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[2521] THE FOOL(聖なるかな)【完結】
Name: PINO◆c7dcf746 ID:12ae67ef
Date: 2008/06/11 17:44



彼―――




斉藤浩二が『ソレ』と出会ったのは、今から2年前の事であった。
トイレに入って用を足し、ケツを拭こうとした所で、トイレットペーパーに話しかけられたのだ。

「ねーよ」

喋るトイレットペーパーに対して、返した言葉はその一言である。
その時、浩二は受験勉強で自分は疲れているのだろうと首を振り、気にせずケツを拭いて水を流した。
流れていくときに、何やら悲鳴のような声が聞こえたような気がしたが、
おそらくそれも幻聴だろうと考え、部屋に戻るのだった。


そして、次の日の朝―――


学校に行く前にトイレに入ると、もう一度誰かが自分を呼びかけるような声が聞こえたのだ。
しかし、彼は再び幻聴であると断定してケツを拭い、便器に流す。
その日もまだ、浩二は自分に舞い降りた出会いに気が付かなかった。


さらに翌日―――


トイレに入るとまた声が聞こえてきたので、流石に浩二もただ事ではないと判断した。
やべぇ、俺んちのトイレに幽霊が住み着きやがったと焦る浩二。
とりあえずケツを拭いたら、巨大掲示板に『俺んちのトイレに幽霊が出るのですが……』
というスレを立てようと決意し、トイレットペーパーに手を伸ばした時―――


『いいかげんにせーや! ダァホ!
これ以上ワイの身体を削られたら消えてしまうやろがボケェ!』


―――と、叫んだのだ。


「………うそぉ」


誰がって、トイレットペーパーが。


「―――ッ! これか、これに悪霊が取り付いてやがるのか!」
『ちょっ、おま、何をする』


浩二は諸悪の根源をつかむと、芯を外して便器の中に流し込もうとする。
すると、トイレットペーパーは、実に情けない声で命乞いをしてきた。

『やめて、やめて、やめてや! ホンマお願いします。話だけでも聞いてください。
悪いヤツやないんです。今はこんな姿にのうなってるけど、
実はすっごい神様なんです。だからお慈悲をーーーーっ!!!!』

「……………」

あまりにも情けない叫び声に、浩二は振りかぶっていた腕をピタリと止める。
それから、マジマジとトイレットペーパーを見ると、
随分とケツを拭くために使われ、残り少なくなったソレはカタカタと震えていた。

「………神様? 悪霊と違うのか? オマエ」
『ちゃうちゃう。悪霊ちゃいまんねん』
「じゃあ何だ? トイレに住むトイレの精霊TOTOか?」

『いやいやいや。トイレの精でもあらしまへん。
自分、永遠神剣・最下位の『最弱』いいまんねん』

永遠神剣という謎の単語に首を傾けるが、
その次に出てきた『最下位』とか『最弱』とかいう単語は理解できる。
それと、この喋るトイレットペーパーがとてつもなく弱くて情けないのも理解できた。

「あー、えーと……それじゃあ、おい、永遠神剣」
『あ、ワイの事なら気軽に『最弱』と呼んでください』
「………おまえ、自分で最弱と呼べなんて……プライドねーのかよ」

『しゃーないやないですか。確かになっさけない名前やけど……
それがワイの名前なんですから』

何やらシクシクと泣き声のようなのが聞こえてくる。

「…………」

浩二は、それを黙らせるためにトイレットペーパーを壁に叩きつけた。

『あべしっ!』

腹が膨れ上がって裂けたような悲鳴をあげるトイレットペーパー。

『何すんねん!』
「トイレットペーパーのくせに泣くんじゃない!」
『だから、ワイはトイレットペーパーちゃいまんねん。永遠神剣やと言うとるやないですか!』

「何が永遠神剣だトイレットペーパー! 偉そうに! そもそもどう見たらオマエが剣に見えるんだ。
いいか! 俺がオマエを持って、その辺歩いてる人に、これは剣なんですよー! あははー!
―――とか言ったら、黄色い救急車呼ばれるわ。ボケ!」

もう一度トイレットペーパーを壁に叩きつける浩二。

『ひでぶっ!』

すると、トイレットペーパーは、頭が破裂した人のような悲鳴をあげた。

『つっっっっっっ……だーかーらー!
まずは、一から十までワイが説明しますさかい、黙って聞いておくんなはれ!』

「何だとコノヤロウ! それが人にモノを頼む態度か!」


―――バシンッ!







『パゲッ!!!!!』










*******









それから『最弱』によって永遠神剣とは何ぞや? を説明された浩二。
説明を最後まで聞き終えると、とりあえず『最弱』にこう問うのだった。

「……おーけー。オマエがどういう存在かはわかった」
『解ってくれましたか!』

「ああ。解った、が―――オマエのマスターとやらになって、
俺に何のメリットがある。むしろ、聞く限りでは永遠神剣の遣い手とやらは、
何だか色々と理由つけて戦わされるようじゃないか」

『ええ、まぁ………』

ジロリと睨まれながら言われて、語尾の小さくなる『最弱』

「スピリッツだか、スペリオールだか、ビッグコミックだか何だか解らんが、
俺はそんなのと戦いたくねーぞ。そもそも、オマエはその永遠神剣の中でどれだけ強いんだ?」

『………最下位です』
「敵も永遠神剣ってヤツを持ってるんだよな? オマエよりも格が上の」
『……え、ええ……まぁ……』
「100円で売ってる包丁とオマエ。どっちの方が切れる?」
『……ほ、包丁……かな?』
「…………」
『…………』
「……さて……」

倒して座っていた便座トレイを上にあげて、大きく振りかぶる浩二。
浩二が何をやろうとしているのか一瞬で理解した『最弱』は、大慌てで説得にかかった。

『だだだ、大丈夫やってーーーー! ワイも自分の力の無さはよう解ってまんねん。
ワイかて死にとう無い。せやから相棒に、戦えとか無茶なこと言わへんねん!
ただ、ワイのマスターになってくれるだけでいいんや! それ以外は望みまへん!』

「………ほう」

『そ、そ、そ……それに、ワイかて腐っても永遠神剣っ!
あんさんがマスターになってくれたら、それなりの恩恵を与えられまっせ!
話だけでも聞いてや! ホンマ!』

「………恩恵、ねぇ……」

ゆっくりとだが、振りかぶった浩二の腕が下がってきたので『最弱』は、
たたみかけるなら今しかないと、熱っぽく語る。
もしも口があるなら、唾を撒き散らしているところだろう。

『まず一つ! 永遠神剣のマスターは、
常人とは比べ物にならない身体能力と、反射神経を持つことができる!』

「……ふうん」
『二つめ! 神剣のマスターという呼び名が、なんかステキ!』
「…………」

『三つ目! ここ重要やで! よく聞いてておくんなはれ!
今はこんな姿になってしまってるけど……ワイの本当の姿は、こんな姿やあらへんねん』

「…………」

『本当の姿は―――っ! HARI☆SENなんやでーーーーーっ!
それも、そんじょそこらのハリセンと違って、えー音させまんねん!』

どうだっ! と言わんばかりの『最弱』
浩二は、はぁっと大きくため息を吐くと、ぼそっと呟くのだった。








「……最初のヤツ以外、メリットでも何でもないだろうが……」










*******









そんな出会いから二年の月日が流れる。
あれからも、紆余曲折あったのだが、最後には泣きながら頼み込んでくる『最弱』の哀願に折れ……

『自分のような雑魚神剣の遣い手が、敵と戦うという場面に遭遇するなど、
サマージャンボ宝くじの一等を当てるより確立が低い』

―――と言われたので、それならと浩二は『最弱』のマスターになっていた。

契約当時は胡散臭く思っており、ダメそうだったら、
クーリングオフの効く期間内に契約を破棄しようと思っていたが、
今では何だかんだと言っても『最弱』と浩二は良いコンビだった。


たとえ、このハリセンが永遠神剣の名を騙るバッタもんであったとしても―――



















―――この物語は、永遠神剣の運命により導かれし者達の戦いに、
何かの間違いか、手違いで参加させられる事になった、とある少年の物語である……




















「おはよう、諸君!」

やたらと元気の良い声で、教室の扉を開ける浩二。
クラスどころか、もはや学園の名物男となっている浩二の登場に、クラスメイトの目は向けられた。

「よ、浩二。おはようさん」
「おはよー。浩二くん」

返事を返したのは、森信介と阿川美里の両名だ。

「おっす。信介、美里!」
「相変わらず、無駄に元気いいよなオマエ」

信介がそう言って苦笑すると、浩二は心外だと言わんばかりの顔をする。

「ばっか、空元気だって。本当の俺は深く傷ついてるって。だから優しく接してくれ」
「また斑鳩先輩にフラれたからか?」
「ああ、それはいつもの事だから気にしてない」
「あはは……浩二くんって、先輩にいつも告白してるんだ……」
「おうよ」

美里がそう言って顔を引きつらせると、信介はニヤリと笑って浩二と肩を組む。

「浩二は、日常会話の中に、さり気なく告白を入れるのが無茶上手いんだよ」
「何それ……」
「浩二。やってみせてくれよ」

「おう。たとえば昨日は……学食で一人、斑鳩先輩が飯食ってたんだよ。
そこで俺は、学食で買ったうどんのトレーを持ちながら先輩の前まで歩いていく。
俺に気がついた先輩が顔を上げると、俺はもう一方の手で椅子を指して―――
先輩付き合ってくださいと言ったな」

「どうよ。このさり気なさ。このシチュエーションなら普通は、前の席いいすか?
とかいう言葉が出てくると思って、思わず「うん」とか「いいわよ」って言っちまいそうだろ?」

そう言う信介は凄く嬉しそうだ。
彼は浩二があの手、この手で斑鳩沙月という女性に告白するサマを眺めるのが好きなのである。

「そうねぇ。思わずイエスと言いそうだわ、それ」

美里がなるほどと顎に手を当てると、浩二はハッと気づいたような顔をする。

「……ん? あ、美里。背中にごみがついてるぞ」
「え? 嘘?」

浩二に指摘され、パパッと背中に手を当てる美里。
すると浩二はさり気なく立ち上がって、悪戦苦闘している美里に近づいた。

「ほら、もう一度背中見せてみな。俺と付き合おうぜ」
「あ、うん。お願い―――」

浩二くんと言いながら背を向けて、美里はハッと立ち止まる。
それからもう一度正面に向き直ると、ニヤニヤ笑ってる信介と、してやったりと笑みを浮かべる浩二。
そこで騙された事に気がついた美里は、うめき声をあげながら顔を赤くするのだった。

「ううう~っ」
「あはははは。な? さり気ないだろ?」

そう言って笑う信介を睨みつけながら、美里はそうねと渋々返事を返す。

「てーか、また世刻の野郎は遅刻ギリギリかい?」
「ん? そうじゃねーの? ま、何時もの事だろ」
「そだな」

頷きながら、浩二は窓の外に視線を向ける。
すると、件の少年―――世刻望はその嫁・永峰希美(浩二の主観)を引き連れて、
ギリギリ校門に滑り込む姿が見えるのだった。

「おう。どうやら我等が主人公のご登場のようだ。
てなわけで、モブキャラAである俺は背景に溶け込むとするぜ」

二人の姿を見ると、浩二は手をヒラヒラとさせて自分の席に戻っていく。
演劇の本番が始まるのを察した前座の役者のように。
それから机に突っ伏すと、狸寝入りを決め込むのであった。








*******








授業の開始を告げる鐘がなる。起立、礼と教師に頭を下げてから始まる学校の授業。
繰り返されるいつもの光景。浩二は教師の話を右から左に聞き流し、
ぼうっと校庭の様子を眺めていた。

平和である。世間では政治家の汚職がどうだか、年金問題がどうとか言っているが、
この国に住まう一学生の身としては、昨日も今日も変わらぬ日々を過ごしている。
それが不満だと言う訳では無かったが、退屈であるという想いは絶えず感じていた。

「………宇宙人でも攻めてこねーかな?」

何となくポツリと呟いてみた言葉。それから自分の言った言葉に苦笑する。
そんな事など起こりうる筈がないのに、何を自分はアニメか漫画のような事を望んでいるのだと。
まぁ、自分がこんな風な空想癖を持つようになったのは、鞄の隙間から僅かにはみ出している
この白いハリセンのせいだ。

(おい、最弱。またオマエの与太話を聞かせてくれよ)

心の中でそう呼びかけると、耳ではなく心に響いてくるような感覚で、白いハリセン―――
すなわち『永遠神剣の最下位・最弱』が言葉を返してくる。

『あー……んー……もう、ワイが知ってる話はマスターに全部話したで』

(世刻望と永峰希美。この二人に加えて暁絶、斑鳩沙月の両名はこの世界の人間ではない。
そして、俺と同じく永遠神剣の遣い手である。違いがあると言えば―――)

『向こうの永遠神剣の力が月ならば、こちらはカメムシって事ですわ』

(星とカメムシを比べられても、イマイチ解らんなぁ……)

『なら、こんな例えはどないです?
割り箸と輪ゴムで作ったゴム鉄砲と44マグナム』

(……酷い戦力差だ。どうやっても勝てるビジョンが思いうかばない。
まだ一か八かで、全裸になって股間のパイソンを見せた方が勝機があるな)

『そうでんな。永峰女史だったら、相棒の全裸で怯んでくれるかもしれまへん』

(けどよ、暁だったら俺がズボンを下ろした瞬間に、脳天から竹割りしそうじゃね?)

『―――で、その後には、下半身脱いでる頭真っ二つな変死体が見つかると。
ぎゃははは。そんな死体を見た日には、コナンくんでも死因をよう推理せんわ』

(わはははは! 違いねぇ)

『最弱』とくだらない雑談をしていると、本日最初の授業の終わりを告げる鐘がなる。
クラス委員の起立の声が聞こえたので浩二は『最弱』との会話を終了させた。
次の時間は体育。移動教室だった。









*******








昼休みの時間。浩二は席を立つと、学食にむけて歩き出した。
今日はカツカレーにしようか、日替わりにしようかと考えながら廊下を歩いていると、
反対方向から見知った顔を見つけたので、シュタッと手をあげて声をかける。

「沙月先輩! ちわっす」
「あら、斉藤くん。こんにちは」
「また世刻の所っすか?」
「ええ」

ニコリと、異性ならば誰でも心を奪われるんじゃないかと思える笑顔で頷く沙月。

「たまには先輩を愛して止まない俺と食べませんかね?
先輩が一緒に食べてくれるなら俺、コサックダンス踊りながら納豆ソバ食べますよ?」

「ふふっ、昼食の時間中ずっとムーンウオークしてくれるならいいわよ」
「マジすか? マイケル・ジャクソンばりのムーンウオークをしてみせますよ!」

喜色満面な浩二は、甲高い声で一言「ポーーーーウッ!」と叫ぶと軽快に後退していく。


「フーーーッ! ファオ!」


甲高い声で意味不明な事を叫びながら、スッ、スッと後ろに下がってくる馬鹿一名。
そんな馬鹿とお近づきになりたくない生徒達は、モーゼが海を割った時の如く横に避ける。

「ファオ! ファオ!」

そして、廊下の端にある理科室の扉にぶつかり後退が止められた時には、
先程の場所から沙月の姿は消えているのだった。

「………………」
「………………」
「………………」

残されたのは、学生達の奇特な人間を見る冷たい瞳。
仕方がないので、このままムーンウオークで学食に行こうとしたら、やがて階段から落ちた。








「あれえーーーーーーーーーっ!」









[2521] THE FOOL 2話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:12ae67ef
Date: 2008/01/13 19:13






浩二は、家の手伝いが終わると外に出た。
繁華街に近いところにある家から、街灯を頼りにコンビ二までの道を歩く。
購読している週刊誌を買うためであった。

「………ん?」
「お」

コンビニに入ると、見知った顔の男と出くわす。
―――暁絶。クラスメイトである。

「よぉ、暁。バイトの帰りか?」
「ああ……」

浩二の言葉に、絶は小さく頷いてみせる。
その手には、コンビニの弁当とペットボトルのお茶が握られていた。
それに気づいた浩二は、おや? と言う表情を浮かべる。

「珍しいじゃないか。おまえがコンビニ飯なんて」
「今日は何となく自炊する気になれなくてな」
「何だ。バイトが忙しかったのか?」
「そうじゃないが、今日は倉庫整理でクタクタだ」
「そりゃ、ご苦労なこって……」

肩を竦めて言う絶の傍まで寄ると、浩二は絶の手からコンビニ弁当とお茶を奪い去り、
元あった所に戻してしまう。

「お、おい! 何をするんだ。斉藤」
「俺、帰ったら賄いを作るんだ。食ってけよ。コンビニ弁当よりは美味いと思うぜ?」
「いや、そんな事をしてもらうのは……」
「気にするな、気にするな。ほら!」

目的の週刊誌を買い求めると、何か言いたげな絶の肩を押してコンビニを後にする。
外に出ると、絶はフッと口元に小さな笑みを浮かべた。

「……それじゃまた、ご馳走になるとするか……」
「おう。まかせとけ」
「感謝する」

暁絶という少年は、普段ならこういった類の誘いはまず受けない。
だが、こうして浩二の店の賄いにお呼ばれするのは初めてでは無かった。
何度かバイトの帰りに捕まり、無理やり引っ張り込まれて食事を振舞われているのである。
だから今回も、断ったとて無駄であろうと、礼を述べて浩二の隣を歩いた。








*******








まだ完全に火を落としていない厨房に入ると、
浩二は最後まで片付けで残っていた料理人に、最後の片付けは自分がやっておく旨を伝える。
それからバンダナを頭巾のようにして巻くと、自分の包丁を手にとった。

浩二の家は料理屋である。それも、地元では有名な和食の店だ。
本人は将来店を継いで料理人になるつもりは無かったが、幼い頃から店の手伝いはしていた。

最も店の主である父に言わせれば、料理人としてはまだまだ駆け出しのひよっこ程度との事だが、
一般人の感覚で言えば、浩二の料理の腕前は大したものである。
一人だけだったらもっと適当に作るつもりであったが、絶が居るので若干の献立変更をする浩二。

「まー夜も遅いし、雑炊と香の物でいいだろう」

そう呟き、泥抜きしてあったアサリを土鍋でにんにくと共に炒め、頃合を見計らって水と酒を加えると、
蒸し煮している間に、香の物を一口サイズに切って小鉢に乗せる。動作の何処にも無駄が無い。
やがてアサリの口が開いたので、容器に取り出して身をむいた。

次に土鍋に水を加え、ご飯を加えて煮込んだ。
醤油と塩。それに独自にチョイスした調味料を加えて味を調える。

「よし!」

土鍋のご飯が上等な粥になってきた。そこに先程のアサリを土鍋に戻して加え、
しばらくしてから溶き卵を回して入れて万能ねぎを加え完成である。

「まぁ、こんなモンだろう」

味見をすると火を落とし、浩二は土鍋と香の物、それに椀を盆に載せて二階に向かう。
それから部屋の前で絶に扉を開けてくれと叫んだ。

「メシだぞー!」
「ほう、雑炊か……」
「アサリの雑炊だ。胃に優しくて身体も温まるぞ」
「いい香りが食欲をそそるな」
「おうよ」

部屋のちゃぶ台の上に盆を置く浩二。
それからもう一度厨房に戻ると、二人分のお茶とレンゲに箸を持ってきた。

「頂きます」
「いただきます」

粥を啜りながら、ポリポリと香の物を食べる浩二と絶。
自分でも料理をやる絶は、色々と浩二に料理の事を尋ね、浩二はそれに答えながら食事を楽しんだ。

「ごちそうさま。毎回、こんな言葉でしか感想を言えないが……美味かったよ、斉藤」
「まぁ、これでも飯屋の倅だからな」
「すまない。この借りはいずれ必ず返す」
「別にいいさ。一人暮らしで苦労している友達に、これぐらいの事をしてやるぐらい」
「だが……」

「そんなに言うのならまた今度、俺と一緒に遊んでくれよ。
おまえと一緒だと何処に遊びに行っても、一緒に遊ぶ女の子を誘える。
それと、沙月先輩の事で有益な情報があったらリークを頼むな?」

浩二の言葉に、絶は苦笑と共に頷く。
それから絶のバイトの先の事などをしばらく雑談すると、
時計の針が24時近くになったので、絶は礼を告げて帰っていった。

「………なぁ、最弱」

誰も居なくなった部屋で鞄からハリセンを取り出すと、浩二はポツリと呟く。

『何や? 相棒』
「打算や駆け引きでクラスメイトと付き合う俺を……オマエは軽蔑するか?」
『……………』

暁絶はこの世界の人間ではない。そして、強大な力を秘めた永遠神剣の遣い手である。
だから自分は暁絶にこうやって媚を売っている。友情という名の制止力を売りつけている。
理由こそ不明だが、今は力を隠してこの世界で学生をやっている絶が、
何時の日か、その刃をこの星の人間に向けたとしても、自分には向かせないように……

『……別に、軽蔑なんてしませんわ』
「何でだ? 自分で言うのも何だが、こう言うのって……人として汚ぇだろ?」

『そうでっか? 人と人の付き合いなんて、誰かてこんなモンでっしゃろ?
恋人、友達、仲間……人と人を繋ぐ言葉はぎょうさんありまんねんけど、
そのどれだって、相手が自分にとって有益だからという理由で結ばれるんとちゃいまっか?』

「……………」

『この人は、自分の容姿が好みだから恋人になる。
この人は、一緒にいて楽しい想いをさせてくれるから友人になる。
この人は、自分と目的が同じであるから仲間になる。
相手が自分にとって不利益しか与えない人間なら、誰だって恋人っちゅーモンにも、
友人っちゅーモンにも、仲間っちゅーモンにもしませんわ』

「まぁ、ある意味その通りだけどよ、それを言っちゃおしめーだろ」

『なら、相棒。あんさんは、あの―――世刻望のように、
打算も駆け引きも無く、困った人はほかって置けないなんて世迷い事を平然とヌカす奴になれまっか?」

「無理だな。口先とポーズだけならできるが、本心からは」
『そうでっしゃろ。ま……だからアンタはワイの相棒にピッタリなんやけどな』
「何処がピッタリだよ」

『道化を演じて人から油断を誘い、馬鹿を装いながらも論理的に物事を判断する。
物事を斜めから見下し、治に乱を望みながらも深入りはしない。典型的な道化師や」

「おい、テメー。俺をピエロ扱いか? コラ」

『ナハハ。気を悪くせんといてや。これでも褒めとんねん。ゲームでもそうやろ?
ナイトやら、クイーンやら、エースやらは確かに強く、ピエロはそいつ等の前では瞬殺されるが―――
最強のキングを殺せるのは………ピエロだけや』



「……………」



ニヤリと、顔があれば絶対にそんな笑顔を浮かべているであろう白いハリセンを浩二は見つめる。
しばらくはそうやって見つめていた浩二は、やがてベッドにハリセンを放り投げると笑った。





「ハハハ……」





冷静に―――





「クッ……ククク……ハハハ―――」





冷徹に―――





「ハーッハハハハハハハハ!!!!!」





王様を刺し殺す、笑顔の仮面に隠れた道化師の笑みで―――














*******








平和な日々が続いていた。授業中に寝ていたらしい世刻が寝ぼけて永峰に抱きつき、
アッパーで吹き飛ばされていたりしたが、概ね平和な日々だ。
世刻が飛んだ瞬間、浩二は何故か身体中に力が湧き上がったような気もするが、
すぐに収まったのでほかってある。

「沙月せんぱーい。図書室の扉、スムーズに引けるように直してきましたー!」

そんな日常の中で、浩二はいつもの様に斑鳩沙月の仕事の手伝いに精を出していた。

「あら、ご苦労様。悪いわね、いつも雑用をさせてしまって」
「いえいえ。お安い御用ですよ」

そう言いながら、財布の中からカードを取り出して前に出す。
沙月はそれを受け取ると、小さく「あら?」と呟いた。
それから浩二の顔を見つめると、苦笑して判子をポンと一つ押して浩二に返す。

「フフフ……」

受け取った浩二は『沙月先輩カード』と書かれた緑色のカードを、嬉しそうに天に翳した。

「ついに溜まったぜーっ! 入学してから苦節二年っ!
雨の日も風の日も、体育祭の日も文化祭の日も……ピグミン並みに沙月先輩に尽くして溜めた……
沙月先輩カードが、判子で埋まったぜーーーーーっ!」



沙月先輩カード―――



それは、斉藤浩二が斑鳩沙月の手伝いをする度に一つだけ判子を押してもらえるカードである。
判子を全部溜めると、沙月とデートできる権利が発生する、
もののべ学園の男子生徒なら涎を垂らして欲しがる素敵なカードだ。

ちなみにこのカードを与えられているのは現在のところ浩二だけである。
何故なら斑鳩沙月という女性は、物で釣って人を奉仕させる事を良しとする人物ではない。
けれど浩二は持っている。何故か?

「やったな! 斉藤!」
「おめでとう! 浩二君!」
「辛さを超えて乗り越えた。感動した!」

それは、沙月以外の生徒会役員のおかげである。

「ありがとうございます。ありがとうございます!」

泣きながらお礼をする浩二。
生徒会役員の皆は、我が事のように喜んで浩二を祝福していた。
その理由は唯一つ―――

「あの、先輩……資料を準備室に運んできたんですけど……」
「ありがとう。望くーん!」
「うわっ!」

生徒会役員と浩二が大はしゃぎしている所にやってきた少年。
世刻望がいるからである。

「ちょ、ちょっと沙月先輩。急に抱きつかないでくださいよ!」
「あら、いいじゃなーい。いつもは希美ちゃんがいてスキンシップとれないんだからー」

これを見れば解るように、斑鳩沙月は世刻望という少年を好いている。
浩二はそれを知らないはずは無いのに、健気に沙月の気を引こうと尽くしている。
荷物運び、掃除、草むしり、ドブさらい、壊れたストーブの修理から、ドアのたてつけを直したり……
凄いものになると、一人でプールの掃除を買って出た事もある。

とにかく浩二は働く。誰もが嫌がる事を、沙月の為ならと率先して働く。

始めは生徒会の役員達も、浩二のボランティアは、学園のアイドルである沙月の気を引こうとする
そこらの学生と同じだと思って冷ややかな目で見ていた。

しかし、下心からくるボランティアは、見返りが無ければ一ヶ月と続くものではない。
事実。生徒会の仕事をする沙月の手伝いをしようとした男子生徒は星の数あれど、
皆2~3回手伝ったら、それからパッタリと生徒会室に来なくなるのが殆どなのだから。

まぁ、それはそうだろう。
自分は沙月の気を引こうと身を粉にして働いているのに、
斑鳩沙月の好意は世刻望のみに向いているのだから。

だが、斉藤浩二という男だけは違った。
こんな光景を幾度と見せ付けられても、何事も無かったかの如く手伝いに来る。
それが三ヶ月、四ヶ月と続き……半年過ぎた頃には、生徒会の役員達は浩二を認めた。
この男は馬鹿だ。すげー馬鹿だがコイツは漢だと。

そして、沙月の手伝いをして一年が過ぎた頃。
生徒会の全員で、沙月に『斉藤の馬鹿野郎に一度だけでも夢を見させてください』と頼み込んだのである。
このままではあんまりだ。恋愛感情は個人の自由なので、浩二と付き合えとは言わないが、
少しぐらいこの馬鹿が報われてもいいと訴えたのである。

そして出来たのが沙月先輩カード。
沙月としては、こんなモノなどなくても浩二とデートしてやるぐらいには浩二の事を認めているし、
好意を向けられて嫌な相手では無い。それなりに好いている。
だから役員の皆に訴えられた時にその旨を伝えた。

だが、伝えると―――

「いや、ほら……」
「その……ねぇ?」

―――と言って視線を逸らされる。

全員、浩二を認めてはいるものの、
沙月が頼めば何でも喜んでやってくれる『斉藤浩二』という労力を手放すのは惜しいのである。
だってほら、生徒会の活動って人手がいくらあっても足りないし。

「あーーっ! 望ちゃん、やっぱりここに居たー!」
「希美!?」
「先輩! 望ちゃんを勝手に連れて行かないでくださいっ!」
「えー。勝手じゃないわよぉ。ちゃんと納得して手伝ってくれてたんだもんね。望くん?」
「あ、はい。そうで―――」
「のーぞーむーちゃーん!!」

いつのまにかラブコメを始めちゃっている三人の様子に、
いままではしゃいでいた生徒会のメンバーと浩二のテンションが大いに下がる。
そして、それを見た生徒会のメンバー達は、後ろから浩二の肩にポンと手を置くと―――

「元気出せよ……な?」
「世刻も嫌なヤツじゃないけどさ……俺、おまえの方が好きだぜ?」
「そうよ。私も斉藤くんの事、認めてるからね」

「泣くなよ。泣くんじゃないぞ。男が泣いていいのは、生まれた瞬間と親が死んだ時と、
箪笥の角に足の小指をぶつけた時だけだ……」


それぞれ、浩二に慰めの言葉をかけて席に戻って行った。
だから、誰も浩二がその時に浮かべている表情に気がつかなかった。
心底どうでもいいと言う顔をしていた事に。





「……駆け引きでも、打算でも無く……
俺が……誰かを好きになる事なんて、あるのかな……」





騒がしくなった生徒会室を、誰にも気づかれること無く、そっと後にする浩二。
最後に呟いた言葉は、誰にも聞かれる事は無かった。












********









異変が起きたのは突然であった。
否―――前触れはあったのかもしれないが、それに気づかずに放置してしまった。

前触れは、深夜に徘徊する黒い犬が人を襲うという噂。
世刻望の様子がおかしくなり、よく倒れるようになった事。
けれど、浩二はそれを見落としていたり、些事だと判断してしまった。
そして、そのツケが―――

「何なんだよ……こいつ等ッ!」

槍や剣という武器を手にして、学園を取り囲んでいる謎の集団である。

「チイ―――ッ!」

文化祭の準備として、屋上で看板作りをしていた浩二は教室に駈け戻る。
途中で信介や美里。希美と、体調が悪そうにしている望とすれ違った。

「おい、浩二! どこに行くんだ!」
「教室だよ」
「馬鹿っ、今なんだか知らないけど大変な事になってるんだ」

知っている。突然やってきた夜。学園中を取り囲むヒトの形をした何か。
俺は、たぶん、それを知っている。

「体育館だ! 浩二! 体育館にみんな集まっている―――」

後ろから聞こえてくる信介の声を聞きながら、サンクスと心で呟く浩二。
廊下の窓から見えるグランドでは、白い装束に身を纏い、
光の剣を手にした沙月がヒトの形をした何かと戦っているのが見えた。



「最弱ッ!!!!」



ガラリと、教室の引き戸をあけて叫ぶ浩二。

『相棒! 無事やったか?』

すると、誰も居ない教室から声が聞こえてきた。
浩二は自分の席に駆け寄り、鞄の中から白いハリセンを取り出す。

「これが、オマエの言っていた敵か? 永遠神剣の遣い手達の戦いが始まったのか?」
『そうでっしゃろなぁ。今この学園を取り囲んでるのはスピリットですわ』
「巻き込まれるのなんてコリゴリだ。逃げるぞ。俺は」

『そうでんな。殴り合い、斬り合いになったらワテ等ではひとたまりもありまへん。
逃げるだけやったら、ワイの力で相棒の身体能力を引き上げればできん事もないやろけど……』

言いよどむ『最弱』浩二は、この異常事態に苛立っているらしく声を荒げる。

「何だ! 言いたいことがあるならさっさと言え!」

『逃げる手段さえ持ってない、相棒のクラスメイトや友人はん達は……
このまま取り残されたら嬲り殺しにされまっせ』

「―――っ!!!」
『それでも一人だけ逃げまっか? ワイはそれかてかまへんけど』

冷静な声で聞いてくる『最弱』に、浩二は奥歯を噛み締め、ギリギリと歯軋りさせる。
教室に戻る心配してくれていた信介。グランドで唯一人、皆を護るために戦っていた沙月。
それを見捨てて、一人だけ逃げる。けれど、それは―――

「仕方がないだろうが! 俺には力が無いんだ! オマエだって弱いんだろ!
俺だって、沙月先輩のように強ければ戦うさ! けど、弱いんだよ。俺達は!
逃げ回るだけが精一杯の『最弱』な俺達が―――何の役に立つってんだよ!!!」

『……相棒……相棒は、素質はありまんねんけど、やっぱまだまだやな……』

やれやれと言わんばかりの『最弱』を睨みつける浩二。
だが、浩二が口を開くよりも先に『最弱』が言葉を続けた。

『前にも言いましたで。相棒はピエロや。
ナイトでもクイーンでも、エースでもあらへん。
戦えば、それらの前では瞬殺される。なら―――』

「……なん、だよ……」
『―――戦わなければええねん』
「はぁ? 意味が解らねーぞ!」

『ピエロはピエロらしく、ちょこまかと逃げ回り、おちょくり回してからかったったらええねん。
道化の仮面で素顔を隠し……冷静に、冷徹に、冷酷に……観客……つーか敵の反応を見定めて……
目を自分に引き付けたったらええねん。
……そしたら、自由に動けるようになった味方のクイーンやエースが敵を片付けてくれはるやろ』


「…………」


永遠神剣・最下位『最弱』
沙月先輩が持っている光の剣とは、比べ物にならないほど惨めな―――
むしろ、馬鹿にしてるのかと言いたくなるほどの形だが、
このハリセンには、足りない分の『暴力』を補って余りある『観察力』と『洞察力』がある。
そう思って浩二は笑った。道化師の笑みを。


『ほな行こか? あんなアホらしい暴力を振りかざす困ったちゃんにツッコミいれに」

「そうだな。屋根よりも高く飛び上がり……
炎をぶっ放し、ゴールポストをへし折るなんて……ねーよ!」


右手に持ったハリセンで、パシンっと机を叩く。
それから教室の窓に歩み寄り、鍵を開けて足をかけると―――






「信じればきっと空も飛べるはずだお! ブーーーーーーーン!」







―――頭の悪い台詞を叫びながら飛び降りた。









[2521] THE FOOL 3話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:304fa390
Date: 2008/01/14 19:09







「いいのか? 浩二……」
「おう。ばっさりとやってくれ!」

ハサミを持って浩二の後ろに立つ信介と、カーテンらしき布で身体を包み、椅子に座っている浩二。
彼等二人は屋上に居た。青い空と太陽の見える屋上に。

「俺、床屋じゃないから上手くはできないかもしれないけど……」
「ボーズ頭にするんだから、上手いも下手もないだろ」
「まぁ、それもそうだな……じゃあ、やるぜ」
「頼む」

短く浩二が言うと、信介はジョキジョキと音を立てながらハサミで浩二の髪を切る。
白いカーテンの上にちじれた髪の毛がバサバサと落ち、いくつかが飛ばされていった。










『剣の世界』と名づけられた異世界の風に乗せられて―――











*********










「わかってるな!『最弱ッ』」
『わかってまっせ! 力の全てを防御にやな!』








日常が変わったあの日―――







斉藤浩二はグランドで一人戦う斑鳩沙月を助けるために、両手に物を抱えて乱入した。
右手には白いハリセン。永遠神剣最下位『最弱』を持ち。
左手には大きな建物には必ずいくつかある、真っ赤な筒状の消火器である。

浩二は、沙月が戦っている所に割ってはいると、沙月を襲うヒト型達に向かって、
おもむろに消火器をぶっ放した。勢いよく出てくる白い霧のようなモノに、
ヒト型達は新手の攻撃かと飛びずさる。

「斉藤くん?」
「いいえ。違います!」

突然の乱入者に沙月が視線を向けながら問うと、
演劇部の部室から失敬した怪人のお面を被っていた浩二はキッパリと否定した。
そして、ババッと素早く即席ポーズを取ると、高らかにこう宣言した。

「俺の名は―――マスク・ド・斉藤ッ! うまうー!」
「…………」
「…………」
「……あの……斉藤くん? 私、今冗談に付き合ってる暇は無いんだけど……」
「サイトウ……ホンキ……サツキ……タスケニ、キタ……うまうー!」

突然カタコト言葉になる自称マスク・ド・斉藤に、沙月は怒りよりも大きい脱力感が全身を包んだ。
その時である。今まで沙月が威圧で動きを封じ込めていたヒト型が、
一瞬緩んだ隙をついて突撃してきたのは。

「くっ!」

沙月はすばやく身構える。しかし、狙いは沙月では無かった。
槍を突き出しながら沙月に突っ込んできたのは陽動であり、本命は浩二である。
赤い髪のヒト型が炎の玉を投げつけ、青い髪のヒト型が剣風を飛ばす。

「斉藤くん!」

慌てて庇いに飛ぶ沙月だが、間に合わないと思った。
皆を守ると、学校の皆は私が護ると誓ったばかりなのにと自分の不名を恥じながら。
しかし、その攻撃を浩二は―――

「うまっ!」

横っ飛びでかわした。スタッと着地すると、不思議な踊りをし始める。

「ありゃほりゃ、ほれ、うーまうー♪」
「……あ? え?」

何だこの光景は? 何だコイツは? 沙月を含む、この場の全員がそう思った。
沙月は感情で、ヒト型達は本能で。

「沙月先輩。いくらかは俺が引き付けます。でも、たぶんそんなに長く持ちません」

踊りながら沙月の傍によってきた浩二は、横切る瞬間にボソリとそう呟いた。
沙月の目が大きく開かれる。それと同時に浩二は横に大きく跳ぶ。
人間離れした身体能力で。沙月と同じ、永遠神剣の遣い手と同じ身体能力で。

「うまうー!」

その瞬間。ヒト型達は浩二を敵であると判断した。
常人離れした動きをする者。すなわち、永遠神剣の遣い手であると。
グランドに居る半分のヒト型達が浩二に向かって殺到する。
浩二はそれを確認すると、奇声をあげながら逃走を開始した。






「うーまうー!」






*********








「やっべ、うわ、すっげ、俺、すげードキドキしてる!」







グランドの周りを逃げ回りながら、使い切った消火器を捨てて浩二は小声で呟いた。

『ほほー。余裕やなぁ、相棒』
「余裕なんか無いさ。すげー必死だよ! だって、気を抜いたら一瞬で死ぬんだぜ!」
『その割には笑っとるで』

「道化師は笑うんだろ。ピンチな時ほど笑ってみせるんだろ?
てゆーか、だ! 死ぬ気がしねーぞ。俺は、きっと死なない。こんな所で死ぬヤツじゃあない!」

根拠は無い。けれど、そう確信している。不思議な感覚であった。
剣風が後ろから迫っている。横に飛んで回避した。
上から炎。振り上げた『最弱』に力を籠めてかろうじて防ぐ。

「ハハハッ―――アハハハハ!!!!」

恐怖を好奇が上回った。未知の力が楽しい。肌を刺す殺気が快感だ。
俺は、生きている。この瞬間、俺は間違いなく生きている。


「斬って見ろ! 焼いてみろ! 殺してみろ!
ハハッ、ハハハハ! 斉藤浩二はここにいるぞーーーー!」


テンションが上がるどころか、むしろテンパってるんじゃないかと疑いたくなる浩二を見て、
『最弱』はククッと笑う。このマスターは最高だと。

破壊願望や自滅思想を持つ狂人では無いにも関わらず、
一歩間違えれば確実に死ぬるという絶対の恐怖に対して、
竦み上がるどころか、はしゃぎ回る斉藤浩二という異常者に―――
長い、長い時空を超えて、やっと自分は巡り合えたのだと。





『この相棒なら……できるかもしれんなぁ……』
「おい『最弱』俺、すげーいい事思いついた!」





はじける笑顔で言う浩二に『最弱』は、なんやと答える。
浩二が思いついた良い事の概要を説明すると『最弱』は笑った。

『そりゃまた、過激なツッコミやな』
「でも、お約束だろ?」
『そのとおりや』
「じゃ、やりますかー!」

叫ぶと浩二は、方向転換をして一つの建物の中に突撃する。
文化祭の準備で何かを取り出していたりしたのか、幸いな事にその建物の扉は開け放たれていた。
そこに飛び込む浩二。奥に入ると、永遠神剣の力で目的の粉を乾燥させてぶちまけ、
ハリセンを振るう事によって得られる風圧で、建物の中―――すなわち体育倉庫を粉塵で満たす。

「―――!!!」

すぐに袋小路に追い詰めたと思ったらしいヒト型達が、建物の中に殺到してきた。

「わかってるな!『最弱ッ』」
『わかってまっせ! 力の全てを防御にやな!』

ハリセンを勢いよく振り下ろしてアスファルトの床と擦りあわさせる。
飛び散る火花と、先端が炎に包まれる『最弱』そこから起こりうる現象は―――




「ハッハー!!!!」




―――粉塵爆発。






瞬間的に大きく燃え盛る炎は、爆風と共に辺りを火の海に変えた。








*********








「げっほ、げっほ……」





半壊している体育倉庫の中から、浩二が煙に巻かれて這い出てきた。
見ると、何人かのヒト型が倒れている。それを見て、浩二はゲッソリとした。

「うげ、まだ生きてるのかよこいつ等……ゴキブリ並の生命力だな」
『……まぁ、スピリットやからなぁ……』

力を完全防御に回していた自分でも結構なダメージだったのに、
無防備でくらった筈のこいつ等は、死んでいない。
ダメージは与えたようだが、ゆっくりと立ち上がって来ていた。

「つーか、沙月先輩はまだかよ……もう、もたねーぞ……」
「あら、悪かったわね。待たせたみたいで」
「え?」

聞きなれた声に顔をあげた瞬間。
上空から落ちてきた光の短剣が、立ち上がろうとしていたヒト型を刺し貫いていた。

「沙月……先輩?」

光の剣に刺し貫かれて消えていくヒト型達を横目に、浩二は恐る恐ると顔をあげた。

「はぁい。斉藤くん」

笑顔だった。すごい満面の笑みであった。
ただ、目が笑っていない。口元がヒクヒクと動いている。

「ド派手にやったわね~~。まさか、体育倉庫を爆発するとは思わなかったわ」
「は、ははは……いやぁ、それほどでも……」
「褒めてないッ!」
「ひいっ!」

凄い剣幕の沙月に、ひっくり返って尻餅をつく浩二。

「今は急いでるから後にするけど……後できちんと説明、してもらうからね」

「……上手く、言語化できそうにありません。
あ、でも、斉藤言語でなら、何とかできるかも……」


―――バコッ!


「うまっ!」
「それじゃ私、行くから。火の始末はきちんとやっておくのよ」
「う~……」

浩二の脳天に、割と本気が入ったチョップを叩き込むと、校舎に向かって飛んでいく沙月。
その背中を見つめながら、大きくため息をつくのであった。






「やっべーなぁ……テンションにまかせてやっちまったよ……
俺、明日から普通の学生に戻れるのかなぁ……」





先程のテンションが収まり、暗い顔をした浩二であったが、その心配は杞憂に終わる事となる。
何故なら浩二が『最弱』に協力してもらって消化を終えた時……













―――もののべ学園はこの世界から消えていたのだから。











[2521] THE FOOL 4話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:304fa390
Date: 2008/01/15 20:00








「フーッ……気が重いぜ……」




信介に切って貰い、すっかりボーズ頭になった浩二は、
僅かに2ミリほど生えている自分の髪をシャリシャリと撫でながら呟いた。

ヒト型との戦いで、永遠神剣の遣い手として覚醒したらしい世刻と永峰を連れて、
もうすぐ沙月先輩がこの屋上にやってくる。
きっとそこで、永遠神剣の事とか、体育倉庫をブッ飛ばした事を詰問されるのだろう。



「……ついに、斉藤スペシャル2007を使う時が来たか……」



けれど、まぁこの奥義にかかれば、間違いなく機先はとれる筈だ。
そう確信して浩二は、学生服に手をかけた―――










***********









世刻望は、浮かない顔をしながら屋上へと続く階段を上っていた。
永遠神剣。ここではない別の世界。ミニオンと呼ばれる謎の敵。
それらについての軽い説明は受けたが、どれも理解不能な事ばかりだ。
それよりも、何よりも―――


「……絶……」


自分を殺すと刃を向けてきた親友。その親友の行動が一番自分を悩ませる。
向けられた殺気は本物だった。何故だと問うても答えてくれなかった。
助けに来てくれた沙月先輩と、自分と同じく永遠神剣に目覚めた希美が庇ってくれなければ、
自分は間違いなく殺されていただろう。

どうしてだ? 何故だ? 俺達は親友だった筈なのに……
そんな事を自問自答していると、肩に乗っかった小人のような神獣が心配そうに見ているのに気がつき、
テレパシーのような能力で声をかけた。

(何だ? レーメ)
『ノゾム……気分がすぐれないなら、まだ保健室で休んでいても良いのだぞ?』
(大丈夫だ……ははっ、心配してくれてるのか?)
『……と、当然だ。マスターの心配をするのは神獣として当然の事だからな!』

フ、フン。と胸を反らしていうレーメに、望は微笑む。
それから、心を籠めてありがとうと告げると、何故か顔を赤くして胸ポケットに飛び込んでしまった。

「それで、その……斉藤くんも、永遠神剣の遣い手……なんですよね?」
「ええ。私も知らなかったけど……」

望の前では、沙月と希美が話しながら歩いている。
そこで、自分達三人と絶以外の永遠神剣のマスターの事が会話に上がったので、望も話に加わる事にした。

「沙月先輩は、その……斉藤が永遠神剣の遣い手だって知ってたんですか?」
「……いえ、それがまったく……だから、かなり驚いてるのよ? これでも」
「味方……なんですよね?」

そう聞いたのは望だ。斉藤浩二という少年はクラスメイトではあるが、あまり親しくはしていない。
信介や阿川達とは仲が良い様なので、何度か喋った事はあるが、
何処か避けられてるような気がしたので、積極的にこちらからは話しかける事もしていない。
それは、同じく避けられてるような気がする希美も同じであった。

「………確信は持てないけど……でも、私を助けに来てくれたわ」
「そうですか。なら、少なくとも敵では無いんですね……」
「……たぶん、ね?」

とにかく会って話を聞いてみるしかない。
斉藤は絶とも仲が良かったみたいだから、絶の事を何か知ってるかもしれない。
そう考えると、望は一刻も早く浩二と話をしてみたいと歩く速度を早くした。
そして、屋上へと続く扉を開くと―――







「なぁっ!!!!!」







―――なんとも予想外な光景が飛び込んできた。









「え? え?」








自分と同じく希美も沙月先輩も、口をパクパクさせて固まっている。











「すいませんでしたああああーーーーーーーっ!!!!」









そんな中で、自分達三人の動きを完膚なきまで封じこめた件の少年―――
斉藤浩二は、叫び声に近い大声でそう叫びながら土下座したボーズ頭を、
グリグリと地面にこすり付けるのであった。












*********










――― 斉藤スペシャル2007。








それは、間違える事無く土下座である。それも、唯の土下座では無い。
頭を丸め、白いブリーフ一丁の姿になりながら、
隣に『ごめんなさい』と大書された看板を置いての、気合が入った土下座である。
さらには額をグイグリと地面に擦り付けている。
希美も沙月も望も、ここまで気合の入った謝罪を見た事が無い。

「お怒りはごもっともでございます。しかし、止むに止まれぬ事情があっての事!
不肖! 斉藤浩二! 伏して謝りますゆえ。平に、平にぃ~~っ!」


「…………」
「…………」
「…………」


―――何だコレ?


人は、何をしたらここまでの謝罪をせねばならぬのであろう?
人は、どうして戦争などするのだろう? 
みんな悪い事をしたら、こうやって斉藤のように謝れば争いの数は減るのになぁ。
そんな事を考えながら、望は束の間、現実逃避をした。

「ちょ、ちょっと、斉藤くん? 何をしてるの?」

「ははーっ! 沙月先輩のお怒りはごもっともでございます!
ここに鞭もございます。これで愚かな私めを打ち、お怒りをお静めください!」

王女に献上するかの如く動作で沙月の手に鞭を握らせると、
浩二は再び土下座し、頭をグリグリと地面にこすり付ける。

「……斑鳩先輩……斉藤君が何をしたのかは知らないけど……
そこまでする事はないと思う……」

「え? え?」

「俺も、そう思うよ。沙月先輩……あんまりだよ、これは……
頭をまるめさせ、裸にひん剥いて、土下座させて……これに鞭で打つなんて酷すぎるよ……」

「え? え? え?」

「さぁ、打ってください! 沙月先輩!
この愚か者を存分に打ち据えてください! 遠慮なんてなさらずに!」

「斑鳩先輩……」
「沙月先輩……」
「沙月先輩ッ!!」

ジト目で沙月を見る望と希美。地面に頭をグリグリしながら叫ぶ浩二。
何でこんな事になってるの? WHY?
異世界に来た事については、驚きも恐怖もなかった沙月ではあるが、
この状況には驚きと恐怖を感じずにはいられなかった。









「何? 何? 何なのよこれーーーーーーーっ!!」












***********














「何だ、そうだったのか……いやぁー安心したよ、俺!」
「まったく、俺もだよ……いきなり斉藤があんな格好してたんだからさぁ」

悪夢のような『斉藤スペシャル2007』という時間が終わった後、
浩二は望と希美と会話を交わしていた。

「いや、でも普通はそう思わね? 戦いの後、いきなり屋上で待ってろっていわれたんだぜ?
それも、世刻と永峰をつれて三人でいくからって」

「うーん……斉藤くんは、それを体育倉庫を壊した事についての説教だと思ったんだ」

「おう。それで俺は、言葉だけじゃ信じてくれないだろうから、
反省しているというのを態度であらわしたんだ。全力で! むしろ全力少年で!」

「確かにアレは全力だった……俺は、あれほどの謝罪を見た事が無い」
「はっはっは! アレぐらいやらねば沙月先輩のお怒りは静めれないと思ったからな」

シャリシャリと頭を撫でながら言う浩二。

「……う、う~~」

希美は、あのシャリシャリは気持ちよさそうだな。
私もシャリシャリやりたいなと思った。

「それで。オマエも永遠神剣のマスターって事で間違いないんだな?」
「ああ。永遠神剣・最下位『最弱』のマスターだ」
「―――っ! それは、また……壮絶な名前だなぁ……」

最下位で最弱って、どれだけ弱いんだよ、オイ! と思わずにはいられない望。
そこに、望のポケットの中で話をじっと聞いていたレーメが飛び出してきた。

「それはおかしい。吾も全ての永遠神剣を知っている訳ではないが、
神剣の位は十位~一位までであり、最下位などという位は存在せぬ!」

「おうあっ! なんじゃコイツは!」

突然出てきたレーメに、ひっくり返るほど驚く浩二。
それを見たレーメは、何をやっておるんだコヤツはという目をした。
永遠神剣のマスターであるのならば、神獣に驚くのはおかしいからだ。

「何を驚いておる。吾はノゾムの永遠神剣『黎明』の神獣レーメだ」
「は? 神獣? 訳わかんねーんすけど」
「あ、もしかして斉藤も神剣に目覚めたばかりなのか?」

訳が判らないという顔をしている浩二に、望が助け舟を出す。
自分だって神獣の存在を知ったのはつい先程なのだ。
だから浩二も、まだ知らないのだと思った。

「………いや、俺が永遠神剣のマスターになったのは二年前だ……」

そう言って浩二は腰に刺していたハリセンを抜く。
望も希美も、もしやと思ってはいたが、
やぱりこのハリセンが永遠神剣なのだと思って笑いそうになった。

「おい『最弱』オマエも神獣とやらがいるのか?」
『…………いや、いまへん』
「何故?」
『何故かて聞かれても、無いモンは無い』
「フム。無いんじゃしかたねーな。無いんじゃ」

はははと笑いながら言う浩二。レーメは疑わしそうに『最弱』を見ていた。

「という訳で、無いんだってよ」

「そんな訳があるかーーーっ! 神獣も無い。位さえも意味不明。
そんな訳の解らない永遠神剣があってたまるかーーー!
……さては吾やノゾムに隠し立てする気だなー!」

「……困ったな……あ、んじゃコレでいいや。
コレが俺達の神獣『フ・クースケ・レオポルド4世』だ!」

そう言って、斉藤スペシャル2007の時に用意した小道具の一つ、正座をした福助人形を差し出す。
しかし、目の前にずいっと出された瞬間、レーメがキレた。

「キサマは、吾を馬鹿にしてるのかーーーーーっ!!」
「そんな事言われても……なぁ?」
『そうやなぁ』
「永峰や沙月先輩にだっていねーじゃん」

浩二がそう言うと、希美はあっさりいるよと答える。

「私の神獣は鯨のものべー。今この学園をささえているのはものべーなんだよ」
「うそぉ! こんな学校を持ち上げるなんて、どれだけ凄ぇんだ!」
「えへへー」

ものべーが褒められて嬉しそうにする希美。それなら沙月先輩はと、
浩二は隅の方で『斉藤スペシャル2007』を辞めさせる為に、生も根も尽き果てた沙月を見る。

「沙月先輩もいるよ。ケイロンって名前で……何ていえばいいのかな?
神話に出てくるケンタウロスみたいな形の神獣が……」

「……そうか……やっぱり居るのか……」

「どーだ。これで証明されたであろう?
わかったら、下手な隠し事などしないで神獣を見せるの―――むがっ!」

レーメがそう言った瞬間。望はレーメを捕まえてポケットに押し込んだ。
浩二が本当に困った顔をしているのが解ったからだ。

神獣がいる云々については判らないが、
たとえ隠しているのであっても、人には誰だって隠し事ぐらいある。
それが自分への悪意からくるものでは無い限り尊重されるべきだと思った。

「いいよ。斉藤……俺は、おまえの永遠神剣に神獣が居ないって信じる。
神獣が居なくても、おまえは永遠神剣のマスターで、俺達の味方なんだろ?」

「あ、ああ……」
「なら、いい。それでいい。これからよろしくな? 斉藤」

そう言って手を差し出す望。たぶんこれは、握手をしようという意味なのだろう。
浩二は差し出された手を握りながら思った。







ああ、こりゃコイツはもてる訳だと……










[2521] THE FOOL 5話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:304fa390
Date: 2008/01/16 20:33





屋上での会話を一先ず終えてた浩二達は、生徒会室に戻って今後の事を話し合う事になった。
説明を交えながら沙月がホワイトボードに色々と書いて、望と希美がそれについて質問をしている。
浩二は、黙って会議の様子をノートに書きとめていた。

「……と、言う訳よ。わかった?」
「すなわち、要約するとこういう事ですね?」

話しが一段落ついたところで、浩二はノートに箇条書きで書いた内容を読み上げた。




「オホン! ……一つ。昨日襲ってきた謎の敵の名前はミニオンという。
詳しい事はよくわからないが、あいつ等は、よからぬ事を企む悪い組織の手先である。

二つ。昨日の襲撃から俺達が助かったのは、ミニオン襲来のドサクサに紛れ、
暁が世刻を襲ってきたから、その世刻を助ける為に永遠神剣に覚醒した永峰が、
神獣『ものべー』の力により、別の世界に移動して振り切ったからである。

三つ。永峰の『ものべー』の時空移動の力があれば、俺達の世界に帰ることは可能である。
しかし、この世界には外界に逃さぬ結界が張られており、入ることはできたが出ることはできない。

四つ。『ものべー』で俺達の世界に帰還する為にしなければいけない事は、
この世界に張られた結界を解除する事と、俺達の世界の座標を手にいれる事。

五つ。もしもこの世界に長期滞在する事になった場合の対応として、
この世界がいかなる世界であるかの調査及び、食料の調達を行わなければならない。

六つ。この世界の名称は、外観がファンタジーっぽい事と、
遠くに中世の城みたいな建物が見えた事から、暫定的に『剣の世界』と呼ぶことにする。


……って事ですね?」



浩二の言葉を最後まで聞いていた沙月はそうよと頷く。
そんな沙月を見て、望は思案顔をうかべ、希美は不安そうな顔をした。

「後は、この世界にも敵がいるかもしれないから、それに備えての警備体制をどうするかね……
戦力になる神剣のマスターは四人だから……朝、昼、晩、休憩をローテーションで回していきましょ」

「げっ」
「何が、げっ―――よ、斉藤くん。ローテーションで回す事に問題でも?」
「いや、その……えーと……」

問題だ。大問題だ。
自分がしっかりと戦力に加えれているのは大変まずいと焦る浩二。

「先輩! 俺は、見回り警備は、夜専属でいきますよ。
夜が一番危険なんですから、夜は二人居たほうがいいと思うんです」

「……え? いいの? それじゃあ、私と望くんと希美ちゃんで朝昼晩のローテーションを……」
「あ、そういう事なら、俺も警備は夜専属にしますよ」

手を上げて言う望。
浩二が提案した事は、誰も言わなければ自分も言おうとしていた事だからだ。

「え? 望くん?」

沙月には、この所帯のリーダーとして、昼にもやらなければならない事が沢山ある。
だから、せめて夜ぐらいはぐっすりと眠って欲しい。それに希美だって女の子だ。
女の子を一人で夜の警備に立たせるのは、望の男としてのプライドが許さなかった。

「そんな。駄目だよ。望ちゃんと斉藤くんにばかり……」

「いいんだよ、希美。あと、二人もローテーションじゃなく、こうした方がいいと思うんだ。
沙月先輩の警備は朝。希美は昼。そして夜は俺と斉藤の二人って事に……」

そして理由を説明し始める望。沙月には色々と昼の仕事がある事、
女の子である希美を夜の見回りにさせたくない事などを……
すると、沙月は顎に手を当ててなるほどと呟いた。

「わかったわ。それじゃ、警備についてはそれでいきましょう。
……ありがとね。望くん……斉藤くん」

「……ごめんなさい。ありがとう……望ちゃん。斉藤くん……」
「気にするなって」
「あ、いや、別にいいすよ。そんな……はは……」

自分一人で警備という状況を作りたくないから言った台詞が、
純粋な好意からくるものだと勘違いされてしまったので、
浩二はいささかバツの悪い顔をするが、あえてそれを否定する事はしなかった。

「……沙月ちゃん? いいかしら」
「椿先生?」

「言われたとおり、各クラスの代表者を体育館に集めたから、
今の状況を皆に説明してあげてくれるかしら」

「あれ? 沙月先輩。まだみんなに説明してなかったんすか?」
「まず、誰よりも先に説明しなきゃいけない望くんが目覚めるまでまってて貰ったのよ」
「あ、なるほど」

その後、もののべ学園に残った唯一の大人であり、
教師である椿早苗が生徒会室に沙月を呼びに来たので、四人は体育館に移動する事になった。









*********








『それにしても、よく暴動が起こらなかったモンでんなぁ』






浩二が図書室の机に座り、メモを取りながらサバイバル学を勉強していると、
永遠神剣『最弱』が先程の事を思い出したのかポツリと呟く。
それは、各クラスの代表者を体育館に集め、現状の説明と今後の事を話した時の事であった。

「……沙月先輩はカリスマがあるからな。美しく、聡明で、人望もある。
その人が現状を説明したうえで言ったんだ。絶対に助かる。きっと皆を元の世界に返すって……
だから、よっぽどの捻くれ者では無い限り、沙月先輩の言う事に従おうと思うさ」

『でもな~……いきなり訳の判らない奴等に襲われて、異世界に連れてこられて……
茫然自失の状態だから、従っている訳じゃありまへんか?』

「まぁ、それも無いとは言い切れない。けど、どれだけ考えたって無駄さ。
敵が襲ってくる以上、自身では抗う術を持たぬ学園の皆は、
沙月先輩や世刻達に護ってもらわなきゃ生きていけないんだから……」

『そうやな。敵の存在が秩序を作る……どこも同じやな』
「そういう事だ。これがもし、外敵が居なかったらと思うと、カオスだぜ?」

『異世界につれてこられて帰れないという不安と恐怖は、心からゆとりを消して暴力的になる。
確実に起こる暴動。そうなったら男子学生は女子学生を犯し、傷つけ、支配しようとしまっしゃろなぁ』

首を縦に振る浩二。

「そして、まぁ……考えうるケースとして一番濃厚な未来図は……」

『斑鳩女史は、いの一番に槍玉にあげられ糾弾される。
実力では排除できないだろうから、全員で「出て行け」と叫んで追放という形で放り出されるやろうなぁ』

「それに、たぶん俺と世刻、永峰も……な」

『その後は、まぁ……
この集団で唯一の大人であり、教師でもある椿女史をリーダーとしてやってくのやろうけど……』

「ここは、今までの常識が通じない異世界だ。一つ綻びが出れば、なし崩しに崩壊していく。
そして、腕力と身体能力で勝る男共が、無理やり女を犯し、支配するだろうな。
方針を纏めるリーダーが居ないから、方針さえも決められない。すなわち、滅びだ」

浩二が肩をすくめると、最弱はこんな展開もあるのではと異論を出す。

『斑鳩女史は、相棒も認めてるとおり聡明や。
だから、今ワイらが言ったような自分が去りし後のビジョンは想像できると思うんや』

「なるほど、そうだな。ならとるべき道は……」
『支配や。暴力と懐柔で認めさせる。力とカリスマがあるんやったらできる』

「どっちにしろ、今よりは息苦しい状況だな……
てゆーか、そんな『もしも』の事なんて考えなくていいだろ。なにせ『敵』はいるんだから」

『そやな。敵がいる間は、学園の秩序はそれなりに大丈夫や』

くだらないIF話なんて考える事はないと、お互いに苦笑しあう『最弱』と浩二。
その時であった、外から騒がしい声が聞こえたのは。

「……ん? なんか騒がしいな……」
『外の方みたいでっせ』

悲鳴ではなく、歓声に近い声であったので、浩二はそれほど慌てる事無く窓の方へと歩いていく。
すると、一番最初にこの『剣の世界』の大地を踏む事になった、
望と希美を始めとする、第一回・食料調達隊が帰ってきた所であった。

「ん。あの様子だと結構なモンが見つかったみたいだな」
『ワイらも行ってみまっか?』
「そうだな。獣でも仕留めてくれていたなら儲けものだ」







************







「……こりゃまた、大漁だなぁ」




籠いっぱいの林檎のような物に、緑黄色野菜のような物に根菜類。
それに、何といっても多い何かの肉。獣臭さと血の匂いがプンプンと漂ってきていた。

「……あ、斉藤」
「よぉ、世刻。食料調達ご苦労さん。大漁だったみたいだな?」
「ああ。まぁ、色々あったけど……成果は見てのとおりだ」

大漁である。その割には望の顔が少しだけ優れないような気がした。

「凄いじゃないか。予想以上だが………あれ? 永峰は?」

「希美なら、下で肉の解体作業をしている。
俺もこいつ等を食堂に運んだら、手伝いに戻るつもりだ」

「そういう事なら俺も行く。これでも飯屋の倅だからな」
「……あ、そうか。斉藤って……」

「繁華街の傍にある『歳月』って名前の料亭だ。
一応は曾祖父の頃からやってるから、それなりに老舗なのかな?
……ま、俺は継ぐつもりねーけど」

肩を竦めながら言うと、望は関心したように浩二を見る。

「それじゃ、今日の夕食は楽しみにしていいんだな?」
「ん? 料理はできる女子連中がやるんじゃねーのか?」
「一応、希美がコレで牡丹鍋と焼肉を作るって言ってたけど……」

望の言葉に、浩二は大きく頷く。この野性味つよい臭いはやっぱり猪肉かと。
長期的に考えるならば、冷凍できる分を除いて、全て煙で燻して燻製にしてしまう方が良かったが、
初日くらいは、それぐらい豪勢にしてもいいだろうと思った。

「やっぱ俺の出る幕はねーよ。永峰はしっかりと献立を立てられるみたいだし」
「……そうか」

それ以上、望は浩二に料理を作るようには言わなかった。
その後は話を変えて、食料調達の時の出来事なんかを教えてくれる。
林檎のような実がなってる木を発見した時の事、帰ろうとした時に突然獣が襲ってきて大変だった事など。

そんな望の話に相槌や質問を返しながら浩二は思った。
自分の相棒である永遠神剣『最弱』が、永遠神剣のマスターの中でも、
世刻望と永峰希美の二人については、得体の知れないモノがあるから注意した方が良いと言われたので、
親しくはしてこなかった。けれど、こうして話して見ると良いヤツなのだ。
だから困る。だからあまり近づきたくない。
好きな人間を作ると、いざという時の判断を鈍らせてしまいそうになるから……







************







剣の世界に来てから数日が過ぎた。
その間にミニオンには周囲の探索中に数回襲われたが、その全てを撃退していた。
そんなある日の事。ものべーの力の一つである『遠見』を使い、
辺りの様子を探っていた時に、白い煙が立っているのを発見したのである。

そこは村であった。百人規模の小さな村であったが、その村をミニオンが襲っていたのである。
大人だけでなく、子供も、老人さえも、無表情で容赦なく殺して回るミニオンを見て、
望と希美がいきり立つ。

「先輩。まだ生きてる人がいるかもしれません。助けに行きましょう!」
「俺も希美の意見に賛成です。あんなの許せる訳が無い」

しかし、その二人の意見は沙月とレーメに却下された。
今から行っても手遅れである。
それに、自分達がここを離れてしまっては、学園の皆は誰が護るのかと。

「……っ!」

悔しそうに顔を歪める望。その時、レーメが叫び声をあげた。

「いかん! あやつ等、我々が見ている事に気づいているぞ」

そんなレーメの言葉を肯定するように、
目線をこちらに向けて黒衣に身を包んだ一人の男が何かを喋っているが、
生憎とものべーには、声を拾う能力までは無い。
沙月は黒衣の男をじっと見ていたが、やがてハッと顔をあげるとこう叫んだ。

「いけない! 存在に気づいてるって事は、あいつ等ここに攻めてくるわ!」
「なら、俺と斉藤で迎撃にでます! 希美と先輩はみんなの避難誘導を」
「わかったわ。私達もすぐに行くから、早まって戦闘を仕掛けたりしないでね」
「わかってます。行くぞ、斉藤!」

沙月の言葉に頷いた望は、黙って成り行きを見ていた浩二に声をかける。
浩二は腰に刺した『最弱』をチラリと見ると、仕方ないとばかりに頷いた。







「……気張れよ『最弱』」
『ワテ、戦闘には思い切り向かへんのやけどなぁ……』









[2521] THE FOOL 6話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:304fa390
Date: 2008/01/17 21:25





グランドに現れたミニオンを3体を相手にしながら、
浩二は『最弱』を片手に跳び、走り回り、なんとか猛攻を凌いでいた。

「神剣の差が、絶対的な戦力の差では無い事を教えてやる!
―――と、言いたい所だけど……うおっちゃあ!」

横から斬りつけられて、後ろに跳ぶ。制服の脇が少しだけ切れた。
おかえしだと言わんばかりに『最弱』を振り下ろすが、
ハリセン形である『最弱』でいくらどついても、パーンと気持ちの良い音がするだけだ。

「解ってはいたけど攻撃力ゼロだよな! オマエ!」

運動能力は、ミニオン達よりも自分の方が上だ。けれど攻撃力は天と地ほどの差がある。
これならば殴りつけたほうがマシだ。そう思って浩二は試しにボディブロウを叩き込んだが、
ミニオンは威力にのけぞるだけで、絶対的なダメージを与えるにはいたらない。

『そら、ま。ワイはハリセンやからなぁ』
「できるのはツッコミだけか?」
『そのとおりや』
「―――くっ!」

嘆くまいと思った。たとえツッコミだけしかできなくとも、
永遠神剣の肉体強化があるだけ、他の一般生徒よりは自分は恵まれている。
ミニオンという脅威から身を護る事ぐらいはできるのだから。

「世刻ぃーっ! はやくこっちも片付けてくれーーーー!」

けれど、永遠神剣のマスターであるから戦いに駆り出される事を思えば、
どっこいどっこいじゃねーの? と考えると、浩二はやるせない気分になった。







「死ぬ気はしねーけど、結構苦しいぞーーーー!!」








***********








「ふーっ……はーっ、ひぃーっ……あーしんどかった!」




グランドに現れたミニオンを片付け、
増援を呼びに向かったのであろうミニオンを追った沙月達に追いつく為、
浩二と望は森の中を飛ぶように駈けていた。

「……斉藤……オマエの永遠神剣『最弱』って……本当に弱かったんだな……」

「ふぅ、ふぅ……ああ。俺に出来る事といったら、
精々が数人のミニオンを引き付ける事と……んぐっ、はぁ……かく乱する事ぐらいだ」

望の言葉に、浩二は息を整えながら答える。
レーメは望の肩に座りながら、相変わらず浩二と『最弱』を胡散臭そうな目で見ていた。

「……あれは、本当に永遠神剣なのか? でも、身体能力は増幅されてる……
……けど……あの攻撃力の無さは……うーん……」

「何だレーメ。俺の顔をじっと見て。世刻から俺に浮気か?」

「ばっ、馬鹿を言うな。痴れ者っ!
おまえなんか、ノゾムと比べたらドラゴンとサナダムシだ!」

「……うわぁ、もはや生物どころか寄生虫扱いかよ……
でも、よかったな世刻! オマエ、愛されてるぞ」

「―――んなっ!」

ボッと顔を赤くするレーメ。それから望と浩二の顔をチラチラと見比べると、
最後には浩二に暴言を吐いて望の胸ポケットに隠れてしまった。
そして、顔だけ出しながらボソボソと呟く。

「ノ、ノゾム? 誤解するなよ? 吾はその、えーと……
ノゾムの事はマスターとして認めてはおるが……
あ、いや―――そ、それだけではないぞ。あの、その……」

「はいはい。ツンデレ、ツンデレ」
「オマエは余計な事を言うな! ムキーッ!」
「あいてっ!」

望の胸ポケットから飛び出して、浩二の額にとび蹴りをくらわせるレーメ。
二人のそんな様子を見ながら、望は戦いで険しくなっていた顔を綻ばせるのだった。






***********






「お、そっちもカタがついたみたいだな」
「……え? 望ちゃん?」

浩二と望が沙月達に追いつくと、戦いはすでに終わった後だった。
戦闘中から今まで、望の姿を見るまでの希美は、敵であるミニオンのように冷たい、
瞳に何もうつしていないかのような表情をしていたが、
それに気づいていたのは一緒にいた沙月だけである。

「……私が、しっかりしないと……護らないと、ね……」
「どうしたんすか? 沙月先輩」
「ひゃっ! え? 斉藤くん?」
「ぼーっと永峰の顔を見てましたけど、何かあったんすか?」
「ううん。何でもないわよ」

どこかの誰かのように、首筋の汗を舐めなくても沙月が嘘をついてるのは解ったが、
それなら別にいいんですけどと言って引き下がった。

それから望と希美がお互いの健闘を称え合っている所に茶々を入れに行く。
沙月はそんな後輩達の様子を眺めながら、この子達を―――皆を、絶対に護らねばと誓うのだった。

「―――ムッ? ノゾム! 気をつけろ、新手だ!」
「え? 嘘だろ……」
「―――多いっ!」

レーメが警告の声を上げると、木の陰からミニオン達が姿を現した。
浩二は素早く視線を走らせて数を数える。

「17、18、19……20。チッ―――20体かよ!」

「みんな、神剣を構えて! 幸いな事にこっちは4人……2人1組でいくわよ。
望くんと希美ちゃん。私と斉藤くん。ノルマは1組10人。いけるわね?」

「あの、先輩! ちょっと、俺は―――」
「沙月先輩! 斉藤は―――」

光の剣を構え、跳躍しようとしている沙月を、浩二と望は止めようとした。

「っ!」

それと同時に沙月の動きがピタリと止まる。しかし、制止の声で止まった訳では無い。
こちらに向かって、ミニオンなど比較にならない程の気が近づいてきていたからだ。

「何かが―――来る!」

沙月の声と同時に、黒い影が飛び出してきた。
大剣。横一文字に走らせる。両断。あるいは薙ぎ倒される数体のミニオン。




「はああああっ!」




黒い影の正体は、大剣を手にした少女であった。
長い金色の髪を風に靡かせて、気合を走らせる。
大剣を力任せに振るうのはでは無く、洗練された動きでミニオンを屠っていく様子は鬼神の如くである。

「―――フッ!」

7体程を一人で倒してしまった少女は、タンッと地を蹴って望達に前に立つと、
見惚れてしまいそうな美貌に違わぬ澄んだ声でこう言った。

「我が名はカティマ=アイギアス。
異変を察して駆けつけました。微力ながらお味方させて頂きます」

「ヒュウ。大剣と美女。絵になるねぇ」
「か、かっこいい……」

口笛を吹きながら軽口を叩く浩二と、キラキラした瞳をうかべる希美。
沙月は、そんな二人を嗜めると、カティマと名乗った少女に視線を向けた。

「ありがとうございます。ご協力お願いします」
「はいっ!」

カティマが応援に駆けつけた事により、形勢は逆転した。
そこで浩二は一計を思いつき、ポンと手を叩く。

「先輩! せっかく5人いるのだからインペリアルクロスでいきましょう!」
「は? 何を言ってるの斉藤くん?」
「いいから、先輩。インペリアルクロスと叫んで!」
「~~~っ、もう、わかったわよ! インペリアルクロス!」

浩二が何を言ってるのか意味不明だったが、口論している暇はないのでとりあえず叫ぶ。
すると、他の四人は沙月を中心に十字を作るように、東西南北の方向にジャンプした。

「はぁ……斉藤……おまえってヤツは……」

「ハハハ。世刻よぉ。ため息なんて吐きながらも、
ちゃっかり合わせたってこたぁ、オマエだってまんざらでも無いんだろ?」

「えへへーっ。ノゾムちゃん。あのシリーズ好きだったもんねー」

クロスの上の位置にジャンプした望がため息交じりに言うと、クロスの右にジャンプした浩二が笑う。
後ろにジャンプした希美は、望を見ながらニコニコとしていた。

「―――ハッ!? え? あれ?
何で私は、ごく自然にこのポジションにジャンプしてしまったんでしょう……」

「………何、コレ?」

戸惑っているのはクロスの下にジャンプしたカティマで、呆れているのは中央の沙月。
沙月はこの不思議現象に納得がいかなかったが、この陣形自体は悪くないので、
そのまま戦う事にするのだった。

「流し斬り!」
「二段斬り!」
「エイミング!」
「切り落とし!」

一人だけ攻撃技をもっていない浩二は、
俗に言うベアポジションで攻撃を受け流す技・パリィをひたすらしていたが、
他の四人が次々と攻撃技を繰り出してミニオンを倒していく。

「うおおおっ! パリィ! パリィ! パリィ!」

そして、ベアポジションで一番攻撃を受けながらも、浩二は何とかパリィで凌ぎきるのだった。

「HPがアップ!」
「愛がアップ!」

戦いが終わった後に、浩二と希美がくるくると回って誰も居ない所にキックしていたが、
沙月はそんな二人の言葉を聞かないように、見ないように、耳を押さえてしゃがみ込む。


「ほら、沙月先輩も一緒にやりませんか? 魅力がアップ!」
「あはは、楽しいですよー」
「あーあーあー! きこえなーい!」


望は苦笑を浮かべながら沙月の肩をポンポンと叩き、
カティマはそんな彼等の様子を不思議そうに見つめるのだった……








***********







その後。沙月達はカティマと名乗った少女と軽く情報交換をし合うと、
カティマに自分達はこの世界を救いにやってきた天の使いとやらと勘違いされてしまい、
自分の拠点としている村に招待するので来て欲しいと言われ、
沙月達はカティマの村にお邪魔する事になった。

その際に誰が行くかという話になったが、結局のところは永遠神剣のマスター4人と、
カティマの村に行って見たいと希望する学生達を連れて行くという所で落ち着いた。

『そんなゾロゾロと連れていかんでも……
斑鳩女史と世刻の二人にでも行かせればええんとちゃいまっか?』

大所帯で移動する様子を見て、浩二の神剣『最弱』が呆れた様に言う。

「学園のみんなだって、異世界がどんな所か見てみたいだろうさ。
それに沙月先輩は、カティマの招聘を受ける事により、
もしかしたら、この世界の戦争に巻き込まれるかもしれないと警告した上で、
学園の皆の総意を取り、行くと決めたんだ」

『すなわち、永遠神剣のマスターとしてではなく、
この学園のリーダーとして話し合いに行くっちゅー訳やな?』

「そういう事だ。そして、まず危険は無いと判断できる以上、
一緒に言って話を聞きたいと言う学園の者達を止めることはできねーよ」

そう言って、カティマに色々と話しかけてる信介や美里の様子を見る。
一緒に写真なんかもとったりと、楽しそうであった。

『相棒は、この決定に思うところは無いんでっか?』

「まぁ、見た限りカティマに敵意は無さそうだ。なら、反対する理由は無い。
それに、この世界の情報が欲しいというのも事実だしな」

『そやな……』

それで話は終わったようで『最弱』は黙り込む。
それからしばらくすると、美里がカティマを囲んで皆で写真を撮ろうと誘いに来たので、
浩二は頷いて信介達の所へ歩いていった。








***********







夜。皆が寝静まった頃―――

浩二は宿として与えられた部屋から抜け出して村の外に出る。
幸いにして、誰にも気づかれる事の無かった浩二は、村の外の森を一人で歩いていた。

「気分が悪ぃな……」

そして、誰に言うでもなく一人ごちる。浩二は村であったやり取りを思い出していた。
この世界に居るミニオン―――この世界では『鉾』と呼ばれている者達についてと、
『鉾』を使役して、この世界に破壊と混沌を振りまいている男。ダラバ……
自分達は、その男を倒す為に、カティマに協力する事になったのだった。

「ああ、気分が悪い―――」

カティマに協力する理由が、単純にカティマが好きだからとかならいい。納得できる。
けれど、協力する理由が、この世界から出られぬように結界を張り巡らせているのもダラバであるので、
この世界の住人として、暴君ダラバを倒そうとしているカティマと利害が一致したから協力するのである。

この理由の何処が気に入らぬのだ?
利害の一致ではないかと普通の人なら思うだろうが、浩二はそうは思わない。
こんな風にあっさりと大事な物事が決まってしまうと、胡散臭く感じてしまうのだ。


―――誰かが裏で手を引いている。


そんな事を思う自分は狷介なのだろう。
物事を真っ直ぐにではなく、何でも斜めから見てしまう。
そこで一つの事実に思い至り、浩二は声を押し殺して笑った。


「……くく、ははは……ああ……解った……何で俺が、世刻や永峰……
それに、今日出会ったカティマや、カティマの村の人達に苦手意識を持つのか解ったよ……」


彼等は純粋で真っ直ぐで、自分は不純で曲がっているのだ。
だから、世刻望が良いヤツだとは解っていても、トモダチになれない。



「俺の居場所……ココじゃないのかもな……」
「なら、私の所に来る?」



ボソリと呟いた声に答えるように、誰かの声が聞こえた。
浩二は腰の『最弱』を引き抜いて後ろに飛びずさる。

「―――っ!?」

そこに居たのは、占い師のような身なりをした細身の女と、
モンゴル武将のような身なりをした巨体の男であった。

「だ、誰だっ!」

浩二は他にも誰かが居ないのか周囲の気配を探りながら、女と男に声をかける。
すると、女が一歩だけ前に踏み出し、優雅に腰を折って微笑んできた。







「私の名はエヴォリア―――光をもたらす者」










[2521] THE FOOL 7話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:304fa390
Date: 2008/01/19 20:42





「……で、そのエヴォリアさんとやらが俺に何のようだ?」



浩二は、いつ攻撃されても対応できるように全身に気を張り巡らせながら、
エヴォリアと名乗った少女に話しかける。

「言ったでしょ? あそこが貴方の居場所でないのなら、私達と一緒にこない?」

「……俺も男だ。アンタのような美女のお誘いなら話ぐらい聞いてみてもいいが、後ろの男は何だ? 
街頭のキャッチセールスだって、そんな厳つい男が出てくるのは後からだぜ?」

「ああ。彼なら気にしなくていいわ。
耳もないし、口もない……置物がそこにあると思って貰えれば」

「置物……ね」

オマエが一人であれば話を聞いてやるから、後ろの男は帰らせろと浩二は言ったつもりだが、
エヴォリアは男を下がらせるつもりは無いようだ。

「なら、それでもいい。話しを聞こうじゃないか」
「フフッ。そう言ってくれて嬉しいわ」

交渉で一人減るなら儲けモノ。それができぬとしても話をしたいと言うなら浩二は聞くつもりであった。
何故なら、時間が経つほどに自分は有利。
自分が部屋を抜け出した事に気づき、望や沙月が探しにくるかもしれないからだ。

「率直に言って、私達―――光をもたらす者は、才能のある存在を求めているの。
そして、その力を糾合して世界をあるべき形に戻す為に活動をしているわ」

「さっぱり意味がわからんな。才能のある存在というのはどういう意味だ?
世界をあるべき形に戻すだって? ならアンタは、今の世界が間違ってるって言うのかよ?」

「才能のある者とは、すなわち永遠神剣のマスター。
世界をあるべき形に戻すと言う事については、貴方が言ったとおりよ」

「だから、その世界のあるべき形とやらについて詳しく教え―――」
「それは、貴方が私たちの仲間になると了承してくれなければ言えないわ」

浩二は心の中で舌打ちをする。
それでは、結局のところ有無を言わさず仲間になれと言ってるのと同じではないか。
こんなのは交渉ではない。脅しだ。そう思うと、浩二の心がざわりと波をたてる。

「目的は教えぬ。されど仲間にはなれと言う。
そんな説得でホイホイとアンタ達について行く様な馬鹿が居ると思ってるのか?」

「……まぁ、そうね。だからまずは一つだけ―――
貴方が私達の仲間になった時のメリットを教えてあげる」

「フム。アンタの身体を好きにして良いとか? フム。それなら」

「永遠神剣を用意してあげる。
今、貴方が持ってるような貧弱極まりない物ではなく、もっと強力な永遠神剣を」

浩二の軽口をさらりとかわして言うエヴォリア。
これで少しでもムッとしてくれるようなら、心理戦に持ち込めると思ったが無理のようだ。

「そしてもう一つ。ミニオンを使役する力。これを貴方に贈らせてもらうわ」
「ほう……神剣にミニオンを使役する力、ね……」

悪くは無い条件である。強い神剣に、ミニオンを操れる能力。
この二つがあれば、元の世界で世界征服だってできるだろう。

「それは、魅力的な条件だ。だが一つ質問がある。
アンタもお察しのとおり、俺は弱いとは言え永遠神剣を一本持っている。
永遠神剣は何本も持てるものなのか?」

「無理ね。けれど貴方なら持てる筈よ」

「ほほう。それはまた驚きだ。何だ? あれか?
俺は選ばれし者だからとか、特別だからとか、そういうアレか?」

もしもそうなのだとしたら、かなり凄いヤツじゃないかと自嘲する浩二。
しかし、次のエヴォリアの言葉で、その幻想は儚く散った。

「貴方が今持ってるソレ―――永遠神剣では無いもの。
だから、貴方は永遠神剣を持つことができるわ」

「ええ!?」

慌てて『最弱』を見る浩二。しかし『最弱』は黙して何も語らなかった。

「どうやって作ったのか、どこで作られたモノであるのかは解らない。
けれど、その永遠神剣モドキが本物の永遠神剣では無い事は確かよ?
それは、貴方が神剣による干渉をまったく受けていない事から解るわ」

「おいおい、勝手に決め付けるなよ。
コイツが人様に干渉するほど強くないからかもしれんだろ?」

「確かに、永遠神剣の強さもピンからキリまであるわ。
けれど、どんなに弱くても『ゼロ』なんてありえない」

「―――くっ! だからどうした!」

浩二の理性がやばいと警告を発している。
このまま会話を続ければ、自分はこの女に取り込まれる。

「……貴方だって、できるなら本物が欲しいでしょう?
そんな偽者の神剣では無く、他者を圧する本物の永遠神剣が……」

エヴォリアの声は心地のいい、ぬるま湯のようである。
あるいは精神を安らかにする香のよう。
そんな、人を惑わせる響きがこの女の言葉にはある。
浩二はそれをふり飛ばすように首をブンブンと横に振った。

「オーケー。信じよう。俺の『最弱』は永遠神剣のパチモンだ。
けれど、アンタの仲間になるかならないかは、少しだけ考えさせてくれないか?
俺にも一応立場があるんで、いきなり答えは出せない」

「そうね……なら、次に出会うときまでに考えておいて。
きっと、私達はもう一度出会うことになると思うから……」

「―――その必要は無い」

エヴォリアの言葉を遮るように、今まで一歩下がって沈黙を護っていた男が声を上げた。
背中の槍を引き抜き、ズンズンと浩二の方に歩いてくる。

「光をもたらす者に、このような弱者は不用。この場で引導を渡してくれる」
「ベルバルザード!」

「エヴォリア。何の酔狂か知らんが、神剣の遣い手でさえない者を仲間に引き入れてどうする。
弱者など仲間に引き入れても、我等の足を引っ張るだけ。
戦場において、無能な味方は、敵の名将以上に厄介だと知らぬオマエではなかろう」

ブウンと、槍の一振りで凄まじい風圧を地面に叩きつけるベルバルザード。

「死ね。弱き者よ!!!」

そして、吐き捨てるようにそう言うと、ダンッと地面を踏み抜くように蹴り、
浩二の眼前に迫ると、頭蓋から両断せんとばかりに槍を振り下ろした。


「―――わちっ!」


転がるように横に跳び、斬撃を回避する浩二。
ベルバルザードが槍を振り下ろした場所は、轟音と共に大きなクレバスとなり、
地面の土やら小石が四方に弾け飛んだ。

「っつ~~。やっぱり、このままバイバイとはいかねぇか!」

『相棒! この化け物、ミニオンとは段違いどころか桁違いやで!
正面から戦って適うモンじゃありまへんねん!』

「解ってる!」

『最弱』の言葉に叫んで返し、背中を向けると一目散に逃走する浩二。
永遠神剣の肉体強化を施し、森の中を全力で逃げるのだが、
ベルバルザードはその巨体からは信じられぬ速さで追いかけてくる。

「貴様ッ! 刃を一合も交える事無く逃げるか!」
『……後ろでなんか言っとるで、相棒』
「俺の『コレ』が刃に見えるのかよ。バーロー! 眼科行って来い!」

ベルバルザードが繰り出す槍の一撃が、何度か旋風となって浩二を襲う。
しかし、浩二はそれらをかわしながら走り続けていた。

『相棒。村には戻らんのかいな? 一人ではこの化け物を倒せんでも、
世刻や斑鳩女史、永峰女史と力を合わせれば、何とかなるかもしれませんで?』

(阿呆。今、村には世刻達だけじゃなく、学園の皆だっているんだぞ。
そこにこんな化け物つれて帰れるか!)

心の声で『最弱』と対話しながら、浩二は夜の森を駈ける。
顔をあげると月。木々の隙間から、淡い光を放ち自分を見下ろしている。

『ならどうすんねん! 振り切れる自信でもあるんでっか?』
(そうだなぁ……このままじゃジリ貧だよなぁ……でも―――)

思えばあの時も、そうだった。初めてミニオンが学園に現れた日。
自分よりも圧倒的に強き者に追われながら、こうして月の光を見た。
始めこそ暴威に怯み、脅えたものの、いざ事が始まってしまえば震えは収まった。

―――死ぬ気がしない。

根拠は無いのだが、そう確信していた自分。

―――そうだ。そうだった。

よく考えてみれば今だってそうじゃないか。
ベルバルザードという敵は、自分よりも何倍、何十倍も強いと解ってるのに、死ぬ気がわいてこない。

「ハハッ―――」

故に、笑みがこぼれる。
故に、口元が上に釣りあがる。

脳内ではドーパミンがどばどばと作られている。
口の中はアドレナリンで一杯だ。向けられる殺意が心地よい。


―――俺は、今、生きている。


「ハハハハ!!!」
『相棒!?』



木の横を通り抜ける瞬間。浩二は開いている左手を木に叩き付けた。
そして、神剣で強化された握力で握り締めると、ぐるりと180度方向を変える。

「やってやんよ! このデカブツがぁああああああ!!!
ご大層な鎧を身に着けて、槍なんか振り回しやがって!
生まれてくる時代を間違えてんじゃねぇよ!」

「―――ムッ!」

逃げていた浩二が、何を思ったのか突然反転して自分に向かってくる。
ベルバルザードは、迎撃するべく槍の持ち方を変えた。

「ハッハー! くらえやああああああ!!」

とび蹴り。加速の力も加えて飛んで来る。
打ち落とすのは間に合いそうも無い。ならば防御。
ベルバルザードは、槍で浩二の蹴りを受け止める。

「ふんっ!」

浩二の加速と体重を加えた浩二の跳び蹴りを槍で受け止めたベルバルザードは、
若干後ろに押されながらも、その剛力で押し返す。浩二は空中に放り投げられた。

「おっと!」

浮き上げられる形となった浩二は、空中で二度回転して大地に立つ。
ベルバルザードは、先程とは打って変わって嬉しそうな声で言った。

「ククッ。思ったよりはやるでは無いか……
……その目。その機転。先程までの無様は演技か?」

「さてな。だが、逃げるのはもうやめだ! 死ぬ気がしねぇんだよ。
オマエ如きが相手じゃ、ちっとも死ぬとは思えねぇ……
ならば怯える理由が何処にある。オマエじゃ、俺を、殺せない―――」

「―――フハッ、ハハハハハハ!!!!
よくぞ吼えた。小僧! ならば我が力……とくと見るがいい!!」







************





「ガリオパルサ!!」




ベルバルザードは、己が神獣の名を告げると、彼の背後には赤い巨体のドラゴンが現れた。
永遠神剣・第六位『重圧』の神獣ガリオパルサ。
それは『暴君』の異名をとる、獰猛で凶暴なレッドドラゴンである。

ギョロリと飛び出た瞳は、全てを見据える幻獣の王の如く見開かれ、
並の剣では傷一つつける事も不可能であろう鱗が、月明かりに照らされぬらりと輝いている。

全てを飲み込んでしまいそうな口は大きく開かれ、
岩をも砕いてしまいそうなアギトが恐怖を振りまいている。

そんな、恐怖の塊のようなベルバルザードの神獣を見て、浩二は―――





「―――ハハッ」




―――笑った。




「ドラゴンだってよ。オイ! これぞファンタジー!
これぞ、剣と魔法の物語。俺は今、すげーいい体験してるぜ!」

「……………」

テンションのギアがトップに入っている浩二は、ドラゴンを前にして破顔する。
歴戦の勇士であり、幾多もの強敵と戦ってきたベルバルザードであるが、
己の神獣を出した時、恐れられたり、負けるものかと奮い立たれたりした事は数あるが、
喜ばれたのは初めてだ。

「そんなドラゴンに立ち向かう勇者―――俺ッ!!!」

そして突っ込んでくる。
ガリオパルサが腕を振り下ろすが、それを掻い潜って向かってくる。
蹴りがきた。神剣の力を上乗せして放たれる蹴りが。
ベルバルザードは、そんなものは防御する必要は無しと、懐に飛び込んできた浩二に石突をくらわせる。

「がはっ!」

吹き飛ぶ浩二。しかし、浩二は転がっている途中で立ち上がり、もう一度同じように向かってくる。
ベルバルザードはそれに合わせる様に槍を横薙ぎに払った。

「でいっ!」

浩二はそれをスライディングでかわす。
そのまま股下を通り抜け様に、男の急所にパンチを放つ。
普通ならば悶絶ものであろうが、ベルバルザードはダメージを受けた様子も無く、
振り向き様に槍を振り下ろして来た。

「おっと!」

その斬撃を避けるために、手を突いて横に転がる浩二。

「人体の急所など!」
「うほっ!」

―――ザクンッ!

「永遠神剣のマスターには!」
「うひょ!」

―――ザクンッ!

「通用せぬわ!」
「―――っ!」

転がる浩二を刺し貫こうと、ベルバルザードは槍を突き立てるが、浩二は転がり続けてそれを避ける。
しかし、最後の突きは浩二を刺し貫くのではなく、
進行方向を塞ぐためにわざと前方に突き出されたので、
浩二の動きは地面に突き立った槍にぶつかって止められた。

「……手こずらせてくれおって、雑魚が!」
「ぐっ!」

襟首を掴まれて引き起こされる。こうなっては浩二は避ける事ができない。
しかし、この体制になる事こそが浩二の狙いであった。

「……ううっ……いつ、だったかな……こんな話をしたのは……
他の永遠神剣の遣い手と俺が戦ったら、その実力は月とカメムシだって―――」

「っ!?」

突然、訳の判らぬ事を喋り始めた浩二に、ベルバルザードは嫌な予感を感じて槍を突き立てようとする。
しかし、ぶら下げられながら、手に何かをもった浩二がソレをベルバルザードに投げつける方が早かった。

「くらえ! カメムシの出す臭い液体ならぬ、斉藤浩二が投げつける硫酸だぁ!」

―――ガシャン!!!

「ぐおおおおおおおおおっ!!!!!」

顔に硫酸の入ったビンを投げつけられ、叫び声をあげるベルバルザード。
たまらず襟首掴んで捕まえていた浩二を放す。

「ぜっ、はぁ……ぜぇ……理科準備室から失敬した俺の切り札だ……
……コレを……硫酸を顔面にくらったら……」

永遠神剣のマスターとて、只ではすまぬだろう。
そう思った浩二は、そこで緊張の糸が途切れたのか、
いいぐあいに脳内麻薬でイっていたのが醒めたのか、してはいけない油断をしてしまった。


「―――っ! があああああああっ!」


浩二が戦っている相手はベルバルザード。いかに有効なダメージを与えたとしても、
とどめを刺すまでは油断できぬ歴戦の勇士である事を忘れて―――


「な? うごっ―――!」


その結果、苦し紛れに振り払ったベルバルザードの薙ぎ払いを受けて吹き飛ばされる。
永遠神剣『重圧』の力も加わったその一撃は、浩二の身体を遥か遠くに吹き飛ばした。

「がっ! うがっ! ぐお!」

木を何度もへし折り、それでも浩二を吹っ飛ばす力はなくならない。
そして、浩二は森の先にある、崖になった場所に放り出され―――








「のうわあああああああああああ!!!」







―――悲鳴と共に落下していくのだった。










[2521] THE FOOL 8話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:304fa390
Date: 2008/01/22 07:32








その日。ソルラスカは川で洗濯物をしていた。
早朝の事である。旅の間に溜まった汚れ物を、偶然早く目が醒めた今やってしまおうと思ったのだ。

「やっぱ、水だけじゃ落ちない汚れもあるよなぁ……
ま、しないよかよっぽどマシだけど」

そんな事を呟きながら、手もみ洗いでジャブジャブと洗い続けるソルラスカ。
横には今までソルラスカが洗った洗濯物が積み上げられている。
その中には、旅のツレである少女タリアの上着類もあった。

余談であるが、以前にもこうやって早く目が醒めたソルラスカは、
二人分の洗濯物をまとめて洗ってやった事がある。
その時は、タリアに正座させられ往復ビンタをされた。何故なら、タリアの下着も纏めて洗ったから。

邪な気持ちは欠片も無かった。誓って言える。100%善意である。
だが、女の子の下着を無断で洗濯する行為は、タリア的には許せるモノでは無かったらしい。
その結果が往復ビンタ。だから今回は、きちんと『タリアの洗濯物を選別してから』洗濯をしている。

「へへっ……」

どうよ今回は? 今回こそ、自分の好意にタリアは感謝してくれるだろう。
そんな事を考えながらソルラスカは笑顔になった。

「………のわッ!? なんだあれは!」

その時である。川の上流から人が流れてきた。
青い服を着たボーズ頭の少年が、木に捕まった状態で流れてきたのである。

「―――チイッ!」

迷っている暇は無いと、川に飛び込むソルラスカ。
泳いで流されてきた少年の所にまで行くと、まずは呼吸をしているのか確かめた。
生きている。川の水によって体温を奪われ続けたのか青白い顔をしているが、まだ生きている。

「おい、しっかりしろ。死ぬなよ。今助けてやるからな!」

聞こえていないとは解っていたが、そうやって力づけながら流木ごと少年を岸に近づける。
それから程なくして岸に辿り着くと、ぐったりしている少年を背負って、
自分とタリアがキャンプ地にしている場所に急ぐのだった。





「タリアーーーー! 急患だぁ!」







***************







「……うっ」



浩二は、パチパチと火の粉が爆ぜるような音で目が醒めた。
ここは何処だ? 俺はいったい? 目覚めると同時にそんな事を思うと、
少し離れた場所から、女の子の怒鳴り声が聞こえてくる。

それが気になり、浩二はかけられていた毛布をどけて立ち上がると、
恐る恐るテントから顔を覗かせるのだった。

「ちょっと! ソル! 私の洗濯物は自分でやるから洗わなくていいって言ったじゃない!」
「だ、だからよ~~……今回はきちんと下着は抜いてあるだろう?」
「~~~っ! そう言う問題じゃないの!」

顔を真っ赤にして怒っている少女と、正座させられている少年。
誰だあいつ等は。そしてココは何処だ?

「ソルが! 私のっ! 洗濯物を、かってに持ち出すのが問題なのっ!」
「何故それが問題なんだ?」
「~~~っ! こやつは、こいつは……そこまで私に言わせるか!」
「だから、何で怒ってるんだよ?」

まずは記憶を整理してみようと思う浩二。
一番最近の出来事は確か、夜にエヴォリアという少女と出会い、仲間になれと言われた事。

「だって心配でしょう。あの、えっと……う~~っ、あーーー!」
「訳がわかんねーよ。理由も無いのに正座させられるんじゃ、流石の俺も納得できねーぞ」

「ああああーーー! もう、嫌なのよ! ソルが、男の人が!
私の洗濯物の匂いをかいで、はぁはぁとかうへへへ……とか、やってるかもって思うとっ!」

「なっ、ちょっ、ば―――バカヤロウ! 俺がそんな事するかあああああ!!!」

そして……そうだ。ベルバルザードとか言う時代錯誤野郎と戦ったのである。
硫酸をぶっかけて倒したと思っていたら、不意打ちをくらって吹き飛ばされ谷底に落とされたのだ。

「疑わしいわね。男の人は、そういう事をするってフィロメーラも言ってたわ!」
「しねーよ。何が悲しくて、汗臭い服の臭いをかがなきゃならんのだ!」

いや、残念だがソルさんとやら……
俺も男はそう言うことをする生き物だと思うぞと呟く浩二。
だから世の中には痴漢やら、盗撮やらをするヤツがいる訳で―――と、考えた所でブンブンと首を振った。

そんなアホみたいな痴話喧嘩にツッコミをいれている場合ではない。
今は状況をきちんと整理して把握しなければと再び考える。

「知らないわよ! でも、そういう統計が出ているって―――」
「誰がとったんだよ、それ! いい加減な事を」
「旅団の諜報部よ!!」

「……ばっ、そんなくだんねー事してんじゃねーよ! アホか!
もっと、やらなきゃいけない事は沢山あるだろうが!」

「……むっ、サレス様の命令にアホですって?」

「って、命じたのサレスかよ! 何やってんだよ!
こんなヤツがリーダーだなんて、終わってんなこの組織!」

「ソル……ソルラスカ……許さないわよ……
サレス様を侮辱することは……絶対に、許さないわよ……」

「おっ? てめ、やるか? コノヤロー!」


外の痴話喧嘩はヒートアップするばかりだ。
浩二は考えを纏めたいのだが、外の痴話喧嘩が五月蝿すぎて上手く考えが纏まらない。
故に、どうしようも無いから外に出る事にした。

ベルバルザードに吹っ飛ばされて谷に落ちた自分は、下がたまたま川だったので助かった。
そしてたぶん、あの二人に助けられたのだ。そしてココに寝かされて居る。
助けてくれた以上は、敵意は無さそうだ。とにかく話を聞いてみなければと結論をだして―――






「ストップ! 喧嘩ストーーーーップ!」







***************






「……そう。貴方、斑鳩の……」





タリアと名乗った少女に差し出された朝食をとりながら、
浩二は濡れてぐしゃぐしゃになっている制服と『最弱』を乾かしていた。
今はソルラスカと名乗った男の服を借りて着ている。

『あ、やめて。ワイ、火にも水にも弱いんや!』

何か言ってるが気にしない。この永遠神剣もといパチモノ神剣は、
外観は紙で出来ているので、浩二が持って強化せねば水にも火にも弱いのだが、
チリや灰の一欠片でも残っていれば、そこから再生する事を二年の付き合いで知っている。
この程度なら、乾かせば明日の朝には元通りになっているだろう。

『アーッ! らめぇーーーーー! 熱いのーーーーーっ!』

出会った時『最弱』はトイレットペーパーであった。
浩二と出会う前には、何度も廃品回収に出されて古紙と共にリサイクルされていたらしい。
コピー用紙になった事もあった。書籍になった事もあった。
そして最後にはトイレットペーパーとなり、スーパーに並んで斉藤家に買われて来たのである。

「まさかなぁ、こんな所で沙月の学校の仲間が見つかるとはなぁ……」

腕を組んで考え込むような表情をしているのはソルラスカだ。
浩二は自分を助けてくれたのが彼だと聞かされると感謝し、
その後に自分の事を尋ねられたので説明すると、凄い驚いた顔をした。

何故ならソルラスカとタリアの二人は『旅団』という組織に属する永遠神剣のマスターで、
浩二の学校の先輩であり、現在物部学園を引率する斑鳩沙月も旅団の一員であるという事だったからだ。

「こっちこそ驚きですよ。まさか、沙月先輩が異世界人とは……
……色々と知ってるんで、何かあるとは思っていけたど……」

「それで、貴方は斑鳩の通っている学園の学生であり、今まで行動を共にしていたけれど、
昨夜ミニオンに襲われ、崖から落ちてここに流れついて来たと言う訳ね?」

「ええ、まぁ……」

エヴォリアとベルバルザードの事は伏せてある。
『光をもたらす者』とかいう組織の仲間になれと誘われた事などを、
馬鹿正直に言う必要は無いと思ったからだ。

「何で夜に一人で出歩いていたの? 貴方」
「夜の散歩が好きだから」
「はぁ?」

タリアは思いっきりバカを見るような目で浩二を見る。
しかし、ソルラスカの方は、納得したような顔をしていた。

「わかるぜ。俺も夜に一人で散歩するのは好きだからな」

ソルラスカの神獣はウルフ形で名前は『黒き牙』
群れの中に入れば、群れの仲間を護るために戦うのが狼という生き物だが、
一人になる事を好むのも、また狼だ。
故に、浩二が仲間という群れの中から離れ、一人で散歩をしていたという答えに納得を示したのである。

「……う~ん……」

タリアは顎に手を当てて、敬愛する男性であるサレスの事を思い浮かべると、
確かに、サレスにも独りを好んだりする時があるなと思い当たる。

「……男ってそういうモノなのかしらね……」

なので、タリアは『男とは時々、夜中に意味も無く徘徊する生き物である』という認識を持つことにした。

「まぁいいや。とにかくオマエは物部学園とやらに戻りたいんだな?
そういう事なら丁度良い。俺達も沙月と合流しようと思っていたんだ。一緒に来いよ」

「そう、ね……こんな所で放り出す訳にもいかないし」

ソルラスカが浩二を誘うと、タリアも仕方ないと言わんばかりの顔をする。

「………お願いします」

浩二は一瞬だけ罠の可能性も考えたが、結局は首を縦に振って一言だけそう告げた。
ソルラスカもタリアも、昨日のエヴォリアのように交渉や暴力の上手そうなタイプではない。
何か考えがあって自分を利用しようとするのだとしたら、もう少しらしい性格のヤツをよこす筈だから。








*******************








「斉藤くん……まだ見つからないんですか?」

希美のその質問に、額から頬まで届く傷跡が特徴の騎士は首を振った。
名をクロムウェイ。王女カティマを補佐するアイギア王国の騎士にして、
実質的なアイギア王国の総大将である。

「部下に周辺を探らせているのですが、未だに……」
「クロムウェイ」
「どうした? カティマ」
「出撃を……遅らせる事はできないのでしょうか?」
「それは、できません……」

カティマの言葉に首を振るクロムウェイ。
希美はそんなクロムウェイにくってかかろうとしたが、それは沙月によって止められた。

「軍隊ってのはね。一度命令を出してしまえば、そんなに簡単に止めていいものではないの。
すでに先発隊はアズライールに向けて進軍を開始してしまっている。
それを、私達の都合で止めるわけにはいかないわ……」

「でも……」
「それなら、沙月殿達は斉藤殿が見つかったら合流してください。それまでは私が―――」

カティマが妥協案として言うが、沙月はそれに対しても首を横に振る。

「今回の決起は、私達が敵のミニオンを引き付ける事が大前提で始まったもの。
だから、私達が作戦から外れたら、多くの兵士達が死ぬことになるわ」

「………はい。お恥ずかしい話しですがそのとおりです」

沙月の言葉に頷くクロムウェイ。

「こうやって、私達が出撃を遅らせている事だって、本来なら危ないんだから。
だから……後、30分が過ぎても斉藤君が見つからなかったら……」


―――浩二を置いていく。


最後までは言わなかったが、沙月はその決断をしていた。
掌をぎゅっと握り締め。今はここに居ない、
捜索に加わっている望が浩二を見つけてきてくれる事を願って。

「……戻りました」

やがて望が帰ってくる。
その隣には浩二の姿がある事を期待したが、望は一人であった。

「斉藤のヤツは見つかりませんでしたけど、
森の中には誰かが交戦したであろう痕が残っていました……」

「……どんなの?」

「えっと、何か巨大な隕石でもぶつかったかのような大穴と、
不自然に折れた木が数本です」

望が説明した戦場痕の様子から察するに、それは永遠神剣の力で行ったモノだった。
人為的に隕石が落ちた跡のようなクレバスを作ることなど出来るはずがないからだ。

「先輩……やっぱり、これって……」
「斉藤くんが誰かと戦ったんでしょうね……」

能天気そうな浩二の顔を思い浮かべて、沙月は小さくあの馬鹿と呟く。
弱いくせに。どうして自分達に助けを求めようとしなかったのか。

「どうして……」

希美も同じ考えだったようで、スカートの裾をぎゅっと握りながら震える。
そんな二人の少女の姿を見ながら、望がポツリと呟いた。

「……斉藤が、どうして夜中にあんな所にいたのかは判りません。
けれど、そこで戦闘になったのなら、俺も……みんなの所には戻らなかったと思います……」

「どうして!? 望ちゃん! 私達、仲間なんだよ!」

「仲間だからだよ! 昨夜ラダの村には学園のみんなだって居たんだ!
そんな所に敵を連れてきたらどうなると思う!」

「―――っ!」

望の怒鳴り声に希美が息を呑む。
クロムウェイとカティマは、そんな彼等の様子を不安そうに見つめていた。

「斉藤は、たぶん……昨夜、自分に今出来る事を精一杯やったんだ。だから―――」
「……私達も、今出来る事を精一杯やらなくちゃね?」

辛そうに言う望の言葉を、沙月が続ける。希美も頷いた。

「それに、斉藤くんの事だから、すぐにひょっこり戻ってくるわよ」
「そうですね。殺しても死にそうにないヤツですし」
「あはは。そうですね。きっと……うん」

カティマは、そんな風に軽口を叩く沙月達を見て天を仰いだ。
彼等は強い。そして、仲間の事を心の底から信じている。
今朝になって浩二が居ないという騒ぎが起きたとき、
彼は戦争が怖くなり逃げ出したのかもしれないと思った自分を恥じた。

「クロムウェイさん。私達の都合で進軍を遅らせて申し訳ありませんでした。
斑鳩沙月、世刻望、永峰希美の三名。契約に基づき戦列に加わります」

「すみません……斉藤殿の捜索は、我が部下が引き続き行いますので」
「……ありがとうございます。それじゃ行くわよ。望くん。希美ちゃん!」

望と希美の二人は沙月の言葉に首を振って頷くと、
神剣の肉体強化を行い、矢のような速さで村を出て行く。
カティマは、そんな三人の背中を慌てて追いかけながらこう呟いた。

「仲間……か。羨ましいですね……」

クロムウェイや、王国の騎士たちという部下は居ても、
アイギア国の姫であり、永遠神剣の遣い手という立場から
対等の仲間や友人というものが今まで居なかったカティマ。
そんな彼女だから、望や沙月達が眩しく写り、羨ましいと思うのだった。






「いつか……私にも、仲間ができる日がくるのでしょうか……」











[2521] THE FOOL 9話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:304fa390
Date: 2008/01/25 20:00








斉藤浩二は、タリアとソルラスカから数歩離れた場所を歩いていた。
沙月達と合流すべく、アズライールへと向かう途中である。
そんな道すがら、浩二は昨夜から気になっている事を聞いてみる事にした。

(……なぁ、最弱……)
『なんでっか? 相棒』

(昨日のエヴォリアの話は聞いていただろう。
……おまえ、本当に永遠神剣じゃないのか?)

『……………』

浩二の問いに沈黙する『最弱』だが、浩二としては別にどちらでもいい内容だった。
この『最弱』が永遠神剣であろうが、その偽者であろうが構わない。
その程度にはこの相棒の事を気に入っている。
だが、これからの事もあるので偽物か否かは聞いておきたかったのだ。

(俺は、さ……別に大きな力なんて求めていない。最低限の身を護れる力があればそれでいい。
今更おまえが偽物だと解っても、力を得たいが為に他の神剣に乗り換えようなんて思わないさ。
だから、正直に答えてくれ。おまえは―――)

『……そのとおりや……ワイは永遠神剣やおまへん……
そう名乗ってるだけのバッタモンや……』

(……そうか。エヴォリアの言っていた事は本当だったんだな……)
『……すんまへん……嘘をついてた事はあやまります。けど……』
(けど、何だ?)

『相棒が永遠神剣の適格者である事は嘘やあらへん。
波長があう永遠神剣があれば、相棒は正規の永遠神剣のマスターになれまっせ。
そして、たぶん―――かなり上位の神剣であろうとも相棒なら使いこなせる筈や』

基本的に永遠神剣が己のマスターに求めるモノは、それぞれの神剣が渇望する欲を満たす事である。
そこで意思の力が弱いマスターは、神剣の求める欲求を抑えられずに支配される。
マスターが神剣を使役するのではなく、マスターが神剣の手足に成り下がるのだ。

そして、一位から十位まである永遠神剣は位が上がるほどに、
神剣の欲求は強くなり、マスターを支配しようと心を侵食してくると言われている。

『二年の間、相棒を見てきた訳やけど……ワイは、永遠神剣のマスターとして、
相棒が世刻のヤツや斑鳩女史に劣っとるとは思わへん』

(それは、身内贔屓だろう。俺に、世刻や沙月先輩ほどの心の強さはねーよ)

ハハッと笑いながら『最弱』の言葉に答える浩二。
『最弱』は、そんなマスターの顔を見ながらフッと溜息を吐く。
そう思ってるならば、それでも良いだろう。
これ以上自分が何か言おうとも、笑って流されるだけならば、あえて今は何も言うまい。







『けど、相棒……世界中の誰が信じんでも、ワイだけは信じとるで……』







***********







「だから言ったんじゃねーか!
こんな街なんかほっといて先を急ごうって」

半壊し、人の居なくなったアズライールの街。
そんな街の光景を見たソルラスカは、忌々しげに地面を蹴りつけた。

「そうね……斉藤浩二とか言うお荷物なんて拾わず、
ソルラスカという無能な仲間が寝坊しなければ、今頃は斑鳩達に追いついていた筈だけど」

「何だよ。俺と浩二のせいだって言うのかよ?」
「そのとおりよ」

沙月達を追う浩二達の一行は、一日かけてラダの村に辿り着くと、
村人達に沙月達は昨日の朝に出撃したと聞かされた。
出来る限り浩二の捜索をしたようだが、軍が出発してしまったので、行かざるを得なかったらしい。
故にこうして、沙月達の進軍後を追いかけているのである。

その際に、ソルラスカは沙月ならば最初の攻略拠点であるアズライールの街などは、
とっくに突破しているだろうから先を急ぐべきだと主張したが、
タリアは『鉾』に占拠されていた街の調査も任務であると言ってソルラスカの意見を退けたのだった。

「まぁまぁ、二人ともそう喧嘩腰になるなって」
「私は喧嘩腰になんてなってないわ。ソルがキャンキャンと噛み付いてきてるだけよ」
「何だとッ! テメェ!!」
「落ち着けソル! ここで怒ったら、タリアの言葉を肯定する事になるって!」

タリアに飛び掛ろうとするソルラスカを遮るように、
浩二はソルラスカの前に手を広げて立ちふさがる。

「けどよ。オマエは腹たたねぇのかよ? こんな風に言われて……」
「それぐらい、笑って流せる程度の甲斐性はあるさ」
「あーそーかい、そーかい。どーせ俺にはねーよ!」
「だから、拗ねるなって」

こんなやりとりをしている男二人を尻目に、タリアは崩れかけた教会の中に入っていく。

「おい、まて、タリア!」
「ソル! 好きな女の子の気を引きたいのは十分に解るが、落ち着け!」

「なっ、ばっ―――馬鹿いうなコノヤロウ!
おまえ、何を馬鹿言ってるんだ! 俺が、タリアを……そんな訳ねーだろ!!」

「じゃあ嫌いなのか?」
「あったりめーだ!」

フン。とそっぽを向きながら言うソルラスカを見て浩二は笑顔を作る。
出会って二日しか経ってないが、浩二はソルラスカという少年が嫌いでは無かった。
だからこのようにすぐ打ち解け、俺おまえの関係になっているのである。

「そうか。そうだよな。だって、アイツすげー性格悪ぃモンな?
いつもギスギスしてやがるし、お高くとまってやがる。
あんな、年中ヒステリー女を好きになるヤツなんていねーよな。ハハハ」

「……………」
「あんなんじゃ、一生恋人なんてできっこねーよ。だからあんなヤツ―――」

浩二が肩を竦めながらタリアの悪口を並び立てると、
黙り込んでしまったソルラスカが勢いよく顔をあげて浩二の胸倉をつかむ。

「オマエにあいつの何が解るってんだ!!」

叫ぶソルラスカの瞳は、真っ直ぐな怒りに燃えている。
これはブン殴られるなと思った瞬間。予想通りに殴られていた。

「―――ぐおっ!」

「はぁ、はぁ……アイツはなぁ……口はああだけど、いいヤツなんだよ!
ただ、素直になれないだけで……優しいヤツなんだよ!」

「いっ、ててて……」

モゴモゴと口を動かしながら立ち上がる浩二。
口の中が切れて滲み出た血を、唾と一緒にペッと吐き捨てる。

「それが解ってるんならさ……さっきみたいに、いちいち怒るなよ……」
「……え?」

「おまえが、さ……彼女と喋るときに誰を意識してんのか知らねーけど……
大丈夫だって、おまえは良いヤツだよ。その誰かさんがどれだけ良い男だとしても……
彼女に男を見る目があるのなら、最後に選ぶのはおまえだ」

「……おまえ、今の……」

浩二が憎まれ口を叩いた理由を知って、ソルラスカが目を大きくする。
そんなソルラスカに浩二は笑った。







「だからな。ま……落ち着け」







***********






夜。浩二は焚き火の前で『最弱』と他愛も無い雑談をしていた。
確立は低いであろうが『鉾』が襲ってこないとも限らないので、
夜に眠るときはこうして順番で見張りをやっているのである。

『けど相棒。らしくない事をやりまんなー』
「何の事だ?」

『昼間の事やがな。タリア女史とソルラスカの間を取り持とうなんて……
何かの魂胆あっての事でっか?』

「わかってて聞いてるだろ? オマエ―――」

仲間になる人間には媚を売っておく。それが斉藤浩二の処世術である。

『ナハハ。やっぱりなー。そうやと思ったで』
「でも、正直羨ましいと思うよ。あんな風に誰かを好きになるなんて、俺には無理だからな」
『何や? 相棒は斑鳩女史の事が好きなんとちゃうんか?』

「好きか嫌いかで言われれば好きだよ。
けど、恋人になりたいかと聞かれたらNOと答えるな。俺は」

『向こうからなってくれ言うてきても?』
「それは無い」
『もしもの話や』

沙月と、いわゆる恋人同士とやらになった姿を思い浮かべて見る浩二。
望のように抱きつかれる自分。望のようにじゃれつかれる自分。
そこまで考えたところで、ククッと笑った。


「ねーよ」


―――その構図は、無い。


「世刻がいる限りありえないな。そのIFは」
『じゃあ、世刻はバナナの皮ですべって階段に頭ぶつけて死んだという設定や』
「ぎゃははは。何だ、その情けない死にっぷりは!」

バナナの皮ですべって階段に頭ぶつけて死んだ望。
そんな事があれば、まずは希美が使いものにならなくなるだろう。
下手をしたら後追い自殺をしてしまうかもしれない。
とにかく最悪な状況になり、好きだ嫌いだとか言ってる場合じゃなくなる。

「物部学園の面子で……世刻、永峰、沙月先輩が死ぬという選択肢はねーよ。
この三人のうち一人でも欠けたならこの所帯は終わる。死んでも支障がねーのは俺だけだよ」

死んだら悲しんではくれるだろう。
だが、自分が欠けたとて『物部学園』という所帯が崩壊する事は無い。

アイツはいいヤツだったね。
アイツの死を無駄にしない為にも、俺達は生きて帰るぞ。おー!

……とか言って、この世界から飛び去っていくものべー。


―――THE FOOL 完


本当にありがとうございました。


「……うわ、てめ! なんて嫌な事を認識させるんだよ。燃やすぞ」


『なっ! やめて、やめてや! 燃やさんといて!』
「なら謝れ。ひぃと言え!」
『すみません。ひぃーーーーー!』


焚き火に近づけられて叫ぶ『最弱』と、悪い顔をした浩二。


「もうオマエなんか知らん。オマエを燃やした後―――
俺は、俺の持つべき本来の永遠神剣『ウルトラ超一位・超絶無敵最強奇跡』を手に入れる!」

『何やねん! その、とりあえず強そうな言葉を並べてみました的な神剣は!
そもそもウルトラ超一位って、何で形容詞が続いとんねん』

「ちなみに形は、背の丈ほどある大剣!」

『うわ、でた! とりあえずでかい剣を背負っていればカッコイイんじゃねーの的な、
今時の流行はバッチリおさえてますぜ。ウヘヘなフォーマル!」

「しかも、俺が本気を出したら光る!」

『何で光る必要があんねん! 最近の若い奴等はアレや、何かある度にすーぐ光たがる!
そんなに光りたいなら、身体中に金メッキでも貼り付けとけや。皮膚呼吸できんでぶっ倒れるから!
それに、ブッ殺す事だけを追求するなら、見た目はなんも変化ないほうが、不意もうてるっちゅーねん!』

「後は……」
『もうそんな所でっか?』
「そうだな……」

言いたい放題言うと『最弱』を顔に近づける浩二。
『最弱』も顔があったならば浩二に近づけるような仕草をする。
そんな風に、数秒だけ見詰め合うと―――



「ぎゃっはっはっは!!!!」
『アーッハッハッハ!!!!』



―――同時に噴出して大笑いした。



「ブハハハ! フハ、フハハハハ!!!」
『ククッ……ブワハハハハ!!!』



地面をダンダンと叩き、転がりまわり、可笑しくてたまらないと笑う『最弱』と浩二。





「………何やってるの? 貴方達……」




そんな馬鹿神剣と馬鹿マスターの様子に、
見張りの交代でテントの外に出てきたタリアは溜息をつくのだった。













[2521] THE FOOL 10話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:518f6bec
Date: 2008/01/29 06:59







「ソル。おまえにいい物をやるよ」





旅の途中の獣道。
暇な時間を見つけて作ったあるモノを差し出しながら浩二は言った。

「ん? 何だコレ……箱?」

「うん。まぁ、コレをだな……
気になるあの子へプレゼントとかすると喜ばれるんじゃないかな?
確信はないけど、確実に要るモノだし……」

「いったい何だよ……」

そう言って、ラッピングされた箱を開けようとするソルラスカ。
浩二は、贈答用にラッピングされた物が無造作にビリビリと破られようとしているのを見て悲鳴を上げた。

「よせ! せっかく綺麗に包装したんだぞ! そのまま持って行け!」
「あん? だから何だよコレは!」

「いいからそのまま持って行け! そしてこう言うんだぞ。
一言一句間違えるな。間違えたら台無しだからな!」

「お、おう……」

くわっと目を見開いて肩をつかんでくる浩二の勢いに押され、ソルラスカはこくこくと首を縦に振る。
そんなソルラスカを見て満足したのか、浩二はこう言った。

「必要だと思ったからやる。おまえは女の子なんだから、身体に気を使えよな……だ!」
「そ、それを言えばいいのか?」
「そうだ。それだけを言え。言って渡したらすぐに帰って来い!」
「お、おう……」

釈然としない表情だったが、ソルラスカは浩二の言葉に従いタリアの所へ歩いていく。
その背中を浩二は満足気に見守り、その腰に挿された『最弱』はシクシクと泣いていた。






『あんまりや……あんまりやで、相棒……』
「我慢してくれ『最弱』……これも、円満な人間関係の為だ……」






**************





「おい、浩二! どういう事だ!」


昼になり、浩二は携帯食による簡素な昼食を取っていると、
ソルラスカによって、人気の無い所に引っ張り込まれた。

「どうしたんだよ?」
「おまえ、どんな魔法使った!」
「魔法?」

「今朝のアレだよ。アレ! おまえから貰った物を、
そのまま右から左にタリアに渡したら、何だか俺に少しだけ優しくなったぞ!」

「ほう。それは良かったじゃないか」

ニカッと笑う浩二。

「何だ? あの箱の中には何が入っていたんだ。
やたらと軽かったら、宝石とかそういう類のプレゼントじゃねーだろ!」

「生活必需品だ」
「だから、それを、教えろ!」

浩二の肩を掴んでガクガクと振る。ソルラスカは必死だ。
タリアにこんなに喜ばれる物があるのなら、是非自分でも手に入れたい。

「……お、教えても無理だ。俺以外には入手困難な品だから……」
「そんな意地悪を言うなよ! もったいぶらずに教えてくれよ! な?」
「お、お、お……揺らすな。揺らすな!」

具体的に何であるかと言うのは、己の相棒の名誉ゆえに伏せておこうとした浩二だが、
ソルラスカはそれでは納得してくれそうにないので、ついには諦めて教えてやる事にした。

「はぁ……解った、わかった……教えるよ……」
「おう。頼むぜマジで」
「あの時、箱に入っていたのは、俺の永遠神剣『最弱』の一部だよ……」
「はぁ?」

具体的に説明するならば、ソルラスカに持たせたプレゼントの中身は、
『最弱』の厚さを薄め、ハサミで切断して作ったチリ紙である。

なにせこの『剣の世界』は、文明的には『元の世界』の中世レベルなのでトイレットペーパーが無い。
だから、食うモノを食って出すモノを出した時には、硬い紙をぐしゃぐしゃに揉んで、
柔らかくしたモノを使うのが主流なのだ。

しかも、今は旅の途中であるので、その紙すらも入手する事が困難である。
なので浩二は、今まで用を足した後には大きな葉っぱを使ってケツを拭いていた。
たぶん、ソルラスカだってそうだろう。
この『剣の世界』において、旅人や、貧しい村の人々は誰だってそんなモノだった。

そこで浩二はふと思いついて『最弱』に「オマエはもっと薄く大きく広がれるか?」と問いかける。
すると『最弱』は「できるけど、何でや?」といったので、
これは幸いと、ティッシュペーパーにしてやろうと思ったのである。そして使ってみた。


―――フォオオオオオオ! 素晴らしい拭き心地だ!!!


元の世界に売っているだろう、最高級のトイレットペーパーなど遥かに凌ぐ肌触りだ。
これは凄い。感動した! 思えば『紙』という材質は、色々と汎用が効く素材なのだ。
その気になれば、紙は家だって作れる。ダンボールハウスのように。
そして、風を通さぬ故に中は暖かい。浩二は、改めて自分の神剣は使えるヤツだと思った。

「じゃあ……あの中に入っていたのは……チリ紙?」
「うむ。肌に優しく触り心地の良い、永遠神剣100%のティッシュペーパーだ」
「それは―――確かに……俺には手に入れられねぇ……」

そもそも普通の神経したマスターなら、永遠神剣をそんな風に使おうだなんて思わない。
何故ならどんなマスターでも、永遠神剣の遣い手という選ばれし者の誇りが少なからずあり、
己の神剣の品位をこのように下げようなどとは思わないからだ。そして神剣も嫌がる。

しかし浩二は気にしない。
元々ギャグとしか思えぬ形をした神剣だ。誇りもクソも無い。
用途として別のモノに使えるならば何にでも使うべきだと思った。




『最弱』も、始めは嫌がったが―――




「……芸人の……芸人の世界でも……そうだろ……っ!
喋りで……笑わせられる……綺麗な……芸人もいれば……
身体を張って笑いを取る……俗に言う『汚れ芸人』だっている……っ!」

ざわ…… ざわ……

『まて……相棒……ちょっと……まってくれっ……!
その例えは……どこか……間違っているっ……! 無効っ……』

「ところがどっこい、そうはいきません……!」

ぐにゃあ~~

浩二の言葉に身体を歪ませる『最弱』……っ!
しかし……逆らえないっ……浩二はマスターで……『最弱』は……神剣……っ!
だからっ……逆らえないっ……
『最弱』は、それでも諦めずに起死回生の言葉を捜すが……駄目っ……! 
それを言われたらっ……従わざるを得ない……っ!

「……最弱……最下位どころか……偽物っ……パチモノ神剣……っ!
そんな汚名をっ……このチリ紙作成で晴らすんだっ……それしか……道はないっ……
気づけっ……気づいてくれっ……オマエは……っ!
世刻や永峰や沙月先輩の神剣とは違う……っ! 違うんだ……!」

ボロ…… ボロ……

「……だから……身体を張るんだっ……最弱……っ!
汚れでも……身体を張れば……っ! いつかは輝ける時が来るっ……!
きっと……いや、たぶん……来るはずっ……というか……来てくれ……っ!」




―――という話し合いの末に折れた。




「だから、また必要になったら俺に言ってこい。作ってやるから」

「……あ、ありえねぇ……永遠神剣をハサミで切るとか、
鼻紙やケツを拭く紙に使うとか……なんて事を考えつくんだ……コイツ……」

「なに、ティッシュ一箱分くらいの消費なら、すぐにでも再生するさ」

ハッハッハと笑いながら言う浩二。

「………そ、そうか」

ソルラスカは、浩二の認識を気の合う仲間から、
凄い発想をする只者ではない仲間に変えるのだった。

そして後に―――

斉藤浩二が作るチリ紙は、その素晴らしい品質の良さから、
学園内でオークションにかけられるほど人気が出て、
仲間の女性陣や、物部学園の女子生徒により物凄く重宝される事になる。





『鶴の恩返しっちゅー童話に出てくる、
鶴の気分が一番わかるのは……きっと、ワイや……』







**************







沙月達が手を貸すアイギア王国軍は快進撃を続けていた。
その勢いのまま、暴君ダラバが本拠としているグルン・ドラスを押しつぶさんとばかりに。

しかし、開放したミストルテの街でアイギア王国に伝わる王家の証を手に入れた事により、
亡国の姫から、名実共に新生アイギア王国の頂点に立ったカティマ・アイギアスは、
国土的には膠着状態となった今、これ以上の血を見る事は無いと、ダラバへと停戦調停を申し立てる。
武力による解決では無く、話し合いによって戦いを終わらせようと考えたのだ。

そして、カティマがこの考えに至った経緯は、王家の証を手に入れた事により、
アイギア王家とダラバの因縁を知ったからである。

タラバの一族は、元はアイギア王家に仕える影の一族であった。
諜報や暗殺といった手段で、王国の暗部を支えていたのだ。

しかしある時、ダラバの一族―――レストア一族の者が、敵国に捕らえられ、処刑された。
それだけならば、まだ問題は無かったであろう。
任務で捕らえられたなら、処刑されるのは影の一族の者としては当然の事であったから。

だが、時のアイギア王国の指導者は、栄光のアイギア王国に、
裏で暗躍する一族がいるなどという事実が明るみに出ることを恐れ、
レストア一族を根絶やしにしようとしたのだ。

そうした粛清の中で、唯一人生き残ったのがダラバ。本名をディスバーファ=レストアス。
国に忠誠を誓い、それを最も酷い形で裏切られた一族の生き残りは、
アイギア王国を憎悪し、永遠神剣の力を借りて復讐を開始する。

その結果。アイギア王国は滅んだ。
ダラバは王家に連なる者を惨殺し、剣の世界の覇権を握ったのである。

そして、今度は唯一生き残った王家の遺児カティマが、
永遠神剣を用いてダラバに復讐し、王家を再興しようと兵を挙げた。

何という悲しい巡り合わせ―――

そして、何という愚かな憎しみの輪廻。
カティマが下した和平という決断は、それを終わらせんが為のものであった。

しかし、そんなカティマの想いは裏切られる事になる。
グルン・ドラスへと赴いた和平の使者は、首だけになって帰ってきたのだから……



「カティマ!」



物部学園の屋上。
そこに独りでポツンと立ち尽くし、月を見ていたカティマに望は声をかけた。

「……望」
「やっぱり来ていたんだな……ここに」
「すみません。望達に断りもせず……」
「責めてる訳じゃないよ。ほら」

望は手にしていた水筒から茶をコップにそそぎ、カティマに手渡す。
白い湯気と共に、煎れたての良い匂いが香った。

「ありがとうございます……」
「茶菓子もあるぞ」

そう言って、望の胸ポケットから顔を覗かせたのは望の神獣レーメだ。
何だかその様子が可笑しくて、愛らしくて、カティマはくすっと小さく笑う。

「和平……無理だったんだな……」
「はい……」

力なく俯くカティマ。そんなカティマに、望はかける言葉が見つからなかった。
彼女は大きなモノを背負っている。

カティマこそ、この世界の正当なる王であると信じて付き従う兵士達と、
暴君ダラバではなく、彼女の統治を望む民という大きすぎるモノを……

望は、永遠神剣のマスターとして200人足らずの、
物部学園の生徒達の命を背負っているだけでも重いと思う事があるのに、
カティマが背負っているのモノは、その何十、何百倍もの人間の命なのだ。

「ここは、物部学園は……いいですね……望」

何がとは聞かない望。カティマにとって、この場所だけがアイギアの女王カティマではなく、
ただのカティマとして振舞える場所だとわかっているから。


「私も……望の世界に生まれていたのなら……
ここで、普通の女の子として……望や希美達と笑いあえたのでしょうか?」


―――IF


もしもの話。そんな話に縋りつきたくなる程に、今のカティマは辛い場所に立たされている。
たった一人で、その小さな肩に背負いきれない程の大きなモノを乗せられて。

「きっと、できたと思うよ……いや、やっぱり無理か?
カティマが俺達の学園の生徒なら、沙月先輩と双璧をなすくらに人気者だと思うから、
きっと俺なんて相手にされないと思うよ」

これぐらいの軽口しか叩けない自分を望は恨めしく思う。
絶ならば、もっと気の利いた台詞を言えるだろう。
斉藤ならば、もっと笑わせられる台詞でカティマの気を紛らわせるだろうから。

「そんな事ありません! 私が望を相手にしないなんて事がある訳が―――」
「え?」
「それとも……望は嫌なのですか? 私が……私なんかが、望達の輪に入ることが……」
「そ、そんな事あるわけないだろ! カティマなら大歓迎だよ!」
「……本当ですか?」
「も、もちろん!」

涙目で見てくるカティマに、望はブンブンと首を縦に振る。
すると、カティマは顔をパッと輝かせた。

「……よかった。望に嫌われている訳ではなくて……」
「……ん? 今、何か言った? 小声で聞こえなかったんだけど」
「い、いえ。何も言ってません!」
「む~~~っ!」

何故だか慌てた様子のカティマと、何故か頬を膨らませるレーメ。
レーメは、望の胸ポケットから出ると、肩にとまって耳を引っ張った。

「いて、いててて……何するんだ。レーメ!」
「うるさい! 戯け者! 痴れ者! 馬鹿者!」
「何を怒ってるんだよ。離せって!」

そう言って肩のレーメを鷲づかみにすると、無理やりポケットにしまいこむ。
レーメは文句を言うが、望は無視してチャックをしめた。

「……いいのですか? そんな事して」
「いんだよ」
「いいわけあるかーーーー!」

心配そうなカティマにしれっと答える望と、抗議の声をあげるレーメ。
レーメはそれからしばらく暴れたが、やがて暴れ疲れたのか動かなくなった。

(サンキューな。レーメ)

心の中でレーメに感謝の言葉を告げる望。
彼女の活躍? により、いつのまにか、最初の重苦しい雰囲気が無くなっていたからだ。

「あの、さ……カティマ……」
「はい。なんですか? 望」

「カティマの立場は十分にわかってる。
俺が今から言う事は、もしかしたら大きなお世話なのかもしれないけど……」

我ながらクサイと思う台詞を言おうとしている事に、望は歯切れが悪くなるが、
なんとか気合と勇気を振り絞っていう事に成功する。


「辛かったら、愚痴や泣き言の一つくらい言ってくれよ。
俺、沙月先輩みたいに頭良くないから、的確なアドバイスとかできないで、
聞くことしかできないかもしれないけど……」

「…………ありがとうございます。けれど……」
「けどなんて無しだ。俺達……仲間だろ?」
「―――っ!!」

望の言葉にカティマは言葉を詰まらせる。
それは、孤独だった彼女が、何よりも欲していた言葉だから。

「……っ……くっ……」

故にカティマの頬に涙が伝う。
無自覚なのだとしても、望の言葉は心の底からそう思っていると感じられるから。

「え? ちょっ、カティマ?」

突然カティマに胸で泣かれて戸惑う望。
けれど、肩を震わせながら静かに嗚咽する少女を突き放せる筈も無く、
望はカティマのさせるがままにして空を仰ぎ見るのだった。










[2521] THE FOOL 11話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:518f6bec
Date: 2008/02/01 07:15








「みんな。大丈夫?」




グルン・ドレアス城へと続く森の道。先頭を歩いていた沙月が振り返ってそう言った。

「ええ。大丈夫です」
「私も、まだ十分いけます!」
「希美ちゃんは?」

望は、まだ余力が十分あると言わんばかりに頷くが、
希美だけ返事を返さなかった事に、沙月は心配そうな顔をする。

「……大丈夫です」

「……そう。でも、無理はしないでね。
疲れたらものべーの中で休んでいいんだからね?」

「はい」

頷きながら言う希美に、沙月は微笑を向ける。疲れていない筈はないのだ。
自分達は永遠神剣のマスターとして戦いをしている。

ものべーという動く拠点がある沙月達は、進軍しながら身体を休めることはできるが、
肉体的には休めても、心までは休める事はできない。
戦場で緊張の糸を断ち切る事は、そのまま死につながるのだから。

「望! 沙月殿!」

先行していたカティマが駈け戻って来た。

「敵の増援です。レジアスの街からこちらに向けて、鉾の一団が向かってきています!」
「くっ、敵にはまだそんな余力があるのか?」

忌々しげに呟く望。それでも、すぐに戦士としての顔に切り替えると、
己の相棒である双剣『黎明』を握り締める。

「グルン・ドレアスに向かうには、レジアスの街は何としてでも落とさねばならぬ拠点。
厳しいですが、私が何とか突破口を開いてみせます!」

「……ふう。それしかないわね……」

息をまくカティマと、溜息交じりの沙月。二人とも己の永遠神剣を構えた。

「みんな! 行くわよ!」
「おうっ」
「はい!」
「がんばる」

沙月の号令の元に駆け出す神剣のマスター達。




「……よう。遅かったな」



しかし、カティマが見つけた敵の先発隊とぶつかり合うだろう場所では―――




「やっと、合流できたわね……」




―――すでに、二人の永遠神剣のマスター達が先発隊を蹴散らした後であった。








「……え?」







***************






「タリア! あなた、タリアよね?」
「ええ……」
「そっか……貴方達も、この世界に来ていたんだ……」

「斑鳩をずっと追っかけていたのよ。本当ならもっと早く合流できる予定だったんだけど……
ソルに振り回されたのと、余計な拾い物のおかげでこんなに遅れちゃったわ」

そう言ってタリアが指差した先には物部学園の学生服を着たボーズ頭。
斉藤浩二が、バツの悪そうな顔で苦笑いをうかべていた。

「よ、よう……」
「斉藤くん!」
「斉藤!」

行方不明だった仲間との思わぬ再会に、望と希美は顔を輝かせて駆け寄る。


「よかった~。心配したんだよ……いきなり行方不明になるんだから……」
「……すまなかったな。永峰……」

「何処へ行ってたんだよ斉藤。というか、何でこの人達と一緒にいるんだ?」

「まぁ、その辺の事は長くなるから、後でゆっくり話すよ。
……それより、すまなかったな……世刻。おまえにも心配させたみたいで……」


希美と望に答えながら、浩二はとある人物の前へと歩いていく。
その人物は、目を瞑ったまま腕を組んで仁王立ちしていた。


「沙月先輩! 貴方の斉藤浩二が帰ってきました!
心配かけて、どうも、すみませんでしたーーーーーーーーっ!!!!!」

「すみませんじゃ済まないわよ! バカッ!!!
皆に、どれだけ心配かけたと思ってるのよーーーーーーっ!!」

「ぶっ、ハァーーーーー!」


フルスイングのビンタを受けて宙を舞う浩二。
永遠神剣の身体強化も加えての一撃なので、その威力は半端なものではない。
浩二は吹き飛ばされ、キリモミ回転して木に叩きつけられた。

「す、すいません……後日改めて、斉藤スペシャル2をやりますんで……
今回の事は、どうか……ご勘弁を……っ!」

「「「 それはしなくていい!! 」」」

まさか、神剣の力を使ったビンタで出迎えられるとは思っていなかった浩二は、
無防備なところにこの一撃をくらって息も絶え絶えだ。
これ以上殴られては不味いと、浩二は許してもらうための提案をするが、
それは沙月達三人に声を揃えて却下されるのだった。






***************






「おーいてて、マジでいてー……」




沙月達と合流を果たした浩二は、まだジンジンと痛む頬を抑えながら、
ソルラスカとタリアを加えた永遠神剣軍団の最後尾を歩いていた。

『大丈夫でっか? 相棒』
「これが大丈夫に見えるか? 歯が折れるかと思ったぜ……」
『見えまへんな。けど、ま、良かったやないですか。許してもらえて』
「まぁ、代償として一ヶ月の便所掃除と雑用を申し付けられたけどな……」

はぁっと溜息を吐きながら言う浩二。
その視線の先では、新しく加わったタリアとソルラスカと談笑を交し合う望達の姿があった。


「……それじゃ、この世界から出られないように、
プロテクトをかけた相手は特定できているのね? 斑鳩」

「ええ。確証はないんだけど……
おそらくグルン・ドラスのダラバ=ウーザだと私は思っている」

「それじゃ話は早ぇ! グルン・ドラスに攻め込んだら、
そのダラバってヤツをやっちまおうぜ!」

「お待ちください。ダラバも永遠神剣の遣い手です。
貴方達がどれだけ自分の腕に自身があるのか知りませんが、油断は禁物です」

鼻息の荒いソルラスカをカティマが嗜める。
望は、タリアとソルラスカを見ながら、ずっと疑問に思っていた事を聞いてみる事にした。

「……なぁ、二人は沙月先輩を追ってここに来たんだよな?」

「ええ、そうよ。斑鳩は私達『旅団』の一員。
仲間が窮地に陥っているのだから、助けに来るのは当然のこと。
……私達は『光をもたらすもの』とは違うわ」

「光をもたらすもの? 何だそれ? 沙月先輩は知っていますか?」
「さ、さぁ……何なんでしょうね?」


明らかに誤魔化している様子の沙月に、望はハテナ顔をうかべる。
その後方では、浩二がブッと咳き込みそうになるのを必死に堪えていた。


「……ゴホッ、ゴホッ」

『光をもたらすものって……アレやろ?
エヴォリアっちゅー女と、ベルバルザードとかいう鎧武者』

「あ、ああ……たぶん、そうだな『光をもたらすもの』なんて
洒落た名前の奴等が、他にもゾロゾロいるとはおもえねーし……」

『ん~~どうやら、タリア女史の言葉から察するに、彼女達の組織『旅団』は、
あのエヴォリアやらベルバルザードと敵対してるみたいやな?』

「みたいだな……」

そして、浩二はエヴォリアに『光をもたらすもの』に加わらならないかと誘われている。
あの場はベルバルザードが襲ってきた事によりうやむやになったが、
まだエヴォリア本人にはYESともNOとも言っていない状態であった。

『やれやれ。なーんかキナ臭くなってきましたなー
もしかして、このままいくと……そのうち『旅団』という所と、
『光をもたらすもの』とか言う奴等の戦いに巻き込まれるんやないですか?』

「たぶん、そうなるだろうなぁ……この流れだと……」

なにせリーダーである沙月が、その旅団の一員だ。

『……もしも、巻き込まれるようなら、相棒はどっちに加担するんでっか?』

「―――は? 何故そんな事を聞く?
物部学園の一員である以上、沙月先輩の方に力を貸すに決まってるだろ?」

『相棒……答えをすぐに出すのは早計でっせ。
今の状況をやな、よーく考えておくれんなはれ……』

何やら含みのある言い方をする『最弱』に、浩二は思案顔をする。
すると『最弱』は、浩二を焦らすつもりないらしく、あっさりと懸念していた事を口にした。

『斑鳩女史が『旅団』という所の一員であり『光をもたらすもの』と戦っているのなら……
物部学園にミニオンが襲ってきた事から始まるこの騒動―――
その二つの組織により、仕組まれたモノだと思いまへんか?』

「―――っ!!」

浩二の動きが止まる。そう言われればそうだ。
沙月は自分達と同じく事件に巻き込まれた側だと思い込んでいたが、
あのミニオン強襲が『光をもたらすもの』の仕業と考えれば、
それと敵対する組織の沙月は、むしろ自分をこのような場所に巻き込んだ側である。

「もしも、沙月先輩が『旅団』の命令で物部学園の生徒をやっているのだとしたら……
ミニオンが物部学園に現れた理由が、敵対する組織の一員である沙月先輩を襲ってきたのだとしたら……」

『そうや。斑鳩女史は、自分の都合でワイらをこんな世界に連れてきた元凶って事になりまんねん。
すなわち、加害者側や。それも、今までソレについてはなーんも説明しぃへんで、
私も被害者なんですぅ~って顔で、ぬけぬけとワイらの行く先を決めとる事になる』

「くっ―――」

言葉を詰まらせ、呻く浩二。

「けど、まだ……そうだと決まった訳じゃ……」
『そやな。疑わしいだけで、まだ決まった訳じゃあらへん』
「……ああ」

斉藤浩二が最も嫌う事は、第三者により勝手に物事を決められる事である。
それが、運命と言う名の大いなる世界の意思であろうと、人の意思であろうと関係ない。

―――自分の道は、自分で決めたいのだ。

たとえ、自分が選んだ道が間違いであっても構わない。
悪と呼ばれる道であったとしても、誰かを傷つける道なのだとしても……
それが自分が選んだ道であるのなら納得できるから。

『だから、な……相棒。敵味方を今決めてしまうんやなく……ゆっくりと考えようやおまへんか。
このままなし崩し的に『旅団』とか言う組織の一員にされてしまうようなら、
エヴォリアの誘いに乗り『光をもたらすもの』に加わるのも手やで?』

「フン。アイツだって、よく判らん組織の一員だろう?」

『そうや。けどなぁ、相棒……少なくともエヴォリアは、なーんも説明せーへんで、
なし崩し的に『旅団』の一員にしようとしている疑いのある斑鳩女史や、タリア女史と違って、
真正面から相棒に、仲間にならないかと声をかけてきた。
その点では、エヴォリアの方が相棒という個人の意思を尊重しとるで?』

「……ああ」

小さく頷く浩二。確かに、その点においてはエヴォリアという女を認めてもいいだろう。
斉藤浩二という人間を認め、必要だから力を貸して欲しいと正面から頼んできたのだから。

『……まぁ、結論を急ぐことはあらへん。まずは様子を見ようやおまへんか。
この先、斑鳩女史が『旅団』と自分の関係について、洗いざらい話してくれて―――
その思想と目的に、相棒が共感できるならばそれでよし』

「………」

『けれど、ワイらに何の説明もせんと、このままなし崩し的に『旅団』に加えようとしてきたら、
エヴォリアの話を詳しく聞いてみるっちゅー選択もあるという事を頭に入れておいて欲しいんや』

「……そうだな。あるとは思いたくないが、先輩や『旅団』という組織が、俺の―――
斉藤浩二の意思を蔑ろにするのなら、俺は自らの誇りと尊厳の為に決別する」

浩二の瞳は強い意志の力を宿していた。
そこから流れ込んでくる力を『最弱』は心地よく感じている。
何故なら、このような反逆の意思こそが『最弱』が己の主に求める力なのだから。





「俺が従うのは……俺自身の意思だけだ!
自分の心を裏切るくらいなら、死んでしまったほうがいい!」


『そうや……そうやで、相棒……認められないモノを、無理やりに認めたらあかん。
反逆するんや。世の全ての理不尽に『何をヌカシよるドアホ』とツッコミいれたるんや!
それでこそ『反永遠神剣・最弱』のマスターやでーーっ!!」






***************







沙月達、物部学園の永遠神剣のマスター達に加え、
タリア、ソルラスカという『旅団』の永遠神剣のマスターが加わった事により、
『剣の世界』を舞台に繰り広げられる戦争は、
カティマ・アイギアス率いる新生アイギア王国軍が趨勢を決しようとしていた。

グルン・ドラス軍の重要な拠点は、全て新生アイギア王国軍に押さえられ、
かろうじて抵抗を続けているグルン・ドラス軍の残党も、数日もしない内に滅ぼされるだろう。

だが、これで戦争が終わったとは誰一人として思っていなかった。
グルン・ドレアス城には、まだ敵の総大将ダラバ=ウーザが残っている。
第六位の永遠神剣『夜燭』のマスターである彼を倒さずして戦争は終わらない。

何故なら、ダラバには一人にして新生アイギア王国軍を滅ぼす力があるからだ。
永遠神剣のマスターの力は『剣の世界』における一国の軍隊のそれに勝る。
事実、アイギア王国はたった一人のダラバと、その部下である『鉾』によって一度滅ぼされているのだ。

故に、城を完全に包囲する兵士達も戦闘態勢を解いてはいない。
次々と襲い掛かってきた『鉾』の攻撃も止まり、矢の一本たりとも射掛けてこなくなった今でも、
緊張の面持ちで総大将のカティマの言葉を待っている。

カティマは、後ろに沙月達を従えて一歩前に進み出ると全軍の前で宣言した。

「これより、グルン・ドレアス城に突入し、暴君ダラバを討ちます!」

凛とした力強いその言葉に、兵士達はどっと歓声をあげる。
ビリビリと伝わってくる声の振動を一身に受けてもカティマは動じない。
女王として真っ直ぐに受け止め、しばらくは兵士達の思うがままに叫ばせている。

「……カティマさん……すごいね。望ちゃん」
「ああ。そうだな……」

耳打ちしてきた希美に生返事を返しながら、望はじっとカティマを見つめていた。
本当に凄いと思う。自分と然程変わらぬ歳であり、しかも女性でありながら、
カティマは『王』として毅然たる態度を保っている。

「………」

腕が、ゆっくりと上げられた。それと同時にピタリと止まる声。
それだけで彼女のカリスマがどれ程のモノであるのかが伺える。

「突入するのはこの私と、後ろに控える六人の天の遣い。
グルン・ドラス軍と我等の戦いは、勇壮なる兵士諸君の奮戦により勝利を収めました。
これより先は、永遠神剣の遣い手たる私とダラバ―――
カティマ=アイギアスと、ダラバ=ウーザの戦いです!」

数千の瞳がカティマを見つめている。
静かに、固唾を呑んで自らの王の言葉に耳を傾けている。

「約束しましょう。必ず勝利する事を! アイギア王国の旗をあの城に掲げん事を!
だから、信じてください。私を―――カティマ=アイギアスと、我を守護する天の遣い達を!
これより、暴君ダラバを討ち、この国に平和を取り戻して参りますッ!」

そう言って、カティマは胸を張り手を広げた。その瞬間に、ドッと湧き上がる歓声。
先程とは比べ物にならない熱気が広がっていた。


「行きましょう! ダラバは私が倒します。そこまでのお力をお貸しください」
「ええ。露払いはまかせてちょうだい」
「カティマさんには指一本触れさせないよっ!」


ドンと胸を叩く沙月と、笑顔の希美。


「ま、俺もこの世界を牛耳る将軍サマとは戦ってみたかったけど、ここはアンタに譲るわ」
「まぁ、アンタじゃ返り討ちに合うのが関の山だけどね」
「なんだとタリア!」


ソルラスカとタリア。


「俺はあまり力になれなかったけど……
出来る限りの手伝いと、応援ぐらいはさせて貰うよ」


浩二。



感謝の言葉と共に、彼等の横を通り抜け―――最後の人物の前に立つ。



「……望」



カティマがその名前を呼ぶと、望はスッと手を上げた。
それがどんな意図であるのか察したカティマは、くすっと笑って自分も手をあげる。


「道は、俺達が切り開くよ……」
「はい……」
「信じてる。俺は、カティマが絶対に勝つって信じてる」
「はい」
「カティマは一人じゃない。後ろには仲間が居るって事―――忘れるなよ?」



「はいっ!!!」



―――パァンッ!!!



