩に何か別の自然現象を組み合わせれば効果的に敵を排除しうると考えるのだ。

「…失礼ながら、どのような?」

「軍曹、ここは活発な火山活動と鉱泉で有名だと知っているかね?」

ある意味において、それはターニャの知る日本国における悲劇的な事故だ。
火山地帯に多い事故、知っている人間ならば、それこそ避けるべく留意しているであろう事故だ。

そして、それは自然由来であるが故にターニャにとって理想的ですらある。

自然に発生する現象で連合王国からお越しの情報部部員らが全滅したところで、帝国は国際法上の責任を問われる立場にないのだ。
まして、ここには国際法上、連合王国の関係者が展開しているはずもない場所だとすれば不問に処されるのは自明だろう。
連合王国が、協商連合のカバーで叫ぶとしても係争地域で消息を絶った自国兵など問題の火種でしかない。

仮に、是が越境攻撃をおこなった帝国軍部隊に殺されたとなれば別だろう。
だが、証拠もなしに騒ぎ立てる不利は誰にでも想像できる。
お宅の山に不法侵入したうちの兵士が、事故で死んだ責任を取れ!と指弾したところで失笑を買うだけだ。

無論、ソ連の様に完全な自作自演で攻撃されたと演出することも不可能ではない。
だが、協商連合と帝国の国力比はフィンランドとソ連の関係のようなものだ。
ターニャの考えるところ、帝国が自作自演することはあっても、逆は考えにくい。

なれば、事故ならば相手が地団駄ふんで泣き寝入りだろう。

「ええ、ですが、それが何か?」

「 Si vis pacem, para bellum。備えあれば、憂いなしだ。うかうかとこんなところに来た連中の不幸を一緒に弔問してやろう。」

理解できなかったらしい、部下の呑気さ。
いや、活火山が帝国内地にないライヒの軍人は単純に想像できないだけか。

そう考えたターニャは、変な知識も役に立つ機会があるのだなと苦笑するにとどめておく。

「は?」

「まあ、種自体は大したものでもない。すぐにわかるだろう。…さあ、時間だ。行動を開始しよう。」

…磁気異常、火山。そして、雪山だ。

此処までくれば、やるべきことは決まっている。



あとがき
①久々の更新。遅筆の言い訳は、次の『お知らせ』をご参照ください。
②火山、温泉、雪。ここでピンときた方、ネタバレは次回更新時までご容赦ください。
③なんか、理想郷がまた安定しなくて重いのは自分の環境だけなんでしょうか…。



[24734] The Day Before Great War 5:ノルデン北方哨戒任務
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2013/08/04 08:53
温泉というものは、素晴らしいものだ。
文明の象徴である上に、人間の人体に蓄積された疲労に対するローマ以来の正しい治療法でもある。
一般論ではあるが、美味で栄養価に富んだ食事と、快適な温泉文化に支えられた古代ローマが反映したのは必然だろう。

だが、同時に温泉というものは火山があることを前提にしなければならない。
悲しいかな、火山という大自然は時として人間に牙をも剥きうるのだ。
恐ろしいことではあるが、ポンペイに代表されるように火山の被害は昔から人間につきものである。

だから、という訳ではないがターニャにしてみれば雪と火山は恐るべき組み合わせだ。
幾年も前の、それこそ社会の健全な歯車として働いていた頃の記憶は殺伐とした世界においてもなお有効である。
それこそ、部分的には殊更に有効というべきだろう。

そして、知識でもってターニャ・デグレチャフ准尉は義務を果たすべく『法』の許す範疇でもって淡々と行動を推進する。

傍受と通信量に注目した情報分析と、敵情から予測される連合王国系部隊の行動予測は見事に的中。
もちろん、的中させただけでは『目標物』の回収にはつながらない。
当然のこととして、『可能な限りの回収』を命じられている軍人として行うべきことは回収任務だ。

「准尉殿、配置完了しました。」

雪まみれになった冬季戦用迷彩服のまま雪原に伏せるのは本来、よろしくはない。
まずもって、雪で軍装が湿気る可能性があるうえに足踏みできない環境では予想以上に体温を損なう。
ノルデンの極寒にあって、体温保持は想像以上に厄介なのだ。

だが、それらを理解し、知悉したうえで尚ターニャは伏せるしかない。

「傍受の手はずは?」

「同じく、完了。」

喋るのも億劫だが、高カロリー食と防寒外套のおかげで一応対応は保持しえている。

「宜しい。目標は予想通りだ。方針を説明する。」

馬鹿げていると笑われるかもしれないが、雪の中を見つからないようにひっそりと進んできたのだ。
対地走査術式で熱源を緻密に走査しているならばともかく、目視では見破られない自信があった。
そして、想定通り連合王国の情報部員らはご苦労にも書類と鞄を探して血眼。

故に、ここまでターニャの隊は這いよれた。

「幸いにして、敵情予測の範疇に留まる展開である。」

そして、這いよったターニャの眼前で行われている捜索活動は実に理想的な状況だった。
積雪により、埋没したと思しき鞄を探すには術式をよほど近距離で走査する必要がある。
航空魔導師と雖も、さほどの高度も取れないという悪条件。

それでも、ゾンデ棒でいちいち雪を穿り返すよりましではあるのだが。

「我々の任務は、あくまでも『回収』だ。直接の交戦はROEで許可されていない。」

そして、ターニャにとっては其れこそが最低必要条件だった。
ターニャにしてみれば、こんないつ何時事故が起こる変わらない雪山なぞさっさとお暇したくて堪らない。
可能ならば、温かい暖炉でサーモンでも炙ってレモンでモグモグしていたい気分だ。

もちろん命あっての物種であり命をチップにしての交戦など、まったく望むところでない。
そのターニャにとって戦わずに退くか、戦わずに回収できるかの二択しか選択肢はなかった。
極力、任務に忠実であるというポーズのために回収を優先したいものの条件が満たされねば退くしかなかっただろう。

だが、条件は限定的ながらもすべて満たされた。

「故に、我々は一発の銃弾も放つことは許可されていない。」

なまじ、発砲許可と交戦許可が出なかっただけに楽だったともいえるだろう。
中途半端に戦闘の許可が下りていた場合、退くに引けず、進むに進めずというジレンマがありえたのだ。

まあ、そもそもこんな雪山に派遣される時点で楽とは程遠いのだが。
しかし、仕事にめどがつくのは誰にとってもうれしいもの。

「痕跡を残すことが許されていないという事だ。それ故、私は全てを一撃で解決する。」

痕跡を残すな。
我々はそこに居ないのだ。
ならば、簡単である。

…事故が起きればいいだけなのだから。

「総員、対ガス戦に備えよ。」

故に、ターニャは淡々と言葉の爆弾を部下に向かって放り投げる。

「想定、高濃度硫化水素ガス。」

「准尉殿!?」

思わず、愕然とした表情で問い返してくる部下は正しい。

「積雪していると、ガスが滞留していることも十分考えられるだろう。」

だが、同時にターニャの態度もまた戦理としては正しい。

火山性のガスが、滞留していた窪地。
そこに転落した荷物を探していた部隊が、ガスで全滅。

少なくとも、可能性でいえばゼロではない。
なにしろ、火山性ガスは自然由来だ。
もちろんタイミングが決定的すぎるが、証拠がなければ問題はない。

「簡単だ。ガスを流し、あとは雪崩で証拠を隠滅。」

状況証拠では、帝国は真っ黒になるだろう。
だが、だからどうしたと?

与えられている命令では、帝国軍の痕跡を残さず回収せよとの命令なのだ。
自分の痕跡を綺麗に掃除し、消毒すれば少なくとも実働部隊は特定されない。

状況証拠だけで、帝国と協商連合の紛争領域での事象に『無関係のはずの』連合王国がクレームをつけられるはずもなし。
協商連合のクレームは、また単純に証拠がない罵り合いで誤魔化せる範疇だ。
証拠があれば、まったく別だろうが証拠のない非難声明など単なるプロパガンダだ。

連中が証拠を捏造しないとも限らないが、捏造された証拠と自明であれば反論も不可能ではない。
本物であれば、沈黙し問題そのものを葬らねばならないやもしれないが。

「まあ、ご苦労なことだが不幸な事故というのはいつも起きるのだよ。」

だが、今のところは頗る順調である。
目標に秘密裏に接敵、そしてガス戦の条件を満たすことも完了。

「本来ならば、完全に証拠が隠匿できる方法が望ましいのだが…この天候だ。ガスを気化させられない以上、已むをえまい。」

ガスが残る以上、自然の事象に見せかけるためにも多少の細工は必要だ。
なにしろ自然条件ではガスが滞留するはずのない地形で、ガス事故を起こすのである。
多少の漏れがあるだろうために、雪崩で捜索と検証を困難にしておく必要はあった。

そして、方針を確定させしめたのちに行動の詳細を指揮官は通達せねばならない。

「では手順を確認する。」






淡々と示される行動手順は、あくまでも現実的な要求の範疇。
決して、無謀な精神論や現実味を欠落させた夢物語ではない作戦。

「敵の捜索範囲から逆算したところ、幸いにも敵は窪地を中心に捜索しているものと判明済みだ。」

示されるのは、純然たる必要なことと、可能なことの羅列。
事実と、能力の真っ当な比較にすぎない。

だが、その判断にはあるべき『躊躇』という概念がなかった。

「故に、敵が鞄を発見後、高濃度硫化水素ガスによる事故を演出する。」

ガス戦。

「魔導師は、対ガス戦に特化しているのでは?」

「…厳密に言うならば、戦場で使用されるガスの一部に、というべきだ。防御膜は万能ではない。」

淡々と、出来るからするのだと物語る口ぶり。

「国際法に抵触しませんか?」

「硫化水素ガスは工業目的の民生で幅広く活用される『平和的』なガスだ。既存の法規には一切抵触しない。つまり、警戒対象にも入っていない。」

簡単にしれっと吐き出している言葉は、異常だ。
一介の准尉が、毒ガスに関する国際法規の穴を使って平然とガス戦を行うと口にする?
それも、帰属があいまいなノルデン係争地域での秘密作戦において?

「では、有用と?」

本来ならば、聞きたかったのはそんな平凡な問いではない。

それではない、それではないのだ。

もっと、本質的なことを問わねばならないはずだろう。

だが、非人間的なまでに与えられた命令の遂行に重きを置く軍人として教育されていることが帝国軍人の伝統である。
それが理由なき場合、彼らは命令に抗命することなど思いもよらない。
上官の命令が、軍事的合理性を伴い与えられた所定の任務遂行に是であるとき、反問は許されるはずもないのだ。

「平均的な防御膜でフィルターできるガスは、シアン化物剤・G剤・V剤などの既知のガスだ。警戒していないものには、弱い。」

基本的な魔導師の防御膜は対ガス防御効果があると一般には信じられているし完全な間違いではない。
実際、有名どころや軍用のヤバイものを選択的に防御する効果は防御膜の起動術式に組み込まれている。
だがしかしだ、そもそも意志でもって世界に干渉し続けるときにすべてを拒絶し、透過を防ぐなどそもそも無理だ。

選択的に弾くものを選ぶ以上、基本的な防御膜で対応できるガスの種類には限界がある。
なにしろ、防御膜の本来の意味は防殻への直撃をそらすための防御機構でもあるのだ。
複雑な術式に、あれもこれもと注ぎ込んではリソース不足で運用も覚束ない。

それは、帝国軍の魔導師とて同様なのだから准尉殿の仰らんとすることは理解できる。
狂っている視点だが、確かに、そのとおりである、と。

「つまり自然由来のものには存外弱い傾向が確認されている。水に似た構造のガスなら、有効だと確認する。」

実際問題、大気汚染などには魔導師も健康被害を出した事例が他ならぬ連合王国の事例で過去にはあった。
まあ、スモッグ対策やら規制やらが断行されたおかげで彼らは忘れているのかもしれないが。
有効性を過去の連合王国人が実証している以上、同じ連合王国の魔導師に効かない道理はない。

准尉殿の言葉に間違っているところはないだろう。
だが、論理的に正しくとも倫理的に正しいかと言われれば完全に別次元の問題だ。

軍人にとっては、議論が許されない次元の間違いであるのだが。

実現可能性だけでいえば、硫化水素ガスは水に似た構造。
警戒するには、少々以上に紛らわしい構造だろう。

淡々と指摘する准尉の口ぶりからして、確かな自信のほどが伺える。

「…対ガス戦装備ならばいかがですか?」

「勿論対ガス戦を想定した防御膜を展開し、酸素精製術式で外気を吸わずに呼吸しているならば別だろう。」

実際問題、これらの前提は全て相手が対ガス戦を想定して術式を起動していれば全く別だ。
外気を完全に遮断し、酸素精製術式でガス有効圏からの離脱を図られれば逃げられるだろう。
実際、帝国の魔導師らも対ガス戦ではそのように行動せよと教育されている。

…奇襲的にガスを流されるという事は中々想定されていない。

なにしろ、小規模部隊が運用するには少々以上に厄介な代物だ。
ガスを流せば敵味方問わず巻き込まれるうえに、友軍歩兵部隊の進撃に著しい問題を生じさせる。
加えて、魔導師部隊であっても対ガス戦装備を必要とし機動性を削ぐのだ。

何より、国際法規に違反するガスを運用するという事の政治的デメリットは無視できるものではない。

普通であれば、誰も積極的な運用策など考えもしないだろう。

「だが対地走査術式を展開している連中が、対ガス戦を想定した術式を展開している道理もない。問題はないだろう。」

「…面白い視点ですね。確かに、対ガス戦で魔導師が生き残ったという話は有名ですが…全く通用しないという話も聞きません。」

だが、平然とタブーを無視してことを図る准尉殿にとっては克服可能な技術上の問題に過ぎないらしい。

「ガス戦に対抗できるといっても、それと知っていなければ存外有効だと考える。搦め手の類いだがな。…今度、戦技研に上伸してみよう。」

端的に今の気持ちを表すならば、小さな幼い外見だと、愛おしい外見だと着任当時に笑った間抜けな自分を殴り飛ばしたい気分だろう。
国際法規の穴を探り、ガス戦の実現可能性と有用性を考慮し、それを戦術として考案する異常性。
国境での紛争で実戦経験があるという書類での経歴以上に、何かが歪んでいなければこんな狂った軍事的合理性はありえない。

「…了解。他のROEは?」

「我々は此処にいないのだ。痕跡は残せない。彼らは、不幸な事故で死ななければならない。」

問うべきだったのかもしれないが、敵前で問える状況でもない。
だから、口から紡がれるのは極々真っ当な軍事的必要性からの確認事項だけだ。

「この場合、我々の死体は百万の言葉よりも雄弁だ。誰も死ぬことは許さん。生きて、帰るぞ。」

強い意志の込められた言葉。
生還を期する指揮官というのは本来ならば、理想的な上官になりうるだろう。
だが、敵に容赦なく、味方に慈悲深い指揮官でたりえるはずの准尉殿が今だけは恐ろしくて仕方ない。

ターニャ・デグレチャフ准尉殿は、どこか、狂っているとしか思えないのだ。

「それと、当たり前だがガスの風向きには留意しろ。間違っても、後続に流すなよ?亜硝酸アミルは手元に置いておけ。」

「了解。・・・・・・捜索部隊が事故で全滅とは不幸なことですね。」

「全くだ。弔電を読み上げてやってもいいくらいだな。」





散々手を焼かされている捜索任務。
絶えざる危険の上に、極寒地帯での行動だ。
捜索に従事する魔導師らにしても余裕があるわけではない。

だからこそ、一刻も早く切り上げたいと誰もが捜索には懸命だった。
懸命であってしまった、ともいう。

「・・・発見しました!」

湧き上がる歓喜の声。
それは、やっと見つけたという喜びだ。
発見者らは、早くも喜び勇んで掘り返し始めている。

だが、無理もないだろう。
吹雪かれながら、ほとんど地形追随飛行と同様の条件で対地走査だったのだ。
さっさとこんな仕事を終えて、パブに飛び込みたい、と。
ホットワインをグビリとやりたくてたまらない、と。

そう思う彼らを、誰が責められることだろうか。

「間違いないか!?」

「確認しました。間違いありません。」

だからこそ、発見の喜びは並大抵ではなかった。
この忌々しいノルデンの野から飛びかえるのだ、と。
暖かい部屋で、思う存分アルコールを五臓六腑に染み渡らせるのだ、と。

「よし、良くやった!アンソン、司令部に繋げ!」

指揮を執っている中隊長自身、ウンザリとしていたところへの朗報だ。
首を長くして待ち望んでいるだろうウォーカー少佐に吉報をもたらし、財布を空にするまで飲んでやろう。
ついでに、こんな極寒の下飛ばされた憂さばらしだ。
休暇の一つや二つも申請して中隊で、本国での休暇を申請してやらねばな、と思考は飛躍する。

「りょうかい・・・しれいぶに、はっけんの…」

だが、何かがおかしかった。

おかしいのだ。

何が?

「っ?アンソン?あ・・ん、そ、」

倒れる、部下の姿?

そう、それは、おかしい。

そもそも、なぜ、・・・いきがクルシイ・・・・


「中隊長殿!・・・っ!?」





天国から地獄に突き落とされるとは、このことだろう。
目標物体を、無事に発見したと思しき歓声。
そを隊内通信で聞き取ったと、付近を飛んでいた部隊から報告があって以来通信の途絶した回収部隊の消息。

キリキリと痛む神経で電波障害や、磁気異常の影響かと案じていた矢先の知らせは最悪だった。

「…全滅だと!?」

思わず、ウォーカー少佐が椅子を蹴って飛び上がり叫び返すほどの凶報。

部隊の、全滅。

それも、突きつけられた報告に誤りがなければ軍事的な全滅ではなく字句通りの。

「最後の通信が確認された窪地にて、遺体を収容しました。」

「馬鹿な!?」

発見まで、あとわずか。
やっと、やっと神経の強張りが緩みかけていたところへの最悪の衝撃。
少々のトラブルや事故は覚悟していたが、完全に想定外の衝撃だ。
それは、強かにウォーカー少佐の神経を叩きのめしていた。

「不味いことに、高濃度のガスが滞留していて遺体収容は難航が予想されます。帝国かと。」

「ガスだと!?」

こんな時に、突発的にガスが沸くなど『偶然』と片づけるにはあまりにも帝国にとって都合がよすぎるだろう。
当然というよりも、必然だが帝国の作戦行動であるというのは疑いの余地がない。
状況を耳にしただけでも、状況証拠としては議論の必要がないほど帝国がクロだ。

「はい、さらに…不味いことに証拠がありません。使用されたのは、硫化水素ガスでした。」

だが。

だからこそ、状況証拠しかないという事実が報告されるのだ。

「火山性のガスです。それも、この地域で、自然発生しうる。」

自然発生しうるガス。
それが、火山地帯、磁気異常の激しい僻地で発生。
誰も気が付かずに迷い込んで、ガス中毒。

物的証拠がなければ、帝国を批判することは不可能だ。

なにしろ、そこに本来帝国は居ないと条約で定められている。
そして、帝国は条約を順守したと声明を出せばそれで終わりだ。
一方的な言いがかりなど、御免蒙りたい、と。

いけしゃあしゃあと反論してくることだろう。

「…っ、この地域では自然発生する。そういう事か!」

「雪崩も確認されています。帝国が関与した証拠は、発見できないかと。」

生き残りが居れば、或いは帝国軍の関与を証明できたかもしれない。
だが、ガスで全滅後、雪崩で証拠が流されてしまえば最早絶望的だ。
そもそも、この地域に連合王国の軍人は公式には誰も存在していない以上、大々的な調査は不可能。

協商連合の協力も、果たしてどの程度得られるだろうか。

そこまで考えたとき、ウォーカー少佐は殆ど絶望的な将来図に頭を抱えざるをえなかった。

回収の困難な係争地域に、大量の遺棄死体。
もちろん、協商連合軍の所属と書類上は記載されているが回収されてモンタージュでも作られれば面倒だった。

何より、指揮官としてせめて部下の死体だけでも祖国に送り返さねばならないという義務感。
だが、雪崩に巻き込まれているため遺体収容の目処すら覚束ないと彼の頭は片隅で諦め始めている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・回収は?」

「辛うじて、鞄の回収には成功しました。」

「そうか、ごくろう。…すまないが、少し休ませてもらいたい。」

回収には成功?
そうか、回収には成功したのか。

…ああ、そうか、回収したのだから、もう任務は終了だ。

「ウォーカー少佐!?ウォーカー少佐!?」

「軍医!早く、誰か軍医を!」












回収された鞄と、ごくごく簡潔な大筋を省いた概略の口頭報告。

内容は、面白みもない無味乾燥かつ単純なもの。

単に、急行して回収されたところへ工作と報告。
事故を誘発し、そのどさくさに紛れて回収物を回収。
置き土産をダミーとして放置し、ついでに念入りに痕跡を消毒。
後は、秘密裏に発見されないように細心の注意を払って帰還。

報告を受け取る側にしてみれば、少なくとも満足のいく内容だ。

「ご苦労だった准尉。」

「いえ、義務を果たしたにすぎません。」

さして広くもない会議室で交わされる形式的な言葉。
空々しい形式的な儀礼のやり取りを行う情報部の人間と、1人の准尉だが共に満足はしていた。

無事、回収できたことを喜ぶ情報部。
無事、面倒事を解決できたとターニャ。

どちらにしても、感情ではなく実利で十二分に満足のいく結果だった。

「しかし、良く回収できたものだな。」

「偶然に助けられました。…不幸な事故とは恐ろしいものです。」

「まあ、作戦が作戦だ。正規の報告書を求めるわけにはいかないが、口頭で確認をしておこう。」

聞くつもりはないし、問題がない限り行動を問う予定はないというスタンス。
行間を読むならば、かばえる限りは知らんぷりをしてやるという暗示的な約束。

だが、少なくとも痕跡を残していない自信のあるターニャにしてみればそれで十分だ。

「了解いたしました。」

委細承知、余計なことは一言も漏らしませんよ、と形式ばって敬礼。
言葉にできないやり取りとはいえ、契約を順守する意思を明示し、帝国への忠誠を誇示。

「ROEは順守したかね?」

「問題ありません。発砲は一度もありませんでした。」

そして、口頭での査問に淡々と事実を述べる。
口にするのは、全て事実であり偽りではない。

「術式は?」

「防御術式と、化学系の術式を少々。ですが、いずれも既定のレベルに留めたはずです。」

発砲していないし、非魔導依存条件下での行動水準も満たしている。
多少の防御術式と、化学系の術式は『明示的に』軍事行動と断定されるレベルには一度も至っていない。

「間違いないな。こちらの観測所でも、同定されるレベルの反応は拾っていない。問題ないだろう。」

そして、念入りに見張っていた情報部が感知しなかったという示唆。
もちろん無条件に信じるわけにはいかないだろうが、ここで相手が嘘をつく理由も乏しい。
ならば、それは少なくとも情報部も事態を問題視してはないという事だ。

「ご苦労だったな、准尉。」

「いえ、軍務ですので。」

故に、どちらにとっても満足すべき結果だったのだ。

「近いうちに、叙勲か昇進を手配しよう。期待してくれて構わない。」

「ありがとうございます。」



あとがき
祝、理想郷復活!

