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[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2011/01/21 16:08
はじめまして

今回、初めて投稿します。
初めてのことなので、至らないこともあると思いますが、どうぞ宜しくお願いします。

この物語は、マブラヴ オルタネイティヴ本編後、やっぱみんな一緒が良いんだ!という作者の我侭な思いの下、
タケルちゃんにもう一度“あの世界”で生きてもらいます。

作中の設定などは、本家のものを使わせていただいてます。
・・・・かなり作者の好み、勝手な考えが反映されていますが、あしからず。
オリジナルな部分も顔を出すこともあります。――が、平に御容赦を

気楽に読んでいただければ幸いです。



[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第1話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2011/10/18 21:48
閃光が爆ぜる。
大切な仲間がその光に飲み込まれていく。オリジナルハイヴの核と共に――

たくさんの戦友と共に出撃した横浜基地。
そこに無事帰還したのは社霞と白銀武、2人だけであった。
そして、白銀武を因果導体としてしまった原因である鑑純夏が息を引き取ったことで、白銀武は因果導体ではなくなっていた。
香月夕呼と社霞に見送られながら、白銀武は光につつまれ “元の世界”へと戻った。


戻ったはずだった――



◇ ◇ ◇ 《Side of 白銀武》


暗い深海からゆっくりと浮上するように、かつて“恋愛原子核”はたまた“因果導体”と呼ばれた男は目を覚ました。

 「――ん…んぁ?」

目を覚ますと、見慣れた天井があった。……あれ?
なぜだかとても懐かしいと思っている自分に気が付いた。おかしいな、と思いつつ体を起こした瞬間――

 「――っ、ぐっ!?」

とてつもない頭痛が襲ってきた。そして流れ込んでくる大量の情報―――

 「っくぁ…つぅ~……」

それは、何度目になるかも分からぬループ。
“BETA”という生物と戦っている世界、オルタネイティブ計画、訓練生として入隊したこと、12・5事件、横浜基地防衛戦、甲21号作戦、横浜基地防衛戦、桜花作戦。
たくさんの人間が死んだ。そして大切な仲間、かけがえのない戦友である彼女たちもまた……
いつの間にか、目の前が涙で霞んでいた。

 「――なんだ、今の…夢なのか?」

夢にしてはやけに鮮明に覚えているな……と思ったが、あまりにも大量の情報が流れ込んできて混乱しかけていた頭を落ち着けるため、とりあえず起きようとベッドに手をつくと―― 
むにゅっ、とベッドではない柔らく暖かな感触があった。

 「んぁ?」

なんだ?と思いつつ、その感触がした方を向くと(もちろん、ムニュムニュと感触を確かめながらである) 見知らぬ少女が、寝ていた。





…………………おい。





 「いやいや、見知らぬじゃねぇっての。この顔はさすがに知らないはずが無いだろ……」

隣で寝ていたのは、ガキの頃から一緒で家が隣で部屋も向かいの幼馴染“鑑純夏”だった。
起きる予兆なのか悩ましげに体を動かしている。

 「純夏~?…爆睡中か」(まだムニュムニュしてる。無意識に)

なんで純夏が俺の隣で寝てるんだ?昨日なんかあったっけ?いきなり一緒に寝ちまうようなイベントは何もなかったはずだが。

 『んぅ…ん~………へ?』(無意識にムニュムニュ)
 『…タ、タタタタタケルちゃん!?』

つーか、何で俺たちは制服を着たまま寝てんだ?

 『はわ…はわわわ……』(ムニュムニュ)

てことは何?さっきのは夢じゃない?もしかして、また戻ってきた?いや~……そんなバカな。
あれ?それに確か、あの世界じゃ純夏は…ってことは夢?
――などとブツブツ独り言を言っている俺だったが、何かを感じていた。
そして俺は気付いていなかった。こうして一人考えを巡らせているうちに、情け容赦の無い明確な殺意が迫ってきていることに――

 「――っ!!」
 『な…な……なな………』(ムニュムny……)

急に悪寒のようなものを感じ、全身に鳥肌が立った瞬間――

 『なにするかぁぁぁぁ~!!!』
 「へ?」

まったく予期していなかった怒声&凄まじい衝撃が襲った。

 「チョバムッ!?」

不可解な悲鳴を残し俺は星になっ……………てたまるか。
錐揉み回転しながら吹っ飛んでいたが運よく背中から壁に激突したものの、後頭部をしたたかに打ちつけたがダメージはほとんど無いようだ。

 「あがぁ~~~~~………って、あら?あんまり痛くない?」

心なしかガッシリとした体になっている気がする。だとしたら俺は………いや、今はそれより――

 「す、純夏……さん?」

いつの間に起きたのか、全身から禍々しいオーラを出し先ほどからこちらを睨み付けている幼馴染に恐る恐る声をかけてみる。

 「――ッ!!」
 「――うぉっ!?」

もの凄い形相で睨まれた。マジこえーヨ……
内心ビクビクしつつも、俺は標的との接触を試みる。

 「い、いきなり何しやがる純夏!」(あ、どもった…)
 「うぅ~~~~~。それはこっちの台詞だよっ!起きたら隣にタケルちゃんが居るし、タケルちゃんはその……む、むむむむ胸をも、揉ん…触ってるんだもんっ!」
 「は?…あ~……」

そういえば起き上がるときに何か触った気がする。まったく意識してなかったから、正直なところ覚えていないのだが、微かな感触が手に残っている気がする。
俺はまた無意識に、その感触が残る手を握ったり開いたりしていた。
やはりアレは言っておかなければならないな、と思い純夏の方を見ると、純夏は布団を手繰り寄せ、それで体を隠すようにし涙目で頬を紅く染めて「うぅ~~~~~」と唸りながら睨んでいる。
………ちょっと可愛いのがムカツク。

 「なぁ純夏、念のため確認しておくが、それが不可抗力だって分かってくれるよな?」
 「……………」
 「あ、そーそー。これもお約束だから一応言っておくな?オマエ、もう少し胸は大きくなっ――」

ここまで言って初めて俺は気付いた。純夏から出ていた禍々しいオーラが先ほどよりも膨れ上がり、今にも爆発しそうなことに――

 「タ~ケ~ル~ちゃ~~ん……?」

ついに純夏がユラリと立ち上がった。

 「――!!ちょっ、ま、待てっ!落ち着いて話し合おうぢゃないか!暴力で解決なんて良くないっ!や、やめっ――」
 「…………………………」

直後、BETA突撃級顔負けの直線機動で、距離を詰めた純夏から繰り出されるは、伝説の――

 「バカ――――――――!!!」
 「ファント――――――――――――ッム!!!」

断末魔の叫びは、かつて封印された“左”の名だった――
ドスッ!という鈍い音と共に、俺の腹に伝説の左が直撃した。
鍛えたはずの腹筋も、この衝撃には耐え切れず、俺の意識は急速に闇の中へと落ちていった。



◇ ◇ ◇



懐かしい声を聞いた気がする――

 『―戦って生き残ったことを誇りなさい』

それは、自分を一から鍛え育ててくれた人の声に似ていた。

 『…白銀は強いな………』

それは、戦場での別れの間際、互いの胸の内を語り合った上官の声に似ていた。

 『あんたなら大丈夫……しっかりやんなさい!』

それは、未熟だった自分を叱咤激励し、背中を押してくれた先任の声に似ていた。

 『私の弱さを…許せ……』

それは、死の間際に抱えていた思いを伝えてくれた、大切な人の声に似ていた。
俺は―――

 『―――あんたは“この世界”の救世主よ』

それは、親友を犠牲にしてまで、人類の未来のためにずっと苦しんでいた人の声に似ていた。
俺は救世主なんかじゃ………
ただ、誰かを失って進む道じゃなくて、みんなで進んでいける道を――――――――



◇ ◇ ◇



 「――ちゃん…タ………――タケルちゃんっ!」
 「―――んぁ…………あ?」

ユサユサと体を揺すられる感覚で、ゆっくりと意識を取り戻した。
それから俺はズキズキと痛む腹をさする。パンチで気絶するって………

 「いたたたた………」
 「あははは……だいじょ~ぶぅ~?」

さすがにやりすぎたと思ったのか、申し訳なさそうにこちらを覗き込んでいる純夏の顔が目の前にあった。

 「さ、さすがにファントムはきついぞ…っと――」
 「まぁ自業自得だよねぇ~。あ、ほら、なんか落としたよ~」

壁に手を付きノロノロと立ち上がると、その拍子に制服のポケットから何かが落ち、気付いた純夏がそれを拾い上げた。

 「これ……」
 「ん?それって――」

落ちたそれは、幼き日の俺が純夏にプレゼントした“サンタウサギ”だった。

 「?――っ!う、ぐぅっ!?」

拾い上げたサンタウサギを眺めていた純夏の様子が突然変わった。
――苦しそうに頭を抑え、崩れ落ちそうになる純夏を慌てて支える。

 「おいっ、純夏っ!どうしたんだ!?」
 「うぅ、ううううっ………」

純夏は呻くだけで返事はしてくれない。

 「急にどうしたんだよ…おい!純夏っ!!」
 「うううううっ………」

純夏をベッドに座らせると、俯いた拍子に長い髪に隠れて見えなかったうなじの辺りが見えた。
首筋には少しだけ肌と違う色になっている部分があった。

 「ん?コレって――――………――っ!?」

と、何かを思い出しかけたとき、再度強烈な頭痛が俺を襲った。そしてまたも流れ込んでくる大量の情報―――
それは戦いの記憶であった――

 「つぅ~~~~~っ!?………嘘だろ…まさか、また―――」

俺はそこで思考を中断し、本来なら初めに確認すべきだった事を思い出した。
閉じられている窓の前に行き、深呼吸をする――

カーテンと一緒に勢いよく窓を開け放つ。と、最初に飛び込んできたのは埃っぽい空気と強い風だった。
強い風で思わず目を閉じてしまったが、目を開くとそこにあったのは見慣れた幼馴染の部屋ではなく、壊れた戦術機に押しつぶされた家と廃墟と化した街並みだった――
そして先ほどより鮮明に蘇る記憶――

 「はは…はははは――夢じゃねぇ……ははは………」

何故か笑いが込み上げてきた。アレは夢じゃなかった。
何回もループして――BETAと戦って――そして皆は……でも、これなら――

 「ははは…やり直せるのか……はははは…なら今度は――」

今度は、皆を護る――前は夕呼先生に迷惑かけまくった……今回は本当の救世主になって護ってみせる。



―――みんなが居なくちゃ俺が幸せじゃねぇ!!!



そう考えたとき、不意に後ろから抱きしめられた。今この場所でこんな事を出来るのは一人しかいない―

 「す、純夏!?」
 「あははは…やっぱりタケルちゃんはタケルちゃんだね~~」
 「――え?いや……んな事より、お前…」

言葉を続けることが出来なかった。
純夏が人差し指で唇にそっと触れたからだ。

 「解かってるよ、タケルちゃん。自分の体の事は自分が一番よく―――」
 「………」
 「でもね…大丈夫だよ、今度は――」

そこで純夏は言葉を切り、もう一度ギュっと抱きしめてきた。そして――



 ――ありがとう、タケルちゃん。今度は大丈夫だよ――



 「――っ!?」

純夏の声が聞こえた。いや、正確には聞こえたわけではない――声は、頭の中に直接響いてきた。
俺は純夏の方に振り返ろうとしたが、純夏はガッチリ抱きついて、背中に顔を埋(うず)めていたので表情は見えなかった。

 「今の…プロジェクションか?………じゃぁ、やっぱり純夏は――」
 「うん。首のパーティション見たでしょ?」

あぁ――と、頷いたが動揺が隠せないでいた。その動揺は、純夏には手に取るように分かってしまうのだが。
そんな俺に純夏は静かに、だが、しっかりとした口調で語りかけてきた。

 「タケルちゃんは確かに前の“この世界”を救ったんだよ。それは間違いないことなの――タケルちゃんは救世主だったんだよ、本当に」

純夏の言葉は温かく、心に染みるようだった。

 「でも、その代償は武ちゃんにとってとても大きいものだったんだよね?」

そうだ…まりもちゃん、伊隅大尉、速瀬中尉に涼宮中尉と柏木、207のみんな。
そして純夏も――みんな死んでしまった……

 「でもタケルちゃん、本当はみんなを助けたかったんでしょ?だからまたここに戻ってきたんだよ、きっと」

――?俺は因果導体じゃなくなったはずじゃ……確か、あのとき霞が…

 「うん。タケルちゃんを因果導体にしちゃってたのは私だったから。私が死んじゃったから、タケルちゃんは因果導体じゃなくなって終わるはずだったんだけどね~。
  あ~あ、戦いを終わらせてあげたかったのに………もう、ホント我侭なんだからタケルちゃんは~~~」

それまで少しシリアスな口調で話していた純夏が、急に呆れたような口調に変わった。

 「へ?」

この変化に対応できずマヌケな声を出してしまい、それも加えて更に純夏は呆れたようだった。

 「も~~……しっかりしてよぉ~。タケルちゃんたちが、みんなを護りたいって強く思ったからループが起きたんだと思うよ?」
 「え――俺、たち?」
 「うん。他の並行世界のタケルちゃん達だよ。どこに居てもタケルちゃんはタケルちゃんだよね~~~考えることが一緒だもん」

あはは~、と純夏は笑っている。
なんかよく分からんが、やり直せるというのならやってやろうじゃないか――

 「そうそう、それでこそタケルちゃんだね!」
 
純夏よ、頭の中の言葉にまで突っ込まないでく――「ふっふっふ~」れって…はぁ~~~……あ、そういえば――

 「なぁ、さっき何で倒れたんだ?」

色々あってすっかり忘れていたが、それは最初に聞こうとしていたことだ。

 「あ~~…うん。アレはサンタウサギを見たら記憶の流入が起きて、量子電導脳に一時的な負荷が掛かったみたい。もう平気だよ~」

と純夏は俺から離れて手をパタパタ振りながら答えた。

 「そうか――」

良かった――と続く言葉を飲み込んだのだが、純夏がニヤニヤしながらこちらを見ていたので、俺は無言でスペンっ!と脳天に軽いチョップを喰らわせてやった。

 「った~………んふふ――」

チョップを喰らった純夏は頭を押さえたが、すぐに笑い出した。それに釣られて俺も笑い出した。
少しの間お互いに笑っていたが、笑いが収まり深呼吸をした純夏が俺を呼んだ。
そして――

 「それじゃ、行こうよ――」

と告げた。ただ簡潔なだけの言葉だが俺には十分だ。
俺は純夏のその言葉に静かに、けれど力強く頷いたのだった――



[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第2話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2011/10/18 21:49
10月22日 (月) ◇国連太平洋方面第11軍横浜基地・正門前桜並木◇ 《Side of 鑑純夏》


タケルちゃんと並んで、彼の英霊たちが眠る桜の木の前に立っていた。
その木には前回までのループで死んでしまった仲間たち、A-01のみんなや元207小隊のみんなも眠っている。
……私もここに眠ってるのかな?

 「今度こそしっかりやってみせます。だから、見ていてください――」

タケルちゃんは一緒に戦った仲間たちを思い出し、そう呟いたみたい。声は聞こえなくても、私には分かっちゃうんだよね~~。あはは………
そして私は目を閉じて――



   ――みんな、今度は絶対に大丈夫だよ――



声には出さずに心の中で言った。
それに、元の世界でクラスメイトだった頃に始まったタケルちゃんをめぐる女同士の戦いもある。
前回のループではタケルちゃんは私しか見てなかったし、周りのみんなに少なからず寂しい思いをさせちゃったよね。
それにしても、どこに居ても色恋沙汰が発生してしまうタケルちゃんは、やっぱり恋愛原子核なんじゃないかなぁ~~と、しみじみ思った。
 
 「さて――」

英霊たちへの挨拶を済ませ、次にやるべきことと言ったら“あの人”に会うことだね。
横浜基地副司令にして、タケルちゃんがこの世界で戦っていくために、必要不可欠な人物――香月夕呼博士に。

 「なぁ純夏――霞に伝えてくれないか?救世主が来たぞ~って夕呼先生に言ってくれってさ。たぶん、あの部屋に居るはずだから」

タケルちゃんはニヤリと悪戯をする子供のような笑みを浮かべながら言った。
そしてそれは、私が高いレベルのプロジェクションとリーディングが可能だから出来る裏技。

 「りょ~か~い。え~と、霞ちゃんは――っと。あ、居た居た」

そして、私はタケルちゃんと同じような笑みを浮かべながらプロジェクションを開始した――
うっしっし~~。霞ちゃん驚くかな~~~………



◇地下19階◇ 《Side of 社霞》


香月博士の執務室の隣にある薄暗い部屋。そこが私の場所。
部屋の中央には、ボンヤリと青白く光るシリンダーがあり、私はいつものようにそのシリンダーのそばに立っている。
しかし――





そのシリンダーには何も入っていない――





ふと、何かを感じシリンダーから意識を外した瞬間――はっきりとした映像が頭に流れ込んできた。

 「――っ!!?」

これは…プロジェクション?
その映像には始めに2人の少年と少女が登場し、あとから十数人の女性が出てきた。中には自分の姿もある。他にも知っている顔は居た――この基地の訓練部隊と特務部隊の人たちだ。
――そして、その映像はBETAとの戦いだった。さっきの映像に映っていた人たちが次々と傷つき、1人、また1人と居なくなっていった。
そして、最後に残ったのはあの少年と自分だけ。あの少年は少女を抱きかかえて泣き叫んでいる。
その映像が終わると、すぐに次の映像が入って来た。また戦いの映像かと身構えた霞だったが、それは杞憂だった。

 「――?………あ―――」

再びあの2人が登場し、今度は彼らの周りには他の面々も居る。彼らはいずれも笑顔だった。もちろん自分も、香月博士も居る。
だけど、その映像の最初に映った2人は見覚えが無かった。誰だろう?と考えた瞬間………

 「――はじめまして。俺はシロガネタケル。こっちがカガミスミカだ。宜しくな~」
 「こんにちは、霞ちゃん!よろしくね~~」

考えたことに返事をされ、ビックリしてしまった。
映像もいつの間にか見覚えのある場所に移り、そこに居るのも最初の二人だけになっていた。2人が居るのは基地正門前の桜並木。
そしてその少年、シロガネタケルが――

 「これから行くよ。みんなを、この世界を救うために――」

微笑みながら、そう告げた。

 「だから夕呼先生に言ってくれないかな?救世主が来たから迎えに行こうってさ」
 「霞ちゃんごめんね?でも、お願い!!」

初対面の人間にいきなり「基地の副司令を連れてきてくれ」なんて言われても普通は従うはずが無い。
だけど私は――

 「分かりました」

と答えた。

 「ありがとな。んじゃ正門で待ってるぜ!」
 「霞ちゃん、またあとでね~」

そこで映像は消えた。
私は一度だけ空っぽのシリンダーをそっと撫でたあと背を向け、その部屋を出た。



◇香月夕呼執務室◇ 《Side of 香月夕呼》


自分のデスクに腰掛け、自他共に認める天才は、数式のようなものがビッシリと並んでいるプリントを握り沈思黙考していた。
周りには同じようなプリントが所構わず散乱している。

 「………………」

悪態を吐いたり喚いたりしても何も解決しないのでやらないが、内心はそうしたい気持ちでいっぱい。
私がやらなければならないことは00ユニットの完成、ひいてはオルタネイティヴ第4計画の完遂。
しかし、00ユニットを造るのに必要な半導体150億個を手のひらサイズにした、量子電導脳を作ることが出来ないのだ。

何が足りないっていうの!?あたしの理論は完璧なはずなのに――

 「はぁ…」

本日何度目になるか分からない溜息をついたとき、隣室と繋がっている扉が開いて、その子が部屋に入ってきた。

 「あら、どうしたの?社」

その珍しい来客は私の問いかけには答えない。
社はそのまま無言で私の傍まで来て、ポツリと呟いた。

 「この世界を救ってくれる人たちが来ました」
 「――は?」

天才の頭脳をもってしても、社が何を言っているのか理解できなかった。

 「社、どういう――」

事か?と聞こうとする言葉を遮って社が白衣の袖をそっと引っ張り、

 「博士を呼んで来てくれと言われました。正門で待っているからと」

社にしては珍しく強引に引っ張って行こうとしていたので、私は息抜きも兼ねて付き合ってみることにした。
――まだ私は知らない。
本当に世界を救うことが出来るかもしれない人間が自分を訪ねて来ていることに――

 「ちょっ…分かったから引っ張らないでってば」

そう言っても、社が袖を離すことは無かった。
なんだか子連れのような………これ以上考えるのは止めよう。自分で考えて虚しくなってきた……



◇正門付近◇ 《Side of 武》


 「…まだか?」

門兵に見つからない位置で夕呼先生たちが来るのを待っている。

 「そんなに早くは来れないでしょ~。地下19階なんだよ?」
 「まぁ、そうか……」
 「それよりさ~~霞ちゃん、あんまり驚いてなかったね」

そう。
最後の自己紹介のあたりは、ほんの少し驚かせようと思っていたんだが、あまり驚いていなかったようだった。
ちょっと悔しい…

 「だな~~。でもあとで謝っとかないとな…あんま見たいもんじゃないだろ、アレは」
 「そだね……あ、アレ。来たんじゃないかな?」

と、純夏が正門の方を見ながら言ったので見てみると、白衣に身を包んだ人影と黒い服に身を包んだ小柄な人影が基地施設から出てくるところだった。

 「お、ホントだ。んじゃ行きますか――」
 「お~~!」



◇横浜基地正門◇ 《Side of 夕呼》


社に引かれ、わざわざ上まで出てきたのに正門は門兵以外に人影は無かった。

 「何よ。誰もいないじゃない…」

社に愚痴っぽく言ってしまったことに後悔したが、わざわざ連れ出したのだから何かあっても良いんじゃないか……と思っていたのだ。
少し期待していたが仕方ない、気分転換だと割り切り、また仕事に戻ろうかと考えていると社が袖を引いた。

 「――来ました」

社はそう言って桜並木の方を指差した。釣られてそちらを向くと、こちらに歩いてくる二つの人影があった。

 「―――あれがシロガネタケルとカガミスミカ?」

ここに来るまでの道すがら、どういった理由で連れ出したのか聞いたのだが、二人が呼んでいました――
――と答えただけで他のことは喋らなかったが、2人とは誰か?と尋ねるとシロガネとカガミとだけは答えたので、一応は名前らしき情報はある。

 「――はい」
 「そ。アレが救世主ねぇ~。どんな奴なのかしらね……」

そう言った私の表情は、自分では分かっていなかったが、久しぶりに活き活きとしたものだった。



◇ ◇ ◇ 《Side of 武》


俺と純夏が正門に近づくと、門兵が出てきたが夕呼先生に止められたようで大人しく待機している。
余計な事は省略したかったので、俺にとっては有難い。

 「どうも。夕呼せ――香月博士。白銀武と――」
 「カガミスミカね?」
 「「――はい」」
 「で、私を呼んだって話だけど。何のために?」

夕呼先生は怪訝な顔で尋ねてきた。それもそうだろう。
この世界では初対面の人間に急に呼び出されたのだから。

 「ありゃ、聞いてませんか?世界を救うためですよ」
 「………どうやってかしら?」

その問いに、一拍おいてから答える。

 「第4計画の成功をもって――」
 「………………」

夕呼先生は先ほどよりも顔をしかめるだけで、何も言ってこないので俺は一気に畳み掛けることにした。

 「計画は順調ですか?…第5計画、そろそろヤバイんじゃないですか?」
 「――っ!?」
 「空の上の船とか……あぁ、半導体150億個の件もありましたっけね」

半導体の話は先生の頭の中にしか無いはずの情報なのか、その言葉で先生の表情は急変した。

 「必要なら今すぐに協力しますよ?」

と表情はニヤリとさせながらも、心の中で純夏に謝りながら言った。
純夏を00ユニットとして扱うことに抵抗がある。純夏は、幼馴染で大切な存在だから――

 「………いいわ、ついて来なさい」

しばらく考え込んでいたようだった夕呼先生は俺たちに背を向け言った。
やけにあっさりだ。霞にリーディングさせていたのか?と思ったが、すんなりと入れるに越したことはないので、俺は何も言わなかった。
それから少し歩いたところで武はこれから行うであろう身体検査を思い出し、夕呼先生にバレない程度の声で純夏に話しかける。

 「なぁ純夏。身体検査とかどうするんだ?」
 「――え?ん~~…ハッキングしちゃえばどうにでもなるよ?」

心配しまくっている俺を余所にして純夏は事も無げに言う。

 「それでも血液検査とかあったらさすがにヤバいだろ!?」
 「あ~それもたぶん大丈夫だよ?あはは、タケルちゃん心配しすぎ~~」
 「そうかよ……」

こいつ、自分がどれほど重要な存在か分かってんのか?と心配になったが、それ以上は何も言わずに先生の後を追った。



◇香月夕呼執務室◇


 「4時間近く検査やら何やらやってたのにケロっとしてるわね」
 「まぁ俺は何度もやりましたからね。さすがに慣れましたよ」

事も無げに言ってのけたが、正直ちょっとだけ疲れている。

 「さて、さっさと本題に入りましょうか」
 「その前に一つだけ確認させてください。今は2001年の10月22日ですか?」

これだけは確認しておかなければならない。
まぁズレていることはないだろうが。

 「ええ、そうよ」

良かった。日にちが違っていたら、またおかしなことになっちまう。

 「――で、一体何が目的なの?」
 「先程も言いましたが、オルタネイティヴ第4計画の成功とBETAとの戦いに勝利することです」
 「どこで計画のことを知ったのかしら?」

やはりこの人には全てを知っておいてもらわなければならない。
俺は傍らに立つ純夏と一度だけ目を合わせ、お互いに頷きあう。
そして――

 「始まりから全て話します。少し長くなりますが良いですね?」

夕呼先生は無言で頷いた。

 「まず始めに。俺は元々、この世界の人間では無いんです―――」



◇ ◇ ◇



 「――というわけで、先生に会いに来たわけですよ」
 「そう………」

全てを話し終えると、夕呼先生は黙り込んでしまった。

 「あの、夕呼先生?信じられないようなら霞に確認してもらってください」

それなら少しは信じてもらえるだろう。

 「………私を呼ぶために社にプロジェクションしたのよね?」
 「は~い!私がやりました!!」

俺が返事をする前に、純夏が手を上げてアピールした。
しかし、夕呼先生は不思議そうな顔をしている。

 「あんた、ホントに00ユニットなの?」
 「え?それはどういう…」

思わず口を挟んでしまった。

 「00ユニットにしては身体検査も血液検査も人間とほとんど変わらないのよ。00ユニットの00って、どんな意味なのか知ってるんでしょ?」

俺は夕呼先生の言葉に頷く。生態反応ゼロ、生物的根拠ゼロ。それが00ユニットの名前の由来のはずだ。
それなのに、普通の人間と変わらないって………どういう事だ?
00ユニットであるはずの純夏ならハッキングである程度は誤魔化せるかもしれないが、血液検査までは――そもそも00ユニットって………

 「ふっふ~~。だから大丈夫だって言ったでしょ?タケルちゃん」
 「鑑、何かやってみて貰えないかしら?00ユニットとしての力を見たいの」

純夏に説明するように求めても無駄だろうから、実践させるのが手っ取り早いか。

 「あ、リーディングとプロジェクション以外でよ?それは他でも出来るんだから」
 「わっかりました~!ん~~……じゃぁ何かデータ送りますね?」

そうか――
夕呼先生を納得させられるようなデータを送れば、信じてもらえるかもしれない。

 「………そうね。とりあえず、やってみてちょうだい」
 「は~い。…送りました~~」

先生が手元のコンピュータをいじっている。
データが送られたのは間違いなさそう――てか、それより純夏の身体はどうなってんだ?

 「――すごいわ!これハイヴのデータじゃないの!?ヴォールクなんて目じゃないわ」
 「はい!前の世界で私が引き出したんです」
 「いや、それより純夏の身体は………」

どうなってるのか気になるじゃねぇか……教えてくれって…

 「この世界の鑑の身体と前の00ユニットとしての鑑の身体が統合されたんじゃないかしら?――まぁ、そんな状態じゃ00ユニットなんて呼べないけど。生態反応があるんだから」

画面を見ながらサラッと重要な事を言わないでくださいよ、夕呼先生………

 「え?それじゃあ……この世界の純夏は死んでなかったって事ですか!?」
 「うん、たぶんそうかも。ほとんど生身みたい。あはは~」
 「あはは~って…オマエね………」

どうなってるんだ、これ?状況がかなり違うぞ。
まぁ純夏が居る時点で薄々気付いてはいたけどさ……

 「あの先生。隣の部屋の――」
 「……ねぇ、このエックス、エム、3って何かしら?」
 「え?――あぁ、それはエクセムスリーって言います。戦術機のOSですよ」
 「OS?」

前のループで俺が考えた概念を基にして作られたOS、XM3があれば戦術機での戦闘がかなり楽になることは証明済みだ。

 「え~と、俺がやっていた戦術機の機動を他の人でも簡単に出来るようにした新OSを作ってもらったんです」
 「へぇ~~~。使えるの?」
 「はい。訓練兵の吹雪でベテランの撃震を圧倒できました。それと実戦で、訓練兵が本土防衛軍を相手にしても全員無事に帰還しました」
 「――凄い物を作ったみたいね。さっすが、私…それとも考え付いたアンタが凄いのかしらね?」
 「まぁ、夕呼先生の協力が無ければ作れませんでしたから。どんなものかシミュレーターで試してみましょうか?データは純夏に書き換えてもらえばすぐでしょうし」

夕呼先生の協力が無ければ、XM3は完成するはずが無かった。

 「そうね。じゃぁ、アンタたちの処遇は白銀の腕前を見てから決めましょう」
 「え?また訓練兵からかと思っていたんですが………」
 「私はそれでも良いけど…時間、ないんでしょ?腕の良い衛士を余らせておく程の余裕はないの。それに証拠をここまできっちり見せられたら、アンタたちを疑うのは時間の無駄でしょう」

なるほど。
俺としても初めから衛士になれるならやれることが増える。アイツらとの対面は先送りになっちまうけど………この際それは仕方が無いな。
みんな…頑張ってくれよ――

 「ねぇねぇタケルちゃん。みんなが心配なら、私が訓練部隊に入ろうか~?」
 「――は?…いや、でもお前――」
 「それも含めて、あとで決めましょ」
 「………分かりました」

俺は釈然としないまま夕呼先生の言葉に頷いた。

 「ふふ――じゃあ鑑、データの書き換えとサポートを。あんたにならシミュレーターのメインコンピューターの代わりができるでしょう?」
 「もちろんです!!」

純夏は元気良く敬礼した。
俺は大丈夫なのかと思いつつ、シミュレータールームへと向かった。



◇シミュレータールーム◇ 《Side of 夕呼》


 「タケルちゃん、ハイヴ攻略戦を想定していくよ~?」
 『――了解だ』

鑑純夏がデータの書き換えをしつつ情報処理を行っている。驚異的な速さだ。さすがは量子電導脳、といったところか。
今日、突然私の前に姿を現せた白銀武と鑑純夏。
この世界でこれから起こることを知っている人間と、私が開発を夢にまで見たオルタネイティヴ第4計画の要である00ユニット―― (生体反応も生物的根拠もゼロではないけれど) だという。
それにしても………“白銀”ねぇ~~……

 「まったく…とんでもない事になったわね――」

彼らに聞こえない程度に呟いた。
想定外もいいところだが、正直ありがたい。
白銀の話では、このまま進展が無ければ今年の12月24日に、第4計画は廃止され第5計画に移行するのだという。
研究は行き詰っていたが、彼らが現れたことで解決したも同然だろう。決して楽観は出来る状況では無いのだけれど………

 「香月先生、準備完了しました!」
 「そ――なら始めてちょうだい」

鑑から準備完了の報せを受け、私は思考を一時停止した。
まずは見せてもらおうじゃない。新OSと白銀の力を――




◇ ◇ ◇




――シミュレーターを見た結論を言おう。白銀の実力は予想以上だった。
OSの力もあるだろうがフェイズ2とはいえ、ハイヴを単機で攻略してしまうとは。脱出中に自滅したのは気を抜いたからだろう…
しかし、それを抜きにしても余りある実力だ。

 「あ~~~ミスっちまった…くそ~~………」
 「あはははは!タケルちゃんダッサ~~~」
 「うるせー!」

言い合っている姿は年相応だが、相当な修羅場を潜り抜けてきているのは確かなようだ。
そしてXM3――確かに現行のOSとは比べ物にならない。
衛士の命令に対する即応性が向上し、その命令を常に監視して任意に選択と解除を行えるようにしている、のかしらね。
戦術機程度の並列処理ならアレの失敗作でも十分過ぎる。アレなら、すぐに用意できるわね。
データは鑑が持っているし、さっそく作って伊隅たちで試そうかしら――

 「――先生、どうでしたか?」
 
凄い――素直にそう言うのは少し癪だったが、認めないわけにはいかない。
それくらいの実力があった。
OSをA-01に使わせると言うと、白銀はすぐに承諾したが、もう一つ提案をしてきた。

 「――207B訓練小隊にも投入してください」
 「……伊隅たちには渡すつもりだったけれど、訓練部隊にも?」
 「はい。アイツ等には早めに慣れもらいたいんです。配属はA-01なんですしね………それに、アイツ等は強いんですよ――」

そう言う白銀の表情はどこか愁いを帯びていた――そういえば前は全員死んでしまったと言っていた。
鑑の方を見やると、悲しげな、けれど優しい笑みを浮かべ白銀を見つめている。

 「――分かったわ。OSに関してはそうしましょう。それで、あんたたちの処遇だけど……」
 「俺にA-01と207のOSの教導をやらせてもらえませんか?」

驚いた。白銀がそんな提案をしてくるとは思っていなかった。
しかし、あのOSの能力を最大限に発揮出来る衛士が、白銀しか居ないことを踏まえると、それが適任かもしれない。

 「………彼女たちには強くなってもらわないといけませんから――」
 「そう――分かったわ」

さて、それらも含めて彼らにどう動いてもらうか決めましょうか――



◇香月夕呼執務室◇ 《Side of 武》


シミュレーターを終えて、制服に着替えた俺は再び夕呼先生の部屋に来ていた。

 「それでアンタたちの事だけど、白銀は大尉で登録したから。とりあえずA-01と207のXM3の指導をするってことでね」
 「――た、大尉ですか!?」
 「えぇ。少しでも上の立場が良いのは、身に染みてるんじゃなかったの?遅かれ早かれ、いつかはA-01に入るつもりなんでしょう?」
 「……分かりました。それで構いません」

いきなり大尉っていうのには驚いたが、低いよりは良い。基地司令に計画の廃止を告げられたときに身に染みたからな。
伊隅大尉と同じ階級か…なんか変な感じだな………

 「で、鑑。アンタは207に入んなさい」
 「はい!!」
 「え………マジで入るの?お前」
 「うん!だって、早くみんなと仲良くなっておきたいし。それに私が居た方がタケルちゃんも馴染みやすいと思って。みんな階級を気にしちゃうでしょ~~?」

――確かに。前は同じ隊だったから打ち解けられたが、今回は別の隊どころか上官で教官だもんな…
打ち解けるのは難しいかもしれない。ここは純夏に任せてみるか

 「分かった。でもお前、無理するなよ?」
 「大丈夫だよぉ~」

大丈夫って…あのなぁ………

 「鑑は少し違うメニューで動いてもらうようにするから大丈夫よ」
 「あ、やっぱりそうなるんですね」
 「え~!?香月せん…博士~私そんなに運動出来ないわけじゃないですよ~~?」

能天気に運動神経のことを心配しているだが、俺はそんなことを心配しているんじゃないんだよ?純夏さん。

 「あのねぇ~…あんた自分がどういう存在か分かってんのォ~?」
 「――え………00ユニット?」
 「便宜上は、ね。そんなあんたに何かあったら元も子もないでしょう」
 「は~~い…分かりましたぁ……」

本当に大丈夫なのか、心配になってきた……
まぁ、純夏も(たぶん) バカじゃないと思うから(というか思いたい………) 無茶はしないだろう。

 「それじゃ今日はこの辺りにしてきましょう。他に必要なものは後で届けさせるから。あ、部屋は――」

そんなこんなで配属も決まったが、話やシミュレーターなどで時間も遅くなったので各隊との顔合わせは明日にすることにした。



◇横浜基地・廊下◇ 《Side of イリーナ・ピアティフ》


私は先程、香月副司令に呼び出され、新たに着任した大尉にIDやら書類やらを届けに行ってきたところだ。
彼に会う前の私は、大尉というからには私よりも年上か、近い年齢の人物かと思っていたのだが、実際に会ってみると私より年下。
たしかに年齢は近いかもしれないけど、まだ少年といえるような年頃だった。
あの年で大尉という階級に就いていることに疑問を抱いたが、「彼は凄腕の衛士よ――」という副司令の言葉と、同時に見せられたシミュレーターの映像を見て、納得せざるを得なかった。
彼の配属は副司令直属らしいので、いずれゆっくり話す機会もあるだろう。先程は内容も事務的なことのみで、少しだけしか話せなかった。

もっと話してみたいという気持ちが、私の中にあることは確かなようで、彼と別れてからも何故か気になっている。
自分で考えたことに軽く動揺した。“一目惚れ”などという考えが、頭をよぎったのだ。
初対面とはいえ自分が上官、しかも年下の少年にこのような考えを抱いてしまうとは。自分でも気付いていない魅力があったのかしら――?
これ以上彼のことを考えていると、今日の残りの仕事に影響しそうな予感さえする。
私は無駄な努力とは知らずに、頭からその考えを追い出そうとするのだった。

そして私は知る由も無い。彼がかつて“恋愛原子核”と呼ばれていたことを――



◇横浜基地・白銀武自室◇ 《Side of 武》


ふぅ…なんか帰ってきたって感じだな。
また同じ部屋で良かった。純夏の部屋は俺の部屋の隣。ここには隣との窓は無いから、窓越しに話すことは出来ないけど――

夕呼先生は純夏とOSの作成に取り掛かってくれたから、明日には出来ているかもしれない。俺が手伝えることは無いって言われて追い出されたけど。
今日はもう休んじまうか?それとも、ピアティフ中尉がIDを届けてくれたから、自由に行動できるようになったし散歩でもしてみようか。
することが無いのも今だけだろうから、何かしようと思ってみたものの、何も思いつかない。これが前の世界だったらゲームとかやってたんだろうな――
そこで俺はふと、何かを忘れているような気がした。頭を捻ったが、出てきそうで出てこない。

な~~~んかやり残しがある気が………

「あ………………霞――」

すっかり忘れていた。会いに行かないと――



◇地下19階・シリンダー部屋◇


さ~~~て――霞は………………………いた。
前回までと同じように青白く光るシリンダーの前に佇んでいる。ああして純夏と一緒に居てくれたんだよな―――?




シリンダーが空っぽ!?




どういうことだ…
あ――いや………それよりも、まずは―

 「――よう」
 「………」

ははは、今回は逃げなかったか。

 「はじめまして、だな。俺は白銀武だ」
 「……霞………社霞です」
 「さっきは、いきなりで驚いただろ。ゴメンな?」
 「……大丈夫です」

微かに表情が動いた。霞とも長い付き合いだからこそ分かる。
霞はちょっと困ったような顔してる。本当は驚いたな?

 「えっと、今日は来られないと思うんだけど――」
 「純夏さんは先程来ました」

あら…純夏のやつ、夕呼先生の手伝いで来られないと思っていたが、先に来ていたか。

 「そっか。それじゃ霞!これからヨロシクってことで、握手だ!」
 「………握手」

なんと。遠慮がちにだが、そっと手を差し出してくれた。
感動だ…

 「お、今度はすんなり握手できたな」
 「………」
 「あ…悪い。今度は、なんて意味不明だよな」
 「気にしていません」
 「そっか――これからいろんなことがあるだろうけど、ヨロシクな」
 「はい」

握った霞の手は小さかったけれど暖かかった。
…シリンダーのことは夕呼先生に聞くか――

 「じゃあ俺、夕呼先生に用事があるから行くな?」
 「はい……またね」

おおっ!!
霞からまたねって言ってくれた!素晴らしい進歩だ。

 「おう。またな~」



◇香月夕呼執務室◇


シリンダーのことを夕呼先生に聞くために執務室に移動したところ、夕呼先生はコンピュータに向かい何か作業をしていた。
純夏は――ここには居なかった。別の場所で作業しているのかもしれない。

 「あら、どうしたの?」
 「霞に会ってきたんですけど……隣の部屋のシリンダー、なぜ空っぽなんですか?」

前のループまではあアレに入っていたのは純夏だったが、純夏は生きている。
だから空っぽなのには頷けるが…空のシリンダーを置いておく理由は無いだろう。

 「あぁ、あんたも知ってのとおり、アレには人間の脳髄が入っていたわ」
 「――やっぱりそうだったんですか!!ではなぜ空に――」
 「だいぶ前に活動を停止したわ――もっとも、生きているのが不思議な状態だったのだから、いつ死んでもおかしくはなかったのだけど」

詰め寄りそうになった俺を夕呼先生は制し、何でも無いように告げた。
アレに入っていたのは純夏だったんだぞ………

 「社が読み取れたのは恐怖や憎悪の色だけだったわ。他には何も――」
 「……純夏では無かったんですね?」

俺の問いかけに、夕呼先生は軽く肩を竦める。

 「さぁ?とにかく読み取れたのがそれらだけだったから、判断のしようが無かったわね」
 「そうですか………?――でも、それじゃ先生の研究が――」
 「00ユニットの素体候補なら問題は無いわ。もっとも、あんたたちが来てくれたから必要無くなったんだけど」

その言葉に、俺はハッとした。
そんな俺を見た夕呼先生はスッと目を細めた。

 「あら、それも知っているのかしら?」

夕呼先生の言葉に、俺は静かに頷いた。
………そうだった。A-01の皆は00ユニットの素体候補でもあった。
それにシリンダーの中身が、仮に純夏ではない他の誰かだとしても、もうどうしようもないことだ。
誰なのか分からないのは仕方が無い。
純夏は今、生きている。――そう割り切ろう。

 「――すみませんでした、押しかけて。部屋に戻ります」
 「そ。オヤスミ」

明日から忙しくなるだろう。気持ちを切り替えて今日はさっさと寝てしまうか。



[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第3話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2013/01/02 00:53
10月23日 (火) 朝 ◇横浜基地グラウンド◇ 《Side of 純夏》


今日から私は207B訓練分隊に配属された。やっと、みんなに会えたよ~~。
タケルちゃんは相当気にしてたから、私が入って少しでも安心させてあげないとね。

 「――鑑。貴方が特別だっていうからには、期待しても良いのよね?」

207B分隊長――榊さんが声をかけてきた。
私の紹介はとっくに終わり、今は軽いランニング(と言っても10km………全然軽くないよ~~泣) のあとの休憩中。神宮司教官が、ちょっと長めに取ってくれてるみたい。
………私の体力が無いからじゃないよね?みんなと少しでも話せるように、だよね?
ちょっと特別だから任せて!とか言わなきゃ良かったよ…

 「とてもすごく期待…」
 「彩峰さん、あんまり期待してるように見えないよ~~~」
 「ぶんぶんぶん」

……擬音を口にされると、なんか悲しくなるね。
確かに、基礎訓練では足を引っ張るかもしれないけど、戦術機の訓練なら足手まといにはならないのに。
初めてこの世界に飛ばされてきて、こんな訓練を受けさせられたタケルちゃんは、どんな気持ちだったのかな……やっぱり大変な思いをしたんだよね――

 「ふふふ。彩峰も本心では期待しておるのだろう?」
 「そうなの?」

あははは、彩峰さんも変わらないよね。私も彩峰さんを相手にしてるときの、振り回されてるタケルちゃんの気持ちが分かったかも………
そして御剣さん――冥夜、また宜しく。前の世界でタケルちゃんを護ってくれて、ありがとう。
今度は私たちが、みんなを護るよ――必ず。

 「――うん。必ず力になるよ!タケルちゃんも居るし――」
 「「?タケル、ちゃん………?」」

しまった…と思ったときには、すでに遅かった。
みんなの表情が一瞬の間を置いて、不適に笑ったように見えたのは、気のせいじゃないと思う。

 「鑑。貴女が言うように、私たちの仲を早く深めるには、お互いのことをよく理解する必要があると思うの」
 「え………?うん、そうだね」
 「――たまには良いこと言うね」

いつの間にか、榊さんが私の脇に立っていた。そして反対側には彩峰さん。
しかも、彩峰さんは榊さんの意見に賛同している。これって凄く珍しいことだよね?

 「榊さん、彩峰さん。無理に聞くのはよくないよ~~」

と言いつつ、私の正面に立ってとても聞きたそうに見上げてくる壬姫ちゃん。絶対に聞きたいって表情だよ…

 「皆、あまり無理強いするでない――」
 「……御剣さん?どうして私の後ろに立ってるのかな………」
 「――ん?何、大した事ではない故、気にするでない」

………絶対聞きたいでしょ?さり気なく逃げ道を塞いだよね、御剣さん。
う~~~~~~どうしよう。みんなもすぐにタケルちゃんには会うけど、ここで喋ると大変なことになるかもって、私の勘が告げてる。
けど、少しでもタケルちゃんの事を話しておいたら、すぐに打ち解けられるかもしれない。
その可能性に賭け、私がタケルちゃんの事を話そうとしたとき、教官が訓練に戻れ――という号令をかけたので、みんなは教官にバレない程度に、渋々といった面持ちで訓練に戻っていった。

助かったけど、後々怖いような気がするよ………



昼前 ◇白銀武自室前◇ 《Side of 神宮司まりも》


先程、夕呼から連絡があった。
207B分隊の訓練が戦術機の訓練に移行すると同時に、新たな教官を迎えての訓練になるというもので、その教官となる衛士が着任したから挨拶くらいしておけ――というものだった。

 「まったく………説明くらいしてくれてもいいのに」

しかし、戦術機の訓練で教官を入れ替えるなど聞いたことが無い。とはいえ上官である彼女の命令には従わなければならない。
私は釈然としないまま、着任した衛士の自室まで来ていた。

 「白銀武大尉、ね…」

加えて夕呼に、「あんたが好きそうなタイプだわね~~~」などとニヤニヤしながら言われたが、そんなことを気にしてはいられない。
上官なのだから失礼のないようにしなければ。
そして私は、挨拶をしようと部屋の扉をノックした。

――が、少し待っても返事は無い。
もう一度ノックしようとした時、不意に後ろから声をかけられた。



《Side of 武》


早朝というよりも早い時間、夕呼先生から呼び出され(起こしてくれたのは純夏。とてもすごく眠そうだった)、純夏の代わりにXM3の最終調整をして訓練などの打ち合わせをし、
午後に207との顔合わせとA-01との演習を入れてもらい一先ず休もうと自室に戻ってくると、そこに懐かしい人物が居た。

 「あの…」
 「――っ!?」

声をかけると、驚かせてしまったのかビクッと肩を震わせこちらを向いた。

 「すみません。驚かせてしまいましたね」
 「い、いえ。――白銀大尉でありますか?」

………泣きそう。感極まって思わず抱きつきたくなったが、必死に押さえる。
この世界では初対面なのに、いきなり泣いたんじゃ格好悪い。

 「はい。白銀武です」
 「失礼しました。神宮司まりも軍曹であります。第207衛士訓練小隊の教官を務めております」
 「白銀武大尉です。これから宜しくお願いしますね」
 「は――!こちらこそ、宜しくお願い致します」

――お久しぶりです、まりもちゃん。また…よろしくお願いします。
いろんな事があったけど、まりもちゃんのお陰で成長できた部分もある。どんなに感謝してもしきれない人物の1人だ。
それにしても、まりもちゃんは予想通り敬語を使った。この世界では俺の階級が高いから当然のことなのだが、背中がむず痒い。
まりもちゃんに敬語を使われるのは変な感じだ。

 「――軍曹、香月博士から聞かされたと思うんですが、207B分隊の戦術機訓練は俺が受け持ちます」
 「は。―――あの、理由を聞いてもよろしいでしょうか?」
 「…え……博士から聞いていませんか?」
 「はい。教官を入れ替える、としか…」

ありゃ。
夕呼先生、説明するのが面倒くさかったんだな。まったく――

 「俺と香月博士が新しい概念を組み込んだ戦術機のOSを開発したんですけど、それテストを207B分隊でやろうということになったんです」
 「新OS、ですか…」

新OSを開発したからテストさせろ、なんて言っても納得できないよな。
まりもちゃんにどういうものか軽く説明しておいたほうが良いだろう――



◇ ◇ ◇



 「――確かにそれは従来のものとは異なりますね」
 
ごく簡単な説明しかしなかったが、大体は理解してもらえたようだ。
まりもちゃんには、すぐに詳細な説明を受けてもらうのだが………今はこれで十分だろう。

 「納得しました。ご説明ありがとうございます」
 「――このくらい楽勝っすよ、まりもちゃん」
 「ま、まりも、ちゃん…?」

――あ。
しまった………つい呼んじまった。まりもちゃん固まっちゃってるよ…

 「す、すいません。昔の知り合いに同じ名前の人がいたので、つい――」
 「はぁ…そうでしたか」

すっげ~~~複雑な表情してる………咄嗟に吐いた嘘 (まぁ嘘ではないけど)、もとい言い訳が厳しかったかな?

 「――コホン。それと夕方にA-01が市街地演習をやるんですけど、軍曹も指揮車両にて香月博士とモニターしてもらいます」
 「?…了解しました」

夕呼先生からの指示を伝えると、彼女もさすがに戸惑っているようだった。
訓練部隊の教官が実戦部隊の演習に、指揮車両でとはいえ参加するんだから無理もないか?

 「今はこのくらいですね」
 「は。では――」
 「あ、そうだ………軍曹、昼食は済ませましたか?」

思わず声をかけてしまったが、何も考えて無かった。咄嗟に昼食に誘ってしまったけど、どうしよう――
――てか、あれ?…俺ってこんなキャラだっけ?

 「いえ。まだですが…」
 「なら一緒にどうです?俺も午後の訓練に顔を出すつもりでしたし。それに――」
 「?」

まりもちゃんと久しぶりに会ったから、嬉しくて舞い上がっているのかもしれない。もう少し話していたい――
早く昔の距離感に近づけたいっていうのもあるけど、これから一緒に戦っていく仲間になるんだから、親密になっておいて損は無い――って建前を装備しておく。

 「――軍曹の教え子のことを聞きたいので」
 「分かりました。ご一緒させていただきます」

まりもちゃんと連れ立ってPXに移動しながら、我ながら良い口実を思いついたな~~と密かに思った。



《Side of まりも》


PXまでの道中、白銀大尉に207B分隊のことを話していた。
夕呼には聞かされていなかったが、白銀大尉は207の彼女たちと同い年だという。
話している最中に気付いたのだが、どうやら大尉は207B分隊の背景を知っているようだった。そして、今日から配属された鑑純夏とは面識があるようなのだ。
鑑を207Bに紹介したときに起きたことを話していたのだが、大尉は「あいつアホか」と仰っていた。

 「――まさか、そんなことを言うとは思ってなかったですよ………」
 「ええ。ですが、そのおかげで直に打ち解けたようでした」

ふと、何か考え込むようなしぐさをした大尉が、意を決したように私に向き直り言った。

 「軍曹。頼みというか、お願いがあるんですが――」
 「は。何でしょうか?」
 「これからは俺に敬語を使わないでもらいたいんです。もちろん部隊外の人間がいるときは敬語で良いんですが…」

何を言っているんだ?この人は………

 「ダメ、ですか?」
 「――え……あ…いや、しかし……」

何を言われるかと身構えたのだが、まさか敬語を使うなと言われるとは思わなかった。何と答えて良いか迷っている私に、大尉は両手を合わせて懇願してくる。
これぞまさしく、必死というやつではないのか。

 「お互い、夕呼先生に振り回されている同士ということで納得してくれません?」
 「………………………」

長い沈黙。大尉はジ~~っとこちらを見ている。私は多少、混乱しているので視線を彷徨わせている。
懇願してくる彼と目が合うと、その視線に耐え切れず目を逸らしてしまった………
私は何でこんな反応をしているのだろう。こんな――
内心かなり複雑だったが夕呼に振り回されている同士なら、と思うところもあったし、何より必死にお願いしてくる大尉の姿が子供のようで……可愛いと思ってしまった。

 「はぁ~………わかりま…いえ、分かったわ」

私はついに根負けして大尉のお願いを承諾してしまった。

 「本当ですか!?いや~、良かった~~~」
 「――そ、そんなに喜ぶこと?」
 「ええ!それはもう!!!」

そういう大尉の顔は本当に嬉しそうにしていて、承諾して良かったと思ったのは内緒だ。



午後 ◇横浜基地・グラウンド◇ 《Side of 武》


まりもちゃんが207B分隊に召集をかけた。懐かしい顔ぶれが駆け足で集まってくる。冥夜、千鶴、壬姫、慧。美琴――はまだ入院中だったっけ。
そして純夏もいる。
まりもちゃんにバレない様にニヤニヤしてやがる………あんにゃろう…

 (あ、ヤベ…泣きそう………)

綺麗に整列したみんなを見ていると、胸に熱いものがこみ上げてきた。前の“この世界”では、まりもちゃんを含め全員を失ってしまった。だが今度は必ず護ってみせる。
――そう密かに誓った。

 「本日付けで着任された、白銀武大尉だ。大尉には貴様たちの戦術機訓練の教官を担当していただくことになる」
 「「――っ!?」」
 「白銀武です。みなさんの教官をすることになりました。――よろしくな」
 「「よろしくお願いします!!」」

まりもちゃんに命令され、彼女たちが順番に自己紹介をしていく。みんな多少緊張していたようだった(純夏は普段通りだった) が滞りなく終わった。
……冥夜の様子が少し変だったような気もするが――

 「あの、大尉。発言をよろしいでしょうか?」
 「あぁ――どうぞ」
 「教官を入れ替える理由をお聞きしたいのですが」

さすが委員長。質問してくると思ってたよ。そりゃ気になるよな。

 「今はまだ言えない。Need to know だよ、分隊長。まぁ戦術機訓練に移ったら、嫌でも知ることになるんだけどな」
 「――了解しました」

余計な事を考えて戦術機訓練にたどり着けなかったら本末転倒だ。
今は、目の前の総戦技演習に合格することだけを考えてくれ………

 「では貴様らは訓練に戻れ!」
 「「はい!」」

みんなが訓練に戻った後、俺はしばらく訓練を見学していることにした。
前はあの訓練に混ざっていたと思うと少し寂しい気持ちになったが、前回同様に時間は限られている。短縮できるところは可能な限り短縮したい。

 「軍曹。彼女たちを必ず総戦技演習に合格できるようにしてください」
 「――了解。でも新OSのこと、話さなくて良かったの?」
 「教えても良かったんですけどね。余計なことを気にして演習に落ちたらどうしようもありませんから……」

教えない方が気になるんじゃないの?という、まりもちゃんの言葉には苦笑するしかなかった。



夕方 ◇横浜基地・市街地演習場◇ 《Side of 伊隅みちる》


昼すぎに副司令から、

 「夕方あんたたちに模擬戦やってもらうから~~~」

という突然の命令を受け慌てて準備したのだが、予定の時刻を過ぎても一向に始まる気配が無かった。

 『大尉~~~。一体いつになったら始まるんですか~?』
 『そ~ですよ~~』

不満の声を漏らしているのは、我が隊の突撃前衛長である速瀬水月中尉と強襲掃討の涼宮茜少尉だ。

 「速瀬、涼宮。無駄口を叩いてないでいつでも始められるように準備をしておけよ?」
 『『りょうか~い』』

まったく……
しかし速瀬たち程では無いにしろ、隊員全員が同じことを思っているのは間違いないだろう。

 「01からCP――涼宮、副司令から何か連絡は無いのか?」
 『――いえ、何もありません。先程から呼び出してもらっているのですが、少し待つようにと言われるだけで………』
 「そうか――」

CP将校の涼宮遙中尉を呼び出し、副司令から何か連絡はないかと期待したのだが、当てが外れてしまった。
どうしたものかと頭を抱えていると、1台の指揮車両と1機の戦術機をレーダーが捉えた。

 「涼宮、アレは――」
 『いや~悪いわね~~。待たせちゃって』

こちらに向かってくる指揮車両から通信が入り、網膜に映し出されたのは先程から連絡を取ろうとしていた香月副司令だった。
言葉とは裏腹に、彼女の声は悪いと思っている様子は感じられない………まぁ分かってはいたが。

 『ちょっと準備に手間取っちゃってね~。さ、始めましょうか』
 「ふ、副司令!始めると言われましても、我々はまだ模擬戦の内容を知らされていないのですが…」
 『あら、言ってなかったかしら?内容は―――』
 『『―――なっ!?』』

副司令から模擬戦の内容を聞かされた我々は全員が息を呑んだ。
何故なら、その内容というのは――

 『副司令~~、ホントにやるんですか~?』
 『な~によ速瀬~~。文句あるの?』
 『だって私たち全員であの吹雪と戦え、なんて…』

そう――私たちに与えられた命令、それはA-01と先程副司令と共に現れた一機の戦術機“吹雪”との模擬戦闘だった。
これは速瀬が納得しないのも無理はない……私も納得はしていないし。
吹雪は第3世代の機体で、実戦配備も想定されている機体ではあるが、私たちが乗る“不知火”に比べると性能的にも見劣りするというのは誰もが知っていることだった。
その吹雪一機を相手に9機の不知火で戦えというのだ。

 「副司令これは――」
 『伊隅、これは遊びじゃないの』

抗議しようとする私の言葉を遮って副司令は言う。

 『あの吹雪を普通の吹雪と同じに考えない方が良いわよ?』
 「………了解」

副司令がここまで言うということは、何かあるのか……
たとえ不満があろうと命令には従わなければならない。私は思考を切り替え、ヴァルキリーズ各機へ模擬戦の開始に備えるよう指示を出した。



◇市街地演習場・指揮車両◇ 《Side of まりも》


 「――夕呼、本気なの?」
 「当たり前じゃない。遊びでこんなことをやってる暇なんて、今の私たちには無いわよ?」

無意味なことは絶対にしない夕呼が、こう言っているのだから何かしらあることは予測できるのだけど………

 「それにしたって、吹雪と不知火を戦わせるなんて。それも多対一で」
 「あの吹雪をただの吹雪と思わない方が良いって言ったでしょ?そ~ね~~……斯衛のエースが乗ってる武御雷――くらいには思ってもらっても良いんじゃないかしら」

夕呼の言葉に私は首を傾げるだけだった。吹雪と武御雷では、性能的な差があまりにも大きい。
それなのに夕呼は、武御雷と同等の力があると言った。一体どんな手品を使ったのか…それとも、搭乗している衛士が特別なのか……

 「ふふふ、始まれば分かるわ。―――白銀、準備は良いわね?」
 「――!!」

夕呼が吹雪へ回線を開き、その衛士を呼び出した。呼び出されたのは、先程まで私が受け持つ207Bの訓練を見学していた人物であった。

 『――はい。いつでも行けますよ』
 「ちゃんとやんなさいよ」
 『了解。――しかし相変わらずムチャやりますね、夕呼先生』

夕呼、また何かやったのかしら……振り回される方の身にもなって欲しいものだけれど。
はぁ…今更かしらね――

 「あら、そうかしら?」
 『不知火の余剰パーツとかで吹雪を組み上げて、OSの換装と調整もやらせるなんて………それも一日で。整備兵に恨まれるんじゃないですか?』
 「そう?――彼ら、妙に生き生きしていたと思うんだけど?」

今朝、夕呼が珍しく格納庫に出てきていて何を企んでいるのかと思っていたが、そんなことをやらせていたのかと呆れてしまう。
――が、今はそんなことよりも聞きたいことがある。

 「夕呼!あの吹雪に乗っているのって、白銀大尉なの!?」
 「そ~よぉ~~。まぁ見てなさい。面白いことが起こるから―――」

そう言った夕呼が、私のかつての教え子である涼宮遙中尉に戦闘開始を指示。

そして―――私は信じられないような光景を目の当たりにするのだった。



《Side of 武》


夕呼先生との通信を切り、網膜に映る機体情報に目をやる。
今のところ異常は見られない。けど、搭乗前に夕呼先生が言っていたことを考慮すると、戦闘の長期化は避けたい。

――とは思うものの、相手は“あの”ヴァルキリーズ。そう簡単に勝てるはずは無い。XM3を積んでいるとはいえ、こっちは吹雪で、あっちは不知火。しかも9機も相手にしなきゃならない。
普通なら勝てるはずないけど、俺は何とかなるような気がしてる。
どうやって攻めようか考えていると、戦闘開始の合図が出た。俺はレバーを握りなおし、深呼吸を一つ。

ど~~~れ、いっちょ行ってみっか。



◇横浜基地・市街地演習場◇ 《Side of 速瀬水月》


 「――くっ………なんなのよ!アレ!?」

模擬戦開始からすでに20分ほど経過しているが、相手の吹雪は未だ無傷のまま戦闘エリアを縦横無尽に動き回っている。
むしろ跳ね回っていると言ったほうが良いかもしれない。そのくらい異常な動きをしている。

 『平面挟撃(フラットシザース)!相手は1機なんだ!囲んで仕留めろ!!』
 「――っ、了解!!」

伊隅大尉の言葉通りにやれていれば状況はここまで悪くなってない。――ってゆーか、とっくに終わってるはずだって話よね。
速攻で撃墜してやるという意気込みで一番槍を務めた私たちB小隊だったけど、あの吹雪が見せた変則機動に全く対応できず、逆に僚機1機が撃墜され残ったのは私だけ。
もちろん他の小隊にも被害が出ている。残っているのは伊隅大尉と私と風間に柏木だけだ。
決して油断していたわけじゃないのに吹雪1機にこの有様…

 『02!そっちに行くぞ!!』
 「!!」

あの吹雪は、こちらをあざ笑うかのように攻撃を完璧に避ける。
決して広くは無いはずの市街地なのに、それをまったく感じさせないような機動をしているのだ。

 「――なめんじゃないわよっ!!」

吹雪は01 (伊隅)と06 (柏木)からの攻撃を回避し、私が待ち構えている細い路地に飛び込んできた。
――突撃砲を掃射。が、吹雪は倒壊したビルの壁面すらも足場にして回避する。
しかし運悪く、着地した足場が崩れ機体のバランスを失い、しゃがむような格好で地面に落下し受け身を取ろうとしている。

 「ラッキ~~~!!!貰ったわ!」
 『決めろ!速瀬――!!』
 「了解!」

戦術機は倒れそうになると受け身を取ろうとするために数瞬、衛士の操作を受け付けない。その硬直時間に仕留められる。
そう判断し、さっきの掃射で空になった突撃砲を捨て、装備を短刀に切り替えつつ水平噴射跳躍(ホライゾナルブースト)で一気に間合いを詰めて撃墜、模擬戦終了。私たちの勝利!!
そうなるはずだった。しかし――

 「――な、なんで動けんのよぉ~~~!?」

あの吹雪は有ろう事か、しゃがみ込む姿勢のまま、こちらに噴射地表面滑走(サフェーシング)。
受け身を取らずに突っ込んできたのだ。(とある衛士の言葉を借りるならば、“しゃがみ動作キャンセル前ダッシュ”である)
そして吹雪も突撃砲を捨て短刀を装備――けど、まだこっちの方が速い。私は迷い無く突っ込んでいく。
相手が短刀を装備する一瞬の隙を狙い、最大噴射(ブースト)で一気に間合いを詰めとどめの突きを繰り出す――

 「――うそぉ!?」
 『速瀬――!』

必中であるはずの突きが僅かに届かない。吹雪は攻撃が当たる直前に、逆噴射で減速しタイミングをズラしたのだ。
更に相手は、空振りした私の不知火の腕を避けながら伸ばしている方の肩に手をかけ、そこを軸に片手で倒立。
軸にした腕を伸ばす反動をも利用し、逆立ちの姿勢のままで機体を上空に跳ね上げた。
ほんの一瞬だったが、機体にかかる戦術機1機分の重さに不知火は前方に転倒しそうになる。

 「なんなのよ!その動きは~~~~~~!?」

今まで積み重ねてきた機動データを、根底からひっくり返すような有り得ない機動。
全速で振り返ろうとするも、転倒を避けるために不知火は一瞬だけ操作を受け付けない。
それが決定打になった。背後から強烈な衝撃を喰らい前のめりに転倒。そして――

 『速瀬機、機関部に被弾。致命的損傷、大破』

私が撃墜されたことを告げる遙の通信を聞いた。
…どうなってんのよ、アレ。あんな凄い機動をやられちゃどうしようもない。
模擬戦が終わったら副司令に突撃ね。どんな手品を使ったのか聞かなくちゃ……そんなことを考えながら、私は終了の合図を待つのだった。



《Side of みちる》


私は焦っている――
こんなに焦っているのは、大尉になりA-01の指揮を執るようになってからは、初めてかもしれない。それほどまでに、追い詰められていた。
横浜基地最強と言われ、日本国内でも中隊規模では最高クラスの9機の不知火が、たった1機の吹雪に。

 『た、大尉――!』
 「――っ!?」

ヘッドセットから聞こえてくる柏木の声は切迫している。
それもそうだろう……私と柏木で追い込んで、速瀬が止めを刺すという作戦で動いたのだが、速瀬が待つ路地に吹雪を追い込んだものの、肝心の速瀬をやられてしまった。
次の作戦を考えようにも、吹雪が肉薄してきている。全力で応戦しなければ確実にやられるだろう。考えている余裕などない。
残る僚機、04 (風間)と06 (柏木)に命令を出し、私は吹雪に接近戦を仕掛ける。

 「――04、06は接近するな!連携して叩くぞ…!!」
 『『了解!!』』

先程までの戦闘で、あの吹雪に射撃や遠距離からの攻撃は、ほとんど意味を成さないことが解かった。
機動性が違い過ぎる。はっきり言って当たらない。いや、当てられないのだ。
速瀬との接近戦で見せた機動をやられたのでは、勝ち目があるとは思えなくなっているのだが………私も指揮官として、部下に情けない所は見せられない。
意を決し、吹雪に突撃しようとしたとき、不意に“吹雪1機に不知火9機が全滅”という最悪の結末が頭を過ぎったが、私はそれを必死に振り払い突撃していった。



《Side of まりも》


戦闘が開始されてから私はモニターから目が離せず、食い入るようにあの吹雪の動きに見入っていた。

 「――すごい」
 「ふふ、当然よ」

思わず出た呟きに夕呼が反応した。

 「………何をしたの?」
 「ただ白銀の言うとおりにしただけよ」
 「え?それってどういう――」

ことか、と聞こうとする私の言葉を遮り、夕呼は楽しそうに告げる。

 「まぁ今は見てなさい。あとで説明してあげるから」

そう言われては黙るしかない。
――それにしても、こんなに楽しそうにしている夕呼を見るのは久しぶりかもしれない……彼のおかげなのかしら。
最近の夕呼は何か思いつめていたようだったから、これは良い事なのだろう。
モニターに視線を戻すと、白銀大尉の乗る吹雪が速瀬中尉の乗る不知火に肉薄し、先程までよりも凄まじいアクロバット機動をして彼女を撃墜したところだった。

 「な………」

開いた口が塞がらないとはこういうことを言うのか。
私の顔を見た夕呼が爆笑しているが、それに腹を立てる気も起きない。
夕呼が施した何らかの細工が凄いのは確かだろうが、白銀大尉の腕前も相当なものだ。
横浜基地はもとより日本でも最強の部類に入るであろうA-01を、吹雪単機でここまで追い詰めているのだから。

 「さて…そろそろかしらね――」
 「?―――あ!」

夕呼が何かを言いかけたとき、モニターに映っていたのは白銀機が近くに居た伊隅機とドッグファイトを繰り広げているところだった。

 (あの伊隅大尉ですら追い込まれている……あ!撃墜され――)





――バシュ………………ドガン!!!!





突如、演習場に爆発音が鳴り響いた。

このまま行けば伊隅機を撃墜する、というところで白銀機の動力部付近から黒煙が噴出、続いて爆発した。
その爆発で右側の跳躍ユニットも失った白銀機は、機体バランスを失い前方に倒れた。
だが、勢いが強すぎてそれだけでは収まらず、地面を何度も転がり最終的には倒壊したビルに頭から突っ込んで動きを止めた。

私は、その光景をただ呆然と見ているだけだった。

 「――涼宮、演習中止よ―――白銀、無事なら返事しなさい!」
 「!!」

呆然としていた私の意識を引き戻したのは、いち早く吹雪に呼びかけた夕呼の声だった。
そうだ、白銀大尉は――!?

 「白銀、応答しなさい!白銀っ!!!」

夕呼が何度も呼びかけるが何の応答も無い。
最悪の事態が頭をよぎりかけたとき――

 『………………あ、あが~~~~~~~~~~』
 「――へ?」

なんとも気の抜ける声が返ってきた。どうやら最悪の事態だけは避けられたようだ。

 「白銀、無事なのね?」
 『…あー、はい……たぶん。頭をぶつけたときに…少し切ったみたいですけど…あと、身体中が痛いっす………』

無事だということが分かったためか、夕呼も身体から力を抜いたようだ。

 「そ。今そっちに救護班が向かっているわ。じっとしてなさい」
 『……了解』

救護班!?出動が早いのは良いことだが、あまりにも対応が早すぎるように感じる。まるで、あの爆発が起きることを知っていたような迅速さだ。
そう言えば事故が起きる直前に夕呼は――

 「夕呼っ!あなた、あれが起きるって分かっていたの!?」
 「えぇ。ここまで酷いとは思ってなかったけれど。それでもある程度は予測していたから白銀にも伝えておいたわよ?」

夕呼の言葉に、またしても私は驚いた…今日は本当に驚いてばかりだ……

 「当然でしょ?急造品の機体にあんなメチャクチャな機動をやらせるんだから」

夕呼の言っていることは分かる。
だが、分かっていたのにやらせるとは。最悪の事態にならなくて良かったものの、一歩間違えれば大惨事だ。
あれほどの腕前を持つ衛士を失うことは、人類にとって看過できない事だろう。
そんな私の心情を察したのか、夕呼は溜息を吐きつつ言う。

 「これは白銀が言い出したことなの。私はそれに協力しただけよ?」
 「え…大尉が……?」
 「――そ。あいつがどうしてもって言うから手を貸してあげたの」

夕呼に協力させるとは………白銀武という人物は私が思っている以上に凄いのかもしれない。
考えに耽りそうになったが、ちょうど大尉を無事に回収したとの報告が入り安堵した私は、それまで考えていたことを忘れていた。



[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第4話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2011/10/18 21:50
10月23日 (火) 19時頃 ◇横浜基地・医務室◇ 《Side of 武》


 「あ~~~、酷い目に遭った………」

やっぱり夕呼先生の言うとおりムチャだったか…
マジ機動で30分くらいは耐えられるはずって言っていたから、まだ大丈夫だと思って油断していた。まさか、あんなに早く壊れるとは…
急造だから仕方ないとはいえ、爆発はないだろ爆発は……
まぁ、あれだけ転がって軽い脳震盪と打撲&掠り傷で済んで良かったと言うべきか?
新OSの力を見せるっていう目的は達成したから問題は無い………こんな怪我は想定していなかったけどな――

それはそうと、さっき夕呼先生とまりもちゃん、それに伊隅大尉が様子を見に来てくれた。
伊隅大尉は、近接格闘戦を繰り広げていたときにドカーンと爆発して、転がっていったから心配してくれていたそうだ。転がってきたときは思わず避けてしまった、と苦笑していた。
そりゃまぁ避けるよな~~~~。戦術機がサッカーボールよろしく凄い勢いで転がって来るんだもんな。

それにしても伊隅大尉は本当に驚いていた。
あんな機動をしていたのが、こんな若い衛士だったのかって。――驚きすぎて夕呼先生にからかわれてたけど。
とりあえず夕呼先生が、ヴァルキリーズにOSの簡単な説明はしておいてくれるらしい。詳しいことは明日アンタがやれ、と言われてしまったが。
まりもちゃんにも、あんな機動を教えることは出来ないから大尉よろしく、と言われる始末。
伊隅大尉も似たようなもので、ヴァルキリーズの面々はかなり悔しがっているそうだ。中でも、速瀬中尉と涼宮が相当悔しがっていたらしい。



――ゾクッ



………あれ、悪寒がするよ?明日も酷い目に遭いそうな予感――
明日も大変そうだ……時間はいつもよりだいぶ早いが身体中痛いし寝ちまうか。医務室のベッドは柔らかくて気持ちいいし――



◇ ◇ ◇



――――んぁ?………人の気配がする………………

 「ん……」
 「――あ、ごめ~ん。起こしちゃった~~?」

ボンヤリとしたまま視線だけで周りを見回すと、枕元に純夏がいた。
いつもの笑顔でこちらを覗き込んでいる。

 「………おま……な…」
 「――お前、何してんの?」

言いたかったことを言い直して確認してきたので、俺は適当に頷いた。すると純夏はあきれたように盛大な溜息を吐いた。

 「も~~。心配して見に来たんじゃないのさ~~~~」
 「――ん…あぁ……」
 「部屋に戻ってこないから心配したんだぞ?」
 「…そ、か。悪かった――ふぁ~~……」

睡魔が活動を再開したようだ。急速に眠気が襲ってきた。
そんな俺を見た純夏は優しく微笑み、お休みタケルちゃん――そう言っていたような気がした。



夜 ◇白銀武私室前◇ 《Side of 御剣冥夜》


あの者は、まだ部屋に戻っていないようだ。何度か様子を見に来ているのだが、全て空振りに終わっている。
………今日は諦めるしかないのか。
少し雰囲気が変わってはいるが間違い無いだろう。第一、私があの者を他の殿方と見間違うなど、あるはずが無い。
あの者が何故このような場所に居るのか、それを問い質せねばならぬ。

だが――生きていてくれて良かった…タケル。
教官に紹介されたときは、驚きのあまり心臓が止まるかと思ったほどだ。
まったく……いつも私たちに心配ばかりかける。

 「ふふ――」

自分でも分かるほど顔が緩んでいる。
誰かに見られでもしたら頭でも可笑しくなったのかと思われてしまうかもしれないが、そのくらいなんともない。それほどまでに私は嬉しいのだ。

しばし待ってみるも、戻ってくる気配は無い。何か用事があるのかもしれぬ。過去はどうあれ、今は上官なのだ。あまり遅くに尋ねるのも気が引ける。
そうして私がタケルの部屋から離れようとしたとき、不意に声をかけられた。
声の主は、今日我ら207B分隊に入隊してきた鑑純夏であった――



◇鑑純夏自室◇ 《Side of 純夏》


御剣さんとあんなに喋ったのは、私の知る限りこの世界では初めてだと思う。
タケルちゃんのお見舞いから帰ってくると、タケルちゃんの部屋の前に御剣さんが立っていた。
どうしたのかと尋ねると、タケルちゃんに話があるけど居ないからどうしたものかと悩んでいたそうなので、今日は戻ってこないということを教えてあげた。
どうして私が知っているのか聞かれたので、私が香月副司令の特別任務でタケルちゃんと一緒だからだと答えたら、予想以上に驚かれたけど一応は納得してもらえたみたいだった。

そして私がうっかり「タケルちゃん」と呼んでしまったところから、話の流れは急変した。
上官をそのように呼んでは失礼ではないかという御剣さんに、私はずっとそう呼んでいるから直せないよと言っちゃったのが不味かった。
その言葉で御剣さんの表情が変わった。
“ずっと”とはどういうことなのか聞かれ、まさかループの事なんかを言うわけにはいかないので、私は返答に困った。
御剣さんに最適な返答をするために、心の中で謝りながら御剣さんの思考を読んでしまった。

 「――御剣さんもか~~~…恋愛原子核って凄いよ、香月先生………」

おもわず、記憶として情報だけはある別の世界の恩師の名前を呟いてしまった。
この世界では、御剣さんと“白銀武”という人は、お互いに知らない仲では無いようだ。とにかく、それを知ってしまったので話を合わせるのは簡単。
自分は幼い頃から彼と一緒だったと告げると、御剣さんも彼の幼い頃を多少知っていると答えた。
そこからはお互いの思い出話になった。その内容は、もちろん彼の話題。
話題は尽きることが無く、いつまででも喋り続けられそうだったけど、時間も遅いため日を改めてということで、今日のところはお開きになった。
予想外の出来事ではあったけれど、御剣さんとの仲が一気に進展したことは確かだと思う。

私は明日からの訓練と、いつまで経っても衰えることを知らない、とある“恋愛原子核”に頭を悩ませながら眠りにつくのだった。



10月24日 (水) 午前 ◇ブリーフィングルーム◇ 《Side of みちる》


隊全体が、何となく浮ついた雰囲気に包まれている。

その理由はやはり昨日の模擬戦と、その後にあった副司令の説明だろう。あの模擬戦は終始とんでもないものだった。
副司令が作った新OS“XM3”。それの実用試験と我々へのお披露目を兼ねていたらしい。
新OSのテストに我々が利用されたと知って、初めは難色を示した隊員たちも、昨日の模擬戦の結果を踏まえると文句は言えないようだった。

吹雪1機に、副司令直属の部隊である我々がいいように翻弄され、模擬戦は吹雪の大破で終了したが、内容では完全に負けていることは隊員の誰もが、負けん気の強い速瀬ですら認めている。
まだ私しか顔を合わせていないし、名前も聞かされていないので、あの吹雪の衛士のことを皆が口々に噂しあっているのだが、それ聞く限り自分たちと同年代という予想は全く聞かない。

 「幾多の戦場を潜り抜けてきたベテランだと思うわ………」
 「顔に十字傷とかあって、髭を生やしたゴッツイ顔のおじさんとかですか~?」
 「そう!本当は前線で戦っていて、腕を見込まれて副司令に引き抜かれてテストパイロットになったんだけど、本心では部下を残してきた部隊に戻りたくて。
  そんなときに昨日の模擬戦を命令されて大暴れしたとか!」

――と、まぁこんな感じで、他の噂も似たり寄ったりだ。
白銀大尉には少し、ほんの少しだけ同情する。
あまりにも変な方向に予想して、本人を見たときに驚きすぎて副司令にからかわれるのが目に見えるようだ。昨日の私のように………
そんなくだらない話を聞いていると副司令がいらした。私は敬礼を命じようとしたのだが、副司令はそんな私に手をひらひらと振って止めた。

 「それじゃ、あんたたちがお待ちかねの人を紹介するわ。――入ってきなさい」

全員の視線が扉に集中し、入ってくる人物を待ち構える。
そして扉を開けて入ってきたのは、頭に包帯を巻いた若い男だった。私以外の全員が口をあんぐりと空け、目が点になっている。
――昨日の私もこんなマヌケな顔をしたのかと、今更ながら恥ずかしくなってきた…

 「白銀武大尉です。A-01連隊に配属になりました。よろしくお願いします」
 「「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」
 「――ぷっ!あははははは!!あんたたち、驚きすぎじゃないの?」

ほら見ろ。やっぱり笑われたじゃないか――

 「いや、だって………若い…」
 「十字傷…髭……おじ、さん………………?」

あまりの驚きっぷりに副司令は爆笑、白銀大尉は苦笑している。
この状態がしばらく続いたが、副司令がやっと回復し、驚いていた我が隊の面々も落ち着いてきた頃、速瀬が副司令に質問した。

 「副司令~~~、昨日の説明の続きをしてくれるんですよね?」
 「ええ。白銀がね~~~」
 「――え?副司令が説明してくれるんじゃないんですか?」

このことは昨日、白銀大尉の様子を見に行ったときに聞いていたので、驚かなかったのだが………

 「白銀の方が特性を正確に理解しているのよ」
 「副司令が作ったOSなのにですか!?」
 「作ったのは、まぁ……私、みたいなものだけど、基礎概念を考えたのは白銀よ」
 「「―――えっ!?」」

この事は私も知らなかったので、他の隊員と同じように驚いた。
昨日の簡単な説明だけでもXM3の有用性は理解できたし、模擬戦での結果も相まって凄いものを開発してくれたと喜び、改めて副司令は天才なのだと思ったのだ。
それなのに、あのOSを考え付いたのは副司令では無く、更には技術畑の人間でも無い、私たちと同じ衛士。しかも同年代の若者だったとは……

 「そういうわけよ。分かった?」
 「…了解」
 「それじゃ、あとよろしく~~~」

そう言って副司令はさっさと出て行ってしまった。残された白銀大尉に自然と視線が集まり、それを受けた彼は苦笑しながら肩を竦めていた。



《Side of 武》


XM3についての説明を始める前に、全員の自己紹介を済ませようと伊隅大尉が提案してくれた。
忘れようとしても忘れられないメンバーなので失念していたが、“この世界”では初対面なのだ。それに、よくよく見れば中には見たことが無い顔ぶれもある。
おそらく前回のループで、俺がA-01に配属になった頃には殉職してしまっていた人たちだろう。
そういう訳で、伊隅大尉の申し出を快く受け入れ全員の紹介を聞き終えた頃、タイミングを見計らったかのように彼女が現れた。

 「「――じ、神宮司教官!?」」
 「お待ちしていましたよ、軍曹」
 「遅くなって申し訳ありません、大尉」
 「丁度良いタイミングですよ」

予想もしなかったであろう人物の登場に、ヴァルキリーズの面々はまたもや驚いている。
驚かせてばかりで、申し訳ない気持ちになってきた………

 「ど、どうして教官がここに!?」
 「伊隅大尉、私はもう貴女の教官では――」
 「まぁまぁ。良いじゃないですか。いつまで経っても教官は教官ですよ。俺も伊隅大尉の気持ち、分かりますよ?」
 「はぁ……分かったわ」
 「それで――どうして教官がここにいらしたんですか?」

伊隅大尉の言葉を引き継ぐように宗像中尉がまりもちゃんに質問した。

 「私も白銀大尉に呼ばれたのよ。訓練兵に新OSを使うから説明を聞いておけと」

まりもちゃんが言った理由に、納得したように頷くヴァルキリーズだったが……それだけじゃないんだよね、実は。
――また驚かせちゃうな………207Bが任官したらまりもちゃんは手が空く。腕の良い衛士を余らせておく理由は無い。そんな余裕も無いしね。
とすると、選択肢は一つしかないでしょ?

 「それだけじゃありませんよ――軍曹にはいずれ戦線に復帰してもらいます。配属はもちろんA-01、伊隅ヴァルキリーズに」
 「「――えぇぇぇ!?」」

あれ、なんでまりもちゃんも驚いているんでしょうか?まさか…
そこで、ふと脳裏に浮かんだのは高笑いする白衣を纏った魔女の姿――

 「ち、ちょっと大尉!私も聞いてないんですけど!?」
 「あ~~………香月博士の仕業ですね」

そう言うと、まりもちゃんだけでなくヴァルキリーズの面々も納得したのか苦笑していた。
夕呼先生がどういう人物なのかは全員しっかり理解しているようだ。

 「そういう訳で、軍曹にも早めにOSに触れておいて欲しかったので来て貰いました。――って事で良いですね?」

全員が頷いたのを確認し、そろそろ本題に入ることにする。
それじゃ、サクッと説明してしまいますかね――



午後 ◇シミュレータールーム◇ 《Side of 水月》


午前の座学で新OSの説明を受けた私たちは、さっそくシミュレーターでの慣熟訓練に入ることになった。
一昨日から、例の吹雪と平行して突貫でシミュレーターの換装作業をしていたらしい。
まだ全てのシミュレーターの換装は終わっていないらしいけど、こんなに早く触れられるとは思っていなかったから嬉しい誤算だ。

………昨日の吹雪の衛士、白銀武――階級は大尉。
圧倒的な強さで伊隅ヴァルキリーズが手も足も出ずに完敗。歴戦のベテランで、厳ついオジサンかと思っていたのに蓋を開けてみれば、茜たちと同い年の少年だった。

 「やっぱりズルよ……インチキだわ…」
 『速瀬中尉、さっきからそればかりですね』
 「だって悔しいじゃない!XM3を搭載していたとはいえ吹雪にボロ負けしたのよ!?――絶対リベンジしてやるわ!見てなさいよ~~白銀!!」

茜の呆れたような顔が網膜に映った。

ちなみに彼の呼び方については、親睦を深めるという名目で一緒に昼食を摂ったとき本人からお達しがあった。
彼もヴァルキリーズのやり方を知っていたのか、敬語なんか使わなくて良い。名前も呼びやすいように呼んでくれ――
――と、言っていたので上官のありがた~いお言葉に従わせてもらっているわけ。堅苦しいのは苦手のようだ。

 『戦闘で性的快感を得る速瀬中尉は、白銀大尉との熱いひと時が忘れられないと……』
 「む~な~か~た~?」
 『――って、麻倉が言ってました』
 『うえっ!?』
 「ぬぁ~~んですって~~~~?」
 『い、言ってませんよ!?』

性的快感を得たりはしないが、あの一戦が忘れられないのは事実だった。だけど、それは全員が同じだと思う。
私たちを圧倒し、OSも開発したという白銀武。私は少しだけ興味が湧いていた――
そんなおバカなやり取りをしていると、管制室の遙から通信が入りシミュレーターが起動した。
コイツを使いこなせるようになることが、彼に追いつく近道だろう。私はいつもより気を引き締めて訓練に臨む。

 「さ~て、行くわよ~~~~~!」



《Side of 涼宮遙》


白銀大尉から渡された訓練メニューは今のところ、とにかく新OSに慣れてもらう事に重点を置かれていたので、今日の所は好きなように動かしてもらうことにした。

 『なによ、これ~~~~~~~』
 『こ、これはっ――!?』
 『――っ!?遊びが………無さ過ぎる!!!』

みんな、なかなか大変そう。
――水月だけじゃなくて、伊隅大尉や宗像中尉ですら驚きの声を上げているのだから、かなり大変なのだろう。
もちろん、茜たち新任の娘たちも悲鳴を上げている。頑張ってね、茜――

私は、全員分の操作ログと機動データを纏める作業があるけれど、白銀大尉の代わりに来てくれたピアティフ中尉が居るので、すぐに終わってしまうだろう。
神宮司軍曹も今日は私たちの訓練に加わっているので、みんないつもより気合が入っているように感じる。
香月副司令に呼ばれ、今ここには居ない天才衛士の噂話をしながら私たちは作業を開始した。



夜 ◇白銀武自室◇ 《Side of 武》


夕呼先生に呼び出され、前回のループまでの話をしているうちに日が暮れてしまった。
A-01の夜間の訓練には出たのだが、今は慣らしが始まったばかり。
特別やることは無く訓練が終わったので、さぁ部屋に戻って寝るかと思い自室に戻ると、そこに思わぬ来客があった。

 「大尉。夜分遅くにすみませぬが少々お時間を宜しいでしょうか」
 「――あ、あぁ。構わないが………」

それは、御剣冥夜だった。
“この世界”では、まだほとんど関わりが無いはずの彼女が何故このタイミングで俺を訪ねてきたのか。
疑問は多いが、とりあえず俺は冥夜を部屋に招き入れた。

 「大尉は…この基地に来るまでは前線で戦っていたとお聞きしたのですが」
 「――え?あ、あぁ。そうだが?」
 「いつ………大尉はいつ国連軍の衛士になられたのですか?」
 「それはどういう―――!?」

冥夜の顔が酷く切なそうに歪んでいる。今にも泣き出しそうなほどに。
あ号標的に侵食されても、最後の最後まで気丈に振舞っていた、あの冥夜が――

 「あの日――3年前……京都が墜ちたあの日――私たちの前から姿を消し、消息が分からぬそなたを!…必死に探していた……探していたのだ、タケル――」
 「――っ!?」
 「生きていてくれたことは、嬉しい。――だが!何故それを知らせてくれなかったのだ!?私はっ――」
 「お、落ち着けっ!とりあえず落ち着いてくれ、冥夜!!」
 「――!………す、すまぬ――」

俺に掴み掛かって己の気持ちを吐露してくる冥夜の迫力に圧され、つい名前を呼んでしまったが、そのおかげで冥夜は少し落ち着いてくれたようだ。
だけど、これは――どういうことだ……?
この世界では、俺と冥夜は面識が無かったはずなのに、この冥夜は俺を知っている。
少し待つと、冥夜も落ち着いてきたようなので、今度は俺から話しかけることにした。

 「3年ぶり――ってことになるのか」
 「………うむ。そうだ――その間、私たちがどのような思いで――」
 「私たち…?」
 「私と姉上に決まっておろう。月詠たちも心配しておったのだぞ」
 「――姉上?……って、煌武院悠陽殿下!?」
 「うむ、そうだ――?どうしたのだ、タケル?今更驚くようなことではあるまい」

冥夜の言葉に、俺は曖昧に頷くことしか出来なかった。“この世界”の俺がまさか、殿下と知り合いだとは……
マズイな。この世界の俺もとっくに死んじまっていると思っていたから、特に気にしてはいなかったが、この世界の俺は前までの世界とは違う立場に居るようだ。
………あとで夕呼先生のとこだな、こりゃ――

 「とにかく…昨日そなたを紹介されたときは心臓が止まるかと思ったぞ」
 「そいつは悪かったな」
 「ふふ――」

不意に冥夜が笑い出した。
その様子に首を傾げる俺に、冥夜は理由を説明してくれた。

 「いや、何。姉上の悔しがる姿を思い浮かべてしまってな――」
 「――ん?」
 「やはり私とそなたは絶対運命で結ばれているようだ。姉上よりも先にそなたを見つけることが出来たのだからな」

絶対運命、か………久しぶりにその言葉を聞いたけど、冥夜が探していた白銀武は俺じゃ――

 「めい――」
 「――タケル!私は必ず総戦技演習に合格して、そなたが待つ戦術機訓練にすぐに行く。だから待っていてくれ」
 「お、おぅ………」

冥夜の気迫に圧され、俺は何も言えずに頷いてしまった。その後も言い出すタイミングを失ってしまい、俺は何も言えなかった。
それ以前に…俺は冥夜に何を言うつもりだったんだろうな――
冥夜が「お休み」と残し部屋を出て行ったあと、しばらく考え込んでいたが埒が明かず俺は夕呼先生のところへ走った。

後日、調べてもらった結果を聞いて俺は愕然とした。

――まずは俺の親父、白銀影行は帝国斯衛軍に所属していた。ちなみに階級は少将だったそうだ。
その縁で俺は幼い頃から殿下や冥夜と一緒に遊んでいたようなのだ。そして京都がBETAの進行を受けた折、親父は撤退作戦の殿を務め戦死。
このとき親父が搭乗していた銀色の瑞鶴は帝都では有名らしい。(これは冥夜に聞いた)
俺は親父の実家がある横浜に疎開させられたらしいのだが、BETAの進行があり行方知れずになったようだ。
とりあえず、俺の行方は夕呼先生に拾われ、戦術機適正値が異様に高かったため衛士になり、特殊任務に放り込まれていたことにしたとか。
突っ込みどころが多い気もするが仕方ないだろう。



この世界の白銀武の生死は分からなかったのだから――



[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第5話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2011/10/18 21:51
10月25日 (木) 午後 ◇射撃訓練場◇ 《Side of 榊千鶴》


今日は神宮司教官が別件で訓練に来られないとのことで、午前中は自主訓練を行っていた。
今は、白銀大尉が教官役として訓練を見てくださっている。
頭に包帯を巻いていたので気になって尋ねてみたのだが、どうやら訓練中の事故で負傷したらしい。

 「榊~~~!」
 「――!はいっ!!」

今まで静観していた大尉に突然呼ばれ驚いたが、返事をして呼ばれた方を見ると白銀大尉が手招きしていた。
私は駆け足で彼の下に向かう。

 「射撃動作で気になったことがある。みんなを集めてくれ」
 「了解。――射撃止め!分隊集合!!」

私の声に反応して、隊員たちが駆け足で集まってくる。
全員が集合したのを見て、白銀大尉が話し始めた。

 「今見ていて思ったんだが、みんな訓練に慣れすぎて間違ったところに意識が行ってしまってると感じた」
 「――どういうことでしょうか?」
 「構えてから撃つまでが早すぎる。射撃場に慣れた撃ち方になってしまってるんだよ」
 「「――?」」
 「今は生身の訓練だけど、ここで変な癖をつけると戦術機に乗ったときに悪い影響が出る」

彼の言葉に私を含め、全員が聞き入っているようだ。

 「戦術機に搭乗した場合、本来は人間が行っている判断とか動作が自動化や高速化されている。だから今の射撃動作だと、反射的にトリガーを引いちまってムダ弾を増やすことになる」
 「「………」」
 「IFFがあるから味方誤射は無いかもしれないが、戦場で動きを止めて撃つことは滅多に無い。遮蔽物だってあるだろう。
  しかし一呼吸遅らせれば、的確に状況を把握する余裕が生まれ正確な射撃が出来る」

そこまで考えて訓練していなかった。
私たちが何を目標にしているかを考え効率良く訓練しろ、ということか。

 「――と、言うわけで……その辺を気にしながらやってみてくれ」
 「「了解!!」」

ただボーっと見ているだけかと思っていたのだが………
やはり衛士ともなると見るところが違うのか、今まで意識していなかった事を指摘された。これからの訓練に生かさなければ――

 「――んふふ……さすがだね~」
 「――ふふ。当然であろう。あの者ならば」

訓練に戻る際に、鑑がポツリと呟いたのが聞こえた。それに同意する御剣の声も。
あの2人、今朝になってから妙に仲が良くなっていた。
鑑とは昨日知り合ったばかりだが、彼女の人懐こい笑顔や自己紹介のときのアレもあり、少しずつではあるが確実に打ち解けている。
しかしあの二人は、事情を知らなければ、昨日知り合ったとは思えないくらいだろう。
何があったのか気になるところではあるが、今は大尉に教えて頂いたことを無駄にしないよう訓練に集中しよう――



◇横浜基地・シミュレータールーム◇ 《Side of 涼宮茜》


今日の訓練は、神宮司軍曹も参加して行われている。
ここにいる全員にとって、神宮司軍曹は恩師。だけど、それ以上に怖………コホン。

神宮司軍曹――神宮司教官と一緒に訓練をすることに戸惑っていたのは、私だけでは無いと思う。
新任の私たちは、数ヶ月前に戻ったような気持ちだったけれど、先任の速瀬中尉や宗像中尉、伊隅大尉すらも緊張していたみたいだった。
神宮司軍曹は初め、私たちに敬語を使おうとしたけど、全員から「それだけは止めてくれ――」という懇願を聞き入れてくれて、以前と変わらない調子で接してくれた。
でも、そこで教官が放った一言に、私たちは度肝を抜かれた。

 「――着任初日の白銀大尉にも同じことを言われたのよ」

その一言に、まず宗像中尉が喰い付き、そこから他の面々も次々と教官に質問を浴びせた。
最初は毅然とした態度でいた教官も、質問が次第に際どい物になっていくにつれて態度を崩し、最後は無理矢理引き締めたようで宗像中尉たちを追い払っていた。
……あんな表情をする教官を見たことが無かったので驚いた。
白銀大尉の話だと、神宮司軍曹もA-01に配属されるそうなので、今後も軍曹が訓練に参加することになると思う。より一層、訓練に気合が入る。
私も千鶴たちに負けないように、しっかり訓練しなくちゃね。



夜 ◇横浜基地・PX◇ 《Side of 武》


久しぶりに207の訓練に参加した。参加――と言うと語弊があるか。訓練兵としてではなくて、教官としての参加だったしな。
あいつ等、相変わらず良い腕をしてやがる。技術的な面では、ほとんど言うことは無い。
俺は自分の過去の経験から、所々アドバイスするくらいしかなかった。戦術機に乗ることを意識させて訓練していけば良いのかな………
さっさと戦術機に乗って欲しいんだけど、そうもいかねぇもんな~~~~。どうしたもんかね~~~

 「――白銀?」
 「……んぁ?――げ」
 「げ――とはまた、ご挨拶ですね~~。大尉殿?」
 「あははは。やだな~~~、そんなこと言うわけ無いじゃないですか」

いつの間にか、午後の訓練を終えたらしい伊隅大尉たちがPXに来ていた。
俺の周りに勢揃いしているのに、気付かない俺って……

 「まぁ良いわ………ここ座るわよ」
 「どうぞどうぞ――」

速瀬中尉が俺の向かい側に座ったのを皮切りに、他のみんなも思い思いに座り食事を始めた。
なんか懐かしいな…この人たちと食事するのも。

 「どうですか?アレは」

食事も進み、落ち着いてきた頃を見計らって、みんなに感想を聞いてみる。

 「――どうもこうも無いわよっ!!」
 「……口に物を入れたまま喋らないで下さい…飛んでますよ、速瀬中尉」
 「そんなことより!」
 「水月~~。ちょっと落ち着きなよ~~~」

涼宮中尉に言われ、ズズ~~~~~っと、お茶で口の中の物を飲み下した速瀬中尉。
そんなに興奮しなくても良いと思うんだけど…

 「コホン――本当にとんでもないモノを造ってくれたわね。アンタと副司令は――」
 「まったくだ。今まで蓄積してきたデータを軽々と超えてしまったのだからな」
 「信頼性も問題は無さそうですしね。シミュレーターで体感して分かりましたが、あの機動は急造の機体でやるものではないですね。せめて、ちゃんと整備をした機体じゃなければ危ないですよ」

宗像中尉の指摘に、俺は乾いた笑いをするしかなかった。
仕方ないじゃんなぁ?あの模擬戦で不知火を使ったんじゃ意味ないし、かといって撃震なんか余っているわけも無い。
だからハンガーの隅に転がってた吹雪のパーツと、不知火のパーツを使うしかなかったんだけどな……時間が足りなかったんですよ…

 「とにかく!早くアレに慣れないと話にならないわ!!」
 「あぁ――全てのシミュレーターへの換装は、いつ終わりそうなんだ?」
 「そうですね~~………明日か、遅くとも明後日には終わると思いますよ」

そうか――と短く頷いた伊隅大尉は、止めていた箸を再び動かし始めた。
シミュレーターの換装は純夏とピアティフ中尉にやってもらっている。
ここに来てから、純夏には動いてもらってばかりだから体調が少しだけ心配だ。――少しだけだぞ?

 「私たちの不知火への搭載はいつ頃になるのでしょうか?」
 「そっちは夕呼先生が指示を出してくれてるみたいですよ。もうしばらくかかると思いますけど、来月の頭には終わってるはずです」
 「そうですか――」
 「実機に乗ったときに扱えないんじゃ仕方ない。今はシミュレーターで慣れておかないとな、祷子」
 「はい」

午前中だけA-01の訓練に参加して、俺は軽く指導したんだが、そのときの感じだと予想以上に早く慣れてくれそうだった。
最初こそ転倒や障害物への激突が目立ったが、訓練を繰り返すにつれ、目に見えて動きが良くなっていた。
ま、さすがヴァルキリーズってとこかな。
午後の訓練は見てないけど、良くなっているのは間違いないはずだ。

 「あの~~大尉~~~」
 「――ん、なんだ?涼宮」
 「キャンセルとかコンボっていうのがまだ――」
 「使ってれば分かってくるよ。今はOSに慣れることだけに集中してくれ」
 「……説明が面倒くさいのでは?」
 「んな――!?違いますって!キャンセルとコンボは説明して出来るようにはなりませんよ。自分でやって慣れるしかないんですってば」

なんてこと言うんだ、宗像中尉。…ちょっとだけ思ったけどさ。

 「むぅ…やっぱり慣れるしかないかぁ~~~」
 「――茜。さっさと慣れて白銀をギャフンと言わしてやれば良いのよ!」
 「そうですね――よ~~し、頑張るぞ~~~!!」

速瀬中尉が何やら物騒な事言ってるな。
涼宮も、なんか妙なヤル気スイッチがONになった気がするけど……まぁ良いか。
早く慣れてもらうに越したことは無いからな。

 「――あ、そうだ………白銀大尉、お聞きしたいことがあるのですが、宜しいですか?」
 「…?――なんですか?」

宗像中尉が何か思い出したように尋ねてきた。俺はノンビリお茶を啜りながら聞いていたのだが――

 「どうして神宮司軍曹に敬語を使うな――と懇願したんです?」
 「――ッ!?ゲホゲホゲホ………………」

思いっきり咽た。

 「大丈夫か?白銀」
 「「………………………」」

うげ~~~~変なとこ入ったじゃねぇか。
隣に座っていた伊隅大尉が背中を摩ってくれた。ありがたや、ありがたや。

 「「………………………………」」
 「う、お……?」

視線を上げると全員からの無言のプレッシャーを感じる。
危険だ――俺の何かが告げている。このままではマズイ。非常にマズイ。逃げろ――と。
だが、現実はそう上手くはいかないらしい。
背中を摩ってくれていた伊隅大尉の手に、いつの間にか力が入っているのに気付いてしまった………

 「い、いやほら――みんなと同じ理由ですよ?」
 「「………………………」」

くっ――何故に無言だ!?
ここは正直に言うしかないか。

 「………実は――昔凄くお世話になった人に似ていたんですよ。神宮司軍曹が」
 「ほう――」
 「それで敬語を使われるとむず痒くて」
 「「………………………」」

納得してもらえたか…?

 「そうでしたか。すみません、変なことを聞いてしまって――」
 「い、いえ――」

ほ……なんとか納得してもらえたみたいだ。助かった~~~~。
解決した安心からホッと一息。お茶を一口…

 「――それで、大尉はその人と只ならぬ関係だったというわけですか」
 「――ブフゥッ!?」

どう解釈したら、そういう結論になるんだよ!?

 「ゲホゲホゲホ……な、なんでそういうことになるんですか!?」
 「いえ――神宮司教官に似ていて、お世話になったということは、おそらく大尉よりも年上。それだけなら別に、たとえ教官が似ていたとしても敬語を使うな、とは言わないと思いまして」

なるほど――って納得しないでくれよ、速瀬中尉。
他の連中も宗像中尉の推理に感心したように、おぉ~~~~とか言うなっての。

 「教官に懇願までしたということは、大尉にとってその人は余程特別な存在だったのでは――と思っただけですので、気にしないで下さい」
 「そっすか…」
 「ふふ――」

わざとだ、この人。絶対面白がってるよ……
まぁ特別ってのは間違ってないけど、もう余計なことは言わない。絶対に言わない。言うもんか。

 「さ――お前たちも早く食事を済ませてしまえよ。この後も訓練があるんだからな」
 「「は~~~い!」」

今度こそ終わった。ふぃ~~~助かったぜ。伊隅大尉には助けてもらってばっかりだな。
命の恩人に感謝――

 「面白い話は後でも出来るんだからな――」
 「いぃぃ――!?」
 「「了解!!」」

マジかよ。伊隅大尉そりゃないって………
この後の訓練は、少し厳しくしておいた。これくらいの反撃は許されると思うんだ。



10月26日 (金) 午前 ◇横浜基地・教室◇ 《Side of 冥夜》


火器整備の訓練中、香月博士の使いだという社に呼ばれ、鑑が行ってしまった。
鑑が訓練に参加するようになってから数日しか経っていないが、このような事が頻繁にある。
一体、何者なのか……この207Bに配属されたということは、一般市民である可能性は低い。それにタケルとは幼い頃からの仲だという。
この事実こそが、私が最も危惧していることだ。
――鑑と過ごすようになって数日だが、彼女は信じられる人物だと判断しているので、他の事は言ってしまえばどうでも良い。

 「――副司令に呼ばれるなんて、鑑さん凄いよね~~~」
 「凄いけど不思議…」
 「鑑も貴女には言われたく無いんじゃない?」

不思議か。普段の鑑を見ていると、確かにそう思わなくも無い。
鑑は極めて明るい性格で、いつも笑顔を絶やさない。訓練後にバテている事もしばしばある。
特に突出した能力があるわけでも無かった。そんな彼女は初対面のときに、自分は少し特別だから――と言っていたが、こういう意味だったのだろうか?

