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[2501] DIS - ALTERNATIVE (第3次スパロボα クロス)
Name: 突撃兵159◆690d8429 ID:65097c93
Date: 2008/09/18 04:39
* 1月9日22:00にて一部修正
* 9月18日 04:45にて漸くクロス先を記入(阿呆とお呼びくださいorz)

初めまして、突撃兵159です。

このSSはスーパーロボット大戦とのクロスSSです。
しかも、登場するキャラクターは突撃兵が「オリジェネじゃアニメでもゲームでも影映りばっかヨウ。蹴りの人とかスパイの人よりはマシだけど……あの機体がゲームで出なかったのは残念だったなぁ」と思い、そのままの勢いで執筆したものです。

更新ペースは年始の事情も含めても、かなり不定期だと思われます。

誤字脱字や文章の繋がりオカシクネ?ってのがありましたらバンバン指摘してくださるとこちらとしても嬉しいです。

なお、一部オリジナル設定という名の作者の妄想が出てくる所があります。

以上のことをガオガイガーの長官ばりの『承認!』された方のみ読んでいただけると幸いです。




[2501] 邂逅
Name: 突撃兵159◆690d8429 ID:65097c93
Date: 2008/09/18 04:40
太陽系に位置する惑星、地球。

その青き星を包み込む宇宙にて、小さな歪みが生じた。

ブラックホールにも似たソレは様々な光を内から発しながら、やがて一つの形へと落ち着く。

黒を基調にした色で、この宇宙に溶け込もうとしているかの如く其れはいた。


「……近いな」


『其れ』の内部から発せられた声と同じくして影は静かに動きだす。

その先には青き星、地球があった、

大気圏に突入していくにつれ、『其れ』の姿もよく見えるようになる。

全体を黒と黄で占め、大きく広がる蝙蝠の様な翼、紅く光る双眸。

何よりも、視た者が畏怖する『何か』を纏った悪魔のような物体であった。

その悪魔と共に彼は、クォヴレー・ゴードンはいた。

大気圏に抜けていく中、彼の目には段々を大きくなっていく地表が写る。

その眼差しには幾つもの感情が浮かんだ。



黒き悪魔―――ディス・アストラナガンは地上に降りて、その蝙蝠のような翼を閉じた。

クォヴレーは我知らずに小さな溜息をついた。

理由は眼前に広がる光景であった。

見えるものは荒野、建物の残骸、廃墟。

生体レーダーを見ても反応なし。

他の場所、微生物は分からないが、小さな生物すらここにはいないのだ。

これらの事実は彼の知る地球とはあまりにかけ離れていた。

無論、全ての生物が滅んだわけではないだろう。

滅んだ後では彼の『存在意義』がない。


「調査してみるか……いつからこうなっているか、多少は解るだろう」


念のためにアストラナガンを廃墟の影に上手く隠した後、廃墟の地面に立つ。

風が吹けば砂が舞い、クォヴレーの頬を軽く叩く。

それを気にせずに装備の点検を終えると、クォヴレーは廃墟郡へと入る。

数分も経たずに廃墟の中も外から見た印象を裏切らぬ事をクォヴレーは知らされた。

もう朽ち捨てられてどれだけ経っているのだろう。

壁の表面が剥がれかけ、埃を被ったカーテンと何かの構造物だった思われる木片が転がっていた。

外へ出れば電灯と電信柱は傾き、柱同士を結ぶために伸びていた電線も今は途切れ地面へと伸びていた。

何故こんな状態になっているのか。

銃痕らしきものはあるが、数が少なすぎる。

少なくとも『人』の戦争跡ではないだろう。人同士ならば占領などを考えた戦いをするはずだからだ。

光景の中でもクォヴレーがこの世界に来てから気になっている事。


「……この世界はいったい、どれだけ人が……死んだんだ?」


クォヴレーは思わず言葉を濁しそうになった。

彼の愛機、ディス・アストラナガンの動力源『ディス・レヴ』によってクォヴレーは人の死に関しては他者よりも敏感に反応する。

命あるものは必ず死ぬ。だが、彼の言っているのは寿命によって死んだ人の事ではない。

病気によって、事故によって、そして人の手によっても人は死ぬ。

しかし、それらを知るクォヴレーですらこの世界の死者は普通ではない。

憂いを混ざった視線は一つの物に凝視する。

視線の先には家だったと思われる廃屋を押しつぶした青い物体があった。

クォヴレーは辺りを警戒しながらそれに近づき正体を見定める。


「PT(パーソナルトルーパー)やMS(モビルスーツ)に似ているが……これだけでは判断がつかないな」


彼は自分の知る機動兵器を口にする。そこにあったのは青い機械の残骸だった。

残骸は上半身と思われる部分しか分からない。

武装などは見当たらないそれが戦闘をする為のものだとクォヴレーは解った。

廃墟に比べれば幾分真新しい気がするが、それでも大分前から放置されているのは見て取れた。

胸部と思われる辺りにぽっかり何かが抜けていた。彼の知る機動兵器から予測すればコックピット部分だろう。

断定はできないが、恐らく脱出した後なのだ。

それを理解したクォヴレーは機動兵器の情報が有人機であるだけしか得られなかった半面、安堵していた。

今はいないとはいえ、人がいたという事だからだ。

他に何かないかと調べようとしたクォヴレーの耳に何かが開けられる音が入る。

クォヴレーは機動兵器の影に素早く隠れ、音のした方向を伺う。

機動兵器の傍、クォヴレーとは反対側に人影を見つけ、クォヴレーは眼を細める。


(……男? 服装からすると、民間人のように見えるが……妙だな)


しっかりとした足取りや立ち振舞いから民間人とは少し違うとクォヴレーは判断した。

とは言え、周回している兵隊の類にも見えない。

それに近くに基地があったとしても丸腰で周らないだろう。

男の挙動からクォヴレーはさらに困惑を極める事になった。

何か意外な物があるかのような目つきで機動兵器や廃墟を見ているかと思ったら天を仰いだ。


「……………んだよっ!」


クォヴレーは一瞬だけ眉をひそめ、気付かれないように男の声が聞こえる位置まで移動した。

やがて男は軽く溜息をついた後、クォヴレーの隠れている機動兵器に視線を移した。


「こいつは……撃震……だよな?」

(……ゲキシン? この機体の名か?)


クォヴレーが撃震について考える間もなく、男は撃震に向けて近づいてきたのでクォヴレーは息を潜め動向を見張る。

男が撃震に触れそうなほど近づいた時、瓦礫が男に向けて落下していった。

クォヴレーは飛び出しそうな衝動に駆られ足を踏み出そうとするが、男はそれが分かっていたかのように飛び退いた。


「おっと! あぶねぇ!!」


瓦礫を難なく回避した男はどこか懐かしそうな顔をし、驚愕した。

飛び出しこそしなかったが、足に力を入れていたせいなのかクォヴレーの隠れていた頭上、撃震の肩辺りからも瓦礫が落ちてきたのだ。

クォヴレーは舌打ちしたくなる衝動を堪え、男に見えないように静かに転がり避ける。

瓦礫落下音で転がった音など聞こえないと判断したのだが、次の瞬間その目論見は砕かれた。


「誰だっ!?」




思わずそう叫んじまった。

俺の方の瓦礫が落ちたのに連動しただけで落ちた可能性だって頭に中にあったけど、俺の『記憶』にはそんな事は起こらなかった気がするからだ。

あっちの瓦礫が落ちた辺りをよく見てみるけど、特に目立った様子はない。

それでも、俺は警戒しながら近づく事にした。

期待半分不安半分だ。

不安は俺の単なる記憶違い。単にビビッていたって事だ。

期待は俺の記憶通り。

つまり、撃震の裏には何かがいる。俺の記憶にない何かが。

いくらなんでも誰かいた事を忘れているのはないだろう。

俺はBETAの可能性をまったく考えていない。

いくらなんでも、横浜基地周辺に実はBETAが潜伏していましたなんて笑えない。

第一、今日は2001年10月22日。もしカレンダーが示したその日ならばBETAとはまだ会わないからだ。

『白銀 武』である俺は、それを知っている。

そして、記憶とは絶対に違う事が俺の期待通りに起こった。


「……動くな」


後ろから銃を突きつけられるという以外は。



クォヴレー・ゴードンは困惑しながらも男の進行状況を予測をし、音を立てないように後ろに回りこみ銃を背中に突きつけた。

男は硬直したが、すぐに大人しくなった。

それはクォヴレーの知る民間人とはやはり違う。軽く男の体を見るが、首と服の合間からも訓練を受けたと思われる体つきと姿勢だった。

クォヴレーは男を軍人と仮定する。

現状において重要なのはこの世界の情報だ。

情報源となりえる男を銃で撃つことはない。

だが、下手に怪しまれて騒がれても困る。

となれば、怪しまれない程度の態度で情報を引き出す方法をクォヴレーは取ることにした。

男とて、クォヴレーが一般人でないことくらいは分かっているだろう。ならば、そこから突いていくことにしよう。


「……お前、所属は? 何故こんな所にいる?」


今までの巡回で人の気配を感じなかったことからして、この辺りに軍人もあまり来ないと判断しての問いであったが、残念ながらクォヴレーはこの世界を知らなかった。




男―――白銀武は背後にいる相手が国連軍の兵士だと思ったが、すぐに疑問が浮かぶ。

自分の格好は制服ではない。故に民間人と思われても仕方ないのだが、相手はこちらを軍人と思っているかのような反応だ。

だが所属部隊名を聞くとかならともかく、所属自体を聞いてきた。

相手が国連軍の兵士ならば恐らく横浜基地の兵士になるはずだ。

白銀はそこに、一つ賭けてみた。


「横浜基地所属第207衛士訓練小隊、白銀武訓練兵」


敢えてそう口にした。彼の知る記憶ではこの時点では訓練兵どころか、基地の一員ですらない。

だが、相手が自分を知らないのであればこれ平気なはずだ。


「……衛士」




クォヴレーは呟くように男が言った単語を口に出す。

横浜、部隊番号などは理解できるが衛士という単語は聞いた事がなかった。

ディス・アストラナガンが示したこの世界の時は西暦2001年。

彼の親しんだ時代とは大きく離れた時代である。

つまり、衛士とは昔の兵士の事だろうか?

いや、訓練兵という単語があるのならば兵士という単語も恐らく存在する。

ならば衛士とは何だ。単なる兵士の別称か?

年号と照り合わせて考えているクォヴレーに目の前の機械兵器の残骸が目に入る。


(有人兵器……そのパイロットの事か?)


通常、操縦者はパイロットと呼ばれることが多いが別の文化、組織では別の呼び方もあった事をクォヴレーは思い出す。

衛士をパイロットの事と仮定しながらクォヴレーは軽く溜息をつき、思わず愚痴のように呟く。


「……また随分と妙な所に来たものだ」




白銀武はその言葉を理解するのにたっぷり数秒かかった。

無論、配属された場所がこの廃墟でその愚痴を呟いただけかもしれない。

だが、相手の声の感じと状況から考えれば言い方がおかしい。

白銀の記憶が示す限り、ここはかなり前から廃墟だったし時には演習に使われるような場所だ。

まるで相手は――


「別の世界から来たような言い様だな……?」




銃を向けている相手から急に発せられた言葉に警戒を高めると同時にクォヴレーは驚愕を禁じえなかった。

自分の失言でつい口からこぼしてしまったが、あれだけで別世界と関連付けるとは思わなかったからだ。

どこか自分の振る舞いに妙な点でもあったのだろうか。

服装はこの時代のものとはかけ離れているが、それならば恐らく『未来』を口にするはずである。

いや、それでも別世界とは予測はしにくいだろう。精々、男の知る軍人ではない―――別国の軍人など―――と思われる程度だ。

それに……これは男を見た時から感じていた事だが、少しだが……男には自分と似た臭いを感じていた。

クォヴレー・ゴードンが他者とは違う中でも最も大きい点、並行世界の移動者。

この男もまたそうなのか。だが、まったくそんな事を示唆する話はなんてなかったが……クォヴレー・ゴードンは背中に突きつけていた銃を下ろした。

クォヴレーは己の感じた感覚の他にも戦士としての経験からも、こいつは敵じゃないと判断した。

男はそれに気付きゆっくりと振り向いた。日本人らしき顔つきをしており、その目には驚きの他にいくつかの感情が渦巻いていた。

単に銃を下ろされた事に対してなのかもしれないが、クォヴレーはそうではなく、自分の勘が正しいと思った。

そして、それを確かめる事にした。


「お前も、この世界の人間ではない様だな」

「?!」


男の反応がクォヴレーの予想を確信へと変化させた。

どうやって来たのかは知らないが、男もまたこの世界の人間ではないだろう。


「安心しろ。どうこうしようとは思わない。むしろいくつか聞きたい事があるくらいだ」

「……銃を下ろす必要はなかったんじゃないか?」


男、白銀武の言う通り、銃を突きつけたまま聞いても質問には恐らく答えるだろう。

しかし、クォヴレーはしなかった。

彼の知る限り、世界移動が出来そうな危険人物、シュウ・シラカワ等に比べればかなり善人と見たからだ。

良く言えば裏表のない青年。悪く言えば未熟で駆け引き等が出来ていない訓練兵。

両者の見た目は同じ年頃だが、そこにある経験の差は非常に大きかった。


「別に質問に答えてもらったら殺すわけじゃないからな。順番を早めただけだ」


事も無げに答えるクォヴレーに白銀は警戒をしながらも安堵を覚えていた。

眉一つ動かさずともクォヴレーは白銀の其れに気付き、話を進める事にした。


「それで、質問の前に自己紹介しておこう。俺の名はクォヴレー・ゴードンだ。クォヴレーでいい」

「(クォヴレー……外国人か?)俺は白銀 武だ。呼び方はどっちでもいい」

「そうか。では白銀、今は何年の何時か分かるか?」

「……2001年の10月22日だと思う。俺の記憶違いでなきゃな」

「(想定と違いなし…か。それにどうやら俺よりこの世界に馴染んでいるみたいだな) では、次に何故ここは、いや、この世界は何故こんな状態なんだ?」


クォヴレーは白銀が自分よりも詳しいと知ると世界情勢について尋ね始めた。

白銀も特に嫌な素振りを見せずに、クォヴレーの質問に答えていく。クォヴレーに嘗ての自分を重ねているのだろうか。

そして、白銀の話を聞くたびにクォヴレーの顔は険しくなっていった。

BETA、人類の敵。彼等によって地球は未曾有の危機になっているらしい。

異星人、バルマー等の類と思い白銀にBETAについて尋ねるが、彼自身BETAは見た事がないらしい。


「はは……笑っちまうよな。宇宙人の侵略だってよ……」

「…………」


白銀の自虐を含んだ乾いた笑いにクォヴレーは目を細めて白銀を見る。


「では、次の質問だ。これはある意味、今までの質問以上に知っておきたい事だ」

「? 何だよ?」

「何故、俺が別世界から来たと思った?」

「……っ!」

「姿形による違いがあるかどうかは知らないが、先程俺はお前の視界に姿を見せていない。つまり、お前が判断したのは姿形ではないという事だ」


白銀を自分の同類と直感したように白銀もまた直感した可能性もあるが、それにしては態度がおかしかった。

白銀には自分がこの世界の人ではない何か確信できる情報があるはずだ。

クォヴレーはそれを確信していた。

白銀は言うまいか迷ったが何かを吹っ切るかのように軽く首を振りクォヴレーに向き合った。


「俺は、前にお前に会った事がないからだ」

「? 俺もお前に会った覚えはないが……?」

「違うっ! 俺はここでお前に会っていないんだ! 前の世界で!!」

「前の……世界?」


白銀は堰が崩壊したかのように口々に叫ぶ。

目覚めたらわけのわからない世界での混乱、初めて触った銃の重さ、BETA襲来の報の……恐怖。

一通り吐露したのか呼吸が辛くなったのか、軽く肩で息をする白銀に対しクォヴレーはどこまでも冷静だった。

同情するべき処はある。だが、クォヴレーは誰かを慰める為に此処にいるのではないのだ。


「話をまとめると、お前は元々BETAのいない世界から、BETAのいる世界に来た。そこまでいいな?」

「ああ……冥夜や委員長もいた……純夏はいなかったけど」

(友人の名前か? しかし、余程似た並行世界だな……条件付きの移動か?)


クォヴレーは疑問を口に出さずに話を続ける。


「それで、前の世界に来てから約2年後にオルタネイティヴ5という計画が発動して、人類は地球を放棄した。お前は地球に残り……」

「その辺はよく覚えてないけど……死んだんだろうな」

「……そして、死んだはずのお前が何故か2001年10月22日、つまり今日に戻ったと……?」


白銀は口を動かさず首を小さく縦に振り応える。

クォヴレーはそれを見た後、黙考した。

自分の愛すべき世界がその様な事態になる事に深い悲しみと怒りを覚えながらも、分析をしていた。

BETAの正体に関しては心当たりがない。

白銀の話を聞く辺り人の形をしていないらしく、クォヴレーの知る異星人とは異なる存在なんだろう。

宇宙怪獣、STMCとも思ったが彼等は侵略なんて器用な真似はしない。破壊しかしない。

BETAについては情報が足りない。故に保留にする。

次に白銀武について。

彼の話自体は並行世界を移動するクォヴレーにしても妙な点が多い。

人の身のみで世界を移動。しかし、彼はどうしてそうなったか理解していない。

彼が最初いた『元の世界』、初めて来たBETAのいる並行世界『前の世界』、そして『前の世界』に彼の言うかぎり非常似ている『この世界』。

『この世界』に関してはクォヴレーと出会った以上、『前の世界』の状況と同一ではないが、それ以外は今の所まったく同じらしい。

並行世界で死んだと思われる彼が何故、別の並行世界、それもBETAのいる世界に来たのか。

自分の意思によって世界移動を行ったのならば、恐らく元の『BETAのいない世界』へと帰るはずだ。

つまり、世界移動を行っているのは白銀かもしれないが、目的地を決めているのは白銀ではない可能性がある。

これもまた情報が足りない。しかも、この世界の人間に尋ねてもまず解からない事だ。信じて貰えるかすら怪しいものだ。

そこまで考えてクォヴレーは一つ疑問が浮かぶ。


「お前は前の世界では、誰にもこの世界の住民でない事を言わなかったのか?」

「……先生…いや、香月博士にだけは話したよ」

「信じてもらったのか?」


素直に驚くクォヴレー。普通ならばどう考えても信じてもらえない話だからだ。


「ああ、信じているかははっきりしなかったけど、この世界で居場所すら作ってくれたよ。先生は単なる利害の一致とか言ってたけどな……」

「その人はどこに?」

「さっき言った横浜基地だ……俺のいた世界では学校のあった場所で……まあ、今も少し似たようなもんだけどな」


白銀は軽く顔を向ける。それが横浜基地のある方向だとクォヴレーは理解した。

しかし、そういう事ならば白銀を保護して貰える可能性はある。

クォヴレーが彼を保護することは一時的にあっても、長期間は到底無理な話だからだ。


「会う必要があるな。お前にはまた辛い思いになるかもしれないが……」

「いや、平気だ。それに俺は『この世界』を救いたいんだ」


白銀の言葉にクォヴレーは繕う事も忘れ、驚いた表情を見せる。

白銀の顔は、とても冗談を言っている顔ではなかったからだ。

てっきり、元の世界へ帰りたいと言うと思ってもいた。

その反面、『この世界』を、地球を救いたいと思っていたクォヴレーからしてみれば心強い言葉である。

クォヴレー・ゴードン独りで世界を救える程、現実は甘くない。

どんなに小さな力でも、彼には大きな援軍なのだ。


「……そうか。それならば俺とお前は仲間という事だな」

「えっ…?! あ、あんたは帰りたいとは思わないのか!?」


先程の自分のような表情をする白銀に、クォヴレーは軽く思案する顔になる。

どこまで話していいものか考えているのだ。

アストラナガンに関する事は話さない方がいいだろう。

せめて白銀の恩師の立場になる香月博士とやらの人物を見るまでは。

クォヴレーは多少、言葉を選ぶことにした。


「例え自分が住んでいた世界とは違う世界でも、滅ぶのを無視して帰ろうとなんて思わないさ。第一、帰る為にはBETAを倒さないと協力すら得られそうにないだろう」

「そ、そうか! そうだよな!」


何処となく嬉しそうな白銀を見ながらクォヴレーは彼の愛機について考えていた。

ディス・アストラナガン。

素体となったアストラナガンは遥か未来にて地球に加え異星人、異世界など数多くの技術を集結させられた機体。

クォヴレーの前任者、イングラム・プリスケンによって創られた為、クォヴレー自身はアストラナガンの全てを知っているというわけではない。

それでも悪用されれば非常に危険な機体である事は明らかである。

この世界で遥か未来で創られたアストラナガンを理解できる人物がいるとは思えないが、何事も想定しておくべきだ。

ディス・アストラナガンは操者のクォヴレーの意思だけでも起動させられる。

故に奪われたりはしないだろうが、保険はかけておくべきだろう。

その為には一度ディス・アストラナガンの所へ戻らないといけない。ここに呼んで人目につけるわけにもいかない。

クォヴレーは白銀に向き合った。


「横浜基地に向かう前に、少し用事がある。先に行っていてくれないか?」

「? 用事?」

「僅かだが荷物を置いてきてしまったからな」

「ああ、俺も制服に着替えて行った方がいいしな……待たなくていいのか?」

「少し離れた所にあるからな。なんせ元々探索のつもりで動いていた為、こいつしか持っていなかったからな」


クォヴレーは軽く腰の銃を軽く触れる。

それを見て何を思ったのか、白銀がクォヴレーの格好を見回した。


「そういえば……クォヴレーは軍人なのか?」

「……まぁ、そんなものだ」


軽く肩をくすめ、詮索されても答えにくいのでクォヴレーはさっと身を翻した。


「では、また後でな」

「あ、ああ」


クォヴレーは武と別れ先程通ってきた道を歩いて行った。

武はクォヴレーの様子に少し疑問を感じたが、すぐにそこらの廃墟と同じような状態の『この世界』の自分の家に入った。

武と会った後も廃墟の警戒を怠らずにディス・アストラナガンの所まで戻ってきた……が。


「……何だこれは?」


そこにあったのはディス・アストラナガンではなかった。

破壊された残骸の方がまだ衝撃がなかったかもしれない。


「ベルグバウ、だと?」


クォヴレーがディス・アストラナガンの前に搭乗していた機体にしてディス・アストラナガンと同一の機体とも言える。

簡単に言えばベルグバウがあるものを取り込んで進化とも言える変貌を遂げた姿がディス・アストラナガンなのだ。

クォヴレーは急ぎコックピットへと入り、原因を調べる。


「……動力部辺りにブラックボックス、封印された部分があるな……完全な『退化』という訳ではないか」


コンソールを動かす手を止め、クォヴレーは宙に視線を向ける。


「アストラナガンでの介入を禁ずる……という事はないはずだ。ならば、俺にお前に乗る以外の何かをさせたいという事か? ベルグバウをその意思表示……?」


過去に幾つもの世界を渡ってきたが、こんな事態は初めてだ。

だが、アストラナガンは自らの意志で意味のない行動は今まで1度たりともしなかった。


「まあ、いい……お前の判断に従おうアストラナガン」


理解はしていないが納得はしたところでクォヴレーは白銀との合流方法を考えていた。

目的地は横浜基地に違いないが、ベルグバウで行くか己の足で行くかを考えているのだ。

数瞬考えた後、無用な騒ぎを起こすわけにもいかないと判断しベルグバウを降りる。

その気になれば何処にいようともベルグバウは呼べるのだ。

下手に基地まで移動して迎撃などされては元も子もない。

移動時間に少し差があるが、白銀から聞いていた横浜基地との距離差を考えれば大きい差はない。

クォヴレーは先程武と会った状態と寸分違わぬ格好で横浜基地へと歩き始めた。




一方、身体検査や血液検査などにより4時間ほど待たされたが武は香月夕呼博士と無事接触していた。

香月博士からすれば何故武がオルタネイティヴ5について知っていたのか等の理由と興味によって『死人』白銀武と接触を決意した。

どの道、オルタネイティヴ5を知っている以上放ってはおけないのだ。

その結果、香月博士と武は『前の世界』とほぼ同じ関係となった。

安心したのか白銀は思い出したかのように口を動かす。


「あ……」

「ん? どうしたの?」


香月博士が聞くが武は答えず、何か忘れていたものを思い出したかのような顔になった。


「あ、あの先生。俺を受け入れてくれたついでに頼みがあるんですが……」

「? なによ。まだ何かあるの?」

「実は後でもう一人、俺と似たような奴が来るはずです。名前はクォヴレー・ゴードンって言って」

「……あんたと似てるってのは、そいつもあんたと同じであたしやオルタネイティヴ5について知っているって事? 面倒くさいわね。いっぺんに来なさいよ」

「いえ、どっちかというと『前の世界』の俺というか……ああ、だから―――」


武が説明を開始しようとした瞬間、机の上から電子音が響く。通信が入ったのだ。

香月博士は武に後にするよう目配せした後、通信に出る。

武はその間にクォヴレーの事を上手く説明しようと頭の中で考えをまとめていた。

しかし、まとめようとした所で気付いた。

自分はクォヴレーについてほとんど知らないのだ。

本人から聞いた情報からは名前と元軍人と別世界から来たという事だけ。

武としてはクォヴレーの事を信じてはいるが、香月博士がそれだけで信じてくれるとは思えない。

自分と違ってオルタネイティヴ5どころかBETAについてすら知らない様子だったのだ。

先程香月博士が武の事を反オルタネイティヴ派の工作員だと言っていたのを思い出す。

結局そんな事は毛ほども思っていなかったようだがクォヴレーに対してはどうだろう。

頭を悩ます武の耳に香月博士の呼び声が入る。


「ちょっと白銀! さっきから呼んでんのに無視するなんていい度胸ね?」

「えっ?! す、すみません! ちょっと考え事を……」

「それより、あんたがさっき言ってた奴の名前って『クォヴレー・ゴードン』でいいのよね?」

「え? はい」

「そう」


香月博士は再び通信を開始した後『ここに連れてきて』と言って切った。

武は何の事か理解すると香月博士に慌てて近づく。


「あの、クォヴレーは俺と違ってオルタネイティヴ5については知らないんで信用出来ないかもしれませんが」

「ふーん。でも、あんたと同じBETAのいない世界から来たんでしょう?」

「え…あ、そうです。BETAの事をまったく知らない様子だったんで、たぶん」


武は自分の知りうる限りのクォヴレーの事を話した。

香月博士は思案する素振りを見せる中、ドアの方から人の声が聞こえた。


「クォヴレー・ゴードンを連れてきました」

「ご苦労様ピアティフ。下がっていいわよ」

「はい」


一礼した後、麗しい金髪の軍人は去りクォヴレーが残された。


「一応白銀から聞いてるけど、あなたがクォヴレー・ゴードンね?」

「ああ」

「ふぅん……」


香月博士はクォヴレーをざっと観察する。

格好は白銀の訓練兵もどきの服装に比べれば軍人の服装といった感じだ。

だが、その服装は自分の知る軍人のどれにも当てはまらないものであった。

社 霞のよりも銀に近い髪を整え、その他にもどこか霞を連想させた。

そして香月夕呼が何より興味を示したのは眼である。

強い意思を持った眼。

香月夕呼が白銀に持った印象は半人前だが、クォヴレーは完全に自立した精神の持ち主と思わせた。

軽い笑みを浮かべながら香月博士はクォヴレーを見つめた後、武に顔を向ける。


「白銀、あんたは先にグラウンドに行って頂戴」

「え、あの……」

「余計な心配はしなくていいわ。別に取って食おうなんて思ってないから。そもそも年下みたいだしね」


香月博士の言動に武は困惑、クォヴレーは分析をしていた。

行動原理は分からないが、どうやら武抜きで話をするつもりだと。

武を半ば追い出すように出て行かせた後、香月博士は先程とは違い軽く睨むような視線をクォヴレーに向けた。


「さて、それじゃあ質問にいくつか答えてくれるかしら」

「全てに答えられるとは限らないがな」


特にディス・アストラナガンについては重要項目だ。

研究を生きがいとしている人間は、新しい1つのもの手に入れる為に今までの全てを敵に回す事も間々あるからだ。

そんなクォヴレーの警戒を幾らか感じたのか香月夕呼も言葉を多少は選ぶ事にした。


「……ま、いいわ。まずはあんたも白銀同様元々この世界の人間じゃないのね?」

「ああ」

「証明できる?」

「恐らく可能だ」

「へぇ……」


この答えだけでも白銀武と同様に興味深い。

香月博士の眼に興味の色がそう強く表れていた。


「とはいえ、この場での証明は難しい」

「? 理由は?」

「証明する為に必要な環境がここにはないからだ」

「ふぅん……?」


香月博士の嫌疑の視線にクォヴレーは軽い微笑と共に軽く回りを見回す。


「流石に約20mの人型機動兵器を持ち込めないからな」

「は?」


叫びそうになるのを押し止め、香月博士はクォヴレーの顔を見る。

嘘を言っているようには見えない。

もし、嘘を言っていても後で社霞による報告ですぐにバレるだろう。

香月博士はとりあえず真実という仮定で話を進める事にした。


「……戦術機の事だったら笑えないわよ?」


戦術機の全長は機体によっても違うが、18mといった所が主である。

大雑把に20mといっているのだろうかと、予想を『裏切られない』事を期待しながら香月博士は問う。

クォヴレー・ゴードンは僅かに肩をくすめて否定をした。


「生憎、その戦術機とやらは聞き覚えがない。故に、俺に比較は出来ないから自分で判断してくれ。あと出来れば人目につかない場所に空けてくれると助かる」

「……そうね。あるかないか、から始めないといけないわね。場所は?」

「いや、置けるだけの場所さえあればこちらから呼べる」

「呼べる?」

「こっちに転移させる。その戦術機とやらの格納する場所で平気だろう」


クォヴレーがこともなげに言った言葉に香月博士は軽く呆気にとられた。

自分の知る限り、BETAですら使用していないであろう空間歪曲技術を目の前の男は実現できるというのだ。

もしかしたら武と違い本当に頭が狂った奴なのかもしれない。

香月博士はパソコンを操作して別室にいる社のリーディングの結果の報告を見ようとして、呆気は驚愕に変わった。

クォヴレー・ゴードンの思考がまったく読めないという結果が表示されていたのだ。

原因は社自身にもよく分からないが、何人もの感情があるような感じでそれのどれが本物で、そもそも偽者があるのかすら理解できなかったらしい。

だが、感情の色に関しては辛うじて読めたらしい。結果はまったく異常なし、冷静そのもの。


「一応聞いておくけど、二重人格とかじゃないわよね?」

「は…? いや、違うが?」


クォヴレーは本当に意外な事を聞かれたかのような表情を見せた。

香月博士は暫くそれを見た後、喜びでなく研究者として興味で再び口を笑みの形にした。

もし、クォヴレーが本当に転移させたならば彼が別世界の住民とたる証に他ならないからだ。

通信でオルタネイティヴ用に確保していたハンガーの一つ開けるように、そして人払いをするようにしておいた。

二人はハンガーに向かいながらも差し当たりない程度に話を進める。

ある程度の権限を持った人間しか通れない通路だが用心に越した事はない。


「白銀が言ってたけど、あんたはあたしを知らなかったのよね?」

「まったくな。白銀に関してもそうだ」

「ふぅん、関連性はなし……か」


武はBETAいない世界から来たという。そしてクォヴレーも同じだと聞いている。

しかし、武は『元の世界』での知り合いが『この世界』に数多くいる。

香月博士もその一人だ。

逆にクォヴレーは面識所か、名前すらも知らなかった。

その違いは確かに注目するべきことだろう。

香月博士はその事を頭に刻むように小さく頷くと、次の疑問に移った。


「あんたのいた世界にはいなかったのよね?」


クォヴレーは軽く眉を上げ―――香月博士の言っているのがBETAのことであると理解する。


「生憎、まだ見ていないからはっきりはいえないが、該当するものは知らないな。近いモノなら知っているかもしれないが」

「へぇ……」


クォヴレーは自分も疑問に思っていたことを口にする。


「ところで、戦術機の操縦者は別称か何かあるのか?」

「……? ええ、こっちじゃ衛士って呼ぶわね。白銀から聞いたの?」

「ああ、出会い頭に少々な」

「ふーん。その辺りを道々に話してくれない?」

「話せるところだけならな」




ハンガーには人はいなかった。無論、モニターや整備をしている人物はいるのだろうが、流石にそこまで人を払えとはクォヴレーは思わなかった。

ベルグバウの整備の際に、どうせ世話になるからだ。

クォヴレーにとって重要なのはベルグバウを『理解』される事で、それに比べれば見られる事は問題でない。

クォヴレーは軽く香月博士に下がるように手で指示をした後、内にて呼びかける。

自らの半身ディス・アストラナガン―――否、ベルグバウを。


「っ?!」


クォヴレーが何の動作もいない事に首を傾げそうになった香月夕呼の前に光が溢れた。

それはプラズマらしきものを撒き散らした後、先程より強い光を発生させた。

溜まらず眼を閉じた香月博士が目を開いた時、眼前には黒い悪魔が立っていた。

戦術機に比べると僅かに大きい。目らしきものが血のように赤く光った瞬間、香月博士は体を硬直させた。

別に動いたわけではないのだ。だが、意思を持っているかのように思えたのだ。


「さて、これで信じては貰えたか? 香月夕呼」


悪魔の使い手、クォヴレー・ゴードンはその綺麗な銀髪を揺らしながらそう香月夕呼に尋ねた。

香月博士は内心の動揺を押し消しクォヴレーに向き会った。


「……そうね。あとは調べれば確定ね」


実際には既に信用してもいいくらいなのだが、香月博士は平静という名の仮面を被るためにあえてそう口にする。

話さなければ、どうしても動揺してしまうと自覚しているからだ。

クォヴレーの方は気づいているか分からないが、僅かに目を細める。釘を刺すように。


「整備は任せるが、動力部辺りは触らないでくれ」

「? なんでよ」

「これを創ったのに俺は関わってないからな。動力部辺りはブラックボックスになっている。下手にいじって爆発させられても困るのでな」

「はぁ? 何よソレ」


クォヴレーの言葉に素直に呆れる香月博士。

解明できない兵器は欠陥兵器みたいなものだからだ。

しかも、目の前の機体は転移をする技術まで持っているのだから解明したいのは研究者でなくても当然だ。


「転移機能に関しては解からないの?」

「……いや、すまないが。そもそも転移を使う事自体あまりないからな」


クォヴレーが愛機を転移させたのは自分の所へ呼び寄せる為であり、他に用途があるとすれば並行世界の移動だけである。

無論、幾つかの例外的な転移はあるだろうが基本はないと言っていいだろう。


「じゃあ、敵軍のリーダーの前に一気に転移とかは出来ないわけ?」

「生憎。過剰な期待を持たれても困るんだが……」

「はぁ……意外に役に立たないわねぇ。あら」


香月夕呼は今の今までこの悪魔についての機能について考えていたが、呼称を聞いていないのにようやく気付いた。


「コレって名前あるの?」

「ああ、ベルグバウだ」

「ふぅん……聖書の悪魔の名前でも出てくるかと思ったわ」

「期待に添えず済まないな」


調べられないならば、用はないとの香月博士の言葉で二人は元の部屋まで戻っていった。


「それで、あんたも白銀同様あたしに協力するって事でいいのかしら?」

「ああ。俺にとっても地球が蹂躙されるのは見たくない」

「そっ、頼もしい言葉ね」


即答するクォヴレーを見た後、香月博士は再びキーボードを打つ。

社霞がいるのに本音が分からないのは面倒だが、それはそれで良いと判断する。

バッフワイト素子によって、リーディング対象外にしているとでも考えればいいだろう。

そう考えながら香月博士はクォヴレー・ゴードンの戸籍の作成に手を回す。


「悪いんだけど、あんたも白銀同様に衛士訓練兵からやってもらうわ」

「……了解した」


この世界では身元不明であることを考えれば決して悪い話ではないとクォヴレーは判断した。

情報を集める時間と環境を得たと考えれば問題はないだろう。


「あと、場合によっては訓練兵の時でもアレで出撃してもらう事があるかもしれないからそのつもりでね」

「ああ、無論だ」

「じゃ、悪いんだけどグラウンドまで行ってくれる? そこまでの道は平気よね?」

「外の広場の事だな。平気だろう」


お互い無駄なことはしない性格なのか、話が終わったと判断したクォヴレーは部屋を出ていく。

博士はそれを止めはしなかった。




外に出たクォヴレーを迎えたのは夕日の光だった。


「地球が危機でも世界はいつも通りというわけか……」


呟いたクォヴレーが視線を前方に向けると何人かがトラックを走っているのが見える。

それを見ている2人の人物がいた。その内の1人が武だと認識するとそこへ向けて足を進めた。

武の隣にいた女性もクォヴレーに気付き、武と何か話しかけた後、再びこちらに視線を向ける。

ちょうどその時クォヴレーも二人の声が聞こえる距離まで詰めていた。


「クォヴレー・ゴードンだな?」

「ああ」


クォヴレーの返答に軽く頷くと女性はトラックの方に体を向ける。


「小隊集合っ!!」


彼女の声に弾かれたように集合する4名の女性。

全員女性という事でクォヴレーは軽く驚いたが、武の様子からしてもおかしい事ではないと判断した。


「先程も言ったが、白銀同様本日より207小隊に配属されたクォヴレー・ゴードン訓練兵だ」

「クォヴレー・ゴードンだ。よろしく頼む」


白銀に比べて少々馴れ馴れしい所に教官、神宮司まりも軍曹は少し眉をひそめるがすぐに表情を戻す。

本来ならば注意するところだが、クォヴレーの様子から別に見下しているとかではなくこれから共に過ごす者として配慮だと感じたからだ。


「白銀同様、とある事情で徴兵免除を受けていた者だ。白銀共々訓練には明日から参加してもらう」


神宮司軍曹はクォヴレーの全身を見回す。どうやら基礎訓練は受けているようだ。

先程まで白銀の見学の為にクォヴレーが来るまで訓練を続けさせたがクォヴレーにはどうやら必要ないようだと判断した。


「では、本日の訓練は終了。榊、兵舎への案内など諸々頼んだぞ」

「はい!」





施設を見回った武たちは食事を取るPXに着き、他の小隊メンバーの席を探していた。


「白銀さん、榊さん、ゴードンさん。こっち!」


手を振る小隊メンバーの中で一番小柄な珠瀬壬姫の声で3人は各々席につく。

席についても凛々しい佇まいが堂に入っている副隊長的な役割を受け持つ御剣冥夜が分隊長である榊千鶴の様子が少し変なのに気付く。


「ん? どうした榊、妙な顔をして」

「ゴードンに関しては別に普通だったんだけど、白銀がね。まるで何年もここにいたみたいに飲み込みが早くてね。早く終わらせろって感じだったのよ」

「へぇ……」


クォヴレーは武が前の世界でもこの基地にいた事を知っていた為、あまり驚かなかったがそれでも少し迂闊だとは思っていた。

特に恐らく前の世界での呼称だろうが、武が千鶴の事を委員長と呼びまくっていた事もあまりいい状況にはならないだろうと予想するのは難くない。


「まぁ、把握しているならそれにこした事はないだろう。ところで」


少々強引だが話の流れを変えようとするクォヴレー。

幸いして周りはクォヴレーに注目する事で疑問が消えたようだ。


「俺の事はクォヴレーでいい。これから共に訓練を受ける仲だからな」


一瞬虚に取られたメンバーだが、武が急ぎその後を引き継いだ。


「そうそう! 俺の呼び方はどっちでもいいけど、榊のこと委員長と呼んでいいか?」

「はぁ?」


視線は一斉に武へと向けられた。クォヴレーもまた視線の中に入っている。


「冥夜、たま、彩峰……というのが俺の希望だ」

「開き直ったわね……」


委員長、千鶴が呆れたような声を出す。

隣にいる冥夜が何の事だと千鶴に尋ねている最中、クォヴレーも武に話しかけていた。


「随分と強引なやり方だな……」

「いや、ほら俺たち新入りだしな。親近感があった方がいいだろ?」

「……たしかにな」


恐らく前の世界と同じような状況を早く作りたいのだろう。クォヴレーとしても反対する理由はない。

それに、過去に衛士となったことのある武が仲間と認める人物達だ。

クォヴレーとしても、仲間として共に歩んでいきたい。


「まぁ、白銀の強引さが分かったけど、クォヴレーは?」

「呼称に指定をさせるつもりはないが、新入りだからな。早く部隊に溶け込めたい気持ちはある」

「そうか。それこちらにとっても望むところだな。……ああ、そうだ。二人ともこれを渡しておこう」

「あ、ありがとう、御剣。二人ともそれ、明日まで暗記して。入隊宣誓してもらうから」


冥夜から手渡された紙には横浜基地の一員となる儀式のような宣誓文が書かれていた。

それを懐かしそうに見ている武の横でクォヴレーも軽くざっと目を通していた。

二人がそれを仕舞ったところで榊が神妙な雰囲気で口を動かす。


「ところで二人とも……聞いておきたい事があるの」

「ん?」

「なんだ?」


千鶴の神経な様子に、彼女の問いに心当たりのない二人は疑問を浮かべる。


「単刀直入に聞くわね。貴方たち、期待していいの?」

「…何をだ?」

「神宮司教官からは、『特別な人物』だと聞かされているわ」

「ああ……」


納得したような声を出す武。

クォヴレーもようやく千鶴が聞きたい事が分かった。

自分たちの信頼に値する人物か知りたいのだ。その実力は勿論、精神面でも。


「それは私たち……いえ、ひいてはこの国の、この星のためになる『特別』なのよね?」

「そうだ……少なくとも俺はそのつもりだ」

「何を持って特別とするか知らないが、この星のために戦うつもりだ」


二人の言葉に、冥夜は好戦的でいて満足そうな笑みを浮かべる。


「それは頼もしいな」

「1ヶ月もすれば総合戦闘技術評価演習があるわ。それは何としても成功させなくちゃならない」

「? 総合戦闘技術評価演習……?」


聞き慣れない単語に思わずクォヴレーは聞き返す。

それを隣に座る武が答える。


「歩兵試験みたいなもんだ」

「簡単に言いすぎよ……」


千鶴は溜息をついた後、クォヴレーに総合戦闘技術評価演習について説明する。


「あと1週間もすれば鎧衣も戻ってくるはずだ。その時には207小隊を最強のチームにしておきたいものだ」

「鎧衣……」「ヨロイ?」


武とクォヴレーは同時にその名を口にする。


「鎧衣さんは訓練中に怪我をして今入院中なんです」

「様々な方面、特にサバイバルに関しての知識については右に出る者がいないわね」

「そうか、会えるのが楽しみだ」


千鶴の説明に武は少し白々しく答え、クォヴレーは頷いた。


「とにかく、期待してるからね。二人とも!」

「ああ、お手柔らかにな」

「善処は尽くす」




翌日、武とクォヴレーは体育館のような講堂で入隊宣誓を行い、正式に207小隊の一員となった。




[2501] 初陣
Name: 突撃兵159◆690d8429 ID:65097c93
Date: 2008/05/20 22:52

先日の宣誓によって、白銀武とクォヴレー・ゴードンが207小隊に正式に配属され訓練の日々に入る事となった。

訓練にて二人は、千鶴たちが期待した『特別』を遺憾なく発揮した。

初日、トラックを走る持久力などを基盤とした訓練で武は他のメンバーに追随を許さなかった。

クォヴレーにしても初めこそゆっくりとした速度だったが、それは身体の調子の確認と千鶴たちを観察する為であり、途中からペースを上げて最終的には武を除いた全員を追い抜いていた。

全員が走り終えた後、神宮司教官は新たな訓練内容を指示する。


「よし次! ケージにあるあの装備を担いで10キロ行軍だ!」

「りょ、了解です……」


小隊メンバーがケージから装備を取り出している中、武が装備を見て呟いた。


「なんだ……完全装備じゃないのか」

「…………」

「……ええっと」


幸か不幸か神宮司教官の耳に届いてしまい、白銀は完全装備に加えて分隊支援火器のダミーも担いで走らされる事になった。

その横で何故かクォヴレーまで完全装備で走っていた。教官が尋ねたところ。


「早めに慣れておきたいので」


と応えた為、白銀同様分隊支援火器のダミーを持たされた。

しかし、それでも走る速度も表情も先程と変わらなかった。



二日目、クォヴレーと武に合わせたカリキュラムに実施される予定であったが両者それを断り、普段通りの講義となった。

講義中、武はぼーっとしている所を当てられるが見事に答える。

敵の施設の破壊でなく、施設の動力ケーブル破壊による今後の友軍の再利用を考えた柔軟な発想による回答でクォヴレーを含めた周囲を感心させた。

その後の小銃分解組み立て実習にても武は、二人が加入する前の207小隊の最高記録は彩峰が出した6分17秒であったが、それを遥かに超えた4分52秒を叩きだした。

ちなみにクォヴレーは彼の知る小銃に比べて古かった為、今回は構造の理解を重視する為にゆっくりと組み立てていった。

教官もクォヴレーの行為を理解していたので口出しは一切しなかったが、クォヴレーが小銃を完成させるともう一度やってみろと促し。

クォヴレーは先程に比べて迅速に組み立てていき、5分49秒を完成させた。




「ほんっと凄いよタケルさんもクォヴレーさんも!!」


PXにて207小隊は訓練後に集まっていた。

話の主眼は珠瀬の言うように、今日の二人の事である。


「そんなことねえよ」

「謙遜するでない」

「そうね。正直悔しいけど、これだけ差を見せられちゃね……」


千鶴たちは感心しているようだが、二人にしてみては出来て当然といったところだろう。

二人とも既に軍人として任官した事があるのだから。

クォヴレーにいたってはベテランと言っていい戦歴の持ち主でもある。


(というより、皆が浮き足立たないか心配なんだが……)


そんな事を考えていたクォヴレーだったが、むしろ千鶴たちは闘志を燃やし次は勝つとまで言いのけた。

その態度に杞憂であった事を安堵し、同時に頼もしさを覚えたのは武も同様だったらしく、表情に喜びの色が出ていた。


「そなたらの加入は隊にとって十分な刺激だ……ここで一気に崩れてくれるな?」

「ん? ああ。期待に添えるように頑張るよ」

「背伸び背伸び」


はやす彩峰に武は好戦的な視線を送る。


「言ったな、彩峰。明日覚えてろよ?」

「……忘れた」

「おまえね……」


武と彩峰のやり取りを耳にしながら、クォヴレーはお茶を味わいながら、これからの訓練について考えていた。


(御剣の言葉には反してしまうが、全員が全員同じモチベーションとは限らん。それに鎧衣という人物がついていけなくなるのも問題だな。今後はセーブしておくか)


総合戦闘技術評価演習の事を見据えながら、クォヴレーはお茶を飲み干した。

それを合図にしたというわけではないだろうが、武が雰囲気を変えて皆に問いかけていた。


「……守りたいもの……ちゃんとあるか?」

「え…?」

「詳しく言う必要はないけどさ……そのために命を賭けられるような、そういうものあるか?」


それを聞いたクォヴレーはここではない遠い世界にいる仲間達を思い出した。

特に自分と一番の友、仲間であったアラド・バランガとゼオラ・シュバイツァー。

今頃どうしているのだろうか。きっとアラドは食事をいっぱい食べて笑みを浮かべて、ゼオラはそれを見て微笑んでいるだろう。

そして自分もそんな光景が好きだった。

そこで周りが自分に注目している事に初めて気付いた。しかも、皆とても意外そうな顔をしていた。


「クォヴレーさんが笑ってるの……初めて見た」

「うん……」


彩峰たちの言葉にようやく自分の口元が少し緩んでいたのを気付いた。


「少し故郷の友を思い出していたのでつい、な。すまなかった」

「別に謝る事ではないだろう。お主はその者たちの為に戦うのであろう?」

「ああ。あいつ等の愛するこの星、この世界を守る為に戦…うつもりだ」


クォヴレーは戦っていると言いかけそうになったがなんとか変更させた。

幸い全員気にしていない様子だった。


「そうか。お主も立派だな……」

「大層なことじゃない」


クォヴレーはクォヴレー・ゴードンだけでなくイングラム・プリスケンの意思を継いでもいる。

そういう意味では使命の様なものだが、クォヴレーが自分の意思でやっているのに変わりはない。

愛すべき世界の為に、愛すべき仲間達の元へと戻るためにも自分は戦い続けるのだ。




本日の訓練が終えた後、クォヴレーは香月博士の部屋へと向かう。

休もうと思ったところで急遽話したい事があるので来るように連絡があったからだ。


(俺のいた世界について、か? しかし、別に今日聞く理由が見当たらないが……)


いくら考えようと呼んだ理由は本人にしか分からないだろうと判断し、クォヴレーは歩む速度を速める。

そして副司令室、つまり香月博士の部屋へと到着したクォヴレーを出迎えた香月博士はさっそく話を開始した。


「急に呼びだして悪いわね。ちょっと話しておかないといけない事があってね」

「明日では無理なのか?」

「無理って訳じゃないけど早めに言っておいた方がいいからね。簡単に言えばあんたと白銀はお互いに必要でないかぎり、以前いた世界の情報を口にしないで欲しいの」

「? 無論、小隊の皆に言うつもりはないが……」

「そうじゃないわ。あんたが白銀に言うのもダメって事なのよ。当然、白銀からクォヴレーに情報を教えるのもダメね」


香月博士の言い分は、白銀のいた前の世界には自分はいない。だが、この世界ではいる。

この世界は白銀の前の世界とほぼ同一世界。ならば白銀の持つ未来の記憶はこの世界でも通用する可能性がある。

そこで下手に白銀と自分が情報交換をしてしまう――既にしてしまった情報については仕方ないが――と自分たちが何も行動を起こさなくても未来が変化してしまうかもしれないという事だ。

さらに言うならば、自分が白銀の知る未来を変えてしまうような行動を取るわけにもいかない。

これらは彼女自身の持論から基づいた判断ではあるが、イレギュラーな現状では念の為という形であって確信的なものではないらしい。

しかし、みすみす有力な情報を無効にする可能性を出す必要はないだろうとクォヴレーも同意した。


「つまり小隊にいるのは仕方ないとして、白銀との『世界』の情報交換は無論。あまり派手に動いてはいけないという事か」

「まあ、窮屈な思いをさせるかもしれないけど、当分の間はそうしてもらうわ。あんたから私に情報を言う時も場合を考えて頂戴」

「(その場合というのが分かりにくいんだが、判断するしかないか)……了解した」




11月に入り、クォヴレーが目隠しで銃の分解組み立てを終えた後、グラウンドで射撃訓練をしていると武と榊に珠瀬が何やら集まっているのに気付く。

正直射撃特性に関して彼は戦友達の中でも高い方だった為、少し退屈気味であった。

故に興味本位で彼等に近寄り、榊がそれに気付き何やら笑みを浮かべた。


「あら、クォヴレー。いいところに来たわね」

「いいところ?」

「これから白銀が珠瀬の前で長射程狙撃をするの。850のね」

「……なるほど」


クォヴレーも珠瀬壬姫の射撃特性は認めている。狙撃に関しては磨けば自分を超えると思わせる才能も知っていた。

その珠瀬の前で長射程狙撃というのはある意味挑戦のようなものだ。

850メートル程度ならばクォヴレーもやれば真ん中に当てられるだろう。

しかし、クォヴレーは一応徴兵免除を受けているという前提でここにいる。

兵役のない者が長射程狙撃でど真ん中を当てたら、いくらある程度は察しているだろう小隊メンバーも何か言いたくなってしまうだろう。

そういう理由を含めてクォヴレーは出来うるかぎり長射程狙撃はしていない。

そこまで考えてクォヴレーは武の事を頭に浮かべた。

たしか武も兵役はあったはず、つまり長射程狙撃を成功させる可能性はある。

武が実力をある程度発揮させているのはそれにより刺激で小隊メンバーのやる気を上げ、チーム全体の能力を上げる為であるとクォヴレーも了解している。

しかし、今回は変に勘ぐられてしまう可能性がある。

クォヴレーは急ぎ武に視線を向けるが、それとほぼ同時に銃声が大きく、長くグラウンドに響いた。



武は長射程狙撃を成功させた。

その結果、訓練終了後に珠瀬を除いた面々にクォヴレーの危惧していた行動を起こした。

それを最初に口にしたのは冥夜であった。


「……そなたが今更どのような実力を発揮しようが、驚きはしないが」

「別にたまより凄いことをやった訳じゃない。おまえらだってあのくらいできるだろう?」

(訓練部隊に入って一ヶ月もしないのに出来る人間はそういないと思うが……)


