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[25031] 【短編+中編】 覇王と守護獣 その他2編(ザフィーラ×アインス)
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:4c237944
Date: 2011/12/02 17:45
 覇王と守護獣  前編


 聖ヒルデ魔法学院中等科1年生、アインハルト・ストラトスはクラナガン市街を歩いていた。

 特に目的は無い、彼女に普段から散歩の趣味があるわけではなく、どこか目的地に行く途中というわけでもない。今日は学校が休みで、これと言った予定もないから外出しただけだ。
 
 彼女はおとなしい外見とは裏腹に身体を動かすのが好きだ。一見インドア派のような見た目の彼女だが、その身の中では常に覇王の遺志を果たすべく燃える闘志がある。

 以前は通り魔的な行為を行ってしまったが、良き人たちに巡り会ったおかげで、現在はそのような凶行におよんではいない。彼女自身にとっても、今思い返してもアレは無いな、と反省すべき過去である。

 電柱に立って、バイザーで顔隠してストリートファイトを強要。

 文字にしてみて省みれば、顔が真っ赤になるほどの黒歴史だろう。今時パフォーマーだって、そこまでのマネはしない。もし学校のクラスメイトにでも知られようなものなら、その日から不登校決定だ。ただでさえ普段からあまり人と喋らないため、友人が少ない彼女である。そんな噂が立ったら引篭もってしまうかもしれない。

 そんな近い過去に黒歴史を抱えてしまった彼女は、少し遠出をして、今は一人で海岸沿いの道を歩いていた。今日は年下の友人達は学校のレクレーションの準備とかで予定が入っている。そういえば、初等部にはそんな事があったな、とアインハルトは初等部の行事について思い出していた。

 そんな事情で一人で散歩。ここ最近の休日といえば、初等部の友人3人と格闘術の練習が多い。その場合、ノーヴェ・ナカジマを初めとした誰かしらの年長者が付いていて、時に助言を(チンク、ディエチ)、時に相手をしてくれて(ギンガ、スバル)、時に邪魔をする(ウェンディ)というのがパターンだ。それまでは一人でいた彼女にとっては、騒がしいが充実した時間をすごしていたのだが、今日は一人だ。

 もともと彼女は一人で練習を続けていたのだから、誰かがいなければ練習できないなどということは無い。しかし、一人の練習はどこか足りないものがあり、気分を変えるために街を歩いていた。

 アインハルトが今いるのは、彼女にとって見覚えがある場所だった。彼女の記憶によれば、確かここは八神家に行くと途中に通った道で、海岸沿いのそこには一人の少女が格闘術の練習をしていた場所があったはずだ。

 記憶を頼りに歩いていくと、以前少女が練習していた場所には確かに子供が格闘術の型の打ち込みをやっていた。

 しかしそれは以前の少女ではなく、自分より年下であろう見た目の少年である。褐色の肌に、白い髪をした少年だ。実はもっと印象的な特徴があるのだが、その姿を見ているうちにアインハルトはつい思考を止めて魅入ってしまった。

 その理由は、少年が演じている型が、ミッドチルダで一般的なストライクアーツではなく、近代ベルカ式の総合格闘術でもなく、古代ベルカ式の武術だったからである。己が遣う覇王流とは異なるが、間違いなくそれは古代ベルカの武術だ。

 (いったいあの子は何者……)

 自分は覇王流の練習を一日たりとて欠かしたことは無いという自負がある。だから古代ベルカ式の遣い手として、年上の人物ならともかく同年代に自分と同じ力量の古式ベルカの遣い手はいない、と思うくらいの自信はあった。

 己には覇王イングヴァルトの血と記憶を受け継いでいる。彼が果たせなかった悲願を果たすために積んだ鍛錬は、彼女の自信と誇りに繋がっている。

 しかし、目の前の光景は彼女のそんな自信を揺らがせていた。少年が演じている型打ちは自分のソレよりも洗練されて、かつ力強いものだったのだ。

 アインハルトはその場に立ち尽くし、少年が型打ちを終えるまでただじっと見つめていた。











 アインハルト・ストラトスがその場所に着いた時から少し時計の針を戻す。

 海岸の、普段から子供達がたくさん集まり格闘術の練習している場所で、一人の男性が格闘術の打ち込みの練習台を新しく作っていた。

 その人物は褐色の肌に逞しい体つきで、赤い瞳に見事な白い髪が似合っている整った顔の美丈夫だが、何よりも目に惹くのはその犬耳と尻尾だろう。しかし彼は別に特殊な趣味があってこの格好をしている訳ではない。

 彼は八神はやてに仕える盾の守護獣ザフィーラ、この姿は彼の自然体である。

 変身魔法の応用を用いれば犬耳と尻尾を見えなくさせることはできる。かつて海鳴にいたときは何度かそういう事があったが、ミッドチルダに移住してからは一切していない。彼は守護獣であることに強い誇りを持っているので、理由も無く姿を変える事はしないのだ。 

 ザフィーラはあまり人型にならない。狼型の方が落ち着くが別に人型を嫌っているわけではなく、そこには確固とした理由がある。八神家は女性ばかりで男性は彼だけであることに気を遣っていることもあり、主が犬を飼うことに憧れを持っていたという理由がなにより大きい。

 主のためならば、たとえ愛犬扱いも厭わない、誇り高い狼は、つまらない意地と誇りを履き違えたりはしないのだ。断じて主にモフモフされるのが気持ちいいからではない。

 それ以外に仕事でのこともある。彼は局員IDこそ持っているが、固定された役職は無く、魔導師ランクも推定でしかない。そのため部隊のランク保有制限に引っかからない裏技的存在なので、さまざまな部隊に出向に行き重宝されている。

 しかしその際の条件が『狼形態であること』なので、仕事中は人型になれないという制限がある。狼形態の方が魔力使用の効率がよく、拠点防衛や、広域の防御結界の展開には向いているが、攻撃には向かないという弱点がある。しかし、彼一人いれば防衛に割く人数を全て他に回せるということで、出向先からは大変ありがたがれている。

 ゆえに彼が人型でいるのは、八神道場の弟子達に格闘術を教えるときくらいだろう。今までザフィーラ接した人物の中には彼が人型に成れる事を知らない人物も多い。

 本日彼がここにいる理由は、先日弟子の一人が練習台を壊してしまったので、新しい物を作りにきたのだ。弟子が壊してしまったことに対しては、怒られると思ったのかビクビクしている弟子を、よく成長したな、と褒めてやると大変喜んでくれた。基本的に穏やかな彼は滅多なことで怒る事は無い。それが子供に好かれる要因の一つかもしれない。

 しばらく作成作業を黙々と続けていた時に、ふと弟子達が使う前に強度を試してみる必要があるな、と思い至った。今回の練習台に用いている木は、以前の物よりしなやかで弾力性に富んでいるものなので、そう簡単に壊れはしないだろうが、念のためにやっておくべきだろう。

 そして練習台が完成し、いざ試しに打ち込もうとしたが、自分が全力でやれば壊れる。間違いなく壊れる、完膚なきまで粉砕される。手加減しようにも、力加減が強ければやはり壊れる。そもそも自分の身長ではなく、子供達の身長に合わせて作ったので打ち込みづらい。

 今日は八神道場は休みなので誰かを呼ぶわけにも行かない、折角の休日のなかを呼び出す気は彼には無い。ではどうしたものかと思案していると、ふと妙案が浮かんだ。

 以前自分と同じ守護の獣であるアルフに伝授された術式がある。”こいぬフォーム”をさらに人型にアレンジした”子供フォーム”だ。伝授したアルフ自身は、主にかかる負担を減らすために常にこのスタイルでいる。そのため彼女は無限書庫のマスコット的存在として有名だ。

 そのため、常にアルフと一緒に仕事しているユーノ・スクライア司書長に幼児偏愛者の噂が立ってしまっている。追い打ちをかけるように昔彼が面倒を見ていた高町ヴィヴィオとその友人たちが、頻繁にお遊びに来たりしていたので余計に噂に拍車がかかってきている。(その噂は主も一枚噛んでいるようだ)

 しかし、ユーノが中性的、というより女性ような容貌と体つきなので、噂はあくまで面白半分だ。これがもしユーノが男らしい顔と身体だったら違ったかもしれない。

 そもそもユーノ・スクライアはヴィヴィオの義母である高町なのはと恋仲なのだ。本人達がそう明言しているわけではないが、2人の間にある空気は夫婦に近いものがある、とザフィーラは思っている。

 それを考えると、己の主八神はやても良縁が無いものかと思ってしまう。贔屓目ではなく、主は器量も良く人格も素晴らしい。しかし男性とはあまり縁が無い。ナカジマ三佐などは申し分ないが、彼は今でも亡き妻を愛しているので無理だろう、残念だ。

 それに八神家のほかの女性にしてもそうだ、彼女達は既にプログラム体ではなく使い魔のような魔法生物と同じ生命体になっている。だから一人の女性としての幸せも掴んでも良いのだ。シグナムにはヴァイスという男がいる、ザフィーラも認めている好青年だ。彼にならシグナムを任せられると思う。

 残念ながらヴィータとシャマルにはそういう候補となる相手はいない。ヴィータは容姿的に難しいかもしれないが、シャマルは申し分ない器量と性格を持っているのに、何故だろうとザフィーラは首をかしげる。

 融合騎であるツヴァイとアギトは難しいか。

 ―――お前の分も、ツヴァイには幸せでいて欲しいものだがな―――

 既にこの世にいない、しかし忘れもしない大事な友を思い、彼女も生きていれば一人の女性としての幸せをつかめただろうか、という思いを抱き、詮無いことを、と苦笑した。

 そしてもの思いから頭を離し、変身に集中することにした。 

 彼自身試したのは伝授された時のわずか一回だが、一度覚えた術式を簡単に忘れるようでは夜天の主の守護獣は名乗れない。例え同じ守護騎士でうっかり属性を持っている医務官でも、やるときはきちんとやるのだから。

 ”子供フォーム”になればちょうどたった今完成したばかりの練習台と身長が合う。それに、今後子供達と組み手をするのに最適かもしれない。どうして今まで思いつかなかったのか、と内心苦笑したほどだった。

 そして術を展開する。ザフィーラの足元にベルカ式の魔方陣が浮かび、彼自身の魔力光である白い光が彼を包む。

 その一瞬後には、そこに見た目9、10歳ほどの少年が立っていた。黒いランニングシャツにハーフパンツという格好で、先ほどまでのザフィーラの姿に近い白い髪に赤い瞳、何よりもその犬耳と尻尾という特徴が少年がザフィーラであることを示している。

 変わった自分の姿を見下ろし、軽く手を握ったり閉じたりし、また軽く足踏みをしたりして身体の調子を確認してみる。特に異常が無いことを確認した後、海の方へ行き、水面で自分の姿を確認してみる。

 (ふむ、外見はヴィータやツヴァイと同じ位の歳か、皆が見たらなんと言うだろうか)

 以前アルフに教わった時は他に誰もおらず、また”子供フォーム”になれることは誰にも言ってないので、自分のこの姿を見た者も知る者もアルフ以外はいない。そして自分もアルフに”ちゃんと出来ているよ”という言葉だけで己の姿を確認していなかった。

 (シグナムは特に何もいわんだろうな。ヴィータやツヴァイ、それにアギトは案外喜ぶかも知れん、同じ子供の外見仲間が出来たことを。シャマルや主は……なにやら嫌な予感がする)

 なんとなく、色々な服装をさせられそうな気がする。悪ノリした2人の様子が目に浮かぶ、そしてそれを止められる者は存在しない。

 (ミウラをはじめ、子供達もおそらく喜んでくれるだろう)

 今の形態で子供達と組み手をしている光景を想像すると、無意識に口元が緩んだ。

 (さて、では一通り型を打ち込んでみるか)

 いつまでも想像にふけっていても仕方が無い。ザフィーラは再び練習台の元に戻り、構えをとった。そして上段、中断、下段の型を試していく。低い視点、短いリーチ、全体的に弱体化した身体能力、最初はどれも慣れずに違和感があったが、2度3度と型を繰り返すうちに、だんだんこの形態になじんで来た。

 「はあぁ!!」

 そして全力の一撃を放つ。その威力は本来の1/3ほども出ていないが、型の流れは綺麗に決まった。おそらくミウラの全力の一撃と同じかそれより少し上くらいの威力だろう。

 「よし、これなら子供達が打ってもそう簡単には壊れんだろう」

 練習台の強度も確認されたことだし、もとに戻ろうかと思ったザフィーラだったが、今の姿で子供達と組み手するには、もう少し慣らしておいたほうが良いだろう、と思いなおし何度も型を繰り返す。魔法の方も試して見たかったが、ここで攻撃魔法の行使は禁じられているので、今度専用の施設で練習してみよう、と予定を立ててみる。

 仮想敵にヴィータを見立て、イメージトレーニングをする。結果は全敗だったがそれは当然だろう。しかし最後に一撃を与えることは出来たので、及第点は取れただろう、と自己採点をする。

 そして、ふと誰かの視線に気づいた。今まで訓練に没頭していたため気づかなかったが、確実に誰かが自分を見ている。この近所ではここで子供達が格闘術の訓練をしていることは知っているから、自分がこうしていてもそれほど奇異には写らないだろう。しかしこの視線はそういった類のものではない。もっと真剣な視線だ。

 視線を感じているほうに目を向けると、そこには虹彩異色の瞳の少女が立っていた。








 

 アインハルトはじっと少年の動きを見ていた。それは観察と言えるほどのものではなく、ただ目が離せないという理由からだったが、その動きの中に己の技を高めるヒントのようなものがあれば、即座に頭のなかでシミュレーションすることは忘れていなかった。

 しかし、やはり忘我の心地でいたことは間違いなく、型を中断した少年が自分の方を見ていることに気付くのに少々遅れてしまった。

 そのことにアインハルトは少し戸惑った。やはり黙って見ていたことは失礼だっただろうか、ここはきちんと誤るべきだろうか、と頭はめまぐるしく回転しているものの、まったく言葉には出てこない。これは人付き合いが苦手な彼女が嵌ってしまうパターンだ。

 かけるべき言葉は何が良いだろうかと、アインハルトの中で12パターンくらいのセリフを考えていると、そんな彼女の様子(内心は焦っているが、外見はほぼ無表情のまま黙っているように見える)をどう思ったかは分からないが、少年のほうから声をかけてきた。

 「私に何か用だろうか」

 声そのものは少年らしい高い声だが、その口調は落ち着いたもので、気分を害している様子はない。そのことにアインハルトは安堵したが、同時に少年の外見と口調の差にすこし疑問を感じた。しかし、それは彼の姿を改めて見たときに答えが出たように思えた。

 獣耳と尻尾、ようやくながらこの特徴に気付いた彼女は目の前の少年の年齢が、見た目相応ではないだろうと察した。そして相手の物腰に彼女も焦っていた気持ちを落ち着け、少年に言葉を返す。

 「だまって見ていてしまって申し訳ありません」

 「いや、別段構わん。ここは別に立ち入り禁止の場所というわけでもないから、お前・・・…、いや君が謝る必要はないだろう」

 お前、といおうとして君と言いなおしたのは、初対面であることを考慮したのか、とりあえず思ったとおりに相手の精神年齢は見た目よりずっと高そうだ。

 「有難う御座います。それと、話し方はべつに気を遣ってくださらなくても大丈夫です」

 「そうか、すまんな。では私の普段の口調で話させてもらおう」

 「はい」

 「一つ問うが、なぜ私のことを見ていたのだ?」

 彼が普通の少年でないことは分かっても、年下の少年の外見と声で重厚な口調で話されると、どこかチグハグな印象を持ってしまう。なので彼女はまずその点を聞いてみることにした。

 「すみません、その前に一つ答えてもらってよいですか?」

 「何だろうか」

 「あなたは守護獣なのでしょうか?」

 「……………」

 彼女の質問に少年は沈黙した。何か答えられないような問いをしてしまっただろうか。とアインハルトが内心で戸惑っていると、少年が口を開いた。

 「違ったらすまないが、お前は聖王教会の関係者か、もしくは古代ベルカ式の遣い手か?」

 アインハルトは驚いた。なぜ彼は分かったのだろうか、確かに自分は古代ベルカの、覇王流の遣い手だ。それと聖王教会と直接関係はないが、”聖王”との交流はある。そのことにわずかながら警戒心が生まれる

 「……はい、私は古代ベルカ式の遣い手、もっともまだまだ未熟者ではありますが。どうしてそれが分ったのですか?」

 「私のような者を『守護獣』と呼ぶ者は今の時代そうはいない。せいぜいが聖王教会の教会騎士か、数少ない古代ベルカ式の遣い手だけだ。それゆえに、お前がどちらかではないかと思ったのだ、他意はない」

 アインハルトが警戒心を抱いたことを悟ったのか、少年は最後に薄く微笑んだ。その笑みは実に年下の少年らしくないものだったが、不思議と違和感はなかった。

 「では、やはりあなたは」

 「いかにも。盾の守護獣ザフィーラ、古代ベルカの時代に生まれた狼だ」

 少年の言葉は予想外のものだった。守護獣だということは予想できたが、数少ない古代ベルカ式の騎士の守護獣だと思っていたので、まさか古代ベルカから生きている守護獣だとは思わなかったのである。それならば年齢は数百を超えるだろう、口調が重厚で大人びているのも納得できる。

 「古代ベルカから生きている守護獣なのですか……」

 「いや、私はその間ずっとこの世に在り続けたていたわけではない。実際に活動していたのは、百年ほどだろうか」

 それでも十分な年齢だ、とアインハルトは思う。それに今の言葉は気になる内容ではあったが、少年から漂う雰囲気からそのことを聞くのは憚られた。あまりやすやすと聞いて良いことではなさそうだ。

 「そうなのですか…… それにしても貴方の型は見事でした。このミッドチルダでは古代ベルカ式の格闘術は滅多に見れません、それでつい見入ってしまったのです」

 「そうか、お前も古代ベルカの武術をやるのか」

 「はい」

 今はほとんど伝わっていない覇王流。それを編み出したイングヴァルトの果たせず遺した想い。覇王流を以って最強を証明すること、それがアインハルトの悲願。ヴィヴィオたちと出会いすこし前とは考え方も変わってはきたが、その根底は変わらない。

 「ならば、もし良ければだが少し練習に付き合ってもらっていいだろうか? この姿はまだ慣れていないので、組み手相手がいれば助かる。それが古式ベルカ武術の使い手ならば尚更だ」

 願っても無い誘いだった。彼女自身、この少年(の姿をした守護獣)と打ち合ってみたかったのだ。口下手な彼女としては、どう切り出そうか悩んでいたところだったのだから。

 「はい、こちらこそ是非お願いします」

 
 ある昼下がりの海岸で、古代ベルカの覇王の末裔と、盾の守護獣は出会い、ともに練習を始めた。この少し後、アインハルトが出場する予定のインターミドルチャンピオンシップに、ザフィーラの弟子であるミウラも出ることを考えれば、これは奇縁といえる出会いであったかもしれない。 

 

 ―――――――――――――――――――――


 アインハルトが古代ベルカの武術の遣い手なのに、同じ古代ベルカの近接の専門家のザフィーラが出ないというのはどういうことだ、オイ! どうなってんだコンプエース、藤真、都築! などど馬鹿なことを言ってた時にミウラと一緒に人型ザッフィー出てきたときは超歓喜しました。さらに特別編で人型ザッフィー再登場時は本屋でガッツポーズしました。いままで流し読みで、かつコミックスは買ってなかったけど、3巻は必ず買うとその場で誓いました。そしてせっかくだから1,2巻も買いました。
 一応この話は前後編なので、そのうち後編も書きます。いつになるかは分かりませんが…… この話を読んで下さった方々にはありがとうございます。ザフィーラはもっと評価されていいと思うんだ。そして出番が増えてもいいと思うんだ。

 あと、ニコニコ動画にある「ICE DOG」は神MAD。タグで「ザフィーラ」で検索すれば出てきます。ザフィーラ好きならば必ず見るべし。ザフィーラ好きじゃなくても見てザフィーラを好きになるべし。



[25031] 覇王と守護獣 中編
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:d4205fa0
Date: 2010/12/23 17:44
覇王と守護獣 中編

 海岸で出会った少年と少女(厳密には片方は少年ではない)は、一緒に武術に訓練を行なう事になった。

 盾の守護獣ザフィーラと覇王の末裔アインハルト・ストラトス。

 古代ベルカの武術の遣い手同士で訓練を行なうというのは、前者にとっては久しぶりで、後者にとっては初めての経験だ。

 早速始めようとするアインハルトに、ザフィーラはその前によく身体をほぐしておけ、と準備運動を促す。初めての体験にいくらか昂揚していたため指摘されるまで気付かず、顔を赤らめてしまった。


 「貴方は普段からここで鍛錬を行なっているのですか? 以前来た時に、ここで私と同年代くらいの女の子が練習しているのを見ましたが」

 準備運動を行ないながら、気になっていたことを聞いてみる。たしか以前に見たときは少女が訓練していたはず。なのでここはこの近辺の子供達の格闘技の訓練の場では、と思ったのだ。

 「そうだ、私が鍛錬しているのは主に夜中だが、昼間は子供達がここで練習をしている。時間が空けば私も行くが、なかなか忙しくてな。私が行けない時は友に代理を頼んだりしている」

 今の見た目は彼も子供なのだが、アインハルトは彼が見た目どおりの年齢でないことは分っているので、そのような野暮は言わない。そして今の言葉から察するに、子供達に武術に教えているのは彼なのだろう。

 「お仕事は、どのような?」

 「一応は管理局員だが、特定の役職は持っていないし、特定の部隊に所属もしていない。主に捜査や要人警護、拠点防衛が多いが、融通が利く身なので様々なところに手助けに行ったりしている」

 「大変なのですね」

 「そうだが、大変なのは私だけではないだろう。それぞれが皆頑張っている」

 その後はしばらく無言で体操をしていたが、ザフィーラが何かを思い出したように口を開いた。

 「そういえば、まだ名を聞いていなかったな」

 その言葉にアインハルトはまだ自分が自己紹介もしていなかったことに思い至った。いくら気持ちが逸っているからといってもあまりに失礼だろう、と自分を叱り付ける、表情にはあまりでていないが。

 「申し遅れました。聖ヒルデ魔法学院中等科一年、アインハルト・ストラトスと申します」

 「アインハルト……」

 アインハルトの名前に聞き覚えがあったのか、なにやら考え込んだ様子のザフィーラ。一方のアインハルトはそんなザフィーラの様子に、彼は自分の名前になにか心当りがあるのだろうかと戸惑っていた。

 「もしや最近ヴィヴィオの友人になったという少女か」

 アインハルトは驚いた。なぜ彼がそれを知っているのだろうか? ビックリしているアインハルトの顔を見て、ザフィーラはその訳を話す。そして彼自身も、目の前の少女が、主にデバイス作成を頼んだ少女であることも察した。彼はその場にいなかったが、事実を繋げれば分る。

 「言っていなかったが、私の主は八神はやてだ。お前のことは主から聞いている」

 そういえばここは八神家の近くで、八神司令は古代ベルカ式の魔導騎士だ。そして彼は古代ベルカの守護獣。今までバラバラだったピースが嵌ったような感じがした。意外な繋がりがあったものだ。

 「そうだったのですか、以前お邪魔した時はお会いしませんでしたね」

 「そうだな、私はその場にいなかった」

 しかし、元来物静かな2人はそのまま話題が盛り上がることなく、そのまま会話終了。ここに八神家のメンツ(シグナムを除く)やヴィヴィオ達がいれば、どうしてそこで話題を止めるんだ、とツッコミが入りそうなものだ。





 その後、準備体操を終えた2人は基本的な練習を行った。

 反復運動を行ったり、2人で型を演じたり、アインハルトがノーヴェたちから習った水切りを行なったりして練習を続ける。

 水切りの練習を行った際(手で行うとびしょ濡れになるので、膝の半分程の深さのところで足で行った)、ザフィーラは初めてやったにも関わらず一度で成功したことを見たアインハルトが、自分は結構練習してようやく出来たのに……と若干落ち込んでしまい、おそらく何処かでやった事があるのを身体が覚えていたのだろう、とフォローをいれるザフィーラ。
 
 傷つきやすい少女のピュアな心を守るのも、盾の守護獣の務めなのだ。
 
 そうして1時間が過ぎ、一通りの基礎練習が終わったあと、クリーンヒットが決まれば勝ち、というルールで組み手を行うことになった。

 向き合う2人の身長はほぼ同じ、アインハルトの方が若干背が高いかもしれないが、リーチや体格のハンデは無い。この場所は公共の場所なので、強力な魔法行使は禁じられている。身体強化などは出来るが、砲撃などは撃てない、しかし近接武術の使い手である2人には問題ない。

 2人の組み手は始めは互角に戦っていたが、次第にアインハルトが攻め、ザフィーラが受けるという形に移っていった。だがアインハルトの攻撃はなかなか決まらない。手数を増やし、上段、中断、下段とさまざまな角度で攻め立てるアインハルトだが、その全てが通らない。

 避けられ、捌かれ、防がれる。

 次第に息が上がるアインハルト。そしてその攻撃の継ぎ目のわずかな空隙を突かれ、ザフィーラの反撃が決まる。勝負あり。

 「……もう一本お願いしてよろしいですか?」

 「かまわない」

 そして再開。しかし展開は前回と変わらずアインハルトが攻め、ザフィーラが受け、そしてカウンターで勝負あり。そしてその後も3回、4回と続いたが、ザフィーラの守りは崩せない。5回目になると、ザフィーラが助言するようになった。

 「そこは踏む込みをもう半歩浅くしたほうがいい」
 「その動きの後、上体ががら空きになる。注意することだ」
 「相手の目の動きで、3手先までを予測しろ」
 「動作が大きい、大技を決めることより、確実に相手に当たるように動きを変えるんだ」

 などなど、組み手というより指導稽古の様相を帯びてきた2人の戦い。そうして続けていった14回目で初めてアインハルトの攻撃が当たる。

 「当たった……」

 「今の動きは良かったぞ、無駄な動作が一切無い、いい攻撃だった」

 身体が疲労したことにより、よりコンパクトな動きになったこともあるだろうが、一番最初と比較してもアインハルトの動きは滑らかになっていた。

 だが、そろそろ限界だ。アインハルトの額からは玉の汗が浮かんでおり、全身も同じような状態になっている。彼女自身ソレを実感しているのか、今の一手を確かめるように動きを反復させている。

 「もう、一本、お願い、します」

 息が切れているので言葉が途切れ途切れだが、彼女の闘志は今だに燃えている。ザフィーラもそのことを察していた。

 「いいだろう、だが次で最後だ。少し休憩したほうがいい」

 「はい、わかり、ました、では、行きます!」

 最後はザフィーラから攻め込んだ。突進したまま突きを繰り出すと、アインハルトはそれを正面から受け、足先から練り上げた力を拳にこめて打ち出した。彼女の覇王流の技、断空拳である。

 「ぬううぅ!」

 決まると思われたその攻撃は、しかし完璧に防がれた。まるで読まれていたかのように、彼女の拳はザフィーラの十字に組んだ腕に当たっていたのだ。

 「なっ!?」

 「牙狼蹴!!」

 全力を込めた己の技が防がれたことに動揺を抑えられなかった彼女は、反撃の蹴りをモロに喰らい吹き飛んだ。

 「勝負あり、だな。立てるか」

 「………はい、私の敗けです」

 倒れた彼女に手を貸し立たせるザフィーラ、だがアインハルトは立ち上がるとすぐによろけてしまった。やはり相当疲れたようだ。彼女ほどではないが、彼も結構な汗をかいていた。
 
 そうして2人で木陰で休憩しているとアインハルトが声をかけてきた。

 「……最後の一撃には自信があったのですが、あそこまで完璧に防がれるとは思いませんでした」

 断空拳を完璧防がれたことは彼女にとって見過ごせることではなかった。あれは彼女が必死になって独学で身に着けた覇王流の技なのだから。

 しかし返ってきた言葉は彼女の予想だにしなかった言葉だった。

 「そう思いつめることは無い。私が最後の技を防げたのは、以前にあの技を受けた事があったからだ」

 「!? ほ、本当ですか?」

 思わず立ち上がるアインハルト、彼女の交友関係がそう広いものではないとはいえ、今まで覇王流を知っている人物はいなかったのに、この少年(の姿をした守護獣)は知っているという。

 「お前と組み手をしている内に思い出した。お前のその動きはおそらく覇王流とよばれる流派の動きだ、違うか?」

 「! はい! そうです!! 私が遣っているのは古代ベルカの覇王流です!!」

 「まあ、落ち着け。そういうわけで、私はお前の技を防げたのだ。初見ならばおそらく防ぎきれなかっただろう、良い一撃だった」

 彼女はしばらく声を出せなかった。覇王流を知っている、自分以外の覇王流の遣い手と戦ったことがある人物がいるという事が信じられなかった。
 
 そして何よりも、覇王流の存在を知っている人がいる事が嬉しかった。その人が自分の技を「良い一撃だった」と言ってくれた事が胸がつまるほどに嬉しかった。

 「あ、貴方が戦った人物は、どのような人だったのですか?」

 もしやイングヴァルトその人だろうか、自分の中にあるイングヴァルトの記憶には彼の姿は無いが、自分はイングヴァルトの記憶を全て受け継いでいるわけではないから、その可能性は否定できない。

 「すまないが、人となりや何故戦ったのかという経緯までは思い出せん。私は己がいつ生まれたかすらもはや思い出せないのだ。ただ、戦ったのは戦乱時代のベルカであったように思える」

 彼女の問いに期待が篭っていたことを察したのか、申し訳無さそうに答えるザフィーラ。だが、イングヴァルト本人でなくとも、彼が覇王流の遣い手と戦ったという過去は間違い無さそうだ。

 ―――この人に、初めて出会えた覇王流を知っている人に、私の全力を受けてもらいたい――

 アインハルトのそんな気持ちが生まれた。ぜひとも自分の全てを出し切り、彼が戦ったことのある覇王流の遣い手と比較してどうであるのかを知りたい。自分がきちんと覇王流を遣えているのかを知りたい。

 「あの、重ね重ね申し訳ないのですが、もう一度お付き合いしてもらえないでしょうか。今度は魔法行使もありで」

 「…………よかろう」

 アインハルトの瞳に何かを読み取ったのか、ザフィーラは少し考えた後了承した。自分と戦うことは、彼女にとってなにかとても重要なことなのだろう。そんな少女の真摯な願いを無碍にできるわけが無い。

 「ただし、もう少し休憩してからな。いま飲み物を持ってくるから、そのまま待っていろ」






 休憩後、本格的な模擬戦を行うため2人は場所を変えた。先ほどまでいた海岸から少し離れた場所で、付近には岩が石が多く人があまり人が来そうに無い場所だ。

 八神家の何人かは、ここで魔法戦の訓練をすることがある。そのため、防御結界を張ることを条件に強力な魔法行使をする許可を取っているのだ。もっとも八神家でも使用するのは主にシグナムで、その相手をするのはザフィーラが7割、ヴィータが2割、シャマルが1割、ごく稀にはやて、といった内訳だ。なのでザフィーラも結構此処を使っている。

 「ここでならば全力の魔法戦が可能だ。存分にかかってくるといい」

 「はい、では行かせていただきます」

 持っていたバックから彼女のデバイス「アスティオン」を出し、武装形態へと変身する。アインハルトの足元にベルカ式の魔方陣が浮かび、一瞬まばゆい光が彼女を包んだ後、16~17歳程になって騎士甲冑をまとった状態に変化していた。

 (なるほど、全身の魔力の配分も整っている、良い騎士甲冑だな)
 
 おそらく、先ほどまでとは段違いの強さだろう、とザフィーラは推察する。はたしてこの形態のままで勝てるだろうか。

 2人はそれぞれに構えを取り対峙する。先ほどとは異なり、身長もリーチもアインハルトのほうが有利だ。

 そして試合開始。今までと同じようにアインハルトから仕掛けるが、その速さは先ほどまでの倍以上だった。攻撃を受けた衝撃によって、ザフィーラの体勢が揺らぐ。

 (ぐっ、速く、そして重い。あと何撃防げるか……)

 侮ったわけでは無いが、予想以上のアインハルトの動きにザフィーラは防戦一方になった。先ほどまでの反撃を狙った守勢ではなく、防ぐので精一杯の状態だ。

 その状態が続き、アインハルトの攻撃がザフィーラに何度か通る。だがアインハルトは十分な手応えを感じる一撃はまだ一度も入っていない。今まで通った攻撃は全て浅い。

 そうしているうちに、徐々にその浅い一撃も通らなくなってきた。やはり覇王流の型を知っているザフィーラには自分の攻撃は読みやすいのだろうか、だがそれでも己は前へ進むだけだとアインハルトは攻撃を繰り出す。

 「覇王空波断!!」

 「旋剛牙!!」

 互いの攻撃が拮抗し互いに弾き飛ばされる。一端距離が離れたところで、今度はザフィーラから仕掛ける。

 「牙獣……走破!!」

 魔力を込めた突進の蹴りがアインハルトを襲う。回避はできないと判断した彼女は、自分からではザフィーラの堅い守りの突破は困難、ならば折角相手から仕掛けた来たこの機を逃さず、カウンターで決めると決意し身構える。

 「くッ」

 ザフィーラの蹴りはかなりの威力ではあったがなんとか防ぎきれた。この機を逃さずと足元から練り上げた力を拳に込めて繰り出そうとしたが――

 「縛れ! 鋼の軛!!」

 拳を打ち出す直前に、アインハルトの足元から魔力の杭が彼女を囲むように現われた。ソレを回避するためアインハルトは跳びのき、ザフィーラから距離が離れてしまった。

 そこへさらにザフィーラが攻勢に出てきたが、まだ彼女の練りこんだ力は生きていた。咄嗟の動きにもしっかりと対応し、打ち合せる様に攻撃を繰り出す、彼女の十八番覇王断空拳である。

 轟音とともに拳と拳がぶつかり合い、2人を中心にエネルギーが放出される。しかし僅かな拮抗の末、競り勝ったのはアインハルトだった。大きく弾かれて吹き飛ぶザフィーラを、返す拳で決めようとしたアインハルトだが、フィニッシュブローとなるはずの一撃は身体を横に流したザフィーラによって威力を半減されてしまう。

 だが、2連撃を受けたザフィーラのダメージは小さいものではないようで、打撃を受けた箇所を押さえ、息も上がっている。

 「はあ、はあ、はあ、どうやら私の負けのようだな」

 「いえ……」

 ザフィーラの言葉に彼女は納得していない顔で応える。アインハルトの感触では今のは間違いなく決まるはずだったのだ。しかし、最後の一撃は決まらなかった。いったい何故だろう? 彼女は拳をぎゅっと握り締める。

 今の彼は本来の1/3ほどの力しか出せないというのに倒しきれない、この体たらくは何だ。自分には何が足りない?