手と手が重なり合う。横をすれ違う瞬間、目と目が合うと二人は笑いあった。
その時カティマが見せた笑顔は、他の皆には背を向ける形となっていたので見えていない。
だからそれは、望だけが見た、望にのみ向けられた笑顔。

「………タハハ」

綺麗なんて言葉では足りないくらいに美しくして、
可愛いなんて、陳腐な言葉では表せられない程だと望は思った。
そんな笑顔が一人占めできた事に、望の顔が少しだけデレる。


「む~~っ!」
「の・ぞ・む・く~ん?」


勿論、そんな顔をした望を二人の恋する少女は許すはずも無く―――


「斉藤くん。ちょっとソレかして」
「え? あ、はい。ドウゾ……」
「ありがと」
「―――ちょっ、希美!? 沙月先輩!?」
「望ちゃんのぉ~~っ!」


「「 バカーーーーッ!!! 」」



―――沙月にハリセンで頭をぶっ叩かれ、希美のアッパーカットで宙を舞うのだった。









「あれーーーーーーっ!!!」








[2521] THE FOOL 12話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:518f6bec
Date: 2008/02/03 10:01







玉座を背に、黒い男が立っていた。
漆黒の鎧を身に纏い、黒のマントを肩にかけた浅黒い肌の男。
その顔にはクロムウェイのような額から頬にかけて引かれた一筋の傷跡。
彼こそがグルン・ドラスの王にして、第六位の永遠神剣『夜燭』のマスター、
ダラバ=ウーザその人であった。

「よく来たな……カティマ・アイギアス」
「ダラバ将軍……っ!」

「私がせっかく試練を与えてやったのだ。
少しぐらいは『心神』を使えるようになっただろうな?」

「―――っ! 試練? 試練ですって!?
それでは貴方が『鉾』を使い、無辜の人々を殺めた理由は、私への試練だと言うのですか!」

怒りに顔を歪ませるカティマ。
彼女が感情のままに神剣に構えようとすると、
いつのまにか隣に来ていた浩二に手を押さえられる。

「熱くなったら駄目だ……カティマさん。
感情的な怒りは、冷静な判断を奪わせる。ぶっ殺すと決めた時は冷徹に、だ」

「斉藤殿……」

その言葉で落ち着きを取り戻したカティマは、剣を下ろして再びダラバと向かい合う。
ダラバは、そんな二人のやり取りを興味深そうに見ていた。

「フム……感情的な怒りは、冷静な判断を奪わせる。
殺すと決めた時は冷徹に、か……なかなか良いことを言うではないか。
カティマよ、貴様よりもそこの男の方が、戦士としての心構えができておるのではないか?」

「黙りなさい! 貴方にそのような事を言われたくはありません!」

「クックック……力を鍛える機会を与えたとて所詮は女。こんなモノか……
……まぁ、よい。それでは我等に課せられた血の運命に従い、決着をつけようか」

そう言って、ダラバは背中に刺していた大剣を抜き払う。
その瞬間。風音と共に、玉座の間に突風が吹いた。

「ダラバ将軍……戦う前に、一つだけ……教えてください」
「……何だ?」

「アイギア王家は貴方の一族を滅ぼし、アイギア王家は貴方に滅ぼされた……
私達は、お互いに大きな……大きすぎる傷を負った……」

「………」
「その傷は古傷として、お互いの恨みは水に流すという選択は無かったのですか?」

「……フッ。何を言い出すのかと思えば……
貴様はまだ、物事の本質を理解してはいないようだな?」

カティマの問いに嘲笑を浮かべるダラバ。

「この世界には神剣が二つ。すなわち世界を統べる力が二つあるという事だ。
……ならば、ぶつかり合うは必然であろう。何故なら世界に二人の覇者はいらぬ。
たとえアイギア王国が我が一族を滅ぼさずとも、いずれはこうなった事であろうよ」

「それは―――っ!」

「アイギア王国が我等の一族を滅ぼしたのは切っ掛けにすぎぬ。
それにより、確かに私はアイギア王国を恨みもした。だが、その感情さえも……」

言いかけた言葉を途中で飲み込み、ダラバは再び神剣を構える。
それに習うようにカティマも神剣を構えた。



「今更言ったとて詮無き事か……
だが、これだけは覚えておけカティマ・アイギアス!
ヒトは皆―――運命の奴隷という事だ!」



叫び、地を蹴るダラバ。
大上段から風を切り裂き振り下ろされる神剣。
カティマは己の神剣でその斬撃を受け止めると、反り身の性質を利用して威力を受け流す。
反撃の横薙ぎ払いを振りぬいた時には、ダラバは大きく後ろに跳んでいる。





こうして、この星の覇者を決める戦いが始まった―――






*************






―――結末を知っている。




そう感じたのは何時の日であっただろうか?
ダラバはカティマの剣を弾きながら考える。

「はああああっ!!!」

気合と共に振るわれる『心神』の一撃を『夜燭』で弾き返した。
すると、その動作までも自分は知っていたのではないかと思えるのだ。

……今になって考えてみれば、可笑しな話であった。

自分が心から覇権を求めるのならば、
このようにカティマが神剣のマスターとして成長するのを待つ事はなく、
力の無い子供のうちに殺しておけば良かったのだ。

たとえば一つの村の人間を人質にとり、
「貴様が『心神』と共に自分の前に現れねば殺す」とでも布告を出せば、
この真っ直ぐな気性の少女は、周りが止めても自分の前に現れたであろう。

そうすれば殺せた。確実に殺せた。なのに自分は最後までそんな手段を取ることはなく、
むしろカティマを鍛えるように『鉾』を繰り出して、彼女に実戦経験を積ませてきたのだ。


―――それは何のため?


「許さないっ、貴方は……絶対に、許さない!!!」


主の感情に答える為か、カティマの振るう『心神』に籠められた力は強くなっていく。

「フン。この程度で……私を倒せると思うな!」
「―――っ!」

押し返すように斬撃を放った。
それを受け止めたカティマは大きく後方に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。


この展開さえも―――


自分は知っているような気がするのだ。
何故だと思うと同時に、それは決められた事のように遂行する自分が居る。

「カティマ!」

双剣の少年が叫んだ。

「まだ、やれます……」

駆け寄ろうとする双剣の少年を手で制止させ、カティマは神剣を杖のようにして立ち上がる。
しかし、膝に力が入らないのか呻き声と共に崩れ落ちた。

「―――っ!」
「まて、望! カティマはまだ負けちゃいねぇ!」

それを見た双剣の少年は再び駆け寄ろうとするが、
爪の形をした永遠神剣をもつ少年に肩を掴まれて止められていた。


―――全て知っている!


何なのだコレは? どうして自分は、何かをする度に『こうなるだろう事』を知っていた気になるのだ。
これは、永遠神剣の力を引き出す事により身体を侵食される感じとは違う。
もっと別の、人知では計り知れぬ力が―――

「……そろそろ決着をつけようか。
次の一撃で、どちらの神剣が上であるのか証明してみせる」

「……望む、ところです……っ!」

自分が神剣を正眼に構えると、カティマも神剣を構えた。
大地を蹴る。床下を踏み抜かんばかりに蹴りつけ、閃光のように一足飛びで間合いを詰める。

「はああああああああっ!!!」

カティマが神剣の切っ先を向けて飛び掛ってきた。
突き。自らを矢にするように、気合を発しながら懐に飛び込んでくる。
振り下ろした神剣が頭を捕らえた。頭蓋から両断。
そう思ったのだが、振り下ろした神剣は宙を切っていた。

「ぐむっ……!」

口から呻きが漏れる。胸が熱い。マグマが当たっているようだ。




「……勝負……ありましたね……」




胸元から静かな呟きが聞こえた。視線を下に向けると金色の髪。
『心神』を自分の胸元に突き立てているカティマがそこにいる。
口から溢れ出た血が滴り落ちた。その滴はカティマの頬に落ち、赤い筋を作る。






「やはり……っ……こう、なった―――か」






この後は、おそらく―――






*************





「カティマ!」



全身の力が抜けたかのようにダラバが倒れると、
戦いの余韻に浸っているのか、呆然と立ち尽くすカティマに望が駆け寄る。
それに続くように、沙月達もカティマに駆け寄った。

「大丈夫? カティマ。貴方が勝ったのよ」
「カティマさん!」
「……え? あ、はい。そ、そうですね……」

沙月と希美が呼びかけると、カティマはハッと意識を取り戻したような顔をする。

「みんな。油断をするのは早いわ。
ダラバはまだ生きている。神剣が消えていないのがその証拠よ」

「お、それなら止めを刺しておかないと」

タリアが注意を促し、ソルラスカが答えようとしたその時であった。
どこからか女性の声が聞こえてきたのは―――





「―――そうはいかないわ。その身体は、今から私達が使うんだから」





その声と共に現れたのは『剣の世界』には珍しい、異国の装束を纏った少女。
少女はどうやって現れたのか、気がつけば倒れたダラバの近くに立っていた。

「っ! みんな、離れろ!」

少女の姿を視界に入れた瞬間。ソルラスカが大声で叫ぶ。
すると、弾かれたようにカティマ達は後ろに跳んだ。

「お、おい。誰なんだコイツ……」
「まさか、ダラバの部下? まだ残っていたなんて!」
「違う。ソイツはダラバの部下なんかじゃねぇ……」

望と希美の言葉に、ソルラスカは神剣を構えながら答える。
その隣では、タリアも薙刀の形をした神剣を構えて少女を睨みつけていた。

『相棒……』
「ああ……」

一人だけカティマに駆け寄らなかった浩二は、
離れた場所で『最弱』を構えて辺りの様子を探っている。
ここに少女―――エヴォリアが現れたのなら、ベルバルザードもいる可能性があるからだ。

「エヴォリア! まさか『光をもたらすもの』がこの世界に来ていたとはな……」
「それはこっちの台詞よ。旅団がこの世界に干渉してくるなんて予定外だわ」

「……けど、これで合点がいったぞ。ダラバに『鉾』を提供していたのはオマエだな?
光をもたらすものは、この世界も滅ぼそうとしていたのか!」

「そうよ。もっとも『していた』では無く『している』だけどね?」

そう言って足元のダラバに手を翳すエヴォリア。
すると、不可思議な文様が光となって現れる。それを見て顔色を変える沙月。




「―――いけないッ! あの呪文は……」
『あかん! 相棒、跳べ! ワイをダラバに叩きつけるんや!』




沙月と同じように、その光景を見ていた最弱』が大声をあげた。
その声により、浩二の存在に気づいたらしいエヴォリアは、あらと言わんばかりの顔をする。

「貴方……えっと、名前はなんて言ったかしらね?」
『何やっとるんや相棒! 訳はあとで話すさかい。今はワイの言うとおりにするんや!』
「お、おう!」

何故だか必死な『最弱』の言葉に従い、
浩二は神剣を構えながらダラバとエヴォリアの所に跳躍した。

「へぇ……止めるつもり? けど―――もう遅いっ!」

それが自分への攻撃だと思ったらしいエヴォリアは、跳んで後ろに下がる。

「ちいっ! 逃げられたぞ。最弱ッ! 追うか?」

「一歩遅かったわね……これで、全て完了……
ダラバは、私達の意思に従って動くようになったわ」

「なにっ!? いったいダラバに何を―――」
「ふふっ、それはすぐに解るわ」

神剣を構えるカティマに微笑を向けながら言うエヴォリア。
浩二は『最弱』の指示どうりにダラバの元へと跳躍したが、
事の展開がイマイチ読めずに呆然としていた。そんな浩二に『最弱』が声をかける。

『………よしゃ! 相棒。まだ間に合いそうや!
ワイに思いっきり力を籠めて、ダラバのアタマを叩いたり!』

「……は?」
『ええから! ここは従っておくんなはれ! 間に合わなくなる!』
「―――チッ。さっきから注文が多いな! わーったよ、クソ!」

浩二は最弱に力をこめて振りかぶると、渾身の力をこめて『最弱』をダラバの頭に振り下ろす。
すると、スッパーーーン! と景気のよい音が一面に響いた。

「…………」
「…………」
「…………」

浩二の不可解すぎる行動に、全員が唖然としている。
この時、皆が思った言葉は揃って「なにやってるんだ、この馬鹿は」である。
その中で、一人だけ別の意味で顔を変えた人物が居た。


「―――え!? 嘘……」


エヴォリアである。信じられないと言う顔で、
浩二とその手に握られている『最弱』を凝視している。

「貴方……何をしたのっ!!」
「……何って……その……ツッコミ?」

自分でしておいて疑問系の浩二。
そんなマスターを補足するように、手許の『最弱』が声をあげた。

『……あんた、エヴォリアはんって言ったな?』
「偽物神剣……っ!」

『あかんでー! こんな邪悪な術を使っちゃ。
魂を操るなんて理不尽な事されちゃ、ツッコミをいれざるを得ないやんけ』

「ツッコミ? ツッコミで私の術を打ち消したというの!?」

叫び声をあげるエヴォリア。それはそうだろう。
何故なら、そんな方法で術を解除する存在など、広い世界を探しても何処にも無い。

『今回の所はワイらの勝ちや!
さっさとケツまくった方がええんとちゃいまっか?』

「―――くっ!」

憎々しげな表所を浮かべて浩二と『最弱』を睨むエヴォリア。
ダラバ=ウーザという永遠神剣の遣い手を、手中に収めんが為に計画してきた全てが、
最後の最後で思いもよらぬ伏兵に妨害されたのである。

「貴方……名前は?」
「平山あやヒマラヤで平謝り、だ」
『――ちょっ! おま』

「覚えておくわ。ひまらやらやひらま―――くっ!
ひらやままや―――くっ! ちょっと、その名前嘘でしょう!!!」

「ばれたか」

「……そのフザケタ偽物神剣と言い、そのマスターといい……
とことんまで私をなめてくれるわね……」

「照るな」
「褒めてないっ!」

キッと睨みつけながら言うエヴォリアを見て、浩二は内心でほくそ笑んだ。
先日は会話の主導権をとれらが、今回は『最弱』により計画を崩され冷静では無いのか、
自分が主導権をとっている。

「まぁまぁ、落ち着けよエヴォリア。
気になる男を前にして上がってしまう乙女心を解さぬほど、俺は朴念仁じゃないぜ?
とりあえず携帯のメアド交換から始めようぜ?」

「……あなた、馬鹿でしょう?」
「チッ」

流石にやりすぎたのか冷静になってしまったようだ。舌打ちする浩二。
その時であった、気配を消して後ろに回りこんでいたタリアが斬りかかったのは。

「―――っ!」

近づいてきた殺気に身を翻すエヴォリア。

「討ち損じたっ! ソル!」
「うおらああああ!!!」

間を置かずに攻撃を繰り出すソルラスカ。
エヴォリアは舞踏のようなステップを取りながら、その攻撃をすべてかわしている。

「ここで討ち取らせてもらうぞ! エヴォリアーーーーッ!!!」

張り付くようにして、間合いを取らせないソルラスカの連続攻撃がエヴォリアを襲う。
そこにタリアも加わり、エヴォリアは防戦一方の展開を強いられている。
エヴォリアの表情からいつもの余裕が消えている。ソルラスカは殺れると思った。

「はああああああっ!!!」

神剣に力を籠めて渾身の一撃を放つ。

「―――フッ!」

しかし、それこそがエヴォリアの待ち望んでいた隙であった。
サッと横に身体を反らし、体制が崩れたソルラスカに腕輪型の神剣から光弾をくらわせる。

「ぐわっ!」
「ソル!」

ソルラスカが吹き飛ばされた。それを見たタリアに一瞬の隙ができる。
まずいとすぐに気を持ち直そうとするが、その一瞬を見逃すほどエヴォリアは甘い敵ではなかった。
タリアも光弾の一撃をくらわされて吹き飛んでいく。

「じゃあね」

それ以上戦う意思は無かったのか、エヴォリアはそう言って身を翻す。
ソルラスカがまてと制止の声をかけた時には、
エヴォリアの姿はスッと背景に溶け込むように消えていた。




「ちくしょーーーーーー!!!」




そして、後には雄叫びをあげながら地面を拳で叩くソルラスカと、
はぁっと溜息をつきながら埃を払うタリアが残されるのであった。







***************








「ククッ……」



ダラバ=ウーザは、自分がカティマに刺し貫かれた後の一連の騒動を倒れながら見ていた。
その顔には笑みが浮かんでいる。自分が『知っていた』結末とは違う形になったからである。

「ハハハハ―――」
「ダラバ!」
「な、こいつ! まだ生きていたのか!」

突然笑い出したダラバに、カティマと望が慌てる。
神剣を構えて倒れたままのダラバを見るが、ダラバは起き上がってくる様子はなかった。

「まさ、か……このような結果になるとは、な―――」

死ぬ前に、消える前に、このような事が起こるとは……人生とは解らないモノである。
ダラバが永遠神剣の主となった時からずっと感じていた既知感が、死の間際になって外れのだから。

「不可思議な、神剣の主よ……ゴフッ―――」
「……俺のことか?」
「……ああ……」

口から血を吐きながら言うダラバに、浩二は自分を指差す。

「感謝する……と、言っておこう……」
「―――は? 俺、アンタに感謝される事をした覚えねーんだけど……」

ずっと自分を悩ませていた『既知感』と言う悪夢から自分を救い出してくれてとは言わない。
故に浩二は心底ワケが解らないという顔をする。

「カティマ……アイギアス―――」
「何ですか?」
「……この助言、は―――この私を倒した貴様への褒美だ……」

命の炎が消えようとしているのを示すように、ダラバの永遠神剣『夜燭』が消えかかっていた。
それを見たカティマは、暴君とはいえ、王だった男が残す最後の遺言として聞こうとする。
その後、ダラバは途切れながらの言葉を最後まで言い切ると、首を横に向けて力尽きた。
永遠神剣『夜燭』と共にその姿が光となって消えていく。


「ダラバ……」


宿敵であった男が最後に残した言葉に、カティマは複雑な顔をうかべる。
最後に残した言葉の意味がよくわからなかったからだ。






『何があっても、絶対にあの男を傍から手放さない事だな』






それが、ダラバの残した最後の言葉であった―――








[2521] THE FOOL 13話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:e215609e
Date: 2008/02/08 07:34





新生アイギア王国王女・カティマ=アイギアスにより、
グルン・ドラスの暴君ダラバ=ウーザが倒された翌日。
アイギア王国内では、国を挙げての祝勝会が行われていた。

この戦争の鍵ともなった沙月達、永遠神剣のマスター達はもとより、
物部学園の生徒達も最上級の客としてグレン・ドレアス城に招かれ、もてなされている。
そんな中で浩二は、己の神剣である『最弱』に誘われて、一人別行動をしていた。

「……ったく、何処に連れて行こうってんだよ?
せっかくのご馳走をフイにしてまで……」

『すんまへん。万が一にも誰かに盗み聞きされんところで、
どうしても相棒に話しておきたい事があるんや』

「オマエがそこまで言うのなら付き合うが……それにしても離れすぎだろう。
もう、城から出て外だぞ? まさか、おまえの話しって……
俺に、物部学園から去れとか言うんじゃないだろうな?」

『去りたいんでっか?』
「今の所そんな気はねーよ。ついでに、この国に残るつもりもねー」

この国に残れば、それなりに自分は富貴を手にする事がきるだろう。
なにせ偽物の神剣で『最弱』とはいえ、神剣による身体強化ができる浩二は、
この国ではカティマに継ぐ実力者という事になる。
更には天の遣いの一人という名声まであるのだ。

『そやな。相棒と一緒にこの国で一旗あげるというのも面白そうやけど……』

「ああ。まだ、ダラバのグルン・ドラス軍の残党は残っているだろうしな。
上手く立ち回れば、まだ土台の固まっていない新生アイギア国を覆せるぜ。
そしたら俺がこの国―――いや、この星の王となるのも夢ではないかもな?」

『おおう。一国一城は男のロマンやけど、星の支配者でっか!』

「戦いでカティマを破るのは難しいだろうが、謀略を用いて葬るのは難しくないだろうぜ?
こーいっちゃ何だけどよ……クロムウェイさんも、その側近も何処か甘ぇよ」

『そやな。まずは『鉾』を全て失ってもかまわんぐらいに全力で投入し、物部学園を制圧。
斑鳩女子達の動きを封じる。後は、今まで溜め込んだ財宝を、これでもかと言うぐらい放出し、
アイギア王国軍の騎士達を寝返らせていく。レジスタンスは、あんな貧乏生活やったんや。
一度でも甘い汁を吸わせれば、あっさり転ぶやろ』

「ああ。というか、俺には何故ダラバがこの方法を取らなかったのかが不思議でしょうがない。
アイギア王国軍には、探せば隙なんていくらでもあったんだし……」

『さぁ、ダラバは自分の神剣の力を過信するあまり、
小細工など必要ないと思ってたアホやったんとちゃいますか?』

「ははっ。いくら何でもそれはねーだろ? 流石に……」

『でも、相棒……この世界は文明も中世時代レベルやし、戦略も中世レベルなんとちゃいます?
相棒が居た元々の世界やって、源氏やら平氏やらが戦っていた時代は、
やーやー我こそは何処そこの何がしなりー。いざ尋常に勝負なりーとか言って名乗りあって、
真正面から戦うのが戦争の常識やったんやから……』

「近代戦争の理論は、まだ生まれてないのか……」

『時代を変えるのはいつでも天才の出現やねん。
相棒の世界やて、ライト兄弟という天才が飛行機を作らなければ、
誰も『人間が空を飛ぶ』なんて思いもしませんでしたわ。
けど、今では飛行機にのれば飛べるというのは常識や』

「だから、俺達ならば常識として思いつく『戦略』という概念が、
この世界の人間には乏しいのか……ダラバが無能であったと考えるより、
こっちの理由の方がしっくりくるな。けど、そう考えるとアレだな?」

『なんやねん?』

「もしも、俺達が永遠神剣のマスターでなくとも……
『戦略』という武器がある俺達は、ただのヒトであったとしても―――
カティマを勝利させる事ができたかもしれないな?」

『無理や』
「……ん、何故だ?」
『普通の人間には『鉾』を倒す術がおまへんねん』
「あっ!」

そう言われればそうであった。
カティマは、神剣のマスターとはいえ『人間』であるのだから、人間を標的にした謀略は有効だ。
しかし、もしも『鉾』が無秩序にこの世界で暴れまわったのならば止める術はない。


「チッ―――そう考えるとアレだな?
永遠神剣のマスターというのは、もはや『超人』というカテゴリーではなく……
どちらかと言うと『天災』のレベルだな」

浩二が言ったその言葉に『最弱』は大いに頷く。
そして、話の流れから、ついに己の事をマスターである浩二に喋る時が来たと悟った。


『そうや……永遠神剣の力とは普通の人にとっちゃ『天災』や……
マスターに『心』という弱点があるのならば、つけ込む事はできまんねんけど……
『人の心』を持たぬ永遠神剣が暴威を振るったならば、ヒトには止める術はおまへん……』

「永遠神剣のマスターとはすなわち……天災を人災にできる絶対強者、か……」
『……ワイは、な……相棒……もう、気づいてると思うけど……永遠神剣では無いんや……』

今まで騙していた事を詫びる様に『最弱』の声は沈んでいた。
浩二は、黙って『最弱』の言い分を聞こうとする。






『……ワイは……天災、神、運命……そんな、人の力ではどーしようもない……
理不尽な暴威によって、空しく命を奪われていった人々の……
怨念、無念、嘆き、絶望―――そんな想いから生まれた『反永遠神剣』なんや』







**************







永遠神剣が、世界の意思により生み出された神の剣であるならば、
反永遠神剣は、ヒトの意思により生み出された人の剣である。

永遠神剣が繰り出す能力や術、魔法という理不尽な超常現象を前に抗う術の無い、
弱き者達の悲しみと怒りから『最弱』は生まれた。

永遠神剣が何時から存在したのかは正確に知られていないように、
反永遠神剣たる『最弱』も、いつから存在したのかは覚えていない。

そして、その能力は永遠神剣が引き起こす、全ての理不尽への反逆。
永遠神剣が魔法を行えばそれを打ち消すエネルギーを発生させ、
術や超能力を行えば、それらを遮断するエネルギーを自身に発生させて、
叩きつける事により永遠神剣の超常現象を霧散させるのである。

他にできる事と言えば、肉体強化とエネルギーの伝導ぐらいのモノで、
魔法やら術と言った超常現象の類は一切使えない。
なので、単純な戦闘能力だけで見ればどの永遠神剣よりも劣るのだ。

故に名を『最弱』―――

しかも、消す事が出来るのはあくまで永遠神剣の行う奇跡―――
すなわち『理不尽な力』だけであるので、普通の斬撃にはまるで効力を発揮しない。
刀身に魔力を付加する魔法剣であれば、その魔法だけを無効化する。
通常攻撃は、自身の肉体強化とエネルギーの伝導で防ぐしか無いのである。

「……それじゃ俺は、世刻のように通常攻撃がメインの、
戦士型の神剣遣いにとっては殆ど無力って事か?」

『……まぁ、そういう事になりまんねんなぁ……
だから相棒が、ベルバルザードに突っ込んで行った時は、マジで冷や汗モンでしたわ。
しかも、殴りつけたり蹴りつけるとか、ありえまへんで。ホンマ……』

「フン。悪かったな。ありえない事をする阿呆で」

『まぁ、終わった事はええねん。これからの事や……たぶん、やけどな……
これから、ワイの力が他の奴等に知られたら……
色んな奴等や組織から、熱烈ラブコールを送られると思いまっせ』

「……何だと?」

『ワイの能力を考えれば当然やろ? 単体なら使い勝手の悪い『最弱』でも、
組織に組み込んでしまえば、その能力は驚異的なんやから』

「……はぁ……だから、オマエ……
以前俺に、身の置き所は慎重に選べって言ってたのか……」

『そうや。神剣の力を無力化する相棒が力を貸せば、
普通の神剣のマスターでも、エターナルと互角に戦う事だってできるんや。
……それが、どれだけ凄い事かわかってまっか?』

「つーか、そのエターナルって何だよ?」

『簡単に言えば、上位の永遠神剣、第三位から一位までの遣い手であり……
その生涯を永遠に生きる宿業と引き換えに、
普通の神剣のマスターよりも何倍も強い力を得た奴等のこっちゃ』

「……うわ、全力でお近づきになりたくねー奴等だな。
沙月先輩や、ものべーを使役する永峰でさえ第六位なんだろ?
一番位が高い世刻の『黎明』にしたって第五位だ……
それが三位から一位って……ソイツはどんなのだよ。フリーザ様か?」

『ああ……まぁ、そやな。そんな感じや……』

強さのイメージとしては近いだろうと思って『最弱』が肯定すると、
浩二は両手と両膝をついて頭をたれる。俗に言うOrzなポーズである。

『だからな……相棒。できる限り平和に暮らしたかったら、力を無闇に使わん事や』
「……俺に何の断りも無く、ダラバに使いやがった口で何を言うか……」

『いや、それは、その―――ワイは理不尽にツッコミいれる為に生まれた反永遠神剣やねん。
目の前で、あんな理不尽な術を使われたら、つい反応しちゃうのは本能というか何というか―――』

「キメタ。オレ、オマエ、モヤス」

ウエストポーチから取り出したライターに火をつける浩二。何故か言葉はカタコトだ。

『やめてー! 熱いのはいややーーーー!』

「明日からはただの学生として、世刻達の日常の一コマにのみ登場し、
信助や美里と一緒に後ろの方でコツコツと小さなギャグをしてる事にするよ……」

『あちっ、ほんまに燃えとるがな! 相棒ーーーーーッ!!!』
「大丈夫だよ……」
『何が大丈夫なんや! 燃えとるて! 大ピンチやがな!』

「……俺、いざとなったら永峰のお料理部隊に入れてもらうから……
料理……できるし……それで、これからは……ただの学生として……
物部学園の皆のように……世刻達に、護ってもらうんだ……」


『そっちかーーーーっ! アーーーーーーーッ!!!』


「やだなぁ……地球外生物みたいな奴等や、強面のおっさん……
残忍なロリっ娘とかが、仲間になれとか言って来たら……やだなぁ……」


『あつい、あつい、あついーーーーー!!!!』







******************






「ふぅ、気がつけばこんな時間か……」


『最弱』を苛めたおした浩二が城に戻ったのは、どっぷりと日が暮れた後であった。
夕陽はもう少しで完全に沈み、間も無く夕方から夜にという時間だ。

「……お、斉藤。昼から見かけないと思ったら、何処行ってたんだ?」

中庭の立食パーティ会場に戻った時、声をかけてきたのは望だ。
その胸ポケットには、いつもの神獣レーメが居なかった。

「明日には、この地ともお別れだからな。
なんとなく、目に焼き付けておこうと散歩していたんだよ」

「そっか。でも、もう勝手に行方不明とかはやめてくれよな?」

笑いながら言う望。それを言われると浩二は弱いので苦笑を返すしかない。

「なぁ、世刻。もうすぐカティマさんとはお別れだが……別れは済ませたのか?」
「ん、一応は……な」
「二人きりで?」
「わ、悪いかよ!」

頬に朱をさしながらそっぽを向く望の姿に、今度は浩二がニヤニヤ笑いをうかべる。

「俺は……彼女とは、殆ど喋りもしなかったから、感慨とかわかないけど……
信助なんかは、美女率が下がる~とか言ってそうだよな?」

「あ、それ当たり。まったく同じ事を言ってた」
「やっぱな」

くくっと笑う浩二。そして、テーブルに残っていた余り物の料理を口にいれる。

「あのさ、斉藤……」
「ん?」

「沙月先輩から聞いたんだけど、ダラバが死んだ事により、
この世界から出られなくっていた封印は解けたけど……
すぐには元の世界に帰れないって事……覚えてるか?」

「覚えてる。俺達の世界の座標というヤツが解らないんだっけ?」

「ああ。それで、その座標ってヤツを入手する為に、
今度はタリアやソルラスカの所属する『旅団』って組織の本拠地に向かうらしい」

「ふーん。旅団の本拠地、ね……」

次の目的地が『旅団』の本拠地と聞いて、浩二は鼻白む。
望は納得しているようだが、浩二は気に入らないと思った。
この世界で戦う事になった時のように、一応の筋は通ってるのだが、
やっぱり誰かが裏で手を引いて、行き先を決められているように思えるのだ。

「旅団とか言う組織に頼らず……帰る方法を探すのは無理なのかな?
タリアとソルには……まぁ、お帰り頂いてさ。俺と世刻と永峰……
そして、出来るなら……沙月先輩にも、旅団とは縁を切ってもらって……
物部学園のメンバーだけで、帰る方法を探すってのは……」

「……え?」

思わずでてしまった本音の言葉。
それを聞いた望が驚いた顔をしたので、浩二はすぐに笑顔をつくって誤魔化す。

「―――なんてな。冗談だよ。
旅団の本拠地って所に座標があるのなら、回り道なんてする事ねーよな」

「斉藤……」

笑いながら背中を叩いてくる浩二に、望は複雑な表情をする。
そんな望の表情を見て、浩二は頭を掻いた。
そして、同じ立場である望にだけは自分の考えを話しておこうと思った。

「……俺は、できるなら『物部学園』以外のコミュニティには加わりたくないと思っている。
正直に言ってしまえば、この世界でカティマさんに力を貸す事だって反対だったんだ」

そう言って去っていく浩二の後姿を見守りながら、
望は斉藤浩二という人間の事が少しだけわかった気がした。

「……俺、おまえの事が……少しだけ、解った気がするよ……
何となく、似てるなって思ってたんだ……そして、それは間違いじゃなかった……」

斉藤浩二という人間は、暁絶と似ているのである。
だから、あの二人は仲が良かったのだろう。
絶も浩二も、人づきあいは上手くこなすので知人は多いが、親友は皆無である。
それは二人とも、他人と深いところまで関わろうとはしないから。
ただの友人としての付き合いのボーダーを心得ており、それを越えようとはしないのだ。

「けど、俺は……絶とは友達になれたと思ってる……
……だから、いつかおまえとも―――あっ! しまった!」

今になって重要な事を思い出した。
沙月に浩二を見つけたら、昨日の事で話しがあるから連れてきて欲しいと言われていたのである。
昼間からずっと探していたようだから、今頃は随分とおかんむりだろう。

「斉藤おおおおおおおっ!!!」

そんな沙月の所に、浩二がのこのこと顔を出したらまずい!
そう思って望が駆け出した時―――



「あれーーーっ! 何するだーーーっ!」



遠くの方でそんな悲鳴が聞こえてきた。








「遅かったか……」









[2521] THE FOOL 14話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:e215609e
Date: 2008/02/11 19:16







「おーい、斉藤。この板を打ち付けるのはこのへんでいいか?」
「ん、もうちょっと右だな。そこだとバランスが悪い」

ダラバを倒した事により『剣の世界』にかけられていたプロテクトが解けて4日目。
『剣の世界』と別れを告げた物部学園のメンバーは、
物部学園を背負った巨大くじら『神獣ものべー』による次元移動をしていた。


「浩二~~。ちょっと、こっち来てくれー」
「あいよー」


目指すは『旅団』の本拠地のある星。
そこで元の世界へ戻るための座標を貰うのが目的である。

そして今―――

浩二や物部学園の学生達が何の作業をやっているのかと言えば、建築作業である。
ことの始まりは『剣の世界』に来た初日にまで遡る。
待機中している時、浩二がその暇を潰す為に、教師である早苗にレクリエーションの一環として
こんなのはどうでしょうと、一つの作業を提案したのが切っ掛けだった。

「なんだ? 信助」
「排水溝の穴を掘ってるんだけど、なんか硬くってさ……」
「オーケー。代わるわ……いくぞ最弱! 力を貸せっ!」

今まで学生達は、身体を洗うときはシャワー室のシャワーを使っていたが、
やはり皆も時々は湯船にも漬かりたいと思うので「皆で風呂場を作りませんか?」と提案したのである。
すると早苗は、学生達も何かをしていた方が気がまぎれるだろうと思い、浩二の案を了承した。
それに皆で何かをやるというのは、仲間意識を高める効果もある。

浩二は提案が認められると、さっそく有志を募り、体育倉庫跡地に風呂場作りを開始する。
始めは、浴槽だけならともかく、建物を学生だけで作るのは無理なので露天風呂のつもりだったが、
『剣の世界』の住人の協力を得られた事により、剣の世界の職人達が木製の小屋を建ててくれたのだ。

これに喜んだのは女子である。グランドから丸見えの露天風呂には入浴する事はできないが、
きちんと建物の中にある風呂場ならば大歓迎なのだから。

その結果、女子生徒も数人有志に加わり『物部学園にお風呂場を作ろう計画』は賑やかなものになった。
剣の世界に居たときは食料調達グループに所属していた学生達も、
次元空間に出てしまえばやる事が無いので手伝ってくれている。

「おらっ!」
「やった、穴が開いたぞ! これで排水溝ができたな」

「うん。水はグランドからホースで引っ張って来て、
その水を、ワゥに火の魔法で沸かしてもらえば風呂の完成だ。
使い終わった後のお湯は、ここから外に流せばいい」

ちなみに今、浩二が言ったワゥと言うのは、火の魔法を得意とした結晶生命体の事である。
他にもミゥ、ルゥ、ポゥ、ゼゥという、結晶生命体の姉妹がこの学園には存在していた。
彼女達は旅団に保護されている種族であり、沙月やタリア達のサポート役である。
下位神剣を振るうミニオン程度なら互角に戦える力をもっており、
永遠神剣のマスターが学園を留守にする時は、彼女達が物部学園の守備をしているのだ。

「あら、大したものじゃない」
「うわぁ……木の香りがする……」

様子を見に来たらしい沙月と希美が、入り口の方から風呂場を覗いていた。
浩二は作業の手を止めると、彼女達の方にあるいていく。

「どうだ、永峰? 素人の日曜大工にしちゃ、ちょっとしたモンだろう?」
「凄いよ斉藤くん。本当にお風呂場作っちゃったんだ」
「身体を洗うスペースもあるぜ? まぁ、規模的に一度に五人程度しか入れないけど……」

「ううん。十分に凄いよ。今まではシャワーしか無かったんだから、
これは革命的に生活レベルがアップだよ!」

テンションのあがってる希美は、壁をぺたぺたと触ったり、
男子学生が作業をしているのを見学したりしている。沙月は、そんな希美を微笑ましそうに見ていた。

「……ねぇ、斉藤くん。いつ頃に完成しそう?」

「そうですね……このペースなら、今日中には完成しますよ。
それで、明日の朝から昼にかけて掃除して……明日の夕方には入ってもらえます」

「そう。それは朗報ね。みんな楽しみにしてたから……」
「最初の週は女子に譲りますよ。男連中はその後で結構です」
「いいの?」
「レディファーストって事で」

浩二は作業中の学生にも「それでいいよな?」と問いかけると、肯定の答えが次々と返ってきた。

「ありがとう。女子の皆も喜ぶわ」

沙月はそう言って感謝の言葉を告げると、さり気なく浩二の袖をひっぱる。
それが、二人だけで話したいという意味だと理解した浩二は、
トイレに行ってくると言って外に抜け出した。

「なんですか? 先輩」
「あのね。斉藤くん……まさかとは思うんだけど……覗き穴とか作ってないわよね?」

「ハハハ。なるほど、そーいう話ですか……
安心してください。一部の有志から、作ろうという意見も出ましたが却下しました」

「……本当?」
「洒落になりませんからね……」

閉鎖された空間で、ひとたび風紀の乱れが出てしまえば洒落にならない。
学園の秩序が乱れた場合を『最弱』と想定した事もある浩二である。
沙月以上にその点に関しては注意している。
その事をきちんと沙月に説明すると、沙月は大きく首を縦に振って頷いた。

「良かった。斉藤くんが、物事をきちんと理解できている人で……」

「当たり前ですよ。俺も一応、沙月先輩と一緒で永遠神剣組……
このコミュニティの運営側ですからね」

「助かってるわ。私も、早苗先生も……斉藤くんには感謝してる。
こうやって、斉藤くんと森くんが中心になって男子生徒を纏めてくれてるから、
私と椿先生は女子生徒のケアだけで済んでるもの」

「ミニオン襲来の折に、この学園に残っていた物部学園の生徒が百数十名余り。
彼等を元の世界に無事に帰すのが俺達の役目です。
俺は、戦いでは世刻の十分の一も役に立てないんですから、これぐらいはしないと」

「ありがとう」

笑顔と共に向けられる感謝の言葉。
そんな沙月を見て、浩二はやっぱりこの人を嫌いにはなれないよなと思った。
たとえ彼女が旅団の任務でこの学園に在籍したいたのだとしても、
生徒達を護りたいとう想いは、間違いなく本物だから。

故に浩二は思うのだ。彼女が―――斑鳩沙月という女性が、
旅団か物部学園かを選ばねばならぬ状況になった時、物部学園を選択する人であって欲しいと。


「ところで、望くんは? 朝に会った時、斉藤くんを手伝うって言ってたけど……」
「ああ。世刻ならソルと一緒に、裏の方で木材を切って貰ってますよ。案内しましょうか?」

「ううん。一人で行けるから大丈夫。
それよりも斉藤くんは、私の用事で連れてきちゃったんだから、
そろそろ皆の所に戻ってあげてちょうだい」

「了解です。あ、それと……世刻の所に行ったら、
あと一時間ほどしたら昼なので、作業を中断して食堂に来るように伝えてくれます?」

「わかったわ。それじゃ、またね」
「はい。また昼に」






***************






「うおらああああっ!」

「「「 おおおおおーーーっ!! 」」」

ソルラスカの雄叫びと共に一閃が奔った。それと同時に沸く歓声。
常人の目にはソルラスカが腕を振り下ろしたぐらいにしか見えないだろうが、
ソルラスカはその一瞬の間に何度も永遠神剣『荒神』を縦横に振り下ろし、
木材を適当な長さで切っているのである。

「すげぇや! ソルの兄貴!」
「こんなのは朝飯前だぜ、切って欲しいモノがあるなら、どんどん持って来い!」
「うひょー! 兄貴、兄貴、兄貴!」
「いやっほーう! ソルラスカ最高ーーーっ!」
「アニキ、アニキ、アニキと私っ!」

望は、そんな様子を眺めながら『剣の世界』で頂いた作業用のナイフで木を削り、
風呂場に置く椅子を作っていた。

「……何か、異様に盛り上がってるけど……なんだ、アレ……」
「ノゾム~~。もう、三日も同じ作業で飽きてこぬか?」
「ん? ここに居るのが飽きたなら、何処かで遊んできてもいいんだぞ?」

隣にちょこんと座ったレーメが不満げな声をあげるが、
望はそんな彼女に目を向ける事無く作業に没頭している。
こうやって、みんなで日曜大工をすると言うのは案外に楽しいのだ。

「むーーーっ、わかった。そうする!」

相手をしてくれないマスターに腹を立てたのか、
レーメは頬を膨らませると、ふわふわと浮かび上がり、学園の調理室の方に飛んでいった。

「……何怒ってるんだ。アイツ……」

わけが解らないと言わんばかりに呟く望の言葉が聞こえたのか、
彼の正面に座っていた長い金髪の女子生徒がくすくすと笑った。

「きっと、望にかまって欲しかったんですよ」
「―――は?」

その女子生徒の名前はカティマ・アイギアス―――
先日まで望達が居た『剣の世界』の住人であり、新生アイギア王国の王女。
普通に考えれば、いる筈のない少女の姿がここにはあった。

「望は、女心がわかってないようですね……」
「カティマ……もしかして、結構酷い事言ってる?」
「さぁ、どうでしょう」

くすくすと笑うカティマ。

彼女が、物部学園の住人になった経緯はこうであった。
有体に言えば、剣の世界から旅立つものべーに密航してきたのである。
ダラバのような存在を生み出す『光をもたらすもの』を、
永遠神剣のマスターとして捨て置けぬという理由で―――

新生アイギア王国を建設して、これからが一番大変な時期だと言うのに、
王女が国を放り出して何をやってるんだと思わないでもなかったが、
この事はクロムウェイも了承済みであるとの事であった。

生まれた時より現在に至るまで、大きなモノを背負わされ続けてきたカティマ。
それはきっと、彼女が死ぬまで背負わねばならぬモノでもある。

しかし、ダラバという脅威を倒し、平和になった今だからこそ、
王女カティマ・アイギアスではなく―――
唯のカティマで居られる時間を与えてやりたいと、クロムウェイは思ったのだ。

もともと、望や沙月達―――天の遣いが力を貸してくれなければ、
今でもアイギア王国軍のレジスタンス達は、ダラバと戦っていた筈である。
それが、天の遣いの助力により、思わぬ速さでアイギア王国の復興がなったのだから……

いざとなれば10年も、20年も戦いを続ける覚悟があったクロムウェイにとって、
見方を変えれば、この時間は空いてしまった自由な時間なのである。
だから許した。カティマが望や沙月達と共に旅立つことを。
それに、異世界で見聞を広める事も、王女として将来役に立つだろうと考えて。

こうしてカティマは、物部学園に加わったのである。
もっとも『光をもたらすもの』を捨て置けないというのは、
カティマがやってきた理由の全てではなく、何割かの理由でしかないのだが……

彼女が付いて行く事を決めた理由の大半を占めている少年は、それとは気づかないで、
彼女が建て前として出した何割かの理由が全てだと思っている。
故に、女心が解ってないとカティマは批難するのであった。

しかし、そうかと思えば―――


「そう言えばさ。カティマ……」
「何ですか?」
「叶ったよな。夢……」


―――こんな事を、さり気なく言ったりするので、世刻望という少年は侮れないのだ。



「こうやって、同じ物部学園の制服を着て、
学校行事をやったりするの……一緒に出来て俺も嬉しいよ」


たった一度だけ話した事なのに、こうして忘れずにいてくれた事が嬉しい。
それが、覚えていて欲しかった事だから更に嬉しい。

「はい……私も、望と……こうして物部学園で過ごせて、嬉しいです……」

だから彼女は、その嬉しさを精一杯に伝えたいと笑う。
望も、それに答えるように満面の笑みを浮かべ―――



「……うっ、流石に今、あそこに顔を出したら空気読めないヤツね……」



―――出る機会を逃した沙月は、もう少し後でまた来ようと踵を返すのだった。



「あれ? 沙月先輩」
「の、希美ちゃん!?」
「沙月先輩も望ちゃんの所ですか?」
「え、ええ……」


もっとも、引き返した所で、同じく望を探しに来た希美と鉢合わせ、
事情を知らない希美は普通に望の所に行こうとしており、沙月も再び戻ることになるのだが……
その時のカティマの顔が「空気読めよ」と言ってるように見えて、
沙月は何も悪くないのに「ごめん」と謝るのだった。






***************





「ふぅ……」


夜。学園の屋上に上がった浩二は、疲れたと言わんばかりに溜息を吐いた。
そんな姿を見て、その腰に刺さった『最弱』が浩二に労いの言葉をかける。

『学生の纏め役。ご苦労さんやで、相棒』
「まったくだ。金を貰ってもいいくらいだな」

『斑鳩女史は女の身で、もっとがんばっとるんやから、
これぐらいの手伝いぐらいはしてやりなはれ』

「だから、きちんと学生達のガス抜きと管理をやってるだろ?
こんな愚痴なんて、オマエぐらいにしか言えないんだから、少しぐらい甘えさせろ」

『相棒は、そーいう事を愚痴ったりする友人いませんからなぁ……
信助はんや阿川女史とは友達やけど、親友と言えるレベルじゃおまへんし……』

「……そんなの、おまえが居ればいいだろ……」

『すぐそんな事を言う……そー言ってくれるのは嬉しいねんけど、
相棒は、知人なら人一倍多いんやから、一人ぐらい親友か恋人を作ったらどうだす?
あの暁でさえ誑し込んだ、努力で培った人たらしの能力をもっとるんやから、
その気になれば、親友も恋人もすぐにできると思いまっせ?』

「いらねーよ。親友や恋人なんて重いモノ。
そんなもの作ってしまったら、今以上にやる事に制限がかかるだろうが」

友達がいないと言う言葉に気を悪くしたのか、浩二はフンと鼻をならして空を仰ぐ。
『最弱』は、そんなマスターの様子に苦笑した。

『……ま、今はそれでもええねん。でもいつか―――
そんな人が出来た時には、全力でその人を慈しんでやりなはれ』

「できたら、な」

『まぁ、相棒は猫かぶりの天才で、滅多に本心を見せんくせして独占欲強いし……
我侭やし、捻くれとるし、精神的EDやから、親友はともかくとして、
恋人になれる女の子は、よっぽどのタマじゃないと無理そうやけどな』

「リアルに傷つく事を言ってんじゃねぇ! コノヤロー!
というか、誰がEDだ! おまえ、ドサクサに紛れてとんでもねー事をのたまうな!」

『……せやかて、ワイと出会ってから二年以上経ちまんねんけど……
オナゴを見る時に、ぜーんぜんスケベな意思が感じられへんのはちと異常やで?
相棒ぐらいの歳の男子なら、そんな事ばっか考えててもおかしくない筈やのに』

「俺は清純派なんだよ!」

『うわっ、キショ! 何をぬかしてまんのや。このハゲ!
僕は甲子園を目指してます! みたいな頭してからに!』

「髪は関係ねーだろ! 髪はよぉおおおおお!!!」

『みんなー! 明日からこいつ無視してやろーぜー!
修学旅行の夜に、一人だけ好きな子を言わないヤツ並にありえなーい!
なーにが清純派や。U-15とかいうジャンルが存在する、今の乱れた世の中に』

「知るかそんなモノ!!!」

『なーなーなー! 今回から新ステージなんやし、エロエロでいこーでー!
出会うオナゴに片っ端からスケベな事を迫ろうでー!
とりあえず、次に出会う女子に自己紹介する時は―――

やあ、俺、斉藤浩二。略してサイコー。あそこのデカさもサイコー!
常に股間はエレクトリック! 海綿体と海兵隊ってなんか似てるよね?
ああ、ごめん。すぐに哲学に走ってしまうのが僕の悪い癖だ。
反省……っ、コツン。てへっ☆ で、いこやおまへ―――』


「黙れっ!」
『んかっ!』


変なスイッチが入ってしまったらしい『最弱』を、フルスイングで地面に叩きつける浩二。


『……いてて……すーぐ暴力に訴えようとする……』
「俺の前世はランボーだ!」

『何がランボーやねん。調べたから解るねんけど、
相棒の前世は、山陰地方に生息していたカワウソやっちゅーの!』

「YOUはSHOCK! 知りたくなかった! そんな前世っ!!!」


前世は人間ですら無かったという驚きの事実に、
浩二はもう一度力の限り『最弱』を地面に叩きつけるのであった。






『あいてーーーっ!』









[2521] THE FOOL 15話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:e215609e
Date: 2008/02/11 22:33





「なぁ、もうそろそろ帰してくれないか?」
「ダメだよ。おまえはボクが捕らえた人質なんだから」
「そんな事言わないでさ。街の人との誤解なら、必ず俺が解いてやるから……」
「だめだめっ!」

斉藤浩二は、一人の少女と向き合いながら説得をしていた。
こんなやり取りを始めて、そろそろ一刻になる。けれども進展が何も見られない。
浩二がどれだけ理を尽くして語ろうとも、少女は頑なになってダメを繰り返すのだ。

「……はぁ、わかったよ」

子供である。外見は自分と然程変わらぬ年齢であろうが、精神が子供である。

「それじゃあ、外に出るのぐらいは許可してくれ。
こんなジメジメした洞窟にずっといたんじゃ、カビが生えてしまいそうだ」

「いいけど。ボクからは逃げられないよ」
「あーあー。はいはい。わーってますって」

いい加減に答えて洞窟から外に出る浩二。少女は当然のように後ろについてきた。

「ルプトナ。ここで火をおこしていいか?」
「何で?」
「メシでも作ろうかと思って……」
「お腹……へってるの?」

そう言って覗き込むように見てきたので、浩二は頷いてお腹を押さえる。

「朝に木の実を一つばかり齧ったきりなんでね……」
「そうなんだ……じゃあ、まってて。食べ物をもってくるから!」

そう言うや否や、少女―――ルプトナは、一足飛びで木に飛び乗り、
野生の獣のような俊敏さで何処かに行ってしまう。
浩二はその姿を見送りながら、木に背をもたれかけさせて座り込むのだった。




「さて、どうしたものだろうなぁ……」






*************






―――冒頭より遡る事、数日前。




次元空間を旅していた物部学園の一行は、旅団の本部のある星へと向かっていたのだが、
次元振により時間樹の位置が変わった事により旅団本部へと行けなくなっていた。

時間樹とは数多の世界を内包する巨大な木であり、
浩二達が住んでいた世界や、カティマ達の住んでいた剣の世界は、その木から生えている枝にあたる。

はじめ、自分達が住んでいた世界が木の枝の一本に過ぎないと説明された時は誰もが驚いたものだった。
星の周りは無限に広がる宇宙であるとされていた常識が、根底から覆された事になるのだから。
沙月の言によれば、それらの考えもあながち外れではないとの事だが、
彼女も世界の全てを把握している訳ではないので、上手いこと説明はできないのだそうだ。

とにかく要点だけを言ってしまえば『世界』とは時間樹と呼ばれる巨大な木の枝から派生する
パラレルワールドの集まりであり、次元振とは時間樹を揺らし、
世界の場所を動かしてしまう振動であると言う事である。
次元振は滅多におきるものでは無いが、最近はよくそれが観測されるらしい。

「それじゃ俺達は今、自分達がどこにいるのか判らない状況なんですね?」

沙月により、状況を説明されると、神妙な顔をした望が言った。

「そうね。私が持っていた座標が、今までの最新のモノだったのだけれど……
それさえも間違っていると言うのなら、また次元振により世界の位置が変わったと言う事ね」

望の問いに答えるようにタリアが言う。
タリアの落ち着き払った態度にカチンときたのか、望はくってかかろうとするが、
希美が袖をつかみながら首を横に振るので、望は乗り出しかけた身体を戻す。
険悪になりかけた雰囲気を和らげるように、沙月がパンパンと手を叩いた。

「そう言うわけで、私達はとりあえず、人のいそうな星に着陸して座標を手に入れるべきだと思うの。
剣の世界で手に入れた食料も、あと七日分ぐらいしか無いしね」

「そうっすね。座標が手に入る、入らない抜きにしても……
この辺でいっぺん腰を据えるべきですね」

沙月をフォローするように言う浩二。
全員の目が浩二に向けられると、彼は肩を竦めながらこう続けた。

「学生達が、そろそろ限界です。無理をすればもう少しはもつでしょうが、
やっぱり、こんな閉鎖された空間にいつまでも閉じ込めたままでは、
いずれストレスが溜まりすぎて暴動になるでしょう。
事実、一部の学生が些細な事でいらついてる現場を数回見かけました」

「そう……なら、尚更ね」

自分でさえ気づかない生徒の様子を、浩二はよく見ている。
特別な部類に見られがちな永遠神剣組において、彼―――斉藤浩二の目はいつも一般人側だ。
沙月は、そんな彼の存在に感謝しつつ、生徒達のリフレッシュも兼ねて、
ものべーを一つの星に着陸させる事を決めるのだった。






*************





「ひゃー。これは、剣の世界とはまた違った異世界だなぁ」
「ちょっと、どいて信助! カメラにアンタの頭が写るでしょうが」

星に着陸し、周りに危険が無い事を確認すると、
順次ものべーから学生達を下ろして異世界の地を踏みしめていた。
着陸したのは剣の世界と同じく森の中であったが、
久々に大地を踏みしめられた事により、学生達の顔に笑顔が戻ってきている。

「おい、信助。阿川。あまり遠くに行こうとするな。
一応は世刻達が辺りの様子を調べたみたいだが、獰猛な獣が出ないとは限らないんだから」

「ははっ、悪い悪い。久しぶりに吸うシャバの空気だからテンションあがっちゃって」
「ねぇ、斉藤くん。アレ食べられると思うかな?」

浩二が苦笑しながら嗜めるが、テンションの上がってる信助や美里は言ってる事など右から左だ。
自分が監督で外に出るメンバーに問題児を押し付けてきたのは、
たぶん沙月先輩だろうと考えながら、浩二は学生達の様子を眺めていた。

『ここ数日で、えらい斑鳩女史からの株をあげましたな。相棒?』

「おかげで、こいつらの担当が世刻&永峰コンビから俺にシフトチェンジした。
気心しれた奴等だから、気が楽と言えば楽だけどさ……」

『たぶん。あれやで?』
「何だ?」

『リーダーである斑鳩女史や、男子学生の纏め役をやってる相棒。
それに、料理班の中心として、他の学生達と交わる機会のある永峰女史と違って……
世刻だけが一般の生徒達とは交流が薄いんで、
これを機会に世刻も皆に馴染ませようとしてるんじゃおまへんか?』

「なるほど……」

『最弱』の言は、たぶん的を得たものだろう。
世刻望は社交性の無い人間ではないが、やはり自分達とは違う人種―――
すなわち永遠神剣のマスターであるので、一般の生徒達には距離を置かれている気配がある。

なので、普段彼が話す面子は、同じ永遠神剣マスターであるカティマ達や、
元から彼と仲が良かった信助達という一部の者達に限られてしまっている。
見方によれば彼だけが孤立しているようにも見えるのだ。沙月はおそらく、それを心配したのだろう。

「……そこまでは考えて無かったわ……」
『相棒も、よー覚えとき。斑鳩女史はリーダーとはなんたるモンか学ぶにはええ手本やで』

「俺は集団を率いるトップになるつもりはねーよ。
二番手、三番手……なんなら、その他大勢の一人でもいい」

『独り、群を為さず……か。まぁ、それもええやろ……
考えてみれば、ワイらも孤立してまんねんからな』

「本当の意味での永遠神剣組には入れず、かといって一般人の輪に溶け込む事も適わず。
どこにでも所属できる代わりに、どこにも本当の仲間は居ない。
そう考えてみれば、俺がオマエのマスターになったのは偶然ではなかったのかもな?」

自嘲が入った問いかけをする浩二。
『最弱』は、そんなマスターに何と答えれば良いのかわからなかった。

「最近、よく思うよ。俺は何処に向かっているのだろう?
……そして、何処に行きたいのだろうと」

『心のままに、好きにしたらええ。このまま斑鳩女史達について永遠神剣に関わっていくもよし。
元の世界に戻れたならば、神剣にまつわる事柄など全部無視して、一般人として生きるのもまた良しや。
全部、ぜーんぶ、相棒の自由なんや』

「……永遠神剣から背を向けてもいいのか? けど、オマエの目的は―――」

『なぁ、相棒。ワイは相棒に、自分のマスターになってくれとは言いましたけど……
一度でも神剣の宿業に関わってくれと言った事がありましたか?』

「……そう言えば、無いな……」

『そやろ? ワイは人の意思より生まれた反永遠神剣。
抗えぬ力を用いて、我がもの顔で押しつぶそうとする不条理にツッコミをいれるだけや』

永遠神剣は、己が目的に副う者をマスターに選ぶという。
浩二は『最弱』も自分をマスターに選んだ理由が成り行きではなく、そうであれば嬉しいと思った。

「おーい、浩二ーっ! この茸だけど食えると思うかー!」

離れた場所で信助が手を振って呼んでいる。
浩二は、ソレはどんな茸なのだと言いながら歩き出すのだった。






*************





街が見つかった。大木の根元に広がる中規模の街。
学生達や望達は人が居た事に喜んだが、最も喜んだのはリーダーである斑鳩沙月であっただろう。
この星には人が居る筈だと大見得を切って着陸した手前、誰も人が居なかったでは立つ瀬が無いのだから。

「それで、街にはまず誰が行く?」

そう言ったのは望であった。永遠神剣のマスター達は皆、
永遠神剣組の会議室になりつつある生徒会室に集められている。
そこでの話し合いで、学生達を降ろす前に、その街の住人が友好的か否かを調べる事になったのだ。

「いざという時の護りのために、少なくとも永遠神剣組を半分は残すべきね」
「えーっと、それじゃ神剣のマスターは七人だから、行くのは三人か四人か?」

沙月の言葉にソルラスカが答える。
その態度からして、自分は街に行く気が満々だ。

「そうね。留守番は三人も居れば十分だわ。
望くん。貴方が他につれていくメンバーを選んで頂戴?」

「え? 俺がですか?」
「ええ」

沙月に笑顔で言われたので、はぁと気のない返事を返す望。

「んー……それじゃ、沙月先輩は学園のリーダーとして、
学生達を見ていてあげて欲しいから除外するとして……そうなると後は……」

「望。俺だ、俺を連れて行け! 戦いになった時には役に立つぜ?」
「……望ちゃん」

ズバッと手を上げて立候補するソルラスカと、名前を呼んでじっと見つめる希美。

「ソル。あんたはダメよ」
「何でだよ、タリア!」

「あのねぇ……今回街に行く理由は偵察。
様子をしっかりと探って、情報を集めるのが目的なの。ガサツなアンタなんかじゃ無理ね」

「誰がガサツだコラ! 偵察ぐらい朝飯前だってーの!」

そのままタリアと言い争いを始めるソルラスカ。
望は、そんな様子を見つめると、はぁっと溜息交じりに言った。

「それじゃ、行くメンバーは俺と希美とタリアに斉藤にします」
「え? いいの、望ちゃん」
「なっ、俺は!?」
「まぁ、無難なところね」

望の決定に対して、返ってきた反応は様々である。
希美は顔をパッと輝かせ、ソルラスカは外された事に驚き、タリアは腕をくんで頷いていた。
ソルラスカは最後まで、何故だーと言っていたが、結局はこのメンバーで街に下りる事になったのだった。

「なぁ、世刻……永峰とタリアを選んだ理由はわかる。
けど、なんで最後のメンバーが俺なんだ?
カティマさんを連れて行ってやればよかったじゃないか」

ものべーから降り、街へと向かう道すがら、浩二は望に問いかける。
すると、望は苦笑しながらこんな事を言うのであった。

「だって、これでカティマを連れてきちゃったら、
偵察組と防衛組で戦力差が開きすぎるじゃないか……」

「それはすなわち、防衛組が沙月先輩とソルと俺では、
実質戦力になるメンバーが、沙月先輩とソルだけなんじゃね―――という事だな?」

「ま、まぁ……有り体に言えばその通りかな……ハハハ……」

考えていたことの図星を指され、困った顔をうかべる望。
浩二も、そんな望の顔を見てハハハと笑う。



「こやつめ。ハハハ!」
「ハハハ!」


「「 ハーッハッハッハ!!! 」」


表面上は笑いあっているが、お互いに目が笑っていない。
前を歩いていた希美とタリアは、後ろで大笑いをしている男達を見て怪訝な顔をするのであった。





「何……アレ?」
「さ、さぁ……」










[2521] THE FOOL 16話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:e215609e
Date: 2008/02/14 21:34




浩二達は、ある程度街の様子を見て回ると、一軒の料理屋に入った。
ドアを潜ると目に飛び込んできたのは、西部劇に出てくる酒場のような感じの内装。
夕暮れ時だった為か客は多く。店の中は大勢の人間で賑わっていた。

「それじゃ、手分けして情報収集といきましょ」

こういう場所にも慣れているのか、タリアは物怖じした様子がまったくない。
望や希美は酒場の雰囲気に気圧されているようだったが、
タリアがさっさと二階席の方へあがって行ってしまった為に、
望はとりあえず誰かに話しかけてみようと、店員らしき小柄の女の子を呼び止めた。

「あの、すいません」
「あ、はい。お客様ですね? 何名様でしょうか?」
「いや、その……客という訳じゃないんだけど……」
「はぁ……」

少女は不審な目で望を見る。
浩二は見ていられないと思い、会話をする役目をバトンタッチする事にした。

「俺達、東の方から仕事を探しにこの街にやって来たんだけど、
なんせ初めての所で勝手がわからなくてさ。
とりあえず情報が集まるだろうと思われる酒場に足を運んだんですよ」

「あ、そうだったんですか!」

浩二がとっさに言った口から出任せだが、少女は納得したようにポンと手を叩く。

「そう言う訳で、本当に申し訳ないんだけど……
ここで情報収集をさせてもらってもかまわないかな?
何も注文しないんじゃ困ると言う事だったら、引き下がらせてもらうけど」

自分でも随分と勝手な事を言っていると思う。
しかし、ここは異世界である。浩二は言うだけ言ってやればいいと思ったのである。

「そう言う事でしたら、今日の所の御代は結構です。
二~三品ほどご馳走しますから、次からはご贔屓にしてくださいね」

ニコリと笑って、とんでもない事を言われる。
これには浩二だけでなく、後ろの望や希美も驚いた顔をした。

「あの……本当にいいんですか?」
「はい」

「それは余りにも申し訳ないので、
食器洗いとか掃除、巻き割りとかでしたら後でやりますけど……」

「いいんです。他所からのお客さんには、こうしてお持て成しする事になっていますから」

人の良さそうな笑顔をうかべる少女。浩二は、そんな少女の顔をまじまじと見つめた。
ウマイ話には裏がある。タダより高いものは無い。
人はまず疑ってかかる事を信条としている浩二にとって、この提案はホイホイと頷けるモノではない。

「ほんとですか? やったー!」
「よかったな希美、斉藤」
「ちょっ、おま!」

しかし、人を疑う事をしらないお気楽コンビが、あっさりと提案を受け入れてしまう。

「それじゃ、この席でかけてお待ちください。街の名物料理をご馳走しますから」

パチッとウインクして、奥の方に行ってしまう少女。
遠くから元気な声で新規注文はいりまーすと聞こえたので、浩二は慌てて席を立ち上がった。

「ちょ、俺、止めてくる!」
「えーっ、何で? せっかくご馳走してくれるって言ってるのに……」
「そうだぞ斉藤。人の好意は素直に受け取るべきだろう」

そんな能天気な回答に、浩二は思わず天を仰ぐ。
そして、説明するだけ無駄だと思い、無言で席を立って厨房に向かった。





「あいつら、いつか詐欺に騙されるぞ……まったく」






***************






「これ、どういう風に切りましょう?」
「おう。それはサラダに使うんだ。千切りにしといてくんな」
「アイサー」

話し合いの末に、浩二は食事を出してもらう代わりに店の厨房を手伝うことになり、
前掛けと帽子をかぶって厨房の中を忙しく動き回っていた。

「マスター。できました」
「ん……巧ぇなオマエ」
「あはは、実家が料理屋なんっす」

レシピが解らないので料理は作れないが、言われたとおりの下拵えと食器洗いぐらいはできる。
家に居た時は、毎日店の手伝いをしていた浩二にとって、これぐらいは朝飯前であった。

「じゃ、これ作ってみるか? こいつで炒めて、味付けはコレとコレを使うんだ」
「これとこれっすね?」

料理長も呑み込みが早い浩二を気に入ったのか、料理をつくらせて見ようとレシピを教え始める。
浩二は、自分の店では自分で食べる賄い以外の料理は作らせてもらえない下っ端である。

「フッ、フッ!」

なので、こうしてコックとして調理場に立たせて貰える事が凄く嬉しいのだ。
いつの間にか異世界である事も忘れて、料理に熱中していた。

「いや、おまえ本当に筋がいいわ。
今日だけとは言わないで、これからウチで働かねぇか?」

「あはは。流石にすれはちょっと……よっと! はい。どうでしょう?」

「ん。火の加減よし、調味料を入れるタイミングもよし。
OK。レチェレ! これ、4番さんに頼むわ」

「はーい」

夜も本番に差し掛かったのか、厨房は本格的に忙しくなってきた。
けれども浩二は、そんな忙しさなど忘れるぐらいに楽しんで働くのだった。





*************





「……ふぅ……」


夜も深け、店を閉める時間になると、浩二は服の袖で汗を拭く。
クタクタに疲れたが、充実感のある疲れであった。

「お疲れ様です。浩二さん」
「ありがとう。レチェレ」

差し出された飲み物を一気に飲む。ごくごくと喉を通る冷たさが心地いい。
一息で飲み干すと、浩二はぷはっと息を吐いた。

「うめぇーーーーー。仕事の後のコレは最高だぜ!」
「ふふっ、浩二さん。何だかそれ、オジサンみたいですよ」
「一気飲みをした後に、コレをやるのはお約束だ」

レチェレが差し出した飲み物は、柑橘系の味がするフルーツジュースであった。
浩二がグラスを返すとレチェレは、はじけんばかりの笑顔をうかべる。

「料理長が今から賄いを作るそうですけど、食べていってくれますよね?」
「あ、賄い作るの?」

「はい。今日は浩二さんが手伝ってくれたのが嬉しかったみたいで、
腕によりをかけると言ってました」

「ん~~よしっ!」

パンと手を叩くと、浩二はもたれ掛かっていた椅子から立ち上がる。

「俺も作らせてもらえるかどうか聞いてこよっと」
「え?」

「調味料と食材の味は大体把握した。
だからここの皆にさ、よかったら俺の故郷の料理も食べてもらいたくって」

そう言って微笑む浩二の顔は、悪巧みをする子供のようだ。
そんな浩二の様子が微笑ましくて、レチェレはくすりと小さく笑うのだった。

「料理長ーっ! よかったら俺にも賄い作らせてくれませんかー!」
「なに? コウジ。おまえがか?」
「はい。俺の故郷の料理、みんなに是非とも召し上がってもらいたくて」

「ほう。それは楽しみだな。いいぜ、ここにある食材だったら何を使ってもいい。
だから自由にやんな。けど、賄いとはいえ一品料理を作る以上、料理人として評価させてもらうぜ?」

「もちろんすよ」

店の料理人に、やれるものならやってみなと言う目で見られて、浩二は俄然と燃える。
賄いは、料理人どうしの品評会である。
浩二は自分の実家――料亭『歳月』の味が異世界の料理人にどこまで通じるのかとわくわくした。

「へい。おまち!」

見習いである浩二が作れる『歳月』の料理は限られている。
それでも、これならば『歳月』の客に出しても問題ない筈だと思える料理を二品ほど作り、
テーブルの前に居並ぶ料理人や店の従業員の前に出した。結果は―――

「美味しい。これ、美味しいですよ。浩二さん」
「なるほど……調味料は最小限に、素材の持ち味をいかして勝負してきたか……」
「上品な味付けですね」
「ウチの店の客層にはあわねーだろうけど、いけるわコレ」

和食の真髄は素材の味を生かすことにある。
この店の主な客層は20~40代の労働者が殆どであるので、
濃い味付けが好まれるが、それでも浩二が作った料理は大好評であった。

「この魚……生だろ? それで、何も調味料を振ってないのに、こんなに美味い……
コウジ。おまえさん、どんな魔法を使ったんだ?」

料理人の一人が魔法と称した料理は、刺身の一種『洗い』である。
魚の身を薄くそぎぎりにし、氷水にくぐらせて、身を引き締めさせる調理法である。
こうする事によりただの刺身よりも歯切れのよい弾力性が生まれ、
余計な脂をとばしてさっぱりと食べられるのだ。
それを料理人に説明すると、感心したように頷いていた。

「いや、おまえ、本当にうちで働けよ! コウジなら俺たちも大歓迎だぜ。なぁ?」

その料理人の呼びかけに、周りの人間は大きくうなずいている。
照れくさくなった浩二が頭を掻いていると、隣に座っていたレチェレが袖を引いた。

「彼。うちの店では一番の古株なんですけどね。滅多に人を褒めないんです」
「ん? そうなのか?」
「はい。だから浩二さん、本当にすごいです」

レチェレに羨望の眼差しで見られる。
こんな風に見られた事など今まで無かったので、浩二は喜べばいいのか照れたらいいのか解らない。
なのでとりあえず、ありがとうと言って笑顔をうかべるのだった。





*************





翌日。街の代表であるロドヴィゴと話をつけた沙月達は、木材採取の護衛役として雇われる事になった。
この世界の情報と、物資を補給する為の金が欲しい物部学園の一行と、
街の下に広がる森を伐採していると、どこからともなく現れては人を襲うと言われている
精霊の脅威に怯える住人達とで、利害の一致がしたのだ。

「精霊の森の守護者、か……」

労働者の護衛として森を歩く道すがら、浩二はレチェレに言われた事を思い出していた。
精霊の森には守護者がいる。名前をルプトナ。
人間でありながら精霊達の味方をし、森の木を切り倒そうとする者達を追い返そうとする少女。
その身体能力は普通の人間を遥かに超えており、打撃の一つで大木をへし折り、
蹴りの一つで岩を粉砕するという。

「なぁ、最弱……このルプトナって……」
『十中八九、永遠神剣のマスターやな』
「だよなぁ……」

やっぱりこの世界でも永遠神剣かと溜息をつく浩二。
ロドヴィゴは、ルプトナを悪魔の化身のように語っていたが、
レチェレだけは、彼女は悪い人ではないと擁護していた。
何でも昔に、危ないところを助けられた事があるらしい。

「どーしたものか……」

ルプトナは街の人間を襲う悪だと断言するロドヴィゴに、
泣きそうな顔で、浩二さん信じてくださいと哀願してきたレチェレ。
これには沙月達も迷ったようだが、どちらの言葉を信じるべきかは、
会って見ない事には始まらないという結論になった。

『何や相棒。迷っとるんかいな?』
「そりゃ、オマエ。迷うだろ」

『何で相棒が迷う必要ありまんねん。ルプトナとか言うのを敵と見なすか、
味方とみなすかの判断は、リーダーの斑鳩女史が決めるやろ』

「そうだけど……」

そうは言いながらも歯切れが悪い浩二。
『最弱』はその理由に思い当たり、嬉しそうな声をだした。

『レチェレ女史か? 彼女の言葉ひっかかっとるんやな?』

「ああ……沙月先輩達がルプトナを敵とみなし、倒してしまったら……
……レチェレのヤツ……悲しむだろうな……」

『ほーほーほーほー!』

浩二の言葉に、更に嬉しそうな声をあげる『最弱』

『なんや。相棒? レチェレ女史の事をえらい気にかけとるやおまへんか!
アレか? 好きになってしもたとか? いやーついに相棒にも春がきたんやなぁ……
うんうん。ワイは嬉しい! そやなぁ、気立ての良さそうな娘やったからなぁ。ロリやけど。
きっと将来はいい嫁さんになりまねんで。ロリやけど。
しかも、事情は知りまへんけど、あんな立派な酒場の責任者ときとる。ロリやけど。
カティマ女史みたいなゴージャスな美人さんよりも、ああいう可愛らしい娘のほうが趣味でっか。
どーりで。どーりで……今まで同級生とかにまったく反応せぇへんかった訳や』

「…………」

『いや、相棒。ロリコンを恥ずかしがる必要はおまへんで。
しゃーないやおまへんか。好きなモンは好きなんやから。
幼い娘が好き。これは誰が悪い訳でもあらへん。そーいう性癖なんやから。
ええねん。ええねん。言い訳なんてせんでええねん。
世界中の全てが相棒のロリコンを非難しても、ワイと電気街の住人だけは味方やねん。
~~タン。ハァハァと息を切らせながら言おうやおまへんか。
~~タン。萌え萌え~と叫ぼやおまへんか』

「…………」

『諸君! 幼い娘は好きか? よろしい、ならばロリコンだ。
幼女! 幼女! 幼女! 幼女! 幼女! 幼女! 幼女!
ほら、相棒も一緒に! 幼女! 幼女っ―――ぶべ!』

変なスイッチが入ったらしい『最弱』を、浩二はおもいっきり地面に叩きつけた。
そのまま無表情で蹴る。蹴って、蹴って、蹴りまくる。

「幼女! 幼女! 幼女! 幼女! 幼女っ!!」
『いでっ、ほがっ、めいぷ、ぼぎ、あびゃぶ!』
「いやっほー! 今日は幼女祭りだー!」
『す、すんまへん。調子に乗りすぎました。やめ―――』
「おいおい。どうしたんだ『最弱』おまえが言えっていったんじゃないか……ほれ、幼女っ!」

『―――ぐべっ!』

最後に膝蹴りをくらわせると『最弱』は愉快な悲鳴をあげて喋らなくなる。
そんな『最弱』を浩二は黙って拾い上げると、腰にさして歩き始めた。

「俺の一番嫌いなモノは支配される事で、二番目が利用される事。
三番目がワケの判らん中傷を言われる事だ」

『ちょ、ちょっとしたジョークやおまへんか……』
「はっちゃけ過ぎだ。ばかたれ―――っ!?」

何かの気配。刺す様な視線。
それが何であるか確認する前に、浩二は横っ飛びで地面を転がる。
次の瞬間。轟音と共に先程まで自分が立っていた場所に何かが落ちてきていた。

「見つけたぞ!」

そして聞こえてくる声。土煙が風に飛ばされて晴れてくると、そこに立っていたのは少女。

「ついに見つけた!『災いをもたらす者』ボクにはわかるんだからな……って、あれ?」

ビシッと浩二に向けて指をさすのだが、途中で格好が崩れる。
それから顎に手を当てると、何かがおかしいと言わんばかりの顔をした。

「おまえは誰だー!」
「って、オマエが誰だああああああああ!!!」

いきなり攻撃されて誰だ呼ばわり。これには浩二もビックリである。

「危険な力じゃ……ない。見た目はとても小さいけど……
……でも、凄く輝いてる……不思議な力……」

『相棒! この娘……』
「ああ。こいつがルプトナだな……」

『最弱』の呼びかけに浩二が答えると、ルプトナと思われる少女は後ろに飛びずさる。

「どうしてボクの名前を……」
「おまえは有名人だからな」

「そう。なら話は早いや! 何だかよくわかんないヤツだけど、オマエは街の奴等と一緒にいた!
ならボクの敵だ。ボクがいる限り、好き勝手にはさせないぞ!」

「オーノーだぜ。こいつ自己完結してファイティングポーズをとりやがった!」
『肉体言語やな。相棒』

「僕の名はルプトナ。精霊の娘ルプトナだ!
よくわからない変な敵め、やっつけてやるから覚悟しろ!」

左手を前に突き出し、右手を引く、めずらしい構えをとりながら名乗りをあげるルプトナ。
浩二は肩を落として溜息をつきたくなるのを我慢しながら『最弱』をかまえた。

「やあ、俺、斉藤浩二。略してサイコー。あそこのデカさもサイコー!
常に股間はエレクトリック! 海綿体と海兵隊ってなんか似てるよね?
ああ、ごめん。すぐに哲学に走ってしまうのが僕の悪い癖だ。反省……っ、コツン。てへっ☆」

それから『最弱』に言われたとおりの自己紹介をし、
最後に拳を軽く握って頭をコツンと叩いてぺろっと舌をだす。
すると、ルプトナはぷるぷると震えて、絶叫にちかい声でこう叫んだ。





「おまえは、ボクをばかにしてるのかーーーーーーーっ!!!!!!」
「ですよねーーーーーーっ!!!!」






***************






「―――ちいっ!」
「この、待てっ!」




浩二は永遠神剣の力で肉体強化を行い、森の中を駆け回っていた。
逃げる浩二を、ルプトナは木から木に飛び移って追ってくる。

「このおっ!」

上空からの強襲。急降下の勢いをつけた鋭い蹴りが後ろから迫っている。
浩二は『最弱』にありったけの力をこめると、それにカウンターを合わせるかのように振りぬいた。
衝撃音が響く。それと同時に衝撃波。浩二は大きく後ろに吹き飛ばされた。

「―――ぐっ、あっ、このヤロウ!!!」

吹き飛ばされながらも途中で地面に手をつき、上に飛び上がることで木との激突をさける。

「逃がさないよ!」

すると今度は下から来た。足を青白く光らせながらルプトナが跳び蹴りで向かってくる。
それは、さながら蒼い光弾のよう。瞬時に浩二は防御体制をとる。
通常攻撃に『最弱』の力は通用しない。あの青い光は永遠神剣の力を付加したモノだろうが、
加速をつけた蹴りの威力までは消す事ができないのだから。

「やあああああああっ!!!!」
「ぐおおおおおおっ!」

下からの蹴り上げに、更に高く上空へと押し上げられる。
このままではまずいと判断した浩二は、渾身の力で身体を捻り、蹴りの先端を身体から外した。

「いい加減にしろ! テメェ!」
「ボクの蹴りを外した!?」

ルプトナの顔が驚きに染められる。
浩二はその面に『最弱』の一撃をくらわせた。

「ぷぎゃ!」

スパーンと響くハリセンの音と共に落下するルプトナ。
地面に激突する前に体制を立て直し、空中で二回ほどくるりと回って着地したのは流石だろう。
ルプトナが着地してすぐに、浩二も少し離れた場所にズダンと音をたてて着地した。

「………速い……こいつ、メチャクチャ速い……
格闘による肉弾戦に特化した、靴の永遠神剣―――
しかも、格闘技の腕前は俺よりも数段上かよ……」

「おかしい。なんで―――っ?
あいつに攻撃する時、じっちゃんの力が消える……」

あまりにも相性の悪い相手に苦虫を潰したような顔をする浩二と、
攻撃がヒットする瞬間に、神剣の力が消されるという怪現象に驚いているルプトナ。

「……考えろ。考えるんだ斉藤浩二!
どうすれば、この状況を切り抜けられる! 考えろっ!!」

答えは決まっている。時間を稼ぐ事だ。そうすれば味方が駆けつけてくれる。
しかし、それまで持ちこたえられるのか? 素早さならばベルバルザード以上だ。

「とにかく攻撃をくらわせる。アイツよりもボクの方が速い!」

ルプトナは再び構えを取り、大地を強く踏みしめる。
浩二との距離は20歩以上離れているが、自分の足ならば一足飛びだ。

『くるで! 相棒!』
「やあああああっ!!!」

雄叫びを上げると、地面を蹴り上げて浩二に突進するルプトナ。
彼女が蹴った地面は大量の土を巻き上げ、土煙をあげている。
それほどの威力で蹴りつけ、飛んだのだ。

「せいっ、はっ、たっ!」
「くっ!」

蹴りがくる。竜巻のように連続で回し蹴りが放たれてくる。
浩二はその攻撃を後ろに下がりながら回避する。

「くそ! リアルで竜巻旋風脚を拝む事になるとは思わなかったぜ!」
『これで、はどーけんが飛んできたら笑えまんなぁ!』
「笑えねぇよ!!!」

垂直に飛び上がる浩二。
そして、片腕で木の枝をつかむと大車輪をきめ、手を離して前に飛ぶ。

「やるね!」

ルプトナが追って来た。反撃こそ余り無いものの、自分の攻撃を捌き切る浩二は強いと思った。
事実、斉藤浩二というマスターは、戦いのセンスは非凡なモノをもっている。
神剣による肉体強化の恩恵はあるものの、戦いとなれば、どう動くか判断するのは自己の判断なのだから。

このセンスがあればこそ、先にベルバルザードという戦士と戦っても生き残り、
今はルプトナという、獣を越える俊敏さの相手を敵にしても持ちこたえているのである。

「はぁっ、はぁっ、はぁ―――」

しかし、彼には一つだけ、決定的に欠けているモノがある。
それは相手に有効打を与える事のできる武器。
永遠神剣のマスターを相手に反応できる肉体と、戦えるだけのセンスがあっても、
攻めに転じられる武器が無い。

「………持ちこたえろ。焦るな。思考を止めるな。動けッ!
そうすれば、チャンスはきっとくる!」

次々と放たれるルプトナの攻撃。浩二はその攻撃をかわし、防ぎ……
きっとくる筈だと信じているチャンスを待つ。そして、その時がついに来た―――

「こうなったら本気を出していくよっ! じっちゃん!」

パンッと掌を合わせたルプトナが目を閉じて叫ぶ。
すると、蒼い光が彼女の体を包み込み、その背後に巨大な蛇のような神獣が現れた。
永遠神剣第六位『揺藍』が神獣・海神を呼び出す。
ファンタジーではリヴァイアサンとも呼ばれる強力なシーサーペントである。

『よしゃ! 墓穴を掘りおった! いけるでっ!』
「ああっ!」

しかし、斉藤浩二というマスターの前で神獣を出現させるのは自殺行為である。
何故なら彼がその手に持つのは、この世の全ての不条理を霧散させる『反永遠神剣』なのだから。
故に反永遠神剣『最弱』は『神獣』などという不条理な存在を認めない。

「―――だっ!」

浩二は『最弱』を手にして海神に飛び掛った。ルプトナは動かない。
じっちゃんに攻撃なんて効くものかと言わんばかりにそれを見ている。

その瞬間―――

浩二には勝ちのビジョンが見えた。
神獣を消滅させられて呆然とするルプトナ。そこに一撃叩き込むのは難しい事ではない。
無防備な首筋に手刀の一つでも叩き込めば昏倒させられる筈である。



――― ルプトナさんは、悪い人じゃないんですっ! ―――



「……くっ!」



しかし、次の瞬間には、彼女が意識を取り戻した時に訪れるだろう光景が思い浮かんだ。
じっちゃんと呼び慕っている神獣が消されたのである。
どれだけ叫ぼうとも、泣こうとも、消えた神獣は現れない。



「グルルルォオオオオオオオンンンン!!!!」
「しまった!!!」
『相棒!!!』



そんな事を考えた時点で、斉藤浩二の勝利はあっさりと敗北に返された。
身を捻らせた海神の尾が、横から唸りをあげてむかってくる。

「……うぐっ、は……また、こんなのかよ……」

それは浩二の全身を強打し、痺れるような痛みが身体を駆け抜け―――







「俺ってやつは……くそッ―――」







―――浩二の意識はブツリと途切れるのだった。










[2521] THE FOOL 17話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:e215609e
Date: 2008/02/19 21:07







「ここ、どこだよ……」



目が醒めると、そこは知らない場所であった。
こういうのを鍾乳洞というのだろうか? 壁も天井も岩でできている。
そして、奥の方には松明が立てかけられており、炎の明かりが辛うじてこちらまで届いていた。

「なぁ、最弱……俺はどうなったんだ―――って、ねーし!」

となると、やはり自分は捕らえられたと考えるべきだろうと思う浩二。
記憶がハッキリしているのは、ルプトナに敗れ去り、気絶する瞬間までだ。
おそらくあの後、彼女に捕まってここにつれて来られたのだと。

敵に捕まるとは、考えうる限り最悪な状況であった。
しかも『最弱』を取り上げられているので、神剣のマスターとはいえ、
今は一般人となんらかわりない力しかないのだ。

「となると、ココは牢獄か……そのわりには広いよなぁ」

とにかく状況がわからない以上、うろうろと動き回るのは得策ではないだろう。
流石にモンスターとかは居ないと思うが、自分を攫った以上、
何らかのリアクションがあるはずだと、浩二は床に腰を下ろすことにした。

「……俺がミステリーADVゲームの主人公なら、
色々と調べ回るところだが、あいにくと俺はそんな上等なモンじゃねぇ」

ポツリと呟く浩二。いつもなら、このへんで『最弱』の返事が返ってくる所だが、
今は誰も言葉を返してくれる者はいない。
2年間、ずっと傍にいた相棒が居ないと言うのは何とも心細いものだった。

「弱いな、俺は……」

正確には、弱くなったと言うべきだろうか?
心細いなどと、そんなのは『最弱』と出会う前の自分なら、間違いなく抱かなかった感情だ。

「ん、目が醒めたんだね」
「うおっ!」

感傷に浸っていると、突然声をかけられて驚く浩二。
顔をあげると、そこにはルプトナが立っていた。その手には白いハリセン。
反永遠神剣『最弱』が握られていた。

「……ん? ああ。はい」

浩二が『最弱』を凝視している事に気がついたルプトナは、あっさりと『最弱』を浩二に投げて寄越す。
慌てて受け取った浩二は、随分と驚いた顔をしてルプトナを見た。

「いいのか? 俺に『最弱』を返してしまって」
「いいよ、別に。じっちゃんがよく見てみたいと言ったから借りてただけだし」
「じっちゃん……ああ、おまえの神獣な」

そう言って、浩二は自分をKOしたシーサーペントの姿を思い浮かべる。
そして、心の中で『最弱』に、無事かと問いかけた。

『ええ、まぁ……何とか無事ですわ。
べたべたと触られたり、引っ張られたりしましたけど……おかしな事はされてまへん』

(そうか……)

ほっと安堵の溜息を吐く浩二。
己の相棒が戻ってきた所で気を取り直したのか、浩二は改めてルプトナと話し合う事にした。

「ここはどこだ?」
「精霊の住処だよ」
「どうして俺を連れてきた?」
「そんなの、きまってるじゃないか。オマエを人質にして、ジルオルを誘き出すんだ」

知らない単語が出てきたが、それについては後回しだ。
まだ、一番聞きたい事を聞いてない。

「何故、俺に神剣を返す? 俺が抵抗しないと思ってるのか?」
「別に。したければしてもいいよ。そしたら、また懲らしめてやるまでだから」
「は、は、は……なるほど」

凄い自信だと思った。それとも自分が弱くてなめられているのか。

「オーケー。無駄な抵抗はしない。俺はおまえに負けたんだからな」

ナメられているのなら、そうしておいた方がいいだろう。
そう判断して、浩二は抵抗の意思はないとばかりに両手をあげる。
すると、ルプトナは満足したように頷くのだった。






************






「うーん……」


ルプトナが持ってきてくれた果物を齧りながら、浩二は唸っていた。
腰をすえてルプトナの話を聞いてみたのだが、街の人間が話すような悪人には見えない。
性格は子供っぽいが、善悪の区別はきちんとできているように思えるのだ。

「おまえは、一度も人を殺した事はないんだよなぁ?」
「……むっ、だからそう言ってるじゃないか」

「それは何故だ? 森に立ち入って欲しくないのなら、
見せしめの為に何人か殺してみせるのも効果的な手段だぜ?」

「だって……それは……」

勢いが弱くなるルプトナ。
それからボソボソと呟いたのを、浩二はがんばって聞き取る。

「人間にだって、家族はいるし……
ボクが殺しちゃったら、その人達が悲しむ……から」

「うん」

その言や良し。俺には言えない台詞だと浩二はルプトナの頭を撫でる。
これなら、彼女と街の人間を和解させる事はできそうだ。

「けどな、ルプトナ。森の木を伐採するのは許せんとおまえは言うが、
人が生きていく為には、どうしてもやらざるをえないんだ。
食事を取るのにも火はいる。身体を洗うのにも火はいる。
暖を取るためにも、家を建てるためにも、どうしても木材は必要不可欠なんだ」

「そんなの。ボクみたいに暮らせばいいじゃないか」

「じゃあ何だ。あの街の人間が皆……
洞窟に住んで、川の水で身体を洗い、木の実を食らうのか?」

「……うっ」

現実的ではない。全ての人間がそのような生活に耐えられる訳が無いのだ。

「もしくは……おまえの、ソレ―――永遠神剣の力で皆殺しにでもするか?」
「ううっ……」

「幼い子供も、力ない老人も……
全員殺してしまえば、森の木を切るヤツはいなくなるぞ?」

「……それは……」

たぶん、ルプトナにそこまでの意思は無い。
それは、永遠神剣という絶大なる力をもっているにも関わらず、
今までそれを実行していない事からしても明らかだった。

「……なぁ、これはやっぱり、何処かで落とし所を模索するべきだろ?
精霊と人間。両者が共存する為に……」

「…………」
「たとえば、伐採した後は苗木を植えるように徹底させるとかして……」

「それは、ボクだって考えた事があったさ。
けど、人間は狡賢い。すぐに嘘を吐く。だから、信用できないって長老が……」

どうやら解決の糸口が見えてきたようだった。
精霊に肉親を殺されたが故に、意固地になってる人間の長と、
人間は信用できぬと決めてかかっている精霊の長。その二人をどうにか出来れば……

「よし。俺をその長老とやらに会わせてくれ」
「いいけど……何で?」

「もしかして、力になれるかもしれない。
上手くいけば、共存への道が開けるかもしれない」


そう言って、浩二は笑うのだった。






******************






翌日。浩二はルプトナに連れられて森の奥へとやって来ていた。
洞窟のあった場所から三十分ぐらい歩くと、ストーンヘンジのようなモノが立ち並んだ平原が見えてくる。
それを見た浩二は感嘆の声を洩らした。

「へぇ、写真でしか見たこと無かったが、コレ……ストーンヘンジだろ?
ここが精霊の住家か……てこたぁ、何だ? もしかして俺達の世界にも、
かつては精霊が住んでいたのかもしれないな」

ストーンヘンジが何の為に作られたモノかは不明である。
しかし、かの有名なアーサー王伝説にも縁がある程有名な古代遺跡なので、
名前だけなら知っている者は多くいるだろう。
もっとも、浩二が知っている知識もその程度のものであるが……

「……で、その精霊サンは何処よ?」
「あれ? おかしいな……いつもならこの辺にいるのに……」

浩二が尋ねると、ルプトナは首をきょろきょろ振って辺りを見回す。
その時であった。首筋をチリチリと焼くような殺気を感じたのは。

「―――っ!」

浩二は腰から『最弱』を抜いて飛びずさる。
少し離れた所では、ルプトナも横に跳んで構えを取っていた。

「嫌な感じだ……コレ……欠片の熱さも感じない……冷たい、殺気……」
「これは……」
『ミニオンやな、相棒』

『最弱が』言うと、浩二は小さく溜息をつく。
そして、小声でやっぱりかと呟いた。永遠神剣が存在する世界なのだ。
そうなれば、やっぱりこいつ等も居るかもと思っていたら、案の定だったのだから。

「知ってるの? こいつ等の事」
「ああ。知りたくも無かったけどなっ!」

ゴウッと音をたてて炎の弾が飛んでくる。
浩二は『最弱』に力を籠めると、炎の弾に叩きつけた。
インパクトの瞬間に、スパーンと音が響くと炎の弾は霧散する。
ルプトナは、驚いたような顔で浩二を見ていた。

「やっぱり、おまえのその神剣……ヘンだ。魔力を消してしまうなんて……」

「ルプトナ。おまえが攻撃で、俺が防御だ。とにかく今はこいつ等を蹴散らすぞ。
……なに、俺達が組めばミニオンの10や20など敵じゃない」

「……わかった。ボクの動きについて来れるならねっ!」

そう言ってルプトナは跳躍する。浩二もそれを追うように跳んだ。
ルプトナが蹴りを放ち、ミニオンを吹き飛ばすと、
そこを狙い撃つ様に火や氷の弾丸が向かってくる。

「はあっ!!!」

浩二はその攻撃を全て『最弱』で霧散させた。
その時には、ルプトナは次の標的を見定めて、再び跳躍をしている。

「ひでぇパートナーだ。相手の男の事など考えずに、ガンガンと進んでいきやがる」

『ははっ、相棒なら大丈夫やろ。
ルプトナもそう思ってるからこそ、防御などせずに攻撃する事に専念しとるんやろ』

「我侭なお嬢さんだ! 我侭なのは、そのおっぱいだけにしておけってーの!」

軽口を叩きながら浩二は『最弱』を振るう。
魔法での攻撃は効果が無いと判断したらしいミニオンは、槍を投擲してきた。
風を切り裂きながら飛んでくる槍の永遠神剣。

「――こんなものっ!」

浩二は目を見開くと、それを掴み取って投げ返した。

「ルプトナの蹴りの速さと比べたら原付と大型二輪。
ベルバルザードの槍の重さと比べたら、軽自動車とダンプカーだ!」

「ひゅう。やっるー♪」

自らが放った永遠神剣に胸板を貫かれ、粒子となって消えていくミニオン。
言葉の意味はよく分からないが、とにかく自分は褒められたのだろうと気を良くするルプトナと、
ほうと感嘆の息を洩らす最弱。

『初めて戦った時より、格段に強くなっとる……
物部学園でミニオンに襲われたときは、逃げ回ることしかできなかったのに……』

考えてみれば当然の事だと『最弱』は思った。
斉藤浩二というマスターは、もともと戦いのセンスは高いのだ。
そして、今まで戦ってきた相手はベルバルザードにルプトナ。
どちらも浩二より格上の遣い手であったにも関わらず、彼は今も生きている。

浩二自身はその二人には負けたと思っているが『最弱』はそうだと思わなかった。
負けているのなら、今頃は斉藤浩二なる人間はここに存在していない。
本当に負けるとは死ぬ事なのだ。たとえ、運に助けられて生き残っているのだとしても、
その運を掴み取ったのは彼自身なのだから……





『思えば、全てが始まったあの夜から今日に至るまで、
物部学園のマスターの中で、一番強い敵と戦ってきとるのは……
斑鳩女史でも、世刻でもない……相棒なんやな……』






******************





「さて、斉藤くん……説明してもらおうかしら……」
「沙月先輩。目が笑ってねーっす」

街に戻ると、浩二は満座の席で一人、正座をさせられていた。
周りには沙月達、永遠神剣のマスターと数人の学生が立っている。

「これには、まぁ……深い訳が」
「あるんでしょうね。でなきゃ、あの娘と一緒に手を叩きあってる筈無いものね」

突如として現れたミニオン。浩二はルプトナと協力してそれを撃退すると、
テンションが上がっていたせいもあってか、二人で「いえーい」とか言いながら、
パンパンと手を叩きあっていたのである。

沙月達が現れたのはその時である。
その後ルプトナは逃走したが、浩二が攫われたと思って、必死に探し回っていた沙月達にすれば、
何をやっとるんだコイツはという光景であっただろう。

「とにかくその笑顔はやめてください。トラウマになりそうです」
「あら、失礼な事を言うのね、斉藤くん。女の子の顔を見てトラウマだなんて」
「いででで……」

耳を引っ張られて悲鳴をあげる浩二。
そんな光景を望や希美達は苦笑まじりに見つめていた。

「喋ります。喋ります。なんでも喋ります。
(ピー)の大きさから、初めて(ピー)した時のオカズまで全部!」

「―――っ! 誰も、そんなのは聞きたくないっての!」


―――スパーン!


浩二から取り上げた『最弱』で、浩二の頭を叩く沙月。
望に迫った時も借りていた事を考えれば、
何気に彼女は『最弱』を気に入っているのかもしれない。

「……望。何やら今、斉藤殿が喋ってる途中でピーと言う
不思議な音が聞こえたのですが、あれは何でしょうか?」

「えっ!?」

望は、純粋な瞳でそんな事を聞いてくるカティマに、何と答えればいいのか戸惑っている。
ソルラスカは、そんな望や正座させられている浩二を見て爆笑し、
タリアは腕組みしながら、心底呆れたような顔していた。

「あれは、俺が中学生のとき……家の店で働いている若い職人が、
ロッカーに忘れていった、見るからにアダルトなパッケージの―――」

「あーあーあー! 誰もそんなの聞いてないでしょーーー!!!」

―――スパーン!

「……内容は、何かドラマ仕立てでした。新妻の家に米屋がやってきて……」

―――スパーン!

「新妻はどうやら寝起きだったらしく、パジャマの隙間からブラジャーが見えましてね。
それが男の獣欲を刺激したのか、彼は徐に……お、おくさん!」

―――スパーン!

「それから、あれよあれよと言う内にベッドへ。
気がつけば俺もズボンを下ろして、それで―――」

「やめなさいって、言ってるでしょーーーーー!!!」

―――ゴンッ!

「ぐえっ!」
「はぁ、はぁ、はぁ……」

「せ、先輩……女の子が踵落としをするのは……
いかがなモノかと……つーか、黒のパンツは、狙いすぎ……」

そう言って昏倒する浩二。少し離れた場所では、これって逆セクハラじゃね?
と思われる羞恥プレイをカティマに受けている望。
何と言うか、カオスな状況であった。

「あ、あの……希美さん」
「……ん? 何、レチェレさん?」
「いつも、こんなの何でしょうか……」

良い見世物になっている物部学園の面子を見てレチェレが問うと、
希美は苦笑しながらこう答えるのであった。






「……うん。概ねこんな感じ、かな?」










[2521] THE FOOL 18話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:e215609e
Date: 2008/02/22 08:05





「また、旅団か……」




離れた席で大騒ぎするソルラスカ達を尻目に、浩二は出された料理を摘んでいた。
騒ぎの中心にいる女性の名はヤツィータ。旅団に所属ずる永遠神剣のマスターである。
いつまでも旅団本部にやってこない自分達を心配して、この世界に迎えに来たのだそうだ。

戦力の増加に望や希美は喜んだが、浩二だけは一人、つまらなそうな顔していた。
居場所が旅団にどんどん侵食されていく。
ソルラスカやタリアの事は嫌いではないが、こうして組織に属する人間が増えてくると、
行き先が自分達の意思ではなく、組織の人間に決められそうで不安なのだ。

「はぁ……」

溜息を吐く。自分達を取り巻く流れに、流されてしまえば楽なのだろうが、
斉藤浩二という人間は独立志向が大きい。そして、強要される事を嫌う。
基本的に、何事も自分で決めた事でなければ嫌なのだ。

―――このまま全部投げ出してしまおうか?

本音で言えば、旅団本部などと言う所に行きたくは無い。
物部学園の生徒として、旅団本部に行くことが決定してしまったので、
仕方なく着いて行くだけなのだ。

「行きたくねーなぁ……」

いっその事、帰れる目処がつくまでは、自分は気に入ったこの世界に留まり、
元の世界に帰還する時に、ものべーに拾っていって貰うのはダメだろうか?

「はは、無責任すぎるよな……それは……」

魅力的な考えだが、それは出来そうにない。
言葉に出したとおり無責任過ぎるのだ。
単体での能力ならば全ての永遠神剣に劣る『最弱』とはいえ、自分には戦う力があるのだから……

「そこ、いいかしら?」
「え?」

浩二がぶつぶつと呟きながら考え事に没頭していると、
いつの間にか件の女性―――ヤツィータが目の前に立っていた。

「あ、はい……どうぞ」
「ありがと」

浩二はテーブルの上に並べられていた自分の皿をどかし、
ヤツィータが片手に持っていた酒を置くスペースを作ると、彼女は微笑んで対面に腰を下ろす。

「貴方が、斉藤浩二くんね」
「はぁ……」

「望くんや希美ちゃんと同じ学校に居た……
旅団のデータに記されていなかった、イレギュラーの永遠神剣のマスター。
サレスもナーヤも、貴方には随分と興味をもっていたわ」

「……はは、それは光栄ですね。
俺は貴方達『旅団』とやらにはまったく興味ありませんが」

いきなり異端者扱いされて、浩二はムッとする。
ヤツィータは、自分の言い方が無礼だった事に気づくと、ごめんなさいと浩二に謝罪した。

「悪気があった訳じゃないの。気を悪くしたなら許してね」
「……すいません。俺も感情的になりすぎました」

素直に謝られた事により、浩二も自分の態度も悪かったと謝る。
すると、ヤツィータは酒の瓶を掲げて、飲む? とジェスチャーしてきた。

「頂きます」

浩二は未成年だが、酒は飲めるほうである。
家が家なだけあって、酒を飲む機会が無いわけではないのだ。

それからしばらく、他愛の無い話をいくつかした。
ヤツィータは、自分はどんなモノが好物であるとか、特技は何であるのかを語り、
浩二は、家族の事や今までの学園生活をいくつか語った。

「また今度、おねーさんのお酌の相手をしてくれるかしら?」
「ヤツィータさんのような美人の相手なら喜んで」

結局、ヤツィータは一番聞きたかったであろう浩二の神剣―――
反永遠神剣『最弱』については何一つ触れる事無く、席を立って去っていった。
斉藤浩二という少年が、戦力という駒扱いされるのを嫌う事を察したのである。

―――そして、その判断は正解であった。

もしも彼女が浩二の事を、すなわち彼の神剣『最弱』について、
根掘り葉掘り聞き出そうとしていたら、
浩二はハッキリと『旅団』とは相容れぬと、決別する意思を固めていただろう。
彼は個人の思想を無視され、物扱いされる事を極度に嫌う。



「表面上は、あけすけな道化を演じてるけど……
ホントは、かなり気難しい子ね……」



ヤツィータは席から離れると、少しだけ振り返って浩二を見た。

「人の良い望くんや希美ちゃんと違って、あの子……手ごわそうだわ。
接し方を間違えると、あっさりと敵に見られかねない」

そう呟いた後に、サレスも難しい事を言ってくれるものだと思った。
斉藤浩二というマスターを、何としてでも『旅団』に引き込んでくれ等と。

「あーいうタイプの男の子は、大儀や理想では動かないのよね……
あれは単純に、シンプルに……好きな娘ができたら、その娘の為だけに戦うタイプ……
どうしても欲しいと言うのなら、サレスが女装でも何でもして彼を惚れさせれば良いのよ」

そうすれば、彼はサレスの為に命懸けで戦い、
『旅団』を絶対に裏切らない、非常に協力的な味方となるだろうから。



「ぷぷっ」



そんな事を考えながら『旅団』の長であるサレスが女装した姿を想像し、
あらあら随分な美女じゃないのと、一人笑うのだった。






************





世刻望は、斉藤浩二と肩を並べて森の中を歩いていた。
沙月曰く、自分は浩二の目付け役なのだそうだ。
何せ斉藤浩二という男は、一人にするとすぐに事件に巻き込まれる。

剣の世界では一人の所を謎の襲撃者に襲われ、崖から転落した所をソルラスカとタリアに助けられ、
この世界では一人の所をルプトナに襲われて、あっさりと彼女に攫われてしまっている。

これではまるで一昔前のアクションゲームに出てくるヒロインだ。
世界が変わるたびに、行方不明になったり攫われたりしたのでは堪らない。
と言う訳で、望は浩二のお目付け役に任命されたのである。

「すまんね。永峰にカティマさん。
どうやら世刻のヒロインは俺に決定したらしい」

「むーっ……」
「ヒロイン?」
「……やめろよ……キモイから……」

軽口を叩いているのは、せめてもの抵抗だ。
浩二にしてみれば、タリアやヤツィータという『旅団』の人間よりかはマシだが、
寝床まで同じ部屋に配置する事はあるまいと言う所である。

「ところで斉藤」
「ん?」
「おまえ、あのルプトナって娘と戦ったんだよな?」
「ああ。負けたけどな」

話を変えてきた望に、浩二は苦笑を浮かべた。
二人の話題は興味があるようで、希美もカティマも顔を寄せてくる。

「強かったか?」
「強いな。けど、この面子で取り囲んで総攻撃をすれば、倒せない相手じゃない」
「まぁ、こっちには永遠神剣のマスターが8人もいるもんね」

浩二が答えると、その答えに納得がいったのか、希美が笑いながら相槌をいれる。
そこで浩二は、ルプトナと話した時に出てきた疑問を思い出した。

「そう言えば世刻。おまえジルオルって知ってるか?」
「ジルオル?」

「ああ。ルプトナが言ってたんだけど、
おまえは、滅びだか破壊だかをもたらす者ってヤツで、名前をジルオルと言うらしい」

「はぁ!?」

いきなり『破壊をもたらす者』なんて物騒なヤツにされた望は、
心底呆れたような顔で浩二の顔を見る。

「知らねーよ、そんなヤツ。人違いだよ!」
「そうだよ。望ちゃんは望ちゃんだよ」

「まぁ、そんなに怒るなって。だから俺も言っておいたって。
あいつの名前は世刻望。周りに、これでもかと言わんなかりに美女をはべらす、
世界中の男の敵ではあるが『破壊をもたらす者』なんかじゃないって」

「な! 俺がいつ美女をはべらせたんだよっ!」
「ここと、そこと、あそこ」

順番に、希美、沙月、カティマを指差す浩二。

「違うって! 沙月先輩は学校の先輩だし、希美はただの幼馴染!
カティマもただの友達だって!」

「またまた。ご冗談を……てゆーか、そんなにタダタダ言うなよ。
お姫様が二人、ご機嫌斜めだぞ?」

「え?」

望が慌てて振り返ると、そこには明らかに落ち込んだ顔をしているカティマと、涙目になっている希美。

「……ええ、そうですね。タダ、ですよね……私なんて」
「ううっ、望ちゃんの馬鹿……」
「いや、ちが、これは―――」

失言を挽回すべく慌てる望。
浩二は、上手いこと望を巻くことに成功したと思い、そっと彼等から離れる。
それから列の最後尾に着くと、腰の『最弱』に話しかけるのだった。

「あんなのに付き合ってられんよなぁ、オイ?」
『自分で引っ掻き回してといて、そりゃないと思うねんけど……』

「いいんだよ。アイツは幸せが人の三倍あるんだから。
それに、定期的に醜態をさらしてもらわんと、やっかむ男子学生がでてくるからな」

『何や? アレ、世刻に気ぃ使ったんでっか?』

「いや、結果にもっともらしい理由をこじつけただけだ。
まぁ、傍にピッタリ張り付かれるのも気が滅入るし、いいんじゃね?」

そう言って、離れた場所から望達の様子を見ると、
『最弱』も、あんな乱痴気騒ぎに巻き込まれるのは嫌だったのか、そうやなと相槌をいれる。

「てゆーか、オマエ。どう思うよ?」
『何がでっか?』
「今回の件だよ。こうして、街の人間をゾロゾロと引き連れて精霊の住処に乗り込む件」

『ああ……別に、させたいようにさせればええんとちゃいます?
どんな理由だろうと、あのロドヴィゴと精霊の長が顔を合わさん事には始まりませんわ』

今回の行動は、沙月達という戦力を手に入れた人間達が、
森に住む精霊を駆逐すべく、精霊の住処に乗り込むという作戦行動であった。

浩二は、ルプトナから聞いた話は街の長であるロドヴィゴに伝えた。

精霊は人を襲わない。ルプトナにしても、木を切り倒す人間を脅かして、
立ち去らせようとはするものの、実際にその手で人間を殺めた事は一度も無い。
おそらくロドヴィゴの兄を殺した連中とはミニオンという、
精霊とはまったく別の邪悪な存在であると告げても、
長年の固定概念というのは一度の説得で覆せるモノではなく、
ミニオンも精霊の仲間だと言い切られてしまったのだ。

沙月は浩二の話を全面的に信じた。
彼女は、本来精霊という種族は大人しい種族であると言う事を知っていたし、
浩二とルプトナがミニオンと戦っていたという現場を見ている。

その上で、ロドヴィゴの協力要請を受け入れたのだ。
とにかく精霊の長という人に会って詳しい話を聞いてみよう。
ミニオンが現れるという事は、この世界にも『光をもたらすもの』が関わっている筈だと判断して。

「ルプトナと話した時は、人間と精霊の間の誤解さえとけば問題は解決すると思ってたが……
ミニオンの登場によって、また変な雲行きになってきたなぁ」

『まぁ、油断はせん事やな……相棒。
事と次第によっては『光をもたらす者』と戦う事になるかもしれへん』

「エヴォリアとベルバルザードか……」

『神剣の位は第六位やけど、あいつ等はこっちのマスターと比べて戦い慣れしとる。
人数ではこちらが勝るとはいえ、油断しとったら食われるで?』

「沙月先輩は、さ……」
『ん?』

「沙月先輩は『光をもたらす者』の目的は、
星を破壊する事だと言ってたけど……それだけなのかな?」

『いや、それは無いやろ』

二人とも、快楽のために破壊を目的とするような人間には思えない。
ならば、破壊は何らかの目的を達成する為の手段なのだ。

「ならば、数多の星をぶっ壊し回ってまでも成し遂げたいと願う、その目的……
それは、いったい何なんだろうな?」

『そら、よっぽどの目的なんやろうなぁ。想像つきませんわ』
「こんな事を言ったら何だけどさ……俺は、少し羨ましい」
『はぁ?』

「俺には夢が無いからな。命がけで護りたいものも無い。
だから、星をぶっ壊してでも手に入れたい何かなんて……
そんな大きな夢ないし、野望を持っている『光をもたらす者』は、眩しく見えるんだ」

『……相棒……』


―――もう、あの頃には戻れない。

たとえ元の世界に帰り、何事も無かったかのように、
今までどうり普通の学生に戻れたとしても―――自分はもう、あの頃には戻れない。

無限に連なる平行世界の存在を知ってしまったのだ。
そんな心踊る舞台を見せ付けられて、
元の世界で平凡な一生など送れるはずが無い。若さがそれを許さない。

広い世界を縦横無尽に駆け回り、夢を追いかける自分というのを、
一度も空想した事が無い人間がいるだろうか?

それが、あまりにも漠然とした妄想の類であったとしても―――


「なぁ、最弱……」
『何でっか?』

「俺は元の世界に帰る。学生の身の上で、まだ一度も親に恩も返していないしな。
……けど、それを返したと思ったら………」

浩二は一度だけ目を閉じる。
顔をあげ、今の自分を支配している感情を反芻する。
そして、決心が固まったのかハッキリと口にして言った。




「俺は―――海賊王になる!」




親指でグイッと自分を指して言う浩二。
『最弱』は、しばらく無言を続けて、ポツリと呟く。

『……もう一回、言い直しても……ええんやで?』
「……冷静に返すなよ……死にたくなるだろうが……」

斉藤浩二は、思わずノリで口から出てしまった言葉に後悔していた。
こんな想いは、中学生の頃に調理実習でパンを作っていた時に、
パン生地をパイの皮で包み「これが、俺の邪パン第一号・パイパンだあーーー!」とやってしまい、
男子生徒には大うけしたが、女子生徒からは思いっきり冷たい目で見られた時の様に。


「あー、まーアレだ。旅に出るよ。
もっと、色んな世界を見てみたくなったから。
それで見つけるんだ。俺が本当に居るべき場所を……」

『……まぁ、ええんとちゃいます?
ワイは、基本的には相棒が決めた事に従いまんねん』


「おう!」


そしてこれが、今まで何者にも興味を持つ事が無かった……
斉藤浩二という少年を変えていく、最初の切っ掛けであった。









[2521] THE FOOL 19話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:e215609e
Date: 2008/02/25 07:11







「くそっ、何てこった!」


浩二は神剣の力で肉体強化を行い、森の中を駈けていた。
すぐ後ろには望とソルラスカの姿がある。
彼等も、浩二同様に肉体強化を行い、常人では考えられぬ速さで森の中を走っていた。

「ロドヴィゴさんと青年団の人達……無事かな?」
「ミニオンと鉢合わせてなければ生きてるだろうよ!」

望の問いかけに、吐き捨てるように答える浩二。
二人の会話を聞いていたソルラスカが、気遣うようにこう言うのだった。


「ま、それを祈ろうぜ」


―――事の成り行きは、こうである。

道中を共にしている内に、沙月達には精霊達と戦う意思がないと判断したロドヴィゴは、
小休止を取った際に、街の青年団を引き連れて勝手に行動を起こしたのだ。
沙月達が精霊を倒さぬというなら自分達が倒すと決心し、
こちらに何の断りも無く、浩二が教えた精霊の住処に向かって進軍し始めたのである。

ロドヴィゴが率いていった街の青年団は、
狩猟などを生業とする、それなりに武器の心得がある若者達だ。
しかし、それぐらいの強さの人間では、100人居てもミニオン1人に歯が立たない。
それを分かっていても沙月達から離れ、行動を起こしたのだとしたら、
皆が思っていた以上に、ロドヴィゴが精霊に抱く敵意は深かったのだろう。

浩二は、それに気づいていれば、誰が何と言おうと彼等の傍に張りついて、
こんな行動を許さなかったのにと後悔していた。

「……ロドヴィゴや、青年団に何かあったら……
……俺は、レチェレと酒場の皆に……どの面さげて……くそっ!」

ロドヴィゴや青年団には何の義理も無いのだが、レチェレと店の皆は気に入っていた。
彼等が街の仲間がミニオンに殺されたと知ったら悲しむだろう。
故に浩二は唇を噛むのである。

「斉藤。そんなに自分を責めるなって。俺達だって気づけなかったんだ」
「そうだぜ、浩二。おまえだけのミスじゃねーよ」

望とソルラスカはそう言って慰めてくれるが、浩二の顔は少しも晴れない。
街の人間達の事情、精霊達の事情。物部学園のマスターの中で、
その二つを一番理解していたのは自分なのだから。

「……サンクス」

浩二は、表面上は楽になったと言う様な表情で二人に礼を言いながら、
まったく晴れない心を抱えて走り続けるのだった。





*************





「はぁ、はぁ……」


ルプトナは、荒い息を吐きながら構えをとっていた。
回りには十数人のミニオン。それぞれの得物を構えてルプトナを取り囲んでいる。

「こんな程度……」

ぽつりと呟くルプトナ。隣に浩二がいる時は、さして苦もなく蹴散らせた。
魔法の効果を打ち消す不思議な神剣で、遠距離からの狙撃は全て叩き落としてくれたのだ。
しかし今、隣に浩二は居ない。背中を護ってくれる仲間はいないのである。

「負けるもんか……ボク一人だって……」

倒れるわけにはいかない。自分が倒されたら、人間達を護れなくなる。
ルプトナは、何故か精霊の住処の近くでミニオンに襲われていたロドヴィゴと、
青年団を逃がす為に、こうして一人で孤独な戦いを強いられているのである。

人間が、どうしてこの場所にやって来たのかは知らない。
けれど、襲われて殺されそうになっているのを見殺しにできるほど、自分は人間を憎んではいない。
ただ、精霊の住処の近くまでやって来て、木を切り倒すのが許せないだけなのだ。

「……っ、痛……」

後ろからの斬撃。何とか身体を捻って回避したが、肩に浅い傷をうけた。
すぐさま蹴りを放つが、大きく後ろに跳んで避けられる。
次の瞬間には炎。左右から唸りをあげて向かってくる。

「―――ハッ!」

神剣に力を籠めた回し蹴りでそれは叩きとした。
実力はルプトナの方が遥かに上だ。一対一なら一分とかからず消滅させている。
しかし、ミニオン達はオフェンス、ディフェンス、サポートと三人一組で陣形を組み、
次々と波状攻撃をしかけてくるのだ。

―――それでも、ルプトナが全力を出せれば負けないだろう。

彼女の永遠神剣『揺藍』は第六位。ミニオンが持っている下位神剣とは格が違う。
靴の永遠神剣という、素早さに特化した『揺藍』の全力移動ならば、
残像さえも残さぬ音速に近い速度で陣形をかく乱する事もできる。

だが、ルプトナはロドヴィゴ達を逃がす為に、この場所に留まらねばならなかった。
それが、素早さという彼女の一番の武器を殺しているのである。

「くっ!」

またしても火炎弾がとんできた。今度は左右に加えて上からも。
そして、正面には剣と槍の永遠神剣を持ったミニオン達が、振りかぶって走って来ている。
これまでかと思った。最後は人間達を護って死ぬなんて……
何とも無様な最後だと、戦いから意識を手放しかけた瞬間―――




「はああああああっ!!!」




―――咆哮が木霊した。






**************






「あれは、ルプトナ!」
「やべぇんじゃねぇか、おい?」


「―――ッ!」


浩二が数十人のミニオンに取り囲まれているルプトナの姿を視界に捉えた時、
後ろを走っていた望が物凄い速さで追い抜いていった。

「はやっ!」

目が思わず点になる。それほどの速さだったのだ。
そう思ったのはソルラスカも一緒だったようで、彼もぽかんと口を開けている。

「―――だっ!」

望は己が永遠神剣『黎明』を十字に構えて跳躍する。
そして、ルプトナの頭上に迫っていた火炎弾を神剣で切り裂くと、
素早く彼女の隣に着地して、彼女の周囲を回転する。

その際に左右から迫っていた火炎弾を神剣で斬り伏せた。
ぐるりと一周して彼女の正面に差し掛かると、ダンッと地を蹴って前に飛ぶ。
縦と横。右手の剣を横に薙ぎ払い、左手の剣を縦に振り下ろす。

「はああああっ!!!!」

望の咆哮と共に十字の閃光が奔った。


「―――大丈夫か?」
「……え?」


胴を薙ぎ払われて消滅していく槍を持ったミニオンと、
頭から両断されて消えていく剣を持ったミニオンの間に立ちながら、望は振り返ってルプトナを見る。



「……なんだ、アレ? おっとこまえ過ぎるだろ?」



未だにルプトナの所まで辿り着けていない浩二は、呆れたように呟いた。
ソルラスカは悔しそうにしている。望をどこかライバル視している彼からすれば、
あの数秒間で望が見せた動きは、実力差を見せ付けられたようなものだからだ。

「おまえ……ジルオル? いや、セトキノゾム!」
「俺もいるぜ!」

ようやく追いついた浩二が『最弱』を構えながらルプトナの隣に立つ。
反対側には『荒神』を構えたソルラスカが立っていた。

「浩二!?」
「いよっ、ルプトナ。助けに来たぜ?」
「何で!」

展開についていけないルプトナが叫び声をあげる。
望は、そんな彼女を安心させるように微笑んだ。

「ロドヴィゴさん達から話は聞いたよ。キミが助けてくれたんだってね?」
「……それは……ほかって置けなかったって言うか……」
「ありがとう。怪我は無いか?」
「……ん、少し……けど、たいした傷じゃないから……」

覗き込むように身体を見られ、顔を赤くするルプトナ。
何だか、すごく話に置いてかれたような気分の浩二は、苦笑しがらソルラスカに話しかけた。

「……なぁ、ソル。冒頭部分まで主役って俺じゃなかった?」
「知らねぇ。気のせいだろ?」
「ですよねー」

少しだけ髪の生えてきたボーズ頭をシャリシャリと掻く浩二。

「ほら、立ち話なんてしてないで行くぞ。斉藤、ソルラスカ!」
「あいよ」
「おう!」
「……ルプトナ。キミもいけるな?」
「あ、うん」

四人で背中合わせにして永遠神剣を構える。

「すぐに沙月先輩達も駆けつけてくれる筈だ。それまで俺達で持ちこたえるぞ!」
「―――ハッ。沙月達を待つまでもねーよ。俺が全滅させてやるぜ!」

望の言葉に、ハッと息巻いて答えるソルラスカ。
ルプトナの瞳にも、先程までの悲壮感は無い。



―――形勢は逆転していた。



「ふうっ……」

ミニオン達を蹴散らし、戦いが終わったのを確認すると、
浩二は『最弱』を腰に挿して、ほっと息を吐く。
結局、ロドヴィゴ達を介抱していた沙月達がくるまでに全部片付けてしまった。

「やれやれ……何とかなったみたいだな……」

ソルラスカもルプトナも奮闘したが、誰よりも何よりも望が絶好調だった。
唯の一振りで、ミニオンの神剣ごと両断する力と、
全方位に目がついてるのではないかと疑いたくなる程の隙の無さ。
今までも決して弱いわけでは無かったが、先程までの望は凄すぎた。

「……はぁ……はぁ……」

望は、今も神剣を収めないで荒い息を吐いている。
浩二が後ろから肩を叩くと、凄まじい形相で振り返った。

「うおっ!」

びくりして叫ぶ浩二。視界に入る者すべてを殺すと言わんばかりの表情だったからだ。
望は、肩に手を置いたのが浩二だと判断すると、スッと表情を元に戻した。

「……斉藤……か」
「お、おう。俺は斉藤だが……おまえ、世刻だよな?」
「……当たり前だろ?」

それ以外の誰だと言うんだとばかりの望だが、
浩二にはこの時、世刻望が違う誰かのように見えた。
もっと、恐ろしい別の何か―――

「望ちゃーん!」
「みんなー大丈夫ー!」

遠くから声が聞こえてきた。見ると、手を振っている希美や、
心配そうな顔をしている沙月の姿。後ろには永遠神剣のマスター達に護られながら、
バツの悪そうな顔しているロドヴィゴと青年団の姿があった。

「おーーい、こっちだこっちー!」

ソルラスカが大きくブンブンと手を振って答えている。
宣言したとうり、彼女達が追いつくまでにミニオンを殲滅させられた事が嬉しいのか笑顔だ。
そんなソルラスカの様子を見たタリアが、溜息をついている姿が見えた。





**************






「………何だったんだろう、アレ……」





望は、今まで隠れていたらしい精霊の長ンギと、
街の代表ロドヴィゴが何かを話し合っている姿を、
少し離れた場所にあった、木の背にもたれ掛かりながら眺めている。

ロドヴィゴが、兄を殺したのは云々と怒鳴り声をあげているが、
精霊の長ンギは、落ち着き払った様子でその怒りを受け流している。
ルプトナが何かを言っていた。それを聞いたロドヴィゴとンギが意気消沈したように俯く。

「俺は……」

そこに、タリアが話を纏めるようにロドヴィゴとンギの間に入って何かを言っていた。
しかし、望の目は先程からずっとルプトナにのみ向けられている。

「……ルプトナを知っている?」

ルプトナが襲われている光景を見た瞬間。
フラッシュバックするように脳裏に浮かんだ光景。
自分ではない自分。ルプトナに良く似た少女の手を引いている自分。
居合いのような構えで自分の前に立つ誰か。槍を構えている誰か。

「……っ、くっ……」

あの瞬間に浮かんだ光景を思い出そうとすると、頭にノイズが走るように気持ち悪くなる。

「やめろ、やめろ、やめろ!!!」

刀のような武器を構えた男を『黎明』で斬り倒す光景。
そして、その直後に現れた槍をもった少女に刺し貫かれる光景。


「アレはダレダ。アレはダレダ。オレはダレダ。オレハ―――」


そして、そして、そして―――


「オレは、ジ―――」
「ノゾムっ!」
「―――ッ!?」

耳元で怒鳴られた事により、望はハッと顔をあげた。
その先には己が神獣である少女レーメ。

「どうしたのだ? さっきからブツブツと……それに、顔が真っ青だぞ?」
「……あ、いや……何でもないんだ……」

「むっ、何でもない訳があるか。何でもないヤツはそのような顔はせぬ。
悩みか? 心配事か? 何でも吾に話せ」

ふわふわと鼻先に浮かんでいるレーメ。その表情は心配そうだ。
望は、フッと笑った。そして、彼女を自分の掌に座らせると優しく頭を撫でる。

「大丈夫……何か、ちょっと気分が悪くなっただけだから……
ありがとな。レーメ。心配してくれて」

「本当に大丈夫なのか? 吾等はパートナーなのだぞ? 隠し事は許さぬからな?」
「ああ。大丈夫……本当に、悩みとか心配事じゃあないから……」

アレは、訳の判らないフラッシュバックに気分が悪くなっただけだ。
そう言葉を飲み込んで、レーメを自分の胸ポケットに導く。
定位置に収まったレーメは、胸ポケットから望の顔を見上げていたが、
もう一度望が微笑んで頭を撫でると、安心したように彼女も笑みを返してきた。

「よし、ならば吾等もサツキ達の所に戻ろう。
何やら人間と精霊の間の誤解は解けたようで……
ロドヴィゴの兄を襲った連中は『光をもたらすもの』だそうだぞ」

「やっぱり『光をもたらすもの』か……」

「それで、ンギの話によれば、森の奥の方にあるピラミッドが、
ミニオンの生産工場になってるらしい」

「は? ミニオンの生産工場?」

戦いの後、話をまったく聞いていなかった望は訳が判らないという顔をする。
するとレーメは、どこか嬉しそうに、やっぱりノゾムには吾がついて居ないとダメダメだなぁと頷く。
そして、ウンウン頷きながら、吾のような、しっかりした神獣がパートナーである事を感謝するのだぞと、
やたら長い前置きの後に説明をし始めた。

長老ンギ曰く―――

一つ。ロドヴィゴの兄を殺したのは精霊達では無くミニオンである。
二つ。ミニオンをこの世界に呼び出しているのは『光をもたらすもの』である。
三つ。光をもたらすものは、言葉巧みに精霊達を騙し、精霊達から『精霊回廊』を騙し取った。

四つ。精霊回廊とは文字どうり、精霊達が別世界に移動する道であると同時に、
人間でいうところの空気や水と同じ、必要不可欠なモノである。
人間が毎日、食事と睡眠で体力の回復をはかるように、
精霊は精霊回廊で身体を休める事によりエネルギーを補給するからだ。

五つ。光をもたらすものが精霊回廊を奪った理由は、その近くにミニオンの生産工場を作り、
そこから精霊回廊を通して他の分子世界に尖兵として派遣する為である。

六つ。今では、精霊達は光をもたらすものに奪われた精霊回廊とは別口の、
細くて小さな精霊回廊に身体を小さくして収まり、何とか生き長らえているというのが現状である。


「……と、言う訳で、吾等はこれから『光をもたらすもの』から精霊回廊を解放すべく、
森の奥にあるピラミッドみたいな建物に向かうことになったのだ」

「じゃあ、精霊と人間の間にあった誤解はとけたんだな?」

「うむ。ルプトナのおかげだ。アレが、鼻から人間を信用しないで何も話そうとしなかった、
長老ンギを説得せねば、こうはいかなかっただろう」

「そっか……」

何はともかく、一番の問題が解決したようでなによりだ。
望は安心したように微笑む。

「じゃあ、後は精霊回廊を解放するだけか……」

「うむ。この世界に平和を取り戻す為。
そして、ミニオンなんて邪悪なモノをこれ以上作らせん為―――行くぞ、ノゾム!」

そう言って、遠くに見えるピラミッドをビシッと指をさすレーメ。




「はは、了解……」




望は、何だかノリノリなレーメに苦笑しながら、仲間達の所に戻るのだった。










[2521] THE FOOL 20話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:e215609e
Date: 2008/03/02 21:27







ミニオンの生産工場と化しているピラミッドに向かう永遠神剣のマスター達と、
ロドヴィゴ率いる青年団と、長老ンギ率いる精霊達。
彼等は、ピラミッドの近くまでやってくると、休むのに丁度良さそうな洞窟を見つけたので、
そこで小休止がてらピラミッド攻略の作戦を練ることになった。

まず始めに、ピラミッドの周りにはマナの嵐による結界が張られており、
永遠神剣のマスターは近寄れないようになっている。

マナ自体はどこにでもあるモノであり害悪な訳ではないのだが、
ピラミッド周りに発生しているような強いマナは、永遠神剣のマスターには害になるのだ。
普通の人間には問題なく、神剣のマスターには害悪という説明を受けたとき、
望や希美は、自分達が普通では無くなってしまっている事にショックを受けていた。

では、どうするかと言う話しになると、精霊の長ンギは事も何気に、
近づけないようにさせている嵐の結界を解除してしまえばいいと言い放った。

そして、嵐の結界解除の実行班に名乗り出たのは、
マナ嵐に近づいても何の問題も無い、ロドヴィゴと青年団である。

沙月や希美は、人間だけで結界を発現させている装置まで乗り込むのは危険であると止めたが、
ロドヴィゴが、この世界の問題解決を貴方達だけにやらせる訳にはいかないと強い意志で言ったので、
最終的には彼等に任せる事になった。

その後、永遠神剣のマスター達は結界の近くで陽動作戦を展開し、
防衛に配置されていたミニオン達を誘き出す事に成功する。
これが功を成し、ロドヴィゴ達はミニオンに襲われる事無く結界の維持装置を爆弾で破壊。
しばらくしてマナ嵐は収まり、晴れてピラミッドの中に侵攻できるようになったのだった。

「よーし、後はピラミッドの中に乗り込んで、ミニオンの生産工場をぶっ壊すだけだ!」

拳と掌をパンと合わせてソルラスカが言う。
そんなソルラスカを嗜めるようにタリアが溜息を吐く。

「油断は禁物よソル。これだけ大規模な生産工場なら、
そこを防衛する責任者は、間違いなく大物でしょうから」

「なーに、そんなの関係ねぇ! 誰が出てこようと、俺と『荒神』が叩き伏せてやるさ」
「まったく……その根拠の無い自信は何処からくるんだか……」

そんなソルラスカとタリアを尻目に、浩二は小声で腰の『最弱』に声をかける。

「中には誰がいると思う?」

『さぁ、見当もつきませんわ。ワイかて『光をもたらすもの』が、
どれぐらいの組織であるのかは知りまへんねん』

「まさか、ベルバルザードやエヴォリアクラスの、
化け物がいるって事はねーと思うけど……」

『何言うてまんねん。あの二人は確かに強いねんけど、
あれぐらいで化け物とか言うてたら……
もしもこの先、戦闘経験が豊富なエターナルに会ったら、一呼吸の間に殺されるで?』

「な、こんだけ永遠神剣のマスターがいてもかよ?」
『そうや。化け物って呼び名は、こいつ等の為にあると言っても過言ではあらへん』
「前も言ったが、本当に規格外なんだなぁ……エターナルって……」

『けど、無敵っちゅー訳やない。神剣の位の差が、絶対的な力の差であるとは言わへん。
ワイが知っとるマスターの中には、第五位の永遠神剣マスターでありながら、
仲間の神剣遣いを巧みに率いて、エターナルと互角に戦ってみせた兵もおんねん」

「ほー……ソイツはどんな英雄だ?」

『……相棒と同じで、元々は争いの無い、相棒の世界と良く似た世界から、
神剣に呼ばれて異世界に飛ばされた学生やねん。
今は確か、ガロ・リキュアって言う名前の世界で、その世界を統べる王女の側近を務めとる』

「……やけに詳しいな……もしかして知り合いか?」
『……碧光陰。ワイの、以前のマスターの……大切な人や……』

懐かしむように言う『最弱』に、浩二は不機嫌な顔になる。

「あー、はいはい。どーせ俺は、その光陰とか言う奴と比べて無能だよ。
てゆーかオマエ。俺の前にもマスターがいたのかよ?」

『おったで。岬今日子という名前の女の子やねん』
「……ソイツも、強かったのか?」

『んー……光陰はんと比べると微妙やな……
光陰はんは、ある意味何でもできる天才やったからなぁ……』

「ま、その天才の光陰さんは神剣も世刻の『黎明』と同じ第五位で、
今日子さんはオマエが神剣だったんだから、比べてやるのも可哀想か」

『ナハハ。そやな……』

以前のマスターと仲間の事を楽しそうに語る『最弱』に、
何だか面白くない浩二は、フンとそっぽを向く。
それを察した『最弱』は、曖昧に笑ってこの話はもうやめようと思うのだった。


『……今日子女史の神剣はワイやないねん。
所有者やったから、一応はマスターとは言うたけど……
このワイと……反永遠神剣『最弱』と、契約を結べたマスターは……相棒が始めてや」


心の中でそう呟くと『最弱』は浩二の顔を見上げる。


『それに、ワイは……相棒は、光陰はんともタメを張れる器やと思っとる。
マスターとしての資質も、戦いのセンスも……
光陰はんと比べて、相棒が劣っとると思った事は一度も無い。
差があるとすれば……それは修羅場を潜って来た経験の差だけやねん……』





それに頭も同じ、ボーズ頭だしとは言わないでおいた。





***************




ピラミッドの中に侵攻した永遠神剣のマスター達は、
ミニオンの増援を阻止する精霊回廊の押さえはンギと精霊達にまかせ、
施設の破壊はロドヴィゴと青年団に任せると、
頂上に安置してあると思われる、ミニオンを作る元となっているマナ結晶を破壊するために、
ひたすらにピラミッドの中を駆け上がっていた。


「―――来たか」


頂上に辿り着くと、そこには一人の男と、三十名近い大量のミニオンが待ち構えていた。

「フム……貴様等か、侵入者と言うのは……
この施設を爆破するとは、やってくれるではないか」

「貴方……ベルバルザード……」
「ほう、ヤツィータか……貴様がいると言う事は、これはサレスの差し金か?」

ベルバルザードの言葉から察するに、ロドヴィゴ達は途中にあった管制官の破壊に成功したようだ。
沙月達は内心でガッツポーズを取る。

「それにもう一人―――見知った顔がいるようだな?」

ベルバルザードの姿を見た途端、何となくソルラスカの後ろに隠れた浩二だったが、
どうやらバレバレだったようなので、仕方なく前に出る。

「……あの、人違いじゃないでしょうか?
俺って、ほら! どこにでもいるような顔をしてますから」

「………そんな馬鹿馬鹿しい形の、永遠神剣モドキが何本もあるものか。
それに、貴様から受けた傷……忘れはせん」

見ると、ベルバルザードの被っている兜の布の部分が少しだけ溶けている。
顔の傷は治したようだが、硫酸で溶けた布までは新調していないようだった。

「え? 斉藤くん……アレと知り合いなの?」

浩二が『光をもたらすもの』の一員と顔見知りであった事に驚く沙月。
浩二は苦笑をうかべると、ここに至っては隠す事もできまいと教えることにした。

「剣の世界で、俺が行方不明になった事があったでしょう?
……その時に戦ったのがコイツです」

「え? あの時、斉藤くんが戦ったのは鉾じゃなかったの?」

「すみません……それは嘘です。
皆に心配かけたくなかったんで、あの時はそう言いました」

「それじゃ、まさかエヴォリアとも……」
「ええ。その時に会ってます……そこで、仲間にならないかと誘われました」

浩二がそう言うと、沙月の目が険しくなる。
それは他の『旅団』のメンバーも同じだったようで、
望と希美を除く全員が、浩二を疑いの目で見つめていた。

「……どうして……嘘をついたの? 何で、私達に隠し事をしたの……」
「…………」

浩二は何も答えない。

「斉藤浩二! 答えなさ―――」

それに焦れた様に、タリアが喋りかけた瞬間。

「敵を前にお喋りか!」

ベルバルザードが永遠神剣『重圧』を構えて突進してきた。

「―――っ!」

全員すぐに思いの方向に飛びずさり、その突進を避ける。
それに呼応するように、待機していたミニオン達も一斉に襲い掛かってきた。




「……何故だ!?」




そんな中で唯一人。浩二だけは襲われない。
まるで、斉藤浩二は自分達の味方であると言わんばかりに背を向けていたりする。

「ククッ……」
「っ!」

浩二は確かに見た。ベルバルザードの目が笑っていたのを。
彼は、この状況を使えると判断して、瞬時に離間の計をしかけてきたのである。

『あかん! この状況はあかんねん!』

状況を判断した『最弱』は、叫び声をあげる。
そう、これではまるで、浩二は『光をもたらすもの』の側だ。
ベルバルザードが飛び出してきたタイミングも、何も知らない者から見れば、
裏切り者であるのがバレた浩二を救出したようにも見える。

「違う! 俺は―――」

慌てて浩二は弁解の言葉を言おうとするが、それは誰かの声に遮られる。

「裏切り者っ!」

タリアだった。ミニオンの神剣を鍔迫り合いで受け止めながら、
敵意を籠めた目で浩二を睨みつけている。

「貴方……私達と出合った時から『光をもたらすもの』の仲間だったのね!」
「それは誤解だ! 俺はこいつらの仲間なんかじゃない!」
「なら、どうしてミニオン達は貴方だけ襲わないのよ!」
「それは……」

それこそが『光をもたらすもの』の離間策だと何で解らない! と怒鳴りつけたかったが、
今の彼女には何を言っても無駄だろう。

「くっ! ベルバル……ザアアアアアーーーード!!!」

叫ぶ浩二。硫酸のお礼がコレとは、やってくれるじゃないかと唾を吐き捨てる。
そして、この誤解を解くには戦いで証明するしかないと思った。

「行くぞ最弱! ヤツは俺が倒すしかなくなった!」
『……え?』

「肉体強化だ! 出し惜しみはするな!
後遺症がでてもいいから全力で俺を強化しろ!」

『……いや、相棒。それは……』
「さっさとしろ! マスターの言う事が聞けないのかっ!」
『……わかった……やりまんねん』

反永遠神剣『最弱』から、浩二に強化がかけられる。

「あ、ぐうっ!」

それは、いつもの強化の二倍近くの強さだ。
ドクン、ドクンと心臓が張り裂けんばかりに動き出す。血液の流れが流水のようだ。
頭痛が酷い、吐き気がする。無理な強化は肉体に大きな負担をかける。

「うおおおおおおおおっ!!!」

浩二は精神力でそれを押さえ込み、猛然とベルバルザードに飛び掛った。
凄まじい脚力で大地を蹴り、雄叫びと共にとび蹴りを放つ。

「ぬうっ!」

それは、沙月と神剣をぶつけあっていたベルバルザードの横腹に命中した。
神剣による攻撃ではなくとも、流石にこの蹴りは効いたらしく、グラリとよろめくベルバルザード。

「くらえっ!」

そこにアッパーカットをぶちこんだ。
インパクトの瞬間に手がグキリと嫌な音をたてたが、浩二の攻撃は止まらない。

「おっ! あ、あああああああーーーーー!!!!」

ラッシュ。次々と拳を、蹴りをベルバルザードに叩き込む。


「せいっ! はあっ! くたばれっ!」
「ククッ……もう、猿芝居はいいのだぞ? 貴様の敵は、俺ではなかろう」


しかし、その攻撃は―――


「―――っ!」


鉄壁の防御力を誇るベルバルザードに与えるダメージよりも、
無茶な攻撃をし続ける浩二の方がダメージが大きかった。

「はあっ、はあ……ハァ……」
「下がっていろ!」


―――ガツンッ!!!


ベルバルザードは、仰け反りながらも『重圧』による石突を浩二にくらわせた。
吹き飛ばされる浩二。ガアンと音をたてながら壁に叩きつけられて吐血する。

「―――がはっ! ち、くしょう……」
『……これまで、やな……』

ポツリと呟きいた『最弱』は、そこで浩二にかけている強化を切った。

「っ!? なぜ強化を止める! 俺は、まだ……やれるッ! 俺は―――」

『やめぇや! 今の相棒は何やったかてベルバルザードには勝てへん!
それどころか、ミニオン一人にも負けるわ!』

斉藤浩二の戦闘スタイルは、このような力押しでは無い。
絶体絶命であっても客観的に物事を捉えられる洞察力と、閃きこそが彼の最大の長所。

『道化が……ピエロが、騎士に真正面から殴りかかってどうすんねん!
……相棒には、相棒の戦い方があるやろうが!
以前にベルバルザードとやりあった時! ルプトナとやりあった時!
自分よりも格上の敵と戦った時―――アホみたいに何も考えんと突撃したか! 違うやろ!』

「…………」

『誤解を解きたい? ええやろ。やりなはれ。
けどそれは、ベルバルザードを倒さなあかんのか?
他には何も誤解を解く方法は存在しないのか? それが唯一の方法か?

―――ちゃうやろ!

無い訳はないんや! 思考を停止させとるんやないで!
考えなはれ! どんな時でも考える事ができるのが、アンタの長所やろが!』


耳に痛い言葉であった。
言われてみれば、さっきまでの自分は今までで一番無様である。



「……そう、だな……」



浩二はぽつりと呟くと、自らにビンタを張る。
頬にジンジンと響く痛みが、冷静さを取り戻させた。

「ありがとよ……最弱……」

あの時は、いきなりの離間策に戸惑い、我を忘れてしまったが……
冷静になって考えれば、それは誤解だと証明するのは簡単ではないか。

冷静に浩二とベルバルザードが交わした会話を最初から聞けば、
浩二が裏切り者などと言われる筋合いはないのだ。
まず始めに、ベルバルザードが言った言葉―――

(それにもう一人―――見知った顔がいるようだな?)

斉藤浩二が『光をもたらすもの』に寝返っており、スパイをしているのなら……
味方である筈のベルバルザードが、そんな事を浩二に言うのはおかしい。

そして、次の言葉―――

(………そんな馬鹿馬鹿しい形の、永遠神剣モドキが何本もあるものか。
それに、貴様から受けた傷……忘れはせん)

浩二が『光をもたらすもの』ならば、何でベルバルザードに貴様から受けた傷とか言われるのだ。
沙月との会話の途中で、絶妙なタイミングで攻撃を仕掛けられたので戸惑ったが、
冷静に考えてみれば、このようにボロボロと矛盾がでてくる。

「…………ふうっ」

すうっと息を吸い込んで、大きく息を吐く。
そして、ゆっくりと瞳を閉じた。

「……冷静になれ。思考を止めるな。考えろ……
俺が……この俺が、この程度の困難で負けるものか……」

―――マインドコントロール。

それは、強敵と出会った時に、いつも自身に言い聞かせるように紡ぐ……
斉藤浩二という人間を構築する勇気の魔法。
思い込む。自分が負ける筈がないと。信じ込む。自分が死ぬ訳がないと。



「―――ハハッ」



笑みが、零れた。

「そうだ。俺は……こんなヤツに……この程度の雑魚に……」

口元がつり上がる。
瞳は、獲物を狙う猛禽類の獣のようにギラギラ輝いている。

「―――負けるタマじゃねぇんだよっ!」

脳内ではドーパミンがどばどばと作られている。口の中はアドレナリンで一杯だ。
向けられる疑いの視線。それすらも心地よく感じられる。
状況は悪い。最悪と言ってもいいだろう。しかし、そんな時だからこそ思えるのだ。



俺は、今、生きていると―――



「抗ってやる。最悪を……覆してやる。
運命なんてクソくらえだ。絶対に越えられない壁なんてあるものか!」



そう叫ぶ浩二を、彼の神剣……反永遠神剣『最弱』は、静かに見つめていた。
敵が何者であろうとも、どんな状況であろうとも諦めない。絶望しない。
冷静に、冷徹に、勝つ為の思考を止める事がない。

そんな彼であるからこそ、神の剣―――
永遠神剣に反逆する人の剣・反永遠神剣『最弱』は、
斉藤浩二という少年を相棒と呼び、マスターと認めているのだ。



「いくぞ、最弱!」
『はいな!』



今度こそ、浩二が口にした『行くぞ』と言う言葉に、
反永遠神剣『最弱』はしっかりと答えるのだった。





****************





「おっ! しゃああああああーーー!!!」




『最弱』を構えた浩二は、壁際からダッシュをすると、
ベルバルザードと正面から格闘をしていたソルラスカにとび蹴りをくらわせた。

「何っ!?」

先程のやり取りがあったとはいえ、タリアと違って半信半疑だったソルラスカは、
まさかの浩二の攻撃に面食らって、それをまともにくらってしまう。

「ぐわっ!」

横から蹴り飛ばされたソルラスカは、しばらく転がったが、
すぐに手を突いて立ち上がると、燃える様な怒りの瞳で浩二を睨みつけた。

「テメェ! 本当に裏切り者だったのか!」

浩二は、そんなソルラスカを無視してベルバルザードに視線を向けると、
すぐに彼を護るように背を向けて、沙月やタリア達と向かい合う。

「ベルバの旦那! こいつらは、しばらく俺が引き受けるぜ!
雑魚の集まりとはいえ、神剣のマスターがこれだけいては、
一人ずつぶちのめすのは効率的じゃない!
旦那の最強の一撃で、纏めて押しつぶしてやりましょうや!」

そう言って、浩二は沙月達に向かっていく。
ベルバルザードは、この展開にしばしどうするべきかと考えた。

自分の立場が危うくなったと思って、本当に沙月達を裏切って自分に尻尾を振ってきたのか、
それとも、何か考えがあってのブラフなのか?

「―――フン。まぁいい」

しばし迷ったが、ベルバルザードは神剣を構えなおした。
アレが本心であろうが、ブラフであろうが、
確かに浩二が言ったように、敵を一人ずつ倒すのは効率的ではない。
己の持つ、最強の一撃を持って纏めて叩き潰す方が効率がいいのだ。


それに―――


「ぬおおおおおおおっ!」


浩二の意思がどちらであろうとも……
敵もろとも潰してやれば、どちらであろうとも関係ないのだ。

ならば、貴様の望むとおり、自分の最強の一撃を叩き込んでやろう。
もっともそれは、貴様ごとだが―――そう考えて、ベルバルザードは構えをとる。

「いけないっ! でかいのがくるわ!」
「ソル! アイツを止めるわよ!」
「おうっ!」

沙月が叫び、タリアとソルラスカが、
ベルバルザードを止めるべく飛び掛ろうとする。

「させるかよ!」
「――っ!」
「浩二っ!」

しかし、その間に浩二が割って入った。
手刀と蹴りを放ち、ベルバルザードに近づけさせるものかと牽制する。
見ると、ミニオン達もベルバルザードの周りに集まり、
詠唱の邪魔はさせないとばかりに円陣をくんでいた。


「ガリオパルサ!」


ベルバルザードの叫びと共に、姿を現す神獣ガリオパルサ。
獰猛なレッドドラゴンが、雄叫びをあげてその姿を現す。
その巨体。大地を震わす咆哮に、永遠神剣マスター達の動きが一瞬止まった。

『今や! 相棒っ!』
「おうっ!」

しかし、そんな中で唯一人、この展開を予想していた斉藤浩二だけが、
サッと身を翻して疾駆する。その先には神獣ガリオパルサ。

「むっ!」

ベルバルザードの横を、風と共に駆け抜けた。
己の神剣。反永遠神剣『最弱』に力を籠めて、ガリオパルサに振りかぶる。


「消え、ろおおおおおおおおおっ!!!」


スパーンと快音が響いた。
ガリオパルサの足元に叩きつけられた最弱は、ハリセンの音を響かせる。
そのまま横を駆け抜けていった浩二は、急ブレーキをかけると、バッと後ろを振り向いた。

「―――やったか!」
『グオオオオ……ルゥルルオオオオオオン!!!』

ガリオパルサの絶叫が響き渡る。
見ると、浩二が『最弱』を叩きつけた場所が消えかかっている。

『あかん! アレだけのヤツともなると、一発じゃ消せん! もう一度くらわせるんや!』

もう一度と『最弱』がそう叫んだ瞬間。
浩二は無言で大地を蹴って飛び上がっている。
先程よりも反永遠神剣『最弱』に力を加えて、振りかぶりながら跳んでいる。

「戻れ! ガリオパルサ!」

しかし、浩二が追撃を振り下ろすよりも、ベルバルザードが神獣の姿を消すほうが早かった。
攻撃対象が消えた事により、浩二はチッと舌打ちしながら着地する。

「消し損ねたか!」

『……そのようやな。まぁ、及第点やろ。
ワイの一撃をくらったんや。消す事はできなんだが、大ダメージやねん』

忌々しいと言わんばかりに浩二が言うと『最弱』は落ち着いた声で答える。
しかし、浩二以上に怒りを滲ませた声でベルバルザードが叫んだ。

「貴様! 何をした!」
「ツッコミだよ」

ニヤリと笑いながら浩二。それに続くように『最弱』が笑い声をあげる。

『ハハハハ! どーや、ワイの一撃は。反永遠神剣『最弱』のツッコミは!
力が足らなんだから、完全に消すことはできへんかったけど……しばらく神獣はだせへんやろ?
それに、神獣のダメージはそのまま永遠神剣にも伝わるねん。
今やアンタの永遠神剣は、そこらのミニオン以下の雑魚神剣やでー!』

「―――くっ!」

顔を歪めるベルバルザード。
確かに『重圧』から感じられる力の波動が、普段の十分の一以下まで落ちている。
心の中で何度もガリオパルサに呼びかけるが、返事は返ってこなかった。

「形勢逆転だ。今度は、あの時のように油断はしない……
……テメェの……息の根を止めてやる!」

そう言って跳びかかる浩二。空中で縦にくるりと回転して、踵落としを放つ。
ベルバルザードは、その攻撃を『重圧』の柄の部分で受け止めた。

「むうっ!」

弱体化した『重圧』では、攻撃を受け切れなかったようで、肩膝をつくベルバルザード。
浩二は空中で、先程の踵落としをくらわせた方とは逆の脚をベルバルザードの肩に当てる。
そして地面に着地した。地に脚をつけた途端に、再び突進する。

「みんな! 何をやってるんだ!
絶好のチャンスだろうが! 俺に続け!」

拳を放ちながら叫ぶ浩二。
その瞬間に、望が横から『黎明』の一撃をベルバルザードに向けて放ち、
希美が浩二に向けて回復魔法を唱えていた。

「―――チイッ!」

ベルバルザードは横に転がって『黎明』の斬撃を回避するが、
それに合わせる様に、先回りしていた浩二が蹴りを放つ。

「な!?」
「だっはーーーーッ!!!」
「ぐおっ!」

それは、ベルバルザードの顔面を的確に捉えていた。
吹きとばされるベルバルザード。
轟音と共に壁に叩きつけられ、バタリと地面に倒れる。

「ぐぐっ……ムッ」

『重圧』を杖代わりにして立ち上がる。
しかし、その身体はダメージに震えており、彼のダメージが深刻である事を告げている。

「いけるぞ! 世刻!」
「ああ!」

望と希美だけは信じていた。斉藤浩二が裏切り者な筈がないと。
『旅団』のメンバーが全員疑いの眼差しを向けたとしても、
同じ物部学園の一員であり、目的を同じくする浩二が裏切る訳がないと信じていたのだ。
もっとも、浩二が味方に攻撃を仕掛けてきた時だけは流石に面を食らったが……

「まさか……俺が……このような輩に……」

ベルバルザードの視線は、浩二だけに向けられている。

「一度ならず……二度までも……っ!
あのような……雑魚に……遅れを、とるとは……」

侮っていた。否。侮りすぎていた。
見た目と、言動と、神剣の放つ力の弱さに……
アレは強敵だ。どういう原理で神獣にこれ程のダメージを与えたのかは謎だが、
唯の一撃で、自分の戦闘能力をここまで奪い去る神剣など、見た事も聞いた事もない。
あの神剣は何だ? そして、あの男は―――


「―――うおおおおおおっ!!」
「潮時か……」


雄叫びをあげながら向かってくる浩二と望。
ベルバルザードは、最後にもう一度だけ浩二を睨みつけると―――






「覚えておくぞ……神剣もどきと、そのマスター!」





エヴォリアのように、その姿をスッと消して撤退するのであった。









[2521] THE FOOL 21話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:1e634ac3
Date: 2008/03/03 07:13







ベルバルザードの撤退により、ピラミッドの戦いは沙月達の勝利に終わった。
残っていたミニオン達も一人残らず駆逐され、今やこの場には沙月達以外に人はいない。

「…………」

全員の目が斉藤浩二ただ一人に向けられていた。彼は味方なのか敵なのか?
自分達に襲い掛かってきた事は、その後の行動を見れば、芝居であった事は理解できる。
故に、どう接したらいいのか判断ができないのだ。

そんな中、沙月達がそう思っている事を知ってかしらずか、
浩二は『最弱』を腰に挿して収めると、笑顔で振り返った。

「さて、後はあのマナ結晶を壊すだけですね!」

まるで、何事も無かったかのような振る舞いだ。
沙月や『旅団』のメンバーは、それに救われたような気分だった。
望や希美のように、彼を信じてやることができなかった。
疑いの眼差しを向け、酷い事を言ってしまったのだ。

最初から全てを説明していなかった浩二にも非はあるのだろうが、
冷静になって考えてみれば、彼の気持ちも理解できる。
斉藤浩二が『光をもたらすもの』と出合ったのは、
彼等が『旅団』と敵対する者達であると知る前の事―――

すなわち、浩二はエヴォリアに仲間に誘われた時点では、
ただ単に、得体の知れない奴等に仲間にならないかと言われただけなのだ。
しかも、浩二はその誘いを断っている。故に、問題はない筈なのだ。
それが理解できたからこそ、沙月達は、浩二の態度に救われたような気分になったのだった。

「あのねぇ……」

「何ですか? あ、もしかして……本当に俺が裏切り者だとか思ってるんですか?
やだなぁ。俺が愛しの沙月先輩を裏切るはずがないじゃないですか。ハハハハ!」

「ええ。私も―――斉藤くんの事、嫌いじゃないわよ?
と言うか……もっと、知りたくなったって感じかな?」

「マジっすか! 俺の時代ついに来た? 
彼女居ない暦=年齢という、悲しい時代は終わりっすか!」

喜色満面の浩二。
すると、タリアとヤツィータも一歩前に出て来てこんな事を言った。

「私も、斉藤浩二に興味が沸いたわ」
「おねーさんも、ね?」

ツカツカと歩いてきた二人は、浩二の後ろに回ると、ガシッと腕を掴む。

「……と、言う訳で親睦を深めましょ」
「ええ。じっくりと、たっぷりと……貴方の事を聞きたいわ」
「ちょっ、な、え!?」

美女二人に腕をつかまれて、ずるずると引きずられていく浩二。

「ま、まってください!
俺、今まで女の子と手すら繋いだ事の無い、純情少年なんで……いきなり三人でなんて」

「はいはい。いいから、いいから。
ちょーっと沙月先輩とお話しをしましょうね~」

「いや、それよりもマナ結晶……」


そう言って、浩二は最後まで抵抗を試みるが―――


「望く~ん? 私達は、斉藤くんとお話しがあるから、適当にそれ壊しておいてねー」
「あ、はい……」

―――それは、留守番ついでに風呂を沸かしておいてぐらいの口調で簡単に流された。

「これは任意ですか? 強制ですか?
弁護士はつけてくれるんですよねーーーー!」

「うるさいっ! ほら、とっと来なさい!」

―――ガスッ!