 「お喋りはそのくらいにしておけ――今は訓練に集中しなさい」
 「「はい――!」」

神宮司教官に叱られてしまった。今は訓練に集中しよう。
このような所で躓いているわけにはいかぬ――タケルがこの先で待っているのだ。何があろうとも私は先へ進んでみせる。



◇夕呼執務室◇ 《Side of 夕呼》


 「――悪いわね~~~、頻繁に呼び出して」
 「あはは。大丈夫ですよ~」

ここのところ、鑑をXM3関係のことで頻繁に呼び出していた。
まぁ、本来は訓練兵に混じっての訓練なんて必要ないのだから、あまり気にしてはいないのだけど。

 「それで今度はなんですか?」
 「凄乃皇のことよ」
 「――?」

なんでこの時期に――って顔ね。思考をリーディングすれば済むはずだけど、いつも読んでるわけじゃないみたいね。

 「せっかくアンタっていう切り札があるんだから、やれることはさっさとやった方が良いでしょう?白銀から聞いたけど、満身創痍だったみたいじゃない。
  オリジナルハイヴを落とす直前なんて酷かったって言ってたわよ?」
 「あ~~~………確かに酷かったですね」
 「四型も不完全な状態で出撃したそうだから、今回は出来るだけ万全な状態にしよう――って決めたのよ」
 「分っかりました~~!じゃぁ私は何をすれば良いんですか?」
 「各種機関、装備の小型化、及び強化よ」
 「小型化と強化ですか?」

えぇ――と短く返答する。
先日、白銀から聞いた話によると、佐渡島での弐型には機体の問題は無かったが、あ号での四型には、多数問題があったそうだ。
まず弾薬の問題。想定していたよりも消費が激しくメインホールに到達する頃には、残弾がほとんど無い状態だったらしい。
他にも武装のほとんどを排除するしかなかったりと、凄乃皇・四型は本来の能力を出せなかったらしい。
なので、小型化できる部分は小型化して容量を増やしたりと、それなりに大掛かりな改修をする予定だ。
だが…その前にもやることは山積みになっている。
実際、凄乃皇本体の受け渡しも難航しているのだ。さっさと現物を搬入してしまいたい。
白銀が言うところの“今回”も“前回”と同じでは仕方ない。

 「現時点で可能なだけで良いわ。すぐにとは言わないから、可能かどうか検討してみてちょうだい。可能ならデータにして送ってもらえると助かるわ」
 「了解!!やってみま~~す――」
 「じゃ、任せたわね」

元気良く返事をして鑑は訓練に戻っていった。
私は、いくら量子電導脳を持つ鑑であっても1週間以上はかかると思っていた。
なので鑑が、この5日後に可能だという報せと、そのデータを送ってきたのには、さすがの私も驚いた。



10月28日 (日) 午後 ◇シミュレータールーム◇ 《Side of まりも》


今日は207BもA-01も訓練は休みだが、私はシミュレーター使用の許可を取り自主訓練をしている。
私は数日前、近々A-01に配属すると宣告された。
過去に実戦に出た経験があるとはいえ、一度実戦から離れてしまった今の私では、彼女たちと比べると腕も勘も鈍っている。
それを実戦部隊の訓練に参加させてもらって痛感した。A-01の訓練に参加したくらいでは、足手まといになるだけだろう。なので、こうして休日も訓練に当てることにしたわけ。

白銀大尉のデータを拝借して訓練をしているが、やはり一筋縄ではいかない。
簡単にやれるとは思っていなかったけど、ここまで滅茶苦茶だと何をどうすれば良いのかも分からない………
彼は一体どういう訓練をしてきたのか、彼を鍛え上げた人はどういう人なのかも興味がある。出来ることなら、彼の教官に会って教えを請いたいくらいだ。

 「――悔しいけど、教官を交換するのは仕方ないわね……」

あの娘たちが総戦技演習を突破するのは、そう遠くないはず。
彼女たちの能力には問題は無い。そして鑑の加入により、彼女たちの結束は強まりつつあるようだ。あとは鎧衣の復帰を待つばかりか。
何かとしがらみの多い娘たちだけど、大切な教え子であることに変わりは無い。
出来ることなら最後まで指導してあげたい。しかし私の実力では、このOSを完全に使いこなすことは、今はまだ無理だ。

XM3を使えるようになっておけば、白銀大尉の変わりを任せてもらえるかもしれない。
A-01に合流しても恥ずかしくないようにしておかなければ気がすまないし、そういう意味で、この自主訓練は一石二鳥といえるかもしれない。
しかし本音を言うと、

まだまだ教え子には負けていられない――

という気持ちが大きい。



◇ブリーフィングルーム◇ 《Side of 宗像美冴》


何度見ても凄い――
私は祷子と、この間の模擬戦の記録映像を見ているのだが、やはり凄い。
いや、オカシイと言ったほうが良いだろう……彼の動きは。
XM3を与えられてから、連日の猛特訓もあり、ようやく白銀大尉の動きが見えるようになってきたので、幾度となく見直した先日の模擬戦の映像を再び見てみたのだが…
なまじXM3を使えるようになってしまったので、彼の凄さを理解できてしまった。

 「さすが開発者というか何というか………恐ろしいな。XM3も白銀も」
 「はい…」

最初に映像を見ながら白銀大尉の機動パターンと操作ログを見比べたときは、不可解な点がいくつかあったが、一通り教導されている今なら理解できる。
以前、操作ログの不可解な点を白銀に聞いてみたところ、彼はただのクセだと言っていたが、実際にはXM3を最大限に活用する技術なのだろう。

速瀬中尉を撃墜したシーンでは、XM3の効果が最大限に発揮されていると思う。
壁面に着地した白銀機は、そこから再び飛び上がるような操作を入力していたが、飛び上がる前にビルが倒壊して体制を崩した。
従来のOSなら、ここで速瀬中尉に撃墜されてしまうだろうが、彼は体制を崩したままで機体を制御し、速瀬中尉の撃墜に繋げている。
OSがあれば誰でも簡単に出来る――
そう思っていた自分が恥ずかしい。そんな甘いもではなかった。白銀大尉の衛士としての実力を侮っていた。

 「美冴さん。参考になりそうな部分は纏めておきましたわ」
 「ありがとう祷子。それじゃ今日はこのくらいにしておこうか。そうだ――せっかくの休みだし、久しぶりに聴かせてくれないか?」
 「はい――私の部屋でよろしいですか?」

たまの休日、休まないと勿体無い。
私は頷き、祷子と共にブリーフィングルームを出る。
久々の演奏だ。楽しもうじゃないか――




[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第6話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2011/10/18 21:52
10月31日 (水) 午後 ◇シミュレータールーム◇ 《Side of 柏木晴子》


XM3の慣熟訓練が始まってから一週間ほどが経ち、キャンセルやコンボ、白銀大尉の変則機動にも慣れ始めてきたかなという頃、白銀大尉が速瀬中尉に絡まれていた。

 「勝負しなさい!勝負!!」
 「だぁ~~~もう………分かりましたよ、速瀬中尉」
 「よっしゃ~~~~!今度は負けないわよ~」

よほど嬉しかったのか、両手で大きくガッツポーズをする速瀬中尉。
何故あんなにも勝負々々と騒いでいたのかというと、A-01にXM3をお披露目した“あの”模擬戦で、白銀大尉が速瀬中尉に勝てたのは、OSがあったからじゃー!!
と、いうのが速瀬中尉の言い分で、XM3に慣れるにつれ、日を追うごとにリベンジしたいという思いが溜まっていたらしく、先程ついに我慢が限界に達してしまったようなのだ。

 「はぁ~……涼宮中尉、シミュレーターの準備をお願いします………」
 「了解。頑張ってね、大尉――」

そう言った涼宮中尉は速瀬中尉の親友だけあって、絡まれた白銀大尉に多少同情したのか苦笑しながら応援していた。
すると今度は、ゲンナリしている彼に追い討ちをかけるような言葉が後ろからかけられた。

 「――もちろん我々も参加して構わないのだろう?白銀」
 「――い?」

声の主は伊隅大尉で、大尉はニヤリと笑っている。大尉のこういう表情は珍しいかもしれない。

 「どのくらい使えるようになったのか見ていただきたいですね、開発者様に」
 「――ほえ?」

今度は宗像中尉が、これまたニヤリとしながら白銀大尉へと近づいていった。
宗像中尉の目は、まるで獲物を見つけた猛禽類のように光っていたように見える。
隣には風間少尉がいるが、彼女も涼宮中尉のように苦笑するだけだった。
…これに乗らない手はないかな~~~。

 「良いですね~それ。是非私もお願いしたいな、大尉?」
 「そうだね。大尉、私もお願いしま~す!」
 「――おいおいおいおい………お前らもか…」

私も白銀大尉にお願いすると、それに茜も乗ってきた。
彼女の方を見ると、笑いながら軽くウィンクしてきた。どうやら私と同じ考えだったみたいだね。
白銀大尉は助けを求めようと周りを見回すけど、他の皆も苦笑するか、うんうんと頷いている者しか居ない。
神宮司教官は207の訓練に行っている。まさに孤立無援、四面楚歌。
――ちょっと可哀相かも?

 「分かった、分かりましたよ!全員相手してやるよ!!――あ…でも、その代わり俺も不知火を使いますよ?」

ついに白銀大尉が観念したように声を上げた。
ちょっと泣きそうになっている…可愛い――って私は何を思っているんだろ。
白銀大尉って、私たちと同い年だけど何て言うか、年下みたいな感じがする。我が家の弟たちを相手にしている感じに似ているかも。

 「まぁ、そのくらいは良いだろう。なぁ?」
 「そうですね――」

そのくらいって………と愕然としている白銀大尉だけど、もうOSのハンデは無いから純粋に衛士の腕が勝敗の決め手だろうね。
今の伊隅大尉は弟をからかっている姉のように見える。伊隅大尉の意地悪な所が出たみたい――

 「よし、それではシミュレーターに搭乗しておけ!私たちがどのくらい成長したか、開発者様に見せ付けてやれ!!」
 「「了解!!!」」

凄いな~~~全員やる気満々。
ま、私もなんだけどね~~。



《Side of 武》


 『風間機、機関部に被弾。大破――』

これで何機目だっけ?2……3機か。
――あぶねぇあぶねぇ。
危うく撃墜されるとこだったぜ。良い連携するな~~。
1週間くらいで、ここまで動けるようになんのか………さすがだよ――っと。

ひ~~~~~~………やっぱ止めときゃ良かったかな~~~~。

 『――避けんじゃないわよっ!!』
 『ち――やはり甘くは無いな…貴様ら!遠慮するなよ!!』

恐い。
俺は今、持てる全ての技術を尽くして回避に専念している。
そうしなけりゃ、とっくに撃墜されて速瀬中尉たちにイジメられてるはずだ。
――って、余計なこと考えてる場合じゃねぇ!!状況は不利、相手はヤル気満々、OSのハンデも機体のハンデも無い。数は向こうが上。
……やばいな~~~。

 「うっお…!!!にゃろ~~~~~」

機体のすぐ傍を弾が掠めていった。
今の狙撃は柏木か!?
たま程じゃないけど、良い腕じゃねぇか!市街地だってのに、良い勘してやがる。
くっそ、誘い込まれた――速瀬中尉の正面に出ちまったよ。

 『さっさと墜ちなさいよ!』
 「それじゃ訓練にならないじゃないですかっ!?」
 『これは勝負でしょ~~が!!』

うひ~~~~~、バンバン攻撃が来る。なんとか躱しつつ反撃を試みるが・・・・

―――ガギンッ!!!!

 「うそ~~~~~ん!?」
 『ナイス柏木!!観念しなさい、白銀!!!』

突撃砲を破壊されちまった………構えたところにピッタリ弾が飛んできやがった。
狙ったわけじゃないと思うが、おかげで大ピンチ。
とりあえず速瀬中尉と距離を取ろうにも、他に包囲されつつある。まずは速瀬中尉をどうにかするしかなさそうだ。
またこの展開かよ……
速瀬中尉の動きは1週間前とは比べ物にならない程、疾く鋭くなっている。けど、隙はある。
速瀬中尉は、まだキャンセルが甘い。ちょっと揺さぶってやれば――

 「この――っ!」
 『なっ!』

多目的装甲を正面、横向きに構え突撃するフリをして、リアクティブアーマーを作動。
ビルを倒壊させて互いの間に障害物を作り、さらに埃で視界も悪くする。それから役割を果たした盾を前方上空に投げる。これはオトリだ。
速瀬中尉の反応速度なら、釣られても即座に気付いて対応するだろうけど、そこはOSの慣れに一日の長。
オトリに気付いた速瀬中尉が、俺を照準するより速く短刀で攻撃。速瀬機の突撃砲を奪い、それで止めを刺す。

 「まだ旧OSのクセが抜けてないんじゃないですか?」
 『~~~~!!!!!!覚えてなさいよ!』
 「了解。しっかり覚えときますよ。俺が勝ったってね――」
 『むき~~~~~~!!』

――あぶねぇぇぇぇぇ。突撃がほんのちょっとでも遅かったら御陀仏だった。
倒れたビルを躱すときに、俺も視界が悪くて困った。急に思いついた行動を取るもんじゃないな……
とりあえず壊された突撃砲も確保して、接近戦で1番厄介な速瀬中尉は墜とした。

ここから反撃だ。

速瀬中尉の後方から援護射撃をしていた涼宮は接近して叩く。
涼宮の脇に居た麻倉もすれ違いざまに撃破。残り3機。

厄介な3機が残っちまった。
砲撃支援の柏木と左右の迎撃後衛、伊隅大尉と宗像中尉。
ドサクサ紛れにビル陰に潜んだおかげで、こっちの場所はバレてないはずだけど、向こうの場所も分からない。
下手に動いたら確実に狩られる。

 「参ったな……」
 『――降参するなら優しく撃墜してやるぞ?』
 「ははは――遠慮シトキマス」
 『ふ――そうか。では、全力で狩らせてもらう!』

突然の砲撃。幸い被弾箇所は無いが、その場を放棄せざるを得なくなった。
――飛び出してしまったからには、このまま決着を付けるしかない。

飛び出した俺を2機が追い立ててくる。遠距離から仕留めるつもりなのか、残りの1機は姿が見えない。
攻撃を回避しながら狙撃に備えるのは精神的に来る。

 「盾捨てなきゃ良かったぜ…」

1時と10時方向――距離はさっきより近い。伊隅大尉と宗像中尉か?
やっぱり追い込んでからの狙撃だろう。
これ以上、防戦してもジリ貧で負けちまう。だったら前に出たほうが勝機はあるはずだ。

腹を決めた俺は後退を止め、滅多に使わない120mm弾をばら撒く。
相手は遮蔽物に隠れるが、その間に距離を詰めて終わらせるつもりだった。

突如、進行方向左側のビルが壊れて、そこから不知火が飛び出してくるまでは――

 「――げぇっ!?」
 『――狙撃で来ると思っていただろう!?』

飛び出してきたのは伊隅大尉の不知火だ。
――ということは、さっきまで俺を牽制してきてたのは宗像中尉と柏木!?
距離を取ってたのは、柏木が前に出てきてるのを悟らせないためか!

伊隅大尉は間髪容れずに長刀で横一閃。
だけど俺もただでやられるつもりは無い。一矢報いるため、跳躍で躱そうとする。――が………

 『そうくると思ったよ!!』
 「――っ!?」

完全に読まれていた。俺の動きを予測していたのか、伊隅大尉は完全について来ていた。
勝った――
戦闘の様子を見ていた全員が、そう思ったはず。







………………ニヤリ。







備えあれば患いなしってね?

 「とりゃっ!」
 『なにぃ―――!?』

跳躍での回避動作と同時に噴射と抜刀。
斬り上げてくる伊隅大尉の長刀を、俺は長刀を振り下ろすことで受ける。
伊隅大尉は両手で長刀を構えていて俺は片手。んでもって、俺のもう片方の手は突撃砲は持ったまま。はい――伊隅大尉、撃破。
跳躍から滞空、滞空動作と抜刀、射撃を行うのはさすがにキツかった。
不意を衝かれたけど、何とか撃破に成功した。
二段噴射ジャンプキャンセル滞空抜刀なんてやったの久しぶりだ。…今も抜けてないバルジャーノンのテク。こんなに役に立つとは思ってなかったよ。

残り2機。
勝ちが見えてきた――!



《Side of 風間祷子》


白銀大尉とのシミュレーター演習が終わり、みんながシミュレーターから降りてくる。
結果は私たちの惜敗。
白銀大尉の不知火をギリギリのところまで追い詰めることが出来ましたが、あと一歩届きませんでした。

 「あぁ、もうっ!!くやし~~~~~!」
 「――みんな、ちゃんと使いこなせるようになってるじゃないですか」

1人で私たち全員を相手に戦ったというのに、始まる前とほとんど変わらない様子で降りて来た白銀大尉。
その様子に、1番悔しがっていた速瀬中尉でさえ驚きを隠せないようで、「あんた……ホントに人間?」と真顔で聞いて、美冴さんにからかわれています。

 「それじゃ、操作ログとパターンのチェックするんで、ブリーフィングルームに行っててください。チェック後にまた乗ってもらうんで、着替えなくて良いですよ」
 「了解だ――ほら、お前らいつまで遊んでいるんだ。さっさと移動しろ」
 「「は~~い!」」

そう言われて移動を始めるみんなを見送りながら苦笑する白銀大尉が、息を吐き頭を掻きながらポツリと

 「全員の相手は、もう絶対にやらないからな――」

――と呟いているのが聞こえて、私は少し笑ってしまいました。
美冴さんに、どうした?と聞かれても何でもありません、と答えてしまいました。
白銀大尉が呟いたときの顔を、可愛いと思ってしまったのを秘密にしておきたかったからかもしれません。



夜 ◇鑑純夏自室◇ 《Side of 純夏》


ここのところ、207B訓練分隊の雰囲気がとても良い。
榊さんと彩峰さんが衝突していないのもあるけど、やっぱり御剣さんの雰囲気が柔らかくなって接しやすくなったことが大きいと思う。

 「タケルちゃんには感謝しないとね~」
 「――白銀さん、ですか?」

隣から遠慮がちに反応してくれたのは、霞ちゃんだ。
香月博士にお願いして一緒に生活している。
ず~っと一緒に居てくれたから、今度は私が霞ちゃんと思い出を作ってあげようと思ってる。

 「うん!タケルちゃんは凄いんだよ~射撃訓練だけじゃなくて格闘訓練のときも居たんだけど、御剣さんと彩峰さんに勝っちゃったの!」
 「そうなんですか。白銀さん、強いんですね――」
 「そ~だよ~」

でも、だからこそ彼は1人で背負い込んでしまうこともあるだろう。そんなことはさせたくない。
だから私も強くなってタケルちゃんを助けたい――
そっと手に暖かいものが触れた。霞ちゃんの手だ。優しく握ってくれている。


 ――大丈夫です。きっと――


そう伝わってきた。
うん、一緒にタケルちゃんを助けてあげよう――そう声に出さずに伝えると、霞ちゃんは静かに頷いた。

 「さ、明日も頑張るぞ~!!霞ちゃん、明日は私がタケルちゃんを起こすんだから!」
 「負けません――」
 「ふっふっふ~じゃぁ明日も競争だね!」
 「はい――」

そうして、私たちは一緒に眠りについた。



11月1日 (木) 午前 ◇教室◇ 《Side of 武》


今日の午前中はまりもちゃんがA-01の訓練に参加しているので、俺が講義を担当するはめになったのだが………はっきり言おう。
俺が講義を担当するなんて、人類が滅亡するんじゃないかってくらいに、前代未聞の出来事だ。

 「――で、あるからして…」
 「「………………」」

みんな熱心に聴いてくれている (言わずもがな、1名は妙にニヤニヤしている) のだが、正直申し訳なくなってくる。
――ふと時計を見るとそろそろ良い頃合なので、少し早いが講義はこの辺で切り上げることにした。

 「それじゃ少し早いが終わるか。午後は神宮司軍曹が戻ってくるから」
 「「了解」」
 「それじゃお疲れ。あ、敬礼はいらないからな~」

そう言って教室を出て、廊下をボンヤリと歩いていると誰かとぶつかり、ぶつかった相手が転んでしまった。
謝りつつ手を差し伸べ、その相手の顔を見る。
そこにあったのは――

 「すみません!急いでいたので――」
 「おま――…」
 「おま?そのような名前の生き物は聞いたことがありませんが………」
 「いや、そうじゃなくて――」
 「あ、教官のところに行かなければならないんです!!」

相変わらず、人の話を聞きやがらねぇな、おまえは。

 「その教官なんだが、神宮司軍曹は別件で居ない」
 「え?あ――!それで変わりに違う教官が来てくれてるって――」
 「そうだ。で、それが俺なわけだが」
 「そうなんですか?」
 「嘘を吐いてどうする………」
 「えっと、自分は207B訓練小隊の鎧衣美琴です」

この野郎…久しぶりに会ったからペースを持っていかれちまう。
何はともあれ久しぶりだな、美琴。お帰り――また宜しく頼むよ。

 「俺は白銀武大尉だ。神宮司軍曹のところへは、昼休みになったら行くと良い」
 「了解!では、失礼します!」

あっという間に行ってしまった。
ともあれ、これで全員揃った。あとは総戦技演習か…
今のあいつ等なら問題ないはずだ………委員長と彩峰が上手く機能してくれれば。
直前になったら純夏にアドバイスくらいしておくかな――



昼 ◇PX◇ 《Side of 彩峰慧》


今日のお昼はヤキソバ。なんて素晴らしい。おばちゃん最高。愛しちゃう。

 「彩峰さん、いつもより真面目だったのは、今日は焼きそばの日だったから?」
 「ぶんぶんぶん。いつもマジメ――」
 「「………………」」

あれれ、なんか変なこと言った?まぁ良いや。ヤキソバさいこー。
ふとPXの入り口の方に目を向けると、見覚えのある人物が居た。

 「――ん」
 「彩峰さん、どうしたの?」
 「あれ――」

鑑の問いに、私は箸を向けて答えた。
私の動作で鑑以外の視線もそっちを向く。その方向にはPXの入り口から中を窺っている人がいた。

 「あれは………鎧衣?」
 「そのようだな。どれ――呼んでこよう」
 「あ、私も行くよ~~~」

御剣と珠瀬が鎧衣を呼びに行った。その間、榊が鑑に鎧衣のことを改めて説明している。
そして御剣たちが鎧衣を連れて戻り、鑑と鎧衣の噛み合わない自己紹介が終わると、すぐにいつも通りの雰囲気に戻った。

 「いや~~~、本当は午前中から戻る予定だったんだけど、起きる時間を間違えちゃったよ~~」
 「それで教官のところに行って叱られてたのね……」
 「何はともあれ、これで全員が揃ったわけだ」

御剣の言葉に、みんな頷く。

 「これからが正念場だ。まずは総戦技演習――必ず合格するぞ」
 「えぇ、当然よ。今度こそ合格しなくちゃならないわ!」

言いながら、榊は私を見ている気がする。
榊はちょっと変わったかもしれない。前よりマシかな――って程度だけど。向こうが変わるなら、こっちも少し妥協してあげても良い。
私だって落ちたくは無いからね。

 「……そんなに見て、ヤキソバ欲しいの?」
 「いらないわよ!!」
 「あげないけどね――」
 「~~~~~!」

ふふふ…まだまだですな。
なんかごちゃごちゃ言ってるけど、まずはご飯。腹が減っては、戦は出来ぬ――ってね。

ヤキソバ、おかわり出来るかな?



11月2日 (金) 午前 ◇ハンガー◇ 《Side of 水月》


ついに来た!!待ちに待ったこの時が。
不知火の修理とOS換装作業が終了して、やっと実機を使えるようになった。
昨日の訓練が終わるとき、白銀から「OSの換装が終了したから実機を使った訓練を始める――」と言われ、飛び上がって喜んだ。
そして今、現物を前にすると、えも言われぬ感動がある。

 「子供みたい――」
 「む~~な~~か~~た~~~~?」
 「おっと、つい思ったことが」
 「なんですって~~~~~!?アンタだって喜んでたじゃないのっ!」
 「それは…そうでしょう?ようやく実機で体験できるんですからね」

この辺で一回、とっちめておく必要があると思うのよね。
――と宗像を捕まえようとしたとき、タイミング悪く?伊隅大尉と白銀が来た。

 「午前中は慣らしに使ってください。午後から本格的に訓練に入りますから」

よ~~~し、やっと来たわね。私がどれ程この日を待ち望んだことか。

 「それじゃ、さっさと始めましょうか。伊隅大尉お願いしますね――」
 「あぁ――貴様はどうするんだ?」
 「まだ俺の機体は無いんで、指揮車両から管制してますよ。チェック厳しく行きますからね?」
 「ふ――了解した。では各自搭乗し演習場へ向かえ!」
 「「了解!!」」

そっか――まだ白銀の機体は無いのか。
………なんとなく張り合いが無い。さっさと機体を用意しなさいよ!って、心の中で言っておく。
このご時勢、戦術機はそう簡単に用意出来るものじゃないし、面と向かっては言わないけど。
あんな腕の良い衛士を後方で待機させるくらいなら、その辺のヘッポコ衛士共から取り上げてアイツに使わせてあげればいいと思う。
と――ボンヤリ考え事をしながら移動していた。
そして演習場に全機が揃うと、白銀から通信が入った。

 『――まずは好きに動かしてください。シミュレーターとのズレは、十分に気をつけてくださいね』
 『「了解――!」』

う~~ん。やっぱり実機は良い。
白銀の機体が無い今、アイツに追いつく絶好の機会だ。



11月4日 (日) 午前 ◇純夏自室◇ 《Side of 純夏》


う~~~~~ん。久しぶりにノンビリ。
香月博士から頼まれたことは終わったし、訓練はお休み。よく分からないけど身体の調子も良い。タケルちゃんのおかげかな?――なんてね。
何しよう……タケルちゃんは今何してるかな。

あ――部屋にいるみたい。とりあえず行ってみよう!



◇武自室◇


 「――で、暇だから何かしよ~~ってか?」
 「うん!」

なんでそこで肩を竦めるのかな?タケルちゃん。何か失礼なこと考えてそうな顔してるよ~~~~~。

 「なんだよぉ~~~~~」
 「いや、いつも通りのオマエで安心したんだよ。呆れたとも言うか――」
 「む~~~~~、失礼な!!!」

なんだよ、もう。久しぶりにタケルちゃんと一緒に居たかっただけなのに。
ふんだ!

 「――あ、そうだ。んじゃ、あそこに行ってみないか?」
 「え――?」

そう言ったタケルちゃんは、優しく微笑んでいた。
私は行き先も聞かずに頷いた。
そして、タケルちゃんに連れて行かれたのは、あの丘だった。



◇横浜基地・裏山◇ 《Side of 武》


相変わらず何も無いところだ。天気が良くて助かった――風も強くないし。

 「久しぶりだね~~~ココ」
 「あぁ――」

ちょっとしたピクニックというか何と言うか。
たまには悪くないと思ったから、純夏を連れ出してみたんだが………

 「――ん~~~~~~」

思いっきり伸びをして、気持ち良さそうに風を受ける純夏を見ていると、気分転換になっているようだ。
俺は純夏に、最近気になっていたことを聞いてみることにした。

 「…ムリしてないか?」
 「え?」
 「いや、ほら――こっちに来てから、お前かなり頑張ってくれてるからさ」
 「………………………」
 「な、なんだよ!?」

なんか変のものを見るような目で俺を見てやがる。
俺がお前の心配をしたら悪いか、コノヤロー…

 「私は大丈夫だよ。ありがとう、タケルちゃん!」
 「そか。なら良い――」

枯れてしまった木の根元に並んで腰を下ろし、しばらく一緒に遠くを眺める。
お互い言葉は無いけど、気まずい雰囲気ではない。むしろ心地が良い。
ふと――俺は元の世界でのことを思い出していた。

ある日突然、起きたら冥夜が隣に寝ていて、いきなり俺たちのクラスに転入してきて。そして始まるドタバタな日常――
変わったこともあったけど、いつも純夏が隣に居たことだけは変わらなかった。
俺は今まで、何度ループを繰り返しても純夏を護れていない………いや、純夏だけじゃないか。
207のみんなもA-01も。俺は最後まで、みんなに護ってもらっていた。情けねぇよな。
みんなを護る――そのために俺は今、ここにいる。

 「タケルちゃん、難しい顔してる。ぷっ――!似合わな~~~~~~~」
 「んなっ!?」
 「あははははは!」

いつから見ていたのか、純夏が俺を覗き込んでいた。
そして思いっきり笑いやがった………コノヤロウ――人が真剣に考え事してたのに。

 「ゴメンってば、タケルちゃん!もぅ、拗ねないでよ~~~~」
 「オマエね……」
 「ねぇ――ちょっと早いけど、お昼にしようよ!」
 「はぁ………そうだな」

出かける前、飲み物でも持っていこうと思ってPXに行ったら、京塚のおばちゃんに捕まって、せっかく出かけるなら弁当でも持っていけ――と半ば無理矢理持たされた。
ありがたいから文句は無い。
けど、おばちゃん。背中をバシバシ叩くのは勘弁して欲しい。けっこう痛いんだよね……

 「いただきま~~~す!」
 「おう。んじゃ、俺も――」

晴天の中、純夏と食べた弁当は美味かった。
俺が純夏と2人で出かけたことが、おばちゃん経由で各方面に広まってしまったのを知るのは、少し後のお話だ。



[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第7話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2011/10/18 21:52
11月8日 (水) 午前 ◇香月夕呼執務室◇ 《Side of 夕呼》


 「11日にBETAが来ます」

珍しく白銀の方からここに来たと思ったら、第一声がそれだった。

 「3日後に甲21号から新潟にBETAが上陸します。BETAの目標地点は“ここ”でした」
 「それで、どうなるの?」
 「まぁ何もしなくても帝国軍が殲滅してくれるんですけど。前回は夕呼先生の指示でA-01が出撃していたみたいですが?」
 「そう――」

BETAが出現する位置が分かっているのだから、準備万端で出撃させられるでしょうね…
この機会を利用させてもらおうかしら――

 「BETAを捕まえる絶好の機会ですね?」
 「――!………考えは一緒ってことかしら?」
 「いえ…ただ、この件はあとあと大きな意味を持っていたんで――」

白銀の表情が硬くなった。
――そういえば、まりもが死んだんだったわね。BETAに殺されたというのは、以前聞いていた。

 「――そう。じゃあ、伊隅たちに出撃してもらいましょう」
 「はい。俺も出ますが……良いですね?」
 「その辺は好きにしなさい。それじゃ詳しいことを決めましょうか――」


白銀とその後の動きを話し合った結果、BETAを捕獲し頃合を見計らって横浜基地を襲撃させる、という方向で決まった。

 「この基地は後方基地なんかじゃない。最前線ですよ」

――そう言い切った白銀は、年相応の顔ではなく、激戦を戦い抜いてきたであろう衛士の顔をしていた。
地獄を見ているってことかしらね――見た目はガキなのにねぇ…

 「それじゃ、越中と下越の帝国軍に10日付けで防衛基準体制2でも出しておくわ」
 「お願いします。――あ、総戦技演習の件どうなりました?」
 「アンタの要望どおり、時期を早めさせといたわ」

これは数日前、白銀から話を聞こうと呼んだときに頼まれていた。
白銀曰く、もう彼女たちに基礎は必要ない。それより、さっさと戦術機に慣れさせた方が良い――とのことだった。
207Bの背景を考えると、何かしらの妨害は覚悟しておいたほうが良いだろう。
もっとも、何もないに越したことは無いのだが。

 「ありがとうございます」
 「じゃ、出撃のことはあんたが伝えておきなさい」
 「――了解。では、失礼します」

白銀に適当に手を振って答え、私は椅子の背もたれに沈み込んだ。
彼らが来てから好転してはいるが、目立った動きはまだ無い。BETA上陸は何か動き始めるきっかけになるかもしれない。



夕方 ◇ブリーフィングルーム◇ 《Side of 美冴》


今日の模擬戦で、私たちはついに白銀大尉を倒した。まぁ倒したと言っても9対1――
しかも、最後に残っていたのは2機のみ。結果を見れば勝ちなのだが………まぁ、嬉しいことは嬉しい。
だが、相変わらず白銀はバケモノだ。

 「やっと倒せたわ、あのバケモノ!いや~もう最っ高!!!」
 「……速瀬中尉。あんまり気持ち良かったからって、喜び過ぎですよ?」
 「ぬぁんですって~~~?」
 「――って高原が「言ってません!」…」

いつものように速瀬中尉をからかおうとしたのだが、新任連中もからかいに慣れてきたのか、否定までの間隔が短くなってきた。
つまらないぞ――

 「宗像~~~!今日は逃がさないわよっ!!」
 「ふふふ、本当のことじゃないですか?」

そう言って追いかけっこを開始した私たちだったが、伊隅大尉と白銀大尉の入室によって、私は難を逃れることに成功。
速瀬中尉は悔しそうにしている。あの表情を見れたので我慢しようか。物足りない気もするが…そろそろ話が始まりそうだしな。
私の予想通り、白銀大尉が一度こちらを見回してから話を始めた。

 「え~~…ヴァルキリーズに出撃命令です」
 「「――!」」

なんと。
ここ最近は副司令のムチャな命令も無く、穏やかな日々を過ごしていたのだが、どうやらそれも終わりらしい。今度はどんな命令が出されたのやら。
とりあえず任務の内容をさっさと聞こうじゃないか。

 「どういった任務なんです?」
 「3日後、11月11日に新潟にてBETAの捕獲任務です」
 「「えっ!?」」
 「香月博士の天才的な頭脳が、BETAの行動を予測できるかもしれない理論を思いついたらしいので、それを実証してこい。ってのが建前」

――?建前とは…
BETAの行動が予測できるのならば、人類の勝利が見えてくるのではないのか。

 「ぶっちゃけ、予測できるのは今回のみってことらしいです。で、実験用にBETAを捕獲してこいって訳ですよ。
  俺も詳しいことは分からないんですけどね。あとXM3の実戦評価。むしろ、こっちが本命と思ってください」

1回限りの予測――詳しいことを知りたいとは思うが、大尉たちが話さないということは、知る必要がないということだろう。
それよりも、BETA相手にXM3がどれほど通用するのか、ようやく試せる。
副司令と白銀大尉が作り上げたOSの凄さは、私たち全員が身を持って体験している。

 「それでは、私から作戦の概要について説明する」

白銀大尉に代わり、伊隅大尉が説明を始めた。
先任の私たちにとっても、久しぶりの実戦になる。気を引き締めなければ。先任たちの雰囲気が変わったのを察したのか、新任連中も表情を引き締めているようだ。
出来ることならば、全員で無事に帰還したい――もう、誰かを失うのはたくさんだ。



11月9日 (金) 午後 ◇ハンガー◇ 《Side of 武》


ようやく俺の機体の整備が終わって、動かせる状態になった。
新造機の用意は間に合わないので、比較的程度の良い機体を回してもらった。そして修理と整備、OSの換装や調整が終了したのが昼過ぎ。
新潟への出撃の2日前……ギリギリだ。間に合って良かった――
ぶっつけ本番で実戦に出るわけにはいかない。なので、俺はA-01とは別メニューで機体の最終調整をすることになった。
A-01のみんなは今頃、シミュレーターで対BETA戦の詰めをしているだろう。

 「――大尉、いつでも出られます」
 「了解です。少し動かしたら一度戻ります」
 「分かりました」

この整備班長とも、もう長い付き合いになる。ループするたびに世話になってるからなんだけど…
ここのところ、この人たちにもフル回転で作業してもらっているから、次の出撃が終わったら休んでもらいたい。
不知火に搭乗した俺は、ハンガーを出ると演習場に向かう。

 「――不知火…久しぶりだな」

こいつに乗るのは前の世界の横浜基地防衛戦以来か。主観では、それほど昔のことじゃないはずなんだけど、かなり昔の出来事に感じるな……
演習場に入ると、そのまま各種チェックを始める。
様々な動きをしながら網膜に映る情報に目を走らせる。今のところ異常などはない。

 「相変わらず良い腕してんな~~~~班長。さすがだぜ!」

まずは通常の機動だけ行いハンガーに戻る。
ハンガーで各部のチェックをして、再び出る。今度は先程よりも激しい機動で機体を試す。
これを何度か繰り返し、最終的に全開領域での機体の状態を確認したところで、俺は不知火から降りた。
機体に不満はない。整備も悪くない。これなら万全な状態で、この世界での初陣に臨めそうだ。

この後はA-01のとこに顔を出すかな。行っておかないと後が恐いし………



◇横浜基地グラウンド◇ 《Side of 冥夜》


今日の訓練が間もなく終了する。ここ最近、隊の雰囲気は良好だと言えるだろう。
新入りである鑑は、突出した能力こそ無いものの、平均より少し上ほどで、何事もそつなくこなせるようで、隊にとっても頼もしい戦力になってくれるはずだ。
時折、とんでもないドジを踏んでしまうことがあるのが、玉に瑕か……
あの日、鑑がタケルと親しいということを聞いてから、よくタケルの話などで盛り上がったりすることもあり、その話を聞いていた他の隊員ともよく話すようになった。
そのためか、以前はどこか壁を感じていたのだが、それも無くなった。
鑑が我が隊に加わってくれて、本当に良かったと思う。

 「――そこまで!全員集合!!」

神宮司教官の号令がかかった。今日の訓練は終了だろう。我らは駆け足で集合する。

 「今日までよく頑張ったな。そんな貴様たちにご褒美だ」
 「「――!!」」
 「明日から一週間、南の島でバカンスだ」

ついに来た。これに合格すれば――タケルが待つ戦術機訓練。
今度こそ合格せねば……

 「なお、演習の時期が早まった理由は、貴様たちは十分に演習に合格できる実力を持っているはずだ、という白銀大尉の意見を取り入れたからだ」
 「「え――!?」」
 「これで不合格にでもなってみろ。彼の顔に泥を塗ることになるぞ?」

教官はニヤリとしながら言った。
タケルが我らを評価してくれたことは嬉しいが、これはプレッシャーだ。
彼の期待を裏切らぬようにしなければ――



11月10日 (土)  ◇南の島・バカンス1日目◇ 《Side of 純夏》


ついに始まった総合戦闘技術評価演習!みんな、気合入っているみたい。タケルちゃんのおかげだね!!

始まる前に見た香月博士の格好には驚いたけど、それ以外は特に問題も無く始まった。
私は美琴ちゃんとペアを組んで進んでいる。
他の編成は榊さんと御剣さん、彩峰さんと壬姫ちゃん。タケルちゃんから軽いアドバイスを貰ったから、そのとおりにした。
ここまで何度かトラップに掛かりそうになったけど、美琴ちゃんのおかげで怪我も無く進んで来ていた。

 「――純夏さん、気をつけてね」
 「うん!」

私、役に立っているのかな?
美琴ちゃんは、総戦技演習が始まる前にボロボロのキットも交換してくれたし……落とさないか見ててあげよう。
そのくらいしか出来ることが無いのには泣きたくなるけど、泣かないぞ!

 「あ、純夏さん!アレみたいだよ」
 「え?………あ!」

ず~っと向こうに絶壁みたいなのが見える。
あの付近が私たちの目標ポイントのようだね。まだまだ先は長そうだよ。

 「たぶん今日中に着くのはムリだと思うよ」
 「そっか~。それじゃ今日はこの辺で泊まっちゃう?」
 「そうだね~。その方が良いと思うよ」

美琴ちゃんの言葉に従って、今日はここで泊まることにした。
ふっふっふ~~やっと出番!と思い、寝床や食料調達を頑張ったけれど………うん、まぁ失敗くらい誰でもあるよね?

う~~ん……レーションってあんまり美味しくないね。
タケルちゃん、今頃どうしてるかな~~~



11月11日 (日)  ◇新潟◇ 《Side of 祷子》


 『――本当に来るのかしら?』
 『――来ないなら来ないで、帰れば良いだろう?』

やはり、みんなも本当にBETAが出現するとは思っていないようです。
そうですよね………BETAの動きが予測できる。もし、そんなことが本当に出来るならば、人類はここまで追い詰められることは無かったでしょうから。
そんなことを考えていると遠くから爆発音が聞こえ、少しの間を置いて通信が入りました。

 『――ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ各機!全機機動!――繰り返す!全機機動!!』

――来た!
まさか、本当にBETAが出現するとは。副司令は、どんな手品を使ったのでしょう?

 『本当に来たみたいだな!――行くぞ!!』
 『『了解!!!』』

そうして、戦いは始まりました。



◇ ◇ ◇ 《Side of 武》


 『――11時!要撃級15!』
 『B小隊で片付ける!麻倉、行くわよ!!』
 『――了解!』

戦闘開始から40分ちょっと経過した。今のところ身内の被撃墜数はゼロ。
涼宮や柏木たちも、死の8分はなんとか切り抜けた。まだまだ危なっかしいところがあるが…

 「――涼宮、前に出すぎるなよ!」
 『り、了解!』
 「築地は落ち着け!」
 『――は、はいぃぃ!!』
 「麻倉は無理に着いて行こうとしなくていい!」
 『はい――!』
 「高原は無駄弾が多いぞ!!一呼吸置いて撃て!」
 『は、はい!!』

と、俺はこんな感じでフォローに徹している。俺だけは初めから実弾を装備しているので、非常事態が起きてもすぐに対応できる。
新任連中は初陣にしては十分に機能しているだろう。彼女たちが立派に見えるのは、俺の対BETAの初陣が酷かったからか。
錯乱して、喚きながら本気でペイント弾をバラ撒いてたからな~~~。あれは今思うと、かなり恥ずかしいな……
そういえば、あのとき助けてくれたのは伊隅大尉だったな――

 『――ははは。大変だね、大尉』
 「ん?」
 『――ほう。随分と余裕じゃないか、柏木』
 『いや~~~なんて言うか…最強のボディガードが付いてるんで、安心して戦えるっていうか――』

柏木は宗像中尉からの通信にも、余裕を持って返事をしているようだ。

 『――ふ。甘えすぎると独り立ちできなくなるぞ?』
 『あはは。気をつけま~す』

ホント余裕あるよな。でも周りばっかり見てると………――あぶねぇ!
後ろに突撃級が迫ってるのに気付いてなかったな。俺は突撃砲を斉射して、柏木の背後に迫っていた突撃級を肉塊に変える。

 「柏木。余裕があるのは良いけどな、周りだけじゃなくて自分のことも見ろよ?」
 『――ありがと、大尉……了解です』
 『まったく。だから言っただろう――』

ははは。宗像中尉に怒られてやんの。ま、怒られるだけで済んで良かったけどな。
現在の状況を軽く確認してみると、速瀬中尉のB小隊は2機のみでの編成だからキツそうだ。そろそろ実弾に切り替えてもらうか――

 「――ヴァルキリー00よりヴァルキリー01、伊隅大尉――」
 『こちら01。――どうした?』
 「そろそろ実弾に換装してください。B、A、Cの順でお願いします」

伊隅大尉に各機の状況を手短に伝え、換装を促す。

 『了解した。目標数も達成しただろうからな、頃合か』
 「はい。それに新任連中がそろそろ危ないでしょう。初の実戦で装備が麻酔弾ですからね――」
 『そうだな。――ヴァルキリー01よりヴァルキリーズ各機へ!これより順次、実弾装備に換装する。まずはB小隊からだ。続いてA、最後にC小隊だ!!』
 『『了解!!!』』

B小隊がすぐさま反転。壁が薄くなってしまう。あんまり後ろにBETAを流しすぎると、他に支障が出るかもしれない。
ど~~~れ、一働きしますか。

 『ふぃ~。や~っとチマチマ戦わなくて済むのね~~』
 『やはり、麻酔弾では快感が『む~な~か~た~?』足りな…――せめて最後まで言わせてくださいよ』
 『――ふふん。同じ手は喰わないわよ』
 『つまらなくなったな――』
 『ぬぁんですってぇ~~~~?』
 『――って『『言ってません!!』』……祷子、私はどうしたら良いと思う?』
 『私に聞かれましても…』

宗像中尉が可哀相になるくらい、新任全員による息の合った即答。伊隅大尉も笑ってるくらいだ。
これも雰囲気を和ませるための――って考えすぎか?まぁ新任たちの表情は、先程までと比べると幾分硬さが取れたようだから良いか。

 『無駄話も良いが、速瀬。早く換装しないと白銀に全て喰われそうだな?』
 『――えっ!?――あ~~~~~~!!!』
 『すごっ………』

伊隅大尉の通信を聞き、速瀬中尉はマップを確認したようだ。
B小隊が下がった穴を埋めるために、孤軍奮闘していたんですけど……そんな言い方は無いんじゃないでしょうか?

 『あのぉ~~白銀大尉?』
 「――なんですか?速瀬中尉」
 『私の分は…』

そんなに暴れたいのか、速瀬中尉………
口には出さないが、宗像中尉辺りも同じことを思っているに違いない。後ろから狙われたくはないので、俺も口には出さずに心の中に留めて置く。

 「まだあるじゃないですか。まぁ早く行ってこないと、無くなるかもしれませんけど」
 『――さっさと行くわよ!!』
 『り、了解!』

速瀬中尉の発破掛けにより、先程よりも速度を上げて後退するB小隊2機――この分なら問題なく補給も終わりそうだ。
手近なBETAは減り、少し余裕が出来たので周囲の状況を確認しようと全域マップを表示した。
――ん?あれは………………!

 「00よりヴァルキリーマム……11時方向に武御雷を4機確認。どこの部隊か分かりますか?」
 『――こちらヴァルキリーマム。少し待ってください………………厚木基地に合同演習に来ていた第13独立警護小隊のようです』
 「分かりました。ありがとうございます」

合同演習で来てたところにBETAの襲撃があったのか。それで出撃したか……さすが斯衛。日本の危機は見逃せないってとこか――
それにしても、なんかボロボロだ。小隊の右翼が崩れかかっている。
ったく、武御雷がやられてどうすんだ!

 「――伊隅大尉、少しの間ここを頼みます」
 『―――!?おい、白銀!どうした!何かあったのか!?』
 「ちょっと野暮用です。すぐに戻りますよ!」

何事かと聞いてくる伊隅大尉からの通信を切り、俺は最大戦速で武御雷がいる戦域に突入し、やられそうになっている武御雷を援護へ――

4機編成の小隊でBETAの物量に対抗するのは、いくら武御雷でも無理だ。
先頭の武御雷 (おそらく隊長機だろう) が左翼の援護に回ろうとしているが、フォーメーションが崩れて援護に行けない状態のようだ。
他の2機も似たような状況――と言うより自分のことで精一杯な感じか。
俺の方からは、距離は少しあるがBETAの壁が薄く、容易に突破できる。突撃砲の掃射で、BETAをなぎ払った後、長刀に切り替え残りを駆逐する。
BETAの奔流に押し流されそうになっていた武御雷を何とか救出した。

 「大丈夫か?」
 『す、すまない。援護、感謝する――』
 「もう下がった方が良い。まともに戦える状態じゃ無いだろう」
 『し、しかし――』
 「馬鹿野郎!!!武御雷がこんな戦闘でやられてどうするんだ!さっさと下がれよ!!」
 『――!り、了解した』

俺の怒声で、慌てて後退していく黒の武御雷。
――ったく…若い声だったが、新兵か?斯衛軍だからって気負いすぎだろ。
武御雷が何で派手なのか理解してねぇ。
その場で残りのBETAと戦っていると、1機の派手な (白いA型がベースみたいだけど、各所に三原色が少しだけ使われている) 武御雷がBETAを薙ぎ払いながら接近してくる。
動きに無駄が無い。相当な手連だろう。

そして、その武御雷から通信が入った。

 『――すまない。俺の部下が世話になった』
 「気にするな。ちょうど近くに居たからな。武御雷が墜ちるところは、絶対に見たくなかったんでね――」
 『そうか…俺は第13独立警護小隊の剛田城二中尉だ。部下を救って頂いたこと、重ねて御礼申し上げる』

剛田城二?まさか、あの剛田?
夕呼先生に押し付けられてD組からB組にクラス替えしてきたくせに、文化祭が終わったら急に消えた謎の転校生――剛田?
あ~~………こんな顔だったかも?あっちの世界でも鉢巻してたっけ?
しかし強化装備に赤い鉢巻って……そっくりじゃねぇか。何に――とは言わないけど。

 『貴官の名を聞かせてもらえるか?』
 「あ、あぁ……白銀武。階級は大尉だ」
 『大尉であったか。これは失礼した』
 「――気にしなくていい」

まさか、こいつの顔をこんなところで見ることになるとは……人生わからんもんですな~~~。

 『しかし、貴官の機動は凄まじいな。我が師匠をも凌駕するかもしれん』
 「そいつはどうも。ま、不知火は不知火なりに、必死に頑張ってるんだよ」
 『いや…それよりも、もっと根本的なところから凄いモノを感じる………名を白銀、と言ったか。シロガネ――!!まさか――』

この反応……やっぱり知っているみたいだな――そりゃ知ってるか。
冥夜の話でも、帝都じゃ有名らしいからな。

 「俺の親父のことか?」
 『では――やはり…影行殿の――』
 「――忘れ形見ってとこだ」
 『なるほど。道理で――』

この世界の親父、本当に凄かったみたいだな。
ははは――元の世界じゃ凄いって思ったことも無かったんじゃねぇか?親父のこと。
俺を置いてお袋と世界一周旅行とか行きやがったからな。まぁ、それは冥夜の差し金だったんだけどさ。

 『しかし何故、国連軍に所属しているのだ?』
 「………………」
 『―――すまない。不躾だったな』
 「……さて、この辺はこのくらいで良いだろう」

会話をしつつも手を休めたりはしない。
俺と剛田は即席のエレメントを組み、付近のBETAのほとんどを殲滅していた。剛田は衛士としてはかなり完成された部類のようだ。
――月詠さん、とまではいかないが、かなりの腕前だ。

 『あぁ。貴官の強力に感謝する』
 「では俺は戻る。自分の隊が心配なんでね」
 『了解した。またどこかで、共に戦いたいものだな』
 「生きてりゃそうなることもあるだろう」
 『ふ――そうだな。では、武運を――』

そう言うと剛田の駆る武御雷は、残る2機の武御雷を率いて離れていった。おそらく他の戦域に回るのだろう。
俺も戻らなきゃいけないな――



◇ ◇ ◇ 《Side of みちる》


全機とっくに実弾換装を終えて狩りが始まっている。やけに02(速瀬機)の動きが良いのは気のせいではないだろう。
私たちが、今までの鬱憤を晴らすかのように敵を駆逐していると、そこへ白銀が戻ってきた。
何をしてきたのか問おうとしたが、速瀬に先を越されてしまった。

 『――アンタどこ行ってたのよ?』
 『ちょっとした野暮用で。大したことじゃないですから』

白銀は何でもないといった感じに答えるが、勝手に隊列を離れといてそれは無いんじゃないか?
…まぁ、フォーメーションに組み込まれていないから、ヤツが抜けたところで問題は無いんだが。

 『そ。それはそうと、アンタが居ない間に私たちが喰っちゃったわよん』
 『やけに活き活きしてますね、速瀬中尉』
 『どういう意味かしら~~~~~?』
 『俺の口からはとても……』
 『――ふふ。では私が白銀大尉の心の声を代弁しましょうか。速瀬中尉は戦闘で性的快感を得ている、ということでしょう?白銀大尉』

宗像、そんなこと言ったら………

 『ふ~~~ん…そんな風に見えたんですか、白銀大尉?』
 『――さ、残りの敵をさっさと片付けちゃいましょう!!』
 『し~ろ~が~ね~!!!!』
 『ふふふ―――』

速瀬と白銀、毎度々々………宗像はニヤニヤしてるし。はぁ~~~~~~~~。
新任連中もヤツらのやり取りで、少しリラックス出来たなら良いが。
これはリラックスさせるための演技だと思っておこう――

その後も順調にBETAを撃破した私たちは、1個中隊10機の不知火ながらも、その戦果は凄まじく、不知火1個大隊規模だったらしい。
麻酔弾で戦っていた時間の方が長いことも考慮すれば、1個連隊ほどの戦果を上げたかもしれない。
とにかく、今回の出撃では全員無事に帰還できた。これは、この隊にとって大きな意味を持つだろう。

つくづく、とんでもないOSだ。
もっと早く作って欲しかったと思ってしまう程に――



◇南の島・バカンス2日目◇ 《Side of 純夏》


ふっふっふ~~。今日も順調の私たち。
目標の破壊も成功して、早くもみんなとの合流ポイントに到着しているのだ!!
途中、美琴ちゃんのベルトキットが落ちそうになってたのに気がついて、教えてあげた。なんか、やっと役に立てたって感じ?
う~ん………体の調子は良いから問題ないし、もうちょっと役に立ちたいぞ!
タケルちゃんに言ったら笑われそうだよ。純夏は運動神経良くないんだから~~って。

ム……役に立ったらタケルちゃんも認めてくれるかも!?
よ~~~し…演習が終わるまでに、ぜ~~~~ったい役に立ってみせるぞ!!


そういえばさ、ヘビってすんごく臭いんだね………



11月12日 (月) 午前 ◇シミュレータールーム◇ 《Side of 茜》


昨日の戦闘での反省点を考慮しつつ、今日の訓練が始まった。
初めての実戦で、伊隅大尉や白銀大尉たちには怒鳴られてばかりだったけど、誰も欠けることなく横浜基地に戻って来ることが出来たのは、大尉たちのおかげ。
そして実戦での白銀大尉の機動を見たときの衝撃は忘れられない。相当数のBETAを相手に戦っても訓練の時と同じか、それ以上の動きだった。
まるで美しい舞を見ているかのような、滑らかで綺麗な無駄の無い動き。

 「同い年なのに、あんなに違うんだもんな………」

昨日のデブリーフィングではフォーメーションをチェックして、残りは私たち新任の指導にあてられた。
先任たち――特に白銀大尉は、あれだけ動き回りながらも私たちの動きを、しっかりとチェックしていた。
でも、私は自分のことで精一杯。あの晴子でさえもミスをしてしまっていた。多恵たちも同じだったと思う。
だけど彼は違う――凄いと思うのと同時に悔しかった。
訓練では出来ても、実戦で出来なければ意味が無い。それがよく分かった。

だから――私は彼を目標にする。
速瀬中尉が目標なのは変わらないけれど、彼も目標にする。そして絶対に追いついてみせる。
それに、千鶴たちは戦術機訓練に移ったら彼が教官を務めるらしい。彼女たちが任官してきたときに、負けたくないっていう気持ちもある。
でも一番は…

お姉ちゃんの分も戦うために、私は強くなる――なってみせる。



◇南の島・バカンス3日目◇ 《Side of 純夏》


明け方に榊さんのチーム、昼前に彩峰さんのチームが到着した。
タケルちゃんが言ってた時間よりも早く合流できた。各々の状況を確認していくと、みんな道具を見つけてきたみたい。
榊さんたちはロープ、彩峰さんたちは地図とライフル。私たちは………シートだけど。シートは役に立つかどうかは分からないけど、一応持って行こう。
そして3日目の行動を開始してから、しばらくは何事も無く進んでいた私たちだったけれど、進行方向へ斥候に出ていた美琴ちゃんが戻ってきた。
何かあったのかもしれない。

 「――千鶴さん!」
 「鎧衣、何かあったの?」
 「前方に崖があるよ。下に川が流れてるね」

前方を歩いていた美琴ちゃんが崖を見つけたみたいだね。
榊さんの指示で、彩峰さんがあっという間に向こう岸に渡ってロープをかけてくれた。

 「―――それじゃあ彩峰。ロープの回収をお願い」
 「………了解」

これまたスルスルっと崖を登ったり降りたりする彩峰さん。羨ましい……私もあのくらいできればなぁ~………ムリか。
タケルちゃんは、川を渡るときに雨が降ってきたって言ってたけど、今回は大丈夫そう。
タケルちゃんが言ってた日付とは違うんだから、当たり前か。

 「――鑑、どうした?」
 「……え?」

考え事に夢中になってて気付かなかったよ…私は軽く意識を集中させて、御剣さんが何を言っていたのか探る。
あまりやりたくないけど、今は仕方ないかな。ごめんね、御剣さん。

 「え~っと、たぶん少しだけ疲れたのかも。私こういうのは初めてだからさ~~」
 「――そうか。もうすぐ終了だ。辛抱するがよい」

心配してくれたみたい。ありがと~御剣さん。
――でも、終わらないんだよね……あ~ぁ。香月博士、意地悪。
しばらく歩くと回収ポイントに到着したけど、タケルちゃんの助言どおり、発炎筒を焚いたら砲撃された。ホント~に死ぬとこだったよ~~~~
香月博士からの通信を受けて、新しい回収ポイントに向かったけど、この日は日が暮れたから、ある程度進んだところで進軍は止めにした。
また明日、頑張ろう!チームワークは最高だし、絶対イケル!!!

そういえばさ、タケルちゃん蛙って――ん、やっぱり何でもない………
木の実って美味しいのもあるんだね!!



◇南の島・バカンス4日目◇


回収ポイントに到着するためには、砲台を壊さなきゃならない。
私がハッキングして止めても良いんだけど、それはタケルちゃんにダメだって言われた。せっかく私が役に立てると思ったのに~~~。
壬姫ちゃんが砲台のレドームを発見して、それを狙撃して壊してくれたから砲台は動かなくなった!
壬姫ちゃん凄いよ………あんなに遠くの的に当てちゃうんだから。戦術機なら私も負けないと思うけど…
この後も大変だったよ。罠とかは無かったけど、ボロッボロの橋を渡ったりしなくちゃいけなくて…落ちるかと思ったよ………
でも、無事に合格できた!!!
しかも!タケルちゃんより1日早い!!!うししし。これは自慢できるかも~~~。

 「霞ちゃ~ん!合格したよ~~」
 「はい――おめでとうございます」
 「よ~~~し、遊ぶぞ~~~~!!」

せっかく南の島に行くんだからってことで、霞ちゃんも連れてきてもらった。
霞ちゃんが海を見たことが無いっていうのは、タケルちゃんに聞いていたから。絶対一緒に行こうって思っていたのだ!

 「――鑑、これで我らはついに…」
 「うん!タケルちゃんと一緒に訓練できるよ!!」

御剣さんが目に薄っすら涙を浮かべている。本当に嬉しそう。もちろん私も嬉しいけれど、でも――
まぁ、今は訓練なんか忘れて遊ばないと損だよね!私は御剣さんと霞ちゃんの手を取って、みんながいる方に走り出した。

やっと普通の食事だよ………良かった~~~




[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第8話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2012/05/20 02:13
11月14日 (水) 夜 ◇香月夕呼執務室◇ 《Side of 夕呼》


バカンス――鑑の保険で南の島から戻ってきた私は、白銀から先日の報告を受けた。
彼らに命じたBETA捕獲任務の結果は上々。
小型種や要塞級、それに光線級は捕獲リストには載っていないが、他の種類はほぼ指示した通りに捕獲できたようだ。
小型種は白銀の強い希望により、捕獲対象から外していたのだが。

 「――これで、この基地が変わることを祈りましょう」
 「………はい」

私の言葉に白銀は神妙に頷いた。
捕獲リストを脇に追いやり、続いて戦闘記録に目をやった私は、その内容にほんの少しだけ驚いた。
白銀に一任していたとはいえ、ここまで暴れてくるとは。

 「……随分と派手にやったみたいね」
 「A-01に――特に涼宮や柏木たちには、BETA相手に戦闘経験を積んで欲しかったんで、少し長めに留まったんです。本当はXM3の性能を曝したくなかったんですが――」
 「そうね。――ま、それはこっちでなんとかしとくわ」
 「お願いします。じゃ、戻りますね」

えぇ――と、返事をしたけれど何か忘れているような……
ふと考えを巡らせると、すぐに思い出した。白銀も無関係では無いし、伝えておいた方が良いだろう。

 「あ、そうそう――鑑の身体のことなんだけどね」
 「――はい?」

退出しかけていた白銀を呼びとめて、用件を話す。
量子電導脳が持つ問題点――

 「………それじゃあ、今の純夏に浄化措置は必要ないってことですか?」
 「そうみたいね。バカンスから帰ってきて、鑑に浄化を勧めたら必要ないって言われたわ。自分で浄化できるからってね。――で、気になったから身体を調べさせてもらったのよ。
  そしたら、自浄装置らしきものが組み込まれてるみたいでさ~~~。鑑も詳しく分かってないみたいだったけど。
  私が判断するより、鑑自身に判断させた方が正確だからと思って放置してたんだけど、別に問題は無かったみたいね」
 「確かに気にはなってたんですよ。前の世界じゃ頻繁に浄化してたんで……てっきり、こっちでも浄化してるんだと思ってました」
 「一度もしてないわよ?アンタたちが来た頃、鑑に出してもらった因果律量子論を見ていて、その点は気付いていたから準備はしてたんだけどね~~~~」

今までは基地での訓練で、かつ過酷な状況でも無かったから負荷はかかっていないのだろうと思っていた。
だけど総戦技演習では、あのジャングルに数日間も放り込まれる。
そのため、かなりの負荷がかかるだろうと予測して、何かあってもすぐに対処できるように、私も現地に行ったのだけれど無駄骨に終わってしまった。
ささやかなバカンスを楽しめたから、別に構わないけども。

 「そうだったんですか……」
 「でもね、ML機関の制御とかをやってもらうことになると、どれほどの負荷がかかるかは分からないわ。その辺りは十分に注意しないといけないわね」
 「はい――」
 「それだけよ。さ、行きなさい――」
 「はは…了解」

追い払うような私の口調に苦笑した白銀は、わざとらしく敬礼してから出て行った。



11月15日 (木) 午前 ◇教室◇ 《Side of 武》


今日は俺が講義をしているのではない。いつも通りにまりもちゃんが講義している。
でもって俺がここに居る理由とは、207BのみんなにXM3の説明をしたからだ。
やっと、だな……ここからが本番だ。彼女たちには、強くなってもらわなければならない。俺も責任重大だ。

 「――という訳で、俺が戦術機の訓練を担当することになったんだ。改めてよろしくな」
 「「よろしくお願いします!!」」
 「それじゃ午前の講義は終わりだ。午後は衛士適正を調べるからな~~」

他の連絡事項をまりもちゃんに任せ、俺は教室の隅で待機し解散するのを待っていた。

 「――では各自、昼食は1時間前までに済ませ、ドレッシングルームに集合。以上だ。解散――」
 「あ、そうそう――」
 「「…………?」」

講義が終わり、まりもちゃんに続き退室しようとしたとき、俺は (もちろん演技だが) 何かを思い出したようにみんなの方に振り返って――

 「そういえば、今日は純夏が飯をいっぱい食いたいらしい――榊、たくさん食わしてやってくれな?」
 「………タケルちゃん?」
 「――え?は、はぁ…」
 「なんたって純夏は始めての適正検査だからな。昼飯をしっかり食べて、頑張ってもらおうじゃないか!!」

俺は両手を広げ少し大げさに話したあと、サムズアップ。
これで俺の意図は純夏を除く全員に伝わったはずだ。
もし、純夏がリーディングで自分の置かれている状況を知ったとしても、もう遅い。

 「「………………(ニヤリ)」」

よし!みんなの表情が変わった。
くくく…演習のことを散々自慢してくれた礼だ。しっかり受け取ってくれよ、純夏。



――ガシッ!!



 「榊さん!?―――――え?………ウソっ!?」
 「さ、彩峰。鑑をPXまで連れて行くわよ」
 「…了解」

良い連携だ。さすがだな、委員長と彩峰。あっという間に純夏を捕まえた。
これで完全に逃げられなくなっただろう。

 「鎧衣と珠瀬も一緒に鑑を連れて行きましょう。御剣は京塚さんに頼んで、ご飯をたくさん貰ってきて!」
 「「――了解!!」」
 「鑑…ゆるせ………」

お~お~、素晴らしい的確な指揮だ。それに即座に対応する隊員も見事と言う他ない。
前よりチームワークが良くなってる気がする……それはそれで寂しい。
――ちょっとだけのヤキモチと祝福を籠めて、冥夜に言う。

 「――冥夜、大盛りの最低2倍だぞ?」
 「………許すが良い…」
 「小隊、進軍開始!!!」
 「うわ~~~ん!!タケルちゃんのバカ~~~~~~~~~~~」

頑張れ、純夏。――俺は応援しているぞ…
連行されていく純夏を仏顔で見送りながら、俺は心の中で敬礼した。まりもちゃんには総戦技演習の合格祝いですよ、と言っておいた。



午後 ◇シミュレータールーム◇ 《Side of 冥夜》


強化装備を実装した207B訓練小隊が全員集合した。鑑は、その――申し訳なく思うが……
私は帝都で何度か訓練したことがあるのだが、強化装備にはまだ慣れない。
それに今回からはタケルにも見られるのだ。慣れなければならぬとは思っても、恥ずかしいものは恥ずかしい。

タケルと神宮司教官が行った適正検査は、前回のものとは全くの別物で、正直酷い目にあったと思わなくも無い。
教官2人が邪悪な笑みを浮かべていたような気がするが、気のせいであってほしい………
検査では、情けないことに気分を悪くしてしまった。というか、以前行ったときよりも格段に激しい動きだったので予想外だったというか……
私だけでなく榊や彩峰たちまでもが、顔色を悪くしてシミュレーターから降りてくる中、鑑だけが何事も無かったかのように降りてきたのを見たときは、我が目を疑った。
これが鑑が特別だという所以なのか――?

検査後に時間が余ったということで、神宮司軍曹がタケルに、自身の機動を見せてはどうかと進言した。
彼がそれを了承したので、初めて彼の実力を目の当たりにしたのだが、とても同じ人とは思えぬ動きであった。
神宮司教官も、あれほどの機動を行える衛士は稀だと仰っていた。

だとすれば――タケルはこの3年間、どのような経験をしてきたというのか。
3年という期間は人を変えるには十分すぎるだろうが…
一流の衛士に成長したタケルを頼もしく思う反面、一抹の寂しさも感じる。

 「あんな機動が出来るなんて……」
 「…とてもすごくすごい」
 「凄すぎですよ~~」
 「どうやったら、あんな機動できるの!?」

皆一様に驚き呆然とモニターに見入っている。かく言う私も同じようにしているのだが。
シミュレーターから降りてきたタケルは、私たちが尊敬の念を籠めて見つめていたため、多少照れたように笑っていた。
この後、神宮司教官から伝達事項を聞き一時解散となったのだが、私はタケルの機動のことで頭がいっぱいになり、周りが見えていなかったのだろう。

だから、シミュレーターの脇で何か考え込むようにしていたタケルと、それを心配そうに見つめていた鑑に、私は気付かなかった――



11月17日 (土) 夕方 ◇ブリーフィングルーム◇ 《Side of 武》


さきほど行ったA-01の連携訓練の反省会をしている。最近ではXM3に――というか俺の機動に慣れたのか、ほぼ問題なく連携をこなしている。
それに伴って、各々の実力も上がってきている。
……さすがに全員が相手の模擬戦はやらない。もう勝てません。

 「――なんか、やっと認めてもらえたって実感が湧いてきたよ」
 「私も~。長かったよね~~」
 「きつかった…」

涼宮や柏木など新任たちが何やら話していた。
どういうことだ?と口には出さなかったものの、俺の表情から考えていることを読み取ったらしい伊隅大尉が俺に教えてくれた。

 「やっと連携訓練で、白銀に及第点を貰ったからだろう。今まで容赦なかったからな」
 「……そんなに厳しかったですか?」
 「――厳しすぎよ!!アンタの機動について行くの、どれだけ大変か分かってんの!?」
 「自覚が無いとは。私たちを苛めて楽しんでいたのか………」
 「いっ!?ち、違いますって!」

ここぞとばかりに文句を言う速瀬中尉と、サラっと酷いことを言う宗像中尉。そんなに厳しかったか?
これからの戦いで、絶対に誰も失いたくないって思いから、無意識に厳しくしていたのかな。
――ま、訓練なら死にはしないし、みんなが強くなってくれたなら怨まれても良い。

 「――って速瀬中尉が言ってました~」
 「言ってないわよ!」
 「では――もっと苛めて欲しい!!でしたっけ?」
 「もっと言ってないわよ!!宗像~~~!」

なんていつも通り。また追いかけっこが始まってしまった。
うわ……宗像中尉ひでぇ。築地と麻倉を盾にして逃げたぞ………あ~あ~~巻き添え。
可哀相――と思っても助けには行かない。巻き込まれたくはないから。――ほら、柏木たちも非難した。

 「はぁ~~~涼宮、風間。任せる…」
 「あははは…了解です」
 「ふふ――了解ですわ」

さすがの伊隅大尉も面倒くさくなったのか、暴れている2人の手綱を握れる人物に託したようだ。
ちなみに俺もムリ。返り討ちにあって、お仕舞いです。

 「ほら、水月~~。あんまり暴れないの」
 「美冴さんも。あまり速瀬中尉をからかってはいけませんわ」
 「ぶぅ………」
 「ふふ、祷子の頼みじゃ仕方ないな――」

さすがだ。1発で収まった。

 「それじゃ、この辺で終わりにしますか?」
 「そうだな。――では解散だ」

伊隅大尉の号令で、それぞれ談笑を始めたり退出したりするのだが、俺は椅子に座ったまままだ動かない。
今日の訓練でも、あの違和感は無くならなかったから、データを見直しておこうと思ったのだ。

 「――どうした?」
 「いえ、少し気になることがあったんで、調べて行こうかと思いまして」
 「何かあったのか?」

伊隅大尉が声をかけてくれた。
ちょうど良い。少し聞いてみるか――自分では分からないかもしれない。

 「俺の操縦とか機動に変なところがなかったかな~と思いまして。なんか違和感があるんですよ、最近」
 「変なところ………?」

俺は伊隅大尉の言葉に頷きかえす。すると、大尉は顎に手を当てて沈黙してしまった。
どうやら、真剣に考えてくれているようだ。
伊隅大尉が考えてくれている間に、俺も過去のデータを見直そうとプリントアウトしておいてもらった書類に視線を落とした。

 「――な~~~~に今更そんなこと言ってんのよ!?アンタの機動が変なのは、最初からでしょ~~が!!!!」
 「あ、あが~~~~!?」

集中してデータを見直していたら、急に頭をグリグリされた。
俺の背後に居るので、その犯人の顔は見えないが、見なくても誰かは分かる。いつの間に後ろに回りこんだのか……速瀬中尉だ。

 「――今まで自覚していなかったのでは?自分が変人だと」
 「ぬぁっ!?」

今度は宗像中尉。
いきなり現れて酷いこと言わないでください……つーか、さっき出て行かなかったっけ?風間少尉と。

 「宗像中尉、さっき出て行きませんでした?」
 「あぁ、何やら面白そ――深刻そうな雰囲気だったから残った方が良いかと思ってね」
 「からかい足りなかっただけですね?」
 「――ふふふ。キミが何を言っているのか、私には分からないな」

誤魔化そうにも、誤魔化しきれない本音がポロリと出ている。
完全にロックオンされたようだ……獲物を見つけた獣の目だよ、これは――

 「――で、何してたの?」
 「白銀大尉の女性関係について、だったな」
 「「――!?」」

宗像中尉の冗談に大げさに反応したのは、麻倉と高原だ。ついでに築地も?
まさか本気にしたりしてないよな……柏木と涼宮は苦笑しているから大丈夫か?

 「――おっと。おやおや、どうしたのかな?お嬢さん方」
 「「…い、いえ、別に………」」
 「ふふふ――――ん、祷子どうした?」
 「――え?何かおっしゃいました?」
 「………………いや、何でもない――」

なんだか雲行きが怪しい。これ以上話が可笑しくなる前に、撤退しようかと思ったが無理なようだ。
なんせ速瀬中尉が俺の頭に腕を置いているから動けない。
というか中尉。俺って一応、貴女の上官なんですけど……

 「――コホン。話を戻そう。白銀の機動が変なのは、今に始まったことでは無いが…違和感があるんだったな?」
 「うそ~~~ん!?」

伊隅大尉、あなたもか。
他のみんなも頷いてる………泣きたい。

 「違和感?」
 「シクシク……」
 「――ほ~ら、泣き真似なんかしてんじゃないわよ!」
 「ふふ――お姉さんが相談に乗ってあげるから話してごらん?」

話さないとイジられて終わりそうだ。
さっさと話すのは、俺の心が耐えられなくなったからじゃない。断じて違う。
そこだけは勘違いしないで欲しい。

 「不知火――に限らず、戦術機を操縦していると、違和感――って言うのか分からないんですけど、何か変なんですよ」

どう変なんだ?という問いに、思い通りに動かせてないというか、ズレみたいなものを感じていて、操縦していると気持ち悪くなるときがある……
――など感覚的なものを説明するが、自分自身ピッタリ当てはまる言葉が見つからないので、みんなもどう答えていいのか悩んでいるようだ。
 
 「ふ~ん――そういう風には見えなかったけど。アンタの気のせいじゃないの?」
 「俺も初めはそう思ってたんですけどね………その違和感、ずっと感じてるんですよ」
 「いつ頃からなのよ?」
 「……より顕著になったのは、8日に出撃してからですね」

俺は速瀬中尉の質問に、少し考えてから答えなければならなかった。
ずっと違和感を感じていたので、いつから異変が起きたのか分からなくなってしまったからだ。

 「1週間前くらいか。――ん?よりって事は、それよりも前から感じていたと?」

俺は宗像中尉の推測に頷き返した。
そう――8日に出撃するまでは、大して酷くは無かった。
しかし、あの一件以来とにかく酷くなる一方で、いい加減困っているのだ。

 「それで、データを見てみようと思ったんですよ」
 「なるほどな。しかし、さきほど速瀬も言っていたが、外から見ている分にはいつもと変わりなく変だったと思うぞ?」
 「んがっ!?」
 「ですよね~~~」
 「ふふふ――」

真面目に相談してたのに、結局遊ばれんのかよ。俺ってこういう役回りなのかな…

 「シクシクシク…」
 「まぁ冗談はさて置き、本当に変わりなかったと思うぞ?」

伊隅大尉の言葉に、速瀬&宗像両中尉が頷いた。
むぅ…じゃあ一体なんなんだ?あの気持ち悪い感覚は――
その後、みんなにも協力してもらってデータを過去の分と比較したのだが、許容範囲の誤差があるのみでデータ上に目立った変化はなかった。
結局、心因的のものではないか?ということで落ち着いたので、みんなに礼を言いブリーフィングルームを出た。



《Side of 水月》


 「――随分と悩んでいたようだったな」

白銀を見送った後も、ブリーフィングルームを出て行かずに何かを考えていたようだった伊隅大尉が重々しく口を開いた。
大尉の言葉に、まだ残っていた面々も同意するように頷いている。もちろん私も。
普段、私たち全員を相手に模擬戦をしてもケロッとしていた男が、あんな風に悩んでいるところを見せられては、相談に乗る側としても深刻になるだろう。
私も概その通りだけど、少しだけ違った。

 「ムカツクわね――」

おそらく、私と同じ心境の人はこの場に何人か居るはずだ。その証拠に、私の言葉でニヤリとした者が居た。
隣に居た遙は「何言ってるのよ~~水月~~~」と非難がましい視線を向けてくれている。
私が何に対して腹を立てているのか分かっていないようね。

 「白銀は思い通りの機動が出来ていないって言ってたのよ?それって本気を出せてないってことよね?……私たちと戦って勝っておきながら」
 「あ――」

そこまで言って、ようやく遙は納得したような声を出した。
私は途中までしか言っていないけど、付き合いの長い遙は察してくれたようだ。

 「白銀大尉が本気を出せていないことにも怒っているけど、それ以上に、そんな大尉に勝てない自分に腹を立ててるんだね、水月は」
 「………はっきり言わなくてもいいじゃない」

あはは~~と笑って誤魔化す遙に、今度は私が非難がましい視線を向けた。
実際、遙の言うとおりだけど、そうはっきり言われると恥ずかしい。ほ~ら、また宗像がニヤニヤしてるじゃないの。
宗像に何か言ってやろうかと口を開こうとしたが、他の人の言葉に遮られて言わずに終わってしまった。

 「速瀬の負けず嫌いは相変わらずだが、今回は私も同感だな――」
 「「――え?」」

そう言ったのは、最初に重々しく口を開いた伊隅大尉だった。
また宗像が何か言うと思い、迎撃体制をとっていた私は想定外の方向からの言葉に虚を衝かれた。
それは私だけじゃないみたいで、伊隅大尉に視線が集中した。

 「何だ、意外そうな顔をして。涼宮の言っていた通りだろう?実際に、私たちが把になって掛かってもヤツ1人になかなか勝てないのだからな――悔しいじゃない?」

大尉は戯けたように肩を竦めて言う。
その様子は先程、重々しく白銀の様子を気遣っていたときのものとはまるで違うので、誰も反応出来ずに固まってしまっている。
あの宗像ですらも――そして、伊隅大尉はそんな私たちの様子を知ってか知らずか (おそらく知って)、構わずに続ける。

 「――そこで、だ………少し考えていたのだが、私たちも特訓しようじゃないか。あのバケモノに勝つために」
 「「特訓?」」

あのバケモノとは言わずもがな、アイツのことだ。
それより大尉は何をするつもりなのか…

 「通常の訓練が終わった夜間、と言ってもあまり遅くならない程度にだが、シミュレーターによる各種訓練を実施する――無論、全員強制参加だ。反論は許さん」
 「「――!!」」

白銀には絶対に教えるな、と付け加えた大尉は副司令に許可を貰いに行くと残し、ブリーフィングルームを出て行ってしまった。
強引に話を進めた感じだったから、伊隅大尉も相当悔しかったのかもしれない。それにしても、特訓か――見てなさいよ~~~白銀。必ずギャフンと言わしてやるわ!


そして、この日から本当にA-01夜間特訓が開始されたのだった………



[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第9話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2011/10/18 21:53
11月19日 (月) 午前 ◇格納庫◇ 《Side of 冥夜》


今日、私たちの練習機が搬入されてくる。
それが嬉しくて早くに目が覚めてしまった私は、居ても立っても居られず格納庫へと来てしまった。
総戦技演習に合格してから、まだ日も浅いがシミュレーターを優先して使用することが出来るために、順調に練度を上げている。
もちろんタケルのおかげであることは、言うまでも無い。

訓練時の彼は普段とは別人のように厳しくなるのだが、訓練の内容は素晴らしいので誰も不満は漏らしていない。
初日に見たタケルの機動は、今の私たちでは出来るはずも無いが、アレを出来るようにすると宣言されてしまったので、私たちは必死に訓練をしている。
格納庫に来ると、他の面々も来ていた。おそらく私と同じ理由なのだろう。
彼女たちと軽く挨拶を交わしてからハンガーを見やると、97式戦術歩行高等練習機“吹雪”の搬入が開始されていた。

アレを動かせるのだと思うと、期待に胸が高鳴っていくのが分かった――



《Side of 武》


今日は訓練兵たちの練習機が搬入されてくる日だ。もしや…と思い来てみると、案の定揃いも揃って見に来ていた。純夏は居ないようだが。
夕呼先生のとこにでも行ったのかな?アイツが1人でPXってことは無いだろうし。

 「敬礼――!」

俺に気付いた委員長が号令を掛けたので軽く答礼して、搬入されたばかりの吹雪を見上げた。
さすが夕呼先生。今回も程度の良い吹雪を持ってきてくれたようだ。

 「こんなに早く見に来なくたって、吹雪は逃げたりしないぞ?」
 「逃げるかも」
 「――逃げねぇよ」

まったく………彩峰は相変わらずだ。

 「――ふふふ。彩峰も楽しみにしていたのだろう?」
 「…まね」
 「残念だが、今日は乗れないぞ?整備と個人調整とかあるからな」

まぁ、どの程度の整備で使えるようになるかは、聞いてないから何とも言えないけどな。
あとで調べておくか。

 「好きなだけ見てて良いけどな、訓練に遅れないようにしろよ?」
 「「了解」」

俺はPXでメシを済ませようと踵を返したが――ん?何か足りないような………
あぁ、アレか!
――え~と、今回は来てないのかな?
ハンガーを見回すと、ちょうど良く例のアレが搬入されてくるところだった。

来たな、 武御雷…

 「――♪」

そっと冥夜の顔色を窺うと、何処か嬉しそうにしている。前は良い顔をしていなかったのに。
俺はとりあえず武御雷の近くに行こうと歩き出した。最後に護ってくれた機体でもあるし………俺も少なからず思い入れがある。
俺が武御雷の方に歩き出すと冥夜もついて来た。やはり気になるのだろう。

 「――武御雷。将軍専用のか」
 「うむ――」
 「…なんか嬉しそうだな?武御雷が搬入されて来たこと、そんなに嬉しいのか?」
 「いや、そういう訳では――いや、結果的にはそうかもしれぬ」
 「?――どういうことだ?」
 「ふふふ――」

俺の問いに冥夜が答えるより早く、俺たちは武御雷の足元に着いてしまった。俺と冥夜は並んでその姿を見上げる。
やっぱスゲェ……日本が世界に誇る戦術機。
俺、乗ったことないんだよな………昔ちょっと乗ったような?よく覚えていないのが悔しい。ちゃんと乗ってみたいけど、そんな機会あるわけねぇよな~~~~。

…ん?武御雷のカラーリングが以前見たときと少し違うか?紫をベースに青系の色が各所に配されているな。
そーいや、剛田の機体もベースの色に違う色を使ってたっけ。

 「――冥夜様」
 「!――月詠……」

そして忘れちゃいけない、この御方。
月詠さん、お久しぶりです。……ついでに3バカも。
あ~~、また死人扱いされんのかなぁ…

 「冥夜様、遅ればせながら総合戦闘技能評価演習、合格おめでとう御座います」
 「「おめでとう御座います」」
 「うむ――」
 「――武御雷を御用意致しました」

――ん?言いながら、月詠さんが俺のことをジッと見ている。何だ?

 「白銀大尉、ですな?」
 「――!…えぇ、そうですが」
 「………………」

来るか?まだ冥夜が居るんだぞ!?
死人が――などと言われると思って身構えた俺に向かって、月詠さんが口を開いた。

 「よくぞ御無事で。武殿」
 「――へ?」

何ですって?
よくぞ御無事って……死人云々じゃないのか?――っていうか、武殿ぉぉ!?
月詠さんの予想外の言葉で、俺が用意していた言葉は使用不能となってしまった。

 「3年ぶりで御座いますね。随分と逞しくなられたようで――」
 「っ!――あ、えぇ、そうですね。月詠さんもお元気そうで何よりです」
 「ありがとう御座います」

あぶねぇ……慌てて話を合わせたけど、不振がられてないよな?
今の月詠さんは、元の世界の月詠さんみたいな雰囲気だ。懐かしいな――
それにしても、今回のループは違うことが起き過ぎだな……俺の記憶と違うことが起こり過ぎると、記憶の価値が無くなってしまうんじゃないのか…
記憶と違う事が起き続ければ、最悪の場合、また誰かを失うことになるかもしれない。――そんなのは絶対に嫌だ。

 「――武殿、どうなされました?」

月詠さんの顔を見ながら考え事をしてしまっていたようだ。

 「――あぁ、すみません。久しぶり月詠さんに会えて嬉しかったんですよ」
 「あら――ふふ、ありがとう御座います」
 「ム…」
 「――!コホン――武殿。悠陽様より、ふみを預かっておりますので読んで頂けますか?」
 「分かりました………って、悠陽?………………煌武院悠陽殿下?」
 「はい。こちらです――」

月詠さんに手渡されたのは、とても凄く立派な便箋。こんな凄い手紙を貰ったの初めてだな……しかも相手は将軍様と来たもんだ。
どれどれ、一体何が書いてあるのやら――

 『白銀武殿。――先日の、そなたが無事であったという報せは、私のこれまでの人生で最も心を躍らせるものでした。
  そなたと離れ離れになってしまった3年前、私たちは自らの半身を失ったかのような喪失感を味わいました。
  それからというもの、あらゆる手段を講じ、そなたを探しておりました。妹の冥夜も私とは違う手段で武殿を探す、と国連軍に入隊しました。
  そこで私たちは、どちらが早く武殿を見つけることが出来るか、という勝負を始めました。結果はそなたも知っての通りなのですが…
  私よりも先に武殿を見つけた冥夜に褒美として、武御雷を送りました。冥夜のこと、宜しくお願い致します。

  追記――
  武殿、一刻も早くお会い出来ることを切に願っております。近々、冥夜共々帝都に御越し下さいます様。何卒、お願い申し上げます。――煌武院悠陽』

なんだこりゃ……
要するに、冥夜の方が先に俺を見つけたから武御雷を送った。それより早く会いたいから帝都に来い―――ってこと?
あの将軍殿下、こんな人だっけ…?

 「ふふふ――姉上はよほど悔しかったと見える」
 「はい。大層悔しがっておられました。真耶(まや)が宥めるのに苦労するほど――」

脇から手紙を覗き込んでいた冥夜と月詠さんが何か話しているが、俺はまったく聞こえていなかった。
あまりの内容に呆然としてしまったのだ。

 「どうした?タケル」
 「――え?………いや、何でもない…ぞ?」

俺を見つけたご褒美で武御雷を送ってきたのか!?と呆れてたとは言えない。
実はとんでもない人だったのか?将軍殿下は――
前の世界で話した感じだと、とてもこんなことをするような人には見えなかったんだが……これもループの影響なのか。

 「なるべく早いうちに帝都に連れて来るようにと、勅命を受けておりますので――」
 「ふむ…訓練の合間を縫って行くしかあるまいな。タケル、何とかならぬか?」
 「――あぁ、そうだな。ここまで言われて行かないわけにはいかないよな。なんとかスケジュール組んでみるよ」
 「お願い致します。――では冥夜様、武殿、私たちはこれで――」

そう言い、ピシッとした礼をして去って行く月詠さん。3バカも同じように礼をして去って行った。
その後しばらく武御雷を眺めていたが、整備の邪魔になるとマズイと思い、俺たちもハンガーを出た。

…帝都に行く件、どうしようか。行かないとマズイ雰囲気っぽいな――



11月20日 (火) 夜 ◇香月夕呼執務室◇ 《Side of 夕呼》


今日の私は機嫌が良い。どのくらい良いかというと、思わず年下に手を出しちゃうくらい機嫌が良い。ほんと、最高!

 「………………(ゴシゴシ)」

襲われた年下、もとい白銀がキスの嵐で凄いことになった顔を拭いながら、椅子に座った。
彼が、「またかよ――」と呟いていたのは聞かなかったことにする。

 「…なんでそんなに機嫌良いんです?」
 「いや~~これぞ、やってやったって感じよね~~~」
 「………なんかあったんすか?」
 「XG-70――アレの引渡しの問題が、ほぼ解決したのよ。大変だったわ~~~」
 「マジっすか!?」
 「マジよ~~~。近いうちに搬入されてくるわ」

そして白銀語をも簡単に使いこなす頭脳。天才やってて良かったわ~~。

 「――アメリカ相手に……凄いですね」

本当に大変だったわよ。頭の固い狸爺たちを相手に………第5計画推進派の妨害もあった。
感謝なんてしたくないけれど、アレを仲介役に立てて正解だったわね。

 「中身の開発も順調だし、これで作業が一気に進むわ。鑑にもアンタにも、これまで以上に動いてもらうわよ?」
 「――はい」

真面目な顔は意外と――いやいや、年下相手に何を考えているのか。
相当浮かれているのかもしれない……そういえば、1つ気になることがあった。

 「ねぇ、アンタ最近調子悪いらしいじゃない?」
 「――え?」
 「鑑に聞いたのよ。あの娘、タケルちゃんが何か悩んでるみたいなんです~~って、私んとこ来たのよ?」
 「ははは……そうなんですか」

鑑に聞いたところに寄ると、白銀は訓練が終わるたびに、何か考え事をしているらしかった。
リーディングしてみたが、よく分からなかったと言って私のところに来たのだ。よっぽど、白銀のことが心配なのだろう。
気分が良いから相談くらい乗ってあげるつもりで、この話題を振ってみたのだが肝心の白銀は黙り込んでしまった。

 「ちょっと~~~。せっかく聞いてあげてるんだから、答えなさいよ」
 「その――自分でもよく分かってないんですよ」
 「どういうこと?」
 「戦術機を操縦すると違和感というか…とにかく変な感じがするんです。それがずっと続いてて………」

違和感ねぇ……スランプかしら?
衛士にスランプがあるのかどうかも分からないけど。珍しいこともあるものね。

 「心因的なもの?」
 「――だと思ってます。ヴァルキリーズでの訓練のデータを洗い出したんですけど、何もおかしいところは無かったですから」
 「そう…腕が前より落ちた、とかじゃないのね?」
 「はい――むしろ、腕は以前より上がったかもしれません」

ヴァルキリーズには、負けないようにしてるつもりです――そう白銀は付け加えた。
伊隅たちを相手にこんなことを言えるのは、この男くらいだろう。
腐らせるには惜しい人材なのだから、助けられるなら助けてあげたい。決して口には出さないが、彼らには助けられてばかりなのだ。
ピアティフに白銀のデータを持ってこさせるように指示を出し、私は他のやるべき仕事に戻った。



11月22日 (木) 夜 ◇シミュレータールーム◇ 《Side of 遙》


 『――違う!あの状況では――』
 『今みたいな場合は――』
 『――こういうときって………』

今日で何日目になったか、深夜の特訓はこの日も行われている。
この特訓中はシミュレーターに乗ると、ちょっとやそっとじゃ降りてこない。
この間なんか、水月だけが訓練が終わってもシミュレーターから降りてこなくて、何かあったんじゃないかって心配して外側からハッチを開けたら………………中で寝てた。
他の人も、同じようなことが何回かあった。
みんな過労でダウンするまで、特訓に特訓を重ねている。

 「オーバーワークだということは百も承知。それでも強くならなければ――」

――とは、伊隅大尉の談。
伊隅大尉の話だと、神宮司教官も休日返上でシミュレーターに籠っているらしい。
先日、大尉がシミュレータールームで偶然教官を見かけ、話を窺ったところ、出来るだけ慣れようと訓練を続けてると仰っていたらしい。
その話を伊隅大尉が私たちにしてから、みんなの顔色が変わった。
元教官がそれだけ必死になって訓練しているのだから、自分たちも負けていられない――と。

気合の入ったヴァルキリーズの特訓は、質も量も格段に良くなり、個々の技量も着実に上がっている。
負けず嫌いばかりの隊だから、神宮司教官の件で余計に気合が入ったみたい。
私はそんな隊員たちの訓練を見守りながら、自分の仕事を続けた。



11月24日 (土) 午後 ◇市街地演習場◇ 《Side of 慧》


今、私たちは市街地演習場で模擬戦を行っている。編成は――

 『――04!御剣が来てるわよ!!』
 『――彩峰さん、援護するよ!』

榊と鑑。なんで榊と……と昔なら思ったはず。最近は向こうも話が通じるようになってきたから、前ほど嫌悪感は無い。
これも鑑の影響かもしれない。彼女の加入は、私たちにとってプラスになったということだろう。
そのおかげで、一度は失格となった総戦技演習にも合格できた。


――――ビーッ!ビーッ!


考え事に夢中になっていて接近警報が鳴っているのに気付くのが遅れた。
鎧衣を相手にしている内に、御剣が長刀を装備して私の左側から突っ込んできていた。
私は右手に突撃砲を装備しているため、このまま御剣と近接戦闘になるのは避けたいけど、御剣がその隙を見逃すはずもなく、死角へと回り込みながら接近してくる。

突撃砲で牽制するが、遮蔽物が多い市街地での演習ではさほど意味を成さない。
そして私は後退を余儀なくされる。このまま後退を続ければ、袋小路に追い込まれてしまうが、私は後退を続ける。
鎧衣は距離を保ちながら御剣を援護しているようだ。珠瀬に動きが無いのが気になるけど、今は現状を打破しなければならない。
ついに袋小路が目前に迫ってきた。
タイミング合わせることを考えると、チャンスは今しか無い――

 「――行くよ」

ポツリと呟くと同時に、近接格闘を仕掛けてきた御剣を最大噴射で後退しながら引き離し、袋小路に飛び込んでから噴射跳躍で一気に機体を上空に飛ばす。
私を追ってきていた御剣には、私が消えたように見えたはずだ。だが、御剣も私が跳躍したことに、すぐに気付いたのだろう。
即座に反応して攻撃を仕掛けてきた。それに対して、私は空中で短刀を装備する。
さすが御剣。接近戦は侮れない――だけど残念。

御剣と接触するギリギリのタイミングで二次跳躍。私は御剣の攻撃を回避し、背後に回り込む。
相手が旧OSだったら、これで勝負は決していたはず。だけど今はOSの差は無い。
私もなかなかのタイミングで跳躍したと思ったけど、タイミングをズラされても御剣からは動じた様子は感じられず、振り向きざまに長刀を横薙ぎに振ってきた。
御剣はこの狭い場所で長刀をこれだけ使えるのか……私にはムリだね。
御剣の斬撃を短刀で辛うじて受け、そのまま機体同士を接触させて御剣の動きを鈍らせる。もちろん私も唯一振り回せる短刀を防御に使っているため動きようが無い。

ま、いっか………私は囮だしね。

 「今――」
 『――了解!』

私の声に合わせるようにして、遮蔽物の陰から01 (榊) が飛び出す。そして榊は御剣に模擬弾を浴びせた。

 『御剣機、動力部に被弾。致命的損傷、大破――』

神宮司教官のアナウンスで御剣が撃破されたことが伝えられた。これで近接戦闘での脅威は無くなった。
まだ珠瀬と鎧衣が残っているが、なんとかなる気がするけど……
とりあえず今は一言だけ呟いておく。

 「…01、遅い」
 『――あ、あなたが早いんでしょう!?』
 『まぁまぁ2人とも~~~』

以外――と言ったら失礼かもしれないけど、鑑の腕前は射撃も格闘もなかなかのもの。
おまけに、私と榊のバランスを上手くコントロールしている……と思う。
午前のシミュレーター訓練でも、良い動きをしていた。そういえば彼女の機動は、どことなく白銀――大尉の機動に似ている気がする。まぁ気のせいだと思うけど。
それにしても、意識していないと白銀大尉が上官だということを忘れてしまいそうになる。大変大変。
ここのところ御剣たちの話を聞いていたせいだね。

 『彩峰さんがちょっと早くて、榊さんがちょっと遅いんだよ。――こう、ギューンって行ったら、こっちはグワーって感じ!』
 『鑑、余計に分かりづらくなったわ……』
 『え~~~?そうかな~~………』
 「分かる。ふむぅ~な感じ」
 『ん~………………そんな感じ、かなぁ?』

鑑からは私と近しいものを感じる。良いセンスしてるね、鑑。
榊は盛大に溜息を吐いたけど気にしない。

 『――珠瀬機、捕捉!04(彩峰)は私と珠瀬を、06(鑑)は鎧衣を!!』
 『りょうかい!』
 「…了解」

とりあえず考え事は後回し。今は集中しよう――



◇ ◇ ◇



模擬戦は私たちが勝った。うん、連携も悪くなかったと思う。
御剣を撃墜する前後に、珠瀬に動きが無かったのは鑑が撹乱しててくれたからしい。やるね――
白銀大尉が考案したOSはホントに凄い。初めは、遊びが無さ過ぎて簡単な移動すらままならなかったけど、慣れると別世界。
自分の手足のように~~という表現がピッタリ。
でも、それでも彼の機動にはまだまだ追いつけない。白銀大尉は同い年なのに、あそこまで凄いと尊敬を通り越して呆れるね。バケモノ。

 「――で、明日は休日な。俺と御剣は用事があって、明日から帝都に行って来る。帰ってくるのは月曜の夜になると思うから、月曜の訓練に御剣は参加しないと考えてくれ」

なんだろう。大尉が御剣と帝都に行くと聞いたとき………気のせいか――



夜 ◇神宮司まりも自室◇ 《Side of まりも》


今日の207の訓練を見て確信した。あの子たちは、個々の能力はA-01に匹敵しているかもしれない。
以前、白銀大尉が言っていた通りの成長をしている。

 「複雑ね……あの子たちの能力をちゃんと把握できていなかった、という事よね――」

彼と初めて会ったあの日、私から教え子のことを聞いた彼は迷わず、「彼女たちは強くなりますよ」と言っていたのだ。
私の話だけで、あの子たちの力量を把握できたとすれば、彼は夕呼と同じ天才という部類の人間なのかもしれない。
――いや、そうなのだろう。既存の概念を根底からひっくり返すOSを開発したり、衛士として完成されつつも、依然として伸び続ける技能。
あの年であれほどの技量を身に付けているのだ。天才で無くて、なんだというのだ。

しかし最も重要なのは、彼が時折見せる愁い帯びた表情――
その表情、普段は決して見せることは無いけれど、ふとした拍子に見せることがあり、それを見るたびに、その………不謹慎ながら、抱きしめてあげたくなる。
私の中の何かがグッと刺激される。夕呼の言っていた通りになりそうね――
親友の言った通り、白銀武という男性に惹かれ始めている。一回り近くと年が離れている少年であり、上官の彼に。

2日だけなのだが、顔を合わせられないことに多少の物悲しさを感じながら、私は眠りについた。



◇横浜基地・90番格納庫◇ 《Side of 武》


久しぶりに足を踏み入れたこの場所は、相変わらずバカみたいな広さだった。

 「――あら、来たの?」

何かの書類を挟んだバインダーを片手に、指示を出していた夕呼先生が俺に気付いて声をかけてくれた。
相変わらず仕事しまくっている。休んでるところを見たことが無い気がする。この世界の夕呼先生は………

 「なんか気になっちゃいまして――」
 「そ。これから組み立て作業に入るから。忙しくなるわ~~~」

と言いつつも、どこか楽しそうな様子の夕呼先生。さすがだ……
キャットウォークから格納庫を見回すと、大小様々な部品が大量に搬入されてきたのが分かる。
シートに包まれていたり、剥き出しだったりとまちまちだ。

 「これで2機分のなんですか?」
 「えぇ――まぁ、向こうじゃ開発なんてしてなかったから、中身なんて空っぽ同然。こっちで開発してたのと合わせると、まだ増えるわ」
 「それでこの量っすか………」

つくづく途方も無い機体だな、凄乃皇シリーズは。
今日の昼頃、凄乃皇が搬入されてくるという話を聞いていた。
自分が行っても邪魔になるだけだろうから、格納庫には行かないと思っていたんだけど、やっぱり気になって降りてきてしまった。
弐型も四型も、この90番格納庫も、あまり良い思い出は無いな………
とにかく、今回は完全な状態で出撃できるようにしてもらわないといけない。弐型はともかく、四型だけは何としても完全にしてもらいたい。

 「間に合わせるわよ、必ず――」
 「先生……」

夕呼先生に考えていることを読み取られたかと思った。
この人が間に合わせると断言したんだ。心配なんて必要ないだろう――

 「それよりアンタ、明日から帝都に行くんでしょ?――さっさと休んだら?」
 「そうですね……そうします」
 「――気をつけて行って来なさい」
 「先生もちゃんと休んでくださいね?」

俺の返事に、暇があればね――と答えた先生は、再び作業に戻ってしまった。
どうせ徹夜するんだろうな、夕呼先生………



[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第10話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2011/10/18 21:53
11月25日 (日) 午前 ◇帝都城◇ 《Side of 月詠真那》


早朝、横浜基地に迎えの者が到着し、冥夜様と武殿、そして私は帝都へと戻ってきていた。
此度の帝都への召還は、悠陽様――日本帝国征夷大将軍・煌武院悠陽殿下のワガマ――コホン………要望に御答えしてのものである。
ひと月前、横浜基地に忽然と姿を現した白銀武。3年前、京都陥落より消息が掴めなかった彼が何故、横浜基地に現れたのか。

私が独自に調べた結果、彼の第4計画の最高責任者である香月夕呼の腹心として活動していたようなのだ。
城内省のデータベースを再度確認したが、死亡扱いにはされていなかった。
3年ぶりに再会した彼は、昔の名残はあるものの別人のように逞しくなっていた。衛士としての腕前も一級品であると聞き及んでいる。
やはり…血は争えないということなのか――

帝都に到着してから、冥夜様がお戻りになったという事で、多少の騒ぎはあったものの、特別には何事も無く謁見の間に着くことが出来た。
城内では、冥夜様と共に歩いている武殿を奇異の目で見る者が多かったようで、彼は萎縮してしまったようだった。
謁見の間では、私の従姉であり殿下の侍従を務めている真耶(まや)が私たちを出迎えた。

 「お待ちしておりました、冥夜様。――白銀武殿」
 「うむ。姉上は?」
 「既にお待ちになっております」
 「――分かった。行こう、タケル」

戸惑った様子で真耶に会釈する武殿の手を引き、冥夜様は先に行ってしまわれた。
後を追おうとすると、マヤに引き止められてしまった。

 「――よく見つけたわね。情報省を持ってしても、見つけられなかったというのに」
 「冥夜様と私が見つけたのは偶然。彼の方から現れたのよ――」

実際は私たちもお手上げだった。
冥夜様は決して口にしなかったが、近頃は手掛かりも無く、諦めかけていた御様子だったのだ。

 「過程はどうあれ、悠陽様がお喜びになっているのだから問題ないわ」
 「もう、そんな言い方は――」
 「それにしても、だいぶ変わったわね――」

マヤは冥夜様たちの方を見て、ポツリと呟いた。

 「3年ですもの――それだけあれば人は変わるわ」

マヤは私の言葉に、そうね――とだけ返し、先に行ってしまった2人を追ったので、私もそれに続いた。



◇帝都城・謁見の間◇ 《Side of 武》


俺は今、猛烈に緊張している。将軍殿下が目の前に居るからだ。
しかも殿下は、俺のことをジ~~~~~っと見ていたりする。

 「殿下、御尊顔を拝謁させて頂き、恐悦至極で御座います」
 「………………」
 「――姉上?」
 「どうしました?冥夜」
 「タケルが姉上に会えて、嬉しいと申しておりますが?」
 「えぇ、そのようですね――」

あれ――なんか間違ったこと言った?
言葉遣いが変だったのかも………殿下からオーラが、しかも凄く黒いオーラが出たように感じるんですけど…

 「はぁ~~~……姉上、あまり露骨に拗ねない方が宜しいかと」
 「――!!わ、私は別に拗ねてなど――」
 「――へ?」

どういうこと?…拗ねる?
とてもすごく焦り、冷や汗を流しまくっている俺に、冥夜が小声で話しかけてきた。

 「姉上は、そなたに殿下と呼ばれたことが不満なのだ(ボソボソ)」
 「は?――いやいや、殿下を殿下って呼ばないで、誰を殿下って呼ぶんだ?(ボソボソ)」
 「違う。そういうことでは無くて……名で呼ばれたいのだ姉上は――(ボソボソ)」

…ナ?――名前?
俺に政威大将軍殿下を名前で呼べと?何を仰っているのかな、冥夜さん。そんなこと一般人の俺が許されるんですか?

 「いいから早く呼ぶのだ!姉上が本気で拗ねる前に――(ボソボソ)」
 「………………」
 「うわ――どんどん頬が脹れてってるじゃねぇか(ボソボソ)」

しかも俯き加減でこっちを見上げていうので、少し睨むようになっている。
なんか可愛いな、殿下――って、何を考えてるんだ。相手は殿下だぞ。しかし呼ばないと、この窮地は脱出不可能な気がするし――――
えぇい、ままよ!!!!

 「あの………ゆ、悠陽…さん?」
 「………………」

あれ――あんまり変わらないじゃねぇか。冥夜、謀ったな冥夜!!
俺が泣きそうな目で冥夜を見ると、それを受けた冥夜は心底ヤレヤレといった様子で、殿下に話かけた。

 「――ふぅ…姉上も、そろそろ宜しいのでは?」
 「致しかたありませんね………ですが――」

言葉を切った殿下が、立ち上がり近づいてきた。
そして、殿下の正面に座していた俺の下へ、スっと寄り――

 「武殿――どうか、かつてのように悠陽と御呼び捨てください」

縋るようにして俺に懇願してきた。
しかも内容は、呼び捨てにしろと来た。

 「――は……え!?いや、しかし――」
 「どうあっても、この願いは叶わぬのでしょうか………」

目をウルウルとさせ見上げてくる様子は、はっきり言って反則だ。

 「武殿………」 (ズイッ)
 「あの………………」 (汗)
 「武殿………」 (ズイズイッ)
 「いや………………」 (焦)
 「武殿………」 (ズイズイズイッ)

そしてだんだん近づいてくる。
容姿が整っているだけに、相当な威圧感がある。もうお互いの吐息がかかるくらいの距離だ…殿下って凄く良い香りがするんだな~~………
って、そうじゃなくて――
すがるようにお願いしてくる殿下。俺はついに折れることにした。
これ以上、殿下――悠陽に悲しそうな表情をさせたくないよ。

 「ゆ、悠陽――」
 「――っ!!!~~~~~~~~~~~~~♪」

呼んだ瞬間に悠陽は真っ赤にして、ウットリとした表情で頬を両手で挟みフルフルと首を左右に振った。
よほど嬉しいのだろう。そんな悠陽の様子に苦笑していると、俺と悠陽の間に突然、冥夜が割り込んできた。

 「――コホン。姉上、そろそろ落ち着かれては?タケルも困っているようですので」
 「あら、私にはそうは見えませんが?」

と言い簡単に冥夜を突破し、俺に身体を寄せてくる悠陽。
もはや密着していると言った方が良いだろう。またもや良い香りが鼻腔をくすぐる。

 「ぬっ!姉上~~~~~!!」
 「――をぉうっ!?」

それに対抗するためか、俺の腕を取りグイっと自分の方に引き寄せる冥夜。柔らかな感触が腕を包んでいる。嬉しいけどヤバイ――
なんとなくマズイ状況になると本能で察知した俺は、助けを求めようと月詠シスターズの方を見ると、シスターズは微笑を浮かべるだけであった。
――助ける気ねぇよ、あの人たち………

 「姉上――タケルを見つけたのは私なのですぞ?」
 「――いいえ、冥夜。武殿と私は天命なのですよ?」
 「あ、あの――ちょっと……」
 「――それは違います。絶対運命で結ばれているのが私だからこそ、タケルは私の――」
 「冥夜、何度も申しましたが――」
 「あのさ――」

こ、こいつら人の話を聞きやしねぇ………俺を挟んで言い合っているもんだから、左右から良い香りと素晴らしい感触が――嬉し…じゃなくて!
そろそろマジ助けてください……
冥夜はまだしも殿下――悠陽がこんな人だったとは思いもしなかった。

 「――悠陽様、冥夜様。そろそろ御止めになった方が宜しいかと。武殿がお困りの様子ですので」
 「おや――致し方ありませんね…」
 「む――致し方ない…」

どのくらい双子に挟まれていたのだろうか――それも分からなくなった頃、月詠さん(マヤさんの方) が助け舟を出してくれたおかげで、2人とも離れてくれた。
助かった………というか、2人して同じ反応したな。さすが?双子だ。

 「武殿――改めまして。お久しぶりで御座いますね――」
 「――!」

俺から少し離れた悠陽が、三つ指をついた。

 「!そういうのは――」
 「――ほほほ。このような畏まった礼に弱いのは相変わらずのようで、安心致しました」
 「ぬぁっ!?」
 「あ~ね~う~え~!!!」

またもや密着。
今度は正面から……なんかもう無限ループな気がしてきた。
でも…冥夜も悠陽も、月詠さんたちも笑顔だから良いか――



午後 ◇帝都城・格納庫◇ 《Side of 冥夜》


しばらく姉上と2人でタケルと戯れ、昼食を摂った後、姉上が公務をこなさなければならぬということで、私と月詠でタケルに帝都城内を案内することとなった。

 「――こちらが斯衛軍、第16大隊専用の格納庫です」
 「専用、ですか」
 「はい。――武御雷の整備には少々特殊な環境が必要で御座いますので」

それから月詠は、将軍家及び五摂家縁者の傍に控えていなければなりません――と付け加えた。
このハンガーは特別で、見渡す限り武御雷だけだ。その武御雷が数列、それぞれ2列ずつが向かい合うようにして直立している。
――そのあまりの迫力に圧倒されてしまった。手前が黒と白、奥が赤や青。奥に行くほど衛士の階級が高い。
一番奥の将軍専用機である紫の武御雷は、とある事情により出払っているが。

 「凄いな――この眺めは………」
 「ふふ……確かに壮観だ」

キャットウォークの手すりから身を乗り出すようにして、ハンガーを眺めていたタケルの傍らに立っていた私も、目の前に広がる壮大な景色に目を奪われている。
タケルは吸い寄せられるようにフラフラと奥の方へと進んでしまう。
チラっと見えた程度だが、タケルの表情はキラキラと輝いているようだった。

 「――タケル待つのだ!…まったく――」
 「以前にも同じようなことが御座いましたね」
 「うむ――だが、変わっていない部分があるのは、嬉しくもある………」

これは私の本心だ。数年ぶりに再開したタケルは、立派な衛士として成長していた。
それを頼もしく思うのと同時に、寂しいと思ったのも事実。
故に、ああいう無邪気な一面が顔を出すと懐かしく感じ、安心するのかもしれぬ。

 「――ん?…どうしたのだ?」
 「………………」

先に進んでいたタケルが、ハンガーの一番奥で立ち止まっていた。
彼の視線の先にあったモノ。それは――



《Side of 武》


格納庫の一番奥、おそらく将軍専用機が格納されていた場所の更に奥。
ひっそりと隠れるように、その戦術機たち――正確には、戦術機の頭部と胸部のみ。中には頭部だけのもある――はあった。

 「これは――」
 「…どうしたのだ、タケル?」

勝手に先に進んでいた俺に、冥夜たちが追いついてきたようだ。
俺は一番手前ある銀色の戦術機から視線を外さず――正確には、外せずに聞いた。

 「この戦術機は………何です?」
 「F-4J改、Type-82瑞鶴。帝国斯衛軍専用機で御座います」
 「――これが瑞鶴ですか」
 
はい――と月詠さんが頷いた。俺は失礼だと思いながらも、お礼すらせずにその戦術機を見上げていた。
瑞鶴……武御雷を使用している部隊しか見たことが無かったが、それは一部だけで、斯衛軍のほとんどは瑞鶴を使っていると聞いていたけど、実物を見るのは初めてだ。

 「これは派手だな~~~」
 「その銀色の瑞鶴は――――そなたの御父上のものだ」
 「………………は?」

今、何て言った?…親父のだと?
驚きのあまり思わず冥夜の方に振り返ってしまった。そんな俺に、月詠さんが説明する。

 「影行殿が実際に使用されていたものでは御座いませんが、同様の外装部のみを建造し保管しているのです」
 「え?」

わざわざ建造してまで?何故そこまでする………今の情勢は決して余裕があるとは言えないはずなのに――

 「――何故そこまでして、ここに置いておくんですか?」
 「白銀影行。帝国の人間で、その名を知らぬ者は居ないであろう英雄。その類稀なる才能で斯衛でも指折りの衛士になられた御方。
  京都撤退戦…あの地獄から我々が逃れられたのは、あの方のお陰なのです」
 「主を、民を、国を護る。近衛の鑑なのです、あの方は――無論、それはあの御方だけでは御座いません。ここにある戦術機の衛士たちは特に秀でた力を持ち、多大な功績を残したのです」
 「その志は受け継がれなくてはならぬ。それ故ここにあるのであろう」
 「機体色については、影行殿が隊長に就任する際、殿下や部下からの強い勧めで銀色を使用したと。
  御本人は特別扱いされることを嫌がってらっしゃいましたが、周囲の強い要望によりこのように――」
 「そうですか………」

死んじまってもここまで慕われているのか、この世界の親父は……本当に凄かったんだな。
親父の事とは言え、他人の事のように感じる。本当の親父では無いからなのかもしれないけど、その事に多少の寂しさを覚える。

親父………俺もやってみせるよ。この世界を、みんなを護ってみせる。
主の居ない戦術機を再び見上げて、その装甲にコツンと軽く拳を当て宣言する。また誓ったものが増えちまった。
何にも出来ずに死んだらブッ飛ばされるだろうな……みんなに。

ま、ただで死ぬつもりは無い。やってやるさ――



夜 ◇本土防衛軍・詰め所◇ 《Side of 沙霧尚哉》


今日のとある会合で、面白い話を耳にした。
彼の英雄、白銀影行の忘れ形見が帝都に現れたというものだ。BETA共の横浜進行の折に行方不明になっていたそうが、どうやら生存していたらしい。
噂話によると、件の者は国連軍に所属しているというのだが、それが真実ならば解せぬ。
彼の英雄の息子でありながら何故、国連などに属しているのか。

 「確かめたいものだが………」

今の帝国は腐りきっている。
大東亜戦争以来、将軍殿下を蔑ろにし、国民から乖離させている。それが、京都を放棄し東京に遷都してから、より顕著になった。
そのような事、これ以上許すわけにはいかぬ。英雄の息子が我らの同士になってくれれば――

 「ふっ――私もまだ甘いようだな………」

打算的な考えをしてしまった自分に苦笑する。我々は本気でこの国を変えようと集ったのだ。甘い考えは捨てなければならない。
機会があれば、彼奴の真意を確かめたいものだがな。



◇横浜基地・純夏自室◇ 《Side of 純夏》


タケルちゃん大丈夫かな…
なんか大変なことに巻き込まれてる気がするよ。
――っていうかタケルちゃん、自覚は無いだろうけど自分から首を突っ込むんだよね~~~、大変なことに。それで最後まで付き合っちゃうんだもん。
ま、そこが良いとこでもあるんだけどね?