(よかった、スパム弾くために海外からのアクセス禁止してますとかでなくて…)

取りあえず、改稿はスローペースながらもちまちまとやってます。でも、理想郷でのご意見を反映しつつと思ってるので是非に手厳しいご意見を。ヨロシク(゚0゚)(。_。)ペコッ

あと、何か読みたい小ネタあればご連絡ください。

あと、誤字修正しました。



[24734] The Day Before Great War 6: 秋津島戦役
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2013/06/06 20:30
「アンソン中佐、お時間です。」

「よろしい。さあ、諸君。忌々しい帝国と、クソッタレの政治屋共に、目にものみせてやろうぞ。」

潮流へ抗う決意。


「大陸軍は何処にありや?何処にありや?全西方方面軍は知らんと欲す。」

待ち望まれる援軍。


「国家にとって、責務を果たせぬ人間が徒に地位と報酬を楽しむことほど残酷で無意味なことがあるだろうか?」

求められる才知。


「焼け。そこには、『非戦闘要員』など誰もいない。」

神のみが知り給う世界。


「帝国は精密無比な戦争機械たりえますが、それだけです。世界の工場には及びますまい。」

「なるほど、植民地人も役に立つ日があるという訳だな。素晴らしい。」

古き老大国の英知…或いは老獪さ



「美しい…なんと、何と可憐なのだ。ああ、悪魔よ、私の悪魔よ、お前は素晴らしい、素晴らしいぞ!」

運命の片思い。つまり、出会い。



「何千、何万、何十万と!ライヒの若者を積み上げてゆく気か、貴様は!?」

「分かっていたことではないか。分かっていて始めたのだ。貴様も、私も。」

それは、古い友人との決別


「やれやれ、ルーシーの蛮族どもには困ったものです。…地雷原を『歩兵の足』で切り開くなど理解しがたい。」

「だが、合理的ではあるな。突撃破砕射撃用意、突っ込んでくるぞ!」

北の果て、祖国の彼方。


「かえしてくれ!私の、私の部下を、祖国にかえしてくれ!!!」

生き残った指揮官の嘆き


「ヴァルキューレを開始する。祖国の運命に、神の御加護があらんことを。」

記録に残らない一つの記憶



「それで、私の部隊は如何すればよろしいでしょうか?ご命令を。」

「排除だ、中佐。ライヒの内憂は取り除かねばならない。」

短剣…あるいは、その一刺し。



「「「ライヒに、黄金の時代を!」」」

それは、唯一の誓約。


終わりの始まり。

それが間接的にせよ、始まったのは極東からだった。








"ゼートゥーア"

ハンス・フォン・ゼートゥーア

古くからライヒの軍系ユンカーとしてライヒ統一以前より名をはせた家門だが、彼によってゼートゥーア家は歴史に不滅の名を刻むに至ると評される。

『恐るべきゼートゥーア』という彼に対して贈られた連合王国の畏怖すら籠められた評価。

事実、彼は恐るべき存在だった。

参謀本部において、彼が精力的に主導した総力戦概念。

純然たる軍事的勝利を戦術次元のそれと割り切り、敵国の継戦能力破壊に重点を置いた消耗抑制戦術。
機動戦概念や、後方浸透による兵站破壊や司令部強襲など数々の戦術的な飛躍すら彼の指揮下によって断行されたものが多い。
近年、ようやく部分的に開示されはじめた『モスコー襲撃事件』への関与も確実視されている将官だ。

彼の戦歴は、あの大戦に限っても第一次ライン戦、東部戦前半、イルドア戦線、第二次ライン戦及び末期東部戦と数多に渡る。
記録が物語るのは、彼は戦争を誰よりも理解している一人だった。

あの時代、彼は総力戦を最も最初に意識して戦略を唱えた軍人だったのだ。
ライヒの剣とまで讃えられる研ぎ澄まされた視野と頭脳は、末期にあってなお敵を震撼させ続けた。
彼を拘束した時その日、これで怯えずに済むと安堵とした人間は決して少なくなかったという。


『ゼートゥーアが、二人もいなかったことを私は神に感謝する。』と幾多の将軍が戦後に漏らすほど、彼は恐るべき存在だったのだ。

…だが、歴史はIFを物語る。

帝国軍は、本来ならば二本の剣を手中にしていたはずなのだ、と。



君、それは病気だよ。

そう言い捨てると、男は疲れ果てた表情で首を振ると立ち上がった。
そこにあるのは、礼儀正しくも明確な拒絶。
いや、厳密に言うならば拒絶ではなく対話への絶望だろうか。

「ルーデルドルフ、帰国することを友人として勧める。」

二羽烏と讃えられ、共に切磋琢磨し競い合った誉れの同期。
その片割れに対する男の言葉は、ただ、絶望が込められたものだ。

「国で休め。…ここは、少々『良くない』。」

それに対して、応じたる声は疲れを滲ませながらもどこか熱狂的な響きを帯びた声だった。

「君らしからぬ言葉だな、ゼートゥーア。」

病臥の身でありながら、病臥することを拒まんとする強い意志。
そこにあるのは、自分の理論が実証されようとしている研究者の悲願ですらある。

「今、我らが文明の機器がこの地で戦場の新秩序を形成するべく砲声を轟かせているのだぞ?」

ルーシー連邦と、秋津島皇国による辺境地域での武力衝突。
当初は、さしたる深刻な事変たりえないと構えていた各国の予想とは裏腹に国境紛争は激化の一途を辿った。
当事国以外、誰にとっても理解しがたいエスカレーション。

だが、それは同時に。

限定的な局地戦とは言え、列強同士の稀に見る正面衝突だ。

「本国では、机上で論じるしかなかった全てが此処にあるのだ、此処だ!全てあるのだぞ!!!」

医者に外出を禁じられることへの恨みつらみ。

如何にも口惜しいとばかりに彼は、絶叫してのける。

久しい勢力均衡政策による牽制と、費用対効果の観点から躊躇され、結果的に回避されてきた列強間の交戦だ。
なればこそ各国共に、挙ってその俊英を観戦武官として送り込んでいる。
帝国が参謀本部より派遣されたゼートゥーア中佐とルーデルドルフ中佐も、その例外ではない。
帝国軍の次代を担うと期待される彼らに対し、本国は全てを見て来いと意気高らかに送り出していた。

「信じがたい老体どもめ、これを極東における極限環境が生んだ限定的かつ局地的な現象などと分析している!!」

「聞いたとも。何処も変わらないさ。連合王国のハーミセン中将に至っては報告書を読んだかつての同僚から呆けたかと案じられたそうだ。」

だが、意気込んで派遣された彼らの報告に対する本国の態度は余りにも懐疑的なもの。
言い換えれば、前線で、塹壕で弾雨を潜りながら集めた彼らの報告書は本国にとって『極端な事例』に偏った報告と取られている。
全く予期しえない新しい戦争形態。

しかし、それは当事者以外には決して理解しえないもの。百聞は一見にしかずの典型例。

「は!あんなドン亀どもはそれでも良いのだろうさ。所詮、奴らにとって陸などそんなものだ。」

「…ライヒは、些か状況が異なると言わざるを得ないのは認めよう。」

「そう、そこだ。参謀本部ですら半信半疑だった平面から立体での戦闘に移行すると確信できた。ここに立てば、誰でも分かる。」

彼らは、本国からあの俊英たちがどうしたことかと呆れ半分、憂慮半分の態度に直面しつつも確信を深めているのだ。
ここに、全てが、今後全ての戦争形態の原型があるのだ、と。

「驚くばかりだ。連邦は、航空機と砲兵でひたすら物量と火力で押す物量戦。秋津島は、魔導師の機動防御を活用しつつ火力の効率的な運用特化だ。」

「戦訓は本国に申し送ってある。」

戦地で目の当たりにするもの。
それは、ベテランで固められた各国の観戦武官らをして愕然とさせしめるものだ。

発展著しい火砲の能力の前に、従来論じられていた塹壕線の脆弱さは完全に覆されている。
馬に跨り、誉れ高らかに敵陣に突撃など自殺行為だと機銃と鉄条網の前に積み上げられた死屍が教えてくれていた。
一方で、厳重に防護された要塞陣地ですら攻城砲の一斉射撃の前にはあっけなくベトンの瓦礫と化している。
ルーシー連邦の圧倒的な火力・物量に対し、秋津島皇国の展開する魔導師による機動遊撃戦は従来では不可能と考えられていた機動防御の実戦ですらあった。

なにより、観戦武官らを唖然とさせるのは消費される砲弾と人命の桁だ。
それは、彼らの想定を一桁どころか、下手をすれば二桁上回る。
信じがたいことに、起った一度の要塞攻防戦で師団どころか軍団が融けることすら彼らは目撃した。

錬度・装備ともに本国の第一線級師団と差異のない秋津島の軍団。
それが、重砲の支援を受けて突撃してそれだ。

「ふん、この目で観なければ実感できんよ。みたまえ、あの戦死者の山を。後送どころか、安置すらままならないありさまだ。」

積み上げられた死体の山々。
銃弾の、砲弾の前に人間の肉体は余りにも脆弱だ。

騎士道精神など、どこにも介在する余地のない機械と鉄の時代。
その時代にふさわしい戦争形態とは、すなわちそれ相応に無慈悲たりえる。

だが、それは同時にみなければ理解できないもの。

報告書に、死体の数をいくら記載してもそれは数字でしかない。
人間は、目に見えるものからしか学びえない魯鈍があまりにも多いのだ。

「あれが新しい戦争だ。そう、そこにまで来ているのだ!私は観てしまったのだ!」

それ故に、ルーデルドルフ中佐は心の底から天に対し呪詛の言葉を吐かざるを得ない。
直ぐそこで、野戦病院からほんの数キロのところで。
彼らが、参謀本部の不味い会食室で激論を交わしていた戦争形態が実戦という形で表れているのだ。

「次は、次の戦争では神が死に果て、鉄と血が全てを喰らうのだ!」

「…科学と魔導をもって大地を焼き尽くす。君の言葉だ。少し、精神が過敏になりすぎているのではないか?」

だが、同輩にとってその有様は余りにも異常だった。
参謀本部で共に机を並べて、働いた切れ者友人が示す狂態。
些か、過敏な神経を持っていたと言わないでもないが繊細な人間に極東の事変はよろしくないと言わざるをえない状況だった。

加えて、観戦武官に対する秋津島の対応は余り良好とは言い難いものでもある。
まあ、補給線の維持で四苦八苦している受入国にあまり求めるのも無理な話ではあるのだろうが。
だが、だからこそ療養ためにせめて後方に友人を下げたかった。

そんなゼートゥーア中佐にしてみれば、唯一の厄介さはルーデルドルフ中佐の頑なな態度である。

「ゼートゥーア、君はこれが戦術、いや軍事戦略次元で収まると?君は全てにおいて優秀だが、応用力だけは並だな。」

ゼートゥーア中佐にとっても、友人の言わんとするところは理解できる。
自分は、学究肌ではあっても現実理解の方面に特化するあまり『創造』となると実にお粗末だ。

「私は参謀将校だ。軍務を考える以上それに収斂させがちなのは否めんがね。」

だが、とゼートゥーアとしても思わざるを得ない。
そもそも、自分は軍人であって哲学者でも、思索家でも、思想家ですらないのだ。

「政治だ、ちがうか、世界だ。世界が変わっているのだ。戦争が変わるのではない。…いや、違う、戦争が全てを変えるのだ。」

「ルーデルドルフ。我々は軍人だぞ。哲学論争がしたければ、哲学家相手にでもやってくれ。」

そう、軍人なのだ。
祖国が、参謀本部がゼートゥーア・ルーデルドルフ両中佐に期待しているのは実戦に関する知見とデータだ。
当然、戦争形態の変化という事象について主観的、或いは哲学的議論を行うことは求められていない。
必要なのは、客観的な報告だ。

それだからこそ、哲学論争に走った過敏な友人の神経を想いゼートゥーア中佐は後方地域へ下がってはどうかと促し続ける。

「ははは、違いない。だが友よ、ではせめてこの野戦病院まで連れてきてくれないか。」

「暗に帰国を進めたつもりなんだがな。」

「此処で帰れるわけがない。」

だが、ルーデルドルフにとって後退などありえない相談。

彼は断じて後方に下がることを肯じない。
否、それは、そもそも検討にすら値しないのだ。

研究者に、探求者にとって、真理を前に引くことなど、死することよりもつらいとばかりに彼は断じて後送を拒絶して久しい。
ある意味では、無理もないことだ。

戦理を追求する者にとって、戦理とは結局所実戦での検証程もっとも確実な手段もないだろう。

一方で、実戦経験とは当然ながら戦争でもない限り得難いもの。
そんな状況にある探求者にしてみれば、従軍武官は祖国を危機に陥れることなく自分の理論を検証・発展させるための唯一の機会に他ならない。
後方に下れと言われ、下れる筈もないのだ。

そんなルーデルドルフ中佐の心境はゼートゥーア中佐にしても理解できないこともない。
彼にしても、戦争の形態が変化しているのではないのか、という兆しを感じ取ることは同じなのだ。
しかし、それ以前にゼートゥーア中佐は良しにしろ悪しきにしろ『良き軍人』である。

「…だからといって、野戦病院を抜け出すどころか『無人地帯』を彷徨うなど自殺行為も同然だ。やめておけ。」

当然、無為な蛮勇を良しとまではしえないのだ。

勇気と蛮勇は全くの別物でしかないというのが、ゼートゥーアの見解だ。

「従軍武官にしてみれば、現地情勢を知るのも仕事。」

「死ぬぞ?無人地帯の損耗率を知らないわけではなかろう。」

「知ったことか。誤るよりも、誤りを正す過程で斃れる方がまだマシだぞ!」

だが、世の中にはそれらを知った上で平然と無視する衝動を抑えかねる軍人というのも少なからず存在する。
歴史を紐解けば、蛮勇としか形容しがたい行為が歴史を変えることもままあるのだ。

アルプスを越えたハンニバルは、ハンニバルというローマにとっての災厄と化したのだ。
アルコレを越えたボナパルトは、ボナパルトであると同時にボナパルトを超越したのだ。
関ヶ原を敵中突破した島津義弘は、島津氏を遺し、結果的に徳川幕府を転覆しえたのだ。

数多の躯の上に、戦理が微笑むのであれば、敵中に倒れようともそれはルーデルドルフにとって本望でしかない。

「と、すまんな。そろそろいかねば。」

「また訪ねてくれ。無聊を囲っている身だ。」



大戦より10年前。
ライヒより遥か彼方、地の果てとも言うべき極東の地。

その地にあって、彼らの瞳は観戦武官としてその『戦争』を見つめていた。


…彼らは、未だ自分達の祖国に待つ運命を知らない。









あとがき兼報告
ドーモ。ドクシャ=サン。カルロ・ゼンです。

気が付けば、祖国では『アイサツ』が大切になっていて伝統の大切さを実感するしだい。

|ω・`)やあ、ごきげんよう。
随分とご無沙汰してます、カルロ・ゼン的な生物です。
今回は、進捗状況の報告がてらゼー閣下の昔話を。幼女が出てない、とか女っ気足りない!という批判はご容赦アレ。

一応、改稿しているやつには
改稿前)ハンバーガーのピクルス程度
から、
改稿後)ドイツ料理のザワークラフト程度
には増量しておきましたので。

でも最近、妙に忙しかった…イースター休暇?
ショッギョ・ムッジョどした。
ヤバイ級の忙しさ。
で、何とかなるだろうと甘く見てましたよorz

ええ、イースターって時間確保どころじゃなかったorz

まあ、なんとか原稿(仮)は終わりそうです。
頂戴した多数のご意見、ありがとうございました。
担当さんと、相談しながらぼちぼち良い感じに進めればなぁという次第。

コメント、なかなか返事もできずに申し訳ない限りです。

ちょっと余裕が出来ましたらば、また更新したいと思っとります。



[24734] The Day Before Great War 7: 秋津島戦役
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2013/06/06 21:33


秋津島における魔導師の存在は新しくもあり、同時に旧態然とした古色豊かな兵科でもあるらしい。

戦史の上から言えば、ライヒが明確な技術体系としての魔導というのを世界で初めて投入したのは事実だ。
そして、その帝国にとっても魔導師とは漸く運用体系が確立し、戦技の発展が著しい兵科という位置づけになっている。

魔導師を古式豊かな兵科として運用している国家は、列強と雖も新参の秋津島程度だろう。
では、単純な既存の列強によって秋津島の歴史が脇に押しやられたがための史観か?といえばそれも異なっている。
秋津島においてさえ、帝国の技術供与と連合王国式ドクトリンの採用によって初めて近代的な意味での魔術師という兵科は運用が始まったばかりだ。

砲兵・歩兵・騎兵という古典的兵科に魔導・航空という近代的兵科を融合しての近代軍構築。
それは秋津島が血眼を挙げての富国強兵政策の一環として押し進めているものである。
当然ながら、既存列強が試行錯誤の果てに作り上げたドクトリンとは一朝一夕に習得できる概念ではない。
中でも魔導師の運用とは、列強でさえも未だに試行錯誤を迫られている兵科なのだ。

無理もない話で、魔導師とは従来の指揮系統とは別次元の指揮系統であり、航空とすらも異なる運用が必要とされている。
魔導部隊の士官と、他兵科の士官の認識や行動原理の違いを克服しすり合わせることは未だに各軍の課題だ。
それだけに、秋津島においては当然のことながら魔導師の戦力化が最も難航するだろうと各国は観ていた。

…そう考えていたのだ。

秋津島戦役が始まるその日までは。

なにしろ呆れたことに、秋津島皇国は魔導師を近代の兵科としては異例なことに騎兵科として運用している。
別段、秋津島魔導師が飛べないわけではないし、機動性に問題があるわけでもない。
航空という兵科を国力と工業化の問題で十全には投入しえなかった秋津島と、内政事情から航空・魔導という兵科に関心の乏しかったルーシーの衝突はそれ故に列強の軍当局からは『局地戦』と早々に見做されてしまう。

間違ったドクトリンと限定された兵科で技術的には平凡な国家間の戦闘。
誰もが新次元での戦争を予感しつつも、一方で予想から大きく逸脱する現象は生じないだろうと考えていたのは無理もない。

だが、現地へ派遣された観戦武官らは次第にその認識を否応なく変化させざるをえなくなる。
ゼートゥーアとルーデルドルフの二人も又その例外ではない。
開戦当初、運用を誤って赫々たる戦果に至るまいと考えていた騎兵と魔導師の混成運用は驚くべきことに機能していた。

後方攪乱。
連絡線の防御。
遊撃戦への積極的な投入。

魔導師の運用としては、二義的な任務に投じて恥じない秋津島の運用法だがそれは意外なまでに有効に機能していた。
コサック騎兵に比較し、脆弱な秋津島騎兵の援護という必然性が生んだ運用形態なのだと言ってしまえばそれまでだが。

だからこそ、到着早々にゼートゥーアとルーデルドルフ両中佐はその意義をめぐり堂々巡りの議論を交わす羽目になっていた。

「…つまり、騎兵の支援に魔導師を充てるということは決戦論の否定だろうか。」

仮設の幕舎で書きかけの陣中日誌を脇に除け、連合王国連中が巣食っている隣の幕舎から煙草との物々交換で手に入れてきたお茶で喉を潤しながらゼートゥーア中佐はその思うところを述べる。

歩兵と砲兵という頑強な組み合わせを魔導師が援護するのが帝国軍の見る最大の戦力発揮だ。
騎兵が連絡線をかく乱するという概念は帝国も持ち合わせているが、魔導師は正面における花形と認識して久しい。
言い換えれば、魔導師を後方攪乱に投じるという事は決戦による敵野戦兵力の撃滅を後回しにするに等しい。

「彼らは、敵野戦兵力の撃滅ではなく勢力圏の確保を優先している…そのように見えるが。」

「いや、敵野戦軍の撃滅という目的は同じだ。秋津島・ルーシー共に足りない要素を陣地で補完しているのではないのか。」

だが、同じく何処からか仕入れてきたらしいスコッチの杯を傾けながらルーデルドルフ中佐は秋津島の欲するところを鋭く見抜いてみせる。
確かに秋津島の兵力運用は決戦を追い求めるようでありながら、じりじりと前進するというものだ。
その点でいえば、圧倒的な兵力をかき集め、その兵力でもって大攻勢に出ようとするルーシー連邦の方がよほど正当な決戦論者だろう。

一方で、ルーデルドルフ中佐にしてみれば魔導師・航空の支援が足りない分を陣地で補おうとするルーシーと秋津島の発想は面白い工夫だった。

延々張り巡らされた塹壕を見れば、双方が決戦を放棄し、敵野戦軍の撃滅ではなく持久戦に突入したかにも見えるが…実際のところはどうも異なるらしい。

「つまりは、鎚と鉄床戦術ではないのか?」

ルーデルドルフ中佐が見るところ、秋津島の運用は国力の制約を受けつつも如何に敵野戦軍を叩くかという古典的命題への取り組みだ。
秋津島は単純に歩兵と砲兵、騎兵と魔導師という火力と頑強生、機動力と即応性というコンセプトに二分し、鉄床と鎚を構築してのけている。
対するルーシーは、単純に圧倒的な砲兵と物量という古典的な戦略次元での優位を確保するという点に特化しているのだ。

それらは、各国軍当局が想像していなかった新しい次元での戦争を地上に招きつつあるだろう。
新しい決戦の方向だ。
故に、ある意味において秋津島における魔導師の位置づけは帝国軍人にとって完璧な困惑に値する概念だ。

「ゼートゥーア、本質的には決戦に違いない。後方が脅かされればルーシーは否応なく秋津島と撃ち合わざるをえん。」

「本気で言っているのか?魔導師の支援もなく、砲兵火力と物量で劣る秋津島が会戦で連邦と撃ち合えば大惨事だぞ。」

魔導師とは、歩兵の延長というのが帝国における一般的な理解となっている。
すなわち、歩兵よりも早く、頑強で、かつ火力に富むという観点からの発想だ。
騎兵に非ず、砲兵に非ず、パイロットに非ず、という点からも魔導師は工兵や観測兵のように歩兵の延長線上の兵科として多くの将兵は考えてきた。
ところが、秋津島は歩兵と砲兵、騎兵と魔導師という新しい組み合わせでルーシー連邦との戦闘へ挑んでいる。

それが、ルーデルドルフ中佐には新次元の決戦論としてたまらなく面白く、ゼートゥーア中佐には決戦以外の何かに思えて仕方ない。
これでどちらかのアイディアが一蹴されるならば、間違った運用の典型例と笑い飛ばせば済むのだが双方ともに相手の言い分をある程度理解できるのだ。

「鉄床が十二分に頑強でなければ鎚が如何に強かろうと意味がないのだぞ。」

「否定はしないが、考えてみろ。連邦は強大な鉄床かもしれんが鎚を持たない。」

「ルーデルドルフ中佐、戦史を顧みるべきだろう。ザマの会戦は、歩兵が機動戦を為した典型例だぞ。」

「冗談だろう?連邦の歩兵にそれが為せるとは思えんよ。錬度もそうだが、ドクトリンからして違いすぎる。」

実際、消耗戦に陥り決戦の機会をとらえ損ねているのはルーシー・秋津島双方共に同じだ。
連邦の実力は、質ではなく物量であり、秋津島は物量を凌駕する質を用意し損ねている。
だが、連邦も同様に押し返すだけで秋津島を包囲撃滅できるだけの機動力がないのだ。