「いてっ、ケツを蹴るなよ!」
「あんたがゴチャゴチャと訳の判らない事を言うからでしょ!」
「ソルーーーー! おまえの嫁が俺に暴力をーーーー!」
「――っ! 誰がソルラスカの嫁よおおおお!!!」

ドップラー音を後に残しながら引きずられていく浩二。

「……斉藤……連れて行かれたな。希美……」
「……斉藤くん……連れて行かれちゃったね。望ちゃん……」
「何だったんだろ……アレ?」
「……うん。あんな強そうなドラゴンを、一発で倒しちゃったアレ……」

裏切り疑惑など、あっさりと吹き飛ばしてしまった浩二の力―――
それはあまりにも凄すぎて、全員がこの場で先程から眩い光を放っているマナ結晶さえも、
どうでもいいモノに見えてしまっていた。

「てゆーか、アレ。誰が壊すんだ?」
「ルプトナ。やる?」
「あ、うん」

軽い。あまりにも軽い扱いなマナ結晶。

「あ、そういえばアレ。壊す時には注意しろってヤツィータが言ってたぜ?」
「ん? 何でだソルラスカ?」
「あー……確か、壊すとそこに溜められていたマナが一気に溢れ出すとかなんとか……」
「それでは慎重に壊しましょう」
「えー! 慎重にって言ったって……どうすればいいのかわからないよー!」

カティマの言葉に、ルプトナが頬を膨らませる。
するとソルラスカが、遠くから石でも投げて壊せばいいんじゃねぇかと、ナイスな提案をした。

「よし、ルプトナ! 石だ!」
「わかった!」

それから十分に距離をとり、
望は先程の戦いで抉れた地面の破片を拾ってルプトナに渡す。

「…むっ、結構遠いな―――えいっ!」

ルプトナは無造作に渡された破片を放り投げる。
しかしそれは、台座に鎮座するマナ結晶を僅かに外れ、壁に当たった。

「おしいっ!」

パチンと指を鳴らしながら望。

「おい、ちょっと面白そうだな! 俺にもやらせてくれ!」
「ぶーーっ。ダメだよ。アレはボクが壊すんだから」

ソルラスカが自分にもと言うと、ルプトナはダメダメと言いながら騒ぎ立てる。

「それじゃあ。順番にやると言うのはどうでしょうか?」

「あ、それいいねカティマさん。じゃあ、見事アレに石を当てて壊した人には、
このメンバーに何でも一つだけ言う事聞いてもらえるって言うのは―――」

「のった!」
「ボクも!」

希美がポンと手を叩いてそんな提案をすると、
先程まで喧嘩していたソルラスカとルプトナが、シュバッと勢いよく手を上げる。

「ちょっ、ま! たぶん、ロドヴィゴさんや精霊のみんなも、
俺達を心配してまってるのにそれは―――」

「いいじゃねーか、ちょっとぐらい……」
「そうだよ望ちゃん。どんな時でも遊び心は大事だよ」
「そうだ、そうだー!」
「望……空気を読んでくださいね?」

一人だけ真面目な事を言ったらフルボッコ。望は思わず涙目になった。
それから、吹っ切れたように顔をあげると、ヤケクソのようにこう叫ぶのだった。

「あー! もー! やってやるよ! 俺が勝ったら希美はウエイトレス! 
カティマにはメイドさんの格好で、一日俺に奉仕してもらうんだからな!
ソルラスカは『罪と罰』をきちんと最後まで読んで感想文を提出!」

「ちょっ、おま! 何か俺だけきつくね?
なら、俺が勝ったら望には『俺はフリーダム!』と全裸で叫びながら、
グランドを百週してもらうからな!」

「望の全裸……望の全裸……ハッ!
ダメダメ! ダメです! そんなのはさせません!」

「ん~……ボクは、どうしてもらおうかな~」

それぞれに、勝った時はどうするかを考えて悲喜こもごもな望達。
そんな彼等を尻目に、希美はアンダースローのような投球モーションを繰り返し―――



「ふふっ、ふふふっ……始めは柔道漫画だった無印から、
今やってるプロ野球編までのドカベンを全て読破して……
里中くんの投球モーションを完璧に覚えた私に勝てる訳ないのに……フフフ」





―――ヒロインの一人とは思えない笑顔で笑うのだった。





***********





「………さて、そろそろ離してくれないか?」




望やカティマ達には話を聞かれない程度の場所まで連れてこられると、
浩二は『情け無く引きずられていく男』という仮面を外して、静かにそう言った。

「そうね……これだけ離れれば十分でしょ」
「あら? 私はこのままでも構わないけど?」

もう芝居は十分かと言わんばかりに、あっさりと腕を離すタリアと、
クスクス笑いながら腕を離すヤツィータ。

「……さて」

浩二は三人から少し離れた場所まで歩き、そこの壁に背をもたれかけさせると、
沙月達を見渡しながらこう言った。

「聞きたい事は判っています。俺の永遠神剣についてでしょう?」

「ええ。貴方の………その神剣は何?
今までは、強化しかできないただの下位神剣だとばかり思ってたけど、あの力は異常よ。
それに、その神剣……不可解な言葉を言っていたわ。反永遠神剣って―――
力が足りなかったから神獣を『消す』事ができなかったって……」

「……………」
「教えなさい。斉藤浩二。その神剣は何?」

敵でも見るような目のタリア。
そんな彼女としばし視線を合わせて見詰め合っていると、浩二はしばらくしてふうっと溜息をつく。

「……言いたくない」
「何ですって!」

「当たり前だろう? その謎を含めて俺の神剣『最弱』の力だ。
それをどうして、自ら種明かしなんかしなければいけない?」

「何を言ってるのよ! 私達は仲間でしょう!」

タリアがその台詞を口に出した瞬間。浩二は微かにフンと鼻で笑った。
そして、挑発するような口調で言葉を放つ。

「……仲間……ハッ、仲間ね?
アンタ達は何も話してくれないのに、俺には何でも話せと言うのが仲間か?
生憎と俺が仲間として認めているのは物部学園の皆と、世刻と永峰……
それに物部学園の生徒会長である沙月先輩だけだ」

「ちょっ、斉藤くん―――」

「沙月先輩。前から思ってたんですけどね……そろそろハッキリさせてくれませんか?
今、ココにいる貴方は、俺達の先輩である斑鳩沙月なのか……
それとも『旅団』の一員である斑鳩沙月なのか」

「それは……」

「両方だなんて、ふざけた事を言うのだけは勘弁してくださいよ?
そんな事をヌカしたら、たとえ貴方であろうとも、殴らずにいられる自信がありませんから……」

浩二の言葉が本心である事は、その真剣な瞳が証明している。
沙月は、そんな浩二の瞳を直視している事ができなくて、思わず目を反らして黙り込んだ。

「…………」

浩二は、沙月のそんな態度に失望を覚える。
物部学園の生徒であるとも『旅団』の一員であるともハッキリ言えないのは、
すなわち、どちらでもないと言っているのと同義だからだ。

「ねぇ、浩二くん……」

そんな沙月に助け舟を出すように、ヤツィータが落ち着いた声で言った。

「どうして私達が……『旅団』が仲間じゃないなんて言うの?」

「……言うに事欠いてソレですか? そんなの言うまでも無いでしょう。
さっきも言ったとおり、旅団は目的を語らない。旅団は何の説明もしない。
それで仲間だと思える程に、俺は単純でオメデタイ奴ではないんですよ!」

少なくとも仲間であると言うのなら、
旅団という組織が何を目的に活動してる組織であるかを説明するべきだと浩二は思っている。
なのに教えられたのは、世界を滅ぼして回る『光をもたらすもの』の行動を止めているという事だけ。
そして、それさえもエヴォリア達が現れなければ説明されなかった可能性が高いのだ。

そんな隠し事だらけの奴等を、どうして信用などできる?

物部学園を襲った『光をもたらすもの』から学園の皆を護っている事だって、
単純に彼等が『旅団』の敵だから戦っているかもしれないのだ。
それを浩二が言うと、ヤツィータは何も言えずに黙り込んだ。


「……まぁ、俺達が元の世界に帰る為の協力はしてくれていますので、
今の所は敵ではないと思っています。けど、俺は貴方達を仲間とは認められません」


望や希美が『旅団』に、どういう印象を抱いているのかは知らない。
二人は自分と違って全面的に味方と信じ、彼等に何でも話そうと思っているのなら、それはそれでいい。
個人の自由だ。ただ、自分はこう思っていると言う事を伝えたかった。

「……そう。解ったわ……じゃあ、貴方には何も聞かないわよ!」
「タリア!」

旅団を絶対と信じているタリアにとっては、今の浩二の発言は許せるモノでは無かった。
怒りの形相を隠そうともせず、ズカズカと音をたてて何処かに行ってしまう。
ヤツィータが彼女の名前を呼ぶが、振り返る事は無かった。

「はぁ……まったく、あの娘は……ごめんなさいね。浩二くん……」

「いえ、構いません。けれど、ヤツィータさん……
貴方達が全てを話てくれないのに、俺には全てを話せというのは……
ちょっと筋が通ってないと言う事だけは理解してください」

「ええ。だから話すわ全部。私が知っている限りになるけれど……
旅団という組織がどんなモノで、何を目的に活動しているのか」

「……で、それの代わりに俺の神剣の秘密を教えろと?」

「いいえ。それについては『旅団』からは一切聞かないわ。
ただ、私達の事だけを話すから、それを聞いて欲しいの……
言われてみれば当然の事だものね。何も話さない私達『旅団』に貴方が不信感を抱くのは……」

「ヤツィータ! サレスに何の断りも無く―――」

今まで蚊帳の外だった沙月が、バッと顔をあげてヤツィータを止める。
しかし、ヤツィータはそんな沙月の顔を見て首を横に振った。

「全ての責任は私がとるわ。だから、貴方は黙ってなさい!」
「―――っ!」

ヤツィータが沙月に見せた表情は厳しいものであった。
彼女の今の表情は『旅団』の副団長としてのモノである。
そうなれば、沙月にはヤツィータを止める術など無かった。

「……いいんですか? 俺は何も教えませんよ?」

「ええ。貴方は何も言わなくてもいい。ただ聞いてくれるだけでいい。
その後の判断は全て貴方に委ねるわ。
……話を聞いた後、貴方が『旅団』とは相容れぬと思ったなら、私達はすぐにでも引き上げるわ」

「意地が悪い事を言いますね。ここで貴方達のバックアップが請けられなくなったら、
座標が手に入らないと知っててそんな事を言うんですか? それは脅しって言うんですよ」

「……言い方が悪かったわね。貴方がどんな選択をしようとも、
貴方達の世界への座標及び、帰りつくまでの護衛は無償で提供するわ」

「それなら、ここで話してくれなくても結構です。
夜にでも世刻と永峰と一緒に聞きますから。あの二人にだって聞く権利はあるでしょう?」

「……そうね……望くんと希美ちゃんにも聞いてもらわないとね……」

ヤツィータがそう言うと、浩二は頷く。
そして、踵を返すと望達の所まで戻ろうと歩き出した。





*************





「……はぁ」





浩二は溜息を吐いた。
それから、少しだけ髪の生えてきた頭をシャリシャリと掻く。

『何やねん相棒。景気の悪い顔をして』

「そんな顔にもなるさ。もっと上手いやり方だってあった筈なのに……
何で俺は、あんな事を言ってしまったんだろうなぁ……」

居た堪れない顔をしていた沙月の横顔を思い浮かべる。
旅団については、いずれ聞かなければならない必須事項だったが、
何もそれを沙月の前でやる事はなかったのだ。

「自分じゃ、少しくらいは分別のある大人だと思ってたけど……
タリアの責めるような口調にカチンときてしまって、
売り言葉に買い言葉で、不満を全部ぶちまけちまった……」

『まぁ、なぁ……いつもの相棒なら、もーちっと上手くやりましたわな。
けど、しゃーないと思いまっせ。裏切り者扱いされて荒んでた所に詰問されたんや。
よっぽど冷静な人間でないと、ありゃキレまんねん』

「自分で、居場所を……壊してしまった。
たぶん、物部学園はこれからも『旅団』と行動を共にするだろう事は予想がつく。
……何だかんだと言っても『旅団』の援助が無ければ、
俺達は元の世界に帰るどころか、学園が襲われたときに防衛するのだって難しいんだからな……」

『……相棒』

「それを、頭では解ってた筈なのに……あんな事を言っちまって……
利用されるのが嫌だって、何も教えられないのに納得できないって、
子供みたいに喚きたてて……そんなの、学園の皆だって同じ筈なのに……何をやってんだ……俺」

自己嫌悪の渦に捕らわれ、頭を抱える浩二。
そんな様子を眺めていた『最弱』は、ふうっと溜息を一つ吐いた。

『今更悔やんだって、言ってまったモンはしゃーないやろ?
それに、や。アレは誰かが言わなきゃいかん事でもあったんや……

世話になってるからって『旅団』には何も意見できんかったら、
物部学園の皆は『旅団』に今後いい様に利用される。
そんなの、援助に恩という餌で飼いならされる飼い犬と同じやねん!』

「…………」

『そう扱われない為にもアレは必要だった事やねん。
……せやから、そんな顔しなはんな……』

「……そう、だな……」

浩二は少しだけ気分が楽になったような気がした。
その瞳には僅かであるが強い輝きが戻ってきている。

『ま、これでホンマに物部学園に居づらくなったら、その時こそ出て行けばええねん。
物部学園にいるよりも、元の世界に帰るのは遅くなるかもしれへんけど、
ぶらりと色んな世界を旅しながら、帰る方法を探すのも、また一興やろ』

「まぁ、少しだけ未練も残るが、別の世界で暮らしてもいいしな」
『そやでー。相棒なら、どこでだって生きていけまんねん』

そう言って、二人で笑いあう。
その姿を、離れた物陰から見守る影が二つあった。

「こんな所に誰が来たのかと思えば………」
「……彼、マスターが今誘えば、味方になってくれるんじゃないですか?」

そう言ったのは、大きな影の肩に座った小さな影だ。
マスターと呼ばれた男は、その問いかけに小さく首を横に振った。

「……いや、やめておこう。
あの斉藤を従えられるヤツなんて何処にもいないさ」

男はそう言いながら苦笑する。

「それよりもアイツ、神剣のマスターだったとはな……
しかも、ツッコミで神獣を消してしまうハリセンの永遠神剣か―――」

物部学園の学生を演じていた時から、捕らえ所の無いヤツだったが、
まさか永遠神剣のマスターであり、あんな不思議な力を持っていたとは……
そう思いながら男―――暁絶は声を殺して笑った。






「ふざけた奴だよ本当に。ククッ……」










[2521] THE FOOL 22話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:1e634ac3
Date: 2008/03/04 20:01







ミニオンも生産工場であるピラミッドから帰還した日の夜。
斉藤浩二は人目を避けるようにして、街の長であるロドヴィゴに会いに来ていた。

「それじゃ、すみません。よろしくお願いします……」
「なに、貴方達は街の恩人です。それぐらいの事であれば協力は惜しみません」
「それで、その……この件は……私達のリーダー斑鳩沙月には、くれぐれも内密に……」
「ははっ……心配ご無用。十分にわかっておりますよ」

それは、とある頼み事をする為である。
浩二が事情を説明し、恐縮しながら頭を下げて頼むと、
ロドヴィゴは笑いながら理解を示してくれ、頼みごとを快く引き受けてくれたのである。

「それじゃ、明日……昼過ぎから7~8人ずつで順番に向かわせますので、
手配の方……どうぞ、よろしくお願いします」

「浩二殿も色々と大変ですな?」

「仕方ありませんよ。私達のリーダー斑鳩沙月は、優秀ではありますが……
まだ歳若く、いかんせん女です。こういう事には気がつかなくても仕方ありません。
……むしろ、斑鳩のこういう部分を補うために私がいると思って頂ければ……」

「ははは、沙月殿は優秀なブレーンをお持ちだ。
……いいでしょう。店の方には私が話を通しておきます。
なに、貴方達は長く続いた人間と精霊との間の誤解を解いてくださり、
あのヒトガタ―――ミニオンの生産工場を潰してくださった恩人だ。
店を2~3日ぐらい貸切にしても、否とは言わんでしょう」

「本当に、ありがとうございます」

浩二はロドヴィゴに向かって丁寧にお辞儀すると、別れの言葉を告げてロドヴィゴ宅を後にした。
学園に戻ると、浩二の首尾がどうであったのか、気が気ではなかったらしい信助が駆け寄ってくる。

「どうだった? 浩二」
「了承してくれたよ。後は明日……沙月先輩達にバレないように注意するだけだ」
「その辺は大丈夫。きちんと順番も決めてあるからな」

「俺は一応、主賓である永遠神剣組だから、当日はあんまり手伝ってやれそうもない。
だから引率はオマエに頼む事になるが……いいか、信助?」

「まかせてくれ!」

ドンと胸を叩くと、信助は明日の計画が決行である事を教える為に校舎の中に戻っていった。
浩二は、そんな信助の背中を見送りながら、腰の『最弱』に話しかける。


「なんつーか……アレだ……疲れたよ。俺……」
『ご苦労さんやで。相棒』
「まぁ、この役目は俺が一番適任だろうけどさ……それでも、なぁ?」


浩二がロドヴィゴに頼みに言った件―――


それは、ぶっちゃけて言ってしまえば、
明日、この街にある遊郭を使わせてくれないかという事であった。

人間の三大欲求は食欲、睡眠欲、性欲である。
寝床と食料はあるので前の二つは問題ないが、どうしてもフォローしきれない欲求が最後の性欲であった。

もともと性欲が極端に少ない浩二自身は、問題なく我慢できる欲求であるが、
他の一般男子学生にとっては、そうはいかない。
始まりの夜から今日に至るまで、およそ二ヶ月と半ぐらいの時間が過ぎ去っている。
その間、物部学園の男子生徒達は禁欲生活を強いられていたのである。

要領のいいヤツは、こんな状況でも彼女を作ったりしてコソコソやっているが、
その他大勢の男子生徒はそうでは無い。下品な言い方になるがムラムラきているのである。
学園の男子生徒を纏めている浩二は『剣の世界』を出た辺りから、その事に気がついていた。

当初は、皆も生き残れるのかが心配で、そっち方面の欲求はなりを潜めていたが……
剣の世界を鉾から開放した辺りで、恐怖心から一応の落ち着きを取り戻し、
学園という閉鎖された空間と非日常という状況が、眠っていた男の本能の部分を起こし始めたのである。



以前に浩二が行った『物部学園に風呂を作ろう計画』は、
暇をもてあました男子連中が、よからぬ事を企むのを防ぐ意味もあった。

しかし、所詮そんなモノは一時凌ぎ。
沙月の言葉からすれば、元の世界に戻るまで早くとも数ヶ月はかかる。
それまでに、性欲を持て余した男子によるレイプ事件が無い確率の方が無いとは言いきれない。

そこで浩二は決めたのだ。

次に訪れる世界がある程度の文明のある世界だったら、
男子連中の持て余す性欲を発散させる為に、遊郭―――風俗の店を探そう。
物部学園で性犯罪を起こさせぬ為には、それしかないと考えたのである。

「ほんと、信助が居てくれてよかったよ……
世刻には、こんな風に人間の汚い部分を見せたくないからな。
……アイツは、汚れちゃいけない人間なんだ……」

『……相棒……』

考えを纏めた浩二は、友人であり他の学生にも顔が広い信助に、
ちょっと力を貸してくれないかと相談を持ちかけた。
事情と経緯を説明すると、信助は理解を示し、協力してくれる事になったのだ。

信助の協力が得られると、次に浩二は、物部学園の男子生徒の中から、
皆に影響力のある、クラスのリーダー格の男子生徒五人ほどを集め、
信助に相談したように、事情と経緯を説明し、もう辛抱溜まらんとか考えている連中が居たら、
俺が何とかするから、そう思ってる連中を抑えてくれないかと頼んだのだった。

(それで、まぁ……次の世界に、そーいう店があったら……
行きたいと言うヤツの署名を頼む。参考にするから……)

(オーケー斉藤。お安い御用だ)
(勿論。女子にはバレないようにだよな?)
(て、言うか……俺が思うに、そんなの殆どだと思うぜ?)

(それなら、ここにいる皆が目を光らせて、事件になるのだけは何とか止めてくれ。
何とかするから! 絶対に、俺が何とかするから……だから、それまでは……)

(解ってる。オマエは良くやってると思うよ……
こーやって、俺らの事を気遣って、色々と動いてくれてるしな……)

(まぁ、この件は俺達にまかせろ。上手くやるさ)

その結果。署名に名前を連ねたのは、なんと物部学園の男子生徒の約7~8割。
やはり皆、まだ表立って態度には出さなくとも、色々と限界が来ていたのである。
それだけの生徒が、いずれ事件を起こしたかもしれないのだと思うと、浩二は顔が青ざめそうになった。
そして、何としてでもこの計画は成功させねばと考えたのである。

『でも、よかったやないか。ロドヴィゴはんが相棒の願いを聞いてくれて』
「ああ。これでやっぱりダメでしたとかだったら、洒落にならない所だったぜ……」
『ま、結果オーライやな。これも、相棒がこの世界では顔を売った成果やで?』

この世界で一番親しまれている物部学園の人間は、間違いなく斉藤浩二である。
街に降りた初日にレチェレの酒場の手伝いをした事もあり、
それからも何度かは店に顔を出して、客ともそれなりに仲良くなったのだ。
それに加えて、精霊の住処まで従軍した街の青年団にとっては、浩二は直接的な命の恩人でもある。

「……人を纏めると言うのは……大変だな。最弱……」

『そやでー。組織というモンは大変なモンなんや。
リーダーに求められるのは強さとカリスマ。
副リーダーに求められるのは、人身掌握と管理能力やねん』

「え? 俺ってココの副リーダーなの? 何時の間に……」

『―――は? もしかして……気づいとらんかったんでっか?
永遠神剣組はどー思っとるか知らんけど、一般生徒達は全員そう思っとるで?』

「マジ?」

『大きい問題があったら斑鳩女史に報告し、小さな問題や不満は相棒に相談する。
これが現在の物部学園のスタンダードやねん』

「……だからか……やれ、部屋割りを変えてくれだとか、
男子が夜まで五月蝿いから何とかしてくれと俺に言ってくるのは……」

『もしかして……相棒……
副リーダーとしてではなく、素でこんな面倒事をやってたんかいな?』

「仕方ねーだろ。俺は、俺のやれる事をやってるだけだ!
永峰は女だし、世刻はアレだから……こういう役は俺しかいねーだろうが!」

『ナハハ。納得……』

不貞腐れたように言う浩二の横顔を見ながら、
『最弱』は斉藤浩二という人間は、もう少し報われてもいいと思った。

旅団の面子を含む永遠神剣のマスターの中では……
第五位の神剣を持ち、戦闘能力もあり人柄も悪くない、世刻望ばかりが評価されがちだが、
自分の相棒の評価は、世刻望と比べたらカスのようなモノである。

表面的に見れば、浩二は行方不明になったり攫われたりと、
マイナス面ばかりが目立つので、それは仕方のない事だとは判っていても……
やはり自分の相棒がカスに見られるのは悲しい。

辛うじて沙月だけが、浩二の表面的な事務能力を評価しているが、
裏では、学園の為にもっと精力的に動いている事を知らない。
そのおかげか学園内での浩二の評価は高いが、永遠神剣組の評価はさっぱりだった。

しかも浩二は、そうして集まる学園内での人望は、全て仲間の為に使ってしまっている。
生徒会長である沙月をたて、立場的に孤立してしまいがちな望を擁護して、
部外者であるカティマや旅団のメンバーを快く思わない生徒達の間に入っているのだ。
だからこそ、今も物部学園は事件を起こす事も無く平和に運営してるのだった。

その事を永遠神剣組の皆は知らない。今の状況が当たり前だと思っている。
そんな、裏で学園を支えている浩二の努力は認められず、
トラブルだけを起こす駄目マスターとして見られている現状は悲しいが……
浩二自身がそれを屁とも思ってないので、それならそれで良い。
今の所、自分のマスターである浩二が望んでいるのは『学園の平和』と『現状維持』なのだから。

なので、今まで冗談で彼女を作れとか立場を利用しろと言って茶化したりはしたが、
基本的に彼の決定に全て従い、強く意見を言ったりはしてこなかった。

『……けれど、これで……みんなの方から、相棒を切り捨てるような事をヌカシたら……
……ワイは許さへんで……斑鳩女史も、永峰女史も、世刻も……絶対に、許さへん……』

「……ん? 何か言ったか?」

『いーや、何も言ってへんで? 空耳とちゃいまっか?
ほれ、それよりもあと少ししたら街に下りて、
レチェレ女史の店にお手伝いに行くんやおまへんか?』

「ああ……そうだったな。この世界に滞在するのも後数日……
暇を見つけて店を手伝えるのも、後2~3回ぐらいだろうから、気合いをいれねーと」

『ワイも神獣のように口があったら、相棒の作るメシを一度食べてみたいんやけどなぁ』

悔しそうに言う『最弱』に、浩二はそうだなと呟いて微かに笑う。






「………俺も、料理を一番食わせてやりたいのはオマエだよ……最弱……」






**************






「やほー! 浩二っ!」


レチェレの店の裏で薪割りをしていると、浩二は後ろから元気な声で名前を呼ばれた。
振り返ると見知った少女。精霊の娘ルプトナである。
街の人間と精霊の間の誤解が解けた今、彼女はルプトナの店に居候をしていた。

「おう、ルプトナか。レチェレなら中に居るが……今は仕事をしている」
「えー、そんなの後でいいじゃん」

「たわけ! 良い訳があるかっ!
オマエもレチェレに食わしてもらってるんだから、たまには仕事を手伝え!」

「でもボク。料理なんてできないもん」

浩二に強い口調で言われたのにムッとしたのか、口をとがらせるルプトナ。

「覚える気があるのなら教えるが?」
「ん~~~。やっぱいいや!」

少しだけ悩んだようだが、生来面倒くさい事や細かいことが嫌いなルプトナは、
明るい顔で浩二の提案を断る。浩二も、その答えは半ば予想していたみたいで、
特に落胆する訳でもなく、そうかと頷いた。

「なら、薪割りぐらい手伝え」
「ん、それなら……」

浩二が斧を差し出しながら言うと、ルプトナは素直に受け取って薪を割り始める。
割るのは彼女に任せ、浩二は割った薪を紐で縛る作業に取り掛かった。

「なぁ、ルプトナ……」
「なーにー?」
「……おまえ、本当に俺達と一緒にくるのか?」
「うん!」

ルプトナは、迷いの無い声で答える。
精霊回廊を開放した事により、森の精霊達は数十年の間、
所々破損した精霊回廊の復旧と、衰えた身体を癒す為に眠りにつく事になった。
その結果。人間であるルプトナは、今まで共に暮らしていたンギ達と別れる事になったのである。

永遠の別れでは無いにしても、数十年という月日は長い。
その間、ルプトナ一人で森で暮らすのは寂しいだろうと、
レチェレが私と一緒に暮らしませんかと誘ったが、彼女はその誘いをすまなさそうに断って、
望や沙月に、自分も連れて行って欲しいと頼んできたのだ。

この旅が、後どれぐらい続くかは解らないが……
カティマと同様に、世界を滅ぼして回る『光をもたらすもの』を野放しにしておくのは
危険だと言う理由と、他の世界を見てみるのも良い勉強だろうと言う理由で
同行を願い出たルプトナに、彼女の事をすっかり気に入っていた沙月や望は、
その頼みを快く引き受け、ルプトナは物部学園一行に加わったのである。

「そうか……」

しかし、浩二は彼女がついてくる事をあまり良く思っては居なかった。
ルプトナが嫌いな訳では無い。むしろ、この天真爛漫な少女の事は気に入ってさえいる。
だからこそ、血生臭い『光をもたらすもの』との戦いに駆り出したくはないのだ。

「浩二は……ボクがついてくるの……嫌なの?」
「そんな事は無い。無いんだが……レチェレが悲しむと思って、な……」

レチェレはルプトナを随分と慕っている。
ミニオンにより家族を殺されており、天涯孤独な彼女は、
ルプトナの事を、世間知らずで手のかかる姉のように慈しみ、あれこれと世話を焼いているのだ。

「……うっ」
「それでもオマエ……俺達と来るのか?」
「……うん。レチェレとは離れたくないけど……でも……」
「………」

世刻と別れたくない、か―――

浩二はその言葉を飲み込んだ。そして、あのヤロウはどんだけ罪深いんだと呆れる。
そして、いずれ刺されるんじゃないかと考えていると、店の二階の窓から名前を呼ばれた。

「浩二さーん。ルプトナさーん! お昼ですよー!」
「あいよー! キリの良い所であがるわー!」
「わーい、ご飯だ、ご飯だー!」

ポイッと斧を投げ捨てて、ドタドタと店の中に入っていくルプトナ。
浩二は放置された斧を拾い上げて、はぁっと溜息を吐くのであった。




「ちゃんと片付けてから行け、バカタレ……」





***************





「んぐっ、んま、んぐ……」
「もうっ、そんなに早く食べなくても、誰もルプトナさんのご飯を取りませんよ?」
「え? でもでも、こんなに美味しいの、ボク初めてで……」

ルプトナの口周りについたソースをナプキンで拭いてやりながら、レチェレはにこにこと微笑んでいた。
浩二は、そんな彼女達とは対面の席で、呆れながら料理を口に運んでいる。

「あれ? これって……」

「あ、気づきました? ソレ、浩二さんが教えてくれたレシピに、
料理長が手を加えたモノなんです。どうですか? 浩二さんから見て……」

「いいと思うよ? ちょっと濃い味付けだが……
肉体労働者が客層のメインであるこの店で出すなら、コレで丁度良い」

「えへへ……ウチの店の看板料理が一つ増えました」

そう言って笑うレチェレの隣では、相変わらずルプトナが料理をガツガツとかきこんでいた。
その景気の良い食べっぷりに気を良くしたのか、次々と料理が運ばれてくる。
しかし、それにしても多い。多すぎるくらいだ。
いくらルプトナが欠食児のように食べても、この量は尋常ではない。

「ちょっ、レチェレ! いくらなんでも多すぎだろう。この量は!」
「そうですか? まだ、足りないくらいだと思いますよ?」
「ええーーーーー!」

これで足りないとか、どんだけだ!
浩二がそう思っていると、奥の方からまた追加の料理が運ばれてくる。
それを見た浩二の顔が青くなった。今の時点で腹はもう八分目だ。
もともと、そんなに食べる方では無い。止めようと思って立ち上がりかけた時、
レチェレが口元に手を押さえてクスクスと笑った。

「大丈夫ですよ。浩二さん。コレ……店のみんなの分もありますから」
「え? そうなの……」
「はいっ。今日は浩二さんとのお別れ会も兼ねてますから」
「俺の……お別れ会?」

「はい! 夜からは貸切で、望さんや沙月さん達……みなさんのお別れ会ですけど、
お昼は浩二さんの為だけにやるお別れ会です。
私も、店のみんなも……浩二さんには特に世話になりましたから」

じーんと心に響くような嬉しさだった。浩二は思わず涙ぐみそうになる。
そして、やっぱりこの世界とこの店のみんなは好きだと再確認した。



「よし、そういう事なら俺は食べるぞ! ガンガンいくぜ!」



言葉のとおりガンガン食べ始めた浩二は、その後食べすぎで動けなくなってしまい、
夜に開かれた物部学園のお別れ会では、一人だけ何も食べずに外に出て月を眺めていた。

『良い世界やったな? 相棒……』
「ああ……」

店の喧騒をBGMにしながら、店の外で腰を下ろした浩二は『最弱』の言葉に静かに答える。

「ロドヴィゴさんも、話のわかる人だったし……
レチェレや、この店のみんなも良くしてくれた……俺、この世界と……ここのみんな、好きだ」

『次の世界も、ココみたいな所やと、ええなぁ……』

「旅団の本部のある世界……ヤツィータさんの話では、
魔法技術の発達した、魔法の世界か……」

浩二は、先日ヤツィータに教えられた『旅団』について考える。
教えられた事は規模が大きすぎて、理解の範疇を遥かに超えていた。

前世。オリハルコンネーム。北天神。南天神。
そして、破壊神ジルオルと、その生まれ変わりである世刻望―――

望や希美と共に『旅団』についての説明を受けたときは、
当たり障りの無い事しか説明しなかったヤツィータだったが……
浩二だけは後でもう一度呼び出されて、もっと詳しい話を説明されたのである。

そして、更に詳しい話を聞く事を希望するなら、
旅団本部についた時に、団長であるサレスと二人で会見する場所を設けると言われたのだった。

「………正直、旅団についてどう思うよ? 最弱……」
『そやなー。腹割って話してくれたのは評価できまんねんけど、事が事やからなぁ……』
「もしも……俺が、聞くんじゃなかったって言ったら……身勝手だと思うか?」
『そりゃ身勝手や。ヤツィータ女史は、相棒が言えいうたから言うたんやねん』
「だよなぁ……」

しかし、正直に言ってしまえば聞くんじゃなかった。
あのまま何も知らなければ、ブチブチと文句を言いながらも、
事件に巻き込まれた一学生として振舞うこともできたのに、自分からその権利を放り出してしまったのだ。

「沙月先輩……俺に、事情を言えないんじゃなくて……
言いたくなかったんだろうなぁ……」

『そやなぁ……何も知らないと言うのは幸せだとも言うしなぁ……』

「……俺……最低じゃね? 巻き込みたくないと願う沙月先輩の気持ちを踏みにじって、
自分から首を突っ込んでおいて、後悔するなんて……」

『けど、まぁ……斑鳩女史にも非はありまんねんで?
単純な世刻や永峰女史なら、煙にまいて誤魔化す事もできまんねんけど、
相棒みたいに計算高い人間を、のらりくらりでかわせるとタカをくくってたんやから』

「……俺、沙月先輩の前では、世刻以上に単純な男をずっと演じてたんだが?」
『―――あっ!』

ボソリと浩二が言うと『最弱』は、あっと声をあげる。

『そう言われて見ればそうや。なら、全面的に相棒が悪いわ。
流石に、相棒のごっつ厚い面の皮の底に隠された、
計算高い本性を見抜くのは並大抵の洞察力では無理やからなぁ……』

「……言い方は、すこぶる気に食わないが、その通りだ。
だから先輩は悪くない。悪いのは全部この俺だ……」

溜息を吐く浩二。

『アホやなぁ……こーいうのを、知恵者をきどった愚者って言うんやで?
なまじ知恵が働くモンやから、こうやって墓穴を掘るんや。
こーいうのを浅知恵いいまんねん。こんなんやったら世刻や永峰女史みたいに、
なーんも考えんと、状況に流されたままの方がマシだった訳になりまんねんな』

「仕方ねーだろ! 物事を考えまくるのが俺って人間だろうが!」

『まぁ、それが相棒の長所であり欠点と言うところでんねんな……
相棒の得意な数式の計算と違って、人間の心情を計る方程式はありまへんからなぁ』

ちなみに、余談ではあるが、斉藤浩二という少年は勉強はできる方である。
ペーパーテストでは、いつも学年で3~8位という好成績をマークしている。

だが、普段の素行に問題があり、誰も浩二を優等生として見ていなかった。
もっとも、その奇行は計算されたモノであり、
周りから妬みを受けないようにする為の処世術であるのだが……

『それで? これからどーするつもりやねん?』
「とりあえずは現状維持だ。旅団本部でサレスってヤツと話してみない事には始まらん」

『そやな。それがえーやろ……ただ、今後の学園生活をギクシャクさせん為にも……
斑鳩女史とタリア女史には後で謝っておくんやで?
厳密に言えば相棒が全部悪いっちゅー訳やないけど―――』

「こーいうのは、男が頭を下げたほうが丸く収まる……だろ?」

浩二が言葉を遮って言うと『最弱』は、そのとーりやと笑う。
夜空に浮かぶ満天の星達だけが、そんな二人のやり取りを見つめていた。











[2521] THE FOOL 23話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:1e634ac3
Date: 2008/03/08 21:11






ルプトナを加えた物部学園の一行は、レチェレや『精霊の世界』と別れをつげると、
希美の神獣ものべーの力を借りて、再び時空を旅する旅人となった。
それから6日かけて辿り着いたのは旅団本部のある世界。

「……はぁ……まさか、これ程とはなぁ……」

通称『魔法の世界』に辿り着いたとき、浩二が洩らした言葉はソレであった。

「うわぁ……凄いね。望ちゃん……」
「あ、ああ……」

周りでは、旅団のメンバーを除く全員が驚いた表情を浮かべている。
それは、物部学園の一般生徒達も同じだったようで、
教室や廊下の窓にびっしりと張り付いて魔法の世界を見つめていた。

「……なんつーか、アレだよな。
例えるなら、青い猫型ロボットがやって来た未来都市?」

『ナハハ。もしかしたらおるかもしれへんなぁ』

浩二の呟きに『最弱』は、笑いながら答える。

「沙月先輩。ものべーはあそこに着陸させればいいんですか?」
「ええ。あそこがドッグになってるから」
「解りました」

希美がものべーを宇宙船ドッグのような場所に着陸させる。

「サレス様!」

すると、タリアが気色を浮かべながら教室から出て行った。
ソルラスカは、そんな彼女の後姿を面白くないというような顔で見ている。
浩二は、そんなソルラスカの肩をポンと叩くと、俺達も行こうぜと促すのだった。






**************







一般学生達にはしばらく街の公園で待ってもらい、
旅団本部にやって来た永遠神剣のマスター達。
彼等を最初に出迎えたのは、謎の猫耳少女であった。

「待っておったぞ! のぞむ!」

沙月に案内されて、ホールのような部屋にやってくると、
突然走って来た少女が、腕を広げて飛びついて来る。

「―――なっ!」
「え!?」
「あーーーーーっ!!!」

抱きつかれたのは世刻望。
息を呑んだのは希美を始めとする、彼の事を憎からず思ってる少女達。

「俺さ……世刻については、もう多少の事では驚かないつもりだったけど……」

浩二は、そんな光景を見てボソリとこう呟くのであった。

「……剣の世界ではカティマさん。精霊の世界ではルプトナと、
順調に一人ずつ女をおとしてきているのは知ってたが……
今度は、この世界にやってくるなり速攻かよ……
ここまでくると、もう魅力のパラメーターを改造でMAXにしてあるとしか思えねぇ……」

その呟きが聞こえたのか、少女達は望をキッと睨みつける。
浩二はその瞬間、望達から離れた場所へと距離をとった。
この後の展開は安易に想像がつくからだ。
そして、その想像はドンピシャに的中し、望を中心にいつもの騒ぎになるのだった。


「……やれやれ。やっと話しができるようになったか……」


その後、世刻望@少女達のドタバタコメディーが終わると、
今まで黙って彼等のやり取りを見ていた長髪の男性が、呆れたように呟いた。

「ナーヤ! こっちに来い! 何をやってるんだオマエは!」
「あははは……ちと、調子に乗りすぎたようじゃのう……」

望に抱きついた猫耳少女は、同じく猫耳をした男性に首根っこを掴まれている。
その顔は、少しやりすぎたかと反省しているようであった。

「さて、それでは……はじめまして。私の名はサレス=クゥオークス。
君達も、もう名前ぐらいは聞いているだろうが『旅団』の長をしている者だ」

「あ、えっと……俺、世刻望って言います」
「永峰希美です」
「カティマ・アイギアスと申します」
「ボクはルプトナだよ!」
「……斉藤浩二です」

サレスと名乗った長髪の男が温和な顔で名前を名乗ると、望達もそれぞれに自分の名前を名乗る。
そんな望達の姿を一人ずつ確認するように見ていくサレスだが、最後の一人の所でピタリと止まる。

「っ!」

自分を見る時だけ、目が鋭くなったのを浩二は見逃さなかった。

「……それでは、ここに居る他の方々もご紹介しよう。
こちらの彼が、ニーヤァ=トトカ・ヴェラー。この街、ザルツヴァイの代表だ」

「―――フン。ナーヤがどうしてもと言うので、顔ぐらいは見せてやったが……
客人とやらが、まさか人間だったとはな……」

サレスが紹介すると、ニーヤァと呼ばれた獣人のような青年は、吐き捨てるようにそう呟く。
初対面にもかかわらず、その傲慢な物言いに全員の眉がピクリと動くが、
サレスは苦笑しながら次の紹介に移った。

「そして、こちらの―――キミに突然抱きついたのが……」
「ナーヤ! ナーヤ=トトカ・ナナフィじゃ」

サレスの言葉を遮って名乗る少女。

「わらわも一応、この街の代表だ……
まぁ、兄上と違って、こっちは名前だけの代表だがな」

ナーヤの言葉に、そのとおりだと言わんばかりにふんぞり返った態度のニーヤァ。

「なので、わらわはともかく、兄上にはくれぐれも粗相の無いように願いたい」

浩二は内心で笑いながらニーヤァを見つめていた。
このようなヤツは何処にでも居る。
自尊心が強く、尊大な態度の小人物。典型的な権力者の姿だ。

(……おい、最弱……アレ。どう思うよ?)
『只の阿呆やな。どーせなら、アイツがサレスやったら良かったのに……』
(同感だ……)

アレが『旅団』のトップなら、浩二はどうとでも上手く扱う自信がある。
すなわち旅団も、大した組織では無いと安心できるのだ。

『妹の方は……まぁ、兄よりは随分マシやと思うけど……』
(……アレも、それほど手強くは無いな……けど―――)
『そやな。ツラの皮の厚さは相棒のが上やねん。けど―――』

浩二と『最弱』が、心の中で会話をしている間も、サレスの紹介は続いている。

「そして、ナーヤの側に控えているのが、彼女の世話役のフィロメーラだ」

「初めまして。フィロメーラと申します。
ナーヤ様のお付をさせて頂いております。以後、お見知りおきを……」

そっとスカートをつまんで頭を下げるメイドさん。
その堂に入った挙措に、望や希美は感嘆の声をあげていた。

「望ちゃん。本物のメイドさんだよ。メイドさん」
「お、おお……」

メイド喫茶にいるようなパチモンではないメイドさんに、興奮気味の希美。
望も、こくこくと頷きながらフィロメーラに見とれていた。

(……あの、サレスは手強そうだな―――)

『あのメイドはん……ダイナマイトなオッパイやなぁ……
服の上からでも見事なモンやで……』

(―――って、そっちかよ!)

お互いに違う人物に注目していた事に、浩二が思わずツッコミをいれる。
すると『最弱』は、猛然とした勢いでがなりたててきた。

『何を言うてまんのや! 相棒の方こそ、少しは反応せんかい!
美形! メイドさん! 巨乳の三連コンボやで? これにハァハァ言わずして何が男や!
ホンマ、相棒は性欲が無さ過ぎやで! マジでイ○ポなんとちゃうか?』

「―――ぶっ殺すぞ、コノヤロウ!」

とんでもない事を言われてキレた浩二は、
心の中ではなく、口に出してその言葉を言ってしまう。


「「「 え!? 」」」

「―――あ!」


すると、全員の目が浩二に集まった。
浩二は、やばいと思って口を押さえるが、もう後の祭りだ。

「……あ、あの……私、気に触るような事を言ったでしょうか!?」

フィロメーラは、自己紹介の後にいきなりブッ殺すぞと言われた事に戸惑っている。

「い、いえ! 違うんです! 今のは、その……
俺の世界では『素晴らしいですね』と言う意味の言葉なんです!」

「……斉藤……それは……ちょっと、無理がありすぎるぞ……」
「な、何を言ってるんだ世刻! ほ、本当の事だろ? な? な?」

浩二は、縋るような目で望に言うが、望は無言で首を振る。

「な、な……なっ! 何だこの無礼者はーーーーっ!」
「あ、兄上!?」
「人間風情が、下手に出てやればつけあがりおって!」

怒り狂うニーヤァ。そんな彼をみる皆の目は、オマエ……
あれで下手に出ていたのかよと言っている。浩二はその瞬間ハラを決めた。

―――もうダメだ。

この状況では、下手な言い訳など通じない。
それならばいっその事、この状況を利用してしまおう。
今が最悪な状況なのだから、これから何をしたところで、これ以上悪くはなるまいと……
この場の全員が思ってはいても、やれない事をやる事にした。


「それで下手にでてんのかよ!
おまえは、普段は我と書いてオレと呼ぶぐらいの王様かってーの!」


―――スパーン!


「おぶっ!」


響く快音。浩二はニーヤァの頭にハリセンでツッコミをいれる。
すると、周りからドッと笑い声が沸いた。

「ちょ、斉藤くん……ブッ―――」
「あははははは!」
「ダーハッハッハ! 死ぬ、死ぬ―――笑い死ぬ!」

やはり皆も、先程から態度の悪いニーヤァには腹を立てていたようだ。
それがハリセンで頭を叩かれて、愉快な悲鳴と共に前のめりに倒れたのだから痛快である。
ソルラスカなんかは、よっぽどウケたのか腹を押さえて地面をドンドン叩いている。


「つ…つ……つ……摘み出せーーーーーっ!
誰か! その無礼者を、ここから摘み出せーーーー!!!」


顔を真っ赤ににして叫ぶニーヤァ。
彼の声に気づいたのか、衛兵らしき黒服の男達が走ってやってくると、
浩二はガシッと手を掴まれて引きずられて行くのだった―――





「……攫われる宇宙人……タ・ス・ケ・テー……」





―――最後にもう一つだけ爆弾を投下して。





「「「 ―――ブッ! アッハッハッハハハハハハハ!!! 」」」





その後もしばらくは笑いが続き……
皆がまともに話し合いを再開できたのは十五分ぐらい後になるのだった。





*************





「………おまえのおかげで、エライ目にあったぞ……」



旅団本部から叩き出された浩二は、
叩き出される時に蹴られたケツをさすりながら道を歩いていた。

『ナハハ。まぁ、ええがな。そんなに怒らんでも……
これでしばらくフリーの時間ができたんや。この機会に色々と探索しまひょ』

「……はぁ」

まったく悪びれた様子の無い『最弱』に、浩二は溜息を吐く。

「そうだな……言われてみればその通りだ……
どーせ、しばらくはココにいる事になるんだろうから、地理を調べておくのは悪くねーな」

『それに、何と言うても魔法の世界や。
市街地に行けば、何かおもろいモンがあるかもしれへんでー!』

「つーか、オマエ。少しは反省しろ……」

浩二が市街地の方へと脚を運ぶと、そこは様々な露店が他立ち並んでおり、
いたる所で物部学園の学生達の姿が見えた。

一人の男子生徒を捕まえて話を聞いてみると、
街の公園で沙月達をじっと待っているのでは退屈だろうと、
メイドさんが街を案内してくれる事になったのだそうだ。

そして、今は自由行動の時間。話しが終わったら、沙月達もこちらにやってくるとの事なので、
この露店が多く立ち並ぶ場所で、自由見学となったとの事だった。

「サンキュ。事情は解ったよ」

「ああ。それにしても斉藤……何で、オマエはここに居るんだ?
オマエや沙月先輩達は、しばらくこの街の偉い人と会談だって聞いてたけど?」

「その偉い人が、あまりにも偉そうにしてくるんで、
思わずこのハリセンでツッコミをいれてしまったら、黒服に摘み出された」

浩二は簡単に事情を説明してやると、その男子生徒は笑い出す。
男子生徒は、別れ際にナイスガッツと浩二の肩を叩くと、笑いながら立ち去っていった。

『ほな、ここで待っとれば、みんな後から来るっちゅー事やねんな?』
「そうみたいだな」

『ほな、ウインドーショッピングと洒落込もうやおまへんか。
この世界の通貨はもっとらんから、何も買えへんけど』

「ま、それでもいいじゃねーか。見るだけでも十分に楽しそうだし」

そう言って、浩二は辺りを見回す。
魔法の世界とは言っても、かなり科学が発達しているようであり、
周りの建物はどれも近代的な外観であった。

『むう……魔法の世界っちゅーか、どちらかと言うと近未来的な都市やなぁ……』
「科学だって、考えようによっては魔法みたいなものだろ?」
『……そう言わて見れば、そうかもしれへんけど……』
「お、見てみろよ『最弱』! テレビみたいなモンが売ってるぜ?」
『ホンマや。これ、何の機械でっしゃろ?』

浩二は顔を近づけてマジマジと眺める。
すると、それを見ていた店員が、商品の説明をしてくれた。
唯の冷やかしなので、丁寧に説明されると恐縮だったが、
浩二は持ち前の話術で商品や店員を褒めながら、魔法の世界を堪能するのであった。





*************





夕方。浩二は繁華街で合流した沙月達と共に、物部学園と戻ってきていた。
勿論その時に、面談の時にやらかした騒ぎを怒られたのは言うまでも無い。
ニーヤァは、その後もかなり怒っていたようだが、
ナーヤとサレスが取り成してくれたのでお咎めは無いそうだ。

「だけど、斉藤……何であの時、いきなりぶっ殺すぞなんて言ったんだ?」

夕食の席で対面に座った望が、ふと思い出したようにこんな事を聞いてくる。

「確かに、あのニーヤァってヤツは……その、無礼だったけど……」
「世刻。ちょっと耳を貸せ」

そう言って浩二は望の耳元に顔を寄せて、事のあらましを教えてやる。
すると望は、ハハハと笑いながら何度も頷いた。

「なるほど、納得……」
「で、あの後……俺が叩き出された後は、どうなったんだ?」

「ん? 特に何も無かったぞ。ニーヤァはあの後すぐに部屋を出て行ったから、
その後はナーヤの部屋でお喋りをしただけだ」

「そうか……」

自分抜きで、今後の事を話した訳では無いと知って浩二はホッと一安心する。
その時であった。食堂の入り口の方からフィロメーラと名乗ったメイドがやって来たのは。

「こちらに、世刻様と斉藤様はいらっしゃいませんか?」
「ん? あれは確か……フィロメーラさん……だったっけ?」
「ああ。何だか俺達を探してるみたいだな」

望が手を振りながらここに居ますよと叫ぶと、
フィロメーラはパッと顔を輝かせて歩いてきた。

「お二人とも、こちらにお出ででしたか」
「……えーと、何か俺達に用ですか?」

「はい。世刻様にはナーヤ様。
斉藤様にはサレス様がお話しがあるとの事なので、お呼びに参りました。
お二人は今、お時間の方はよろしいでしょうか?」

「え? 斉藤に用があるってのなら解りますけど……俺は何も悪い事してませんよ?」

自分が呼び出しを受けるなど心外だと言わんばかりの望。
浩二は、そんな望を見ながらコノヤロウと呟いている。
フィロメーラは、そんな二人の姿を見て、その件ではありませんと苦笑した。

「個人的にお話ししたい事があるそうです。
そんなにお時間はとらせませんので、ご同行願いませんでしょうか?」

「う~~ん……」

どうする斉藤? と言わんばかりの顔で望は浩二を見る。

「いいですよ。行きますよ」
「おい、斉藤!」

「……別に、とって食われるワケじゃねーんだ。
話も、そんなに長い訳じゃねーらしいし、帰りは一緒に帰ろうぜ?」

そう言って、帰りにお互いが聞いたことを情報交換しようぜと耳打ちする浩二。
望は、なるほどと心の中で相槌を打って、フィロメーラにわかりましたと返事をした。

「……けど、俺達に話って何だろうな?」

学食を後にし、昼間にナーヤ達と会見した『支えの塔』と呼ばれる建物に向かう途中、
望が隣を歩いている浩二に話しかける。

「さぁな。俺の方はともかく……おまえの方は逢引の誘いとかじゃねーの?」
「ば、そんな訳ないだろ! 何で俺が今日あったばかりのナーヤと―――」
「だって、ほら……」

浩二は顎で道の先を指す。
すると、そこには待ちきれないと言わんばかりに、途中まで迎えに来ていたナーヤの姿があった。

「のぞむー!」

ブンブンと手を振っている。

「ナーヤ? 何でここに……」
「そんなもの。おぬしに早く会いたかったからに決まっておろう」

そう言って望の手を取ると、さっと腕を組むナーヤ。
フィロメーラは、こんな所までやって来た主人に戸惑っていたが、
ここから先は、望の事は自分が案内するので、
おぬしは斉藤をサレスの所に連れて行ってやれと言われて恐縮した。

「それじゃ、世刻……話しが終わったらココで待ち合わせしよう。時計は持ってるよな?
今は俺達の世界の時間で19時だから……一応、21時を目安に待ち合わせって事で。
それより遅れるようなら、待ってる方は先に帰る事にしよう」

「あ、ああ。了解……」
「ほれ、行くぞ! のぞむ」
「ちょ、ちょっと、そんなに引っ張るなって!」

望はナーヤに腕を引かれて建物の中に入っていく。
取り残される形になった浩二とフィロメーラは、お互いに顔を見合わせると苦笑した。





「それでは斉藤様。ご案内します」
「はい。よろしくお願いします」





*************





斉藤浩二は、世刻望と別れた後、フィロメーラに案内されて、
支えの塔内になるサレスの私室らしき部屋の前へとやって来ていた。

「サレス様。斉藤様をお連れしました」

ノックの後にフィロメーラがそう声をあげると、中から翠色の長髪の青年が扉を開けて現れる。

「ご苦労だったね、フィロメーラ。
ここからは私が持て成すから、キミはもう下がってくれ」

「わかりました。それでは斉藤様……私はこれで……」
「あ、はい。案内ありがとうございました」

深々と頭を下げて去っていくフィロメーラを見送る浩二。
すると、サレスが何も無いところだが入ってくれと言ったので、
浩二は頷いて部屋の中に入るのだった。

「……ん、呼び出して悪かったな。斉藤浩二くん……
今、何か飲み物でもと探しているんだが……む、何も無いな……」

「飲み物も、食べ物も結構です。持参してますから」

そう言って、浩二は机の上に水筒を置く。彼はこの場所を安全であるとは思っていない。
確率は極めて低いだろうが、出された食べ物や飲み物に何か入れられてる可能性だってあるのだ。
だから、何か飲み物や食べ物を出されても全て断るつもりだった。

「用意が良い事だ。よければ私も頂いていいかな?」
「いいですよ。コップは二つありますので」

浩二の要した水筒は、上下がコップになってる魔法瓶だ。
物部学園のサッカー部の部室に転がっていたので頂戴した物である。

「……フム。美味いな」
「レモネードもどきです」
「キミの世界の飲み物か……」

「いいえ。ここに来る前の世界で頂いた、
俺の世界の果物と調味料に似ているモノで再現した偽物です」

「酸味と甘味は、疲れた頭にもいい。気に入ったな。私は」

にこりと温和な笑みを見せるサレス。

「それ、毒が入ってますよ?」

「そうか。だが……私は毒ぐらいでは死なないぞ?
ちょっとや、そっとの毒では、背負った業が深すぎて死ねないのだよ」

「ははっ―――」
「フフッ」

浩二とサレスは、お互いの顔を見合わせニヤリと笑いあう。
儀式的な、初対面の会話はこれで終了した。
お互いに計りあうような会話はもう不要だろう。

「食えないヤツだな。反永遠神剣のマスター」
「それはお互い様だろ。怪しげな組織の団長」
「昼間のアレはわざとか?」
「さぁな」

お互いに姿勢を崩して話す。
浩二はソファーに両手をかけてもたれかかり、サレスは長椅子に座ったまま脚を組む。

「どちらにしろ良いものを見せて貰った。
あのニーヤァが吼えヅラをかく姿は、中々に愉快な見世物だったぞ」

「やっぱり、アンタもムカついてたのか? アレに」

「腹を立ててないワケがないだろう?
無能で無知。それでいてプライドだけは人の三倍。
アレが曲がりなりにも街の代表をやっていられるのは、ナーヤが居るからだ」

「ハハッ。いいのかい? そんなにぶっちゃけてしまって」

「構わんよ。人間である私は、種族差別の激しいニーヤァにはもう嫌われている。
それに、この事が外に漏れたところで、どうとでも言い繕う事はできるからな」

口元を押さえながら、ククッと笑うサレス。
先程までの温和な笑みなどとは真逆の嘲笑だ。

浩二は、どちらが彼の本性なのだろうと一瞬考えたが、すぐにその考えは辞める事にした。
たぶん、どちらも本当のサレスである。
自分が人によって態度を変えているように、彼も話す相手が望む自分を演じているのだろう。

「……それで、本題は何なんだ?
一応見当はついているんだが、アンタの口から聞きたい」

「わかった。それでは言おう―――斉藤浩二。
キミには、我々の同士になってもらいたい」

「それは……世刻や永峰……それに、カティマさんやルプトナを含めてか?」
「いや、彼等は必要無い。キミだけを誘っているのだ」
「ほう。一番弱い俺だけを……か?」
「そうだ」
「……何故?」
「それは、言わずとも解るだろう?」


―――反永遠神剣。


運命や神と言う『絶対』の力に押し潰されて死んでいった人々の、
想いや願いから生まれた『この世の全ての不条理』を否定するヒトのツルギ。
それは、神の剣・永遠神剣の起こす奇跡を霧散させる力を持つ。

「てゆーか、聞いていいか?」
「何だ?」
「アンタ。俺の神剣の事……どれだけ知ってるんだ?」

それは、一番の疑問であった。
全ての日常が変わったあの夜が訪れるまで、マスターの浩二でさえ知らなかった『最弱』の力を、
サレスは最初から知っているかのように話している。

「知ったのはつい最近だよ。
始めは、キミが神剣のマスターである事さえ知らなかったのだからな」

「じゃあ、何で―――」
「簡単な事だ。調べたのだよ」

そう言って、サレスは隣に一本の枝を出現させる。

「これは、私の永遠神剣『慧眼』の神獣の一部……名は『賢明なる巨人』と言う。
彼の力を借りて『慧眼』に記された世界の記録からキミの神剣を検索した」

「はぁ? 世界記録だって! それってアカシックレコードってヤツ!?」

「ああ。そう思ってもらってかまわない。
私の『慧眼』には世界の誕生から終焉までの歴史が記されている」

「ちょ、おま―――それってチート過ぎない!?」

過去から現在。未来に至るまでの歴史を知っているなんて、それはあまりにも強力過ぎる能力だ。
次元移動できる希美の『ものべー』でさえ、その能力と比べたら可愛いモノである。
そう考えたところで、浩二はハッと気がついた。

「なら、アンタ……俺がどう答えるかなんて、もう知ってるんじゃねーの?」
「フム。よく頭が回るじゃないか……」

「よし、歴史を知ってると言うなら答えてみろ。
俺が、この後にどんなリアクションを考えているか―――」

浩二はこの時『ケツだけ星人ブリブリー』をやってやろうと思った。
もしも、これを当てたらサレスは本当に未来を知っていると言う事になる。

だが―――

「解らないな」

サレスはあっさりと、それは解らないと降参した。

「やっぱり嘘か! そりゃそうだろう」

「……流石に、人の意思までは探れんよ。
厳密には記されているのかもしれんが、膨大な情報量の中からそれを探し当てるのは不可能に近い。
だが、キミの神剣はあまりにも特徴があるのでな。調べることがきたのだよ」

世界に唯一つの反永遠神剣。
確かに、それなら検索にも引っかかるだろう。

「……なるほど」

浩二はホッと息を吐く。

『最弱』の力が知られてしまったのは問題と言えば問題だが、
この世に『全てを知る者』なんて言う存在がいる事と比べたら何と言う事も無い。
そんなのが居たら、何をしても動きを全て読まれると言う事なのだから……

「それじゃあ、さっきの話に戻るけど……断らせてもらうよ。
旅団の活動についてはヤツィータさんから聞いたけど、俺には関係の無い話だ。
『光をもたらすもの』が俺達の世界に攻めて来たと言うなら、話は別だが……
見た事も、聞いた事もない世界まで護ってやる義理は何処にもないからな」

「ほう、あっさりと言い切ったな。
おまえは、無辜の民が何人死のうが構わないと?」

「俺は……自分自身と―――
好きだと思える人間が幸せならば、それでいい」

浩二は、ハッキリとそう言い切った。
たとえ、世界の全てを救う力があったとしても、その考えは変わらないだろう。
自分は"何処かの誰かの為"などと曖昧なモノの為には戦わない。

護るべきは友人、恋人、仲間―――

それはすなわち、斉藤浩二にとっての世界。
その世界に住む者達だけが、幸せであればいいのだ。



「力があるのにと、罵ってくれて構わない。失望するならすればいい……
けど俺は、見ず知らずの誰かと、親しい者を同一になんて見られない。


―――俺は、人間なんだよっ!


贔屓もする。差別もする……
みんなを平等に護るヒーローなんかじゃないんだ!」










[2521] THE FOOL 24話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:6a29eb26
Date: 2008/03/11 07:13








「……よう」
「お、もしかして待たせたか?」



浩二がサレスの私室から退出し、待ち合わせの場所に戻ると、
そこには望が先に戻っており、浩二の帰りを待っていた。

「いや、待ったと言っても10分くらいだよ」
「そっか、ならよかった……んじゃ、帰ろうぜ?」
「ああ……」

浩二が促すと、望は微かに頷いてついてくる。

「どうした世刻。何か元気がないように見えるが……」
「ちょっとな……それよりも斉藤。サレスの話はどんなのだったんだ?」
「大した事じゃねーよ。仲間になってくれなんて世迷い事を言われただけだ」
「―――え?」

望の動きがピタリと止まる。そして、随分と驚いた表情で浩二の顔を見た。

「何で……」
「ん? どうした世刻?」

突然立ち止まった望に、浩二は怪訝な顔をする。見ると、望は下を向いて震えていた。
俯いて震えている望を心配した浩二が手を伸ばすと、望は乱暴にその手を払う。

「おいおい。どうしたんだって?」
「っ!」
「いてっ! テメ、何する―――」
「何でだ! 何で斉藤には一緒に戦ってくれと言うのに、俺には戦うなって言うんだ!」
「……は?」

「……もうすぐ、この世界には『光をもたらすもの』が攻めて来る……
精霊の世界で生産したミニオンを、全部投入するぐらいの大攻勢だ。
そうなれば、この街は戦場だ。傷つく人も出る。戦力は多いほうがいい筈なのに……
何で、斉藤は仲間に誘って、俺の力は要らないなんて言うんだよ!」

望の目は、悔しさと劣等感に打ちひしがれていた。
ナーヤに呼び出された望は『光をもたらすもの』がここに攻めて来ると言う事を教えられる。
正義感の強い望は、その話を聞くと、当然のように自分も防衛に参加すると言ったのだ。

そんな望の言葉にナーヤは首を横に振ると―――

これは自分達の世界の問題であり、望が関与する事ではない。
自分が今日呼んだのは、この街の誇るスーパーコンピューターを見せ、
『光をもたらすもの』が攻めてくるよりも早く、
コレで元の世界への座標の割り出すから安心せよと教える為に呼んだのだとナーヤは言った。

それに対して、望はこの世界の人たちが戦火に巻き込まれるのを見過ごせないと反論する。
すると、ナーヤは溜息を吐きながらこう言ったのだ。

(そう言ってくれるのはありがたいが、のぞむには護るべき仲間がおろう。
のぞむが戦うという事は、あの物部学園の生徒達も戦火に巻き込むと言う事じゃ)

(なら、みんなを元の世界に送り届けた後に、俺だけこの世界に戻ってくる!)

(……それは無理じゃ。ものべーがどれだけ急ごうとも、
望の世界と、こちらの世界を往復する時間よりも『光をもたらすもの』が攻めて来る方が早い)

(―――くっ、目の前には、大変な目にあうと解ってる人たちがいる……
解っているのに、俺は何もできないのか……力は、あるのに……
戦う事のできる力が、俺にはあるのに……戦えないのか……)

望がそう言うと、ナーヤの目つきが鋭くなった。

(……のぞむ……戦う事と、戦わねばならぬ事は違う……
我等にとっては『光をもたらすもの』は戦わねばならぬ相手だが、そなたにとっては違うだろう。
一番大事なものを省みず、何でもかんでも首を突っ込もうとするではない!
身の程を知れ! そなたに、それだけの力など無い!)

(……っ……違う、俺は…………)

違うと言ったところで、その後に続ける言葉を望は持たなかった。
その後、望は打ちひしがれたように肩を落とし、この場所まで歩いてきたのである。



「……なるほど、な」



望が突然取り乱した事情を聞いた浩二は、顎に手を当てて頷く。
往来で騒ぎを起こすのはまずいだろうと、場所は街中にある公園へと移していた。
今は、二人でテーブル付の椅子に腰を下ろしながら向かい合って座っているのである。

「でも、それ……ナーヤが言ってることの方が正しいと思うぜ?」

「それは、俺も解ってる……けど、悔しいんだ!
目の前の人が不幸になるのが解ってるのに、
何もできずに指を咥えている事しかできないのが!」

顔を歪めて言う望を見ながら、浩二は望がどうして仲間に誘われなかったのか解った気がした。
困った人が居たら、迷わず助ける事を選ぶ望は、
人としては正しいだろうが、組織の人間としては致命的である。
一人を救うために、十人の命を危険に晒しかねないのだ。

「なぁ、世刻よ……オマエの気持ちも解らんではないが、
やっぱりココはナーヤの言うとおりにするべきだろう。
俺達の護るべきモノは、物部学園のみんなだ……そうだろ?」

「でも―――」

「割り切れよ。それに、考えても見ろよ。元々、俺達はイレギュラーなんだ。
加わったら戦力増加で嬉しいかもしれないが、それは振って沸いた幸運に過ぎない。
俺達が戦わないと言ったところで、元々の戦力で戦うだけだろうが。
『旅団』の戦力を割いている訳じゃねーんだから、気に病む事はねーよ」

浩二は、すでに沙月とはこの世界で別れるものだと割り切っている。
カティマとルプトナが物部学園に加わった理由は『光をもたらすもの』の殲滅であるので、
彼女達とも、恐らくここでお別れだろう。

そうなれば、今まで学園を防衛してくれていた人工精霊達も取り上げられる。
だが、それで構わないと浩二は思う。自分達は『光をもたらすもの』との戦いに巻き込まれた
被害者だと喚き立てれば、今までの付き合いからして人工精霊を2~3体ぐらいは、
こちらに回して貰えるかもしれないが、それをやるつもりは無い。
その権利を使わない事が、自分達が今まで世話になった『旅団』にしてやれる最大限の譲歩なのだ。

「沙月先輩の抜けた穴は俺が埋める。
あれから俺も、ミニオンぐらいは倒せるようになった。
戦力に数えてくれて構わない。だから、安心しろ世刻……」

物部学園から、リーダーである沙月が抜けるのはキツイが、
絶対に帰れるという目処さえ立っていれば、その間のリーダーぐらい自分でもできるだろう。

『最弱』の言葉を信じるならば―――

当初は沙月や望、希美とは違って物部学園の運営には関係ないと思っていた自分だが、
そう思っていたのは自分だけで、自分も副リーダー的な扱いとして必要なピースだったらしい。
ならば、座標を特定して帰るまでの間ぐらいは沙月の代わりだってやれる。

「だから、な……ここは大人しく帰ろうぜ……」

望の肩をポンポンと叩く浩二。
しかし、望は暗い表情で俯くだけで、何も答えなかった。

「……ま、気持ちの整理も必要か……」

椅子に座ったままで、俯いている望に、気持ちの整理をつける時間くらいはやろうと思う浩二。
帰りは少々遅くなりそうだが、幸い事に飲み物も食べ物も持っている。持久戦の準備は十分だ。
浩二は、魔法瓶からレモネードもどきをコップに注いで、望の前に置いてやる。


「こういう時は、本当なら酒がいいんだろうけどな……」


自分の分もコップに注いで、浩二はレモネードもどきに口をつける。
それから、椅子に背をもたれかけると顔を上げ、夜空を眺めるのだった。







************





「………はぁ」



魔法の世界に来てから3日目。
ナーヤに呼び出され、戦うことはないから帰れと言われてから、望は鬱々とした日を過ごしていた。

「まだ悩んでおるのか? ノゾム」
「……ああ」

自分と同じ境遇である浩二は、近いうちに訪れるだろうこの世界での戦いには、
参戦すべきではないと考えているようだが、自分はやはりその考えには賛同できず、
かといって物部学園のみんなこそ優先するべきという意見に反対する事もできなかった。

「お、ここに居たのか。世刻」
「斉藤?」

屋上のフェンスにもたれ掛り、ぼうっと空を見上げていると、扉を開けて浩二が顔を覗かせる。

「今、サレスがここに来ている。何でも俺とオマエに話しがあるそうだ」
「……ん、わかった。行く……」

面倒くさそうに言う浩二の言葉に望は頷くと、
頭の上に座っていたレーメを胸ポケットに導いて、階段を下りる。
そして、校長室の扉の前までやってくると、前を歩いていた浩二がその扉をノックした。

「どうぞ」

中から男性の声が聞こえて入室を許可されると、浩二は扉を開ける。
望も、その後ろに続いて校長室へと入った。

「呼び出してすまなかったな。二人とも」
「別に。どーせ暇してたからいいよ」

ミステリアスな雰囲気を醸し出す『旅団』の団長を前にしても、
雰囲気にまったく飲まれない浩二は凄いと思う。
始めはミニオンの一人も倒せずに、自分に助けを求めていた彼が、
今では随分と頼もしく見えるようになったものだ。
考えてみれば、この旅の中で一番成長したのは彼なのかもしれないと望は思う。

「さて、今日二人を呼んだのは他でもない。
キミ達の世界に戻る座標が特定できた。それを伝えようと思ってな」

「そうか!」

サレスの言葉に浩二が目を輝かせる。
しかし、望は素直に喜べない自分が居るのを感じていた。

「どうした。世刻望……おまえは喜ばないのか?」
「え?」

一人だけ無反応だった望に、サレスは目を向けている。
浩二も振り返って望の顔を見ていた。

「フッ……今、オマエが考えている事を当ててやろう。
俺は、本当にこのまま帰ってしまっていいのか―――だろう?」

「―――っ、何で!」

「おまえが、ここに残って『光をもたらすもの』と戦いたいと思っているという旨は、
ナーヤから報告を受けている。だが、私の考えもナーヤと同じだ……
……我々『旅団』に、オマエの力など不要だ。帰れ」

「くっ!」

この街の代表であるナーヤにも不要だと言われ、
また『旅団』のトップであるサレスにも不要だと言われた望は、
悔しさと悲しさ、情けなさに顔を歪める。

「世刻……」

浩二は、そんな望の様子を複雑な表情で見つめていた。

「何で……だっ……」
「……うん?」

「……俺の力が要らないと言うのなら、何で斉藤には助力を請う!
……俺は、斉藤よりも強い! 斉藤の『最弱』なんかよりも、
俺と『黎明』の方が明らかに戦闘能力は上だ! なのに―――」

「ノゾム!?」

思わず口から出てしまった望の言葉に、
胸ポケットでやりとりを見守っていたレーメが、慌てたように彼の名前を呼ぶ。

それは、普段の望ならば、絶対に口に出さないような言葉であった。
人を貶めて、自分の方が上であると誇示するような事など、
己がマスターである世刻望が言うなんてと驚いたのだ。

言い換えるなら、それは望が精神的に追い詰められているとも言える。
浩二は『旅団』から必要とされているのに、自分はナーヤに否定され、サレスにも否定された事により、
今の望は、力を誇示して存在を主張しなければならない程に、自分の存在意義を護るのに必死だったのだ。

「……フン」

サレスは、自分との話しを望に教えたのかと言わんばかりに浩二の顔を見ると、すぐに望へと視線を戻す。

「斉藤浩二よりも、自分の方が強い―――か。
……私には、まったくそのように見えんがな……」

「何だとっ!」
「ノゾム!」

サレスの冷たい口調に、思わず飛び掛りそうになるが、レーメがそれを叫んで止める。

「確かに、暴力だけを力と言うのなら、斉藤浩二よりもおまえの方が確実に上だろう。
だが、私はオマエと斉藤浩二のどちらかを敵にしなければならないと言われたら、
迷わずオマエの方を選ぶ。オマエの方が明らかに弱いからだ」

「…………」

浩二は、黙ってサレスをじっと見つめている。

「状況に流されるだけのオマエと違って、斉藤浩二には信念がある。
仲間を護る。無事に帰る。日常を取り戻す―――その三つを、彼は常に心がけている。
ヤツィータやタリアの報告から聞いているが……浩二。
おまえは我等『旅団』のメンバーとは、深く関わらないように線を引いていただろう?」

「……ああ」
「それは何の為だ?」

「深く係わり合い過ぎて、アンタ達に情が移ると……
いざと言う時に、物部学園のみんなよりも、アンタ達を選んでしまうかもしれないからだ」

「―――なっ!」

望は愕然とした顔で浩二を見た。
今まで自分は、そんな事など気にもとめず『旅団』のメンバー達と気楽に接していたからだ。

「世刻望。おまえだって、始めはそう考えていた筈だろう。
仲間を護る。無事に帰る。日常を取り戻す―――それだけを信念にしていた筈だ。
だが貴様は、流れ行く日々の中で、大前提であるその三つの信念を薄れさせていき、
戦いの中で磨かれていく力を過信する余り……
今では、最初に誓った仲間の安全を護るという信念よりも、
みんなを護るという戯けた妄想に取り付かれている」

「……おい」

「皆を護る。その考えが、確固たる信念の元に誓った想いなら、私は何も言わない。
だが、おまえのその想いは、状況に流されるままに、何となく思うようになった程度の拙いものだろう」

「……おい、テメー」

「前世からの運命に巻き込まれ、状況に流されるだけのおまえなど、
信念に基づいて行動する『旅団』の力になどならん。
そんな者は、これから始まるだろう戦いには邪魔なだけ。だから……」

「いい加減にしろ! このクソ眼鏡っ!」

言葉と言う名の、冷たいナイフを容赦なく望に遠慮なく突き立てるサレスに、
我慢のできなくなった浩二が掴みかかった。

「―――むぐっ」

机を蹴飛ばし、サレスの胸倉を掴み上げて、怒りの視線を叩き込む。

「テメーに世刻の何が解る! 知った風な口を利くな!
こいつはなぁ……世刻はこのままでいいんだよ!
甘い? 信念がない? それがどうした! うるせぇんだよ! テメーはっ!」

拳を振り上げてサレスの頬を殴りとばす浩二。
フルスイングで殴られたサレスは、壁に激突して倒れこんだ。

「俺が……精霊の世界でベルバルザードと戦った時……
ヤツの姦計で、皆は俺を裏切り者だと疑った。けど、世刻と永峰だけは俺を信じてくれたんだ!
これが、どれだけ嬉しかったか……どれだけ俺の心を救ってくれたか解るか!

冷徹に、冷静に、客観的にしか物事を見ないテメェや俺から見たら、
何の根拠も無く、仲間が裏切る訳が無いと思ってる世刻は馬鹿に見えるだろうさ。
けど、コイツはこれでいいんだよ! 仲間を絶対に見捨てない。
全面的に信頼してくれる世刻だからこそ、カティマさんやルプトナはついて行く事を選んだんだ!」

声の限りに叫んだ浩二は、はぁはぁと肩で息を吐く。

「行くぞ。世刻! こんなクソヤロウと話す事は何も無い!
戦争だろうと何だろうと、テメーらで好き勝手にやってろ!」

「……え、な……おい。斉藤!」

今まで俯いていた望だが、怒りの表情で腕を引いてくる浩二に、
目をぱちくりとさせながら間の抜けた声を出す。


「あっかんべーっ、だ!」


最後に、扉を閉めて出て行く瞬間に、
壁に背を預けたままのサレスにレーメが舌をだすのだった。






*************





「………ククッ」



浩二と望が部屋から出て行くと、
サレスは殴られた拍子にずれてしまった眼鏡を戻しながら、小さく笑みを浮かべていた。

「あらら。酷い顔ねーサレス。色男が台無しじゃない」

入れ替わるように校長室へとやってきたヤツィータが、校長室の惨状を見て苦笑を浮かべる。
隣の部屋で中のやり取りは聞いていたが、改めてみると凄い状況だった。
蹴っ飛ばされて引っくり返っている机に、壁に背を持たれかけさせて座りこんでいるサレス。
机の上に乗っていた花瓶は割れており、造花が一面にぶちまけられていた。

「ヤツィータか……」
「ほら、顔を貸しなさい。見てあげるから」
「その必要は無い」

サレスは短く詠唱をすると、回復の魔法で頬の腫れを元に戻す。
ヤツィータは、そんなサレスに、可愛くないわねーと呆れていた。

「それで? 何処までが計算どうりにいったの?」
「何の話だ」

「とぼけないで。さっきの事よ。浩二くんと望くんを呼び出した辺りから、
殴られて出て行かれるまでの事全部。貴方の事だから、殴られた事も含めて計算どうりなんでしょ?」

「まぁな」

そう言ってサレスは立ち上がる。
それから、面倒くさそうに酷い状況になっている校長室を片付け始めた。

「説明……してくれる?」

ヤツィータも、ぶちまけられた造花を拾いながらサレスに鋭い視線を向ける。
サレスは、机を元の位置に戻してソファーに座った。

「あの男……反永遠神剣のマスター斉藤浩二を『旅団』に引き込む為だ」
「……今のって、逆効果なんじゃないの?」
「まぁ、話は最後まで聞け……」

そう言って、サレスは話し始める。
先程の意図を、どうしてあのような状況こそが浩二を旅団に引き込む事になるのかを。

「座標の特定が出来たことを伝えるだけならば、
世刻望と斉藤浩二の二人を同時に呼び出す必要はあるまい」

「それは、そうね……」

「先日の会見で、私は斉藤浩二なる人間を観察したが……
アレは、大儀や思想で動く人間ではないと確信した。彼を動かす原動力は情だ」

好きだと思える人間が幸せならば、他はどうだろうと知った事ではないと言い放った浩二。
彼は望と違って、仲間の為ならば他を切り捨てられる非情さと冷静さを持ってはいるが、
仲間の事になると、普段の冷静な思考はなりを潜めて感情的になる。

精霊の世界でベルバルザードと戦った時もそうであった。
仲間に裏切り者と疑われてしまうと、普段の思慮深さは吹き飛んでしまい、無理な突撃を繰り返した。
あの時は『最弱』の言葉で我を取り戻したが、それは彼の弱点を暴露する結果になった。

サレスはそこを突いたのである。

目の前で仲間である望をこき下ろせば、彼は感情的になって望を護ろうとする。
それこそがサレスの狙い。世刻望は、その性格と前世からの因縁ゆえに、
必ずこの後の戦いには参加する事になるとサレスは確信している。

そんな望に浩二が心情を傾ければ、彼も望に引っ張られる形でついてくる。
そう思ってサレスは、あえて憎まれるような言葉で望を晒し、浩二が望の味方をするように誘導したのだ。

「はぁ……」

それをヤツィータに話すと、彼女は大きく溜息を吐いた。

「少年の純粋な想いさえも利用する……か。
そこまでしても欲しいの、彼を―――浩二くんを……」

「永遠神剣の奇跡を全て打ち消す、反永遠神剣……
それの有用性が解らぬオマエでは無いだろう? ヤツィータ」

「それは……そうだけど……」

魔法の効果を打ち消す、神獣を消す。
それに、永遠神剣の奇跡を全て消すのが本当ならば、彼はどんな結界さえも消してしまえると言う事だ。
そうなれば『旅団』にとって、攻められない場所は何処にも無いという事になる。
始めに彼等が訪れた『剣の世界』だって、浩二が『最弱』の力を始めから知っていれば、
苦労してダラバを倒さずとも、結界を打ち破って脱出する事もできたのだ。

「我等には、形振り構っている余裕など無い。
全てが終わった後に、彼が私を八つ裂きにすると言うのなら甘んじて受け入れよう。
自ら死んで詫びろと言うのなら、この首を切り落としてみせよう。
だが、それは全てが終わった後だ。忌まわしい前世からの宿業に終止符を討ってからだ。
その為ならば、私は何であろうと利用するし、欺きもする」

「……サレス……」

そう呟く彼の瞳に、あるかなきか程度のものではあったが、
悲しみの色が見えたのでヤツィータは何も言えなくなる。

好きでやっている訳ではないのだ。
神を名乗る相手と戦ってゆくには、自分の全てを犠牲にするだけでは足りない。
欺き、純粋なる想いを踏みにじって利用してでも、勝てる確率は圧倒的に低いのだ。


「反永遠神剣……そして、そのマスターである斉藤浩二くん……」


どうして彼は、世刻望という少年と同じ世界、同じ場所に生まれたのだろう。
この時間樹の中に存在する永遠神剣のマスターには、全てオリハルコンネームと言う名の楔がある。
それは、運命とも呼べる抗えぬ宿業を強制的に植えつける強力な楔。

―――だが、斉藤浩二という少年にはそれが無い。

たとえ、外の世界からやってきた来訪者であろうとも刻まれる強力な楔が、
彼にはまったく刻まれていないのである。
それはすなわち、神の意思さえも彼には及ばないと言う事だ。

「前世という背景も無く、オリハルコンネームという制約も受けない……
運命を否定する少年と、絶対を否定する神剣―――
彼って、一体何なの……何で、私達の前に現れたの……」

「さてな。ただ、マレビトは来たりと言う事だ……
神名を持たぬ故に、破壊神ジルオルの浄戒の力を受け付けぬ、正真正銘のイレギュラー。
それどころか、反永遠神剣と言う名の絶対を否定する神剣まで持つ少年。

今はまだ、魔法を打ち消し、神獣にダメージを与える能力の永遠神剣のマスターとしか思われていないが、
彼の特異性と、反永遠神剣の本来の力を知ったならば……
『光をもたらすもの』は、目の色を変えて手中に収めようとするだろう」

何故なら、彼の力こそが『光をもたらすもの』の長である欲望の神エトル・ガバナと、
伝承の神エデガ・エンプルが欲して止まなかった力であるからだ。

「たとえ、どんな風に思われてでも……護らないとね……彼」
「彼が、この旅団の誰でもいいから好きになってくれたら楽なのだがな……」
「それは、彼自身を制御するのは不可能でも、彼が好きになった娘ならば動かせるから?」
「有り体に言えばそうだ」
「それもまた、難しい話ね……」

サレスの言葉に、しみじみと呟いたヤツィータは、窓から空の雲を眺める。

「だって、彼―――私が見たところ、一番信頼してるのは自らの神剣で、
その次は随分と離れて望くんと希美ちゃんだもの。
それで、その次にやっと旅団のメンバーである沙月」

「……フム」

「ここから沙月の高感度を一番に持っていくよりも、
浩二くん好みの新キャラが登場する事を願った方が確率高いわ」

「新キャラって……おまえな」

ゲームじゃ無いんだぞとサレスが言いかけるよりも早く、
ニヤリと笑ったヤツィータがじりじりとにじり寄って来る。

「と、言う訳で……サレス。貴方がその新キャラになってみない?」
「ば、馬鹿を言うな! 何を考えているんだオマエは!」
「いえ、サレスなら大丈夫。イケルわ」
「な、何がイケルんだ!」
「じょ・そ・う」

「―――っ!」

身を翻して部屋から出ようと走るサレス。
しかし、ヤツィータに回り込まれた。大魔王と綺麗なオネーサンからは逃げられない。
それは、世界の絶対法則。

「さぁ、もう観念しなさい……大丈夫。
腕によりをかけてメイクしてあげるから……」

「な、何が大丈夫なんだ。離せ! ヤツィータ!
おまえ、絶対に楽しんでいるだろう!
新キャラうんぬんよりも、個人的な楽しみでやろうとしてるだろう! そうだろう!」

じりじりと後ずさるサレス。
しかし、ここは狭い校長室の中である。すぐに背中が壁にドンと当たった。





「くう……くっ。ハァー、ハァー、ハァ――――
わ、私は何をされるんだ!? ヤ、ヤツィータ……おまえは、な……何を考えている!?
私は! 私はッ! 私の傍に近づくなーーーーーーっ!」











[2521] THE FOOL 25話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:6a29eb26
Date: 2008/03/14 06:52







「やっぱり、このヒロインは外せないだろ?」
『いや……キャラは、確かにこれ以上無い程に立ってまんねんけど……』

「けどもクソも無い。過去から現在に至るまで……
漫画、アニメ、ゲーム、小説という媒体から、幾百千のヒロインが世に出て幾百星霜!
だが……しかし、俺の考えた『彼女』を越えるヒロインなど存在しない!」

『そ、そうでっか……』
「そうだっ!」

図書室の一角。斉藤浩二は脇に置いた『最弱』と議論しながら、
ガリガリと鉛筆を動かし、大学ノートに次々と文章を書いていた。

「うおおおっ! 考えるよりも早く鉛筆が走る!
次々と湧き出る泉のようにアイデアが押し寄せてくるぜあーーーーっ!
俺の天職は、もしかしたら作家か、脚本家なのかもしれなぃーーーーーーーッ!!!」

テンションが大変な事になってる浩二に、
物部学園の生徒達は、完全に不審者を見る目つきで、ヒソヒソと話ながら指差している。
しかし、ギアがMAXの浩二の目と耳には、そんな視線も声もまったく入らないのであった。





『……誰やねん。学園祭の出し物でやる演劇のシナリオを、
このアホウにやらせると決めた大馬鹿ヤローは……』






***************





「信助ッ! 信助はおるかーっ!」



バシィーン! と教室の扉を開けて叫ぶ浩二。

「そ、そこに……」

突然の騒がしい乱入に、昼食を食べていた美里は、思わず目を点にしながら、
隅の方でクラスメイト達と昼食を食べていた、大馬鹿ヤローこと森信助を指差す。

「ど、どうしたんだ浩二……そんな怖い顔で……」
「出来たッ!」
「は?」

目を血走らせながら、出来たと言って大学ノートを差し出してくる浩二に、
何が何だかよく解らないが、とりあえずノートを受け取る信助。

「台本」

浩二はそう言って、信助が手にしていたパンを奪い取ると、ムシャムシャとそれを食べる。
徹夜で夢中になって演劇の台本を書いていたので、
腹が先ほどから悲鳴をあげている事に、今まで気がつかなかったのだ。

「……ああ。俺が昨日頼んだヤツか……てゆーか、仕事早いな……」
「書き出したら止まらなくなった。もしかして俺は、作家に向いているのかもしれん」
「そ、そうか……」

根拠は何も無いのに、とにかく凄い自身だ。
信助は思わず身構えるような心境になって、浩二に渡された大学ノートをパラリとめくる。
話を聞いていた美里や、数人にクラスメイトも横からそれを覗き見た。



――― 物部学園・学園祭 演劇のプロット ―――


タイトル『空とぶ女子高生』


出演 ・主人公         世刻望
   ・ヒロイン        永峰希美
   ・ナレーション      獅子が大好きな森本
   ・主人公の友人A     森信助
   ・主人公の友人B     阿川美里
   ・地獄の帝王エスヌーク  江酢卓夫
   ・キング・KAZU    ブラジル留学した事のある三浦
  etc....



「……ちょっとまて」
「何だ?」

一ページ目のタイトルと配役を見ただけで、信助は頭がクラクラとした。
ツッコミどころ満載どころか、ツッコム所しか無い。

「何で女子高生が空を飛ぶんだよ!」
「ストーリーを見れば解るッ!」

「……オーケー。それは、まぁいい……
……けど、ナレーションが……獅子が大好きな森本って……」

「だって森本はレオだろう」

浩二がそう言って、教室の窓からグランドを見下ろすと、
勝手にレオにされたクラスメイトの森本君は、無邪気に友人達とバスケットに興じている。

「………オーケー。それも、百歩譲って解った……けど……
一番のツッコミどころは、このエスヌークって何だよ!
それに、キング・カズが何で出てくるんだ!」

「バカヤロウ! ちゃんと地獄の帝王って書いてあるだろうが!
それにそいつはカズって読むんじゃねぇ! キング・ケーエーゼットユーだ!」

「いや、けど……この衣装デザインなんか、そのまんまエスタ―――」
「アックスボンバー!」
「―――あくっ!」

言葉をアックスボンバーで止められた信助は、悲鳴を上げて吹っ飛ばされる。
流石に神剣の強化はかけてないが、それでも戦いによって鍛えられた浩二の腕力は中々のモノである。
信助はロッカーに激突した。

「いてて……何をするんだよ!」
「俺は、おまえが、パクリと言うのをやめるまで! 殴るのを! 止めないッ!」

「……はぁ……オーケー。わかった、わかった……
これは、おまえのオリジナルだ……ったく、このキャストでどんな物語ができるんだよ……」

これ以上論議を続けても埒があかないと思った信助は、
いててと頭をさすりながら元の位置に戻った。
そして、落としてしまった大学ノートに再び手を伸ばした瞬間―――




『あーあーあー……オホン。今から、臨時の全校集会を始めます。
生徒の皆さんは、速やかに体育館にお集まりください』




機械音の後に、校内のスピーカーから早苗の呼びかけが入り、
教室の全員が何事だと顔を見合わせる。

「臨時の全校集会?」
「いったい何?」

教室の中だけではなく、学園中がざわざわと喧騒に包まれる。
信助はノートを机に置くと、続きは戻ってきてからにしようぜと周りの皆を見渡した。

「よーし、みんなー! ここで議論をしても始まらないから、
とりあえず体育館に向かおー!」

信助の声に、今まで騒いでいたクラスメイト達は、そうだなと頷き合う。
沙月には及ばないものの、信助も中々の統率力の高さだ。
浩二はそんな事を思いながら、クラスメイトの一人に背中を押されて教室を後にするのだった。


「………何……コレ? のぞみんが読んだら……
……浩二君……ただじゃ済まないと思う……」


そう呟いたのは阿川美里。信助が置いたノートを手に取り、
パラパラとページをめくって内容を読むと、それがトンデモナイ内容だったからだ。
教室から皆が出て行った事を確認すると―――

「とりゃ!」

美里は振りかぶって大学ノートを窓から投げ捨てる。
全力で投げたノートは、学園の敷地内を越え、
ものべーの外から魔法の世界のドッグの中に落ちていった。



「……これでよし。てゆーか、ヒロインの女の子がオナラの力で空を飛ぶって何よ……
しかも最後のオチが、ヒロインのオナラに主人公がライターで火を灯して大爆発。
世界は崩壊したって……もう何が何やら……」



けれどこの「アヒャー! 私のオナラで星をブッ飛ばしてやんよーッ!」
と迫真の演技で叫ぶ、のぞみんはちょっと見たかったかなと、
美里はクスクス笑いながら教室を後にするのだった……







***********





冒頭より前日の夜。世刻望は生徒会室の前に立っていた。
中にいるだろう沙月の姿を思い浮かべると、望は自らを鼓舞するようにグッと拳を握る。

「言うだけ……言ってみよう!」

そう言って、握った拳をゆっくりと扉に近づけていく。

「やるだけやって見て、それでもダメだったなら諦めもつく。
その時は、希美と斉藤と一緒に……この世界の事は忘れて、元の世界に帰ろう……」

決意を固めた望は、夕方の出来事を思い出していた。
先日。校長室でサレスとの会見を終え、浩二と別れた後―――
あても無く校舎の中を彷徨い歩き、
カティマとルプトナに出会うと、話を聞いてもらった時の事を……

戦うと、戦わねばならぬの違いについて悩んでいる事。
皆を護りたいと想う気持ちは傲慢であると言われた事。
信念を持たぬ自分は、浩二よりも弱いと言われた事。
望は、全てをカティマとルプトナに話した。

(……なるほど、だから望は浮かない顔をしていたのですね……)
(……ああ……)
(けれど、望……私と、私の世界は……望の言う所の『傲慢』で救われたんですよ?)
(……え?)

(うん……ボクの世界もそう。望の『傲慢』があったからこそ、
『光をもたらすもの』から精霊回廊を取り戻す事ができて……
長年いがみ合ってきた精霊と人間が、和解する事が出来たんだよ?)

(そもそも、その傲慢さは、望一人の意思ではありませんよね?
始めに戦おうと思ったのは望だとしても、それに続いた皆の意思は、強制されたものじゃない。
戦おうとする望の姿が正しいと思ったら……みんなは望と一緒に戦ったんです)

(……ボクも、望や沙月達が正しいと思ったから……ついて行く事にしたんだよ!)

(……傲慢と言う言葉は、独りよがりな者に言うものです。
自分は何が何でも正しいと想い込み、他者にも自分の意思を押し付ける事を傲慢と言うのです。
望は……自分の考える事は絶対に正しい、皆は自分についてくるべきだと思ってますか?)

(そんな訳は無いだろ! 自分が絶対に正しいなんて―――)

(―――フフッ。なら、望は傲慢なんかじゃありません。
それでも納得できないなら……みんなに話してみてはいかがでしょう?
自分の考えている事、思っている事……全て、学園のみんなに聞いてもらって……
否定にしろ、肯定にしろ、みんなの考えている事を聞かせてもらえば、
こうして『自分が想像する皆の意思』という幻に悩まされる事はなくなると思いますよ?)


そう言って微笑んでくれたカティマと、元気づけようしてくれたルプトナの顔を思い出す。

「―――よしっ!」

望は力強く頷いて扉を叩く。すると、中から「はーい」と沙月の声が聞こえた。






「沙月先輩! 世刻です。先輩に頼みたい事があって来ました!」






**************






「……で、こうなった訳か……」
「本当にすまない。帰りたがってる斉藤には悪いと思う……けどっ!」
「けど?」
「……力を……おまえの力を、俺に貸してほしい……」
「……はぁ……」

物部学園の屋上。
そこには、フェンスに背を持たれかけさせた浩二と、力強い瞳で彼を見つめる望の姿があった。

「……世刻……おまえ、さ……
俺に、どれだけ酷な事を言ってるか解ってるか?」

「わかってる……」

「……解ってるのか。そうか……なぁ?
オマエの顔が、豚そっくりになるまで、殴っていい?」

「それで斉藤の気が済むのなら」
「はぁ……っ」

もう一度溜息を吐く浩二。
それから、何となしに空を見上げて、つい先程あった臨時の全校集会を思い出していた。

机を蹴飛ばし、サレスをぶん殴って終わらせたサレスとの会見の後……
世刻望は、状況をぐるりとひっくり返す事をやってきた。

もう、この魔法の世界に用は無い。後は帰るだけだと思って、
元の世界に戻るまでのレクリエーションの一環として、文化祭の準備なんかをしていたら……

望はいきなり臨時の全校集会なんかを立ち上げて、壇上の上に登ると、
皆の前で自分が今思ってる事を説明し始めたのだ。

この魔法の世界が、もうすぐ『光をもたらすもの』との戦いで戦場になると言う事。
罪の無い人達が、戦火に焼かれるのを見過したくは無いと言う事。
『旅団』が敗北すれば『光をもたらすもの』の手が自分達の世界にも及ぶかもしれないと憂いている事。

それらを、沙月のように流暢に喋るのではなく……
何度か言葉に詰まったりしたが、必死に、懸命に、
自分の想いをみんなに伝えようと喋り続ける望。


その結果―――


物部学園は魔法の世界を舞台に繰り広げられるだろう、
『旅団』と『光をもたらすもの』との戦いに参戦する事になったのだった。

望や希美。それに沙月は、永遠神剣のマスターは戦士として、
一般生徒達は、ものべーを使って避難誘導や怪我した人達を介護する衛生班として……


「体育館での演説の後……
オマエは、真っ直ぐに俺の所に来て、頭を下げてきた……
それだけは認めてやる。だから、消えてくれ。一人にしてくれ」

「斉藤……っ!」

「……なぁ、オイ。聞こえなかったのか?
俺は、オマエに、視界から消えてくれと言ったんだよ」


感情を押し殺した声と共に、浩二は望から背を向けた。
望はそんな浩二に何かを言いかけるが、
今は引き下がるべきだとそれを飲み込んで、もう一度だけ頭を下げる。

「……わかった。でも、また来る……おまえに許してもらえるまで……」
「…………」

最後にそう言い残して望は屋上から去っていった。
バタンと屋上の鉄扉が閉じられる音が聞こえると、浩二は本日三度目の溜息を吐く。
彼の神剣『最弱』は、そんなマスターの姿に苦笑をもらした。

『……豚になるまで、殴ってやれば良かったやないですか?』
「永峰やカティマさん達―――世刻軍団を敵に回す事になってもか?」

フッと笑いながら言う浩二。
その言い方に『最弱』は、口では世刻にああ言ったが、
浩二がこの件に関してはあまり怒っていないのに気がついた。

『けど、まぁ……今回は見事にやれれましたなぁ……相棒?』
「まさか、あんな逆転劇をやりやがるとは……こー言うの、なんて言うんだっけ?」
『のぞむー大勝利』

―――グシャッ!

『うげへっ!』
「おまえは時々、メタな発現をするのが珠に傷だ……」

『いてて……いや、今回は冒頭からそんなのばっかやん。
もう、メタありすぎてMETAMAX―――』

「……ライター着火」

『熱いーーーーっ! 熱いぜ! 熱いぜ!
熱くて死ぬゼーーーッ!!!!』

とりあえず、全体の五分の一が灰になった所で、
浩二は『最弱』に力を籠め、燃え移った火を消してやる。
しばらくは焦げた臭いが辺りに漂っていたが、幸いに誰も居ない屋上なので、
やがて臭いは風に吹かれて消えていった。

『……ところで、何の話をしていたんやったっけ?』

「世刻が、俺に何の断りも無く沙月先輩に直訴し、全校集会なんぞを企てて……
物部学園を『旅団』と『光をもたらすもの』との戦いに参戦させた事についてだよ」

『ああ。そうやった、そうやった……けどなぁ、相棒……
言っちゃ何やけど……世刻のヤツは何らやましい事はしてへんで?
今回の騒動は、自分の想いを通す為に、きちんと筋を通しとると思いまんねん』

「……そうだな。独りよがりではなく、きちんと皆に賛否をとり……
その結果として、この流れを作り出したんだからな……」

『フム。その事については異論は無いと?
なら、やっぱり拘ってるのはアレかいな……』

浩二はすでに『旅団』のリーダーであるサレスに、戦いには参戦しないと言い切っている。
しかも、衝動的だったとはいえ、サレスを殴ってもいるのだ。
それなのに、やっぱり自分も戦いますでは面子が立たない。
これではまったくの道化。ピエロである。

「かと言って、一般生徒達までもが衛生兵として戦いに参加するのに……
一応は神剣のマスターである俺が、日和見を決め込むのもなぁ……」

『別にええんとちゃいますか? と言うか、今までの相棒やったら、
ヘソ曲げて、問答無用で参戦拒否してたと思いまんねんけど?』

「そうか?」

首をかしげる浩二に『最弱』は内心で笑う。
彼は、自分では気づいていないのだろうが、随分と世刻望の事を気に入っている。
いや、気に入り始めていると言った方がいいだろう。
だから、サレスにこき下ろされた時は感情的になって怒ったのだ。

『……まぁ、世刻は暁はんの親友やったからな……
暁はんと似た部分もある相棒とは、波長が合うんやろなぁ……』

暁絶と斉藤浩二は、基本的に独りを好む。
だからと言って、人付き合いが悪いと言う訳では無く、
友人の為には色々と世話を焼いてやったりもする。

暁絶が、些細な事で希美と喧嘩してしまった望にたいして、
仲直りのアドバイスをすると共に、彼女の誕生日プレゼント探しに付き合ってやったりするように……

斉藤浩二も、タリアと喧嘩してしまったソルラスカの為に、
『剣の世界』では貴重品であった紙をプレゼントして機嫌をとって来いと、
自らの神剣を切断してソルラスカに渡し、アドバイスをしてやったりしているのだ。

こういう所が、あの二人は似ていると『最弱』は思う。

友人を思い遣る事はするが、自分が定めたラインを越えないように、あまり深入りする事はしない。
広く浅くの付き合いを積極的にする所と、しない所は違うのだが、根の部分は浩二も絶もよく似ていた。
だから、あの二人はウマが合ったのだろう。
それに浩二が、自らの家に招いた事のある友人は、暁絶だけだと言う事を知っている。


『……で、そんな風に浅い付き合いが信条である暁はんなのに……
唯一の例外として、親友というポジションに収まった男が、世刻望―――
根の部分が暁はんとよう似とる相棒が、同じく世刻望に惹かれるのも無理ない話か……』


そう呟く『最弱』も、暁絶の永遠神剣『暁天』の神獣であるナナシと自分が、
非常に良く似た共通点を持っている事に気がついていない。
二人とも自分のマスターに対しては、甘くて過保護であると言う事に……




『……ま、次に謝りに来たら、適当な所で許してやって、
世刻にはでっかい貸し一つと言うところが妥当な所やおまへんか?』




『最弱』がそう言うと、浩二は空を見上げる。




「そうだな……」




風が吹き『最弱』が焦げて出来た灰を空に飛ばしていった―――









[2521] THE FOOL 26話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:6a29eb26
Date: 2008/03/17 07:07








物部学園の総意として、魔法の世界で行われる戦に参戦する事が決まった翌日。
浩二は、再び旅団本部にあるサレスの私室へと訪れていた。

「何も無い部屋だが、まぁ座ってくれ」
「まずは、時間をとってもらった事に感謝します」

「構わんさ。それに、今更敬語も使わなくていい。
オマエがここに来た理由は見当がついているからな。
今後の事だろう? すなわち、この世界での戦いが終わった後の話しだ……」

「ああ」

事ここに到っては、物部学園が戦いに参加する事にとやかく言うつもりはない。
この世界が『光をもたらすもの』に落とされたら、
自分達の世界にも影響が出るという弊害がある以上、戦うという選択にも一理はあるのだから。

もしも、ここで後の事は『旅団』に丸投げし、自分達の世界に無事帰れたとしても、
旅団が光をもたらすものに敗北し、その結果として自分達の世界も弊害で滅びましたでは、
何であの時、自分達は帰ってしまったのだろうと悔いが残る。

物部学園の皆が戦う事に賛同した理由の半分以上はそれが理由であろう。
中には、世界を護るために戦うという甘美な言葉に踊らされて賛同した者達もいるのだろうが、
それはあくまで少数。最初で最後の参戦だからこそ、何とか皆も心に折り合いをつけて納得したのだ。

「まず始めに、物部学園に所属する神剣のマスター……
世刻、永峰、斉藤の三名は、この度の戦に『旅団』側の戦士として参戦する。
それ以外の一般生徒達は、戦いの余波が及ばぬだろう安全な場所で、
戦火に巻かれて逃げてきた人達の救助をする衛生班として、この世界の人達を助けるつもりだ」

「その件については、世刻望より聞いている。
先日とは違う、ハッキリとした意思で、この世界の為に戦うと言った彼の意思を、
我々『旅団』と、この世界の長であるナーヤは受け入れることにした」

頷く浩二。そこまではいい。
今日話しに来た事は、その後の話である。

「この戦いが終わったら、俺達は元の世界に帰る。
もしかしたら、世界を滅ぼす『光をもたらすもの』を完全に潰すまで、
世刻は戦いたいと言うかもしれないけど……殴って、縛り付けてでも一度は元の世界に帰す。
その後で、やはり戦うと言うのなら、それは個人の意思を尊重するべきだから止めはしない」

「フム……」
「それで、今日頼みに来たのは元の世界に戻ってからのフォローだ」

自分達は、あの日の夜から今日に至るまで三ヶ月以上もの月日を過ごしている。
今頃、元の世界では大変な騒ぎになっている事だろう。
なにせ、100人を超える学生が、学校と共に突如として行方不明になっているのだ。
元の世界に無事帰ったとしても、その後、物部学園の学生達は世界中のマスコミの餌食に合うだろう。
浩二が危惧している事をサレスに説明すると、彼はなるほどと呟く。

「俺は、俺達は……アンタ達の世界の為に戦う。
世刻は100%の善意でそう言ったのかもしれないけど……
俺は、それに条件をつけさせて貰いたい。タダ働きじゃモチベーションも上がらない。
戦う事に不満をもっている生徒達を説得する材料も欲しい」

「なるほどな……それで、オマエは『旅団』に何を望む?」

「情報操作。俺達の世界への情報操作だ……
この三ヶ月間。もののべ学園は消える事も無く、
何事もなかったのように日常を続けていたと、情報操作してくれ」

分枝世界の危機を、人知れず救ってきたという組織―――旅団。
『人知れず救ってきた』と言うのなら、旅団にはそれを可能とする情報操作を施す力がある。

浩二はそう確信している。
そうでなければ『光をもたらすもの』に襲われた世界を『人知れず救う』なんてできる訳が無い。
真実はたぶん。救った後に、その事実を隠滅して護ってきたのだろうと思っていた。

「アンタ達には、それができるんだろう?」

「結論から言わせて貰えば、できると答えよう。
まぁ、正確にはこの情報操作は、我々が施すのではなく……
永遠神剣の力で世界の形態が変わる事を嫌い―――
『世界はあるがまま』にのスローガンを掲げるカオスエターナルがする事だがな」

「へぇ……世界はあるがままに、か……」

「我々『旅団』は、そのカオスエターナルに連なる組織と同盟を結んでいる。
それ故に、この件に関しては、わざわざ頼まれなくともするつもりであった」

サレスの言葉にホッと息を吐く浩二。これで一番の懸念事項が消えたからだ。
しかし、そこで浩二はある事にハッと気がついた。

「世界はあるがままに。永遠神剣の起こした事件は人知れず隠滅してくれるのはいい。
けど、その証拠隠滅の対象には、物部学園の生徒達も含まれるのか?」

「当然だろう。彼等だけが『真実』を知っていたら、情報操作した世界との齟齬が生じる。
一人二人くらいなら問題ないかもしれないが、これだけの数の人間が知っているのは拙い」

「そうか……まぁ、そうだろうな……阿川なんか、
今まで訪れた世界や、この旅団本部の建物をデジカメに撮ったりしていたのに、
何のお咎めも無かったから、おかしいとは思っていたんだ……」

「記録媒体に残された異世界の情報は、暗示をかけて自らの手で消してもらう。
それと同時に、物部学園に残った異世界の食料や衣服、生活用具などもココに置いていってもらう。
その変わりに、元の世界に戻るまでの食料やら生活必需品は、我々『旅団』が手に入れた、
おまえ達の世界の製品を提供させてもらう」

「徹底してるんだな……」

世界の理を知りすぎた自分達には、死んでもらったほうが手っ取り早い気がするが、
それをしない『旅団』は、まぁ信頼できる組織なのだろう。
沙月やソルラスカを見ていれば、それは察する事ができたが、
まさか自分達の世界の物資まで用意していたとは……

「これで懸念は無くなったか?」
「まぁ、一応……」

そう言って浩二は頷くが、顔はやや暗い。
サレスは浩二が暗い顔をしている理由に気づいていた。

物部学園の仲間に対して、情報操作を施す事が後ろめたいのだろう。
それしかベターな方法がないのだとしても、
他者から一方的に物事を押し付けられるのは浩二が最も嫌う事だから……

けれど、この件にも一理ある。
望のやらかした事にも一理ある故に、我慢したように……
この情報操作の徹底にも一理あるのだ。
そして、何よりも悔しいのが、サレスのベターな提案よりもベストだと思える提案が無い事である。

「なぁ、サレス……その、情報操作の対象には……俺や世刻も含まれているのか?」

「望むならば施そう。しかし、おまえ達は神剣のマスターだ。
その時点で、世界の理には足を突っ込んでいる。
情報操作で記憶を改竄しても、いずれはまた神剣の戦いに関わる事もあろう」

「それなら、知っていた方が理解も対処もできる、か……」

ふうっと浩二は溜息を吐く。
そして、自分に課せられた宿業というものを改めて認識した。
自分の世界の事を思うなら、自分は元の世界帰らぬ方がいい。
自分がいる限り、また今回の件のように巻き込まれる一般人が現れる可能性があるからだ

「結局、永遠神剣のマスターと普通の人は、似て異なる者か。
力を隠せば一緒に暮らす事はできる。
けれど、永遠神剣は永遠神剣と惹かれあうのが定め……か」

「斉藤浩二。おまえの持つ神剣は特殊だ。
一本しかない故に、引き寄せられる神剣は無いだろう。
しかし、もうおまえはその力を世界に知らしめてしまった。

ミニオンが物部学園を襲ったあの日―――

戦いの場に躍り出るという事をせず、一般人として振舞ったならば、
今も、これからも……その生涯を終えるまで、一般人として暮らすことも可能だった」


「神剣の定め故に巻き込まれて、もうどうしようも無かった世刻や永峰と違い……
俺の場合は、あくまで自分の選択の結果なんだな……」


IFの世界があるのならば―――


永遠神剣の戦いに巻き込まれても、あくまで一般人として振舞い続けた別の俺も居たのだろうか?
世刻や沙月先輩と行動を共にするのではなく、信助や美里と共に、
クラスのみんなと一緒に居る「唯の学生」である事を選んだ斉藤浩二も……


「……サンクス。おかげで、自分の立場ってヤツをやっと理解できた。
今後どうするかは……これから考えるよ……」

「ああ。前も言ったと思うが―――」

「解ってる。旅団に参加する事も視野にいれておくよ。
俺にはもう、帰る場所なんて無いんだから……」




そういい残して、浩二はサレスの部屋を後にした。






**************




サレスの私室からの帰り道。
浩二は、腰の『最弱』と喋りながら物部学園が停泊しているドッグに向かって歩いていた。

「結局さ……今の俺の立場って……
惹かれあう神剣の宿業というモノに巻き込まれた世刻と永峰や、
完全に被害者の物部学園の生徒と違って、
俺だけは選んだ結果としてココにいるという事なんだな……」

『そうやな。まぁ……どこまでも文句をつけていいのなら、
世刻達が同じ学校。同じクラスに居たのはオレのせいじゃねー!
オレも巻き込まれた側なんやー! ギャワワーーーーッ! と喚く事はできまっせ?』

「それはオマエ……行き着く所は絶対に……
生まれてこなければ良かった。だから止めようぜ?」

『ナハハ。時々いまんねんからな。そんな事をヌカすヤツ』

思えば、自分は随分と恵まれているのだろう。
選択肢を与えられず事件に巻き込まれた、物部学園の生徒達よりも、
否応がなく永遠神剣のマスターとして生まれてきた望や希美よりも。

自分がこの神剣と共にあるのは『最弱』のマスターになるのをYESと答えたから。
決して強制された訳でもない。前世からの宿業などでも無い。
自分が選んだ結果としてココにいるのだから……

「さーて、どーすっかなぁ。これから……」
『とりあえずは『旅団』に味方して、その後は元の世界に帰るんやろ?』
「ああ。俺が言ってるのは、その後の話だ」
『流浪の旅にでるんとちゃいますか?』
「それしかねーよな。やっぱし」

身の安全を保障してくれる組織に入らず、好き勝手にするなら、それしか方法は無い。

『もしくは、似たような境遇のヤツを集めて、
新しいコミュニティーでも作りるって手もありまっせ!
世界を大いに流離う斉藤浩二の団とか言って。略して―――』



「その先は言うな!」



―――ビターン!




「あべしっ!」





************






「……何だ、コレは……」


教室に帰ってきた浩二の第一声はソレであった。

「離せ! 希美っ! カティマ!」
「ダメダメダメ! 離さないーーーー!」
「望。早まらないでください!」

何やら望が教室で希美やカティマに押さえつけれている。
その周りでは、信助が腹を抱えて笑い、美里は苦笑いをし、ルプトナがオロオロとしていた。

「なぁ、ルプトナ……これ、いったい何事?」

とりあえずオロオロしてるルプトナを捕まえて尋ねる浩二。
すると、彼の顔を見たルプトナがパッと顔を輝かせた。

「浩二! 望を止めてよーーー!」
「だから、いったい何を? なんで世刻は押さえつけられている訳?」

浩二がそう言うと、今までジタバタともがいていた望が、浩二の顔を見て更にもがき始めた。

「斉藤。いい所に来た! 希美とカティマを引き剥がしてくれ!
俺は、おまえにアレをしなければならないんだ」

「……アレ?」
「えーと……何だっけ? 信助」

首をかしげる浩二に、答えようとしたのはルプトナだ。
しかし、望の言うところのアレの名前を忘れたらしく、近くに居た信助にヘルプの視線を向けた。

「斉藤スペシャル2007。何でも、自分は浩二に謝罪をせねばならぬから、
自分が知る限りで、最強の謝罪であるそれをやろうとして、
希美ちゃんに断髪を頼んだら、斉藤くんなら似合うけど、
望ちゃんにはボーズ頭は似合わないからダメだって押さえつけられてんだよ」

「カティマさんは、何で?」

「ん~~。どうやらカティマさんは、ボーズ頭は問題ないようだけど、
下着一丁で土下座するのはやり過ぎだと。
そのように誇りを丸投げするサマは騎士道に反するってね……」

別に世刻は騎士じゃないだろうと無粋な言葉は言わなかった。
カティマにとっては、世刻望という男は騎士なのだろう。

「……で、この有様か?」
「ああ」
「―――プッ」

信助が頷くと同時に、浩二は思わず噴出した。
コイツはどこまで真っ直ぐに物事を対処しようとするのだと、腹を抱えて大笑いする。

「はははっ、あははははは!!!」

ああ、もういいや。認めてしまおう―――

「く、くくくっ……はははは!」

おそらく自分は、このどこまでも真っ直ぐな、世刻望なる少年を気に入っている。
彼の純粋さと打算の無さは、自分には望むべくもないモノだから。
周りの状況や環境。顔色ばかりを気にしている自分には、彼の真っ直ぐさは眩しい。

「世刻。いや……望。俺は決めたよ。
俺は旅団には加わらない。光をもたらすものにも参加しない。
けれど、神輿になれる器じゃない。それを下から支える人間だ……」

全てに背を向けて、一人で生きていく事を選ぶのはいつでもできる。
けれど、その前に一度ぐらい挑戦してやろう。
組織に所属し、誰かに命令されて生きるくらいなら、世刻望という神輿を担ぎ……
『旅団』や『光をもたらすもの』を超える組織を作ってやろう。それが一番面白そうだ。

「望。頭をボーズになんてしないでいいから、ちょっと顔をかしてくれ。
これからの事で提案があるんだ」

「あ、ああ……それはいいけど……斉藤?」

旅団のメンバーではない永遠神剣のマスター達。
都合が良いことに全員この場所にいる。

「できれば、永峰にルプトナ。カティマさんも」
「え?」
「ボク?」
「私も……ですか?」

浩二に名前を呼ばれると、皆がそれぞれ不思議そうな顔をする。
いきなり笑い出した後に顔を貸してくれでは、戸惑いもするだろう。
しかし、浩二はニヤリを笑うだけで何も言わなかった。





************






「―――と、言う事を考えたのだが、どうだろうか?」


現在、望と浩二の部屋になっている宿直室。
そこで斉藤浩二が話した計画に、望達は全員がぽかんと呆気にとられていた。

「ボク達で―――」
「組織を作る……」
「旅団に参加するんじゃなくて、私達で……」
「そうだ」

浩二の提案は、皆にとっても青天の霹靂であったようであった。
今後、旅団に参加する事は視野に入れていても、
まさか独立するとは考えてもいなかったのである。

希美と、彼女の神獣『ものべー』があるので拠点と移動手段は確保できる。
カティマがいるので、補給と本拠地には『剣の世界』を使える。
もしくは、ロドヴィゴやレチェレに相談し『精霊の世界』を使ってもいい。
そして、戦力は永遠神剣のマスター4人に浩二。
組織を立ち上げるに足りないモノなど無いのだ。

「もちろん。旅団と縁を切る訳じゃあない。
目的が同じならば共同戦線を張っていく。けれど、彼等と俺達はあくまで対等だ」

浩二がそう言うと、賛成の声をあげたのは目を閉じて考えていたカティマと、
難しい事はよくわかんないけどと言った顔のルプトナであった。

「斉藤殿の提案は悪くないと思います。
組織に入れられたら命令は絶対ですが、同盟という事ならば断る事だってできます」

「そうだねー。ボクもあのサレスって人に命令されるよりも、
みんなで相談して物事を決めるほうがいいかな?」

二人の賛同が得られて、浩二は望の方を向く。
希美はおそらく望の決定に従うだろう。事実、彼の隣に座った彼女は、
望の顔を見ながら、どうしよう望ちゃんと言わんばかりの顔をしている。

「望―――おまえ、昨日俺に……一緒に戦ってくれと言ったよな?
それに対する答えがコレだ」

浩二はそう言って望の顔を見つめる。
望の神獣であるレーメも、彼の胸ポケットから顔を覗かせて、同じように見つめていた。


「―――わかった」


しばらくして、望は俯かせていた顔をあげる。
その目には強い力が篭っていた。

「作ろう。俺達で―――コミュニティーを。組織を……
リーダーは斉藤がやってくれるんだろ?」

「何言ってるんだ。オマエに決まってるだろう。
もともとこの組織を立ち上げようと考えたのは、
お前のバカヤロウな思想を貫かせてみようと思ったからなんだから」

望の問いに、浩二は肩を竦めて答える。
バカヤロウな思想とか言われて、少しへこんだ望だが、
周りを見ると、皆が望の顔を見ていた。

「サポートはここにいる皆でするから心配するな。
とりあえず望。おまえはこれから、暇な時にはカティマさんから帝王学を学べ。
元レジスタンスのリーダーにして、今は現役の王女から直接学べるなんてラッキーだぞ」

「―――げっ!」
「フフッ。私の教えは厳しいですから、覚悟してくださいね?」

「永峰。おまえは望のサポートだ。
主に栄養管理と体調管理。メンタル面の管理をしてやってくれ」

「うん。と言うか斉藤くん……
望ちゃんの事、名前で呼ぶことにしたんだね?」

浩二が望の事を名前で呼んでいる事に気づいた希美は、
ニコニコと笑いながら問いかける。

「まぁ、これからは運命共同体だからな……」

照れくさそうに答える浩二に、希美はうんと頷く。

「それじゃ、これからは私も浩二くんって呼ぶから、
浩二くんも私の事は希美って呼んでほしいな」

「あいよ。了解」

苦笑いの浩二。そんな彼を、まだ役割分担されていないルプトナが、目をキラキラさせて見ている。
ボクはボクは何をすればいいのと言わんばかりだ。

「あー、ルプトナは……えーと」
「何? ボクは何?」
「もうそろそろ昼だから、食堂でメシでも食べて来い」
「わかった! ボクはごはんを食べればいんだね!」

元気すぎる声でそう言うと、風のような速さで部屋を出いくルプトナ。


「……って、何でさーーー!」


―――彼女が戻ってきたのは、それからすぐだった。


「ねぇ、浩二くん。私達のコミュニティーの名前なんだけど、どうする?」
「特に考えてないけど『物部学園・永遠神剣組』でいいんじゃね?」

「ダメだよ~。そんな適当な名前……もっと、こう……考えようよ。
例えば、世界を大いに平和にする世刻望の団。略してSO―――」

「……永峰……オマエの発想は、どこかの似非関西弁のハリセンと同じだな……」

「いですか。望……リーダーと言うのはですね。
誰よりも前に立ち、行動で皆に結果を示す。すなわち―――」

「ちょ、カティマ。勉強は今からなのか?」


ルプトナが叫び声をあげながら戻ってきても、見事なスルー。
その光景に、ルプトナは肩をわなわなと震えさせ雄叫びをあげるのだった。





「ボクの話をきけーーーーーーーーっ!」





**************





「―――と、言う訳で沙月先輩。俺達、独立する事にしました」
「名前はまだ決まってません」
「え?」

斑鳩沙月は、突然独立しましたとか言いに来た五人の永遠神剣マスター達に、
驚きで目を見開いて固まっていた。

「ちょ、ちょっと待ってね………えっと、本気?」

「本気と書いてマジです。リーダーは望。メンバーはここにいる4人の神剣遣いです。
物部学園は元の世界に戻すから使えなくなりますが、
拠点となる建物は、カティマさんの『剣の世界』から砦を一つ貰うことで話しがついています。
この報告が終わったら、次はサレスの所に俺と世刻で赴いて、
『旅団』とは、同盟を結ばせて貰おうと思っています。条件としてこちらは―――」

冗談であって欲しいと願う沙月だが、浩二は更に具体的な説明を始める。
同盟を結ぶ際にこちらが『旅団』に希望する条件。こちらから『旅団』に提供できる条件。
本拠を何処に置くか、補給はどこを予定しているか。目的は、思想は―――
浩二は淀みなく説明し始める。その言動は、すでに組織のブレーンとしてのものだった。


「望くん……貴方は、それでいいのね?」


沙月が確認したのは、本当に組織のリーダーになるのかと言う事ではない。
元の世界に戻って、唯の学生に戻るのではなく……
永遠神剣のマスターとして、破壊神ジルオルという前世と向き合っていくのかと言う事である。

「はい―――俺の前世については、ナーヤから聞きました。
けれど、俺は破壊神ジルオルなんかじゃありません。世刻望です。
そして、世刻望としてこの世界に平穏を取り戻したいと思っています」

「そう……」

強い眼差し。ハッキリと宣言する言葉。どちらも揺らぐ事が無い。
仲間と立つべき場所を得て、彼は自分という存在を確立したのだ。
ここにいるのは、先日までの戦う意味が解らずに悩んでいた望では無い。

それは浩二も同じようで、今までのどっち付かずな日和見な考えは捨てていた。
開き直ったのである。もう戻れないならば、行くところまで行ってやろうと。
ただし、それは自分達の意思で―――

「解ったわ。でも、独立をするなら一つだけ条件―――ううん。お願いがあるの」
「何でしょう? 沙月先輩……」

ごくりと唾を飲み込む望。他の皆も真剣な表情だ。
しかし、沙月はそんな望達の顔を見ると、ニコッと笑ってこんな事を言うのだった。

「私も入れて♪」
「え、でも……沙月先輩は」
「だって、望くんの傍に居たいんだもーん」

そんな事を言いながら望の腕をとる沙月。
それを見た希美があーっと大声をあげて、引き剥がしにかかる。

「ね? ね? いいでしょ。望くん」
「いや、でも……斉藤?」

「いいんじゃね? 沙月先輩がこちらに加わってくれるなら、
旅団とのパイプ役にも適任だろうし」

いずれ沙月は引き抜いてやろうと思っていた浩二にしてみれば、
この提案は渡りに船である。反対する理由など何処にも無い。

「やたっ! よろしくね、望くん!」
「あーもう! 沙月先輩っ! 望ちゃんからはーなーれーてー!」

いつもの騒ぎ。よくある光景。世刻望を中心に集る少女達―――
浩二は、その騒ぎの輪から離れて窓際に立つ。






『なぁ、相棒……』
「何だ? 最弱」

『コミュニティーの名前なんやけど……
世刻望ハーレムWitt斉藤浩二の方が良いんとちゃいますか?』

「奇遇だな。俺も今そう思った所だ」








[2521] THE FOOL 27話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:6a29eb26
Date: 2008/03/22 07:36







「新しい組織を自分達で、か……なるほど。そう来たか―――」


斑鳩沙月は、同盟を結びに行くと言っていた浩二と望に、
その件は私に任せて欲しいと言うと、旅団本部に赴き、
テーブルを挟んで、旅団の長であるサレスと向かい合って話をしていた。

「流石のサレスも、この展開は読めなかった?」

「いや、確率的には低いだろうが、可能性の一つとしては考えていたよ。
世刻望と斉藤浩二。この学園にいるマスターが、
どちらか一人であるならば実現しなかっただろうが……
あの二人は近い位置に居た。だから、この可能性は十分にあった」

「どういう事?」

「素質だ。世刻望には中心になれる力があるが、自分で絵図を書いて実行に移す行動力は無い。
斉藤浩二は人を惹きつけ、その中心となるカリスマは無いが、絵図を描く頭と実行力がある。
どちらか一人ならば組織を作る事など不可能だが、二人が手を組めば十分にやれる」

「あの二人を傍にいさせるようにしたのは私だけど……いけなかった?」

正確には、意図してやったのではなく、
目を離すと、すぐにどこかで事件に巻き込まれる浩二のお目付けを望に任せたのである。

「いや、構わんよ。一番確率が高くて面倒だった事は、
彼等がそれぞれに行動して、我々の眼の届かない所に行ってしまう事だったからな」

最上の結果は、二人とも自分の手元に置くことだったが、最悪の結果よりは十分にマシだ。
サレスは、暗い顔になった沙月の頭にポンと手を置いた。

「それに、彼等の所にはおまえが居てくれるのだろう?」
「ええ。その為に旅団を離れる事になるけれど……」
「それならば、考えようによっては旅団の別働隊のようなものだ」

沙月は、サレスが自分の意図を理解してくれている事に安心して、ホッと息を吐いた。

「何なら人工精霊も数体、そちらに回しても構わないが?」
「いいの?」

「ああ。彼等が『光をもたらすもの』と直接戦う役割をしてくれるのなら、
そちらの方が好都合と言ってもいい。私は私で動けるからな」

ニヤリと笑うサレス。それに合わせて眼鏡も光る。
浩二や望がどう動いた所で、自分はその動きを利用するだけだと言わんばかりだ。

「永峰希美の神獣に背負わせる拠点も、わざわざ剣の世界に戻って砦を持ってこずとも良い。
拠点としての機能を備えた建物をこちらで提供してやろう。
彼等の世界で言うところの電気や水道の設備も、この世界の建物にならついている。
剣の世界にある砦を使うよりも快適だろうしな」

「大盤振る舞いね……で、それに対する旅団への見返りは?」
「彼等が時間樹を旅する間に、どんな世界で何をしたかを定期的に報告する事」
「それだけでいいの?」
「ああ」

拍子抜けしたような顔をする沙月に、サレスは微かに笑う。
言葉には出さないが、人工精霊を出向させる件も、拠点の提供も、
神剣の運命に立ち向かう事を選んだ少年少女達への心尽くしのつもりであった。

しかし彼の場合―――

普段の言動と雰囲気が怪しいので素直に信じては貰えないのだった



「クセーーッ! こいつはクセーーー!
陰謀の臭いがプンプンするぜーーーーッ!」

「……確かに……どうして、そこまでしてくれるんだろう……」
「だよねぇ……何か裏がありそうな気がするよ……」
「望。後で一度お話しに伺った方が良いのではありませんか?」
「わーい。お風呂付の建物だー!」



―――とは、沙月がサレスの話を伝えた際に返ってきた言葉である。




「サレス……」




沙月は100%の善意でも裏があると思われるサレスの評価に、
なんて不憫なと、さめざめ涙するのであった。








**************







「くっそ、何だか今日は走りっぱなしだな!」





斉藤浩二は、悪態をつきながら走っていた。
その額にはびっしりと汗が張り付いている。永遠神剣により強化された肉体とはいえ、
休む事無く支えの塔周辺を右から左に駆け回っていれば、息も切れようというものだった。

「陽動に、まんまと踊らされたわね……」

浩二の横を併走する沙月が、臍を噛むように呟く。
ついに始まった『旅団』VS『光をもたらすもの』の戦いは、
たった一人の男のスケベ心の為に、思わぬ劣勢を強いられていた。

事の始まりは、魔法の世界にある精霊回廊から『光をもたらすもの』が侵攻してきた時より始まる。
精霊回廊より現れた百名を越えるミニオンは、
現れるなり、魔法の世界の中枢である支えの塔に隊を組んで攻めかかってきたのだ。

ミニオンが侵攻してくると、物部学園の永遠神剣マスターを加えた『旅団』は、
それを迎え撃ち、撃退する事に成功する。
しかし、それは『光をもたらすもの』の陽動であり―――

支えの塔から『旅団』の面子が出払っている間に『光をもたらすもの』エヴォリアは、
魔法の力を使ってナーヤの侍従であるフィロメーラに姿を変えると、
彼女の事を抱きたいと常々思っていたニーヤァを言葉巧みに篭絡し、
トトカ一族しか入ることの出来ない、支えの塔の中枢へと侵入するのであった。

エヴォリアは、美しい女を抱きたいというスケベ心で、
あっさりと支えの塔の中枢にまで案内したニーヤァを心底蔑み、笑いながら、
支えの塔のコンピューターに自爆プログラムを入力する。

その際に、支えの塔が不自然な光を発し、大地が揺らいだ事により『旅団』は、
支えの塔に『光をもたらすもの』の侵入を許してしまった事を知る。

支えの塔の中枢は、結界に護られている筈なのに、どうしてこんな事になったのか解らない彼等は、
解らぬままに『光をもたらすもの』の手に落ちた支えの塔を奪還すべく、走っているのであった。

エヴォリアが入力した自爆プログラムが作動するまであと僅か。

支えの塔へと引き返してくる『旅団』を妨害すべく、ミニオン達が立ちふさがる。
中枢を『光をもたらすもの』に抑えられた『旅団』は、
中枢部に戻るために開放せねばならぬ動力プラントを取り戻す為、
手分けして4つの動力プラントへと直走る―――


―――それが、今の状況であった。


そんな中で、斉藤浩二は斑鳩沙月とペアを組んで、
4つのプラントの内の一つであるルトヴィアへと向かっているのである。

「見えた! 斉藤くん。あれが動力プラントよ!
アレを開放すれば、支えの塔中枢への道が開けるわ」

「ひゅう。やっぱり数がいるなぁ」

動力プラントを防衛すべく陣取った、
小隊くらいの数のミニオンを見て口笛を吹く浩二。

「私が先陣を切って突撃するから、斉藤くんはサポートをお願い!」
「了解っす!」

光の剣を手に走るスピードを上げる沙月の後ろにピタリと付く浩二。
ミニオンから先制攻撃の魔法が放たれると、浩二は大地を蹴って飛び上がり、
先頭を走る沙月に向かって放たれた火の魔法を『最弱』で霧散させる。

「俺に魔法攻撃はきかねーんだよ!」

スタッと着地して、再び沙月の後ろに付く浩二。
沙月は、そんな浩二の姿をチラリと振り向いて確認すると、
総勢で11人いる永遠神剣マスターを4つのパーティに分ける際、
一組だけ二人となるパーティに浩二を配置したサレスの慧眼に感嘆の息を吐くのであった。

「なるほどね。ルプトナが斉藤くんと組みたかったと、駄々をこねる訳だわ……」

斉藤浩二というマスターは、その神剣の特性からなのかサポートが上手い。
始めは、ただの数合わせないし、お荷物扱いだったのに……
自分の神剣の特性を掴んでからは、目を見張るように良い動きをするようになった。

「私も、負けてられないわね……」

背中を気にしないで、目の前の敵を倒すことだけに集中できるのは、
戦士にとってある意味快感ですらあるのだ。


「ケイロン! 防御に力をまわす必要は無いわ。力の全てを攻撃力に……」


沙月は、敵からの攻撃は全て浩二が叩き落としてくれると確信し、
自らの神獣に攻撃に専念せよと呼びかける。




「さぁ、行くわよ! 私の全力攻撃―――
止められるものなら、止めてみなさい!」






*************







「……今更ノコノコと戻って来たか……
だが、もう遅い……すでに、この塔は我々の手中だ」





全てのプラントを開放し、合流した『旅団』のメンバーと浩二達。
それから入れるようになった支えの塔の入り口まで辿り着くと、
そこには一人の偉丈夫が神剣を構えて待ち構えていた。

「ベルバルザード……」

薙刀を構える男の名を呼ぶ浩二。
するとベルバルザードは、その目に強い輝きを灯して浩二の視線を捕らえた。

「不可思議な神剣を持つ者か……」
「俺と世刻にボコボコにされた傷……もう治ったか?」
「おかげさまでな」

挑発するように言う浩二に、ベルバルザードはフッと口元を緩めて答える。

「消えろよ。テメーなんざ、俺達の敵じゃねー」

「……ククッ……そう言うな……
……俺は、あの時から今に至るまで……
貴様を血祭りにあげる事だけを考えていたと言うのに……」

「ほう。勝てると思ってるのか?
ちなみに、私の戦闘能力は530000です」

浩二は、沙月達に目配せして『最弱』を構える。
言葉の意味はよく解らないが、コイツは俺が引き受けるから先に行けと言う事だろう。
とにかくそうだと思って、沙月は頷く。



「……フン」



浩二と睨みあったままのベルバルザードは、沙月達が横を駆け抜けていくのを目にも止めず、
ただ一人、浩二だけを視界にいれて神剣を構えている。
途中で何らかの妨害には合うと考えていた沙月達は、拍子抜けしたような顔をしたが、
自分達が通り抜けた後にベルバルザードから発せられた闘気に、ハッと息を呑んだ。


「元より俺の狙いは貴様一人ッ! 他の者など目にもくれぬわ!」


ブウンと永遠神剣『重圧』を頭上で振り回し、
浩二と沙月達のやり取りを無視するベルバルザード。

「名を聞こう。貴様の名前はまだ聞いて無かった」
「ホッホッホ。宇宙の帝王フリーザ様ですよ」
「そうか、フリーザか……」
「ごめん。嘘。ホントに信じるのはやめて」

エヴォリアと違って、融通が利きそうにないベルバルザードには、
早めに嘘だと言っておかないと、ホントにフリーザだと思われそうなので、浩二は本名を名乗った。

「またやってるし……」

沙月は、そんなアホみたいなやり取りを見ながら、
私達が支えの塔を止めるまでの間、何とか持ち堪えて心で呟き、塔の中に入っていくのであった。

「ならば、斉藤浩二よ……光をもたらすものが一柱―――
『重圧』のベルバルザードが力、見せてやるッ!」

ダンッと力強く大地を蹴り、神剣を振りかぶって突撃してくるベルバルザード。
浩二はそれを迎え撃つように脚を広げると、反永遠神剣『最弱』を構えて叫ぶのであった。

「最弱! 肉体強化だ! 持ち堪えるぞ!」
『はいな!』

力の波動が身体中を駆け巡る。
浩二はベルバルザードの全体を捉えるように目を動かし、
神経を研ぎ澄まして上から振り落とされる斬撃を回避する。

爆音。神剣の力で重力を増したベルバルザードの一撃が大地を穿ち、クレーターを作る。
弾け跳ぶ石造りの床の破片。
銃弾のように四方八方に飛ぶそれは、さながら散弾銃のよう。

「っ!」

しかし、そんなモノは肉体を強化した神剣のマスターにとって、
弾け跳んできた破片程度は豆鉄砲に過ぎない。
警戒しなければいけないのは、そんなモノでは無く―――

「ぬうううううあッ!!!」

この、馬鹿みたいに速い切り返し。
地面にぶつけた反動に、神剣の力で重力を軽くする事によって、
更にスピードを上げた音速に近い斬撃。それが浩二の胴を両断せんと放たれる。

「くそっ!」

それに対して、浩二が行ったアクションは、前に跳ぶだった。
後ろに跳び下がるのでもなく、上にジャンプで回避するのでもなく……
渾身の力で大地を蹴って前に跳ぶ。

「―――がはっ!」

前に跳んだ事により、薙刀の刃の部分で両断される事はなかったが、
柄の部分で脇腹を殴られ、浩二は派手に吹き飛ばされた。

「ごっ、がっ……うげっ!」

何度も身体を地面に打ちつけ、蹴り飛ばされたボールのように転がる浩二。
しかし、浩二が咄嗟にとったその行動は正解であった。

何故なら、後ろに跳ぶよりも前に跳ぶアクションの方が速く、力強い。
人間の足はそのように出来ている。

もしも浩二が完全に回避しようと後ろに跳ぶか、上にジャンプで避けようとしていたら、
前者ならば、音速に近い速さで薙ぎ払われた『重圧』の薙ぎ払いを避け切れずに腹を割かれ。
後者ならば、膝の辺りで両足を切断されていただろう。



「ゴプッ―――お、っ・…げええええええっ!」



柄の部分で腹を殴打される事を覚悟し、神剣の強化を胴に集中させていたとはいえ、
薙ぎ払いを横腹に受けた浩二は、膝を突いたまま嘔吐する。
血の混じった胃液がビシャビシャと地面に飛び散った。

『ゲーゲーやってる暇は無いで! 相棒!』
「くそっ!」

解っていた事とはいえ―――

ベルバルザードの『重圧』と比べると、自分の神剣である『最弱』は弱い。
永遠神剣の奇跡を霧散させるという特殊能力は凄いが、
ミニオンのような下位神剣の遣い手ではなく、
ベルバルザードのような強い神剣持ちの猛者に肉弾戦をしかけられると、まったく話にならないのだ。
神剣で防ぐ事ができないと言うのは、回避し損ねたら直撃を食らうという事なのだから。

「何が、沙月先輩の穴は俺が埋める……だ。クソッ!
望にあれだけの大言を吐いておいて、このザマか……情けねぇ……」

ミニオンを倒せるようになった事で、他の皆とも並べたと思っていた。
武器など無くても戦えると思っていた。けれど、それはとんだ思いあがり。

ミニオンなど所詮は人形。ルプトナは強力な神剣と才能こそあれ、
幾多もの修羅場をくぐり抜けてきた、歴戦の武人ではない。

だが、今目の前にいる相手は、長い年月をかけて己を鍛え上げ、
鍛錬で、実戦で、研鑽を積み重ねてきた真の武人―――

剣の世界で戦った一度目の戦いも、精霊の世界で戦った二度目の戦いも、
ベルバルザードは浩二を雑魚と見下しており、明らかに手を抜いていた。
だが、二度目の戦いで己の神獣を消されかけ……
それを機に敗走へと追いやられたベルバルザードに、今や油断は欠片も無い。
そんな男が浩二の相手なのである。

「フゥンッ!」

ガリガリと『重圧』の刃で地面を削りながら向かってきたベルバルザードは、
よろよろと起き上がる浩二に、神剣を下から振り上げた。

「うわちっ!」

浩二は、ステップを踏むように、くるりとターンして回避する。

「―――このっ!」

その際に、回転の勢いを利用してベルバルザードに脚払いをくらわせた。

「……何だそれは?」

しかし、大地に根が生えたようにどっしりと構えるベルバルザードは微塵も揺るがない。
バシィッと柱を蹴りつけた様な音がするだけである。
ベルバルザードは『重圧』を振り上げながら、足払いの姿勢のまま固まっている浩二を見下ろした。

「………今のは、もしかして……攻撃のつもりだったのか?
そんなモノで、俺を転倒させられるとでも思ったのか?」

「―――っ!」
「ふざけるっ!!!」

射すくめられたように息を呑む浩二。
幾多もの世界を滅ぼしてきた惨劇の戦士ベルバルザードの、
火を吹かんばかりの眼力を前に、彼はゴクリと喉を鳴らして唾を飲みこんだ。

「フゥン―――ッ!」
「くっ!」

そして、攻撃が来ると本能で察知すると、反射的に横に跳ぶ。
着地と同時に逃走。ベルバルザードから背を向けて逃げ出す。



「―――ダメだ! このままじゃ何をやっても勝てない!
考えろ! どうすれば勝てる! オレには何が足りない!
考えろ! 絶対に勝てない敵なんて、居る筈がないんだから!」



ベルバルザードにはあって、自分に足りないモノ―――

それは戦闘経験の量。
それは技。
それはこの戦いにかける気迫。

そして、武器―――



「……オーケー。足りないモノは解った」



経験値が足りぬのなら、それはアイディアで補おう。
技が無いと言うのなら、ヤツの持ってるモノを盗めばいい。
気迫なんてクソ食らえだ。何故ならオレが負ける筈が無い。

「後は武器……アイツの『重圧』とぶつかり合える武器だ!
それさえあれば、あんなヤツ―――」

拳や蹴りでは、ベルバルザードの鉄壁防御を砕けない。
アレは闘気と魔力で全身を護っている。
自分の得物である『最弱』はそれらを霧散させる力があるが、
ハリセンである『最弱』をぶつけても威力が無い。

「考えろ! 考えろ! 考えろ! 何かある。きっとある!
思考を止めるな斉藤浩二。考えて、考えて、考え―――っ!?」

背後。凶悪なプレッシャー。
首筋がチリチリとむず痒い。咄嗟に常体を滑らせてスライディングした。
ベルバルザード。永遠神剣『重圧』を高速で薙ぎ払い、真空の刃を飛ばしてきた。

「うひょっ!」

腕を叩きつけ、立ち止まる事無く再び逃走。

「はぁ、はぁ……ハァ……」

今のは危なかった。戦いの前に小便を済ましていなかったら、きっと漏らしていた。
パンツは今履いているモノしか無いというのに、なんて事を―――

「っ!」

小便を漏らす。パンツ。代わりのモノ。



「ある! あるじゃねーか。俺の武器!
アイツの『重圧』とぶつけ合っても砕けない武器!
それも、無限ってぐらいに豊富な種類が……」



―――天恵が降りた。




「せいやあああああああっ!」
「―――え?」



それと同時に、ベルバルザードの拳が後頭部に直撃した。





「どわっはーーーーーーーーーーー!!!」






***************





「うおおぉぉぉぉぉっ……痛ぇ……クソ痛ぇ……
思いっきりブン殴りやがって……インパクトの瞬間に目から星が出たじゃねーか!
ああ痛ぇ、マジで痛ぇ……泣きたくねーのに、痛くて涙が出てくる……」

吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がった浩二は、
頭を押さえて呻きながら、立ち上がる事無く仰向けになって倒れたままだ。
ズンと足音が聞こえた。その音に浩二は顔をあげる。

「待て! ちょっと待て、くるな! タイム!
痛みが引くまで、ちょっと待て! 少し話をしようじゃないか!
ポリンキーの三角形の秘密について知りたくないか?
もしくは、カラムーチョの婆ちゃんの名前を―――」

「貴様……どこまで俺をコケにすれば気が済むのだ……」

そんな浩二の様子に、ベルバルードは怒りを滲ませた声でそう呟き、
永遠神剣『重圧』の刃を地面に擦らせながら歩いてきている。


「―――よっと!」


その距離がベルバルザードの間合いギリギリまでになると、
浩二は仰向けで寝ていた体制から脚を上げ、
腕の力で身体をバッと立ち上がらせた。

「………ククク……ハハッ。やっぱ、待ってくれねーか……」

そう言って、浩二は顔をあげる。
その目は、猛獣のようにギラギラと輝いていた。
獰猛な光を放ち、ニヤリと口元を吊り上げている。
彼の力の源でもある反逆と反抗の心が、燃え上がっている。

『相棒。ポリンキーの秘密はパッケージに付いてるから解りまんねんけど……
カラムーチョの婆さんの名前って何やねん?』

「ヒーおばあちゃんと、ヒーヒーおばあちゃん。
本名は森田トミと森田フミ。年齢は今年で131歳と155歳」

『あ、そやったんかいな。これで一つトリビアが増えましたわ』

「ちなみに、カルビーのアレ。ぽかーんと大口開けて、明後日の方向を向いたまま、
人差し指立ててるアレの名前は……って、そんなモノはどうでもいい!
おいテメェ! ベルバルザードっ!」

『んな! そこまで言っておいてお預けでっか!
何やねん!? カルビーのアレは何やねーーーーーーーーん!!!』

自分でもどうでもいい話題で、足止めをしようとしていた事を棚上げして浩二は叫ぶ。
彼の神剣『最弱』も、気になるところでお預けをくらって一緒に叫ぶ。

「俺みたいな、いたいけな少年を……
出会ってから今まで、親の仇みたいな目で睨みやがってッ!
何なんだ……何だってんだよテメーは! 俺に何の恨みがあるってんだ!」

『最弱』はそんな浩二の様子を見ながら、
やっと浩二のテンションが上がってきたと思った。

『むう。カルビーのアレは後で聞くとして……
―――ククク。勝負はこれからやでー』

ずっと浩二の戦いを見てきた『最弱』は知っている。
彼は、真面目に戦うよりも、今のようなハイテンションで戦ったほうが強い。
余計な事は何も考えず、敵を倒す事のみに思考の全てを傾けるからだ。
今はまだ未熟故にスイッチのように思考を切り替えられないが、
これを自由自在にできるようになれば、戦士としてのセンスは申し分無いだろう。

「―――最弱っ! 今からあのヤロウに過激なツッコミいれに行くぞ!
俺の心を読んで、俺が思うとおりの形に姿を変えろ!」

『了解や!』

浩二は手にしていた『最弱』を、
ハリセンの状態から大きな正方形の形に変える。

「あぁ―――それにしても、クソ。
ここまでボロクソにされて、やっとこの事に気づくとはなぁ……」

そう呟いた後に、浩二は大きな正方形になった『最弱』を上に放り投げる。
すると、空中に浮かんだ『最弱』は、くるくると巻かれていき、細長い筒のような形態になった。
イメージとしては、丸められた特大ポスターを想像すると解り易い。



「……沙月先輩の光の剣や、世刻の双剣を見たときから……
今に至るまで……俺にも武器があればと、ずっと思っていた。

俺の『最弱』はハリセンで―――

武器じゃねーと思っていた。
けど、その固定概念こそが、思考を止めているって事だったんだ!」



反永遠神剣『最弱』は紙で出来た神剣である。
今まで浩二は『紙』というモノが持つ特性を、真の意味で理解していなかった。
とうにヒントは掴んでいたのに、本来の形というモノに拘りすぎて、
もう一つ発展させる事ができなかったのだ。

紙の特性―――

それは、形を様々なモノに変えられる事。
どんな形にも変えられる、折り紙という遊びに完成形が無いように、
紙という媒体には決まった形など無い。

―――何だって作れるのだ。

そう、ベルバルザードとの戦いの中で一番欲しいと願った『武器』という形さえ……



「それを、今になって気づくなんて……
ションベン漏らしたら『最弱』で紙オムツを作ってやろうと思った時に、
やっと、その事に気づくなんて……
途方も無いアホだな……俺は……けど―――」



棒の形になって落ちてきた『最弱』を掴み取ると、力を通して硬質化させる。
永遠神剣マスターの流し込むエネルギー伝導により、
強度と硬度が増した今の『最弱』は、棒の形をした神剣である。




「武器さえあれば負けるものかっ!
これでっ! テメーのドタマを、カチ割ってる!
俺がッ! テメェなんかに―――ッ!
負ける筈が………っ! 無いんだよおおおおおおおおおおッ!」





***************






「でいいいいいーーーーーやああああああっ!!!」


重さは紙。強度は神剣。そんな扱いやすい事この上ない武器を手にした浩二は、
雄叫びと共に、閃光のような突きをベルバルザードに向けて連続で放つ。

「ククッ―――」

ベルバルザードは、そんな嵐のような突きを『重圧』で弾き、
あるいは受け止めながら、喉をならして笑った。

「―――ダッ!」

踏み込みと共に振り払われる、素早い薙ぎ払いを柄の部分で弾き返し、
お返しと言わんばかりに上段からの斬撃を振り下ろす。

「ハアアアッ!」
「ぐうっ!」

浩二は、棒を掲げるようにして持ち上げ、その斬撃を受け止めた。
斬撃に籠めた神剣の力である重力は、ぶつかり合う瞬間に何故か消えている。
ただの斬撃になってしまっているのだ。

「フハハハ―――ッ!」

それを忌々しいと思うよりも、今は―――

「うおおおおおっ!!」

目にギラギラと獰猛な輝きを灯して、
冷徹に自分を殺しにくる斉藤浩二というマスターとの戦いが純粋に楽しいと思う。
一合。二合。三合。槍と棒をぶつけ合う度に、自分の技や動きを吸収し、
自らの棒術に取り入れて成長していく浩二。

凄まじい素質だ。自分が長い年月をかけて会得した技が、
繰り出すたびに吸収され、改良して己に返されてくる。
そして、ベルバルザード自身も、それを受け止め、反撃する度に、
自分の技量があがっていくのを感じていた。

「何を笑っていやがるッ!」
「……ほう? 俺は笑っているのか?」

互いに高め合いながら戦う事ができる好敵手と出会うのは、
武人として生きる者にとっては最大の幸運だ。
しかもその相手は、まだ完成されていない未完の大器。
どのように強くなっていくのかは解らない。

そんな相手と刃を交じり合える事は、もうすでに完成形だと思っていた自分の技量を、
更に高みへと押し上げる事につながる。

ほら、見てみろ―――

この、斉藤浩二と言う名の、とびきりのインスピレーションを持つ男は、
またしても自分の技にアレンジを加えて攻撃してきたぞ。


「フンッ―――!」


ベルバルザードは、薙刀の石突を浩二に向けて放った。
浩二は脇腹との間に『最弱』を差し込む事により威力を軽減させるが、吹き飛ばされてしまう。

「―――っ!」

追撃にベルバルザードは大地を蹴って間合いを詰めるが、
そこに先端が尖った白い物体が飛んできた。

「何だとっ!?」
「飛行機だコノヤロウ!」
「―――おぐっ!」

それは、エネルギー強化を施して形を紙飛行機に変化させた『最弱』であった。
紙飛行機の形をした『最弱』が腹部に直撃すると、
ベルバルザードは、肺の空気を吐き出して、大きく後ろに吹き飛ばされる。

「ぐふっ……ガッ―――はぁ……はぁ……」

視線の先には、投擲をした後の浩二の姿が見えた。

「道を歩くときは、飛び出してくる飛行機に気をつけましょう」

再び棒の形に変えた『最弱』を拾いながら、浩二がニッと笑っている。
ベルバルザードは薙刀を杖にして立ち上がりながら、フンと笑い返した。

「阿呆か貴様。自ら得物を投げるとは……
もしも俺に避けられていたら、神剣を手放した貴様は死ぬしかないのだぞ?」

「うっせーな。当たったからいーじゃねーか。
てゆーかオマエ、追撃の早さが速すぎだろ。
吹っ飛んで転がされる時間ぐらい待てんのか!」

「フン。敵が転がりながらも、神剣の形を変えるという芸当をやりおるのでな。
時間を一秒さえも与えたくないと思ってしまうのだ」

そう言って、ベルバルザードは薙刀を構える。
すると、浩二も『最弱』を紙飛行機の形態から棒の形態に戻し、
ベルバルザードとまったく同じ構えで棒を構えた。

「…………」
「…………」

じりっと、互いにすり足で一歩間合いを狭める。
あと一歩踏み込めば、互いに一蹴りで踏み込める距離。
お互いに、額から流れる汗が頬を伝い地面に落ちた。

「はああああああああああっ!!!!!」
「うおおおおおおおおおおっ!!!!!」

そこで、お互いに力を全身に漲らせる。
闘気を高め、そこから最大最速の一撃を繰り出すスタイルは、
ベルバルザードの戦闘スタイルだが、浩二はそのやり方を真似ていた。



「越えてやる。負けるものか……俺は、貴様を越えてやるッ!
できない筈が無い! この俺に―――
出来ない事なんて、ある筈が無いんだ!」



槍術。棒術という技において、自分が一からスタイルを確立させるよりも、
目の前には最高の手本がいるのだ。技を、形を―――盗まぬ手は無い。
中には『重圧』の特性をいかした攻撃があるので、それだけは盗めぬが、
一番重要な基本―――形や足運び。間合いの取り方や呼吸は参考に出来る。

自分が真似ている事に気づいたベルバルザードは時々、
わざと隙ができる構えや、技を放つ時があるが、そんな偽物を見抜くのもまた戦いである。
直前にそれを見抜けば、その隙をついてこちらの攻撃を叩き込めるのだから。

浩二は、この戦いで自分が加速的に成長している事を感じていた。
今まで武術なんてモノは習った事は無く、動きは我流でしかなかったが、
ベルバルザードの動きをトレースする事により、
きちんと本格的な棒術というモノを学ぶ事ができたのだから。
しかも、その学習は命懸け。五感の全部を研ぎ澄まし、必死に覚えもしよう。