むぅ………やっぱり傍に居ないのは寂しいかも。早く帰ってこ~~~い!――まぁ明日には帰ってくるんだけど。………御剣さんが一緒だからちょっと心配。
タケルちゃん、ちゃんと帰ってきてね……

そこでペンを置く。今日の分の日記はここで終わり。
ここに来てから、また日記を始めてみた。これを知ってるのは霞ちゃんだけ。その霞ちゃんは先に眠っちゃった。
その霞ちゃんの頭を優しく撫でる。すると霞ちゃんは擽ったそうに寝返りを打った。

私も寝よう――



11月26日 (月) 午前 ◇帝都城・悠陽私室◇ 《Side of 煌武院悠陽》


昨晩は真に夢心地であった。傍らに武殿の温もりを感じられたのですから。
夜半、忍び込む際に冥夜に見つかってしまったのは誤算でしたが………結局は冥夜を説き伏せ、共に武殿の寝所に入ることになりました。
武殿を独占することが叶わず、それだけが心残りなのですけれど。

 「……なんで2人して、俺のとこに寝てたんだよ………」
 「もちろん、将来寝所を共にすることに慣れて頂くためで御座いますが――」
 「「なっ―!?」」

何故か御疲れの御様子だった武殿と、いつもと変わらぬ様子の冥夜が同様に驚きの声を上げた。私、何かおかしな事を申したのでしょうか。

 「あ、姉上!姉上とタケルはまだ――」
 「………………………」

冥夜はすぐに異を唱えてきたのだが、武殿は固まって動かない。
もしや――

 「――武殿?どうかなさいましたか?言葉を失うほどに喜んで頂けたと受け取って宜しいのでしょうか?」
 「え!?いや、そういうわけじゃ――」

どうやら違った様子。残念ですわ……
それはそうと、武殿は今日の夕刻には横浜に戻ってしまわれる。何としても今日は武殿と共に過ごさなければ――

 「ところで冥夜。少々、頼みたいことがあるのですが」
 「は。何でしょうか?」
 「――武殿、大変申し訳ないのですが、暫し席を外して頂けないでしょうか?」

武殿は私の言葉に首をかしげながらも、言うとおりに席を外して下さった。
ふふ――では、始めましょうか。



◇帝都◇ 《Side of 武》


今日は帝都を見て回れてのお達しで、冥夜と月詠さんと俺で帝都を見物……もとい視察している。
こんなノンビリしていて良いのか?と思うが、将軍殿下からのお達しでは仕方ない。横浜に帰ったら、また訓練漬けの毎日だもんな~~。
横浜で自主訓練をしているであろうみんなには悪いけど、お言葉に甘えてノンビリするか。

 「――タケル、夕方には横浜へ発つのだ。今は姉上の好意に甘えようではないか」
 「…あぁ、そうだな――」

観光、とは言えないが俺にとっては初めてであろう帝都だ。
BETAと戦わなくてはいけないという焦燥感が募るが、活き活きとしている冥夜を見ていると、視察して行くのも悪くはないと思える。

 「――どうしたのだ?タケル」
 「ん?――何でもない。行こうぜ」
 「うむ」

そう言って俺の隣を歩く冥夜なのだが、1つ気になっていることがある。
出かけたときから、妙に冥夜との距離が近いのだ………物理的に。マジで。
俺が何気なく離れても、すぐにスッと近づいてくる。さりげなく確実に。もしかしたら、悠陽に何か吹き込まれたのかもしれない。
悠陽と親しく話すようになって間もないが、分かったことがある。あの将軍様、実は黒い。

その将軍様に、猪突猛し――信じたら真っ直ぐ一途な冥夜が、何か吹き込まれてしまったのかもしれない。
はぁ~~と溜息を吐いた俺に反応したのか、こちらを振り返った月詠さんが苦笑した。俺としては冥夜を何とかして欲しかったんだけどな………



《Side of 沙霧》


通常業務の合間、私は何を思ったのか白銀武を訪ねていた。
――が、あえなく空振りに終わってしまった。理由を聞くと、都内の視察に出てしまったとのことだった。
彼が何のために帝都に現れたのか定かではないが、ただ視察のために現れたとは考えにくい。もっとも、その理由など私はどうでもいいのだが。
さて、どうしたものか………

そもそも私は何故こんなにも彼に拘っているのか。たかが、国連の一兵士に。



◇ ◇ ◇



私は気の向くまま、あちこちを探し歩いてみたものの、ことごとく空振りに終わり、打つ手が無くなった私は一旦詰め所に戻った。

 「ずいぶん御早いお戻りですね」
 「――あぁ、会えなかったよ」

執務室に戻ってきた私に声をかけてきたのは、私の腹心として動いてもらっている駒木咲代子中尉だ。

 「そうでしたか……どうされるのです?」
 「ふ――」

駒木中尉の表情を見ると、私が考えていることなど見通しているであろうことが窺える。
伊達に長い付き合いではないようだな。

 「それにしても――貴方がそこまで入れ込むとは珍しいこともあるものですね」

駒木中尉は少しだけ、眉をひそめて問いかけてきた。
やはり彼女から見ても、今の私の行動は理解し難いのだろう。
自分でも理解しきれていないのだから救いようが無い。

 「英雄の忘れ形見とは言っても、国連に所属する売国奴ではないのですか?」
 「………………」

駒木中尉の言葉に、私は沈黙した。彼女の言っていることも分かる。だが、私の中の何かが訴えかけてくるのだ。彼に会えと――
問いかけに答えない私に業を煮やしたのか、駒木中尉は溜息を吐き何も言わなくなった。
私の考えに賛同し、ついて来てくれている腹心に何も言えない事を心苦しく思うが、自分でも理解しきれていないのだから、説明のしようがない。
すまないな、と呟くと彼女は困ったように苦笑した。

それから暫くは雑務をこなし、正午過ぎに昼食を摂ったりと、普段と変わらぬ生活を送った。
午後に予定されていた部隊の訓練に合流しようと移動していると、前方から見慣れぬ3人がこちらに向かって来ているのが見えた。
だんだんと近づいていくと、その3人の内の1人は斯衛軍の月詠中尉である事が分かった。他の2人は見覚えが無い。しかし、その2人は国連軍の制服を着用している。
――もしや、と思い近づくと、不意に接近してきた私を警戒したのか、月詠中尉が国連の者の前に立った。
しかし、相手も接近してくるのが私だと分かったのか、多少なりとも警戒を緩めてくれたようだ。

 「――月詠中尉」
 「沙霧大尉か」

共に帝都を守護する身、所属する部隊は違えど腕の立つ者同士、知らぬわけは無い。

 「このような所で、御会いするとは珍しいな」
 「客人に帝都を案内している故――」

客人――そう紹介された2人の方に視線を向けると、2人は会釈してきたのでそれに答えつつ問う。

 「………白銀武、ですかな?」
 「――!?」

私が名前を知っていることに驚いたのか、表情が変わった。警戒の色が見える。
ひとまず自己紹介をするべきか。警戒させたままでは、まともな話は出来ない。

 「私は、帝国本土防衛軍帝都防衛第1師団・第1戦術機甲連隊所属、沙霧尚哉大尉だ」
 「俺…私は国連太平洋方面第11軍横浜基地所属の白銀武大尉です」
 「――同じく横浜基地所属、御剣冥夜訓練兵です」

ほう、大尉とは――
国連軍で親の威光は発揮できぬはず。とすれば、自身の実力でその立場に居るのか………嘗めてかからぬ方がいいのであろうな。
そして御剣と言ったか。この訓練兵は――いや、今はそのようなことはどうでもいい。

 「いきなりの頼みで申し訳なく思うが、貴官と少し話がしたい。時間を頂けるか?」
 「え……?」
 「頼む――」
 「――!…………分かりました」

返答までに暫しかかったが、白銀大尉が了承してくれたことに安堵した。
駒木中尉にも言われたが、私は何故ここまで必死になっているのだろうな――



《Side of 冥夜?》


武殿を連れて行ってしまったのは、沙霧尚哉といいましたか。
せっかく武殿と過ごせる機会だったというのに………………

 「ふふふ………まさか、このような邪魔が入るとは。この報いは如何様に致しましょうか――」

様々な事を考えていると、マナさんがこちらの様子を窺うように声をかけてきました。
少し考えに耽りすぎたようですね。考えていたことを口に出してなければ良いのですが――

 「冥夜様――」
 「少し様子を見に……」
 「武殿は待つようにとのことでしたが?」

マナさんは引き止めようとするが、私の心は決まっているのです。

 「ふふふ。武殿には申し訳ありませんが、致し方ありませんね」
 「――冥夜様?………!!もしや――」

マナさんは気付いたようですね。私と目を合わせたマナさんは、それ以上何も言わないようでした。
ふふふ――武殿。今、私が参りますわ。



《Side of 武》


 「――何故、貴官は国連軍などに所属しているのだ?」

沙霧尚哉――前の世界では直接面識は無い。クーデターのときに戦場で遭ったことがあるだけだ。
彼はクーデターの首謀者で、俺は悠陽――殿下を乗せて逃げていた……
XM-3を搭載していた俺の機動に、旧OSの機体で易々と追従してきたことからも分かるように、衛士としての腕前は一級品だ。
もっとも、俺は吹雪で彼は不知火だったのだけど………おそらく機体が同じでも、あの時の結果は変わらなかったと思う。

 「答えて貰いたいのだがな――」

沈黙していた俺に答えを催促するように声をかけてきた。俺は少し考えるそぶりを見せ、それからゆっくりとした口調で話した。

 「成さねばならない事があります」
 「そのために国連に属していると?」

その言葉に、真っ直ぐに相手の目を見据えて肯定する。
沙霧大尉の表情は、何か計りかねている様に見える。

 「国連軍所属とは言っても、俺が居る基地が国連軍だっただけで、あの基地が帝国軍基地なら俺は帝国軍所属でしたよ」
 「…どういう事だ?」
 「俺の目的を達成するためには、あの基地でなければならない――それだけのことです」

沙霧大尉は、顎に手を当て少し俯いてしまった。
何か考えているのだろう。

 「その目的とやら………聞いても良いか?」
 「護りたいものを護る――この世界に生きる者なら、当たり前のことかもしれないですけどね」

沙霧大尉の表情は少し変わったようだが、俺には彼の考えていることなど分からない。

 「貴官は己が信念を貫くために、国連に属しているということか――」
 「そういう事になりますね」

そうか――と短く応えた沙霧大尉は、また黙り込んでしまったので、今度はこちらから話を振る。

 「――俺が帝都に居ると、よく御存知でしたね」
 「部下達が噂しあっていたのでな。彼の英雄の忘れ形見が帝都に現れた、とな」
 「…それで俺に会おうと?」
 「なんと言うか――話がしてみたかったのだ、貴官と」

それだけの理由でわざわざ会いに来るのか?
答えた沙霧大尉の口調は、どこか含みがあるように感じる。まだ何かあるのかもしれない。
クーデターと関係があるなら、ここでハッキリさせておいたほうがいいだろう。俺はゆっくりと言葉を選びながら質問をする。
 
 「……沙霧大尉は、今の日本をどう思います?」
 「何?」

唐突に話を変えたので、不振がられたようだが、こうして12・5事件の最重要人物と巡り合えたんだ。
この機会を最大限に利用させてもらおう。

 「今の日本――例えば、将軍殿下と帝国議会や軍の関係………」
 「――!」
 「どう思いますか?」

もし、この世界でも彼らがクーデターを企んでいるのなら、必ず阻止しなければならない。
沙霧大尉や富士教導隊、ウォーケン少佐たち優秀な衛士を失うことは人類にとって大きな損失になる。
それに、再び米国の介入を許すことに成りかねない。米国は夕呼先生の研究を快く思っていない節がある。万が一、第4計画反対派が紛れていたら……
オルタネイティヴ4の完遂――そのための障害は全力で排除する。

 「真に在るべき御姿では無い………私はそう思う――」
 「在るべき姿とは?」
 「殿下の御尊名において政は行われ、政府や軍は生じた齟齬を正す――これこそが本来あるべき姿だろう。我らの先達は、日本を今のこのような国にするために死んでいったのではない」

沙霧大尉のこの物言い――やはりクーデターを計画しているのか?
前の世界で今と同じようなことを聞いたような気がする…

 「BETAの侵攻により、我らが帝都を放棄し東京に遷都してからというもの、政府の動きはそれまでに比べ格段に悪くなった………」

俺が聞き返す前に沙霧大尉が続ける。
胸の内を吐露するように話す彼を見ていると、本気で日本の行く末を考えているのだと感じる。
こういう考えを持った人を、あんな戦いで失ってしまったことが悔やまれる。

 「もっとも、遷都以前――大戦終結及び、日本がBETAとの戦いで最前線化してからというもの、帝国議会や軍は、将軍殿下の権威を利用し独断先行をしていた。
  帝国の礎たる将軍家と国民を乖離させているのだ………だが!」
 「――これ以上、それを許すわけにはいかない。日本は変わらなければならない。だけど……そう簡単に変われるものではない――ですよね」
 「白銀武…君は――」

沙霧大尉の言葉を継ぎ、俺が発した言葉に彼は目を見張った。

 「………俺も色々と経験しているんで」
 「そうか――」

俺は、前の世界で見聞きしたことから、自分なりに考えたことを言っただけなんだけどな。この反応、やはりクーデターを………――――っ!?
俺は目の前の光景に、思考を中断せざるを得なかった。

 「――沙霧、大尉?」

沙霧大尉が俺に向かって頭を下げていた。今日会ったばかりの、しかも彼が忌み嫌う国連の衛士である俺に。

 「改めて貴官に頼みがある――」
 「え…?」

突然のことで、ちゃんと返事が出来ず、マヌケな声を出してしまった。
今日初めて顔を会わせた人間に、まさか頭を下げられるとは思っていなかった。

 「私と共に来て欲しい。先程の貴官の言葉を聞いて、私も腹を決めた」
 「どういう意味です?」
 「先程も述べたように、このままでは殿下の御心と国民は分断され、遠からず日本は滅びてしまうだろう。
  そこで、それを阻止するために私は――私たちは超党派勉強会である戦略研究会を結成した」
 「――!!」

戦略研究会。
その存在は前の世界では、美琴の親父さん――鎧課長から聞いていた。それに集った人たちが、クーデターを画策していたと知ったのは事が起きてからだったけれど。

 「そして近々、そこに集った憂国の烈士は、この国の道行きを正すために決起するだろう。だが――我々は国民に仇成すのではない。
  我々は日本を蝕む国賊、亡国の徒を滅するために行動するのだ。それに、彼の英雄の忘れ形見である貴官にも加勢して欲しい」
 「それは………」

榊――委員長の親父さんはクーデターのときに殺された。本当は泣きたいのに、必死に堪えていた。
彩峰も親父さんの部下だった沙霧大尉がクーデターの首謀者だと知って、悩み苦しんでいた。美琴は親父さんの事で嫌疑をかけられたりした。みんな苦しんだんだ。
政府の人間が全て悪というわけでは無いはずだ。

それに……無駄な血を流せば冥夜と殿下――悠陽が悲しむ。
俺は、アイツ等の悲しむ顔は絶対に見たくない。

 「帝国に巣食った逆賊共を討ち、全ての膿を出し切らねば、この国は変わらぬ。君も先程言っていたではないか!簡単には変わらぬと――」
 「――!」
 「………正直に言おう。まだ私の中にも迷いがあった……殿下の御心に背き、事を起こすことに――だが、君の言葉で目が覚めた。やはり、この国は変わらねばならぬ!」
 「確かに、貴方の言うことも分かる。だけど――!」

互いの考えを吐き出す舌戦は、段々と激しくなっていく。俺たちは眼前の相手しか見えていない。
どうして…どうして、そこまで日本の未来を考えているのに………そこまで国を、民を、殿下を想っているのに――

 「貴方は…殿下が悲しむと知って、それでも尚、人を斬れるんですか!?俺は、アイツ等を泣かせるような真似は絶対に許さない!!」
 「――!」
 「そこまで想っているのに、貴方は――」
 「たとえ………たとえ、行く道が外道であろうとも――私は!」





パキッ―!





 「「――!?」」

俺たちの舌戦は唐突に終わりを告げた。
突然、近くで枝を踏み潰すような音がしたのだ。
俺たちは休憩所近くの植え込みなどで影になっている場所で話し込んでいたので、会話を聞き取るためには、わざわざ近付いてこなければならないはず。
ここでの俺たちの会話は、誰かに聞かれても良いような会話ではないためだ。

 「ち――!」

舌打ちしながら音がした方へ向かう沙霧大尉。動きが速い――彼は移動しつつ銃をかまえている。俺も沙霧大尉の後を追うが、それだけ。それほど沙霧大尉の動きは素早かった。
俺もそれなりの修羅場を潜って来てるけど、まだまだみたいだな…
植え込みの向こうに人影が見えた。俺たちが凄まじい勢いで近づいて行くのに、動く気配が無い。逃走を諦めたのか、あるいは逃げる気が無いのか。
いずれにせよ、すぐに顔を見ることになるが。

 「――な!」
 「………………?」

先に相手を見たであろう沙霧大尉が動きを止めた。俺も数瞬、彼に遅れて相手の姿を目にした。




そこに立っていたのは、斯衛軍の赤の制服と、国連軍の訓練生用の制服に身を包んだ2人の女性だった――




[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第11話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2011/10/18 21:54
11月26日 (月) 午後 ◇帝都・某所◇ 《Side of 真那(マナ)》


何だ、これは――

彼らは一体、何を話している………戦略研究会?――力を貸す?憂国の烈士が決起?沙霧大尉はクーデターでも起こそうというのか?
しかし、何故それを武殿がご存知なのか。
私の傍らに立つ御方の様子を窺うと、その御顔は動揺を隠しきれておらず、見ているこちらが心配になるほど蒼白になってしまっていた。
彼らは、それほど危険な会話をしているということだ。
止めに入るべきか、このまま静観すべきか――私は今、自分が取るべき行動を決めかねていた。
そして、彼がその言葉を放った。

 「――――アイツ等を泣かせるような真似は、絶対に許さない!」
 「っ!……」

傍らに立つ御方が、息を呑むのが分かった。私も今が非常時だということを忘れて、思わず緩みそうになる頬を慌てて引き締めなければならなかった。
悠陽様や冥夜様、マヤは武殿が変わってしまったと零していたが、変わったのは目に見える部分だけであったようだ。
彼の本質は、昔と何ら変わってはいなかった。それがその言葉でよく分かった。
しかし彼等の舌戦は続く。私の隣に立つ御方は、沙霧大尉の気迫に気圧されたのかフラリと一歩下がってしまった。
そして――




パキッ―!




運悪く落ちていた小枝を踏み折ってしまう。
しまった、と思ったときには既に遅く、音を聞きつけただろう沙霧大尉が電光石火の早業で、私たちの前に現れた。
その手には拳銃が握られている。彼の対応は話を聞かれた程度にしては過剰だ。私は傍らに立つ御方を庇うように前に出て、沙霧大尉と対峙した。
そこに少し遅れて武殿が現れ、我等2人を見た途端、彼は驚きのあまり固まってしまったようだった。
それも当然だろう――武殿は我等に少し待つよう頼んで離れた。にもかかわらず我等はここに居て、彼等の会話を聞いてしまったのだ。

 「――月詠さん………」
 「………………」

武殿も、まさか我等がここに居るとは露程にも思っていなかったはずだ。私の名を呼んだがそれきりで、呆然と立ち尽くしている。
武殿の言い付けを破ってしまったことは申し訳なく思うのだが――何故、武殿があのような会話をしていたのか。今の私には、そのことのほうが重要だ。
そして沙霧大尉へと視線をやると、彼は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。



《Side of 沙霧》


迂闊だった。このような場所で話すべき内容ではなかったのだ。
普段の私なら、このような失態は犯さないだろう………やはり何処かおかしいようだな、今の私は。

 「――銃を下ろす気は無いのだな?沙霧大尉」

憮然とした表情で私を見ていた月詠中尉が言葉を発した。その問いに私は、無言という返答をする。ここで銃を下ろすわけにはいかない。
たとえ仮初めだろうと、この場では私が優位でなければならないのだ。
しかし、白銀が彼女等に待っているよう頼み、彼女等がそれを了承したので、私の中で会話を誰かに聞かれるかもしれない可能性を排除してしまったのか、ほぼ無警戒だったことは確かだ。
自分の未熟さに腹が立つが、今更後悔したところで状況は好転しないだろう。
それ故の、せめてもの銃だ。自分でも情けないことは重々承知している――

 「――ここで何をしている中尉。白銀大尉は待つようにと言っていたはずだが?」
 「……………」

わざわざ待たせた者を白銀が呼び寄せることはしないだろう。
初めから私を罠に嵌めるつもりなら、有り得るだろうが…会えるかも分からぬ相手に対して、斯衛も巻き込んだ計画など立てられるわけはないはずだ。
それに先程、月詠中尉等を見た瞬間の白銀は、本当に驚いているように見えた。
とすると、月詠中尉等の独断の可能性が濃厚か。白銀と月詠中尉との間柄は知らんが、月詠中尉はそう簡単に約束を反故にするとは思えんのだが……

 「答えろ、中尉!!」

黙ったままの月詠中尉に対し、私は声を荒げた。
そして――

 「――よろしいでしょうか、沙霧大尉?」

言葉を発したのは月詠中尉ではなく、その後ろに庇われるように立っていた者だった。
私は予想外の者の言葉に対し、関係の無い者が口を挟んできた苛立ちと、月詠中尉が一向に話さないという苛立ちを併せて怒鳴った。

 「国連の犬は黙っていろ!!」

私は軽々しく口を開いたその訓練兵に銃口を向けた。

 「――!?貴様っ―――」

客人に銃口を向けられ激昂したのか、月詠中尉が更に前に出て私に詰め寄ろうとしたが、それは遮られた。
遮ったのは、月詠中尉に庇われていた者だった。

 「良いのです、マナさん」
 「しかし――」
 「今の私は御剣冥夜なのですから」

何を言っているのだ、この女は。くだらぬ会話で時間を稼ごうという魂胆か?嘗めた真似をしてくれる………幾多の同士がこの計画のために働いてくれているのだ。
それを私の軽率な行動で、全て水泡に帰すことになりかねん状況なのだ。これ以上くだらぬ真似は許さん。
私が今後どうするか考えていると、それまで沈黙を保っていた男が口を開いた。

 「―――冥夜?………いや、違う……?」
 「なに?」

傍観に徹するのかと思っていたのだが、白銀は何かに気付いたような口調で話しだした。

 「もしかして――悠陽か?」
 「はい。武殿」

御剣冥夜、だったか。
そう名乗っていた国連の訓練兵は、白銀に“悠陽”と呼ばれると肯定するように頷き、この場には到底相応しくない柔らかな笑みを浮かべた。

 「マジかよ……全く気付かなかったぞ………」
 「…何を言っている、白銀大尉?」

私の問いかけに、心底すまなそうな表情を浮かべ頭を掻き、白銀が苦笑しながら発した言葉は、私の想像を遥かに超えたものだった。

 「――すみません大尉。この人、殿下です」
 「………………は?」

それを聞いて私の口から漏れた声は、間抜け以外の何者でもなかっただろう。
この男は何を言っているのだ。この女が殿下だと?バカを言うな。殿下がこのような場所に居られるはずがない。

 「ですから…この人は将軍殿下なんですよ」
 「バカを言うな!このような処に殿下が――」
 「――居るんですよ、目の前に。正真正銘の政威大将軍が」

白銀の言葉に私は息を呑んだ。彼の目は、決して冗談を言っているようなものではなかったからだ。
その言葉の真意を確かめるように、私が2人の女の方を向くと、先程までは前に立っていたはずの月詠中尉が、今は訓練兵の後ろに控えるように立っている。
まるで、主君に仕える者のように――

 「………そのような戯言、冗談では済まんぞ?」
 「冗談などでは無い。この御方こそ、日本帝国征夷大将軍、煌武院悠陽殿下だ」

月詠中尉に“煌武院悠陽”と呼ばれた女はスッと進み出て、結っていた髪を解き髪を整え始めた。
そして女が髪を整え終えると、そこにはあったのは紛れも無く殿下だった。

 「これは――どういうことだ……?」
 「故あって全てを語るわけには参りませんが、これを――」

私に何かを見せるような仕草をしたので、私は彼女に近づき差し出されていた掌の中の物を見た。
そこにあったのは細いチェーンにとおされた銀色に輝く指輪だった。

 「これが何だと言うのだ――?」
 「よく御覧になってください」
 「――?」

手に取っても良いか訪ねると、彼女は頷いたので私はその指輪を手に取りじっくりと眺めた。すると、指輪の内側に何か彫ってあるのを確認した。
それは“煌武院悠陽”と彫ってあった――

 「!………これは?」
 「それは将軍だけが持ちえる物ですわ――」
 「――!!」

彼女の言葉に呆然としていた私に月詠中尉が近づき、その指輪を回収していった。
その後、先程の私と白銀の問答の詳細を聞かせるために場所を変えるというので、2人――(白銀も含めると3人か) に連れられて行ったのは、帝都城であった。
殿下の御名を出されてしまっては従うしかないと、ほとんど信じていないながらも従った私だったが、この国連軍の制服を纏う女が、殿下だということを認めざるを得ないようだ。
部下や同士に何と申し開きをするか、本気で考えなければならないようだ。

――それにしても何故、殿下ともあろう御方があのような場所に居たのだ………?



◇帝都城・謁見の間◇ 《Side of 冥夜》


私が姉上に成り代わり公務 (――といっても簡単なもの) をこなしていると、散策――いや、視察に出ていたはずのタケルたちが、予定よりも早く戻ってきた。
月詠に事情を聞くと、何やら帝国にとって前代未聞の大事件をタケルが未然に防いだとか……詳しいことはまだ聞けていないが、タケルが何やらやったことは間違いないようだ。
そして3人の後に現れた帝国軍の衛士、沙霧尚哉大尉。彼が何らかの形で件の大事件に関わっているのだろう。
一般の衛士がこの謁見の間に足を踏み入れるなど、有り得ぬことなのだ。釈明の場を与えられたのかもしれぬ。

私は姉上と入れ替わらねばならず、私たちが入れ替わっている最中、沙霧大尉は謁見の間の外で待たせ、着替えが終わってから呼び入れて双子であることを悟られぬようにした。
姉上が出て行くと、私は影に控え成り行きを見守ることにした。
それから沙霧大尉は、ゆっくりと話し始めた。先程起こったことから、これから起こそうとしていたことまで。
戦略研究会、クーデター……沙霧大尉が語ることは、内容はともかくとして、その志はこの国のことを思ってのことだということが、当事者ではない私にも伝わってきた。

 「そうですか………そなたらは、この国の行く末を案じて――」

そう言った姉上は、静かに目を閉じ何かを思っているようだ。対する沙霧大尉は、全て話し終えたのか下を向き静かに姉上の言葉を待っているようだ。
どのくらい2人がそうしていたのか、少しの間が流れた後、唐突に口を開いた者が居た。それは月詠と並び、姉上の脇に立っていたタケルだった。

 「なぁ悠陽、この件は未遂なんだ。沙霧大尉たちも、悠陽に知られたのに計画を遂行する気は無いと思う――ってことで、何もなかったことにしないか?」
 「武殿、それは――!」
 「マナさん。武殿は何かお考えがあるのかもしれませんよ?」

姉上の言葉で、この場に居る全ての人物の視線がタケルに集まった。
タケルは皆の視線が集まったことに戸惑ったようだが、それも数瞬。すぐに気を取り直したようだ。

 「沙霧大尉も言っていたけど、この国はBETAとの戦闘では最前線に位置しているんだ。それなのに、優秀な衛士が戦場から居なくなってしまったらどうなる?」
 「「………………」」
 「だから彼等には、戦場に居てもらわなきゃならない――」
 「無罪放免とし野放しにしておけば、いずれまた水面下で画策し、今度こそクーデターを起こすかもしれないのでは?」

月詠の言うことは尤もだ。国全体を巻き込むかもしれぬ大事を企てた者たちを、何の処罰もせずに放っておけば、また同じ事を繰り返すと考えるのが普通だ。
………タケル、そなたは何を考えているのだ?

 「月詠さんの言うことは分かります」
 「ならば――っ!」

発言しようとする月詠を制してタケルは続ける。

 「沙霧大尉たちがクーデターを計画した理由は何です?それは――この国、延いては殿下を思ってのことでしょう?」

そこで言葉を切ったタケルは姉上の方を見た。

 「そんな彼等を変えられるのは…悠陽――君しか居ない」
 「――!」
 「将軍である悠陽が導くんだ、彼等を。――いや……この国を、か」

タケルの言葉で皆息を呑み、この場に沈黙が下りた。それ程にタケルの言葉は衝撃的だった。
言葉にしてみれば単純で、何を偉そうに当たり前のことを言っているのだと思うだろうが、この国の実情を知る者であれば、今のタケルの言葉に衝撃を受けずにはいられまい。
今のような状態になってしまった原因の一端は姉上にもあるのだが、それについて私が責めることは出来ぬ。
タケルに言われたとなると、姉上も自戒するであろう。もちろん私も猛省せねばならんが……

 「そう、ですわね………………沙霧大尉――」
 「!――は」

突然、姉上に呼ばれた沙霧大尉は、先程のタケルと姉上の会話で顔を上げていたが、今一度顔を伏せた。

 「この煌武院悠陽を思うのならば、今しばらく私に時間を頂けないでしょうか?」
 「――っ!?」
 「そなた等にそのような決断をさせてしまったのは、ひとえに私の力不足故。この国を変えるというのならば、まずは私が変わらなければなりません…」
 「殿下……」
 「今日(こんにち)まで、それらの問題を蔑ろにしてきたのは私自身なのですから。私の責任は、私が果たさねばなりませんね。――先程、武殿に言われてしまいましたが」

と言って苦笑する姉上。
姉上にとって、此度の件は良い転機になることだろう。
これまでは気にした様子は無かった(――というよりも、1つの件に注力しすぎたのだ……その件は先日、無事に解決した) のだが、これからは己の立場というものを弁えるであろう。

 「殿下から、このような御言葉を頂けるとは……その御言葉だけで十分で御座います。殿下の御覚悟、しかと伝わって参りました」

深々と頭を下げる沙霧大尉。姉上も覚悟を決めたのか、先程までより幾分、表情が引き締まっているように見える。

 「――ということは、クーデターは起こさないですよね、沙霧大尉?」
 「………あぁ。この国の象徴たる殿下が起ってくださるのなら、私たちの出る幕など在ろうはずも無い」

沙霧大尉の言葉に、タケルは微かに笑みを零した。

 「これで一件落着ということになりませんか?月詠さん――」
 「分かりました。――ですが、沙霧大尉等の周辺は監視下に置きます。……沙霧大尉、依存はあるまいな?」

月詠の提案を沙霧大尉は二つ返事で承諾した。この場で断ることなど、有りはしないだろうが。
ともあれ、この件はとりあえずの終局を迎えたことになるのだろう。
此度の件は、おそらく日本を大きく変えることになる。今日の出来事は、ほんの序章に過ぎぬはず。
姉上には奮闘してもらわねばならぬであろう。私も陰ながら力添え出来ればと思う。

 「――頑張れよ、悠陽」
 「はい――」

ム………タケルと姉上が見つめ合っている。
どことなく、タケルの接し方から硬さが取れているのは気のせいか。姉上が実に嬉しそうにしているのが、なんとなく腹立たしい。
此度の件は、姉上にとって真に大きな意味を持っていたようだ……しかし、私も黙って引き下がるつもりなど毛頭ない。
こればかりは易々譲るわけにいかぬのだ。

 「――殿下。一件落着というところで、白銀大尉はそろそろ帝都を発たなければなりません。今日中に向こうに着けなくなってしまいます故」
 「何を言うのです。武殿には御礼をしなければならぬでしょう?ですから、今日もゆっくり寛いでいきなさい。武殿も宜しいですわね?」
 「え………いや、だけど――!?」

辛抱しきれなくなってしまった私は、影から進言した。
姉上は脇に立っていたタケルの腕に自らの腕を絡め寄り添った。

 「殿下……そのようなことは控えた方が宜しいかと――沙霧大尉が驚かれていますので」
 「おや――ほほほほ………」
 「………………」

唖然としていた沙霧大尉だったが、姉上の視線が向いたことに気付き、軽く咳払いをし、気にしていない風を装ってはいるが、気にしているのは傍から見ても一目瞭然だ。
まぁ…沙霧大尉も一般の衛士であり、滅多なことでは姉上――将軍の御前に出ることなど無いのだから、このような姉上の様子を見せられたのでは、動揺もするだろう。

 「では、私は沙霧大尉を送ってきますので、一旦失礼いたします」
 「分かりました。――沙霧大尉。此度の件、私は決して忘れません。共にこの国を良き方向へと導き、民を護っていきましょう」
 「は――!」

姉上に言葉をかけられ、沙霧大尉は再び深々と頭を下げた。それから月詠に連れられ謁見の間から退出していった。
姉上の言葉、良いものだったと思う………タケルに寄り添ったままでなければ、更に良かったはずだ。

 「姉上……いつまで、そうしている御つもりです?」
 「無論、武殿が今日も寛いで行くと言うまでですが――?」
 「っ~~~………………タケルもタケルだ!だらしなく鼻の下を伸ばすでない!!」
 「――いぃぃ!?」

先程までの凛とした表情から打って変わって、姉上は無邪気に微笑みタケルの腕を引き寄せたかと思うと、今度は妖艶な笑みを浮かべタケルにしな垂れかかった。
そこから先は容易に想像できるだろう。いつもと全く変わらぬ調子であった………この国を揺るがしかねない出来事を、未然に防いだ後とは思えぬはしゃぎ振りである。
結局、この後タケルが横浜基地に連絡し帝都にもう一泊していく事と相成った。

――なってしまった、と表現した方が適切なのだろうな……



夜 ◇本土防衛軍・詰め所◇ 《Side of 沙霧》


とんでもない1日だった。
ほんの好奇心から忘れ形見に会いに行ったはずが、我等の信念を懸けたクーデターを自ら暴露し、あまつさえ未然に防がれてしまうとは。
暴露したことにより、殿下に拝謁することが出来たのは、不幸中の幸いというべきか。

それら全ての基点になった白銀武。
奴は、私が考えていた以上に特別なのかもしれん。まさか殿下とその周辺に、強い繋がりを持っていたとは思いもしなかった。
殿下とも徒ならぬ――いや…これは私が関知するところではないだろう……
兎に角、我等の進むべき道は決した。殿下の御言葉を信じるのならば、クーデターなど必要は無いだろう。
我等の力は、本来の役割――民を護るために使われるのだ。

 「これで良かったのかもしれんな――」

独り言を零し、白銀とのやり取りを反芻する。
殿下の思いは理解しているつもりだった。だが、奴――白銀武のあの言葉………



 ――殿下が悲しむと知って、それでも尚、人を斬れるんですか!?――



あれは効いた。
覚悟はとうの昔にしていたつもりだった。だが、あの言葉を受け揺らいでしまった自分が居た。
そして一度揺らいでしまった自分を立て直す間もなく、殿下と月詠中尉が現れた。
あそこまで登場のタイミングが良いと、全て白銀が仕組んだのではないかと疑ってしまうが、どうやらヤツにとっても想定外の出来事だったようだ。
その後は殿下との謁見を行い、白銀との話に決着をつけずに退出してしまった。いずれまた話す機会があればと思う。
ともあれ、まずは部下や同志たちに何と言ったものか考えねばならんな……



◇横浜基地・シミュレータールーム◇ 《Side of 美冴》


今日も今日とて秘密特訓。
尤も、秘密にしている相手が不在なので、秘密も何も無いのだが………
予定では、そろそろ白銀が帝都から帰還する予定だったはず。そのせいか、隊員たちの雰囲気が何処と無く浮ついているように感じる。
――が、そう感じているのは恐らく、伊隅大尉と私だけだろう。
何故なら、今は訓練の合間の小休止中なのだが、私たち以外の隊員が皆一様に白銀大尉のことを話題にしているからだ。
祷子もその内の1人というのは、些か不満を感じるところではある。口には出さないがね――

 「1ヶ月でコレとはな………」
 「えぇ……」

伊隅大尉の呟きに、私は同意するように頷き返した。1ヶ月で――とは白銀がヴァルキリーズに配属になってから、という意味だ。
娯楽の少ないこのご時勢、しかも女所帯にたった1人の男なので、話題になるのは当然かもしれないが、それにしても異常だ。話題に上がる頻度がおかしい。
暇人が居るならやってもらいたいのだが、1日の隊員たちの会話の内容を判別して欲しい。ほとんどが白銀に関することのはずだ。
男の話などほとんどしなかった“あの”速瀬中尉と涼宮中尉までもが、だ。

 「――面白いヤツだと思いますけどね。ですが、ここまで話題に上がるのには、正直驚きますよ」
 「まぁ、打ち解けていることには間違いないんだろうが……」

私たちは雑談に夢中の連中の方を眺めながら会話しているが、伊隅大尉も呆れ気味のようだ。
向こうから聞こえてくる会話の内容は、初めは白銀の機動や操縦のことだったはずだが……どう転がったのか、今は何故か彼の女性の好み云々の話題になっていた。
これには、さすがの私もからかうことを忘れて苦笑してしまう。
伊隅大尉も諦めているのか、私と似たような表情をしている。

 「――荒れそうだ………そろそろ訓練に戻ったほうが良さそうだな」
 「ですね――からかいどころが多すぎて困るとは、夢にも思いませんでしたよ」
 「……そういうものか?」

大尉の問いに、私は曖昧に頷いておいた。大尉も普段はあまり見せることは無いが、私と同じような一面を持っているのは私たちの間では、周知のこと。
なので、下手なことを言えば、後々からかわれる可能性があるのだ。からかうのは良いが、からかわれるのは勘弁願いたいのでね。
訓練に戻ろうと、雑談に興じている隊員たちの方に向かおうとすると、シミュレータールームの出入り口が開き、見知った人物が入ってきた。

 「――どうした?ピアティフ中尉」
 「いえ――帝都の白銀大尉から、連絡が入りましたので」

…………?
応対を伊隅大尉に任せ、先に皆のところへ行こうと思っていたが、何やら面白そうな単語が聞こえてきたので、移動を止めた。
先程まで話題に上がっていた渦中の人物の名前が出れば、誰だってそうするだろう。

 「何かあったのか?」
 「その………」

伊隅大尉に先を促されたピアティフ中尉は、何やら言いづらそうにしていたが、皆の視線が向いていることに気付いたのか、しばらく間を置いて話し始めた。

 「本日帝都より戻る予定だったのですが、急遽予定を変更して、明日の昼頃に帰還するとのことです………」
 「「――!?」」

なんと。
……これは非常に面白いことになりそうな予感。

 「理由は聞いているか?」
 「はい。詳しくは仰っていませんでしたが、引き止められ断りきれなかったと――」
 「そうか――分かった」

誰に引き止められたのかは、本人が帰ってきてから直接聞いた方が面白そうだ。
何気なく周りを窺うと、雑談をしていた連中にも聞こえていたらしく、何やらまた物議を醸しているようだった。
ふふふ――本当に面白い人だ、白銀武。
ピアティフ中尉が立ち去り、まだ雑談をしている彼女たちを伊隅大尉が叱ってから、ようやく私たちは特訓に戻った。
あぁ、一言だけ言わせてもらおう。

この日の特訓は、皆のやる気が尋常ではなかったよ…………



11月27日 (火) 朝 ◇帝都城・武の部屋◇ 《Side of 武》


俺が今、何を言いたいか分かるだろうか…
うん――そう。俺の両脇に居らっしゃる御二人についてだ。

 「――お前ら……」
 「おはよう、タケル」
 「お早う御座います、武殿」

俺の端的かつ絶対的な命令はどうなったんだ?

 「…俺のとこに潜り込むのは禁止って言わなかったか?」
 「左様でしたか?なにぶん、昨日はあのようなことがありました故、失念してしまったのでしょうか?」
 「はい――姉上もお疲れになったのでしょう」

すっとぼける姉。それにさり気なく同意する妹。
まぁ俺が禁止って言ったところで、悠陽が大人しく従うわけがないのは、昨日と一昨日でよ~~~く分かったけどな。

 「タケル――寝癖が出来ておるぞ」

………もはや何も言うまい。
冥夜に寝癖を撫で付けられ、もう怒る気も失せた。というか、怒るのが面倒くさい。なるようになれ………………
朝食の時間までは、まだ少しあるがさっさと起きることにした俺は、着替えを手伝うと言い出したアホ姉妹を部屋から追い出してから着替え、部屋を出た。



◇ ◇ ◇



朝食を摂ったあと、名残惜しかったが俺たちはすぐに帝都を発った。その際、再び一悶着あったが、なんとか無事に出発することが出来た。
今回の帝都往訪で、これから起こるはずだった事件は阻止できた――と思いたい。
沙霧大尉以下、優秀な衛士を失わずに済むことは何よりだ。
甲21号作戦に向け、戦力は多いに越したことは無い。その後に続く戦いのこともある。仲間を、彼女たちを失いたくない。
甘ったれだって言われてもいい………それでも、これだけは譲れない。絶対に――


俺は横浜基地までの道中、決意を新たにこれからの激戦に思いを馳せた。



[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第12話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2013/01/02 00:53
11月27日 (火) 昼頃 ◇横浜基地・夕呼執務室◇ 《Side of 夕呼》


 「そう――暢気に観光でもしてると思ったら、そんなことがあったの」

つい先程、帝都から戻ってきた白銀から、帝都で起きたことの報告を受けていた。
白銀個人が帝都に呼ばれたのに、何を私に報告するのかと思っていたら、私たちの計画に影響が有りかねない事態が起きる一歩手前で、それを何とか阻止したらしい。

 「クーデターねぇ~………」
 「偶然、首謀者を会えたのはラッキーでした。そして、その人が俺に興味を持っていたのも――」

白銀という名のおかげ、といったところかしらね。

 「何にせよ、よくやったわ。あんたの話じゃ、そのクーデターが起きれば、かなりの損害が出そうだものね。面倒事は少ないに限るわ~~~」

最近は以前ほど厄介事は多くないが、アレの調整などに集中したいときにクーデターなんかを起こされちゃ堪ったもんじゃない。

 「それにしても……未遂で済んだからって、あんたをすぐに解放するなんてね。本来なら、あと2~3日は帰って来れないんじゃない?」
 「かなり強引に話を纏めたんですよ…殿下にも譲歩してもらいましたし」
 「へ~~、将軍相手に。やるじゃないの」

私がそう言うと、白銀は困ったように苦笑した。
気になった私が訪ねると、彼は話しづらそうにしながらも、事情を話してくれた。

 「その、何と言うか………殿下にいたく気に入られまして――というか、かなり親しい間柄だったみたいで。ほとんど俺の言うとおりに話を運べたんです」
 「ぷっ――!将軍様に気に入られるなんてやるじゃない!」
 「笑い事じゃないですよ!――帰り際にも、すぐに武御雷を用意するから、国連軍を辞めて斯衛に入らないかって口説かれたりもしたんですから…」

引抜までされそうになるとは。よっぽど気に入られているみたいね。
白銀を通じてなら、将軍とも渡りをつけることも可能かもしれない。とんだ副産物だわ。

 「武御雷だけ貰ってくれば良かったじゃない。勿体ないわね~~」
 「無理ですって!殿下の気持ちは嬉しいですけど、俺にはまだ、やらなきゃならないことがあるんですから――」
 「ふふ――そうね。アンタには精一杯、働いてもらうわ」

言いつつ流し目を送ると、白銀は表情を固まらせた。
この男の顔を見ると思わずからかいたくなる。私が働いている間に、帝都で遊んできたのだから、ちょっとくらい気晴らしに使っても構わないだろう。

一通りの報告を済ませた白銀を帰し、書類やらデータやらに目を通していると、ある考えを閃いた。
その案は多少のリスクを伴う可能性があるが、例の件を解決するには現状これしか無いはず。
よく思いついたと自分を褒めたいが、ヒントになったのはアイツの言葉なので、あまり浮かれないでおくことにする。
それに、まだ行動していない段階で浮かれても仕方ない。

思い立ったが吉日。先方に連絡を入れるため、私は受話器を取った。



午後 ◇横浜基地・シミュレータールーム◇ 《Side of 遙》


午前中の訓練が終わって、私たちがPXで昼食を摂っていると、いつ帰ってきていたのか白銀大尉が顔を出し、私たちと一緒に食事をしたのがついさっき。
そこでの会話が長引き、予定よりもだいぶ遅れてから訓練が始まろうとしていた。…遅れた理由はお察しの通り。凄かったよ………
今は、シミュレータールームに移動して、午後の訓練が始まろうとしている。もちろん白銀大尉も一緒。
そんな彼が、訓練が始まる直前になって突然ある提案をしてきた。

 「今日は少し気分を変えて、ハイヴ攻略戦を想定して訓練してみませんか?」
 「――何?」

伊隅大尉も聞かされていなかったのか、白銀大尉の提案に驚いていた。

 「連携訓練は一通りやってますし。この部隊は副司令直属の部隊なんです。いろんな想定をした訓練をしといて損は無いと思いますよ?」
 「………私に異論は無いが…」

伊隅大尉が水月たちの方を見ると、水月たちは不思議そうな顔をしているが、特に不満は無いような表情をしている。
水月は昨日の夜の訓練のあと、「白銀が帰ってきたら模擬戦でギャフンって言わせてやるわ!」と鼻息荒く豪語していたのに、どういう心境の変化か、大人しくしている。
まぁ、考えていることはだいたい分かるけど………
ともかく、隊員の誰からも異論は無かったので、午後はヴォールクデータを使ったハイヴ内戦闘をシミュレーションすることになった。
過去にそういった訓練をやらなかったわけでは無いけれど、茜たちが任官してからはハイヴ内戦闘を想定した訓練は行っていない。
なんとなく、訓練後の茜たちの様子が分かったような気がして、私は苦笑しながらもシミュレーターの準備に取り掛かった。



◇ ◇ ◇



訓練が終わると、訓練前の私の予想は、見事に的中してしまった。
今回のシミュレーションは、後方支援や各部隊が100%機能している状態で行った。
フェイズ1から始め、フェイズ4までは数機欠けるも何とかハイヴを制圧していたけど、フェイズ5の中間層を迎えると、隊の約半数は撃墜されてしまい、結局フェイズ5は攻略できなかった。
ここで訓練は一旦終わろうとしたが、試しにフェイズ6をやってみようという話になり、実際にやったのだが、結果は中間層に到達する前に全滅。
この訓練で分かったのは、白銀大尉独特の機動はハイヴ内であっても、有効だということ。

彼について行こうとしても、BETAの物量によって、後方が分断されてしまう場合が多々あった。
白銀大尉が孤立して、撃墜されてしまう場面も見られたが、これは極めて稀であり、ほとんどの場合、彼は自力で隊列に復帰していた。
そして茜たちは、初めてのハイヴ内シミュレーションだったが、贔屓目を抜きにしても奮戦していたと思う。これからの成長に期待、といった感じ。
水月たち先任には、これといって問題は無いように感じた。特訓の成果が出てきているのかも。
これからは、少しずつハイヴ内戦闘のシミュレーションを増やしていくそうなので、更にスコアは伸びるはず。
名実共に、ヴァルキリーズは最強の部隊になっていく――私はそう感じていた。



◇横浜基地・ブリーフィングルーム◇ 《Side of みちる》


シミュレーター訓練が終わり、それぞれの操縦ログやパターン、連携のチェックも済ませたので、本日の“通常の”訓練は終了となった。
訓練前、珍しく大人しかった速瀬だが、訓練を終えるといつも通りに戻っていた。
訓練で白銀を超えるスコアを叩き出したからだろうが、白銀が本調子だったのかと聞かれれば、答えはNOだろう。他の連中が気付いていたかは分からないが――
今日の訓練で白銀は、ヤツらしからぬミスをしていた。

それは、戦闘中に孤立してしまっていたことだ。
私たちの力不足は否めないが、隊列から外れてしまうというのは、今までの訓練でも、実戦でも無かったことだ。
ハイヴ内という特殊な環境での訓練は、白銀が着任してから行っていなかったが、あれほどの腕を持つ衛士が、環境の変化に対応出来ないはずは無いだろう。
実際、ヤツに孤立していることを伝えると、すぐに隊列に復帰してきた……それもアッサリと。

それともう一つ。
日頃の例の猛特訓による成果なのか、私は白銀の機動がある程度は見切れるようになってきたのだが、その私から見ると、今日の白銀の機動には、いつものキレが無かったように思えた。

 「――大尉も何か考え事ですか?」
 「!」

突然声をかけられ驚いた私が顔を上げると、宗像と風間が居た。
周りを見回すと、既に私たちしか残っていなかった。それなりに長い時間、考え込んでしまったのか。

 「あ、あぁ――私も、ということはお前たちもか?」
 「えぇ。私たちは考え事というか、先程の訓練の反省会だったのですけれど」
 「他の連中はさっさと出て行ってしまったのに、大尉はボンヤリとしてましたから」

……自覚が無かった。そこまで真剣に考えるつもりは無かったのだが、思ったより真剣に考え込んでしまったようだ。

 「そうか――私も訓練で気になる点があったんでな。それについて考えていたんだ」
 「気になる点?…何か問題があったのですか?」

白銀の件を言うか迷った私は、結局フォーメーション云々だと答えてしまった。
宗像たちも同じようなことを話し合っていたらしく、私にも意見を求めてきた。

 「B小隊が2機だけ、というのはバランス的にはどうなんですかね?」
 「仕方ないだろう――アイツ等についていけるのが、私とお前以外に居ないんだからな」
 「あの御二人についていけと言われても、さすがに無理ですわ………」
 「――私も正直キツイですよ」

宗像が言っていたように、今日の訓練ではB小隊(突撃前衛) は、白銀と速瀬の2人のみの編成で行った。
理由は私が言ったとおりで、ヤツ等の機動についていける衛士は私と宗像しか居ない。宗像ですら辛うじてというレベルなのだ。
それなのに他の隊員にやれと言うのは酷だろう。

 「今は良いんじゃないか?あのエレメントが正常に機能してくれているなら、私たちは自分のポジションに集中できると思うが?」
 「それはそうでしょうけど………」
 「それに、だ。白銀と神宮司教官が育てている連中も、いずれ加わる。人員はそこから割けるそうだ。白銀の話じゃ、なかなか骨がある連中らしいからな」
 「白銀大尉が言うのでしたら、間違いは無さそうですね」

私も以前、白銀と編成のことで話したことがあるのだが、今の突撃前衛は人員不足だが、今鍛えている連中が任官すれば問題は無いと、そのときに言っていた。
ヤツと神宮司教官が鍛えているのだから、風間の言うとおり間違いは無いだろう。
むしろ羨ましいくらいだ。凄腕の衛士2人が直々に教官をしているのだから――決して神宮司教官に不満があるわけではない。
それだけは勘違いしないでほしい……本当に鬼のような教官だったことに間違いないが。



ゾワ~~~~…



――昔を思い出すのは止めておこう。

 「しかしA、C小隊ばかり増員されてしまっては――」
 「そのときは神宮司教官にも、小隊を任せても良いんじゃないか?」
 「「――え!?」」

………そんなに驚くことか?
神宮司教官を小隊長にするという選択肢は、あって然るべきだろう。彼女は中隊を率いていた経験もあるのだ。
復帰してくるのならば、小隊を任せることも、十分に有り得るだろう。

 「1小隊増えるわけですか……」
 「可能性はある。まだ分からんがな」

私の言葉に、2人の部下は引き攣った笑いを浮かべた。おそらく、訓練兵時代の神宮司教官にしごかれた記憶でも蘇ったんだろう。
そんな鬼教官が、また上官になるかもしれないと言われれば、私でも同じ表情をする。

 「しばらくは現状維持だ。とにかく、今は個々の能力向上をしていくしかないだろう。神宮司教官と白銀の教え子に笑われないようにしないとな」
 「そうですね――」
 「はい」

そして、この簡単な反省会が一段落し、宗像たちが退出していくと、今度こそ私1人になった。それからしばらく、私は再び思考に没頭した。
初めに考えていた白銀の不調は、結局は本人に解決してもらうしかない。
仲間が悩んでいるのに、何も出来ないことに歯痒さを感じるが仕方ない。私は溜息を吐くと、ようやく立ち上がってブリーフィングルームを出た。



《Side of 晴子》


いや~~~まいった。
まさか、ハイヴ内でもあれだけ動き回れるとは………私たち後衛の支援が追いつかなかった。
まぁ途中から支援対象から外してたけど。白銀大尉と速瀬中尉のエレメントは無敵と言っても過言じゃない気がする。

 「――やっぱり私、ダメなのかな……」
 「また始まった」
 「だって…」

最近の茜はこうして悩んでいることが多くなった。理由はやっぱり白銀大尉だと思う。
茜は口には出さないけど、茜が何を目標にしているのかは、聞かなくても分かる。

――速瀬中尉だ。

速瀬中尉に追いつくため、そして突撃前衛になるために日夜特訓していた茜の前に、彗星の如く現われ、壁になったのが白銀武。
初対面のとき、彼は速瀬中尉をも超える腕前を持ち、私たちを圧倒した。それから速瀬中尉が白銀大尉にご執心してしまったから、さぁ大変。

 「――あの人たちとの技量の差は仕方ないよ。私たちは連携でカバーしてきたじゃない。特訓の成果も出てきてると思うよ?」
 「そうかもしれないけどさ………」

悩むのは良いんだけど、どんどん入っていっちゃうから困ったもんだ。

 「前衛があれだけ突出しちゃうと、中盤が空くのは仕方ないよ。茜は、それをムリにカバーしようとするから隊列が崩れちゃうでしょ?
  あのコンビなら、ちょっと支援が減ったくらいじゃなんとも無いはずなんだから、自分の出来る範囲で支援すれば良いんだよ」
 「――それだと中尉たちが孤立しちゃうかもしれないじゃない!」
 「そのときはそのときだね。突撃前衛って1番危険なポジションなんだし、それくらいの覚悟はしてるでしょ」

茜は悔しそうに唇を噛んだ。理解は出来るけど、納得は出来ないって顔かな。
茜が考えてることはなんとなく分かる。

 「でも――私は支障が無い限りは絶対に助けに行くから」

予想通りの言葉に、私は少し笑ってしまった。
笑った私にムッとしたらしい茜がジトーっとした目で見てきたので、何でも無いと告げ私たちは一度自室へ戻った。



夜 ◇横浜基地・PX◇ 《Side of 鎧衣美琴》


お昼頃に冥夜さんが帝都から戻ってきて、午後の訓練は2日ぶりに207小隊全員が参加した。やっぱり冥夜さんが居ると、訓練のときの隊の雰囲気が良い感じに引き締まる気がするね。
そうして午後の訓練が終わって、PXでみんなと夕食を食べていると、壬姫さんがボクたちに相談がある、と泣きそうな顔で言ってきた。
なので、何事か聞くと、なんと明日、壬姫さんのお父さんがここに来るらしい。
それだけなら、まだ何ともないだろうけど、壬姫さんがお父さんに手紙を出したときに、自分が分隊長だと、ウソをついてしまったらしい。

 「あうあうあうあ~~~~~~」
 「「はぁ~~~~…」」

千鶴さんと冥夜さんが盛大な溜息を吐いた。慧さんはニヤリとして、純夏さんは苦笑している。
ボクも純夏さんと同じような表情をしている。

 「どうしよっか………」
 「どうするって言っても、ねぇ…」
 「…玉砕」
 「はうあ~~~~~」

仲間が困っているんだから助けてあげたいとは思うけど、これは難問だよね。
しばらく、みんなで頭を捻っていると、純夏さんが何か思いついたように声を上げた。

 「ねぇ、ちょっと聞いて欲しいんだけど………」
 「――何かしら?鑑」
 「1日だけ壬姫ちゃんを分隊長にしちゃダメかな?」

純夏さんの案に、私たちは目を丸くした。まさかとは思ったけど、壬姫さんを1日だけ分隊長にするなんて…
でも、こうなった以上はそれしかないような気もする。

 「ダメに決まってるじゃない!身分を詐称して、バレたら大変なことになるわよ!?」
 「う~~ん……大丈夫な気がするんだけどな~~~」
 「最終手段。良いんじゃない?」

慧さんは純夏さんの意見に賛成みたい。

 「彩峰、あなた本気?」
 「もち――」
 「………あなたねぇぇ~~~~~」

いつもの表情でサムズアップする慧さんの表情から何かを感じたのか、千鶴さんは呆れたような声を出した。壬姫さんはさっきからずっとオロオロしたまま。
ボクたちは、他の案が無いか話し合ってみたものの、これといった案は無く、手詰まりになってしまった。

 「榊、やはり鑑の案でいくしかないのではないか?」
 「はぁ~~~~。分かったわよ……でも具体的にはどうするのよ?」
 「――それは私に任せて!!」

純夏さんが勢い良く手を上げ、反対意見も出なかったので、この件は純夏さんに一任されることになった。



◇横浜基地・白銀武私室◇ 《Side of 武》


今日は本当に疲れた………
帝都では色々なことがあった。その中でも、クーデターを阻止できたのは大きい。それから将軍殿下――悠陽があんな人物だっていうのには驚いた。
前の世界じゃ、クーデターのときにしか関わりは無かった。あのときの悠陽は、本当に凄い(――ってしか言えないけど) 凄い人だなって感じた。
そのイメージしかない俺が、あの悠陽に会っちまったら驚くのは当たり前だろ?アイツ、布団に潜り込んできたし。元の世界の冥夜みたいだったな――
こっちに戻ってきてからの訓練は、別段大した事は無かったはずなのに、俺は異様に疲れてしまった。昼飯のときの追求もあったし…何とか誤魔化したけど。
引き止められた相手が、将軍殿下だ――なんて言えるわけねぇよ。

来月にあるはずの甲21号作戦のために、少しずつ慣らしていこうとハイヴ内のシミュレーションをやったのも、不味かったか………
ハイヴ内は機動が制限される分、地上より遥かに気を使う。今のコンディションでやるべきではなかった。余計に酷くなっちまった感じがする。
今までこんなことは無かったのに、一体どうしちまったんだ……
考えは堂々巡りで、つまらないことばかり考えてしまう。俺はそこで考えるのを無理矢理止め、とにかく身体を休めることにして布団を被った。



翌日、珠瀬外務次官が横浜基地を視察に訪れることを知らないまま――




[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第13話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2011/10/18 21:55
11月28日 (水) 昼 ◇横浜基地・PX◇ 《Side of 珠瀬壬姫》


はうあうあ~~~~~~。
どうしよう………もうすぐパパが来ちゃう。

 「珠瀬、少し落ち着いたらどうだ……」
 「――挙動不審」
 「…はうっ!」

あまりの落ち着きの無さに、御剣さんと彩峰さんに注意されてしまった。
午前中、パパを乗せた駆逐艦が着陸してくるのを見てから、自分でも分かるほど落ち着きがない。気を付けなきゃとは思うけど、緊張しちゃってどうしようもない。
パパには私が207分隊長だと嘘をついてしまってるから余計に緊張してる……
頼みの綱は、私の腕にぶら下がってる“分隊長”と書かれた腕章。これは今朝、鑑さんがくれたもの。
昨日、思い切ってみんなに相談したとき、鑑さんが自身ありげに任せといてって言うから、なにか凄い案があると思ってたら………この腕章だった。

 「壬姫ちゃん、大丈夫だよ~~~」
 「そうだよ。きっと大丈夫!」

鑑さんと鎧衣さんが励ましてくれた。
ちょっとは効果があったけど、それもすぐに意味がなくなってしまった。
御剣さんがPXの入り口の方を見て、表情を引き締め号令をかけたからだ。

 「――敬礼!」

事務次官――パパに全員が敬礼をする。
ついにパパが、神宮司軍曹に連れられてPXに来てしまったのだ。

 「事務次官、こちらが横浜基地衛士訓練学校の食堂です」
 「ほう……」
 「ご紹介します。彼女らが第207衛士訓練小隊の訓練兵です」

教官に紹介されて、パパが私たちの方を向いた。

 「諸君の双肩に、人類の未来が懸かっている。宜しく頼むよ?」
 「「――は!」」

私たちの返事を聞いたパパは満足そうに頷いた。そのとき、チラッと私を見た神宮司教官と目が合ってしまった。
鑑さんが伝えておいてくれたので、今だけは教官も協力してくれるみたい。
パパが帰ったら怒られると思うけど………

 「ここからは、珠瀬訓練兵がご案内致します。――珠瀬訓練兵!」
 「は、はい!どうぞこちらへっ!」

そして私が案内役で再び、パパの横浜基地の視察が始まった。



午前 ◇横浜基地・夕呼執務室◇ 《Side of 武》


たまが、たまパパの案内を始める数時間前………俺は夕呼先生のところに居た。
A-01のみんなと一緒に訓練に向かう移動中、今日は基地全体がどことなくいつもと違うな~~~と呑気に考えていると、駆逐艦が着陸してくるのが見えた。
そんな俺にとって伊隅大尉の何気無い一言は、まさに風雲急を告げる、だった。……晴天の霹靂かな?

 「――そういえば、今日は国連のお偉方が来る日だったな」
 「………………え?」

首を傾げる俺に、伊隅大尉はちょっとした捕捉説明をしてくれた。ついでに言うと、俺が帝都に行っているときに話があったそうだ。タイミング悪すぎ………
それを聞いた俺はすぐに、これから起こりえる事件を思い出し、みんなに大した説明も無しに夕呼先生のところに走った。
そして、今――事情を説明し終え、ようやく対応を決めたところだ。

 「――本当にHSSTが落ちてきてきたときは、珠瀬に撃たせるってことで。OTHキャノンは間に合わせるわ」
 「はい――」
 「まさか、ここに来て運頼みになるとはね……本当に鑑にやらせなくて良いのね?」
 「大丈夫ですよ。アイツは極東一のスナイパーですから」
 「――アンタがそう言うなら信じましょうか」

HSSTが落下してくる可能性があることを伝えた。
すると、まず純夏に機動変更なり自爆操作をやってもらうことを提案してきたが、それはダメだと言うと、すぐにOTHキャノンを使用した作戦を立てた。
砲手も横浜基地やこの近辺に居る人間で、最も狙撃能力が高い珠瀬壬姫を指名してきた。
俺が特に何も言わなくても、夕呼先生に意図は伝わったみたいだ。この辺はさすがとしか言いようが無い。
HSSTに高度なクラッキング対策が施されていて、自爆コードやハッキングを受け付けないとしても、純夏なら簡単に防壁を突破して自爆なり、コース変更なり出来るはずだ。
それが最も安全で確実な方法だと思うけど、それじゃダメなんだ。

この基地全体の雰囲気は変わらなきゃいけない。
それにクーデターを阻止してしまったから、この機会を利用しないと、207Bのみんなは実戦の空気を体験する機会がほとんど無い。だからこの事件を利用する………
とりあえず夕呼先生には伝えたので、たま本人以外はすぐに準備が整うだろう。
万が一狙撃に失敗したら、純夏にHSSTの自爆操作や落下軌道の変更を試みてもらうことになるかもしれないが…
迎撃ポイントを突破しているとなると、純夏が成功しても残骸等で横浜基地が壊滅状態になる可能性がある。

それじゃ意味がないんだ――
やっぱり、たまに撃ち落としてもらうしかない。それが最善で唯一の策だ。

 「じゃあ、私はOTHキャノンの準備をさせるわ……アンタはどうするの?」
 「俺は――とりあえずA-01の訓練に顔を出します。すっぽかして来たんで……戻っておかないと後が恐いですよ…」

夕呼先生は苦笑しながら肩を竦めた。罰ゲームを受けてる俺の姿でも想像したのかもしれない。
そんな姿がすぐに思い浮かぶのは嫌だな……あの面子を考えると仕方ないけどさ。
俺は色々な意味を籠めて、気を引き締めて訓練に戻った。

――はずだったんだけどな………



昼 ◇横浜基地・PX◇ 《Side of 水月》


午前中の訓練を終え、ヴァルキリーズ全員で昼食を摂っているんだけど、1人だけグッタリしているヤツがいる………………白銀だ。
理由はまぁ、察しが付くだろうけど。
事情も言わずに訓練を抜け出し、やっと戻って来たと思ったら何処か上の空でミスばかりしている。
初めのうちはハイヴ内のシミュレーションを行っていたけど、そのせいで伊隅大尉が途中から内容を変更して、久しぶりの対人――戦術機同士の戦闘を行った。

伊隅大尉と柏木、私と麻倉、宗像と風間、茜と築地と高原、というペアを組み白銀は1人。
それから、それぞれ総当りで戦闘をした。勝数は私たちのペアが最も多かった。次点は伊隅大尉のペア。

 「――白銀大尉、大丈夫ですか?」
 「えぇ………はい……ダメっす………………」

とっくに食事を済ませた風間が、グッタリしてる白銀を気遣っている。
まぁ、白銀の復活は時間がかかるだろう。なんせ、アイツだけ全員と連戦したんだから。
白銀がここに来た頃、アイツは私たち全員を相手にしてもケロッとしていたのに、今は完全にバテている。
私たちがこの1ヶ月程で、どのくらい成長したか分かってもらえるんじゃないかしら?
白銀が本調子じゃないにしても、かなりの成長だと思う。

 「――…尉!――速瀬中尉!」
 「ん~~~~?」

考え事をしていて、茜が呼んでいるのに気付かなかった。

 「模擬戦中のことで聞きたいことがあるんですけど、良いですか~?」
 「良いわよ~~~」

それから私は食事を続けながら、茜と連携などについてノンビリと話した。
茜は以前にも増してヤル気が凄いような気がする。私も負けないようにしなくちゃね――



午後 ◇横浜基地・司令室◇ 《Side of イリーナ》


司令室勤務といっても、することが無いときは本当に何も無い。はっきり言って暇。
仕事があるとしても、通信処理と各所へのアナウンスくらいのもの。
香月博士の補佐や、A-01の訓練の手伝いなどはあるけど、他は代わり映えのしない勤務内容だ。

A-01の手伝いは、最近は頻繁にやるようになった。相変わらず白銀大尉の話題は尽きないようだ。行くたびに話題になっているので、私も話だけは聞いている。
今日はA-01のところへ行く予定は無く、突然舞い込んできた命令で先程まで香月博士の指揮の下、何故か試作段階の戦術機用兵装の調整を行った。
また博士の気まぐれでは無いかと思ったけれど、文句を言えるはずもなく、淡々と作業を進めた。
1時過ぎには作業は終わり、昼食と昼休みを終えた私は司令室に戻り、午後はいつもと同じように退屈に過ぎていくと思っていた。

………警報が鳴り響くまでは。




ビーッ!ビーッ!ビーッ!




司令室に警報が鳴り響いた。
瞬間、司令室に緊張が走り、一斉に全員が持ち場につく。

 「――状況を確認しろ!」
 「………これは――エドワーズから那覇に向かっていたHSSTに何らかのトラブル!国連GHQからの情報によりますと、現在のコースで再突入すれば……ここに落下してきます!!」
 「何だと!?司令に連絡しろ!――貴様は引き続き情報を集めてくれ!!」

緊張に包まれた司令室で、各々役割をこなし始める。そして私は香月副司令に連絡を入れる。
この基地が吹き飛ぶかもしれないということは、まだ誰も知らなかった。



◇横浜基地・兵舎◇ 《Side of 純夏》


壬姫ちゃん――珠瀬(1日)分隊長の案内で、珠瀬事務次官が兵舎にやってきた。

 「――こ、こちらが兵舎です!」
 「「………………」」

緊張しすぎて、敬礼の号令をかけ忘れている壬姫ちゃんに、プロジェクションを応用して敬礼の号令をかけるように促してあげた。

 「あ――た、珠瀬事務次官に敬礼!!」
 「「お待ちしておりました!」」
 「うんうん。君たちが、たまの部下かね?」
 「……あんたもたま………たまパパ……………ひげ」
 「ん――?」

慧ちゃん…やっぱ凄いよ。

 「し、私語を慎め~~~~~~!!!」
 「………………申し訳ありません、分隊長……」
 「その凛とした姿!――いいじゃないか、たま~~~~~!!」

ズビシッ!っていう効果音が聞こえてきそうなほど、勢い良く慧ちゃんを指差し、少し震える声で命令した。
返事をした慧ちゃんは、表情は変わらないけど――うん、機嫌悪いね。間違いないよ……リーディングしなくても分かるもん。
 

 「ふむ……噂の大尉殿には会えないのかね?」
 「パ、パパ!?」
 「なかなかの好青年と聞いていたから、楽しみにしておったんだがのぅ~~~~」
 「「………………」」
 「たまと同じ年で大尉を務める実力。性格も良いと聞いている――うん、そろそろわしも孫の顔が見たいな。わははははは!!!」
 「「―――!?」」

――怖かったよ、今。
リーディングするまでも無く、みんなからもの凄いプレッシャーを感じた。タケルちゃん、ドンマイ………
壬姫ちゃんのお父さんってこんな人だったんだね。ちょっと――ビックリ。

 「で、では次へご案内します!」
 「うんうん。たまが案内してくれて、パパは嬉しいぞ~~~~~」

さすがの壬姫ちゃんも、さっきのプレッシャーは感じたみたいで、早くこの場を離れたいのか、たまパパを次の場所へ案内し始め――




ビーッ!ビーッ!ビーッ!




突然の警報。この場に居た全員の動きが止まった。警報に続いてアナウンスが流れる。

 『――防衛基準体制2を発令。繰り返す――防衛基準体制2を発令。各員は所定の位置に――』
 「「――!?」」

突然起こった事態に驚いたけど、すぐに落ち着けた。神宮寺教官がこちらに走ってくるのが見えたからだ。

 「――防衛基準体制2が発令されました!事務次官、司令室までおいで下さい!」
 「何事ですか、軍曹?」
 「詳しくは司令室にて――お急ぎ下さい。貴様たちは――」

珠瀬事務次官を司令室に連れて行くためか、かなり急いだ様子の教官は、呆然としている榊さんたちに振り向いて何かを言いかけたとき、今度は聞き覚えのある声でアナウンスが入った。

 『――207B訓練分隊に告ぐ。至急、第2ブリーフィングルームへ集合せよ。繰り返す――207B訓練分隊は――』
 「「――!?」」
 「一体どういう事!?」

それは香月博士の声だった。神宮司教官も何も聞かされていなかったのか、私たちと同様に驚いていた。
私は悪いと思いつつも神宮司教官をリーディングし、今起きていることを知った。
――HSSTが落下?ここに直撃………ってヤバイんじゃない、コレ。
教官が知っていることに詳しい情報は無く、もっと詳しく知るには香月博士に会うのが一番。
そう判断した私は、榊さんに移動を促す。

 「――とにかく行ってみよう!」
 「そ、そうね――教官!!」
 「全員、第2ブリーフィングル-ムに向かえ!全速!!」
 「「了解!!」」

どうしたら良いのか戸惑って、お父さんの方を見ていた壬姫ちゃんも、みんなが移動を始めたので、名残惜しそうにしながら私たちに続いた。



◇横浜基地・第2ブリーフィングルーム◇ 《Side of 夕呼》


白銀の言うとおり、HSSTにトラブルが発生し、この基地への落下コースを取った。HSSTの積荷は海上輸送がセオリーの爆薬。しかもそれが満載だという話。
このHSSTの離陸場所はエドワーズ基地――アメリカだ。黒幕の正体?そんなの考えるまでも無い。
そんな分かりきったことを考えるくらいなら、今この場をそうやって生き延びるかを――って、それも考えたんだったわね。
生死が懸かった状況なのに準備が整いすぎているので、妙に落ち着かない。私が変にソワソワしていると、白銀がブリーフィングルームに入ってきた。

 「――やっと来たわね」
 「すみません。予備狙撃手の伊隅大尉は即応体制で待機中。目標の詳細は伝えてあります。あとは――」
 「あの娘次第ね」

私の言葉に白銀は頷きだけで返した。白銀は私より落ち着いて見える。年下の癖に生意気ね………
白銀と作戦を詰めるかと思ったが、その暇は無かった。思ったよりも早く、彼女たちがここに着いたからだ。
事務次官が何故か同席しているが今は気にしないことにしよう。

 「香月博士、これは一体どういうことですか!?」
 「どうって?」

着いた途端、まりもが噛み付いてきた。
さすが“狂犬”ね。

 「――この状況で、訓練兵をブリーフィングルームに集合させたことです!!」
 「はいはい、これからちゃんと説明してあげるから、大人しく座りなさい」
 「………了解」

狂犬が大人しくなり、訓練兵たちも着席したのを見計らって、私は現在の状況を説明した。
爆薬満載のHSSTとの連絡が取れず、外部からの操作も受け付けない。
更に、再突入時に電離層を突破するとフルブーストする設定になっているため、もし落下すれば甚大な被害が出ること。OTHキャノンでの迎撃作戦を展開すること。
そして――珠瀬壬姫にHSST迎撃作戦へ参加してもらうことを――

 「あ………………」
 「な、何を言っているの!?珠瀬はまだ訓練兵なのよっ!?」
 「訓練兵とか正規兵とか言ってる場合じゃないの、分からない?」
 「――っ!」
 「私たちが生き延びる可能性――この作戦の成功率が、最も高いのが珠瀬なだけよ。まりも、アンタ一体なんのために教官やってんの?」
 「っ………」

まりもも、分かってはいても納得できないだけだろう。訓練兵をこんな重大な作戦に起用することなど、普通は有り得ない。
私だって――おそらく白銀も、珠瀬以上のスナイパーが正規兵で居るなら、間違いなくソイツにやらせる。
こうしている間にも、明確な死が迫ってきている。
それ程に事態は切迫している――そう私が考えたとき、タイミングが良いのか分からないが、携帯端末のアラームが鳴った。

 「………再突入まで20分を切ったみたいね。――さ、私たちも準備しましょうか?」
 「う、あ――」

珠瀬を見ると、顔面蒼白で明らかに狼狽している。私は内心こんなので大丈夫なのかと思ったが、アイツが言うからには信じるしかない。
そんな珠瀬に声をかけたのは、それまで黙って成り行きを見守っていたヤツだった。

 「たま――頼む。お前にしか出来ないんだ」
 「「――っ!!」」
 「大尉………私…私………………」

白銀が珠瀬にゆっくりと、諭すように語りかけた。だが珠瀬は全身を戦慄かせるだけで、首を縦に振ることは無い。

 「――いやぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 「たまっ!!」

白銀が更に説得しようとするが、珠瀬は白銀の言葉を聞く前に、ブリーフィングルームから飛び出していった。
根性無いわね……本当に大丈夫なのかしら。だんだん不安になってきたわ………
しかし白銀は諦めていないようで、私にハンガーへ行っているように言い残し、残っていた他の訓練兵を使って珠瀬を探しに行った。
訓練兵たちが出て行く間際、私は鑑だけを呼び止め、まりもには事務次官を司令室に送るように指示を出した。

 「状況は掴めてるわね?」
 「はい!さっき、香月博士がみんなに説明してる最中に、タケルちゃんから聞きました」

なるほど。白銀が静かだったのは、鑑への説明で忙しかったからか。
普通の会話と、脳内の会話を同時に行えるほど、アイツが器用なわけは無いものね。

 「――で、アイツはなんて?」
 「絶対に大丈夫だから黙って見とけ!――って、自身満々でした」
 「そう………なら、私はハンガーに行っときましょうか。アンタも珠瀬捜索に行きなさい」
 「はい!!」

元気良く走っていく鑑の後姿を見送ってから、私はハンガーへと向かった。



◇横浜基地・???◇ 《Side of 壬姫》


何でこんな事になっちゃったんだろう………
パパに嘘を吐いてたから、いけないことをしたから罰が当たったのかな…
みんなの協力で、私が分隊長だっていう嘘は何とかなると思ってたのに、こんなことになるなんて。
爆薬満載のHSSTがここに落ちてくるのを防ぐための作戦に、訓練兵の私が参加しなくちゃいけないなんて――

私には絶対にムリだよ………この間やっと本物の戦術機に乗ったばかりなのに、私に出来るわけないよ…なんで私なの?
この基地には正規兵――白銀大尉だっているのに。あがり症の私なんかより成功する確立が高いはずだよ。白銀大尉のほうが、私なんかより戦術機の操縦が上手なんだから。
でも、白銀大尉にも頭を下げられた。あの人なら私を庇ってくれるって思っていたのに、頼む――って言われた。

 「どうしたら良いんだろ………………私には出来ないよ……」

今まで大切に育て、今朝ようやく待望の花を咲かせたセントポーリアに呟いてはみたものの、返事などあるはずが無かった。



[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第14話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2013/01/02 00:54
11月28日 (水) ◇横浜基地・珠瀬壬姫自室◇ 《Side of 武》


昔の記憶を頼りにたまを探していると、記憶の通りたまは自分の部屋にいた。
なんて声をかけようか悩むところではあるが、あまり時間の余裕は無い。俺は考えが纏まらないまま、部屋に入り声をかけた。

 「よう――」
 「――っ!?……あ…大尉………………」

たまはビクッと肩を震わせこちらを振り向き、相手が俺だと分かると、辛そうに顔を逸らした。逸らした先には、いつか見たのと同じ花があった。

 「――なんて花だっけ、それ」
 「え?…あ……セントポーリアです」
 「綺麗に咲いてるじゃないか。こんな場所でよく咲いたもんだ」
 「……今朝やっと咲いたんです。途中で病気になったりして、大変だったんですけど…」

一生懸命に世話したんだよな。
太陽の光が当たらない地下で、ちゃんと花を咲かせられたんだ。
たまが頑張ったから、この花は今こうして咲いている――命があるんだ。

 「頑張ったんだな、たま。この花を咲かせることが出来たのは、たまが世話をしたからだろ?お前だから出来たんだ」
 「………」
 「――同じことじゃねぇかな……?」
 「花と人間は違います!!!」

ま、そりゃそうーだけど。そういうことが言いたいんじゃないんだよな………
やっぱ向いてねぇな、説得とかってのは。

 「第一、私は訓練兵なんですよ!?こんな大事な場面、正規兵の大尉がやれば良いじゃないですか!大尉の方が私なんかより上手なんですから!!」
 「………」
 「私には無理です…」
 「あがり症だからか?」
 「え…?」
 「あがり症だから出来ないってのか?」
 「それは………」

たまが極度のあがり症だってことは知ってる。だけど、そんなもんを言い訳にして、こんなところで立ち止まって欲しくはない。
こんなところで終わるようなヤツじゃねぇんだ。
たまも、アイツ等も。

 「――後悔しないか?自分にしか出来ないことがあるのに、それをやらずに誰かが死んでいくのを黙って見てるのは」
 「………」
 「今まで何のために毎日毎日、あんな訓練をしてきたんだ?」
 「……」
 「こんなところでウジウジ花に話しかけるために訓練してきたのか?」

ごめんな。キツイだろうけどお前のためなんだよ――

 「お前には護りたいものは無いのか?」
 「―――!」
 「………俺にはあるよ、護りたいものが」
 「え……?」
 「え――って。別に驚くようなことじゃないだろ?」
 「あ…すみません………」

完全に萎縮しちまってるな。
前は同じ訓練兵っていう立場だったから説得できたけど、今回の俺は上官。説得は難しいのか……だけど無理矢理やらせても意味は無いし、どうするか…
まだ時間はあるな――ちょっとくらい話をしても大丈夫だろう。

 「――俺さ、前に居たとこで大切な人を失ったんだ」
 「え…?」
 「まぁ、つまんない昔話だけど……ちょっと付き合えよ」

俺の言ったことに反応して俺を見たが、たまは何も言わずに再び顔を背け、花を見つめてしまった。

 「前に居たとこに配属される前にも、それなりの経験をしててさ、ちょっと特別扱いされて調子に乗ってたんだよ。世界を護ってやるとか、大層なこと言ってさ」
 「………」
 「だけど、そんな俺も初めてBETAを相手にしたときは酷い有様でさ――ははは。今思うと本当に酷いぜ?訓練兵のとき訓練中にBETAが現れて。ペイント弾と模擬刀しかなくて――」

う~~~~ん、恥ずかしい。なんつーか……若かった。そして未熟だった。
そのせいで、まりもちゃんを――

 「ビビってたはずなんだけど、薬物投与された影響で興奮しすぎてさ。ペイント弾を撃ちながらBETAに突進してったんだよ」
 「そんな………」
 「ははは。有り得ないだろ?」
 「はい――あ…えっと……」
 「いいよ、当然の反応だ。」

何やってたんだろうな、あのときの俺は。あの後は逃げるし、逃げた先でまた……
いや――今はたまの説得だ。昔のことは今はいい。

 「で、結局やられて。そのときは運良く助けてもらったんだけど、そのときに恩師を死なせてしまった。それで戦いが嫌になった俺は逃げた。元居た場所に――」
 「………」
 「逃げ戻った先でも同じことを繰り返してさ…また大切な人を失って、周りを傷つけて。そこで俺は死のうとした。俺なんかが居ても、みんなを護るどころか傷つけるだけだったから」
 「………………」

たまは黙ったままだ。
俺の話で何かきっかけを掴めればいいと思ったんだけど………

 「でも――俺は死ねなかった。傷つけた人、世話になった人に背中を押されて、ようやく自分がやるべき事が分かったんだ。………そして俺は戻った。逃げ出した場所に――
  そんとき同期のヤツに言われたよ。辛いときは何処に逃げても同じ――ってさ。実際、その通りだった………」
 「――っ!」
 「そして任官して配属されたんだけど、その配属された部隊が凄くてな。凄腕の衛士ばっかりなんだけど、なんつーか個性的な人たちでさ。
  俺の根性を叩きなおしてくれたんだ。本当に良い人たちだったよ……」
 「だった――って?」
 「あぁ――みんな死んじまった」
 「そんな――」
 「特殊部隊で……色々あってさ。どんどん居なくなっていったんだ」
 「………………」
 「キツイ任務ばかりで同期のヤツらも死んでいった。結局、最後は俺だけが生き残った。悔しかったよ――散々迷惑かけたのに、俺だけが生き残ったんだから」
 「………」
 「――で、その後に香月博士に拾われて、ここに来た。あとはお前たちが知っての通りだよ」

嘘は言ってないぞ?言えないこともあるから、それは暈したけどさ。
俺は、いつの間にか爪が食い込むほど握り締めていた拳をゆっくり開きながら、俺の気持ちを伝える。

 「後悔はしたくないし、して欲しくない。だから俺はお前たちの教官になった。護りたいものがあるなら、それを護って欲しい。
  衛士の技量的には強くなることは簡単だとしても、精神的に強くなるのは難しい。でも俺は、お前たちなら大丈夫だと思った。
  ――想いだけでも力だけでも――どちらか1つじゃ何も護れないから」
 「………」
 「お前たちは強いよ――強くなった。こんな俺が言っても説得力は無いだろうけど」
 「そんなことは――!!」

そう言って俺を見るたまの瞳は、先程までとは違う火を灯している――と思いたい。俺は努めて優しく微笑み、言葉を続ける。

 「俺が見てきた中でも飛び抜けてる。自信を持って良い。あとは――お前ら自身だ」
 「………………………」
 「どうする?」

頼む…変わってくれ――

 「………ります」
 「――うん?」
 「やります!やらせてください!!……後悔はしたくないです――」
 「あぁ――頼む」

よかった。本当に――これで大丈夫だ。俺たちは死なない。

 「あの……お願いがあるんですけど………」
 「ん――何だ?」
 「その………傍に居てください。見ていて欲しいんです。強くなったところを」
 「分かった――分隊長のお願いだ。聞かないわけにはいかないよな?」

たまの腕にぶら下がっている腕章に今まで気付かなかった。純夏の入れ知恵だろうか?
同じ事を考えるとはね…

 「あ――!えっと、これはその……」
 「良いって。そんなことより時間が無い。ハンガーに急ぐぞ!」
 「はい!!」

そして俺が、中途半端に空いたままの部屋のドアを開けると――
207B訓練小隊が全員揃っていた。

 「な――お前ら、いつから……?」
 「え~~と………つまんない昔話だけど、付き合えよ――の辺り?」

律儀に教えてくれる純夏。おそらく元凶だろう。
全く気付かなかった………うわ~~~、あんな話をコイツらにまで聞かせちまったよ……
どうしよう……俺、変なこと言ってなかったか?

 「珠瀬、良いわね?」
 「うん――!!」

委員長の言葉に元気良く頷くたまは、先程までとはうって変わって堂々としていた。
これなら大丈夫だろう。
心なしか、他のみんなも雰囲気が違うような気がする。ま、気のせいだろうけど…

 「よし――お前らは珠瀬をハンガーに連れて行け!俺はちょっと用事があるが、すぐに合流する」
 「「了解――!!」」

走り出す彼女たちを見送ると、俺は伊隅大尉を待機させてある場所へ向かい、作戦に変更がないことを告げた。
伊隅大尉は少し不安そうだったが、心配しないでくれ――と言い残し、すぐさま207に合流した。



◇ブリーフィングルーム◇ 《Side of みちる》


 「あれ――大尉どうしたんですか!?」

HSST迎撃作戦が予定通りに進むならば、自分の出る幕は無い。
なので即応体制を解き強化装備から着替え、A-01が待機させられているブリーフィングルームに戻ってきたのだが、そんな私を迎えたのは不思議そうな顔をした隊員たちだった。
大方、迎撃作戦には私が参加すると思っていたのだろう。かく言う私も、自分が狙撃手を務めることになるだろうと思っていたのだが………

 「どうやら、私は予備だったようだ。代わりの――というか、本命の狙撃手が間に合ったそうでな」
 「――えぇっ!?」
 「大尉が代役ですか!?」

信じられないような隊員たちの反応。

 「それで、その本命はどこの部隊のヤツなんです?」
 「大尉よりも腕の良い衛士が他の部隊に居るなんて、聞いたことが無いけど――」

やっぱり聞いて来たか……そりゃ気になるわよね~~~。
はぁ~~~~~あんまり言いたくないわ。

 「………神宮司軍曹と白銀の教え子。訓練兵だそうだ」
 「「――なっ!?」」

そりゃ驚くわよねぇ~~~~。本命が訓練兵だもの。

 「訓練兵に撃たせるつもりなんですか!?」
 「私に言われてもな………副司令の決定なんだ。従うしかないだろう――」
 「「…………」」
 「それに、だ――」

何も出来ずに死にたくは無いが、今回は私たちに出番は無い。
死ぬかもしれないという不安に駆られ、全体の士気が下がっているようなので、私は努めて明るい調子で話す。

 「神宮司軍曹と白銀の教え子ということは、いずれは肩を並べて戦うことになる。今回の作戦を成功させられる程の衛士なら、任官してくるのが楽しみになるじゃないか」
 「「………」」
 「白銀が太鼓判を捺した衛士だ。この基地の命運を託しても悪くはないだろう――」

これ以上、無駄に士気を下げるなら1発気合を入れてやろうと思っていたが、どうやらその必要は無さそうだ。

 「白銀大尉が言うのであれば、信じるしかありませんね」
 「そうね。それでダメだったときは、あの世で白銀を懲らしめてやるわ」
 「「――あはははは!」」

まったく――死ぬかもしれない状況だっていうのに………
狙撃手を信じているのか、白銀を信じているのか。
いずれにせよ、もう間もなく私たちの運命は決まる。
非常事態で待機中だというのに、普段通りに騒がしくなっているが今日は何も言うまい。



◇屋上◇ 《Side of 千鶴》


狙撃の準備が全て終わり、珠瀬が乗った吹雪が狙撃位置に固定された。
いよいよ作戦行動が開始される。私たちの――この基地の命運を賭けた作戦が。

 「大丈夫だよね……」
 「――ん。珠瀬なら問題ない」

弱気な発言をした鎧衣に彩峰が言った言葉は、珍しく私と同じ意見だった。
先程、珠瀬を捜索中に何故か、珠瀬は自室に居るのではないか――という確信にも似た閃きを頼りに全速でそこへ向かってみると、どういう訳か207の全員が揃っていた。
軽く理由を尋ねると、全員が同じように閃いたと言う。こんな形で全員が同じ行動を取るとは思わなかった。

でも――それよりも衝撃的だったのは白銀大尉の話。あの人があんな経験をしていたなんて思いもしなかった。
普段は、どちらかと言えばだらしない部類に入る人に、あんな過去があったなんて………
あの過去があるからこそ、今の大尉があるのか。

 「――たま、いつも通りでいいぞ」
 『はい――!』

チラリと、通信機で珠瀬と話している白銀大尉を見た。
その横顔はいつもと何ら変わった様子は無い。この非常時を何とも思っていないように感じる。今日、今ここで死ぬかもしれないなんて、微塵も思っていないのだろう。
それほど珠瀬を信じている。いえ…珠瀬だけじゃないわ。
自惚れでもなんでもなく、白銀大尉は私たち全員を信頼してくれているんだと感じた。

 「なんだ、全員ここに居たの――」
 「「――教官!」」

珠瀬事務次官を司令室に送っていった神宮司教官が姿を見せた。
教官は、司令室で事態の推移を見守るだろうと思っていたので少し驚いた。

 「――やっぱり来ましたね」
 「当然でしょう?207は私の隊なんだから――」
 「そうですね――使います?」
 「えぇ――」

白銀大尉が差し出した通信機を受け取り、教官は珠瀬に何か言ったようだけど、内容は聞こえなかった。
なんとなく、神宮司教官も白銀大尉と同じようなことを言ったんじゃないかと思った。
白銀大尉も神宮司教官も、私たちを信じてくれている。あんな凄い人たちに信じてもらっているんだから、1分でも1秒でも早く一人前の衛士になって恩返しをしたい。
そんなことを考えていたら、HSSTは再突入を開始したらしい。
私たちの命運を賭けた作戦が始まった。



◇狙撃位置・吹雪◇ 《Side of 壬姫》


深呼吸をして、気分を落ち着ける。
コンディションは今までで、1番良いかもしれない。

 『――説明は以上よ。いいわね?』
 「はい!」 
 『お父様も隣でご覧になっているわ。いいとこ見せなさい、珠瀬分隊長』
 「――!はいっ!!」
 『――目標、再突入を開始しました!!』

パパも見てくれてるんだ。
………白銀大尉、私やってみせます。私にしか出来ないことを。
みんなを護りたいから――みんなが死んじゃうなんてイヤだから!

 『――いつも通りで良いぞ、たま』
 「はい!」

白銀大尉も居てくれてる。207のみんなも。

 『――大丈夫よ』
 「!――教官!!」
 『ふふふ――気楽にやりなさい』
 「はい!」

教官も来てくれた。
今の私には、恐いものなんて無い。支えてくれる人がこんなにもたくさん居るから。
そんな人たちが居なくなるなんて絶対に――

 『――目標、60秒後に電離層突破!』
 「初弾装填!………………………照準、よし!」
 『10………………9………………8………………7………………』

トリガータイミングを同調させ、オペレーターさんがカウントダウンを開始した。

 『6………………5………………4………………3………………2………………1………………』
 「――っ!」

轟音と共に初弾が打ち出された。
着弾を確認する間もなく、すぐさま第二射の用意に移る。目標を完全に打ち落とすまで油断なんかしてられない。

 「砲弾装填!」
 『着弾まで、4………………3………………2………………1………………』

たぶん外れる。
初めて使うものだから1発目で当てられるはずが無い。弾道を見極めるのが先。

『目標健在!!』

外れたのも想定内。だから私は揺らいだりしない。
もう、あがり症とかって言い訳はしないって決めたから。

 『目標、加速開始!落着まで――』
 「照準補正――目標捕捉。弾道データ修正よし!」
 『トリガータイミング同調――10………………9………………8………………7………………6………………』

まだズレがある。
これだけ標的との距離があると、さすがに大変。

 『5………………4………………3………………2………………1………………』
 「――」

間髪入れずに、最後の砲弾を装填する。

 『着弾まで、6………………5………………4………………3………………2………………1………………目標健在!!目標、第二迎撃ポイント通過!!!』

やっぱり微妙にズレがあった。
でも、第二射で弾道は完璧に見えた――

 『落着まで115秒!目標、高度約48km、距離――』

オペレーターさんが逐一状況を報告してくれている。
残り時間は、いよいよ2分を切った。そのせいか、状況を報告している声は少し震えているように聞こえた。
それとは逆に、私は今までに無いくらい落ち着いている。こんな大舞台で、みんなの命を背負っているのに――ちょっと前の私には考えられないことだと思う。
背中を押してくれた白銀大尉や神宮司教官、支えてくれる207小隊のみんな、お世話になっている基地の人たち。みんなが死んじゃうなんて嫌だ。
私じゃなきゃ出来ないから、私にお願いしてくれたのに、私が臆病なせいで死んじゃうなんて絶対に嫌!!



 ――後悔だけはして欲しくない――



白銀大尉の言葉が脳裏に蘇った。
あの言葉は、あの人の本心だったと思う。自分の過去を私に話してくれているときの大尉は、自嘲気味に笑うことはあったけど、終始悲しそうに話していた。
あんな経験をして、それでもまだ戦おうとしている大尉は、本当に凄いと思った。自分の悩みがちっぽけで、バカらしく思えるくらいに…………
つらい思いをしてきた大尉だからこその言葉だったんだと思う。

私は……狙撃はちょっと出来たら褒めてもらえて、それが嬉しくて頑張って練習した。
あの花だってそう――病気になっちゃったりもしたけど、自分で色々調べて一生懸命お世話した。だから今朝、花が咲いたときは本当に嬉しかった。
途中で諦めてたら、花は咲くことも無く枯れてしまったはず。そしたら私はきっと後悔した。なんであの時、やれることをやらなかったのかって。

今の状況も同じだと思う。花が枯れるか枯れないかと――さっき白銀大尉が言いたかったこと、なんとなく分かったような気がする。

 『地表到達まで80秒!』

最後の狙撃タイミング。
――私には思いが足りなかった。でも、もう大丈夫。
私がみんなを護る。護ってみせる!

 『――ぶちかませ!たまぁぁぁ!!!』
 「はいっ――!!」

背中を押してくれる人が、支えてくれる人がいるから、私は強くなれる。
私はカウントと同時にトリガーを引く――








轟音と共に、最後の砲弾が地平線の彼方へ――――








日本海上空に巨大な光点を作り出した。




[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第15話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2011/10/18 21:56
11月28日 (水) ◇ブリーフィングルーム◇ 《Side of 祷子》


 『――防衛基準体制2を解除。繰り返す、現時刻を持って――』

HSSTの撃墜が確認され、警戒態勢が解除されました。
そのアナウンスを聞いた瞬間、私は全身から力が抜けて、大きく息を吐き出してしまいました。
なんとか生き延びることが出来たみたいですわね。

 「どうやら、死なずに済んだみたいね」
 「はぁぁ~~~~~~。どうなることかと思ったわ………」
 「助かった~~……」

みなさんも同じような気持ちだったようです。
伊隅大尉が戻ってきたときには、もしかしたら駄目かもしれないなどと思ってしまいましたが、代わりの――いえ、本命の方がしっかり決めてくれたようで良かったです。

 「――ねぇ、晴子」
 「ん、なぁに~~~?」

グデーっと机にのびていた涼宮少尉が、同じようにのびていた柏木少尉に、顔だけを向けて話しかけています。
あの娘たち程ではありませんが、私もそれなりに気が抜けています――

 「本命ってさ、誰だと思う?」
 「そうだねぇ~~………………珠瀬、かな?」
 「やっぱり珠瀬?」

涼宮少尉たちの会話の内容が気になってしまいました。
盗み聞きのような真似は、はしたないと思いましたが好奇心が勝ってしまいました……私たちを救ってくれた衛士の話のようなので、大目に見ていただきたいです。

 「急に狙撃が上手くなった人がいなければ、順当に珠瀬だと思うよ」
 「私もそう思うよ~~」
 「珠瀬の狙撃、凄かったもんね」

麻倉少尉たちも同じ意見のようです。その珠瀬という娘が本命なのでしょうか?