仮に前線に重圧をかけて突破したところで予備隊に撃退されるだけ。

もっとも、これらの戦訓を学ぶことこそが列強各国が多数の観戦武官を派遣していることの原因でもあるのだ。
だからこそ、議論が堂々巡りに入りかけていることを理解しているゼートゥーア中佐はお茶を入れ直すべく席を立って、この話題は打ち切る。

「まあ、ここで議論しても仕方のないことだ。そもそも、我々はこの疑問に対する答えを模索しに来たのだからな。」

「ゼートゥーア、いつも思うが君は疎ましいくらいに学究的だな。この眼前の光景を前にしてさえそれか。」

口では不承不承という態ながらも、この点ではルーデルドルフ中佐も同感だったらしい。
野戦ストーブに薪を突っ込みつつ、茶を一杯寄越せと空けた杯を差し出していた。

結局、議論の肴としての戦術論は棚上げし、彼らは慣れない異国の戦場で一先ず骨休めとばかりに読み終えたばかりの参謀本部返電を苛立ち紛れにストーブに突っ込む。
機密保持という措置上、間違ってはいないのだ。
自分たちを『極東酔い』したとのたまい、提言を全く無視する上に対する憤りで、少々手荒に投げ込んだことは否定できないが。

「しかし秋津島も存外不親切なことだな。我々には一切軍事作戦どころか目的も伝えてこないとは。」

話題を変えるべく、ルーデルドルフ中佐が口にするのは観戦武官に対する皇国軍のそっけなさだ。
散々自国の戦場での優位を謳い、ご覧あれと誘っておきながら、現地に行ってみれば邪魔者扱いどころの騒ぎではない。
戦地である以上、遠慮するつもりではあったが従軍記者と同様に見物客扱いはさすがに苛立たしかった。

血の気の多いルーデルドルフ中佐は思わず、我慢の限界だと発作的に前線に飛び込みかけた程だ。
そのたびに制止するゼートゥーア中佐としても、ため息交じりなのは同様である。

「ああ、そのことなのだが・・どうも受け入れ先部隊で違うらしい。連合王国の軍人が、泥まみれになるまで前線に張り付けたと言っていた。」

「何?そんなに違うのか?」

「憶測だが、指揮官の性質らしい。秘密主義と、差し支えのない範囲を区別できる軍司令部は割合胸襟を開いてくれるそうだが。」

だから、違う方面を見に行ってみないか。
気晴らしもかねての提案だった。

実際のところ、どの程度対応が変わるかなど確報を持ち合わせていないだけに気長に一手を手配するだけの気分転換。

そして、頼んでみたところ幸か不幸か皇国軍の別部隊は帝国軍観戦武官の受け入れを快諾してくれる。
問題は、乗り気だったルーデルドルフ中佐が皮肉なことに負傷して苛立たし気に野戦病院で燻っていることだろう。
かといって視察の好機を逃すわけにはいかないことも両者ともに熟知している。

だから、ルーデルドルフ中佐が渋々とはいえ自分の代りに見てきてほしいと頼んできた以上、ゼートゥーアとしても断る理由はなかった。
そんな次第で、秋津島の中でも歴戦の軍人と名高かった辰巳将軍指揮下の部隊に観戦武官としてお邪魔したのだ。
それでも、今よりは少しましにはなるだろう、程度の期待しかしていなかったのだが。




が、秋津島戦役ではいつも予想が覆されるらしい。




夜の帳の中、走っていた。

ただ、ひたすら無心に走っていた。

暗がりの中、月明かりすら無に等しい新月の夜。

しかし、目を凝らせば無数の人影がただまっしぐらに進んでいることが分かる。
話し声一つ漏れ出てこない人の波、奔流のごとき進撃。

無数の皇国軍人が奔流。

そして、ゼートゥーア中佐もまた護衛の皇国軍人に引率される形で戦場を駆けていた。
着任以来、久方ぶりの長距離行軍に根を上げるほどではないにしても些か堪えるものがある。
皮肉なもので、髀肉之嘆を嘆いてみれば、参謀研修以来の運動だ。

だが、上がりつつある息とは裏腹に眼だけははっきりとした意志を保っている。
それは観戦武官の矜持であり、同時に帝国軍人としての当然の自己制御。
だからこそ、彼の眼は信じがたいものを目の当たりにしつつも状況を理解しようと努める観察者たりえた。

「…俄かには信じられん。」

闇に馴染んだ眼が、辛うじて捉えるのは人の波。
眼が捉えるその数は、夢想だにしたことのない光景である。

そう。思わず、自制心を失い呟いてしまうほどに眼前に現れた光景は現実のものとは俄かに信じ難いものだ。

「中佐殿、失礼ですが…」

「すまない。」

秋津島軍人の注意に謝罪しつつも、大地を駆ける兵卒に混じって観戦武官の任に従事するゼートゥーア中佐の脳裏を占めるのは単純な驚愕。

そんなことが、できるのか、という疑問。
そんなことが、できたのか、という驚愕。
そんなことが、現実なのか、という懐疑。

眼前を音もなく進んでいくのは、師団規模の皇国兵。
秋津島の伝統が、白兵戦を重んじるきらいがあるとはつとに有名な話だ。
此処の兵卒にしても、銃剣格闘術に卓越。
秋津島魔導師と言えば集団格闘戦をやってのける近接戦の盲信者とまで言われるほどに、近接戦に傾注しているのは有名だった。

無論、火力に対する貪欲なまでの増強努力を踏まえての評価だ。

塹壕戦で、近接格闘を得手とするという報告ならば散々読んだし、実際目撃して納得している。

だが、これはどうだ。

夜間進軍とは、本来ならば脱落者を出し統制が乱れざるを得ないもの。
加えて、地形の把握が困難な夜間の進軍は本質的に速度も日中の行軍に比べればまず間違いなく劣る。

なればこそ、伝統的な教範では例外的な必要性・・・包囲下からの退却など例外な事態を除き夜間行軍を避けるように説かれていた。
そして、ゼートゥーア中佐の経験則から言っても夜間行軍の困難さというのは間違いではない。
それも、新月に、だ。

常識で考えれば、少数の猟兵チームか魔導師のコマンドの徘徊に警戒すべき状況。
不思議とルーシー連邦の魔導師が開戦以来確認されていないとはいえ、コサックスの徘徊は存分にあり得る。
そのような状況下、敵地で夜間進軍など既存の教本に従えば明らかに論外だ。

加えて、目標はルーシー連邦に奪取された丘陵地帯の奪還作戦ときている。
要塞とまではいかずとも、陣地構築されたであろう防衛線に対して白兵攻撃は余りにもタブーだ。

秋津島の人事に口をはさむわけにはいかないのだろう。
だが精神論者ほど肉弾に道が開けると盲信しているらしく、皇国は肉弾の山でもって要塞戦が如何に高くつくかを内外に示して見せた。
アルチュール要塞攻囲戦で観戦武官が一様に感じたのは、担当司令部が如何にマズイ戦のやり方をしているかという事だろう。

まあ、そもそも要塞攻略戦というのが碌に研究されていないで代替案というものがゼートゥーアらにもないのだが。

にもかかわらず、アルチュール要塞に対して皇国軍司令部は白兵戦をやってのけていた。
襷、という伝統装束をまとっての白兵攻撃など、論外だろう。
結果は、近代で稀に見る規模の虐殺だった。

友軍の重砲すら、管轄権と所属の問題で揉めて見せるあたり縦割りの弊害は深刻だなとささやかれたものである。
他人事ではないだけに、参謀本部に適切な権限分配と管轄権調整の必要性についてレポートを書いたほどだ。

唯一、評価すべき点があるとすれば兵士の異常なまでの忠勇さだろうか。
あれ程の損害、あれほどの敵砲火にあって、平然と命令に従うのは兵士に対する要求としては苛烈に過ぎるかもしれない。
命令遵守は帝国の伝統でもあるが、ああまでも無神経なほどに無造作な命令にすら服従する兵というのは少々想像が出来なかった。

兵卒としてみれば、最高水準だろう。

やや、話がそれたが、結局のところ対陣地戦闘は砲兵あってのものだ。
歩兵での白兵戦など狂気の沙汰と割り切るほかないのが実態だった。
まして、日中ですら困難な近接白兵戦を統制が維持しえない夜間にやるとすれば?

常識的には、そんな愚行に師団規模の部隊を投じるなど素人と言わざるを得ない。

指揮官が、辰巳将軍でなければ素人と判じているところだろう。
そう、問題はそこにある。

指揮官である辰巳将軍は秋津島では元反体制派上りと聞いた。
秋津島皇国の派閥人事にも関わらず非主流派から抜擢された辰巳将軍だ。
能力を買われてのことであるのだろうし、実際その戦術能力・知見はプロと断じるほかにない。

なにより、元々は少数の遊撃戦をやってのけた将軍でもある。
そんな人間が、師団規模での夜間行軍に付随する諸々の困難さを理解していないはずがないのだ。
指揮官の統制が遥かに制約される夜間、戦争をやるのは並大抵の困難ではないだろうに。

なればこそ暗がりで、足元がおぼつかない中で、頭をよぎるのはでは“何故”という疑問だ。

そう、戦術行動でこの行動を説明するならば中隊規模程度が基本の夜襲。
師団単位、という規格外の行動を除けば敵の視界が制限されている夜を活用する行動である。

問題は二点。
野戦築城の仮設防衛線とはいえ、防御陣地に夜襲が通用するのか?
夜襲が有効であるとして、師団規模での統制を保ってなど可能なのか?

それも、連日の激戦で損耗しきった半壊の師団で、だ。

本来ならば、十分すぎるほど辰巳将軍以下秋津島皇国軍第八師団は奮戦していた。
皇国司令部の仕出かした戦略次元での敵情誤認の結果、逐次投入された挙句に自軍に4倍する敵を相手に戦線を維持したのだ。
4倍以上の敵を相手に、奮戦しただけで歴史は辰巳将軍とその指揮下の師団を讃えるだろう。

それがどうだ。

彼我の戦力差を無視したような、夜間襲撃。
それも、戦力的に劣勢にある側が、仮設陣地とは言え防御を固めた丘陵地帯へだ。
鉄床に脆弱な肉弾が自滅同然に突っ込んで行くも同然。
鎚の役割を担うコサック騎兵に後方を脅かされずとも、地面に落ちた卵のように粉砕されるのが当たり前。

軍大学ならば、落第どころか放校処分にされかねない蛮勇じみた攻撃。
否、そもそも議論に出すことすら憚られる雰囲気だろう。

だというのに。

闇夜越しに観察するゼートゥーア中佐にしてみれば、信じがたいことにそこにはたしかに成功の匂いが感じられるのだ。
散兵戦術の進化、というべきだろうか。
秋津島の各級指揮官は、与えられた命令を驚くほど忠実に履行している。

…忠誠こそを誉れとする秋津島軍人の真骨頂、というべきだろうか。


あとがき
ゼー中佐、歳不相応な運動お疲れ様。

あと、ちょっと出版関連のアナウンスを。
秋ごろに、エンターブレインさんから出せそうです。
一巻のサブタイトルはDeus lo vultの予定になります。

さあ、外伝やら海やら、オトラントやらの更新をがんばるぞー。



[24734] The Day Before Great War 8: 秋津島戦役
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2013/08/04 06:45
秋津島皇国軍第八師団ノ実地セリシ師団規模夜間浸透襲撃ニ関スル観戦武官所見ノ報告
詳報ハ後日ノ軍用郵便ニテ送付。

発:帝国軍参謀本部ゼートゥーア中佐。
宛:帝国軍参謀本部

概要
①秋津島皇国軍第八師団ハ、某日、師団全力ニテ皇国軍呼称『ウ号陣地』ニ対シ夜間襲撃ヲ敢行セリ。
②攻撃側、同第八師団。(充足率約5割ニ満タズ。)防御側、連邦軍三個規模旅団。又、重砲陣地ヨリ支援アリ。
③大凡、六時間ノ夜戦ニテ皇国軍第八師団ハ『ウ号陣地』ヲ奪還。戦線ヲ約七キロ突破シ、防衛線ノ再編ヲ成功裏ニ完遂セリ。

『所見』
総括:軍事学上、戦史ニ記録サレル価値アリトミナス。

1:秋津島皇国軍第八師団ハ、師団規模デノ戦域夜間機動並ビニ組織的戦闘行動ガ可能ト証明セリ。尚、同作戦行動ハ非魔導行軍下、無線封鎖ノ徹底サレシ新月ノ環境デ達成サレタ。

2:上記ノ作戦行動ハ、潤沢ナ訓練、支援、誘導、補給ヲ完全ニ欠イタ状況下ニテ完遂サレタ。本攻勢発起マデ、同師団ハ防衛線ニテ防衛戦闘任務ニ従事。極メテ優勢ナ連邦軍4個師団ト交戦シ、攻勢発起時ノ充足率ハ五割程度ノ状況デアッタ。軍事学上、全滅セリシ師団ガ、夜間師団規模襲撃ヲ成功裏ニ達成シタ、ト小官ハ判断セザルヲエズ。

3:先ノアルチュール要塞攻防戦二置イテ、秋津島皇国軍ハ三個師団ヲ一度ノ攻勢デ喪失セリ。同戦訓ハ、堅固ナ要塞/陣地ヘノ攻勢ハ、重砲、工兵隊ヲ欠ク場合ノ回答デアッタコトヲ考慮スルナラバ、全滅判定ノ師団ガ僅カ三桁ノ損耗デモッテ、防衛線ヲ突破セリシ事ノ意義ハ『理想的タル戦術的ナ戦争芸術』ト称賛ニ値ス。

4:本第八師団ノ攻勢ハ、大凡、望ミウル最良ノ奇襲ニ成功ニヨリ、陣地強襲ニモ関ワラズ、損耗ハ僅カ三桁ニ留マレリ。小官ノ把握セリシ数ニヨルト、概算デ1万程ノ攻勢デ、損耗ハ1千程度ナリ。
追記:カクマデモ、成功裏ニ行ワレシ攻勢デスラ、陣地戦ニオイテハ損耗ヲ覚悟セザルヲエズ。

『戦況判断』

総括:春季決戦ヲ前ニ、全軍崩壊ノ危機ヲ一撃デ解決セリシ戦術行動ト見做ス。本攻勢ハ、純然タル戦術行動ニテ、戦略次元ノ失策ヲ補填セリシモノナリ。
1:防衛線ノ再編ニハ成功セリ。
2:防衛線ノ根本ニアル脅威ノ排除ハナラズ。連邦軍主力ハ未ダ健在ナリ。
3:本攻勢ニテ、秋津島皇国軍右翼ノ深刻ナ脅威ハ大凡排除サレリ。
4:拮抗状態ハ回復サレリ。