クォヴレーの心を代弁するかのように榊が兵役経験者の疑惑を口にする。


「さすがにおかしいわよ……つい最近入隊した人間が、何でも普通以上にこなせるなんて……」


そこで視線はクォヴレーにも向けられた。

武に比べれば自重しているが、やはり普通ではないと思われていたのだ。

変に反応しても墓穴を掘るだけの為、クォヴレーは榊の視線に気付かない振りをした。

やがて榊は視線を再び武に向け、冥夜、彩峰と共に詰問とも言える視線を向けていた。

唯一珠瀬だけは武を庇おうとしていたが3人の視線に困り果てて、あうあう言っていた。

やがて武は早口でPXに先に行ってると言い残し逃げように走り去っていった。

残されたクォヴレーの事を考えずに。


「で、実際のところは……?」


いつの間にクォヴレーの横に移動した彩峰がそう聞いてくる。

予想できた行動の為に動揺せずにクォヴレーは冷静に対処する。

無論、武への毒づきを内心ではついていたが。


「悪いが、白銀の事を知ったのは入隊日が初めて、つまり皆といっしょだ」

「ふぅん」


今度は興味故か、珠瀬が加わった4人の視線をクォヴレーが受ける事になった。

どうやって切り抜けたものかとクォヴレーが考えていると廊下から何やら叫び声が聞こえてきた。

その場にいた全員は今のが聞き間違いかどうかを確認するかのように顔を見合わせると、一斉に廊下に出る。

廊下でクォヴレー達が目にしたのは制服からして訓練兵の少女とその傍らで意識を失った白銀武の姿であった。

訓練兵の少女曰く、武がいきなり彼女を男と言い、何やら強引に服を脱がせようとしたらしい。

事情を聞いた後、クォヴレーは周りの4人と同じような視線を、意識を失っている武に向けた。




―――何やってんだコイツ。という視線を。




やがて目を覚ました武の言動から、クォヴレーは武が雰囲気の切り替えをしようとしたというのがようやく分かった。

理解しても変なやり方だったのは違いないが。理解不能だ。


「鎧衣、こんな紹介でなんだが……この者が新しく加わった仲間の白銀武、そっちの者がクォヴレー・ゴードンだ」

「あー、君たちがそうなんだ。えーっとボクは鎧衣美琴っていいます! よろしく~」


美琴は黒板に自分の名前を書く。

『鎧衣 美琴』。

日本人の知り合いが多いわけではないが、クォヴレーからしても女性としての印象を受ける名前だった。


「前にも言ったと思うけど、彼女が怪我で隊を離れていた鎧衣よ」


言われてクォヴレーは記憶を探りだし、入隊日にそんな話があった事を思い出す。


「たしかサバイバルのエキスパートだったか?」

「もう、そんなに言われちゃうと照れちゃうなー。えっと、ボクのことは美琴でいいよ。君はクォヴレーでいいよね?」

「あ、ああ」

「あっ、そうだ! ボク教官のところに行かなくちゃいけなかったんだ! 早くしないと食事も間に合わない!じゃあ、また後でねタケル、クォヴレー!」

「……ああ」


クォヴレーは返事しか出来ず、皆の前を去っていった美琴を見送った。

正直マイペース過ぎるが別に鼻つくようなものでなかった為、初見のクォヴレーも気にせず、むしろ美琴の明るさを好ましく思ったくらいだった。

武も美琴の去っていった方を見ていたが、その視線には何処か懐かしさを感じたものが混じっていた。


「……行っちまった……」

「行っちゃった……じゃないよー!」


珠瀬にしては珍しく叱るような口調だった。


「幾ら何でも、男だろ? は失礼じゃない?」

「今更男女にこだわるわけではないが、口にすることもあるまいに……」

「鎧衣さん可哀想だよー」


口々に言う皆の意見に内心武の行動を理解しながらも、クォヴレーも素直に自分の意見を言う。


「たしかに中性的なイメージはあったが、もう少し言い方があった気がするな」

「そうそう。中性的ならクォヴレーさんだって……あ」

「―――む?」


今何か聞き逃せない言葉があったような……。

そんな思いを持って珠瀬の方をクォヴレーは見る。

必死に顔を合わせないようにした珠瀬がそこにいた。気のせいか体が軽く震えている気もする。

そこに冥夜がやや慌てて間に入る。


「気にするでないクォヴレー。そなたの場合目つきが鋭いが故、そういう事もないだろう」

「……それは褒められているのか?」


冥夜のフォロー(?)をイマイチ理解できなかったクォヴレーは首を傾げる。


「無論だ! 鷹のような鋭い目。小さな子供ならば泣いてしま……あ」

「…………」

「御剣……墓穴」


気まずそうな冥夜とその影に隠れているが、恐らく同じような表情を浮かべているであろう珠瀬の影を交互に見た後、クォヴレーは溜息をつく。


「別に気にしてはいない。それより、PXに行くのだろう。鎧衣ではないが、食べる時間がなくなってしまうからな」

「そ、そうね。行きましょう」

「今日はヤキソバ……」


榊に続き小隊メンバーが教室を出ていき、最後に武とクォヴレーが残っていた。

クォヴレーも武にも促そうとしたが少し様子がおかしいのに気付き近寄る。


「今日はもう11月か……」

「? ああ、そうだな」

「なぁ、俺たちのやってる事って些細な変化しか与えてないんじゃないか……?」


武の様子にクォヴレーは得心がいった。

恐らく彼の知る前の世界での未来と違いがほとんどないのだろう。

このまま違いがなければ彼の見てきたオルタネイティヴ5が発動されてしまう。

それによる焦りが、武に余裕をなくしてしまい長距離射撃などの影響を考えられなかったのだろう。

未来を知るが故の恐怖。その感覚は、クォヴレーも覚えがないわけではない。


「…お前の知る『未来』は知らないが、俺たちの行動は横浜基地の訓練部隊のモノに過ぎない。そうそう大きな変化がある方がおかしい」

「そうか……」

「それに総合戦闘技術評価演習が始まる日付はそう変わらないのだろう?」

「……ああ」


訓練兵が物凄く優秀だろうと、演習にはそれなりに準備を行う。

それが衛士になる為のものであれば尚更である。

香月博士が無茶でも言わない限り、早まることはあるまい。

武もその事は理解しているのか、しっかりと頷く。


「少なくともそれを終わらせるまでは小隊内での干渉だけで十分だと思うぞ。香月博士もそれを考慮した上で訓練部隊に配属させたのだろう」

「……あの人ならそうかもな」


そこまで言って武はネガティブな思考を吹き飛ばすように軽く顔を振る。

クォヴレーの顔を見る表情は、冥夜たちに見せるものと同じものに戻っていた。


「すまねえ。少し弱気になってた」

「―――気にするな。誰だってそういう時はある」


そんな言葉を返した反面、クォヴレーは立ち上がり前を歩く武の背中に何かの感情を込めた視線を向けていた。




翌日、207小隊はグラウンドで近接戦闘の予備訓練をしていた。

ナイフのみを武装とし、二人一組で対戦をしていた。

207小隊は7人の為、クォヴレーと彩峰と榊の3人は他の2ペアの対戦を見ながらそれを検討しあって時には軽く話の内容を実践していた。

その中、特に武と冥夜との戦いに話はいっていた。


「やるわね白銀。御剣相手に互角以上なんて」


単純な近接戦闘のセンスならば、恐らく冥夜の方が上だろう。

だが、白銀はその差を情報によって埋めていた。

御剣冥夜の身体能力、性格、そして癖。

行動を予測できる相手ならば、力量に差があろうと勝つことは十分可能だ。

もしクォヴレーが彼を知らないアラドやゼオラに会うような事があれば同じような事が出来ると断言できた。

尤も、そんな世界で会うのは望む状況ではないが。

そんなことを考えていると、ふとクォヴレーは視線を感じた。

振り返れば彩峰がじっと見ていた。

武たちに触発されて、体を動かしたいのだろう。

そう語っている眼に気付き、クォヴレーは榊に顔を向ける。榊は頷き軽く後ろに下がる。


「クォヴレーと近接戦闘は初めてだね…」

「? そうだな。それがどうした」

「本気で行くから」

「……そうか」


その言葉に込められた闘志に感化されたのか、クォヴレーも切り替えナイフを逆手に持つ。

嘗て地球でないある星の特殊部隊の一員の過去がある故、対人戦の技術は低くはない。

クォヴレーの雰囲気が変わったのに気付くと彩峰が好戦的な笑みを浮かべ突進してきた。




「たけるさん、すごいよ。御剣さんと互角にやるなんて」

「……互角ではない。完全に負けだ」


冥夜が無念そうに訂正をする。その様子に美琴と珠瀬が不思議そうな顔をする。


「時間いっぱいまで戦ってはいたが、白銀が追撃をほとんどしていなかったからな」

「ええ、御剣の息が上がるたびに何かを語りかけていたのよ。クォヴレーの言う通り、攻め込めば決着はついた……当然白銀の勝利でね」


クォヴレーの説明に千鶴が補足をする。


「勘ぐりすぎだ。第一それを言ったらクォヴレーなんか彩峰に勝ってるじゃねえか」

「……白銀、デリカシーがないね」


彩峰が少し睨むような目つきで武を見る。

クォヴレーと彩峰の試合はクォヴレーの勝利で終わった。

防御に徹していたはずのクォヴレーが踏み込んできた彩峰を投げて、そのままナイフを押し当てる結果で。

派手に動くわけにもいかないが、わざと負けて気付かれては信頼など築けない。

それにクォヴレーは本気を望む彩峰の心構えを無視することは出来なかった。故に勝ちにいったのだ。

訓練初日のトラック周回で、彩峰の身体能力が207分隊の中でも並でない事は把握していた。

彼女はその後の訓練で、それが見誤っていないことを証明し続けていた。

故に、敢えて防御に徹し彩峰に有利だと思わせることで彩峰の攻撃パターン取得及び彩峰の体力を消耗させていき、息が切れるか切れないかといったところで、わざと隙を作って勝負を仕掛けさせカウンターで終わらせたのだ。

終わった後、彩峰はようやく乗せられていた事に気付き、態度にこそ出さなかったが悔しがり、それは今も続いていた。


「生憎、私の試合より早く終わっていた為、見ることはできなかったが是非とも次には手合わせしたいものだ」

「……同じ手は使わんぞ?」

「ふっ、それこそ臨むところだ」


冥夜の闘志の篭った視線を素面で受け流すクォヴレー。

内心少しやり過ぎたかと心配していたが、冥夜にとってはそれすらも発破となったようである。


「二人とも凄いんだね~」

「ん?」


全員が声の主、美琴の方へと顔を向ける。


「さっきね、ちょっと話を聞いたんだよ。特殊部隊にでもいたの?」

「は?」

(……いたな。たしかに)


間抜けが声を出す武の横で先程と変わらぬ表情で美琴に顔を向けるクォヴレーは内心で返答をした。


「だってほら、特殊部隊って何をやらせても凄いレベルでできる人間の集まりでしょ? タケルたちの事じゃない」

「おいおい、あんまり褒めるなよ~。増長しちまうだろう」

「……自分で言うことじゃないだろう」

「まったくね」


榊とクォヴレーは揃って呆れ、ため息をついた。




夕日が現れる頃に本日の訓練が終わり、207小隊は食事のためにPXへと向かう。

途中、美琴が胸の話をして武が堅物認定なんてされた後、食事を受け取り食べ終わった後の雑談タイムの中、榊が全員を呼びかける。


「とうとう11月に入ったわ。総合戦闘技術評価演習までもう1ヶ月ない」


全員が榊のいいたい事を理解する。


「準備は……間に合う?」

「ああ、オレはいつでもいける」

「俺も問題はない」


他の面々に次々に同意する。


「一応白銀とクォヴレーには言っておくわ。演習と言っても、死人が出ることもあるからね?」

「わかってる。覚悟してるよ」

「むしろ、そのくらいでなければ意味がないからな」

「これに合格することは基礎訓練の終了を意味し、戦術機の訓練に移行するということだ」


戦術機、この世界でのPT、MSに当たる機動兵器。

そこでクォヴレーは自分の愛機について思い出す。

香月博士は場合によってはベルグバウで出撃してもらうと言っていたが、戦術機でも自分は戦うのだろうか。

MSの操縦なども出来るクォヴレーからすれば、おそらく戦術機もMSと違いはあれど、乗りこなす事は可能だろう。

しかし、香月博士のいう任務ではベルグバウ、通常では戦術機というのでいいものか疑問に思った。

あまり複雑な状況は面倒だし、枷になることもありうる。

そのうち訪ねて聞くということで思考を終了させたところで場の雰囲気が重くなっているのに気付いた。

榊が前回総合戦闘技術評価演習を合格しなかった事を話していたのだ。


「……チームをまとめられない無能な分隊長と指示に従わない部下、見切りをつけて独断した部下……主にこれが理由」

「さ、榊さん……」

「ど、どうしてそんなことわざわざ言い出すの?」


戸惑う珠瀬と美琴をよそに場はさらに酷くなっていった。


「……違うね。最後はあんたの指示に従って地雷原の餌食になったんだ……」

「彩峰さんまで?!」

「……鎧衣は迂回すべきだと言っていた。鎧衣の勘が尊重されるべきことは事前に了解済みだと思っていたのだがな……」

「冥夜さんっ!」


三者、にらみ合いこそしないが雰囲気はそれと同じようなイメージをさせた。

珠瀬と美琴があたふたする中、二人はクォヴレーと目が合い懇願するような視線を向けた。

クォヴレーは少し溜息をつく振りをして、軽く手を上げ注目を集める。

武もまとめようと思っていたらしいが、クォヴレーが代わりにしてくれるというならという事で大人しく耳を傾ける姿勢を取っていた。


「何故榊がその話題を出したのか多少理解が欠けている。それで、いくつか聞いていいか?」

「……ええ、かまわないわよ」

「では率直に聞くが、今も同じなのか?」

「え?」


クォヴレーは武を除いた全員の顔を見回した。


「榊、今度の総戦技演習。同じような間違いをしてしまうと思うほど自信がないのか?」

「なっ、そんなわけないじゃない! 過ちを繰り返すなんてしないわ」

「ならいいだろう。少なくとも俺にとってはそれで十分だ」


クォヴレーの言いたい事が大体理解できたのか雰囲気が若干和らいでいった。


「人が間違えを起こしてしまうのは仕方がない。重要なのはそれを生かすことだ。彩峰と御剣は今の榊が分隊長として信用できないか?」

「いや……」


冥夜は首を振り、彩峰も口には出さないが性格からして、こういう場面において信用できないならできないと言うタイプだとクォヴレーは判断している。

犬猿の仲だろうと、榊のことを多少は認めているのだ。


「昔の前線の兵士の戦う理由の中で大きな部分を示した一つが『自分も生き残り、戦友も生き残らせたい』だそうだ」

「……!」


クォヴレーの言葉にはっとなる冥夜たち。


「俺は入隊して1ヶ月も経っていないが、共に207小隊の仲間だと思っている。それは任官してバラバラになった後でも同じだろう」


そこでクォヴレーはどこか遠くを見るような目をした。


「命令の不適切、理不尽さもある…かもしれないだろう」


断言しそうになったところを慌てず引継ぎ訂正する。


「だが、少なくとも背中を預けられる仲間と共にあれば理不尽な命令にも耐えれる、乗り越えられる。そんな気がする」


最後の部分をとってつけたようにクォヴレーはつけ足す。実際はそうやって軍隊にいたのだ。

一時期地球から追放された時も悲しき人類同士の戦争のときも、アラドとゼオラ、そのほかにも多くの仲間たちと共にいたからこそ戦い抜けられたのだとクォヴレーは思っている。


「……そうね。あなたの言いたい事は理解したわ」

「うむ。しかし、そなたの言葉にはどこか重みがあるな。まるで経験してきたような口ぶりだ」

「―――気のせいだ」

「そうか」


クォヴレーが否定すると冥夜はそれ以上聞いてこなかった。その代わりにその顔には笑みが浮かんでいた。

和らいだ雰囲気の中、武だけが少し複雑そうな顔をしていた。




11月10日の夜、クォヴレーは香月博士に呼ばれた。


「今から短くて1日、長くて数日、新潟へ行ってもらうわ」

「新潟? 佐渡島に何か動きが?」


佐渡島とはBETAによって占領されている島……謂わば日本にとってのBETA最前線基地だ。

その佐渡島に最も近い新潟に出向くならばBETA関連しかあるまい。

クォヴレーのその推察に香月博士は小さく頷く。


「今はないわ。でも、これからあるかもしれないわ」


そこまで聞いてクォヴレーは、武が前の世界で体験した出来事がこちらでも発生する可能性があるということを思い出す。

また同時に、BETAが上陸することで自分が呼ばれた理由をも予測した。


「ベルグバウで出ろということか?」

「ええ、むしろそうじゃなきゃ呼んだ意味がないじゃない。アレがハリボテじゃない事を教えてもらう為に呼んだんだから」

「なるほど……俺としてもBETAがどんなものなのか見ておきたかったから丁度いい」

「あら、頼もしいわね。現地についたらあたしの直属部隊でA-01ってのがいるから、合流して隊長の伊隅から作戦概要を聞いて頂戴。ま、あんたは今回テストパイロットとしていってもらうから、こっちの作戦にはあんま関係ないけどね」

「合流? ……簡単な援護なら兎も角、連携を取るのは難しいんじゃないのか?」


この世界において、戦術機同士が連携を取るのは軍が違っていても相互の努力で何とかできるだろう。

だが、戦術機とは全く異なる設計思想で創られたベルグバウでは話は別だ。

クォヴレーのいた世界では様々な機体が存在していたが、この世界では戦術機の1色なのだ。

つまりベテランであればあるほど、衛士たちは戦術機同士の連携に慣れきっており、戦術機でないベルグバウとの連携は困難を極めるとクォヴレーは予想したのだ。

香月博士とて、その辺りは解っていたのか素直に頷く。


「ええ、下手な連携で効率が悪くなっては意味がないわ。だから、あんたの言う簡単な援護だけの関係でいいわ」

「……つまり、共同作戦であるが戦闘において俺は俺の判断で動いていいという事か?」

「そうね。伊隅からの指示があった際を除いてはそれで概ね間違ってないわ」

「成程……で、作戦内容は何なんだ? あんたの事だから、単純な殲滅戦ではないのだろう?」


クォヴレーの疑問に、香月博士は科学者としての笑みを見せる。


「目的は、BETAの捕獲よ」




現状存在する戦術機は3つの世代に分かれている。

戦車の思想を受け継ぐ形である防御力を重視した第一世代。

その第一世代の対BETA戦の結果から機動力重視として開発された第二世代。

そして、第二世代に新素材の装甲やデータリンクの高速化の実装、さらなる機動性を求めて開発された第三世代。

横浜基地に配備されている戦術機の多くは第一世代の撃震であり、優れた実戦部隊には第二世代の陽炎といった配備がされている。

第三世代の一つ、不知火を配備している部隊は横浜基地において1部隊しか存在しない。

それが香月博士の直属であるA-01部隊である。


11月11日午前6時00分。

新潟にその不知火の姿があった。


「あー、もう! 来るならさっさと来なさいってのよ!」


A-01のナンバー2ことヴァルキリー02、速瀬水月中尉は苛立ちを隠そうとせず、OPEN回線で言い放つ。

自分達が行う任務の重要性は彼女とて嫌というほど理解している。

だが、それとは別で、A-01部隊は10日の18時頃から配置についているのだ。

いつBETAが上陸してくる分からない為、A-01は皆24時間体制で戦術機に搭乗するという状況は最もである。

だが、配置についてから半日近くが経っている。延々とただ待つという行為は、性格上我慢が出来なかったようだ。

もし、この場に彼女の上官である伊隅みちる大尉がいたのならば、叱責するはずであったが……


「もう、水月。大尉が試験部隊の人と話してるからって叫んだりしちゃ駄目だよ」


A-01部隊専用のCP将校(コマンド・ポスト・オフィサー)である涼宮遥中尉は速瀬水月とは同期にして、訓練学校以前からの付き合いである。

そんな友人の窘めに不満そうな表情をした速瀬中尉だったが、友人の言葉にずっと持っていた疑問を露にする。


「……それよ! それなのよっ!」

「? 何が?」


可愛らしく首を傾げる友人に、水月は一方向に顔を向ける

その視線の先には、戦術機運搬用の輸送車があった。

無論、彼女が睨んでいるのは輸送車ではなく、その中身である。


「たしか、今回の作戦で実戦データを目的に急遽合流した実験機が搭載されている……との話ですね」


横手から、ヴァルキリー03である宗像美冴中尉が口を挟む。

普段なら水月をからかう彼女であるが、珍しく真面目な口調であった。


「副司令からの任務は慣れてきたけどさぁ……いきなし知らない衛士と組んでBETAの捕獲をしろってのは流石にどうなのよって思うわよ」

「み、水月! ダメだよそんな事いっちゃ……」


口では水月を諫めているが、CPの遥とて同じような気持ちを持っている。

宗像を含めた他のA-01の衛士たちも同様の気持ちを持っているだろう。

実験機に同じA-01の衛士が乗っているというのならば、まだ連携は取れるだろう。

衛士にとって連携とは対BETA戦術における必須条件であり、連携を行うにはお互いの能力や癖を頭に叩き込まなければならない。

その為に衛士が行う訓練は1機のみで行うものなど、訓練兵時代に使用する教習カリキュラム程度だ。

対人類戦を想定している某国ですら、2機編成(エレメント)を基本編成としている。

そういう意味で、彼女たちの不満は最もなものだろう。

自分達の命を危険晒すのがBETAだけでなく、見知らぬ衛士との連携も含まれてしまうからだ。

それはA-01の隊長の伊隅ですら危惧していることであり……クォヴレー・ゴードンと香月夕呼の予想通りであった。



実験機の積まれた輸送車の近くに1機の不知火が佇んでいた。

水月たちの隊長にして、香月博士との会話にも出た伊隅みちる大尉である。


「―――以上が、今回の作戦の全概要だ。何か質問はあるかプリスケン」

「……1つ提案、というよりも了承して貰いたい事がある」


プリスケンと呼ばれたクォヴレーの声が伊隅のコックピット内に響く。

伊隅の言うプリスケンというのは今回、クォヴレーのコールサインとしても香月博士からA-01に知らされた名であった。

輸送車で移動中、博士の急な通信によってコールサインの希望を求められ、クォヴレーが咄嗟に考えたのが彼との因縁が深い男の名であったのだ。

本来、実験機のテストパイロットを香月夕呼の腹心とも言える伊隅にまで隠す必要はないと思われるが、先日の会話の内容の通り、この世界のイレギュラーであるクォヴレーだけは其れを隠す必要性があるのだ。

それでも過剰すぎるが、これはクォヴレー本人も望んだ事でもあったのだ。

香月博士の協力者ではあるが、必要以上に人の目につくというのはベルグバウの事を含めても好ましい状態ではない。

英雄になりたいわけではない彼にとって、ある意味それは当然の希望でもあった。

故に、伊隅の不知火のコックピットの画面には誰も映っておらず音声のみが伝えられる。

A-01の最古参である伊隅からすれば、疑問は浮かべど其れを問いただすつもりはなかった。

『need to know』。

任務遂行上で必要だと判断すれば、香月博士は必要な情報を絶対に与える。

裏を返せば、香月博士から教えられない以上それは自分が知る必要がない事なのだ。

つまり、プリスケンの姿を自分は知る必要はないと、伊隅は結論つけている。

実際には少尉相当らしいプリスケンだが、実験機に関しては大尉の伊隅でも口を出さない。

それならいっそ、と伊隅はプリスケンを自分と同じ大尉相当を判断して対応している。

よって伊隅はプリスケンの疑問に素直に耳を傾ける。


「ん? 何だ?」

「先程の説明では、此方に1機僚機をつけるという話だったが―――」

「1機では足りないか?」


伊隅は僅かに目つきを細める。

実験機に関する事は全てプリスケンに一任されている。

だが、自分の任務にはBETA捕獲という任務以外にも『プリスケンのサポート』という任務もある。

単機であった実験機に僚機をつけて2機編成にするのは伊隅にとっては至極当然の話であった。

だが、僚機をつけるということは中隊から戦力を減らすということである。

プリスケンが要請をしてくるのならば、伊隅に其れを拒む事は出来ない。

しかし、これ以上戦力を減らすというのはBETA捕獲の任務に支障をきたす可能性があるのだ。

この場に、先月着任した新入りである207A分隊の面々はいない。

既存の隊員との連携も上手く済んでいない新入り達を連れてくるのは危険でもあるからだ。

よって現在の戦術機に搭乗している隊員は伊隅を入れて7名しかいないのだ。

その内1機をサポートに回して6機、元より少ない戦力を分断されるのは非常に痛いのだ。

そこからくる焦りと怒りから、伊隅は思わずプリスケンの言葉を遮るという行為をしてしまった。

しかし、プリスケンの要請は伊隅の危惧とはまったく別のものであった。


「いや、逆だ。僚機をつける必要はない」

「……なんだと?」


伊隅は思わず驚愕で目を見開く。

その表情を見る事が適わぬプリスケンは淡々と理由も述べてゆく。


「此方の主目的は実戦データの取得が目的だ。つまり、ある程度の戦闘を行えば何時でも離脱してもかまわないのだ。だが、其方の任務はBETA捕獲だ。輸送することなどを考えればBETAを目の前にしての離脱は困難を極めるだろう」


A-01とプリスケンがいる地域は南北共に帝国軍が配置されている場所である。

つまり、ここを来るBETAは北の帝国軍によって被害を与えられたものであり、もし取り逃がしたとしても南の帝国軍が撃破してくれるという捕獲という任務上、非常に有利な場所でもある。

撤退も比較的容易な場所ではあるが、BETAを収納する大型輸送車の速度を考えれば、帝国軍の援護のないこの場所は撤退が難しい場所でもあった。



「―――それを実行するのが我々だ」

「ああ。実行して貰わなければ困る。だから僚機は必要ない。―――承諾を感謝する、伊隅大尉」

「なっ……」


伊隅としては『1機を其方に回しても任務は完遂してみせる』と言ったつもりだったが、プリスケンはそこを曲解した振りをして伊隅が承諾したように強引に会話を持っていった。

無茶苦茶な言い分であったが、実験機の事は全て一任されているプリスケンがそう言った以上、横浜基地からの指令がない限り決定事項となってしまった。

これが伊隅の危惧した通りの戦力分断なら兎も角、これでは反論するのも難しい。


「プリスケン……貴様……」


しかし、何も言わない訳にはいかない。

そう思い何か突破口を考えようとする伊隅の耳に通信が入った。


「ヴァルキリー・マムから中隊各機、及びプリスケンへ。佐渡島ハイヴから旅団規模のBETA群が南下を開始、現在は海底を移動中との事です」


その場にいる全ての者に緊張を及ぼす報告に、逸早く行動を開始したのは伊隅大尉とプリスケンであった。


「プリスケンよりヴァルキリー1へ。本機はこれより起動、及び所定配置に着く」

「……ヴァルキリー1了解。―――ヴァルキリー1から各機、聞いたな? 装備の再点検を行え!」

「「「「「「了解ッ!」」」」」」


伊隅の不知火も配置につく中、実験機と呼ばれたベルグバウも起動を開始する。


「旅団規模か……どれだけの数が此方に来るか分からないが……少なくはなさそうだな」


プリスケンと呼ばれたクォヴレー・ゴードンはそう言って、ベルグバウを起動させると同時に輸送車に実験機起動の連絡を入れた。




配置についた伊隅に宗像からの部隊全員へのOPEN回線で通信が入った。


「大尉、それで実験機につける僚機は誰にするんですか?」

「……必要ないとのことだ。当初の予定通りの編成でいく」

「は……? 必要ないと言われたのですか?」

「ああ―――むっ」


呆気に取られた声を出す宗像を尻目に、伊隅は輸送車の天井が開いていくのを視界に納める。

そこから這い出るように姿を露にした実験機は、BETA南下と同等かそれ以上の衝撃をA-01に与えた。


(戦術機……なのか? あれは)


実験機―――ベルグバウは既存の戦術機とは見た目からして違いすぎる異端であった。

戦術機は人の動きを再現し、それ以上のことを実行させる為、人の姿を模している。

それに比べて実験機は、『人型の悪魔』を模した機体というイメージを持たせる。

武装面でいえば、戦術機の多くにつけられているジャンプユニット、予備武装をつけるマウントが見当たらない。

腰につけられた大型な銃らしきものくらいしか武装が見当たらない。

まさかアレ一丁しかないのだろうか。

疑問を口にしたいのを無理やり押し込めて伊隅は隊員に聞こえない程度のため息をつく。


(あの副司令が送ってきた機体と衛士だけあって……非常識だな)


しかし、同時に副司令の事は信頼している。

その副司令に実験機を任されたプリスケンの事も信用できるだろう。

プリスケンの大口も根拠のないものでは決してあるまい。

実験機の異端さがそれを証明している気がする。


「ヴァルキリー・マムからヴァルキリーズ及びプリスケンへ。佐渡島から南下したBETA群の一部が帝国海軍日本海艦隊の海防ラインを突破。新潟へ上陸を開始しました」

(来たか……)


進行速度によるが、30分もしない内に交戦に入るのは間違いないだろう。

そう思った伊隅の右方には、実験機が配置についていた。

その足元には輸送車と共に積まれていたと思われる74式近接戦闘長刀が地面に突き刺さっている。


「プリスケンよりヴァルキリー1へ。配置に着いた。また、マーカーを発信する。確認求む」


プリスケンの通信とほぼ同時に、レーダーに新たなマーカーが伊隅の横手に表示された。


「ヴァルキリー1、マーカーを確認した…………なお、ヴァルキリーズは任務完遂の為、必要以上の援護はできない」

「―――プリスケン、了解した。……それでいい。互いの任務を果たせ」


プリスケンとの通信が終わると同時に、A-01全隊員への通信を開く。


「ヴァルキリー1から各機へ。状況次第では僚機として―――」


無論、実験機単機では荷が重いと判断したのならば、伊隅はすぐさま僚機をつけるつもりでもあった。

言われたままに予備策も用意してないようでは、香月博士の腹心など務まらない。

伊隅は実験機が長刀以外の近接武装を持っていない事を見て取り、僚機を決定する。


「ヴァルキリー2。貴様がプリスケンにつけ。タイミングは此方で指示する」

「―――了解」


水月の返答と共に、北の戦場に支援砲撃が降り注いだ。




「ヴァルキリー・マムよりヴァルキリーズ及びプリスケンへ。北の帝国軍部隊を突破したBETA群が此方に向けて南下中。まもなく戦闘領域に入ります」

「此方プリスケン。レーダーにて連隊規模BETA群補足。まもなく視認可能領域に入る」


プリスケンの言う通り、朝日を浴びながら忌々しい影が近づいてくるのが分かる。

幸い、北の帝国軍の手によって光線級の数は左程多くないようだ。


「ヴァルキリー1からヴァルキリーズへ。突撃級が来るぞ! 合図と同時に散開して回りこむ! 光線級に注意しろっ!」

「「「「「「了解っ!」」」」」」



状況を把握する為、ヴァルキリーズとプリスケンことクォヴレーの通信はOPEN回線で事が進んでいる。

それ故、クォヴレーもまた伊隅の指示を聞いて、そして思案する。


(突撃級……たしか、正面に覆われている装甲殻は戦術機の装備では対処しづらいものだったか……)


36mmでは話にならないが、120mmなら単発では破壊できないものの一応損害は与えられるらしい。


(となれば、通用しないという事はないだろう……が、念の為に試しておくか。どの道、撃つとしたら距離が空いている今くらいしかない)


そう結論付けてクォヴレーは伊隅を主としたA-01に通信を入れる。


「プリスケンよりヴァルキリーズへ。これより第3武装の試射を行う。射線軸に注意せよ」

「なにっ?」


伊隅の訝しげな声が耳に入るが、気にせずクォヴレーはベルグバウの『第3武装』とやらを展開する。

双肩につけられた翼のような部分が肩を軸に回転し、前面に突き出る形になる。

同時に発射口となるバレルも展開し、チャージを開始する。

次いで、空気中の成分による影響の誤差を修正した上の照準にする。

発射口から青白い粒子が溢れ出してきている。

チャージ完了の兆しである。


「プリスケンよりヴァルキリーズへ。試射を開始する。閃光防御せよ」

「―――ヴァルキリー1より各機!閃光防御!」


伊隅の声が聞こえると同時にクォヴレーは引き金を引く。


「……エメト・アッシャー、ダブル・シュートッ!!」


発射口より青白い粒子は一回瞬きする間に、光の二槍となりて先頭の突撃級を串刺しにし、その背後にいるBETAも次々と貫通していく。

ベルグバウのレーダーから見れば、今の砲撃で17体ものBETAが撃破できている。

しかし、クォヴレーの顔は僅かに顰めたものになっていた。


(……後方の光線級までは届かなかったようだな……突撃級の装甲殻に大分持っていかれたか)


物量が圧倒的なBETAに対して有効な戦術の一つはいかに数を減らすのではなく、いかに倒すべきBETAを早く倒すかによると考えている。

光線級は大抵BETA群の後方にいる事が多い。

馬鹿みたいな射程を持っているのだから前面に出る必要がないのは当然だ。

だからクォヴレーとしては、エメト・アッシャーでBETA群を全て貫通して光線級を撃破できるかどうか調べる為に文字通り『試射』した。

予想された範囲の結果である為、落胆するわけでもない。


(それにしても17体か。盾になったというよりも……回避という概念がないのか?)


銃口を向けられてもなお、真っ直ぐ向かってるBETAの其れは成程。たしかに衛士たちに恐怖を覚えさせるものでもあるだろう。


(まあ、奴等の思考分析は後にするか……)


そう言ってベルグバウの右手にツイン・ラアムライフル。

左手には突き刺さってある74式長刀を引き抜かせる。


「プリスケンよりヴァルキリー1へ。第3武装の試射完了。当機はこれより他武装の試験運用の為、近接戦闘に入る」




(光学兵器……だと? しかも、一回の砲撃で17体ものBETAを撃破)


伊隅は本日何度目かになる驚愕に包まれながら、目の前の光景に目が離せなかった。

真正面から突撃級の装甲殻を貫通した事も驚きだが、それ以上に注目するべきはその時間だ。

重光線級の照射とて、艦隊の装甲ならば数秒は保つのだ。

対レーザー装甲ではないとは言え、艦隊以上の硬度を持つ突撃級の装甲殻を苦もなく貫通していくのは異常とも言える。

不知火とほぼ同サイズの機体にあれほどの武装をどうやって香月博士はつけたのだろうか。

だが、疑問を頭で埋め尽くす前に指揮官としての理性がそれを制する。

レーダーをよく見れば砲撃の直撃を免れた突撃級が愚かにも装甲殻を一部欠けながらも要撃級を伴って少数で向かってきていた。

プリスケンも此方の任務を想定してか手を出そうとはしていなかった。


「ヴァルキリー1よりヴァルキリーズへ。間抜けな突撃級が来るぞっ! 突進を回避後、速やかに無力化しろ! 後続のBETAにも注意しろ!!」




クォヴレーは突撃級らの捕獲をヴァルキリーズが完了するまで、自身で設定した防衛ラインを超えそうなBETAを片っ端から無力化していた。

ベルグバウには本来近接武装はない為、74式長刀を持ってきたのだが想像以上に使い勝手がよかった為、近接戦闘も長刀が使用可能な内は問題なさそうである。

ただ左手だけで持っている為、あまり強固な部分を斬るのは難しいだろうと判断し、要撃級の前腕などは避けている。

その代わりに、右手に持ったツイン・ラアムライフルのBETAへの効果も上々である。

粒子と実体弾、つまりビームと実弾を打ち分けられる武装であり、ベルグバウが使用する基本的な武装といっていいだろう。

ビームで要撃級の前腕を吹き飛ばし、実弾を以って無力化にするといった戦法が効果的であった。


(ガン・スレイヴでも装甲殻は破れないことはないだろうが、脆弱な部分を狙った方が効率的だろうな。もしくは―――)


ベルグバウを僅かにラインから下げると同時に背中にある脊椎に沿って生えているオウトツから、4つの影が射出される。

遠隔誘導兵器であるガン・スレイヴは攻撃防御と共に使用できる武装である。

本来は突撃級のような正面からでは無力化しづらい相手の背後などにガン・スレイヴを移動させ、相手の脆い部分を攻撃させたり、素早い相手に避けられないようにする為の集中射撃に使用する武装である。

しかし、クォヴレーは単一の相手へのロックオンをせず、一定地域への掃射に切り替える。

その地域には多数の小型種が蠢く場所であった。

ガン・スレイヴ単体の攻撃力は他の武装に比べると高くはないが、小型種には十分すぎる威力であるとクォヴレーは予想した。

小型種は戦術機の36mm突撃砲ですら掃射で十分なのだ。ガン・スレイヴで不足ということはあるまい。

4基のガン・スレイヴは間隔を空けながらも綺麗に並び、弾薬の嵐をある範囲に降り注ぐ。

空中で浮遊するガン・スレイヴに触れる術を彼等は持っておらず、なす術もないまま屍となっていった。

仕事を終えた僕が主の元へ戻るように、ガン・スレイヴはベルグバウの背中に速やかに戻っていった。


(これでツイン・ラアムライフル、ガン・スレイヴ、エメト・アッシャーの有効性は確認できたな……『アレ』の有効性の確認は必要あるまい。A-01もいる。とりあえず、現武装で問題はない)


ベルグバウにはもう1つ武装がついているのだが、此方は他の3つの武装とは一線を画す武装である。

他の3つが戦術相当の武装ならば、最後の1つは戦略相当に値するのだ。

この場で使用しては帝国軍の目につく可能性、BETA捕獲が出来なくなる可能性がある。

しかも、自身の動力部からエネルギーを引き出す為、そうそう使うような武装でもない。

言わばベルグバウの切り札である。


(とは言え、数が多すぎるな。本来なら機動力を生かし、距離を取ってエメト・アッシャーで一掃してから近接戦闘に入りたかったが……まだA-01が後ろに―――)


クォヴレーの思考を切り裂くように、防衛ラインを突破しようとしたBETAが銃撃音と共に穴だらけにされた。

マーカーを見れば、A-01部隊が展開をしており、BETAを次々と無力化していた。


「ヴァルキリー1よりプリスケン。……突撃級と要撃級の捕獲は完了した。協力感謝する」

「プリスケン、了解。此方も順調だ―――?」


そこでクォヴレーはA-01のマーカーが1つ足りない事に気づいた。

問うべきか迷ったが後方に微小な反応をコンピューターが見つけた際に、それを振り切った。

自動でディスプレイに表示された其れは要撃級捕獲の際に損傷を負ったであろうコックピットがピンポイントで潰れた不知火の姿であった。


「……プリスケンよりヴァルキリー・マムへ。光線級がいると予想される地域一帯のデータを転送求む。ヴァルキリーズへの展開も頼む」

「ヴァルキリー・マム、了解。ただちにデータを転送します」

「プリスケンよりヴァルキリーズへ。データの受信次第、第3武装による砲撃準備を開始する。なお、その為に当機が一時後退する事を了承されたし」

「ヴァルキリー1、了解した。―――ヴァルキリー1よりヴァルキリーズ! 聞いての通りだ! ヴァルキリー2、貴様の隊は砲撃開始までプリスケンの援護を行え」

「ヴァルキリー2、了解っ!」


伊隅の返答を聞くと同時に、ベルグバウを後ろに下がらせる。

それと入れ替わりに2機の戦術機が前面に出る。

クォヴレーが砲撃をするまでの時間稼ぎと分かっているのだろう。

左程無理な行動はせずにBETAの足止めを効率的に行っている。

それを数秒と見る間もなく、データの受信を確認する。

光線級のいる方向にベルグバウを向けて、再び砲撃態勢に移行させる。


「プリスケンから前方のヴァルキリーズへ。砲撃を開始する。援護に感謝する」

「ヴァルキリー2了解! 目にもの見せて頂戴っ!」

「……了解した」


僅かにBETAに対する憤りを含めたヴァルキリー2にクォヴレーが返答すると同時に、チャージが完了した。

射撃目標を前回と違い、後方の光線級に届くように方角を再確認した後、エメト・アッシャーを発射する。

前回と同じように光の槍はBETAを次々と貫通していき―――


「突撃級2体、要撃級4体、重光線級2体、無力化を確認ッ!」

(『壁』が多くなければ届くようだが……やはり精度は悪いな。もう少し重光線級を仕留めたかったんだが……)


視認できない長距離射撃に加え、目標との間の障害物で射線軸が予定とは違った位置に照射された事をクォヴレーは分析する。

BETAとの戦いが短時間で終わる事がない以上、多少の誤差も修正しなければならない。

ましてや今回の戦闘は其れを確かめる絶好の機会なのだ。

考えうるパターンを潰しておきたい。


(となると……突撃級は兎も角、要撃級とは一度格闘戦を行った方がいいか)


もしハイヴに突入する場合、常に距離を取って戦える訳ではあるまい。

その辺りのパターンを取得するべきだろう。

クォヴレーはツイン・ラアムライフルをベルグバウの腰に戻し、74式長刀を両手で握らせる。

ベルグバウの両手に固定したことを確認すると、高機動兵器に相応しい速度で要撃級に切りかかった。




接敵から十数分、状況は順調であった。

要撃級の生命力を侮り衛士1名が捕獲の際に前腕による数回の攻撃により、コックピットごと圧死させられても既に数体のBETAを捕獲している。

実験機の方も、あの戦いぶりからすると順調なのだろう。

こうなると、後は撤退のタイミングを見極めるかどうかだ。

既に捕獲したBETAを積んだ輸送車を護衛し戦線を迂回するルートは既にCPの涼宮から提示されている。

殲滅しなくとも、追ってこられても輸送車を守りながら対処できるだけにBETAの数が減らさないといけないが、弾薬の数も既に半分を切っている。

しかも、北から新たなBETA群が突破してくる可能性もある。合流されるのは非常に拙い。

現在、残存するBETAは当初の半分以下になっている。

その無力化した内の半分は実験機によるものなのだから、そら恐ろしいものがあるが味方である以上心強いことも確かである。

実験機の協力を得られれば、残存するBETA群を相手にしても撤退する事も可能だと伊隅は判断した。


「ヴァルキリー1よりプリスケンへ。ヴァルキリーズは撤退準備入るが、そちらはどうだ」

「此方プリスケン。運用試験はほぼ完了。撤退のタイミングはそちらに同期しよう。当機はその後ろにつこう」

「……感謝するプリスケン。では、こちらの指定する座標に砲撃を―――」

「CPより各機! 多数の震源を探知! 出現予測位置は当地域ですっ!!」

「「―――っ!?」」


伊隅たちが涼宮の報告に何か言う前に、地中から多数の土柱が上がる。

巣穴から出てくるように次々とBETAが現れてくる。

その数自体は大隊規模であったが、先の戦闘で弾薬を消費したA-01には厳しい数だ。

実験機とて実弾を大分消費しているのは目に見えている。

しかも、光線級の姿も涼宮からの報告で上がってきている。


(こうなれば、輸送車に1機だけ付けて先に行かせるか……? いや、地中から現れるのが今回だけという保障はない……)


光線級が健在の為、北から南下してきたBETAが合流するより性質が悪い。

状況は先程と一転し、非常に拙い。

焦る伊隅に、プリスケンから通信が入る。


「ヴァルキリー1。撤退を開始しろ」

「馬鹿を言うなプリスケン! 今後ろを向けば光線級に狙い内されるぞ!」

「安心しろ。当機はこれより光線級の無力化に向かう」

「……プリスケン。実験機の武装が強力なのは認める。だが、状況が違う」


光線級は先程と場合とは数が違う上、大分それなりに分散している。

実験機があと何回砲撃出来るのか分からないが、1、2度では殲滅できないだろう。

しかも、砲撃の合間に他のBETAが接近してくるのを考えれば2回目の砲撃は難しい。

伊隅の理論的な反論を、プリスケンは何処か鼻で笑うような声で返した。


「聞き間違いか? ヴァルキリー1。当機はこれより光線級の無力化に『向かう』と言ったんだ」

「……なっ」


伊隅はプリスケンの言葉を理解すると同時に驚愕の声を出してしまう。

つまり、プリスケンはBETA群に突っ込むと言っているのだ。自らが囮になりに。

自殺行為以外の何者にも思えない。

だが、その考えすらもプリスケンは否定した。


「勘違いするなヴァルキリー1。こちらはこちらの任務を遂行するだけだ」

「任務だと……? だが、貴様は先程―――」

「―――『ほぼ』完了、と言った。厳密には全て終わらせている訳ではない。故に任務を果たす為の行動に他ならない。なに、そちらの撤退及び此方の任務が完了次第撤退する。気にするな」


それこそ無茶というものだろう。と言いたくなるが伊隅はこれまでの戦闘である種の信頼感をプリスケンに抱き始めていた。

少なくとも、この男は大口を叩くだけの実力を備えていると。


「……やれるか? プリスケン」

「ああ。……それに、こんな事で死んでしまったら香月博士に嗤われそうだからな」

「ふっ、そうか」


この男がそこまで言うのならば、信じる他あるまい。

軽口を叩くだけの余裕は焦っていた伊隅には嫌味にも感じられたが、存外悪いものではなかった。


「さて、奴等の方はそろそろ待ってくれないようだ……分かってると思うが、そっちに向かうBETAの数も少なくないだろう。注意しろよ」


段々と接近してくるBETAをレーダーで確認しながらプリスケンの言葉に伊隅は頷く。


「ああ。貴様こそ過信するなよ」

「分かっているさ」


実験機は言うや否や、BETA群に突っ込んでいった。

それを見送らず、伊隅は部下たちへの通信を開いた。


「ヴァルキリー1よりヴァルキリーズ! これより輸送車の護衛及び撤退を開始する!」







BETA群に突撃したベルグバウが最初に接敵したのは会戦と同じく突撃級であった。


「突撃級か……真正面からは面倒だな」


エメト・アッシャーを撃てない高機動戦では、装甲殻を無理に損傷させる力技はツイン・ラアムライフルの残弾を考えれば良くないだろう。


「ならば―――」


どんどん加速して向かってくる突撃級に向けて、ベルグバウを加速させる。

突進してくる突撃級に僅かに跳躍し突撃級の上部―――装甲殻の上に着地する。

そのまま前に前転するように跳躍し、反転する視界の中で突撃級の装甲殻に包まれていない部分に向けて引き金を引く。

ビームと実弾をほぼ同時に突撃級の体に喰い込む。

突撃級の脆弱な部分を次々と破壊してゆき、生体反応を消失させる。

さらに機体の回転を失速させず、そのまま左手に持った長刀を突撃級の後ろにいた要撃級に叩きつけるように打ち下ろす。

上半身を二分された要撃級は反撃する事もなく沈黙する。

それに怒ったわけか、すぐさま他の要撃級が襲いかかってくるが、クォヴレーはベルグバウを軽くステップさせるだけ要撃級の前腕を避ける。

先程の戦闘で、要撃級の戦闘パターンは粗方把握したが故に出来る芸当であった。


「邪魔だ」


前腕を振り切ったか否かのタイミングで一気に距離を詰めて袈裟切りする。

要撃級が崩れ落ちると同時に、横手から接近してきた奴にツイン・ラアムライフルの近距離射撃をお見舞いする。

既にベルグバウのいる位置はBETA群の中心地である。

突っ立っていても相手の方からBETAは寄ってくる。

加えて光線級を倒すべきクォヴレーがこの場に留まるのにも理由があった。


「―――来たな!」


ベルグバウのレーダーに映るBETAのマーカーが偏っていく。

BETAが道を空けているのだ。

光線級の道を。


「―――展開」


クォヴレーはベルグバウの足を止め長刀を地面に再び刺し、不可視の何かを全方位に出現させる。

展開すると同時に、エメト・アッシャーとは違った光の帯がベルグバウ向けて伸び、接触する。

しかし、それはベルグバウに当たる前に薄っすらとした壁によって阻まれていた。

ディフレクト・フィールド。

シールドを持たないベルグバウの唯一にして最大の防御手段である。

それだけに、実弾から光学兵器まで幅広く防ぐオールマイティーな武装でもある。


「……重光線―――2時方向に3、10時方向1か」


フィールドに突き刺さってくる光のラインを数える。

終えると、ベルグバウを2時方向に向ける。

レーザー属種の行動には2つの特徴的なものがある。

その1つに味方誤射をしないというものがある。

狙われた機体へのレーザー属種の『照射線軸上』には絶対に他のBETAは『存在しない』のだ。


「重光線級……貴様等が『狙える』という事は、俺も『狙える』ということだと知れ」


ベルグバウの肩のバレルが展開し、チャージ開始する。

そして、重光線級の照射を防ぎきると同時にフィールドを解除し引き金に引く。


「光線級による粒子の数値変換……誤差修正……エメト・アッシャー、発射!」


BETAが重光線級の為に開いた道を蒼白の槍が通過する。

BETA自ら開いた道の先にいる重光線級は、なす術もないまま3体全て風穴を開けられる事になった。


「ディフレクト・フィールドの状態を見る限り、重光線級ならば照射を7…いや、8受けるとフィールドが持たないだろうな。フィールドへの出力を上げればもう少しいけるだろうが……」


先程の戦法は光線級の数がフィールドによる遮断の予想された許容範囲内だったからこそ出来た芸当だったが、過去のデータを見る限り、光線級は3桁を超える地獄とて珍しい事ではないようだ。

やはり、基本は回避した方が余計なリスクを負わなくてしなくていいだろう。

もし、直撃してもベルグバウならば連続して受けなければ、戦闘に支障がない程度に耐えられるだろう。


「……さて、道を閉じられる前にさっさと終わらせるか」


再び疎になってきたマーカーを見ながら、長刀を引き抜き先程狙わなかった重光線級に向けて加速する。

壁になろうと向かってくる要撃級どもを通り際に斬り抜ける。

目標である重光線級の姿を確認すると、僅かに跳躍し長刀を振りかぶる。

重光線級の目からは、さながらギロチンの刃にも見えただろうか。

現状の戦術機では絶対に出せない速度をそのままに長刀に乗せた一撃は、瞬きをする間に重光線級を『二分』し、片割れを跳ね飛ばした。

崩れ落ちる重光線級の残骸を確認した後、クォヴレーは迫ってくるBETAどもを片っ端からガン・スレイヴとツイン・ラアムライフルで無力化していく。

しかし、いかんせん数が多い。後退しながらでないと取り付かれてしまう。


「残弾が不味いな……それに、これ以上留まる必要性も―――む?」

「……キリー・マムからプリスケン! 聞こえますか!? 繰り返します、ヴァルキリー・マムから―――」

「プリスケン、聞こえている。どうしたヴァルキリー・マム、落ち着いて説明しろ」


何処か焦っている声に、嫌な感覚を覚えたがクォヴレーはそれでも冷静に通信に応える。

ヴァルキリー・マムはクォヴレーの言葉に、1度だけ深呼吸を行う。


「―――ヴァルキリーズがBETA群と戦闘を行い、こちらは2機無力化されてしまいました」

「なんだと……?」


ヴァルキリーズは先程のクォヴレーの囮によって、大多数のBETAを相手にせず撤退できていたはずである。

もし追われても、先程までクォヴレーが相手にしていたBETAの数を考えれば、大隊程度かそれ以下のはずだ。

輸送車護衛が最優先とはいえ、ヴァルキリーズがその程度の数を相手に損傷を負うとは思えなかった。

クォヴレーは先程のBETAたちが現れた状況を思い出す。


「……まさか、また地中から出てきたのか? 潜伏していたと―――」

「いえ、違います。南の帝国軍と交戦をしていたBETAの一部が突如、北上しました」

「一部だけ反転……? それも今までのBETAの行動では―――いや、済まない」


優先順位を間違えるな、とクォヴレーは自分に叱責する。

ヴァルキリーズは今、危機に瀕しているのだ。

BETAの事情なんて、どうでもいいことだ。


「状況説明がまだ終わっていなかったな。続けてくれ」

「―――はい。現在、ヴァルキリーズと輸送車は危険領域を抜けました。ですが、その際に陽動行動を行っていた分隊が先程言った損害を受け、その結果……ヴァルキリー2、速瀬中尉が孤立しています」





「―――このぉ!!」


長刀で要撃級を斬り崩し、振り切った所でバックステップ、すぐさま突撃砲に切り替えて接近してきた穴だらけにする。

レーダーは確認するまでもなく真っ赤だ。


「っ!? ちっ!」


ついに突撃砲の残弾がなくなってしまった。

すぐさま放棄して、長刀を選択し直す。

これで武装は装備中の長刀1本と短刀2本だけ。

光線級に狙われたら完全にアウトだ。


「ふん、いいハンデじゃない」


自分に言い聞かせるように呟く。

……内心では分かっている。

長刀も大分消耗が酷い、突撃級の装甲殻や要撃級の前腕などの頑丈な部分を下手に斬ろうとすれば、相手を無力化する前に長刀が折れてしまうだろう。

そうなれば短刀の出番だが、大多数のBETAを相手にするには短刀では話にならない。

時間の問題というやつだ。


「ったく、なんで急に北上してくんのよ!」


元々、彼女の分隊は実験機の囮によって小勢となったBETAの追っ手の足止めを行い、その間に輸送車と伊隅大尉たちの護衛部隊が東に抜け、距離を稼ぐはずだった。

帝国軍が優勢な現状ならば、時間さえ経てば帝国軍がBETAを殲滅してくれるはずだからだ。

ヴァルキリーズの半数を率いた速瀬の分隊は、北から来た2個中隊程度のBETAを殲滅する勢いで足止めをしていた

しかし、突如南からBETAが現れ、予想外の挟撃を受けた分隊は速瀬を残して全滅してしまったのだ。

気まぐれか何らかの意図があるのか、それは分からないが速瀬が孤立してしまった流れがこうである。


「援護は……期待できないわね……」


自分を抜けばもはやA-01部隊には3機しかいない。

輸送車の護衛が最優先である以上、救援に回せる機体などないだろう。

そこまで考えて、状況を余りに明白に再確認してしまった速瀬の心に小さな陰が生まれる。


(私はここまでなの……? 孝之……っ!)


ほんの一瞬、それはいかなる戦場でも命取りになる残酷な時間である。

突撃級の死骸の影からに現れた要撃級に、数コンマ反応が遅れる。

それでも速瀬水月はA-01の突撃前衛としての意地を見せ、長刀を振るう。


「―――なっ」


思わず声に出してしまった。

こちらが長刀を振るうと同時に、要撃級もその前腕を振るったのだ。

このままでは衝突する。

そう思ったが、もはや止める術はなく衝撃が不知火を襲った。


「くぅぅ!」


体の角度がずれてきているのが分かる。不知火が倒れかけているのだ。

戦術機は倒れる際、受身を取ろうとする。

そして、受身を取ろうとする間はいかなる動作も受け付けない。

ほんの十数メートル先にBETAがいる状況でそんな隙は死を宣告するようなものだ。


「こ、んのおおおおお!!」


ジャンプユニットを急角度で起動させる。

バク転をするように不知火が回り、足からしっかりと着地する。

成功の喜びにつかる暇もなく、画面に長刀使用不可の文字が浮かび上がった。

見れば、中ほどからバキっと折れている。


「あー、変な事考えた罰かしらねぇ……」


破損した長刀を棄てて短刀を引き抜く。

要撃級が数をなして迫ってくるのが視界に入る。


「こうなったらもう、1匹でも多く倒して大尉たちを―――」

「―――覚悟を決めるのはいいが、今前に出ると巻き込まれるぞ。……閃光防御!!」

「え?」


通信の相手を確かめる前に、兵士としての判断が防御を優先する。

瞬間、目前の要撃級が2つの青白い光にまとめて串刺しにされるのが見えた。

続けて、速瀬のレーダーが赤ではないマーカーが急接近してくるのを表示していた。

速瀬のマーカーと重なる一歩手前についた時、速瀬の不知火の前にそれは着地していた。


「……まさか短刀装備になるまで持ちこたえるとはな。流石はA-01といった所か。―――使え」


眼前に現れた『実験機』は左手に持っていた74式近接戦闘長刀を地面に突き刺す。


「プ、プリスケン……? あ、あんた―――」

「話は後だヴァルキリー2。こっちの残弾も少ない。作戦を説明する」

「―――了解」


たしかにこの状況で余計な時間は費やせない

先程の砲撃で少しは減ったものの、BETAに包囲されている状態なのだ。


「これより、伊隅大尉たちと合流する為、東に向けて強行突破する。突破するポイントは……ここでいいだろう」


プリスケンの声と共にデータが転送される。

成程。少し見れば、比較的BETAの数が少ない所だと分かる。

言い方からすれば今すぐ決めたのだろうけど、突破するポイントとしては悪くない。


「砲撃したい所だが、周囲BETAがその時間を許さないだろう。故にこのまま急行する。……分かってると思うが、2機編成を組む」

「だけど、私の方は突撃砲ないわよ?」

「最後まで聞け。俺とお前とでは連携も何もないだろう。会ったのは今日初めて。機体も別々ときたものだ」


たしかに連携とは相手の癖や能力を把握して、初めて出来る芸当であり、その上機体性能も把握していなければいけない。

必要以上の事はまったく知らない実験機と連携を組めと言われても、無茶というものだ。


「だからシンプルに担当を分ける。お前は『前』だけを見ろ。他は気にするな」

「はぁ? ちょっと、それは流石に―――」

「―――む、突撃級が急接近。直ちに作戦開始するぞ」

(ひ、人の話を聞けっての!)