 「――お前たち、本命のスナイパーに心当たりがあるのか?」
 「どんなヤツなのよ?」
 「いずれ仲間になるのだから、知っておいて損は無いだろうからな――聞かせてくれないか?」

涼宮少尉たち集まって話していたところに、伊隅大尉や速瀬中尉たちも混ざっていきました。美冴さんは会話には混ざらずに、会話を聞くだけのようです。………珍しいですわね。
伊隅大尉たちも混ざったことで、涼宮少尉と柏木少尉は大まかに、その珠瀬という娘のことや他の訓練兵の話をしました。
白銀大尉と神宮司教官の教え子ということは、あの訓練部隊しかありません。
涼宮少尉たちが一緒に訓練していたときに見た様子だと、その中で狙撃能力が最も高いのは、その珠瀬さんだそうです。

 「――なるほど。その珠瀬っていうのは、狙撃能力が抜きん出ているわけか」
 「随分と面白そうな連中じゃないか――」
 「へぇ~~~、突撃前衛向きのが居るみたいじゃない。楽しみが増えたわ~~~」

面白そうと言ったのは美冴さん。そういうところは見逃さないのですね――
確かに美冴さんが好みそうな、からかい甲斐のありそうな娘がいるようですが………
速瀬中尉はまた勝負しろー!と騒ぐかもしれませんね。

 「お前たちが訓練兵だった頃でそのレベルだ。今頃は相当な腕前になっていても不思議ではないか――神宮司軍曹だけでなく、あの白銀も加わっているんだからな」
 「えぇ。うかうかしてると追い抜かれるかもしれませんね」

確かに……追い抜かれてしまう可能性はあるかもしれません。
話を聞いた限りでは、個性的な小隊のようでしたが、その能力は底知れないものがありそうです。
涼宮少尉たちの小隊は、彼女を中心として上手く機能してたから問題は無かったけど、その分なにかに突出した能力は特に無かった、と柏木少尉は言っていました。
それとは逆に、噂の小隊はそれぞれが突出しすぎていて上手く回っていなかったそうです。ですが、何かの拍子に化ける可能性はありそうです。

 「さて――ちょうど強化装備を着用しているし、このまま訓練するか?」
 「えぇぇぇ!?せっかく助かったんだし今日くらいは休みでも――」
 「そうですよ~~~大尉!」

速瀬中尉と涼宮少尉が休みを主張。他の人たちも口には出しませんが、おそらく同じ気持ちなのでしょう。
――私ですか?私はどちらでも構いませんが。

 「はぁ………分かった。では通常の訓練は休みとする。だが、特訓はやるぞ?」
 「「――了解!」」

気持ち良いくらいに揃った返事でした。
何はともあれ、助かって良かった……このようなことで死にたくはありませんから――



夜 ◇PX◇ 《Side of まりも》


夕刻に珠瀬外務次官はお帰りになった。
その際1日分隊長の真相を言い当てられ、教え子たちは驚いていた。あの子たち、本気でバレないと思っていたみたいね……まったく。
そして今はPXを貸し切って祝勝会が開かれようとしている。
テーブルの上には、京塚曹長お手製の料理が所狭しと並べられている。普段の食事と比べるまでもなく、どれも豪勢なものばかり。
それに加え、あまりの多さに立食形式になっているほど。

 「さぁ!たぁ~~~んとお食べ!!今日の功労賞はアンタなんだからね!他にも食べたいものがあるなら、遠慮せずに言うんだよ?」
 「あははは――これ以上はさすがに食べけれないですよ~~~~」
 「あたしにゃこのくらいしかしてやれないからねぇ~~。そんなこと言わずに食べとくれ!」

バシバシと珠瀬の背中を叩いてから、再び厨房に入っていく京塚曹長。またテーブルに並ぶ料理が増えそうね。

 「――せっかくだし、冷めないうちに食べようよ~~~」
 「うむ。ありがたく頂くことにしよう」
 「………ヤキソバないの?」
 「あなたねぇ~…」
 「――まぁまぁ2人とも~~~。それじゃあ乾杯しよう!」

鑑の言葉で各人がコップを手にする。
教え子たちの輪を乱さないように、少し離れていた私には白銀大尉がコップを持ってきてくれた。
彼はそのまま私の隣に落ち着いたようで、向こうには戻らない。

 「コホン――壬姫ちゃんのすんごい狙撃と、私たちを護ってくれたことに感謝して。かんぱ~~~~~~~い!!!!」
 「「乾杯!!!」」

鑑の音頭で乾杯をし、全員がコップを傾けた。
私は隣の白銀大尉と軽くコップを合わせ、互いの労を労う。

 「お疲れ様でした。まりもちゃん」
 「――そちらこそ、大尉」
 「お酒は無いですけど、我慢してくださいね?」

からかうような表情の大尉の脇を軽くこずいてやった。
今日は無礼講だそうなので、白銀大尉は年下の少年として接することにしよう。

 「白銀大尉は私を何だと思ってるのかしら~~~~?」
 「あ、あははは………何か取ってきま~~す」
 「――あ、こらっ!」

逃げるように料理を取りに行ってしまった白銀大尉は笑っていた。まったく……
さすがに今日は疲れた。外務次官の来訪で気を張っていたところにHSSTの落下。それに対する夕呼の無茶苦茶な作戦。
成功したから良かったものの、あわや大惨事になるところだった。

しかし――まさか教え子に命を救われることになるとは思わなかった。
あの無謀とも言える狙撃を成功させてしまうとは。私が思っている以上に、教え子たちは成長しているようね。
私は再びコップに口を付け一息つく。ふと、白銀大尉の方に目をやると、彼は教え子たちと楽しそうに喋りながら料理を取り分けていた。
その姿は、知らない者が見れば訓練兵同士のようにも見えるだろう。

 「――盛り上がってるみたいね~~~」
 「ゆ、夕呼!?」

まったく気付かなかった。
いつから居たのか、夕呼が少し大きめの手提げ袋をさげて隣に立っていた。彼女の隣には社霞の姿もある。

 「ん~~…なかなか豪勢なものが並んでるわね~~~~」
 「いつから居たのよ………」
 「今しがた。わざわざ労いに来てあげたのよ?」

そう言って、夕呼はさげていた袋を私に見せるように持ち上げた。
なにを持ってきたのかは分からないが、袋が重いのか夕呼の腕は少し震えている。
いったい何が入っているのか……

 「何を持ってきたの?」
 「ふふふ――」

夕呼は私の問いかけには答えず、教え子たちの方に歩いていったので私もついて行った。
私だって夕呼が何を持ってきたのか気になる。

 「あ――副司令!」
 「「!…」」
 「敬礼なんかしなくていいわよ――今日はご苦労様。はいこれ」
 「「………?」」

夕呼が差し出した袋を、恐る恐るといった感じで受け取った榊が中を覗いた。その周りで他の子たちも覗き込むようにしている。
その脇で夕呼はニヤリとしているが、それには気付いていないようだ。

 「な――これは!?」
 「「!」」
 「ご褒美よ。遠慮しないで受け取ってちょうだい」

中を見た榊たちが驚きの声を上げ、互いに顔を見合わせた。中身を見ていない白銀大尉と私は首を傾げるばかりだ。
早く見せろという、私たちの無言のプレッシャーを感じたのか、ようやく取り出し始めた。
そして、袋から出てきたのは………………




酒瓶だった――



《Side of 武》


どうしてこうなった………

HSSTの落下を見事に阻止して、今日はヴァルキリーズの訓練は休みだって連絡を伊隅大尉から貰ったから、気兼ねなく祝勝会を楽しめるとは思ったさ。
だけどな、これは――こんなことは想定してねぇよ……

 「やっほ~~~~~、タ~~ケルちゃぁぁ~~~~ん!!!」
 「むぅ………………タケルぅぅ~~」
 「だぁ~~~~~!お前ら飲み過ぎだ!!」

酔っ払って纏わり付いてくる純夏と冥夜を引き剥がして、なんとか脱出する。
2人から逃れ、周りを見回してみるが、どこを見ても同じような惨状が広がっていた。
        
 「私は酔っ払ってないわよ~~~………うっ………………」
 「にゃははははははは!!」
 「………お酒おいしーね」
 「ん~~~~~~~~~~~~」

酷い。酷すぎる――
辺りには大量の空き瓶と空き缶が散乱している。いつ手に入れたのか、どこから出てきたのかは分からないが、気付いたときには遅かった。
夕呼先生から渡された袋に入っていた酒は、初めはみんな躊躇して飲まなかった。夕呼先生も無理強いはしなかったので、あのまま何事も無く過ぎると思っていた。
だけど、まりもちゃんが京塚のおばちゃんに呼ばれ、料理を取りに行ってしまったのがマズかった。

まりもちゃんが居なくなった瞬間、夕呼先生は酒瓶を取り出しみんなに注いで回った。
アイツらが、副司令直々のお酌を無下にするような度胸は持ち合わせているはずも無く、注がれるまま勧められるままに飲み始めてしまった…
そこにまりもちゃんが帰還して、飲ませまくる夕呼先生を止めようとするも、ミイラ取りがミイラに――

 「くっそぉぉ…悲劇は繰り返されるってのかよ………!」
 「――し、白銀さん……」
 「霞!?無事だったのか!」

弱々しく頷く霞。いつもはピンと上を向いているウサ耳も、今は力なく垂れている。
テーブルの下から這い出てきた霞は、そのまま俺の後ろに隠れギュっと裾を握り締めている。恐かったんだろう――優しく頭を撫でてあげた。
そのとき、突然ウサ耳がビクっと跳ねた。何事かと思い周りを確認すると、そこに居たのは――

 「あははははは!!大尉ぃ~~~飲んでるぅ~~~~~?」
 「ま、まりもちゃん………………」
 「白銀~~~。あんた、逃げられると思ってんの~~?」
 「げ――」

完全に酔っ払っているまりもちゃんと、一升瓶を片手に持っているけどいつも通りの夕呼先生が現れた。出たな、諸悪の根源……
この人と酒が絡むと大変な事になるのは、世界の法則なのかもしれない。必ず良くない事が起きる。

 「何やってんですか!みんなをこんなにしちゃって――」
 「仕方ないじゃない。予想以上に弱かったんだもの~~~」
 「先生を基準に考えたら、誰だって弱いと思いますヨ?」
 「つまんないわね~~~~」
 「あははははははは!おいしーーーお酒ねぇ~~~~~」

はぁ……どうすんだよ、これ。
せめて霞だけでも逃がさないと――何かイイ方法は………………あ。閃いた――

 「先生!俺、霞と飲み物を取ってきますね!――行こう霞」
 「――は、はい」
 「飲み物ならあるじゃない。ほら――」
 「霞にお酒を飲ませるわけにはいきませんよ!」

夕呼先生が持っていた一升瓶を振ってアピールしているが、霞に飲ませるわけにはいかねぇ。俺たちは何とかその場を離脱して、PXの入り口まで後退した。

 「霞――お前だけでも逃げてくれ」
 「でも、白銀さんが………」

こんな状況でも俺を気遣ってくれるか、霞よ。ありがとう。
そんなお前だからこそ、あんな地獄から助けたいんだ!俺は霞に背中を向け、戦場を見据えた。

 「俺は大丈夫だ。必ず生還してみせる」
 「…はい」
 「じゃ――行ってくるぜ」
 「またね――」

そして俺は戦場へと戻る。あばよダチ公――



◇ ◇ ◇



 「――……た………………の!………武殿!」
 「………………ん…………んぁ…?」

身体を揺すられる感覚で意識が覚醒していく。

 「武殿――私がお分かりになりますか?」
 「ん…あ………つく……よみさん?」
 「はい」
 「どうし――ぐっ………あ…つぅ~~~~~~~~~~」

頭が割れそうなほど痛い。何だこれ……つーか、何でPXなんかで寝てんだ?寝てるっていうか、床に倒れてたのか。
起き上がってみたものの、まったく状況が分からん。
頭いてーし…どうなってんの?

 「武殿、お水です」
 「あ……はい………ありがとうございます」
 「ゆっくりお飲みになってくださいね」

俺は月詠さんに言われたとおり、ゆっくりと水を口に含みながら飲んでいく。
月詠さんがくれた水はよく冷えていた。冷たいコップを額に当てたり、頬に当てたりしていると、少しずつ頭がハッキリしてきた。

 「ふぅ~~~~~~~………」
 「ふふ――随分お飲みになられたようですね」
 「ははは……飲んだというか飲まされたというか………」

冷たい水のおかげか、だんだん思い出してきた。アレはまさしく悪夢だった――
霞と別れ、ここに戻ってきた俺を待っていたのは純夏と冥夜コンビだった。
俺はまずこの2人を助け出そうとしたんだが、予想以上に酔いが回っていた2人に逆に俺が拘束されちまった。
そこに悪の手先――狂犬化したまりもちゃんが乱入してきて酒を飲まされた。そりゃもう……たらふく飲まされたさ。それからの記憶は曖昧だ。
今は0時ちょっと前だから……2時間くらい寝てたのか?

 「冥夜様を含め、他の訓練兵は神代たちに部屋まで送らせました」
 「すみません………1つ質問していいですか?」
 「なんでございましょう?」
 「なんで月詠さんがここにいるんですか?」
 「社霞――と申しましたか。あの者が武殿を助けて欲しいと、私のところに参りまして………彼女の様子が尋常ならざる様子だったものですから、急ぎ馳せ参じたのです」

月詠さんは、俺の質問に頬に手を当てて苦笑しながら答えてくれた。

 「そうですか……霞が――」
 「私がここに着いた頃には、香月副司令と神宮司軍曹以外は皆一様に床で寝ていたので、すぐに部屋へ送っていかせたのですが………」
 「え――?」

そう言われ辺りを見回すと、少し離れたところのテーブルにまりもちゃんが突っ伏している。夕呼先生は椅子の背もたれに身体を預けて、気だるそうにしている。
その脇にはおばちゃんも居るけど、おばちゃんはいつもと変わらないように見える。

 「おや、タケル!起きたのかい」
 「おばちゃん……」

目が合った瞬間、おばちゃんが声をかけてきた。
コップを持ったまま手を上げたから、おばちゃんも飲んでたのか。

 「男なんだから、もっと強くなくちゃダメじゃないか!女の子たちより先に潰れちまうとは情けないねぇ~~~~」

あっはっは――と笑いながら、自分でお酒を注いで呷るおばちゃん。
俺って弱いのか……?俺の周りの女性たちが強いというか、オカシイというか………そんな気がするんだけど……夕呼先生とかまりもちゃんとか。
つか、夕呼先生も潰れかけてないか?珍しいこともあるもんだ。
滅多に酔っ払ったところを見たことが無いんだけどな………………まさか――おばちゃんが?

 「ほら、起きたんなら2人を送ってってやんな!ここの片付けはアタシがやっとくから」
 「うへぇ………」
 「武殿、私もお手伝い致しますので」
 「すみません、月詠さん――お願いします」

月詠さんに申し出をありがたく受け、部屋までのセキュリティの都合上で俺が夕呼先生、月詠さんがまりもちゃんを送っていくことになった。
そのうち月詠さんにお礼しないとな。――あ、3バカにもか。アイツらにお礼すんの?なんかヤだな、おい。
こっちのアイツらとはそんなに話したこと無いからアホかどうか分からないけど、あっちの世界のイメージが強すぎる。

 「…ん~~……歩けるから離しなさい………」
 「だぁ~~~~もう!俺だって頭痛いんですから暴れないで下さいよ!!」

無駄だと分かっていても、思わず言ってしまう。
肩を貸して立ち上がらせたのはいいけど、1人ではまともに歩ける状態では無いようだ。まりもちゃんは完全に寝ているので、月詠さんと3バカが協力して連れて行った。

 「ったく………行きますよー先生」
 「ん~~~~……」
 「こんなにフラフラな先生は初めて見たかも…」

PXを出て先生の部屋に向かう。
地上から地下19階まで直通のエレベーターは無いので、少し遠回りをしなきゃならない。先生とこんな風に歩くことになるなんて思ってもみなかった。
お酒のせいっていうより、疲れが溜まってたんじゃないかと思う。
連日ギチギチのスケジュールの中で、今日みたいなイレギュラーへの対応で大きく予定が狂うこともあり得る。ストレスもあるはずだ。

 「無理しないでくださいって言っても、聞かないんだもんなぁ………」
 「――うるっさい……さっさと歩きなさいよ」
 「のわっ――」

独り言のつもりだったのに、聞こえていたらしい。思わぬ突っ込みが入った。
少し驚いたせいで夕呼先生の体制が崩れたので、体制を直そうと先生の腰に腕を回すと予想以上に細くて、俺は今更ながらにドキドキしてきた。
体制を直すと、先程までより更に夕呼先生が密着する形になってしまい、余計に意識してしまうが、夕呼先生はそれを見透かしたように――

 「年下は……性別識別圏外だって………………」

と俺の耳元に顔を近づけて言ってきたので、俺は眉をひそめた。
俺も酔っ払っているせいか、いつもなら気にしないのに何故かムッときてしまった。

 「分かってますよ、そんなこと――」
 「………」

ぶっきらぼうに言うと、先生の腰に回した腕に力を籠めた。そのせいで夕呼先生は、ほぼ完全に俺に身体を預けるようになってしまったが、何も言わずに大人しくなった。
それから俺たちの間に会話は無いまま先生の部屋まで下りてきた。

 「――先生?着きましたよー?」
 「………えぇ――ごくろうさま…」
 「大丈夫っすか?」
 「ここまで来たらダイジョブよ。じゃオヤスミ――」

夕呼先生は俺から離れると、フラフラと自室に入っていった。
それを見送った俺は溜息を一つ吐くと、鉛のように重くなっている身体を引き摺るようにして来た道を戻った。


――頭が痛い。明日だいじょうぶかな…



[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第16話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2011/10/18 21:57
11月29日 (木) 午前 ◇シミュレータールーム◇ 《Side of 冥夜》


今日はあまり体調が良くない。……情けないことだ。
昨日の迎撃作戦の成功と、珠瀬の活躍を祝う祝賀会を開いたことまでは覚えているのだが、それ以降の記憶が無いのだ。まるで思い出せない。いったい何があったのか…
小隊の面々も、何故か同じように体調を崩している。

 「う~~………頭いたぁ~~~…」
 「―――!…―――」
 「ふにゃ~~……」

いつPXから自室に戻ったのかも覚えていないとは…
同じくPXに居た神宮司教官にも窺ってみたのだが、教官は曖昧な返答しかしてくれなかった。
タケルならば何か知っているのではないかと思うのだが、今日はまだ会っていない。
――そういえば、今朝は何故か月詠が様子を見に来たな……普段はその様な事は決して無いのだが。いったい何だったのか。
情けない状態だが、訓練の手を抜くことはしない。強くなるために――

………とは言ったものの、この頭痛耐え難いものがある…



◇市街地演習場◇ 《Side of 水月》


 「あ~~~~~もう!つまんな~~~~~い」
 『――集中しろ速瀬。もう始まる』
 「分かってますよ~~~………」
 『――仕方ないだろう。ヤツは体調が良くないんだからな』
 「体調が良くないって……アレ、どう見ても二日酔いですよね………」
 『まぁ――そうとも言うかな』

伊隅大尉と私が話していたのはアイツのこと。
その渦中の人物、アイツこと――白銀武大尉殿は今、指揮車両で演習の管制中。
今日の訓練は、昨日の事件で中止になってしまったスケジュールの消化で、演習を行うことになっている。本来なら、この演習は昨日行う予定だった。
久しぶりの市街地演習だから気合が入っていたのに、事件のせいで肩透かしをくらった感じ。
なので、演習が今日に繰り越されることになったと聞いたときは小躍りしそうなほど喜んだのだけど、肝心の相手が――

 「うが~~~~~!!!今日こそ一対一で倒してやろうと思ってたのに!」

ただでさえ白銀は最近、訓練兵の方にかかりきりになっている。
それなのに、せっかくチャンスが巡ってきたと思いきや二日酔いでダウンとはね………やってくれるじゃない。
この鬱憤、どこにぶつけようかしら。

 「体調管理も腕のうちですよね~~~~?」
 『言いすぎだよ、水月~~』
 『なぁ祷子。これは同属嫌悪というヤツかな?速瀬中尉も酒は強くないし――』
 『美冴さん……』
 「――うっさいわよ、宗像」

…確かに、自分がお酒に強いとは思わないけどさ、そこまで弱くはないと思うのよ?
白銀が訓練に参加しないことへ当て擦りを言ったものの、白銀にはちょっと同情する部分もあったりする。副司令に酒の席で絡まれたら、誰でもああなるって。
だけどタイミングってもんがあるでしょ~~よ。
よりによって今日………まぁ昨日あんなことがあったからなんでしょうけど。
――っていうか、そもそも昨日あんなことが無ければ万事オッケー超ハッピー!!――だったのよね?
あ~~~もう!許せないわ、昨日の事件を起こしたヤツ。

 『あの~~~………そろそろ始めても宜しいでしょうか……?』

私たちが話しているところに、指揮車両から遠慮がちな通信が入った。二日酔い男・白銀からだ。
声を聞く限り、多少は回復したみたいね。まったく――

 『あぁ――すまない。始めてくれ』
 「うっしゃ~~~~!久しぶりに暴れちゃうわよんっ!!」
 『今日も――の間違いでしょう?』
 「うるっさい!」

宗像の戯言を一蹴し、開始の合図に備えて機体各部の最終チェックを済ませる。
実機での訓練が久々なのに、白銀がいないから駄々を捏ねたりしたけど、やることはキッチリやらないとね。

 『それじゃ始めます。今日のメニューは――』

そういえば、白銀は指揮車両で遙と2人きりなのか。ム………なんか面白くない。
――!な、何を考えてんのよ!別に私はアイツのことなんか――第一、遙だって…………やめやめ!!余計なこと考えないのっ。
あ………そういえば訓練が始まる前の遙、どこと無く嬉しそうだったかも……ぐぬぬ――

そんなこんなで始まった演習。
全力の白銀と勝負出来るのはいつになるのかしらね…早く雪辱を果たしたいもんだわ。



午後 ◇夕呼執務室◇ 《Side of 純夏》


訓練中に、また香月博士に呼び出された。

 「――はじめましてだね?カガミスミカ」
 「あ、はい…はじめまして?」

博士に呼ばれて部屋に行くと、私を待っていたのは博士ではなく見知らぬオジサンだった。怪しい……怪しすぎるよ、このオジサン。
呼びつけた博士は居ないみたいだし、このオジサン誰なんだろう?リーディングしても良いかな………ホントはあんまりしたくないんだけど。

 「ふむ……本人のようだね」
 「な、なんですか?」
 「いや失敬。そのアンテナが気になってね」

アンテナじゃないもん。ちょっと癖っ毛なだけだもん。失礼しちゃうよ、まったく――
顎に手を当てて、じっくり観察してくるオジサンから距離を取った。
今の私は、たぶんムスッとした顔をしてる…タケルちゃん風に言うと、オグラグッディメンみたいな顔。

 「おっと。無用な警戒をさせてしまったかな」
 「えっと………誰ですか?」
 「自己紹介がまだだったね。私は――」
 「――あら。もう揃ってたの」

得体の知れないオジサンをリーディングしようとしたその時、香月博士が部屋に入ってきた。

 「どうも香月博士」
 「相変わらず躾がなってないわね。入室の許可は出してないわよ?」
 「部屋の前に立ったら、扉が開いてしまいまして」

飄々と答える得体の知れないオジサン。その掴み所の無さに、さすがの香月博士もイライラしているみたい。
この掴み所の無さっていうか、よく分からない感じ――知ってる気がする。

 「ふん――まぁいいわ。それで、どうなったのかしら?」

業を煮やした様子の夕呼先生は、さっさと本題に入ろうとしているみたい。――っていうか、このオジサンは誰?

 「あぁ、自己紹介からでしたな。私は鎧衣だ。いつも息子が世話になっているね、カガミスミカ」
 「――鎧衣さん?………えぇ!?息子!?」
 「おっと。娘のような息子――いや、息子のような娘だったな」

あぁ……なんか納得。そっか、この人が美琴ちゃんのお父さんなんだ。
なんていうか、うん。そっくりだね。

 「はぁ――世間話なら他所でやって。私も暇なわけじゃないのよ」
 「直接お聞きしたいそうです。いやはや――いったい何をお伝えになったのか気になりますな。大層、気を揉んでらっしゃいましたよ」
 「そう。私が出向くのは良いけど、いつ?時間の余裕はないのよ?」
 「都合が宜しいのであれば、すぐにでも迎えを寄越すそうですが」

美琴パパ、切り替えが早いというか、人の話を聞かないというか。
それよりも2人は何の話をしているんだろう。まったくついていけない………
博士が何処かに行くらしいことは分かったけど、なんで私が呼ばれたんだろう?もしかして、今話していることには関係ないのかな?

 「どうされますかな?」
 「明日の午前中に向かうわ。こっちにも準備があるから」
 「畏まりました。そのように伝えておきます。では、私はこれで――」
 「ピアティフ――鎧衣課長がお帰りになるそうだから送ってあげて」
 「ははは。では失礼するよ、カガミスミカ。娘を宜しく――」

博士は内線でピアティフ中尉を呼んで美琴パパを帰らせた。
油断ならない人みたいだから、監視の意味があるんだと思うよ。

 「――そういうわけだから鑑、準備しときなさい」
 「ほぇ?」

どういう流れでそういうことになるのかな?そもそもどこに行くかも聞いてないし。

 「なによ、あんたリーディング使ってなかったの?」
 「え?はい」
 「説明が面倒くさいから読みなさい」
 「あはは……」

う~~~ん………普段は意識してリーディングとか使わないようにしてるのが、珍しく裏目に出たみたい。
普段からリーディングとかに頼っちゃうと、ちゃんとしたコミュニケーションが取れなくなりそうで恐いんだよね。
どれどれ。香月博士は何を企んでるのかな~~~~~っと。
――ふんふん……なるほどなるほど。ほほ~~、そういうことですか。

 「分っかりました~~。準備しておきま~~~す!」
 「えぇ。まりもには私が伝えておくわ」
 「タケルちゃんには私から言っときますね」
 「内容、あんまり喋っちゃダメよ?」

香月博士が釘をさしてきた。むぅ………うっかり喋っちゃうと思われたっぽい。いくら私でも、そこまでドジじゃないですよ~~~~?
さ、早く戻って準備しないとね!
――帝都に行くの、初めてだよ~~~~。ちょっと楽しみだったりして。んふふ~~~~



夜 ◇シミュレータールーム◇ 《Side of 武》


今日の訓練では実機もシミュレーターにも乗らなかった。今日の言い訳には二日酔いを使ったけど、本当は一晩寝て回復していた。明日はどうするかな………
自覚はある。俺は例の違和感にビビっている……

 「くそ――こんな調子じゃ――っ!」


ドガッ――!!


やり場の無い怒りと悔しさで俺は壁を殴った。
この時間帯なら、どんな醜態を晒しても誰にも見られずに済むと思った。だからシミュレーターに乗ってみたんだが……

 「みんなの足を引っ張るだけじゃねぇか…ちくしょう……………」

あれ?と思ったときには、もう遅かった。一度感じてしまった違和感は払拭することは出来ないようだ。意識してしまった分だけ酷くなっちまったように感じる。
なんとかしたいが、原因が分からない以上は打つ手が無い。
誤魔化しながら操縦するのも限界かもしれない……不知火での全開機動だと、他の機体より顕著になるのも煩わしいところだ。

 「時間が経てば、慣れるかも――なんて思ったけど……甘かったか」

もう11月も終わる。12月は勝負の月。決してミスは許されない。
12月5日に起こるはずのクーデターは、確定ではないけど阻止したはずだから良い。それでも、佐渡島やオリジナルハイヴに突撃しなきゃならない。
まして、今回のループでは今までと違う事が起こりすぎている。いつでも全力で戦えるようにしておかなけりゃ、また最悪の事態を招いてしまう可能性だってある。
それだけは何としても…たとえ俺の命に換えても――

 「なにやってんだよ俺は………」

俺は身体を投げ出すように、ゴロンと床に寝転がる。
違和感のせいなのか、短時間にもかかわらずシミュレーターで疲れてしまった身体には、無機質な床の冷たさが心地よかった。



《Side of 晴子》


もう日課になってしまっている夜の特訓。捉え方によっては淫猥な響きを孕む夜の特訓。
まぁ、実際は全然違うんだけど。

 「――早く来すぎたかな~~っと…………あれ?」

特訓開始まで少し余裕があるはずなんだけど、シミュレータールームの灯りがついていた。誰かいるのかな?
私がシミュレータールームに入ろうとしたとき、ちょうどシミュレーターのハッチが開いて、中から搭乗者が降りてきた。
いつも通りに入っていこうとしていたけど、私は思わず足を止めた。降りてきたのは――白銀武だった。
予想外の人物の登場に、私は思わず隠れるようにして様子を窺う。隠れる必要があるのかは分からないけど、なんとなく隠れてしまった。

 「――くそ――っ!」

普段は決して見せることが無いような、険しい表情でシミュレーターから降りてきた白銀大尉は壁を殴った。
訓練中は厳しい表情を見せることはあるけど、それとは違う表情だ。
今日の訓練は体調不良を理由に管制していたし、訓練後もそそくさと自室に戻っていったから、今日はもう休んでるんだと思ったけど……まさかシミュレーターに籠ってたとは。

 「さぁ~て…どうしようか………」

いつまでも隠れてるわけにはいかないよね。かと言って、白銀大尉のところに行くのも気が引ける。ここは無難に戻ろうか。
あ……でも、もうすぐみんな集まってきちゃうよねぇ………

 「――柏木」
 「わ――っとぉ…」
 「驚かせてしまったようですね」
 「………何をしているんだ?そんなところで」

どうするか悩んでいたところに宗像中尉と風間少尉が登場した。

 「何故中に入らないんだ?時間まで少しあるが問題ないだろう?」
 「あー……えっとですね………」

普段はサッパリとした受け答えをしている私が、珍しく言い淀んだことに2人は不思議そうな顔をしてる。

 「何かあったのか?」
 「あー、その……アレ、なんですけど………」
 「――?」

隠しても仕方ないだろうと判断し、悩みの種の方を指差す。中の様子を窺うと、白銀大尉はちょうど床に寝転がったところだった。
寝転がり、顔を腕で隠すようにしているので表情は見えないけど。

 「白銀か?」
 「はい――シミュレーターを使用してたみたいなんですけど……」
 「どうしてこんな時間に………今まで一度も見かけませんでしたのに」

白銀大尉がここにいる理由なんて1つしか考えられない。
たぶん、例の違和感を克服しようとしてるんだろうね。
今日の訓練に参加しなかったのは、体調不良が原因だとは思うけど、それだけじゃなさそうだね――

 「ふむ………今日の特訓は中止だな」
 「えぇ――」
 「ですね」

特訓自体あの人には内緒だし、あの人も私たちに見られたくないからこそ、この時間にシミュレーターに籠ってたんだと思う。

 「では戻ろうか。いつまでもここに居て、見つかってしまったのでは意味が無いからな」
 「そうですわね――行きましょうか」

言うが早いか宗像中尉は来た道を戻っていき、風間少尉もそれに続いた。私も2人と戻ろうとしたけど、最後にもう一度だけ白銀大尉の方を見た。
白銀大尉は、今は上半身を起こして胡坐をかいて俯いていた。その背中はいつもより小さく見える。私たちが思っている以上に悩んでるんだろう。

上官とはいえ同い年の少年が、あんなにも思いつめているのをただ見ているのは耐えられない。――って言っても出来ることがないんだよねぇ~~。
他人が関わってる問題なら、なにか協力できるかもしれないんだけど………あの人自身の問題だもんね、操縦の違和感なんて。

最初の印象は、不思議な人だった――OSの開発も出来て、衛士としての能力も凄い完璧超人かと思いきや、けっこう弱点がある。
まぁ弱点なんかない完璧超人より、弱点がある人のほうが取っ付きやすくて良いけどね。そういえば……初めて顔を合わせたときは頭に包帯を巻いてたんだっけね………
そして今は目標であり、同僚であり、大切な人。

負けないで。
大尉の復活、待ってるよ――



[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第17話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2013/01/02 00:55
11月30日 (金) 午前 ◇帝都城・悠陽私室◇ 《Side of 悠陽》


まだ3日………されど3日。
こんなにも恋焦がれることになろうとは。今ほど、自分の立場を疎ましいと思ったことはありませんね。

 「はぁ…………」

溜息を吐く回数が、自分でも分かるくらい格段に増えました。思うは、愛しい殿方のこと。
嗚呼――武殿。そなたは今なにをなさっているのでしょう。

本当ならば私が傍で支えなければならぬのでしょうが…想い人から叱咤激励されたのですから、全身全霊を賭して取り組まねば、顔向けできなくなってしまいます。
私は武殿を探すことで頭がいっぱいになり、他の本来やるべき事を見失っていました。
そして武殿が見つかったとの報せが入ると浮かれ、公務にも身が入っていなかったのでしょうね。
そのせいで沙霧大尉らに、酷な使命を全うさせることになるやもしれなかったのです。
その事実を突きつけられたとき、私は己の不甲斐無さを痛感し、この立場から退くことが脳裏を過ぎりました。
ですが、武殿はそんな私の背中を押してくださったのです。


君しかいない――と。これに応えねば女が廃るというもの。


武殿が横浜にお帰りになった後すぐ、各方面に文書でこれまでの謝罪と体制を変えるとの通達を出しました。
極一部から反対の声も上がりましたが、それを一蹴し、全て本来あるべき形へと戻しました。いえ……まだ完全には戻っていないのですが………

 「悠陽様――横浜より客人がお見えになりました」
 「左様ですか。では、参りましょう」

マヤさんが客人の到着を知らせにきたので、私は思考を中断しました。先日連絡のあった客人が到着したようですね。
なんでも、武殿に関するお話で急を要するということだそうなのですが……どういった用件なのでしょうか。
武殿、私はここから出来ることをさせて頂きます。どうか見守ってくださいまし――



◇帝都城・謁見の間◇ 《Side of 純夏》


 「――というのが現在考え得る限り、最良の策かと考えております」
 「そこで私の協力が必要になったと――」
 「はい。この件を私の力だけで解決することは、もはや不可能と判断しましたので」

ほえ~~。
香月博士がこんなに丁寧に話しているところ、初めて見たよ。横浜じゃ基地司令にだって、こんな話し方はしない人なのに。
さすがに相手が将軍様だと、ちゃんとするんだね。

 「この件、私はお受けしても良いと思うのですが………マヤさん、どうでしょうか?」
 「正直に申し上げまして………こちらには何の益も無いかと。個人的には是非とも協力さしあげたいところでは御座いますが…」
 「その点で提案が御座います。まず、こちらの映像を御覧になって頂きたいのですが」

博士は持っていたA4サイズ程のノート型のコンピュータを操作して、将軍殿下のほうに向けた。
それを月詠中尉――横浜にいる月詠さんと親戚なのかな?――が受けとって、殿下が画面を見やすいようにした。
ノートパソコンを殿下に持たせるわけは無いので、月詠中尉はそのまま膝をついた姿勢で将軍様と同じように画面を見つめる。

 「これは――?」
 「約ひと月程前に行った、私直属の部隊の演習の映像です」
 「不知火9機と吹雪が1機………――!」
 「なんだ…この動きは!?――こんな……」
 「その吹雪の動き、通常であればどんなに優秀な衛士や、良い機体であったとしても不可能です。中尉なら、そのことをお分かりになりますね?」

博士にそう言われると、月詠中尉は顔をしかめて何も答えなかった。この沈黙は肯定だって受け取っていいんだよね?
まぁ…ムリないよねぇ~~。いくら吹雪だっていってもXM3を積んでるし、何より動かしてるのはタケルちゃんだもん。
あ、2人はタケルちゃんだって知らないんだった。

 「では――どのようにして、このような動きを可能としているのです?」
 「新OS……XM3です、殿下」
 「エク、セム、スリー?」

聞きなれない単語に首を傾げる将軍殿下。その仕草は年相応の女の子のようで可愛かった。
タケルちゃん、この人に呼ばれて帝都に来たんだよね……私の予想が正しければ、たぶん――はぁ…………
私が物思いに耽っている最中、香月博士は2人にXM3の説明をしてた。
説明を受けた2人は、殿下はイマイチ実感が湧かないようだったけど、月詠中尉はとても驚いてたよ。

 「そして、このOSは…白銀武の発案によるものです。テストパイロットは白銀自身が務めており、先程の映像の吹雪の衛士も彼ですわ」
 「「――!!」」

お~~。すんごく驚いてる。
思わず笑いそうになっちゃったよ……危ない危ない。

 「このOSを――帝こ……斯衛軍へと技術提供する、ということで如何でしょう」
 「それは……」
 「実戦での有用性も、先程の説明で御理解頂けたかと思いますが?」
 「はい。さほど詳しくない私でも理解できました。――マヤさん…私はこの話、お受けしようと思います。
  アレも――本来の役割を果たすべきでしょう。少々、私の手には余るものです故」
 「は。――では香月博士、詳しくはこちらで――」

博士は頷いて月詠中尉の言葉に頷き、別室へと移動しようとしたので私もついて行こうとしたけれど、不意に呼び止められてしまった。

 「――鑑純夏さん、と申しましたね。少々お話をしたいのですが、宜しいですか?」
 「え…?っと――……」

突然のことでどうしていいか分からなくなった私は、香月博士に助けを求めるような視線を送った。
すると博士は、

 「粗相をしないようにね?」

なんてニヤっとしながら言うもんだから、私は頬っぺたを膨らませて抗議したけど博士はそのまま出てっちゃったよ。ぶぅ……
内心ふて腐れながらも将軍様のほうに向き直ると、将軍様はと~~~~っても優しい笑顔をしてた。

 「鑑さん……香月博士の助手をしてらっしゃるそうですが、その………たけ――白銀大尉も共に行動しているのでしょうか?」
 「タケルちゃんですか?そうですねぇ~~………」
 「タ、タケルちゃん――?」

あ…………なんかデジャヴ。
御剣さんのときも呼び方間違えたせいで――おかげ、かな?――すぐに打ち解けられたんだよね。
また間違えちゃうとは。ま、いっか~~。

 「私、タケルちゃんと幼馴染なんです。呼び方は昔から……」
 「なんと――そなたも武殿と幼馴染なのですか!?」
 「武殿っ!?」

おおぅ…まさかタケルちゃんが将軍様に武どのなんて呼ばれてたなんて………でも将軍様からしたら、私がタケルちゃんなんて呼んでるのもビックリなんだよねぇ~。

 「鑑さん――私、あなたとはとても仲良くなれそうな気がするのですが」
 「――私もそう思いました。すごく――」
 「ほほほほほほほ」
 「あはははははは」

それから私たちは、博士たちが戻ってくるまで談笑――っていうか、タケルちゃん自慢?みたいな話で盛り上がった。
話の途中で将軍様が、悠陽と呼んでくださいって言ってくれたから、私も純夏って呼んでくださいってお願いした。
そんなわけで、御剣さんのときと同じように悠陽さんとも仲良くなれた。
悠陽さんはタケルちゃんの話題になると将軍としての仮面が外れるのか、印象がガラリと変わるのには驚いたけど…

 「――またお話しましょう、純夏さん」
 「はい!」
 「では殿下。我々は一度横浜へ戻り、仕度を整えて参ります」
 「分かりました。マナさ――横浜基地の月詠中尉へは、こちらの方で伝えておきます故」
 「お願い致します。それでは――」

それから大急ぎで横浜に帰る道中、博士と今後の動きを話し合った。
時間が無いからという事で、悠陽さんからの昼食のお誘いを丁寧に断ったくらいだもん。
とてもすごく忙しくなりそうな予感…

 「悪いけど、訓練小隊への合流は諦めなさい。しばらく缶詰よ」
 「は~~い」
 「協力を取り付けられて良かったわ…これで向こうはフル稼働してくれるでしょうね」
 「ですね。こっちで試作してあったと、向こうで用意してもらうのを合わせれば、20日前後で完成すると思いますよ?設計は終わってますし、設備さえ整えば――」
 「アンタがそう言うなら信じましょ。しっかし――ギリギリねぇ………」

そう言った博士の顔はヤレヤレ…と困ったように見えるけど、その実、楽しんでいるみたい。
これからの事を考えたら、普通ならゲンナリしそうだけど……やっぱり博士ってスゴイかも…

 「来週辺りにトライアルやろうかしらね」
 「えぇっ!?………冗談ですよね?」
 「あら――読んでみたら?忙しくなるわ~~~」

ふふふ――と不敵に笑う博士。
ヤバイよ。この目は本気だよ…本当にやる気だよ、この人。読まなくたって分かるよ。
……私ダイジョブかなぁ~………タケルちゃん、私を護って――な~~んてね。ふふ――



午後 ◇横浜基地・市街地演習場◇ 《Side of 冥夜》


現在、我等207訓練小隊は市街地での戦術機訓練の最中である。
内容は模擬戦。相手は――撃震2機。ちなみに僚機は207小隊の吹雪5機。1機少ないのは、鑑が居ないためだ。
なんでも、香月副司令の特別任務でしばらく隊を離れるそうだ。

 『――03 (珠瀬)!動きを止めないで!!来てるわよっ――!』
 『り、了解!』
 『01 (榊)、援護……』

相手もXM3搭載型とはいえ、第1世代の機体に押されているのは甚だ遺憾ではあるが、撃震の衛士が我らの教官2人であるという事実を踏まえると、納得出来るであろう。
教官たちのエレメントは、まさに理想といえる程に機能している。隙を見つけられない………

 「榊!接近するのは危険だが、遠距離からの攻撃が効かぬ以上やるしかないぞ!!」
 『――何か考えはあるの!?』
 「考えという程のモノではないが…」

回線は友軍間ではオープンで固定しているので、そのまま軽く説明をする。

 『……のった』
 『そうだね。ボクも賛成だよ!』
 『わ、私もですっ』
 『いいわ。やってみましょう――』

全員の了承はもらったが…果たして上手くいくのか……いや、やる前から弱気になってどうする、御剣冥夜!
今までの厳しい鍛錬を乗り越えてきた、己と仲間たちを信じなくてどうする!!やれるはずだ、必ず。

 「ゆくぞ――!!」
 『『了解!』』

合図と共に散開する僚機たち。撃震とは思えぬほど機敏に動き回るアグレッサー。
つくづく、とんでもない衛士たちだ。そんな2人に師事できることを誇りに思う。――が、今は勝たせてもらう。

現状、敵機の場所は把握できている。
こちらは珠瀬の場所を知られてしまったので狙撃は使えない。斥候に出ていた鎧衣も発見され、榊と珠瀬の援護を受けなんとか踏みとどまっている状態だ。
私と彩峰は相手を振り切ってから、しばらく動かなかったので発見されてはいないはず。

 『02!――これ以上は抑えられない!限界よ!!』
 「了解!04、やるぞ!!」
 『ん――』

勝負は一瞬。3機が足止めしてくれている今しかない。
彩峰とタイミングを合わせて遮蔽物から飛び出し、突撃砲を斉射しつつ一気に接近する。
アグレッサー2機は榊たちからの十字砲火を受けながらも、互いに背を合わせ反撃してくるが、狭い場所で満足に動けるはずもなく、完全に足が止まった。
それを見計らった私は突撃砲を投棄して長刀を装備する。
やはり長刀のほうが、しっくりくる…彩峰は同じように短刀を装備し、互いに撃震へと斬りかかる――




――が………その寸前、撃震2機の周囲の地面が爆発した。




突然のことに対応が遅れる。
大量の土砂や瓦礫が舞い上がり、それらで視界が遮られてしまった。十字砲火を行っていた榊たちも状況を掴めぬようで、混乱した声が聞こえる。  
咄嗟にレーダーを確認したが、そこに移る機影の数に変わりない。状況が理解できぬが後にも引けぬ。
私は突撃の続行を決意した――

 (見えぬが居るはずだ――このまま斬る…!!)

長刀を上段に構え、水平噴射跳躍で砂埃の舞う中に突っ込み長刀を振り下ろそうとしたとき、前方から凄まじい衝撃が襲ってきた。
長刀を振り下ろす直前で、両腕を振り上げていたのが災いし、胴体部に衝撃をモロに喰らった。

 「くぅ――っ!?」

コクピット内もかなり揺さぶられたが、なんとかレバーを離さずに済んだ。
その衝撃に突き飛ばされるように、後方へ押し返される自機の姿勢を制御しようとするが……思いのほか衝撃が重く、思うように立て直せない。
そのまま砂埃の中から押し出され、視界が戻った私が初めに見たのは自機に密着する92式多目的装甲と、それを持つ撃震だった。

 『――良い連携だ。危なかったぜ』
 「タ、タケル!?」
 『おぅ』

接触したことで通信を入れてきたのか、タケルの顔が網膜に映る。

 『悪いな、冥夜』
 「く――」

タケルはニヤリと笑い、装備していた突撃砲を密着したまま発砲。こう密着されれば長刀など役に立たない。長刀を放棄して武装変更しようにも間に合うはずもない。
機関部、動力部、上腿部に被弾。致命的損傷、大破。
容赦無く打ち込まれたペイント弾が、私の乗る吹雪を染め上げた。

やられた……私の行動が完璧に予測されていたのかもしれない。それ故、タケルはあのような手段を取れたのだろう。

 「精進せねば………」

ふぅ――と息を吐き肩の力を抜く。
私を墜としたタケルは反転し、再び砂埃舞う中へ戻っていった。
実機の訓練に移行してから、およそ半月。目標としている背中は、まだ遠かった――



《Side of まりも》


よく思いつくものね…
完全に包囲され、下手をすれば撃墜されかねない場面だったのに、白銀大尉の機転の利いた行動により窮地を脱した。
追加装甲に搭載されている指向性爆薬を、対物で使うなんて普通は考えもしないでしょう?実戦でも滅多に使わない装備なのに、こんな使い方で日の目を見るなんて……
それにしても――私がアグレッサーを務めるのは今日が初めてではないが、この子たちの成長速度には相手をするたびに驚かされる。
ここまでハッキリと、日に日に成長していくのが見て取れるなんて、極めて稀。今までの私の教え子にはいなかった。

 『――すみません。思いつきに巻き込んじゃって』
 「いえ――おかげで助かったわ。接近戦で予想以上に粘られちゃったけど…」
 『彩峰ですからねぇ~~。仕方ないっすよ』

確かに……接近戦の御剣と彩峰、狙撃の珠瀬、状況判断の鎧衣、そして我の強い彼女たちを上手く纏め上げられる榊など、各々が分野ごとに突出している。
ここにオールラウンダーの鑑が加われば、小隊単位ではA-01に匹敵するだろう。つくづく、とんでもない教え子たちだ。
彼女たちはまだ知らないことだが、任官すれば戦友となるのだから、成長してくれることは素直に喜ばしい。

しかし、いかに腕を上げてこようとも、私も教官としてまだ負けるわけにはいかない。
不知火でのシミュレーションを増やしているとはいえ、撃震に搭乗していた期間のほうが長い。
スペック差に多少戸惑うことはあるが、今日は特に調子が良いし、白銀大尉とのエレメントは気持ちが良い。
エレメントを組むって決まったとき、ちょっと嬉しかったのは内緒。
伊隅大尉から不調で苦しんでいるとは聞いていたけれど、彼がおくびにも出さない以上、踏み入って聞くのは止めた方がいいだろう………

それよりも今は訓練に集中しないとね。

 「教え子たちには悪いけれど、勝たせてもらいましょうか――」
 『ははは――了解』

網膜に映る白銀大尉の笑顔に内心照れつつ、私は撃震を次の目標へ向かわせた。



夜 ◇帝都・帝国軍詰め所◇ 《Side of 沙霧》


先日の大チョンボ……今となっては良かったのかもしれんが。――アレから私は各方面に自ら赴き、殿下の御考えを伝えていった。
クーデターへの協力を申し出てくれていた、ほぼ全ての者たちが初めは、私の言葉を不信に思い難色を示していた。
しかし、殿下から直接通達を受け、最終的には全て説き伏せることが出来た。今はもう、戦略研究会という組織は存在しない――
極一部の者が、未だ私に起つように言ってくるが、それに応える気は毛頭ない。
殿下の御言葉に虚偽は無いのだ。あの偶然の謁見から間もなく、通達が出されたのが何よりの証拠となるだろう。実際に改変が進んでいるとの話しも聞く。

 「これも全て、あの男の存在あってこそか……」
 「白銀武ですか――」
 「あぁ…」

勤務時間はとっくに終了しているので、コーヒーを飲みながらユッタリとしている駒木中尉が私の呟きを拾った。

 「良かったのですか?」
 「無論だ。偶発的にとはいえ、殿下に直談判することが出来たのだからな」
 「それはそうでしょうが……」
 「――すまないな。君には本当に苦労を掛ける………」

計画を立ち上げる以前から、常に世話になっている部下に頭を下げる。すると彼女は、いつものように苦笑するだけだった。

 「ところで、少々お耳に入れたいことが――」
 「なんだ?」
 「戦略研究会に所属していた内の数名が、不穏な動きをしているとの情報が」
 「なんだと――」
 「密かに監視をつけてあります。斯衛の月詠中尉には報せておきました」

今度は私が苦笑する番だった。
私に指示を仰ぐ前に、中尉が迅速に対応したようだ。その対応も私の考えと同じなのだから、もう脱帽するしかない。
これほど優秀な人材が副官に就いてくれたのは、まさに僥倖だ。優秀な副官に恥じることがないよう、私も引き続き精進せねばならん。

 「ならば、しばらくは様子を見てみよう。何事も無ければ良し。そうでないときは――」
 「殿下の名の下に、これを裁く……ですか?」

ふふ――と小さく笑う中尉。彼女は心が読めるのではないかと思うことがある…
それはさて置き、事態がどう変わるか分からん以上、しばらく推移を見守る必要がありそうだな…



[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第18話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2011/10/18 21:57
12月1日 (土) 午前 ◇横浜基地・シミュレータールーム◇ 《Side of 慧》


 「昨日はしてやられたが、次は負けぬぞ――」

御剣が何やら気合を入れている。
昨日負けたのが、よっぽど悔しかったみたい。

 「惜しかったよね~~。結構イイところまで行ったと思ったんだけど…」
 「そう簡単に勝たせてはくれるわけ無いわよ……」
 「でもでも、御剣さんと彩峰さんが攻めたときは惜しかったよ!」

惜しかった、のかな………軽くいなされた感じだったんだけど。
視界が悪い中で、まぁよく動けたとは思ったけど、相手が一枚くらい上手だった。粘り負けした感じ。
XM3搭載型って言っても、相手は撃震。任官するまでには勝てるようになっておきたいよね――
任官して配属される部隊が、XM3を使ってくれてると嬉しいけど…そうじゃなかったら、どうなるかな?――ま、それは今考えることじゃないか。

 「――よし、全員シミュレーターに搭乗しろ!」
 「「了解!」」

神宮司教官の号令がかかった。
そういえば昨日の模擬戦の前、教官は妙に嬉しそうだった。なんだったんだろ……



午後 ◇シミュレータールーム◇ 《Side of 武》


 「――用意できました?」

管制室に陣取っている俺は、各シミュレーターに通信を入れた。

 「はい――宜しくお願いします。武殿」
 「「よろしくお願いしま~す!」」

今からの訓練は、A-01でも207でも無い。
この基地にいる人間で、俺のことを“武殿”なんて呼ぶのは1人しかいないから、分かると思うけど。

 「突然の申し入れにもかかわらず、お請けして頂き有難う御座います」
 「そんな固いこと言いっこなしですよ、月詠さん」
 「――はい」

そう――
今日の訓練は、帝国斯衛軍第19独立警護小隊に所属する4人の衛士――月詠さん&3バカだ。
なんでこんな事になっているかと言うと、まぁ…なんだ……端的に言うと上司の命令なんだけども。

昨日の昼過ぎに、帝都に行ってたはずの上司が現れ、

 「武御雷にXM3載せるから、アンタ教導してやんなさい」

――と言い残し、純夏が用意したらしい武御雷用のデータを置いて居なくなってしまった。
また帝都に戻るって言っていたけど、向こうで何してるんだか……ま、言われたことはキッチリやりますけどね。

 「特性については、午前中に説明した通りです。最初は戸惑うと思いますけど、慣れると旧OSは使いたくなくなりますよ」
 「それほど変わるのですか…これは気を引き締めねばなりませんね」
 「じゃ始めます。最初は好きに動かしてみてください」
 「「――了解」」

この世界では、俺の階級がそれなりだということもあってか、みんなに教える立場になることが多い。
俺の稚拙な説明では物足りないだろうけど、なんとかやってこれたつもりだ。でも、俺の下手な説明を聞くより、実際にやってもらった方が効率良いんだろうな…
ボンヤリとそんなことを考えながら、初めてのXM3に悪戦苦闘する月詠さんたちを見守った。



◇ ◇ ◇



さすが斯衛というかなんというか。
午後イチで始めてから数時間足らずで、それなりに使えるところまで来てしまった。俺の周りの人たちは、どうしてこう――…軽く凹むぞ……

そーいや、明日には実機のOSも換装終了するって言ってったっけ。この調子なら、すぐに実機でも問題ないだろう。
武御雷相手に模擬戦とかすんの?やだなー………どうせなら冥夜たちと戦ってもらうのもアリかな。お互いにいい刺激になるだろ。
武御雷かぁ~~~……憧れるよ、やっぱり。
格納庫のアレ…冥夜が使わないなら俺に使わせてくんねぇかな?ははは……ムリか。俺…大丈夫か?こんなんで――



夜 ◇?◇ 《Side of 純夏》


 「――これの通りにやればいいんですね?」
 「えぇ――リミッターも外しちゃって。そんなもの必要ないから」

テキパキと指示を出す香月博士を眺める私。…あれ?私、ここに居る必要ないよね?
データは渡したんだから、あとは組み上がるまで出番ないじゃん。作業工程からチェックして無駄を省けって事なんだろうけど、うん――暇だね。現在進行形で暇。
部品は流用するのが多いから、新規分のが出来てくるまですることがないよ……
私と博士で何度も見直してるから、設計段階でのミスは絶対に無いから大丈夫だし。

でもホントに24時間、フル回転で作業してくれるとは思わなかったよ。さすが悠陽さんって感じ。
あんな凄い人も惹きつけちゃって、タケルちゃんどうする気だよ………

 「――鑑」
 「……ほぇ?――あ、香月博士」
 「ボケッとしてないでよ、忙しいんだから。あそこの技師が、聞きたい事があるって言うから行ってきて」
 「は~~い」

あ~~…ビックリした。
暇だと思ってたから油断してたよ。ボケッとしてると、また怒られるかもしれないね………リーディングを使って、ヘルプが必要なとこ探して手伝おうかな。
そうすると、やっぱり忙しいかも……とほほ。



12月2日 (日) 朝 ◇横浜基地◇ 《Side of 美冴》


今朝の横浜基地はいつもとは違い、何処か慌しい。
未明から基地機能の一部にトラブルが発生したとのこと。――と言っても、大した問題ではなかったらしく、各職員らの尽力により復旧も時間の問題だそうだ。

 「――珍しいこともあるものだ」
 「そうですわね。ですが、問題が無さそうで何よりですわ」

PXまでの道すがら、いつものように祷子との他愛も無い会話を楽しんでいた。

 「副司令が居ないときに面倒事は勘弁願いたいな」
 「えぇ。それで美冴さん――今日はどのように過ごします?」
 「あぁ――そうだな……」

特に何も考えていなかったので返答に窮してしまった。
歩きながら少しばかり考えてみたが、すぐには思いつきそうに無かった。

 「食事しながら考えよう――考えて無かったよ」

私の返答に、口元に手を当て微笑む祷子は実に可憐だった。
この笑顔につい見惚れ、祷子が早飯喰らいだということを失念していたのは見逃してもらいたい………結局、食事中には何をするか決まらなかった。
とりあえず、午前中はPXでお茶を啜りながら談笑に現を抜かした。

こんな日があっても良いだろう――たまにはな。



午前 ◇横浜基地・グラウンド◇ 《Side of 武》


今日は休日。
なので、朝食の後から行く当ても無くブラブラと、基地の中を歩き回ってみたわけだが…

 「――やることねぇ………」

こういう時に限って、誰にも会わないんだよな。朝は霞が起こしに来てくれたから、そのまま一緒に飯を食った。
その後、霞と別れてから今まで誰にも会ってない。基地は何かトラブルがあったとかで、それなりにバタバタしてるにもかかわらずだ。
基地の中は慌しいわ、誰にも会わないわで、な~んか寂しくなったので外に出ることにした。
そんなこんなでブラブラとしてると、いつの間にか訓練兵時代に使っていたグラウンドに出てきていた。

 「……………」

寒空の下、グラウンドに1人ポツンと佇んで俺はいったい何をやってるんだろう………
いつもなら純夏が乗り込んできて、騒いでるうちに1日が終わっちまうんだけど、その純夏は今はいない。
――ったく、アイツは何をやってんだか。俺にも言えない用事ってなんだよ……

 「はぁ……」

本日、もう何度目か分からない溜息。1人でいると更に沈んでいきそうだ。
いつも周りが騒がしいだけに、とてもすごく極たまに――今みたいに静かになると妙に落ち着かないというか、寂しいというか………
いやいや――寂しいっていうと語弊があるな。寂しいんじゃなくてだな、こう……暇なんだよ。うん。

 「タケル――?」
 「んぁ…」

不意に声をかけられ、そちらを向くと冥夜が立っていた。
久しぶりに (――って言っても2時間くらいだけど) 人に会った。

誰かが傍に居る。それだけで俺は嬉しい…

 「どうしたのだ、こんなところで?」
 「あ~~……ブラブラしてたら、いつの間にかな」
 「ふふ――確かに、休日の過ごし方は自由だが――」

シニカルな笑みを浮かべる冥夜。くそー…
反撃してやろうと思い、冥夜に同じ質問をしてみる。

 「そう言うお前は何でここに?」
 「ん?いや何――自主訓練でシミュレーターを使わせてもらおうと思ったのだが、今朝のトラブルのせいで使えぬそうなのでな。今日は走り込みでもと思ったのだ」
 「そ、そうか……」

意趣返しのつもりだったが、反撃させてもらえなかった。
それにしても…休日までトレーニングしてんのか。相変わらずだな、冥夜も。走り込みか………それも良いかもしれないな。
初心に帰るっていうか、そんな感じで。

 「――なぁ、俺も一緒に走っていいか?」
 「ん――私は構わぬが、そなたは……」
 「固いこと言うなよ。なんか言われたら俺が言い返してやるからさ」
 「分かった。ならば走るとしよう」



◇ ◇ ◇



こうして冥夜と走るのは、前の世界の訓練兵んとき以来か。懐かしいな…主観では、ホンの数ヶ月前の出来事なのに懐かしく感じる。
俺は――ちゃんと未来を変えられてるよな………
前の世界じゃ、11月の新潟防衛線とクーデターで、A-01から戦死者を出したらしいけど、今回は誰も死んでいない。
でも、これからが本番だ。佐渡島や横浜基地、カシュガルでの激戦が待ってる。

そうだ――トライアルもあるんだよな……今度は絶対に――

 「…ケル――タケル――?」
 「――ん……どうした?」
 「いや――何やら、難しい顔をしていたのでな。っ――どうしたのかと、思ってな」

どうやら顔に出てたらしい。
あー……初心に帰る、とか言っといて全然できてねぇや。――というか冥夜のヤツ、俺の顔を見る余裕があったのか。

 「――お前らの訓練の内容を考えてたんだよ」
 「ほう――?」
 「かなり動けるようになってきたからな~~。もっと厳しくしても良いんじゃないかと思ってね――」
 「なっ――!?」

驚いた冥夜がバランスを崩し、少しだけよろめいた。そんなに驚かなくてもなぁ……
とてもすごく極たまに、まりもちゃんも驚くくらいキツイ訓練させることもあったけど。

 「ははは――冗談だよ。あ、お前らが強くなったのは本当だぞ?」
 「く……」
 「んなことより、ほら――置いてくぞ~!」
 「あ――タケル!!」

よろめいて少しだけ離れていた冥夜が再び速度を上げ、俺に追いついてきた。
それからしばらく、俺たちはたまに会話をしながら、けれど休まずに走り続けた――



◇ ◇ ◇



 「――っはぁ……はぁ………っ――」
 「はぁ――はぁ―――はぁ~~~~~~……」

どのくらい走ったのか。それも分からなくなり、体力的にもキツくなってきたところで、俺たちは走るのを止めた。
冥夜は膝に手をつき、肩で息をしている。俺もそれなりに息を乱しているが、長年――というと変か?――鍛えてきた身体は、まだ大丈夫そうだった。

 「っ……そなたは――まるでバケモノ、だな……」
 「――んぁ?…っふぅ――はぁ……」
 「あれだけ………走ったにも――かかわらず、もう…息を整えて、いるではないか……」
 「ま――これでも、一応は正規兵だからな……ははっ――情けないところは、見せられないだろ?」
 「それは――そうかも、しれぬが……はぁ――はぁ――っはぁ――」

まだ呼吸を整いきれてないが、かなり落ち着いてきた様子の冥夜。
今だって、休日の自主トレなのに、装備を担いだりしてない分、訓練以上の距離を走ったはずだ。
それなのに、冥夜はもう回復してきてるんだから、冥夜だって十分凄いと思うんだけどな…

それからしばらくグラウンドに座り込んで休憩をしていたら、腹が減っていることに気が付いた。そして昼飯に丁度良い時間みたいだ。
けっこう走ったんだな………まぁいいや。腹減った――1人で食っても味気ないし、冥夜を誘ってみるか。

 「なぁ――汗流してメシ食いに行かないか?」
 「賛成だ。あれだけ走れば腹も減る」

そう言うと冥夜は、さっと立ち上がり手を差し伸べてきた。
俺は冥夜のそんな行動に少し驚いたが、笑顔で頷きその手を取った――



午後 ◇横浜基地・ハンガー◇ 《Side of 真那》


私は今、OS換装作業中の我が愛機を見上げている。
突然の通達で驚きはしたものの、例のモノの噂は聞き及んでいたので以前から興味はあった。
なので、XM3を斯衛軍で導入するにおいて、先行してXM3を搭載した武御雷のデータを収集せよ――との通達を受けたときは嬉しく思った。
それに加え、私たちの慣熟訓練のサポートに、開発者である武殿が付いてくださるということを踏まえると、まさに願ったり叶ったりである。

 「――悠陽様と冥夜様を御護りするために、この力…使いこなしてみせる――」

そのために少しでも長くシミュレーションなり、実機なりで訓練したいところであった。
だが、今日はこの基地で何らかのトラブルがあったらしく、今朝からシミュレーターが使用できなくなっているのだ。なんともタイミングの悪いことだが仕方ない。
それに、シミュレーターが使えなくとも出来ることはある。
これからは武殿と頻繁に顔を合わせることになるのだ。大変喜ばしいことであるが、それに感けて恥ずかしいところはお見せするわけにはいかない。
気を抜かぬようにしなくては――

そのようなことを考えながら、私はハンガーを後にした。



夕方 ◇帝都・帝都城◇ 《Side of 悠陽》


 「――……」

自室の窓から遠くの街並みを眺める。
夕映えの街は美しく、されど何処か儚く見える。

 「私は――自らの行いで、民を危険に晒すところだったのですね………」

民のない国など在りはしない。
国とは民の心にあるもの――将軍とは、民の心にある国を映すもの。つまりは、国の象徴。そのような立場にある私が、国を……民を蔑ろにするなど言語道断。
私は自覚、というものが欠如していたのでしょう。以前の私の行動を思い返すたび、忸怩たる思いです。
あの時――武殿が居てくれなければ、クーデターが起き、流されなくてもよい血が大量に流されていたでしょう。

 「私のために、人類の護りたる彼等が血を流すなど………」

考えただけで身震いしてしまう。
また、護るべき民を傷つけることがあってもなりません――
数日前、天元山の火山活動が活性化したために、付近の住民を強制退去させ、難民収容所へ移送するという話を耳にしました。
これは帝国軍の、災害派遣部隊による救出作戦と言えば聞こえは良いのでしょう。ですがその実、拉致に近い方法での移送が行われるところでした。

当然ながら、そのようなことを許すわけにはいかぬので、その作戦内容の変更と共に、私が一筆したためたものを部隊に持たせ、それを住民に提示して勧告するものとしました。
私の名で書かれたものであれば、手荒な手段を講じずとも、作戦の遂行は可能だと判断した故の策でした。
作戦後の報告で、全員を無事に避難させることが出来たと聞かされた折には、安堵したものです。

今回は私の耳に偶然入ったから良かったものの、もし過去にも同じようなことが行われていたとしたら……そう考えるとゾッとします。

 「――精進せねばなりませんね」

この国を、民を護るために――



12月3日 (月) 午前 ◇横浜基地・シミュレータールーム◇ 《Side of 茜》


 「最近さ、ハイヴ攻略戦のシミュレーション多いね」
 「そうだね。でも模擬戦もやるじゃない?」
 「うん。その2種類を繰り返してやってるよね」

訓練の合間の休憩時間、今は訓練兵時代からの友人たちと話している。

 「ハイヴに行ってきなさい!――って急に言われたりしてね~~~。副司令にさ」
 「絶対にあり得ないって言えないのが恐いね………」
 「「うんうん――」」

副司令だって、さすがにそこまで鬼じゃないと思うけど。…たぶん。
でも晴子の言うような命令が、いつ来ても良いように備えておくのは大事だと思う。
BETA相手の訓練はシミュレーターでしか出来ないけど、一応11月初めに対BETA戦は経験しているから、地上での戦闘の感じは掴めている。

けど……実際のハイヴ攻略戦は、新潟防衛戦の比じゃない――っていうのは理解してるつもり。
シミュレーター訓練で、もう何回撃墜されたのか分からないくらいだし。

 「そういえば最近、白銀大尉が訓練に参加すること減ったよね?今もいないしさ~~」
 「…ふ~ん――茜、寂しいの?」
 「んなっ!?そ、そういう意味じゃないってば!」

ふと思ったことを口に出してみたら、思わぬ攻撃が来た。
予想外の突っ込みが来た方向を見ると、晴子がイジワルな笑みを浮かべていた。
慌てて否定してみたものの、効果は期待できない………

 「ホントに~~~?」
 「――っていうか、晴子だって白銀大尉のこと気にしてたじゃない」
 「あはは――だってさ、あの人調子良くないって言ってたでしょ。それで訓練やってないんだし……気になるよね?」
 「ム~………」

飄々と答える晴子。
大して反撃にならなかったみたい。余裕があるというか、何というか――なんか悔しい。

 「まぁまぁ――」
 「ああああ茜ちゃん落ち着いて~~~」
 「――まずはアンタが落ち着きなさいよ」

私の顔を見た多恵たちが苦笑しながら仲裁に入ってきた。なんでか知らないけど多恵は慌ててるし…
そんなこんなで、白銀大尉の話題を続ける雰囲気ではなくなってしまった。でも、みんなが白銀大尉を気にしているのは間違いないと思う。
速瀬中尉みたいに倒したいとか、リベンジしたいとまでは行かなくても、いずれは追いついて、そして追い越したいと思ってる存在でもあるし、最近は――その………ゴニョゴニョ。

とにかく!あの人には早く戻ってきてもらって、ちゃんと指導して欲しいな。
伊隅大尉や速瀬中尉も強いんだけど、それとは違った強さなんだよね。何が違うのかは分からないんだけどさ……
それを知るためにも、早く復調して訓練に参加するか、そうじゃなくても管制室に居て欲しいんだけど。
何処で何をやってるのやら………あの天才衛士は。



午後 ◇シミュレータールーム◇ 《Side of 武》


はい。午前中に引き続き、月詠さんたちの訓練に付き合ってます。

 「――午前の実機で、大体の感覚は掴んでもらえたと思うんで、さっそく戦闘シミュレーションやってみましょうか」
 『は――』

XM3の慣熟訓練を始めて3日……まだ3日目。たった3日。
午前中、換装が終わったばかりの武御雷で演習に出ていた月詠さんたちを見たところ、それなりに慣れてしまったようだった。
昨日シミュレーターを使えなかった分、マニュアルで特性を頭に叩き込んでいたらしい。
それなら訓練内容を繰り上げて、戦闘機動での新OSの感触を掴んでもらおうと考えた。

 「とりあえず現状での全力で行ってみて下さい。俺がログとパターンをチェックして、アドバイス入れてきますから」
 『『――了解』』
 「じゃあ始めます。ご武運を――」

そしてシミュレーターを機動させた。
戦闘シチュエーションは、市街地での対戦術機戦闘。となると仮想敵が必要になるわけで……月詠さんたちの記念すべき?第1回目の仮想敵は――

 『!?――この吹雪は――!!!』
 『『ま、まさか――!?』』

ニヤリ…

こっちの世界の月詠さんと3バカの驚く顔は新鮮だ。
さぁ~~て、どんな結果になるかね。



◇ ◇ ◇



 「――お疲れ様でした」

何回目かの戦闘が終了したところで、シミュレーターから降りてきた月詠さんたちに感想を聞いてみた。

 「慣れれば慣れるほど、凄さが身に染みてきます……」
 「「――」」

月詠さんの言葉に、3バカたちも同意するように頷いた。
初めのうちは4人とも、ウチの教え子たちの機動に振り回されていたが、俺のアドバイスを受けるとすぐに修正し、自分なりに昇華させていた。
シミュレーションの結果は、初回こそギリギリで引き分け (月詠さんたちに言わせると負けだそうだ) だった。
だけど、回数を重ねるごとに衛士の経験値と機体性能の差が如実に現れ、アイツ等のデータを相手にも引けを取らなくなった。

 「でも、さすがですよ。もうアレだけ使えるんですから」
 「ありがとう御座います。ですが……まだまだです」
 「まだ始めてから3日目なんですから、焦らずジックリ行きましょう」
 「はい――今後もよろしくお願いします」

――って言っても、この分ならすぐに慣熟しちまうだろう。
尤も、この基地に駐留している月詠さんたちは、シミュレーターやら演習場やらの使用時間が限られてしまう。
だから多少は訓練のペースが落ちるだろうけど、今日の訓練を見る限り、そんなハンデは無いにも等しい。
恐れ入るよ、斯衛の練度には……

 「――それはそうと、仮想敵はどうでした?」

俺がそう聞くと、月詠さんは困ったように苦笑した。

 「正直に申しまして……予想以上でした」
 「そうですか――ははは、それは良かった」
 「本格的な訓練に入ってから、半月足らずの衛士の操縦とは思えませんね」

よっぽど驚いたんだろう――月詠さんは苦笑から一転、真面目な表情にはなったものの口調は少し興奮気味だった。
あの沙霧大尉をも圧倒した月詠さんに、ここまで言わせるようになるとはね……指導している身としては鼻高々だ。

 「我々もXM3を搭載していて、その特性を理解していたからこそ、初めは縺れましたが、そうでなかった場合は完全にやられていたでしょう……」
 「まだまだ伸びますよ、アイツ等は――」
 「我等も負けてはいられませんね」

――と不適に笑う月詠さんは、傍から見てもヤル気に満ち溢れているのが分かった。
ほんと、俺の周りは負けず嫌いの人が多いなぁ……



夜 ◇美琴自室◇ 《Side of 美琴》


今日、父さんからまた荷物が届いた。
父さんが何の仕事に就いているか分からないけど、こうして荷物が届くって事は、ちゃんと生きているってことなんだと思っている。

 「でも――よく分からないお土産ばっかり送ってくるのは止めて欲しいかな……」

今回送られてきたのは、ちょっと大きめのモアイ像。小さい子供の頭くらいはありそうな大きさだ。
それを何気なく眺めていると、その像の中央に、目立たないように線が入っているのを見つけた。
なんだろうと思い、その線を指でなぞると胴体の上半分が微かに浮いた。そのまま引き上げてみると、上半分は蓋のように外れてしまった。その中は――

 「またモアイ像………?」

中は空洞ではなく、半分に割れたモアイ像よりも一回り小さいモアイ像が入っていた。なんとなくだけど、ボクはこの像の仕組みを理解しちゃったよ…
取り出したばかりのモアイ像。そのモアイの中央に、さっきと同じような線を発見。再び空けてみると、中から姿を現したのは再び一回り縮んだモアイ像。それを取り出し――
その作業を数回繰り返すと、最後にはモアイ像は掌に収まるサイズになった。……これっていわゆる、モアイ版マト○ョーシカ?

 「…父さん、こんなの何処で見つけてくるんだろ……」

毎度の事ながら、あの人が送ってくるお土産はおかしい物ばかりだね。溜息を吐きつつ、元に戻したモアイを机に置く。
それなりに大きい代物なので、かなりのスペースを持っていかれてしまうけど、せっかくのお土産を床に置くわけにもいかないし………今はこれで我慢しておこう。
父さんからの荷物を片付け終え、ちょうど一段落ついたとき――



ビーッ!ビーッ!ビーッ!



数日前と同じように、横浜基地に警報が鳴り響いた。



◇ブリーフィングルーム◇ 《Side of みちる》


現在の時刻は、間もなく22時になろうかというところ。
いつもなら例の特訓を始めている時間帯なのだが、今日はそんな状況ではない。十数分前に、非常召集がかかったのだ。
シミュレータールームに居た我が隊の面々は、全員が衛士装備を着用済みだったが、そのままブリーフィングルームに直行した。
しかし、特訓に参加していない白銀は普段着ている軍装のまま駆け付けたので、私たちがキッチリ強化装備を着用していることに驚いていた。
白銀も深くは追求してこなかったので、言い訳をする必要も無かったのは助かったが。

 「――いったい何があったんでしょうか…?」

ブリーフィングルームにヴァルキリーズ全員が集まってから、妙な沈黙が私たちを包んでいたが、風間がその沈黙を破った。
風間の言葉を皮切りに、他の隊員たちも各々会話を始めたが、その中で白銀だけは沈黙を保っていた。
ヤツは眉間に皺を寄せ何かを考えているように見える。あまり見せることの無い、厳しい表情なだけに気になるが、此処のところの不調で悩んでいる可能性がある。
デリケートな問題だろうから、立ち入って聞くのも憚られる。なので、今は白銀のことはそっとしておくことにした。

――まったく………こんなときに非常召集とは。一体なんだというんだ?
とりあえず何を措いても情報が欲しい。今の私たちには、現在の状況に対する情報が皆無だ。
普段なら副司令経由ですぐに情報が手元に来るのだが、今はそれが無い。副司令不在が思わぬところで裏目に出てしまった。
どうするか……ここで待機していても情報は入って来ないだろう。司令室への通信も、向こうは混乱しているのか応答が無い。
なら、いっそ司令室に直接――

 「すみません!お待たせしました――」
 「――!ピアティフ中尉!」

私が何通りかの行動パターンを考えていると、ピアティフ中尉が入ってきた。
ここまで走ってきたのか、彼女は息を乱している。彼女は息を整えることもせずに状況の説明を始めてくれた。
そしてその内容は、私の予想の範疇を超えていた……

 「――帝都で戦闘か…」
 「はい。小規模の戦闘で、ここに情報が入った頃には鎮圧に向かっているとのことでした。しかし、その後帝都との通信が途絶し、同じく周辺の帝国軍基地との通信も途絶しています」
 「原因は?」
 「現在調査中です」
 「そうか……」

説明の内容はこうだ――

何者かが帝国軍基地から数機の戦術機を奪い、基地施設を破壊して逃走したらしい。それに対し、帝国軍もすぐさま追撃部隊を組織し追撃。
逃走する戦術機を押さえるのも時間の問題だったそうだ。しかし、その後の情報が入ってこなくなった。
途絶直前の情報では、幸いにして市街地での戦闘は無く、市民に死傷者は居ないそうだが…
向こうとの通信が途絶しているのだから、帝都に居るはずの副司令とも連絡が取れない。
帝都で何が起きている………?

 「――即応体制で待機しましょう」

今まで口を開かなかった白銀が、突然ポツリと呟いた。

 「…何?」
 「しかし、帝国からの出撃要請も無いんですよ?」
 「通信途絶では要請だってこないでしょう。リアルタイムの状況が掴めないんです。今こうしている間にも、戦闘が激化している可能性だってあります」
 「備えておく必要はある、か………」

白銀は私の言葉に静かに頷いた。確かに、ヤツの言うことにも一理ある。
状況が明確になるまで、即応体制で待機していても良いだろう――

 「まぁ、白銀以外は強化装備を着用しているからな。ハンガーに連絡すれば、後はこのまま待機状態に入れるわけだ」
 「ぐ………だから何で着替えてんすか…」
 「ふっ――」

涼宮姉とピアティフ中尉は苦笑し、私を含む他の全員はニヤリと笑った。
これから起ころうとしている事を知らない私たちを、和やかな雰囲気が包んでいた。



◇?◇ 《Side of 沙霧》


 「――各機、エレメントを崩すな!各個撃破だ。敵の機動に惑わされるなよ!」
 『『了解!!』』

そう命じたが、奴等の機動についていくのは至難の業だ。私の部下たちも善戦しているがジリ貧だろう。
死者こそ出していないものの、遭遇戦では1機、戦闘不能に追い込まれている。
私たちが確認しているだけでも敵は2個小隊程の戦力のはずだが、規模で勝る我々は苦しめられている。
敵の機動が普通ではない――というのは言い訳にしかならんだろうが、事実だ。

いったい何なのだ、あの所属不明機は………



◇ ◇ ◇



21時を過ぎた頃――詰め所に居た私は、ここ数日で勤務終了後の日課となっている駒木中尉との談話の最中だった。
その内容は多岐に渡るが、取り留めの無い話もそうでない話もあるので、内容については割愛しよう。
その最中、突如として爆発音が鳴り響いた。
そして警報が鳴り、同時に防衛基準体制1が発令され、我々にスクランブルがかけられたのだ。
状況を掴めぬままの出撃となったが、直にHQから情報が入った。

何者かが帝国軍基地から戦術機を強奪、基地施設を破壊し逃走したという。
誰が何の目的で行ったかは知らんが、殿下が御立ちになり、この国が変わり始めた矢先にこのような事を起こしたからには、それ相応の覚悟をしてもらう――
そして私は1個中隊、不知火12機を率いて出撃した。



◇ ◇ ◇ (21:50頃)



出撃から約20分――帝都から南西に逃走する敵機を追撃中の事である。
不知火のレーダーは逃走中と思われる数機の機影を捉えている。識別では、帝国軍F-4J撃震と出ているから、強奪された機体で間違いないだろう。
それにしても……5機もの強奪を許してしまうとは情けない――

機体性能では我々の不知火に分があった。
それに見たところ敵の衛士の腕前は大した事はないように見える。だからといって慢心などはしないが。
帝都から少々離れてしまったが、敵機の包囲は間もなく完了する。数度の勧告を完全に無視し、逃走及び戦闘を止めない以上、撃墜も止む無しと判断した。
それから私たちは、帝都から南西20km程の位置で敵機の包囲を完了した。

しかし、包囲の完了と同時に敵機はどういうわけか完全に動きを止め、戦闘は沈静化。だが、向こうは相変わらずこちらの呼びかけに応じる気配は無い。
そこで私はHQへと判断を仰ごうとした。無論、停止中の敵機及び周辺の警戒は怠らずに。
――ところが、HQとの交信は失敗。

原因は不明……機器に異常は見られないにもかかわらず、交信不能に陥っていた。様々なチャンネルで再試行してみるも、いずれも失敗に終わっている。
僚機との交信も、通常回線はノイズが酷く使用不能だったが、強化装備の近距離通信ならば交信は出来た。
HQが交信不能に陥ったことにより、我が中隊は多少の混乱が見られたものの、僚機間の交信は可能だったので直に収まった。
私も内心は動揺していたが、指揮官としてそれを部下に気取られるような真似は出来ない。
務めて冷静に状況に対応しようとしたその矢先――



ドガンッ――!!!



周辺警戒を担当していた僚機が1機、何処からかの攻撃により被弾、行動不能に陥った。
それに続いて、出どこが分からぬ攻撃が次々と私たちを襲う――

 「――全周警戒!各機エレメントを組んで散開しろ!!――必要以上に固まるな!」
 『『了解!!』』

何処からの攻撃だ!?
何とか被弾を免れ、支持を出しながらレーダーに目を走らせるが、敵らしき機影は強奪された撃震以外は無い。
私は周囲を警戒しつつ、撃墜された僚機に近づき衛士の安否を確認する。

 「生きているならば返事をしろ――!」
 『――へへっ………烈士たるもの…そう簡単には、くたばりません……よ……』
 「よし――後ほど回収する。待っていろ」
 『……了、解…っ………』

負傷しているようだが生きていた。その事に安堵するが、気を抜いている暇は無い。
未だ、敵機を確認できていないのだ。何処から攻撃が来るか分からん――
敵の規模も不明…単機なのか、複数なのか……それすらも不明とは………どうする――?

 『――隊長!10時方向に熱源反応!!敵機と思われます!』
 「!――駒木中尉、援護を頼む!!」
 『――了解。背中はお任せを』
 「不明機が1機だけとは限らん。油断するなよ――撃震は無力化しておけ。また動き出すかもしれんからな」
 『『了解!!』』

部下からの情報を頼りに、駒木中尉を伴い突撃を敢行する。一か八かの賭けだが、現状を打破するためにはこうするしかないだろう。
熱源反応までの距離は、およそ4km――かなり近い距離だ。
まさか、こんな距離まで接近されてもレーダーに反応がないとは……敵機も私たちに捕捉されたと知ったのか、移動してはいるが追いつけない速度ではない。

 「捉えた――逃がさん!」

敵の機影が網膜に映るが、カラーリングが黒系統の色のためか、はっきりと視認出来ない。
それに加え、敵機のステルス性はかなりの物らしく、熱探知でなければ捉えることもままならない。機体識別も不能なようで、相手の機種も不明だ。
迂闊に深追いはしない方が良いのだろうが、そんなことを言っていられる状況ではない。

 『目標捕捉――援護します』
 「――了解した。参る――!」

ついに、敵機を射程内に捉えた。
先程からの通信障害で使い物になるかは怪しいが、私は全回線で、不明機に呼びかけてみることにした。

 「――不明機に告ぐ。直ちに停止し、こちらの指示に従え。従わない場合は実力で拘束させてもらう」
 『警告するのですか?――こちらは既に損害を被っているのですよ!?』
 「一応は、な。……撃墜するぞ――挟撃して叩く!」
 『――了解!!』

無論、不明機からの応答は無い。
闇討ちをしかけてくるような奴等だ。こちらの警告に従うなどとは思っていない。警告はあくまで儀礼的なものだ。
現在、我々が置かれている状況が不明瞭であるし、HQとの連絡も取れぬのだ。幸いにして愛機に異常は見られず、むしろ調子は良い。
これならば戦闘が多少長期化でも問題ないだろう。……弾薬や推進剤等の問題があるので、そう上手くはいかないだろうがな――

そして私は、挟撃のために展開した駒木中尉との連携攻撃を開始した。
駒木中尉の牽制射撃を皮切りに、私も突撃砲での攻撃をするも、敵機は容易く回避してみせる。
その動きは先程までとは打って変わり、隙の無い動きになっていた。どうやら、敵も本気になったと見て良さそうだ。
こんな状況下で不謹慎だが、思わず笑みを浮かべてしまうのを止められなかった。強い敵に出会えたことを喜んだのかもしれない――

 「――良い動きをする!だがな――!!」

敵機の攻撃もかなり正確であり、一瞬たりとも気を抜けない攻防が始まる予感を感じさせた。
しかし、その矢先に部下から通信が入り、私の意識はそちらに取られてしまった。

 『――た、隊長!撃震の無力化を試みたところ、別方向から攻撃を受けました!敵の新手と思われます!!』
 「なんだとっ――!?」

まだ潜んでいたか……予想していたとはいえ、本当に出てくるとはな…
これでまた状況は悪化する可能性が増えた。まったく――

 『それに乗じて撃震が再び移動を開始。こちらと距離を取ろうとしている模様!』
 「なにっ――!?……そちらで追えるか?!」
 『やります!!』
 「頼む――私もすぐに合流する!」

今は心強い返事を返してくれた部下を信じ、向こうのことは任せるしかない。
駒木中尉を私に随伴させたのは失敗だったかもしれん…まぁ良い。さっさとこちらを片付けて合流すれば良い話だ。
殿下が歩み始めた矢先にこのような狼藉………大方、今まで悪政を敷いてきた彼の逆賊共の差し金であろう。
堪忍袋の緒が切れた――決して許さん!

 「何処の手の者かは知らんが、そう簡単に私を止められると思わないことだ。今の私は……阿修羅すら凌駕する存在だ!!!」

私は気合を入れなおし、敵機への攻撃を再開した。



今夜は長い夜になりそうだ――



[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第19話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2011/10/18 21:58
◇横浜基地◇ 《Side of 武》


沙霧大尉が所属不明機と死闘を繰り広げている頃、A-01のブリーフィングを抜け出した俺は、207Bが待機している場所へと急いでいた。

 「――何が起きてるんだ……まさか…クーデターじゃないだろうな………」

嫌なタイミングで面倒事が起きたもんだ。
今は夕呼先生と純夏は帝都に行っちまってるし、前の世界じゃこの時期にクーデターがあったんだ。どうしても嫌な考えが頭をよぎる。
――それに今は俺の調子も…って、俺のことはどうでもいいか。

そんなことより、今起きてる事は俺の記憶には無い。
記憶に無いことが起き始めているということは、いよいよこの世界でも、未来を変えてきたツケが回ってきたってことなのか…
そうなると俺の記憶が役に立たなくなってくる。

 「………やっぱり、そう簡単にはいかねぇよなぁ――」

予想外の警報は久しぶりなので、どこか浮ついた気分だ。ここまでは上手く事を運べていたから少し油断していたのかもしれない。
たとえ小さな油断でも、必ず何処かで命取りになる。――それがこの世界だ。
この際、これを良い機会だと思って気を引き締めなおそう。グダグダ悩んでても仕方ない。

何事も無く片付けば良いんだが……こんな調子で、みんなを護れるのか…?――いや、弱気になるな。
護るんだ、必ず。俺が、この手で――



◇ ◇ ◇



 「――って状況なんで、強化装備着用で待機してください」
 「了解。もし出撃した場合の指揮は――」
 「軍曹が執ってください。俺はあっちで出撃しますから」
 「わかりました。こちらは任せてください」

207Bのところへ行った俺は、伝えられる範囲の情報をみんなに伝えた。――と言っても元々情報が少ないし、隠すようなことは無い。

 「じゃあ、俺は戻ります」
 「は――」

まりもちゃんの敬礼に続きみんなが敬礼したので、俺はそれに答礼してみんなと別れた。あいつ等を見た感じ、多少固くなっている感じはした。
それも当然か…戦域が南下してくる可能性がある以上、臨戦態勢で待機しろ――なんて言われたら緊張もする。
それでも必要以上に硬くなってる感じがしなかったのは、HSST事件のおかげかな。
さて……ヴァルキリーズに戻る前に――


ドン――


考え事をしながら急ぎ足で目的地へと向かっていたら、廊下の曲がり角で何かにぶつかってしまった。
ぶつかった相手を確認しようと、目線を少し下げるとピョコンとウサミミが跳ねた。

 「――っと………霞。悪い、大丈夫か?」
 「はい――大丈夫です」

大丈夫とは言うものの、霞のおでこはちょっとだけ赤くなっている。けっこうな勢いでぶつかってしまったようだ。
俺はお詫びにと、霞の頭を撫でてあげた。あぁ――和むなぁ………


ナデナデ……ナデナデ……



◇ ◇ ◇



ナデナデ………………

 「はっ――」

撫で心地が良いもんだから、思わず没頭してしまった。あれ…俺、何しようとしてたんだっけ?
――あぁ、あの人たちのとこに行く途中だったのか。

 「行かなきゃならないとこがあるから、もう行くよ」
 「はい――」
 「それと……心配すんな。何かあっても必ず護るから――」

霞がコクンと頷くのを確認してから、俺はその場を離れた。
まだ強化装備に着替えてないし、ちょっと急ぎますかね。



《Side of 千鶴》


白銀大尉が出ていき、神宮司教官が強化装備の着用を命じたので、私たちは全速でドレッシングルームへと向かった。
先程のブリーフィングのときの白銀大尉は、普段とは違って険しい表情をしていた。
HSST迎撃作戦のときは普段と変わらなかった人が、今はあんな表情をしているのだから、否応無しに私の緊張は高まった。
それは他の隊員たちも同じらしく、白銀大尉が出ていってから、ドレッシングルームで着替えるときも誰も口を開いていない。重苦しい雰囲気が私たちを包んでいる…

――ふと、今は別行動を取っている鑑のことを思い出した。もし彼女がこの場に居たら、どういう反応をしているだろうか。
いつもと変わらぬ調子で、

 「タケルちゃんが居るから大丈夫だよ――」

なんて、屈託の無い笑顔で言って場を和ませてくれたのだろうか。………彼女なら有り得るわね。
鑑は中途編入ではあったが、この小隊で無くてはならない存在になっていたんだと改めて思った。
そんな事を考えていたら、思わず口元が緩んでしまったらしい。そのことを自覚し慌てて引き締めるも、何かと目ざとい彼女に見られていたようだ…

 「――思い出し笑い」
 「――!ち、違うわよ!」
 「やらしいやらしい」
 「~~~~~~!!あなたねぇ~~~!」

私と彩峰のやり取りで、先程までの重苦しい雰囲気は何処へやら――すっかりいつもの雰囲気に戻ってしまった。
待機命令を受けているのにこの有り様では、小隊長を任されている身として情けない。
皆の気を引き締めようと思って、手をはたいて意識をこちらに向けさせようとした、その時――



ビーッ!ビーッ!ビーッ!



横浜基地に、本日2度目の警報が鳴り響いた。



◇司令室◇ 《Side of イリーナ》


阿鼻叫喚の地獄絵図……
これほど今の司令室の状況を的確に表せる言葉は無いでしょう。
昨日未明にあった原因不明の基地施設のトラブルへの対処、復旧、原因究明etc――通常業務に加えてこれらの作業を行っていた所にコレ………正直もう嫌。
先程の警報は、横浜基地から20km圏内での戦闘が観測されたためのものであり、それを受け各部隊にスクランブルがかけられた。
――スクランブルがかけられた所までは良いのです。そこまでは……
しかし、スクランブルを受け出撃体制に入った各部隊の戦術機が、立て続けにシステムトラブルを起こし、出撃不能に陥ってしまったのです。

 『――ダメだ…再起動してみるが、これじゃあスクランブルどころか通常出撃だって出来やしない!!』

戦術機ハンガーにいる整備士の声からも、事態が切迫していることが分かる。

 「いったい、何が起きているの…?」

ポツリと呟きが零れたが、それに答えられる者など居はしない。
――明らかにおかしい。
こう続けざまにトラブルが起きるなんて有り得ない。つい先程、戦闘が観測されたのは、まさに目と鼻の先という距離。
もしこのまま出撃できなければ、この基地にも被害が出るかもしれない。

 『――こちらA-01、白銀武。出撃します』

混乱に陥っている司令室に、突然入った通信。その内容に一瞬、司令室が静まる――
一瞬の静寂をおいて、司令室は再び喧騒に包まれ、私も自らの仕事に戻った。

 「白銀大尉!――機体に異常は無いのですか!?」
 『問題ありません。A-01全機、出撃可能です』
 「では出撃してください!他の部隊は――」
 『――状況は大体掴めています。そちらは復旧を急いでください。それから――』

私に指示を出した彼は、戦闘管制を涼宮中尉に託して出撃していった。
この状況の中、白銀大尉は本当に私より年が下なのか、疑いたくなるほどに落ち着いて見えた。



◇??◇ 《Side of 沙霧》


状況は悪化の一途を辿っている。はっきり言って、最悪だ。

 『――戦域が横浜基地の防衛ラインに……!』

まず戦域の問題。
ある程度の戦域拡大は考慮していたつもりだったが、予想外の要因があまりにも大きかったために、予想以上に拡大してしまっている。
かなり南西方向に拡大したために、おそらく国連軍横浜基地の10~20km圏内には既に入っているだろう。
そして、もう1つは――

 『隊長!これ以上戦闘が続けば、弾薬も推進剤も持ちません――!!』

戦域の拡大に伴い、ここまで戦闘が長期化するとは思っていなかったため、補給等の必要性が出てきてしまったのだ。
それに加え、未だ回復しないHQとの通信も気になる。交信出来ん以上、応援も呼べんしな………
更には間の悪いことに、強奪された撃震との距離が開いている。マークはしているが、不明機の妨害もあり、一向に近づけないでいた。

これまでの戦闘で敵不明機3機に損傷を与え、内1機を墜としたが、撃墜した敵機の調査をしようにも、敵の攻撃が激しいために出来ずじまい。
逆にこちらは2機の損耗を出してしまった。どちらも件の不明機にやられたのだが、死者を出していないのは不幸中の幸いと言えるだろう。
負傷者は無事な機体数機で辛うじて収容し、その数機を中心に円型陣形で交戦しているが、そろそろ限界だ。
補給――いや、せめて負傷者だけでも降ろして、全力で応戦したいところだが、そういうわけにもいかん。

 「離脱もさせてもらえんとはな……」

何度か帝都方面に離脱するような進路を取ったのだが、その度に回り込まれ撤退もままならんのだ。そのせいで戦域が拡大したと言える。
撃震は止まったり動いたりを繰り返し、不明機はその変則移動で我々の行く手を阻む。それを繰り返すうちに、ここまで来てしまったのだ。

ここまでの戦闘で、不明機の外見を間近で見ることがあった。
その外見は日本製とも外国製とも取れる装甲を纏っており、なんともチグハグな機体だということは分かった。
中身に関してだけ言えば、恐らく日本製のモノではないと判断する。
敵はかなり高性能のステルス性を有しているが、そんなものを搭載している国産の機体など、噂にも聞いたことがないからだ。
聞いたことが無いのは、己の階級等のせいかもしれんが、2個小隊程の戦力に搭載しているとなれば、噂くらい出回ってもおかしくないだろう。

 「ますます分からん――いったい奴等は何者だ…?」

私は交戦しつつも思慮に耽っていたが、突然の警告音に中断されることになった。
警告音を受け、レーダーを広域に切り替え確認すると、新たに機影を10確認した。

こちらは識別可能であり、照合結果は“国連軍”。我々が横浜の防衛ラインへ進入したために出撃してきたのだろう。
その国連の部隊は、国連所属にはしては珍しく、我々と同じく不知火が配備された部隊のようだ。
その10機が接近してくると、我々を攻撃していた不明機は標的を変えたのか、国連軍機へと向かっていった。
そんな中、国連部隊から全回線で通信が入った。

 『――戦闘中の全機へ告ぐ。諸君等は、国連横浜基地の防衛圏内で戦闘を行っている。直ちに戦闘停止並びに武装解除し、こちらの指示に従え。繰り返す――』

それは若い女の声だった。我々に向かって警告してきている。
我々はあちらの支持通りにしたいのは山々だが、今武装解除すれば間違いなく所属不明機に狙われるだろう。
ならば、あの国連機にこちらの管制名を名乗り事情を話すしかない。そう決めた私は、使い物になるかどうか怪しい、ノイズ混じりの通信機で管制名を名乗った。

 「こちらは帝国本土防衛軍帝都防衛第1師団・第1戦術機甲連隊所属、沙霧尚哉大尉であります。
  まずは、そちらの防衛圏内での戦闘を詫びます。ですが、こちらの事情を聞いていただきたい――」

どうだ…?
僚機との通信もままならぬ現状で、所属が違う部隊との交信は正直期待できない。

――そして、やはり私が危惧した通り通信は届かなかったのか、国連機は先程と変わらぬ警告を続けながら、こちらへ接近してくる。
国連機の通信機能に問題は無さそうなところを見ると、やはり我々の機体に何らかの障害が発生していると見ていいだろう。
だが、今はその原因を探っている暇は無い。なんとかして我々の事情を説明しなくては――

 「くそ――聞こえないのか!国連軍――応答してくれ!!」

私の叫びも虚しく、所属不明機1機が先行して接近していた国連の不知火へと接近していく。あの敵は尋常ではないのだ。
何も知らぬまま交戦しては、撃墜されてしまう可能性がある……だが、そのことを伝えようにも通信機能が使えない。何も出来ずに被害を出させるのか………!

国連軍など決して好きではないし、“あの時”までは敵であるとさえ思っていた。
しかし、それでも彼等には彼等の護るべきものが存在し、それを護るために、私たちと同じように戦っていることは承知していたつもりだ。
――それを、こんな戦いで失わせてしまうことは、同じ衛士として許しがたい。にもかかわらず――!!
そんな私の思いを嘲笑うかのように、不明機は不知火へ攻撃を開始し――

 「――な、なに――……?!」

絶体絶命かと思っていた国連の不知火は、不明機の変則機動から繰り出される攻撃を易々と躱してみせた。
そして、その動きの中で容易く不明機に接近すると、短刀による攻撃で瞬く間に制圧してしまった。
ズンッ――と不明機が崩れ落ちる。四肢を損傷し行動不能に陥ったようだ。

 『――直ちに戦闘を止め、武装解除しろ。従わない場合は――』

再び国連機から通信が入ったが、私は今目の前で起きたことが信じられずに呆然とするばかりだった。なんだ、今の動きは…
所属不明機の動きですら信じられないものだったが、今の国連機の動きはそれ以上だった。
あんな動きを戦術機で出来るなど、考えたことも無い。それを同じ不知火でやって見せただと……?
私は夢でも見ているのかとさえ思ったが、副官の声が私の意識を引き戻してくれた。

 『――大尉、ノイズが消えています!これなら――』
 「なに――?」

すぐに機器をチェックすると、その報告通り、先程まで酷かったノイズは鳴りをひそめていた。
あの不明機を制圧した途端に回復した……あの機体に何か仕掛けてあったのか?
いや………そのようなことより今は、国連軍機へと呼びかけねば――



《Side of 武》


どういう状況だ、これ…
見たこともない機体と、おそらく帝国軍であろう機体が戦闘しているのか?
戦域に先行していた俺と速瀬中尉のB小隊だが、識別不明機が向かってきたのでやむを得ず迎撃した。俺は見ていただけだったけど……
今しがた速瀬中尉が撃墜した機体に近づいて調べてみたが、なんともチグハグな機体であることは分かった。
頭部は撃震のものに類似しているが、所々で差異が見られる。肩部装甲や胴体、腕部や脚部に至るまで、それぞれが様々な機種のそれに類似していた。

まるで、寄せ集めの部品を突貫で組み上げたような――

そして何よりも、生体反応が無い。
速瀬中尉は管制ユニット付近への損傷は与えていない。――ということは、衛士が乗っていない………無人機――?
それ以上のことは今ここでは調べようが無いため、気にはなるが機体の検証はこのくらいにしておく。

それよりも今は、早急に戦闘を停止させなきゃならない。横浜基地まで20kmを切ってる……ここらで食い止めないと基地にまで被害が出るかもしれないからな。
伊隅大尉の呼び掛けに返答がないため、このままだと実力で戦闘停止させることになるだろう。
パッと見た感じでもそれなりの数で戦闘をしているようで、見える範囲でもあちこちで爆発やら何やら起きている。これは骨が折れる仕事になりそうだ……
そんなことを考えていると、一向に呼びかけに応じなかった一団から、ようやく応答があった。

 『――帝国本土防衛軍帝都防衛戦術機甲連隊所属、沙霧尚哉大尉であります。国連軍機、応答願います』
 「――っ!?」

――なんで…なんで、アンタがココに居る?!
まるで想定していなかった事態に、俺の思考は一瞬フリーズしてしまった。
俺が密かに動揺している内に、伊隅大尉が沙霧大尉の返答に応じた。

 『こちらは国連軍横浜基地所属、伊隅大尉だ。直ちに戦闘を――』
 『そちらの防衛圏内で戦闘行為を行っていることは詫びる。だが、我々の話を――「沙霧大尉……」――っ!?』

フリーズから立ち直った俺は、思わず伊隅大尉と沙霧大尉の通真に割り込んでしまった。
それは咄嗟の行動ではあったが、面識のある俺が応対した方が、話が纏まりやすいのでは…と思った上での行動でもあった。

 『その声――白銀武!君か――?!』
 「はい――再会を喜びたいところですが、それどころじゃないですね」
 『あぁ……そうだな。まずは事情を説明したい。宜しいか?』
 「はい。ですが、出来れば手短にお願いします」
 「承知した――」

沙霧大尉からの説明を聞こうと、彼等に接近しようと機体を進めた。
すると、沙霧大尉たちに攻撃していた所属不明機は攻撃目標に俺たちも加えたのか、こちらにも攻撃を仕掛けてくるようになった。
速瀬中尉に仕掛けてきたときの動きを見た感じだと、それなりにイイ動きをする敵のようだった。

だけどまぁ…所詮あの程度、ヴァルキリーズの敵じゃない――



◇ ◇ ◇



沙霧大尉から説明を受けていた、わずか5分あまり。それも不明機との戦闘をしながらの説明だったが、大体の状況は掴めた。
とりあえず、クーデターじゃなかったことには安心したけど……キナ臭い事件だってのは同じか。
その説明後の沙霧、伊隅両大尉との短い協議の末、とにかく今は負傷者の収容が先と判断。
そこで宗像中尉と柏木を、負傷者を乗せている帝国軍の不知火3機の直援に回し、後退させることにした。

 『すまない……感謝する』
 「いえ――」

負傷者を乗せた帝国軍機が先行し、それを直援の2機が殿となって後退する。
横浜基地にはその旨を伝えてあるから、収容位置に衛生兵を待機させるだろう。

 『――行きます』
 「それと、戻ってくるときに補給物資を持ってきてもらえます?」
 『了解。では――』

宗像中尉の不知火は、こちらに向かって軽く手を上げ、帝国軍機の後ろについて後退していった。ここから基地まで10kmちょっと。
何事も無いと良いんだけど……万が一、向こうで何かあった場合に備えて手は打ってある。彼女たちを信じよう――

 『では、我々はここで後退を援護する。1機たりともここから後ろには通すなよ!』
 『『了解!!』』

気持ち良いくらいに揃った返事に、彼女たちが頼もしく思えた。

 『白銀大尉――奪われた撃震は我々で抑える。そちらは不明機を頼めるか?』
 「はい。その方が良いでしょう――色々とネガティブに取られないためにも」
 『あぁ――』

なんとなくだけど、沙霧大尉と俺は考えていることが同じのような気がする。
撃震を強奪させ、不明機を用意して追撃部隊と戦闘させる。そして戦域を拡大して、横浜基地も巻き込む。
そこを米軍によって制定させて、米国の復権の足掛かりにしようってか?帝国上層部に巣食ってる連中が考えそうな計画だな。悠陽の声明があった後だし…
――となると、この後米軍が出てくる可能性がある……?

それに、もしそういう計画なら帝都周辺で暴れた方が、効果がありそうなもんだけど…こっちの方まで戦域を広げる必要はないだろう。
沙霧大尉の話じゃ、撃震も不明機も追撃部隊をこっちに誘導するような動きだったらしい。
だけどまぁ、確認している限りじゃ敵さんが撃震が5機に、不明機が8機。沙霧大尉たちが1機、速瀬中尉が2機撃墜しているから、不明機は10機もいたことになる。
何があるか分からない以上、まだまだ予断を許さない状況だ。

 (っ――!!)

――?………なんだ、今の…一瞬だけだったが、鋭い痛みがこめかみを貫いた。
そして確信めいたものが脳裏をよぎる。

まだ………他にも、敵がいる――?



《Side of 晴子》


 『06(柏木)は先行。後ろは私が――』
 「了解です」

横浜基地までの護送を命じられた私と宗像中尉は、護衛対象を真ん中にした縦型の陣形で基地へと向かっていた。
色々と、不明な点が多い今回の任務だけど、軍人であるからには任務はこなさなきゃいけない。基地まで10kmを切った。
ほんの数分だけど気を引き締めていこう。護送の後は、また戻って戦闘になるだろうしね――先月の新潟のときみたいに、油断してピンチになるのはゴメンだよ。
――そういえば、他の部隊の戦術機がシステムトラブルで出撃不能になっているのに、どうして私たちの機体は大丈夫だったんだろ?

考えられるとすれば、やっぱりOSかな。
正規の部隊で、新OS“XM3”が配備されてるのは私たちだけ。XM3は、他の部隊には配備どころか、まだ公表すらされてないはず。
他の部隊との違いって言ったら、XM3と隊員の秘匿事項が多いことくらいのはず。
それなのに…



ビーッ!ビーッ!ビーッ!



考え事の途中(また考え事しちゃってたよ……まだまだだなぁ…)で、突然アラートが鳴った。

 「ロックオン警報――!どこからっ――!?」
 『――06!10時方向!』
 「――っ!!」

宗像中尉の示した方角を確認すると、新たに3つの機影を確認。敵さんは既に、こっちを捉えてたみたい――
護衛対象は咄嗟に回避機動に入り、宗像中尉がそれの前に出ようとしている。
私は機体を更に前に出して敵機を捕捉した。敵機までの距離はおよそ3km――このくらいの距離、当ててみせる!!
だけど、敵さんも良い動きをしてる。移動しながらじゃ、ちょっとキビしいかな~~…

 (――けっこう速いね……!でも――)

攻撃を回避しながらの精密射撃には限界がある。
そこで私は、片膝をついた狙撃体制を取った。

 『柏木!無理に狙わなくて良い――今は……!』
 「――ここで食い止めないと!基地まで10km無いんですよ!?」

言いながらの狙撃で、敵1機を行動不能に。
そして、こちらに突っ込んでこようとしていた残る敵機の動きを鈍らせる。

 『………ったく――私が援護する。お前は狙撃で仕留めろ――!』

一瞬だけ厳しい表情をした宗像中尉だったけど、ニヤリと笑って迎撃行動に入ってくれた。横浜基地の防衛設備が万全じゃない今、敵機を近づけさせるわけにはいかない。
私の狙撃の間に、満身創痍の帝国軍機は後退を再開。それに伴い、私も移動しながらの迎撃に入った。
敵機もそれを追う動きをするけど、宗像中尉と私の射撃で何とか足止めする。最初の狙撃で1機削って良かった――3機を相手にするのは、さすがにキツイ。
あの程度の機動、白銀大尉の機動に比べればなんてことないけど、やっぱり実戦と訓練は違う。
――っていうかさ、

 「なんでこの距離で敵が出て来るんだろ……」
 『――確かにオカシイな。この地点で新たに敵機が出てくるとは思わなかった』
 「ですよね。基地のレーダーに見つからないように潜んでられるなんて…」
 『あぁ――厄介な相手だ…っ!』

宗像中尉が動きの鈍っていた不明機に接近して長刀で斬り伏せた。これで残るは1機。
後退しながらではあるけど、敵国軍機も援護射撃をしてくれているから、楽に片付きそう。
気付けば、基地まで残り5kmを切ろうとしていた。
――危なかった……これ以上接近されたら、基地に被害が出ちゃう。

 『さっさと墜として後退するぞ――まだ向こうの戦闘は続いているんだからな』
 「了解!」

宗像中尉の言ったとおり通信からも、まだ白銀大尉たちの方の戦闘は継続していることが伝えられていた。
不明機の数は徐々に減らしているみたいで、撃震の鹵獲もまだ2機だけだが、制圧したと報告が入っている。

 『――ヴァルキリーマムより、ヴァルキリー03。第1格納庫にて負傷者収容の準備が完了。同じく補給コンテナの用意も出来ています』
 『――こちら03、了解』
 (ふぅ………ここを切り抜ければ、あとは全速で基地まで後退できるね――)

私は、涼宮中尉から諸々の準備が整ったことを知らせる通信が入り、少し気を抜いてしまったんだと思う……
――だから、後退する護衛対象がロックオンされていることに気付くのが、ほんの少しだけ、それでも致命的に遅かった…

 『――ぐっ!………がぁっ――!?』

進行方向(横浜基地方面) 左側から出現した敵を迎撃するために、私たちも左に展開していた逆を突かれた。
がら空きの右側面からの砲撃により、護衛対象1機が被弾。
跳躍ユニット及び脚部を損傷した様で、移動速度を殺しきれないまま地面に激突。沈黙した。

 「なっ!――どこから!?」
 『バカな……囲まれた、だと――!?』

護衛対象に損害を出してしまったことにショックを受ける暇も無かった。
砲撃してきた相手を探そうとレーダーに目をやると、そのレーダーに次々と赤い光点が増えて行く――

 「――え…なに、これ………?」

新たに現れた敵機は、横浜基地から約5~6kmのところで、放射状に展開している。その数、全部で11機。ここに来て、再び新手に遭遇するなんて……

 『ち――!06は無事な2機を連れて全速で下がれ!私が殿をやる――!!』
 「り、了解!!」
 『03より、00及び01へ――敵の新手が再び現れました!救援願います!』

宗像中尉は私へ支持を出した後、伊隅大尉たちへ救援要請を出した。

 『こちら01――既にそちらにB小隊が向かっている!』
 『――了解』

宗像中尉は冷静に状況を判断して伊隅大尉に報告していた。
それにしても、白銀大尉と速瀬中尉が既にこっちに向かってくれてるとは…素直にありがたいよ。
これだけの数を相手に戦闘しつつ後退すれば、ほぼ間違いなく基地を戦闘に巻き込む。そういう位置での接敵だから――



◇帝都◇ 《Side of 夕呼》


 「――ふ~ん、今はそんな状況なわけね」
 「みたいです」

帝都に滞在中にこんなことが起こるなんてね。
私は今、とある管制室に籠って鑑に情報を集めてもらっていた。
帝国軍基地から戦術機が強奪されたとかいう情報が入ったときは、面白いことが起きたわ~なんて思っていた。
それが、よもやこんな事態にまで発展するとは。

 「……で、これの本当の狙いは――」
 「はい――間違いなさそうです。囲まれちゃってますし」
 「そう。あの娘たちだけで大丈夫そう?」
 「外は大丈夫だと思います。それより中の方が大変そうですよ?」

なるほど。それもそうかもしれないわね。
昨日の時点で、鑑が向こうに居ればもっと早くこの件は終わっていたでしょうしね。もっと言えば、この件が起きなかった可能性すらある。
――ったく、連中も粋な事してくれるじゃないの。外堀を埋められないからって、いきなり本丸を狙ってくるなんて。
ふふふ――これを期に徹底的に叩いておけば、今後の愁いも一掃出来そうね。
用意してた計画が失敗して焦ったのかしら……ま、私たちの計画を邪魔して、ただで済むと思わないことね。
第5計画なんかを考えたことすら後悔させてやるわ。

 「鑑――ちょっと手伝ってあげなさい。外はほっといてもアイツが居るから大丈夫でしょうし。中の方をね」
 「分かりました!それじゃ、パパーっとやっちゃいます!」
 「えぇ、お願い。私は作業を再開させるから」
 「は~~い」

鑑が手を貸せば、今回の騒ぎは解決したも同然。私がやれることも今回は特にない。
信頼するに足る部下が居るから、安心して任せられる。頼んだわよ、白銀――



◇横浜基地周辺◇ 《Side of 美冴》


マズイな……
こちらに向かってくれているB小隊――白銀大尉と速瀬中尉が来るのは速くても数分かかる。私たちは基地に引くわけにはいかない。
私たちが引けば基地が巻き込まれてしまう。しかし、柏木は善戦しているが、何よりも護衛対象がもう限界だ。
この不明機たち、基地に向かおうとしているのか?………そういう動きをする。

 『――中尉!4時方向、2機……抜けようとしてます!!』
 「!…ち――」

考える暇もないとは――
ここを突破させるわけにはいかない。護衛対象だけでなく、後ろには私たちの帰る場所――家があるんだ。
絶対に行かせない――故郷を…今度こそ……

 『――帝国軍機、被弾!大破ではありませんが、戦闘継続は無理なようです!!』
 「……!」
 『中尉――このままでは……!』
 「――解っている!!」

思わず怒鳴ったことで、自分が取り乱しそうになっていることに気が付いた。
何をしているんだ、私は。こういうときこそ冷静にならなければいけないというのに…
こんなことでは、自分だけでなく回りも危険に晒してしまう。落ち着け――

 「……く………」

だが、落ち着いて状況を把握してみると、今自分たちが置かれている状況が、どれほど過酷なのかということを再認識するだけだった。

 (――どうすれば……どうすればいいんだっ!?)