 やはり自分では覇王流を使いこなせないのか、それとも覇王流では彼を倒すことは出来ないのか。

 そんなはずは無い、そんなはずは無いのだ。イングヴァルトの創った覇王流は決して弱くなんか無い、自分はソレを証明しなければならないのに――

 「………」

 自分の拳を見つめたまま動かないアインハルトをザフィーラは注意深く見つめていた。そしてそんな彼女の瞳に、どこか既知感を覚える。自分は以前もこのような瞳を視た事がある。それはいつだったか。

 「………お願いがあります」

 「なんだろうか」

 意を決したように口を開いたアインハルトの言葉に、ザフィーラはすでに彼女が何を言ってくるかを察していた。そしてそれを断る気は無い。おそらくこの場はそうしたほうが良いと彼は思っている。

 「貴方の本来の姿で相手をしてもらえないでしょうか?」

 「……わかった、そのかわり手加減は一切しない、それで良いならな」

 「はい、是非それでお願いします」

 目の前の少女は、並々ならぬ想いを胸に秘めているようだ。少女の求めるものが自分の全力というならば、己はそれに応えよう。そう決めたザフィーラの足元に魔方陣が現われ、白い光とともに彼の姿が少年から逞しい青年の姿に戻る。

 「それが貴方の本当の姿……」

 長年鍛えられた鋼のような逞しい肉体を見て、アインハルトは感嘆の声をあげる。本来の姿で構えをとるザフィーラの姿からは、巌のように揺るがぬ力強さをひしひしと感じる。

 「ではいくぞ、構えろ」

 その声も姿に相応しく、重々しい。しかしどこか安心できる響をもつ声だった。

 「はい、よろしくお願いします」
 
 そうして3度対峙する2人。今度はザフィーラの方がリーチも身長も断然長い。アインハルトは油断無く構え、打ち込む隙を探り出す。今度は今までとは勝手が違う。感じられる威圧感は桁違いで、まるで分厚い鋼鉄の壁を相手にしているようだ。

 (初手で最高の一撃を繰り出す。彼の防御の堅さを考えれば長引かせては不利なのは間違いない)

 とはいえ、全く隙が無い彼の構えからどう打ち込めばいいものか――― そうアインハルトが逡巡していると、ザフィーラが構えを変えた。

 それにあわせアインハルトも身構えるが


 ――次の瞬間、アインハルトは大の字に倒れていた。


 (今、一体なにが……)

 いや分かっている。自分は彼の攻撃をまともに喰らったのだ。では何を受けたのか、それも分かっている。高速での踏み込みとともに打ち出された、凝縮された魔力の篭った打ち払いだ。

 まともに受けたのは、それに反応できなかったから、それだけだ。

 ザフィーラの体勢は攻撃の残心のまま止まっている。しかしその眼光はじっとアインハルトを捉えたままだ。

 (すごい、これが彼の全力……)

 アインハルトが受けた攻撃、それは夜天の主を害そうと近づく者を尽く打ち払う、守護の拳。

 これが長い年月をかけて鍛えてきた守護獣の拳。そして古代の時代に自分と同じ覇王流と戦った人の拳。

 なすすべも無く吹き飛ばされ、大地に転がっているというのに彼女の気持ちに悔しさは無かった。むしろそんな人物と戦えている事実が嬉しい。

 ――でも、自分だってこれで終われない

 ゆっくりとだがアインハルトは立ち上がる。せめて一撃を入れたい、そして覇王流はけっして弱くないことを彼に証明するのだ――

 「まだ、立つか」

 「はい、まだ戦えます」

 すでに戦える状態ではないが、彼女は退かない。そしてザフィーラもそれに応えるべく構えをとる。先ほどとは異なる守勢の構えだ。

 (受けたダメージは大きい、もうまともには打ち合えないし、長くも戦えない。ならば、次の攻撃に全てをかけるしかない)

 アインハルトは師であるのノーヴェから教わった射撃魔法を展開させる(強くなるためなら、色々と取り入れておかないとダメだ、との教えから習得した)。それを続けて撹乱し、回り込んでの一撃を入れる。彼女自身、それで堅固な彼の守りを突破できるとは思えないが、今の身体の状態ではそれしかない。

 そうして射撃を撃ち出す。これを連続して弾幕を張り視界を奪う、まずはそれから―――

 「烈鋼牙!!」

 その雄たけびと衝撃がアインハルトを貫くのと、どちらが速かっただろうか。最初の射撃がザフィーラに当たったと思った次の瞬間には再びアインハルトは地に伏していた。今度はもう起き上がれない。

 最後の彼の攻撃、あれはおそらく自分が使う「覇王旋衝波」と同じ技法を用いた技だろう。しかし、相手の魔法の弾核を受け止めて投げ返す自分の技とは違い、彼のそれは受け止めた弾核に自分の魔力を上乗せし、打ち出すものだった。そしてそれを恐るべき速度で行ったのだ。

 アインハルトは知らないが、ザフィーラはアインハルトの打つ手を予測し、最初からこれを狙っていたのだ。彼が改めて構えた守勢の構え、それこそが「鉄壁の構え」、そしてそこから派生させて撃ったのが高速砲「烈鋼牙」。

 (今度こそ、本当に完敗です…… ああ、私の覇王流は彼に届かなかった)

 そうしてアインハルトの意識は落ちた。淡い光とともに彼女の姿が元の少女の姿に戻る。その周りで猫のようなデバイスが心配そうに飛び回っている。



 ザフィーラはそんな少女を優しく抱き上げ、傍らにいる猫型デバイスに大丈夫だ、と言うように頷くと、彼女を休ませる場所へ移動すべくその場を離れた。

 
 
―――――――――――――――――――――――――

 おかしい、前後編にするはずが、前中後編になってしまった。予想以上に戦闘シーンが長くなりました。もっとコンパクトにするはずだったのですが。もともと戦闘描写は下手なので。

 今回はけっこうオリジナル入ってます。特にアインハルトが射撃魔法使ったところ。しかし烈鋼牙はどうしても使わせたたかったので、ムリヤリ使ってもらいました。まあ、師匠がノーヴェだから、アリかなぁ、と。アインハルトは近接以外認めないという方には申し訳ありません。
 それとザフィーラが覇王流を知っているというのも公式にありません。ただ、特別編を見るに、イングヴァルドの時代にはすでにザフィーラたちは存在していたようなので、近接の専門家のザフィーラなら覇王流の遣い手の誰かと戦っていてもおかしくないかな、と思いました、ひょっとしたらシグナムも戦ってるかも。
 なのにどうしてアインハルトとザフィーラは接触させないんだ! こんなに接点あるじゃないか! オイ!どうなってんだ! コンプエース! 藤真! 都築!(2回目)
 わかる方には分かると思いますが、今回ザフィーラの使った技はすべてPSPでのザフィーラの技です。なのはWikiや公式HPでみれば分かると思います。
 鋼の軛はstsでオットーに使った仕様です。なので少年形態のときに使わせました。PSPのフルドライブ仕様で使うとかなりのオーバーキルになってしまうので。

 あとティオは豹型ですが、ザフィーラには猫にしか見えなかったようです。

 後編も書きますが、すこし時間が掛かるかも? でも頑張ります。



[25031] 覇王と守護獣 後編
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:4c237944
Date: 2010/12/26 21:48
覇王と守護獣・後編

 アインハルト・ストラトスが目を覚ましたのは、最初に組み手をした海岸の近くの柔らかい草地だった。

 頭にはタオルで枕が作られており、身体にはザフィーラのものだろう、大きなサイズの上着が掛けられている。周囲の明るさから見るに今は夕方だろうか。

 (ここは? 私はいったい)
 
 まだ頭がはっきりしないアインハルト、自分がどうしてこんな場所で横になっていたのか、自分に上着を掛けてくれたのは誰なのか、明朗としない意識で考えるがいまいち頭がうまく回らない。

 そこへ低い落ち着いた男性の声がかかる、無論ザフィーラのものだ。

 「目が覚めたか。どうだ、どこか痛むところはあるか」

 その声でアインハルトは自分の状態を理解した。自分は彼に全力の勝負を挑み敗れたのだ。そして彼がこうして自分をここまで運んで、休ませてくれたのだろう。

 「いえ、大丈夫です。身体に痛むところはありません」

 そう答えるアインハルトだが、その顔色は若干優れない。目が覚めたのにすぐに身体を起こさないのは、気分が優れないせいかもしれないとザフィーラは思い、確認する。

 「そうか、だが無理はするな。もし気分が悪いようなら主の家で休んでいくといい、主も歓迎するし、そこまでは背負っていこう」

 「いえ、平気です。それにそこまでしていただくわけには……」

 「ならば、しばらくはそこで休んでいろ、まだ顔色が良くない」

 「……はい」

 実はザフィーラは最初八神家まで運ぼうと思っていたのだが、そうするとかえってこの少女が恐縮してしまうのではと考え直し、少女が目が覚めるまで、木陰の草葉で休ませることにした。同胞の医務間からの手ほどきで覚えた診察魔法で、軽く少女の容態を診たところ特に深刻な外傷は無かったので、まず大丈夫だろうと判断したのだ。

 この少女と出会ったのは数時間前だが、どうしてか彼女が遠慮しすぎる性格だということは理解している。なので彼女が考えるであろう事がなんとなく分かった。以前この少女と似た性格の人物と接していたことがあった様に思える。おそらくそれは彼ととても近しい存在だった誰か、それは誰だったか。

 これが主はやてや高町なのはだったら、持ち前の親切心を十全に発揮させ、多少強引にでも家まで案内し介抱していただろう。人より母性本能が強いハラオウン執務官もおそらく同じだ。しかし彼はそうしたことは苦手なので、こういうやり方しか出来ない。

 アインハルトは横になったまま、傍らに座っているザフィーラを見た。彼は海の方を眺めてはいたが、アインハルトに常に気を向けているのが感じられる。そんな彼の精悍な横顔は、どこか夢の中のイングヴァルトと重なって見える。彼の額の宝石に反射した夕日の光が優しかった。

 聞こえるのは海岸に打ち寄せる波の音と、遠くで鳴いている海鳥の声。夕日の赤い光に包まれた静かな世界のなか、傍らいる彼はじっと海を見詰めている。何がどう、という表現は出来ないが、とても安心できる時間だった。

 ザフィーラの言葉に従いしばらくの間横になっていた彼女だが、頭もはっきりとしてきたのでゆっくり起き上がる。もう少しこの穏やかな時間を感じていたかったが、日が暮れるまでこうしている訳にはいかない。名残惜しいが、この静かで優しい世界に別れを告げることにした。

 「大丈夫か」

 「はい、もう意識もはっきりしてきましたし、身体も動かせます。ご面倒をかけて本当に申し訳ありません」

 「気にするな、私が勝手にやったことだ」

 そっけないザフィーラの言葉だが、普段から彼は寡黙な人柄であろうことはアインハルトにも分かっていたので、それ以上は何もいわない。何より、それよりも彼と話したい事があったから。

 「……私の、覇王の拳は貴方にまるで通じませんでした」

 そう、自分の全力を以ってしても彼に一撃も浴びせることはできなかったのだ。不甲斐ない、彼女は自身をそう思っていた。これではヴィヴィオさんに偉そうなことを言えた義理ではない。

 「そう気落ちすることは無い。その年齢でそこまで鍛えられているのは大したものだ。ただ、積み上げた年月が私のほうが上だった、それだけの話だ」

 「そうかもしれませんが、私の技はすべて見切られてしまった。少年の時の貴方にすら、決まった一撃を与えることはできなかったんです。あの状態の総合力ならば私のほうが上だったというのに」

 「お前の拳は真っ直ぐだった。心に迷いも歪みも無い澄んだ拳だ。しかし、少々真っ直ぐすぎた」

 それは以前アインハルトがヴィヴィオの拳を初めて受けた時の感想に似ていた。しかし真っ直ぐ「すぎる」とはどういうことだろう。

 「戦いに勝つには、虚実を織り交ぜた攻撃が必要だ。どれほど速く重い攻撃を繰り出しても、先を読まれてしまえば当たらない。目は口ほどにものを言う、ということわざがあるが、お前の瞳はまさにそれだな。それゆえに、あの形態のままでも攻撃を捌けたのだ」

 「そう……ですか」

 自分は冷静で、相手に手を読まれないようにしていたつもりだったが、彼には丸見えだったということか。やはり自分はまだまだ未熟だ、もっともっと練習して、もっともっと強くならなければ。

 そうアインハルトが思っていると、そんな彼女の心を読んだように、ザフィーラが彼女に問いを投げた。

 「ひとつ聞きたい、お前は何を焦っているのだ?」

 「え……」

 「私がお前の拳から感じられたのは、何よりも強い焦りだった。「真っ直ぐすぎる」という表現もそこから来ている。真っ直ぐだが気が逸っているため読みやすい」

 焦っている。その言葉には心当たりが無いわけではない。自分は一刻も早く強くなって、覇王流の強さを証明したかった。それが拳にでてしっまたのだろうか? 

 「聞かせてもらっていいだろうか、お前は、その拳に何を負っているのかを」

 静かな声だった。そして自分を見つめる紅い瞳は、全てを受けてもてくれそうな深い輝きを持っている。自分の全てを聞いてもらおう、とアインハルトは思った。







 そうしてアインハルトは話した。自分が覇王の血を色濃く受け継いでいること、その記憶も断片的だが受け継いでいること、そして彼と聖王オリヴィエとの因縁、現在のヴィヴィオとの交流など、彼女の全てを。

 「そうか……初代覇王の記憶を…」

 「はい、だから私は強くなりたい。イングヴァルトの得られなかった強さを手に入れて、覇王流の強さを証明したいのです」

 覇王イングヴァルト、混乱に満ち、雲に覆われ、流血の川が流れた古代ベルカの戦乱を駆け抜けた若き王。乱世を終わらせる力を、悲しみを繰り返させない力を望みながら得られずに果てた彼の悲願、それを果たすために自分は走り続けなくてはならない。

 「力を、得たいか」

 「はい」

 「では問おう、お前は、力を以って何を成したい? 最強を証明し、その得た力によって何を成し遂げたい?」
 
 「え……」

 その問いはアインハルトを硬直させた。得た力で何をするか、そのことを考えたことは無かった。彼女はただイングヴァルトの悲願を果たすために力を求め、ここまで頑張ってきたのだ。悲願を果たすのが何よりの目標で、その先のことを考えたことは無かった。

 「得た力で何を成すか、ですか……」

 「そうだ、力を求めることは悪いことではない。たが、それを以って成すべき事を見出せなければ、その力は意味を持たないだろう」

 意味を持たない。それは彼女に衝撃を与える言葉だった。彼女はまだ成すべきことを見出してはいなかったから。だた力を得ることに必死で、幼い少女は只管に一人で走ってきたのだ、それを誰が攻められよう。無論ザフィーラも攻めるつもりなど毛頭無い。

 「貴方は、どうしてそこまでの力をつけたのですか?」

 自分の中の答えを出せない彼女は、ザフィーラの力を求める、求めた意味を知りたいと思った。

 「守るためだ」

 「守るため……」

 「我は守護獣。私を、私達を受け入れてくださり、共に歩むと言ってくださった心優しき主と、掛け替えの無い友たち、そして彼らが共にある穏やかな場所と時間。それらを守るための、この拳だ」

 終わりない闇の中を、果ての無い殺戮の日々を過ごしてきた自分達を、優しい笑顔で家族として迎えてくれた命よりも大事な己の主。そして同じ苦しみの中を歩み、今ようやく光の道を歩んでいる同胞達。彼女達が幸福でいるために、彼女達の笑顔を守るために、己は鋼であろうと、盾であろうと思う。

 主の盾になる事が己の誇りであり、主が笑顔でいてくだされれば、それは彼にとって何よりの勲章となる。

 「皆の盾であるため、それが私の力を求める理由であり、私の誇りだ」

 「誇り……」

 誇りは己にもある。覇王の記憶を受け継ぐものとしての、覇王流の継承者としての誇りが。

 「そうだ、誇りとは守るべきものの為に持つもの、己のためだけにに持つのでは、野獣と変わらん。かつては私もそうだった、それではいけないという事が分かったのは、同胞達がいたおかげだ」

 アインハルトは俯いた。今の彼女には、誇りはあるが守るべきものが居ない。覇王にはもう、導きくべき、守るべき民はいないのだ。

 「ですが私には、もうすでに守るべきものが無いのです……」

 「本当にそうか? では、守るべきものではなく、守りたいものはいないか。自分にとって掛け替えの無い、失いたくない存在だ」

 「失いたくない……」

 それならば、いる。ずっと一人でいた自分を人の輪の中に連れ出してくれた師・ノーヴェ、そして何よりも己の拳を真っ直ぐに受け止めて、友人になってくれた聖王の血を継ぐ高町ヴィヴィオ。そして彼女らを中心に、自分と接してくれた優しい人たち。彼らを失いたくない、という気持ちは確かにある。失うと考えれば気がおかしくなりそうなのどに、自分は彼女達が大事なのだと、アインハルトは自覚した。

 「いるようだな。ならば、その者達を守るためにこそ力を使え。覇王としての悲願を果たすべく手にした力を以って、な」

 「ですが、彼女達が私の守りなど必要とするとは思えません」

 「己が何を成すために力を持つか、肝心なのはそこだ。己が納得していて、周りに迷惑にならなければそれでいい」

 「ですが、私なんかで守れるでしょうか……」

 頭をよぎるのは、オリヴィエを失ったイングヴァルトの過去。そして彼の悲痛な想いが彼女の小さな胸を締め付ける。それを払拭するのが自分の務めであるのに、いざヴィヴィオを守れずに失う光景を思い浮かべると、それだけで足が竦む。

 守るべき物を守れなかった悲しみを繰り返さないための、本当の強さを手にするのが、己に課した使命だというのに、いざ守るべきものがあることがわかると、とたんに不安になってしまう。自分ははたして守れるのだろうか? 今まで想像したことさえ無かった。

 無理も無い、彼女はまだ13歳の少女なのだから。

 ザフィーラは不安げに戸惑うアインハルト様子を見て、目の前少女の心の迷いを感じ、それを少しでも無くすべく言葉をかける。それは普段から寡黙な彼にはとても珍しい行為だ。何故かは分からないが、どうしても自分はこの少女を放っておけない。

 「一つ、昔の話をしていいだろうか」

 思いつめていた少女は、その突然の言葉に驚いた。

 「私はかつて2度、守るべきものを守る事ができなかったのだ」

 一度目は闇の書事件の時、同胞たちが闇の書に蒐集されている場面に駆けつけたものの、反撃むなしく己も蒐集されてしまった。
 
 そのことを悔い、己を鍛えていたときに闇の断片の事件が起こった。以前果たせなかった務めを果たすべく戦い、そのときは何とか主と友を守る事が出来た。今は亡き彼女の残された時間を乱さずにしておく事が出来た。

 その後も毎日鍛錬を続け、己の技量に満足などは一度もしていないが自信を持つようになった。どんな事が起ころうと守って見せると。しかし4年前に起きた2度目の失敗は、1度目より遥かに不甲斐ない結果になった。

 鍛えた拳を使うことなく敗れたのだから。

 当時、主である八神はやては、やや強引な部隊設営により敵が多かった。色々な問題が指摘され、その最たる例が魔導師の保有ランク制限の問題だった。Sランクを超える者を数人保有していたのだから。

 そのため己は制限に引っかからない狼形態で、シャマルは非戦闘員の医務官として登録されていたのだ。部隊が始動した後も、つまらぬ口実を与えぬためにも、誰の目が無いところでも人型はならず、なるべく言葉も発することは無いように努めた。

 しかし、自分が失策を犯した時である地上本部の襲撃の日。あの時は緊急事態だったのだから、つまらぬ制度など無視し、人型になって撃って出て、先に戦闘機人を叩いて置くべきだったのだ。シャマルの能力ならば一人でもしばらくは持ちこたえられただろうし、あの場にはヴァイスもいた。ガジェットは管制していた者さえ倒せば、そうたいした脅威ではないのだから。

 しかしあの時は判断を誤り、最初から守勢に入って大量のガジェット相手に無駄に消耗してしまった、管制している者は健在だからいくらでも増援が現れる。完全に敵の計略に陥り、獣形態のまま討ち取られて鍛えた拳を振るうことすら敵わなかった。

 ザフィーラは、原因は己の慢心であると思っている。己の拳ならば、どのような事態が起こっても守りきれるという過信をしてしまったせいで、むざむざとヴィヴィオを連れ去られてしまったのだ。
 
 自分が戦闘機人たちの作戦に気づいていれば、少なくてもヴィヴィオを攫われることは防げただろうに。

 しかし自分はこうして生きている。過去の失敗を活かし、未来を守る力を身につける事が出来るのだ。そのことを目の前の少女に伝えたいと思った。

 「貴方でも、守れなかったことがあったのですか」

 「ああ、不甲斐ないことにな。幸い取り返しの付かないことにはならなかったが、それはあくまで幸運だ、その次もこうなると期待は出来ない。そして、私はこうして、その失敗を次に活かす事が出来ている。失敗を恐れることは大事だが、恐れすぎて二の足を踏んでいても始まらない」

 「次に、活かす……」

 彼女はその言葉を胸に刻みこむように反芻した。これはどんなことにも当てはまる。一度負けても、その教訓をいかして次は勝てるようになれるように。

 「これはあらゆることに共通することだ。過去を重んじることは大事だが、過去に捕らわれては前に進めない。過去の出来事を現在を生きる糧に、そして未来に進む道標として活かす。そうして人は前に歩むのだから」
  
 「未来へ進むために……」

 「未来は見えない、だからといってそれを過度に恐れていてはいけない。だから、お前も己に自信を持て、お前のしてきた鍛錬は、けっして生ぬるいものではないだろう」

 「はい、私は頑張ってきました、頑張ってきたんです」

 「そうだろう、そうでなくてはその歳でそこまでは鍛えられない。お前はそれを誇りとし、その力で以ってしてお前の守りたいものを守ればいい。そうすれば、お前が守りたいと思う者たちもまた、お前を支えてくれるだろうから」

 確かにそうだ、私の掛け替えの無い友人達は、私が進むべき道を迷ったり、誤った道に進んだりしたらきっと私を支えてくれる。そんな人たちだから私は守りたいのだ。そのための力、そのための覇王流。彼の言うことが、自分に伝えようとしてくれることが分かった気がする。

 アインハルトは俯いていた顔を上げた。その瞳は先ほどまでの思いつめた弱々しいものではなく、強く重厚な確固たる輝きがあった。

 「失敗を恐れていては、何処にも進めないのですね」

 「そうだ、お前はまだまだ若い、どんなことにも果敢に挑め。ただし、己を知り相手を知り、良く考えて上で、な。過信をするば、私のように失敗してしまう」

 「はい、肝に命じます」

 「良い返事だ。若者の他山の石になれたことを嬉しく思う。もっとも、私も同じ失敗を繰り返す気はない」

 そうして、少女の表情が先刻までの思いつめた表情から、芯が入った引き締まった表情になったことに、ザフィーラは話してよかった、と感じた。何故この少女にこうまで話そうと思ったかは自分でも分からないが、前向きな顔になったことは素直に喜ばしい。

 「本当に、良いお話をありがとうございます」

 礼儀正しくお礼をする少女に、堅苦しいところは変わらんな、己も人のことを言えた義理ではないが。と内心苦笑する。


 それと、あと一言、この少女に伝えるべき事があった。


 「アインハルト・ストラトス。お前は覇王流の強さを証明したいと言っていたが、それを果たすために焦る必要は何処にも無い。ゆっくりと、時間をかけて周囲の友人と共に力をつけて行け」

 「はい、そうしようと思います。しかし、やはり私はなるべく早くイングヴァルトの覇王流の強さを証明したいという気持ちは変わりません」

 そうだろうな、とザフィーラは思う。おとなしい見た目よりずっと頑固なこの少女ならばそう答えると思っていた。

 「安心しろ。既にそれは証明されている」

 「えっ……」

 アインハルトは驚いた、ザフィーラの言う意味がいまいち分からない。私は彼にまだ強さを示していないのに、どういうことだろうか、と訝る。

 そんな彼にザフィーラは言葉を向ける。これは紛れもない彼の本心であり、彼が認識する上での確固たる事実なのだから

 「私が過去に戦った覇王流の者達は、みな全て強い精神と高い技能、そして守るべき物のために力を振るう誇り高さを持っていた。他の誰が知らなくても、私はこの思い出した記憶を、2度と忘れずにこの身が果てるまで覚えていよう。お前の先祖達はみな、本当に強かった。その魂を受け継ぐお前もまた、けっして弱くなどは無い」





 涙。

 二筋の涙が、アインハルトの頬を伝う。

 既に廃れ、人々の記憶にほとんど残っていない覇王流。彼女が己の全てを賭して果たそうとした、覇王流の強さを証明すると言う念願。そのため必死になって鍛錬を重ねた日々、彼女に刻まれた覇王の悲願、幼い少女の迷い。

 そのすべてを彼は受け止めてくれた。認めてくれた、同情や気遣いではなく、古代ベルカを生きたものとしての、確固たる真実として伝えてくれたのだ。

 溢れる涙が止まらない。

 ザフィーラはそんな少女の様子を、ただ黙って見守っていた。ここは想うままに泣かせておくべきだと判断したから。



 しばらく泣き続けたアインハルトだがやがて落ち着き、涙をぬぐいながらザフィーラに感謝を述べる。ザフィーラの見つめるその瞳のまわりは赤く腫れていたが、とても綺麗な表情をしていた。
 
 「申し訳ありません、お見苦しいところをお見せして……」

 「いや、その涙は流しておいたほうが良い。こうしたときに流す涙は、けっして悪いものではないのだからな」

 「ありがとうございます、貴方はお優しいのですね」

 その言葉は、以前にも誰かに言われたことがある言葉だ。あれは確か――

 
 ―――ありがとうザフィーラ。お前は昔から、優しいな―――

 (ああ…… そうだったのか)

 ザフィーラは理解した。なぜ自分がこうもこの少女を気にかけたのか。なぜ放っておく事が出来なかったのか。

 (お前に似ているのだな、リインフォース)

 思いつめやすい気質、物静かなようでとても頑固なところ、どこか考え方が悲観的なところ、そして悲しい過去を常に振り反ってしまっているところ。

 かつて己の側にいた、大切な女性と似ていたのだ。少女の過去に縛られ思いつめていた瞳は、かつて見たリインフォースのものと同じだった。だから、こうもこの少女に深い愛情をもって接していたのか。

 ならば、この出会いもまた私にとっての祝福だ。お前が私達が歩む未来をくれたように、お前に似た少女に歩むべき未来を示してやれたこと、これに勝る誉れは無い。

 自分の顔を見ながらじっと動かないザフィーラをみて、一体どうしたのかとアインハルトは心配した。

 「あの、どうかしましたか?」

 「ああ、いや…… 以前お前に似た者から同じようなことを言われたことを思い出しただけだ」

 「良かった…、何か気に障るようなことを言ってしまったのかと思いました」

 「そんな事は無い、いらぬ心配をかけさせてすまなかった。そして私からも礼を言おう」

 「い、いえそんな、私はご迷惑をかけてばかりで、お礼を言われることは何も……」

 いきなり礼を言われたことで、慌てる少女に、ザフィーラは静かな笑みを浮かべ、少女頭に手を置いた。
 
 「いや、言わせてくれ。ありがとう、お前のおかげで、果たせないと思っていたことが果たせたように思える」

 リインフォースも、主の側で幸せに過ごして欲しかった。僅かな時間でも彼女は幸せだったことは確かだし、その魂はツヴァイに受け継がれてるが、それでもザフィーラは彼女の幸福な時間がもっと続くように守ってやりたかった。

 しかしそれは彼には不可能なこと。どうしようもないことだったのだ。しかし今日この少女と会えたこと、少女と話したことで、胸の奥底に沈んでいた悔やみが消えたように思える。これも彼女の祝福だろうか。

 「本当に、心から礼を言う……」

 ザフィーラの瞳が夕日の淡い光に小さく輝いた。
 




 だいぶ日も落ちてきたので、ザフィーラは少女に帰宅を促がし、交通ターミナルまで送って行くことにした。

 途中、アインハルトがよろけたので、彼は少女を抱き上げてターミナルまで運んでいくことにした。抱き上げられたアインハルトは顔を真っ赤にして固辞したが、ザフィーラに「無理はいけない、それほどの距離でもないし、何よりお前は軽い」と見当違いの返答をされたので、コレは何を言ってもダメかなと諦めた。

 とはいえ、俗に言う「お姫様だっこ」で街中を運ばれるのは恥ずかしい(ザフィーラはその辺を理解してくれてないが)、しかし、逞しい彼の腕の中にいると、なんだかとても落ち着く気持ちになってくる。もちらん、恥ずかしさが無くなったわけではないが。

 しばらくして、ターミナルが到着したのでザフィーラは少女を降ろした。そして、いちどしっかりと診てもらっておけ、忠告をする。一方のアインハルトはまだ頬を赤かくしたまま頷く。降ろされたことで恥ずかしさからは解放されたが、どこか残念な気持ちもあった。しかしそれは彼女だけの秘密だ。

 そうしているうちに、バスが来たので、2人は別れの言葉を交わす。

 「今日は本当にありがとうございます。何から何までお世話になりました」

 「いや、私はとくに何もしていないさ」

 「そんなことはありません。今日貴方と会えたことで、私はこの先自分がどう歩んで行くかの導を得たと思います、本当に、ここで貴方に会えて嬉しかったです」

 「そうか、私も、お前に会えてよかったと思っている」

 そう言って握手を交わす。少女の柔らかい小さい手は、彼の逞しく堅い手に包まれるような形になったが、これは友誼をかわす証とだ互いに思っている。

 「またご指導してもらいに来てよろしいでしょうか」

 「構わない、いつでも来るがいい。ただそのときはお前の師に一言いっておけ」

 「はい、わかりました。必ずまた伺います」

 実は、アインハルトの先生役をしているノーヴェの姉スバルに格闘技を教えたのはそのまた姉のギンガで、そのギンガはザフィーラを師と仰いでいるという奇妙なつながりがあったりする。

 そして2人は分かれる。バスの乗って出発した後もアインハルトはザフィーラの方へ一礼していた。最後まで礼儀正しい少女だった。




 八神家へ帰る道を歩きながら、ザフィーラは先ほど別れた少女に言ったことを思い返していた。彼もまた己を今よりも強くしたいと思っている。そのために毎日拳を鍛えているのだから。

 守るべき者を守るための拳。そのための守護獣。

 守るべきは主はやてだけではない、シグナム、ヴィータ、シャマル、自分と同じ夜天の騎士たちもまた彼が守るべき者たちだ。無論ツヴァイとアギトも。

 だが、特にシグナム、ヴィータ、シャマルたちを強く守りたいと思う。己と同じく闇の書の中で終わらぬ殺戮の日々を送ってきた同胞達。感受性の強いヴィータにはどれほどの苦痛だっただろうか。

 そんな彼女達も、今はもうプログラム体ではなく一個の生命体だ。しかし、プログラム体で無くなったということは、一度命を失えば2度と復元できないということを意味している。それ故に、主は彼女達が無理をしようとすると固く止めるのだ。たった一度の命なのだから。

 だが自分は違う、確かに一個の生命体になったがそれでも己は守護の獣だ。この身が果てても、再び守護獣の契約を結べば復活できる。その場合は正式な契約になるので、主の魔力に負担を掛けてしまうが、それでも『ただ一度の命』でないのだ。

 主の騎士たちのなかで、誰かが命を賭さなければならない時は、それを担うのは己であると、彼はずっと前から誓っている。

 3度目は起こさない。必ずや守護の務め、果たしてみせる。主と友をこの命で守る。

 そう改めて己に誓いを立てるザフィーラ、そこへ懐かしい声が響いた。


 ―――相変わらずお前は優しいのだな。だが、あまり無理はしないでくれ、お前も幸福でないと意味が無いのだから。――― 


 幻聴だろうか、いやそんなはずは無いと彼は思う。今のは紛れもなく、かつて彼が失った掛け替えの無い存在の声だ。

 彼女は形を失った今でもまだ、自分達を見守ってくれているのだろう。その事実に、ザフィーラの胸が熱くなる。 

 かつても彼女は己を優しいと、そう評した。ならば自分もまた、そのときに返した言葉を言おう。


 ―――お前ほどでは、ないさ―――


 そこへ一陣の風が吹き、ザフィーラを包み込んだ。心が落ち着く穏やかな感触の風、そう、まるで彼女のような。

 祝福の風の優しさに包まれながら、盾の守護獣は、守るべきものたちが待っている家への道を歩いていった。


―――――――――――――――――――――――――

 あとがき

 以上、ザフィーラ×アインスでお送りしました。この2人は恋人とか夫婦とかいう次元より遥かに強い魂の絆で結ばれてると思います。アインハルトが横になってる時に、とても穏やかな気持ちになれたのは、ずっとアインスが彼らの傍にいたから、という裏設定があったり。
ゲームやったことがある人には分ると思いますが、この話の時系列はアニメ準拠ではありません。
 2期→ゲーム(ザフィーラシナリオ)→3期→4期となっております。まだゲームをやってない方は今すぐザフィーラシナリオをやりましょう、ゲームを持ってない人はニコ動でプレイ動画を見ましょう。
 なのでけっこうゲームでザフィーラさんが使ってるセリフがあったりします。
 最後のアインハルトを送るシーンですが、狼形態になってアインハルトをもののけ姫にするパターンも考えましたが、今回は全編通して人型で統一しようと思ったので、こうなりました。狼ザッフィー好きな人にはごめんなさい。
 ちなみに、狼というのは生涯を通して一匹の雌しか愛さない動物だそうです、つがいになるまでの時間も、数週間から数ヶ月かけて愛を育むのだとか。そして凶暴なイメージがありますが。気性は穏やかな生き物で、家族に対してすごく情が深いのだとか。ザフィーラは正しく狼というわけですね、そしてザフィーのハーレムルートは不可能と。「男はみんな狼」ということは「男は皆生涯1人の女性しか愛さない」ということになります。
 ちなみに中編の途中までは少年の見た目だったのですが、全然そんな感じしませんね。ザフィーラは少年形態になっても、人一倍母性本能が強い某執務官のセンサーは反応しません。物静かで、重厚な雰囲気の少年のどこに母性本能をくすぐらせる箇所があるだろうか。
 最後に、この話を読んでくださって有難う御座います。書きたいことを全て書けたので、自分としては大満足です。
ViVidは現在進行形で進んでいるので、これは一つのifということでお願いします。


 あと、この話とらハ板にある以前書いた短編と一緒にしようと思うのですが、この話はとらハ板において良い出来でしょうか?
 



[25031] 祝福の風と守護獣 (Ifの世界) 前編
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:d4205fa0
Date: 2011/01/04 08:12

  祝福の風と守護獣 (Ifの世界) 前編


ミッドチルダの首都クラナガンの一画にある時空管理局の機動六課の隊舎の寮内で、一人の少女が遊んでいた。

 少女の名前はヴィヴィオ。ファミリーネームはわからず、素性もはっきりしない。危険物に指定されているロストロギア”レリック”をくくりつけられていたこと、そして人造生命体であることなどが考慮され、一時は危険視されていたが、少女の様子から特に危険性がないことが予測されるので、とりあえずは六課で身柄を預かることが予定されていた。

 少女は正確には遊んでいるわけではない、目の前に用意された遊具やぬいぐるみたちを、手持ち無沙汰なのでいじっているだけだ。彼女のなかで心を許せると思った2人の人物、高町なのはとフェイト・T・ハラオウンの2人が立ち去り、幼い少女の心は不安で一杯になっていた。
 
 しかし、そんな少女の不安な心も、時間とともに徐々に薄れていった。その理由は隣にいる女性が原因だろう。

 他の人たちが立ち去ったあと、隣の女性と2人で残されたヴィヴィオは当然のこととして、気持ちが穏やかではなかった。自分の側にいる女性が、自分に優しい人かどうか分からないからだ。彼女が発見された状況と、記憶がはっきりしない現状を鑑みれば無理はない。

 そして隣の女性は、初めに「おいで」と言って自分を隣に座らせ、ホットチョコを淹れてくれたあとは、ただずっと静かに隣に座っている。先ほどまでいた何人かの人たちと違い、自分に話しかけては来ずに、ずっと座っているだけである。

 美しい銀の髪は揺れるたびに細雪のような輝きを生み出し、その瞳はルビーの宝石のように紅く、目鼻立ちはとても整い、まるで見事な人形のような容姿だ。

 だが冷たい印象はまるでなく、時折ヴィヴィオが顔を見ると、その顔は静かな微笑みを浮かべたまま自分を見つめていた。その微笑がとても綺麗で優しいものだったためか、幼い少女の心から徐々に不安がなくなっていく。この隣の人は自分を傷つけることはない、という感じがするのだ。

 ヴィヴィオがホットチョコを飲み干したのを待っていたのか、女性は話しかけてきた。

 「落ち着いたか? 心細いこととは思うが、安心してくれていい。ここにはお前を傷つけようとする者はいない」

 見た目どおりの落ち着いた静かな声。まだ幼い少女に話しかけるには少々口調が固すぎる感はあるが、その内容は間違いなく少女の心を気遣うものだ。

 そんな女性の様子に安心したのか、ヴィヴィオはおずおずと話しかけた。

 「……あの、おなまえ、なんていうの」

 遠慮がちに話しかける小さな子の問いに、女性はすっと顔を少女の目線と同じに下ろすと、やはり優しげな笑みで答えた。

 
 「リインフォース。私はリインフォースと言うんだ。よろしくな、ヴィヴィオ」


 

 祝福の風リインフォース。彼女は古代より伝わる魔導書”夜天の書”の管制融合騎である。いや、元融合騎と言うべきか。10年前に彼女はその力のほとんどを失い、融合騎としての能力は彼女の名を継ぐ”妹”に継承された。
 
 本来は闇の書の防衛プログラムを再生させないため、その要となっている彼女もともに消え去るはずだったが、一人の天才と一人の努力の天才が無限書庫にて古代ベルカの魔導について調べつくし、なんとか彼女と防衛プログラムとの完全な切り離しに成功した。そのことで主たる八神はやてを筆頭に他の守護騎士や、友人の少女2人も大変喜んでいたが、感謝を受けるべき少年2人は、疲労が一気に噴出したのかその場で倒れこんでいた。その後、某執務官は初めて長期休暇をとり、高町家では1週間眠り続けるフェレットが目撃されている。

 そういう経緯があり彼女は今この場所にいる、機動六課の隊舎、その寮母として仕事で疲れている皆の帰りを待っているのだ。力の大半を失い、今では主と守護騎士たちとの通信くらいしか彼女にはできない。だが、主は自分がいることを何より喜んでくれるので、今ではこの状態も受け入れている。

 もちろん最初はいろいろあった。そのたびに烈火の将に拳骨を食らい、紅の鉄騎に胸倉を掴まれながら怒鳴られ、風の癒し手にやんわりと窘められ、蒼き狼は静かに今の自分を肯定してくれたのだ。皆が自分に居て欲しいと言ってくれた。



 そして現在、彼女はこの小さな子供の側にいる。もともとは年齢が近いライトニングの2人が残ると言っていたが、2人にも仕事があるだろう、と言ってリインフォース一人で面倒を見ることにしたのだ。妹であるリインの世話をしてきた経験から、彼女は小さな子供の扱いは苦手ではない。

 ヴィヴィオというこの幼子は、ホットチョコを飲んで眠くなったのか、うつらうつらと船を漕ぎはじめている。

 「眠たいのか?」

 「……うん」

 こくりと小さく頷きながら返事をしたヴィヴィオを、リインフォースは寝室へと連れて行った。ベッドに横たえ、毛布をかけてやると、ヴィヴィオはすぐに眠りへと落ちていった。彼女がベッドへ案内し、毛布をかけてやるまで特に抵抗しなかったことをおもうと、少しは自分に心を開いてくれたのだろうか、と破顔した。

 少女を寝かしつけた後、今後のことを考えると子供用の品々をそろえておいたほうが良いと思いついた。この隊舎内にはこの年齢の子供の服はないし、子供の遊び道具になるようなものは無い(あったらあったで問題だが)なのでそれらのものを揃えるために買い物に行こうと判断したが、問題がひとつあった。

 少女が目を覚ましたときに、自分が居なかったら心細い思いをすることになるだろう。そう思うと自分がここから離れるわけにはいかない。しかしこのままの格好でさせておく訳にも行かないので、買い物はしなければならない。さてどうしたものかと思案していると、部屋のドアが開いた。

 「邪魔をする」

 入ってきたのは一匹の狼。リインフォースと同じ八神はやてを守護するヴォルケンリッターの一人、盾の守護獣ザフィーラだった。

 「ザフィーラ、どうした? こんな時間に」

 「主はやての命で、その少女の護衛に付けとのことだ」

 本来ならばまだ仕事中のザフーラがここに来た理由は、この少女の守護であるらしい。子供に好かれやすい彼にはうってつけだろう。彼自身も子供好きなところが在ることだし。

 「そうか、お前がついていてくれるならば、安心だな」

 「期待に沿えるよう、努力しよう」

 今のリインフォースは見た目どおりの繊細な女性の力しか無い。なので何か起こった際には少女を守りきることはできないだろう。

 その点ザフィーラがいてくれれば安心できる。彼はずっと自分たちを静かに見守ってきてくれた守護獣なのだから。

 それに、彼が今来てくれたことは大変助かる。彼が少女を見ていてくれれば、自分はこの場を離れることが出来る。

 「ザフィーラ、早速で悪いがこの子を見ていてくれないか、私は子のこの身の回りのものを用意するために出かけこようと思う」

 「それは構わんが、はたしてその少女が目覚めたときに、いきなり狼がいては驚かないだろうか」

 確かにそうかもしれない。子供に好かれやすいザフィーラだが、起き抜けにいきなり目の前にいては、びっくりして泣き出す可能性が高そうだ。

 「そうれもそうか…… ならば、私は離れるわけにはいかんな。ザフィーラ、お前が行くことはできるだろうか」

 「難しいな。ミッドチルダとはいえ、狼形態の守護獣が買い物をすることができる店は稀だ」

 「ならば、人型になってはどうだ? ハラオウン執務官の使い魔のアルフもよくそうしているはずだが……」

 「だが、私が六課にいる間は狼形態であることが条件だ。局員としての登録も狼形態だからな、人型になっては何かと問題だろう。ただでさえ主は保有人数制限で苦悩しているのだから」

 ザフィーラは狼型で登録されているため、高ランク魔導師保有制限にひっかからない。これは半ば裏技的な措置である、おそらくナカジマ三佐の助言によるものだろう。同じような措置で、湖の騎士シャマルも”医務官”として登録する措置をとることにで、”戦力”ではないとすることによって六課に入れている。実際には出撃したりしていてグレーゾーン一直線なのだが。

 「それもそうだが、買い物に行くくらいは許容派範囲ではないか? 戦力保有者として戦闘行為を行うわけではないのだから」

 「そうだな、私のような存在はそもそもが稀有だから、査察などが入ってもある程度は誤魔化しが利くだろう。買い物に行くくらいは大丈夫かもしれん、おそらくはな」

 「そのあたりの事を聞くとなると、やはりナカジマ三佐だろうか?」

 「あの御仁もなかなか忙しい。この程度のことで聞くのも面倒をかけてしまうだけだ、テスタロッサ執務官に聞いてみよう、法律には詳しいからな」

 そうしてザフィーラはフェイトに通信で念話を送った。もっとも正確にはシグナムを介して伝えたのだが。ザフィーラはフェイトと直接念話をしたことが無かったのだ。

 そしてフェイトから返事が返ってきた。人型になっても戦闘行為をしないのならば、それほど突っ込まれはしないだろうとのことだ。ただし、細かく確認したわけではないのであまり目立つ行動はしないほうが良いとも言っていた。

 「そういうわけだ、買い物には私が行ってくるので、必要なものをリストにしておいてくれ」

 「わかった。そういえば、お前の人型も久しぶりだな」

 ザフィーラは毎日日課として、夜の鍛錬を人型で行っていたが、機動六課が始動してからはその姿は見えなくなった。おそらく人型になることを遠慮していたのだろう。ザフィーラの訓練に付き合って夜の道を歩くのは、リインフォースの日課でもあったのだ。今はそれがなくなって少し寂しかった。

 月明かりの夜の道を2人で歩き、何するわけでもなくザフィーラの訓練の様子を見ることは、リインフォースにとってとても大事な時間だったのだから。

 彼女がそんなことを思っている間に、ザフィーラは白い光に包まれ、逞しい青年の姿へと変わっていた。

 「一応、耳と尻尾も隠したほうがよいのではないか?」

 「ふむ、そうだな、そのほうがかえって私が”ザフィーラ”だと認識されないかもしれん」

 目立つ行動をしないほうが良いといわれたので、むしろ人型の彼をザフィーラだと認識されないほうが都合が良いかもしれないと判断し、耳と尻尾も見えなくする。そうすれば彼が守護獣だと判別する方法は額の宝石しかなくなり、今隊舎に居る人間はおろか、ロングアーチの者たちには彼が誰なのか分かるものはいないだろう。

 そうして彼の姿は騎士甲冑の姿より局員の制服の姿のほうが目立たないだろうと考え、隊舎の中から彼のサイズに合う服を探して着替えて、リインフォースのリストの物を買い揃えるために外に出た。







 シャリオ・フィニーノ執務官補佐は本日到着するはずのデバイスの部品を待っていたが、発送の段階で手違いがあったらしく部品はデバイスルームではなく、寮のシャリオの自室に届いてしまったらしいとの報せをうけた。

 仕方がないのでとりに行ったが、実にケース3つ分の機械部品は重い。非魔導師であり身体強化が使用できない彼女にとっては辛いものがあった。しかも面倒がって一気に3つ持っていこうとしたため、道のり半ばで気が挫けそうになる。

 (失敗したかなあ…… 流石にいっぺんに3つは無理があったかぁ……)

 デバイスルームと寮とはそれほど離れてない、などとタカをくくったのが間違いだった。と既にプルプルと震えてる腕の悲鳴を聞きながら、少々格好悪いが一度ここに置いて、1個1個持っていったほうが良いかと思っていたところへ、聞きなれない声が届いた。

 「その荷物、何処まで持っていくのだ?」

 低い、そして重い男性の声。シャリオはどこかで聞いた事があるような気がしたが、それがどこかは思い出せなかった。そして顔をあげて声を掛けた人物を見てみると、やはり見覚えが無い男性が紙袋を抱えて立っていた。

 白に近い銀髪で目鼻立ちはスラっと整っている。おそらく185以上ある長身で、素人目にも分かる逞しい身体を局員制服に包んだ人物だ。額の宝石はなにかの魔法紋だろうかとシャリオは思った。

 「見たところ、お前が抱えていける重さでは無さそうだ。デバイスルームまでか? 問題がなければ手伝おう」

 いきなりのことでシャリオは驚いていたが、どうやらこの人物は手助けを申し出てくれているようだ。しかし面識の無い人物にそんな手間を掛けてしまうのも申し訳ない、だけど今この人物は”デバイスルームまで”といった。つまりこの人物は自分のことを知ってる? でも自分はあったことは無い、記憶力には自信があるから間違いない。しかもコレだけ特徴的な人なら忘れるはずが無い、一体どういうことだろうか?