内心毒づきながらも、眼前の長刀を引き抜き、指定ポイントに向けて加速する。

壁のようなBETA群が目視できる範囲にもう突入した。

こちらから近づく分に加え、あっちからも近づいてきているのだ。

だけどお生憎様、と速瀬は呟く。


「こちらヴァルキリー2、奴等の群に飛び込む! 遅れるんじゃないわよプリスケン!!」

「……ふっ、了解だ」


不知火が跳躍し、ワンテンポ遅れて実験機が跳躍し、BETAの群れに突入した。

速瀬はまず、着地地点にいる目障りな要撃級を一刀両断する。

それと同じくして、その両脇にいた要撃級どもがプリスケンの射撃で穴が空けられる。


「さっきも言ったようにこっちは気にするな。ヴァルキリー2、お前は―――」

「前方の邪魔なやつだけ、ぶった斬って進めばいいんでしょ?」

「―――その通りだ。可能な限り、止まるなよ?」


不知火の横を黒いアンテナのような物体が通り、足元に近づいていた戦車級に弾を食らわせた。

さらに、右方から接近していた要撃級2体が続けざま、上半身が吹き飛ばされた。

すっかり調子を取り戻した速瀬はそれをみて軽く口笛を吹いた後、再び加速する。

正面から突撃級が突進してくる。

足が残像を生み、百足を思わせる数に見える。

最大速度の170kmなのだろうか、かなり速い。

前面の装甲殻と合わせれば、戦車だろうと戦術機であろうと鉄くずに変えるだけの破壊力を目の前の突撃級は持っていた。


「ふっ!」


だが、速瀬はそれを鼻で笑う。

突撃級との距離が100mもなくなった所で、不知火の進行経路を僅かに右にずらす。

そして、長刀を後ろから前へ、地面に向けて振り抜く。

同時に突撃級が急にスリップしたように回転する。


「っ! 危ないな。……だが、見事なものだな」


すぐ後ろを走行していたプリスケンから、賞賛の言葉が速瀬に送られる。

その賞賛とは速瀬が通り際に、最低限の労力で突撃級を無力化したことに対してである。

見れば、スリップした突撃級の左足は全て斬り落とされていた。

1mもずれれば長刀が弾き飛ばされるか、最悪自機が衝突するような状況であったが、今の速瀬のモチベーションならば軽いものである。


「ふふん。あんたはあたしを誰だと思ってるのよ?」

「……? 今日初めて会ったと言っただろう」

「…………プリスケン、あんたね。空気読みなさいよ」


速瀬は呆れたような声を出すが心の奥底では孤立していた所へ、自らの危険も省みずに救助に来てくれたプリスケンへ感謝の意を持っていた。

素直に感謝の言葉を述べる事が出来ない自分の性が少し情けないが、その分この戦いで返そう。

背中を預けられる戦友は頼れる存在でもあり、誰よりも生きてほしい存在でもあるのだ。

そんな思いを持った速瀬は例え長刀が折れようとも、短刀で完全に補ってしまうだろう。

そう思わせるほどの速瀬の気迫を損傷した突撃級に感じさせていた。

不完全な2機編成でありながら、完璧な連携を行った2機がBETAの包囲を抜けて伊隅たちと合流するのに、そう時間はかからなかった。







数時間後の横浜基地、香月副司令の部屋に来訪者が駆け足で入ってきた。


「先生っ!」

「騒がないの。聞こえてるわ」

「いろいろ……ありがとうござました」

「……あなたがお礼を言う必要はないわ。あたしの興味でやったことなんだから」


BETA捕獲任務とベルグバウの性能を見る為にクォヴレーを新潟に送ったことは口にはしない。

恩だと思っているのなら思わせておけばいい。

もし、教える事があっても其れは今ではない。

下手に調子づかれても面倒だと香月夕呼は判断したのだ。


「それでも、いいんです! これで歴史は大きく変わりますよっ!!」

「……はしゃいでるわね」


子供のようにはしゃぐ武とは正反対に香月博士は冷めた口調だった。


「あなたは嬉しいかもしれないけどね……」

「…………もしかして、あまり上手くいってないとか?」

「……忙しいから出ていきなさい」

「わかりました……」


どこか肩を落としているような雰囲気の武を見送った後、香月夕呼は軽く溜息をついた。

今回のことで色々なところでマークが来ているだろう。

もしBETAが来なかったらどうするのか。

何故BETAの進行を予測できたのか。

高官どもの下らない対処は精神的にも苦痛だ。

彼等のことだから、それにかこつけてオルタネイティヴ4の進行にも難癖つけてくるはずだ。

それによる時間の浪費を考えると、少しばかり怒りが沸いてくる。


「とはいえ……悪いことばかりじゃないわね」


BETA捕獲については成功する以外の結果はBETAが来る事を予測できたという状況故、成功以外は認めなかった。

だが、ベルグバウの戦闘能力に関して伊隅の報告が思った以上に興味深かった。

人類が実現していないレーザー兵器、おそらく遠隔操作可能な端末。

彼の操縦技術も大したものらしく、連隊規模のBETAを相手にしてレーザー属種を殲滅した上で見事撤退するなどベルグバウの性能だけに頼った結果ではあるまい。

これだけでも書類の出し方次第ではオルタネイティヴ4の結果として誤魔化せることが出来るだろう。

それに00ユニットが完成した時、その護衛をA-01部隊と共に任せる可能性を考えれば成果として間違ってはいないだろう。

また、クォヴレーについては名前の他にDNAなどを調べたが、武には嘘をついた『彼女』と違い本当に記録がなかった。

その結果はつまり、クォヴレーにはこの世界における立場が自分の与えたもの以上はないということ。それにより裏切る可能性が少ないというのも信用出来るところでもある。

社のリーディングが通用しないので考えていることを知ることは出来ないが、今のところは指示した通りに動いてくれるのであれば十分である。

それに白銀武と比べてメンタル面で非常に大人であることも信用出来る要因の一つである。

BETAの予想外の行動も、よく見ればクォヴレーが無関係でない事がよくわかる。

興味はつきない。


「手駒は戦乙女と悪魔か……笑えないわね」



[2501] 前進
Name: 突撃兵159◆690d8429 ID:65097c93
Date: 2008/05/20 22:52
BETAの新潟上陸から1日。

横浜基地副司令、香月夕呼は今まで以上の多忙に見舞われていた。

BETA南下を予測した帝国軍への強引な新潟周辺部隊への増強指示。

結果として、それは両軍にとって許容できない状況、BETAの絶対防衛線の突破を阻止することが出来た。

しかし、それによって香月博士がBETAの行動を予測していたとして、あらゆる方面での騒動を生んだ。

オルタネイティヴ4の責任者としての肩書きがなければ無理やりにでも喋らされていたであろう。

だが、その肩書きを以ってしても、それなりに圧力をかけてくる相手はどこにでもいる。

本来彼女が費やすべきオルタネイティヴ4への時間を削って対応をしなければならないという状況は、肉体的疲労よりも精神的苦痛の方が大きかった。

まあ、その相手の対応もほぼ完了している。あとは、この内に溜まった泥を落とすだけなのだが。


(……そういえば、そろそろだったわね。207分隊の―――)


考え事をする香月博士の耳にドアの開閉音が耳に入る。

顔を上げてみると、そこには先日の新潟BETA南下でのBETA捕獲作戦における功労者のクォヴレー・ゴードンがいた。


「先日の報告をしにきた」


作戦名について口にしないのは念のためであろう。

香月夕呼は先程までの気持ちを切り捨てて、クォヴレーに向き合う。


「ええ……といっても、伊隅から大体聞いているわ。中々の成果だったらしいじゃない。初めてのBETA戦でしょ?」


この世界の衛士が初のBETAとの実戦で生き延びられる平均時間はたったの8分。

『死の8分』とも言われる其れは、何万もの衛士が超えられなかった壁なのだ。

クォヴレーはその8分を最前線の戦場で乗り越えたという事になるのだが、本人はそれを小さく首を振り否定する。


「……たしかにBETA戦は初めてだが、似たようなモノと別の世界で戦ったことがある。大きさなど違いがあったが」


また随分と興味深い事をこの男は言う。香月夕呼はそう心のうちで呟く。


「へぇ……差し当たりない程度に聞きたいんだけど?」

「ああ、かまわない」


STMC―――"S"peace "T"errible "M"onster "C"rowd。いわゆる宇宙怪獣のことをクォヴレーは説明した。

人類の天敵たる生命体にして、天文学的数値の総体数。その種類は多岐に渡る。


「一番小さいもので全長数メートル程度だけど……旗艦クラスだと1000キロ? その上、星に寄生して増殖による無限に近い数……ぞっとしないわね。そんなのどうやって撃退したの?」


サイズに違いはあれど、クォヴレーの言う其れはBETAに通じるものがある。

それを相手にしたというのならば、それに対処した手段もあるということだ。

しかし、クォヴレーは香月博士の意図を読み取った上で、僅かに気まずげな顔をする。


「……専門的な技術情報が多いため全部説明できないが、簡単に言えば巨大なブラックホールを敵陣の中で発動させた」

「はぁ……? それはまた随分と……」


香月博士にしては珍しく、素の感情を露にした声を出した。

予想を超えすぎて、呆れることもできず、また同時に落胆もしていた。

BETA戦の参考にしようとも思っていた分、その想いは大きい。

流石に地球をブラックホールに巻き込むわけにはいかないだろう。

香月博士は気を取り直して、クォヴレーに再び問う。


「ちなみにその宇宙怪獣とBETAの違いは、サイズ以外に何かある?」

「―――ああ、最終的な目的に違いあるかはまだ判断できないが、宇宙怪獣は人類を滅ぼす為に積極的に動いていた。手の届く獲物を前にして止まる事などなく、な」

「……なるほど。たしかにBETAはどちらかというと消極的ではあるわね」


BETAは人類と遭遇すれば殲滅しようとするが、自ら攻勢に出ることは勢力拡大以外にはあまりない。

推定されたBETAの数からすれば一斉に攻勢に出てこられたら人類は確実に敗北する。

そういう意味では、まったく同じ存在でない事に安堵できるだろう。

しかし、クォヴレーのSTMCとの戦闘経験の全てが役立つわけでもない事は残念でもある。

そう香月博士が納得したところで、クォヴレーは話を変えることにした。


「―――ところで総合戦闘技術評価演習も未だ終わってないが……正規兵となった後は、俺も戦術機に乗ると判断していいのか?」

「そうね。今回はアレにしたけど、衛士になったアンタが大手を振ってアレに乗れるという状況がいつでも可能というわけじゃないでしょうね。こちらとしても戦術機にも乗れるようになってほしいけど、何か不都合があるのかしら?」


クォヴレーの脳裏に一瞬だけ、要撃級にやられた不知火の姿が過ぎった。

一呼吸する事で、打ち消す。


「……いや、特にない。確認をしたかっただけだ」

「そう。ま、頑張りなさいよ」


香月博士の口調に何か含むものを感じたクォヴレーは眉をひそめる。


「……? 何がだ」

「だから、総戦技評価演習。あんたの隊もそろそろのはずだからね」

「――――――なに?」



――――――――第3話 前進



総合戦闘技術評価演習。

歩兵から衛士としての訓練を受ける為に、通らなければいけない試験である。

横浜基地から遠く離れた孤島。それが演習を行う場所である。

クォヴレーがここに着た時に初めて目についたのは、密林と言えるほどの木々である。

考えてみれば、この『世界』に来てこれほどの自然に触れるのは初めてではないだろうか。

しかし、その感慨も1人の人物によって壊されてしまう。


「あら、やっと到着? 待ったわよ~。それじゃ、始めましょうか」

「………………」


後にも先にも、こんな態度を取るのは香月夕呼しかいない。

何故ここにいるのか、それはまだいい。

しかし、どこぞの観光客のようなスタイルは疑問と困惑とほんの少しの苛立ちをクォヴレーに覚えさせる。


(……人に頑張れと言いながらコレか)


呆れた顔をしたクォヴレーが珍しいのか、香月夕呼はいつも以上にご機嫌な笑顔を返す。

千鶴が命令書を取りに行っている間にこっそりと武に聞いてみると例の研究のストレスが溜まっているらしく、その気分転換を兼ねてということらしい。


(そういうことなら理解できるし、反対するつもりもない。しかし、もう少しこっちの気持ちを……いや、こっちがそんな気持ちになっているのを見るのも気分転換になるということか?)


榊が香月博士から命令書を受け取った後は優雅に休憩タイムと言わんばかりにグラスに注がれた高級そうなワインを上品に飲んでいた。

クォヴレーは溜息を出すのを堪え、207小隊のところへと集まることにした。


「タケル、クォヴレー、装備だ」

「おう」

「ああ」


クォヴレーは受け取った装備をざっと点検する。

レーションや水といった最低限の物はあったが、逆を言えばそれだけ。

あとは密林を移動する際に蔦などを排除するハチェットといったものだけだ。

まあ、演習ならばこんなものかと納得すると、隣にいる武が何やらじっと受け取った装備を見ていた。


「……どうした?」

「いや、これがな」


そう言って、武は手に持ったベルトキットを見せる。

クォヴレーが受け取ったものに比べると、かなり損傷している。

思いっきり引っ張れば、簡単に千切れてしまいそうである。

新品が来ることは余程の事ない限り有り得ないだろうが、ここまで酷い中古品もまた珍しい。


「……随分と状態の悪いものが来たな」

「せめて縫う道具がないとな……」

「使えなさそうだったら修理するしかないわね」

「どうやってだ? ここまでボロいとどうにもならないだろ」


武の言うように、現状で出来る修理で改善させるのも難しいだろう。

どうしたものかとクォヴレーは腕を組んでいると、美琴が武に近づいていきベルトキットの状態を見て小さく頷いた。


「よかったらボクのベルトキットと交換してあげようか?」

「……いいのか?」

「タケルってそういうの不器用そうだしね。任せておくと心配だから」

「そうか……」


武は色々と迷った様子を見せていたが、何か思う所があったのか美琴の提案を受け入れた。

しかし、そうなると今度は美琴の状態が不安の種になる。


「大丈夫なのか?」

「うん。気をつけてれば平気だと思うよ。ボク、結構こういうのは慣れてるからね」


その言葉にクォヴレーは眉をひそめるが、すぐに得心する。


(そういれば、鎧衣はサバイバルスキルが並でないとの話だったな……今回のような状況では頼もしいな)





武のベルトキット交換で準備完了となった207小隊に向け、教官である神宮司まりも軍曹から演習内容が説明される。

第一優先目標は現在地点、つまり島からの脱出。

第二優先目標として三箇所ある目標の破壊。

タイムリミットは第一優先目標達成となる所定ポイントの回収機が離陸をする現在から144時間後、つまり6日後まで。

以上を教官が説明し終え、時計合わせを207小隊に行わせた。

その後、207小隊はすぐさま地図を広げて状況を把握し始める。


「地図を見る限りだと、全員で一ヵ所ずつ回る余裕はないね」

「3つ分かれましょう」

「編成はどうする?」

「そうね……」


207小隊は7名なので、3人のペアを1つ、2人のペアを2つで分けるが定石だろう。

全員が悩む中、武が前触れもなくクォヴレーと美琴の肩に手をおく。


「オレとクォヴレーと美琴でこの地点に行く」

「え?」「何?」

「あ、ずるいー。私が一緒に行きたかったのに~」

「ちょっと、勝手に決めないで!」

「まぁ、落ち着け二人とも」


クォヴレーにしてみれば、今まで単独行動をしてきた経験から演習自体に左程難しいとは感じておらず、この演習において非常に役立つスキルを数多く所持しているであろう美琴とわざわざ組む必要性もないと思っていた。

故に、武の言う編成には疑問が浮かぶが、武の様子からとりあえず静観することにした。


「オレとクォヴレーはこの試験初めてなんだ。サバイバルスキルの高い美琴と一緒の方が、委員長達も安心できると思う。……どうだ?」

「え? ええ……確かにそうね。でもクォヴレーはどうなの?」


武はクォヴレーにも目を向け同意を要請する。

その強引な行動から、クォヴレーもある程度察しがついた。


「……そうだな。たしかに、前回経験をした皆に比べると不安材料があるのは認めるし、その皆の中でも最もサバイバルスキルが高い鎧衣が同行するというのに理があるのも認めよう」

「そう……少々納得いかないけど、言うことはもっともだし鎧衣に任せるわ」

「わかった」


クォヴレーの言を聞いたせいか、気を引き締めるように美琴は頷く。


「――悪いな」

「世話をかける」

「で、私たちは…………」


その後の編成で榊、冥夜と彩峰、珠瀬となったのを見ると武が何処となく満足そうな様子をしていた。


数分後、サバイバルスキルの高い美琴を先頭にその後ろを歩いていたクォヴレーは武に先程のことを小声で尋ねてみた。

武は少しバツの悪そうな顔をして応える。


「……悪い。前と同じようにしないと変になるかもしれなかったし、お前に関しては俺と同じようにすれば問題ないと思ってさ」

「なるほど。『前に』合格した編成という訳か」

「そういうことだ……っと美琴」


武は急に足を止め美琴を呼び止める。


「ん?」

「あそこにでかい葉っぱがあるよな。そこの陰にある黒いの……」

「え、どれ? あ……よくわかったね~。あのゴム弾、当たるとひどいんだよ~」


言われてクォヴレーも武の指した方向を見る。凝視することでクォヴレーにも見つける事ができた。

よくカモフラージュしてあるが、自然にはありえない無骨な仕掛けと丸いゴム弾のようなものが見える。


「解除できるか?」

「任せてよ。けど、他にもトラップがないか、調べないと」

「そうだな……」

「ふむ」


美琴が慎重にトラップに近づいている最中、クォヴレーは辺りを警戒するがそれらしきものはない。

武の方を見てみるが首を振ってそれを肯定してきた。

つまり、記憶と一致しているのならば、この辺りにトラップはもうないということだ。


(なるほど……武が覚えているかぎり、警戒を密にしなくてもよさそうだな)


もし、武の覚えてない、もしくは武の知らないトラップがあったとしても先の美琴の技量を見る限り、そんなに危惧する必要はないだろう。

そのクォヴレーの予想通り順調な行進をする中、夕焼けが沈み始めそうな頃に武が足を止める。


「おい、二人とも」

「ん? なに?」

「どうした?」

「あれだ」


クォヴレーと美琴は武の指差す方向を見る。

かなりの高度を持った山の下方に、くり抜いたような黒い穴が見える。


「あ…………」

「……洞窟か」

「だな」


クォヴレーの言葉に頷く武の横で、美琴がコンパスを片手に洞窟の方を見る。


「この様子だと今日は無理なんじゃないか? 目視で1キロ程度……実際には3キロぐらいありそうだ」

「たしかに、今までの密林での移動状況を考えれば3キロはかかりそうだな」

「……うん、ボクもそう思う。微妙な時間だね」


木々が邪魔で見えないが、太陽が水平線に接し始めているのは明らかだろう。

あの洞窟が破壊対象であるならば、防衛用に仕掛けられたトラップの数も増えていくのは必然だろう。


「日がもうすぐ沈む……夜の行進は危険だと思うが?」


クォヴレーの言葉に武と美琴は共に頷く。


「だな。今日はこの辺で休もうぜ。こっから先はトラップの数も増えてるだろうしな」

「夜だとボクでも、全部の罠を解除できる自信がないしね」

「良し、じゃあオレは周りの罠を解除しつつ、夜襲対策のトラップしかけて来るわ」

「俺もそっちに回ろう。」

「じゃあボクは寝床作りだね。二人とも気をつけてね」

「ああ。鎧衣も気をつけろ」



翌日、美琴を先頭に行進した3人の前に洞窟―――いや、破壊目標である敵基地が目視可能な距離になった所で、武は素早く基地施設襲撃をしようとしたがクォヴレーが待ったをかけた。

理由は簡単なことで、時刻は夜明け前でも夜間でもなく、太陽の光が降り注ぐ昼間だからだ。

この時刻に襲撃するのは、特殊な事情がない限り、何処の世界の軍人だろうとすることはない。

なまじクォヴレーは人間相手との戦いをしたことがある分、そういう部分では非常に慎重であった。


「夜明け前に襲撃できなかった以上、襲撃する場合次は夜間にするべきだ」

「いや、でもなっ……」


今から夜間まで大分時間がある為か、武はあまり賛成ではないようだ。

武の言いたい事はクォヴレーにも分かる。基地には敵などいないのだろう。

だが、あの基地に罠と敵が存在していないという事を予め知っていても、知らないという状況として行動しなければ評価が悪くなるからだ。

事情を話すわけにもいかない以上、それは考えなしの行動と取られる可能性が十分にある……いや、クォヴレーが教官ならば確実に指摘するべき事項だ。

故にクォヴレーはこの件について武に譲るつもりはなかった。


「鎧衣、今の所俺たちは予定より遅れてはいないのだろう?」

「あ、うん。むしろ余裕があるくらいだよ」

「迂回ならばともかく、夜間襲撃の実行で予定集合時刻に間に合わない可能性はあると思うか?」


美琴は地図を広げて、数秒をじっと見た後、首を振る。


「大丈夫だと思うよ。元々ボクはこんなに早く着くなんて思ってなかったし」

「そういう事だ。別に早くついても榊たちに少し自慢できるくらいだ。評価が下げられる要因を起こすべきじゃない」

「ん……そうだな。悪い、ちょっと焦ってたみてえだ」


武もようやく納得したのか頷き返す。

クォヴレーを攻めるわけでもなく、落ち着きを取り戻したといったところだ。


(白銀はもう少し落ち着いて考える事が常に出来れば俺が口を出す必要などなくなると思うのだが……まぁ、こればかりは経験を積む他ないか)




夜になり、予定通り夜間襲撃を行ったクォヴレー達は探索に当たっていた。

三箇所の破壊対象の何れかに回収ポイントの位置を知らしめる物があるのは確実な為である。

最も、内々に聞いた武の話ではここにそれはないようで、その代わりに美琴が高機動車にかけられていたシートを手早く点検する。


「このシートは使えそうだよ」

「さすが、手早いな」

(……演習の内容を考えると、これ以上はなさそうだな―――ん?)


壁沿いに警戒と探索をしていたクォヴレーは、自身の少し前の土が微妙に盛り上がっている事に気付く。


(地雷? いや、基地内に地雷を仕掛ける馬鹿はいないだろう)


そう言いながらも、もしもという事を考えて慎重にクォヴレーは掘り返す。

その行動に気付いたのか、武が近づいてきた。


「ん? クォヴレー、何かあったのか?」

「それを確かめている。どうやら地雷ではないようだが……む、取れるな」


クォヴレーは立ち上がり、掘り出したそれを武たちに掲げる。


「……ヘルメットか?」

「クォヴレー、ちょっと見せて」

「ああ」


いつの間にか接近していた美琴にヘルメットを渡す。

シートと同じように点検するが、表情がくもり始めた。


「これは結構前から放置してあったみたいだね。掘り出し物だけど……」

「どうした?」

「ほら、ここ」

「……成程」


濃緑のヘルメットだった為、見つけづらかったが装着した際に後頭部が当たる部分に亀裂が走っている。

棄てられていた理由は恐らくこれだろう。


「こりゃ、使えないな。頭への攻撃を防いでも、その衝撃ヘルメット自体が壊れて破片が頭に刺さるかもしれねえ」

「本末転倒というやつだな」

「はいクォヴレー、返すね」


受け取ったヘルメットをクォヴレーは軽く眺める。


「本来の用途には使用できそうにないな」

「そうだね。脱出地点のヒントらしきものも見当たらないし、ここにはもう用はないかな」

「んじゃ、軽油を持ってくるぜ」


そう言うと武は施設破壊実行の為、軽油の入ったドラム缶に向かって行った。


「それじゃ、ボクは遅延発火装置を作るね。追撃部隊に場所を特定されない距離まで結構時間が必要だから」

「分かった。では俺は―――」





「全員揃ったところでさっそくだけど現状の把握をしましょう。珠瀬達からお願い」


3日目の夜、クォヴレー達は特に問題もなく合流ポイントに到着し、他の小隊メンバーと合流していた。


「私たちは脱出ポイントの書かれた地図を見つけたよ~」


壬姫はそういって地図を広げる。


「……端に脱出ポイントがあるのね」

「時間的に、幾分余裕があると見て良いのであろうか……?」

「そこまではちょっとわからないけど……あ、ついでに対物体狙撃銃を1挺手に入れたよ。弾は1発だけどね」

「でかいな……」


2分割されているが、それでも結構な大きさだけに持ち運びは面倒な物だろう。

しかし、強力な武器である以上、それ以上の価値があるのも確かだ。


「私達の方はラペリングロープを手に入れた」

「俺たちはシートだけだ」

「一番地味だったな。俺たちのところは」

「それを言うなよクォヴレー……俺も気になってたんだから」

「……む? クォヴレーのそれは違うのか?」


冥夜がクォヴレーの頭部に目を向ける。

そこには銀色の髪を覆い隠す濃緑のヘルメットがあった。


「いや、これは戦利品というのには語弊があるな……ああ、見れば分かるか」


クォヴレーはヘルメットを脱いで、冥夜たちに裏側を見せる。

そこにある亀裂を見て、各々納得する。


「……成程。しかし、ならば何故持ってきたのだ?」

「置いていってもよかったんだが……なんとなくな。それにトラップに使おうと思えば使えなくはない」

「ま、オレと美琴はどっちでもよかったんだけどな。クォヴレーが持つって事で片がついたわけだ」

「それに考えてみれば、カモフラージュの装備としては濃緑色なのは結構上等だと思うよ。クォヴレーの髪も結構目立つし」

「ふむ。そなた等で話がついているなら何も言うまい」

「そうね……それじゃ、班ごとにローテーションを組んで、交代で休憩と食事を取りましょう」


夜の密林で食料を探すことになったが、収穫自体はとても順調である。

美琴に鑑定をしてもらうことで安全に行うことができるからだ。

それでも探すのに時間がかかる中、彩峰が一つの実を手に取り、美琴に尋ねる。


「……これは?」

「マチンは有毒だね~」

「…………なるほど」


そう言った後、榊の方をじっと見る。

無論、榊もそれに気付いていた。


「……。なんで私を見るわけ?」

「……え?」

「え? じゃないわよ!」

「……見てない」

「見たでしょうが!」


たしかに見ていた。それに関してはクォヴレーも心の中で同意した。


「……あげる」

「いらないわよ!」


そこでクォヴレーは彩峰と目が合う。

彩峰は手に持つマチンを差し出す。


「……あげる」

「俺に死ねと……?」

「食べろとは言ってない……」

「どっちしてもお断りする」

「……振られた。クォヴレーは酷い男」

「何故そうなる……?」


首を傾げるクォヴレーの肩に武が手を乗せる。


「クォヴレー、落ち着け。乗せられたら負けだ」

「もう……何やってんのよ」


榊の呆れた溜息がジャングルの夜に小さく響いた。

見張り以外が寝静まった真夜中、クォヴレーは武に進行速度について前との違いを聞いてみるが概ね順調らしい。



日が登り、行進を開始した207小隊は程なくして小さな谷のような地形に出た。

谷といっても、底が見えないほどではなく、一度谷を下りて向かいを登ればロープをかける事が可能であった。

一度谷の底を覗いた後、武が早速進言する。


「一気に渡った方がいいぞ」


千鶴もまた同意見だったようで、即座に頷き返した。


「もちろん。迂回は時間の無駄だしね」

「ああ、急ごう」

「……彩峰、向こうにロープをかけてきて」

「…………了解」


返事するのに少し間はあったが、彩峰は素早く行動を開始した。


「相変わらず素早いな」

「慧さんは身体能力が高いから。ロッククライミングとかラペリングが得意なんだよ」

「たしかにその辺りのセンスは非常に高いな」


話している内に既に向こう岸に着いた彩峰を視認した時に、武が何やら空を見上げていたのでクォヴレーも同じく空を見上げる。

見れば、つい先程まで晴れ模様だった空が曇りだし太陽を隠し始めていた。


「何だ……? 雲行きが怪しくなってきたぞ?」

「……雨か?」


クォヴレーの呟きに答えるように、冷たい物がクォヴレーの頬を叩いた。水滴だった。

急速増えてゆく其れに気付き、皆空を見上げた。


「雨!?」

「え!? なんでだ!?」


クォヴレーも口にこそ出さなかったが、今の武の言葉と様子から、この雨が武の記憶にないものだと思ったが、すぐに武は落ち着きを取り戻し、首を振ることで伝える。

これはありえない出来事でないことを。


「……よりによってこんな時に」


榊が空見上げ呟いている最中、クォヴレーが武に雨がいつ止むか聞こうとしたところで冥夜が二人に接近してきた。


「―――どうした御剣?」

「いや……そなた等が不思議でな」

「え?」

「? どこがだ?」


やり取りを勘ぐられたわけでないようなので、クォヴレーは内心安堵しながら尋ねる。

武も不思議そうに冥夜を見る。


「落ち着きすぎていると言うか……何か、自信のような物を感じるのだが……?」

「……そうか」


たしかに訓練兵にしては武も自分もこんなアクシデントに遭遇しても落ち着きがあるのを見て冥夜が違和感を持ってしまっても不思議ではない。

クォヴレーはとりあえず表情に出していないが、冥夜の他者の力量を見抜く目―――所謂「人を見る目」―――に感嘆していた。


「気のせいだよ。じゃ、先に行かせてもらうぜ」

「あ、おい白銀」


武は逃げるようにロープに手をやり、向こう岸へと渡って行ってしまった。

クォヴレーとしては雨について聞きたかった為、軽く眉間に指をつける。


「クォヴレー、お主も渡るがよい。あとはそなただけだぞ」

「―――む?」


言われて周りを見るが、既に残っているのは冥夜とクォヴレーだけだった。

クォヴレーが向き直ると、冥夜は軽く顔を動かし渡る事を促した。


「私は『副隊長』だ。最後でよい」

「たしかに、それが正しいのだが……この様子だと―――」


クォヴレーが再び空を仰ぐと、被っていた件のヘルメットが後ろに落ちそうになった。

それを素早く手で抑え、被りなおそうと一度両手で持ち直そうとした所でクォヴレーの手は止まった。

その様子に冥夜が首を傾げる。


「どうした、クォヴレー?」


冥夜の問いに即座には答えず、じっと手に持ったヘルメットを凝視する。

10秒経ったか否かといった所でクォヴレーは冥夜に向き直る。


「御剣。すまないが、最後には俺が行かせてもらう」





向こう岸、武たちが冥夜とクォヴレーを待っていると冥夜が先に来たのに榊が驚く。


「どうしたの御剣。あなたが最後なんじゃないの?」

「いや、クォヴレーに考えがあると―――」

「あっ! 何やってるのクォヴレーさん!!」


美琴の声に皆向こう岸に目をやるとクォヴレーが木に繋いでいたロープを解いていた。


「ちょ、ちょっと! 何やってるのクォヴレー!」


スコールによる轟音であちらに声が届かない事は分かっているが思わず榊は叫んでしまった。


「落ち着け榊。クォヴレーは雨でロープを回収するのが難しいために細工をすると言っていた」

「細工?」


武も不安そうに尋ねる。


「うむ。その為にまず、こちらのロープを少しあっちに持たせるようにしてくれといった。そして念のために自分が渡る時にはロープを抑えるようにとも」

「おいおい、何の相談もなしでやろうとしてるのか?」

「いや。タケル、そなたの意見を聞こうと思っていたらしいが、さっさと先に行ってしまった為、出来なかったと言っておったぞ」

「う……」


呼ぶ声を聞いていたが冥夜の追求をかわす為に無視してしまったので、武は少し気まずそうだった。

雨が4時間で止むことを事前に言っておくべきだったと、今更ながら思ったのだ。


「んー……だけど、やっぱ一度こっちに来て話すべきじゃないのか?」

「私もそう思ったのだが……何でもこれから強くなるスコールを利用するらしい。強くなったスコールの状態でロープを渡るのはリスクがあると判断したのだろう」

「……このスコールを利用?」


武は疑問をそのまま口に出すが、冥夜は解等を持ち合わせていなかった。


「すまぬ。時間がない故、私も詳細は聞く事が出来なかったのだ」


冥夜はそう言って今度は千鶴の方に顔を向ける。


「榊、クォヴレーは最終的な判断はそなたに任せると言っていた。急で済まぬが、早急に判断を下してくれとも」


千鶴はその言に一度クォヴレーの方を見て、空を見上げ、そして冥夜に視線を戻す。


「御剣、ロープを回収するためって言ったわね?」

「うむ。失敗しても自分とロープは回収できるとも言っていた」

「そう…………ロープを緩めてあっちに持たせましょう。彩峰」


榊の指示に木の傍で待機していた彩峰はロープを外し、外れるか否かのところで結び、僅かに出ているロープに手をかけておく。

その結果としてクォヴレー側のロープには大分長さが取れていた。

クォヴレーはこちらの限界を見ると木に再びロープを結ぶ。


「……ロープの結び目に何か入れてるね」

「そこから上着を伸ばして何か繋いでるね……あ、ヘルメットだ。もしかして……」


美琴はクォヴレーのやろうとしている事に気付き、声を上げる。

クォヴレーは件のヘルメットの甲殻部分を川に向くように置いたら、急ぎロープ渡ってこちら側まで来た。

榊が何か言おうとするがクォヴレーは軽く手を上げ制止する。


「済まないが、叱責は後に。彩峰、ロープを引く準備をしてくれ。川に流されるわけにはいかない」


クォヴレーは指示を出しながら彩峰と共にロープに手をやる。


「あ、ヘルメットが!」


豪雨たるスコールによってヘルメットには水が溜まり、それによりバランスが崩れ川の方へとヘルメットは少し動き、そのまま川に落ちてしまう。

川の流れの勢いが強いため、やがてヘルメットのロープである服はどんどん引っ張られロープを繋ぎとめていた木の棒のようなものが抜けた。

そしてそこには結び目の何もないロープが向こう岸に残った故、引っ張るだけでロープは何なく回収できた。


「成程……ロープの最後をひばり結びにして、成るべく真っ直ぐな木の枝を挿し棒にして、更にそれを布でヘルメットに繋いでいたのか」

「布だとすぐに千切れるんじゃないかと思ったけど……ヘルメットが川に落ちてから挿し棒が抜けた時間を考えると、相当抜けやすくしてたみたいだね。挿し棒の角度もあるけど、枝も先の方が細くなっていく物を選んだのかな?」


冥夜の分析の補足を付け加えながら美琴はクォヴレーに問いかける。


「ああ、角度はヘルメットが川に落ちた際に挿し棒を引っ張る方向に向け、挿し棒の枝は出来るだけ歪んだ部分をハチェットで加工したものだ。……俺より先に最悪、挿し棒の枝が折れるか、ヘルメットが先に落ちるかで、ロープごと引っ張り上げて貰う可能性も多少あったが問題なかったようだな」


クォヴレーは別に誇るようでもなく、川の下流を見た。

流されてしまったヘルメット等のことを想像したのだろう。

ほんの短い間であったが、自ら選択して持つ事を決めていたからだろうか。

千鶴はクォヴレーをそのまま感傷に浸らせてもよかったのだが、生憎彼女は小隊長であった。


「まったく、上手くいったからいいものの……そういう事なら最初に言いなさいよ」

「急遽思いついた頃には御剣しかいなかったからな……隊を乱した事、申し訳なかった」


クォヴレーは姿勢を正し、榊に頭を下げる。

榊も別にクォヴレーの判断が悪いとは思わなかったし、結果的にいい方に動いたから余り怒るわけにもいかなかった。


「……この件はもういいわ。それより、折角ロープを取れたんだから先を急ぎましょう」


榊の先導で207小隊は移動を再開した。



ちなみにこの後、3時間後に雨が止んでしまった為、クォヴレーは軽く武を睨み、武は皆に気づかれないように謝っていた。



そして、4日目の夜明けには脱出ポイントと思われる地点に到着していた。


「4日目でクリアとは、快挙だな」

「こんなに早く着けるなんて、思ってなかったよ!」

「これで私たちも、先に進めるねっ!!」


小隊メンバーの笑顔にクォヴレーも連れそうになるが、武の様子がやけに深刻そうなのを見てまだ何かあることを予想していた。


(まさかここでBETAもどきと戦闘を―――素手で戦う俺たちはどこのサイボーグ集団なのか? ……俺も少し疲れているようだな)


勇者の王とか、鋼の男とかを頭に浮かべながらクォヴレーは軽く頭を振る。


「発炎筒発見!」


珠瀬の嬉しそうな声が海沿いの場に響く。受け取った彩峰が発炎筒を焚こうとしたところで武が待ったをかける。


「オレにやらせてくれ。昔からやってみたかったんだ」

「………そうか。(発炎筒を焚くことで何か起こるというわけか)」

「別にいいんじゃない? 誰が焚いても同じなんだし」


任務完了をしていると思っているのか武の子供っぽい主張に笑みを浮かべて許可をする榊。

武は発炎筒を受け取った後、いそいそとヘリポートの端へと移動する。


「どこへ行くつもりだ?」

「端っこで焚きたいんだよ」

「……妙な男だな」


冥夜が首を傾げるが、それ以上追求しなかった。

武が発炎筒を焚き、少しするとヘリが現れ―――銃撃音が鳴り響いた。

音に裏切らずヘリポートに次々と削岩機で掘ったような穴が形成されていく。


「タケル下がってっ!!」

「ああっ!」


鎧衣に応答する前に既に武はこちらへと走り出していた。


「こっちだ!」

「があッ!!」


武はダイブするかのように小隊のところへ飛び込んだ。

クォヴレーと彩峰がそれを受け止める。

役者が舞台からいなくなると音楽も止まるかのように銃撃音も停止した。


「あそこの半島に砲台があるみたい! あそこから砲撃してたよ!!」


珠瀬の示した方角を見ると、海を跨いで此方を睨むような黒い鉄の塊を視認できた


「生きている砲台があったなんて……」

「……ヘリ、逃げてった」

「仕方ないだろう。あのまま来てもらっても乗り込む前に撃墜される。そうなっては元も子もない」


クォヴレーの客観的とも言える言葉と共に、美琴が肩を落とす。


「どうしよう……」

「まだ、任務を達成したことにはならんのであろうな……」

「…………甘かったってわけね……」

「……はぁ……」


珠瀬が溜息をついた所で通信機から受信が入る。

千鶴がすぐさまに膝をつき、通信機に応答する。


「はい、こちら207B分隊」

「あ~、みんな生きてる?」


何とも雰囲気を読まないマイペース声が通信機から発せられた。

もはや問うまでもないであろう人物に向けて、千鶴はあくまで冷静に応答する。


「隊に損害はありません」

「そう、よかった。それはそうと、ちょっと予定が狂っちゃったわ」

「狂った……か」


クォヴレーは小さく、溜息をつくように呟いた。

予定が狂ったにしては、ヘリが撤退してから間がなさすぎる。

こちらに通信を入れるという事は、こちらに命ずるべき指示もまた既にあるはずである。


「撃たれたからもう分かってると思うけど、そこから北東方向に見える半島の砲台が、何故だが稼動しちゃってるのよね~」

「何故だか……ね」


今度は武が苦笑と共に呟いた。香月博士が直したのは考えるまでもなかった。


「そちらでは制御できないんですか?」

「無理。自動制御だから。困ったわね~」

「(自動制御だと知っている時点で嘘だとバレ……いや、分かっていて言っているな)…………ふう」


性格の悪さにクォヴレーは思わず溜息を素でついてしまう。


「で、新しい脱出ポイントを設定するわ」

「……了解」


香月博士の伝えた脱出ポイントは『何故』か先程攻撃してきた砲台の後ろにあった。

クォヴレーはそこが当初から計画されていた本当の脱出ポイントだと気付き、眉間を指で軽く押さえる。


「……というわけよ、みんな」

「了解」

「……冥夜は案外平気そうなんだな」


武の言葉でクォヴレーも冥夜を見ると、たしかに他のメンバーに比べれば落胆の度合いが見受けられなかった。


「最後まで油断してはならない……そう思って演習に臨んでいたからな。そなたこそ、先程より顔色がよいぞ? 銃撃で血行がよくなったと見える」

「よしてくれ。まぁ、あまりに順調だったから、何かあるとは思ってたんだ」

「ふふふ……さすがだな。クォヴレーも先程とあまり驚いておらんが、そうなのか?」


急に話を振られたクォヴレーは武の様子がおかしかったというわけにもいかず軽く手を振る。


「いや、基地に戻るまでが演習だと思っていたからな。そういう意味では御剣と同様だ」

「―――っていうか遠足かよ!」

「余裕だね……クォヴレー」

「あははは」


落胆していたメンバーの目にも再び闘志が宿り始めた。


「長居は無用だわ。E地点に急ぎましょう」

「そうだね……砲台も黙らせないといけないし、急いだほうがいいね」

「タケル、移動するぞ。ここに留まる意味はない」

「行くよ~」

「……ああ」


武は手を開いたり握ったりする。

焦る様子に武にクォヴレーは軽く肩を叩く。


「あまり焦っても仕方ないだろう。まだ2日ある。前にも言ったが早くクリアしてもあまり意味はないと思うぞ」

「……大丈夫だ、分かっているさ」


武が背筋を伸ばし榊たちの後へと続いていった。

クォヴレーはそれを見送った後、周りに気付かれないよう再度溜息をついた。




夕日が近づく中、砲台に見つからないようにするため再び密林の中を歩く小隊が海が見える所を行進していると急に武が腕を伸ばし海の方へと顔を向ける。


「海は綺麗だなあ……」

「……何言い出すの突然! 気を抜かないでよ!」

「ただ眺めている訳じゃない。海側から攻撃される可能性だって捨てきれないだろ? オレはそれを警戒しているんだ」

「……」


武が正論を出すが、その前の言葉を聞いた後では文句の一つも言いたくなるだろう。クォヴレーは軽く叱責する事にした。


「警戒をするのは結構だが、さっきのは明らかに私欲が混じっていたな」

「はは、手厳しいなぁ。 あ、たま、何か見えないか? おまえが一番目が良いんだからさ」


困りながらも武に合わせようと珠瀬が海の方へ視線を向ける。


「そうですね…………あれ?」

「どうした珠瀬?」

「うん……なんか、あそこにレドームが……」

「どこだ?」


珠瀬の指す方向にクォヴレーはスコープを覗き、崖の真ん中に設置してあり損傷したドームの切れ目から機械らしきものが規則正しく動いているのを確認した。


「どうやら起動しているようだな。…………博士の話では、半島の砲台は自動制御だったな」


クォヴレーと同じ結論に達したのは千鶴たちは同意するように意見を口にする。


「となれば、位置的にもあれが砲台のセンサーである可能性が高いわね」

「確かに、岬の方からNOEで接近してきた回収機に砲台は反応していなかった」

「ということは、少なくともこのあたりの砲台のセンサーはあれ1個って事だよな?」

「なら、あれを破壊すれば砲台の危険性はなくなるという事だな」


話はすぐにまとまり、榊は珠瀬に狙撃準備をさせた。

狙撃準備ができたところで武が他のメンバーに周りの警戒をするよう提案する。

砲台の攻撃を受けた時点で存在しないとは言え、追撃部隊に位置を大体把握された可能性があった為、クォヴレーは警戒に異論はなかった。

珠瀬から離れ、他の皆とも距離を取ったところで、クォヴレーは武に本当の理由を尋ねてみる事にした。


「白銀。たしかに警戒態勢は必要な事だが、観測手もつけないのか? 無論、スコープが1つしかない以上、あまり意味をなさないかもしれないが……」

「あー、いや………………まあ、クォヴレーならいいか。実はたまは『あがり症』があってな。もう大分直ってるんだけどな……」

「―――成程、そういう事か」


クォヴレーは『あがり症』という言葉を聞いた時点で、大体のことは把握した。

特定条件下において、極度の緊張状態になってしまう。

今の珠瀬からはその片鱗すら見れないが、207小隊と『長い』付き合いのある武の言う事である。嘘ではないだろう。

警戒という名目で珠瀬から引き離したのも、珠瀬に向ける目をなくさせる事が本当の目的なのだと。


「しかし、珠瀬なら心配いらないだろう。珠瀬自身の才能を自惚れる事なく、努力をしている」

「ああ。月並みだが、『努力は自分を裏切らない』。それに『言えねえ』が、たまは凄いやつなんだぜ?」

「ふっ、そうか」


そこでクォヴレーは会話をやめ、珠瀬の方を見る。それに続いて武もまた珠瀬を見る。

口を閉ざしたクォヴレーたちの耳に虫の鳴き声が僅かに聞こえる中、銃声が響いた。

1秒と経たず、今度は遠くから破砕音がクォヴレーたちの耳に入った。

言わずもがな、レドームが破壊されたのだ。


小隊メンバーが珠瀬の元に集まってゆき、賛辞の言葉をかけている。

武の話を聞いた後のせいか、他の小隊同様嬉しそうな反面、どこかほっとした様子だとクォヴレーは思った。


「さぁ、移動するわよ! クォヴレー、ライフルは目立たないところに投棄して!」

「了解」


レドームから出ている黒煙を見ながらクォヴレーはライフルを分解した後、木の陰に投棄した。





5日目の朝、小隊は脱出ポイントのある半島を前にして止まっていた。

前方に半島へと渡る橋がある。あるのだが……


「……随分と朽ちているな」

「これ……渡れるのかしら?」


思い切り踏めばすぐにも落下しそうな木製の橋がそこにあった。

美琴が近づき、軽く触れて分析する。


「ロープで補修すれば、なんとか行けると思うよ……」

「向こうの橋は鉄橋だね~」


珠瀬の視線の先にあるのはこちらとは打って変わって頑強そうな鉄の橋だった。

とは言え、そちらを渡る場合はヘリポートからここまで移動した以上の距離をトラップのある密林つきで移動しなければならない。


「やっぱり時間が惜しい。ロープで補修した後、一気に渡るのが賢明だと思う。美琴の言葉を信じよう」

「そうね」


武の言葉に皆異存はなく、頷いた。クォヴレーも例外ではない。


「鎧衣、彩峰は橋の補修を、他の者は散開して周囲を警戒」

「了解」「……了解」


二人は一斉に橋の補修へと取りかかった。

警戒についていた武とクォヴレーに冥夜が近づいてきた。


「しかし、砲台を黙らせることが出来たのは幸いだったな」

「アレが稼動したままの場合……此方は強化装備どころか防弾チョッキすらつけていない上、砲台に接近をしないといけなかっただろうな。まあ、砲台相手に防弾チョッキはほとんど無意味だが」

「うむ。珠瀬がセンサーを発見しなければ、この後砲台の破壊という難関に立ち向かわねばならぬところであった」

「危険な上に……砲台までは遠いからな。かなりの時間をロスしただろう」

「それに、今もクォヴレーがロープを回収する手立て立ててくれなければ遠回りせねばならなかっただろう」

「……ま、結局のところ雨は3時間で止んでしまったからな。止むと知っていればやる必要はなかったな」


別に恨んでいる訳ではないが、クォヴレーは一瞬だけ武の方を見た。

武は謝罪の意味を込めた苦笑しながら顔を背けた。


「だがあの時点では最善だったと私は思っている。スコールの雨をあのまま受け続けていれば体力が消耗していたであろうからな」

「……好きに取ればいい。それよりもどうやら橋の補修が終わったようだぞ」

「む、そうか。行くぞ二人とも」

「あ、ああ……」

「了解」


冥夜が先頭を歩き、その後ろに続いていたクォヴレーだったが、武が冥夜に気付かれないようにクォヴレーの横につき―――


「照れてるのか?」

「……何故そうなる?」

「いや、急に話を中断するから……」


武の言葉に、クォヴレーにしては珍しく少し呆れたような溜息をついた。

つい先日見せた冥夜の『人を見る目』は、自分しか意識していなかったようだったからだ。

冥夜が橋にもうすぐ着くので、クォヴレーは武の疑問を一言で答える事にした。


「……御剣は鋭いからな」




夕日により、空が綺麗な茜色に変わっている中、回収ポイントと思われる位置には当初回収ポイント同様へリポートらしき場所があった。

どうやらここで間違いないのだろうとクォヴレーは武の様子も含め確信していた。


「回収ポイント確保! 散開して全方位警戒!」

「回収機は?!」

「目視範囲内に機影なし!」


クォヴレーは発炎筒がないか周囲を見回すが、その代わりに発炎筒より演習終了を示す存在を発見した。

クォヴレーの視線に気付いたのか、彼女は自らの責務を果たし始めた。


「状況終了! 207B分隊集合!!」


ヘリの姿は見えない。だが彼女が、神宮司教官がここいるという事は間違いなく演習終了を意味するのだ。


「只今を以て、総合戦闘技術評価演習を終了する。ご苦労だった」


小隊メンバーは軽く気を抜きそうになるが、教官はそれを許さなかった。


「評価訓練の結果を伝える」


ここに到着すれば無条件で合格だと思っていた武ですら、はっとした表情になっていた。

クォヴレーは軽く眉をひそめるだけ、驚いた顔はしなかった。

演習結果の内容も悪いとはとても思えない。

それに合否を判定するのは神宮司軍曹だけではないだろう。

あの合理主義者でもある香月博士が協力者である自分と武を落とすような事はしないとも考えていた。

となれば恐らくこれは茶番。難癖にならない程度のミスを指摘しているだけだろう。

その途中、武が教官の話術に乗せられてつい『元の世界』での呼び方をしてしまう。


「――まりもちゃん!」

「――まりもちゃん……?」

(……余計なことを、若いな。いや、俺が歳を食っているわけではないが)


上官に対して『ちゃん』付けなんて、クォヴレーのいた部隊ならば兎も角、通常の軍隊では侮辱以外の何者でもない。

だが、教官は武を軽く睨んだ後、軽く息を吐く。


「まあ……いい。白銀、今日の所は見逃してやろう……めでたい日だからな」

「「「「「―――えっ!!」」」」」

「おめでとう……貴様らはこの評価演習をパスした!」


呆気に取られたメンバーを教官は見回す。

そこでクォヴレーと目が合うが、軽く眉を動かしただけで口を開いた。


「榊、この演習の第一優先目的はなんだ?」

「脱出……です」

「実戦に於いて、計画通り事態が推移することは稀だ。それ故、タイミングや運といった要素も重要になる。 それら全てを味方に付け、結果として目的を達成すれば『それが正しい判断だった』ということになるんだ」

「…………!!」

「セオリーはセオリーでしかない。結果として、貴様等を狙える位置に追撃部隊は存在しなかったし、砲台のセンサーは一つだけだった。そして貴様等は全員脱出に成功した……違うか?」

「……いえ……」


教官の言葉に感無量といった榊は頬を紅潮させ、目を見ればうっすら涙が見えていた。

冥夜が榊の肩にそっと手をやる。彼女もまた目に涙を溜めていた。


「これで、戦術機だねっ!!」

「……1歩前進」


皆の喜ぶ顔を見て微笑んでいたクォヴレーの横に教官が少し神妙な顔をして立っていた。


「ゴードン。やはりお前は―――いや、何でもない。忘れろ」

「…………はっ」


教官の言いたい事は分かる。恐らく入隊した日から思われていた事であろうが、クォヴレーに兵役がある事を気付いているのだ。

しかし、クォヴレーは香月博士が入隊させた訓練兵。例えそうだと分かっていても口にするわけにもいかなかった。

故にクォヴレーに出来るのは去っていった教官に皆に分からない程度に頭を下げることだけだった。



[2501] 戦術機
Name: 突撃兵159◆690d8429 ID:65097c93
Date: 2008/05/20 22:53
「……以上が基本操作だ。これらの機能を使いこなすことによって、戦術機は他の戦闘機械には不可能な立体的な機動が可能となる。それこそが戦術機の存在価値なのだ」


総合戦闘技術評価演習を終えた207B分隊は、今までの訓練から一転して衛士になるのに必要な座学などのカリキュラムに変更となった。

クォヴレーは戦術機にこそ乗った事はないが、先の新潟の戦闘でその存在の重要性をある程度理解していた。

彼の知るPT(パーソナルトルーパー)やMS(モビルスーツ)に比べて大きく違うのは宇宙での戦闘をまったく考慮していない点だった。

他に戦術機は機動性を重視した構造を持った機体しかないこと。

撃震などを始めとした第一世代戦術機は装甲を重視したようだがそれ以降の世代は機動力を重点として開発されていった。


(それにしても……追い詰められたとは言え、西暦2001年でここまで技術を向上させたのは驚嘆に値するな)


彼の知る世界では、戦術機に当たる兵器は人類が宇宙に進出した後で開発された物が主である。

無論、宇宙での戦闘などを考慮すれば技術の点においてはPTなどには及ばないが、地球内でのみ考えれば運用方法はそう変わらない。

もし、BETAを駆逐した後のこの世界が彼の知る時代まで時が経てば、どれほどの力を持つのだろうか。

クォヴレーは、ふと彼の故郷―――というには少し不適切だが―――バルマーが嘗て地球の戦力の向上能力を恐れ、排除しようとしたことを思い出した。

だがそれはバルマーの霊帝ルアフ、そしてその裏にいた真の霊帝ケイサル・エフェスの暗躍があってこその事であった。

そのケイサル・エフェスはあまた在る世界の中で単一の存在である以上、この世界にバルマーが存在しているとしてもそのような行為には出る可能性は低い。

もっとも、それらの心配をする前にBETAに勝たなければ意味がないが。

クォヴレーは意識を再び座学へと向けた。




「ねえねえ……このマニュアル全部覚えないといけないのかな?」


そう言った美琴の手に持つマニュアルは凶器になるほどの分厚さがあった。

全てを読むだけで覚えるとなると気が滅入るのはクォヴレーもだが、MSなどと構造も似ている為、覚えるとしても、それほどの量にはなるまい。


「ま、乗ってるうちに慣れるんじゃないか?」

「習うより慣れろ、だな」

「だといいなぁ……ボク、こんなのさすがに覚えきれないよ……」


美琴の横で珠瀬も辛そうな顔をしながらウンウンと頷いていた。

そんな二人に対し、千鶴は何故か笑顔で美琴の肩に手をおいた。


「さ、PX行きましょう?」

「あ、うん!」


その途端、何故か美琴はパッと笑顔になったのを見てクォヴレーは眉をひそめる。

別にPXに行くのは特別なことではなく、日常的なものである。


「なんだよ委員長? やけに嬉しそうじゃないか」

「たしかに、何かあるのか?」

「別に。言われたでしょ? 1時間前までに昼食を済ませておけって」

「戦術機適正を調べるんだもんな?」

「そうそう、さ、ご飯食べに行こう」


よく見れば会話に参加していないが、彩峰たち……つまるところ武と自分以外のメンバーが各々笑みを浮かべていた。

歴戦の戦士としての直感によりクォヴレーの脳裏に危険警報が発せられ、素早く状況分析を行った。

PXに行くのが楽しみな小隊メンバー。

今日は好きなメニューという可能性は皆の好みがバラバラな事からしても薄い。

となれば楽しそうなのは食事でなく、別の何かが原因。


(食事の工程よりさらに先に何かあるのか。今日予定は戦術機適正だけのはずだが……戦術機適正?)


たしか適正が酷い場合は衛士にはなれないと聞いている。

では、その適正を判定するには?