詳報ヲ待タレタシ。



~~~~~~~~


俄かには、信じがたい。

そんな光景を目の当たりにした観戦武官らの興奮は少しばかり常軌を逸した驚愕でもあった。
まさか、『列強紛い』と笑っていた極東の小国が、『師団規模』で、『組織的夜間戦闘』を実現し、挙句、勝って見せたのだ。
それも定義上仮設とはいえ要塞と呼ぶにふさわしいような重防御戦に白兵で。

驚くなかれ、それを為したのは軍事学上、全滅したと認定する他にない定数2万5千が一万を割るか、割らないかの第八師団だ。
それまでの、防衛戦闘で優勢な4倍の兵站状況良好と思しき敵を相手に奮戦しただけでも称賛に値するだろう。
実際、秋津島皇国軍司令部の戦況判断ミスは、第八師団の奮戦で防衛線を維持しえたことで辛うじて挽回されていたのだ。
それが、こともあろうに。

奪取され、要塞化されつつあった要衝を、半壊の師団が奪還してのけていた。
そう、半壊の師団、が、だ。
極言すれば、敵と同数か、同数以下で、コンクリートと機関銃のハリネズミを打ち殺したことになる。

先のアルチュール要塞攻防戦で、秋津島陸軍が積み上げた死屍を思えば『奇跡』だろう。
もしも、仮にあの攻防戦の直後に聞かされていれば、絶対に信じられなかったことに違いない。
実のところを言えば、誘われて実際に同行した観戦武官らでさえも、今尚見たことが信じ難いという思いを抱かざるを得ないのだ。

…塹壕だけでなく、コンクリートまで投じられた防衛線。

そこに、白兵で、生身で、夜に師団が…半壊したものが、殴り込み、陣地を奪取。
挙句の果てに、追撃戦まで敢行し、防衛線を右翼陣地にて7キロ前進させる?
率直に言ってしまえば、何かの悪い冗談だ。

病床のルーデルドルフから取り上げてきた煙草で、ようやく一服し、参謀本部への興奮混じりの緊急報告を書きあげたゼートゥーアの思いは、ここで頭を捻って本国へ至急報を送ろうとする観戦武官ら共通の思いだろう。
連邦軍に包囲されて、観戦武官として両手を上げて国際法に従っての捕虜宣誓をしている方が、まだ違和感が乏しいほどである。

軍隊を計画通りに行進させるだけでも、素人には想像がつかない程難事なのだ。
それを、夜に、計画通り、なんら遅滞も混乱もなく、師団規模で隠密裏に動かすなど辰巳将軍の計画は…実行前に聞けば絶対に否定しただろう。

無謀で、過去に成功の例が、ない、と。
通常、良くても大隊規模の夜襲が統制の危機に瀕することを考えれば、師団規模など、と。
まったく、過去に列強間の本格的な衝突が絶えて久しい影響は、軍事技術の顕著な進歩で想像もできない程に戦争形態を変えているらしい。

これでは、ルーデルドルフ中佐がベッドからこっそりと抜け出そうとするのも無理はないだろう。
そう、僚友のことを思い出し彼に詳しく説明してやろうと明るくなりつつある戦場を眺め直すためにゼートゥーアは煙草を抱えると立ち上がる。


「おや、ゼートゥーア中佐殿、お出かけですか?」

「やあ、アーネスト少佐。少しばかり、明るくなった戦場を見ておこうと思ってね。君もかね?」

「ええ、私のところは上がたくさん頭を寄せて議論していますからね。若手は、外を眺めておこうか、と。ご一緒しても?」

多数派遣されている連合王国軍将校の中では若手のアーネスト少佐。
最も、彼は海軍士官として派遣されたのだがちょっとした理由から陸軍に引っ張られてこの大陸の奥地で不運にも泥濘に塗れて走りまわされていた。
が、無理もない話ではある。なにしろ彼は、外交官の父の影響もあり数少ない秋津島語話者の観戦武官の一人だったのだ。
懇願されて海軍から、無理やりに強制連行された、というのが観戦武官団の共通見解である。

だが、実際に話せる人間がいると便利ではあるのでかなり各軍の派遣団に顔が効く一人だ。

「ああ、そうしてもらえるとありがたい。」

そういう意味では、渡りに船だった。
各国の観戦武官らの要望に大わらわの観戦武官付通訳連を引っ張っていくのは無理そうだったから尚更に。
なにより、このアーネスト少佐は帝国語も、連邦語も母国語並に使えるという事を着任早々に示していた。
ゼートゥーア中佐とて、連邦語、連合王国語が使えないわけではないが、それでもネイティブ並に流麗とはいかない。

「いえ、こちらこそ、失礼ながら帝国軍の俊英がどう見るか興味がありましたので。」

「大変結構。どうだね、友人から取り上げたものだが、一服しないか。」

連れ立って、つい先ほど奪取したばかりの丘陵地帯を視察がてら歩く彼ら。
弾痕塗れとなっているトーチカ内部は、さすがに清掃されているが一歩外へ踏み出せば未だに戦闘の痕跡も生々しい。
だが、久しく各列強が経験してこなかったそれらも今となってはこの秋津島戦役では珍しくもなんともないものだ。

「では、お言葉に甘えまして。・・・おや、良いご趣味だ。」

煙草を受け取り、ライターで流れる様に火をつける所作には、風景を極々自然のものと受け止めるものしか浮かんでいない。
なにしろ、アーネスト少佐も、ゼートゥーア中佐も、もうずいぶんとこの戦場を見つめ続けているのだ。

「…今尚、このコンクリートの山に、歩兵で襲い掛かって成功したという事実が私には信じられませんが。」

だが、だからこそ。
多数の歩兵による要塞や防衛線への肉弾攻撃の無謀さを彼らは観てきたのだった。
教訓として、重砲と、工兵を。

誰もが、そう簡単に結論付けられるほどに機銃と魔導師に援護された防衛線は堅固なものだ。
挙句、重砲に陣地が支援されている日には艦砲でも攻城砲として用意しなければ、陣地の突破は困難ではないかと議論されている。
一度だけ、試みられた坑道戦術も有用ではあるのだが、時間が掛かりすぎる、というのが一般的な見解だ。

それが故に、アーネストも、ゼートゥーアも、こうして無事に攻略に成功したばかりか、損害が軽微…比較して、という意味ではあるが、軽微であるという事実に困惑せざるを得なくなっている。

防御線を、こうも簡単に、突破などできるのか、と。
固定概念に縛られるべきではないのだろうが、彼らは戦訓として防衛陣地の強固さを見ているのだ。


「実際、否定はしない。まあ、そもそも、師団規模夜戦が出来たことが驚きだがな。・・・しかし、そうであるならば、少し話も分かってくる。」

「と言われると?」

が、しばし考えていた事実とある面で符合する観察結果がゼートゥーア中佐の口からちょっとした納得というニュアンスの言葉を漏らさせる。
そこにあるのは、観察者としての半信半疑とはいえ、事態を説明できることへの理解だ。
師団規模夜戦というもう一つの、異常事態。

しかし、それが成功しているのであれば、要塞や防御陣地への攻撃が成立したわけがなんともなしに、理解できるのだ。

「…見たまえ、部分的に敵砲兵の仕事があったにせよ、先の戦闘では極至近戦闘だ。」

そう、最後の瞬間に数度、敵砲兵がこちらを狙って砲撃しようとしたようだが、彼我の入り乱れる近接戦で誤射の問題から結局ろくな効力射は浴びていない。
だから、という訳ではないだろうが攻撃した秋津島皇国軍の損耗は基本的に敵との極近接戦闘に限られている。

「しかし、奇襲にもかかわらず10%近い損耗を第八師団は出している。」

「激戦でありました。」

その通りではある。
だが、とゼートゥーア中佐は思うのだ。
白兵戦にもともと一日の長がある秋津島皇国軍だ。
確かに、防衛線内部の白兵戦は血を血で洗う激戦であったが…一般にはやはり圧倒していた。
実際、壕に取りつくまでが全てのようである。

「と、思うがな。実際のところ、撃ち合っていたのはほんのわずかで、後は追撃戦だ。最初に、持っていかれたのだよ。10%の多くはな。」

逆にいうならば、その取りつくまでのわずかな防衛戦闘で連邦軍の反撃は部隊の1割近くを持っていくことが出来たのだ。
此れほどまでに、成功裏に攻撃できた戦いにも関わらず、である。

「…確かに、そうですね。」

「つまり、アルチュールで我々が目の当たりにしたように、陣地は非常に恐ろしい牙を歩兵に向けるのだ。相変わらず。」

だからこそ、やはり防衛線を突破することの軍事上の困難さを参謀としてのゼートゥーア中佐は噛みしめるしかないのだ。
最も、帝国軍の参謀としてみるならば決して悪いことばかりでもないのだが。
なにしろ、各方面軍の持久可能性が高まることで大陸軍本隊来援までの時間的猶予が生まれるのだから。

「僅か、数分の戦闘でこれだ。ここまで、近付けなければ接近阻止の砲火に全滅させられる。まあ、逆にいえば此処まで近づけば別なのだろうな。」

とはいえ、やはり、脅威は間違いない。
そういう意味では、どうにか、敵防衛線を突破するドクトリンが求められるのだろう。
そこまで考えたとき、ゼートゥーア中佐の脳裏を占めていたのは、如何にしてこの問題に取り組むべきか、という軍事上の疑問だ。
防御側が優勢となるのであれば、攻撃側の主導権は大幅に制約されることになる。
当然ながら、防衛が優勢という事は戦線の停滞、強いては帝国にとっての望ましくない多方面戦線を複数抱え込むという危険性も無いわけではないのだ。

「どう近づくか、という問題ですね。興味深い。…おや、あれは?」

「師団長と幕僚かな?ふむ、彼らも戦場視察か。一言、あいさつしておくべきかな。」

「そうですね、では、少しお邪魔してみましょう。」

興味深い夜襲を成し遂げた秋津島皇国軍の幕僚らと指揮官。
彼らも、わずかばかりな距離を経たところで、自分達と同じように検分と思しき辺りを見渡している。
それに気が付いた彼らは、一先ず儀礼的な挨拶…そして、あわよくば少しばかり行動について検討できれば、という当然の思いから其方へと足を向けた。

もっとも、そそっかしい秋津島衛兵に、連邦軍人と間違われて撃たれてはたまらないので帽子を取り、ゆっくりとした足取りで、だが。

だからこそ、というべきだろうか。
誰も、彼らに注意をそれ程払わなかったが故に。
そして、もっと重要な関心があったが故に。

ノコノコと歩み寄っていく二人の観戦武官の前に、興味深い光景が繰り広げられる椿事となっていた。


遠目からは、何かを言い争っているような気配。
だが、それとしてみなければやはりわからない程度だろう。


「…兵士らは、勲章ものだろうな。」「何をおっしゃるかと思えば、筋違いも甚だしい。戦線を危機にさらされた挙句、勲章ものですと!?」「ほたえおったな、この大ばか者が!そもそも、貴様らが、貴様らが誤ったのが原因だろうが!!」「敵情を最大限、推定しての判断でした!挙句、独断で夜襲して、戦線を混乱させた挙句敵主力を無傷で取り逃がした方にはいわれたくありませんな!」「よくぞ、ほざいた、この小賢しいエセ参謀が!貴様ら、ふんぞり返った間抜けの失態を、兵隊が血肉でもって、取り返したのだぞ!」「独断行動を良しとされては困ります。なにより、小官個人への侮辱は、撤回願いたい。」「この状況下で、追撃せよとでもいうのか。」「小官ならば、もちろんそういたします。師団全力で、敵の追撃を行えば、敵防衛線の混乱に着け入り、天佑も露わに一挙に撃滅する好機たりえたでしょう。」「師団単独で、全連邦軍を相手取れとでもいうのかな?」「まさか!それこそ、緊密な各軍協調作戦でもって、ただちに全面的な大規模攻勢を開始し、もって全線戦での敵蹂躙を為し得る千歳一隅の好機だったとしか申し上げようがありません。全く、愚かなことを為されました。敵の脆弱部を叩き、これほどで済ませてしまうなど。」「ここが脆弱部と、良く言った。抜いて、そこに立て。私が、20発撃ちこんでやるから、それから私を切り殺せれば、貴様が今日から師団長だ。」「ふざけるのはやめて頂きたい。」「出来もしないことをほざくな、この無能が。二度と参謀モールを着けて私の前に姿を見せるな。貴様の顔など、見たくもないわ。」




「うん?」

「いや、どうも、言い争っているようなのですが…」

だが、さすがにある程度の語学力があるアーネスト少佐はその言葉、言葉の言葉尻に含まれる不穏な言葉を拾うことが出来ていた。
秋津島の独特な言い回しがあるとはいえ、それは、将校同士の物言いですらない。

否、上官に対して部下が許される限度を越えている。
アーネスト少佐の知る限りにおいては、間違いなく。

そして、観察しようと咄嗟に言い争っている将校同士を見つめた両者が気が付くのは幕僚らと師団長は一つに固まっているという構造だ。

「…参謀と、師団長殿か?」

「ですね。しかし…幕僚ではなくどこの参謀でしょうか?」

部下と上官の言い争いではなく、どちらかと言えば外部の人間との罵り合いか?
そう考えたとき、好奇心と統制上の疑問から二人が抱いたのは辰巳将軍と上級司令部の不和という懸念だった。

最前線。それも、あまり余裕のないそれ。
そこにおいて、有能な前線指揮官が、後方と揉めているのは明るい兆候ではない。



「小官個人への罵詈雑言、謝罪していただきたいものですが。」「貴様に謝罪?…うん、まあ、あれだ。貴様に謝るならば、連邦軍に師団まるごと投降する方が、まだ愉快だろうよ。そう思わんかね?」「さっさと帰れ、この口だけの無能が。貴様など、そこらの兵卒にも劣る無駄飯位だ。」「い、言うに事欠いてッテ」「津甚大佐!上官への反逆と、反攻の現行犯だ。重営倉にぶち込んでやれ。」「…一応、確保しておきますか?」「どうせ、自決する気概もない屑だ。短剣と銃だけ取れば、そのご自慢の参謀モールとやらは、つけさせておけ。」「はっ。」





が。

「の、ようだが…抜いた!?」

そんな不安と懸念の予想とは裏腹に。
彼らには予想もしがたい形で、事は終わる。

「し、師団長に…切りかかろうとして、蹴り飛ばされたと。」

咄嗟に身をかわした辰巳将軍と思しき将校が、すれ違いざまに背中を蹴り飛ばし、次の瞬間には斃れたその参謀にめがけて幕僚らが飛び掛かっていた。

「行くぞ、少佐。」

気が付けば、二人とも駆け出していた。
そして、咄嗟に駆け寄る姿はさすがに目を引いたらしい。

「失礼、ご無事ですか、辰巳将軍閣下。」

「…うん?ああ、観戦武官の方々か。お騒がせした。」

いかにも、という態度ながらも取り繕い平静さを装う辰巳将軍の顔色は、しかし前日からの作戦行動の疲れと、苛立ちで酷く乱れたものだった。

「いえ、ご無事で何よりです。…しかし、閣下、如何なれましたか?」

「そこのおんすぐねぇ、おんつぁげすが、くれそべりおったが。」

端正な、普段は落ち着き払った将軍の零した一言。
幸か不幸か、おそらくは将軍にとっては幸運なことに。
吐き捨てられる将軍の感情に満ちた一言は、酷く訛っていた。

「は?」

咄嗟に聞き取れず、聞き返そうとしたアーネスト少佐だが、さすがにそれ以上外部の人間に秋津島皇国軍の不祥事を語る気にも、見せる気にもならなかったのだろう。

「いや、なんでもない。失礼する。」







さて、秋津島皇国がその緊張の限界まで各将兵を摩耗させているとき。
対戦相手である連邦軍の指揮官らは、秋津島皇国の指揮官と程度こそ違えども同様に戦力が足りないという問題に直面していた。
厳密に言うならば、『攻勢』にでるための戦力が足りない、という悩みだが。

「ロパトキン将軍閣下。」

「ああ、ジョーコフ准将、どうだね?前線は。」

「率直に申し上げれば、親衛師団を例外に他の戦意は高くありません。」

端正な表情を少しだけ歪ませ、将校らしく憮然たる態度を保ちながらもジョーコフ准将が告げるのはモスコーの無理難題に答えるすべが乏しいという事実だ。

マトモな戦力を寄越してほしい、という嘆願が表向きは十二分に配慮されるはずだったのだが。
確かに、極東方面軍には珍しく新鋭の師団がいくつか配属されてはいることはいる。

だが、ロパトキンにとって憂鬱なことに敵に倍する優勢な軍団でもって、敵を圧迫するという大戦略は描けていないままだ。

挙句の果てに、戦争になるや否や、言っていることを上層部は180℃変更するのだから現地としては堪ったものではない。
縦深陣地に引き込むという戦略案を机の上では称賛しておきながら、攻め込まれれば、それを問題視したくなる上の面倒さとったらありゃしないのだ。

「…そうか、で、送られてきた数合わせの連中は使えそうか?」

「特別混成義勇兵部隊は政治将校殿らが叱咤激励しない限り戦力足りえないでしょう。」

そして、十二分に引き込んだだろうと。
一方的に告知された挙句に、本国が送ってよこしてきたのは『特別混成義勇兵』なる代物だ。
各少数民族やら、反体制派やら、面倒な連中やら。
早い話が、さっさと戦場で死んでほしいと上が願うような連中を押し付けられたに等しい。

督戦用に出張ってくる不愉快な政治将校を配属することが、これほどまでに『どちらにしても愉快』となる部隊だ。
政治将校という連中は、めったに戦死しないと思っていた自分の誤りを認めてよいくらいである。

そんな兵力を与えられて、戦争するのは不愉快この上無いのだが。

「止むを得ないだろうな。…砲兵は使えそうかね?」

「其方は大丈夫かと。」

が、ロパトキン将軍にとって不幸中の幸いと言えるのは赴任に際して徹底的に強化を条件に懇願した砲兵が健在という事だ。
大量の砲兵用装備に加えて、縦深陣地特有の蓄積し尽くした多数の砲弾デポから順次必要な砲弾を取り出せる体制は整えられている。

「ならば、親衛師団さえ摩耗しなければ戦争に問題はないだろうな。」

「はい。ですが…秋津島魔導師の存在は無視できません。」

が、ジョーコフ准将が頭の痛い忠告をしてくれる。

「対抗魔導戦は論外だ。赤軍教本通り、航空機と重火器で対処するように徹底するほかになかろう。」

そう、連邦の『特殊な内政事情』により連邦は一般的に魔導師という兵科を有していない。
お陰で、知識としては知っていても、実戦運用している経験は恐ろしく乏しいのだ。
その割には、対魔導師戦闘の教本だけは実戦経験で充実しているので対応はできるのだが。

革命時に最大の反革命派として奮戦した魔導師相手の経験は、下手な列強よりも整っていると言えるだろう。
が、いかんせん連邦にあって航空機材は比較的にせよ制限が厳しいもののひとつである。
亡命されてはたまらないという訳なのだろうが、前線の指揮官と、後方のお偉いさんの意見が一致しない珍しくもない事例だ。

「同意いたします。ですが、兵站線の確保に支障が出る始末です。増援を頂けねば兵站線の確保は覚束きません。」

「参謀長、機械化師団では足りないか?」

「遺憾ながら、秋津島の弱体な機甲部隊ならばともかく、対魔導師戦となると火力が不足しがちです。」

なにしろ、航空部隊の数は限りがあり、上は不熱心この上ないのだ。
困ったことに、秋津島の連中、魔導師を歩兵の援護に回さずに遊撃に回してくれている。
コサックスが、警戒線を構築しているのは良いのだが、タフな騎兵だろうとも火力で押し負けていては小柄な秋津島騎兵にも手が出ないという。

機甲部隊も、纏まっていないがために弱くては、戦争にならない。

「加えて、航空機も足りていません。」

「…再度、クレムリンに増援を嘆願する他にないな。仕方ない、一筆したためよう。君が、直接現地の情勢を党中央に説明してくれ。」

「了解しました。」

かくして、ロパトキン将軍の依頼と状況説明の資料を携えたジョーコフ准将は何度目になるか分からない状況説明のためにモスコーへと飛ばされる。
だが、どちらにしてもだからこそ彼らは幸運なのだ。

増援を要請できることが、当たり前なのだから。






某日某所

「…閣下。東部方面軍から、至急報です。その、なんともしあげますか、」

「どうした?大佐。」

モスコーに少数ながら魔導師部隊が浸透襲撃。

最初の知らせは、東部軍から飛び込んできた中継の報告だった。
陽動を命じてあった大隊が、連邦の首都を襲撃し、旋回飛行という報告。
よくぞ、交戦国の首都にアプローチできたものだと感嘆せざるをえないものだ。

「モスコーの主要政府機関を徹底的に、叩いた、と。」

だが、そのうちに事態が少しずつ明らかになるにつれてゼートゥーア少将の感嘆は色合いを変えていく、
決定的だったのは、その破壊規模と徹底したインパクトだ。

それを惹き起こしたのは大隊規模魔導部隊だという事実。
相対的には少数部隊の浸透奇襲とも形容可能なレベルでの攻撃。

だからこそ、ゼートゥーア少将はかつての経験をもとにただ、愕然とするほかにない。
秋津島の時同様に、劣勢の戦力が想定外の戦果を…この場合、デグレチャフという鬼札故に、ある程度覚悟していたとはいえ、肝を抜かれたのだ。

「…間違いないのか。」

「モスコー上空で、記念撮影までやらかしたとか。赤の広場を、国際空港に加工してやった、と豪語しています。」

「・・・・・・・・・・分かった、ご苦労。少し待て。」

ある種の、奇跡、というやつが戦場にはある。
例えば、想像もできないような戦果、というやつだ。

極端な劣勢の部隊ですらも、時と場合によってはことを為し得るという教訓。
だから、彼は『まだ』知らないのだ。
劣勢の戦力で、『奇跡を為さねばならない』事態が必然となる意味を。


彼は、ゼートゥーアは、たった一つだけ見落としていたのだ。
その『奇跡』は、ほんの執行猶予にすぎないのだ、と。
綱渡りから、落ちずに済むことに安堵するべきではないのだ。
安堵すべきなのは、渡り切ったときだけなのだ、と。

が、神ならぬ身には、それだけは察しえない。



あとがき
津甚大佐…いったい、何者なんだ?
という呆けはさておき、ご無沙汰してます、カルロ・ゼンです。

なんとかかんとか、原稿も仕上がり、無事に本作はエンターブレインさんから出版できる運びとなりました。事前にお知らせしていた通り、「幼女戦記 第一巻(Deus lo vult)」です。神様ならぬ読者さまのご希望を裏切らないようにと願うばかりになります。

近々、出版予定日のお知らせが出せるはず…筈です。たぶん。めいびー。

もうなんか、長いこと不明確でご心配をおかけしましたが、出ますぞー!



[24734] 『おしらせ』
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2013/01/28 22:19
長らく、試作のタグを張り続けていた本作も正式採用の末期戦モノとして某社様より書籍化のお話を頂戴しました。

元々、駆け足で後半息切れ気味だったこともあり改稿してより良いものにできればと思う次第です。

後書きの方でも少し触れましたが、様々な苦言・助言を頂戴しながら中々改善できていない点も多々ありました。

カルロ・ゼン的独自のリサーチによると、本作は地図がないので地理条件が分かりにくいだの、ゼー閣下をもっと出すべきだだの、恋愛無用論と、萌を入れろなどの各種改善要望が多数存在していると推測される状況です。

書籍化に際し、試作品とお付き合い頂いた皆様から正規品として製造前に初期不良に関するフィードバックを頂戴できれば幸いに存じます。

改稿に際して先行試作品は「~~~が足りなかった!」「恋愛要素を入れろ!」「恋愛要素など無用だ!」「ゼー閣下をもっと活躍させろ!」などなどご要望を頂戴できれば書籍版への改稿に際してできる限り参考にさせていただければと思う次第です。
※必ずしも、ご要望のすべてに応じられるわけではないことをご了承ください。

なお、試作品を消すことは考えておりませんのでご安心ください。

仮に、書籍化に失敗した場合、「昔、カルロ・ゼンってやつが~」と仲間内で偶に思い出していただければ幸いに存じます。




[24734] 番外編6 『とある戦場伝説』
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2013/09/25 01:57
統一歴2016年某新聞社にて。

ジャン・ルスマンは呟く。

「なあ、魔導師というのは人間だったのか?」

数日前、機密指定が解除された文章を拾いに国立図書館へ向かった同僚。
帰社するなり、何も言わずに会議室の一室に資料を運び込み、わき目も振らずに何事かを調べ始めた男。
それが、突然自分のデスクの前に現れて呟くのだ。

髭もそらず、げっそりとやつれた表情で眼だけ爛々と輝かせて。

…呟かれる方としても、ちょっと戸惑わなかったと言えば嘘になるだろう。

「…唐突に何を言うかと思えば、どうしたんだ。」

だから、ロナルド記者は取りあえず誰もが思い浮かぶであろう言葉を口にしていた。
少しばかり、仮眠してから身だしなみを整えても悪くないんじゃないだろうか。

そんなことすら考えているロナルド記者の心中も知らず、ジャンはどこか、熱に浮かれたようにピントのずれた答えを返してくれた。

「昔、かの有名なアンドリュー記者が追っていた件の部分開示がつい先日あったんだよ。」