「―――っ!」


しかし、お互いの闘気がぶつかり合った瞬間―――



「………潮時か……」



―――ベルバルザードは、スッと神剣を引くのだった。


「……な!? てめっ、この! 何だ、コノ!
なんつーか、何なんだ! コノヤロウ! とにかくコノヤロウ!」


ぶつけ合っていた気勢を、見事にいなされて転びそうになる浩二。
今のは、単純に剣を引いたように見えて達人の技だ。
激しく燃え盛るような流の気を、小波一つ立たない静かなる静の気に切り替えたのである。

もちろん、そんな達人の技が理解できない浩二は、
何やら、まやかしのような方法で自分の気勢を流されたとしか思えず、
今の気持ちをどう言葉にすればいいのか解らなくて、ワケの解らない罵声を放つ。

「……フッ。そう猛るな斉藤浩二よ……
どうやら、エヴォリアが『旅団』の連中に敗北したようだ……
彼女がここから退いたならば、俺も、何時までもココにいるという訳にはいかん」

ベルバルザードはそう言ってマントを翻すと『重圧』を背中に収める。

「ではな、斉藤浩二よ。この決着はいずれ、また……」
「まて! 待てよ……コノ―――ッ!」

浩二は、ふざけるなと叫んでその背中を追いたかったが、
今ので、自分を支えていた緊張の糸がブツリと切れたようで、がくりと膝を突いた。


「―――チッ、くしょう……」


反逆心が湧き上がると共に、脳内から大量発生していた、
ドーパミンという脳内麻薬が切れたことにより、
今まで無理に無理を重ねてきた身体が一斉に痛みを訴える。
強がってはいるもの、疲労とダメージが、とうに限界を越えていたのだ。

「あー……クソ……身体中に、亀裂が入ったように痛い……
泣きたくねーのに、痛くてまた涙がでてきた……痛ぇ……
ハハッ……俺、死ぬわ……コレ―――」

浩二は、その痛みに意識を失い、前のめりにドサッと倒れこんだ。




「―――やれやれ……」




意識を失う瞬間に―――





「ほんと、無茶苦茶だな……オマエは……」





見知った顔の男の、呆れたような声を聞きながら……










[2521] THE FOOL 28話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:6a29eb26
Date: 2008/03/26 07:27




「ハァ……ハァ……ハァ……」




むせ返る様な血の池の中。世刻望は、荒い息を吐きながら立っていた。
その身体は所々赤く染まり、目だけが異様な輝きを放っている。

「―――っ!」

影が背後から迫ってきていた。望は振り返り様に神剣を横に薙ぎ払い、
剣を構えて突撃してきたミニオンの首を刎ねる。

「ハァ、ハァ……」

連戦だった。ベルバルザードの押さえは浩二に任せ、
支えの塔の中に入ると、凄い数のミニオンが待ち構えており、
制御室へは進ませまいと襲い掛かってきたのである。

仲間達は、その乱戦の中で血路を切り開いてくれた。
足止めで時間を食っている暇は無いと、
コンピューターを止める事のできるナーヤを先に進ませ、その護衛を望に任せたのだ。

制御室に辿り着いたナーヤと望。
そこに居たのは『光をもたらすもの』エヴォリアであった。
望はナーヤと力を合わせ、それを撃退する事に成功する。

しかし、すでに自爆プログラムは作動しており、
ナーヤはそれを止めるために別端末からハッキングを仕掛け、
自爆プログラムを止めようと、端末のある部屋へと入る。

望は端末室へと入っていくナーヤの姿を見届けると、永遠神剣『黎明』を握って振り返る。
そこに居たのは数十人のミニオン。始まる戦い。たった一人の防衛戦―――
こうして彼は、一人で扉の前に立ち続け、神剣を振るっているのである。

「もっと、だ……」

ミニオンの返り血を頭に浴びると、幽鬼のような表情で望は声を絞り出す。

「……もっと、もっと……力を……」

体力など、エヴォリアを撃退した時点でとうに尽き果てている。
けれど望は倒れない。殺せば殺すほどに、彼の精神は研ぎ澄まされていく。
無駄な動きを排除し、邪魔な感情を切り捨て―――
ただひたすらに、どうすればもっと効率よく殺せるのかを考える。

「俺の『黎明』の力は、まだこんなモノじゃない……
本来の力の、十分の一さえも……まだ、出せていない……」

強さが欲しかった。世界を救える力が欲しいと思った。
こんな自分でも必要としてくれて、共に戦おうと言ってくれた仲間の為に。
もっと、もっと、もっと―――
強くなって、皆の想いに答えたいと思ったのだ。

「……まだ……始まった、ばかりなんだ……
俺は、世刻望は……まだ始まったばかりなんだ!
やっと、この足で歩き始めたんだ! 負けるものかッ!」

雄叫びと同時に、神剣を下から切り上げ、薙ぎ払い、振り下ろす。
望は、瞬時に三人のミニオンを神剣で斬り倒した。




「……通さない。この先には行かせない……
俺が、今、護っているモノは―――」




自分と、仲間が歩き始めようと第一歩を踏み出した未来なのだから―――





***************






「―――っ!」


斉藤浩二は、声にならない叫び声と共にガバッと身体を起こした。
それと同時に全身を稲妻のように貫く激痛。

「いぎ―――ッ!」

その激痛に悲鳴をあげ、浩二はヒョットコのような顔をすると、
それからすぐに、背中からばたりと後ろに倒れこんだ。

『……なにやっとんねん?』

己のマスターの奇行に『最弱』は呆れたように呟く。
浩二が声に気が付き横を見ると、机の上には白いハリセンが置いてあった。

「……最弱。ここはどこだ? 俺は斉藤浩二だ」

『私は誰っちゅー台詞もちゃんと言いなはれ。そこも含めてお約束なんやから……
まぁ、それを答えるより前に、まずは記憶がどこまで確かなのか確認や。
相棒。支えの塔の前で、ベルバルザードと戦った事は覚えとるか?』

「……覚えてる」
『後の事も?』
「……ああ」

まだ余力を残して去っていったベルバルザードと違い、
彼が立ち去ると、崩れ落ちるように膝をついた自分。
あれが試合ならば引き分けだろうが、命を賭けた戦いにおいては敗北であっただろう。

生きてさえ居れば敗北では無い―――

それは『最弱』の口癖であるが、浩二はそう思わなかった。
負け犬と言う言葉があるように、生きながらの敗者を表す言葉が自分の世界にはあるのだから。

「……弱いな、俺は……」

思い返せば、一人で臨んだ戦いでは、今まで誰にも勝ったためしが無い。
ベルバルザードには二度も敗北し、ルプトナにも負けている。
口では負ける筈が無いと大言を吐きながら、いつも負けてばかりだ。

『―――ま、反省は後でゆっくりやりなはれ。
気絶するまでの状況を覚えてるなら話は早いわ。状況を説明するで?
まず始めに、ここは物部学園の保健室。昨日までは横に世刻も寝とったけど……
アレはヘンタイやな。相棒よりもボロボロな状態やったのに、一日休んだら歩けるようになっとったわ』

「……そうなのか」

『んで、結果から言うと、支えの塔であった『旅団』VS『光をもたらすもの』の戦いは、
辛勝ながら『旅団』の勝ちやねん。この世界の崩壊は止められた。
物部学園の皆も怪我は無い。ああ、相棒と世刻がボロボロになったから皆では無いかな?』

「てゆーか、何で望はボロボロになってんだよ?」

『何でも、制御室でエヴォリアを撃退した後、
自爆プログラムを止める為に端末室に入ったナーヤ女史を護る為、
たった一人で数十体のミニオンと戦ったそうや』

「あのエヴォリアを? ナーヤと二人で?
しかもその後には、たった一人で数十体のミニオンと連戦かよ!」

『そうみたいやねん』

驚きを隠せない浩二。いくら自分とは違いナーヤと二人がかりだったとはいえ、
ベルバルザードよりも上役であるエヴォリアを撃退し、
その後も数十体のミニオンと戦ったというのは凄いの一言である。

「そうか、望のヤツは……馬鹿を貫きとしたか……」

『隣で寝とる相棒の事も、随分と心配しとったでー。
ヤツィータ女史に、相棒はいつになったら目覚めるのかと必死に聞いてたわ』

「……なぁ、最弱……俺が気絶した後の事なんだけど―――」

『ああ。そうそう。それなんやけど……
死にかけとった相棒に応急手当をしてくれはったのは、暁はんやねん』

「あの時は意識が薄れてたから、夢かと思ったけど……やっぱりアレ。暁か?」

『暁はんは、相棒を応急処置した後、担ぎ上げて安全なところまで運ぶと、
これで今までの借りは返したと言って去って行きましたんや。
いやぁ~先行投資が役立ちましたなぁ……借りってアレやろ?
元の世界で学生やってた時に、何度かメシおごってやったヤツ』


「……そう。だな……」


暁絶―――彼の事は今まで、あえて意識から外していた。
望に襲い掛かり、永峰が永遠神剣のマスターとして覚醒する切っ掛けを作った男。
世刻望の味方をすると決めた時より、敵になった友人。

始めは打算で近づいた絶だが、彼とはそんなモノなど抜きにしても友人になれたような気がした。
お互いが、タダの友人としての距離を理解し合い、近づき過ぎず、離れず……
共に居て一番心地よかったと思える少年。彼と望の間に何があるのかは解らない。
望と絶の問題に、関係の無い自分が干渉すべきでは無いとは思うが、何処か釈然としない。



「暁……か」



浩二は、なんとなくその名前を小さく呟いた。






***************





「おいーっす」


浩二は、所々にまだ痛みが残る身体を動かし、物部学園の食堂へとやってきた。

「斉藤!」
「斉藤くん?」
「浩二くん!」

顔を覗かせた浩二に気がついた望達は、とっていた食事の手を止めて駆け寄ってくる。
そこには物部学園の永遠神剣マスターだけではなく、ルプトナやカティマにナーヤまでも居た。

「目が醒めたんだな?」
「そうでなきゃ、どうやってココに来るんだよ」

明るい顔で尋ねてくる望に憎まれ口で返す。
望は、そんな浩二に心配させやがってと言って軽く叩いた。

「ある程度の事は俺の『最弱』に聞いたけど……望。
お手柄だったそうじゃねーか。流石は我等がリーダーって所か?」

「いや、手柄と言うのなら、俺よりもナーヤだよ。
ナーヤが支えの塔に施された自爆プログラムを、
端末からハッキングで止めてくれたからこそ、この世界の崩壊は止められたんだ」

「へぇ……」

浩二は、少し離れた場所に立っていたナーヤに視線を向ける。

「お互いに何度か顔は見合わせているけど……こうして話すのは初めてだよな?」
「うむ。まずは礼を……ありがとう。今回の件ではおぬし達に助けれた」

「別に、俺は改まって礼を言われる程の働きはしていないさ。
結局ベルバルザードの野郎には負けたんだし……」

「はて? 負けた……」

浩二の言葉にナーヤは首をかしげる。

「逆じゃろう? おぬしがヤツを撃退したのでは無かったのか?」
「俺は、持ちこたえるだけで精一杯だった。勝ってねー」

たった一人でアレを相手に持ちこたえただけでも、十分賞賛に値するのだがとナーヤは思ったが、
あえてそれは口にしなかった。斉藤浩二なる人物はプライドが高いとサレスにも聞かされている。

「まぁ、それならそれで良い。いずれまた会い見える時も来よう」
「俺としては、世界で一番会いたくないヤツに認定されてるんだけどなぁ……」

苦笑を浮かべて浩二はナーヤとの話を打ち切る。
それから椅子を引いて腰を下ろすと、沙月の方に目を移した。

「沙月先輩。元の世界への座標はもう割り出せているんですよね?
なら、早いところ元の世界に帰りましょうよ。
また、あの次元振とやらで座標が変わってしまわない内に」

「ええ。もう準備は出来ているわ。
今は、学園の皆に食料などの物資を運搬してもらってる。
斉藤くんが目覚めたなら、今日の夜にでも出発できると思う」

「そうですか……帰路はどれ程ですか?」

「最短距離を最速で片道10日。帰りは精霊回廊を使って魔法の世界へと戻る予定よ。
そちらの方はものべーよりも時間がかかるから、14日ぐらいって所ね?」

それに加えて、元の世界で自分達が身辺整理するのに一週間ぐらい。
往復日数と滞在日数を全て合わせて一ヶ月くらいかと浩二は思った。

「十日じゃ文化祭はやれないな……まだ、準備段階なんだし」

ハリウッドで映画化も狙えるだろう演劇の舞台を、この目で見られないのは残念だ。
しかし、アレはきっと物部学園で伝説になる。
情報操作で自分にまつわる記憶は皆から消えるが……
あの作品が元の世界で評価され、残っていくのならそれでいいと浩二は思う。

「うむ。空とぶ女子高生が各界の評論家の目に留まり、
メディアミックスした暁には、その収益は緑の環境を護る保護団体に寄付してくださいと
最後のページに書いておこう。それだけが謎の原作者の望みですと」

浩二の妄想は留まる所を知らない。
しかし、彼が『空とぶ女子高生』の台本がいつの間にか紛失していた事に気づくのは、
ものべーが魔法の世界より飛び立ち、元の世界へと続く帰路を進み始めた初日の事であった。





「世界遺産がーーーーーーっ!!!」






***************






「ただいまー」



斉藤浩二は、万感をこめてその言葉を口にした。
開けた扉は料亭『歳月』の裏にある母屋。慣れ親しんだ自分の家の玄関ドアである。

「また夜帰りか? 浩二」
「陽気に誘われ、夜の公園で痴漢していたら、警察に追いかけられてこの時間っすよ」
「馬鹿言ってないでさっさと寝ろ。オマエは明日も学校があるんだから」
「へーい」

やる気の無いような言い方をして、浩二は兄の横を通り抜けて自分の部屋へと向かう。

「帰って……来たんだなぁ……」

およそ四ヶ月ぶりに見る我が家と自分の部屋であった。
浩二は上着をハンガーにかけると、ベッドに寝転がる。
慣れ親しんだ自分の布団。枕の感触。何もかもが懐かしい。

「よっと!」

起き上がるとパソコンの電源を入れた。
そして、インターネットを立ちあげると、大手検索サイトのニュース欄を読み始める。
相変わらず政治家の不祥事が目立ち、何処もかしこも不景気だ不景気だと書いてある。
紛れも無くココは、十数年過ごしてきた自分の世界であった。

「こうしてると、昨日までの事が全部夢のようだな……最弱」
『そうでんなぁ……』

「朝起きて、学校行って……退屈だと思いながら授業を受けて……
帰ってきたら店の手伝いして、宿題して……」

なんとツマラナイ日常なのだと思っていた。けれど、無くしてからやっと解る。
あの日々がどれだけ尊いモノであったのかを。

「そんな日々を、俺は……無くしてしまったんだな……」

元の世界に戻ると同時に、大規模な情報操作が世界に施された。
物部学園の生徒達には、この四ヶ月の日々を埋める偽の記憶が与えられ、
彼等は、文化祭の準備で帰りが遅くなったと思いながら家路へとついていった。

今この世界で、あの異世界を旅した記憶が残っているのは自分と世刻望、永峰希美。
この三人に加えて沙月と、自分達も望や浩二の世界を見てみたいと言って付いて来た
カティマとルプトナの三人。合わせて六名だけである。

ちなみにカティマとルプトナは、物部学園の制服を身に纏い、
今日の所は沙月が暮らしている神社に泊まっている。
二人は望の家に行きたがったが、それは沙月と希美に止められた。

何故なら、二人の記憶は望の保護者である椿早苗には無い。
剣の世界と精霊の世界の記憶と共に、情報操作で消されたからだ。
それなのに、望の家に二人がいる事が見つかれば、ルプトナはともかく、
金髪美人のカティマはどうしようもならない。

いったいオマエは、この外人美女を何処からナンパして家に連れ込んだのだと大変な事になる。
ルプトナは、まぁ駅前でナンパしたらホイホイ付いて来たと言っても通じるだろうと、
浩二は大変失礼な事を思いながら小さく笑った。

『相棒。もう夜の十二時を回っとるで? 寝た方がええんとちゃいます?』

部屋の隅にある、手作りの神棚に置かれた『最弱』が、
インターネットをしながらニヤニヤと思い出し笑いしているマスターに声をかける。
浩二が時計を見ると、時刻は深夜一時を回っていた。

「おおう。もうこんな時間か……」

パソコンの電源を落とすと、壁際のスイッチを押して部屋の明かりを消す。
それからベッドに潜り込み目を閉じた。





「この家で過ごすのも後少し……か」





***************





「おっす。望! おはよーさん」

浩二は、家から物部学園に登校すると、机に突っ伏していた世刻望の肩を叩いた。

「あ、ああ……おはよう。斉藤……」
「何だその顔は? 寝てないのかオマエ?」
「………ん、まぁ……」

望はそう言って目をごしごし擦る。
浩二は自分の机に鞄を置くと、望の前の席に移動して座った。

「どうして寝てないんだよ?」
「寝てしまったら……こうして帰ってきた事が、夢になるんじゃないかと思えて……」

望がそう言うと、浩二はああと小さく頷いた。

「夢なんかじゃないさ……」

そう言って浩二が視線を向けた場所は、かつて暁絶と名乗る少年が座っていた席のあった場所。
その場所には今、かつて絶の後ろの席だったクラスメイト達が一つずつ前にずれる形で席に座っている。
一週間後には、更に三つの机がこの教室から無くなる予定であった。

「ちょ、おい! 望。浩二!」

望と浩二が話していると、信助が大層驚いたという表情でこちらに近づいてきた。

「今日は、朝からおまえ等が親密な感じで話し込むから、何事かと思ったら……
夢のような場所に二人で行ってきたんだってー!」

「ちょ、おま!」

「しかも望は寝不足の徹夜! どこだ、どこに行って来たんだ二人で!
俺も連れて行ってくれ! 三万までなら出せるから!」

リアルな数字を提示してくる信助に、少しひく浩二と望。
周りの視線も痛い。それに気づいた信助は、ゴホンと咳払いを一つした。

「まぁ、そんな事はどうでもいいけど……
浩二と望―――いつの間に仲良くなったんだ?」

「仲良くなったように見えるか?」
「ああ」

浩二が問いかけると、信助は大きく頷く。

「ま、そういう事もあるんじゃね? なぁ、望」
「……ははっ。そうだな……あるんじゃないか? そういう事も」

「ちぇっ、何だよ二人して……まぁ、いいや。
そういう事ならさ、今日学校が終わったら、みんなでボウリングとカラオケにでも行かね?
なんか、最近そーいう遊びをしてなかった気がしてさぁ」

信助がそう言うと、望は少し困った顔をする。浩二がそれに助け舟を出した。

「すまんな信助。俺と望は今日の放課後は先約があるんだ。
日曜日なら付き合うから……それじゃダメか?」

「何だよ先約って……」
「ヒ・ミ・ツ♪」

ぺろっと舌を出しながら言う浩二。
信助は、そのキモイ仕草に引き攣った顔を浮かべた。
望は苦笑しながら、信助に悪いなと手を合わせる。
その時、ホームルームの鐘が鳴り、早苗が教室に入ってくるのだった





「おはようみんなー! 席についてーホームルームを始めるわよー」






************





午後の授業が終わると、浩二と望と希美の三人は望の家に向かって歩いていた。
沙月は後からカティマとルプトナを連れてやってくる。
今日はカティマとルプトナの二人に、自分達の街を案内してやる事になっていたのだ。

「望ちゃん。午前も午後も、授業中はずーっと寝てたよね?」
「仕方ないだろう。寝てないんだから……」

今はすっかり眠気も取れたのか元気な望だが、
今日は希美の言うとおり、一時間目から六時間目の授業が終わるまで、
望は昼食の時間を除いてずっと寝ていたのである。
何人かの教師がこめかみに怒りマークをつけていたが、そんなモノは何処吹く風と惰眠を貪ったのである。

「昼に一緒に昼食を食べたとき、沙月先輩も何度か舟をこいでいたけど……」
「その理由は見当つくぜ?」
「え? 何? 解るの浩二くん?」

恐らく沙月が寝不足だった理由は、家に泊めたルプトナ辺りが物珍しさに深夜まで
はしゃいでいたのだろう。剣の世界、精霊の世界、魔法の世界と……
今まで三つの世界を見てきた浩二だが、娯楽の多さでは自分達の世界は
他のどの世界にも追従を許していないと思う。

テレビ番組、ゲーム、漫画、小説、インターネット。数え上げればキリが無い。
たとえ文字が理解できなくとも、それ以外にも興味を惹くだろう遊びは沢山だ。
浩二がそれを希美に話してやると、彼女はすごく納得した顔でそっかぁと呟いた。

「時間があれば、遊園地とかにも連れて行ってあげたかったね……」

「ああ、それなんだけど……日曜日に信助とボウリングとカラオケに行くんだ。
その時に、カティマさんとルプトナの二人も連れて行ってやろうと思ってるんだが……」

「勿論、私も行くよ。でも……森くん達は他の世界の事を忘れちゃってるから……
あの二人と合わせても大丈夫なのかなぁ?」

「カティマさんは、沙月先輩のペンフレンドで、こっちに遊びに来てる外人さん。
ルプトナは、まぁ……ちょっと子供っぽい女子高生って事でなんとかなるだろ」

それに、何かの拍子でボロが出てしまっても、自分達が旅立つ時にまた情報操作される。
あえて口には出さなかったが、浩二はそう思って自嘲の篭った笑みを浮かべた。

「そっか。そういう設定なら大丈夫か……
でも、カティマさんはともかくとして、ルプトナは初対面の演技できるかなぁ……」

「ま、何とかなるさ」

そう言って浩二は空を見上げる。
望は、自分の神獣であるレーメと何かを話しているようであった。

「あ、そうだ。望」
「ん? 何だ斉藤?」
「今日の夜飯どうする予定?」
「いや、そのへんのモノで適当に済ますつもりだけど……」
「そうか」

浩二は一度だけ考えるような顔をすると、ポケットから携帯電話を取り出してどこかに電話をかける。

「あ、お袋? オレオレ……あ? 詐欺じゃねーよ。オレだよ。
アンタの息子の浩二! うん! だから俺だって……
つーか、ナンバーディスプレイ見ればわかるだろう。

……うん。ところでさ、今日の夜なんだけど、予約とれる?
人数は、えーと……六人。そう。あー……わかってるって!
とにかく、そういう事だから! 19時に奥の個室を予約よろしく。んじゃ!」

突然電話を始めた浩二に望だけでなく、希美も怪訝な顔をしたが、
浩二は電話を切ると、事も無げにこんな事を言った。

「………望。そう言う訳だから、夜飯の準備はしなくていい。
今夜はみんなで俺んちにメシ食べに来い」

「え?」

「ちょっ―――まって、浩二くんの家ってアレだよね?
繁華街の傍にある和食の店の! 著名人も何人かお忍びで来たって噂の―――」

「あ、ああ……」

浩二が夜飯を食べに来いと言うと、望では無く希美が食いついてきた。

「今、電話で六人って言ったよね?
それってもしかして、私達も連れて行ってくれるの!」

「一応……そのつもりで家に電話したんだが……」

「―――っ! やったーーーーー!!!
一回食べてみたかったんだぁ『歳月』の料理! 私のお小遣いじゃ手が届かないし……
お金があっても、学生には敷居が高すぎて入れない、憧れのお店に入れるなんて……
うふふふふ。持つべきものは友達だよねー♪ 望ちゃん!」

「あ、ああ……そうだな……」

ピョンピョンと飛び跳ねて、全身で喜びを表現する希美。
カティマとルプトナに、この世界の料理を食べさせてやろうと思いつきでとった行動に、
本人達ではない希美にここまで喜ばれて苦笑する浩二。
同じく苦笑を浮かべていた望と目が合うと、二人は顔を合わせて笑うのだった。


「ねぇ、浩二くん。服は学生服じゃダメだよね?」

「いや、いいよ。俺も望も学生服だし……
てゆーか、家なんてそんな大したモンじゃねーよ―――って言ったら親父に殴られるか……
けど、まぁ……そんなに気を張らないでいいから、気楽に来てくれよ」

「ダメダメ。そう言う事なら、しっかりとおめかしをして来なきゃ!
望ちゃーん。そういう訳だから、私は先に帰るねー!
一時間ぐらいしたら望ちゃんの家に行くから、カティマさん達の案内に置いていったら嫌だからねー!」




ブンブンと手を振りながら走り去っていく希美。
取り残された望と浩二は、もう一度二人で苦笑をしあうのだった。








[2521] THE FOOL 29話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:6a29eb26
Date: 2008/03/23 19:55







「―――よしっ!」



斉藤浩二は、部屋を見渡すと大きく首を縦に振った。
随分とすっきりした自分の部屋。金になりそうな物は全て売り払った。
パソコン。オーディオ機器。漫画の本。ゲームソフトにハード。
それに今までアルバイトで溜めたお金を合わせて50万円。

その内、10万円は物を買うのに使った。
着替えや下着の類に、新品の制服。歯ブラシや石鹸、タオルなどの雑貨から、
あると便利だろうと思える物を厳選して、海外トランクに詰め込んだ。

残ったお金を封筒に入れて机の上に置くと、下で寝ているだろう家族を起こさぬように外に出る。
裏口から外に出ると、浩二はその目に焼け付けるように自分の家をしばらく眺めた。

十数年間育った自分の家―――
もしかしたら、もう帰ってこれないかもしれない場所。

後ろ髪が引かれなかったと言えば嘘になる。
世話になった家族と、友人を捨て去ろうとしているのだ。けれど、もうこの場所にはいられない。
自分は戦うことを選んだのだ。腰に挿した相棒と共に、神剣のマスターとしての道を歩き始めたのだ。



「サヨナラ……みんな」



万感の想いをその一言に乗せると、背を向けて歩き始める浩二。
もう振り向いたりはしなかった。反永遠神剣『最弱』を腰に、トランクを片手で引きながら、
浩二は皆との待ち合わせ場所である公園へと歩き出すのだった。









*************






「ふい~~っ、やーっと付いたぁ」
「何というか、ものべーがどれだけ便利であるか思い知らされる旅だったな……」


場所は再び魔法の世界。
元の世界から魔法の世界へと戻るために精霊回廊を旅した浩二達は、
魔法の世界へ辿り着くと、荷物を地面に置いて自分達も腰を下ろした。

「だらしないなぁ。望ちゃんに浩二くんも……
へたり込んで座ってるのって二人だけだよ?」

呆れたような顔でそんな事をのたまう希美に、望はジロリと冷たい目線を向ける。

「そりゃ、希美は手ぶらで、俺と斉藤は―――
三人分の荷物を元の世界からここまで、担いで来たんだからな……」

恨めしそうに言う望の横では、生も根も尽き果てましたと言わんばかりの浩二が、
仰向けになって寝転がっている。その周りには自分の私物であるトランクの他に、
元の世界で買い求めたルプトナとカティマの私物が入ったトランクが二つずつ―――
計五つのトランクが置いてあった。

パンパンに荷物が入った海外トランクを、五つも担いで14日の行程を歩くのは流石に辛い。
せめて三つならばマシだっただろうが、女の荷物は男より多いのが世の常なのだ。
望も浩二と同様に、沙月と希美のトランクに自分のトランク。計五つを担いで来たのである。

「文句なら沙月先輩に言って欲しいな。
荷物を望ちゃん達に持つように言ったのは私じゃないんだから……」

「あら? 私は望くん達に持てなんて言ってないわよ?
ただ、女の子よりも少ない荷物を持って、先に先にとずんずん進んでいこうとする男の子って、
どうなんだろうな~って疑問を口にしただけなんだから」

「いや、最初に沙月先輩達を置いて先行しすぎたのは謝りますけど……」

自分では口で沙月に叶わない。
そう思って、隣で大の字になって寝転がっている浩二を見ると、彼は本当に寝ていた。
すぅすぅと寝息をたてながらの熟睡である。
髪の毛が風に揺られて、その額にはトンボのような虫が止まっている。

「おい、起きろ。斉藤……」

望は、浩二の体をゆさゆさと揺らす。

「ん、あ……もしかして、俺……寝てた?」
「そりゃもう、ぐっすりと」

「やはり、しっかりとした地面があるのはいい。太陽は気持ちいい。
俺は、もう当分の間は精霊回廊なんか使わねーぞ」

「……同感」

肩を竦めながら言う望。すると、旅団本部にサレスを呼びに言ったルプトナが、
タリアとソルラスカを連れて戻ってきた。

「よう。久しぶりだな」
「なんか一人、死んだような人がいるわね」

タリアが言ったのは、相変わらず寝たままの浩二の事である。
ソルラスカは、やつれたような浩二や望を見て、なるほどと呟いて笑った。

「おまえら、精霊回廊での移動に疲れたんだろ?」
「ああ……」

「まぁ、慣れだよ。言葉じゃ説明つかねーけど、
慣れたら何でもない事の様に使えるようになるからさ」

ソルラスカの言い方に、望は自転車に乗る事と同じようなものかと思った。
自転車も、乗れるようになるまでは大変だが、乗れるようになってしまえば、
無意識でも乗れてしまうようになる。

「そんな事よりも、サレス様とナーヤが旅団本部でお待ちかねよ。
斉藤浩二も、そんな所で寝ていないで、さっさとついて来なさい」

腕を組んで仁王立ちしているタリアは、寝転がっている浩二を一瞥すると、背を向けて歩き出す。
浩二と望は、仕方ないという顔で立ち上がった。
それから荷物を担ぎ、先を歩くタリアの後について行く。

「おまえ達の拠点となる建物。見てきたけど結構いい感じだったぜ?」

その途中でソルラスカが話しかけてきた。

「ほんとか?」

「ああ。敷地の面積は物部学園の半分以下だけど……
おまえ等六人で使う分には広すぎるぐらいだろう。
それに、結構広いフリースペースもある。ん~物部学園の体育館くらいはあるかな?」

ソルラスカの話を纏めるとこうだ。
広さは全体で物部学園の半分くらい。その内の三分の二は建物で三階建て。
一階には八畳一間ぐらいの個人部屋がに六つあり、渡り廊下を挟んだ所に厨房と食堂。
二階には十の個人部屋と、渡り廊下を挟んで大浴場と洗濯場に休憩スペース。
つまり、最大で十六人までが生活できる部屋があるという事だった。

そして、三階には作戦室となる部屋に、施設のコントロールルームと医務室。
それ以外には、物置として使える収納スペースが三つ。
旅団本部には叶わぬものの、組織の拠点としては必要なモノが全てそろった建物であった。
イメージとしては、学校の部活で夏休みなどに合宿をする施設を思い浮かべると解りやすい。

「何でも、今の建物に旅団本部が移るまでは『旅団』が以前に本拠として使っていた場所らしい。
だから、必要なモノは一通り揃っているし、施設の遣い方も沙月なら全部解るんだってさ」

「へぇ……」

望が相槌をうつと、話を聞いていたらしいタリアが振り返る。

「あの施設は、言わばサレス様が『旅団』の旗揚げの場所として作られた聖地。
大事に使いなさいよね? 壊したりしたらタダじゃおかないんだから」

「解ってる。大事にするよ。
でも、よくそんな良い物件を回してくれたなぁ……」

「このままサブの基地として眠らせておくくらいなら、
貴方達に使ってもらったほうが建物も喜ぶ。サレス様はそう言ってたわ」

「そっか……」

「今は、この世界の建築士が所々傷んでる箇所をリフォームしてくれてる。
ナーヤが『光をもたらすもの』に傷つけられた支えの塔の修復よりも、
そっちの方を優先するように指示してくれから、後数日で使えるようになるわ」

どうやら自分達が元の世界と、こちらの世界を往復する間に、
全ての手筈は整えてくれていたようだ。望はサレスとナーヤの二人には頭が下がる思いであった。

「なぁ、最弱……」
『何やねん? 相棒』

望達の話を横で聞いていた浩二は、さり気なく距離をとると『最弱』に小声で話しかける。

「ちょっと気前が良すぎやしないか?」

『ん~~……でも、先の戦いでワイ等は『旅団』に恩を売りつけましたからなぁ……
特に世刻が居なかったら、確実に支えの塔は奪取できへんかった訳やし……
それの見返りとしてコレならば、ある意味で納得もできまんねん』

「俺は疑いすぎだと思うか?」

『別にそれはええんとちゃいます?
一人ぐらい相棒のように疑り深いヤツがおらなんだら、組織なんてようやれまへんねん。
それに、たぶん……斑鳩女史は『旅団』からの目付け役も兼ねとる。
だから、この名も無い組織のブレーンは相棒やねん。参謀なんてモンは、疑り深くて当然や』

自分の相棒にそう言われて、浩二は微かに首を縦に振った。

「ま、そうだな。沙月先輩という目付け役がいるのなら、
盗聴や盗撮なんてつまんねー事をする必要はねーよな?」

『ま、でも一応やっといて損する訳やないんやから、やるだけやっておきなはれ。
もしかしたら、数年ぐらい暮らす『家』になるかもしれん場所やからな。
スッキリと気持ちよく住みたいやおまへんか』

「そうか。おまえがそう言うなら……」

そう答えながら、浩二は『最弱』に反対されもチェックするつもりだった。
盗撮を疑っている訳では無い。ただ、あのサレスの場合、わざとそういう試しを施して、
自分が組織のブレーンとしてモノになるのかを計るような気がする。

いくら同盟相手とは言え、出されたものを素直に受け取っているようでは、
いずれ誰かに欺かれ、利用される。それを警告する意味も籠めて、
イタズラの一つや二つはあるような気がした。

『旅団』のリーダーであるサレスは、完璧なリーダーである。
言わば万能の天才だ。人を率いるカリスマと、確かな実力を持ち、頭もキレる。
自分も望も、個として立ち向かえば彼には遠く及ばないだろう。

しかし、二人なら―――

サレスを越えられる。越えてみせる。
浩二はそう心に誓い、決意を固めるように拳を握った。



「おーーい! 斉藤。遅れてるぞー!」



遠くで自分を呼ぶ望の声が聞こえる。
思考に没頭する余り、いつの間にか集団から遅れていたらしい。
悪い癖だと思いながら、浩二は今行くと手を振って皆の背中を追いかけた。




**************





魔法の世界に戻ってきて数日が経過した。
自分達に施設が引き渡されるのは明日だが、浩二は一足先に施設のある場所へと訪れ、
やると言っていた、盗聴の魔法がかけられていないかをチェックした帰り道の事である。

「やっぱり、かけられていやがった……」
『ナハハ。相棒の直感が見事に当たりましたなぁ』

サレスは自分を試すようにイタズラの一つぐらいは仕掛けてくる。
そう思っていたら、案の定だった。

「くそ。物置なんかに盗聴と盗撮の魔法をかけやがって……
こんな意味の無い所にだけソレをやるなんて、
絶対に俺が調べるだろう事をよんでやがったな」

敷地の周りから建物の中。
一つ一つを丁寧に確認していった浩二をおちょくる様に、
建物の三階にある収納スペースに一つだけ魔法はかけられていた。

しかも、解除と同時に―――

「おめでとう! よく気がついたな。
だが、組織の参謀ならこれぐらいの用心深さは必要だ―――
しかし、甘い! これには気づいていたか?」

とかいうメッセージが聞こえてくると同時に、
突然天井がパカッと開いてタライが頭に落ちてくるというトラップ付きで……

『まぁ、サレスも相棒を認めとるんやろ?
ククッ……あんなイタズラをわざわざしていくぐらいやからなぁ……』

「いや! あれは、ぜーーーったいに俺をおちょくってるね!」

『でも、相棒も迂闊やったんとちゃいますか?
全部の部屋をチェックして回った筈やのに……
洗い場のタライが一つだけ無い事に気づけなかったんやから』

「あークソ! それには気づいていたよ! クソッ!
だからってまさかオマエ。そのタライをトラップに使うか?
タライが上から降ってくるって、ドリフの大爆笑じゃねーんだぞ!!」

帰り道の森の中で、周りに誰も居ない事もあってか、
浩二は人目をはばからずにシャウトする。その頭にはタンコブができていた。

『タライに水が入っとらんかっただけでも、優しいやおまへんか?
ワイがあのイタズラをしかけた側だったら、間違いなくタライに墨をいれてましたわ』

「鬼かおめーは!」

『それにしても……ププッ―――
突然天井がパカッと開いて、相棒の頭にタライが炸裂した時はマジでウケましたわ!
ガァーーーンとか音がして、ふらふらと千鳥足になった相棒がバタッと倒れた時には、
もう、マジで死ぬと思いましたわ! いやぁ、ええもん見せてもらったでー!』

「ああ、そうだな……オマエ、自分のご主人サマがブッ倒れてんのに、
ゲラゲラと笑っていやがったもんな……」

『ナイスガッツ!』

もしも手があったなら、確実にサムズアップしているだろう『最弱』に、
浩二はコノヤロウ。どうしてくれようかと考えていると、
上空を巨大なエネルギーの塊が通過していき、バッと顔を上げる。

「なんじゃあれはーーーーーッ!」

飛んで来た方向を見ると、アレが放たれたのは支えの塔のある場所からだった。
そして、次の瞬間に見た光景に、浩二はもう一度絶叫する。

「何でその超巨大エネルギー弾を、天使が受け止めとるんじゃーーーー!!!」

もう、何が何だか解らない。自分が旅団本部を離れている間に何があったのか?
あのエネルギー弾は、空を跳んでる少女を迎撃する為に『旅団』が撃ったのか?

支えの塔で何があったのか?
あのエネルギー弾は何なのか?
空とぶ少女は何者なのか?

ここではどれだけ考えても真相は浮かばない。
とりあえず浩二は『最弱』に肉体強化をさせて旅団本部に戻ろうとした所で―――



「……あ」



―――超巨大エネルギー弾を弾き返した少女が、森の中に落下する姿が見えた。



「ちいっ―――!」



旅団本部に戻るよりも、あの少女が落ちた場所の方が近い。
そう思って、浩二は少女が落ちた場所へと駆け出すのだった。





***************





「……サイヤ人襲来……」



少女が落ちた場所に辿り着いたとき、浩二が思わず呟いた言葉がソレであった。
辺り一面の木々は吹き飛び、大きなクレーターが出来ている。
土煙はまだ完全に晴れては居なかったが、クレーターの中心には青い髪の少女が横たわっていた。

「誰だか知らねーけど……アレは絶対に死んでるな……」

そう呟きながら、とりあえずあの少女を調べて見ようと浩二が一歩踏み出すと、
腰の『最弱』が慌てたような声を出す。

『あかん! 相棒! 逃げるんや! あの少女はエターナルや!
まだくたばっとらへん。神剣が消えていないのがその証拠や!』

「なに! アレが噂のエターナルかッ!」

永遠神剣第一位から三位まで上位神剣の保有者にして、
永遠に生き続ける宿業と引き換えに、通常の神剣マスターとは比べ物にならない戦闘能力を有する、
反永遠神剣『最弱』曰く―――生きた災害。

「なぁ……最弱? エターナルとやらは不死身なのか?」

『……限りなく不死身には近いけど、不死身ではおまへん。
死なせる事はできへんけど、消滅させる事ならできまんねん……理論上は、やけどな?』

「その不死性……オマエを叩きつけたら消せるか?」

『ワイは反永遠神剣―――神の奇跡たる、永遠神剣の力を全て否定するヒトのツルギ。
故に理論上は消せます。けど……それを消すほどの力は、まだ相棒にはあらへんねん。
ワイはあくまで道具。行使するのは、あくまで相棒の力やねん……』

解りやすく言えば、手段はあっても実行する力が無いという事である。

『相棒が……』
「俺が何だ?」
『……いや、何でもあらへんねん』

浩二がエターナルになれば、それだけの力を捻り出す事もできると言おうとしたが、
『最弱』は途中でその言葉を飲み込んだ。
もうすでに浩二は、自分のマスターになったが為に、故郷と家族を捨てている。
自分の能力を100%発揮するために、今までの『自分』という存在まで捨てて、
エターナルになれとは言えなかったのだ。

『とにかく、今はココを離れるんや。今は気絶してるみたいやけど……
目覚めて襲い掛かってこられたら100%勝ち目はあらへん。
世刻や永峰女史……それに、旅団のメンバーを全員掻き集めて、倒せるか倒せないかと言う所や』

「エターナルなんて災厄を一人消す、千載一遇のチャンスに何もできないとは……」
『せめてもの腹癒せに、ションベンでも引っ掛けといてやりますか?』
「いいなそれ。弱い生き物の、せめてもの抵抗みたいで」
『……相棒? 言っとくけど冗談やからな?』
「当たり前だろう。俺がそんなアホな事をするとでも思うのか?」

やりそうだから心配なのだと『最弱』は思ったが、口にしなかった。

「よし、それならこの場は撤退するぞ―――」
『おう。触らぬ神にたたりなしや―――」


「『って、何じゃーーーーー」』


振り返ると、すぐ後ろには化け物の姿があった。
よく思い出してみれば、少女が超巨大エネルギー弾を受け止めている時に、
後ろで手を貸していた神獣である。

「振り切るぞ最弱! できるなッ! できなくてもやれ! でなきゃ俺たちは終わりだ!」

『大丈夫! 神獣だけなら何とかなる!
消せないかもしれへんけど、ガリオパルサのようにダメージは与えられる!』

ハリセンを構える浩二。ごくりと唾を飲み込んだ。
大きく足を開き、弾丸のように懐にもぐりこんで一撃。怯んだ隙に全力で逃走する。
たとえエターナルの神獣であろうと、初見の相手にならばこの奇襲は通用する筈だ。


―――ギリッ。


歯軋りの音を鳴らして浩二は神獣を睨みつける。
そして、心の中で自分が死ぬはずが無いと暗示をかける。

「クルルル……」
「キュゥン……」

しかし、そんな浩二に反して、白と青の双竜は澄んだ瞳で浩二を見つめるだけであった。

「……なぁ、最弱」
『……何やねん? 相棒』
「こいつら、襲ってくるつもりないんじゃね?」
『……奇遇やな。ワイもそう思っとったとこやねん……』

浩二と『最弱』が構えたまま話していると、白い竜の方が懐く様に顔を寄せてくる。

「クルルル……」

正確には浩二では無く、彼の持つ反永遠神剣『最弱』に……

『うわっぷ。相棒。何やっとるんや?
助けてんか! ザラザラの肌でスリスリすんのはやめてーや!』

「なんだか知らんが懐かれてるな、オマエ……もしかして知り合いか?
もしくは、以前にオマエのマスターだったって言う岬今日子って人の知り合い」

『知らへんねん。こんなの! ってーか、オノレ、白いの! 舐めるのは止さんかい。
涎でべったべたになってまうやないけ!』

悲鳴をあげる『最弱』が余りにも哀れなので、浩二は白い竜の前から『最弱』を背中に隠した。
すると白い竜だけではなく、蒼い竜までもが不機嫌そうな目をする。
仕方がないのでまた前に出すと、白い竜が再び『最弱』に懐いてきた。

『のわーーーーっ! なめるんやないでー!
なめ、なめ、なめ、なめんなよーーーー!』

「……なに、これ?」
「うわぁ……パパやママ以外に、ゆーくんがこんなに誰かに懐くなんて……」
「―――っ! ほうあーーーー!」

浩二は思いっきり飛びのいた。自分と『最弱』以外の人の声が聞こえたからだ。
バッと振り返って見ると、クレーターの中心で気絶していた少女が、
いつの間にか立ち上がっており、こちらをニコニコと見つめていた。

「あ、初めましておにーさん。私、ユーフォリアって言います」
「―――迂闊っ!」

叫び声をあげる『最弱』と、それに懐く白い竜という、
あまりにも温い空気に気をとられすぎて、エターナルの少女が目を覚ましていた事に気づけなかった。

「くそっ!」

浩二は思考を完全に切り替える。もはやお約束になってるぐらいに最悪な状況だ。
倒すなどありえない。逃げるなど、空を飛ぶ相手を振り切れる筈が無い。
ならば、残された選択肢は―――

「やぁ、目が醒めたんですね美しいお嬢さん。
死んでしまったのかと思って、気が気では無かったですよ」

―――説得。それしかない。

「あ、やっぱりおにーさんが助けてくれたんですか?
ゆーくんの面倒まで見てもらって、ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げるユーフォリアと名乗ったエターナル。

「無事なようなら何よりです。
では、私も先を急ぐ身ですので、これで―――」

よし、相手は何か勘違いをしているようだ。
どこをどう見たのか知らないが、自分を恩人だと思っている。
これなら殺されることはないだろうと、安心して背を向けた瞬間―――


「まってください!」


―――と言って止められた。

「……な、なんでしょうか?」
「あの、ここは何処なんですか? 何で私はここに居るんですか?」
「………はぁ?」

そんなモノは俺が知りたいわボケェ! そう叫びたいのを我慢する浩二。
相手がエターナルでは無かったら確実に言っていただろう。

「いや、私もたまたま通りがかったのをお助けしたまでなので、そこまでは……
では、そういう事で……」

「まってください!」

さっさとこの場を立ち去りたい浩二と、超巨大エネルギー弾を弾き返し、
全ての力を出し切って地面に落下したショックで記憶喪失になり、
今は藁をも掴まんばかりに助けを求めているユーフォリア。

「待てませぬ! いかせてくだされーーーーーっ!」
「待ってください! もうちょっと話をーーーーーっ!」

思いっきり逆の事を考えている二人は、
行かせて、行かないで、行かせて、行かないで! と、しばらく寸劇のようなやり取りをした。

「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」

意地でもこの場を立ち去ろうとする浩二と、意地でもいかせまいとするユーフォリア。
今、浩二のズボンは半分ずり下がっており、その裾はユーフォリアがしっかりと握っている。
やれやれと首を振ると、浩二は諦めたかのように両手をあげた。

「……ふぅ、キミには負けたよ……」
「よかった……」

ユーフォリアは、やっと話を聞いてくれるつもりになったのかとその手を離す。
浩二は、ずり下がったズボンを上にあげてベルトを締めなおすと、ユーフォリアにニコッと微笑んだ。

「……じゃ、そういう事で」
「だから、待ってください!」
「待ったらどうなる?」
「話しを聞いてもらいます」
「何故に俺?」
「……あれ? そう言えば何でだろ?」

はて? と指先を唇に当てて上目遣いに考える仕草をするユーフォリア。
浩二はその後頭部にハリセンを振り下ろした。スパーンと快音が響く。

「あいたっ!」
「オノレは、意味も解らんと俺のズボンを脱がしかけるまで引っ張っとったんかい!」

「うう~っ……だって、仕方ないじゃないですか……
心細かったんですから……と、いうか、こんないたいけな少女を放り出して、
さっさと何処かに行こうとするおにーさんも悪いです」

「だから俺は急いでるんだよ! 行かなきゃいけない所があるんだよ!」
「……それ、どこですか?」

強い口調で浩二が言うと、ユーフォリアはその幼い顔に見合った表情でムッとする。

「あそこ」

浩二がそう言って、支えの塔を顎で指すと、ユーフォリアはサッと手を翳した。
その瞬間、光と共に現れる永遠神剣・第三位『悠久』
彼女はそれを放り投げると、浩二の手を掴んでジャンプした。

「ちょ、おま、俺をどうするつもり……だーーーーーーーーッ!!!」
「ゆーくん。飛んで! あそこにある塔まで行くよ!」

そして、自らが投げた神剣に飛び乗ると、キッと凛々しい表情を見せて自らの神獣に命じる。


「いっけーーーーー!」


ユーフォリアの掛け声と共に『悠久』はロケットが加速するかの如く真横に飛ぶ。
浩二は、ユーフォリアに手を引かれる形で真横になって空を飛んでいる。





「うっ―――ひょおおおおおおーーーーーーーーッ!!!!」





その叫び声はドップラー音のようになって消えていくのだった。









[2521] THE FOOL 30話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:28d4a174
Date: 2008/03/26 07:18







支えの塔にある制御室。
世刻望は、己の神剣である『黎明』を構えながら、一人の少年と対峙したいた。
黒い上着に黒いズボン。白い髪と蒼い瞳。
居合いのような構えで刀の形をした永遠神剣を構える少年―――暁絶である。



「何だ……今のは何をしたんだ!」



望はワケが判らないとばかりに叫んだ。
旅団本部でレーメと他愛も無い話をしていた所を、永遠神剣の共鳴の音で呼び出され、
僅かな前口上の後に、自分達が戦うのは宿命だと言って戦いを挑んできた絶。

始めは友との戦いに躊躇する望だったが、絶はそんな望の様子に失望したような顔をすると、
冷たい瞳と声で、自分と本気で戦わないならば仲間を殺すと言ってきた。
おまえの目の前で惨たらしく殺し、それでも足りなければ、この世界を滅ぼすと冷たく言い放ったのだ。

その瞬間―――

望の中に抱えた強力な意思が表に現れた。
破壊神ジルオルの鼓動。周りの全てを吹き飛ばすが如く渦巻くエネルギー。
戦いを乗り越えるたびに強く感じるようになっていたもう一人の自分が、
絶を滅ぼすべき敵だと認識して力を暴走させたのだ。

絶は、そんな望を見ると喉を鳴らして嬉しそうに笑った。
腕を翳すと、行き場無く渦巻いていた望のエネルギーに出口を作ってやり、
それを空に向けて放ったのである。

「答えろ絶っ! 今のは何だッ!」

「意念だよ……対象を滅ぼそうとする意思。
おまえが身体中から噴き出したその意志を、俺は純粋な破壊エネルギーに変えて撃ち放ったんだ」

「おまえは何を企んでいる。俺をどうするつもりなんだ?」
「それを知りたければ―――むっ!?」

言葉の途中で絶は大きく目を見開いた。
先程放った破壊エネルギーの塊が、目標から撥ね返されて戻ってきたからだ。

「クッ! まさか撥ね返されるとは……望ッ!
力を貸せ、アレの直撃を受けたら支えの塔など吹っ飛ぶぞ!」

斉藤浩二がこの場にいたならば、自分でやっておいてそれはねーだろとツッコミを入れたであろうが、
ここに居るのは世刻望である。支えの塔が吹き飛ぶと聞いては力を貸さない訳にはいかず、
『黎明』に力を籠めたその時―――


「なに!?」
「女の子……っ!?」


―――撥ね返された破壊エネルギーの塊は、双竜を後ろに従えた少女が押し留めていた。


「まさか、アレを受け止めるとは……」


絶が目を見開いている。その肩に座った『暁天』の神獣ナナシも表情を固まらせていた。
やがて、少女は破壊エネルギーの塊を上空に弾くと、
起動を変えられた破壊エネルギーの塊は爆音と閃光を走らせる。

「マスター。衝撃波がきます!」
「ノゾム!!!」

絶と望。二人の神獣が危険を伝えるがもう遅い。
押し寄せた爆風が、支えの塔にいる望と絶の身体をさらっていた。

「くあっ!」
「―――っ!」

ガラスを割り、塔の上から投げ出される望と絶。

「ノゾム。体制を整えろ。このままでは地面に叩きつけれるぞ」
「わかってる!」
「マスター!」
「心配するな。ナナシ……」

レーメの声に叫んで返す望。
二人は落下しながらも空中で体制を建て直し、ズダンッと音をたてて着地した。

「はぁ、はぁ、はぁ……」
「やれやれ……運命は、時に予測もつかない結果を用意する」

荒い息を吐く望と、涼しい顔の絶。

「絶……おまえの目的は何だ?
俺を支えの塔に呼び出し、戦いを仕掛け……挑発して、訳の解らない事をして―――ッ!
オマエは何を企んでる! 何を考えているんだ!」

望は立ち上がると、涼しげな顔で立っている絶の襟首を掴んだ。

「悪いが、教えるつもりはない……
それに、実験が終わった以上、もうこの世界に用は無い。決着は、また今度の機会だな……」

「何でだよっ! 何でこんな事をするんだよ!
解らないっ! 俺にはオマエが解らない……どうして……」

「…………」

「俺達は……友達じゃ無かったのか?
俺は、おまえの事を……一番の親友だと思ってた。なのに―――っ」

「―――フッ」

嘲笑と共に絶は掴まれていた襟首を乱暴に振りほどく。

「あの日、俺に学園で襲われて……
今もこんな目に合わされておきながら、まだ俺を友と呼ぶか?
ホントに………おまえは、とことんまでオメデタイ奴だな」

「―――っ!」

その言葉を投げつけられた瞬間。
望は弾かれたように顔をあげて絶の横面を殴っていた。

「うぐっ!」

力任せに振り上げられた拳など、あっさりとよけられた筈なのに、あえてそれを受ける絶。
今まで欺いていた望に、一発ぐらいは殴られてやろうと思っていたのである。

「さて……これで欺いた詫びはすませたぞ。一応これも言っておくが……
俺は、誰かに操られている訳でも、命令されている訳でもない。
あの時も、今も至って正気だ。自分の意思でオマエに剣を向け、自分の意思で今ここに居る」

「絶っ………」

望の瞳に涙が滲んだ。彼にとって暁絶という少年は特別だったのだ。
誰よりも気の合う友達。困ったときにはさり気なくアドバイスしてくれて、
嬉しい事があった時には一緒になって喜んでくれる親友だったのだ。

そんな少年が自分を殺そうと刃を突きつける。その理由を語る事無く……
ならば、今までの自分の気持ちは何だったのだ?
彼を親友だと思っていたのは自分だけで、始めから彼は自分の事など何とも思って居なかったのか?
共に過ごしたあの日々は、一体なんだったと言うのだ……

「全ての答えが知りたいと言うならば、俺を追って来い。
そこで全てを教えてやる。俺の目的。俺の想い。どうしてオマエに近づいたのか、
どうしてオマエに剣を向けるのか……全部な」

俯いたままの望に、絶は背を向けながら呟いた。

「ナナシ」
「イエス。マスター」

「望の神獣……確かレーメだったな?
彼女に座標を教えてやれ。俺の世界の場所を―――」

そう言って絶は歩き去っていく。

「手を出しなさい。レーメ」
「むっ、偉そうだな。おまえ」
「貴方に言われたくありません。さっさと出しなさい」
「むぅ……」

強い口調でナナシに言われると、渋々と言った感じで手を差し出すレーメ。
ナナシとレーメの手が合わさると、そこから光があふれ出し、
その光がレーメの中に吸い込まれていくと、彼女はふらふらと望の傍まで飛び、
彼の頭の上にポテッと落ちた。

「これで、マスターの世界への座標をレーメにアップロードしました。
彼女が居れば、迷う事無くマスターの待つ世界へとこれる事でしょう」

「うむむ……頭がくらくらする……」
「大丈夫か? レーメ!」
「う、うむ……なんとか……」

望は、自分の神獣が無事である事を確認すると、
空中に浮かんでいる人型の神獣ナナシに声をかけた。

「おまえとレーメの関係は何だ? いや、俺の『黎明』と、絶の『暁天』との関係!
俺とレーメだけに伝わる神剣の共鳴や、今の情報伝達など、どうしてこんな事ができる!」

「……それは、マスターに直接お聞きください」
「絶は……次の世界に行けば、必ず全てを教えてくれるんだな?」
「マスターが話す気ならば話すでしょう。では……私もこれで……」

そう言ってナナシは絶が立ち去って行った方に向かって飛び去って行った。
後には望と、まだフラフラとしているレーメだけが取り残される。


「……絶……」


一度だけその名前を呟く望。
そして、この事をどう皆に伝えようと背を向けた時―――




「ひょおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーっ!!!!」




―――何か、どこかで聞いたことのある声が近づいているのに気がついた。






**************





「斉藤!?」




顔をあげる望。すると、上空には槍の様なモノにまたがった少女に手を引かれ、
今まさにこの場所に飛んでこようとしている斉藤浩二の姿があった。

「あいつ、何やって―――」

そう口にした瞬間。目的地についたとばかりに急ブレーキで止まる少女。
しかし、後ろから引っ張られている浩二には遠心力が働くわけで……
少女は塔の外壁直前で止まったが、浩二はビターーーンという物凄い音と共に塔に叩きつけられた。

「あべしっ!!!!」

「「あ!」」

少女と望の声が重なる。その時にはもう手遅れで、
壁に叩き付けれた虫のように、浩二はずるずると壁に張り付いたまま落ちてくるのであった。

「斉藤!」
「おにーさん!」

慌てて駆け寄る望と少女―――ユーフォリア。
望は、この少女が先に破壊エネルギーを弾き飛ばした少女だと気づいていたが、
それどころでは無いので、少女を無視して浩二を助け起こした。

「生きてるか? 斉藤! おい!」
「おにーさん! おにーさん!」
「……うっ、あ……あ……」

叩きつけられる瞬間に受身を取ったのか、目だった外傷は無い。
それでも気絶しているのか、どれだけ呼びかけても目を閉じたまま呻き声をあげるだけだ。

「斉藤! おい、起きろ斉藤!」
「うっ!」
「死ぬな! 斉藤ッ!」
「ううっ!」

ビンタをくらわせる望。左右に何度もビンタ。
浩二の頬がビンタをくらって赤く腫れ上がっていく。

「―――って、痛い! ちょ、やめてくれ! 痛いって!」
「おおっ!」
「何がおおっ……だ! おまえ、俺の顔をアンパンマンにする気か!」
「いや、その……ゴメン。斉藤が死んだんじゃないかと思って……」
「ったく―――」

そこで、望の後ろで心配そうな顔をしているユーフォリアに気がついた。
目と目が合うと、ユーフォリアはバッと大きく頭を下げる。

「ごめんなさい。おにーさん」
「いや……いいよ」
「でも―――」
「最後はアレだったが、空を飛ぶという貴重な体験をさせてもらったからな」

そう言って浩二が笑いかけると、ユーフォリアはパッと顔を輝かせる。
花が咲いたような明るい笑顔であった。

「……あの、お礼とお詫びにもう一回飛びましょうか?」
「いえ。丁重にお断りさせて頂きます」

スッと頭を下げて断る浩二。
挙措にも言葉の響きにも一部の隙も無い、完璧な断り方であった。

「……ううっ、つれないです………おにーさん……」

そんな浩二の態度にユーフォリアは拗ねたような顔をする。
一人だけ置いてかれたような形の望は、とりあえず浩二に事情を聞いてみる事にした。

「……で、斉藤。この娘は誰なんだ?」
「ユーフォリア」
「いや、名前じゃなくておまえとの関係だよ」
「俺とユーフォリアの関係……ねぇ……」

何でもないと言うのが事実だが、それでは望は納得しないだろう。
そう思った浩二は、簡単に出会いから現在に至るまでを説明してやる事にする。

「望。おまえ、外に居たならさっきの騒動見ていただろう?
あの、空に巨大なエネルギー弾が何度も横切っていったヤツ」

「あ、ああ……」

見たも何も望は当事者であるのだが、この場では曖昧に頷いておく。

「最後に、そのエネルギー弾を空に吹っ飛ばしたのが彼女だ。
俺は、たまたま用事があってあの近くに居たから、
その後に彼女が落下してきた場所の近くに見に行ったのさ」

「……それで?」

ゴクリと唾を飲み込む望。

「で、まぁ……その後の詳しいやり取りは省かせてもらうが、
目を覚ました彼女から話を聞く限り、それで記憶を失ってしまったらしい」

「え?」

絶の策略に嵌められたとはいえ、それならば彼女の記憶を奪ったのは自分だ。
望は青い顔で、自分の横に立つユーフォリアを見る。
ユーフォリアは突然振り返って自分の顔を見る望に、ハテナ顔を浮かべていた。

「ついでに言うと……敵意はないみたいだが、彼女は永遠神剣のマスターだ。
それも、第五位のおまえよりも上のマスター。エターナルと呼ばれる超戦士だ」

望はエターナルと言うモノが何であるのかは解らなかったが、
第五位の神剣マスターである自分よりも位が上だと言うのは理解できた。

「………正直、俺達の手に負える存在じゃない。
だから、とりあえずサレスの所に連れて行こうと思うんだ」

「でも……」

そう呟いて望はユーフォリアの顔をもう一度見た。

「何ですか?」

何度も自分の顔を見てくる望を不思議に思ったらしく、首をかしげながら尋ねてくるユーフォリア。
そんな彼女のあどけない仕草に、望は居た堪れなくなった。

「―――っ! 斉藤!」
「……ん、何だ?」
「この娘……記憶が戻るまで、俺達のコミュニティーに来て貰ったらダメか?」
「……おまえ、俺の話しをちゃんと聞いてたか?」
「ああ」
「彼女は俺達の手に負えないって―――ハァ……」

真っ直ぐな瞳で自分を見つめてくる望に、浩二は途中で言葉を切ると軽く溜息を吐く。
この四ヶ月余りの付き合いで解ったのだが、望がこういう瞳をする時は、
彼なりにどうしても譲れない時がある場合だと知ったからだ。

「理由は……説明してくれるんだよな?」
「勿論。でも、それは皆も交えて……」
「オーケー。重大事項はみんなで相談して決める。だもんな?」

浩二はそう言うと、ユーフォリアの正面で少しかがむ。
まずは本人に確認をとるのが先だからだ。

「ユーフォリア」
「あ、はい!」
「記憶が戻るまで……俺達と来るか?」


「………はい! おにーさん達さえよろしければ!」



浩二の問いに力強く答えるユーフォリア。
それは、今までに見た笑顔で一番だと思えるほどに嬉しそうな顔だった。






******************





「そ・れ・で・は……ありゃ、全部……
暁にホイホイと誘い出された、おまえが原因かーーーーーーッ!!!」

「おぐっ! ギブギブ!!!」

事情を聞いた浩二は、望に逆エビ固めをかけていた。
希美、沙月、カティマ、ルプトナという他のメンバーは呆れたような、
怒っているような表情で望を見ている。

「あの、あのあの! 私、気にしていませんから!」

一人だけオロオロしてるのがユーフォリアだ。

「いいか! おまえはっ! 俺達のっ! リーダー! なんだぞッ!」
「ぐえっ、ぐあっ、ぐおっ!」

「そこんとこを、もっと自覚して……
軽率な! 行動を! 取るんじゃ! ないっ!」

「ギブ! ギブ! ギブ! あーーーーーッ!」

今までの自分の軽率さは棚上げして望を締め付ける浩二。
だからこそ女性陣は呆れたような目で見ているのである。
おそらく、どっちもどっちだと思っているのだろう。

「ま、まぁ……落ち着いてよ浩二くん。
望ちゃんも、暁くんに騙されて利用された訳なんだし……」

「そ、そうですよ。おにーさん。
私も望さんのせいだと思ってないし、気にしてませんから」

「―――チッ!」

被害にあった張本人であるユーフォリアがそう言うなら、止めるしかない。
浩二は舌打ちして望を開放する。

「ユーフォリアを、このコミュニティーに入れたいと言い出した理由はこれで解った。
てゆーか、そーいう事情なら入れるしかねーだろ」

「ううっ……すまない……みんな……」

「望! 俺は組織を作ろうとは言ったが……
世刻軍団を作ろうと言った訳じゃねーんだからな!」

「世刻軍団?」

希美が浩二の言葉に不思議そうな顔をうかべる。
同じようにカティマとルプトナも、世刻軍団なる意味が解らず首をかしげていた。
一人だけ、意味がなんとなく解った沙月は苦笑している。

「でも、部屋は沢山空いてるのが幸いだったわね……」

この場を取り成すように沙月が言う。
今、浩二達は明日引き渡される自分達の拠点に来ていた。
どうせリフォームは済んでいて、明日から自分達のモノになるのだから、
今日からこちらに移っても同じだろうと、待ちきれずにやって来たのである。

ちなみに、今のところ部屋割りは、二階を沙月達が使うことになり、
浩二と望は一階の部屋をそれぞれ自分の私室とした。

今後人が増えたら部屋割りについても話し合わなければいけないが、
今は十六人が住める拠点に、飛び入り参加のユーフォリアを加えても七人しかいないのだ。
アバウトに二階が女性部屋。一階が男性部屋と決めたのだった。

「あの、本当に……私もお部屋を貰っちゃってよかったんですか?」
「勿論いいわよ。むしろ部屋が余ってるぐらいなんだし」

ユーフォリアが遠慮がちに尋ねると、沙月が笑いながら答える。
礼儀正しく人懐っこい彼女は、すっかり他のメンバーとも打ち解け、
今はどういう訳か、一番小さいサイズの物部学園の制服を着ていた。
ついでに言うと、ここにいるメンバーはみんな物部学園の学生服である。

「それじゃあ、バカヤローのせいで話しが横道にそれたが……
今から第一回目の会議を始めるぞ?
とりあえず、今までの話し合いで決まった事を纏めるから」

「うん。お願い斉藤くん」

作戦室にあるホワイトボードの前に立つ浩二。
それから、箇条書きで決まった事を書き出していく。
今まではその役目は沙月だったが、立場が変わったので今は浩二が書いていた。
ちなみに、その字は沙月よりも綺麗で読みやすいと皆が思ったのは秘密である。



***************************************************************************



物部学園・永遠神剣組(仮)
ディスカッション 『第1回』

~ 今後の対外活動 ~


一つ。次の目的地は暁絶に指定された世界。
二つ。そこで暁絶の真意を尋ね、できる事なら説得。できなければ撃破。

―――――――――――――――――――――――――――――――――


~ 内部条例 ~


一つ。洗濯物は各人でやる。その際に洗剤は使いすぎない。
   永峰が書いた洗濯物と洗剤使用量の目安を見て、節約しながら使うこと。

二つ。料理当番は交代でやる。永峰、カティマ、斑鳩のグループと、
   斉藤、世刻、ルプトナ、ユーフォリアのグループで10日毎に交代。

三つ。風呂の時間は、ここの時計の時間で17~18時が男性。18~20時が女性。
   自室のシャワーは自由とするが、節水の為にできる限り大浴場を使うことにする。

四つ。食事の時間は、通常形態で朝食が八時。昼食は十三時。夕食は二十時。
   補給の目安が立たなくなり、食料の備蓄が減少してきた場合は緊急形態へとシフトチェンジ。
   朝食十時の夕食二十時という一日二食とする。

五つ。食料は生鮮食料品が冷蔵庫に七人で日に三回食べて20日分あり、
   缶詰や乾物などの非常食が、倉庫には25日分ある。
   すなわち通常移動で45日分があり、緊急形態ならば60日。
   嗜好品としてある菓子も食料に含めれば、最大で65日までの移動が可能である。

六つ。食料庫の鍵については永峰が管理。嗜好品の鍵については斉藤が管理するものとする。

七つ。コントロールルームでの夜勤は、基本的に二人組み。
   これはローテーションで毎日バラバラの組み合わせにして回すものとする。

八つ。みんな仲良く喧嘩しない。


********************************************************************************





「……以上。何か質問がある人は?」




ホワイトボードに決まった事を書き写すと、皆の方を振り返る浩二。
何だか取り決めが後半に進むにつれ所帯じみてきたなぁと思ったが、
すぐに所帯をもつのだから、所帯じみて当然かと苦笑した。

「はーい」
「はい。沙月先輩」

「質問じゃ無いんだけど……斉藤くんと望くんが出かけている時に、
私達の組織の名前を決めたから、それを伝えようと思って……
いつまでも物部学園・永遠神剣組(仮)じゃ締まらないでしょ?」

「俺は別にそれでも構わないのですが……」
「私達がイヤなの」
「……そーすか」

別に名前に拘りはないが、SOS団とかだったらマジでやめてくれと思う浩二。
しかし、沙月がじゃじゃーんと前置きをした後に言った名前は予想に反してまともなモノだった。

「私達のコミュニティーの名前は『天の箱舟』
みんなで意見を出し合ったけど、最後はカティマが考えたコレに落ち着いたわ」

沙月がそう言うと、カティマが少し照れくさそうに名前の由来を説明し始める。
これは、彼女の世界にものべーが降り立った時、
天より現れた沙月達の乗り物『ものべー』を、天の遣いが乗ってきた箱舟に見えた事が理由らしい。

「ボクは、ルプトナと愉快な仲間達がいいと思うんだけどなぁ……」

最後まで名前決めの際にその名前を押したルプトナは、まだ諦め切れないような顔で呟く。
浩二と望は、心の底から『天の箱舟』に決まってよかったと思った。

「それでは俺達『天の箱舟』は、明日正式にこの建物を『旅団』から譲渡されたら、
ものべーで暁が指定してきた世界に向かう。これでいいな?」

皆を見回しながら言う浩二。
すると、ルプトナがはいっと言って手を上げた。

「何だ? ルプトナ」
「えーと、そのなんとかの絶って人は―――」
「永遠神剣・第五位『びっくり暁天』の絶だ」
「ちょ、おま」

余計な言葉を加える浩二に、望が思わず声を上げる。
しかし、ルプトナはそれを信じてしまったらしく、何度もびっくり暁天を繰り返していた。

「その『びっくり暁天』の絶は、望達のトモダチなんでしょ?
本当に倒しちゃっていいの?」

「さぁな。とりあえず望の話しでは、ヤツが指定した場所に俺達が行けば、
事情を全部説明してくれるそうだから……ボードに書いたとおり、
戦うかどうかを決めるのは、まず話を聞いてからだな」

「そっか。戦わないで済むといいね」

納得したようなルプトナの隣では『びっくり暁天』の絶がツボだったらしい希美が、
身体を震わせて笑いを堪えている。おそらく、何にでもビックリ驚いて、
仰天してばかりの暁絶を想像して笑っているのだろう。

「オーケー。それじゃ、もう質問と疑問は無いようなので、
第一回『天の箱舟』の活動会議は終わり。
それでは最後に、我等のリーダーのお言葉で締めさせて頂きたいと思います」

そう言って浩二が望の方に皆の視線を誘導すると、
いきなり締めの言葉をと言われた望はびっくりしたように瞬きを繰り返す。

「……俺?」
「おまえ以外に誰がいると言うんだ……」
「あ―――うん。それじゃ……みんな。これからがんばろうぜ?」

凄まじく早い締めの言葉であった。
沙月と希美は、噴き出しそうになるのを押さえている。
カティマは頷き、ルプトナはおーと言いながら腕をあげている。

「……それだけ?」
「……え、ダメ?」

「ダメじゃないが、もうちょっと……ほら、あるだろ?
もっと、こう……記念すべき一回目の会議なんだから……」

「ゴメン。俺、こういうの苦手なんだ! 斉藤。頼む!」

パシッと手を合わせる望に、浩二は眩暈を感じたが、
コレをフォローするのも自分の役目かと思い直して、締めの言葉をいう事にした。


「我等『天の箱舟』は、私利私欲の為に戦う集団にあらず。
理不尽なる暴威に泣く、力なき民草を護るために立ち上がった、
崇高なる目的を抱いた戦士の集まりである。

敵は、己が欲望の為に世界を混沌に陥れようとする者すべて。
世界に平和を、世界に安らぎを、我等これより時空をかける天兵とならん!」


「「「「 ぶっ―――あっはははははははははは!!! 」」」」


「ちょ、ププッ―――やめて、斉藤くん……そんな真面目な顔で……
さ、さっきの……望くんとのギャップで、お腹が……」

「あははは! こ、浩二くん……望ちゃんのアレと違いすぎだよ……ブッ―――
あは、ははっ、あはははははは! もうダメ……アハハハハ!!」

「わ、笑っちゃダメだとは思うんだけど……
……ご、ごめんなさい。おにーさん……これはちょっと―――ぷぷっ」

芝居がかった口調で、さも立派な志を掲げる浩二の言葉は、
先の一言で終わった望の言葉とのギャップが凄すぎて、皆は思わず噴き出してしまう。
その後、会議は爆笑のうちに終わり、手を掲げた浩二だけが作戦室にいつまでも立ち尽くしていた……



『……相棒。いつまでも手をあげて固まっとらんと、ワイらも食堂に降りようで?
今日はこの後、みんなで結成記念パーティやるんとちゃうんでっか?』


「……初日から……心が折れそうだよ……俺……」





******************






「それではな。のぞむ……主らの活躍。期待しておるぞ」
「ああ。ナーヤの期待にどこまで応えれるかは分からないけど……」

世刻望をリーダーに仰ぐ永遠神剣マスター達のコミュニティー『天の箱舟』は、
魔法の世界で世話になった人達や『旅団』のメンバーに囲まれながら、最後の別れを惜しんでいた。

「それじゃ、タリア。そっちは任せたわよ」

「ええ。けれどアレね? どうせなら斑鳩じゃなくて、
この馬鹿を引き取ってくれればよかったのに」

「何だと!」

そんな中で、斉藤浩二は『旅団』のリーダーであるサレスと向かい合って居た。

「……世話になったな」

「なに、この程度の事はどうという事も無い。
それよりもサプライズは楽しんで貰えたか?」

「そりゃもう十分にね」

皮肉を籠めて浩二が言うと、サレスはフッと笑う。

「ならば、これ以上は何も言うまい。おまえ達の組織『天の箱舟』だったか?
名目上は世刻望がリーダーであるが、アレはおまえの組織だ。
上手く動かして見せろ。私が一から『旅団』を立ち上げたのに対し、おまえは随分と恵まれている。
永遠神剣のマスターを6人も抱え、その内1人はエターナルなのだからな」

その気になれば、いくつもの世界を牛耳る事だって可能な戦力である。
全員が浩二の部下である訳では無いが、その辺は上手く立ち回ればいいだけの話である。
サレスは、自分が浩二の立場であるならば、
彼等を自分の目的に沿うように誘導できると言外で言っているようだった。

「勘違いするな。組織を立ち上げる切っ掛けを作ったのは確かに俺だが、
別に俺はそれで何かをしようなんて思ってない」

「……ほう?」
「本当にアレは望の為に立ち上げたんだ。俺はそれを見守るだけさ」
「そんなに気に入ったか? 世刻望が……」

「少なくとも、破壊活動を繰り返す『光をもたらすもの』や、
真意の分からない『旅団』の為に、この神剣を捧げるよりは十分に良い」

反永遠神剣という一本しかない神剣を持つ自分は、
それこそ色々な者達に狙われる立場にある事は理解した。
そんな者達から身を護る為には、何処かの組織に従属して庇護を受けるか、
全てに背を向けて、力を隠しながらコソコソと生きていくしか無い。

神剣のマスターとしての力を隠して、誰も気がつかないような世界で、
身分を偽り生きていく事が嫌な訳では無いが……
それは、この身体がある限り、何時でもできる事である。

「アンタ達『旅団』が、本当に『光をもたらすもの』の破壊活動を
止める為だけに作られた組織であるならば、俺は『旅団』に入ってもよかった。
けど、それだけじゃないだろ? 『旅団』は、それだけの為に作られた組織じゃない。
ヤツィータさんやアンタが説明してくれた『旅団』は表の部分だけで、
きっと『旅団』には、人には言えない裏の部分があるんじゃないか?」

「…………」

「嫌なんだよ。そーいうの……分からない所で利用されて、
その結果として、ワケの分かんない責任を押し付けられるのが……」

一度きりの人生なのだ。歩く道くらい、全てを自分で決めて歩きたい。
覚悟して望んだ茨の道ならば、どんなに辛くても納得して歩けるから……

「望には裏が無い。本当に真っ直ぐに、自分の想いを曝け出して進んでいく。
裏が無いから、気づかずに利用なんてされる心配が無い。
だから俺は、この神剣を―――反永遠神剣を振るい、護る相手に望達を選んだ」

浩二はそこで一旦言葉を切る。
そして、眼鏡の奥のサレスの瞳を見つめてこう言った。

「察しの良いアンタなら気づいてるかもしれないけど……俺、基本的に人が嫌いなんだわ。
けど……孤独には耐えられても、孤立には耐えられない弱虫だから、
いつも皆に良い顔をしてる―――それが俺。斉藤浩二」

斉藤浩二なる少年が、その神剣である『最弱』にだけは心を開いている訳は、
本当にシンプルなものである。自分の『相棒』である『最弱』は、
決して自分を裏切らぬから、傷つけぬと知っているからこそ心を開いているのである。

「こんな俺だから、浅い付き合いの表面的なトモダチは多くても……
親友や恋人という特別なヒトが一人も居ないのも当然だと思ってる。
だって、俺が嫌ってるんだから、こんなヤツ好きになってくれるヒトなんかいる訳ねーじゃん」

誰にも言ったことの無い、浩二の偽り無い本心だった。

「……どうして、それを私に話そうと思った?」

「何でかな? たぶん、今の俺ではアンタに何一つ敵わないと思い、
どれだけ隠したって、仮面を被ったって、アンタには全部見透かされてると思ったからかな?」

手札は全部バレているのに、隠せてると思って白を切るのはマヌケだ。
そんな事をするぐらいなら、サレンダーして新たに手札を作って挑んだほうが良い。

「さて―――これで敗北宣言はお仕舞い。
次にアンタと会うときは、今よりマシな俺になってるだろうから覚悟してろよ?」

ニヤリと笑いながら不敵な宣言をする浩二。
サレスは微かに笑いながら、なるほど、この少年は手強くなるだろうと思った。

始めは世を拗ねた捻くれた子供だと思っていたが、
何が彼を変えたのか、こうして負けを認めて直挑んでくる気概を見せている。
敵にすれば一番嫌なタイプだ。自分の方が下だと開き直っているから、
負けても当然とばかりに何度も挑みかかってくる。

そういう手合いが一番性質が悪い。強さを求める事に貪欲で、諦めない。
そんな人間は凄い速さで成長していくのだ。

目を背けて寝ていた浩二の、戦士としての部分を目覚めさせたのはベルバルザード。
一人の人間として浩二を目覚めさせたのはサレス。

この二人は、自分は優れた人間であると思い込み、全てを見下して寝ていた斉藤浩二を、
ベルバルザードは力で、サレスは人間としての大きさで、
文字どうり叩きのめして目覚めさせたのだ。

「それじゃ、そう言う事で……施設は有り難く使わせてもらうから」

手を振って去っていく浩二。今の彼ならば……
自分が手元に置いて3~4年ぐらい育てれば、
真の意味で自分に成り代わり、この『旅団』を率いる事のできる人間にできたかもしれない。






「逃した魚は……思った以上に大きかったのかもしれないな……」






そう呟き、サレスは飛び立っていくものべーの姿を見上げるのだった。









[2521] THE FOOL 31話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:28d4a174
Date: 2008/03/31 19:28





「クルルル♪」
『うおーーーーーーっ!!!』


拠点の建物にある屋上。
斉藤浩二は、そこに自分の洗濯物であるシャツやズボンを物干し竿にかけていた。
その横には、堂々と干してある女物の白いパンツが揺れている。

「いや、ね……オマエはもうちょと慎みを持てよ……頼むから……」

浩二はソレをちらりと見て大きく溜息をついた。
干してあるのがルプトナの下着であるからだ

「俺が買った、組み立て式の物干しを、何の許可も無く使う事までは許そう―――
だが、そこに堂々と下着を干すのはどうだろうか?」

物部学園での生活と違い、身内だけの所帯であるし、自分もしている事だから、
共同スペースである屋上に洗濯物を干すのは構わないのだが、
下着くらいは自分の部屋に干せと浩二は思う。

「あ、おにーさん。私も物干し使わせて貰ってもいいですか?」
「ん? 別に構わないが……って、ハァ……」
「どうしたんですか?」
「いや。いいんだ……好きに使ってくれ……」

自分の洗濯物を、屋上に抱えて持ってきたユーフォリアを見て、
浩二はこめかみを押さえながら溜息を吐いた。

「ん……ちょっと、届かない……ゆーくん!」
「クルッ!」

神獣を呼び、踏み台になって貰って自分の洗濯物を竿にかけるユーフォリア。
その洗濯物の中には、ルプトナと同じく下着類も含まれていた。

「ユーフォリア」
「何ですか?」
「下着くらいは、自分の部屋に干さないか?」
「え? でも……洗濯物は、ちゃんとお日様の下に干さないと」

何でそんな事を聞くのだろうと言う顔をされて、浩二は引き攣った笑みを浮かべる。
もう、浩二はどうでもいいような気分になってきた。
下着泥棒をするヤツなど、このコミュニティーには居ないのだ。

「すまない。どーでもいい事を言った……忘れてくれ」
「あ、はい」

まだ洗濯物を物干し竿にかけているユーフォリアから背を向けて、部屋に戻ろうと振り返る浩二。
すると、自分の神剣が水を被ったようなベタベタな常体で地面に落ちていた。

「………なぁ、最弱……局地的に雨でも振ったか?」

『……雨や、あらへん……コレ、涎やねん……
相棒が洗濯物を干しとる間に……白いのに嬲られて、舐められたんやねん……』

「おまえ、ホントに気に入られてるよなぁ……」

精根尽き果てたような『最弱』を拾い上げると、そこに力を籠める。
すると、今まで涎で塗れて萎びていた『最弱』が、新品のように元に戻った。
ゆーくんの涎の臭いも消えて無臭になる。浩二はそれを確認してから『最弱』を腰に挿した。

『いやぁ、もう……酷い目にあいましたで……』
「ユーフォリアの神獣はアレか? 紙フェチだったりするのか?」
『どんなフェチやねん。そんなヤツはおらへんて!』
「なら、やっぱりアレはおまえに懐いてるんだよなぁ……」
『ケダモノに好かれても嬉しゅうないねん』

階段を降りながら『最弱』と談笑する浩二。
部屋に戻る前に食堂に立ち寄ってレモネードをコップに注ぐと、それを飲みながら自室へと戻った。

「さ、てと……」

腰の『最弱』をお手製の神棚の上に置くと、浩二は机に座って数学の問題集に取り掛かる。
そんなマスターの行動に『最弱』は、うげっと呟いた。

『なーなー。相棒。もう勉強なんてしぃへんでもえーがな』
「ただの暇つぶしだよ。別にしなきゃいかんからしてる訳じゃない」
『楽しいでっか? 勉強』
「楽しくは無いが……まぁ、頭の体操だな」

そう言ってノートにシャープペンシルを走らせる。
ちなみに今、浩二が挑戦している数学の問題集は、
元の世界では最高学府の入試試験の過去問題であった。

暇つぶしに本を用意しても、読み終わってしまったら、後はする事が無くなる。
物部学園に居た時は、生徒達の管理やコミュニティーの維持を考える必要があったので、
浩二に暇な時間というモノはあまり無かったが、今は永遠神剣マスターだけのコミュニティーになり、
雑務が随分と少なくなって、暇ができるようになったのだ。

勿論。仕事が無くなった訳では無い。

『箱舟』と名づけられたこの施設の、管理運営をする総責任者は浩二であるので、
それなりに仕事はある。だが、それは沙月も高く評価している斉藤浩二の事務能力からすれば、
自分を入れて、たった7人のコミュニティーを運営するのは片手間で十分にできる仕事だった。

故に、ものべーでの移動時間に暇を潰す手段として、浩二は元の世界の勉学を選んだのだ。
始めはクロスワードなどの、パズルの類も暇つぶしに考えたが、
どうせ暇つぶしに頭を使うのなら、元の世界の勉学の方が建設的だろうと考えたのである。

『そんなに暇なら、構ってーなー。ワイといつものアホ話しよーでー』
「じゃあ、俺が興味を引くようなネタをふれ。ネタを」

構ってくれと駄々をこねる『最弱』には目も向けず、
思考は数式の回答を解くことだけに回しながら、口だけで相手する浩二。

『そうやな。それじゃあ、みんな大好き恋の話でも―――』
「別に俺は好きじゃあないが?」
『この精神的EDめ……普通は好きなんやっちゅーの!』

視線さえ向けられずに否定された『最弱』は大声で叫ぶ。

『まぁ、ええ。とにかくや、相棒! 部屋でベンキョーなんかしとらんと、
若者らしく女の子を口説いてきなはれ。せっかくの一つ屋根の下なんやし』

「そんな事よりも、イルカの生態系について話さないか?」

『知るかいな。そんなモン! ええから行って来んかい。
でなきゃ、ワイは全力で相棒のベンキョーを邪魔するで?
ワイの十八番のレミオロメンメドレー、略してレミオメドレーを歌い続けるで?』

「チッ。なんてウザイ神剣なんだ……
てゆーか、そんなに暇なら望のレーメみたいに、自分で誰かの所に行って遊んでもらって来い」

『な、なんて事を言うんや……ヨヨヨ。
ワイに神獣が無い事を知っていながら、そんな酷な事を言うなんて……』

「じゃあ仕方ねーな。マスター様が勉強してる時ぐらい静かにしてろ」

『だーかーらー。もう勉強なんてしなくてもえーんやっちゅうの!
それよりも、自分のパートナーである、生死を共にする神剣と、
もっと親睦を深めたほうがええねん。ええねん!』

ジタバタと神棚の上で飛び跳ねる『最弱』に、浩二はチラリと視線を向ける。

「なぁ『最弱』よ、世界広しといえど……俺とおまえ以上の、
パートナーシップを持つ神剣マスターが他にいると思うか?」

『ハッ。世迷い事を……そんなのおる訳ないやろ。ワイと相棒のコンビは最高やねん』
「なら、別に無理して親睦を深めなくても、最高の力を引き出せるだろ」
『そうやな―――って、またんかい! それとコレは話が別やろ?』
「えーと、この問題にはこの方程式を用いて……と」

再び問題集に視線を向けた浩二は、それから振り向いてさえくれない。
仕方ないので『最弱』はコブシを効かせながら粉雪を熱唱した。

『こなぁ~ゆきぃ~ねぇ~』

神剣のくせにやたらと上手いのが癪に障るが、歌いだした『最弱』はのってきたらしく、
その後別の曲を三曲ぐらい歌い続けた。そして、四曲目に入ろうとしたところでハッと気づく。

『って、ちゃうねん! ワイはカラオケしたい訳やないっちゅーの。
もっと……こう、ラブいのを見たいんや。なーなーなー頼むからナンパしよーでー』

「……ったく、ホントうるせぇなオマエは……わーった。わーかった。
とにかく誰かに『甘い言葉』をささやけばオマエは満足なんだな?」

『マジで? マジでやってくれるんでっか?
言わんでも解ってると思うけど……世刻は無しやで? 女の子やで?』

「わかってるってーの」

浩二がペンを止めて立ち上がると『最弱』は期待したようにマスターが部屋を出ていくのを見送った。
『最弱』は浩二の相棒として、彼がいつまでも恋人一人、親友一人居ないのを心配しているのである。
浩二が部屋を出ていく瞬間。ガッツやでーとエールを送った。





*****************





「よう」


部屋を出た浩二は、階段を上がって二階の休憩室に顔を出した。

「あ、浩二くん」
「斉藤殿」
「うーーーっ」

すると、そこには希美とカティマとルプトナが集っており、
テーブルの周りに椅子を寄せて、トランプをしているようだった。

「今、三人でババ抜きしてるんだ。浩二くんも混ざる?」

そう言ったのは希美で、カティマは苦笑しながらカードをルプトナの前に出しており、
ルプトナはどれがババであるのかを真剣に悩んでいる。

「これっ!」
「残念……それがババです」
「あーーーーっ!」

叫び声と共にカードを投げるルプトナ。どうやら彼女が負けたようであった。

「ボク、このトランプって遊び嫌い! いっつもボクが負けるもん!」

そりゃ、あれだけ顔に出てれば当然だろうと浩二は思う。

「じゃ、俺とスピードやるか?」

これならば駆け引きや記憶力などは必要無い。
ただひたすらに反射神経だけを競い合うゲームだ。

「スピード?」
「ああ……」

自分の分の椅子を持ってきて、ルプトナの正面に座る浩二。
それから遊び方を説明してやると、彼女は嬉しそうにボクやると宣言した。

「じゃ、カードを赤と黒で分けて……と」

お互いに最初の四枚を手前に置く。
それからスタートの合図をかけると、永遠神剣マスターどうしの、
物凄い反射神経と、手を出す速度でのスピードが始まった。
常人がやっても5分あれば終わるゲームだが、永遠神剣マスターどうしがやると、
それは途中でお互いが出すカードに詰まっても一分で終わる。

「やった! ボクの勝ち!」

ガッツポーズをとるルプトナ。
その後、スピードが余程気に入ったのか20回ぐらい勝負を挑まれると、
4勝16敗でスピード勝負は浩二の大負けで終わった。

「なんか、最後の方……二人とも手の動きに残像が残ってたよね……」
「ああ……てゆーか、カードゲームで汗をかくとは思わなかったよ」
「斉藤殿。代わってください。私もやってみたいです」
「あ、いいすよ」
「へへーんだ。ボクの速さについてこれるかな?」

つい先程まで、トランプなんて嫌いだと言っていた人物とは思えぬほどに、ルプトナはノリノリだ。
浩二はそんな彼女の様子に小さく笑った。

「それじゃ、俺はそろそろ部屋に戻るわ」
「ん、わかった。それじゃまた、夕食の時間にね」

スピード勝負に熱中しているカティマとルプトナには、
声をかけても耳に入らないだろうと、希美に別れを告げて浩二は休憩室を出る。


「―――あ、そういえば『最弱』との約束を忘れてた……
……ったく、あーもーめんどくせぇなぁ……」


目的を忘れていた事に気がついて、もう一度休憩室に引き返そうとする浩二。

「あ、おにーさん」

すると、自分と入れ替わりで休憩室に顔を出すつもりだったらしい、
ユーフォリアに階段の所ででくわした。

「ユーフォリアか……フム。ちょうどいい。
休憩室に戻る手間が省けた。おーい、ちょっとこっちに来てくれー」

「はーい!」

浩二が名前を呼ぶと、ユーフォリアは笑顔で走りよってくる。

「……えと、何か御用ですか?」
「ああ。ちょっと耳貸してくれないか?」
「……はぁ……どうぞ」

そう言って、横を向くユーフォリアに、浩二はかかんで顔を近づけると―――



「砂糖。砂糖。砂糖。砂糖。砂糖。砂糖」



―――約束どうりに『甘い』言葉のささやきを連発した。

「サンクス」
「……え? 今のは?」
「甘い言葉」
「は?」

キョトンするユーフォリアの頭に、ポンポンと手をおいてなでる浩二。
彼女は、心底ワケが解らないという顔をしていたが、
撫でられるのは気持ちいいのか目を細めてされるがままにしている。

「協力、ありがとな」
「……あ、はい……何だか解りませんけど、どういたしまして……」

浩二は、そんな彼女にもう一度感謝の言葉を告げると、
やれやれと肩を叩きながら去っていくのだった。

とにかく自分は女の子に甘い言葉をささやいてきた。
誤魔化しだろうが、屁理屈だろうが嘘はついていない。
反永遠神剣『最弱』の失敗した所は、誰にも聞かれたくないだろう、
愛の言葉をささやくマスターに気を使って、自室に残ることを選んだ事であった。

「帰ったぞ」
『……お? 何や遅かったな相棒。で、誰に言うて来たんです?』
「ユーフォリア」
『はぁ……こらまた、えらい相手を選んだモノでんなぁ……』

浩二が告白するなら、沙月かルプトナだろうと思っていた『最弱』は、
まさかのユーフォリアという答えに驚いたような声をだす。

『反永遠神剣のマスターと、対極の位置にある存在―――エターナル。
やはり、恋は障害が大きければ大きいほど燃えるか……んで? 反応はどないでした?』

「戸惑ってた」

―――意味が解らず。

本当ならこの言葉を前につけるべきなのだろうが、あえてそれを省略して言う浩二。

『まぁ、ユーフォリア嬢ちゃんとは、まだ出会ったばっかりやからな……
けど……んーーー……んんーーーーっ!
……相棒……やっぱり、相棒もロリ属性が好みなんでっか?
本命は今日子女史だったとはいえ、光陰はんも属性的にはロリ好きやったけど……』

ちなみに、もう浩二は『最弱』の話しなど聞いていない。
数学の世界に没頭してしまっている。
こうなると周りのモノは一切目に入らないし、耳にも入らない。考え事に集中した証拠であった。

『う~む……なんかなぁ……ベンキョーできる人間ってロリコン率高いなぁ……
偉い肩書きの先生が、教え子に手ぇだしたとかで、ニュースにもなっとる時代やし……
―――ん? すると、何やねん? サレスもロリ好きの確率高いがな。 
ナハハ……タリア女史も報われんなぁ、もう年齢が五つか六つぐらい低ければ……』

ひたすらに勉強する浩二と、妄想の翼をどこまでも羽ばたかせる『最弱』
彼等が勉強と妄想を止めるのは、風呂の時間になり、
望が大浴場に行くのを誘いにくるまで続いたのだった。





********************





「おにーさん。おにーさん」


風呂に入り、夕食を終え、食後の休憩がてら浩二は望と共に、
休憩室のソファーに腰かけてまったりしていると、
ユーフォリアが小さな足音をたてながら走りよってきた。

「ん? どうしたユーフォリア」
「私、思い出したんです」
「何を?」
「記憶」

その言葉に浩二はソファーからガバッと音をたてて立ち上がる。
隣では、望が驚いたような表所をしていた。

「戻った……のか?」
「はいっ!」

ゴクリと唾を飲み込みながら言う浩二。
その手は、さり気なく腰の『最弱』に伸ばしている。

「………ん? どうした斉藤?」

おまえも襲い掛かってこられても対応できるように立てと言う思いを籠めて、
望が座っているソファーを軽く蹴るが、彼は暢気な顔でこんな事を言う。
考えが伝わらなかった事に内心で舌打ちするが、
ユーフォリアは浩二の顔を見てニコニコと笑っているだけで、神剣を召喚する気配さえ無かった。

「あのですね。私―――パパにはユーフィって呼ばれていたんです」
「ほう……それで?」
「え? それでって……それだけ、ですけど……」

記憶が戻って最初に伝えるのが自分の愛称とはこれいかに?
ユーフォリアの真意を測りかねる浩二は、相変わらず警戒したままだ。

「いや、記憶が戻ったなら、他にもいう事があるだろ?
魔法の世界にやってきた目的とか、理由とか……」

「え? あ、あの……それは、まだ……
自分がユーフィって呼ばれていた事を思い出したから、
それをおにーさんと、望さんに教えに来ただけで……えへへ」

照れくさそうに笑うユーフォリア。


「だから、これからは私の事はユーフィって―――」


―――スパーン!


「あいたっ!」


浩二は無言でユーフォリアの頭にハリセンを振り下ろした。
それから、人騒がせなと言わんばかりにドカッと音をたててソファーに座りなおす。

「……って、なにするんですか! いきなり酷いです。
ドメスティックバイオレンスですよっ!」

「すまん。俺は無意味な事を言われたら、ハリセンで叩かずにはいられない男という、
オリハルコンネームを背負っているんだ。許してくれ。あと、DVの遣い方間違えてるからな」

そう言って『最弱』の一部分を毟り取ると、
胸ポケットに刺していたボールペンで、自分のステータスを書いて見せてやる。



******************

斉藤浩二

神剣:最下位『最弱』
神獣:無し
誕生世界:元々の世界

オリハルコンネーム

・無意味な事を
・言われたら
・ハリセンで
・叩かずには
・いられない男

******************



「……と、いう宿業を背負っているんだ。だから、悪く思わないでくれ」

神獣と誕生世界以外は、何もかも嘘のステータス表を渡す浩二。
その足元では、いきなり身体をちぎられた『最弱』が悲鳴をあげていた。

「―――フッ!」

力を籠めて『最弱』の千切れた部分を再生してやる浩二。
望は、相変わらずデタラメな神剣だなぁと言う顔でその様子を見ている。
ユーフォリアは、浩二が書いたメモを真剣な顔で読むと、
それならしょうがないですねと言いながら、ニコリと笑った。

「なぁ、斉藤……おまえ、心が痛まないか?」

「さ、流石に……ちょっと罪悪感を感じるな……
てゆーか、何でこんなの信じるんだよ……ここは何処の正直村だ……」

ボケと言うモノは、沙月のようにリアクションをとってくれるか、
希美のように更なるボケで返してくれないと、言ったほうが辛い。
仕方がないので浩二はユーフォリアに素直に謝った。

「嘘つきはどろぼーの始まりですよ。おにーさん」
「すみません」
「今回は許してあげますけど、次に嘘をついたら怒りますからね」
「恐縮の極みであります」

自分より一回りは幼い容姿の少女に説教される浩二。
望は、そんな二人を見ていて気づいた事があった。

「ユーフォリア」
「……え? 何ですか望さん?」
「そういえば俺の事はさんづけなのに、斉藤の事はお兄さんって呼ぶよな?」

そんな望の言葉に、浩二の腰の『最弱』は、心の中で好感度の違いやねんと呟く。
一人ぐらいは世刻望ではなく、自分のマスターを選んでくれる娘さんもいるのだと嬉しそうだ。

「ああ、その事ですか……えっと、望さんはおにーさんって言うよりも……その……」
「言うよりも?」
「雰囲気がパパに似てるので、おにーさんとは思えなくて……」

ポッと頬を染めるユーフォリア。

「なぁ、斉藤。俺っておっさん臭いかなぁ?」
「いえ、ちがうくて……決して、その……そーいう訳では……」

チラチラと望を見ながら言うユーフォリアに、浩二はああと呟く。
彼女はきっとファザコンだと当たりをつける。
そして、また世刻軍団が一人増えるわけだと頭が痛くなった。

『……相棒』
「何だ? 最弱」

『気ぃ……落とさんでも……ええからな?
ワイが……傍にいたるからな? 泣くんやないで……』

「は? 何を言ってるんだオマエ?」

浩二はユーフォリアの事が好きだと思っている『最弱』が、マスターを気遣うように慰めるが、
そんな気持ちは欠片も無い浩二は、思いっきり怪訝な顔をする。

『あーもー。いっそワイの性格が女で、人間型の神獣出せたら、
間違いなくヒロインは引き受けたるのに……』

「ハハハ。おまえ馬鹿だろう? てゆーか、神剣がヒロインなんてねーよ。
そんな人外をヒロインにする事なんて、望にだって無理だ。
できたら俺、鼻から牛乳を一気飲みしてやるね」

『ほう。絶対せーよ? 言質とったからな?』
「おう、してやるとも」
『ククッ―――そんな安請け合いしてからに……ハハハ』
「フフッ―――あるわけねーだろ、そんなもの……ハハハ」



「『 ハーッ、ハッハッハハハ!!! 」』



顔と刀身を近づけて笑いあう『最弱』と浩二。






「―――くしゅん!」





その瞬間。何処か別の世界でルプトナに良く似た少女が、
クシャミをしたとか、しなかったとか……






―――これは、ある日の『天の箱舟』における一コマである。










[2521] THE FOOL 32話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:7ec2f6fa
Date: 2008/03/31 19:26








「いったい何なんだ、この世界は……」

「まぁ、落ち着けよ望……ワケが解らないのは皆も同じなんだし……
とにかく、いっぺん情報を整理してみようぜ?」




世刻望をリーダーとする『天の箱舟』の神剣マスター達は、
暁絶に指定された座標にあった世界にやってくると、
『箱舟』の三階にある作戦室で、緊急会議を行っていた。


―――事の始まりは三日前まで遡る。


魔法の世界を、ものべーで飛び立ってから10日すぎた頃。
『天の箱舟』の神剣マスター達は、暁絶が指定した座標にある世界へとやってきた。
そこは、魔法の世界とは違う、元々の世界の文明より一世紀ぐらい進んだような、
まるで『未来の世界』とも言うべき世界。

警戒しながらものべーを降りて、この『未来の世界』の土を踏むと、
突然竜のような化け物に襲われた。

神剣を召喚し、応戦するマスター達。
そこに颯爽と駆けつけて、助けてくれたのが、この世界の永遠神剣マスターである、
スバルとショウの二人であった。

竜のような化け物を撃退すると、スバルとショウの二人に、
ココに居ては危ないと言われて、彼等に手を引かれて街の酒場にやってきた『天の箱舟』のメンバー達。
そこで、この世界について聞いてみると、彼等は気さくに質問に答えてくれたのだった。

曰く、この世界は二つのエリアに分かれている。
一つは上流階級者達が住んでいるエリアで、もう一つはそこに住めない貧しい者達が暮らすエリア。

つい先程まで浩二達がいたのは、上流階級者達が住んでいるエリアであり、
そこに住まう資格のある、上流階級者の市民IDを持っていなければ、
街の治安を守るガーディアンと呼ばれる化け物に襲われるとの事だった。

ガーディアンという、異分子を排除する存在がいるからか、
上流階級エリアと、貧民エリアの間には簡単な境界線代わりのフェンスがあるだけで、
厳重な防壁などは無い。だから、ときどき酒に酔っ払った貧民エリアの市民が、
フェンスを越えて上流階級エリアに間違えて入ってしまう事があるらしい。

貧民エリアで自警団をしているスバルとショウは、
今回もそんな感じだろうと思って助けにきたら、襲われていたのが、
異世界から何も知らないでやってきた自分達だったと言う訳である。

それを聞いた浩二達は、その日はもう夜も更けている事もあって、二人に礼と別れを告げると、
世界の本格的な調査は明日からにしようと『箱舟』へ戻って休むことにしたのだった。


―――しかし、その次の日に異変に気づく。


夜が明けない。挨拶した筈の街の人間が、自分達の事を忘れている。
永遠神剣のマスターであるスバルとショウでさえ、自分達が昨日会った事を忘れているのだ。
浩二や望達は、その異変を調査するために一日かけて町中を歩き回った。

その結果、夜が白み始めた頃にとんでもない光景を目にする。
日が再び沈み始め、街の人たちがビデオの巻き戻しでもしているかのように、
始めに見かけた場所へと戻り始めたのだ。
そして、一番最初の位置に戻った人を捕まえて話を聞くと、もう一度驚きで固まることになる。

話かけた時の対応が、今日始めに話しかけたのと同じなのだ。
まるで、ロールプレイングゲームの街に住むキャラクターのように、同じ話をする街の住人。
気味が悪いなんてモノでは無い。現実でそんなモノを見せ付けれるのは最早悪夢だ。

「なんじゃそりゃーーーー!!!」

浩二は、思わず最初に出会った街人に『最弱』でツッコミをいれた。
スパーンと響く快音。すると、叩いた直後に街人が動かなくなった。
当然のように焦る浩二。力を入れたつもりは無いのに、
当たり所が悪くて殺してしまったのではと、顔を青くして助け起こすと、
その街人は、何故か口から機械音を吐き出し始めた。

まさかと思い、身体を軽く叩いてみると、カンカンと金属音がする。
浩二と望は顔を見合わせると、意を決してナイフで腕に傷をつけてみる事にした。
すると、傷の間から見えたのは機械。街人は、血が通わぬロボットだったのである。



そして、現在―――作戦会議室。



「てゆーか、何だ? ココはRPGの世界か?
モンスターはいるし、街の人は同じ事を繰り返すし。
んー……舞台的には近未来っぽいから……ラスボスはマザーコンピューターかな?」

作戦室に皆が腰を下ろすと、気味が悪いと言わんばかりに、
不安そうにしている皆の気を紛らわそうと、浩二が軽い口調でそんな事を言う。

「も、もしかしたら悪魔や大天使かもしれないよ!
そいつらを、パソコンに登録した仲間の悪魔と一緒に倒すのかも」

浩二の気遣いを察したのか、希美がそれにのってくる。
その後二人は、重要アイテムが必要だとか、経験地多めの敵もいるのかなと、
無理やりにテンションをあげて盛り上げる。

すると、話に興味を引かれたらしいルプトナが、RPGって何と聞いてきたので、
二人は攫われたお姫様を助けにだとか、魔王を倒しにだとか、彼女が興味を引きそうな事を教えてやる。
そのせいもあってか、作戦室の雰囲気は今までよりも随分と軽くなった気がした。

「ま、まぁ……とりあえずさ、もう2~3日様子を見て、調べてみて……
それでも暁から、何の接触も無かったら、一旦魔法の世界に帰ろうぜ?」

「そうね。サレスなら、この世界について何か知ってるかもしれないし」

纏めるように浩二が言うと、沙月がそれに賛同するように声を上げる。
見回すと、皆も異存は無いと言う顔をしていた。


「いいえ、それには及びません―――」
「ぬうわ!」


突如として聞こえてきた声に、椅子ごと後ろにひっくりかえる浩二。
見ると、他のメンバーもそれぞれに驚いた顔をしていたり、立ち上がったりしている。
声の先には、暁絶の神剣『暁天』の神獣ナナシがふわふわと浮かんでいた。

「くう、流石は『びっくり』の神獣……ビックリさせるのが上手いぜ!」
「―――プッ」

額に浮かんだ嫌な汗を拭いながら言う浩二に、希美が噴き出しそうになる口を押さえる。

「うう~っ……びっくりめぇ~……
ボクも、ちょっとだけビックリしたじゃないか……」

「私もです。流石はびっくりの名を持つだけありますね……」
「ハハハ……もう、暁くんの神剣は『びっくり』で決定なんだ……」

浩二だけでなく、ルプトナやカティマまで暁絶の神剣を『びっくり』と呼ぶので、
沙月は思わず苦笑を浮かべるのであった。

「ナナシ!」
「どうやら、この世界がどんな場所であるのかは見ていただけたようですね……世刻望」

周りでびっくり、びっくり言ってるのが些か気になるナナシだが、
自分の名前を呼ぶ望に視線を向ける。

「絶も……ここに来ているのか?」
「いいえ。マスターはこの世界にはおられません」
「何っ!」

怒りを表情に表す望。確かに、自分で呼び出しておいてそれは無い。

「ふざけてるの―――」

「おい、ゴンベー! 人様を呼び出しておいて、本人が居ないとは何事だ!
おまえ、俺達をなめてるのか?」

「―――ブフーッ!」

望を遮って言った浩二の言葉に、再び噴き出しそうになる希美。
もう、さっきらずっと肩がプルプルと震えている。

「……び、びっくりに……ゴンベー……くッ!
あ、暁くん……センス良すぎ―――ぷぷっ」

「だ、誰がゴンベーですか! 私はそんな名前じゃありません!」

「ああ、そうか。悪かったなゴンベー。
で、暁が居ないってのはどーいう事だ? 絶対に俺達をなめてるだろオマエ?」

無礼な輩に払う礼儀は無いとばかりに、乱暴な口調で問い詰める浩二。
事と次第によっては『最弱』で消滅させてやろうと、腰に手を当てていた。

「―――そうですね。貴方達の怒りはごもっともです……
まずは、マスターに代わって謝罪を申し上げます。すみません」

望や浩二だけでは無い。周りの人間全てが大なり小なり怒っている事を悟ったのか、
ナナシは謝罪の言葉と共に、スッと深く頭を下げる。

浩二は、その様子を見ると、望の肩をポンと叩いて自分の席に戻った。
それは全て計算された行動であり、暁絶に対しては色々とナーバスになってる望が、
皆の前で怒鳴り散らすかもしれない危険を避けるために見せた怒りであったのだ。

「……いいよ。それじゃあ、とにかく俺達をこの世界に誘導した目的を教えてくれよ」

それを悟った望は、浩二に目で感謝を伝えると、一度深呼吸をしてナナシと再び向かい合う。
ナナシは、一瞬だけそんな彼等の様子を羨ましそうに見つめたが、すぐに表情を元に戻した。

「はい。それではご説明します……マスターがこの世界に貴方達を導いたのは、
世刻望の失われた力―――『浄戒』の力を取り戻させる為です」

「浄戒の力?」

「はい。その力について説明する前に、まずはこの世界について説明しましょう。
この世界は、もう既に滅んだ筈の分子世界です。
しかし、この世界を管理していたセントラルという中枢コンピューターは、
黙って滅び去るのをよしとせず、力の全てを用いて崩壊を止めました」

ナナシは、静かな口調で淡々と説明を始める。
皆は自分の席に座り、神妙な面持ちでその話を聞いていた。

「そして、出来たのがこの世界―――
滅ぶ前の、在りし過去の日々を何度も繰り返す追想の世界……」

「ちょっとまって、時間を止めて、何度も繰り返す力って……
もう、それって神の領域じゃない」

サラリと、とんでもない事を言われて、沙月が驚いたように叫ぶ。

「そうですね。恐ろしい力です……しかし、それこそが―――世刻望。
貴方の力である『浄戒』の力です」

「俺の力だって!? この世界を作り上げる程の力が……俺の」

「はい。この世界を維持している力も、あのガーディアンと呼ばれる、
竜のような化け物を作り出す力も……あの二人の神剣マスター。
スバルとショウの力の源になっている力も……元は貴方の力―――
破壊神ジルオルの『浄戒』の力です」

ナナシの説明を聞いて、全員が驚きを表情から隠せなかった。
時間を制御し、一つの世界を保存までしてしまえる力の存在。
しかも、それは『浄戒』の力の一部分でしかないというのだから、この驚きも当然だろう。

何故なら、世刻望は破壊神ジルオルの力を何度も発動させている。
始めは精霊の世界で、ルプトナを襲うミニオンを瞬殺して見せたとき。
その次は魔法の世界で、ナーヤを護るためにボロボロの身体で戦い続けたとき。
そして、最後は暁絶の姦計にはまり、意念を空に飛ばした時であった。

特に最後の意念については、エターナルであるユーフォリアに力の全てを出し切り墜落させ、
記憶まで失わせる程の力だったにも関わらず、
本来の『浄戒』の力は、まだ上限があるという事なのだから。

(なぁ、最弱……)
『何やねん? 相棒』

(エターナルよりも、望の神剣の方が上なんじゃね?
一部の力で放った破壊エネルギーでさえ、ユーフォリアは撃墜されたんだぜ?)

『ありゃ、不意打ちだったからやろ? ユーフィお嬢ちゃんも、
自分に向かって攻撃が飛んでくると認識して身構えていたら、撃ち落される事なんてなかった筈や』

心の中で会話する『最弱』と浩二。

『ついでに言うとくと、ユーフィお嬢ちゃんはエターナルの中では、かなり弱い部類やねんで?
記憶を無くしとるせいかもしれへんけど、まだ自分の力を100%引き出せてない。
それに、挙措を見とればわかるけど、場数が足り取らん。隙だらけやねん』

(それは、まぁ……解る気がする……けど)

『普通は、エターナルっちゅーモンは、分子世界で英雄やら勇者と呼ばれるような、
歴戦の永遠神剣マスターが、エターナルとなる為の試練に挑み、昇格するモンやねん。
そーいう奴等は歴戦の勇士であるから、不意を突かれるなんてヘマはありまへんのや。

―――けど、ユーフィお嬢ちゃんは不意を突かれて撃墜されとる。

それだけ見ても戦士としては甘いのに、普段の動きがシロートそのものやねん。
場数を踏んだ戦士ってーのはな、記憶を失っても、身体に刻まれた動きは消えんモンや。
足取り、呼吸、挙措……そういう所に、戦士と一般人の違いはでるモンやでー』

(じゃあ、ユーフォリアは何なんだよ?
あんな子供の素人で、そのエターナルとなる為の試練とやらをクリアしたのか?)

『中には例外がおる。それが何かであるのかまでは解らんけど……
たぶん、ユーフィお嬢ちゃんは、その例外でエターナルになったんやろうなぁ……』

そう呟く『最弱』が、意識をユーフォリアの方に向けたようなので、
浩二もそれに習ってユーフォリアを見る。

「……すぅ……すぅ……」

すると、先程から発言が何もないと思っていた彼女は、
椅子に背をもたれかけさせて寝ていた。

『ナハハ……寝とる。それも、あんな隙だらけで……』
(まぁ、子供はもう寝る時間だからな……)

そう心の中で呟いて、浩二は立ち上がると、
作戦室の棚に入れてあるタオルケットを取り出してユーフォリアにかけてやる。
その間も、望とナナシの話は続いていた。

「なぁ、その浄戒ってのは一体何なんだ?」

「浄戒とは、神名の一つです。神をも屠る力を持つ、特別な神名―――
全てを『殺す』のではなく『消滅』させてしまう力です」


神名を背負う者達―――


すなわち、前世が神である永遠神剣のマスター達は、
たとえ死すとも、同じ力を持って転生する事が出来る。
しかし、浄戒によって『消滅』させられた者は、それに当てはまらない。

何故なら浄戒の力は、殺すのではく消滅させるのだから。
神としての力を消し去り、名前を消し去り、存在を消し去る……
すなわち、本来なら永遠不滅である筈の『神』をも屠る力を持つのだ。

ナナシがその説明をしている時に、浩二はその浄戒の力とやらは、
自分の『最弱』と似ていると思った。

厳密には浩二の神剣―――

反永遠神剣は、永遠神剣により捻じ曲げられた自然摂理を『元に戻す』力である。
しかし、元に戻すという行為は、奇跡を消し去るという行為であるから、
奇跡の塊であるカミサマとやらには、どちらも忌むべき危険な力であろう。

「……ん? ちょっとまて。
消滅させてしまう力で、時間を止めるって行為はおかしくない?」

先程のナナシが話した、この世界を維持する力と、消滅の力では矛盾が出る。
その辺りは何なのだと浩二が質問を入れた。

「そうですね。その辺の説明も申し上げます。浄戒の力は、確かに破壊する為のエネルギーです。
しかし、その破壊エネルギーは単一の力ではなく、色々な力を混ぜ合わせて作ったもの。
このセントラルの中枢コンピューターは、そんな浄戒の破壊エネルギーから、
ガーディアンの生成や、世界を維持する力を抽出しているのでしょう」

「すなわち、原油からガソリンや灯油を抽出するようなものか?」
「まぁ、そうですね……そう考えて頂けば解りやすいでしょう」

解りやすく説明すれば、浄戒というのは原油であり、ジルオルは原油を保存するポリタンク。
今までは、望が元から持ってた一つのポリタンクしかないと思っていたが、
ナナシの言い分では、まだジルオルのポリタンクは他にもあるので、全部回収しろと言う事だった。

結果的には望のパワーアップに繋がる行為を、敵である絶が望んでいると言うのも可笑しな話だが、
ナナシはそれをやれと言う。ただでさえ戦力的には『天の箱舟』と比べて絶は一人きりという、
不利な状況なのに、更に敵に塩を送るかのような行為は自殺行為でしかない。
ますます皆の疑問は膨らんだ。

「うわぁ……凄く解り易い説明だけど……
例えが庶民的過ぎて、何だかなぁ……って感じだね……」

「いいんじゃね? 宇宙的、神様的な説明よりも、
そんな風に例えてもらったほうが解り易い。な、望?」

「ああ……けど、俺……ポリタンクか……」

浄戒とジルオルも、このメンバーにかかっては原油とポリタンクだ。
望は苦笑しながらも、場合によっては力の大きさに押しつぶされてしまいかねない気持ちを、
このように笑い話にしてくれる『天の箱舟』のメンバーに感謝した。

「とにかく貴方達は、この世界にある浄戒の力を、
取り戻さねば……結界により閉じ込められたこの世界から出られずに死ぬだけです」

ナナシが最後にそう言って話を終わらせようとすると、
浩二の腰に刺さっている『最弱』がククッと笑った。

『なぁ、ナナシはん。アンタ一つ勘違いしとるで?』
「……私が、何を勘違いしてると言うのですか?」

『結界により閉じ込められて死ぬしかない?
そりゃ、ワイと相棒がこのコミュニティーにおらんければの話や』

「え?」

『ワイは反永遠神剣『最弱』―――
永遠神剣の奇跡を全て否定する、ヒトの想いが詰まったヒトのツルギ。
結界なんて自然摂理を無視したモノなんて、ワイの力があれば霧散させてやりまんねん。
だから、ワイらが閉じ込めらたままっちゅーのは無いねん。
結界なんぞ、不自然なモンなんて、ワイと相棒がいつでも破って出てったるわ』

自分の能力については、この『天の箱舟』のメンバーにはもう話してあった。
運命共同体なのだ。隠し事をして、またあらぬ疑いをかけれるのは懲り懲りだった浩二は、
仲間を信頼して話したのだった。

『暁はんが、何の思惑をもって、世刻に力を取り戻させようとしとるのかは解らへん。
けど、結界で閉ざされた世界に上手く誘き出し、まんまと選択肢を奪ったつもりになっとるなら、
そりゃ浅知恵いうモンや。味噌汁で顔洗って出直して来い』

「くっ―――」

『最弱』の言葉に、ぐうも言えずに言葉を詰まらせるナナシ。
反永遠神剣というジョーカーを持つ『天の箱舟』には、
そのような姑息な姦計は無駄だと言い放つ『最弱』に、ナナシは何も言い返せなかった。

「……と、言うわけだ望。このまま暁の思惑どうりに、この世界で動く必要はないぞ?
わざわざ敵に塩を送るかの行為が余計に怪しい。裏があるに決まってる。
俺が結界を破ってやるから、ものべーでこの世界から出ようぜ?」

「斉藤……」

今まで絶にはやられっぱなしだった望は、少しだけ溜飲が下がった思いであった。
それは彼の神獣であるレーメも同じようで、わざわざ望のポケットから飛び出して、
ナナシにむかってあっかんべーをやっている。

「そうだな。それじゃあ、この世界から脱出しよう。
不自然な世界だとしても、わざわざ俺達が荒波たてて壊す必要は無いからな」

「ああ!」

望がそう言うと、浩二は満足そうな顔で首を大きく縦に振る。

「それに、暁の狙いは……望。おまえだ。
冷静になって考えれば、俺達がアイツを追いかける必要はないんだ。
暁なんて無視して、俺達は一番の目的である光を持たらすものを追いかけようぜ?」

「ちょっ―――」

ナナシや絶の思惑は無視して、話はどんどん違う方向に進んでいく。

「ついでに……よっと!」

空中に浮かんでいたナナシを、浩二は人形を掴むかのようにパシッと掴み取る。

「な、何をするのですか?」

「ここで、コイツを消滅させてやれば……
神獣をなくした暁の永遠神剣は、ミニオン以下の雑魚神剣に成り下がり、
俺達の邪魔は金輪際できなくなるぜ?」

ニヤリと、悪い笑みを浮かべながら言う浩二。
ナナシは顔を青ざめた。たった一人、浩二のために計画が頓挫するどころか、今や大ピンチ。

「ひっ―――」

怯えた顔を見せるナナシ。どうしてこうなる? どうしてこうなった?
マスターの計画は完璧だった筈なのに、たった一人の男の存在により……
計画が壊されるどころか、力をなくしてしまうかもしれない状況なのだ。

「もう一度言っておく。おまえと暁……俺達を舐め過ぎだ……
主導権は自分達にあると勘違いしてんじゃねーよ。
全ての選択は俺達にある。それを忘れるな」

そう言って、浩二はナナシを掴んでいる手を離してやる。
開放されたナナシは、へなへなと力なく机の上に落ちた。



「斉藤……浩二……マスターが唯一認めている男……」



ナナシは精霊の世界で浩二を見かけたときに、
仲間に誘ってはどうだとマスターに言った時、彼が首を横に振り、
斉藤浩二は『誰にも従える事ができない』と言った言葉の意味が、ようやく解ったような気がした。

運命を嫌うマスターと、絶対を否定する神剣は、
力ずくや姦計で騙して行動を操ろうとしたら、猛然と牙をむいて反抗してくる。

「どうして……」

彼が傍にいる事を選んだのが世刻望なのだろうか?
運命を嫌い、絶対を否定する者であるならば―――
自分のマスターである暁絶にこそ力を貸すべきだとナナシは思う。
なのに世刻望の周りには沢山の仲間がいて、自分のマスターは一人きり。
この状況が悔しくて涙が滲む。

「え? ちょ、おい……何故泣く?」

「どうして……どうして世刻望なんですか! どうして貴方はここにいるんですか!
違うでしょう! いる場所が! 友達だったのでしょう? 私のマスターとも、暁絶とも!
なのに、何で貴方は世刻望にばかり加担して……私のマスターを邪魔するんですかっ!」

一度堰を切った涙は、もう止まらなかった。
浩二の肩に飛び乗ると、ナナシは泣きながら浩二の顔を殴りつける。

「……あ、く―――っ……う……
運命を……絶対を……一番否定したいのはマスターなのに……っ……
誰よりも、他の誰よりもソレを望んでるのに……何で、貴方まで……ううっ……」

「……………」

「マスターは、傷ついた貴方を殺さなかった。
それなのに、貴方はその恩も忘れて、マスターの邪魔を―――っ!
何で? どうして? 貴方の神剣が、永遠神剣の定めを否定するヒトのツルギなら!
どうして、貴方はそこに居るんです! マスターの邪魔をするんですっ!」

泣きながら殴りつけてくるナナシに、浩二はされるがままにしている。
やがて、押し殺していた感情を全て吐き出したのか、
彼女は嗚咽をもらすだけで、肩の上に崩れ落ちた。

「……助けて……ください……貴方が、マスターのトモダチなら……
……ずっと、一人きりで……運命に……神名に抗い続けて、苦しんでいる……
私の……マスターを……助けて……」

「……はぁっ……」

泣かれてしまったら、全面降伏以外に手は無い浩二は、はぁっと大きく溜息をつくと、
肩の上で泣き崩れるナナシを机の上に下ろす。

「泣くな。俺が悪かった……悪ノリが過ぎたよ……
謝る。ゴメン―――俺、多少の事なら受け流せる自信あるんだけど……
どうしても許せない事があったら、言動がやたらと攻撃的になるんだ。

考え事に没頭すると、何も見えなくなるクセと一緒に、直そうとは努力してるんだけど……
なんか、どーにも中々直らなくて……それで傷つけたのなら謝る。ごめん」

そして、頭を深く下げた後、ナナシの頭を撫でてやる浩二に、
腰の『最弱』が慌てたように叫ぶ。

『相棒。相棒!』
「なんだ最弱? 今は取り込んで―――」

『言葉の暴力の後に、優しく懐柔するのは、まるっきりヤクザの手段でっせ?
いくらモテへんからって、そーいう方法でオナゴを篭絡するのはどうかと……』


―――ビターン!


『おぶっ!』


メンコを叩きつけるように『最弱』を地面に叩きつける浩二。


「そんな事を言ったら、少年漫画やゲームで、戦った後の敵を仲間にするのは、
全部ヤクザ的になるだろーが! というか、オマエ! 空気よめ!」


叩きつけた『最弱』を何度か踏みつけると、
ゴミでも拾うように『最弱』を拾い上げて腰に挿し、
ナナシを大事そうに抱えあげながら皆を見渡す浩二。

「今日は、もう解散しよう……リーダー」
「え、でも……斉藤?」
「望くん。ここは斉藤くんに任せましょ?」

解散しようと言う浩二に、望が戸惑ったような声をあげるが、
そんな望を止めるように、沙月が肩に手を置いて微笑む。

「彼女の事は、斉藤くんに任せてもいいわね?」

パチッとウインクしながら言う沙月に、浩二は苦笑をうかべながら頷く。
後で、どんな話をしたのか教えろという事だろう。

「はい」

浩二が頷くと、沙月も頷いて返してくる。
それで、今回の作戦会議はお開きとなり、眠っていたユーフォリアはカティマと希美が起こし、
寝ぼけ眼のユーフォリアと手を繋いで、部屋を出て行った。

「斉藤……」

最後まで残っていた望が、何かを言いたそうな顔で浩二を呼ぶ。





「大丈夫だ。望……
おまえの親友、暁絶は―――俺にとっても友達だ」





そう言って望の背中を叩き、
浩二はナナシを抱きかかえたまま部屋を後にするのだった。








[2521] THE FOOL 33話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:dcf29059
Date: 2008/04/04 07:35








「アイツ……凄まじい業を背負っているんだな……」



ナナシより暁絶の背負ったモノを聞かされた時、浩二が最初に呟いた言葉がソレであった。
お手製の神棚で、同じく話を聞いていた『最弱』も、絶句したように何も言わない。

「マスターは……理想幹神への復讐に全てをかけています。
背負わされた『滅び』の神名により、残りの命も後僅か……
本懐を成し遂げるためには、どうしても浄戒の力が必要なんです」


暁絶の背負った宿業―――


それは、平和な世界で何も知らずに暮らしてきた浩二にとっては、
信じられないように重いモノだった。

理想幹神という神により間引きされた世界。その世界での唯一人の生き残りが暁絶。
彼の世界の人々は、自分達の世界を滅ぼした神への復讐の糧となる為に、
自ら絶に命を差し出して『暁天』に人間の生体エネルギーを吸わせたそうだ。

敵をとってくれと、恨みを晴らしてくれと……
まだ幼かった絶に、そんな呪いの言葉をかけながら、自ら『暁天』に刺し貫かれ、
神によって、滅ぼされようとしている世界の命を絶に押し付けて死んでいった。

その時の絶の胸中は、どんなモノだっただろうか?
仲の良かった友達、近所に住む人の良いおばさん。
そんな、絶にとっても掛け替えの無い人達までもが、神への反逆の糧とする為に、
自分を殺して、その神剣で命を吸ってくれと懇願してくる光景。

それは、まさに地獄だ。

暁絶は地獄を見せられ、神への反抗を宿命ずけられた少年である。
絶が望の力を利用しようとする訳は、神々さえも消滅させられる事ができる、
浄戒の力を求めるが故にだった。

彼はその為に望に近づき、友人となり、裏切る事で自分を憎ませ、
望の中に眠る破壊神ジルオルを目覚めさせようとした。
そして、完全にジルオルとして覚醒した望から浄戒の力を奪い、神々を消し去ろうとしたのである。

「……俺はまた、暁が望を狙うのは、
前世からの因縁だとかそーいうのだと思ってたよ……」

「それも間違いではありません。ジルオルの『浄戒』の神名も、
マスターの『滅び』の神名も、お互いに滅ぼしあう宿命にありますから」

「それはまた、何で?」

「浄戒も滅びも、元は一つの力なのです。
だから、その二つの神名を背負う者は、一つになる為に、互いの神名を奪い合います」

「でも、暁が望を狙う理由は、そんな理由からではなく、あくまで個人の理由。
神に滅ぼされた世界の生き残りとして、ジルオルの浄戒を狙っているって訳か?」

「はい……そのとおりです」

浩二の言葉に頷くナナシ。浩二はそこで顎に手をやって考えるような仕草をする。
理想幹神というモノの存在についてだけは、サレスから聞いていた。
しかし、世界にはそういう名前の神がいるというぐらいの説明で、
まさかその理想幹神が、自分の好き勝手に世界を滅ぼしたりしてるとは思わなかったのだ。

「……理想幹神……俺達の敵は『光をもたらすもの』だとばかり思っていたが、
裏にはそんな奴等が暗躍していたとはな……」

そんな奴等に自分達の世界を滅ぼされては、たまったモノではないと呟く浩二。

「なぁ、ナナシ」
「何でしょう?」

「確認するが、暁が狙う敵は理想幹神であり、
望を殺そうとする理由は、理想幹神を倒すのに浄戒の力がいるからだな?」

「はい」
「前世の因縁には、あまり拘っていないんだな?」
「……はい」

最後の言葉は歯切れが悪かったが、全ての絵図がやっと見えた。
これならば、上手い事やれば全てが丸く収まるかもしれない。

「―――よし! おまえと暁の思惑に乗ってやる」

「そうですか……でも、今更どうやって先の発言を撤回するのですか?
マスターの事情については、第三者である貴方だからお話した事です。
貴方の口から世刻望に言われては……その……マスターの意思に反します……」

「まぁ、その辺は上手い事やるさ。
暁の事情を説明せずに、上手く浄戒の力を得る方向に誘導してやる。
……と言うか、これぐらい出来なくちゃ、サレスを越えるなど絶対に無理だからな」




そう言って苦笑する浩二を、ナナシは複雑そうな顔で見つめていた。





*****************





「望。昨夜、あれから俺はナナシから色々と聞いたよ……
まずは、そこで出した結論を言おうと思う」


朝食を食べ終わり、作戦室にメンバーが腰を下ろすと、
昨夜から皆が気になっていたであろう事を浩二は伝えることにした。

「暁の思惑に乗ることになるが……
この世界に封じられた浄戒の力は、取り戻すべきだと思う」

「何故? 昨日は別に戦わなくてもいいって……」

「宿命と言う言葉は、嫌いだから使わないが……
ナナシから、前世から続くオマエと暁の因縁を聞いて、
オマエは背を向けているモノ全てを受け入れて、暁と対峙するべきだと思ったからだ」

「理由を……教えてくれ」

望の声は暗い。仲間に親友と戦えと言われたのだから、それは当然の事だろう。

「それは、俺の口からいう事じゃないと思うから、言えない……
けど、おまえの理想を叶える為には、そうするしかないと思う」

「そんな勝手な―――斉藤っ!
おまえ、いま自分がどれだけ無茶な事を言ってるのか解ってるのか?」

「わかってる……けど、これが事情を聴いた上での俺の結論なんだ……」

「ふざけるな! 理由も言えないのに戦えなんて……
それじゃあ、言ってる事が絶とまったく同じじゃないか!」

場が険悪な空気に包まれる。
望は、今にも浩二の胸倉を掴みかけない勢いだ。

「おちついて望くん! 斉藤くんが、考えも無しにこんな事を言うと思うの?」
「それは―――っ!」

「ねぇ、斉藤くん……詳しくは言えないと言うのなら、それでもいい……
けど、貴方がそう考えるようになった理由ぐらい教えてくれないかしら?」

望を止めた沙月が、鋭い視線を浩二に向けてくる。
浩二は、大きく息を吐いた後に、はいと頷いた。

「望。おまえの前世が破壊の神ジルオルであると言う説明は、
サレスやナーヤからもう聞いてるな?」

「……ああ」

「暁絶の前世はルツルジと言う名の神……
そしてルツルジは、とある理由によりジルオルを倒さなければならない」

「そんな―――っ!」

「おまえにとっては、訳の解らん事だろう。
何せ、オマエは前世の事を覚えていないんだから。
だが、暁は前世をハッキリと認識している。

だから、もしも今回……暁との戦いを回避したとしても……
望と暁―――すなわち、ジルオルとルツルジの魂は再び転生し、
来世でもう一度このような状況になるのは明白だ。

前世の記憶を持たぬ望と違い、暁は前世の記憶をしっかりと継承しており、
それは来世であろうと受け継がれる。そうなれば、暁が望を再び襲うのは必死。
それも、来世では今より酷い状況下で、戦うか否かを迫られるかもしれないんだぞ」

「……それで?」

沙月が頷きながら言うと、浩二は沙月の顔を見て声を大きくする。

「故に、状況が整っているこの時代で、暁の挑戦を受けるべきです。
今ならば望の周りには、俺達が仲間としています。
それは、俺達『天の箱舟』が望をフォローしてやれるという事。
そういう理由で、俺は暁と戦うべきだと思います」

浩二の言葉にもう一度フムと頷く沙月。
確かに、その理屈ならば暁絶と戦う理由として筋が通っている。
けれど、今のでは浄戒の力を取り戻せと言った理由が説明されていない。

「それなら別に、浄戒の力を取り戻さなくてもできる事だわ。
今の望くんでも、私達が力を貸して戦えば暁くんを倒す事だってできる筈だもの。
それなのに、この世界に封じこめられた、浄戒の力を取り戻すべきだと言った理由は?」

「連鎖を断ち切る為です。今の状況で暁を倒しても意味がありません。
何故なら、来世には再び暁は生まれかわり、何度も敵となって襲ってくるからです。
今回は皆の協力で暁を倒しても、来世でまた戦うハメになるのだから根本的な解決になってない。
それを断ち切る力が浄戒の力―――オリハルコンネームを消滅させるジルオルの力です」

「なるほど……ね」

確かにこれで筋は通る。永遠神剣の遣い手6人が仲間におり、
この時代の自分達は戦力に恵まれている。
その、戦力が整った今だからこそ、永劫に続く宿業を断ち切る浄戒の力を用い、
完全に決着をつけようと浩二は言っているのである。

「望くん? 確かに斉藤くんが言ってる事は筋がとおってるわ」

「……はい。今の説明で、それは俺にも解りました……ごめん。斉藤……
ついカッとなって怒鳴ってしまって……でも……」

「暁と戦うのは気が進まないか?」
「……ああ」

望が頷くと、浩二も腕を組んで頷く。

「ならば、尚更に過去と向かい合わなくちゃ。
だってそうだろ? 今おまえと暁が戦うのは過去の因縁からなんだ。
けど、過去の記憶をもたぬオマエでは、どうすれば説得できるか考えることさえできやしない」

「…………」

「まずは、全てを受け入れろ。それが辛い事で、押しつぶされそうになったら……
俺達がみんなで支えてやる。悩んだときには、一緒に考えてやる。
らしくねーぜ? 何でも前向きに立ち向かっていくオマエが……
過去についてだけは、触れることさえも避けているのは」

浩二の言葉に俯く望。

「それは……」

望が過去と向き合うのを避けている理由は、ただ単純に怖いのだ。
破壊神などという二つ名をもつ過去の自分など、ろくでもないヤツだったに決まっている。

それに、ジルオルの力を感じるときに心を侵食してくる黒い思念。
乾きと、憎しみと、飢えが血を求める感覚。
誰にも言ってはいないが、ジルオルの力を用いて戦っている時の自分は高揚していたのだ。

肉を切る感触が心地よく、頭から被る血の雨に歓喜し、
もっと、もっとそれを感じたいと、目に付くモノに刃を叩き込まずにはいられない。
ルプトナの時も、ナーヤの時も、最後には湧き上がる破壊の衝動を止める事ができたが、
更なる力なんてモノをこの身に宿してしまったら、もう止まれないかもしれない。

敵ですらない人々にまで刃を向け、無慈悲に殺し、壊し、歓喜の笑いをあげる自分。
最後には仲間にまで剣を向けて惨殺してしまうかもしれないと思うと、それがたまらなく怖い。


―――時々夢に見るのだ。


殺して、壊して、殺して、壊して……
大切だった人まで傷つけて、殺して、最後には自分が殺される夢を―――

「前世の、俺が……」
「うん?」

「前世の俺が、ジルオルが―――っ! ジルオルの記憶を取り戻した俺が……
もしも、みんなに剣を向けたらどうするんだ!
いいじゃないか! このままで! 俺は世刻望なんだ! ジルオルなんかじゃない!
怖いんだ……怖いんだよ、俺……破壊神なんて呼ばれる、ロクでもない俺が…… 
その名前のとおりに、仲間を、皆を傷つけてしまうかもしれないと考えると……怖いんだよ!」

「望ちゃん……」
「望くん……」
「望……」

怖いと言って頭を抱える望。その姿は、歳相応の少年のものだった。
強大な敵には恐れず向かっていける彼が、自分自身の事が怖いと言って震えている。

「……ふぅ」

浩二は小さく溜息を吐いた。
そして『最弱』を手にした右腕を、望の頭に振り下ろす。
スパーンとお馴染みの快音が響いた。

「―――ってぇ……何するんだよ!」
「ツッコミをいれてやる」
「は?」

「おまえがトチ狂って、俺達に剣を向けてきたら、俺がツッコミをいれてやる。
それで、アホかオメーはと説教してやる。破壊神? ジルオル?
ハッ―――そんなの俺は知らねーから怖くねーよ」

そう言って鼻で笑う浩二。

「俺にとってオマエは、今も昔もこれからも、世刻望だ。
おまえがどんな事をやろうとも、ナメた事をしくさったら、その度にツッコミをいれてやる。
だから、オマエが皆を傷つける事なんて、確実に無いと断言してやるね」

「ツッコミを入れるって……そんな……」

頭を押さえながら、居丈高に自分を見下ろしている浩二を見上げる望。

「てゆーか、だ。オマエ……みんなを傷つけるのが怖いって……
ここにいる奴等が、大人しくオマエに殺されるタマかよ。
そして、オマエが彼女達をどうこうできる程のタマかよ。
普段、たった一人にさえも翻弄されまくってるのに……」

そう言って浩二は、自分以外のメンバーを一人ずつ順番に見ていく。
沙月。希美。カティマ。ルプトナ。ユーフォリアだけはどうだか解らないが、
少なくとも前の四人は世刻望に好意を寄せている。

恋愛は惚れたほうが負けだというが、望は惚れられたほう、
すなわち勝った側なのに、普段の生活では主導権を女性陣にとられてばかりだ。

「だから、断言してやる。おまえの心配は杞憂だ。
むしろ俺は、そのジルオルとやらの記憶が戻った時に、力と共に気が大きくなって調子こいて、
雄の本能が全開になって、世刻軍団全部に手を出してしまうのではないかという方が心配だ。
その後に、責任とってと皆に迫られるオマエの方こそ、護ってやらねばならないのじゃないかと思う」

そう言って苦笑する浩二。
望は、そんな浩二の顔を見つめて、やがてプッと噴き出した。


「はははは! あはははははは! はははははは!!!」
「何を笑ってるんだ。笑い事じゃねーだろ。てめー!」
「いや、だって……ハハハハ!」


どうして彼は、深刻な悩みを全部笑い話に変えてしまえるのだろう。
どうして、彼は自分が一番欲しいと思う答えを簡単に導き出せるのだろう。

思えば、自分は随分と浩二に護られているのだと気がついた。
物部学園で剣の世界にやってきたあの日から、浩二が裏で色々と動いて、
自分が学園生活の輪から孤立せぬように、色々と気を使ってくれていたのも知っている。

魔法の世界で、サレスに自分は不要だと言われて自暴自棄になった時も、
浩二はそんな自分を見捨てずに、黙って傍にいてくれた。
あの日。夜の公園で、二人で星を見ていた日を忘れては居ない。

オマエには信念が無いと、そんなヤツは邪魔でしかないと言って否定された時も、
おまえに世刻の何が解ると言ってくれたのは浩二。
その後。自分は元の世界に帰ろうと言う浩二の考えを無視してまで、
強引に戦う事を決めたのに、彼はその時もついて来てくれた。

そして、今は―――

こんな自分の想いを叶える為に『天の箱舟』というコミュニティーを作り、
仲間を集め、拠点を用意し、共に戦ってくれている。

その彼が言うのだ。大丈夫だと……

もしも自分が我を見失った時には、ツッコミをいれて正気に戻してやるからと。
ならば、何を恐れる必要があるのか? 浩二が大丈夫と言うなら大丈夫なのだ。

「解った……俺、自分の過去と向き合うよ。
そして、絶を説得して、また前のように笑いあうんだ。
できるって、思う……いや、絶対出来る。
……おまえが……浩二が、俺には出来るって言ってくれるなら、絶対に―――」

「お、てめ、やっと俺の事を名前で呼んだな?
俺はかなり前から望って呼んでるのに、おまえはいつまでも斉藤だから、
なんか一方的に、俺だけが馴れ馴れしいヤツみたいで気にしてたんだぞ」

そう言って、笑いながらヘッドロックをかけてくる浩二。

「いてて……悪かったよ。いや、ほら……なんかタイミングが掴めなくてさ」

笑いながら、ギブギブと繰り返す望。
そんな彼等を『天の箱舟』のメンバー達は、生温い目で見つめていた。

「なんか……美味しい所、全部斉藤くんに持ってかれた気分なんだけど……
望くんを優しく導く役って私じゃない? キャラ的に」

「うう~っ……斉藤くんが……
女の子じゃなくて良かったと、心から思う今日この頃だよぉ……」

何かブツブツと言ってる沙月に、ハンカチを噛む希美。
ルプトナは、プロレスごっこが始まったとばかりに自分も加わり、
二人にむかってドロップキックを決行。

「プロレスごっこなら、ボクも混ざるよーっ! ルプトナキーーーック!」
「なっ! 違っ―――」
「どわああああああ!!!」

ドロップキックをくらって、ゴロゴロと転がる浩二と望。

「ダラバ―――貴方が言った言葉の意味……やっと私にも解りました」

そんな彼らの様子を見ながら、カティマは自らの宿敵であるダラバ=ウーザが、
最後に残した言葉の意味がやっとわかったような気がした。

『何があっても、絶対にあの男を傍から手放さない事だな』

斉藤浩二なる少年は、前世や因縁なんてモノを全て笑い飛ばしてしまう。
自分もダラバも、アイギア王家とダラバの因縁に捕らわれて、
殺しあう事でしか決着をつける事ができなかった。

けれど、運命を嫌い、絶対を否定する彼と神剣が傍にいてくれるならば―――
もう、自分達は何者にも捕らわれずに未来を掴めるかもしれない。
そんな事を思いながら、もみくちゃになっている彼等を助けにいくのだった。





「ルプトナ。あれは別に、そのぷろれすごっこという遊びでは無いと思いますよ」
「えーーーーーっ!」






***********************





「なぁ、最弱……」
『何やねん? 相棒』

話しが終わると、浩二は作戦室を後にして屋上に出た。
相変わらず夜のままの街を見下ろし、ポツリと自分の神剣の名を呼ぶ。

「光をもたらすものを倒せば、全ては解決すると思ってたけど……
まだ、当分終わりそうに無いな。俺達の旅……」

『理想幹神―――この時間樹にある分岐世界を支配するカミサマ……
それが真の敵やねんな……』

そう呟く『最弱』に、浩二はかぶりを振る。

「俺、おまえに会えて良かったよ。そして、望達と同じ学校で良かった」

『ナハハ……普通は、カミサマなんてモンと戦う事になったら……
文句を言うんとちゃいます?』

「普通は―――な。だが、俺はきっと普通じゃない。
今は生きがいを感じてるのに、タダの学生やってた頃は、毎日がつまらなかったんだ。
こんな事を言ったらなんだけど、俺……勉強もできるし運動も得意だ」

『そうやな。普段は優等生には見えへんけど……』

「人の顔色伺うのも得意だったから、数だけの友人は多くいたし、敵も作らないでこられた。
普通に考えたら、文句のつけようが無い人生を送ってきたと思う。
でも、毎日がつまらなくて仕方なかった。熱中できるモノが見つからなかった……」

『……………』

「でもな、おまえと出合って………
こんなトンデモ話がまかり通る世界を覗けたからこそ、
自分の目指す夢を……やっと見つけられたよ……」

『……ほう? それは?』
「笑うなよ?」
『いーや、そんな前置きをされたら絶対に笑うねん』

そう言いながらも、浩二は自分の相棒が笑わないだろう事を知っている。
この神剣は、自分が本気で選んだ選択を笑うことはしない。


「俺は、世界を作る―――」


街の明かりをみながら、何でも無い事のように呟く浩二。

「俺と望と希美……それに、暁……
事情はそれぞれだけど、故郷にはもう帰れない。
だったら、作ればいいだけの話だろ? 俺達の帰る場所を」

数多ある分子世界には、人が住まぬ世界も数多くあるという。
そこに自分達の世界を作ろう。人種、出身を問わない―――
故郷を無くしたはぐれ者達が集り、手を取り合って暮らす世界を作ろう。

自分達の世界には『ノアの箱舟』なる御伽噺がある。
その箱舟にのって命を生きながらえた者達が、今の自分達の祖先であると言われている。

ならば、その御伽噺を現実にしてやろうと浩二は笑う。
もっとも、ノアの箱舟は、カミサマに選ばれた者のみが救われる話だが、
自分達『天の箱舟』は、その逆。カミサマの理不尽な暴威により、
天の杯から零れ落ちた者を救い上げた、おちこぼれだけで作る世界。

この夢は『天の箱舟』の方針とも一致しており、暁の望みもクリアできる。
何より、捻くれた自分らしく、絶対なる者への皮肉と反逆が利いて良いと思う。
とにかく、自分はそれを目指すことにした。
今はまだ、妄想だけの夢物語だが、浩二は自分ならやれると確信している。

『カミサマぶっ倒して、世界を作る―――
身の程知らずの愚者の夢やなソレ……笑うどころか呆れるで。ホンマ』

「なに、俺に出来ないことなんて無いさ」

「……私も『最弱』の意見に賛成です。
呆れるしかありません。貴方は馬鹿ですか?
世界を作るなんて、そんな夢物語ができる訳ないでしょう」

「ぬお! ナナシ―――いたのか?」
「……ええ。貴方達よりも前からココに居ました……」

心底呆れたような顔をしているナナシだが、
浩二は聞かれたしまったならばと開き直るように言う。

「いーや、できるね! 俺を誰だと思ってるんだ?」
「……誰でもないクセに……」

ボソッと呟くナナシ。
確かに浩二は誰でもない。斉藤浩二以外の何者でもない。

「……根拠も何もないクセに……でも―――」

その大ボラが現実できたならば、どれだけ素晴らしい事だろうか。
理想幹神を倒した後―――多くのトモダチと、自分達で作り上げた故郷と呼べる世界で、
笑いあって暮らす自分のマスターの姿を空想して、ナナシは目を閉じる。

過去を、前世を持たぬ浩二は、どこまでも未来だけを見つめている。
大なり小なり、過去に何らかの因縁を持つ永遠神剣のマスターの中で、彼だけが異端。
しがらみが無いから、何だってやれる。何処にでも行ける。

「………期待はしません。そんな夢物語の大ボラ吹きを信じるほど、
私は楽観主義者じゃありませんから。でも……思うこと、願う事は個人の自由ですから……
貴方の友人の神獣として、がんばってとは言っておきます……」

そう言って、ナナシは何処かに飛び去っていく。
浩二はその背中を黙って見送り、腰の『最弱』は呆れたように呟いた。

『なんつーかアレやなぁ……世刻の為に組織を作ったかと思ったら、
今度はみんなの為に世界を作ると来たか……
どっちも普通なら、とんでもない事やのに……

そのどちらも、何でもない事のように、口にして……実行しようとする……
ホンマ。身内と認めた奴等には一途っちゅーか……尽くすなぁ……ワイの相棒……』

もしも、恋人なんて出来た日には……その彼女がエターナルを怖いと言って怯えたら、
いつもの「俺にできない事はない」という戯言と共にエターナルを潰す組織を立ち上げ、
ロウとカオスの両陣営にカチコミをかけるんじゃないか? この馬鹿はと―――
『最弱』は心の中でククッと笑うのだった。




『ええで。世界でも宇宙でも作りなはれ……
世界中の人間が笑っても、ワイだけはソレを信じたるねん。
どんな馬鹿をやらかしても、ワイだけは肯定したるねん。
何処までも行こうやおまへんか……なぁ、相棒―――」









[2521] THE FOOL 34話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:dad7d064
Date: 2008/04/04 07:34







「………ふぅ」



あたり一面砂漠の世界。生物の気配さえも感じさせない、滅んだ世界。
『天の箱舟』が目指している、暁絶の故郷に『光をもたらすもの』エヴォリアは居た。
溜息と共に空を見上げる。こんな風に滅び去った世界を眺めるのはもう何度目だろうか?

「どうした? エヴォリア」

そんな彼女に、ベルバルザードが話しかけた。

「浮かない顔をしているように思うが?」

「それは、そうでしょ。全力を傾けて挑んだ作戦には失敗し、
『旅団』と、その本拠地がある世界は未だ健在。
戦果としては、精々が支えの塔をしばらく復旧できないぐらいに壊しただけなんだから」

乾坤一擲の勝負のつもりであった。策を練り、下準備を前々からこさえ、
必勝を確信して挑んだ勝負であったのに、ジルオルの生まれ変わりである少年に邪魔され、
作戦は失敗に終わったのだ。あの戦いで配下のミニオンも半数以上失っている。

しかも『精霊の世界』に設置してあった生産工場も破壊されているので、
しばらくは戦力増強の目処も立っていないのだ。

「まさしく襤褸。いーえ、二個ぐらいつけてボロボロね」

今は、この『光をもたらすもの』の実質的な首魁である理想幹神を狙う、
暁絶を討ち取るために、彼を追ってこの世界まで赴いている。
もしも、この任務さえも失敗するような事があれば、
彼等はもう自分達を用済みとばかりに始末にかかるだろう。

「私は……こんな所で躓く訳にはいかないのよ……」

そう言って自分の腕輪。永遠神剣『雷火』を握り締めるエヴォリアを、
ベルバルザードはじっと見つめる。
こんな時に、気の効いた言葉の一つもかけてやれない無骨な己が恨めしいなと思うと共に、
あの男ならどうだろうかと、なんとなく考えた。

―――斉藤浩二。

神獣を消すという不可思議な神剣を持ち、出会うたびに強くなっていく男。
戦いのセンスにおいては非凡なモノを持っているが、アレの欠点は無駄なお喋りが多い所だ。
だが、彼と出会ってからの自分は少し変わったと思う。

―――否。変わったのではなく、昔に戻り始めたのであろう。

まだ、この少女と出会う前の自分……
それどころか、永遠神剣『重圧』とも出会う前の、まだ普通の武芸者であった頃の自分に。

あの頃の自分は、ただ己の武芸を向上させる事のみを目指していた。
男に生まれたのだから、純粋に強くなりたいと。
誰にも負けぬ者でありたいと、ただひたすらに武の極みを目指し、修行に明け暮れていた。

そんな頃に出会ったのがエヴォリア。

彼女は、更なる武の高みを目指すならば、自分が神々の戦いへと誘おうと言って自分の前に現れた。
その頃には、武芸者として名を馳せ、周りには自分よりも強き者はとうに居なくなっていた。
だから、彼女の差し出した手を取った。

更なる高みに、もっと強き者と戦う為に―――

だが、永遠神剣を与えられ、更なる高みに上った筈の自分に与えられた戦場は、
どれもがつまらないモノでしか無かった。永遠神剣という絶大な力で世界を滅ぼす。
無辜の民を無慈悲に殺し、人の営みが送られる建物を破壊し、世界を焼き滅ぼした。

有り体に言えば騙されたのである。
エヴォリアは自分を手駒とし、自らの願望を敵える道具としたのである。

しかし、世界を一つ滅ぼすたびに辛そうな顔をしている彼女を、何故か憎むことはできなかった。
好きでやっている訳では無いと解っていたからだ。
彼女は、自分の故郷を護るために、どんどん増えていく時間樹の枝を選定しては滅ぼし、
世界の大本たる時間樹が滅ぶのを防ぐ為に、世界を間引いているのだと知っていたから。

間引かれる世界の人間にとっては、そんな勝手なと文句の一つもつけたくなる行為であろうが、
ベルバルザードはそんな者達を同情する気にはなれなかった。

―――弱き者は、強き者に淘汰される。

それはどの世界の生態系を見ても変わる事の無い絶対真理。
エヴォリアに間引かれるのが嫌ならば、その者達も自分の世界を護るために戦えばいいのである。

少なくとも、エヴォリアは自分の世界を護るという信念においては妥協が無い。
そういう人間は好ましい。どうせ、生まれた育った世界で唯の武芸者として生きていても、
敵がおらずに持て余していたのだ。ならば、この好ましいと思える少女の為に戦うのも悪くない。
そう思って、ベルバルザードは『光をもたらすもの』の一員としてエヴォリアに忠誠を誓い、
星の破壊者ベルバルザードとして、幾多もの世界を滅ぼしてきた。

それから、どれだけの歳月が過ぎたであろうか?