完全な手詰まりに思えてしまった私は、対応が遅れてしまう。
その一瞬の迷いが、致命的なミスを生むのも、戦場だった……

 『――敵機、抜けます!』
 「っ――しまっ――……!」

無常にも、防衛の隙を突かれ、敵機が私たちの防衛ラインを抜けて行く。
――ダメなのか……?このまま黙って、基地が巻き込まれるのを見ているしかないのか?
そう考えてしまったとき――故郷の美しい風景が、炎の中に消えていく光景が蘇った。
その光景が、横浜基地やかけがえの無い仲間たちの影と重なって――

 「っ!――ぁ、あぁぁぁぁぁ……!!」
 『――!?中尉!?』
 「くっそぉぉぉぉぉぉ!!!!」
 『――応答してください!宗像中尉!!』

柏木の声が遠くに聞こえる。それに応える余裕は、今の私には無い。
後にして思えば、錯乱状態に陥ったのは、後にも先にもこの時だけだったと思う。

 「行かせるかぁぁぁぁ!!」
 『中尉!!無茶しないでください!宗像中尉!!』

抜けていった3機の不明機を追撃する。
水平噴射跳躍で一気に間合いを縮めようとするも、3機の内2機が私の行く手を阻む。
2機は連携して私の足止めをするように展開。

 「邪魔だっ!!!」

突撃砲(と思われる装備) で攻撃してくるが、その程度――当たるはずが無い。
攻撃を避けざまに敵機をロックオン……突撃砲を斉射。
1機は撃墜したが、そこで弾切れ。リロードしている時間すら惜しい今、私は突撃砲を捨ててもう1機へ突撃する。

 「――そこを、どけぇぇぇぇぇぇ!!」

追加装甲を正面に構えて体当たりし、敵機がバランスを崩したところへ短刀で攻撃を加える。
撃墜した敵機が崩れ落ちると同時に、追加装甲を排除し刺した短刀もそのままに、最後の1機を追う。

 「――……っ!」

しかし、僅かな時間ではあったが、足止めされていた分だけ離されてしまった。
そして私が防衛線を放棄して追撃したために、次々と敵機が進行してくる。柏木だけでは到底押さえきれる数では無い。それは必然だった。
たとえ前の敵機に追いついたとしても、他にも抜けられてしまっては、確実に横浜基地は被害を受けるだろう。

 「私は……っ――!」

最大戦速で追いかける不知火と、逃げる敵機の差は少しずつ縮まってはいるが、私は射撃兵装を捨ててしまっている。
残っている武装は、背負っている長刀1本と左腕に格納されている短刀のみ。敵機を倒すには接近するしかない。

追いかける不知火が、先を行く不明機へと届かぬ手を伸ばす。
届くはずが無いと分かっていながらも、敵を止めようと――






――その瞬間…その不明機の頭部が吹き飛び、続いて腕部、脚部と次々に吹き飛んだ。






四肢を失った不明機は成す術無く、地面へと沈む。

何が起きた……?咄嗟にレーダーを確認するが、付近に機影は無い。
だが、戦域マップを最大にすると機影はあった。



横浜基地の敷地内に、“UN207sqd”そして“JE RG19fli”という表示が――



[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第20話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2013/01/02 00:55
《Side of 壬姫》


 『良くやった珠瀬!!』
 「は、はい――ありがとうございます!」

狙撃が成功して、神宮司教官が褒めてくれた。
狙撃の前に教官から、あの不明機は無人機かもしれないという情報は聞かされていた。けど、その情報は確定じゃないそうだから、私は胸部を狙うことは出来なかった。
でも、基地が危険に晒されそうになっているのに、撃てないなんて言っていられない。
HSSTのときに決めたから――自分に出来ることはやろうって。だから四肢を狙って動きを止めることにしたんだけど…成功して良かった。

 『20700より207各機へ――05を中心にフォーメーションを組んで、接近してくる敵のみを狙え。無闇に突出するな!』
 『『了解!』』
 「了解!」

次の命令が下りたので、吹雪の狙撃体制を解いて立ち上がらせる。
そして私の前方に御剣さんと彩峰さんが出て、私の両脇少し前に榊さんと鎧衣さんが位置する。
神宮司教官は私の後方から、指示や援護をするみたい。これが私たちのフォーメーション。私が中央に位置して、長距離射撃により各機を援護する形。

 『――神宮司軍曹。我々はそちらの援護をする。宜しいな?』
 『は――援護、感謝いたします』
 『普段は我々が世話になっている身だ。このような場でしか恩を返せぬ故、気にしないで頂こう――』

私たちに随伴して出撃してくれている、斯衛軍第19独立警護小隊の月詠中尉から通信が入った。
斯衛軍が私たちの援護に入ってくれるなんて、信じられない。あの武御雷と並んで立っているなんて。
初めての実戦を、こんな形で経験することになるなんて思ってなかったけど、今は私たちしか戦えないんだからやるしかないよね……
もちろん緊張してるし、もの凄く怖いよ。怖くて怖くて逃げ出したい。でも、私たちの後ろには横浜基地がある。私たちのお家が。
だから私は逃げない。絶対に護るんだ――みんなの、私たちのお家を。



《Side of 武》


出撃前に手を打っといて良かった……
他の部隊がトラブルで出撃不能の中、俺たちだけには何のトラブルも無かったから、もしや……と思ったけど。
どうやら当たってそうだな、俺の考えは。
まさか不明機が、あの位置で現れて横浜基地に向かうとは思ってなかったけど。

 (――さっきの感覚を信じて後退して正解だったな)

あのタイミングで宗像中尉たちを追って後退を始めてたんだけど、それでも少し遅かった。
俺のミスだ……せめて3機で行かせれば――

 「速瀬中尉は柏木の援護を!宗像中尉には俺が――」
 『――了解!』
 「抜けてった何機かは207と斯衛でやってくれるでしょうから、無理に追わなくていいです」
 『後輩たちのお手並み拝見ね――』
 「心配いりませんよ。アイツらは強いですから」
 『アンタがそこまで言うからには、アテにさせてもらうわよ!』

そう言うと、速瀬中尉は俺と別れ柏木の方へ向かっていった。
柏木は動き回りながらも、未だキッチリ押さえてくれているようで、不明機を2機を相手に大立ち回りを演じている。
いつの間にか、あんなに動けるようになってんのな。あれなら佐渡島でも大丈夫だろう――と思う。

それよりも今は宗像中尉だ。
中尉の動きは精彩に欠け、フラフラと何処か頼りなく、本来護らなければならないはずの護衛対称に護られている。
何回か呼びかけているが応答が無いのも気になる。あのままでは下手をしたら撃墜されてしまうかもしれない。
こんな戦いで大切な人たちを傷つけさせてたまるか――

 「――応答してくれ宗像中尉!!」
 『………』
 「宗像中尉!!」

まるで何かに取り付かれたように不明機に向かって行く不知火。
闇雲に長刀を振るっているので接触するのに苦労したけど、何とか接触できた。
宗像中尉を捕まえたせいで、中尉が肉薄していた不明機を通すことになっちまったが、まりもちゃんたちを信じよう。
月詠さんたちも居るし大丈夫だろう……

 「――中尉!……返事をしてください!!」
 『……――………っく…はっぁ……』
 「!!」

上官権限で強制的に通信を開くと、網膜に映ったのは普段からは想像もつかない宗像中尉の姿だった。
宗像中尉は俯いているため、髪がかかって表情までは窺えないが、肩で大きく息をしている。
そして――その頬を一筋の雫が伝っているのを俺は見た。

 「………」
 『はぁ……はぁ………っ――』

そんな宗像中尉を見て、俺は何て声をかければ良いのか分からなかった。
だから、宗像中尉にはそれ以上声をかけずに、伊隅大尉に宗像中尉を連れて後退すると伝え、残る1機の護衛対象と横浜基地に向かった。



《Side of 沙霧》


 『――というわけで、もう少しだけ保たせてください』
 「了解した。重ね重ねだが……感謝する」
 『いえ。それでは――』

白銀との短い交信を終える。
後退させた3機の内2機を失ってしまったらしい。衛士の安否は不明。予期せぬ敵の出現であったため、仕方のないことだろう。生きてくれていれば良いが――
その際、白銀の方の僚機に問題が発生したそうで、その僚機とこちらの残る1機を連れて白銀は一旦下がるという話だった。
補給物資の提供を依頼していたが、それも遅れる。それに関して我々は文句を言える立場ではない。援護を受けているだけ有難いことだ。

 「残り2機だ――各機、気合を入れろ!」
 『『――了解』』

この付近の不明機は、情けないが白銀の所属する部隊に完全に任せている。この部隊、かなりの手練揃いのようだ。
どの機体も不明機の機動に翻弄されること無く不明機を撃墜している。これ程の部隊が存在していたとは。
そして、その部隊に“あの”白銀武も所属しているとはな……
兎も角、不明機という邪魔が入らなければ、撃震など敵ではない。
各個包囲、制圧を繰り返し、ようやく残り2機にまでなったところだ。この分ならば、この戦いも直に終わるだろう…

いや、終わらせねばならん――なんとしても。



《Side of 冥夜》


 「――はぁぁぁぁ!!」

敵の横浜基地への侵攻を阻止する。それが、我々207B衛士訓練小隊に与えられた任務だ。
こちらへ向かってきているのは、確認しているだけで6機。こちらは5機の吹雪と神宮司教官の撃震、月詠たちの武御雷4機という構成だ。
数では勝っているが、それだけで勝敗が決するほど甘くは無いということは、分かっているつもりだ。
私は鎧衣と、彩峰は榊、そして珠瀬は神宮司教官とそれぞれエレメントを組んで戦っている。
普段の訓練では、私は鑑とエレメントを組んでいるが、その鑑は不在。なので急遽、鎧衣とエレメントを組んでいるのだが、特に問題はない。

そういえば、敵と相対して感じたことがある――
敵の動きは確かに速いが、何処か機械的なところがあるのだ。
これは私の気のせいかも知れぬが、出撃時に知らされた敵が無人機であるという情報は正しいのではないか、と個人的には思っている。

 『――02(冥夜)、前に出すぎないで!!』
 「っ――!………す、すまぬ!」

しまった――熱くなりすぎた……
突っ込んできた敵機を突撃砲で迎え撃っていたら、思わず連携を無視した行動をしていた。
鎧衣の声で我に返り、フォーメーションを立て直そうとしたが、同じタイミングでこちらに敵機が迫ろうとしていることに気付いた。
私が追っていた敵機と、もう1機いる。鎧衣から離れてしまったせいで援護は期待できない…珠瀬を頼ろうにも、あちらはあちらで応戦中だ。
月詠たちも同じような状況。
もし――このまま応戦すれば、1機は倒せるかもしれない。だが、2機目にやられる可能性がある。どうする――!?
私が思考する僅かな間にも、状況は変わる。くっ――策は無いが出たとこ勝負で……

 『――20702!目の前のだけ狙え!!後ろのヤツは気にするな!』
 「――!」

突如入った通信。それも聞き覚えのある――いや、忘れるはずがない声。
私はそれに対する返事も忘れ、考え得る限り最良のパターンでの攻撃を仕掛ける――

 「やぁぁぁっ!!!」

そのパターンは何度も繰り返し練習してきた。その元々の使い手は先程の通信の主。
訓練中、彼の動きをトレースしているとき、このパターンだけは妙にしっくり来たのだ。
それから私は、そのパターンの習熟に特に力を入れていた。その甲斐あって、今では自分なりに使えていると思っている。これは、そういうパターンだ。負ける気などしない。
突撃砲は撹乱に、本命は長刀の全力抜刀からの袈裟斬り。XM3を得た吹雪の機動性なら、十分に不明機を追えた。
それに何よりも、こんな不明機より普段戦っている仮想敵の方が格段に強い。あの動きに目が慣れている私たちだ。この程度の不明機ごとき、追えぬはずが無い。


これは慢心ではない――確固たる“自信”だ。


目の前の不明機を撃墜し、その後方を確認すると、そちらの不明機は後ろから胴を真っ二つにされ爆散するところだった。
そして爆煙の中からは、長刀を携えた国連カラーの不知火が飛び出してきた。その不知火から通信が入る――

 『――良くやった冥夜』
 「タケ――…白銀大尉!!」
 『みんなも、あと少しだけ踏ん張ってくれ!』
 『『――了解!!』』

そして通信が切れると同時に、タケルの駆る不知火は私をフライパスして行った。
それに国連カラーの不知火と帝国軍カラーの不知火が1機ずつ続いた。おそらく負傷者の収容だろう。
タケルが後退した。ならば尚のこと、基地に近づかせるわけにはいかぬ――
私は更に戦いに集中することにした。まずは鎧衣とのフォーメーションを立て直さなくては………



《Side of 真那》


これほどとは――

援護するとは言ったが、果たしてその必要があるのか……そう思ってしまうような戦いぶりだ。
先日のシミュレーションで仮想敵として戦ったが、今の冥夜様たちの動きはそれを凌駕している。彼女たちの動きは、私も目を見張るものがあるのだ。
それに比べると我々は、まだXM3を使いこなすには及んでいないことがはっきりと理解できた。
私は己の未熟さを思い知り、今後はより一層訓練に力を入れようと決意を新たにした。

しかし――武殿にはどれ程感謝しても感謝しきれん。
彼のあずかり知らぬところではあったが、我々がXM3を実装できたのは武殿のおかげだ。今回の出撃も、武殿の口添えがあったからこそ。
そして何よりも、冥夜様が御強くなられた。武殿が行方を晦ませてからの冥夜様は、見るに耐えないほど傷悴し切った時期もあったのだ。
悠陽様とは違った道で武殿を探すと決意され、国連軍に入隊してからは徐々に回復していたが、それでもかつてのお姿を取り戻すには至っていなかった。
そんな冥夜様を、影から支えることしか出来ぬ己が身上を呪ったし、突然姿を晦ませた武殿を怨んだ時期もあった。無論、今はそのようなこと微塵も思っていない。
数々のご恩に報いるには、出来ることをやっていくしかあるまい。

さし当たっては、冥夜様たちの援護をし、目前の脅威を取り除くことだ――



《Side of 武》


冥夜たちの奮闘に頼りながら、なんとか横浜基地までたどり着き、収容された負傷者が搬送されていくのを見送る。
全機ここまで連れてこれなかったことが悔しい――だけど、まだ死んだって決まったわけじゃないから、早く救助すれば助けられる可能性がある。
俺はすぐに、用意してもらっていた補給用のドロップタンクを装備して、沙霧大尉たちのところへ向かおうとした。
一緒に後退した宗像中尉は、ここで待機させて――

 「それじゃ俺は行きます――」

合流してからここに至るまで、宗像中尉は一度も口を開いていない。俺も返事を期待してなかったので、そのまま再出撃しようとしたが……

 『――………』
 「?――中尉?」

微かに声が聞こえた。
よく聞き取れなかった俺は聞き返す。

 『――私も行きます……』
 「!だけど、その状態じゃ――」
 『もう…大丈夫です』

さっきまでの状態を見れば、本当なら止めるのが正しいんだろう。
でも今、俺の網膜に映っている宗像中尉の表情は、先程までとは打って変わって、その瞳からは強い意志を感じた。
そんな目をされちゃ、待っててくれなんて言えるはずが無い。だから、俺はこう言った――

 「――なら、絶対に俺から離れないでください」
 『あぁ………離れない。絶対に――』

宗像中尉は疲れ切った表情ながらも俺の言葉に笑って返してくれた。
だから俺は信じる。

 「行きましょう――」
 『了解…!』

俺が再び横浜基地を飛び出してから間もなく、HQから基地システムが回復したとの通信が入った。
それに伴い、各方面との通信と出撃不能だった全部隊も復活。横浜基地は完全に復旧した。
そして、俺たちが伊隅大尉や沙霧大尉のところに戻る頃には戦闘は終息。


この事件は一先ずの終結を迎えた――



12月4日 (火) 深夜 ◇帝都◇ 《Side of 夕呼》


多少の損害は覚悟していたけれど、どうやら損害無しで切り抜けられたようね。
まったく――鑑が居て本当に良かったわ。それに白銀も。
さて、鑑に調べてもらった今回の事件のあらましを整理しようかしら……

今回の事件は先月中頃、私が米国からXG-70を接収したところから始まる。
接収の話を強引にまとめたことで、オルタネイティヴ第4計画が進行していると踏んだ米国の狸が、とある計画を思いついた。
それは、もし成功すれば敵対している勢力を、完全に黙らせることが出来るものだった。
それがHSST落下事件。横浜基地に大打撃を与え、第4計画の遅延を理由に第5計画に移行させるというものだった。
しかし、その作戦は失敗。横浜基地は損害を受けずに健在。

加えてもう一つある。
HSST落下と同じ時期、日本でクーデターが起こるはずだった。しかし、それも何らかの理由で阻止され、それ乗じた極東への再進出という目論見も潰れてしまった。
ここまで全ての作戦が悉く失敗して、相当焦っていたんでしょうね………
日本政府に巣食い、政威大将軍への復権を望まずに、クーデターを裏から扇動していた連中の中には、第4計画反対派と第5計画推進派がいた。
自らの利益のみを考えているような腐った連中だ。利益さえあれば、どんな奴とでも手を組む。

今回の場合、その相手は国連内部の第5計画推進派と、その総本山“米国”だった。
互いの利害は完全に一致。そこで次の計画が考えられた。彼等が望むのは2つ――
オルタネイティヴ第4計画の阻止と、米国の極東への再進出。
これらを成すためには、現日本政府と国連横浜基地は邪魔な存在だった。どちらも手っ取り早く陥れるには、帝都で騒乱を起こすのが良い。
しかしクーデターの阻止以来、監視は厳重になっていて、事を起こす前に計画が発覚してしまう恐れがあった。
そこで彼等は、狙いを横浜基地へと変えた――

 「ふぅ……」

ここで一息。
私はキャットウォークの手すりに寄りかかって、熱いコーヒーを啜る。
そして階下に見える“それ”を眺めた。殿下の協力もあり、形に成り始めた“それ”は少し暗めの照明の灯りを受け、鈍く輝いていた。

さて、続けましょうか――
そして目標を横浜基地へと変えた狸共には、HSST落下以前から日本帝国軍で廃棄処分等になった戦術機を秘密裏に集め、米国の技術で改修させた機体があった。
米国が得意とする技術…すなわち対人戦を想定した徹底改修。それで横浜基地を襲撃、大打撃を与えようと考えた。
本来、この改修した機体は、クーデターで使用されるはずだったようだけど…計画が潰れて使い道が無かったんでしょうね……
もちろん、その戦闘は米軍を引き入れる口実でもある。しかし、集められた戦力は少なかった。
たとえ無人化して機動性を上げていたとしても、正面から襲撃すれば間違いなく返り討ちにあってしまう。



そこで奴等は、横浜基地のシステムをハッキングし、ウィルスを流した――



作戦の第一段階では、防衛システムにトラブルを起こして監視体制に穴を開ける。その隙に改修した機体を横浜基地の周辺に配置。
第二段階は、帝国軍から戦術機を強奪し横浜へと向かう。強奪機体を追う追撃部隊をも横浜へと誘導する。
横浜基地襲撃は帝国軍の仕業と思わせ、誘導してきた帝国軍と改修した戦術機を戦闘させ、その戦闘で横浜基地を巻き込む。
第三段階では、横浜基地は前述のウィルスにより、防衛システムが壊滅。戦術機甲部隊も出撃できず、基地施設への損害を出す。
そして第四段階。ここでようやく米軍が出動。事態を収束させる。
しかし横浜基地は甚大な被害を受け、オルタネイティヴ第4計画は頓挫。帝国軍に不信感を抱かせ、その監視の名目で米軍を引き入れる。

これが連中の描いたシナリオ。
鑑に調べてもらったところ、確かに昨日――っと、もう一昨日ね――12月2日の未明に基地システムへの、外部からのハッキングが認められた。
おそらくその時にウィルスを流されていたんでしょうね。このとき横浜基地ではトラブルが起きていたようだけど、ハッキングを受けたと気付いた者はいなかった。
そして作戦を開始してから、改修機に搭載したジャミング装置で、交信不能になった帝国軍を横浜基地までおびき寄せる所までは順調だった。
だけど、連中の計画には大きな弱点があった。





それが“XM3”であり、“鑑純夏”という存在――





どちらも第4計画の極秘事項で、公にはされていない。
従来のOSを搭載した戦術機は、ウィルスにより出撃不能に陥ってしまったものの、XM3搭載型の機体は全機出撃可能だった。
メインコンピューターを換装し、セキュリティも強化されていたが故の事。それに加え、XM3を搭載している部隊は私の懐刀。
従来の技術の延長で改修した機体など敵じゃない。更にタイミングの良いことに、横浜に駐留している斯衛の武御雷へも搭載した後だった。

 ――ふふふ……それらを相手にして勝てると思う?

そして鑑純夏。
人間の身体に量子電導脳を持つ、特異な少女。00ユニットとしては不完全なれど、完全無欠の存在。
鑑は、ここから横浜基地へとアクセスし、全てのウィルスを除去。基地機能をあっという間に回復させてしまった。
これらの要因により米軍が出撃する間もなく事態は収束。

今頃、連中は慌てていることでしょうね。
出撃できる機体など無いはずの横浜基地から、20機近い戦術機が出撃してきた上に、襲撃部隊は全滅。
システムトラブルを起こしていたはずの横浜基地も完全に復旧してしまい、米軍の出る幕も無かったのだから――

 「回収した敵の機体の分析と、邪魔者を一掃して終わり、かしらね……」

それが面倒なんだけど……とりあえず一度、横浜に戻ったほうが良いわね。
鑑が集めてくれた、これらの情報があるけれど、やっぱり直接見ないと分からないこともある。
――ったく、仕事を増やしてくれちゃってまぁ…
大した手間じゃないけど、余計な事で時間を取られるのは腹立たしいわね…………



朝 ◇横浜基地◇ 《Side of 沙霧》


事態が収束したのが深夜だったため、我々は横浜基地で一夜を明かした。
戦闘中、横浜の部隊と交信が可能になったのと、ほぼ時を同じくしてHQとの通信も回復していた。
我々が交信不能に陥ってしまったため、後追いの部隊を出撃させていたらしく、その部隊との合流を待ってから横浜基地へと向かった。
負傷者を乗せていた3機の内、撃墜されてしまった2機の衛士は、奇跡的に無事だった。
それらに乗っていた負傷者も一命をとりとめ、我々より一足先に帝都へと帰還した。今頃は病院のベッドの上だろう――

撃墜して回収した不明機は、帝国軍と国連軍が共同で解析するそうだ。撃震を強奪した連中は精査の上、然るべき処罰が下される。
この連中の中には自殺をはかろうとした者もいたが、それは阻止して今は拘束してある。
この事件の黒幕も、事後調査で明らかになるだろう――

 「――また世話になったな、白銀大尉」

そして今朝。帝都へ戻る時間になり、基地の正門まで見送りに出てくれた白銀武に礼を言った。

 「初めに情報が入ったときは、クーデターが起きたかと思いましたよ」
 「ふ――耳が痛いな」
 「沙霧大尉たちと戦うことにならなくて良かったです」
 「それはこちらの台詞だ――私としても貴官等とは戦いたくはないな……」

これは私の偽らざる思いだ。
私たちがてこずっていた敵を、いとも容易く撃破してしまう程の技量を持つ衛士たちだ。戦場で敵として遭いたくは無い。

 「ははは――少し特殊ですからね、ウチは」

あれで少し、とはな…まったく――底が知れん男だ。
あの力が以前この男が言っていた、護りたいものを護る――という目的のための力なのだろう。あれ程の力を必要とする戦場で戦っているのか、この男は……
私も精進せねば――

 「何にせよ、世話になった。部下共々、礼を言わせてもらう」
 「こちらこそ――」

そう言って私が手を差し出すと、白銀も快く応じてくれた。

 「帝都に来ることがあれば声をかけてくれ。一杯奢ろう――」
 「分かりました。楽しみにしときます」
 「――あぁ、では失礼する」

最後は互いに敬礼で締め、私はようやく帝都への帰路へついた。
帰ったら報告書など、色々とやることがある。昨夜はあまり休めなかったから、今の内に休んでおくとしよう。
そして私は、輸送車に揺られながら瞼を下ろした――



◇正門前桜並木◇ 《Side of 武》


 「ふぁ~~~~~あ………ねみぃ…」

沙霧大尉を見送ったあと、何となく此処へ来てみたんだけど…昨夜のこともあって、あまり寝てないので大きな欠伸が出た。
今日はA-01も207Bも休日になったので、みんな休んでいる頃だろう。俺も戻って休みたいんだけど、その前に――

 「報告に来ました――っと……」

俺は桜の木の前に立って、軽く敬礼した。
今回の事件は、俺の記憶に無い新しい出来事だったわけで。
それをA-01、207B共に全員で無事に切り抜けられたって事を報告しに来たわけだ。

 「クーデターの変わりに、こんな事が起こるなんてな…」

事件の規模だけで言えば、12・5事件程では無かったと思うけど、横浜基地を巻き込む戦闘だったから、かなり緊迫していた。
基地が損害を受ければ、最悪オルタネイティヴ第4計画の失敗に繋がる可能性だってあった。
あぁ――そうか……もしかしたら、この事件の黒幕はそれが狙いだったのかもしれないな………

 「予想外の出来事だったけど、全員無事に切り抜けられました――」

12月は勝負の月だとは思ってたけど、初っ端からコレだ。

 「次に来るのは冥夜たちが無事に任官したら、かな……」

トライアルがあるはずだけど、アイツらがこの調子で伸びていけば大丈夫なはずだ。
とりあえず今は、これ以上余計なことが起きないことを願うしかない。
佐渡島とオリジナルハイヴを攻略するまで躓いてはいられない……もう絶対に、誰も失いたくないから――

 「それじゃ、また来ます――」

俺は一度だけ桜の木をそっと撫でて、来た道を引き返した。
戻ったら寝よう……



[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第21話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2013/01/02 00:57
12月4日 (火) 午後 ◇横浜基地・PX◇ 《Side of 祷子》


昨夜の激闘を経て、本日は特別休暇となったわけなのですが…

 「うば~~~~~~~~~~~」

戦闘自体は短時間でしたので、一度ゆっくり眠ってしまえば回復してしまい、今はPXに集まり寛いでいるところです。
なんとなくPXに来てしまうのは皆さん同じのようで、いつの間にかヴァルキリーズ全員が揃っていました。ヴァルキリーズで貸しきり状態のPXで各々、自由に寛いでいます。
ちなみに、この妙な鳴き声?は以前、白銀大尉に教えて頂いたもので、速瀬中尉が気に入って使っています。

 「――」

私の正面に座って、静かにお茶を啜っている美冴さんの様子を窺ってみました。
美冴さんは昨日の戦闘で、少々取り乱した様子だったそうなので心配していたのですが、今の様子を見る限りでは大丈夫そうです。
どこか今までと、雰囲気が違うような気もしますけれど………

 「祷子――?」
 「!――は、はい?!」
 「どうしたんだ?私の顔をジッと見て」
 「い、いえ――何でもありませんわ」
 「そうか――」
 「うば~~~~~~~~~~~」

様子を窺ったまま考え事をしてしまったため、美冴さんに気付かれてしまいました。
咄嗟に誤魔化したのですが、美冴さんは深く追求することなく再び寛いでいるようです。
……いつもなら必ずからかいの言葉が来るはずなのですが…どういうわけか今日はそれがありません。
別に、からかわれたいと思っているわけではありませんが、何か物足りなく感じてしまうのは何故なのでしょう?

 「あ――!白銀大尉ぃ~~!!」

突然、涼宮少尉がPXの入り口の方へ向かって手を振り、その声で皆の視線が入り口に集中しました。
呼ばれた白銀大尉は、こちらに手を振り替えし飲み物を取ってからこちらへ来ます。その間、美冴さんはそちらを見ずにお茶を啜っていました。
――ですが、その名前が呼ばれたとき、美冴さんの肩がピクッと小さく反応していたことに気付いてしまったのです。
その様子が気になってしまい、今度こそ気付かれないように美冴さんの様子を観察したのですが、普段とは違って落ち着きが無いように見えます。
先程までは落ち着いていたように見えましたが、白銀大尉がいらした辺りからソワソワしています。
………美冴さんの様子、白銀大尉と何か関係があるのでしょうか?



《Side of武》


部屋に戻ってからベッドに倒れこんだら、次に目を開けたときにはちょうど昼くらいだった。
それから先に207の方に顔を出して様子を見てきたんだけど、ケアは特に必要なさそうだったので、アイツらと一緒に飯を食ってからこっちに来たわけだ。
こっちのPXには見慣れた顔しかいない。他の部隊は昨日の事もあって、基地周辺の警戒や事後処理に追われてるんだろう。

 「おはよーございます」
 「あぁ――まぁ、昼もとっくに過ぎてるが」
 「なはは…今日初めての挨拶ってことで」
 「うば~~~~~~~~~~~」

伊隅大尉から突っ込みを受けつつ、定位置となっている席に腰を下ろした。
そこからみんなを見回すと、こちらも特に変わった様子は無く、各々が思い思いにノンビリ過ごしていたようだった。
おかしいと言えば、速瀬中尉がだらけているくらいだろう。
伊隅ヴァルキリーズが誇る突撃前衛長が、テーブルに突っ伏して「うば~~~~~~~」とか言ってるのは見なかったことにしよう……

 「今まで寝ていたのか?」
 「いえ――昼ちょっと前には起きてましたよ。それから207の様子を見てきたんで」
 「あら、そうだったの」

肩をすくめて笑う伊隅大尉。この人がこんなに柔らかく笑うのは珍しい…相当リラックスしてるみたいだ。
――っていうか、なんでちょっと残念そうなんでしょうか?

 「うば~~~~~~~~~~~」
 「……みんな、疲れ取れました?」
 「「――」」

――という俺の問いかけに、みんなそれぞれ返事をくれた。

 「うば~~~~~~~~~~~」
 「あぁ、そうだ。沙霧大尉たちは朝一で帰りました」
 「聞いたよ。すまなかったな、向こうとの折衝をお前に一任してしまって…」
 「気にしないでください。顔見知りが居たんで楽でしたし」

沙霧大尉と顔見知りって事は戦闘中の会話でバレてたから、半ば無理矢理押し付けられたようなもんだったけど、案外簡単だった。
もっと面倒くさい手続きやら何やらをやらされると思っていたから、嬉しい誤算だったけど。

 「うば~~~~~~~~~~~」

………そろそろ突っ込むべきか?いつもなら宗像中尉あたりが突っ込んでるはずだよな。
そう思って宗像中尉の方を向くと、ちょうど目が合った。合ったんだけど……

 「――!………」
 「?」
 「うば~~~~~~~~~~~」

目を逸らされてしまった。俺、なんかした…?
宗像中尉は目を逸らしたあとも、チラチラとこっちを窺っては俺と目が合うとすぐにまた逸らす。
そんなやりとりを少しだけ繰り返したんだけど、宗像中尉らしからぬ行動にどうにも調子が狂う。それと中尉の顔が、ちょっと赤いような気がするのは気のせい?

 「あの…宗像中尉?」
 「――はぃ――っ!?」

俺が声をかけると、中尉から返ってきたのは裏返った声と、それに慌てた様子の何とも珍しい表情だった。
こう言っちゃなんだけど、すっげー可愛いっす。
何を言われるか分からないんで本人には言わないけど。

 「大丈夫っすか?」
 「あ、あぁ――大丈夫だよ…」
 「美冴さん……」
 「…うば~~~~~~~~~~~」
 「コホン――それで、なんでしょう?」

居住まいを正し何事も無かったかのように、改めてこちらを向いた宗像中尉。だけど、その頬が紅潮しているのは隠しようが無い。
本人もそれを自覚しているのか、勤めて平静を保とうとしているようだ。

 「あー……いや、その――昨日はアレから、ろくに話せなかったんで大丈夫だったかな、と――」
 「そのことでしたら問題ありません。ご迷惑をおかけしました――」
 「気にしないください。問題無いなら良いんです」

ちょっと様子が変だと思ったのは、俺の気にしすぎか。
本人が大丈夫と言っているんだから、それを信じよう――あの時の宗像中尉の涙…あんな涙を流させちゃダメだ……
宗像中尉にも、もちろん他のみんなにも。あんな悲しい表情をさせちゃダメなんだ。

 「そうだ、大尉――」
 「はい?」

パッと表情を変えると、真面目な顔に見えてそうじゃない顔になった宗像中尉が――

 「あの命令は、以後も必ず実行させてもらうよ」
 「うば~~~~~~~~~~?」
 「?――俺、なんか言いましたっけ?」
 「酷いな……忘れてしまったんですか――あんなに強く命令してきたというのに」

真面目な表情から一転、少しだけ顔を伏せ上目使いで悲しそうな表情をする宗像中尉。――って、ちょっと待て。
俺、宗像中尉に命令したか?全く身に覚えが無いんですが…

 「絶対に俺から離れるな――と。そう命令したじゃないですか」
 「「――!?」」
 「えぇ!?い、いや――あれは…!」

宗像中尉の爆弾発言で、みんなの視線が一斉に突き刺さった。
その視線が、怖いくらいに鋭い気がするのは何故でしょうか………?

 「ほぉ~~~~~…白銀大尉は宗像にそんな命令を出してたの……」
 「うおっ!――喋った!?」

それまで「うば~~」としか言わなかった速瀬中尉が、突然会話に入ってきてジト~っとした目で俺を見ている。

 「ち、ちょっと待ってください!――アレはそういう意味じゃ――」
 「そういう意味って……?」
 「うぇ!?――いや、それは…その~~………」
 「「―――」」

しまった、失言だったかも……速瀬中尉の目が、どういう意味よ――と無言のプレッシャーをバシバシ飛ばしてきている。
怖くて目なんか合わせられません。

――ヤバイ。

墓穴を掘ってる自分しか想像できないって、どーなのよ。
どうしよう…どう答えても曲解される気がする。こうなったら開き直ってみるか?
いや、ダメだ……倍返しの返り討ちを喰らうだけだ。四面楚歌ってこういう事なのか…

 「えーとですね……つまり――」
 「「――つまり?」」
 「……もうこれ以上、大切な人が居なくなるのは嫌なんです――」

俺の言葉に、みんな目を丸くして誰も何も言わない。そこで俺は自分が言った言葉を、頭の中で反芻してみた。
――アレ…大切な人って誤解を招きすぎる言い方じゃね?

 「――今の無し!無しで!!大切な人ってのはですね、ほら――戦友っていうか、仲間っていうか…」
 「「………」」
 「ともかく、そんな感じの意味で――」
 「…白銀大尉は――」

テンパっている俺のワケの分からない言い訳を、みんなは何か考えるように黙って聞いていたけど、そんな中宗像中尉が唐突に口を開いた。
こんな状況を作り出した張本人の再登場なだけに、俺は必要以上に身構えて、続く言葉を待った。

 「――は、はい?」
 「ここに来る前は、どんな所に居たんです?」
 「え――」

そして俺は、その内容に俺は言葉を失った。

 「…そういえば聞いたことが無かったな、と思いまして」
 「そういえばそうかも」
 「無理に聞き出すことではないと思いますが、気にはなりますね」
 「ですね!天才衛士の過去――聞いてみたいな~~」

宗像中尉の質問を皮切りに、次々と疑問を口に出すヴァルキリーズの皆さん。それに対し俺は、言葉を失ったまま固まっている。
その疑問になんて答えようか考えているんだけど、なかなか良い答えが浮かばない。
そうして黙っている俺を気遣ったのか、伊隅大尉が矢継ぎ早の質問を止めてくれた。

 「機密の問題などもあるだろうから、そのくらいにしておけ――」
 「「は~~い……」」
 「はは――すみません伊隅大尉…」
 「気にするな」
 「話せないわけじゃないんです。ただ――」

………みんなの事だから。

 「――いつか話します…今すぐはムリですけど。いつか必ず――」
 「あぁ――気長に待ってるよ」

それから居た堪らなくなった俺は、用事あると嘘をつきPXを後にした。
話せないわけじゃない。本人たちを前にして話すには、俺の心の準備がいるだけだ。
前の世界の事とはいえ、目の前に本人がいるのに、その人たちが死んでいったことを話すのは抵抗があった。

それだけ………それだけだよ――



《Side of 美冴》


私は、去って行く白銀の後姿を見送りながら、悪いことをしたかな――と、内心後悔した。
彼の過去は、興味本位で聞いていいモノでは無かったようだ。
その疑問は、昨日の戦闘中の言葉や先程の“大切な人”という彼の言葉で、何故か照れてしまった私の些細な照れ隠しのつもりだった。
しかし、彼にとってはそれなりに重要なことだったのかもしれない。
白銀が配属されてきてからは、XM3の配備や新潟への出撃などイベントに事欠かなかったので、すっかり聞く機会を逃してしまっていた彼の過去。

気にならないと言えば嘘になる。
彼ほどの衛士がどんな戦場に身を置いていたのか、そんな彼の周りにはどんな人たちが居たのか――知りたいことを挙げたらキリがない。
何かと話題になる人物のくせに、その過去は一切不明という謎に満ちた少年。
涼宮妹たちと同い年ながら類稀なる操縦技術を持ち、大尉という階級。そして彼が考案した新OSは、従来の戦術機運用を根底から覆した。
彼がどんな生き方をしてきたのか、同僚の衛士として、また1人の女として知りたい――そう思う。

 (――私もついに毒されたかな……)

以前は、気になるというより、面白いヤツという認識だったはずなんだが………昨日のアレが決定的だったかもしれない。
自分でも、何てベタなんだと思っているよ。だが何と言おうと、惹かれてしまったのだから仕方ない。それに、この隊で彼に惹かれているのは私だけではないのだしね――
……こうして考えれば考えるほど、どんどんヤツのことが気になっていく。過去のことも、一度口に出してしまったせいか、知りたいという気持ちが募っている。
ただでさえ、ここのところの不調を心配していたところにこれだ――参ったね。

それはさておき、昨日の戦闘ではみっともないところを見せてしまった。まさか、あの光景がフラッシュバックしてくるとは思わなかったよ。
自分で思っている以上に、私はこの場所が気に入っているようだ。失ったものも数多くあるが、それ以上に得たものがある。
掛け替えの無い仲間や、惹かれたヤツがいる、護るべき場所――

“あの人”には手紙でも書こうかと思う。随分と連絡を取っていなかったが、最後に手紙を出してみるのも良いだろう。
私はここで生きる。だが、故郷を取り戻すことを諦めたわけじゃない。
アイツが居るこの場所で、私は――

そうそう――これは少し後のことになるんだが、隊規に新たな一文が加えられることになる。
本人のあずかり知らぬところで、“白銀から絶対に離れない”という暗黙の隊規がね――



◇横浜基地・兵舎屋上◇ 《Side of 慧》


初めての実戦から一夜明けた。……もう午後だけどさ。
思ったより落ち着いてるな、と自分では思う。戦闘の最中は緊張しっぱなしだったけど、終わって一晩ぐっすり寝たら、ずいぶん落ち着いた。
戦闘時間が短かったっていうのがあるのかもしれないけど、相手が無人機ということで訓練の延長線…のような感じ?みたいな気分?だった。
――ま、死ななかったからオッケーだよね。

無人の戦術機が相手でも、実戦は実戦……まさか訓練兵で実戦を経験するとは思ってなかった。そして、その実戦から全員が無事に生還できて良かった。
これも普段の訓練の賜物。2人の教官のおかげだね。その教官たちは戦闘中、普段とは違った雰囲気で私たちを支えてくれた。白銀大尉は一瞬だったけどね――
白銀大尉とは今日の昼ご飯のときに顔を合わせた。戦闘中は離れていたけど、私たちのことを気にかけてくれていたみたいで、私たちの戦いぶりを褒めてくれた。
自分の方が大変なはずなのに、私たちのことを見ててくれるとは。やるね――

そーいえば、ちょっと小耳に挟んだんだけど、帝国軍側の指揮官は“あの人”だったらしいね。
こんなところで出会うとは――まぁ実際には会ってないけど。
向こうも、昨日の戦闘に参加してたとは思わないだろうね。

フェンスの上から遠くを見渡すと、周辺警戒中の機影がチラホラと見える。
正規兵の皆さんが、昨日働けなかった分、力を入れて警戒してるのかな。お疲れ様だね。
――おっと……日が傾いて寒くなってきた。そろそろ戻ろう。



12月5日 (水) 午前 ◇横浜基地◇ 《Side of 純夏》


久しぶりに帰ってきた横浜基地。えっと………5日ぶり、かな?
たった数日なのに、なんとなく基地全体の雰囲気が前とは違うような気がするよ。
一昨日の夜にあった横浜基地襲撃事件――基地施設とかへの損害は無かった。でも、基地のすぐ目の前まで戦場になっちゃって、基地は大慌てだったみたい。
戦術機は出撃できないし、防衛設備は機能しないんじゃ、慌てるのも当然だよね。
ウィルスのせいだったとは言っても、本当に危なかったのは間違いなんだしね。

 「――タケルちゃんはどこかな~~~っと………」

司令室に行く香月博士と一旦別れて、私はタケルちゃんに会いに行くために、“力”を使って現在位置を探査した。
ほんの少しだけ時間を要したけれど、ちゃんとタケルちゃんを見つけられた。
タケルちゃんは今、戦術機ハンガーに居るみたい――



◇戦術機ハンガー◇


――って事で、ハンガーにやってきました!
おぉ~~、不知火がいっぱいあるよ。不知火は整備中みたいだね…整備班の皆さんが走り回ってるよ。ご苦労様です。
さてさて、お目当ての人は何処にいるのかな………
辺りをキョロキョロと見回しながら歩いていくと、探し人はハンガーの端の方でキャットウォークに寄りかかって、ボーっと作業を見てる。
心此処にあらずっていうか……魂が抜けてるっていうか……なんか元気ないぞ、タケルちゃん。
う~~ん、なんて話しかけようかな?

あ!……………うしし。良いこと思いついた!

そ~っと気付かれないように、タケルちゃんの後ろから近づいて――

 「――だぁ~~れだっ!?」
 「ぬぁっ!?」

定番?だけど、後ろから目を覆って驚かせてみました。思いのほか、タケルちゃんが前屈みだったから飛びつく感じになっちゃったけど、まぁ良いよね。
タケルちゃんは思惑通り驚いてくれたみたい。大成功!!やったね!

 「す、純夏!?おま――」
 「やっほ~~!久しぶりタケルちゃん!!」
 「コノヤロー………久しぶりの挨拶がコレかよ……」
 「あははは――たまにはこういうのも良いかと思って」
 「はぁ~~~~~」

タケルちゃんの首に腕を回してぶら下がりながらそう言うと、タケルちゃんは大きな溜息を吐いた。
期待してた反応とはちょっと違ってたけど、タケルちゃんに意識はこっちに戻ってきたみたいで良かった。

 「純夏、そろそろ降りろよ……」

少しの間、タケルちゃんの背中にぶら下がっていたら、タケルちゃんが背中を揺らしながらそんなことを言ってきた。
だけど私は、首に回している腕に少しだけ力を籠めて――

 「もうちょっとだけ、ね?」
 「――ったく、しょうがねぇなぁ………」
 「んふふ~~~~」

背中越しでちゃんと見えないけど、タケルちゃんは苦笑しつつも穏やかな表情をしてると思う。
私もそれを感じて、タケルちゃんの背中に顔をうずめて目を閉じた。

落ち着く――

お仕事だから仕方ないけど、本当はずっと一緒に居たい。やっぱり離れ離れは嫌。
今やってる事はタケルちゃんのための事だから、そんなこと言っていられないんだけどね…
とりあえず今はタケルちゃん分を吸収~~~~………ん~~~~~~――

 「――ん。ありがと、タケルちゃん」
 「は~~……おもk――」
 「ふんぬっ!!」
 「――の゛っ!?」

タケルちゃんが何か失礼なことを言おうとしてたみたいだけど、わき腹に一撃入れて言う前に黙らせた。
ふんだ!失礼しちゃうよ、まったく。
それにしても、タケルちゃんは私が来るまで何を考えてたのかな?――もしかして例の違和感の事?
一昨日は実戦だったし、また何か変化があったのかも…心配だなぁ~~。でも心配だからって“見る”のはちょっと……
う~~ん………どうしよう――





スパ~~~~ンッ!!!





 「――あいたぁ~~~!?」

突如、脳天に走る衝撃――目から星が飛び出し、私はその場でうずくまる。

 「いてーじゃねぇか純夏!」
 「――それはこっちの台詞だよ!私がバカになったらどーすんのさ!?」
 「お前はもとからバカだろうがっ!」
 「なにを~~~!だいたいタケルちゃんは――!!」
 「それを言うならオマエが――!!」

頭を押さえながら立ち上がった私は、同じくわき腹を押さえているタケルちゃんと、ギャーギャー言い争いを始めた。
この後しばらく2人で言い争っていたけど、ふと冷静になったときには、お互い何で言い争ってたのか覚えて無かったよ………何やってんだろうね、私たち。
それから私は、午前中の訓練をサボってたらしいタケルちゃんを引き連れて、香月博士の所に向かった。
博士のところに行った後は、207のみんなの所に行こう――しばらく会ってなかったから、みんなにも会いたい。
後から思い出したけど、タケルちゃんを“見る”って考えてたことも、すっかり忘れてたよ……



午後 ◇夕呼執務室◇ 《Side of 夕呼》


基地の現状を確認したところ、特に問題は見られないようだった。
鑑による総チェックでも異常は発見されず、これで横浜基地は完全に復旧したと言っても良いでしょう。
あとは襲撃してきた機体の調査と、事件の黒幕のあぶり出しね。まぁ、これもすぐに終わるでしょうし。
こんな事はさっさと終わらせて、本来やるべき事をやらないといけない。
白銀がここに来た当初に言っていたタイムリミットは今月の24日。あと3週間を切っている……
それまでに結果を出さないといけないのだけれど――

 「甲21号作戦を発令させてしまえば問題は無いのよねぇ~~………」

だけどその前に、あの娘たちを任官させなきゃならない。任官させる口実としては、先日のHSST落下阻止と、横浜基地襲撃事件での功績でどうとでもなる。
彼女たちの個人的なしがらみは、私のほうで何とか出来るでしょう。今の私には将軍殿下の力添えもあるんだからね。
――あぁ…トライアルもやるんだったわね。色々あって忘れてたわ。
そうね――どうせならトライアルも利用しましょうか。元々そのつもりだったのだし、捕獲したBEATも処分しないといけない。
トライアル中に事故としてBEATを脱走させる計画も、今回の事件のおかげで基地全体の意識が変わったようだし、意味を成さないかもしれないけれどね。

とにかく、まずはトライアルかしらね。なるべく早いうちにやってしまいたい。
今日は水曜日だから…………そうね、金曜か土曜にはやってしまいましょう。
来週の頭には207訓練小隊は解散して、あの娘たちが任官したら甲21号作戦を発令――と。
よし、これで行きましょう。さっそく手配をしなくちゃね――



◇帝都・帝都城◇ 《Side of 悠陽》


 「そうですか――死者は出なかったのですね」
 「はい。幸いにも死者は。負傷した者は少なからず出たようですが」
 「分かりました。ご苦労様でした、マヤさん」
 「いえ。では――」

報告を終えた真耶さんは退出し、部屋には私だけとなりました。
このような事が起ころうとは思ってもみませんでした……これも私の力不足故に起こってしまったことでしょう。
先日のクーデター未遂といい、今回の件といい………私は一体何をやっているのか。
ここ何日かは、遅れを取り戻すように色々と動いていましたが、過去の付けが回ってきたのでしょう――悔いるばかりです……
今回の件を仕組んだ者たちは既に目星が付けられており、捕らえるのも時間の問題だということでした。

 「――死者が出なかったのが救いですね………」

帝国軍基地から戦術機が強奪された際の負傷者と、追撃していた部隊の隊員が負傷したのみで済んだのは、不幸中の幸いと言えるでしょう。
本件の真の狙いは横浜基地だったそうですが、あちらは負傷した者も居ないそうです。無事で良かった――武殿も、冥夜も。
マヤさんとは別に情報を提供してくださった香月博士の話では、2人は戦闘に参加したものの無事に帰還したそうで、私は安堵しました。
とにかく――このような事、二度と起こさせるわけには参りません。
私は決意を新たに、己が役割を邁進しようと心に決めました。


もちろん、愛しい人を思うことも忘れませんよ――武殿。



[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第22話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2013/01/02 00:59
12月6日 (木) 午前 ◇??◇ 《Side of 茜》


ハイヴ突入から数時間――
私たちは今、ようやくこのハイヴのメインホールに到達しようとしている。
現状、後方支援は完璧に機能している。何度か偽装横坑に苦しめられたけど、なんとかここまで来れた。この調子なら問題なく反応炉を破壊できると思う。

そうこうしている内に、どれだけ倒しても湧き出てくるBETAを突破して、速瀬中尉と白銀大尉のB小隊がメインホールに突入。
相変わらず凄い………今や完全にXM3に慣れて、絶好調の速瀬中尉は然る事ながら、白銀大尉も不調と言いながらのアレ。ホントにもう――呆れちゃうくらい凄い。
私たちも遅れながらメインホールに到達。即座に反応炉の破壊作業に入る。
それからすぐに作業が完了し――

 『――うっしゃぁぁ!反応炉破壊!!』

反応炉を破壊した後、速瀬中尉が歓喜のあまりメインホール内でアクロバットをしている。
そして伊隅大尉が作戦完了の報せをCPに入れた。

 『ヴァルキリー01よりヴァルキリーマム。反応炉の破壊に成功した。なお、部隊に損害無し。全機健在――』

そう――今回初めて損害無しでフェイズ4を攻略した。
今までもフェイズ4を攻略したことは何度もあるけど、損害無しで攻略できたのは今回が初めて。
シミュレーターとはいえ、快挙と言っても良いくらいの結果だと思う。フェイズ4のハイヴを、10機の不知火が損害も無しに攻略してしまったのだから。

 『こちらヴァルキリーマム。シミュレーションを終了します』
 『――待ってください!』

伊隅大尉がお姉ちゃんに状況報告をして、お姉ちゃんがシミュレーションを終了させようとしたとき、あの人が通信に割り込んできた。

 『このまま復路のシミュレーションをしましょう。これが実戦なら、帰りもハイヴの中を通らなきゃならないんですから』
 『白銀………』
 『反応炉を破壊したら終わりじゃないんです。ちゃんと帰ってきたら任務完了ですよ――』
 『『――!!』』

ちゃんと帰ってきたら作戦完了――この言葉は衝撃だった。なぜなら、それは“死ぬな”ってことだから。
別に死にたいと思ってるわけじゃないけど、この部隊の性質上、任務は過酷なものばかりで、いつ戦死してもおかしくない。
――でも、最近の戦闘では戦死者が出てないんだよね。最近……白銀大尉が着任してからは。
白銀大尉が着任してくるまでは、作戦があるたびに必ず戦死者を出していたらしい。
私や晴子たちは、白銀大尉が着任してからしか実戦を経験してないので、誰かが居なくなるっていうことを知らない。

でも伊隅大尉たち先任は、失う辛さを知っている……たぶん白銀大尉も。
XM3が配備されて、白銀大尉が教導してくれて、私たちは強くなったと思う。ううん…間違いなく強くなった。
だから私たちは今こうしていられる。これからもずっと、皆でこうしていたいから――
そのためにも、もっともっと強くならなくちゃ。

 『――涼宮、シミュレーションを続行してくれ』

白銀大尉の提案を受けて、伊隅大尉がお姉ちゃんにシミュレーションの続行を指示した。

 『了解しました』
 『あの~~伊隅大尉……推進剤ちょっと使っちゃったんですけど………』
 『状況終了していないのに気を抜いた罰だな、速瀬。それも訓練の内だと思え』
 『そんなぁ~~~~!!』

反応炉を破壊した後、歓喜のあまりにメインホールを飛び回っていた速瀬中尉が、ちょっと情けない声で伊隅大尉に抗議している。
……結構な勢いで飛んでたもんね、速瀬中尉。

 『しぃろがねぇぇぇ~~~~!アンタ、そういう事は訓練始める前に言っときなさいよ!!』

口を尖らせた速瀬中尉が、突然提案をした白銀大尉にからんでる。
速瀬中尉も、一概には自業自得って言えないよね……白銀大尉が言い出したタイミングは確かにアレだし。

 『ま、まぁまぁ………危なくなったら援護しますから――ね?!』
 『ぬぬぬ――まぁ良いわ。ちゃんと援護しなさいよね!』
 『マム・イエス・マム!』

白銀大尉の言い訳に納得したのか、速瀬中尉は案外アッサリと矛を収めた。実際に文字通りなのが速瀬中尉の凄いところだと思う。
白銀大尉に突っ掛かったときには、今にも撃ちそうな勢いで突撃砲を向けてたし……
その迫力に気圧されたのか、白銀大尉はまるで鬼軍曹に指導される訓練兵かのように、キッチリした敬礼を返した。

 『――ほら、お前たち!いつまでもこんな暗い場所で遊んでないで、さっさと地上に戻るぞ!!』
 『『了解!』』
 『危なくなったら白銀が全力で助けてくれるらしいからな。今回だけは、多少のムチャは大目に見るぞ――』
 『んなっ!?伊隅大…『『了解!!!』』――おぉ~~い!?』

さっきまでのやり取りでみんな笑っていたけれど、そこに伊隅大尉の喝が入り表情を引き締めた。
――んだけど、その後の言葉で引き締めた表情が、再び緩んでしまったのは私だけじゃないと思う。
それにしても、気持ち良いくらいに揃った返事だったね……
 
 『男に二言は無いわよねぇ~~~~?』
 『ふぐっ――………』

速瀬中尉の追い討ちに、言葉を詰まらせる白銀大尉。そして半ばやけくそ気味に彼は叫んだ。

 『…あぁ、もう!分かった、分かりました――全員まとめて護ってやるよ!!』
 「うわ――言い切ったよ……」
 『あははは――じゃあさ、誰か1人でも欠けたら、白銀大尉は罰ゲームっていうのはどう?』
 『ちょ――!?おまっ………なんてこと言い出すんだ、柏木!?』

私が思わず呟いたのと同時に、晴子がオモシロ……とんでもない提案をした。

 『だって――ちゃんと帰還したら任務完了って言ってたでしょ?それに加えて、“全員まとめて護ってやる!!”な~~んて大見得きったんだから、それくらいしないとねぇ?』
 『なんてこった……』

晴子の言い分を聞いて、白銀大尉は唖然とした表情をしている。晴子の言い分はちょっとムリヤリかな~~~って思うけど、面白そうだから賛同しようとしたら――

 『それは良いな。そうしよう――』
 『うそ~~んっ!?』
 「…あらま」
 『よし――白銀がヤル気満々のようだから、さっさと始めよう』
 『『了解!!』』

私が言う前に、伊隅大尉が賛同しちゃったよ。そして逃げ道を塞ぐかのように、訓練再開を促した。
白銀大尉は何も言うことが出来ずにただ呆然としている。……ちょっと可哀相かも。

 『……やってやろうじゃねぇか………』

そう白銀大尉が呟いたのが聞こえたけど、それに反応する人は居なかった。
そして再開されたシミュレーション――今度はハイヴの帰り道。これはBETAを倒すための訓練だけど、それだけじゃない。みんなで帰ってくるため、生き残るための――
結局、今回は白銀大尉は宣言どおりに奮闘して、最終的に全員が無事にハイヴを脱出できた。
速瀬中尉は始まる前に危惧していたように、推進剤の残量が危険域に突入したけど、白銀大尉の援護もあって、なんとか無事に生還した。

今回の訓練で、私たちの意識は少し変化したと思う。
それは、今まではただ任務をこなしてBETAを倒すことだけを考えていた。でも、あのときの白銀大尉の言葉で、考え方が変わった。
絶対に生き残る。任務を達成するだけじゃダメ。生還しないと意味が無い。
そう思うようになった――たぶんそれは私だけじゃなくて、ヴァルキリーズ全員がそうだと思うよ。



昼 ◇夕呼執務室◇ 《Side of 武》


 「トライアルですか――」
 「えぇ。時間もあまり無いし、そろそろやらないとね」

久しぶりに夕呼先生に呼び出されて来てみると、いよいよトライアルを実施するという旨を伝えられた。ついに来たか――

 「明後日――土曜の実施を予定しているわ」
 「近いですね。大丈夫なんですか?」
 「当たり前でしょう?私を誰だと思ってんのよ」
 「――そうでした」

不適に笑う夕呼先生は、頼もしいけど怖い。本当に、この人が味方で良かった………

 「結果は関係無しに、トライアルが終わり次第207は任官させるわよ」
 「!――分かりました……」

やっとアイツ等が任官してくるのか…そう言われると、なんとも言えない気持ちになる。
また肩を並べて戦えることは嬉しいが、これから先にある激戦を思うと、手放しでは喜べない……複雑な心境だ。

 「もっとも、悪い結果なんて出るはずも無いでしょうけど」
 「まぁ……そうでしょうね」

まぁ、今のアイツ等は前の世界以上に強くなっていることは間違いない。それに強くなったのはアイツ等だけじゃない。
先任のヴァルキリーズだって、格段に強くなっている。207が任官することによって、ヴァルキリーズは最強の部隊になるだろう。
まりもちゃんも合流するし、純夏もいるからな――

 「それと、まりもが乗る不知火を先に届けさせたわ。訓練後にでも、まりもとハンガーに行きなさい」
 「調整ですね」
 「そうよ。ちゃんと使えるようにしときなさいって言っといて」

……そーいや、まりもちゃんが不知火に乗ってるところって見たことないな。
このタイミングで届けさせたってことは、まりもちゃんもトライアルに参加するのか?

 「――で、話を戻すけど。あの娘たちが任官したら甲21号作戦を発令するから、そのつもりでいなさい」
 「了解」
 「今まではホンの前哨戦……ちょっとしたトラブルはあったけれどね。ここからが本番。気を引き締めて行くわよ」

夕呼先生の言葉に俺は静かに頷いた。
先生の言うとおり、ここからが本番だ。もう失敗は許されない。今度こそ、俺は――

 「――そうそう。凄乃皇の方なんだけど、弐型はもう間もなく最終調整に入るわ」
 「マジっすか!?」
 「マジよ~~。四型も問題なく作業が進行中。鑑のおかげで開発も順調なのよ」

ホントに間に合わせちまった。しかも、かなり余裕がある。夕呼先生、アンタすげぇよ。さすが天才だぜ………ついでに純夏もな。

 「だからアンタは、アンタの仕事に集中しなさい」
 「はい――」
 「今日はこんなところね。トライアルの事は私から伝えておくわ」
 「……分かりました」

俺の返事に間があったのは、夕呼先生が伝えておくと言っていた場合、それを信用できる確立がかなり低いということを、暗に示したつもりだ。
今までの経験から言うと、先に俺から伝えておいた方が、後で色々スムーズに進むことは間違いないだろう。
とりあえず、まりもちゃんには先に伝えておこう………まりもちゃんに伝わっていれば問題ないはずだ。
夕呼先生との付き合いは、主観時間でなら俺も長いけど、やっぱりまりもちゃんに任せるのが一番安心できる。
――ってな訳で、夕呼先生の部屋から退室した俺は、207Bの下へと向かった。



午後 ◇横浜基地・演習場◇ 《Side of 真那》


我々は現在、207訓練小隊の訓練に参加するために、実機にて演習場に出ている。
此処のところは、先日の横浜基地襲撃事件やらで、武殿とのXM3慣熟訓練を行っていなかった。
そこへ急遽、武殿から模擬戦での仮想敵を務めてくれないか――という要請があったので、我々は快く引き受けた次第である。

 『――じゃあ始めるぞ。207各機、相手が武御雷だからって遠慮すんなよ!』
 『『了解!!』』

武殿が発破をかけると、心地よい返事が返ってきていた。
私の方も、相手が冥夜様たちであろうと、手心を加えるつもりはない。全力で行く――

 「XM3の慣熟では遅れを取っているが、正規兵の力、訓練兵に見せ付けてやれ!」
 『『――了解!!』』

こちらも気合を入れるために発破をかける。神代たちも、いつもより集中しているように感じた。

そして模擬戦が開始――
冥夜様たちの実力は、先日の戦闘の際に間近で見ていたので、ある程度は把握している。だが、あの戦闘での経験が彼女たちをより強くしたはずだ。
それに今は、その戦闘では不在だった鑑純夏もいる。彼女が加わったことで、この訓練小隊が更に強くなることは間違いない。油断などすれば確実に負ける。
ふふ――訓練兵を相手にしているにもかかわらず、このような緊張感を味わえるとは。

 「――狙撃には十分警戒しろ。向こうのスナイパーは極東一だぞ!」

留意すべきは狙撃だけではないが、現状で特に危険なのが珠瀬壬姫の狙撃能力だろう。
こちらのレンジ外、索敵圏外からの攻撃は脅威だ。まずは敵機の位置を把握しなければ――

 「こちらから仕掛ける。まずは――」

私は僚機に指示を出しつつ行動を開始した。
演習の最中で不謹慎かもしれぬが、私は高揚が抑えられないでいる……まだ訓練兵とはいえ、最高の衛士たちを相手にしているのだ。
このような状況で血が騒がずに、何が武家の血か。
月詠真那、いざ参る――!



夜 ◇PX◇ 《Side of まりも》


久しぶりに白銀大尉と夕食を共にしている。
午後の訓練から顔を出してくれた白銀大尉は、そのまま私と共に訓練兵の教導を行い、それが終了した際に夕食に誘われたというわけ。
これまでも何度か食事を共にすることはあったけれど、ここ最近はご無沙汰だったので、誘われたときは、内心かなり嬉しかった。
表面上は落ち着いた振る舞いを心掛けていたが、ちゃんと出来ていたかは分からない……

 「――この前の戦闘は良い経験になったみたいですね」
 「えぇ。動きに迷いが無くなってきたわ。実戦を経験して自信がついたんでしょう――」
 「月詠中尉たちとも良い勝負してましたね~~~。さすがに機体の差が大きかったみたいですが………」
 「そうね――鑑が居なかったときも、訓練兵としては十分過ぎるほど強かったけれど、彼女が合流したら更に強くなったわ」
 「小隊規模では最強と言っても良いかもしれませんよ」
 「えぇ……本当に、強くなったわ」

最強――それが過言では無いレベルに、あの娘たちは辿り着いてしまった。訓練兵のうちにここまで成長しようとは………
この成長は、彼女たちの資質と努力も然る事ながら、やはりXM3の存在が大きいのでしょうね。
XM3が、私が訓練兵の頃から存在していたら……なんてつまらない事を考えたこともあった。おそらく伊隅や速瀬たちも同じ事を思ったはず。
白銀大尉と夕呼が作り出したXM3は、そう考えずにはいられない程の性能を秘めているのだから――
それから少しの間、特に会話も無く食事を進めていたのだけれど、箸休めにお茶を啜っていた白銀大尉が口を開いた。

 「――ちょっと耳に入れたい話があるんですけど」
 「何かしら?」

持っていた湯飲みを置き、再び箸を持ったものの食事を再開しない白銀大尉に、私も合わせるように箸を止めて彼を見た。
すると彼は、一瞬だけ何かを考えるそぶりを見せてから話し始めた。

 「実は――」

白銀大尉が聞かせてくれた話は、私に僅かな驚きと緊張をもたらした。
それは、XM3のトライアルと207訓練小隊の解散――つまり任官についてだった。
白銀大尉の話では、夕呼から話が回ってくるはずだそうだけれど、念のために先に話してくれたそうだ。
夕呼は、説明を飛ばすことが多々あるので、説明は正直ありがたい。これで多少は余裕を持って行動できそうね……

それにしても、トライアルの日程には驚いた。近すぎる………今週の土曜日――明後日に開催だなんて。
そしてトライアルが終わり次第、すぐにでも207を解散して任官させるなんて。
あの娘たちは、まだひと月足らずしか戦術機訓練をしていないというのに、もう任官させるというのか。
確かに、あの娘たちの技量は即戦力になり得るだろうけれど……

 「――いくらなんでも早すぎるわよ」
 「俺もそう思いますけど、夕呼先生が決めたことですからねぇ………」
 「私たちが何を言おうが覆されるわけ無いわね…」
 「残念ながら。でも――アイツ等が任官したら、まりもちゃんも復隊ですよ?」
 「………そうね」

そう。彼女たちの任官は、私にとっても重要な基点になる。数年ぶりに実戦部隊へと戻り、教え子たちと肩を並べて戦うことになるのだ。
それは良い。だけど…――いえ、止めましょう。ここで私がとやかく言っても、夕呼が決めてしまった以上は受け入れるしかない。
所詮私は一衛士。副司令の決定には従わなければならない。
決まってしまった以上は、最後まで教官としての責務を果たすことに全力を傾けるだけ。あの娘たちが戦場に出て、私と同じ思いをしないように強くしてあげれば良い。

 「おや――」
 「…?」

話が一段落したところで、ちょうど私たちの傍を通りがかった衛士が声をかけてきた。

 「こんなところで珍しい組み合わせ。逢引きですか?教官」
 「い、伊隅!?」
 「げ………」

今日は白銀大尉の要望で、普段使っているのとは別のPXに来ていた。
それに時間もズレていたので、顔見知りに会う確立は低いと思っていたのだけど、思いの外アッサリと遭遇してしまった。それもかつての教え子に………
つい呼び捨てにしてしまったけれど、相手は上官であるということを思い出し、ここが公然の場であることから敬礼をしようとしたが、伊隅大尉に止められた。
ついでに敬語も使わないで欲しいと言われたので、その通りにすることに。
白銀大尉といい、私に敬語を使われたくない人が多いのは何故かしら?少なくとも、この2人は私より階級が高いんだけど……

 「――結局のところ、密会をしていたと」
 「いや、まぁ……状況を簡潔に表すと、そうですけど…誤解を招きそうな言い方ですね」
 「そう?こちらのPXで一緒に居るのは珍しいと思ったんだけど――」
 「それは――ちょっとした話があってですね……」
 「それを逢引と言うんじゃないの?」
 「ぐぬぬぬ………」

白銀大尉は伊隅にいいように言いくるめられて、二の句が継げないでいる。仲良いのね、この2人。
ちょっと妬けるわ……というか、私は別に誤解を招いても構わな――コホン。さて、そろそろ助け船を出しましょうか。

 「――伊隅。そのくらいにしておけ」
 「ふふ――了解。では、私はこの辺で――」

私は務めて平静を装った声で、伊隅を止めた。
すると伊隅は、やけにアッサリと引き下がり、そのまま立ち去ろうとした。が――

 「まぁ待ちなさい、伊隅大尉」
 「これ以上、お2人の邪魔をするわけには………」
 「貴女も関係ない話じゃないのよ」
 「――?…それはどういう――」

首を傾げる伊隅に座るように促し、白銀大尉との話を掻い摘んで説明した。
これは余談だが、伊隅はさりげなく白銀大尉の隣へと腰を降ろした。その事が何となく引っ掛かったけれど、それは置いておく。

 「トライアルですか。そして任官、と――」
 「ほら、無関係じゃないでしょう?」
 「――確かに」

伊隅は苦笑しながら頷いた。私の言い方が子供っぽかったかしら…

 「すぐ通知されるとは思うんですけど、念のため先に伝えたんですよ。日が無いですからね」
 「XM3の性能を見せ付けるためのイベントだとしても、それなりの準備は必要だろうが……副司令は、たった2~3日で準備させるつもりか………」

驚くというよりも呆れたように言う伊隅も、夕呼とはそれなりに長い付き合いだ。夕呼がどういう人物なのかは、しっかり理解しているようね。
トライアルも夕呼がやると言った以上、日が無かろうが必ず実施され、それに振り回されるだろう関係各位の苦労を慮るばかりだわ……
――と、言っても私たちも巻き込まれているんだけれど。ホント…振り回されるほうの身にもなって欲しいわよね。

 「――私はそろそろ戻ります。後はお2人でごゆっくり――」
 「い、伊隅!」
 「ふふふ。では――」

伊隅は逃げるように行ってしまった。まったく………
伊隅が去ってから、白銀大尉と私は少し冷めてしまった食事を手早く済ませ、食後の歓談を楽しんだ。
また、こういう機会があれば嬉しい。今度は私から誘ってみようかしら――
それにしても伊隅に遭遇するとは思わなかったわ。伊隅が私の教え子だった頃、苦労したこと多々もあった。
あの娘たちが任官して、私の下から送り出してから数年経ったけれど、あの娘の代で今も顔を見れるのは、もう伊隅だけ。
そして今や、伊隅はあの部隊の隊長を務める程になった。

伊隅の代から、それ以降の教え子たちは、それはもう個性の強い連中が大勢いた。今も元気にしている速瀬や宗像……
それぞれの代も、今はもう顔を見ることが出来なくなった子たちがいる。今の教え子たちは、群を抜いて特に個性が強いけれど…
これまで多くの教え子を失ってしまったが、私の教導が未熟だったとは思わない。私は訓練兵の育成には、常に最善を尽くしてきたつもりだ。
手を抜くことなどあり得ない。だが、それでも送り出した教え子が命を落としてしまう……
これ以上、教え子を失いたくは無い。これからは私もかつての教え子たちと肩を並べて戦うことになる。教え子が命を散らす様など、決して見たくない。

その思いもあって、復帰が決まってからは、それまでより訓練を厳しくしてしまったかもしれないが、後悔などしていない――するわけがない。
強く育ってくれるなら、私は教え子たちに怨まれてもいい。教え子が生き抜いてくれるなら、怨まれるくらいどうってことは無いから。
それに今は、白銀武という類稀なる才能を持つ衛士がいる。そして、彼と私の親友――2人の天才が作り上げた新OS、“XM3”もある。
これらの要因で、今の教え子たちは過去最高の成長を見せているのだ。この分なら、胸を張って送り出せるし、安心して肩を並べ背中を任せられる。

そして私自身、復帰したときのために密かに特訓をしていたりもする。以前、伊隅に――あの時も伊隅に見つかったのよね……
伊隅たちも白銀大尉に追いつけ追い越せと、猛特訓をしているらしい。白銀大尉には黙っておいて欲しいと頼まれたので、そのとおりにしている。
同じように、私の特訓も黙っておくように言ってある。特訓してるなんて、あまり知られたくないもの。
あの娘たちが任官する目処が立った以上、更に力を入れて最後の仕上げと行きたいところだけれど、生憎と時間が無い。日曜は休みのため、残された時間は明日1日だけ……
そうか――だから白銀大尉は、月詠中尉たちに仮想敵をお願いしたのね………時間が無いから、その分訓練の質を上げるために。
彼なりに、教え子たちの事を考えてくれているのね。私も負けていられないわ。


明日、最後の訓練。私は全身全霊をかけて望もう――そう密かに決意した。



[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第23話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2013/01/02 01:02
12月7日 (金) 午前 ◇教室◇ 《Side of 千鶴》


この教室に私たち207Bが集合したのは久しぶりだ。
ここのところの訓練は、シミュレータルームとブリーフィングルームを往復するか、実機で演習場に出るか、この2種類ばかりだった。
訓練内容に不満は無いし、XM3のテストもかねているらしい207B訓練分隊は、優先的にシミュレーター等を使わせてもらっているから感謝しているくらいだ。

 「――すまない、遅くなった」
 「敬礼!」
 「「――!」」

集合時間から遅れること数分、教室の前扉から神宮司教官と白銀大尉が入ってきた。
神宮司教官は小脇にファイルか何かを挟んでいる。教官が遅れてくるなんて、珍しいこともあるのね……

 「急遽こちらに集合させたのは、これからする説明を行うためだ。質問は説明が終わってから聞く――」
 「………?」

有無を言わさぬ勢いで、神宮司教官は説明を始めてしまった。
聞きたい事はあるけれど、説明が終わってから聞くと言われた以上、ここで聞いても答えてはくれないだろう。
今は大人しく話を聞くしかないわね――



◇ ◇ ◇



 「――以上だ。何か質問はあるか?」
 「「………」」

トライアルだなんて――急に言われても、何から質問したものか………
教官の説明では、白銀大尉と香月博士が開発した“XM3”が、従来のOSに対し、どれ程の優位性があるのかを見極めるために行われる演習だそうだ。
トライアルは、機体の反応速度、機動制御による負荷の変化、そして連携実測の3つの評価試験で構成される。連携実測は模擬戦形式の評価試験だという。
このトライアルに参加する他の部隊の戦術機は、量産試験型のXM3へと換装されたらしい。

つまり比較試験用の機体を除けば、演習の相手も全機XM3を搭載していることになる。最後の連携実測の仮想敵は、比較試験のために旧OSを装備した機体だそうだけど。
トライアルには各部隊のエースが出てくるそうだ……そのトライアルに訓練兵の私たちは、XM3の“テストパイロット”という形で参加しなければならない。
テストパイロットの私たちが、訓練兵であるということは事前に通知されているらしく、正規部隊から目の敵にされることは間違いない。
こんな状況の中でトライアルに参加しなければならないなんて………私たちの結果如何で、XM3の評価が決まると言っても良い。
それに加え、私たちが無様な結果を残せば、教官たちの顔に泥を塗る事になる。それだけは何としても避けなければならないわ。
私たちが演習で負けることなど、万に一つもあってはならないのよ――

 「――難しく考える必要は無いよ。他の部隊との対抗戦ってわけだ」
 「大尉……それは省略しすぎでは…」

説明したことを要約?した白銀大尉を、神宮司教官はジトッとした目で見ている。
せっかく、教官があれだけの説明をしたのに、それをアッサリと流されては文句の一つも言いたくなる……私だったら言ってる。

 「…と、とにかく!仮想敵の連中がエースだろうが何だろうが、普段通りにやりゃ勝てる。もしビビっちまったら、お前らが普段戦っている相手を思い出せ」
 「「――!」」
 「相手もXM3を搭載してるとは言っても、トライアルで初めて使う連中なんだ。エースが乗ってるからってビビる必要は無い」

そうだ。私たちが普段戦っている仮想敵は、目の前にいる教官2人。この2人以上の仮想敵が他にいるとは思えない。
OSの差こそ無いものの、機体性能や数的に有利な状態での訓練で、最近まで全く手も足も出なかったのだから………
この間の実戦だってそう――

初めての実戦ということで緊張したものの、敵の動きは遅く、演習中の仮想敵の方が格段に上だと感じた。教官たちの超機動に慣れてしまっているせいだと思う。
全機無傷で帰還できたのは、普段の訓練のおかげである事は間違いない。
そう考えると、このトライアルは幾分ラクに感じられる。勿論、油断は禁物。トライアルの仮想敵は正規兵のエース。
何があるか分からない。だから明日は全力で――

 「――っとまぁ、こんな感じですかね」
 「はい。――説明は以上だ。では、これより通常訓練を行う。各自、強化装備を着用しハンガーに集合せよ」
 「「了解!!」」

神宮司教官の号令で、私たちは全速でドレッシングルームへと向かう。
明日のトライアルに気を取られて、訓練が疎かになるようなことはあってはならない。
そう思ったのは私だけじゃなかったようで、今日の訓練はいつも以上に実のある訓練になった。
今日は、昼休憩を挟んで終日実機での訓練だった。いつも以上に気合が入った連携訓練と、模擬戦だったので疲労も半端じゃないけれど……

――って言うか、今日の教官たちのヤル気からして、いつもと違う。
先日までの模擬戦では、教官たちは撃震に乗っていたけれど、今日はなんと“不知火”に乗って仮想敵を務めた。
それに対し、私たちは手も足も出ず……攻撃を掠らせることは出来ても、有効打は与えられず、完膚無きまでに叩きのめされた。
機体性能に差があると言っても、数的有利なのは変わらないのに、それでもこの結果。あそこまで完璧にやられると、清清しいというか何というか。

物凄く悔しいんだけど、感動したというか。こんな凄い人たちに指導してもらっているんだと、改めて嬉しく思ってしまった。
普段は撃震に乗っている神宮司教官が、急に不知火に乗り換えたのに、あそこまで動けるなんて………
その神宮司教官はいつも以上に厳しく、まさに鬼軍曹といった迫力で私たちを指導してくださった。
正直、ちょっとだけ怖かったけれど……それは心の中にしまっておく。白銀大尉の方も、私たちの連携の粗を探し、徹底的に指導してくれた。

そんな感じで、本日の訓練も定刻には終了したのだけど、その終わり際の神宮司教官の様子が少し変だった。
明日のトライアルが心配になったのかしら…?そうだとしたら、明日のトライアルでちゃんと結果を残して、教官たちを安心させてあげれば良い。
そうすれば少しは認めてもらえるかもしれない。
何にせよ、精一杯やるだけね――



12月8日 (土) 午前 ◇横浜基地・第二演習場◇ 《Side of 美琴》


 「――04(彩峰)、そっちの1機は任せるよ!!」
 『ん――』
 「06(鑑)はポイントで、ボクと挟撃して!」
 『了~解!』

テキパキと僚機に指示を出す。
今回の組み合わせでは、指揮官向きのポジションはボクだったので、慧さんと純夏さんに指示を出すのはボクの役目。

 『――04、バンデッド1インレンジ。エンゲージ・オフェンシブ』

さすが慧さん。早い…

 『04、フォックス3』
 『――06、バンデッド4インレンジ!』

先に接敵していたボクに、純夏さんが追いついてきた。ちょうど予定していたポイントで純夏さんが合流したので、ボクたちは攻撃に移る。

 「――03、フォックス3!」
 『06、フォックス3!!』

ボクと純夏さんの連携攻撃で、バンデッド4を追い込んでいく。
残る敵機は、今ボクたちが追っているバンデッド4と、慧さんが追っているバンデッド1の2機。
バンデッド2と3は、連携実測を開始してからすぐに撃破済み。時間も20分ちょっと残している。
仮想敵の撃震は、エースが乗っているだけあって、かなり良い動きをする。

ボクたちの前に仮想敵と戦ったチームは、どれも仮想敵部隊に勝利するには至っていなかった。
もっとも、ボクたち以外は今日初めてXM3に触るから、使いこなせないだろうけど………
バンデッド4は、ボクたちの攻撃を遮蔽物を使って巧みに避け、なんとか距離を取ろうとしているみたいだ。

 「06、そちらから回り込んで!」
 『オッケー!!』
 『――04、バンデッド1スプラッシュ』

慧さんが敵機を墜とした。突撃砲の斉射から、慧さん得意の接近戦で止めを刺したみたいだね。慧さんは接近戦が特に上手い。
冥夜さんも接近戦が上手だけど、慧さんのそれは冥夜さんより短い間合いでの戦闘だ。簡単に言うなら、慧さんが短刀で冥夜さんが長刀使いかな。
得意分野は違うけど、ボクも負けてられないね!!



◇ブリーフィングルーム◇ 《Side of 水月》


後輩たちが活躍している頃、私たちは――

 「……暇ね」
 「暇ですね………」
 「暇だな」
 「うば~~~」

今日この基地では、XM3のトライアルが行われている。ちなみに今の「うば~~」は私じゃないわよ?
3種類の評価試験があって、それを各部隊の代表が競うらしい。
し・か・も!!その代表って各部隊のエースらしいじゃない!?

 「なんで私たちは待機なのよ~~!!」
 「隊の性質上、仕方ないだろう」
 「それは分かってますけど~~~…」
 「ここで観戦できるだけ良いと思いなさい」

伊隅大尉に宥められてしまった。
私たちは副司令直属の部隊で機密性も高いから、こういう目立つ場には出られないのは分かるけど………

 「見てるだけなんてつまんな~~~~~い!!!」
 「速瀬中尉がトライアルに出てしまったら、暴れすぎて評価試験どころじゃなくなってしまいますからね」
 「む~~な~~か~~た~~~~」
 「――って、さっき白銀大尉が言ってました」

……本当に言いそうね。微妙だわ…
とりあえず後で、白銀もとっちめておこうかしら――



◇管制室◇ 《Side of 武》


―――ゾクっ!!!

 「――っ!?」
 「どうかしましたか?大尉」
 「え――あぁ…いえ、なんでも無いですよ?」

管制中だったピアティフ中尉は俺を見上げ、俺の隣に居たまりもちゃんも心配そうに俺を見ている。
俺はそれに手を振って何でも無いと告げ、まりもちゃんとピアティフ中尉が再びモニターに視線を戻すと、静かに溜息をついた。
なんだったんだ、今の悪寒は……俺のあずかり知らぬところで、とてつもなく厄介なことに巻き込まれた気がする………
因縁のトライアルだからって、神経過敏にでもなってんのか?

落ち着け俺。前回とは違う。絶対に大丈夫だ。今回の俺は訓練兵じゃないから、アイツ等とトライアルには出られない。
だけど、いつでも出られる状態にするために、俺とまりもちゃんのデモンストレーションを入れてもらった。
デモンストレーションと言っても連携実測をやるんだけどな。

これで、トライアル中に何か“不測の事態”が発生してもすぐに出撃できる。
まりもちゃんにも昨日に引き続き、不知火に乗ってもらおうと思っていた。
夕呼先生の計らいで、本来は207Bが任官してから配備される予定だった、まりもちゃん用の不知火が、2日前に先行して届けられたからだ。
2日前――まりもちゃんと飯を食った日な。
飯を食い終わった後マッタリしすぎて、そのことを忘れちまってたが、思い出してから急いでハンガーに向かったのでオッケーってことにしよう。

だけど当日になって、まりもちゃんは不知火じゃなくて撃震で出たいと進言してきた。ちゃんと理由を聞いたわけじゃないけど、理由はなんとなく分かる。
撃震に乗るのは、これが最後になるからだろう。復隊すれば不知火が待っているわけだし、昨日は昨日で、不知火で訓練に参加したし。
そんなわけで、まりもちゃんが撃震に乗ると言った以上、俺も撃震でデモンストレーションに出ることになった。

………そーいや昨日の訓練、まりもちゃんが不知火であんなに動けるとは思わなかった。
初めて乗ったはずなのに、全くそう感じさせない動きで、アイツ等をボッコボコにしてたからな…連携もほぼ完璧。
昨日は、まりもちゃんスゲーって改めて思った1日だったよ。ま、最後の訓練って事で気合が入ってたのかもしれないな――

 「――」

俺がモニターに目をやると、そこには第二演習場で連携実測中の207訓練小隊の連中が映っていた。今、実測中なのは純夏と彩峰に美琴のチーム。
現状、207チームが優勢のようだ。まぁ、当たり前か。結果なんて、やる前から分かりきってる。言うなれば出来レースみたいなもんだ。
2つに分けられたからといって、支障が出るような奴等じゃない。

前の世界だったら、委員長と彩峰を組ませたら心底不安だったけど、今はそんな心配は必要ない。むしろ進んで組ませたいくらいだ。
冥夜も美琴も、たまも言わずもがな。純夏は――まぁまぁだ。
ズルはさせないようにしている(脳ミソの関係でオートパイロットも出来るが、ちゃんとマニュアル操縦させている)から、そんなもんで良い。
――アイツは凄乃皇がメインだからな。

 「――さすがですね、あの娘たち」

今しがた、仮想敵部隊を圧倒的な強さで全機撃墜した207小隊の活躍を見て、ピアティフ中尉が呟いた。

 「神宮司軍曹の教え子ですからね。そりゃ凄いってもんですよ」
 「ふふふ――そうでした」
 「お二人とも……」

俺とピアティフ中尉がそう言うと、まりもちゃんは困ったような、それでいて嬉しそうな、でもちょっと寂しそうな顔をした。
教え子って言っても、昨日が最後の訓練だったわけだしな………そりゃ寂しいか。

 「――俺たちは午後一ですし、早めに昼食すませましょうか」
 「そうね。そうしましょう――」
 「ピアティフ中尉もどうです?」
 「ちょうど一段楽したので、ご一緒させていただきます」

そう言ってヘッドセットを外して立ち上がったピアティフ中尉と、まりもちゃんと一緒に俺はPXへ向かった。



昼 ◇ハンガー◇ 《Side of 冥夜》


午前の評価試験の結果は、我等207訓練小隊が上位を独占した。
当然といえば当然の結果なので、天狗になることはない。だが、個人評価でトップだったことは素直に嬉しい。
これが少しでも教官たちへの恩返しになると良いのだが……
だが、これはあくまで午前の結果。まだ午後が残っている。トライアルが終了するまでは気を抜けぬ。
それに午後は、初めにタケルと神宮司教官のデモンストレーションがある。

デモンストレーションでは連携実測を行うようだが、結果など分かりきっている。
XM3の恩恵は有れど、我等も仮想敵部隊を全滅させることが出来たのだ。我等に出来て、あの2人に出来ぬはずは無い。
私は結果よりも、戦闘内容が楽しみで仕方がない。他の皆もそうであろう。タケルと神宮司教官が、このような場で手を抜くような人物で無いのは分かっている。
おそらく2人は本気で来るはずだ。2人の本気が見られるかもしれないことに、喜びを感じずにはいられない。
普段は仮想敵として相対することばかりなので、彼等の本気を外から見る機会がないからだ。午後の実測が待ち遠しい……

 「――御剣、行きましょう」
 「うむ」

スコアボードを見に行っていた榊と珠瀬が戻ってきたので、我等はハンガーを後にし、PXへ足を向けた。
これから、もう1つのチームと情報交換をするつもりだ。少々特殊な形でトライアルに参加している我等は、午前と午後で組み合わせが変わる。
どのような組み合わせになろうとも、支障が出るような仲間たちでは無いが、念には念を入れる。勝つために――



《Side of まりも》


昼食というよりは軽食といったほうが良いような食事を手早く済ませ、白銀大尉と私は強化装備を着用してハンガーに来ていた。
いよいよ私たちの出番。特に緊張しているわけでもなく、いつもと変わらないコンディションで望めそうね。
トライアルが開催されることを知らされたのは2日前。私用の不知火が配備されると聞かされたのも2日前。全部、夕呼の仕業。毎度毎度ホントにもう……
2日前に配備された不知火へのマッチングは完了している。

先々月に白銀大尉が着任され、ほぼ同時期に私の復隊が決定してから、密かにシミュレーターに籠っていたのが功を奏した。
復帰する際に配備される機体は分かっていたので、それに合わせて訓練できたのも良かったわね。
ホンの出来心で、昨日の訓練で不知火を使ってみたけれど、特に問題は無かった。
……教え子たちはまだ知らないことだが、昨日の訓練が訓練兵としての最後の訓練だった。
そのため、普段より厳しく指導してやろうと思ったものの、普段使っている撃震では既に役者不足だったので、私は訓練内容に困っていた。

そこに丁度、不知火が配備されてきたので、つい使ってしまったわけ。
不知火という機体のおかげで、教え子たちに叩き込めることは全て叩き込めたと思う。これで胸を張って送り出せる……
けれど、今回は我侭を言ってしまった。白銀大尉には本当に悪いことをしたと思っている。
せっかく用意してもらった不知火では無く、撃震でデモンストレーションに参加したいという我侭を聞き入れてもらったんですもの。それに白銀大尉も巻き込んじゃったし………

撃震という機体には思い入れもある――苦楽を共にした相棒と言える存在かもしれない。
楽より苦の方が多い気がするけれど……だから有終の美を飾るという意味で、このデモンストレーションには撃震で参加したかった。
これが私と撃震の最後の戦いだから――

 「――ハロ~。調子良いみたいじゃない。アンタたちの子供は」
 「ゆ、夕呼!――な、なに言ってるのよ!?私たちの子供だなんて――」
 「――あら、そーゆー反応するの」
 「う………」

突然登場しておかしな事を口走った親友への、咄嗟の反応だったけれど、私の反応は夕呼を楽しませるだけだったようだ。

 「そんなことより、まりも~~。言い出したからにはしっかりやんなさいよ~~」
 「貴女に言われなくても大丈夫です!」
 「そ、ならイイわ。白銀、ちょっと――」

夕呼が白銀大尉を呼び、私から離れた場所で何か話している。
私に聞かれたくないような話ということは、特殊任務関係の話なのだろう。
遠目から2人の様子を窺っていると、夕呼が何を話したのかは分からないけれど、初めは穏やかだった白銀大尉の表情が、見る見る険しいものへと変っていった。いったい何が……
私が1人で勝手にモヤモヤしていると、話が終わったのか夕呼はヒラヒラとこっちに手を振ってから行ってしまった。
白銀大尉も、こちらに戻ってきたときには普段と変らない調子だったので、何かあったのかとは聞ける雰囲気ではなかった。
そして、そうこうしている内に午後の部の開始時間が迫ってきていたようで、私たちはそれぞれの機体に搭乗して演習場へと向かった。



◇横浜基地・第一演習場◇ 《Side of 武》


 「――軍曹」
 『なんでしょう?』
 「開始直後から動きますよ。このOSは動いてナンボですからね」
 『了解』
 「アイツ等がアレだけ活躍してるんです。俺たちも負けてられませんよ」
 『ふふふ――そうね』

開始前にまりもちゃんと軽い打ち合わせ。まぁ打ち合わせって程のもんでもないけど。
今更、綿密な打ち合わせが必要な程、まりもちゃんとのエレメントに不安があるわけじゃない。むしろ不安なんか無い。どんな状況でも最高のパフォーマンスが出来るだろう。

 『では、連携実測を開始します。ご武運を――』

そして開始時刻ピッタリに、ピアティフ中尉の合図で俺たちの戦いは始まった。



◇ ◇ ◇



俺たちはさっき話していた通り、開始直後から派手に動き回って短期決戦で決める。相手は旧OS搭載の撃震が4機。
その撃震を駆っているのは、いずれも歴戦の衛士たち。ナメてかかったらさすがに痛い目に遭う。
でも俺だって、伊達にループしてたわけじゃねぇ……いろんな戦いを経験してるんだ。相手が誰だろうと負けてたまるかよ――

 「――前に出ます!」
 『了解。後ろは任せてください』
 「頼りにしてますよ、まりもちゃん!!」
 『――!』

言うや否や、俺は遮蔽物から飛び出し、おそらく敵機が居るであろうと見当をつけていた地点へ向けて、大胆にも噴射跳躍で移動を開始した。
まりもちゃんは地上を移動しながら援護の体制を取ってくれている。
俺たちの機動は音も廃熱も気にしない、自分はここに居るぞと言わんばかりの目立つ動きだ。
こんな動きをしたら、敵部隊は待ち伏せでもして各個撃破を狙ってくるだろう。だけど、そんなもん正面から打ち破ってやる――
俺が短距離跳躍で障害物を越えながら移動して、会敵予想ポイントに近づくと、予想通りその付近に敵機が潜んでいた。
向こうも俺が接近してくることを察知していたんだろう――接近するや否や俺は攻撃を受け、戦闘状態に突入した。

 「――01、エンゲージ・オフェンシブ!識別………バンデッド03!」

敵の初手は勿論回避。バンデッド02は遮蔽物を利用ながら攻撃して、俺と距離を取ろうとしているようだ。
午前の演習で、XM3搭載機の機動を見ているだけあって、俺を接近させないようにしてるんだろう。

 『大尉、援護を――』
 「こっちは大丈夫っす。それより、まだ隠れてる敵に気をつけてください!」
 『了解』

俺たちが発見したのは、今追っているバンデッド02だけだ。コイツを追い立ててやれば、救援に他のヤツが出てくるかもしれない。
コイツが囮っつー可能性もあるが……まぁ良い。とりあえず撃墜してやる――

 「01、フォックス03!!」

射撃をしながらバンデッド02を追撃。
この程度の射撃で捉えられるとは思っていない。牽制射撃だし。敵機は障害物に隠れて、俺の攻撃をやり過ごして反撃。
俺は敵の攻撃を自機の機動だけで回避する。敵さん、午前中の実測で、それなりにXM3搭載機の動きに慣れたようだが、アイツ等の動きには翻弄されていた。
俺だって、機動の奇抜さならアイツ等にも負けないぜ――っと。………え?自慢出来るような事じゃない?まぁ……良いじゃん。
バンデッド02は、俺の攻撃を避けるために障害物に回り込んで、移動しながら射撃してくる。旧OSながら良く動く。尊敬するよ…
だけどな、こちとら夕呼先生が作ったXM3だぜ――

 「そんな動きで逃げきれると思うな――!」

バンデッド02に真っ直ぐ突っ込みながら、左右に細かく機体を振ってフェイントを入れ狙いを狂わせる。
そして接近しながら脇の廃墟を足場に、三角飛びの要領で飛び上がりつつ、空中での倒立反転で敵機の真上に。
その機動に対する、敵機の辛うじてというレベルの迎撃を難なく避け…
太陽を背に、突撃砲を斉射――

 「01、バンデッド03スプラッシュ!!」

1機撃墜。ざっとこんなもんよ。

 『お見事、―――っ!?』
 「まり――軍曹!」
 『エンゲージ・ディフェンシブ――機体に損害無し!』
 「援護します!その先の空き地に引き込んでください!!」
 『了解!』

俺が1機撃墜したのと、ほぼ同じタイミングでまりもちゃんが襲撃された。幸い損害も無く、指示通り順調に広場に向かっている。
まりもちゃんを襲ったのは1機……あと2機、どこかに潜んでいるわけだ。
1機目を撃墜する際に突っ込みすぎて、まりもちゃんと少し離れてしまったので、俺は別ルートで空き地に向かう。
何を狙っているんだ…?このままなら各個撃破して終わっちまうぞ。
まりもちゃんの方は、アッサリと広場に誘い込もうとしている。あまりにも順調で、俺の援護は必要なさそうなくらいだ。……こんなに簡単に誘い込めるものか?
………!まさか――

 「アンブッシュ!――軍曹!!その空き地はっ――」
 『――!!』

俺が言うが早いか、敵の新手が空き地付近に出現した。
瓦礫や廃墟でレーダーがまともに機能しない現状では、俺の位置からではまりもちゃんからのデータリンクによる情報しかない。
まりもちゃんが空き地に入った途端に現れたことから、空き地に誘い込む気だったのは向こうの方だったみたいだな。
このままじゃ、まりもちゃんが挟撃されちまう。俺の方も挟撃するつもりだったので、空き地まで別ルートで向かったのが裏目に出てしまった。

 『エンゲージ・オフェンシブ――バンデッド02、04インレンジ!』
 「まりもちゃん!!」
 『このくらい――やれるわ!』

あっちの状況が掴めないので、俺はまりもちゃんの無事を祈りつつ全速で向かう。
開始から速攻で撃墜して、優勢かと思ったら微妙にピンチじゃねぇか……やってくれるねぇ~~~、さすがはエースだ。

 『――02、フォックス03!!』

頼むぜ、まりもちゃん――



◇ブリーフィングルーム◇ 《Side of 遙》


午後の最初に予定されていたデモンストレーションが始めると、待機していた私たちは食い入るようにモニターを見ていた。
かつての教官と、今の同僚が揃って出ているのだから、その注目度は他の評価試験よりも高い。

 「おぉ~~~!さすが白銀大尉」
 「撃震のくせによくもまぁ、あれだけの機動が出来るわね……」
 「それで調子が良くないなどと言ってますからね、ヤツは」

白銀大尉が、いつかの模擬戦で見せたようなアクロバットな起動で仮想敵を撃墜した。
それを見た隊員たちは、感嘆しながらも呆れるという珍しい現象が起きてるよ………

 「あ――今度は教官が――」
 「神宮司教官、私たちの頃より強くなってません…?」
 「あぁ…私もそう思っていたところだ………」
 「より厳しくなっているのでしょうか……」

風間少尉の一言で、全隊員の顔が若干青ざめたような気がするよ………
モニターに目をやると、神宮司教官は仮想敵2機を相手に大立ち回りを演じ、白銀大尉との連携で見事撃墜していた。
開始数分で既に3機撃墜。トライアルが始まってからずっと観戦しているけど、このペースは最速。
やっぱり凄いね。



◇横浜基地・司令室◇ 《Side of 夕呼》


――やるじゃない、まりも。さすがは狂犬ってとこかしらね。最後の敵も呆気無かったわね~~~。
あの2人が、予想以上のハイペースでデモンストレーションを終わらせちゃうから、“アレ”の時間と少しズレてしまった。
白銀には始まる前に目安の時間は伝えたんだけど、これじゃあ意味が無いわ。
なんのために教えてあげたんだか………教えなくても変わらなかったじゃないのよ。
………そこまで考えて、ふと思った。

 (――私も甘くなったわね……)

以前の私なら、わざわざ教えたりはしなかったでしょう。
それなのに今日の私は、何を思ったかハンガーまで足を運んでまで伝えていた。何やってんのかしらね。ま、今はそれは脇に置いておきましょう。
さぁ、どう対処するのか見せてもらうわよ――



[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第24話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2013/01/02 01:04
◇第二演習場◇ 《Side of 純夏》


御剣さんのやる気がスゴイ。
タケルちゃんのせいだね。うん、間違いない。さっすが恋愛原子核?!

 『――06(鑑) は右から回り込め!03(鎧衣) は後方から援護!』
 『「了解!!」』
 『あと2機だ。数で圧す――』

残り時間を15分くらい残して、こっちが優勢。今は捕捉しているバンデッド01を追いかけてる。もう1機は見失っちゃってるけど、そのうち出てきそう。
――っと。いつの間にかバンデッド01が射程内に入ってた。

 「バンデッド01インレンジ!06、フォックス03!!」

むぅぅ……やっぱり戦術機の操縦って難しい。当てるつもりで狙っているけど、なかなか当たってくれない。
自動操縦にすれば考えたとおりに動かせるけど、それは絶対にやるなってタケルちゃんに言われてるし………こうして実際に動かしていると、みんなの凄さがよく分かるよ。
御剣さんと彩峰さんの近接戦闘とか、壬姫ちゃんの狙撃とか。榊さんと美琴ちゃんの技術もスゴイし。
私も負けてられない!!――って思うけど、戦術機の操縦とか兵科じゃ勝てないんだよね……座学はなんとかなるけど。

 『06!そのまま釘付けにしてくれ!!』
 「了~~解!」

バンデッド01と戦いながら、御剣さんの合流を待っている――と………

 『――ん?何だ………爆発?』
 『――何かあったのかな?』

別のエリアの方で煙が上がっている。その前には爆発音も響いて、今も断続的に鳴り響いている。そのせいで、私たちも仮想敵部隊も戦闘を中断していた。
………始まったんだね。



 ――コード991――



 『『――!?』』

網膜に投影されたその警告を見て、御剣さんと美琴ちゃんの顔が一瞬のうちに強張る。

 『――HQより、演習参加中の全ユニットへ!第一演習場にてコード991が発生。演習は即時中止!』
 『『!!』』
 『第一演習場の各部隊は敵の侵攻を阻止せよ!!』

HQからの支持があったものの、演習に出ている戦術機は模擬弾と模擬刀しか積んでない丸腰同然。
その指示に対して通信からは当然のように、演習場にいる部隊の怒号が飛び交っている。

 『おいっ!――ヒヨっ子共!!』
 『『――っ!』』
 『前はあたし等で固める。貴様たちは仲間と合流し、ハンガーまで下がって武器を持ってきな!貴様たちの腕なら出来るだろう!?』

女の人の声――仮想敵部隊の衛士から通信が入った。
みんなは気付かないだろうけど、私には分かってしまった。この声の主も、恐怖に押しつぶされそうな自分を必死に奮い立たせているって。
それでも私たちを信じて下がれと言ってくれた。なら、私たちはそれに応えなきゃならない。

 「了解!」

緊張や動揺のせいか、声が出せないでいた207各隊員の変わりに私が大きな声で返事をした。

 「――20706より20701へ!合流してハンガーに行こう!」
 『こ、こちら01――207各機は全速でハンガーへ!!』
 『『了解!!』』

分隊長の榊さんに代わって勝手に返事をした流れで、今やらなきゃならない事を明確にしてあげた。みんなはコード991どころか、本物のBETAを見たこともないはず。
だから動揺も緊張もすると思う。怖くて逃げ出したい――そう思うのも当たり前。
でも、やらなきゃならない事がある。私たちがやらなきゃ、さっきの人たちが死んじゃうかもしれない。そんなのは嫌だ。
たとえ知らない人でも死んでほしくない、死なせたくない。私が頑張ることで助かる人がいるなら、私は全力で頑張る!!
それにさ……ピンチのときには、必ずヒーローが助けに来てくれるんだよ。

ね、タケルちゃん――



◇横浜基地・戦術機ハンガー◇ 《Side of みちる》


 「――ヴァルキリー01より、ヴァルキリーズ各機。急な出撃の上に、相手はBETAだが浮き足立つなよ。“任務完了”まで気を抜くな――」
 『『了解!!』』

任務完了の部分を強調して隊員たちに発破をかけた。
およそ、ひと月ぶりの対BETA戦。何故ここにBETAが出現したのか……疑問はあるが、今はBETAを駆逐するのが先だ。
原因の究明など、後からいくらでも出来るだろう。

 「行くぞ――!」

勢いよくハンガーから飛び出しながら、ふと思う。――まさか、このBETAたちは………



《Side of まりも》


コード991ですって!?どうして――
自分の出番が終わり、ハンガーに備え付けられたモニターで観戦しながら、機体の整備を始めようかとしていたとき、警報が鳴り響いた。
それからすぐ、即応部隊として出撃するA-01の面々がハンガーにやって来て、ちょうど今出撃していったところ。
私も撃震で出撃しようとしたけれど、主機を落としたばかりの上、演習弾を装備しているため、とてもスクランブル出来る状態では無い。

 「――まりもちゃん!不知火で出ましょう!!」
 「大尉!?」

言いながら駆け寄ってきた白銀大尉は、そのまま私の手を取り不知火が置いてある方へ走る。

 「わざわざ撃震を再起動して換装するより、不知火で出る方が早い!」
 「それは――そうでしょうけど……」
 「迷ってる暇なんて無いですよ!演習場にはアイツ等が居るんですから!!」
 「――!!」

そうだ…演習場では教え子たちが実測を――
私は何を迷っているの………教え子たちは丸腰で戦場に居るのに私は――

 「行きましょう――!」

そう言うと、白銀大尉は走りながらも笑顔を見せてくれた。
それから私たちは不知火のところまで手を繋いだまま走った。あとから思い出して1人で恥ずかしがったのは内緒……



《Side of 壬姫》


 『あの不知火、もしかして――』
 『この間の部隊…?』
 『かもしれぬ――』

私たちがハンガーに着いて、実弾装備と前線に運ぶ物資を受け取っていると、別方向から出撃していく機影がいくつか見えた。
数日前、短い時間だったけれど横浜基地を護るために一緒に戦った戦術機たちだ。たぶん、あの部隊には白銀大尉もいる。もう出撃しているかもしれない。
待機中だった他の部隊も続々と出撃しているようで、BETA出現で混乱していた状況も回復の方向に向かうと思う。
とにかく、今は一刻も早く前線に武器を届けなきゃ――



《Side of 武》


ヴァルキリーズの出撃から遅れること数分、俺とまりもちゃんも不知火で出撃した。
BETAが出現してからの状況の推移を見ていたが、各々の対応が迅速で被害はさほど広がっていない。
この前の戦闘のおかげだな。周辺警戒に出ていた部隊があったっていうのも効いてるはずだ。
なんていうか、デモンストレーションで気合を入れすぎた……開始前、夕呼先生にBETA出現時刻の目安を教えてもらったのに、うっかり忘れて大暴れしちまった。
俺たちのデモンストレーションを長引かせて、BETAが出現したら、丸腰のまましばらく戦ってみせるつもりだったんだけどな………
ま、過ぎちまったことは仕方ねぇ。あとで夕呼先生に謝っておくとして、こんな戦闘はさっさと終わらせよう。

 「――お、純夏たちが頑張ってるな。援護するか」

前線に届ける武器を運んでいる純夏たちに、護衛はついていないようだ。いくら腕前は一級品でも、アイツ等は対BETA戦闘の経験が無い。
援護も無しに戦場をフラフラするのは自殺行為だ。
小隊6機程度なら、俺とまりもちゃんで十分カバーできる。

 「01から02へ――これより207を援護します!」
 『――了解』

BETAが相手とはいえ、この戦いは仕組んでいたことだ。こんな戦いでアイツ等がやられるとは思わないが………前の世界でのこともある。
万が一のことも考えて最善を尽くそう。前の俺とは違うんだ――



《Side of 美琴》

……戦術機相手の模擬戦なんかと全然違う――!
これがBETAとの戦闘………恐怖と緊張がジワジワと身体を蝕んでいく。レバーを握る指は小刻みに震え、息は上がる。
自分は今、正常な判断が出来ているのだろうか――

 「――はぁ――はぁっ――っ!?」


ビーッ!ビーッ!ビーッ!


警報とほぼ同時に前方の廃ビルが吹き飛んで、数体のBETAが飛び出してきた。

 『――全機散開!武器を届けることを優先して!!』
 『『了解!!』』

すばやく判断した榊さんの指示にボクたちは従う。
この状況の中で、隊の指揮を執るなんてボクには………――こんなときにボクは何を考えてるんだ……余計なことを考えてる余裕なんか無いのに――っ!
パニックになってしまいそうな自分をギリギリのところで奮い立たせ、ボクは戦場を駆け抜ける。


ビーッ!ビーッ!ビーッ!


再び警報が鳴ると、移動ルート上にBETAが2体も現れた。
咄嗟に周りを確認したけど、また迂回しようにも両脇は瓦礫などで塞がっているし、後退すると先ほど出現したBETAの方に戻ることになってしまう。
飛び上がって移動すればこの場は何とかなるかもしれないけど、もし光線級が居た場合はレーザー照射を受けるかもしれない………
どうしたら……一刻も早く武器を届けないといけないのに――!!