 などとシャリオが思考のスパイラルに入っている間に、ヒョイっと荷物を持たれてしまった。
 
 「デバイスルームで間違いないか? 問題ないならばこのまま運ぶが」

 そう言ってスタスタ歩いていってしまう。自分が両手で持っていてもすぐに限界が来ていた機械備品が詰まったケース3つを、器用に、そして軽々と片腕で抱えて持っていってしまった。いまだ彼が何者か分からないが、制服を着ているということは管理局員だろうし、少なくとも悪意があるようには感じられない。善意の協力だろうということで、シャリオは成り行きに任せて荷物を持っていってもらうことにした。



 そうしてデバイスルームまでの道のりを2人で連れ立って歩いていたが、途中ルキノやアルトの奇異の目で見られてしまった。どうやら2人ともこの男性に見覚えは無いようだ。そして当の男性は終始無言だったので、人懐こい性格のシャリオといえども彼の重厚な雰囲気の前では気軽に話しかけることは出来なかった。

 そして一度も言葉を発するまもなく、デバイスルームに到着。彼は躊躇するでもなく荷物を持ったまま中に入っていってしまった。

 「着いたな、これは何処に置けばいいのだ?」

 「え、あ、はい。こっちの机の置いていただければ……」

 いきなりの問いに、すこし慌ててシャリオが答えると横合いから幼い少女の声がはいってきた。

 「あ、おかえりです~~ ってアレ? ザフィーラ? どうしてここにいるですか?」

 「ああ、お前の姉に頼まれたものを買いに行っていたのだ。その帰りの途中にフィニーノ補佐官が難儀していたようでな、いらぬ世話とは思ったが、手を貸していた」

 「なるほど~ ご苦労様です、それで人型だったのですね。それにしてもザフィーラの人型はひさしぶりですね、お姉ちゃんが喜びますよ」

 「……リインフォースが、か?」

 「はい、お姉ちゃんはその姿のザフィーラが大好きですから! 私は狼さん型のほうがモフモフして好きですけど」

 「そうか、邪魔をしたな、リイン」

 「いえいえ、これからお姉ちゃんのところに戻るですか?」

 「ああ」

 「そうですか、お姉ちゃんに女の子のお世話頑張ってくださいと伝えてください、それと、お姉ちゃんのこと頼みますね」

 「了解した」

 そういってザフィーラはデバイスルームから立ち去っていった。そのまま仕事に戻るリインだが、シャリオの方は呆然としたまま扉の横で立ったままだった。

 「どうしましたシャーリイ? ポカンとした顔してますよ?」

 「え?、今のザフィーラって…… え、ええっ!!?」

 「あれ、そういえばシャーリイは見たこと無かったでしたか。ザフィーラは人型になれるんですよ~ 格好いいでしょう、あのザフィーラ。狼さんの時もカッコイイですけど」

 「はあ……まあ確かに……」

 確かにそうは居ない美丈夫だとは思うが、それ以上にシャリオの中は驚愕の感情で一杯だった。今まで大きな賢い犬のように思っていた存在が、いきなり長身の男性になっていては誰もが驚くだろう。

 実際、あとで知ったアルトとルキノも非常に驚いていた。ヴァイスは知っていたらしいが。



 一方のザフィーラは、同じ隊の者が困っていたとはいえ、目立つ行動はしないといったのにも関わらず軽率な行動をとってしまった、と自省していた。

 しかし、困っている様子の人を見ながら、それを黙って見過ごせることは彼には出来ない相談だっただろう。








 「すまない、遅くなった」

 「いや大丈夫だ。この子もまだ目を覚ましていないからな」

 デバイスルームから戻ったザフィーラは頼まれたものをリインフォースに渡しながら、遅くなったことを謝罪した。それに対しリインフォースも別段気にする様子も無く答える。

 「フィニーノ補佐官を手伝って、デバイスルームに部品を運んでいたので、時間を喰ってしまったが、その際リインがその少女の世話を頑張ってと言っていたぞ」

 「そうか。フフフ、これは責任重大だな、妹の応援に応えないわけにはいかなくなった」

 そういって笑うリインフォースを眺めていると、ふとリインの言葉を思い出した。

 ――お姉ちゃんはその姿のザフィーラが大好きですから――

 誰よりも姉の事が好きで、誰よりも姉のことを見ているリインの言うことなので、間違いではないだろう。目の前の女性とは、心の奥で伝わるものがあることを感じていはいるが、それを形にしたことはこの10年で一度も無かった。

 彼はこの機会に、意を決してそのことを聞いてみることにした。

 「リインフォース、一つ聞いていいだろうか」

 「なんだ?」

 「これから私はその少女の護衛に就くことになる。なので世話係りであるお前とも共に居ることになるだろう。その場合、私は狼形態ののうほういいか、それとも人型がいいのか、どちらだろう」

 「そう……だな…… この年齢のこどもなら、やはり狼のほうが親しみが持ちやすいとは思うが……」

 「いや、そうではなく、お前はどちらの姿の私の方がいいと思うのか、それを聞きたい」

 リインフォースは驚いた。彼は今、自分がどちらの彼で居て欲しいのかを聞いている。いままでザフィーラがこうしたことを聞いたことは無かったから、とっさのことで言葉が出てこない。だが、胸の奥からふつふつと喜びの感情が湧いてきているの感じた。彼は、自分の気持ちを知りたいと言ってくれたのだから。

 「……私は、人型のお前のほうが……良い……」

 気恥ずかしい思いが出たのか、最後のほうは消え入りそうな声になってしまった。しかし、ザフィーラにはしっかりと聞こえたようだ、魔法で見えなくしているとはいえ、彼の耳は狼の耳なのだから。

 「……わかった。一応、主はやてに可能かどうかを聞いてみよう」

 「そうか、そうなってくれたら、……嬉しい」

 やはり最後は消え入りそうになってしまう。こういう展開の免疫は全くない彼女だった。

 「私も、お前がそう思ってくれることを、嬉しく思う」

 「え……」

 やはりザフィーラも気恥ずかしいのか、声が小さくなっていた。良く考えれば、普段から寡黙な彼にしてみれば、このような話題を振ること自体が結構な冒険だったのかもしれない。

 「そ、そうか……」

 「ああ……」

 滅多に無い会話を交わしたためか。互いにどこか緊張してしまっている。そしてしばらく無言で居たが、リインフォースとザフィーラが同じタイミングで相手を見ると、当然のごとく目が合った。そうして互いの瞳を見つめていると、自然に落ち着いた気持ちになり数秒の見詰め合いのあと、2人とも微笑が口に浮かび緊張がほぐれていった。

 「しかし、そうなるとやはり問題か、女子寮の中を男がうろつくわけにもいかんだろう」

 「そうかもしれんが、どうだろうな。狼だろうと人型だろうとお前はお前だ。ここに居ることには変わらない」

 「そうだが、やはり視覚的なものは大きいからな。」

 「別に、お前は不埒な考えがあるわけではないし、女性にたいしてそういう感情を抱くことはないだろう?」

 「もちろんだ、不埒な考えなどは起こさん。だが……」

 そう言って言葉を切り、黙り込むザフィーラの様子を、リインフォースは怪訝に思った。こんな風に歯切れの悪い彼の様子はあまり見た事が無い。

 「どうした? ザフィーラ」

 しばらく目を閉じ黙っていたザフィーラがだったが、真剣な表情でリインフォースを見つめ、真っ直ぐに自分の思いを口にした。

 「女性に対して愛情を抱かない、ということは無い。愛情を抱き、契りを交わしたいと思う者は、いる」

 そう言うザフィーラの視線は、ただじっとリインフォースを見つめている。それは、彼が誰を想って言った言葉かを何よりも表していた。
 
 「…………」

 想いを込められた言葉をうけたリインフォースもまた、じっとザフィーラを見つめ返していた。胸がつまっているのか言葉が出てこない。しかし、ただ見つめあうだけで分かる。相手ががどれほど自分を想ってくれているかを。

 徐々にリインフォースの瞳が潤みを帯びてきた。嬉しさからか、それとも感情が高まっているからか、しばらく見つめて合っていた2人は徐々に距離を縮め、その距離が0になろうとした時に、幼い子供の声が響いた。

 「ん、んん、う~~ん」

 どうやらヴィヴィオが起きたようだ。2人の声は静かなものだったので、これは自然起きたと思っていいだろう。しかし、もしできるものなら空気を読んで欲しかった。

 「お、起きたかヴィヴィオ。どうだ、気分はいいか?」

 「うん、えへへ~ なんかとってもすっきりしたぁ」

 「そうか、それは良かった」

 一瞬タイミングの悪さを心の中で嘆いたが、それをこの幼子に言っても仕方が無いので、気を持ち直し優しく対応する。

 リインフォースの対応に笑顔でいたヴィヴィオだったが、ザフィーラの姿をみて、少し警戒した様子になる。

 「そのひと、だぁれ?」

 「その人はな、ザフィーラというんだ、私の……私の大切な人で、お前と私を守るために来てくれたんだぞ」

 「まもって、くれるの?」

 「ああ、どんな怖いやつが来たってやっつけてくれる」

 「そっかあ、つよいんだね」

 そういって可愛らしく笑うヴィヴィオ、ザフィーラに心を許したというより、心を許したリインフォースが好きな人に悪い人は居ない、という結論に達したのだろう。

 そしてザフィーラも、できるだけ怖がらせないように、しゃがみ込んで目線をヴィヴィオと同じにし、微笑を浮かべて挨拶した。

 「ザフィーラだ、よろしくな」

 「うん!」

 ザフィーラの笑顔に安心したのか、ヴィヴィオは笑顔で頷いてくれた。元々、彼は子供に好かれやすい気質だった。狼でも、人でもそれは変わらない。
 
 そんな2人の様子をリインフォースは優しげな表情で見守っていた。
 

 
―――――――――――――――――――――

 また懲りずにザフィーラ×アインスを書きました。一話完結にする予定でしたが、また前後編になりそうです。予定では後編は前編より短くなると思います。あと次の更新がいつかは未定です。そう遅くならないうちに書こうとは思いますが。
 しかし私は恋愛描写なんてものがうまく書けないので、つまらないと感じた方には申し訳ありません。いや、ほんとに無謀な挑戦だという事は分かってはいるんですが、ザフィ×アインのSSはホントに少ないので、「じゃあ、自分で書こう」なんて思ってしまいました。
 前回が割合受け入れてもらえましたが、今回はどうですかね?

 ちなみに作中の中で、アインスは「リインフォース」、ツヴァイは「リイン」という名前の設定です。
 

 

 
 
 
  



[25031] 祝福の風と守護獣 (Ifの世界) 後編
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:4c237944
Date: 2011/01/05 20:42
祝福の風と守護獣 (Ifの世界)後編


 ザフィーラがヴィヴィオの護衛役に就いた日の夜、彼は隊舎のトレーニングスペースで六課に来るまでは毎日の日課としていた夜の鍛錬を行っていた。

 その傍らには、以前の時からずっとそうしてきたように、リインフォースがベンチに腰掛け、静かにザフィーラの様子を見つめていた。

 ザフィーラにとっても夜の鍛錬の時にリインフォースが見ているのは自然なこととなっていたので、何も気にすることなく身体を動かしながら、数時間前、主である八神はやてとの会話のことを思い出していた。






 

 「ええと思うよ、狼でも人型でもザフィーラはザフィーラやからなぁ、その辺を気にする娘も、うちの隊にはおらんと思うし」

 ヴィヴィオの護衛に際し、有事の時に対応するために人型になっていてもいいか、という問いに対しては『戦闘行為をしなければ問題ない』との回答を得られたので、続いて人型の自分が女子寮を徘徊していては、気分を害する者がいるのでは、と聞いてみたところ、実にあっさりと答えが返ってきた。

 「しかし、本当によろしいのでしょうか」

 「う~ん、流石に個室とかは入ったらアカンけど、その辺は同姓でも同じやしな。一応皆に確認取るけど、多分大丈夫やと思うよ」

 「そうですか、しかしなるべく狼で居るよう心がけ、人型でいる時はリインフォースと共にいる時のみにしようと思います」

 そのザフィーラの言葉を聞いたはやては、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに穏やかな笑顔になり、その表情に似合う優しげな声で話かけた。
 
 「私に気を遣って日課まで止めてくれたザフィーラが、なんで急に人型になったんか、と思ってたんやけど。そうか……リインフォースのためなんやね」

 「いえ…… あくまで私がそうしたいだけです」

 「隠さんでもええよ、ザフィーラの性格もリインフォースの性格もわかっとるから」

 はやては分かっている。別段リインフォースが人型でいることをせがんだ訳でもなく、ザフィーラが積極的に彼女の前に人型でいたいと思っているわけではないことを。
 
 ただ、リインフォースとしては、どうせ側にいるなら人型でいて欲しい、という想いをザフィーラが酌んだということだろう。

 ずっと前からこの2人を見ていたはやてには分かっている。2人の間にある想いが、単なる家族としてのものではないことを。ただ、恋人の雰囲気ともまた違うのだが。

 当然、このことははやてだけでなく、他の八神家の面々も承知だ。当の2人は特に隠そうとしなかったし(夜の決められた時間に常に2人で出て行くのだから)、それに気づかないほど彼女達は感情の機微に疎くも無い。

 あくまで2人の問題だ。横合いから口を出すのは野暮というものだろう。とは烈火の将の談。

 あたしは別に関係ねーし、あの2人のことだから、べつに気にしちゃいねーよ。とは紅の鉄騎の談。

 風の癒し手は、初めは2人の様子をもどかしそうに見ていたが、やがて同胞2人と同じように見守ることに決めた。

 夜天の主もまた、2人を黙って見守っていた。2人とも騒がしさや積極さとは対極にある性格なので、会話が弾むことなどは無かったが、やはりそこには互いのことを想い合う様子が見て取れた。

 10年間特に無かった進展が、ここに来て現れたのは、ザフィーラが日課を止めた事が原因の一つかもしれない。今までずっと続いていた2人の時間が無くなったことで、互いの存在の大きさを改めて知った、というところだろうか。

 まあ、形にしていなかっただけで、絆の深さはすでに熟年夫婦並になっていた2人だ。きっかけさえあれば、というところのほうが大きいだろうとはやては思っている。

 「でも、そうかぁ…… 私は嬉しいよ、ザフィーラがリインフォースのことを想ってそうしてくれるのが」

 リインフォースはずっと過去の負債を気にしていた。別段彼女の責任ではないと誰もが言っていたが、彼女の性格からか、彼女は常に自分を責めていた節がある。融合騎としての力を失い、はやてを守る力が今の自分には無いことを自覚していた事がさらに拍車を掛けていただろう。

 はやての周囲の女性の中では珍しく、もともと彼女は根が悲観的なところがある。そのうえ責任感が強いので、全部自分のなかに溜め込んでしまう気質の持ち主なのだ。芯の強い女性ではあるが、強力な力を持っていた時でさえ儚げな雰囲気があったのだ、見た目相応の力しかない今では尚更だろう。
 
 その繊手はもはや岩を砕くことも海を割ることも無く、ただ家族のために暖かい料理を作ることに振るわれている。

 リインフォースが強い心の女性であることは知ってはいるが、彼女には支えとなってあげることが出来る人物がいたほうが良いと、はやては思う。そして、それに相応しいのは無論目の前の人物だろう。彼ならば、繊細なリインフォースを黙って、されどしっかりと支えてくると確信できる。そういう安心感をザフィーラは持っていた。10年一緒にいるのだ、わからぬはずが無い。

 「お心遣い、感謝します」

 はやてが何を思っているのかを察したのか、ザフィーラが礼を言う。そんな彼にはやては、相変わらずよう見とるなぁ、と内心苦笑する。

 「リインフォースのこと、頼むよ。あ、もちろんヴィヴィオのこともな」

 「はい、命に代えても守り抜きます」

 「あかんよ、ザフィーラが死んでもうたら、リインフォースが悲しむどころじゃ無くなってうんやから。泣かせるようなことはしたらダメや」

 「肝に銘じます」

 そういってはやては満面の笑顔をザフィーラに向け、ザフィーラもまた彼には珍しく笑顔で応えた。







 
 身体を動かしながら、やはり思う。自分達は素晴らしい主に巡り会えたと。彼女を主とできることは、彼女の守護獣として仕える事が出来るのは、とても幸運なことなのだと。

 あの優しい主がいるからこそ、自分と彼女は今こうして、同じ時間を同じ場所で過ごす事が出来るのだ。

 予定していた鍛錬を終えたので、彼が構えを解いた時、傍らのリインフォースが話しかけてきた。

 「今日は、星が良く見えるな」

 「ああ、美しい夜空だ」

 今日の夜空は雲ひとつなく、美しい星々が煌々と輝く月と共にちりばめられている。

 「こうしてお前と2人で夜空を眺めるのも久しぶりだ」

 「六課結成以前だから、かれこれ4月ぶりか」

 あまりたいした事が無い時間に思えるが、10年間欠かさずにいた日課、2人の時間がなくなったことは、わずか4ヶ月といえども長く感じられるものだ。

 ザフィーラはリインフォースの座っているベンチに歩み寄り、その横に腰掛ける。やはりそれは珍しい行為で、今までは会話をする時は、家に戻る道を歩きながらがほとんどだった。

 「今日のお前は、楽しそうだったな」

 目線は夜空を見ているが、言葉は無論リインフォースに向けられたものだ。

 「そう、だったか?」

 思いがけないザフィーラの問いに、リインフォースは尋ね返す。自分ではそういう感覚はなかったが、思い返してみるとそうかもしれないと考える。

 言われてみると、心当たりはいくつかあった。

 「あの少女の世話を任されて、久しぶりに、主のお役に立てたように思えた。だから、自然と気持ちが浮き立っていたのかもしれない。それに…… その…… お前とも一緒だったから……」

 最後の方はやはり消え入りそうな声だったが、やはりザフィーラには聞こえていた。そのあたり、彼女は彼の耳のよさを失念しているのかもしれない。

 「そうか……」

 「あ、ああ……」

 しばらく無言。昼間の焼き増しのような状態になってしまった。どうもこの2人はこういう状況にまるで免疫が無いようだ。しかし、かといって免疫がありそうな人物が彼らの周囲にいるかと言われれば疑問だが。

 そんな何処と泣く気恥ずかしい沈黙を破ったのはザフィーラだった。その目には真摯な色が浮かんでいる。

 「先ほどの言葉……」

 「えっ?」

 「先ほど言った”久しぶりに役に立てた”という言葉は、間違いだ」

 「ザフィーラ……?」

 リインフォースが伺うように答えると、ザフィーラは彼女の方に顔を向け、真っ直ぐにその紅い瞳を見つめる。その大きなルビーの宝石のような美しい瞳にはザフィーラの顔が映り、反対にザフィーラの同じく紅い瞳にはリインフォースの顔が映っている。

 「お前が主の役に立っていない、などということは無い。お前が家で待っていてくれる事がわかっているから、帰れば暖かい料理で迎えてくれる存在がいてくれるから、どんなに辛い仕事でも頑張る事が出来るのだ」

 どれほど身体に疲れていても、どんなに精神的に辛い時でも、家に帰れば、必ず優しい笑顔で待っていてくれる存在がいる。それがどれほど自分を初めとした家族達の支えになっているか。

 主を初めとした自分達の立場はあまりいいものではない。もう過去のこととはいえ、”闇の書”の名前は管理局にとって簡単に無視できるものではないのだ。

 そんな環境のなかで、彼女の存在がどれほど皆を助けてきただろう。祝福の風に包まれた家は、常に家族の皆に憩いをあたえてきたのだから。

 それを理解していないのは、おそらくこの女性だけだろう。

 「お前は十分に主の役に立っている。他の誰よりもな」

 「そう……だろうか…… しかし、私は」

 「主の牙となり、盾となることは私の務め。それはシグナムたちもまた然りだ。だが、主に憩いを与えることはお前にしか出来ないことだ。お前はしっかりと主から必要とされている」

 「・・・…そうか、ありがとう、そう言ってくれて嬉しい」

 そう言ってリインフォースは視線を下ろし、口元に弱々しい笑みを浮かべた。

 ザフィーラはそんなリインフォースの様子から、彼女が自分の言葉を気遣いから出たものだと思っていることを感じ取った。やはりこの女性は自分を過小評価する嫌いがある。

 このまま言葉を重ねたところで、彼女が納得することは無い、そう思った彼は、ならば真っ直ぐに己の想いを伝えようと、そう判断した。

 再び視線を夜空に向け、静かに語りだす。

 「少なくとも、私にはお前が必要だ」

 「あ……」

 全くの不意打ちのような言葉に、リインフォースは呆とした表情で俯かせていた顔をあげた。

 「私の側に、居て欲しい」

 「ザフィ、ィラ……」

 リインフォースの瞳から大粒の涙が零れ、彼女はザフィーラの胸に縋りつくように飛び込んだ。
 
 「わた、しも、お前の側に、居た、い」

 涙を流しながら彼女はザフィーラに抱きつく、この温もりから離れないように。

 涙を流すリインフォースを彼は抱きしめる、この温もりを離さないように。

 互いに育んできた愛情を確かめ合うように抱擁を重ねる2人を、夜空に輝く星達だけが知っていた。

 

 

 それから3日後、2人はクラナガンの街へ出かけていた。用件は先日と同じくヴィヴィオの身の回りのものの購入だ。前回ザフィーラに買ってもらったものは、急ぎだったこともあり、必要最低限のものだった。

 しかし、リインフォースはヴィヴィオに色々な服装をさせてあげたいし、おもちゃの類も買ってあげたい。なので改めて買い物に行くことにした。その旨をザフィーラに伝えると快く応じてくれた。

 本当はヴィヴィオを連れていきたかったが、ヴィヴィオはまだ隊舎外に出さないほうが良いとのことなので、無理だった。

 今日はフェイトが午前中非番なので、彼女にヴィヴィオのことは任せ2人で街に繰り出した。荷物を持つことを考えて、当然ザフィーラも人型になり、格好も私服(以前はやてが買ってくれた)に替えている。

 ヴィヴィオの品物の他に、リインフォースがザフィーラの服を選んだり、ザフィーラがリインフォースに似合いそうな服を贈ったり、六課の皆にお土産を買ったりしたので予想以上に荷物が増えてしまい、結局配達を頼む事になってしまった。

 「これでは、私が来る必要なあまり無かったな」

 ほとんどの荷物を宅配で頼んだので、今持っている物は、ザフィーラが抱えてる紙袋に入ってるヴィヴィオ用のぬいぐるみと、リンフォースが待ってるお土産の菓子だけだ。荷物持ちのために来たザフィーラとしては、お役御免となってしまった心境だ。

 「確かにな、でも、私は楽しかったぞ。こうして、お前と出かけるのは久しぶりだから」

 「そうだな、ミッドチルダに来てからは無い、海鳴に居た頃か、昼間にお前と2人で出かけていたのは」

 「ああ、あの頃はまだ主はやての足が治っていなかったから、よく3人で付き添って歩いていたりもしたな」

 「そうだな、私の背に乗って帰る主を見て、子供達が羨ましがっていた記憶がある」

 「そして、主が小さな子供達に”自分も乗せて”とせがまれたから、その次の時は人型になって背負ったが、こんどはリインが”ずるい”と言ってせがんできたのだったか」

 「懐かしいな」

 「ああ、色々と慣れない事が多くて大変だったが、近所の人たちも良い人ばかりで、本当に楽しい日々だった」

 実は、リインを背負ったザフィーラと並んで歩くリインフォース達3人の様子を、仲の良い親子だと思って眺めていた近所の老人会(ヴィータの知り合い)の姿があったというが、それはヴィータだけの秘密だ。

 六課隊舎へと帰る道を、そうして昔の話をしながら歩いていく。普段は寡黙なザフィーラもこのときはけっこう会話を楽しんできた。

 慣れない生活で起こした些細な失敗や、シャマルの料理で全員K・Oされたこと、主の友人達との交流のこと、シャマルに料理禁止令をシグナムが出したこと、主に魔法の勉強を教えていったこと、シャマルの料理が上達したことを皆で祝ったことなどなど、昔懐かしいことを話しながら、8月の蒼天の下を2人で歩いていく。

 すると、リインフォースが視線を移したほうに、ある光景が写っていた。それは一組の親子で、父親が娘を肩車し、その傍らで母親が笑っている様子だ。

 そんな親子の様子をじっと見ているリインフォースを見て、ザフィーラは尋ねる。彼女が今、何を思っているのかは大体分かるから。

 「ヴィヴィオにしてやると、喜ぶと思うか」

 リインフォースも、ザフィーラがそう聞いてくることを特に不思議とは思わず、普通に言葉を返す。

 「ああ、きっと喜ぶだろう」

 その時の光景は、あの親子たちのように見えるのだろうか、だとしたら嬉しい。彼も、彼女も。

 だがいつまでも立ち止まって眺めているわけには行かないので、再び隊舎に向かって歩き出すと、聞きなれた声が聞こえてきた。

 「あれ、ザフィーラの旦那に、リインさんじゃないですか」

声の主はヴァイス・グランセニック、六課ではヘリパイを務めている男だ。人当たりが良く気さくな性格で、気配りもできる好青年だと2人は認識している。いつも見かける制服ではなく私服で、バイクに跨っている。

 「ヴァイスか、奇遇だな」

 「今日はお前も非番か? しかし”リイン”は妹の名前だと以前も言っただろう。私はリインフォースだ」

 2人の挨拶に、ヴァイスは跨っていたバイクから降り、挨拶を返す。

 「いやぁ、妹さんのほうにはちゃんと役職つけて呼んでますよ、”リイン曹長”って。だから俺としては区別は出来てんです」

 そんな悪びれないヴァイスの様子に、リインフォースは苦笑で返す。もともと是が非でも正さねばならないとも思ってはいないし、この青年は珍しくザフィーラのことも敬称付きで呼んでいる。おそらく、この青年なりの親しみ方なのだろう。

 だが、ふと思いついたことがあったので、聞いてみることにした。

 「そういえば、将のことは”姐さん”と呼んでいたな、ならば私もそう呼んでくれても構わないぞ?」

 「う~ん、シグナム姐さんはまんま”姉御”って雰囲気なんスけど、リインさんは”お嬢さん”っていうか”お姉さん”っていうか、そんな感じなんですよね」

 「フフっ、なんだそれは」

 そういって非難するリインフォースだが、表情は笑顔が浮かんでいる。確かに、シグナムと違い自分はどう考えても”姉御”と呼ばれる気質はしていない。シグナムにはピッタリだが。

 「それで、私は”旦那”か」

 横からザフィーラが口を出す。彼はあまり敬称で呼ばれることに慣れていないので、どこかくすぐったいのかもしれない。とリインフォースは思う。

 「そりゃまあ、リインさんもピッタリと思うでしょ」

 「ああ、同感だ」

 「む……そうか」

 ザフィーラも特に呼び方を無理強い使用とは思わないので、ヴァイスの呼び方を矯正しようとはしない。リインフォースが殊の外楽しそうにしているのも一因かもしれないが。

 「それで、御二人は今日はデートですか?」

 ごく自然にヴァイスは聞いた。昼に私服で2人連れ、というシチュエーションは、一般的に考えればそういうイメージだろう。

 そのヴァイスの言葉にリインフォースは一瞬目を丸くしたが、すぐに穏やかな表情に戻り、自分達の状況を説明する。ザフィーラは特に表情を変えなかった。

 「いいや、買い物の帰りなんだ。結構大荷物になると思ったので2人で来たのだが、大荷物になりすぎて配達にしたのだ。なので2人ともほぼ手ぶら状態になってしまっている」

 「まあ、そういうわけだ。事前の計画が足りなかった」

 デートか、と言われて、実際自分達の状況がそれに類するものであったことを悟っても、特に慌てたりしないところに、ヴァイスは流石年季入ってるな、と内心で感心していた。もしこれがフェイトさんとかなら顔を真っ赤にしながら大慌てで否定しただろう、と意地の悪い考えも浮かんでしまう。

 「なるほどね、いや俺も結構そういうことありますよ、でもお二人がそうなるってのは、なんか新鮮ですね」

 「そうか?」

 「ええ、ま、お二人ともしっかり者のイメージなんで」

 「それは、幻滅させてしまったな」

 「まさか、今までよりより親しみやすくなった感じがして、イイと思いますよリインさん」

 「すまんなヴァイス、気を遣わせたか」

 「いえいえ、そんなこと無いっスよ旦那、本心です」

 「お前のほうは、ツーリングかなにかか?」

 「ああ、俺の方はこれからコイツを整備に出すとこです。この前ティアナに貸しましたけど、そのときからなんま調子が良くなかったんで」

 そう言いながら、傍らのバイクをポンっと叩くヴァイス。リインフォースとザフィーラの目には特に異常は見られないが、やはり素人目にはわから無いのだろう。

 「そうか、引き止めてしまって悪かったな」

 「いえいえ、お気になさらず。2人のデートの様子を見れるなんて、滅多なことではないですから。っとそろそろ行かんと、それじゃまた!」

 時間の約束があったのか、時間表示を見たヴァイスはそう挨拶を残して去っていった。ヘリもそうだが、見事なハンドル捌きだった。

 リインフォースは最後にヴァイスが行ったセリフに対し、苦笑しばがら呟く。

 「全く、デートではないと言ったのに」

 「だが、傍目にそう見えるのかも知れんな」

 彼女は驚いた。その言葉はザフィーラに向けたものではなかったので、返事が来たことも驚いたが、その内容も驚いた。

 ヴァイスに言われた時は、特に慌てることは無かったが、それは2人が静かで落ち着いた性格であることが大きな要因で、元来この2人はこの手もことに免疫は無い。だからといって慌てふためくことは無いが、やはり慣れないことは慣れない。

 しかし、折角そういう風に周りから見えるのなら、そうしてもいいのではないだろうか、という気持ちが彼女の中に生まれてくる。そして、隣の彼は彼女の申し出を断るような男ではない。

 なので、リインフォースは思い切って聞いてみることにした。初心な少女のようにガチガチに緊張するわけではないが、初めてのことなので自然と声も小さくなる。

 「その、ザフィーラ」

 「どうした」

 そんな彼女の様子に、ザフィーラはあくまでいつもどおりに答える。

 「腕を、組んでもいいだろうか……?」

 やはり小さな声、顔はザフィーラには向けずに下を向いている。流石の彼女でも、恥ずかしいという気持ちを無くすことは出来ない。

 ザフィーラはそうした彼女の様子を見て、言葉では返さず、黙って腕も差し出した。

 それを見たリインフォースは顔を綻ばせ、彼の腕に自分の腕を絡ませる。

 それからの帰り道は、隊舎が見えてくるまではずっとその状態でいた2人だった。  










 

 



  
 「リインおねえちゃん、できた」

 洗面所で顔を洗っていたヴィヴィオが笑顔でリインフォースの元にやってきた。その後ろからはザフィーラがついてきている。(リインフォースにとっては)珍しく狼型だ。ヴィヴィオはやはり狼型のモフモフが好きらしい。

 「ああ、よくできました」

 今日は訓練中なのはたちの所までヴィヴィオを連れて行く予定だ。”ママたちのお出迎えをしたい”とのヴィヴィオのお願いを聞き、2人で連れて行くことになっている。

 先日買った、可愛らしいデザインの服にヴィヴィオを着替えさせ、なのは少女時代のように髪を結ってやる。準備が出来たヴィヴィオと一緒に外に出ると、ヴィヴィオがザフィーラにお願い事をした。

 「ザフィーラ、かたぐるまして」

 数日前、ザフィーラとリインフォースで買い物したときに見かけた親子を真似て、ヴィヴィオを肩車してやると大変喜んでくれたので、それ以降毎日のように行っている。ヴィヴィオは狼型も好きだが人型の彼も大好きだった。

 「わかった、落ちるなよ」

 「うん!」

 そして、人型になり少女を肩車するザフィーラ。その横にはリインフォースが寄り添うように歩いていく。その状態のまま訓練場まで足を運ぶ。すると訓練中のメンバーのすこし手前に、2つの人影があった。

 「あれは、シャーリィとマリエル女史か?」

 「そのようだな」

 2人のほうも3人が近づいてきたことに気づいたのか、彼らの方に振り向く、するとマリエルは目を鳩が豆鉄砲くらったような表情で固まってしまった。

 そんなマリエルの様子を怪訝に思いながら、ザフィーラはヴィヴィオを降ろし、リインフォースはヴィヴィオに挨拶を促がす。

 「お久しぶりです。マリエル女史。ほら、ヴィヴィオ、挨拶を」

 「おはようございます。はじめまして」
 
 リインフォースにとっては、妹であるリインが誕生するためになにかと骨折ってくれたマリエルは大切な恩人なので、礼儀正しく挨拶する。その隣ではザフィーラも会釈し、ヴィヴィオもそれに倣ってきちんと挨拶をした。

 なにやら混乱しているマリエルに疑問を持ったリインフォースだったが、その後ヴィヴィオはなのは達のほうへと駆けて行ったので、一旦ヴィヴィオのほうへ注意を戻した。

 マリエルは混乱した。久しぶりにザフィーラの人型を見たので、一瞬誰だか分からなかったのと、まるでリインフォースとザフィーラの子供のように見えた少女が、なのはたちに向かってかけていく際に「ママー」と言っていたからだ。その様子を察してシャリオが解説を入れていた。

 駆け出していったヴィヴィオは何かに躓いたのか、転んでしまった。その姿を見たリインフォースはすぐに助け起こしにいこうとしたが、そこをザフィーラに止められた。

 どうして止める? そんな気持ちを込めた目でザフィーラを見ると、彼は良く見ろ、という目でヴィヴィオたちのほうを見るよう促がす。
 
 彼女が再びヴィヴィオの様子を見やると、なのはがヴィヴィオに来るよう手を広げており、少しの間そうしていたが、やがて痺れを切らしたフェイトが助け起こしていた。

 リインフォースは、ヴィヴィオが向かっていたのはなのはとフェイトのもとなのだから、自分達が行くべきではない、とザフィーラは伝えたかったのだということを悟るとともに、すこし寂しげな表情を浮かべる。