自分達の活動を妨害する『旅団』の長であるサレスや、
他の永遠神剣マスターとも幾度か刃をぶつけて戦ってきた。
敵の中には、自分よりも上位の神剣を持つ実力者もいたが……
そんな者と戦っても、以前のように心が高揚する事はなかった。

―――理由は解っている。

永遠神剣マスターどうしの戦いというのは、基本的に神剣の力の比べあいであり、
個人の力量や技術で競い合うモノでは無いのだ。
最高の武芸者でも武器が下位神剣であったならば、
上位の神剣を持つ素人に負けることだってある。

そんな戦いで燃えられる筈が無い。

力量を競って敗北したのであれば、例え負けたとしても悔しくは無いが、
武器の強さで負けたのでは、どうしようもない理不尽だけが心を支配する。
それ故に、最近は全てに白けていたのだが、そんな所にあの男は現れた……

斉藤浩二。不可思議な神剣を持つ戦士。思えば、初めて出合った時から彼は、
勝敗を決めるのは武器の差ではないと言わんばかりに、様々な方法で自分に挑みかかってきた。
彼の戦いは、永遠神剣のパワーをぶつけ合うような戦いとは一線を引いた戦い。
あるものを利用し、周りの状況を見渡し、考え……工夫して挑みかかってくる。

考えてみれば、神獣や魔法を消滅させる能力も清々しいではないか。
そうすれば、自分も彼と同じ土俵で戦わねばならない。
そうなれば、勝敗を決めるのは自分達の技量と力量。戦士として勝るほうが勝つ。

そんな戦いこそが武人の本懐だ。

だからだろう。自分が『魔法の世界』で彼との戦いに拘った訳は、
誰にも邪魔されたくないと思い、本当なら足止めせねばならぬ彼の仲間を先に行かせたのは。
そう考えれば『魔法の世界』で『光をもたらすもの』が敗北する原因を作ったのは、自分にある。

自分があそこで武人としての戦いに拘らず、あくまで『光をもたらすもの』の一員として、
彼らの足止めに徹していれば、たとえいつかは数の暴力で自分が敗北したとしても、
支えの塔を破壊させる事で『魔法の世界』を消滅させ、その余波で幾多もの世界を連鎖的に滅ぼすという、
エヴォリアの描いた、壮大な作戦を止めるのには間に合わなかった筈だから。

「だが。すまんな……エヴォリア……」

相変わらず浮かない顔をしている少女をチラリと見て、呟くベルバルザード。

「またヤツが現れ、俺に一騎打ちを挑んできたならば……
俺はまた『光をもたらすもの』の一員としてではなく、
一介の武人としての自分を選び、ヤツの挑戦を受けるぞ……」

それこそが己の望みだから。大儀よりも、捧げた忠誠さえも上回る―――
武人ベルバルザードの生き甲斐だから。




「次に出会わば、四度目の対決……
何やらの顔も三度までとはいかなんだが……次で決着をつける。
……強くなって来い……あの時よりも、更に強く……
そんなオマエを倒してこそ、俺は更なる高みにいける―――」




そう小さく呟いてベルバルザードは乾いた空を見上げる。
斥候のミニオンが、潜んでいた暁絶を発見したと報告してきたのは、すれからすぐの事だった。







*********************






「スバルは……何とか救うことはできたけど……
ショウは助けられなかったな……」


崩れゆく未来の世界―――


世界を維持していた浄戒の力が失われ、止めていた時計の針が再び動き出した世界の崩壊を、
望と浩二は『箱舟』の中から見つめていた。

「仕方ないさ。ショウは……力の大きさに飲まれてしまった。
心さえも力に飲まれ、最後は破壊のみを目的とする殺人機械になってしまっていた」

「俺も、この浄戒の力に心を支配されたら……ああなるのかな?」
「オマエはならねーよ」

そう呟く浩二は、ショウの最後に思いを馳せた。
もう既に滅び去った世界で、それを認めず、永遠に繰り返される今日を選んだショウ。
その目的は、親友であるスバルと共に過ごした、輝ける日々を失いたくないが為だった。

愚かだとは思わない。

彼がどれだけ親友のスバルを大切にしていたのかは、
部外者である自分達にもひしひしと伝わってきたから。

「おまえの傍には俺達が居る。希美や、沙月先輩……
この『天の箱舟』の仲間達が居る。ここのみんなが目指すものは未来だ。
おまえの理想―――みんなが平和に暮らせる明日というモノを目指している」

愚かではないが、ショウは間違えたのだ。未来ではなく過去の残照を見る事を選択した。
時計の針を止める事なんて出来ないのに、今が壊れるのは嫌だと叫び、
前に進む事無く、その場で足踏みする事を選んだのだ。

「でも―――」

「もう、気にするな。あの世界は元々滅んでいた筈の世界。
時計の針が、再び時を刻み始めただけだ。おまえが壊した訳じゃない」

そう言って浩二は、休憩室に備え付けられたポッドから紅茶をカップに注いだ。
望の分も用意してやり、おまえもこっちに来て座れと手招きする。

「少なくとも、スバルは救えた。本来ならばとっくに消えて居たはずの彼を救ってやる事が出来た。
それだけでも素晴らしい事じゃないか。全てが消え去って当然だった筈なのに、
一人だけでも救える事ができたのは、俺達の力だろ?」

そう言って紅茶の入ったカップを望の前に置く。

「そうですよ。望くん……元々、僕達は死んでいた筈の人間なんです。
それが元に戻ったというだけの話し―――あの街の人々も……
在りし日の行動を繰り返すように、プログラムされただけのロボットだったんですから」

「スバル!」
「おまえ、身体は大丈夫なのか?」

相変わらず俯いていた望に、休憩室へとやってきたスバルが声をかける。
望と浩二は思わず立ち上がった。あの未来の世界の唯一の生き残り―――
といっても、身体は既に滅んでいるので機械の身体だが、
今は絶対安静である筈の彼が、ここにやってくるなんて思いもしなかったからだ。

「一応、何とか動けるようにはなりました。今も自己修復はしています」

そう言ってスバルは微笑む。
その笑顔にはやはり陰りが残ってるような気がした。

「望くん……もしも、ショウの事を気にしているなら、それはキミのせいじゃない。
どちらかと言えば悪いのは僕です……僕がもっとしっかりしていれば、
ショウがあんな風に狂うことは無かった」

「…………」

確かにそれも理由の一つではあるので、浩二は何も言わない。
ショウとスバルの関係は、親友でありながら兄弟のようにも見えた。
直情型で兄貴気質のショウと、温和でお人よしなスバル。

もしもスバルが、もっとしっかりとした気質をもっていたならば、
ショウは一人で悩みを抱えずに済んだ。
相談して、話し合って……もっと、未来を見つめることができたかもしれない。

だが、ショウにとってスバルは、肩を並べる仲間ではなく、
護ってやらねばならぬ存在にしかなり得なかった。そして、そんなスバルをショウは望んでいた。

スバルの温和な人柄は、彼と友達になるまでは孤独だったショウにとっては救いだったのだろう。
むしろ、そんなスバルだからこそ、気の強いショウは友達になれたのかもしれない。
その辺りが運命の皮肉な所だと浩二は思う。

スバルがもっと毅然とした男であったならば、プライドの高いショウは友として受け入れなかった。
だが、実際のスバルは温和で人が良く……
その為に、孤独を抱えて日々を過ごしていたショウの心を癒す事ができ、二人は親友たりえた。

ならばもう一人―――

もう一人、彼らの間に友人が居たならば、運命は変わっていたのではないかと思う。
仲間を思い遣る心を人一倍持ち、行動力に長けたショウと、
彼の相談に乗ってやれるぐらいに知恵の回る誰か。
その間にスバルが立って、二人を上手いこと纏めるのだ。
そうであったならば、ショウは一人で悩まずに済み、スバルは持ち前の魅力を十分に発揮し、
全てがよりよい結果へと導けたのではないかと思う。


「いや、スバル……俺は、アンタも悪くはないと思うよ……
ただ、巡り会わせが無かっただけだ……」


スバルもショウも、自分にできる事をしっかりとやっていた。
ショウはスバルを導き、スバルはショウを支えた。
ただ、そこにもう一人いれば良かっただろう、誰かが居なかった。それだけである。

人間は完璧ではない。

時にはサレスのように一人でも完璧たりえる天才もいるが、そんなヤツはまずいない。
普通の人間ならば、友人や恋人―――誰かと足りないモノを補い合い、支えあい、
それで何とか世の中を上手く渡っていけるのだ。

望と出会い、物部学園で三つの世界を旅して色々な人と出会い。浩二はそれに気がついた。
このコミュニティー『天の箱舟』を作ろうと思ったのも、
望の為だけではなく、一人では生きていけない自分の為でもあったのだから。
それを説明してやると、スバルは何かを考えるように俯いた。


「浩二くん……」

「今までの自分はダメなヤツだったと、反省するのはいい。
けど、自分が全部悪いなんて思ったら……確かにやり方は間違えたけれど……
そんな悪いヤツの為に、浄戒の力で時を止め、滅びの運命へと抗ったショウが可哀想だ」


人は、基本的に弱い生き物である。寄り添わねば生きていけない。
一人で立ち向かうには運命は過酷すぎるから。
だから、浩二は一人でも生きていける天才たらんとした。

けれど、今の自分ではその天才にはなり得ない。
人生の経験が足りない、視野が狭い、人を惹きつけるカリスマも無い。
たぶん、自分が認めている『天才』サレスも、自分と同じ歳の頃は何度も挫折し、
己の無力を痛感したのだろうと思う。

風に向かって一人で抗い続け、立ち続けていられる人間は、
何度も転んで、吹き飛ばされて、風に負けない歩き方を身体で覚えたからだ。
普通ならば、吹き飛ばされないように、誰かと肩を組んで歩く人生という風の中を、
たった一人で歩き続けられる理由は、誰よりも転んだから、誰よりも吹き飛ばされたから。

今までの自分は、要領よく風の勢いが弱いところを歩いていたから、
転ばずに、吹き飛ばされずに済んでいただけ……
それなのに、転ぶ事がない自分を『天才』であると勘違いしていた。

馬鹿である。道化である。それと同時に、この事に気づけてよかったとも思う。
気がつかなければ、そのまま進んでしまっていた。
風の弱いところを歩き続け、肩を組んで歩く人を、一人じゃ歩けない阿呆だと見下して、
自分は頭がいいと思ってる馬鹿という、救いようの無い人間になっていた。

「あのさ。スバル……これからの事、なんだけど……
良かったら……俺達のところにこないか?」

「……え?」

望がスバルを『天の箱舟』へと誘う。
チラリと横の浩二を見ながら、いいだろ? と目で言っている。

「でも、僕は………」

「スバル。俺達と一緒に行こう。ここにいるみんな―――
一人じゃ前に進めない弱者だけど、肩を組んで一歩ずつ進めるぐらいには強いから。
そして、一緒に強くなっていこう。いつかは一人で歩きだせるように……」

そう言って、浩二もスバルに手を差し伸べた。

「……望くん……浩二くん……」

二人の誘いに、しばし迷うような素振りを見せるスバル。
しかし、やがて首を横に振ると、すみませんと頭を下げた。

「すみません……お誘いは嬉しいのですが……
僕は……皆さんと一緒には行けません……」

「―――え?」

「狂ってしまったショウとの戦いで……僕の力は、殆ど失われてしまった……
そんな僕が、みなさんの旅について行っては、きっと足手まといになる」

そう言って、スバルは自分の神剣を手元に出現させた。
弓矢形の永遠神剣・第六位『蒼穹』は、所々破損しており、
しっかりとした形を留める事さえできずに、薄っすらとぼやけている。

「……ふうっ」

外傷こそ無いものの、スバルは神剣を具現化できない程に傷ついていた。

「だから、僕はどこか適当な星に置いていってください。
そこで、ゆっくりと傷を修復しますから」

「スバル……」

「……そういう理由なら仕方ないさ。望……
これ以上無理を言ったらスバルが困るだけだ」

落ち込んだ様子の望の肩を浩二がポンポンと叩く。

「それなら、せめて療養先の世話ぐらいはさせてくれ。
科学技術が発達したいい世界を紹介するぜ?」

「でも―――」

「それぐらいの世話はさせて貰わんと、ウチのリーダーが納得しない。
最寄の星の精霊回廊までは送るから、そこから俺達が『魔法の世界』と呼んでいる世界に赴いて、
傷を治してもらえ。俺達が連名で手紙を書いてやるから、最高の治療を受けられる筈だぜ?」

そう言って浩二が笑うと、スバルもやっと笑顔を見せた。

「はい。解りました……色々とお手数をおかけしてすみません……
皆さんの好意に甘えさせて貰います」

「それで……さ」
「はい?」

「傷が治る頃には、もう一度スカウトに行くから。
『天の箱舟』八人目のメンバーとして、部屋は一つ確保しておくからさ……
だから、その時は―――誘いを断らないでくれよな?」

ニッと笑いながら浩二が言うと、断られて俯いていた望が顔をあげる。

「いいだろ望? 部屋一つぐらいリザーブしても?」
「ああ、もちろん!」

そんな浩二と望のやり取りに、スバルはクスッと小さく笑う。




「はい―――その時は、連れて行ってください。
微力ですが、貴方達の仲間に入れてもらえたら嬉しいです」




そう言って笑い返すスバルの顔は爽やかだった。






************************





未来の世界を出発して四日。
魔法の世界へと通じる精霊回廊のある星にスバルを下ろしてから二日がたったある日。
風呂上りの浩二は、二階にある休憩室のソファーに寝そべりながら小説を読んでいた。

「なぁ、浩二……おまえ、何読んでるの?」

先程から黙々と小説を読んでる浩二の様子が気になったのか、
テーブルを挟んで対面にあるソファーに座った望が問いかける。

「希美に借りた小説。何やら、有名なケータイ小説を文庫本にしたらしい」
「面白いか?」
「面白いかどうかは人それぞれだが、やたらと甘い展開が多いな」
「恋愛小説?」
「いや、スゥイーツというらしい。読み終えたら感想を聞かせろと言われた」
「……は? 何それ?」

よく解らない答えが返ってきて、怪訝そうな顔をする望。

「暇なら、望も何か借りてきたらどうだ?
アイツ―――移動中の暇つぶしに沢山用意したらしく、100冊近く持ってきたらしいから」

「ゲッ! どうりで元の世界から担がされたトランクの一つが、やたらと重かったわけだ」

「まだいいじゃないか、中身が本で……
俺が担がされたルプトナのトランクなんて、入ってたのが玩具だぞ?
開けたときに、黒ひげ危機一髪の海賊の首がもげていたって、
後から文句を言われたから、そんなのは知らんと言ったらケリいれられたぞ?」

苦笑する浩二に、望は何だよそれと言って笑う。
すると、そこにレーメを肩に乗せたユーフォリアがやってきた。
どうやら風呂上りらしく、身体から石鹸の香りがしてくる。

「こんばんわ。おにーさん、望さん。お風呂、頂いてきました……
―――って、あれ? 何を読んでるんですか? おにーさん?」

「スゥイーツ」
「スゥイーツ?」

ハテナ顔のユーフォリア。
浩二は呼んでいた小説に栞を挟んで机の上に置いた。

「ダメだ……俺にはこれの何が面白いのか理解できない。
まだ、自分で何かを書いたほうが面白い」

「浩二。おまえ、小説かけるの?」

「物部学園の文化祭でやる予定だった演劇の台本……書いたのは俺だぜ?
美里が無くしやがったから、結局は喫茶店になったけど」

「へぇ……」

そんな特技がと言う顔で感心する望。

「よし、今度また暇つぶしに何か書いてやる。そうだな……
タイトルはファイナルドラゴンファンタジークエスト。勇者が酒場でパーティを募り、
クリスタルを求めて旅する冒険活劇だ」

「浩二……それは、その……パクリじゃないか?」
「パクリじゃない! インスパイアだ!」
「―――あ!」

パクリと言われた浩二が、怒ったようにインスパイアだと主張すると、
ユーフォリアが、あっと声をあげる。

「どうしたんだ? ユーフォリア」

「あの、今、おにーさんがインスパイアって言った時、何か懐かしいような気がして……
あのあの、おにーさん。インスパイアってもう一度言ってくれませんか?」

「インスパイア」
「違います。もっと、こう―――叫ぶように!」
「インスパイアーーーーーーーーッ!!!」
「違います! アクセントをもっと微妙に!」
「インスパイィィィィィアッ!!」
「惜しい! もうちょっと力を入れすぎて、ひっくり返ったような声で!」
「いや、これ以上ひっくり返すとコンバット越前になるって……」

グッと手を握り締めながら、浩二にインスパイアの発音を指導するユーフォリアと、
何度もインスパイアを叫んでいる浩二。
望は、何だこのカオスな光景はと、たらりと汗を流した。

「インスパイィィィィィアッ!!」

「いい感じです。おにーさん!
次、オーラフォトンビームお願いします」

「オーラフォトォーン、ビィィーームッッ!!」
「……ああ。パパ……」

うっとりとした表情になるユーフォリア。
浩二は、先程から叫びまくって喉がいたくなってきた。

「ぜぇ、ぜぇ……」
「ほら、浩二。水」
「サンキュ」

望が渡してくれた水を受け取り、ゴクゴクとそれを喉に流し込む浩二。

「あの、次……望さん、お願いします」
「え? 俺もやるの?」
「はいっ!」

にっこりと満面の笑み。
そして、キラキラと期待の眼差しで見つめれてしまっては、もうやるしかない。

「インスパイィィィィィアッ!!」
「ディ・モールト! 大変良いですっ! 望さん!」

望はヤケクソのように叫ぶと、ユーフォリアはその叫びを、
何故かイタリア語で褒めちぎり、懐かしいというような顔で目を閉じて聞き惚れる。

「ちょっ、何をやってるのよ。二人とも! 声が風呂場の方まで聞こえてきたわよ?」
「望ちゃーん。煩いよぉ」

何事だと言うように沙月と希美がやってくる。
二人とも風呂上りなのか、血色がいい。
遅れてやってきたルプトナは、浩二や望が叫んでいたように、
腕を掲げながら、インスパイィィィィィアッとやっていた。

「なになに? これ、新しい遊び?」
「ルプトナ。まだ髪を拭き終わってないのに……」
「カティマもやろうよ。インスパイィィィィィアッ!」

タオルをもって追いかけてきたカティマに、笑いながら言うルプトナ。
なんだかもう、色々と大変な騒ぎになっていた。

「なぁ、おい……最弱。
インスパイアって、エターナルにとって、特別な意味の言葉だったりするのか?」

『いや、そんなの聞いたことあらへん。
……でも……その、やたらと耳に残る妙なアクセントの叫びは……
いやいや。でも……まさかなぁ……』

そう呟いて『最弱』は、自分が知っている一人の永遠神剣マスターの顔を思い浮かべる。
学生服に白い陣羽織。ロウエターナルからガロ・キュリアを救った英雄―――高嶺悠人。
人間からエターナルになった際に、彼のパーソナルデーターは消えており、
彼の事を覚えているのは、一部のエターナルと、神剣の干渉を受けない自分だけ。

故に今は、聖賢者ユウトと言ったほうがいいかもしれないが、
『最弱』は、その微妙なアクセントの叫び声をする、懐かしい少年の顔を思い出し、
その叫び声に、小さくパパと呟いたユーフォリアに意識を向けるのだった。

『特別な条件のエターナル……あの蒼い髪……
そして、インスパイィィィィィアッと叫ぶパパ……
……いや、でも……まさかな……エターナルの子供なんて……
いくらなんでも、そりゃないやろ? 考えすぎやねん……』

そう言って『最弱』は、ナハハと笑うのだった。





「……あの、何か叫んでたら……
身体が光って魔法が発動したんだけど……何コレ?」

「きっと、パパからの贈り物です♪」
「―――マジ!?」





望はこのイベントで『インスパイア』のスキルを覚えた。
これは、そんなある日の風景―――









[2521] THE FOOL 35話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:bb03549d
Date: 2008/04/05 17:25







「ここが……絶の指定した世界―――」
「見事に砂の荒野だなぁ」

ナナシに指定された座標の世界へとやってきた『天の箱舟』のメンバー達。
ものべーから降りると、全員がその有様に驚いていた。

「私の役目はここまでです。
マスターは、あそこに見える崩れた塔の麓にいらっしゃいますので」

ふわりと、空に浮かんだナナシは、それだけ言うと絶がいると言った塔の方に飛び去っていく。

「ちょっ、おま、どうせなら最後まで案内しろ!」

その後姿に浩二が叫び声をあげるが、一刻も早くマスターの所に戻りたかったのか、
ナナシは振り返りもせずに行ってしまう。
後には砂の荒野にぽつんと残された『天の箱舟』のメンバー達だけが残った。

「ま、仕方ないわね。私達は歩いていきましょ?」
「ええ。ここまで来たら焦る必要はありません」

苦笑しながら言う沙月と、表情を引き締めたカティマ。
二人が先頭に立ってしばらく歩くと、上に嫌な気配を感じた。

「みんな! 危ないっ!」
「飛べっ!」

沙月と望の声に、全員が神剣の力を解放して瞬時にその場から散る。
その瞬間、爆音が響き渡り砂埃が舞った。

「みんな、無事!?」

叫ぶ沙月。彼女が焦ったような顔で言うと、多方面から返事が聞こえてきた。

「けほ、けほ……なに、いったい?」
「無事です……なんとか」
「俺と希美も無事です」
「うう~、目に砂が入った~」
「……むむっ、何ですか? もう」

ルプトナ。カティマ。望に希美。ユーフォリア。
5人からは返事が返ってくるが、一人だけ返事が聞こえない。
沙月は、もしやと思って彼の名前を呼んだ。

「斉藤くん!」

返事は無い。最悪の事態を想定して顔を青ざめる沙月。
しかし、砂埃が風に飛ばされていくと、爆心地の中心に人影が見えた。

「手荒い歓迎じゃねーか………」

浩二。立っている。自分の神剣―――
反永遠神剣『最弱』をカイトシールドの形に変えたモノを頭上に掲げ、ずっと一点を見つめている。
その先には、薙刀を構えて立つ鎧姿の偉丈夫が立っていた。


「ベルバルザアアァァァァド!!!」


叫ぶ浩二。それと同時に神剣を棒の形に変える。
名前を呼ばれた偉丈夫―――ベルバルザードは、笑っていた。

「フッ―――まさか、おまえ達までこの世界にやって来ようとはな……」
「それはこっちの台詞だ。なんでテメーがこの世界に居やがる!」
「俺だけでは無い。エヴォリアも来ておるぞ」

愉快そうなベルバルザード。

「……目的はなんだ?」
「ルツルジの抹殺―――」
「―――っ!」

息を呑む。まさか『光をもたらすもの』が、
絶を狙ってこの世界に来ていたとは思いもしなかったからだ。

「望。みんな……先に行け。暁が危ない……」
「でも、斉藤くん」
「なぁ、おまえの狙いは俺だろ? ベルバルザード」

そう言ってベルバルザードの顔を見ると、
彼は首を縦に振って永遠神剣『重圧』を頭上に振り上げ、一回転させると腰を落とした。

「そういう訳ですよ。沙月先輩……
俺がここに留まれば、ヤツは邪魔をしてきません」

「でも、一人じゃ……」

「大丈夫です。負けません。倒して後から追いかけます。
その間―――望を頼みます」

「浩二……」

浩二は『最弱』を頭上で回転させると、腰を落として棒の先をベルバルザードに向ける。
その構えはベルバルザードの構えとまったく同じ型。目はギラギラと輝いていた。

「いけ、望。こいつは俺にとって越えなきゃいけない壁なんだ。
大丈夫。俺は負けない。こいつに負けるのはもう沢山だ!
俺は、こいつを―――ベルバルザードを倒さなきゃ前に進めないんだよ!」

浩二の意思は固い。これは、もう止めても聞かないだろうと、沙月は溜息を吐く。
そして、これだから男の子ってやつはと呟いた。

「それならアイツは斉藤くんに任せるわ。
でも、一つだけ約束して。絶対に死なないって」

「……沙月先輩。その台詞って死亡フラグみたいで不吉だからやめてください」
「―――っ! いいから、約束しなさい!」
「はいはい。解りました。死にませんよ、俺は―――」

そう言って望を見る。目が合うと頷きあった。
それが合図であったかのように『天の箱舟』のメンバーは、
神剣の力を解放してこの場を走り抜けていく。

「……なぁ、精霊の世界の時と違って……
今回は、きちんと話が終わるまで待っててくれたのは何でだ?」

「俺が認めた男の最後の時だ……
永久の別れの挨拶を交わすぐらいは待っててやるさ」

「ハッ―――ぬかせよッ! 俺はやっと始まったんだ!
生きる場所、仲間、夢……やっと手に入れて―――
俺は、やっと始まったばかりなんだ! 序章で蹴躓いてたまるかよ!」

「貴様の物語……最初の壁が、この俺か……フッ、ククッ―――
ハハハハハハ!!! 面白いっ! ならば越えてみろ!
このベルバルザードを! 全てを押しつぶす『重圧』の壁を!」





***************





「「 ハアアアアアアアアッ!!! 」」




二人の気合が砂の荒野に響き渡る。
互いに同じ構えで、気を身体に漲らせている。

『うほほー! 今日は最初からマジモードやな。
反逆と反抗。絶対を否定する意思が、ビンビンと伝わってくるでー!』

肉食獣のケダモノのように、ギラギラと瞳を輝かせている浩二。
それはベルバルザードも同じようで、鋭い眼光で浩二を睨みつけている。
魔法の世界で対峙した時は、ベルバルザードの眼光に怯んだ浩二だが、今は負けていない。

気合の高鳴りが、見えない螺旋を紡ぐように広がっては消えていく。
その螺旋は、波打つごとに大きくなっていき……
浩二とベルバルザードの放つ気合の螺旋がぶつかり合うその瞬間―――

「うおおおおおおっ!!!」
「ハアアアアアアッ!!!」

二人は、大地を踏み抜くように前へと跳んだ。
『重圧』のエネルギーを籠めた薙刀が、空間を切り裂くかの勢いで振り下ろされる。
浩二は『最弱』にエネルギー伝導で力を送り込み硬質化させると、
その一撃を気合と共に『最弱』で弾き返した。

ぶつかり合った瞬間に、ベルバルザードの『重圧』のエネルギーは、
浩二の『最弱』に無効化されて、ただの重く速い一撃となる。
だが、それでも永遠神剣マスターが振るった渾身の一撃は、ビルを薙ぎ倒す程の威力だ。

「―――がっ!」
「ムゥ!」

お互いの力を籠めた初撃は互角。
神剣をぶつけ合った際に巻き起こった爆風が砂煙をあげた。

「でぇーーーりゃりゃりゃりゃ!」

神剣をぶつけ合い、お互いに足を地面についた時。
間合いは距離にして3メートル。薙刀と棒の間合いだ。
浩二は、しっかりと足を踏みしめてベルバルザードに棒の連続突きを放つ。

頭、喉、腰、胴―――

その全ての箇所を狙って、ランダムに突きを放つ。
その突きの速さは、すでに残像を残すほどであり、もはや壁だ。
受けるベルバルザードは、凄まじい圧力の壁が迫ってくるように感じられた。

「フンッ―――!」

気合と共に、ベルバルザードは地面に『重圧』で石突をくらわせる。
その瞬間。周囲の地面がボゴッと音をたてて埋没した。

「なっ!」

突如として足場が下がってバランスを崩す浩二。
次の瞬間には、薙刀の刃が自分の頭をカチ割るように振り下ろされていた。

『相棒!』
「うおおおおおっ!」

気合と共に『最弱』を袈裟斬りに薙ぎ払う。
間一髪の所で間に合ったその一撃は、ベルバルザードの『重圧』の起動を反らし、
『重圧』の刃は、地面を抉り取るに終わった。

「チィ―――ッ!」

陥没した地面から跳躍して、間合いの外に飛びずさる浩二。
ベルバルザードは、再び腰を下ろして構えを取っていた。

「頭使うようになったじゃねーか? ああ?」
「貴様の神剣の特性は、先の戦いで知っていたからな……」

斉藤浩二へ『重圧』の一撃を叩き込んでも、その神剣で力を消されるのなら、
浩二ではなく、その足場となる地面に叩きこんでやればいい。
あの神剣の能力は、その刀身を魔法や神剣に叩きつける事によって、
こちらの神剣の効果を打ち消す能力なのだから。

『研究されとるなぁ……相棒』

「……まぁ、俺なんかとは比べ物にならないぐらいに戦闘経験は豊富そうだからな?
だから、たぶん……一度使った技は、対策を立てられると思ったほうがいい」

『ほほう、ピンチなのに落ちついとるやんけ?』
「まだまだ。俺達の技のネタは切れてない―――そうだろ? 最弱ッ!」
『―――って、アレをやるつもりかいな!?』
「そうだっ!」

浩二は、棒の形態にしていた『最弱』を、薄い正方形の紙の形に変えると、
徐にそれをビリビリと千切る。

『いてぇえええええ!!! ちぎられるぅぅぅぅぅ!!』
「はあああああっ!!!」

薄く伸ばした『最弱』を、適当な長さで何個か千切った浩二は、
力を籠めて千切った部分の『最弱』を再生させ、再び棒の状態に戻す。
ベルバルザードは、その間も油断無く神剣を構えていた。

『いててて……つーか、この攻撃はワイが痛いからやめてーなー』
「勝つ為だ。我慢しろ! それよりも解ってるな?」

『オーケーやねん。クソ……これで有効打を叩きこめんかったら、
二度とやるのは禁止やからな……』

「きっと効くさ!」

そう言って浩二は、棒形態の『最弱』を片手に飛び掛る。

『―――ハッ!』

もう片方の掌には、紙吹雪のように細かく刻んだ『最弱』の欠片。
浩二はそれをベルバルザードに投げつける。
エネルギー伝導により硬質化されたその破片は、ショットガンのようにベルバルザードに降り注いだ。

「笑止ッ! それで目くらましなど、子供騙しだぞ!」

ベルザードは『重圧』の薙ぎ払いだけで、
散弾銃の弾丸のように降り注ぐ『最弱』の欠片を吹き飛ばす。
しかし、その次の瞬間に目を見開いた。

「何だとっ!?」

覆いかぶさるように倒れてくる壁。
否―――正方形に大きく広がった浩二の神剣『最弱』
これもエネルギー伝導で硬質化されているのか、質量を持って倒れてくる。

『ぬりかべーーーーっ!』

目くらまし二連発。始めの紙吹雪はおとりで、次の正方形に広がる壁こそが本命。
しかも、その二発目の目くらましも、硬質化した『最弱』で押し潰すという攻撃になっている。
ベルバルザードは、白い壁を睨みつけた。

「クッ―――なめるなあああああああっ!!!」

そして、白い壁に向かって斬撃を放つ。
渾身の力を籠めたその一撃は、白い壁を真っ二つに切り裂いた。

「―――なっ!?」

しかし、その先に浩二は居ない。
白い壁を盾にして、押しつぶそうとしてる筈の敵の姿がない。

「なめてねーよ」
「!?」

その時、横から声が聞こえた。
視線を向ける。斉藤浩二。がら空きになった脇腹を狙うように、
白いバンテージのようなモノを巻きつけた拳で、強烈なフックをベルバルザードの脇腹に叩き込む。

「うごっ!」

白いバンテージは彼の神剣『最弱』で作ったモノ。
反永遠神剣の力が、ベルバルザードの魔力で防護した守りを霧散させ、
浩二の放った脇腹へのフックはクリティカルヒットとなる。

全てはこの一撃を叩き込まんが為であった。

ベルバルザードの目の前で、これ見よがしに『最弱』を千切ってみせたのは、
新しい武器を作るのはこれからだと思わせるため。
もうすでに戦いの仕込みはできており、ポケットには『最弱』で作ったバンテージが入っていたのだ。

白い壁も目くらまし。

『最弱』の本体による攻撃だから、ベルバルザードはこの攻撃が本命だと勘違いしてもおかしくない。
だが、浩二の本命は、あくまで『最弱』を千切って作った欠片による攻撃だった。

「最弱!」
『はいなっ!』

ベルバルザードにより、真っ二つに切り裂かれて再び薄い紙になっていた『最弱』は、
浩二の呼び声と共に、棒の形態になる。その数二つ。
二つに両断された『最弱』は、二つとも棒の形態になって浩二の手に収まった。

「うおおおおっ!」

剣ぐらいの長さになった『最弱』の二刀流。
脇腹の骨を砕かれたベルバルザードの身体が、ぐらりと揺れるところに、次々と乱撃を叩き込む。
神剣の力による防御を全て無効化する『最弱』での一撃は、
その身に受ければすべて直撃―――クリティカルヒットとなる。

永遠神剣マスターがエネルギー伝導で硬質化させた棒という凶器で、
永遠神剣マスターの強化された一撃をその身にくらうのだ。
ベルバルザードの纏っている鎧が、ボコボコにへこみ、あるいは吹き飛んでいく。



「飛べ! おらあああああっ!!!」



最後は右と左でクロスを描いた攻撃だった。
この技は、世刻望が繰り出す双剣の斬撃を真似たものである。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

力の限りの攻撃を叩き込んだ。ありったけの力を神剣に籠めて、
息が続く限りの連続攻撃を叩き込んだのである。
これをくらって生きている訳がない。生きていていい訳がない。

「はぁっ……はぁっ……」

浩二は吹き飛ばされて倒れているベルバルザードを見る。
ベルバルザードは、倒れたまま動かない。

「はぁっ……」

乱れた呼吸が整ってくる。
ベルバルザードは、倒れたまま動かない。

「…………」

剣ぐらいの長さで二つだった『最弱』を、再び一つに戻し、
使い慣れた槍ぐらいの長さに戻して構えるが……
ベルバルザードは、倒れたまま動かない。

「勝った……」

その姿を見ながら、浩二はポツリと呟いた。しかし、その瞬間―――

「うおおおおおおおっ!!!!」

咆哮と共に、赤い鎧を纏った戦士は立ち上がってきた。

「……訳ねーか……だと思ったよ!」

やっぱりと言わんばかりの浩二は、再び表情を引き締める。
立ち上がってきたベルバルザードはボロボロだった。
鎧はひしゃげ、曲がり、いたる所が欠けている。しかし、その目はまだ死んでいない。
燃えるような瞳で、浩二の姿を睨みつけている。




「ハハッ―――クソ! とことんまでやってやるよ! バカヤロウ!
何度だって叩き伏せてやる! オマエがくたばるまで神剣をぶち込んでやる!
勝つのは俺だ! もう、オマエに負けるのは沢山なんだよ! コノヤロオオオオオ!!」






************************










「ムッ―――ぐうっ……」


対峙してから、どれだけの時が過ぎたであろうか?
ベルバルザードは、脇腹の傷が痛み、型膝をついた。
正面には、いたるところに傷を負って、なお闘争心を失っていない敵の姿がある。

「いい加減……死ね、テメェ―――不死身か……」

強くはなったが、その口は相変わらずかとベルバルザードは笑う。
気力だけで支えていた身体に、限界がこようとしていた。
凄まじい膂力の攻撃を全身に浴び、身体中の骨がきしんでいる。
永遠神剣の力で補強しているが、それももう限界だ。

「斉藤……浩二……」

敵の名前を呼んだ。
自分をたった一人で打ち倒した素晴らしい戦士の名を……

「あん? なんだ、テメー」

満身創痍である筈なのに、未だその軽口は変わらずかと苦笑する。

「おまえの……勝ちだ……」

もう、握力さえも残っておらず、手にしていた『重圧』を落とした。
粒子となって消えていく。幾多もの戦場、幾多もの敵と戦ってきた己の半身が―――

「―――クッ」

それでも、残った気力を振り絞って膝をついた常体から立ち上がった。
果てる時は、立ったまま果てる。
膝をついての死など冗談ではないと、武人の意地で立つベルバルザード。

「頼みが……ある」
「……何だ?」
「エヴォリアを―――あの、哀れな女を……救ってやってくれ……」

自分では彼女を支えることも、救うこともできなかった。
故郷の世界と家族を人質にとられ、神々の走狗になったエヴォリアという女を。

「……アレは、もともと戦いに身を置くような女では無い……
理想幹神に、自らの世界と家族の命運を握られ……従っている……
……いわば、神々の奴隷だ……」

「…………」

「俺では……救えなかった……手駒となり、従う事でしか……
アレの……役には立てなかった……」

ベルバルザードは、自分で戦士を名乗る男が聞いて呆れると自嘲する。

「……俺は……戦えなかった……アレを―――
エヴォリアを……何とかしてやりたいとは……思いながらも……
結局は―――自分よりも、遥かに上の力を持つ理想幹神を恐れ……
彼等と……グフッ―――戦う事をしなかったのだからな……」

「……嘘だな。ソレ」
「……何?」

『最弱』をハリセンの形に変えると、
浩二はベルバルザードの傍まで歩いていき、軽くパシンと頭を叩く。

「アンタが戦わなかったのは……自分が理想幹神に反旗を翻したら、
それはそのままエヴォリアの反乱と取られ、世界と家族を潰されると思ったからだ」

「…………」

「戦えるものなら、戦ったよ。アンタ―――
生粋戦士ベルバルザードが、強い敵を恐れたりするものかよ。
アンタはどんな敵でも、勝てないなんて恐れたりしない。どうすれば勝てるのかを考える。
絶対に諦めたりなんかしない。俺と同じように……」

「―――ククッ」

浩二が真面目な顔でそんな事を言うモノだから、ベルバルザードは笑う。

「あの……剣の世界で、おまえを誘ったエヴォリアの目は正しかった……
おまえが……俺達の―――光をもたらすものに、加わっていれば……
……俺は、その道を選べたかもしれないのに……」

「買い被りすぎだ」

そう言ってそっぽを向く浩二。
その、子供のような照れ隠しの仕草に、ベルバルザードはまた笑った。

「こんな事を……言えた義理ではないとは解っているが―――
……頼む。俺の代わりに……彼女を……救ってやってくれ……」

まぁ、無理な話であろうと思いながら、ベルバルザードは言っていた。
しかし、彼は―――斉藤浩二は……

「前向きに善処する」

彼らしい捻くれた答えで、頼みを承諾してくれた。

「努力はするが、約束はできねーぞ。
てゆーか、もしかしたら、もう沙月先輩達にやられてるかもしんねーし」

「その時は、それが……アレの運命だったのだろうよ……」

そう呟く、ベルバルザードの身体が消えかかっている。

「……斉藤浩二。俺の認めた戦士よ―――」
「何だ?」
「手を出せ」

突然そんな事を言われて面食らったかのような顔をする浩二だが、
この期に及んで罠もクソも無いだろうと、言われたとうりに手を出す。

「……餞別だ。持っていけ―――
オマエならば……アイツも認めるだろう……」

浩二が差し出した手に、自分の掌を重ねるベルバルザード。
その瞬間。赤い光がベルバルザードから浩二へと流れていく。

「熱―――っ!」

火のような熱を感じて、浩二は反射的に飛びずさった。
ベルバルザードは、そんな浩二の様子を微かに笑って見ている。


「さらば―――俺を倒す者が、おまえで良かった……」
「チョッ、オイ! 今のは何だ!」


身体は何ともない。おかしな事はされていない。
ならば、今のに何の意味があるのだと焦る浩二。
しかし、ベルバルザードの姿はその時には光となって消えていた。





「説明していけコノヤローーーーーー!!!」




そして、一人砂の荒野に残された浩二は、
天に昇っていく光の粒子に、ありったけの声で叫ぶのだった……










[2521] THE FOOL 36話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:bb03549d
Date: 2008/04/07 18:44






「―――ゴホッ……」


岩に背を持たれかけさせて、エヴォリアは血の混じった咳をした。
見上げる空は赤い。まるで自分の血の色のようだと自嘲する。

「負けた―――か……」

完膚なきまでに自分はジルオルとその仲間に負けた。
彼等がとどめを刺さずに駆け去って行ったのは『暁天』の絶が気になったのか、
虫の息の自分など、捨て置けば死ぬだろうから殺すに値しないと思ったからなのか。


それとも―――


「……ゲホッ―――ゴホッ!」


彼等と交戦する前に、戯れで話した自分の戦う理由に同情したからなのか……


「……死ねない……私は、こんな所で……死ぬわけにはいかない……」


自らの吐血で赤く染まった掌を、岩場に重ねてエヴォリアは立ち上がる。
そして、覚束ない足取りで、よたよたと歩き始める。

「やれる……私は、まだ……戦える―――だから……」

歩きながら、うわ言のように呟くその言葉は、誰かに話しているように見える。

「離れろ―――っ……私から、離れろ―――ッ!」

望や『天の箱舟』との交戦で、ボロボロになるまで傷ついた身体からは、
血と共にマナの粒子が零れ出ている。

マナとは世界の命そのもの。

すなわち、永遠神剣のマスターは世界を構成するのと同じ力をその身に宿しているのだ。
俗に言う魔力なんてモノが身体に宿っているのは、このマナがあればこそである。
マナがあるからこそ、魔法や超常能力といった類のモノを行使できるのだ。

「貴方達の……力なんて―――」

言葉を言いかけて、前のめりに倒れるエヴォリア。
倒れたエヴォリアの傷が塞がり始め、零れ出るマナの流出も収まった。

「そう……もう、私には任せておけないと―――
そう、言うのね……貴方達……」

ドクンと、心臓が跳ねるように鼓動をうつ。まるで、そうだと言わんばかりに。

「いやっ、いやっ―――嫌ッ!
奪わないで、私を……盗らないで! 身体を―――ああっ!」

のた打ち回るエヴォリア。
誰も居ないのに許しを請うように、悲痛な叫び声をあげて悶え続ける。


「せめて―――心だけは! 家族と、故郷の記憶だけは消さないで!
忘れたくない! 忘れたくないの! お願い! イスベル!」


自分の身体を支配しようとする何者かに、
エヴォリアはいままでのプライドや誇りも全部投げ捨てて、縋るように懇願する。

彼女を裏から操っていた南天神達の思念が―――

はるか昔に破壊神ジルオルの浄戒の力によって滅ぼされた、古の神々が、
エヴォリアの身体を乗っ取ろうとしているのである。
それは嫌だと、止めてと叫ぶエヴォリア。しかし、その呼びかけに答える者は居ない。


「いやあああああああっ!」


悲鳴をあげた。歳相応の少女のように、涙を流しながら……
身体を乗っ取られる事を恐れて、エヴォリアは悲鳴を上げた。




「……岩場の陰から女の悲鳴がするから、何事だと思って来て見れば……
……あの、アンタ……さっきから一人で何やってるわけ?」





**********************





「……え?」



思いもよらない所から聞こえた声に、エヴォリアは顔をあげる。
そこに立っていたのは、ボロボロの学生服を着た少年。その腰には何故かハリセン。
普通の人がみれば、うわぁと思わず唸ってしまいそうになる格好の―――


「や、久しぶり。俺とは剣の世界以来だよな?」


―――斉藤浩二。


絶対を否定するヒトの想いが詰まったヒトのツルギを持つ、
運命を否定する少年が立っていた。

『ん? なぁ、相棒……なんか、彼女―――
何者かに身体を乗っ取られかけとりまんねんで?』

「マジか! 何に?」
『そこまでは知るかいな』
「ああああああああっ!!!」
「うおっ! 苦しみだしたぞ!」

『あかん。もう殆どのっとられかけとる!
はようツッコミいれるんや! 相棒! 間に合わなくなるでー!』

「よっしゃ! コノヤロウ!」


―――スパーン!


倒れて苦しんでる女性にハリセンでツッコミ。
元の世界でそれをやっていたら、確実に警察を呼ばれそうな状況だが、
この世界には警察なるモノどころか、誰も住んでない。

『もういっちょ!』
「よっしゃ!」
「あうっ!」

―――スパーン!

『もういっちょ!』
「おらあっ!」
「ああっ!」

―――スパーン!

『おまけにも一つ!』
「うおおおおおおおおおおおっ!!!!」
「あああああああああああーーーーっ!」

―――スッ―――パーン!


とりあえず『最弱』に言われたとおりに四回ほどエヴォリアに、
力を籠めたハリセンでツッコミを入れると、
今まで苦しみにのた打ち回っていたエヴォリアの表情が元に戻った。

「はぁ……はぁ……」

今は、荒い息を吐いて呼吸を整えている。

「なぁ……最弱」
『何やねん?』
「さっきの状況―――第三者がみたら、どんな状況だと思うんだろうな?」
『身悶える女をビシビシ叩くドSな変質者』
「だよな……って、はぁーーーーーー」

頭を抱えて落ち込む浩二。
そして、心の底から誰にも見られなくて良かったと思った。
悪い事をした訳じゃないのに、何だろうか?
この、思わず生まれてきてスミマセンと言って自殺したくなるような罪悪感は。

「……はぁ……はぁ……どうして?」
『お? 意識が戻ったようでっせ。相棒』
「……ん? お、ああ……」

頭を抱えてしゃがみ込んでいた浩二は『最弱』に呼ばれて立ち上がる。
そして、寝そべったままのエヴォリアを見下ろした。

「どうして、私を助けたの?」
「どうして助けたんだ? 最弱」
『どうして助けたんや? エヴォリアはん』
「―――ふざけないでっ!」
「おおう!」

怒鳴られる。何故だろう?
彼女を前にすると、おちょくりたくて堪らなくなるのは。
理由を考えて、瞬時に答えを導き出す。

―――ああ、きっと最初の出会いの時に、話に飲まれて敗北したからだ。

意識としては忘れていたのに、本能では覚えていて仕返しする辺り、
自分の負けず嫌いは相当だと思って苦笑する浩二。

「頼まれたからだよ―――敵と書いてトモと呼ぶ男に」
「ベルバ?」
「ああ、よくわかったな……」

「貴方の事は、時々話していたから―――彼。
そっか……貴方がココにいて、ベルバから頼まれたって事は……
負けたのね……貴方に……」

そう言って、エヴォリアは身体を起こす。
そして、自分の身体をぺたぺたと触り、頭をコツンコツンと叩くと、真剣な表情で浩二を見た。

「貴方のソレ……永遠神剣モドキは何?
彼女を―――南天神イスベルの思念を掻き消すなんて普通じゃないわ」

「普通じゃない永遠神剣モドキだ」
「だから、それを教えなさいと言ってるの!」

相変わらずのらりくらりな浩二に怒るエヴォリア。
浩二は、普段の彼女らしいキレがないなと思った。
こんな風に感情を剥き出しにする女では無かった筈だがと首を捻る。

「俺の神剣の秘密は、仲間にしか教えない事にしてるんだ。
どうしても知りたければ仲間になれ」

「…………」

「できないよな。それは……なら、諦めろ。アンタの事情はベルバルザードから聞いた。
それに、その様子じゃ俺達『天の箱舟』に『光をもたらすもの』は敗北したんだろ?」

「……ええ―――って、天の箱舟? 貴方達、旅団じゃないの!?」

「俺と望で旗揚げした、永遠神剣マスターの新しいコミュ二ティーだ。
リーダーは世刻望。副官が俺。スローガンは、みんなが笑いあえる明日を掴む!
賛同してくれる永遠神剣マスター及び、スポンサーを募集中」

「…………」

「おっと、話しが逸れたな。とにかく、アンタは死んだ事にして身を隠していろ。
とにかく理想幹神は、俺達が―――『天の箱舟』がぶっ潰すからさ」

そう言って浩二は口元をニヤリと歪めた。
エヴォリアは、そんな浩二を黙って見つめている。そして、ポツリと呟いた。

「……そんな事が……できると思ってるの?」
「俺にできない事は無い」

斉藤浩二にそんな問いかけをすれば、確実にその答えが返ってくるのは当然である。
そして、もう話は終わったとばかりに背を向けた。

「待ちなさい!」

「……何だよ? 俺は早いところ望達に追いつきたいんだよ。
ただでさえ、時間をくっちまってるのに……」

こう見えて、浩二は結構焦っている。
まさかの『光をもたらすもの』との戦闘で、当初の予定が随分と変わってしまったのだ。

予定では、望と対峙する絶との間に、上手い事言って間に入り、
浄戒の力で絶の神名を消し去った後に、口先三寸と少しの武力行使で、
絶に自分達の力を認めさせ、共に戦おうという流れに持っていく筈だったのに……
肝心の自分が一人でこんな所にいる。

一人でベルバルザードと戦ったのは間違いだったとは思わないが、
これでは予定を修正するどころの話ではない。
下手すれば望と絶の間で話しがこじれ、自分が方便で言った事を実践しているかもしれないのだ。

「ちょっと俺、マジで急いでるんだけど! こう見えても」
「一つだけ教えて……」
「おう。解った。早く言え」
「貴方は一体……何者?」

真剣な瞳で自分を見ながら言うエヴォリアに、
浩二は何を言ってるんだコイツはという視線を向ける。


「斉藤浩二。運命とか、宿命とか……未来を勝手に決め付ける理不尽に……
そりゃねーだろとツッコミを入れずには居られない―――人間だ!」


そう言い残して、浩二はその場を駆け去って行くのだった。



「……人間……人間ね……フフッ―――ハハハ……
人間が、あのベルバを倒し……私を乗っ取ろうとしていた神を叩き消した……
はははは、アハハハハ! くっ、ふ―――くっ……ワケ―――わかんないわよ……」



ぺたんと座り込み、岩場に背を預けて赤い空を見るエヴォリア。
自分でも抗えなかった神に、ただの人間が勝つと言っている。
確信したような瞳で、自分に出来ない事は無いと―――

「……人間が、カミサマを倒すって言ってるのに……
私が―――仮にも神の生まれ変わりである私が……負けるわけにはいかないじゃないの……」

そう言ってエヴォリアは立ち上がる。その目に宿っているのは、反逆と反抗の強い意思。
意識を半分以上乗っ取られた所に、浩二の反永遠神剣のエネルギーを叩き込まれた事によって
増幅された、絶対に抗う反抗の心。
南天神により半分は既に奪われていた、彼女の心の半分を埋めたのはソレだった。
浩二が、以前に会ったエヴォリアとは違うと思ったのも当然である。


「今頃は、ログを見る事のできるエトル達にも……
私は死んだと思われてるでしょうから、行動を見られずに自由に動ける。
そう思えば、決して悪い状況では無い―――」


腕輪を握る。永遠神剣・第六位『雷火』を。
そして、眼前に出現させた白いゴーレム。神獣『ギムス』を見つめる。


「ベルバ……貴方がここに居てくれないのが残念だけど……
『光をもたらすもの』は、今より理想幹神と手を切り反逆する……
膝を屈して庇護を求めるのではなく、戦い、勝って、未来を掴むわ……」


彼女がそう呟いて赤い空を見上げると、その神獣ギムスが笑ったような気がした。
ゴーレムに表情など無いが、この時のエヴォリアには、確かに笑って頷いたような気がしたのだった。




*******************




「……遅かったな。望……
来客多数で暇はしなかったが、少し待ちくたびれたぞ……」

砂の荒野。崩れ落ちた塔の前。
赤い夕陽を背にしてその男は立っていた。

「絶っ!」
「暁くん!」


暁絶―――


その姓が表すとおりに、赤い夕陽を背負って彼は遠くを見ていた。
その周りには、幾多もの屍。
『光をもたらすもの』の尖兵であるミニオンが、返り討ちにあったのか、
ゴロゴロと転がっており、砂漠を赤く染めている。
横たわる人造生命体は、どれも仮初の命を『暁天』の刃で一刀両断にされたのか、消えかかっていた。

「あの日―――物部学園をミニオンが襲い……
全てが変わった運命の日から……もう半年ぐらいだな?」

「……ああ」

「長い旅だっただろう? 戦いに身を置いて過ごす日々は……
だが、安心しろ。その旅はここで終わる。ここがおまえの終着駅だ」

静かな、ゆったりとした響きの声でそう言うと、
絶は無造作に刀の形をした永遠神剣・第五位『暁天』を鞘から抜き払う。

「抜け。望―――決着をつけよう」

「話しが違うぞ、絶!
おまえは、ココに来たら全部の事情を説明してくれるって言ったじゃないか!」

「フッ……ククッ、そうだったな……いや、許せ。
逸る気持ちに、つい約束を忘れてしまっていたな……」

苦笑しながら、再び『暁天』を鞘に収める絶。

「少しばかり長い話になる……立ち話もなんだ。
―――来いよ。もう少し見晴らしの良い所にでも行こう」

そう言って背を向けると、崩れ落ちた塔の方に向かって歩き出す。
塔の近くにある廃墟の所までくると、様々な機械が錆だらけで軋む音をたてながらも、
まだ生きており、稼動しているのに気がついた。

「何コレ? ここって滅んだ世界なんでしょ?
どうして生きている機械があるの?」

驚いたような沙月の言葉に、絶はニヒルな笑みを返すだけだ。
そして、見晴らしのいい場所まで出ると、絶は立ち止まって振り返った。

「さて、何から話したものか……」

そう言って目を閉じる絶の肩に、ふわりと何処からか飛んできた彼の神獣ナナシが座る。
そんなナナシに、望の肩に座っていたレーメが、案内役のクセに吾等をほっぽって、
先に言ってしまうとは何事だと文句を言っていた。

「許してやってくれ。ここまで来れば、戦いに参加できない以上……
居ても居なくても同じだっただろう?」

「吾はそう言う事を言ってるのではない。
きちんと責任という言葉の意味を―――むがっ!?」

このままレーメに文句を言わせたら、話しがグダグダになると察した望が、
プンプンと怒ってる彼女の口を塞いで、ポケットに突っ込む。

「むがーーーっ! これ、ノゾム。何をする! 出せ!」

懐のポケットに強引に押し込んで、丁寧にチャックまで閉める。
くぐもった声と共に、しばらくレーメはジタバタと暴れていたが、
やがてその抵抗も弱くなり、動かなくなった。

それを確認した望は、何事も無かったかのような顔でレーメを再びポケットからだして、
再び自分の肩に座らせる。

「うう~っ……ノゾムぅ……おぬし、最近コウジに似てきたのか、
パートナーの扱いが酷いぞ……ううっ……この鬼畜め……」

「何を言ってるんだ。浩二なんか自分の神剣を、ちぎって、燃やして、踏んづけて……
あまつさえ千切った部分をトイレットペーパーにしたりしてるんだぞ?」

「うむぅ……」

望が鬼畜ならば、浩二はすでに鬼畜外道天魔であろう。

「ハハッ―――」

望とレーメのやり取りを、絶はさも可笑しそうに見ていた。

「……絶……」

「いや、笑ってすまなかった……
おまえと、その神獣―――レーメと言ったか? おまえと彼女は仲が良いのだな」

そう言った後に束の間、自分はナナシに優しくしてやった事などあっただろうかと考える。
しかし、すぐに首を振る。今頃そんな事を考えても詮無き事かと。

「なぁ、絶……」
「何だ?」

「俺は、おまえと戦いたくない。おまえが、俺をどんな風に見ていたとしても……
俺はおまえの事を友達だって……親友だって思ってる」

「そうだよ。暁くん! 私達と一緒に行こうよ。
もう、あの……エヴォリアって人も倒したし、ベルバルザードって人も、
今頃は浩二くんが倒してくれているはず!
もう、私達の生活を脅かす人は居ない。だから―――」

「元の世界に戻り……また、あの平和で穏やかだった学園での生活に戻ろう―――
……そう言いたいのか? 永峰」

「そうだよっ!」

叫ぶように希美が言うと、絶は天を仰いで目を閉じる。

「穏やかな日々―――騒がしくも、平和な日常に戻る………か」
「希美の言うとおりだ。戻ろう、絶! あの日々に帰ろう」

望が絶の傍へと駆け出そうとするが、サッと顔を下ろした絶は、
素早い動作で『暁天』を抜き放ち、振り払う。
拒絶するように、これ以上自分に近づくなと言わんばかりに刃で牽制する。

「―――っ、絶!」

「間違いだったんだ。あの日々は……
俺は、あそこに居てはいけなかった……全ては間違いだったんだよ」

「どうしてっ!」

明確な拒絶。望と出合った事だけではなく、
物部学園に自分が居た事さえも間違いだったと言い捨てる絶に、望は顔を悔しそうな顔をする。

「……望。おまえは……この世界を見てどう感じた?」
「え? 滅んだ世界だって、寂しい場所だって思ったけど……」

「滅んだ世界……寂しい場所……
おまえがそう言ったこの世界こそが、俺の故郷―――生まれ育った場所だ」

絶の言葉に全員が固まった。
それから、この世界がどのようにして今の状況になったのかを語り始める。
ナナシが浩二に教えたように、自分の背負った宿業を言葉にする。

「マスター……」

饒舌とは言えないが要点はしっかりと掴んだ説明で、
淡々と事実を口するマスターの横顔を見て、ナナシは泣きそうになった。
どうして、自分のマスターはここまでの業を背負わねばならないのだと。

唯でさえ『滅び』という神名を刻まれた彼は、永くは生きられぬ身体なのに、
復讐を背負わされ、何一つ自分の意思など持てぬままに、
神の、人の生贄となって戦うだけの人生しか許されぬのだと。
知っていた事とはいえ、本人の口から改めてそれを言われると、
ナナシは絶が痛ましすぎて泣きそうになる。


「……これで解っただろう?
俺がおまえの命を狙う理由―――戦わねばならぬ訳」


そう言って絶が神剣の切っ先を向けると、望はその蒼い瞳でしっかりと絶の姿を捉えた。
そして、微かな笑顔と共に小さく呟く。そんな望に、絶のほうが面食らったかのような顔をした。

「……良かった」
「何だと?」

「前世からの因縁なんかじゃなくて―――
ここに居るおまえは、ルツルジなんてヤツの生まれ変わりなんかじゃなくて……
俺の親友の暁絶なんだって解ったから」

そう言って望は自らの神剣を抜く。永遠神剣・第五位『黎明』
暁絶の『暁天』とは対を成す双剣を……

「ノゾム?」

まさか自分のマスターが剣を抜くとは思って居なかったレーメは、驚いたように叫ぶ。

「―――フッ。よく解らないが、おまえがやる気になってくれたなら行幸だ。
無抵抗のおまえを斬り捨てるのに躊躇いはないが……
やはり、こうして刃を交えあう事こそ我等には相応しい」

絶は、再び『暁天』を鞘に収め、腰を落とした。居合いの構えである。
カタナという形の反り身を生かして、一撃で敵を屠る暁絶の戦闘スタイル。

「自分と向かい合え。力を受け入れろ―――
そうしなければ、絶を救えない。望む未来は掴めない……
俺の、もう一人の親友の言葉は正しかった!」

「もう一人の……親友?」

「あの世界で、未来の世界で……過去を拒絶し―――
ジルオルの浄戒の力なんていらないと、背を向けていたら……俺はきっと後悔していた」

望は『黎明』に力を注ぎ込む。全ての宿業を消し去る浄戒の力を。


「絶! オマエを救ってやる! おまえと『暁天』に注ぎ込まれた呪いを消してやる!
俺にはそれができる! 絶対に出来る! できない筈が無い!」


そう叫んだ望に、ああもう一人の親友とは斉藤かと小さく笑った。
自分にはできない筈が無いなどと言う台詞は、
かつての望ならば決して口にしかっただろう類の大言だから。

斉藤浩二が世刻望に影響を受けているように、
世刻望も斉藤浩二の影響を受けて変わり始めている。

「運命なんてクソくらえだ! 宿命なんて知ったことか!
俺は、俺が描く未来を実現する為ならば何だってやってやる!

―――返してもらうぞ!

絶から未来を奪った人々の、願いという名の呪いから!
復讐なんてモノを背負わせた神々から!
俺の親友を……暁絶を―――返してもらう!」


「戯言を―――おまえに俺の何が解る!」

「ああ。解らないさ! けど、たった一人きりで……未来を見つめず……
過去の怨念に捕らわれて、今を大事にしないおまえは、人として間違ってる事だけは確かだ!」

「―――っ!」

望の言葉にナナシが息を呑んだ。
彼女が、自分のマスターに言いたくても言えなかった言葉がソレだから。
絶は何も言わない。鋭い目つきで『暁天』を構え、歯を噛み締めるだけだ。

「みんな! 手出しは無用だ! 暁絶は―――
俺の親友は、俺がこの手で救う!」

もう、何を言っても無駄だろう望のテンションに、
今までのやり取りを見ていた斑鳩沙月は、溜息と共にわかったわと返事する。

「斉藤くんといい……暁くんと望くんといい……
すぐに自分の世界に入っちゃうんだから……もう……」

仕方ないなぁと呟いて、自らの神剣を納める沙月。





「ホント―――これだから、男の子ってヤツは……」








[2521] THE FOOL 37話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:bb03549d
Date: 2008/04/07 19:16






「このっ!」
「終わりだ―――望ッ!」


互いの顔が肉薄する距離まで近づき、鍔迫り合いをする望と絶。
正眼の構えから『暁天』を振り下ろした形の絶と、
双剣である『黎明』をクロスにして絶の刃を受け止めている望。

「まだまだっ! はああああああッ!」

負けてなるものかと言う気合と共に、望は『黎明』に更なる力を加える。
押されている形だった望と絶の位置が逆転するように、絶が片膝をついた。

「―――チッ!」

力比べでは分が悪いと言わんばかりに、受け止めている力の流れを、
刀の曲線を利用して受け流す。その際に、横を転がりぬけ、望の脇腹を切り裂いた。

「ノゾム!」
「掠り傷だ!」

叫ぶレーメに安心しろと言わんばかりの望。
事実、切り口こそ大きいが、一センチばかりの深さで切られただけであった。

「ふううううっ!」

左手に握る神剣を地面に突き刺し、開いた手を傷口ができた脇腹にあてる。
すると、その切り口が綺麗に塞がっていった。

「切れ味が良すぎるのも考えモノだよな? 絶!
綺麗に裂かれた傷は塞ぐことも容易いぞ!」

再び『黎明』を両手に構えながら言う望。
居合いの構えをとった絶は、望の皮肉に対してニヒルな笑みを返すだけだった。

「打ち合いではこちらが不利か……だが、速さはどうかな―――ッ?」

タンッと、音さえも立てない静かな動作であった。
しかし、その速さは影さえも残さぬ疾風のように一瞬で間合いをつめてくる絶。

「―――っ!」

咄嗟に『黎明』で防御の姿勢をとれたのは、運が良かったのか、
死を直面に防衛本能が働いたのか。
シャキンと鞘から抜き払う音よりも速い斬撃が首を狙って放たれる。

それをくらえば、自分が死んだ事さえ気づけなかっただろう。
絶のこの技で、首を跳ねられて死んでいたミニオンの死体を見ていなければ危なかった。

「うわっ!」

しかし、斬撃で首をはねられる事は運よく防いだが、
居合い斬りの威力までは防ぎ切れなかったようで、
望は防御姿勢のまま後方に大きく弾き飛ばされる。


―――ドゴッ!


「ぐは―――っ!」


大きな岩にぶつかった。衝撃と同時に肺の中の空気が吐き出される。

「うっ……ぐっ―――ゲホッ!」

岩にぶつかった際に手から落としてしまった『黎明』を望は探した。
そして、それはすぐに見つかる。しかし、それに手を伸ばしかけた所で―――

「……ここまでだ」

『黎明』を足で踏みつけ、
喉元に刃を突きつける絶にチェックメイトをかけられた。

「せめてもの情けだ……苦しまぬよう、一撃で首を落としてやる」

そう言う絶の身体は、バケツの水でもかぶったかのように汗で濡れている。
望と絶の戦いは、終始に渡って技量にまさる絶が押していた筈なのに、
彼の方が疲労しているように見える。滅びの神名が絶の身体を蝕んでいるのだ。

「まだだ―――まだ、終わらないっ!」
「フッ。負けず嫌いだな。ホント……」

束の間微笑んだ絶の目が、獲物狙う鷹の目になった。




―――死ぬ!




口では終わらないと言ったものの……後二秒、三秒?
その僅かな間の後に自分は殺される。
そう思った瞬間に、望の心臓がドクンと強い鼓動を打った。

『この世界に残った神は、俺とオマエ―――
後はファイムにナルカナぐらいのものか?』

誰かが自分に話しかけている。いや、自分ではない誰かに話しかけている。
これは誰だ? そして、俺は誰だ?

『南天の神々も、北天の神々も……今や殆どが我等の力の一部……』

ワケの解らない事を言うな。俺は一体どうしたんだ?
望は、必死に今の状況を理解しようと思考を集中させる。
そして、思い出す。そうだ自分は絶に刃を突きつけられて死ぬ寸前なのだと。
ならば、これが走馬灯というヤツなのかと、なんとなく思う。

『決着をつけよう―――ジルオル。
思えば互いに因果な宿命を背負ったモノだが……
次があれば、友となるのも悪くないかもしれないな……』

―――ジルオル。

自分をそう呼ぶこの男は、きっとルツルジ。
それを認識すると、急速に闘志が湧いてくるのを感じた。

前世? 運命? ―――冗談じゃない!

このまま自分が倒されれば、勝者と敗者の違いはあれど、
互いに殺しあう定めは変わらぬではないか。

「でもっ―――」

闘争の炎はメラメラと燃えたぎろうと、打開する方法が見つからない。
浄戒の力は神名―――すなわち宿命や運命という名のフザケタ楔を消し去る力。
力の意味は解れど、遣い方が解らない。

自分は確かに手に入れた。未来の世界でそれを手に入れた。
なのに使い方が解りませんからダメでしたでは、
間違っていたとはいえ、一途にそれを願ったショウの望みを砕いてまで手に入れた意味が無い。

『―――願え』
「え?」
『強く、想い……願え―――』
「誰だ!」

『断ち切ると、砕けると、出来て当然だと認識しろ。
そして、想いを剣に……強き想いが楔を砕く。それが浄戒の力』

「おまえ、ジルオルか!」

『ルツルジの影に、想いと共に剣を突きたてよ。
……されば、汝が願いは叶う……』

事ここに至っては、もうその言葉にかけるしかなかった。
他に手段は無いのだから。

『……そして、それは我が望みでもある―――』

ジルオル。俺の前世。
幾多もの世界と共に神々を惨殺してきた破壊神。
こいつの言葉に乗るしか出来ないのは癪だが、
望む未来を引き寄せる為ならば、自分は何だってやる。



そう決めた。だから―――



「……さらばだ……望―――」
「このっ!!!」
「何っ!?」

叫びと共に望は首を僅かに下げた。
そして噛み付く。獣のように『暁天』の刃に噛み付き―――

「ギ・ギ・ギ……ギッ!」
「おまえ、正気―――かっ!?」

―――ドゴッ!

怯んだ絶の腹に蹴りを叩き込む。

「ぐおっ!」
「―――ペッ!」

唇の端を僅かに切った。鉄の味が舌に残っている。
それを血が混じった唾と共に吐き捨てて、手元に『黎明』を出現させる。

「うおおおおおおおっ!」

咆哮と共に駆けた。絶。流石だと思う。
すぐに体制を立て直して、再び居合いの構えをとっている。
このまま飛び込めば、居合い斬りの射程範囲に入った瞬間に両断されるだろう。


―――ならっ!


「ハッ―――!」


その必勝の構えを崩してやればいい。
望は、双剣の片方を絶に向かって投擲した。

「―――なっ!?」

まさか、神剣を投げつけてくるとは思わなかったのだろう。
居合い斬りで『黎明』の一本を撃ち落すが、そこにもう一本投げつける。
居合いを振り払った体制からでも、二本目の投擲を身体を捻ってかわしたのは流石だろう。

「くっ!」

絶はバランスを崩している。

「剣よ―――我が手に!」

再び手元に発現。右と左に双剣『黎明』

「うおおおおおおおおっ!!!」

それを右と左で重ね合わせるように握った。
刀身が光る。その後に現れたのは一本の大剣。
双剣を一つに融合させた、神名を消し去る浄戒の刃。

「絶ーーーーーーーーーーっ!!!!」
「っ!」

その刃を、ありったけの想いと共に、絶の影へと突き刺した。


「なん……だと―――ッ……俺の……影?」


まさか影を狙ってくるとは夢にも思わなかった絶は、
愕然とした表情のまま固まっている。

「望……おまえ……」

目を見開いたまま、絶は己の影に一本のツルギを突き刺したままの常体でいる望を見る。

「何を―――した……」

そして、手にしていた『暁天』を手から落とすと、
絶は未だに、何が起こったのか判らないという表情のまま、前のめりに倒れるのだった。




「マスターーーーーーーッ!!!」




******************




「はぁっ、はぁっ、はぁっ…………」

肩で息をする望。
倒れ伏した絶の傍には、ナナシが介抱するように寄り添っている。

「望ちゃん!」
「望くん!」

絶と望の戦いを見守っていた少女達が、二人の傍に駆け寄ってきた。

「……絶は? 絶はどうなった!」

希美と沙月に肩を支えられた望が叫ぶ。
すると、絶の傍で彼の様子を調べていたカティマが、生きてますと答えた。

「望。今のアレ凄かったね。何か剣がピカッと光ったと思ったら合体して、
あのびっくりの影をグサーッてやったら、ドサッと倒れちゃったんだから」

興奮した様子のルプトナの言葉を曖昧に聞き流しながら、
望は倒れ伏している絶の傍に歩いていこうとする。
しかし、足を踏み出した瞬間。例のジルオルの黒い思念が襲ってきた。

「―――ぐっ!」

胸を押さえて蹲る望。

「収まれ。静かにしろ。騒ぐな―――
……寝てろ。ジルオル……頼むから………」

「望くん!?」

蹲った望を沙月が支え起こすと、彼は微かに微笑んで大丈夫ですと言う。
その笑顔に、沙月はホッと腕を撫で下ろした。

「……ん? どうした? 希美」

今まで左側を支えてくれていた希美は、何故か焦点のあってない虚ろな目で立ち尽くしている。

「……おい、希美」
「……ダメ」
「いや、ダメってオマエ……意味が―――」
「近寄らないでッ!」

肩を触ろうとしていた望の手を払いのけて希美は後ろに後ずさる。
しかし、そこでハッとしたように我に返り、慌てて頭を下げてきた。

「あ、えと……ごめんね。望ちゃん……何か、頭がぼうっとしちゃって……」
「……あ、いや……いいんだ…」

そう答えながらも、今の様子はぼうっとしてたというレベルではなかったぞと思う望。

「望! びっくりの人が目覚めました!」
「……うっ、ぐっ……む……」

カティマの呼び声と共に、倒れ伏していた絶はのろのろと立ち上がる。
そして、コメカミを押さえて首を振ると、ハッとしたような顔をした。

「俺は―――」
「マスター……よかった……ご無事で……」
「どういう事だ……一体何が起こったんだ……」

状況が飲み込めないという様子の絶に、
彼の前へとふわりと飛び上がったナナシが説明をし始める。

「マスターは、ジルオルの浄戒の力で滅びの神名を消されたのです」
「……そんな、バカな……」
「事実です。マスター」
「なら……俺は……」

「滅びの神名に内包されていた力は消え―――
マスターが背負った宿業と共に、身体を蝕んでいた『滅び』も収まりました」

泣き笑いの顔で言うナナシに、絶は複雑そうな顔をする。
そして、横を向いて望の顔を見た瞬間。くっと大きく目を見開いた。

「―――望! 世刻望。今のおまえは……ジルオルか?」
「誰がジルオルだよ。俺は世刻望だよ」

苦笑する望に、絶は小さく信じられんと呟く。
世刻望のまま浄戒の力を使うとはと。そして、天を仰いだ。

「なんて事を……なんて事をしてくれたんだ、おまえは……
宿業も滅びも消され……何もかも無くした俺に、生き恥を晒せというのか……」

「暁くん! そんな言い方はないでしょう!
望くんは、貴方の為に滅びの神名を―――」

怒った様にいう沙月に、絶は冷たい視線を向ける。

「それを感謝しろと? フン。冗談じゃない……
オマエ達は、今俺にどれだけの絶望を与えたのかも解っていない―――」

そう言って、傷ついた身体でこの場を立ち去ろうと、覚束ない足取りで歩き始める。

「どこに行くの?」

「知れた事。望を倒して浄戒の力を得ることは叶わなかったが……
こうなったら、俺の力だけで―――ぐうッ!」

しかし、結局は力が入らずに倒れ伏してしまう。

「そんな身体じゃ動くなんて無理よ」
「ほっとけ、俺に構うな!」


「………ほっとけねーから、俺達はこんな所まで来てるんだろう。バカタレ!」


―――スパーン!


「ぐおっ―――!」


聞きなれた快音が響く。
音と共に、絶はその衝撃で顔から地面に激突した。

「斉藤くん!」
「浩二!」

「―――よう! 随分と遅くなっちゃったけど……
そっちは上手くいったようだな?」

暁絶の頭にハリセンを叩き込んだ少年は斉藤浩二。

「斉藤くん……ベルバルザードには、勝ったの?」
「ええ。だから言ったでしょ。負けないって」

ベルバルザードとの戦いはよっぽど激しかったのか、
纏っている学生服はボロボロだが、いつもと変わらないニヤリ笑いは健在だった。

「斉藤……」
「よう。暁―――久しぶり。半年ぶりだよな?」
「ああ……だが、俺は再会を喜び合うような……」

―――スパーン!

「うごっ!」

再び顔面から地面に突っ込む絶。
砂まみれの埃まみれで、美少年が台無しである。

「おまえ敗者。俺達勝者。つまり、おまえの生殺与奪の権利は俺達にある。
反論は許さない。今からオマエを捕虜にするから、そこの所ヨロシク」

「お、おい! 斉藤!?」

そう言って浩二は絶を肩に担ぎ上げる。
望も、沙月達も、その様子を苦笑しながら見ていた。

「よしっ、みんな。とりあえず箱舟に帰ろうぜ?
戦後処理は後からにして、今日は風呂に入って美味いモンをガツンと食おう。
行きがけの駄賃みたいになっちまったけど『光をもたらすもの』打倒パーティ兼、
『天の箱舟』9人目のメンバー『びっくり』の絶の歓迎パーティだ!」

「おーーっ!」
「お、おーー」
「今夜はハンバーグですね。おにーさん!」

わーいと腕を上げながら言うルプトナと、少し照れくさそうに腕をあげるカティマ。
ユーフォリアはワケの解らない事を口走り、
望と沙月は相変わらず苦笑したまま浩二の所に歩いていった。

「……あれ?」

しかし、いつもならこういう雰囲気の時は、率先して喜びを表現する少女が何も言わない。
望が振り返ると、その少女―――希美は、再び何も写していないかのような目で立ち尽くしていた。

「のぞ―――」

望がそう呼んで、彼女の傍に歩いていこうとした瞬間。
おぞましいような気配が辺りをつつむ。
浩二に担がれていた絶が、その腕を振りほどいて地面に立った。

「この気配―――奴等だ……
まさか、直接出向いてくるとは……」

「暁? おまえ、コレが何か知って―――」

浩二がそう言い掛けると、頭上から眩い閃光が降り注いできた。
雷のような閃光が落ちた場所には、もうもうと煙が立ち込めている。
絶が、親の仇でも見るような憎しみの視線でその先を見つめていた。


「予定どうりであるか?」
「そのようだ、まぁ……当然であるがな」


煙が晴れると共に、その場所に立っていたのは二人の人影。
一人は白い羽織の老人で、一人はでかい肩当が特徴的な服の中年である。

「理想幹神―――エトル、エデガ!」

「あん? おい、暁。あのスットコドッコイみたいな喋り方のジジイと、
オタンコナスみたいな服を着たオッサンが、カミサマだっていうのか?」

浩二にかかれば、二人の神もスットコドッコイにオタンコナスだ。

「神なんて言うモンだから、もうちょっと凄いのを想像してたのに……
アレならベルバルザードのが強そうだったぞ?」

「姿形で判断するな。あいつ等は、ああ見えて強い!」
「そうでアルカ?」
「―――ッ!」

出会ったばかりのエトルの声色を、
さっそくモノマネして言う浩二に盛大に噴き出す絶。


「ブフーーーッ! くくっ……プッ―――
ちょ、あまり笑わせるな……斉藤。頼むから……」


浩二のペースに合わせていたら、
あの二人を不倶戴天の敵としていた自分が馬鹿みたいに思えてくる。

「暁絶……暁天の主よ。ご苦労だったな……
おまえは、よく我等の思惑どうりに動いてくれた」

「何っ!」

「ルツルジとジルオルの戦い……戦う理由はどうあれ、
貴様は前世をなぞってしまったのだよ。暁天の主―――」

「―――っ!?」

「全ては予定どうり……ルツルジとジルオルの戦いは、
ファイムを呼び覚ます為の鍵。お前たちは、見事にそれをクリアしてくれた……」

「目覚めよ! 相克の神名を持つ神―――ファイムよ!」

そう言って視線を希美の方に向ける理想幹神エトル。
彼女を視界にいれた瞬間。そのシワ深い口元をニヤリと歪めた。

「クッ―――俺は……貴様達に復讐するつもりで……
まんまと、掌で踊らされていたと言う訳か……」

「希美っ!」

望が希美を護ろうと走り出すが、
それよりも早くエデガが希美の後ろに回りこんでいる。

「てめぇ! 希美を離せっ!」

『黎明』を手に望が跳躍し、エデガを斬りつけようとするが、
エデガが翳した杖が光を発した瞬間に、空中で何かにでもぶつかったかのように望が吹き飛ぶ。

「ぐわっ!」
「望!」
「望くん!」

浩二と沙月が、吹き飛ばされた望に駆け寄って助け起こす。
その間に、エトルが希美の頭に手を置いて何かを呟いていた。

「……希美……」
「待て、望! 永峰に近づくな!」

二人に助け起こされた望は、再びエデガに向かっていこうとする。
しかし、それは走りよってきた絶に遮られ、望は離せと叫んだ。

「オマエが行ったら殺される!
永峰は、おまえを殺す神名を持っているんだぞ!」

時間樹の中で最強の存在である破壊の神ジルオル。
その、ジルオルを殺す為だけに作られた神ファイム。
いわば、彼女は最強のエースカードのみを封じる為のカード。
故に、望と希美の二人が対峙すれば、それは望にとって最悪の組み合わせとなる。
絶がそれを口早に説明すると、それを聞いていた浩二が立ち上がった。

「―――最弱。やるぞ」
『マジで!? 相棒。今日は色々と力の使いすぎでガス欠近いんやで?』

「俺にガス欠なんか無い! もしも俺に神名があったら、それは無限だ!
限界を持たない神名の男。無限の斉藤だ!」

『うおっ! 自分で勝手に神名をつけよった』

「というか、このままだと……
あのスットコドッコイに、希美がファイムとやらにされるだろうが!」

『いや、ま―――そりゃそやろけど……でも……』
「でももクソも無い! 力を貸せ! 最弱!」

そう言って浩二は『最弱』を手にして二人の理想幹神に突撃した。

「浩二!」
「無茶だ! 斉藤!」

望が叫び、絶が止める。しかし、浩二は止まらなかった。

「うおおおおおおおっ!」

雄叫びと共に突っ込んでくる浩二に、二人の理想幹神が浩二に視線を向ける。

「……誰だ、アレは?」
「フム―――ログには、あのような者の存在は記録されておらぬが……」

訝しげな顔をするエトルとエデガだが、
降りかかる火の粉は払うとでも言わんばかりにエデガが浩二に杖を翳す。
白い光が衝撃波となって浩二を襲った。

「効くかっ!」

迫り来る魔法の感覚に、浩二が力を籠めた『最弱』を振り下ろす。
すると、快音と共にエデガの魔法が霧散した。

「何っ!?」
「魔法を消し去りおった!」

驚いた顔をするエトルとエデガ。
その時には、もう浩二は彼らの眼前まで迫っている。
ハリセンの形をした『最弱』は、棒の形に変えていた。

「―――だっ!」

そして薙ぎ払う。エトルとエデガは、その攻撃を後ろに飛びさって回避し、
浩二は希美の元に辿り着いた。

「おい、希美。大丈夫―――うがっ!」
『相棒!』

しかし、声をかけた瞬間に希美の神剣『清浄』の柄で石突をされて吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた浩二は、途中で失墜して地面を転がった。

『ほれみぃ! 言わんこっちゃない! 何が無限の斉藤や。これじゃ無残な斉藤やねん。
冷静さを無くしたら、精霊の世界でベルバルザードと戦った時の二の舞やがな』

「………く、そっ―――」

口ではどれだけ強がろうとも、ベルバルザードとの戦いで負った疲労は並大抵のモノではなく、
浩二は最後に小さく無念の言葉を漏らして、倒れ伏すのだった。


「……あ、あ……ごめん……ごめんね……浩二くん……私―――」


そう言う希美は、青い顔をして震えている。
その様子を見ていた望が、絶を振り切って希美の傍まで駆け寄った。

「望―――この馬鹿っ!」
「希美ぃーーーーーーっ!」
「望……ちゃん……私……」
「しっかりしろ!」

「だめ……近づかないで……私、それ以上近づかれたら……
望ちゃんを……望ちゃんを―――」

後ずさる希美。

「俺か? 俺のせいか? 俺が力を使ったから……」

「仕方がない事だったんだよ……望ちゃんが悪い訳じゃない……
……解ってたの、いつかはこうなるって―――
私の力は、望ちゃん……ううん。ジルオルを屠る為の力……
望ちゃんのジルオルが強くなれば、私のファイムも強くなる」

「希美―――おまえ、自分の前世を……」

「……知ってた……ううん……
正確には、あの始まりの日から、見るようになった夢で知ったの……」


希美は、その事には随分前から気がついていた。
望が心の中のジルオルに苦しんでいると、同じように自分も苦しくなる。
それと同時に見るようになった夢。

神を惨殺し、星を破壊し……
最後には、相対する滅びの神名を持つルツルジを殺したジルオルを、
自分の前世である、相克の神名を刻まれたファイムが殺す。


それはすなわち、いつかはこの現世でも、自分が望を殺すと言う運命―――


それを知った時。希美は泣いた。
望の事が好きだった。生まれたときから、ずっと一緒だった幼馴染。
昔も、今も、これからも―――ずっと一緒だと信じて疑わなかった。

その自分が、望を殺す。

離れるべきだと思った。彼の傍に自分は居るべきでは無い。
そう理性では解っていても、結局は離れられなかった。


―――永峰希美は、どうしようもない程に世刻望が好きなのだ。


例え彼が自分以外の女の子を選んでも、自分はずっと望が好きだろう。
故に、永峰希美の選択肢に、望と離れ離れになるなどという項目は無い。
永遠神剣の戦いに身を投じる事になり、故郷と家族から離れる事になっても、
寂しいとは思っても怖くは無かった。理由は、望が傍にいたから。
彼が隣にいてくれるなら、たぶん自分はどんな事があっても恐れない。

けれど、望から引き離される事だけは怖い。

結局自分は、彼の事を大事にするよりも自分の事情を優先したのだ。
離れるべきであったのに、結局はいつまでも離れないで……
自分は、今日と言う日を迎えてしまった。


「でも―――」


―――ファイムに望ちゃんは殺させない。


そう決意した希美は、残った精神力を全て掻き集めて、腕を動かす。
ふるふると震えながら、それでもゆっくりと自分自身の心臓へと自らの神剣の刃を持っていく。

「何しようとしてるんだ!」
「あっ―――」

しかし、それは自分のやろうとしている事に気がついた望に、
手を叩かれて神剣を手から落とした。

「ダメなの……私、もう―――消える……意識が、持たないの……」
「消させやしない……絶対に消させるものか!」


―――ああ……


こんな時だと言うのに、嬉しいと思ってしまう自分は、酷い女なのだろう。
望が泣いている。永峰希美を失いたくないと言って泣いてくれている。


十分だ―――それだけで、もう十分だ。


もう、自分は望の傍にはいられないけれど……
自分が居なくなっても、きっと望はまた歩き出せる。
彼の傍には素晴らしい仲間が数多く居る。


―――天の箱舟


望ちゃんが居て、沙月先輩がいて……
カティマさんがいて、ルプトナがいて、ユーフィーがいて……
何よりも―――彼が、浩二くんがいてくれる。

一人でこんなコミュニティーを作ってしまえる程に行動力がある、
頭の良い彼が、望ちゃんを導いてくれるなら、きっと望ちゃんは道を間違えない。
自分のように前世になど捕らわれず、真っ直ぐに、自分の道を進んでくれる筈……

「……望……ちゃん……」

気力を振り絞り、希美はゆっくりと手を伸ばす。
ここで消える自分が、望の為に、仲間の為にせめて残してやれるモノを渡そうと……
ゆっくりと手を動かして、望の頬に手を添える。

「……希美?」

泣き顔の望が自分を見ていた。
希美は、できたかどうかは解らないが微笑んだつもりで、望の唇に自分の唇を重ねる。


「バイバイ……望ちゃん―――」


ゆっくりと、唇を離してそう呟く希美。
それで彼女としての意識は完全に途切れたようで、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

「希美ッ!?」

「フム……この依代、相当な精神力だな……
我等が直接に覚醒を促したにも関わらず、ここまで自我を保ち続けるとは……」

「ほう。では、その分力の方も期待できそうだの」
「しかり。もうここに用は無い……ファイムを回収して戻るとしよう」
「うむ。別れも済ませたようであるしな」

望と希美のやり取りを邪魔しなかったのは、
せめてもの神の慈悲と言わんばかりのエトルとエデガ。
勝手な理由で希美をファイムなんかにして、
恩着せがましい事を言う二人の神に、望が憎悪の表情を見せた。

「……渡すと……思ってるのか……」
「思っておるわ―――フンッ!」

エデガがその杖を望に向けると、力の波動に望が吹き飛ばされる。

「このおっ! 希美を連れて行こうったって、そうは行かないぞー!」
「希美ちゃんは渡しませんっ!」
「ケイロン。行くわよ!」
「心神! 力をっ!」
「何もかも貴様達の思いどうりにさせてたまるかッ!」

しかし、それが合図になったかのように、
この場にいる全員が神剣を構えて二人の理想幹神に攻撃をしかけた。

「エトル!」
「やれやれ……力の差が解らぬ愚か者どもめ」

そう言って二人がそれぞれの神剣を天に掲げる。
すると、凄まじい力の波動が旋風となり『天の箱舟』のマスターと絶を吹き飛ばした。

「―――ぐう……っ、クッ―――やはり、強い……」

地面に『暁天』を突き刺し、杖代わりにして立ち上がる絶。
沙月やカティマ達も、何とか立ち上がるが、二人の神は追撃する事無く、
むしろ感心したように、ほうと感嘆の声をあげていた。

「我等の攻撃を受けて、なおも立ち上がってくるか……
この集団は、よほどの神剣の持ち主が揃っておるようだな……」

「ウム。非常に興味深い」

「……だが、今回の目的はファイムだ。
もう少しこやつ等と遊んでやるのも悪くは無いが―――」

「バカモノ。それでは予定がくるってしまうわ」
「―――フッ。そうだったな」

そういって、エデガは倒れ伏している希美を肩に担ぎ上げる。

「……ま、て―――」

ふらつく身体で望が『黎明』を構える。
しかし、そんな望にエトルは、もう少し寝ていろとばかりに、もう一度神剣の波動を叩きこむ。

「ぐは―――ッ!」

「慌てるな。ジルオル。慌てずともファイムとオマエはまた出会う。
最も―――その時は、おまえが死ぬ時だがな」

最後にそういい残して、二人の身体は消え去り、
後には望と、敗北を喫した『天の箱舟』の神剣マスターだけが残される。




「希美ぃーーーーーーーー!!!!」




望の声が、砂の荒野に響き渡っては風に消えていくのだった……











[2521] THE FOOL 38話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:a7093543
Date: 2008/04/08 18:25







「それでは、天の箱舟……緊急会議を始めます」



箱舟の作戦室。天の箱舟のメンバー達が、それぞれの椅子に腰を下ろすと、
ホワイトボードの前に立つ浩二が、会議の始まりを宣言した。

机の前には食料倉から持ってきた缶詰や、即席で作ったおにぎりなどが置いてある。
本当ならば、こんな粗末な食事ではなく、今日はご馳走を作って騒ぐはずだったのに、
最後に現れた理想幹神エトルとエデガにより、ケチがつき……

皆は食事の時間さえ惜しいと言わんばかりに、
各自の部屋でシャワーを使い、サッと汗を流した後、
すぐに作戦室に集合して、今後の対策をたてる緊急会議となった訳である。

「現状は、みんなも知っての通り―――あのスットコドッコイとオタンコナスに、
希美が無理やりファイムと言う名の神にされ、連れ去られてしまった」

場を和まそうと浩二が、エトルとエデガを馬鹿な渾名で呼ぶが、誰も笑わない。
むしろ、リーダーである望はイライラしたような様子を隠そうともしない。

「だが、現状ではお手上げだ。
何せ、あの二人が今何処にいるのかが解らない。そこで―――」

そう前フリして、今後の行き先を告げる。

「俺達は一度、魔法の世界に戻るべきだと思う。
あの二人についても、サレスならば何か知っているかもしれない。
例え知らなくとも、闇雲に色んな世界を探して回るよりは、
旅団の情報網を頼りに、あの世界の科学技術で、異変を探ってもらった方が建設的だ」

そう言いながら、新興勢力の弱点が露出しているなと浩二は思う。
動く拠点はあれども、まだ本拠地をもたぬ『天の箱舟』では、
頼りになるのは同盟を結んでいる『旅団』だけで、
独自には情報機関も協力者さえも持たず、各世界の情報を集める事さえできないのだから。

通信機の類があれば、わざわざ魔法の世界に戻らずとも、
通信で情報交換すればいいのだが、次元を超えて別世界と通話を可能とする機械などは無い。

「俺の、この意見に反対ないし―――
もしくはより良いと思う提案があるなら、遠慮なく言ってもらいたい」

誰も、何も言わない。いつもなら、冗談みたいな意見の一つもでるところなのに、
今日は誰も何も言わない。脆いなと浩二は思った。
やはり、何だかんだと自分が言っても、この『天の箱舟』は、世刻望を中心にして集ったコミュニティー。
故に、彼のテンションがこのように低下していると、メンバー全員の士気が軒並み下がるのだ。


「では、今後の『天の箱舟』の活動は、俺の意見を採用。
幸いにして、最後に機転を利かせてくれた希美が、神獣ものべーの所有権を、
望に譲渡してくれたそうなので、行動には差し障りはない。

とりあえず、今日はもう夜も遅いので、各自部屋に戻り休養をとる事。
出発は明日の朝。望にものべーを動かしてもらい、魔法の世界に向かう。
次元振動とやらで座標のズレがなければ、ものべーに無理させない程度の最速で、
4日もあれば辿り着くはずだ―――という事で、今日は解散!」


そう言って皆を解散させる浩二。
望と沙月を覗くメンバー達は、浮かない顔でそれぞれの部屋に戻ろうと席を立った。

「―――って、まて! ユーフォリア以外はまて!
ユーフォリア以外、誰も夕飯に手をつけてねーじゃねーか。
あーもー。これは命令だ! おにぎりは一人二個。缶詰一つはノルマだ。食え!
腹が減ってると余計に気分が沈むから、無理やりでも腹に押し込め!」

そう言って、浩二はダッシュで部屋を出て行き、
厨房からラップを持ってきて、せっせとおにぎりをラップに巻いて、
一人に二個ずつ、缶詰と一緒に押し付ける。
皆は、相変わらず浮かない顔でそれを受け取って部屋を出て行った。


「……ふ~っ……さ、てと……望、先輩。俺達はちょっと休憩室にでも行こうぜ?
俺がホットチョコでも作ってやるよ。頭の休憩だ」


いつまでも部屋を出て行かない望と沙月に、浩二が笑っていう。
心のケアをしてやらねばならぬのは、望だけだと思ってたが、
沙月先輩もかと、心の中で小さな溜息をついた。

「ほらほら、作戦室の電気消すから出た出た」

俯いている二人の背中を押すように、浩二は作戦室を後にするのだった。

「暖かい飲み物は気持ちを落ち着ける。甘い物は頭をリラックスさせる。
まぁ、夜寝る前に飲むと、トイレが近くなるのだけが難点だけど……」

無言というのは宜しくないだろうと、浩二は勤めて明るくウンチクを垂れるのだが、
やっぱり反応は何も無い。二人とも、無言で後ろをついてくるだけだ。



「―――クッ、がんばれ。俺」



この雰囲気には流石の浩二もめげそうになり、自分で自分にエールを送るのだった。





******************





「さ、てと……」


休憩室のソファーに腰を下ろす浩二。その隣にはユーフォリア。
テーブルを挟んで反対側には、沙月と望が並んで腰を下ろしている。

「てか、何でおまえ居るの?」
「ぶー。酷いです。おにーさんキライ」

どうやら嫌われてしまったようだ。
確かに今のはあんまりだったと思う浩二は、素直に謝った。
すると、ユーフォリアは機嫌を直してくれたみたいに、いいですよと許してくれる。
そして、自分の分として用意したホットチョコをじっと見つめてきたので、
浩二は苦笑と共に、ユーフォリアさんどうぞと言って譲った。

「えへへ。おにーさん、大好きです」

なんとも安い愛情である。しかし、今はみんなが暗い顔をしているので、
彼女の笑顔には随分と癒される思いだった。

「それで。ユーフォリアは何で?」
「あ、えっとですね……何だか皆さん落ち込んだ様子で、話しかけられなくて……」

暗い雰囲気が嫌だからココに逃れてきたと言う訳かと、浩二は再び苦笑する。
そして、望に引きづられるように暗い雰囲気のメンバーの中で、
一人だけいつもと変わらぬ様子のユーフォリアの存在は、今の浩二には貴重だった。

その後、お邪魔ならば出て行きましょうか? と言うユーフォリアに、
嫌ではないなら居てくれと言う浩二。そう言われたユーフォリアはにこりと笑い、
それならと言って美味しそうにホットチョコを啜った。

「……ん、甘くて美味しい」
「そりゃよかった」

ユーフォリアが悩み相談の戦力になるとは思えないが、
こういう時は一人でも多く人間がいた方がいい。
そして、いざ話を聞こうと浩二が思った時に、部屋の入り口から声が聞こえてきた。

「笑顔を取り戻す……とまではいかないが……
そのシケたツラに、気合を取り戻す情報があるんだが―――いるか?」

「暁!」
「暁くん!」
「絶!」

そこに現れたのは暁絶。
一番傷が酷く、今は看病をナナシに任せて医務室で寝かされている筈の彼が、
何処から用意したのか、浩二達と同じ物部学園の制服姿で立っていた。

「3人の理想幹神について……
そして、彼らが何処に居を構えているのか―――俺が知る限りの事を教えてやる」

絶はそう言いながらこちらに歩いてくると、パイプ椅子を一つ掴んできて、
浩二達が座っているソファーの前のテーブル近くに置く。

「絶! 希美がどこに連れて行かれたのか知ってるのか?」

先程までお通夜のようだった望の顔に、気力が戻ってきている。

「ああ。おそらくは、奴等が永峰を連れて行ったのは理想幹……
この時間樹の中枢である、全ての分子世界を管理する場所だ。
そして、理想幹の座標はナナシが記憶している―――ナナシ」

「イエス。マスター」

絶が呼びかけると、彼の肩に座っていたナナシが頷く。

「良かったじゃねーか。望、先輩!」

浩二がそう言って笑うと、望と沙月が力強く頷き返す。

「私……望くんと、希美ちゃんは絶対に護るって決めていたのに……護れなくて……」

それは、沙月が剣の世界で始めてミニオンと戦闘した時に、
今までは平和に暮らしていた彼等を、戦いに駆り出したという自責の想いから誓った事。
それを守る事ができなかったので、消沈していたのだ。

「……あの、俺は?」
「でも、捕らわれた先が解るのなら、全力で取りもどしてみせるわ」

とりあえず、沙月の守るリストに何故自分が入っていないのだろうと、
浩二が悲しそうな顔をするが、何やら自己完結して立ち直った沙月には聞こえていない。

ちなみに、浩二が入っていない理由は、沙月はすでに浩二は一人前と認めているからである。
彼は誰にも護られずとも、一人で地に足をつけて立っている。
一人で絵図を描き、一人で歩きだせると信頼しているからなのだが、
それは口に出して言ってやらないと伝わらない。

「……俺……」
「よしよし」

とりあえず浩二の頭を撫でてやるユーフォリア。
すると、浩二はハッと気がついたような顔をした。

「ユーフォリア!」
「ひゃあ!」

がばっと顔をあげた浩二に、ユーフォリアが驚く。

「カティマとルプトナを連れて来てくれ。希美奪還の糸口が見つかったぞと!」
「あ、はい―――そうですねっ!」

ハッとしたような顔をすると、行って来ますと言って休憩室を出ていく。
程なくしてカティマとルプトナをユーフォリアがつれて戻ってきた。

「理想幹神の所在がわかったのですか!」
「希美を取り戻せるんだねっ!」

興奮した面持ちの二人をなんとか宥めて、浩二は自分が座っていた場所を二人に譲る。
そして、自分の分とユーフォリアの分のパイプ椅子をもってくると、
絶とは反対側のテーブル近くに置いた。

「……ん。これ美味しいね」
「ああっ……」

自分の席を取られ、あまつさえホットチョコをルプトナに飲まれてしまったユーフォリアが、
そんなと言わんばかりに悲しそうな顔をする。

「ユーフィー。これ」

やっと、周りに気を配れるくらいまで持ち直した望が、
まだ口をつけていない自分のホットチョコを、さり気なくユーフォリアに渡してやっていた。

「えへへ。ありがとうございます。望さん」

「絶。それじゃ教えてくれ……あいつ等の事―――
あの、理想幹神って奴等の事を」

「ああ……」

頷いて、絶は自分が知る限りの事を話し出す。



理想幹神エトル、エデガ―――



彼等は前世で、全ての神を滅ぼしたと言われているジルオルの手から、
まんまと姿を隠し通して、現世まで生き延びた北天神の生き残り。

今だから解るのだが、時間樹を支配するのに邪魔だった、他の北天神や敵対する南天神を、
ジルオルを使って駆逐し、最後にファイムにジルオルを始末させ、見事に漁夫の利を得たのだと絶は語る。

そして、たぶん現世でもあの二人は、ジルオルの生まれ変わりである望を使って、
何かを企んでいる。ファイムの生まれ変わりである希美を押さえたのは、
最終的には利用し終わったジルオルを、始末できるカードを手元に置いておきたいのだろうと。

「今思えば、あいつ等が俺の故郷を滅ぼし、自分達に憎しみを向けさせたのは、
そうすればルツルジである俺が、自分達を滅ぼすためにジルオルの浄戒を狙うと、
予測したからなんだと思う。俺は、まんまとあいつ等の掌で踊らされていた訳だ」

自嘲する絶に、ナナシが心配そうにマスターと呟く。

「あいつ等の目的が、何であるのかは解らない……
けど、仮にも奴等は神を名乗る連中だ。無差別に破壊行為なんて行わない。
すべてが、何らかの目的の為に計算された行為だ。
裏から『光をもたらすもの』を操って、幾つかの世界を滅ぼしていたのも、理由があっての事だろう」

「へぇ、やるなぁ……」

絶の言葉に、浩二は誰にも悟られぬように感嘆の声をあげる。
憎むべき敵ではあるが、あの二人は恐ろしく知恵が回る。
神の座についたのは、生まれ持っての特権ではなく、鬼謀神算を巡らして勝ち取った結果なのだから。

己の力で、頭脳で、神の座を掴み取った者達―――

それが、自分の敵。利用された絶や望には悪いと思うのだが、
その智謀には敬意を払わずにはいられないと浩二は思う。
あの尊大な態度も、これだけの事をやってのけた自信から来ているのなら当然だとも。


「あいつらが何を考えているかなんて、知った事じゃない! 俺は希美を助ける」
「うん。そうだね。ボクも頑張るよー」
「はい。みんなで希美を……私達の仲間を助けましょう!」


浩二が考え事に気をとられていると、周りでは希美奪還に燃えているようだ。
今の雰囲気は、先程までのお通夜ムードと比べれば好ましいのだが……
理想幹神の居場所が解ったからと言って、果たしてこのまま突っ込んでもいいものだろうか?

浩二は考える。自分が理想幹神ならば、絶対に罠を仕掛ける。
場所は理想幹神のフィールド。地の利までもあちらにあり、
目の前で仲間を攫われて、頭に血の気が上って突っ込んできた敵を罠に嵌めるなど、
知恵者である理想幹神にとっては、赤子の手を捻るようなモノだからだ。


「でも―――」


そう呟いてから、希美奪還の希望が見え、明るい顔をしている『天の箱舟』のメンバーを一瞥する。
彼等にそれを言った所で、止める材料が無い。
罠があるだろうから止めようと言っても、じゃあどうするんだ?
と言われたら、何も示せる策が無いのだから……


―――否。実際には一つだけある。


それは絶がやろうとしていた方法。
場所が解っているのなら、望と絶が魔法の世界でやってみせた、
『意念』という破壊エネルギー弾を、何度も叩き込んでやればいい。

たぶん、これがベスト。

ナナシの話によれば、絶の世界にも支えの塔があり、殆どは瓦礫だが……
まだ機械は生きており、絶は望を倒した後には『意念』を実行するつもりだったらしいのだ。

魔法の世界でやったような試し撃ちではなく、望の浄戒を取り込んだ自分が、
それこそ命をかけて本気で最大の『意念』をぶち込み……
理想幹ごと理想幹神を滅ぼすというのが、暁絶の復讐だった。

それを、自分達がやればいい。

命をかけずとも、魔法の世界でやったぐらいの威力の『意念』を―――
それこそ遠距離射撃よろしく、何度も打ち込み、連射してやればいい。

滅びの神名を絶は失ってしまったから、威力は弱くなるかもしれないが、
それでも彼は永遠神剣・第五位『暁天』のマスターであり、望に比する力を失ってしまった訳では無い。
その絶と望が協力して砲撃すれば、それなりの威力はでるだろう。

そして、あの時のように弾き返されても、こちらにはユーフォリアがいる。
弾き返されて戻ってきた意念は、ユーフォリアに受け止めて貰い、自分が『最弱』で霧散させる。
消し切れなかったら、残りをカティマとルプトナに神剣の力をぶつけて貰い相殺する。
そして、理想幹をぶち壊すまで、何度でも遠距離攻撃を撃ち込んでやるのだ。
それで勝てる。殆どノーリスクで勝てるベストな策だ。

問題があるとすれば、浄戒の力を使いまくれば、望の中のジルオルの覚醒が近づくという所だが……
ジルオルが出てきそうになったら、自分が『最弱』でツッコミをいれてやればいい。

先日エヴォリアを乗っ取ろうとしていたのは、南天神。
そいつらの乗っ取りも、自分の『最弱』のツッコミは払う事ができた。
霧散させる事は叶わずとも、体から追い出すことは可能だったのである。

霧散させるに至らなかった理由は、後で『最弱』に聞いたら、
自分の力が弱いからだそうだ。原理的には霧散させる事も可能だが、
追い出す事しかできなかったのは、単に自分の力が弱いからだと『最弱』は言っていた。
なら、強くなればいい。自分に出来ない事など無いのだからと浩二は思う。

―――しかし、今回に限ってはそのベストな作戦が封じられている。

むしろ、自分達がその作戦を考える事も踏まえて、
理想幹神はあのタイミングで希美を攫ったのではないかとさえ思う。
意念の連射で理想幹ごと管理神を葬り去れば、希美までも巻き添えにしてしまうからだ。

恐ろしい相手だった。布石が二手三手と先を読んでいる。
綱渡りにも見えるが、無駄が無い。人の感情までも計算にいれた、恐ろしい鬼謀の相手だ。

浩二の心の中では、二人の自分が意見をぶつけ合っている。

そんな恐ろしい神を相手に、希美一人の犠牲で他の全てが助かるならば、
止むを得ないと割り切るべきだと主張する、以前までの自分と……
最近生まれてきた、好きだと思えるもう一人の自分。

好きだと思えるもう一人の自分は、こう言っていた。
それは自分達の『天の箱舟』の掲げた志に反すると。仲間を犠牲にして何が勝利だと。
そして、何よりも肝心な望が承諾しないだろうと、もう一人の自分は言う。
なるほど、確かにその策はベストであるが、望が承諾しないなら絵に書いた餅。


故に―――


「罠だと解ってても……飛び込むしか無いのか……」


それを成さずして、志を成し遂げる事は叶わず。
運命は乗り越えられないと思うと、苦笑するしかない。

「いいさ……それなら、それをクリアするまでだ……
丁度いいハードルの高さじゃねーか。なぁ、オイ……神よ……」

万全の布陣で構える神に対して、罠だと解っていながら飛び込む愚者の群れ。

「けど、おまえ等……知ってるか? 
エースを殺すカードを手に入れて、調子こいてるけど……
鉄壁の城砦に護られたキングのカード……おまえ等を殺すカードは……
愚者―――フールなんだぜ?」

そう呟いて、神々に反抗する人間……
稀代の愚者。斉藤浩二は、ククッと壮絶な笑みを浮かべた。



そして―――



馬鹿な者達には、馬鹿を愛する馬鹿な女神が手を差し伸べる。
神に無謀と解っていても突撃する馬鹿集団『天の箱舟』のリーダー世刻望が、
ナルカナという少女と夢で会ったのは、この日の夜であった。





**********************





「みんな聞いてくれ」




朝食の席で、望が立ち上がってそう言った。

「昨日の夜の話しでは、すぐに理想幹に乗り込むという話だったけど……
その前に、聞いて欲しい事があるんだ」

望の言葉に、皆が驚いた顔をする。
何だと言うように、身体を乗り出して望の言葉を待った。

「……俺、昨夜夢を見たんだ……女の子が出てくる夢……」
「ほう。夢……また前世がらみか?」

「いや、前世の記憶ってヤツじゃないと思う。
夢の中の彼女は、俺の事を望って呼んでたし、今の事を話してたから……
それで、彼女―――ナルカナって名乗った女の子が言うには、
自分達がこのまま理想幹に突っ込んでも意味が無いって言うんだ」

「意味が……無い? そんな筈はないでしょう。
現に希美はそこに連れて行かれたのですから」

カティマがそう言うと、望はうんと頷く。

「俺もそう言った。けど、彼女は―――ナルカナはこう言うんだ。
理想幹の周りには強力な結界が張られており、侵入する事ができないって」

「―――あ」

そう言えばという様に、絶がハッとした顔をする。

「そして……悔しいけど、今の俺達が乗り込んだって、理想幹神には勝てないって……
俺の力は、その……希美には通用しないのは、神名が示しているし……
浄戒の力が通用しない俺と、今の皆では、乗り込んでも嬲り殺しにされるだけだって……」

「そ、そんなの、やってみなくちゃ解らないじゃないか……」

ルプトナはそう言うが、絶の世界でまったく歯が立たなかった事を思い出したのか、
言葉がいつもと違って尻すぼみだ。浩二は、そのナルカナの言うとおりかもしれないと思いながら、
望に言葉の先を促す。

「それで? そのナルカナって娘は何と?」

「私の世界に来いって……私に会いに来いって……
そこで、俺達に理想幹神と戦う力と策を授けてあげるからって……」

「フム……それじゃあ、そのナルカナって娘が何処にいるのか解るのか?」
「ああ。何か目が醒めた時には俺の頭に座標が入っていた」
「そうか。でも……力と策を授けてくれる、ナルカナねぇ……」

浩二はそう言って椅子に背を持たれかけさせて天井を見る。
そして、希美を助けるのに気が逸っているだろう望を、
このように説得してしまえるナルカナとは、どんなヤツだろうと思った。

「望くん。その、ナルカナは信用できそうなの?」

「……たぶん。言葉じゃ説明できませんけど……
彼女を見たときに、何でだろう―――
敵ではないって、信用していいって思ったんです……」

「何の根拠も無い話だな」

望の言葉に、苦笑する絶。
言われた望も、そうだなと照れくさそうにしていた。

「だが、理想幹が結界に護られているから、侵入できないってのは確かだ」

絶がそう言うと、沙月が口元に手を当てて小さく笑う。

「あのね。暁くん……それに、その望くんの夢に出てきたって言う、
ナルカナって女の子もだけど……一つだけ読み違えてる事があるの」

そう言って、沙月は浩二に視線を向けると、言っていい? と目で尋ねてくる。
浩二が頷くと、沙月は誇らしげにこう言った。

「私達『天の箱舟』に、結界なんて防壁は通用しない。
それが魔法障壁ならば、うちの斉藤くんが破ってくれるから」

「―――なっ! 馬鹿な……ありえん。
あの障壁は、試し撃ちだったとはいえ……意念でも破れなかった結界だぞ」

「ところがどっこい。斉藤くんの神剣は、力で押し破るんじゃなくて、
永遠神剣の奇跡を霧散させる力を持つ神剣―――名を反永遠神剣。
斉藤くん曰く、永遠神剣により虐げられ、散っていったヒトの想いが集り具現化した……
神の奇跡の具現たる永遠神剣の力を否定する、ヒトのツルギらしいわ」

それは本当かという顔で見てくる絶に、浩二は苦笑しながら頷く。
絶は、そんなモノがと呟いて、乗り出していた身体を椅子に持たれかけさせた。

「……あの、物部学園の生徒の中で……オマエが永遠神剣のマスターとして、
望達と行動しているのを知った時も驚いたが……
今、おまえの神剣の話を聞いた驚きは、その時以上だよ……斉藤」

「気にするな暁。マスターである俺でさえ、
物部学園で学生やってた時は、コイツを何の力も持たない……
基本中の基本である肉体強化しかできない、雑魚神剣だと思ってたんだ」

「神剣と意思疎通はできたのだろう? なのに、そんな……
一番の長所である筈の、特異性を教えてもらってなかったのか?」

「ああ。何でも『最弱』が言うにはさ、反永遠神剣の力は、
やたら滅多に使うのは良くない事なんだそうだ。

永遠神剣の力を無効化する神剣―――

俺がそんなマスターだなんて、多くの奴等に知られたら、
たちまち色んな所から、俺と『最弱』の力を狙ってくる奴等がいるだろうから黙ってたんだってよ」

浩二の言葉に、そう言うことかと頷く絶。
確かに、浩二がそんな力を持つマスターだと知っていれば、
自分でも、物部学園に居た時の浩二を見る目を変えていただろうから。
そして、利用する事を考えたはずだ。

「じゃあまさか、オマエがこの『天の箱舟』という組織を立ち上げて、
望達と一緒に行動しているのは……」

「そうだ。自分自身を護る為でもある。その替わりに、俺は望の―――
皆の笑顔を護るというバカヤローな理想を叶える手伝いをしているって訳さ」

そう言って浩二は笑った。
望は、バカヤローな理想と浩二に言われるのはもう慣れたのか、
苦笑して絶と浩二のやり取りを見ている。

「あ、すまんな望。話しが逸れてしまった……
今はナルカナって娘の話だったな?」

「ああ。それで皆―――結論なんだけど……どうするべきだと思う?
俺は、皆がこのまま理想幹神の所に向かうって言うなら、それに従うけど……
本音を言えば、俺だって一刻も早く希美を助けたいのは確かなんだから……」

採決をとるように望が言うが、すでに話は決まったようなモノだろう。
一番希美を助けに行きたいであろう望が、無謀に突撃して皆を危険に晒すことを心配して、
勝率をあげる為に、まずは力と策を授けてくれると言う、
ナルカナの所に向かう事を承諾しているのだから、反対など出よう筈が無い。




「―――よし。それじゃあ『天の箱舟』は、ナルカナの世界に向かうぞ!」




リーダーとしての自覚が出てきたのか、力強い声でそう宣言する望に、絶を含む皆が応と答える。
こうして『天の箱舟』は、一路ナルカナという少女の待つ世界に向かうのだった。










[2521] THE FOOL 39話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:a7093543
Date: 2008/04/10 19:25






「え~~、皆さん。世界はナルカナ様によって救われます。
ナルカナ様こそは、現世におわす生き神様にして、全ての生態系のみならず、
全宇宙の頂点に立つ永遠の美女。どんな花よりも可憐であり……
世界中の宝石を掻き集めたとしても、ナルカナ様の煌びやかさの前には霞む事でしょう」


場所は、人通りの多い駅前の改札前。
『超絶美女神ナルカナ様』と明朝体で書かれたのぼりを片手に、
もう片方の手ではスピーカーに接続されたマイクを持ち、斉藤浩二は演説を行っていた。


「ナルカナ様を崇め、奉り、信じる者には、輝かしい未来が約束される事でしょう。
しかし、仮にっ! この世の全ての罪よりも重い、大罪を犯すもの―――
ナルカナ様を信じないと言う不敬な輩がいたとしても……
慈愛の神以上の愛を持つナルカナ様は、それを許してくださる事でしょう。

皆さん! 今からでも遅くはありません!

改心し、毎朝毎晩。ナルカナ様を信じて居なかった自らを悔い改めるならば、
我等が唯一神ナルカナ様はお許しくださるでしょう。みなさん。目覚めるのですっ!
ナルカナ様こそが絶対。ナルカナ様こそが唯一。ナルカナ様こそが真理なのですっ!」



グッと拳を握りながら、熱く演説する浩二。
しかし、道行く人は浩二の話や姿など耳にも目にも止めずに通り過ぎていく。


「…………」
『あれ? 相棒? もうナルカナ様の布教活動はやらへんのでっか?』


その様子を見ていた浩二は『超絶美女神ナルカナ様』と書かれた鉢巻と、襷を外し、
地面に思いっきり叩きつけた。

「もー嫌だ! てゆーか俺が、何の因果で……
宗教活動みたいな事しなきゃいけねーんだよ! バカヤロウ!!」

『って、オイ! 相棒! やばいって!』

「何だ? 今の俺の状態以上にヤバイものなど無いぞっ!
もう一度言うぞ! 何でッ! この俺がっ! こんな事をしなくちゃならんのだ!」

『警察や! このまま職務質問されたら、えらいこっちゃでー』
「警察だとうっ!」

浩二が顔をあげて辺りを見回すと、青と白の制服でお馴染みの、
町のお巡りさんが、凄い形相で何かを言いながらこちらに向かって走ってきていた。

「やばい! 撤収だ!」
「こら、待ちなさい! キミ、ちょっと交番まで!」

待てる訳がないだろうと、浩二は機材一式を抱えて走り出す。
見ると、パトカーが自分の進路を塞ぐように前に回りこんできた。

『ぬお! パトカーまできおった!』
「捕まってたまるかよ―――っ!」
「止まりなさい! キミ! 止まりなさーーーい!!!」

街中で神剣の力を使う訳にはいかないので、
浩二はあくまで人間の力のまま国家権力の手から逃走するのだった。





「任意ですか? 強制ですか? 逮捕状はもってますかーーーーー!」






***********************





冒頭より、遡る事1日前―――



『天の箱舟』は、世刻望が夢に見たナルカナという少女の指定した世界へと、
ものべーを着陸させて、大地に足を踏みしめていた。

「つーか、ここって……」
「ええ。私達が集団催眠にでも掛かっている訳じゃなければ……」
「望? 本当に、そのナルカナという女が指定したのはこの世界なのか?」

浩二。沙月。絶。この世界とは縁深い三人の神剣マスターが、
驚いたように、あるいは呆れたように声をあげる。

「……あ、うん……その筈……なんだけど……」

答える望も歯切れが悪い。すると、辺りをきょろきょろと見回していたルプトナが、
見覚えのある景色だという事に気がついたのか、ポンと手を叩いた。


「あーーーっ! ここ、望達の世界だーーーーっ!」


見覚えのある建物。見覚えのある街並み。
そう、ここは自分達がいた世界。元の世界と呼んでいる場所だったのである。

ものべーを森に下ろし、他の人に見つからないように結界を展開すると、
森から町に降りてきた『天の箱舟』のメンバー達。
着陸する時に、ずっとみんなが思ってた……まさかね? そんな事あるわけないよな?

という想いはすべて裏切られ。そのまさか―――

この場所は自分達が十数年過ごしてきた世界。
元の世界にある自分達の街だったのだから、それは呆然とするというモノだろう。


「―――あ、あの建物、見覚えがあります。
え~っと、ぼーりんぐじょう? でしたっけ……森殿や美里殿と一緒に行きましたよね」

「見てみて。カティマ! えーっと、そうカラオケ!
僕達がその後に行ったカラオケもあるよ!」

「へぇ~っ、ここが望さん達の世界なんですかぁ?」

「そうだよ。自然やマナが少なくて、ゴチャゴチャしてるけど……
遊ぶところはいっぱいある、ヘンテコな世界だよ!」

「あれ? ルプトナさんは、この世界を知ってるんですか?」
「へっへー。一度、来たことあるからねー! この世界の事なら、何でも聞いてよ!」

ルプトナがノリノリだ。何でも聞いてくれと言われたユーフォリアは、
それならと言って、色々と気になっていたモノをルプトナに尋ねる。

「じゃあ。あの、凄い速さで移動する、でっかい蛇はなんですか?」

「それはもう、そのままだね。凄い速さのでっかい蛇だよ。
人を食べちゃっては走り、吐き出しては食べてを繰り返すんだ」

二人がでっかい蛇と言ってるのは、電車の事である。
説明としては100%中の5%ぐらいは真実を告げている。

「じゃあじゃあ。あのでっかい塔は?」
「あれはね。えーと……そうだ。デンパって言う見えない光線をだす建物だよ」
「何ですか? デンパって」

「う~ん……そうだね。ボクもよく解らないけど……
名前に、そこはかとなくエロスを感じるから、いかがわしいモノだと思うよ!」

「そ、そうなんですかっ! あれはそんな、エッチなモノなんですかっ!」
「むしろ、エロエロだよっ!」
「え、エロエロ!?」

ちなみ、その如何わしいとかエロスとか言われているのは、テレビ塔。
これの説明もまた、100%中の5%ぐらいは真実を告げている。
こうして、元の世界がどんどん摩訶不思議な世界としてユーフォリアに認識されていくのだった。

『……相棒。相棒』
「何だ、最弱?」

見覚えのある駅前に、全員で呆然と立っていたが、
しばらくして浩二の腰の『最弱』が、声をかけてくる。

『みんな勘違いしてるようやけど……この世界。
相棒のいた世界とはちゃいまんねんで?』

「そんな訳はないだろう? ここは、どこからどう見ても俺達の世界だ」
『いや、ま―――見た目にはそうなんやけど……』


彼の神剣―――


反永遠神剣『最弱』は、この世界を知っている。
何故なら、この世界は浩二と出会う前に居た事のある世界だから。
岬今日子。碧光陰。高嶺悠人と、その妹香織。そして、秋月瞬―――

今はファンタズマゴリアと呼ばれる世界で行われた、
統一戦争の主役となる少年少女達が生まれ育った世界であるのだから。

反永遠神剣『最弱』が、マスターである斉藤浩二と出会う前に居た世界。
その時はマスターが居らずに、喋る事はできなかったが、
岬今日子のハリセンとして、意識だけはしっかりともっていた。

『この世界はな、相棒……相棒の世界と瓜二つ。
生態系も同じではありまんねんけど……そこに住む人間や動物だけが別人の、
写し鏡のような世界―――言わば、写しの世界やねん』

「何っ!」

『嘘だと思うなら、実家に戻ってみなはれ。
特に危険は無いはずやから、2~3時間くらい各自解散して、
皆にも実際に街の様子を見てもろたら、おかしいって気づいて貰える筈や』

にわかには信じがたいが『最弱』は至って真面目だ。
その言葉に嘘や冗談は無いだろうと確信すると、リーダーの望にその旨を話した。


「それじゃ、みんな! また3時間後ぐらいに、ここへ集合しよう!」


浩二に事情を聞いた望が、彼の提案を受け入れてそう言うと、解散する事になった。
ついでに、ナルカナという少女についての手掛かりを探すことも目的としている。
世界の座標までは望に教えたが、その世界の何処に居るとまでは教えてもらっていないのだそうだ。

「写しの世界……ねぇ。
とりあえず私は、自分が住んでいた神社に行って見る事にするわ」

「俺も、自分の家を見てきます」
「あっ、それならボクも望について行っていい?」
「……あの、できれば私も……勝手が解りませんから……」

沙月と望は、自分達の家があった場所に戻る事にしたらしく、
ルプトナとカティマが望に同行したいと申し出る。

「それでは、俺とナナシは物部学園に向かうとしよう。
後は、まぁ……俺が元の世界でアルバイトしていた店でも覗いてみるとするか」

「イエス。マスター」

そう言って、絶は一人で背を向けて歩いていく。
服装は全員が学生服なので問題ないが、肩にナナシが乗ってるのが気になる所だろう。
まぁ、もっとも……望も同じように肩にレーメを乗せており、
浩二の『最弱』は、普通の永遠神剣のように姿を隠すことができないので、
学生服の腰にハリセンをぶら下げているという……

はたから見れば三人の男の内二人は、肩に女の子の人形を乗せたキモイやつ。
一人は白いハリセンを腰にぶら下げたアホなのだが、
このメンバーの中では当然な光景なので、誰も指摘しなかった。
みんな異世界での冒険が長いので、元の世界の常識が薄れていた。

「あのあのっ! おにーさん!」

皆がそれぞれの方向に歩き出すと、最後に一人で残されたユーフォリアが、
浩二の後を追いかけてきて、袖を掴む。

「……ん? 何だユーフォリア?」

「私っ、おにーさんについて行っていいですか?
こんなエロエロな建物が、堂々とそそり建っている恐ろしい世界に、
一人で取り残されるのは……その……襲われそうなので……」

「安心しろ。この世界に、おまえをどーこーできる生物はいない。
ピクルが襲ってきても、おまえなら勝てる」

世界中の軍事力を集めても勝てるかどうかは微妙だ。
もしかしたら、核爆弾をあるだけ全部落とせば勝てるかもしれないが、それではこの世界は無茶苦茶だ。

「でもでも!」
「あー、解った解った。ならついて来い。時間が惜しい」
「―――はいっ!」

本音を言えば一人の方が気が楽だったが……
たぶん、この状態のユーフォリアは、何を言っても引き下がらない。
それは、魔法の世界で『行かせて、行かないで』のやり取りをやった浩二は、骨身に染みて知っている。

このまま成長したら男を束縛する女になるのではないかと、一抹の不安を感じる浩二だったが、
それは、まぁ自分の知った事では無い。
将来出来るかどうかは知らないが、恋人になるヤツが苦労するだけだと思う。





「最終兵器彼女。もしくは地上最強の嫁―――か……
何かそんな漫画あったなぁ……」

「何か言いましたか? おにーさん」

「いや。何でもない……未来におまえが出会うだろう一人の男に、
がんばれよとエールを送っていただけだ」

「―――はい?」





************************





「……俺は、もう……当分の間……カレーは食わんぞ……」
『ナハハ。ご苦労様やったなぁ……相棒』

斉藤浩二は、公園のベンチにぐったりと背を持たれ、ソフトクリームをなめていた。
その隣では、同じようにユーフォリアが浩二に買ってもらったトリプルアイスを、
崩さないように美味しそうになめている。

「あんなに辛いのは、もう……カレーじゃ、ない……
カライと言うよりもツライなんて……もはや別の食べ物だ……」

この写しの世界をユーフォリアと共に散策し、
実家や繁華街周辺を調べまわった浩二は『最弱』の言うとおり、
この世界が別世界である事を知ったのだった。

実家の料亭は、名前と建物こそ同じであったが、
店の料理人も全てが見知らぬ顔で、オーナー兼板長も浩二の父親ではなく、別の人がやっており、
母屋の表札も斉藤から鈴木に変わっていた。

その辺りで時間は正午を過ぎており、食事を取りたいと思ったが、生憎と浩二には持ち合わせが無い。
元の世界の金でも持っていたら、使えたかもしれないが……
それは全部、この旅に出るときに自分の部屋へ置いてきたのだった。

そんな時に見つけたのが、一軒のカレーショップ。張り紙には―――
『ドミニカ共和国人もケツから火を噴く激辛カレー。三十分で全部食べたら賞金1万円』という、
色々とツッコミをいれずにはいられない張り紙がしてあった。

浩二はそれに挑戦したのである。

自分には永遠神剣の肉体強化がある。それで胃を活性化させて、
無理矢理口に流し込んでやれば、楽勝だろうと思って挑戦したら、
張り紙に偽りはなく、火を噴きそうな辛さであった。

しかし、失敗したら、払う金が無くて無銭飲食だ。

故に浩二は死ぬ気で食べた。何度か挫けそうになったが、俺に出来ない事は無いと、
心の中で呪文のように唱えながら、辛さで涙腺を刺激されても、泣きながら食べた。

そして完食。涙を流しながら、ご馳走様でしたーと告げたとき、ギャラリーが総立ちで拍手をした。
初めて『ドミニカ共和国人もケツから火を噴く激辛カレー』を完食したのが浩二だったからである。
その後、浩二には賞金が渡され、連れであるユーフォリアと共にデジカメで撮られた写真を、
大きく引き伸ばしたモノが店には飾られるのだった。

「ユーフォリア。何か食べたいものはあるか? 俺は、何も食べたくないが……」

「いえ。おにーさんに買ってもらった屋台のたこ焼きと、
このアイスクリームで十分ですよ?」

「そうか。ならば、それを食い終わったら図書館にでも行くとするか」
「はいっ!」

笑顔で頷くユーフォリア。その後、浩二はナルカナなる存在について、
文献やインターネットから色々と探すが、結局何の手がかりも得られず、
集合時間が近くなったので、駅前に戻るのだった。

「ただいま」
「ただいま戻りました」
「あ、おかえりー」

浩二とユーフォリアが戻ると、もう他のメンバーは全員帰ってきていたようで、
何かを話しこんでいる。出迎えてくれたのは、一人だけ暇そうにしていたルプトナだけだった。

「図書館で、神話の本とか土地の本を見たんだけど、こっちは何の成果もなしだよ」
「あ、うん。それについてなんだけどさ。解決した」
「何! 望。じゃあオマエ……ナルカナを見つけたのか?」

「本人に会った訳じゃないんだけど、ナルカナの使いって巫女さんに会ってさ、
えーと、どうやらその人達が言うには、ナルカナは出雲にいるらしい」

「出雲か……出雲大社?」
「いや、そこまでは解らないけど……ものべーで空から見れば解るって」
「よし、それじゃ『箱舟』の中に戻ろうぜ?」

そう言って浩二が促すと、望はああと頷く。
少し離れた場所では、ユーフォリアとルプトナが昼に何を食べたのかで盛り上がっていた。
どうやら望は、浩二と違って、元の世界の金を持っていたから、
試しに店で使って見たら使えたので、それでハンバーガーを食べたらしい。
いくら写しの世界とはいえ、別世界の金だから偽札である。

「……望。おまえ……犯罪をおかしたな? これは偽札事件だぞ?」
「いやっ、だってほら! 仕方ないだろ!」
「あ、すまん―――斉藤。俺も昼食には元の世界の金を使った」
「ごめん。私も」

自分とユーフォリア以外は、みんな偽札を使って買い物をしている。
やりたい放題。フリーダムだった。



「通貨も札も、まったく同じだから……
まぁ、バレる事はないと思うけど……少しは自重しろよ……」



まぁ、異世界人のやった事だから大目に見てくれと、浩二は心の中で謝るのだった。





****************************






「ようこそお越しくださいました。私は綺羅と申します。
御当主様より、皆様をご案内するように仰せつかっております」

出雲へとやってきた『天の箱舟』一行。
彼等を出迎えたのは、巫女服に身を包んだ、頭の犬耳と白髪が特徴的な少女であった。
ケモノ耳のある少女に出会うのは、魔法の世界のナーヤに続いて二人目である。

「あ、あぁ……えと、ご丁寧にどうも……あの、俺……世刻望って言います。
えーと、一応この『天の箱舟』のリーダーという事になってます」

丁寧にお辞儀で迎えられた望は、少し慌てた様子で答える。

「存じ上げております。世刻望様、斑鳩沙月様、暁絶様……
それに、カティマ様にルプトナ様。ユーフォリア様ですね」

「……あれ?」

今、自分の名前だけ呼ばれなかったようなと首を捻る浩二。
しかし、いや聞き間違いだろうと思って、先導するように歩き出した綺羅の後を追った。

「……あの」
「ん? 何だ?」

「今向かっている場所は神聖な場所。
部外者についてこられると困るのですが……」

「……部外者って―――俺?」
「はい」

他に誰がいるのだという目で見られる。やはり先のは聞き間違いで無かったようだ。
どうやら、この『天の箱舟』のメンバーで……
自分だけがナルカナとやらには、お呼ばれされていないと察する浩二。
しかし、ここまで来て自分一人だけ留守番というのも面白くないので、浩二は食い下がった。

「一人ぐらい気にするな。俺の分のお茶と茶菓子が出なくても文句いわないから」
「いえ、そういう理由ではありません」

「じゃあ何だ? もしかしてイジメか?
俺一人だけダメだなんて……おまえはスネ夫か?」

「……言葉の意味は解りませんが、今何か酷く侮辱されたような気がします」

「てゆーか、何でそんな意地悪を言うんだ。酷いじゃないか!
こんな酷いイジメを受けたのは初めてだ。クソ―――この犬っ娘ならぬ、いじめっ娘め!」

「……ムッ。意地悪で言っている訳ではありません。
この橋より先にあるのは、神聖な場所なのです。だから、御当主―――
ナルカナ様のお許しが無い方は、誰であろうとお通しする事はできないのです」

浩二は食い下がるが、綺羅はダメですを繰り返すだけだ。
他の『天の箱舟』のメンバー達は、二人の言い合いを微笑ましそうに見ながら、
橋の先にある社に向かって、さっさと行ってしまう。

「―――あ、クソ。テメーら置いてくな! 薄情者め!
ええい。綺羅じゃ話にならん。もう一人の犬耳娘を呼べ。
綺羅がいるなら明日乱もいるだろう!」

「そのような者はおりません。誰ですか、明日乱って……」
「じゃあ虎だ。砂漠の虎か、巨乳艦長を連れて来い!」
「もう、意味が解りません!」

浩二と綺羅の、不毛なやり取りは続いている。

「もういい。ならば俺は勝手に行く! 俺に出来ない事は無い!」
「待ちなさい」
「待たぬ」

そう言って浩二は、綺羅の横をさっとすり抜けて走り出す。

「待ちなさい。止まりなさい。この罰当たり者!」
「待たぬ。止まらぬ。省みぬ! それが帝王の生き様よ!」

いつの間にか帝王になっていたらしい浩二は、
橋を歩いている他のメンバーを抜き去って、一直線に社に向かって走っていく。

「待ちなさい! この不届き者ーーーーッ!!!
名を名乗りなさい! 神罰を与えてやりますーーー!」

「それはデスノートに名前を書くと言う事かーーーっ!」
「だから、意味の解らない事を言わないでくださいーーーーっ!

綺羅も、それを追いかけて望達を追い越しておっかけて行くのだった。





「……あの娘……俺達の案内するんじゃなかったっけ?」




苦笑しながら言う望。
そんな望に同調するように、みんな苦笑をうかべて見つめ合うと、
同時にプッと噴き出して大笑いするのだった。









[2521] THE FOOL 40話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:a7093543
Date: 2008/04/10 19:10








橋を越え、社の中へとやって来た『天の箱舟』の永遠神剣マスター達。
彼等を迎えたのは、黒髪の落ち着いた雰囲気の女性だった。
お姉さん系でも、フランクな感じだったヤツィータとは違い、彼女は清楚な美人系だ。

「ようこそお越しくださりました。私は倉橋環。
倉橋家の当主で、この出雲の守護を仰せつかっております」

黒髪の落ち着いた雰囲気の女性は、そう言って会釈をした。
おそらく巫女なのだろうが、どうしてこんなヘソだしルックのエキセントリックな巫女服なのか、
浩二は理解に苦しむのだが、望は環の事を知っているらしく、驚いたような顔をしていた。

「環さん」
「お久しぶりです。望さん」

どうやら、彼女と望は以前に元の世界で会った事があるらしい。
まだ、永遠神剣マスターとして覚醒する前―――
物部学園をミニオンが襲い、異世界に旅立つ運命の日より前のこと。

その当時はまだ、ジルオルが覚醒しようとしている故の苦しみとは解らずに、
原因不明の頭痛だと思って、帰宅の途中に道端で苦しんでいた望は、
偶然通りがかった環に、不思議な力で頭痛を治してもらい、助けてもらったのだそうだ。

「う~っ」

望と環が話している端には、綺羅が唸りながら浩二を睨んでいる。
なし崩し的に、まんまと自分もここに入ったのがお気に召さないらしい。
浩二は、そんな綺羅の視線など何処吹く風。環に頼んで自分もここにいても良いという許可を受けたので、
実に堂々とした佇まいで、望と環の話を聞いていた。

「あの、倉橋……さん? どうして、あなた方は私達の事を」

それは、みんな気になっている事だった。
綺羅が出迎えてくれた時に、彼女は浩二以外の名前を全員知っていたのだ。

「環でいいですよ。沙月さん。そうですね、皆さんは驚くかもしれませんが……
ナルカナ様は、貴方達をずっと見ていらっしゃいました。望さんが元の世界にいらっしゃった時から」

それはすなわち、完全に最初からと言う事だ。

「そして―――」

環がそう言葉を続けようとしたその時であった。
襖が開いて一人の男が姿を現したのは。

「この出雲は、我々『旅団』とも友好関係にあるからな……おまえ達の事は話してある。
ついでに言うと、以前おまえ達の世界に物部学園と学生を戻した時、
事後の混乱を防ぐために情報操作を依頼した組織がここ―――出雲だ」

「え、ちょっと……嘘!」
「サレス!」
「どうしてここに!?」

沙月と浩二と望。三人が唖然とした表情で、まさかのサレス登場に目を見開いている。
サレスは、全員の姿を軽く見渡すと、フッと笑った。

「今までの事情は、おまえ達が寄越したスバルから聞いた。
時の止まった世界を元の形に戻し、望に浄戒の力を取り戻させ……
暁天のマスターとの戦いに赴くという所までな」

「スバルは、そっちにちゃんと辿り着いたのか?」

「ああ。今は治療を受けている。
本人は自己再生でもどうにかなるレベルの損傷だと思っていたようだが……
おまえ達が、魔法の世界に寄越したのは正解だ。あれは、そんなレベルの負傷じゃない。
自己修復なんかで済ませていたら、後2~3年と持たなかっただろう」

そう言って、サレスはやれやれと首を振る。

「まぁ、安心しろ。今は魔法の世界の技師達が、最先端の修理を行っている。
修理に時間はかかるだろうが……必ず元どうりになる筈だ」

「そっか……」

ホッとした様子の望。あの時『天の箱舟』に無理して加えていたら、
大変な事になっていたという事実に安堵する。

「いやまて! サレス」
「……何だ?」

「スバルが、ちゃんと魔法の世界に辿り着き、治療すれば治るってニュースは嬉しいが、
まずは質問に答えてくれ。もう一度言うぞ。何でアンタがココにいる?
旅団と出雲が同盟関係だからって、俺達がここに来るかどうかなんて知らないはずなのに……」

浩二がそう言うと、サレスは笑った。

「偶然鉢合わせた訳ではないさ『光をもたらすもの』―――
すなわち、その裏にいる理想幹神と戦うならば、遅かれ速かれ、お前たちはココに来る事になる。
ナルカナの協力得ずして、彼等を倒す事などできないだろうからな。
だから、スバルに話を聞いた後、ここで待っている事にしたのだよ」

「……アンタ『光をもたらすもの』の裏に、理想幹神がいる事を知っていたのか?」
「当然だろう。旅団の真の目的が理想幹神の打倒なのだから……」
「っ! 理想幹神が裏にいると知ってるなら、何で教えてくれなかったんだ」

浩二とサレスの会話に望が口を挟む。
サレスは望を一瞥すると、ふぅと溜息をついて肩を落とした。

「これについては、私のミスだったと言う以外に無いな……
まさか、おまえ達が理想幹神まで辿り着けるとは思っていなかった。
彼等の尖兵である『光をもたらすもの』の活動を邪魔するのが精々だろうと侮っていたのだから……」

「随分と侮られていたモンだな。俺達も……ええ、おい?」
「まぁ、そう怒るな斉藤浩二。ある意味私は、おまえ達『天の箱舟』を認めたのだから」

そう言って、壁に背を預けて会話を聞いていた絶に目を向ける。

「……誰の力も借りずに、自分達だけで浄戒の力を取り戻しただけではなく、
『光をもたらすもの』を壊滅させ……そこに『暁天』のマスターがいるという事は、
彼とも和解したという事だろう? おまえ達が、そこまでやれるとは思って居なかったよ……」

「…………」

確かに、言われてみればそうかもしれないと浩二は思う。
自分がサレスの立場ならば、こんな寄せ合いのガキだけで作ったコミュニティーが、
旅団でさえ手を焼いていた『光をもたらすもの』を撃破し、
その裏にいる存在まで辿り着けるとは思わなかった筈だから。

「誇ってもいいのだぞ。世刻望―――
おまえを不要だと言った私に……どんなものだ。ざまをみろと」

「……なぁ、サレス……そこで俺がアンタの言うとおりに、
ザマーミロなんて言って笑ったら……まるっきりガキじゃないか」

「―――フッ。そうだな……」

くくっと笑うサレスを見て、浩二は思った。
絶対にコイツ。俺達をからかって楽しんでいると。
ついでに俺なら、ガキだと思われてもきっとザマーミロと言っただろうと。

「話を元に戻そう。私は、おまえ達よりも3日ぐらいは早くついたので、
先に彼女からおまえ達の事情を聞かせてもらった。暁絶との交戦の後……
理想幹神が現れ、永峰希美を前世の神に戻して、理想幹に連れ去って行ったそうだな?」

「……ああ」

サレスは下がってきた眼鏡を上に押し上げる動作をする。
その顔は、微かに笑っていた。

「もったいぶる訳ではないが……状況を知りえた理由はナルカナから直接聞け。
私も彼女に聞いたから、おまえ達の状況を知っているのだからな。
まずはナルカナに会って来い。話の続きは、それからにしよう」

そう言って、環に視線を向ける。すると、環は小さく頷いた

「はい。ナルカナ様も、望さんが来るのを首を長くしてお待ちです」
「むぅ……」

望が唸る。そんな望に、絶が苦笑しながら肩を叩く。

「ここまで来たんだ。焦る事は無いさ。
その、ナルカナがここに来るまで、待っていればいいだけの話だろう?」

「絶……そうだな」
「いえ、それが、その……」

絶と望のやり取りを聞いていた環が、申し訳なさそうな顔をする。

「ナルカナ様にお会いになるためには、これより先の祠に赴かねばなりません。
そして、その祠へ向かう道中には、この出雲を守護する防衛人形―――
まぁ、貴方達にはミニオンと言った方が解りやすいかもしれませんね。
もっとも、ミニオンより数段上の力を持っていますが……
望さん達には、その防衛人形が警備する山道を越えていただかねばなりません」

「何だとっ!」

驚く絶。それは他のメンバーも同じだったようで、何故そんな事をという顔をしている。

「ナルカナ様が言うには、それぐらいの試練を越えられないようでは、
私と会う資格など無いとの事です……」

「ちょっと、何それ? 自分で呼んでおいて試練ですって!」

沙月が怒っている。環は、そんな彼女に申し訳なさそうに言葉を続ける。

「はい。それも、皆様一人ずつ順番に向かい……
防衛人形が防衛する中継地点を、それぞれ一人で突破して頂かねばなりません」

「フッ。なるほど、仲間と協力してではなく……
各人の実力だけで来い。か―――」

「それに、制限時間をつけさせて貰い、
それまでに全員が来なければ、私は会わないと仰ってました」

「やれやれ。制限時間付きか……まるでゲームだな……」

呆れたような絶。彼の言うとおり、ゲームみたいな趣向だった。
皆の中でのナルカナ像が、いろいろと崩れていく。
今までは、全てを見通す力を持ち、出雲という組織の頂点に立つ、
『旅団』の団長サレスでさえ一目置いている実力者という、固いイメージだったのだが、
こんなゲームみたいな趣向を凝らす辺りは、まるで子供だと。

その後、環から試練と言う名のゲームの内容を聞いた浩二は、
とりあえずメモをとっていたのを、自分なりに纏めて皆の前で確認をとる。


「それじゃ、このナルカナへの道(仮)のルールを説明するぞ……

一つ。天の箱舟のメンバー達は、三十分ごとに一人ずつ、この社をスタートする。

二つ。ナルカナの待つ祠に辿りつくためのルートは二つ。
   山越えになるが敵の少ないAルート。麓を走るので距離は短いが、敵が多いBルート。
   そのどちらにも中継地点の鳥居があり、そこを潜らなければならないので、
   AかBのルートのどちらかを必ず進まなければならない。

三つ。制限時間は二時間。たとえ祠に辿り着いても、制限時間が過ぎていれば失格。
   防衛人形に敗北しても失格。しかも、メンバーの内一人でも失敗すれば、
   それは全員の失敗とみなし、もう一度全員がスタート地点からやり直しである―――以上」


ルールを纏めたモノを読み上げた後に、浩二は状況を整理する。
天の箱舟のメンバーは、望、沙月、カティマ、ルプトナ、ユーフォリア、絶に自分。
希美は今居ないので計7人。初回で全員が成功したとしても5時間ほどかかる。
こんなモノを何度も失敗していたら、いつナルカナに会えるのか解ったものではない。

「えっと……今の時間が夕方の4時だから……一回で上手く行けば、
今日の21時頃には、みんな向こうで合流できるわね」

沙月が腕時計を見ながら言う。

「もうっ、こんなゲームに何度も付き合ってる暇は無いから、
一回でクリアするわよ。みんな!」

「ええ。それが条件ならクリアしてみせますよ。
俺は、一刻も早く希美を助けにいかなきゃならないんだから」

「はい。そうですね、一度でみんなクリアしましょう」
「ねぇ、浩二……ボク、意味がよく解らなかったんだけど……」

「えーっと、とにかくみんなが二時間で、
そのナルカナさんがいる所に辿り着けばいい訳ですね? おにーさん。
それなら、二時間もいりません。山道なんて無視して、ゆーくんで飛べば―――」

沙月が檄を飛ばすと、望が力強く答え、カティマがそれに続く。
精神的お子様と、正真正銘お子様の二人は、一度の説明では全てを理解できなかったようで、
メモを持っている浩二の所へとやってくる。

「ユーフォリア……AかBのルートを通って、中継地点を越えなきゃダメだっての……
ルプトナ。おまえは後で地図にルートを書いてやるから、そのコースどうりに進むだけでいい」

途端にがやがやと騒がしくなる社の中。
絶は、まるで林間学校のレクリエーションみたいだなと苦笑していた。

「あの、それでは皆さん。今日は寝所と夕餉の用意してますので、そこでお休みください」
「……え? 環さん。今から行っちゃダメなんですか?」

望が不思議そうな顔をすると、環は苦笑しながら答える。

「今からスタートしたら、ナルカナ様の祠に皆さんが辿り着いた時にはもう夜です」
「別に俺達は気にしませんけど?」

「いえ、その。ナルカナ様が気になさるのです。
夜遅くまで起きているのは、美容に良くないとかで……
そんな時間に押しかけたら、機嫌を悪くしてしまいます……」

何処までも自分の都合を通す女ナルカナ。それがナルカナクオリティー。
仕方が無いので『天の箱舟』のメンバーは、環の言葉に甘えて、
今日はここで一泊する事になったのだった。




**********************





『ふぅ……これも、巡り合わせっちゅうのかなぁ……』
「あん? どうした。最弱……溜息なんか吐いて……」

夜。浩二は一人で境内の中を散歩していた。
白い砂利道を音を立てながら歩き、座るのに適当な岩が見つかったので、そこに座る。

『いやな。ココに来る途中にものべーの中で世刻から、
この出雲の場所を聞いたっちゅー巫女さんについて聞いたやろ?』

「ああ。えっと……確か倉橋時深さんだろ?
環さんと同じく、ナルカナを守護する倉橋って一族の……」

『そうソレ。倉橋時深女史。その人、ワイ知っとりまんねん』
「ほう……そう言えば、おまえ……この世界の事も知ってたよな?」
『相棒の所に来るまでに、おった事のある世界やからな。ココ……』

「あれ? それじゃあ、あのえーっと……そう、岬今日子。
岬今日子さんや碧光陰ってヤツが住んでたのがこの世界か?」

『そうや』

浩二の言葉を『最弱』が肯定する。
しかし、その時。雑木林の中から一人の巫女が現れた事により、会話が止まった。

「あら。懐かしい人の名前を口にする人が居ますね」
「―――っ! 誰だ!」

浩二は飛びずさって『最弱』を構える。すると、手に収まってる『最弱』が叫んだ。

『やめぇや。相棒! 敵やない! この人が倉橋時深女史やねん!』
「……え? この人が……」
「はい。倉橋時深と申します……どうぞ、お見知りおきを……」

にこりと笑う時深。その顔に敵意は見られなかった。
浩二はフーッと大きく溜息をついて『最弱』を下ろす。
時深は、終始穏やかな顔していたが、彼女に声をかけられた時、背筋が凍るかと思ったのだ。
浩二がそう感じたのを『最弱』は知っている。そして、その認識は正しいとも思った。

「……あ、えっと……斉藤浩二です」
「浩二さんですね? 私も、そちらに行ってよろしいでしょうか?」
「あ、はい」

頷いて答える浩二。そして、心の中で『最弱』に声をかける。

(おい、最弱! 彼女……もしかして、エターナルか?)

『そうや。それも極上のや……今の相棒でも、
正面からやりあったら一分も持たずに殺されるで?』

(……俺、少しは強くなった筈なのに、それでも一分もたねーのかよ……)

『相棒が今まで見てきた、どの永遠神剣のマスターよりも彼女の神剣は格上。
潜ってきた修羅場の数も、戦ってきた数も質も、桁外れに違うねん……ついでに年齢も……』

「―――そこっ! 今、何かいいましたか!」
「ひいっ!」

浩二は突然怒鳴られてびっくりする。思わずひいとか言ってしまった。

「な、何も言ってないであります。サー」
「そうですか……今、何やら不愉快なモノを感じたので……」

そう言って穏やかに笑うが、怒鳴ったときの彼女は修羅のようだった。
斉藤浩二にして、トラウマになりかねない程の怖さだった。

「よっと」

彼女は、浩二が先に座っていた岩の近くにある、別の岩に腰を下ろして、
座って話しませんかと笑顔でいってくる。浩二はうなずいて、元の位置に戻った。

「いい月が出ていますね……こういう夜は散歩日和ですよね」
「そ、そうですね」

「あの、つかぬ事をお聞きしますが……貴方は何者なのでしょうか?
それに……その不思議な力の波動の永遠神剣……どうやら、私の事だけじゃなく……
私の友達についても知っているようなので、思わず声をかけちゃいましたけど」

時深がそう言って尋ねてくると、浩二は何と言ったモノかと考える。
しかし、自分以外とは殆ど会話をしない『最弱』にしては珍しく、
自分から時深の質問に答えるようだった。

『岬今日子が持っていたハリセン……覚えてまっか?』
「ええ、もちろん。ユートさんや光陰さんが、よくそれでシバキ倒されていましたからね」

くすくすと、口元に手を当てて笑う時深。

『ワイ。そのハリセンやねん』
「―――え? そんな、まさか……」

『信じられへんかもしれんけど、事実や。
まぁ、もっともあの時はワイのマスターがおらなんだで、話すことはできへんかったけど』

「まってください。今日子さんのハリセンは何度か見ていますが、
永遠神剣であるなら、この私が気づかぬ筈がありません」

『永遠神剣やないからな。ワイは……名を『最弱』いいまんねん。
反永遠神剣『最弱』……天位、地位、そのどちらにも属さず、位さえも持たぬ……
神のツルギ永遠神剣に抗う為に生まれた、世に一本だけのヒトのツルギ……それがワイや』

それから『最弱』は反永遠神剣について時深に語る。
その能力、生い立ち、どうして今は浩二の手にあるのか、それを語る。
時深は、その説明を全て聞き終えると、ふうっと息を吐いた。

「永遠神剣を全て消滅させる……そのような事、できると思っているのですか?」
『そりゃ無理やろ』

あっさりと、自分の目的を無理だと認めてしまう『最弱』に、
身構えて聞いていた時深が、おもわずズッコケそうになる。

「なら、貴方。いったい何なんですか?」

『いやいや、そんな呆れたように言わんでくれまへんか?
常識的に考えて無理やろ? 永遠神剣の第一位は、どれも変態どころか、
究極変態レベルの力もっとるんやで? 二位や三位かて、ド変態レベルや。
そんな変態共を相手に、たった一本のワイが太刀打ちできる訳ないやろ?』

自分達の神剣を変態呼ばわりされるのは不愉快だが、確かにその通りだ。
全ての永遠神剣を屠る事のできる存在などいたら、今頃はとんでもない事になっている筈だから。

「……じゃあ、貴方の目的は?」

『そうやな。精々が、永遠神剣の絶大な力で好き勝手やりおるアホ共に、
人間なめんなってツッコミの一つも入れてやって……
嫌がらせに、奇跡の一つや二つを消したって、驚くアホ面にざまみろって笑ったれればええねん』

そういう『最弱』の言葉に、浩二はうんうんと頷いていた。
そして、やはりこの神剣は最高だ。まさしく俺の剣だと確信する。

「はぁ……」

毒気を抜かれたように溜息を吐く時深に、浩二が声をかける。

「それで……貴方は、エターナルである貴方は……
……反永遠神剣のマスターである俺を消しますか?」

「…………」

「俺、コイツの……『最弱』のマスターを辞めるつもりはありませんよ?
貴方が反永遠神剣の存在を認めぬと言うのなら、その時は全力で抗います。
知恵、力、精神力……そして、仲間……望達には迷惑な話かもしれないけど……
俺の持てる全部を出して、理不尽な暴威に立ち向かいます」

そう言って、浩二は気を発する。
時深はそんな浩二に両手をあげて首を振った。そのつもりは無いという事だろう。

「今日聞いた事……全部、私の胸の内に閉まっておきます。
私も……今でこそエターナル……永遠存在ですが、元は人間だったんです……
それが、ヒトの想いから生まれた小さな灯火を消すなんて、したくありません」

『アンタなら、そう言ってくれると思ったわ。
いや、ホンマ。ええ女やで。ユートはんも、見る目が無いんとちゃいますか?』

「っ―――ですよねっ!」

『最弱』の言葉に、目を輝かせると、がばっと体を起こす時深。

「あのヘタレ。絶対に見る目ないですよね!」
『おう。まったくその通りや。豆腐の角に頭ぶつけて死ねばええねん』
「……それは言いすぎです」
『……はい。すんまへん。ちょっと、調子こきました』

色々と女心は複雑だ。その後、時深と『最弱』は昔話に盛り上がり、
浩二をそっちのけで、ファンタズマゴリアだか何だかの世界での話を始めるのだった。

「彼が『求め』を失って、エターナルになる時……
誘いの巫女である私と契りを結ぶ時、どんなだったか知ってます?
いつまでもグダグダと言ったり、考え事してたり……
私だって、一世一代の覚悟を決めて臨んだのに、それは無いでしょう!
あれ、ある意味女としての私を全否定したに等しいですよ」

『ダッハッハッハ! マジかいな? ハーッハッハッハ! 
据え膳食わぬは男の恥いいまんねんけど……プッ―――ククッ……
ホンマにそんな男がおったんかいな。ワイなら泣いて喜びまんねんけどなぁ』

「そうでしょう。そうでしょう」

うんうんと頷く時深。何だか話しが、ユートって人の事になってから、
妙な方向に進んでいるなぁと思う浩二。
それと同時に、俺だけ部屋に戻ったらダメかなとか考える。

『そう。そうや時深はん。聞いておくんなはれ』
「ん? 何ですか?」

『ワイの相棒。アレだけの綺麗どころと一緒に行動を共にしとるのに……
興味が無いばかりか、世刻とか暁はんの好感度ばかりあげとりまんねん。
これ、どー思います? 相棒とは心が繋がっとるねんから、
彼等を性的な意味で好きや無いっちゅーのは解りまんねんけど……傍から見たらガチホモやねん。
友情なんてモンはな。中学生までや。それより上にあがったら恋愛やろ。
それが正しい思春期の在り方やろ? なのにもーこの男は……』

「浩二さん……ガチホモなんですか?」
「全力で否定します」

何だか話しが、とんでもない方向に進んできたと思う浩二。
『最弱』だけなら、叩きつけて黙らせるが、時深がいるのでそれができない。
コノヤロウ。部屋に戻ったら覚えてろよと浩二は誓う。

「ダメですよそれは。そんな男の子が、女の子とベッドインする時に、ヘタレた事を言うんです」

「大丈夫です。その時はきちんとやりますので。
むしろ、テンション上がり過ぎてギャグになるんじゃないかと思うぐらいに」

こんなアホらしい説教など受けたくないので、浩二は全て聞き流す事にした。

「シミュレートは完璧です。ホテルに入ったら―――
ひゃほー! やってるぜーーっ! 俺のあそこは、さっきからずっとオーバードライブが止まらない。
見てホラ、こんなにエクスプロードしてるだろ? パッションがたぎっている証拠だよ。
リープチャージは十分だ。いつでも行けるぜ! キミのあそこにパワーストライク。
おら、行くぜ! スイングダウン! スピカスマッシュ! って、もうダメだーーっ!
ホーリーがでるううううううっ―――てね」

「ブッ―――! あっはっはっはっは!」
『ハッハッハッハ! アーッハッハッハ! 面白い、それオモロイて、相棒!』

噴き出す時深と、爆笑する『最弱』
時深は爆笑のあまり岩から滑り落ちて、そのまま地面をダンダンと叩いている。
『最弱』も、身体を捻らせて笑っていた。



「あっはっはっは……って、俺……
永峰が攫われて大変な時だって言うのに、何でこんな事をやってんだろう……」



そう呟いて、少しだけ鬱になる浩二。
しかし、その翌日には更に鬱にならざる得ない事を言われるのを、彼はまだ知らなかった……





*********************





「―――え? あの……環さん?
もう一度、言ってくれないでしょうか?」

聞き間違いだよな? 聞き間違いであってくれと言わんばかりの浩二。

「……あの、ですから……
浩二さんは、祠を目指す試練を受けなくて良いってナルカナ様が……」

「何故です?」

「それは、これを持って街に繰り出し、ナルカナ様の素晴らしさを伝える事が、
貴方の試練であると、ナルカナ様が仰ったからです」

「……それで、この鉢巻を頭に巻いて、襷をかけて……
のぼりをおっ立てて、マイクを片手に、街でナルカナを称える演説してこいと?」

「……はい」
「それが、俺の試練だと?」
「……はい」
「……冗談ですよね?」
「本当です」

「…………」
「…………」
「…………」
「……ふ~~っ……………冗談?」
「本当」

「…………」
「…………」
「…………」
「……何故?」
「アンタ。面白いから―――だそうです」


超絶美女神ナルカナ様と明朝体で大書された鉢巻やら、
襷を見ながら言う浩二に、環は苦笑しながら言う。





「何だソレはあああああああ!!! 
こんな試練があってたまるかーーーーーっ! ボケーーーーー!!」





朝の境内に、浩二の声が響き渡るのだった……









[2521] THE FOOL 41話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:a7093543
Date: 2008/04/12 17:16





「くそ、国家権力の狗どもめ……」



斉藤浩二は、ベンチの椅子に座って缶コーヒーを飲んでいた。
警察に追われていたのを何とか振り切って、
昨日ユーフォリアとやってきた公園へと逃げて来たのである。

「まぁ、彼らも不審者を取り締まるのがお仕事ですからね……仕方ないですよ」

そんな事を言って、ふふっと笑うのは時深。
彼女は、浩二がきちんと試練を遂行するように付けられたお目付け役だ。

「てゆーか、望達にナルカナをさっさと祠から引きずり出してもらわんと、明日もコレかよ……
まぁ、みんなの実力なら一回のチャレンジで突破するだろうけどさ」

「あら? そうとは限りませんよ?
中継地点と祠の前にはボスキャラを置きましたから」

「ボスキャラ?」
「はい。私が強化した防衛人形です。油断してると、エライ目に合いますよ」
「うへぇ」

エターナルが強化したミニオン。見てみたいような、見たくないようなと思う浩二。

『……あ、そや。時深はん』
「何ですか?」
『ワイ。ちょっと聞きたいことありまんねんけど』
「私に答えられる事なら」

『時深はんほどのエターナルが仕えとるナルカナって誰やねん?
相当な大物やろ? ワイの予想では、たぶん第一位神剣のマスターや』

「……そうですね。どうせ会うことになるのだからお話しましょうか。
半分以上は貴方の予想どうりですよ最弱。ナルカナ様は永遠神剣・第一位『叢雲』の化身です」

『―――ブッ。ホンマかいな!? そりゃ、どえらい大物がでてきたのー。
ああ、もう。色々と納得……ワイらの行動を全部見てたとか、理想幹神を破る力を授けたるとか……
時深はんほどの実力を持ったエターナルが仕えとるとか……全部纏めて……』

納得したように、或いは呆れたように『最弱』は言う。そこで、浩二はハッと気がついた。
ナルカナは永遠神剣・第一位『叢雲』の化身で、望の夢に出てきた姿は少女だったという。



そして、以前に自分は―――


「ハハハ。おまえ馬鹿だろう? てゆーか、神剣がヒロインなんてねーよ。
そんな人外をヒロインにする事なんて、望にだって無理だ。
できたら俺、鼻から牛乳を一気飲みしてやるね」

『ほう。絶対せーよ? 言質とったからな?』



―――こんな約束を『最弱』としている。



「……やべぇ……」



顔を青くして呟く浩二。そんな彼の顔を見て『最弱』が、ククッと笑った。

『さ、牛乳買いに行こか?』

「まて、まてよオイ。まだナルカナが望に惚れると決まった訳じゃないだろ!
もしかしたら、ウチのイケメン担当の暁かもしれないだろ!?」

『ストロー使ってもええで? お笑い担当』
「だから、まて! まだ決まったわけじゃない!」
『相棒~往生際が悪いで~』

浩二の腰で『最弱』は笑う。まるで勝利を確信してるかのように。
それに対して、浩二は牛乳1リットルは無理だから、
なんとか一番小さいパックで済まそうと、一番小さいサイズはどれがあったか考える。

「……クソ。やべぇ、最低でも125mlはある……」

そして、何とも間の悪い事に、この世界には牛乳が売っている。
ちなみに世刻望の打率は6割を超える驚異のスラッガーだ。
今までで、ヤツが打ち損じたボールは、タリアとヤツィータにレチェレとユーフォリア。
二分の一より高い確率でヤツは打つ。才能だけでヤツは打つ。

しかも、ナルカナは望にだけ夢で語りかけて、協力してやると言っているのだから、
決して望と相性が悪いわけでは無さそうだ。
浩二は、特大アーチを描くホームランの軌道が見えたような気がした。


「/(^o^)\ナンテコッタイ」


この時、浩二は初めて世刻望なる少年のモテっぷりが憎いと思った。

『ほれ、どーした。いつもの台詞はどないしたんや?
こんな時に使わずに、いつ使うねん。ほら―――』

「解ったよチクショウ! 鼻から牛乳ぐらいクリアしてやる!
やってやるよ! 俺に出来ない事は無いんだからな!」

そう言って浩二は立ち上がった。
公園の近くにあるコンビニまで、ズンズンと歩いていく。

「あの? 浩二さん?」

突然『鼻から牛乳』と言い出して、どこかに行こうとする浩二を追う時深。
浩二は、コンビニで牛乳を買うと、天を仰いでストローを挿した牛乳を鼻の穴に突っ込んだ。

「―――っ!? ゴッパーーーーーッ! ブバッ! げっほ、げっほ……」

当然のように咳き込む浩二。

『ダハハハハ! ハーッハッハッハ!!!』

それを見て爆笑する『最弱』

「リトライ! ―――ぐぼっ、ごぱあっ!」

『ぎゃはははは! あーははははは! 鼻から牛乳垂れとるって―――ブフッ。
あははははははは! ははははははは! 死ぬ! 笑い死ぬ! ひぃーーーー!』

「クソ。テメェ……負けるものか! 俺に出来ない事は―――」


―――ブシュッ!