想像は難くない。戦術機で移動した際に発生するGと揺れによって三半規管を始めとした身体の器官が戦術機の運用に耐えられるかを調べるのだろう。

尤もクォヴレーは既に高機動戦向きの機体であるベルグバウに乗って実戦を潜り抜けてきた経験からして、今更どうもしないだろう。ましてやシミュレーションだ。

しかし、その事実は小隊メンバー、近い境遇である武ですら知らない。

食事をしたばかりの人間が生まれて初めて三半規管に影響を与えるようなものに乗れば最悪……嘔吐する。

さらに彼女達の様子からするといつも以上に食べさせるつもりだろう。

食事をしてから一時間の猶予があるとは言え胃の物が全て消化される可能性は低いだろう。

別に自分ならばいつもより多く食事をしても吐くことはないだろうが、あまり良い気分でないのはたしかだ。

クォヴレーは笑っていなかった武に視線を向けた所、まかせろ、と言わないばかりの笑みを見せ冥夜へとさりげなく近寄りその腕を掴んだ。


「なっ!?」

「どうも冥夜は、今日のメシを腹一杯食いたいそうだ」

「な、何だと!?」


どうやら冥夜に自分たちの代わりに生贄になってもらうらしいと、クォヴレーは理解した。

冥夜を含め周りは呆気に取られている。あまりに予想外な展開のようだ。


「美琴、一緒に冥夜をPXまで案内してやろう。クォヴレー、悪いが冥夜のためにメシを取ってきてやってくれ。京塚のおばちゃんに頼んで超大盛りでな!」

「……ああ」

「さ、委員長も、彩峰も、ボケッとしてないで冥夜をPXにお連れしろ」

「ち、ちょっと待て! そなた一体何をするつもりだ!? それにクォヴレーも! お主まで!」

「それは、自分の心に聞けば分かるんじゃないか?」

「他人の不幸は密の味、だったんだろうな……」


少なくとも先程までその類を連想させる笑顔だった。

まあ、冥夜に限っては少し違っていたようだが、武に選ばれた不幸を呪ってくれ、とクォヴレーは内心呟く。


「白銀……クォヴレー……もしかして」

「き、貴様等! 榊達の奸計の矛先を私に向けさせようと――」

「――人聞きの悪い。オレはそんなことしてないぞ……なぁ、クォヴレー」


クォヴレーはそれに頷く代わりに、重々しく冥夜の肩に手を置き、同情の視線を送る。


「御剣、お前の事は忘れない」

「な、何を今生の別れのような物言いをしておるのだ!?」


冥夜のその反応はかえって他の小隊メンバーを武の作戦通りに動かす火打石の役割を行ったらしく、皆先程同様の笑顔を浮かべ始めた。


「ううううう――!?」

「さあ、冥夜さん、行こう行こう!」

「俺は先に行って食事を貰ってこよう。安心しろ。俺の友人が普段食べる量にしておいてやる」

「そ、そうか。さすがクォヴレーだ! 信じておったぞ!」


クォヴレーは廊下に出る前に小さく呟く。その脳裏には某大食漢の姿あり。


「…………俺の3倍は軽く食べていたがな」

「クォヴレーーーーーーー?!?!?!」


そして、PXの食卓の冥夜の前には合成鯨肉の竜田揚げ定食……らしき山があった。

だが、冥夜はクォヴレーへの恨み言を口にはしなかった。何故なら――


「……何でクォヴレーもそんなにいっぱいあるの?」


美琴の言うように、クォヴレーの前にも冥夜ほどではないにしても、美琴の倍以上はある合成鯨肉の竜田揚げ定食があった。


「苦しみは分かち合うものだ……という事にしておこう」


軽く視線を下の方へ向けてクォヴレーは美琴の問いに答えた。

実際には京塚曹長に「あんたもそんな細いんだから、たまにはいっぱい食べな」と強引に増やされたのだ。

いつもならば何とか断れるのだが、友人に3人前頼んでおきながら、と言われ受け取るハメになったである。


「そ、そうなの……」


千鶴たちもクォヴレーの様子から、ある程度予想はついたがそれ以上の追求はしてこなかった。


「こうなれば地獄までいっしょだぞ……クォヴレー」

「随分と情けない地獄になりそうだな……」


冥夜とクォヴレーは軽く溜息をついた後、目の前の食事へと箸を動かし始めた。




(……何とも、妙なパイロットスーツ……いや、強化装備だったな)


クォヴレーと武が男性は訓練兵用のがないため、正式部隊と同じ黒い強化装備をつけてハンガーに到着した頃、同じく他の女性メンバーが訓練兵用の白い強化装備をつけて到着していた。

強化装備は肩や首、腕などは装甲で覆われるが、胸部から股あたりにかけては柔軟性の高い皮膜が使われている。

正規兵の物はその部分が紫色だが、訓練兵の物はほぼ無色であり、結果的に肌の色が代わりに大きく出ている。

それ故、女性メンバーたちは彩峰を除いて恥ずかしそうに顔を紅くしていた。

そんな207小隊の様子を分かっていながらも、教官は適正概要の説明を始める。


「これから貴様達の戦術機適正を調べるが…………」


正直クォヴレーは不正をしているようで多少乗り気ではなかったが香月博士が何も言ってこない為、他の者と同じように受けるしかなかった。


「それでは榊1号機、御剣2号機、残りの者はその場で待機!」


時は経ち普段の倍以上の食事をした冥夜だったが気力を振り絞って立っていた。

千鶴もそれを気遣う余裕はなく、気を抜けば座り込むため手すりに寄りかかっている。

やがて美琴、武がシミュレーター機から出てきた。

美琴は他の皆と同じような状態だったが武は平然と歩いていた。

出迎えた死体のような仲間達が怪訝な顔する中、次は自分の番だという事でクォヴレーが教官の方へと足を進める。


「次、ゴードン1号機に搭乗しろ」

「はっ」


美琴が入っていたシミュレーター機に入り、クォヴレーは思わず感嘆の息をつく。

午前の講義の際に既に想像できていたが、シミュレーター機の中は彼のいた時代の物とあまり変わらない印象を受けた為だ。

無論、幾つか耐久面などで首を傾げるような箇所はあるが、それでも時代を考えれば十分すぎるほどだ。

とりあえずクォヴレーは感心の念をしまい、着座すると思われる所につく。

それと同時にクォヴレーの網膜に『着座情報転送中』という文字が浮かび、数秒と経たない内に『転送完了』の文字になる。

それを見送った後、クォヴレーは操縦桿などの位置を確認する。

位置に違いがあるが、PTの操縦経験が十分いかせるような配置であった。

操縦桿を握ったり、軽くペダルを踏んだりするクォヴレーの網膜に神宮司教官の姿が映る。


「ゴードン。聞こえるか? 聞こえるなら返事をしろ」

「聞こえています」

「ふむ、問題はなさそうだな。……では、テストを開始する。お前は15分間、そこに座っているだけでいい。気分が悪くなった場合は横の非常停止ボタンだ」

「はい」


クォヴレーが軽く横目で非常停止ボタンの位置を確認したのを見て、神宮司教官の通信が切れる。


(……さて、ここまで来たなら仕方ない。変な行動をして疑われるよりは、素直に受けておいた方がいいだろう)


網膜が山の景色を映し出した所で、クォヴレーの意識は適正試験にのみ集中された。


結果として適正を判断するシミュレーターは、クォヴレーが想像していたものより楽な内容だった。

揺れは実戦に比べれば些細なものだったし、結局空中での機動を行うこともなかった。

よく考えて見ればBETAが空中領域をほぼ制圧している為、適正の時点で3次元的な機動は衛士を厳選しすぎるのだろう。





「二人とも、ほんとーーーーーに、あの揺れ大したこと無かったの?」

「大したこと無いも何も、全然平気!」

「ああ……こういっては何だが、もう少し厳しいのが来ると思っていた」


バレルロールとかな、とクォヴレーは内心呟く。


「……おかしいよ。人として」

「おまえが人を語るか……?」


ジト目で武が彩峰を見るが、彩峰は目を閉じて素知らぬ顔をする。


「でも、教官、不思議なことも言っていたわね……」

「もしかして、興奮もしていない極めて冷静な状態……って言ってたアレ?」

「ええ、普通そんな人はいないって言ってたでしょ?」


千鶴たちが不思議そうな顔をするが、そもそも適正試験を行うべき人物が間違っているのだ。

武は既に戦術機に乗っていた為、クォヴレーについては地上での実戦はおろか、宇宙での実戦まで行っている。

よっては二人ともコックピットに入れば常に冷静に対応する心構えが兵士として体に身に付いている。

それに、クォヴレーにはもう一つ理由がある。


「……今日の所は、機械の故障ということで」

「そうだねー、そういうことにしておこうか」

「お前らなあ……」

「そうなると、俺の前に乗っていたお前が壊した可能性があるのだが……? 鎧衣」

「え? あ、あはは……それじゃ、ご飯食べようか! 冷めちゃうよっ」





クォヴレーは食事を終えた後、香月博士の部屋へと出向いた。


「あら、あんたが呼んでいないのに来るなんて珍しいわねぇ」

「今日の戦術機適正について話があるのだが、時間は」

「大丈夫よ。さっき戦術機適正値を見たけど、あんたも白銀も大したものね」

「前の世界では衛士として任官していたらしいからな。ある意味当然と言えるだろう。しかし、怪しまれないか? 1人ならまだしも……」

「問題ないわ。むしろ、あんたも白銀も任官した後はあたしの仕事の重要度の高い任務をやらせるつもりだから、ずば抜けている位じゃないと周りが納得しないわよ」


たしかに、オルタネイティヴ4の指揮を取っている香月博士が現状においてかなりの権力を持っているとは言え、ぽっと出の白銀たちに重要任務をやらせるのならば、何かしらの『特別』を白銀とクォヴレーは持っていた方がいい。

例えば、他の衛士との共同作戦とてあったとしよう。

そんな時にその衛士たちに認めさせるだけの『何か』を持っていると持っていないでは、衛士たちとの戦闘連携は勿論、情報展開においても結果に差も出るだろう。

クォヴレーは香月博士の考えに得心し、素直に頷く。


「……そうか。なるべくお手柔らかに頼む」

「そりゃ無理ね。ベルグバウを使えるのがあんただけってことを考えても遊ばせておくつもりはないわ。……ああ、そう、一つ気になっていたんだけど」

「? 何だ?」

「答えられないならいいけど、『そっち』の徴兵とかってどうなってるの? あんたくらいのが最前線ってのがなんか気になってね」


今まで話題に出なかった事が不思議なくらいだが、クォヴレーは香月博士に協力をする事を決意して以来いつでも話すつもりはあった為、左程戸惑いはなかった。


「……俺のいた部隊は成人前の者もたくさんいた。それ相応の能力を持ってな」

「ふぅん……エリートや天才部隊の集まりってわけ?」

「いや、混成部隊といった所だ。皆戦う意志を持って集まった仲間だ。その中には俺のような特殊なケースもいたがな」


クォヴレーの物言いに香月博士は眉をひそめる。


「特殊なケース?」

「俺は嘗て地球に攻めてきたバルマーという星のゼ・バルマリィ帝国軍の特殊部隊ゴラー・ゴレムに配備されていた『人造兵士』だ」


クォヴレーの告白に、香月博士は驚愕に目を見開いた。

しかし、同時に納得もしていた。


「大きく出たわね……でも、検査には異常はなかったわよ?」

「当初は地球軍の部隊へと潜りこむ任務だったからな。それなりに調整をしたのだろう」

「成程ね………………っ!? ……あんたが『人造兵士』?」

「? 繰り返し聞かれるのも何だが、その通りだ」

「……ちなみに、その技術の提出できる?」


クォヴレーはイングラムの記憶と知識もある程度は継承している。

その中には、イングラムは自らの身に何かあった時の為にコピーとしてヴィレッタという女性を創ったという過去があった。


「……出来るかと問われれば、完全には無理だが恐らく可能だろう。しかしそれは……」

「安心なさい。別にクローン人間を作るのが目的じゃないわ。むしろ、欲しいのはパーツと肉体を維持出来る技術ね」

「? 医療用に使うのか?」


クローンによる『再生医療』は上手く使えばこの世界の医療技術を飛躍的に上げられることが出来る。

しかし、それには世界がクローンを認めなければならない。

それに、クローンを扱う医療施設を作るのにもどれだけの時間と金がかかるか分からない。

香月博士はクォヴレーのその懸念を消すように首を振る。


「たしかにそっちに使う事もできるでしょうが、それを周りが認めるのは少し時間がかかるわ。……そうね。今はちょっと忙しいから今度、理由を全部とは言えないけど話すわ」

「……分かった。内容次第だが、提出できるようにだけはしておこう」

「助かるわ。じゃ、悪いんだけど出ていって頂戴」

「了解した」


出ていったクォヴレーが通った入り口が見た後、香月夕呼はここからは見えないある部屋の方向に視線を向ける。


「……人造兵士ね。未来になっても、別の星でも、ヒトはあんまり変わらないのね」




コックピットに響くアラームがクォヴレーに敵を教える。

蒼き戦術機、吹雪が廃墟のような市街地に立ち手に持った36mm突撃機関砲が火を吹き、赤い球体が爆発を起こす。

次々と現れる球体を距離と残弾に応じて武器を持ち変えて正確に、迅速に破壊していく。

最後に現れたBETAを仮想させる黒き影を撃破すると、搭乗した際に聞いた起動音に近い音がコックピットに響き周りの風景をコックピットのものへと変えていく。


「動作教習応用課程Dを終了する。ゴードン、降りて来い」

「了解」


シミュレーターを出たクォヴレーを出迎えたのは呆れたような驚いたような顔をした武を除いた小隊メンバーだった。


「……ゴードン、貴様にも一応聞いておくが、戦術機の操縦経験はないのだな?」

「実機は無論の事、シミュレーターでも操縦したのは今日が初めてです」

「……まぁ、そうだろうな」


顔にこそ出さないが、納得のいかないような息を吐く神宮司教官にクォヴレーは首を傾げる。

シミュレーター教習が始まったかと思えば、千鶴たちより先にいきなり戦術機に乗せた割には態度が少しおかしい。

武もそれを感じていたらしく、教官に尋ねると。


「どうしたんですか?」

「……昨日の戦術機適正値を見た香月博士が、1度貴様等をシミュレーターに乗せてみろと言い出してな……」

「……え?」

「操作も覚えていないのに無理だと言ったんだが……」


クォヴレーは顔に出せば怪しまれるため普段と同じような態度を保っているが内心は冷や汗を軽くかいていた。

基本過程では操作を覚える為、時間をかけていたせいか、教官はそれほど怪しんではいない様子である。

という事は、凄まじい勢いで戦術機の操作を覚えたと思われているという事だ。

ある意味それは間違いではない。

クォヴレー自身、戦術機を扱うのは正真正銘初めてだったが、元々スパイとして派遣される身だったので様々な機体の操縦を熟知していた。

戦術機もPTやMSと同じ人型である以上、クォヴレーが慣れるのには左程時間は必要なかったというわけだ。


「あの……教官、二人はそんなに凄いんですか?」

「過去の記録では、訓練兵が動作教習応用過程Dをクリアするまでの最短時間は33時間だ。
まぁ、1日中乗っているわけではないからな……実質5日ほどかかっている計算になる」

「二人は2日……いや、正味1日ですかっ!?」

「その通りだ。白銀たちは歴代最高記録を5分の1に縮めたんだ。ゴードンは総合時間では白銀よりかかっているが、動作教習応用過程Dだけのクリア時間は白銀より早い」

「へぇ~~~」

「もちろん、教習カリキュラムの改善やシミュレートされる機体の性能向上も、記録更新の大きな要素だろうが……」


クォヴレーは教官が不可解な点を並べようとしているのに気付き、どうしたものかと視線を武に投げる。

しかし、当の武は何やら考え事をしているようで虚空を見つめている。

かと思えば、いきなり教官へと近寄っていった。


「教官っ!!」

「……ん?」

「オレとゴードンの操作記録を、みんなに見せるわけにはいきませんか?」

「……どういうことだ?」

「教官のお言葉通り、オレとゴードンの技術がそれほど凄いというのなら、それは隊全体で共有すべき財産だと考えています」


教官はそこでクォヴレーの方へ向く。

クォヴレーも武が自分たちの操作記録を千鶴たちの本より分かりやすい教本にしようとしているのが分かった為、同じように教官へと歩み寄る。


「自分も白銀に同感であります。教官」

「そうか……榊はどうだ?」

「……そうですね、白銀の言うことはもっともだと思います。ただ……」

「ただ?」

「たとえ操作記録を見ても、そこで得た情報をすぐ自分の操縦に反映できるか……自信がありません」

「なるほど……客観的で榊らしい意見だな」


武の意見も間違っていないが、千鶴の言うことも間違ってはいないだろう。

正規兵クラスの武とクォヴレーの操作技術をすぐに反映しろというのが無茶というものだ。


「……さて、実は貴様達に知らせておくがある」

「何でしょうか?」

「白銀と全く同じ提案を、昨日してきた人物がいる」

(……昨日?)


クォヴレーが昨日出会った人物の中で教官に意見を出せそうな人物。

考えるまでもなく、該当者は1人しかいなかった。


「誰ですか?」

「……香月博士だ」

「…………」

(あの後、教官に白銀と俺をシミュレーターに乗せるように言ったというわけか)


昨日の香月博士との会話の内容からしても、クォヴレーと会う前に教官に指示していたのなら、それらしき事を含んだ言い方をするのがクォヴレーの知る香月夕呼という人物だった。


「二人は操縦記録に長けているはずだから、それを確認し、事実ならば操作記録を全員に開示せよ、とな」

「……その根拠は、戦術機適正のみ……ですか?」

「博士は……いわゆる天才だからな。どこからそれを予見したのか……我々には理解できないだろう」


神宮司まりもは軍人として馬鹿ではなく優秀であり、その上香月博士とは付き合いが長い。

事実は予想できるが、千鶴たちに下手な疑心を生まれさせないように納得させるためにそれらしきことを口にする。


「……すごいですねー、預言者みたい」

「既に博士の提案に基づき、操縦カリキュラムが大幅に変更されている」

「え?」

「まず、本日より貴様達が卒業するまでの間、我が207訓練部隊がシミュレーターを最優先で使用出来ることになった」

「え!?」


これにはクォヴレーも眉をひそめる。

ここは訓練施設ではなく、国連の前線基地でもあるのだ。

その前線基地のシミュレーターを訓練兵に最優先で使わせるとはクォヴレーとて想像しなかった。


「正規部隊よりもですか?」

「無論状況によって変更はあるが基本的にそうだ。次に、貴様達専用の練習機が明日搬入されてくる」

「明日!?」


声を出した武以外の小隊メンバーも大きく目を見開いている。

クォヴレーにしても呆気に取られていた。

香月夕呼は早速で『特別』とやらを自分達につけようとしているのだろうかと。


「博士は戦術機など車と同じ慣れだと言っていたが……正直、ここまでやるとは私も思わなかった」

「車……」


高等技術などによる複雑な操作などを考えればそう言えない事もないが、比較する物が物の為、クォヴレーは思わず口に出してしまった。

その呟きは教官の耳には届かなかったようで、教官は姿勢を正し207小隊を見回す。


「―――午前の教習はこれで終わる。解散後、榊は白銀とゴードンの操作記録を取りに来い」

「はい!」

「午後も引き続きシミュレーター教習だ。15時00分(ヒトゴーマルマル)、各自衛士強化装備で集合。それまでは記録とマニュアルを参考にイメージトレーニングをしておけ」

「「「「「「「はい!」」」」」」」

「解散!」

「敬礼!」


7人が一斉に敬礼し教官が答礼をした後、去っていったのを見送ると小隊メンバーが武とクォヴレーへと向きを変える。


「たけるさんもクォヴレーさんも歴代記録の5分の1なんて凄すぎだよ~」

「あ、ああ。がんばりすぎたかな?」

「あんな動きどこで覚えたの?」

「ふふふ……それはだな……たま、強いて言うなら……才能?」


話の流れが追求に近いものを感じた為、クォヴレーは先に退散することにした。

幸い、武はここに留まってくれるようである。

それに15時までに出来る訳ではないがクローン技術に関しての資料を作らなければならない。


「すまないが、俺は少し急ぎの用事があるので戻らせてもらう」

「あら、わかったわ」

「残念だな~。また後で色々教えてね~」

「説明できる範囲でな……」


そう小声で言うとクォヴレーは怪訝な顔をしている小隊メンバーに背を向け早足で去っていった。




結局、15時からの教習を終えた後でも資料作りに集中し、気付けば本来起床するはず時刻の2時間前であった。

睡眠をろくに取れなかったので朝食を取った後、ハンガーへの通路で珍しく欠伸をしそうになり、それを必死で噛み殺そうとしていた。

ようやく噛み殺した所で前方から人が来る気配を感じ、顔を引き締める。

現れたのは国連軍とは違う赤い軍服を着た、エメラルドのような綺麗な長い髪を持った女性だった。


(……たしかあの軍服は、帝国の城内省直属の斯衛軍だったか? 初めて見るな)


香月博士から渡されて記憶した日本の軍事情報資料から該当するものを脳から引き出す。

帝国軍の中でも、主に帝、将軍や五摂家を守る為の軍。親衛隊とでも言えば分かりやすいだろう。

上官への礼儀の為、クォヴレーは廊下の端に動き、そのまま通り過ぎるようと思ったところで相手が足を止め、クォヴレーを見つめて……いや、睨んでいた。


「クォヴレー・ゴードン、だな?」

「……はっ!第207衛士訓練小隊所属、クォヴレー・ゴードン訓練兵であります」


呼ばれるのは予測していたが名前まで知られているとは予想外だった為、クォヴレーは少し戸惑ながらも敬礼をする。


「私は帝国斯衛軍、第19独立警護小隊を指揮している月詠真那中尉だ」


名乗り返した以上の言葉は口にせず、月詠中尉はクォヴレーを値踏みするかのようにクォヴレーの眼を見つめてきた。

クォヴレーも斯衛軍が自分に何の用があるかは分からないが、眼を逸らさずしっかりと月詠中尉の眼を見た。

強い意志を持った碧眼同士が視線を数分ほど交差させ……先に逸らしたのは月詠中尉だった。

尤も、其れはクォヴレーに屈したのではなく、思う所があったからだ。


「戦災孤児か……上手く状況を利用したものだ」


クォヴレーは警戒の色を深め、睨むまでいかないにしても目を細めていた。

戦災孤児というのは香月博士がクォヴレーの為に作り上げた戸籍である。

名前と外見からしても日本人には出来なかった故、BETAに滅ぼされた国の生き残りという事にしてある。

クォヴレーにとっても変に追求される事が少ないと判断した為、都合がいいと思っていた。

しかし、目の前にいる月詠真那という女性はそれが嘘だと確信しているようだ。

それを裏付けるように、月詠中尉は


「少し話を聞かせてもらおうか」

「……何でしょうか?」


最悪の状況を想定し、クォヴレーは僅かに身を硬くする。

だが、月詠中尉の口出た問いかけはクォヴレーの予想の範疇のものではなかった。


「何故冥夜様に近づいた?」

「? ……御剣訓練兵に、ですか?」


てっきりクォヴレーはオルタネイティヴ計画か戦災孤児の嘘について聞かれると思っていた為、意外そうに尋ね返す。

その様子を見た月詠中尉は一瞬怪訝な顔をした後、軽く目を閉じる。

彼女にしても、クォヴレーの反応は予想の範疇のものではなかったようだ。


「―――どうやら、知らないようだな。それが虚偽ではないかぎり、な」

「……申し訳ありませんが、質問の意図が分かりかねます。斯衛軍にとって御剣訓練兵は―――」

「忘れろ。貴様が何者であるかはこの場では問わぬ。だが、もし貴様が冥夜様に仇なす時は……」


仇なす、の所でクォヴレーは遮るように口を挟む。

上官が話しているのを阻むような行為は厳罰対象だが、最早軍人である事は関係ないと思ったからだ。


「失礼を承知で申し上げますが中尉。自分は敵、即ちBETAに対して銃を撃つ気はありますが、『仲間』に対しては銃を向けるつもりもありません」


先程と同じ、だが間に流れる空気は凍りついたように両者は視線を交わす。

先に降りたのは先程とは違い、クォヴレーだった。

態度は先程までと違い、少々馴れ馴れしい……というか彼本来の姿勢になっていた。


「……少し、御剣が羨ましいな」

「羨ましい? どこがだ?」


口の聞き方を追求することもせず、月詠は疑問を口にする。

将軍家の血縁、いや日本にとって最重要人物の一人とも言えるのにこのような場所で訓練兵として生きている事の何処が羨ましいのだ。

怒りに染まり始めた月詠の眼を、クォヴレーは真っ向から落ち着いて受け止める。

クォヴレーにとって月詠真那は既に敵と想定する必要すらないからだ。


「生憎、御剣がどの様な立場かは知らないが、中尉のような人に案じてもらっている事が羨ましいと思っただけだ」

「私が冥夜様をお守りするのは斯衛として当然だ」


護衛するにはこれ以上無い明確な理由を口にする月詠に、クォヴレーは何処か懐かしむような笑みを浮かべて返す。


「だが、あんたが例え自分が斯衛、いや軍人でなくても同じ事をしている気がするがな」

「……!」


月詠はクォヴレーが地位に関係なく自分、月詠真那という名の人間が御剣冥夜という人間を心の底から心配している事を言っているのに気付いた。

もしかしたら、将軍家に生まれていなかったとしても、月詠は冥夜に忠誠を誓っているかもしれない。

クォヴレーはそう思ってもいたのだ。

それは根拠のないものではない。

武に比べてまるで不透明な自分の素性を問いただすよりも冥夜に対する行動を問われた事が、クォヴレーに月詠真那が御剣冥夜に誠の忠誠を誓っていると思わせたのだ。

月詠は思案するように一度目を閉じ、再び目を開き眼前の男を見る。

その目には先程までの怒気はなかった。


「……最後に一つ答えてくれ」

「何でしょうか?」


クォヴレーは言葉遣いを元に戻していた。

先程は、同じ訓練兵ではなく御剣冥夜の仲間としての言葉を口にしたからだ。

月詠もそれを理解し、何処か納得した顔をした後、元の真剣な顔つきになる。


「白銀武、貴様から見て奴は信頼できるか?」


クォヴレーは軽く眉をひそめるが、すぐに表情を戻す。

時間を空けてしまっては誤魔化そうとしていたと月詠に思われると思ったからだ。


「―――精神面に斑があるのが課題ですが、自らの仲間を裏切るような真似はしないでしょう。そして私から見ても白銀訓練兵は御剣訓練兵を仲間だと、私以上に深く思っていると思います」


クォヴレーはこの世界で初めて会ったが、冥夜とは元の世界からの友人だったらしきことを武が口にしていた事を頭に浮かぶ。

その返答に納得したか否かは分からないが、月詠は一度クォヴレーの目を見た後、顔を僅かに逸らす。


「……そうか。呼び止めて済まなかったなゴードン訓練兵」


それが、もう去っていいと言う月詠の合図だと判断したクォヴレーは姿勢を正し、敬礼をする。


「いえ。では、月詠中尉。失礼させていただきます」


クォヴレーは敬礼した後、ハンガーへの通路へと歩いて行った。

敵意を含まない視線を背中に感じながら。




強化装備に着替えハンガーに出たクォヴレーを迎えたのは搬入された吹雪の姿であった。

7機ともに整備兵が多い割に部品交換といった作業をしていない所を見ると基本整備の類と判断し、近日中にはそれも終わるのだろうとクォヴレーは判断した。

自分の小隊ナンバーは07の為、こちら側から見て手前に01がある以上奥にあるので、クォヴレーの吹雪は奥の方にある事になる。

視線を奥の方にクォヴレーが向けると、そこには自分の吹雪はあったが、その隣に自分の青とは違う紫色の機体が目に入った。

紫色の吹雪かと思ったが、どう見ても外見などに違いが多い。


「撃震とも吹雪とも違うようだが……?」

「あれは武御雷だ……ふぅ」


声に驚き振り返ると武がいた。何やら呼吸を整えており、急いで来たようだ。

クォヴレーはそうなった訳も気になったが、話を続けることにした。

タケミカヅチという単語は聞いた覚えがあったからだ。


「……たしか帝国軍の機体だったか。しかし、何故それがここに? それに紫色の機体は聞いた事がないが」


国連軍の基本色が青ならば、帝国軍の基本色は黒だ。

その色はその軍の機体である限り、例外はあまりない。

ましてや、訓練兵の機体のあるハンガーにそんな機体は普通置かれないだろう。


「あー、やっぱお前は何も知らなかったか。あれはちょっとした事情で冥夜へと譲られた戦術機なんだよ」

「御剣に?」


そこでクォヴレーは先程の月詠中尉との会話を思い出す。

成程、斯衛軍絡みの機体ならば黒でないのも理解できると。

斯衛の機体は地位によってはカラーリングや性能が異なるとの話は聞いていたからだ。

となれば、冥夜にあの紫色の武御雷を送ったのは斯衛軍の月詠中尉、もしくはもっと上の人物だろう。

その月詠の冥夜への忠誠の様子からしても、あれは何かしら意味のある機体なのだろう。

だが、当の御剣冥夜は公平を好む傾向がある。

例え彼女が月詠の事を好いていても、この手配にいい顔をするとは考えにくかった。


「成程、斯衛絡みか」

「察しが早くて助かるぜ……ああ、あと」

「分かっている。何かしら事情があるのだろう。こっちにも話せない事がある以上、興味で聞いたりするつもりはない」


斯衛軍が絡んでいるとなると、興味本位で首を突っ込むべき問題ではない。

国連軍基地に斯衛軍の月詠中尉がいる上で、ここに武御雷が搬入されているという事は既に国連軍側でも了承しているという事だ。

香月博士の協力者とは言え、一介の訓練兵であるクォヴレーが口を出す事ではないのだろう。

クォヴレーが理解を示したのを見て武は安堵の息をつくが、それにはやりきれない思いも含まれていたようだ。


「ふぅ……仲間としては、いつか言いたいんだけどなぁ」


武の気持ちは分からなくもない。

隠し事をしているのは冥夜だけではなく、武もクォヴレーもである。

しかし、香月博士が自分達の事を誰かに話すことを許容してくれるとは思えない。


「内容が内容だからな。博士なら死んでも言うな、とでも言うだろうな」

「はは……先生もそんなこと言ってたな。っと、あいつらも来たな」


武が苦笑していると他の小隊メンバーが遠くからやってくるのが見えた為、会話を強制的に終わらせる。


「もー、タケル。急に走って行っちゃうなんて酷いよー」

「悪い、悪い。ちょっとクォヴレーと相談があったのを思い出してな」

「……ああ、おかげで少し待ちぼうけを食らってしまった」


武の話を合わせ、クォヴレーは少し睨むような眼を武に向ける。

小隊の皆も納得したらしく、武への追求はなかった。

代わりに、今まで共に行動していなかったクォヴレーの方に視線がいった。


「そういえばクォヴレーは朝、ハンガーに来てなかったわね」

「昨日の用事で少し遅くまで起きていた所為で、朝に行く余裕がなくてな」

「ふむ。体調に負担をかけるでないぞ。お主はタケル同様我が隊の要なのだからな」

「……要かどうかともかく、自己管理には気をつけているつもりだ。安心しろ」

「あー、たしかにクォヴレーさんってそういうのはしっかりしてそうだねー」


雑談が開始しそうな勢いだったが、教官が歩いてくるのに気付き皆、敬礼する。


「全員揃っているようだな。では、今日もシミュレーター教習となる。全員シミュレーターに搭乗しろ!」

「「「「「「「はい!」」」」」」」




数十分後、クォヴレーは大事を取り、動作教習応用過程Eを終わらせた所で休憩を取っていた。

武は現在、動作教習応用過程Fに挑戦している。実力を考えれば難なくクリアするだろう。

軽く目を閉じ、壁によりかかっていると誰かが隣に来たのに気付き目を開く。

そこにいたのは長い髪を揺らす冥夜だった。


「珍しいな。そなたが皆より早く休憩を取るとは」

「自己管理。お前にも言った手前、念の為にな」

「ふっ、そうか」


会話が止まったが、冥夜の立ち去るような気配がないためクォヴレーは怪訝な顔をして冥夜の顔を見る。

冥夜は前方を、よく見ると紫の武御雷を見ているのに気付く。


「……お主がアレを見ても何も言わないのは、先程タケルに口止めされたからであろう」


他の小隊メンバーは怪しまなかったようだが、洞察力の高い冥夜にはバレていたようだ。相変わらず鋭い。

気取らないようにクォヴレーも冥夜と同じように武御雷に視線を移す。


「俺の吹雪の横にあったからな。気にならなかったといえば嘘になるな」

「……それだけか?」

「あの武御雷にどんな意味があるかは知らないが、俺にとっては少々見慣れない戦術機があると思う程度でしかない。現状ではそれ以上でもそれ以下でもない。これは白銀に言われる前からそうだ」


そこでクォヴレーは冥夜に視線を移す。


「お前達にとっては、不敬なのかもしれないがな」


武御雷をそこらの戦術機と一緒にするのは日本人にとっていい感情ではないのだろう。

月詠たち斯衛軍がわざわざ訓練兵の冥夜に持たせた事を考えれば、あの武御雷はやはり『特別』なのだろう。

冥夜は驚いた顔をし、すぐに落ち着く。


「いや、別にそうとは思わぬ。愚弄したつもりではないのだろう?」

「……たしかに、そういうつもりはないな」


情報不足故の認識かもしれないが、あの武御雷に悪感情を持つ理由はクォヴレーにはない。


「なら、よい。……そなたもタケル同様、不思議な男だな」

「……白銀と同じか。事情は本当に知らないのだが、そういう事なら態度を改めた方がよかったかもしれないな」


クォヴレーが冗談を口にしていると分かっている為、冥夜は微笑を浮かべるだけだった。

その時クォヴレーたちの雰囲気が和らいだのを見たのか、珠瀬がとことこと近づいてきた。


「あの、クォヴレーさん。操作記録の射撃の仕方で聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「かまわない。御剣、サボりと見なされない程度にな」

「ふっ、心配は無用だ。お主と話をしたかっただけだからもう往く」


軽く手を上げ、御剣はシミュレーター機へと入っていった。




珠瀬に自分の操作記録のことを説明している銀髪の男、クォヴレー・ゴードン。

タケル同様、一ヶ月前に207B小隊へと編入された男だ。

少々悔しいが実力はタケル共々、小隊の双璧をなす人物だ。

技量ではともかく、メンタル面においては恐らくタケル以上だろう。

実際慌てた所は滅多に見たことがないし、時にはタケルを諫める役割をも果たしていた。

常に冷静な為、隊の中でも信頼度は高い。だがそれ故、何を考えているか分からない時もままある。

戦術機の操作記録ではタケルは奇っ怪ではあるが凄まじい機動力を見せた。

それに対しクォヴレーは逆に出来るかぎり最小限の動きしかせず、素早く敵を排除していた。

タケルに比べて合理性を求めた機動と感じられた。

それ故、私を含めた小隊メンバーは機動力と接近戦は白銀を、射撃を中心とした技術はクォヴレーを参考にしている。

正規の衛士の実際の実力は知らぬが、両者の技量は正規の者と遜色がないように思われる。

それほどまでに二人は突出していた。

無論、私とていつまでも後塵を浴びるつもりはない。

いずれ両者に追いついて見せようぞ。




翌日、ミーティングルームで本日の予定を聞く中、クォヴレーの視線は教官にバレない程度に武の方へ移っていた。

今日の武は珍しく点呼ぎりぎりで来た上、先程も欠伸を噛み殺そうしているなど、何処か抜けている様子だからだ。

前席の美琴に視線を向けるが美琴も訳が分からず肩をくすめるだけだった。

とりあえず、教官の話が終わった後で聞こうとクォヴレーは思ったが、状況は急転した。


「……最後に連絡事項をひとつ……急な話ではあるが、明日、国連事務次官が当基地を視察することになった」

「――えっ!?」


教官の言葉で眠気が吹っ飛んだのか、武が驚いた顔をしていた。


「どうした、白銀」

「あ、明日ですかっ!?」

「そうだ」


クォヴレーは知る限り、武が慌てるのは彼の知る未来とは違う場合などが主である。

反応からしても、事務次官来訪には驚かないが日程が彼の知るものより早いという事だと推測できた。

武は市街地訓練のことを口に出したりしている事から、どうやら事務次官の来訪は市街地訓練の後に『あった』のだろう。


(……日時によるものだけだが、『前の世界』とは変わり始めている。といったところか)


それが吉か凶か判断できる材料を持たないクォヴレーは神宮司教官の話に耳を傾ける。


「事務次官来訪のため、明日は全員基地内待機命令が出て、市街地演習が延期になったというわけだ。日頃の訓練の成果を試すいい機会であったが……こればかりは仕方が無い。伝達事項は以上だ――解散!!」

「敬礼!」


教官出て行ったのを見ると武は千鶴の呼び止める声にも反応せず、急ぎ走り去っていった。


「何なのよいったい……ってクォヴレー、あなたまで何処行くのよ?」

「少し用事が出来た。先にPXに行っててくれ」

「あ、ちょっと!」


クォヴレーも千鶴の制止の声に軽く手を上げるだけで、廊下へと出る。

目的地は恐らく武が向かったと思われる副指令室。

入室すると予想通り、武と香月博士が会話をしていた。


「あら、あんたも来たの?」

「白銀の様子を見れば気にもなる」

「それもそうね。話はもう終わったから簡略に説明するわよ。明日HSSTがここに落ちてくる予定だけど、事前に阻止するわ。だから安心して頂戴」

「…………」


HSST、再突入型駆逐艦が落下してくるが阻止するから気にするな、と言われても口を挟みたくなるのが普通だ。

しかし目の前にいるのが香月博士であるという点からクォヴレーは溜息をつき、押し黙る。

彼女は出来ない事を出来るという戯言は言わないからだ。


「……何故落ちてくる等、気になる事は多いが……とりあえず了解した」

「そっ、ならもう行って……ああ、やっぱクォヴレーは残りなさい。話があるわ」

「? 了解した」

「じゃ、俺は先にPXに行ってるぜ」


武が部屋を出て行くのを見ると香月博士は何処かに連絡を取っていた。


「さて、前に言っておいた理由を話すわ」

「……資料はまだ出来ないんだが」

「後でいいわよ。どうせあんたには話しておくつもりだったし」


恐らくオルタネイティヴ計画についてであると先日から想像していたクォヴレーは、自分と同じく協力者である武を追い出した事に眉をひそめる。

追い出した言い方からすると、武には聞かせたく内容になるからだ。


「俺には? 白銀には話していない事なのか?」

「あいつはまだ精神面が子供みたいなもんだからね。話すとしてもまだ先ね」


武には悪いが、クォヴレーは納得した。

月詠中尉にも言ったように、武にはまだ戦士としては斑があるのだ。


「……それで、今の白銀には話せない事というのは?」

「察してると思うでしょうが、オルタネイティヴ計画についてよ」


オルタネイティヴ計画。

香月博士が指揮を取っているオルタネイティヴ4がBETAに対しても地球に対しても最後の策とクォヴレーは認識していた。


「あんたが白銀から聞いているオルタネイティヴ5っていうのは、限られた10万人が宇宙船に乗り他の地球のような恒星系を探す旅に出るもの。出発する時に大量のG弾を地球にぶちまけてね」

「そして、俺と白銀はそれを開始させない為にここにいる。俺があんたに協力している一番大きな理由でもある」

「分かっているわ。まずオルタネイティヴ1から順番に簡略説明していくわ」


元々オルタネイティヴ計画はBETAとのコミュニケーション方法を模索する計画であり

オルタネイティヴ1はその名の通りオルタネイティヴ計画の1番最初のものである。

その目的はBETAの言語、思考解析による意志疎通計画。結果としては成果0。

次のオルタネイティヴ2はBETA捕獲による調査と分析。犠牲の割に分かった事はBETAが炭素生命体であることだけ。


(STMCは人類を滅ぼす事しか考えていなかったらしいからな……その辺りを考える必要すらなかったな)


オルタネイティヴ3は地球にBETAが来襲したのをきっかけに始まった計画で、話そうとしても無理、解剖しても理解不能。

だが、組織的行動を取っている以上、思考や意志があるという前提。

そのBETAの思考リーディングを目的とし、ソビエト科学アカデミーを母体に開始された人工ESP発現体の研究であると説明した所でクォヴレーが口を挟む。


「そのESPというのは具体的にはどの様なモノを指しているのだ?」

「超感覚能力。その中の一つのリーディングは思考を『画』、感情を『色』で読み取る能力よ。対となるプロジェクションは自分の『画』と『色』を相手に送りつける能力よ」

「……なるほど」

「あら、あまり驚かないわね」

「そこまで具体的なのはいなかったが、俺の仲間にも似たような力を持った者が多くいたからな」

「……あなたも持っているの?」


少し雰囲気の変わった博士にクォヴレーは軽く首を振る。


「生憎だが、俺は人造兵士だっただけだ。そういう能力は持っていない」

「ふぅん……」


博士は机の上のパソコンを少し弄ると、クォヴレーに少し待つように伝える。

数十秒後、部屋に小柄な少女が入ってくる。

クォヴレーを見ると驚いたような顔をした後、博士の横へ移動し何やら会話をしている。

半ば放置され気味だが帰るわけにもいかず、クォヴレーは部屋に転がっている本の表紙に目を向けてみるが、専門学すぎて読む気にはなれなかった。


「クォヴレー、何してるの? 紹介するわ。社よ」

「……社霞です」

「……クォヴレー・ゴードンだ」


簡略な挨拶。お互いそれ以上口にせず、ただ互いを見ていた。

博士は二人の様子を見た後、社へと話しかける。


「それじゃ、社。忙しい所悪かったわね」

「……いえ」

「?」


クォヴレーは香月博士の意図が分からず首を傾げる。

会釈した社が出て行ったのを見送った後、香月博士は意図を口に出した。


「あの子がさっきの話で出た人工ESP発現体よ……」

「……!」


クォヴレーは目を見開く。

さっきの少女が人工、つまり自分ほどではないが創られた存在である事。

それと同時に自分の思考を読まれたのでは、と危惧したのだ。


「安心なさい。あの子にはあなたの思考は読めなかったそうよ」

「……思い当たる理由はないが、そうか」


香月博士の言っている事は恐らく嘘ではあるまい。

思考を読めていたのならば、ベルグバウの技術などをクォヴレーに思考させる会話させているはずだ。

それに、社霞の能力の事もクォヴレーに隠しておくはずだ。

それを明かしたのは信用か策謀か、それとも別の何かか。


「話を続けるわ。社は計画末期の『第6世代』という最も完成に近い個体群の中でも優秀でね。オルタネイティヴ4になった時に社を接収したのよ。……オルタネイティヴ3で結局分かったのが『BETAは人類を生命体と認識していない』という事だけだったからね」

「生命体と認識していない……そもそも、BETAも人間と同じ炭素生命体なのにか?」


STMCは逆に、人を知的生命体であると認識しているからこそ人類を殲滅しようとした。

クォヴレーもBETAの考えには疑問しか浮かべなかった。


「人類の思考が通用しないモノほど怖いものはないわね……じゃあ、最後にオルタネイティヴ4よ」

「社が計画に入っているという点からして、発展型か?」

「……ええ、オルタネイティヴ4は種族としてのBETAを知る計画よ」

「BETAが人間を生命体と認識していないのならば、『人間』には無理なのでは?」


オルタネイティヴ3の成果からすればその予想は翻されないはずだ。クォヴレーは疑問を口に出す。


「その通り、『人間』には無理ね。故に炭素生命体ではない『ヒト』を作るわ」


『ヒト』というのが人類で在らず、人類側のBETAとの交渉者である事をクォヴレーは判断する。

たしかに、それならば試す価値はあるのかもしれない。


「……人間の意志を持ったアンドロイド?」

「残念だけど、そこまでは無理ね。それに必要もないわ」

「必要がない?」

「悪いけど、これ以上は言えないわ。だけどあなたの持つ技術が役に立つ可能性は高いわ」

(……炭素生命体に見せないように異物を混ぜるという事か? そしてそれを維持する技術と破損による即時修復?)


クローン人間はそのまま創れば人間と同じ炭素生命体になるはずだ。

ならば、その創る工程を変えるのか?クォヴレーは現在まとめているクローン資料を頭に浮かべた。

そういう事ならば、たしかに自分の提出する資料は利用できるだろうと納得をする。


「……とにかく、漠然とだが言いたい事は理解した。近い内に資料を渡せるようにしておこう」

「ええ、よろしく。急遽というわけじゃないから、また今度でいいわ。今日から少し仕事があるのよ」

「仕事?」

「ええ、白銀から面白い案が出たからね」






PXに着き、207小隊が座っている席を見つけるが武が席を立ちカウンターの方へ向かっていくのを見てクォヴレーは怪訝な顔をしながら近づく。

クォヴレーがカウンターの角につく頃、武が正規兵の2人組に呼び止められているのを見て早足で駆け寄る。


「おや、いなかった奴も来たようだね」

「……っ! クォヴレー……」


武が間の悪いといった顔を向けるのを見て、クォヴレーは様子を見るべきだったと内心毒づいた。


「さて、ハンガーにある特別機。あれはお前の……ってそんな訳もねえか」


クォヴレーが日本人でない事を見ると、興味が失せたような顔をする。

武御雷に乗ることは無論、斯衛軍に入ることすら日本人以外には例え余程の事がない限りありえない。

クォヴレーは正規兵の二人が武御雷の搭乗者を探しているのだと理解した。

たしかに帝国軍の、それも斯衛軍の機体がこの基地にあるのは気にはなるだろう。


(しかし、わざわざ調べに来るものか?)


疑問を浮かべるクォヴレーを他所に、正規兵は再び武に顔を向ける。


「まあ、いい。で、訓練兵。お前らの中の誰か用だと聞いたんが?」

「――少尉、私の機体です」

「あ、おい! いつの間に!?」


武の言う様にいつの間にか冥夜が武の隣へと移動していた。


「……お前の名は?」

「御剣冥夜訓練兵です」

「おまえ……あれ? ……なんか……」

「ああ……どうなってる? 何であんなモンがここにあるんだ?」


正規兵の二人も訳の分からない顔をして、男の方の正規兵が冥夜へと詰問を開始しようとする。

それを察した武が制するように前に出て、男の正規兵との距離を詰める。


「恐れながら少尉」

「あ? なんだ?」

「それは少尉殿の個人的な興味を満足させるための質問でしょうか?」

「なんだと……?」

「それとも、『あの機体に搭乗する衛士を探せ』という雑務を遂行中なのでしょうか?」

「よせ、タケル!」


冥夜の制止にも武は姿勢を崩さず、正規兵に挑むような姿勢を取り続ける。

半ば挑発するような物言いで、冥夜に対する目を逸らそうとしているのだとクォヴレーが理解する。

クォヴレーはこの後の状況を予想し、場を収める手を打つ姿勢に入る。


「おまえ……誰に口聞いているか、わかっているのか?」

「はい」

「ずいぶんと生意気な口をきくヒヨッコだな」

「少尉殿がなさるべき事は、他にあると考えますが」


この一言で、2人の正規兵の目は完全に武の方へと向いた。

元より、武御雷の事なんて左程重要視していなかったのだろう。

武の分かりやすい挑発に容易に乗ってしまう辺り、それを証明しているようなものだ。

眉毛を吊り上げ、男の正規兵が武に詰め寄っていく。


「……なんだと?」

「少なくとも、訓練兵相手にイキがるより有意義な――」


武の言葉を最後まで言わせず男の正規兵は武へと殴りかかり―――両目を剥いた。

拳が武へと届く寸前に、武が消えたのだ。

いや、正確には先程までいた場所からやや後方に倒れ、膝をついていた。

無論、武が避ける為にした行動ではない。

それを実行したのは武の後ろにいた人物、つまりクォヴレーの手によって行われていた。

男の正規兵の様子から、いずれ手を出すと予想したクォヴレーは、その行為の瞬間に武を強引に後ろに投げたのだ。

これには冥夜も呆気に取られクォヴレーを見るが、本人は何もなかったかのように正規兵へと向き合い頭を下げる。


「この度は、同じ小隊の者が失礼をいたしました」

「え、あ……ああ」


男の正規兵も冥夜と同様に呆けたようで、棒読みに応える。

自分が殴るろうとした相手が急に飛ばされ、ここに来てその相手の同僚が非礼を詫びてきたのだ。

男は先程に比べると、幾分怒りが消えている。要は呆気に取られて萎えてきたのだ。

その怒りが再燃する前にクォヴレーは畳み掛ける。


「ですが、少しばかり助言をさせていただきます。かの機体が何故自分たちの小隊に配備されたのは存じませんが、経緯は兎も角、最終的に配備を承認したのは基地司令だと思われます。 加えて言えば……」


クォヴレーは視線をある方向へ一瞬だけ動かす。

正規兵がそちらに顔を向けると、こちらを伺う斯衛の軍服を着た小柄な女性が二人いた。

両者白い軍服で、先日クォヴレーが会った月詠中尉の姿はなかった。


「これ以上の騒ぎは少尉殿にとっても好ましい状況にはならないと思われますが」


斯衛軍の運んできた武御雷の詮索は帝国軍に対して決していい感情をもたらさない。

クォヴレーは、これ以上首を突っ込む事は火傷を負う事になる。そう言っているのだ。

正規兵たちもそれが分かった為、苦虫を噛みつぶしたような顔をした。


「……行くぞ」


男の少尉に促され、女の方も伴いPXを出ていった。

それを見送るとクォヴレーは振り返り、武へと近寄り頭を軽く下げる。


「白銀、すまなかった」

「あ、いや、投げ飛ばされたのは驚いたけど派手な反面、受身取れるように投げてくれたから問題ねえよ」


武が飛び起きるように立ち上がりアピールすると、クォヴレーも安心したように軽く微笑む。

冥夜を始めとした他の小隊メンバーも集まってくる。

クォヴレーがわざとやったという事が分かっても、やはり驚いていたようだ。

大げさに取られまいとした武は先程まで話していた事へ強引に話題を移した。

即ち、『珠瀬一日限定分隊長』計画を。




「……つまり明日来訪される事務次官が珠瀬の父上で、珠瀬の手紙で珠瀬を分隊長だと思っていると予想され、明日207小隊が事務次官と接触した場合その事で不味い事になる可能性があるという事か」

「理解が早くて助かるぜ」

「……止めても無駄だろうな」

「同感ね」


肩をくすめるクォヴレーに同意する千鶴。

クォヴレーが介入しなければ、恐らく武は殴られていた。避ける事が可能だった状態で。

自分の意志を曲げないという姿勢。

千鶴やクォヴレーが反対したところで自分の意志を示し続け、貫こうとするだろう。

それに二人とも珠瀬の事を考えれば全面的に反対という訳ではない。


「よーし、じゃあ準備に必要なアイテムと担当者を発表するぜ」

「……反対はしないが、妙な事に巻き込まれるのは勘弁願いたい」

「それも同感……」


今度は溜息を加わり、クォヴレーと千鶴は息を吐いた。




夜、自室で資料をまとめているクォヴレーの耳にドアがノックされる音が入る。


「ゴードン訓練兵」

「……! はい」


声からノックしている相手を予想するとクォヴレーは素早く椅子から立ち上がりドアを開ける。


「神宮司教官。何用でしょうか?」


凛々しき上官に尋ねながらもクォヴレーは今日のPXの件だと予想できた。

それ以外にわざわざ訓練兵の部屋まで来るとは考えられないのもある。


「わかってると思うが、PXの事だ。最悪の事態にはならなかった様だが、いささか人目がありすぎたな」

「……承知しています」


相手の気を削ぐ為とは言え、人を投げたのだ。衆人環視の中、軍人にあるまじき行為である。


「話は聞いている。その上で処分を言い渡す」

「はい」


武は恐らく平気だろう。少なくとも自分よりは軽い処分のはずだ。

そのように差し向けたとはいえ、正規兵は自分から引いたのだ。武が処分対象となる可能性は低い。

クォヴレーは処分の内容による状況を想定しながら報告を待ち、神宮司は処分を言い渡した。


「今回の件は不問とする」

「はい…………は?」


営倉に入れられる可能性もあると思っていたのでクォヴレーは一瞬疑うような声を出してしまう。

神宮司もクォヴレーの気持ちが分かっているのか話を進める。


「基地に駐留する、帝国斯衛軍の月詠中尉の取り計らいだ」

「月詠中尉?」


そこでPXで正規兵を退かせたファクターの一つである斯衛の女性たちが頭に浮かぶ。

状況からすれば、彼女たちが月詠に伝えたのだろう。

営倉など入れられてしまっては訓練どころか資料をまとめることすらできない。

いずれ礼を言おうとクォヴレーは心に留めた。


「大体の事は察しているが、もう少し上手くやれ」

「……申し訳ありません」

「あと、隊の皆にも感謝しておけ」

「は……?」

「榊たちはともかく、白銀まで請願に来てな。まったく、自分の立場も貴様とそう変わらんくせにな」

「……そう、ですか」


火が灯ったかのように、クォヴレーの心に嘗ての世界の仲間と過ごした時のような暖かさが点いていた。

教官の手前、顔には出さないようにしていたが呟いた言葉から教官はクォヴレーの心境を少なからず理解していた。


「貴様も白銀もここに来て一ヶ月の新米だが、他の隊員との信頼関係をしっかり作り上げているようだ」

「はい」

「衛士としても兵士としても貴様は優秀だ。だからこそ、ひとりで戦いに勝てるわけではない事は分かっているな?」

「はい」


しっかりとしたクォヴレーの頷きに頷き返した後、神宮司教官の眼が僅かに細くなった。


「ところで……貴様等、珠瀬を1日分隊長にすると話していたとか?」


クォヴレーは気まずさを誤魔化すように顎に手をやる。


「……少々記憶が曖昧で」

「貴様が曖昧でも私はしっかりと覚えているぞ。なんせPXに行けば京塚曹長に呼びとめられて嫌ってほど聞かされたからな」

「? 京塚曹長にですか?」

「ああ、お前と白銀の事を主に15分。おかげで食事の時間が半分だ」


やれやれといった感じで肩を軽く上下された後、神宮司はクォヴレーを見据える。


「まあ、今回は事情が分からんでもない。白銀にも言ったがほどほどにな」

「はっ」

「最後に香月博士からの命令で白銀と共に20時20分(フタマルフタマル)にシミュレーターデッキに出頭せよ。復唱!」

「了解、白銀訓練兵と共に20時20分(フタマルフタマル)にシミュレーターデッキに出頭します!」

「よし、以上だ」


クォヴレーの敬礼に答礼した神宮司が去って行ったのを見送り、部屋で作業に戻ると再びドアがノックされる。

言い忘れた事でもあったのかとドアを開けると、武を始めとした小隊がドアの前に立っていた。


「よ、大丈夫だったみたいだな」

「そっちこそな。……心配をかけたみたいだな」


クォヴレーが顔を武の後ろに向けると、一部が恥ずかしそうに顔を背けていた。


「ボクは、廊下のシミの数を数えてたところを捕まって……」

「私は自主訓練の帰りに誘われて……」

「……そうか」


笑うのを抑えている武の顔と美琴たちの顔を見比べて、クォヴレーは納得したように頷いた。

それを見た小隊メンバーは視線を恥ずかしそうに背け、その隙に武がクォヴレーの隣に移動し小さく囁く。


「一応確認するけど、お前も行くんだよな?」

「ああ」


クォヴレーが頷くのを見て、武は小隊メンバーへと向き合う。


「懲罰って訳じゃないけど、オレ達ちょっと呼ばれたから行ってくるわ」

「ん、そうか。では私たちもそろそろ行くか」

「そうね。じゃあ、二人ともまた明日ね」

「ああ。今日はありがとな」


去っていく小隊メンバーを見送った後、武とクォヴレーはシミュレーターデッキへと足を向ける。

通路に足音が響く中、武が顔をクォヴレーへと向けた。


「呼ばれた理由、分かるか?」

「……予想はつくが、お前が考えているのを一緒、つまり操縦概念のやつだろう」


先の博士との会話の最後に、武が新しい操縦概念について話していた。

博士が何処かに呼び出されて話が中断されてしまったが、少しは聞いている。


「やっぱそのくらいしか呼ばれる理由ないか。昼間会った時はそんな事言ってなかったんだけどなぁ……ああ、そういやお前はあの後で残ってたっけ。何か言ってたか?」

「今言ったように操縦概念についてだけだな。今日何かやるなどは聞いていないな」

「そっか。でも、シミュレーターデッキだからなー」

「なに、行けばすぐに分かる……ん?」

「どうした?」


クォヴレーの視線を武が追うと通路の真ん中に武は以前から、クォヴレーは今日初めて知り合った少女がいた。


「霞じゃないか。お前もシミュレーターデッキに呼ばれてるのか?」

「……はい」

「なら、一緒に行こう。ってそういえばクォヴレーは霞の事は知ってるのか?」


武は今まで何度も霞と会っているが、その場にクォヴレーの姿があった事がない事を思い尋ねる。


「今日顔見知りになった。まあ、文字通り顔見合っただけみたいなものだが」

「あー……それでか」


何やら納得している武を余所にクォヴレーは霞へと近づく。


「俺の事はクォヴレーでかまわない。宜しく頼む」


昼間には出来なかった為、握手するよう右手を差し出すが霞はどこか不安そうにクォヴレーを見上げていた。

そこにいつの間に近づいていたのか武がクォヴレーの肩へと手を置いた。


「お前の目つきが悪いから怖がってるぞ」

「別に怒っている訳ではないんだが……」

「冥夜みたく生まれつきってやつだな。まあ、凄みとかはお前の方が上だからなー」

「……好きでなった訳じゃないんだがな。ん?」


右手の感触をクォヴレーは視線を前へと向けると霞の『左手』がクォヴレーの『右手』を軽く掴むように握っていた。

いったい何の真似か理解できなかったクォヴレーの耳に霞の呟きが入る。


「……握手」

「…………握手はお互い同じ方の手でやるものだと思うが」


霞は少し困ったような顔をして武へと視線を移した。

クォヴレーも武を見ると何処か気まずそうな白銀武がそこにいた。


「……白銀?」

「あ、あはは、悪い。あの時はそれでいいと思ったからさ」

「まあ、いい。一応握手には違いなさそうだからな」


クォヴレーは軽く霞の左手を握り、軽く上下する。

そこに確かな命の暖かさをクォヴレーは感じていた。

たとえ自分と同じ創られた命であっても、この場にいる意志は社霞のものだと主張しているように。

手を離し、クォヴレーは数歩前へと歩く。


「では、行くとしよう。着替える時間を考えると少し急いだ方がいいからな」

「? 何に着替えるんだ?」


武の言葉にクォヴレーは疑問を顔に出す。


「シミュレーター機を使うのならば強化装備で行くべきだと思ったのだが、違うのか社?」

「……いえ、合っています」

「あー……そう言われればその通りだな。んじゃ、急ぐか」

「ああ」


途中で霞と別れ、強化装備に着替えた二人をシミュレーターデッキで出迎えたのは少し残念そうな香月博士だった。


「クォヴレー、余計な事言わなければ白銀をからかえたのに」

「……その場合、俺にも言われている気がするんだが?」

「それはそれで絶好の機会じゃない」

「生憎、自分から罰を受ける趣味はない……」

「まったくだぜ……」


クォヴレーと武の溜息がいつもより静かなシミュレーターデッキに響いた。




「……この8号機と9号機には、ちょっとした改造が施されているわ」

「はい」


頷く武とクォヴレーを見ながら香月博士は説明を続けていく。

即応性が3割増しになり、既存の戦術機では一番動かしやすいという事。

そして霞が作業の重要な部分を手伝った事。

武ほどではないが、クォヴレーも驚いていた。


(ESP能力者なだけでなく、技術者としても優秀なのか……まあ、この博士の傍にいるとなるとそのくらいできないといけないかもしれんな)