「ああ、あの十三文字の女神とやらね、戦場伝説の。」

で、それがどうかしたのか?
そう尋ねてくる同僚記者に、彼は国立図書館からもらってきたばかりの資料を指さして一言呟く。

「読め、全部はそれからだ。」

「おいおい、読めって、これ全部をか!?一日じゃとても足りないぞ。」

仕事に余裕がないわけではないが、一日どころか下手をすれば一週間はつぶれるような量の資料だ。
それを全部読めと言われて、〆切持ちの記者がほいほいと読めるわけがない。
訳がないのだ。

「そんなことは分かってる。だが、良いから、読め。」

「冗談じゃないぞ。ジョン、いいか、記事を出し損ねたら編集長に殺される。」

間違いなく、ルイス編集長は爆発するだろう。
そうでなくとも、ただでは済まないに決まっている。
あの雷おやじでなくとも、業務外の用事で一週間さぼってましたと報告すれば首にされかねないだろう。

雷おやじならば、ブチ切れること間違いなし。

「大丈夫だ。編集長の許可は取った。」

「は?」

が、にわかには信じかねることに普段ならば檄を飛ばし、怠慢な記者に喝を入れて回るはずのルイス編集長は確かにどこにも姿がなかった。

「編集長なら、隣の部屋で同じものを読んでる。そして、業務命令が出ている、さあ、貴様宛のメールを読め。」

そして、驚いたことに本当に雷おやじを説き伏せたらしく見てみれば確かに、その旨記載してあるではないか。
まあ、そうまでも言われるのであればロナルドとしても読むにはやぶさかではない。

そういう訳で、珈琲を入れ直し、とりあえず概要だけでも把握するか、と書類に手を出したロナルド。
気が付けば、すっかりと冷め切った珈琲のことすら忘れて愕然と立ち尽くしていた。


一言でいえば、『なんだ、こいつは?』である。

帝国軍魔導師というのは、かの大戦で猛威を振るった。それは良い。
少し歴史を齧ったものならば、機械と魔導の過渡期の産物として大々的に運用されて戦果を挙げたことは知っている。
今日の兵科としては特殊部隊で細々と運用される程度だが過去には一般的だったのだ。

だが、…これは、何かの間違いではないのだろうか?

ターニャ・フォン・デグレチャフ。
黄金剣付き白金十字、柏付銀翼突撃章保持者。
最終階級は、戦技研所属、技術廠首席試験官を経て帝国軍参謀本部付魔導准将。

別途にあの傑作と今日ですら絶賛されるエレニウム工廠製97式『突撃機動』演算宝珠開発への貢献にて技術鉄十字受勲済み。

従事した主要な戦闘を挙げるならば
『ノルデン北方戦』『ライン邀撃戦/第一次ライン戦』『ダキア蹂躙戦』『ノルデン海域封鎖任務』『ライン会戦』『南方戦線』『黄・赤両作
戦』『東部緒戦』『モスコー襲撃作戦』『東部第二期』『南方遊撃戦』『イルドア制圧戦』『第二次ライン戦/低地戦』『東部遅滞戦』『最終
反攻』『バルバロッサ』とほぼ主要な戦闘・戦役に従事。

最終撃墜数(魔導師)は東部戦線の従軍記録及び戦争末期の記録が完全に抹消されているために『不明』。
しかし最低でも200以上は確実で、推定でも300越えがほぼ間違いない帝国軍トップクラス。
航空機撃墜数は、記録されているだけで18。ただし、未確認多数とのこと。
撃沈した艦艇に至っては、護衛駆逐艦多数に、巡洋艦と空母、はたまた巡洋戦艦とまできている。
変なものでは、共同撃破で潜水艦も沈めているようだ。

所謂首狩りで、『敵司令部』を制圧した回数は記録されているだけで3度。
あのモスコーの赤の広場上空を堂々と飛行し、挙句に現地調達した国旗で国旗掲揚式までやらかしている。
…未発掘だが、モスコーを襲撃したものを記録したフィルムがあるらしい。

これらを全て個人が成し遂げたという。
それでいて士官学校次席卒業で、軍大学恩師組。
典型的なエリート、英雄像だろうが、正直に言って実在が疑わしいことこの上ない。

メアリー・スー伝説もここに極まれり、というやつだ。

度々、退役軍人や関係者の回顧録で存在が示唆されていたにも関わらず実在が疑われて久しかったのも無理はないだろう。
高級将官の中では比較的有名な存在らしいが、軍内部でもあまり語られることがないというのは、興味深いものがある。
なによりでっち上げるにしては、その年齢の桁が何か間違っているようにしか思えない程だ。

どうして、士官学校の年齢の桁が※一つで埋められ、軍大学が※二つなのだろうか。
何かの間違いでなければ、そんな子供が五年で少尉から、准将まで猛烈な勢いで昇進したことになる。
従事した戦闘は、開戦以来、ほぼすべての主要なもの。ライン戦に至っては、第一次、第二次の双方に従軍。
有名な仮想戦記では良く、その後森で勇猛無比に散華とあるが、戦死を偽装し『国防機密』とやらを引き起こす?

『国防機密』の案件については、あれから一世紀が経てなお『国防に直結する重大な案件として国家安全保障会議による機密指定』ときた。
というか、戦後から一世紀過ぎようとしているのに開示された機密は『当たり障りのないもの』に限ると言われる時点で何かがおかしい。

戦争後半に至っては、開示されている資料の方が少ないくらいだ。
それも、資料がないとかではなく、単純に分厚い機密のベールで開示されていないだけという。

そんな中で、その後の足取りは書類がない?

ありえないだろう、というのが常識的な感覚だ。
というか、健全な人間ならば誰しもそう考えるほどだろう。

正直に言えば、デグレチャフ准将の戦後に関連するファイルが機密指定されている方がまだ自然。
そこまで政府の関心を、当局の注意を惹く存在が、ぱっと忘れられる方がどうかしているのだ。
戦後も、ある程度の期間は監視されている方が当然であり、その記録が残っていない方が不思議なのである。

それを、その不思議な事態を説明できる合理的な可能性はたった一つ。
そんなふざけた話がと呆れるしかないのだが、合州国が意図的にその存在を匿った場合だ。

馬鹿げた空想の産物に近い戦果を挙げた、半ば戦場伝説と化している存在が実在し、挙句戦後には匿われた。
・・・合州国の国立公文書館から出された資料で大真面目にそれが示唆されるように書かれているとはどういうことか?

その点については、ジョンも同じような結論に達したのだろう。
スクープを嗅ぎ付けた記者特有の獰猛な狩猟犬じみた笑みを浮かべながらエナジー飲料をゴミ箱に放り投げると、ジョンは明快に断言する。

「証人保護プログラムだろうな。それも、最重要の。」

「…やはり、合州国が、匿ったと?」

ありえるのは、祖国がそれを欲したという一事だ。
ロナルドとしても、それを考えないでもないことはなかった。

しかし、それは、普通は考えにくいことでもある。
ごく少数の帝国軍の軍人が、戦後合州国にその経験を買われて顧問として雇われたという事実はあるだろう。
有名どころでは、将軍連中や技術者が戦後やってきてロケット開発に携わったと聞いている。

だが、それらは別に証人保護の手続きは取られていない筈だ。

カバーの身分を用意するという事は、よほどの事例に限られるはずなのだ。本来は。
冷戦構造下の、ごく特殊な亡命者やダブルスパイなどに与えられる国家安全保障上の必要措置。
それが、持ち出されているということの意味は冷戦崩壊後の今日でさえ小さくはない。

今尚明かされぬ歴史の陰。

その深奥が、そこに横たわっているのは論を待たないだろう。

「というよりは、取引したんだろう。興味深い資料があるぞ。」

「なに、…帝国軍潜水艦が中南米で終戦後に投降?」

ジョンから渡された資料の束に目を走らせれば、確かに終戦直後に一隻投降しているようだ。
だが、戦争が終わって武装解除を命令された帝国軍の潜水艦が投降するなど…ありていに言えば当然ではないだろうか。

戦争が終わったのだ。

よほど、狂信的な軍艦が暴れまわるならばともかく、疲れた彼らが降伏しても可笑しくはない。

当たり前な話だが、それがどうかしたのか?
そういわんばかりのロナルド。
そんなロナルドの疑問はジョンにも簡単に推測できる。

だから、ジョンはもう一束の書類を差し出しつつ、自分の推測を口に出していた。

「資料を漁らせているが、帝国軍の通商破壊作戦は既に破綻していたころだ。常識的に考えれば、何かの目的をもっていなければこんなところ
で帝国軍潜水艦がうろついているわけがない。」

「例えば?」

「そうだな、軍人の極秘裏の亡命、というのはどうだ。」

そこで、あのデグレチャフ准将が移動してきたとすればどうか。

「推理小説の読みすぎでは?」

が、ジャンの仮説はどうもロナルドの賛同を得るには至らない。
この常識者めが、と心中で零しつつもジャンはもう一つ、彼の根拠を披露してやろうと決意する。

「いや、興味深いことに…この潜水艦の投降は『国防機密』指定に入っていた。たかが、一隻の潜水艦に随分と厳重なことじゃないか。」

「わかったわかった。じゃあ、なんでこんなエースが、いや、事実であればだが、末期に祖国を離れるんだ?」

しかし、そのジャンの提示した資料には興味を示しつつもロナルドはさらに真っ当な疑問を提示して見せた。

「それこそ、帝国が一人でも多くの兵力を必要としているときに、こんな精鋭を手放すとは思えないがね。」

「終戦工作なり、極秘作戦なり、いろいろと理由は推測できるだろう。」

が、それはジャンとて悩まなかったわけではない。
ないのだが、単純にそれよりも優先する何かがあった、と彼の勘が囁いているのだ。
例えば、なにがしかの極秘作戦があったとすれば戦争末期だからこそ切り札が投じられても可笑しくはないではないか、と。

「それにジャン、君の言うとおりとしよう。我らがフェデラルが本気で仕事をしたならばそこからどうやって追うつもりか?」

何より、ロナルドが示唆するように。
本来、スパイや証人などに適用されるはずの証人保護プログラムは基本的に常に最高の機密扱いである。
いやそもそも、時代を考えれば証人保護プログラムが制度化される前だろう。
規定がなければ、そもそも経歴が新しく用意される場合痕跡を辿るのはさらに困難に違いない。

なにより、それは完全に法的な手続きを超法規的措置で無視しているに等しいものだ。
記録が仮に残っていたとしても、まず開示される希望はないだろう。

だが優秀な取材者としての直感が、ジャンに囁いていたのだ。
これは、金脈を掘り当てたに等しいスクープだ、と。

だからこそ、全精力を傾けて働かせる頭が、たった一つの合理的な説明可能たる仮説を彼の頭によぎらせた。
ジャンにとって、それは神の恩寵そのものだ。

「年齢だ。年齢に注目した。」

ちょうど、戦争中に二桁になった女性。
いや、童女というべき幼いデグレチャフ。
そう、仮説が正しければ、彼女はそんな幼い年齢で従軍している。

「一桁とかいう眉唾物の推察か。それがどうした。」

「…仮に、仮にだ。一桁の年齢がかみ合えば、終戦時はそうだな、ティーンエージャーの後半に届くか届かないかだろう。」

それが、終戦時にはティーンの後半だろうか。

「そんな子供が、こんな戦果を?悪いが、コミックスの読みすぎだぞ。」

「いいか、聞け。これが事実ならば、年齢的に…空軍士官学校の創設期に間に合う。」

その善悪の価値観はともかくとして、年齢だけ考えれば、ぴったりと空軍士官学校の創設期に間に合うのだ。
例えば、帝国軍の軍歴を投げ捨てれば全く新しい身分で、まったく新しい経歴を、完璧に手に入れられる。

一人、もの凄く、興味を引く人間と、繋がるのだ。

「はあ、…それが何か?」

「ターシャ・ティクレティウスという名前を知っているか?」

「聞いたことがないな。有名な人間か?」

「空軍士官学校第一期の首席だ。」

創設期の、それも主席となれば空軍の未来を担うエリート。
それが女性とくれば、多少は騒がれてもおかしくないはずだが。

「おや、しかし…聞いたことのない名前の将軍だな。」

「ちがう、退役している、少佐で。」

にもかかわらず、異常なほど沈黙に包まれる中で彼女は任官し、あっという間に昇進して、気が付けば退役している。

「首席卒業様だ。少佐で退役とは何か、問題でも起こしたのか?」

「昔、空軍の創設期を扱った本で調べた人間が同じことを思って、一期生にインタビューしたらしい。それによると、『愛国心』からだそうだ。」

「は?」

問題行動はナシ。
記録に残る限り、軍人としての評価は高かった。
なにより、彼女を知る同期の軍人の評判は絶賛に近い。

第一期生に限らず、空軍士官学校の回顧録には良き上官や同輩としてひっそりと描かれている。
興味がなければ、彼女は単なる一登場人物だろう。

だが、調べていけば調べていくほど興味深い事実が見つかっているのだ。

「ZASという民間航空会社を立ち上げて貨物と旅客輸送に携わったという記録がある。もう、ずいぶんと前に事業は清算しているようだが。」

「わかったわかった、それで、どうかしたのか。」

「ZASも、何故か、国家安全保障委員会に管理される機密事項扱いに入っていた。」

全てが、機密の壁。
まるで、何かを語りたくないと頑なに拒むかのような姿勢。

だからこそ、ジョン記者は獲物を見つけた猟犬もかくやあらんという勢いで食らいつく。

機密の裏にあるものは、記者にとってはお宝の山だ。
そして、その宝が何か大凡は知っているー少なくとも、猟犬本人としてはそのつもりである、場合の執着心は尋常でないのも無理はないだろう。
ジャーナリストとしての、栄光。不滅の記事。それも、また、夢ではないのだ。

「なんだと?」

「ティクレティウス少佐の経歴を読んだが、奇妙だ。戦技研究、戦略空軍構想、国防高等技術研究所など、ほとんど主要なプロジェクトに関与し
ている。その割に、空軍をあっさりと抜けているのは、何故だ?」

経歴からすれば、間違いなく手放すはずのない貴重な幹部候補生だ。
それが、あっさりと少佐という地位で退官しているのは奇妙と言わざるを得ない。

「うーん、まあ、それは面白い仮説だが、金銭面の問題は考えられないかな。」

「なに?」

「これだ、証券取引員会の監視報告書。ティクレティウス女史の個人的な株取引にインサイダー取引の疑いあり、と書いているが。」

だから、最初にロナルドが単純な反証を求めて疑問を提示してきたとき、彼は面食らわざるを得なかった。
SECの報告で、インサイダー疑惑が取りざたされる各企業との技術繋がりで縁の深い士官が自発的に退職することで軍が揉み消したというシナリオ。

まあ、ありがちといえばありがちだ。

スクープではあるが…しかし、それは、ジョンの欲する次元とは違うのだ。

「どれだ?…確かに、国防関連企業の投資に重大な疑義があるな。いや、しかし、これはどうだ?」

「ヌカ・ヌークカンパニーの投資にインサイダー疑惑?あそこは、サイダーを売ってる企業だぞ。確かに、変だな。」

「そう、それがゼロカロリーヌカを出すとかという前にどがんと投資している。」

だからこそ、資料山を狂ったように穿り回しながら彼らは興味深い過去の記録を舐め回すのだ。

「うーん、ソレだけ聞くと確かにインサイダーだが。軍人とジュースというのはさすがに微妙だな。」

「だろう?」

ゼロカロリー飲料は、確かに革命的な商業価値を持つだろう。
間違いなく、株価は上がる。
それは、当然、インサイダーだろう。
仮に、それを、知る立場にあれば。

ゼロカロリーヌカの営業価値を考えれば、社外秘は徹底されるに違いない。

それを、投資家に漏らすことは考えにくく、まして接点のないであろう軍人がしるのは奇妙だ。

「さらにこいつはどうだ。秋津島の僕ヨユウ自動車だ。創業期にアホみたいな金額を投じているが。」

「いや、それは可笑しいでしょう。」

秋津島の外資規制を踏まえ、規制限度枠まで投資し、以後、一度も経営に口を出していない。
経営者を送り込んだこともなく、せいぜい北米市場に参入する際に投資家として政府に参入障壁の緩和要望を出した程度だ。
どう考えても、長期保有の投資だろう。

その、ピンポイントの投資が、世界最大の自動車企業に成長さえしなければ。

「まあな、インサイダーというか、なんだろうな、これは。」

「「案外、ラングレーのカバー企業では?」」

だからこそ、思わずロナルドと二人で顔を見合わせて呟いてしまう。
仮に、だが。

ジョンの予想が正しければ、このデグレチャフ准将は本物の化け物だ。
童女の頃に戦争に飛び込み、その後、合州国に価値を認めさせて、以来ひたすら力を蓄え続けていることになる怪物に近い。

どうしたのかは知らないが、おそらく相当深いつながりをラングレーどころか軍や政財界と繋いでいることだろう。
冷戦構造下の特異な時代において、大暗躍したかつての帝国軍人。

正しく、囁かれて久しいライヒの地下組織伝説を体現したかのような軍人ではないか。

「ああ、これもだ。」

「だな。中南米の左派民族主義者。連中の勝利を見越して、散々果物企業を空売りしている。」

「これは酷い。あんまりだ、どう考えても状況的に真っ黒でしょう。SECは何をしていたんだ?」

そうつぶやいたロナルド自身、ある程度推測は付いていたのだろう。
政財官の麗しきトライアングルは、別に今に始まったことではない。

…我らが政府の中にも、目的のためには手段を正当化する動きがないわけではないのだから。

反共だの、冷戦下の安全保障だののために、インサイダーを見過ごしていても可笑しくはない。

「ああ、あったこれだ。なになに、六件にわたり、インサイダー疑惑にて非公開審議するも、何れも証拠不十分で常に不起訴?」

「…まあ、これは、さすがに嘘だろう。」

どう考えても、灰色。
それも限りなく黒に等しいグレーだ。

「だろうなぁ。…やはり、癒着なり庇護なりがあったんだろうなぁ。」

「とまれ、大スクープだ。世紀の発見だぞ、これは!」






追記オマケ。

「…委員長、また、例の、その、」

「ああ、ザラマンダー信託投資組合か、今度はなんだね?」

「つい先日、原油の先物買いをやらかしていました。」

「…どの程度、だね?」

「合計すれば合州国の十二か月分の消費量です。」

「なあ、普通は、金利だけで破産しかねない借入だろう、それだけ買えば。」

「はあ、間違いなく。ですが、この状況下では間違いなく大黒字ですが。」

「それで、その、…また、監査しますか?」

「どういう理由でだね?」

「は?」

「ラングレーも、国務省も、まったく掴んでいなかった情報を、連中が掴んでいると、証明できるのかね?」

「いや、ラングレーは知っていたのでは?」

「ラングレーは知らんが、奴は未来でも見えるんじゃないか。…去年の十二月には秋津島イェンを、アホみたいに買い込んでいたんだ。あれは、ラングレーどころか議会にも知らされていない大統領の秘策のはずだぞ。」

「・・・挙句、大統領を調べて大やけどした教訓を思えば、確かに…その、証拠もなく監査は。」

「調べただろう、ないのか、何も。」

「ありません、その、何一つとして疑わしいものが、ありません。」

「これだけ、これだけの状況証拠があってもか!?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい。」


彼らは知らない。
その数十年後に、議会に呼び出され公開聴聞会の席に座らされることを。
そして、彼らはまだ知らない。
自分たちの証言が、不運にも絶対に信用されない、ということを。





あとがき。

突発オマケです。
コメント欄を見ていた時に、そうか、やらねばならんな、と決意。
でも、やっつけだから。
ごめんよ、本命は、本命は『ラインの×××』という番外編を予定していたんだ。

そっちは、もうちょっとだけ待ってほしい。

あと、幼女戦記の本の話はなんか、

『[1582]紅◆029c0ac8 ID: 27d1ab61
ちょっと水をさすようで申し訳ありませんが、HPトップの投稿規約に
>すべての掲示板において、イベント、商品、企業の宣伝行為は禁止です。
>(サイトをたてました……等は除く。また、Arcadiaからプロ作家に転向された方の外伝投稿、Arcadiaへの投稿がまずくなるための、自サイトへの移管のお知らせ等も除く。)

とあります。以前も似た様なことで削除された作品もありましたので、修正をしたほうがよろしいかと。』

と、ご親切にも忠告頂いたのでちょっと取りあえずこちらでの告知・お知らせは一度保留しようかと。

不幸中の幸い、なろうの方で『存在X』名義で活動報告を出せますので、詳細はそちらをご覧いただければと思う次第です。

いや、ほんと、なんか、すんません。(・_・;)

ZAPもしました。



[24734] 番外編7 『ラインの…オムツ』
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:f789329c
Date: 2013/09/25 02:13
※この物語は、お食事中にご覧になると、一部不快を催す可能性があります。
また、人間の体に備わったしくみの問題であり戦闘に従事する兵士たちの尊厳・名誉に対するいわれなき誹謗中傷でもありません。












繰り返しになりますが、お食事中はご覧にならないようにご注意ください。
























古い顔なじみの新聞記者が最初に呟いた一言。

「紙おむつ発明の経緯を、知っていないか?」

それに対して、彼、ヴォーレン・グランツは断固たる決意も露わに一言叫んだ。

「断る!!!」

と。


古びた事務所に相応しい拡張高いと備品係たちだけは主張してやまない古ぼけた机。
新聞社の机というのは、大なり小なり酷使される机の類いであるのは間違いない。
とはいえ、記者の机についていうならばそれほど酷使されているとは言えないだろう。

その机の上に鎮座しているのは…紙おむつだ。

そして老記者は、つい先ほど年甲斐もなく断じて話すことなどないと妙に激高する老人の姿に思いをはせ、何を知っているのだろうか?と首を傾げていた。

古い付き合いだが、彼があれ程取り乱したのを見たのは初めてなのだが、と。

いや、何かトラウマでもあるのだろうか。
そう考えた彼の眼差しは、机の上に鎮座する紙おむつに向かう。

帝国で、少数生産され、いつの間にか戦後に世界へ広まっていた紙おむつ。
たまたま、帝国で同時代を生きていた人間に話を聞いてみようと思っただけなのだが、あれほどの反応だ。

…一体、何が本当にあったのだろうか、と。











ライン戦線は、地獄だ。そこでは、人間の尊厳という幻想に対して五感全てで明瞭極まりない否定を味わえる。
塹壕の一週間は、勇壮な戦争という空虚なプロパガンダが如何に無意味かを実感させてくれる。
代わり映えのない砲弾の雨と、乏しい糧食、そして仲間の戦死。

そんなものは、単なる表層にすぎない。
ニュース映画は、匂いも、味も、音も、触覚も伝えないのだ。
音が付いた映画とて、匂いも、味も、触覚も伝わりはしない。

戦場で鼻にするのは、大量の腐敗臭と汚物の匂い。
耳にするのは、砲弾の着弾音と、砲弾の音の中に紛れて小さいはずにもかかわらず聞こえてくる呻き声。
敵砲兵隊の重砲で制圧下にあってなお、恐怖に値するのは実のところ皮膚の下から聞こえてくるぷつぷつという音だろう。
あれは、聞いたことのない人間には分からない恐ろしいものだ。

ガス壊疽は、どれほど勇猛な兵士であってもどうしようもないものだ。
勇猛無比な誉れ高き魔導師ですら、ガス壊疽と聞けばああだけは成りたくないものだと震えるしかない。




時として、ある研究が意図せぬ思わぬ事実を発見することは珍しくない。
その例に漏れず、最新の研究…主として戦闘員の心理状態に注目した研究である、は、人間がどの程度正直者かという事実を驚くほど明快に数値化した。

調査の結果によると、実に戦闘員の25%は正直者である。
言い換えると、4人に3人は大嘘つきだ。


この驚くべき結果をまとめたのは、合衆国軍の退役中佐らを中心とする『殺人学』或いは、戦闘時の兵員の心理状況に関する研究とでもいうべき心理学の一分野を専攻するグループの研究結果である。

第二次世界大戦中の米兵に注目したその調査の結果によれば、実に4人に1人の兵士が戦闘中に尿失禁の経験があることを認めたという。
海外戦争復員兵教会や戦没者記念日には誰も口にしない事実であるが、別に戦地では語られないタブーの一つにすぎないことだ。
まあ、戦争を崇高で偉大な何かと勘違いしている大半のメディアや商業番組では絶対に漏らす兵士の群れなど描かれないのだが。

そういう訳で、古参兵らの共通見解は単純明快な事実に基づく。