 彼女の表情をみて、心情を察したのかザフィーラが声をかける。

 「やはり、寂しいか」

 ザフィーラの気遣いに答えるように、彼女は笑顔でその問いに答える。

 「寂しい、というわけではないが、やはりすこし残念だな。一緒に居る時間は私の方が長いはずなのに、彼女たちの方に懐いてしまっている」

 「おそらく、刷り込みのようなものなのだろう。忘我の状態でいたヴィヴィオに初めて優しく接したのが高町だ。それゆえに彼女のことを”親”だと強く思っている。もっとも、それだけではない”縁”というものもあるだろうが」

 「私達と主はやてが出逢ったように、か?」

 「ああ、私達にとっての主はやてが、ヴィヴィオにとってのあの2人なのかもしれん」

 「そうか、そういうことなら私が割り込む余地は無いな」

 「高町は割合父性を持っている女性だし、テスタロッサは人一倍母性が強い。バランスはとれているのだろう。子供好きなお前にとっては少々辛かったか」

 「まあ、な。ちょっとフラれた気分だ。子供は、好きだからな……」

 そこへすこし強めの風が吹き、リインフォースの美しい銀髪を揺らす。視線の先では、皆がそろって移動する光景が写っている。それはまるで一つの家族のように見えた。

 「こども、か」

 「どうした」

 なにやら思いつめた様子になったリインフォースを、ザフィーラはいたわるように尋ねた。

 「私にも、子が授かる事ができたら、と、そう考えていたんだ」

 彼女は元々プログラム体で、融合騎であった。今はその力を失っているが、果たして子を授かることが出来るのだろうか。

 しかしザフィーラは思う。この隣に儚げに佇む女性は、先ほど話題に出したテスタロッサと同じ、もしくはそれ以上に母性が強い。それは妹に対する行動で証明されている。何よりも子供の事が大好きだし、祝福の風の名に相応しい優しい心の持ち主だ。彼女のもとに授からずに、一体誰に授かるという。

 「授かるさ、お前に子を与えないほど、ベルカの神々は意地悪くもあるまい」

 ザフィーラらしい落ちついた言葉に、リインフォースは微笑みを浮かべ彼に顔を向け、じっと見つめる。そして今思う気持ちををそのまま口にした。

 「もし……授かることができるのなら、お前の子を、授かりたい」

 万感の想いが込められた言葉。それを受け取ったザフィーラは、リインフォースの肩に手を置き、ぐっと抱き寄せる。

 そうして2人はしばらくの間寄り添い、その後顔を見合わせて互いに微笑んだ後、なのはたちの後を追った。








 余談だが、そのやり取りを目の前でやられた彼氏いない歴がそのまま年齢になる女性2人は、この憤りをどこにぶつければいいのか、とその明晰な頭脳で思案るするハメになった。
 
 






 その数年後、八神家では、末っ子だったリインが「これで私もおねえちゃんです!」と言って喜ぶ光景がみられたという。




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 か、書き終えました。
 恋愛モノなんて書いたこと無いから、なんとなくやまなしオチなしになってしまったような。あっオチはあったか。
 デバイスマスターの2人にはホント悪いことをしました。
 前にも書きましたが、狼は一生で一匹のつがいしか愛さず、愛情を育む期間も長い動物だそうです。まさに、ザッフィーにぴったりだ。絶対に浮気とかはしないでしょう。良かったねリインⅠ。
 ちなみに、この設定では、六課襲撃の時にザフィーラは人型で迎え撃ってます。そしてリインフォースとヴィヴィオをシャマル先生の旅の扉で八神家に転送して難を逃れた感じです。シャマル先生お手柄。一回A’sのメンバーが活躍する襲撃事件のことを書いてみようかなーなんて思ってます、実現するかは分かりませんが。

 なんにせよ、今まで読んでくださった方々には感謝します。ほんとうにありがとうございました。





 



[25031] その日、機動六課(IFの世界) その1
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:4c237944
Date: 2011/01/15 23:33
 ※この話は、以前書いた「祝福の風と守護獣」の設定をそのままつかってます。
 テンポを重視していこうと思うので、細かい描写を省く事になってます。

その日、機動六課(IFの世界)前編


 地上本部襲撃。ミッドチルダの治安組織を襲ったテロ事件が成功したのには、その戦力より作戦内容が何よりの重きを置いた。

 通信を妨害し、各部隊を孤立させ、さらにはSランクを保持する魔導師を高濃度のAMF内に閉じ込めたうえで、混乱している部隊を遠距離召喚によって一挙に出現させた大量のガジェットで潰していく。

 戦争、とくに戦術面においてに、もっとも悪手といえるのは遊軍を作ってしまうことだ。ミッドチルダの地上本部はまさに、その遊軍をつくってしまい、強力な戦力を有効に活用する事ができずに、各個撃破されてしまっている。

 このままでは完全に襲撃者の完全勝利で終わってしまうだろう。しかし、何事にも例外というものはあるものである。

 


 機動六課隊舎。ここにも戦闘機人に率いられた大量のガジェットたちが押し寄せている。その出現はやはり突然で、おそらく召喚によって出現したものだろう。戦闘機人とおもわしきアンノウン反応も、それと同じくして接近してきている。

 僅か数分の間に、隊舎の周辺はガジェットで囲まれてしまった。

 「どうする、ザフィーラ?」

 医務官、いや湖の騎士シャマルが騎士甲冑に身を纏い、同じ守護騎士の盾の守護獣ザフィーラに問う。どうする、とは当然どのように防衛戦を展開するか、ということだ。

 「既に周囲を囲まれてしまった。非戦闘員を避難させる時間は無い、我らで食い止めるほか手段はあるまい」

 本部や周辺の陸士隊との通信は妨害され、此処に残っている戦力はザフィーラとシャマル、そしてヴァイス他数名の魔導師だけだ。通信が完全に妨害される前に応援要請を送った部隊から援軍が来てくれればいいが、あまり期待は出来ない。そもそも陸士部隊には高ランク魔導師が不足しているのだから。

 故にザフィーラとシャマルは2人で外の敵を迎撃することになった。いや、せざるを得ない状況を作られてしまった。敵の作戦勝ちと言うところだろう。そしてその作戦指揮者とはすなわち戦闘機人No1ウーノに他ならない。これは彼女の図り勝ちであり読み勝ちだ。

 元来医務官として原則戦闘行使が出来ないシャマルだが、この緊急事態にそんな事は言ってられない。

 「ヴァイス、中の者達のことはお前に頼む」

 「了解です。ザフィーラの旦那」

 ザフィーラは、信頼できる青年に後のことを頼み、外に向かって走り出す。最後に、奥で幼い少女を腕に抱く銀髪の女性と視線を交わし、その後無言で駆けてゆく。

 「リインフォース、ヴィヴィオをしっかり守ってあげてね」

 「ああ、まかせてくれ。シャマル、ザフィーラ、すまない、お前達だけに……」

 銀髪の女性、リインフォースは今の己の力の無さを歯痒く思う。かつての力が有れば、この襲撃に対して大いに役に立てるだろうに。

 「ううん、気に病まないで、それは貴女の悪い癖よ。それじゃ、ザフィーラを追いかけなくちゃ」

 「ああ、引き止めて悪かった」

 そう言ってシャマルもまた駆けていく、リインフォースはその後ろ姿を見送りながら、何か自分に出来ることは無いかと必死に思案していた。




 機動六課隊舎・外周部

 ザフィーラとシャマルは隊舎の外に出ると、まず建物を覆うように防御結界を敷く。広域防御はザフィーラの得意とするところであり、シャマルの補助でその効果を増幅すれば、例えオーバーSランクの魔導師であってもおいそれとは破れない強固さを持つ。

 しかし、相手が悪すぎた。相手は魔力の結合を解除するAMFを発生させるガジェットⅠ型とⅢ型。そしてAMFは純粋な魔力で構成されたものに対して絶大な威力を発揮する。ザフィーラの張った結界は、すぐさま構成を弱めていってしまう。

 ゆえにシャマルとザフィーラは、常に結界維持に魔力を消費しながらガジェットたちを迎撃する羽目になってしまった。結界を解けば、すぐさまガジェットが隊舎内に浸入し、非戦闘員が、リインフォースたちが襲われてしまう。それだけはなんとしても阻止しなければならないので、結界を解くわけには行かない。

 しかし、このままでは消耗する一方だ。迎撃を始めてまだ10分ほどだと言うのに、結界のほころびからガジェットの攻撃が届き、隊舎の建物を揺らしている。この戦い、すでに始る前から詰んでいた。

 「このままでは、マズイな」

 「ええ、こうも消耗が早いと、あとどれだけ保つ事が出来るか……」

 2人の周辺にはガジェットの残骸が散らばっているが、こちらから攻勢に出るわけには行かない。そのためザフィーラは狼形態のままでいる、この姿のほうが結界展開のなどの魔法効率が良いからだ。だが押し寄せるガジェットの数は膨大で、その結界もいつまで保つか。

 「戦闘機人はどうしている」

 「少し離れたところで、様子を伺ってるみたい。たぶん、私達が消耗したところを一気に決める気なんだと思うわ」

 結界の一部が破られ、ガジェットの攻撃が隊舎を破壊する。2人は即座に結界を再展開し、ガジェットを破壊する。

 しかし、このままではいずれ押し切られる。最悪の相性、膨大な敵の数、そのうえに戦闘機人、反撃の光明はまるで見えない。





 機動六課隊舎・内部

 建物が振動する。おそらく敵の攻撃を受けたのだろう。隊舎の奥に寮母を初めとした非戦闘員が集められ、皆肩を寄せ合い不安や恐怖と戦っていた。そしてそれを魔導師が守るように配置されている。

 そんな中リインフォースは、一早く異常事態に気づいた。迎撃を始めてから僅か数分で既に建物が振動している。シャマルの補助を受けたザフィーラの防御結界の強固さを誰よりも知っている彼女だから、それがいかに特別なことかを理解したのだ。

 敵の性質を考えれば、確かに結界が破られ易い。どんなに強固な守りでも、その構成を解かれてしまえば紙同然となってしまう。しかし、隊舎内に自分達が居るため、彼らは動く事が出来ない。2人は初めから絶望的な戦いを強いられてしまったのだ。

 (誰かが、救援に来なければ、2人がやられてしまう……)

 そう思った彼女は、念話による通信を試みた。大半の力を失った彼女が出来る数少ない魔法行使だ。今の彼女にはこれ以外では簡単な探知魔法と治療魔法しかできない。

 しかし、同じ守護騎士と主との念話なら、どれほど離れていても行う事ができるのだ。今自分に出来るのはこれしかない。

 だが、主であるはやてとシグナムには、二人とも高濃度のAMF内に捕らわれているため、通じなかった。

 最後の望みであるヴィータに通信を試みると、リインフォースの真摯な願いが届いたのか、念話がつながった。

 『どうした、リインフォース! なんかあったのか!?』

 ヴィータの声からは緊張感と焦燥感が伝わってきた。彼女の身にもただならぬ事が起こってるのだろうか?

 『ヴィータ! お前は今何処にいるのだ?』

 『地上本部の上空だ。オーバーSランクの空戦魔導師がきやがったから、リインと一緒に迎撃中だよっとぉお!!』

 金属が打ち合う音がリインフォースにも聞こえる。なんてことだろう、ヴィータもまた動けない。これでは八方塞がりだ。

 『そうか…… お前も気をつけてくれ……』

 『……そっち、ヤバイのか?』

 リインフォースの声から、ただならぬものを感じたのか、ヴィータが尋ねてくる。

 『ああ、ザフィーラとシャマルが迎え撃ってくれてるが、いつまで保つか……』

 『もう少ししたら、フォワード陣がなのはたちと合流できるはずだから、そしたら行けると思うぜ』

 間に合うだろうか、本部の被害状況もこちらと同じなら、おそらくまずは本部周辺の敵から叩くはず。

 『そっちの被害状況も、かなりのものになっているのか?』

 『いや、それほどでもねえよ。何回か砲撃受けたけど、大きな火災は起きてないし、本部をAMFで囲んだ他はあんまりガジェットもいねぇ』

 『え……』

 なんだソレは? 本部周辺にあまりがジェットがいない? ということはつまり敵の主力は六課隊舎に向けられているということなのか? だけど何故? いったい何のために? 敵はここの何を狙っている?

 『っと! 危ねぇ!! 悪ぃリインフォース! こいつおしゃべりしながら戦える相手じゃねえ! 切るぞ!』

 ヴィータとの通信が切れた。通信を行いながら戦闘を行うなどのマルチタスクを用いた行動は、高ランク魔導師ならば当たり前に出来るが、強敵と交戦中の時などはそうも言ってられない。目の前の敵をどう倒すかだけに全神経が集中されてしまう。相手がオーバーSならば尚更だろう。
 
 残念ながらヴィータの救援は得られなかったが、その代わりの収穫はあった。どうやら敵はこの六課隊舎に主力を向けていることがわかったのだ。しかし、本部を優先せずに何故此処を……

 「リインおねえちゃん、こわいよぉ……」

 考え込むリンフォースの腕を小さな手がぎゅっと掴む。ヴィータとの通信中にも一回大きな振動が起こり、それは幼い少女が脅えるのに十分なものだった。

 「大丈夫だ。私がついてるし、ザフィーラたちは悪いやつらに負けたりしないさ」

 そう言ってヴィヴィオを強く抱きしめ、頭を撫でながらあやす。そして少女の顔を両手で挟み、少女の目をじっと見ながら優しく言い聞かせる。

 「どんなことがあっても、私とザフィーラが守ってやる。だから安心しろ」

 彼女の言葉にいくらか安心したのか、少女の瞳から脅えのいろが薄れていった。その特徴的な”紅と翠の虹彩異色”を見つめながら、リインフォースは優しく微笑む。

 はずだった

 その瞬間、リインフォースの頭脳に雷鳴が響く。虹彩異色、レリック、騎士カリムの予言、死せる王、聖王教会、古代ベルカ時代の記憶、かつて存在した聖王の一族。

 (敵の狙いは…… ヴィヴィオ!?)

 何故もっとはやく思い出さなかったのか、紅と翠の虹彩異色、それはまさしく古代ベルカの聖王一族の特徴。ならばヴィヴィオは聖王の関係者か、そして騎士カリムの予言の死せる王とは聖王で、翼とはかの「聖王のゆりかご」のことだとしたら?

 間違いない! 敵の狙いはこの少女だ! 

 敵の真の目的がわかったリインフォースは、すぐさま外の2人に通信を送った。



 

 機動六課隊舎。外周部


 ガジェットの迎撃を続ける2人はかなり息が上がってきた。迎撃して落とした敵の数はけっして少なくは無いが、押し寄せる敵の数はいっこうに減る気配を見せない。

 (このままでは、倒される。ただでさえ戦闘機人が控えてるというのに……)

 ザフィーラは焦っていた。どんな時でも冷静さを失わない彼だからこそ、己の状況がいかに絶望的なのかを悟ってしまう。

 彼は原則として人型での戦闘行為を行えないが、今はそんなことを言っている場合ではない。このままでは消耗したまま倒されるのは目に見えているので、思い切った行動を取るべきかもしれないと思い始めていた。

 人型になって撃って出、先に戦闘機人を倒す。一連の戦いの中で、彼は敵がガジェットを一挙投入でなく逐次投入していることに気づいた。つまり、撃破されたぶんだけ後続から増援させている。つまりガジェットを管制している者がいる。それはこちらの戦況にあったものなので、おそらく近くの上空にいる2人の戦闘機人のどちらかだろう。もしかしたら、その管制者を叩けば、ガジェットの攻撃は収まるか……?

 だが、2人のうちどちらかが広域殲滅能力を持っていたら? そしてソレを発揮させるために防御結界が解かれるのを待っているのだとしたら? 1人を相手にしているうちにもう1人に攻撃されたら、シャマル1人で対処しきれるか?

 だめだ、迂闊には動けない。かといってこのままでは明らかにジリ貧だ。

 隣のシャマルも同じ考えのようで、視線を向けると首を横に振った。この状況でどちらか1人が抜けるのは、隊舎の安全を捨てるようなものだ。

 2人がどうしようもない状況に頭を悩ませているところへ、リインフォースから驚くべき内容を知らせる念話が届いた。

 『じゃあ、ヴィヴィオは聖王の関係者で、敵はヴィヴィオを狙って此処に来てるということ!?』

 『そうだ、この子の特徴は古代ベルカの聖王のものに間違いない、たった今思い出した』

 『確かに、騎士カリムの予言とも符合するな』

 リンフォースの手柄で敵の狙いはわかった。ならばどう動くかが問題だ。敵の目的が分かった以上、ソレを達成させないことこそが重要。それを行うにはどうするか。

 ザフィーラは考える。当然、その際も迎撃は行っているが、ガジェットの攻撃は単調なので、ヴィータと違い考える事が出来る。

 『シャマル、お前は一旦中に戻れ』

 そして結論に達した。敵の狙いを果たさせないためにはこれしか無い。

 『わかった、転送ね』

 シャマルも同じ考えにいたったらしい。湖の騎士シャマル、彼女の本領は癒しと補助にあり、直接的な戦闘は元来彼女の不得手とするところだ。そして、『旅の鏡』を用いた転送は彼女の十八番。

 『ヴィヴィオだけではなく、他の非戦闘員もだ。リインフォースはヴィヴィオと共に我らの家、クラナガン郊外の八神家へ、ロングアーチはナカジマ三佐の108部隊へ送れ。そうすれば、ここの結界維持も最早必要なくなる』

 そう、非戦闘員さえ避難させれば、彼らは能動的に動く事が出来る。敵の狙いが分かった以上、ソレを行わない愚はおかせない。

 『でも! 全員の転送は時間がかかるわ、それまでザフィーラ1人じゃ無理よ!』

 『ヴァイスに来てもらおう、全員転送までの時間、なんとか稼いでみせる』

 『それでも無茶よ、もう結界が消えかけてるのに」

 『ザフィーラ、無茶はよしてくれ、お前に何かあったら私は……』

 リインフォースが嘆願する。分かっていることとはいえ、愛する男が死の危険に晒されるとなれば、感情的にもなってしまう。

 『案ずるな、守護の獣が守るのは、大切な者の身体だけではなく心もまた同じく。私は必ず、お前のもとに帰る』

 ザフィーラは己に誓うように答える。彼とて、愛する女性を悲しませる気は毛頭ない。必ずこの戦いを乗り切ってみせる。出来ることならば勝利で。

 リインフォースにも彼の心が伝わったのか、静かな声が返ってきた。

 『……ザフィーラ、わかった、気をつけてくれ』

 『ああ、ではシャマル、頼んだぞ』

 『うん、まかせて!』

 そうしてシャマルが隊舎内に戻っていき、入れ違いにヴァイスが出てきた。驚いたことに、その手には銃型のデバイスが握られている。

 「ヴァイス、そのデバイスはどうした?」

 「昔使ってたものです。一応、持ってくるだけはしてたんですよ、使う気は無かったんですけどね。だけど、そうも言ってられねえ状況です。あの子を逃がすために命張らなきゃならない時に、昔のことをウダウダと言ってたら、それこそ男じゃねぇや」

 彼なりに、いろいろあるのだろう。そして、この状況でそんな事は言ってられないと腹を括ったということか。そう簡単に割り切れる問題でもなさそうだが彼はそれを振り切った。やはり良い若者だ、とザフィーラは再認識する。

 「では、私は結界の維持に専念する。だが敵のAMFは結界を破ってくるだろうから、結界の中に入ってきたやつを撃ち落としてくれ」

 「任せてください」

 シャマルがいなくなったことで状況はかなりキツイ。ザフィーラとヴァイスの厳しい戦いが始った。






 六課隊舎・内部

 ヴァイスと入れ替わりで隊舎の中に戻ったシャマルは、早速旅の鏡を展開し、転送の用意を始める。何よりも先に逃さねばならないのはヴィヴィオで、その保護者として少女を抱いているリインフォースだ。それに、彼女はシグナムたちとも連絡を取れることも大きい。

 準備ができ、転送を開始する。魔方陣の中心に立ちヴィヴィオを抱き抱えながら、リインフォースが申し訳無さそうにシャマルを見た。おそらく、自分だけが安全な場所に逃れるのことに謝罪の気持ちをもっているのだろう。

 シャマルはそんな彼女に笑いかけ、反対に感謝の言葉を述べる。

 「リインフォース、そんな顔しないで。貴女のおかげで敵の狙いがわかったのよ。もし気づかないままだったら私もザフィーラもやられて、ヴィヴィオも攫われてしまっていたわ。だから、これは貴女のお手柄よ」

 風の癒し手の柔らかい笑顔に、リインフォースも感謝の気持ちをこめた笑顔を作り、転送の光に包まれながら、応援の言葉を送る。

 「ありがとうシャマル、ヴィヴィオのことは私に任せてくれ、だから、お前達もしっかりな」

 「うん、任せて、私達だって夜天の騎士だもの」

 そうしてヴィヴィオとリインフォースは転送の光に包まれ、その姿を消す。続いてシャマルはリインフォースと同じ寮母の人たちを八神家へと送り、最後に魔導師の2人を八神家へと転送する。この2人はヴィヴィオたちの護衛だ。彼女達に何の護衛もつけないわけにはいかない。それに、彼らの力量はそう高くないので、ザフィーラのもとに行かせても返って足手まといになってまう可能性が高かったので、護衛についてもらうことにしたという事情もある。

 「ふう、局員以外の人の転送は終わりました。次は貴方達よ」

 ロングアーチのメンバーに振り返り、転送の準備に入る。しかし、彼らの表情は一様に浮かない様子だ。シャマルはこの表情に見覚えがあった、時間にして3分前に見たのだから当然だ。早い話、リインフォースと同じく、シャマルたちをのこして危険地帯から去ることに忸怩たる思いをしているのだろう。

 全員の気持ちを代弁するように、クリフィス・ロウランが口を開く。

 「申し訳ありませんシャマル先生、本来なら我々も最後まで残るべきなのに……」

 その言葉に、シャマルは優しく、しかしはっきりとした口調で答える。

 「いいえ、違うわグリフィス君。通信が完全に遮断されて、この建物の機能が動いていない状態で貴方達がいても無駄なだけですよ。それよりも、貴方達がその能力を発揮できる場所に移動してくれる方が、何倍もみんなの役に立てるわ」

 「はい、確かにそうです」

 そうは言いながらもやはり彼の表情から無念の色は消えない。部隊長から任された場所を放棄しばければならないと言うのは、若い彼らには耐え難いものがあるようだ。

 だから、シャマルは確固とした口調で返す。

 「此処を離れなければならないのは無念でしょうけど、大事なのは場所じゃなく、そこにいる人たちです。だから、貴方達が無事でいることこそが、はやてちゃん、八神部隊長の命を守ることに繋がるんですよ。だから、もっとシャンとなさい」

 そういいながら、若者の額にデコピンを一発。一瞬呆気に取られた表情をしたグリフィスだが、シャマルの大らかだが貫禄ある大人の女性の笑顔の前にはおとなしく引き下がるしかない。そして、今のシャマルの行動で彼の表情からも険が取られていた。彼以外の者も同様に。

 「わかりました、後をお願いします、シャマル先生」

 「はい、よろしい、お姉さんに任せておきなさい」

 そして、ナカジマ三佐の部隊へ向けて転送陣を発動させ、ロングアーチのメンバーを転送していく。

 その途中でザフィーラから念話が入り、その内容はシャマルの意識を驚愕で埋めることになった。ザフィーラの話は、彼女達が思いもよらなかった味方の救援が来たことを知らせるものだったから。



 




 

 
――――――――――――――――――――――――――――――――


あとがき

 この話は、以前書いた短編の設定を使ったIFの話です。前後編、ひょとしたらまた前中後編になりかも知れません。

 STS原作で活躍しなかったメンツを活躍させたいなぁと思っております。なるべく明日までには中篇を書き上げたいと思ってます。

ここに聖王関係のことを書いていましたが、半分冗談のつもりで書いてたんですが、少々表現がどぎつかったようで、不快な思いをした方もいるようなので、その部分は消しました。
別に原作のキャラが嫌いなわけでも、原作に不満があるわけでもありません。ただちょっと悪ノリが過ぎましたね。



[25031] その日、機動六課(IFの世界) その2
Name: GDI◆37cf7f64 ID:4c237944
Date: 2011/01/15 23:57
その日、機動六課(IFの世界) その2



 
 機動六課隊舎・外周部


 機動六課の隊舎を上空から見下ろす位置に2人の戦闘機人がいた。No8オットーとNo12ディードである。

 彼女達の眼下では盾の守護獣と、六課のヘリパイロットが大量のガジェット相手に孤軍奮闘していたが、その消耗具合もそろそろ限界だろう。なので作戦通り自分達も出撃し、彼らに止めをさすことにした。

 「ディード、そろそろ僕達もいこう」

 「そうね、彼らももう限界みたいだし」

 彼女達の最重要の目的は聖王のマテリアルの確保。そしてそれが終わった後にこの隊舎を破壊することである。今のところ作戦通りにことは進んでおり、目立った問題は起きていない。

 ただ、隊舎内に姿を消した湖の騎士の行動は少々不可解だが、彼女達は特に問題視しなかった。

 しかし、それが大きな間違いとなった。歴戦の騎士や魔導師ならば、その行動から敵が自分達の目的を察したことを感覚で理解することも出来るが、彼女達はこれが始めての実戦であり。そこに気づくのは到底無理な話であった。

 この場にNo3トーレや、No5チンクがいればそのことを指摘し、シャマルの特性を考慮して、転送の可能性に思い至ったかも知れない。



 

 ザフィーラとヴァイスは消耗が激しく肩で息をしていたが、目立った外傷は未だに受けておらず、彼らはまだ戦える状態を維持していた。

 ザフィーラとしてはもっと追いつめられるかと思ったが、ヴァイスの射撃は予想以上に正確無比で、結界のほころびから出てきた敵を全て一撃で仕留めていた。なので予想以上に持ちこたえる事が出来たのだ。この調子でいけば、全員の転送を終えてシャマルが戻ってくるまで持ちこたえる事が出来るだろう。そうなれば反撃の糸口もつかめる。

 ヴァイスもそれを理解しているのか、顔を疲労で歪ませながらも、目はまだ輝いている。自分達はきっと負けないと、そう思うことの出来る者の瞳をしていた。

 しかし、そんな彼らの希望を打ち砕く事態が訪れた。戦闘機人がとうとう動いたのだ。

 ザフィーラとシャマルの予想通り、敵は自分達が消耗した時を狙ってきた。だが、それが分かっていたとしてもどうしようもない。

 「たった2人で、良く防いだ。だけど、それももう終わり」

 オットーの手にエネルギーが集中し、緑のエネルギー光があふれ出す。

 「僕のIS、レイストームの前では、抵抗は無意味だ」

 幾条もの破壊光が六課隊舎も襲う。そうはさせじとザフィーラは防御壁を展開するが、既に魔力が底をつきかけている彼では到底支えきれるものではない。徐々に魔力障壁に亀裂が走る。

 「ちくしょう!!」
 
 このままではやられる。ならば術者を倒すのみ、とばかりにヴァイスはオットーに狙いをつけるが、その瞬間ディードが飛び出し、ヴァイスの背後に現れて彼を戦闘不能にするべく必殺の一撃を叩き込む。


 かに見えた


 「そうりゃあぁぁぁ!!」

 しかし、突如として現れたミッドチルダ式のシールドによってディードの攻撃が防がれ、そのシールドを出した人物は自らも雄たけびと共にディードに突撃したのだ。
 
 「くっ!」

 いきなりの闖入者にディードは意表をつかれ、いったん距離を置くべく上空に退避しようとしたが、相手も飛行可能だったようで魔力の篭った拳の一撃を受け、大きく後方へと後退し、そのまま上空に退避した。

 交戦に乱入してきた人物は、オレンジの長い髪をたなびかせ、活動的な格好をした若い女性のようだ。しかし、なにより特徴的なのは頭の獣耳とお尻の尻尾だろう。

 「大丈夫かい? ザフィーラ」

 「アルフ?」

 ヴァイスの危機を救ったのはフェイト・T・ハラオウンの使い魔、アルフだった。それも普段の子供の姿ではなく、昔の大人の女性の姿になっている。

 ザフィーラが何故彼女がここにいるのかを訝っていると、彼の破られかけた障壁を覆うように、翠の魔力光の防御結界が形成された。

 (翡翠色の魔力光…… シャマル? いや、シャマルは中だ、すると……)

 「間に合って良かった」

 そう言いながら近寄ってきたのは、無限書庫の司書長ユーノ・スクライアである。それも以前見たスーツ姿ではなく、かつて纏っていたバリアジャケット姿であり、いつも掛けてる眼鏡もしていない。

 「スクライア司書長まで、一体何故此処に?」

 「そうだね、とりあえずはザフィーラ、君とそっちの局員の人の回復が先だ。アルフ、敵の牽制を頼むよ!」

 「ああ、まかせな!」

 そういいながらアルフはさらに防御の結界を張りつつ、ガジェットの攻撃へと撃って出て行った。ザフィーラの張った結界はまだ生きており、そしてAMFを使うときにガジェットの動きが鈍重になることをアルフはユーノから聞いて知っていたので、結界を餌にしてガジェットの動きを止め、その間に拳で粉砕するという方法で次々とガジェットを破壊する。

 その間、ユーノがザフィーラとヴァイスの治療を行いながら自分達が此処に来た理由を話した。

 「アルフがね、嫌な予感がするって言ってたんだ、何だか今日フェイトに良くない事が起こるって。それに、僕も僕でなのはたちに伝える事があったから」

 「伝えることとは?」

 「なのはが保護責任者になったっていう女の子の写真をメールで受け取ったんだけど、どうもその娘の特徴が古代ベルカの聖王と関係がある可能性が高くてね。以前クロノたちから古代ベルカの王関係について調べてくれって頼まていたから、その報告をしようと思って。アルフの勘も良く当たるから、ちょうどいい機会だと考えて早めに仕事を切り上げてきたんだ」

 ザフィーラは感心した。相も変わらず聡明な少年だ。いや、今はもう青年か。彼の管理する無限書庫の蔵書は膨大で、その中には古代ベルカのことを記した歴史書がいくつも眠っているという話であるし、ハラオウン提督にはもう報告済みのようだ。

 「それで、はやてに会おうとしたんだけど、今は公開陳意見述会をやっていて忙しいだろうから、六課の隊舎で待たせてもらおうと思ってこっちに向かってる最中に、この騒ぎさ。ただ事じゃないと思ったから、急いで飛んできたんだよ」

 普段ミッドチルダの市街の飛行魔法は禁止だが、この騒ぎをただ事ではないと判断して、こっちに飛んできた彼の思考は実に見事だ、流石は無限書庫の司書長といったところだろうか。

 「なるほど、なんにせよ助かる。危うくやられるところだった、感謝する」

 「ううん、それより例の女の子は?」

 「リインフォースもお前と同じ事に気づき、現在シャマルが中で安全な場所に転送しているところだ」

 「流石はリインフォース、これは僕がでしゃばる必要はなかったかな」

 「いや、お前達が来てくれなかったら、全滅だっただろう」

 「そうか、良かった」

 そして2人の治療が終わる。先ほどまでの半死人状態から、万全の状態まで回復していた。

 「すげえ、こんな回復魔法ができるのはシャマル先生くらいだと思ってましたよ、ありがとうございます。スクライア司書長!」

 「ううん、なんてことないよ、これくらい」

 彼にとっては何てこと無いが、並の魔導師では到底できることではない。そうヴァイスが思ってる間に、アルフから念話が飛んできた。

 『治療は終わったかい? そんで、これからどうすんのさ』

 「とりあえず、アルフを加勢しながら念話で話そう。その前に私はシャマルにお前達の加勢のことを伝える」

 「わかった」

 そう言いながらユーノも飛びだし、アルフの加勢に回る。ヴァイスもまた援護射撃を行いガジェットを撃破していく。その間にザフィーラはシャマルと連絡をとり、既にほとんどの非戦闘員の転送を終えたことを聞いた。

 『アルフ、ヴァイス、スクライア司書長。既にシャマルはヴィヴィオを始めとした非戦闘員の避難を終わらせた。だから、この先それほど躍起になってこの建物を守る必要は無い。なので結界を解こうと思う』

 『てゆうかさ、もうここに居る必要自体が無いんじゃない? だって相手の狙いの女の子は避難させたんだろ?』

 『いや、この場を我々が離れれば、敵もヴィヴィオを逃がしたことを知ってしまう。それよりは此処に残って戦い、まだヴィヴィオがここに居ると見せかけておいたほうが良い』

 『なるほど、つまりミスリードだね』

 『あたしらは、囮、ていうか撹乱役ってわけかい』

 『そうだ、それでヴァイス、お前はシャマルが戻ってきたら、再び隊舎内に戻ってくれ』

 『えーと、中に浸入してきたヤツが出た場合、中にもう誰も居ない事がバレないようにそいつを倒す役ってことですか?』

 『理解が早くて助かる。その役は狙撃が得意なお前が適任だからな』

 『了解しました、任せてください旦那』

 『ザフィーラ、ガジェットのAMFについては僕に任せてほしい、無限書庫の書物に記された術で、対AMFでかなり有効そうなのがあったんだ。けど戦闘機人はどうする?』

 『私が人型になって撃って出る、任せて欲しい』

 『頼んだよ、あたしはもとが陸の獣だからさ、あんまり空戦って得意じゃないんだよね』

 『私も狼だが』

 『アンタがおかしいんだよ』

 『むう』

 『ま、まあとにかくこれで方針は決定だね。ザフィーラは戦闘機人を、僕とアルフはここで引き続きガジェットの迎撃、ヴァイスさんは建物内部で侵入者の狙撃、これでいいね?』

 『ああ』

 『応さね』

 『了解ッス』

 これにて作戦は決定した。心強い味方を得てようやく反撃の光明が見えてきた。ちなみに、この念話の間にもそれぞれがガジェットと撃墜し、戦闘機人の攻撃を防いでいたりしており、ザフィーラは狼から精悍な青年の姿へと変わっていたりする。マルチタスクは高ランク魔導師の必須技能なのだ。


 




 地上本部周辺部

 地上本部に向けての砲撃は、断続的に続いていたが、いまではそれは無くなっている。

 その理由は他でもない、砲撃を行う人物が、それを行えない状況になっているからだ。No10ディエチ、遠距離砲撃に特化した能力を持ち、本部からある程度離れたこの場所で攻撃を行っていた彼女は、今思いもよらぬ事態に陥っていた。

 彼女の武装であるイノーメスカノンは完全に氷漬けにされ、彼女自身は2重3重のバインドで動きを封じられている。ここまで完全に何も出来ないといっそ清々しい。己の現状もどこか他人事のように感じるディエチだった。

 彼女を襲った人物が現れてこうなるまで、ものの一分もかからなかったのだから。

 (あんな人物がくるなんて、予想外だったな……)

 彼女を拘束した黒衣の人物はすでにこの場におらず、ディエチと一緒にいたNo4クアットロを追跡するために去っていった。姿を隠せるISを持つ彼女ならば、いくらあの男とはいえそう簡単に捕まえることは出来ないだろうと彼女は思う。

 そうしているうちにいくつもの足音が聞こえてきた。おそらく陸士部隊だろう。自分を拘束した男が連絡したに違いない。

 ディエチは抵抗を続ける気持ちはなかった。どうやってもバインドは外せず、それに彼女は好戦的な性分ではないうえ、格闘戦は得意ではない、武装が封じられた以上おとなしく捕まる他ないだろう。

 (それにしても、本当に予想外だった。さすがのクアットロも驚いていたな)

 全く自分達の作戦構想になかった人物の出現に彼女達は心底驚いていたが、実は一番予想外だったのは、彼女を捕らえた張本人だったりする。

 その人物も、まさか自分がこうしてミッドチルダで戦闘機人と交戦するハメになるとは、夢にも思っていなかったのだから。 







 機動六課隊舎周辺上空

 戦闘機人No12ディードと盾の守護獣ザフィーラは、クラナガン上空にて激しい空中戦を続けていた。

 ディードは戦闘機人の中で数少ない「空戦可能」の技能の持ち主で、高速で双剣を振りかざす彼女に対抗できるものは、管理局の武装隊の中でもそうは居ない。

 しかし、彼女と相対しているのは、その数少ないうちの1人である。古代ベルカの近接特化戦闘者で、高速の空戦可能ととなると、本当に数が限られる。そして、ディードの訓練カリキュラムに、そうした相手への対応方法はそれほど豊富ではなかった。

 彼女の知る人物の中ではゼスト・グランガイツがその該当者だが、いままで彼女がセストと接したことは無い。そもそも、ゼストはディードに限らずスカリエッティの陣営とはほとんど交流をする事がなかった。もし、ゼストと何度か模擬戦を行っていれば、この戦いの結果も変わっていたかもしれない。

 戦闘の時間が進むに連れて、ディードは自分が押され始めていることを理解した。どうにも、自分の動きが相手に読まれているように思える。

 その理由はなんと言っても彼女の実戦経験の無さが原因だろう。彼女の能力は高いが、活動を始めてまだ半年に満たない。彼女の戦闘経験はすべて訓練でしか行った事が無いのだ。

 対してザフィーラは、数百年に渡って殺し合いの戦いを続けてきた歴戦の戦士。彼を含めたヴォルケンリッターは、記憶をすべて持っていないとはいえ、その身に染み付いた殺し合いの記憶は忘れられるものではない。

 実際にザフィーラは何度「殺された」か既に分からない。今は違うとはいえ、かつての彼はプログラム体で、何度も消滅と再生を繰り返してきたのだ。

 なので、彼は十数合の渡り合いのうちに、ディードの動きにパターンがあることを把握した。そして、彼女に実戦の経験が少ないことも。しかし彼は、かといって勝負を焦ることはせず、じっくりと敵の動向を注視する。先ほどまでとは違い、今の彼は全神経を対峙する相手に向ける事が出来るのだから。

 そして、対等の条件での一騎打ちならば、古代ベルカの騎士に敗けは無い。

 そもそも、盾の守護獣ザフィーラのデータはAA相当の筈なのだ。データどおりならば彼女は此処まで苦戦しない。そのデータの齟齬も彼女が押されている一因だった。だが、よく考えると人型の守護獣のデータは存在していなかったのだ。

 そうして対峙する2人の耳には、断続的に響く爆発音が聞こえる。おそらくアルフたちがガジェットを破壊している音だろう。六課隊舎に押し寄せたガジェットたちも、その結構な数を減らし始めている。時折オットーのレイストームの光が閃くが、その後も続く交戦の音が、ユーノのたちの防御が成功したことを示していた。

 どうも、オットーは攻めあぐねている、そう感じ取ったディードはオットーと通信をすると、かなり押され気味であるとの返答が帰ってくる。故に、彼女は次の攻防で勝負を決めることにした。