クォヴレーの視線に何か感じたのか香月博士はややジト目でクォヴレーを睨む。


「……あんた、今あたしを変な目で見なかった?」

「気のせいだ」

「……まあ、いいわ。先ずあんた達は自由に動いてちょうだい。それでOSのバグを潰していくわ」

「ああ」

「次は概念実証試験。様々な環境下での実用性を検証するわ。模擬戦闘も若干あるから」


そこでクォヴレーが軽く眉をひそめ、口を出す。


「模擬戦闘というのは俺と白銀でか?」

「いいえ、基本的には動作教習応用課程みたいなものね。当然、難易度は格段と上げてもらってるけど」

「なるほど。了解した」

「それで最後はコンボの設定」

「オレ達の操作ログが反映されているんですよね。ってあれ? だけどクォヴレーもやるならごちゃ混ぜになりません?」

「その通りよ。だから今現在、戦術機側のコンピューターにコンボという姿勢制御命令は存在していないわ」

「……はあ、でもそれじゃ」


不満そうな武を手で制しながら香月博士は話を続ける。


「話は最後まで聞きなさい。ある程度データが蓄積されると、誤差内で同一と判別された一連の操作を自動的にコンボと判定するように設定したのよ」

「おぉ!」「ほぅ……」


感嘆する武とクォヴレー。

なんてことのないように香月博士は言うが、実際にそれを設定するのは並大抵の事ではない。


「それと同時に、強化装備に蓄積されて思考パターンと照合して、統計的に最適な組み合わせを選択、実行できるのよ」

「すっ、すげえ!!」

(強化装備……パイロットスーツで所持しているデータを使うのか。よく考えられているな)


クォヴレーのいた世界では、パイロットスーツはあくまでも宇宙空間での生存、Gなどの軽減などを主体に考えられたものばかりである。

中には特殊なものもあったが、ごく少数派でこの世界の衛士のように一般兵が流用などしていなかった。


(……BETAがいなくなった世界で戦術機は……)


新たな世界の火種になってしまうのではないだろうか。

自分のいた世界のPTやMSのような運用になるのでは。

そして核でなく、G弾をBETAにではなく人へと放たれてしまう時。

そんな未来を創られてしまうのではないのか。

そこまで考えてクォヴレーは軽く首を振る。


(戦術機が存在している以上、今更だな。それにBETAを倒さなければ平和な世界も、人と人との戦争ですら、夢物語に過ぎない)


香月博士が稼働時間について話しているのに気付き、クォヴレーは意識を話へと向けた。



[2501] 衛士
Name: 突撃兵159◆690d8429 ID:65097c93
Date: 2008/09/18 04:41

翌日、武と千鶴を除いた207B分隊の皆が事務次官来訪の時間までの暇つぶしに雑談していると、そこに気落ちしている様子の武が現れた。

皆より逸早く気付いた美琴が武へと近づく。


「……どうしたの?」

「いや、寝不足で……」

「大変だね」


たしかに昨晩のシミュレーターでの疲労はあるのだろうが、それだけにしてはやけに元気がない。

あれほど自分が望んでいた機動がシミュレーターとは言え、ほぼ完璧に実現することが出来ているのだ。

武の性格を考えれば、疲労はあろうと覇気がなくなることはあるまい。

ならば原因は別の事なのだろう。

誰か知っているかと小隊を見回すが、誰も分かっている様子はなく、むしろ目が合った彩峰辺りはクォヴレーに問うような視線を向けてきた。


<何があったの?>

<まったく。予想もつかないな>


クォヴレーはアイコンタクトに加え軽く肩を上下させた身振りで彩峰に返答をし、PXに置いてある時計で時刻を確認すると武へと近づく。


「白銀。もうすぐ事務次官来訪時間だ。何があったか知らないが、その姿勢は直しておけ」

「ん、ああ……悪かった。大したことじゃないから気にするな」

「全然そう見えないんだけど」

「……見えなくてもそうなんだ」


返答の割に、態度を改める様子が見えない武に業を煮やしたのか、冥夜の眉が僅かに吊り上げる。


「ならば周囲の者に気取らせるな。そなたの――!?」


冥夜の叱責は途中で止まり、代わりに視線が武の背後へと向かう。

クォヴレーも武の後方から此方へ接近する影に気付き、気を引き締める。

それと同じくして、副隊長である冥夜が号令を行う。


「――敬礼!」


冥夜たちが敬礼したのを見て、武は後ろを振り向き―――慌てて敬礼をする。

武の振り返った先には、神宮司教官と上品なスーツを着て厳格な雰囲気を纏った男がいた。

教官が先導している状況からしても、皆この男が誰なのか察しがついていた。

特に約1名に関しては、見間違う事はありえまい。

全員が敬礼したのを確認すると教官は一度足を止め、男へと振り返る。


「事務次官、ここが横浜基地衛士訓練学校の食堂になります」

「ほう」


国連事務次官、珠瀬玄丞斎。昨日武たちが話していた珠瀬壬姫の父親でもある。

事務次官の反応を受けた後、教官は軽く体を横にしてクォヴレーたちを示すような姿勢を取る。


「ご紹介します。彼らが第207衛士訓練小隊の訓練兵です」


事務次官は小隊を険しい表情でゆっくりと見回す。

そして、重々しく口を開く。


「諸君の双肩に人類の未来が懸かっている。宜しく頼むよ?」

「「「「「「――はっ!!」」」」」」


皆が返答したのを確認すると、神宮司教官は事務次官に向き直る。


「ここから先は、珠瀬訓練兵がご案内差し上げます。珠瀬訓練兵!」

「あ! は、はいっ! どうぞこちらへ!」


一瞬驚いた様子を見せ、慌てて前へと出る壬姫。

まさか教官からそう来てもらえるとは思わなかったのだろう。

壬姫は緊張した様子のまま、事務次官の前に立つ。

向かい合う者は事務次官と訓練兵、父と娘。

片や先ほどから変わらぬ厳しい顔で、片や緊張した顔で視線を交差させていた。

そして先に動いたのは―――口をだらしなくニヤけさせた事務次官の方であった。


「うんうん、頼もしいなあ……でもパパは甘えてもらえないの、ちょぉっと寂しいぞぉ……」

「パ、パパァ……うう……で、でも私は訓練兵なのでっ!!」

「そうか……うむ、頼もしいな……パパは嬉しいぞお!!」

(……凄い変わり様だな。これが噂(?)の親馬鹿というやつなのか?)


顔にこそ出さないが、内心軽い衝撃を覚えていたクォヴレー。というか、一瞬だけだが顔が引きつっていた。

一方壬姫はというと、右手と右足が同時に出てこそいなかったようだが、傍からから見ても緊張している状態であった。


「ででででは、こ、こちらへ!」

「うむ……パパ、今日はたまの小隊長っぷり、いっぱい見させてもらうぞお」

(名前は壬姫じゃないのか。何故白銀と同じ呼び方……いや、いつも聞いている所為か違和感はないんだが……あと分隊長だぞ、事務次官……ん?)


クォヴレーはふと横にいる武と目が合った。

念動力者でもニュータイプでもないクォヴレーであったが、何故か武の考えている事を瞬時理解する。

それは武にしても同じだった様で、何やら悟ったような頷いていた。

教官と別れた後、壬姫を先導に進む一同は兵舎へと到着する。

そこでは千鶴が既に待機をしており、合流すると彩峰と共に部屋の前で直立不動の姿勢を入る。


「こ、こちらが兵舎です!」


敬礼の指示が来ないので石の様に固まっているしかない二人を見て、武は事務次官に聞こえないように壬姫に敬礼を促す。

状況を理解した壬姫は慌てて二人に号令を行う。


「あ……け、敬礼っ!!」

「「お待ちしておりましたっ!!」

「やっ……休め!」

「うんうん、君たちもたまの部下かね?」


釘を刺そうと思ったのか、武は207小隊において如何なる時もマイペースな隊員―――彩峰を牽制しようとする。

釘を刺すべき相手は間違ってはいなかったが、もっと前に行うべきだった事を武は思い知ることになる。


「彩峰あんまり余計なこと口に出すんじゃ……」

「……あんたもたま……」


武の警告も虚しく、兵舎前は一瞬静止状態となった。

ちなみに、クォヴレーだけは心の中で同意していたりする。

当の事務次官はよく聞こえなかったのか、軽く眉をひそめる。


「ん……?」

「……たまパパ」

(たしかに間違ってはいない……)

「……ひげ」

(……それも間違っていない。……だが彩峰、相手は事務次官だぞ? 親馬鹿でもな)


流石に止めようとクォヴレーが制止しようと口を開くが、その前に親馬鹿の娘、壬姫が動いた。


「し、私語を慎め~~~っ!!」


いつものやや頼りなさを感じさせず、どっちかという、そう、暴君?

どうやら彩峰は火薬庫に火種を持ち込んでしまったようである。

嗚呼、親の前だからこそ成せる技なのか。

食物連鎖の最下層から頂点へ駆け上がるが如く、壬姫の口調は過去に比例なき高圧的になっていた。


「ぼけっとしてないで、場所をあけないかっ!」


彩峰も呆気に取られかけていたようだが、表情には出していなかった。


「…………申し訳ありません。分隊長」

(呆気というより、怒ってないか……? 声の感じから思っただけだが)


その彩峰の怒気はクォヴレーだけでなく、その場にいた殆んどの者が察知していたのだが、ただ1人気付かない人物がいた。

この場でそれに気付かないであろう人物もまた1人しかいない。


「その凛とした姿。いいじゃないか、たま~~~」


事務次官(以下親馬鹿)は壬姫へと近づき頭へ手を乗せ、暢気に撫で始める。


「たまはいい子だ。ほら、よしよし~」

「えへへ……はっ! あ、ありがとうございます!!」

「たまが命令している姿、もっと見てみたいな~、ん、どうかな?」

(……どこの駄々っ子だ。……乗るなよ珠瀬)


クォヴレーの願いも虚しく、暴君は再び動き出す。


「そこのっ! 手が空いているなら、トイレの掃除でもしていろっ!」


小隊が珠瀬の指差す先を見ると、そこにはやはりというか見知った顔がいた。

黒い軍服を着た可愛らしい少女がちょうどタイミング良く……否、タイミング悪く廊下を歩いていたのだ。


(社霞……オルタネイティヴ4の中心人物の1人にトイレ掃除を……? いや、珠瀬はそんな事は知らないんだろうが……)


壬姫の暴言に近い命令に、霞はそのウサギのような頭の飾りを上下に動かした後、何処かへ去っていった。

クォヴレーはてっきり素知らぬ顔をして去ったのだと思ったが、どうやら違うらしい。


「掃除は適当でいいぞーーー」


武の反応からすると、どうやら本当にトイレ掃除をしにいった様だ。恐ろしいほど生真面目である。

一方、事務次官は兵舎の前に立っている訓練兵の一人に目を向けていた。


「ん? 君はさっきまで一緒にいた……」

「榊千鶴訓練兵です!」

「連中の相手は疲れたろう? 官僚体質の無能ばっかりだからねえ……ご苦労だったね」

「い、いいえ、とんでもありません!」

「榊君もたまの部下だったんだね」

「はい! 分隊長には毎日、ご迷惑をおかけしております」


上手く壬姫を立てようとする千鶴の気遣いは、その壬姫自身によって打ち砕かれた。


「うんうん、知っているよ。父上に似て、物分りが悪くて頑固で融通が利かないらしいね」

(………………誰も直接言わなかった事をあっさりと…言うか……事務次官)


怒りが感情を支配しようとするが、それを必死で抑えるようとする千鶴とその横で薄く笑う彩峰。

そして、事此処に来て、状況が不味くなってきていることに漸く気付いたのだろうか。親馬鹿の横で小動物のように震える壬姫がいた。

そんな彼等の様子にまったく気付かずに親馬鹿は話を進める。


「たまに迷惑ばかりかけないでくれたまえ」

「……は、はい」


大人しく下がりながらもその内に激情が蠢いているであろう千鶴を余所に、親馬鹿はさらに場を悪くしていく。


「ん? 君は」

「はい、鎧衣美琴訓練兵です!」

「ほほぉ……君か、たまより平坦な鎧衣君とは」


先程の千鶴同様に、ショックで固まる美琴。

一方、クォヴレーは親馬鹿の言葉に首を傾げていた。


(平坦……平らということか? ………………何がだ?)

「…………ボクは……ボクは…………ひどいよ~、気にしているのに~~~~っ!」


何の事か分からずクォヴレーが黙考している間に、美琴は泣きながら走り去っていった。

親馬鹿であろうと一応事務次官である人物を前にしていたはずなのだが、その状況が思考から消え去るほどの衝撃だったようである。

美琴の走り去ったのに対し、左程同様せず親馬鹿はまた誰かと目が合う。


「ん? 君は……」

(さっきからそればっかだな、事務次官)


次にロックオンされたのは冥夜だった。

最早、見敵必殺―――『Search & Destroy』である。


「御剣冥夜訓練兵です!」

「そうですか、あなたが……」


口を噤む親馬鹿に、冥夜が眉をひそめる。

一応それなりに覚悟していたようだ。


「……? 私にはなにもないのですか?」

「死活問題ですので」

「……そうですか」

(死活って……いったい何を教えたんだ珠瀬。しかし、順当に行くと次かその次辺りに……)


クォヴレーの予想は当たり、親馬鹿のメインカメラ……もとい視線は自分へと向けられていた。


「君は……」

「クォヴレー・ゴードン訓練兵です」

「なるほど、聞いていた通りの人物のようだね」

「……そうなのですか?」


何を聞いていたんだ何を、というクォヴレーの疑問に応えるように親馬鹿は口を開く。


「横浜基地でも1、2を争う目つきの悪さらしいじゃないか。正規兵も慄いて避けるらしいね」

「……………………生まれつきなもので (というか、最近こればっかだな……そんなに悪いのか?) 」


珠瀬、冥夜、武に続いて親馬鹿にまで言われ、珍しく気落ちしかけているクォヴレー。


「あまりたまを怖がらせないでくれたまえ」

「……は」


半歩下がり、親馬鹿の視線から外れると肩に誰かの手が乗せられたのに気付き振り返る。

そこには気にするな、と視線を向ける彩峰たちの姿があった。

仲間の存在に感謝しながら、クォヴレーは親馬鹿の最後の破壊目標であろう武へと軽い哀れみの視線を向けた。

しかし、何やら複雑な表情を浮かべた武がそこにいた。

クォヴレーがその表情に感じた印象は、執行を待つ囚人であった。

それを肯定するように、親馬鹿が今までに比べるとやけに真剣な顔をして武へと近づいた。


「……白銀武君だね」

「……はい」

「先程から見ていたが、うむ、なかなかの好青年だ」


第一声からして明らかに他の皆と違い、クォヴレーを始めとした全員が眉をひそめる。


「は……ありがとうございます」

「顔も悪くない。性格もいいと聞いている」

「は」

「おまけに座学、兵科共に成績優秀。冷静で頼りがいがあるという。今のご時世に、君ほどの男はそうそう居まい」

(自意識過剰かもしれんが、俺とそう変わらん気がするんだが……何か珠瀬に悪い事でもしたのか、俺は)


先程の目つきの件も相まって、クォヴレーの思考回路を駆け巡るのはネガティヴなものばかりであった。

それに気付くはずもなく、親馬鹿は話を続ける。


「君ならば……うむ、よかろう」


親馬鹿は武の肩にゆっくりと、しかし力強く手を置く。


「たまをよろしく頼むよ。傍で支えてやって欲しい、今までも、そしてこれからもね」


場の空気が一気に冷えたのを感じたのはクォヴレーだけではないだろう。

その証拠とばかりに、どこかに去っていった美琴と顔を赤くしている壬姫とクォヴレー以外、つまり彩峰と千鶴と冥夜が武を睨んでいた。

そして、場の空気を読まない親馬鹿は壬姫に向けるような笑顔で武の肩を叩く。


「いやはや楽しみだ……わははははは」

「あ、あはははは……」

「いや、そろそろわしも、孫の顔が見たいかな、ま、ご、の、か、お、が、な! わははははは……」


―――武に罪はない。別に何かをしたわけではない。

だが、親馬鹿とは言え国連事務次官、怒りをぶつける訳にはいかない。

ならばクォヴレーと壬姫以外の小隊メンバーの怒りが武へと向かうのは自明の理、当然の結果と言えるだろう。

最初に行動したのは207B分隊の『本物』の分隊長である榊千鶴であった。

武にいつの間にか接近していた千鶴は武の肩に手を置いた、というより掴んだ。


「ちょっと、いい?」

「いやッ、後にしてくれ! んお?」


次いで反対側の肩を冥夜が掴む。

クォヴレーの位置から見ても、腕を含めて手が震えている様子なのが分かる。

震えている理由は状況から考えても一つしかあるまい。憤怒である。


「タケル、そなたに話がある。なに、時間はとらせん……よいな?」

「き、君たち! 事務次官の前であるぞッ!?」


クォヴレーは親馬鹿に視線を向けて、心の内で武に返答する。


(……その事務次官は何やら微笑んだ表情で、この光景を見ているのだが?)


親馬鹿から視線を武へと戻すと状況はさらに進展していた。

必死に二人を制しようとする武の体が不意に浮かんだのだ。

よく見れば、彩峰が後ろから武を持ち上げていた。

流石というべきなのだろうか。


「よし彩峰、そのまま連れ出すのだ」

「手を放してくれ彩峰。とてもすごくお願いします」

「……もう放さない」

「お、おまえ達、落ち着けッ!! クォヴレー! お前からも言ってくれ」


武の言葉にクォヴレーは一考する。

本来ならば止めるべきなのだろうが、親馬鹿事務次官の反応からしてもこのままで問題あるまい。

ならば、少しばかり状況を利用して、私怨を晴らしても問題はないだろう。


「……目つきが悪い俺には何も聞こえん。ああ、彩峰、そこはもう少し上の部分を握った方がいいぞ」

「分かった……流石だね」

「反応してんじゃねーかぁぁっ!?!? あと目つきと聴覚は関係ねえっ!!」

「諦めてね。どうしようもないコトって……あるんだよ、人生には……」


基地を一周してきたのか……いや、この場合は空気を読んだというべきか。いつの間にか美琴まで帰ってきていた。


「お前はお前で、戻った途端それか!」

「運命って……残酷なんだよ……ボクだって好きこのんで……ううう……」

「おお、歓迎のパフォーマンスかね?」


何やら暢気な声を出す親馬鹿を無視して、一同は武を担ぎ上げて走り去る準備をする。

クォヴレーは残るかどうか迷ったが、自分が残ってしまっても仕方ないだろう。

親馬鹿に関しては少々釈然としないが、壬姫に親子で一緒にいさせる時間を作るのもいいだろう。


「よし、連行するぞ」

「ぎゃーーー!!」

「了解」

「全速力!」

「では、珠瀬分隊長。あとはお任せします」


6人は生贄を運ぶ風へとなった。

流石にクォヴレーは武を私刑にする気はなかったので、途中で分かれ自室に戻り、ある物を取り寄せた。

夜になり武がトイレで転がっているという情報が入ったので回収に行ったクォヴレーの目に、予想外―――いや予想通りの人物が飛び込んできた。


「……社、まだやっていたのか」

「終わってないですから……」


頭に三角巾をつけ、タイルをブラシで擦っている社霞がそこにいた。

そして、その傍にゴミのように転がる207小隊訓練兵、白銀武もいた。


「へ……へへへ……やったぜ、クォヴレー……」

「……白銀。その格好で言っても頭のおかしい奴にしか見えないぞ」


ズタボロになった上、タイルに顔を突っ伏している男にクォヴレーは正直な感想を口にする。

武はその言葉に、少し寂しげな笑みで応える。


「……冷たいぜ」


それがタイルか、クォヴレーの言葉か、武は語ることはなかった。




数時間後、強化装備に着替えた武とクォヴレーは昨晩に続き、シミュレーターデッキへと出頭していた。

そこでは何やら意外なモノを見た顔をしている香月博士が立っていた。


「……あんた、今日は随分と顔が面白くなっているわね」

「…………知ってます」

「……クォヴレーも、今日は随分と顔が妙な事になっているわね」

「目つきが悪いと言われたので、試験的にな」


タイル目が顔についている武の横に、丸い黒サングラスをかけたクォヴレー・ゴードンがそこにいた。

普段の鋭い眼は隠れているが、その代わりにその銀髪や格好とのギャップの差がなんともいえない違和感を出していた。酷く言えば……いや、簡単に言えば変人である。

武と並んでいる様子は、漫才芸人に見えない事もない。


「怪しいからやめなさい。それに前より怖い部分もあるわよ」

「……そうか。知り合いは真似てみたんだがな」

「ロクな知り合いがいないわね……あんた」


どこぞの謎の食通を頭に浮かべながら、クォヴレーはサングラスを渋々外す。

その隣にいる武は、タイル目のある頬に手を添えながら愚痴をこぼす。


「――ったく、酷い目に遭った」

「……いいえ、あれでよかったんだと思うわよ」

「は?」

「余計な興味を惹かずに済んだでしょ?」

「……あれでも一応相手は事務次官という事か?」

「そういうこと、変に興味持たれて困るのはあんた達だからね」


事務次官ともなれば常に周囲からその行動に注目を受けているだろう。

無論、事務次官と接触した人物を含めてだ。

武やクォヴレーに限っては、現在注目を浴びるのはいい状況とは言えない。

そう考えると事務次官の態度はこちら―――207小隊への配慮を考えた芝居だと思えてくる。

そうだとしたら、大した役者である。


「まあ、あんたの目つきの悪さはあたしも認めるけど」

「…………納得しようと思った所に水を差さないでもらいたい」

「それは悪いわね。それじゃ話を変えましょ。今日の作業は、昨日に続いてひたすらデータ取りよ。」

「はい」「……了解」


2人は返答をした後、シミュレーター機へと乗り込んでいった。




シミュレーターを終えたクォヴレーはシミュレーター機から出る。

隣のシミュレーター機がまだ稼働中なのに気付くが待っても仕方ない為、香月博士の元へと歩む。


「あんたからしてどうだった?」


訓練兵としてでなくBETAとの実戦を体験した衛士として尋ねられているのと察し、クォヴレーはそれに応じた感想を口にする。


「データの蓄積具合によっては実戦で十分使えるだろう。即戦力を考えるならば尚更な。無論、時間は必要するが、テストだけならそろそろ実施してもいいだろうな」

「そ、あんたが言うならその辺りは安心できそうね。けど、ちょっと意外ね」

「? なにがだ」


何の事だかまったく分からなかった為、クォヴレーは疑問を口にする。


「あんなのを操縦してきたアンタが白銀のような事を言ってこなかった事よ」

「……ああ。そういうことか」


香月博士の言っているのは吹雪をほぼ全ての部分で凌駕するベルグバウに乗っていたクォヴレーが、戦術機のOSに文句をつけてこなかった事だろう。

無論、クォヴレーとてOSに満足していたわけではない。


「俺はいかなる状況に臨機応変に対応するのを常としている。簡単に言えば、戦術機に合わせようとした。それに比べて白銀は逆だ。自分に戦術機を合わせようとしたという事だ」


それは盲点とも言える。

例えばクォヴレーと武が各々出向いた戦場に、支給された装備が拳銃の1つしかないとする。

クォヴレーはその拳銃1つで任務達成できるよう、敵部隊の弱点や地形といったファクターを考慮して戦場に対応したとする。

だが武は後方の補給部隊と交渉し、機関銃や装甲車も回せないかと打診し、それを成功させ装備が充実した状態で任務に臨めるようにしたという事だ。

無論、これはクォヴレーが後方の補給部隊を軽んじていたわけではない。

ただ、平行世界を1人で渡り歩いてきたクォヴレーには武のような発想は浮かび辛いものであった。それだけである。


「そういう意味では、白銀は俺よりも兵士として優秀だろう。劣勢な戦況を好転させようと思っているのに、自分達の装備の向上に目がいかないのは、独りよがりすぎる」

「ふぅん……戦場を経験しすぎた故の盲点って事ね」


香月博士が納得して頷くと同時に、クォヴレーの後方から武が近づいてきた。

それに気付いた香月博士はクォヴレーとの話を切り替え、武に話しかける。


「クォヴレーの感想はよかったけど、あんたはどうだった?」

「凄くよかったですよ。昨日の今日だっていうのに、信じられないくらい賢くなってるし」

「そう? じゃあ、このデータをトライアル用に使ってみましょう」

「いよいよですか!?」


興奮した子供ような声を上げる武。

まあ、無理もないかもしれない。

今まで散々前の世界との変化の無さに苦しんでいた武にとって、この状況は待ちに待った状況なのだ。


「そうね……明日から模擬戦でしょ? 何とか間に合ったわね」

「よ~し」


拳を握りしめる武に、香月博士が冷却させるかのように水をさす。


「喜ぶのはまだ早いわよ。シミュレーターで上手くいっても、実戦で使い物にならない可能性はゼロじゃない」

「う……そうですね」

「ま、心配はなさそうだけどね……」

「はい?」


首を傾げる武を余所に香月博士は薄く笑いながらクォヴレーに視線を一瞬だけ向けた。

クォヴレーは軽く肩をくすめ、目を逸らした。

その先には、先程までクォヴレーが乗っていたシミュレーター機の姿があった。




翌日、教習が始まる前にクォヴレーはハンガーへと向かった。

訓練兵である以上、博士の手伝いを公に出来るわけではないのでOSへの適応作業は出来る事はなかった。

その代わりに例の資料の方は、纏めた物が出来上がっている。

細かいシステムについては再現できないと判断したので、量自体はそんなに多いわけではない。

流石に今回持参するわけにはいかなかったが、報告しておいた方がいいだろう。

そう思い、クォヴレーがハンガーに着くと香月博士の姿はあったが、その隣には武の姿もあった。

武はクォヴレーに気付き、軽く手を上げる。


「お、クォヴレー。早いな」

「お前こそな」


クォヴレーは武のいる前で話していいものか迷っていると、新たに参入者が現れた。


「……あら、夕呼……っ、白銀とゴードンも一緒?」

「「おはようございます」」


前半の親しみのある口調に驚きながら、クォヴレーは武と共に神宮司教官へ敬礼をする。


「楽にしていいわ」

「「はっ」」


答礼を返した後、教官は軽くジト目で香月博士に視線を向けた。


「――で、香月博士がこんな油臭い場所にお越しになるなんて、何事です?」

「まぁ! 公私の使い分けは大変ねぇ……偉いわぁまりも。あたしにはマネできないわ」

「やる気もないくせに……。で……また何か企んでいるの?」


いつもより角のない教官にやはり驚きながらもクォヴレーは教官に同意していた。


「実は……」


武が何か言おうとしたところを博士は遮るように教官へ向き合う。


「今日の模擬訓練の隊編成、どうなってる?」

「え? な、何よいきなり……」

「あ、オレたち席外してます」

「いいじゃない、どうせ直ぐにわかることでしょ?」


クォヴレーを引っ張っていこうとする武に待ったをかけ、香月博士は教官に言うように促す。

神宮司教官も上官のいう事には逆らえないのか、しょうがなさそうに口を開く。


「…………榊、彩峰、白銀と御剣、鎧衣、珠瀬の編成よ。ゴードンは負けた方に編入、もしくは1人と交代してやってもらうわ」


その言葉に二人の人物がそれぞれ反応を返した。

武はやはりかという表情で、香月博士は納得した表情を。


「なるほどね……それでか……」

「何が?」

「わははは……」


何やら苦笑いしている武に首を傾げて見るクォヴレー。

教官の手前、事情を聞くわけにもいかず直立不動を保つ。


「ねえ。あたし用に戦闘指揮者1台、まわしてくれない? 榊分隊は、そこからあたしがモニターするわ。クォヴレーは今回抜きでいいから模擬戦時間を長引かせて」

(訓練兵に言う台詞じゃないぞ……)

「ちょ、ちょっと……いきなり何に言い出すのよ! 勝利条件も勝手に全滅に変更しておいてこれ以上――」

「いいからいいから。別に口出ししたりはしないわよ。ちょっとモニターしたいことがあるだけ。それにクォヴレーの成績なら一戦くらい引いたって問題はないわよ。ねえ?」

「……訓練兵に聞くことじゃない…です。博士」


クォヴレーは言葉遣いを直しながら呆れながら返答をする。


「あのね……それにそれなら私と一緒に」

「ちょっとねぇ……」

「……何企んでいるの? ここ数日ハンガーが慌ただしかったけど……何かしたのね?」

「何もぉ……ねぇ、二人とも?」

「え!?」


そこで博士は視線を武たちへと向けてきた。

それに続くように教官が武たちを睨むように見つめてくる。


「白銀、ゴードン……何か知ってるの?」

「…………」


クォヴレーは普段と変わらず冷静な表情を保っている様子から、クォヴレーからは聞けないと判断した教官は武へと視線を向ける。


「え……あ……その~」


武の慌てた様子で教官と博士の顔を交互に見る。

二人の上官に挟まれた状態に明らかに困っていたが、救いの手は別のところからやってきた。


「小隊集合ッ!!」


いつの間にか来ていたのか、武たち以外の207小隊が集まっていて、教官たちの前へと走ってきたのだ。


「――敬礼!」

「はいおはよー……まりも、頼むわね? ああ、クォヴレー、あんたは暫く暇なんだから一緒にあたしとモニターしなさいよ」

「……了解」


クォヴレーにしても報告すべき事柄があるため、教官に敬礼をした後博士の後ろについて行った。

後ろから慌てた教官の声に内心謝りながらクォヴレーは博士に追いつく。

下へと降りながら、香月博士とクォヴレーは肩を並べて歩く。

そこで香月博士は雰囲気を変えて口を開く。


「で、あたしに何か言いたい事でもあるの?」

「……よく分かりましたね」

「付き合いはまだ短いけど、用もないのに早く来るわけはないくらい分かってるわよ。あと言葉遣いはいつも通りでいいわよ。調子狂うわ」


言葉使いこそアレだが、クォヴレーのことをちゃんと協力者として扱っているのだろう。

クォヴレーはそれに甘える事にし、態度をいつものように取る事にした。


「そうか。では、簡潔に報告させてもらう。例の資料がまとめ終わったので、渡しに行きたいのだが」

「……なるほど、分かったわ。それはそれとして、こちらも聞きたい事があるわ」

「何だ?」

「あんた、白銀を元の『場所』に連れていける事が出来る? 当然戻ってくる事を前提としてね」


一応人がいるのを気にしているのか、それとも話が話だからか、香月博士はややぼかしながら質問を口にする。

『場所』を『世界』と認識しながらクォヴレーは首を振る。


「残念だが、今は動力部が一部故障しているような状態だ。戦闘に問題ないが『移動』は無理だろう。それに正常な状態だとしても、俺以外を乗せた上での『移動』はしたことがない」


正確に言えば、故障とは少し違うが真実と違いはあまりない。

今のベルグバウでは世界間の移動はどう考えても不可能なのだ。


「現状不可な上、出来たとしても安全性でも保障が出来かねない……か。ま、期待はしてなかったけどね……」

「しかし、どういうつもりだ? 慈善行為というわけではあるまい?」


衛士としても優秀であり、斑はあれど人格的にも良い武は香月博士にとっては良い協力者―――いや、良い『駒』でもあるはずだ。

わざわざこんな時期に返すとは考えにくかった。

それに本人の意志はこの世界を守ることにあるのだ。


「ちょっとやってもらう……いえ、『やってもらわなければならない』用件があるのよ」


博士はそう言った切り視線を遠くに向ける。

クォヴレーはその行動からこれ以上聞けないと判断し、武たちが来ると思われる通路に視線を向けた。




「……というわけ。わかった?」


ハンガーで香月博士は榊分隊の面々、とは言っても一人は武なので千鶴と彩峰に説明をしていた。


「お話はわかりましたけど……いきなり新しいOSなんて言われても……」

「大丈夫大丈夫、大げさでも冗談でもなく、乗れば何とかなるようにできているから」

「そうそう! 操縦も前と基本的に変わらないしな」


武たちの言葉がいまいち信用できかねないのか、彩峰がクォヴレーへと疑わしげな視線を向ける。

まあ、訓練兵とは言え軍人の端くれ。戦術機は命を預けるものなのだ。

実績がないものを信用するのはなかなかできないのだろう。

それを表すように彩峰が振り返り、武とクォヴレーに視線を向けてきた。


「ホントに使えるの?」

「博士の前で言うか……? まあ、俺自身かなり使いやすかった。御剣達の使うOSに比べれば、雲泥の差と言ってもいい」


実際に乗ったクォヴレーの言葉に香月博士は頷きながら、2人に搭乗を促す。


「そういう事。機動制御用のデータ収集も兼ねているけど、新OSの優位性を実証するためにも勝ってちょうだい」

「そうだ! 頼むぞ!」

「あのねえ……」


それでも納得しない千鶴達に、香月博士は別方向からの説得を開始した。

口調は先程の軽さを捨て、真面目なものになる。


「榊、あなただって白銀たちの才能、認めているんでしょ?」

「……はい」

「今は白銀、クォヴレーにしか実践できない特殊な機動が、このOSによって誰でも再現可能になるの」

「…………」


二人の操縦技術を訓練で嫌というほど思い知らされている為、彩峰も押し黙り香月博士の話に耳を傾ける。


「ゆくゆくはこのデータが、全ての戦術機に活かされることになるのよ?」

「え……?」

「あなた達は、全人類の代表として概念実証機のテストパイロットに選ばれた」

「…………」

「これを栄誉として思ってもらえないんじゃ、軍人としてはどうかと思うけどね……」


第三者のクォヴレーからしたら、あからさまな誘導だが、まだまだ人生勉強が足りてない千鶴たちには通用していたようだ。


「……全人類の代表」

「……どう? 楽しくなってきた?」

「……いいね」

「まあ、普通にやれば勝てるはずだから、楽しむつもりでね……じゃあ、全員搭乗!」

「「了解!」」


二人は踵を鳴らし、吹雪へと搭乗しに走っていった。


「……あんた達、人はこうやって使うのよ」

「……上手いものだな」

「はあ……勉強になります」


武が返答した後、吹雪へと向かったのを見てからクォヴレーは軽く溜息をつく。


「ゆくゆくは全て……か。1年先も10年先も同じ意味ではあるか」

「あら、分かってるじゃない」


博士がすぐに新OSのデータを公表するつもりがない事は、クォヴレーはかなり前から察していた。

そのつもりならば、訓練兵だけにやらせるような真似をするわけないからだ。

尤も、クォヴレーの知らぬところで他にも実装させるつもりかもしれないが。

敵の敵が味方でいてくれる。

その保障がBETAに種の存在を脅かされている現在ですら、されていないのだから。

国連軍、米軍、帝国軍などと分かれた軍隊。そして、HSSTの件が何よりの証拠だ。


「さて、それじゃ私達も行きましょうか」

「了解。まあ、御剣たちには悪いが結果は分かりきっているようなものだがな」

「まあ、そうね」


二人は頷き合った後、指揮官車両へと乗り込んだ。

十数分後、結果として御剣分隊は抜群のコンビネーションを見せたが、新OSによってなされた榊分隊の吹雪の機動には通用しなかった。

鎧衣機と御剣機が誘い、一本道での珠瀬の遠距離狙撃を実行させながらも、榊分隊は全機損傷なし。

この結果は珠瀬の狙撃のタイミングが悪かったのではなく、狙撃に気付いた榊分隊の急な回避機動に実現された新OSの即応性がそれだけ凄いということだ。

配置を見るかぎりそれが御剣分隊の秘策だった様で、戦況は榊たちに圧倒的に有利に働いていた。


「あんたがあっちのチームに入ってれば少し結果は違っていたかもね」

「それだと意味がない。神宮司教官も最初から其れはしないだろう」


クォヴレーは207分隊の中では武と双肩をなす。

それが御剣分隊の方へ配備されるのは、此度の事情では面白くない。

第一、新OSはクォヴレーの機体にも既に搭載されている。

それでは旧OSとの差をはっきりと実証できない。

もし、クォヴレーが当初から御剣分隊の方であっても、香月博士は無理やりクォヴレーを外しただろう。

クォヴレーにしてもそれは今回の状況では正しいと思っているし、口を挟むつもりはない。

そんな気持ちを抱きながら、市街戦の様子を見ているクォヴレーに香月博士が不意に話しかけた。


「ところで、あんた。同じ吹雪でどこまでやれる?」

「? それは同じOSで、榊たちを相手にか?」

「ええ」


顔を前に向けたまま話していたクォヴレーはすぐさま榊分隊を敵としてシミュレートし、答えを口に出す。


「―――状況によるが、難しいところだろうが勝つだけなら……」

「無理じゃ、ない?」

「……まあ、白銀が問題だが、無理ではないな」

「ふぅん……なら、やってみなさい」


一瞬、何を言われてか判別できなかったが、クォヴレーは顔ごと博士に向ける。

その目には聞きたくない言葉が耳に入り、それを否定してほしいという想いが入っていたとかいないとか。


「…………何をだ?」

「やっぱ、あんただけ教習サボらせておくと後でまりもがうるさいからねえ」

「……そうか」


深い、深い溜息をクォヴレーはついた。




御剣機を大破させた榊分隊は任務終了となるはずだった。


「榊分隊……任務完了!」

「状況終了! 全機作戦開始位置まで後退――!? ゴードン、貴様何故出撃している!」

「それは、これから追加演習をするためよ。一人だけ省きは可哀想だからねえ」

「あ、あなたがやったんでしょ!」


同情をしたくなる教官の振り回されっぷりを聞いていた榊分隊に通信が入る。


「……ふぅ、まあ、そういう訳だ。お手柔らかにな」


武たちへと軽く挨拶をするクォヴレーの諦めとも達観ともつかない雰囲気に武たちは暫し呆気に取られる。

だが、すぐに持ち直す。恐らく榊分隊から1人移動させ、2対2でやるという事なのだろうと思ったからだ。

教官もそう認識して、通信で指示を行う。


「はぁ……では、彩峰はゴードンの方へ――」

「何言ってるのまりも。そのままでいいのよ。代わりに榊たちは残弾とかもそのままだけどね」


教官の指示を中断させた香月博士の言葉は、彼女とクォヴレー以外の全員に驚愕をもたらす。


「な、何言ってるのよ! いくらなんでもそれじゃあ―――」

「そうですよ、せ……博士! クォヴレーの操縦技術が高いからって3対1じゃ模擬戦にすら―――」

「あら、クォヴレーは勝てるって言ってたわよ。ねえ?」

「「「「なっ!?」」」」


武たちに加え、教官も驚きの声をあげる。

教官からしてもクォヴレーは武とほぼ同等を見ていたからだ。


「頼むから誤解を招くような事は言わないでもらいたい博士……」

「でも、無理とは言ってないわよね?」

「それは……」


軽く口ごもるクォヴレーの反応が、榊分隊の矜持に触れる。


「ほぅ……クォヴレー。お前がそこまで自信家だったとは知らなかったな。仲間を理解できて嬉しいが間違いを修正するのも、仲間だよな……?」

「……白銀。性格が変わってないか? とにかく、落ち着け」

「けど、私達に勝てる気はあったわけよね。ひ、と、り、で」

「……分隊長として冷静になれ、榊」

「否定はしないんだ……?」

「……いや、それは……」


クォヴレーにしては珍しく軽く慌てた様子であったが、闘志に身体を焦がし始めた榊分隊は気付かない。

武たちのテンションに満足するように、香月博士は小さく頷く。


「それじゃあ、あんた達も問題ないわよね?」

「「「ありません」」」

「…………はぁ」


即答する榊分隊と比較して、どうしてこうなっているのだと、クォヴレーは息を吐く。


「溜息ついてないでクォヴレー。あんたもただ逃げるだけじゃ承知しないわよ」

「まったく……教官」

「……なんだ? ゴードン」


クォヴレーの心境をよく理解しているのか、神宮司まりもの声にはどことなく親しみがあった。


「指示を」

「……分かった。御剣分隊が後退し終えたら、榊分隊とゴードン機との戦闘を開始する!」

「「「「了解」」」」


クォヴレーは操縦桿を軽く握ったりしながら、軽く目を閉じる。


「さてどうするか……」


開始位置での榊たちとの距離は大分離れている。

数の差を考えれば、榊達が散開したところを各個撃破するのがセオリーだ。

逆に言えば、彼等はそれを考えて出来るだけ固まっていると考えるべきだろう。

それは状況から言えば当然だし、こちらはそれを纏めて撃破できる面制圧の可能な武装があるわけではない。

ならば遠距離からの狙撃で撃破するか?

だが、先程の戦闘で彼等は小隊トップクラスの射撃特性を誇る珠瀬の狙撃をかわしている。

無論、それは武がいち早く―――予測かもしれないが―――気付いたおかげでもあるが、自分が珠瀬と違って遠距離狙撃を成功させられる可能性は高くはあるまい。

彼等はそれを最も警戒していると思われるからだ。

ならばどうする? 仲間もいないこの状況下で、しかも相手は自分をよく知っている。


「……知っている?」


疑問を口に出し、ある事に気付く。

彼等が知っている自分はシミュレーターにて動作教習応用課程をクリアしているだけの人物だ。

模擬戦はおろか、実戦における自分の戦い方を彼等は知らない。

成程、香月博士はそれを俺にやらせたいのか。

感嘆とも呆れともつかない息をついた後、模擬戦の行われるエリアを表示させる。


「ならば……まずは……場所を考えなければならないか」


自機の周辺の地形データを表示させる。

流石に全てのエリアを1度に表示するのは無理な為、1エリアごと表示される。

条件は左程複雑なものではない為、表示されたエリアを数秒でチェックし、次のエリアを表示させる。

そして、何度目かのエリアの切り替えで手が止まる。


「……ここだな」


その言葉を境に、クォヴレー・ゴードンの眼は戦士のモノへと切り替わった。




御剣たちの後退を確認した後、模擬戦は開始された。

榊たちは模擬戦前に作戦会議をしたのか、開始前の通信で見せた闘志を燃やした様子とは裏腹に、なるべく固まって行動をしていた。

一方クォヴレーはというと、開始地点からそう遠くない場所に移動した後、そこから武に向けて移動したかと思えば迂回しながら元の場所に戻るなどといった行動をしていた。

何か意味を思わせるが、榊たちへの行動だとしたら距離がありすぎる。

時には戦術機を歩かせたり走らせたり、時には止まったりと、まるで吹雪の動作を確認しているかの様子も見せる。

実機での訓練は初めてだから確認しているのだろうが、今までシミュレーターで乗っていた機体なのだ。

貴重な時間を費やしてまで確認するほどの理由が思い当たらない。

そこに御剣分隊から通信が入った。


「教官。模擬戦は開始されたと思ったのですが、ゴードンの様子が―――」

「いや、奴自身の応答は確認済みだ。状況は開始されているのは知っているはずだ」

「そうですか……では、何故あのような……」


返答を返した後の言葉は独り言だろうか。しかし、咎める気にはなれなかった。

訓練兵の手前、口には出せないが神宮司まりも自身も疑問に思っていたのだ。

それを代弁するように、壬姫が疑問を口にする。


「でも、何で同じような所を移動しているんだろ……クォヴレーさん」

「うーん、タケルたちの進行速度だともうすぐ射程に入るのにねえ」

「うむ。隠れる気もないようだな」

(……同じ所……白銀たちから接触……! そうか、そういう事なのか……?)


クォヴレーの考えを理解すると同時に新たな疑問が浮かぶ。

彼の行動はシミュレーターの物に比べると大分違う。

いや、そもそもそれが違うか。


「あっ、たけるさんたちの行軍速度が上がった」

「クォヴレーは……開始地点の傍で止まってるね。どうしたんだろう」


今の彼が本当のクォヴレー・ゴードンなのだろう。

技術を競う試合ではなく、戦場で生き残る為の行動を、彼はとっているのだ。

エリアからの撤退を許されぬこの場において、生き残る方法は2つある。

時間切れまで逃げ切るか。

全ての敵を『殲滅』するか、だ。




「いったいどういうつもりなのかしら、クォヴレーは」

「さぁな、ただ時間の消費しただけな気しかしねえが……彩峰、お前はどう思う?」


武は04、彩峰に意見を募ってみる。


「……時間稼ぎだけとは思えない。それにクォヴレーは無駄な事はしない」

「だよなぁ。トラップでも仕掛けてるのか?」


武自身の考えはある程度まとまっているが、確認の意味で千鶴たちに問いかけた。

千鶴たちも同様の考えだったのか、すぐに返答する。


「それもないはずよ。装備は私達とそう変わらないはずだもの」

「じゃあ、やっぱ遠距離狙撃か?」

「クォヴレーの射撃特性は珠瀬には届かないまでも、その次に高いわ。その可能性は高いわね」

「だけどもうすぐ開始地点。狙撃してくるならもっと前じゃないと後退もできない……」

「ああ……」


武たちが先程珠瀬の狙撃を避けられたのは、武が『前の世界』で得た経験から、既に知っていた事が大きい。

新OSを搭載しているとは言え、武が回避を指示しなければ当たっていただろう。

同じような事をクォヴレーにやられてしまっては避けられる自信はない。

だからこそ、武たちは出来るだけ遮蔽物があり、散開もできるような多少開けたルートをわざわざ探して移動していた。

その所為で移動が辛かったが、例え奇襲されても新OSによって直ぐに散開して、狙撃先を補足する自信が武にはあった。

だが、そんな武たちの心配をまったく無視するかのようにクォヴレーは奇襲どころか狙撃すらしてこなかった。

たとえ今から狙撃しようとしても、最早後ろに下がる事は許されないため、武たちが恐れていた狙撃は考えにくい。


「とにかく、進軍速度を速めましょう。まだ余裕があるとはいえ、時間をかけすぎたわ」

「ああ」

「……了解」


咆哮のような轟音を上げ、武たちの吹雪は空へと飛び上がった。

最初からこうすればよかったと思わせるほど、状況は変わらない。

そして十数秒後に、先頭の彩峰がゴードン機をレーダーに捉えた。


「04、ゴードン機補足―――っ! 狙撃来るっ!」

「なにっ!?」

「くっ! 全機散開ッ!!」


ありえないと思っていた行為に、武たちの思考は一瞬止まり、慌てて回避機動を取る。

されど、新OSはそんな衛士の隙をカバーする如く、直ぐにその場から吹雪を離れさせる。

それと同時に銃声が3回続けて響いた。

教官からの被害報告がない所を見ると、誰も当たらなかったようだ。

しかし、その結果に武は眉をひそめる。


(―――なんだ? 今、発砲するタイミングがクォヴレーにしては少し遅かったような…………いや、今優先すべきはアイツの次の行動!)


武は違和感を切り捨てて、狙撃された方向を見る。

そして狙撃を失敗したゴードン機が倒壊したビル同士の隙間へと逃げ込んだ所を確認する。

その事実を武から報告された千鶴は地形データを表示させ、一度クォヴレーの逃げた先を見た後、指示を出す。


「04は上に昇ってゴードン機の頭を押さえて! 06はビルの反対側に回って、挟撃するわよ!」

「了解!」


武は横に倒れたビルの裏に回りこむ為に、正規兵をも驚嘆させる機動で瓦礫の合間を通り抜ける。

この千鶴の指示は、妥当だと言えるだろう。

クォヴレーが逃げ込んだ場所は廃墟となっている市街地にしては珍しく長い距離の一本道の様な地形であり、その長い距離の反対側を一番早く抑えられるのは榊分隊の中で白銀武しかいない。

さらに言うならば、後退したクォヴレーを追うという事は即ち追撃行動であるとも言えた。

追撃においてしなければいけない事は敵の捕捉である。

撤退している敵の後方に追いかけ場合によっては攻撃も辞さない。

これを追尾追撃と言い、部隊と敵との『足』に差がない状態で且つひらけた平地の様な敵を捕捉しやすい場所で使用される事が主である。

だが足の速い敵、又は複雑な路のある地形では追尾追撃だけでは補足は難しい場合がある。

そういう場合は包囲、もしくは敵の退却路を予測して押さえなければいけない。

以上の事から、千鶴の判断は軍人としては間違った判断ではないだろう。

しかし、千鶴、彩峰はおろか武ですら知らなかった事がある。

この場において、最も重要な情報。

今、自分たちが相手にしている『クォヴレー・ゴードン』の戦いの歴史を。

そして、彼女たちには聞こえない。

狙撃を『失敗させた』クォヴレーがコックピット内で呟いた一言は。


「―――第1フェーズ、完了」




上空への道を除けば、入口1つ出口1つという後退するには相応しくない場所にて07、クォヴレーの吹雪はいた。

しかも、この長い通路のような一本道、その真ん中から入口寄りの場所でクォヴレーの吹雪は朽ちたビルに背を預ける様に静かに佇んでいた。

その自然な状態に、数時間前からいるような錯覚を覚えるが、この状態になったのはほんの十数秒前である。

狙撃の失敗から後退し、この地点に到着した時点でクォヴレーの吹雪は前へも後ろへも動かずに此処に停止したのだ。

吹雪のコックピット内もまた、僅かな息遣いや吹雪の動力炉の鼓動といった最低限の音しか聞こえないという状態。

この音源だけならば、長期作戦中に仮眠を取っているかのような雰囲気を思わせるかもしれない。

されど、クォヴレー・ゴードンの目は閉じられるどころか、この場に着てから一度足りとも閉じられていない。

それの意味する処は一つしかない。機を待っているのだ。

罠に獲物が掛かるのを待つ狩人の如く。

そして、自らの呼吸をも抑える理由もまた然り。


「…………音源、3……分かれたな」


ビルを隔てた先から聞こえる噴射音を耳にしたクォヴレーは操縦桿を握りなおす。

その際、摩擦によって発生した僅かな音を合図にクォヴレーの吹雪は動き出す。


「―――第2フェーズ、移行開始」




一番早く到着出来るという事が、一番早く配置につけるというわけではない。

武がビルの反対側につく前に、彩峰と千鶴はゴードン機のいると思われる通路に入らないように待機中であった。

中でも千鶴は通路に顔を出す事も憚る必要があった。

もし、クォヴレーが狙撃態勢で待ち構えていた場合、地形の関係も相まって避けられる自信がないからだ。

故に千鶴は最低でも武が配置につくまでは自分から打って出るような行為は出来ない状態である。

彩峰もまた同じような状態であるが、ゴードン機の上昇を抑える為に常に警戒しておかなければならない。

とは言え、既にゴードン機の位置は戦術機の駆動音から大体把握していた。

そして、ゴードン機が現在は移動する気配がない事を確認すると、やはり待ち伏せの狙撃が濃厚である事と判断していた。

そうなると、やはり武が配置につくのを待たなければいけない。


「こちら06、あと十数秒で所定ポイントに到着する。そっちはどうだ?」

「01了解。こっちは問題ないわ。―――06が配置につくと同時に一気にたたみ掛ける! いいわね!?」

「04、了解―――!? 噴射音を察知、これは…………上昇!」


榊分隊に緊張が走る。武の方への後退行動ではなく、上昇行動となると意味合いが大分変わる。

特殊な状況でない限り、上を取られるのは拙いからだ。


「―――彩峰!」

「分かってるっ!」


彩峰は返答すると共に、クォヴレー機の位置を再確認。

そこへすぐには飛び込まずに僅かに迂回して、跳躍噴射。

取った迂回ルートは太陽の位置とクォヴレー機がいると思われる位置を直線で結んだラインへの最短経路であった。

この彩峰の取った行動により、クォヴレーが彩峰の接近を察知して捕捉しようとした場合、太陽によって目を眩ましてしまう。

無論、戦術機には太陽の光に対する防御法はついているが、それを実行する時間に目を眩ました隙を加算すれば致命的な隙となりえる。

対する彩峰は太陽を背にしている為、その2つの時間のどちらも必要ないのだから。

故に彩峰の判断は、対人戦への対応としては優秀なものである。

跳躍噴射した彩峰機が『ライン』に入ると同時に、彩峰はクォヴレー機の姿を視界に収める。


「04接て―――え!?」

(……彩峰?)


彩峰の反応に武が眉をひそめる。

どうしたのかと聞こうとした時、コックピット内に神宮司教官からの通信が入った。


「――彩峰機左腕部、右脚部に損傷」

(なっ! 銃声はしなかったぞ!?)