兵士とは、人間であり、激戦に際して『チビる』のは当然なのであり、自己申告できない大嘘つきが兵隊の大半である、ということだ。
言い換えれば、当たり前に近い体の機能を自己申告しない人間が多すぎる、という事でもある。

当然ながら、古今東西の戦場においても珍しい話ではないのだ。
馬上で大失禁したという人物が、天下国家を取ったこともあるくらいである。

そういう訳で、百戦錬磨の兵どもと雖も時にはオムツが必要なのだ。

そう、オムツだ。

これは、そんな兵士たちが誰も語りたがらない戦場の一物語である。






「…、新兵用にオムツを調達すべし?」

参謀本部で後方業務に携わる参謀連の一員として前線視察に赴いていた彼は首をひねって訊ね返していた。
旧知の将校を見かけ、何か提言がないか、と尋ねたウーガ少佐に寄せられた要望。
砲弾でも、医薬品でも、ましな食糧でも、煙草でも、アルコールでも、それこそ、休暇でもないまったく想定外の品名。

それは、オムツだ。

「はい。ウーガ少佐殿。迅速かつ、速やかに手配を願いたいのですが。」

「オムツ、とはオムツか。」

「はい、その通りです。いかがされましたか、ウーガ少佐殿。」

「いやまて、デグレチャフ少佐。それは、確かに、私は多少の融通は利かせると言ったがそれは軍需品に限ってだぞ?」

彼は、ターニャ・デグレチャフという軍人を理解できていないことを知っている。
知っているのだが…さすがにこれは突然、どうしのたか、と訊ね返したくなってしまう。

「軍事行動に、必要不可欠な用品というならば、オムツは軍需品であります。絶対に、必要不可欠なのであります。」

「すまんが、少佐、私にはオムツが軍事行動に必要不可欠だという貴官の言い分が理解できない。」

が、理解しかねると心の底から再認識することになった。
彼の前で、力説するのは戦功著しい実戦経験豊富な魔導師だ。
それも、ここしばらく『白銀』という優美な二つ名よりも『ラインの悪魔』と畏れられるようになった。

本来ならば、その彼女が前線で必要とすると力説する軍需用品を用意するのは理解できる。
何が起こるか微妙に予測できずに余り気が乗らないが、デグレチャフ少佐の要求ともあれば爆薬だろうが、砲弾だろうが用意するのはやぶさかではないのだが。

しかし、オムツ?

あの、児童用のおむつを、何故、最前線の実戦指揮官が大量に軍事行動に不可欠と力説するのだろうか。
おむつを、最前線に、大量に供給せよという意味の分からない要求はおそらくウーガの軍歴でも最も奇妙な要望だった。
軍大学時代、教官連から叩き込まれた最前線での臨機応変な物品の活用というアイディアを否定するつもりは無いとしても、だ。

最前線の将兵が、缶詰を開けるために銃剣を使うのはもはや有名極まる話だろう。
それをやめさせるために、わざわざ銃剣の鞘に缶切りや栓抜きを付けたという話は兵站部の苦労話として耳にしている。
だが、珍妙な話を聞いてきた彼をしても、さすがにオムツを応用して軍事目的に活用するという点は想像もつかないものだ。

「失礼ですが、小官は、必要だと申し上げざるを得ません。」

「軍大学の同期だ。ざっくばらんに言ってくれないか。いったい、そんなものを何に使うんだ?」

良く分からないことは、素直に聞くべし。
これは、新任少尉が学ぶ軍隊のルールだ。
少なくとも、将校としてのウーガの知識にそんなものがない以上、彼は聞くしかない。

「…何、と言われましても、オムツはオムツではありませんか?」

だが、問われたデグレチャフは質問の意図を理解しかねると言わんばかりにおうむ返しで逆に問い返してきた。
その眉をひそめて、訝しんでいる表情からすれば言わんとするところは自明だろう。
彼女が話しているオムツとは、やはりオムツであり、なにかの隠語でもないらしい。

「いや、その通りだろう?一体、何に使うのかと…」

そこまで口し出したウーガ少佐は、しかし、そこで口を噤んだ。

目線を下げねば目を合わせられるほどに幼い将校。
彼女が一つ、小さいため息を漏らしたことに気が付いたからだ。

「なるほど、ご存知ないのであれば話は簡単です。」

意を決した、とばかりに頷くデグレチャフ。
いや、だが、よく見ればそれは『なんだ、ご存知なかったのか』という得心の色合いも帯びている。

だから、何事が明かされるのだろうかと覚悟を決めたウーガ。
しかし、その耳が、捉えた言葉は、一瞬理解しかねるものだった。

「ウーガ少佐殿、前線で新兵は『ほぼ、高確率にて』失禁ないし大失禁に至ります。」

失禁、ないし、大失禁。

…つまりは、漏らす、ということか。
大の大人が、訓練を受けた、兵士が?

「耳にすることは有るが…その、間違いないのか?」

むろん、少数の臆病な兵士が、というのは耳にしたことが全くないわけではない。
だが、多数の新兵が、漏らしているというのは…なんというか、初耳だ。

「呆れ果てた実態ですが、間違いありません。特に、激戦に投じられるほど事態は深刻です。」

ため息交じりで、彼女が漏らすのはある意味で万国共通で軍隊が語りたがらない真実だ。
言い換えれば、戦争の悲惨さを訴える連中でさえこの事実は碌に語らないだろう。
なにしろ、戦争というものにつきものの悲惨さという点であってもなお、大の大人が、という躊躇いがある。

だからこそ、というべきだろうか。
戦争映画や戦争小説では、誰もが勇ましく戦って死んでゆく。

馬鹿げたことだが、戦争の悲惨さを訴える映画でさえも前線の人間に言わせれば『綺麗』過ぎる。

死体とは、もっと、凄惨で生々しいかつて人体だったものにすぎないのだ。

「…垂れ流せ、とは言えんのか。」

そして、兵站の観点からそれが重要なのかと訝しむ将校の疑問は実に身勝手で、同時にある程度正しい。
ウーガ少佐は、参謀本部付の後方勤務が専門の事務屋だ。
その彼をしても、兵士が語りたがらない問題を突きつけられた時に気が付くのは士気の問題である。

被服や食料ならば兎も角オムツを兵士に配給することの是非を考えるだけで鈍痛が頭を襲うと言わざるを得ないのだ。

「兵の士気にかかわる。何より、オムツを穿いた兵士など…戦意に響きかねんぞ、少佐!」

「少佐殿、私は、塹壕線で人的資源がガス壊疽で摩耗していくことを看過しえません。衛生は、義務です。」

だが、この問題に対するターニャの見解は揺らがない。
なにしろ、ただでさえ非衛生的な塹壕がさらに耐え難く汚れるのは絶対に我慢できるものではないだろう。
魔導師という兵科が平均的な兵士と比較して疫病に倒れる確率が低いのは、単純に航空魔導師は空に逃げているからに過ぎない。

もちろん、防殻と防御膜である程度の空気の濾過は可能だ。
可能だが…恒常的に、やり続けられるものではない。

それを思えば、死体処理の際に楽になる様にオムツがあるに越したことはないのだ。

「まして、敵地浸透作戦や長距離行軍時には排泄物は埋めるにせよ、失禁する間抜けを考慮せざるを得ません。」

加えて、長距離行軍中にやらかしてくれる新兵というのは少なくない。
何度、銃殺をちらつかせてもそう簡単に排泄物を耐えられない兵士というのは珍しくもない存在だ。
人間の体に備わった機能である以上、どうしようもないというのは一つの事実だろう。

航空兵と、魔導師に言わせればお出かけに備えて出撃前には体の余計なものは須らく出しておくべきなのだ。
如何せん、それを理解していない新兵どもときたら出撃前にアルコールを飲もうとまでしやがる。

「一定数、居る以上は絶対に必要なのです。」

迂回作戦中に、緊張のあまり漏らすアホがいると知ったときは引き金に手が伸びかけたものだ。
まあ、射殺すれば射殺すればで糞尿をまき散らす糞袋が一つ破れるので事態が悪化するのはより自明なので自重したが。
その件を思い出すだけで、ターニャは思わず嘆息したくなるのだ。

死臭や腐敗臭など珍しくもない最前線ならばいざ知らず、敵地後方に浸透する際にはやはり軍用犬の警戒を招きがちでは困りものだった。

「加えて、戦死者の糞尿塗れは正直に言って戦意にも宜しくありません。対処が必要であります。」

ついでに言えば、塹壕での最も深刻な悩みの一つは死体のまき散らす糞尿だ。
戦死の栄光を謳うプロパガンダでは、壮烈な戦死でも、死体は物理的に前線指揮官にとっての厄介な衛生上のゴミでもある。
いや、もちろん寒ければある程度凍りつくのでまだマシなのだが、湿地地帯の塹壕には悪夢そのもの。

汚染というか、汚れの問題と同時にああいう死に方はしたくないと兵士が後ろ向きになるのが大きな問題としてあげられる。

絶対に、状況を変える必要があるのは自明だった。

そして、ターニャにしてみれば介護と同じであり漏らすならば、オムツを穿かせればよいではないか、という答えになる。

「いや、わかった分かった。少佐。だが低地地方の紡績工業ラインが戦災で生産量を落しているのは知っているだろう。オムツ、などそうすぐには…。」

それでも、言いよどむウーガ少佐。
まあ、帝国の主要な紡績工業ラインが集中していたライン方面戦線でこれでもかと言わんばかりに戦争しているのだ。
もちろん、綿が不足しているという実態から児童用のオムツすら事欠くという事情は言われれば納得できる。
それどころか、児童用よりも大きいであろう大人用のオムツを要求しているのだ。

新規に製造させるにしても、原料の確保や運送ラインの問題など処理すべき問題が多数あるということは自明。

「ならば、最悪紙でも結構です。」

だが、それらの困難を察しても。
ターニャはオムツを、新兵の汚い尻に穿かせるオムツを断固として要求する。
別に、何も綿でつくる肌着を求めているわけではないのだ。

それこそ、使い捨てのオムツで十分。
どうせ、初戦で漏らすか、死体になるかだから早々何度も穿かせる機会はないのだからという実に身勝手極まる理由による。
ならば、それほど頑丈でなくともよいわけだ。

「なに?紙?」

「紙は我らとともにあり、で結構であります。紙でオムツを作っていただきたい。」

そして、カミを汚物に塗れさせるという一点で、それを称する存在Xに対する非合理的ながらも拭いがたい歓喜の念に襲われるのだ。
無論、感情でもって軍に配備を命じるのは越権どころか、ある種の利敵行為かもしれない。
だが、これは、効率的な軍事行動のために絶対に必要不可欠とターニャは確信できるのだ。

「…無茶を言うな、デグレチャフ少佐。」

「出来るはずであります。ぜひ、掛け合っていただきたい。」

だからこそ、ターニャはその思い付きに随喜しつつ、断固とて要求するのだ。
オムツを、紙オムツを、最前線へ、と。





常ならば億劫そうに新兵の群れを迎える上官。
常日頃から無表情に眉をひそめることの多いデグレチャフ少佐殿だ。
よちよち歩きで、あんよも下手糞な新兵を見ればご機嫌を損なわれるのも無理はない。

かくいうヴァイス自身、新兵の面倒を見ることは手間がかかると悩まない日はないのだ。

だからこそ、『新兵に訓辞を垂れろ』と司令部から定期的に順繰りで回ってくる面倒な仕事の通達を上官に渡すときは気が重かった。
自分が原因でないにせよ、悪い知らせを上官に持っていくというのは心臓に良くないものでしかない。

が、その日。

大隊長室で、何かの小包を受け取ったらしい少佐殿に司令部からの通達を伝えたヴァイス中尉は自分の両眼を真剣に疑う羽目になった。
命令であれば、否応は無いと義務を果たすべく訓辞へ向かうのが常だというのに。

…今日に限っては何かの間違いか、ご機嫌そうな表情で
『素晴らしい、素晴らしいタイミングだ』などと喜色を浮かべているのだ。
あの、デグレチャフ少佐がである。

歴戦の魔導師特有の危機感が盛大に警鐘を、それこそ脳裏で乱打しまくる音を聞きつけた中尉の対応は見事といえるだろう。
上官の態度に一言も、それこそ表情一つ変えずに、事務的な姿勢を保ったまま静止。

内心の動揺とは裏腹に、微塵も微動だにせず上官へ連絡事項を伝達。
その後は、当直へ戻りますとごくごく自然な口調で任務を前に出して不自然でない程度の駆け足で退室。

私は、何も知らないと、呟きながら彼はその日の当直任務へ全身全霊を傾けて警戒にいそしむ。
何か、おぞましい何かを忘れるのは、何かに専念するのが一番なのだから。




そして、不幸なことにグランツ少尉は偶々手隙の士官を探していたデグレチャフ少佐の目に留まってしまう。
命じられたことは、ちょっとした荷物持ち。

だからこそ、彼は、世界で初めての発明品を最も初期に見ることが叶った幸運な一人となった。
当人が、それを、幸運と思うかどうかは、主観の問題である。




「志願兵諸君に対し、前線における心構えを訓示するように命じられたデグレチャフ少佐である。」

演説台の上へと登り、それでもようやく目線が合うか合わないかという小柄な将校。
最前列の新兵に見えるのは、忌々しげに短い手足でよじ登るようなデグレチャフ少佐殿だ。

だからこそ、一瞬、とまどい、軽く見る新兵どもが度々痛い眼をこれでもかと見せられるのだが…今日は違った。
それこそ大隊を突撃させるかのように意気揚々と。

常日頃は、敵以外に向けることない攻撃的な笑みを顔面に張り付けながらターニャ・デグレチャフ少佐は嗤っていた。

「ようこそ、最前線へ。左程も期待はしていないが、歓迎しよう。」

口からこぼれるのは、常の彼女と寸分たりとも変わらぬ定型文。

「諸君に対しては、述べたようにさほど多くを期待しない。友軍の足を引っ張るな。しかる後に、経験を積んで敵をうて。」

実際、新兵に対してベテランは殆ど何も期待しない。
邪魔をしないで、少しでも役に立てば望外の拾い物とすら考える。
ターニャの暴言に近い発言は、ある意味で前線の率直な物言いとして許されていた。

「単純な話だ。今日、一人も殺せぬ貴官らも、明日は一人殺せるやもしれない。来月には、二人殺せることだろう。」

新兵は、やがて経験豊富な古参兵となりうる。
兵士は、生まれながらにして勇士である少数の例外を除けば兵士になる者なのだ。
だからこそ、彼らは訓練し、叩き込まれた技量で人を殺す。

「プロパガンダは頭から削ぎ落しておけ。戦場では、如何に祖国を守るかという抽象論は意味を為さない。」

それは、全く抽象ではなく現実の世界。
徹底した現実に生きている世界なのだ、とターニャはつまらなさげに吐き捨てて見せる。

「現実を、語ろう。新兵諸君、君たちは殺すことを祖国の名において命じられる。敵だ、殺したまえ。それ以上の議論はありえない。」

祖国のために戦う。
大変結構な理念だが、グランツを始めとする新任が真っ先に知らされるのは殺し、殺されるという基本だ。
それ以外は、戦場においては考える価値のない雑音とすら化す。

もちろん理念は重要だ。
だが、それは、生き残った者が味わえる贅沢でもある。
戦場において、贅沢を味わいたいのであれば生き残らねばならない。
生者だけが、後悔できるのだ。

「名誉と栄光は、泥濘に塗れた先にある。」

加えて、運に恵まれれば汚泥まみれの死体に勲章が輝くこともある。
尤も、どちらにしても泥と湿気、そして耐え難い臭いと悪い空気を吸いながらであるが。

しかし、そこまでならばある意味で平常運転のデグレチャフ少佐殿だろう。
直立不動で気を付けの姿勢を取っていたグランツ少尉は何時ものこととして、ここまでは特に気にも留めなかった。
もう、それは、いやというほど実感しているからだ。

「なお、それについて諸君に少しばかり申し付けておくことがある。」

だが、その日は少し、色合いがそこから変わる。

「戦場というのはえてして恥と屈辱の満ち溢れた空間だ。」

本来ならば、故に無能はさっさと間引き、汚泥を減らすのが私の仕事だとか嘯きかねない上官。
それが、妙に優しげな声色を突然出し始めたのだ。

「そこで、諸君。諸君は、苦しむだろう。私は、それに対する解決策を用意した。」

グランツが、無意識のうちに足を半歩開き、何時でも掩蔽壕へ飛び込めるようにしてしまうのも無理はなかった。
なにしろ、その日、その場に言わせた士官の多くがギョッとした表情で優しげなターニャを、凝視していたのだから。

「神は我らと共にあり、と唱えるだけでは空疎だ。無意味に近い。故に、私は諸君のために紙を取り寄せた。遠慮なく使いたまえ。」

カミ?
いったい、何を…と訝しむ多数の眼差し。

神は、我らと、共にあり。
その標語を、神を取り寄せた、と?

クスリと誰か、新兵が嗤った時、血を見るかと思わず覚悟を決めた士官は少なくないだろう。

「そこで失笑した間抜けを射殺し、実証しても良いのだが人体とは糞袋である。垂れ流しの死体を、見慣れる日は遠くないだろう。」

しかし、微笑みすら浮かべたデグレチャフ少佐は単純な事実を指摘して見せるにとどめた。
声色に浮かぶのは、厳しい物言いとは裏腹に優しげな慈愛のそれ。

予想外の光景に列席する士官らは思わず隣の人間と顔を見合わせ、今の光景が現実かと疑っている同僚を発見することとなる。

「はっきりと言おう。諸君は、戦場において、小児以下の存在だ。自分の排泄物も管理できない大間抜けと言ってよい。」

だからこそ。
ある意味では、変なことだが。
一変して、厳しい声色を聞いたときは何故か落ち着けた。

まあ、それは混乱故の感情なのだろうが。

なにしろ…グランツは嫌な予感がするのを抑えきれずにターニャが取り出した小包を思い出すのだ。
そして、彼の予感は、完全に予想通りの形で実現する。

「新兵諸君、だからこその紙オムツだ。一人、三枚ずつ配るので、必ず穿く様に。穿かずに漏らしたアホは、懲罰だ。」

配られるのは紙で出来たオムツ。
妙に大きく、子供用でないサイズというところが冗談でないという本気さを感じさせるものだ。
参謀本部の送ってよこした箱に、入っていた紙オムツ。

上は、間違いなく本気なのだろう。

…おそらくは、間違いなく。

「以上だ、新兵諸君。諸君が、カミを必要としない時が来ることを願う。」












あとがき
やれやれ、微妙に遅れてしまったか…とか思いつつ更新。
やはり末期戦ものなんだから、もっとえげつない所もださないといけないよね。
モエとかハートフルとか、そんなことばっかりでは読者の皆さんを失望させてしまうのではないか、という観点。
それらから優しさを増配しつつ福利厚生に戦場で取り組む素晴らしい番外編をお送りいたしました。

以下真面目

執筆に際しましては、参考資料としてグロスマン退役中佐の著作を活用しております。
こんなものを書いている人間が絶賛するのもちょっとあれですが戦争に関する心理学の泰斗なので兵士の心理や葛藤をかく場合はぜひご参照あれ。

でも、商品の宣伝は不味いんでタイトルはググってください。

後、なろうの方でお知らせ等は更新しております。あしからず、ご了承ください。

ついでに、ZAP。+ZAP



[24734] 番外編8 『喰らうた肉』
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:dc3eb175
Date: 2013/09/25 01:55

低地ライン戦線の小康状態に伴う部隊の再編・休養期間。
ターニャ・デグレチャフ中佐指揮下のザラマンダー戦闘団は、他部隊と同様に帝都にて補給・再編をすべく引き上げてきたばかりだ。
戦闘部隊の指揮官にとってみれば、部隊が休養中であろうとも仕事は山積しているが…それでも、一応時間を作ることは可能。

事務手続きは昼前までにひと段落した辺りで、見計らっていたのだろう。
軍大学同期のウーガ大佐殿から昼のお誘いを頂いたターニャは机の上に放り出していた制帽を手に取りいそいそと出る支度を済ませる。
そして、昼時という事もあり昼食を求めるために外へ、そう、参謀本部の外へ繰り出す人の波へ身を投じるのだ。

…参謀本部の会食室で碌でもないKパンを食べさせられるのは、誰だろうと嫌なものだから仕方がない。

向かう先は、聖グレゴリウス教会傍の食堂。

日に日に、連合王国、合州国の航空隊が『上手』になっていくためだろうか。
記憶にある街並みとは程遠く、瓦礫と煤が嫌に目につくようになる市街地。
左程も歩くわけではなく、帝都の中枢部でこれという事実が帝国の置かれた現状を表すのだろう。



そして、馴染みの食堂を見渡せば先に席を取っていたウーガ大佐が老ウェイターにメニューを手に取り注文を先に済ましているところだった。

「ああ、君、すまない。私にはワニ肉のフィレステーキと、そうだな、まだ熊のハムが残っていればそれとザワークラフトを前菜にもらえるだろうか。」

ワニ肉のフィレステーキ?
熊のハム?

「ウーガ大佐殿、それは…。」

なんなのですか?と言うべきだろうか。
それとも、食堂楽の極みが過ぎませんかと言うべきだろうか。

珍味として、食されることは聞き及んでいるが…戦時下、それも、本土決戦間近の食事ではない。
というか、自分の記憶にある限りここは、良い味の『帝国郷土料理』が売りのビアホールだ。
間違っても、珍味を売りにはしていないはず。

というか、そもそも、慢性的な食糧供給不足に陥った帝国の食糧事情からすればありえない食事の注文である。
以前、同じ店でタンザニアン珈琲を注文したところ出てきたのは代用のタンポポ根だった。
常食に近いザワークラフトの味は、各地で食べるだけにどこも質・量共にお粗末になるのを実感せざるを得ないものがある。

そんな帝国の食糧事情は、高カロリー食の摂取が義務付けられている魔導師とて例外ではない。
無理やり、平均1万カロリーを何とか部下の食事で確保させることはターニャが日々うっとおしくも手を抜けずに悩まされる難題なのだ。
実際、現実には理想の7割程度、7千キロカロリー分の食糧を確保するのがいっぱいいっぱいである。

悲しいかな、卑近な悩みは航空魔導師用の栄養補助食品とビール酵母由来の補助薬剤の慢性的な欠乏だ。
それを間違いなく悪化させているであろう横流しの問題に至っては、憲兵すら役に立たないので自分でわざわざ巡回する羽目になったほど。
つい先日も、ショカチョコの横流しを取り押さえたばかりである。

その16ピース、530カロリーの缶がひとケースも盗まれたお陰で、ザラマンダー戦闘団は栄養失調で戦死よりも餓死しかねないほど苦労した。
次から、ダミーの毒入り缶でも混ぜてやろうかと思うくらい忌々しかったほどである。

もちろん、混乱する最前線での食糧事情だ。
戦時とは言え、兵站網が確立した後方では事情が異なるのは理解できる。

それでも、自分の耳を疑うしかない。
95式の副作用だろうか?

深刻な疑念を頭に抱きつつ、ターニャがやはり耳に問題があるのだろうか、と自らの聴覚へ疑いの眼を向けたその瞬間。
オーダーを終えたウーガ大佐殿は参謀将校用の配給券を取り出し、注文を取るウェイターにひょいと差し出していた。
よろしく頼むよ、などと会話を交わしているウーガ中佐の姿は極々真面目なもの。

そこにあるのは、メニューの品を頼んだという仕草。

そして、オーダーを受けた側も平然と、それこそ当たり前の様に注文を取っている。
ごくごく、普通の所作にあるのはそれが常の仕事と変わらないという事。

中々に、混乱せざるを得ないとはこのことだろう。

「誘っておいて悪いが、先に頼ませてもらった。」

呆然と突っ立っている間に、自分に気が付いたのだろう。
すまんな、と軽く手で謝意を表すウーガ大佐の表情には他意はうかがえない。
彼は、つまり、ごくごく日常の感覚でワニ肉なるものを頼んでいるというのだろうか。

「ああ、いえ、ウーガ大佐殿、問題ありません。」

礼儀正しく、将校としてあるべき端然とした返答。
が、いかんせん最前線でいつもどうしようもないくらいに部隊に喰わせる食糧の調達で頭を悩ませていたのだ。
普通どころか、並外れて珍奇な食事を平然と配給券で調達するのを目の当たりすれば幾ばくかは驚かずにはおれないだろう。

「何を食べるか決めているか?今ならば、最高級の鹿肉があるが。」

勧められたのは、最高級の鹿肉。
士官学校時代のそれこそ、晩餐でもなければお目にかかれないようなものだ。
そして、なんだかんだで鹿の放牧は

「この戦時下、狩猟でもしたのですか?」

「いや、放牧されていたやつだ。それでいて、この戦時下で餌は戦前と同じものだから味は落ちていないぞ。」

将校クラブの会話といえば、狩猟とカードは外せない。
ライヒの伝統的なユンカーらにしてみれば、それらは生き甲斐なのだ。
その持ち込まれた体質は、将校の伝統と化して久しい。

そして、帝国において伝統とは法によって否定されない限りにおいて美質なのだ。
中流階級出身の両者だが、ともに参謀将校として振る舞う
将校連の一員として影響された、と言うべきだろうか。