 ツインブレイズを構え、ISを発動させて相手に肉薄する。相手もこちらの動きに反応し、左手の剣の攻撃に対して凝縮した魔力の篭った拳で迎え撃たれ、その衝撃に左手の剣が弾き飛ばされる。

 だが、それで問題ない、本命は次の右の剣での刺突。

 彼女は目にも留まらぬ速度で剣を繰り出し、確かな手ごたえを得る。彼女の剣は相手の左の腕を貫通していた。本当は胸を狙ったのだが、どうやらそう狙い通りにはいかなかった様だ。しかし、確かにダメージは与えた。

 止めを刺すために彼女が剣を引き抜こうとした時、彼女にとって思いがけぬ事が起きた。剣が抜けないのだ。

 ハッとして身をかわそうとしたが、気づいたときにはザフィーラの蹴りが彼女の腹部を抉っていた。その衝撃に彼女は吹き飛ばされ、その間にザフィーラは自分の腕に刺さった剣を引き抜く。全身に魔力を行き渡らせ、そして筋肉の収縮によって相手の剣を抑えたのだ。

 引き抜いた剣の柄を渾身の力で握りつぶす。どんなに強力な剣でも、握りが無くては遣う事が出来ない。

 そして、体制を立て直したディードが近づいてきたが、受けたダメージはそう深刻では無いにしろ、今の彼女は無手となってしまっている。一本は弾き飛ばされ、一本は壊された。

 「どうして、私の攻撃がわかったのですか」

 「音、雰囲気、空気の流れ、なによりもお前の構え方だ。突きを狙っていることが一目で分かる」

 ひとえにこれは経験の差、殺し合いの戦場を駆け抜ければ、誰であろうとも身に付くものだと彼は認識している。この少女も実戦の経験を積めば分かるだろうが、そんな経験はしないほうがいいのだと、ザフィーラは思っている。

 「それより、お前の武器は無くなった、おとなしく降伏しろ」

 「いいえ、それはできません」

 そういってディードは向かってきた、その動きはかなり見事なものだったが、やはり彼女は双剣使いであり、彼女の訓練も武装を使いこなすことを主眼としてきたものだ。徒手空拳で、その専門家に勝てるはずは無い。

 数合の格闘の後、強烈な突き上げによって身体が浮き、間髪入れずに放たれた強烈な回し蹴りを先ほど攻撃を受けた箇所と同じ場所に喰らって、彼女は意識は失いながら地表へ落下していった。

 ザフィーラはディードの身体を落下から受け止めるため降下しようとしたが、その彼の目の前で、人影が高速で現れ、ディードを抱えて去っていった。

 (今のは、少々趣が異なるが私と同じ守護獣か。となると、アレはヴィータが言っていた例の召喚士の少女の……)

 再び隊舎の方角からレイストームの光が閃き、ザフィーラの顔を照らす。敵の確保は出来なかったが、いつまでもここでこうしてるわけにも行かない。

 ザフィーラはシャマルたちと合流すべく、六課隊舎へと飛んでいった。

 




六課隊舎・外周部

 ザフィーラがディードと交戦しながら飛び去ったあと、残ったユーノとアルフは現在展開していた結界を解除した。

 それからユーノが新しい術の展開を初め、それをアルフが守る形でガジェットを迎撃していく。結界を解除したことにより、隊舎の裏手や横合いがガジェットによって攻撃されているが、中は既に無人なので、そう躍起になって迎撃することは無い。もし、内部に入られても中にはヴァイスがいる。

 そしてユーノの術が完成する。彼が行ったのはやはり防御結界だったが、それは今までザフィーラやアルフが張ったものとは少々趣が異なるものだった。

 ガジェットたちは早速結界を解除しようとAMFを発生させたが、今までのように容易に魔力結合の解除が出来ないのだ。

 これこそがユーノが用いた対AMF対処。彼が行ったのは、自分の魔力性質を変えることだった、炎熱変換や電気変換の体質者の魔力のようにするわけではない。エネルギーとして魔力の性質を、戦闘機人のエネルギーに近いものにしたのだ。

 AMFとは魔導師が持つリンカーコアで生成された魔力が結合しておこす現象を、その結合を解くことによって魔法を無効化させるものである。しかし、似た性質の戦闘機人の能力行使は封じられない。これは、両者の魔力のエネルギーが似て非なるものであることを表している。

 なので、ユーノは無限書庫の蔵書に記してあった魔法を用い、通常の魔導師の持つ魔力から少々異なるエネルギーに自分の魔力を変換させたのだ。

 本来の自分の魔力をいったん変えているため、魔法の効率は下がるが、同時にガジェットのAMFの効果も効きづらくなる。戦闘機人のエネルギーの性質を参考に出来ればよかったが、そのデータは無いため、ユーノが参考にしたのは魔道書に記してあったAMFが効きづらい魔法生物のものだった。

 もっとも、戦闘機人のデータが合ったところで、変換後の魔法効率が極端に下がれば、ユーノとしてもあまり使えないが。

 AMFを使用しているときのガジェットは動作が遅くなるので、そこへアルフが「鉄拳無敵」とばかりに粉砕していく。

 さらにそこへシャマルが合流してきた。

 「ああ、ユーノ君、それにアルフ、本当にありがとう! 来てくれて本当にうれしいわ」

 「お久しぶりシャマルさん、色々とお話なんかも有りますが、今はこの連中をどうにかする事が先決ですね」

 「そうね、貴方のいうとおり…… !! クラールヴィント!」

 彼女達が会話しているところへ、オットーのレイストームが襲うが、シャマルは風の護盾を展開し防ぐ。しかしシャマルも相当に消耗しているので、その威力に押しきられそうになるが、ユーノが彼女にブーストを掛け、同時にシャマルの回復も始める。

 結界を張りながら、ブーストをかけ、さらに回復魔法を行う。一般の魔導師が聞けば卒倒しそうな行為だが、彼は9歳のときに”治療と防御の結界”を張りながら、転送魔法を構築させつつ、高速で飛び回り、強力なバリア破壊の力を持つ鉄槌の騎士の一撃を防ぐ、という行為を当たり前に行っていた。

 そうしてレイストームは阻止され、シャマルも徐々に回復していく。回復と補助のエキスパートが2人揃っているということは、敵としてはかなり厄介だ。片方を消耗させても、もう片方が回復させてしまう。人間である以上限界はあるだろうが、そこまで消耗させるならガジェットの大隊が必要だろう。

 「大丈夫ですか、シャマルさん」
 
 「ええ、ありがとう、でも私のお株を取られそうで、ちょっぴり複雑かな」

 そう言ってペロっと舌をだして笑顔をつくるシャマルを見て、大人の女性だけど随分かわいい人だよなぁと呑気な感想を持つユーノだった。

 そしてシャマルも回復し、3人は改めて迎撃に入る。先ほどのレイストームで破られた結界を修復し(ガジェットにAMFを使わせて動きを鈍くさせる事が目的なので、防御層は薄い)、三者三様の攻勢に出る。

 ユーノはバリア、シールドによって敵の攻撃を阻止し、バインドを駆使して敵の動きを制限する。そこをアルフが拳で砕き、シャマルは竜巻を発生させて結界を解こうとしてるガジェットを破壊していく。

 彼らの連携は見事で、その要になっているのはシャマルだ。彼女が指示を即座に出し、それにあわせてユーノとアルフが対応する。彼女とて夜天の騎士、何百年の血の記憶をもつ歴戦の戦士なのだ。

 オットーはこの事態を良くないと判断し、ガジェットたちにAMFの使用を止めさせ、攻撃に専念させることにした。

 すると、シャマルはそれに気づき、ユーノとアルフに攻撃方法を変えるよう指示をだし、自らは彼らにブーストをかける。

 その光景を眺めながら、オットーは我が目を疑った、ユーノとアルフはありえない行動を取っている。

 アルフはチェーンバインドでⅢ型を縛り、まるで鉄球の玉のように振り回している、振り回されたⅢ型はそれでも攻撃を撃ち続けているので、その流れ弾に当たってⅠ型が破壊されていく。

 ユーノにいたっては、同じくバインドでガジェットを縛り、そのまま引きちぎっていく。なんだソレは、バインドってそういうモンじゃないだろう、というオットーの心の突っ込みは当然通じない。

 バインドとは相手を拘束するものであって、断じて相手を引きちぎる攻撃魔法ではない。しかしそんな常識は我には通じぬとばかりにユーノはガジェットを引きちぎっていく。闇の書の防衛プログラムの功性バリケードに比べれば簡単なものだ。

 一方シャマルはシャマルで規格外の行動に出ていた。Ⅰ型改のミサイルやⅢ型の集中攻撃を、旅の鏡を展開しその中に入れることによって防ぎ、即座にガジェットたちの目の前にその”出口”を出すことによってガジェットたち自身の攻撃でガジェットを破壊していく。

 転送魔法はそう使うものでは断じてない、しかしそんな常識は知らぬとばかりに敵の攻撃をワープさせていく。

 オットーもレイストームを放つが、時にユーノが、時にシャマルが、時にアルフまでもが防ぎ、こちらの攻撃はまったく通じない。彼女は現状の不利を悟った。先ほどディードにもそのことを伝えたが、双子の姉妹はまだ戻ってこない。彼女の未発達な感情に焦りの色が見られ始める。

 そしてそこへ決定打となる事が起こる。ディードを倒したザフィーラが戻ってきたのだ。

 ザフィーラは勢いをつけた蹴りをオットーに放ち、ソレを何とか避けた彼女を、いつまにか上空に居たのかアルフが追撃し、オットーはザフィーラの胸に飛び込んでしまった。彼はオットーの喉元を掴み降伏を促がす。

 「おまえの仲間も既に倒した、抵抗を止めろ。おとなしくしていば、そう手荒な真似はせん」

 「くっ、は、はなせ」

 ザフィーラの手から必死に逃れようとするが、元々格闘に向いていない彼女の細腕では到底無理だった。これがNo3トーレだったら振りほどいて反撃することも可能だったろうが。

 すると、そこへ又現れた黒い人影がザフィーラに襲い掛かり、そのために彼はオットーを放す。屈強な腕から逃れたオットーは咳き込みながらもなんとか距離を取り、そんな彼女を守るように謎の人影、守護虫ガリューが現われる。

 そして、ガリューがここへ現われたということは、その主もまたここに来ていることを意味する。

 「オットー、大丈夫」

 「ルーテシアお嬢様、なぜこちらに」

 「ウーノから言われたの、向こうはもういいから、こっちに来て貴女達を手伝えって」

 「そうでしたか、ウーノ姉さまが」

 「来る途中ディードがやられていたから、ガリューに回収してもらった。今はアジトにいるよ、私が送った」

 「! ありがとうございます、ルーテシアお嬢様」
 
 流石に双子の姉妹がやられたことは彼女の感情を揺さぶったのか、一瞬目を大きく見開いたが、続く言葉に無事だと知って安心したのか、口調もいつもの抑揚の無いものに戻った。

 「まだ、マテリアルとレリックはあの中に?」

 「はい、手こずっていますが、未だに脱出した様子は無いので、あの中にいるかと」

 「じゃあ、此処はわたしとガリューに任せて、貴女は先にマテリアルの確保をお願い」

 「……わかりました、お気をつけて、あの連中は強敵です」

 「大丈夫……私達は強いもの」

 そういってオットーは六課隊舎内に向かう。ソレをさせまいと向かったアルフとザフィーラの前に、すばやくガリューが立ちふさがる。

 「こいつも使い魔かい? ちょっとあたし等と違うみたいだけど」

 「そうようだな、我らとは趣が異なるようだが、主を守る獣ではあるようだ。甲殻を持つ魔法生物というのは珍らしいがな」

 そうするうちに、ルーテシアが召喚陣を展開し、次々と新手のガジェットが現われる。

 こうして事態は仕切りなおしとなり、ガジェット迎撃戦第二幕の始りとなるのだった。 


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 なにやら前中後でも収まりきらなそうなので、こういう形にしました。
 たなみにユーノが対AMFに使った術はオリジナルですが、ゆりかごやスカリエッティアジト内でフェイトたちが使った魔力運用の改良版、もっと効率がいい方法、というイメージでお願いします。あの無限書庫ならそれくらいあってもおかしくないと思うんです。
 普通にネクロノミコンやセラエノ断章とかありそうですもんあそこ。

 



[25031] その日、機動六課(IFの世界) その3
Name: GDI◆37cf7f64 ID:4c237944
Date: 2011/01/16 00:15
 その日、機動六課(IFの世界) その3



 次元航空艦クラウディア・艦長室

 時空管理局本局の艦長にして提督の階級にあり、いくつのも難事件を解決した執務官でもあることから、若き英雄として謳われることもある人物クロノ・ハラオウン。
 
 その日、彼は通常業務であり、特に問題なく1日を過ごす予定だった。地上本部では公開意見陳述会が開かれているが、いかに彼が提督の階級にある身であっても管轄が違うので参加はできない。

 そして、今日の分の仕事をあらかた片付け終わった午後5:00過ぎ、彼は10年来での友人であるユーノからのメールを開いてみることにした。どうやら送られてきたのは午前中であるようだ。

 その内容を読んでいるうちに、彼は血相はみるみる変わっていく。そしてすぐに以前聖王教会から送られてきた報告書を映し出して目を走らせ、一つのことを確認したあと、すぐさま副官に地上本部に行くことを伝え残し、転送ポートへと走っていった。

 あまりに忙しない艦長の行動に副官は呆気に取られ、何事かと思い艦長が見ていた開きっぱなしのメールと報告書を見ると、そこにはこう表示されていた。
 
 メールには

 ”なのはが保護責任者になった少女は、古代ベルカの聖王王家の特徴、赤と緑の虹彩異色を持っている”

 とあり、報告者は2つのページが開かれ、それぞれにはこう示されている。

 ”レリックを括りつけられていた少女を保護、聖王教会病院で診療、調査をします”

 ”例の少女のオリジナルが生きていた年代は約300年前、古代ベルカの聖王時代の人物です”


 



 廊下で乗組員を跳ね飛ばしそうになりながら転送ポートに到着したクロノは、早速地上本部へと座標を入力したが、転送ポートがエラーを表示する。ソレを見た彼はすぐに地上本部に緊急事態が起こったことを察した。このタイミングならば襲撃を受けたと考えるほうが良い。
 
 彼は僅かの思考の末、副長と母であるリンディに己を予測を言い、本局でも地上本部の様子を調査するよう伝えると、転送ポートの座標を本部より少し離れたポートへと変え、光に包まれて消えていった。

 


 ミッドチルダ首都。クラナガンのある転送ポート

 クラナガンに着いたクロノは、すぐさま事態を把握した。少し離れたところに見える地上本部の建物の周辺にはかなりの数のガジェットがひしめき、時折本部に向けて、おそらくSランククラスのものであろう砲撃が放たれている。

 本来は騎士カリムや八神はやてと緊急の会談を行うために来たのだが、事態は既にそんなことを言っていられる段階ではないようだ。彼は地上本部への連絡を試みたが、全く通信が届かない。そのことが分かると彼の決断は早かった。

 緊急災害発生時においては司令機関と連絡が取れない場合、管理局員は各部隊長、単独で動いている場合は各自の判断で迅速に行動する旨が管理局の規定で記されている。そして今はその緊急災害発生時だ。

 彼はすぐさま飛び上がり、砲撃を行っている者を倒すべく向かった。 







 機動六課隊舎・外周部

 大量のガジェットから六課隊舎を守るガジェット迎撃戦第二幕、しかしその前提条件はまるで違う。既に隊舎には非戦闘員はおらず、敵の狙いであるヴィヴィオもいない。居るのは入ってきた侵入者をてぐすねひいて待っている狙撃手だけだ。

 なので躍起になって死守せねばならないわけではなく、最初から思い切った行動を取れるし、何よりも頼もしい援軍が付いている。これは既に防衛線ではなく、むしろこちら側の殲滅戦だ。
 
 だが、敵もまた最初の相手とは一味違う、今度のは今までと違い内部にインゼクトが入っており動きがスムーズになっていて、組織的な動きをしてくるようになっている。

 そうしてガジェット迎撃戦第二幕が始った。しかし、第一幕とは違い、やはり今度は初めから苦戦する様子はまるで無い。

 最も機動力があるガリューはアルフが一対一で相手をし、ユーノのバインドとシャマルの竜巻によってガジェットの動きを封じながら一箇所にまとめ、ザフィーラの魔力波(鋼の軛の派生系)によって横薙ぎになぎ払っていく。

 彼等の連携は強固で、インゼクトで強化されたガジェットが次々と破壊され、ガリューはアルフに留められ思うように動けない。これにはユーノとシャマルという回復と補助のエキスパートが居る事が大きい。ブーストが途切れることなく使用できるのだから。

 それに、今度は守るものが無いので、全員機動的に行動できる。4人が4人とも高速飛行が可能なので、肝心の指令を送るルーテシアが彼等の動きを捉えられずに居た。

 しかしルーテシアを攻められる者などおるまい。彼女はまだ幼く戦闘の経験などほとんど無いし、なによりも役割的にはガードウイングであるザフィーラとアルフはともかく、”高速で飛行しながらブーストとバインドとシールドを瞬時に使い分けるフルバック”などという存在は広い次元世界にどれほど居るのだろうか? 同じフルバックであるルーテシアなら混乱具合に拍車が掛かるというものだろう。

 そうするうちに、ものの10分も立たぬうちに、ルーテシアが召喚したガジェットも元からいたガジェットもほとんどが破壊されていた。

 その状況に流石のルーテシアも警戒心を強める。しかし、彼女はまだまだ諦めてはいない。最も信頼するガリューはまだ健在だし、いざとなれば白天王の召喚という切り札があるのだ。ルーテシアは消耗はしていたが、まだ十分に余力は残っている。彼女の魔力保有量はSランクに届くほどのものだ。

 「私たちは負けられない、まだ諦めるわけには行かない」

 そしてさらに召喚陣を展開させ、今度はガジェットではなく大型の蟲の形をした魔法生物を召喚する。彼女が使役する召喚虫、地雷王だ。ガジェットでは同じ展開になることは目に見えてるので、彼女の本領である虫使いとしての能力を前面に出すことにしたのである。

 そうして召喚された6体の巨大昆虫を見て、今までのようにそう簡単にはいかない相手だということはザフィーラたちも理解した。その触覚には電気が集中されており、そこから放たれる一撃をまともに受ければただでは済むまい。

 これまでの戦闘方法から変更しなければならいことは確かなので、彼等は念話で作戦会議を行う。

 『ザフィーラ、この魔法生物、かなり強力よ』

 『そうだな、だが倒せない相手ではない。これ相手には散開して挑むより、纏まって一匹ずつ倒した方が良さそうだ』

 『そうすると、あの機動型の守護獣の相手は僕がした方がいいかな。この昆虫は一撃の重さを必要としそうな相手だし、その場合はアルフのほうが良い』

 『そうだね、ユーノ、こいつ結構やるから気をつけな』

 『わかってるよ、任せて』


 そういって彼等がシフトを変更しようとしたとき、4人全員にこの場にいるもの以外の人物からの通信が入った。

 『4人とも、その虫たちから離れて、巻き添えを食わないように上方にシールドを展開させろ』

 その通信を受け取った4人が上空に目をやると、そこには無数の数の魔力刃が展開され、発射寸前の状態で待機していた。4人がその術者が誰で、何をしようとしてるかを悟ると、全速力で魔法生物から離れシールドを上部に向けて張る。

 4人のシールド展開が済んだ瞬間、魔力刃が一成に発射された、その数実に数百におよぶ。

 「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!」

 次々と突き刺さっては爆散する魔力刃の滝は、その周囲一帯にまで衝撃を伝えるほどの威力を持っていた、当然的となった魔法生物こと地雷王の姿は影も形も無く、そこには大きく抉れたクレーターが残されるだけとなっている。

 そして、その場にいる5人が一成に上空を見やると、そこにはストレージデバイス”デュランダル”を構えるクロノ・ハラオウンの凛とした姿がただずんでいた。



 機動六課隊舎・内部
 
 六課隊舎内はザフィーラたちが防御結界を解いた事もあり、結構な被害を受けていたが、火災の勢いなどはまだおとなしく、建物が崩れる様子は無い。

 オットーは機動六課の隊舎内を探査魔法を用いながら進んでいた。マテリアルには魔力反応があるはずなので、かならず探知できるはずなのだが、なかなか発見できない。

 彼女の探査のレベルは低くない。ソレなのに見つからないということは、何者かがジャマーシールドでも用いているのだろうか。

 そうして進むうちにガジェットⅠ型の残骸がいくつも転がっている場所に着いた。どうやら戦闘能力を持つ何者かがいるのは確かだ。そういえば、途中でヘリパイの男が隊舎内に戻って行ったことを彼女は思い出した。

 ガジェットの残骸を辿るように進んでいくと、吹き抜けの広い空間にたどり着き、そこにはやはりガジェットの残骸があるものの、誰の姿も無く、残骸が続いているのもここまでだ。

 オットーは不審に思った。何かがおかしい、自分に勘などというものは無いと思っている彼女だが、この建物内に人の気配が無いように思える。

 そこで彼女は気づいた。途中で湖の騎士シャマルが一度隊舎内に戻ったことを、そしてシャマルは転送魔法を使う。

 この2つの情報が繋がった時、彼女は自分達のターゲットが既に脱出していることに思い至った。これはやはり彼女が能力は高いが、実戦経験の無い新兵であった事が災いしたのだろう。決められた作戦をこなすことだけを考えていた彼女は、臨機応変の対応ができなかったのだ。

 すぐさまNo1ウーノにこのことを知らせようとして通信を試みた瞬間、後頭部強い衝撃を受け、彼女の意識は闇に落ちた。






 ヴァイス・グランセニックはその瞬間を待っていた。

 彼は内部に侵入してきたⅠ型を次々と撃破していたが、ある有効な方法を思いつきソレを実行した。

 廊下内で一定の間隔でカジェットを撃破し、次に来たものをその通路に来るように誘導する。ガジェットであれ戦闘機人であれ、点々とガジェットの残骸が残されている通路があればそこを通るはずだ。

 そうして吹き抜けの広い空間、狙撃には絶好のシチュエーションまで相手をおびき寄せ、そこを確実に仕留めていく。そのためにヴァイスは己の気配と魔力痕跡を最大限まで殺しつつ、全神経を近づく敵の気配を探るために集中させていた。
 
 そうして彼の狙撃手としての猛禽のような感覚は、今までとは違う相手の接近に気づく。

 彼の前に現われたのは彼の思ったとおりに戦闘機人だった。だが彼は今までのようにすぐに発砲せず、”そのとき”が来るまで石のようにじっと構えていた。

 そして、オットーの意識が周囲の探索からウーノへの連絡に向いた瞬間、ヴァイスは相手の注意が薄れたことを察知し、同時に引き金を引く。

 無防備のところへ後頭部に魔力弾をうけた彼女はその場で倒れ、ヴァイスは魔導師拘束用の手錠(魔力行使を封じる効果がある)を取り出してオットーのもとへと降り、彼女の確保に成功した。

「ふう、てこずらせやがって、っとコイツ女か」

 中世的な容姿から男だと思っていたが、近づいて体つきを良く見るとどうやら女性であることに気づく。

 「ま、お姫様と分かったからには、せいぜい丁重に扱うことにしましょう」

 そうひとりごちながら、彼はオットーは抱き上げ、とりあえずもと居た狙撃ポイントに戻ることにした。
 




 機動六課隊舎・外周部

 己が召喚した地雷王達を文字どおり一瞬で葬り去った黒衣の男が現れたことで、ルーテシアの思考は混乱した。どう動いていいのか分からない。そんな主の混乱を察したのか、ガリューは目の前のアルフを横切り、主に元に駆け、主を抱えて離脱しようとする。

 「ダメ、ガリュー、まだレリックとマテリアルを確保してない……」

 しかし主はまだ戦闘する意思があった。ガリューは逆らわず、黒衣の男達から少し離れたところでルーテシアを降ろす。ルーテシアはそこで呼吸を落ち着かせていた、度重なる召喚で彼女もかなり疲れている。

 クロノはその様子をずっと見ていたが、相手が逃走するわけでもなく、すぐ仕掛けてくるわけでもないことを確認すると、4人のほうへ降りていった。

 「ちょっと、随分急な登場じゃないか。それにしても、まさかアンタまで来てるとはね」

 そう言ってクロノに話しかけたのはアルフ、彼女とクロノは同じ家族なので、文句をいうようでもその口調は親しみが篭ったものだ。

 「僕としては、君達がいることに驚きなんだが」

 「こっちも驚きだよ。でもいいいのかい、海の提督が陸で暴れたら、いろいろ言い出してくる人たちがいるんじゃ」

 そういってユーノも友人の行動が問題にならないのかを心配するように問いをかける。

 「僕の元に例の少女に関するメールを送ったのは君だろう、その事ではやて達と話し合うつもりだったのだが…… そうか、君達がいる理由もソレか」

 「まあね、それに何かフェイトに悪い事が起こる気がしてさ、居ても立ってもいられなかったんだよ」

 「使い魔の感覚共有か、なるほどな。それと、僕がここに居ることは問題にはならないよ、提督として本局の局員を引き連れているわけではなし、何と言っても今は緊急災害時だ。こういう場合、居合わせた管理局員は各人の判断で行動していいことになっている。だから今の僕は次元航空艦の艦長ではなく、1人の執務官というわけさ」

 「なるほど、さすが石頭、規律に詳しいね」

 「からかうな」

 そういって冗談を言うユーノを憮然と表情で返すクロノ。2人の親友はこうして10年の間交友を続けてきた。

 「でも、助かりました、クロノ提督。相変わらず凄いですね、貴方が来てくれてまさに鬼に金棒ですよ」

 「助勢、感謝します」
 
 シャマルとザフィーラも、その性格どおりの表現で次々にクロノに感謝を述べる。

 「いや、管理局員として当然のことをしたまでさ。ところで、例の少女はどうしてるんだ?」

 「ヴィヴィオかい? それならリインフォースがあの子の素性に気づいて、シャマルさんが八神家へ転送したよ」

 「そうか、それはいい判断だ。しかしそうか、こんなことなら彼女に予言の解析を頼むんだったな」

 その会話を聞いていたザフィーラは、避難させた彼女達が無事であるかどうかを確認しなければ、と思い至る。

 「ハラオウン提督、今念話でリインフォースたちの無事を確認します」

 「ああ、そうしてくれ」

 そういってザフィーラはリインフォースと念話を始めた。その様子を横で見ていたシャマルは、そこは”リインフォースたち”ではなく”ヴィヴィオたち”というべきじゃないかしら、と内心で微笑む。

 『リインフォース、ザフィーラだ、お前達は無事か』

 『ザフィーラ! 良かった、大丈夫だったか…… こちらは皆無事だ、ここには敵は現れていない、ヴィヴィオも今私の膝で眠っている』

 『そうか、何よりだ。こっちも、スクライア司書長とアルフ、それにハラオウン提督までもが助勢に来てくれたので、何とか敵を退けた』

 『そうか、それは感謝してもしきれないな。でも、本当に無事で良かった……』

 『すまん、心配をかけた』

 『いいんだ、それより私も今お前かシャマルに連絡をしようと思ってたところだ。こっちに着いてからずっと主たちとの念話を試みてたんだが、先ほどようやく将に繋がった。それで、今こッちに向かってきてくれている』

 『シグナムが? そうか、それならば安心だな』

 『ああ、万軍を得るより心強いよ、ところでお前達もまだ戦うのか?』

 『当面の敵は打ち払ったが、まだ危機は去っていないからな』

 『そうか…… 気をつけてくれ、お前も、シャマルも』

 『案ずるな、必ず無事にお前の元に戻る』

 『ああ、待っている……』

 そうして彼は念話を終え、得た情報をクロノたちに伝える。しかし、実はシャマルは2人の会話を傍受していてので、それをニコニコしながら聞いていたりした。

 ザフィーラの話を聞いたクロノは僅かの間考え込み、そして結論を下し4人に指示を出す。このことに誰も不満はない、アースラに居た時も、現場では彼が作戦を考案して指示を出し、それにしたがって他の全員が行動する、という構図だったのだ、このメンツが揃えば自然とそうなる。

 「そうか、向こうにはシグナムが行ってくれたか。なら、君達4人は地上本部へ応援に向かってくれ」

 「ん? このままここで敵をおびき寄せるんじゃないのかい?」

 「そこだ、その”おびき寄せる敵”、つまりはガジェットを召び出しているのはあそこにいる少女だ」

 そういって少し離れたところにいるルーテシアを指差す。それで、ユーノもクロノの考えを理解する。

 「そうか、あの娘さえ抑えれば、もうこれ以上ガジェットが現れることはないんだね」

 「そういうことだ。というか、僕が此処に来たのもそのためなんだ。最初地上本部へ向かっていたんだが、周囲の局員に聞くとガジェットはあまり見覚えのない魔法陣からいきなり現れたという。そこで、砲撃を行っていた戦闘機人を捕らえた後、その召喚者を探していたんだが、どうやら本部周辺にはいないようなので、もう一つの戦場であるこっちに居ると睨んだというわけだ」

 既に戦闘機人を1人捕らえたことをさらりと言ったクロノだが、そこを指摘する者は1人もいなかった。彼が戦闘機人を捕らえる、そんなことはリンディが緑茶に砂糖をいれることと同じくらい当然のことだった。

 「相変わらず、よく頭回るねえ、アンタといいいユーノといい」

 「アルフ、茶化さないでくれ。ともかく、あの少女さえ抑えればもうガジェットが増えることはない。そうなると、敵は、というかヴィヴィオを奪い取る事が出来るのは戦闘機人だけになる。なので君達は本部へ行って戦闘機人を攻略してもらいたい」

 「ここはクロノ提督1人で大丈夫ですか?」

 「大丈夫だよシャマル、あの少女もかなり消耗している様子だったし、あまり戦闘には慣れていないようだから」

 「では、我らは向かうとしよう。シャマル、戦闘機人の位置を特定できるか?」

 「出来ると思うわ、ちょっと待っててね」

 「僕も手伝うよ」

 シャマルはクラールヴィントを取り出し、探査魔法を行う。その横でユーノ同じく探査を試みている」

 「……………………うん、見つけたわ。戦闘機人らしいエネルギー反応が本部の正面に一つ、その上空に二つ……いえ一つ離れたわ、えっとどこに」

 「他には本部の北エリアに3つあるね」

 「!! 大変! 戦闘機人の1人が南のほう、リインフォースたちの所へ向かってるわ!」

 「ん? でもシグナムが行ってんだから大丈夫なんじゃないのかい?」

 「アルフの言うとおりだ。シャマル、慌てるな、お前の悪い癖だ」

 「ゴメンなさい、うっかりしてました……」

 そういってシュンと落ち込むシャマル。それを見ながらクロノは苦笑したが、すぐさま表情を戻し指示を飛ばす。

 「よし、それならユーノとアルフは本部正面のほうへ、ザフィーラとシャマルは北エリアの3つのほうへ向かってくれ、頼むぞ」

 「まかせな!」

 「君もしっかりね」

 「クロノ提督も頑張ってください」

 「心得た」

 4者4様の返事を残し、3色の流星となって飛んでいった(翠が2人いる) 一人残ったクロノはデュランダルを構え、召喚士のほうへとゆっくりと飛んでいく。

 そして、ルーテシアがいる所まで来ると、少女に降伏を促がした。

 「できれば、おとなしく降伏してくれ。こちらとしてもあまり手荒な真似はしたくない」

 返事は、ガリューの攻撃だった。そしてそれが意味することはクロノの読みどおり、ルーテシアにはもうあまり余力がないことを意味している。新しいガジェットたちを召喚する事をしなかったのだから。

 「スティンガースナイプ」

 ガリューの攻撃をかわしたクロノは反撃の射撃を撃ちだす。ガリューもそれをかわすが、魔力弾はその動きに合わせて方向を変える。追尾性だと気づいた時にはすでに遅く、ガリューの左肩に直撃した。

 そこへクロノは肉薄する、その速度は迅速で、疾風迅雷を謳う彼の義妹ほどではないがそれに順ずる速度であった。そして十数合の格闘戦ののち、繰り出されたガリューの右の爪を左手で受け止める。

 ガリューは声が出せたら驚愕の声を出していただろう。まさか素手で受けとめられるとは思わなかった。しかしクロノにとってはどうということはない。なにしろ彼は14歳の時、AAAクラスの魔導師の魔力の篭った渾身の攻撃を、ひとつはデバイスで、一つは素手で受けてめるという行為を平気な顔して行った男なのだから。

 そして、受け止めた爪をブレイクインパルスで砕き、がら空きの胴に蹴りを入れて地面に堕とす。ガリューはなんとかリカバリーして高度を戻すが、既に受けたダメージは大きいものとなっていた。

 「ガリュー、頑張って……」

 しかし主の期待を裏切るわけには行かない。ガリューの身体にルーテシアの魔力が注ぎ込まれ、彼の肉体を活性化させる。そうして再びクロノに攻撃を仕掛けるが、今度は途中でガリューの姿が消える。

 「!」

 ガリューは体内魔力を一気に爆発させ、魔導師のソニックムーブのような加速でクロノの背後をとった。

 クロノの首筋に渾身の一撃を繰り出そうと、彼が腕を振り上げた瞬間、ガリューの体中にバインドが巻きつけられていた。

 「ディレイドバインド。悪いな、身内がよく使っていたので、そうやって高速で背後に回る戦法には慣れているんだ」

 そうして彼はガリューにディランダルを向け、一瞬のタメのあとブレイズカノンで止めをさす。

 0距離でオーバーSランクの砲撃を受けたガリューは、意識を失い地表へと落下していった。




 これがクロノ・ハラオウンだ。

 近接格闘、高速機動、遠距離砲撃、束縛拘束、防衛専守、結界展開、罠設置、探索探知、それに広域殲滅を可能とした大技も有している。さらには回復・補助系の魔法すら使いこなすのだ、六課の隊長陣は誰一人回復・補助系の魔法を使えない女傑ぞろいだというのに。

 しかし、なんと言っても彼の特筆すべき点は、その多岐にわたる技能を場面と状況に応じて使い分ける戦術眼だろう。それがなければ宝の持ち腐れになってしまう。

 彼には高町なのはの様な砲撃資質も、義妹のような天性の速度も、八神はやてのような超魔力も持っていなかった。

 故に鍛えた。あらゆる技を毎日毎日欠かすことなく、弛まぬ練磨によってその技巧を積み上げてきたのだ。黙々と、その強靭な精神を以って。

 そうして今の彼がある、多彩な技能の持ち主というのは器用貧乏に陥りやすいが、ある一定のレベルまで達すれば”隙がない”と評されるようになり、さらなる高みに上れば”万能”と呼ばれ、昇りつめれば”無敵”となる。

 以前高町なのははフォワードの4人に

 ”自分より強い相手に勝つためには、自分のほうが相手より強くないといけない”

 と謎をかけ、それに対し彼女達は

 ”自分より総合力で強い相手に勝つためには、自分が持っている相手より強い部分で補う”

 と答えを出した。

 だが、クロノにはその法則が当てはまらない。彼は総合力が強いのではなく、全ての能力が高いのだ。格下であればその”自分が持っている相手より強い部分”がそもそも見当たらず、例えクロノより高い能力があったとしても、それは勝敗の天秤を傾ける材料にはならない。

 一言でいえば、クロノ・ハラオウンに出来ないことは何も無い。

 まさしく万能。次元航空艦一隻につきクロノが一人いれば、次元世界の平和は完全に保たれることだろう。だが残念ながらクロノは一人しかいない。

 その彼を相手した事が、この召喚士と召喚獣の不幸だっただろう。

 「ガリューーー!!」

 堕ちていく己の守護者に向けて、少女の悲痛な叫びが響く中

 「ここまでだ、これ以上の抵抗に意味は無い」

 黒衣の青年は冷静な瞳で、ただ純然たる事実のみを告げた。





 ジェイル・スカリエッティのアジト。中央操作室

 戦闘機人No1ウーノ、彼女は”ジェイル・スカリエティのもう一つの頭脳”と呼ばれるほどの知能の持ち主であり、戦闘機人の作戦の実質的指揮者であった。

 スカリエッティのような他の誰にも思いつかない発想の閃きは有していないが、彼女は既存の情報と知識を組み立てることによって、完全なものを作ることを得意としている。Drが発信型の天才なら、彼女は受信型の天才と呼べるだろう。

 しかし、そんな彼女は今悩んでいた。地上本部の襲撃作戦、これに綻びがみえるように思えるのだ。本部のほうは問題ない、未だにガジェットが取り巻いており、状況が変わる様子が無い。

 先ほどクアットロからクロノ・ハラオウンが現れてディエチが捕らえられたことを聞いたが、彼は既にその場に居ないようなので、とりあえず保留。ディエチはあとでセインに救出させよう。

 問題は機動六課隊舎、こちらのほうだ。全く想定外の援軍が敵に現れ、その援軍の1人の暴挙(Ⅲ型を鉄球のように振り回す)によって監視用の機械が流れ弾にあたり、状況が掴めなくなったのだ。そして、ディードが意識が無い状態でルーテシアによって送られてきた。

 ルーテシアが援軍に行ったとはいえ、モニターが破壊される前の様子から見て、あまり上手くいくようには思えず、実際ガジェットの反応がどんどん減っている。もう隊舎方面のⅠ型とⅢ型は全滅といっていい。

 そして、先ほどオットーから通信が入ってきたが、すぐに切れてしまったのだ。彼女もやられてしまったのだろうか? そしてオットーは何を伝えるために通信をしてきたのか?

 彼女はその明晰な頭脳で思考する。モニターが壊されるまでの敵の行動を反芻し、何か見落としないかを探り、そしてそれを見つけた。

 湖の騎士シャマル、彼女は一度隊舎に入り、また戻ってきている。そしてその後の連中の行動は、それまでと違い機動的で、隊舎が攻撃されてもある程度は無視していた。それは何故か?

 ウーノは気づく。湖の騎士は高い転送能力を持っている、ならば…… 逃がされた!