突然の被害報告に、虚に取られる。

多少距離はあるが、自分達以外いない市街地で突撃砲の発砲は嫌でも耳に入るはずだからだ。

そんな白銀の疑問に答えるかのように、銃撃音がなり響く。

そして、再び神宮司教官から被害報告が入る。


「――彩峰機機関部に損傷。致命的損傷、大破」

「くっ」


驚愕よりも疑問で頭が満たされ、武は急ぎ所定ポイントへと到着する。

だが、それと同時に警戒音が轟々と鳴り、先程は聞こえなかった銃撃音が耳に入ってくる。

ゴードン機が武の来るのが分かっていたと思わせるようなタイミングで突撃砲に火を吹かせたのだ。

武との距離はかなりあるはずだが、放たれたペイント弾は真っ直ぐ武へと向かってきていた。


「ぬあっ!」


武は急ぎブーストをかけて、駆け抜けるようにペイント弾によって変色してゆく通りを抜ける。

追撃に備えて36mm突撃砲を反対へと構えるが、移動する際に発する音は近づくというより寧ろ遠ざかっているのに気付いた。

つまり、ゴードン機は自分ではなく01に向けて詰め寄っているのだ。

千鶴から片付けようとしている事に気付き、慌てて武は通信を入れる。


「そっちに行ったぞ! 気をつけろ、委員長!」

「りょ、了解―――来たっ!!」


01、 千鶴から視認できる位置からゴードン機は真っ直ぐ01へと向かってきた。

武の援護は距離的に無理だろう。自分一人で武が来るまで保たないといけない。

牽制射撃で弾幕を張るがゴードン機は遮蔽物を利用しながら、上手く詰め寄る。

ゴードン機は破損しているわけでもないのに何故か牽制射撃をせず、ただ避けて詰めるだけだった。

気付けば眼前まで近づいてきており、千鶴は装備を近接用の短刀へと変更する。

ひらけているとはいえ、遮蔽物のある場所で長刀は使いにくいからだ。

だが千鶴の行動を嘲笑うかのように遮蔽物から顔を出したゴードン機は長刀を手に取っていた。

千鶴は驚きながらも冷静を保とうと、吹雪の操縦に専念する。

自分から詰め寄ってペースを掴んだ方がいい。こっちはリーチが短い短刀なのだ。

それ故、千鶴は吹雪をゴードン機への進路を僅かにずらすコースで水平噴射跳躍を行う。

ゴードン機もそれに呼応するようにブーストを吹かし、千鶴へと突撃してくる。

接触すると思われる地点の上にはやや垂れた電線のケーブルがあった。

千鶴は待機していた間にこの地点を確認しており、回避していたのだが、近接戦闘となった以上利用しない手はないだろう。

故に千鶴は勝利を確信した。この狭い通路で長刀を横に振る事は出来ないし縦に振ろうともケーブルによって若干ながら速度が落ちるだろう。


「え!?」


しかしゴードン機はそれを最初から分かっていたかのように、長刀を持つ腕を下ろす。切っ先が地面に擦れるか否かといった状態である。

その動作と同時に地面に足をつけて速度を落としたかと思うと、明らかに先程より速く千鶴機へと迫った。

そして長刀の切っ先だけを前方に向けた。『槍』の如く。

次の瞬間、ゴードン機と千鶴機は接触した。

勢いも射程も、クォヴレーに分があった為、千鶴機は触れる事も適わなかった。

刀でなく槍のような使い方でゴードン機の長刀は千鶴機の胸部を突き、それを確認した後に上へずらして千鶴機への衝撃を減らすと同時に自機の勢いを上手くコントロールして向きを変え、千鶴機の横を駆け抜けた。

実戦ならば貫通されていたであろう戦い方に各コックピット、指揮官車両から感嘆とも畏怖とも取れぬ声が響いた。

さらにゴードン機が千鶴機に後ろに回った所で、反転し射撃を加えた。

模擬戦故、破損は教官の報告で結果が分かる。

だが、それを判断するのは衛士本人でもある。クォヴレーは先の一撃だけでは不十分と判断したのだろう。


「――榊機、胸部及び機関部破損。加えて腹部破損。致命的損傷。大破」


コックピット内に無常に響いた被害報告に、武は背筋に冷たい汗が流れた。


「くそっ、何でこうもあっさりやられちまうんだ!?」


武は思わず口に出すが、分析する時間を棄て集中する。

残っているのは自分だけなのだ。

それに応えるかのように再び警戒音が鳴り響き、前方から銃撃がきた。

ビルの残骸に隠れ、耐えるつもりだったが自分が隠れた途端銃撃は止む。


「これ以上そっちのペースのままにさせるか!」


残骸から出た武の視界に撤退してゆくゴードン機の姿が入る。

ここでロストしてしまったら、彩峰と千鶴は文字通り無駄死にである。


(逃がすかよっ!!)


武は操縦に全神経を集中させる。

元より戦術機の操縦センスが並でない事に、実質2年弱の戦術機の搭乗経験を加えた白銀武の機動は、並みの衛士では追随を許さない。

ベテランでも難しいであろう進行速度は徐々にゴードン機との距離を縮めてゆく。

これはゴードン機が誘い込む為に速度を落としているのではなく、単純に武の機動が凄いのだろう。

武が追いゴードン機が追いつかれまいと牽制射撃を行う。

それが数回行われ、ゴードン機がようやく足を止めて振り返った。

その場所は意外にも、比較的ひらけた場所であった。

武もその場に到着すると、両機は向かい合うような形になった。


(ようやく覚悟を決めたか? クォヴレー!)


焦れ始めていた武にとっては、やっとか、という感じである。

だが、すぐには動かない。武にとってはクォヴレーの腕が自分と遜色はないと思っているからだ。

しかし、事実は武の想像とは違っていた。




「―――第3フェーズ、移行……さて、正念場という奴だな」


戦術も戦略も、大元はあるカテゴリーに当てはめられる。

それを『策』と言うとしよう。

『策』目的の達成する確率を引き上げる為、使われる。

この場合は勝つ可能性を高める為のものと言うべきだろう。

では、何故人は『策』を使うのだろう。

戦闘で言うとするのならば、被害を抑えるなど色々な物言いはあるだろう。

だが結局の所、結論は一つしかない。

『普通に戦っては勝てない』からだ。

戦いは単純なものではないが、敢えて数値で表す事が出来た場合、次のようになる。

『10』の力は決して『100』の力には勝てないのは道理である。

『遜色がない』と人が感じても、『99』の力と『100』の力では『99』は決して勝つ事が出来ないのもまた道理である。

それを自覚している『99』の力を持った者が『100』の力を持つ者に勝つ為には『策』を頼らなければならない。




この場において、『最強』の衛士はクォヴレー・ゴードンではない。

この場において、『最高』の衛士は白銀武では、ない。




先に動いたのは武だった。

いつまでの動く様子のないクォヴレーに焦れたというのもあるが、クォヴレーの狙いが時間切れの可能性もあると思ったからだ。

武の方は既に2機落とされた状態でクォヴレーは健在である。

どう考えても、時間切れによる判定は負けが決定している。

ならば此方から仕掛ける。

武はそう判断して、突っ込むと同時に突撃砲による牽制射撃を行う。

それをクォヴレーが少し動いて回避機動をするのを見るや否や、流れるような動作で噴射跳躍に移行する。

武は何も考えずに先に手を出したわけではない。

今までのシミュレーター実習に加え、新OSのデータ収集によって武はクォヴレーのパターンを大体覚えていた。

最低限の動きで回避して、こちらの手を止めさせるにも反撃をほぼ確実に行う。

ならば、それを逆手に取って反撃を行うタイミングに噴射跳躍を行い回避すると同時に頭を抑える。

この武の戦術は、クォヴレーのデータを使用したシミュレーター相手ならば確実に武の想像通りの結果を生んだだろう。

だが、武がクォヴレーのパターンを覚える事が出来たという事は、その逆もまた然り。

そして、相手の行動パターンを解析する。

それはクォヴレー・ゴードンが最も得意とする能力の1つである事を白銀武は知らなかった。


「なっ―――」


武の目が大きく見開く。

その目に映るのは、先程まで武のいた場所へ射撃を行っているのではなく、此方へほぼ直進してくるクォヴレーの吹雪の姿だった。

驚きに身を包まれながらも、武は噴射跳躍を一度『キャンセル』して方向変えた後に再び噴射ユニットを一気に吹かす。

武の得意とする機動の1つであるだけに、複雑な動作とは思えない早さで実行され、急転回するような機動でクォヴレーの射程から逃れる。

この武の機動を間近で見た者は武の機体が一瞬消えたような錯覚を覚えるだろう。

だが、07の吹雪のコックピットに満ちる空気は、氷の如く冷たく微動だに揺れる事もなかった。

その空間の中心にいるクォヴレーから落ち着いた呼吸と、呟きが発せられた。


「―――そのパターンは見飽きたぞ。白銀」


クォヴレーの駆る吹雪は武をそのまま追うではなく、行動パターンから進路を予測、最適ルートに向けて飛翔する。

その結果、離脱するはず武の吹雪がクォヴレーの吹雪に背後を捕捉させてしまった。

第3者から見れば、武の機動をほぼ完璧に読みきった上で実現させた行動であると理解できるかもしれない。

しかし、過去にこんな事をされた経験がない上に、振り切る事を第一に考えなければいけない武が理解するのは酷だろう。

アクシデントが起きない事の方が珍しい。そんな戦いの場を、実戦を、彼は経験していないのだから。


「いったい何なんだよっ……くそぉっ!!!」


悪態をつきながらも、武はその場からの回避機動を行う。

これにより、一度はクォヴレーを突き放しているのだが、すぐにクォヴレーの吹雪が一定の距離まで詰めてくる。

この繰り返しが何度も行われている事実は、かつてないプレッシャーとなって武を襲っていた。

後ろにいるのが本当にクォヴレーであるか疑うほどである。

それほどまでに、クォヴレーの動きは武の知る動きとかけ離れている。

事実は真逆なのだが、武はそう感じていた。

プレッシャーが重く圧し掛かる感覚を覚えながらも、武は幾ばくか落ち着き始めていた。

背後を取られている状況なのだが、実はクォヴレーからは一度も発砲がないのだ。

クォヴレーの吹雪の突撃砲は、ここに来るまでに大分弾を消費している。余計な発砲は出来ないのだろう。

つまり、クォヴレーの有効射撃の出来る距離に入っていないのか、もしくはついてくるので精一杯なのか。


(要は根気比べって事か……俺が先にミスって撃たれちまうか、クォヴレーがミスってついてこれなくなるか!)


そうと分かれば、と武はプレッシャーを撥ね退ける様に回避機動に入る。

先程よりも、ほんの少しだけだが速く動けた。そんな手応えを武は感じていた。

すぐにクォヴレーの吹雪が背後に現れるが、プレッシャーの重圧は今までよりは僅かに軽い。

落ち着いて集中さえすれば、もっと速く動くことが出来る。

そう感じ始めていた武は自信を持って再度回避機動に入ろうとした。

――――――ロックオンされた事を告げる警戒音が耳に入るまでは。


「―――なっ……!?」


耳を疑いながらも、武の身体は即座に回避機動への操作を実行する。

吹雪がそれに応えると同時に、背後から銃撃音が武の耳に入った。

武に再び重圧が圧し掛かる。さらに混乱し始めてもいた。


(牽制射撃? いや、それなら背後についた時点でしていてもおかしくないはずだ。ならば焦ったのか? いや、それもない。まだ状況はあっちに有利だ。……くそっ、オレがミスったってのか……?)


自分はミスどころか好調な動きをしたはずだ、と武は思っている。

だが、本当にそうなのか? という疑心も生まれていた。

二つの考えが目まぐるしく思考を埋め始めて、武の息遣いが荒くなっていく。

再びコックピット内に響く警戒音。

武は反射的に、先程と同じように回避機動を取るが。


「白銀機、右脚部に被弾」


視界の右上に網膜投射されている吹雪の右足の色が黄色になっていた。

クォヴレーが自分を有効射程範囲内に捉え始めた証拠だと武を判断する。

そして、このままでは落とされるのも時間の問題とも判断し―――


「うっ……おおおおおおっ!?」


回避機動に入る。今まで以上に高度を上げ、複雑な動きで。

空中を縦横無尽に駆け抜けて、武の吹雪が漸く回避機動を終える。

強化装備越しでも感じたGに呼吸を僅かに乱されながら武は後方へ最大限の警戒を払う。

十数秒経っても現れない影に、武はほっと一息つき―――警告音が耳に入る。

驚愕を覚える前に、武は反射的に回避機動を取るが、気を抜いた一時の隙を見逃すほど警告音を発せた主は甘くなかった。


「白銀機、右腕破損及び跳躍ユニット破損」

「ぐっ!」


被害報告と共に、武の吹雪の速力が大幅に下がる。

機能停止こそしてはいないが、現状において左程違いはあるまい。

数秒と経たずに、新たにペイント弾が武の吹雪を襲う。


「白銀機、下腿部及び機関部に被弾 致命的損傷。大破」

(くそっ……)


ゆっくりと吹雪を降下させてゆく中、武はクォヴレーの吹雪の姿を探す。

実は何処から撃たれたか、混乱しかけていたせいか把握できなかったのだ。

探し続ける武の耳に、吹雪の着地と思われる音が入る。


「…………はぁ」


その方角が何処なのか武は理解すると、感嘆の息を吐く。

武の吹雪が着地する地点とほぼ同じ地点に、クォヴレーの吹雪の姿があった。

戦術機の運用上、衛士が最も察知しづらいポイントの1つである真下にクォヴレーはいたのだ。




「――以上、市街地模擬戦闘演習を終了する」

「――敬礼!」

「午後は、この演習のデータを使ってシミュレーター教習だ。解散!」


答礼し、神宮司教官と隣にいた香月博士はどこかに去っていく。

そして小隊はそれぞれ視線を巡らせた。

武を始めとした榊分隊はクォヴレーを、御剣分隊は武とクォヴレーを交互に見始める。

当のクォヴレーも視線に気付き、武たちへと向きを変える。


「……どうした?」

「どうしたじゃねぇー!!」

「そうよ! 長刀の使い方とかシミュレーターに比べて違いすぎるわよ!」

「待て榊、その前にそなた等の機動の異常性を先に説明してもらいたいぞ!」

「そうだよー! 4機ともあんな動きをするなんて!」

「いつものたけるさんより動きがよかったから蓄積データの補正が追いつかないしっ!」

「そんなに凄かった?」


予想外の声に皆そちらに顔を向けると、先ほど去って行った香月博士が立っていた。


「博士っ!? 今朝、博士がここに居られた時から、何かおかしいと思っていたのです!」

「ああもう! とにかくあまりにあからさまに動きが違いすぎるよッ! いったいどういう事なの!?」

「えっと……」

「そこまで驚いたんなら、大成功ね」

「え?」


嬉しそうな香月博士の言葉に美琴たちが不思議な顔をする。


「スペックデータも当然だけど、やっぱり見た目の美しさも重要よね~」

「あ、あの……」

「……香月博士。脱線しかけていますよ」

「うっさいわねクォヴレー。今言うところだったのよ。……榊たちとクォヴレーの戦術機には新しい操縦概念を組み込んだOSが実装されているの」

「……新しい概念?」


御剣分隊は首を傾げる。千鶴と彩峰にしてもその辺りは知らされていなかった為、聞き耳を立てる。


「みんな、白銀たちの戦術機機動が奇妙なことは知っているでしょう? まあ、クォヴレーは白銀より大分まともに見えるけど」

「はい」

「その集大成が今日の戦術機の動き。あれが白銀が本当に目指していたものなのよ」

「……なんだって!?」


声を出したのは美琴だけだったが、武とクォヴレーを除いた全員に衝撃が走っていた。

一部の者に関しては、呆けたように口が半開きにもなっていた。

その様子に満足しながら、香月博士は説明を続ける。


「今までは制御システムの問題から、それが不可能だったってわけ」

「…………」

「白銀がどうしてもって言うから、クォヴレーにも協力してもらった上で暇つぶしに作ってあげたのよ……ふふ……思った以上のインパクトだったみたいね」

(暇つぶし……か。どの口が言うのか)


戦術機はその名の通り、戦術レベルでの戦闘において要の存在である。

オルタネイティヴ4がどんな計画にせよ、戦術機の能力を上げておいて損はない。

軍部に恩を売れる材料としても、新OSは博士にとっても有益なものなのだ。

冥夜たちが呆気に取られていると、いつの間にか神宮司教官まで来ていた。

やはり博士から何も聞かされておらず、やや憤慨した様子であった。


「博士……私、全然聞いていないんですけど?」


しかも、しっかりと今までの話を聞いていたようである。

教官の様子に気付きながらも博士は態度をまったく改めなかった。


「あら、まだいたの? えっと……言わなかったかしら?」

「ひとことも」

「まあまあ、いいじゃない。それよりも、クォヴレーの事で白銀たちが疑問を浮かべているみたいよ」

「ん……」


教官はそこで武を始めとした小隊を見る。

クォヴレーを除いて皆、教官に説明を求める視線を向けていた。

博士への詰問をやめ、教官は小隊へと向きを変える。


「まったく……午後の講習まで待てんのか貴様等は……」

「う……」

「まあいい。クォヴレーは単純に最初から自分に有利な状況で戦ったのだ」


教官の言葉に小隊の皆は首を傾げる。

それを見て、教官は小さく溜息をついてみせる。


「撤退する側と追撃する側。必ずしも追撃する側が有利ではない。何故なら撤退する方は『何処』へ逃げるか『選択』できるからだ」


教官の解を、いち早く理解したのは両者の動きを常に見ていた冥夜だった。


「―――そうかっ! ゴードンがあそこへ逃げ込んだから、榊たちは包囲網を作る為に戦力を分散……いや、ゴードンに取っては『分断』させた事になったのか」


冥夜の答えに、千鶴たちは僅かに声を上げる。

教官もそれに頷き、同意を示す。


「各個撃破を達成させやすい状況を作り上げ、結果として全機ともに各個撃破させたということだ」

「各個撃破……」


呟いた彩峰に、武は彩峰が致命的損傷を負う直前の損傷について状況が掴めなかった事を思い出す。


「そういやお前は撃たれる直前、接近戦に持ち込まれたのか?」

「ううん。太陽に入ってクォヴレーからは見えない様に飛んだら、いきなり短刀が突撃砲を持ってる方の腕に当たった。それでそのまま……」

「ゴードンは短刀をあらかじめ投擲しておいたのだ。察知できなかったのは投擲の為、突撃砲に比べて無音といっていいほど音がしなかった事と、彩峰に向けてというよりは太陽に向けて放った感じだからだろう」


無論、65式近接戦闘短刀にそんな運用は仕様外である。

つまり、彩峰が太陽に隠れる事を完璧に読んでいたこそ出来た行動であった。

驚愕や疑念といった皆の視線を平然と受け止めながら、クォヴレーは補足する。


「当たる確率を上げる為に、2本とも投擲するしかなかったのは痛かったがな」

「じゃあ、千鶴さんとの戦いで長刀を装備したのは短刀がないからだったんだ……」

「ああ、だがそれも結果的には使用法を少し変えただけでゴードンに分が上がった」


74式近接戦闘長刀の仕様外というわけではないが、普通は使用されない運用で所謂『突き』だ。

射程が長いとは言え、それは長刀にしてはというだけで、突撃砲を使った方が普通はいいだろう。

今回のような急所に当たらない限り、BETAだろうと戦術機だろうと、致命的損傷を与えられない可能性がある攻撃方法であるからだ。


「さて、後は白銀との戦闘についてだが……」


教官はそこで言葉を切り、クォヴレーの方へ顔を向ける。


「これはお前が説明した方がいいだろう」

「たしかに、そうでしょうね……ですが」


クォヴレーは一息つき、香月博士の方へ顔を向ける。

説明をする場合、香月博士の許可が必要である。

既に博士自身が口にしているような状態だったが、許可は必要だとクォヴレーは判断した。

クォヴレーの視線の意味に気付いた香月博士は何を今更、といった表情を見せる。


「律儀ねぇ……別にいいわよ。あんたが話さなくてもすぐに分かる事よ」


逆に言えば、皆がこの後も知らされないであろうことは話すなという事だ。

クォヴレーは博士の言葉の裏を理解して頷くと、皆に説明を始める。


「今回の模擬戦で使用された新OSの基本動作に追加された拡張パターンは、私と白銀が蓄積させたデータが元になっています」

「ふむ……それで?」

「つまり、榊たちは新OSにおける白銀の機動をこの模擬戦で初めて見たわけですが、私に限っては除外されます」

「……要するに、お前は白銀自身の機動パターンを完璧に解析していたという事か?」


教官の推察に、武を始めとした207分隊の皆に驚愕が走る。

その様子を視界に収めながら、クォヴレーは小さく首を振る。


「相手が機械ならば兎も角、人間の行動を完璧に解析できる事は出来ませんよ」

「? でもお前はずっとオレの後ろにつけていたじゃねえか」

「……それは……」


急に言葉の切れが悪くなったクォヴレーに武が眉をひそめる。

武が口を開く前に、香月博士が発言をした。


「クォヴレー、あたしは戦術機同士の機動なんて専門外だけど、実は白銀に離されそうになった時があったんじゃない?」

「……その通りです」

「えっ!?」


武は慌ててクォヴレーを見る。

クォヴレーは武の視線をしっかりと受け止めながら、話を続ける。


「最初に俺が背後を取った直後のお前の機動は解析したパターンに入っていた。しかし、途中で一度だけ俺の予測を上回った動きをした。あの機動を続けられていた場合、距離は離され、仕切りなおしをする他なかっただろう」

「だ、だけど、あの直後に射撃が―――」

「―――ゴードンがお前を最初から有効射程内に収めていたならば、それも説明がつく。致命的損傷を与えられる程の距離ではなかったようだが、当てるだけならば多少引き離されても可能だったというわけだ」


教官の言葉を数字で表現すると次のようになる。

クォヴレーの有効射程が100として、武の背後についた時点で2機の距離が90だとする。

だが、クォヴレーが致命的損傷を与えられると判断している距離には遠い為、射撃はしなかった。

その後、武が予測を超えた機動を行った為に距離は100になってしまったが、まだギリギリ有効射程だった。

つまり、武は判断を誤っていたのだ。

クォヴレーの予想外の機動に、思考が悪い方に傾いてしまっていた。

神宮司教官も、香月博士も、そしてクォヴレーもその事を言わないのは小隊の皆の前だからか、それとも自身で認めなければ意味がないと判断しているのかは分からない。

だが3人とも、白銀武が決して平凡な人物でないことを知っている。

そして、それを証明しなければならない男の心には、怒りが灯っていた。

それはクォヴレーへ対してではない。自分へだ。

正常な判断力を失わせた自身に対する疑心暗鬼。

クォヴレーの策に嵌ったとは言え、あの程度で揺れた自分に腹が立っていた。


(くそっ、実戦経験がないからって……少し予想外な事が起きただけでこんな様かよ!)


自分は千鶴たちのような『本物の訓練兵』ではないのだ。

実戦こそ経験していないが、『前の世界』では正規兵として生きてきたのだ。

そんな自分が、この世界を救いたいと思っている自分が、実戦でもない模擬戦で平静でいられなかった。

その事実は武にとって自分自身への怒りを持つには十分であった。

怒りが全身を駆け巡りが、


(っ!?)


ゆっくりと鎮火していった。

周りに皆がいるのもあるが、ここで怒りに支配されるということは、クォヴレーの策に嵌って動揺した先程の状態と同じだと気付いたからだ。

そんな愚を冒すわけにはいかない。

それでは兵士としても、三流だ。

皆に気付かれないように静かに小さく深呼吸をする。


(……大丈夫だ)


自らに言い聞かせる。

身体の熱が急速に落ち着いていく。

僅かに目を動かし、周りを見渡しみるが自分に対する視線は左程変わっていない気がする。

どうやら、自分が思っていた以上に時間は進んではいないようであった。

事実、武の感じた通り、左程時間は経っていなかった。


(ふむ……)

(へぇ、少しは自覚してきたのかしら)

(…………成程)


しかし、その武の様子を始終見ていていた3人は僅かな武の成長を理解し、それぞれの思いを馳せていた。

その内の1人である香月博士は、最早ここにいる理由はないだろうとして戻るためにも必要最低限な話を進めることにした。


「さて、それじゃ話を戻して新OSの話だけど、サンプルは多い方がいいから207小隊全機のOSを換装しましょう」

「「「「――えっ!!」」」」


突然冷や水を浴びせられたか如く、香月博士を凝視する教官と207小隊各員。


「たった今からあなた達の隊は次世代戦術機の開発部隊になったって事よ。 7号機と8号機以外のシミュレーターのOSも書き換えておくから、適当に遊んでみてちょうだい。細かいことは白銀とクォヴレーに聞いてね」

「は、博士! そんな勝手に……」

「いいのよ!」


慌てて制止しようとする教官を軽く手を振りながら応える博士。


「でも、一応報告を……」

「報告すべき相手なら、目の前にいるでしょ?」

「そういう意味ではなく、これは国連軍全体の問題では……」


そこで博士の目つきは鋭くなる。


「悪いけど、あたしはまだ、他の連中にこれを使わせるつもりはないわ」

「えっ!?」

「これは、あたしの『研究』の一環なの。ここで話すべき話題じゃないわ……こう言えばわかる?」

「……はい」


軍人は滅多なことで疑いは持たない、持ってはいけない。

その意味では、神宮司まりもは間違いなく軍人であった。


「じゃあ、あたしは戻るから。後はよろしくね」


声の様子をいつもの気楽さに戻し、香月夕呼は去っていった。

ハンガーには急な展開に戸惑う者達と、博士の話とは別の事を考えていた者が残った。




[2501] 信頼
Name: 突撃兵159◆690d8429 ID:65097c93
Date: 2008/09/18 04:41
武の概念を元にした新OSの試験運用とも言える模擬戦を行われた本日。

模擬戦時の太陽の位置に月が差し掛かる頃、クォヴレーは例の資料を記した書類を持って香月博士の部屋へ向かっていた。

尤も、現在博士は指令所に出向いているらしく、「時間は左程かからないから入って待っていなさい」とピアティフ中尉を通して伝えられた。

信用されているのか左程重要な情報はないのかは分からないが、自分の部屋に他人を一人で入れさせるものなのか。

クォヴレーは以前にその事を疑問に思ったことがあり、それとなく聞いてみたが返ってきた答えで納得した。


「白銀なんかいつも勝手に入っているわよ。許可したあんたが入って問題ある方がおかしいじゃない」


まあ、そういう無遠慮さも武のいい部分だろう。

将軍家縁の者だと予想される御剣冥夜、国連事務次官の娘の珠瀬壬姫に対しても態度に変わりはない。

無論、武がこの世界の人間ではない為に生じる価値観の違いに、元の世界では彼女たちとは友人であった事も一因なのは間違いない。

冥夜にしても、武御雷の件から特別扱いされることを嫌う傾向がある故、武のそういう部分は彼女にとって好ましい事であるのも間違いあるまい。


(まぁ……俺も礼儀に関してはあまり白銀のことは言えないがな……っと、着いたか―――む?)


自動ドアの前に立とうとしたクォヴレーの足が止まる。

数秒硬直した後、ドアが開かないように静かに背中を壁へ張り付かせる。

ピアティフ中尉の話では誰もいないはずだが、人の声がドア越しに聞こえたのだ。


(白銀か……?)


クォヴレーはギリギリまでドアに近づきながら伺う。

息を殺し、金属の壁の向こうの様子を把握しようと神経を張り詰める。

この一帯で人の気配がするのは幸い、博士の部屋だけだったため声を拾う事が出来た。


「シロガネタケル……本物か……」

(……! 誰だ? しかも白銀もいるのか?)


疑問で思考を埋めたせいか、ほんの数ミリほどクォヴレーの体が揺れてしまう。

限界まで近づいていたクォヴレーを自動ドアの優秀な移動物の認識は見逃さなかった。

無常にも開いてしまったドアに、己の迂闊さを悔やむ。

クォヴレーは覚悟を決めて資料をドアのすぐ傍の床に置く。

このエリアに入れる人物は限られている為、盗難に遭う確率は低いという判断だ。

無用心ではあるが、中に敵がいた際に邪魔になる可能性を考えるとこうした方がいいだろうとも。

念の為に他の人がいない事を確認し、クォヴレーは香月博士の部屋へ入る。

天井の明りは点いていなかったが、机の上にあるスタンドの光と自分が入ってきた通路の光から部屋の全容を把握できた。

強張った表情とした武と、その武にしがみついている霞、そして二人の前に立つ長身の男。

服装からしても軍人ではないが、その物腰からしてもただの男ではないことはすぐに判った。


「クォヴレー……!?」

「! ……ほぅ、君まで来てもらえるとは……クォヴレー・ゴードン君」


両者から驚きの声を受けながらも、クォヴレーは視線を男から離さないまま武に話しかける。


「博士に呼ばれてきたのだが……誰だこの男は?」

「あ、いや」

「ふむ、私を知らないと?」


武の声を遮り、此方へと顔を向けてきた男を警戒しながらクォヴレーはゆっくりと男を観察する。

武器は持っておらず服も強化装備などの類ではないだろう。だがそれはクォヴレーも同じだ。

このフロアでは武器は一切所持を禁じられているからだ。

クォヴレーは男の仕草を瞬き一つ見逃さないように、男の問いに答える。


「……ああ。ここに来て1ヶ月。俺はお前を見た事がない。知らない顔がいれば気になる。『軍人』としてもな」


正体を言わなければ不法侵入者として敵と見做す。

そんな意味を込めたクォヴレーの言葉に、男はフムと小さく頷くと真剣な表情なる。


「いいだろう、それほどまでに私の名前が知りたいのなら」

「は……?」

「……(所属を聞いたつもりなんだが)」


予想していた展開と異なっていた為、武もクォヴレーも僅かに戸惑う。

しかし、男の口から出た『名前』は更なる追撃となってその場にいる者に衝撃を与えた。


「私は微妙に怪しい者だ」

「「「……………………」」」


武も霞もクォヴレーも言葉を失う。いや、霞はただ黙っているだけかもしれないが。


「ちなみにその微妙さ加減は……例えるなら……」

「あ、それは別にいいんですけど……」

「じゃあ何が知りたいんだ? ハッキリしない男だな、シロガネタケルくん」


クォヴレーは男が話している隙に武側へと回りこみ、男に向き合う。

この場合、武と挟撃の形を取るべきなのだろうが、『社霞』の存在を考えるならば此方の方がいいだろう。

男の目的は何一つ判明していないのだから。


「第一、それは名前ではなく、渾名に値するものだろう。早く所属を言え」

「おや、私の家の住所を聞いてどうするつもりかね。クォヴレー・ゴードンくん」

「……住所を聞いた覚えはないが?」

「質問を質問で返すのは感心しないな。クォヴレー・ゴードンくん」

「ちゃんと質問に答えない奴よりはマシだと思うが?」

「おや、そんな礼儀のなってない輩がいるのかね。嫌な時代になったものだね」

「…………(自覚なしか?)」


やや呆れながらもクォヴレーは警戒を解かず、男を見据えていると男の後方から小さな音がすると同時に部屋の明りがつく。

視線を入り口へと向けると香月博士が、どこか呆れたような顔つきをして見慣れたファイルを持っていた。


「クォヴレー、いくらこのエリアにあんま人が来ないとはいえ、人の資料を床に置いてるんじゃないわよ」


博士が自称『微妙に怪しい男』を見ても、驚かない様子からクォヴレーは警戒を僅かに解き博士へと視線を向ける。


「……持って入れば枷になるかと思ったからなんだが」


武や男の部外者いるからなのか、クォヴレーが作った資料であることを博士は口にしなかったのでクォヴレーはそれに合わせるように返答する。

いや、自分のために作られたのだから渡す前から自分の物と認識しているのかもしれない。


「こんばんは、香月博士」


香月博士は男の顔を改めてみて、不機嫌そうな顔をする。


「……帝国情報省ってのは礼儀がなってないわね。入室の許可……どころか、面会の予約をもらった覚えもないけど?」

「……帝国情報省?」

(諜報員か……)


香月博士と知り合いである点からしても、ただの諜報員でないのだろう。

セキュリティに引っかからずに此処まで潜り込める能力を考えてもクォヴレーの警戒は間違いではなかった。


「いやぁ、部屋の前に立ったら扉が開いてしまったんですよ」

「それは入室の理由にならないと思うが……」

「口の減らない男ね」

「ひとつしかない口が減ってしまったら大変ですな……わはははは……」


男のマイペースな様子に冷ややかな視線を向ける香月博士。


「世間話をしにきたわけじゃないんでしょ?」

「いや、彼等に自己紹介を……」

「じゃあ、さっさと済ませて帰ってちょうだい。こっちは今日何もないわ」

「いけませんなぁ香月博士……せっかくの美貌が台無しだ。おお、よく見れば……寝不足ですか? 目の下にクマができてますな」

「……うるさいわね」

「博士の美貌が損なわれるのは人類の損失ですよ? お気をつけ下さい?」

「……ふん」

(この人の話を聞かない性格、どっかで見たような……いや、ここずっとか?)


クォヴレーが内心首を捻らせていると、武がおずおずと会話に口を挟む。


「あの~……」

「おっとそうだった、自己紹介の続きだったな」

(……続きか?)

「私は帝国情報省外務二課の鎧衣だ」

「鎧衣? ……え!?」「鎧衣……?」


聞き覚えのある名に武もクォヴレーも思わずその名を口に出す。


「息子がいつも世話になってるね、二人とも」

「息子っ!?」「……娘じゃないのか?」

「いや失敬。娘のような息子だ……ん? 違うか、息子のような娘、うん、そうだ」

「言い直すか……普通」


男の正体が分かったからか、今度は呆れに納得を含ませながらクォヴレーは苦言する。


「ははは……いや、済まない。私は息子が欲しかったんだよ、屈強な息子がね……だからつい―――」

「――はい、ストップ」

(……自分の肉親に対する反応ではないな。しかし、これが遺伝というものか……?)


何やらやけに感動している様子の武の隣でクォヴレーも少なからず衝撃を覚えていた。

博士が止めなければいけない様子を見ると、話し出したら止まらないマイペースさがあるのだろう。


「で? 本当は何しにきたわけ?」

「XG-70の件ですよ。……ご興味ない?」

「国連軍の名が泣くわね。加盟国軍部との取引を第三者に仲介してもらわないといけないなんて」

「米国は国連を煩わしく思っていますからねえ。顔を立ててやっている程度にしか思っていないでしょう……」

(……? 米国と何か取引をしているのか? その取引物がXG-70という物?)


クォヴレーは疑問を浮かべながらも、この場にいていいものか迷い武へと視線を向けるが、武は話に耳を傾けすぎていて、クォヴレーの視線に気付いていなかった。


(まあ、博士が追い出さないから、問題はないのだろうが……)


クォヴレーは自分なりに簡単にまとめながら聞いていた。

香月博士は鎧衣課長に仲介してもらい、『某国』の破棄された計画の産物のXG-70というシリーズを押収しようとしていた。

しかし最近になって『某国』が渡すのを渋り出したというのだ。

香月博士にとっては面白くない状況の話なはずだが、博士は眉一つ動かさずに口を開く。


「……んで、そろそろ本題に入ったらどう? つまらない話はもうウンザリ」

「おや……つまらなかったですか?」

「ええ、面白くないわ。さっさと本題に入ってちょうだい」

(……成程。博士の様子からして、この鎧衣左近が此処に忍び込むには今までの話は『つまらない話』になるようだな……)


鎧衣左近という男をどう評価するべきか判断しかねていたクォヴレーにとっては二人の会話はとても有益なものだ。

とはいえ、やはり『鎧衣』ということなのか


「ならば、ドードー鳥の生態について少し……」

「却下よ」

「ドードー鳥はそもそも……」

「鎧衣課長!?」


話を自然に変えようとする鎧衣課長に痺れを切らし始める香月博士に、やはり鎧衣課長は自然に話を変える。


「帝国軍の一部に不穏な動きがあるようでして……」

「…………」

(……これは、傍から見ていても少し気に障る所があるかもしれないな)


黙り込む香月博士とクォヴレーを見てか、武が代わりにと鎧衣課長に問いかける。


「……その不穏な動きってのは何なんですか?」


美琴の父と分かったからか、どことなく丁寧に問う武に鎧衣課長は冷徹な目で返した。


「…………部外者には話せないな」

「……当然か」


あまり期待していなかったクォヴレーは軽く、鼻をならす。

鎧衣課長は再び香月博士に顔を向ける。


「実は最近、戦略研究会なる勉強会が結成されましてね……」

「…………おい」


クォヴレーは思わず半眼で鎧衣課長を見るが、まったく意に介さず鎧衣課長は香月博士と会話をしていた。

美琴の父、その事実とその身で実感するハメになっている現状にクォヴレーは軽く眉間に指をつき、静かに溜息をつく。

それでも、続けられている会話の内容をクォヴレーは耳に入れていた。

戦略研究会に集う者が『事』を起こせば、オルタネイティヴ4自体への影響も小さくない事を示唆していた。


(……つまり内乱が起こるという事か? 彼の軍で?)

「そこまで掴んでいるのに何もできないなんて……帝国情報省は張り子のトラってワケね」

「いや、お恥ずかしい限りです。裏は取れていませんが……帝国国防省と内務省の一部、それに……」

「……それに?」

「国益を最優先する国家の諜報機関の影がチラホラと……」

(……米国か)


これまでの話の流れからすると、そうなるだろう。

そうでなくとも、今の世界で大きな力を持っている国は限られているので予想は難くない。

この話に関しては部外者に近いクォヴレーですら想像できた事を当事者である香月博士が分からないわけがなく、好戦的な印象を受ける笑みを浮かべた。


「ふふん、なるほど……そこに繋がるワケ」

「さすがは香月博士……XG-70の件、無関係ではありませんよ?」


両者笑みを浮かべながら、視線を交差させる。


「どうですか、今の話は、なかなか面白かったでしょう?」

「まあまあね。けど、そんなこと興味ないわ。あたしの邪魔にならなんだったら、何だっていいのよ」

「博士の興味はオルタネイティヴ4を完遂する事のみ、ですか?」

「……気に入らない?」

「いえいえ。ただ、私もこの星の未来を案じているだけですよ。自分なりにね」

「国を案ずる……とは言わないのね」

「様々な遺恨や対立は……人類あってこそのモノでしょう。この星がBETAのモノになってしまったら、それどころではありませんからねぇ……」

(……? どこかで、この状況を……)


異星人の侵略を予知していながらも、地球人類内で戦い起こした男を、クォヴレーは知っている。

当時クォヴレーは『地球側』ではなかったが、知識として其れを共有していた。

その事を思い出すのは、もう少し先の話である。


「……で、本当は何しに来たわけ? どれも、わざわざ足を運んでまで知らせる問題じゃないでしょ」

「そこまで期待されては仕方ない。本題に入りましょうか?」

(……今までの話の重要度も低くないと思ったが、鎧衣左近が来るまでのコトでなかったという事なのか?)


まったく知らない情報ばかりだった為、クォヴレーは博士が気付いた事に驚いた。

それは隣にいる武も同じようで二人を交互に見ていた。


「実はここ最近、奇妙な命令が何度か発令されていましてね」

「奇妙な命令……?」

「正規のルートではない最優先命令が、帝国軍内と国連軍に1度ずつ発令されたんです」


そこで一度、鎧衣課長は言葉を切る。


「1度目は11月10日。帝国陸軍総司令部宛」

(……俺がベルグバウで新潟へ出向いた日か)


クォヴレーの脳裏に、初めて遭遇したBETAの姿が映る。


「2度目は昨日の朝。国連の宇宙総軍北米総司令部宛でね」

(宇宙……HSSTか。なるほど、たしかに先の件に比べれば……)


予測不能なBETAの行動を予測して部隊増強を指示し、自国のHSSTの様子を見張る。

後者にいたっては仕掛けようとした者達からすれば度肝を抜かれただろう。

その影響があっちこっちに出ているというわけだ。


「おかげでエドワーズは一時、大混乱に陥ったらしいですなぁ……メンツが大事なお国柄……そりゃぁ、ガラクタでも出し渋りたくなるでしょうよ」

(エドワーズ―――たしか、『カルフォルニア州』にある基地の名前も…………)


ここまで来ると、名前をはぐらかす必要性があるかどうか疑問ではある。

クォヴレーの知る限り、エドワードの名を持つ『空軍』基地も一つしかない。


「昨日の件、何かの予防処置のような気がするんですがねぇ……いったい何が起ころうとしていたんです?」

「……まるで、あたしが関係しているみたいな言い方ね?」


博士はしらばっくれる事にしたのか、鎧衣課長に疑問を投げ返す。


「……香月博士の外に、そんな真似が出来る者は……そうはいないでしょう?」

「よしてちょうだい。いくらあたしでも、何もかも予測できるワケじゃないわ」

「ほう……では先日のBETA上陸の際……彼らの動きを正確に予想し的確な部隊の増強を指示できたのはなぜです? これは別件ですが、見慣れぬ戦術機の姿もあったという噂も聞いております」


クォヴレーは最後の部分で軽く眉を上げるが、それ以上の反応は体にさせなかった。


「……さあ? 指示した人に聞いてよ? それに後者のは開発部に聞くべき事じゃないの?」

「…………神の御業か悪魔の力か……そのどちらかでも、手にされたのですかな?」

(……神はともかく……ふっ、悪魔は俺か)


自らの愛機の在り方に、クォヴレーは自嘲する。


「初めは社霞かと疑ったが…………死んだはずの男がここにいる」

「――っ!!」


驚く武に続いて鎧衣はクォヴレーに視線を変える。


「さらには身元のハッキリできない者と一緒に『彼の小隊』に組み込んでいる」

(……身元が戦災孤児と表記してある者が、御剣たちのような立場の者が多くいる207小隊に入れるというのは、たしかに首を傾げるだろうな)


真っ向から視線を受け止めたクォヴレーに対し、鎧衣左近は特に反応せずに視線を再び香月博士へと戻す。


「…………是非ともご説明いただきたいものですな」

「仕事熱心なのは結構だけど……少し脇道に逸れすぎじゃない? あなたにお願いしたのは、仲介と調停だったはずだけど?」

「おっと、これは失礼……なにぶん飼い主想いなもので」

「だいたい人に聞く前に自分で調べたらどう? それが仕事でしょう?」

「これは耳が痛い……ではご忠告に従って、自力でひと調べしていきますか」


香月博士から何も聞けないと判断したのか言葉通り何処か調べにいくのか、入り口へと向かう鎧衣。

それを見た香月博士は机の上で何か操作をする。何処かと連絡を取っていたらしい。


「――あたしだけど……鎧衣課長お帰りよ。エントランスまで送って差し上げなさい」

「やれやれ……嫌われたものですな。では、この辺で失礼するとしましょう」


去ろうとしていく鎧衣が武の前を通りかかったところで、武が呼び止めた。


「あの……美琴に会わないんですか?」

「……そうだ。忘れていた」

「娘に対する言葉ではないな……」

「いや、何。かの娘の動向を探る名目でやってきたのでした」


鎧衣課長の言葉に何か引っかかる物を感じ、クォヴレーは問いだそうとしたが、先に香月博士が口を開いていた。


「どっちの?」

「……この場合、どちらが面白いと思いますか?」

「……さあね」

「あの……誰の話を……」


クォヴレーの代弁をするかのように武は疑問を口にする……が。


「情報攪乱は的確に行うのがモットーでね」

「いや、そんなこと聞いてないんですけど……」

「私の目的? それは言えないな」

「聞いたのは目的じゃないぞ……」

「では、さらばだ。またの機会に会おう、シロガネタケルくん、クォヴレー・ゴードンくん」

「え? あ……」


会話の開始時と変わらず、人の話を聞かずに鎧衣の父は去っていった。

取りようでは最後の言葉が全てだと思えるが、相手が相手の為かどうにもそう考えるのには相手を知る時間が必要なようだ。

そこでようやく、時間が大分経っていたことに気付いた。

資料を渡すだけのつもりが随分時間食ってしまっていた。


「博士、俺は資料を『返した』から帰らせてもらう。博士ほどではないが寝不足な上、今日は色々あったからな」


資料をまとめるのにいつも以上に睡眠時間を削り、今日は武たち相手の新OSで本気でやり合ったので、疲労が溜まっている。

訓練兵であり、訓練兵ではないクォヴレーは休める時に休んでおかないといけない。


「ああ、ご苦労だったわね。戻っていいわ」

「では失礼する。また明日、白銀」

「あ、ああ。またな」


軽く頭を下げた後、クォヴレーは部屋を出て自室へと戻っていった。




翌日の朝、PXにて207小隊が雑談していた。


「タケルの発案した姿勢制御概念はすごいよね!」

「え? あ、おまえ等の機体にも新OS入ったんだ……」

「うん、言ってなかったっけ?」

「昨日の夜、白銀いなかったじゃない。それにクォヴレーも」


武もクォヴレーも、美琴たちの吹雪に新OSが搭載される予定だったのは知っていた。

しかし、博士の部屋での一件があった為、知る機会が今までなかったのだ。

その事を知らない美琴は、知らなかった事には納得したが、何故いなかった事に疑問がいったようだ。


「あ、そか……ねえ、二人ともどこ行ってたのー?」

「ん……? ああ……」

「……少し、な」


クォヴレーも武も曖昧に答える。

昨晩出会った美琴の父について話していいものかどうか迷ったのだ。

クォヴレーは諜報員という事で恐らく家族の美琴にも話していないであろうとは理解していたが、昨日二人が会ったかどうかまでは予想できなかった。

鎧衣左近という人物は結局最後まで、クォヴレーに己の事を理解させずに去ったからだ。


「そういえば、ちょっと気になったんだけど……」

「なに?」

「おまえのオヤジさんって……どういう人?」

「え? どうしたの?」


武が暗に昨日二人が会ったか聞こうとしているのに気付き、クォヴレーはフォローに回ることにした。


「……たしかに話が変わりすぎるが、俺も多少気になるな」

「ああ、おまえのことだから、オヤジさんとうまくコミュニケーションとれてるのかなあと思って」

「ボクのことだから? あははは……変なの~。こんなボクだからこそ、父さんと仲よくやれるんだよ」

「…………」


何やら思うところがあるのか、美琴の隣にいる彩峰が小さく唸った。

クォヴレーも武も痛いほど、彩峰の内心が理解できた。

しかし、当の本人は彩峰の様子が理解できず、ただ首を傾げるだけだった。


「父さん、世界のあちこちを飛び回ってるからさ、なかなかワイルドなんだよ。ボクもほら、この通り元気だしねっ!」

「……たしかにお前が元気なのは認められるな」

「そういや、父さん今頃どこにいるのかな~~」


何気なく、そして武とクォヴレーが聞きたかった美琴の答えは二人が顔を見合わせる結果だった。

その様子に気付き、美琴はまたも首を傾げる。


「ん……? どうしたの?」

「いや~……何でもない」

「ああ、気にするな……」

「二人とも変なの……」


軽く半眼で呟く美琴に入れ替わり、対面に位置する壬姫が声を上げる。


「そうだ、たけるさん!」

「どうした?」

「基本動作の拡張パターンって、たけるさんとクォヴレーさんの蓄積データが基になってるんでしょ?」

「あ? ……ああ、簡単に言えばそうだけど、なんだよ?」


ややぶっきらぼうな武の反応に壬姫は少し戸惑い、おずおずと口を開く。


「あ、ううん……大したことじゃないんだけど、ライフルの構えとか、クォヴレーさんに似てるよね?」

「ん……俺か?」

「ああ……それは同感だな」

「ナイフとかは白銀……」

「はあ?」


壬姫の隣にいる冥夜も、美琴の隣にいる彩峰も首を縦に振る。


「戦術機特性の時、教官に聞いたでしょう? 機体のクセは衛士に似るってこと」

「ああ、そういうことね……」

「二人のクセが別箇所で出てるのはおそらくデータを集めているときの二人の行動の違いから蓄積が違ったんでしょう」

「射撃データはクォヴレー、近接データや機動はタケルの物が基になっているという訳だな」


言われてみれば、クォヴレーはたしかにデータ収集の時、射撃を重視した動きをしていた事を思い出す。

おろそかにしたわけではないが、近接戦闘や機動は武がクォヴレーより多く行っていたのだろう。


「……なるほど。だけど、そんなにクセが出ているのか?」

「うん」

「まあ、最初のうちはしょうがないわよ。個々のデータが蓄積すれば気にならなくなるでしょ」

「余計な要素を除いてからパターン化してるはずなのに……残るんだな、そういうの」

「人間同士ですら、長く接しているとクセが移ったりするからな」

「さすがにそれは関係ないんじゃない?」

「というより、個人の癖を消す作業は下手すると別のデータまで消してしまうくらい見分けがつきにくいのだろう」

「なるほど。そういうものか……ん? どうしたタケル? 急に黙って」


納得をした冥夜が頷いていると、武の様子がおかしいのに気付き声をかける。

冥夜の呼びかけにも武は反応がなく、仕方なく隣に座っているクォヴレーが軽く肩を叩き、ようやく武が此方に意識を向ける。


「……ん、どうしたクォヴレー?」

「それはこっちの台詞だ。何か考え事か?」

「あ、ああ。たいした事じゃ……あっ、クォヴレー。お前に聞きたい事があるんだけど」

「? 何だ?」

「えーっと……」


言って武は軽く周りの様子を見ながら、椅子をクォヴレーへと近づける。


「……なにやってるの?」

「いや、クォヴレーに同じ男として聞きたい事があってな」

「…………まっ!」


声のした方を見れば、何やら驚愕した顔の彩峰の姿があった。

クォヴレーは疑問を浮かべ、武はジト目を返す。


「……まっ?」

「彩峰、お前何か勘違いしてねえか? ったく……」


耳打ちするような形で武はクォヴレーへと疑問を囁く。

内容は「お前、最近夢を見るか?」という、何が聞きたいか理解しにくいものだった。

とりあえず、質問に応えようとクォヴレーは最近の睡眠状態を思い出すが、夢を見たという記憶はない。

クォヴレーがいや、と首を振るのを見ると、武は何処かガックリしたように椅子と共に元の位置へと戻り、空を見つめていた。

その様子に皆、首を傾げる。


「…………何か見えるの?」

「うわっ……タケルって、見える人だったんだ」

「? 何を見ることを言ってるんだ?」

「そりゃあ、うらめしや~、だよ~」

「……成程」


クォヴレーたちの話が区切ると同時に、千鶴は武を少し心配そうに見る。

クォヴレーが周りを見れば、無表情な彩峰以外は皆心配そうな顔をしていた。


「本当に大丈夫?」

「…………夜な夜な出かけてるし」

「…………ん? おい、なんで知ってるんだよ?」


彩峰の言葉に冥夜はその目端を軽く吊り上げる。


「あまり感心せぬな」

「別に。やましいことやってるわけじゃないさ」

「部屋に戻らない日もあるわよね」

「……聞き捨てならぬな」


千鶴の新たな情報に冥夜はさらに目つきを厳しくするが、一方で彩峰が眉をひそめていた。


「…………なんで、知ってるの?」

「そういえば、そうだね…………よく出かけてたのはボクも知ってたけど」

「……べ、別にいいじゃない!」

「あれぇ~、顔赤いですよ~」


壬姫の言う通り、千鶴の頬が少し赤くなっていた。

クォヴレーは軽く首を傾げ、疑問を口にする。


「風邪か?」

「違うわよ! たまたま兵舎の見回りをしてるときに気がついただけよ!」

「…………ウソばっか」

「なんですって! さっきからいちいち……」

「おいおい」


不穏な空気になっていくのを感じ、武が二人を交互に見る。


「……表出る?」

「……いいわ、今日という今日は!」

「…………ハッキリさせる」

「冥夜、止めてくれ」


クォヴレーは違和感を感じ武に視線を向ける。

こういう時は大抵、武が仲裁を行うからだ。

冥夜もそれを知っている為、武に厳しい視線を返す。


「……そなたの役目であろう?」

「このままだと連帯責任で走らされる。美琴!」

「消灯後にあんまり出歩いてると……そのうち、営倉送りになっちゃうかもよ」

「流れ読め――っていうか、状況を見ろ! ああ、もうクォヴレー、頼む!」

「……俺か?」


自分にまで回ってくるとは思わなかった為、素直に驚く。

先程冥夜も言ったようにこの手の仲裁は武が行っていたからだ。

一同の視線が自分に集まるのを感じると、軽く息を吐いた後クォヴレーは目つきを鋭くさせた。


「榊……」

「……なによ?」

「挑発に乗るようでは分隊長として、自覚が足りないな。総戦技演習前に戻ったのか?」

「う……」


次いでクォヴレーは彩峰へと視線を移す。


「彩峰。お前はお前で成長したと思ったんだがな……」

「…………」

「それに私闘をするなら、まず――」


クォヴレーにしては珍しく挑戦的な笑みを浮かべた。

その様子に、冥夜たちも瞠目してクォヴレーを見る。


「俺から一本取ってからしてもらおうか。昨日のまま戦場に立たれては適わんからな」

「「っ!」」

「……そういう意味では、お前もか白銀。あの程度の奇策に嵌る程度ではお前の戦術機適正も豚に真珠だな」

「なっ!」


いつもと違うクォヴレーに言葉を失いながらも、武はすぐに立て直す。


「あんな戦法にもうやられるかっつーの! 次の模擬戦覚えてろよ!」

「……そうか。その様子なら安心できそうだな」


武の答えにクォヴレーはいつも通りの表情に戻り、自分の目の前にある合成緑茶の湯のみを手に取り、口に含む。

その様子はいつもクォヴレーの態度で、武はようやく自分が引っ掛けられた事に気付いた。


「……たく、そういうわけだ。委員長も彩峰も次の模擬戦、クォヴレーにこんな事言わせるなよ!」

「わ、分かってるわよ!」


千鶴が同意をし、二人の喧嘩はうやむやになっていった。




模擬戦を終えた後、クォヴレーは吹雪のコックピットで操作の復習をして衛士としての慣熟訓練を行っていた。

既にクォヴレーの技量は正規兵の水準を超えるものであったが、ベルグバウという別系統の機体に乗っていた為、慣熟には念には念を入れているのだ。

それにベルグバウは手足のように動かせるが、吹雪を始めとした戦術機はまだまだその域ではない。

データ蓄積などによってその域に入るかもしれないが、だからといって手を抜くわけにはいかない。


(……まあ、それに白銀たちにああ言った手前、無残な結果になるわけにはいかないしな)


別に訓練で武たちに負ける事自体に問題はない。

だが、その場合の士気の上下を考えればそう簡単に負けるわけにはいかない。


(それにしても、俺と白銀の資料を参考にしているとはいえ、榊達の操縦技術の向上には目を瞠るものがあるな)


無論世界の置かれた状況や個人の覚悟もあるのだろうが、それを踏まえても眼を瞠るものを彼女たちは見せている。

*武にしても、精神面と実戦経験以外においては中々のもので、奇怪とも言える操縦の柔軟性にもクォヴレーは感心を示していた。


(たしか、BETAとの戦闘で初陣のパイロットが生き残る事が出来る平均時間は『8分』だったな……)


A-01部隊とのコンタクト、そしてBETAとの交戦を経験した新潟での戦場を思い浮かべる。

あの状況において自分が生き残れたのは一重にベルグバウの性能によるところが大きいだろう。

では、吹雪で出ていたらどうなっていただろうか。

火力が足りるか? 弾薬が持つか? 思った通りに吹雪を動かせたか?