「ぎゃああああああ!!!」
『ぶははははは! ぎゃはははははは!!!』


また、鼻から牛乳を噴き出して咳き込む浩二。
時深は、何なのだこの神剣とマスターはと、引き攣った顔で見つめるのだった……






『ほらほら! まだ半分以上のこっとるでー』






**************************





「も、戻りました……」

夕方になり、ナルカナ様布教活動を終えた浩二は、疲れきった顔で出雲の社に戻ってきた。

「おかえりなさい。浩二さん」

そんな浩二を環が出迎える。時深は綺羅に帰りを迎えられていた。

「布教活動……してきました。警察に2回ほど追いかけられて、
チンピラみたいな奴等に1回絡まれましたけど……」

「まぁまぁ。それは大変でしたね」
「時深様。ご苦労様でした。お疲れでしょう」
「いいえ。大丈夫よ綺羅。私は何もしてないし……面白いモノも見れましたしね」

くすりと笑う時深。

「あら? 浩二さん……その、こんな事を言っては失礼ですが……」

「解ってます。皆まで言われずとも解っています。
ちょっと表の井戸をおかりして、上着を洗濯してきます」

牛乳をぶちまけたのが、学生服の上着にかかっており、
乾いた牛乳のなんとも言えない臭いを放つ浩二。
彼は環に断って部屋を出ていくと、表の井戸に向かうのだった。


「あークソ。今日はエライ目に遭った」
『宗教活動に鼻から牛乳。ええやん。汚れ芸人みたいで』
「俺は、自分自身をクリーンなヤツだとは思ってないが、汚れとも思ってない」


タライに洗濯板で、自分の上着とカッターシャツを洗濯しながら『最弱』と会話する浩二。
赤い夕陽が沈み始めた空には、カラスが鳴いており哀愁を誘う。
希美は捕らえられ、他の仲間は戦っているのに、何で自分だけこんな事をしているのだろうと。

『それにしても、世刻達はまだ帰ってきまへんなぁ』
「もしかしたら、今日は試練をクリアできねーかもな」

井戸に向かう途中で会った、巫女さんに聞いた話では、
『天の箱舟』のメンバーは、ナルカナの試練に二度失敗して、今は三度目の挑戦らしい。
ちなみ一回目はユーフォリアが時深の作った強化型防衛人形に、行く手を遮られて時間オーバーになり、
二回目はルプトナが道に迷って時間オーバーという結果に終わっている。
その話を聞いたとき、やっぱり失敗したのはあの二人かと思って浩二は苦笑した。

「ん、よしっ!」

パンッと水気を払った上着とカッターを、社の裏にあった物干し竿に干す。
これならば今日の夜の間干しておけば、明日の朝には乾くだろう。

「つーか、俺も神剣の力を使ったときに、服が変わればいいんだけどなぁ……」

浩二以外のメンバーは、永遠神剣の力を使うと、服装が戦闘服へとかわる。
どういう原理になっているのか知らないが変化する。
なので、戦闘になると浩二だけが物部学園の制服そのままで戦う事になるので、服の損傷が激しいのだ。

今までは二着持っていた内の一着を、ベルバルザードとの戦いでダメにしてしまっている。
今度から戦う時は上着を脱ぐのを待っててもらおうかなぁとか考えるが、
待ってくれるヤツなんて、まずいないだろう。

「おい、最弱。俺も戦闘の時は服が変わるとかいうオプションはねーのか?」

『あるわけないやろ。てゆーか、普通の永遠神剣もそんな機能あらへんねん。
あいつ等のが特別なんや。今日子女史も、光陰はんも、ユートはんも……
そりゃもう、一着しかない制服を補修しながら大事に使っておったモンや』

「何で学生服に拘るんだよ……」

『相棒と同じ理由だと思いまっせ。自分では完全に別れを告げたと思っとっても、
やっぱりどこかで故郷とは繋がっていたいんやねん……
異世界の仕立て屋に、学生服をオーダーメイドで作らせたりしてましたからなぁ……』

未練とは違うと思う。けれど、自分もそうなのだから異世界に飛ばされたという
彼等の気持ちがなんとなく解ると思う浩二。
そんな事を考えていると、社の中から慌しい雰囲気が伝わってきた。

「お、どうやら帰ってきたようだな」

『試練をクリアしとるとええなぁ。
もしも皆が三回目も失敗してたら、相棒は明日も布教活動やねん』




「嫌な事を言うなよ……」




しかめ面でそう言った浩二は、手と顔を洗って社の中に戻っていくのだった。






************************





「……ん、久しぶりに吸う外の空気ね」



望達がナルカナを連れて戻ってきた。黒髪の美女だ。
彼女を見た浩二の第一印象は、ルプトナに良く似ているだった。
並んで立たれて姉妹ですと100人に言ったら、
100人全部が信じるだろうと言うほどに二人は似ていた。

「さ、てと……それじゃあ、希美の救出と理想幹への突入だったわね」

ナルカナの周りでは、何人もの巫女がぱたぱたと忙しく動いており、
彼女の為にお茶を用意したり、扇で風を送ったりしている。

「まず、エトル達により、希美は相克の神名を目覚めさせられてしまったって事だけど……
相克の神名の意味については解ってる?」

「……ああ。俺の浄戒の力の目覚めと共に覚醒し、その神名の持ち主……
すなわち俺を殺す為の神名……だろ?」

望がそう答えると、ナルカナはうんうんと頷く。

「正解。望には後でナルカナバッジをあげるわ」

「そんなモノはどうでもいいから、早く話を進めてくれませんかねぇ~
ナ・ル・カ・ナ・さ―――むぎゅっ!」

ナルカナに毒を吐こうとしたルプトナが、カティマに口を押さえられてもがいている。
ここに来るまでに二人に何があったのかは知らないが、顔は似てるが相性は悪いようだ。

「相克の力は強大で、持ち主の意識を侵食するわ。
希美の精神は、それに抗えなくて乗っ取られてしまったという訳ね。
そこで、このあたしが、寛大なる慈悲の心で救いの手を差し伸べてあげた―――
ここ、重要だから赤ペンでマーカー引いておくように。テストに出るわよ」

どんなテストに出るって言うんだろうと思いながら、とりあえず浩二はメモ用紙にメモしておいた。
一人だけ言うとおりにする浩二に、ナルカナは目を向けると満足そうに頷く。
別に浩二はナルカナの威光とやらに平伏してやっているのではなく、
大事だと言う事にはメモを取るのは半ばクセだった。

「相克に乗っ取られた希美の精神は、このナルカナ様がなんとかしてあげるわ。
理想幹の結界も、ナルカナ様の力があれば破れるわ」

「へーんだ。それだけなら浩二でも、できるもんね―――ふぐっ!」
「ルプトナ!」

今度は沙月に口を塞がれるルプトナ。
さらにカティマに羽交い絞めにされ、じたばたしながらうーうーと唸っていた。
浩二は、何をやっているんだアイツはというような目で見る。

「それで、具体的にはどのように永峰を元に戻し、あの理想幹の壁を破るのだ?」

「え? それは、その……理想幹に言ってバーンッと壁を破り、
ダーッと希美の所まで言って、ちゃちゃっと細工すればオーケー?」

「……いや、オーケー? と俺に聞かれても……
というか、今の説明では何が何やらさっぱり解らないんだが……」

ガーッとか、ダーッとかいう理由で納得してくれるのは、
このメンバーの中ではルプトナぐらいのモノだが、彼女はナルカナとは反りが遭わぬようだ。
なので、結果的に全員から胡散臭そうな視線を向けられる事になるナルカナ。

「だだ、大丈夫だって。私がいれば万事オッケー。
ナルカナ嘘つかない。ジャポニカ。ジャポニカ」

嘘くせぇ。皆がそんな目でナルカナを見る。

「う~~~っ」

ナルカナが、その視線に耐えられずに望の方を見るが、彼さえも瞳でこう語っていた。



―――嘘くせぇ。



「だーーーっ! きしゃーーー! そんな目で見るのは禁止ーーーーっ!
ナルカナ様ができると言ったらできる! それは絶対! 確定事項!
偉い人を馬鹿にしたら天罰がくだるぞーーーー!」



ナルカナ様ご乱心。じたばたと暴れて、床をダンダンと踏む。
もう、威厳もクソも無い。今までやりとりを見ていたサレスが、苦笑と共に口を挟んだ。

「嘘くさいと思ったかもしれないが、確かにナルカナにはその力がある」

皆がサレスの方に視線を向ける。ナルカナのジタバタもそれで止まった。

「第一位永遠神剣『叢雲』の化身の力は伊達では無い。
その力は森羅万丈さえも創生できる力だ。エトルやエデガ―――
自ら神を名乗る者達のような小賢しい力ではなく……
ナルカナの力は、人間が空想の中で神と呼び崇める者が行使する奇跡に等しい」

サレスのフォローに、ナルカナが持ち直し、その通りよと踏ん反り返る。
皆も、サレスがそういうならと、納得したような顔をした。

「それじゃあさ、サレス……希美を元に戻す件と、理想幹の防壁の件はそれでいいけど。
肝心の力の件はどうなるんだ? 話しでは理想幹神を倒す策と、力を授けてくれるって事だったけど……」

望がそうサレスに問いかける。すると、踏ん反り返っていたナルカナが身体を起こした。

「それね。勿論覚えてるわよ。光栄に思いなさい。
貴方達のパーティに、このナルカナ様が加わってあげる。
最強の神剣である私が手を貸してあげるわ」

「……じゃあ、もしかして……策って言うのは……」
「あいつ等が、どんな罠を仕掛けてこようとも、この私がブッ飛ばしてあげるわ」

それは策とは言わない。力押しだ。
そう思いながら、絶はコメカミに手を当て首を振っていた。

「まぁ、安心しろ……今回の戦いには私も同行する。
タリアやソルラスカ。ヤツィータには別任務を与えてしまったので、協力させられんが……
及ばずながら『旅団』から私が加わろう」

「え、ホント!?」
「やったね。望くん。サレスが力を貸してくれるなら百人力よ」

サレスが参戦を申し出ると、沸き立つ『天の箱舟』のメンバー達。
望と沙月は、ぱんぱんと手を叩きあっている。
そんな様子を見ていたナルカナが、再びキレた。





「どーして、この私が力を貸してあげるって言った時は微妙~な反応だったのに、
サレスが力を貸すって言ったらその喜びようなのよーーーーー!
な、な、な! 納得いかなーーーーーい! いかないったら、いかなーーーーーい!」






***********************





翌日。ナルカナとサレスをゲストメンバーに加えた『天の箱舟』は、
写しの世界を旅立つと、理想幹を目指して次元の海をものべーで進んでいた。

「ほらよ。レモネード。今度はもどきじゃなくて本物だぜ?」
「感謝する」

箱舟の休憩室には、向かい合うようにして座る浩二とサレスの姿がある。
部屋で休んでいた浩二を、サレスが少し話さないかと誘いに来たのだ。
浩二も、昨日はうやむやになってしまった為に、まだサレスに聞いていない事があったので、
その誘いに応じた訳である。

「うむ。やはりこれは良いな。私も魔法の世界でおまえに振舞って貰ってから、
同じものを作ろうと何度か挑戦したのだが……
私が作ると、甘すぎるか酸っぱいかのどちらかになってしまう」

料理が出来ないどころか下手なサレスと比べて、自分はできる。
そんな事で勝っても自慢にはならないだろうが、一つでも勝てる部分があるのは嬉しかった。

「おーい。浩二。探したよ……」

そこに、望が走ってやってくる。
浩二が声の方を振り向くと、前に立った望が顔の前でパンッと手を合わせた。

「……ん? 何だ望。藪から棒に……」
「すまん! 嗜好品倉庫の鍵貸してくれっ! ナルカナがポテチ食わせろって聞かなくて」

「……一袋だぞ? 写しの世界で、出雲から米や野菜の補充は受けたけど、
菓子や缶詰の類は、俺がポケットマネーで補充した分しか無いんだからな?」

そう言って鍵を望に渡してやる。
すると望は、すまん感謝するといいながら走り去って行った。

「組織を管理する者として、板についてきたではないか。浩二」

ククッと笑いながら言うサレス。

「よせよ。アンタにそんな風に褒められると、嫌味にしか聞こえねーっての」

「謙遜しなくてもいい。おまえは実際に良くやっている。
このメンバーでコミュニティーを作り……
曲がりなりにも組織として機能しているのは、おまえがいればこそだ」

写しの世界での浩二の様子を、サレスは見ていた。
話しが纏まると、すぐにでも希美を助けに行こうと逸るメンバーを抑えて、
まずは食料と物資の補充が先だと言って、環に大変心苦しいのですがと頭を下げて出雲の食料倉から、
食料及び物資の補充を願い出たのは浩二だ。

その際には、箱舟の倉庫内にあるモノを、古いものを前に、
新しいものを後ろにと、整理整頓して置いている。
希美が抜けた状態なので、食糧管理も浩二が一人でやっているのだ。
そして、自分で作ったと思われる箱舟の管理ノートには、
何が、何処に、どれだけあるというのをきちんと記録していた。

「人は気が逸っていると、後ろの事は忘れがちになる……
しかし、補給なくして戦いはできるモノではない。おまえの目は、きちんとそれを見ている。
それはリーダーには不可欠な部分だ。世刻望は、己に欠けている部分を補ってくれる、
良い副官を持っている」

「俺は、当たり前の事をしてるだけだよ」

「フッ。そういう仕事が当たり前の事―――か。
だからだろうな。あの沙月でさえオマエに頼って、甘えているのは……」

「沙月先輩が俺に甘えてる?」

「ああ。沙月が人の前で崩れるなど、
おまえ達が物部学園と共に行動していた時には無かった事だろう?」

「……確かに、言われてみれば……」

斑鳩沙月という女性は、普通ならば辛さを顔や態度には出さない。
しかし、写しの世界に来る前は望と共に落ち込んだ態度を表に出してしまっている。
今までの沙月であったならば、こんな時こそ自分がしっかりせねばと、
無理して明るく振舞い、毅然とした態度を示しただろうが、実際はあのように崩れた。
それは、無意識の内に自分が崩れても大丈夫だという想いがあったからであろう。

「オマエは崩れない。どんな事があっても、屹立して立っている。
組織には、そういう人間が一人は必要だ。本来ならば、それはリーダーの役目なのだろうが、
世刻望は感情で強くなり、弱くなるタイプだからそれは出来ない……
永峰希美が攫われた時、オマエまでも崩れていたら、この寄り合い集団は総崩れになっていただろう。
暁絶の話や、ナルカナからの呼びかけがあったのは、ただの僥倖に過ぎん」

一度、完全に崩れてしまった組織を立て直すのに、どれ程の苦労を要するかをサレスは知っている。
しかし、一人でも踏ん張って、完全に転ぶのを支えてくれる者がいれば、
それを軸として踏ん張り、体制を立て直す事は難しい事ではないのだ。

故に、組織のリーダーたる者は転んではいけない。
石に蹴躓いても、突風に煽られても、転ばぬように踏ん張らねばならない。
それがサレスの言うリーダーたる者の条件であった。

「そう言うモンかねぇ?」

浩二は、倒れても再び立ち上がれると思っている。
倒れてはならぬというサレスと、倒れてもすぐに立ち上がれると言う浩二。
この辺が、二人の意見の違いであるが、二人ともお互いの意見を間違いだとは思わなかった。

「まぁ、それはいい。それよりも、おまえに話しておかねばならぬ事だが……
ナルカナがおまえ達の行動を全部見通していた事についてだ」

「ああ。それ、それずっと聞きたかったんだよ」
「結論から言おう。それはログを読んだからだ」

そう言って、サレスはログとは何かを説明し始める。



―――ログ。



それは、この時間樹で起こった全ての現象を記録した世界記録。
何処の世界で何があった。誰が何をしたかという行動の全てが記されたモノ。
それが理想幹の中にあるログ領域という場所に記されており、
ログ領域の中に入れば、理想幹神はそれらの情報を見ることができるというのだ。

「それじゃ、俺らの情報は筒抜けって事じゃねーか!」

「そうなるな。だが、ログ領域には理想幹神といえども、そう簡単に何度も入れるモノではない。
ログ領域の膨大な情報量の前に、自らを司る情報が飲み込まれる危険性があるのだからな」

「未来は見えないんだな?」

「ああ。あそこに記されるのは過去の記録だ。
しかし、過去の情報を閲覧すれば、相手がどんな人間で、どんな行動を起こすのかは予想できる。
そこを上手く利用してやれば、相手を思いのままに動かす事は容易いだろうな……」

つまり、暁絶は前世であるルツルジの性格を元に分析され、
どのようにすれば、現世の彼が世刻望の浄戒を狙うようになるかを考え、誘導したのだ。

「うへ、プライバシーの侵害どころの騒ぎじゃねーな。ソレ」

「そして、そのログ領域を閲覧する力をナルカナも持っている。
それも、理想幹神のように、直接ログ領域に入らずとも……何処からでもログを覗ける程の力をな。
故に、彼女はおまえ達の行動を知っていたのだ」

「はぁ……なるほどね……」

浩二が溜息混じりに頷く。行動を全て読まれるなんてあんまりだと。
これでは、マージャンで自分は牌をフルオープンにして挑むようなものだ。

勝つにはよっぽどの運に恵まれ、最初から素晴らしい牌が揃い、
自力でツモしなければ勝てないという、アカギでも勝つの無理なんじゃねーのという状況だった。

「ただ……」
「ん?」
「ただ、おまえとユーフォリアの行動はログに記されていない」
「え? 何で……」

「おまえの場合は、その神剣の力だろうな。
ナルカナに調べてもらった所、おまえの情報は二年以上前ならば記されている。
それが、ある日から見えなくなったのは―――」

「ああ。俺が『最弱』と契約したからか……」

世の理不尽全てに抗う反永遠神剣は、世界に行動を記録されるなどという理不尽を否定する。
それは『最弱』自身だけではなく、そのマスターにも力は及んでいた。

「じゃあ、ユーフォリアは何で?」

「彼女は、この時間樹の外からきた存在だからだろう。
ログ領域に記される記録は、時間樹の中に住む者の記録だけだ」

「なるほど……俺とユーフォリアだけがイレギュラーなのか……」

そう呟き、浩二は考えを巡らせる。
勝てる策を、このイレギュラーであるという利点を利用して、勝利を引き込めないかと考える。

「……二対二……これなら数の上では互角……いや、でもなぁ……」

そして、一つの策を思いついた。
けれど、この賭けは分が悪いのでは無かろうかと思う浩二。
浩二の顔を見ていたサレスが笑った。

「私達が正面から挑み、陽動をかけ……浄戒を狙ってくるだろうファイム……
いや、永峰希美を誘き出す。行動を読まれる事の無いオマエと、ユーフォリアがその隙に強襲。
裏で手を引く理想幹神の手を封じる。その間に、おびき寄せた永峰希美をナルカナに元に戻させ、
合流の後に理想幹神を殲滅。おまえが今考えたことは、そんな所じゃないか?」

「……あっさりと策を見破るなよ……自信なくすから……」

「悪くない作戦だと思うぞ。もっとも、オマエとユーフォリアが、
あっさりとあの二人に敗れ去ったら、敗北は必死だがな」

「俺があのスットコドッコイと、オタンコナスに負けるとでも?」
『そうやで。鼻から牛乳の試練に比べたら、大したこっちゃないねん』
「―――っ!」


―――ビターン!


『へぶっ!』


余計な事を言う自分の神剣を、地面に叩きつける浩二。

「……鼻から牛乳?」
「いや、なんでもない、気にするな」

「そうか……まぁ、おまえがそう言うならそうするが……
まぁ、賭けの部分はあるが、その作戦が現状で採れる最上の策だろう」

「いや、だから口に出して言うなって。
これがログに記録されたらどうするんだよ」

「―――フッ。流石に言葉の一つ一つまではログに残らんさ。
おまえたちの世界の歴史の本にも、誰が何をしたかという行動は記されていても、
誰がその時に何と喋ったかまでは載ってないだろう?」

そう言って、サレスは笑う。

「そうか。流石にそこまでは無いか……なら一安心だな」

「このコミュニティーの強みは、オマエとユーフォリアというイレギュラーだ。
そして、世刻望の本当の強さは……浄戒の力などではなく、
おまえ達のようなマスターを仲間に出来た、強運にあるのかもしれんな……」

旅団と言う組織を立ち上げ、理想幹神の野望を挫かんとしたサレス。
しかし、それはついに叶わず、ぱっと出の『天の箱舟』なる集団によって成されようとしている。

自分が作った『旅団』では直接に理想幹神を叩けなかったが、
『天の箱舟』なる組織を立ち上げる切っ掛けになったのは『旅団』があればこそである。
運命とは、得てしてそういうモノなのかもしぬなとサレスは思った。







『新しい……風が吹き始めている……エトル、エデガ………
……我等の様に、過去に捕らわれたままの者は……
そろそろ舞台から退場するべきなのかもしれんな……」











[2521] THE FOOL 42話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:a7093543
Date: 2008/04/14 17:51






「うっは―――でてくる、でてくる。
アホみたいに波状攻撃してきやがるなぁ、理想幹神め……」

「望さん達……大丈夫でしょうか?」
「ま、どれだけ数を揃えようと、ミニオンぐらいには負けないさ」

斉藤浩二とユーフォリアの二人は、箱舟のコントロールルームから、
ものべーの遠見の力で、陽動部隊として先行している望達の様子を見ていた。

20分ほど前に望を先頭にして、理想幹の中に突入していった彼等は、
さっそく理想幹に配置されているミニオンと戦っている。

理想幹の中に居るミニオンは『光をもたらすもの』が引き連れていた奴よりも、
強化されているらしく、少しだけ手こずっているようにも見えるが、
自分たちとて、最初の頃と比べたら数段レベルアップしている筈だ。


「……よし、そろそろ時間だ。作戦は第二フェイズに移行するぞ」
「はいっ!」

「いいか。ユーフォリア! ブッ飛ばさなくていいからな!
……安全に、セーフティにだぞ」

「わかっています。任せてください。おにーさん」


ドンと胸を叩くユーフォリア。望達が理想幹に突入して三十分。
途中に何度か伏兵にあったりして手こずっているが、望達は順調に進んでいる。
ここまでは作戦に大きな問題が無いという事は、今から自分とユーフォリアは、
予定どうりに理想幹神に強襲をかけるという事だ。

「ゆーくん!」
「クルル」

理想幹の大地に降り立つと、ユーフォリアが自分の永遠神剣『悠久』を手元に出現させる。

「わかってるな! セーフティだぞ!」
「はい。セーフティですね」

本当なら、二度とユーフォリアに手を引かれて飛ぶのは御免だったが―――
状況が状況だ。飛ぶしかない。流石の理想幹神達も、敵の伏兵が自分達の本陣めがけて、
空から強襲してくるとは夢にも思っていないだろう。

「それじゃあ、いきます! ハッ!」

永遠神剣『悠久』を放り投げるユーフォリア。
そして、浩二の手を握ってジャンプすると、それに飛び乗った。

「いくよ! ゆーくん! 全速前進!」
「なにィ―――ちょ、まて、何を聞いてたんだ。ゆー」

焦る浩二。セーフティは何処に行ってしまったんだ!?
何があって消えてしまったんだ?
ユーフォリアの中の安全と言う言葉は、望の浄戒で消されてしまったのか?
そんな事を浩二が思っていると『悠久』に飛び乗ったユーフォリアは、キリッとした顔で前を見る。



「いっけえええええええええーーーーーーー!」
「フォリアアアアアアアアアアアアア!!!!」



空飛ぶ神剣『悠久』に乗り、高らかに叫ぶユーフォリア。
それに応える様に『悠久』は、カタパルトで加速したような速さで、
一直線に理想幹神達が陣取っている、理想幹の中枢へと飛び立つのだった。





「ぇぇぇぇぇ......」
「ァァァァァ......」





後にはドップラー効果音を残して……






************************





「むぅ。ミニオンぐらいでは止められる相手ではないと思っておったが……
彼奴らめ、我々の予想を遥かに上回る侵攻速度だ」

「ふむ。どうやらサレスが手引きしておるようだのう……
すぐに我等を追いかけてくるとばかり思っておったが、サレスと合流するとは……
確かにあやつがいれば、この中枢までのルートを最短距離で向かってくるのも納得よ」

「バカモノ! 何を暢気に言っておる!」

「安心せいエトル。ファイムをそちらに向かわせたわ。
ジルオルはファイムに勝てぬ。それは神名が示すとおりだ。
そして、ジルオルさえ討ち取れば後は烏合の衆。恐れるに足らん」

理想幹神エトルとエデガは、理想幹の中枢で遠見の力を使い、
攻め込んできた望達の様子を見ていた。

エトルは、自分達の予想を裏切った行動をしてきた望達に焦っているが、
もう一人の理想幹神エデガは、切り札は自分が押さえているとばかりに、
どっしりとした態度で戦況を見ている。

「そんなに不安ならば、あの時にジルオルを討ち取っておけばよかったのだ。
それを貴様が策に拘るから……」

「バカモノ。あのまま我等が戦っておれば、ジルオルはあの場で覚醒しておったわ!
ファイムを押さえずして、一か八かの賭けで勝負をするなど馬鹿のする事。
己が力を過信して、ジルオルに挑みかかり……
アレにことごとく返り討ちにあった南天神の事を忘れたのか」

エデガの言葉に、何を馬鹿な事をと言わんばかりのエトル。

「むう……」

「馬鹿な事をほざいとる暇があったら、お主もミニオンの指令を送り、指揮をしろ。
我等が後ろから操るミニオンと、ファイムがおれば、
たとえサレスがジルオルに加担しようとも、我等に負けはないわ」

「う、うむ。解った……そうだな」

頷き、自分もエトルと同じようにミニオンの一部隊を操って指揮しようとする。


「突撃ぃーーーーーーーーーー!」
「あああああああああーーーーーっ!」


しかし、その時であった―――

「むっ!」
「何奴!?」

永遠の少女に手を引かれて、絶対を否定する神剣を持つ少年が現れたのは。

「エトル!」
「むうっ!」

自分達に向かって、弾丸のように突っ込んでくる物体を、横に跳んで避けるエトルとエデガ。
シュオンと、風を切る音と共に通過していった蒼い弾丸は、
攻撃が避けられたことを知ると、急ブレーキで止まった。

「おっ、おおおおおおお!」

もちろん、魔法の世界のように急ブレーキには抗えずに、吹き飛ばされる浩二。
しかし、今度は流石に二回目なので反応する事ができ、
壁にぶつかる瞬間に、スパーンと手を叩きつけて受身を取った。

「おいっ、しゃー!」

そして、ズダンと地面に着地する。

「わ、すごいです。おにーさん!」
「……………」

すると、ユーフォリアがニコニコと笑いながら駆け寄ってきた。
浩二は、傍まで来たユーフォリアの頭をガシッと掴む。

「………え?」

そして、満面の笑みをうかべてユーフォリアのコメカミをグリグリした。

「オ・マ・エの辞書には、安全と言う言葉がないんかーーーーーーっ!!!」

「た、たった今、ツールバーの所にある単語/用語に登録しました!
―――って、いたい! いたい! いたい! わーーーーん!
おにーさん。ごめんなさいいいいいーーーー!」

「………フン。これに懲りたら反省するように」
「うう~っ、おにーさんにキズモノにされた……」
「人聞きの悪い事をいうな!」

―――スパーン!

「あいたっ!」

ハリセンでどつかれて、頭を押さえるユーフォリア。
本来ならば、もう少し折檻をしたいところだったが、状況が状況なので、この辺りで許してやる。
そして、振り向き様にハリセンの先を二人の理想幹神に向けた。

「おい、神―――いや、神を気取ったスットコドッコイに、オタンコナス。
人間が来たぞ! 無力で、ちっぽけな人間が貴様等に挑みに来たぞ! コノヤロウ!」

「何者だ! 貴様!」
「人間だって言ってるだろ、このオタンコナス!」

そう叫んで浩二は『最弱』を棒の形態に変える。
頭を押さえていたユーフォリアも、浩二が構えたので自分も神剣を構えた。

「ユーフォリア。俺はオッサンで、おまえはジジイ―――いいな?」
「は、はいっ! 私はスットコドッコイの方ですね!」
「わかってるじゃねーか」

ニヤリと笑う浩二。

「一人はエターナル。もう一人は……
よく解らないが、神剣のマスターのようだな……誰だアイツは?」

「……そう言えば、ファイムを覚醒させた場所に居たの。あの男……」
「ああ。ファイムに一撃でのされた雑魚か」

やはり、そういう認識かと浩二は苦笑する。
もう、雑魚呼ばわりされるのは慣れたから腹も立たない。

「エターナルと言えども、たった一人で何ができる!
小娘め! 我が神剣『伝承』の力、思い知らせてくれるわ!」

「やれやれ。我等の想定外のイレギュラーか……」

二人の理想幹神は、それぞれの永遠神剣を構える。
エトルは球体の第四位永遠神剣『栄耀』を、エデガは杖形の第四位永遠神剣『伝承』を、
それと同時に、二人の身体から凄まじいマナが噴き出す。

自らの手で神の座を掴み取った二人の神―――北天神エトル。エデガ。

圧倒的な力の波動を全身に纏わせる二人を、浩二は怖いと思わなかった。
これなら、ベルバルザード一人の方がよっぽど脅威だったと。
彼と初めて出会った時の絶望感に比べたら、屁でもないと。

「―――ハッ……」

故に笑う。二年前の『最弱』に出会う前の自分が、今の自分を見たら何と言うだろうか?
神に挑む自分の姿など、想像もしていなかっただろう自分が。
けれど、きっとこう言う筈だ。自分が、斉藤浩二が困難を前にして言う言葉は……
昔も、今も、これからも―――きっと、一つなのだから。




「これぐらいの困難乗り越えて見せるさ! 俺に出来ない事は無い!」





***************************





「……よし」


天の箱舟が理想幹を覆う結界を破ってから10分後。
まだ、斉藤浩二とユーフォリアが理想幹神に強襲をかけるよりも先に、
異国の装束をまとう一人の少女が、精霊回廊よりこの地に降り立った。

「敵の目は全部、あの子達が引きつけてくれている……
今なら私は、誰の目にも触れられずに理想幹中枢までいけるわ」

その少女とは『光をもたらすもの』エヴォリアである。
浩二により、己を縛る枷の全てを外された彼女は、虎視眈々と理想幹に侵入する機会を伺っていた。
自分では理想幹を覆う結界は破れぬが、破壊神ジルオルの転生体である少年と、
あの不思議な神剣マスターを有する『天の箱舟』なる組織ならば、
何らかの方法で破ってくれる筈だと思い、理想幹へと通じる精霊回廊の中に身を隠していたのだ。

ベルバルザードが隣に居てくれたなら、また違ったかもしれないが、
自分一人では、あの二人の理想幹神には叶わない。ならば、彼等を倒せる者に倒させれば良い。
漁夫の利を狙うのは理想幹神の常套手段だが、今度は自分が漁夫の利を狙って理想幹神を滅ぼすのだ。

「……ギムス。力を……」

自分の神獣に呼びかけ、肉体強化を施すエヴォリア。
力が全身に漲ってくるのを感じると、彼女は一陣の風となって理想幹中枢を目指した。

「まずは、相克の神名を持つファイムを封じる」

彼等の主力であるジルオルを押さえるカードが、理想幹神の手に落ちたのは暁絶の世界で見ていた。
それを岩場の影から見ていた時は舌打ちしたものだが……
その後に起こった出来事に、まだ望みはあると思った。

ファイムの生まれ変わりである少女は、強力な支配力をもつ相克の力に逆らって見せたのだ。
エヴォリアは、洗脳の魔法を得意としている。そんな彼女だからこそ気がついた。
あの少女の意識は消えていない。ただ、深層心理の奥深くに眠らされただけだと。

完全に消滅させられて居ないのなら、それを覆すことはできる。
理想幹神が理想幹の力を使って相克を植えつけたのなら、
自分が同じように理想幹の力を使って、彼女を元に戻してやればいい。

それで、理想幹神のアドバンテージを無くせる。
ただ、問題なのは理想幹中枢に陣取るエトルとエデガの目を掻い潜って、
この工作を成功させられるかという所だが―――


「ぇぇぇぇぇ......」
「ァァァァァ......」


―――今しがた、自分の上を飛んでいった二人がなんとかしてくれそうだ。


「私の運が良い―――と、言うよりも……あの子達の運が良いのかもね……」


風が吹いていると思った。人知の及ばぬ大いなる力が風となり、
神の打倒を目指す者達に、追い風として吹いている。
自分には自分なりの目的があって動いているのだが……
考えようによっては、彼等の手助けをしている事にもなるのだから。

「思えば、凄い強運よね……」

勝つべくして勝つ戦いというのは、きっとこういう事を言うのだろう。
運命なんてチャチなモノではない、もっと大きな力が『天の箱舟』の帆を押している。
自分が何をやっても、どれだけの策を弄しても勝てぬ訳だと苦笑した。

自分達の敵は『旅団』などではなく―――
この、神の意思さえも押し返す、見えないチカラだったのだから……

思い返すほどに、彼等の行動は無軌道のように見えて意味を持っている。
自分が、強い神剣の持ち主であるダラバを手駒とするべく、
以前から工作をしていた剣の世界に『偶然』やってきて阻止する。
ミニオンの生産工場を置いた精霊の世界に『偶然』やってきて、工場を破壊する。
そのどちらか一つでも欠けていたら、魔法の世界での戦いは『光をもたらすもの』が勝っていただろう。

なのに彼等は、すべて『偶然』でこちらの布石を叩き潰し、魔法の世界の崩壊を阻止したのだ。
そして更に、暁絶の世界で、斉藤浩二なる少年が、消えかかる自分の前に『偶然』通りがかり、
自分を操る南天神の意思を払った結果―――今、自分はココにいるのだ。


「偶然も三度続けば、それはもう必然……
すべての出来事が、彼等の勝利を引きよせる布石となっている……
何なのコレ? こんなの相手に勝てる訳ないじゃない……嫌になっちゃうわ。もう」


勝利の女神なる存在がいるならば『天の箱舟』なる集団は、それに確実に愛されている。
そんなモノと戦わされた自分が可哀想だと思えてしまうエヴォリアだった。






******************************






「―――ペッ」


浩二は、血の混じった唾を吐き捨てた。

「流石は、神の座についただけの事はあるわ……アイツ」

魔法による攻撃が浩二に効かぬと知るや、すぐさま杖での直接攻撃に切り替えてきたエデガ。
メインの攻撃が魔法のみであったならば、浩二にとっては美味しい相手であったが、
彼は戦士としての技量も高く、ベルバルザード並の膂力を持っていた。

「フンッ!」
「ちいいっ!」

そして、間合いが離れると、すぐさま魔法攻撃を放ってくる。
浩二はハリセンの形をした『最弱』を横薙ぎに振り払った。


「このおっ!」


―――スパーン!


このとおり、魔法攻撃は『最弱』で消せるのだが、何故かエデガが魔法攻撃を放つたびに、
周囲のマナから根源力をごっそりと持っていかれる。これが浩二を苦しめていた。
何故なら、浩二が『最弱』に送るエネルギーは、普通の永遠神剣マスターと同じ根源力である。


―――では、根源力とは何か?


永遠神剣のマスターが神剣の力を行使する時は、周囲のマナを自身に取り込み、
そこから、魔法やら超常能力を行うのに必要な力を捻出するのだ。そして、その力こそが根源力。
神剣の力を引き出す工程は、反永遠神剣のマスターである浩二も変わらない。
周囲のマナを取り込み、自身の根源力に変えて『最弱』の力を引き出しているのだから。

「はっ、ぜっ、はっ―――」
『大丈夫か!? 相棒!』
「……ああ」

だが、理想幹神エデガの永遠神剣『伝承』の力は、周囲のマナから、
永遠神剣マスターが、力の行使に必要な根源力をごっそりと奪っていく。
なので浩二は、周囲のマナから微弱な根源力しか吸収できず、酸欠のような感じなのだ。

『来るで! 相棒!』

離れたと思ったら、再び接近戦。

「はああああっ!」
「ぐっ!」

ヒットアンドアウェイが理想幹神エデガの戦闘スタイル。
渾身の攻撃を一撃だけ叩き込んでは、その場に留まり打ち合うことをせず、
弾幕のように魔法を放って、再び距離をあけてくる。

「てめっ!」
「―――フッ!」

『伝承』の打撃を受け止めると、浩二は反撃に棒の形に変えた『最弱』を薙ぎ払うのだが、
その時にはエデガは魔法の弾幕を張りながら、後ろに飛んでいる。

単発の攻撃ならば避けることもできるのだが、雨のように降ってくる魔法から身を護るには、
『最弱』をハリセンの形に変えて、反永遠神剣の波動を放って掻き消すしかない。
広範囲に波動を放つには、本来の形態であるハリセンの状態ではないと無理なのだ。


「……解っちゃいたけど……」


自分の得物である反永遠神剣『最弱』は、戦闘向きの神剣では無い。サポート形の神剣だ。
そして、物量や数の多さで攻めてくる範囲攻撃に弱い。
消せない事はないが、反エネルギーを展開する範囲が増えるので燃費が悪くなるから。

それでも、普通の状態ならば問題なく防げる筈だった。
だが、今は戦場のマナから吸収できる根源力が枯渇状態なので、
全部自分の根源力を使って力を使わねばならないのだ。

「なんだよ……アイツの神剣……辺りのマナから根源力を全部吸い取っていくクセに、
自分はガス欠をおこしやがらねぇ……どーいう原理だ……クソ」

力の回復は微弱で、魔法の絨毯爆撃から自分と足場を護らねばならぬので、力の消費量は二倍。
なのに敵はノーリスクという理不尽なバトルフィールド。

消費量が二倍なので力の無駄使いはできず……
持久戦になれば、補給路を断たれたこちらがジリ貧。
これでは、無謀だと解っていても突撃するしか方法が無い。


「……けど、そんな無茶な突撃こそヤツの思う壺なんだろうな……」


エデガはきっと、今まで自分の前に塞がった敵を、この方法で打ち破ってきた筈だから。
こういう時にこそ、コレはという大砲があればと思う浩二。
だが、彼には世刻望が使う浄戒の力のように、一発で戦況を変えることのできる大砲が無い。

何故なら斉藤浩二の戦闘スタイルは、反永遠神剣『最弱』の特性で、相手の大砲を封じ、
敵を自分と同じ条件下に引き摺り下ろし、駆け引きや小技で相手と戦うモノなのだから。

―――事実。ベルバルザードはその手で倒した。

彼に『重圧』の能力で戦っても、霧散させられるので無駄だと思わせ、
純粋な技量の肉弾戦という自分のフィールドに引き摺り下ろして、彼を撃破したのだ。


「どうする? 考えろ。考えろ……」


エデガに直接攻撃と魔法攻撃で削られながらも、浩二は頭を最大限に回転させ、思考を巡らせる。
そして閃いた。今、ここに居るのは自分だけでは無い。
戦い方を変えるのだ。このように一対一と一対一という状態ではなく、
ユーフォリアと合流して二対二に状況を変えればいいのだと。


「ユー」


フォリアと、続けようとした所で、エトルと戦っている彼女の姿を見て止めた。
彼女はエトルを押していたからだ。空飛ぶ永遠神剣『悠久』に乗って大空を自由に飛び、
エトルの魔法攻撃を全部回避しながら、エトルを翻弄している。

絶の世界では理想幹神に一蹴された彼女だが、それは皆と行動を合わせるという枷があったからだ。
彼女と、彼女の永遠神剣『悠久』は連携プレーに向いていない。

ユーフォリアはエターナル。

力を合わせて戦うという術は、弱い存在が大敵に向かう為の戦術であり、
もう既にエターナルという一個の完成形である彼女を組み込むのは愚かである。
誰かと力を合わせて戦う時には、彼女は周りに力を合わせなければならないと言う事なのだから。

それに加えて、空を飛べる彼女の永遠神剣は、特に単独戦闘向きだ。
故に、自分が彼女と合流したら、ユーフォリアは地に足をつけて戦わねばならず、
最大の武器である機動性を奪うことになると言う事だ。



「……踏ん張りどころだな」



やはり、ここは一人で打開せねばならない。
先に思ったとおりに、望のように一撃で状況を引っくり返せる大砲―――必殺技や、
無くともユーフォリアのように自由に空を飛べれば、フィールドのマナなど気にしないで済むのだが、
どちらも自分には無い。そして、無いものを嘆いても仕方ない。
手持ちのカードで工夫してやっていくしかないのだ。

「おい、最弱……おまえに必殺技はあるか?」

『相棒が考えた、ワイを硬質化させてぶん殴る。
相手の防御を霧散させる一撃。100%直撃があるやんけ。
それは相棒が工夫して考えたワイの特性を生かした、立派な必殺技やねん』

何となく呟いた言葉に、自分の相棒である『最弱』は、何を馬鹿な事をと答える。
その一言で、浩二はハッと気がついた。

「ククッ―――」

ああ。なるほど……考えるのは自分の長所であると思っていたが、
どうやらまた、自分は考えすぎで空回りしていたようだ。

追い詰められて無闇に突撃するのは、エデガの思う壺だから危険だと―――

馬鹿馬鹿しい。それに当てはまるのは普通のヤツだけだ。
自分の神剣『最弱』は、たとえどのような罠があろうとも、
それが永遠神剣の能力であるならば、すべて霧散させられるのだ。
深く悩む事は無い。単純に、シンプルに―――突破して、殴りつけてやれば良いのだ。


「神に挑むは、愚かなる愚者―――」


自分でそう言ってた事を忘れていた。アレは全て計算で動くタイプ。
そんなヤツを相手に、こちらも計算で戦ったら、一日の長がある向こうに押さえ込まれるのは当然。
ユーフォリアがエトルを押しているのだって、彼女の神剣が空を飛べるからでは無い。
アレは計算などではなく、闘争本能だけで戦っているからだ。
それが予想外の動きとなり、エトルを翻弄しているのだろう。


「ならば、アホはアホらしく……ガムシャラにって事だな!」


斉藤浩二にとって、がむしゃらに突撃は負けフラグなので、今まで自重してきたが、
おそらく、今回に限っては吉。
計算して動くのではなく、全て閃きと思いつきだけで戦った方が良い。

「最弱!」
『はいな!』

浩二は『最弱』を再び棒の形態に戻して、構えをとった。
そこに魔法の弾幕が襲い掛かってくる。しかし、浩二は―――

「はああああああああっ!」

棒を風車のように回して、正面の魔法を防ぎながら突撃するのだった。

「なに―――っ!」
「ダッ!」

跳躍でエデガに迫れる距離まで近づくと、浩二は大地を蹴って飛ぶ。
エデガは、それに合わせるようにカウンターの魔法らしき光の槍みたいなものを左手に構えているが……

「効くかよっ!」

それは、ハリセン状態に変えた『最弱』で霧散させた。
カウンターを封じた今、エデガは無防備である。

「おおおおおおっ!」

浩二はそこに、ベルバルザード戦でも大活躍だった『最弱』のバンテージを巻きつけた右手で、
渾身のパンチをエデガの顔にぶち込んだ。


「ぐおっ!」


吹き飛ばされるエデガ。浩二は地面に着地する。
戦いが始まって、ようやく浩二の攻撃がヒットした瞬間だった。


「っ! よっしゃーーーーーー!」


思わずガッツポーズをする浩二。
そこに、吹き飛ばされながらも撃ち放ったのだろう、エデガの魔法弾が腹に直撃する。


「ぐおっ!」


―――浩二は吹き飛ばされた。


『またこのパターンかいな!?』
「うっ、げほっ……ごほっ、油断した……」


幸いなことに、意識を刈り取る程の一撃では無かったので、
浩二はゲホゲホと咳き込みながら立ち上がる。

『ああもう。うちの相棒は頭いいのか悪いのか……悪いんやろなぁ……
爆破的な集中力の後には、どうしてこう気が抜けるんやろ……』

それさえ無ければ、何処に出しても恥ずかしくない一流の戦士たりえる器なのにと、
浩二の神剣『最弱』は思わずに居られない。





「ふふっ。おにーさんだって、私と一緒じゃないですか」





そして、その光景を見ていたユーフォリアが、
浩二も自分の仲間だと言わんばかりに、空を飛びながら小さく笑うのだった。








[2521] THE FOOL 43話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:3127016c
Date: 2008/04/18 08:48




理想幹神エデガは、浩二の振るう打撃を『伝承』で捌きながら、じりじりと後退していた。
その額には汗がびっしりと張り付いている。気合と共に放たれる浩二の一撃は、全て重い。


「何なのだ! 貴様達は……一体なんなのだっ!」


自分が抱いた疑問。それは、エターナルの少女と交戦しているエトルとて同じであろう。
少し離れた場所で戦っているエトルも、浮かべる表情に余裕はなく、
必死の形相でエターナルの少女に何かを言いあっている。

「不可思議な神剣を持つマスターよ! どうして我等の邪魔をする!」

「おまえ等が、好き勝手やってるのが気に食わないからに決まってるだろ!
俺達はオマエの玩具なんかじゃねーんだぞ!」

「今までこの世界を管理してきたのは我等!
この時間樹が、今もなお健在であるのは、我等の今までの努力があっての事!
なのにどうして逆らおうとする。貴様は、今、誰に剣を向けているのか解っておるのか!」

「管理だぁ? なら、どうして世界を滅ぼす!」

「大事の前の小事。止まる事無く増える付ける時間樹の枝葉……
それを、伸びるがままに任せておけば、やがてこの時間樹は枯渇するのだぞ。
全てが滅ぶくらいなら、この理想幹のみを残し……
ここに理想郷を作ると決めた我等に、何の間違いがある!」

エデガは渾身の力を使って『伝承』に力を送り込むと、
煩い羽虫のようにまとわりついてくる浩二を、全身から放つ波動で吹き飛ばした。

「―――ぐわっ!」
『相棒!?』
「目先の事しか見ぬ貴様等に! われ等の何が解るっ! 控えろ! 下郎がっ!」

叫び、エデガは永遠神剣第四位『伝承』を振りかざす。
理想幹神。神の座まで、己が実力で上りつけた男の気迫が、マナの嵐を引き起こすのだった。


「……世界の為だぁ? 仕方ないから他の世界を切り捨ててるだぁ?」


浩二は立ち上がる。反永遠神剣『最弱』を杖にして立ち上がり、獰猛な色の瞳をエデガに向ける。
そして、エデガと目が合うと、鼻で笑った。

「―――ハッ。さも大儀は自分にあるって顔しやがって……この大嘘つきが」
「何だと!」

「テメーの顔は、ベルバルザードやエヴォリアとは違う!
仕方なくで世界を潰してるって顔じゃねぇ! もっと、生々しい野心があっての事だろう!」

自分の友人である暁絶の故郷を、ジルオルである望を狙わせる為だけに滅ぼした理想幹神が、
仕方なくで世界を動かしている訳が無いと思う浩二。
似ているから。自分本位で全てを考え、利用できるか出来ないかだけで他人と付き合っていた、
つい数ヶ月前の自分と、彼等は同じ思考の持ち主だと思ったから、理想幹神の言葉は嘘だと思った。

「善人ヅラして、時間樹の為なんてヌカしてんじゃねーよ!
全部自分の為だろうが! 俺が下郎なら、おまえは下衆だ!
望達と戦わせるには、テメェら二人とも汚すぎる……テメェの相手が俺でよかったよ。
互いに汚いゲテモノどうしで、エゴのぶつけ合いするんだからなぁ!」

叫び、浩二は反永遠神剣『最弱』に、エネルギーを流し込む。
根源力は相変わらず微弱にしか吸収できないが、足りない分は自分の想いで補う。
神剣の力は、想いの力に比例するのだから。

「下衆だと。我の考えが、エゴだと―――ならば、貴様は何の為に戦っておるのだ!」

憎悪の表情をうかべて浩二を見るエデガ。
そんな様子の理想幹神に、浩二はもう一度鼻で笑った。


「エゴだよ! 俺の目的、俺の夢、俺の幸せ……それだけの為に俺は戦っている!
大儀や理想なんかの為じゃねぇ、全部私欲だバカヤロウ!」


浩二は、自分が清廉潔白な人間ではないと自覚している。
世刻望のように、見た事も聞いた事も無い『何処かの誰か』を護るために戦うなんて言えない。
こうして『天の箱舟』の一員として、神剣を振るっているのは、ただの巡り会わせだ。
戦うと決めた時。出会ったのが世刻望でなければ、今頃はきっと別の自分だっただろう。

けれど、自分は出会ってしまったのだ。力無き人全てを護りたいとか夢物語をヌカす大馬鹿野郎に。
そしてそんな大馬鹿野郎と、その仲間達を好きになってしまったのだ。
見ず知らずの誰かの為には戦えないが、好きだと思える人の為なら戦える。

自分の周りが幸せであるのなら、自分もきっと幸せになれるだろうから―――

その考えが、斉藤浩二のスタンダードである。
見ず知らずの誰かの為に戦う事になっている今の状況は、ただの巡り合わせに過ぎないのだ。
故に彼は言う。自分の為だと。私欲であると。自分が幸せでありたいから、誰かの為に戦うのだと。



「おおおおおおおおっ!」



腰を落とし、棒の形に変えた『最弱』を構えて気を放つ。
思い描くのは、赤い防具に身を包んだ戦士の姿。ベルバルザード。
それは、越えると誓った目標。最強の敵だった男。

―――証明してみせる。

彼の技が、戦いにかけた信念が、こんなクソッタレに及ばぬわけが無いと。
五分の条件で戦ったのなら、理想幹神だろうと打倒できた事を……

「くたばれっ! 神よおおおおおおおっ!!!」

叫びと共に浩二は駆けた。エデガが放つ魔法の弾幕をその身に受けながらも、
異様な輝きを放つ瞳を閉じる事無く、一直線にエデガに突進していく。

「くっ!」

エデガは魔法障壁を展開した。

「っ! あああああああっ!」

しかし、浩二の神剣―――反永遠神剣『最弱』の一撃は、
強大な力を行使する神に、せめて一太刀をと願った力なき人々の願いが具現化したモノ。

「なに―――ッ」

故に突破する。いかに神剣の守りが強固であろうとも、
幾百星霜の時の流れの中で集った、星の数よりも多いヒトの想いは―――




―――ドズンッ!




神剣の防御を霧散させる、神の奇跡を否定するヒトのツルギなのだから……


「ゴホ―――ッ!!」


浩二の神剣に左胸を貫かれ、エデガは口から吐血を吐く。
そして、ギラギラと輝いた瞳で自分を見上げている少年に、驚愕の表情を見せた。

「そんな……馬鹿な……ありえ……ない……我が……負ける?
こんな……何処の馬の骨とも……ゲホッ。知れぬ……ヤツに……」

「…………」

「何……なのだ、貴様―――は……いったい―――うぐっ!」

エデガの胸を貫いた『最弱』を引き抜くと、浩二は刀身に滴る血を振り払って飛ばす。
それと同時に、支えをなくしたエデガは前のめりに倒れこんだ。
倒れ伏すエデガをじろりと見下ろし、浩二は呟く。

「……人間だ……おまえ等が虫けらのように踏み潰してきた人間の一人だよ……」

浩二は神剣に力を送り、刀身に染み付いた血を消す。
そして、形状を元の形であるハリセンに戻すと、それを腰に挿した。

「ニン……ゲン……」

エデガは、未だに信じられないという表情を浮かべながら、光の粒子となって消えていく。
それを見下ろして眺めていた浩二は、ぼそっと小さな声で呟いた。

「……なぁ、最弱……」
『……ん? 何やねん』

「……俺、もしも……望達に出会わなかったら……
コイツと―――理想幹神と同じヤツになってたと思うか?」

『……それは』

「……すまん。忘れてくれ。ベルバルザードの時と違ってさ……
後味が悪かったから……つい、馬鹿な事を言っちまった」




言葉に詰まった様子の『最弱』に、浩二は苦笑を浮かべるのだった






********************





「浩二っ!」
「……ん? ああ、望か……」

世刻望が声をかけると、ぼうっと立ち尽くしていた斉藤浩二は振り返った。
浩二は、望の後ろにいる槍をもった少女―――永峰希美の姿を見ると、小さく笑う。

「……その様子じゃ、上手くやったみてーだな?」
「ああ。みんなのおかげだよ」

笑顔で答える望の横を通り過ぎると、
どんな顔をしていいのか解らないといった様子の希美の前に立つ。

「……あのっ、私! みんなに、迷惑かけて、その―――え?」

そして、言葉を詰まらせながら何かを言おうとしている希美の頭に手を置くと、
おかえりと一言だけ言って、頭をポンポンと叩いた。

「おまえに借りていた小説。下巻が借りられなくて困ってたんだ。
まさか、女の子の部屋に無断で侵入して本を借りてく訳にもいかねーし」

「……浩二くん」

「さーて、望。みんな、体力と気力はまだ尽きていないな?
理想幹神も、残るはあのスットコドッコイのジジイだけ。
アイツを倒して、あの時できなかった祝勝会を今度こそやろうぜ!」

明るい声で言う浩二に『天の箱舟』のメンバー全員が驚いた顔をする。 
浩二が言った、残る理想幹神は後一人という言葉に驚いているのだ。

「斉藤……あと一人って……まさか―――」

「ああ。あのオタンコナスの方は俺が片付けた。
多少は苦戦したが、まぁ……俺にできない事なんてないからな」

「嘘ッ!」
「いや、ホントですって。沙月先輩……その証拠に、ヤツの気配感じないでしょ?」

あの強大なマナの波動を放った理想幹神を、
たった一人で倒した事が信じられないという顔をしている沙月だが、確かにエデガの姿が何処にも無い。
エトルの方は、少しはなれた場所でユーフォリアと交戦しているが、エデガの姿は何処にも無いのだ。

「じゃあ、本当に……」
「ええ」

ニッと笑う浩二の顔をみながら、沙月はほうっと溜息を吐いた。
本当に彼は強くなった。始めはミニオン一体さえも倒せずに、自分や望がフォローしていたのに……
気がつけば彼は、自分を追い越す程に強くなり、自分達を支えてくれている。

恐るべき成長力だと思うと同時に、それも当然かと思う自分が居る。
何故なら彼は、このメンバーの誰よりも修羅場を潜っている。
危険な位置に立ち続け、それでも自信に満ちた表情で、諦めずに、怯えずに……
自分に出来ぬ事は無いと言って、恐ろしいほどの前向きさで乗り越えてきているのだから。

「よし。それじゃあ残る敵は、あのエトルってヤツだけだな!」
「うう~っ、私の心を弄んでくれて……絶対に許さないんだから」
「……これで、全てが終わるのですね……」
「ボクも、がんばっちゃうよー!」

望が神剣を構えると、希美とカティマ、ルプトナが続く。

「本来なら、二人とも俺が討ち取ってやりたかったんだがな……」
「いいじゃない。暁くん。結果オーライって言うでしょ?」
「……フフッ」

絶は、苦笑しながら『暁天』の柄を握り、沙月が笑う。
サレスは、そんな彼等の様子を見て微笑をうかべていた。
そして、最後に浩二が自分の神剣を抜こうと手を腰に持っていこうとした瞬間―――

「よっし、最後の一分張りだ。俺達も行こうぜ最―――」
「ちょーーーっと、待ったーーー!」
「―――おべっ」

浩二はナルカナに襟首を掴まれて、引っ張り倒された。

「げほっ、ごほっ、何を……」

「アンタはお留守番。立ってるのさえやっとのクセに、
フツーに戦闘に加わろうとしてるんじゃないわよ!」

そう言って、下から見上げる浩二を睨むナルカナ。

「ハハハ。ご冗談を……俺はまだまだいけ」
「シャラップ! 黙りなさい!」

浩二は何かを言いかけるが、それはナルカナの言葉にピシャリと遮られる。
そして、問答無用とばかりにその首筋にチョップを打ち込んだ。

「―――ていっ!」

―――トンッ!

「ぐあっ!」
「な、浩二!? おい。ナルカナ! 何を……」
「望。この馬鹿……自分じゃ気づいてないけど……マナが尽きて、半分死んでるわ」
「……え?」

「けど……今なら生の方に引き戻せる。
でも、この馬鹿をこれ以上戦わせたら、戦いながら死ぬわよ」

そう言って、ナルカナは気絶した浩二に手を当てる。
そして、その手を輝かせると、回復の魔法を心臓部にあてた。

「コイツ―――戦士としての素質は、超一流ね。
戦士の領域……生と死の狭間に片足を突っ込んで、
こんなにも意識をハッキリとさせていられるんだから……」


戦士の領域―――


それは、超一流のスポーツ選手や、格闘家達が稀に辿り着く事のできる、
ヒトの限界の向こう側の事である。

本来。力の限界とは自分が思っているよりも上限が存在する。
体力が尽きると、普通の人間ならばそこが限界だと身体がセーブするのでへたばってしまうが、
強靭な精神力で限界の壁を乗り越えると、不思議と力を取り戻すのである。

その状態にある時、その人間は半分死に足を突っ込んでいる。
最後に一瞬だけ、激しく燃え上がる蝋燭の輝きなのだ。
半分死んでるから、身体が壊れるのを防ぐためのリミッターが解除されている。
半分死んでるから、余計な事を考えずに精神と五感が研ぎ澄まされている。

純粋に、闘争本能だけで身体を動かしている状態を、ナルカナは戦士の領域と呼んでいるのだ。
それを説明してやると、望はごくりと唾を飲み込んだ。

「……それで、浩二は、大丈夫なのか?」
「今なら何とかね……」

死んだように眠る浩二を見て、ナルカナは凄まじい精神力と自我だと思った。
これ程の精神力と自我を持った人間は中々いないだろうと。

「そういう訳で、この馬鹿はナルカナ様が見ていてあげるから、
望達は、ちゃちゃっとエトルを倒してきなさい」

ナルカナがそう言うと、望は大きく頷く。
それから皆の顔を見渡すと、力強く行くぞと言って走っていった。
その背中をしばらく見つめるナルカナだったが、
視線を落とすと眠る浩二の顔を見てポツリと呟くのだった。

「確かにコイツ……素質と才能は、凄いものをもってる。
もしかしたら、望よりも上かもしれない……
けど、それは……私が求める強さじゃない……」

越えなければならない壁があるとする。しかし、今の自分の力ではとても越えられない。
けれど、命と引き換えなら越えられると言われたら、彼は迷わずソレを選んで飛ぶだろう。
斉藤浩二なる少年が、自分のマスターになれば、そう遠くない未来にローガスに届くかもしれない。
だがきっと、その戦いの後に間違いなく死ぬ。


似ているから―――


かつて、カオスエターナルの重鎮。
知識の呑竜ルシィマにまで手の届いた、一人の人間に彼は似ているから。

その時、ルシィマはエターナルでは無かったが、それでもエターナルクラスの実力を持った竜人だった。
力を持て余すが故に星を、世界を壊して回っていた彼に、戦いを挑んだ一人の人間。

どれだけ叩き潰されようとも、負けようとも、不屈の闘志で立ち上がり。
無い力を振り絞り、知略を駆使して何度も戦いを挑み。
最後には星を貫く巨大な槍なんてモノを持ち出し、命をかけて……
ただのヒトでありながらエターナルと同等の実力を持つルシィマを貫いた人間に彼は似ている。
故に、力は及ばずとも、もしかしたらと思う。でも―――




「死の恐怖というブレーキを無くした力なんて……
待ってるのは、破滅だけなんだから……」




そう呟くナルカナの瞳は、哀れみの色を宿していた。





*********************






「……あーあ。なっさけねーの……また気絶かよ……」



意識を取り戻した斉藤浩二は、棒の形にした『最弱』を杖にして、
少し離れた場所で戦う望達を見ていた。
自分はこの通り、ドロップアウトしたが、今も戦っているユーフォリアは、
ナリはあれでも、流石はエターナルという超戦士なのだなと認めざるを得ない。

「ほら、アンタ。まだ治療は終わってないっての。こっち向きなさい」
「え―――って、ぐおっ!」

首をグキッと捻られて、悲鳴をあげる浩二。
浩二の首を捻った声の主―――ナルカナは、少しイラついた顔をしていた。

「いててて……」

「だから、このナルカナ様が、恐れ多くも直々に、
その痛いのを治してあげるって言ってるんでしょうが!」

そう言って、何やら緑色に光る掌を翳すナルカナ。
その暖かな光は、浩二の傷を癒し、疲労を和らげる。
治療してくれるなら、もう少し優しくしてくれればいいのにと思ったが、それは口にしないでおいた。
彼女が色々と厄介な性格である事は、その行動と言動で察していたから。

「でもアンタ……本当に偉いカミサマだったんだなぁ……」

そう呟く浩二の視線は、望と共に戦っている希美に向いている。
彼女は、完全に自分を取り戻したかのように、永遠神剣『清浄』を理想幹神に振るっていた。

「………アレ。私がやったんじゃないわよ……」
「え?」
「だーかーら! アレは私が元に戻したんじゃないって言ってるの!」

「……嘘。じゃあ、何で元どうりになってんだよ?
相克の神名は強力で、その支配力から逃れる事はできないって―――」

「知らないわよ。戦っていたら、急にガックリと膝をついて……望ちゃん? だもの!
これじゃ私、何のために付いてきたの? ねぇ!」

ねぇと言われても、返答に困る浩二。

「本人は、愛の力が奇跡を起こしたとか世迷い事をヌカシてるけど……
相克に意識を封じられていても、望が自分を呼ぶ声は聞こえてたとか……
そんなのでいいの? それで元に戻っちゃう訳? ねぇ!」

その後も、ナルカナは納得いかねーだとか、ぎゃらっしゃーだとか、
意味不明の叫び声をあげていたが、関わり合いになりたくない浩二は、そっと傍から離れようとした。

「待ちなさい!」
「いや、回復した訳だし……そろそろ戦列に戻ろうかと」
「今の貴方が戻った所で足手まといになるだけよ」
「盾ぐらいにはなるさ」
「それが足手まといだってーの!」

浩二がそう言うと、ナルカナはムッとした表情を見せて、浩二の手から『最弱』を奪い取る。
そして、ハリセンを思いっきり浩二の頭に叩きつけた。

「ぐおっ!」

スパーンと響く快音と共に、浩二が前のめりに倒れる。

「あら? いい音するじゃないコレ。気に入ったわ。くれない?」
「やれる訳無いだろう!」
「ぶーーーっ」

頬をリスのように膨らませるナルカナ。
浩二は、これで第一位神剣の化身というのだから恐れ入ると思った。

「まぁ、でも……これで理想幹神もおしまいね。
私が出てくる意味無かったような気がするけど……
結果オーライだしね。よしとするわ」

「おい。まだ勝った訳じゃねーだろ。勝利宣言は早いんじゃねーか?」

そんな事を言ってる間に、エトルの神剣で望が吹き飛ばされていた。
それを絶が受け止めてフォローしている。他の皆も、今までと動きが違っていた。

「なぁ、アンタ」
「……ん?」
「望達にどんな魔法をかけた? みんな、強くなってねぇか?」
「……ああ、それね」

ナルカナは、コホンと咳払いする。

「えーっと、アンタ達のコミュニティー『天の箱舟』だっけ?」
「ああ」
「みんな仲いいでしょ?」
「そうだな」

「だからなんでしょうね。あのルツルジの転生体の世界で、
貴方達がエトルとエデガの二人にボコボコにされて、希美を攫われたのは」

そこでふうっと溜息をつくナルカナ。

「ログで状況を知ったナルカナ様の聡明な頭脳は、すぐに気づいたわ。
ホントならみんな、もっと力を出せた筈なのに、みんながみんなを庇いあってるものだから、
全員が全員。自分の全力が出せていないってね」

「…………」

「だからね。それを気づかせる為に、私は原点に戻る試練を与えたの。
仲間という枷がなければ、自分はこんなにも自由に動けるんだって。
戦ってもいい。逃げたっていい。隠れたっていい。そんなふうに全ての選択肢を返してやって……

自分には何が出来るか、出来ないかを認識させたの。
そうすれば、また集団戦になった時に、自分の役割ってのがおのずと見えてくるモンでしょ?
そして、個人がベストをつくせば連携なんて後からついてくるものよ」

「へぇ……」

ナルカナの言葉に、浩二は感心していた。
あの、一見お遊びかレクリエーションみたいな試練に、このような真意が隠されていたとはと。
普段の言動はアレだが、やはり戦いとは何たるかを知るツルギの化身なのだと。

「じゃあ、もしかして俺の布教活動にも―――」

「ああ。アレは特に意味は無いわ。
社の裏庭で、時深と話してるのを聞いてて……
コイツ面白そうだからやらせてみようって思っただけ」

「……なぁ、殴っていいか?」
「100倍にして返されるのを覚悟の上ならどうぞ?」
「それじゃ―――」


―――スパーン!


「いったー!」

ナルカナとしては、第一位神剣の化身たる自分に喧嘩を売れるものなら、
売ってみろという脅しもかねて言ったつもりなのだが、
浩二はまったく怯みもせずに平手で彼女の頭を引っぱたいた。

「人の話を盗み聞きしていた件と、俺をおちょくった件から、
今の治療してくれた件を引いたら……まぁ、おつりはこんなモンだろ?」

「あんたねぇ……この私に喧嘩売るつもり?」

「俺は、理不尽な事をするヤツがいたら、全力で抗うよ。
仕方ないなんて言って自分を誤魔化したくないからな」

「………へぇ……たとえ、それが自分よりも圧倒的に強い存在でも?」

「現時点で負けているのなら、追いついてやるさ。
俺にはそれができる筈だから。できない事なんて無いんだから」

『ククッ……第一位の神剣を前に、よく言うわ……ホンマ』





――― 俺に出来ない事は無い ―――





彼の神剣。反永遠神剣『最弱』は、浩二のその言葉が大好きだった。
不可能は無いと、できない事なんてないと……
世界からすれば、ちっぽけな存在に過ぎないヒトが、
俯かずに、怯えずに、胸を張って自分という存在を信じている。

奇跡、逆転、可能性―――

それらの言葉を引き寄せるのは、諦めない心であるのだから。
絶対強者たる永遠神剣に抗う、ヒトの想いより生まれし反永遠神剣は、
浩二がそんな諦めない心の持ち主であるから、彼をマスターに選んだのである。

『離してくれまへんか? ワイは相棒の神剣やねん』
「―――っ!」

『最弱』を握っていたナルカナが、反永遠神剣の放つ反逆の波動に、思わず手から落としてしまう。

「よっと!」

浩二はそれを落下中に掴み取ると、さっと腰に挿した。
その後、手を押さえているナルカナを見つめる。
そして、笑いながらこんな事を言うのだった。






「アンタと出雲の皆には、色々と世話になった。できる事なら敵対はしたくない。
だから、俺がアンタを嫌いになるような事はしないでくれ。
……最近、好きだと思える人が増えてきて、色々と人生観が変わってきたんだからさ」









[2521] THE FOOL 44話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:e215609e
Date: 2008/04/25 08:12





「ハッ!」



絶の振り払った居合いの一撃が、理想幹神エトルの左手を斬り飛ばした。

「ぬがっ! ぐうッ―――くぅ……」

ユーフォリアだけでも手こずっていたというのに、エデガは浩二に倒され、
切り札であったファイムは、どうやって元に戻したのか解らないが取り返されていた。

更には、合流してきた望達『天の箱舟』の永遠神剣マスター達に、
周りを取り囲まれ、エトルは状況が最悪である事に歯噛みする。

「まさか……今まで中立を保っていた……
あの方までもが、おまえ達の味方をするとは……」

エトルの視線は、離れた場所で浩二の治療をしているナルカナを見ていた。

「……エトル……退場する時が来たのだ……
いつまでも古い妄執にかられ、最後まで省みる事の無かった、我が古き友よ……」

そう言ってサレスが自分の神剣『慧眼』を構えると、
エトルはナルカナから視線を移し、憎悪の表情でサレスを睨みつける。

「黙れ! この裏切り者が! 我が理想……この程度で終わるものか!」
「……裏切り者?」

カティマが首を捻る。

「その事については、全てが終わった時に話そう。カティマ・アイギアス。
それよりも、今は戦いに集中しろ。完全に息の根を止めるまでは、何をしてくるか解らんぞ」

「あ、はい!」

集中が途切れかけたカティマを嗜めると、サレスは『慧眼』に力を籠める。
そして、本の形をした『慧眼』のページを数枚破りとると、それを投げつけた。

「むうっ!」

エトルはそれを避けようと、高く上空に飛ぶ。

「そっちに行ったぞ! ユーフォリア!」
「はいっ―――逃がしませんっ!」

しかし、空には『悠久』の上に乗ったユーフォリアが待ち構えており、
そのまま突撃してエトルを吹き飛ばした。

「ぐうっ!」

エトルは空中でキリモミ回転しながら落下していくが、
地面にぶつかる瞬間。神剣を翳して空間跳躍を発動させ、離れた場所に着地する。

「逃がすかっ!」
「えーい!」

しかし、その時には望とルプトナが併走して疾駆していた。
駆け抜け様に薙ぎ払われる浄戒の一撃と、頭部を狙った『揺籃』の蹴り。

「ええい! しつこいわ!」

そんなモノをくらっては堪らないとばかりに、再び空間跳躍。

「―――ちっ、またソレか!」

今やエトルは完全に追い込まれていた。
サレスが指揮を執っているというのもあるのだろうが、
全員の動きが暁絶の世界で戦った時よりも、格段に上がっている。
驚くべきことに、ログの情報から弾き出した戦闘能力を、全員が上回っているのだ。


「……何故。このような事に……」


血が出るほどに唇を噛み、斬られた左手を忌々しそうに見る。
自分の計算は完璧であった筈なのに、それは見事に覆された。

動きが洗練されているぐらいの誤差ならば、修正もできたであろうが……

ユーフォリアというエターナルと、訳の解らない小僧が邪魔をしてきて、
極めつけはナルカナという、真の神が介入してきた。
ここまでのイレギュラーが発生すれば、計算など最早何の用も成さない。


「……こうなれば、奥の手を使うまでよ!」


だが、エトルはまだ諦めては居ない。
研究に研究を重ね、実用化の目処がたった切り札があるからだ。

「ふんっ!」

エトルは神剣の光弾を天空に放った。
それと同時に、地から湧き出たように50体を越えるミニオンが出現する。
無軌道に空間跳躍をしているように見えて、エトルはこの場所へと誘き寄せていたのである。

「伏兵だと!?」

「慌てるな。三人一組で陣を組め!
ミニオンの50や60など、慌てず対処すれば敵では無い!」

突然の伏兵に『天の箱舟』のメンバーに動揺が走ったが、
すぐにサレスの号令が走り、言われたように三人一組に固まる。
そこにミニオンが襲い掛かるが、それは次々と『天の箱舟』のメンバーに撃破されていく。

「フン。ミニオンなど足止めにすぎんわ……」

この地に敵を誘き寄せたのは、伏兵で倒そうと思ったからではない。
一番の要注意人物であるナルカナから離れ、時間稼ぎをしたかったのである。

「フッ―――かあっ!」

目を大きく見開き、右手を虚空にかざすエトル。
すると、腕を翳した場所に闇が集っていく。
収束していく闇は、だんだんと人の形に変わり始めていた。

「……お、おお……」

闇の中に浮き上がった人の形はエデガ。
集ってくる闇が形を作る程に、彼は喚起の声をあげていた。
浩二に倒され、マナの粒子となった身体が修復されていくのだから。

「エトルよ……助かったぞ……」
「なに。礼を言われるような事はしとらん」

礼を言ってくるエデガに、深いシワが刻まれた頬をニヤリと歪めて答えるエトル。

「貴様は生まれ変わり、我が僕となるのだからな……」
「―――何っ!?」
「彼奴めを核とし、集え! ナル化マナよ!」

グッと握り締めた右手をエデガにむけるエトル。
それと同時に、エデガが声にもならない絶叫をあげた。

「……なっ!? グガ―――っ、エトル……エトルぅ……
貴様、この我を……駒にするつもり……あがっ、が、が、が……
があああああああああああぁぁぁぁぁああああああ!!!」

「まさか! ナル化マナだとっ!」

戦いながらも、理想幹神の様子を見ていたサレスは血相を変えた。

「いかんっ!」
「サレス!?」

そして、一人で飛び出していく。
堅牢なフォーメーションの中から、一人だけ飛び出したサレスに、
ミニオン達の攻撃が集中するが、彼はどれだけの砲火を浴びても倒れる事無く突進していく。

「無茶よ。サレス! 戻って!」
「サレスーーーッ!」

沙月と希美が叫ぶが、サレスは止まらない。

「はああああああっ!」

魔法攻撃を全身に受けながらも、ありったけのマナを『慧眼』に注ぎ込む。
そして、サレスは―――それを走りながら振りかぶり………


「まにあってくれ!」


―――エトルとエデガに向かって投げつけるのだった。


「なにぃ!?」


まさかサレスが無謀とも思える突撃の後に、
自分の神剣を投げつけてくるとは夢にも思わなかったので驚愕するエトル。
エトルとエデガの眼前まで飛んできた『慧眼』は、そこでパカッと本が開かれ、
凄まじい光と共に、全てを吹き飛ばさんばかりの波動を放った。

「ぐわあああ!!!」

吹き飛ばされるエトル。

「……やった……かっ……」

それと同時に、永遠神剣を手放した事により、
神剣の防御を失ったサレスは、ミニオン達の魔法攻撃の前に沈む。

「サレス!」

そこに望が駆け寄り『黎明』の力で周囲を護る障壁を展開した。
他のメンバーは、フォーメーションを解いて散会し、
サレスを庇っている望を狙うミニオン達をなぎ払っていく。

「どいて、望ちゃん!」

そこに希美が駆け寄ってきて、回復の魔法をかけた。

「……っ、うっ……」
「サレス!」
「良かった。死んでない……」

絶対に死なせるものかと、ありったけのマナを使ってサレスに回復の魔法をあてる希美。
そこに、空を飛んできたユーフォリアがすたっと着地して神剣を構えた。

「望さん! 防御は私がやりますから、望さんも回復の魔法を」
「サンクス。ユーフィー!」

礼を言って、自分も白い光をサレスにあてる望。
ユーフォリアは、うつぶせに倒れているサレスをチラリと見て呟くのだった。





「望さんはパパに似てるけど……
サレスさんは、おにーさんに似てるよね? ゆーくん。
あれ? それとも、おにーさんがサレスさんに似てるのかな?」






***********************






「なんじゃ! ありゃあああああああ!!!」


斉藤浩二は、ありったけの声で叫んだ。
信じられない光景が展開されたからだ。自分がやっとのおもいで倒したエデガが、
何をどうやっているのかは解らないが、再生されていくという悪夢のような光景に。

「復活とかって―――ねーよ!」

そんな能力酷すぎる。いくら神の剣―――永遠神剣が奇跡の塊のようなツルギとはいえ、
まさか死者を復活させられる能力まであるなんてあんまりだ。

「落ち着きなさい!」
「ぐおっ!」

取り乱す浩二を、後ろからヤクザキックで蹴っ飛ばすナルカナ。
浩二は、地面に顔面からヘッドスライディングをした。

「いててて……何しやがる!」
「アンタがぎゃーぎゃー喚くからよ」

ナルカナはそう言うが、恐らく浩二が取り乱してくれなかったら、自分の方が取り乱していた。
まさか理想幹神達がナル化マナまで使ってくるとは思わなかったからだ。

「行くわよ!」
「……あ、おう」

静観している場合ではなくなったと、ナルカナは疾風のような速さで駆けていく。
浩二は制服の袖で顔を拭くと、その背中を追うのだった。
そして、二人で望達の所に駆けつける。

「邪魔よ! アンタ達!」

その際に、望達を取り囲んでいたミニオンがいたが、
それはナルカナが腕を払うと同時に巻き起こった巨大な真空の刃が薙ぎ払った。

「うっは―――すげ!」

一撃で数十対のミニオンを薙ぎ倒したナルカナに、浩二は驚愕の声をあげる。
いくら下位神剣しか持たぬミニオンとはいえ、腕の一振りでアレはねーだろうと。
本気を出したら、いったいこの女はどれ程の強さなのだと。

「望っ!」
「おい、サレスは無事か!?」
「ナルカナ! 浩二っ!」

自分達がここに向かう途中に、無茶をして倒されたサレスの元に、ナルカナと浩二は辿り着く。
浩二は、倒れ伏しているサレスの顔を覗くと、無事である事を確認してホッと息をついた。


「くう……まさか、捨て身の攻撃をしてくるとは……」


サレスの攻撃を受け、それでも死んでいなかったらしいエトルは、
体をよろよろとさせながら起き上がってくる。

「チッ。くたばり損なったのね」

舌打ちするナルカナ。
その手には凄まじい魔力を圧縮したような光の玉を持っている。

「ハァ……ハァ……途中で邪魔され、完成形とはいかなんだが……」
「黙りなさい!」
「ぬうっ!」

息を切らしているエトルに、ナルカナが光の玉を投げるつける。
しかし、エトルは最後の力を振り絞って空間跳躍をして逃れた。

「逃がすか!」

望がそれを追いかけようとする。

「待ちなさい!」

しかし、それは行く手を遮るように振られたナルカナの手に止められた。

「でも、このままだと逃げられる―――」

「あんな、くたばり損ないのジジイなんかよりも、今はアレを何とかするのが先よ!
ほかっておくと、辺りのマナが全て飲み込まれてしまうわ」

「……わかった」

普段の様子とは違う、真面目な雰囲気のナルカナに、
望はエトルを追撃するのをやめて、神剣を黒い塊に向ける。
その黒い塊は、かつてエデガであったモノの成れの果てであった。

「……最弱……オマエ。アレ消せるか?」

それを見ていた浩二は、腰の『最弱』に声をかける。

『え? あ、えっと……理論的には……って、まさか』
「よし―――」
「……よし。じゃない!」

―――ゴスッ!

「ぐわっ!」

ナルカナに再びヤクザキックをくらって、
もう一度顔面ヘッドスライディングを決行する浩二。

「アンタね! 死ぬつもり? これ以上無理をしたら本当に死ぬわよ!」
「ハッ。この俺が死ぬものか! 俺にできない事は―――」

「ある!」


―――メキッ!


「なぶべっ!」

いつもの台詞を途中で「ある」と遮られ、頭を踏まれる浩二。
浩二は愉快な悲鳴と共に、もう一度地面と熱い口付けをする事になった。
ミニオンを全て片付けて、この場所に集ってきた『天の箱舟』のメンバー達は、
何ともいえないような、引き攣った笑みを浮かべている。

「……望」
「あ、えっと……何?」
「特別に私が力を貸してあげる。感謝しなさい」
「力を貸すって―――うわっ!」

望が力を貸すとはどういう事だと言い掛けた時、ナルカナの全身が輝いた。
辺り一面を覆うほどの強烈な白い光に、全員が反射的に目を閉じる。

「……っ、これは……」

光が収まり、眩んだ目を恐る恐ると開くと、望の前には一振りの剣が浮かんでいた。
その剣こそ、十位から始まる永遠神剣の頂点に立つ第一位の永遠神剣『叢雲』
ナルカナと呼ばれる少女の真の姿であった。

宙に浮かぶ『叢雲』は、ただそこにあるだけで、全てを圧倒する存在感を醸し出し、
白銀の刀身には一切の汚れ無く、誰の目にもそのツルギは神秘の塊であると理解させた。
望は立ち尽くしている。否―――望だけではない。
全員が息をするのも忘れるほどに、この凄まじい美しさと力の波動を放つツルギに魅入られている。


『……さぁ、手に取りなさい』


ツルギが喋った事により、止めていた息を吸い込み、大きく吐く望。
それは皆も同じだったようで、呼吸をするという行為を思い出したかのように呼吸をしていた。

「これが、叢雲……」

呟きと共に歩みを進める望。
今から自分は、触れてはいけない神聖なるモノに手を触れるのだと思いながら。

「第一位永遠神剣―――」

しかし、それと同時にこうも思う。このツルギを誰にも触れさせたくないと……
その手に握る者がいるならば、それは自分以外にはないと。

触れてはいけない神聖なモノ―――
でも、触れたい。自分のモノにしてしまいたい。

相反する二つの想いが交差する。それでも、彼は一歩を踏み出した。
唾を飲み込むと、喉を通る音さえも聞こえてしまいそうだ。
心臓は、先程からドクドクと煩いほどに脈うっている。
落ち着け俺。自分自身にそう言い聞かせて、ゆっくりと、ゆっくりと手を伸ばし……



そして―――




「俺の……ツルギ」




―――その柄を手に取った。



『んっ!』

望が手にした瞬間『叢雲』は、変な声をあげる。
しかし、その小さな声は、続く望の叫び声に掻き消された。


「うおおおおおおおおおっ!!! あっああああああああああ!!!!」


全身を駆け巡る圧倒的なパワー。冴え渡る五感。頭の中が真っ白になる。
これが第一位の永遠神剣。最も強力な神のツルギ―――
世界を塗り替えてしまえそうな、凄まじい力の奔流。

『本来、望にあたしを扱えるキャパシティは無いわ。
だから、望が扱える限界まで私の方から干渉を抑えてあげる』

「これでかよ―――っ!」

まだ上があると言うのか、このツルギは。
圧倒的なんてモノじゃない。例えるなら自分は今、宇宙をこの手に掴んでいる。
このツルギに断てぬモノなどある訳が無い。銀河をも切り裂けるのではないかと思う。

『さ、行くわよ。アレ―――まぁ、私の一部分も混じってはいるんだけど、
遠慮なくぶった切っていいから』

「……よく解らないけど……おうっ!」
『ひゃんっ!』

ナルカナの言葉に答えて望が柄を更に強く握り締めると、再び変な声が聞こえてくきた。
流石に今回のは聞いていた望が怪訝そうな顔をする。

「ナルカナ?」
『あ、いや、なんでもないわ。うん。なんでもナイナイ!』

とても、何でもないようには思えない慌てようだが、
ナルカナは何でもないと言い張っているので、望は気にしない事にする。

「解った。それじゃ、いくぞっ!」
『ええ。上手く使いこなしてみせなさい』
「ああっ!」

力強く頷き、望は漲る自身のマナを『叢雲』に送り込む。
そして、ザッと砂を蹴って足を広げて、斬撃の姿勢に入った。

「はああああああああああっ!!!」
『きゃっ! ちょ、まっ……あっ―――!』

気合を走らせる。それと同時に『叢雲』からは大気で弾けるマナが放出され、
それは雷を収束させたような光となって、切っ先から伸びていく。
風が巻き起こった。天と地の精霊が騒いでいるようだと思う望。

そんな事を思いながら、ゆっくりと、稲妻の柱を持ち上げるように『叢雲』を大上段に構える。
そしてその、銀河をも切り裂けるのではないかと思えるツルギを―――




「でええええええええい! やああああああああ!」




かつて、エデガであった黒い闇に振り下ろした。





***********************





「はぁっ、はぁ、はぁ……」


荒い息を吐く望。彼は『叢雲』を地面に突き刺すと、両膝をついた。
その瞬間に『叢雲』は光り輝き、また少女の姿。すなわちナルカナに戻る。

「……ナルカナ」

大量の闇の粒子が、大気に消えていく光景を見つめていた望は、
ゆっくりと横に立つ少女に向かって振り向いた。

「っ!」

目があった瞬間に、ナルカナは息を呑んだ。
そんな彼女に望は微笑む。屈託の無い少年の笑みで。

「ありがとう。力を貸してくれて」

言葉はそれだけだったが、その笑みと感謝の言葉にナルカナは頬を赤くした。

「凄い力だった。俺の『黎明』なんて霞んじゃうくらいにさ」
「なにっ!」

聞き捨てならない言葉に、望のポケットからレーメが顔を出す。
そして、そこから飛び出すと、望の鼻面にパンチをくらわせた。

「いてっ! なんで殴るんだよ!? 本当のことだろ?」
「うるさーい! このしれもの、戯け者、浮気モノ!」
「いてっ、いてっ! ごめん。失言だった!」

ぽかぽかと殴りかかってくるレーメ。
望はプンプンと怒る彼女を宥めながら、頭を下げる。
そこに、成り行きを見守っていた皆がわっと駆け寄ってきた。

「凄かったね! 今の!」
「私も、あそこまで凄まじい神剣の波動を見た事がありません」
「ははっ。でも、流石に疲れたよ……」

ルプトナとカティマに苦笑を返す望。
そこに沙月と希美が加わり、随分と賑やかになった。世刻軍団大集合である。

「あれが、叢雲の力……か」」

絶は、少し離れた場所から、そんな望達を見守っている。
しかし、その絶から更に離れた場所では、
怪我人なのに置いていかれた二人の男が背中合わせに座っていた。

「なぁ……サレス」
「ん? 何だ?」
「今。タリアかヤツィータがいればとか、密かに思ってない?」
「……思ってない」
「くくっ―――」

答えるまでに、少しだけ間があった事に浩二は小さく笑う。
ユーフォリアは苦笑と共に、サレスの頭をよしよしと撫でていた。

「ナルカナ?」

そんな騒ぎの中で、一人だけぼうっと立っているナルカナに気づいた望が、少女の名前を呼ぶ。
すると、名前を呼ばれたナルカナの肩がびくっと震えた。

「……な、なに?」

「あ、いや……なんか様子がおかしかったから……
もしかして、今ので何処か痛めた?」

「ううん……痛くは……ない。でも―――」

この気持ちはなんだろうかと思うナルカナ。
剣となり、望と感覚を共有した一体感。あの時の気持ちは何だったのだろうと。

「ううん。なんでもない。私は全然平気。
久しぶりに剣の姿になって、ストレス解消できたわ。
だから、一応……お礼を言っておくね……ありがとう」

「…………あの? やっぱ、今ので頭でもうった?」

こんなに素直なナルカナなど、彼女らしくないと思った望は、
言わなくてもいい事まで言ってしまう。
その余計な一言に、案の定ナルカナは不機嫌になるのだった。

「うるっさいわね! やっぱり今のはただの勘違い!
馬鹿、ばーか! 望のバーカ!」

「な、何故……馬鹿呼ばわり……」

二人のやりとりに、サレスは苦笑と共に立ち上がる。

「―――フッ。何をやっているんだか……」
「おい、突然起き上がるな。馬鹿―――って、うお!」
「おにーさん!」

突然背中の支えをなくした浩二が、ごろりと転がる。
サレスは、そんな浩二の様子を振り返る事なく、望達の前に歩いていった。

「……皆。あまり浮かれるな。まだ終わった訳ではないぞ」

全員の目がサレスに向けられる。
彼は、眼鏡をくいっとあげると、顎に手を当てた。

「まだ、エトルが残っている……アレを倒して、やっと全部終わりだ」
「あ、そっか。まだあのおじーさんが居たんだっけ」

ポンと手を叩くルプトナ。
他の皆も、先程の一大イベントですっかりエトルの事が頭から消えていた。

「あの、えーと……私は覚えていたわよ」
「わ、私もです」

沙月とカティマが取り繕うように言うが、その額には汗がういている。
絶対に忘れていたなこいつ等とサレスは溜息をついた。

「まぁ、いい……みんな。もう一踏ん張りだ。
ヤツは今、手負いの獣だ。何をしてくるか解らない。故に、二人一組で探索するとしよう。
おそらくまだ、この理想幹の中にいる。ヤツがこの地を放棄するとは思えんからな」

指示を下すサレスに、おうと頷く『天の箱舟』の一同。
起き上がった浩二は、一人だけ溜息をついていた。
おうじゃねーよ。おうじゃ。なんで、サレスに指揮されてるんだよと。

「よし、それじゃあ行こうぜ。絶」
「ああ」

しかし、サレスと比べてやるのも可哀想かと苦笑する。
やはりまだ自分と望が二人でもサレスには及ばないのだなと思った。

「それじゃ、ルプトナ。私達はあちらの方を……」
「うん」
「それじゃ、希美ちゃんは私とこっちね」
「あ、はい。解りました」

サレスは、回復魔法で傷こそ塞がっているのだが、自分以上に重症だ。
けれど、毅然とした態度と振る舞いで、周りにそれを気づかせていない。
的確に命令を下すその姿は、組織のトップに立つ男の姿として浩二には眩しかった。

「よし、では解散! 見つけたら自分達だけで戦おうとは思うな。
見つけたときは、何でもいいから魔法を空に向けて放て!
それを合図として、確実に全員で殲滅する」

自分は、あのレベルまで達する事ができるのだろうか?
なんとなく、そんな事を思うが、首を振って弱気を吹き飛ばす。

「いいや―――」

できるに決まっている。自分にできぬ筈が無いと。
そして、少しだけ回復した体を動かすと、サレスとナルカナの傍へと歩いていった。

「……あの。おにーさん」
「ん?」

くいくいと袖を引っ張られる浩二。

「……私、余っちゃったんですけど」

そこには、一人だけ離れた場所にいたのが災いしたらしいユーフォリアが、
誰も組む人がおらずに残され、涙目だった。

「…………」

そんな彼女に、じゃあ俺と行くかと言ってやりたい所だが……
自分はマナがつきかけて戦闘不能。サレスは怪我人。
残っているナルカナは、たぶん自分達の護衛である。

「……あ、あの…」

これは、もうどうしようもない。
仕方がないので、浩二はユーフォリアに生暖かい視線を向ける。

「大丈夫」
「な、何が大丈夫なんですか?」
「おまえには、立派な第三位の永遠神剣があるじゃないか。だから―――」

言葉を切り、ニカッと笑う浩二。

「地道に行こう」

「何が地道に行こうですかーーっ! 何を諭そうとしてるんですかーー!
おにーさんの守銭奴! 守銭奴ーーーーーーっ! うわあああああん!!!」


そして、どうゆう原理だか知らぬが歯をキラリと光らせると、
ユーフォリアは何故か守銭奴を連呼して飛び去っていくのだった……










[2521] THE FOOL 45話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:e215609e
Date: 2008/05/17 08:31






「はぁ、はぁ……ふぅ……」


理想幹神エトルはボロボロだった。命からがら逃げてきたが、
手勢のミニオンは全て撃破され、ファイムまでも取り返される大敗北を喫したのである。
絶に『暁天』で斬りおとされた手は、魔法で何とか止血した。
ダメージも随分と受けたが、致命傷を受けてはいない。

「今は、仮初の勝利に浮かれているがよい……」

自分はサレスやジルオルに負けた。それは認めよう。奴等は強い。それも認める。
だが、自分は生きている。ナル化存在となったエデガは倒されたが、
この北天神エトル・ガバナは生きている。

「だが、まだ我は完全には負けておらぬ……
ひとまずは、ログ領域に身を隠し……態勢を立て直しさえすれば……」

対ジルオルの切り札。相克の女神ファイムは取り換えされたが、まだ自分にはナル化マナがある。
幾百星霜の年月をかけて研究し、まだ完璧とはいかぬが、実用の目処がたった……
対創造神エト・カ・リファの切り札―――ナル化マナを操る力が。


ナル化マナ―――


それは、世界を創生するマナにとっては相克である、エネルギー『ナル』に成りつつあるマナの事。
ナルとは、例えるならマナを食らう負のマナ。マナを侵食し、ナルに変えてしまうのである。
すなわち、身体がマナで出来ている永遠神剣マスターにとっては猛毒のようなモノだった。

マナ存在は、ナル化マナに体を犯されると、先のエトルのように漆黒の闇に体を飲まれ、
ナル化存在という、永遠神剣マスターとは似て異なる存在に変貌してしまう。

例えるなら、ドラキュラに血を吸われて吸血鬼になるようなモノだ。
ドラキュラに血を吸われた人間が、吸血鬼になると身体能力が増すように、
ナルに身体を蝕まれたマナ存在は、ナル化存在となり、身体能力を増す。

故に、このナル化マナを操る力が完全に制御できるようになれば、
エトルは、次々とナル化存在を増やし、マナ存在である永遠神剣マスターにとって天敵たりえる、
ナル化存在の軍団を作る事も可能なのである。まだ逆転の目はあるのだ。

「はぁ、はぁ……」

エトルは、重症を負った体を引きずり、なんとか理想幹中枢の前まで辿り着いた。
ここにはログ領域がある。この中に身を隠しさえすれば、望達は追って来れない。
何故なら、何の修練もしてない存在がこの中に入ってこれば、世界中の全てが記された、
ログ領域の膨大な情報量に飲み込まれ、たちまち自己を失ってしまうからだ。

このログ領域の中で、自己を保つための修練を重ねたエトルでさえも、そう長い間はこの中に居られない。
世界記録という情報の海は伊達では無いのだ。

「ここまで、来れば……」

そして、エトルは辿り着いた。望やサレス達に追いつかれ、止めを刺されるよりも早く、
自分の城であるログ領域の入り口のすぐ傍までやってきたのだ。
まだ、運は自分にある。王者の強運だ。神である自分が天に見放されるなどある筈がないのだ。
そんな事を思いながら、エトルは一歩ずつ歩いていく。しかし―――



「残念ね。貴方が行く所はここじゃなくて地獄よ」



滅びの運命を乗り越えた死神の鎌が、光弾となってエトルの胸を貫いた。

「―――ゴフッ!」

吐血して膝をつくエトルの頭は混乱していた。
何が起こった。何をされた。どうして自分は血を吐き、膝をついている。
それよりも、何よりも。あの声は誰だ―――

「お久しぶりね」
「エヴォ……リ……ア」

声の主は、異国の装束を纏った少女であった。
腕輪型の永遠神剣『雷火』をシャランと鳴らしつつ、ゆっくりとこちらに歩いてきている。

「何故……」

「その何故は、どうして私が生きているのか聞いてるのかしら?
それとも、ココにいる理由? もしかしたら、どうして殺されるのか?
フフッ―――心当たりがありすぎて解らないわね」

くすくすと、口元を押さえて笑う。
その仕草や口調は、間違える事無くエヴォリアだ。
彼女の中に巣食っていた南天神のモノではない。

「全部……答えろ。何故だ―――」

「あら? 私が貴方に顎で扱き使われていた時……
貴方が聞きたい事に全部答えてくれた事ってあったかしら?」

「―――くっ!」

端から血が滴る唇を噛むエトル。

「奴隷風情が―――ッ!」

血を吐きながら叫ぶエトル。
そして、自分の神剣『栄耀』をかかげて魔法を放つ。

「ハッ―――!」

しかし、その魔法は、エヴォリアが展開した魔法障壁にあっさりと防がれた。

「理想幹神とはいえ、死に損ないの魔法なんて効くものですか」
「……くっ、むぅ……」

唸るエトル。しかし、彼は実力行使による突破は無理であると悟ると、すぐに懐柔策に切り替える。

「……ま、まて……取引だ。我をここで治療し、見逃してくれたなら……
その恩は忘れぬ。オマエの世界には一切の手出しをせぬ事を誓う。
……それに、おぬしの中に巣食っていた南天神の怨念を追い出すのにも協力する」

「フフッ。取引になってないわよソレ。
私の世界に手を出さないなんて、口約束よりも……
ココで貴方を消滅させる方が確実なんじゃないかしら?」

「ならば、身体に巣食う南天神の怨念を払う方はどうなのだ?
お主とて、いつまでもそんなモノに取り付かれていたくなかろう。我が協力すれば―――」

「プッ―――ハハッ。アハハハハハハハ!!!
フフフ……あーおかしい。あんまり笑わせないでよ……
ねぇ? エトル。そのモウロクした瞳じゃ解らないかしら?
私の背中に、南天神の怨念の影なんて……見える?」

大笑いした後に、くすくすと微笑を浮かべながら言うエヴォリアに、
エトルはくっと大きく目を見開いた。今までずっと、彼女の影に巣食っていた南天神の思念が、
何をどうやったのか、綺麗さっぱりと消えていたからだ。こんな事ができるのは―――

「まさか、ジルオルか! 彼奴の浄戒の力で……」
「やっぱり、そう思うでしょうね……普通は」

普通は、こんな事ができるのは浄戒の神名しかない。
もしも、自分がエトルの立場ならばそう思っていただろう。
だが、エヴォリアの運命を変えたのは浄戒という神の力なんかではない。

反永遠神剣―――

運命という名の絶対を否定するヒトのツルギ。
エヴォリア自身は、その事を知らずに、不可思議な力を持つ永遠神剣モドキだと思っているのだが、
彼女の運命を否定してみせたのは、斉藤浩二という少年の持つ反永遠神剣の力である。
だが今は、真相などよりも大事なのは結果。
理由はどうあれ、自分は南天神の呪縛から放たれてココにいるのだ。

「今になって思えば……私や貴方が敗北した原因の一つは、
破壊神ジルオルばかりに目を取られ、他を軽視した事ね……
ジルオルばかりをマークしてて、あんなジョーカーみたいなヤツを見落としていたんだもの」

剣の世界で出会った少年。傍目には微弱な力の永遠神剣モドキをもっているだけの、
普通ならば、誰も歯牙にかける事さえ無かっただろう斉藤浩二という少年を見て、
何かがあるのでは? と目をつけた自分の眼力は、誇ってもいいだろう。
でも、その『何か』までは見抜けずに、網から逃してしまった。

結果から言えば、ダラバよりも彼の方を全力で味方に引き込むべきだったのだ。
あの時そうしていれば、たぶん仲間にできただろう。
たとえ、仲間にはできずとも、味方として近い位置に立たせる事はできた。
何故ならあの時、斉藤浩二なる少年は何処にも立っておらず、
自分の居る場所はココなのだろうかと迷ってさえ居たからだ。

けれど、結局はモノのついでぐらいの誘いしかせずに、
その後はアプローチをかけず、結果として『旅団』の側に走らせてしまった。
完全に『旅団』の一員とはならずとも、そちらに近い方に立たせてしまったのだ。

「……まぁ、今言った所で詮無き事ね……」

もう斉藤浩二は世刻望の側に立つ事を選んでしまったのだから。
それに、今となってはどうでもいい事だ。
どんな経緯であれ、理由であれ、今まで自分の人生を弄んだ怨敵に、
こうして止めを刺す機会が自分に与えられたのだから。


「死になさい―――理想幹神」


永遠神剣『雷火』に力を籠める。このままにしておいてもエトルは死ぬだろうが、
この老人は、完全に息の根を止めるまでは安心できない。
エヴォリアは、神剣魔法で完全に消滅させるつもりだった。

「……我が命運尽きたか……」

エトルは、ぽつりと呟く。エヴォリアに胸を貫かれたのはまずかった。
いかにエトルの神剣『栄耀』が第四位の力を持つ強力な永遠神剣であろうとも、
マナが尽き果てようとしている今、これ程の傷を負ってはもうどうしようもない。

「だが―――ッ」

しかし。タダで死んでなるモノかと、その目が危険な色を灯す。
エトルは最後の力を振り絞って空間跳躍をする。

「うそっ、まだそんな力が!」

気配を追って、エヴォリアは振り返り様に魔法を放つが、
その時には、エトルはログ領域の中に身を隠していた。

「しまった!」

痛恨のミス。慌ててエヴォリアもログ領域の中に飛び込む。
エトルほどではないが、強い意志を持つ永遠神剣のマスターならば、
ログ領域の中でも5~10分ぐらいは自我を保っていられる。
事実。エヴォリアは、浩二達が理想幹神と戦っている間に、そうやって希美の相克を解除したのだから。

「エトル!」

ログ領域の中に飛び込むと、血塗れのエトルが狂ったように笑っていた。

「くくっ―――ハハハ……ゴボッ―――死なん……ただでは死なんぞ……っ
我滅ぶならば、貴様達も全員道連れよ!」

「自爆!?」

自身のマナを暴走させ、全身を光らせているエトル。
コイツは、どこまで性根が腐っているのだとエヴォリアは舌打ちした。
エトルの周りには暴風のような風が吹き荒れている。

「ハッ!」

エヴォリアは光弾を放つのだが、それはエトルを中心に巻き起こる風が弾き飛ばしてしまう。
それは、精霊の世界に自分達が設置したマナの嵐を連想させた。


「飲まれよ! 情報の大波に、ハハハ! ヒハ―――イヒヒヒ!
イヒャハハハハハハハ!!! アヒヒイイイイイイイイイ!」


最早言葉になっていない絶叫と共に、爆発するエトル。
エヴォリアは、全力でログ領域から飛び出した。
そして、サッと身を翻すと出口に向かって魔法障壁を展開する。

「くっ、やっぱり私の魔法じゃ蓋はできないか……」

ひび割れした箇所からは、黒い光が溢れ出てきている。
魔法障壁はよく持って1~2分だろう。
それまでに、この理想幹から逃げ出さねば、マナの渦に飲まれてしまう。

「―――っ!」

しかし、自分がやってきた精霊回廊に向かおうとした所で、浩二の顔が思い浮かんだ。
知らせてやる筋合いなど無い。彼とは仲間でも何でも無いのだから。
そうやって頭に浮かんだ浩二の顔を振り払うと、次には何故かベルバルザードの顔が思い浮かぶ。

彼は、浩二を高く買っていた。
そして、最後に何を考えたのか判らないが、自分の事を託して消えていったと言う。

『頼まれたからだよ―――敵と書いてトモと呼ぶ男に』

それと同時に、思い出してしまうその言葉。
彼は、斉藤浩二は……自分が唯一信頼していたベルバルザードの友だ。


「それに……借りを作っておくのは、私の主義じゃないしね」


甘いと思う。いや、甘くなったと言うべきか。
彼等が敵であった事には変わりないのに、本当ならここでエトルと一緒に死んでくれるなら、
それがベストである筈なのにと思いながら、
最後に確認した浩二達の場所へとエヴォリアは走るのだった。





*********************





「な、おい! 何か揺れてねぇ?」

斉藤浩二は、顔をあげて言った。
理想幹を揺らす振動にはサレスも気づいてたようで、辺りを見回している。

「斉藤浩二!」

そこに、異国の装束を纏った少女が浩二の名前を呼びながら駆け寄ってきた。

「エヴォリア?」
「エヴォリアだと!?」

サレスが神剣を手元に出現させると、ナルカナがその手をびしっと叩く。

「何をする!」
「敵意は無いみたいよ」
「なに」

息を切らせながら三人の前に立ったエヴォリアは、ナルカナの言葉を肯定するように、
永遠神剣を出現させていなかった。

「あれ? え? 何でオマエがここに……」

「エトルがログ領域の中で自爆したわ。
もうすぐ、この理想幹はログ領域から溢れ出す黒いマナに満たされる。
だから、貴方達も逃げなさい! 早く!」

「はぁ?」

慌てた様子のエヴォリアの、要点だけを抑えた説明に浩二は怪訝な顔をするが、
サレスはそれで全てを察したらしく、空に向かって魔法を放つ。

「世刻望達に倒されたオマエが、今も生きており……
何の魂胆があって我等にソレを知らせるかは解らないが、今は信じよう」

「今は―――ね。賢明な判断だわ」

緊急招集の為の魔法を空に放ったサレスは、油断の無い瞳でエヴォリアを一瞥する。
そんなサレスに、エヴォリアは苦笑をうかべた。

そして、詳しいことはよく解らないが、とにかく今がヤバイ状況で、
理想幹から逃げ出さねばならい事だけは理解した浩二が、エヴォリアをじっと見つめる。
その視線に気づいたエヴォリアは、浩二の方に視線を向けた。

「助けた借りを返しにきてくれたのか?」
「ま、そんな所ね。それじゃ、私は行くわ」

短く答えてエヴォリアは身を翻す。

「待て!」
「……何?」

その背中に、浩二は叫んだ、エヴォリアは背中を向けたまま止まるが、振り返らない。

「オマエも……来ないか? 俺達と―――」
「……何で?」
「何となく」
「―――ブッ」

エヴォリアは一度だけ噴いて空を見る。
そして、小さく笑う。ホントにこの男はどうしてこう―――自分の調子を狂わせるのだと。
少しだけ、そうやって笑うと顔を下ろしてゆっくりと振り向いた。

「素敵な理由のお誘いだけど、遠慮させてもらうわ。
それじゃ。もう会うことも無いかもだけど」

微かな笑みと共にそう答え、エヴォリアは神剣の肉体強化を行って駆け去っていく。
浩二は、小さくなっていくその背中を見つめながら苦笑を浮かべていた。

『なぁ、相棒……いくらなんでも、何となくは無いやろ。なんとなくは』
「仕方ねーだろ。それしか理由が無いんだから」
『……嘘でもいいから、キミの事が好きだからぐらい言わんかい!』
「あーもー! うるせーなオマエは!」

浩二が『最弱』と、そんな馬鹿らしい掛け合いをしていると、
自分達の方でも異変を感じていたらしい望達が、駆け戻ってくる。
サレスが簡単に状況を説明すると『天の箱舟』のメンバー達は、
ものべーに向かって駆け込み、理想幹から緊急脱出するのであった。





********************





「一息つく暇さえありゃしねーな」


浩二は、うんざりしたように言いながらベッドに飛び込んだ。
「箱舟」の中に駆け戻り、ものべーを発信させると、すぐに写しの世界の時深から連絡が入った。
どうやら彼女の持つ永遠神剣は、時間樹の中にいるなら何処とでも念話を行えるらしく、
箱舟の中に戻った全員の心の中に話しかけてきたのである。

もっとも、全員といっても浩二を除いての事であるが―――

箱舟に戻るや否や、自分を除いて全員があれ? とか何これ? とか言い出した時には、
一人だけ事情が飲み込めない浩二は思いっきり怪訝な顔をしていたが、
事情を察した『最弱』が、ああとか叫ぶと浩二にも時深の声が聞こえてきた。

どうやら、反永遠神剣の力が外部からの干渉を妨害していたらしい。
『最弱』はそれを察したので、一時的に力を抑えたのだそうだ。

そして、時深の話を聞くと、どうやら出雲に謎の敵が現れたらしい。
ミニオンとは比べ物にならない戦闘能力の集団と巨人が、雪崩を打って攻めてきており、
今は時深と出雲の防衛人形が何とか食い止めているのだそうだ。

倉橋時深はエターナルでも指折りの実力者である。
いかにその敵が強かろうが、自由に動き回り力を発揮できれば一人で殲滅できる力を持っている。
しかし、防衛戦となると自由に動き回る事も出来ず、難儀しているそうだ。
故にこうして、救援を求めてきた訳である。

『相棒。休んどき。写しの世界に戻ったら、恐らくすぐに戦闘やねん』
「わかってる。シャワーを浴びたら缶詰でも腹に押し込んで寝るよ」

浩二は起き上がり、自室のシャワー室に入っていく。
ボロボロの制服を籠に放り込み、裸になると頭からシャワーの湯を浴びる。
そして、目を閉じながら状況を整理してみる事にした。

まずは、写しの世界に戻って謎の敵とやらを撃退。
ログ領域から溢れ出したマナの嵐は、サレスによれば二~三日ぐらいしたら収まるそうなので、
その後にもう一度調査するのだそうだ。もっとも、エヴォリアの話を信じるならばエトルは自爆して
果てたそうなので、調査ぐらいならば『旅団』と『出雲』がするだろう。

「つか、何でエヴォリアは理想幹にいたんだ……」

口に出して呟くが、考察として一番有力なのは、絶の世界で自分達に敗北した後、
何らかの事情ないし、考えがあって理想幹神や南天神から離反したというモノだ。

事情は解らない。けれど、エヴォリアの離反の理由が『光をもたらすもの』の壊滅と同時に、
理想幹神には用済みとみなされて、あれだけ必死に護ろうとした故郷を破壊された
復讐とかでなければいいけどと思った。

「みんなで守れ。時間樹の平和……ってね………」

手早く頭と身体を洗い流し、水気を拭いて部屋着に着替える。
それから部屋の棚にいれてある非常食の缶詰をあけると、手早く食べてベッドに寝転がる。
手元にあるリモコンで明かりを落として目を閉じた。

ものべーの所有権は望から、再び希美に返された。
彼女がものべーを全力で走らせれば一日もあれば写しの世界に戻れるらしい。
その間は時深に踏ん張ってもらうしかない。そんな事を思いながら、浩二は眠りにつくのだった。





*********************






理想幹より、エヴォリアと『天の箱舟』が退去して暫しの時が流れた後。
彼等と入れ替わるように、この地に足を踏み入れた一人の女の姿があった。
マナの嵐は収まっていたが、まだマナ濃度が高く、
マナ存在であるならば倒れてもおかしくない理想幹の中を、女はまるで気にした風でもなく歩く。

全身を覆う白いマントの下は裸。
唯一、女性器の部分だけは飾りで隠しているが、他の部分は惜しげもなく晒している。

頭まですっぽりと被ったマントからは、歩くたびに赤く長い髪が見え隠れしている。
白い肌。整った顔。つまる所―――美女である。
もしも彼女が道を歩いていれば、それを見たのが男であるならば足を止めるだろう。
それが裸であるのだから、女でも立ち止まる。

しかし、ここは主を無くした世界。

植物と言う生命はあれども、生物はいない場所。
故に、彼女を見て立ち止まる者はなく、声をかける存在も居ない。

女は文字どうり、無人の世界を軽い足取りであるいていく。
そして、目的のモノがある場所に辿り着くと、端正な顔を綻ばせて微笑した。

「―――フフッ。悪くないわ」

目的のモノの味は悪くなかった。惜しむべきは、これが食べかすである事だろうと思う。
大気中に溶けてしまった残り物でさえこの味ならば、
丸ごと食べることができた時には、どれほどの至福であろうかと目を閉じた。

「もうっ、私が来るまでパーティをやっててくれれば良かったのに」

女にとって、全ての存在は食料である。
いや、それどころか全てのエネルギーが食料である。

彼女は飢えている。いつも飢えている。
全てを自分の中に納めねば、この空腹は満たされないから食べ続ける。
ログ領域からは、勢いこそ弱くなっているもの、まだマナが零れ続けているのだが、
それらは全て彼女が全て取り込んでいた。

それでも足りない。全然足りない。もっと欲しい。
悔しい。もっと早くココに辿り着いていられたら、ゴチソウが沢山あったのに。
そんな事を思いながら、彼女はマナを吸収し続ける。

すると、しばらくして天が裂けて穴が開いた。
穴からは巨大な何かがぞくぞくと降りてきている。

巨大な何かは、人の形をしていた。
肩から繋がっている二つの腕は、地に着くぐらいに長い換わりに、
足の先端が細いというアンバランスな形ではあるが、そのシルエットは人型である。

天の裂け目より現れた巨人は、全員がとある方向に向かっていた。

「ハハッ。あはははは。あははははは!」

女は笑う。巨人の外見が趣味の悪い土偶みたいな形だからという嘲笑ではない。

「意地悪ね。あんなのが後から来るのなら、言ってくれれば良かったのに―――」

その笑みは歓喜の笑み。端正な口元をニッと吊り上げ、恍惚の表情を浮かべている。
巨人の数は10体を越えている。それに対して女は一人だ。
傍から見れば、戦いになどなる訳がないと判断するだろう。

だが、彼女は巨人と戦うつもりなど更々無かった。
巨人を見て抱いた感想はただ一つ『とても美味しそう』それだけである。
見た目には圧倒的な大きさと存在感を放つ異形の巨人も、
彼女にとっては捕食する食料にしか過ぎないのだ。


―――食料を食べるという行為は戦うとは言わない。


「―――フフッ」


微笑と共に、彼女は大地を蹴る。駆け出す速さは音速の域に達している。
途中には瓦礫などの障害物や遮蔽物が沢山あったが、
そんなモノは彼女が足を止めたり、方向を変える理由にはならない。
そのままぶつかり、破壊しながら獲物へと続く最短距離を走っていく。

「ゴガッ……ギギギ……」

巨人は、近づいてくる大きな力に歩みを止めて振り返った。
そして、それを敵であると認識して、腕からレーザーのような光を放つ。
だが、全てを焼き払うようなレーザーが、近づいてくる大きな力―――
すなわち赤い髪の裸の女を捕らえたと思った瞬間には、その姿は消えている。

「あははは」

次の瞬間には、一体の巨人の肩の上に笑い声と共に立っていた。

「いただきます」

そして、その言葉の後には巨人は崩れ落ちるように倒れる。
ズウンという轟音と共に、巻きあがる砂煙。女の体もそれに隠れてしまう。
風が吹き、砂埃が吹き飛ばされて視界が晴れると、そこには女だけがたっていた。

巨人の姿は―――無い。

跡形も無く消えていたのだ。
立ち尽くす女の傍からは、ゴリッ、ゴリッと何かを砕くような音が聞こえている。
それは、動物に人間が硬いものを噛み砕くような音に似ていた。

「ん、美味しい」

花が咲いたように満面の笑みを見せる女。だが、その口は動いていない。
しかし周りからは、相変わらずゴリッ、ゴリッと音が鳴っている。
別の巨人が、女に向かって巨岩のような拳を振り下ろした。再び舞い上がる砂煙。

「あん♪ 慌てなくても全部食べてあげるわよ」

歌うようにそんな事を言う女は、拳を振り下ろした巨人の頭の上に立っていた。
そして、音が聞こえる。


―――ゴリッ。


その音と共にバランスを崩したように倒れる巨人。
その足は、何かに削り取られたように消えていた。

「あははは、あっはははははは! いらっしゃい。
ぜんぶ、ぜんぶ、ぜーんぶ。いらっしゃいな―――」

女は笑う。満面の笑みで。
巨人がどんな攻撃を繰り出そうとも、それを踊るように避けながら。
一体、二体、三体。次々と消えていく巨人。



「アッハ―――ハハハ、アハハハハ!!!」



空の裂け目より現れた巨人がすべて捕食されると、
女は嬉しくて堪らないと言う様に笑い続けるのだった。
しかし、ひとしきり笑い続けると、ポツリと小さな声で呟く。

「………お腹……すいた」

足りない。足りない。足りない―――全然足りない。まるで足りない。
自分の欲求を満たすには、あの程度では全然足りなさ過ぎる。
しかし、見たところ、もうココには自分の欲求を満たしてくれるモノは無いだろう。




「……はぁ」



女は、一つ溜息を吐くと、お腹を押さえて理想幹を後にするのだった。









[2521] THE FOOL 46話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:d24291c4
Date: 2008/04/25 08:10







泥のように眠った後。斉藤浩二は顔を洗って歯を磨くと、渡り廊下を歩いて厨房に入った。
ここに来るまでに人の気配は感じなかったので、まだ皆寝ているのだろう。
それだけ昨日の戦いが激しかったという事だ。

「……で、あと数時間後にはまた戦いだもんな……」

連戦となると、正直うんざりするのだが、そんな事も言ってられない。
自分達『天の箱舟』にとって『出雲』は、大事な同盟組織だ。
時深や、他の戦巫女達は、今も眠らずに戦い続けているのだろう。

そんな事を考えながら、浩二は冷蔵庫から生野菜を数種類とハムを取り出す。
それをまな板の上に乗せると、パンを持ってきてオーブンにかける。

「あ、斉藤くん。おはよ」
「もう起きてたんだね」

オーブンにパンを並べている所で、沙月と希美がやってきた。
浩二はおはようと声をかけると、オーブンを閉じてパンを温める。

「俺も、ついさっき起きた所ですよ」
「何を作ってるの?」
「ハムと生野菜のサラダに、コンソメスープ。後はトーストです」
「オッケー。なら、私と希美ちゃんも手伝うわ」

そう言うと、沙月は手を洗ってエプロンをかける。希美はすでにエプロンをしていた。
その後、絶が起き出してやってきたので、4人で野菜を切ってサラダを作る。
『天の箱舟』のメンバーの中で、料理スキルをもつ人間が全員揃ったので、食事用意は速く終わった。

まだ、他のメンバーは起きて来る気配がないので、
皆が揃うまではお茶でもしていようという事になり、食堂に移動する。
箱舟の食堂には、八人が向かい合わせで座れるテーブルが二つある。
その内の一つに浩二と絶が隣に座り、正面に沙月と希美がすわった。

「希美ちゃん。写しの世界までは、あとどれぐらいで着きそう?」
「えっと……ものべーは、このままいけば5時間ぐらいで着くって言ってます」
「そう。それじゃあ、後1時間しても皆が起きてこなかったら、起こしに行きましょ」

食事をとるのに一時間。作戦会議に二時間と言う事かと浩二は思う。
あとの一時間は、準備だろう。浩二がそんな事を考えていると、紅茶を飲んでいた絶が話しかけてきた。

「……斉藤」
「ん? どうした。暁」

「昨日は皆が疲れていたので、すぐに寝てしまったが……
望が『叢雲』を使って、黒い闇に変貌したエデガを消し去った後、何があったんだ?」

「さてな。俺も詳しい事は知らんよ。その後、みんながスットコドッコイの捜索に向かい、
時間にして20分か30分ぐらいした時に、地震があったんだ」

「それは、俺も気づいた。一緒にいた望と何事だと言ってたら、
集合を告げる合図が空に放たれたんだからな」

自と絶達の話を横で聞いていたらしい、沙月と希美も頷いている。

「そう。それ、何であの地震だけで、斉藤くんやサレス達は、
ログ領域から黒いマナの風が吹き出すって解ったの?」

「ああ、エヴォリアから聞いたんだよ」
「え!? 嘘、何で彼女が……」

沙月が驚愕したような顔で言う。そこで、浩二は大事な事に気づいてポンと手を叩いた。

「ああ。そう言えば皆には、俺が暁の世界でエヴォリアを助けた事を言ってなかったっけ」

意図的に黙っていた訳では無い。本当にこれはうっかりだ。
言い訳をさせて貰うのなら、あの日は色々と他に考えなければならない事が山積みで、
それを報告する事を忘れていたのである。

何せ、希美がファイムにされて連れ去られるわ、
皆がそれに意気消沈してしまったので、どうすれば立て直せるかを考えねばならないかで、
とにかくあの日は余裕が無かった。浩二がそれを言うと、沙月は申し訳なさそうな顔をする。

「ごめんね……ホント、斉藤くんばかりに頼ってしまって……」

報告を忘れたとて、誰も浩二を責められないと沙月は思った。
思い返せば、思い返すほどに斉藤浩二という少年は、誰よりも働いている。
今まで『天の箱舟』が、道を失わずに済んでいたのは、浩二がいたからだ。

「気にしないでください。沙月先輩……俺、別に大した事してませんから」

実際に浩二は、自分だけが苦労しているとは思っていない。
やれる事だから、やっているという認識だ。
ちなみに『旅団』の長であるサレスが、斉藤浩二という人間を買っている一番の部分でもある。
辛い事を辛いと思わないでやれるのは天性の才能だからである。

その後、浩二は絶の世界でベルバルザードと戦い、皆と合流するまでに何があったのかを話す。
敵であったエヴォリアを助けたことについては、責められても仕方ないと思ったが、
沙月も希美も浩二を責めなかった。二人とも、エヴォリアが自分の世界と家族を人質に捕られて
いた事を知っていたからだ。

「てなわけで、もう彼女が破壊活動を行う事は無いと思うけど……」

「それなら、私はもうとやかく言うつもりはないわ。
確かに彼女は許されない事をしてきたけど、それはやむを得ぬ事情があっての事……
それを、もうしないと言うのなら、私達が裁く権利なんて無いんだから」

「……うん。私も、そう思う……」

自分達は、カミサマでも裁判官でも無い。
エヴォリアがこれからは大人しくして、静かに暮らすと言うのなら、
わざわざ探しだして、断罪せねばならぬほどに、絶対正義を貫きたい訳でもない。
ぶっちゃけて言ってしまえば、自分達の住む時間樹が平和になればそれでいいのである。
それは、サレス達『旅団』もそうであろう。

「暁もそれでいいか?」

「いいかも何も、俺に彼女をとやかく言う権利は無いな。
罪がどうとか言うのなら、俺だって魔法の世界で支えの塔を崩壊させようとした罪人だ。
それに、自分の都合の為に望を殺そうとした……」

浩二が、一人だけ黙って聞いていた絶に問いかけると、彼は苦笑と共にそう答えた。
それもそうだなと浩二は笑う。そして、絶の肩を何度か叩いた。




***********************




浩二達がお茶を飲みながら談笑して30分ぐらいが過ぎた頃。
他の皆も起き出して来て、朝食となった。
その後に作戦室でサレスが、自分も理想幹の管理神の一人だったと語った時には、
驚きの余り一悶着あったりもしたが、エトルとエデガの世界を理想幹だけにするという考えと対立し、
それを止める為に一人で野に下り『旅団』を作りあげたのだと聞くと、それぞれに納得するのだった。

「アンタ。正真正銘のカミサマだったんだなぁ」

そんな相手に、今まで堂々とタメ口をきいていたのだなと思う浩二。
しかし、サレスは苦笑と共に首を振った。

「この時間樹は、私やエトル達が作ったモノではない。
管理神の名の通りに、ただ管理をしてきただけだ。この世界を作ったのは創造神エト・カ・リファだ」

「ちなみに目的は、この私を封じこめる為よ」

浩二とサレスの会話にナルカナが口を挟む。
その後、彼女の話を纏めると、この時間樹ができた経緯はこうらしい。

永遠神剣第一位『叢雲』の化身であるナルカナは、同じく第一位の永遠神剣である『聖威』の化身と、
これもまた同じく第一位永遠神剣『運命』と、そのマスターである、ローガスという少年によって、
この時間樹に封印されたのだそうだ。

「あー、もうっ! 今思い出しても腹が立つ! いい、負けたといっても、これはあいつ等が、
私よりも強かったからじゃなくて、数の暴力で負けただけだからね。
あいつ等、この可憐な美女であるナルカナ様を、自分達の部下のエターナルまで駆り出して、
数で押してきたんだから、そのへん、ちゃんと覚えておきなさいよ!」

「解った。落ち着け、ナルカナ。数で押されちゃしょうがないよな。
どこかの中将も、戦争は数だって言ってたし」

「あーもう、絶対にあいつらボコにしてやる。シュッ、シュッ―――」

望がよくわからない例えで宥めようとするが、
ナルカナはそれでも気が治まらなかったらしく、シャドーボクシングを始める。
それと同時に、皆の視線が望に集中する。なんとかして話を元に戻せと。
望は頭を掻いた。それで、シャドーボクシングをしているナルカナの所まで歩いていく。

「わかった、わかった。その時は俺も手伝ってやるから。話を―――」
「ホント! 手伝ってくれるの? 望!」
「あ、ああ……」

「やっぱり望は優しいね。うんうん。写しの世界に戻ったら、
今作らせているナルカナステッカーを一番にあげるからね」

「あ、うん……ありがと」

激しくいらねーと思ったが、それは口にしない。言ったらきっとへそを曲げるだろうから。
機嫌を良くしたナルカナは、席に戻ってきて再び話を始める。
それによると、この時間樹はナルカナを倒した『聖威』が、彼女を封じるために、
エト・カ・リファという存在に作らせのだそうだ。

「じゃあ、何だ。エトルやエデガ―――
すなわち、北天神と南天神とやらは、一体何なんだ?」

浩二がそう言うと、サレスはふうっと溜息を吐いた。

「創造神エト・カ・リファにより……世界を構築、及び管理をする為に置かれた存在だ。
……私も、始めは自分がそんなモノの為に生み出された存在だとは知らなかった。
だが、ログ領域を調査している内に、その真実へと辿り着いてしまったのだ」

世界の真実を知ってしまったサレスと、その当時は仲間であったエトルにエデガ。
そこにヒメオラという神が、世界の謎を探る研究に加わり、
創造神エト・カ・リファの存在、叢雲の牢獄という時間樹の役割、
そして、神名という遵守の力が自分達には植え付けられている事を知ったのだそうだ。

この真実に、エトルやエデガは愕然とすると共に、強い反感を抱いた。
神を名乗る自分達は、実は本当の神であるエト・カ・リファにより作られた存在であり、
それどころか神名という鎖で、運命の手綱を握られている奴隷であるという真実は、
とうてい認められる事では無かったのである。

「詳しく話すと長くなるので、要点だけを簡単に説明させて貰うが……
その後も、私とエトル、エデガ、それにヒメオラは調査と研究を続けた。
そこでナルカナ―――叢雲の存在を知り、その力を使ってエト・カ・リファの支配から脱却し、
新しく世界を作り変えようとした。しかし、それにはヒメオラが反対し、他の神も承諾しなかった。

それに業を煮やしたエトルとエデガは、協力してくれぬのであれば、
他の神の力は邪魔になるだけだと排除して、自分達だけでエト・カ・リファの支配に立ち向かい、
そこに自分達だけの理想郷を作ろうとしたのだ」

「何でヒメオラって神は、エト・カ・リファの支配から脱却し、
新しい世界を作るのに反対したんだ?」

「世界を作り変えると言う事は、今ある世界を全て塗り替えると言う事だ。
彼女は、自分達の都合だけで分子世界に住む、
全ての生きとし生けるものの命を、弄んで良い訳が無いと考えたんだ」

サレスがそういうと、話を聞いていた皆は、
そのヒメオラの掲げた言葉に感銘を受けたように頷いている。
しかし、そこで沙月が何かにハッと気がついたようにサレスに問いかけた。

「じゃあ、サレスは。サレスはどうしたの?」

「始めは、私もエトルやエデガと共に、世界を塗り替える計画を進めていた。
しかし、ヒメオラがそう言って、私達の所から出ていくと、色々と考えさせられた。
彼女が出て行ってしまったのでは、計画を進める事は難しかったしな。
その後、私は色々と世界を渡り歩きながら色々と考え……ヒメオラの思想を支持する事にしたのだ」

そして、サレスは断固として計画の遂行に拘るエトルとエデガに対抗するため、
『旅団』を作り上げたのである。

「なるほど。だからあの時エトルは、サレス殿の事を裏切り者と言ったのですね……」

カティマが腕を組んで頷いている。

「んーそれじゃ、そのヒメオラって人も話せば協力してくれるんじゃない?」

ルプトナがそう言うと、サレスは彼女の方に少しだけ目を向けて苦笑する。

「彼女なら、既に協力してくれている」
「え?」
「魔法の世界の大統領ナーヤの前世が、そのヒメオラだ」
「そ、そうだったの?」

望は、彼等の話を聞きながら、ナーヤやヤツィータ。
ソルラスカにタリアという『旅団』のメンバーのことを思い出す。
彼等は今頃何をしているのだろうか。それにスバルの傷はもう治ったのかと。

「どうしたの? 望ちゃん」
「あ、いや……ナーヤ達と別れてしばらくたつけど、元気にしてるかなって」

希美に聞かれたので答えると、彼女もああと頷いて彼らの事を思い出しているようだった。

「まぁ、ソル達にはこの戦いが終わったら会いに行こうぜ。
というか、スバルも迎えに行ってやらねーと」

「そうだな」

浩二の言葉に頷く望。それと同時にものべーが、間の抜けた声でぼえーと鳴き、
希美が到着する事を皆に伝えるのだった。




「みんな。ものべーが、もうすぐで写しの世界に着くって」




************************






写しの世界につくと、ものべーを出雲に急がせた。
幸いと言うべきか、時深が奮戦したのかは知らないが、今の所は町に被害が出ている様子は無い。
そして、不思議な事に永遠神剣が何の反応も示していなかった。

「ヘンだな……神剣が何の反応も示さない……敵はミニオンじゃないのか?」
「俺の神剣も同じくだ。どうやら、初めて出くわす敵のようだな」

首をかしげる望と頷く絶。しかし、浩二の神剣―――
反永遠神剣『最弱』は、写しの世界に入ったときから敵の存在を感知していた。

「ミニオンではないようだが……
どうたらツッコミいれずには居られない敵がいるようだな。最弱……」

『んー。そのようやなぁ……人知の及ばぬ大きな力が複数いる事だけは感じまんねん。
しかも、隠そうともしとらん』

まさしく謎の敵だ。時深が伝えてきた言葉に偽りは無い様だった。
そして、出雲に辿り着くと、全員で地に降り立った。
それと同時に、空を見上げていたユーフォリアが指を挿しながら声を上げる。

「あれ。あれはなんです?」
「ぬお!」

ユーフォリアの指がさした方にいたモノ―――

それは、人型の機械だった。赤や青や緑のメタリックボディー。
手からはレーザー光線らしきモノを発射して空を飛んでいる。

「なるほど、マナゴーレムか……」
「知ってるの? サレス」
「ああ……」

顎に手を当てながら頷くサレス。

「アレは、南北天戦争で南天神が使役していた自動歩行兵器だ。
ミニオンのように、神剣は持っていないが……
それを差し引いて余りある機動性と火力を備えているし、空を飛べる。
敵としてはミニオンよりも厄介だな」

「ったく、あんな粗大ゴミを引きずり出してきて!」

ナルカナが憤慨している。
どうやら自分の拠点を攻撃されているのに怒っているようだ。

「よし、それじゃあ皆。行こう!」

望が叫ぶ。それに頷く『天の箱舟』の神剣マスター達。
しかし、浩二はそこでユーフォリアの肩を叩いた。

「ユーフォリア」
「何ですか? おにーさん」

「空を飛んで一足先に向かい、時深さんを助けてやってくれないか?
俺達は大橋を越えて、地上に群がっている奴等を蹴散らしながら追いかけるから」

「あ、はいっ。解りました」

ユーフォリアは頷くと同時に永遠神剣『悠久』を放り投げ、それに飛び乗って飛んでいく。


「さ、てと……それじゃ、俺もいきますか!」


浩二は腰の『最弱』を抜き、棒の形に変えて望達の後を追いかける。
すると、すぐにマナゴーレムと戦闘を開始している望達に追いついた。
混戦を避けるため、浩二は棒高跳びの要領で、先端を地面に吐き立て飛び上がる。

「―――ハッ!」

着地と同時に横に薙ぎ払った。神剣が当たると、ガアンと鈍い音が響き、弾き返される。
マナゴーレム。元からの物理的な硬さは反永遠神剣の能力で消すことは出来ない。


「……やっべ、コイツ硬い!」


向けられる銃口。反射的に横に転がる。
次の瞬間には光が走り、先程まで自分が立っていた場所が消し炭に変わっていた。

「このっ―――」

マナゴーレムの足に一撃を叩き込む。バランスを崩して倒れた所に、大振りの一撃を食らわせた。
へこむ金属。そこに何度も連打を叩き込む。何度も、何度も、何度も―――
活動停止するまでエネルギー伝導で強化した反永遠神剣を叩き込む。

「はぁっ、はぁっ、はぁ……」

やがて、マナゴーレムは停止した。バチバチと漏電し、もうもうと煙をあげている。

「斉藤!」

そこに絶が走ってきて、タックルをされた。

「うおっ!」

転がる。何をするんだと言おうとした瞬間に、先程のマナゴーレムが爆発する。
浩二は、その光景を目を点にして見ていた。

「……油断するなよ。アイツはミニオンじゃないんだぞ」

そう言いながら、絶は自分の服についた砂埃を払って立ち上がっている。
その後に差し出された手を取って浩二も立ち上がると、頭を掻いた。

「すまん。まさか最後に爆発するとは思っていなかった」
「気にするな。俺もサレスに聞いてなかったら危なかったしな」

そう言って、居合いの構えをとる絶。
浩二は、それと背中合わせにするように腰を落として『最弱』を構えた。

「……いや、こっちのがいいか」

しかし、そこで考え直して『最弱』を棒の形からハリセンの形態に戻す。

「暁」
「何だ?」
「俺はフォローに回るから、オマエが斬り込んでくれないか?」
「……了解」

反永遠神剣は、永遠神剣を相手にする事に特化したツルギである。
故にこのような、ただの戦闘能力の高いロボット等と戦う時には相性が悪い。
未来の世界でドラゴンと戦った時もそうだったのだ。

何故ならロボットの力や、普通のドラゴンの力は理不尽な強さではない。
元からそのように設計された力であり、最初から生まれ持った、当然の力なのだから。

「始めからそういう風に設定されてるヤツには、ツッコミ入れようがねーもんなぁ……」
『ま、ワイは永遠神剣の奇跡に抗う為のツルギやからな』

浩二のぼやきに『最弱』が笑いながら答える。
反永遠神剣。物理法則を捻じ曲げた現象を相手にしなければ、下位神剣より劣る雑魚神剣。
何だかこうしていると、ミニオン一体すら倒せずに、ひぃひぃ言ってた頃に戻った気がするのだった

「……ホント、おまえとその神剣は不思議だな。
こいつ等よりも、もっと格上の奴等を倒してきてるのに……」

「仕方ねーだろ。俺の神剣は、永遠神剣とこの世の不条理を相手にする為のツルギ。
ロボットとか、そーいうのは対象外だってーの」


その後。マナゴーレムを突破し、大橋を渡った『天の箱舟』のメンバー達は、社の前へと辿り着いた。
そこでは時深が神剣を構えて立っており、ユーフォリアは上空でドッグファイトを展開していた。

「時深さん!」
「みなさん。来てくれたのですね」
「時深。状況はどうなの?」
「ナルカナ様の寝所はご無事です。環様も」

その言葉にホッとしたような表情を見せるナルカナ。
しかし、次の瞬間。彼等の前に一体のゴーレムが降り立った。普通のマナゴーレムとは違うタイプ。
武装も凶悪なモノが取り付けられたゴーレムが、音をたてて地面に降り立った。

『予想よりも到着が早かったようですね……
もう少し遅ければ、ここを落とすこともできたのに』

「うわっ、喋ったよ。アイツ」

皆が何者だと身構えると、そのゴーレムは機械音声で喋り始める。

「おい、何だおまえは!」

そんなゴーレムに、望が剣を構えながら叫んだ。
すると、ゴーレムの方に体の向きをかえ、頭部にあるカメラのようなモノで望を睨む。

『何だとは心外ですね。ジルオル。こちらは貴方のせいで肉体を失ったというのに……』
「まさか。おまえ、南天神か?」
『っ―――!』

浩二が何気にそう呟くと、南天神を名乗るゴーレムの雰囲気が変わった。

『……そう。貴方もジルオルの仲間だったのね……不可思議な神剣を持つ男』
「浩二。知ってるのか?」

望が聞いてくると、浩二は小さく頷く。

「今朝話しただろ? 俺が絶の世界でエヴォリアを助けてやったって。
たぶん。コイツが、あの時エヴォリアに寄生していたヤツだ」

『……忌々しい。あの時、貴方さえ邪魔しなければ、
エヴォリアの身体を乗っ取る事が出来たのに……」

「それはこっちの台詞だ悪霊。俺があの時、完全に消すことができていれば、
出雲が襲われることも無かっただろうからな」

そう言って、浩二はハリセンをビシッと突きつける。

『ジルオルといい、貴方といい……本当に忌々しいヤツ。
しかし、ここは一度退いた方が良さそうですね……』

言うが早く、状況の不利を悟ったゴーレムは周りに時空の歪みを発生させる。


「てめっ、まて、コノヤロウ!」


それが、理想幹神が使っていた空間跳躍だと察した浩二は『最弱』を棒の形に変えて跳躍する。
しかし、上空から振り下ろした打撃がゴーレムを捕らえるよりも早く、
その姿はブウンと言う音と共に消えているのだった。





************************





出雲を襲ったゴーレム達は撤退した。
今、浩二達『天の箱舟』のメンバーは、社の中に案内されて休んでいる。
望はサレスと共に環と何かを話しているようだが、
浩二は境内に出ると腰を下ろし、庭をぼうっと見ていた。

「南北天戦争の再来……ねぇ」

ポツリと呟く浩二。マナゴーレムが去った後にサレスや環から聞かされた話は、
あの南天神は南北天戦争をもう一度起こそうとしているのでないかと言うものだった。



南北天戦争―――



それは、かつて望や希美がジルオルやファイムという神であった頃に行われた、
南天神と北天神の戦いである。思想の違いから二派に分かれた神々。
その戦いは苛烈を極め、幾多もの世界が滅んだという。

結果からいうと、南北天戦争に勝利したのは北天神であった。
南天神は大敗北を喫して、ほぼ皆殺しにあったらしい。
実力的には拮抗していた筈の南天神。
それが、どうして大敗北をする結果になったのかと言うと……

北天神達―――否。

エトルとエデガが破壊神ジルオルの力を利用したからである。
ジルオルは、この時間樹に存在する神の中で最強の存在である。
それも、他の神が束になってかかっても一蹴する力を持つというのだから、
実力は飛びぬけているだろう。

「……で、その時に殺された南天神達は、死んでも死にきれずに……
怨念の塊となって現世まで残り、マナゴーレムという力を発掘して、逆襲に来たと言う訳か……」

そう呟くと、浩二は後ろにごろりと寝転がる。

「……なぁ、おい。最弱」
『何でっか?』
「本当にそれだけの理由だと思うか?」

南天神が、前世の恨みを晴らすためだけに、自分達の前に立ち塞がったのだとしたら、
理由としては小さすぎる。今までの敵と比べて小物すぎるだろうと思うのだ。

『そうやなぁ……表向きの理由はソレと言う事で、何か裏で企んどるんとちゃうやろか?』
「やっぱ、おまえもそう思うか?」
『前世で殺された恨みだけで行動するカミサマなんていたら、ソイツ小物すぎやろ?』
「だよな?」

その程度の小物であれば、苦労はしない。きっと何かを企んでいる。
だが、まだその何かが解らないので動きようが無かった。

「おにーさん」
「ん? どうしたユーフォリア」

寝そべっている浩二の所にユーフォリアがやってくる。
浩二は、寝転がりながら目をユーフォリアの方に向けた。

「サレスさんと望さんが、環さんの部屋におにーさんを呼んできれくれって」
「そっか。サンキュ。ユーフォリア」

足を振り上げると、その反動で起き上がる浩二。
ユーフォリアの頭を軽く撫でると、環の部屋に向かうのだった。

「お呼びかな? リーダー」

襖を開けると、部屋に入る浩二。
するとそこでは、望とサレス。それに環が何かを話し合っていた。

「あ、うん。これからの事なんだけどさ……
南天神の目的が掴めるまでは、この世界で待機しようって事になったんだ」

「望がそう決めたのなら、俺に否は無いさ。それはもう、みんなには伝えたのか?」
「いや、まずは浩二に言っておこうと思って」
「オッケー。それじゃ、皆には俺からその旨を伝えておくよ」

そう言って浩二は部屋を退出する。
それから、社の周りでそれぞれに休憩していた『天の箱舟』のメンバー達に、
しばしの休暇だと伝えると、浩二は環の部屋に戻った。

「……あれ? 望は……」

しかし、戻った時には望の姿は見当たらず、サレスと環だけが残っていた。

「望さんなら、ナルカナ様に連れられて出て行きましたよ」
「そうですか……」
「お探しならば、手の開いてる者に探させましょうか?」
「あ、いえ。いいんです……用があるのは、どちらかと言うと環さんの方ですから」

そう言って浩二は頭をかく。

「何でしょう?」

「あの、すみません。厚かましいのは重々承知の上ですが……
また、食料と物資の補給をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「ふふっ、そんな事ですか」

改まって言うものだから、何事だろうかと思っていた環は、理由を知ってくすくすと笑う。

「それぐらいお安い御用ですよ。貴方達は、この世界の為に戦っておられるのですから、
その程度のことは、喜んでさせて貰いますとも」

「ありがとうございます」

お礼の言葉と共に、浩二は深々と頭を下げるのだった。


「ふうっ……まさか、またこの街に来ることになるとは思わなかったぜ」


その後。物資の積み込み作業を終えると、浩二は時深に送ってもらって町に出た。
目的は制服を買うためである。申し訳ないとは思ったが、金は『出雲』持ちである。

「物部学園の制服を買われるんですよね?」
「はい。上下合わせて二着ぐらい買っておこうかと」

写しの世界の町は、基本的に住む人間が違うだけで、店や建物は同じだ。
なので、物部学園の制服を取り扱っている店の場所は知っている。
何故なら元の世界に一度帰った時に、その店には行ったことがあるからである。

「こんにちはー」

浩二は一軒の仕立て屋にはいると挨拶をした。
その呼び声に、店の奥の方から女の人が出てくる。

「いらっしゃいませ」
「あの、物部学園の制服のLサイズってあります?」

「申し訳ありませんお客様。物部学園の制服のLサイズは品切れ中なんですよ。
MサイズかLLサイズならばあるのですが……」

「え、それじゃ……あの、取り寄せてもらうのは」
「勿論できますよ。えっと、そうですね……7日から10日ほどお待ちいただけますか?」

それはちょっと長い。いくら待機中とはいえ一週間以上もこの世界に留まる事はないだろう。
仕方がないので浩二は、大きいけどLLで我慢するかと思った時―――


「それなら、浅見ヶ丘学園の制服のLサイズはあります?」


―――時深がそんな事を言った。


「あ、はい。浅見ヶ丘学園の制服ならばLサイズございます」
「では、それを二着ください」
「かしこまりました。ありがとうございます」
「ちょっ、まっ」

何故に浅見ヶ丘学園? 確かに物部学園とも余り離れていない学校だが、
制服のデザインがまったく違うどころか色まで違う。
物部学園の制服は紺色で、浅見ヶ丘学園の制服は黒だ。

「ありがとうございましたー」

しかし、浩二が止めるよりも早く、時深は浅見ヶ丘学園の制服を買ってしまっていた。
店の外に出ると、どうぞと言って渡される。

「あの、時深さん……俺、浅見ヶ丘学園の生徒では無いんですけど」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。近所の学校なんですから」

確かに、皆が学生服の中に一人だけ私服でいるよりはマシかもしれないが、
自分だけ物部学園ではなく、浅見ヶ丘学園の制服と言うのもどうなのだろうかと思う浩二。

「そうですね。どうせその制服を着るのなら……
浩二さん。ちょっと寄りたい店があるのでついて来てくれます?」

「は、はぁ……」

その後、時深は呉服屋に入っていくと、店員にアレを二着とか言っていた。
どうやらこの店は時深の店のようだ。もしかしたら出雲の巫女服を頼んでる店なのかもしれない。
そんな事を考えていると、若旦那らしい店の人が、純白の羽織を時深に渡していた。

「浩二さん。そっちの試着室で浅見ヶ丘学園とコレに着替えてみてください」

戸惑う浩二だが、時深によってあれよあれよと言う間に浅見ヶ丘学園の制服に着替える事になる浩二。
痛んだ物部学園の制服から浅見ヶ丘学園の制服に着替え、その上に白い羽織を着る。
そして、試着室からでると、時深は笑顔でポンと手を叩くのだった。

「ソゥ・コージ」

訳の解らない言葉を言われて、釈然としないまま出雲に帰ると、
浩二は『天の箱舟』の皆に、やっぱりと言うか当然と言うか、
浅見ヶ丘学園の制服の上に白い羽織という格好を笑われた。

しかし、唯一人ユーフォリアだけは、浩二のその格好が気に入ったらしく、
掌をぎゅっと握りしめ、大丈夫ですとか、似合っていますよおにーさんとか、
熱っぽく浩二の格好を褒め称えるのだった。






「おにーさん。おにーさん。インスパイアって言ってくれませんか?」
「……何故?」









[2521] THE FOOL 47話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:d24291c4
Date: 2008/04/29 06:26






南天神の襲撃があった翌日の朝。浩二は望に誘われて、参道を散歩していた。
望の頭の上では、レーメが気持ち良さそうに寝ている。
太陽がさんさんと輝いており、確かに寝るには良い陽気であった。

「おまえも大変だな」

浅見ヶ丘学園の制服の上に白い羽織という格好の浩二が、
頭の上で昼寝するレーメを落とさないように歩いてるのを見て苦笑する。

「ま、このぐらいは……な」
「……なぁ。望」
「何だ?」
「その神獣ってヤツはさ、どうやらマスターの深層心理から形を作るそうじゃねーか」
「ああ。確か前に沙月先輩がそんな事を言ってたってけ……」
「もしも、俺にも神獣がいたら、どんなのだと思うよ?」

浩二がそう尋ねると、望は考え込むような仕草をする。

「解らない……想像がつかない。
能力はともかく、外見はめちゃくちゃ弱そうだとは思う……カイワレとか?」

「……何故、カイワレ……」
「いや、サレスの神獣みたいに木の神獣がいるなら、野菜の神獣がいてもいいかなーって」
「いてもいいけど、俺はそんなの嫌だぜ」
「だよな」

ハハハと笑いあう。すると、前の方から巫女が歩いてきている事に気がついた。

「あれ? 時深さん」
「こんにちは」
「あ、こんにちは望さん。ソゥ・コージ」
「ソゥ・コージ?」

望が怪訝そうな顔をするが、浩二としては、何だソレはという風に見つめられても困る。

「しらねーよ。この制服を着るようになってから、
時深さんは何故か、笑いながらそう呼ぶんだから……」

『相棒。相棒』
「何だ? 最弱」
『ソゥってのは、聖ヨト語で『~様』という意味やねん』
「何だ、その聖ヨト語ってのは……」

意味の解らない言葉が出てきたぞと思う浩二。
浩二と『最弱』の話しが聞こえたのか、時深は笑いながらこんな事を言うのだった。

「聖ヨト語ってのはファンタズマゴリアという所の言葉ですよ」
「あの、意味はわかりましたけど……何で浩二の事をソゥ・コージって呼ぶんですか?」

「それはですね。今の浩二さんの格好が、
ファンタズマゴリアを救った勇者の姿と同じだからですよ」

浅見ヶ丘学園の制服の上に白い羽織。隣の学校の制服の人間が勇者とはこれいかに?
望がそんな事を考えていると、心当たりがあった浩二は時深に問いかける。

「あの、それって……以前に話していたユートってヤツの事ですか?」
「ユート?」

更に意味が解らないという顔をする望に、浩二は自分も良く知っている訳ではないがと前置きして、
この写しの世界の住人で、浅見ヶ丘学園に通っていた少年少女の事を簡単に説明してやる。
話を聞いた望は、へぇと感嘆の息を吐いていた。