 彼女の思考は驚異的な速度で、聖王のマテリアルの転送先を想定する、候補は2つ、聖王教会、八神家、湖の騎士が送るとしたらこのどちらかだろう。

 彼女は急いで高速で移動可能なトーレとセッテに連絡し、八神家と聖王教会へ向かうよう指示を出すが、六課隊長陣が出てきたことを考え、一人はここに残ったほうがいいだろうというトーレの言葉に頷き、確率の高い八神家へセッテを送る。

 クアットロのほうには数が減っていないⅡ型を集めて本部の周辺に配置するよう指示をだし、セッテの抜けた穴を埋める。彼女のISで数を水増しするようにとも。

 完璧を期して望んだ襲撃作戦が、実にたった3人によって綻び生じたことにウーノは忸怩たる思いをしていたが、後ろにいるDrはむしろ楽しそうに笑っていた。




 機動六課隊舎・外周部

 大型の召喚虫も己の守護獣も失ったルーテシアは、しばらく忘我の状態にあったが、その瞳には徐々に冷たい光が宿り始めていた。それと同時に少女の身体から魔力の陽炎が沸き立つ。

 「よくも…… ガリューを……」

 その少女の様子に警戒心を強めたクロノは、デュランダルを構えなおし、油断無く備える。

 「すまないな、だがお互い様だろう。襲撃を仕掛けるなら、己も襲われることを考えなくてはいけないものだ」

 しかし彼の言葉は既に少女に届かず、少女は目を見開きながら独り言ともつかない言葉を紡ぐ。

 「私は、止まれない、取り戻すために、会うために、行かないといけないんだから……」

 少女の内にある魔力の奔流が危険な域にまで達し、それを感じ取ったクロノはルーテシアから離れ距離をとる。

 「私の……邪魔しないで…… お願いだから…… 消えて……!!」

 ルーテシアを中心として召喚陣が浮かび、その背後にはそれと同じ巨大な召喚陣が浮かび上がる、それはその背後から、強大な威圧感と共に何かが来ようとしていることを意味する。少女から感じる魔力はSランクを超えるだろう、そしてその背後から来るであろう者はいわずもがな。

 「来てぇ!! 白天王ーーーー!!!!」

 少女の叫びと共に、恐ろしく巨大な影が顕現する。白く輝く体は甲殻生物の持つそれで、その巨体は人など簡単に潰してしまうほどあり、その姿を見たものは間違いなくこう思うだろう、化け物、と。

 この大いなる威容を見て僅かでも怯まぬ者がいるだろうか? 

 「なるほど、その内包する力はおそらく、かのアルザスの真竜と同等か……」

 ここにいる、彼はその姿を前にしても一向に心を波立てず、ただ冷静に敵の戦力を分析する。

 「お願い、白天王! 私の邪魔をするものを、この人を、全部全部壊してしまってぇぇぇ!!」

 その声に反応し、白天王と呼ばれた巨大生物は、腹部の水晶体に膨大なエネルギーを集中させる。召喚者の言葉に従い、己が持つ最大最強の攻撃を以って目の前の敵を粉砕するつもりだ。

 だが、その極大の魔力を目前にしてもなお、クロノ・ハラオウンは揺るがない。むしろ少女の悲痛な叫びに憐憫の情すら湧き上がる。そして、管理局員の、ハラオウンの誇りにかけて、この少女を止めてやらねば、と強く思う。

 「残念だったな、君の相手が僕でなければ、君の勝ちだったかもしれない」

 この怪獣といってもいい相手に生身で勝てるのは、管理局でも数えるほどだろう、それもオーバーSに限られる。管理局が誇るエース・オブ・エースでさえ、勝てるかどうか分からない。

 「だけど、戦闘には相性というものが有る、そして、僕と君のソレとの相性は、最悪だ」

 そう言い放つ彼の足元にミッドチルダ式の魔方陣が浮かび、クロノは詠唱を行う。

 「悠久なる凍土、凍てつく棺のうちにて、永遠の眠りを与えよ・・・・・・」

 彼の持つストレージデバイス・デュランダル、それに登録される最大最強の魔法が今放たれる。元来これはこの巨大生物のような人知を超える存在を封印するための術なのだ。

 「凍てつけ!! エターナルコフィン!!」

 そして、白い光がディランダルから迸り、全てを凍らせ、全てを停止させる絶対零度の暴威が白天王の巨体を包み込む。永遠なる氷の棺に捕らわれた白天王は、その中にて安らかなる眠りにつくこととなった。

 それを見たルーテシアはガクリと膝を落とし、今度こそ完全に勝負はついた。





 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 つ、疲れました。書いているうちにどんどん長くなってしまう、次の更新はちょっと開くと思いますが、今週中には仕上げたいです。

 さて、今回はクロノの回ですね。それで書いてて思った、なんでSTSでクロノが活躍しないか、活躍したらスバルたちのやること何もなくなりますよね、話的にNGでしょう。
 クロノはオーバーSと書きましたが、原作STSで彼のランクは分かりませんが、あの大器晩成の超努力家が10年の間に一個もランク上げないことはまず無いと思うので、そうしました。なのはたちも3つ以上がってるんだし。

 この話書いてるときは結構STSの挿入歌の「Pray」を聞いてますが、この「Pray」で作られたとらハ3のMAD「御神の剣士たち」の出来に感動、この曲はこのMADのために作られたんじゃないか、と思うほどの出来です。出だしの演舞を舞う士朗さんが素敵すぎ。興味があるかたはYou Tubeで「御神の剣士たち」でお探しください。お勧めです。これを見ればなのはさんの強さのわけが一発で分かる。
  
 次回はまたザフィシャマユノアルの方に目を向けたいと思います。

  


 ちなみに、クロノ提督の勇姿をご覧になりたい方は、ニコニコ動画で「なのはMAD StrikerS 13話 恒例の一発ネタ何個か」というタイトルで探してみると良いかと思います。


 

  



[25031] その日、機動六課(IFの世界) その4
Name: GDI◆37cf7f64 ID:70e00780
Date: 2011/01/17 15:03

その日、機動六課(IFの世界)その4

 ミッドチルダ首都クラナガン上空

 クロノの指示により戦闘機人の捕縛に向かう4人は凄まじい速度で飛翔していた。それもそのはず、ブーストをかける事が出来る人物が2人いるのだ。それに加え、回復・補助のエキスパートである2人は、肉体の過負荷にならないギリギリのラインをよく心得ているので、身体の負担にはなっていない。

 この光景を見ていた陸戦魔導師たちには3色4つの流星が飛んでいったようにしか見えなかっただろう。その速度は移動の飛行速度というより戦闘時での高速機動だ、しかしシャマルとユーノが居ればそれも可能となる。

 彼らが向かっているのは地上本部の建物、そこから2手、いや3手に分かれることになる。

 「アルフ、大丈夫かい?」

 この4人のなかで一番空戦が苦手なアルフをユーノが気遣うが、彼女は平気な顔でこの速度を維持していた。

 「平気だよ、細かく動き回ったり急旋回するわけじゃなく、真っ直ぐ飛んでるだけだからね。これくらいなんて事ないさ」

 彼女としては当然のことを言ったわけであるが、地上部隊の陸戦魔導師はもちろんのこと、本局の空戦魔導師にとってでさえ「なんて事ない」行為ではない。このスピードの飛行が可能なのは管理局でも少ない。

 そもそも、彼女が「空戦が苦手」という言葉の前には、「フェイトたちに比べて」という言葉が隠されている。比較対象のほうがおかしいのだ、一般の魔導師から見れば充分すぎる飛行能力だろう。

 「それでさユーノ、本部付近の上空にいるっていう戦闘機人、多分フェイトもそっちに向かってる」

 「そうか、君が言うんなら間違いないね、じゃあ、君はそっちに向かう?」

 「ああ、アンタには本部正面にいるってヤツを頼むよ、ところでなのははまだ本部の中に居るのかね?」

 「そうだね、シグナムさんもフェイトも出てるんなら、なのはも何処かで交戦中かもしれない、ちょっと連絡してみるよ」

 ユーノがなのはに連絡を取っているのを見て、ザフィーラとシャマルもヴァイスに連絡を入れる。

 『あ、ヴァイス君、隊舎に押し寄せた敵は大方倒したわ。今は救援に来てくれたクロノ提督が例の召喚士の娘と交戦中だから、その後のことはクロノ提督に指示を貰ってね』

 『クロノ提督が!? そりゃまた恐れ多いっつうか何つうか。あっそれと中に入ってきた戦闘機人はとっ捕まえましたよ』

 『流石、お手柄ね。それにクロノ提督なら、気さくで優しい方だからそんなに緊張しなくても大丈夫よ。じゃあ、そういう訳でお願いね』

 『はい、シャマル先生もザフィーラの旦那も気をつけてくださいね。もちろん司書長たちも』

 『ええ、ありがとう』

 そういってシャマルが通信を切ると、ユーノの方でもなのはと通信が繋がったようだった。

 『あ、なのは、良かった繋がった』

 『え、え、ゆ、ユーノ君? いったいどうして?』

 『ちょっとね、いろいろあって救援に来たんだ、細かい話は後でしよう。それで、なのはは今何処に?』

 『分かった、来てくれてありがとうユーノ君。私は今本部の建物の通路の中を移動中。戦闘機人と戦ってると思う仲間の救援に向かってるんだ。それとユーノ君、できれば六課の隊舎のほうへ行って貰えるかな、連絡つかないんだよ』

 『あ、それなら大丈夫。もう六課のほうのガジェットは大方倒したし、連絡がつかないのは、他の人たちは皆シャマルさんが転送で避難させたからだと思う。まだ敵はいるんだけど、クロノも来てるから心配ないよ』

 『クロノ君も!? でもそれなら安心だね。良かった……』

 『それでなのは、君が向かってるのってひょっとして北エリア?』

 『うん、そうだよ、よくわかるね』

 『僕とシャマルさんの探知魔法で戦闘機人の位置を特定したからね、それで君が向かってるところにはザフィーラさんとシャマルさんが行くよ。表を高速で飛んでいくから、多分君よりずっと早く着く』

 『シャマル先生たちが? そうなんだ、なら大丈夫かな?』

 『彼らの強さを知らない君じゃないだろ? 守護と回復のエキスパートが行ってくれれば、必ず君の仲間を助けてくれるさ』

 『そうだよね、2人とも凄いもの』

 『だから、君には本部の正面に向かってもらいたいんだ。現在そっちのほうに残りのガジェットが集まってるみたいで、そいつら相手にするのはベルカ式のシャマルさんたちより、ミッド式の君が向いてる』

 『わかった、今すぐそっちに向かうよ。情報ありがとうユーノ君。ユーノ君もそっちに向かうの?』

 『ああ、僕も行く』

 『じゃあ、そこで会えたらきちんとお礼を言うね。それと、ユーノ君が来てくれた経緯もお話してね』

 『うん、それじゃあ後で』

 なのはと通信を終えたユーノはその内容を3人に伝え、ますます速度を上げて本部へと向かう。

 「じゃあ、あたしはこれで」

 途中でアルフが方向をかえて3人から離れる。おそらくその方向にフェイトが戦闘機人と交戦している空域があるのだろう。

 「ああ、しっかりね」

 オレンジの流星となって消えていくアルフを見送り、彼らは先を急ぐ。そして地上本部の建物の前に来ると、さらに二手に分かれた。

 「ユーノ司書長、頑張ってね!」

 「シャマルさんたちも、気をつけて!」

 そして彼らはそれぞれの戦場へと分散した。



 地上本部より少し離れた空域


 フェイト・T・ハラオウンは目の前の戦闘機人に苦戦を強いられていた。

 それもそのはず、相手は最強の戦闘機人No3トーレ。生まれたてのNo7,8,12やまだ戦闘経験が浅いNo9、11と違い、彼女とNo5チンクは活動暦が長く戦闘経験も豊富で、かつ冷静な判断力も有している強者だ。それも今行っているのは彼女の持ち味を最大に発揮できる空中戦だ。
 
 つまり、フェイトと全く同じ高速機動タイプ。しかも一瞬の加速はトーレの方が早い、フェイトとしては負けるつまりはさらさらないが、勝利できるかどうかは分からない、決定打に欠けるのだ。機動力は互角、砲撃は間違いなく回避され、細かい技は通じそうにない。そもそも彼女がそうした効果的な小技を得意としない、それが上手いのは義兄だ。

 2色の流星となって何度もぶつかるが、互いに有効打を決められない。しかしフェイトの足止めが目的のトーレと、トーレを倒し捕縛すること目的としたフェイトでは、心理的な余裕が大きく変わる。

 そしてそんな焦りが形となって表れたのか、フェイトはトーレに懐に入ることを許してしまった。トーレはほんの僅かなフェイトの隙を決して逃すような甘い相手ではなかったのだ。

 「終わりです、お嬢様」

 トーレのインパルスブレイドがフェイトの身体を切り刻む、そう思われた瞬間、トーレの動きが不意に止まった。

 別段トーレが慈悲や情けを覚えて止めたのではない。単に第三者によって強制的に止められただけだ。彼女の身体には幾条ものオレンジのチェーンバインドが絡み付いている。

 「何者!」

 「フェイトに何すんだいこの男女ぁぁぁ!!」

 ザフィーラの救援に入ったときと同じように雄たけびを上げながら突撃するのは、当然のごとくフェイトの使い魔アルフだ。魔力を込めた拳を振り上げて猛スピードでトーレに襲い掛かる。彼女の拳にはバリアブレイクが掛かっているので、よほど堅いガードでない限り防御は不可能となっている。

 しかし、相手は最強の戦闘機人。トーレは身体を旋回させることによってインパルスブレードでバインドを切り、反対にアルフにカウンターを仕掛ける。

 ふたつの拳がぶつかり、しばしの拮抗の末、2人は弾かれる。威力は相殺したように見えたが僅かにトーレが勝ったのか、アルフのほうが大きく弾かれ体制を崩す。

 そこへトーレが追撃し、無粋な乱入者を仕留める一撃を放つ。

 「ラウンドシールド!」

 オレンジの魔力光のミッド式の魔方陣が浮かび上がり攻撃を防ぐが、完全に威力を防ぎきれずに再び弾き飛ばされた。

 弾かれたアルフのもとへフェイトが駆け寄り、己の使い魔に怪我の有無と何故此処に居るのかを尋ねる。

 「アルフ! 大丈夫!? それにどうしてここに?」


 「どうしても何も、あたしはフェイトの使い魔だよ、フェイトの危機に駆けつけないわけないじゃないか。それに、このくらいへっちゃらさ」

 「アルフ……」

 フェイト胸がつまる思いになる。そういえば、この元気な使い魔はいつも自分のことを第一に考えて行動してくれている。何がフェイトにとって一番いいのか、自分はフェイトのために何をすべきかをいつもどんな時でも考えてくれるのだ。

 自分はユーノに彼女をまかせっきりだったというのに、おそらく彼女が無限図書の膨大な仕事を前に大変な思いをしてる時、何もしてあげれなかったというのに、アルフはこうやって自分を助けに来てくれた。

 そして、それが当たり前だと笑ってくれる。

 夢に向かってるはやて、親友のなのは、保護者になったエリオとキャロ、彼らのことばかり考えて、もっとも自分に親しく自分を思ってくれる相手を、今までないがしろにしてはいなかっただろうか。

 そんな考えを彼女が浮かべてしまっていると、アルフはそれを察したのか、ニカっと太陽のような明るさで笑う。

 「あたしはアンタの使い魔さね、だからあたしにとっての一番はフェイト。だからってフェイトの一番があたしにならなければいけない、なんてことは無いんだよ」

 「でも……」

 「あたしは、フェイトの枷にはなりたくないよ。フェイトは大空ぶ向かって飛ぶのが似合うんだから、ね」

 「……ありがとう、アルフ」

 そうだった。アルフはこの世でたった一人のフェイトが気を遣う必要が無い存在、気の置けない友人なのだ。

 「それじゃ、2人であの男女をぶっとばすとするかい!」

 「うん、行こうアルフ、2人で」


 そして再開された戦いは、先ほどとは違い一方的なものとなっていた。

 そもそも2対1になったわけではあるが、2人の連携がとんでもない完成度なのだ。トーレが持ち前の加速でフェイトの攻撃を回避しても、そこには既にアルフが待ち構えている。
 
 アルフに攻撃を仕掛ければ、横からフェイトがその攻撃を阻む。フェイトが砲撃しようとすれば、アルフがバインドで足止めをする。

 まさに一心同体。互いの意図が100%伝わる文字通り以心伝心の2人には、コンビネーションの隙が全く見られないのだ。

 しかし、そんな2人を相手にして未だに倒されずにいるトーレもまた一筋縄ではいかない。彼女の”ライドインパルス”の急加速は2人のコンビネーションからすら抜け出すことを可能としていた。


 「たく、ちょこまかとうざったいヤツだね!!」

 アルフが叫ぶと同時に彼女の足元にミッド式の魔方陣が浮かび、周囲に結界が展開された。ユーノ直伝の周囲50mを覆う捕縛結界だ。いかに機動性が高くとも、狭い空間内ではその効果も半減だ。

 「これでどうだい!」

 フェイトは入らなかったが、己と敵を同じ空間内に閉じ込め、アルフは足を止めての打ち合いを仕掛ける。加速が無ければ自分に分があると彼女は推察していた。

 「ふん、これしきの結界で私を捕らえたつもりか!!」

 だが、繰り返すが彼女は最強の戦闘機人。彼女は全エネルギーを一点、右の足に集中させると超加速を以って結界に突貫した。

 その凄まじい加速によって生まれた衝撃は結界に穴を穿ち、トーレは檻の中から脱出する。

 「かかった」

 「なっ!?」

 しかし、それこそが2人の罠だった。結界の内と外に別れた2人の意思疎通は完璧で、中のアルフにトーレが突貫した箇所が分かれば、その位置にフェイトが先回りして不意打ちを仕掛けることは容易。

 フェイトとアルフの即興の作戦は見事に功を奏し、トーレはフェイトの前に無防備をさらしてしまった。加速が止まったまさにその瞬間をフェイトは突いたのだ。

 「ジェットザンバー!!」

 巨大な雷刃の一撃をまともに受け、トーレは地表へと落下していく。フェイトはその後を追うべく降下していったが、途中でトーレがリカバリーし、再び高度を上げる。

 「タフなヤツだねぇ」

 そこへアルフも追いつき、素直な感想を述べた。ジェットザンバーをまともに喰らい意識を保てる者はそうは居ないのだ。

 「でも、ダメージは小さくない。貴方も、これ以上は戦えないはず、どうか降参して欲しい。そしてスカリエッティが何処に居るのかを聞きたい」

 フェイトは降伏を促がしながらも油断無くバルディッシュを構える。そんなフェイトを睨みながらも構えは解かずに戦闘の遺志を向けつつ、トーレは姉のウーノに通信を入れる。


 『ウーノ、トーレだ。情け無いがフェイトお嬢様とその使い魔にやられた。これ以上の交戦は不利だ』

 『そう、なら貴女は撤退なさい。どうやら、今回の作戦は上手くいかなそうなの、一度体制を立て直す必要があるわ』

 『そうか、わかった』

 ウーノとの通信を終えたトーレは構えを解く、そんな彼女の様子にフェイトとアルフは降参の意を示したのかと思ったところに、彼女は己の感想を述べた。

 「2人掛りとはいえ、今回は完全に私の敗けです。だが、次はこうは行きません。私はもっと強くなり、今度こそは貴女に勝つ!」

 そう言い残すと、彼女は己が可能な最大限の加速で瞬時に2人の前から姿を消し、そしてあっという間に戦場を離れていった。

 「逃げられちまったね、フェイト」

 「うん、でも今はこれでいい。私達はこれ以上被害が広がらないように、残った敵を掃蕩しないと」

 「ああ、それにしても何かシグナムみたいなこと言うやつだったねぇ」

 「ふふふ、確かにそうかも」

 そう言って少しの間2人は笑いあい、笑いが収まると次の行動について話し合う。

 「それじゃ、あたし達はこれから何処いこっか」

 「本部にもどるか…… そうだ! ヴィータが空戦魔導師と交戦してるはずだ」

 「本部にはユーノが行ってるし、クロノもそのうち向かうだろうから、あたし達はそっちに行こうか」

 「うん、そうしよう」

 そうして2人は高ランク魔導師がぶつかり合っている反応がある方向へと並んで飛んでいった。

 



 地上本部北エリア・建物外上空

 ザフィーラとシャマルは猛スピードで飛行していたが、目的の場所が見えてくると速度を落とし、明確な敵の位置を確認するべく探査魔法を用いる。

 飛行を続けながらでは集中できないため、建物の目前まで迫るといったん停止し、少しの間滞空しながら敵の位置を特定する。

 「いたわ、あの辺りのちょっと奥に戦闘機人と思わしき反応が3つ! それにユーノ君が言ってた交戦してるっという魔導師の反応もある、けどかなり弱ってるみたい」

 シャマルはクラールヴィントをペンデュラムの形態に変え、その位置まで魔力糸を伸ばして場所を示す。

 「ならば急ごう、シャマル、補助を頼む」

 「まかせて」

 彼女は今まで使っていた速度強化から、威力強化へとブーストの効果を変える。翠の光に包まれて魔力の底上げがされたザフィーラは、一瞬のタメの後、魔力を脚に集中させ突撃を敢行する。

 「牙獣走破!!!」

 シャマルが示した箇所にザフィーラの蹴りが炸裂、次々と壁を突き破り、あっという間に目的の戦闘機人達の場所まで到達していた。



 地上本部北エリア・建物内部 

 ギンガ・ナカジマは絶体絶命の危機に陥っていた。相手が1人でさえ苦戦していたというのにさらに2人の敵が加わってしまったのだ。身体は既に満身創痍、実際あと一回攻撃を受けたら終わりだろう。

 今も相手の攻撃である爆発に吹き飛ばされ、床に倒れ伏している。もうほとんど力が入らない。

 だけど、せめて1人だけでも刺し違える、そう覚悟を決め、最後の力を振り絞ろうと立ち上がると、敵のなかで最初に相手をしていた最も小柄な少女がギンガを制する。

 「それ以上は止めておけ、そうでなければ次は確実に……!?」

 コートを身に纏った小柄な少女、No5チンクのセリフは最後まで続かなかった。その理由は凄まじい轟音が彼女達がいる部屋に響いたと思ったら、次の瞬間白い魔力光を纏った偉丈夫が建物の壁が突き破って現れたからだ。

 ギンガを含めた4人は一瞬何が起こったか分からなかった。誰一人知らない人物がいきなり想像もできない登場の仕方をしたのだから当然だろう。ナンバーズも盾の守護獣ザフィーラのデータは持っていたが、それは狼形態のものだけで、現れた男とは等号で結ぶ事が出来ない。No1ウーノならば人型のザフィーラのデータも有していたのだが。

 彼女達戦闘機人の目には、熱源探知や魔力探知の優れた機能があったが、流石に外から高速で壁を何枚も突き破って来るという真似をしでかす者までは探知できなかった、当然である。それに彼女達はいずれも直接戦闘型であり、探知に特化しているわけではない。

 呆気に取られている4人とは対照的に、ザフィーラは室内を一瞥し、瞬時に状況を判断、行動に移る。

 即ち、敵が当惑しているうちに、身構える時間を与えずに奇襲をかけ、最低でも1人を確実に仕留める。倒れている局員、ギンガの傷は相当のものだと判断したが、彼女を救う最も早い道は、奇襲を成功させ脅威を取り除くこと。

 彼は冷静に見極める。精神を滾らせ、闘志を全身に漲らせながらも、しかし頭は凪の湖面のように平静に。戦場では冷静さを失った者から死んでいく。彼、ザフィーラが駆けたのは、そうした殺し合いの修羅の庭だ。

 彼は最も近くに居た大きな盾のような武器を持った相手に突貫し、全身の力を込めた一撃を見舞う。相手、No11ウェンディはとっさに己の固有武装”ライディングボード”でガードするも、その力の収束した一撃に退き飛ばされ、攻撃を受けた武装にも罅が入る。

 「こんのぉお! 一体なんなんスか、アンタは!」

 いきなりの攻撃で自分の武装を傷つけられ、姉妹の中でも感情豊かなウェンディは激昂する。しかも相手の正体が全く分からないことも彼女の苛立ちの一因となっている。局の武装隊員には見えないし、この男は一体何なんだ、と。

 「お返しっス、吹き飛べ! エリアルキャノン!!」

 ザフィーラに向け、砲撃魔法と同じエネルギー砲が放たれるが、彼はそれを正面から受け止め、弾き返した。

 「裂鋼――襲牙!!」

 砲撃魔法に相当するエリアルキャノンの弾核を受け止め、コンマ1秒もかけずに己の魔力を上乗せし、2連の高速砲として撃ち返す。

 「嘘ォ!?」

 まさかそんな行動に出られるとは思わなかったウェンディは高速砲の直撃を食らう。1撃目で完全に武装が破壊され、2撃目――1撃目の何倍も強力――を受けた彼女は再び吹き飛ばされ、壁を突き破って隣の部屋まで飛んでいった。とうぜん戦闘続行は不可能だろう。

 彼が驚愕の登場をしてから、実に20秒経っていない。

 「ウェンディ!!」

 突然の出現で思考が止まったチンク達だが、一瞬の攻防で妹がやられたことによって驚愕から覚め、No9ノーヴェがザフィーラに攻撃を仕掛ける。

 「テメエェ!! いきなり何しやがんだこのデカブツ!!!」

 彼女の固有武装”ジェットエッジ”の噴射機能をフル稼働させ、高速でザフィーラに攻撃を仕掛けるが、ザフィーラは彼女の突進をその大きな身体からは思いもつかない柔らかい体捌きで回避する。

 「チィッ!!」

 しかしそれで諦めるノーヴェでは無い。彼女はこうした室内では最高の機動性能を誇るナンバーズだ。その加速のまま壁を走り、彼女のIS”エアライナー”を使い、光の道を作ると再度勢いをつけてザフィーラに迫る。

 「風よ!」

 だがそこでノーヴェの予想外の事が起こる。女性の声が聞こえたかと思うといきなりエアライナーの上、自分の進行方向、しかもすぐ足元に小さな竜巻が現れたのだ。すんでのところで回避したノーヴェだが、ウェンディよりも気性が激しい彼女はその時点で、完全に冷静さを失っていた。

 「誰だ!!」

 声がした方を見るノーヴェだが、これが完全に間違いだった。意識を前方からそらしてしまったのだ。

 「皆、お願い!」

 そのため、さらに設置されていた計3つの竜巻、シャマルが生み出した「風の足枷」には気づかずにぶつかり転倒する。それまでに加速していた速度が仇になり、何度も大きくバウンドしながら転がっていった。

 「ノーヴェ!!」

 チンクが叫び、妹を助けようとするが、そこへザフィーラが立ちふさがり、同時に蹴りを放つ。辛くもかわしたチンクだったが、ノーヴェの加勢に行くことを阻まれてしまった。

 「ガっ、く、っそう」

 ほぼ自爆の形で負傷したノーヴェは何とか立ち上がるが、そんな彼女の首に翠の光を帯びた糸が2重3重に巻きつく、竜巻を発生させた人物、シャマルのデバイス、クラールヴィントの武器形態であるペンダルフォルムだ。

 ノーヴェの首に絡みついた魔力糸は上部にある建物の部材に引っかかっており、シャマルが糸を引くことでノーヴェの身体を吊り上げる。ブーストによって極限まで肉体強化をしているからできる芸当だ。

 ノーヴェの訓練カリキュラムではこんな戦法の対処法はなく、彼女の戦術データにもこれから脱出する方法は見当たらない。バインドならば振りほどく訓練はしていたが、身体ならともかくピンポイントに首を絞める魔力糸はどうすればいいかわからない、そうしていくうちにも彼女の首は絞まり、その事態がさらに彼女の精神を焦らせ、身体をもがかせるが、それが返って逆効果となる。

 冷静に魔力を指先に込め、多少の負傷を覚悟で引き裂ければよかったのだが、それが出来るほど彼女は戦闘経験豊富ではなかった。

 そしシャマルが張り詰めた魔力糸をピンっと弾くと、同時にノーヴェの全身から力が抜けた。念のため記すが意識を失っただけで死んではいない。

 「く、ノーヴェ……」

 視覚的にショッキングな方法で妹をやられたチンクは、急いでノーヴェに駆け寄ろうとするも、目前に立ちふさがるザフィーラを突破できない。

 「静かなる風よ、癒しの恵みを運んで……」

 そしてノーヴェを倒したシャマルはギンガに駆け寄り、回復魔法で彼女を治療していく。ターゲットのタイプゼロの確保も既に絶望的となった。

 「おのれ!」

 そうして彼女とザフィーラの交戦が始った。彼女のIS”ランブルデトネイター”が炸裂し、断続的に爆発が起こる。だが盾の守護獣の名は伊達ではない、しっかりと防御し反撃を仕掛ける。

 チンクは早く生まれており、戦闘経験も豊富で、ザフィーラと同じ古代ベルカの騎士であるゼストとの交戦もし、高濃度のAMF下で、かつゼストがすでに重症を負っていたとはいえ彼を打ち破っているのだ。

 なので彼女はザフィーラを相手にしても一歩も退かずに渡り合っていたが、ゼストのときとは異なりザフィーラは万全であり、さらにはシャマルの補助もついている。彼女に勝ち目は無かった。

 それが分からない彼女ではない、なのでNo6セインに連絡をいれ、倒れているノーヴェとウェンディを回収し脱出するよう指示を出す。だが連絡に意識を割いたためか、僅かに動きが甘くなってしまった。

 それを見逃すザフィーラではなく、すぐさま魔力を込めた強烈な打ち払いを放ち、小柄なチンクはバリアで防御するも弾かれる。

 追撃をかけるザフィーラに、チンクはここで決めるとばかりに大量のスティンガーをザフィーラの周囲に出現させ、全てを一気に爆発させた。

 至近距離でこの威力を喰らえば…… そう思ったチンクだが相手が悪かった。彼は盾の守護獣、その身は鋼であり、強固な守りは当時AAA+のクロノの全力の不意打ちをほぼ完全に防ぎきっているのだ。

 「おおおォォォ!!」

 彼の身体は右腕が焼け焦げただけで、すでに反撃の動きに入っていた。まさか防ぎきられるとは思ってなかったチンクは左の突きをまともに受け、後方に吹き飛ばされる。

 そこへザフィーラの追い討ちが入る。チンクはこの襲撃が始ってから彼が戦った相手の中で一番の強敵であり、手加減するべき相手では無いと判断していた。

 「縛れ! 鋼の軛!!」

 幾条もの白い魔力光の杭がチンクを取り囲み、完全に彼女を閉じ込める。

 「終わりだ」

 そして爆発、チンクを取り囲んでいた杭が全て衝撃波を伴って砕け散った。当然中のチンクは痛烈な魔力ダメージを受け、その場で倒れ伏す。

 チンクの意識がなくなったことを確認したザフィーラは、彼女をそっと抱き上げ、ギンガを治療しているシャマルのもとへ向かう。

 「シャマル、彼女の怪我はどうだ」

 彼女とは現在シャマルが治療しているギンガのことである。

 「だ、大丈夫です。ありがとうございました、危ないところを助けて頂いて……」

 「いや、大事ないならいい。シャマル、この少女の拘束を頼む、私はもう2人を運んでくる」

 そう言って彼はチンクを降ろし、ノーヴェとウェンディの回収に向かった。その後ろ姿を見ながらギンガは自分の危機を救ってくれた人物が誰なのかを尋ねる。

 「あの、シャマル先生、あの方はいったいどなたですか? 何処かで見たような気はするんですけど……」

 「アレ? ギンガちゃんはザフィーラと会ったこと無かったっけ」

 「え、ザフィーラって、ええ?」

 ギンガはまだ人型のザフィーラを見たことは無かった、いや、正確にはあるのだが、それをザフィーラだと思ってなかった。そのときは遠くからリインフォースと一緒に居る姿を見たので、彼女の恋人かな、と思っていたのだ。

 最近人型になっていたとは言っても、それは主にリインフォースと居る時がほとんどだったので、寮以外ではそれまでのように狼の姿で
いたのだ。なのでギンガの中ではザフィーラ=狼の認識だった。

 「驚いた?」

 「ええ、驚きました……」

 そんなギンガの様子をみてシャマルが微笑んでいると、ザフィーラが残りの2人を担いで戻ってきた、シャマルはチンクも含めた3人に戒めの鎖で拘束する。その間もギンガはマジマジとザフィーラを見ていた。

 「どうした」

 「い、いえ、何でも無いです!」

 自分が彼を凝視していたことに気づき、顔を赤くしてごまかすギンガを横で見ていたシャマルは、ザフィーラに補足を入れてあげた。

 「貴方の人型に驚いてるのよ、ザフィーラ」

 「そうか」

 それに対するザフィーラの答えはごく短いものだった。それよりも、と次の行動についてどうするかを切り出す。

 「こちらの戦闘機人は抑えた、次はどうする」

 「そうね、クロノ提督に連絡を入れてみるわ」

 「ああ」

 そうしてシャマルはクロノと念話を交わす。その様子をみていたギンガは、自分は邪魔をしないほうがいいと思い、黙っていた。ザフィーラは油断無く周囲に警戒する。

 「ザフィーラ、クロノ提督の話によると、めぼしい敵はもう本部正面に集まってるガジェットくらいだから、一応周囲の敵が居ないか探った後、そっちにまわってくれって」

 「わかった、では探知を頼む」

 「まかせて」

 彼女は意識を集中させてクラールヴィントのセンサーで周囲を探り、その結果をザフィーラに伝える。

 「うん、もうこの周りに敵の反応はないわ。とりあえずこの娘たちはここに置いて、私達はガジェットの掃討に向かいましょう」

 「ハイ!」
 
 「急ごう」

 そうして3人は本部正面への通路へと向かっていった。







 その様子を眺めていた影、いや指がひとつ。No6セインの固有武装”ペリスコープ・アイ”だ。

 (反応はない? うっかりお姉さんめ、セインさんはここにいるっての)

 チンクの要請によって3人のもとに向かっていたセインだが、彼女が到着した時にはすでに姉妹は全員拘束されていた。

 なんとか助けようと方法を考えているところへ、探査魔法を使うという言葉を聞き、急いでその場から遠ざかった。見つかるかと思ったが探査範囲が狭かったのか、彼女は探知されることなく、連中は別の場所へと移動していった。姉妹達を残したまま。

 (ノーヴェ、ウィンディ、お姉ちゃんがすぐに助けてあげるよ、チンク姉も待ってて)

 そして床を潜行し、姉妹達の元までたどり着く。まずは拘束を解こうと、戒めの鎖を解除しようとした瞬間に、その声は聞こえた。




 つ  か  ま  え  た




 セインは全身の肌が粟立った。なにか、とても恐ろしいものがいる、そう感じていったん潜ろうとISを発動させようとしたが


 手

 
 手が生えている。どこから? 自分の胸から。どうやって? 分からない。ただ、しなやかな白魚のような美しい手が、彼女の胸から生えているのだ。そしてその手の中には彼女のリンカーコアが掴まれている。

 その光景にセインは脅えた。彼女が生まれてより一番の恐怖だった。怖い、助けて、イヤだよ、お願い。ウー姉、トーレ姉、助けて!!

 そこへ物音がした。セインが一縷の望みを込めてそちらをむくと、そこにはノーヴェに良く似た青い髪の少女が立ちすくんでいた。

 セインは死にたくない一心でその少女に助けを請おうと手を伸ばす。助けを求める声を出そうとするが、ぱくぱくと口が動くだけで声が出ない。あまりの恐怖で声帯が麻痺してしまったのだ。

 そしてまた、あの声がきこえた。良く響く綺麗な声だが、かえってそれが恐ろしい。その声は名曲の調べのような旋律で残酷な事実を告げる。

 

 これで  おしまい




 ドサ

 リンカーコアが摘出されたと同時に、セインは倒れこむ。その顔は恐怖に染まり、水晶のような瞳からは涙が溢れていた。 

 



 その光景をスバルは直視してしまった。

 姉のピンチに一心不乱で急いできた、途中なのはから助けがいったから大丈夫と言われたが、彼女は行かせてくれと無理を言ってここにきたのだ。

 そのことを激しく後悔していた。なにがあろうと隊長の指示は従うべきだったのだ。そうしていればこの光景を見ずにすんだというのに。

 彼女が到着した時その目に飛び込んできたのは、自分と同じくらい少女の胸から腕が生えてる光景だった。

 そして少女と目が合った。目が合ってしまったのだ。その瞳は恐怖に濡れ、ただ一心に一つのことをスバルに求めていた。すなわち――

 たすけて、と

 だが、彼女は動かなかった。あまりの光景に足がすくんで動けなかったのだ。そこへ天使のような声が響き、少女の終わりを告げた。天使は天使でも告死天使だったようだ。

 スバルがその声のほうへ目を向けると、そこには慈母の女神のような笑顔で「ありがとう、クラールヴィント」と己のデバイスに礼を言うシャマルの姿があった。

 実はシャマルはセンサーで探知した時にしっかりとセインの存在を捉えていた。しかし、その反応が床の中からのものだったので、罠を張ることにしたのだ。

 そのため「敵は居ない」と声には出していたが、念話では罠を張ること2人にを告げていた。そしていったん姿と魔力反応を隠し、得物が掛かるのをまっていたのだ。そしてセインは見事につかまった。

 これが夜天の守護騎士シャマルの真骨頂、彼女は仲間のうちで最も智謀に長ける参謀なのだ。

 ちなみに、ギンガは見ていない。ザフィーラが彼女に見ないように配慮し、彼女になのはたちと連絡するよう言っておいたので、念話に気を割かれていたギンガはみないで済んだ。

 だが、スバルは見てしまった。そのため、彼女はしばらく夜な夜な自分の胸から腕が生える夢をみて、うなされてしまったという。

 その後、シャマルたち3人は呆然とした状態から復活したスバル(ザフィーラが気を落ち着かせてあげた)を加え、捕らえた4人を担ぎながら、残りのガジェットを掃討するべくその場を離れた。



 余談だが、セインはそれから「シャマル怖いシャマル怖い」といってしばらく引篭もってしまったという。その後も翠の服を着た女性に強い恐怖を覚えるようになってしまったらしい。
 
 スバルもナンバーズの更生組には優しく接したが、特にセインに優しくしたという。






 ――――――――――――――――――――――――――


 シャマル先生最恐伝説。

 本当はユーノの方の話も書く予定でしたが、予想以上に長くなってしまったので、次にまわします。出来れば日曜日に更新したいです。

 一応、各キャラの強さは原作からそう改造して無いつもりですけど、どうですかね? 一応違和感無いとの感想を頂いてますが、今回はどうでしょうか?