新潟では、ベルグバウの高い機体性能に加えて自分の身体といっていいほどの長い付き合い、即ち錬度の高さ。

初めてのBETAとの実戦は、それらによって自分は生き残れたという事を忘れてはいけない。

吹雪では生き残るだけならば可能だったかもしれないが、ベルグバウと同様の戦果はとてもじゃないが無理だろう。

だが高い操縦技術と生きようとする意志さえあれば、初陣で生き残る事は十分出来るだろう。

その上、武の新OSを使用すればその可能性の値は跳ね上がるだろう。


(白銀の精神面の弱さの原因自体は分からないが……技量から言えば問題はない。例え、何かあったとしても体が勝手に動くはずだ。その為の訓練だ)


特に奴はそれが染み付いているだろうしな、とクォヴレーは呟くと当時に外から自分を呼ぶ声が耳に入る。

慌てながらも正確にクォヴレーは操作を中断し、コックピットから出る。

外には少し怒った顔をした神宮司教官とその後ろに武と霞の姿があった。


「まったく……上官の呼び出しを無視するとは良い度胸だな」

「は……申し訳ありません」


こればっかりは自分が悪い為、クォヴレーは素直に謝罪をする。


「……まぁいい。香月博士から呼び出しだ。白銀たちと共に行け」

「了解しました。では――」

「ああ、待て、ゴードン」

「は」


武たちの方へ向かおうとした矢先に呼び止められ、疑問を浮かべながら教官に視線を戻す。


「白銀ほどではないが、消灯時間になってもいない時があるそうだな?」

「……はい」

「責めているわけではない。白銀が言うには貴様も香月博士に呼ばれているだろうとの事だが、そうなのか?」

「は。内容までは申し上げられませんが――」

「当然だ。言う必要はない。……しかし、お前もか」


教官は言い終わると同時に溜息をつく。

先日の模擬戦の件からしても、相当博士に振り回されているのだろう。

模擬戦で同じように振り回されたクォヴレーはどこか教官と仲間意識が出来ていた。


「教官、その――」

「いや、言わなくていいわ。分かっているから」

「……そうですか。では、自分はこれで失礼させてもらいます」

「ええ、敬礼はいらないわ」


軽く会釈をした後、クォヴレーは武たちの位置へ移動する。


「お、終わったか。それじゃ行こうぜ」

「ああ」


ハンガーから出て3人は通路に出て、副指令室の方へと向かう。

途中、武が何の為に呼ばれたか気になっていて幾度となく霞に聞いていた。

一方クォヴレーはいくつか察しがついていた。

来たのが霞という事からしても、かなり重要度の高いものである可能性がある事。

武とクォヴレーが呼ばれた事から――これはいつもの事かもしれないが――別世界に関する事である事。


(……そういえば、白銀がいた世界に用事があるとか言っていたな)


模擬戦での博士との会話を思い出そうとしたところで、3人は副司令室前につく。

そこには既に香月博士が真剣な顔をして立っていた。


「遅かったわね、こっちに来て」


有無言わさずに武とクォヴレーが連れてこられた場所はクォヴレーが今まで見た事のない場所だった。


「え……あ……」

「……ふむ」


クォヴレーの視線の先にはリング状の物質が幾層かあり、その中心に円柱の様なものがあった。

さらにそれらに向けて、何かしらの発射口にも見える渦巻状のモノが幾つか配置されていた。

クォヴレーが関心を示す横で博士が何やら霞に指示を与えた後、武へと向きを変えた。


「あんたが、いつ自分が白銀武になったか……知ってる?」

「はい?」

「学問は……考え抜かれた大胆な仮説を、実験によって検証することで進歩していくわ」

(……その大胆な仮説をここで実験するという事か?)


先程まで見ていた実験施設(?)に再び目を向けるクォヴレー。


「確定された存在を、『確率の霧』の状態に戻す……この実験が成功すれば、世界もあんたも救われるのよ」

「…………はああ?」

「わからないの?」


武が分からないのが分からない、といった顔をする香月博士に武は大きく首を振ってクォヴレーの方を見る。


「ちっともサッパリ全然。なあ?」

「……理解できない部分はあるが、大方やる事は予想できたぞ」

「な、なに!?」

「その驚き具合が気になるが……簡単に言えば、お前を用いて博士の仮説の実験を行うのだろう。白銀が選ばれた事からして、『元の世界』絡みだろうな」


クォヴレーの答えに香月博士は頷いた後、ニヤリと武を見る。


「説明不足だけど、間違ってないわね。白銀~、あんた理解力が乏しいんじゃないの?」

「う、ぐぐぐ……」

「じゃ、白銀。今朝の話を簡潔にまとめて説明しなさい」

「あ、はい……っていいんですか? クォヴレーの前で」

「いいから言ってるのよ。さっさとしなさい」


博士の急かしに武は少し思案をしながら口を開く。


「はあ……えっと、オレは意志の力で世界を移動してしまうかもしれない人間です……って先生、クォヴレーはそういえばどうなんですか?」

「あんたね~、話の途中で……まあ、いいわ。あんた、世界との取引とかついて覚えてる?」

「え……あ、ああ。ちゃんとしたものじゃなかったってやつですね」

「簡単にいえばクォヴレーの場合は事故で来たとはいえ、それが『正当』なものだったことよ」

「そ、そうなんですか?」


香月博士の言う事は間違ってはいない。

武の場合は、家と人がそれぞれ『元の世界』と『こちらの世界』で存在しているような状態である。

それをクォヴレーで言うなら、家と人が一緒に『こちらの世界』に移動しているようなものだ。


「あんたと同じ症状は出てないなら、そうなるでしょ」

「あ、あー……そうかぁ……」


どことなく羨ましそうな視線をクォヴレーに向ける武。

それに気付いた香月博士は眉毛を上げる。


「あんた、まさかクォヴレーが羨ましいなんて思ってないでしょうね?」

「え、いや」

「あのね。正式な取引で来たって事は、あんたみたいに意志で帰れる訳じゃないのよ?」

「!!」


武は絶句してクォヴレーを見る。

クォヴレーはそれを見て、肩をくすめる。


「別に、そんな事は前から知っているから今更なんだが……それより博士、話が脱線しすぎだと思うが?」

「それもそうね。無駄な時間潰した分、早く言いなさい白銀」

「う…………えーっと、移動しないで済んでるのはオレが『この世界』にいたいと思うからです。
また、周囲の人たちがオレと関わることでオレの存在を強く認識してくれるからでもあります。
でも、眠ってる時だけはどうにもなりません。認識が曖昧になります」

(……幾つか疑問点が残るが、何とも不安定な状態だな)


感想を内心述べるクォヴレーの横で博士は武に頷いていた。


「ようやく半分ね。残りは?」

「世界は安定した状態を好みます。オレが元いた世界は、オレがいなくなったせいで不安定になってしまい……安定を取り戻すためにオレを引き戻そうとしています。
その引き戻そうとする力は、他のみんなやオレが眠って、意識や認識が希薄になった時に相対的に強くなって……意識だけ『元の世界』にシフトしてしまう……」

「じゃあ、あんたが『元の世界』に帰るために必要なことは何?」

「自分が帰りたいと強く願うこと、周囲の認識がゼロになること……あとは『元の世界』がオレを引き戻そうとする力を大きくすることですか?」

「上出来上出来。その3つの中でも、自分の意志はある程度コントロールできるでしょ? 逆に世界が引き戻そうとする力はどうにもできない……」

「たしかに意志を強くできるはずだ。だが、世界間の移動をするほどの意志はまず無理だろう。つまり……」

「残った『周囲の認識』をどうにかしようっていうんですか?」

「さっきからその話をしていたのよ?」

「わかりませんよそんなこと……」

(……たしかに、あの話でそこまで理解する事は難しいな)


実際クォヴレーもそこまでは理解できなかった。

話の流れは実際の方法に入り、博士の言う分には確率の霧。様々な可能性がありえる状態に戻すという事らしい。

そして周囲の認識がゼロになった所で、武の意志によって武が元の世界へと戻れるとの事だ。

しかし、戻れるのは装置が正常に稼動している間だけ。その間に武は元の世界にいる香月夕呼から、ある理論を回収してもらわないといけないらしい。

その理論はこちらでは詰まっているものだが、元の世界では最低でもその一歩先を言った理論ができているらしい。

その事は武の記憶から明らかになり、博士はこの実験を行うことにしたとの事。

話が進み、武が納得したところでクォヴレーは口を挟む。


「ところで……俺が呼ばれた理由がいまいち理解できないのだが」

「ああ、あんたは念のための保険よ。とりあえずそこらへんに座っていいから、ここにいればいいわ」

「……? そうか」


少々拍子抜けをしながらクォヴレーは言われた通り椅子に座る。

それを見て、博士は隣の霞へと視線を移す。


「じゃ、始めるわ……あ、そうね。社、あれをクォヴレーに持たせて」

「……はい」


言われて霞はどこからか包みを取り出し、クォヴレーに渡す。


「……開けるのか?」

「包まれた状態じゃ意味ないでしょ」

「それもそうか」


クォヴレーは包み開くと、そこには写真があった。ただし――


「な、なんで遺影みたいな形なんですか!?」


慌てて叫ぶ武の言う通り、黒い額縁といい、隠し撮りされたと思われる写真の武がどこかいい笑顔をしている所といい、遺影写真の雰囲気が溢れ出ている。


「あたしの趣味よ。クォヴレー、こちらに見せるようにしてね。それがミソだから」

「親族かよ!! ってそうじゃ――」

「……動かないでください」

「へ?」


声をした方向を見ると、何やら武の顔を見て熱心にスケッチブックらしきものに描いている霞の姿があった。

武も霞の言う事だからか、黙って動こうとせず、ただ時が経っていった。


「……できました」

「それじゃ、始めましょうか」

「ちょっとちょっと!」


武の声が聞こえていないかのように博士は霞に向き合う。


「社、準備はいい?」

「はい」

「白銀、そこに立って」


武も諦めがついたのか、とぼとぼと歩き言われた場所に立つ。


「目、瞑っておいたほうがいいと思うわよ」

「ういっす……」

「『元の世界』のことを強くイメージしなさい」

「が、頑張ります」

「クォヴレー、あんたは念のために白銀とは逆に『あんたの元の世界』の事を考えないようにしておきなさい」

「……了解」


クォヴレーは冷静に、武のように目を閉じて視界に広がる闇に身を委ねた。


「行くわ」

「はい」


霞の返答後、戦術機のコンピューターを始動させるような音がクォヴレーの耳に入ってくる。

それから数秒後、何かが倒れた音がすると同時にクォヴレーは目を開く。


「お、おい、霞!!」

「……社?」


声のした方を見ると自分と同じ訓練兵の服を着た男が倒れた霞を起こし、博士の方に振り返った。


(……? いや、白銀武だな)


クォヴレーは首を振るように認識を改める。どうにも奇妙な感覚がしたのだ。


「先生!」

「え? ああ、白銀ね」


博士の反応に気付かないのか、霞を必死にさする武。


「霞が!」

「ん? ……ちょっと無理をさせたかしら…………」

「先生?」

「理論的には、そうね…………当然のことだけど…………」


何やら様子のおかしい博士に白銀は疑問を浮かべる。


「ちょ、ちょっと大丈夫ですか?」

「落ち着け白銀。それより、社をこっちで横にしてやれ」

「え、あ、ああ。霞、大丈夫か?」


武が自分を通り過ぎたところで、クォヴレーは博士に近寄る。


「大丈夫か?」

「……ええ、そういうあんたこそ何ともなかったの?」


クォヴレーは思った通りの事をそのまま伝えるか一瞬迷ったが、素直に口にする。


「白銀を見た瞬間、一瞬判別に迷った」

「そう……まあ、当然なんだけどね」


博士はどこか納得した顔をして、武たちの方へ歩き出した。


「……で、どうだったのかしら?」

「……よくわからないですけど、一応、『元の世界』だったと思います」

「一応?」

「なんていうか……感覚がハッキリしてなくて、すごくぼやけた感じでした。上手く体も動かせなかったような……」

「制限時間内ではそれが限界か……」


何でもこの実験には大量の電力を消費するため、現状では稼動時間が極力短いらしい。

流石に今の稼働時間では武があちらの世界で自由に動くことが出来ないため、次回までに改善しておくという事で今回の実験は終わりとなった。


「ああ、クォヴレー。あんたは次回からは来なくていいわ。平気だったし」

「……了解した」


博士が自分を呼んだ理由は、おそらく実験が終わった後に白銀を見た違和感。

周囲の認識をゼロというのは自分も博士も例外ではない。その為の違和感だと思われる。

結果として、違和感こそあれど問題なく白銀を認識できたわけだから自分は次回から必要ないと判断した。

保険というのは恐らく、白銀と同じ異分子である自分の姿を見ることで白銀を思い出すといったところだろう。

考えをまとめながら白銀と共に部屋を出ようとする。


「待ちなさい」

「え?」「ん?」


二人して振り返ると博士が軽く顎で霞を示す。


「社忘れてるわよ?」

「あ……でも、もう少しこのままの方が良いんじゃ……」

「どうせ同じ部屋に帰るんだから、連れていってあげなさいよ、薄情ねえ……」

「…………は?」


武が間抜けな声を出して、博士を見る。

クォヴレーもワケが分からなかったので同じように博士に視線を向けた。

4つの目に見られながら、博士は眉をひそめる。


「あら? 言ってなかったかしら?」

「……聞いていませんが?」

「…………俺も聞いてないな」

「あっ、そう。今日からあなたと社は、同じ部屋で暮らしてもらうから」


武は信じられないような顔をし、クォヴレーは首を傾げる。


「00ユニットが完成するまで、あんたの不安定な状態は続くわけ。だからそれを留めておく存在が必要よね?」

「そ、そ、それが霞だって言うんですか!?」

「そうよ」

(社が? ……そうか。ESP能力か)


霞の事情を知っていたクォヴレーは納得する。

イングラムと比べ、念動力がないのでどうやっているかは把握できないがおおよそは理解できたのだ。

一方、武はまだ納得していなかった。


「いや……しかしですねッ……!?」

「何よ? 社が相手じゃ不満だって言うの? 欲情したくせに贅沢言ってるわねぇ……」

「? 欲情したのか白銀」

「しとらんわっ!! っていうか、お前からも何とか言え!」

「ふむ……」


クォヴレーは顎に手をやる。

霞の能力を知っている上、博士は無駄なことはやらない。

つまり、これは必要な事なのだろう。

とは言え、それをここで武に教えるわけにはいかない。それは博士か霞自身が話す時期を決めることだからだ。

そんなわけで、クォヴレーは恐らく既に埋まってるであろう別の進路から武を説得することにした。


「ところで博士」

「何よ?」

「社は既にこの事を了承しているのか?」

「そ、そうだ! やっぱ霞の気持ちを大事にするべきですよ!」


武はすばやくクォヴレーの言葉に食いつく。

しかし、相手はオルタネイティヴ4の香月夕呼博士。

この程度の回り道が到底あるわけがなく


「――とっくにOKしたわよ。こともなげにね」

「!?!?」


何やらショックを受けている武の横でクォヴレーは軽く両手を上げる。


「……ならば今更どうこう言っても仕方ないな」

「そういうこと。荷物はもう運び込まれてるから、上手くやりなさい」

「こ、心の準備が……」

「全ての準備を整えからでも間に合う事象なんかに、ロクなものはないわよ?」

「いい言葉だが、この場合はどうなんだ……まあ、とにかく諦めろ白銀」

「うう……」


呻き声を上げながらも、納得する以外の展開を許さないのを理解した武は渋々ながらも状況を受け入れていた。


「わかったら、社を連れて部屋に戻りなさい」

「わ、わかりました……」

「ま、間違いが起きたら起きたで、その時また考えましょう」

「起きませんよ!」

「じゃあお疲れ~」


クォヴレーと霞を抱きかかえた武は実験室(?)から追い出され、自分たちの部屋へと向かう。

チラチラと落ち着かない様子で霞を見ながら歩く武の横でクォヴレーは博士の言葉に疑問を浮かべていた。


(間違い……何かリスクがあるのか? もしそれが起きても別段恐れていない様子だったから問題はないようだったから気にする事もないか……)


クォヴレーは結論を出したと思うと、武が急に立ち止まる。

位置はもうすぐ207小隊のある部屋の通路付近だった。


「どうした白銀」

「い、いや……誰かいないか気になってな……」

「? 別に人目を気にしろと言われたわけじゃないだろう」

「そりゃそうなんだろうが……こう、気持ち的にな。なんかいけないことをしてるようで……」

「……背徳感というやつか?」

「ま…そんな感じだな」

「下手にビクビクしている方が人目につくと思うが……まあ、いい。ならば、周囲を警戒してやるから、さっさと行くぞ」

「すまん……」


クォヴレーは言葉通り、持てる力を精一杯使いながら進軍した。

第三者からすれば慎重すぎる進軍速度の2人が部屋へと辿り着いたのはそれから10分後のことだった。




翌朝、クォヴレーが朝食を取りためにPXに着くと珍しい光景を眼にした。

207小隊のメンバー以外に、一人。意外な人物がいた。


(……社?)


昨日から、武と同室となった社霞が武たちの傍にいたのだ。

クォヴレーが知るかぎり、霞がここで食事を取る以前にPXにいるような事すらなかった。

しかし、現に彼女はPXにいるばかりでなく、その両手に持った盆の上には何故か二人分のサバミソ定食があった。

とりあえず聞かなければ分かるまい。そう考えたクォヴレーは武たちへと近づいてゆく。


「あ、おはようクォヴレー」

「おはようございます」

「……おはよう。社、今日はいっしょに食事を取るのか?」

「はい」


クォヴレーはそこで昨日の実験と博士が武と霞を同室にさせたことを思い出す。

霞の行動もそこから来ているものなのだろう。そうクォヴレーは自身を納得させる。


「そうか。ならそれは白銀の分か?」

「はい」

「えっ? わ、悪い。気つかわせちまって」

「いえ……」


クォヴレーは他の隊員の姿を探し、PXを見回すと既に食堂口から定食を取ってきていた。

別に決まりというわけではないが、皆を待たせるわけにはいかないと瞬時に行動を決める。


「さて、俺も自分の分を取ってくるとする」


クォヴレーは素早く食堂口へと向かい、皆と同じサバミソ定食を取ってくる。


「待たせた」

「よし。んじゃ、さっさと座るか」


武の号令と共に207小隊とプラス1名はいつもの席へと向かう。

席に着こうする時に霞が何処か所在なさげな雰囲気を出す。


(……ああ。武の左隣に座ろうとしているのか)


そこはいつもクォヴレーの席である。

普通はそんなこと知る由もないが、彼女にはリーディングがある。

おそらく席につこうとした時に他の隊員の心を読んだのだろう。

別に武と話さないといけない内容は今のクォヴレーにはなかった。

それに、霞の行動にはクォヴレーにも興味があった。

正確には、その裏にある博士の真意というべきか。


「気にしなくていい社。せっかく二つ一緒に運んだのだからな」


言うや否やクォヴレーは席を迂回して、いつもの席の対面、つまり冥夜の隣へと移動する。

霞は少し驚いた表情を見せたが、小さく頭を下げて席につく。

その察しの良さに隣人となった冥夜が小声でクォヴレーに話しかける。


「……何か知っているのか?」

「さてな……分からないこそ、それを知るために動くという事もある」

「ふむ、成程」


冥夜とクォヴレーはお互い視線を交わらせた後、箸を手に取る。

だが、その手は即座に止まることなった。

正確には207小隊全員の手が止まっていた。

全員の視線の先はクォヴレーの対面、クォヴレーが席を譲った社霞の行動に目がいっていた。

霞はサバの一切れを箸で取り、武に向けて差し出していた。

そして、武はそれに驚いたせいか、わざとなのか口が微妙に開いていた。

箸を上手く持てない小さな子供に母親が食べさせてあげるような構図。

または、どこぞのバカップルの食事の風景の一つ。

クォヴレーは後者を見た事も聞いた事もなかった為、前者しか思い浮かばず。

他のメンバーは後者を思い浮かべたようだ。

その証拠にクォヴレーは隣人を始めとした皆から発せられる強烈な威圧を感じ始めた。


「……楽しいお食事中に恐縮だが……詳しく事情を説明してもらいたいな」

「あ~んってしてる……あ~んって……」

「な、なんであ~ん!? どうしてあ~んっ!?」

「か、霞……そ、その……そういうことは……」


武もまったくの予想外だったのかうろたえる。


「……いろいろあった」

「うるせぇ!」

(……たしかにいろいろあったが……何故みんな怒っている……?)


首を傾げるクォヴレーをよそに状況は悪化していく。

霞に押される形になった武が、ついに屈して皆のいう『あ~ん』を実行してしまう。

霞の箸のサバに武が食いつく。


「「「「「――――――!!」」」」」


当の本人たちは気付いていないようだが、瞬時に空気が重くなる。

第三者の立場に立つクォヴレーからしても背筋に寒いものを感じた。


(気のせいか周りがいつも以上に空いているような……社がいるからというだけではない気がする)

「まだあります」


クォヴレーが状況判断をしている間にも状況は進む。

次から、次へと霞は自分のところにあるサバを武へと食べさせてゆく。

いつも武ならこの空気に気付いているのかもしれないが、霞の行動で頭がいっぱいいっぱいなのか、霞の差し出すサバを食べるだけの機械と成り果てていた。

武が食べるごとに圧迫する空気の中、クォヴレーは出来るだけ平静に食事を取ることにだけ専念した。

理由は分からないが下手に視線を合わせれば、自分に矛が向けられると長年の戦闘経験から察したのだ。



普段とは色んな意味で違う朝食を済ませた207小隊はハンガーにて整備実習を行っていた。

そして、朝食でメンバーの様子に気付けなかった武への代償がここで払われた。


「委員長~、トルクレンチ取ってくれるか~」


それが切っ掛けだったのか、それともチャンスを狙っていたのか。

千鶴はトルクレンチを手に持つと力強く投げた。当然、速度と回転が加わったものだ。

唸りをあげたそれは放物線を小さく描き、武の頭にヒットした。


「ぬあっ!」


武の顔が跳ね上がり、天井を見る格好となった。

全くの迷いもない力強い投擲にクォヴレーは小さく感嘆の声を上げる。


(……力任せだが、いい投擲だ)

「何しやがるっ!」


一方で、頭を抑えて思い切り千鶴に怒鳴る武。当然と言えば当然だろう。

だが、千鶴は慌てた様子もなく武に振り返る。その顔には武を侮蔑する色が見られた。


「あらごめんなさい。でもトルクレンチもまともに受け取れないなんて、先が思いやられるわねぇ」

「なんだとう……?」


武は眉を上げて抗議を口に出そうとするが、その前に今度は冥夜が立ち上がる。


「タケル……私はソケットレンチを取ってやろうか?」

「い、いやっ! ……遠慮しておく」


冥夜の声から何かを感じたのか、武はやや大げさに首を横に振る。


「ラチェット……いる?」

「ドライバーは? プライヤーは?」

「どれも要らん!!」

「あわわ……」


壬姫の慌てた声がクォヴレーの耳に入る。

それで決めたわけではないが、流石にこのまま放置しておくのは不味いとクォヴレーは判断する。

自分にも工具を投げられる覚悟で千鶴たちに近づき声をかけようとした時、遠くから聞きなれた声がハンガーに響いた。


「白銀ーーー!」

「気をつけッ!」


クォヴレーたち207小隊の教官である神宮司まりも軍曹であった。

整備実習では会わない人物のはずであるが、発言からすると武に用があるために来たようである。

207小隊の面々は作業を中断し、敬礼をする。


「そのままで良い。……で、白銀……ここで何をしている?」

「……整備実習です」


頭の痛みを無視し、平静に答える武を見て軍曹は小さく眉をひそめる。


「おまえは本日6時00分より香月博士の特別任務に就く事が決まっているそうだが……聞いていないのか?」

「は? 初耳ですが……」

(当事者ではないが、俺も初耳だ。昨晩はそんな事言ってなかったと思うが……)


内心首を傾げるクォヴレーを余所に、武の様子に教官も首を傾げる。


「おかしいな……直接伝令が行くと聞いていたんだが……」

(少なくとも朝に白銀に会ってから伝令らしき人物には…………社くらいか?)


伝令というには違和感のある行動をしまくりだった霞を頭に浮かべるクォヴレー。


「まあいい。直ちに博士の元へ向かえ。……ところで、その額はどうした?」


教官に気にするのもしょうがないくらい、武の額には真っ赤に腫れた箇所があった。

言うまでもなく、先程の投擲によるものである。


「ああ、これは……」

「白銀が工具の扱いをミスしたのです。以後、気をつけさせます」

「なにぃぃぃっ!?」

(……それも初耳だ)


あまりと言えばあまりの千鶴の申告に、武は教官の前だという事を忘れて驚愕の声を上げる。

武を擁護しようと思ったが、クォヴレーはあくまで心の中で止めることにした。

朝食の様子を思い出したからだ。


「…………まあ、おおむね間違いではない」

「大間違いだ!!」

(いや待てよ? トルクレンチのキャッチをミスしたというのは間違いではないか……?)

「戦術機の操縦ばっかりうまくてもダメ……」

(今の状況でなければ、衛士として良い発言なんだろうが……)


教官は一通りに頷いた後、武に視線を向ける。


「……よくわからんが、おまえがトラブルの原因であることは間違いなさそうだな」

(成程。それは納得が出来る)


食堂での一件が原因の一部であることは違いないので、クォヴレーは素直に頷く。

しかし、武には不当な言葉だったらしく教官へと顔を急転回する。


「まりもちゃんまでなんて事を!」

「まりもちゃん……だと?」


まりもちゃん。武はどうにも咄嗟にそう言ってしまうことがあるようだな。

本人にとって侮辱の意味で言っているわけでない分、面倒だな。とクォヴレーは分析する。


「……あッ……その……つい……」

「白銀、何度も言わせるな……私は貴様のお友達でも仲良しお姉さんでもない。上官を侮辱した者がどうなるか……分かっているな!?」

「しっ、失礼しましたッ!」


教官は左手で作っていた握りこぶしを解く。


「本来なら一喝入れてやるところだが……早く行け!」

「――りょ、了解ッ!」


本人も失言だったと分かっていたのだろう。返答するや否や、武は慌てて走り去っていく。

武の姿が見えなくなった所で教官はやれやれと肩を上下する。


「まったく……ああ、そうだ。貴様等にも伝えておくことがある」


武を去った方向から、教官へと急ぎ視線を変える隊員たち。

教官は口を動かす前に、視線をクォヴレーへと変える。


「ゴードンは知っているだろうが、今日から白銀は暫く香月博士の命令で特別任務に就くことになった」

「特別任務……ですか?」

「ああ。その際には、社霞も白銀と行動を共にするから今後は顔を合わせると思うが―――」

「「「「―――えっ?」」」」


彩峰とクォヴレーを除く隊員が声をあげる。

彩峰にしても、普段に比べて表情が崩れている。


「ん? どうした?」

「あ、いえ……」

「既に社とは朝食の時から出会っておりましたので……」

「まあ、昨日から始まったらしいからな。いてもおかしくあるまい」


教官はなんて事のないような口にするが、クォヴレーを除いた皆にとっては聞き捨てならない事であった。


「では、以上だ。整備実習を開始しろ」

「敬礼ッ!」


敬礼をして教官を見送った後、クォヴレーは整備作業へと戻る。


(……つまり、社が何故朝食にいたのかを教えてよかったという事か。まあ、今知ろうが朝食時に知ろうが大したことは…………ん?)


クォヴレーが視線を感じて振り返ってみると、何故か皆がクォヴレーを見ていた。

気のせいか、非難が篭った視線であった。


「…………何か用か?」

「まあ、口にするわけにもいかなかったんでしょうけど……」

「責めているわけではないが、釈然としないものはあるな」

「うん。少しくらい教えてくれてもいいのにさー」

「クォヴレーは酷い男……」

「も、もう。みんなあんまり言ってもしょうがないよー」

(……何が酷いのか分からん)


壬姫がフォローするが、肝心のクォヴレーはまったく理解していなかった。

余談だが晩御飯の時にもまたもや霞が参加した上に、再び朝食と同じ現象が起こった際、クォヴレーは周りから殺気に近いものを複数感じたそうだ。

ちなみにクォヴレーはその際―――


(? 停電の所為でおかずが2品減ったのがそんなに怒りを覚えたのか? しかし、白銀の様子からしても、怒るのは博士に対してではないだろうか……)


やはり、ずれた事を考えていたそうな。






(まさか、不知火のデータを手に入れられるとはな……)


ハンガーからの帰り道を歩きながら、クォヴレーは整備兵から貰った資料を見る。

それには吹雪を始めに撃震、陽炎、不知火、果てには海神の物まであった。

クォヴレーはその内の不知火の資料に目を通していた。

数値からしても出力を始めとして、第三世代である吹雪を大きく上回った性能を持つ。

吹雪対不知火という構成になれば衛士の腕の差がなければ勝ち目は先ずないだろう。


(米軍にも独自の戦術機があるようだが……資料を手に入れるだけでも香月博士の協力が必要になるな)


とは言っても、香月博士は今日も白銀たちと実験を行っているはずだ。

遠慮するわけではないが、邪魔をしたくはないのが本音だ。

それにクォヴレーがデータを見ておきたいのは、PTが戦術機より地上戦で優れている部分を戦術機に移せるかどうかを検討しておきたかったからである。

手を加えるとしたら、恐らく第三世代を主軸になると思うので、不知火のデータを手に入れられたのはクォヴレーにとって嬉しい誤算だった。

訓練兵のはずのクォヴレーがそんなデータを手に入れられたのにはクォヴレー自身も疑問があるが、あまり気にしてはいない。

香月博士が予めクォヴレーの事を裏で言っておいたのか、特別な背景を多々持つ207小隊の者だからか、など考えれば切りがないからだ。


(しかし、うちの小隊は相当特殊な訓練部隊だな……御剣たちとは別の意味で俺も白銀もかなり特殊でもあるし……)


将軍家の者、内閣総理大臣の娘、国連事務次官の娘、元陸軍中将の娘、そして先日会った情報省の鎧衣左近の娘。

権力などのしがらみを考えればありえない面子である。

国連の組織としての実体を少しは調べているクォヴレーは皆の多くが国連への、さらに言うならば米国への信頼の証として国連に所属しているのだろうと推測できた。例え本人にその気がなくとも。

ならば人質と身ではなく帝国軍に所属した方がいいのか。米国軍に所属した方がいいのか。それはクォヴレーには判断できない。

だが、たとえ人質という形であろうとも自分の意思で生きているのならば、クォヴレーはそれこそが正しいと思っている。


(―――ん?)


いつの間にか資料を下ろしていたクォヴレーは前方の十字路の右方から現れた影を反射的に視認する。

小柄で特徴のある格好はすぐに特定できた。


「……社?」


小さな影の主、霞は本当に驚いたらしく飛び跳ねたかと思わせるようにビクっと硬直した。

そして、こちらを恐る恐る振り返る。


「あ……」


色々な感情が混ざった表情をクォヴレーに見せてきた。


(安堵に…僅かにだが……落胆か?)


霞の様子を予測すると同時にクォヴレーは、今日の実験の事や何故霞が走っていた事も予測した。

最悪、実験が失敗して惨事になったという可能性すら浮かんでいた。

しかし、予測は予測。真実と一致するなど稀だ。

実験室か副司令室に向かえば分かる真実であろうが、クォヴレーは目の前にいる霞に尋ねる事にした。

あの香月博士が絡んでいる以上考えにくいが、なるべく早く状況を掴んでおきたかったからだ。


「社。実験が失敗したのか? ずいぶんと慌てていた様に見えたが……」

「…………いえ。成功したと思います」


霞は少し戸惑った後、小さく首を振る。

クォヴレーは安心すると同時に疑問を浮かべる。

この社霞という少女に出会って僅かしか経っていないが、先ほどのような感情を表すのは初めてである。

口を開こうとする前に、クォヴレーは周り見回す。

ここは階級に関係なく人が通る可能性が高い場所だ。立ち止まりながら会話しては色々と人目につくだろう。


「……とにかく、ここでは少々人の目がある」


軽く首で促しながら、クォヴレーは歩き出した。

着いた場所はオルタネイティヴ4計画用に確保してある格納庫の一つ。

武でも入れないであろう場所に、クォヴレーが入れる理由はただ1つだけ。ここには彼の愛機があるからだ。

最初は自分の部屋に行くつもりだったが、途中で霞が足を止めた。

口にこそ出さなかったが、酷く困った様子を見せた為、この場所に変更をしたのだ。

格納庫といっても、現在此処にある機密はベルグバウのみである。

恐らく、香月博士もベルグバウを見る人間を最低限にするべきだと考えたからだろう。

新潟での戦闘以降、定期的な整備以外はしていない為、この格納庫に来るごく少数だ。

念のためにフェイクとしての機体として撃震や陽炎も数体あり、ベルグバウは一番見え辛い奥の方にある。

整備以外には立ち入る事がなかった場所だけに、少し奇妙な感覚を覚えながらクォヴレーは辺りを見回す。

気配は感じられなかったが、格納庫は整備員がいつ来てもおかしくない場所だ。

クォヴレーは入口から少し離れた場所にある休憩室へ入り、誰もいない事を確認する。


「とりあえず、ここならば少しは落ち着いて会話が出来るな」


そう言ってパイプ椅子に腰をかけるクォヴレー。

テーブルを挟んで少し所在なさげ霞。

そんな様子にクォヴレーは軽く肩をくすめてみる。


「別にとって食べるわけではないから安心しろ。少し話がしたいだけだ」

「…………」


その言葉に少しは安心したのか、霞はゆっくりと椅子に座る。

それを見たクォヴレーは霞の様子がおかしかった事について分析を開始する。

とは言っても、既に見当はついていた。霞が最初に見せた表情から大体察していたからだ。

知られたくない人に知られてしまった。そこから来る未来の恐怖。

当時のクォヴレーには人間性がなかった為、それはなかったが今ならばその恐怖を理解できる。

大抵の事では動じないこの少女が恐れるような事態は数える程度しかあるまい。


(白銀にESP能力の事を知られたか)


霞が武に懐いている。『リーディング可能』な武にだ。

それだけで霞が武に対する信頼の大きさは想像難くない。

だが、武にESP能力のことを知られてしまった。

それ故、逃げてしまったのだろう。

正確には、霞のESP能力を知った武の思考から逃げたと言うべきか。

武と霞。どちらかが悪いというわけではないだろう。


(両者の事情を多少は把握している俺が白銀に話してもいいんだが……)


それをしていいものか、と迷いが生じる。

武が霞の能力を知ったという事は、クォヴレーと同様に香月博士から聞かされた可能性が大きいからだ。

だとすれば、二人の関係への口出しは計画の邪魔になるのでは、とクォヴレーは勘繰ってしまう。


(それに、博士が白銀に話したという事は、話してもいい段階と判断したに他ならないだろう。むしろ、話すべきは……)


そうならば、武自身が霞に手を差し出さなければならない。

数日経っても変わらないのならば話は別だが、今は余計なことはしなくていいだろう。

ならば、クォヴレー・ゴードンが社霞に話すべき事柄は別にある。


「……香月博士からどれくらい俺の事を聞いている?」


てっきり、自分の事を聞かれると思っていたのか霞はやや驚きながらも、小さな口で答える。


「あなたが、白銀さんとは別の世界から来たという事以外は……聞いていません」

「そうか……」


何処まで話していいものかと、思案するが『役目』以外のことを話しても問題はあるまいと判断する。


「俺が、お前と同じ創られた存在だということも知らないか」

「え……?」


今度は目を丸くして驚く霞。

それを気にせず、クォヴレーは話を続ける。


「……地球の敵の文明が創りだした戦う為だけの―――人造兵士。この名も元は偽名で、本来は番号で呼ばれる様な存在だった」


アイン・バルシェム。それが与えられた番号にて名前。16番目のゴラー・ゴレム。

汚れた過去などクォヴレーは思っていない。それもまた自身が辿った道なのだから。


「スパイ活動でクォヴレー・ゴードンと名を与えられ、ある部隊への侵入を行う予定……だった」

「……だった?」

「運命の悪戯か、部隊と合流する前にちょっとした事故に遭って記憶喪失になった」


皮肉な、それでいて懐かしむような笑みを浮かべながらクォヴレーは天井を見上げる。


「だが、そのおかげで大切な仲間たちに出会えた。そして、大切なことも学んだ」


ベルグバウとの出会い、ゼオラと一時的にパートナーと組み、アラドとも邂逅したあの頃を思い出すようにクォヴレーは目を閉じる。

人造兵士としての戦いしか出来ないクォヴレーを諭そうとしたゼオラ。

底抜けの明るさでクォヴレーを受け入れたアラド。

他にもアルマナ、ヴィレッタ、リュウセイ……多くの人々と出会った。


「だからこそ、俺はこの世界を守りたい」


彼等と共に戦い抜いた記憶。それを幾つもの並行世界を旅した今でも記憶を色あせない。

それらは全てクォヴレーにとって、唯一無二の宝物といっても過言ではない。

クォヴレーは視点を天井から、霞へと移した。

聞かなければならない。かつて自分が通った場所に留まっているこの少女に。


「社霞。お前は何を望む?」

「望む……?」


アイン・バルシェムと社霞は感情の有無を差し引いても共通点があった。

人に作られた存在、ということではない。

ただ、与えられた事をこなす、流されるままの存在という所だ。

それはクォヴレー・ゴードンが初めて社霞と出会った頃に受けた印象だった。


「この世界を守ることか? それとも、この国を守る? 違うだろう」


しかし、武と共にいた彼女を見た時から考え方が変わっていた。

霞もまた、変わろうとしているのだ。


「この横浜基地を守る? まあ、間違いではないだろうが……今のお前にとって重要なのは」


ならばクォヴレー・ゴードンはその背中を押す義務がある。

アイン・バルシェムではなく、クォヴレー・ゴードンとして自らを認められたのは自分だけではなく、多くの人に助けて貰ったおかげなのだから。


「お前を『社 霞』と認識してくれる者を、失わない事だ」


誰か、とは言わないがな、とクォヴレーは静かに付け加える。

香月博士は分からないが、今まで霞が出会ってきた人物は彼女を『ESP発現体』としか見ていなかったのだろう。

握手がどういうものか正確に把握していなかった事からしても、人との交流の無さは必要最低限だったと判断できる。

彼等を責めても意味はない。ESP能力もまた、『社 霞』を構成する一部なのだ。

霞とて分かっているはずだ。切り離す事など出来ないと。

むしろ、それを理解していたからこそ、能力の事を知った武を恐れてしまったのかもしれない。


「……安心しろ。アイツはお前がそんな心配をするほど、弱くないはずだ」


世界を救おうという男が、霞という少女1人に手を差し伸べられないわけがない。

初めて出会ったあの日から今日まで、最も武に近い場所にいたクォヴレーはそう確信していた。

そしてクォヴレーと同等か、それ以上に近い場所に立っているかもしれない人物。

社霞こそが、誰よりも白銀武を―――


「―――お前が信じなくてどうする?」


クォヴレーの口調は攻めるものではなく、答えを期待するものでもなく、何処となく優しさが込められたものだった。

霞はそれを、クォヴレーの『言葉』を受け取る。返事はなかった。

クォヴレーも、これ以上何かを言うつもりはない。

時が止まったかのように静まり返った室内で、力強さを持った碧と雪のような藍の眼がお互いを映していた。



[2501] 叛乱
Name: 突撃兵159◆690d8429 ID:65097c93
Date: 2008/09/18 04:43
「…………大分、形にはなってきたか」


網膜投影された映像にクォヴレーは独り呟く。

見ている映像は先日の訓練で、新OSに慣れているクォヴレーと武を除いた皆のところを中心したものである。

今、クォヴレーは自主訓練としてシミュレーター機に乗っていながら、この映像を評価することに時間を費やしている。

本来ならば、皆で評価するべきところへ行くべきなのだろうが、クォヴレー自身思うところがあり此処にいる。

1つはオルタネイティヴ4。

現在のところ、武のおかげで進展の見込みがありそうなので問題はないと言っていいだろう。

ただ、オルタネイティヴ4だけに――香月博士だけに全てを任せるのもどうかともクォヴレーは考えていた。

オルタネイティヴ4に協力するのは現状問題ないが、ただ人任せというのは問題だろう。

オルタネイティヴ4の代わりとまでは言わないが、それをサポートできる何かを考えた方がいいのではないのか。

例えば、A-01とは別の、嘗ての自分のいた遊撃部隊のようなものを――


「……いや、それは難しいか」


己の愛機の事を考えると、簡単な話ではないことを回転の早い脳が教えてくれる。

残り10年という短い時間では、そんな余裕ありはしない。

クォヴレー・ゴードンが例外として、あんな機体を持つイレギュラーなのだ。

新潟の時のようにA-01と連携して遊撃を行う程度が限界だろう。


「まぁ……今のところは白銀や社たちに任せる他ないか……」


そう口にして、クォヴレーは霞との先日の格納庫での話を思い出す。

あの後、武と霞がどうなったのかを知らない。

しかし、今日の朝食の場に二人揃って現れた事を鑑みれば、経過を考えるのは無意味というものだろう。

自分や香月博士と違って、本当の意味で武は霞を受け入れたという事実は喜ばしいことだ。

残念ながらクォヴレーではリーディングの対象外故に不可能であった事象だ。

霞の力を己の身を以って知らなければ、それを受け入れた等と思うのは妄想と相違あるまい。

炎に焦がされる痛みを知ったからこそ、人は火を扱えるようになったように。


「余計な世話だったかもしれないがな……」


霞に嘗ての自分を重ねていなかった、と言えば嘘になるだろう。

クォヴレーもまた、己が人造兵士であったという事実は過去に彼を冷静にさせてくれなかった。

あの廊下で出会った霞の姿に、過去の自分が重なったからこそ会話をする気になったではないかと心の何処かで思っていた。

しかし今となっては、どちらでもよい事である。

結局、結果が何よりも優先される事柄の1つであるからだ。

この世界では特にそうだろう。

新潟でのA-01部隊の働きを間近で見ていたクォヴレーはその事を知っている。

任務を最優先に行う姿勢は、何処の世界の軍人でも同じだろう。

しかし、背負っている物が種の存続である為か、彼等には其々に強い意思がある。

後ろに下がる事など、彼等には許されないのだ。そう、まさに――


「人類に逃げ場なし、か」


嘗て己のいた世界にて、ある男が残した言葉である。

クォヴレーのその言葉を刻むように、開いていた掌をゆっくりと握り締めた。


「――逃げるつもりなどないさ」





午後、207小隊は戦術機の模擬戦闘演習を行っていた。

武がいない為、隊員数は6と偶数になったので3:3だと誰もが思った。

しかし、今日は戦闘の基本となるエレメント、二機連携による演習となった。

編成は、冥夜と彩峰、千鶴と美琴、そしてクォヴレーと珠瀬だ。

近接戦闘が得意な者と、遠距離による狙撃などが得意な者と、ある程度両方こなせる者とあからさまに別れている。

クォヴレー以外のメンバーは教官の決定という事で軍人らしく疑いはしなかったが、クォヴレーは逆にこの編成に納得していた。

人相手の戦闘を想定するのならば、このような編成は通常ありえない。

だが、自分たちが戦うのはBETAである。

恐らく、それぞれの組が他の組をあるBETAと仮想した上での戦闘なのだろう。


(大雑把に言えば御剣ペアは突撃級、榊ペアは要撃級、俺と珠瀬は光線級というところか……)


新潟上陸の際に渡された資料と直に戦闘した時の記憶を元に、クォヴレーは分析していた。

クォヴレーが端末を弄っていると、相方である珠瀬壬姫から通信が入る。


「クォヴレーさん。御剣さんたち終わったみたいですよ」

「分かった。それで、どっちが勝った?」

「御剣さんたちです。榊さん、悔しがってるだろうなぁ……」


既にクォヴレーと壬姫のペアは榊分隊と一戦交えており、クォヴレーたちの勝利で終わっている。

遮蔽物の多い場所を通ることを予想し、クォヴレーは敢えて壬姫を最も遮蔽物の多い通路を狙撃する場所へ配置させた。

狙撃がされないと思われる場所では周囲への警戒ばかりが高まるものであり、榊分隊も例外でないと判断したからだ。

また同時にクォヴレーは壬姫から見て1時と2時の間辺りの方向へ移動を行う。

クォヴレーの予想通りの進路を榊分隊が通るすれば、クォヴレーと壬姫からそれぞれ榊分隊に線を引くと直角に近い形になる。

そして榊分隊がクォヴレーの想定通りのポイントに現れてしまう。

理想に近い状況になったが、クォヴレーは予想より榊分隊の出現位置が遠かったことから同時ではなく時間差による挟撃へ変更。

新OSに慣れてきた千鶴たちに距離が開いた状態での挟撃が成功するか疑問視するところがあったからだ。

まずクォヴレーが狙撃を行い、それで当たるならば良し、反応されて避けられるならば弾幕を張ってクォヴレーの方へ意識を向けさせている間に壬姫に狙撃させる二段構えの作戦だった。

その結果、千鶴たちはクォヴレーの狙撃を回避して遮蔽物に身を隠すが、その位置は壬姫から丸見えである箇所だった。

想定外の方向からの狙撃で鎧衣機が落とされしまい榊機は挟撃された事を理解すると急ぎ後退するが、息をつく間もなく弾幕を張りながら接近していたクォヴレーが近接戦闘に持ち込んだ。

1対1での勝負ではクォヴレーに地に膝をつける事が出来たのは207小隊では武だけであり、その上壬姫の援護を加えれば千鶴に勝機はないに等しかった。

榊チームはこれで0勝2敗であり、その上千鶴は宿敵とも言える彩峰のいる御剣分隊に負けている。

だが、記録を見てみると彩峰機を落とした上で負けているので、荒れることないだろう……恐らく。


(……どうやら、御剣たちは教官の希望通りの戦い方をしたようだな)


榊分隊のオードソックスな戦い方に比べて御剣たちは無鉄砲、とは言わないがかなりの攻性戦術であった。

それが上手く嵌って榊分隊は敗れたというところか。


「どうします? クォヴレーさん」


壬姫が言っているのは作戦の事だろう。

先の戦闘を知っている冥夜たちには先と同じような作戦は効果が薄いかもしれないが、狙撃による先手は非常に有利に事を運びやすい。


(……しかし、この作戦を取った場合に御剣たちが分散している場合、珠瀬が接近される可能性があるな)


近接戦闘が得意な御剣たちと壬姫が接近した状態での1対1の状況になってしまうことは危険だろう。

分隊を指揮しているクォヴレーにしてみれば2機ともに無事で勝利を向かえることが最優先であるからにして、その状況は作りたくなかった。

クォヴレーは数秒、黙考した後返答する。


「……2機編成で前に出るか」

「ええっ!? 御剣さん達相手にですか?」

「ああ。榊たちとの模擬戦で狙撃を警戒しているだろうからな。分散している可能性もある。」


そうなれば、2対1という状況で追い詰めることが出来る。

最悪、冥夜たちも2機編成でも予想外の展開だと思わせることでプレッシャーも多少はかかるという判断だった。

それに加えてもう1つ、戦術的にはあまり意味はないが訓練としての意味があった。

残念ながら、壬姫は狙撃においては最高位だが近接戦闘は207小隊では下の方である。

その彼女に近接戦闘への理解を深めることは狙撃による援護を上げることはあっても下げることもあるまい。

クォヴレーが隊の中で援護能力が突出しているのは、自分が前に出ている際にどういう時に援護が欲しいのかを体験したことがあるからだ。

そんなクォヴレーの心中を知らず、壬姫は心配そうな表情を見せる。


「うーん、大丈夫かなぁ……」


先の作戦もだが、クォヴレーの取る作戦は第3者から見ると普通は実施しないものばかりである。

だが、神宮司教官はクォヴレーに叱責するような事は言ったことがない。

それはクォヴレーが香月博士から直に寄越された人間だからではなく、クォヴレーの取った作戦で無残に敗北した過去になかったわけでもなかった。

最初こそ小言を漏らしたが、クォヴレーの行う作戦の全てが何かしら意味があると理解したから少し見方が変わっていった。

それは実戦で行われるような高度な作戦であったり、同じ隊にいる隊員に何かを理解させようとする作戦であったりと様々だ。


「珠瀬。こういう時にこそ、普段できない事を経験しておくものだ」

「は…はいっ!」


無茶のような作戦であっても、クォヴレーの作戦に大きな異を唱えたことのない207小隊の皆を見ることで武とは違った形で207小隊の信頼を背負っていることが解る。

それが自分に似たようなものであると理解すると、大きな問題がない限り何かを言うつもりはなくなった。

少し思うところがないわけではないが、神宮司まりもはクォヴレーが207小隊の『もう1人の教官』の近い立場であることを認めた。

クォヴレー自身、そう思っているわけではないがまりもの考えから大きく外れた行動ではなかった。

神宮司まりもが外から207小隊を鍛えるならば、クォヴレー・ゴードンは内から鍛える。

そういう流れが出来ていることを、まりもは理解していた。


「珠瀬、ゴードン。開始位置まで移動しろ」





「で、結局冥夜たちもクォヴレーとたまに負けたのか」


PXにて、先の模擬戦について話を一通り聞いた武の第一声である。

その隣には霞の姿がなく、当初クォヴレーは心配をしたが武の話によると今日からまた霞とは別々となっただけであった。

クォヴレーにしてはまったく初耳だった為、席を昨日までと同じ冥夜の隣の席で食事を取っていた。

さすがに今更戻るのも、という事でそのままだが。

隣人の冥夜、彩峰はまだ来ておらず千鶴は昨日の模擬戦で負けたのが悔しく、クォヴレーと武が来た時には既にいなかった。

僅かに呆れの入った武の言葉に美琴は相変わらずマイペースな笑顔で答える。


「結構いい線はいってたんだけどねー」



美琴の言うように先の模擬戦はクォヴレー達が御剣分隊に勝利した。

しかし、それはクォヴレーの当初想定したものとは違っていた。

クォヴレー達は裏をかくつもりで、2機編成による直行を行ったが冥夜たちもまた2機編成で真っ直ぐ進んできたのだ。

それは冥夜たちが考えた末に、下手に考えても全てクォヴレーに読まれていると思ったからだったらしい。

その結果、戦況は混戦に縺れ込んだ。

予想外の展開に彼女等は一時戸惑ったが、すぐさま攻勢に出る。

距離を取られれば再び近づくことがどれだけ難しいか分かっているからだ。

その一方でクォヴレーはある意味『想定通り』な事態に対処し始めたが、それは作戦の変更ではなかった。

壬姫を立ち直らせて連携を取った行動をする、それだけである。

だが、御剣たちとの近接戦闘では何よりも重要なことであった。

連携さえ取れていれば、互いに援護を取りやすくなるからだ。

それは冥夜たちも同じだが、連携においてはクォヴレーの方が数枚も上手である。

必要な指示を出すことで、近接戦闘で優位な位置に立っているはずの冥夜たちと何とか渡り合える状態に持ち込んだ。

無論、それは急場のものだと理解していたクォヴレーは均衡が崩される前に行動に入った。

長刀にて冥夜との近接戦闘へ持ち込んだのだ。

このクォヴレーの行動に冥夜は一瞬戸惑ったが、決着をしようとする意思を感じ取り受けてたった。

両者ともに距離を大きく空けることなく、互いに決定打を与えずに長刀にて打ち合った。

勝算があって仕掛けてきたのだと思ってきた冥夜は違和感を覚えるが、自ら受けてたった所為なのか一度として引くことはしなかった。

結果として、それが勝負を大きく分けた。

何合か打ち合いにて、突如クォヴレーが距離を取り反転し冥夜に背中を向けて後退したのだ。

その理由はすぐに判明した。

クォヴレーの進路上に慧の吹雪がいたからだ。

そして、慧の位置から少し離れた所に壬姫の吹雪の姿もあり、クォヴレーが後退するのと同時に慧への射撃を開始する。

それが挟撃の形を取っている冥夜とて気付かないわけがなかったが、すぐに背中を向けているクォヴレーを射撃することが冥夜には出来なかった。

長刀を突撃砲に持ち替える前に、『前方』から射撃されたからだ。

それはクォヴレーが冥夜より早く突撃砲へ持ち替えたわけではなかった。

クォヴレーの吹雪の背中から、正確には首の後ろ辺りに設置された74式稼動兵装担架システムに装着されていた突撃砲からであった。

自律制御によって上部や後部への攻撃を可能とするこの兵装を、クォヴレーは予め用意しておいて機が来た途端に起動させたのだ。

これによって冥夜は一度回避運動を取らざる得なくなり、その間にクォヴレーは慧との距離をつめて2対1の状況へ持ち込んだ。

一気に不利になった慧はこれを凌ごうとするが、この展開が予想外のものではないクォヴレー達の連携にあえなく落ちてしまう。

こうなると先の千鶴と同様の状況に冥夜も陥ってしまい、奮闘するもクォヴレーの射撃によって生まれた隙を壬姫の狙撃で貫かれてしまい決着がつく。

以上が御剣分隊とゴードン分隊の模擬戦内容である。



「かー、話を聞いてるとオレも早くそっちに戻りたくなるぜ。そんでお前等の仇を取ってやるよ」


羨ましそうに口にした武の言葉に、クォヴレーは眉をひそめる。


「……まだ勝率は俺の方が高かったような気がするが?」

「最後にやったときに勝ったのは俺だぜ?」

「む、そうだったな。それならば、受けてたとう」


二人は好戦的な笑みで応酬し合う。

クォヴレーにとって戦術機の操縦において一日の長のある武との一戦は得るものが多い。

そして武を始めとした皆もクォヴレーとの戦いで得るものが多いことを漠然とだが理解していた。

談笑が進む中、壬姫が思い出したように口を開く。


「そういえばクォヴレーさん。昨日聞き忘れてしまったんですけど、御剣さん達との模擬戦で彩峰さんが私の方へ向かってくるとなんで分かったんですか?」

「ああ、それは――」

「私とクォヴレーが長刀を使用した近接戦闘をしていた所為であろう?」


言葉と共にクォヴレーの隣に食事を乗せた盆が置かれる。

声の主は無論、御剣冥夜である。

クォヴレーは特に驚くことなく、冥夜の言葉に頷く。


「珠瀬ほどの狙撃能力がなければ、高機動で狭い範囲を動く2機の片方を狙うのは難しい。だから、この時点で彩峰が御剣の援護に向かう選択肢は選ばないだろう」

「あー、そっか。慧さんも近接戦闘に入っちゃうと完全に壬姫さんの狙撃の的になっちゃうもんね」

(それに加えて、御剣が俺に近接戦闘で簡単に負けることはないと判断したことも一因だな)


長刀で近接戦闘に持ち込んだ際にクォヴレーは、冥夜を近接戦闘でそうそう落とすことが出来ないと判断すると出来る限り均衡を保つように動いた。

そして慧の目にその光景を映すことで、クォヴレーは冥夜が抑えている間に壬姫と1対1での状況を作れると思わせたのだ。

御剣分隊にとって脅威なのは2機に距離を取られることであり、その為には己が前に出るという考えがあったのも1つの要素であろう。

このような心理から、慧はクォヴレーの想定通りの行動を取ってしまったのだ。

しかし、クォヴレーの想定通りといっているが此れは当初からは大きく外れたものであることを忘れてはいけない。


「……まあ、お前たちが迷いもなく前に出てくれた時点で俺にとっては大きな、いや、嬉しい誤算か」

「む? まさか初めから近接戦闘を仕掛けるつもりだったのか?」


訝しげに訊ねる冥夜にクォヴレーは軽く肩を上下させる。


「いや、あれはこちらにとっては最悪の状況の一つであったのは事実だ」

「では何がだ?」

「選択が、だ」

「選択?」


首を傾げる冥夜に、他のメンバーも首を傾げる。


「俺たちとの接敵の位置、時間などを考えると迷いもなく近接戦闘に持ち込むつもりで直行しただろう」

「うむ。その通りだが……もしや、その選択の事か?」

「ああ。自分の最も信じるモノに頼ってきたという選択のことだ。それを俺と珠瀬という相手に対してな」


もし、クォヴレーたちが通常のスタンスで戦闘をしていたら結果もまた違った形になっていただろう。

むしろ冥夜はクォヴレーたちが通常のスタンス、つまり狙撃などを主体とした攻撃で来ることを予想していたとくらいだ。


「しかし、結局は負けてしまったが?」

「完璧な選択というのは存在しない。そういう意味では、俺はお前達の選択は一つの正解だと思っている」

「つまり、それだけ追い詰められたって事だよな?」

「否定はしない」


茶化す武にクォヴレーは腕を組み微笑を浮かべた。

それを見た冥夜は同じように微笑を浮かべる。


「では、次こそはそなたに白星を得てみせよう」

「……楽しみしている」


軽く視線を交じらせた後、クォヴレーは再び茶を呑み冥夜は朝食を取り始めた。

それを合図に再び雑談が開始し、少しすると窓辺の近くにあるテレビからニュース速報が流れ始めた。


《――火山活動の活発化に伴い、昨夜未明、帝国陸軍災害派遣部隊による不法帰還者の救出活動が行われました。現場では大きな混乱もなく、14名全員が無事に保護されたと……》

(火山活動か。致し方ないが……未明に?)