 「くっ――!!!」

ボクは意を決し、ルート上のBETAを越えようと決め正面を見据える。――と、BETAは出現してから動きが無いことに気付いた。
それを不思議に思いながらも、ボクは機体をBETAに向ける。もうすぐ接触するという距離まで近づいたとき――

 『無茶はするな――俺たちが援護する』

動きの無いBETAの後ろから、両手に長刀を持った不知火が現れ、その不知火から通信が入った。

 「………白銀大尉――!?」
 『後ろのBETAは神宮司軍曹が片付けた。みんなと合流しろ――』
 「――り、了解!」

援護してくれる人が現れて、ボクは全身から力が抜けそうになったけど辛うじて耐えた。
こんなところで気を抜くわけにはかない。ボクたちの到着を待ってる人たちがいるんだから――



◇司令室◇ 《Side of 夕呼》


司令室にて状況を傍観していると、各部署共にしっかり機能しているようだった。
現場の状況も、警戒中だった部隊や即応部隊の対応が迅速だったおかげで、戦闘の規模の割りに被害は大きくない。

 「――へぇ……」

私の予想以上に、先日の一件はこの基地の意識を変えていたらしい。これなら大丈夫だと思いたい。
先日は戦術機、今日はBETA――先月終わりにはHSST落下………これだけ立て続けに事が起きれば、ここが後方だという意識は完全に吹き飛ぶでしょう。
この先に控えている大規模作戦……あれを成功させなければ、人類に未来など無いのだから。



夕方 ◇ハンガー◇ 《Side of 晴子》


BETAが現れてから全滅が確認されるまで、さほど時間はかからなかった。全滅と報告は入ったけど、その後も念のために警戒はしていた。
警戒中、生き残ったBETAが現れることも無く、極めて静かな時間が流れていった。そして、ついさっき私たちの警戒任務も終了。
他部隊と交代して、今ハンガーに戻ってきたところ。

 「ふぅ………」

私は自機の管制ユニットから出て、キャットウォークの手すりに寄りかかり息をついた。
疲れた――訓練での疲れとは質が違う。それも当然か…訓練とは緊張感が段違い。BETA相手の実戦だもん。
しかもまだ2度目だし。でも今回は、前のときのような失敗はしなかった……と思う。
新潟でBETAと戦った約1ヶ月前から今日まで、私たちは文字通り血の滲むような訓練をしてきた。その成果が少しずつ出てると良いな――

 「晴子~!」

少し離れたところから茜が呼んでいる。茜の周りには同期の面々もいて、こちらに手を振っているのもいた。
私も手を振りかえし、茜たちの方へと向かう。みんな少し疲れた顔をしているけど、それでも笑顔。今回も私たちは誰も欠けることなく、みんな揃って帰ってこれた。
これで任務完了――だよね?白銀大尉。



◇横浜基地・PX◇ 《Side of 冥夜》


今回も全員無事に戦闘を切り抜けた。コード991を体験し、全員が無事に帰還できたのは大変喜ばしいことだろう。
さて、本日も皆で普段と変わらぬ夕食のひと時………となるわけもなく、皆一様に疲弊しきった様子だ。
飲み物だけで済ませるか軽食で済ませるか、となっている。無論、私もその一人だ。しかし……例外が居る。

例外――鑑だけは、普通に食事をしているのだ。
実際にはBETAと戦闘したわけではないが、初めてBETAのいる戦場に出て、あの異様な空気を感じた後に、私は食欲などわかぬ………
なので、鑑の様子は信じ難いものがある。無理に食事を摂っている風でもなく、至って平常通りなのだ。
これも彼女が“特別”たる所以なのか…

 「……足りない」

軽食を摂っていた彩峰が、突然そう言って立ち上がりカウンターの方へ行ってしまった。

 「鑑の食欲に中てられたのね」
 「――ふぇ?」

それを見た榊が、お茶を啜りシニカルな表情をしつつ言った。榊の言いたいことは分かる。鑑が普段通りにしているからこそ、我等は――
初めてBETAを目前に捉えたときの、あの恐怖や緊張感その他諸々で、直接戦闘したわけではないにもかかわらず私は満身創痍だった。
帰ってきてからも食欲などわかず、辛うじて軽食を摂っていたのも、何か胃に入れなければという考えだっただけなのだ。

 「貴女があまりにもいつも通りだから、深く考えるのがバカらしくなってきたわ……」
 「ふむぅ…?」
 「お腹空いてきたって意味よ。私も何か取ってくるわ――」
 「あ、ボクも行くよ~!」
 「私も私も~~!!」

榊が立ち上がったのを皮切りに、珠瀬と鎧衣も立ち上がり揃ってカウンターの方へ歩いていった。

 「――御剣さんはいいの?」

鑑が味噌汁を啜りながら尋ねてきた。頬に米粒がついている。教えるか教えぬか、少し考えたが結局そのままにすることにした。
タケルだったらどうするかを考えた結果だ。許すがよい………

 「うむ、私はこれで足りそうなのでな。しかし――そなたはよく食べるな」
 「腹が減っては戦は出来ぬ~~だよ!」
 「ふふ――なるほど。ならば、しっかり食べねばな」
 「うん!」

この後すぐに榊たちがトレーを手にして戻ってくると、いつも通りの食事風景になってしまった。
鑑が食べ物をのどに詰まらせ、苦しそうにしていたので慌てて飲み物を差し出してやった他は、何事も無く時が流れていった――



12月9日 (日) 昼 ◇夕呼執務室◇ 《Side of 武》


 「昨日はお疲れ様。はいコレ――」
 「「……?」」

夕呼先生に俺とまりもちゃんが揃って呼び出された。
執務室に来てみると、いつも通り机に向かって何か作業中だった夕呼先生は、まりもちゃんにだけ書類を渡した。………俺にはくれないのか?

 「――!!」

渡された書類に目を通していたまりもちゃんが息をのんだ。
何かと思って脇から覗くと、“辞令書”という文字が目に留まった。

 「辞令書…?」
 「そうよ。トライアルが終わり次第207Bは任官、まりもは復帰させると言っておいたでしょう?」
 「それは覚えてますけど……まさか今日任官させる気ですか!?」
 「色々と手続きが必要だから今日は無理よ。だから明日、解隊式を行うわ」

………本当にすぐだな。アイツらの機種転換や連携訓練なんかを考えると、早けりゃ早いだけ良いんだけど、ここまで早いとは思わなかった。

 「それでこれを私に……」
 「えぇ。期待してるわよ、まりも」
 「は。受領致します」

ピシッと敬礼をしたまりもちゃんは、とても頼もしく見えた。
この後、少しだけ3人で雑談していたが、夕呼先生が仕事に戻るからと俺たちを追い出した。
それから俺は、まりもちゃんと昼飯を食ってから別れ、屋上に出向いてみた。

すると、いつかのように彩峰が定位置に居たので、彩峰と他愛も無い会話をしたりしていると、後から純夏と霞が上がってきた。
2人を加えると会話も弾む。しばらくしてから皆でPXに移動して、一服していると冥夜と委員長、そして美琴とたまも集まってきて、気付けば207B全員が揃っていた。
委員長は初めこそ俺に気を使っていたようだったが、次第に遠慮が無くなっていき、最終的には前回までのように、辛辣な突っ込みが飛んでくるようになった。
この変化は嬉しかったけど、突っ込みがキツかった……さすが委員長。

そのまま夕食もみんなと食べ、賑やかなまま日曜は過ぎていった――




[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第25話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2017/02/11 21:52
12月10日 (月) 午前 ◇横浜基地・講堂◇ 《Side of 慧》


只今の時刻、午前十時。
私たち第207衛士訓練小隊は、通常の日程を無視して講堂に集められている。

 「なんの集まりだろうね~?」
 「ここに集まれってしか言われなかった」

今朝の点呼のとき、集合時間と場所だけが伝えられていた。
講堂に来たのは久しぶり。前に来たのはいつだったっけ…?覚えてないや。ま、いっか――
特殊な訓練でもするのかな?衛士訓練でこの場所を使うとは思えないんだけど………
そんな事をボンヤリ考えていると、講堂に誰か入ってきた。

 「小隊整列!!」
 「「――!」」

入ってきてすぐに号令をかけたのは神宮司教官。その後に白銀大尉と……あれは基地司令?なんで…

 「只今より、国連太平洋方面第11軍横浜基地衛士訓練学校、第207衛士訓練小隊の解隊式を執り行う――」
 「「――!?」」

白銀大尉の発した言葉に息を呑む。
解隊式……そっか、私たち任官するんだ。任官、できるんだ。ようやく………衛士に――

 「――基地司令訓示」
 「訓練課程が終了し、晴れて任官というめでたい日だ。本来ならば盛大に祝ってやりたいところではあるが、この解隊式が急遽決定したことで、その用意が出来なかったことを詫びよう――」

司令の話を聞きながら、ここまでの道のりを思い出す。
本当にいろんなことがあった。辛かった。泣きたいときもあったね……泣かないけどさ。総戦技演習は2回もやった。
合格してからだって、新OSのXM3を使わされたり、HSSTが落ちてきたり、横浜基地がピンチになったり、演習中にBETAは出てくるわ………
あぁ、仲間が1人増えたりもした。新しい教官も来たし。

思えば、ここ1ヶ月ちょっとの出来事ばっかりだね。大きく変わったことといえば、やっぱり鑑の参入と白銀大尉かな。あの2人が来てから、大きな出来事が頻繁に起こってるね。
鑑の参入は私たちにとって間違いなくプラスになったし、白銀大尉が考案したOSと彼の教導があったから実戦でも戦えた。
勿論、神宮司教官にも感謝してる。迷惑も“それなりに”かけた。感謝してもしきれない。
これからどんな部隊に配属されるのか………
配属先が同じになるかどうか分からないけど、今まで散々、苦楽を共にした207の面々と離れるのは少し寂しい。榊は……まぁ、お情けで寂しいことにしておこう。
配属先は、どうせなら白銀大尉のいる部隊が良いかな?なんてね――

 「――最後に、この度の急な昇進は、諸君等のこれまでの目覚しい活躍を評価してのものであることを付け加えておく」
 「引き続き、衛士徽章授与を行う――」

この後も順調に進み、それぞれに衛士徽章が渡され、ついに念願の“衛士”になれた。
これで予定されていた全ての項目が終了し、第207衛士訓練小隊の解隊式は無事に終了した。そしてラダビノット司令の退出に伴い、神宮司教官も一緒に講堂を出て行った。
残った白銀大尉が、私たちの今後の日程を伝えた後に――

 「――おめでとう」

それだけ言って退出していった。
ズルイ……アレは反則。卑怯。やっぱり侮れない………油断した。やられたね。
ま、今日くらいはいっか――



《Side of 純夏》


みんな感極まって涙ぐんでる。
私も泣きそうになったけど、この後のことを思うと涙が引っ込むよ……ホント、タケルちゃんは人が悪いね。こんなに感動してるのに――

 「――まだ、やらなきゃならないことが残ってるわ」
 「うん…そうだね」

あんまりお勧めしないよ~~。今回はあの人もグルみたいだから――なんて言うのもヤボか。はぁ~~~………アレ……?結局、私も共犯になっちゃう?
う~~………後が怖い。やっぱり教えちゃおうか……いや、でもそうするとタケルちゃんが――

そんな私の葛藤など知る由もない、元207B訓練小隊の元隊員たちは、恩師のところへ向かった。
司令官さんと一緒に出て行っちゃったから、結構探すことになるかと思ったけど、探し人は講堂を出るとすぐに見つかった。
探し人――神宮司軍曹とタケルちゃんは、私たちが行く前に自分から近づいてきて――

 「――」

神宮司軍曹は静かに敬礼をした。“今は”私たちの方が階級は上だから当然のことなんだろうけど、やっぱり変な感じ。
まぁ…“今だけ”だから気にしてもしょうがないか。タケルちゃんは軍曹の後ろに下がって、優しく見守るようにしている。

 「神宮司軍曹――大変お世話になりました」
 「ご昇任おめでとう御座います。武運長久をお祈りしております!」
 「……このご恩、決して忘れません――!」
 「お気を付けください、少尉殿。私は下士官です。丁寧な言葉をお遣い頂くにあたりません」

どうしても敬語を使ってしまう榊さんに、神宮司軍曹は優しくたしなめた。
後に続いた他の皆もボロボロで、言葉使いを気にする前に涙が溢れてどうにもならなくなっていた。あの彩峰さんも涙を零してたよ………
全員が神宮司軍曹に挨拶を終えると、今度は諸悪の根源――もとい、タケルちゃ……白銀大尉に向き直った。

 「「大尉――ご指導ありがとうございました!!」」
 「あぁ……みんな今日までよく頑張ったな。俺たちも胸を張って送り出せる――諸君の健闘を祈る」
 「「は!ありがとうございました!!」」
 「――あぁ、鑑少尉。午後のスケジュールだが、君は1300に香月博士のところへ行ってくれ。それまでは自由にして構わないそうだ」
 「了解!」

君、だって。似合わな~~~~。演技にも程があるよ………私、どうなっても知らないからね~~。
挨拶を終えた私たちと最後に敬礼をして、2人の教官は私たちの前から去っていった。
その後姿を、私たちは見えなくなるまで見送ったよ。本当なら感動のシーンなのに……はぁ…

この後は、いつものように全員でお昼ご飯を食べて、時間まで全力でノンビリ過ごした。私たちだけで過ごす時間はこれで最後。次に集まるときは、もっと大勢の仲間がいる。
そして別れの時間――必ずまた会おう。そう誓ってみんなと別れた。

………みんなゴメン。すぐに会えるよ――



午後 ◇ブリーフィングルーム◇ 《Side of 千鶴》


 「――と、なります」

白銀大尉から言われた予定時刻にブリーフィングルームで待機していると、イリーナ・ピアティフ中尉が現れた。
そして中尉から、この後の流れの大まかな説明を受け終わったところだ。
この説明の中で一つ、非常に驚いたことがあった。それは私たちが配属部隊される部隊についてだ。

ここに居る新任少尉――鑑を除く元207訓練小隊の面々は、なんと全員が同じ部隊へ配属されるそうなのだ。
これには本当に驚いた。それと同時に嬉しかった――苦楽を共にした仲間であるし、離れ離れになることは覚悟していたが、やはり寂しかった。
………彩峰はオマケで寂しいってことにしておきましょう。

そういうわけで、配属先に一人ではないという安心感が生まれ、それまであった緊張感は少しだけ解れてくれた。ここに鑑が一緒ではないのが残念で仕方ない……
しかし配属される部隊が、どうやら副司令直属の部隊だそうなので、副司令の特殊任務に出向いていた鑑とも会える可能性がありそうだ。

 「説明は以上です。では、これより皆さんが配属される部隊へご案内します――」

私たちはピアティフ中尉の指示に従って移動を開始した。見慣れたはずの基地内の通路も、いつもと少し違って見える――気がする。
しばらく歩くと、とあるブリーフィングルームの前でピアティフ中尉は立ち止まり、私たちに少し待つように伝えて中へ入っていった。
しかし待っていたのはホンの短い時間で、すぐに中に入ってくるように言われた。

そして私たちは出会う――のちに伝説となる部隊と、戦乙女たちに。



《Side of 祷子》


私たちの前には今日付けで、伊隅ヴァルキリーズに配属されることになった新任少尉5名が並んでいます。
ここに入ってきたときは、皆さん初々しい表情をしていたのですが、私たちの中に知った顔を見つけたのか、今は驚いた表情をしています。

 「――知った顔がいて驚いただろう。話したいことも山ほどあるだろうが、まずは互いに自己紹介をしよう。私は伊隅みちる大尉だ。この隊の隊長を務めている。これから宜しく頼む」
 「「は!宜しくお願い致します!!」」
 「先に中隊のメンバーを紹介する。右から、CP将校の――」

先任も新任も滞りなく自己紹介を終えました。
最後に伊隅大尉が、新任たちのために部隊の説明をしてブリーフィングは一旦終了というところで、再びブリーフィングルームのドアがノックされました。

 「遅くなってすんません」
 「いや、悪くないタイミングだ。今しがた終わったばかりだからな」
 「「――!!!」」

応対した伊隅大尉が招き入れると、新任少尉さんたちは息を呑み、目を丸くしています。
それを見て涼宮少尉たちや速瀬中尉と美冴さんはニヤリと笑い、涼宮中尉は微笑んでいます。

 「彼も我が隊のメンバーだ。既に知っているとは思うが、一応自己紹介してもらおう」
 「――白銀武大尉です。これから宜しくな?」
 「「~~~~~~~っっ!!!!」」

今にも地団駄を踏みそうな新任少尉たち。

 「今日配属されてくる新任少尉たちが、お前らだとは思わなかった。これは嬉しい誤算だな~~。はっはっはっはっは!」
 「「………………」」

物凄い形相をしている娘が何人か……白銀大尉にしてやられた事に気付いたのでしょう。
そして私の隣に座っている美冴さんの目が、獲物を見つけた猛禽類のような目になっていることには触れないでおきましょう………
少尉たち、強く生きるのです。

 「――っと、あんまり待たせると申し訳ないんで――もう1人この隊のメンバーになる人を紹介します。入ってきてください!」

大げさな身振り手振りで新任少尉たちをからかっていた白銀大尉が、気を取り直してドアの方に声をかけると、こちらも良く知る人物が入ってきました。
そして白銀大尉の隣に並んで自己紹介を始めました。

 「本日1200付けでA-01部隊――伊隅ヴァルキリーズへ配属になりました、神宮司まりも“中尉”です。以後よろしくお願いします」
 「――って事で宜しく!あ、ちなみに神宮司中尉は副隊長だから」
 「「えぇぇぇ~~~~!?!?」」

つい数時間前まで教え子だった娘たちの反応を見て、にんまりと笑ってサムズアップする白銀大尉と苦笑する神宮司中尉。
また1人、頼もしい方が仲間に加わりました。神宮司中尉の加入は新任少尉たちだけでなく、私たちにとっても大きな意味を持っています。
喜ばしいことですが、これからはより一層気が抜けなくなってしまいました。何故って……この隊のメンバーは全員、神宮司教官の教え子なんですから。
恩師の前で無様な所は見せられませんわ――



《Side of 武》


あ~~~腹いてぇ。笑いそうになるのを必死に堪えてたら腹筋がつりそうだ。
俺とまりもちゃんが続けて登場したのには、さすがのアイツ等も驚いたみたいだ。
さっきから委員長と冥夜がスゲー睨んでくるんだが………彩峰もジッと俺を見てるし、たまと美琴も冥夜たち程じゃないが俺を睨んでる。
相当ご立腹の様子ですな。

 「――白銀大尉……後ほど少々お時間を頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
 「…ん?」

冥夜サン、こめかみがピクピクしてますよ?

 「私からもお願いします。大尉――」

榊くんもホラ、青筋を立ててどうしたのかな?

 「手間は取らせない……」

ほぅ…それは本当かね?彩峰くん。珠瀬くんと鎧衣くんまで頷いて……
どこかで見たことがあるような光景だな――このまま何処かに連れ去られてボコボコにされたり………

 「ふむ――連携も良さそうだ。さすが神宮司教官の教え子ですね」
 「そうだな。腕の方も申し分ないと聞いている。期待させてもらおう」
 「えぇ。からかい甲斐もありそうですし――これから楽しみですよ」
 「止めはしないが程々にしておけ。今日からは教官も一緒なんだからな……」
 「おっと――そうでした。ふふふ――」

何やら不穏な会話をしている方々がいらっしゃるのですが…
速瀬中尉と涼宮たちは面白がってニヤニヤしてるし、涼宮中尉と風間少尉のヴァルキリーズ清涼剤コンビは微笑ましそうに見てるだけ。
こっちを助ける気はさらさら無いと。
うん…まぁ、分かってたけどさ。ここまでほったらかしにされると、それはそれで寂しいもんだよ?

 「――伊隅大尉。そろそろ進行した方が宜しいのでは?」
 「!――そ、そうですね。では、新任少尉は――」

あぁ――また助けてくれるのか………まりもちゃんが配属されて本当に良かった――
まりもちゃんの助け舟によって冥夜たちの意識は俺から逸れ、雑談をしていた伊隅大尉と宗像中尉は慌てて会話を中断。
ニヤニヤしていたグループも顔を引き締めている。冥夜たちは言わずもがなだ。全員の表情が一瞬にして引き締まっちまった。
最強と謳われる伊隅ヴァルキリーズも、まりもちゃんの前では形無しみたいだな。
どんだけ恐れてんだよ………まりもちゃん優しいのに。

 「腕試しは持ち越しか~~~~。楽しみにしてたのに~~」

心底残念そうな声を上げる速瀬中尉。たぶん嘘偽り無い本心だろう。
この人は戦うことを生き甲斐にしてるんじゃないかと、最近は割りと本気で思う――

 「不知火への機種転換してないんですから、もう少し先になりますよ?」
 「むぅ~~~……じゃあアンタ代わりに相手しなさいよ!」
 「なんでそうなるんですかっ?!今日はハイヴの予定でしょう!?」
 「え~~~~!?せっかく新人が入ってきたのにぃ~~………」

冥夜たちの腕前を喋りすぎたか……しかし吹雪じゃ話にならねぇし、かと言って速瀬中尉の機体を変えても本人は納得しないだろうし。
でも何とかしないと俺に絡んでくる…どうしようか。

………あ――そうだ。

 「じゃあ神宮司中尉と戦ってみたらどうです?」
 「んなっ――!?ア、アアアンタ何言ってんのよッ!?」

不満げに頬を膨らませてた速瀬中尉は一転、タジタジ。
さすがの突撃前衛長も、恩師に向かってそういう事は言えないらしい。まりもちゃんスゲーな。

 「だって、勝負したいんでしょう?」
 「ふぬっ……そりゃ勝負はしたいけどさ~~~…ねぇ?」
 「――だそうですけど、神宮司中尉はどうです?元教官として、かつての教え子の成長を確かめてみるっていうのは」
 「構わないわ。むしろ、こちらからお願いしたいくらいよ?」
 「ぐぬぬぬ……覚えてなさいよ~~白銀ぇ………」

俺の提案を二つ返事で承諾して不適に笑うまりもちゃんと、まりもちゃんに聞こえないようにボソボソと文句を言う速瀬中尉。
これで当分は大丈夫だろ……たぶん。

 「――随分と賑やかね~~~。6人も増えれば当然かしらね」
 「「副司令!?」」

突然現れた上司に驚き、全員がブリーフィングルームの出入り口に注目した。

 「どうしてここに……?」
 「私の部隊だもの。様子を見に来たっておかしくはないでしょう?」

珍しいこともあるもんだ。あの夕呼先生が自分から出てくるなんて。
こういう事があると、何か企んでるんじゃないかと疑ってしまうのは、この人の普段の行いのせいだと思う。

 「――あまり時間が無いからさっさと用件を済ませるわよ」
 「何かあったんですか?」
 「また3日ほど帝都に行ってくるのよ」
 「はぁ………そうなんですか。それで用件ってのは?」
 「“あの娘”のお披露目よ。あの娘も私と一緒に行くんだけど、先にこっちに挨拶しときたいって言うのよ」

なるほど――アイツも一緒に行くのね。
つーか、昼に会ったとき夕呼先生は帝都に行くなんて言ってなかったぞ。急に決まったのか?時間ないって言ってたし。

 「ほら、入ってきなさい――」
 「失礼しま~す!」
 「「――!?」」

うむ。元207Bのメンバーは驚いてばかりですな。
そいつが入ってきて、まず目に付くのは見慣れたアホ毛と馬鹿でかいリボン。あんなもんを装備してるヤツは1人しかいないだろう。

 「この娘も今日から伊隅ヴァルキリーズの一員よ。勿論まりもの教え子」
 「鑑純夏少尉です!これから宜しくお願いします!!」
 「「!!!」」
 「――ってわけよ。じゃあ私たちは出かけるから、後ヨロシク~~~」
 「あははは………え~~と、行ってきます?」

そして嵐のように去って行く上司とアホ毛。
一体なんだったんだ……一同ポカンとしてるぞ。こういう所は向こうの世界の夕呼先生と同じだよな。
周りをドーンと巻き込むのとかさ…

 「コホン――気を取り直して、やることをやろうか」

いち早く立ち直った伊隅大尉の声で、各人それぞれの持ち場へ移動を開始した。

結局この日の訓練は、まりもちゃんがヴァルキリーズの先任たちと1対1で戦っていくという荒行で終わってしまった。
勝負の結果は、速瀬中尉には負けてしまったものの、他はまりもちゃんの全勝。伊隅大尉は新任少尉たちの座学担当だったから参加していなかったけど。
……まりもちゃんってこんなに強かったのか。スゲーな。みんな頭が上がらないわけだ。
また全員と戦わされたら堪ったもんじゃないので、管制室に逃げ込んだ俺はボンヤリとそんなことを考えてた。

この後に待っている悲劇を知らぬまま――



夜 ◇シミュレータールーム◇ 《Side of 美冴》


いやはや――話には聞いていたが、実に面白い娘たちが仲間になったものだ。
それにしても……ふふふ――やはり白銀は面白い。
今日話した感じでは、新任連中が白銀に心酔していることは間違いない。おそらくそれ以上の感情も………
これからは今まで以上に楽しくなりそうだ。

 『――やっぱり今日から参加ってわけじゃないのか~~』
 『任官した日から特訓に参加させるほど、私も鬼では無いぞ?こういう事をやっているとは伝えた。すぐにでも参加したそうにしていたが、さすがに今日はな――』
 『色々あったもんね~』

柏木の言う色々とは白銀の姦計のことだろう。
昼間の様子を見るに、新任連中は白銀にまんまと一杯食わされたようだった。
白銀は策略に引っかかる側だと思っていたんだが、何かを企てることも出来るらしい。

 『そういえば夕食の後、どこかに連れてかれてたね』
 『あぁ――そういえばそうね』
 『その後さ、遠くから悲鳴みたいのが聞こえたような気がしたんだけど……』
 『それは気にしない方が良いだろう――さ、無駄話はここまでだ!始めるぞ!!』

いつもより長く話し込んでしまったようだ。
私もこれで何度目かの新任を迎えたことになるが、今回はいつもと少し違う。

 『教官の前で無様な結果を残すなよ!!』
 『『了解!!』』
 『――もう教官じゃないんだけど……』

足を向けて寝られない程の恩師も肩を並べているんだ。気合の入りようが違う。それはこの隊の衛士全員が同じ思いのはず。
しかし…新入りたちには少し同情する。今までは教官だった人が、今度は同僚で上官として現れたんだからな。
私たち以上に気が抜けないことだろう。まぁ、そんな事を気にするような連中じゃ無さそうではあったが。
まずは早く腕前を確認したものだ。伊隅大尉や速瀬中尉、神宮司中尉ほどでは無いにしろ、私も一端の衛士だ。教官とあの男が育てた連中の実力をこの目で確かめたい。
こんなこと、口が裂けても言わないがね――



◇冥夜自室◇ 《Side of 冥夜》


一日で感情の起伏がこんなにも激しかった日は、今まで一度も無かっただろう。
訓練校を卒業し念願の正規兵となれたことを喜び、教官たちには泣くほど感謝した。配属される前には皆と別れなければならぬと覚悟し悲しんだ。
元207B全員が同じ配属先という事と、更にはタケルと神宮司教官までもが同じ部隊に所属することに驚いた。
加えて言うならば、元207Aの涼宮らも同じ部隊であったことも驚いた。

そして、それら全てを知っていたタケルの芝居に見事してやられた怒り。
――本日の夕食後に、タケルには全員で報復しておいた。アレで勘弁してやることにしよう。
念願叶ってタケルと同じ部隊に配属されたのだ。これからは毎日顔を合わせられる。これを知ったら姉上はさぞ悔しがることだろうな。

なんにせよ明日からの訓練、今まで以上に気を引き締めて望もう。
一日でも早く、タケルに背中を任せてもらえるように――



◇横浜基地正門・桜並木◇ 《Side of 武》


 「ふぅ………さすがに寒いな」

冥夜たちにぶっ飛ばされて気を失ってたんだが、起きたら結構な時間になっていた。
おかげで、ここに来るのがこんな時間になっちまったよ。手加減ってもんを知らんのかアイツ等は……

 「夜分遅くに申し訳ないっす――報告に来ました」

アイツ等が無事に任官したこと。まりもちゃんが死なずに済んだこと。ついでに、またみんなにぶっ飛ばされたこと。

 「冥夜たちも強くなったけど、まりもちゃんが凄いんだよ。さすがだよな」

これでようやく揃った――
オルタネイティヴ第5計画が発動してしまう12月25日まで、あと2週間。相変わらず時間は無い。
だけど今のところ前回よりも順調に進んでる。夕呼先生と純夏が何やら動いてるようだけど、計画にとってマイナスになるような事じゃないはずだ。
何をやっているのか気にはなるが、知らされない以上は知る必要が無い事なんだと割り切ることにした。

 「必ず全員で帰ってきます。佐渡島からも喀什からも……どんな戦場からだって、必ず全員で帰ってきます」

償い…そういう風に言ったら怒るだろうな。

でも、どういう訳か俺はまた“この世界”で目を覚ました。前の世界の霞が言うには、前回のループが最後になるはずだった。
それが今度は、俺だけじゃなくて純夏まで一緒にループしちまった。
しかも今回の世界は、それまでの世界とは少し違う。この世界の白銀武と冥夜、悠陽たちが幼馴染だったり、俺の親父に関してもそうだ。
それだけ違う状況に陥っているにもかかわらず、BETAの行動やHSST落下など、今までの世界と同じ事が起きる。
ハッキリ言って訳が分からん。

俺を因果導体にしていた原因は、前回までは純夏だった。今回の原因は純夏じゃないらしい事は、1番初めにこの世界で目覚めた日に聞いている。
前回までと違ってしまった原因と言ったら、やっぱりそれだろう。
まぁ――原因が何なのかなんて正直どうでもいい。またループ出来たんだから、今度こそ最大限に有効活用する。
前の世界じゃ、俺が不甲斐無いせいで命を落とした人もいる。今度はそんな過ちは繰り返さない。
そういう意味での償い……って事で納得してくれると良いんだけどな。

 「次に来るのは喀什を潰してからだ――」

それまでは過去を振り返るのは止める。前を見据えて突き進む。
だから、ちょっとだけ待っててください。必ず良い報告を持って帰ってきます。そしたら来年の桜は満開で頼みますよ?
そうだ――どうせなら春はここで花見をしよう。ヴァルキリーズも夕呼先生も霞も、月詠さんたちも全員参加で。サプライズで悠陽も呼ぼうか。俺が頼めば来るはずだ。
ふはははは………楽しみになってきたぞ!是非とも実行しなければならんな。くくく……
この壮大な計画、何としても成功させる。させてみせるっ!!

 「――じゃあ、また来ます」

頭の中で来年の花見計画を練りつつ敬礼。



帰り際、英霊のみんなに殴られたような気がした………




[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第26話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2013/01/02 01:08
 

 『タケル』
 『武様』
 『――だぁぁぁ!くっつくなって言ってんだろ!!』
 『『それは出来ぬ相談だ――』ですわ――』
 『ふふふ――』
 『月詠さんたちも見てないで助けてくださいよ!』
 『はて……私は何も見ておりませんので、何から助ければ良いのか分かりかねます』
 『私は用事を思い出しましたので、少々席を外します――』
 『たぁすけてぇぇぇっーーーーーーー!!』



◇ ◇ ◇



 『タ~ケ~ル~ちゅわぁ~~~ん………』
 『な、なんだよ?』
 『また間違ったこと教えたでしょ!みんなに笑われたじゃないのさっ!!!』
 『あぁ……そんなもん、シメジを松茸だと思ってたオマエが悪い』
 『ふんぬ~~~~~~~!!!!』
 『――シメジっっ!?』



12月13日 (木) 朝 ◇横浜基地◇ 《Side of 武》


ユサユサ……

 「ん………」

ユサユサ…………ガバッ!

 「ぅ……ん――さむ………」
 「おはようございます」
 「……あぁ――おはよう………………霞………」

いつも通りの時間に、いつもと同じように霞に起こされた。
今日は純夏はいないようだ。アイツが居ないと実に静かな朝を迎えられる。

 「シメジ、なんですね……」
 「――え?」
 「なんでもありません。またね――」

………シメジ?なんだそりゃ。
霞は謎の言葉を残して出て行ってしまった。
いつまでもベッドにはいるわけにもいかないので、俺は軽く伸びをしてからベッドを出る。
ん――?身体が重い……ちゃんと寝たはずなのに、妙に身体がダルイのは何でだ?
そういえば、夢を見たような気がする。懐かしいような、そうじゃないような………よく分からん。まぁいいか。さっさと顔を洗って着替えよう――



午前 ◇帝都◇ 《Side of 純夏》


 「う~~ん………」

ちょっとだけ真面目な表情で腕を組み、首を捻った。
かなり重要な案件だから、私も真剣に考えている。
これ以上ここで出来ることは無いね。………あ、でも整備の問題があるんだっけ……
そのくらいなら向こうでも何とかなりそうだけど………っていうか外見はともかく、中身はまるで違うから整備は向こうでやらないと仕方ないよねぇ。

 「――鑑」
 「……!はい」
 「後の作業は帰ってからよ。話はつけてきたわ」
 「分かりました!」

良かった。香月博士が話を纏めててくれたみたい。
どこで作業しても同じならホームでやりたい。その方が気楽だし、何よりもここにはタケルちゃんが居ないし。
今頃みんな何してんだろ――



午後 ◇横浜基地・シミュレータールーム◇ 《Side of 冥夜》


 「――今日からハイヴ攻略戦のシミュレーションを再開する」

私たちが本格的な訓練を開始してから3日。私たちの不知火への慣熟訓練も織り交ぜてもらいつつ、A-01――伊隅ヴァルキリーズの訓練は行われていた。
一昨日に初めて不知火に乗り、その日から伊隅大尉等がタケルの与り知らぬところで秘密裏に行っている特訓にも参加している。
その特訓……これがまた凄まじいもので、通常の訓練を本気でこなした後にやると、特訓の後は部屋に帰るのも億劫になる程に疲弊してしまう。
まさしく疲労困憊というヤツだ。

この特訓の後で平気な顔をしている者は先任方の中にもいない。
それまで、疲れ切った姿など想像すらしたことが無かった神宮司中尉までも、特訓後にはフラフラになっている。それほど厳しい特訓なのだ。
この部隊の午前中の訓練が、比較的軽めのメニューで構成されているのは、特訓の影響も考慮してのことかもしれない。

 「新任が入ったのでポジションを少々変更してみようと思う。まずA小隊――」

伊隅大尉が小隊編成を発表していく。
・A小隊――伊隅大尉以下、涼宮、柏木、高原。
・B小隊――速瀬中尉以下、彩峰、私。装備は違うが、ここにタケルも入るそうだ。
・C小隊――神宮司中尉以下、榊、珠瀬、麻倉。
・D小隊――宗像中尉以下、風間少尉、鎧衣、築地。

――という振り分けとなった。
タケルは何やら強襲前衛装備を試しているらしく、先日の訓練からその装備を使用しているが突撃前衛扱いとなっている。

 「なお、これは試行錯誤の段階であり確定ではない。今後も数回に渡って変更するつもりだ。では全員シミュレーターに搭乗せよ!」
 「「了解!!」」

搭乗するとすぐにシミュレーターが起動し、様々な情報が網膜に投影される。
そしてハイヴ内の異様な光景も投影された。シミュレーターとはいえ、えも言われぬ威圧感がある……
ハイヴの光景に目を奪われつつも、指示に従い兵装チェック等を行っていると、速瀬中尉から通信が入った。

 『――御剣は白銀と組みなさい。彩峰は私とよ』
 『『了解!』』
 『よろしくな、冥夜――』
 「――」

タケルの通信に頷いて返す。
私と彩峰が突撃前衛……何を期待されているかは、言われずとも分かる。この隊で1、2を争う凄腕の衛士が揃う突撃前衛。
このポジションに恥じぬ働きをせねばなるまい……
だが、タケルとエレメントを組んでいるのだ。怖いものなど無い――

 『4小隊と少々特殊な編成のため、宗像は中央に位置しろ』
 『――了解』
 『柏木と珠瀬は従来よりも少し外寄り、風間と鎧衣は中央寄りだ』
 『『了解!!』』

B小隊が先頭に位置し、その後方両翼をA及びC小隊、最後方中央をD小隊が固める。中盤に伊隅大尉と神宮司中尉、宗像中尉がいる安心感は底知れぬ。
そして前衛にはタケルと速瀬中尉。磐石の配置だ。どこから攻められようとも確実に対処できるだろう。
私たちが配属される前の訓練では、ハイヴ攻略戦のシミュレーションを幾度も繰り返し、何度も成功させていると聞く。
我等が加わって結果が悪くなることなど、あってはならぬ。必ず作戦を成功させるのだ――!!

 『ヴァルキリーマムより、ヴァルキリーズ各機。作戦開始――』
 『――全機、兵器使用自由!第1目標はメインホールだ!!』
 『『了解!!』
 『――ヴァルキリーマムより、ヴァルキリー01。作戦開始60秒前』
 『ヴァルキリー01了解。ヴァルキリーズ全機機動!』

第1目標?他にも目標があるのか…?作戦開始前には何も聞かされていないが……

 『――B小隊は進路を切り開く!突撃前衛の名に泥を塗るんじゃないわよっ!!』
 『了解!!』
 「り、了解!」

考え事をしていたせいで返事が遅れてしまった。集中せねば……
突撃前衛長の速瀬中尉が先陣を切り、B小隊は敵の大群へと突っ込む。隊形は楔壱型。前を行くタケルと速瀬中尉は、かなりの速度で進んでいく。
向かってくるBETAを倒すことはほとんどしない。噴射跳躍後の足場を作る際に、足場付近のBETAを薙ぎ払う程度。2人は前へ進むことに主眼を置いているようだ。
メインホールまでの道のりは長い。途中で弾切れを起こさないための戦い方なのだろう。私も見習わなくては――

 『――ここはお客が多いな。この先の分岐を左へ入る!』
 『04(宗像) より制圧支援全機!横坑入り口付近のBETAを一掃しろ!』
 『ミサイル攻撃を合図に全機噴射跳躍!最大戦速で突破するぞ!!』
 『『了解!』』
 『――ヴァルキリー05(風間)、フォックス1!』
 『――ヴァルキリー12(鎧衣)、フォックス1!』

制圧支援機から放たれたミサイルが、横坑付近にいたBETA群を吹き飛ばし、そこへ突撃前衛が突入。続く強襲掃討が進路を広げ、残る全機も無事に横坑へと進入した。
進入した横坑は、比較的BETAの数が少なく、隊の進行スピードも自ずと上がる。その中でも先頭を行く2機の速さは尋常ではない。
ついて行くだけで精一杯だ………タケルとのエレメントを堪能する余裕など無い。

堂々と肩を並べられる日は、もうしばらく先の事になりそうだ――



◇ ◇ ◇ 《Side of 茜》


 『こちらヴァルキリーマム――反応炉の破壊を確認。作戦の第一段階を終了。引き続き第二段階へ移行してください』

さすが――って言うしかないのかな。
初めてのハイヴ攻略戦のシミュレーションで、千鶴たち元207Bのみんなは全機健在で反応炉まで辿り着いた。
初回から結果を残されると悔しいかな~~……なんてね。

 『こちらヴァルキリー01――了解。これより第二段階へ移行する』
 『『――?』』

千鶴たちが怪訝な顔をしてる。シミュレーション開始前に説明なかったもんね。この隊のハイヴ攻略戦最終目標は反応炉の破壊じゃない。

 『ヴァルキリー01より、ヴァルキリーズ各機。地上への脱出を開始せよ』
 『『――了解!』』
 『『!?』』
 『新入り共には言ってなかったな。今回のシミュレーターのみならず、実戦においても同じだが、この部隊の最終目標は“この基地”だ』

最終目標は横浜基地。つまり――生きて帰ってくること。
千鶴たちは一瞬ハッとして、それからすぐに表情を引き締めた。

 『B小隊、撃墜されたら飯抜きよ!気合入れなさいっ!』
 『『――了解!』』
 『それでは地上へ帰還する!全機、必ず生還しろ!!』

B小隊が先陣きってメインホールから飛び出していく。
帰り道もスピード勝負。推進剤や残弾を気にしつつも速度は落とさない。誰かがミスしたら、全員で可能な限りカバーする。
幸いにも、今回の訓練は全員が無事に地上へと抜けることが出来た。
訓練を振り返ってみると、突撃前衛の2人は速瀬中尉と白銀大尉によくついて行ったなと思う。
珠瀬の射撃精度なんて、ホントとんでもないし………千鶴と鎧衣も頑張ってたよね――って、私も偉そうなこと言える腕前じゃないけどさ。
とりあえず、私の突撃前衛入りは遠退いたってことは間違いないかな。でも諦めたわけじゃないよ。いつか必ず――ね。



12月15日 (土) 午前 ◇ブリーフィングルーム◇ 《Side of みちる》


副司令から正式な通達が来たのは久しぶりのことだ。
前触れが無いのはいつものことだが、当日に言われるとさすがに困る……

 「じゃあ改めて紹介するわ」

珍しいことに予定時刻通りに現れた副司令と、一緒にやってきた少女――鑑純夏の自己紹介が改めて行われ、彼女は正式に我が隊の一員となった。
随分と増えたものだ………それも腕の立つものばかり。
部隊を任されている身としては大変喜ばしいことではあるが、それで任務が楽になるほど甘くないことは重々承知している。
腕の立つ者は、いくら居ても足りないからな……
今日は鑑の紹介のためだけに召集されたわけではなく、紹介が終わると副司令はいつになく真剣な表情をして“本題”に移った。

 「――本日未明、佐渡島ハイヴ制圧作戦が発令されたわ」
 「「――!?」」
 「作戦実施は12月24日。じゃあ詳しい説明は……白銀――」
 「はい」

副司令に代わり、白銀が作戦概要の説明を始めた。
本作戦は、国連第11軍司令部及び帝国参謀本部より発令され、佐渡島ハイヴの制圧、無力化を目的とした作戦であるということ。
作戦名は“甲21号作戦”。本作戦の第1目標は甲21号目標の無力化、第2目標にハイヴ施設の占領及び可能な限りの情報収集。
作戦内容はハイヴ攻略のセオリーに概ね従ったものであるが、細部では新たな戦略が試行されるようだ。
そして本作戦は、帝国軍は本作戦に総戦力の半分近くを提供する程の大規模な作戦となっている。

 「すごい……」

誰かがポツリと漏らした。この作戦に投入される戦力を見ての素直な感想だろう。
私もこれ程の大規模作戦に参加するのは初めてのことなので、指揮官という立場でなければ同じように呟いていたかもしれない。
白銀は次に、本作戦におけるA-01部隊の行動概略の説明に移った。

A-01出撃のタイミングは、作戦がフェイズ3に移行した段階。
作戦開始直後から出撃するのではないようだが、いつでも出れるようにしておかなければならないだろう。作戦がどのように推移するかなど、分からないのだから。
甲21号作戦における我が隊の任務は、オルタネイティヴ第4計画によって開発された新型兵器の支援及び護衛。
そして――

 「――最終的にはハイヴに突入して反応炉を目指します」

……予感はしていた。
先月の終わり頃から、それまであまり行っていなかったハイヴ攻略を想定した訓練を頻繁に行うようになっていたからだ。
頻繁というより重点的に、と言った方がいい。もしかすると、あの頃から水面下で準備が進められていたのかもしれない。
そして白銀はそれを知っていたんだろう。だから、あの時………

 「作戦中、如何なる状況においても優先されるのは新型兵器の回収ですが、ヴァルキリーズの任務完了とは別です。それを忘れないでください」
 「「――!!」」

“必ず生きて帰って来い”か。
あれだけ訓練してきて今更出来ないとは言わせないつもりだろう。尤も、そんなことを言うつもりは毛頭無いが。
そういえば神宮司中尉と新任共には、我が隊の“任務完了”について言ってなかったな。あとで言っておくとしよう。

 「A-01の任務内容と甲21号作戦の各段階の細かい説明は後日、近いうちに説明します」
 「やっと私の出番ね。それじゃ、新型兵器の説明に移りましょうか」

白銀が話している間は、静かに座っていた副司令が立ち上がった。
いよいよ新型兵器の説明ね。一体どんなモノなのかしら………



《Side of 美冴》


これはまた――

何と表現したらいいのか……スクリーンに映された新型兵器“凄乃皇弐型”に、私は思わず息を呑んだ。
まず目を引いたのは、その大きさ。
通常の戦術機の数倍は軽くあり、“戦略航空機動要塞”の名に相応しい巨躯をしている。
そして凄乃皇弐型に搭載されている様々な機能や武装も、私の想像を遥かに凌駕していた。
まだ試験運用段階らしいのだが、甲21号作戦で初の実戦投入となる2700mm電磁投射砲や120mm電磁投射砲も驚くべきものだ。

――が、それ以上に“ムアコック・レヒテ型抗重力機関”なるものの性能には開いた口が塞がらなかった。
その機関による重力制御によって凄乃皇は飛行が可能であり、抗重力機関から発生する重力場はBETAのレーザー兵器を無力化することが出来るそうだ。
そして重力制御の際に生まれる、莫大な余剰電力を利用した荷電粒子砲も装備しているという………とんでもない代物だ。

 「――凄乃皇には、鑑が専属衛士として乗り込むことになっているわ」
 「「えぇっ!?」」
 「鑑はそのための訓練を受けてあるの」

鑑がこの隊に配属されたのはこのためだったのか……
まだ軽い挨拶程度しかしていないから何とも言えないが、榊たちから彼女の話は聞いているし、鑑ともすぐに打ち解けられるだろう。

 「今はこんなところかしら。何か質問はある?」
 「「――」」
 「なら、さっそく訓練に移ってちょうだい」
 「了解」
 「鑑、アンタも参加しなさい。アレは私が見ておくから」
 「分かりました!」

アレ?凄乃皇のことか?
まぁいい――私が気にしても仕方のない事だろう。知る必要の無いものまで知ろうとは思わない。
さっさと切り替えて、次の任務に向けてしっかりとコンディションを整えなければ………
私たちは今度の任務でハイヴに突入する。だが、必ず生還してみせるよ――



12月16日 (日) 未明 ◇横浜基地地下・反応炉制御室◇ 《Side of 夕呼》


 「――引き出せたのね?」
 『はい』
 「じゃあ、予定通り停止させるわよ」

別室にて反応炉と接続していた鑑からプロジェクションにて報告が入り、私は手元のコンソールを操作。
昨日、白銀から提案された甲21号作戦に伴う横浜基地ハイヴ反応炉の停止作業を開始した。
提案された当初は、なんでそんな面倒なことを……と思ったけれど、話を聞くとそうも言っていられないようだったので、その提案に乗ったというわけ。

白銀の話では、“前の世界”で甲21号ハイヴは消滅させたが、そこの残存と思われるBETAが横浜基地に押し寄せ、辛くも防衛に成功したものの基地は壊滅状態に陥ったそうだ。
そのせいもあって、凄乃皇四型も不完全な状態で喀什へと突っ込んだらしい。そんな状態で、よくオリジナルハイヴを攻略できたものだわ………
とにかく。先の事も考えるなら停止しておいた方が良い。
BETAの行動は予測が出来るものじゃないけれど、佐渡島の反応炉を失ったBETAが、ここに押し寄せたという“実例”があるのだから警戒しておくに越したことは無いでしょう?

 『あ――』
 「なにかあったの?」
 『えっと………今日はタケルちゃんの誕生日だっていうのを忘れてたなぁ~~と』
 「……………そう」

何かあったのかと思って身構えた私がバカみたいじゃないのよ。
全身から力が抜けたわ……

 『――博士、他にも仕事あります?』
 「いいえ――特に無いわ。アレの作業を進めるだけよ」
 『じゃあ、お休みでもいいですか~?』
 「えぇ」
 『ありがとうございま~~す!』

まったく――
白銀の誕生日ねぇ……誕生日なんて自分のすら気にしたことも無かったわ。
白銀には助けられているし、何か贈ってやるのも悪くないかもしれないわね――と言っても、何を贈れば良いのやら。
あぁ、アレがあるわね。今日中にはムリだけど、近いうちに渡せるでしょう。
………私は何を考えているのかしら?まるで、白銀にプレゼントを渡したいみたいじゃないの。
こんなことを考えるなんて、疲れているのかしら。
前にちゃんと寝たのはいつだったか――この作業が終わったら、少しだけ仮眠を取ろうかしらね。



昼 ◇PX◇ 《Side of 武》


う~~ん………妙にダルイ。
少し早めの昼食を摂り終え、食後のお茶を啜りながら首を傾げる。
ちゃんと寝たはずなのに朝起きると妙に身体が重い日が、ここのところ何日か続いている。
身体は特に疲れているわけでもなく、体調不良の類では無いだろうとは思っているんだが……

 「ふぅ…」

甲21号作戦が発令されて変に緊張でもしてるのか?
あと1週間しかないんだ。今の内からコンディションを整えておかないと、作戦日に体調不良なんて目も当てられない。
ただでさえ操縦してるときには違和感があるんだ。最近は違和感にも慣れちまったから言うほど苦では無いけど。
それでも、体調が悪けりゃ話にならない。失敗は絶対に許されないからな――

 「――タケル」
 「んぁ?」

不意に名前を呼ばれ湯飲み片手に振り返ると、昼食の乗ったトレイを持った冥夜がそこにいた。

 「よう、冥夜。おはようさん」
 「間もなく昼だが――おはよう。もう昼食を済ませたのか?」
 「あぁ。今日は特にやることが無くてな」
 「そうか――座ってよいか?」
 「もちろん」

冥夜は、俺の正面の席に腰を下ろして食事を始めた。冥夜が食事をする間、俺は食後のお茶を啜りながら冥夜と談笑をしていた。
そして冥夜の食事が終わり、俺が何杯目かのお茶を啜っているとき、冥夜がある提案をしてきた。

 「タケル――先程、今日はやることが無いと言っていたな?」
 「確かに言ったな」
 「ならば少々頼みたいことがあるのだが……」
 「ん、なんだ――?」

一瞬だけ言いづらそうにした冥夜だったが、すぐに俺を真っ直ぐ見据えて切り出した。

 「シミュレーターにて連携訓練を行いたいのだ」
 「おぉ――良いぜ。けど珍しいな。冥夜から連携訓練やろうなんて。速瀬中尉みたいに腕試しばっかりだったのに」
 「突撃前衛という栄誉あるポジションを任され、そなたとエレメントを組むことが多くなったことは嬉しいのだが、まだ私はそなたの動きに完璧に付いて行けておらぬ………
  私が、この状態に満足など出来るはずがなかろう?」
 「なるほど。そういうことなら、いくらでも付き合うよ」
 「――ありがとう、タケル」

さすがだな、冥夜。相変わらず向上心の塊みたいなヤツだ。
こう言われちゃ協力しないわけにはいかない。冥夜との連携は今後の作戦においても重要になるし、今日は冥夜の気の済むまで付き合ってやろうと決めた。
身体を動かしてれば、妙なダルさも飛んでいくだろう――



午後 ◇シミュレータルーム◇ 《Side of 水月》


今日は日曜。休日よね?間違いないわよね?

 『なんで全員揃っちゃってんすか………』
 『私が聞きたいくらいなんだが?』
 『あははは――考えることは一緒だったみたいだね』

休日だっていうのに誰も休んでないって、どーなってんのよ。人のこと言えないけどさ。
私の場合は、昼過ぎに茜が私の部屋を訪ねてきて、一緒にシミュレーター訓練しないかと誘われた。
それを二つ返事で了承して、ついでなら管制をしてもらおうと遙を呼んでシミュレータールームに来たんだけど……そこに先客が居た。
それは白銀と御剣。

2人は連携訓練をしていたので、私たちは2人にバレない様に管制室のモニターでそれを観戦することにしたのよ。
観戦を始めてからすぐ、今度は宗像を筆頭に風間、彩峰、珠瀬が現れた。
このグループも私たちと同じことを考えたのか、管制室にやってきて私たちと鉢合わせ。何故かそのまま一緒に観戦する流れになった。
その後更に、伊隅大尉に連れられた柏木、築地、麻倉、高原、榊に鎧衣の少尉連中が合流。
それから神宮司中尉もやってきたので捕獲。そのとき盛大に溜息を吐いてたけど………

――で、あとは鑑だけがいないね~~なんて言ってたところに、なんとまぁ鑑が社霞って娘を連れて現れちゃったもんだから、図らずもヴァルキリーズ勢揃い。
そしてタイミング良く白銀たちがシミュレーターから降りてきたので、そっちも捕まえて今に至るというわけ。

 『では――始めるとしよう。鑑、本当に不知火でいいんだな?』
 『はい!大丈夫です!』
 『よし。今日は社が見ている。格好悪いところを見られたくなかったら気合を入れろ!』
 『『了解!!』』
 『………もう普通の訓練じゃん』

白銀のボヤキと共に訓練――もとい “自主トレ”が始まる。

 『みなさん、頑張ってください――』
 『社、あとでお茶でも飲みながらユックリ話をしないか?』

開始直前に社の応援が入ると、変態という名の猛禽類が出現。
先にアレを倒しておいたほうが今後のためになると思うんだけど………

 『もう美冴さんったら……』
 「宗像…アンタやっぱりそういう――」
 『私は可愛いものを愛でたいだけですよ?』

とは言うものの、怪しいわよねぇ。社が可愛いのは同意するけどさ。

 『あの………』
 『『――?』』
 『夜ご飯、みなさんと一緒に食べたいです』
 『是非そうしよう。ふふ――』
 『美冴さん……』
 『一緒に食事することに異論は全く無いが……宗像、落ち着け』
 「ついに変態の本性を現したわね………」
 『おっと。社の可愛さに、つい我を忘れてしまいましたよ。ふふふ――』

宗像の言葉に、どこからか深い溜息が漏れた。主に元教官の方から。訓練開始前にこれだけ騒いでるのに、神宮司中尉が何も言わないのは珍しい。
いつもなら、さり気なく先を促すようなことを言うんだけど。

 『よし、お喋りはここまでだ!――切り替えろ!!』

神宮司中尉の喝が入るより早く、我等が隊長の檄が飛び、談笑していた隊員たちの表情が一瞬のうちに引き締まった。
そして、いつもの訓練となんら変わらない、キツ~~~イ自主トレが始まった。



《Side of 冥夜》


――むぅ………なかなか厳しい。
タケルと全力で連携訓練をしていたあとに、この内容は少し堪える。
それにしても、なかなか上手くは行かぬものだ……
今日は特別な日ゆえ、タケルと2人で過ごそうと画策してみたものの、結局いつもと変わらぬことになってしまった。
タケルとの連携に満足していなかったのも事実だが、それとは別の思いがあったのだが………来週の作戦を前に、余計なことは考えるなということか。
タケルに言いたいこともあったのだが、それは寝る前にでも部屋に行けば良かろう。
今はトレーニングに集中せねば――ッ!!



夜 ◇祷子自室◇ 《Side of 祷子》


ベッドに寝転んで天井を見上げながら、先ほどの夕食後にあったことを思い返しています。
トレーニング後に全員で夕食を摂った際の会話――それは、思わず食事の手が止まってしまうほどに衝撃的なものでした……



◇ ◇ ◇



 「疲れたぁ~~………」
 「以下同文…」
 「右に同じぃ……」
 「…休日にやる内容じゃ無いよぉ………」
 「……もう限界」

PXで食事の前に一息つきながら、そう漏らすのは涼宮少尉や榊少尉たち。
確かに、自主トレーニングにしては容赦の無い内容だったと思いますが、来週の作戦の事を考えれば、あの厳しさも納得できます。かく言う私も疲労困憊です……

 「もうポジション決定して良いんじゃないですか?」
 「私もそう思うわ。これ以上入れ替えて、混乱してしまったら意味無いもの」
 「分かりました。では明日の訓練開始前に伝えるということで――」

あちらでは伊隅、白銀両大尉と神宮司中尉が小隊編成について議論しています。
ここ数日、倍ほどに増えた隊員数のために色々と試行錯誤をしていたのですが、ついに本決まりになるようです。
伊隅大尉は、この事にずいぶん頭を悩ませていたようです。神宮司中尉に相談を持ちかけているところを何度か目撃していますし。
これで肩の荷が下りると良いのですが……

 「――社。これまで接点が無かったのが悔やまれる。これからは仲良くしてくれると、お姉さんは嬉しいよ」
 「は、はい…」
 「少し落ち着きなさいよ、アンタは。怯えてるじゃない」
 「ウサギさん――?」

こちらでは美冴さんが社さんに迫っています………どうやら社さんの可愛いさが、美冴さんのツボに入ってしまったようですね。
そして速瀬中尉が美冴さんに突っ込むという珍しい状況。涼宮中尉は何か呟いています。
そんなこんなで銘々、自由に食事をしたり談笑をしたりしていると、白銀大尉に伝言を頼まれたというピアティフ中尉が現れ、それを聞いた大尉は席を外してしまいました。
用事の済んだピアティフ中尉は食事がまだだったようで、久しぶりに一緒に食事をすることになり、副司令と白銀大尉を除くヴァルキリーズ関係者が勢揃いしました。
そして、途中から合流したピアティフ中尉の食事も進み始めた頃、鑑少尉が唐突に――

 「今日、タケルちゃんと御剣さんの誕生日なんだった……」

――と、言ったのです。
これに反応しない人など居るはずもありません。私も声は上げなかったものの興味津々でしたから………それからです。
以前から機会に恵まれなかった“彼”のことを知りたいという欲望が、再度湧き上がってしまったのでしょう。
それぞれ矢継ぎ早に鑑さんに質問を浴びせていきます。それらにタジタジとしながらも答えてくれる鑑少尉。
そして、そろそろ聞きたいことも出尽くしたかと思われた頃、美冴さんが核心を突くような質問を放ちました。

 「そういえば、鑑は白銀を呼ぶときに面白い呼び方をしているな」
 「え――?っと……“タケルちゃん”ですか?」
 「あぁ。初めて聞いたときは耳を疑ったぞ。あの男を“ちゃん”付けで呼ぶとは」
 「あはは。気を付けてはいるんですけど、昔からずっとそう呼んでるんで直る気配が無いんですよねぇ………」

その言葉で一瞬、時が止まりました。

 「「――昔から?」」
 「「――ずっと?」」
 「あ…………えっと……あははは。その――タケルちゃんとは幼馴染で……」

しまった、という感じの表情をした鑑少尉でしたが、すぐ観念したように幼馴染であることを告げました。
ついでに御剣少尉も、白銀大尉の幼馴染であるということも付け加えて。
そこから始まった追求大会。
あれやこれやと、先程よりも際どい質問が飛び出します。それにアタフタしながら答える鑑、御剣両少尉。
幼い頃の白銀大尉の話は、どれも微笑ましいものばかり。速瀬中尉はお腹を抱えて笑うほどでした。
しかし、その和やかな雰囲気も、とある一言で急変してしまいます。

 「大尉がこの基地に来るまでの話も凄かったよねぇ~~~」

という、鎧衣少尉の何気無い一言で。

 「「――!?」」
 「白銀がここに来る前、何をしていたのか知っているのかッ!?」
 「え?――はい。以前、大尉が話していたのを偶然聞いてしまったんですけど」
 「何?」
 「あ、あの!!鎧衣さんたちは盗み聞きとかじゃ無くて――!」
 「「――?」」

珍しく声を上げた伊隅大尉の追求の矛先が鎧衣少尉に向く直前、珠瀬少尉が割って入り事情の説明をしてくれました。
先月末のHSST迎撃作戦成功の裏側に、この件は深く関わっていたようなのです。

 「そうか――そのときに…」
 「「――はい」」
 「いいなぁ~~。私も聞きたい」
 「この前は聞けなかったもんね~~~」

以前、聞く機会が巡ってきたときは、白銀大尉が言い淀んでしまったため、聞くに聞けませんでした。
そのときのあの人の表情は、いつもと違って強張っていたので、その話題は極力触れない、というのが私たちの暗黙の了解となっていました。
ですから、彼自身が少尉たちに話して聞かせたという事には驚きを隠せませんでした。

 「あの……私からで良ければ話しますけど?」
 「いや――しかしだな………」

鑑少尉の提案を受けあぐねる伊隅大尉。以前の白銀大尉の表情を思い起こしたのでしょう。
私を含め、他の方たちも内心は聞きたくて仕方ないはずですが、伊隅大尉の様子を見ると聞きあぐねてしまいます。
そんな私たちの様子を察したのでしょうか。鑑少尉は――

 「えっと――これは私の独り言なんですけど……」

――と言って、私たちが知りたがっていた彼の過去を語って聞かせてくれたのです。



◇ ◇ ◇ 



鑑少尉の独り言が終わると、再び雑談をするような雰囲気ではなかったので本日はお開きとなり、部屋に戻ってきました。

 「……………」

ベッドに横たわったまま目を閉じて、鑑少尉の独り言を反芻します――
彼が訓練兵だった頃の話、過去に配属されていた部隊の話………どれも私の想像以上に凄まじいものでした。
ですが、分かったこともあります。

それは白銀大尉が任務に向かう際、 “必ず生還する”ということに固執する理由。
彼がA-01に配属される以前に所属していた部隊は、彼を残して全滅したそうなのです。
だからなのでしょう……白銀大尉が常日頃、無事に生還したら任務完了だと仰っているのは。
私も既に同期を何人か失っています。美冴さんも、速瀬中尉と涼宮中尉も、そして伊隅大尉も。

ですが――今日に至るまで何度も実戦を経験していますが、白銀大尉が配属されてからヴァルキリーズは戦死者を出していないのです。
これもひとえに彼の指導と、XM3のおかげであることは疑いようもありません。
それほどに革新的なものなのです、白銀大尉の腕前とXM3は。
これほど成果を上げている彼に、あのような過去があったという事実は衝撃でした。そして、あのような経験をしても尚、彼は戦い続けています。

だから私も、もっともっと強くなりたい――今以上に。
大切な仲間を護るためにも、彼を1人にしないためにも。



◇屋上◇ 《Side of 武》


 「――タケル」
 「ん……?」

屋上でボンヤリしていると、不意に声をかけられた。

 「よう――冥夜。珍しいな、お前がここに来るのは」
 「日課のランニングをしようとグラウンドに出たら人影が見えたのでな。それがタケルだと分かったので出向いてみたのだ」
 「月明かりで下からでも分かったのか」
 「そういうことだ。今日は綺麗な満月だな――」
 「あぁ………」

2人並んで空を見上げる。
今夜は、雲1つ無い空に満月がポッカリと浮かんでいた。
こうして地上から見上げる分には、あの平和な世界と変わらないんだけどな……この世界の人類は、またいつかあの星に降り立つことが出来るんだろうか…
今こんなことを考えても仕方ないか。そんなことより冥夜に言わなきゃならないことがある。

 「冥夜――」
 「うん?」
 「誕生日おめでとう」
 「――!!ありがとう、タケル――そなたこそ、誕生日おめでとう」
 「おう、サンキュー。それとさ、月詠さんたちから伝言を預かってるんだ」
 「月詠から――?」

冥夜に、月詠さんから伝言を預かった経緯を掻い摘んで説明する。
月詠さんは本来、冥夜と俺に直接会って言いたかったらしいんだが、昼間は俺たちがシミュレータールームに居ることを知らず、日が落ちてからPXで発見した。
しかし、ヴァルキリーズ面々と談笑しているところに行って呼び出すのは気が引けたが、偶然ピアティフ中尉が通りかかったので、俺を呼んでもらうように頼んだわけだ。
肝心の話の内容は、冥夜と俺の誕生日を祝う言葉と、月詠さんの小隊が甲21号作戦に参加するために帝都に召集されたということ。

 「そうか。月詠たちも甲21号作戦に………」
 「あぁ。それともう1つ――こっちに戻ってきたら、また訓練の相手をしてくれってさ。次はXM3を完璧に使いこなすって息巻いてたぞ」
 「ふふふふ――我々も前回より格段に成長していることを見せ付けねばならぬな」
 「そのためにも必ず帰って来よう、全員で――」
 「――そうだな……そのとおりだ」

俺の言葉に力強く頷いた冥夜は、決意を新たに気合十分といった様子だ。


あと1週間。俺も気合を入れていこう――





[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第27話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2013/01/02 01:10
 

 『――お前は横浜に行ってくれ』
 『はぁ!?なんでだよ!』
 『母さんの形見が実家にあるんだ。それを確保してくれ』
 『………あぁ、もう。分かったよ!』
 『悠陽様と冥夜様は俺が必ず御護りする』
 『親父が居なくても、月詠さんたちが居るじゃないか……』
 『――爺さんたちはともかく、まだまだ月詠の娘たちには負けん』
 『そうかよ。じゃあ行ってくるぜ』
 『あぁ。頼んだぞ』
 『おう――』


 『……………すまんな、武。母さんの形見は俺が肌身離さず持ち歩いている。ああでも言わないと、お前は逃げようとしないだろう。許せ――』



◇ ◇ ◇ 



 『くっそぉ――親父のヤツ、どこに仕舞いやがったんだ?!』
 『――――タケルちゃん!!』
 『純夏?今忙しいんだ。用事はあとに――』
 『帝都が…………』
 『――ッ!?』



12月17日 (月) 朝 ◇武自室◇ 《Side of 霞》


 「――…………ん――………」

いつもと同じ時間に白銀さんを起こしに来ると、白銀さんは今日もうなされていました。
純夏さんは今日も香月博士のお手伝いで白銀さんを起こしに来ていません。純夏さんになら、白銀さんがうなされている原因を調べられると思うのですが……

 「ぅ――く…………」

毛布を握り締めている白銀さんの手に、そっと自分の手を重ねてみますが、私の力では何も分かりません。私も白銀さんの力になりたいのに………
今、私が出来ることといえば、うなされている白銀さんを起こしてあげることくらい。
だから私は今日も、起床ラッパより少しだけ早く白銀さんを起こします――



夜 ◇シミュレータールーム◇ 《Side of まりも》


それは、すっかり恒例となっている秘密特訓の最中にあった出来事。

 『――全員そのまま聞いてくれ』

フェイズ4ハイヴを攻略目標としたシミュレーションが一段落し、シミュレーターから降りずに小休止を取っていると伊隅から通信が入った。

 『昨日、鑑の“独り言”を聞いてから考えていたことなんだが………』
 『『……?』』
 『――隊規を1つ増やしたい』
 『『え――っ!?』』

この提案には私も驚いた。この隊の隊規といえば、


 ・死力を尽くして任務にあたれ
 ・生ある限り最善を尽くせ
 ・決して犬死するな


――の3つ。伊隅は一体どんな隊規を増やそうと言うのかしら?
昨日の鑑の独り言を聞いてからという事は、白銀大尉に関係することだと思うけれど………

 『どんな隊規なんです?』
 『正直、こんなもの隊規とは言えないと思うが――白銀から離れない――というモノだ』
 『『んな!?』』
 『ぷふっ――――』

至極真面目な表情で言う伊隅と驚く面々。もちろん私も驚いている。
一部から噴き出したような声が聞こえた……
気持ちは分からなくもない。あの伊隅が、こんな提案をしているのだから。

 『自分でも何を考えているんだと思っている。だが、先の防衛戦の際に白銀が宗像に言ったことも踏まえると、こういう隊規があっても良いと思ったんだ』
 『おっと――そう言われると私は何も言えませんね。昨日の話で、あの時のアレの真意が分かったような気がしますし』
 「………アレ?」

その当時は訓練兵だった元207Bの娘たちと私は、話に付いて行けずに首を傾げる。
そんな私たちを見て、風間が懇切丁寧に事情を説明をしてくれた。
説明の最中、何とか口を挟もうとする宗像を風間が華麗にあしらうという珍しい現象が起きていたわ――

 『く、祷子ぉ~~…………改めて言われると気恥ずかしいぞ……』
 『ふふふふ――』
 『あの時のアンタは見物だったわね~~~』
 『速瀬中尉に言われるとは………無念』
 『宗像~~。それ、どういう意味?』
 『とにかく!私の提案への回答は今すぐにとは言わない。次の任務までには考えて――』
 『はいは~~~~い!賛成で~~っす!!』
 『――大尉。私も賛同致します』

伊隅が言い終わる前に賛同の声が上がった。

 『鑑、御剣……いいのか?』
 『はい!』
 『無論です』

白銀大尉と幼馴染だという彼女たちが迷うはずもないわね。
私も――本心では答えは出ているけれど、少しだけ考えを整理することにした。

白銀大尉と初めて会った日、彼は私に敬語を使うなと言った。当初は何を言っているんだと思ったけれど、今は受け入れて良かったと思っている。
それからしばらく経ち、私がA-01の訓練に合流していたとき、白銀大尉が世話になった人物に私が似ているという話を聞き、少しだけ複雑な思いを抱いたこともあった。
そして彼と過ごすうちに、私は一衛士としても一人の女としても白銀武という人物に惹かれて行った――

卓越した技量を持つ彼が、どんな訓練をして、どんな戦場を駆け抜けてきたのか知りたいと思っていたので、機会があれば聞いてみたいと考えていた。
けれど、白銀大尉がふとした時に見せる悲しげな表情が、全てを物語っているような気がして聞けず仕舞い。
結局、彼の過去に触れることは無かった。昨日までは………

 『――私も賛成します!』
 『私も。その方が面白そうだし――』
 『わ、私も賛成しますぅ~~』
 『なんでアンタは慌ててんのよ。あ、私も賛成で~~す』
 『私も賛成。多恵が慌ててない時なんて無いでしょ』

鑑たちに続くようにして、涼宮茜を筆頭に元207Aの娘たちが賛成の意向を示した。

 『私も賛成ですわ』
 『――祷子、分かっているじゃないか』
 『当然です。ふふふ――』

怪しげな笑いを漏らす宗像と風間。宗像は言わずもがな、ああいう風間を見るのは初めてだわ。
意外な一面があるものね。

 『あの時の借りを返すまでは離れるわけにはいかないわよ!』
 『水月ぃ~~、まだ根に持ってるの?』
 『当たり前でしょ!まだアイツに勝ってないんだから!!』
 『あはははは……』

借りっていうのは、あの模擬戦の事かしら?模擬戦の結果としてはヴァルキリーズの勝ちになっているはず。でも内容は………。
それを速瀬が気にしているのは知っている。負けず嫌いの速瀬らしいというか何というか――
そういえば、私は白銀大尉と直接手合わせしたこと無いわね。今度お願いしてみようかしら。

 『私も異論ありません』
 『……同じく』
 『私もです!!』
 『ボクも賛成です!』
 『お前たち――』

続いて賛同の声を上げたのは、つい1週間前まで教え子だった娘たち。
今の実力を見ると、とても任官したばかりの新兵には見えない彼女たちは、白銀大尉の影響を少なからず受けている事は間違いない。
何せ、あの娘たちは訓練兵のうちから彼に教導してもらっていたのだ。何度羨ましいと思ったことか………

 『神宮司中尉――』
 「……?」
 『あとは中尉だけなのですが………』
 「あら――」

考え事をしながら同僚たちの声を聞いていたからか、自分が最後だという意識が無かった。
慌てて返事をするのも情けないので、私は熟考していた様に見せるために返答まで少しだけ間を空ける。答えなど初めから決まっているくせに。
色々と並べ立ててみたものの、つまるところ――

 「私も賛成よ。彼の思いに少しでも報いたいもの」
 『分かりました。では、全員一致ということで新たな隊規を追加したいと思う』
 『ヤツから離れない――で良いんですか?』
 『そんなところだろう。なお、この隊規は本人には極秘とする』
 『『了解!!』』

こうして、ヴァルキリーズの隊規が1つ増えた。

 ・死力を尽くして任務にあたれ
 ・生ある限り最善を尽くせ
 ・決して犬死するな

そして、

 ・白銀武から絶対に離れない

本人には決して知られることの無い暗黙の隊規。
………後に、どこからか聞きつけた夕呼には知られることになってしまうけれど、それはまた別のお話。



12月19日 (水) 午後 ◇シミュレータールーム◇ 《Side of 晴子》


今週に入ってからの訓練が異様に厳しい。
甲21号作戦まで1週間を切ったっていうのもあるけど、それとは別に香月博士が持ってきたシミュレーター用のプログラムを使うようになってから、訓練が段違いに厳しくなった。
ある時は、支援がほとんど無いような状況の上に、ハイヴ内でBETAが偽装横坑を使って次々と出現するシミュレーションもあった。
アレはキツかった………久しぶりに全機帰還することが出来なかったくらいだし。
香月博士が持ってきたプログラムは、それまでのハイヴ内戦闘のシミュレーションが簡単に思える程BETAが大量に出てくる。
横坑内の壁面にすら大量のBETAが蠢くのを見たときは全身に鳥肌が立った……
そんな光景も、何度も繰り返しシミュレーションをしていると見慣れたけれど、気持ち悪いことに変わりは無い。

 『――20分の休憩を挟む。休憩後も引き続きシミュレーター訓練だ』
 『『了解!』』

シミュレーターを終了させて網膜から各種情報が消えると、身体から一気に力が抜けた。

 「ふぅ…………」

ここ数日の追い込みがジワジワと効いてきているみたい。体力的に結構キツイ。
昼間の訓練と夜の特訓――明らかなオーバーワーク。このまま続けたら大事な作戦の前に潰れちゃうかもしれない……
でも、消耗しているのは私だけじゃない。同期の茜たちや榊たちも相当消耗している。緊張や疲労で、かなり参ってるのは私でも分かる。
それでも訓練中は気を抜いたりしない。みんな全力で訓練に臨んでいる。

そして大尉や中尉たちが妙にピリピリしている。
――これは単なる私の予想だけど、先任たちも相当疲れているんじゃないかと思う。
それを気取られないように気を張っているから、ピリピリしているように見えるんじゃないかな。……たぶん。

 「みんな頑張ってるんだよね………」

全ては、必ず全員が無事に帰って来るため――
そしてもう一つ。彼を――――……

ふふ――なんて奥床しいんだろうね、この隊の隊員たちは。



夜 ◇みちる自室◇ 《Side of みちる》


こんな早い時間に自分の部屋に居るのは随分と久しぶりだ。
理由は単純。夜の特訓を中止したから。
今日1日、隊員たちの様子を見ていて確信した。このままでは作戦前に身体を壊す。
今は何よりも、万全な状態で甲21号作戦に臨めるようにすることが先決だと判断し、今日から作戦が終了するまで特訓は中止ということにした。

前々から、あの特訓はオーバーワークだという自覚はあった。
自身の体調管理を怠ったりはしないが、昼間の訓練も変わらず行っているのだから、日に日に疲れは溜まっていく。隊員たちも同様。顔を見れば分かる。
もちろん私だって、作戦日ギリギリまで特訓をやろうとは思っていなかった。作戦まで1週間を切ったのだから、無駄に体力を消耗することは避けるのが当然だろう。
ある意味、良いタイミングだったのかもしれないな――
これから作戦までは体調を整えつつ、最終調整をしていく事にしよう。

そう決めた私はベッドに身を沈ませ、瞼を閉じた。



12月22日 (土) 午前 ◇帝都・帝都城◇ 《Side of 悠陽》


あと2日に迫った甲21号作戦。
帝都城を包む空気も張り詰めているように感じます。
甲21号作戦には、帝国軍のほぼ半数の戦力が参加し、斯衛軍からも第16大隊が作戦に参加することとなっております。
その部隊には横浜に駐留していたマナさんたちも合流すると聞いています。
先日、帝都に戻ったマナさんに話を窺ったところ、どうやら武殿と冥夜、そして純夏さんが所属する部隊も甲21号作戦に参加するということでした。
みなさんの無事を祈ることしか出来ぬ我が身を呪いたくもなります………

武殿。いえ――武様。
彼の剣が、そなたの力と成らんことを――



午後 ◇帝都・帝国軍詰め所◇ 《Side of 沙霧》


 「――珍しいですね。貴方が雑務の整理をしているのは」
 「規則だからな。一応はやるさ」

私は甲21号作戦に自ら志願して参加するため、万が一の場合のために自分のデスク周りを整理していた。私個人の身辺整理は明日やる予定でいる。
そこへ、湯気の立つマグカップを2つ持った駒木中尉が現れたのだ。

 「それにしても……君まで志願するとは思わなかった」
 「――私以外に誰が貴方の背中を護るのです?」
 「そう、だな――――背中は任せる」
 「はい」

カップを受け取り一口啜ると、熱いコーヒーが喉を下りていった。
私が甲21号作戦に志願した理由は、ある情報筋から“あの男”の所属する部隊が甲21号作戦に参加するという情報が入ったからだ。
生半可な覚悟でノコノコと出て行ったのでは、生きて帰ることなど不可能だろう。だが、私とて簡単に死ぬつもりは無い。
あの男に拾われた命、殿下のため――この国のために使わせてもらう。
それに、今はもう1つ護らねばならぬ存在が出来たのだからな……



夜 ◇横浜基地・ブリーフィングルーム◇ 《Side of 茜》


副司令も参加しての最終ブリーフィング。
これが終わったら身辺整理をして、明日に備えて休まなきゃならない。

 「――つまり、アンタたちのハイヴ突入のタイミングは状況によって異なるわ。凄乃皇が到着してからになることに違いは無いけどね」

動きの読めないBETAが相手だから、全て作戦の通りに行くと思ってたら痛い目を見ることになるね………
作戦通りに行くのが一番だけどさ。

 「凄乃皇合流までに指定ポイントの確保を優先。障害は実力を持って排除しなさい」
 「「――はい!」」
 「予定通り凄乃皇と合流したら、今度はハイヴに突入して全速でメインホールに向かい、これを制圧」

ハイヴに行って制圧してこい――無茶な任務なのに、誰も表情を変えない。副司令は平然と命令し、私たちは実行する。
これがA-01、これがヴァルキリーズなんだ。

 「メインホールの制圧が完了したら、A-02と白銀はちょっとした調査をしてもらうことになってるわ。その間は彼らの護衛をして頂戴」
 「調査……ですか」
 「えぇ。そんなに時間のかかるものじゃないから」
 「分かりました。では、その調査が完了次第ハイヴから脱出ですね」

伊隅大尉の質問に副司令は頷いた。
これでブリーフィングは終わり、最後に副司令が――

 「アンタたちの働きに人類の未来が懸っているわ。頼んだわよ」
 「「はい――!!」」
 「じゃ、佐渡島で会いましょう」

そう言って退出していった。
私は平静を装っているつもりだけど、心臓が破裂するんじゃないかというほど鼓動が激しい。
ちょっと顔が強張っているかも………

 「よし、この後は各自で機体のチェックと身辺整理。それが終わったら明日に備えて休めよ」
 「「――了解」」
 「では解散だ――」

伊隅大尉の号令で解散となったので、私は晴子や千鶴たちに声をかけて、一緒に機体の点検に向かった。



12月23日 (日) 午前 ◇横浜基地・裏山◇ 《Side of 純夏》


A-01は今日の昼過ぎに佐渡島に向けて出発しちゃうから、タケルちゃんに会っておこうと思ったんだけど全く見つからない。
しばらくタケルちゃんを探して基地のあっちこっちをフラフラしていたけど、見つかる気配が無いからリーディングで見つけ出した。

 「――タケルちゃん」
 「…純夏。それに霞か」
 「ちょっと探しちゃったじゃないのさ」
 「ん………悪い」

素っ気ないなぁ……せっかく来たのに。

 「いよいよだね――」
 「あぁ……」

遠くに見える海を見て、タケルちゃんは何を思っているんだろう。
明日、ついに甲21号作戦が始まる。前のときは私のせいで伊隅大尉と柏木さんが命を落とした。
今度は絶対――って思ってるのはタケルちゃんだけじゃないんだぞ?
タケルちゃんは1人で考えすぎだよ。私たちが居るのにさ~~~。

 「今度は絶対に全員で帰ってこようね――」
 「当たり前だ。そのために、夕呼先生とお前に作ってもらったデータで訓練したんだからな」
 「自分で作っといてアレだけど、相当キツかったよ…………」

横浜基地の反応炉を止める前に抜き出した佐渡島ハイヴのデータを使って、甲21号作戦用のシミュレーションプログラムを作った。
作戦に向けての総仕上げとして、このプログラムを使っていたのだ!
抜き出すときには細心の注意を払って、こっちの情報が敵に漏れないようにすることも忘れてないよ?

 「――白銀さん……」

タケルちゃんの横顔をジッと見ていた霞ちゃんが声をかけた。
名前を呼んでから少しだけ間を置いて、霞ちゃんは訥々と話し出す。

 「…必ず帰ってきてください。皆さんと一緒に」
 「!………あぁ、約束する」
 「待っています――」
 「よぉ~~~~~~っし!!頑張るぞぉぉぉぉぉぉ!!!」

不安を打ち払うように大きな声を出した。
今日まで万全に準備してきたつもりだけど、本番では何があるか分からない。
私の状態だけを見れば、前の時みたいにはならないとは思うけどね……それでも完璧とは言い切れない。

1つだけ不安が拭いきれないこともある――それはタケルちゃんの事。
ちょっと前、霞ちゃんにコッソリ教えてもらったんだけど、どうやらタケルちゃんは最近よく夢を見ているらしい。詳しい内容までは分からないけど。
その夢を見るようになった時期と、タケルちゃんが更に考え込むことが増えた時期が近いのが心配なんだよねぇ………

う~~~ん…何かありそう。
ただの勘だけど、こういう勘って案外当たるものなんだよねぇ。
………やっぱりアレの準備をしておこう。心配だから。
使わなかったら使わなかったで良いし。
凄乃皇の出撃までは、まだまだ時間があるから今から準備しても十分間に合うよね。

タケルちゃんの願いを叶えるためには、どんな労力だって惜しまないよ。
今の私は――



夜 ◇日本海上・戦術機母艦・大隈◇ 《Side of 千鶴》


艦に乗ってから、明日に備えて休むように言われたけれど、どうにも寝付けなくて甲板に出てきたら先客がいた。
それは以前まで――いえ、今も犬猿の仲である彩峰で、私が彩峰の隣に行くと、彼女は私を一瞥しただけで何も言わず、ただジッと暗い海を見つめていた。
私たちの間には特に会話も無く、お互い無言で並んでいたけれど、以前と違って嫌な空気では無かった。

この数ヶ月で、お互いずいぶん変わったわよね――

ただなんとなくの出来心で、彩峰に声をかけてみようかという気になった。
でも、それを実行しようとしたところで、茜や柏木たち、次いで御剣たちも甲板に現れ、結局私から彩峰に話しかけることは無かった。
茜たちも私と同じように、寝付けなくて風に当たりに来たらしい。
気を紛らわせれば眠くなるかもしれないということで、夜の海風に当たりながら雑談をしていたところへ、新たに人影が近づいてきた。

 「私の隊には不心得者が多いようだな」

その人影は伊隅大尉。
隊長の言い付けを護らず、新任少尉全員が集まっているのを見て、大尉は少々困った顔をしている。

 「まぁ、私もその1人だが――」
 「寝ようとはしたんですけど、なかなか寝付けなくて……」
 「緊張しているんだろう。それが自然だ」
 「――大尉も緊張しているんですか?」
 「当たり前だ。私だって、こんな大規模な作戦に参加するのは初めてだからな――速瀬たちも甲板に出ていたぞ」

伊隅大尉ほどの人物でも緊張しているのね………
それを聞いてから、ホンの少しだけ緊張が解れたような気がした。開き直ったともいうかもしれないけれど。

 「中尉たちもですか?」
 「あぁ。言い付け通りに寝ているのはヤツだけだろう」
 「毛布を持ってコクピットに籠っちゃいましたよね……部屋あるのに」

それは白銀大尉のこと。
乗艦してからの作業を全て終えると、彼はそそくさと自機のコクピットに籠ってしまった。
眠いから寝る――と言って。

 「肝が据わっているというか、図太いというか――」
 「例の違和感は大丈夫なのかな…」
 「直ってないと思う………たぶんだけど」
 「だが――それでも、タケルならば大丈夫だ」
 「…さすが幼馴染。迷いなし」
 「ふふ――無論だ」

迷い無く言い切る御剣が、私は少しだけ羨ましかった。
御剣や鑑の場合は、白銀大尉に好意を寄せていることを隠す気など微塵も無い。
私はああはなれない――て、コレじゃあ私も大尉に思いを寄せているみたいじゃない……まぁ、嫌いではないけれど。
他のみんなはどうなのかしら――やっぱり思いを寄せているのよね。なんとなく分かる。
そんな思考を一旦止めて、ふと思う……………………私は決戦前夜に何を考えているのかしら。

みんなの方に意識を戻すと、今は何故か伊隅大尉の幼馴染談義が行われていた。
伊隅大尉は――私も昔は幼馴染を追っかけてたわ……と遠い目をして仰っていた。何かあったのかしら?続きはまた今度、機会があったらな――と言って伊隅大尉は船室に戻っていった。
その後も少しだけ話していたけれど、そろそろ寝ようということで解散した。




[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第28話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2013/01/02 01:10
12月24日 (月) 09時00分 ◇重巡洋艦・最上◇ 《Side of 遙》


国連軌道爆撃艦隊から佐渡島へと、大量の突入弾が雨霰と降り注ぐ。
ついに、人類の命運を賭けた大規模反抗作戦、甲21号作戦の火蓋が切って落とされた。

 『敵の攻撃により、佐渡島上空に重金属雲発生――』
 『全艦、斉射準備完了!』
 『――目標、旧河原田一帯!――うてぇっ!!』

真野湾沖に展開している帝国連合艦隊第2戦隊が、旧河原田一帯へ飽和攻撃を開始した。
敵光線級の迎撃はあれど、作戦は順調に進行中。

 『旧河原田一帯の面制圧完了!――連合第2艦隊は、旧八幡新町へ砲撃を継続しています!』
 「よし………では、作戦をフェイズ2へ移行」
 「了解!――HQより全ユニットへ。作戦をフェイズ2へ移行せよ。繰り返す――フェイズ2へ移行せよ」
 『スティングレイ隊、上陸を開始せよ!!』
 「HQよりウィスキー揚陸艦隊、上陸に備えよ。繰り返す――」

最上艦長・小沢提督の指示で作戦が次の段階へ移行。旗艦である最上の管制室に居るオペレーターたちは休む暇などない。
そして、作戦がフェイズ2へ移行したことを受け、隣に座るピアティフ中尉が横浜基地へと通信を送る。
通信の相手は、伊隅ヴァルキリーズで唯一、横浜基地から出撃する機体の衛士――

 「副司令――凄乃皇弐型、横浜基地より出撃します」
 「――」

香月副司令はモニターを見たまま頷き返した。
そして私も彼女たちに通信を入れる。

 「ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ各機――現在、エコー揚陸艦隊は両津港跡に向け南下中。上陸まで――」

茜………みんなも――どうか無事で――



◇戦術機母艦・大隈◇ 《Side of 慧》


作戦がフェイズ2に移行してから50分ちょっと。

『――大量のBETAが接近中――支援砲撃を要請する!ポイントは………』

作戦の初期段階で面制圧が完了した区域に、大量のBETAが向かってるらしい。
連合艦隊第2戦隊の損耗率が跳ね上がっていることからも分かるけど、ウィスキー部隊が上陸してから戦闘は激化している。

 『ウィスキー部隊損耗率4%!旧八幡新町、旧河原田本町周辺に展開中!』
 『HQよりエコー艦隊――現時刻をもってフェイズ3へ移行――』 
 『了解。全艦、砲撃を開始せよ!目標は旧両津港一帯!!』
 『――ヴァルキリー01よりヴァルキリーズ各機。いつでも出られるようにしておけよ』
 『『了解!』』

――いよいよ私たちの出番。
エコー部隊の上陸地点を確保するために、艦隊の砲撃による制圧が始まった。
上陸直前に沿岸からレーザー照射を受ける可能性もあるから、まだ船の中とはいえ気は抜けない。
そして、艦隊の砲撃が始まってから数分後、格納されていた機体が母艦の甲板へと上がり………

 『HQよりエコー揚陸艦隊、全艦艦載機発進せよ!繰り返す――』
 『――行くぞヴァルキリーズ!』
 『B小隊!一番槍は私たちが頂くわよ!!』
 『『了解!』』

上官たちの掛け声の下、UNブルーの不知火16機が佐渡島へと飛翔した。



《Side of 夕呼》


 「………」

戦況を表示しているモニターを見続けること早1時間以上。今のところ各部隊の損耗も予想を下回り、万事上手く推移している。
出撃から間もないヴァルキリーズも、予定のコースを順調に進んでいるようだ。

 「――ウィスキー各隊、予定通り進行中」
 「エコー本隊の陽動により、佐渡島北部のBETA群は更に北上。両津港付近の残存BETAは艦隊砲撃により殲滅しています」

上手く行き過ぎてる……不気味ね。
こうも順調だと、何か落とし穴があるような気がしてならない。妙な不安が纏わりつく。
戦う相手が人間なら予測も立てられるけれど、BETA相手にそれは出来ない。何をしてくるか分からないからBETAは怖い。物量にしたって、このまますんなり終わるはずが無い。
佐渡島ハイヴには、初期配置だけで万単位のBETAがハイヴには潜んでいることは、鑑の抜き出したデータで分かっている。
作戦全体から見れば、まだ序の口といったところ。先は長い……


頼んだわよ――



《Side of 沙霧》


 『――正面、数70!』
 「フォーメーション楔弐型――突破し戦線を維持する!」
 『『了解!』』

ここまで何体のBETAを打ち滅ぼしたことか。それでも尚、彼奴等は地の底から湧き出てくる。
支援砲撃があったところで、この物量を相手にどこまで保つか………
辛くも私の指揮する隊には損害が出ていないが、他部隊の損害は増えるばかりだが、それでも奮戦を続けている。
それは、我々が居る地点がハイヴ攻略の橋頭堡とも言える場所だからだ。ここを確保し、ハイヴ突入に備えなければならん。

 『――隊長!敵、更に増えます!』
 「ちぃッ――!!」

く……次から次へと――
他部隊との連携で何とか戦線を維持しているものの、このままではいずれ押し切られてしまう。
不味いな…いくらなんでも、この物量は――
増え続けるBETAに対し、対処しきれないと判断した私は、再度HQへ支援砲撃を要請しようとした、その刹那――

 『隊長!!』
 「――っ!?」

こちらに向かってくる敵に対し左側面から攻撃が加えられ、その攻撃により敵は進行の勢いを鈍らせた。
その好機を逃さずに、我々は体制を立て直し反撃に転じ、それから十数分の戦闘の末、付近のBETAを相当することに成功した。
私は、援護に駆けつけてくれた部隊へ礼を言おうとしたが、相手の方が先に通信を入れてきた。

 『――こちら斯衛軍第16大隊。これよりウィスキー別働隊を援護する』

斯衛軍………戦闘中に気付いていたが、まさか斯衛に助けられることになるとはな。

 「援護、感謝致します。私は別働隊の指揮を執っている沙霧尚哉大尉であります」
 『私は斑鳩。これより共同戦線を張り、ここを死守する。よいな?』
 「――了解であります」
 『月詠。フォーメーション鶴翼複伍陣――防衛戦を押し上げる』
 『は――クレスト2より斯衛16大隊及びウィスキー別働隊各機へ。鶴翼複伍陣で前進せよ!』

隊長機である青の武御雷の脇に控えていた赤の武御雷の衛士は月詠中尉だったか。
付近の全隊への通達が完了し、移動を開始する直前、赤の武御雷が私の乗る不知火を一瞥したように見えた。
――分かっているよ、中尉。私の成すべきことはな。



《Side of 冥夜》


我々が出撃してから40分程が経過した。

 『――正面にBETA群。数は多くない…突破するぞ!!』
 『『了解!』』

出撃からこっち、気味が悪いくらいに順調に作戦が進行している。
ウィスキー、エコー各部隊の損耗率は緩やかに上昇しているが………

 『――白銀!左翼のBETAは頼むわ!』
 『イエス・マム――冥夜!』
 「了解!!」

佐渡島を北上しているエコー本隊の動きに釣られるようにして、佐渡島北部のBETAは徐々に北へ移動している。
だが、それでも南下している我等に向かってくるヤツ等も居て、今はそういう連中との戦闘がもっぱらだ。

 「――突撃級25、要撃級19、戦車級43」
 『怖気付いたか?」
 「バカを言うな――ゆくぞ!」

軽口を一蹴し、私は先陣切ってBETA群に突撃する。
強襲前衛装備のタケルは、突撃砲と長刀を巧みに使い分けてBETAを次々と駆逐していく。タケルは相変わらず凄まじい機動をしている。
最近は何とか追従することが出来るようになってきたが、タケルが本調子になったときが怖い……

 『――周辺に敵影なし。ふぅ………B小隊にほとんど持っていかれたな』
 『部下が良くやってくれてますから~~~』
 『自分が1番暴れていたくせに……――って、白銀が言ってました』
 『ほぉ~~~~~~う?』
 『――言ってませんよ!!』

皆、訓練以上の動きをしている。
ここは敵地のド真ん中だというのに、なんら不安を感じることは無い。
そして上官たちのいつも通りのやり取り。少しだけ気が楽になった。

 『前方の補給コンテナまで前進。残弾数の多いものから順次補給しろ』
 『周辺警戒は厳に――振動や音紋にも気を配れ』
 『『――了解!』』

この近辺にコンテナを発見したので、消耗した弾薬や長刀、推進剤の補給をする。各機、順次補給を進め、ようやく私の番が回ってきた。
横浜での戦闘とは違った緊張感――恐怖もある。
だが、それを乗り越えていかねばならぬ。仲間のためにも、あの者のためにも。

 『大尉。全機補給完了しました』
 『よし――では、ここから南に3kmほどの上新穂の確保に向かう』

上新穂……真野湾と両津港の中央ほどに位置する場所。
その場所の確保は、後の凄乃皇による砲撃の際にも重要となる。なんとしても確保せねば――

 「ん………?」

移動開始のために、投影されている情報に目を走らせると、振動センサーが不可思議な反応を示していた。
震源は我々が居る地点からハイヴ方向に約6km……まさか――!

 「――振動センサーに感あり!」
 『HQより作戦行動中の全ユニットへ――ハイヴ周辺の門より大量のBETAが出現』
 『『!?』』

私が叫んだのと間を置かずしてHQから通信が飛び込んできた。
戦域マップを表示すると、確かにハイヴ周辺のBETAを表す赤い光点が何倍にも増えている。

 『なんだ……これは――』
 『うそ…』
 『――っ!下から来るぞ!!』
 『『!!!』』

伊隅大尉の声とほぼ同時に目の前の地面が割れ、突撃級や要撃級BETAが飛び出してきた。

 「くっ――!」
 『こんのぉぉぉぉぉぉ!!』

初めに出てきたBETAは何とか反応して撃破したものの、BETAは次々と地中から出現してくる。
そこから乱戦状態へ突入し、BETAを各個撃破していくがキリがない。
人間がBETAに物量で適うはずが無いのだ………

 『ここは放棄する!――旧上新穂の制圧は中止し、A-02砲撃開始地点手前のダム跡地まで侵攻する!!』
 『『了解!!!』』
 『可能な限り補給コンテナを集めながら移動だ!移動はコンテナを持つ機体を中心に円型陣形!』
 『何がなんでも突破するわよ!全員でね――!!!』

伊隅大尉の指示と速瀬中尉の発破で、全員が即座に次の行動に移る。
後衛の機体を中心にコンテナを集めながら全機移動を開始。戦闘は極力避け、目標ポイントへの到達を最優先する。

 『――凄乃皇が来るまでに制圧が間に合うか……ッ!?』
 『ヴァルキリー01よりヴァルキリーマム!支援砲撃要請!!ポイントは――』
 『こちらヴァルキリーマム。指定ポイントへの支援砲撃を最優先で行います。砲撃開始まで30秒――』

支援砲撃で数を減らせれば良いのだが………



《Side of壬姫》


 『――上新穂付近のBETAがこちらに向かってきます!』
 『ハイヴ周辺のBETAも来ています!』
 『戦闘している間に後ろの連中に追いつかれちゃうよ――!!』

地中から大量のBETAが出てきてから10分くらいが過ぎた。
支援砲撃は光線級に阻まれて、この辺一帯は平地だから後退するしかなくて――予定ポイントの確保すら儘ならないなんて……

 『伊隅大尉――このまま直進すると、上新穂付近のBETAと交戦することになります』
 『………突破するしかないだろう』
 『突破しても、防衛線を構築する前に敵の本隊が予定ポイントへ到達しますよ――』
 『確かに。距離が近すぎるわ』

小隊長たちが議論している。
だけど、いくら優秀な小隊長たちでも、この状況を打開する案が直に浮かぶわけじゃない。このまま突破するか、迂回するかで意見が分かれている。

 『――――考えがあります』

隊長クラスで唯一議論に参加していなかった白銀大尉が会話に割って入った。網膜に映っている大尉の表情は、何かを決意したように見える。
その白銀大尉の考え――その内容に全員が愕然とした。

 『アンタ本気!?』
 『本気です。突破するにしても、上新穂辺りのBETAは足止めしないといけないんですから』
 『――それは、確かにそうだが……』
 『議論してる時間は無いです。俺が動いたら即座に進路を変えてください』

白銀大尉の考え――それは、大尉が囮になってBETAを引き付け、その隙にA-01本隊がBETA群を迂回して突破、予定ポイントまで抜ける――というもの。
上手くいけば、ハイヴ周辺から追ってくるBETAと、上新穂近辺から迫るBETAを釘付けに出来る。だけど………

 『いくらなんでも無茶よ――!』
 『そうですよ!もし上手く行ったとしても孤立しちゃう!!』
 『……私も行く!最小単位はエレメントだ!』
 『ダメだ』
 『――タケル!!!』

御剣さんの言葉を瞬時に却下した白銀大尉は…





 『命令です――』





そう簡潔に言った。

 『………了解した』
 『伊隅大尉!?』
 『この先にコンテナをいくつか置いていく』
 『――ありがとうございます』
 『白銀大尉!』

伊隅大尉と白銀大尉は、誰の言葉も聞かない。神宮司中尉の言葉でさえ。
短い打ち合わせも終わって、ついに白銀大尉による陽動作戦が始まる直前、伊隅大尉が、

 『――必ず戻れ。これは命令だ』

そう言って白銀大尉を送り出し、白銀大尉は何も言わずに敬礼で応えてBETAに突撃していった。
隊員たちは唇を噛み締めている。みんな納得はしてない。
でも、命令だから従わないといけない。私たちは軍人だから。

 『全機進路変更!敵が陽動にかかったら即座に突破する!!』

そして私たちは、白銀大尉とは反対方向へと進路を変えた。
今、私が出来ることは白銀大尉の陽動が上手く行くことと、大尉の無事を祈ること。
どうしようもなく悔しい……祈ることしか出来ないなんて。
お願い――絶対に帰ってきて。白銀大尉――



《Side of 真那》


防衛線が崩れかかっている。
一時は持ち直したものの、これまでの戦闘で疲弊した防衛線はBETAの圧倒的な物量の前に風前の灯――虫の息だ。
BETAの増援があるまではこちらが優勢だったが、増援の出現場所がこちらの布陣を中央から分断するような場所だったため、防衛線が瓦解してしまったのだ。
ウィスキー本隊との合流の前に分断されてしまうとは……真野湾から内陸に4km程進軍したところでの増援とはな――

 『月詠――楔参型でBETA群を突破し、ウィスキー本隊の援護へ向かう』
 「は!クレスト2より大隊各機へ告ぐ。これより――」

各機への通達が終了し移動を開始しようとしたその時、ここから約5km北東の地点へ向けて支援砲撃が開始された。
しかし………

 「な――っ!!」

いくつもの光線が地上から空へ向かって伸び、砲弾を次々と撃ち落していく。

 『光線級………まだあれほどの数を温存していたというのか――!』
 『狼狽えるな――皆の者、続けぇい!!』

さすが、と言う他ない。
無数の光線級が出現したことにより兵たちの指揮が下がりかけたが、斑鳩隊長自らが先陣を切ることにより兵たちを奮い立たせた。
怯んでいた者も、そうでない者も隊長に続いて行く。無論、私も――

 「――なんだ…?」

フォーメーションを形成し、BETA群を突破しようとする矢先、私の網膜に見慣れぬ情報が表示され、続いて“秘匿回線”という文字が浮かんだ。
本作戦中、秘匿回線の使用は許可されていないはず。いったい誰が……?
私が通信に応じることに躊躇していると、どういうわけか勝手に通信が繋がり、相手の顔が網膜に投影された。

 「な………貴様は――」



《Side of 武》


 「うおぉぉぉッ!!!!!!」

なるべく広い範囲のBETAを引き付けるために、 両手に持つ突撃砲を水平に斉射。俺に群がってくるBETAを薙ぎ払う。
――が、倒したBETAの後ろから次々と新手が押し寄せてくる。
コンテナをいくつか置いていってくれだけど、まともに戦っていたらダメだ。この分じゃ、補給している暇なんて無さそうだな………足止めだけを念頭に置こう。
欲を掻いて撃墜なんてされたらバカみたいだし。機動力で撹乱してやる――!!
こちとらバルジャーノン上がりの元因果導体だ!衛士やってる時間なら、ヴァルキリーズで1番長い(と思う)んだ――無礼るなよBETAァ!!!

 「みんなのとこには行かせねぇ――!!」

出来るだけ派手に動き回って、こっちに引き付ける。
さっきから続けている突撃砲の水平射撃は狙いなんかつけちゃいない。適当に弾をばら撒いているだけ。
それでも、360度どこを見てもBETAがいる場所だから、敵には当たってくれている。

突撃級や要撃級、戦車級は何とかなる。要塞級も倒せないことは無い。
問題は光線級だ。幸い、この付近のBETA群には光線級は混ざっていないみたいだが、ハイヴ周辺から迫ってきている集団には掃いて捨てるほど居る。
ハイヴからの増援が来るまでにヴァルキリーズを突破させないと、向こうがレーザー照射を受ける可能性がある。もちろん照射範囲には俺も居るわけで……
この陽動、どう転んでも時間との勝負。みんな頼むぜ――
俺は周辺のBETAを全て引き付けるつもりで、更にBETA群の奥へと突っ込んでいく。

 「このヤロォォォ――――ッ!!!」

限界ギリギリの機動で交戦しながら、チラリとマップを確認すると、俺の思惑通りにBETAが移動し始めているのが確認できた。
よし――!

 「もっとだ――もっと来い!!俺を狙えぇぇぇぇぇ!!!!」

それまでの無闇矢鱈な射撃から一転、最小限の弾数で効果的にBETAを倒していく。さすがに突撃級や戦車級は数が多い………
突撃級と要撃級で80弱、戦車級はいちいち数えてらんねぇし……要塞級は20近く。
残りの弾倉数は半分きった………長刀は2本とも新品だけど、この数を相手に出来るはずがない。ここら一帯の1/4でも1/5でも削れれば万々歳だろう。
まだ弾倉に余裕がある今の内に、出来るだけ数を減らさないと――
どうせ要塞級には36mmの効果は無い。120 mmの弾数は多くないのだから、要塞級の数が少ないのは素直にありがたい。

 「――ッ―――!!」

要塞級が振り回す触手や突撃級の突進、要撃級の旋回攻撃、それらに加えて戦車級が群がってくるのを何とか凌ぎながら、俺の孤独な戦いは10分ちょっと続いた。
そしてついに――

 「ちッ――弾が…………――!!!」

どれ程のBETAを倒したのか、右手に持っていた突撃砲の弾が切れ、腰部の予備弾倉もスッカラカン。弾切れの突撃砲に用はない。
それを迷わず投げ捨てて長刀を装備する。左手の突撃砲も今のが最後の弾倉で、残弾も36 mm が100発を切っている。120 mmはとっくに弾切れ。
実質、長刀と短刀しか残っていない――けど、出来ればこんな状況で短刀は使いたくはない……
みんなは……まだか――!?
しばらくぶりにマップを見ると、ヴァルキリーズは目標地点まであと僅かの所まで突破していた。
どうやら俺の陽動は上手く行ったようだ。ヴァルキリーズを追っていたBETAは、全て俺の方に集まってきている。あとは頃合を見て脱出すれば完了なんだが………
マップを見ていた数瞬、僅かに隙が出来てしまった。俺の都合などお構い無しに攻撃してくるBETAには僅かな隙など関係はないだろうが、こっちとしては致命的だ。

 「――くっ――ッ!?」

1番近くにいた要塞級の触手が機体を掠める。
咄嗟に反応して躱したが、左肩部装甲を少し持っていかれた。
再び襲い来る触手を難なく回避して長刀で斬り落とし、その勢いのまま腹の下を滑空。要塞級の後方に抜けてから上空に機体を飛ばして、背中から切り裂いていく。
断末魔の呻きを残してユッタリと倒れていく要塞級の背中に勢いよく着地。さっさと倒れろと言わんばかりに跳躍ユニットを噴射して、勢いよく地面に叩きつけた。
その際、周りにいたBETAを巻き込んでくれたから少しだけ風通しが良くなり、僅かだが余裕も出来た。
気付くと左手の突撃砲も弾切れになっていたので、こちらも投棄して長刀を装備しようとしていたその時、待ちに待った通信が入った。

 『――01(伊隅)より00(白銀)へ。こちらは目標地点へ到達し、防衛線の構築を開始した』
 「00了解!これより戻ります!!」
 『――みんな、お前が心配で気が気じゃないようだ。早く戻って来い』
 「ははは…了解です」

ニヤリと笑う伊隅大尉に苦笑交じりの返事をして、通信を終了した。
良かった――どうなることかと思ったけど、何とか切り抜けられたか………

――ッ…………なんだ…?頭が――








ドガッッッッ!!!!!!!!!!!!!