 アルフは空戦苦手って言ってたけど、無印とA’sのあの動きで苦手なんていうのは、一般魔導師に喧嘩売ってると思う。

 原作のザフィーラとシャマル先生も、自分達を倒した2人の片割れのオットーを無傷で捕縛するのに30秒しか掛かってないってどういうことなの……

 あと、戦闘機人もエネルギー源はリンカーコアだと思います。A’sでシグナムたちが蒐集してたドラゴンみたいなヤツもリンカーコア持ってたわけだし、生み出されるエネルギーの性質がちょっと違うだけで、リンカーコアではあると思ってます。 

 あと、私はセインが嫌いなわけではありません。ただ、シャマル先生のほうが好きなだけで。



[25031] その日、機動六課(IFの世界) その5
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:70e00780
Date: 2011/01/16 01:56
 
 その日、機動六課(IFの世界) その5


 ミッドチルダ・クラナガン首都南部上空


 戦闘機人No7セッテは、No1ウーノの指示でクラナガン南部の八神家へと急行していた。そこに聖王のマテリアルが逃げた可能性が高いからだ。本来なら彼女を阻む敵は居ないはずだったのだが、八神家の守護騎士の連携には隙は無い。

 「貴様、戦闘機人だな」

 既にヴィヴィオを守る騎士は到着していた。守護騎士の将、剣の騎士シグナムである。

 「抵抗はするな、そうすれば危害は加えん」

 シグナムは相手の力量を一目で計り、自分には及ばないであろうことを看破した。多くの戦場を経験した戦士の観察眼によって。

 「いいえ、それはできません。貴女を排除して目的を達成します」

 「そうか、ならば容赦はせん」

 そうして彼女は己の愛剣”レヴァンテイン”を抜き、相手も自分の得物を構えたところで、この襲撃が始まってから何度目かの空中戦が始まった。


 勝負は一方的だった。戦闘開始後、僅か十数合でシグナムは相手の力量と技術を正確に把握した。ディードと戦った時のザフィーラと同様に、相手が実戦経験が浅いことを悟ったのだ。そして戦闘は終始シグナムが押していった。

 そもそも相手が悪い、セッテは近距離、中距離、遠距離と全てのレンジの戦闘が可能だが、それゆえに特出するものが無い。決して彼女の能力は低くなく、一般局員よりはるかに優秀なのだが、シグナムにとっては、高町のような砲撃も、テスタロッサのような速度も、ヴィータのような突破力も、ザフィーラのような防御力も無い凡庸な相手、という評価になってしまう。

 突出したものが無い、それはクロノも同じ事が言えるのだが、彼は全能力が平均よりはるかに高く、おまけに補助系の魔法も使い実に多彩な戦術を使う。しかしセッテは攻撃一辺倒で、おまけに経験が浅いためにクロノのような戦術を展開することも出来ない。

 隙が無いといえるが、シグナムほどの達人の前には”器用貧乏”となってしまうのだ。こういうタイプは戦闘経験豊富な特化型の補助につけば結構な効果を発揮するのだが(そのためにトーレは自分に付けていた)、いかんせん単騎では到底シグナムに勝てない。

 彼女の攻撃は悉く防がれる。近距離では剣に弾かれ、中距離では連結刃で防がれ、遠距離砲撃はパンツァーガイストで無傷。そうしているうちにシグナムの紫電一閃が決まり、ブーメランブレードが砕かれた。

 「終わりだ、おとなしく降伏しろ。そうでなければ強烈な一撃を見舞う事になる」

 シグナムの宣言に一瞬だけひるんだ表情を見せたが、まだ感情が未発達な彼女はすぐに表情をもどし、無言で逃走を図った。

 「逃げたか、やむを得んな」

 前言を撤回する彼女ではない、宣言どおりに”強烈な一撃を見舞う”体制に入った。すなわち、剣と鞘をつなげたボーゲンフォルムだ。

 「レヴァンテイン、威力は5割だ」
 【Jawohl】

 そして弓矢の形態となったレヴァンテインの弦を引き、発射態勢に入ると一気に矢を放つ。

 「翔けよ隼!」 
 【Strmfalken】

 炎を纏った音速の矢が、セッテに回避する間も与えずに突き刺さり、爆発音を響かせた後、彼女は地上へ落下していった。

 「瞬迅烈火、迷いはない」

 レヴァンテインをシュベルトフォルムに戻すと、落ちていくセッテをすぐさま回収し、シグナムは八神家へと向かう。

 彼女にとってはなんと言うことの無い戦闘だった。格下の相手に勝利したところで別段誇ることなど無い。

 八神家に到着すると、まず出迎えてくれた女性に声を掛ける。

 「リインフォース、終わったぞ。それほど強い相手ではなかった」

 「ご苦労様だ、将。将が戦ってくれている間にザフィーラと話したんだが、向こうも大体終わったそうだぞ」

 「そうか、それは何より、脅威は去ったということか」

 「ああ、………それより将、その縛り方は何とかならなかったのか?」

 彼女が言っているのはセッテの状態だ、レヴァンテインの連結刃でぐるぐる巻きにされているその姿は、かなりシュールだ。

 「シャマルやザフィーラのような束縛は使えないからな、私がやるとこうなってしまう」

 「フフ、将らしいな。なんにせよ、ありがとう、私達を守ってくれて」

 シグナムらしい行動に苦笑したリインフォースはシグナムに感謝の言葉をのべ、シグナムは当然とばかりに言葉を返すが、それはからかいが混じった言葉になった。

 「私は騎士だ、姫を守るのが騎士の役割だからな」

 「な、なんだその姫というのは、私は姫などではないぞ」

 珍しく顔を赤くして慌てるリインフォースを見て、彼女としては珍しく悪戯な気持ちが芽生える。

 「ああ、これはすまなかった。お前の騎士はザフィーラだったな」

 「…………将の馬鹿」

 赤くした顔をプイっとそむけたリインフォースはそのままスタスタと行ってしまった。それを見ながら「これは少しからかい過ぎたか」と反省しながらその後姿を追っていった。

 









 地上本部、正面

 ミッドチルダの首都クラナガンを象徴する巨大建築物である地上本部。一時は大量のガジェットの出現と情報網の寸断によって混乱の極みにあったが、徐々に混乱も収まり、なんとか組織的な対応が取れるようになっていた。

 その主な理由の一つには、何処からか現れた黒衣の魔導師がかなりの数のⅠ型とⅢ型を破壊していったということもある。その後彼は六課の方に飛んでいったが。

 しかし、各部隊は抗戦の体制を整えてはいるものの、組織の情報網は復帰していない。それを阻害しているのが戦闘機人No4クアットロである。

 彼女はいったんクロノに追い回されたが、ISシルバーカーテンを用いて逃走に成功していた。もっとも、クロノが召喚士の確保を優先させたので執拗に追わなかった、という事情もあったが。

 現在はクアットロがウーノの指示を受けて、Ⅰ,Ⅲ型の残りとまだかなりの数が残っているガジェットⅡ型を集めて攻撃を仕掛けていた。その理由はこっちに注意を引き寄せている間に、マテリアル、タイプゼロらを確保するための囮である。

 本来はそうするまでも無く混乱しているはずだったが、麻痺性の砲撃を放つ役のディエチが捕らわれ、六課の方に向けた戦力が苦戦しているため、布陣の変更を余儀なくされたのだ。

 なので、先ほどまでは六課隊舎だったが、今ではこの地上本部正面が最大の激戦区になっている。ユーノが到着したのはそんな状況だった。
 
 彼が到着した時にはすでに多数の負傷者が出ている状態で、ユーノはその優れた思考能力で己が何をすべきかを考える。

(まだこっちのガジェットの数は相当いる、そのほとんどは飛行タイプだ、僕1人ではどうにもならない)

 自分には他の皆のような攻撃手段を持たない。なのでガジェットを撃破するのは自分の任ではない、ならばどうする。もっと他に自分に適した事があるはずだ。

 (自分の力量に見合わないことをして、他人に迷惑をかけるのは論外だ)

 彼は10年前、そうして1人の何も知らない少女を魔法の世界に巻き込んでしまった。結果は上手くいったが、その後その少女は酷い大怪我を負ってしまっている。そんなことを2度もくり返すわけには行かない。

 (そう決めたんだから、マルチタスクで思考を組み上げて考えろ、やれないことは出来ない、しない。最善を尽くす、出来る事をするんだ)

 いくつもの思考を高速で回転させ、自分の能力と知識で出来ることの最善を探す。自分は結界魔導師だ、その自分が出来る最も効果的なこととは何か? 彼は周囲の状況と自分の能力を照らし合わせ、行動に出た。

 「地上部隊の皆さん、負傷者を集めてください!!」

 地上部隊の人間が集まっているところに飛んで行き、大声で要望を伝える。突然現れた人物に、その場の隊長らしき人物が何者かと問いを投げる。彼は友人のエースたちの様に有名でないし、彼のバリアジャケットは民族衣装的なので、管理局の局員には見えなかったのだ。

 「君はいったい誰だ? 管理局員なのか?」 

 「本局無限書庫の司書長、ユーノ・スクライアです。治療魔法が得意ですので、負傷者を集めて欲しいんです」

 しっかりとした口調と真剣な表情、それとユーノが示した身分証を見て、彼はユーノのことを信用し、すぐに負傷者を集めるよう部下に指示を出す。その間に、ユーノは術式を展開する。

 「妙なる響き、光となれ、癒しの円のその内に、鋼の守りを与えたまえ……」

 そして、翠の温かい光で半球上に覆われた結界が形成される、直径は20mほどだろうか。防御と魔力、肉体の同時回復を行う高次結界魔法”ラウンドガーダー・エクステンド”だ。
 
 「皆さん、負傷者の方をこの中に!」

 この中に入れば、傷の治療と体力、魔力の回復がされ、さらには防御機能もついているため、他の局員も負傷者の守りに人数を割くことなく戦えるのだ。

 ユーノの指示によって次々と負傷者が運ばれ、それまで苦痛に歪んでいた彼らの顔も、結界に入ると徐々に和らいでいった。

 「凄いですね、こんな結界魔法初めて見ました。凄い魔導師ですね貴女は」

 「そんな、たいしたこと無いですよ。それよりもうすぐ此処にエースオブエースがやって来てくれます、それまで何とか持ちこたえましょう」

 「エースオブエースが!! そうですか、それなら勝てますね!」

 「はい、部下の人たちにも言って彼らの士気を鼓舞してあげてください。僕は他の箇所のところへ行ってけが人を治療してきます」

 「わかりました、貴女も気をつけて」

 そうしてユーノは再び飛びあがり、同じように人が集まっているところへ行って回復結界を張っていく。地上の隊員たちにとってはそうやって、空から現れては怪我人を癒していくユーノの姿は癒しの天使のように見えた。

 彼はザフィーラのような良い意味で”男らしさ”がある外見は皆無で、むしろ女性的、というかほぼ女性の顔立ちをしているし、彼のバリアジャケットは中性的な衣装だ。そのうえ、六課隊舎での戦いのうちに髪留めが解け、今はその長い髪を風に靡かせている状態だ。声も男性のものとは思えないほど高いので、彼を女性と勘違いした者は多い。

 そうやって癒しの天使的な活動をしながらも、彼はなのは、エースオブエースが来てくれることを宣伝してまわった。そのため、隊員達の士気はあがり、反撃する手にも力が篭もっていく。エースオブエースの名前の効果は非常に大きいのだ。

 そうして、ガジェットの攻撃を遠隔シールドで隊員を守ったり、離れた場所で動けなくなっている人をトランスポーター・ハイで結果内に転送したりと、彼が戦場で八面六臂の働きをしているところへ、クロノから通信が入った。

 『ユーノ、君はもう本部前か』

 『うん、結構前に着いているよ、そっちは?』

 クロノが手こずる相手ではないと思っていたので、ユーノの質問は確認的な意味合いが強い。

 『こっちはもう終わった。今は僕も地上本部の建物に向かってる。ただ、そっちへは向かわず、中の高官たちの護衛に付こうと思う』

 ユーノはクロノのその言葉から、彼の思惑を正確に読み取った。得られた情報を整理し、現在の状況と照会することは無限書庫の司書長にとって造作も無いことだ。

 『もしかして、間諜の可能性かい?』

 『その通り、コレだけ見事に奇襲されたんだ。あらかじめ地上本部の防衛機構を知られていたと見るべきだろう、そうなると最も考えられるのは間諜の存在だ。そして、奇襲が失敗に終わる可能性が高くなってきたのなら、今度は中の高官を人質に取る可能性が出てくる』

 彼の読みは正しい。地上本部には変装、暗殺に長けたNo2ドゥーエが入り込んでいるのだ。

 『わかった。君が居れば相手も迂闊には動けないだろう、任せたよ』

 『ああ、それとなのはとは合流したのか?」

 『いや、まだだけど』

 『そうか、今僕の権限で彼女達のリミッターを外した、この場で出し惜しみはしないほうがいいからな。彼女達も気づいていることとは思うが、一応君からも伝えてくれ』

 『了解、それじゃあねクロ助』

 『しっかりやれよ、フェレットもどき』

 最後に冗談めかして悪口を言い合い、彼らは通信を終える。それからまた彼がナイチンゲール活動をしていると、待っていた人物、管理局が誇るエースオブエースが到着した。

 「なのは!」  

 「あ、ユーノ君!」

 なのはを見つけたユーノは早速彼女にもとへ飛んでいく。

 「ユーノ君、良く来てくれたね、本当にありがとう」

 「ううん、気にしないで、ほとんど偶然みたいなものだし、指示はクロノが出してるから、僕がお礼を言われることはないよ」

 「でも、隊舎を守ってくれたんだよね、あそこにはヴィヴィオが居るから、凄く心配してたんだ……」

 「その子を逃がしたのはシャマルさんだよ、それに僕だけじゃなくてザフィーラもアルフも居てくれたから、なんとかなったんだ」

 「相変わらず遠慮する性格だね、ユーノ君、昔からそうだけど」

 「そうかな、っと今は話し込んでる場合じゃ無いね」

 ティアナ・ランスターを抱えた幼なじみを迎えたユーノは、再会の挨拶もそこそこに、すぐに現在の状況についての説明に入る。

 「とりあえず、敵の大部分はあの空戦型のガジェットだよ。そしてこっちの味方はほとんど陸戦魔導師。だからどうしても守勢にはいって反撃できていない、だからなのは、君にはおもいっきり遠慮せずにあの機械を吹き飛ばして欲しい」

 「でも、他の隊員の人たちとの連携や、怪我してる人の手当てはどうしようか?」

 「隊員達の治療や細かい指示を出すのは僕のほうでやるから、君はほかの事は一切気にせずにアイツらを吹き飛ばして、ね、なのは」

 「うん! まかせてユーノ君!」

 高町なのはは、もともと細かい指示や与えることや、大勢の仲間との連携が得意なほうでは無い。出来ないわけではないが、彼女は単騎で突っ込み、その能力を発揮させることに向いている。むしろ彼女の大火力では、大勢居れば仲間を巻き添えにする可能性が出てしまうので、かえって彼女の能力を減少させてしまう。

 彼女は子供の頃から、自由に空を飛び、自由に魔法を使う事が好きだったのだから。

 そして子供の頃の事件の時も、細かい作業や指示はユーノが行っていた。ユーノが考え、なのはが動く。そんな関係で2人は歩んできた。

 時間と共に2人の立場も変わり、今では共に居る時間が少なくなったが、それでも2人の絆は失われていない。そして今、10年ぶりに昔のコンビが復活した。

 細かいことはユーノが担当し、なのはは思う存分その力を振るう。そんなコンビに。

 「そういえばなのは、君のリミッターが外れた事に気づいてる?」

 「あ、やっぱりそうなんだ。さっき外れたみたいに思ったから、ひょッとしてクロノ君が?」

 「うん、ここで出し惜しみはしないほうがいい、って言ってた」

 「さすがクロノくんだね。それにしてもなんか懐かしいな、ユーノ君やクロノ君と一緒に仕事してると、小さい頃を思い出すよ」

 「そうだね、僕もだよ。あの頃はみんな小さかった……割には今より無茶をしてた気がするよ」

 「もう! そういうこと言わないでよ! でも、ユーノ君のバリアジャケット姿もすっごい久しぶり、なんか女の人みたいだね」

 「え、そうかな?」

 「うん、とっても綺麗、フェイトちゃんみたい」

 「な、なんか複雑…… ま、まあそれより今は敵を倒すことに専念しないと、頼むねなのは、思いっきりやっちゃって!」

 「うん! まっかせて! じゃあ行って来るよ」

 そしてなのははエクシードモードになり、ガジェットの群れに向かって飛んでいった、その数秒後には桜色の閃光が何度も煌く。

 それを確認した後、ユーノはなのはと一緒に到着した少女に向かって話しかける。

 「君は、なのはの部下だね?」

 「は、はい。ティアナ・ランスター二等陸士です、スクライア司書長」

 「空の敵はなのはがやってくれるから、僕達は地上の機械たちを相手にしている人たちをサポートしよう、君はガジェットに効果的な方法を、他の隊員の人たちに教えてまわってくれるかな?」

 主力がⅡ型とはいえ、まだⅠ型やⅢ型もいる。それらはAMFがあるので、地上部隊の隊員達は苦戦している。しかしガジェットを専門に戦っているティアナたちにはその対処法もわかっているだろう、ユーノはそう考えてティアナに聞いた。

 「はい、任せてください」

 「負傷者の治療は僕がやるから、きみはそっちに専念してほしい。それじゃあ行こう」

 そういってユーノは再び飛び上がり、ティアナは陸士たちと合流するべく駆け出した。



 そして、ティアナ・ランスターはその光景を眺めていた。

 合流した陸士たちにガジェットの特徴と対処法を知らせて回ってるうちに、いつしか彼女が前線指揮官のようになっていたがティアナは持ち前の割り切りの良さで、それをこなしていた。

 そうして地上のガジェットをほとんど倒した時、他の戦況を眺める余裕が出てきたので、彼女はその様子を見てしまったのだ。

 上空ではなのはが次々と桜色の閃光によってガジェットを葬り、地上ではユーノが次々と翠の柔らかい光で負傷者を癒している。

 美しくも勇ましい表情で”ミッド高町流の前に立ったことを、不幸と思え”と言わんばかりに、無傷で敵を殲滅していくなのは。

 軽傷者はその場でフィジカルヒール、重傷者は治療結界まで転送、というように戦場のナイチンゲールになっているユーノ。

 完全にそれぞれの役割を理解しており、見事なコンビとなっている。ただ、よくある物語ではその男女の役割逆なんじゃない? と思わないことも無い。

 それにもうひとつ気づいた事がある。ユーノの行動のおかしさだ。見渡せばユーノの張った治療結界が4つある、これは当然高位の結界魔法で、ティアナならば一つも展開できないだろう、それが4つ。

 その上で、彼は戦場を飛び回り、時には防御、時には治療、時には転送と平行して魔法を使用している。ありえない。

 しかも、ユーノからはなのはのような高い魔力は感じない。自分よりは高いだろうが、それほど多いわけではないのだ、なのに高位の魔法を連発している。

 そうして眺めているうちにティアナは気づいた。

 (そうか、なのはさんみたいに魔力がとんでもなく多いんじゃなくて、魔力運用の効率のよさが桁外れなんだ……)

 ユーノは、自分の体質に合わず、魔力の回復がおぼつかない第97管理外世界においてでも、何度も魔法を使っているという過去がある。それはティアナの予測どおり、彼の魔法効率の良さに起因したものだ。

 なのはがティアナの10倍の魔力を有しているなら、ユーノはティアナの10倍の効率の良さを誇る。

 (やっぱり、なのはさんの知り合いってとんでもない人ばっかりだわ……)

 そう感想を抱きながらも、今度ユーノに魔法効率の上昇のついて教わろう、と考えるティアナだった。




 そして、ほとんどのガジェットが掃討され、管理局側の勝利かと思われたとき、不意にガジェトの大群が出現した。

 それをみた隊員たちは驚愕して慌てる者も多かったが、ユーノはそれが幻影である可能性が強いことを知っていた。召還士はクロノが捕らえたし、もし2人居た場合、このタイミングではおかしい。召還が出来るなら、なのはが来る前にやるべきなのだから。

 「なのは、気にしないでどんどんやっちゃって! どうせ同じ機械なんだ、いくら来たって君には敵わない!」

 ユーノの言葉に頷いたなのはは、言われるまでも無い、と言わんばかりに砲撃を再開。そしてそれを注意深く見ていたティアナは、それが幻影であることに気づいた。彼女も一流の幻術使いなのだ。

 「ユーノ司書長、やはりアレは幻術です。たぶん、術者も近くに居るはず……」

 「わかった。探ってみるよ」

 そうしてユーノは探知魔法を行い、ティアナは他の隊員達に”アレは幻術だから、心配ない”と伝えて動揺を鎮めていった。

 ユーノはすぐに戦闘機人らしき反応を探り、とっさの判断でその場所へ高速で飛行していく。はたして、探知した場所、建物の影には1人の眼鏡をかけた戦闘機人らしき人物がいた。

 ユーノはとっさにリングバインドを掛けるが、相手はすんでのところで回避した。そして、間延びした口調でユーノに話しかけてくる。

 「ああらぁ、見つかっちゃいましたぁ?」

 「君は戦闘機人だね、もう分かると思うけど、この戦いは君達の負けだ、おとなしく投降して欲しい」

 「まさか、貴方達なんかに私たちの作戦が阻まれるなんて思いもしませんでしたわぁ」

 余裕そうに間延びした口調で言うクアットロだが、その内心では自分達の計画がつぶされた事に苛立っていた。

 ユーノはそんな相手の感情を感じ取ったかそうでないかは分からないが、ただ淡々と応じる。こういう相手には自分のペースを一切崩さずに対応するのが正しいと、彼は判断した。

 「いや、君達の計画は見事なものだったよ。遠隔召喚を用いたがジェットの奇襲、情報の分断による各部隊の孤立と連携の阻止、高ランク魔導師を”戦えない”状態に隔離する措置、そして何より本部襲撃を隠れ蓑にして真の目的を悟られないようにしたこと、本当に穴が無い見事な作戦だ」

 大量のガジェットをルーテシアによって召喚させることによって局員を混乱させ、情報の分断によりそれに拍車をかける。そうすることによって指揮系統は乱れ、迅速な対応を不可能とさせる。さらには高濃度のAMFで魔導師を封じ、非戦闘員というお荷物を抱えた六課の残存戦力を大量の物量で叩く。

 まさに完璧な作戦だ。戦闘機人No1ウーノの作戦には付け入る隙は何処にも無い。しかし――

 「だけど君達が行ったのは奇襲だ。奇襲であるが故に、僕たちという未知の要素が加わったことによって作戦が破綻してしまった」

 奇襲を成功させるには、まずある程度拮抗している関係である事が前提である。その点で地上本部の戦力に対して戦闘機人と大量のガジェットは大きく離れているわけではない。

 「どう転ぶか分からない天秤を傾けるのが策であり状況。君達は”奇襲”によって天秤を傾けたが、そこへさらに”僕達”が加わったことで天秤の傾きはまた変わってしまった」

 初めから絶望的に戦力差が開いているのなら、いかに奇策や奇襲をかけようとも成功はしない。逆説的に言えば、別の要素が加わるだけでその展開はどう変節するか分からなくなる。現に、クロノたちが現れなかったのなら、ザフィーラやシャマルも戦闘機人を捕らえるほどの働きは出来なかっただろう。それを可能としたのがクロノの指揮なのだ。

 戦力の有効活用。いかに強大な力を有していても、それを発揮する場所がなくては意味が無い。ウーノはそれを可能とする人物をすべてAMFの檻に閉じ込めたが、本来来るはずの無いクロノの存在までは読むことは出来なかった。

 ウーノは地上本部に潜入したドゥーエからの情報を元に作戦を組み上げたのだ。それゆえ、本局に所属する彼らの要素を組み込めなかった。

 「君達は事前に必要な要素を考え、地上部隊の戦力を正確に分析してこの作戦に望んだのだろうけど、僕たちまでは計算に入れることは出来なかった。そしてそれは仕方ない。僕らが来たのは偶然の要素が強かったのだから」

 ユーノがまさに今日ヴィヴィオに関する情報を見つけたのは偶然であり、彼もアルフの”嫌な予感”が無ければ直接は来なかっただろう。

 そして、戦術においてもっとも肝心なのは相手の目的を正確に察することであり、そのために必要なのが情報だ。情報がなくてはどう動けばいいのか分からず、何も出来ないまま倒されてまうことすらある。

 その情報を有していたのがリインフォースでありユーノ。そしてその情報を活用して即座に対応したのがザフィーラとシャマル。さらにそれらの状況の遷移を的確に掴み次に行うべき行動に優先順位をつけ、指示を出したのがクロノ・ハラオウンなのだ。

 ヴィヴィオという敵の真の目的を己の記憶より察知したリインフォースが居なければ、ザフィーラたちはあそこまで有機的に動くことは出来なかった。

 そしてクロノは現在における全体の状況を見渡し、召喚士という敵の”補給路”を真っ先につぶし、”将”である戦闘機人に対してこちらの”将”をぶつけて倒す、という方法を取った。そうなれば後は孤立した”兵”であるガジェットだけとなる。

 ドゥーエが得た情報からウーノが組み立てた計画は完璧だった。しかし、それは彼らさえ来なければ、の話だ。もし彼らが来ない可能性の世界があれば、そこではザフィーラたちは隊舎から一歩も動く事が出来ずに追い詰められ、なのはたちは終始有機的な動きがとれずに、敵の完全勝利となっていたのかもしれない。

 だが、きっかけは偶然だったとしても、結果は出てしまっている。彼女達、戦闘機人たちの敗けだ。

 もっとも、これは実はクロノにとって手放しで喜べることではなかった。彼は個人の能力に頼った作戦というのを好まない。現在はそんなこと言ってられる状態では無いので黙ってはいるが。


 「そうですよぉ。偶然の勝利なんですから、あまり得意になってもらっては困りますぅ」

 内心の苛立ちを隠すため、あくまで余裕ぶった態度を続けるクアットロ。しかしやはりユーノはそんな彼女の態度を一向に気にする様子はない。

 「もちろんさ、クロ助あたりはあまりこういう個人の力量の要素が強い作戦は好きじゃないしね」

 そういって彼は手をかざし、次の魔法の準備に入る。その数実に十数種類、相手の出方によって対処する方法を、マルチタスクによってそれだけの数を用意した。

 「わかってくださってればいいんですけどねぇ……」

 クアットロはあくまで軽い調子を崩さない。しかし、そこへユーノの指摘が入る。彼には既に相手の考えの予想はついていた。

 「時間稼ぎはまだ続く? なにか有効な手立ては思いついたかい?」

 「………!!」

 彼女は唇を噛んだ。今度こそ内心の苛立ちが表に出て、凄まじい形相でユーノを睨む。今までの会話はこの場を挽回する方法を考える時間稼ぎだったことを知られて居たことは、頭脳派を自認する彼女にとって屈辱だった。


 「ここに到っては、もう挽回する方法は無いよ。何しろエースオブエースがその全力を発揮できているし、ヴォルケンリッターの2人もすぐそこまできている。高官たちの防衛には、他ならぬクロノ本人が行っているんだ。人質なんか取れるはずも無い」

 「………チィ!」

 ユーノに心を読める能力があるわけではない。ただ、現在の状況から推察しただけだ。目の前の人物は直接戦闘タイプではなく、後方援助タイプ、そして今までの会話から狡知に長けた策謀を好む性格だと把握していた。

 そんな人物がこの状況を挽回するためにとる手段として最上位にくるのは人質だろう。そして、クアットロはNo2ドゥーエに頼み、高官の1人を人質にとって貰うつもりだったのだ。

 しかし、彼は無限書庫の司書長。得られた情報を組み立て、整理し、そして有効活用することが彼より優れている人物などこの世に居ない。誇張でも大袈裟でもなく確固とした事実だ。彼と同等なのがNo1ウーノだろう。

 「そうですねぇ、確かにもうどうしようもないみたいですから、名残惜しいですがここでお別れしましょうかぁ」

 挽回の手立てが無いなら撤退するのみ、そう決めたクアットロは気を取り直し、再び口調を戻して心を落ち着かせる。やはり彼女も自分が追い詰められつつある状況では焦りも不安もある。

 「逃がすと思うかい?」

 「ええ、逃げられますとも、それではごきげんよう~、美人の司書長さん♪」

 そうしてIS”シルバーカーテン”を発動させるクアットロ。彼女が追い詰められつつある状況でもまだ余裕そうにを見せていられたのは、自分ひとりならば、絶対に逃げられると思っていたからだ。既にクロノからは逃げ切っている彼女は自信があった。

 本当はクロノにとってクアットロの優先度が低かったから放置されたのだが、この先に彼女を待ち構えている展開を思うと、そのときクロノに捕まっていたほうが幸せだったかもしれない。

 ユーノは即座に反応した、彼の頭で想定していた敵の23種類の行動のなかで、最も確率が高いのが逃走、それも姿を消してのだ。あらかじめクロノからその情報を聞いていたユーノは、対処法を間違えなかった。彼に限って間違えることなどありえなかった。


 「捕縛結界!!」


 クアットロの姿が消えた地点を基点に、半径50mの球状の結界が展開される。指折りの結界魔導師である彼が張ったその結界の強度は、武装局員数名がかりで張る強層結界に勝るとも劣らない。なにせ、彼はなのはとフェイトとはやての全力攻撃がぶつかり合った時も、建物が壊れない結界を張っているのだから(半壊はしたが)

 直接戦闘派ではないクアットロがこの結界を破ることは絶対に不可能だ。

 中に閉じ込められたクアットロは動揺したが、すぐに冷静さを取り戻し、外に出る方法を考える。どのみち、敵も自分を捕らえるために結界を開けて入ってくるのだ、そのときに入れ違いで出て行けばいい、どうやったところで自分の姿は見えずに、探知もされないのだから。

 彼女がそう思っていると、結界の外から膨大な魔力が感知された。結界には視覚阻害の効果があるのか、外の様子を見ることは出来ないが、魔力の感知は可能だ。そして、その魔力とんでもない水位に達している。

 (まさか、高町なのはの砲撃魔法!? 結界を貫通して当てる気!? なんて常識外れな連中! でも、かえって好都合かも……)

 高町なのはの砲撃はとんでもないが、その場合逆にこの結界の広さが仇になる。これだけの広さがあれば、何処にいるかわからない敵に当てることは難しい。

 (ふん、砲撃自慢のお馬鹿さん、せいぜい外してちょうだい)

 クアットロは敵を嘲笑した。頭の悪い連中はこれだから、と相手を見下す。

 しかし彼女は間違っていた。なのはとユーノのコンビがも行うのが、砲撃などという生易しいものである筈がなかったのだ。








 「なのは、”アレ”を!!」

 「!! 了解! いっくよォ、レイジングハート!」
 【All right】

 結界に敵を閉じ込めたユーノは、すぐさまなのはに大きな声で呼びかける。なのはも、ユーノの意図を察しすぐさま行動に出る、阿吽の呼吸というやつだ。

 なのはの持つレイジングハートの先に、星の光が集っていく、彼女の最大最強の攻撃方法だ。

 それを見ていたティアナほか地上の隊員たちは、何やってんだアイツラ、何やろうとしてんだアイツラ、という考えで頭が一杯になった。捕縛結界に収束砲、この2つが意味することはつまり……


 「皆さん離れて! なるべく何かに掴まっていたほうがいいです。絶対に射線上には入らないで下さい!!」

 言われなくても誰が入るものか、その場に居る全員の気持ちが一つになり、そしてこのトンデモ野郎たちのやろうとしてることを理解した。理解してしまった。

 逃げられない結界に閉じ込めた敵を、”結界ごと吹き飛ばす”つもりなのだ。

 なんだソレ、どういうことだオイ、といわんばかりなティアナたち。もはや全員の開いた口が塞がらない状態だ、そんな戦法、見たことも聞いたことも無い。

 しかしそれを可能とするのがこの2人、稀代の砲撃魔導師高町なのはと、稀代の結界魔導師ユーノ・スクライア、2人がそろったとき、悪魔のコンボが完成する。

 そもそも、なのはのスターライトブレイカーに結界破壊の効果が付くようになったのは、ユーノとの特訓の成果なのだ。久しぶりのコンビ復活の祝砲としても相応しい。本人達にとっては。


 「よし、なのは! みんなの避難は終わった、いつでもいけるよ!」

 「うん、こっちも準備完了!」

 しかし2人は嬉々とした様子だ。おそらく、しばらくぶりの2人のコンビネーションを行う事が嬉しいのだろう。周囲との温度差は甚だしいが。


 「よし、いけェなのは! 全力……!!」

 「オッケェユーノ君、全っ開!! スターライトォォ……」


 その光景を見たティアナたちは、既にクアットロに対して黙祷を捧げていた。

 クアットロが居る結界を眺める目は、自分達の本部を襲ってきた憎き襲撃者へ向けるものではなく、殉職した局員の葬列を見送る時のそれになっていた。いや、むしろ出荷されていく子牛を見る目か。

 そして約束の刻は訪れ―――


 「ブレイカーーーーーー!!!!!!」


 クアットロは星の光に還った。




 

 その後、その周辺は一面の荒野と化し。そこに唯一残された眼鏡だけが、クアットロという女性が確かにこの世に生きていたのだという証となったという。














 




 というのはその後に尾ひれが付いた噂で、実際はクアットロはちゃんと生きていて(翠とピンクにたいしてトラウマは植えつけられたが)逮捕された。 

 そして、この事件を境に、管理局員の間で語られる有名人の中に、新たに1人が追加されることとなった。

 即ち

 エースオブエース

 金色の閃光

 最後の夜天の主

 に加え


 最終兵器司書長


 が語られるようになったという。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――-


 あとがき

 最終兵器司書長降臨。

 ちなみに、この2人にシャマル先生が加わると

 ユーノが捕縛
   ↓
 シャマルが遠く離れたなのはを転送
   ↓
 SLB

 という真・鬼コンボが完成したりします。サポート役ってほんと使いどころを間違えないで使うと、とんでもない効果が……

 読み終わったあと、最初のほうでシグ姐が活躍したことを覚えてくださっている方が何人いるか……

 これにて、書きたいことは大体書きました、

 古強者ザフィーラ

 スーパークロノ無双

 シャマル最恐伝説

 最終兵器司書長

 を書き終えたので、あとは後始末ですね、ぼちぼち書いていこうと思います。
 

 



[25031] その日、機動六課(IFの世界) その6(完結)
Name: GDI◆9ddb8c33 ID:4c237944
Date: 2011/01/20 21:32
 その日、機動六課(IFの世界)その6(完結)

 機動六課隊舎 外周部

 高町なのはとユーノ・スクライアが悪魔のコンボにより、No4クアットロが気絶の衝撃と一生消えないトラウマを受けるより少し前。クロノ・ハラオウンは巨大召喚獣を氷のオブジェとした後、膝をついて動けなくなっている少女、ルーテシア・アルピーノに歩み寄り声をかけた。

 「君を拘束する、だが、安心して欲しい、君の年齢ならば一応の裁判にかけられたあと、更正施設に入ればすぐに自由になることが出来るだろう」

 彼が言ったことは事実である。ルーテシアの年齢と推察される事情を鑑みれば、軌道収容所に入ることはまず無いことを、執務官でもある彼は承知している。

 しかし、その彼の言葉は少女には届いていないようだ。その目は虚ろで、光が宿っていない。

 「イヤ…… 会えなくなる…・・・ そうじゃなきゃ、私は……」

 虚空に目を向けながら、今にも消え入りそうな大きさの声を出すルーテシア。その言葉はクロノに向けられたものではないだろう。

 そして、クロノはその目に見覚えがあった。暗く光を宿さずにどこか虚ろな瞳。あれを見たのはいつか、そう、あれは忘れもしない10年前。

 1人の、悲運の生涯を送った女性を、娘を求めて暗い孤独な世界をさまよっていた母親を救うことが出来なかった記憶が蘇る。

 他のどの時よりも無力を痛感させられたあの時、2人の少女の心に重い傷を負わせたあの時。

 あのとき彼は誓ったのだ、他でもない己自身に。何も出来ずに指を咥えるだけだった己を恥じ、2度とこのような失態は繰り返さないと。

 その誓いを、彼は10年の間1日足りとも忘れた事は無い。あの日より己の研鑚を欠かせた日は無いのだ、家族から文句が出るほどに。

 そして彼は思う、あの時の女性、プレシア・テスタロッサの瞳と、この目の前の少女の瞳は似ているが違う。あの悲劇の科学者と異なり、少女の眼は絶望ではなく”希薄”だった。

 「君は、何が目的でこの襲撃に加担したんだ?」

 少女は答えない。少女の顔はクロノを向いてはいるが、その瞳はクロノを捉えていない。しかし声は聞こえていたようでその小さい肩が少し揺れたのを彼は見逃さなかった。

 「誰かを、取り戻すためか」

 その言葉に反応してルーテシアの瞳がクロノを捉えたことで彼は確信する、この子は大丈夫だと。絶望に染まりきった虚無の瞳を見た事がある彼だからこそ、そう確信する事が出来た。

 「君の親、だな?」
 
 そして子を失った母と似た瞳を持つ者とは、親を失った娘だろう。勘ではあるが、勘というのは長年の経験から得た情報を、脳が無意識に照合した結果だといわれている。

 そして、今度こそ少女はクロノをはっきりと見つめる。その瞳には僅かに力が戻っていた。

「そうか…… そして君の親を蘇らせる技術はスカリエッティしか持っていない、とそう言われたのか」

 「…………ママを戻せるのは、博士しか居ないって」

 言葉は小さかったが、少女は小さく頷く。そして自分が求めているのは母親だと告げた。

 「それは間違いだ。管理局の技術であっても、君の母親を蘇らせることは出来る」

 現行の技術では不可能かも知れず、それが可能かどうかは専門家ではないクロノには分からない。しかし彼には自信があった、スカリエッティは正真正銘の天才あり、そうした人間は自分が”出来ないこと”を述べたりしない。己の専門で出来ないことを出来るようにするのが科学者であり、自分の字術に絶対の自信を持つ天才は、己の分野で嘘をつくことは無い。

 クロノは人間心理を熟知する友人からそのことを聞いているので、彼はルーテシアの母を蘇らせる技術が既に存在していることを確信していた。そして、既に存在する技術であれば、管理局の科学者に再現できなくは無いだろう。いざとなったらその友人にスカリエッティの頭脳を捜査してもらうという手段もある。最もこれはスカリエッティの逮捕が前提だが。

 「……ほん、とう?」

 ルーテシアは小さく尋ねた、その眼に徐々に光が戻りつつある。

 「本当だ、僕達を、管理局を信用することは出来ないか」

 「クアットロが、管理局は悪い組織だから、信用しちゃダメだって……」

 「そうだろうな、次元犯罪者にとっては僕達は自分達を捕らえようとする”悪い組織”に決まっている」

 無論クロノは分かっている。管理局が絶対正義の存在ではないことを、いや、絶対正義の存在などあってはいけないということを。それは単なる独善と呼ばれるものだ。管理局は法の守り手、人間が人間らしく生きるための歯車であるべきなのだ。

 だが人間が作っている組織である以上、完全は望めないのも確かで、様々な問題も多いことを知らぬ彼でない。だが、だからといってそこで立ち止まっていてはいけない。妥協を続ければ際限なく堕ちていくだけだ。

 胸には理想を、しかし眼は現実を見つめ、その足で己の場所にしっかりと立ち、その手で行くべき道を探し出す。それが彼が選んだ人生、ゴールの無い険しい道だが、それでも進むことを決めた。