こういった作業を相手の説得以って救助とするならば眠っている可能性のある未明は考えにくい。

起こすにしても、まともな対話ができない可能性があるからだ。


「なんだ……そなた、嬉しそうだな」

「ん? ……そうか?」


クォヴレーは思考を中断し、声の主と声をかけられた人物を見る。

見れば冥夜がやや険しい目つきになっており、それに対し武は若干嬉しそうではある。


「なんだ、にやにやしおって……。まさかあのニュースを見ての事ではあるまいな?」

「なんだよ、人が助かったっていってるんだぜ。しかも混乱もなかったって……おまえは喜ばないのかよ?」

「そなたは本気であのような報道を信じているのか?」

「……どういう意味だ?」


冥夜の話はクォヴレーにとっても疑問を解消するに足るものだった。

帝国軍の余力のなさ、そこから出る人道的救助への疑問。

帰還者たちの危険を顧みず故郷へ戻った彼等が何の主張もなく、すんなりと救助に応じる可能性の低さ。

そして、噴火警報の出ていないところに未明での救出作業。

そこから導きだされる答えは少ない。

強制的に救助、いや退去させたのだろう。

話が進むのに比例して二人の剣幕もエスカレートしていった。


「理想と現実は違うんだよ。救助に向かった兵士の命だって危険に晒されるんだぞ」

「帝国軍人は国民の生命財産を守るために在るのだ。そのために危険を冒すのは当然だ」

「それは原則論だろう。今は、個人の意思を優先すべき時じゃない」

「そうやって誰もが国のためと言いながら、力無き者に負担を強いてきたのだ。力ある者が力の使いどころを弁えておらん」


両者の言い分に、クォヴレーにはどちらにも頷ける部分があった。

武の言い分は現実論。

今は人類の危機ゆえ個人の意思を優先するものではないというものだ。

多くの軍人、当然博士も賛同するだろう。

このままだと人類が滅ぶのに後10年。下手をすればもっと少ないかもしれない。

過去にこれほど一時とて貴重と思われる時代もあるまい。

冥夜の言い分は逆に理想論に近いものがある。

住民は危険を承知で戻り、あくまで選択をするのは軍ではなく民であるという。

両者の意見を並べれば現状では間違いなく武の言い分を優先するものが多いだろう。

だがクォヴレーは全面的に武の言い分を賛成する気はなかった。

とは言え、口を挟む気も今の所はない。

知っておきたいことがあったからだ。


「オレ達のするべき事はなんだ? 住民の望みを叶えることか?」

「それも含まれる」

「それが人類の存亡をかけた戦争をやってるヤツが言うことか!」


テーブルの上に載ったクォヴレーの茶が大きな波紋をあげる。

武が拳をテーブルの上に叩き付けたからだ。

睨むような眼で武は僅かに身を乗り出しながら口を開く。


「おまえが言っているのは、民間人の言い分を優先した結果、作戦が失敗しようが人類が滅亡しようがかまわないって事じゃないのかッ?」


武が言い終わると同時に複数の落下音が近くで発生した。

皆、そちらを見ると彩峰が棒立ちになっており、その足元に冥夜たちと同じ朝食が床にばら撒かれていた。


「――慧さん大丈夫!?」


美琴がいち早く状況を掴み、案じる言葉を口にする。

クォヴレーも彩峰が落としたというのは理解できたが、それとは別に彩峰の表情に眼がいっていた。

両目は大きく開かれ、酷く驚いているようすだったのだ。


「……彩峰?」

「……ッ!!」

「あっ、彩峰さんッ!!」


武の声を聞いた途端、彩峰は踵を返して走り去っていった。

皆、彩峰の行動に困惑していたが、冥夜が席を立ち上がる事で注意がそちらに変わった。


「タケル……これは私が片付ける。そなたは彩峰を追いかけてくれ」

「え?」

「言い争うつもりはなかった……周囲の者に不快感を与えてしまったらしいな」


武も言い争った事には自責を感じていたのか頷く。


「……ああ。じゃあ……ここ、頼む」

「うん」

「――待て白銀」


席を立ち上がり、彩峰の去った方向に向けて武が歩き出そうとした時にクォヴレーが空になった湯のみを置き、武を見つめていた。


「? 何だよ?」

「お前の言い分、現状を鑑みれば正論だろう」

「! クォヴレ―――」


冥夜が口を挟もうとするが、クォヴレーは聞こえないかのように話を続ける。


「先の模擬戦の件にも言ったが、完璧な答えは存在しない。理想については叶えることもままならん」


武はそれに口を挟まず、ただ困惑を浮かべていた。

冥夜との言い争いの時に言われたなら素直に意を得ていただろうが、それにしては遅すぎるからだ。


「何かを成し遂げるには何かを犠牲にしてしまう事もある。BETAに勝つことも然り。そういう意味では俺はお前と同意権だ……だが」


武が息を呑んでしまう。

クォヴレーの眼が刃のように細くなり、碧眼が真っ直ぐと武を見ていたからだ。

冥夜たちも驚いていた。

クォヴレーが明らかに怒りを露にしているのが分かったからだ。


「――笑うな」

「ッ!?」

「時間は貴重だ……現状なら尚更な。だが『誰かの犠牲』によって得た時間があるのならば、笑うべきではない」


クォヴレーは気付いていた。武が『前のこの世界』であの山に行ったことを。

おそらく、それによって数日は時間を取られていたのだろう。故にこの時期に得られた貴重な時間に喜び、笑みを浮かべてしまったのだろう。

もし武が何の関わりもなかったのならば、武はニュースに納得はしていただろうが笑いは絶対にしなかったはずである。

そうクォヴレーは確信していた。


「俺は別に――」

「――分かっている。お前が住民を嗤ったのではない事は。だが彼等にとっては被害である可能性がある以上、俺たちは笑ってはいけない。違うか?」

「! ……ッ……悪い……」


武は僅かにはっとした表情になり、素直に詫びの言葉を口にする。

それを見てクォヴレーの眼を普段と同じように、自身は席を立ち上がる。


「分かったらいい。俺が呼び止めておいて何だが、彩峰を頼む」

「……ああ」


武は微かに頷き、PXを出ていった。

それを見送った後、クォヴレーは冥夜と共に片付けに入る。その事について冥夜は何も言わなかった。


「それにしても――」

「ん?」


冥夜が皿を片付けながら、口を開く。


「そなたでも怒る事はあるのだな」

「……別に血が登ったわけではない。白銀にその気がなくとも人の不幸を笑っているようにも思えたから注意しただけだ」

「ふっ、そうか」


雑巾で粗方拭き終え、クォヴレーは立ち上がると同時に冥夜を見る。


「御剣」

「なんだ?」

「お前の言い分を非難したわけではない。それに……いや、何でもない」

「? そうか……」


疑問を浮かべる冥夜と別にクォヴレーは内心、溜息をついていた。


(……どうも最近は『皆』のことを思い出すことが多いな)


番人として、自身の意思として世界を渡り歩いてきたクォヴレーだが、何かにつけて思い出すのは珍しいことであった。


(ホームシックというわけではないだろうが……)


クォヴレーは自身の気持ちに疑問を浮かべながら、手に持った雑巾を洗いに行った。




翌日。点呼までまだ大分ある時刻。

クォヴレーはここ数日から始めた作業をしていた。


(やはり、スラスターを強化するよりもバーニアを増やした方がいいか。燃費が酷くなるが、そうでもしないと姿勢制御が安定すらしないからな)


机の上にはかなりの数の紙があった。

計算式が書かれているもの、戦術機の図面らしきものが書かれたものなど様々である。

クォヴレーが行っている作業とは、つまるところ設計である。

ベースをこちらの戦術機として、それに自分が考えられる手を加えているのだ。


(データを見比べる限り、微妙なところだな。これ以上増やすとかえって制限がかかる、かといって減らせそうなところもデータだけ見ても判別できない所しか残ってないな。先例でもあればいいんだがな……とりあえず、あとで博士に――)


クォヴレーの耳に誰かが廊下を走る音が聞こえ、思考を中断する。

時間を見てもまだ点呼前のはずなのだが、と思いながらクォヴレーは設計図、資料ともにまとめて棚にしまう。

訓練兵が戦術機、しかも自分たちが乗らない不知火のデータの詳細に持っているなど知られては面倒だからだ。

見られても香月博士の名前を出せば問題はないのだが、今忙しい博士の手をこんなことで煩わせる可能性は起こすわけにもいかなかった。

棚に綺麗に設計図類が収まると同時にドアをノックされた。


「クォヴレー、起きてるかー?」

「起きている」


クォヴレーは慌てずに応えたが、それを無視するかのようにドアが開かれて武が現れる。

その急いだ様子にクォヴレーは軽く眉をひそめる。


「何かあったのか?」

「むしろお前が何か聞いてないかと思ったんだけど……その様子だと何も聞いてないか」

「……とりあえず、廊下と部屋の境界に立つな」


勝手に落胆する武を僅かに半眼で見ながらクォヴレーは立ち上がり、武と共に廊下に出る。

出て見れば冥夜の姿もそこにあった。

両者に尋ねるようにクォヴレーは交互に見る。


「で、何があったんだ?」

「わからん。準即応待機という事だ」

「……なるほど」


つまり、状況は不明か。と一人呟き、武も知らない様子からして何らかの障害が発生したのだろうと予測しながらクォヴレーは頷いた。


「しっかし、このまま待機なのかな? 今日はオレも訓練に混ぜてもらおうと思ったのに」


両手を後頭部に添えた武が僅かにつまらなそう言った。


「なんだ、特別任務はもういいのか?」

「明日までやることがない。で、オレがいない間におまえ達がどのくらい上達したか、見てやろうと思ってさ」

「ほう……言ったな?」

「ふっ、存外に早い再戦になりそうか……」

「おう! お前にも負けないからな、クォヴレー」


好戦的な口調な武に、クォヴレーは笑みを返した。


「で、今日の予定は?」

「旧市街地での市街戦演習だ」

「――御剣、白銀はいたの?」


遠くから茶色の髪を揺らしながら千鶴が近づいてきた。

冥夜は振り返り、やや呆れた表情を見せる。


「いたも何も、タケルが今日の市街戦演習に参加したいと――」

「――おう、委員長久しぶり! 邪魔しないからさあ……オレも仲間に入れてくれよ」

「私が許可できるわけないでしょう? 教官に申請してよ」


冥夜同様、呆れた声で応えるに千鶴に武は何も言わずにやはりか、という表情をしていた。

クォヴレーはそんな武の肩に軽く手を置く。


「まあ、教官も嫌とは言わないだろう。文句の一つは言われるかもしれんがな」

「ははは、その時は援護頼むぜ」

「ああ。まかせろ――!?」

「「「っ!?」」」


その場にいた全員が身体を硬直させる。

天井に赤い点灯が灯り、けたたましい音が耳に入ったからだ。


【防衛基準態勢2発令。全戦闘部隊は完全武装にて待機せよ。繰り返す、防衛基準態勢2発令。全戦闘部隊は……】


防衛基準態勢1をすっとばしての放送にクォヴレーは気を引き締めながら、待機場所まで移動しようと走り出す。


(……朝の総員起しはこれの事か? とりあえず、教官の話を待つか――む?)


廊下に響く足音が、自分以外にないことに気づいて振り返る。

そこで初めて、クォヴレーは武の様子がおかしいことに気づいた。

千鶴や冥夜は驚きながらも、すぐに気を取り直してクォヴレーのすぐ後ろにいた。

対して武は先程と同じ場所に立ったまま、僅かに動揺している様子だった。


「――タケルッ!」

「わかってるッ!」


叱責する冥夜の声に応えながらも動かない武の様子に、クォヴレーはひとつ思い当たった。

クォヴレーは素早く武へと駆け寄る。途中、冥夜たちも寄ってきそうだったが手で制した。


「白銀……『知らない』のか?」


警報に消されない程度の声で、クォヴレーは武に尋ねる。

武はクォヴレーへと顔を向けると少しは落ち着いたのか、しっかりと頷く。


「ああ……俺は知らない。こんなことは…なかった」


武の返答にクォヴレーは放送の発せられる天井へと目を向ける。


(……総員起しが前もってかかっていた事から、何かしら予想された事態なのは確かだ。そんな余裕のある状況で、博士が俺たちに報せていない事から、この事態は問題ではないか?)


知り合って一ヶ月ほどだが、香月博士を知るクォヴレーはそう判断をしながらも新たな疑問が浮かぶ。


(だが、白銀が知らない事象というのも気にはなる。いや、もしかしたら事務次官の時のように時期が変わったという可能性もあるな。念には念を入れるか)

「どうした二人とも! 何をやっているッ!!」


冥夜の叱責でクォヴレーは口を開こうとしたが、その前に武が叫んだ。


「悪いっ、オレ達、夕呼先生の所へ行かなきゃ!」

「――そういうことだ。先に行っていてくれ」


香月博士の名前を出した途端、冥夜と千鶴は得心した表情をする。


「わかった!」

「教官に伝えておくわ」


二人の返答を確認した後、武とクォヴレーは背を向けて走り出す。

歩いて着く時間に比べて数分の1の時間で副指令室に到着するも、香月博士は部屋にはいなかった。


「ここにいないということは――」

「――たぶん中央作戦司令室だッ……!!」


我先にと武は急ぎ、部屋を出て新たな目的地に向かう。

クォヴレーはその後を追う形で、中央作戦司令室へと到着する。

前を歩いていた武が部屋に入ると同時に足を止めたのを見て、クォヴレーは眉をひそめる。

武の横を通るように、作戦司令室へと入ったクォヴレーを迎えたのは聞き覚えのある声だった。


「――ラダビノッド司令……それは、どういうことですかな?」


ただし、以前聞いた声に比べて重みのある声であった。


(……珠瀬事務次官?)


クォヴレーと武の数メートル先のところで、先日出会った珠瀬事務次官と香月博士、そしてラダビノッド司令と呼ばれた軍人が話し合っていた。


「これは、日本帝国の国内問題です。我々国連が帝国政府の要請も無しに干渉することでは……」

「最早、一刻の猶予もすでに許されないはず。この機を逃しては、後悔することになりますぞ」


尤も、話し合いというには少々空気が重過ぎるが。

そんな中、香月博士だけが普段の空気を纏ながら口を挟む。


「まるで米国みたいなやり方ですのね……国連はそんなにアジア圏での米国の発言力を回復させたいのかしら?」

「博士、国連はあくまで国連の軍隊です。いかに独立権限を認められていようと、オルタネイティヴ計画を遂行するあなた方もまた国連の組織であり、共に国際社会の下僕なのですぞ?」


クォヴレーは耳を傾けながらも、大きく表示された画面の中で日本全体を表示しているものを見つける。


(……マーキングされているのは……ずいぶんと近いな。……帝都?)

「司令も仰っているように、日本政府の出動要請が出ていないようですわね……。国連はいつから、加盟国の主権を蔑ろにする権限を持ったのかしら?」

「……国連は、対BETA極東防衛の要である日本が不安定な状態に陥る事を望んでいません」


先程までの勢いを僅かに殺がれながらも、事務次官は迫るような口調を崩さず口を開く。


「それは即ち、オルタネイティヴ計画の中枢である横浜基地の安全が脅かされる事に直結しますからな」

「しかし事務次官、この度の騒乱は、帝国軍のみで対処可能な規模であると判断します。今、国連軍が介入する必要性は――」

「――予防的処置です。人類全体の命運を賭した計画を、危険にさらすわけにはいきません。クーデター後の新政権が、この横浜基地を……人類の切り札の接収を要求してきたら、どうなさるおつもりです?」

(クーデターだと? この時勢にか?)


先程の見た画面とは別の画面を見る。

見れば、成程。帝都には二つの勢力が表示されていた。

包囲する側とされている側だ。

国連の出動要請を珠瀬事務次官がしてきたところを見ると、クーデターをしている方が包囲しているのだろう。


「その時は国連の名に於いて、当基地の全力を以て応戦するまでです。そうなれば当然、米軍への支援も要請するでしょう……。ですが、今はその時ではない。米軍を受け入れるわけにはいきません」

「だいたい……このタイミングで、米国太平洋艦隊が相模湾沖に展開しているというのはどういう事です? まるで何が起こるか知っていたみたいですわね」

「艦隊については緊急の演習と聞いておりますが……まさに僥倖と言ったところでしょうか」

(……ずいぶんと都合がいい事だ。緊急のくせに、わざわざ太平洋を越えてくるか)

「それに、五日程前、米国諜報機関より基地司令部宛に、帝国軍内部に不穏な動き有りとの勧告が回って来ているはずですが?」

「……用意周到ですこと」

「事務次官……あなたも日本人なら、米国のそのような強硬姿勢が、この国でどのような反発を生んでいるかはご存知の筈でしょう?」


帝国軍と国連軍、両者が別個の軍隊として存在しているように、帝国軍と国連軍が共同作戦を行うことは滅多にない。

三者の話に出てきたように、日本政府が要請して初めて共に戦うのことが出来るのだ。

逆に言えば、帝国軍は政府の要請がない限り国連軍と共に戦いたくない、否、むしろ毛嫌いをしているといえる。

そして、それは理由なき感情ではない。


「……言っても無駄ですわ、司令。属国の謗りを受けてまで忠実なパートナーであろうとした日本を、さっさと切り捨てて逃げ出した国ですからね……」

「…………」


珠瀬事務次官の沈黙を肯定と取ったのか、ラダビノッド司令が僅かに攻めるような口調であとを継ぐ。


「日米安保条約を一方的に破棄し、他のアジア諸国からも一斉に撤退した米国は、極東における条約上の義務と権利の一切を、大東亜連合に委譲したと記憶しておりますが?」

「私は米国の人間ではありません。それに日本と米国の昔の関係について、ここで討論しても無意味です。問題なのは今と、これからなのです」

「……国連軍の実態が米国軍だと認めないのは国連と米国政府だけですよ……事務次官?」


香月博士の言葉に、事務次官は僅かに眉毛をつり上げる。


「……国連軍と米軍を混同する発言は謹んでもらいたいですな、お二人とも。それより……あなた方は、全人類の命運を左右する国連の活動を、認めないとおっしゃるのですか?」

「いいえ、筋として先ず、日本政府の了解が必要だと申し上げているだけです」


尻尾のつかみ合いだな。とクォヴレーは誰にも聞こえないように呟く。

事務次官は米軍を受け入れさせる為に、香月博士たちはそれを阻止するために、両者は相手の弱みを突こうとしているのだ。

そして、それは間もなく終わりを迎える。


「それに私達は、日本政府の関係者ではありません。そんな質問に答えられる訳ありませんわ、事務次官」

「…………どうしても、増援部隊を受け入れる事はできないと?」


僅かに勢いがなくなりながらも、事務次官は尋ねる。


「受け入れないとは申し上げておりません。正式な手続きが踏まれていない上に、時期尚早だと申し上げているのです、事務次官」

「そうですわ事務次官。私は先程、日本の世論をお伝えしたまで……個人的な反米感情は、微塵も持ち合わせておりません」

「嘉手納や岩国の国連基地であればともかく、この横浜はオルタネイティヴ計画直轄基地です。安保理の正式な決議を待ちましょう」

「平行線……ですな」


とりつく島がないと、そう事務次官は判断したようだ。

その言葉に香月博士は僅かに笑みを浮かべる。


「では事務次官、展開中の第7艦隊にお引き取り願って頂けないかしら……大変目障りですので」

「私にそのような権限などありません。それは、ご承知のはずだと思ってましたが?」

「あら……失礼」

「…………今は、人類の未来を優先するべき時です。たとえそれが、特定の集団の利益につながるとしても……」


僅かに縋るような、だがそれを感じさせない声で事務次官は目の前の二人を見据える。

クォヴレーもまた、事務次官の言葉が本音であることを感じ取り、視線を事務次官に向ける。


「それは理解しています。だからこそ筋を通していただきたい。国連軍が正義である事を世界に示すために」

「安保理の決議待ちでは、どうしても対応が後手になります……お二人は、それを理解してらっしゃると思いますが?」


ラダビノッド司令の言葉を責めるような口調で、事務次官は口を開く。


「次期オルタネイティヴ予備計画が動き始めて早3年……次期計画推進派の圧力も日々高まっています。対BETA戦略の見直しを提唱する米国は最早しびれを切らし、独自行動を踏み出す機会を窺っています」

(……その機会が、『前の世界』の12月24日だったというわけか)

「私も国連職員である前に……ひとりの日本人として……日本主導のオルタネイティヴ4を完遂させたいのですよ」

「事務次官……ここでそのような発言は……」


諌めるような言うラダビノッド司令とは逆に、事務次官の言葉に感化されたのか香月博士の表情はクォヴレーたちと対する表情、つまり素の表情になっていた。


「いいじゃないですか、司令。事務次官に倣って、私も日本人として言わせていただきますわ」

「は、博士!」


思わぬ行動に驚いたラダビノッド司令を無視して、香月博士は話を続ける。


「結局米国は、極東の防衛線が崩壊して、米国本土が戦場になるのを避けたいだけでしょう? 戦略の転換って言っても、G弾を米国本土以外でバンバン使ってBETAを全滅させて、戦後の地球に君臨したいだけなのよ。自国は無傷のままね」

「国連が米国の意向を受け入れない組織になれば……彼らは単独でもそれをやるでしょう」


だからこそ、今は受け入れるべきだ。と暗に事務次官は言う。

だが、香月博士はその言葉を作り笑顔で跳ね除ける。


「ご安心下さい、事務次官。オルタネイティヴ5の発動も、米国の独断専行も許しませんから」

「……大した自信ですな。未だ具体的な成果が出ていないというのに、何があなたにそう言わせるのか……」

「虚勢と取るかそうでないかは、お任せしますわ」

「その判断は私のするところではなさそうだ」


笑顔を消す香月博士を見ながら、事務次官はため息をつきそうな表情を見せる。


「……仕方ない……一旦、退散するとしますか」

「安全保障理事会の正式な決定さえあれば、我が横浜基地はいつでも米軍を受け入れます」

「では、後ほど…………すぐに戻ってきます」


中央作戦司令室から出ていく事務次官を見送った後、ラダビノッド司令が口を開く。


「…………厄介な事になったな」

「全くです。米国は、なし崩しに横浜基地を占拠して、計画そのものを接収してしまう事を考えているかもしれませんね」

「安保理もそこまでは許すまい。だが、米国の機嫌も損ねたくない……といった所だろう」

「では……すぐにでも正式な決議がなされると?」

「恐らくな。この状況を楯にすれば、安保理も認めざるを得まい」


米国の真意はどうあれ、クーデター軍が有利な状況なのは間違いないのだ。

それを覆せる手があるのならば、打っておかねば安全保障理事会の立場が失われてしまうという意味でも認めるしかないのだ。


「所詮日本政府の意向が、全人類の利益と同じ秤の上に乗る事はあり得ない……。米国の狙いは最初からそれだったと言うことですね」

「事務次官も米国の真の目的は十分わかっていて、あえて非合法な形での米軍受け入れを望んだのだろうがな」

「確かに事務次官の言葉にウソはないと思いますわ。あの方なりに人類全体の事を想い、信念に基づいて、その責務を果たしていらっしゃるのでしょう」


先程まで追い出そうとして相手への言葉とは思えない評価を口にする香月博士だが、ラダビノッド司令はあくまで辛辣に答える。


「そうであってもらわなければ困る……だが、所詮政治家だよ。現場というものが見えていない」

「あら、手厳しい」

「ふっ……香月博士から、その言葉をいただくとはね」


口端を少し緩めながらも、基地司令の顔を崩さずラダビノッド司令は香月博士を見据える。


「私は発令室に戻る……博士、後は宜しく」

「はい」


去っていくラダビノッド司令とは別方向に去ろうとする香月博士を見て、武はようやく話せる機会と踏んだのか近づこうとする。

クォヴレーもその後を追おうと思ったが、視界の端に見慣れぬ格好をした人物を見つけ足を止める。

その人物もこちらに気づいたのか、既に気づいていたのかは知らないが香月博士の後を追う武を呼び止めた。


「こんなところで何をしている、白銀武」

「うわぁああっ!?」


そこで、ようやく気づいたことを武は行動を以って示した。

その大声で前を歩いていた香月博士も振り返り、3人を視界に収める。


「あんた達……こんなところで何やってるの?」

「いや、その……鎧衣さん……どうしてこんな所に……?」


動揺が抜け切ってない声で、武は鎧衣美琴の父、鎧衣左近を指す。


「こないだのイースター島土産は絶品だったろう? まあ、チリ本土で買ったんだがね?」

(……お前の絶品の定義を知りたい。ややこしくなるから口には出さないが)

「あれなら、霞が……」

「まあ、そんな話はどうでもいい」


何かが身体に刺さったかのように武が顔を引きつらせて硬直する。

どうやら、左近はばっさりと話の流れを切るのと同時に武も切ったようだ。


「君に用事があって訪ねるほど、私も変人ではないのでね」

「………………(相変わらずのマイペース振りは尊敬したくなるな)」

「さて博士…………話は変わりますが、少々よろしいでしょうか?」

「別に、話は変わってないわよ」


面倒くさそうなのを隠そうともせず答える香月博士に、左近は眉をひそめる。


「場所を考えて発言していただきたいものですなぁ。機密情報をああも大っぴらに……スパイに聞かれたらどうするおつもりですか?」

「中央作戦司令室にスパイなんていないわ。あなた以外にね」

「私はスパイではありませんから大丈夫」

(…………帝国軍所属で、諜報機関所属でスパイじゃないと言い張るか?)

「あっそ。だったら問題ないでしょ?」

「なるほど、それは確かに」


もうどうでもいいとばかりの口調の香月博士とは対照に左近は納得した様子である。


「で、どこから聞いてたのかしら?」

「それを言うわけにはいきませんね。まあ、あえて言うなら、全てかと」

「言ってるし……」

(……言ってるな)

「……騒がしいぞ、白銀武」


話に割り込まれたのが不快だったのか、左近が部下に叱責するような口調であった。

だが、武もここは引けないのか、今まで思っていたことを口に出す。


「鎧衣さんがめちゃくちゃなんですよ!!」

「失敬な男だな、君は~」

「……はあ」

「まあ、若いうちは仕方がない。だがね、人の話はちゃんと聞いた方がいい。将来ろくな人間にならないぞ」

「……お前が言うな」

「むう、君も失礼な男だね」

「それより、白銀たちがなんでここにいるわけ? ここまでのセキュリティ……あ、そうか……ここってあたしの部屋より機密レベル低かったんだっけ……」

「私が入れるくらいですからなあ……はっはっはっはっ」


クォヴレーは冷たい空気が流れた感じがしたが、とりあえず無視する。


「警報が聞こえなかったわけ? あんた達が行くべき場所は別の所よ?」

「……いや、オレ、すっかりオルタネイティヴ5だと思って……慌ててここに」

「俺はその様子から、ってところだ」

「ふぅん。まあ、安心なさい。日本国内で、ちょっとした面倒が起きてるだけよ」


香月博士の言葉に左近の纏っていた空気が変わる。


「……さすがですな。帝国軍が必死に情報封鎖を行っている最中だというのに……どこまでご存知なんです?」

「大元の栓を抜いたのは、あなたでしょ? 大体、この前来たときだってべらべら喋ってたじゃない」

「誉めても何もでませんよ」

「……誉めたのか?」

「誉めてないわよ」


クォヴレーと香月博士のやり取りをスルーして、左近は話を続ける。


「決起の目的と、決起した部隊と、その裏にいる人物……さて、どこまでご存知ですかな?」

「楽しそうね? 八方美人も度が過ぎると……消されるわよ?」

「切ないですなあ……私は、この星と、博士のように美しい女性を守りたいだけだというのに……」

「……それだけは信じてあげる。それ以外は、信用しないけど」


それは信じるのか、と言いたい衝動をクォヴレーは抑える。

ここで突っ込んでしまっては左近のペースに入ってしまうからだ。


「いえいえ、そのお言葉だけで十分光栄です」

「で? どうせ聞かれなくても喋っていくんでしょ?」

「現在、帝都守備隊を中核としたクーデター部隊は、首相官邸、帝国議事堂、各省庁等の政府主要機関を完全に制圧。各政府本部と、主要な新聞社や放送局も占拠し、帝都機能の殆どを掌握していると言えますな」


香月博士の言うとおり、機密情報をなんてことのないように口にする。


「主要な浄水施設と、発電所も幾つか確保しているようで……いやはや、大した手際だ」

「そのようね。で、将軍は無事なの?」

「帝都城は斯衛軍の精鋭が固めていますが、帝都守備隊全てを向こうに回しては……戦闘が始まったら、それこそ時間の問題でしょう」


BETAほど物量の差はないが、乗っているのが同じ人間であることを考えれば、ある意味BETAとの戦いよりも答えは明確である。

斯衛軍の戦闘力を100として、守備隊を50と定義しても、斯衛の倍を遥かに超える数が守備隊にはあるのだ。

そして、守備隊の戦闘力が50以下だとしても、長期戦になれば間違いなく守備隊の方が有利なのは目に見えている。


「まるで……思い通りに事が進んで、はしゃいでいる子供のようね。本当に楽しそう」

「買いかぶりすぎですよ。脚本を用意したのは恐らく、国連上層部のオルタネイティヴ5推進派と米国諜報機関でしょう。私は、せいぜい演出助手といった所でしょうか」

(……オルタネイティヴ5推進派と米国が……? ああ、『敵の敵は味方』ということか……まったく、どこの世界でもいるものだな)

「……それにしては大した演出力ね。情報省の人間だって無能ばかりじゃないでしょうに……もうマークされているんじゃないの?」


たしかに、香月博士の言う通りならば左近は獅子身中の虫もいいところである。

帝国軍が事実を把握すれば粛清されてもおかしくない。


「はっはっはっ……香月博士、私にはそんな度胸はありませんよ」

「国連の上層部も、危険とわかっていてあなたを利用しているはず……自分たちが利用されるのを承知でね」

「いやいや、香月博士に、そこまでの大物だと勘違いしていただけるとは…………なんともくすぐったいものですなあ」

「国連と帝国を向こうに回して随分とまあ……世界を動かすのは、さぞ良い気分でしょうけど、本当に消されないようにしてよ」

「世界を動かす……ふふふ、男なら1度は憧れますな。是非やってみたいものです


子供のような笑顔を見せる左近に、香月博士は釘を刺す。


「程々にしておいてちょうだい。利用価値の高い駒に、急にいなくなられるのは困るわ」

「おお、博士に必要とされるのは何たる名誉! 羨ましいだろう白銀武?!」

「はあ……」

(……まあ、パイプがなくなるのはたしかに困るか)


呆れた様子に武の後ろで、クォヴレーも呆れながらも左近の役割を反芻して納得もしていた。


「では今度はこちらが質問する番です」

「あなたが勝手に話したんじゃない」

「先程、珠瀬事務次官に随分と勇ましい事を言っておられましたね……ここに来て順調、というわけですか? オルタネイティヴ計画は」


左近はそこで口を一度閉じ、視線を香月博士から武たちへと向ける。

意味ありげな視線にクォヴレーは素面で受け取りながら素知らぬ態度をとる。


「彼等のおかげ……といったところですか?」

「程々にしなさいて、さっき忠告しなかったかしら?」


触れれば切れるような、鋭く冷たい声で香月博士は左近を睨みつける。


「便利な駒が他人の都合で無くなるのは困るけど、自分の都合で無くなるのは……割と納得できるモノよ?」

「おお怖い……つれないですなあ、私は博士のために粉骨砕身しているというのに」

「よく言うわ……自分の目的のためでしょう?」


香月博士のその言葉に左近もまた、声に冷たさを持ち始めた。


「ええ、もちろん……商売柄、目的遂行のためには手段を選びません。それはあなたも同じでしょう……香月博士」


武もその変化に気づき、左近の言葉に耳を傾ける。


「たとえそれが、将軍家所縁の者だろうが、首相の娘であろうが……実の娘であったとしても……犠牲は厭いませんよ」

「…………」

(……まて、実の娘というのは……つまり……)


左近の言葉に僅かに動揺、疑問を浮かべるクォヴレーを余所に左近は宣言する。


「そして、都合の悪いものは……始末するだけですよ」

「鎧衣さん!」


口に出さず分析するクォヴレーとは逆に、武は左近に食ってかかる。


「なんだね? ……白銀武」

「……今のって……どういうことですか?」

「いけないな……聞けば必ず答えが返って来るとでも思っているのかね?」

「犠牲って……どういう意味ですか!?」


掴みかかりそうな勢いで武は左近に詰め寄る。

だが左近の態度はその程度では揺らぎもせず、武をあやすようにゆっくりと喋り始める。


「安心したまえ……その犠牲を無駄にするような事はしないさ……。その犠牲を最大限に活かす方法とタイミングは、十分心得ているつもりだよ……私も、香月博士も」

「なっ……なんだと……?」


困惑する武とは別方向、香月博士をクォヴレーは見ていた。

残念ながら、クォヴレーの知る香月夕呼ならばありえない話ではないからだ。


「そうですね? 博士」


左近の言葉で武もまた、香月博士に視線を向ける。

香月博士は気づいているだろうが、無視をするような姿勢を見せる。

それを見て代わりにと思ったのか左近は武に語りつけるようにゆっくりと口を開く。


「将軍家の血縁者に、国連事務次官、珠瀬玄丞斎の娘。そして内閣総理大臣、是親の娘……」


ゆっくりと紡がれる内容が、207小隊の皆を指している事に武たちが気付くのに時間はそうかからなかった。


「さらには、元陸軍中将、彩峰萩閣の娘……最後に私、情報省外務二課課長、鎧衣左近の娘……」

(……そして、異世界の人間。たしかに、これは――)

「――君はこれだけの豪華メンバーが、偶然ここに集まったとでも思っているのかい?」


武とクォヴレーを当然除けば、差はあれど各々の方面で影響力ある親類をみんな持っている事になる。

その殆どが日本、つまり国連ではなく帝国への影響力であることを考えると、彼女らが国連軍に籍をおいているのは成程、たしかに何かの意図を感じざるを得ないだろう。

武もその事に気付いたのか、色々と思考を巡らしていた。

その様子に満悦したのか左近は中央作戦司令室を一度見回すと、帽子の鍔を僅かに引いた。


「……さて、お喋りが過ぎたようだ。私はそろそろお暇するとしようか」


そう言って左近は武の傍まで近寄りは懐から出した其れを武に持たせた。


「白銀武。これをやろう」

「……えっ?」


渡すというより押し付けられるような形で受け取った物を武はやや呆然した様子で見る。

その手には上半身だけ鳥のよく分からない人形らしきものがあった。

また、それを見たクォヴレーの脳裏に某異星人の機体が浮かんだとか浮かばなかったとか。

武が困惑した様子で左近を見ると、それを待っていたかのように左近は人形(?)について話し出す。


「ムー大陸のお土産だ。君を守ってくれる。持っているといい」

「え? いや、こんな奇妙な人形をもらっても――」

(それより、ムーという大陸は現在の地図に載っていたか……?)

「捨てると呪われるよ。気をつけろ」


首を傾げるクォヴレーの横で人形(?)を返そうとする武だが、左近はその様子がまったく目に入らないのかコートの端を軽く引っ張り身嗜みを整える。


「え? あ、ちょっと!!」

「さらばだ」


何の淀みもなく中央作戦司令室から去っていく姿はいっそ見事とさえ言えた。

その後ろ姿を見届けたクォヴレーは、程なくして何か敗北感を感じている武の肩を叩く。

それに合わせる様に香月博士は小さく息を吐くと、この部屋に似つかわしくない白衣を翻して出口に向かい始める。


「――さ、急ぐわよ」

「ああ」


思考を素早く切り替えて歩き始めた二人に少し遅れて、武はやや駆け足で追いつく。


「――あ、ちょ、ちょっと先生ッ! あのオッさんの言ったことは――」

「――オルタネイティヴ5とは関係ないから安心しなさい」


聞いてくることを予想していたのか、香月博士は即座に切り上げようと武の言葉を遮る。

だが、武にしても「はい、そうですか」ではすまない内容であった。


「違います! ……犠牲にするとか何とか!!」


武の必死な様子に、面倒くさく感じながら叱責しようと香月博士は武の方へ振り返る。

そして口を開く直前に、視界に銀の影が遮るように現れる。


「白銀、そこまでにしておけ」

「クォヴレー……!?」


予想外の相手の予想外の言葉に、僅かにたじろぐ武。

それを察し、クォヴレーは武を落ち着かせるようにゆっくりと話しかける。


「榊たちについては、オルタネイティヴ計画の管轄とは言い切れまい。 つまり、香月『副司令』がそう明言していい話じゃないはずだ――と、思うのだが違うか?」


クォヴレーは首だけ香月博士の方に向ける。

肩越しに尋ねられた問いに、香月博士は同意を示す。

たしかにクォヴレーの言っていることは間違ってはいないのだ。


「そうね。たしかに基地司令を差し置いて明言していいことじゃないわね」

「うっ……」


内心はどうあれ、香月博士の同意の言葉に武は小さく呻く。

形だけとは言え、香月夕呼もまた自分と同じ軍人であることを思い出したからだ。

しかし、千鶴たちを犠牲にするかもしれないという話の前では納得するには至らない様子でもあった。

その武の心中を理解しているのかのようにクォヴレーは話を再開する。


「鎧衣左近の言っていたことは、俺も大体のところは理解しているつもりだ。そして、お前も同じように理解していると思っている」


クォヴレーは一度そこで言葉を区切り、右手で左の二の腕を軽く叩く。


「それを理解した上で、今の俺たちが出来ることはこれしかない。そう判断している」


そこには所属している部隊章があった。

そう、どれだけ能力があろうと、香月博士の助手をしていようと、そして近い未来への危機を知っていようと国連軍の中では二人は『訓練兵』という肩書きでしかないのだ。

香月博士の一存ではどうにもならないことならば、今の自分たちはどう足掻いても何もできないという事実。

その事を誰よりも痛感したことがあるのは、かつてオルタネイティヴ5の発動を直接言い渡された武自身であった。

だが、それならば、クォヴレーの言っていることは諦めろということなのか。

そんな思考が過ぎった武の様子を察してか、クォヴレーは強く否定した。


「勘違いするな。理解はしたが、納得などしていない。ただ、香月博士に言っても仕様がない話だからだ」


クォヴレーにとって千鶴たちは武同様に仲間である。

だからこそ、左近の言う『犠牲』にさせない方法を冷静に模索したのだ。

強引に事を進めるならば様々な手はあるかもしれないが、自分たちが最も行うべきなのは一刻も早く正規兵になること。

それに、左近の話し方だとすぐにも実行されそうな気になるが、冷静に考えれば現時点で犠牲にするのは考えにくい要因がいくつか思い当たる。

以上を踏まえての判断による言動だった。

慌てふためくことで変わるのは、貴重な時間の現象という変化だけだ。

自らにも言い聞かせるような己の言葉に、クォヴレーはふと思いついたように口を開く。


「――伝家の宝刀とは抜かないことにこそ意味があると聞く」


突拍子のない話の流れに、武は僅かに眉をひそめるが口を挟まず耳を傾け、クォヴレーも話を続ける。


「ならば俺達はそれを抜くよう動けばいい」


そこでクォヴレーは顔を天井へ、いや、『上』へと向けた。

武も同じように『上』を見上げるが、視界に入るのは無機質な壁だ。


(天井の先か? 空? それとも、空より先に何か――!?)


そこまで考えて、武もクォヴレーの言葉の意味を理解した。

クォヴレーの言う『伝家の宝刀』は、2本存在していた。

1つは言わずもがな、左近の言っていた207小隊の皆である。

各方面への影響力を持つ血縁を持つ彼女等は、この日本という国においては非常に価値のある『宝刀』である。

しかし、その宝刀を抜くということは彼女等の立場に大きな変化を及ぼすものであり、左近の言い方からすれば今より良くなることなどあるまい。

武たちにとって、抜かせたくない宝刀である。

そして、もう1つの宝刀は日本に対しての宝刀ではなく『人類の宝刀』であった。


(オルタネイティヴ5……!!)


数億人の中の選別された10万人のみを地球から脱出させ、残りの人類は勝算の限りなくない玉砕覚悟の戦いに否応もなく挑む。

間違った行為とは言えまい。しかし、許容できる行為とも思える者はこの場に立ってなどいない。

これもまた、抜かせてはいけない宝刀である。

同時に、二つの宝刀には共通点がある。いや、伝家の宝刀には、というべきだろうか。

切り札と同義でもある宝刀は、容易には使用できるものでないという点だ。

つまり、人類は完全に追い詰められたと宝刀を抜ける立場にいる者が『前の世界』で現れた為、オルタネイティヴ5という宝刀は抜かれてしまった。

しかし、それを逆に言えば人類に勝機ありと、上の立場の者に理解させれば抜くことはないのだ。

それを理解させるものこそがオルタネイティヴ4。

そのオルタネイティヴ4を完成させられるのは香月夕呼だけであり、それ故に武とクォヴレーは彼女と協力関係と持っている。

そして、二人が今以上にオルタネイティヴ4の完成を早める為には、一刻も早く衛士となることが最低条件である。

その事を嘗て香月博士に誓ったことを思い出した武は、急速に頭が冷えてきていた。


(美琴の親父さんの言ってたことも、結局は人類がヤバイ現状だから出来ちまった状態なんだ……なら、オルタネイティヴ4が完成されれば委員長たちが『犠牲』になるなんてこともないはずだ!)


無論コトはそれ程単純ではないが、武の考えは概ね間違ってはいない。

香月博士にとっても、彼女達は重要な駒でもあった。

そして、その重要の意味は左近の言うような意味とはまったく別のものであった。

彼女にとって将軍家の親類などは左程重要な意味など持っていない。

しかし、手放すなんてことはもっての外であった。

その点においては、香月博士もまた二人に近い立場にあると言ってもいいだろう。


「さ、行くわよ。時間を『浪費』しすぎよ、あんた達」


浪費と口にした瞬間に武の方へ視線をチラつかせた後、先を歩き出す。

その背中にクォヴレーは小さく嘆息をつき、武の肩を軽い叩く。


「……まあ、たしかに歩きながら話せる事を立ち止まって話すのは浪費かもしれないな」


そういい終わると同時に、香月博士を追うように歩き出す。

落ち着きを取り戻した武もクォヴレーの少し下手なフォローに、内心感謝しながら歩き出す。

すぐ背後から聞こえてきた足音にクォヴレーに笑みを一度浮かべて直ぐに消す。

先程口にした通り、歩きながらでも話すことは出来るのだ。


「博士。聞き忘れたが、行き先はブリーフィングルームか?」

「そうよ」


香月博士の返答は短いが、そっとけないものでもなかった。

そしてクォヴレーもまた、そうか、と短い返答をする。

その遣り取りに疑問を浮かべながら、武もおずおずと会話に参加する。


「……軍事クーデターの方はオルタネイティヴ4に影響ないんですか?」

「さすがのあんたも、この記憶はないのね」


その事はクォヴレーも気になっていたことだ。

先の放送を聞いた時の武の動揺振りを見る限り、香月博士の言う通りなのだろう。

クォヴレーの視線も受けながら、武は香月博士に応える。


「はい。憶えてる限り次に起こる出来事は12月25日のオルタネイティヴ5始動でした。ちょうどクリスマスパーティが終わった後だったので、確実です」


武の言葉に、香月博士は『笑み』を浮かべた。


「素晴らしいわ……確実に未来を変えているという証拠よ。それに……この事態はあたし達にとっては好都合よ」


予想外の出来事に戸惑いことあれ、好意的な印象などなかった武にとって香月博士の言葉は理解できないものだった。

クォヴレーも理解こそは出来なかったが先の遣り取りもあり、納得していた所もあった。

そんな二人の心境を察した上で、香月博士は意味あり気な視線のみを寄越す。


「頼んだわよ」


そう言って武とクォヴレーを交互に見てから、先程のように前を歩き始める。

二人は顔を見合わせる。


「どういうことだ……?」

「……さてな」


武の疑問に、クォヴレーは一度肩をくすめて前を歩く香月博士の背中に視線を送る。


(先程、香月博士はこの状況を『好都合』と言ったことを考えると……最早確実か?)


香月博士は人の心への理解はあれど、その上で無駄を嫌う合理主義者でもあるとクォヴレーは思っている。

それ故に香月博士がこの事態の最中に訓練兵のブリーフィングルームに出向くという行為の先にある未来が予想できた。


(俺と白銀も、何かしら役目を与えられるようだな……それも、『新潟』の時のような……)


己の中で確信が生まれるのを感じながら、クォヴレーも人知れず拳を握り締めていた。





「みんなおはよう」


程なくしてブリーフィングルームに入るなり香月博士はいつもの調子で話しかける。


「――敬礼」

「敬礼はやめてって言ってるでしょう……はいこれ。つかめている限りの現在の状況よ」


そう言って香月博士が神宮司教官に資料を差し出している間に、クォヴレーと武は小隊の皆と合流する。

二人の動向を背後に感じながら、教官は資料を受け取る。


「簡単なブリーフィングは済んでいますが……」

「いいから、見なさいよ」


武たちも博士関連で説明を受けているという前提で受け取った資料を疑問視する教官に、博士は読むこと促す。

上官からの言葉というのもあり、それ以上何も言わず渡された資料に目を通す教官は読み始めてすぐに手が止まる。

最後まで目を通さず、教官は香月博士に向き直る。


「……博士、このような詳細なブリーフィング……訓練部隊に、なぜ」


渡された資料は先程香月博士が言った通り、現時点における最新情報のものであった。

正規の衛士にさえ行き渡っていない情報を訓練部隊に先に知らせるというのは軍隊の規律上でもあまり良いことではない。

そんな意味も含めた教官の言葉に、香月博士は事も無げに応える


「何よ。あんた達はもう、ただの訓練部隊じゃないのよ? 副司令であるあたしの直轄部隊なんだから、そのぐらい知っていてもらわなきゃねえ」


たしかに、試作段階とは言え新型OSを搭載した先日から207小隊は表立ってではないが、『次世代戦術機開発部隊』になっている。

無論、その上に立っているのは香月博士なので直轄部隊というのは間違いではないだろう。


「……わかりました」

「あ、そうそう。この騒ぎが終わるまで、白銀は原隊復帰だから。宜しくね」

「はい」


教官が了承したところで、突如ピアティフ中尉がブリーフィングルームへ入ってくる。


「香月副司令、太平洋方面第11軍司令部からです」

「――なによ」


連絡元を聞いた途端、声に明らかな不機嫌さを持って香月博士はピアティフ中尉の元へ行く。

何度か受け答えをしている内に、その表情が苦虫を噛み潰したものになる。


「……っ! まりも、ちょっと」


呼び寄せられた教官も交えて数分もしない内に3人の話は終わった。

改めて神宮司教官は207小隊を見据えた。


「たった今、在日国連軍の今次状況への対応が決定した」


先程ブリーフィングを受けたばかり冥夜たちもだが、国連事務次官である珠瀬玄丞斎がつい先程まで基地にいたことを知るクォヴレーと武もまた驚愕に満ちた表情をする。


「国連安全保障理事会は、相模湾に展開中の米国第7艦隊を国連緊急展開部隊に編入することを決定した。
 約2時間後の7時00分、正式発表される。それに伴い、同時刻より、当横浜基地は米国軍の受け入れを開始する」

「まさかこんなに早いとはね。まったく。……ピアティフ中尉、ラダビノッド司令につないで」

「お待ちください」


香月博士の命令を受けてピアティフ中尉は通信機の元へ歩き出し、香月博士は今度は神宮司教官に命令を出す。


「状況説明を続けて。あたしは司令と米軍の受け入れ準備について話し合わなきゃいけないから……」

「了解しました」

「繋がりました。副司令、どうぞ」

「ありがと…………基地内で好き勝手やられたらたまったもんじゃない」


最後に私語を口にして、香月博士も通信機の元へ行く。

それを見届けた後、神宮司教官は再び小隊に向き合う。


「では引き続き、状況説明を行う」


その言葉で、207小隊の面々は表情を引き締めて教官の言葉を待つ。


「既に説明したように……現在帝都は、クーデター部隊によって、ほぼ完全に制圧されている。
 最新の情報によると、最後まで抵抗を続けていた国防省が、先程陥落した」


教官の言葉に、この世界の日本出身者である千鶴たちは信じたくないといった様子だった。

一日足らずで自分達の国の首都が陥落されかけているのだから当然だろう。


「未確認ではあるが、帝都城の周辺で、斯衛軍とクーデター部隊との戦闘が始まったという情報もある。
 仙台臨時政府の発表によると、将軍と帝都奪回の為の討伐部隊を集結中とのことだ」

(……となると、討伐部隊は防衛線からしか回せまい。成程、傍観者でいられる訳もなしか)


佐渡島を主眼とした防衛線の崩壊は、この横浜基地をも危険に晒すことになる。

結局この事態に国連が静観することは無理なのだろう。

そして、香月博士にとっては『介入するしかない状況』ではなく、『介入することが出来る状況』なのだろう。


「また、クーデター首謀者は、帝都防衛第1師団・第1戦術機甲連隊所属の沙霧尚哉大尉と判明した」


教官はそこで一度口を噤み、僅かに躊躇うように言葉を続ける。


「また……臨時政府は……クーデター部隊により、榊首相を初めとする内閣閣僚数名が暗殺された事を確認した」


その言葉に207小隊に所属する全員の内、ある者は息を呑み、ある者は身体を硬直させた。

榊首相。それが誰を示し、誰の何であるか理解していたからだ。


「沙霧大尉自ら、首相以下の閣僚を国賊とみなし殺害したそうだ……。榊……お父上のご逝去、謹んでお悔やみ申し上げる」

「いえ……今は任務中ですから……」


教官としてでなく、神宮司まりもとして言葉に『榊』千鶴は耐えるように応える。

他の皆も各々で思う所があるのか、複雑な面持ちをしていた。

重い空気が部屋の中を包む中、香月博士が通信を終えたのか戻ってきた。


「回線開いて。――まりもっ 始まるわよ?」


教官はその言葉で、表情を引き締めて香月博士に了承の旨を返すと再び小隊に向き直る。


「クーデター部隊の声明が放送されるようだ」


教官がそう言ってから数秒もしない内に、モニターに白い服を纏った男が映る。

クォヴレーはそれがクーデターの首謀者である沙霧尚哉だと理解すると、食い入るようにモニターを見る。

それに程なくして、モニターの中の沙霧は声明を開始する。


「親愛なる国民の皆様、私は帝国本土防衛軍帝都守備連隊所属、沙霧尚哉大尉であります」


温和な優しそうな顔つきをしているようだが、今はその表情は静かな怒りを灯したものになっていた。


「皆様もよくご存知の通り、我が帝国は今や、人類の存亡をかけた侵略者との戦いの最前線となっております。
 殿下と国民の皆様を、ひいては人類社会を守護すべく、前線にて我が輩は日夜生命を賭して戦っています。
 それが政府と我々軍人に課せられた崇高な責務であり、全うすべき唯一無二の使命であるとも言えましょう」


沙霧はそこで言葉を切り、僅かに鎮痛な表情を見せる。


「しかしながら、政府及び帝国軍は、その責務を十分に果たして来たと言えるでしょうか?」


それから語られた内容は、クォヴレーを始めとした皆の表情を強張らせた。

つい先日行われた天元山での帝国軍の救助作戦。

住民を救助したことは確かだったが、その内容は就寝中に麻酔銃を以って確保し難民収容所に移送するというものであった。

嘗てPXにて冥夜が示唆し、クォヴレーが想像したものに近い内容だった。

この守るべき国民を蔑ろにした行為は将軍の意思を無視した者たちの行いであり、この実態が続けば日本は内から崩壊する。

それを阻止するべく、沙霧自身が所属している超党派勉強会『戦略研究会』はクーデターを開始したという。

沙霧の言っている事が全て真実だとすれば、たしかにクーデターを理由としては此れ以上ない『正義』である。


「――諸外国政府、在日国連軍、及び米軍第7艦隊に告ぐ。我々は事態を完全に掌握しており、混乱は収束に向かいつつある。これは帝国の内政問題であり――」

「…………もういいわ、切ってちょうだい。どんなことを言うのかと思えば……がっかりね」


香月博士の命に応じて、ピアティフ中尉がモニターの画面を切りにかかる。

クォヴレーはモニターが無機質な色に最後の瞬間まで、沙霧尚哉だけを見ていた。


(これだけ大規模なクーデターを行うにしては、低階級の大尉……それ故に裏に誰かいるのかと思ったが――)


モニターは途切れ、何も映さなくなってからもクォヴレーはモニターを見続けた。沙霧尚哉の目だけを見続けていたモニターを。

クォヴレーはこの世界に来て以降、何人か強い意志を宿した目をした者に出会ってきた。

香月博士や武を始めとした207小隊の皆、斯衛軍所属の月詠中尉などといった面々である。

みな何かを成し遂げる、守り通すと言った意思を持ったものであった。

しかし、この沙霧尚哉から感じたものは其れだけではなかった。


(――似ているのか……あの男に? ……だとすれば)


クォヴレーがいた世界とは別のある世界に、異星人の襲来を前もって確信していた男がいた。

男はその襲来から地球を守るには人類が一丸とならねば不可能だと判断した。

そして男の取った行動は、話し合いではなく、武力を以っての制圧であった。

だが、その行為は男が勝利としようと敗北しようと人類が一丸になれるという結果を持っていた。

世界を統一しようとする男の軍団が破ることが出来るのは、世界の軍が一丸となった力がなければ無理だからだ。

自らの敗北をも目的の達成へ繋げさせた男、ビアン・ゾルダーク。


(手強い相手に、なりそうだな……)


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