 「――がぁぁあッ!?」

一瞬何が起こったのか理解できなかった。

突然、突き上げるような衝撃が俺を襲い、機体が浮いた。それでバランスを失った機体は成す術無く倒れていく。
体制を立て直すべく機体を操作するが、不知火はもがく様に震えただけで踏ん張りもしない。
それもそのはず――機体のステータスに目を走らせると、機体に異常がある事が一目で分かった。

――左脚部の膝から下が無い。

損傷ではなく損失。足が無けりゃ踏ん張りようがない。
俺は跳躍ユニットを噴かしてバランスを取り、後ろに倒れかけている機体をなんとか起こした。
機体を起こした俺の目に映ったのは、倒れた要塞級の下から這い出そうと前腕衝角を振り回している要撃級だった。
コイツにやられちまったのか………

 「クッソォォォォ―――――!!!!!」

振り回している前腕を切り落としてから要撃級にトドメを刺す。
……参った。
長刀を支えにして何とか機体を立たせてはいるが………いよいよ厳しくなってきた。
俺の現状を確認すると、要撃級にやられたのは脚部だけじゃなかったことが分かった。
衝撃でセンサーが死んだらしく、8時から11時方向の視界は真っ暗。それに加えて左跳躍ユニットの出力が落ちている。
推進剤の残量も考慮すると、主脚による走行が不可能になった今、BETA群を突破して本隊に合流するのはムリだ。
すみません伊隅大尉………最初で最後の命令違反です――戻れそうにありません。


 ――ここが俺の死に場所か。


そう思うと、何故か気が楽になった。
周りには大量のBETA。機体は満身創痍…と来れば開き直るしかない。
絶望的な状況に置かれているにもかかわらず、妙に穏やかな心持で俺は迫り来る敵を見据える。
そして…

 「………俺を殺せるもんなら…殺してみやがれぇぇぇぇぇ――――ッ!!!!」

咆哮一閃。
俺は敵の大群へと突撃した。



《Side of 美琴》


 『――こちらに向かって来ているわね………』
 『上新穂付近の集団の到達が遅れただけマシと思いましょう』

陽動に出た白銀大尉のおかげで、ボクたちは無事に予定ポイントに到達して防衛線を構築できた。
今は、ハイヴ周辺から迫ってくるBETA群に予想以上の数のレーザー種が存在していたので、支援砲撃艦隊による支援砲撃が行われている。
レーザー種は空間飛翔体を優先して狙うので、今のところこっちにレーザーが来る可能性は低い。
――心配事があるとすれば、支援砲撃が行われている地点の近くに白銀大尉が居ることかな。

 『伊隅大尉………白銀のマーカーに動きがありませんね』
 『あぁ――先程の通信からしばらく経つが、動きが無いのは気になるな』
 『もう一度呼び出してみたらどうです?』
 『そうだな。01より00へ――白銀、応答しろ』

……………………
しばらく待ってみたけれど、白銀大尉からの返信は無い。

 『――白銀?』
 「もしかして、何かあったんじゃ……」
 『っ……ヴァルキリー01よりヴァルキリーマム!陽動に出たヴァルキリー00が応答しない。そちらで連絡が取れるか?』
 『こちらヴァルキリーマム――少々お待ちください』

涼宮中尉の報告を待つ間、ボクは祈るような気持ちだった。
いくら待っても通信に出ないので、白銀大尉に何かあったのかも――という考えが頭をよぎる。あの人に限って、そんなことは無いって信じたいけど………

 『――ヴァルキリーマムよりヴァルキリー01。こちらからも呼びかけてみましたが、応答ありません。引き続き、こちらで呼びかけを続けます』
 『01了解――頼む』

HQからの呼びかけにも応えないなんて、いったい何が起きているんだろう……
白銀大尉に限って撃墜されたりはしないと思いたいけど………実戦は何があるか分からない。
とにかく無事でいて欲しい――今、ボクたちが願うのはそれだけだった。



◇重巡洋艦・最上◇ 《Side of イリーナ》


自分が担当する管制をしながらも、隣に座っている涼宮中尉の通信が気になって仕方がない。
何故なら、その通信の相手が何度呼びかけても応答が無いから。
そして、その相手というのが白銀大尉だから。

 『――ヴァルキリー00応答してください!こちらヴァルキリーマム――』

あれで何度目になるのか。
しかし、一向に白銀大尉が応答する気配はありません。

 「…………」

私たちの後ろに佇んでいる香月副司令はモニターをジッと見たまま何も言わない。
彼のマーカーは健在のようだから、撃墜されたということは無いと思うけれど……
私は、自分の仕事をこなしているものの、白銀大尉の安否が気に掛かってしまい、どうにも自分の仕事に集中しきれなくなっています。
せめて彼の声が聞ければ安心することが出来るけれど………

 「――え……?………………………うそ――」
 「っ!?」

突然、涼宮中尉が声を上げて動きを止めた。
それと同時に、それまで静観していた副司令も身を乗り出して、息を呑んでモニターを見つめています。
その2人の行動に焦りを覚えた私は、咄嗟に自分の仕事を中断して、涼宮中尉の正面にあるモニターを覗きました。
そのモニターに表示されている戦域マップ……
一見、何も変わりないように見えるけれど、一箇所だけ決定的な違いがあります。
それを発見すると、私は思わず我が目を疑ってしまいました。それは誰もが考えもしないような出来事でしょう………

白銀大尉の識別マーカーが消え、バイタルどころか強化装備の情報すら入らない。
つまり……

そのモニターを見つめている私たちは、その事実を受け入れることが出来なかった――



《Side of 武》


 「………はぁ――…………はぁ……ッ――――ぁ…く……………」

右腕と左足を失い、他にもあちこちボロボロの不知火――俺の相棒が、BETAの死骸の山に突き刺さっている刃の欠けた長刀にもたれ掛かっている。


 ――もう何も残ってねぇ……


疲れと多少の出血でボーっとする頭で思い返す。
左脚部を失ってからの戦闘は、それはもう大立ち回りというか大暴れというか、自分で言うのも何だけど、とんでもない戦闘だった。
左脚をやっちまってからもしばらくは戦えていたけど、大群相手に損傷した機体で長く戦えるわけもない。
耐久限界になった長刀が折れて、そのとき斬り結んでいたBETAに右腕を肩から持っていかれた。その衝撃でコクピット内もダメージを受けちまって、俺もあちこち怪我をした。

俺の怪我の程度は軽かったから平気だったけど、機体の方はそうもいかない。
レーダーも通信機器も使えなくなったし、左舷跳躍ユニットは限界を迎えて停止してしまった。
視界の方も右舷側の2時から4時方向がブラックアウト。ほぼ正面しか見えなくなっちまった。
それでも何とか見える範囲のBETA相手に奮闘したけど、ついさっき最後の長刀にヒビが入ってしまい、俺は戦うのを止めた。
それから最後の力を振り絞って、BETAが比較的少ない地点に移動して動きを止めたわけだ。
ちなみに、右腕を持っていかれたときに機体のフレームが歪んだらしく、脱出装置は作動しない。

 「………はぁ――」

――あとは純夏たちに任せよう。
強化した凄乃皇シリーズと今の純夏、そして前とは比べ物にならないくらい強くなったヴァルキリーズなら大丈夫。佐渡島だろうが喀什だろうが落とせるはずだ。
俺の役目はここで終わり。
……欲を言えば、もう少しだけみんなと一緒に居たかった………




そして、ついにその時がやってきた。
1匹の要撃級が骸の丘を登り、不知火へと近づいて来る。

 「……ッ………――」

様々な光景が脳裏を過ぎっていく。これが走馬灯ってヤツか。初めて見たぜ………
そういえば、この世界で死んだらどうなるんだ?
またやり直し…?――でも、俺ってもう因果導体じゃないんだよな、確か。

 ――ま、なるようになるか。

間近に迫っていた要撃級は、俺を射程内に入れたのかユックリと衝角を振り上げていく。
ふと、あの横浜基地正門の桜並木の桜が満開に咲き乱れる光景が頭に浮かんだ。

 「――約束…護れなかったな………」



そうポツリと呟いた瞬間、凄まじい衝撃がコクピットを襲い、俺の世界は暗転した――






[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第29話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2012/05/20 02:12
《Side of みちる》


たった今HQから入ってきた情報に、私は耳を疑った。




――ヴァルキリー00、白銀武を“KIA”と認定。




こんな馬鹿な事がありえるのか?………何かの間違いではないのか?
あの男に限って戦死などと――

 『白銀大尉が……そんな………』
 『嘘…』
 『――ッ!!!』
 『待てっ!御剣!!』

飛び出そうとした御剣を速瀬が静止した。御剣は明らかに狼狽している。いや――御剣だけではない。
隊員は皆、白銀の死を信じられず茫然としている。……私もだ。
誰もが成すべき事を忘れ、立ちすくむ。網膜に投影されている隊員たちの中には、口元を押さえ俯いている者もいる。
頭が真っ白になるというのは、こういう事か………

 『――しっかりしなさい!!!!』
 『『ッ!!』』

訃報を聞き、静まり返っていた通信に突如として響き渡る声。
それは、少し怖いが本当はとても優しい私たちの教官の声――

 『ヴァルキリーズの隊規は何――?』

……死力を尽くして任務にあたれ、生ある限り最善を尽くせ、決して犬死するな。
そして、もう1つ――

 『白銀大尉が居なくなったら何も出来ないの?』

――違う。

 『ヴァルキリーズは1人欠けたくらいで終わり?なら彼や、これまでの戦いで命を落とした仲間たちは犬死ね……』

――違う。

 『それとも、戦場の真ん中で俯いていることが最善?私たちの死力はこの程度?』

――違う!私たちは………ッ!

 『生きて横浜基地に帰るんでしょう?』
 『『――!!!』』

そう……それが白銀との約束。
アイツが現れてからヴァルキリーズは変わった――もちろん良い意味でだ。
白銀武という男は私たちの精神的支柱となり、誰もがヤツを慕い、そして頼った。
忘れがちだが、私たちは白銀と出会って2ヶ月程しか経っていない。時間だけを見れば長い付き合いではない。だが、その内容は時間以上のモノだった。
そうでなければ、私たちがここまでアイツに惹かれることは無かっただろう。
あんな隊規を追加してしまうほどに――

 『――伊隅』
 「ッ!は――」
 『この隊は貴女の隊よ。貴女が先頭を行く必要は無いわ。でも、貴女が進むべき道を見失えば、隊員たちも迷ってしまう』
 「――!!」

そうだ………私は…何をボンヤリしているんだ――

 『貴女はヴァルキリーズの進むべき方向を見据えていなさい』
 「ありがとうございます、教官。もう――大丈夫です」
 『――』

私が答えると神宮司教官は微笑み、そして頷いてくださった。
目を閉じて深呼吸をする――
教官に諭されてしまった……私もまだまだだな。
神宮司教官もツライだろうに……こんな役をさせてしまうとは。本来ならば私がやらねばならない事だというのに。

 「ヴァルキリー01よりヴァルキリーズ各機――」

悲しむのは後でも出来る。
今、何よりも優先すべきなのは作戦の成功と無事に帰還すること。

 「まだ作戦は終わっていないぞ!気合を入れろ――ッ!!!」
 『『――!!』』
 「白銀がそう簡単にくたばると思うか?」

思わないだろう?……信じたくないだけかもしれないが。

 「今頃、あが~~~~~などと言いながら、迎えを待っているかもしれないだろう」
 『………確かに。ヤツなら有り得ますね』

私の軽口に宗像が乗ってくると、隊員たちの表情からは幾分固さが取れたように見える。これでいい……
今はBETA群を引き付けるために隠れていたから良かったものの、戦闘中だったら死者を出していたかもしれない。
これ以上、私の隊から欠員を出すわけにはいかない。

――ヴァルキリーズに、私たちに立ち止まることは許されない。進まなければならないんだ……散っていった先達のためにも、アイツのためにも。



《Side of 晴子》


 『――全機、遮蔽物に隠れて主機を落とし、敵前衛は峡谷に引き入れて迎撃する』
 『敵前衛を迎撃するのはA、C小隊。BとDは突出して光線級を狩れ』

BETAの増援に光線級が多数含まれているので、凄乃皇が来るまでにそれを撃破しないといけない。

 『A、C小隊も敵前衛をある程度撃破した後、光線級狩りに合流する――』

伊隅大尉と神宮司中尉の作戦説明が終わりヴァルキリーズ各機は主機を落とした。コクピット内の明かりが赤い非常灯だけになる………
このままCPからの指示があるまでは待機しなきゃならない。
本当なら、次の行動に向けて集中しなきゃならないんだろうけど、今は……今だけはどうして違うことを考えてしまう。

胸にポッカリと穴が開いたような感覚――あの人が死んだなんて信じられない。
…信じたくないってのが本音だけど。
伊隅大尉も言っていたけど、「あが~~~」でも「うば~~~」でも良いから言ってて欲しい。――で、再会したとき頭に包帯を巻いてたら完璧。

 「ふぅ………」

こんなんじゃダメだ。もっと集中しないと――
そうしている内に、地響きと振動が大きくなった。
モニターが点いていないから分からないけれど、今BETAが目の前を通過しているんだと思う。
それからすぐに、私の予想を裏付けるかのようにHQから通信が入った。

 『――ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ各機。敵前衛が防衛線を通過中。最後尾の通過まで90秒!全機機動せよ――繰り返す、全機機動せよッ!!』
 「ッ………」

機体を起動させてモニターが点くと、そこに映し出されたのは大量の突撃級が目の前を通過していく様子だった。
凄い…
その光景に圧倒されそうになったけど、ボンヤリしている暇はない。
雑念を振り払って攻撃開始の合図を待つ。
そして敵の前衛が抜けたと同時に――

 『今だ――行くぞッ!!』

伊隅大尉が叫び、作戦通りに各機が飛び出した。

 『A、C小隊――兵器使用自由!喰い尽くせ――ッ!!』
 『『了解!!!』』
 『――B、D小隊突撃!遅れんじゃないわよ!!』
 『『了解!!』』

私は伊隅大尉率いるA小隊だから、まずはこの場に留まって敵前衛を殲滅する。

 『喰らえッ!!』
 『――やあぁぁぁ!!!』
 
みんな鬱憤を晴らすかのように撃ちまくっている。
私も負けていられない――

「ホラホラ――!お尻がガラ空きだよっ!!」

背後を取っているので、これ以上無いほど楽に狩れる。
突撃級の弱点である柔らかい本体に、劣化ウラン弾を叩き込んで片っ端から駆逐していく。
こっちが本命じゃないんだから、なるべく早く片付けて合流しないとね。

なにがなんでも生き残ってみせる。あの人のためにも――



《Side of 水月》


時間が無い――
もうすぐ凄乃皇が来てしまう。
それまでに指定エリア内の光線級を倒さないとならないってのに、ワラワラワラワラと………

 「邪魔よッ!!!!」

振り上げられた要撃級の衝角を避けて懐に潜り込み、長刀を横薙ぎに一閃。敵を真っ二つにする。そのまま振り抜き脇にいたヤツごと切り伏せて突撃を続行。
戦闘しながら僚機2機の様子を見ると、2機とも突撃前衛の名に恥じない戦いぶりをしていた。
2機とも、さっきまでより動きが良くなっている気がするけど、気のせいじゃないわね。
その僚機たちの動きは、見れば見るほど誰かさんにソックリ。
これが任官したての新米衛士だなんて信じられない。つくづくとんでもないわ………

 『――速瀬中尉!正面、要塞級5……密集しています!』

御剣からの報告を受けて目視とレーダーで確認すると、これから進もうとしている進路に立ちふさがるようにして要塞級が密集しているのを確認した。
それらの要塞級の足元には突撃級や要撃級、戦車級が多数いる。だからといって要塞級5体のためにわざわざ迂回なんてしてられない。
幸い、進路上にいる要塞級はそれらだけ。どうするかはレーダーを見た瞬間に決まっている。何故なら、私は突撃前衛長だから――

 「突貫!」
 『『了解!』』

私の指示に間髪入れずに返事をした部下たちもまた突撃前衛。
それも、私が知る衛士の中で最も優秀な衛士に師事した娘たち。一癖も二癖もあるけれど私は気に入っている。腕も確かだしね。

 『速瀬中尉――D小隊で側面をカバーします』
 「楔弐型!突破を優先する!!」
 『――了解。私と鎧衣は右、祷子と築地は左側面をカバーしろ!』
 『『了解!!』』

宗像の支持の下、D小隊が左右に分かれた。
楔弐型とは言っても、小隊数が足りないので後方は手薄になってしまうけれど、この際仕方ない。
今は光線級の前に立ちはだかっている要塞級の突破に専念する。
向かってくるBETAは、劣化ウラン弾を浴びせたり斬り倒しながら退け、私たちは我武者羅に前へと突き進んでいく。
そしてついに要塞級を射程内に捉えた。

 「――御剣は左、彩峰は右の要塞級を狙いなさい!!」
 『『了解!』』
 『両サイドは良いとして、中央は3体が密着していますが?』
 「アレくらい楽勝よッ!!!私を誰だと思ってんの?!」
 『これは失礼しました、突撃前衛長殿――』

宗像め……見てなさい――!
NOEで敵に接近しながら、突撃砲を格納して両手に長刀を装備。
デカイ図体に似合わず、要塞級は触手を器用に振り回して攻撃してくる。単体ならどうってことないけど、3体同時となると少し厄介ね。
私は機体を地表とほぼ水平に倒しての超低空で突撃。
ヤツ等の触手は上手い具合に追尾してくるけれど、それを地面すれすれのバレルロールで回避。避けざまに機体の回転を利用して触手を斬り落とした。
要塞級は触手さえ無ければ、ただのデカイ的。36mmが効かないだけで大した脅威じゃない。
体内から小型種が出てくる場合もあるから、その点は留意しなければならないけれど。
触手を失ったヤツを切り刻んでトドメを刺す。まずは1体――

 「次ッ!!」

すぐさま狙いを変えて突撃。
次のヤツも触手を振り回して攻撃してくるけれど、軽く避けて腹の下に潜り込み敵の後方に躍り出る。
そして機体を上昇させ、そこから急反転降下。
その勢いを利用して敵を両断。崩れ落ちる間際に、最後の足掻きとばかりに触手を向けてきたけれど、そんなものに当たるはずも無く、根元から斬り落としてやった。
これで2体目――

最後のヤツに狙いを定めて突貫したけれど、最後のは呆気無かったわね………
敵の真横を取っていたため、触手を向けられる前に切り伏せた。

 「一丁上がり――っと」
 『お見事――』

最後の要塞級を倒すと宗像から通信が入った。
周りを見ると、両翼共に要塞級を倒し終えて再び合流しようとしているところだった。

 『援護するまでも無かったですね』
 「――あんなのに梃子摺ってたら、伊隅ヴァルキリーズの突撃前衛長は名乗れないっての。さっさと行くわよ!!」
 『『了解!!!』』

陣形を組み直し、ようやく光線級狩りが始まった。
アイツの分まで暴れてやる――ッ!!!!



《Side of 茜》


あと少し………
あと少しで突撃級の掃討が完了する。

 「このぉぉ――っ!」

突撃砲4門同時射撃で敵を撃ち倒しながら周りの様子を窺う。
みんな、何かを振り払うように一心不乱に敵を倒しているように見える。たぶん……私もそうなんだと思う。
本当はこんな戦闘なんかしないで、今すぐ白銀大尉を探しに行きたい。
でも、それはしない――しちゃいけない。

あの人が命を懸けて陽動を買って出てくれたからこそ、私たちはここまで来れた。
あそこで陽動をしていなかったら、後続に追いつかれてレーザー照射を受けていたかもしれない。
そして後続との戦闘になれば、防衛線の構築が間に合わなかった可能性だってある。
あの大群との乱戦状態の最中に凄乃皇が到着してしまったら、本命の荷電粒子砲を有効に使えない事も有り得た………
凄乃皇は人類の希望――その力は最大限に発揮されなきゃならない。
だから……白銀大尉が作ってくれたチャンスは絶対に無駄にしちゃいけない――!

 『――これで最後ッ!!!』

ようやく敵前衛を全て倒した。
全て撃破するまで、思ったより時間はかからなかった。

 『全機反転!光線級を狩りに行くぞっ!!!!』
 『『了解!!!』』

瞬時に伊隅大尉から指示が飛ぶ。
すぐさま反転して、先行した速瀬中尉たちの下へ向かう。
とりあえず砲撃開始地点の確保は出来たと思っていいのかな………まだ光線級が残っているから絶対に安全とは言えないけど。
でも、必ず任務を完遂するよ。それが彼の思いに報いる唯一の方法だから――



◇重巡洋艦・最上◇ 《Side of 夕呼》


現在の時刻は11時を20分ほど過ぎたところ。
ウィスキー部隊の損耗率は21%、エコー部隊は7%、各艦隊の損耗率は合計しても10%に達していない。
敵の増援の際にウィスキーが消耗してしまったが、現状では理想的とも言える進捗状況だ。

 「――涼宮中尉。A-01の状況は?」
 「現在B、D小隊は敵本隊と交戦中。A、C小隊は敵前衛を殲滅し、移動を開始しています」
 「そう。分かったわ」

いくつか想定外のことが起きているけれど、概ね作戦通りに進んでいる。
私は務めて冷静に状況の推移を見守る努力をしていた。
さすがに、白銀をKIAと認定したときは内心では動揺したが、特殊な境遇ではあるものの彼も生身の人間である以上は、こういうこともあるだろうと割り切った。
彼も不死身ではないのだから………

 「――副司令!」

私が思案していると、切羽詰った様子のピアティフに呼ばれた。

 「凄乃皇の航行速度が落ちました」
 「――原因は?」
 「不明です。こちらでは異常を確認できません」
 「凄乃皇を呼び出して」
 「了解――」

ピアティフは私の指示に頷いて、すぐに凄乃皇――鑑を呼び出す。
私はヘッドセットを装着して呼びかけた。

 「――状況を報告して」
 『機体に異常はありません。私も大丈夫です』
 「なら、速度が落ちた原因は?」
 『えっと――……』

鑑曰く、砲撃開始地点に早く着きすぎるのを防ぐために速度を落としたらしい。
A-01の荷電粒子砲効果範囲からの離脱時間との兼ね合いということらしいが、こちらの見立てでは特に問題は無いはず………
けれど、ここは鑑の判断を尊重しましょうか。彼女は特別なのだし――
私は鑑にその旨を伝えて通信を終了した。

………白銀の事を聞かれると思っていたけれど、鑑はその事に触れてこなかった。
誰よりも戦況を把握しているはずの鑑が、白銀をKIA認定したことを知らないはずが無い。――ということは、私たちの判断に不満が無いということ……?
そうだとしたらアイツは――

 「――――ッ………」

唇を噛む。
自分にとって、あの男は手駒の1つに過ぎなかったはず。
それなのに何故………何故こんな気持ちに――

私は額に手を当てて静かに息を吐いた。
作戦はようやく折り返し地点に来たところ。余計なことを考えている場合じゃない。
悲しむのは帰ってからでも出来る。だから今は、今だけは忘れよう………



◇佐渡島◇ 《Side of 美冴》


 「――沈めッ!!」

36㎜で光線級を吹き飛ばし、120㎜で重光線級の照射粘膜に風穴を開ける。
光線級狩り開始から数分――私たちは相当数の光線級を駆逐した。それでも尚、それなりの数が残っているが………
一心不乱にトリガーを引いていると、レーダーがこちらに向かってくる機影を捉えた。
それは待ちに待った援軍――

 『こちらヴァルキリー01。これより我々も光線級狩りに参加させてもらう』
 『――もう来ちゃったんですかぁ~~』
 『部下が奮闘してくれたからな。思ったより早く片付いたんだ』

応答した速瀬中尉に不適に笑って返す伊隅大尉。
合流したA、C小隊も交え、私たちは次々とBETAを撃破していく。
皆、久しぶりに神宮司教官のお説教を喰らって気合が入ったようだ……
それから数分が経過したころ、HQから通信が入る――

 『――ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ各機。A-02は現在、砲撃準備体制で最終コースを進行中。60秒後に艦隊による陽動砲撃が開始される』
 『『――!!!』』
 『A-02の砲撃開始地点に変更なし!――90秒以内に効果範囲より離脱せよ!!繰り返す――』

きた――!

 『――全機、即時反転!楔弐型で全速離脱!!』
 『『了解!!』』

光線級を全て撃破するには至らなかった。
凄乃皇の性能を信じよう………荷電粒子砲を1発でも撃てば流れは変わる――
しかし、そんな思いを嘲笑うかのようにレーザーが空を切り裂く。

 『A-02にレーザー照射!照射源11!!』
 「――ッ!!!」
 『最高出力…来ます――っ!!』

モニターに映る凄乃皇には、確かにレーザーが照射されている。傍から見れば直撃だ。
だが、凄乃皇の装甲に到達する前にそれは曲がり、機体には届いていない。
そして凄乃皇は、私たちが安全圏に退避するまでに照射された全てのレーザーを防ぎきってみせた。
これが……凄乃皇の力か――

ブリーフィングで聞いただけでも唖然とするような性能だったが、いざ目の前にすると本当に現実のことなのか疑いたくなる。
レーザー照射を受けても悠々と飛んでいるんだからな………

 『――“ラザフォード場”歪曲率許容値内。各部正常』
 『A-01の退避が完了しました。荷電粒子砲の効果予想範囲内に味方機なし!!』
 『さ、始めましょう――』
 『――はい!!』

私たちの退避が完了し、副司令が凄乃皇に呼びかけると、とても元気の良い返事が返ってきた。
そして我々は目撃する。
人類の反撃。その狼煙を――



それは光の奔流だった。



凄乃皇弐型が発射した荷電粒子砲は、地表にいたBETAと地表構造物を吹き飛ばす。その余りにも凄まじい閃光と轟音、威力に私は愕然とする。
誰もが夢見た光景だろう……レーザーを物ともせず、たった一撃で大量のBETAを殲滅する。その夢のような光景に言葉が出ない。思わず頬を抓りたくなってしまう程だ。
そして、大量の黒煙や土煙を上げながら地表構造物が崩れていくと、全ての通信回線で歓声が轟いた。
目の前の光景は誰もが待ち望んでいたことだ。部下も上官も関係なく作戦中であることも忘れて、ただ仲間と喜び合う――この時ばかりは、誰もが…そうしているはず。

しかし私たちヴァルキリーズには声を上げて喜ぶ者は居ない。
飛び上がりたくなるほど嬉しい気持ちはある。憎きBETAへ一矢報いたのだから、喜ばない方がオカシイだろう。
だが――私たちはこの戦いで掛け替えの無い大切な存在を失ってしまった。

 「私に離れるなと言っておいて………バカ――」

あの一撃はアイツへの手向け。叶うことなら一緒に見届けたかった。それが叶わない今、この戦いに勝利することこそが何よりの供養になるだろう。
白銀………お前の意思は私たちが受け継ぐ。見ていてくれ――



《Side of 祷子》


 『――第6降下兵団がハイヴへ突入します。突入殻の落下に備えてください』

現在我々は、CPから入ってくる情報に耳を傾けつつ補給や警戒をしています。
第1射後すぐに放たれた荷電粒子砲の第2射で、地表のBETAをほぼ全て殲滅した本作戦は次の段階に進もうとしています。
ハイヴ突入のために私と鎧衣少尉の制圧支援は、この補給でALMランチャーを装備しました。

先ほどの光景が脳裏に焼きついて離れません。
荷電粒子砲がBETAの大群を薙ぎ払い、ハイヴの地表構造物を吹き飛ばした瞬間は鳥肌が立ちました。

 『オービットダイバーズのお出ましだ』

伊隅大尉の言葉で空を見上げると、いくつもの再突入殻が光の尾を引きながら降ってくるのが見えました。

 『彼等には悪いけど、今回は私たちの花道を作ってもらいましょ――』
 『ハイヴ周辺のBETAは凄乃皇が綺麗に掃除してくれましたからね』
 『――これで他の地域に支援砲撃が回せる。地上の制圧も時間の問題でしょう』
 『そうですね。あとは我々がメインホールに到達すれば終わりだ………』

上官たちの会話を聞きながら、オービットダイバーズが地表に降下してくる様子を見ていました。
再突入殻が落着した際に生じる凄まじい振動は、離れた場所にいる私たちのところへも届いてきます。
そう時を置かずして、私たちもあそこへ行くのだと思うと身震いがしてきました。
これが恐怖や不安によるものなのか、はたまた武者震いなのかは判別できませんが……
そしてダイバーズの突入から30分ほどが経過し、先行して突入した部隊がハイヴの第8層までを完全に制圧した時点で、私たちにハイヴへの突入命令が出されました。

 『――ここからが本番だと思え。決して気を抜くな』
 『『了解!!!』』

白銀大尉………見守っていてください――



《Side of まりも》


現在12時を少し過ぎたところ。
甲21号作戦が開始されてから3時間以上が経ったことになる。
ハイヴへの突入命令が下されてから、私たちは凄乃皇に付き従うようにして突入地点へと向かっていた。

悠々と飛行している凄乃皇を護るように、10数機の戦術機が展開している様は“戦乙女”の名に相応しい光景でしょう。
凄乃皇の、その巨躯に見合った鉄壁の防御力と攻撃力を目の当たりにしてしまうと、護衛の必要があるのかと思ってしまうけれど。
HQからの情報によると、地下茎内ではそれなりの規模で戦闘が起きているそうだ。

 『――なお、ウィスキー及びエコー各隊は地上に残存するBETAの掃討を開始しています』

作戦の初期に佐渡島の南北に分断して引き付けていたBETA群の掃討が始まったようね。
2発の荷電粒子砲によって、佐渡島E、SE、S、SWエリアに残存BETAはいない。凄乃皇は、たった2発で数万のBETAを殲滅してしまった。

この作戦で、ハイヴ攻略のセオリーが変わったと言っても過言ではないでしょう。
各戦術機甲部隊の状況を見ると分かるけれど、損耗率が嘘のように低い。それに加えてオービットダイバーズの突入タイミング。
今までの戦術では、オービットダイバーズはハイヴ突入時に少なからずレーザーを受けていた。
それが今回の作戦ではどうだ――彼等は全くの無傷で降下し、ハイヴに突入していったではないか。
今回は凄乃皇の初陣という事で、帝国軍や国連軍の部隊が作戦に参加しているが、近い将来、凄乃皇単機でのハイヴ攻略も可能なのではないか――そう思ってしまう。

 『――ヴァルキリーマムよりヴァルキリーズ各機。ハイヴへの突入予定ポイントまで1kmです』
 『ヴァルキリー01、了解』
 『現在、先行部隊はハイヴ第8層までを完全に制圧。後続の部隊も順次突入しています』

30分足らずで8層まで………早い。これも突入時の損害が無かったおかげね。
やはり、凄乃皇は人類の切り札と呼べる代物だ。アレがあれば何もかもが変わる。
そして彼が残してくれたXM3。この2つがあれば人類はBETAに――

 『突入部隊より緊急入電!大深度地下より振動を検知!!!』

私の思考は、CPでサポートしてくれている涼宮の切羽詰った声によって遮られた。

 『音源の座標は、縦坑が確認されていなかった座標のため、BETAは新たに縦坑を掘り進んでいると思われます』
 「な――ッ!?」

バカな………そんなことが有り得るの?!
そんなこと聞いたことも――いえ……BETAに私たちの常識は通用しないのだから、有り得ないと決め付けては駄目。臨機応変に対応するしか――ッ!!! 
情報に耳を傾けていると、こちらのセンサーでも振動を察知した。
しかし、先程の大増援の時とは違ってセンサーが振り切れる事は無く、上がってくるBETAの数はそれほど多くないようだ。

 「出現予想位置は………後方――!?」
 『距離2kmありません!』
 『支援砲撃は――ダメか……近すぎる!』
 『――種族構成は不明だ!光線級も存在していると想定しておけ!!』
 『来るぞッ!!!』

その声とほぼ同時に1kmと少し後方の一帯が砂煙を上げた。
BETAが地中から這い出してきたのだろう。レーダーで見ると敵の数は――60ほど。
先程の大増援もあって身構えていたのだけれど、思ったより数が少なかった。あのくらいなら支援砲撃もいらない。

 『――風間、鎧衣!ALMランチャーを使え!!』
 『『了解!!!』』

さすが伊隅。指示が早い。
そして制圧支援2機は支持を受けるや否や、後方に出現したBEETA群に向かってミサイルを発射した。
しかし――




ビーッ!ビーッ!ビーッ!




突如鳴り響く警報。それと共に網膜に映し出される――第2級光線照射危険地帯、という表示………
咄嗟にミサイルが飛んでいった方角を見ると、今まさにレーザー照射によって迎撃されたところだった。

 『光線級――!まだ温存していたのかっ!?』
 『凄乃皇にレーザー照射きます!!照射源7!!!』
 『『――!!』』

凄乃皇はレーザー照射を受けるも、ラザフォード場によって機体に損傷は無い。
直援展開していた私たちも辛うじて被害は無かった。
しかし、このままではいずれ――

 『レーザー再照射!数は4!!』
 『くッ――どうすれば……!』
 『私の後ろに居てください。そうすれば大丈夫ですから』

音声のみなので表情は見れないが、鑑の声はこの状況下では不自然に思えるほど穏やかだった。

 『――鑑?!』




伊隅の声に鑑が答えるより早く、この難局に変化が起きた。




 『大尉!見てください――BETAが………減っていきます!!』
 『『――!?』』

その報告を受けてレーダーを確認すると、BETAを表す赤い光点が次々に消えていくのを確認した。
気付けばレーザー照射も止み、照射源である光線級のマーカーも消えていく。
その地点を最大望遠で観測しようとしたが、砂煙などがモクモクと立ち上っていて有視界では何が起きているのか確認できない。
時折、青白い光が稲妻のように走っているのが見えるだけ。

 「いったい何が――?」
 『何が起きているか分からない。警戒を怠るな! A、C小隊は凄乃皇の後方に――』
 『伊隅大尉、その必要はありません!』

直援の陣形を変更しようとした伊隅の声を鑑が遮った。

 『バカを言うな!万が一にも凄乃皇をやらせるわけにはいかない!!』
 『大丈夫です。もうすぐ――』
 『『………?』』

この問答の間にも、出現したBETAのマーカーは驚異的な早さで消えていく。
事態が理解できず立ち止まっている私たちに新たな情報が入った。
レーダーに映し出されているBETA集団の真ん中に、唐突に別の反応が表示されたのだ。
その表示とは――







     “ A00b-02 ”          A-01連隊、伊隅ヴァルキリーズ所属B小隊2番機。コールナンバー、ヴァルキリー00







それは、もう二度と見ることが出来ないと思っていたもの――


彼の………あの人のもの。
それを見て、私は声も出ないほどに動揺していた。それは他の隊員たちも同じようで、誰も声を発しない。
それからレーダーを凝視し続けること僅か――

 『――出現したBETAの反応、完全に消えました………』
 『バカな……あの数をこの短時間で?!』

BETA出現から3分ほど。敵は50体近いBETAの集団で、その内10数体は光線級や重光線級だった。
私たちからの攻撃は初手のミサイルだけ。艦隊による支援砲撃での殲滅でもない。
それなのに僅か数分で、当たり一帯は再びBETAのいない開けた更地に戻ってしまった。

 『見てください!何か来ます!!!』
 『『――!』』

柏木が声を上げた。
言われてBETAが出てきたはずの方向を見ると、未だ立ち上る砂煙の中から何かが飛び出してきた。
それは1機の真っ白な戦術機――

 「あれは………」

それは日本が世界に誇る第3世代型戦術機。

 『――武御雷………なぜ……?』

あまりの出来事に全員動きを止めてしまっている。
武御雷は私たちの正面、数十メートルのところまで接近してから動きを止めた。赤く光る鋭い双眼がこちらを睨んでいる。

その武御雷を観察してみると、両手に持つ2本の長刀にはBETAの体液らしきものが付着していた。この武御雷がBETAを殲滅したと見て間違いない。
それに私の記憶違いでなければ、私が過去に資料で見た物と、装甲の形状に多少の違いがあるようだ。
そして武御雷の右肩には、ヴァルキリーズの部隊章がマーキングされている。
あれは紛れも無くヴァルキリーズの部隊章だが、この隊に武御雷が配備されたという話は聞いていない。少なくとも私はそんな話を知らない。

しかし、何よりも気にしなければならない事は、レーダーに映る“A00b-02”という表示は、この武御雷を指しているということだ。
その事実が指すのは、ただ1つ――だが、それを確かめる勇気は無かった………
私たちが自分たちではどうにも出来ないほど激しく動揺していると、その武御雷から通信が入り、それと同時に網膜に相手の顔が投影された。


相手の衛士は、頭に包帯を巻いて頬に絆創膏を貼った少年。
その顔を見た瞬間、目頭が熱くなるのが分かり、私は思わず口元を覆った。
そして、その少年は――






 『――こちらヴァルキリー00、白銀武。これより隊列に復帰します』





そう言った。





[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第30話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2012/05/23 22:45
※前書き

 第29話の最後に武御雷が登場しましたが、その武御雷を立体にしてみましたので、よろしければ御覧ください。
 www.modelers-g.jp/modules/myalbum/photo.php?lid=11346

 このごじゃっぺな物語を読んでくださっている方の、妄想の手助けにでもなってくれれば幸いです。

※ ※ ※





 『クソ………ッ!BETAがこんなに早く侵攻してくるなんて……』
 『――タケルちゃん!』
 『あそこに軍の車両がある――大丈夫だ!!』
 『うん!』



◇ ◇ ◇



 『――俺たちも乗せてください!!』
 『すまない。もう定員以上を乗せているんだ――あと1人なら辛うじて乗せられるが………』
 『なら――コイツだけでも乗せてやってください!』
 『タケルちゃんッ!?ダメだよ!タケルちゃんも一緒に……!!』
 『3ブロック先にもう1台いる。そこまで行けるか?』
 『行きます!』
 『タケルちゃん!!!』
 『とにかく今はここから離れるんだ!!乗ってくれ純夏!!!』
 『――向こうに1人行ったと連絡しといてやる。急げ!!』
 『はい!!』
 『タケルちゃぁぁぁぁぁんっ!!!!』



《Side of 武》


 『!――!!!』 

声が聞こえる。

 「ぅ…」
 『――る……たけ………ッ!!―――』

あんまり怒鳴るなよ――聞こえてるからさ。

 「ぁ……っ――」
 「た――どの!………たける――――武殿!!」
 「………つく……よ、み――さ…ん?」
 「はい――真那でございます!武殿!!!」

ぼやけて輪郭だけだった顔が徐々にハッキリとしてくると、よく知った顔が真上にあった。
何度か瞬きをしてみてもその顔は消えない。どうやら幻じゃないみたいだ。身体のあちこちが痛いのは生きてる証拠か。
俺が起きたことに安心した様子の月詠さんは、特に何かを言うわけでもなく俺の頭を撫でてくれた。

そこで気付いたんだが、俺は今、月詠さんに膝枕されているらしい。
後頭部には柔らかい感触、頭は撫でられ、見上げると月詠さんの顔と――その……うん、見上げるのは止めよう。
俺は目線だけで周りを探り、気になったことを聞いてみることにした。

 「え――と………ここは――」
 「佐渡島の東部海岸付近でございます」
 「なんで月詠さんが…?俺は――」
 「順を追って説明いたしましょう。あれは、ハイヴからBETAの大群が出現した頃でございました――」



◇ ◇ ◇ 《Side of 真那》


これからBETA群を突破しようとしている矢先、出鼻を挫くように繋がれた秘匿回線。
勝手に繋がった回線の相手は、私も知っている者であった。

 「な……貴様は――」
 『――月詠中尉』
 「鑑少尉!?今は作戦行動中だ!秘匿回線の使用は――」
 『お願いがあります!』
 「――?」

このような時に何を言うのだと声を荒げそうになったが、網膜に映る少女の表情は、決してふざけているものでは無かった。
私は、とりあえず話だけでも聞いてみようと思い、鑑少尉に話すよう促した。
すると彼女は、単独陽動に出た武が危機に瀕している事を、各種情報を交えて説明してくれたのだ。
そして鑑少尉の頼みというのは、その武殿を救出し指定の地点まで連れて来て欲しいということだった。

 「――貴官の頼みは分かった。何としてでも武殿を救出する」
 『ありがとうございます!』
 「なに………感謝するのは私の方だ。武殿の窮地を知らせてくれたのだからな」

これまで、武殿には幾度も助けていただいた。
その恩を返せるというのなら、私は全身全霊を賭して事に臨む所存である。

 『――それと、悠陽さんから伝言を預かってます』
 「悠陽様から!?」
 『はい。ビデオメッセージを送信しますね――』
 「これは………!!!」

送られてきた映像は、確かに悠陽様からの物だった。
その内容を簡潔に述べると、必要なら勅命としてでも武殿に助力せよ――というモノだった。
主君がこうまで仰っているのであれば、私に迷いなど生ずる隙も無い。腹は決まった。

 「――クレスト2よりクレスト1!」

すぐさま斑鳩隊長を呼び出して、隊列から離脱する旨を伝えると案の定却下されたが、ここぞとばかりに悠陽様の御名を告げると、渋々ながら了承してくださった。
作戦終了後に委細説明せよと命じられたが、それで済むなら安いものだ。
大隊から離脱するのは私以下、神代たち――第19独立警護小隊の3機。私たちが抜けた穴は、ホワイトファングスが請け負ってくれることとなった。
それから全速で武殿の下へ向かう道中、散発的な戦闘はあったが、想定よりも早いペースで進行できたことは何よりの僥倖だった。

そして我々が、鑑少尉から提供された情報を頼りに武殿を探していると、BETAの屍骸の中に1機の不知火を発見した。
その機体を武殿の物であると確認し安堵したのも束の間、その不知火に迫るBETAを発見し、私は血の気が引くのを感じた。
自分がいる場所からの武殿までの距離と、武殿に迫るBETAと武殿の距離が、紙一重で救援が間に合うかどうかという距離だったからだ。

結論から言えば間に合った。
私が武殿の下に到達したときには、敵は衝角を振り上げて不知火を襲おうとしていたため、やむを得ず不知火を蹴り飛ばしつつBETAを切り伏せたのだ。
その蹴りが思ったよりも強く入ってしまい、自分でやっておきながら泡を食ったのは誰にも言えぬが………
そうして無事?に武殿を回収し、鑑少尉に指定された地点へ向かうことになったのだが、損傷しているとはいえ戦術機1機を担いで戦場を移動するのは得策とは言えない。
そこで私たちは、不知火の四肢を切り離して胸部ユニットだけを運んだのだった。

そして我々が指定ポイントに到着すると、そこにあったのは15m四方はある巨大なコンテナだった。
辺りを見回すと、北西の方に向かって飛び去る巨大な影――おそらくアレが甲21号作戦の切り札なのだろう。
我々をここまで誘導した鑑少尉は、武殿にコンテナの中身を渡してくれと私に告げて通信を終了した。

それから私は部下たちと協力して武殿の救出を開始。
此処に至るまで武殿とは一言も言葉を交わしていないため、心配で心配で仕方が無かった。
もし武殿に何かあったならば、冥夜様にも悠陽様にも顔向けできない。そうなれば単機でハイヴに突入して自爆する覚悟だったが………
外傷による出血はあったが、幸いにも武殿は意識を失っていただけであった。
治療といっても応急処置程度だったが、それを終えると意識を失っていた武殿が呻いたので呼びかけていると、意識を取り戻した――



◇ ◇ ◇



 「――と、いうわけでございます」
 「そう………ですか」

私の膝に頭を乗せたまま礼を言う武殿に、私は頷きつつ頭を撫でていた。
今更だが、我ながら慣れないことをしている。一度意識してしまうと、どうにもきまりが悪くなってきたが止める気にもならなかった。

 「純夏が月詠さんに…」
 「はい。武殿をお助けすることが出来、私としましても鑑少尉には感謝しています」
 「アイツに言うと調子に乗るから言わないでくださいね」
 「ふふふ――畏まりました」

武殿と私は互いに微笑み、作戦の只中とは思えぬ穏やかさが私たちを包んでいた。
しかし、その穏やかな空気は突如として起こった轟音と凄まじい閃光によって吹き飛ばされた。
事態を理解できなかった私は、膝に頭を乗せている武殿に咄嗟に覆い被さり、彼の頭を抱きしめるようにして護る。
しばらくして閃光や轟音が収まると、信じられないような情報が飛び込んできた。

 『――ハイヴ地表構造物の破壊を確認!!繰り返す――』

私は思わず耳を疑った。
いったいどうやって破壊したというのだ……?そんな私の疑問に答えるように武殿は言う。

 「凄乃皇がやったんですよ」
 「!?」

武殿は我々に、今起きたことを掻い摘んで我々に説明してくださったが、にわかには信じがたい話であった。

 「攻撃力はオマケみたいなものだって、作った本人は言ってましたけどね」
 「それほどの兵器がオマケですか………」
 「はい――それに、凄乃皇が荷電粒子砲を撃ったとなると、もうすぐA-01がハイヴに突入します」

言いつつ上半身を起こした武殿が私の背後を見上げる。
その動作で私は自らの責務を思い出した。鑑少尉から託された物を武殿に渡さなければならないのだ。
私がその旨を伝えると、武殿は立ち上がって頷かれた。

それから私は、自機に武殿を乗せてコンテナの壁面ほぼ真ん中にあるハッチまで武殿を持ち上げ、恐る恐るハッチを空けてコンテナへと入っていく武殿を見送った。



《Side of 武》


コンテナの中は真っ暗――というわけでもなく、足元はオレンジ色の誘導灯が淡く光っていた。どうやらキャットウォークになっているらしい。
俺がそれを辿って歩いていると――


 ――タケルちゃん――


突然、頭の中に聞きなれた声が響いた。これはプロジェクション……
こんな芸当が出来るのはアイツだけだ。

 「――純夏」
 『大丈夫そうだね、タケルちゃん――』
 「あぁ………おかげさまでな」
 『じゃあ早いとこ戻ってきてよ。これからハイヴに行くんだからさ』
 「そりゃ戻りたいのは山々だけどな……俺は不知火を潰しちまってるんだぞ」
 『何言ってんのさ。目の前にあるでしょ、タケルちゃんの新しい機体』
 「―――――あん?」

言われて辺りを見回すが、誘導灯がある足元以外は真っ暗で何も見えない。
そんな俺の心情を読み取ったのか、純夏は盛大に溜息を吐いた。

 『も~~~~。さっさと着替えてパパッと合流してよ』
 「着替えるって……何に?」
 『――専用の零式強化装備。コクピットに置いてあるはずだよ?』

イマイチ状況が飲み込めないまま歩を進めると誘導灯が終わり、変わりに見覚えのある非常灯が俺の行くべき場所を教えてくれていた。
その非常灯が照らし出しているのは、紛れも無く戦術機のコクピット。そしてシートの上には純夏が言っていたとおり、どこかで見たような強化装備が置いてある。
それを発見してからは考えるよりも先に身体が動いた。
俺が着替え終わってシートに座ると、待っていたかのようにコクピットハッチが閉まった。
そして戦術機が起動し始め、網膜に表示された機体ステータスを見て、俺は思わず息を呑んだ。
代わりの機体というから、純夏は不知火を用意してくれたのかと思っていたが、ステータスには“武御雷 Type-00S”と表示されている。

 「コイツは――ッ!?」
 『――それがタケルちゃんの新しい戦術機だよ』
 「!!!」
 『聞きたいことはあるだろーけど、話は帰ってからで良いよね?』
 「あ、あぁ……」

機体が完全に起動すると、俺は何の操作もしていないのにメッセージが表示された。
強制的に開かれたメッセージの差出人は、予想もしない人からだった。

 『――武殿。そなたがこのメッセージを見ているということは、この剣が無事そなたへ届いたことと思います。
  先月の終わり頃、そなたが不調で苦しんでいると香月博士からお聞きしました。
  その後、博士との協議の末、僭越ながら戦術機を贈らせて頂くことに致しました。
  香月博士と純夏さんの手によって、更なる性能向上が図られるそうで御座います。この剣がそなたの力と成らんことを切に願っております。
  武殿……いえ、武様。どうか御無事で――  煌武院悠陽』

悠陽――
アイツが、この戦術機を用意してくれたのか!?
それに……夕呼先生と協議したって―――――――――――あ。
まさか俺が帝都に行ったときの話か?斯衛に誘われた云々の………夕呼先生が頻繁に帝都に行ってたのって、このためか?!

 「おい、純夏――」
 『うん?』
 「帰ったらキッチリ説明してもらうからな」
 『あはは。りょうか~~い』
 「それと………サンキューな」
 『んふ~~~♪』

ありがとう悠陽、夕呼先生。それと純夏も。
みんなのおかげで俺はまた戦える。俺の戦いを――
俺は目を瞑って気持ちを落ち着かせながら、仲間たちへ思いを馳せる。

ゆっくりと目を開けてスロットルレバーを握る。すると、中身が機動したことを感知したのか、コンテナが開放され始めた。
暗闇に慣れていた目には、外から差し込む光は眩しく、俺はそれを手で遮りながら開放を待つ。
そしてコンテナが完全に開放され、明るさに目が慣れると思っても見なかった光景が目に飛び込んできた。
月詠さんを含めた4機の武御雷が向き合うように2列に並び、地面に長刀を突き立てて整然と並んでいたのだ。まるで主君を迎えるかのように――

 「月詠さん――?」
 『参りましょう、武様――』
 「え…?」
 『部隊へ、お戻りになるのでしょう?』
 「!!――――はい!」

腹に力を籠めて返事をし、機体を起こす。
跪く姿勢でコンテナに格納されていた俺の新しい相棒――純白の武御雷が大地に立った。
機体を立ち上がらせて各部をチェック――異状は無い。

 「月詠さん………ありがとうございました」
 『――?』
 「ちゃんと御礼を言ってなかったなと思いまして」
 『いえ――武様には日頃からお世話になってばかりですから。少しでもお返し出来ればと思っておりましたので』
 「でも、その……おかげでまた戦えます。みんなのために――」

そう言うと月詠さんは微笑んだ。
よし――行こう。
月詠さんの呼び方が変わったこととか、この機体のこととか、聞きたいことは山ほどあるけど、それは全部後回しだ。
今は一刻も早くみんなのところへ。

そして、佐渡島の空に白い武御雷が飛翔する。
大切な人たちがいる場所を目指して――

 「白銀武――武御雷、行きますッ!!」



◇ ◇ ◇



 「ぅ――ッおぉぉぉぉ!!!!!!」

再出撃から十数分――途中で月詠さんと別れた俺は、みんなと合流するために最大戦速で武御雷を飛ばしていた。
この武御雷、どうやら機体各所にスラスターを増設してあるらしく想像以上に速い。
そのあまりの速度に、撃墜されてボロボロの身体は悲鳴を上げているし、機体が細かく震えているが、速度を落としたりはしない。

 「見えた!」

ついに凄乃皇の姿を目視で確認した。と言っても、ようやく見えた凄乃皇の姿はまだ小さい。あそこまで、あと4kmくらいはある。まぁ数分で到達する距離だが。
凄乃皇を視界に入れた途端、思わず口元が綻んだ。
この分なら無事に合流できそうだと思っていた、その矢先――

 『タケルちゃん!!』

突然、網膜に純夏が映った。
いきなりのことで少しだけ驚いたが、平静を装って応答する。

 「純夏――どうした?!」
 『またBETAが地下から上がってくるみたい。位置はこの辺だよ』
 「なにッ!?」

そう簡単には行かねぇか………
純夏の情報を見るに、BETAの出現ポイントは前方2kmと少し。近い――

 「――ヴァルキリーズの状況は?!」
 『問題無いよ!』
 「よし――突破して合流する!出てくるBETAの数は多くないんだろ!?」
 『うん。多くても50とか60じゃないかな』
 「楽勝だ――!!」

その程度の数には今更ビビらない。
さっきの単独陽動のときはもっと多かったし――オリジナルハイヴはあんなもんじゃないんだ………
俺が直進を続けていると、前方で地面が爆発したかのように噴煙が上がった。
BETA共のお出ましのようだ。
進路上にBETAが出現しても俺は躊躇せずに直進を続けていたが、そこで予想だにしなかった事態が起きた。

それは光線級の出現。
まだ出てくるとは思っていなかった………
コクピット内に第三種光線照射危険地帯の警告が鳴り響いている。
光線級の存在を確認して、さすがに進行速度を落としそうになったが、凄乃皇がレーザー照射を受けているのに、ここで俺が尻込みするわけにはいかない。
凄乃皇を確実にハイヴに突入させるには光線級を倒すしかない――そう判断した俺は、自機のステータスに目を走らせた。
手持ちの武装は、初めから背部兵装担架にマウントされていた突撃砲2門と、来る途中にあったコンテナから拝借した長刀2本。これだけあれば十分に戦える――

 「純夏ぁッ!自分とみんなを護れ――BETAは俺がやる!!」
 『……分かった。お願い、タケルちゃん!』
 「おぅ!!!」

言うが早いか、俺は敵集団へ突貫。
まず狙うのは光線級――確認している数は11~2くらいだ。
仕掛けるチャンスは、ヤツ等が凄乃皇に狙いを定めている今しかない……
純夏を囮にする形になっちまうが、今回の凄乃皇は万全の状態だから少しくらいなら大丈夫なはずだ――純夏には悪いがBETAを引き付けてもらう。

集団の最後尾にいるはずの光線級を直接狙えると思って突撃したが、出現した全てのBETAが凄乃皇に向かっていたわけではなかった。
敵集団の最後尾――こちらからだと最前列に光線級がいると踏んでいたものの、俺の予想に反して最前列は光線級ではなく、突撃級や要撃級で構成されていた。
おそらく俺が接近していることもBETAには感知されていたんだろう。
とにかく、光線級を掃討するためには敵前衛を突破しなきゃならなくなった。
もとより全部倒すつもりだから関係ないけどな――

 「はぁぁぁッ!!」

最大戦速のまま長刀で斬り抜け、要撃級2体を絶命させる。
続けて真横から迫ってきた突撃級の突進を軽くいなして背後を取り、これも長刀にて撃破。
マウントしている突撃砲はフルオートで射撃させ、背後から迫ろうとしている戦車級共を迎撃する。
思ったとおりに機体が動いてくれる――いや、それ以上だ。

 「すッげぇ――――!」

初めて乗ったとは思えないほど機体が馴染む。
移動しながら純夏に簡単な説明をしてもらっただけじゃ実感が沸かなかったけど、戦闘機動に移行した途端、その効果がハッキリと分かった。
背部兵装担架の間に、脱出装置を潰してまで追加したスラスターや、肩部装甲ブロックに増設されたスラスターのおかげで姿勢制御が楽になった。

それに加えて、脹脛にも小型のスラスターが増設されたのも効いている。
純夏曰く、いろんなところからデータを拝借して設計したらしいが……まぁそれはいい。
――とにかく、この機体は不知火の限界を軽々と超えて、どんな機動でも余裕を持ってコントロールできちまうわけだ。
まるでバルジャーノンをやっているような感覚――
でも、この機体にも弱点が無いわけではないらしい。詳しいことは聞かなかったが、現状では問題無いと純夏が言っていたから大丈夫なんだろう。

 「うおぉぉぉぉッッ!!!!」

純白の武御雷がBETAの間を縦横無尽に動き回り、次々とBETAを殲滅していく。
両手に持った2本の長刀を振り回してBETAを蹴散らし、その純白の体躯をBETAの返り血で汚すこともなく戦場を駆け抜ける。
レーダーに映る赤い光点は減り、レーザーの照射源も消えた。
ものの3分程で50程いたBETAは全て姿を消し、辺りには猛烈な戦闘によって巻き上がった砂煙が立ち込めるだけになった。
いきなりの全開機動に傷が疼いているが、それも気にならないほどに俺は興奮している。

 「――すげぇ………すげぇよ、武御雷!」

顔がニヤけるのを止められない。
興奮のあまり、思わずコクピットの中でバタバタはしゃいじまうくらいだ。
まるで初めて戦術機に乗ったときのような感動――いや、それ以上かもしれない。

不知火だとギリギリだった機動も、この機体は楽々と行えるし、その先に踏み込んでいける余裕すらある。
もっとも、あんまりムチャな機動は俺の身体が付いていかないだろうけど……
それにしても――くぅ~~~~~!!!たまんねぇっ!
こんな凄いもんを作っちまうなんて、さすが夕呼先生with純夏だ。悠陽にも感謝しないとな。

 『タケルちゃん?早く戻ってきてよ。みんな待ってるんだからさ』
 「あ―――お、おう」
 『も~~………しっかりしてよねぇ~?』

はしゃぎ過ぎた。
呆れ顔の純夏に返事をして、俺は機体をみんなの下へ向けた。
収まりつつあった砂煙を抜けると目の前に凄乃皇がいて、その足元には15機の不知火がこちらを向いて停止している。
俺は、みんなの手前数十メートルのところで機体を止めて、1度だけ深呼吸をしてから通信回線を開いた。

 「――こちらヴァルキリー00、白銀武。これより隊列に復帰します」



《Side of 冥夜》


その声は、普段となんら変わらぬものであった。
HQからの情報を信じたわけではなかったが、心の何処かでは諦めていた。もう会うことは出来ないのだと。
しかし、あの者は帰ってきた――
とりあえず言いたいことを言っておくとしよう。1番に声をかけたいしな。

 「――待ち兼ねたぞ、タケル」
 『冥夜………』

私が声をかけると、タケルは一瞬だけ驚いたような顔をし、それから微笑んだ。
頭の包帯や頬の絆創膏が痛々しいが……また顔を見れて良かった。

 『白銀――』
 『伊隅大尉………』
 『お前には言いたいことも聞きたいことも山ほどあるが、それは基地に帰ってからにしておく』
 『――了解です』
 『それと、全員でアンタに1発ずつ御礼をしてやるから覚悟しておけ』
 『…………へ?』

その言葉で何人かが吹き出した。私もその1人だ。

 『無論、基地に帰ってからだが』
 『お礼を1発ずつって……おかしいですよ!伊隅大尉?!』
 『何、遠慮することはない。貴様には色々としてもらったからな』
 『う………』
 『――まぁいい。全ては帰ってからだ。まずは甲21号目標を墜とす!!』
 『『――了解!』』

伊隅大尉が改めて出した命令に返事をすると、私は何処か清々しくなった。
愁いが晴れたためだろう。身体に力が漲ってくるのが分かる。
これからハイヴに突入するというのに、恐怖や不安などは微塵も感じない――
我ながら現金なものだ……先程までは必死に己を奮い立たせていたというのに、タケルの顔を見た瞬間、すんなりと落ち着いてしまった。
タケル――無事で本当に良かった。
基地に帰ったら、心配をかけた分と無事に帰ってきた分で、2発くらい礼をしてもいいかもしれぬな――



《Side of 真那》


武様が無事に合流した頃、こちらも本隊へ合流しようとしていた。

 「――クレスト2よりクレスト1。これより復帰いたします」
 『うむ。して、殿k――』
 『やっと戻ってきおったか、月詠の!殿下の命は果たしたのか?』
 「た、大佐!?……は。しかと果たして参りました」

通信に割り込んでこられた大佐に返答する。
斑鳩隊長は溜息を吐いたようだが、大佐はそれを気にした様子は無い。

 『ならばよい。ふはは――ゆくぞ城二!今再び我等の力を示すのだ!!』
 『はい!師匠!!!』

そして大佐は、呆気に取られる我等のことなどお構い無しに残存するBETAへ突撃して行ってしまわれた。

 『…………我等も行くぞ。遅れを取るな!』
 『『は――!!』』

気を取り戻した我々も大佐等の後を追うようにBETAへ突撃した。
軽く周囲の状況を確認すると、少し離れた位置に沙霧大尉の乗る不知火を捕捉した。どうやら彼も奮戦しているようだ。

それに、冥夜様たちはハイヴに突入した。こちらも負けていられんな……
ここより過酷な戦場で我が主が戦っておられるのだ。臣下が根を上げるわけいかん。
冥夜様、武様。どうかご無事で――



《Side of 純夏》


A-01とA-02がハイヴに突入してから、もう2時間以上が経つ。現在の時刻は14時ちょっと過ぎ。
なんとかヴァルキリーズ全員揃ってハイヴに突入することが出来た。

 「はぁ―――」

凄乃皇の管制ユニットで1人、私は深い溜息をついた。
タケルちゃんが無事に合流してくれて本当に良かった………無茶なお願いを聞いてくれた月詠中尉たちには感謝しないと。
まさかタケルちゃんがやられそうになるとは。武御雷を用意してきて正解だったよ。備えあれば憂いなしだね!

香月博士には後で何か言われるかもしれないなぁ~~。
とりあえずハイヴに突入する前にタケルちゃんは無事です――って報告はしておいたけど。
タケルちゃんに機体を渡すために速度を落としたフリをしたこととか、タケルちゃんの情報を消してたことはバレてるだろうね、確実に。
――まぁ、タケルちゃんのピンチを救えたんだから問題無しってことで。
私はもっともっとタケルちゃんに恩返しをしないといけないんだから――!

それにしても………なんて言うか、凄い。
タケルちゃんが復帰してから、みんな完全に調子を取り戻したみたい――ん~~、いつもより動きが良いかも?
ハイヴの中は、まだまだBETAが出てくるけど、それを物ともせずにぐんぐん進んで行く。
先に突入していた部隊は、私たちに道を譲るように進行ペースを落としてBETAの掃討を開始してる。
私たちはとっくに中階層を突破して、最下層の反応炉まであと僅か。
みんなの調子も良さそうだし、このまま行けば大丈夫。今度は絶対、みんなで帰るんだから!



《Side of 水月》


驚異的な速度でハイヴ内を進行する私たちは、反応炉がある主広間まであと一歩のところまで迫っていた。
ここに至るまでに相当数のBETAを撃破しているが、そのほとんどは凄乃皇によるものだ。荷電粒子以外の武装も、十分すぎるほど凄い。

それに加えてあの武御雷。これがまた凄い――っていうかオカシイ。変よ。3割増しで変。いや、もっとかも………有り得ないわ、あんな機動。
アイツに乗らせちゃダメでしょ、武御雷なんて。もう手が付けらんない。どーすんのよ……勝てる気がしないわ。
今までは不知火に特別不満は無かったけど、あんなの見せられたら機体性能の差ってヤツを嫌でも実感させられちゃう。
今だって、あんなに悠々と飛び回ってるし………くそぅ。

 『ふぅ―――付近に敵影なし』
 『――思ったほど敵が出てこないな…』
 『そういうルートを選んでるんですよ。スピード勝負ですからね』
 「誰かさんがもっと早く戻って来てれば、今頃は反応炉に着いていたかもしれないわよね~~~?」
 『ふぐッ……』

復帰してからこっち、何か言うたびにチクチク苛められている白銀。私たち全員に心配をかけたせいで誰も助け舟を出さない。
――ったく。この大バカは………こっちの気も知らないで。
無事だったんなら先に連絡くらいしろっつーの。ちゃんと戻ってきたから良いけどさ。

 『この先の広間を越えれば、あとは主広間まで一直線だ。気を抜くなよ!』
 『『了解!!』』

ここまでいくつもの広間を突破してきたけど、いよいよ次で最後。まぁ、帰りもあるから正確には最後じゃないけど。
そして私たちが広間の入り口まで行くと、その先に広がっていたのはおぞましい光景だった。広間を埋め尽くすほどのBETAが、こちらに押し寄せてくるのだ。
軽く見積もっても数万はいるはず。あれだけ倒したってのに、まだこんなに……

 『これがBETAの物量か――』
 「――ここを突破しないと反応炉には辿り着けないわよ」
 『その通りだ』
 『さっさと行きましょう。敵が後ろから来ないとも限りませんからね』

軽い会話の後、意を決して広間に飛び込もうとした矢先、またもやアイツが邪魔をした。

 『――待ってください!』
 「白銀ぇぇぇ~~~!!!アンタ、また自分が囮になるとかバカなこと抜かすんじゃないでしょうね!?」
 『ち、違いますって!』
 「――じゃあ何だって言うのよ?」
 『ここのBETAを纏めて倒す方法を思いついたんですよ!』
 『『!?』』

驚く私たちを尻目に、白銀はその方法を説明した。
それは、広間の入り口ギリギリのところまでBETAを引き付け、S-11を広間に投げ入れて起爆。
凄乃皇が広間の入り口をラザフォード場で塞いで、爆発の効果を広間内にのみ留めてBETAを殲滅するという作戦。
このとき使うS-11は凄乃皇が携行しているものを使うという。

 『――これなら一気に片付けられるか………鑑、どうだ?』
 『大丈夫です。やれます!』
 『よし、では白銀の案を採用する』

白銀のやつ、またアホな事を言い出すのかと思ってたけど、かなり良い作戦だった。
それから私たちは、横坑内を少しだけ後退して待機し、BETAが近づいてくるのを待った。そしてタイミングを見計らって白銀がS-11を投擲し起爆。
ちなみに、少し後退してから実行したのは、広間に直接投げ入れるのではなく、横坑内にて起爆させることによって爆発の効果に指向性を付与するという、榊の案を採用したため。
S-11が起爆すると、凄乃皇はラザフォード場を全力展開して後方にいる私たちを護り、爆発の影響が収まるのを待った。
そして頃合を見て進軍を再開し、再び広間入り口から内部を窺うと、そこには爆発によって焼かれた内壁と、ところどころにBETAの残骸があるだけだった。

 『すごい………』
 『――上手くいったようだな』
 『S-11って、こんな威力だったんだ――』

私もこんな間近でS-11の爆発を見たことが無かったので、その威力には驚嘆した。
それにしても、よく思いついたものね。

 『それじゃ行きましょう!』

白銀の掛け声と共に、私たちは主広間へと向かう。もう反応炉は目前に迫っている。
このまま一気にケリをつけてやるわ――!!



《Side of 千鶴》


ついに、私たちはハイヴ主広間へと到達した。
今、私たちの目の前には青白く光る巨大な物体がある。

 「これが反応炉…………」

気を抜くと、その異様な光景と雰囲気に飲まれそうになってしまう。そんな特別な何かを私は感じた。
人類史上、誰も成しえなかったG弾を使用しない作戦での反応炉への到達。それを私たちは成し遂げた。人類初という快挙だ――嬉しくないわけがない。
訓練だと到達することは当然で、ヴァルキリーズの任務にとっては通過点に過ぎない主広間も、実戦で到達してみると半端じゃない達成感がある。
本当ならそれに浸りたいところだけど、そんな暇などは無く、私たちはすぐさま主広間の制圧を開始した。

 『B、D小隊は反応炉に取り付いているBETAを排除しろ。A、C小隊は凄乃皇の直援に回りつつ、周りにいるBETAを片付ける!』
 『『――了解!!』』
 『私は調査を始めます。しばらく交信できなくなりますけど心配しないでください』
 『了解した――こちらは制圧と護衛に集中する』

私たちが行動を開始するのと同時に、鑑は調査を開始したようね。
こんな場所で、いったい何の調査なのかしら?まぁ、私が気にしても仕方ないか………

それから十数分後には主広間の制圧も完了し、凄乃皇――鑑の調査が終わるのを待つのみとなった。
待つ間、私たちは交代で補給と休息を取ってハイヴ脱出に備えた。ここまで来たんだから全員で帰還したい。その思いを再度確認して英気を養う。
そして更に待つこと5分ほど――

 『――お待たせしました。調査完了です!タケルちゃん、香月博士が反応炉は壊して構わないって』
 『分かった。爆弾をセットする位置を指示してくれ』
 『りょうか~~い!』
 『白銀の作業が終わり次第、ヴァルキリーズは地上へ凱旋する!』
 『『――了解!!』』

この任務もいよいよ終盤。
あとはハイヴを脱出して基地に帰るだけ。
大丈夫――私たちなら、伊隅ヴァルキリーズなら出来る。一時は全員での帰還が危ぶまれたけれど……

 『――作業完了しました。俺たちが広間を出てから起爆させます』
 『了解した。全機、ハイヴより脱出する!!』

白銀大尉の作業が完了し、私たちは地上へ向かって移動を開始した。
最後の最後で気を抜いてドジを踏むわけにはいかない。最善を尽くす――!



◇重巡洋艦・最上◇ 《Side of 夕呼》


 「――A-01及びA-02、地上へ向け進行を開始」
 「主広間での爆発を確認!――反応炉の破壊に成功しました!!」
 「ついに………ついにやったのか!!!」

ピアティフの報告を聞き、私が乗艦している戦艦信濃の艦長、小沢提督は歓喜の声を上げた。
反応炉破壊の報せは、HQから作戦行動中の全ユニットに通達され、地表構造物を吹き飛ばしたとき以上の歓声を各通信回線に轟かせた。
本日12月24日――俗にクリスマスイヴなどと呼ばれる日が、人類が初めてG弾を使わずにハイヴを攻略した日になったわけね。
私たちが予定していた調査は全てクリアしたし、あの例外を除いて目立った問題も無いのは幸いだった。

――ったく………鑑が裏で手を回していたのを見抜けなかったとは。まぁいいわ。
調整が終わっていないところは封印しているようだし、遅かれ早かれアイツに渡すつもりだったものね。
とにかく、現状では万事上手く行っている。これだけの結果を出したのだから、敵対勢力も迂闊に行動は起こせなくなったはず。
あとは我が部下達が帰還すれば私の管轄は終わる。残存BETAの掃討は帝国軍にやってもらえば良い。
敵地になっていた場所を取り戻せたのだから、彼等は喜んでやってくれるでしょう――

とりあえず横浜に戻ったら、私にKIAの判断なんてさせてくれた、あのバカを突き回そうかしらね。



◇佐渡島◇ 《Side of 慧》


この薄気味悪い洞窟とも、もうすぐお別れ。いざお別れとなると名残惜しい――わけもないけど。
帰り道も順調そのもの。帰りの道中に擦れ違った他の部隊の人たちが、わざわざ感謝の通信を入れてきたのには驚いた。

 『――見えたぞ!』
 「!」

前方を見ると、遠くの方が微かに明るくなっている。
こんな息が詰まる穴倉なんか、さっさと出て思いっきり外の空気が吸いたい。お風呂にも入りたいし、お腹も空いた。ヤキソバ食べたいな………
地上に近づくにつれてBETAとは遭遇しなくなっていたから気が抜けちゃったかも。こんなんじゃダメ――まだ基地に帰ってないのに。ちゃんとしなきゃ――
早く地上に出たいけど、隊列を乱すわけにはいかない。ま、地上は逃げないし、ゆっくり行きますか。

そして明かりが見えてから数分。
薄気味悪い洞窟を制覇して、私たちは地上へ戻ってきた。

 『――まだ任務は終わっていないが、各員ひとまずご苦労だった』

労いの言葉をかけてくれた伊隅大尉はHQへの報告を行うようだ。
次の指示を待つ間、何の気なしに戦域マップを表示してみると、地上の残存BETAの掃討は問題なく進行しているみたい。
地下茎内のBETAは帰りの道中でも相当数を撃破してきた。ホントBETAって倒しても倒しても出てくるからタチが悪い。
まぁそれも、深度が深い内だけだったけど。

 『ヴァルキリー01よりヴァルキリーズ各機。これより我々は佐渡島南西部より海上へ離脱し、旗艦艦隊へ合流する』
 『『――了解!』』
 『なお、凄乃皇はこのまま横浜基地へ直行だ』
 『鑑、先に帰って待ってなさい』
 『はい!――――あ…』
 『どうした?!』
 『――タケルちゃん、限界みたいです………』

何を言っているのかと思いつつ名前が上がった人の方を見ると、武御雷が膝から崩れ落ちようとしていた。
近くに居た私と御剣が慌てて武御雷を支え、白銀大尉を呼んだけど応答なし。
突然の事態に焦りそうになったけど、鑑が冷静に状況を伝えてくれたから必要以上に焦ることはなかった。

 『ケガと疲労でダウンしたみたいです。気を失っただけみたいなんで、命に別状は無いと思います』
 『そ、そうか――』
 『はぁ~~~~、ホントにコイツはも~~……』
 『凄乃皇の上部甲板に乗せてください。先に連れて帰っちゃいますから』
 『了解した……御剣、彩峰。悪いが頼む』
 『『――了解』』

それから私と御剣は武御雷を両脇から支えて、凄乃皇の甲板まで上がり武御雷を固定した。やれやれ……
私たちが作業を終えると鑑から通信が入った。

 『それじゃあ先に帰ってますね』
 『あぁ――気を付けて行け。それと………白銀を頼む』
 『はい!』

通信が切れると凄乃皇は現れたときと同じように悠然と飛んでいった。

 『では、我々も移動を開始する――最後まで気を抜くなよ!!』
 『『了解!』』

基地に帰るまでが任務です――ってね。



◇重巡洋艦・最上◇ 《Side of 遙》


 「――A-01全機、着艦完了しました」
 「ご苦労様。貴女も休んで構わないわよ」
 「はい」

私はヘッドセットを外して席を立ち、香月副司令とピアティフ中尉にお辞儀してからCICを退出した。
CICを出ると緊張から一気に開放されて、私は近くの壁に寄りかかって深く息を吐いた。
茜も、みんなも無事で良かった………白銀大尉も、一時は本当に死んでしまったかと思ったけれど、ちゃんと戻ってきてくれて良かった。
最後は無理が祟ってダウンしちゃったみたいだけど。

 「はふぅ………」

緊張が解けてしまったので身体に力が入らない。
今までで一番緊張した任務だったかも。
最近の訓練では、ハイヴ攻略なんて平気でクリアしてたけど、やっぱり実戦は違う。それを改めて感じた。BETAの行動予測なんて出来ないし、緊張感だって桁違い。
それでもヴァルキリーズは全機揃って帰還してきてくれた。この隊の一員であることを本当に誇りに思うよ――

この後、私は香月副司令やピアティフ中尉と一緒にヴァルキリーズの戦術機母艦に移乗して、一足先に本土へと帰還した。
地表構造物を吹き飛ばし、反応炉の破壊を知らされた帝国軍は、国土を取り戻すという宿願を果たした。
それ故に士気は高く、佐渡島の制圧は帝国軍に一任された。




そして、12月24日20時32分を持って佐渡島全域の制圧が完了し、甲21号作戦は人類の大勝利で幕を下ろした――




[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第31話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:f61f25af
Date: 2017/02/11 21:53
 『――ッ……見えた――アレか!!』
 『間に合ったみたいだな………アレに乗れば助かる!』
 『……?なんだ――地鳴り…地震か?』
 『うぁあ!?』
 『ぐぅぅ……いってぇ………なッ――軍の車両が…なんで?!』
 『あ………―――ま、まさかBET……――ひっ!?………』



◇ ◇ ◇



――暗イ――――コこハどこダ――
スミカ………メイヤ………ユウヒ………オレ、ハ……………



12月25日 (火) 未明 ◇横浜基地◇ 《Side of 武》


 「ぅ―――ん…………ぁ……」

瞼を上げると、薄明かりに照らされた天井が目に飛び込んできた。どこかで見たことがある天井だな――
そう思って首を動かすと、俺の寝ている場所はカーテンで仕切られているようで、周りの様子は確認できない。どうやら何処かのベッドに寝かされているようだが………
とりあえず上半身だけでも起こしてみようとしたところ、予想外の激痛が全身を駆け巡った。

 「ぐぁ?!――ッが………つぅ~~~」
 「あら――お目覚め?」

痛みに耐え切れず、起こしかけた身体を再びベッドに沈ませて喘いでいると、突然カーテンが開いて見慣れた白衣の女性が姿を現した。

 「思ったより元気そうで拍子抜けだわ」

夕呼先生はニヤリとしながら、近くにあった椅子をベッドの脇まで引っ張ってきて腰掛けた。
それから夕呼先生は、俺が気を失った後のことを掻い摘んで説明してくれた。
俺が気を失って一足先に横浜基地に搬送された後、ヴァルキリーズのみんなは無事に回収されて、日付が変わる少し前に基地に戻ってきたらしい。
甲21号作戦でのA-01の損害は、俺が潰しちまった不知火だけ。人員損耗は無い。

今度は全員で帰ってこれたんだ――

 「ご苦労だったわね。よくやってくれたわ」
 「俺なんかより、みんなに言ってあげてください」
 「――言ったわよ」
 「そっすか」
 「アンタが医務室で寝てるって教えてあげたら、全員で押し寄せてきたみたいよ」

クツクツと笑いながら間仕切りのカーテンを開ける夕呼先生。
先生の視線の先には、医務室に備え付けられているソファで眠りこける純夏と冥夜、それに霞の姿があった。
純夏と冥夜の間に霞が挟まって、3人で1枚の毛布をかぶって寝ていた。
身を寄せ合ってスヤスヤと穏やかな顔で寝ている3人を見ていると、こっちまで穏やかな気持ちになってくる。

 「――あの娘たちは、ここで寝ると言ってきかなかったんですって」
 「ははは………」
 「他の娘たちは顔を見て帰ったみたいだけど。ふふ――」

みんなに寝顔を見られたの?
うっわ――マジかよ。スゲー恥ずかしいんですけど。
妙な恥ずかしさで視線を彷徨わせると、あることを思い出した。

 「先生――ありがとうございました」
 「は?」
 「あの武御雷――」
 「――あぁ。別に……クリスマスプレゼントとでも思っておきなさい」

そーいや、今日はクリスマスか。
夕呼先生からプレゼント………なんか変な感じだ。いや、嬉しいけどさ。

 「さて――そろそろ戻るわ」
 「先生もちゃんと休んでくださいよ?」
 「私だって、さすがに今日くらいは休むわよ」

夕呼先生は立ち上がって、オヤスミと言って立ち去った。
なんか終始ニヤニヤしてる気がしたんだけど……何だったんだ?ま、いっか――身体中ズキズキしてるし、さっさと寝よう。
俺は暢気にそう考えて眠りに付いた。

――翌朝、まだ痛む身体を引き摺りながらノソノソと起きて、顔を洗おうと医務室にある洗面台の前に立ち、ボンヤリと鏡を見た俺は愕然とした。





………顔中に落書きがしてあるではないか。





あまりにも落書きだらけなもんだから、俺は洗面台に手を突いてガックリと項垂れた。
昨日、お見舞いに来てくれた夕呼先生がニヤニヤしていたのはコレのせいか!!

 「………」

溜息をつきながら顔をゴシゴシ。――が、しかし…

 「油性かよ、オイっっ!!!」

落書きは水で流しただけでは落ちず、俺が悪戦苦闘しながら消していると、純夏たちが起きてきて大爆笑しやがった。
冥夜も霞も笑いやがって………
結局、30分以上にも及ぶ落書きとの激闘を経て、どうにか消したことは消したが、よ~~く見ると微妙に残っているのが分かる。今日はこのまま過ごすことになりそうだ。
トホホ…………



午後 ◇ブリーフィングルーム◇ 《Side of 美冴》


昨日の激戦から一夜明け――
まだ疲れも抜け切っていない状態ではあるがデブリーフィングを行うために、私たちはブリーフィングルームに集められていた。

 「白銀を弄るのはそのくらいにして、そろそろ始めよう」
 「「は~~い!」」
 「シクシクシク……」

佐渡島で心配をかけた分、全員から容赦の無い攻撃を受けていた白銀が半ベソをかきながら定位置に移動して、それからデブリーフィングが始まった。
今の白銀は、いつかのように頭に包帯を巻いて頬に絆創膏を貼っている。機体を大破させたにもかかわらず、軽症で済んだらしい。
昨晩見舞いに行ったとき、我々に散々心配をかけた腹いせに書いた落書きを消すのには苦労したはずだ。油性ペンでやりたい放題してやったのだから。
作戦中、一時は消息不明になりKIAとされたにもかかわらず、武御雷なんぞに乗り換えて舞い戻ってきた。
あれだけ心配をかけたのだから当然の報いだろう。

それにヤツの怪我のせいで、予定されていた御礼は中止となってしまったのだ。むしろ、落書きで済んだだけ喜んだ方が良い。
何人かは本気で殴りたそうな顔をしていたからね。

 「――そんなところだな。まぁ色々言うのはこのくらいにしよう。任務は無事に完遂したんだからな」
 「全員で帰ってこれて良かったです」
 「「アンタが言うな!!!」」
 「ですよねー」
 「――タケルちゃん、ダメダメだねぇ……ま、自業自得だけど~」
 「うむ。今回ばかりは私も庇護できぬ」

白銀の幼馴染たちも、さすがに今回の件で白銀を庇う気は無いらしい。率先して落書きしていたのも鑑だったからな。ふふふ――
普段は割りと抜けているくせに、戦闘になれば凄まじい戦果を上げるのだから不思議なものだ。そういうところも面白いのだがね。

 「今日はこれで終わりだ。明日は終日休みで、明後日の午後から通常勤務になる」
 「「はい」」
 「では解散――」

伊隅大尉は開始から1時間もしないうちにデブリーフィングを切り上げた。
任務中、コレと言ってミスは無かったので、これ以上長々とやる必要もないというだろう。
それに私たちは佐渡島ハイヴを墜としたんだ。しばらくユックリしても誰にも文句は言われまい。
 
 「祷子――PXにでも行こうか」
 「はい」

私はノンビリお茶でもしようと祷子を誘った。

 「私たちも行こっか、水月」
 「そうしましょ」
 「あ、私たちも行きま~~す」
 「――我々も行きますか?」
 「そうね――」

私たちに続いてヴァルキリーズのほぼ全員がPX行きを決めた。
そんな中アイツは――

 「ちょっと用事があるんで、俺は遠慮しときます」

そう言って、さっさと出て行ってしまった。
昨日の今日だと言うのに、忙しないヤツだ………怪我もしているのだし、せめて今日くらいはユックリしたら良いと思うが。
それに、あまり1人で抱え込んで欲しくはない。

白銀、お前は1人じゃないよ――



◇夕呼執務室◇ 《Side of 夕呼》


 「――佐渡島にあったのは横浜基地で貯蔵している分の1/10にも満たない量だったわ」
 「そうですか」
 「まだ残っていただけ奇跡みたいなものよ」
 「――当面はここにある分で戦えるんですよね?」
 「えぇ――」

日本人がBETAの手から佐渡島を取り戻してから1日。まだ1日――
甲21号作戦を完遂させたばかりだというのに、私と白銀の意識は早くも“次の目標”へと移っていた。
でもその前に、まずは佐渡島ハイヴの主広間で鑑に調査させた情報の整理をする。

鑑がハイヴ内を調査した結果、佐渡島にも極少量のG元素が残っていることが判明した。
しかし量は多くなく、四型なら1回の出撃で使い切ってしまう程度。弐型やアレなら2回か3回は持つかもしれないけれど。
その他は、ここの反応炉で引き出したのと大差無い情報ばかり。
私の思惑からすれば期待していたほどの成果は無かったが、甲21号作戦全体から見れば十分な結果を残してくれたのだから、これ以上を求めるのはさすがに酷でしょう。

 「作戦に参加した各部隊の損耗率も、当初の予想を遙に下回ったわ」
 「凄乃皇がいたんですから当然の結果ですよ」
 「ま、そうね――」

あれだけの結果を残したのだから、第5計画推進派なんかは簡単に黙らせられるだろう。
それに、次の作戦は既に各方面に打診してあり、既に準備は始まっている。
余計な邪魔が入ってこないようにしなければ――

 「甲21号を潰したからって浮かれてられないわよ。次の作戦こそが正念場なんだから」
 「分かってます。必ず潰しますよ………オリジナルハイヴは」
 「ふふ――頼もしいわね」

表情を引き締めた白銀は、歴戦の衛士を思わせる雰囲気を纏っていた。
伊達に地獄を見てきてないわね……この男が極たまに見せる年相応ではない表情。
顔中に薄っすら残っている落書きの跡がなければ、凛々しい顔と言えなくも無いんだけど…………
頬の絆創膏や頭の包帯と相まって、間の抜けた顔になってしまっているのがコイツらしいというか何というか。

 「――四型はどうなってるんです?」
 「問題ないわよ。もう間もなく仕上がるわ」
 「そうですか――“桜花作戦”……2週間か、遅くとも3週間以内には実行したいですね」
 「諸々の準備で1週間と少しは欲しいわ。2~3週間後辺りが理想かしらね。でも、肝心のそっちは大丈夫なの?」
 「ハイヴ内戦闘のシミュレーションは続けます。あ号のデータがあると助かるんですけど………」
 「すぐに用意するわ」
 「お願いします――明々後日から使えるとありがたいです」

その要望に頷いて返し、私は手元の端末を操作して準備を始める。
私は準備を進めながら白銀から“前回の”桜花作戦の詳しい様子を聞いた。この男は、この世界でただ1人、オリジナルハイヴに突入して生還した男。
……よくよく考えると、とんでもないヤツが私の手元にいるのよね。普段の生活では意識することが無いけど。
そんなヤツだから役に立つ情報を持っていたりもする。まぁ鑑の方が遥かに役に立つけれどね。

しかし、なんだかんだ言いつつも、私たちが白銀を頼りにしているのは確か。
だから――佐渡島で白銀が消息不明になったときは不覚にも動揺した。白銀のくせにやってくれたわ……

 「――あの、もう1つお願いがあるんですが」
 「なによ?」
 「武御雷のデータも欲しいんですけど…」
 「あぁ――はいはい」

私の予定では、この男にアレを渡すのはまだ先のはずだったから、まだ何も用意してなかった。
白銀は佐渡島で不知火を大破させてしまっている。
わざわざ新しい不知火を用意する気はないし、これからは武御雷に乗ってもらうことになる。第一、白銀が不知火に乗りたいと思わないでしょうし。

お互い確認したいことも終わり、今日のところは用事が済んだので、私は白銀にコーヒーを淹れるように言って作業をいったん止めた。
白銀は部屋の隅に備え付けられているコーヒーメーカーのところへ行って、右往左往しながらコーヒーを淹れている。
数分後、ようやく戻ってきた白銀からコーヒーを受け取った私は、ちゃっかり自分の分も淹れてきた白銀としばらく談笑したのだった。



12月26日 (水) 午前 ◇横浜基地・PX◇ 《Side of 壬姫》


今日は休日。私は同期のみんなとPXでノンビリしている。

 「――なんか実感ないなぁ」
 「佐渡島ハイヴを攻略したこと?」
 「…うん」
 「ちゃんと主広間まで行って、反応炉を壊して戻ってきたじゃない」

話題はやっぱり一昨日のこと。
涼宮さんも言ってたけど、私もまだ実感がない。
緊張しっぱなしで余計な事を考えてる余裕なんか無かったし………

 「ハイヴから脱出したときの達成感は凄かった」
 「――だよね~~。外に出たときは思わず叫びそうになっちゃったよ」
 「その達成感に水をさした人がいたけどね」
 「あははは――でも、ちょっと焦ったな~~~、あのときは」
 「急に倒れたもんねぇ」
 「手のかかる小僧ですよ――」
 「言うねぇ~~彩峰」

彩峰さんがニヤリとしながら言うので、思わずみんなで笑った。
白銀大尉は私たちと同い年だけど上官で、そんな人のことを小僧なんて言える彩峰さんは凄いなぁ………
最初から名前で呼んでいる御剣さんとか、ちゃん付けで呼んでる鑑さんもいるけど。

そういえば、せっかくのお休みなのに鑑さんは香月副司令に呼ばれて行っちゃった。お休みの日まで呼び出されて大変そう――
昨日は白銀大尉が副司令のところに行ってたし、香月副司令の直近になると忙しいのかな。
凄乃皇の操縦がどのくらい大変なのか分からないけれど、明日の午後から訓練再開だし、鑑さんもちゃんと休めてると良いな……
この後もノンビリと談笑をして、その流れのまま昼食もみんなで摂った。そして、ちょうど昼食を終えたとき、私たちの上官がPXにやってきた。

 「――こっちにいたのね。なかなか見つからないから探しちゃったじゃないの」
 「速瀬中尉――涼宮中尉も。………引き摺られているのは白銀大尉?」
 「逃げようとしたから捕まえたのよ」
 「もう煮るなり焼くなり好きにして……」

BDUの上に羽織っているジャケットの襟首を掴まれて、ズルズルと引き摺られていた人が力無く呟いた。
任務以外では上官としての扱いを受けてないよね、白銀大尉って――

 「天気も良いし、グラウンドで軽く運動でもしようと思うんだけど、アンタたちもどう?」
 「いいですねぇ」
 「――私も行きます!」

速瀬中尉の提案に全員が賛成したので、みんなでグラウンドへ移動した。



◇帝都城・悠陽私室◇ 《Side of 悠陽》


 「――マナさん、休めましたか?」
 「は。お心遣い有り難う御座います――十分に休めました」
 「そうですか。では、さっそくですが甲21号作戦のお話を聞かせてください」
 「畏まりました。まず――」

ちゃんとした形の報告は上がってきていましたが、やはり作戦に参加した衛士から直接お話を聞いてみたいものです。
私はマナさんが語る甲21号作戦の話に聞き入りました。傍に控えていたマヤさんも同様のようです。
そしてマナさんのお話は、私が最も聞きたかった部分へと突入しました。

 「――そんな折で御座いました。鑑純夏より通信が入ったのは」
 「「………」」
 「その通信を受け、悠陽様のメッセージを拝見し、私は神代たちを引き連れて武様の下へ急ぎました」

万が一に備えて、純夏さんに託したメッセージは役に立ったようですね。
ですが……まさか武様が機体を失っていたとは思いませんでした。お話を始める前に、武様は無事だったと知らされていなければ卒倒していたかもしれませんね………

 「すんでの所で武様の救援に間に合い、鑑少尉に指定された地点へ移動して、武様に“剣”をお渡しした次第で御座います」
 「大儀でした、マナさん」
 「は――ありがとうございます」

楽な姿勢で話していたマナさんは、私が労うと少しだけ姿勢を正して頭を下げました。
マナさんの働きがなければ、愛しい殿方が怪我では済まないことになっていたかもしれないのですから、労うのは当然というものでしょう。
それに、純夏さんにもお礼をしなければなしませんね――冥夜も労ってやりたいですし、武様にも御会いしたい。なにか手はないでしょうか……

 「――武様と冥夜、そして純夏さんを招きたいのですが………出来ますか?」
 「あちらの都合が付けば可能かと」
 「では――すぐに手配を」
 「畏まりました。直ちに横浜へ向かいます」
 「よしなに。先の任務から間もなく、急な事で申し訳ありませんが頼みましたよ」
 「は。お任せください」

マナさんは一礼して退出して行きました。
私の我侭に付き合わせてしまって悪く思いますが、彼女とて私と同じような気持ちを抱いているはずですから、付き合ってもらいましょう。
さて、こちらも用意をしなければ――

 「マヤさん。私たちも武様たちを迎える用意をしましょう」
 「はい」

どうやって迎えたものか悩んでしまいますね。
ふふふ――



午後 ◇横浜基地◇ 《Side of イリーナ》


この基地は今、甲21号作戦前とは違った雰囲気で浮ついています。
それも当然でしょう。日本本土の防衛にとって最大の脅威だった佐渡島ハイヴを無力化し、佐渡島をBETAから奪還したのだから。
あれほど大規模な作戦の事後処理ともなれば、その大変さは類を見ず………ようやく一段落したのが昨日の夜――いえ、今日の未明。
作業が終わってから自室に帰ると、私はベッドに倒れこんで泥のように眠りました。

次に目を覚ましたのは昼過ぎ。普段なら有り得ないような時間での起床ですが、今日と明日は休日を貰っているので、私はノンビリお風呂に入りました。
それから、せっかくの休日を1人で過ごすのも味気ないなと思い、知り合いを探してPXへ向かっていたところです。

 「ピアティフ中尉」
 「伊隅大尉、神宮司中尉――」

廊下の曲がり角で偶然2人に顔を合わせたので、私は軽く会釈をしました。
一応、私もヴァルキリーズの関係者なので堅苦しい挨拶はしません。

 「これからPXか?」
 「はい」
 「そうか。なら一緒にどうだ?」
 「お供します――」

こうして珍しい組み合わせでPXへと向かった私たち。
それぞれ飲み物と軽食を確保して1番奥まったところ――ヴァルキリーズの定位置となっているテーブルに集合しました。

 「甲21号作戦――お疲れ様でした」
 「ありがとう。そちらも大変だっただろう?」
 「――それなりには………ですが、前線に出られていた皆さん程ではありませんよ」
 「私たちはHQやCPの大変さを想像することしか出来ないけれど、楽なものじゃないっていうのは分かるわ」
 「ありがとうございます」

同じ作戦に参加したとはいえ、私は旗艦のHQでオペレーターをしていた。
佐渡島ハイヴに突入してきたヴァルキリーズの面々に比べたら、私の仕事など簡単なモノでしかない。
それでも、こうして労ってもらえると素直に嬉しい。

 「――ですが、白銀大尉の識別が消えたときは本当に焦りました……」
 「あぁ………そうだな。私もアイツがKIAだと言われるとは思っていなかったよ」
 「無事で本当に良かったわ――」

神宮司中尉の言葉に深く頷く伊隅大尉と私。
あの白銀大尉が撃墜されるなど有り得ないと思っていたけれど、実戦に絶対はないということを改めて実感した。
どんなに凄い衛士だとしても、彼だって人間なのだから――

 「おや――噂をすれば何とやら」

唐突に言う伊隅大尉の視線がPXの入り口の方を向いていたので、私もそちらを見ると視線の先には白銀大尉の姿。
そして、彼に続いてヴァルキリーズの隊員たちもPXへと入ってきました。
白銀大尉たちは、PXの隅の方に陣取っていた私たちを発見すると、飲み物片手にこちらへやってきました。

 「どもっす」
 「あぁ――随分と大所帯だな」
 「なはは。ちょっと身体を動かしてきたもんで……」
 「その身体で――何をしていたの?」
 「ドッヂボールという名のイジメです」
 「――イジメじゃないわ。れっきとしたスポーツよ!」
 「フレンドリーファイヤが有効なドッヂボールとか聞いたことないですよ!みんな俺ばっかり狙って………」

話を聞くと、お昼頃から小一時間ほどグラウンドでドッヂボールをしてきたらしい。
そのドッヂボールには、ここにいる伊隅大尉と神宮時中尉、そして姿が見えない宗像中尉と風間少尉、鑑少尉と社さん以外のメンバーが参加したそうです。
そしてそのイジm――コホン。スポーツは特殊ルールが適用され、白銀大尉は集中砲火を浴びたようでした。

 「――それは面白そうだな。私も参加したかったわ」
 「じゃあ今度またやりましょう!」
 「そんときは俺パs――」
 「アンタは強制参加に決まってるでしょ」
 「うぇ……」

そんなやり取りを聞いていると、いつの間にか頬が緩んでいました。
それは、ここにいる全員――テーブルに突っ伏している少年以外――が同じようで、みんなが笑顔でした。
誰一人欠けることなく、こうして笑いあうことが出来て良かった。心からそう思いました――



◇帝都◇ 《Side of 沙霧》


 「ふう――」

いくつもの書類を処理し終え、僅かに散らかってしまった仕事机を片付ける。
面倒ではあるが、いずれは片付けねばならん仕事なのだから、さっさと片付けてしまった方が後々ラクだろう。
しかし――休日を潰してまで書類を片付ける酔狂な者は私だけのようで、いつもは何かと騒がしい詰め所も、今は静まり返っている。
ふと人の気配を感じて顔を上げると、見慣れた人物が執務室に入ってくるところだった。
その人物は私と目が合うと微笑を浮かべ、こちらに寄りながら口を開いた。

 「せっかくの休日なのですから、休んだらどうです?」
 「そのつもりだったが………どうにも手持ち無沙汰でな」
 「ふふ――」

私の言葉に、駒木中尉は僅かにシニカルな表情をしてみせた。

 「そういう君こそ、此処へ来ているじゃないか」
 「貴方がいるような気がしたので。案の定でしたね――」
 「君の期待に応えられたようで何よりだ……」
 「――からかいが過ぎましたね」
 「気にしていない」

片付けの手を止めずに会話を続ける。
そういえば、作戦後に帝都に戻ってから彼女とユックリ話すのは初めてかもしれない。
甲21号作戦でも、この優秀な副官には世話になった。

 「――駒木中尉。先の任務、ご苦労だった」
 「はい」
 「君には何度も助けられた。礼を言う」
 「作戦の前に言ったでは在りませんか。貴方の背中を護るのは私だと――」

そう言って駒木中尉は柔らかく微笑んだ。
彼女の笑みを見て、私は無事に帰還できたことを改めて嬉しく思った。
この駒木咲代子という女性には職務でも、それ以外でも世話になっている。

 「――これで切り上げる。これ以上やってしまうと、休暇明けの仕事が無くなってしまいそうだ」
 「そうですか。では、この後は――」
 「食事にでも行くか?」
 「はい。先に言われてしまいましたか…」
 「ふ――私とて、やられてばかりではいられんよ」

今度はこちらがシニカルな笑みを浮かべる番だった。
そんな私を見て、彼女は少々困ったような顔をした後、先に立って出入り口の方へと向かったので、私もそれを追った。
この後、我々はかつて無いほどに穏やかな休日を過ごした――



夜 ◇横浜基地・第90番格納庫◇ 《Side of 純夏》


 「――頼んでおいた物は出来た?」
 「はい。さっきタケルちゃんに渡しておきました」
 「そ。ご苦労様」

香月博士が聞いてきたのは、今日の午前中に博士から頼まれた物。
それは新しいシミュレーターのデータで、タケルちゃんの武御雷用と喀什攻略戦のための訓練用データ。
頼まれたものは夕方くらいには完成したので、タケルちゃんに届けておいた。

 「それで――こっちは?」
 「形状が安定してくれないんですよねぇ……」
 「防御には使わないんだから、出力と一緒に固定したらどう?」
 「あ――」
 「解決しそうね」

私の反応を見た香月博士が口角を上げた。むぅ………なんで思いつかなかったんだろう。

 「そもそも、なんでコレの調整なんてしてるの?次の作戦では使わないでしょう」
 「え――っと………なんとなく?」
 「…そ。まぁいいわ、他のところは順調のようだし」

そう言って周りに視線をやる博士。
私たちから少し離れたところでは、甲21号作戦で大活躍した凄乃皇弐型が、外装のほとんどを剥がされてメンテナンスを受けている。
次の出番がいつになるかは分からないけれど、整備はしっかりやっておくみたいだね。
――肝心の四型は、弐型で収集したデータを基に現在各武装の改良中。荷電粒子砲以外の武装は初めて使うものだったので色々と調整が必要になっちゃった。
やっぱり、実際に使ってみないと分からないこともあるね……

 「じゃ私は戻るわ。指示は出しておいたから、アンタも適当なところで休みなさい」
 「はい」

香月博士は白衣のポケットに手を入れながら歩き去っていった。
さてと――香月博士の助言で一気に片付きそうだし、パパッと終わらせて寝よう。



◇シミュレータールーム◇ 《Side of 武》


晩飯のあとから、純夏に貰ったデータを使用して訓練をしていた。
今のところ次の任務で武御雷を使う予定はないが、慣熟しておくに越したことはないだろう。これだけ事象を変えてきたんだから、もう何が起こるか分からない。
もし何か起きたときに、慣れない機体で出撃して皆の足を引っ張ることだけは避けたいからな。

 「――まさか、本当に武御雷に乗ることになるとは思わなかったぜ……」

しかも俺の専用機と来たもんだ。
この武御雷は、悠陽が冥夜に贈ってしまった武御雷に代わり、新たな将軍専用機として建造されていたものを譲り受けて、夕呼先生と純夏が手を加えた。
悠陽が冥夜に武御雷を贈ると決まった10月終わり頃から建造が始まっていたので、夕呼先生が武御雷の改修案を持ちかけたときにはロールアウト間近だったそうだ。

それに加え、悠陽の鶴の一声によって工場の方が改修計画を優先してくれたらしい。
そんなわけで、改修を始めてから約ひと月というハイペースで、これだけ大規模な改修を施した“武御雷 Type-00S”が出来上がったわけだ。
ベースとなっているのが将軍専用機で、それを更に強化改修しているので機体性能に非の打ち所は無い。
強いて言えば、整備性が格別に悪いってことだろうか。
しかし、それも第4計画直属の優秀な整備班がいるので特に困ることもないはずだ。

この剣――大切に使わせてもらう。

 「よろしく頼むぜ、相棒――」

佐渡島で死にかけて、不知火を失っちまったのは完全に予定外だ。
大破した相棒の残骸は誰かが回収してくれたらしく、今日の午前中にハンガーに運び込まれた。
その際に、ボロボロのコクピットから辛うじて無事だった操縦桿だけ貰ってきた。アレはお守りとして後生大事に持っておこうと思う。

 「それにしても……ここまで違うのか、コイツは――」

戦闘中に乗り換えて、我武者羅に動かしていたときは分からなかったけど、あの時はコイツのポテンシャルを活かしきれてなかったらしい。
不知火とは比べ物にならないことは戦闘中でも分かったが、機体の限界が分からない以上は無理など出来ない。
今だって慣熟訓練を始めたばかりなので何とも言えないけど、この機体が凄いってことはハッキリと分かる。

各部に追加されたスラスターのおかげで機動制御がラクになった。この武御雷なら、今までとは段違いの3次元機動が可能だ。
それに加えて機体の反応速度がハンパないことになってるから、俺の調子が良ければ被弾することは無い――かもしれない…調子が良ければ、な。

 「くっそ――やっぱり違和感あるなぁ………」

思考と行動がズレている感じっていうか、俺の身体を別の誰かが動かしてる感じっていうか……
前の世界で、夕呼先生の理論を回収するために“元の世界”へ行く実験で、意識はあるのに身体までは同化しきれなかったときに似ている気がする。
次の作戦では佐渡島みたいなヘマは絶対にしちゃいけない。それなのに――


ピー!ピー!