 「管理局を信用できないなら、この僕を信じてはくれないだろうか」

 「貴方を……?」

 戸惑いがりな少女の問いに、彼は真っ直ぐな力強い瞳で答える。

 「ああ、君と君の母親をけっして悪いようにはしないことを、クロノ・ハラオウンが確約しよう」

 その言葉は根拠なしに語られたものではない。少女の母親はスカリエッティの研究の”被害者”であり、罪に問われることはありえない。そして少女も十分に酌量の余地がある。彼は10年前も同じことをして、1人の少女を保護処分にしている。なんならユーノを付き合わせればいい、あいつが居れば例え有罪でも無罪に出来る。もちろんそんなことは絶対にしないが。

 そうしてしばらくクロノをジッと見ていたルーテシアだが、クロノの揺るがぬ瞳を見て得心したのか、「……うん」と頷いてクロノに抱きついた。

 意外な行動に彼は驚いたが、すぐに苦笑して少女の頭を撫でてやる。2児の父である彼は子供の落ち着かせ方もしっかりと分かっている。家にはあまり帰れないのだが。

 しばらくクロノに抱きついていたルーテシアだが、「ありがと」と言って離れていった。その眼が少し赤くなっていることから、泣いていたのだろう。しかし自分の気持ちにある程度の整理は付いたようだ。もともと聡明な少女であるだけはある。

 そして、落ち着いたら今までの疲労が一気に噴出したのか、少女は糸が切れた人形のように倒れこみ、クロノは慌てずにしっかりとそれを支える。

 そこへ1人の男が近づいてきた。シャマルから通信を受けたヴァイスが隊舎の中から出てきたのだ。

 「ああ、クロノ提督、こちらにいらして……ってなんだこりゃぁぁぁ!!」

 彼は外に出た途端に眼に入ったこ氷付けの巨大生物に度肝を抜かれたのか、挨拶しようとした言葉を引っ込めて立ち尽くしてしまった。

 「ああ、君がザフィーラが言っていた中に残っていたヘリパイトットか、ご苦労だったな、見ての通りこっちはもう終わった」

 ことも無げに言うクロノを見て、自分の中の”今まで会った人のなかでのとんでもない人ランキング”の1位が(なのはから)入れ替わったことをヴァイスは確認した。

 「いや、まあ、こちらこそお疲れさまです。まさか提督に来ていただけるとは…… あ、申し遅れました、機動六課のヘリパイロットを務めるヴァイス・グランセニック陸曹です」

 「ああ、君の話は義妹から聞いているよ。そうだ、この子を預けていいか、気が抜けたので眠ってしまったようだ」

 「はい、ええと、その子は……?」

 「一応この襲撃犯の一味、だが彼女もおそらく被害者だろう。僕はこれからまた本部のほうに向かうので、君にこの子を任せたい。魔力の消耗で眠っているだけだが放置は出来ないからな」

 ルーテシアの寝顔をみて、ヴァイスの脳裏に妹の姿が浮かぶ。無論、彼がクロノの要望を断るはずもなかった。

 「任せてください、提督もお気をつけて」

 「頼んだぞ、そうだ、可能性は薄いがまだガジェットが周囲にいる可能性もある。油断はしないでくれ」

 その言葉を聞いて、ヴァイスは少し困った顔を見せる。

 「そうですか…… まあ、なんとかなるかな」

 「どうした? なにか不都合があるのか?」

 「いえ、実は自分は久しぶりにデバイスを戦闘に使ったので、少し調子が悪くなってましてね。すまんなストームレイダー、俺が不甲斐ないばっかりに……」

 長年武器として使われていなかったストームレイダーは、連続の酷使に限界が来ていた。むしろよくここまで持ったと言えるだろう。

 「そうか、デバイスが万全でなければ不安が残るな」

 ヴァイスもそうだが、何よりルーテシアは保護対象であるので傷つけるわけにはいかないし、彼個人としてもこの少女に危険が及ぶ可能性を極力小さくしておきたい。

 「では、僕のデュランダルを使え、これはストレージデバイスだから、誰でも使えるように設定されている。君の力量に合わせるようも調整可能だ」

 己のデバイスをヴァイス渡そうとするクロノの行動に、ヴァイスは驚いて頭を振った。

 「そ、そんな、そんなもったいない事はできませんよ。それに提督はどうするんです、デバイス無しじゃ……」

 「いや大丈夫だ、デバイスならもう一つ持ってる」

 そういってクロノは懐からカードを一枚取り出す。ヴァイスはそれが待機状態のデバイスだということが分かった。

 「Song To You、スタート・アップ」

 【Ready Set】

 そうして2本目、――彼にとっては一本目――のデバイスを握るクロノの姿は今まで以上に堂に入ったものだった。そのデバイスS2Uは、彼の母親リンディとの絆の品でもある。ルーテシアとの会話で、無意識にこのデバイスを使いたくなったのかもしれない。

 「そういう訳だ、心配しなくていい」

 「そうですか…… わかりました! ありがたく使わせていただきます!」

 敬礼してはっきりと言うヴァイスにクロノは好感を覚えた。割りきりが良く判断の見切りが良いのはこの青年の美点だ。

 「では、頼んだ。もうすぐここにも他の部隊が来るだろうから、それまでその娘をよろしくな」

 「ハイ!」

 飛んでいくクロノを敬礼で見送り、ヴァイスは早速デュランダルの中に登録されている術式の中で自分が使えるものを探し、そしてこの状況で一番適しているものを実行した。

 ルーテシアを柔らかい草地に寝かせ周りにフィールドを張り、少女を熱風から守る壁を作る。魔力の少ないヴァイスでも可能な範囲なのでそれほど強固ではないが、周りの熱気から守ることが目的なので問題ないだろう。

 とりあえず他部隊の応援が来るまで、待つしかないか、とヴァイスが思っていると、見覚えのある大きなシルエットが空から近づいてくるのが見えた。

 「ありゃあ、たしかキャロのフリードか?」

 ヴァイスが目を凝らして見ると、それは確かにフリードだった。徐々に大きくなっているという事はこっちに向かってきているのだろう。彼はその場で待つことにした。






 エリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエは目の前の光景に完全に面食らっていた。連絡が取れない六課の隊舎に急いで向かってみれば、そこに大量のガジェトの残骸と氷漬けの巨大生物が鎮座しているのだから当然である。

 ちなみにキャロは己の守り手である真竜が脅えているのを感じていた。

 そして六課のヘリパイであるヴァイスが呑気そうに手を振っているのだ。敵が居るだろうと警戒していた気持ちが霧散していく。無事なのは喜ばしいが、なんとなく損した気分になるのは何故だろう。

 2人が着地すると、ヴァイスが笑顔で出迎えてくれた。

 「よお、2人ともご苦労さん」

 2人の子供はまだ現状の把握ができずに戸惑いがある。そのためヴァイスに今の状況を聞いた。

 「あの、隊舎は無事だったんですか?」

 「ああ、見ての通りだ。なにしろ強力な助っ人軍団が来てくれたからな。ま、それは後で話すとして、今はこの子を頼むわ、歳が同じくらいのお前達のほうが目ぇ覚ました時に話し易いだろうし」

 そう言ってヴァイスはルーテシアのほうを示す。彼女と面識があるエリオとキャロはあっという表情をして、彼女の許へ近づく。

 「この子はたしか……」

 「うん、この前会った子だよ」

 心配そうにルーテシアの様子を見る少年少女を安心させるようにヴァイスが説明を入れる。

 「大丈夫だ、クロノ提督の話によれば魔力の使いすぎで疲れてるだけどとよ。よし、俺はちょっと隊舎のほうの火を消してくるから、その娘のこと任せた」

 「あ、ハイ、分かりました」

 いきなりの展開だが、反射的にエリオは答える。熟考した所で答えは同じだろうが、なかなか状況についていけそうに無い。

 「………」

 「………」

 ――――ここに何しに来たんだっけ――――

 そんな考えを浮かべながら2人で顔を見合わせ、どうしようか? という表情を互いに浮かべる。自分達がここに何しに来たのかすら忘れてしまった。もっとも覚えていても、もう戦う相手も守る相手もいないのだが。

 とりあえずエリオは自分のコートをルーテシアに掛け、キャロは自分のマントでルーテシアの枕を作り、スヤスヤと眠る少女が目覚めるのを待つことにした。

 そして、しばらくして目覚めたルーテシアと、自分達の境遇やルーテシアの事情をお互いに話した。このときの交流をきっかけに、以後もこの3人は友誼を深めていくことになる。













 ミッドチルダ、クラナガン郊外・上空


 この襲撃事件が始まってより最も初めにぶつかった1組の戦士の戦いは、未だに決着が付かず尚も激しく死闘を繰り広げていた。

 己の戦闘技巧を出し尽くし、互いの専心は敵の打倒のみに向けられる。竜虎相打つ、そう表現するに相応しい、まさに激戦であった。

 ゼスト・グランガイツと紅の鉄騎ヴィータ。2人が振るう槍と鉄槌がぶつかり合う度に火花が飛び散り、既に暗くなった夜空に華を添えている。

 共に一騎打ちでは遅れは取らぬと自負する古代ベルカの騎士であり、共に融合騎とユニゾンしている状態。勝負はまさに互角である。

 両者ともかなりの傷とかなりの体力を消耗しているが。その疲労度はヴィータのほうが大きく、ゼストのほうが優勢となっている。

 その原因はユニゾンの仕方だろう、ヴィータと融合しているリィンはヴィータの地力を底上げする形でサポートしているのに対し、ゼストと融合しているアギトはゼストの身体の負担を無くすように融合している。

 よりパワーアップが望めるのはリィンの方式だが、その分ヴィータにかかる負担も大きくなる。彼女とヴィータの相性はゼスト達より優れているが、それのみに専念しているアギトの方が融合者への負担は減らせる。

 そのためアギトはゼストの地力を上げることはほとんど出来ていないが、ゼストの力量はヴィータを凌駕し、ユニゾンしている状態でようやく互角だ。しかし、彼の身体は戦う前よりすでにボロボロで、アギトの力がなければ長時間戦えないこともまた事実。


 ヴィータは感心していた。この相手は自分を上回る遣い手であると認め、よくぞここまで鍛え上げたものだと思ったのだ。しかし感心してばかりもいられない。少しでも気を抜くとその次の瞬間やられてしまう。

 ゼストも、ここまで勝負が長引くとは思わなかった。一度は融合を解き、フルドライブの一撃で相手を倒せると思っていたのだが、そう判断した頃から相手の動きが一段上がったのだ。おそらくリミッターが何かがされていて、それが解除されたのだと推察している。

 ゼストとしては一度撤退し、出直したいところだが、逃走を図ろうとすればこの相手に叩き伏せられることは容易に想像できる。しかし今のヴィータを一撃で仕留められるかどうかは5分5分だ。今の彼では全力の行使ができるのはせいぜい1回切りだろう。
 
 ゆえに硬直状態、持久戦を以ってして相手を倒すしかなく、ヴィータも相手の意図を推察し”倒されない”戦い方に変えている。無論、ゼストが逃走を図ろうとすれば、すぐさまと突撃できるようにすることは忘れずに。

 武器を打ち合う2人に言葉は無い、武器を交えることが彼らの会話だ。それゆえに2人は互いの人物をおおよそ把握していた。

 共に混じり気の無いベルカの武人であると。



 そこへヴィータに対して念話が入った、彼女の同朋シグナムからである。

 『ヴィータ、こちらはほぼ全ての敵を捕らえた、お前はまだ交戦中か?』

 『ああ、見栄はっても仕方ねぇからな、はっきり言って苦戦中だ。こいつはこの10年であたしが戦った相手の中で一番強ぇ。倒される気はさらさら無ぇけど、倒せる自信ははっきり言って無い』
 
 彼女は虚勢を張らずに事実を伝えた。ゼストは強い、おそらく自分たちヴォルケンリッターよりも。シャマルは勿論のこと、シグナムであってもザフィーラであっても、単独でこの相手を退けることは難しいだろう。

 『そうか、今そこにテスタロッサたちが向っている。それまで持ちこたえてくれ』

 友軍の来援の知らせを聞き、ヴィータはそれは朗報、と思ったが、ふとシグナムの言葉に気になることがあったので、聞きなおす。

 『シグナム、そっちの敵は全員と捕らえたのか? 例の召喚士のガキも?』

 ヴィータは突然現れたガジェットは件の少女の術によるものだと目星をつけていた。

 『召喚士か、少し待て。 ………………………ああ、その少女は現在エリオとキャロに保護されて、今は眠っている』

 シグナムの隣にいるリインフォースがシャマルに連絡し、そこからさらにクロノに連絡するという伝言ゲームによって、正確な情報を伝える。

 その報せを聞いたヴィータは考える、相手を降伏させることが出来るかもしれない可能性を。

 『そうか……… うん、ならいける、か』

 『どうした?』

 『いや、もしかしたら投降させることができるかも、って思った』

 『出来るのなら、それに越したことは無いな、頑張ってくれ』

 『まかせな』

 そう言いのこしてシグナムとの念話を終了させる。そして彼女はしばし考えたあと、自分の思いつきを実行することにした。彼女は自分の感覚を、そして目の前の人物は間違いなくベルカの教えを正しく受け継いでいる戦士であることを信じている

 この誇り高きベルカの騎士ならば、必ず分ってくれるだろうと信じて、彼女はある行動に出た。


 

 ヴィータとシグナムが念話を行なっている間、ゼストの方もただそれを眺めていた訳ではない。彼の方でもこっちに接近している魔力反応に気付いたのだ。

 (旦那! 2つの魔力がすごい速さでこっちに来てる! この感じは多分管理局の魔導師だ)

 (ああ、分っている。このままでは、ここに到着するまで2分とかからんだろう)

 そうなれば3対1、そして今向ってきている2つの内、1つは自分と同じオーバーS。到着してしまえば勝ち目どころか逃走も不可能となるだろう。彼は覚悟を決めた。

 (アギト、やはりフルドライブを使う。ユニゾンを解除してくれ)

 (ダメだって! さっきも言ったろ、もう旦那の身体は無理が出来ないんだからフルドライブなんて無茶だよ)

 (しかしこのままでは…… む……?)

 (どうした旦那、って、アイツ何を?)

 ゼストの言葉を中断させたのは、ヴィータがとった思いもよらない行動だった。なんと彼女はユニゾンを解き、相棒であるグラーフアイゼンすら待機状態に戻したのだ。

 そんな行動に出た彼女の口から出たのは、ゼストにとって衝撃をもたらす知らせだった。

 「そっちの融合騎、この前お前と一緒にいたあのちっこい召喚士、あいつはあたしの仲間に捕まって、保護されたぜ」

 それに驚いたアギトは思わずユニゾンを解き、叫ぶようにヴィータに聞き返す。

 「ルールーが捕まったって、本当かよ!?」

 「ベルカの騎士は嘘はつかねえ、嘘だと思うなら連絡取ってみろよ、今眠ってるって話だから、無理だぜ」

 アギトは急いで確認をとるが、ルーテシアからの応答は無い。その様子を見ていたヴィータは、話相手をゼストに変える。

 「あの子供、アンタの娘か」

 その問いに対しゼストは、少しの沈黙のあと静かに答える。

 「俺の娘ではない。大切な部下の、いや戦友の忘れ形見だ」

 ヴィータはそのゼストの様子から、彼にとってのあの子供が大事な存在であることが分った。少なくとも少女にとってこの男は親のようなものなのだろう。

 「でも、大事なんだろ、アイツのこと。それなら、あの子供の為にも降伏してくれないか? アンタなら事情も知ってるだろうし、そうしてくたほうがあの子供にとって良いと思う」

 彼女が武装を解いたのはこのため、「和平の呼びかけを行なう者は槍を持たない」という、かつて自分で言ったことを実行したのだ。相手と語り合う気でいるのなら、武器を持つ必要は無い。

 そのヴィータの行動を同じベルカの騎士であるゼストは理解し、その高潔な魂に敬意を抱く。そして彼は沈黙した。横でアギトが「旦那……」と心配そうに言っている。

 確かに、自分がルーテシアの事情を話せば、あの少女が罪に問われる可能性は小さくなる。少なくとも重罪人にはならない。

 しかし、彼にも果たしたい想いがある。同じ理想を抱いていた友に、自分の命を預けていた彼に問いたいことがあるのだ。

 「アンタにも、譲れないモンがあるってのは分るよ。あれだけ武器を交えれば、アンタがどんな人間かくらいは感じ取れる。けどさ、それってそれ以外の全部を無視してもやらなきゃいけないことなのか? もしそうならどうしようもないけど……」

 もしそうなら仕方ないと彼女も思っている。ヴィータとて、はやての為ならそれ以外のすべてを捨てても行動する覚悟があるのだ。

 ゼストはそんなヴィータの言葉を聞き、己に深く問うた。

 レジアスとの事は過去のことだ、自分が守れなかった隊員たちの死は、彼の指図によるものかを聞きたい。ともに語らった理想はすでに潰えていたのか、と。

 しかしルーテシアには未来がある。自分は直に死ぬが、少女にはまだまだ多くの出会いが、出来事が待っている。その未来を少しでも明るくする為には、自分が投降し、事情を話すべきだろう。

 己の過去と少女の未来、どちらを選ぶか。

 すでに自分は死したものと、そう思っていた。だが自分にはアギトがいる、ルーテシアがいる、勝手に死ぬことができるだろうか。

 アギトは分ってくれるだろう、だがルーテシアは? 自分の判断を誤ったがために死なせてしまった、未来を奪ってしまったメガーヌ。ならばその娘の未来を少しでも明るくする為に己は行動するべきではないか?

 彼は葛藤した。そう簡単に割り切れるものではない。しかし、決断せねばならないことだ。

 「旦那…… あたしはさ、悪いとは思うけど、降伏してほしい。だって、このままじゃ旦那はすぐに死んじまうよ……」

 アギトの声は涙声になっていた。この孤独な融合騎の少女を悲しませてまで自分は過去にこだわるのか。

 最後に、彼は己の前にいる若き騎士を眺める。その姿は自分との戦いで満身創痍で、かつ幼い外見ではあるが、とても美しく見えた。そしてゼストは心を決め、最後の気がかりをヴィータに尋ねた。

 「ルーテシアが、不当な扱いを受けることは無いといえるか?」

 そう言うゼストの瞳が静かな光を湛えていることをヴィータは気づき、彼の戦意がすでに無いことを悟る。ならば自分がするべきは、ただ己の言葉を紡ぐのみ。

 「大丈夫だ。他でもないあたしが、元々は犯罪者なんだから。でも今ではけっこう楽しくやってるよ。だから、あの子供が不当なあつかいを受けることは無い。約束するよ、鉄槌の騎士ヴィータの名に懸けて」

 はっきりと綺麗な瞳で言い放つヴィータを、彼は信じた。ヴィータも言ったが、武器を交えたことで、彼女が人情深い女性だということは感じている。

 そして、もう一つ聞いておかなければいけないことがある。

 「わかった、降伏しよう。だがひとつ頼まれてくれ、アギトのことを、お前たちに託したいのだ」

 「旦那!? なに言ってんだよ! あたしは旦那を必ず守るって言っただろ! ずっと旦那の傍にいるって!」

 そうして武器を下ろしたゼストに、アギトは食って掛かるように抗議した。その目には涙がいっぱい湛えられている。

 「アギト聞き分けてくれ、どのみち俺はもう長くない。ならば、信頼できる騎士にお前のことを頼みたいのだ」

 「でも、だけど……!!」

 「引き受けてくれるだろうか、若き騎士よ」

 ヴィータはしっかりと頷き、この高潔な魂を持つベルカの騎士の頼みを快諾した。

 「だんなぁ・・・・・・ イヤだよあたし」

 「頼む、アギト。俺の最後のわがままだ」

 アギトは黙り込んだ。それをゼストは黙って答えを待ち、ヴィータもまたその様子を見守っていた。

 しばらくして、アギトは涙を拭いながら答えを出した。

 「分ったよ…… でも、旦那の時間が終わるまでは、一緒にいていいだろ?」

 「ああ、それが出来るなら、な」

 それを聞いていたヴィータは、たとえ叱責を受けようがだろうが罰則を受けようが構わないから、この2人が最後の時まで共に在れるよう掛け合おうと心に決めた。騎士と融合騎の絆が、どれほど大切で尊いものかを良く知っている彼女だから、そう思える。


 そうしてゼストとアギトも降伏し、この襲撃事件における全ての戦闘が終了した。

 

 


















 ミッドチルダ某所・ジェイル・スカリエッティの研究所

 フェイトとアルフと交戦し、撤退したNo3トーレが研究所に戻ってくると、そこで作戦のほぼ完全な失敗と、ディード以外の妹は帰還の可能性が少ないことを、ドクターであるスカリエッティとNo1ウーノから聞くこととなった。

 「そういう訳だよトーレ。残念ながら今回は私達の負けのようだ」

 「そうですか…… 申し訳ありません、我々が不甲斐ないばかりに」

 神妙に謝罪するトーレに対し、スカリエテッティは特に悔しがる素振りも見せず、むしろ楽しそうに語る。

 「いいや、君が謝ることは何も無いさ。クロノ・ハラオウンにユーノ・スクライアたち、彼らの存在はもともと計画になかったんだ、君達のせいじゃない」

 「しかし、我々は戦闘機人です。だというのに、完全に敵に遅れをとってしまって……」

 尚も申し訳無さそうにするトーレに対し、スカリエッティは折角の機会だから、今までウーノとドゥーエにしか話していなかった事実を教えることした。

 「それなんだけどねトーレ、私が本当に”戦闘機人”というコンセプトで創ったのは、トーレ、君だけなんだよ」

 己のドクターの発言に驚愕の色を隠せずに目を見開くトーレ、同じく聞いていたウーノは驚かない、随分前から聞いていたからだ。

 「それでは、他の妹達は戦闘機人ではないのですか?」

 「少なくとも私はそうは思っていない。まあ、戦闘能力がある娘たちではあるがね、戦うために創ったわけじゃないんだ」
 
 スカリエッティの言葉を引き継ぐようにウーノが横から発言した。

 「さまざまの能力、さまざまな人格、それが折り合わさった時の生命の可能性を楽しみたい、ですよねドクター」

 「そうとおり、ありがとうウーノ。そもそも、戦力として戦闘機人が必要なら、君とウーノとドゥーエをコピーすれば事足りるんだから」

 司令統括に長け、作戦立案を行うNo1ウーノ

 潜入行動に長け、情報収集を行うNo2ドゥーエ

 戦闘能力に長け、現場指揮を行うNo3トーレ

 司令部、情報部、作戦部の3つからなる軍隊の基本構造に沿った者たちは、最初の3人で完成している。つまり、それ以降の娘達は完全にスカリエッティの趣味による所が大きい。

 「そうだったのですか。しかし、なんともドクターらしい」

 「そういう訳だよ。さて、これだけ見事に負ければ、時期に客人が大挙して押し寄せてきそうだ。ここはあまり持て成すのに向いていないから、ドゥーエが戻って来次第、さっさと引き上げることにしよう」

 「了解しました。まだドゥーエは地上本部に?」

 「いや、実は本局に急行してもらっている、今回の最後になる仕事を頼んだんだ」

 そう言って彼は口元を歪ませる。その笑みは嘲笑というよりは苦笑に近いものだった。

 「最高評議会の皆さま方に安らかな眠りについてもらうように、ね」

 スカリエッティの言葉を、トーレは彼女なりに解釈し答える。

 「やはり、最高評議会は邪魔、ということでしょうか」

 スカリエッティは彼には珍しく真摯な表情をして、訥々と語る。

 「そういう訳じゃない、私をアルハザードより召び出し、この世界に生み出したのは彼らだ。私なりの親孝行、というか恩返しという所かな」

 失われたアルハザードに存在していた彼の生体情報を得て、生体ポッドで復元させたのは最高評議会である。親という比喩は見当外れなわけではない。

 そこへウーノが会話に入る。常に彼の側にいる彼女としても今の彼の様子は珍しいものだった。

 「恩返し、ですか。ドクターは彼らは死んだほうが幸せと思っていらっしゃるのですね」

 「そうだね、かつては偉大だったあれだけの者が、狂ったプログラムに成り果てているのを放置するのは、あまりにも忍びない」

 2人の姉妹は、いつもは不適に笑っている事が多い己のドクターの、どこか哀愁を帯びた表情に驚き、そしてトーレが質問した。

 「彼らは脳髄だけとはいえ生体である筈ですが……」

 「いいや、彼らは人間というよりは機械だ。それも時間が止まった時代遅れのね。ウーノ、以前私が言ったことを覚えているかい?」

 質問を振られたウーノは僅かな思考の後、その明晰な頭脳に入っている膨大な知識から答えを見つける。

 「人間は、その感覚を持つ身体が無ければ、人としての心を保てない、でしたか」

 人間というものは、視覚、味覚、嗅覚、聴覚、触覚の五感をもって初めて人としての正常な心を持てる。どれか一つ、または2つ欠けていたとしても、周囲によき理解者がいれば人の心を保てるだろう、しかし、3つが欠けてなお人の心が保てているのならば、その人は”奇跡の人”と称されることとなる。

 だが3つで”奇跡”ならば、5つ全てが無いものが人間としての精神をと持つことは可能か?

 ただ文章で『大規模災害で2000人の死者が出た』というものを読むのと

 その災害の映像を自分の目で見るのと

 そして、実際にその災害現場に立った場合と

 すべて起こった出来事そのものは同じなのに、それをどうやって知ったかによって捉え方は大きく異なる。それだけ感覚というのは人間の精神と直結している。

 それらが全て無い、五感どころか肉体そのものが無い、そんなものを人間と呼べるだろうか?

 彼らを世界と接するのは、全て電気信号によるものだ、0と1の数字の羅列、そんなものでしか世界と繋がれない。彼らにとって世界とは、0と1のみで構成された数字の羅列に過ぎないのだ。

 感情など、当の昔に摩滅している。故にスカリエッティは『プログラム』と評した。どんなに老いても人間は人として成長できる可能性を持っている。だが、機械はひとりでに成長などできはしない、人の手が加えられない限り。

 だから、今のあれらは”時代遅れの機械”なのだ。

 「正解、そもそも彼らを殺すことは出来ない、何しろ生きていないのだから、だから停止させるという表現が相応しいだろう」

 そういって言葉を切り、再び顔を上げて彼は続ける。

 「それに、彼らの存在は既に無意味となっているしね」

 無意味という言葉にトーレは反応し、問いを投げる。

 「どういうことですか? 彼らは管理局の最高権力者では?」

 その問いに答えようとしたスカリエッティだが、少し離れた場所から聞こえた声がそれを遮る。

 「その質問、私が答えてよろしいでしょうか? ドクター」

 現れたのはNo2ドゥーエだった。戦闘機人のスーツ姿ではなく、管理局の局員の制服だったが。もう1人の姉妹のいきなりの登場にウーノとトーレは若干驚いたが、とくに問題なくドゥーエを迎えた。ウーノが労いの言葉をかける。

 「ご苦労様ドゥーエ、随分早かったのね」

 「ええ、私はアレの整備員だったもの、異常が起こった場合にはすぐ向かえるように、専用の転送装置くらい用意させたわ。それでドクター、私が説明しても構わないですか?」

 「ああ、構わないよ。それと私からも礼を言おう、ご苦労だったねドゥーエ」

 「いえ、何ということは無いです。ただ動かないうえに脆い機械を壊しただけですから」

 そうして己の親に一礼した後、彼女は説明を始めた。スカリエッティは知っているのし、ウーノも大まかなことは知っているので、この説明はトーレに向けたものになる。

 「では、そもそも最高評議会というものが何なのかは分かっているわよね」

 「ああ、旧暦以前の戦乱の時代を平定し、今の次元世界の基礎を作り、管理局の最高権力者の座にいる者たちだろう」

 旧暦の昔、次元の海では互いに質量兵器、大量破壊兵器、次元断層さえ起こす次元破壊兵器が飛び交う戦乱の世であった。それを平定したのが最高評議会の3人と言われている。

 「平定といえば聞こえはいいけど、次元破壊クラスの兵器を撃ちあった挙句の果てに、彼らしか残らなかった、というだけの話よ。当時僅か10代の彼らしか」

 「今風に言えば、管理局の海と陸とが全面戦争して、機動六課しか残らなかった、というところかな」

 「補足説明ありがとうございます、ドクター。それで、ズタボロになった次元世界を復興してようやく形になったのが新暦元年、しかしそのときには彼ら3人の寿命はすぐそこまで来ていた」

 「それで脳髄になったわけか、だがどうしてそこまでする必要があったのだ? やはり権力に固執したのか」

 「そうであったのならまだ救いがあったのかも。でも違うわ、折角管理局を創ったのに、その最初で最高権力の座が空席になったらどうなる? 当然それを巡っての争いが起こるわよね、そして当時彼らが自分達の後継者として期待していた者たちはまだあまりにも若かった」

 「それが今の三提督、というわけね」

 「そうとおりですウーノ姉さま、若い彼らの下に付くのを潔しとしない者は当然出るから、彼らを立てるわけには行かない。しかしそれ以外のものでは万人が納得できる人選は出来そうに無い、だから、彼らは最高権力の座を空席にするわけにはいかなかったのよ」

 「ならば、なぜその三提督が成長した後にその座を離れなかったんだ?」

 そのトーレの質問に答えたのはスカリエッティだった。

 「そのときは、すでに彼らはただのプログラムになっていたのさ。”次元の平和を守るという”ことに対し過去のデータを基にした答えしか出さない時代遅れのプログラムに。おそらく彼らの認識ではいまだに世界は混乱したままではないかな」

 それをさらにドゥーエが補足する。

 「そして、それらのことは本局の者達は理解しているものが多い。彼らが使用できる予算は毎年組まれてるけど、ただそれだけ。本局は既に彼らを必要としていない。だから、地上本部のレジアス中将しか応える者がいなかったのよ」

 「人材不足を解消するためには、人造魔導師、戦闘機人、次はおそらくクローンの兵隊だろうね。旧暦に行われていた人材不足の解消法だよ、今の彼らはきっとこのサイクルを回し続けるだけしかできない、新しいことは何も思いつかないさ、『これまで通り』、それしかできない」

 「だから、『時代遅れの機械』なのですね、ドクター」

 「そうだよウーノ。ああ、哀れだなあ空しいなあ、権力に固執しなかった彼らが結局は権力に縛られ、挙句にあんな壊れた機械に成り果てた。生命を研究するものとして、哀悼の念を禁じないよ」

 そうして一通りの説明が終わった。トーレは納得した表情になり、己の親と姉に礼を言う。

 「なるほど、良く分かりました。それで、我々の出資者であった彼らを消したのなら、次はどうなさるのです?」

 「君の姉の優秀さを見くびってはいけないよ、ドゥーエ、次の出資者の候補はできているかい?」

 彼女は情報収集専門のNo2ドゥーエ、地上本部と本局に潜入しながら、彼女はありあらゆる情報を集めていた。次元世界の中枢機構たる管理局に潜入しているのだから、それを利用しない手は無い。

 「もちろんです、第77管理外世界の独裁者あたりがよろしいかと思っています」

 「そういう訳だよ、ではウーノはこの研究所に残っている情報の消去を、ドゥーエはその新しい出資者に連絡を、トーレはここの機材で必要ないものの撤去をお願いするよ」

 了解の返事を残し、ドゥーエとトーレは自分の仕事を行うためにその場から離れた。そして1人残ったウーノはドクターに質問をする。帰ってくる答えは予想は付いていたが、聞かないわけにはいかない。

 「ドクター、ディードのことはどうしますか?」

 「どうします、とは? 分かっていることは聞く必要はないよ」

 その返答にウーノは微笑をうかべる。彼のことを全てわかっているのは彼女だけであり、その逆も同じである、そのことを嬉しく思う彼女だった。

 「では、ディードはここに残しますね」

 「夜逃げに一番小さい子まで連れて行くよりは、優しいお姉さん達に保護してもらったほうが良い。なにより彼女はオットーと2人で1人だ。半身と離れ離れにのは可哀想だ」

 双子の2人はそういうコンセプトで作った、2人を離すのは忍びない。

 「では、ほかの妹達は?」

 「娘はいつか親元を離れるものだろう、今の管理局なら、悪いようにはされないさ。親心としては複雑だがね」

 「あら、私たちは娘と思って下さっていないのですか?」

 ウーノはすこし怒ったポーズを取る、彼女がこういう態度をとるのは彼に対してだけだ。

 「そうだね、君達を娘と思ったことは無いな、特に君はね。君はパートナーで、あの2人は妹のように思っているよ」

 その答えに満足したのか、ウーノは微笑を浮かべて、次の事柄について尋ねる。

 「では、メガーヌ・アルピーノについては?」

 「ああ、ルーテシア達についてはクアットロが楽しそうだったら任せていたが、私としてはあまり興味ないからね、返しておくとしよう、そう手配しておいてくれ。私のほうは勝者への贈り物を何か考えておくとしよう」

 「わかりました」

 そうしてウーノもまた研究所の撤去準備に入る。そして1人になったスカリエッティは、誰に話しかけるでもなく、独り言を口にした。



 「今回は私の敗けだよ、セレモニーは完成しなかったが、なかなかに楽しかった。またいつかお会いしよう、管理局の勇者諸君」



 彼は『無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)』を冠する存在。それは、彼が『無限の欲望』を有するものであると同時に、人が持つ『無限の欲望』に応える者でもある。最高評議会、レジアス中将、彼らの平和を望む思いとて、欲望であることは間違いない。その想いが強ければ強いほど、彼という存在を引き寄せる。

 人の心に欲望がある限り、彼が滅びることは無い。

 例え彼がこの事件で捕まったとしても、いつの日か人は彼の持つ生命の知識を求めるだろう。






 この後、ゼストたちから情報を聞いた機動六課がこの研究所に踏み込んだときは、すでに中は蛻の殻だった。彼らは勝ち過ぎたが為に、相手に”早期撤退”の判断をさせてしまったのだ。

 そして、そこに残されていたのは2つの生体ポッドで眠っている人間だけだった。片方には

 『拾ってください、名前はディードです』

 とあり、もう片方にはその人物を目覚めさせる方法が記されている紙が張られていた。

 ただし、難解な古代ベルカ語で

 最後の最後で嫌がらせを残していくユーモアを忘れないスカリエッティだった。

 

 


 その後の顛末

 黒幕を捕らえることは出来なかったものの、襲撃事件に対処し、より大規模になると予想される事件を未然に防いだ機動六課はその働きを評価され、大規模事件の専門部隊の有用性を証明した。そして一年の試験期間を終え、それぞれの進む道へと分かれていった。

 捕らえられたナンバーズは全員更生プログラムを受け、それぞれの保護責任者もとで、自分の人生を歩んでいる、ちなみにクアットロの責任者はユーノ(ぜひとも無限書庫で活用したい人材との依頼で)になり、人悶着あったセインの保護者は、候補のなかでもっともシャマルと接点の薄いシスター・シャッハに決まった。

 ルーテシア・アルピーノとアギトも更生施設にはいることとなったが、彼女たちの場合はゼストが生きている間は意識を戻した(難解なベルカ語はリインフォースが解読した)メガーヌと共に、第34無人世界「マークラン」で過ごし、彼の死後更生施設に戻り、更生プログラムが終われば、ルーテシアは再び「マークラン」へ、アギトは八神家へと行くことに決まった。

 レジアス・ゲイス中将は戦闘機人計画に加担したことで責任を取らされる事になったが、”D”と名乗る謎の人物から送られたきたデータによると、彼は最高評議会の指示で動いていただけだ、ということが判明し、地上の窮状を鑑みると、今彼が抜けては非常に困ると言う結論に達し(クロノ提督が本局の高官を説得して回ったという噂も)防衛長官の辞任と、1階級の降格、そして謹慎3ヶ月という処分に決まった。彼が再び辣腕を振るう日はそう遠くない、と地上部隊の人間は感じていた。

 ゼスト・グランガイツはやはり”D”がもたらした情報により、彼が行ったのは違法研究所の破壊であり、彼の事情を酌量され、執行猶予ということに決まった。彼の寿命を考えた上での処置だろう。そうして彼はメガーヌ達とともに「マークラン」で余生を送ることとなった。そして、謹慎が解けて訪れてきたレジアスと再会し、彼はゼストとメガーヌに深く侘び、彼らはそれを許した。
 レジアスが訪れてから1週間ご、彼はルーテシア、アギト、メガーヌに看取られてこの世を去った。



 

 そうしてJ・S事件と呼ばれる事となる出来事は終結したが、その五年後、「フッケバイン一家」が起こす事件に追われていた八神はやての元に1つの小包が届いた。

 その中にはしっかりと保存された”エクリプスウィルスのワクチン”が入っており、小包に添えられたカードにはこう書かれていたという。



               ”アルハザードより愛をこめて     
                              敗者から勝者へ”






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 今回で一応完結です。ちなみに今回の話は。

 エリキャロ、お疲れさまっす

 ヴィータさんマジ男前

 不滅の私(デザイア)は壊れない

 の3本ですね。スカさんのネタは中の的に、分かる人には分かります。

 ちなみにS2Uを出したのは「ソング・トゥ・ユー」という響がすごく好きだからです。あとディードの張り紙張ったのはスカさんではなく、隠れお茶目さんのウーノさん。

 これで「A’s編の人物が活躍する本部襲撃事件」が終わりました。なので新人たちの出番はなかったですね。でも約1名A’sからの登場人物で活躍して無い人が…… いや、だってあの人襲撃事件のときデバイス持って無かったから…… それに街中で広域殲滅するわけにもいかないし。はやて好きの人御免なさい。

 実は今回の話書いてて、この設定ならゼスト×メガーヌのカップリングありかな?って思ったんですけど、実は私はあまりメガーヌさんの性格が分からないので、書きようがなかった…… vivid3巻出て、メガーヌさんの性格を把握すれば書くかもしれません。

 それでは、これまで付き合ってくださってありがとうございました。






 


 おまけ

 研究所の情報を整理、消去していたウーノは、ある懐かしいデータを見つけた。それは戦闘機人作成における能力のコンセプトで、最初これを見たときは思わずドクターに「飽きたんですね」と言ってしまったほどである。
 No1~No6までは真面目に能力の特徴、長所、短所が記されていたが、No7からはものすごい手抜きになり、8番でモチベーションが回復したのかまともに戻ったが、No9からはまた適当になっていた。
  
 それらを記すと
  
 No7:ブーメラン、俺は必ず帰ってくる……

 No9:この前インラインスケートのハーフパイプの大会見たんだけど、凄かったよ、Let’s ローラーダッシュ!!

 No10:ほーげき(走り書き)

 No11:サーファーとかスノーボーダーとかもカッコイイよね、IS・エウレカセブン!

 No12:二刀流、御神不和流の前に立ったことを不幸と思え!!


 である。改めて見たウーノはおもわずディエチが可哀想になった。
  

   



 


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