「俺達以外にも、そんな奴等がいたんだ」

「ああ。でも……まだ俺や望は彼等よりもマシさ。
向こうが異世界にバラバラで放り出されたのに比べて、俺達は沙月先輩と希美……
それに物部学園の皆がいたから、不安はあっても孤独は無かったんだから」

「そうだな……」

それに一番の幸運は、異世界であろうと自分達は何故か言葉が通じた事だろう。
これだけは本当に謎である。どうして異世界人とのコミュニケーションが普通にできるのか、
ツッコミを入れたくてしょうがなかったが、それにより自分だけ言葉が通じなくなると問題なので、
今までは、あえてそれには触れてこなかったのである。

「あの、時深さん……」
「何ですか?」
「どうして俺達、異世界の人間と普通にコミュニケーションとれてるんですか?」
「気にしてはダメですよ」
「いや、そんな事を言われても……」

永遠神剣が翻訳してくれているのでは無いかと思ったりもしたが、
それでは普通の人間である信助や美里達も、
カティマやルプトナとコミュニケーションをとれていたのはおかしい。

「ホントの事を教えてくださ―――」
「タイムアクセラレイト!」

直も浩二が聞こうとすると、時深が何かを叫んだ。


「ぐはあああっ!」


時深がタイムアクセラレイトと叫んだ次の瞬間には、
何故か浩二がズタボロになって地に伏して気絶していた。

「あ、しまった。ユートさんと同じ格好してたから……
つい、いつものノリでやっちゃいました……てへ☆」

「あ……ありのまま、今起こった事を話すぜ。
浩二が言語について尋ねようとしたら、いつのまにか気絶させられていた。
な……何を言ってるのか、わからねーと思うが
俺も何があったのかわからなかった……頭がどうにかなりそうだった…
催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ、断じてねえ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…」


「で―――望さんは、何か質問ありますか?」


ニッコリと。それはもうイイ笑顔で望の顔を見る時深。
望は、首を横にブンブンと振りながら、ありません。何もありませんと後ずさるのだった。

「望さんは頭がいいですね。利口な方は好きですよ」

そう言って時深は担ぎ上げる。

「それでは、私はこれで……」
「あ、あの。浩二を何処に―――」
「聞きたいですか?」

もう一度、ニッコリと笑う時深。
望はその怖すぎる笑顔にもう一度首を横に振る。

「うわっ!」

すると、望の頭の上で寝ていたレーメが落っこちた。

「いたたた……うう~っ、ノゾム~~何をするのだ」
「ああ。すまんすまん」

「ふふっ。それでは散歩の続きをどうぞ。
私は、ちょこっと浩二さんとデートに行っていますので」

気絶した男を担ぎ上げてデート。
しかし、もう望はそれにツッコミをいれる気概は失せている。
浩二を担ぎながら、フフフと笑って去っていく姿を黙って見送り、十字を切るのだった。



「死ぬなよ……ソゥ・コージ」



浩二が時深に連れて行かれるのを見送った望は、散歩を再開しようと歩き出した。
すると、近くでガサッと言う事が聞こえて立ち止まる。
音が聞こえた方向には生い茂る草の中に、二本だけ黒い草が生えていた。頭隠してアホ毛隠さず。

「………ナルカナ?」

ルプトナか、どちらか迷ったがルプトナならば隠れるなんて事はしないだろうと、
望は中りをつけて草むらに声をかける。すると、名前を呼ばれた草むらの主は、
顔を赤くしながら出てきた。

「これはちょっとアレよ。か、勘違いしないでよね。
たまたま私も散歩していただけなんだから。望をつけていた訳じゃないんだからね!」

そうか、つけられていたのか俺。と思う望。

「ああ。そうか……それじゃあ、俺も散歩しているんだし、良かったら一緒に歩かないか」

「む~~っ。この私と出会っておいて、その冷めた反応……ありえない。
普通なら、こんな美少女と出会ったら『な、ナルカナ様!? ドッキーン』ぐらい言うものよ」

「そっか。それじゃ……な、ナルカナ様!? ドッキーン」

「きーっ! ムカつく! なに? 何なの!? 
仮にもこのナルカナ様を握っておいてその反応はーーっ! ぎゃらっしゃー!」

ダンダンと地団駄を踏むナルカナ。
望は、それならどうしろって言うんだよと困った顔をうかべるのだった。






***************************






写しの世界に来てから3日目の朝。
『天の箱舟』のメンバー達は、社の祭壇前に集っていた。

「南天神達が動き始めました。
マナゴーレムを操り、いくつかの世界に進軍を始めています」

全員が揃うと、環が全員を見渡してそう言った。

「旅団のメンバーには、それぞれ手分けして事に当たるように伝えたが、
それでも圧倒的に数が足りない。我々も手分けして事に当たるべきだろう」

「それって、俺達も手分けして色んな世界に行くって事?」
「そうだ。マナゴーレムが向かった世界には、剣の世界及び精霊の世界もある」

望の問いにサレスが答えると、今呼ばれた世界の出身であるカティマとルプトナが息を呑む。

「それと、もう一つ……
望さん達の世界もマナゴーレムの進軍先になっています」

更に付け加えるように綺羅が言うと、望に希美。浩二や沙月という、
元の世界の出身であるメンバー達が驚いた顔をする。

「あと、望さん達の世界については、次元振動により相対座標が安定しておらず……
他の世界のように次元跳躍で向かうことはできません」

「じゃ、じゃあ俺達の世界は……」

「あ、えっと。誤解しないでください。行けないと言う訳ではありませんから。
……ただ、その為にはナルカナ様のお力におすがりしなければ……」

綺羅はそう言ってナルカナを見る。

「なるほど。精霊回廊に私の力を通し、一時的に接続を強くする訳ね。
……となると、希美には元々の世界に向かってもらわなきゃダメね」

「あ、うん」

希美が頷くと、ナルカナは望と浩二を見る。

「アンタ達も私と一緒に来なさい。故郷を護るのよ」
「ああ!」
「って、ちょっと待ったー!」

ナルカナの言葉に望が大きく頷くと、沙月がちょっとまったコールをかける。

「あの、私もあの世界には縁深いんだけど……」
「だってアンタ。あの世界出身ってワケじゃないでしょ?」
「うっ……でも、あそこが私にとって大切な場所だっていうのは変わらないわ」

沙月は必死だ。どうやら彼女は分子世界の防衛戦には元々の世界に向かいたいらしい。

「でも、元々の世界だけに5人も人数を割いたら、他が手薄になるでしょ」
「あー。そうゆう事なら……俺、代わってもいいですよ。沙月先輩」
「ホント!」

浩二がそう言ってやると、沙月は目を輝かせる。

「これならいいだろ? ナルカナ」
「ま、アンタがそう言うならそれでいいわ」

誰も防衛に行かないと言うなら問題だが、
浩二は特にどの世界に向かいたいという希望は無かったので代わってやる事にする。

その結果―――

剣の世界にはカティマとサレスが向かう事になり、
精霊の世界には、ルプトナとユーフォリアと絶が向かう事になるのだった。

「ふうん。俺が向かう世界は俺だけなんだ?」

浩二がそう言うと、綺羅が頷く。

「基本的に少数のゴーレムが向かう先には一人で赴いてもらっています。
貴方に行ってもらう場所は、旅団の人たちが手分けして向かわれた場所と同じく、
少数のマナゴーレムが向かっただけですので……それとも、一人では不安ですか?」

「おい、俺を誰だと思ってるんだ?」
「……誰でも無いくせに……」

自分の神剣『最弱』とマナゴーレムは相性が悪いが、
4~5体程度なら、まぁ倒せるだろうと思う浩二。

「斉藤くん。ゴメンね……我侭言って」

「いいすよ。それより、沙月先輩こそ気をつけてください。
南天神達のターゲットは望です。なので、その望の故郷である俺達の世界には、
一番戦力が集中する筈ですから」

「ええ」

頷く沙月。浩二は望と希美を見ると、アイコンタクトで頼むぞと伝えるのだった。

「じゃあ、みんな。またこの写しの世界で!」
「一人も欠けたら嫌だからね」

望の言葉に希美が続ける。皆それぞれに気合を高ぶらせているようだった。

「おまえ達こそ、しくじるなよ?」
「また会いましょう。必ずです」
「よーっし、それじゃあ、ルプトナ組! しゅっぱーつ!」

時深が開けてくれた精霊回路に、まずは精霊の世界に向かうメンバー達が入っていくと、
その後にカティマとサレスが入っていく。
望達はものべーで元々の世界に向かうので、精霊回廊を使うのは浩二が最後であった。

「んじゃ、ま……行って来るわ」

そう言って浩二は、手をひらひらと振って精霊回廊の中に入っていく。
時深がそれを確認してから精霊回廊を閉じた。
その後、望を始めとする元々の世界に向かう者達も、ものべーに乗り込み、写しの世界を後にする。



そして―――



「環様!」
「何ですか。騒々しい」
「す、すみません。ですが、急ぎご報告する事が―――」
「………え!?」



エターナルが、この時間樹に介入してきている事を環が知ったのは、
それからすぐの事であった……





*********************





「やっと着いたか……やれやれ―――」


精霊回廊から出ると、浩二はやれやれと言う感じで、関節をゴキゴキと鳴らした。
そして、すぐに飛び込んできた光景におおっと感嘆の声をあげる。

「―――って! すっげーーーーーーー!!!!」

その世界は、人の手がまるで入っていない水と緑の世界であった。
精霊の世界にも似ているが、植物の生態系は元の世界に近い。
精霊回廊があった場所が、丘の上であったので一面の景色を見ることができたのだ。

「うっひょーーー!!!」

この世界は、まさしく秘境と呼ぶに相応しい場所であった。
綺羅の話に寄れば、この世界に知的生命体は一人も居ないとの事だから、人工物など一切無い。
ここまで美しい景色を、浩二は今まで一度も見た事が無かった。

『はぁ、こりゃまた……絶景やなぁ』

浩二の腰に刺さった『最弱』も、同じような感想を持ったらしく、感動したような声をあげている。

「おい、この世界凄くね? マジで凄くね?」
『そうやな……自然とはかくも美しいという言葉を、そのまま景色にしたような世界や』
「だよな! だよな!」

子供のようにはしゃぐ浩二。風と共に運ばれてくる草木の匂いと、虫が鳴く音。
遠くの方では元の世界では見られないような、大きな鳥が飛んでいる。

『つか、相棒。はしゃぎ過ぎやねん。ワイらは観光に来たわけじゃないんやで?』
「わかってるよ。けど、まだマナゴーレムはこの世界に来てないだろ」

マナゴーレムは気配を隠すという事をしない。
今は何も気配を感じないと言う事は、自分達の方が先に着いたと言う事だろう。

「ああ、クソ。カメラ持ってくれば良かった」

『ま、こー言うのは、生で見るから神秘的なんや。
写真に残すなんて無粋な事はせんでもえーねん。網膜に焼き付けときなはれ』

「言われてみればそうかも……けど、本当にいいな。この世界……」
『ナハハ。よっぽど気に入ったんやなぁ……』

浩二はしばらく歩いて、一番見晴らしが良さそうな場所に行くと、
そこにドカッと座り込んで胡坐をかく。
それから、丁度良く地面に埋まっている岩に背をもたれかけると、
腰の『最弱』を横に置いて、じっと景色を眺めるのであった。

いつまで見ていて飽きがこない、美しい景色。
時間が経つのも忘れて、ただじっと見つめている。
やがて、太陽が沈みかけて辺りを赤色に染めると、それは泣きたくなるほどに美しいと思えた。

『相棒? おーい、おーい!』

夕陽が沈んで夜になっても、浩二は遠くを見つめている。
今度は光輝く満天の星空を見て感動しているのだろう。
そんな風にして、この『緑と大地の世界』での一日目は過ぎていくのだった……


「ん……まぶし」


二日目になり、いつの間にか寝てしまっていた浩二は目を覚ます。
眩しかったのは、太陽が昇ってきており、身体を照らしているからであった。
浩二はリュックサックからペットボトルの水を取り出して飲む。
1リットルはたっぷりと入っていたそれを一気に飲んだ。

「そういや俺……昨日はメシどころか水さえ飲んでなかったんだな」

ずっと欲しかったオモチャを買って貰えた子供のように、
夢中になって景色を見ていた昨日の自分に苦笑する。

我にかえると現金なモノで、昨日の昼から何も食べていなかった腹が、飯を食わせろと騒ぎ出す。
とりあえず浩二は、リュックサックからブロックタイプの携帯食を取り出して咀嚼した。

『お、起きたか相棒』
「ああ。てゆーか俺、昨日いつの間に寝てたんだ?」

『知らへんがな。子供のように目ぇキラキラさせて、
ワイがどれだけ呼んでも気づかずに、じーっと景色ばっか見てたんやから』

「ハハハ。まぁ、そう怒るなよ『最弱』
しかたねーだろ。こんな美しい景色を見たのは初めてなんだから……そりゃ感動もするって」

一目ぼれというのは、こーいうのを言うのだろうなと思う浩二。
自分がこんなに夢中になれるモノがあった事に対する驚きと、
自分の知らない自分を発見した事に、照れくさいような嬉しいような、不思議な気分になる。

「よっしゃ。マナゴーレムはまだ来ていないようだし、
今日はこの世界を散策と洒落込もうぜ!」

行って見たい場所は、ある程度目星をつけていた。
麓の川と、遠くに見えた緑の草原。あそこで顔を洗ってメシにしよう。

「おっし」

掛け声と共にリュックを背負い『最弱』を握る浩二。
そして、神剣の肉体強化を行うと、丘の上から飛び降りるのだった。





「いいーーーーやっはーーーーー!!!」





*********************






「……何? アイツ」


エヴォリアは、子供のようにはしゃぎ回る少年を木の上から見つめていた。
自分が潜伏している世界へと突然やって来た斉藤浩二。
始めは何事だと思って、ずっと見張っていたが、途中から馬鹿馬鹿しくなってきた。

何せ、この世界に来た早々、景色を見てはすげーだとか、うおーだとか言って叫び始め、
それが終わったかと思ったら、目をキラキラとさせて石像のようにじっと座りだしたのだから。
そして、今朝になって動き始めたと思ったら、全裸になって河を泳ぎ回る始末。、
これでは、エヴォリアでなくても呆れるというモノだろう。

『なぁ、相棒。いくら誰もおらん世界やからって、全裸で川遊びってどないやねん?』
「誰も居ないんだから、別にいいじゃねーか」
『せやけどなぁ……』
「これがゲームなら、今の俺の姿はCGモードに追加されてる筈だぜ?」
『……ここまで誰も喜ばない一枚絵って、ある意味凄いわ……』
「タイトルは『俺は河童の生まれ変わり』な」

本当になんなのだろうか? あの男は……

「……何が河童の生まれ変わりよ……」

自称。河童の生まれ変わりを名乗る男は、バシャバシャと水音をたてて遊んでいると、
やがて自分の神剣を掴み取り、濡れた身体で再び河に飛び込んだ。

「気づかれた!?」

エヴォリアは立ち上がりかける。
しかし、それが間違いだった事に気づくのはすぐの事だった。

「ぷはー!」

水にも潜っていた浩二が、腕ぐらいの長さの魚を捕まえて陸に上がってきたからである。

『ちょ、水の中はやめてーなー。
いくらエネルギー伝導で水気を弾いてるとはいえ、水と火は紙の天敵やねんで』

「しかたねーだろ。肉体強化しなきゃ、素手で魚を捕まえるなんて無理なんだから」

浩二は、自分の神剣と何やら喋りながら陸にあがると、タオルで身体を拭いて火をおこし始める。
最初から魚を捕まえて焼く気だったらしく、枯れ木は集めてあった。

「さってと、この量なら三食分は作れるな……」

石の上に魚を置くと、リュックサックからナイフを取り出し、
おやと言いたくなるほどに、慣れた手つきで捌いていく浩二。
ナイフを素早く走らせると、魚は綺麗に三枚に下ろされていた。

その後。捌いた魚をある程度焚き火で炙ると、
再びリュックの中に手を突っ込み、今度は野菜を取り出して刻んでいく。
それを調味料で下拵えして、アルミホイルに包んで再び火の傍におくと、
鼻歌を歌いながらパンを温めていた。

「はふはふ。うん。うめぇ」

ホイル焼きと、暖めなおしたパン。
見た目と違って器用に料理する少年を見ていて、果物を齧っているだけのエヴォリアは空腹を覚えた。

「美味しそうね……アレ―――って、違う!」

ほんとに、あの少年はここに何しに来たのだろうか?
見たところ後から仲間が来る様子もなく、浩二は大自然を満喫しているようにしか見えない。
食事を終えた浩二は、火を消してゴミを自分のリュックに入れると神剣の強化を行い、また走り始めた。


「……はぁ」


しかし、浩二が次にやってきたのは草原で、おおとか言ってそこにいた動物にまたがると、
これまた楽しそうにはいやーとか、どうどうどうとか言いながら、暴れる動物を宥めている。

「ちょ『最弱』裸馬に乗るのってメチャ難しいな。おい!」
『つーか、あんさん。何がしたいんや……』

彼の神剣が呆れたように言っているが、それはこっちの台詞だと思うエヴォリア。
ほんとに、おまえは何をしたいんだ。何で自分が身を隠している世界にやって来たのだと。

「ほんと、何なの……あの子」

浩二には出会ってからずっと、意表をつかれまくってきたエヴォリアだが、今回は群を抜いている。
本当に意味がわからない。仲間と離れて一人でいる事も、この世界にやってきた事も、
この世界で何をしたいのかも意味不明。怪しい行動でもとってくれれば、見張り甲斐もあるものだが、
彼はただ、ひたすらにはしゃぎ回っているだけだ。

「馬鹿馬鹿しくなってきたわ」

エヴォリアは、隠れて見ているのではなく、もう直接浩二に尋ねる事にした。
本当にあの少年は調子が狂う。
普段の自分なら、思わないことも、まぁ別にいいかと思ってしまうのだから……

「よっと」

木の上から飛び降りるエヴォリア。
着地をすると、腕輪型の永遠神剣『雷火』がシャランと鳴った。

「のうわ!」

いきなり目の前に飛び出してきた自分に驚いた浩二は、愉快な悲鳴と共に動物から落っこちる。
その情けない姿に、エヴォリアは少しだけ溜飲が下がった気がした。

「な、な、な……ちょ、おま。何で?」

落っこちても、すぐに転がって神剣を構えているのは立派だろう。
けれど、戸惑いは隠せないようで、声が上ずっている。

「また会ったわね。斉藤浩二」
「いや、オマエ。何でココにいるんだよ!」
「それは私の台詞よ。貴方……私を追ってココに来たんじゃないの?」
「はぁ?」

本当に、自分とは関係なく彼はここの世界に来たらしい。
それを確信すると、エヴォリアは苦笑を浮かべる。

「この世界は、私が隠れ家に使っていた世界よ。
その証拠に、ここから離れた場所にはねぐらが作ってあるわ」

「マジで?」

「貴方の目的は何? 私の潜伏先に当たりをつけて……
『光をもたらすもの』の生き残りを始末しに来たのではないの?」

「ああ……そういう事か」

浩二はそう言って神剣を下ろす。そして、腰に挿した。

「いいや……ココに来たのは別件だよ。
理想幹での戦いの後、俺達は暫定的に拠点としている世界が、
南天神に襲われているとの連絡が入ったんで、戻ったのさ」

「南天神―――まさか!」

「そう。そのまさか。オマエに取り付いてたヤツが、
マナゴーレムとかいうヤツを操って、望に……ジルオルに復讐にきやがったのさ」

「イスベルが……」

自分の中に巣食っていた、神の怨念を思い出したのか、
エヴォリアは複雑そうな表情をうかべる。

「で、とりあえずは撃退したんだけど、奴等の真の目的が解らずに、
とりあえず様子を伺っていたら、あいつ等が複数の分子世界に、
マナゴーレムを送り込んできやがったんだ」

「…………」

「それで俺達は、理由は解らんが、あいつ等の好きにさせる訳にはいかないんで、
こうして手分けして分子世界の防衛に来たって訳な」

浩二から事情を聞いたエヴォリアは、イスベルの企みのすべてを察した。
長年自分の中に巣食っていた、半身のような存在だ。考えている事は大体読める。

まだこの世界にマナゴーレムはやって来ていないが、
イスベルがこの世界にマナゴーレムを送ってくるのだとしたら、狙いは間違いなく自分であろう。
そして、複数の世界にマナゴーレムを送り込んだ理由は―――

「斉藤浩二。今すぐ、その拠点の世界とやらに戻りなさい。これは陽動よ」
「何!?」

「イスベルが始めに狙いをつけた世界……
もしかして、そこって『叢雲』に関わる何かがあるんじゃないの?」

「…………」

答えていいのかどうか迷う浩二。
しかし、今の彼女ならばと思いなおして首を縦に振る。
するとエヴォリアは、やっぱりねと呟いた。

「イスベルの狙いは、ジルオルの抹殺と同時に、再び神としてこの世界に君臨する事。
彼女は、その為の力を求めているわ」

「その、求める力とやらが『叢雲』か……」
「ええ。だから、戻りなさい」

そう言うエヴォリアの顔を浩二は見つめる。

「どうして、それを教えてくれる……あの時の借りは返してもらった筈だぜ?」
「借りとかじゃないわよ。何でもかんでもイスベルの思い通りになるのがシャクなだけよ」

そっぽを向いて言うエヴォリア。
何だかその様子は歳相応の少女のようで、浩二は少し和んだ。

「じゃ、おまえはどーすんだよ。ここにいたらマナゴーレムが来るぜ?」
「……お生憎様。ゴーレム如きに負ける私じゃないわ」

エヴォリアはこれでも、あのサレスと互角に渡り合った女傑である。
確かにマナゴーレムは侮りがたい強さだったが、彼女ならば負けないだろう。
むしろ、ゴーレム相手には相性の悪い自分よりも、手際よく倒すかもしれない。

「なぁ……何故逃げないんだ?」

「私が逃げたら、きっと腹いせにこの世界を荒らすでしょ。
そして、たぶんその次には、私の故郷と家族を狙ってくる……」

いきなりエヴォリアの弱みである場所を狙わない当たりは、
南天神はエトルやエデガよりも人道的なのかもしれないと思う浩二。
そう考えれば、憑依していたエヴォリアの身体も、いきなり操ろうとはしなかったし、
写しの世界を襲ったときも、町を攻撃する事はしないで、直接『出雲』を襲ったのだから。

どこまでも非常に徹するならば、町を襲ったほうが良い。
そうすれば出雲の防衛人形の何体かはそちらに割かねばならず、攻略も楽になるだろうに……
それをしないと言う事は、南天神はエトルやエデガよりも人道的な心を持っているのだろう。


「……そう言えば、オマエも……直接的には人を襲わなかったんだよな……」


魔法の世界で『光をもたらすもの』が支えの塔を襲った時も、
エヴォリアは、どの世界でも直接的に街の人間には手を出そうとしなかった。
最終的には全てを殺す策をたてても、直接的には無辜の民を傷つけようとはしていない。

それは、甘さと呼んでもいいのかもしれない。

どこまでも効率だけを考えれば『旅団』や自分達は、人々の生活を護るという志を掲げているので、
街の人間を襲えばそれだけ行動を制限させられるのだ。けれど、エヴォリアも南天神もそれはやらない。


ならば―――


「……いいや。しばらくは時深さんにがんばって貰おう」


気に入ったこの場所を護るために戦おう。
エヴォリアだけに任せるのではなく、自分もこの世界の為に―――

「ちょ、貴方。この世界への攻撃は陽動だって言ってるでしょ?」
「ああ。それは理解した。けど、大丈夫だ」
「大丈夫って……」

「写しの世界には時深さんがいる。
エターナルである彼女がいるなら『出雲』はそう易々とは落ちんよ。
そーいう訳で、俺はこの世界に残るぞ」

「本気?」
「もちろん」

馬鹿を見るような目でエヴォリアに見られるが、浩二はそれに笑顔で返す。

「なぁ、エヴォリア。仲間になれとは言わんから、ここは共闘しないか?」
「…………」
「何だよ。目的は同じなんだからいいだろ?」
「……そうね」

頷くエヴォリア。確かに、目的が同じであるならば組んでもいいと思う。
これがサレスとかであったならば、目的が同じだとしてもお断りだったが、
彼は―――斉藤浩二なる少年は『旅団』では無いのだから……

「おっしゃ!」

エヴォリアが頷いた事に、ガッツポーズをとる浩二。
三度目の何とやらだと思うと、不思議な達成感があった。

「……ん」
「……何? その手は」
「握手」
「調子に乗らない」
「いてっ」

差し出した手を、ぺしっとはたかれる。
浩二の神剣―――反永遠神剣『最弱』は、その光景を見てハッスルした。



『相棒。相棒』
(あん? 何だよ。最弱……)



喋るのではなく、心の中に直接語りかけてきた『最弱』に浩二は怪訝な顔をする。

『この戦いもいよいよ大詰め。たぶん、これがラストチャンスやねん。
今回こそ……今回こそ上手くやるんやで?』

(……何を?)
『…………』
(おい、黙るな。何がラストなんだ?)

ダメだ。本当に何も解っていない。
早く何とかしないと……と言うか―――もう手遅れだ。




『いや、もーええねん……ゴーレム退治、がんばろーな……』




きっとこの男は、他の部分が優秀である代償に、
恋愛に傾けるエネルギーを無くしてしまったのだろうと『最弱』は溜息を吐くのだった……









[2521] THE FOOL 48話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:f980d33e
Date: 2008/04/29 06:35





「―――ハッ!」


気合と共にエヴォリアの右腕から光弾が放たれると、マナゴーレムの胴体を貫いていた。
後ろから迫るレーザー。しかし、それは浩二が『最弱』を盾にして防いでいる。

「よっと!」
「今度はこっちね!」

エヴォリアは、振り向き様に浩二の肩越しから光弾を放った。
頭部を吹き飛ばされたマナゴーレムが、膝をついて倒れる。
近接戦闘に切り替えたのか、別のマナゴーレムが突っ込んで来たが、
それは浩二が棒の形に変えた『最弱』でカウンターをくらわせていた。

「とどめっ!」

吹き飛ばされたマナゴーレムにも追撃の光弾が放たれると、胴体を貫かれたマナゴーレムが爆発する。
空からマナゴーレムが現れると同時に、戦闘が始まって5分弱……
エヴォリアと浩二のタッグは『緑と大地の世界』に現れたマナゴーレム5体を、残さず撃破していた。

「ハッ―――楽勝だったな」

浩二は棒の形にした『最弱』で、肩をポンポンと叩きながら鼻で笑う。
エヴォリアは、一人であったならばもっと苦戦していただろうマナゴーレムの残骸を見て、
改めて斉藤浩二なる少年の戦いにおけるセンスの良さを実感していた。

彼は、浩二は人のフォローが凄く上手い。

居て欲しいと思う場所に居てくれるし、思う通りに動いてくれる。
それはきっと、コンビを組む人間の特性をすぐに理解し、
自分がどう動けば最善であるかを考えているからだろう。

「そうね」

エヴォリアは身に纏っていたマナを収束させると、小さく笑って頷く。
ベルバルザードと共に行動をしていた時は、突撃する彼を自分がフォローするのがメインだったが、
自分の方が面倒を見てもらうというのも悪くはないと思う。

「さて、それじゃミッションが終わったから、俺は写しの世界に戻るが……
オマエはこれからどうするんだ?」

「……特には考えていないわね」
「故郷には帰らないのか?」

「……帰れると思う? いくら家族を人質にとられてやった事とは言え……
幾多もの世界を滅ぼしてきた私が、この血塗られた手で……
家族の手を取ることが許されると思う?」

何気なく言った浩二だったが、悲壮な笑みと共にそんな言葉を返される。

「すまん。軽率だった」
「謝らなくてもいいわよ。自分がしてきた事だしね」
「………なぁ」
「お断りよ。同情なんて結構だわ」

言葉は最後まで言う事無く断られる。
浩二は苦笑した。ならばしょうがないと、後は彼女の人生だろうと。

「そっか。なら、しょうがねーわな」

そう言って『最弱』を腰に挿す。
しかし、そこでじゃあなと声をかけよとした所で―――




「あら? パーティは終わったのかしら?」




―――凄まじい力の存在が、いつの間にかいる事に気がついた。

「エヴォリア!」
「―――っ!」

反射的に飛びずさる浩二とエヴォリア。


「ふふっ……」


そこに立っていたのは女だった。白いマントを背中から羽織った赤い髪の女。
何故か服は着ていない。整った顔立ちに、均整の取れた体躯。
美女であるのは間違いないが、彼女を見たときに感じたのは劣情ではなく戦慄だった。

「……なぁ、おい……『最弱』……アレ? 何だと思う?」

この世界に住む、痴女とか裸族とかだったらいいなとか思うが、
生憎とこの世界には人は一人も住んでいないというのは調査済みだ。

『……エターナルや……ついに、出会ってもうたか……』

呆然とした声で浩二の神剣―――反永遠神剣『最弱』は答える。
浩二はゴクリと唾を飲んだ。ユーフォリアとはまるで違うと。
体格と色気ではない。存在感と、身に纏うマナの量がだ。

「何で……」

エヴォリアの身体が震えている。蒼白な顔で、ガチガチと歯を鳴らしている。
彼女は怯えていた。目の前に立つ圧倒的な存在―――エターナルの前に。

「永遠神剣のマスターが二人……うふふっ。
久しぶりに、食べごたえのある美味しそうな子がいるわね……ん?」

エヴォリアを見て妖艶に笑った女は、隣に立つ浩二を見ると不思議そうな顔をする。

「……貴方……何?」

何と言われても返答に困る浩二。
しかし、だまっていると怒りそうなので、とりあえず答える事にした。

「あっははは。ただの通りすがりです。それじゃ、僕達はこれで―――」

そう言ってエヴォリアの手を取ると、この場を立ち去ろうとする浩二。
しかし、踵を返すと同時に顔を向けた先に回りこまれた。

「……何処へ行くの?」

おまえのいない所だよ! チクショウ!
そう、喉まで出かかったが、何とか抑える。

「いや、その。帰ろうかと」
「……何処へ?」

どこでもいいだろ! バカヤロウ!
ありったけの声で叫びたかったが、何とか我慢する。

「えーと、その……家?」
「そう。おうち……」

もしかして、帰してくれるのか? と一瞬だけ期待した浩二であったが、
次の瞬間にはその期待は粉々に打ち砕かれた。

「でも、帰る必要なんてないわ。貴方達の帰る場所は私なのだから……
そう、私は全てを赦す者。全ては私の中に還り一つになるの!」

「ちいいいっ!!」

バサッと翻るマント。その瞬間に、浩二は『最弱』を抜きながら前に飛んでいた。
反永遠神剣にエネルギーを流し込み、疾風の突きを放つ。

「―――っ!?」

しかし、女の体は景色に溶け込むように消えていた。
害意。肩。浩二は突き出した『最弱』を地面に突き立て、進行方向を変える。
ガキンと硬い物がぶつかりあう音が耳元で聞こえた。

走る。止まってはいけない。足を止めたら終わりだと本能が叫んでいる。
視界の端。エヴォリア。立ち尽くしている。
浩二は舌打ちした。走る方向を変えると立ち尽くしているエヴォリアを脇に挟んで駆ける。

「ちょっ、何するの? 離しなさい!」
「あークソ。てめぇ、あんな所で立ち止まってるんじゃねーよ! 死にたいのか!」

暴れるエヴォリアに怒鳴る浩二。
その言葉にいつもの冷静さを取り戻したのか、瞳に理性の色が戻った。浩二はそれを確認すると手を離す。
疾駆している途中だったが、エヴォリアは危なげなく地面に足をつけると、浩二と併走して走った。

「あれから逃げ切れると思うか?」
「……無理ね。身体能力はあっちのが上だわ」
「空間跳躍は?」
「向こうもできるみたいだから、たぶん無意味。すぐにマナの流れを読んで追ってくるわ」
「そうか……」

浩二は空を見上げる。何処までも澄み渡る青い空。ギリッと歯を鳴らす。
そして、心の中でこれぐらいの困難などいつもの事じゃないかと呟く。

「……冷静になれ。思考を止めるな。考えろ……」

敵が何者であろうと関係ない。立ち塞がる障害は叩き伏せるのみ。
それは、エターナルであろうと、神であろうとそれは同じだ。

「俺が……この俺が、この程度の困難で負けるものか……」

思い込む。自分が負ける筈がないと。信じ込む。自分が死ぬ訳がないと。
根拠はある。何故なら、自分に―――斉藤浩二に……


「ハッ―――エターナルが何だってんだ! 
俺に越えられない壁なんて無いんだよ! バカヤロウッ!」


ぶつぶつと何かを言っていた浩二が、突然叫び声をあげると、くるりと反転した。
棒の形にしていた『最弱』をハリセンの形に変えると、
迫り来る敵意に向かって反永遠神の一撃を叩き込む。
何も無い空間にいれた筈なのに、手ごたえと共に快音が響いた。

「―――なに? これ……」

女は戸惑っていた。今までくらった事のないダメージが自分の身体を走ったからだ。
破壊するというような、強力なエネルギーでは無い。しかし、アレは危険だ。
何だかわからないけれど危険だ。空間ごと食らう力は、自分の神経ともリンクしているので、
あのようにカウンターで合わされたらまずい。女はそう判断して、自らの神剣による攻撃に切り替える。

「不思議な子……でも―――」

女の身体がブレた。次の瞬間には姿が消えている。
風を切る音。背後。斬撃が襲ってきている。舌打ちと共に飛び込み前転をきめる浩二。
振り向き様に棒形態にした『最弱』を薙ぎ払った。


―――ギィン!


硬い物がぶつかり合う音が響く。女が微かに笑った。血の気が引く。
浩二が防御体制をとると、腕を鑢の様なモノで削られるような鋭い痛みが走る。

「ぐっ―――」
『相棒!』
「あっ、ああああああああ!!!」

『最弱』を持ちながら、全力で後ろに飛んだ。
着地しても追撃は無い。女は先程までの場所に留まっており、ぺろりと口元を舐めている。

「あはっ、美味しいわぁ……貴方のマナ……
生命力に満ち溢れていて、蕩けてしまいそうな程に深い味わいよ……」

「はぁっ、はぁ、はぁ……」

浩二は『最弱』を薄く延ばしたモノを破って包帯代わりに腕に巻く。
痛みが走った腕は、ボロボロに傷ついていた。掌に近い部分は骨が見えている。
傷つけられたのが表側でよかったと思った。もしも裏側であったならば脈をやれていただろう。

「大丈夫……大丈夫……まだ、戦える……」

高鳴る鼓動を抑えようと、深呼吸を繰り返す。
頭に血が上れば、出血も酷くなる。落ち着けと心の中で言い聞かせる。

「最弱……」
『何やねん?』
「これが、エターナル―――俺達の、敵か……」
『……そうや』

自分の知るエターナル。ユーフォリアとは桁が違う強さだ。
与えてくるプレッシャーが尋常じゃない。ユーフォリアが弱いわけではなく、コイツが別格。
気を張っていないと、足が震えて動けなくなる。

―――強い。強すぎると言っても良いほどに強い。

今までの敵は、ベルバルザードにしても、エデガにしても強敵である事に変わりはないが……
まったく太刀打ちできない程強いとは思わなかった。
だが、アレは別次元の強さだ。段違いどころでは無く桁が二つか三つぐらい違う。


「どうすれば勝てる……」


今までで解った事は、あの女の攻撃で一番厄介なのは空間を削り取るような見えない攻撃。
それも前動作がまったく無しで、いきなりやってくる。
だが、射程範囲はそれほど長くない。精々が5メートル程だ。

後は、空間跳躍なのだが……
あれは前動作として姿が一瞬ブレるので、半呼吸ぐらいは対応の時間がある。
短刀の永遠神剣は、まだどんな力を行使するのかは解らない。

今の所、解っているのはそれだけだ。

浩二は大きく息を吸って、肺に空気を溜め込むと、ブハーッと吐き出した。
能に酸素を取り込んで、活性化しろという願掛けだが、深呼吸は心を落ち着ける効果もあった。

「カウンターしか無いな……」

自分の神剣―――反永遠神剣『最弱』は、神剣の護りを突破し、直撃を叩き込むことが出来る。
マナゴーレム並みの、凄まじい硬さの全身鎧でも着ていたならばお手上げだったが……
幸いなことにあの女は裸だ。一撃でもいいから叩き込めれば、勝機は見えてくる筈だ。

「………ベルバルザード……」

ポツリとその名を呟く浩二。

「………おまえは、本当に強かったんだな……」

弱者である自分が、あの暴威に立ち向かうのに必要なものは武術。戦術。技―――
そして、それらの技術は、力なき人間が、強者に抗うために考えたモノだ。
今までの敵の中で、それらを持ちえた敵はベルバルザードだけだった。

エデガも、あのエターナルの女も、神剣の能力と魔法の強さは凄いと思うが、
そんなモノは奴等の持ってる『永遠神剣』が凄いのであって、
奴等自身が汗水をたらし、努力して得た力ではない。


「負ける、ものか―――っ!」


そんな奴等には、絶対に負けたくないと思う。
強くなろうと努力する者を嘲笑うかのような、始めから強い理不尽な暴力に負けてたまるかと、
浩二は『最弱』のエネルギーの源である、反逆と反抗の想いを強くする。

あの女は、俺を見て嘲笑いやがった。
あの女は、きっとまだ本気なんてだしていない。
それどろか、これを戦いだとさえ思っていないのかもしれない。
遊んでいるかのような立ち振る舞いだ。

―――ギリッ

歯軋りさせる。自分を敵とさえ見なしていないだろう女を睨みつける。
上等だ。刻み付けてやる。エターナルが不滅であるのならば、
永遠に消えることの無い傷と共に、俺をアイツに刻み付けてやる。



「はあああああああっ!!!!」



ダンッと大地を踏みしめ気合を漲らせる。
腰を落とし、切っ先を敵に向け―――最大、最強、最速の一撃を叩き込む。
そんな浩二の想いに応えるかのように、反永遠神剣は波動の螺旋を周囲に放つのであった。





*************************





「なんで……」

エヴォリアは、浩二が反転してエターナルの女の所に向かっていく姿を遠くから見ていた。
戦う彼の横に立つこともできずに、ただ呆然と、その姿を見ている事しかできなかった。

「どうして、向かっていけるの……」

エヴォリアはうわ言のように呟く。理解できない。斉藤浩二なる少年が解らない。
力の差は歴然であるのに、纏うマナの大きさがそよ風と台風ほどに違うのに、
どうして彼は向かっていけるのか?

「怖くないの……死が……」

神剣を振るい、戦う背中―――
傷ついても、諦める事無く構えを取り、雄叫びと共に全身から波動を放っていた。
ギラギラと輝く瞳で敵を睨みつけている。その瞳は負ける事など考えていない。
絶望的な脅威を前にしても、勝つ事だけを考えている。


「私……は……」


負けるかもしれない戦いなど、挑んだ事は無かった。
荒れ狂う暴威の前には、吹き飛ばされないように膝を抱えてしゃがみ込み、
その風が過ぎ去るのを待つだけだった。

けれど、彼は立っている。負けるものかと叫んでいる。

自分では勝てない相手に服従か死を迫れた時。膝を屈して服従する事を選んだ。
理想幹神により、故郷と家族が手に落ちた時。抗おうと思えば抗えたにも関わらず……

今はその時ではない。
いつか、彼等を越える力を手に入れてと自分に言い訳しながら。

―――だが、そのいつかを待った結果はどうだ?

世界を滅ぼす道具として、理想幹神に利用されるだけ利用されて……
最後には砂漠に捨てられ、南天神に身体どころか心さえも奪われようとしていた。

いつか。きっと。そのうち―――

そんな、有るか無きかの都合の良い妄想に縋った結果がこのザマだ。
当然だ。あの結果は当然だったと、今ならそれが解る。
斉藤浩二やジルオルが勝ち続けているのは、運命の神なんかが味方したからなんかじゃない。

彼等はいつも全力で抗っているのだ。

目的の為。理想の為。夢の為。理由は何でもいい。
とにかく今を全力で生きている。
明日は願うものではなく、掴み取るものだと、困難に全て体当たりしているのだ。


「ギムス……」


エヴォリアはツルギを翳す。
自分と共に歩むパートナーにして、未来を掴み取る事の出来る自らのツルギを。


「私も、今から馬鹿になるわ」


危険は避け、利益には飛びつき……
必要とあらば全てを利用してでも伸し上がるのが、一般的に言う賢い生き方だ。
そして、それが今までのエヴォリアという存在のあり方だった。

けれど、それは今この場で捨てる。

自分が何者かであると思っていたなんて、そんなのは思いあがりだ。
小賢しい知恵ぐらいで、上手く立ち回れる程に自分の立つ場所は甘くない。
エターナルという圧倒的な存在の前には、少しばかりの知恵や立ち回りの上手さなど、
何の役にも立たないのだから。

世界一頭のいい虫けらがいたとしても……
逃げ回るだけでは人間の目にはただ虫けらとしか映らないだろう。

だが、たとえ虫けらだとしても、向かってくる虫けらは別だ。
上手く顔の前にでも飛び出てやれば、大の男に悲鳴の一つでもあげさせ、引っくり返す事が出来る。
引っくり返った先に石でもあったならば、殺す事もできるかもしれない。

エターナルという存在の前には、自分など虫けらだという言うのなら、飛び掛ってやろう。
倒す事ができる可能性なんて、何万分の一に過ぎぬのだとしても、戦うならば、抗うならば……




可能性はゼロなんかじゃないんだから―――





*************************





「フフッ―――」


笑い声と共に、女の体が一瞬ブレた。

―――来る。

浩二は全身全霊をかけて意識を研ぎ澄まされる。
針が落ちる音さえも聞き逃さぬように、虫が羽ばたく時に生じる風圧さえも感じ取るように……
全身を意識のアンテナへと変える。


ブッ―――と、次元が歪む音が聞こえた。


「ダッ―――!」


背後。呼吸と共に大地を踏み抜き、振り返る力さえも利用して薙ぎ払う。
インパクトの音と共に確かな手ごたえ。とった―――



「なっ!」



しかし、それは………



「残念。そっちは私の見えない……お・く・ち」



―――見えない空間を削り取る力の方であった。



「ガハッ―――」



女の顔。抱きつかれたかの様に近い。
赤。それは女の髪の色。そして、自分の……返り血。

「げほっ! おっ、ぐ……」
『相棒!? あいぼおおおおおおおおおっ!!!』

エターナルの女が突き出した神剣が、浩二の胸板を貫いていた。
胸から突き刺された短剣の切っ先は、胴体を貫いて先が飛び出している。

「こっ、の……」

それでも浩二は神剣を振り上げる。目の光は消えていない。
しかし、それを振り下ろすよりも早く―――


「ふふっ、あははははは」


―――女は抉り込むように突き刺した神剣を捻り、抜いた。



「ぐぼぉ―――っ」
「浩二ーーーーっ!!」



そこにエヴォリアが飛び込んでくる。女に光弾を放ちながら駆けて来る。

「おっと。あぶない」
「がっ………は」

女は後ろに大きく飛びずさった。それと同時に、浩二は前のめりに倒れる。
血が大地と純白の羽織を赤く染め上げ、水溜りのように広がっていった。

「浩二! 浩二っ!」 

エヴォリアは浩二を抱き起こすが、浩二は何も答えない。

「あ……あ、あ……」

この傷は致命傷だ。確かめるまでもない。
死んでいた。斉藤浩二は死んでいた。
絶対を否定するツルギを持ち、運命に抗う少年は……

絶対などないと叫べども……
運命なんかに負けるものかと立ち向かえども、その力及ばず―――

エターナルという名の、絶対の強者の前に膝を折り、倒されたのだった。


「……神剣が……」


死んでも手放さなかった彼のツルギが消えていく。
マスターを追う様に、半身である筈の永遠神剣が消えていく。


「あーあ。やっちゃった……ドジね。私ったら……殺しちゃうなんて……
……でも、貴方もいけないのよ? 大人しくしてれば私と一つになって、
辛いことも。悲しいこともない、永遠に続く幸せを得られたのに……」


そう言って溜息を吐く女。その顔は、心底失敗したと言っている。

「っ!」

エヴォリアは憎しみを籠めた目で女をにらみつけた。
自分が、どうして浩二の死にコレほどの怒りを感じているのかは解らない。
だが、彼女は自分の大事なモノを、理不尽な暴力で面白半分に奪われたような気がしていた。


「貴方は……絶対に、殺すわ……」


永遠神剣第六位『雷火』に、白く輝くマナの光を灯らせる。
それと同時に、身体中からマナの波動が放たれ風となる。
赤い髪の女は、おや? というような目でエヴォリアを見た。

「あら、やっぱり貴方……美味しそうね?
フフッ……前菜は食べ損なっちゃったから、メインだけはしっかり食べないと」

「ははっ、うふふ……そう。貴方達からすれば、浩二も私も餌にしか過ぎない……か。
―――っ! なめるんじゃないわよ! この露出狂の変態っ!」

エヴォリアは思う。自分はおそらくこの相手には勝てない。
ならば、相討ち。永遠神剣の力を最大に解放して、相討ちに持ち込むと。





「はああああああっ!!!」





両腕に白い光を灯らせ、エヴォリアはエターナルの女に向かっていくのだった。










[2521] THE FOOL 49話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:f980d33e
Date: 2008/05/08 07:16






そのツルギがマスターとなる少年と出会ったのは、トイレであった。
我ながらロマンもドラマも無い場所で出会ったと思う。

『やめて、やめて、やめてや! ホンマお願いします。話だけでも聞いてください。
悪いヤツやないんです。今はこんな姿にのうなってるけど、
実はすっごい神様なんです。だからお慈悲をーーーーっ!!!!』

始めは、ただ必死だった。
幾百星霜の時を巡り、やっと出会えた自分のマスターになり得る人間だ。
どんな人間であるかは知らないが、とにかく自分のマスターになってもらいたかった。

『だだだ、大丈夫やってーーーー! ワイも自分の力の無さはよう解ってまんねん。
ワイかて死にとう無い。せやから相棒に、戦えとか無茶なこと言わへんねん!
ただ、ワイのマスターになってくれるだけでいいんや! それ以外は望みまへん!』

こう言ったのは嘘だ。本当は自分を手に永遠神剣を消滅させるつもりでいた。
下手に出たのが功を成したのか、浩二は自分のマスターになってくれた。

意識の改革はゆっくりでいい。
焦る事無くゆっくりと、永遠神剣に対して嫌悪感を抱かせ……
自分の望むマスターになるように誘導していけばいい。そう、思っていた。


「なぁ、最弱……」
『何やねん?』
「いつまでも俺の鞄に放り込んでおくのもアレなんで、神棚を作ったぞ」
『おおっ! 相棒ーーーーーっ!』


けれど―――


「つまんねぇ……マジでつまんねぇ……」
『何やねん。相棒……藪から棒に……』

「いや、学校がつまらんのだよ。授業のレベルも大した事ねーし。
運動でも、勉強でも俺に勝てるヤツもいねーし。面白いヤツもいねぇ……」

『…………』
「そんな奴等のレベルに合わせてたんじゃ、腐っていく気がするぜ」
『なぁ、周りがそんなにツマラン奴等ばっかなら、逆転の発想してみまへんか?』
「逆転の発想だと?」

『相棒がオモロイ奴になったったらええねん。
今も、外では敵は作らんように周りに合わせてるんやろ?
どーせ演技するなら、とことんまでやって見るのもオモロイんとちゃいます?』

「……その発想は無かったわ……」



―――気がつけば。



「何か、最近良く声をかけられるようになったなぁ……」
『やっとる事がアホやからなぁ。親しみが持てるようになったんやろ』

この少年を好きになっていた。
自分自身を持て余すが故に、何もかもがつまらんと腐っていた、
手の掛かる弟のような浩二を好きになってしまっていたのだ。

神剣としては失格だろう。

利用すべき遣い手の都合を優先し、己の使命を蔑ろにするような神剣は。
……だが、それでもいいと思った。
ただの喋るハリセンとして、斉藤浩二という少年の成長を見守るのも悪くないと。


「最弱ッ!!!!」
『相棒! 無事やったか?』


しかし―――


「これが、オマエの言っていた敵か? 永遠神剣の遣い手達の戦いが始まったのか?」
『そうでっしゃろなぁ。今この学園を取り囲んでるのはスピリットですわ』


―――運命は浩二を戦いの渦に放り込む。


「巻き込まれるのなんてコリゴリだ。逃げるぞ。俺は」

『そうでんな。殴り合い、斬り合いになったらワイ等ではひとたまりもありまへん。
逃げるだけやったら、ワイの力で相棒の身体能力を引き上げればできん事もないやろけど……』

「何だ! 言いたいことがあるならさっさと言え!」

『逃げる手段さえ持ってない、相棒のクラスメイトや友人はん達は……
このまま取り残されたら嬲り殺しにされまっせ』

「―――っ!!!」
『それでも一人だけ逃げまっか? ワイはそれかてかまへんけど』


思えば、あの時が斉藤浩二のターニング・ポイントだったのだろう。
戦いに巻き込まれるのは嫌だと、逃げることは出来た。
自分はそれでも構わないと言ったが、本当は戦って欲しかった。

反永遠神剣は、人の想いが詰まったヒトのツルギ―――

弱き人達が、永遠神剣という圧倒的な暴威の前に晒された時、
ふざけるなと、そんなのは認めないと、絶対強者を否定するツルギ。

戦うと、言って欲しかった……

友達を見捨てて、あくまで我が身が大事と言うなら、それを尊重するつもりだが、
できる事なら戦う事を選んで欲しかった。
そして、その想いが届いたのか定かではないが、浩二は戦う事を決意する。

彼は戦った。

元の世界でも、剣の世界でも、精霊の世界でも、魔法の世界でも、
未来の世界でも、暁絶の世界でも、理想幹でも、写しの世界でも―――

戦うごとに強くなっていき、幾たびもの困難を乗り越えてきた。
斉藤浩二という少年は、いつしか自分の誇りになっていた。
彼の神剣である事が嬉しかった。
どこまでも、どこまでも、成長していく浩二を見ていたかった……


それが―――


「げほっ! おっ、ぐ……」
『相棒!? あいぼおおおおおおおおおっ!!!』


理不尽な暴威の塊。エターナルによって殺された……
敵としてではない。ただのエサとしか見ていない相手に、虫けらを踏み潰すように殺された。


「あーあ。やっちゃった……ドジね。私ったら……殺しちゃうなんて……
……でも、貴方もいけないのよ? 大人しくしてれば私と一つになって、
辛いことも。悲しいこともない、永遠に続く幸せを得られたのに……」


マスターを殺され、神剣とマスターのリンクにより消えゆく瞬間。


『ふざけんな……』


それを聞いた時―――


『ふざけんな。ふざけんな。ふざけんな……ふざけるなッ!!』


どうしようもない怒りが駆け巡った。
これほど悔しいことは無かった。自分が雑魚神剣だとかパチモノだとか言われるのはいい。
だが、自分の相棒が―――浩二が、まるで無価値なモノのように扱われるのだけは許せなかった。

『相棒……』

反永遠神剣『最弱』は、血の海に沈み、もう目を開くことの無い浩二を見る。

『ワイは……認めんで……こんなのは嘘やねん……』

反永遠神剣は、永遠神剣の奇跡を否定するツルギである。
理不尽な事。ありえない事は全て否定する。
だから自分は、その『ありえない』と『理不尽』を否定しよう。


何故なら―――



『ワイにとっちゃ、相棒があんな風に死ぬ事の方が理不尽で、ありえないんや!』


―――スパーン!


その瞬間。消えた『最弱』が一瞬だけ具現化し、浩二の頭を叩いた。
響く快音。それと同時に塞がっていく浩二の傷。
鼓動を止めた心臓は、ゆっくりと、ゆっくりと、動き始める。

反永遠神剣の特性は『奇跡を消し去る力』ではなく『あるべき自然な形へと戻す力』だ。
『最弱』は、浩二が生きている事こそ自然であると、その力を使ったのだ。


『相棒……』


その姿を見下ろし、穏やかな声で呟く『最弱』は、自分と言う存在が消えていくのを感じていた。
死んだ人間が元に戻るなど、自然な出来事であるはずが無いのに、
それこそが正しい形だとツッコミをいれたのだ。

―――すなわち、自分で自分を否定したのだ。

消えるのは当然の代償であろう。存在意義を捨てたのだから。
けれど『最弱』に後悔は無い。ヒトのツルギがヒトの為に力を振るったのだ。

それも、一番大事なヒトの為に―――

それが間違いなんかである筈が無い。
間違いだと言うヤツがいたら、ブン殴ってやる。手は無いけど。
そんな事を思いながら、宝物を見つめるように浩二の姿を見つめる。

『……ワイの事……忘れんといたってな……
頭の片隅でもいいから、覚えといたってな……
エセ関西弁のやかましいハリセンが、傍に居た時期もあったって……』

もうじき、浩二が目覚めるのが解る。
けれど、自分がその姿を見る事がない事もわかる。

『……なぁ、相棒……』

浩二の姿を見つめ。万感の想いをこめて言葉を紡ぐ『最弱』
彼がこの言葉を聞くことはないだろう。
本当なら、別れの言葉の方が良かったのかもしれない。
けれど、自分たちにはきっと―――



『今まで、楽しかったなぁ……』



別れの言葉なんかよりも、コレのが似合うだろうから、
斉藤浩二の神剣『最弱』は、そう言って笑うのだった。




**********************




「………っ」



目覚めた。今までのどの目覚めよりも最悪な目覚めであった。
自分の半身の声は聞こえていた。耳には届かずとも、心には響いて聞こえていた。


「ぐっ、っ……っ…」


無くしてしまったのだ―――掛け替えの無いモノを。
失ってしまったのだ―――大切なモノを。

自分が弱かった為に。不甲斐なかった為に。
掛け替えの無い大切な存在を失い、無くしてしまった……

「っあ、あ、あ……あぐっ……うっ―――っ」

自分自身が、これ程までに許せないと思ったのは初めてだった。
何が俺に出来ない事はないだ。不可能は無いだ。この屑野郎め!
そう言って、自分自身を呪いたかった。けれど、そんな事を自分の相棒は望まないだろう。
アイツはそんな俺を認めてくれていたのだから。


「……最弱……」


その名を呼ぶ。けれど、いつもだったらすぐに返ってくる返事が聞こえない。
ポケットに手を入れる。そこにあった切れ端も消えていた。
無い。無い。無い―――どこにも居ない。存在しない。自分の神剣『最弱』は消えてしまった。

「……っ……うっ、くっ……」

涙が止まらなかった。頭がフラフラする。指先が痺れる。
別にいい。どうでもいい。身体が熱い。心臓がうるさい。関係ない。

腹の中にたまって、ふくれあがるこの何か……

それを吐き出してしまわないと、どうにかなりそうだった。
比喩ではなく、本当に体の中から何かが出てこようとしている。

「てんだ―――」

それは大きな力。今までに感じたことの無いマナの奔流。

「何だってんだ……」

煩わしかった。こっちは大事な存在を無くして悲しんでいるというのに……
この何かは、悲しむ暇さえくれないのかと腹が立つ。



「うるっせえええええええええええッ!
さっきから、テメェは一体何なんだあああああああああああ!!!!」



絶叫した。自分の中で熱く燃え上がる何かを吐き出すように、
力の限りの叫び声を浩二はあげた。それと同時に旋風が巻き起こる。
浩二の身体から飛び出した、赤い光が旋風の中心で形を取り始める。


―――ドズンッ!!!


「なっ!? これは……」


地面に突き刺さったのは薙刀であった。
自分の身長を越える長さの、装飾など一切存在せぬ……
けれんみのまったく無い、実戦使用に特化した薙刀。
それは、忘れるはずの無い武人が持っていた―――

「……『重圧』……」

永遠神剣第六位『重圧』が、そこには突き刺さっていた。
ただ、一つだけ違いがあるのだとすれば……

「……いや、違う……
『重圧』だけど、『重圧』じゃない。これは、この波動は―――」


―――反永遠神剣。


ヒトの想いが具現したヒトのツルギ。
理不尽なる暴威に反逆する為の、絶対を否定するツルギ。
『重圧』のような薙刀は、赤く輝きながらブウンと波動を放つ。

「……俺に、取れと言うのか……」

浩二は、吸い寄せられるようにそのツルギを手に取ると―――


「―――っあ! あっ、ああああああああっ!!!!」


流れ込んでくる絶大な力に、叫び声をあげた。
ヒトの体のチャクラが全て開放されるような、この感覚。
腹の底から湧き上がってくる壮絶な力。

「ぎ、ぎ、ぎぎっ……」

この薙刀こそ、ベルバルザードが今際に餞別だと言って渡した『重圧』が、
反永遠神剣の波動を放つ浩二の中で、ゆっくりと進化していき……
『最弱』の意思を取り込む事により新生した、斉藤浩二の生き様を具現したツルギ。

「かはぁ―――っ!!!」

かつて自分を滅ぼした存在―――エターナルに対抗する為に……
死してなお、理不尽な暴威に立ち向かおうと、蘇った反永遠神剣。
上位神剣に抗い、反逆する。ヒトの想いより生まれたツルギである。


「はぁっ、はぁ、はぁ……せっ―――!」


―――ビュンッ!


振り払うと、今までとは比べ物にならない鋭さの斬撃となる。
恐ろしいほどに手に馴染む。違和感がまったくない。
これは、自分の半身どころではない。自分自身だ。


「ははっ、後悔して落ち込んでる俺なんて、らしくない……
休んでる暇なんて、落ち込んでいる暇なんて無い……か。そう言う事か? 最弱……」


『最弱』でもなく『重圧』でもない、新たなる反永遠神剣。
その神剣は、透き通るような美しい声で言葉を発した。

『そのとおりですわマスター。私達に立ち止まってる暇なんてございません事よ。
名前も、名誉も不要です。私達の目的は唯一つ。
一筋の刃となりて、理不尽な暴威と絶対を否定するのみですわ』

「なっ!? ちょ、おま、何だ?」
『主語が抜けてますわ。マスター』
「…………」
『言葉はきちんと使って頂かないと』
「…………」

浩二が始めて自分の新しい神剣に抱いた感情は『うぜぇ』だった。

「なぁ、オマエ……『重圧』か?」

『そうでもあり。そうでもありません。私は永遠神剣第六位『重圧』が、
反永遠神剣『最弱』の波動を浴び続ける事により、反永遠神剣として生まれ変わった神剣。
故に『重圧』であり『最弱』であり、まったく別物でもあります』

「……すなわちなんだ。アレか? 凄くわかりやすく言うと……
『最弱』と『重圧』の特性と力を合わせ持つ、別人格の反永遠神剣であると?」

『そのとおりですわ。理解力のあるマスターで嬉しいですわ』
「…………」

何だ、その高飛車なお嬢様みたいな喋り方は?
『最弱』と『重圧』を足して割ると、性格や人格はこうなるのか?

……なりそうだった。

『重圧』の神獣は暴君の名を頂くレッドドラゴンである。すなわち、プライドが高くて偉そうな性格。
そして、人格が女であるのは、きっと『最弱』のせいだ。
きっとアレが常日頃から女、女と言ってたので、女の人格で生まれたのだろう。

「……オーケー。喋り方と性格……それに人格には目を瞑ろう。
だが、名前がいらんと言うのはダメだ。
オマエの事を何と呼べばいいのか解らん。無いなら何か考えろ」

『そう言われればそうですわね……それでは『反逆』とお呼びくださいな。マスター。
反永遠神剣『反逆』それが私の名前ですわ』

「反逆……ね」

『最弱』もどうだったかと思うが『反逆』も如何なモノだろう?
逆らってばかりで協調性が凄く無さそうだ。

『何ですの?』

浩二がそんな事を思うと、不機嫌そうな声が返ってくる。

「いや、何でも……」

『それなら結構ですわ。さぁ、行きましょうマスター。
早く行ってやらないと、エヴォリアのマナが風前の灯ですわ』

「あっ!」

ハッとした表情を浮かべる浩二。

「そうだった。早く行ってやらねーと!」
『こっちですわ』
「わかってる!」

反永遠神剣『反逆』の声に、ぶっきらぼうに答える浩二。


「……『最弱』……オマエにもらった命。無駄になんてしないからな……
俺は……勝つぞ。絶対なんて信じるものか! 運命なんてクソ食らえだ!
……抗ってやる。否定してやる……ヒトの想いは、大いなる力さえも超えるのだと!」



神剣を一振り薙ぎ払い、浩二は大地を蹴り上げる。
それと同時に、爆発するように土が跳ね上がった。



「それを俺が証明してやる! 俺に、できない事なんて無い!」




******************************




「フフッ。動きが鈍くなってきたわよ?」
「―――クッ!」


エヴォリアは、疾駆しながら白い光弾を放ち続けていた。
どれも、かなりの力を籠めて打ち出しているのだが、当たる前に消される。
いや、違う―――食べられているのだ。

「はあああああっ!」

無駄だと解っていても撃ち続けるしかない。
攻撃を止めれば、今は防御に使っている見えない口が、自分に向かって放たれるからだ。
しかし、このままではジリ貧である。いずれマナが尽きて倒される。

それだけは嫌だった。死ぬのは、もう怖いと思わないが……

心残りなど無いと言えばウソになる。故郷の世界と家族の事は心配だ。
イスベルの事も気になる。だが、それでもこのエターナルから逃げるという選択肢は無い。
このエターナルを野放しにしておけば、やがて時間樹を食い尽くす。
全ての世界のマナを食らい。崩壊させる事だろう。

―――そんな事はさせない。

それでは、自分がしてきた事が意味の無いモノになる。
時間樹の枝葉である自分の世界を護る為に、この手を汚してきたと言うのに……
時間樹を食い尽くして倒されたのでは、自分は一体なんだったのだ?


「覚悟を決めるしかないわね……」


もう、自分のマナは半分も無い。
この状態でエターナルを倒しうる技はただ一つ。

―――自爆。

自身のマナを暴走させ、神剣を起爆剤にして辺り一面を消滅させる……
理想幹でエトルがやって見せたアレしかない。
たとえエターナルの力が凄かろうが、爆発の中心にいればタダではすまない筈だ。


「うおおおおっ!!!!!」


しかし、そうやって覚悟を決めた時―――


「なっ!」
「えっ!?」


―――ありえない事が起こった。



「でえええええええええええい!!!!」


矢のように飛び込んできた赤い弾丸。

「―――っ!?」

ギィンと響く金属音。閃光の様な速さでやってきたソレは、
女の横を駆け抜けると、立ち止まって振り返った。

「……う、そ……」

呆然と声を漏らすエヴォリア。

「浩二!?」

閃光のように駆け抜けたモノの正体が、死んだはずの斉藤浩二であったからだ。
その手には、見覚えのありすぎる薙刀が握られている。
混乱する。どうして生きているのか? どうしてその神剣を持っているのか?

「貴方……本当に、斉藤浩二?」
「それ以外の誰に見える?」

口調や態度は今までと同じ。だが、身に纏うマナの量が以前とは比べ物にならない。
放つ波動の激しさが、以前の浩二とはまるで違う。
エヴォリアがそんな事を考えていると、浩二は薙刀を赤い髪の女に突きつけた。

「おい。露出狂の変態女……」
「…………」

赤い髪の女は、攻撃を神剣で防いだ痺れがまだ手に残る事に驚いている。
顔を上げて見た。そこに立つ少年を、初めて自らの敵であると認めて視線を向けた。

「俺はオマエを否定する。存在そのものを否定してやる」
「貴方……何者? エターナルでも無いのに……なのに、その力は……」
「ハッ―――」

尋ねられた浩二は鼻で笑う。
今になってやっと、自分を『敵』として認識したかと。




「神を超える存在に挑みかかり、呆気なく返り打ちにあっても……
それでも諦めずに挑みかかる愚か者の人間だよ! バカヤロウ!!!」




*****************




「おおっ! しゃああああああ!」


迫り来る敵意と害意に、浩二は反永遠神剣『反逆』を振り下ろす。
『反逆』は元となった永遠神剣『重圧』の能力に加えて、反永遠神剣の特性を合わせた薙刀である。
『重圧』の能力は、その名が示すとおりに重力を自在に操る事。

故に浩二は、ベルバルザードがやっていたように振るときだけは重さをなくし、
攻撃の瞬間には重さを加えて、早く重い一撃を叩き込んでいるのである。
更に反永遠神剣の力は、永遠神剣の力による防護を突破する力を持つ。

「―――だっ!」

ヒュンッと振りぬき、浩二は薙刀を構える。
自分に向けて放たれた見えない攻撃を全て斬り伏せた。できない事ではない。
何故なら浩二は自分の周りに、凄まじい重力のフィールドを展開させていたからだ。


「ふふっ、あはは……強いのね。貴方って……」


笑い声をあげるエターナルの女。しかし、身体からは血が流れていた。
見えない攻撃は自分自身とリンクしている。
何故ならコレは元々攻撃する為の力ではなく、エネルギーを食らう為の力であるから。
それを浩二に全て斬り伏せられ、彼女はダメージを受けたのだ。

浩二は周囲に円を描くように重力のフィールドを展開した。
その重圧はこの世界の重力の10倍。見えない攻撃に質量があるのは体験済みだ。
何kgなのかは解らないが、1kgだとしても、浩二の周囲に展開すれば10kgになる。
故に攻撃速度は当然鈍る。

それが僅かであったとしても構わない。

ようは、自分の展開した結界の中に触れるというのが重要なのだ。
一部分でも他と違う付加がかかった場所は、何かがあるという事である。
そこに向けて斬撃を放つのは難しい事ではない。

更に、自分の攻撃は重さを調節した最速の一撃。
常人であろうとも木の枝程度の棒を振るう程度なら、凄まじい速さで振れるのだから、
永遠神剣マスターがそれを振るえば、音速を超えて光速に近い斬撃となる。
それを、的がわかっている所に当てるだけだ。

―――まさしく結界である。

自分の領域に入った存在を、瞬時に斬り伏せるという、すべての物理攻撃を防ぐ結界であった。


「すごい……」


エヴォリアは、その光景を見ていて感嘆の声をあげた。
押している。今まで、まるで歯が立たなかったエターナルを押し返している。
浩二があの構えを取っている限り、何人たりとも近寄れない。


ならば、次の1手は当然―――


「これならどうかしら?」


―――魔法攻撃となる。


女は自らの神剣を空に放り投げた。短剣の神剣は上空で輝くと、
次の瞬間には浩二の上に巨大なツルギとなって現れる。
まるで巨人が持つような大きさとなった女の永遠神剣は、落下のスピードを速めて浩二の頭上に迫る。


「ハッ!」


だが、浩二は左手を神剣から離し、天に向けて翳した。

「ぐぎ、ぎぎぎ……っ!」

『反逆』の力で反重力を展開したのである。
落下しようとする女の神剣の力と、上に押し上げようとする浩二の反重力の力がぶつかり合う。
その結果。巨大化した神剣は空中で止まる事になる。

「ふふっ……」

女は笑った。隙だらけだと。浩二は今、自分の神剣を受け止めるために動けない。
それならば、自分が食べられる距離まで近づいて、食べてやればいいだけの事だ。

「あははははっ」

そう思って、女が空間跳躍で浩二に近づいた時―――

「グルルルルルゥ」
「なっ!?」
「オオオオオオオオーーーーーーン!!!」

女が姿を現すよりも、一瞬早く出現していたレッドドラゴンが、
現れた瞬間の女を、その凶悪な腕で薙ぎ倒した。

「がは―――っ」

女が吹き飛ばされると同時に、上空に展開していた巨大な剣が消える。
浩二は、自分の前に現れたドラゴンを見て笑った。

「サンクス。ガリオパルサ」

神獣ガリオパルサ。武人ベルバルザードと共に幾多もの戦場を駆け抜けた、
強力な力を秘めたレッドドラゴン。今は斉藤浩二の神剣『反逆』に宿る神獣である。

ドラゴン族は、元より誇り高い一族である。
その中でもガリオパルサは、暴君の異名を取る程に我が強いドラゴンであるが、
ベルバルザードの力を認めており、従っていた。

斉藤浩二は、そのベルバルザードを倒し、認められ、
更にどんな敵であろうとも向かっていく勇気を持っている。
そんな彼を、この神獣が認めぬ筈が無い。
相性と言うモノがるのなら、浩二とガリオパルサは抜群だ。

「グルル……」

ガリオパルサは気にするなとでも言うように唸ると姿を消した。
永遠神剣。神獣。それに加えて反永遠神剣の特性。
その3つを併せ持つ、今の浩二の戦闘能力はエターナルにも匹敵する。



「勝つぞ、俺は! 負けるものか! 
おまえと共に歩いてきたんだ。おまえと一緒に這い上がってきたんだ!
負けるなんてありえない! 届かないはずが無い!」


ここまで浩二が辿り着いたのは偶然でも、運命でもない。
自力でこの場所まで歩いてきたのだ。

始めはミニオン以下の戦闘能力から始まり―――

そんな中でも、必死に、懸命に、戦い続け……
その結果としてここまでやってきたのだ。

平坦な道ではなかった。何度も負けた。それでも下を向かなかった。
自分なら出来るはずだから、きっと強くなれる筈だから。
そう信じて進み続けた場所がここなのである。

まだ、力なんて何も無くて、知恵と工夫だけで戦った物部学園でのミニオンとの戦い。
粉塵爆発なんてものまでやらかして、命懸けで勝利した。
次に戦ったのはベルバルザード。この時もまだ力無き故に、硫酸なんてモノを切り札に戦った。


―――そして、ベルバルザードとの戦いは、浩二は大きく成長させる。


戦場では自分がどう動くのがベストであるのかを考えさせれたのが、精霊の世界での戦い。
あの時は、敵を欺くにはまず味方からだと、思考に幅を持たせるきっかけとなった。

魔法の世界。支えの塔の前での戦いでは、一つの概念に捕らわれる事無く、
自由な発想により、自らの神剣『最弱』の形を変え、状況により応用させる事を学んだ。

暁絶の世界。ベルバルザードとの最後の戦い。
今までに自分が学んだことの集大成をぶつけて挑んだ、斉藤浩二を一人の戦士として完成させた死闘。
1手、2手と先を読み、自由な発想で戦い、最大の敵であったベルバルザードをついに打倒した。
その時に渡されたのが『重圧』とガリオパルサ。
今は自分の相棒である『反逆』の元となった神剣と、パートナーになる神獣である。

その次が理想幹。理想幹神エデガとの戦い。
絶望的な状況下でも、決して諦めない心の強さがエデガを打ち破る。
浩二の中でその様子を見ていたガリオパルサは、この時に浩二を自分の主であると認めた。

「見ていろよ。最弱―――ッ!」

浩二は気合を放つ。それと同時に赤い光が『反逆』に灯る。


「俺達の力は、絶対を否定し、運命を打倒する力だ!」


弱かったからこそココまでこれた。
強力な神剣の遣い手であり、神の生まれ変わりである仲間達と比べ……

自分が『最弱』であったからこそ―――

強くなろうと必死にもがき、苦しみ、努力してココまでこれた。
出会いの一つ。越えてきた戦いの一つが抜けていても、今の自分は無かっただろう。


「はあああああああああっ!!!」


誰よりも弱かったから必死に這い上がり、
今は、遥か高みに存在するエターナルにも手が届く所までやってこれた。

何度も負けた。倒れた。でも、すぐに立ち上がって歩いてきた……

押し上げてくれたのは、出会った仲間達とライバル。
そして、一度は完全に閉ざされた道を、再び開けてくれたのは―――




「消え去れえええええええええええええ!!!」




―――掛け替えの無いパートナーであった自分の神剣。



凄まじい重力の壁が、永遠神剣の力を霧散させる力を纏って放たれる。
この重さは、永遠神剣により空しく散っていった人々の命の重さ。
そして、斉藤浩二が背負って歩いてきた重さそのもの。

「―――っ!」

エターナルの女は目を見開いている。そして、自分の敗北と死を悟る。
逃れられない。攻撃や魔法からは逃れる事はできても、想いの固まりからは逃げられない。
これを防ぐには、自分の想いや信念が、コレに上回るしか無い。


だが―――


「今の私じゃ無理ね……」


そう思って女は笑う。その瞬間に女は浩二の放った重力の壁に押しつぶされた。
凄まじい力の前に、女は成す術も無く飲み込まれ、押しつぶされてマナの光となって消える。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

浩二は荒い息をついていた。エターナルの女が完全に消滅した事を確認すると、
反永遠神剣『反逆』を落としてしまう。そして、膝をつくと―――



「うわあああああああああっ!!!!
……ぐっ、くっ……うっ、あ、あああああああーーーー!!!!」



―――ありったけの大声で泣いた。



ぐしゃぐしゃな顔で、涙をこぼしながら、
地面に頭をつけて、何度も何度も拳を地面を叩きながら、慟哭するのだった。









[2521] THE FOOL 50話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:f980d33e
Date: 2008/05/03 20:16









その知らせが届いたのは、元の世界に押し寄せた南天神の軍勢を退けた直後であった。
今からものべーで写しの世界に帰還しようという時に、時深が神剣の力を使い、
念話のような力で通信してきたのである。

『みなさん。すぐに写しの世界にお戻りください。南天神の軍勢が出雲に迫っています。
今は一足先に戻られた『天の箱舟』の皆さんが、戦巫女と共に迎撃に出ておりますが……
先にあった時よりも数が違いすぎます』

「な、なんですとぉー」
「了解しました。すぐに戻ります!」

ナルカナが叫び声をあげ、望が頷く。
それに呼応するように希美と沙月も頷いた。

「ものべー。辛いと思うけど、全速力でお願い!」
「ぼえー」

希美が自分の声をかけると、ものべーは間の抜けた声で答えて飛び出すのであった。
その後、望達は写しの世界に戻ってきた。
行くときは半日以上かかったのに、帰りは8時間で戻ってこれた。
それだけものべーが無理をしてくれたと言う事であろう。

「あれが……南天神の軍勢……」

規模の多さに希美が唾を飲み込んでいる。
望も、出雲を取り囲むマナゴーレムの数を見て唖然としていた。
100や200所の騒ぎではない。ざっと数えただけで千体を越す数のマナゴーレムがいる。
そのうち、20体は巨人ほどの大きさのでかいゴーレムであった。

「うわっ、私達の世界を襲ったでっかいのが20も……
……えっと、抗体兵器って言うんだっけ?」

沙月が、信じられないと言うように呟く。

「そうよ。それにしても、あれだけの数のガラクタを、よくもここまで集めたものだわ。
そのゴミ集めの才能だけは素直に褒めてあげてもいいわね」

「望ちゃん? どうする?」

恐らく、ものべーを何処に降ろすかを聞いているのだろう。
望は腕を組んで、しばらく考えるような仕草をすると、頼むように希美に言った。

「何とか間を縫って、出雲の敷地内に降ろすことはできないか?」
「……ものべー……がんばれる?」

一鳴きして肯定の意思を告げるものベー。
その後、ものべーはマナゴーレムの攻撃を何回かくらったが、
撃墜される事なく出雲の敷地内に、滑り込むように着陸する事に成功するのだった。

箱舟から降りる望達。降りると同時に、出雲の敷地内に侵入してきていたマナゴーレム達を蹴散らして、
環達が待っているだろう社に駆け戻る。辿り着くと、そこには環と共にサレスが待っていた。

「サレス!」
「環さん!」
「ナルカナ様。皆さん」
「戻ったか。世刻望……」

サレスが今の状況を説明し始める。それによると『天の箱舟』のメンバー達はすでに戻ってきており、
今は出雲の戦巫女達と共に、それぞれ防衛にあたっているらしい。

「ソルラスカ、タリア、ヤツィータ。それに、ナーヤとスバルも駆けつけてきてくれている」
「え? ソルやタリア達も来てくれてるの?」
「ナーヤにスバルも!」

サレスの言葉に沙月と望が嬉しそうな顔をする。
しかし、サレスの表情が思わしくない事を悟ると、すぐに真面目な顔に戻した。

「我々『旅団』に、おまえ達『天の箱舟』を加え……
この出雲の戦力を結集しても、状況は不利だ。
何せ数が違いすぎる上に、あの巨人―――抗体兵器は増殖能力を持っている」

「……ああ」

それは望も知っていた。
元の世界の防衛戦で一番厄介だったのが、あの抗体兵器であったからだ。
あの巨人は強い。装甲が厚いだけでなく、凄まじいレーザーまで発射してくるのだ。

「戻ってきたばかりですまんが、おまえ達もさっそく戦線に加わってくれ。
望とナルカナは東。沙月は南。希美は北で防衛に当たっている者達を手伝ってやってくれ。
西の抑えは、今から私が直接行く」

「わかった」
「少しだけお別れね。望くん」

希美と沙月はこくりと頷いて駆け出していく。
望はナルカナを引っ張って、一番攻撃が激しい東の方面へ向かっていった。



「……………」



サレスは、駆けていく望達の様子を見て天を仰ぐ。
結局、彼のことを望達には言えなかった。唯一人だけ帰らなかった少年。
距離的には、この写しの世界より一番近い世界に向かっており、
本当ならば、一番に戻って来ていないといけない少年―――

斉藤浩二の事を。

あれから五日も経っているのに戻っていない。
臆病風に吹かれて逃げ出したのでは無い事は解っている。失踪した訳では無いのは調べさせた。
浩二が向かった世界に、後から出雲の諜報員を送り込み調べさせた所によると、
とある場所に、斉藤浩二の血痕と思われる血溜まりの痕があったらしい。

血の痕が広がっている面積から考えて、致死量に達しているそうだ。
少しはなれた場所には、残骸となったマナゴーレムが5体分残されており、
諜報員の報告によれば、マナゴーレムと相討ちになって死んだのだろうと報告があがっていた。
そして、躯はマナの粒子となって消えたのだと。


「……浩二……」


サレスは、浩二がマナゴーレム如きに倒されたとは思っていない。
心当たりがあるとすれば、この時間樹に侵入してきたと言われているエターナル。
浩二は、そのエターナルと遭遇してしまったのでは無いだろうか?

どちらにしろ、一人でなど行かせるのでは無かったと思う。

確認の為に自分の神剣『慧眼』の力で調べようとしたが、それはできなかった。
ログ領域にも記されていないように、浩二の行動は『慧眼』にも記されていないのである。
しかし、サレスの『慧眼』は、反永遠神剣の存在までは察知していた。
なので、浩二ではなく反永遠神剣『最弱』の項を調べると、その項目は無くなっていた。

項目からも消えるというのは、ただ事ではない。

致死量まで流れていたらしい浩二の血痕。
そして、消えた反永遠神剣……そこから繋がる事実は、浩二が死んだので、
反永遠神剣『最弱』は消えたという結論にしか辿り着けない。




「そして、その事が皆に知れ渡ってしまったら……
この戦いは、おそらく負けるだろう。その時は―――」




自分と『旅団』を捨石にしてでも、世刻望とナルカナ―――
それに『天の箱舟』の永遠神剣マスター達は逃さねばと考えるのだった。






********************





「いかん! ここはもう持たない! 下がるぞ!」



サレスの号令が響く。出雲を舞台とした永遠神剣マスターVS南天神との戦いは、
圧倒的物量のマナゴーレムと、抗体兵器を投入してきた南天神の前にじりじりと押され、
最後の砦である社の前まで望達は押されていた。

「ちぃっ、何だよこの数。反則じゃねーか」

ソルラスカが唾を吐き捨てる。
久しぶりに望達と再会できたと思ったら、再開を喜び合う暇も無く大決戦。
望達が『天の箱舟』と言う名前の組織を作り『光をもたらすもの』や、
理想幹神という敵を倒したという話を聞く度に、自分も合流して彼等と共に戦いたいとは思ったものだが、
サレスに任務を与えられて叶わなかった。分子世界で起こっている紛争を止めに行っていたのである。

『旅団』は基本的に分子世界の営みに干渉はしない。

だが、分子世界の中には世界を司るマナの力を吸い取り、
時間樹の生態を狂わす技術や魔法を作り出して戦争をしようとする世界があるので、
そういう世界を発見しては、調停に赴くのである。

この任務の重要性は知っている。だから、本音を言えば望達が『天の箱舟』を立ち上げたとき、
自分もそっちに参加したかったが、我慢して魔法の世界で彼等を見送ったのだ。

「ソル! 下がるわよ!」

タリアの声に頷くソルラスカ。スバルが弓矢の永遠神剣『蒼穹』で、
下がる自分達を援護射撃して、追いすがってくるマナゴーレムを射倒している。


「こりゃ、俺達全員に召集がかかる訳だわ……」


今から送る座標の世界で『天の箱舟』と合流せよという命令をサレスから受けた時は、
マジかよと言って単純に喜んだものだが、この激戦に放り込まれて納得する。
そして、望達はこんな奴等と今まで戦っていたのかと思うと、ちょっとした尊敬の念を抱くのだった。




****************************





ついに最終防衛戦まで追い込まれた。
ここまでに自分達は500以上のマナゴーレムを撃破しているが、それでもまだ半数。
一人も戦死者はいないが、皆もうボロボロであった。

「ここを抜かれたら終わりだ。何としても死守するぞ!」

望が叫ぶと、皆はおうと頷く。サレス達『旅団』のメンバーに、時深とナルカナ。
スバルを加えた『天の箱舟』のメンバー達。そこで望は違和感に気がついた。


「……あれ? 浩二はまだ戻っていないのか?」


そう。斉藤浩二が居ない。写しの世界に戻ってきたのは、
元の世界に戻った自分達のグループが最後であり、
彼は自分が防衛についた場所とは違うどこかで、戦っているのだろうとばかり思っていたが……
この最終防衛ラインに全員が終結した筈なのに彼の姿がどこにも無い。

「あ、そういえば……」

望がそう言うと『天の箱舟』のメンバー達もそれに気づいたようで、
あれ? と不思議な顔をしていた。

「浩二くん。私が守備についていた北にはいなかったよ?」
「私が戦ってた南にもよ」

希美と沙月がそう言うと、西の護りについていた『旅団』組の方に視線が集る。
すると、タリアが首を振って答えた。

「斉藤浩二なら、こっちにも来てないわよ」
「……となると、まだ帰ってきていないのか……」

仕方のないヤツだと言うように呟く絶。しかし、望は嫌な予感がした。
まさかな。そんなわけないよなと、自分に言い聞かせる。

「サレス……あの、さ……もしかして……浩二、何かあった?」

先の、別行動をとった任務先で怪我して療養中とかと考える望。
サレスは答えない。瞳を閉じて沈黙をまもるのみである。

「確かアレよね? アイツが赴いた世界って、知的生命体のいない、
動物と自然だけの『わくわく動物ランドの世界』よね?」

ナルカナが唇に指を当てながら言う。

「あの世界って、この写しの世界からは一番近いはずよね?
本当なら一番に戻ってなきゃいけない筈じゃない?」

「……………」

ナルカナに痛いところをつかれて、サレスは眉をひそめる。
その沈黙が何を意味するのか、望は顔が青くなるのを感じた。

―――ありえない。ありえない。ある訳がない!

纏いついてくる妄想を振り払うように望は首を振る。
あの浩二に限って、そんな事がある筈が無いと首を振る。

「サレス!」

気がつけば怒鳴っていた。望の顔は悲壮感に包まれている。
否定してくれと。この頭に取り付いてくるバカな妄想を解いてくれと、必死な顔で望は叫ぶ。
そのサレスと望のやり取りに、他のメンバーも望が考えたバカな妄想と同じものが頭によぎり、
同じように顔を青くする。希美は、カタカタと震えていた。

「……ふうっ」

サレスは溜息を吐く。もはや、事ここに居たっては隠してもしょうがないと。

「斉藤浩二は戻っていない。
倉橋時深にも呼びかけてもらったが、返事も無い……」

「そ、それって斉藤くんの『最弱』が、通信妨害してるんじゃないの?」

沙月がそう言うと、サレスは首を横に振る。

「始めは私もそう思った。だが……」
「なので、出雲の諜報員に浩二さんが向かった世界に、調査に向かわせました」

サレスの言葉を時深が続ける。
時深はその台詞をサレスに言わせるのが忍びないと見かねたのだ。
嫌われるのは自分でいいだろうと、辛い役を買って出たのである。

「その結果―――数体のマナゴーレムの残骸と共に、浩二さんの血痕らしい跡をみつけました。
血溜まりが広がっていた面積の大きさから言って致死量です。
いくら神剣のマスターといえども、あれだけの血を流しては……」



「嘘だっ!!!!」



望が叫ぶ。その声はもはや絶叫と言うぐらいに大きかった。

「浩二が死んだりするものか!
浩二が……あの浩二が……死んだりなんかするものか!」

「ですが……」
「やめてくれ! 冗談でもそんな話は聞きたくない!」

うんざりだと言わんばかりに叫ぶ望。
斉藤浩二の強さの源が、理不尽な暴威への反抗心であるならば、
世刻望の強さの源は、大事な人を護りたいと願う心である。

一言に強さと言っても、実は色々とある。

サレスのように、理想や志を糧に強くなれる者。
浩二のように、反抗心から強くなれる者。
そして、望のように誰かを護るためならば強くなれる者。

望は護るべき者がいてこそ、強大な敵にと向かっていける。
大事な仲間や、無力な人たちを護りたいからこそ彼は強くなれるのだ。

それが、親友である斉藤浩二が死んだなどと聞かされては、
世刻望という人格を、根底から崩すことになってしまう。

望が中から崩壊し始めている。支えなければいけない。
崩れてしまわないように。壊れてしまわないように支えなければ。
そう考えて、世刻望を慕う少女達が声をかけようとした時―――




「皆さん! 社を護る結界が破れられました」




ユーフォリアが神剣に乗って飛んで来て、南天神の攻撃が始まった事を告げるのであった。






***************************






「おまえ等が……そうか。おまえ等が……」



タイミングとしては最悪であった。
世刻望の心が弱くなった時に、自分から仲間の命を奪った者が現れたのだから。
瞳には憎悪が宿っている。許さないと、殺してやると、濁った瞳でマナゴーレムを睨んでいる。

「ノゾム!?」

異変に気づいた彼の神獣レーメが呼びかけるが、その声は望に届かない。

「始めから……こうしていれば良かったんだ。
俺は破壊神なんていうバケモノだと言うのに、人間たらんとした……
それが、間違いだったんだ……」

戦っている。大切な仲間達が戦っているのだが、
この圧倒的な数の前に、押しつぶされようとしている。



―――まだ、奪おうとするか……



浩二だけでは飽き足らず、まだ俺から仲間を、友達を、大切な人達を奪おうとするか……
望はそう思いながら『黎明』を鞘に収める。そして、自らの胸に手を当てた。
心の奥底で眠るバケモノ―――破壊神ジルオルに呼びかける為に。

「おい、聞こえてるか……ジルオル。俺の身体……オマエにやるよ」
「やめろ! やめろノゾム! 自分が何をしようとしているか……」
「……わかってるさ。でも、力がなければ何もできない! 護れない!」

望自身は気づいていない。だが、レーメには今の望の心理が解っていた。
世刻望は逃げようとしている。皆を護る為に強くなろうとするのは悪い事ではない。
しかし、この方法は間違っていると断言できる。

「諦めるな! ジルオルの力になど頼らなくとも、方法はあるはずだ!」

『暁天』のマスター暁絶と戦った時に見せた気概はどこに行ったのだ。
あの時の、どうしようもない状況でも諦めなかった……
キラキラと眩しかった、不屈の闘志はどこに行ったのだとレーメは涙する。

絶対など無いと、運命などクソ食らえだと叫んで見せた、あの心は何処に……

あの時、望は『浄戒』の力―――すなわちジルオルの力を使った。
そうして暁絶の鎖を断ち切ってみせたのだ。
それはいい。別にいい。たとえ唾棄すべきジルオルの力であったとしても、
親友を助けたいという一心から、きちんと世刻望の意思として行ったのだから。

―――『力』というもの自体に罪は無い。

誇りと信念の名の元に、自らの責任においてそれを使うならば、レーメに文句など無い。
むしろ。それは望の永遠神剣として、望の道を繋ぐ架け橋となれるのだから、喜びですらある。
だが、自分を明け渡してまで求める力に何の意味があると言うのだ。

「きっと何とかなる。みんなでがんばれば、きっと―――」

「違うっ! いつまでも可能性に縋りついてちゃいけない!
それは逃げているだけだ。今、確実である手段があるのにも関わらず……
それを行わないのは逃げているだけだ!」

望が首を振りながらそう言うと、レーメは下を向いた。

「……っ……」

悔しかった。悲しかった。情けなかった……


「……ノゾム……」


今、世刻望は絶対に言ってはいけない事を言った。
もしも、死んだ斉藤浩二がその言葉を聞いたら、どんな顔をするだろうかと思うと悲しくなる。


―――いつまでも可能性に縋りついてちゃいけない!


今の望が、悲しみと狂気に取り付かれている事は理解している。
でも、その言葉だけは言ってはいけなかった。

『可能性』を否定するというのは、すなわち……

今まで必死になって、がんばって否定してきた―――
『絶対』と『運命』というモノを、肯定する言葉に他ならないのだから。



「この言葉は、諦めから言ってるんじゃないからな……」



静かにそう告げる望。しかし、その声は遠い。レーメは涙を流しながらその顔を見ていた。
望の周りに風が集り始めている。内包したマナが溢れ出ている。
ドクン、ドクンと、心臓の鼓動が聞こえてくる。

それは破壊神と呼ばれた神の力が持つ波動と、鼓動―――

レーメは、自分という存在がそれに飲まれていき、消えていくのを感じていた。
空を見上げる。青い空と白い雲。思い浮かべるのは、
時として空回りしそうになる自分のマスターを、ずっとフォローしてくれていた少年の顔。


「……すまぬ。コウジ……」

きっと、彼がココにいたなら止めてくれていた。
馬鹿を言ってるんじゃねーとでも言って、あのハリセンでツッコミをいれて、
間違った方向に歩き始めてしまった望を、ひきずってでも正しい道に戻してくれただろう。
そんな事を思いながら、レーメの姿は消えていくのだった。

時として、人は道を間違える。人は道を見失う。

それは当然の事。何もかもが完璧な存在など居ないのだから。
世刻望は今までが出来すぎていた。斉藤浩二と違い、失敗をあまりしてこなかった。
今の二人に差があるのだとすれば、失敗から学んだ経験の量だけである。


「くっ、あ………うおおおおおおおおおおおおおおっ!」


レーメが消えると同時に、望は胸を押さえて蹲る。
その絶叫に、戦っていた全員が望の方に視線を向けた。

「望……ちゃん?」
「……望くん?」

希美と沙月が声をかける。その声に答えるかのように蹲っていた望は顔をあげた。
そして、辺りを見回すとニヤリと笑って天を仰ぐ。




「……久方ぶりの現世か………
目覚めたばかりだと言うのに、騒がしいものだな……」




大いなる運命の名の下に生まれた世刻望。
後に第一位の永遠神剣『叢雲』のマスターとなる少年。

斉藤浩二の前にベルバルザードという武人が立ち塞がったように、
望にとって、越えるべき壁として立ち塞がるのが―――






「俺の名はジルオル……破壊神ジルオルだ」






―――自分の前世でもある、破壊神であった。









[2521] THE FOOL 51話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:f980d33e
Date: 2008/05/04 19:19










―――自分と言うものを認識したのは、いつだっただろうか?





始めは、ただ闇の中に居た。音も無く、足場さえも感じる事のできない闇の中。
自分はそこに漂っているだけの存在であった。

何をしているのかも解らない。何でここにいるのかも解らない。
それどころか、自分が何であるかさえも解らない、そこに在るだけの存在。


―――それが俺だった。


ただ一つだけ解っていた事は、いずれこの意識も消えるだろうと言う、漠然とした想い。
永遠とも思われる時間の中で、女の声を聞いたような気がする。それが誰だったかは解らない。
一人は事務的に、決定した事を伝えるような声で、もう一人は自分を哀れむような女の声だったと思う。
ハッキリと記憶に無い。俺が始まったのは―――



「貴方は……誰?」



彼女が俺にそう問いかけた時。

「あれ? 返事が無いな……ん、ああ。なるほど!
マナが足りてなくて喋る事さえできないんだ」

無邪気な声だった。
先に話し掛けただろう二人の女とは違う声だった。


「よし。あたしがマナを分けてあげる。だから……一緒に行こ?
こんな場所に一人でもいてもつまらないもんね」


それが、この俺―――ジルオルと、ナルカナの出会いであり、
全てが始まった瞬間であった………







*****************************






「俺の名はジルオル……破壊神ジルオルだ」




そう名乗った男は、両手に双剣を出現させると同時に飛び上がった。
社の上に乗り移ると、眼前に広がるマナゴーレムの群れを見渡す。

「……………」

無言で辺りを眺めるジルオルを、全員が見ていた。サレスや沙月達だけではない。
マナゴーレムや抗体兵器達でさえ、我を忘れたかのようにその男を見ている。

その存在が放つマナの力は強大すぎた。その存在が纏う狂気は恐ろしすぎた。
ただ、そこにいるだけで全ての存在の動きを止めてしまうほどに……
破壊神と呼ばれる男の存在感は、ずば抜けていた。

「ハッ―――ハハハハ! ハハハハハハハハ!!!」

ジルオルは笑う。歓喜の笑いをあげる。
よくも、これだけの木偶人形が集ったものだと。
がんばって掻き集めたものではないかと嘲笑する。



「そのようなガラクタを集めて、俺を倒そう等と片腹痛い!」



咆哮をあげ、社の屋根を蹴り上げるジルオル。
彼は一直線に抗体兵器の前まで飛ぶと、一撃の下に抗体兵器を破壊する。
『黎明』の一振りで、巨人が崩れ落ちた。

「フハハハハハ! ハハハハハハッ! ハハハハハハハ!!!」

笑うジルオル。地面に着地すると同時に『黎明』に白い光を灯らせる。
そして、それを重ね合わせると、気合と共に振り下ろす。

―――奔る閃光。

斬撃が光の軌跡を描いて遥か向こうまで飛んでいく。
その直線状にいたマナゴレームや抗体兵器は光に飲まれて消えていった。

「さぁ、来い……次々とかかって来い。何体でも相手してやるぞ?
後何体だ? 百か? 千か? いや、数えるまでも無い……
どれだけ居ようと、全て跡形も無く消してやる!」

叫び、突進していくジルオル。
マナゴーレムや抗体兵器は、この圧倒的な暴威の前に、次々と破壊されていく。
原野を走り、跳び回るジルオル。駆け抜ける度にガラクタの山が築かれる。
戦いにさえなってい。一方的な虐殺の始まりであった。


「嘘……嘘だよ、ね……こんなのって……」


その光景を見て、自分の肩を抱く希美。

「脆い! 脆すぎるぞ! もっと力を出せ! 捻り出せ!
これでは肩慣らしにさえならん!」

そこにいるのは、世刻望の形をした災厄であった。
無慈悲に、冷酷に、殺戮だけを遂行する破壊の化身。
行く先に道が出来るのではなく、行く先が滅びるという災厄。

「フシュゥゥゥゥウウウウウ!!! ガッ―――」

抗体兵器が両手からレーザーを放った。

「……ほう」

ジルオルは眼前に迫る、山さえも吹き飛ばしかねないソレを見て口元を吊り上げる。

「―――フン」

腕を翳した。それと同時にレーザーが軌道を変えて跳ね返される。
抗体兵器は、自らの放ったレーザーにその身を焼き尽くされ灰となっていた。


「……ククッ……フハハハ! やればできるじゃないか!
そうだ! もっと本気でこい! 俺を殺して見せろ!
………もっとも、できればの話だがなぁ! ハハッ、アハハハハハハ!!!」


笑いながら、駆け出すジルオル。影さえも残さぬ速さで集団の中に飛び込み、
振りぬく手の動きさえも見えない斬撃を四方八方に振り下ろし、振り上げる。
その全て、会心の一撃。たった一振りで頭蓋から、胴体から両断されていく。

「今の望……怖いよ。何で、あんなに酷い事ができるの?
望なのに……あそこにいるのは、望の筈なのに……震えが止まらない」

「何で……どうしてよ、望くん……
今まで必死にがんばってきたのに……なのに、どうして!」

「……望……それが、貴方の願いなのですか……
望が、望で無くなってまでも、戦う事が……答えてください。
それで、みんなが幸せになれるのですか! 望っ!」

殺戮の化身と破壊の化身となった望を見て『天の箱舟』の少女達は、悲痛な訴えを口にする。
しかし、その声は届かない。そんな中で、ただ一人―――
ナルカナだけが目を細めてその姿を見つめるのだった。





「ジルオル……帰ってきたんだね……」





***************************






「……つまらん。他愛も無い……脆すぎる……」



ジルオルがそう呟き、天を仰いだとき。南天神の軍勢は全滅していた。
辺りには破片となったマナゴーレムや抗体兵器の成れの果てが散らばっている。

「……所詮は人形か」

全てが終わったと判断してジルオルは『黎明』を鞘に収めた。その時―――


『この時を待っていましたよ!』


ジルオルの背後に影が浮かび上がった。
それは、南天神イスベルの怨念。彼女は、ガラクタの山に身を潜め、
ジルオルが油断する隙を窺っていたのである。

「ほう、ゴミの中に隠れていたか。塵芥の貴様にはお似合いだな」

『減らず口を叩けるのもそれまでです。
その身体、その力……そっくりこの私が頂きます』

そう言った時には、イスベルの怨念はジルオルの身体に取り付いていた。
しかし、ジルオルは薄ら笑いを浮かべたまま動こうとさえしない。
すると、中から苦悶の声が聞こえてきた。

『なっ、ばかな……憑依できない!?』
「ククッ。貴様如きが俺を操ろうなど―――フンッ!」

ジルオルは、握り拳を作ると、自分の胸板を叩きつけた。
それと同時に背中からイスベルの怨念が飛び出してくる。

『くうっ!』

飛び出してきたイスベルの方を、ジルオルはゆっくりと振り返る。
鞘に収めた双剣を再び抜き払い、切っ先をイスベルに向ける。

「……消えろ。蠢く事しかできぬ搾りカス風情が……」
『こんな―――ところでっ!』

イスベルの怨念は、咄嗟に瓦礫の山へと身を隠す。
それと同時に、一体のマナゴーレムが宙に浮かび上がった。
今まで仮の身体として使用していた、強化ゴーレムの中に戻ったのである。

『……強い……まさか、不意をついてさえ乗っ取る事ができぬとは……』
「まてよ。どこに行こうって言うんだ?」
『人形共! 破壊神を足止めしなさい!』

叫ぶイスベル。それと同時に、瓦礫となっていた抗体兵器が立ち上がってジルオルの前に立ち塞がる。

「ははっ! まだ足掻くか! 面白い―――
ならば、この世界ごと消し飛ばしてやる!」

ジルオルが双剣を重ね合わせると刀身に白い光が収束していき、凄まじい波動を放つ。

「いかんっ!」

それを見ていた絶が『暁天』の柄を手にしながら駆け出した。
凄まじい速度で間合いをつめると、駆け抜け様に抜き打ちを放つ。
背後からの殺気を感じたジルオルは振り返ると同時に、重ね合わせた『黎明』でその斬撃を受け止めた。

「……ルツルジか……何のつもりだ?」
「ジルオル……俺の親友の体を返してもらうぞ!」

居合いの構えを取りながら、絶はジルオルの前に立ち塞がる。
自身のマナを全開に解き放ち『暁天』を手に、ジルオルを睨みつける。

「返す? 何を勘違いしているんだ……これはもともと俺の身体。
仮初の宿主から、本来の持ち主に戻ったのだ」

「黙れ! 貴様はとうに滅んだ存在!
大人しく返さぬというのならば、力ずくでも―――ッ!」

居合い切りが放たれる。
絶の世界では、望がその鋭さと速さの前に手も足も出なかったそれを―――

「―――フッ!」
「ぐおっ!」

ジルオルは、無造作に『黎明』を振り払うだけで弾き返した。

「遅すぎる。ハエが止まるな」

絶の居合いを弾いた方とは違う方の腕で、絶にむかって斬撃を放つジルオル。

「っ!」

しかし、絶はその斬撃が自分を両断する前に『暁天』を間に挟みこんだ。

「ぐぐっ……くっ……」

両手持ちの絶に対し、ジルオルは肩手持ちなのだが、
その凄まじい力に押されるように肩膝をつく。

「ジルオル―――っ!」
「はあっ!」

そこに、ナーヤが魔法を放った。
それに合わせるようにサレスが『慧眼』のページを破り、投げつける。


「チッ―――うざったいわああああああああああ!!!」


ジルオルは唾を吐き捨てて、咆哮と共に凄まじい波動を身体中から放った。
その波動は絶の体を後ろに大きく吹き飛ばし、ナーヤとサレスの魔法を掻き消す。
ゴウッと音を立てたソレは、ジルオルの前に立ち塞がっていた抗体兵器さえも転倒させた。

「カッ! はーーーーッ」

ジルオルは、転倒した抗体兵器に向けて『黎明』の斬撃を放つ。
それは一撃で、イスベルの出現させた抗体兵器の全部を切り裂いていた。
ジルオルは振り返る。能面のように無表情で。

「フン。貴様達……そんなに、この器が大事か?
俺には絶対に勝てぬと知りながら、それでもこの器を取り戻そうと立ち塞がるか……」

「望くんは器なんかじゃない! 返して! 望くんをかえして!」
「破壊神ジルオル……望を解放するのです」
「望はボク達の仲間なんだから……絶対に、返してもらうんだから!」

沙月が『光輝』を手に叫ぶと、カティマとルプトナが続く。
全員が、マナを全開に解き放ち、意地でも世刻望を取り戻してみせると気迫を放っていた。

「………ふうっ」

ジルオルは溜息をつく。そして、後ろを振り返るとそこには槍を構えた希美。

「出て行って! 望ちゃんの身体から出て行きなさい! ジルオル!」
「………ファイムか」

ジルオルの神名『浄戒』を殺す神名『相克』を持つ少女。
その横には、希美を援護するように左右に立つソルラスカとタリア。
後ろにはランタン形の永遠神剣『癒合』を構えるヤツィータの姿があった。

「望さんの身体……返してもらいます」
「抵抗するのなら、僕の『蒼穹』がキミを射抜きますよ」

更に、ジルオルを取り囲むように右からユーフォリアが『悠久』を構えて立ち塞がり、
左からは『蒼穹』の弦をひいたスバルが現れる。ジルオルは回りを完全に囲まれた状況であった。

「どいつもコイツも望、望……望。
世刻望という人格など、俺の器に付着するだけの仮初の存在でしかないのに……」

ジルオルは『黎明』を鞘に収める。
そして、もう一度溜息を吐くと、吐き捨てるように言った。


「まぁ、いい。貴様等は後回しだ……
今は、尻尾を巻いて逃げていった南天神の搾りカスが先だ」


そう呟いたジルオルの体がぼやけていく。空間跳躍である。
それに気づいた永遠神剣マスター達は、攻撃を開始するが時既に遅し、
ジルオルの体は虚空に消えていた。

後には、残骸となったマナゴーレムや抗体兵器と、
『天の箱舟』及び『旅団』の永遠神剣マスター達が残される。


―――ブウン!


「「「「 っ! 」」」」


その時、再び空間が歪んだ。逃げられた事に肩を落としていた永遠神剣マスター達は、
ジルオルが戻ってきたのかと思って、神剣を振り上げる。
そして、そのシルエットが姿を現しかけた時―――



「ふう……やっと戻っ―――て! なんじゃあああああああ!!!」



一斉に攻撃を集中させるのだった。

『マスター! 攻撃が来ますわ』
「おうよ!」

写しの世界に戻ってくるなり、いきなり害意が近づいている事に気づいた少年は、
瞬時にその手に薙刀を出現させると、凄まじい速さで薙ぎ払う。
それと同時に永遠神剣の奇跡を霧散させる波動が斬撃と共に放たれる。
その斬撃は、四方八方から飛んでくる斬撃と魔法を打ち消した。

「ハッ―――! 出現地点を狙うとは、やってくれるじゃねぇか! コノヤロウ!」

その少年―――斉藤浩二は、鼻で笑うと自身の神剣『反逆』を構え、
体から凄まじいマナの風と波動を噴き出す。

「はああああああああっ!!!」

先のジルオルが放った波動に、勝るとも劣らぬその波動は、
浩二を取り囲んでいた『天の箱舟』のメンバーと『旅団』のメンバーを全員吹き飛ばした。


「………って、あれ?」


そこで、周りに転がっている人間に見覚えがある事に気づいた浩二は、
マナと波動を収束させて、薙刀の柄を地面に立てる。

「おまえ等……何やってるの?」
「な、な、な………」

浩二の声に、金魚のように口をパクパクさせている沙月。
沙月だけではない。全員が目を点にして、そこに現れた斉藤浩二を見つめていた。

『マスター。なにやら、みなさん驚いているようですわね?』

「安心しろ。俺も驚いている。何が何やらさっぱりわからん。
どうして俺はいきなり攻撃されたのか、どうして『旅団』の奴等までいるのか……」

『お出迎えでは無いんですの?』
「凄まじいお出迎えだな……」

エヴォリアの話しでは、写しの世界は今、南天神に襲われているという事だったが……
アイツの予想は大外れだったかなと思いながら、ホッと息を吐く浩二。

『まぁ、皆様おそろいならば丁度いいですわね』

その時『反逆』が小さく呟いた。それと同時に薙刀が旋風を纏って光り輝く。
次の瞬間には、歳の程14~5歳ほどの少女が浩二の横に立っていた。
遊牧の民が纏うような衣装。ポニーテールに纏めた栗色の髪。ユーフォリアと同じ程度の身長。

『始めまして皆様。わたくし反永遠神剣『反逆』と申しますわ。
以後、お見知りおきくださいな』

そう言って、少女はぺこりと頭を下げる。
しかし、周りの皆は唖然としたままで、何の反応も返せなかった。

―――それはそうだろう。

ジルオルの事があったばかりの所に、死んだとばかり思っていた斉藤浩二の帰還。
それも、何故か見ただけで解るほどに強くなっているだけではなく……
トレードマークであったハリセンは腰に無く、薙刀の神剣を持っていると思ったら、
その薙刀が人の姿になったのだから。


『……マスターのお仲間は無礼者ばかりですわね。
人が頭を下げて挨拶してるのに、こちらこその一言も無いんですから』


栗色の髪の少女は、機嫌を悪くしたように怒っている。
浩二は、それを無視して、相変わらず倒れている沙月の所に歩いていった。

「沙月先輩。何があったのか説明してもらえます?」
「あの、え、あれ? 貴方……斉藤くん?」
「それ以外の誰に見えるって言うんです?」

エヴォリアとも、こんな話をしたなぁと何となく思う浩二。

「あの、浩二くん……死んだんじゃないの?」
「―――っ! 何で知ってるんです!」

叫ぶ浩二。自分は確かに死んだ。しかし『最弱』のおかげで蘇った。
それはエヴォリアしか知らない筈なのに、どうして知っているのだと。


しかし―――




「「「「 えええええーーーーーーーーっ!!! 」」」」




―――死んだと、あっさり認められた皆の方が驚いていた。





***************************





「………と、言う訳です」


斉藤浩二の話を聞いた『天の箱舟』及び『旅団』のメンバーは、複雑そうな表情で浩二を見ていた。
あまりにも淡々と語ったので、浩二が悲しそうに見えないのが余計に悲しい。

「そうか。そんな事が……」

サレスは顎に手を当てて浩二の顔を見た。
その瞳には一本の太い芯が入ったかのように強い光を放っている。

今までは何処か甘さを感じたが、それが全て払拭されていた。
強くなると言う事は、何かを犠牲にしなければならない。
犠牲にしたものが大きければ大きいだけ、その瞳は濁るものである。
自分の瞳は濁っているだろう。だが、浩二の目は濁っても、荒んでいない。

その瞳は、ただ真っ直ぐに前だけを見つめている。

凄い事だと思うと共に、嫉妬に似たような感情をサレスは抱いた。
素晴らしい出会いをしてきたのだろう。そして、素晴らしい別れをしてきたのだろう。
そうでなければ、いくら浩二にどれだけ優れた天稟があろうともこうはならない。


「それにしても、エターナルを破るとはな……」


永遠神剣の力と反永遠神剣の特性を持つツルギ―――反永遠神剣『反逆』
お互いの能力を相殺する事無く、欠け合わさった奇跡のツルギ。

神の意思の具現である永遠神剣を、人の意思で塗り変えたのではない。
もしも塗り変えたのなら、永遠神剣『重圧』の効力は消えている筈である。
ならば、結論は唯一つ。斉藤浩二は『重圧』を神の側から、人の側へと走らせたのだ。

元はただの紙にしか過ぎない『最弱』でさえ、反永遠神剣になると、あれほどの力を出せたのならば……
元が第六位の永遠神剣である『反逆』のポテンシャルは計り知れない。
浩二が持つ『反逆』という名のツルギは、すなわちそう言うモノであった。

「では、浩二さんが戦場跡に居なかったのは……」

「ああ、それはですね。エヴォリアが隠れ家にしていた所に運んでくれたみたいなんですよ。
生き返ったばかりの所で無茶しましたから、唯でさえ枯渇しかけていたマナが底をついて、
俺……エターナルを倒すと同時にブッ倒れて三日間ぐらい昏睡したらしいんす」

浩二は肩を竦ませて時深に答える。

「それでですか……」

「探しに来てくれていたのならすみません。
色々とありましたけど……斉藤浩二。ただいま帰りました」

そう言って笑う浩二。時深はエターナルに匹敵する存在にまでなった浩二を、
どのように扱えばいいのか計りかねていたが、この様子なら心配ないだろうと笑い返す。
環も、その光景を微笑ましそうに見つめていた。

「……で、こっちは何があったんですか?
何かお通夜みたいな雰囲気になってますけど……」

「はい。お話しします……」

それから時深は、今までにあった事を話した。
南天神の襲来。そこであった戦いの様子。世刻望のジルオルとしての覚醒。

望がジルオルとなった経緯については時深の推測も入っていたが……
浩二が南天神に殺されたと思っていた所に総攻撃を受けて、
仲間達が傷ついていく様子を見た望が、これ以上誰も死なせたくないと考えて、
ジルオルとなったのだろうと時深は言った。


「……何だ。そんな事か」


話を全部聞いた浩二は、呆れたようにそう呟いた。
浩二の呟きが聞こえたらしい沙月や希美達が、そんな事とは何だと言わんばかりに浩二を睨む。
しかし、斉藤浩二は―――絶対を否定するツルギを持った、運命を否定する少年は……
洗剤が切れたなら買いにいけばいいじゃんぐらいの気軽さで、あっさりとこんな事を言うのだった。

「だってそんなの、取り戻せばいいだけの話だろ?」
「取り戻すって……浩二くんは、アレを見ていないからそんな簡単に言えるんだよ」

言葉を感情的に否定した希美を、浩二はじろりと睨む。

「……うっ……な、何?」
「ファイムになったオマエを、理想幹神から取り戻すのも簡単じゃなかったぞ」
「それは……」

「なぁ、希美……望にできて、おまえに出来ない事なんてあるのか?
それに、沙月先輩もカティマさんも、ルプトナも……冷静になって考えてみろよ。
今の俺達、希美の時よりもよっぽど恵まれているんだぜ?」

そう言って浩二は、ソルラスカ、タリア、ヤツィータ、ナーヤ、スバルを順番に見ていく。

「旅団の奴等に加えて、スバルまで復帰したんだ。
これだけのメンバーが揃ってできない事なんてねーよ。
いや、そもそもだ。今まで俺達に出来なかった事なんてあるのか?」

楽に勝てた事なんて無い。いつもギリギリだったとは思う。
でも。それでも自分達『天の箱舟』は、どんな荒波にも強風にも倒されずにここまで進んできたのだ。
これからも、この船が沈む筈が無いと浩二は確信している。

「ナルカナを見てみろよ」
「ほへっ?」

突然名前を呼ばれたナルカナは、間の抜けた声をあげる。

「一人だけ何でもないって顔しているじゃねーか。
それは、望を信じているからじゃねーのか? 俺達のリーダーが、世刻望が……
ジルオルの意思なんかに消されていないと信じているからじゃねーのか?」

おそらく、きっと、ナルカナはそういう意味で呆けていたのでは無いと思う浩二だが、
今はそういう事にしておく。たぶん、そう言っておけば彼女は―――


「そ、そーよ。望がジルオルに負ける筈がないじゃない。
オホホホ。アンタ達は望の事を信じてないの?」


―――こう答えるだろうと思ったから。


「―――っ、そんな訳ないじゃないの。私は望くんの事を信じているわ」
「わ、私も勿論信じています」
「ぼ、ボクもだよ。と、当然じゃないのさ」
「わらも信じておるぞ」
「むーっ、私が一番望ちゃんを信じているんだからね!」


沙月とカティマとルプトナと、新たに合流したナーヤ。それに加えて希美。
世刻軍団が全部釣れたなぁと浩二は内心で苦笑する。

「じゃ、何も問題ないって事で―――
ジルオルになんて身体を渡して寝てないで……
さっさと起きろバカタレとツッコミを入れにいこうぜ」

笑いをかみ殺すように浩二がそう言うと、おうと返事が返ってくる。
もう、先ほどまでの暗い雰囲気はなかった。
サレスは、こうもあっさり士気をあげてしまった浩二の手腕を見て、ククッと小さく笑い声をあげる。



―――本当に強くなった。



力もだが、浩二は人間として本当に強くなったとサレスは思う。
いつかは自分など遥かに抜き去っていくだろうと、思っていたが、
それがこんなに早いとはと笑い声をあげるのだった。


「よし、行こう! 行こうぜ、みんな!」

「「「 おーーーーーーっ!!! 」」


浩二が手を上げて言うと、テンションが上がって来た沙月達も同じく腕を上げて応える。
しかし、そのやり取りを先ほどから浩二の隣でじっと見ていた『反逆』が、ボソッと呟く。

「……何処へ?」
「は? おまえ、何を言ってるんだよ。望の所に―――」

言いかけて止まる浩二。行こうぜと言ったのはいいが、何処に望が行ったのか解らないからだ。
嫌な汗が頬を伝って地面に落ちた。自分が煽りまくったので、今や『天の箱舟』の士気は絶好調だ。

「…………」
「…………」
「…………」

「……私は知りませんからね。
マスターが後先考えずに煽りまくったんですから」

パートナーの暖かすぎる言葉に、浩二の背中に流れる冷たい汗が量を増す。




「だ、大丈夫だ。きっと、大丈夫……
俺達は見てないから知らないだけで……みんなは知ってる筈!」

「……だと、いいですわね」




やべぇ、マジやべぇとでも言いたげなマスターの顔を見て、
彼の神剣『反逆』は微笑を浮かべるのだった。









[2521] THE FOOL 52話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:f980d33e
Date: 2008/05/10 07:06








「反永遠神剣。永遠神剣に対抗する為に作られた、人の想いで出来たツルギ……か」
「はい。そうですわ」
「ようやく納得がいったわ。今まで浩二がやって見せた不思議な事全てに……」

エヴォリアは、テーブルを挟んでポニーテールの少女と話していた。
この少女のマスターは奥の部屋で相変わらず寝ている。

「とんだジョーカーもいたものね」

斉藤浩二なる少年には何かがあるとは思っていたが、その答えをやっと知るに至りエヴォリアは納得する。
そして、この少女が以前は『重圧』だった事を知ると、不思議な親近感を感じていた。

「そろそろ、夜になりますわね……」

少女はそう呟くと、椅子から立ち上がって奥の方へと歩いていく。
そして、自分が調理するために使っている場所に立つと、そこにある調理器具や食材などを調べ始めた。

「ふぅ、エヴォリア……全然使ってませんわね。コレ……
この様子じゃ、今まで本当に適当なモノばかり食べていたんじゃありませんこと?」

「……え? だって、別にそんなのあまりこだわらないし……」

「ダメですわ! 貧しいものばかり食べていたら、心まで貧しくなってしまいますもの。
規則正しい生活の始まりは、きちんとした食事からっ!
ベルバルザードと居た時は、もう少しまともな食事を取っていたはずじゃなくて?」

「……うっ」

この少女は『最弱』であり『重圧』である。
故に『重圧』であった頃の事も、ガリオパルサを通して知っているのだ。

ちなみに、これは余談であるが、ベルバルザードは斉藤浩二ほどではないが料理が出来る。
調練だけでなく、きちんと栄養バランスのしっかりしたものを食べねば、
強靭な肉体をつくる事はできないと知っていたからだ。
ただ、ベルバルザードは栄養バランスの優れたモノを作ることはできたが、味は大雑把であった。

「エヴォリアは、お湯を沸かしておいてくださいな。わたくしが食材は調達してきますわ」
「あ、あの……本当にいいのよ? 私の為に食事を作らせるのも悪いし……」

「ダメですわ。私の言葉はベルバルザードの言葉でもあると思って、食べなさいな。
いいですこと? 私の言葉は、あ・な・た―――の為に命を懸けて戦った、
ベルバルザードの神剣でもある、わたくしが言っているんですからね」

少女はそう言うと、隠れ家を出ていく。
エヴォリアは、仕方がないので瓶に溜めてあった水を鍋に移して火をかけた。
程なくして『反逆』は戻ってくる。その手には何種類かの野菜と、兎のような動物。
エヴォリアがきちんと湯を沸かしておいた事に満足したらしく、にこりと笑っていた。

「それじゃ、肉と野菜のスープでも作りますわね。
調味料があまりありませんから、アバウトな味でしか作れないのが悔しいですけど……」

そう呟くと、エヴォリアに鍋を持ってついて来いと言う。
何だかこの少女には逆らえない雰囲気があった。
それは何故なのだろうかと考えると、すぐにその理由に気づいた。
似ているのだ。雰囲気が妹に似ているからだと理解してエヴォリアは苦笑した。

その後、少女の言うところの肉と野菜のスープを作ると、
少女はそのスープを寝ている浩二の所に持って行った。
そして、寝ている浩二の口を開くとレンゲに掬ったスープを飲ませる。
甲斐甲斐しく世話をする少女の後姿を見ながら、エヴォリアはスープを飲むのだった。

エヴォリアと『反逆』それに浩二。
三人での生活は、浩二が昏睡から目覚めるまで三日にも及んだ。

その生活が、苦痛とは感じなかったのがエヴォリアには不思議であった。
それどころか、満たされているとさえ思えたのだ。
まるで、故郷の世界で家族と共に暮らしていた時の様に……

「ねぇ。反逆……」

エヴォリアは、何度目かの食事の時にぽつりとそう言った。

「何ですの?」

「私のやりたい事……見つかったわ。
人には偽善と言われるかもしれない……でも……」

「口ごもる事なんてございませんわ。お話しになってくださいな」

反永遠神剣『反逆』は、その話を最後まで聞くと、今まで見た中でも一番の笑顔を見せてくれる。
花が咲いたような、可愛らしい、思わず心が温かくなるような笑みであった。

「素晴らしいと思いますわ。偽善でもよろしいじゃありませんか。
それで救われる方がいるのなら、わたくしはそれでいいと思います」

「……うん」

自分がやろうとする事を、世界に一人でも、
そう言って自分を肯定してくれる事が嬉しかった。

「エヴォリア」
「……何?」

「貴方は自分の事がお嫌いかもしれないけど……
わたくしは、貴方の事が大好きですわ」

真面目な顔でそんな事を言う少女に、顔が赤くなるエヴォリア。
そして、自分も貴方の事は嫌いじゃないと告げると『反逆』は嬉しそうな顔をする。
その笑顔に、エヴォリアは救われた様な気がしたのだった。





「ほんと、主従そろって調子が狂うわね……」





**********************






「ふうん。俺がぶっ倒れた後にそんな事があった訳か……」


箱舟にある斉藤浩二の私室。そこで浩二は、椅子に背をもたれかけさせながら
自らの神剣『反逆』の話を聞いて相槌を打つのであった。

昏睡から目覚めた浩二は、自分が三日も寝ていた事に驚くと、
写しの世界の事が心配だったので、別れの言葉もそこそこにエヴォリアと別れ、
精霊回廊から写しの世界に戻ってきた。
故に今頃になって、あの後の事をこうして『反逆』に聞いていたのである。

「つか、目が覚めたときに、初めて人型のおまえを見たとき……
本気でエヴォリアの妹だと思ったからなぁ……」

「あの時のマスターのうろたえ様は愉快でしたわ。
だって……あれ? あれ? 俺の神剣は何処だ? ですもの」

「笑うな。バカタレ」

ベッドの上にちょこんと座っている自分の神剣に、
勝手に言ってろと告げて、浩二は椅子から立ち上がる。

「どこへ行かれるんですの?」 
「何処でもいいだろう」
「そう言う訳にはいきませんわ。マスターと神剣は一心同体ですもの」

ベッドから降りると、部屋から出て行こうとする浩二の後をついていこうとする『反逆』
浩二は、仕方ないと言わんばかりに溜息をついて頷く。

「なぁ、別にこの建物の中なら構わんだろう。少しぐらいは一人になれる時間は作ってくれ。
一日中張り付かれていると、監視されてる見たいで気が滅入る」

「……言われてみればそうですわね。善処しますわ」

そんな話をしながら、浩二が『反逆』を連れて向かった場所は作戦室であった。

「来たか。浩二」
「すまん。サレス……遅刻したか?」
「いや、皆はもう揃っているが、遅刻ではないから安心しろ」

作戦室に行くと、もうそこには浩二以外のメンバーが揃っており、それぞれの席についていた。

「ひゅう」

口笛を吹く浩二。こうしてみると中々に壮観な光景である。
『天の箱舟』の永遠神剣マスターに加え『旅団』のマスターを加えた今現在。
この箱舟の作戦室にいる神剣マスターは13人。ナルカナを加えると14人もいるのだから。

ただ、席順で言うとリーダーが座る椅子だけが空いている。
浩二の席は元から無い。作戦室での彼のポジションはホワイトボードの前。
すなわち会議の進行役にあたる場所が、彼の位置であるからだ。

「ソル。空いてるのならそこに座ってもいいか?」
「おう。いいぜ」

ただ、今回はその位置にサレスが立っているので、浩二は空いてる椅子に適当に座る事にする。
浩二の神剣『反逆』は、ごく当たり前のようにその後ろに立った。

「あの、私の隣で良ければ空いてますよ?」
「……マスター」

ポンポンと椅子を叩きながら言うユーフォリアに『反逆』は、
どうしましょうと言うような目で見てくる。浩二は、そんな彼女の顔を見ると頷いて言った。

「せっかく勧めてくれたんだ。座れよ」
「……わかりました」

渋々と言った様子で、ユーフォリアが引いてくれた椅子に座る『反逆』
ユーフォリアの左隣にはナルカナが座っているので、その結果……
第一位神剣の化身、エターナル、反永遠神剣の化身が並ぶという、ある意味凄い一画ができあがる。
サレスはそれに気づいたのか苦笑していた。

「それでは作戦会議を始める。我々の目的地は、皆も知っての通り理想幹だ。
写しの世界より理想幹に逃げたイスベルを倒すと同時に、
破壊神ジルオルより世刻望の意思を浮上させ、取り戻す事が目的である」

ジルオルの向かった先は理想幹であるという事は、
ログ領域を利用したナルカナが調べてくれたので浩二は一安心していた。

「それは解ってるけどさ、肝心の望はどーやって取り戻すんだよ?」

ソルラスカがそう言うと、サレスは顎に手を当てた。
そして、ソルラスカの隣に座る浩二を見る。

「浩二。おまえの神剣の力でなんとかならないか?」
「なんとかなるか? 反逆」

サレスのパスをそのままトスする浩二。
反永遠神剣『反逆』は、自分に視線が集るのを感じると肩を竦めて首を横に振った。

「無理ですわね。前世を否定する事はできませんわ。
それが植えつけられたモノであったり、偽りのモノであるのならば消せますが……」

「ジルオルの存在は嘘でも偽りでも無いわよ?」

『反逆』の声をナルカナが遮ると、彼女はムッとした顔をする。
しかし、彼女がナルカナの無礼を非難する前に、
空気を呼んだサレスがそれならばと言って自分に視線を集めた。

「それならば、我等が世刻望の精神に直接呼びかけるしかあるまい」

「うむ。外からの呼びかけだけで無く、
永遠神剣の力で望の内側にも干渉して呼びかけるのじゃな?」

ナーヤの言葉にサレスが頷く。
しかし、確実性が無いその提案にルプトナは不安そうに言う。

「それで本当に上手くいくの? 望は助かる?」

「確実とは言えないが、可能性はあるだろう。
あの時、ジルオルはその気になれば我等を全滅させる事もできたかもしれぬのに、
それをせずに去っていった。無慈悲で冷酷な破壊神の行動としては、どこか甘い……
おそらく世刻望の意思がまだ生きており、ブレーキになったのだろうと私は思う」

「じゃあ、その生きている望ちゃんの意思に呼びかければ……」
「根拠としてはあまりにも弱い、希望的な推測ではあるが、取り戻せるかもしれんな」

推測どころか、願望まで入っている楽観論しか提示できぬ自分にサレスは苦笑する。
しかし、それでも可能性がゼロでは無いというのなら、挑戦するに足ると思う仲間達。

「そこに可能性があるのならばやって見る。
決して諦めない……それは、私達『天の箱舟』が貫き通してきた志ですもんね」

ユーフォリアがそう言うと、その通りだと言わんばかりに皆が騒ぎ始めた。
反永遠神剣『反逆』は、その様子を静かに見つめている。
そして、微かな笑みを浮かべると目を閉じて椅子に背を持たれかけさせた。

「これが、マスターの仲間達……か」

そこに可能性があるのならば、躊躇わずに向かって行こうとする姿は好ましい。
想いの力こそが、絶対という壁を打ち破る唯一の力だと信じる反永遠神剣の化身は、
よくもまぁ、これだけのバカが揃ったものだと嬉しそうに笑うのだった。

「なぁ、サレス」
「何だ? 浩二」

「望に外と内側の両方から呼びかけるというのはいいが……具体的にはどうするんだよ?
ジルオルは精神干渉を容易くさせてくれる程に甘いヤツなのかい?」

浩二がそう言うと、仲間たちは先の戦いで南天神イスベルの怨念をいとも容易く跳ね除けた、
ジルオルの様子を思い出して、盛り上がっていた意思をクールダウンさせる。
精神論をサレスが提示するならば、自分は理論を提示するべきだと浩二は判断したのだ。

「フッ。勿論ジルオルはそう簡単に精神干渉などはさせぬであろうな。
だから、何人かには外側からジルオルを抑えてもらう」

「抑えられるのですか? サレス様」

圧倒的なパワーで暴れまわったジルオルの様子を思い出したタリアが言う。
サレスは、眼鏡を押し上げて浩二とユーフォリアを見た。

「勿論。そのままでは無理だろうが……弱らせれば何とかなる」
「……で、その役目は俺とユーフォリアがやれと?」

「ああ。ジルオルの精神の中に干渉し、世刻望の意思を呼び起こすのは、
望との付き合いの長さから考えても、おまえ達『天の箱舟』のメンバーが適任だろう。
しかし、暁絶にはジルオルの『黎明』と対を成す永遠神剣『暁天』で、
精神干渉の架け橋となってもらわねばならない。だから……」

「ジルオルの精神の中に入り込むメンバーは、
希美と沙月先輩とカティマさん。ルプトナか……」

浩二はそう言って天井を見上げる。

「いや、それに加えてナルカナとナーヤにも行って貰う」
「え? あたし?」
「わらわも?」

サレスの言葉に、呼ばれた二人は驚いた顔をする。

「………世刻軍団。総突撃……」

ナナシがぼそっと呟く。
それを聞いていた絶は、思わず吹きそうになっていた。

「ジルオルの精神の中に入るのなら……
おまえ達二人は誰よりもその権利―――いや、義務がある。違うか?」

サレスがそう言うと、二人は黙り込んでしまう。
しかし、自分は行かないと言って首はを振る事はなかった。

「よし、それではジルオルの精神の中に入り、世刻望の意思を呼び起こすメンバーは……
沙月、希美、カティマ、ルプトナ、ナルカナ、ナーヤ。
外側からは私と暁絶が中心となって、ジルオルの動きを封じると共に干渉力を高める。
『旅団』のメンバーとスバルは、神剣の力で私達のサポートをしてくれ。そして―――」

言葉を区切ってサレスは浩二とユーフォリアを見る。
浩二は、肩を竦めて苦笑して見せた。

「俺とユーフォリアで、ジルオルに戦いを挑んで弱らせると」

「ああ。一番辛い役目かもしれないが……
このメンバーの中で、ジルオルに立ち向かえるのはおまえ達だけだ」

「がんばりましょう。おにーさん!」
「おうよ」

ぐっと握り拳を作っているユーフォリア。
浩二が彼女とサレスに了承の意思を伝えると、会議は終了となり解散になるのだった。






***********************






箱舟の一階にある世刻望の私室。
ナルカナは部屋にあるベッドにうつ伏せに寝転がりながら、漫画を読んでいた。

「望。ポッキーとポテチ持って来て。イチゴ味とコンソメね……って、あれ?」

望の私物であろう数冊の漫画本。
それを片手で読みながら、もう片方をポテチの袋に突っ込んだナルカナが、
いつもの様に望を呼ぶと、返事が返ってこない事に顔を上げた。

「……そっか。望……居ないんだった」

空になった袋を丸めてゴミ箱に捨てると、ナルカナは仰向けに寝転がる。
そして、何となくジルオルについて考えるのだった。

「ジルオルは……やっぱり強いし、カッコイイよね」

世刻望とは雲泥の差だ。
むしろ望がジルオルに勝ってる部分なんてあるのだろうかと、ナルカナはかなり酷い事を考える。

まずは戦闘能力。比べるまでも無くジルオルの勝ち。
容姿。ワイルドな魅力のジルオルと比べると、望は何処か頼りない感じがする。
性格。南北天戦争よりも前に原初から連れ出したジルオルは、
自分の言う事には素直にしたがってくれた。
だが、望はこのナルカナ様のやる事にケチをつけようとするだけでなく、時々説教クサイ事も言う。

「やばい……このままジルオルでもいいんじゃね? とか思ってしまったわ……」

もしも、その言葉を希美や沙月が聞いていたら、一波乱あっただろう発言をするナルカナ。


「でも―――」


次に望の事を考える。世刻望―――
ジルオルの仮初の宿主。大局的に見れば、望はジルオルの一部分に過ぎない。
ガム付きプラモデルについてくるガムみたいなものだ。
すなわち、ぶっちゃけ居ても居なくてもいい程度の存在。

「何でだろう……どうしてだろう。それなのに、つい気にかけてしまうのは……」

菓子を持ってくれと頼めば、ぶちぶちと文句を言いながらも、
ジュースとウエットティッシュまで持って来てくれる望。
人付き合いがよくて、多くの人に囲まれていて、時々自分に妙な苛立ちを覚えさせる望。
ジルオルと違って弱いので、自分が手を貸してやらねば心配な望。

「……ん? 心配?」

何で自分は世刻望を心配しなければならないのだ?
よく考えたら理由が無い。理由が無いのに心配だと思う自分。
何なのだろうか? コレは………

全ての面でジルオルは望よりも上。それは解っている。
でも、それならばジルオルを全面肯定して望などいらないと思うはずなのに、
何故だかそう思えない自分がもどかしい。

「あーーーーっ、もう! ワケがわかんなーーーーーい!」

ナルカナは叫びながら転がりまわった。

「この先が厨房と食堂ですよ」
「……へぇ、それは見てみたいですわね」

そこに、この訳の解らない苛立ちをぶつける不幸な獲物が現れる。
半開きになったドアの隙間から見えたのは、斉藤浩二の神剣『反逆』に、
この箱舟の施設を案内しているユーフォリアであった。


「そこのロリ担当の二人! 止まれ!」


望の部屋から叫ぶナルカナ。
何事だと思って空いた隙間から部屋の中を見るユーフォリアと『反逆』
目が合った。ユーフォリアは自分の顔を指差して、私ですかとジェスチャーを送る。
頷くナルカナ。そして、顎で部屋の中をさして入って来いとジェスチャーを返す。

―――バタン。

「ふぇ!?」
「なっ!」

そこで扉が突然閉じられた。見ると、閉じたのは『反逆』である。

「人をロリ呼ばわりして、高圧的な態度を取る者と利く口はございませんわ」
「え? でも……」
「行きますわよ。ユーフィー」

どうしたものかとオロオロしてる、ユーフォリアの手を引いて歩き出そうとする『反逆』

「ちょーっとまったー!」

そこで再び扉が開いた。声と共に姿を現したのはナルカナで、
問答無用とばかりに、二人の少女の後ろ襟首を掴んで部屋の中に引きずり込む。

「……むきゅうっ」
「もうっ、何ですの?」

部屋に引きずり込まれた少女二人。ユーフォリアは目をまわしており、
『反逆』は引っ張られた襟首を正している。

「ポテチのコンソメと、ポッキーのイチゴ味。それにジュースを持って来て」
「フン。それぐらい自分で行きなさいな。その足はお飾りですの?」

踏ん反り返って言うナルカナに『反逆』はムッとしながら答える。

「……アンタ。あたしの言う事が聞けないわけ?」

「わたくしに命令していいのはマスターだけ。
いいえ。マスターの命令であろうとも、わたくしの意に反する事なら拒否しますわ」

「あたしにそんな口を利くなんて、いい度胸してるじゃない」

「自分の身勝手な要求が通らなかったら、暴力で通そうとする。
底が知れましたわね。永遠神剣の化身」

唯我独尊な永遠神剣の化身と、プライドの高い反永遠神剣の化身。
ナルカナがその手に魔法の光弾を翳すと『反逆』は腰を落として格闘の構えをとった。


「わーわーわー! いいです。いいです。私がとってきますーーーー!」


一触即発な二人の様子に、目覚めたユーフォリアがドタドタと部屋を出ていく。
その様子を見たナルカナが、フンッと言って魔法の光弾を消すと『反逆』も構えを解いた。

「同じロリっ娘でも、ユーフィーとは違って可愛気ないわね。アンタ」

「別に貴方にどう思われようとも結構ですわ。
そもそも、さっきからロリロリと言ってくれてますが、わたくしの姿はあくまで仮初。
その気になれば、容姿などいくらでも変えられますわ。ハッ!」

そう言うや否や『反逆』はくるりと回る。
それと同時に身体が光り、次の瞬間には倉橋環と同じぐらいの年頃になった『反逆』の姿があった。

「どうですの?」

「へぇ……面白い特技を持ってるじゃない。
なら何でアンタ、普段はユーフィーと同じか、それより少し上ぐらいの年齢でいるわけ?
もしかして斉藤浩二の趣味? アイツってロリコン?」

「……それ以上、わたくしのマスターを侮辱する事を言えば……
敵対行為とみなして、消滅させますわよ……」

「へぇ、面白いじゃないの……パチモノ神剣の化身風情が、
この永遠神剣第一位『叢雲』の化身であるナルカナ様を消すですって!」

「わーわーわー! お菓子とジュース持ってきましたーーー!」

再び一触即発な状態になった所に、トレイにジュースと菓子を乗せたユーフォリアが戻ってくる。
そして、二人の間に立つとストップ。ストーップと叫んだ。

「……さっきからわーわーと煩いわよ。ユーフィー」
「そうですわ。淑女たる者、いつでもお淑やかにですわよ」
「え!?」

いつの間にか自分が一番悪い事になってるユーフォリアはびっくりである。
その様子がおかしくて、ナルカナと『反逆』は顔を見合わせて笑うのだった。





「うう~っ、何なんですかもうーーーーっ!」





*********************





「……ふうん。アンタも色々と苦労してるのね」
「これぐらいの事、苦労じゃございませんわよ?」


さっきまでの険悪な雰囲気は何処へやら。
ナルカナと『反逆』は、床に腰を下ろして話している。
飲み物とお茶請けが前に置いてあり、その様子はさながら女子のお茶会であった。

「わたくしがマスターと同じ歳か、年上の容姿であったならば、
マスターはきっと、わたくしを部屋には置いてくれませんわ。
別に部屋を用意されて、そこに押し込まれてしまうと思いますの。
だからと言って容姿を子供にしすぎると、何を言っても子供扱いされてしまいますわ」

「ふむふむ」

「故にわたくしは、今の年齢ぐらいの容姿で居るのですわ。
これなら部屋も追い出されないし、話も一応は聞いて頂けますので」

『反逆』の言葉に耳を傾けるナルカナ。
こうして話してみれば、彼女は嫌な相手ではないと思った。

「あ、そうだ」

目の前に座る彼女は、自分と同じ神剣の化身だ。
彼女なら、今自分が抱えているモヤモヤについてのアドバイスをしてくれるかもしれない。
ナルカナはそう思って、先ほどまで考えていた事を『反逆』に話した。

「………はぁ、そんな事で悩んでるんですの?」

そして、話すと心底呆れたような顔をされた。

「そんな事って何よ! アンタ。このナルカナ様に喧嘩売るつもり?」

そう言っていきりたつナルカナを『反逆』は温かい目で見つめた。
その瞳が、慈しむ様な色を持っていたのでナルカナは毒気を抜かれて消沈する。

「ナルカナ。貴方は永遠神剣ですわよね?」
「そうよ」
「人格的には女ですわよね?」
「ええ」
「それが答えですわ」
「……はぁ?」


そう言って『反逆』は立ち上がると、
部屋の隅でナルカナが放り出した漫画を読んでいたユーフォリアから漫画を取り上げる。

「ほらっ、行きますわよ。ユーフィー」
「あ、はい」

出て行こうとする二人の少女。
ナルカナは『反逆』が何を言いたかったのか解らずに、ずっと頭にハテナを浮かべているのであった。








「人は誰かを求めるのと同じくらいに、求められたいもの……
それは、わたくし達のような存在であっても同じ事ですわ」











[2521] THE FOOL 53話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:f980d33e
Date: 2008/05/11 19:10








理想幹に辿り着いた。この土を踏むのも二回目かと浩二は思う。
あの時は希美を救い出すのが目的だったが今回は望である。
黒いマナは消えていた。ジルオルが消し去ったのか南天神が消し去ったのか……
もしくは自然に霧散して大気に解けたのかは解らない。

遠くから轟音が聞こえてくる。
それと同時にここまで伝わってくる永遠神剣の力の波動。

「ジルオルとイスベルは未だ交戦中か……」

サレスが顎に手を当てて呟く。
そして『天の箱舟』と『旅団』の永遠神剣マスター達を見た。

「今回の敵はジルオル……すなわち、世刻望だ。
……それでも、オマエ達は戦えるか?」

そう問いかけると、皆は力強く頷いて戦えると意思を示した。
殺すための、奪うための戦いではないのだ。
護る為の、助ける為の戦いであるなら迷うことは無い。そして、必ず出来ると信じていた。

「詮無き事だったな……」

サレスは微笑を浮かべながら、準備運動している浩二を見る。
その前には薙刀が突き刺してあった。
傍目にも凄まじい力を放つ、反永遠神剣『反逆』と呼ばれるヒトのツルギが。

「よしっ」

浩二は薙刀を地面から抜いて柄を地面に立てて持つ。それから、ユーフォリアの方を見た。

「そんじゃ俺らは一足先に行くか」
「はいっ。また飛んで行くんですね!」
「そうだな。飛んで行こう」

浩二はニヤリと笑うと『反逆』に力を籠める。
それと同時に体がふわりと宙に浮かび上がった。

「わっ!」

ユーフォリアが驚いている。同じように皆も驚いていた。


「やっぱりな……理論的にはできると思ったんだよコレ」


浩二は、自分の周りの重力を調節して飛んでいるのである。
正確には飛んでいる訳では無い。重力と反重力を上手い事調整して浮かんでいるのだ。

ベルバルザードの『重圧』の力を見てきた浩二は、
彼を倒す為にはどうしたらいいか? というのを考えると同時に、
自分がベルバルザードだったら、どうするだろうかと言う事を考えてきた。

その時に思ったのだ、重力を操れるなら飛べるのでは無いだろうかと。
ベルバルザードがどうして空を飛ぶことをしなかったのかは解らないが、
自分なら絶対に、飛んで上から攻撃をしてやるのにと思ったものだった。


―――たが、真実は異なる。


ベルバルザードも自分の神剣の特性を知る上で、空を飛ぶ事は考えた。
高みより低きを狙うは兵法の常道であるのに、ベルバルザード程の兵法者がそれを考えない筈が無い。

考えて、試してみたが飛べなかったのである。

単純に重量の方向を変える事ぐらいならできるが……
重力の付加とエネルギーの割合などを微調整して、空を飛ぶというのは並大抵の技術では無いのだ。
おそらくベルバルザードが生きており、この光景を見たならば、
そんな事を出来るのは、永遠神剣のマスターの中でもオマエだけだと笑うであろう。

普通の永遠神剣マスターであるならば、マナエネルギーを魔法などの力に変換するのは上手いだろうが、
エネルギーを何処にどう伝えるかなどは考えない。そんな技術は必要ないからだ。
しかし、浩二にとってはエネルギー伝導は必須スキルであった。
なにせ『最弱』という神剣の武器は、エネルギー伝導による強化しかなかったのだから。

エネルギーの伝導及び伝達は、永遠神剣マスターならば出来て当然の基本スキル。
そこから魔法や超常能力に変換するのが、普通の永遠神剣マスターの戦いなのだ。

しかし、浩二の神剣だった『最弱』に出来たのは、その基本だけ。
なので普通ならば鍛えることが無い、エネルギーの伝導及び調節を磨きぬいたのである。
『最弱』の形を変えて、隅々まで力を行き渡らせるなんて事をできたのもそれ故だった。

「フム……ユーフォリアみたいに推進力で飛んでいるのではなく、
俺の『飛行』は、あくまで重力の方向に引っ張られているだけだが……
重力で引っ張られる方向を変えてやれば、好きな方向に浮かんでいける。使えるな。コレ……」

重力のかかる方向を変えてやり、空中で様々な方向に引っ張られてみる浩二。
一通り飛んでみて地面に着地すると、薙刀の先をソルラスカに向けた。

「うおっ!」

それと同時に空中に浮かび上がるソルラスカ。

「はっはっはっは。人間ラジコン!」

ソルラスカの周りにかかる重力を、色々な方向に変えてやり、
さながらラジコンヘリのようにソルラスカを空中に飛ばす浩二。
物凄いご機嫌そうな顔であった。

「てめっ! いい加減にしろや!」
「あっ!」

オモチャにされていたソルラスカは、神剣の力を解放して浩二の『重圧』の力を跳ね飛ばす。
しかし、空中でそんな事をしたら通常の重力に戻るわけで―――


「うわああああああああ!!!」


―――当然のように落ちるのであった。


「―――ハッ!」


落ちてきたソルラスカが地面に激突する前に、落下地点に反重力を展開させる浩二。
そのおかげで、ソルラスカの体は地面スレスレの所でピタリと止まった。
勢いを完全に消した所で、展開させた反重力を消してやる。

「危なかったな。ソル」
「ああ。悪ぃ……助かったぜ―――って、おまえがやったんだろ!」
「悪い悪い。ちょっと試してみたかったんだよ。ゴメン!」

パンッと両手を合わせて拝むような仕草をする浩二。
それを見たソルラスカは、仕方ねーなと言って頷いた。

「なぁ、サレス」
「……何だ?」

「俺とユーフォリアが先行するにしても、目的地は一緒なんだから……よければ途中まで送るぜ?
俺の神剣力を使えば、理想幹の中をせかせかと走り回らんでも、目的地まで飛んでいけるみたいだし」

「できるのか?」
「ああ」

ジルオルが居ると思われる理想幹中枢までは、かなりの距離がある。
しかも、歩いて行くならば転移装置を使っていくつもの島を通過しなければならないのは、
以前にココへ来たときに経験済みだったので、浩二の言葉は渡りに船であった。

「ならば頼もう。あの時のようにミニオンの妨害はないだろうが、
浮き島をいくつも経由しながら、走ってあそこまで行くのは少しばかり骨が折れる……」

「よし、それじゃみんな。俺から半径5メートル以内に寄ってくれ」

そう言って浩二は周囲の重力がかかる方向を操作する。
それと同時に皆の身体が浮かび上がった。

「うわっ……もう、私達にいけない所は無いわね。
世界の移動は希美ちゃんの、ものべーにやってもらって……
現地での移動は、斉藤くんにこうやって飛ばしてもらえばいいんだから」

浩二の右隣に浮かんでいる沙月がそう言うと、浩二は苦笑をする。

「敵が居ない事が前提ですけどね。俺一人ならともかく、これだけの人数を浮かばせて移動する場合、
下から魔法でも撃たれたら、回避運動がとれずに、みんな仲良く撃墜されますので」

「それは、私達が魔法を使って相殺させればいいんじゃないの?」
「あ、なるほど」

自分は飛行と操舵で、他のメンバーは砲手。
そう考えれば、この力は隙が無い随分と使える能力なのかもしれない。
中枢部が近づいてきた。浩二はここまで来ればいいだろうと判断して全員を地面に降ろす。

「こんな所でいいかな?」
「十分だ」
「んじゃ、サレス。俺とユーフォリアは一戦ぶちかましてくるわ」
「ああ。ある程度弱らせてくれれば、後は我々が何とかする」

サレスの言葉に頷く浩二。そして『反逆』の力で空に浮かび上がった。
『悠久』に乗っているユーフォリアの隣に並ぶと、互いに頷きあう。

「行くか!」
「はいっ!」

そして二人はジルオルとイスベルが、戦っていると思われる場所に飛んで行く。
そんな浩二とユーフォリアを見つめるサレス。彼らが世界を根底から揺るがすほどの風になるのか、
水面に波紋を広げるだけの風で終わるかのか、それはまだ解らない。

しかし、この時間樹における最強の神であるジルオルを打倒する事ができたならば、
分子世界に住む全ての存在は、時間樹に君臨する真の神にして、
創造主であるエト・カ・リファの支配から脱却する事も出来るかもしれないと思うのだった。





「マレビト来たりて風が吹く……か」






************************





「はぁ、はぁ……はぁ」



汗が顎を滴り落ちる。目に写るのは双剣を構える破壊の神。
浩二は、すり足で一歩前に出た。その瞬間にジルオルの目がギラリと光る。

「―――っ!」

来る。そう思った時にはジルオルの姿が眼前に迫っていた。
振り下ろされる永遠神剣『黎明』を薙刀で弾き返す。
切り返しをする暇も無い、次から次に放たれる竜巻のような斬撃。
刀身からは凄まじいマナの奔流。一撃、一撃が全て重い。

反永遠神剣の特性でマナの増幅力は遮断しているのだが、
単純な斬撃の破壊力だけで、抗体兵器を破壊する程のジルオルの斬撃を受け止めていると、
まるで自分が削岩機の前にでも立っているような感覚に陥ってくると浩二は思った。

「―――フッ」

ジルオルが笑った。そして、次の瞬間には後ろに飛んでいる。
このまま押し切る事もできただろうに何故だと思った瞬間には、眼前を青い閃光が奔って行った。
ユーフォリア。永遠神剣『悠久』に飛び乗り、押されている浩二を援護しようと突っ込んできたのだ。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

浩二は肩で息を吐いた。
ジルオルは離れた場所に立ち、神剣を構えて見下ろしている。

「大丈夫ですか。おにーさん」

『悠久』から飛び降りたユーフォリアが、駆け寄ってきた。

「すまん。助かった」
「私も一緒に戦いますか?」

先ほどからジルオルと正面から打ち合っている浩二を心配してユーフォリアは言うが、
浩二はチラリとユーフォリアを一瞥すると、微かに首を横に振る。

「大丈夫だ。とんでもなく早く、重く、鋭いけど……防げない程じゃない」

浩二はそう言ってユーフォリアの申し出を断わったが、
それは、彼女ではジルオルの斬撃を受け止めるのは無理だろうと判断しての事だった。
ユーフォリアの戦闘スタイルは、一撃離脱の繰り返しであり、
正面から刃と刃をぶつけ合うような戦いは不得手である。

「でもっ」

彼女自身、それは自覚している。
しかし、ジルオルと打ち合うたびに消耗していく浩二を見かねたのだ。

「ほう。俺の攻撃を防げない程では無いと……中々に言うではないか」

浩二とユーフォリアの話しが聞こえたのか、ジルオルが口を挟んできた。
皮肉るような笑みを浮かべている。浩二はニヤリと笑みを返した。

「破壊神の名は伊達じゃねーなジルオル。大した力だよおまえさん。
ここまでの斬撃を繰り出すヤツは見たことねぇ。だが……それだけだ……」

「何っ!?」

「強いヤツほどそうなのかな? 俺が倒したエターナルもそうだった。
ゴリ押しの力押しで突っ込んでくるだけなら、ケダモノと一緒じゃねーか」


―――ビシュンッ!


浩二は薙刀を振り払う。そして、腰を落として構えを取った。

「どいてろユーフォリア。そこにいたら……潰れるぞ?」
「あ、はい!」

ユーフォリアは頷いて浩二から離れる。それと同時に、浩二の周りの大地がボコッと埋没した。
大気が震えている。目には見えないが、浩二の周りに凄まじい重力が発生している事は解る。
ジルオルがくっと目を開いていた。

「はあああああああああっ!」

雄叫び後に浩二が大きく一歩前に踏み出すと地面が揺れる。
今までの雰囲気とはまるで違っていた。身に纏うマナの奔流が尋常ではない。
ジルオルは、斉藤浩二の認識を、多少は手強い敵から強敵へと認識を改める。

「ハハッ―――ハハハハハハハ!!!」

笑う。まさかコレほどの敵が居るとはと。

「面白いッ!」

笑い声と共に、ジルオルのマナも膨れ上がる。
ゴウッと風が吹き、最強の神たるに相応しい圧倒的な波動が身体から放たれる。

「……っ!」

二人の様子を見ていたユーフォリアは、まるで次元が違うと思った。
今までの戦いは二人とも本気ではなかったのだ。
ジルオルが本気ではないと言うのは、何となく解っていたが……
浩二がそれに匹敵するぐらいのマナを纏っている事に驚きを隠せなかった。

『ユーフォリア』

そんな彼女に、浩二の神剣『反逆』が呼びかけた。

「は、はい」

『本気を出すつもりが無いなら下がっていなさいな。
今の貴方ではマスターの邪魔にしかなりませんわ』

「え?」

戸惑うユーフォリア。自分としては本気でやっているつもりなのだ。

「あ、あの……私―――」

そう言おうとした時、浩二は咆哮をあげて跳んでいた。
迎え撃つようにジルオルも双剣を構えて跳んでいる。


「はああああああああっ!」
「うおおおおおおおおっ!」


気合と気合がぶつかり合った。
浩二の『反逆』とジルオルの『黎明』がぶつかり合った瞬間、突風が吹く。
打撃音は理想幹中枢の建造物をビリビリと揺らす。

「チッ!」
「速さは互角か……ならっ!」

空中でぶつかり合った二人は、地面に足を突くと、同時に大地を蹴って突進した。
斬撃と連撃が、鈍い金属の音と共に響き渡る。
浩二が五月雨のように放つ音速の突きを、ジルオルは双剣で捌いている。

「おらららら!」

しかし、傍目には浩二がジルオルを押しているように見えた。
浩二が優勢に運んでいる訳は、二人の得物の差である。
双剣を武器にするジルオルに対して浩二は薙刀。
ジルオルが浩二に攻撃をくらわせるには、槍を掻い潜って懐に飛び込まねばならないのだ。

剣で槍に立ち向かうには、相手の倍以上の技量が必要だと言われている。
そして、幾多もの激戦を潜り抜けてきた斉藤浩二の技量は並ではない。

「小賢しいわっ!」
「うおっ!」

しかし、ジルオルの膂力は、技などものともしない圧倒的なパワーを誇る。

「くっ!」

浩二の薙刀はジルオルの双剣に跳ね上げられた。
同時に大地を蹴るジルオル。浩二の薙刀の間合いはおよそ二メートル。
それぐらいの距離はジルオルにとっては目と鼻の先のような距離である。
一瞬で懐に飛び込まれる浩二。

「終わりだ!」

そして『黎明』の斬撃が浩二の胴を薙ぎ払おうとした瞬間―――


―――ゴッ!!!