「まあ、ヴィルトのようなものだ。ワインとすのきの実のソースで絶品だが。」

「はぁ…では、そのお勧めを小官は頂きましょう。」

自信満々に進めてくるウーガ大佐の言葉。
ならば、と代用品か切れ端でも出てくるのだろうと期待もせずにターニャは自分の配給券をちぎるとウェイターに手渡す。

そして、注文を抱えた老ウェイターが立ち去ると両者は久々の再開を言祝ぐ。
とはいえ、軍人で、しかも同期だ。

ほんの職務儀礼の範疇程度の社交辞令後は二、三、の近況交換と戦友に関するちょっとした会話に内容は移る。
もちろん、場所を弁えて機密に抵触しない程度の範囲で、だが。

それでもターニャとしては、やはり東側から押し寄せてくるアカの奔流がどうしても頭に重くのしかからざるを得ない戦局だ。
が、それらは帝国の将校連中にしてみれば世間会話である。
なにしろ、四六時中悩まされている問題なのだから。

そして、それは長期的な課題だ。
将校と言うのは、戦術次元の問題にも頭を働かせなければならぬ。

そう、ままならない現状に向き合っている将校連というのは、現実を直視しつつも足元を固めなければならぬのだ。
もっと言えば、ぼさぼさのKパンではなく、ほかほかのお肉で胃を満たすことが遥かに重要という事である。

そういう次第で、ターニャらの談笑は供された料理によってあっさり忘れ去られるところとなった。

温められた皿に盛りつけられて出てきたのは、確かに肉だった。
熊のハムを使った前菜は些か独特の風味。
そして、メインの鹿のステーキはご丁寧にもラードが足されて不足しがちな脂質まできちんと補間。

はっきりと言えば、本物だった。

思わず、自分は此処まで餓えていたのか、と愕然とするほどまでにそれは舌が求めていた味。

「代用品ではなく、本物とは。…驚きです。」

戦時下にあって、食べられるだけ魔導師や参謀将校の栄養事情はましな部類。
前線勤務ともならば、それこそ食べられる幸運を味わうしかない次元だ。
それが、前線から後方に戻った途端こんなにも食事が。

「だろう。その熊のハムも臭みがなくて、中々のはずだ。」

「ええ。しかし、…一体、何処から持ってきたのですか?師団辺りで山狩りをしたところで、パルチザンは狩れてもワニは取れないはずですが。」

「ああ、このヴィルトはもらい物だよ。我々がハントした訳ではない。」

愉快げなようで、どこか皮肉気なウーガ大佐。
それは、ターニャの知る善良というかお人よしなウーガ大佐にしては酷く珍しい表情だ。
荒んでいる、とまでは言わないが。
末期下にあっては無理もない話なのだろう。

誰も彼も、なにがしかの鬱屈を抱え、眼前の避けがたく見える帝国の行く末に頭をかき乱されてしまう。

「どういう事でしょうか。」

「簡単なことだ。ハンティングが最近お上手になっている連中が動物園を空爆した。」

ならばこそだ。
ヴィルトとは、よく言ったものだ。
それでは、原義通りならば、自分達こそが狩られているということになる。

実際に、その通りなのだから余程性質が悪い暗喩だろう。

「…ワニ肉も鹿肉も、それこそ熊肉もという訳ですか。」

「そういう事だ。加えて、脱走した餓えたライオンが騒ぎを起こしてね。馬匹以外は食肉加工になった。」

「お陰で野生のものにつきものの臭みはない訳、と。」

動物園が今の今まで開いていた、と言う事実。
ということならば餌は、残飯や綺麗な草木を選んでいたのだろう。
動物愛護の精神豊かな係員が懸命に餌を調達していた、ということだろうか。

「ああ、動物園を作っておいてよかった、ということだ。娘には、大いに渋られたがね。」

まあ、それも市民に親しまれる動物園なればこそできた、ということだろう。
その市民の親しみの対象を食べる羽目になっていることこそ、帝国の現状なのかもしれないが。

「まあ、そういったところ由来の肉は別としても…知っているかね、中佐?今、配給券で受け取る肉は一人当たり週一キロだ。」

「一キロ!開戦時の配給規定の倍ですありますか!?」

「そうとも。一部の連中は、戦局改善の兆しと考えているらしいが。」

兵站司令部にいるウーガ大佐は、ある意味で配給関係を専門に扱う部門の関係者だ。
その言葉を疑う根拠は、ターニャとして持ち合わせてはいない。
が、足りないという実感と兵站からの供給量欠乏という前線の経験は本物だ。

ただでさえ保管が難しい肉類など、どこから引っ張り出していることか。
幾ら空爆好きな連中が爆弾を帝都に落とすとしても、動物園は既にやられているのだ。
そうそう何度も、馬匹や家畜が余剰なお肉に化ける理由は見当たらない。

配給を倍にできるほどの肉など、どこをどうひっくり返しても思いつかないのだ。

「ありえません。帝国全土にはそのような余剰は…無いはずですが。」

「その通り。そんな余裕は帝国のどこにもない。」

「では、どこから?」

「種もみに手を付けただけだ。東西前線付近のすべての子牛、牝牛を緊急屠畜。焦土作戦の思わぬ副産物だ。」

疑問その一。
帝国のお肉は、何処からくるか。

解答。
繁殖用ならびに、乳牛を加工することで。

簡単な話だ。

それは、帝国の畜産業にとっての種もみに手を付けることによって生まれる余剰である。
どのみち、連邦なりに持っていかれるくらいならば、自分で食べてしまえ、と。

「では、仕方がありません。」

故に、ターニャが口にできるのは損切を肯定する一言だけ。
それは、悪手だとわかっていても、最悪よりもほんの少しマシなのだ。
ほんの、ごくわずかな差やもしれないとしても。

「そう、仕方がない。」

それに同意するウーガ大佐の表情。
浮かんでいるのは、デグレチャフ中佐同様にちょっとした諦観と納得。
兵站に関わる将校と言うのは、嫌でも自国の現状を裏側から目の当たりにせざるを得ないのだ。

そして、疲れ切った表情は帝国の置かれている環境を雄弁に物語る。

「しかし、ウーガ大佐殿。だからこそ、足掻かねば。」

「…いやはや、後ろは後ろで楽ではないよ。未だに、勝利を求める連中はごまんといる。」

一言、ぼやかれる言葉。

それは、ありていに言えば少しの愚痴だ。
が、愚痴というには、それは余りにも『抑制』された一言。

『勝利を求める連中』






それは、単純な話だ。
戦争において、勝利を国民は望む。
当たり前すぎる話だろう。

だが、それが悪いこととはウーガ自身、とてもではないがそうは想えないのである。

誰も、負け戦などやりたくはない。
戦争において、負けたいと考えることはほとんど稀だろう。
帝国の国民も同様に勝利を懇願して久しい。

「勝利の定義次第でありましょう。帝国政府は、ライヒの代行者であって“ライヒ”其の物ではありません。」

「割り切りすぎだろうな、それは。」

ライヒとは、帝国だ。
帝国政府とは、本質的には帝国の代理人にすぎない。
そのことを、誤解されてはたまらないだろう。

帝国政府の勝利と、帝国の勝利は必ずしも同一ではない。
それは、帝国の生存にとって帝国政府の存在が十分条件にすぎないことに由来するものだ。

帝国政府が存在するならば帝国もまた、実存だ。
だが、それは、ライヒが実存であることが現行政府の存在の必要条件であるということにすぎないのだ。

だからこそ、デグレチャフ中佐の割り切りがウーガ大佐にとっては羨ましい。

ライヒの生存。
それが、バルバロッサの最後のあがきだ。
他のすべてを諦め、それだけを模索する窮余の結論。
理性では納得できても、感情で戸惑うのはどこにでもある話だろう。

知覚できる世界が揺らぐとき、その護持を望むのは人の常だ。
厳密に言うならば、帝国そのものには愛着がないカッコウのようなターニャならばこそ、割り切れるのだ。
ターニャ・デグレチャフ中佐とて、本質的には『自由主義/資本主義世界』の揺らぎを許容できないからこその反共である。

「ですが、だからこそ我々は種を捲くのでは?」

「捲いた種は、刈り取らねばならんのだ。分かってはいるのだがな。」

ならばこそ、その感傷はウーガ大佐をして戸惑わざるを得ない次元のものとなる。
敗北を、国家の、軍の崩壊を前提としての事前行動計画『バルバロッサ』。

それは、大多数の前線の将兵にとってみれば夢想だにしない方策。

「ふむ、話せて楽しかった。」

「いえ、こちらこそ。」

ウーガ大佐は知っている。
それは、見様によっては裏切りなのだ、と。
勝利を求める大多数の市民と、諦めきれない将兵ら。

彼らは、ただ、ひたすらに祖国が勝利することを望んでやまない。
そんな時に、彼は、彼とその属するグループは敗北を前提に行動し始めているのだ。

彼は、知っている。
現状では、帝国に破滅しか先がないと。

彼は、諦めている。
他に、現実的な選択肢は存在しないのだ、と。

彼は、諦めていない。
ライヒを。

彼は、望んでいるのだ。
我が子に、我が子供らの世代に、再び、ライヒが昇る日が来ることを。

それはライヒの子供たちが餓えることなく、そして食べきれないほどに好きなものを食べられることなのだろう。
皮肉なものだ、と思わざるを得ないのは…その子供たちの人気ものだった動物園の動物たちを食いつながねばならぬ我が身。
否応なく、自らの招いたふがいなさを彼は食事のたびに味わう。

だが、それでも。

それでも、諦めても諦めきれないものがある。
否、諦めようもないのだ。
彼は、娘に、自分たちの祖国を誇りたいのだ。
否、誇っているのだ。

祖国よ、汝、祖国よ。壮健なれ。願わくは、我らの死屍を越え、黄金の時代のあらんことを。

ならばこそ、食後の乾杯の音頭に彼はただ、短く唱えるのだ。

「ライヒに。」



あとがき
管理人様の見解で、一先ずこちらでお知らせできるようなのでぼちぼちお知らせは理想郷様でも出せるのだろうと安堵しております。

早速、イラスト関連のお知らせをば。
担当さんが、ついーとしてますが、イラストは『篠月しのぶ』様にお願いさせていただいております。

一応、イメージイラストは入ったそうです。ぼちぼち、デザインの修正はまだあるみたいなんですがなんか形になりつつある喜び。


追伸
オムツの後、食事の話を入れる不手際、ご容赦ください。
カルロ・ゼンは皆様の心の平穏を心より願うものであります。

ただ、末期戦の匂ひを仄かに漂うはーとふるな要素が必要だという天啓にどうしても、抗うことが出来ませんでした。さしあたり、次回は朗らかなオトラント公爵辺りでも書いて、心の洗濯をしようと思います。



[24734] 番外編9 『総力戦問題1』:農務省、人手を求める
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:bbe81540
Date: 2014/03/10 21:47
あの大戦時、誰もがまさかアレほど戦争が長引くとは考えていなかった。

長期戦を想定し得ないでいたがために、各国は戦争の長期化に伴う深刻な資源・原料の不足にのた打ち回るに至っている。

海運網に支えられた連合王国や、そもそも圧倒的な生産力を誇る合州国に比較して帝国は人口過剰な大陸中央部に位置するのだ。

あまつさえ各国海軍の封鎖を封鎖突破船で強行突破するのは余りにも犠牲が高すぎた。

が、さりながら帝国の食料自給率は約80%。

肉類、取り分け豚肉の消費を押さえ込めばその分の飼料を耕作していた土地で食糧生産が叶うだろうと官民を問わずに帝国の有識者はさしてこの問題を憂慮してはいなかった。

…憂慮してはいなかったのだ。

「ウーガ少佐、つまり…今期の食糧生産は、辛うじて現状維持という程度に留まるというのかね?」

朝一番に農務省に送り出した連絡将校が、昼時に報告のために帰営したと知らされたゼートゥーア少将はウーガ少佐を巻き添えにするべく食事でも取りながら、報告を聞こう、と一人で食べるには少々以上に味気ない参謀本部の食堂へ足を運んでいた。
歩きながら、簡潔に纏められたウーガ少佐の報告を聞く限りにおいて農務省が伝えてきたのはあまり希望の持てる知らせではないようだ、とゼートゥーア少将は幾ばくか暗澹たる思いを抱かざるを得ない。

「はい、ゼートゥーア閣下。農務省の報告によれば、今期の平均的な国民一人当たりのカロリーは1800程度が上限になるだろう、と」

1800キロカロリー!まったく、たいした栄養量だ。全面的な配給制度を施行し、全国民に最低限度の栄養を行き渡らせようとして、それだ。

「目下の学術調査によりますと、平均的な…」

そこまで上申し、ハタと言葉が足りないことに気が付いたと思しきウーガ少佐が言葉をつなぎかけたところでゼートゥーアは口を挿む。幸か不幸か、ゼートゥーアにとって、その1800キロカロリーという数字の意味は理解できてしまうのだ。

「その説明は結構だ、少佐。以前、栄養学の本をデグレチャフから贈られたことがある」

以前、栄養学の本を部下からいかがですか、と渡されたが…デグレチャフ少佐はある意味で本気で総力戦を志向しているのだなと最近になってゼートゥーアはいやというほど痛感している。

その意味では、ヤツが、デグレチャフがこの食堂のことを最前線のことを思い出すと形容したあたり、前線の食糧事情はこれが一般的な味となっているのだろうか…などとゼートゥーアとしても思わないでもない。

とはいえ、今は受け取った報告の方が重要だった。

「備蓄は、3か月分。そして、将兵には最低でも一日あたり3000キロカロリー以上は取らせなければ塹壕戦など戦えない。数ヶ月前には自信満々に増産を確約した農務省から連絡将校を寄越せといってきたときは、何事かと思ったが…」

「それで、農務省が対策を求めていますが」

「少佐、はっきりと言っておくがこれは内政問題だぞ。軍務ならばいざ知らず、我々が介入する権限があるとは到底思えない」

良くも悪くも、ゼートゥーアは参謀本部戦務というある意味では軍隊の後方業務や部隊の装備、編制を管轄する上で食糧問題もまた補給業務の一環としては重視しないでもない。
だが、農業生産に口を出すべきか、といわれれば彼は違うだろうと断言する。
それは、軍人が介入すべき軍務ではなく、内政問題に軍人が口を出すべきではないだろう、と。

「ですが、その、農務省に言わせると…参謀本部が人手を持っていくために耕作人口が足りておらず、あまつさえ各種資源を軍需に取られるために戦争遂行に重大な支障をきたす…と」

「ふむ、では人手を手放し、資源を民需に宛がえというのが農務省の言い分かね」

しかし、ウーガ少佐が重い口で告げてくるのは、農務省が軍隊に出来る協力を望んでいるという知らせだ。戦争の長期化にともない、対応策を立案しなければならないとすればゼートゥーアは軍務としてそれを行わざるを得ない。

「最近、この類の相談が多いが…ふむ、つまり、農務省から戦務への要請か」

ゼートゥーア自身には自覚がないものの、彼は他の官公庁からしてみれば、軍人然としてないだけに話が通じる相手であると認識されていることもあり…この手の軍隊に対する要望を何故か彼が受理することが増えている。実際のところ、官公庁側の先入観と、前線に混乱が生じては目も当てられないために緊密な調整というものの必要性を認識したゼートゥーアという組み合わせは悪くないのだ。

実際、それを嫌がる軍人が多い中では官公庁との調整に長けたゼートゥーアの存在は参謀本部でも重宝されている。特に、作戦のルーデルドルフ少将などはそれらを粗方戦務が処理してくれると手放しで賞賛しているほどだ。

「小官が聞いた限りでは、そのように要望を受けました。取り分け、後方要員にはあきらかに冗員が多すぎるだろう、と」

それだけ、各部署との調整とは重要なのだ。
だからこそ、ゼートゥーア自身もある程度の処理ならば出来る限りの協力を惜しまずに手配りしている。しかし、だ。

「後方要員に冗員?後方幕僚要員や各軍機構はむしろ人手不足で民間から急募したいほどだと戦務としては悩んでいるほどだが…」

思わず、呟いてしまう。

ゼートゥーアとしても、関係機関同士の協力を否定する意志はない。
が、とはいえ、だ。
人手が余っているどころか猫の手も借りたいほどの状況ではいかんともしがたいところであった。

「それが、その、前線付近の後方要員が多すぎるのではないかとのことですが」

「ああ、なるほど。…確かに、塹壕線に展開する部隊は交代要員を大量に必要とするからな、冗員と誤解された、ということか。農務省の人間からすれば遊んでいるように見えているというのであれば、一度、誤解を解くほうがよいな」

いわれてみて、ようやくゼートゥーア少将が思い至るのは前線の将兵らのローテーション勤務という言葉だった、前線付近には休暇や療養中の将兵などのローテーションは、いまでさえ破綻寸前であるとはいえ、一応、交代、休暇、療養などの手配はできている。
逆に言えば、それは部外者から見た場合、何も任務についていないように見える部隊の要員がたむろしているともいえるのだろう、とゼートゥーアは外部の視点ということにようやく理解を示すに至る。

聞いてみれば、なるほど、確かに、そのように誤解されることもありえるな、と。

それだけに、誤解を招いているのであれば関係機関の円滑な協調体制のためにも、躓く要素を早めに取り除く調整が必要だな、と彼は判じていた。

「よろしい、私の権限で農務省のご一行に最前線の視察ツアーを組んでおく。一度、前線付近の現場を見ていただきたいと先方に、と伝えてくれ」

面倒ではあるし、前線からもあまり歓迎されない類の視察団になるだろうとは承知している。それでも、やはり各部門が対策を練る上で現状把握に資するならばやむをえないだろう、と。

「はっ、かしこまりました」

「そうだな、急な話だが…デグレチャフ少佐の第二〇三航空魔導大隊などがいいだろう。あそこならば、参謀本部からの横槍で現地軍司令部をあまり煩わせずにすむだろう」

それだけ急な案件であるだけに、ゼートゥーア少将は細やかな気配りを行うことも忘れなかった。
参謀本部が管轄する第二〇三航空魔導大隊ならば、あまり西方司令部の手を煩わせずに受け入れは参謀本部の管轄業務として処理できるだろうと考える。
そこまで考えた上で、ゼートゥーア少将は一筆を添えてデグレチャフ少佐に一通の命令書を送るようにウーガ少佐に指示を出しつつ、気の進まない食事を流し込み、午後からの執務へと戻って行った。
…その時、まさか、あれほど揉めると分かっていれば、ウーガ少佐にせよ、ゼートゥーア少将にせよ、彼らはもう少し注意深く行動していただろう。

だが、全ては彼らの軽率さとパラダイムが招いた悲劇だった。





次の日、朝一番にゼートゥーア少将からの命令文を受領したターニャは読み終えると、少し困惑しつつ、通信施設から書類を受け取ってきたヴァイス中尉に開封した封筒を渡し、読むように促していた。

「総力戦に関わる食糧総合調整のための検討・視察団、でありますか」

「ヴァイス中尉、つまるところお客様がいらっしゃるということだろう」

二人ともに、困惑しつつ、事態を理解するところでは、総力戦のために農務省の人間が前線の後方を視察、検討するので参謀本部が視察日程を組んだ、という事実だ。
ついでに、その視察団の案内役権護衛としてある程度農務省の人間と話が出来る将兵を一名、大隊運営に支障の出ない範囲で派遣せよ、とも記載されている。

それらは、よい。

いや、良くはないのだが、理解できる。

「…失礼ですが、少佐殿。ここに、でありますか」

「軍令で、参謀本部がここに寄越す、と書いている以上はそうだろう」

問題は、何故、この場に?という疑問だ。

お互いに、常識的に考えて、ライン戦線に畑は作れないだろう、と考えているのだ。
実際のところ、彼らが四六時中戦闘行動を行っているライン戦線には、塹壕や砲台のような軍隊の手によらない人工構造物はだいたい破砕されて久しい。
畑など、航空写真か偵察で捉え次第散々に砲撃されて収穫どころではないだろう。

「…食糧問題とやらのために、農務省が働くのは理解できますが此処ですよ?」

ライン戦線の広大な塹壕地帯。兵隊の誰もが手に手にシャベルを握り締め、ただひたすらに地面を穿り返すモグラもどきと化した戦場。
つまるところ、兵隊の仕事というのは、土木作業が第一であるとまで極言されたかのような極端な戦場。砲弾時々晴れといった戦場日和のこの大地は見渡す限り砲弾に耕された着弾痕と時折混じっている不発弾でとてもではないが耕作地には適しているとはいい難い。
いくら、第二〇三航空魔導大隊の魔導大隊用に割り当てられたのが後方の予備陣地であるとはいえ条件的にはやはり農耕に適しているとはいいがたかった。

「上が、寄越すというのだ。おい、セレブリャコーフ少尉、お客様用の掩蔽壕を整えて置け」

とはいえ、命令は命令だ。
後方の土地を有効に活用したいであるとか、大方後方で交代要員として待機中の人間にも畑仕事は出来るのではないかとか。
なにか、その手の安直な発想を農務省の誰かが考えたのだろうとターニャはため息交じりで命令の背後を想像している。

それに、だ。

総力戦だからと、前線の直ぐ後ろでも作れるならばジャガイモくらい植えろと上が本気になっているのだろう、と考えれば幾らか慰められないでもない。
そこまで食料政策を徹底してくれるのであれば、まあ、補給面にも配慮してくれるだろう、と。

「了解しました」

「さて、ヴァイス中尉。いいたくないが、私はジャガイモや小麦のことなどさっぱりだ。農業など、本でしか知らん。誰か、うちの分隊で農家から志願してきた連中を探してくれ」

そのうち、ラバウルの兵隊達のように畑仕事も覚えないといけないのかもしれないな、などと考えつつも。やはり、軍隊が食料を自前で確保することも総力戦の遂行上はやむをえない必要なことなのだろうとターニャは考える。

「それであれば、私の中隊のクラウツ軍曹が農家の出ですが」

「話が早くて結構だ。セレブリャコーフ少尉、すまないが、ついでにクラウツ軍曹を呼んでくれ」



そして、ターニャは極々普通の命令として、参謀本部からの依頼どおりに部下を一名護衛兼案内役として派遣する。

「クラウツ軍曹、貴官には少々戦場から離れた儀礼役を務めてもらわねばならない」

いわば、儀仗兵のような面倒事も多い仕事だ。
それに、前線のシフトから外すという風に聞こえなくもない。

「もちろん、断っておくと貴官の力量、勤務成績、戦意にたいする疑義を挿んだが為ではないことを明言し、かつ書面で保証する」

それだけに、ターニャは少々慎重な言い回しを心がけていた。
評価していないわけではないのだ、と。

「ただ、我々には…少しばかり貴官の経験を別のところで必要としているのだ」

ただ、ちょっとだけ、必要な知識を君が持っているので活用して欲しいのだ、と。
リストラするよりははるかに、気が楽で簡単な通達。
だからこそ、というべきだろうか。

「質問はあるかね」

「少佐殿、その、ヴァイス中尉殿からもお伺いしましたが…小官は、何をすればよいのでありましょうか?」

「私の見るところ、参謀本部と農務省が農業問題について最前線の実態を良く知りたいという趣旨で視察を組んだというところだ。一応、軍務なのでありとあらゆる抵抗を排除し、ご案内しろ、ということにはなるが」

ターニャは、単純に自分の思うところを述べていた。
仕事だから、きっちりやってくれ、と。
何時も通りの口調で、何時も通りの形式で、何時も通りに大隊の部下に命じるのだ。
軍務を遂行しろ、と。



農村出身の朴訥な若者、とでもいうべきだろうか。

ともかく、仕事を命じられたクラウツ軍曹は自分なりに護衛兼案内役として恥ずかしく勤めないようにと塹壕の中では一番マシな軍服を戦友から借り受け、久しく磨かなかった軍靴を鏡面のように磨き上げると何かを忘れていることに思い至り鏡の前に立ってみる。

気が付くのは、襟元に何かが必要だという違和感。

「おい、クラウツ…ネクタイは?」

「げっ!?忘れていた!」

…ネクタイだ!と戦友仲間に指摘され、青ざめる彼が懸命に支給されたネクタイをどこに締まったのかと思い出そうにも
…何処かの箱に突っ込まれているということが思い出せるだけだった。

「探せ!」

「予備の軍装ケースはどこにやった!?」

「制帽の予備と一緒に放り込んだはずだぞ!」

「第四中隊になきついて来い!」

「ありました、此れですね!」

「それは北方で使っていたマフラーだ、ネクタイだぞ、ネクタイ!」

敵襲を受けたときよりも慌てふためきながら、自分達の壕のみならず、隣の中隊まで巻き込みながらネクタイを求めて狂奔するクラウツら。
彼らの頭にあるのは、儀仗兵のようにきらきら着飾って護衛を勤めなければならない悪夢への悲嘆だ。
塹壕で儀仗兵に任命されるなど、チキンシットにもこの上がないだろう。