 「ッ………はぁ――」

アラームが鳴ったので現在の時刻を確認すると、シミュレーションを始めてから3時間ほど経過していた。
もうすぐ日付が変わるし、今日はこのくらいにしておこう。ぶっ続けでやってたのに全く充実した気がしないのは、俺の不調のせいだろうか。
俺は溜息を吐きつつシミュレーターから降りた。
明日からは、この時間帯に武御雷の慣熟訓練をすることになりそうだ。

これからの訓練では、俺は凄乃皇四型の操縦訓練をする予定だから、昼間は武御雷の訓練に割いている暇は無い。
優先順位は凄乃皇の方が高いけど、こっちも疎かにするわけにはいかないからな。
しかし――シミュレーターで訓練するのは良いけど、実機でも訓練しないと意味ねーよな。早めに申請しておくか。

調子が悪くても出来ることはあるんだ。
せっかく拾ってもらった命だ。やれるだけやってやる。



次の目標は喀什なんだからな――




[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第32話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:936db62f
Date: 2017/04/16 00:03
12月27日(木)午前 ◇横浜基地・シミュレータールーム◇ ≪Side of 茜≫


甲21号作戦が終わってから3日。横浜基地にも勝利の余韻がまだ残っている。
そんな中、ヴァルキリーズは通常の勤務体制に戻っているものの、特別やることも無いためシミュレーターで訓練をしていた。

 『――なんかもう、いつも通りって感じだね』
 『そうだねぇ』

5日ぶりのシミュレーターは、休息で鈍った身体の慣らしも兼ねて“軽めに”フェイズ4ハイヴの攻略シミュレーション。
支援等が100%機能している状態なので難易度は低め。
フェイズ4ハイヴの攻略を軽めとか難易度は低めなんて言っている自分に驚く。確固たる自信なのか、感覚がマヒしているのか……
私の単機での実力は、隊内では決して突出しているわけではない。
目標としている背中は以前ほど霞んではいないけれど、まだまだ遠いというのを今回の任務で思い知らされた。

白銀武……
甲21号作戦で垣間見た、アイツの実力。
序盤から終盤にかけて――途中アクシデントはあったものの、コンスタントに活躍していた。
機体の性能云々以前の圧倒的な衛士の実力差。同じ機体に乗っていたとしても、ああは出来ない。機体が良ければ――なんて言えるレベルでもない。
忘れがちだけど、アイツは未だ、例の不調に悩まされているようだし。

あぁ、もう――ムカツクっ!!!
調子が良くないのにあんな機動しちゃう?!もぉ~~~なんなのよ!
――勝ちたい。
別に、勝ったからって何もないけれど。勝ちたい。負けっぱなしは嫌。
まずは追いつく。そしていずれは――



昼 ◇横浜基地・PX◇ ≪Side of 晴子≫


軽めと言いつつ、なかなかハードだった訓練を終えて汗を流し、気だるい体でPXへ。
午後は、甲21号作戦の戦況レポートを纏めろという通達があったため、各自デスクワークの予定になっている。

 「3日も強化装備を着なかったのって、任官してから初めてじゃない?」
 「そうかも。特訓やってたもんね」

特訓も再開するとなると、またキツくなるなぁ……
でも、午前中の訓練で痛感した。近づいたと思っていた白銀武の背中はまだ遠い。
“白銀武に追い付き・追い越す”という目標は、些か高すぎたかも――な~んて思ったり。
この目標を掲げてない人は、伊隅ヴァルキリーズにはいない。
身近にあれだけ凄いのがいて、それを目標にしないのはありえない。それに今現在、同期の娘たちとは実力伯仲だし、なおさら後には引けない。
ここで引き下がって、お先にどうぞ――っていうのはイヤ。

……まぁ、もうしばらくは目標としている人の後塵を拝さなければならない。
その“もうしばらく”がいつまで続くのかも分からないっていうのが、今の私たちの悲しい実力。
でも、どれだけ高い目標だったとしても、それを諦めるとか、目標を変えるなんて気持ちは一切ない。そんな中途半端な気持ちで立てた目標ではないのだから。
最低でも同じレベルになって、戦場で完璧にフォローしてみせる。

私は今のところ、珠瀬ほどの命中精度では無いながらも、速射と精密射撃だけは隊内で上位争いに加わっているはず。得意分野を伸ばしつつ、他の全てを底上げしないと――
この部隊の小隊長たちは、ハイレベルなオールラウンダーでありながらも、それぞれ得意分野がある。あの人たちのようになる、というのも目標の1つ。
目標への課題は山積み。
――ま、その方が挑み甲斐があるってもんでしょ。



夕方 ◇横浜基地・白銀武私室◇ ≪Side of 冥夜≫


 「――と、いうことらしいのだ」
 「おぉ……」

私と月詠の話を聞き、困惑した様子のタケル。気持ちは分かる。
帝都から戻った月詠が持参した姉上からの信書、それが事の発端だ。
これまでタケル宛の書簡には“そなたの悠陽より愛を籠めて――”や“帝都の妻より”など、頭の痛くなる署名がなされていたのだが、
その署名が今回に限って“日本帝国政威大将軍 煌武院悠陽”となっており、公で使われている本物の捺印までされているのだから、タケルが困惑するのも無理はない。
それだけ姉上が本気だということなのだろうが、肝心な信書の内容はというと、要約すれば――

 「甲21号作戦ご苦労様でした。労いたいので早く逢いに来てくださいまし」

といったところだ。そのようなことが恋文のように綴られている。
姉上のタケルへの気持ちは分かるが、ハッキリ言って溜め息しか出ない。
このような内容のために公式の署名捺印までして月詠に持たせたのだ……我が姉ながら度が過ぎていると思う。
しかし、此度の招致はタケルだけでなく、私と鑑も同伴しろとのことなので、今回は姉上に協力するのも吝かでない。

 「タケル――何とか都合をつけられぬか?」
 「ん、殿下直々のお願いだもんな。調整してみるよ」
 「我が姉のことながらスマヌ……」
 「気にするなって冥夜。大丈夫だよ」
 「武様、よろしくお願い致します」
 「はい――」

困り気味の笑顔で応えるタケルに申し訳なく思いつつ、私はタケルと共に帝都へ行けることを喜んでいた。



12月28日(金)夜 ◇横浜基地・シミュレータールーム◇ ≪Side of 武≫


もう皆は休んでいるはずの時間帯。
俺は一人、シミュレータールームへ向かっていた。
日課にしているわけではないが、気が向いたら武御雷の完熟訓練をするようにしている。
今日は気が向いたというより、なかなか寝付けず睡魔も襲って来なかったので、一汗かけば眠くなるかと思ったからだけど。

 「ん――?」

シミュレータールームに近づくと、聞き慣れた駆動音が聞こえてきた。
どうやらシミュレーターが稼働しているようだ。俺がいつも来る時間より少し遅めの時間だったから気づかなかったのか、あるいは俺のように気まぐれで乗っているのか。
思案しながらシミュレータールームに入ると、予想通りシミュレーターが稼働していた。
それもかなりの数で、ざっと14機。かなりの数が稼働状態のようだ。
中隊規模で訓練でもしているのだろうか。こんな時間に訓練なんて聞いた事は無いが……どこの部隊が使用しているのかを調べるため管制室へ。
そして、何の気なしにドアを開けると――

 「「あ――」」
 「……あん?」

知った顔が3つ、ポカンとした表情でこちらを見ていた。
数瞬の沈黙が訪れるが、固まっている場合ではない。

 「――おま……何してんの?」
 「あちゃぁ――」
 「あはは……」
 「――」

あからさまにマズそうな顔で目をそらす純夏。
笑って誤魔化すつもりですか涼宮中尉。霞、無言で横を向くなよ。

 「こんな時間に何してんの?」
 「え、えっとぉ……」
 「今シミュレーターを使っているのはヴァルキリーズなのか?」
 「それはぁ……」
 「おい純夏、コノヤロウ」

のらりくらりと、答える気の無さそうな純夏に軽くイラッと。
アホ毛の幼馴染ではラチが明かないので、俺は涼宮中尉に向き直ってズイッと詰め寄る。

 「――涼宮中尉、どういうことか説明してくれますよね」
 「あ、あはは――大尉、顔が怖いよ?説明するから落ち着いて?」

睨み付けるまでは行かないものの、目に力を籠めて見つめると、観念したかのように涼宮中尉は話し始めた。
この時間帯に行われている“特訓”について。
それを聞いた俺は、空いている椅子に腰を落とした。
この特訓が始まって1ヶ月以上が経っているというのに、みんなの変化に気付きもしないなんて……
いや、待てよ――いつの頃だったか、みんなが急に強くなったと感じた時があった。この特訓のせいだったのか。

 「この特訓は毎日やっていたんですか?」
 「そうだね。甲21号作戦の直前までは、ほとんど毎日だったかな。さすがにヘトヘトのまま任務に就くわけにはいかないから、最近は休んでいたけどね」

昼間の訓練だって、決してラクなメニューじゃなかったはずだ。それなのに――

 「どうして……なんでそこまで――」
 「それはね――」
 「す、涼宮中尉?!」
 「――鑑少尉、もう頃合だよ。これ以上隠し事はしたくないでしょう?」
 「それは……」

まだ隠し事があるのか、と軽く凹む俺をよそに、何やら真剣な面持ちで見つめ合う純夏と涼宮中尉。そんなに重大な隠し事なのかよ。
表向き眉をひそめて不審そうな顔を作ってはいるが、内心オロオロの俺。
少しばかりの沈黙を経て、観念したような純夏と少し晴れやかな、でも何処か愁いを帯びた表情の涼宮中尉が、こちらに向き直った。

 「あのね大尉――私たち、聞いちゃったんだ」
 「な、何をです?」

突然のカミングアウト。
神妙な顔の涼宮中尉だが、俺は何のことか分からず混乱するばかり。やましいことは……特に無い、と思う。
人として道を外れるようなことはしていないはずだ。
そりゃ、別の世界から来て、何度も繰り返していたことは言えないけどさ。

 「――貴方が、ここへ来るまでに所属していた部隊のこと」
 「ッ!?」
 「HSST迎撃作戦のとき珠瀬少尉にした話の又聞きなんだけどね。どれほど過酷な経験をしてきたのか、聞いたんだ……」

ハッとして純夏の方を見ると、純夏はバツが悪そうに指で頬をかきながら目をそらした。
コノヤロー……

 「――ごめんなさい。軽い気持ちで聞いて良いものじゃなかった」
 「いえ、そんなことは……」

ない、とは言い切れなかった。この世界でのことでは無いとはいえ、伊隅ヴァルキリーズが壊滅した話だ。
まだまだ未熟な俺にとって戒めであり、俺が戦う意味でもある。
話すことを躊躇ったのは、世界は違えど、みんなが死んでしまう話だから……

 「その話を聞いてね、貴方の覚悟が分かった。訓練の時いつも言っていたよね。生きて帰ってきたら任務完了だって」
 「――」
 「あの言葉の重さを理解した。だから、みんな強くなろうと必死なんだよ。貴方と一緒に戦うために、そして、もう二度と――」
 「ッ…………」

目の奥から熱いものが込み上げてきそうだった。顔を背けて目を隠すように額を抑え、それを堪える。
嬉しかった。憑き物が落ちたように肩から力が抜けた。
また世界を繰り返して、今の所は悪い方向に行って無いが、何処かで焦りや不安があったんだと思う。
俺がやらなきゃ、俺がなんとかしなきゃ、俺が、俺が、俺が、…………そう気負っていたのかもしれない。
でも、俺は1人で戦っているわけじゃない。みんながいる。
こんなにも頼もしい人たちが周りにいるんだ。今度こそ本当の意味で、一緒に――

 「はぁ……」

不意に込み上げてきた感情を吐き出すように息をつく。

 「大尉?」
 「――ったく、俺の気も知らないで……」
 「え?」
 「みんなスゴイ早さで上達していくから、スゲー焦ってたんですよ?」
 「あはは……」

困り顔で笑う涼宮中尉。まぁ、この人に当たっても仕方ないので矛先を変える。
矛先を向けられたヤツは、それに気付くと拝むように手を合わせてウインクしてきやがった。
純夏は後でジックリ問い詰めるとして、今はこの特訓とやらについてだ。
強くなるためにやっていた事だとしても、許せないことが1つだけある。
俺にだけ内緒で、特訓に混ぜてくれなかったことだ。仲間外れは良くない。泣くぞ。
さて、どうしてやろうか…………

 「どれ、今は何をやっているんだ――?」

モニターを眺めると、どうやらヴァルキリーズの面々はハイヴ内を侵攻中のようだ。
ふむ……ピンときた。

 「おい純夏――ちょっと手ぇ貸してもらうぞ」
 「え……な、何?」
 「ふっふっふっふ――」

俺は純夏に指示を出し、意気揚々とシミュレーターに乗り込んだ。



≪Side of 美琴≫


昼間の訓練から1日遅れで特訓も再開。
数日やらなかっただけで、けっこう体が訛っていることを実感した。
慣らしと言っていた訓練もハードだったけど、こっちはそれ以上。
少しでも気を抜いたら、アッという間にやられる…………まぁ、気を抜いていなくてもアッという間にやられたけどさ。

今日は趣向を変えて、白銀大尉の機動を検証してみようということに。初めのうちは、大尉の武御雷のデータを仮想敵にして1対1の戦闘をしていた。
でも、誰一人として武御雷を撃墜することは叶わず、ただの1発すら被弾させることも出来ずにギブアップ。
近接格闘が上手い人は、それで肉薄することは出来ても、少しでも距離を取られたら手も足も出なかった。
近中距離だろうと、遠距離だろうと射撃は全くダメ。壬姫さんの狙撃でさえ掠りもしなかった。

あの回避能力は、武御雷の性能と、白銀大尉が“万全の状態だった場合”のデータを反映した結果だと純夏さんは言っていたけど、アレは凄すぎだよ……
みんな早々に自信を打ち砕かれたので、武御雷との演習を止めて、ハイヴ攻略戦に切り替えていた。
鬱憤を晴らすように大暴れ中のヴァルキリーズ。
その甲斐あってか、補給も支援も機能していない状況で、フェイズ4では過去最高の進行速度。
そして、先頭を突き進むB小隊が主広間へ突入したとき――


 ビーッ!ビーッ!ビーッ!ビーッ!


警報が鳴った。
それも、ハイヴ内ではまず想定していない光線照射危険地帯の警報。

 『――ッ!?』
 『な、なんで?!』
 『どこ!?』

各機は咄嗟に回避機動を取ったものの光線照射は無く、照射源となる光線級もレーダーには映っていない。
警戒したまま主広間内に展開して巨大な核を眼前に捉えたけど、光線照射危険地帯の警報が鳴りやまないので、
ボクも含め、皆どうしたら良いか迷っているみたいだった。

 『――涼宮、鑑、何かしたのか?』
 『えっと……』

伊隅大尉の質問に、歯切れの悪い受け答えの純夏さん。

 『すみません、伊隅大尉……』
 『何だ?』
 『それは――』

そして要領を得ない涼宮中尉の謝罪。
それが何を指してのことだったのかは、すぐに分かることになった。


 ビーッ!ビーッ!


またも鳴り響く警報。さっきとは違う種類の警報だ。

 『今度は何よ!?』

速瀬中尉がイラついたように声を上げた。

 『――正面、反応炉上方!』
 「!!」
 『『ッ――!!??』』

神宮司中尉の声に釣られて、そちら見ると目に飛び込んできたのは、不気味に光る反応炉と、その上方に滞空している純白の武御雷――
武御雷は、ただこちらを見下ろしているだけなのに、えも言われぬ迫力があって思わず見入ってしまう。
そのせいなのか、誰一人として言葉を発しない。
永遠に続くかと思われた睨み合いの均衡を破ったのは武御雷の方だった。








 『――――行きますよ!』








通信が入るのと同時に、武御雷が長刀を手に突っ込んでくる。
一瞬のことに虚を突かれるも、歴戦の勇士である伊隅ヴァルキリーズの立ち直りは早い。

 『チッ――来るわよ!』
 『各機散開、迎撃する!!』
 『『了解!』』

いち早く反応した突撃前衛長が、武御雷と同じく長刀を構えて飛び出していく。
それに続くようにヴァルキリーズ全機が武御雷に向かっていった――



◇ ◇ ◇



 『……降参――降参です』

4機の不知火に囲まれ、片膝をついて両腕を挙げる武御雷。
最後の最後まで凄まじい戦闘だった――
ボクたちに襲い掛かってきた鬼神の如き武御雷は、熾烈な集中砲火を鮮やかに回避しつつ、着実にこちらを撃墜していった。
最後は姿勢を崩して地面に膝をついたけど、それでも巧みな二刀流で2機の不知火と切り結んだ。
捨て身の不知火2機が、左右から同時に接近して膠着状態に持ち込み、他の2機の突撃砲が武御雷に照準を付けて決着がついた。

 『こンの、バケモノめ……』

速瀬中尉がポツリと零した。
戦闘が終わっても辛うじて機体が動くのは小隊長たちの4機だけ。
しかし、4機とも腕部、脚部等に欠損があり、致命傷に近い損傷を抱えていて、もはや継戦能力が無いのは一目瞭然。対して武御雷の方は大きな損傷は無い。
伊隅ヴァルキリーズの不知火14機が、たった1機の武御雷を相手に……速瀬中尉の言葉も頷ける。

 『――白銀、いきなり何のつもりだ』

息切れしていた隊員たちも落ち着いてきた頃、全員の疑問を伊隅大尉が代表して問う。

 『これからは俺も特訓に混ぜてもらいますよ』
 『なにっ――!?』
 『俺だって伊隅ヴァルキリーズの一員です。みんなと、一緒に戦いたいんですよ――』
 『『……』』

一緒に。
あのとき聞いてしまった話を思い返す。白銀大尉が、他のどんなことよりも優先させる全員の生還。
どんな戦場からでも生還するためには強くなきゃいけない。
出来るだけ早く、白銀大尉と同じくらい強くなるための特訓だったけれど、大尉は内緒にされていたことに、ご立腹の様子。

 『隠していて済まなかったな』
 『――まぁ良いですけど。良いですけどね』
 『はは……』

わざとらしく拗ねているなぁ。
伊隅大尉も済まなそうにはしているけれど、半ば呆れている感じだし……

 『ていうか、この際だから言いたかったことを全部言わせてもらいますけど――』

ボクたちへの文句とかを言い出すのかと思いきや、白銀大尉はボクたちが予想もしなかったことを言い出した。



深夜 ◇横浜基地・まりも私室◇ ≪Side of まりも≫


お湯が体を伝い、一日の汗と疲れを濯いでいく。
本音を言えば、湯船に浸かる方が好きなのだけれど……この時間、基地の大浴場は清掃中で入れないので、大人しく自室のシャワーで我慢する。
まぁ、降り注ぐ湯に打たれるのも、湯船に浸かるのと違った心地良さがあるので問題ない。

 「――」

シャワーに打たれながら、一日の出来事を振り返る。
夜の特訓は、いつかは露見するだろうと思っていたが、あまりにも唐突だった。

白銀くん――
特訓が発覚したあと、彼は自分を階級で呼ぶことも禁止。それに加えて、それぞれに呼び方を指定するなど、普通では考えられないような“命令”をした。
――は、乗り換えたばかりの武御雷の慣熟訓練をするためにシミュレータールームにやってきたところで、私たちに遭遇したそうだ。

これまでの経緯を聞くと、彼は安堵したような表情をすると共に、心底呆れていた。
ずいぶん前から、私たちの技量が急激に伸びたことに、驚きと焦りを感じていたそうだが、連日倒れるまで特訓をしていたと聞けば、呆れるのも仕方ないでしょうね。

白銀武。
私の知る限り、人類史上で最高の衛士。
“一騎当千”とは、まさに彼のことを表すための言葉だろう。
佐渡島でKIAと認定される状況に陥るも、その後の鮮烈な復帰戦では武御雷を駆り、BETAを蹴散らした。
乗り換えたばかりで慣熟はおろか、機体の特性も十分に把握できていなかったはず。
その上、彼は怪我もしていて万全では無かった。それに予てからの不調も加わるのだから、とてもマトモと言える状態ではない。にもかかわらず、あの活躍。
とんでもない強さ。根本的な強さの質が私たちとは違う。今の訓練を重ねるだけで、本当に追いつけるのだろうか……と弱気になってしまうこともある。

 「……はぁ――」

思わず溜め息がこぼれる。
今年の教え子たちと同じ年で、あそこまで完成された衛士がいるとは。世界は広いというか、何というか……
彼を鍛え上げた人物の手腕が窺い知れる。いったいどんな人物だったのか。
叶うならば御会いしてみたかったが、“あのときの話”から察するに、その人物は既に亡くなっているのかもしれない。

もし――彼が私の教え子だったら、どうなっていたのかしら。
他の訓練兵たちと同じように接することは出来ただろうか。けっこう抜けているところがあるから、怒鳴ってばかりいたかもしれない。
……抜けているところも可愛いと思ったり。

まずい。最近増々深みにハマっている気がする。
年甲斐もなく、ときめいているというか。いや、年は関係ない。そもそも私だって若い。
周りの娘たちが少し若いだけ。大丈夫。……たぶん。
彼のことを考えていると、シャワーの温度が上がったような気がした。
のぼせる前にあがろう。



12月29日(土)午前 ◇帝都城◇ ≪Side of 月詠真耶≫


本日、もう一人の主が帰還し、あの殿方が来訪する。
前回御会いしてから、どのくらい経ったか。
戦術機強奪事件や甲21号作戦があったため、もう随分と長いこと御会いしていないように感じる。実際には、ひと月程度のはずだが。

 「――マヤ、こちらの手配は済んだわ」

御二人に先行して帰還したマナが支度を済ませて戻ってきた。
私の方の手配も終わっているので、あとは彼らの到着を持つのみとなった。
 
 「到着予定は10時頃だったかしら?」
 「そうよ」
 「間もなくね――そろそろ着替えましょう」

悠陽様の指示により、我々は衣装替えをすることになっているため更衣室へと急ぐ。
今回も様々な仕掛けを用意したのだから、それにかかったときの武様の反応が楽しみだ。
事あるごとにコロコロと変わる武様の表情は見ていて飽きない。
我々は、それを楽しみに仕事に励むのが通例となっている。仕掛けの首謀者は悠陽様であるが、我々も仕掛け人として失態のないようにしなければ。

しかしながら、武様に限っては“洒落”の範囲内での失礼も多少は必要である、とは悠陽様の言である。
このような遊びが多いため、武様が御越しになるときは私たちも中々に楽しんでいるのだ。
だからこそ失礼の無いように気を引き締めなければならないが。

 「――この前、わざわざ採寸し直したのは、この服を仕立てるためだったのね……」
 「そうよ。悠陽様の指示で」
 「足のスリット、深すぎないかしら……」
 「デザインも悠陽様がしたわ」
 「……」

私とマナは斯衛の制服から、我々にと用意された侍従の制服へと着替え、全ての準備が完了。
髪を団子のように纏め、身嗜みを整えながら時刻を確認すると、彼らの到着予定時刻が迫ってきていた。

 「――行ってくるわね」
 「えぇ、そちらは任せるわ。万が一の場合は手筈通りに」
 「分かっているわ。それじゃ――」

マナが御出迎えのため足早に正門へ向かった。
今回の来訪においては、武様が車を運転してくるとの報せを受けているが、武様の事だ。
旧帝都ほど道は入り組んでいないが、この帝都もそれなりには道が入り組んでいる故、おそらく道に迷うだろう。
冥夜様が御一緒とはいえ、それでも武様は迷う可能性がある。
それを想定して、彼らが定刻を過ぎても到着しなかった場合、神代たちが捜索に出る手筈になっていた。


 ピピピピ――


携帯端末のアラームが時刻を告げた。
さて、彼らは無事に到着しただろうか。それから少し後、今度は端末の呼び出し音が鳴った。
端末の画面で相手を確認し、耳に付けている小型のインカムの通話ボタンを押す。

 「迷子の御呼出し?」
 『いいえ。残念ながら違うわ。無事に御到着よ。冥夜様の運転で』
 「――そう、無事に到着して何より」
 『えぇ。では、すぐにそちらに向かうわ』
 「了解」

マナとの通話を終わり、首を長くして待っているであろう我が主を呼びに向かう。
しかし、武様の運転と聞いていたが、まさか冥夜様が運転して来られるとは。武様が道に迷い、見かねた冥夜様が交代したという所か。
何にせよ、これで役者は揃った。慌ただしくも楽しい1日になるだろう。

私は、心持ち足取り軽く主の下へ向かった。



[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第33話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:936db62f
Date: 2017/04/18 22:43
12月29日(土)午前 ◇帝都城・悠陽私室◇ ≪Side of 純夏≫


 「――此度は急な呼び立てに応じて頂き、誠にありがとうございます」
 「こちらこそ。お招き頂いて感謝致します、殿下――」

三つ指をついて言う悠陽さんに対し、タケルちゃんも正座で頭を下げた。

 「武様?」
 「……やめよう、悠陽」
 「はぁ……何をやっているのだ、2人共」

道に迷った情けないタケルちゃんに代わって、御剣さんの運転で帝都城についた私たちは、すぐに悠陽さんの部屋に通された。
悠陽さん、よっぽど待ち遠しかったんだろうね。私たちが到着すると本当に嬉しそうな顔で駆け寄ってきたもん。
その勢いでタケルちゃんに抱き付こうとしていたけど、それは御剣さんが身体を張って防いでいた。御剣さん、ぐっじょぶ!

 「この前は簡単な電話で悪かった。悠陽、改めてお礼を言わせてもらうよ。お前のおかげで戦い続ける事ができた。本当にありがとう――」

畏まりごっこは終わりかと思ったけれど、タケルちゃんは改めて姿勢を正すと、そう口にした。

 「私は、愛する人の力になりたいと願っただけです」
 「――ありがとう」

う~、あんなにストレートに言えるなんて……
私だって――ず~~~~~~っと前からタケルちゃんのこと大好きなんだぞ!
たまには、ちゃんと言葉にしようかなぁ……でもなぁ、横浜基地だと周りは恋敵だらけ。
今は、お互いに様子見している感じの膠着状態だから良いけど、一度事態が動きだすと取り返しのつかない事になるのは間違いないし。
ちょっとは加減して欲しいよ、恋愛原子核ちゃん。

 「夕呼先生から大体の事は聞いた。アレの元になったのは、お前の専用機だって?」
 「…………はい。私の武御雷を冥夜に送った後、再び私の専用機を建造するという話になったのです」

私が1人でモヤモヤしている間に、悠陽さんが、本来は1機しか存在しないはずの将軍専用機が何故2機存在するのかについて、タケルちゃんに話していた。

 「私は反対したのですが、周囲に押し切られてしまいまして……」
 「格納庫に将軍専用機がある。それだけで我ら斯衛の士気は上がるのです。たとえ前線に立っておられずとも」
 「マヤさん……」
 「さすが将軍様だな」
 「――武様?」
 「悪い悪い。でもさ、それって悠陽がみんなに慕われているって事だろ?良いことじゃないか」
 「それは、そうかもしれませぬが……」

この時勢に無駄にしていい資源など無いのです――と付け加えて、悠陽さんはこの話題を打ち切った。
私が前に悠陽さんと会った時に聞いた話だと、今後は別命あるまで将軍専用機の建造を中止させたらしい。
ワンオフ機は一般の機体に比べると、とんでもなくコストがかかってしまう。オマケに、それが最新鋭の武御雷だから、悠陽さんが気にするのも分かるけど。
でも今回は、そのおかげで武ちゃんを助けることが出来たんだから結果オーライってことで。

 「ところで武様――」
 「ん?」

話題がひと段落したところで、悠陽さんがスーッとタケルちゃんに寄り添った。
私も御剣さんも止める間も無いくらい早い動きだったけど、タケルちゃんは無防備すぎるよ……

 「本日は泊まって行かれますわね?」
 「――んがッ?!」
 「ほほほ――」

タケルちゃんにピタッとくっつきながら、にこやかに言う悠陽さん。
私たちを呼んだ本当の目的は間違いなくコレだね。うん、まぁ、予想はしていたけどさ。私と御剣さんは泊まる用意してきてるし。
タケルちゃんは日帰りのつもりでいたみたいだけど、それは甘いよ。

 「積もる話もありますが、泊まって行かれるのでしたら時間はあります。ひとまずは昼食にいたしましょう。マヤさん、マナさん、用意を――」
 「「は――」」
 「姉上ぇ…………」

メイド?姿の月詠シスターズを筆頭に、侍女さんたちが用意を進めていく。
そういえば、全く突っ込まないでいたけど、月詠中尉たちの格好がいつもと違う。
いつものピシッとして綺麗な感じから一転、髪も纏めていて可愛い感じ。“元の世界”の月詠さんの格好に似ていて懐かしい気がする。

月詠さんたちが並べてくれたのは、とてもすごく豪勢な食事で、とてもすごく美味しかった。
そうそう――松茸、ちゃんと食べたの初めてだったよ。シメジと全然違うじゃん……
昼食のあとは、みんなでお話したり、帝都を見て回ったりしているうちに夕方になってしまい、結局は泊まって行くことになった。
まぁ、初めからこうなる気はしていたけどね。



夕方 ◇横浜基地・PX◇ ≪Side of みちる≫


 「――やはりこうなったか……」
 「ある程度は予想していたんでしょう?」
 「それは、そうですが――」

私の呟きは、隣にいた神宮司中尉に拾われた。
午後から“軽め”の自主訓練をヴァルキリーズ全員で行ない、それを終えてからPXでいつものようにたむろっていると、
いつかと同じように、香月副司令からの伝言を携えたピアティフ中尉が現れた。
その伝言というのが……

 「アイツが会いに行ったのって誰なのよ?」
 「それは勿論、引きとめられると帰って来られないような人物でしょう」
 「女の人説が濃厚になりましたねぇ~」
「白銀の言っていたことが本当なら、少なくとも斯衛の関係者なのでは?武御雷をくれた人に会いに行く、と言っていましたから」

いつかと同じく引きとめられて帰るに帰れなくなったという白銀。
そんなわけで、ヤツが会いに行った相手について論議しているわけだ。
まったく……話題に事欠かないヤツだよ、白銀は。

 「今回は御剣と鑑も同行しているわけですからね――滅多なことには……」
 「あ――でも、前に白銀大尉が帝都に行った時も御剣さんは一緒だったよね」
 「「えぇッ!?」」

鎧が漏らした言葉に、元207B訓練小隊の娘たちと神宮司中尉以外の面々が驚いた。
私も初耳だったので声を上げそうになったが、元教官や部下の手前、声を上げるのはどうにか堪えた。

 「そういえばそうね――」
 「そうなってくると、ある程度は絞れるか。白銀の話じゃ、武御雷の交渉は副司令が直接行なったって話だからな」
 「副司令直々に交渉しに行く程の高官ねぇ……斯衛のトップとかかしら?」
 「それ、政威大将軍よ?」
 「「…………」」

神宮司中尉の言葉に固まる一同。

 「あ、あははは……まさか、ねぇ?」
 「――そ、そうだよ。いくらなんでも政威大将軍に会いに行くなんて……」
 「そうよねぇ~~~」
 「「あはははははは――」」

何かを察して不自然に笑い出す隊員たち。踏み込んではいけない境界線を本能的に察知したのだろう。
しかし、この話のせいで色々と辻褄が合ってしまった。
鍵になっているのは御剣か。
斯衛の月詠中尉がこの基地に駐留していることからも、私たちの予測は当たっていると考えて良いだろう。
これは思った以上にスケールの大きな話かもしれない……などと、このときの私は考えていた。
しかし実際は、恋する乙女の純真で一途な思いによって行われた極めて私的な取引だったと知るのは、そう遠くない未来のことだった。



夜 ◇帝都・某所◇ ≪Side of 沙霧≫


 「――まずは横浜での礼と、そして甲21号作戦の成功を祝して」
 「はい」

カチンとグラスを合わせて祝杯をあげる。
数十分前、突然私の所に顔を出した白銀武を連れだって、帝都のとある“こじんまり”とした酒場に足を運んでいた。
以前に交わした約束を果たす機会が思ったよりも早く訪れたことは、私にとって嬉しい誤算だ。
彼は未成年であるが、二十歳目前ということで細かいことは言うまい。この時勢だ、かつての法を順守している者など居はしないが。

 「それにしても、また急な来訪だな――」
 「……“例の訓練兵”絡みですよ」
 「あぁ――そうだったか……」

例の訓練兵――あのとき、名を偽っていた殿下のことだ。
国連の軍人である彼がこのような場所で、殿下に招かれて帝都に来たなどと言えば、どんな噂が立つか分からんからな。
彼なりの上手い暈し方だとは思うが、その例えに私は苦笑するしかなかった。

 「まさか、狭霧大尉も甲21号作戦に参加していたとは思いませんでしたよ。本土防衛軍は参加しないはずでしたよね?」
 「私は自ら志願したのだ」
 「えぇっ?!どうして――」
 「一度は捨てた命。殿下のため、国のために使うのは当然のことだ」
 「狭霧大尉……」

ハイヴ攻略戦に進んで参戦するなど、自殺志願とそう違いはない。
しかし、白銀の部隊はハイヴに突入してきたという。それに比べれば、地表での戦闘はマシだと言わざるを得ない。
ハイヴに突入して生還した男……やはり底の知れんヤツだ。







 「同じ部隊に、彩峰慧がいます」
 「――!?」
 「横浜襲撃事件の後、アイツから貴方の話を……」

酒も食事も進み、互いに気分が良くなってきた頃、白銀が唐突に話題を変えた。
彩峰中将との関係は、殿下に謁見した際に話していたが……
白銀の言葉で私は様々なことを思い返す。色々あったものだ。
あの子が横浜にいることは知っていたが、まさかこの男と同じ部隊に所属していたとはな。
では、あの子もハイヴに――

 「あの子は、元気でやっているか?」
 「はい」
 「そうか……」

マメに手紙を出してはいたが、一度たりとも返事をくれたことは無い。
あの子の現状を知る手段が無かったので、いつも気を揉んでいたのだが……その必要も無いのかもしれんな。
この男が傍に居るのであれば大丈夫だろう。

 「アイツの近接格闘はハンパじゃないですよ」
 「ほう――それは聞き捨てならんな。いずれ手合わせ願いたいものだ」
 「なはは。まだまだ狭霧大尉には敵いませんよ。まぁ、そこらの衛士よりは強いでしょうけど」
 「あの部隊に所属しているのならそうだろうな――」

自然と口角が上がっていた。
白銀と同じ部隊に所属している以上、生半可な腕前ではないはず。
妹のような存在である彼女の成長を嬉しく思うと同時に、私の衛士としての血が疼きだした。

しかし横浜で見た限り、戦闘中の彼らは私の想像を遥かに超えた領域にあり、今の私では太刀打ちできん。
そのような部隊にいるのだから、あの子も間違いなく強いのだろう。
だが私とて、部隊を率いる身。そこらの一衛士と同じにしてもらっては困る。
また一つ楽しみが増えた。慧だけでなく、白銀とも手合わせ願いたいものだが。

その後、日付が変わる少し前まで飲んでいたが、白銀が酔い潰れかけてしまったため、お開きとなった。
また、このような機会が来ることを願う。そのためにも生き延びねばな――



12月30日(日)朝 ◇帝都城◇ ≪Side of 武≫


目覚めから大ピンチの男、それがこの俺――白銀武だ。ピンチじゃなくて大ピンチなのが重要ね。

 「タ・ケ・ルちゅわぁ~~ん?」
 「武様の温もりを感じて目覚める朝――大変に良いものですね、冥夜」
 「全くです。正に夢見心地というヤツですね」
 「……ほっほぉ~~う?」
 「す、純夏さん?」

ドス黒く禍々しいオーラを迸らせながらユラユラと近づいてくる純夏。
――とは対照的に、のほほ~んとしているアホ姉妹。
なんだこの差は。

 「ドリルぅ……みるきぃぃぃぃ………」
 「ちょっと待て純夏!!それはダメだ!!早まるなッ!!落ち着いて話し合おうぢゃないかッ!!!!」

左手に力を溜める純夏。その手が金色に輝き――

 「ファント――――――――ッム!!!!!」
 「デジャ――ヴッ!!」
 「ふむ、良い技だ。さすがはスミカだ」
 「ふっふっふ。ありがとメイヤ」
 「あらあら、綺麗な星ですわねぇ」

断末魔の叫びと共に、帝都の空に明けの明星が1つ瞬いた。
くっそぉ~~俺が何をしたっていうんだよ…………



◇ ◇ ◇



 「……まだ首がイテーぞ、この野郎」
 「ふんっ!自業自得だよ」
 「なんだと!?」
 「なんだよぉ!?」

朝の一悶着が終わって朝食の席に移動したんだが、まだ体の痛みが取れない。
相変わらず出鱈目な破壊力をしてやがる。純夏の“左”なら小型種くらい倒せんじゃねぇか?

 「タケル――」
 「ん?」
 「朝食が済んだら帰還するのか?」
 「あ~……そうだなぁ。早めに帰らないと俺の命に係わるからな……」
 「「――?」」

何のことか分からないのだろう。当事者のくせに首を傾げる冥夜と悠陽。
純夏のやつは口元が引きつっている。これから起こることを薄々勘付いているんだろう。
とりあえず、帰還したらすぐに夕呼先生のところまで逃げよう。そうすればひとまずは……
だが、このときの俺は自分の想定が甘いことなど知る由もなかった。



昼 ◇横浜基地・PX◇ ≪Side of 祷子≫


 「――ねぇ、私たちが何を聞きたいか分かるわよね?」
 「くッ…………」
 「素直に喋った方が身のためだぞ、白銀」

“朝帰り”をした白銀くん。
白銀くんが帰ってくると同時に、A-01の全戦力を投入した白銀武捕獲作戦が実施されました。
それを察知していたのか、白銀くんは副司令に報告をしに行くと言って逃げようとしましたが、それで見逃すヴァルキリーズではありません。
しかし、白銀くんが全力で逃げたため、横浜基地全域にまで及ぶ大規模作戦になってしまいました。

初めは悪ふざけのつもりだったのですが、彼があまりにも必死だったので、私たちも本気になってしまい実戦さながらの連携で追撃を開始。
最後は兵舎屋上に追い込んで拘束、PXまで連行しました。
そして今は白銀くんの取り調べが行われているところです。彼の前には合成玉露と合成かつ丼が置かれています。
この作戦において意外だったのが、普段ならストッパーになるはずの神宮司中尉が存外ノリノリだったことですね。
そのせいで伊隅大尉までも本気になっていましたから。

 「ネタは上がってんのよ!白状しちゃいなさい!!」
 「理不尽だー!横暴だー!」
 「黙らっしゃい!!」
 「ふふ――朝帰りなどするからこうなるんだ」

ノリノリで取り調べをする速瀬中尉。それに美冴さんも加わっているのですから、白銀くんには同情します。
私も気になるので止めはしないのですが。
白銀くんの取り調べが難航する一方、御剣少尉と鑑少尉への取り調べも行われ、御剣少尉から件の朝帰りの首謀者も明かされました。
その方は御剣少尉の遠縁に当たる方で、やはり城内省の上層部に勤めているそうです。
遠縁というところに僅かな引っかかりを感じますが、あまり深く詮索しないほうが良いでしょう。
藪を突いたら蛇が――というより、鳳凰が出てくる……なんてことは避けたいですもの。

 「――俺は何もしてねぇぇぇぇぇ~~~~!!!!」

白銀くんの悲痛な叫びがPXに木霊したのでした。



午後 ◇横浜基地・夕呼執務室◇ ≪Side of 夕呼≫


普段は、私の白衣か不要になった書類が放り出されているだけのソファーに、今はボロ雑巾も一緒に転がっていた。
何があったのかは想像がつく――というか、基地全体にまで及ぶ騒ぎを起こせば嫌でも耳に入る。

 「アンタ、何でここに来たのよ」
 「俺には夕呼先生しかいないんです――」
 「はぁぁぁ?」
 「……みんなが怖いんで、しばらく匿ってください」
 「あっそ――好きになさい」

情けない顔しちゃってまぁ。
衛士としては向かうところ敵なしの男も、いつもの事ながら彼女たちには敵わないようだ。
白銀が現れてからというもの、コイツを中心に幾度となく色恋沙汰が起きている。

A-01の面々も衛士である前に一端の女なのだから、それ自体を非難するつもりは毛頭無いが、その頻度は異常だと言わざるを得ない。
例えるなら……そうね――原子核が電子を捕える電磁力を発するように、女性を惹きつける何かを白銀が発しているとでも言えばいいのだろうか。
白銀と同年代の娘や、好みのド真ん中だっただろう私の親友は分かるとして、あの伊隅や速瀬たちまでもが白銀を意識している節がある。
伊隅たちの場合は、弟を可愛がる姉、という構図に見えなくもないが。
そして帝都の“現地妻”も忘れてはいけない。
A-01も個性豊かな娘たちが揃っているが、帝都の娘もまた負けず劣らずの個性的な人物だ。
私が知っているだけで、これだけの女性を惹きつけているのだから、やはり白銀は何かを発していると考えて良さそうね。

言うなれば人間原子核……なんか語呂が悪いわねぇ。
そうだ――恋愛原子核、なんていうのはどうかしら。なかなか悪くないわね。
少しからかってやろうと思いソファーの方に目をやると、ボロ雑巾もとい恋愛原子核は仰向けになって伸びていた。

 「白銀――」

呼んでみるが返事は無い。顔を見ると目を閉じているようだけれど、胸の辺りが上下しているから息はしているようだ。
まさかとは思うけど寝ている?
それを確認するためソファーに寄って行き、顔を覗いてみると白銀は本当に寝ていた。
白銀がここに転がり込んできて、私が思考を巡らせていたのは、ものの数分。
こんな短時間に寝息を立てるほど疲れていたのかしらね――と、私は何の気なしに手近にあった白衣を白銀にかけてやった。
その行動の後、ふと我に返ると私らしからぬ行動を取っていたことに妙な居心地の悪さを感じ、それを振り払うように仕事に戻ることにした。

このときの私は、この恋愛原子核が自分にも影響を与えている可能性があることを失念していた。
白銀が目を覚ましたのは、それから1時間ほど経ってからだった。



◇横浜基地・シミュレータールーム◇ ≪Side of 千鶴≫


白銀――への尋問が終わり、一先ず気も晴れて昼食も済ませた私たちは、今年最後の訓練を行うためにシミュレータールームに移動した。

 「いやぁ~凄い年だったなぁ~~」
 「そうだねぇ。特に10月くらいからハンパなかったよ」
 「怒涛の2カ月だったわ……」

同期の面々と今年の出来事を思い返す。
思えば、私たちの人生が大きく変わった年になった――
まず初めは、総戦技演習に落ちたこと。あの頃の私は何をしていたのか。ただただ未熟だった。
あれからの数カ月――彼らが現れるまでの期間、私は……

そして最大の転機は、ある日突然やってきた。それは白銀武と鑑純夏の来訪。
彼らが現れたことによって、私たちの運命は大きく変わっていった。

私たちと同い年ながらも、衛士として卓越した能力を持つ白銀武――何故私が、彼に委員長と呼ばれるのかは、この際置いておくとして……
突出した能力は無いにしろ、207Bのムードメーカーとして無くてはならない存在となった鑑純夏。
後に、鑑は副司令直属で凄乃皇の専属衛士だったことが判明したが。
それから白銀は教官として、鑑は同僚として、私たちを変えていった。2人共お調子者で、それに振り回されることも多かったけれど。
そうして少しずつ変革していった私たちは、2回目の総戦技演習を無事に合格して、戦術機課程へ移行した。
 
移行と同時にXM3という代物が投入されたのだけど、コレがまたトンでもない新OSで、従来のモノとは比べ物にならないほどの性能を秘めていた。
初めこそ扱いにくく、そのズバ抜けた性能に振り回されていたが、今ではもうXM3が搭載されていない機体になど乗りたくない。
あのOSを開発したのは香月副司令だと聞かされているが、基礎概念を考案したのは白銀武だという。
ここでも彼の非凡な才能を垣間見ることになったが、彼の本領はOSの開発や、それまでの一般的な兵科などでは十分に発揮されていなかった。
私たちの教官として、戦術機に乗り込むまでは分からなかった彼の真価。あの独特の操縦技術は、私たちに更なる衝撃をもたらした。
それから私たちは、彼に追い付け追い越せと訓練に訓練を重ねたが、未だに追い付いていない……

しかし何と言っても一番驚かされたのは、白銀が背負っている過去――
この歳で、あれほど凄惨な経験をして、それでも尚、立ち上がって前に進む彼の生き方は衝撃だった。あの話を聞いてから私たちの意識は変わった。
自分で言うのは癪だけど、彩峰とも上手くやっていけるようになったもの。
それでも、相変わらず衝突は絶えないので、鑑には喧嘩するほど仲が良いなんて言われているけれど……
彩峰とは長い付き合いになる予感がするので、仲が悪いよりは良いんでしょうけど、それを素直に認めては何故か負けのような気がする。

とにかく――目下の所は、まず自分の力量を上げることに集中しよう。同期の茜たちとの力量差はほぼ無いにしろ、先任方との差は歴然。
任官したばかりで経験が足りないのは仕方ないとしても出来ることはある。
強くならなければならない。これから先もずっと、あの新しい隊規を護っていきたいから――

 「1人足りないが……ヤツは仕方ないか――訓練を開始する。全員、シミュレーターに搭乗しろ」
 「「――了解!」」

今年を締めくくる訓練が始まった。



[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第34話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:936db62f
Date: 2017/12/09 00:36

12月31日(月)午前 ◇横浜基地・PX◇ ≪Side of 水月≫


 「――ねぇ遙。休日って何をすれば良いんだっけ?」
 「う~ん……休んだら良いんじゃないかな」
 「そうかしら?」
 「そうだと思うよ」

いつ以来だろう……訓練も特訓も事務処理も、何もしない休日は。
人類が大勝利を納めた甲21号作戦の後も、相変わらず訓練やら特訓をしていた私たちだったけれど、このたび年明けまで休暇を“命じられた”。
ここらでしっかり休んでおけ――ってことらしいけど、何もシミュレーターの使用まで禁止にすることはないと思うのよ。

 「でもって、今日に限って外は雨と……あ~~暇」
 「あはは――」

わざわざ講堂の利用申請をするのは面倒だし、天候に見放されてはどうしようもない。

 「大晦日だし、部屋の掃除をしてみるっていうのは?」
 「この間の任務のときに身辺整理したばっかりよ」
 「あ、そっか――」

身辺整理のついでに掃除もしちゃったから部屋は奇麗だし。1週間くらいで汚せるほどズボラじゃないし。
本当に何もすることが無いので、こうしてPXで駄弁るしかない。
まぁ、たまにはこういうのも良いと思うけどさ。

 「そういえば、水月と2人っきりで話すのは久しぶりだよね」
 「言われてみればそうね。最近はずっと皆と一緒だったもんね」
 「いろいろあったねぇ~~」
 「ホントにねぇ……」

この間も皆で話したけれど、ここしばらくは本当に色々あった。
中でも一番大きな変化は、やっぱりアイツが来た事よね。

 「ねぇ――水月は見つけた?」
 「え、何を?」
 「好きな人」
 「ぶッふぅぁッッッ!?」
 「――とか、好きになりそうな人」

急に変なことを言うから、お茶を吹き出してしまった。
遙は、たまにこうやってズバッと切り込んでくるから侮れない。

 「急に何よ、遙ぁ……」
 「たまには良いかなぁって。こういう話も」
 「別に良いけどさぁ。でも、いきなり好きな人ぉ?」

こういうときってまず、あの人はどーの、この人はどーだとか言いながら核心に迫っていくものじゃないの?
いきなり好きな人とかって聞かれても……ねぇ。
それにしても、こんな話をするのは一体いつ以来だろう。それすらも分からないくらい久しぶりの恋バナ。
あの日――孝之が居なくなってから、そんな気持ちは持てなくなっていた。遙とは妙な勝負の約束をしてはいたけど。
第一、周りに良い男がいなかったし。

 「ん~……はっきり好きって言える人は――いないかなぁ……」
 「白銀君は?」
 「んなっ!?な、なんでアイツがここで出てくるのよ?!」
 「あれ、違った?」
 「ちがっ――」

おかしい。違うってハッキリ言えない自分がいる。
アイツの事は確かに嫌いじゃない。好きか嫌いかの二択なら、間違いなく好きの方を選ぶと思う。
でも、あの時代――孝之に対して抱いていた想いとは違うような気がする。当時の私は、彼の事が好きだった。
遙に負けないくらい恋をしていた。これは間違いない。
それと比べると、今アイツに対して抱いている想いは、あの時とは違う感じ。要するに――

 「……よく分からないのよ」
 「え?」
 「白銀の事は嫌いじゃないわ。むしろ好きな部類に入ると思う。でも、燃えるようなTHE・恋!みたいなのとは違うのよねぇ」
 「そっか。水月もなんだ」
 「え、遙もなの?アイツのこと――」

遙は頷き、その胸中を吐き出した。
それが私とほとんど同じだったのは、予想通りというか何というか。
この手の話だと、いつもより更に気が合ってしまうのは、昔から変わらないらしい。

 「普段はあんなでも、他に比べれば良い物件だとは思うけどねぇ」
 「白銀君はかなり特別だと思うよ?」
 「ま、ね――」

京都撤退戦の英雄を父に持ち、本人の実力も申し分なし。
XM3なんてのを考案しちゃうくらいの頭もあるし、顔と性格も、まぁ及第点をあげても良い。
こうして見ると、ホント良い物件ね。世の女共が知ったらほっとかないでしょう。

でも、なんだろう。上っ面だけでは分からない所で、アイツに惹かれているのかもしれない。
この気持ちが恋だとかってハッキリと言えない。好きは好きなんだろうけど。
ちょっと違うかもしれないけど、アイツみたいな弟が居たら良いなって思ったり。今の扱いも大して違いはないか。
何にせよ、アイツがいると楽しい。私はそれで良いかな。
たぶん遙もそうなんだろうなぁ……
なんて事を考えている内に恋バナはうやむやになり、他愛ない話題で盛り上がったのだった。



午後 ◇横浜基地・祷子私室◇ ≪Side of 美冴≫


 「――ふぅ」

私のいるベッドに祷子が腰を下ろした。額には少し汗が滲んでいる。

 「良かったよ、祷子」
 「久しぶりで少し緊張してしまいました」
 「相変わらず上手だったよ」
 「ふふ――ありがとうございます」

聞き方によっては淫靡な響きをはらむ会話だが、残念ながらそういう意味の会話ではない。
私はそういう意味でも構わないがね。

 「久しぶりに聴いたが、やはり良いものだな。ヴァイオリンは」
 「はい」
 「作曲の方も進んでいるようじゃないか」
 「えぇ、最近調子が良いので捗っていますわ」

祷子の言葉に頷く。
確かに、ここ最近の祷子は傍から見ても調子が良さそうなのを感じる。心身ともに充実しているようだ。
その要因は大体察しが付く。

“ヤツ”がA-01に配属されてから直ぐにその兆候はあったが、隊規が増えた辺りから完全に上り調子だ。
私の祷子をここまで変えてしまうとは……アイツめ。
もっとも、変わったのは祷子だけではない。ヴァルキリーズ全員がアイツに影響を受け、大なり小なり変わっている。
不本意ながら私もその一人となってしまった。
アイツには、得体のしれない影響力がある――ような気がする。

 「完成が楽しみだ」
 「美冴さんの期待に沿えると良いのですが」
 「それは心配していないよ」
 「ふふ――」

柔和な笑みを浮かべる祷子。
たまらん。まさに天使だ。押し倒してしまおうか。
この笑顔が、いつか誰かのものになってしまう日が来ると思うと……お姉さん、胸が張り裂けそうだよ。
…………ふむ。

 「それにしても、ここ最近で一気に作曲が進んだようだな」
 「インスピレーションが刺激される出来事が多いからでしょうね」
 「ふふ――誰かさんの事かな?」
 「え――?」

祷子は小首を傾げた。あぁ、もう。一々可愛いなぁ。
だが今は惑わされないぞ。もう少し踏み込んでみよう。

 「白銀――」
 「!」
 「ふふふ。祷子が、ああいうタイプに弱いとは思わなかったよ」
 「わ、私は……そうですわね。自分でも以外ですけれど」

おや。随分あっさりと認めたな。これはマズいパターンだ。

 「――ですが、それは美冴さんも同じでしょう?」
 「ッ!?いや私は――」

ほら。祷子が黒い笑みを浮かべて反撃に転じてきた。
完全に藪蛇だ。
この手の話題では、ここ最近私の立場が無い。それもこれもアイツのせいだ。アイツがあんなことを言うから――

 「明るく振る舞う中、時折見せる愁いを帯びた表情が母性本能を擽るのでしょう?」
 「……」
 「ひとたび戦術機に乗り込めば、まさに英雄の如き活躍。そんな彼に離れるなと言われたら、私も――」

うん。良い感じに暴走しているな。
ここは黙っておくに限る。台風は過ぎ去るのを待つだろう?それと同じだよ。うかつに手出しすれば自分がやられる。
だが祷子。私もただでやられるつもりはないんだよ。
私にもダメージはあるが、自身が暴走している故、さっきから所々自爆していることに気付いていないんだろう。
ふふふ――あとで風呂の中ででも反撃してやろう。
しかし、祷子の話は全くの的外れとは言えない内容だったため、私は自身の頬が熱くなっていくのを自覚した。
これも全てアイツのせいだ。明日、顔を合わせたらイジメてやろう。そう心に誓った。



深夜 ◇横浜基地・兵舎屋上◇ ≪Side of 武≫


今日は風もなく、真冬の夜にしてはさほど寒くもない。
空には数えきれないほどの星が瞬いている。月は出ていないので満点の星空だ。
間もなく年が変わる。
こんなに穏やかに年を越すのは、いつ以来だろう。
年が明ければ、人類史上最大の作戦が控えているが、それに対する焦りも今は無い。

 「……」

例の違和感は今のところ良くも悪くも変化なし。一時期これと併発していた頭痛は、佐渡島で武御雷に乗ってからは少し弱まっている。
正直この状態での出撃は不安だが、原因も分からず改善策がない以上このまま行くしかない。
最悪なのは、作戦行動中に悪化して皆に迷惑をかけることだ。それだけは絶対に――

あの時、あいつ等に救われた命、無駄にはしない。いつも護ってもらってばかりだったよな。最後の最後まで……
前回の戦闘から“あ”のクソヤローの動きは多少なりとも読めるはず。それらを踏まえて考え得る限りの万全を期さなければ。
敵の総本山に突っ込むんだから、いくら備えをしても十分って事はない。前回はデータ以上の物量に圧倒され、本当にギリギリの戦いだったからな。
BETAの物量の他にも、あ号の衝角にはラザフォードフィールドを貫通されていることも考慮しないといけない。
理由は不明だが、アレは凄乃皇に直接ダメージを与える唯一の攻撃だった。今回はアレに捕まってやる気も、本体と対話する気もない。
あんな所に長居は無用だ。出会い頭に荷電粒子砲をぶちかましてやる。

もう、誰も死なせはしない。
今度は確実に凄乃皇に移乗してもらわないと……上官権限でも催眠措置でも、何を使ってでも移乗させてやる。
だけど、あの衝角はどうするか。前の時は冥夜が――
荷電粒子砲を撃ってから残る全武装とバンカーバスターを使って天井を打ち抜き、凄乃皇のメインブロックを分離して主縦坑を通って脱出という作戦の流れは変わらない。
とすれば、ある程度は主広間内を前進する必要がある。それだけ衝角の攻撃を受けやすくなるということだ。
やはり衝角を何とかする手立ては必要になってくるだろう。

純夏と夕呼先生が早いうちから準備を進めていた“決戦仕様”完全装備の凄乃皇四型なら迎撃も可能なはずだ。
今回の凄乃皇四型は、各種装備を大幅に改良したおかげで、フル装備でも相当な余剰スペースが出来たと聞いている。
そこに武器弾薬を追加してもらうとか、何か備えておかないと……

 「…………」

しばらく考え込んでみると1つの策を思いついた。
皆に話したら間違いなく反対される、そんな策――策と呼べるものでも無いか。
護りたいものを護るために俺が考え得る最良の手段。

失敗したら確実に死ぬし、成功しても死ぬかもしれない。生きて帰って来られたとしても皆に死ぬほどブッ飛ばされるだろう。
ブッ飛ばされるくらいで済めば良い。死んじまったらブッ飛ばされることも出来ないんだ。
よし――ブッ飛ばされるために必ず成功させよう。
いやいや…………ちょっと待て。これじゃ俺がブッ飛ばされたいみたいじゃねぇか。違う。断じてブッ飛ばされたいわけじゃない。
考えが纏まらなくなり、頭をグシャグシャと掻いていると――

 「タっケルちゃぁ~~ん!明けまして、おっめでとぉぉう~~~~!!」
 「明けましておめでとう、タケル――」

突然屋上の扉が開いて元気の良い声が響いた。
まず飛び出してきたのはアホ毛だった。やはりコイツはアホだアホ……知っていたけど。
それに続いて現れたのは、最近少しずつ化けの皮が剥がれてきているアホ姉妹の妹。
冥夜も、純夏ほどでは無いものの、普段よりテンションが高めのようだ。

 「部屋にいないから探しちゃったじゃないのさ」
 「そりゃ悪かったな」
 「ここで何をしていたのだ?」
 「ん、ちょっと考え事だ」
 「そうか……タケル、私は――」

そこで冥夜は言葉を切った。チラリと顔を見ると、少し寂しそうな表情でこちらを見ている。
言いたかったことは何となく分かった。俺は――

 「大丈夫だよ、冥夜――ありがとな」
 「うん――」
 「んで、何しに来たの?お前ら」
 「何って、あけおめだよ!あけおめ!ハッピーでニューなイヤーだよ!」
 「それは分かるけどよ」
 「なんだよもう、せっかく来たのにぃ~~」

出た、オグラグッディメン。この顔を見るのも久しぶりだ。
この顔をしているときの純夏は、無性にスリッパで突っ込みを入れたくなるんだよなぁ。

 「はぁー…………はいはい、あけおめあけおめ」
 「ふふ――明けましておめでとうと、そなたに一番に言うのだと張り切っておったのだ。そう無下にするでない」
 「あん?」
 「ちょッ――メイヤ!それは言わない約束!!」
 「一番は譲ったのだから良いではないか」
 「ぶーぶー……」

コイツら、いつの間にか前より仲良くなってんのな。
笑顔で言い合い、じゃれている2人を見て思う。
この笑顔を護る――もう絶対に失いたくない。

 「タケルちゃん?」
 「タケル?」

純夏と冥夜が俺の顔を覗き込んでいた。また深刻そうな顔でもしちまっていたのか、2人とも心配そうな表情をしている。

 「何でもない。さすがに冷えてきたから戻ろうぜ」

言うと2人は頷いた。
よく見ると2人とも鼻の頭と、頬や耳が赤くなっている。
わざわざ探してきてくれたことは素直に嬉しいが、どうせ朝になりゃ会うんだから別にそこまでしなくても……と思ったり。
そんな純夏と冥夜の顔を見ていると、

 「今年もよろしくな」

自然と口から出ていた。
――が、言った後に妙な気恥ずかしさを覚えて、2人に背を向けながらチラッと表情を窺うと、満面の笑みを浮かべているヤツらがいた。
そのとびっきりの笑顔を見て覚悟が決まった。
コイツらを、この笑顔を護るためなら、俺は――



1月2日(火)昼 ◇横浜基地・PX◇ ≪Side of 慧≫


隊長の呼びかけで、いつものPXにヴァルキリーズの隊員と、その関係者たちが勢揃いしている。
私たちの前には、いつかと同じか――それ以上に豪勢な料理がズラリと並ぶ。
今度はヤキソバもある。おばちゃん最高、愛してる。

 「――コホン。では改めて、新年明けましておめでとう。今年も宜しく頼む。そして、先の任務は本当にご苦労だった。少し期間が空いてしまったが、祝勝会兼新年会を開催する。京塚曹長が腕をふるってくださった料理を存分に食べ、存分に飲むように。飲み物はノンアルコールだがな」

最後の言葉で笑いが起きた。何処からともなく溜め息も聞こえたような気がするけど。
溜め息の根源――副司令は心底残念そうな顔をしている。嬉々として取り出した酒瓶を、神宮司中尉と白銀に没収されたからだろうね。
そのときの白銀は実戦の時よりも必死に見えたのは気のせいかな。

 「では、乾杯の音頭を――」
 「「白銀っ!!」」
 「そう来ると思った……」

ま、そうなるよね。
みんなに指名された白銀は、グラスを持ち渋々といった感じで前へ。
今回も立食なので、私たちはその場でグラスを持ち音頭を待つ。

 「えー、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。それから、甲21号作戦が無事に成功したことを祝しまして――」
 「無事に、とか一番ヤバかったヤツに言われたくないわよねぇ」
 「ぐっ……」
 「確かに」
 「「「そーだそーだ!!」」」
 「彩峰コノヤロー」

イジると面白いから、ついついイジっちゃうね。

 「ねー、タケルちゃん早く乾杯してよ!せっかくの料理が冷めちゃうよ!」
 「……はぁ。んじゃあ、みんな今年もヨロシク!乾杯!!」
 「「乾杯~~!!」」



≪Side of みちる≫


宴が始まってしばらく経ち、各々いい具合になってきた頃、
私は、皆から少し離れたところで1人グラスを傾けている奴を見つけ、そいつに声をかけた。

 「――浮かない顔だな」
 「伊隅大尉……」
 「アンタがそんな顔をしていると隊の士気に影響が出るんだけど」
 「ははは……」

私の軽口に薄く笑う白銀。
珍しい。こんなに元気がないとは。元気というか覇気か。
何かあったのだろうか?さっきまでは普通だったように見えたが。
何の気なしに覇気の無い白銀の視線を追うと、その先には銘々楽しそうにしている我が隊の連中の姿。

 「ヤツらがどうかした?」
 「いえ――」

問いかけに、白銀は一瞬目を伏せたが、ゆっくりと視線を戻しながらポツリポツリと話しだした。

 「みんな楽しそうにしていて、良い光景だなって……アレを護りたい、失いたくないって――」
 「――!」
 「大切な人が居なくなるのは辛いですから」

最後の言葉は消え入りそうな声だった。
かつて白銀が所属していた部隊は、この男を残して全滅したと聞いている。
仲間の死の辛さは私も分かる。私の同期も、もう――

 「すんません。せっかくの宴会なのに、しんみりしちゃって」
 「別に構わないわ。1人で抱え込まれるよりはね。話くらい、いつでも聞くわよ」
 「……ありがとうございます」

コイツの場合、周りに与える影響が大きすぎる。
少しでも抱えているモノを軽くしてやれれば良いと思うが……
それにしても、さっきの儚げな顔は頂けない。思わずドキッとしちゃったじゃないのよ。
たは~……参った。
ああいう顔も出来るのね。悔しながら、母性本能に直撃した。なんか癪だわ。コイツにドキッとさせられたと思うと。

しかし、こう弱っている白銀をイジるのは若干気が引ける。容赦なくイジリに行く宗像とは違い、私は優しいんだ。
顔は騒いでいる部下たちに向けたまま、横目で白銀の様子を伺いつつ、
何をしてやろうかと頭を捻るが、頻繁に悪戯をするわけでもないので良いアイディアは浮かばなかった。
なので私は――

 「――あ、あが~~~!?」

思いっきり白銀の頭を撫でてやった。それはもうワシャワシャと。
髪がボサボサになるほど撫で回してから手を離す。

 「な、なにすんですかっ?!」
 「お前は1人じゃない。それを忘れるな」
 「!……伊隅大尉――」

白銀の表情が少しだけ明るくなった気がするが、それは私の希望なのか、あるいは――
それにしても、白銀を無性に構いたくなるのは何故なのか。
なんか放っておけないのよねぇ……

 「あははは――今の白銀、伊隅大尉の弟みたいだったよ」

笑いながら近寄ってきたのは柏木だった。
なるほど、弟ね。言い得て妙かも。私はそれに乗ってやることにした。

 「手のかかる弟で困っているんだ」
 「あ~~……ウチにも弟がいるから分かります、それ」
 「おいコラ」
 「そうか、柏木は弟がいるんだったな」
 「こっちの弟よりは手が掛かりませんけどね。ウチのは可愛げもないですし」

……ん?その言い方だと、手のかかる白銀は可愛げがあることになるんじゃないか?柏木。
しかし、そうか――弟がいるというのは、こういう感じなのかも。存外悪くないわね。
うちは全員が女だから、男の兄弟がいる感じを知らない。
身近で同年代の男、という意味では正樹がいるけど、アイツは……はぁ。今更ながらに思うけど、私達の決着は付くんだろうか。
そもそもアイツに決着を付ける気があるのかも怪しい。

 「ま、弟っていうのは往々にして手の掛かるものだからねぇ」
 「俺そんなに酷い?」
 「ふふ――どうだろうねぇ~~」
 「にゃろー……」

その点は、こっちのヤツも負けてはいない――というか、こっちの方がヤバイかもしれない。
白銀は御剣と鑑の攻勢に何とも思わないのかしら。
あの2人だけではない。他の連中だって、白銀を好いている気配がある。
今、白銀をイジリまくっている柏木だって、その1人のはずだ。
それに神宮司教官も怪しい。かなり白銀を気にかけている節があるし、あの副司令も――
いったい何人の女がコイツに振り回されているのか…………考えていたら、だんだん腹が立ってきたわ。
こういう優柔不断の鈍感野郎には天誅が降るべきだと思うのよ。

 「――伊隅大尉はどう思います?」
 「え?」
 「このご時勢、もう一夫多妻でも良いんじゃないかなって――」
 「はぁ……?」

度々話題になることだけど、何故ここでその話題になったのよ……まぁ良いけど。
ただでさえ男が減っているのに、その中でマトモな男など全体の何割なのかって話なのよ。
運良く、良い男だと思える相手に出会えた幸運には感謝するが、そういう男だからこそ数多の女が寄ってくる。
それは仕方ないとは思う。
かと言って、姉妹全員で同じ男を好きになるとは思わなかったけど。
ただ!ただ、その男が半端無く優柔不断では、女の方は堪らない。
いっそ全員をモノにしてしまうくらいの気概があれば……いや、それはそれで困りそうだが。

 「大尉?」
 「ん、あぁ――すまない。それは……」
 「「それは?」」

分かるわけないじゃない。
男ならビシッと選べってのよ。もっとも、それが出来ないからこその現状なんだろうが。
――つまるところ、

 「その男次第じゃないの」

そりゃ私だって、好きな人には自分だけを愛して欲しいって思うわよ。
でも、同じ男に惚れてしまった女の方も、私にとって大切な人だった場合……
やはり惚れた男に選んでもらうしかなくなる。

 「だってさ、白銀。頑張ってね」
 「何を頑張るんだよ……」
 「分かってるくせに」

柏木の言葉に、白銀は無言で目を逸らした。もしかすると案外コイツは鈍感じゃないのかも。
わざと鈍感に振舞っているのだとしたら、弄んでいるのか、困っているのか。
これまでの付き合いで分かるが、イタズラに弄ぶようなヤツではないはずなので、本当に困っているのかもしれないわね。
とは思うものの、幼馴染やそれ以外の女を多数虜にしている男というのは……
人の振り見て我が振り直せではないが、御剣や鑑を客観的に見ていると、身体がむず痒くなってくる。
いくらなんでも彼女たち程では無かったけれど。…………無かったわよね?

 「柏木、まずは白銀の好みを聞くべきじゃないか?」

満を持して、我が隊きってのイジリ屋が登場した。
いつもより不敵な笑みを浮かべているのは気のせいではないな。

 「敵を知ってこそ勝機ありだ」
 「なるほど。確かにそうですねぇ」
 「美冴さん……」

敵だ勝機だと、お前は一体何と戦っているんだ……?
宗像と一緒に現れた風間も呆れて――

 「私もそう思いますわ」
 「んなッ?!」

うん。私も白銀と一緒に声を上げそうになった。まさか風間が宗像のストッパーを放棄するとは思わなかった。
さて……こうなると今日も荒れそうだなぁ。
私自身も、今日はさほど止める気が無いのはご愛嬌。参考までに、あくまで参考までにだが、白銀の好みとやらも気になるし。
この後、白銀の幼馴染たちもこちらに混ざって大騒ぎになり、それに悪乗りした副司令が、男を捕まえるなら胃袋からよ!などと言い出して、
ヴァルキリーズの面々で料理対決をすることになった。

それがいつになるかは分からないが……
神宮司教官でも止められなかった香月副司令を、私が止められるはずもない。
隊員の気晴らしには良いのかしらね。あ、ヴァルキリーズで――ということは私も参加なのか……
料理なんて随分していないなぁ。

ま、なんとかなるかしらね。



[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第35話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:936db62f
Date: 2020/10/19 21:30

1月4日(金)午前 ◇横浜基地・ブリーフィングルーム◇ ≪Side of 壬姫≫


私たちが召集されたのは今朝のこと。
ブリーフィングが始まる前、いつもなら軽口が飛び交っているけど、今回ばかりは誰一人として言葉を発さずに待機している。
何故なら、このブリーフィングは甲21号作戦の“あの陽動”のときよりも神妙な面持ちの彼による伝達だったから。
あの表情が意味するところは何となく察しがつく。
そんな彼――たけるさんは、集合時間ちょうどに副指令とブリーフィングルームに現れた。その表情は、やっぱり険しくて。
そして、いつもと違うことがもう一つ。それは純夏さんと一緒にいることの多い社霞さんも同席しているということ。
しかし考え事をする間もなく、たけるさんと同じくらい険しい顔の副司令が話を始めた。

 「それじゃ始めましょう。もう察しは付いていると思うけど、貴女たちの次の任務が決まったわ」
 「「――!」」
 「質問は後で受け付けるから、さっさと説明に入らせてもらうわ。まずは任務の概要から行くわよ」



◇ ◇ ◇



 「――以上の理由により、貴女たちが向かう場所はココ」
 「「!!!!」」

スクリーンの映像が切り替わり、次に映し出されたのは航空写真だった。
訓練兵時代から何度も目にしてきたそれは、BETA が地球に初めて降下し、人類とBETAの長い戦いの歴史の火蓋を切った場所のもの。
喀什・オリジナルハイヴのコア――“あ号標的”
敵の総本山である喀什を攻め落とすことが、私たちに与えられた任務。
そして――

 「作戦実施は1月11日です」

それまで口を開かなかった たけるさんが放った言葉は、とても信じ難いものだった。

 「なッ――」
 「これほどの大規模作戦を、たった1週間後に行うつもりなの!?」
 「アンタ本気ッ?!」
 「さっき夕呼先生が説明した通り、ハイヴ間の情報電波構造が、あ号標的を頂点とした箒型であった場合、これまでの戦闘からBETAに人類側の情報が漏れてしまうからです。BETAに凄乃皇の対策をされてしまえば人類に勝ち目は無くなってしまう」
 「それは分かったが……しかし――」
 「これまでの敵の動きから、先延ばしにしても2週間程度が限界と思われます。あくまでも楽観的な予測ですけどね。佐渡島での戦闘から既に1週間以上が経っていますし、本当なら今すぐにでも攻め落としたいんですよ」
 「「…………」」
 「もっとも、半端な状態で攻め込んで返り討ちにあってしまっては本末転倒ですからね。リスクを覚悟で、各方面の準備が万端整うのを待っているわけですが……」

たけるさんの目からは、何か決意のようなものを感じる。
とても厳しい任務だということは間違いないけれど、だからといって生還を諦めたような雰囲気は微塵も感じない。

 「ただ待っていても仕方ないんで、バッチリ特訓しときましょう。この作戦で俺は凄乃皇の操縦を担当しなきゃならないので、そっちの連携も完璧にしておきたい」
 「「――えぇっ!?」」
 「あ、いけね。まだ言ってなかった――」
 「ちょっと仕事を増やさないでよ、忙しいんだから段取りを無視しないで頂戴」
 「……すんません」
 「まったく――それじゃ、この作戦で使用する凄乃皇の説明をしちゃうわ」

溜め息を吐いた副司令が新型の凄乃皇の説明を始めた。その説明に私は呆気にとられるばかり。
甲21号作戦で目の当たりにした凄乃皇・弐型を遥かに上回る性能を持つそれは、まさに人類の切り札と呼ぶに相応しい兵器で、それを操るのがたけるさんとなれば鬼に金棒、虎に翼と言わざるを得ないよ。
でも、たけるさんは武御雷で出撃すると思っていたから、たけるさんが凄乃皇に乗るのには驚いた。そして社霞さんも凄乃皇に搭乗して純夏さんのサポートをするそう。
純夏さん1人では足りないくらい凄乃皇の操縦が大変ってことなんだよね、きっと――

 「――こんなところかしらね。アンタから何かある?」
 「任務の内容が何だろうと、任務完了の条件は変更しませんから、それだけは忘れないでください」

誰一人欠けることなく必ず生還する。何が何でも全員で生きる。
それはA-01の誰もが心に刻んでいること。

 「作戦名は“桜花”。心して掛かりなさい。白銀、あとは頼むわよ」
 「はい――っと、あとで相談したいことがあるんで時間ください」
 「……相談?まぁ良いけど。執務室か90番にいると思うから適当に探しなさい」
 「分かりました」
 「それじゃ、しっかりね」

香月副司令はそう言って、さっさと退出していってしまった。
その後、桜花作戦へ向けての訓練方針が話し合われ、私たちの準備が始まった。
作戦まで2週間。気を引き締めて行こう。



1月5日(土)午前 ◇横浜基地・PX◇ ≪Side of 茜≫


なんだか最近、お姉ちゃんの様子がおかしい。
訓練中の無駄な私語が全く無いし――いや、私語が無いのが悪いっていうわけじゃないけど、普段の生活での口数も明らかに減った。
それは私に対してだけではなく、他の隊員に対しても同じような感じがする。
私は原因が全く思い当たらないので、お姉ちゃんの親友に相談してみることにした。

 「遙の様子がおかしい、ね……茜もそう思うんじゃ、私の思い過ごしじゃなかったかぁ」
 「ここ数日ですよね、いつもと違うの」
 「そうね。この間のブリーフィングの後くらいかしら」

どうやら速瀬中尉も私と同じように、お姉ちゃんの変化を感じていたらしい。
2人で頭を捻ってみたものの原因に心当たりは無いので埒が明かず、本人に直接聞いてみようということになったので部屋を訪ねてみたものの不在だったので、速瀬中尉と2人でお姉ちゃんを探す旅に出たのだった。



◇横浜基地・ブリーフィングルーム◇ ≪Side of 水月≫


そんなわけで茜と一緒に遙を探しているんだけど、遙が部屋に居ないとなると、この広~い横浜基地から人1人を探すのは骨が折れる。
昼時までPXで張り込んでいた方が確実だったかも……と、ちょっと後悔。

茜には悪いけれど、実のところ、私は遙の様子がおかしい理由に察しは付いている。
さっき話していた通り、先日のブリーフィングから遙の様子がおかしくなったのは間違いない。つまり次の任務絡み。
次の任務と言えば、桜花作戦――人類史上最大のBETAへの反抗作戦、喀什への侵攻。私たちは軌道上から降下してハイヴへ突入し、あ号標的を攻め落とす。

当然ながら戦術機による作戦行動になるが、いつもと決定的に違うことが1つある。
それは喀什が内陸であることや、深度の深いフェイズ6というハイヴの性質により、最深部へ突入する私たちにはHQやCPとの連絡手段がなく、桜花作戦ではヴァルキリーマムの出番が無いということ。
つまり、遙は横浜基地での待機になる。このことは先日のブリーフィングでは触れられなかった。
ここまで一緒に戦い抜いてきた伊隅ヴァルキリーズで唯一、自分だけが留守番だなんて言われたら、私だったら間違いなく塞ぎ込むと思う。

他の隊員が死に物狂いで戦っているときに、自分だけ基地で待機なんて耐えられない。
遙の様子がおかしいのはそういうことのはず。正直、それを遙本人に聞く勇気は私にはなかった。
そんなことを考えながら基地の中を徘徊していると、いつの間にか馴染みのブリーフィングルームの近くまで来ていた。
訓練や召集がなければ用のある場所ではないため、その前を通り過ぎようとしたとき中から人の気配を感じて私は立ち止った。

 「――どうしたんですか、中尉」
 「中に誰かいるみたい。今日って何かあったっけ?」
 「いえ、召集はかかってなかったですけど」
 「そうよね――」

とすれば、誰か私用で使っているのだろうか。
ヴァルキリーズの専用として割り当てられているブリーフィングルームなので、その関係者以外が使うことはあり得ない。
私は興味本位で、誰がいるのか確かめようとドアを開けるために、ロック部分に手を伸ばすと――

 『私だって伊隅ヴァルキリーズの一員なんです!基地待機なんて耐えられません!!』
 「――ッ!」

それは紛れもなく私の親友の声だった。



≪Side of 武≫


俺たち――夕呼先生、伊隅大尉、俺の3人は、涼宮中尉から相談があると言われて、いつものブリーフィングルームに集まっていた。
涼宮中尉が相談とは珍しいと思ったが、思い当たる理由はあった。

 「私だって伊隅ヴァルキリーズの一員なんです!基地待機なんて耐えられません!!」
 「ちょっ――落ち着きなさい、涼宮ッ」
 「あっ、えっと……すみません……」

珍しく声を荒げた涼宮中尉に、さすがの夕呼先生も気押された様子だ。
て、何故こんなことになっているかというと、現状では次の任務で涼宮中尉が基地待機となってしまうことに端を発する。
この問題は避けて通れないだろうと思っていた。

“前回”の桜花作戦では、A-01は満身創痍で人員不足などと生易しい状態では無く、涼宮中尉も既に亡くなっていたため、この問題は起こりようがなかった。
しかし今回は違う。現状の伊隅ヴァルキリーズは、俺の考え得る限り万全の状態だ。
それに加え、四型には俺と純夏だけじゃなく、霞も搭乗するということが一番引っかかっているんだと思う。
あの霞でさえも戦地に赴くというのに、自分は基地で待機なんて言われたら、誰だってこうなるだろう。俺だったら暴れてるね。
涼宮中尉――ヴァルキリーマムが戦域にいないという不安は、俺たちにもある。戦闘中の各管制を一手に引き受け、素早く正確に指示を出してくれるCPは、隊にとって必要不可欠だ。

 「私もみんなと一緒に戦いたいんです。何とかなりませんか、副司令――」
 「そう言われてもねぇ……」
 「涼宮、気持ちは察するが今回ばかりは仕方ないだろう。喀什に入ってしまえば、いくら広域の通信でも地上とは交信できないんだ」
 「それは…………」

頭では分かっていても納得できることじゃない。涼宮中尉の気持ちは痛いほど分かる。突入部隊としても、CPのサポートがあるのと無いのでは作戦遂行の精度も違ってくる。
夕呼先生や伊隅大尉も、気持ちとしては何とかしたいとは思っているはず。もちろん俺も何とかしたい――
地上と交信できないって言うんなら、CPが近くにあればいいんだよなぁ…………近く、近くかぁ。
まさか涼宮中尉に戦術機に乗れって言うわけにもいかないし、よしんば複座型の管制ユニットを誰かの機体に入れて、それに乗ってもらうにしたって、普段から戦術機の機動に慣れている衛士ならいざ知らず、慣れていない中で管制など出来るわけがない。
俺も複座型を操縦したことないから確実なことは言えないが、操縦するにしても多少は勝手が違うはず。ここに来て余計なリスクを冒すわけにはいかない。
でもCPは欲しい。絶対に欲しい。戦域の近くであまりリスクを冒さず、戦術機より安全な場所――そんな都合の良い場所があるわけが……
うむむむむむ……………………あ。

 「凄乃皇にCP作っちゃえば良いんじゃないですか?」
 「「――ッ!?」」
 「凄乃皇ならスペースもあるし、重力制御であんまり揺れないし、最適じゃないっすかね」
 「はーぁ……」

そうだ。
凄乃皇ならML機関の重力制御で、戦術機の管制ユニットより快適なのは実証済みだし、何よりCP用の器材を積むスペースもある。

 「……今から準備しても十分間に合うでしょうね」

何故か俺の方をジトッと見ながら言う夕呼先生。別件で余計な仕事をさせておいて、更に手間を増やすなってところだろうか。
俺にも思いつくことを先生が思い付かないわけがないからなぁ……なんか、ごめんなさい。

 「ふ、副司令!それじゃあ――!!」
 「はぁ……涼宮、貴女も出撃。いいわね」
 「はいっ!」
 「これで、いつも通りヴァルキリーズ全員で任務に臨める、か」

伊隅大尉の言葉に頷いて返す。
と、ブリーフィングルームのドアが開き、見知った顔が飛び込んできた。

 「お姉ちゃん!」
 「あ、茜ッ!?――水月……」
 「遙――」

飛び込んできた勢いそのままで姉に抱き付く妹と、似合わないほど優しい顔でそれを見守る速瀬中尉。
聞かれていたのか……今回の話は涼宮中尉による呼び出しだったから、中尉が良いならとやかく言うつもりは無いんだろう。
夕呼先生も伊隅大尉も、突然入ってきた2人に何かを言う様子は無い。

 「一緒に行って、一緒に帰ってくるわよ」
 「うん!」

妹に抱き付かれたまま速瀬中尉と頷きあう涼宮中尉は、先程とは打って変わって、憑き物が落ちたかのような顔をしていた。
涼宮中尉の方は、これで一件落着だろう。
目頭を揉んでいる夕呼先生は……あとで何か手伝いに行こう。



1月6日(日)午後 ◇横浜基地・シミュレータールーム◇ ≪Side of 冥夜≫


桜花作戦に向けた我々の訓練方法は、甲21号作戦のときと大差は無い。
ハイヴまでの道のりは、大気圏離脱と再突入という大きな違いがあるものの、これらはプログラムに乗っ取り大半がオートになるそうなので、我々の仕事は再突入殻がパージされてからとなるからだ。
再突入時にレーザー照射を受けるのでは……という恐怖はあるが、新型の凄乃皇が帯同しているのでレーザーは防いでくれる手筈となっている。

桜花作戦には、前回の任務に出撃した弐型ではなく、弐型の発展強化型である凄乃皇・四型が投入される。
あれほどの戦果を挙げた弐型の発展強化型ともなれば、私の想像など及ばぬほどの性能を秘めているであろうことが窺える。否応なしに期待が高まるものだ。
更に驚くことに、その四型にはスミカだけでなく、タケルと社、そして涼宮中尉が搭乗する。
理由としては、四型のML機関は弐型の物よりも複雑で繊細な制御を要するため、スミカを機関制御に集中させ、そのサポートを社が、タケルは火器管制を担当し、涼宮中尉は凄乃皇に設置されるCPで管制を行う。
タケルが言うには、凄乃皇の火器管制は我々が乗る不知火など、通常の戦術機と変わらないらしく慣熟にそう時間は必要ないそうだ。

 『――ヴァルキリーマムよりA-01及びA-04へ。SW115への突入が完了した段階からシミュレーションを開始します』
 『01(伊隅)、了解』
 『A-04(白銀)よりヴァルキリーズ各機へ。ゴールまで一本道なのでスピード勝負です』
 『一番足が遅いのはアンタでしょーが。そのデカブツで全速の私たちについて来れるぅ~?』
 『大丈夫ですよ、速瀬中尉。あんまり遅いとラザフォードフィールドで跳ね飛ばしちゃいますからね』
 『言ってくれる――01より各機、聞いたな?全速で進軍。白銀を置き去りにしてやれ!』
 『『了解!』』

かつてない程の大規模作戦を前にしても、いつもと変わらず軽口を叩き合う上官たちを頼もしく思う。
対して今の私は、若干の恐怖と緊張が入り混じり、レバーを握る手が微かに震えている。
それを悪いとは言わぬが、上手くコントロール出来るようになりたいものだ。

 『――あ、補給は凄乃皇の各所に溶接されているコンテナを使ってください。実戦でも、この方式を予定しています』
 『了解した――では、始めよう』
 『シミュレーション開始します――』

より一層気合を入れて訓練に臨もう。
どんな任務だろうと、あの隊規を守り抜くために、私は強くならねばならぬのだから。



1月7日(月)午前 ◇横浜基地◇ ≪Side of 真那≫


 「遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します、武様」
 「こちらこそよろしくお願いします、月詠さん」

何かと慌ただしい年末年始を過ごし、気づけば新年も明けて1週間が経っていた。
武様とお会いするのは、昨年末に帝都に招致して以来となる。

 「悠陽様より文を賜っております故……」
 「ありがとうございます。しっかし悠陽もマメですねぇ」
 「文よりも直接御逢いしたいと申しておりました」
 「ははは……」

苦笑する武様の心中は察するが、何とも言える立場では無いので微笑み返すに留めておく。
冥夜様の護衛と、斯衛軍機へXM3を導入するに当たっての先行導入試験。
それが現在、私たち第19独立警護小隊に与えられている任務であるが、頻繁に――いや……時折、こうして悠陽様の個人的な遣いを任されることもある。
冥夜様の御傍に居られることはもとより、武様とも身近に接することができるというのは、中々に役得であると心得ている。
しかし、今回はそれらの任務とは少し違った用向きであった。

 「――A-01連隊は桜花作戦の本命と聞きました……」
 「もう知っているんですか。耳が早いですね」
 「甲21号作戦よりも遥かに大規模な作戦のようですから、噂話も広がるのが早かったのでしょう。私共は国連軍から城内省経由の正式な情報ですが」

各方面で同時に展開する部隊や、支援物資等の支援要請が各国へあったのは数日前のことだ。
しかしながら、作戦全体から見れば損害は多くなかったものの、甲21号作戦を終えたばかりの帝国軍から出せる兵力は少ないため、駐留米軍などと連携し甲20号ハイヴへ陽動を仕掛けることになっている。
我が主が敵の本丸に攻勢をかけるというのに、それを見送ることしか出来ぬ我が身上の、何と情けないことか。

 「一刻も早くに喀什を攻略しなきゃならないんです。あまり詳細を言うわけにはいかないんですけど……」

そう言いつつも、月詠さんなら良いか――と軽い調子で、最近判明したハイヴの性質を話してくださった。
あ号標的を頂点に各地のハイヴが連携を取っているなど考えたことも無かった。
確かに、ハイヴがそのような性質を持っているならば、早急に頭を潰さなければ人類に勝ち目は無くなってしまうだろう。

 「理解はしましたが……敵の本拠地に攻勢をかけるなど――」
 「無茶だ無謀だと思うでしょうけど、元々こっちの道理なんか通用しない相手なんです。道理を蹴っ飛ばして無理を通すくらいの気合で行かないと勝てませんよ。それに俺たちは死にに行くつもりはありません。勝って、必ず全員で生還してみせます」
 「――ッ!」

平然と言い切った。
武様からは緊張や恐怖も感じず気負った様子もない。地球上で最も過酷と思われる戦場に赴くと知っていながら……
あまりにも自然体で、必ず生還してみせると言ってのける様を見て、私は不思議な感情が湧き上がり、それを抑えることが出来なかった。

 「ふふふ――実に貴方らしい」
 「え?」
 「いえ、失礼致しました。ただ……貴方がそう言うと、たとえどんなに困難な任務だろうと必ず生還すると信じられる」
 「……信じてください。俺は俺の仲間を、大切な人たちを、絶対に死なせません」

武様を幼い頃から知っているが、そんな私も見たことの無い決意に満ちた表情。
それは不可能も可能としてしまいそうな風格を漂わせていた。まるで、“あの日の英雄”を思い起こさせる。
この方になら委ねても良いのかもしれぬ。

 「冥夜様の事、くれぐれも宜しくお願い致します――」
 「はい」

我が主――冥夜様が慕っている殿方が武様だというのは僥倖だった。
冥夜様を取り巻く状況、特に武様に関連する事柄は、非常にデリケートであるということは重々承知しているが、このくらいの援護――とは言えぬかもしれんが、大目に見てもらおう。
何せ手強い恋敵たちばかりなのだ。
そこに悠陽様も含まれているというのは、何と言えば良いのやら……

 「話は変わりますけど、月詠さんたちのXM3完熟訓練は続けられるように言っておきますね。こっちの訓練の合間になりますけど、俺も顔を出せるときは出すようにしますんで」
 「このような時期に我らに時間を割いて頂かなくても……私としては嬉しいことでは御座いますが」
 「大丈夫ですよ。とは言っても、中々行けないかもしれないですけど」
 「作戦まであと数日なのですから、武様は御自身の成すべき事に注力してくださいませ。あの時……などと作戦後に思いたくはありません」
 「そう、ですね…………そうします」

後悔などしたくはない。どんなときも最善を尽くす。それが生あるものに科せられた宿命だ。
人類の命運を懸けた一大作戦を前に、我らのために割く時間ほど無駄なことはない。
我らの相手は作戦が無事に終わった後で存分にして頂ければ良いのだ。そのためには、どんな些細な不安も介入させてはならぬ。

 「御武運を。武様、どうか御無事で――」
 「ありがとうございます」

冥夜様の言葉でも悠陽様の言葉でもなく、私自身の言葉で伝える。
それに微笑み返してくださった武様の、その笑顔に私の心臓が思わず跳ねる。
予期せぬ感情の乱れに動揺するが、それを悟られぬように努めて平静を装い、訓練に戻るという武様を見送った。
宿舎へ戻る道すがら、自らの感情の乱れについて一考してみたものの原因は分からず仕舞い。
いったい何だったのだ……?



午後 ◇帝都城・悠陽執務室◇ ≪Side of 悠陽≫


仕事が手につかぬ……
このような有り様では、武様に顔向けできぬというのに。

 「ふぅ――」

この日何度目の溜め息になるか。
職務中にもかかわらず、職務以外のことで頭の中がいっぱいになっています。
それもこれも武様が悪いのです。……いえ、本当は悪くないのですが。
国連軍司令部から発せられた“桜花作戦”の概要を確認し、直ぐ様マナさんを横浜へ向かわせ、その真偽を確かめてもらいましたが、私の願いとは裏腹に作戦概要に偽りはなく、最愛の妹と最愛の殿方が共に所属する部隊は敵本拠地へと降下突入を行う。

例の部隊の、佐渡島での活躍は皆が知るところではありますが、いくら精鋭揃いとはいえ敵の本拠地へ攻勢をかけ、全員が生還するのは――
…………不吉な考えが頭を過ぎりますが、かぶりを振ってそれを打ち払う。
先程電話でお話した最愛の人が仰っていたではありませんか。誰も死なせず、必ず全員で帰ってくると。

あの時、武様は不甲斐ない私を信じて背中を押してくださったのです……今度は私が信じて差し上げなくてはなりません。
ですが私とて、ただ座して行く末を見届けるつもりは毛頭ありませんよ。今の私に出来ることを全てやり通してみせましょう。

愛する者たちのために、私の全身全霊を賭して――



[25132] タケルちゃんの逆襲 ~Takeru's Counter Attack~ 第36話
Name: ごじゃっぺ◆cedeedff ID:936db62f
Date: 2020/10/19 21:32

1月8日(火)夕方 ◇横浜基地・PX◇ ≪Side of 晴子≫


 「そういえばさぁ白銀。その後どうなの?」

訓練の後、いつものようにみんなで夕食を摂っているとき、前々から気になっていたことを聞いてみる。

 「――んぁ、何が?」
 「例の違和感だよ。最近なにも言わなくなったじゃない?だから回復してきたのかなって」
 「あー……まぁ、ボチボチかなぁ」
 「そう言うということは治っていないな?」

白銀の返答に、宗像中尉が鋭く切り込んだ。
甲21号作戦が終わってから、白銀が自身の不調について何か言う事が無かった。
私たちも本人に聞いたりはしなかったんだけど、気にかけてはいたわけで……
何も言わないし、悩んでいるそぶりも見なくなったような気がした故の質問だったんだけど、どうやら治ってはいないようだ。
言わない見せないっていうだけで、本当は悪化している可能性だってある。

 「治ってないと思います。変化している感じがしないんですよ……なんていうか、慣れてきちゃったんですよねぇ」
 「そんなのに慣れてどうすんのよ、アンタは――」
 「はは……」

呆れ顔の速瀬中尉に、苦笑する白銀は困っているようには見えたから、悩んでいるのは間違いないかな。
解決策が見つからない以上、現状維持が最良なのかもしれない。
そもそもの話、外から彼の機動を見ている分には、不調など感じないレベルで変体的な機動を行っているんだけど。
そういうレベルで不調だ――なんて言われても割と腹立たしい話ではある。

 「次の任務では足を引っ張らないようにしますよ」
 「そうしてもらわなければ困る。色々な意味でな――」

その伊隅大尉の言葉で、何人かは微笑み、何人かはニヤリと笑い、残りの何人かは顔を引き締めていた。
私?ふふ――どれだと思う?



夜 ◇横浜基地◇ ≪Side of 純夏≫


 「ふぅー…………」

ベッドに横たわったまま深く息をはく。
身体が熱い……頭がボーッとしてフラフラするよ。
風邪ひいたのかなぁ。最近ちょっと熱っぽいとは思っていたけど、今日が一番最悪。
なんなんだろ。
今日は早めに休もう。

タケルちゃんに心配かけたくないし……っていうか心配してくれるのかな。
してくれるか。タケルちゃん優しいもんね。
最近タケルちゃん分を吸収してないから調子悪いんだね、きっと。
あとで甘えに行ってこよう。そうしよう。メイヤみたいに添い寝――は恥ずかしいから、くっつくだけで我慢してあげよう。
それにしてもダルーい。動くのも面倒になってきた……でもタケルちゃんには会いたい。
毎日会ってるし、今日もさっきまで会っていたけど、また会いたくなってきた。今すぐ会いたい。
っていうか、部屋は隣なんだから行けよって感じだよねぇ。よし…………行こう。

重い身体を――いや、私自身は重くないよ?言葉の綾だからね?――引きずってノソノソと部屋を出て隣の部屋へ。
近いはずの隣部屋が、やたらと遠く感じるのは体調が悪いせいだ。
やっとの思いでタケルちゃんの部屋の前に着いた私は、コンコンと一応ノック……返事なし。どうしよう。入っちゃおうか。
タケルちゃんの部屋のロックは、私のカードで開けられるので突入。

 「タっケルちゃぁーん……あれぇ?」

電気は付いているものの、部屋の主は見当たらない。けど、奥の洗面所方面から水音が聞こえるから、シャワーでも浴びてるのかな。
上がってくるのを待っていようと決めてタケルちゃんのベッドに座った。けど、そのまま横に倒れてみる。
ん~~~、タケルちゃんの匂いだ。安心する……

私の、私たちの気持ちを知ってか知らずか――あの恋愛原子核には困ったもんだよ。
まぁでも、傍に居られるだけ幸せかな。それだけで満足――でも無いけど、とりあえずは今のままでも良いかなぁなんて思ったり。
それにしてもタケルちゃん遅いなぁ。頭もボーっとしてるし、なんだか眠くなってきたよ。

 「ふわぁ~~あ……」

大きな欠伸をしたら本格的に眠気が襲ってきたので、私はそれに身を委ねることにした。タケルちゃんのベッドだけど気にしない。
薄れ行く意識の片隅で、タケルちゃんの声が聞こえたような気がした。



≪Side of 武≫


シャワーで汗を流して部屋に戻ると、見慣れたリボンがベッドを占領していた。
勝手に入ってきやがるのはいつもの事だが、ベッドまで占領するとは良い度胸だ。

 「おいコラ、純夏――」

呼んでみるが返事なし。近づいて顔を覗き込んでみると、なんということでしょう。完全に寝ているじゃありませんか。
それも、とてもすごく幸せそうな顔で寝ていやがる。なんで人のベッドで爆睡しているかね、コイツは……
起こすのも気が引けるほど良い寝顔の純夏。どうしたもんか。

 「ん……んぅ……」

そんなことを考えていると、純夏が寝返りを打って壁際へ寄っていった。
すると、ベッドの端に丁度1人分のスペースが出来る。……え、何?ここに寝るの?
確かに床では寝たくないし、他に寝る場所があるわけでもない。だがしかし!ここで寝るのはマズイ気がする。
そりゃもう色々とマズイ感じだ。
かと言って爆睡中の純夏を起こすのも、このまま運び出すのも面倒くさい。
どうすりゃいいんだッ!!

 「タケ……ル……ちゃーん…………」
 「――」

俺の名前を呼ぶ純夏。その表情は背中越しで見えないが、今ので純夏を起こしたり運び出したりする気は失せてしまった。
純夏に毛布をかけてやり、俺は椅子で眠ることに。
明日の朝は身体が痛くなっていそうだが、純夏が元気ならそれで良い。
翌朝体の痛みで目を覚ますと、ベッドに霞も居たのには何も言うまい……



1月9日(水)午前 ◇横浜基地・ブリーフィングルーム◇ ≪Side of まりも≫


作戦日を明後日に控え、私たちは桜花作戦に向けて最後のブリーフィングを行っている。
前回は作戦の概要のみのブリーフィングに留まったが、今回は細部まで詰めていく。
桜花作戦――
作戦の第一段階は、まずユーラシア各地の前線を一斉に押し上げ、敵支配圏の外縁部にある全てのハイヴに攻撃を仕掛ける。
その後、米国航空宇宙艦隊による各ハイヴへの軌道爆撃が行われ、次いで地上部隊の間接飽和攻撃、そして臨海部ではこれらに各国の海軍による艦砲射撃も合わさる。
この艦砲射撃で使われるALMは、敵に撃ち落とされなくても一定の高度を切ると自動で起爆し、重金属雲を発生させるようにした代物らしい。
何にせよ、ここまでは通常のハイヴ攻略戦と違いはないが、外縁部のハイヴに対する突入作戦は計画されていない。
突入作戦が計画されているのはオリジナルハイヴのみ。他は全て陽動にすぎないのだ。

それらの攻撃を行い、敵の三次増援を確認した段階で、作戦は第二段階へ移行。
尚、この時点までに横浜基地を出撃した攻撃部隊は軌道待機を完了し、降下に備える。
第二段階では国連は全ての、米国は八割の軌道戦術機甲兵力を投入するという。
あの計算高い米国が全体の八割もの戦力を投入することに、その気合の入れようが窺える。それだけの旨味があるのだろう。

作戦の第三段階で、いよいよ我々の突入となる。
この段階までに突入予定の“門”であるSW115周辺の制圧と、先行部隊のハイヴ突入が開始され、それをもって本隊――A-01とA-04が効果する手筈だ。

 「――オリジナルハイヴへ突入した後は、前にも言ったとおり一本道。甲21号作戦時の情報収集で判明した、敵の初期配置が一番少ないルートを選んでいるとは言え、現地でどの程度出現するのかはハッキリ言って未知数。貴女たちの任務はハイヴの制圧ではないのだから、最深部への到達が最優先よ」

夕呼はスクリーンに映されているハイヴの図を指しながら説明を続けている。
さすがに、フェイズ6ともなると半端な広さではなく、どれほどのBETAが潜んでいるのか想像もつかない。
シミュレーターでは、横坑の天井にもBETAがビッシリくっついていて心底気味が悪かった……
落ちてくるのを避けながら進むのも中々に大変だ。

 「ここまでは誘導に従って余所の降下部隊を随伴させたまま進んでもらうわ。でも――」

ある横坑の分岐を指したあとスクリーンの表示を変える夕呼。次に映されたは、2種類のルートが記されているマップだった。

 「貴女たちA-01とA-04が進むのは赤い方のルート。青い方のルートは貴女たち以外の部隊が進むルートよ」
 「どういうことでしょうか?」
 「米軍を始めとした降下部隊は、い号標的――通称“アトリエ”の奪取を目的としているわ。だから貴女たちとは違うルートを通る、というのが表向きの理由」
 「別の目的があるわけね……」
 「そんな怖い顔をするんじゃないわよ、まりも」
 「だ、誰が怖い顔よッ!」
 「ほら怖いじゃない――話を戻すわ。その別行動だけど、そんな大層な理由じゃないのよ」

やれやれといった感じで肩をすくめる夕呼。何よ怖い顔って、失礼しちゃうわ全く。

 「この作戦はスピード勝負と言ったのは覚えているわね?貴女たちのスピードについていけない連中をわざわざ引き連れていく義理はないわ。
  XM3搭載機の進軍スピードについて来れて、かつ相応の戦力になるような連中なら盾代わりに使っても良いんだけどねぇ」
 「「……」」
 「連中にはアトリエ方面に向かってもらうことで、少しでも敵を引き付けてもらおうってわけ。効果はあまり期待していないけれどね。
  A-01とA-04――貴女たちは随伴部隊と別れたのち、全速であ号標的ブロックへ向かいなさい。その途中で障害になると思われるのは――ココと、ココ」

夕呼がレーザーポインターで指したのは、“主広間”とその先――あ号標的ブロックに連なる“隔壁”と呼ばれる部位。
まず主広間については、ここに初期配置されているBETAの数が予測でも、十万単位――数十万にも昇る可能性があるということ。
ここに至るまでの道中で越えていったのと同程度の数量が、主広間には最初から配置されているのだ。
それを一気に突破しなければならないとなると、想像を絶する激戦となるだろう。しかし――

 「そこで提案なんですが……」
 「何よ、白銀」

それまで黙していた人物が初めて口を開いた。いったい何を言い出すのやら。
しばらく黙っていた後の彼が口を開くと大抵とんでもないことを言い出す。

 「佐渡島でやったように、S-11の爆圧をラザフォードフィールドで横坑から主広間に向かって送ってやれば、少しは敵を間引けると思います」
 「しかしそれでは凄乃皇の機関を制御している鑑に負担がかかるのでは?」
 「佐渡島でもやってるから大丈夫です!」

伊隅の問に、鑑がすかさず答えた。

 「それは現場で判断しなさい。万全な状態なら問題ないわ。万が一、そこまでの戦闘で鑑や主機の負担が大きい場合は条件次第ね」
 「最終的に荷電粒子砲が撃てるか否か、ですか……」
 「そうよ。最後の最後で切り札が使えないんじゃ、どうしようもないでしょ?状況によっては、主広間は通常兵器だけで突破してもらうことになるわよ」

荷電粒子砲の発射回数は機関の状態に依るところが大きく、最大出力での発射となると、そう何度も気軽に撃てるものではない。
想定される発射タイミングは、ハイヴ突入前の降下時に着陸ポイントの確保における敵勢力の排除のための一発。
それと、あ号標的を撃破するための最後の一発。これは最大出力で撃つ必要があるため、それまでは機関への負担を減らす必要があるのだ。

 「――で、次はこの隔壁についてだけれど、これも新種のBETAであることが判明したわ」
 「「な――ッ!?」」

こんなBETAが存在するというのか……

 「単純な生体組織のようだから、こちらを攻撃してくることはないと思われるわ――」

という前置きのあと、夕呼は隔壁の開放と閉鎖の方法を説明した。
隔壁の“脳”と呼べる部分への細工が必要となるが、そこでも最新の注意を払う必要がありそうだ。
そこを抜けてから、我々は乗機を捨てて凄乃皇に移乗する。そして――

 「ここまで来たら話だけは簡単よ。あ号標的ブロックに突入して砲撃ポイントまで進軍したら荷電粒子砲を撃ち、あ号標的を破壊。それと同時にパイルバンカーや残弾を駆使して縦坑の岩盤を打ち抜いて脱出。あとはオートで横浜基地へ帰還するわけ」

説明を終え、私たちからの質問に答えた後、夕呼はブリーフィングを終わらせた。
桜花作戦……こちらの思惑通りに事が運べればいいが、そう簡単には行かないだろう。
全員で生きて帰ってくる。そのためにも私は全力を尽くす。

 「オルタネイティヴ第4計画の――いえ、人類の未来は貴女たちに懸かっているわ。頼んだわよ……」

そう言ってブリーフィングルームを後にする間際の夕呼と一瞬だけ視線が交錯した。いつもと様子の違う夕呼――分かったのは私だけだと思う。
彼女にしては珍しく、こちらを気遣うような目をしていた。らしくない。
司令官らしく、もっと堂々と――とは思うものの、夕呼だって緊張するのは無理ないわよね。
彼女が安心するかは分からないけど、私が僅かに微笑み返すと、少しだけ表情が緩んだような気がした。
退出する夕呼の後ろ姿を見送り、私たちは明日へ向けて各々の準備に取り掛かった。



1月10日(木)午後 ◇横浜基地◇ ≪Side of 武≫


着替えを終えてドレッシングルームを出ると、入り口の脇に思わぬ人物が居た。
その人は壁に寄りかかり、白衣のポケットに手を突っ込んで俯いている。

 「何してんです?そんな所で」
 「……」
 「夕呼先生?」

こちらを見もせず、言葉も発さず、俺への用ではないのかと思ってしまうが、ここを使っているのが俺だけである以上、この人は俺に用があってここに居るのだということは察しがつく。
頭を掻きつつ、どうしたものかと思案するも良い案が浮かぶはずもなく、かと言って立ち去ってしまうのも違うように思えて、俺はとりあえずその場に佇む。
まだ凄乃皇搭乗まで時間はあるものの、突っ立ているだけというのも中々ツラい。
腰に手を当てたり腕を組んでみたり、壁に寄りかかったりと、手持ち無沙汰で姿勢を変えていると、黙りこくっていた上司がポツリと呟いた。

 「いよいよね」
 「――はい」
 「……」 
 「どうしたんです?」
 「別に。最後になるかもしれないから顔でも見ておこうと思っただけよ」
 「な――それは酷くないですか」
 「冗談よ」

夕呼先生はこちらを見もせずに言う。この人が今、何を考えているのかは分からないが、いつもと様子が違うということは分かる。
さすがの夕呼先生も桜花作戦を前にして不安になっているのだろうか。
何か言わなきゃとは思うものの、うまい言葉は見つからず、俺は――

 「大丈夫です。必ず皆で生きて帰ってきます」

俺の言葉に、夕呼先生はようやく俺の方を見て少しだけ笑った。

 「期待しておくわ、救世主さん」
 「やめてくださいよ。俺は救世主なんかじゃ――」

救世主か…………今の俺は、この世界を救うのを一番の目的にして戦っているわけじゃない。
みんなと生きていくために最善を尽くしている結果、その副次的なものとして世界が救われるなら勝手にすればいい。

 「ちょっと、何1人で考え込んでんのよ」
 「――あ、すんません」
 「まったく」

救世主なんて言われてしまったので、つい考え事をしてしまった。
夕呼先生はジトッと抗議の目を向けてくるが、いつもより迫力が無いというか、弱々しいというか……らしくない。
そういう夕呼先生だって黙り込んでたくせに……とは言わないでおく。

 「救世主になりたいと思ったことは確かにありました。でも俺は、それで足元が見えなくなった。その結果いろんな物を傷付けたんです。過ち――とは言いたくないですけど、失った命は二度と戻らない」
 「そうね……」
 「もう誰かを失うのは嫌だ。傷つくのも。だから俺は戦うんです。戦うことでしか護れないなら俺は戦う。みんなと生きていくために、もう迷いません」
 「白銀――」

散々回り道をして、周りを傷付けて、覚悟を決めたと思っていたら、結局最後まで護られる側だった情けない俺だけど、またチャンスを貰えたんだ。
だったらそれを活かさなきゃならない。

 「アンタなら出来るでしょ。あの娘たちはアンタから離れるつもりなんて無いようだし」
 「え?」
 「……今のは忘れてちょうだい」
 「なんですかそれ!?滅茶苦茶気になるじゃないですかッ!」
 「何でもないわ、良いから忘れなさい」

そう言った夕呼先生は、この話題は続ける気がないようで、そっぽを向いてしまった。
離れるつもりがないってどういうことだ?とてもすごく気になるんですが……
ずーっと内緒にされていた特訓もそうだけど、隠し事が多すぎじゃない?泣くよ俺。
離れて欲しいわけじゃないから別に良いっていうか、言葉通りに受け取っていいなら嬉しいことだけどさ。

 「――っと、そろそろ行かないと」

時刻を確認すると、凄乃皇への搭乗時刻が迫ってきていた。
そろそろ行かなきゃならない。端末で時刻を確認していた視線を夕呼先生の方に戻すと、夕呼先生と目が合った。
夕呼先生の目は微かに揺らいでいるように見える。
こんな表情の夕呼先生は初めて見た。このまま行くのは気が引けるけど、なんて声をかければいいのか……

 「あー……その、さっきの“みんなと”ってやつ、当然夕呼先生も入ってますからね」

少しの逡巡を経て、結局俺は思いついたことをそのまま言った。

 「――え?」
 「夕呼先生が居なきゃ俺はここまで来れませんでした。だから本当に感謝してるんですよ、夕呼先生には」
 「ちょっ――出撃前にやめてよ、そういうの……」
 「喀什さえ落とせば、地球上のハイヴ間で連携はなくなって人類には幾らか猶予が出来る。そうすれば夕呼先生も少しは肩の荷が下りますよね」
 「ッ!!」
 「今まで大変だったんですから、この作戦が成功したら少しくらい楽したって罰は当たらないと思いますよ」
 「――」

俺がそう言うと、夕呼先生は口元を抑えて顔を背けてしまった。
何かマズイことを言っちまったんだろうか……

 「ゆ、夕呼先生……?」
 「――ッ――はぁ…………何でもないわ。それよりアンタそろそろ行かないと、時間ヤバいんじゃないの」
 「あ」

顔を背けたままの夕呼先生に言われて時刻を確認すると、凄乃皇への搭乗時刻ギリギリになっていた。

 「や、やべッ――それじゃ、行ってきます!」
 「白銀ッ――」

慌てて走り出そうとした俺に、背後から夕呼先生の声がかかる。

 「……生きて、ちゃんとここに帰ってきなさい」
 「――はい!」

その言葉に力強く肯定し、俺は凄乃皇の元へ急ぐのだった。



◇横浜基地・裏山◇ ≪Side of 夕呼≫


戦乙女たちを乗せたシャトルが打ち上げのカウントダウンに入った。
彼方に見える発射台から立ち上る白煙が増したように見える。
立場上、本来ならば発令所に居なければならないが、今回は私が居たところで何の役にも立たないので、発射台を一望できるこの場所に足を運んだ。
打ち上げを待つシャトルを見て思う。

私が命令を下し、彼女たちはそれに従い命をかける。いつものことだ。
そして、彼女たちが出撃していくのを見送るときの、この胸を締め付けられるような感じも、いつものこと。

いや――今回はいつもと違う。いつもより胸が苦しい。
何を今更こんな感情を抱いているのか。
今まで何人を死地へ追いやったと思っている。それなのに……

 『打ち上げまで120秒――各部正常に作動中…………』

携帯端末から聞こえてくる声が、シャトルの打ち上げまで2分を切ったことを知らせる。
オルタネイティヴ第4計画直属の特務部隊であるA-01。
00ユニットの素体候補としての側面を持ち、色々と過酷な任務に就かせてきた。
それ故に人員損耗率は極めて高く、かつては任務ごとに欠員――死者を出していたが、彼らが来てからは出ていない。

彼ら――白銀武と鑑純夏がもたらしたものは、様々な意味でA-01を変えていった。
あの2人が現れてからというもの、それまでの鬱々とした日々は一転、それまでに比べて明るく充実した日々になった。
そんな彼女たちが、アイツが、人類史上最大の作戦に赴く。私が送る。
そのことが私の胸をかつて無いほどに締め付ける。
ここ数ヶ月、人類史に残るほどの目覚しい戦果を残しているA-01だが――

 『60秒――59、58、57…………』

いよいよだ。
脳裏に部下たちの出撃前の顔が浮かぶ。
人類史上最大の作戦を前にして、A-01の隊員たちは誰一人として、生きることを諦めた様子は無かった。
今の私に出来ることといえば、唯一無二の親友と、その教え子たちの無事を祈り、彼女たちの生還を信じることだけ。
祈る、信じる、願う。自分には到底似つかわしくない言葉。
けれど、そんな事でもしていないと今は、今だけは――

 『11、10、イグニッション――8、7……』

シャトルに火が入り、濛々と白煙を上げる。
ふと、アイツの顔が浮かんだ。
搭乗間際、必ず全員で生還すると言い切った、決意に満ちたアイツの顔。

 『3、2、1…………リフトオフ!』

シャトルたちが作る幾筋もの白い帯が夕焼けの空を切り裂いていく。
その中にブースターを取り付けた凄乃皇の姿もある。
私はそれを見送る。
私の親友と、その教え子たちが無事に生還するよう願い、そして……

 「……いきなさい、白銀武。アンタ自身の願いのために」

アイツの無事を祈って。


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