誰が、いつ、閲兵しても不合格なのは間違いないからだ。懲罰と、改善命令を受けて、度重なる命令不服従の末に銃殺に処されるような陰湿ないじめにそれは近い。
今回、一度だけの護衛兼案内役でなければクラウツとて世を悲観して死なばもろともで上官に発砲したかもしれないほど過酷な命令なのだ。

まあ、銃撃したところで大隊長相手ではさくっり殺される未来しか見えないので絶望でショック死したかもしれないが。

しかし、クラウツら下士官にとってみれば第二〇三航空魔導大隊は実のところ軍隊の中では珍しいくらいにチキンシットとは無縁な部隊なので彼らはその手ことを実際に案じたことはなかったりもする。

第二〇三航空魔導大は良くも悪くもチキンシットなどやらかすアホは配属を大隊長が積極的に拒絶するか、拒絶せずに即座に二階級特進の手配をかけるかであるからだ。
偉ぶる新任の小隊長という古参にとっては悪夢のような新任少尉を配属されかけたとき、彼らの大隊長は一言、ぼそりと『それは、戦場で処理せよ、というご命令でしょうか』と人事担当の将校に伝えたほどだ。

それほどに、この部隊というのは究極の実戦部隊であり、戦力発揮が万全に整えられて何時いかなるときも、いかなる任務にも対応できるのが我が部隊の誇りであると大隊長が訓示するほどにマルチロール任務に対応させられている。
だからこそ、とクラウツらは暗然たる思いでクラウツの身なりを見やって頭を抱える。

たかが、護衛役されど護衛役。

後方からのお客さんを護衛しつつ、案内するという任務の準備が出来ませんと素直に報告した日には大隊長からどう締め上げられるか分かったものではない。なにしろ、大隊長自身が必要性に迫れてぶつぶついいながらネクタイを調達しているのを副官と副長の会話で彼らは知っているのだ。

「最悪の場合、副官殿になきついて一つ、大隊長のを融通してもらえばどうか?」

「駄目だ、あれは大隊長の特注品だ。サイズで、ばれる。なにより、自分には小さすぎる!」

慌てて、どこからかギンバイして帳尻を合わせようとする彼らだが困ったことにそもそもネクタイなど最前線ではまったくお目にかからない代物である。つい先日、渋りながらも後方参謀らとの打ち合わせのために嫌々ネクタイを手配させていたデグレチャフ少佐殿を見れば、将校級でさえも禄に持ち合わせていないことぐらいは直ぐに察しえる。

後方の兵站デポにでも行けば被服部あたりに在庫があるのだとは思うが、最前線から無許可離隊は即時の銃殺刑だ。
というか、塹壕戦の基本で各所にある浸透防止用の警戒壕がぴりぴりしているだけに、敵誤認されて撃たれかねない。
さすがに、友軍に撃たれて戦死したくもないものだ、とクラウツらは心底頭を抱えてしまっていた。

「っ、ヴァイス中隊長殿に、敬礼!」

「ご苦労、いや、楽にしてくれ。そのままでいい」

「ありがとうございます!」

そんなときに、足を運んできてくれたクラウツらの中隊指揮官、ヴァイス中尉。
彼は、世慣れた人間の常で少しばかりのフォローを忘れない。

「意外に身繕いも出来るものだな。ああ、よければ、これを使ってくれ。大隊長殿に習って自分も数本用意して置いたんだ。たぶん、この辺では一番マトモだ」

ヴァイス中尉が差し出すのは普段は絶対に使わない正装用のネクタイ。

「あ、ありがとうございます!中尉殿!」

「いや、こちらこそ急な話だったのでな。役立つならば、使ってくれ」

元々は、ヴァイス中尉自身が将校として必要上に迫れて手配したもの。
今となっては使うこともなく、一応保管しておいた程度のものだ。
それでも、それは少なくとも泥にまみれているわけではなくアイロンをかければ査閲式に参加できなくもない程度には整ったものだった。

「頂戴いたします」

それだけに、助け舟を上官から出されたクラウツらがありがたいとため息を漏らすところにヴァイス中尉は一言、助言のようなものを軽率にも漏らしてしまう。

「結構、いかなる抵抗をも排除してご案内せよ、とのお言葉だ。まあ、今回は気苦労が多いだろうから明日は休暇にして置いた。すまないが、お偉いさんの相手をしてやってくれ。期待している」

「了解いたしました、中尉殿!」

だからこそ、彼は軽率にもうっかり命じてしまうのだ。
軍務だから、まあ、よろしく遣ってくれ、と。

直属の上司と、その上の大隊長から、そう励まされたクラウツ軍曹らの小隊にとって、それは心強い激励だった。
期待しているぞ、といわれただけに、なおさらに。










「はい、こちら参謀本部ウーガ少佐」

「ウーガ少佐殿、ケーラネ中尉であります。例の農務省視察団に関してですが…悪い知らせです」

「どうした、ケーラネ中尉。デグレチャフ少佐が侮辱されて発砲でもしたか?」

「いえ、そうではありませんが…」

「言い難い事か?」

「ええと、その…少々、なんと申し上げればよいのか分かりませんが」

「農務省のスタッフは、その、最前線の視察は聞いていない、と」

「いや、それはその通りだが。後方の余剰人員を帰農させたいというから後方へ視察ルートを組んだはずだ」

依頼されたのは、前線の後ろで遊んでいる人員がいないかどうかという問題だ。
だからこそ、前線の後ろをご覧いただけませんかとウーガ少佐自身が農務省と打ち合わせを行い、ではライン方面からご覧頂ければと取りまとめていた。

間違っても、第一線の最前線に放り込めと手配した記憶はないし、そのような視察箇所は危険だろうと入れてもいない。

「ケーラネ中尉、まさかとは思うが、貴官は輸送ミスで最前線に送り込んだのか?」

「いえ、そうではありません。現在、西方方面軍司令部で軍司令官付きの参謀らと遣り合っています」

では、何が問題なのだ。思わず、そう返しかけたウーガ少佐。

だが、その疑問を口にする前に俄かに受話器の向こう側で揉めるような騒動の音が沸きあがっていた。

「って、おい、何を…?」

「ケーラネ中尉、どうした?」

「実は既に第二〇三航空魔導大隊から、護衛役が到着しており、その、『いかなる抵抗をも排除しても、ご案内せよと大隊長殿より厳命されております』と」

それを耳にしたとき、ウーガはようやく理解する。
デグレチャフ少佐は、確かに、そのような命令を受けている。
そして、何か不味いことに農務省の人間は…その手の視察を承諾した覚えはないとごねている。

「…デグレチャフ少佐に繋いでくれ。大至急」

「それが、ウーガ少佐殿、その…」

「ケーラネ中尉、すまないが、これ以上時間を浪費したくない、はっきり言ってほしい」

デグレチャフ少佐は命令に忠実だ。
忠実であるが故に、おそらくはその部下もまた軍務として命じられていれば。
文字通り、『いかなる抵抗』をも排除して『案内』することに徹するだろう。
農務省の人間が泣こうが喚こうが、首根っこをつかんでも、だ。

だからこそ、というべきだろう。
話せば分かる人間を捕まえなければならないのだ。

ウーガ少佐にとって、幸いなことにデグレチャフ少佐は軍大学の同期で知らぬ相手ではない。
話せばやつならば、取りあえず第二〇三航空魔導大隊の大隊員を引き上げさせることにも同意するだろう。
だから、揉め事が厄介ごとになる前に。

はやく、デグレチャフ少佐に連絡を繋がなければ。

焦りつつも、何とか収拾をつけようとウーガ少佐が頭を抱えながら、なんと説明したものかなぁと心中で唸りかけているときだった。

「デグレチャフ少佐殿は、つい先ほどライン方面軍司令部から発令された偵察命令により長距離浸透偵察に出発されました」

その一言が、ウーガ少佐の胃をキリキリと締め上げた。

「…長距離浸透偵察?」

それは、つまり?

「はい、それでその、無線封鎖状態にあられます」

つまり…デグレチャフ少佐と連絡は取れない、ということだ。
いや、正確にはこちらからは呼びかけられるが…応答は安全圏に戻ってからということになる。
だが、無線封鎖を行っている部隊が今どこで、何時頃返事を寄越すかというのは規定の時刻を過ぎるまでは確認のしようもない。

「…おい、今、何人の魔導士がそこにいるのだ?」

「護衛役と、分隊で4人です…あ、ま、まて、連れて行かせるな、止めろ!」

「中尉殿、無茶をいわんでください!憲兵の小隊で、魔導士の分隊と殺しあうわけには…」

「ふざけるな、止めるだけで良いんだぞ!」

血相を変えて誰かが反駁するのが、受話器越しにもわかるやり取り。
とはいえ、ウーガ少佐にしてみればわからない話ではない。



「ああ、うん、そのあれだ。殺されないように、止めたまえ」

一言、いいやると取りあえずウーガ少佐は受話器を下ろし、そして、そっとゼートゥーア少将閣下の執務机に繋がる番号へかけなおしていた。

すみません、何か、問題があったようです、と。



後日、ウーガ少佐を待ち受けていたのは命からがら共和国軍の大規模面制圧下を引きずりまわされた農務省視察団からの恨み言だった。曰く、鉄道や工場の労働実態の視察を依頼したのに、最前線に送られるとは、いかなる次第か、と。





後書き

ちょっと、書き方をかえました。
何気に、随分久々の外伝更新です。

(;・∀・)

そのうち、海でも更新します。もしくは、ガルス。
諸般の事情により、ルナルナは当分無期限自粛。
御容赦を( ;∀;)


あ、誤字は通例どおりZAPしておきました。



[24734] The Day Before Great War 9: 秋津島戦役
Name: カルロ・ゼン◆f40da04c ID:9a65ea42
Date: 2013/10/07 16:12
攻略され、掃き清められたアルチュール軍港。
その一角を占める軍病院に不本意にも臥せていたルーデルドルフ中佐。
そんな彼にとってスコッチを差し入れとして持参した見舞客は、よい話し相手だった。


「・・・・・・積極的かつ不断の攻勢のみが、敵防衛線を蹂躙しえる?」

「そうだ。それが、報告書の総括だ。どうだね、ゼートゥーア。」

「ふむ。」

少しばかりの社交辞令を交わせば、あとは必然的に戦術論の議論に至る仲。
そんな同窓の戦友の見解を聞いてみようとルーデルドルフが手渡した書類。
それを恰も、哲学書でもあるかのように読んでいたゼートゥーア中佐の表情は真剣だった。

それほどまでに真摯に読み込んでいたその彼が浮かべた感情は分かり易かった。
釈然としないというものだろう。

なにしろ実際、それらは参謀本部中枢が纏めた報告書を一読したルーデルドルフも抱いた感情なのだから共感すら覚えてしまう。

ルーデルドルフ自身の見るところ、確かに報告書が強調するように意志が重要という点に疑問はない。

膨大な犠牲、損耗、そして国家の疲弊。

それらを考えれば、それらを乗り越えうる国家の強靭さと意志は重要である。

その意味においては、攻勢に際し秋津島が示した断固たる攻勢への意欲と、それを可能にした国民の士気は評価に値する。
損耗に対する強靭性、とでもいうべきだろうか。

が、同時に両中佐の見るところ、アルチュール要塞攻略に際し戦術次元で見た場合、それらが果たした役割は極々限定的なのだ。

要塞への正面攻勢は酷く高くつきすぎる。それが、ゼートゥーアを始めとした観戦武官らの見解だ。
ルーデルドルフ自身、負傷して後方で聞き耳を立てた範囲でも損耗の巨大さをいやというほど耳にする。
加えて言うならば、野戦病院に運び込まれてくる人数を考えれば損耗の規模は容易に想像できた。

だからこそ、彼らは考えるのだ。

果たして、これほどの損耗を耐えることを前提に考えるべきなのか。
つまりは、これほどの損耗を恐れない意志が勝利を招いたのか、と。

実際のところ、職業軍人としてのルーデルドルフは彼我の損耗比率を改善するという発想を抱かざるを得ないのだ。
攻勢をやり遂げるにしても、もう少し、やりようがあるのではないのか、と。
口さがなく言うならば、これほどの犠牲を出さずとも済むのではないか。

つい先日、辰巳将軍が断固として実現した師団規模夜襲はその見解を裏付ける一つの傍証だろう。
半壊した師団が、攻勢を行うという事の精神的意義。

問題は、これを断固たる攻勢の勝利、と見なすかどうかだ。
戦術的な成功は、果たして戦意か、戦術の巧みさ故にか、である。

「我々の、というか貴様の報告書がそう纏められたことに対する見解を聞きたいな。」

だからこそ、それらを現場で見てきた生き証人が最前線から顔を出したときに歓迎したのだ。
久々の議論を楽しんでいるという事もあるだろうが、本質的に彼は知りたくてたまらないのである。
果たして、戦術的な巧緻が優越するのか、それとも意志が勝利を収めるのかをだ。

ゼートゥーア中佐と違い、後方でベッドに縛られている彼の望みは単純である。
彼は、ただ、戦争の現実を知りたくて仕方がないのだ。なにしろ、後方の病院では碌な情報も入ってこない。

「こう言ってはなんだが、積極的かつ不断の攻勢で、敵防衛線を破れるというのは事実ではある。」

が、問われた方のゼートゥーアにしてみれば答えなど出しようがなく困惑しているのが実情だった。
軍事的に見た場合、攻勢は主導権を握るメリットがあり、防御は地理的な優勢を選べる。
本来ならば、主導権を握れる側が優位であるはずなのだが、『主導権』が何か、ということは今日定かではないのだ。

ゼートゥーアの見るところ、辰巳将軍の奇襲攻撃のような例外を除けば攻勢による『主導権の確保』は高くつきすぎる。
その一方で、断固たる攻勢の意志と意欲を除けば敵戦線の突破は望みえない状況だ。
延々と攻囲して入れば、今でも前線は膠着状態であっただろう。

一方で、ほかに突破する方法が思いつかないというのがゼートゥーア中佐の悩みどころでもある。
攻撃しなければ、戦線は突破できないのだ。
どう言い繕ったところで、職業軍人としてのゼートゥーア中佐は損耗なしには突破できないという現実に戸惑っている。

「自軍の死体の山と引き換えに、数百メートル前進することを『敵防衛線を破る』と表現するならば、だろう。」

この点に関する限り、後方にいたルーデルドルフ中佐の見解はより明瞭だ。
それほどの犠牲は、攻勢の結果得られるであろう成果には見合わない、というもの。

防衛線を蹂躙し、敵戦線を致命的に崩壊させるならばいざ知らず。
自軍の死体を積み上げて、数百メートル前進して、新たな敵防衛線に遭遇。
これでは、無意味どころか馬鹿げた話ですらあるだろう。

なにしろ自軍は消耗し、敵軍はさしたる損害もなく再編を為すのだ。
典型的なピュロスの勝利というほかにない

「否定はできないが。だが、攻勢にでる意欲がない軍隊では…」

「士気を蝕まれ、結局逃げる癖がつくのは間違いないだろう。」

陣地戦や防衛戦の危惧すべき自軍の士気という点は、確かに難しい。
実際、ルーデルドルフ自身、傷病兵が後方で気を緩めた瞬間に戦意を失うという事を目撃しているのだ。
あれほど勇敢に雄々しく戦っていたであろう秋津島の兵士たちが、病床で怯えた個人に戻っている。

兵士とは、戦場と規律をかけばもはや兵士ではなくなってしまう。
戦闘への意欲を、兵士に維持させる。
言い換えれば、タフであり続けられる環境を維持しなければならないのだ。
その点には、誰も疑問を抱かないことだろう。

「だが、これでは攻勢に出て僅かな土地を奪ううちに出血死だ。」

が、だからといって。
不味い攻勢を、あれほどの犠牲を出してまで、強攻すべきだろうか?

「同意する。だからこそ、あの辰巳将軍の夜襲は一つの解決策だと思ったのだが。」

「陣地に拘泥するべきではない、と考えるべきだろう。陣地戦に持ち込まれる前に、敵後方連絡線を叩くのが解決策では?」

莫大な犠牲。
犠牲に見合わない乏しい戦果。
正面攻勢とは、割に合わない取引に違いない。

だからこそ、機動戦の可能性をルーデルドルフは考えてしまう。
否、職業軍人の義務として模索せざるを得なくなる。
陣地戦が泥沼と化すならば、それを回避し、可能ならばより少ない損害で勝利すべきだ、と。

負傷し、考え込む時間だけは無限に近いほど与えられているが故の思索。
その結論とは、つまるところ損耗を抑制し、敵を翻弄するには機動力という発想だ。

「理想論としては、否定しないが。しかし、純粋な機動戦とは概念からして違和感を抱くものだ。」

だが、機動戦だけで戦争が出来るか。
その一点において、ゼートゥーア中佐はどうしても疑念を抱かざるを得ないという顔で反論を口にする。

「なにより、帝国の国防方針は陣地戦での遅滞を前提としたものだぞ?」

なにより、帝国の基本防衛戦略は最悪の場合、三方面で陣地戦による遅滞を前提とし、もう一方面での決戦に勝利するという内線戦略。
良くも悪くも、遅滞戦闘の結果として帝国は自国国境付近で敵と長く対峙することを前提にしているのだ。
これらは、必然的に膠着した戦線を生み出し、副産物としての長大な前線を生みかねなかった。

理論的に言うならば、ゼートゥーア中佐は陣地によって前線が埋め尽くされる可能性を否定できないでいるのだ。

「三方面での遅滞。一方面での勝利。内線戦略の基本を否定するつもりはないが・・・確かに矛盾だ。」

そして、このことをルーデルドルフ中佐も頭では理解できている。
例えば、共和国・帝国国境線は既に多数の陣地構築が進められているのだ。
そこで双方が対峙すれば、必然的に避けるべき正面戦闘に陥りかねない。

「我は陣地戦で敵を遅滞し、一方で敵の陣地は回避。できれば理想だがしくじれば内線戦略は破綻するのはリスクが大きすぎる。」

「ゼートゥーア、貴様の危惧は尤もだが些か学術的に過ぎる。我々は、知悉した自国領で敵を誘引できるのだぞ?」

が、だからこそ、というべきだろうか。
戦術家としてのルーデルドルフ中佐は機動力による可能性を信じている。
適切な機動と、適切なタイミング。
それさえ、確約されれば。

秋津島陸軍が積み上げた死体を、帝国は避けえるのだ。
それは、究極的には内線戦略のために決戦しつつ主戦力を温存するという難題の解決策でもあるのだ。

ベッドの上に無数に積み上がる将兵。
それは、ルーデルドルフ中佐に言わせれば戦術で相当程度に解決できる。
間違いなく、無用な犠牲は省けるのだ。

これほどの速度と規模で将兵を失えば帝国軍の屋台骨がすぐに傾くという事の危機感があればこそ、それは避けねばならない。

少なくとも、機銃陣地に兵隊を白昼突撃させるような真似さえしなければ。
奇襲効果がありさえすれば。

…戦術家、それも軍大学で精力的と評されるほどのルーデルドルフ中佐。
その頭脳に沸きあがってくるのはならば無数の対処案だ。
危機感と、新しい可能性への渇望。

極東の戦場。
そこで、彼は、新たな戦術の萌芽に勘付いている。

「確かに、余裕はあるだろう。だが…機銃と魔導師のこもる壕とはそれだけで要塞線だぞ?」

「それほどか?」

口ごもり、明瞭な解決策を躊躇するゼートゥーア中佐。
その慎重さが今は、少しだけもどかしいぐらい。

壕が頑強なのは、聞き知っている。
そのための対処法を、検討しているのだ。
敵の防衛線が頑強と言うのは、ゼートゥーア中佐に強調されずとも理解できている。

「重砲の支援のほとんどない状況下、奇襲に成功した辰巳将軍の師団がそれでも3ケタの死者を出しているのだ。」

事実としての、損害。

「警戒厳重な防衛線ならば、なるほど。仮設でも、十二分な防衛線が構築しうる、と。」

問題は、その解釈だ。

「確かに、絶対に攻略せねばならない要衝であればその通りだろうな。だが、限定的な環境ではないのか?それこそ、砲兵の集中運用で事足りる。」

「アルチュール要塞の件か?」

「しかり。まったく、驚いたものだが…秋津島ときたら沿岸砲を攻城砲に転用していた。しかも、驚くほど効果が出ている。」

どうしても迂回できない拠点に対しては鉄量で叩きのめせばよい。
秋津島が直面した、敵港湾の攻略戦は極々例外的な事象だろう。
帝国にとって、海軍が果たす役割は限定的、乃至は補助的なものだ。

この点、ルーデルドルフ中佐は幾ばくか開明的とはいえ陸軍第一主義の信徒なのである。

「例の280㎜?確かにトーチカには有効と聞いたが、塹壕線にはあまり効力がなかったはずだが。」

「徹甲弾ならば、の話だ。榴弾ならばある程度は効果があったらしい。」

時間がかかることは間違いないが、砲兵陣地を構築さえすれば。
徹底した鉄量の投入より、陣地は粉砕可能だと示されたことをルーデルドルフ中佐は確信している。
大砲は、如何なる陣地をも蹂躙しえるのだ、と。

「しかし、それでも損害が大きすぎる。第一、砲弾の消費量が異常としか表現できないぞ、これは。」

「統計が出ているのか?」

「連合王国の連中と交換したが…一門あたり1000発ではとても足りそうにもない。」

一発あたり、1000発!
秋津島と連邦が示した事実でもこれは、最も衝撃的だ。

それだけあれば、要塞すら粉砕しえると列強各国が見做してきた基準量。
1000発だ。

それが…とてもではないが足りない!

鉄量が、あれだけの鉄量ですら。

「作戦と戦務が発狂しそうな内容だ。」

思わず、口にしたのは兵站への配慮。

「全くだな。兵站計画以前の問題だ。これが、極東における例外的な事象であると上は観ているようだが。」

「…たしかに、アルチュール要塞戦は例外的な要衝をめぐる攻防ともいえるだろう。」

ゼートゥーア中佐の語る様に、確かに軍港をめぐる攻防と言うのは帝国にとっては想像が難しい。
なにしろ、自国の防衛が最優先で遠征と言う発想が彼らには乏しい。

で、あるならば。

「その通り。…野戦では、確かに奇襲や夜戦で砲弾の消費量は抑制できなくはない。」

広大な平野部であれば陣地は軽く迂回すれば。
或いは、奇襲効果を頼って攻撃すれば。

何れも、真正面から要塞を攻略するよりは遥かに損耗を抑制できることだろう。

「それだけで頑強な防御線を突破する価値があるか?と言うべきだ。戦術レベルの改善は必須だろう。」

同時に。

だからこそ、というべきだろうか。
ルーデルドルフ中佐の中での結論は明瞭とならざるをえない。
突破できない陣地はなく、しかし、突破する価値のある陣地もまた少ないのだ、と。

速度だ。

速度こそが、唯一の解決策なのだ。

「だが、一方で防衛線が強固ということは防衛面で見れば悪い話ではないが。」

「矛盾の語源通りだ。」

苦笑せざるを得ない問題。
そう、盾と矛の理屈だ。

スコッチをちびちびとやりつつ、ルーデルドルフ中佐は考える。

確かに、ゼートゥーア中佐の言う様に虫のよい話だ。
なにしろ、自軍の陣地の強固さを期待しつつ、敵軍の陣地は破らねばならない。

最強の矛と楯は、この場合どちらかを信じるほかない。
突き破れると信じるか、盾が勝つと信じるか。

その矛は、あまりにも脆い。
だが、彼我の矛はどちらも同じようなもの。

最強の矛と最強の盾ではない。
が、脆弱な矛と、頑強な盾ではどうだろうか?

解決策は蜂の様に、敵の弱い点を刺す。
或いは、矛を何本も用意するかだ。

その発想の違いは、二つの発想の違いだ。
機動性を信じるか、信じないか。

その日、病院の一室でスコッチを片手で酌み交わしながら語られた戦術論。
彼らの疑問は、明瞭な形で解き明かされる。
残酷なまでに、誤解の余地なく。

そして、その時。
彼らは、直面するのだ。

一人は、消耗抑制論者と化した。
一人は、機動戦論者と化した。

彼らは、二人とも正しい。
そして、二人とも間違っている。




あとがき
今回の物語は、はっきり言うと解説的な何かを書こうとして失敗した残滓的な何かになります。

戦間期の軍機構の対応というか、日露戦争の教訓をどう、第一次大戦までの各国が理解しそこなったのか、という表現を模索しましたが…
(・_・;)

どうして、そんなことに?というのは上手く表現できませんでした。ある程度、ルーデルドルフ中佐とゼートゥーア中佐のやり取りで語らせたつもりですけど、正直orz


追伸
いくつか、お問い合わせいただいた件ですが
①SDは解説的なページに付くそうです。
②表紙の件は担当のF田さんが一応一番最新のやつを出してくれています。たぶん、イメージ通りか、近いものだと思います。
③おまけペーパーが付いてきます。(初回分)

(追記)
対象となるのは下記書店です。
アマゾン、
アニメイト全店
とらのあな全店
メロンブックス全店
アニブロゲーマーズ全店
ebten
と、その他一般書店という感じです

あと、同志書記長がお求めの、尋問マニュアル的な薄い本はありません。本作は健全で清く正しい物語なので。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
2.8018350601196