「ぐはあっ!」


ジルオルの方が吹き飛ばされていた。
勢い良く地面を転がるジルオル。途中で手をついて跳ね起きる。
そして、殴打された頬を手の甲で拭いながら浩二を睨みつけた。

「剣を得物に、槍を相手にする時は……懐に飛び込んでしまえばいい。ま、理屈だわな……」

浩二は振りぬいた構えのままジルオルを見つめている。
しかし、振りぬいたのは刃先では無く柄の方。
ジルオルが懐に飛び込もうとした瞬間。石突をくらわせたのである。

「けど、そんな事は100年以上も前から言われてるんだよ。
それを補う技の一つや二つは開発されてるってーの」

そして、石突はベルバルザードが得意とした技の一つである。

「人間の技。槍術も侮れんだろう?」
「フン。この俺に戦いの講釈か? 偉そうな事を言うでは無いか」

血の混じった唾を吐き捨てるジルオル。しかし、その表情は歓喜の笑みに染まっていた。
自分を相手にここまで戦える男の存在が嬉しいのだ。イスベルを追い詰めた所にやってきた新手の敵。
始めは雑魚が追いかけて来たのかと鼻白んだものだが、面白くなってきたと思う。


「……本気で行くぞ」


ジルオルは双剣を重ね合わせて大剣にすると、剣が輝きを放つ。

―――その輝きは『浄戒』の力。

オリハルコンネームさえ削り取り、世界の理を断ち切るとまで言われた必殺の一撃である。
それも、望が絶に対して使った時の比ではない、星さえも消滅させてしまえそうな力の波動を放っていた。

『マスター。踏ん張りどころですわよ』
「わかってる」

反永遠神剣『反逆』の言葉に頷くと、浩二は薙刀を横に構えて薙ぎ払いの体制をとる。
敵は最強の神で、そこから繰り出される一撃は神さえも屠る必殺の一撃。
だが、そんな圧倒的な力を前にしても浩二に焦りはない。何故なら乗り越えられると信じている。

「なぁ……反逆……」
『何ですの?』

「不思議だな。怖くねぇんだよ。今までなら、竦んでしまって身動き取れなくなって……
ガクガクと震える足を、強がりとハッタリで誤魔化して来たけど……」

『…………』

「……今は、もう何も怖くない……俺は、俺を信じられる。
……勝てるって、負けないって。
俺に―――斉藤浩二に出来ない事なんて何も無いんだって」

積み重ねてきたモノをぶつけよう。
培った技術をぶつけよう。そして、想いの全てをぶつけよう。

―――嘘はない。

今なら自分の全てを信じられるから。この場所に立つまでに経験した全て、努力の全てを信じれるから。
嘘や虚勢で見栄を張らずとも、今の自分は強いのだと胸を張って言えるから。


「俺達の力は、絶対を否定し、運命を打倒する力……」


破壊神の繰り出す『浄戒』と言う名の無に消す力を前に、
浩二は心気を澄ませて目を閉じる。


『故に、わたくし達の前に……』


『反逆』は謳う。不可能なんてある訳がないと―――




「はああああああああっ!!!!」




ジルオルの雄叫びと共に、大地が揺れ、風が叫び声をあげていた。
嵐の真ん中にいる破壊の神は、目の前に立つ矮小なる存在を睥睨する。
繰り出されるは破壊の刃。南北天戦争で数多の神々を屠ってきた最強の一撃。

「我が必殺の一撃をもって無に還れ!」

それが光の刃となって放たれた。全てを消し去る白い輝きと共に浩二と『反逆』に迫る。
そのまま浩二を飲み込もうと『浄戒』の一撃が眼前まで近づいた時―――




「『 あらゆる奇跡は自然に還る! 」』




重なり合う浩二と『反逆』の言葉と共に、反永遠神剣の刃が白い光を切り裂いた。
霧散していく『浄戒』の力。浩二は薙刀を振りぬいた姿勢のまま固まっている。
ジルオルは信じられないモノを見たように目を見開いていた。

「ククッ……ハハハハ、ハハハハハハ!!!」

しかし、すぐに我を取り戻すと額に手を当てて笑う。
楽しそうに、嬉しそうに、自分の放つ最大最強の一撃が防がれたというのに破壊の神は笑い声をあげる。

「まいった。ククッ……貴様と言うヤツは、ホントにな……」

笑うジルオルを浩二は無言で見ていた。
それから反永遠神剣『反逆』の刃を地面に突き刺して座り込む。
そして、身体を大の字にして寝転がった。

「はあっ……」

空を見上げて溜息を一つ。それから呆れたような顔でジルオルを見る。
そして、生も根も尽き果てた声でジルオルに言葉を投げかけた。

「……これで、満足か?」
「ああ」

浩二の言葉に頷いてジルオルも、大剣を地面に突き刺して空を見上げる。

「……何時から気づいていた?」

「ん~~? 始めから……かな?
だって、おまえ殺気はあるけど敵意と悪意がねーんだもん……」

むしろ、楽しそうであると言うのが本音だった。

「ほう、その違いによく気づいたではないか。
オマエ以外の仲間たちは、誰一人として気づく事は無かったぞ?」

正確にはナルカナだけは気づいていたのだが、ジルオルはそれを知らない。
写しの世界で自分に襲い掛かってきた、世刻望の仲間たちの顔を思い浮かべるジルオル。
浩二は、よいせとか言いながら上半身を起こして胡坐をかいた。

「要因は色々とあるぜ?」
「聞かせてくれるか?」

「まず一つ。俺はオマエが出てくる現場を直接見ていない。
望がオマエに変わって行く様を見ていないので、感情的にならずに済んだ。

二つ目。伝聞で聞く破壊神ジルオルとオマエが違いすぎる。
無慈悲で冷酷な破壊神サマにしては、写しの世界で絶やサレスに攻撃されたにも関わらず、
誰一人として殺す事無く立ち去っている。

三つ目。これが確信になった決め手なんだが、最初に言った通り……
殺気はあれども、敵意と悪意が無い」

「―――まて。普通は殺気をぶつけられたら敵意と悪意だと思うだろう?」

ジルオルがそう言うと、浩二はニッと笑った。

「戦士が立ち塞がるものには殺意を向けるのは当然じゃないか。
障害になるモノを払いのけようとするのは習性みたいなモンだろ?」

「ククッ。なるほど、戦士としての習性……か」

「後、オマエと戦ってるときの感覚が、俺の知ってるヤツと戦った時と似てたんだよ。
こっちは命懸けで戦ってるっつーのに、オマエは俺が攻撃を返すたびに嬉しそうに笑いやがって」

「ははっ。仕方なかろう。目覚めてから俺が相手にしてきたのは雑魚ばかりで、
些か気が立っていた所でもあったしな」

「それじゃ、満足したなら望に代われ。
俺はともかくとして、俺の仲間達はジルオルよりも世刻望をご指名だ」

「フッ―――辛辣な事をあっさりと言ってくれるではないか。
俺も望も同じ存在であるのに……俺は不要で、望は必要だと言われる身にもなれ」

怒った様に言うジルオルに、浩二は生温い視線を向ける。

「ああ……そりゃキツイわ。俺なら泣いてしまいそうだ」
「だろう?」

自分がもしもジルオルの立場ならどうだろうかと想像して言うと、
ジルオルは、だろうと聞きながら浩二にむかって指をさす。
そして目が合うと、顔を見合わせて同時に噴き出した。


「―――プッ」
「―――クッ」


噴き出した二人は、我慢の限界だと言わんばかりに二人で笑いあうのだった。





「「 ハハハハハハハハ!!! 」」








[2521] THE FOOL 54話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:f980d33e
Date: 2008/05/11 19:11








「予想の斜め上を行く展開だな……」


一部始終を見ていたサレスは、呆れたように呟いた。
ジルオルと殆ど互角にまで戦う反永遠神剣『反逆』の強さもさる事ながら、
自分達に仇名す敵だとばかり思っていたジルオルと、和解して見せた斉藤浩二という少年に。

彼だから出来た事だとサレスは思う。

何故ならこの時間樹に住む永遠神剣のマスター達は、
全員が神の生まれ変わりであり、神名というものを背負っている。
故にその神名を消し去る力『浄戒』を持つジルオルは、嫌悪されてしまうのだ。

だが、浩二に神名など無い。

浩二だけが色眼鏡をかけず、真っ直ぐにジルオルを見ていた。
皆が過去という名のレッテル越しにジルオルを見ていた中で……
浩二だけが、何のフィルターも通さないでジルオルという『個人』を見ていたのだ。


「……ふうっ」


溜息をつくサレス。自分は焦りすぎていたのだなと、自嘲的な笑みを浮かべる。
思えば、前世でジルオルと行動を共にしていたナルカナは、ジルオルを悪く言う事が無かった。

そう―――あの、ナルカナがだ。

次にジルオルと縁が深いのはナーヤ。彼女もジルオルを悪く言った事が無い。
写しの世界ではジルオルに魔法を放ったが……あれはよく考えてみれば、
あれは攻撃ではなく、暁絶を反撃で殺そうとしたジルオルを止めようとしたのだろう。

「先に攻撃を仕掛けた私達に、反撃こそすれ自分から攻撃することは無く……
南天神イスベルを追いかけていった時点で、気づくべきだったのだろうな」

ジルオルが自分たちを敵として見ていなかった事に。
粗暴さと、纏うマナの力が凶暴すぎて、何かがおかしいとまでは気づいたのに、
そこから踏み込んで考える事をしなかったのだ。

―――大失態である。

もしも、あの時……写しの世界で、こちらが冷静に話し合おうとしていたら、
ジルオルは案外あっさりと剣を収めて、話を聞いてくれたのではないだろうか?
だが、自分たちはジルオルに罵声と攻撃を浴びせたのである。

世刻望の事を好いている沙月や希美達は、望がジルオルに乗っ取られたのだと勘違いして、
感情的になってジルオルを敵意の目で見るのは仕方ないにしても、
自分までもが色眼鏡をかけたままジルオルを判断したのは大失態であろう。

「サレス」

見かねたヤツィータがサレスの肩をポンと叩く。

「仕方ないわよ。あの時はみんなが追い詰められていて、冷静な判断が難しかった訳だし……
貴方が判断を誤ったというなら、ここに居るみんなは同罪だわ。
浩二くんとナーヤ。後はナルカナを除いて……ね」

「……私も、まだまだと言う事か……」
「むしろ、私は少し嬉しいわよ? サレスでも判断を誤る事があるんだって解って」

『旅団』の副リーダーとして、サレスをずっと見てきたヤツィータは本当にそう思っている。
リーダーとして尊敬はしていたが、あまりにも完璧すぎて、好きにはなれなかったのである。

「―――フッ」

サレスはそんなヤツィータを見て苦笑する。
それから、下がっていた眼鏡を人差し指で押し上げた。



「結果が良しという事で満足しておくか」
「ええ。それぐらいに肩の力を抜いてたほうが、いいと思うわよ」



苦笑をしているサレスにヤツィータは微笑で返すのだった。






************************************





「ジルオル!」
「久しぶりじゃな……」


ナルカナとナーヤが声をかけると、
浩二と一緒に笑っていたジルオルは視線をそちらに向けた。

「……ん? ナルカナ……それに、ヒメオラか」
「―――っ!」

ジルオルがその名を呼んだとき、ナーヤがナルカナを抜いて駆け出していた。

「おっ」

そして、体当たりするように懐に飛び込む。
それを見たナルカナが、あーっと声を上げようとしたが、途中でやめた。
ジルオルに抱きついたナーヤが泣いていたからだ。

「すまぬ……ジルオル……本当に、すまぬ……
ずっと、ずっと……謝りたかった。おぬしに、会いたかった……」

「…………」

いきなり抱きつかれたと思ったら、すぐに泣かれて、ジルオルが戸惑うような表情をする。
泳いだ視線が浩二の目と重なった。すると浩二はニヤリと笑う。

「ははっ、良かったじゃん。望よりもジルオル派が一人はいて」

笑いながらそんな事を言う浩二に、コノヤロウと言うような目で睨むジルオル。
ナーヤはずっと泣いていた。ジルオルはどうして彼女が謝っているのか解らない。
仕方ないので、彼はナーヤの頭に手を置いて、させるがままにするのだった。

「変わったね……ジルオル。ううん……戻ったね」

ナルカナがそう言うと、ジルオルはナーヤに手を置いたまま視線を上げる。

「かもしれぬな……」
「あたしがいて、アンタが居て、ヒメオラが居る……ホント、全てが懐かしい」
「……………」

暖かだった時間。ジルオルがまだ破壊神と呼ばれる前の話。
原初に捕らわれていたジルオルを、ナルカナが手を引いて連れ出して、
いくつもの分子世界を渡って旅をした。

そしてヒメオラと出会い、小さくて聡明な彼女を気に入ったナルカナは、
彼女にも着いて来るように行って、それからは三人での旅になる。
楽しかった記憶。遥かに遠い昔の記憶だけど、ナルカナは今でも鮮明に思い出せる。


だが、そんな楽しかった日々は突如として終わりを告げる―――


ヒメオラが南天神に殺されたのだ。許さないと叫ぶナルカナは、
やってしまえと、自分達からヒメオラを奪った者を生かしておくなとジルオルに言う。

それを引き金にして、ジルオルの怒りは爆発する。

復讐の鬼と化したジルオルの力は凄まじく、友であったヒメオラを殺した南天の神々だけでなく、
南天神と戦っていた北天神にも『浄戒』の刃をもって向かっていき………
北天神と南天神の殆どを惨殺して、南北天戦争を終わらせたのである。


「……ううっ……っ―――」


ナーヤはジルオルの胸に顔をうずめて涙をこぼす。
穏やかだったジルオルを破壊神と呼ばれる存在に変えたのは自分なのだ。
自分が南天神に殺される事がなかったら、
ジルオルがこんな風になる事も、破壊神と忌み嫌われる事も無かった。

壊すたびに、殺すたびに、真っ白だったジルオルの心が汚れていく。

神々を両断する斬撃が、星を砕く一撃が、ジルオルの涙で叫び声であった。
そして、世界の全てを破壊し尽くした後に、ジルオルは『相克』を持つ神、ファイムに殺されたのだ。

ジルオルに罪があるのなら、それは自分も同じだとナーヤは思っていた。
彼女はヒメオラだった頃の記憶を殆ど覚えている。
だから、魔法の世界で世刻望と出会った時に、感極まって抱きついたのだ。

そして謝ろうと思っていた。

しかし、世刻望にジルオルの記憶は無く、ナーヤはこの想いを持っていく場所を見失ってしまった。
だからせめて、記憶が無いのなら現世では戦いに関与して欲しくないと思って、
魔法の世界で『光をもたらすもの』との戦いに参加したがる望を止めたのである。

だが、望はやはりジルオルの生まれ変わりであった。

大切な人を護るためならば、戦う事を選ぶ少年だったのだ。
そんな想いを誰が止められようか。
やがて望は『天の箱舟』なるコミュニティーを立ち上げて、魔法の世界から去っていった。

ナーヤはその時、望達について行きたいと思った。
けれど、自分にはその資格が無いのだと思って諦めた。

前世では、自分がジルオルと一緒だったばかりに、彼の生涯を狂わせてしまったのだから。
そう自分に言い聞かせたが、燻った想いはいつまでも消えず……
魔法の世界で大統領の仕事をこなしていても、心はいつもざわついて居た。

そこに、望達が写しの世界と呼ばれる場所で、南天神の軍勢と戦っている知らせが旅団本部に入る。
それを聞いたとき、ナーヤはもう、いてもたっても居られずにフィロメーラを呼びつけると、
『旅団』のメンバーについて行く事を告げて、ここまで来てしまったのだった。


「すまぬ、ジルオル……全部、わらわが不甲斐ないばかりに……」
「……いいさ。もう終わった事だ」


ジルオルはナーヤの頭を軽く撫でると、そっとその身体を離す。
そして、ナルカナの方を見た。

「ナルカナ……ずっと、おまえに伝えたかった事がある……」
「何? ジルオル」

「俺では、おまえを救ってやれなかった。おまえの望みを叶えてやれなかった。
怒りに身を任せて暴れまわり……おまえと離れ離れになってしまった後……
ファイムに殺された時も、ずっと……それだけが気がかりだったんだ……」

「……え?」
「俺の始まりは……おまえに手を引かれて、原初より出た時から始まった」

ジルオルはそう言って辺りを見渡す。そこには世刻望の仲間である永遠神剣のマスター達。
彼等は、事の成り行きを見守ろうとしているのか、じっと自分を見つめていた。

「けれど……手を引かれるだけの俺では、いつまで経ってもオマエに並べない。
おまえは、自分が唯一絶対なる者だといつも言っていたが……本当は寂しかったんだろう?」

「ちょっ、な、何を言ってるのよ!
このナルカナ様が寂しいなんて思うはずないでしょ!」

「フッ。しかしな……ナルカナ。俺に手を差し出した時に、オマエが言った言葉―――
こんな所に一人は嫌だろうから、孤独は寂しいだろうから、私が一緒に居てあげる。
俺に向けて言ったその言葉は、そのままオマエにも当てはまるんじゃないのか?」

「―――っ!」

「おまえは、自分が唯一絶対である事など望んでいない。
自分と同じペースで、同じものを見て、同じように歩いていける者を欲している。
……これでもオマエの傍には長い事いたからな。あの時の拙い心でも、それを察する事はできたよ……」


ジルオルの言葉に、ナルカナは浩二の神剣『反逆』に言われた言葉を思い出す。
貴方は永遠神剣なのでしょう? 貴方は女なのでしょう?
それが意味する言葉は唯一つ。共に歩んでくれる者が欲しいのだろうと言う事だ。


「……しかし、あの時の俺ではダメだった。唯々諾々と、着いて行くだけの俺ではオマエの横に並べない。
だから、俺は自分の信念をもち、自分の目的をしっかりと持った存在になろうと思ったんだ。
ナルカナに手を引っ張られるのではなく、ナルカナと手を繋いで歩いていける存在に……」

「そうして生まれ変わったのが、世刻望……」

「……ああ。まぁ、俺が言うのは何だろうが……
世刻望という俺は、その辺りの甲斐性はありすぎたみたいで、
繋ぐ手が両手じゃ足りない程になったのは誤算だったが……」


ククッと笑うジルオル。ナーヤも笑っている。
ナルカナも、気がつけば笑顔を浮かべている自分に気がついた。


「そっか……ありがと、ジルオル……
私の事……考えていてくれたんだね……」

「俺がしたくてやった事だ。礼を言われるような事ではない。
だが、もしも……世刻望は自分の隣を歩むに相応しいと思ったなら、共に道を歩め」

「………うん。望は……もう一人のアンタは、あたしが面倒見てあげるね」
「違うだろ?」
「え?」
「おまえが望に面倒見てもらうんだ」

「―――うんっ!」

そう言って最高の笑顔を見せるナルカナ。
その笑顔は、ジルオルが見てみたいと思った、心の底からの笑顔であった。




「「「 ちょっ、おま! 」」」




今、自分達の与り知らない所で、何かとんでもない約束が交わされた。
沙月と希美とカティマとルプトナ。それにナーヤも合わせた5人の少女が声を揃える。

「何それ! そんなのってあり!?」
「無効です。そんなのは認められません」
「反対。はんたーい! うう~っ、やっぱりジルオルはボクの敵だよ」
「……じ、ジルオル? おぬしを待っていたのは、わらわも一緒なのだが?」

どう考えも告白にしか聞こえない、ジルオルの言葉に大騒ぎになる少女達。
しかし、彼女達はまだマシな方であろう。最も危険なのは―――


「フフフッ―――アハハハハ。望ちゃんがナルカナの為に生まれた人格?
それって何? 許婚? 幼馴染は私なのに……まさかの許婚?
………認めない。そんなの……認めないんだから―――」


ファイムであった時の様な暗い瞳をして『清浄』を構えている希美であろう。
よく見れば『相克』の力も発動させている。


「ちょ、おま」


ジルオルは引き攣った顔で後ずさる。何かの弾みがあれば刺されそうだからだ。
『相克』は『浄戒』に対して特効のある神名である。そんなモノを発動して刺されたら死ぬ。
破壊神ジルオルの二度目の死に方は、痴情のもつれで死にましたでは悲劇ではなく笑劇だ。

「はぁ―――はぁ……まて、落ち着け……動くなファイム。
そして、その槍を地面に置け……要求は何だ?」

後ずさるジルオルと、じりじり迫る希美。
絶は腹を押さえて笑っている。来世があるのなら友になろうと誓った自分の前世ルツルジも、
ジルオルのこんな姿を見る日がこようとは夢にも思わなかったであろうと。

「取り消して」
「……な、何をだ?」

「今の発言。望ちゃんは、ナルカナの為に生まれてきたという世迷い事。
望ちゃんの気持ちを無視して……前世の事を、現世の私達に押し付けるのはやめて!」

「いや、別に押し付けては―――いな」

後退するジルオルは、やがて何かにドンッとぶつかって振り返る。
笑顔があった。ニッコリと、満面の笑顔が四つほどあった。ただ、永遠神剣を構えている。
それが誰かは記すまでも無いだろう。

「―――っ!」

ジルオルは身の危険を察して跳躍した。
そして、瓦礫の上に立つと苦笑を浮かべる。

「とりあえず俺は、伝えるべき事を伝えただけだ。
現世をどう生きるかについては俺は知らん!」

「ちょっ、待ちなさい。ジルオル!」
「逃げる気!?」
「ルプトナ! 回りこみますよ」
「あいさー」

しかし、次の瞬間には少女達が抜群のコンビネーションでジルオルを囲んでいる。
すごい連携だ。これが戦闘でやれたらエターナル倒せるんじゃね?
というぐらいに動きが素晴らしい。しかし、少女達がジルオルを捕まえるよりも速く、
ジルオルは意識を深層心理の中に戻したらしく、その身体はぐったりと崩れ落ちるのだった。

「あーーーーっ、逃げられたーーーー!」
「希美ちゃん。貸して、私がビンタで起こすわ」
「つねった方がいいのでは無いですか?」
「ボクが蹴ろうか?」
「いや、それよりも、わらわがこのモーニングスターで」

えらい事になっている今の状況に、サレスの眼鏡は再びずり落ちていた。

「あははははは! あっはっはっは! これ肴にするだけで、酒の二~三本は楽にいけるわ。
ふふっ、くくく……スバルくんも一緒に飲む?」

「あ、あの……ヤツィータさん。その酒は何処から……」
「なぁ、タリア。これからは望の事は愛の狩人って呼ぼうぜ?」
「……そうね。というか私……頭痛いんだけど」

旅団組は、全員が呆れたような顔をしていたり、笑っていたりしている。
サレスは、ずり落ちた眼鏡を指で押し上げて元に戻すと、もう一度同じ言葉を呟くのであった。




「……よ、予想の斜め上を行く展開だな……」





***************************






世刻望の意識は一連の出来事をずっと見ていた。
ジルオルが望の中で見ていたように―――
身体をジルオルに受け渡してより今まで、深層心理の中で見ていた。

「たまらんな。アレは……」

やれやれと言うような感じで、望の深層風景の中に現れたジルオルが言う。
自分と同じ顔、自分と同じ身体をした存在に望はじろりと目を向ける。

「おい。ジルオル」
「何だ? 望」
「……何だよ、アレ」
「見ての通りだが?」

話に聞いていた凶悪な存在がアレだった事に、望は不機嫌そうな顔をしていた。
これならば、ジルオルを恐れる必要は何処にも無かったのだ。
話せば解るヤツじゃないかと望は思う。

しかし―――

ジルオルを嫌悪していたのは他の誰でもない。自分自身である。
だから、何も文句を言えなくて望は不機嫌そうなのだ。

「勝手な約束をするなよな」
「気にするな。もう俺が外に出ることは無い」
「え?」

あっさりとそんな事を言うジルオルに、望が驚いた顔をした。

「やり残した事はすべて終え、伝えたかった言葉も伝えた……もう。心残りは何も無い」
「でも……」

言いよどむ望に、ジルオルが掌をかざす。

「世刻望よ『浄戒』の力はすでにオマエのものだ。
俺が使った『浄戒』は、オマエを経由して引き出したに過ぎん。
……後は、この力を渡せば……おまえは完全に『黎明』の力を引き出せるようになる」

「俺にも、あんな動きができるようになるのか?」
「ああ。出来て当然だろう? オマエは俺なのだから」

「……でも、その力を俺に渡したら……
おまえが消えてしまうんだろ? それなら、これからは二人で―――」

やっていこうと言いかけた所で、ジルオルは首を振って言葉を遮る。

「消えるのではない。俺達は一つになるのだ」
「でも……」

「フッ―――でもが多いな、おまえは……安心しろ。人格はおまえのままだ。
ただ、俺の記憶、俺の想い……俺が、俺として過ごした時間を共有してもらいたいんだ。
それとも破壊神として過ごした時の過去など……忌まわしくて背負いたくはないか?」

微かに笑いながら言うジルオルに望はかぶりを振る。

「受け入れるよ……だって、俺は―――オマエなんだろ?」

「俺は……この力を破壊する事にしか使えなかった。
力は……ただ、力だ。善も悪も無い……だが、俺はその使い方を間違えた。
けれどおまえなら、もっと上手くやってくれるだろうと信じている。
何かを壊すためではなく、大切な者を護るために使ってくれるとな……」

「俺の力……『浄戒』の力は、神々を滅ぼすための力なんかじゃない。
あの時、絶を助けた時のように……
無理矢理に背負わされた宿業を消し去る事ができる力。誰かを救う為にあるんだよな?」

「ああ。おまえがそう信じて振るうならば、そうなるだろうな……」

微かに笑いながら言うジルオルに、望も笑みを返して手を合わせる。
それと同時に、重ねた掌から凄い力が伝わってくるのを望は感じていた。

これが本当の自分の力。

時間樹に最強の神として君臨したジルオルの力。
それが自分に流れ込んできているのを感じた時―――


「油断しましたね。ジルオル!」


―――ジルオルの後ろに黒い影が立ち上った。


「なにっ!?」


ジルオルもそれを感じたのか振り返る。
しかし、その時には黒い影がジルオルの中に入り込んでいた。

「ぐあああああああああっ!!!!」

バッと手を離して苦しみだすジルオル。望は突然の事に咄嗟に動くことができない。
それでも、何とか気を持ち直して苦しみ悶えるジルオルに手を伸ばした時―――


「フフフフ……ハハハハ。やった、やったわ」


―――ジルオルから女の声が聞こえてきた。


「き……さ、ま……」


その声こそ南天神イスベル。
理想幹まで追いかけられ、自分が操っていたマナゴーレムがジルオルに倒された時、
咄嗟に望の深層心理の中に飛び込んで生き延びたのである。

ジルオルに憑依するのは無理だとしても、望ならば可能かもしれぬと、
一縷の望みをかけて、世刻望の深層心理の中で乗っ取る機会を窺っていたのだ。

しかし、事態は新たなる局面を迎える。

ジルオルに匹敵する存在になった斉藤浩二が理想幹に現れ、なんとジルオルのマナを消耗させたのである。
イスベルはそれを見て作戦を変えた。通常のジルオルを乗っ取るのは無理にしても、
斉藤浩二との戦いで消耗したジルオルならば、乗っ取る事ができるかもしれないと。

結局はジルオルと斉藤浩二の戦いは中途半端な所で終わってしまい、
臍を噛んでいた所であったが、今の力の受け渡しの最中に、次こそはと思って取り付いたのだ。
結果は大当たりであった。半分ぐらいは世刻望の方に力を渡してしまったが、
それでも並の永遠神剣マスターとは比べ物にならない、ジルオルの魂を乗っ取る事が出来たのだから。

「望……殺せ……早くしろ、俺を………」
「フフッ……せっかく取り込んだこの力―――消されてたまるものか」
「あぐっ、ガ―――っ、ああああああ!」

絶叫をあげるジルオル。しかし、その時には魂と力の大半をイスベルに乗っ取られていた。
望が駆け寄り、ジルオルからイスベルを引き剥がそうとするが、その時はもう遅い。
ジルオルの姿は望の深層風景から消えているのだった。




「ジルオルーーーーーーッ!!!」





****************************





「うわっ!」
「きゃっ!」

望の身体の中から光の玉が飛び出してきた。それに驚いたルプトナと希美が引っくり返る。
飛び出してきた光の玉は、虚空でぐにゃぐにゃと歪むと人の形を取り始めていた。

「なに? 何がおこったの?」

沙月が叫ぶが、誰も何が起こったのか解らない。

「ジルオル!」

そこに、突然目をパチリと開いた望が叫んで上半身を起こした。

「え? え? え?」

更に訳が判らない。望は、皆に状況を教える為に端的に叫んだ。

「あれはイスベルの怨念だ! ジルオルがイスベルに乗っ取られたんだよ!」

説明としては不合格であるが、とりあえず今の望は自分達の知る世刻望で、
あの白い光が南天神イスベルに乗っ取られたジルオルのマナの塊なのだろうと、
頭の回転が速いサレスやナーヤ達はそれを理解する。

「ハッ―――!」

サレスが『慧眼』を破ったものを白い光に投げつけた。
しかし、徐々に黒くなり始めた光はサレスの攻撃を弾き返す。
弾いたのは剣を握り締めた手であった。その剣は永遠神剣『黎明』である。

「なっ!」

その光景を見ていた望は、自分の手に『黎明』を出現させた。
しかし、普通ならば左右の手に収まるはずの双剣が右手にしか現れない。
再び黒く染まっていく光を睨みつけた時、黒い光は人の形をとっていた。

「フフフ……流石はジルオルのマナね。体を作り出すことも造作も無いわ」

永遠神剣マスターの体はマナで出来ている。
故に、イスベルはジルオルのマナを使って、世刻望の体をもう一つ作り出したのである。

「―――っ!」

望は唇を噛み締めて、自分と同じ姿形の存在を睨みつけていた。
奪われたのだ。自分の半身である永遠神剣も、自分の前世であるジルオルも。
憤怒が望の身体中を駆け巡っていた。

「素晴らしいわね……半分の力でコレとは……
マナゴーレムや抗体兵器を、ゴミ屑のように壊していたのも納得できるわ―――っ!?」

喋っている途中で、凄まじい魔力が自分に迫っている事を感じたイスベルは、横に跳んで回避した。
その軌道の先には手をかざして睨んでいる少女―――ナルカナ。

「……返しなさい。アンタみたいなのが……
ジルオルの魂と同化するなんて冗談じゃないわ!」

「くっ!」

いくらジルオルの力が凄まじいとはいえ、ここには自分を倒しうる存在が二人いる。
一人は、今自分に向かって魔法を放ってきた少女であり―――もう一人は、無言で薙刀を構える少年。
イスベルは状況が思わしくないと判断して逃げ去ろうとした。

「不利な状況ね……」
「逃げるなっ!」

そこに凄まじい負荷がかって動きを止められる。

「―――っ!」

見ると、浩二が反永遠神絵『反逆』の刃をこちらに向けていた。
重圧の塊がイスベルを押しつぶそうとしているのである。

「ナイス。斉藤浩二。そのまま押さえつけてなさい……
こいつ……ナルカナ様が灰にしてやるわ!」

ナルカナが腕を振り上げる。
そして、その腕に魔力の輝きを灯してイスベルに向ける。

「待て!」

その時、ナルカナを静止する声が辺りに響いた。

「……望?」

声をあげた主の名は世刻望。
ゆっくりと歩いてくると、一本しかない『黎明』をイスベルに突きつける。

「ナルカナ。浩二……頼む。手は出さないでくれ……
こいつは俺が倒す―――いいや、俺が倒さなきゃダメなんだ!」

真っ直ぐな瞳と、強い意志が篭った言葉であった。
望の迫力に押されるようにして、ナルカナはこくこく頷いて手を下ろす。
浩二は『反逆』をイスベルの方に向けたまま、無言で望を見ていた。

「一本しかない『黎明』で勝てると思ってるのか?」
「勝てる勝てないじゃなくて、勝つんだよ!」

力強くそう答える望に、浩二はイスベルにかけていた重圧を解除する。

「……死ぬなよ?」

「……それ、おまえにだけは言われたくないんだけど……
てゆーか、何で生きてるんだよ?」

「俺は斉藤浩二の弟……斉藤浩三だ。
斉藤家に浩一、浩二、浩三の三つ子ありと聞いた事はないか?」

「勝手に架空の弟を捏造するなよ! おまえの兄貴が浩一だってのも初耳だよ! 
まぁ……その辺の事は、後で詳しく話を聞かせてもらうからな。
その新しい神剣の事も含めて! ったく、人を心配させておいて何が浩三だよ……」

「ちなみに浩三と書いてコウゾウだぞ? コウザンって呼ぶなよ?
どこかの美食家で陶芸家な人じゃないんだから」

「そのネタはもういいっての!」
「おおう。藪蛇だったか」

大げさにリアクションをとる浩二に、肩の力が抜けた望が小さく笑う。
そして、行って来ると告げると、望はイスベルの方に歩いてくのだった。

「おい……反逆。人型に戻ってもいいぞ」
『そうですわね』

望の背中を見送りながら、戦闘モードを解除する浩二と『反逆』の主従。
二人とも望が勝つだろうと確信していた。

「マスター」
「……ん?」
「気づいてらしたんですの?」

見上げながら尋ねてくる『反逆』に、浩二は目を反らして空を見上げる。
しばらくそうやって空を見ていて、やがてポツリと呟いた。

「もしかして……ジルオルがイスベルに乗っ取られたのは、わざとなのか?」
「やっぱり、気づいてらしたんですのね……」
「いや、今おまえに言われてそう思ったんだよ。そうか……」

おそらくジルオルは、世刻望に贈る最後の試練として、
わざと自分をイスベルに乗っ取らせたのだろう。
その試練とは、誰かの死を乗り越えるというモノ。

大切な存在が奪われる事があっても、そこで沈んでしまわないように……
もう一度立ち上がれる強さを身に付けられるように、
ジルオルは自分自身を使って、望にそれを教えようとしたのだ。


「望は人を惹きつける力を持っている。アイツの周りには人が集る。
けれど、これから先も望の周りの人間が……
誰一人として、倒れる事は無いという保証は……何処にもないんだもんな……」


実際に俺、死んだしとは言わない。シャレで言うにも自虐的過ぎて笑えないからだ。
空を見上げていた浩二は、んっと言って伸びをする。


「……冷酷非道で残虐。血も涙も無い破壊の化身にして……
己が破壊の欲望の為だけに、世界を滅ぼした邪悪なる存在。
悪名高きその名を、破壊神ジルオル―――か」


おそらく、もう会う事は無いだろう……
自分の親友と同じツラをした、二人目の敵と書いてトモと呼ぶ男の姿を思い浮かべる。






「………嘘つけバカヤロウ。
いい加減な事ばかり伝えてるんじゃねーっての」





小さく呟いたその言葉を、彼の神剣である少女だけが聞いていた。










[2521] THE FOOL 55話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:f980d33e
Date: 2008/05/14 07:06








世刻望と、破壊神ジルオルの魂を乗っ取った南天神イスベル。
『天の箱舟』と『旅団』のメンバーが、固唾を飲んで見守る中。
二刻近くに及んだ二人の戦いも、佳境を迎えようとしていた。

「イスベルーーーーーーーッ!!!」

世刻望は飛び込むように『黎明』の切っ先を向けて跳躍した。
同じ顔。イスベル。自分からジルオルをもぎ取っていった神。


「うおおおおおおっ!!!」


―――ドスッ!


「ゴ……ブハッ!」


心臓に神剣を突き立てた。イスベルの吐血が顔にかかる。その顔は憎しみに歪んでいた。
望は睨み返してイスベルの腹部に足を当てると、無理矢理に神剣を引き抜いた。
抜くと同時に鮮血が舞い、ぐらりと身体が崩れかかる。

「せあああああああっ!」
「ぐうっ!」

望は、そこに下から切り上げる様な袈裟斬りを放った。
手ごたえと共に『黎明』を持ったイスベルの左手が宙に舞う。

「ハッ!」

望はそれに飛びつくように跳躍して、奪われた双剣をつかみ取る。
右手と左手。左右にツルギ。永遠神剣第五位『黎明』
かつては破壊の象徴でもあったツルギ。そして、今は―――


「いくぞッ!」


―――大切な人を、仲間を、弱き人達を護る為のツルギ。




「俺の力は全てを消し去る浄戒の一撃!」




迸る気合と共に望は双剣を重ねた。それは閃光と共に一振りの大剣となる。
マナが身体中から噴き出して、波動が唸りをあげていた。
ツルギが光る。刀身から光が立ち上り、天にも届かんばかりの白き光の剣となる。

「ノゾム!」

レーメが傍にいた。自分の顔を見上げている。
頷いた。レーメの顔が歓喜に染まり、頷き返してくる。
もう自分は迷わない。もう自分は立ち止まらない。

「いくぞ! レーメ!」
「うむっ!」

受け止めたから。ジルオルの想いも、願いも……全部、受け止めたから。
相容れないと思っていた前世の俺は……やっぱり俺でしかなくて……
たとえそれが、間違ったやり方だったとしても―――
大切な人の為に戦ったジルオルの想いは、穢れたモノなんかじゃないのだから。

「消え去れえええぇぇぇ! 虚ろなる残照よぉぉぉッ!」
「神名を砕け! ネェェェーーーーム!」
「ブレイカアアアアアァァァァァッ!!!!」

天にそびえる光のツルギが振り下ろされる。
その一撃は、殺すのではなく消滅させる力『浄戒』の刃。
圧倒的なマナの力と、暴風のような風を纏い―――




「ぎゃああああああああああ!!!!」




―――幾百千の時を彷徨い続けた怨念を、跡形も無く消滅させるのであった。



「はぁ、ぜっ、はぁ……」



荒い息を吐く望。大剣を地面に突き立てて……
それを杖代わりにして、かろうじて足っている。

「……ハハッ。ボロボロ……だな……望」

声が聞こえた。望は反射的に声の方を見る。その先に居たのは自分であった。
服は所々に破れており、怪我の無い場所なんか一つも無いのに、それでも彼は声を出したのだ。

「ジルオル!」

駆け出す望。しかし、全力で『浄戒』の力を使い、
消耗しきっていた望は足をもつれさせて転んでしまう。
それでも望は地面を這って、もう一人の自分の元へと進んでいく。

「まだ……荒削り、だが……一応は『浄戒』の力……を、
使いこなせるように、なった……じゃないか―――ゴホッ!」

「おい、死ぬな! 死ぬなよジルオル!
俺、まだおまえに教えてもらいたい事が沢山あるんだ!」

「……ハハッ……死ぬわけじゃ―――ない。
……俺は、オマエだ……いつでも、オマエと共にある」

「ジルオル!」

手を取った。ボロボロの、傷だらけの手であった。

「……望……死に、心を惑わせるな……
オマエが、一つだけ……俺に劣る所があるのだとしたら……それだけだ。
―――ゴホッ、ゴフッ……ぐぅ……」

「おい、もう喋るなって!」

「……いいから、聞け。完璧な存在なんて……いないんだ。
おまえが、どれだけ戦おうとも……救えないモノは、少なからず……でてくる。
……だが、そこで立ち止まるな。今までの自分を、否定するな……
全力で挑んだ結果なら、それを……受け入れろ。
倒れてもいいんだ。無様でも、不恰好でも……立ち上がれる限り、負けじゃない……」

「……ああ。ああ。わかったよ。ジルオル!」

「悲しみに……押しつぶされるな、怒りに流されるな……
……俺の間違いを、戒めに……オマエは辿るな―――ガハッ! ゲホッ!」

ジルオルの体が消えかかっていた。望が握っていた手の感触が無くなる。

「ジルオル!」
「……さぁ、望……俺を吸収しろ。消えて無くなってしまう前に……」

穏やかな顔だった。全てをやりきったと言う様な満足した顔であった。
もしも自分が果てるとき、今のジルオルと同じ顔ができるのだろうか?

「……ああ」

ゆっくりと手をジルオルの胸に当てた。
力が流れ込んでくる。ジルオルの記憶、想いと共に……



「信じる道を行け……それが、どんな道であろうとも構わない。
……ただ、貫き通せ―――それだけ……が、俺の望み―――だ……」



―――ジルオル。



神名を消す力『浄戒』を用いて、数多の分子世界を駆け抜けた男。
破破壊神の二つ名で呼ばれた、時間樹最強の神が望んだ願いは……ただ一つだけ。

何も無い場所から自分を連れ出してくれた少女の為―――

確固たる意思を持ち、自分の道を歩める存在でありたいという……
ちっぽけで、ありふれたものであった。そして、生まれたのが世刻望。

後に永遠神剣を巡る戦いの主役の一人として、第一位永遠神剣『叢雲』を手に、
自らの信念をかけてエターナルとの戦いに身を投じ……、
数多もの外宇宙を駆け巡る事になる少年だった。



「ああ。解ったよ……俺は立ち止まらない。
振り返らない。信じた道を歩き続けるよ……
オマエの想いと願いは……ずっと一緒だ……ジルオル。



もう一人の―――俺……」





*****************************





「そんじゃ、次行くわよー!」
「ううっ、ドキドキだよぉ……」

沙月が高らかに呼び上げると、ルプトナが拝むように手を合わせて呟いた。
他のメンバー達も、それぞれに期待と不安が入り混じった表情をしている。
全ての戦いを終えた『天の箱舟』と『旅団』のメンバー達は、帰路の途中にあった。

目的地は写しの世界。理想幹からだと三日ぐらいの移動距離だ。
そこで、彼等は親睦会という名の暇つぶしをする事になったのだった。
参加しているメンバーは、サレスを除いた永遠神剣マスター達とナルカナである。

始めはただのお喋りであった。

ジュースを飲みながら菓子を摘む程度の、ささやかな催しだったが……
ソルラスカが何と無しに、みんなでゲームでもやらないかと言ったのが事の発端であった。

しかし、ゲームをやると言ってもこの人数だ。
箱舟の休憩室には希美やルプトナが持ち込んだカードゲームやボードゲームが数あるが、
流石に十人を越える人数でやるゲームなど無い。

となると、レクリエーションみたいな遊びになる。
そこで希美が、それなら『いつ、どこで、だれが、なにをした』をやらないかと言ったのである。
もっとも『いつ』の項目については削除してある。今やらなければ面白くないからだ。

ルールをざっと説明すると、皆は理解を示し『どこで』の札と『誰が』の札。
『何をした』の札に、それぞれ好きな事を書いて、三つの箱に投入する。



「それじゃ、まずは『どこで』の札からー! えいっ!」



沙月が『どこで』の箱に手を突っ込んで札を引く。
その札には『ソルラスカの部屋で』と書いてあった。

「ふうん。ソルの部屋で……ねぇ」

沙月はそう言って『誰が』の箱をカティマの前に差し出す。
カティマはどれにしましょうかと言いながら、札を引いた。

「えっと、絶が……と書いてあります」
「―――なにっ!?」

絶びっくり。まさか初回からお鉢が回ってくるとは思わなかったのである。
他のメンバーは少しだけホッとした顔であった。

「それじゃ次は最後の『なにをした』ですね」

カティマは隣の席に座っているナーヤに渡す。
ある意味一番美味しい箱が回ってきたナーヤは、気合の入った表情で箱に手を突っ込んだ。

「これじゃっ!」

ナーヤは気合と共に札を引く。書かれていた札には……

「なになに? えーっと『そんなの関係ねぇ! を朝までやり続ける』だそうじゃ」
「―――なぁっ!」

いきなりとんでもない組み合わせになった事に、絶はびっくりを通り越して仰天である。
合わせてびっくり仰天の絶。沙月が腹を抱えて爆笑していた。
ネタの意味が解る望や浩二、希美も大笑いしている。
哀れ、暁絶は『ソルラスカの部屋で、そんなの関係ねぇ! を朝までやり続ける』事になったのである。

勿論みんなで見に行った。絶は腰を曲げて、拳を地面に突き出しながら、
そんなの関係ねぇ! をやり続けている。みんな笑った。ナナシはハラハラと泣いていた。

「いやぁ、もういきなり凄いの来たなぁ、おい!」

休憩室に戻ると、テンションが上がって来た浩二が言う。
ソルラスカは複雑そうな顔をしていた。

「……なぁ、俺……暁絶がアレをやってる横で、今日は寝なければならないのか?」
「目覚ましに丁度いいじゃないの」
「って、おい! それ以前に寝れないっての!」

ニヤニヤと笑いながら言うタリアにソルラスカが叫ぶ。
次に行われたのは『トイレで、沙月が、希美にアイアンクロー』であった。
トイレから叫び声が聞こえてきた。みんな笑った。

「うう~っ、酷い目にあったよぉ~……望ちゃ~ん」

涙目になってる希美を、望が苦笑しながらよしよしと頭を撫でている。
そして、次の組み合わせが『倉庫の中で、みんなが、十八番を熱唱する』であった。
みんなですし詰めになって倉庫に入ったが、入りきらなかったので、
何人かが廊下になったが、みんなで持ち歌を熱唱した。歌い終えると、みんなが笑っていた。




………本当に、楽しい時間であった。





****************************




写しの世界。物部学園のある町の神社の境内。
倉橋時深は月を見上げて立っていた。

「昔から……」

気がつけば風が止んでいる。
近づいてくる存在に向かって、時深は鷹揚の無い声でポツリと呟く。

「月の光には人を狂わせる力があると言われています。
それは民間の伝承にも、狼男や吸血鬼という類の形で伝わっていますが……」

はぁっと溜息を吐く時深。そして、やれやれと首を振った。

「新しい都市伝説の誕生ですかね? 夜の神社に現れる真っ裸の女。
どうせならそのマントと、僅かばかりの装飾品も外せば、
現代に蘇る原人という事でスクープに出来るのに。
これじゃ、ただの痴女でしかないじゃないですか?」

そう言って時深が視線をくれた先には、白いマントだけで裸体を隠す、赤い髪の女がいた。

「あら? それでは、その女が神隠しを行うとすればどうかしら?」
「なるほど。地方ローカルの妖怪ぐらいとしてはいけますね」

くすくすと時深は笑う。

「でしょ? 私も捨てたものじゃないでしょ? ウフフフ……」

そんな時深に女は微笑を浮かべながら近づいていく。
足音もなく、非常にゆっくりと、だが確実に。

「……一つ。聞いてもいいですか?」
「どうぞ? 巫女さん」
「貴方―――消えたのではないのですか? 赦しのイャガ」

時深が女の名前を告げる。
すると、女は一瞬だけキョトンと呆けた顔をしてピタリと止まる。
それから、なるほどと言いながら首を何度か縦に振った。

「……へぇ、消されたんだ。私……
そっか、そっか。だから貴方、私を知っているのね?」

他人事のように言うイャガに時深は怪訝そうな顔をした。
しかし、その顔を浮かべたのは一瞬で、すぐに無表情になる。

「残念ながら貴方を消したのは私ではありませんよ?」
「そう。でも、どうでもいいわ……私が今、興味があるのは貴方なんですもの」
「やれやれ。月夜の晩に美少女と踊る相手は、美少年と相場が決まっているんですけどね……」

はぁっともう一度溜息を吐く時深。そんな彼女を見ながら微笑むイャガ。
止んでいた風が再び吹き始める。

「フフッ―――」
「はぁっ!」

それと同時に二人の身体も風となっていた。


―――ギィン!!!


ぶつかり合う二つの神剣。共に小太刀程の長さの永遠神剣。
しかし、その刀身に籠められたマナは尋常なモノではない。
ぶつかりあう金属音の後に、大気が爆発するような轟音が響いた。

大地が震えている。風が叫んでいる。
時深とイャガがぶつけあっているのは、第三位と第二位の永遠神剣。
時深の『時詠』とイャガの『赦し』である。
エターナルどうしの戦いは、それこそ伝承や神話になるような凄まじい戦いであった。

「なりふり構ってないですね。赦しのイャガ。
見境なしの力押しと、無理押し、ゴリ押し―――
裏でコソコソとしてばかりの、どこかのコアラも大嫌いですけど、
貴方みたいに突撃ばかりしてくる人も好きになれませんね!」

「あらあら。お気に召さないようでごめんなさいね。
でも、美味しそうな貴方を見てたら、我慢できなくて……」

鍔迫り合いになると、時深は左腕を『時詠』から離した。
その左腕には小さな光の粒子が集り始めている。
イャガは本能的に危機を察して後ろに次元跳躍をした。

―――ビュオンッ!

それとほぼ同時に振り下ろされる白銀の閃光。
その閃光は次元をも切り裂かんばかりの一撃であった。

「―――っ!」

完全に回避したと思ったのに、膝がバッサリと斬られているイャガ。
赤い血がどくどくと流れて地面を染めていた。

「うっふふふふ」

イャガは笑う。そして、しゃがみ込んで傷口を艶かしく舐める。
それだけで傷は完全に塞がっていた。

「永遠神剣を二本も持ってるなんて凄いわぁ、貴方……
ぞくぞくしてきちゃった……ふふっ、うふふふ……
いいわぁ……もっと見せて、貴方の力―――そして、私を楽しませて」

「やれやれ、存在自体がギリギリなのに……
それ以上に危ない発言を重ねるのは、やめてもらえないかしらね。ホント……」

時深は右手に永遠神剣第三位『時詠』左手に同じく第三位『時果』を構える。
短剣と長剣の二刀流。本来ならば永遠神剣を二つも持っているだけでも異端であるのに、
彼女はそれを二つ同時に出現させ、使って見せている。

斉藤浩二は永遠神剣の力を、反永遠神剣の力に昇華させるという奇跡をやってのけているが、
倉橋時深がやっているのは、二つの異なる力を同時展開するという奇跡である。




「……蘇ったというなら、再び消えなさい。
ここは……貴方がいて良い場所じゃないのだからっ!」





*********************************





写しの世界に戻ってきた。見慣れた風景が飛び込んでくると、
『天の箱舟』と『旅団』のメンバーは箱舟の屋上に出て外の景色を眺める。

「とうちゃーく! いやぁ、疲れたねぇ」
「無事に帰ってこれて、何よりですー」

ナルカナが伸びをしながら言うと、ユーフォリアが笑う。

「てゆーか、俺、まだまだ暴れたりねーなぁ」

「そうですか? 僕も『天の箱舟』に合流したのは最後の戦いだけでしたけど……
暴れたり無いとは思いませんよ。やっぱり平和が一番です」

ソルラスカは物足りないと難しい顔をして、スバルは苦笑を浮かべている。

「ねぇ、この後はみんな離れ離れになっちゃうの?」

「それぞれの事情によるじゃろう。それに、急いで今後を決める事は無い。
時間樹を脅かす脅威は全て無くなったのじゃから」

ルプトナの言葉にナーヤが諭すように言う。望はその言葉に頷いた。


「そうだな。ゆっくりと考えよう……
世界に平和は戻り……時間は、これから沢山あるんだから……」


その時であった。地の底から震えるような轟音と共に、世界が揺らいだのは。

「―――なんだ!?」

揺れているのは地面だけではなかった。
たとえるなら時空がぶれている。世界のあらゆる方向から激しい力の流れを感じるのだ。

「ここに来て次元振動だと!?」

サレスが叫ぶ。その間も世界は揺れており、轟音を響かせていた。

「自然発生したにしては規模がでかすぎる!
何者かが意図的に引き起こしているんだ」

「それは……まだ敵がいると言う事ですか?
この時間樹を脅かそうとする敵が、まだ―――」

絶の言葉にカティマが叫ぶ。
揺れる世界。空を飛んでいるものべーの上にいる望達でさえ、揺れを感じているのだ。
地上に住む人々の驚きは、彼等の比ではない。家が倒れているのが見えた。
ビルから飛び出してくる人の群れ。だが、地震は収まるような気配が無い。

「とにかく出雲に戻ろう! 情報を集めるんだ!」
「そうね、誰の仕業か解らないんじゃ手の打ちようが無いものね」

望が言うと、ヤツィータが頷く。皆の視線が希美に集まった。

「ものべー。出雲に! 全速力でお願いね」

希美の声にぼえ~と答えるものべー。
『天の箱舟』と『旅団』のメンバーは、急いで出雲に向かうのだった。



「まだ収まらないな……この揺れ」



箱舟の会議室。浩二は窓際に立って下の世界を見下ろしていた。
あれから出雲に急いで戻り、環や時深が待っているだろう社にはサレスとナーヤ。
それにナルカナが向かった。地震で危ない所を全員で降りていく事はあるまいと言う配慮であったが、
待っている自分達は気が気でない。みんながイライラと不安そうな顔をしていた。

「おまたせっ!」
「皆、集っておるか?」

そこに事情を聞きに行っていたナルカナ達が戻ってくる。
ナルカナが扉を開けた瞬間。全員が視線をそちらに向けた。

「サレス! この振動はなに? 何が起こってるの?」
「落ち着け沙月……今それを説明する」

咳払いするサレス。

「端的に言ってしまえば、この揺れは神が世界を破滅させ、我々を滅ぼそうとしているのだ」
「神って……北天神も南天神も、もう……全部倒したんじゃ―――」
「違うわ!」

望の言葉を遮るナルカナ。彼女はホワイトボードに手をバンッと叩きつける。

「自分達で神を名乗る、あんな紛い物の神なんかじゃない。
今、この世界を滅ぼそうとしているのは正真正銘の神。
この世界の創造神エト・カ・リファよ! コイツが時間樹の初期化を始めたの!」

「せ、世界の創造神……」
「エト・カ・リファだぁ?」

希美は驚いており、浩二は怪訝そうな顔をしている。
サレスが以前に何処かでその名前を言っていた気がするが、
自分達にはあまり関係の無い話だろうと思って、特に注意を払わなかったが、
創造神なんて大したモノが本当に出張ってきたのだ。

「初期化って、オイ……それじゃ、俺達はどうなるんだよ?」
「消えるに決まってるでしょう。数多の分子世界もろともね!」
「マジか!?」

凄い事になってきたと思う浩二。

「まて、オイ待て。ちょっと待て……何故だ?
何の理由があって創造神は世界を初期化しようとしてるんだ?」

「そんなの知らないわよ。それこそ本人に聞くでもしなきゃ」

なるほど、ごもっともだ。しかし、そういう事なら―――

「よし、そんじゃ神にツッコミいれに行くか。世界が滅んでしまう前に」

「そうですわね。いくらこの時間樹の生みの親とは言え……
子供を殺していい道理はございませんわ」

浩二の言葉に『反逆』が頷く。

「まぁ、あんた達はそう言うと思ったわ……」

反永遠神剣とそのマスター。
絶対を否定するヒトの想いが具現化したツルギと、運命に抗う少年。

「一応言っておいてあげるけど、あんた達が今まで見てきた世界。
今まで戦ってきた存在の全ては、エト・カ・リファから発生したものよ?
エト・カ・リファが居なかったら、この時間樹さえ無かったんだから」

「だからどうした? それが何だってんだ?
おい、暁。出番だぜ。俺の代わりに練習した台詞を言ってくれよ」

浩二が流し目で絶を見る。絶は浩二の意図を悟って苦笑した。

「そんなの関係ねぇ―――だろ?」

絶がそう言うと、皆が一斉に吹き出す。それがいつか笑い声になった。


「……まったく、浩二……おまえってヤツは―――」


望は呆れたような顔をする。そして、今までの事を思い出して笑ってしまう。
ずっとそうだったのだ。斉藤浩二は、普通なら尻込みする所を、
全てなんて事は無いというように言ってしまう。

未来の世界で『浄戒』の力について悩んだ時もそうだった。

確かに、先頭に立って引っ張ってきたのは自分なのかもしれない。
だが、支えていたのは浩二なのだ。
斉藤浩二は崩れない。誰もが絶望に膝をついてしまう時も、一人だけ立っている。
負けるものかと、不可能なんてあるものかと叫んでいる。


「……ナルカナ。俺達は立ち向かうよ。敵がどんなに強大でも諦めない。
……なぁ、みんなもそうだろ? だって、俺達には―――」


「「「「 出来ない事なんてないんだから!!! 」」」」


声が揃う。浩二は笑っていた。つられてみんなも再び笑い出す。
神に挑むは、出来ぬことなどないと、不可能などないと、
何の根拠も持たずにひたすら前に進む愚者の群れ。

最強のキングに勝てるカードは、ナイトでは無くフール。
一人一人では力ない愚者であれども、
揃えばキングを玉座より引き摺り下ろす革命のカードとなる。

扇動するのは、神などおらぬと嘲笑う一人のピエロ。
時間樹を巡る戦いは、ついに最後の時を迎えようとしていた。


「ふ………ふふふふふふ!!!」


幾たびの世界、数多の時空を駆け巡り、
押し寄せる運命を撥ね退けてきた少年と少女達の物語―――



「あはははは、あははははは!!! うん。うん!」




その全て―――





「頼もしくなったわね、あんた達! やっぱりあんた達といると飽きないわ!
よっし。それじゃ、一発しばき倒しに行ってやりますかー!」


「「「 おーーーーっ!!! 」」」







―――聖なるかな。












[2521] THE FOOL 56話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:f980d33e
Date: 2008/05/16 19:52






創造神エト・カ・リファの所へ向かうのは明後日という事になった。
ナルカナとサレスの見立てでは、時間樹が初期化されるのは三日後だという事なので、
万全の準備をしてから乗り込もうという事なのだ。

しかし、浩二は準備だけなら今日一日もあれば十分だと思っていた。
それが二日と多く尺を取ったのは、サレスの気遣いだろう。
創造神エト・カ・リファがいる場所は原初といい、この時間樹が始まった場所でもある。
そこへの座標はジルオルの記憶と想いを受けついだ望が知っているそうなので、
ものべーで行けるだろうが、帰ってこれる保障はどこにも無いのだ。

今、全ての精霊回廊にはマナの嵐が吹き荒れている。
片道行くだけでも、ものべーが持つかどうか賭けなのに、往復の移動などができる訳が無い。
故にみんなも解っていた。一日の猶予は、気持ちの整理の時間だと言う事を。

「マスター」
「何だ、反逆?」
「マスターは、最後の休暇を誰かとは過ごされませんの?」

箱舟にある斉藤浩二の部屋。
椅子に座って、希美に借りた小説の下巻を読んでいる浩二を、
彼の神剣である『反逆』は呆れたように見ていた。

―――最終決戦の前日である。

ゲームや小説とかなら……確実にラブロマンスが繰り広げられているだろうこの日に、
何が悲しくてこの男は、部屋で小説を読んでいるのだろうと。
きっと『最弱』も草葉の陰で泣いているだろうと。

「おいおい。休日をどう過ごそうと俺の勝手だろ?」
「……むぅ」

雰囲気に流されないのは浩二の長所ではあるが、空気読めよと『反逆』は思う。
このままでは浩二は、今日という日を、ただ部屋でゴロゴロして過ごすだろう。
それを何とも思っていないのも、また腹立たしい。

「マスター」
「……何だ?」
「わたくしと散歩にでも出かけませんこと?」
「おう。行って来いよ」

気の無い返事が返ってきた。額に怒りマークを貼り付ける『反逆』
彼女は、すたすたと浩二の所まで歩いて行くと、小説を取り上げた。

「ぬあっ、何をする!」
「………散歩について来なさい」
「いや、だから……行きたいなら―――」
「これは誘いではありません。命令です」

いつものですわ口調ではない、有無を言わさぬ冷たい声であった。

「ふぅ……オーケー」

浩二は仕方ないと言って溜息をつくと、浅見ヶ丘学園の制服の上に白い羽織を身に纏う。
それから『反逆』と共に廊下に出ると扉を閉めた。

「さて、それではマスター。
浜辺にでも言って、思い出なんかでも語り合いましょうか?」

「この辺に浜辺なんてねーよ。つーか、思い出もクソも……
おまえと出会ってから10日も経ってないんだが?」

「……くっ」

少女の顔が苦虫を噛み潰したようなになる。

「では、下の街に降りて公園にでも……」
「今は地震が止まってるけど、きっと先の震災で避難してきた人で溢れかえってるぜ?」
「……くっ」

定番の場所は全て塞がれている。しかし、彼女は諦めない。
挫けない。何故なら彼女は絶対を否定する神剣の化身であるのだから。


「こうなったら奥の手ですわ。屋上……そう、屋上ですわ!」


屋上―――


それは、昔から現在に至るまで、王道ともお約束とも言われてきたラブロマンスの金字塔。
最終決戦の前という特別な日には、フラグを全て満たしたヒロインが居なければ、
決して立つ事が叶わぬ聖域である。

「……まぁ、いいけど」

浩二が頷いたので『反逆』は顔をパッと輝かせた。
この日に浩二の隣に立つ女の子が、自分であると言うのは些かつまらないが……
それでも誰も居ないよりはマシだろうと、前向きに考える。

屋上には青い空。やがて太陽が沈みかけ、夕陽をバッグに寄り添う男女。
うん。悪くない。そんな事を考えながら『反逆』が屋上のドアを開けると―――


「……あれ? おにーさん達も洗濯物を干しに来たんですか?」


―――洗濯ロープと物干し竿に……
服が干されている屋上という、素晴らしい光景が広がっていた。

「んしょっと……ゆーくん。もちあげてくれる?」
「クルル」

ユーフォリアは籠一杯の洗濯物を、物干し竿にかけている。
そんなロマンスの欠片も無い、そんな所帯じみた屋上の光景に……
『反逆』は両手と膝をがっくりとつくのだった。




「………あんまりですわ」





************************





斉藤浩二は壁に背を預けて屋上の床に座り込み、空を見上げていた。
両隣には浩二を挟むように『反逆』とユーフォリアが座っている。
洗濯物を干し終えたユーフォリアは、一仕事終えて疲れたのか、
暖かな日差しの陽気に誘われたのか解らないが、こくりこくりと舟をこいでいた。

「なぁ、反逆……さっき、ここに来るまでに俺達はまだ出会ったばかりで、
語る思い出などないと言っただろう?」

「おっしゃりましたわね。真実だとしても無礼な物言いですわ」
「悪かったよ。拗ねるな……その代わりと言ってはなんだが、俺の話を聞くか?」
「それは……是非、お聞きしたいですわね」

浩二がそう言うと『反逆』は嬉しそうな顔をした。
人が誰かに自分の事を知ってもらおうとするのは、その人に好意を持っているからだ。
嫌いな人間にはそんな話をしない。それに、斉藤浩二は好きな人間と、嫌いな人間―――
どうでもいい人間をきっちりと線引きする。その彼が自分の話をしてくれると言う事は、
自分は少なくとも好きな部類に入ると言う事だから。

「そうだな……それじゃ、俺が始めは……
世刻望の事を嫌いだったと言ったら……おまえ、信じるか?」

「今のマスターから見れば、そんな風には見えませんけど……そうでしたの?」
「ああ。俺は望の事が嫌いだったよ―――」

斉藤浩二は人より優れた才能を持っている。勉学も運動も人並み以上にできた。
そして、処世術も心得ていたので、最初のクラスでは中心人物であった。
だが、学年が一つ上にあがり、世刻望や永峰希美、それに暁絶と同じクラスになると、
クラスの中心人物の座はあっさりと世刻望に奪われる。

それが悔しいとは思わなかったが、何故だとは思った。
自分の方が優れているのに、世刻望に劣るところなど何一つとしてないのに……
それどころか、ヤツとは違って自分はクラスに受け入れられるように、
気を使って馬鹿なフリして道化まで演じているというのに……

―――いつも話の中心にいるのは世刻望。

好き勝手やっているのに、クラスの連中からは妬まれず、恨まれもせず、
永峰希美や斑鳩沙月という学園のアイドルまでもはべらせている。

世刻望が自分に何かをした訳では無いが、そのようなヤツを好意的に見れる訳は無い。
なので浩二は、暁絶や森信助という望の友人とは親しくしていたが、
世刻望その人には、クラスでの用事でもない限り話しかける事は無かった。

「今になってしみじみと思うよ。あの時―――俺の傍に『最弱』が居てくれてよかったって……
でなければ、俺は……アイツを、望を……目障りなヤロウだって……
潰しにかかっていたかもしれないからな」

浩二は人身を掌握する術と、どうすれば勝てるかという計算を弾き出せる才を持っている。
もしも自分があの時、潰しにかかっていれば、望を学園から孤立させる事はできた筈だ。

沙月や希美の好意を持っている学園の連中を煽ってやるだけでいい。
浩二には処世術で得た人脈がある。そして、学園の主要人物は全て抑えてある。
沙月を除く物部学園の生徒会メンバー。各クラスの中心的人物。
そして、様々な部活やクラブのリーダー的存在。
物部学園の生徒ならば、男女問わず浩二は彼等と繋がりを持っていた。

「頼まれれば部活の助っ人に出たり、生徒会の仕事を手伝ったり……
コンパをしたいって男子連中がいたら、何とかコネや伝手を使って相手の女の子を捜してやったりと、
色々と駆け回っていたからな。ただの学生だった頃は……」

その時の苦労が、今の浩二の事務能力に繋がっているのである。
企画、運営、管理という能力については、物部学園が誇るカリスマ生徒会長・斑鳩沙月も、
斉藤浩二には敵わないと認めていた。もしも、この戦いに巻き困れず、学生のままであったなら、
来年の生徒会長は浩二であったかもしれない。彼にはそれだけの能力がある。

物部学園が異世界に飛ばされた後も、浩二の高い事務能力はいかん無く発揮されている。
学園の意識を一つに纏めるために、露天風呂を作るというレクリエーションを提案して団結力を高めたり、
クラスのリーダー役の生徒とも親密に話して、学園で事件が起こらない様に尽力していた。

精霊の世界で、ロドヴィゴと密かに話をとりつけて、その手の店などに連れ出した辺りは、
斉藤浩二の真骨頂であろう。異世界の住民と渡りをつけて、企画から実行に移せる人間はそうそう居ない。
その浩二が、世刻望を潰そうと攻撃していたら、彼の学園生活は終わっていただろう。

「サレスがマスターを買っているのも、そういった類の才能ですものね。
マスターは、組織のナンバー2としては得難い人材ですわ。
足りないモノは、持って生まれたカリスマという才能だけですもの」

けれど、そんなモノは努力で埋められる。そして、浩二は努力する事を嫌がらない。
倒れてもへこたれない。不屈の闘志で立ち上がってくる。
才能と天稟に恵まれた浩二が、誰よりも努力して、勝てるまで挑んでくるのだ。
味方にすればあらゆる面で心強いが、敵に回せばこれ以上に嫌な相手はいないだろう。


「……望が嫌いだった理由。今なら解るけど……俺は、アイツが眩しかったんだ。
けど『最弱』はいつも言っていた。人と自分を比べることに何の意味があると。
人を羨んで、足を引っ張ろうとする努力をするくらいなら、
自分がそれ以上になって見返す努力をしろって。
いつも……俺が道を間違えそうになる度に、そう言ってたよ……」


態度で、あるいは言葉で―――


『最弱』は浩二の行動に直接口出しする事は無かった。
口出しする事があったのは彼女をつくれという軽口ぐらいのもので、
他は何をしても「相棒の好きにすればええ」と言っていた。

けれど、自分が人を妬んだりして、陥れてやろうと考えると、
それでいいのか? と態度や言葉で表してきた。


「……俺に……できない事なんて、無い―――」


今やそれは、斉藤浩二の口癖である。
だが、始めに浩二がその言葉を口にしたのは『最弱』に対してだった。
自分が人を羨んだり、妬んだ時に『最弱』が―――


『ふーん。さよか。ええんとちゃいます?
でも、相棒……人を羨むっちゅー事は、自分がソイツ以下だと、自分で認めてんのと同じやで?
……はぁ、まぁ……でも、それでええんとちゃいます?
世の中には逆立ちしても、絶対に勝てへんヤツはおんねん。そう言うこっちゃろ?』


こんな事を言って―――


「うるせぇ。バカヤロウ! できるよ! できるに決まってるだろ!
俺がアイツに劣るだと? ふざけんな! 俺に出来ない事なんて無いんだよ!」


―――自分がこう言い返したのが始まりだ。



自分で最下位『最弱』を名乗るハリセン風情に挑発されて、
その通りだと認めてしまうのがシャクだから、反発したのが始めなのだ。
そんな事を言われる自分が惨めで情けなくて、もう二度とそんな事を言わせるものかと、
半ばムキになって叫んだのだった。

「つーか、あのヤロウ……今になってよくよく考えてみると、
十分に俺という人間を操ってるじゃねーか。
何がマスターに精神干渉する事の無い反永遠神剣だっつーの」

浩二は憎まれ口を叩くが、その顔は笑っている。
『反逆』は、改めて浩二と『最弱』の絆が、どれだけ深いものであったのか知った。

「マスターは……マスターは本当に……
『最弱』の事が好きだったんですのね……」

「ハハッ。そんな訳あるかよ……あんな弱っちい神剣―――
魔法も超状能力も何も無い……馬鹿馬鹿しいフォルムのクソ神剣……
おまえのが、よっぽど俺の神剣として相応しいよ。
……強くて、力もあって、魔法も……使える……っ………俺に、相応しいスペックの―――」

雫が、ぽたり、ぽたりと落ちていた。
浩二は自分の頬に手を当てて不思議そうな顔する。

「……あれ? 俺、何で……」
「―――っ!」

たまらなくなって『反逆』は浩二の顔を自分の胸に抱き寄せた。

「泣きたい時は泣いてもいいのですわ。
それで、マスターを馬鹿にする人なんて……ここにはいませんもの……」

それが引き金となったのか、浩二はぼろぼろと涙をこぼして嗚咽を漏らすのだった。


「……なぁ、おい」


それからしばらく経って、泣き止んだ浩二は『反逆』に膝枕をされながらポツリと呟く。

「なんですの?」

「おまえ、さ……本当に俺がマスターでいいのか?
こう言ったらなんだけど、エターナルとも遣り合える神剣のパートナーが……俺でいいのか?」

「はい。わたくしを使っていいのは、従えていいのは……斉藤浩二だけですわ」
「今も手元に『最弱』があったら、おまえを選ばないだろうヤツでも?」
「わたくしも、マスターにそこまで想われるくらいの神剣になりますわ」
「―――アホだろ? おまえ」 
「フフッ。そうかもしれませんわね……」

「永遠神剣と反永遠神剣。二つの力を併せ持つ奇跡の神剣。
おまえのマスターになりたいと思うヤツなんて……
それこそ、星の数ほどいるだろうに……」

「そんな、誰もが羨むわたくしを前にしても『最弱』の方がいいと言う、
馬鹿なマスターが使う神剣ならば……アホなぐらいで丁度いいのではございませんこと?」

少女はそう言って笑う。少年も、つられたように笑った。

「……アホめ」
「バカめ」
「……反逆」
「はい」

「……俺に……おまえの力を俺に貸してくれ……
俺の世界、俺の大切な人達を護る為に……俺の描く夢を叶える為に」

「イエス。マイ・マスター。わたくし―――反永遠神剣『反逆』は、
貴方の前に立ち塞がる壁の全てをこの刃で斬り伏せ、障害があれば重圧で砕き……
マスターに降りかかる、ありとあらゆる理不尽なる力を否定しますわ」

神剣とマスター。心が通い合うというのは、こんなのを言うのだろうと、
薄目を開けて浩二と『反逆』の話を聞いていたユーフォリアは思った。

「ところで、マスター」
「何だ?」
「さっきから狸寝入りしているこの娘にも、マスターの話を聞かせたのは何故ですの?」
「……ああ」

ビクッとなるユーフォリア。それからムニャムニャとか呟いて、
自分は寝てますよーとアピールするが、浩二は小さく笑い『反逆』は呆れるような顔をする。
雰囲気に居た堪れなくなった彼女は、ガバッと体を起こして謝った。

「すみません。盗み聞きするつもりは無かったんですー」
「知ってるよ。最初からおまえが寝てなかったのも」
「へ?」

謝るユーフォリアに浩二が苦笑を浮かべる。

「誰にも聞かれたくない話なら、それこそこんな所でする訳無いだろう?」
「まぁ、それもそうですわね」
「でもでも、良かったんですか? 私なんかが、おにーさんの話を聞いちゃって」

「誰か一人ぐらい……俺以外にも『最弱』の事を知っているヤツが居て欲しかったんだ。
存在はすれども、マスターに恵まれず……今まで世に出る事も無く……
俺と出会うことで、やっと反永遠神剣として、名乗りを上げられたと思ったら……
そのマスターが不甲斐ないヤツだったばかりに、僅か2年ばかりで消える事になった神剣の事を」

「おにーさん……」

神剣の名を冠する存在としては、信じられぬ速さの退場であっただろう。
この時間樹が出来るよりも、遥か昔から存在する永遠神剣の歴史と比べたら、
反永遠神剣『最弱』は、一瞬にも満たない期間、この宇宙に名乗りをあげたに過ぎない。

けれど、エターナルであるユーフォリアに『最弱』の事を知ってもらえば、
たとえ僅かの間であろうとも、その存在は確かに居たのだと永遠に残るのだから……

「オマエには、つまんない話だったかもしれんが……
できる事なら、覚えておいてくれると嬉しい。アイツは『最弱』は、確かにここにあったのだと」

浩二はそう言ってユーフォリアに頭を下げる。
ユーフォリアは微笑んだ。そして、しっかりと頷く。

「はい。覚えておきます……私、忘れません……
また、更に記憶喪失になっても……それだけは絶対に覚えています」

「……感謝する」
「あは、ゆーくんも覚えてるって言ってます」

ユーフォリアがそう言って笑うと、
浩二はそう言えば彼女の神獣は『最弱』をやたらと気に入っていたなぁと思い出す。

「なぁ、ユーフォリア。よかったら、おまえの神獣を出してくれないか?」
「え? いいですよ」

気軽に頷いてユーフォリアは永遠神剣第三位『悠久』の神獣。
双子竜である『青の存在』と『光の求め』を出現させる。
浩二は、ホワイトドラゴンの方に近づくと、不思議そうにしている『光の求め』の鼻面を優しく撫でた。

「ごめんな。おまえ……『最弱』の事を気に入っててくれたのに……」
「クルル……」
「おまえも、覚えておいてやってくれよな……」
「クルッ」

浩二には『光の求め』が何を言ってるのか解らなかったが、
たぶん、わかったと答えてくれたような気がして、もう一度鼻面を優しく撫でるのだった。

「……マスター」
「あん? 何だ、反逆……」

「あんまりそっちのホワイトドラゴンばかり構っていると、
わたくし達の神獣ガリオパルサが、嫉妬して暴れますわよ?」

「おおう」

それはいかんとばかりに『光の求め』からバッと離れる浩二。
その様子が可笑しかったのか、ユーフォリアと『反逆』は、くすくすと笑うのだった。





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「……なぁ、ナルカナ」
「ん~? な~に~?」

世刻望が呼びかけると、ナルカナは気だるそうな声で返事をした。

「一つ聞いてもいいか?」
「どうぞ~?」
「何でおまえ、俺の部屋に住んでるわけ?」

ナルカナが自分の部屋によくやって来るのは前からだったが、
ジルオルと自分が統合されてからは、殆ど住んでいるような状態になった。
彼女が自分の部屋に戻る時は、寝るときだけである。

「だって望。あたしの面倒みてくれるんでしょ?」

それを言ったのはジルオルなのだがと思う望。
しかし、そんな野暮な事は言わない。
彼が引き受けたと言う事は、自分が引き受けたと言う事なのだから。

「…………」

そんな訳でナルカナが一日の大半をココで過ごすからなのか、
理由はどうだか知らないが―――

「カティマ。あれやろ? トランプ」
「いいですよ」

―――何でだろうか?

「望ちゃん。クッキー焼いてみたんだけど……」
「何? クッキーじゃと?」
「希美ちゃん……それ、私も手伝ったんだからね」

希美と沙月と、カティマとルプトナ。それにナーヤも常駐するようになった。
自分を入れて、8畳の部屋に人間が7人。人口密度高すぎである。

「むぅ……吾とノゾムの憩いの場が……」

レーメもいれると8人だ。
ナルカナに飲み物を持って来てと言われて、厨房に向かった時。
すれ違ったタリアが汚いものでも見るような眼で自分を一瞥していった。
絶は苦笑し、サレスは呆れており、ソルラスカはポンと肩に手を置いてサムズアップ。

「良かったわね~望くん。ここにいる男連中は、こんなのばかりで」

そう言ってヤツィータにニヤニヤと笑われた時は、穴掘って埋まりたくなった。
人には鈍感とよく言われたものだが、流石に今の状況は理解している。
自分だって男だ。女の子に思いを寄せられて嬉しくない筈がない。

だが、これはどうなのだろう? 人としてどうなのだろう?

そんな事を望は考える。考えてしまう。
少し頭を冷やそうと思って、気配を殺して廊下に出た。
それから渡り廊下を歩いて二階に上がり、休憩室のドアを開ける。
すると、そこには暁絶がサマになる格好で、スバルと一緒に紅茶を飲んでいた。

「あれ? 望くん」
「……どうした望? またパシリか?」

望は黙って二人が向かいって座ってるソファーの所まで歩いて行くと、スバルの隣にドカッと座る。

「パシリじゃない。ただ、ちょっと気分転換」
「そうか」

微笑みながら絶は席を立つ。

「お姫様達のお相手は嫌になったのですか? 世刻望」
「別に、嫌になった訳じゃないよ。ただ、ちょっと疲れたんだよ」
「まぁまぁ、望くんも怒らないで」

ナナシに嫌味っぽい事を言われて、少しだけムッとする望。
そんな彼を宥めるようにスバルが言う。そこに絶がポッドとカップを持って戻ってきた。

「望。砂糖とミルクはどうする?」
「両方。心持ち甘めで」
「了解」

絶が自分の紅茶を用意してくれる。望は礼の言葉を告げると、それを一口啜った。

「さて、愚痴があるなら聞いてやるぞ?」

「まさか。愚痴なんてあるわけ無いだろ。
俺は、今の自分がどれほど恵まれているのかは知ってるよ。
正直に言って嬉しいよ。こんな俺なんかを皆は好きでいて居くれるんだから」

「なら、何でそんな悩むような顔をしている?」

「どうすればいいのか解らないんだ……
皆の事は好きだけど……好きだから―――」

誰も傷つけたくないと思う自分はヘタレ野郎なのだろうかと嫌悪する。

「……フム。なぁ、望……」
「何だ?」

「もしも、誰も傷つけたくないから、誰も選ばないとか考えているなら、
それは間違いだとハッキリと言ってやる」

「間違ってるのかな……俺」
「ああ。間違ってるな」

腕を組んで頷く絶。

「みんなの事が好きで、傷つけたくないなら、いっそ全部選んでしまえよ。望」
「―――ブッ」

とんでもない結論が返って来て望は紅茶を噴き出した。
それからゴホゴホと咳き込んで、何を言ってるんだという目で絶を見る。ニヤリと笑っていた。

「ちょっ、絶、おまえ……何を無茶な事を言ってるんだよ!」
「ほう? どこが無茶なんだ?」
「皆を選ぶって、そんな―――」

望がそう言いかけた時、絶はクックッと笑っていた。

「なぁ、この程度が無茶だというのなら、オマエが今までやってきた事は何なんだ?
俺に言わせれば、そっちのハードルの方が高いぞ?
なにせ、この時間樹を護る為に、神と戦ってきたんだから」

しかも、彼の理想は力なき者達を守るという、単純明快にして果ての無い大きな理想である。
それを叶える為の努力と比べたら、精々が10人以下の女ぐらいをものにするぐらい、
何ほどのものであろとうかと絶は思うのだ。

「なし崩し的に参加する事になったこの『天の箱舟』だが……
俺は、このコミュニティーを気に入っているよ。
おまえ達の為なら、命を懸けて戦うのも悪くないと思えるぐらいにな」

「望くんは、何よりも困難な道を歩もうとしている。
そんなキミが、ううん―――そんなキミだからこそ、誰よりも幸せでなくてはいけない」

絶とスバルが笑いながら言う。

「それにな、望……身近な人間の7~8人を幸せにできないようなヤツが、
力無き人達の全てなど護れるものか。なぁ?」

「そうですね」

何だか最もらしい事を言われているような気がするが、望の顔はやはり晴れない。
けれど、話す前よりはずっと落ち着いた顔になっていた。

「……サンクス。少しだけ気がまぎれたよ」
「なら、待たせているお姫様達が、怒り出す前に戻ってやれ」
「あはは……うん」

苦笑して休憩室を出ていく望の背中を見つめながら、絶とスバルは噴き出す。


「ククッ。プッ―――人事だからって、俺達も無茶苦茶言うよな?」
「あははは。ええ。でも……」
「アイツが苦労することで、この居心地のいい場所が護られるなら……」
「それも已む無し―――って事ですね?」


望の姿が完全に見えなくなると、二人は声を上げて笑い出すのだった。










[2521] THE FOOL 57話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:f980d33e
Date: 2008/05/23 18:15





―――最終決戦前日。



箱舟の会議室で、最後のミーティングを終えると、時間は夕刻になっていた。
斉藤浩二は会議が終わった後に、外の空気を吸いたいと思い、屋上に向かうと、
世刻望もそのつもりだったらしく一緒になった。

「あれ? 浩二……」
「おまえも屋上か?」
「ああ」

屋上に出ると同時に風を全身に受けて、望は気持ち良さそうに小さな息を吐いた。
真っ赤な夕陽。世界はどんなに変わっても、あの太陽だけは変わらない。
それが何となく嬉しくて望は笑った。

「何を笑ってるんだ?」

「いや、もしも世界が滅んだとしも……
あの太陽は変わらないんだろうなって思ったら、なんとなく笑えてさ」

「太陽か……なぁ、俺達が常識として認識していた宇宙の法則が違うのなら、
あの太陽はどんな原理になってるんだろうな?
世界は星の集まりではなく、一本の巨大な木から伸びる枝なのに……
太陽と月はどんな世界でも必ずあったんだぜ?」

「おいおい、そんな事を言われても俺は知らないって……
そういう事は、サレスかナルカナにでも聞いてくれよ」

「呼んだ?」
「―――うわっ!」

いきなり後ろから声をかけられて驚く望。
いつの間にか、そこにはナルカナとサレスが立っていた。

「男二人で夕陽を見ながら黄昏て……何をしてたの。アンタ達?」

「別に何もしてないさ。外の空気を吸おうと思って屋上に出たら、
偶々一緒になっただけさ。なぁ、望?」

「ああ」
「ふーん。それなら、私も誘ってくれれば良かったのに……」
「次があったらそうするよ」
「絶対だからね?」

望がナルカナの相手をしている間に、サレスが柵を背に持たれていた浩二の隣に並ぶ。

「下の街の様子はどうだ?」
「変化なし。時々小さな揺れがあるぐらいかな」
「そうか」

「なぁ、サレス……以前にも聞いたんだけど……
この時間樹がナルカナを閉じ込める牢獄であるというのは本当なのか?」

浩二がそう言うと、ナルカナはムッとしたような顔をする。

「アンタ。このナルカナ様の言う事を疑ってるわけ?」

「別に疑ってはいないさ。ただ、俺からしてみれば一つの世界―――
一つの星を作り出すだけでも凄いと思えるのに……
この時間樹は分子世界の集合体で、それこそ星の数ほどの世界がある訳だろ?

そんなモンを、ナルカナを閉じ込める為だけに作るなんて、
エターナルって奴等は、凄いを通り越して呆れるなと思っただけさ」


―――創造神エト・カ・リファ。


永遠神剣第二位『星天』のマスター。この時間樹を作り上げた存在。
エターナルが凄い力の持ち主であるというのは知っていたつもりだが、
まさか世界を創造する力まであるとは思わなかった。

浩二は、そんなエターナルの一人を倒した。いや、倒したと勘違いしていた。
昨夜に時深から、自分が倒したと思っていたエターナルが、実はまだ生きていた事を聞かされたのである。

なんでも、数日前にこの写しの世界に現れて襲ってきたらしい。
その話を聞いたとき、そんな筈は無い。別のエターナルだろうと浩二は言ったが、
時深が襲われたエターナルの特徴は、浩二が戦った女とまるきり同じであった。
風貌も、裸マントな所も、能力も、性格も……時深が襲われたというエターナルは同じであった。

女の名前はイャガと言うらしい。永遠神剣第二位『赦し』のイャガ。
第二位神剣のマスターと言う事は……あの女は、この時間樹の創造神であるエト・カ・リファと、
互角の力を持っていると言う事に他ならない。
ならば、自分と戦った時は、明らかに手を抜いていたのだ。


しかも、倒されたフリまでして―――


「……どこまでも、コケにしやがって……」


時深との戦いは引き分けに終わり、イャガは次元跳躍で逃げ去ったそうだ。
おかげで、やる事がもう一つできた。エト・カ・リファを倒したら、その後アイツの息の根を止める。
何処に逃げても。たとえ地獄の果てだろうと追いかけて、消滅させる。

「どうしたんだ? 浩二」
「……あ、いや……何でもない」

望の言葉に苦笑を返す浩二。これは私闘である。
故に望や『天の箱舟』の皆は巻き込めない。
この事を話したら、彼等は手伝うと言ってくれるだろう。
だが、そんな仲間達であるからこそ巻き込みたくないのだ。

原初に行ったら、もう戻れないかもしれない。
サレスはそう言っていたが、自分は必ず戻る。戻らねばならぬ訳が出来たから。

何が何でも原初より脱出して、イャガを追う。
時間樹より外に出たというなのなら、外宇宙だろうと追いかける。
そして、薙刀で頭蓋から両断してやるのだ。

「……フム。この時間樹が牢獄だという話しが出たところで、丁度いい。
何故、我等がエト・カ・リファと戦うのか、その目的と意義を説明しておこう」

「あれ? エト・カ・リファが世界を初期化させようとしている理由は、
実際に会って話してみるまで解らないんじゃ……」

サレスの言葉に首をかしげる望。

「世界の理など、全員が知る必要は無い。
だが、少なくとも望と浩二―――おまえ達二人は知っておくべきだろう。
創造神エト・カ・リファと正面から戦うのは、おそらくおまえ達であろうからな」

現時点において、望と浩二の実力は『天の箱舟』と『旅団』の中でも突出している。
エターナルを相手に勝てる可能性があるのは、この二人とナルカナだけであった。
ユーフォリアはまだ未知数の部分があり、戦力として数えるのは不安だった。

「時深さんも来れればよかったんだけどな……」

「仕方あるまい。彼女と出雲には、その後を託さなければならないのだから。
さて、話しがずれたが本題に戻そう。この時間樹とエト・カ・リファについてだ」

ゴホンと咳払いして語り始めるサレス。それは、要約するとこう言う事であった。
『叢雲』の化身であるナルカナは、はるか昔に同じく第一位神剣の化身である『聖威』と戦った。

その時のナルカナは、今のナルカナよりも圧倒的に強い力を持っていたが、
互角の力を持つ『聖威』と、カオスエターナルの頂点に立つ少年―――
永遠神剣第一位『運命』のマスターであるローガスと、
彼の仲間であるエターナル達の連合に、たった一人で奮戦するも敗れ去った。

敗れ去ったナルカナは、強大すぎる力をいくつかに切り取られ、とある場所に封印される事になった。
その切り取られた力の破片が、やがて意思を持ち始め……
望の持つ『黎明』や、絶の持つ『暁天』などの永遠神剣になったのである。

他にも『叢雲』の欠片はあるのだが、その全ては未だ発見されていない。
だが、一番重要である『叢雲』の意思は、力を切り取られてなお、ナルカナとして存在し続けた。
それが今、望達の前に居るナルカナという少女である。

その後、分割してもなお強大なナルカナを封じるため、
第一位神剣『聖威』に命じられたエト・カ・リファが、時間樹を作ることになった。

だが、無から世界を作り出す事は、たとえエターナルであろうとも難しい事である。
その為に連れてこられたのがジルオルであった。
エト・カ・リファは、ジルオルの内包した強大なマナに、
自分のマナを注ぎ込む事により大爆発を起こし、そこから時間樹を作り上げたのだ。

世界を創生する起爆剤としての役割を終えたジルオルは、原初に封印される事になる。
その後ジルオルは、ナルカナにより原初から連れ出され……
後に破壊神と呼ばれる存在になるのである。

「俺達の世界に、宇宙の始まりはビッグバンという大爆発であると言う
説を立てた学者が居るそうだけど、それって本当だったんだな?
ハハハ。やるじゃん。俺達の世界の学者センセー」

それを聞いたとき、浩二は笑っていた。
しかし、もう一人の少年。世刻望は気が気でない。
自分はこの時間樹で生まれた存在ではないと、あっさり言われたのだ。

「―――まて! ちょっと待ってくれ! 俺が時間樹の外から来た存在だって?
たとえそうだとしても、何でそれをサレスが知っているんだよ?」

「私も……この時間樹で生まれた存在ではないからな。
エト・カ・リファの補佐役として、この時間樹を管理する神―――
管理神となるように、別の場所から連れてこられた存在だからだ」

それなら、サレスはこの時間樹の誕生から全ての歴史を知っている事になる。
しかし、そうなると今までの情報と齟齬がでてくる。

「……ん? それはおかしい。おい、サレス!
おまえ、前と言ってる事が全然違うじゃねーか!?」

浩二がそう言うと、サレスは申し訳なさそうな顔をする。

「違わない。何故なら、何も知らなかった私も、また事実であるのだからな」
「回りくどい言い方はいい。要点だけを簡潔に纏めてくれよ」

「……そうだな。一言で言ってしまえば、私は記憶を失っていたのだ。
原因が何であったのかは解らない。
だが、今おまえ達に語った事は、つい最近になって思い出したのだ」

「ちょ、おま!」

浩二は思わず呆れてしまう。何だそれはと。

「……じゃあ何だ、こう言う事になるのか……」
「ちょっと待ってくれ! 俺、こんがらがってきたよ……」

望がストップをかけると、浩二が苦笑を浮かべる。

「……オーケー。纏めてやるよ望」
「すまんな。浩二。いつも助かってる」

「まず時間樹とは、ナルカナを封じこめる牢獄として作られたものである。
そして、この牢獄を作るために創造神エト・カ・リファは、ジルオルとサレスという存在を連れてきた。
ジルオルは世界を創生する為の材料として。サレスは、作った後の世界を管理させる為に……
ここまでは理解できるな?」

「うん」

望が頷くと、浩二はそれならと言って言葉を続ける。

「しかし、その後。創造神エト・カ・リファが予期せぬ出来事が二つ起きた。
一つ目は、原因は解っていないが管理神として置いた筈のサレスが記憶喪失になってしまう事。
二つ目が、世界創生の役割を終え、原初という場所に安置されていたジルオルを、
ナルカナが連れ出してしまった事だ。まぁ、肝心なサレスの記憶喪失の原因と、
ナルカナが原初にいた理由は忘れたらしいけどな」

「すまんな。なにせ、遥か遠い昔の事だ……」

「あたしも。ジルオルを連れ出した事は覚えてるけど……
どうしてあの時、原初にいたのかなんて忘れたわ」

その遥か昔とやらが、具体的にどれぐらい前だか解らないので、
浩二としても思い出せとは強く言えない。
自分だって三歳ぐらいの時の事を、詳しく思い出せと言われても困るのだから。

「まぁ、いいや。とにかく原因は不明だが……記憶喪失になったサレスは、
やがて一つの人格を持った存在になり始める。それが今のサレス。
俺達の知ってるサレス=クウォークスその人」

浩二がそう言った所で、サレスがここからは私が説明を引き継ごうと手で制した。

「記憶喪失とは言っても、正確には記憶欠落のようなものだ。
名前などは覚えていたのだからな。
サレス=クウォークスとは今の名で、管理神の時の名はサルバル・パトルという。

北天神や南天神というのは、本来は管理神の手足となって、
数多の分子世界を監視及び、異変があれば解決する役割をもった存在として、
創造神エト・カ・リファが作ったのだ」

「ま、当然だわな。分子世界を全部一人で管理なんてできる訳ねーもんな」

浩二が相槌を打つ。

「しかし、本来は管理神の駒として作られた筈であった彼等は……
やがて自我を持ち始め、南天神や北天神を名乗りだす。
それが、今の時間樹の流れを作る切っ掛けとなったのだ……」

「はぁ、なるほど……」

「記憶を欠落して彷徨っていた私は、やがて自我を持ち始めた神であるエトルやエデガ。
ヒメオラ等と知り合い……知的欲求から理想幹を探索する研究者となる」

「そこで以前に話してくれたヤツに繋がるんだな?」
「そのとおりだ」

望が、やっと全て理解したと言わんばかりに問いかけると、サレスは首を縦に振って頷く。
すると、ナルカナが疑問に思ったことをサレスに投げかけた。

「それじゃ、全ての記憶を取り戻したサレスとしては……これからどうするつもり?」

「そのままだ。それに、記憶を取り戻したと言っても、全てではない……
時間樹全体を揺るがすエト・カ・リファの鼓動を感じて、忘れていた記憶の一部がふと蘇っただけだ。
全ての記憶を取り戻したとしても、この時間樹を護りたいという想いは変わらんさ」

「本当にそうかしら?」

「信じてもらうしかないな。始めは強制されて連れてこられた場所だとしても……
ここでの生活、出会い、過ごした日々は、意義のあるものだったと思っている。
だから、この時間樹を護る為に戦う想いに、一片の曇りはないつもりだ」

同じく外界の出身だったと聞かされた望が、その通りだと言わんばかりに頷いている。

「ま、そう言う事ならあたしは一応信じるわ。斉藤浩二……あんたは?」

「サレスが裏でエト・カ・リファと繋がってるのなら、
ここで俺達にカミングアウトする事は百害あって一利ない。
それでも、この真実を話してくれたサレスを、俺は信じるよ」

「そう言ってくれると助かる」

サレスはそう言って微笑む。浩二はそんなサレスに苦笑を返した。

「仲間に裏切り者扱いされる事の辛さと悲しさは、知ってるからな……」

そう呟いて望を見る。彼はどうしたと言う顔で自分を見つめ返してきた。

「なぁ、望……」
「ん? 何だ、浩二」

自分が世刻望の事を親友だと思えるようになったのは、
精霊の世界でのアレが切っ掛けだろうなと思った。




「いや、おまえと友達になれて良かったと、ふと思ってな……」
「何だよ。突然……藪から棒に……」
「ハハハ!」




***************************





夕陽が沈みかけた頃。屋上に居た4人は階段を降りて厨房に向かった。
今夜は決起会という名目で、騒ぐことになったのが、昼の会議で決まったからである。
食堂から厨房に顔を覗かせると『天の箱舟』と『旅団』のメンバーが料理を作っていた。

「ねぇ、ソルラスカ。これって味はどういう風にするのー?」

「そんなものはおまえ、えーと……コレ。
醤油かソースってヤツをかけとけば、とりあえずは食えるモンになるさ」

「そうなの? じゃ―――」

「うわああああ! ダメ、ダメ! ダメだよルプトナ!
ポテトサラダに醤油とソースはダメーーー!
料理はできるのに、味付けだけが摩訶不思議な、沙月先輩の料理じゃないんだからーーー!」

「失礼ねぇ……私、ポテトサラダに醤油やソースはかけないわよ。
かけるなら、ワインビネガーに決まってるじゃない」

「それもダメーーーー!」

厨房は戦場だった。皆がノリで料理を作っている。

「……あ、おにーさん! 待ってました!」
「ん? どうしたユーフォリア」

「以前におにーさんが作ってくれた、ふわふわの卵焼き。
アレの作り方を教えてくれませんか?」

料理の出来る浩二は、さっそく連れて行かれた。
手を引っ張るユーフォリアに、浩二は手洗いと、エプロンぐらいつけさせてくれと言っている。

「うっわ、こんな楽しそうな催しをしてるなんて」

望の隣でナルカナが目を輝かせていた。
そして、キラキラと輝いた瞳と共にくるりと振り返る。

「望。私達も混ざろ?」
「……ああ」

差し出された手をとって、厨房と言う名の戦場に足を踏み入れる。
大切な仲間達と過ごす、楽しい時間。
そこには確かに自分とナルカナも座る席があって、一緒に笑いあっていられる。

このまま、時が止まればいいのに―――

そう思ったのは自分だけだろうか?
もしも、自分がこんな事を思ったと誰かに話したら、笑われるだろうか?
どうして、こんな事を思ったのかは解らない……
けれど、今日と言う日の記憶は胸に刻み付けておこうと思った。



大切な思い出として、無くしたくない記憶として―――



「……なぁ、オイ。この……とりあえず、刻んで、炒めて、
塩と胡椒を振っておけばいいんじゃね? と言うノリで作ったと思われる……
塩分大目で油ギタギタな肉野菜炒めは何だ?」

「……あ、それ作ったの、俺」
「やっぱりソルか」

ソルラスカは料理が一応できる。しかし、それは男の料理限定である。

「どうだ。俺の作った料理は! うめぇだろ?」
「あー……そうだな。メシのおかずにはなるよ。うん」

胸焼けしそうだけどとは言わずに、浩二はご飯と一緒に肉野菜炒めを口にする。
その横ではユーフォリアが、浩二に教えてもらいながら作った、
ふわふわな卵焼きをトーストと一緒に食べていた。

「んー。しあわせですー」

何とも安い幸せであった。

「サレス。もしかして貴方も何か作ったの?」
「ああ。手慰みにな」
「ど、どれですか! サレス様!」

ヤツィータが何気なく尋ねると、サレスは微笑みながら頷く。
それを聞いていたタリアが、慌てたように言った。

「アレだ」

その先には水筒である。中身はレモネード。
サレス=クウォークスが唯一作る事のできる飲み物である。

「どれ」

ヤツィータは一口飲んでみる。すると、普通に美味しかった。
同じくそれを飲んだタリアが両手と膝をついて落ち込んでいる。

「……ん? タリアはどうしたんだ?」

「さぁ、貴方でさえ一品ぐらいは何か作れるのに、
自分が作ったのがアレだから……ショックをうけてるんじゃない?」

指差した先にあるアレは、言葉に表せないような存在感を醸し出した物体Xであった。


「気にするな。タリア……私とて、料理が得意な訳では無い。
これだって、浩二に分量のレシピを書いて貰って、やっとできるようになったのだ。
飲み物の一つぐらいが作れる程度の私と比べたら、おまえが作った料理の方が―――うぐっ!」


―――バタン!


「サレスーーーー!」
「きゃーーー! サレス様ーーーーっ!」


数十対のミニオンの魔法攻撃の集中砲火を食らっても、倒れなかったサレスが、
タリアの作った料理と言う名の物体Xを食べると同時にぶっ倒れた。
そのまま部屋の隅に連れて行かれて寝かされる。
笑ってはいけないと思うのだが、浩二は少しだけ笑った。

「ふうっ、美味しかったですー」
「―――!?」

浩二の横で、ユーフォリアが満足そうな声をあげていた。
見ると卵焼きが全部消えている。それを見た浩二は目が点になっていた。

「……ぜ、全部食ったのか?」
「はい。美味しかったです」
「俺……二十個は作った筈だが?」

ユーフォリアがコレを好きだから、彼女の分としては3個を予定していたのに、
気がつけば全部食べられていた。

「……あれ? 卵焼きは?」
「コレ」

ナルカナがやってくる。しかし、浩二が指をさした先にはただの皿。

「あのっ、私! 飲み物とってきます!」
「まてい!」

ユーフォリアは逃げ出そうとするが、回り込まれた。

「あ・ん・たねぇ~~っ。私もアレ好きなのを知っていながら……
一人で食ぁべーたーだぁ~~? いい度胸してるじゃない。ユーフィー」

「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。
私の前に置いてあったから、私の分だと思ったんです~~! むぎゅ!」

ナルカナに頬を引っ張られてユーフォリアは涙目だ。

「ふ、ふにー。お、おにーひゃん。たるけれくらひゃいー」
「まぁまぁ、落ち着けナルカナ。子供のした事じゃないか」
「じゃあ、大人の貴方が責任とって、私の分の卵焼きを用意しなさい!」
「はいはい。わーったよ」

別に俺も大人では無いのだがなぁと思いながら、浩二は厨房に向かう。
ナルカナは、自分の分が作りたてで出てくるなら、
まぁいいだろうとユーフォリアを開放するのだった。

「いたたた……うーっ、ほっぺが真っ赤になってます……」

ジンジンと痛む頬をさするユーフォアリア。
その時、浩二が厨房からヒョイと顔を出した。

「すまん。ナルカナ。卵もうねーわ」
「なんですってーーーーー!」

ナルカナはキッとユーフォリアを見る。
ユーフォリアはヒッと言って肩をびくつかせる。

「………と言うのは嘘だ。ハハハ」
「チッ。命拾いしたわね。ユーフィー」
「フーーーーッ。し、心臓に悪い冗談です……おにーさん」
「……あ、でも山芋がねーや。おーい普通の卵焼きでもいいかー?」
「―――っ!」
「まてっ!」

ダッと駆け出すユーフォリア。ナルカナがそれを追う。
二人とも食堂を飛び出していった。

「浩二くん。浩二くん」
「ん? どうした希美?」
「山芋なら、冷蔵庫にまだあるんじゃないかなぁ?」

話を聞いていたらしい希美が、厨房の浩二に言葉をかける。

「え? そうなの……あ、ほんとだ。あった」
「でしょ?」

ニッコリと笑う希美。彼女が微笑んでそう言うのと、
二階から「アーーーッ! らめーーー!」という声が聞こえてきたのは同時であった。

「………聞かなかった事にしようぜ? 希美。
俺は何事も無かったかのように卵焼きを作るから」

「………そうだね。私も、何事もなかったように、
望ちゃんにおかわりを頼まれたハンバーグを焼くよ」

ひげを取った卵をボウルにいれてかき回せ始める浩二と、
挽肉を丸めたモノの空気抜きを始める希美。

「…………」
「…………」

「大丈夫! 俺は何も聞いてない! おそらくは永遠神剣シリーズ第三作品目の
メインヒロインを張るだろう少女は綺麗なままさ!」

「浩二くんが何を言ってるのか、さっぱり解らないけど……私もそう思うよ!」
「だよな!」
「うん!」

「……なぁ、今何か上の階からユーフィーの声が―――」
「地獄突きっ!」
「―――うぐっ!」

厨房に顔を出した望に、問答無用で地獄突きをくらわせる浩二。
喉に手刀をくらって、がくっと崩れ落ちる望。



「な、なぜ……」
「……望。今のはNGシーンだ……おまえは何も聞いていない。わかったな?」
「……お、おう……よく解らないけど、わかった……」



楽しい時間は、あっと言う間に過ぎていくのだった。





**************************





決起会と言う名の馬鹿騒ぎが終わると、世刻望はナルカナを伴って屋上に上がった。
見上げた夜空には満天の星―――
世界の滅びがまじかに迫っているとは思えないほどに、穏やかな夜であった。

「楽しかったね。宴会……」
「ああ。凄く楽しかった」
「……ねぇ、望?」
「ん?」

空を見ていた望は、視線を落として隣に佇むナルカナを見た。

「ジルオルが言ってた事だけど……アレ。無視してかまわないから」
「おまえの面倒を見るってヤツ?」
「そう」

こくりと頷いて微笑むナルカナ。
望には、その笑顔は今にも消えてしまいそうなくらいに儚く見えた。

「私のマスターになると言う事は……今の自分を全て捨て去ると言う事。
私と同じ……ナル存在として、永遠を生きると言う事に他ならない」

「…………」

「永遠を生きる存在なら、エターナルも同じだけど……エターナルはマナ存在。
他にも仲間は多くいるから、一人ぼっちと言う事はないわ。でも―――」

ナルカナは違う。

彼女はナル存在。マナを食い、ナルという別のエネルギーに変えて活動する、
たった一人のナル存在である。
そして、彼女のマスターになる事は、自分もナル存在になると言う事であった。

「私が『聖威』やローガスに、この時間樹に封印される事になったのはその為……
マナを食らう存在である私は、この大宇宙にとって危険因子であると判断されたの」

ナル存在は、マナを食らうという特性ゆえに、マナ存在である永遠神剣マスターとは交われない。
歩み寄ることで距離が短くなる事はできても、重なる事はできないのだ。

つまり、ナルカナのマスターとなり、ナル存在になるという道は、
広い宇宙の中でナルカナだけを友とし、ナルカナだけを相棒として、ナルカナと二人で歩む道である。
そんな孤独の中に望を引きずり込みたくはないと思う。

自分が、今までどうり一人でありさえすればいいのだ。

それでも時にはこうやって、人の温かさを感じられる距離にまで近づける事もある。
人は踊る。カミサマを祭り上げて人は踊る。手を繋いで輪になって、火を囲んで笑顔で踊る。
それは楽しい時間。一人ぼっちのカミサマが、沢山の人間と手を繋いで踊る事のできる特別な日。

けれど、祭りが終わったら……カミサマは祠に帰らなければいけない。
祭りの炎が消え去って、家路につく人達を見送りながら、また祠の中に戻るのだ。
何故ならカミサマは、神という存在であって人では無いのだから。

「だから……さ。望は無理しなくてもいいよ。
あたしは一人でもやっていけるから……今までも、そうやって来たんだから……
だから、無理して私の持ち主になんて……ならなくていいよ」

「でも―――」
「でもは無し。コレ……ジルオルに言われなかった?」
「……言われた。てか、何で知ってるんだよ……」
「ふっふーん。それを仕込んだのはあたしだからねー」

ナルカナはそう言って笑う。しかし、やはり何処か寂しそうだと望は思った。

「きっと、エト・カ・リファなんて、あたしを握らなくても勝てるわよ。
『天の箱舟』の皆に『旅団』のメンバーもいるしね」

「ナルカナ……」
「あたしも、化身としては戦うから。だから―――」
「ナルカナっ!!!」
「―――っ!」

自虐的に喋るナルカナを、望は怒鳴り声で黙らせた。

「……一人でいいなんて……そんな悲しい事を言うなよ」

「だって仕方ないじゃない! あたしは魔剣なのよ?
マスターを一人きりにするサガを背負った魔剣!
それとも何? 望は捨てられるの? 今までの自分、友達、仲間……
全部、ぜーんぶ捨て去って! あたしのマスターになってくれるの?」

「なってやるさ!」
「できないでしょ! できないくせに―――え?」
「おまえが魔剣だって? 誰が決めたんだよ。何で決め付けるんだよ!」

望は叫びながら自分が熱くなっているのを感じていた。
そして、今のナルカナに腹を立てている事も。

「あんたね。あたしの説明を全っ然! 聞いてなかったでしょ!
あたしはナルの化身なの! だからマナ存在である者達とはいられないの!」

「聞いてたよ! 理解もした! けど、納得できないんだよ!」
「何が―――」

「絶対なんか無いんだ! 共存の道が無いなんて諦めるな!
俺がそれを探してやる。一緒になって探してやる。
……でも、俺は諦めないからな。ナルを制御する力を見つけて、みんなの所に帰る!
その時は、ナルカナも一緒だ。きっと出来るさ」

望はそこで一旦言葉を切り、すっと息を吸い込む。
親友の顔を思い出して、借りるぜと心の中で呟きながら―――


「俺に出来ないことなんて無い!」


―――自信に満ちた表情と、確信に満ちた声で叫ぶのだった。


「―――ブッ」


噴き出すナルカナ。そして、お腹を押さえて笑い続ける。

「アハハハハ。なにそれ? 斉藤浩二の真似?
ちょ、似すぎててウケルんだけど……根拠の無いところとか……アハハハハ!」

望はないっと言い切ったポーズのまま固まっていた。
言ってから凄く恥ずかしくなったからだ。
そして、何の恥ずかしげも無くこんな大言を堂々と言える浩二は、
実はかなり大物なのでは無いだろうかと思う。あるいは大のつく馬鹿か。

「そっか、そっか……うん。うん。
そこまで言うなら、あたしも信じてみる事にするわ。マナ存在との共存の道……」

ポンポンと望の肩を叩くナルカナ。
その顔は笑顔であった。先ほどまでの陰りはそこに無い。
確証も根拠も無いけれど、未来を信じきった明るい顔。

「……ああ」

なるほど。これかと望は思う。


「それじゃ、尚更こんな所で躓けないわね。
外宇宙を飛び回り、ナルを制御する方法を見つけ出して、
あたし達はまた、ここに帰ってくるんだから」


ジルオルが見たかったのは―――


「よおおおっし、燃えてきたー! 絶対に勝つわよー! シュッ、シュッ!
エト・カ・リファなんて瞬殺して、返す刀でローガスをギタギタにしてやって、
『聖威』のアホをへし折って便器に流し込んでやるんだから! あたしと望で―――ね?」


きっと、この笑顔なのだろうと。


「ああ」


望は思う。みんなの事は、少しだけ待たせる事になるけど……
まずは、前世からの誓いを叶えさせて欲しいと。

自分が居なくても、帰る世界と仲間がいる彼女達と違い……
一人ぼっちのナルカナを、自分は見捨てる事なんてしたくないから。
だから、彼女がみんなと共にいられる身体になるまでは―――




「一緒に行こう、ナルカナ―――」




**************************




夜が明けた。ついに最終決戦の日である。
『天の箱舟』と『旅団』の神剣マスター達は、箱舟の敷地内にある広場に集結していた。
見送りにやって来た環や時深を始めとする『出雲』の人達に後の事を託す為である。

「それじゃみんな。後の事は頼むわよ」
「はい。ナルカナ様もお気をつけて……」
「お帰りを、いつまでもお待ちしております……」

ナルカナやサレスが出雲の人達と話している間。
浩二は薙刀の形となっている『反逆』を太陽にかざしていた。

「……浩二。おまえ、何をやってるんだ?」

そんな浩二にソルラスカが不思議そうな顔をする。
浩二はかざした薙刀を下ろすと、ソルラスカに苦笑して見せた。

「いや、今の俺達なら……手を伸ばせば、太陽だって落とせるんじゃないかと思ってな」
「あっきれた。アンタ、何を馬鹿な事を言ってるのよ」

タリアが肩を竦めて言う。ソルラスカは考え込むような仕草をした。

「太陽を落とす……か」
「ん? どうした?」
「いいじゃん。ソレ。みんなでやろうぜ!」
「はぁ!?」

名案だと言わんばかりの顔をすると、ソルラスカは『天の箱舟』と『旅団』のメンバーを集めた。
そして、みんなで誓いを立てようと言う。
神剣を掲げ、太陽ならぬ神を落とし、この時間樹を人の手に取り戻すのだと、
そう誓おうぜと、真剣な表情で皆に言うのだった。

「……何だよ、その体育会系なノリは……」
「あら? いいんじゃない。せっかくだし気合を入れる為にもやりましょうよ」
「誓い……ですか。いい響きですね」

浩二は肩を竦めるが、皆はどうやらソルラスカの提案に賛成のようだ。
まぁ、いいかと思った。最も『天の箱舟』の結成時に、自分が同じような事を促したら、
見事に外してくれた、我等がリーダーがやれればの話だが。

「そう言う事なら―――」

望はそう言って双剣を重ね合わせた。
そして、一振りの大剣となった『黎明』を天に掲げる。

「お、望くんはそういう趣向できたか」

それを見た沙月が、望の隣に並んで光の剣を天に翳す。
望を中心に『天の箱舟』と『旅団』のマスター達がVの字に並び、それぞれの神剣を天に翳した。

「へへっ、こう言うの……なんか燃えるよな」

ソルラスカがそう言うと、タリアが溜息をついて嗜める。
しかし、そんな事を言う彼女もしっかりと神剣を掲げており、
それをヤツィータに指摘されて赤くなっていた。

「ううっ、ボクも武器があればサマになったのになぁ……」
「何言ってるのよ。それを言ったらあたしもよ」

ルプトナとナルカナは手を掲げている。

「う~む。神剣の無いナルカナはともかく、
ルプトナの神剣は靴だからなぁ……脱いで手に持ってみるとか?」

「それじゃボクがバカみたいじゃないのさ!」

浩二が笑いながら言うと、ルプトナが口を尖らせる。

「では、望―――頼むぞ」
「ああ!」

頃合を見計らってサレスが言うと、望がしっかりとした声で頷く。
天に向けて掲げられる神剣を見て、望はすっと目を閉じた。


「これは、世界を救うための戦いであると同時に、それぞれの大切なものを護る為の戦いだ。
無くしたくないもの、大切な人、護りたい場所……理由はそれぞれでいいと思う。
けれど、俺達の願いが行き着く場所はたった一つ―――」


閉じられていた目がくっと開かれる。
強い意志の宿った蒼い瞳は、爛々と輝いている。


「絶対なんてあるものか! 運命なんてクソ食らえだ!
俺達の願いは勝つ事! 勝って未来をこの手に掴むんだ!」



望がそう言った時、皆の声が揃い、神剣を中天に向けるのであった。







「「「「 おおーーーーっ!!! 」」」」










[2521] THE FOOL 58話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:f980d33e
Date: 2008/05/23 18:13







「……ありがとう。ものべー……
そして、ご苦労様……よく、がんばってくれたね……」


原初に辿り着いた。凄まじい揺れの次元振動の中……
強行軍でここまで運んでくれたものべーは、
仕事をやり終えたかのように一鳴きして、希美の神剣『清浄』の中に戻る。

「ぼえ~~」

片道だけでも行けるかどうかは賭けである。
サレスがそう言った意味が、骨身に染みて解るほど精霊回廊には嵐が吹き荒れていたのである。
ものべーはその嵐の中を傷だらけになって進んでくれたのだった。


「みんな。ゴメン……
もう、ものべーは次元を渡る事はできないみたい……」


申し訳なさそうに希美は言うが、それも仕方のない事だろうと思う。
それぐらいに酷い揺れの中を進んできたのである。
ものべーがおらず、生身で来ようとしていたら、
誰一人として辿り着く事さえできなかったと思われる道のりだったのだ。

「いや、構わんよ。こうして、誰一人として欠ける事無く来れたのだ。
それだけでも、ものべーは良くやってくれた。後は我等に任せて休んでもらってくれ」

サレスがそう言うと、皆もその通りだと頷いて箱舟から外に出る。



「ここが原初……世界が始まった場所―――か」



外に出て、斉藤浩二が始めに呟いた言葉がそれであった。
夜空のような背景に、石造りの壁と床。所々に木の根が巻きついている。
壁と床には特殊な鉱石を用いているのか、薄ぼんやりと発光していた。

「夢に見た景色と同じだ……
ジルオルの記憶に残された光景とまるで変わらない」

「何だか、感慨深くなっちゃうわね」

初めてではない景色に、望とナルカナは感慨深そうに辺りを見つめている。

「さて、二人とも。あんまり懐かしがってもいられそうにないわよ」

沙月がそう言いながら神剣を抜いていた。
その視線の先には、以前に『天の箱舟』が出雲でナルカナに会うために挑んだ試練において、
倉橋時深がボスキャラとして配置した特別製のミニオン―――
エターナルアバターがこちらに歩いてくる姿があったからだ。


「原初においては、あれが兵士クラスか………フッ。先が思いやられるな」


絶が『暁天』の柄に手をかけながら言う。

「ま、ラストダンジョンならこんなモンだろ?」
「ダンジョンでは無いけどね」

浩二が薙刀を構えると、沙月が小さく笑う。

「始まりは俺と、希美と沙月先輩と絶の4人だったんだよなぁ……」
「まぁ、暁くんは敵になっちゃったんだけどね」
「悪かったよ」

望の言葉を希美が補足するように繋げると、絶は苦笑する。

「そして、そんな暁くんの穴を埋めるように、浩二くんが仲間になったんだよね」
「ああ。そういえば浩二って……最初メチャクチャ弱かったんだよなぁ……」

「馬鹿言うな。あれは俺が弱かったんじゃなくて、おまえ達が強すぎだったんだ。
俺の初期レベルが1なら、お前等の初期レベルは10ぐらいはあったぞ」

聞き捨てなら無いという風に浩二が言うと、皆が笑う。

「そして、そこにカティマが加わり……ルプトナ、ユーフォリアが加わって……
一つのコミュニティーを作る。それが『天の箱舟』……」

望の肩に座ったレーメが瞳を閉じながら思い出すように呟く。

「そこに暁くんが戻ってきて、希美ちゃんが抜けたりしたけど……
ナルカナやサレスが協力してくれて、希美ちゃんを取り戻すことが出来た」

沙月がレーメの言葉を繋ぐ。

「光をもたらすもの、理想幹神。その二つを倒したと思ったら、
新たなる敵。南天神がマナゴーレムや抗体兵器と共に現れた。
再開と別れ―――そして、新たな出会い……」

浩二が目を閉じながら呟く。

「そして、ついに正真正銘の神に挑む。
決戦は全ての始まりににして、終わりとなる場所―――
これが、この時間樹における俺達の物語の最終章だ!」

纏めるように望が言うと、皆は首を振って頷きあった。
ここまで来て負けるなんて、そんな事があってたまるものかと。
そして、世界を勝ち取り新しい物語を始めるのだと……



「行こう! 全ての決着をつける為に!」
「ここまで頑張って、ハッピーエンドじゃなければ嘘だもんね」



それぞれのツルギを手に、原初の奥深くへと少年達は駆けるのであった。





***************************





エターナルアバターを蹴散らしながら、原初の奥深く―――
創造神エト・カ・リファの元へと駆ける『天の箱舟』と『旅団』の永遠神剣マスター達。
その時。ふと巨大で禍々しい気配が迫っている事に気がついた。

「っ!? この感じ……」
「……何かが、近づいてきているな……」

ユーフォリアと絶が立ち止まり、そう呟く。

『マスター』

斉藤浩二の神剣。反永遠神剣『反逆』は、その気配が誰のものであるのか察していた。
それは、そのマスターである浩二も同じだったようで、凄惨な笑みを浮かべている。

「ククク……」

そう―――浩二は笑っていた。
まさかこんな所で出会えるとは思って居なかったからだ。

「ハハハハ―――」

ゆっくりと、ゆっくりと、近づいてくる。



「……あら? ちゃんとした人もいるのね?」



やってきたのは女であった。
真紅の長い髪。純白のマントを纏い、均整のとれた美しい裸体を惜しげもなく晒している女。
その女が『天の箱舟』と『旅団』の永遠神剣マスター達を見て、そう呟いた時―――

―――ダンッ!!!

凄まじい勢いで、斉藤浩二が薙刀を横に構えながら駆けていた。
一足飛びで瞬時に間合いを詰めると『反逆』を胴に向かって薙ぎ払う。
ビュオンッと風を切る音と共に、その刃は命中する事無く空を切る。
そこにあった女の姿は消えていた。

「はっ!」

しかし、浩二の攻撃は止まらない。次の瞬間には垂直に跳躍し空に浮かぶ。
薙刀は左手で持ちながら脇に挟み、右手に赤い魔法の輝きを灯していた。
やがて、少し離れた場所がブウンと歪む。

「―――そこだッ!」

そこに向かって浩二は重力波を放った。

「なっ!?」

出現地点に襲い掛かる重力の波。
女は、それに飲まれて白い壁に叩き付けれた。
浩二は壁にめり込んだ女の所へと飛んでいく。薙刀は反永遠神剣の波動を纏っていた。

「はああああああああっ!!!!」

そして、柱ごと両断するかの勢いで振り下ろす。
石柱を粉砕し、あるいは押しつぶしながら刃は女の頭上へと迫る。
ギィンと、金属がぶつかり合う音が響いた。

「―――アハ。痺れるわね……問答無用の攻撃なんて」

女は短刀を翳して浩二の薙刀を受け止めている。
浩二は、ギリッと歯を食いしばりながら女を睨みつけていた。
そのまま力比べになる。しかし、その瞬間に浩二は再び重力を制御して後ろの方に飛んでいた。


―――ガキンッ!!!


浩二がつい先ほどまで居た場所。
そこにギロチンでも落としたかのような音が響く。
女は、自分のソレが見破られた事に、おや? という顔をしていた。

「相変わらず、やっかいな攻撃だよ―――ソレは」

吐き捨てるように呟き、浩二は地面に着地する。
『天の箱舟』と『旅団』のメンバーは、
突然始まった攻防に、呆気にとられたような顔をしていた。

「……お、おい……浩二。ソイツは……」

望が、何とか気を取り直してそう呟くと、
浩二は女を睨みつけながら、視線も向けずに言葉だけで答える。

「アイツはエターナル……赦しのイャガ―――
まぁ、アレだ……俺を一度、殺してくれた、おっかねぇオネーサマだよ……」

「あら? 貴方、私を知ってるのね?」

「……知ってるか? だって……貴方、私を知っているのか―――だって?」
―――っ! ふざけんじゃねぇぞ!!! 何だその態度は! 忘れたか!
いや、タダの餌にしか過ぎない俺なんか、覚えてさえもいないのかッ!」

怒声と共に浩二の纏うマナが急速に膨れ上がる。
全身から赤く輝くマナと共に突風を放ちながら、薙刀の刃をイャガに向ける浩二。
凄まじい憎悪と怒りを籠めた視線であった。


「フフッ。凄い殺気………全身を貫く氷の刃のような視線……
どうやら私、相当恨まれることをしちゃったみたいね」

『マスター!』
「っ!? があああああッ!!!」


―――ガアンッ!!!


「な!?」
「浩二くん!」


イャガが笑みを浮かべながら喋った瞬間。
浩二は自分の頭を薙刀の柄の部分に叩きつけた。

「あ、痛ったぁ……いててて……あー痛ぇ……
ダメだなぁ、俺―――怒りで頭が真っ白になって、我を忘れる所だったよ……」

『感情に振り回される事無く、踏みとどまった事は褒めてあげますけど……
もうちょっとマシな立ち直り方はできなかったんですの?』

『反逆』が呆れたように言う。

「そう言ってやるな。アレほどの怒りの中で、
自分から冷静に戻れる人間は中々いないぞ?」

サレスが浩二をフォローするように、苦笑しながら前に出た。
そして、ポンと浩二の肩に手を置く。

「よく冷静になったな、浩二。それでいい……」

すれ違い様に、そう小さく呟いてサレスはイャガと対峙した。

「外部から来たエターナルよ。貴様の目的は何だ?」

「目的? そんなの決まってるじゃない。
ここに美味しい食事があるからやって来た。それ以外に何かあるの?」

「食事だと……」

「メインの前に、美味しそうな前菜が沢山あるなーと思って来たけど……
ふふふ。止めにしておくわ。そこの怖い目をした男の子が食べさせてくれそうにないものね……」

あくまでイャガの狙いはエト・カ・リファ。
メインディッシュを前に、前菜にしか過ぎない者達を食べるのに、
疲れるのも馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの態度であった。

「テメェ……」
「じゃあね。貴方達も死なないでいたら、後でデザートにしてあげるわ」
「まてよ、コノヤロウ!」

その呟きと共に空間が歪む。
浩二が大声で叫ぶが、その時にはイャガの姿は気配と共に消え去っているのであった。





***************************





「ふぅっ」


斉藤浩二は腰を下ろすと共に、ペットボトルの水を一息で飲み干した。
イャガとの交戦の後。エターナルアバターともう一度ぶつかり、
休めそうな場所があったので10分の小休止をとっているのである。

時計を見ると、原初に突入してより4時間が経っていた。
皆も、思い思いの場所で腰を下ろしながら水を飲んだり、
ブロックタイプの簡易食料を口に入れたりしている。
先はまだあるのだ。イャガがここに現れたのは予想外だったが、焦るまいと浩二は思った。

『皆さん。まだまだ元気ですわね。マスター』

反永遠神剣『反逆』が話しかけてくる。
浩二は、曖昧に頷きながらペットボトルを鞄に仕舞った。

「なんつーかさ……ヘンな感じだよ……俺」
『主戦力として温存されている事がですの?』
「ああ」

ここまでの行程。実は浩二は殆ど戦っていない。
彼と望。それにナルカナの三人は、対エト・カ・リファ戦までにマナを温存すると言う事が、
先日の作戦会議で決まっており、後方でフォローにまわっていたのである。

今まではこういう役目は望であった。
『天の箱舟』を結成してからの自分の役割は、先鋒かサポートのどちらかであったのだから。
だから、後先考えずに全力で突撃し、後は皆に任せるというパターンであったのに、
今回に限っては、自分がこうして温存されている事に違和感を感じているのである。

『まぁ、それだけマスターが強くなったと言う事ですわ』

そう言う『反逆』の声は嬉しそうであった。




―――原初の最深部。




「神の意思に、あくまで逆らうか……矮小なる者達よ」


その場所に一人で鎮座する人影は、目を閉じながらポツリと呟いた。
身に纏うのは純白の衣装。長く黒い帯を身体中に巻きつけている。
金色の直垂。金色の冠。首には天女が纏う様な羽衣を巻きつけている。

創造神エト・カ・リファ―――それが、この存在の名前であった。

黄金色の瞳は、ただ虚空を見つめている。
そして、透き通るような声で、忌々しいと言わんばかりに呟きながら天を仰いだ。

「好きに、させすぎたのかもしれぬな……」

サルバルが管理神としての務めを放棄した件も、ナルカナがジルオルを連れ出した件も、
分枝世界の監視者として配置した駒が、南天神や北天神と名乗り、
自らの欲望の為に動き始めた時も……エト・カ・リファはそれを見逃した。

その結果がこの有様である。

定めた秩序さえ犯し、時間樹を悪戯に疲弊させ、世界を混乱させる事になった。
まかせるべきではなかったのだ。全てを自らが管理し、秩序を保っていれば、
時間樹はこのような事にはならなかった。

「我もまた、甘い―――」

全てはその言葉に尽きる。情などを見せたために今の結果があるのだ。
ナルカナを苦しめる事が本意ではなかった。
彼女を時間樹という牢獄に置き、外部の世界に出さぬ事については了承すれども、
せめて、その牢獄の中では自由にさせてやろうという情から、この綻びは始まったのだ。

ナルカナの事が好きだった。

天真爛漫。天衣無縫。そんな言葉がぴたりと当てはまる彼女が自分には眩しかった。
そんな彼女が、あの『聖威』に逆らい、たった一人で戦いを始めた時は、
驚きと呆れと共に、ああ彼女らしいなと密かに笑ったものだった。

だからこそ、敗れ去った彼女を『聖威』がどうするか考えている所に、
自分が時間樹を作り、そこの監視者となる事を願い出たのである。

「我と共にありし眷属達よ……」

エト・カ・リファは虚空に向かってポツリと呟く。

「ナルカナと会ってくる。露払いをいたせ」

誰も居ない所に独り言のように呟いたその言葉であったが、やがて原初が大きく揺れる。
それが返事であるかのように。エト・カ・リファは小さく頷くと全身から閃光を放つ。
その光が消えた頃。エト・カ・リファの姿はそこに無かった。


「―――っ!?」


異変が起こった事に、一番最初に気づいたのは浩二であった。
浩二はメンバーの中で誰よりも早く、何かが迫っている事を感じたのだ。

ソレはとんでもなく巨大な気を放ち、流星のような速さで飛んできている。
その数二つ。たとえ一つであろうとも、星を砕きかねない凄まじいエネルギー。
それを感じた時。浩二は『反逆』の力を使って飛び上がっていた。

「浩二くん?」
「おい、斉藤……何を」

大気を震撼させる轟音。
その時になって、他のメンバーも迫り来る力に気づいたようで顔を上げる。

―――受け止めきれるのか?

浩二は、脳裏によぎった言葉を首振って否定する。
止めるのだ。止めなければ確実に全滅する。
例えるなら核ミサイルが二つ迫ってきているようなものなのだから。



「うおおおおおおおおおおっ!!!!」



浩二は雄叫びと共に、全てのマナを開放した。
全身を赤いオーラが包み、体を中心に竜巻が発生する。
睨みつけた。黒と青の流星。原初さえも吹き飛ばしかねない巨大な力。
見上げている。天の箱舟と旅団の仲間達。

今になって彼らも迫り来る力の塊に気づいたらしく、
慌てて魔法障壁を展開しようとしているようだが、今からでは到底間に合わない。
浩二が気づいた時から、アレを受け止める結界を張るには遅すぎたのだ。
だから彼は何も言わずに自分ひとりで飛び上がったのである。

「こんなものっ!」

叫ぶ浩二。全滅と言う言葉が頭を過ぎる。させないと心が叫んでいる。
焦りそうになる心を落ち着けて、斉藤浩二は小さく魔法の言葉を呟く。

「俺に……出来ない事は無い―――」

それは勇気の魔法。元の世界にある物部学園から始まり、
幾たびもの世界を乗り越えてなお、斉藤浩二を支え続ける最高の魔法。

―――止める。

この手に持った薙刀は反永遠神剣。永遠神剣の奇跡を霧散させるヒトのツルギ。
潰させるものか。希望を。世界を護る為の力を―――

浩二は空中で薙刀を横に振りかぶる。
心気を澄ませて目を閉じた。潮合が迫ってきている。
タイミングは見誤らない。薙刀は猛るような荒々しい波動を放っている。
気が近づいている。凄い速さで。大気を押しつぶすような唸りを放ちながら。

「こおおおおおおんんのおおおおおおおおっ!!!」

自らが放つ闘気の螺旋と、向かってくる巨大な力の気配が触れ合った時。
浩二は雄叫びをあげながら『反逆』の刃を横一文字に薙ぎ払った。
時間樹最強の神であるジルオルの放つ『浄戒』の一撃さえも消し去った、
反永遠神剣『反逆』の、理不尽なる暴威を自然に還す一撃を。

爆音。それと同時に爆風。

強大なマナがぶつかりあう事により発生した衝撃に、斉藤浩二の身体は吹き飛ばされる。


「―――ガハッ!」


吹き飛ばされた浩二は、叩きつけられるように地面に落ちた。
それと同時にドオンと音が鳴り響き、浩二が落ちた場所は巨大なクレバスのように陥没している。

「浩二くん!」
「浩二!」
「斉藤くん!」

地上にも伝わってきた爆風を耐え凌いだ仲間達が、浩二の所に駆け出そうとすると、
その瞬間。辺りを白い閃光が包んだ。



「ほう。あれを相殺する者がおるとはな……あくまで抗うか。貴様達……」



その声は、場に居る全員の身を凍らせた。
冷厳にして、全てを睥睨するかのような、良く通る声。
そこに現れたのは、神々しい気配を纏った存在―――

唯一にして絶対なる時間樹の神。

自らのマナを時間樹と融合させた……
全ての分子世界の生みの親である創造神が鎮座していた。

「エト・カ・リファ……」

ナルカナがその名を呼び、鋭い視線でエト・カ・リファを睨みつける。

「久しいな……ナルカナ」

名を呼ばれた創造神は、何の表情も読み取れないような醒めた瞳をナルカナに向けた。
ナルカナは右腕に魔力の輝きを灯している。
ソルラスカやスバル達『天の箱舟』と『旅団』の永遠神剣マスター達も、
それぞれの神剣を構えて戦闘態勢をとっていた。

「あいつが、みんなを苦しめようとしてるんだね……許さない!」
「悪いけど、今の世界を崩壊させる訳にはいかないわ」

「みんな……がんばって生きている。
辛くても、悲しい事があっても、一生懸命に毎日を生きている―――
それを、貴方が壊すというのなら、私はそれを許さない!」

ルプトナとタリアが、エト・カ・リファの後ろに素早く回りこみ、
希美が『清浄』を構えて槍の先を向ける。


「我と戦おうと言うのか……無駄な事を……
この世界は、定められし役割を全うする事が存在意義……
それを拒むという事は、この時間樹そのものを否定すると言う事。

一介の神風情が………

身を弁えず我の意思に逆らうだけでなく……
この神聖なる地に土足で乗り込んでくるとは、万死に値する!」


周りを10人以上の神剣マスターに囲まれたにも関わらず……
エト・カ・リファはまるで慌てるような様子は無く、ゆっくりと両腕を天に翳した。
それと同時に現れる一振りのツルギ。

永遠神剣第二位『星天』

人の腰の部分まである柄と、二メートル近い刀を持つ大剣。
否。もはや大剣どころではない。斬馬刀と呼んでもおかしくない大きさのツルギである。


「神を恐れぬ愚挙。身を弁えぬその所業……
創造神に逆らうことの罪……後悔しながら死んでゆけ!」


エト・カ・リファは、大剣を振りかざした。
それと同時に、エト・カ・リファを取り囲んでいた永遠神剣マスター達が膝をつく。

「ぐっ……なん、だ……コレは……」
「痛いっ……全身がバラバラになりそう……」
「これは―――」

その激痛。その苦痛。身体中の細胞が引きちぎられる様な痛みが望達を襲う。
脳髄にはガツン、ガツンと杭でも打ち込まれるような鈍痛が響いている。

「……滅び、か……」

暁絶には、この想像を越えた痛みの正体に覚えがあった。
その正体は『滅び』の神名。創造神エト・カ・リファは、全員にそれを刻み込んだのである。

「力が、入らない……」
「これが、ぐうっ……創造神の力だって……言うのかよ―――ッ!」

バタバタと倒れていく永遠神剣のマスター達。
それは一瞬の出来事であった。
遭遇してより、たった一度の刃を交えることなく勝敗は決したのである。


「……戒名―――自壊を定められし者……
それが貴様等の新しい定め……オリハルコンネームだ。
恐怖に震えながら、マナの海に還るがいい……」


―――死ねと。


ただ一言だけ死ねと。そうエト・カ・リファが言っただけで全滅であった。
立っているのはナルカナ一人である。
彼女は、目を見開いてこの悪夢のような光景を見ていた。

「嘘……嘘でしょ……っ! エト・カ・リファ! みんなを解放しなさい!」

「……やはり、オマエまでは管理できぬか……
分割されたとは言え、流石は叢雲の化身だな……」

「あんたね! さっさと戻さないと、ぶっ殺すわよ!」

「ナルカナ……おまえに主など必要無い……化身として生きるのだ。
次の世界にも、おまえの居場所は作ってやるから安心しろ」

「ふざけないでよ! 望は、あたしを握ってくれるって言った!
あたしのマスターになってくれるって……言ってくれたんだから!」

「………まぁ、言った、言わぬはどうでもいい……
だが、所詮おまえは呪われた魔剣―――
マナを食らうナルを振り撒き、世界に混沌を呼ぶ存在だ……」

「―――っ!」

エト・カ・リファの冷たい一言に、ナルカナは息を呑んだ。

「現に、この時間樹も今……修正不可能な歪みを抱えてしまっている。
理想幹に漂うナル化マナ―――引っ張り出してきたのはエトルであろうが、原因はおまえだ。
おまえは……マナ世界にとっては異物。
いや病原体でしかないナルを、この世界に持ち込んでいるのだぞ?」

冷笑を浮かべながら『星天』の切っ先を、ナルカナに向けるエト・カ・リファ。

「存在するだけで罪である存在。それがおまえだ。ナルカナ………
幸せを願う事が罪だとは言わぬ……だが、おまえが主を得ると言う事は……
オマエ以外の誰も幸せにならぬ!」

「……くっ……」

ナルカナは何も言い返せずに唇を噛むだけであった。
昨夜。世刻望により、二人で幸せになれる未来を追いかけようと約束したが、
それがどれ程に、低い確率の可能性であるかをナルカナは理解している。

だが、エト・カ・リファが今言っている事は、ナルカナ自身が長年そうだと思い込んでいた事なのだ。
確かに昨日は、望のおかげで明るい未来を信じられた。
しかし、今まで思い込んでいた事が完全に拭い去れた訳ではないのだ。

「……私、は……」

傷だらけだったナルカナの心。
幾百星霜の時を生きてきて、世刻望と出会う事により……
やっと張られた薄い瘡蓋が剥がれようとしている。


しかし―――


「……決め付ける……な」


再び心を閉ざそうとする少女を見て、少年は立ち上がった。

「……望!?」

少年は、剣を地面に突き立てて創造神を睨みつける。

「決め付けるなよ……ふざけるな……
ナルカナ、が―――生きているだけで不幸を……呼ぶ、存在だって?
ナルカナの幸せ、は……自分以外、誰も幸せにしない……だって?」

一言。一言。噛み締めるように世刻望は口にする。
突き刺した『黎明』を引き抜いた。そして、ナルカナに刃を向けるエト・カ・リファに、
更に自分がツルギを突きつけてやる。

「ハハッ―――いま、おまえ……自分が、絶対ではないって……
自分で証明したよな? カミサマだって間違いはあると―――自分で、言ったんだ」

「……我が……間違いを言っただと?」

無表情であったエト・カ・リファの眉がピクリと動く。
望は、鈍痛と激痛に堪えながら、無理矢理に笑い顔を作った。
笑え。笑ってやれ。今、笑ってやらないでいつ笑うのだと、口元をニッと歪ませる。

「だって、そうだろ? おまえ……今、ナルカナの幸せは、
彼女だけの……幸せだって言ったじゃないか……」

「それの何処が間違っている、現にナルは―――」

エト・カ・リファがそう言った時。
望は出せる限りのありったけの大声を張り上げた。

「俺が幸せだ! ナルカナが幸せになれば、俺も幸せだ!
本人以外にもナルカナの幸せで、幸福になれる人間が一人いるだろうが!
ふざけた事を言ってるんじゃねぇよ! 何でもかんでも決め付けるな!」


「―――ッ!」


しっかりと―――


痛いだろうに、苦しいだろうに、しっかりとした口調でそう叫ぶ望。
涙が出そうになった。今すぐ彼の胸に飛び込んで泣きたいとナルカナは思った。
望は立っている。滅びの神名を刻まれて、崩壊寸前の体を気力で支えながら立ち続けている。


「……望……望……っ……」


ナルカナの頬を涙が伝う。
世刻望は立っている。目の焦点は合っていない。もはや、何も見えていないだろう。

―――でも、立っている。

まるで、ここで倒れたら自分の言ったことが間違いだと認めてしまうと言う様に。


「…………」


エト・カ・リファは無言でその姿を見つめた。
創造神である自分から、滅びの神名を直接刻まれたにも関わらず、
これだけの気合を発した存在を、微かな感心の篭った目で見つめている。

「……時として、ヒトは神の思惑を超えた事をやってのける……か。
まぁ、いい……その気概に免じて、今の貴様の無礼には目をつぶってやる……」

フッと溜息をついてエト・カ・リファは身を翻す。
全ては、もう終わった事だと言わんばかりに。

「ナルカナ……おまえはそこで、新たなる世界の誕生を見ているがいい……
安心しろ。先にも言ったが、新世界にもおまえの居場所は作ってやる。
そこで、与えられた自由だけを受け入れて静かに暮らせ……最も―――」

首だけ後ろに向けるエト・カ・リファ。
俯いて世刻望の前に立っているナルカナを一瞥する。


「その幸福を理解できぬと言うのなら、この先に来るがよい。
その時は、我が直接に引導を渡してやる……」


最後にそう呟いて光の中に消えていくエト・カ・リファ。
後には、立ち尽くす世刻望と俯いたままのナルカナ。
そして、神の前に敗れ去り……
倒れ伏す『天の箱舟』と『旅団』のメンバーが残るのであった。


「…………」


エト・カ・リファが去ってよりしばらく経った後。
ナルカナは俯いていた顔をゆっくりとあげた。

「ナルカナ……だめじゃ。行くな、一人では……」

彼女の顔を見て、何を考えているのか察したナーヤが倒れながら止めるが、
ナルカナは笑みを向けて顔を横に振る。

「ごめんね。みんな……今、ここで……
みんなが倒れているのは、きっと私のせい。
私が、もっとしっかりしてたら、こんな事には………
そもそも、初期化なんてされなかったと思うの……」

そう言って、倒れ伏している仲間達に一人ずつ手を置いていく。

「だから、後は全部……私がやる。安心して。初期化なんてさせないわ。
私が、この時間樹―――ううん。大好きな貴方達を護るから……
……だから、みんなはここで眠っていて……ね?」

ナルカナが手を当てた者達は、苦しみが止まったかのように安らかな顔になって眠りにつく。
まるで、時を止めてしまったかのような深い眠りに……

「みんなは、それを出迎えてほしい……
エト・カ・リファのヤツを倒して、時間樹の初期化を止めて……
帰って来た私に、ただ一言……おかえり―――って、
それだけを言ってくれれば、それだけで私は報われるから」

優しい声でそう言いながら、宝物を慈しむ様に一人一人に手を当てていく。
そして最後に、今だ立ち尽くす望の前に立った。
その目は最早、焦点が会っておらず何も写していない。

「望……」

ナルカナは、正面からその体を抱きしめた。
その温もりを忘れぬように、この温もりがあれば、自分は誰にも負けぬから。
そんな事を思いながら望を抱きしめる。

そして、最後に望の開いたままの目を掌を当てて閉じさせるとキスをした。
ナルカナは、力が抜けたようになる望を抱きとめて、そっと横たわらせる。


「……私……やっぱり、望とは一緒にいられない……
……でも、私……貴方の為に戦うね……
貴方が護ろうとした世界を、救うから……」


世刻望は眠っている。
ナルカナは、その安らかな顔にデコピンをぺちっと食らわせる。


「このナルカナ様を泣かせるなんて、ホント……罪深いヤツ。
本来なら八つ裂きの刑に値する事よ?」


そう呟いて、小さく笑うナルカナ。その笑みの後にはいつもの彼女の笑顔。
太陽を思わせるような明るい笑みを、眠っている望に向けると、
もう一度だけ唇を触れさせるだけのキスをした。


「………でも、許してあげる。こんなの望だけ何だからね?
さっきの言葉……嬉しかった。それだけで、他は何も要らないと思えるぐらいに……」


唇を離し、ナルカナは立ち上がる。






「大好きだよ……望……」






最後にそう告げると、彼女は身を翻して原初の奥へと走っていくのだった。











[2521] THE FOOL 59話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:f980d33e
Date: 2008/05/23 20:53








「……さん……に……さん」




誰かに呼ばれて居るような気がした。

「おにーさん! おにーさん!」
「交代しますわ。ユーフォリア」

揺すられている。誰だと思った時には、頭に強い衝撃が走っており、
斉藤浩二は頭を抱えて転げ回った。


―――ガスッ!


「ぬおおおおおおおお!!!」
「あ、起きました」
「だから言ったではありませんの。そんな風に揺するだけじゃ起きないって」

胸を張って踏ん反りかえっているのは、遊牧民のような服を着たポニーテールの少女。
その隣では、青い髪の少女がはわわわとか言いながら目を丸くしている。
反永遠神剣『反逆』と、ユーフォリアであった。

「―――ってーな! コノヤロウ! 何するんだ!」

頭を押さえながら浩二は立ち上がる。
しかし『反逆』は怒鳴られようとも、そんなのは何処吹く風と言わんばかりだ。

「マスターがいつまでも寝ているので、蹴ってあげたのですわ」
「寝ている人間の頭を蹴るとか、オマエは鬼か!」

「はいはい。文句は後で聞きますから、
まずはお立ちになってくださいな。話はそれからですわ」

仕方ないので浩二は立ち上がる。そこで、やっと異変に気づいた。

「……あれ? ここは? それに皆は?」
「全滅しましたわ」
「んなっ!?」

浩二は目が飛び出るぐらいに驚く。
よほどのショックだったらしく、何も言えずに口をパクパクさせていた。

「―――嘘ですわ」
「ぶうううううっ殺すぞ! コノヤロオオオオオ!!!」

浩二は『反逆』の頭をがしっと鷲づかみする。
そして、アイアンクローをくらわせた。少女の頭がミシミシと軋む。

「いたたたたたた! ギブ! ギブアップですわ! マスター!」
「……なぁ、反逆……」
「な、なんですの!?」

「俺はな……最も嫌いな事が三つあるんだ……
おまえも、俺の相棒なら覚えておけ……な?」

笑みを見せる浩二。しかし、目は少しも笑っていない。

「舐められる事、利用される事、おちょくられる事の三つ……
ああ、後は大切なモノを貶される事……これを加えて4つ。
これさえ気をつけていれば、基本的に怒らないから……冗談はソレ以外で言おうな?」

「わわわ、わかりましたわ。き、肝に銘じておきますわ!」

ユーフォリアは、以前に自分がくらったコメカミグリグリの刑よりも重い、
アイアンクローの刑を受けている『反逆』を見て、あわわわと言っている。
浩二は『反逆』から手を離すと、凄く優しく、そして怖い目で彼女を見た。

「……ユーフォリア。説明……してくれるよな?」
「は、はいっ!」

直立不動になるユーフォリア。なぜかビシッと敬礼までしている。
それから彼女は、浩二が飛来する二つのエネルギーを消し去り、
その反動で地面に叩きつけられて気絶した後の事を話した。

創造神エト・カ・リファが現れ、全員に『滅び』の神名を刻んだ事。
そして、ナルカナが『叢雲』の力で、全員の『滅び』の神名の侵食を止めた事。
その後に一人で原初に向かったであろう事。ユーフォリアは身振り手振りを加えて浩二に話す。

「なるほどな……『叢雲』の力では『滅び』を消す事はできないが、
その代わりに時を止める事で体を阻む侵食を止めたわけか……」

「はい……」

ユーフォリアが頷くと、浩二は立ち上がる。

「それで、その時を止められた皆は何処にいるんだ?」
「え?」

「だから、ナルカナの力では『滅び』を消せなくても……
俺の力―――全ての理不尽なる力を自然な形へと戻す、
反永遠神剣の力ならば、皆にかけられた『滅び』を消してやれるだろう?」

「―――あっ!」
「それとも、望が暁にやった見たいに『浄戒』で消してしまったか?」

治せることを前提で話ている浩二に、ユーフォリアはしまったと言う顔のまま固まっている。

「……あ、あの……おにーさん……」
「どうした?」

すみませんと、前置きして喋り始めるユーフォリア。

「その……望さんと、沙月さんを除いて……他の皆さんには、
一足先に写しの世界へと戻ってもらっちゃいました……」

「なんだとおおおおおおおお!!!」

皆を帰したと言うのにもビックリだが、帰れる手段があった事にビックリである。

「どうやって?」
「……せ、説明しますね」

ユーフォリアが言うには、ナルカナが去った後に一番最初に目覚めたのは自分で、
どうしようとオロオロしていたら、倉橋時深から連絡があったらしい。
例の、次元を超えて会話できる永遠神剣を使って。

そこでユーフォリアが今の状況を説明すると、命に別状はないとはいえ、
戦闘不能になった皆を原初に置いておくことは危険なので、
時深の判断で、皆を一足先に写しの世界に戻したそうだ。

それを可能としたのは時深の持つ永遠神剣『時果』の力。
彼女が作り出した細い回廊を使い、ユーフォリアが皆を運んだのである。

「……おまえ、時深さんに何て言ったんだ?」
「えーと。自壊の神名を刻まれたみんなが、ナルカナさんに眠らされていますって」
「………俺。刻まれてないけど?」

絶対を否定する反永遠神剣を持つ斉藤浩二には、神名という強制力は通用しない。
エターナルであるユーフォリアにさえオリハルコンネームを刻む事のできる、
創造神の戒名も、彼にだけは通用しないのである。

「俺が寝てたのは、あくまで物理的な衝撃による気絶だぞ?」
「そそ、それは勿論知ってます。だから、おにーさんだけは起こしたんです」

「なぁ、ユーフォリア……おまえのさっき言った説明だと……
時深さんは俺も『滅び』を刻まれて昏睡してるように聞こえるよな?」

「そ、そうですね……」

「……で? 俺は、ただ気絶しているだけだと知っていたユーフォリアは……
そんな誤解されるような説明をしたんだ? どうして一番最初に俺を起こさなかったんだ?」 

「ううっ……それは……」

厳しい口調ではないが、詰問するような浩二にユーフォリアが俯いて黙り込んだ。
そんな二人の様子を見ていた『反逆』は、ふっと溜息をついて浩二の前に出る。

「マスター」
「何だ? 反」

―――ピシャン。

「おぶっ」

何だと呼びかけた時には、浩二は『反逆』にビンタをされていた。

「……な」

「……自分では気づいていらっしゃらないようなので、
わたくしが言って差し上げますが……今のマスター……最低ですわよ」

「何だと!」

「ユーフィーの思い遣りに気づきもしないで……
彼女はマスターに気を遣ったのですわ。
傷つき、倒れているマスターの手を煩わせたくないと……
これぐらい自分一人でもできるのだから、やらなくちゃって……」

「―――っ!」

浩二は息を呑む。そして、俯いているユーフォリアを見た。

「マスターが仰られた事ぐらい、わたくしも気づいていましたわ。
わたくしが目を覚ましたのは、ユーフィーが他の皆様を運んでいる最中でしたけど……
あえて止める事はしませんでしたわ。言ったのは、世刻望と斑鳩沙月は最後にしろと言ったぐらいで」

「……何故だ? おまえ、気づいていたなら―――」

「確かにわたくしの力で『滅び』を消す事はできますわ。
でも、消せるのは『滅び』という神名だけ……
それによって削られた体力とマナは、一朝一夕に回復するものではございませんもの」

すなわち彼等から『滅び』を消しても、戦闘不能状態である事に変わりはない。
それなら浩二が、今ここで力を使って全員の『滅び』を消すよりも……
力を温存してエト・カ・リファにぶつけた方が良い。
エト・カ・リファさえ倒せば、創造神によって刻まれた神名を消す事ができるのだから。

「世刻望と、斑鳩沙月を残したのは彼らだけ『滅び』により、
力を奪われる事が殆ど無かったからですわ。わたくしの判断は間違っていまして?」

「……いや」

浩二は悲しそうに俯いているユーフォリアを見た。
彼女は、自分が遠慮無しにぶつけた心無い言葉に傷ついている。

確かに、彼女の行動はベストでは無かったかもしれない……

だが、いつもの浩二であるならば、彼女の想いを酌んでやる事もできた筈だった。
役に立ちたいと、少しでもみんなの力になりたいと言う、彼女の穢れない想いからした選択を……
頭から間違いであると決め付ける事は無かった筈である。

「……………」

浩二は天を仰ぎながら、自分はダメなヤツだなと思った。
『最弱』や『反逆』というパートナーがいてこそ、辛うじて道を踏み外さないで居られている。


「……ごめんな……ユーフォリア……酷い事を言ってしまって……」


アレは他人が言うのならまだしも、
自分だけは口が裂けても言ってはいけない台詞であったのだ。

「ち、違います……おにーさんは……ひっく、悪く……ないです……
だって、っ……ぐすっ……私が……」

確かに自分が言った事は正論だろう。だが、世の中正論が全てでではない。
この『天の箱舟』というコミュニティーの中で暮らす間に、そう思った筈であったのに……
ピンチになると、今回のように余裕を無くして理詰めで考えようとしてしまう。

「……悪い。悪くないで言うのなら……
ベストな判断をとれなかったオマエは確かに悪いんだろうな……でも、それは俺もだよ……」

「違います! おにーさんは―――」

「ユーフォリアはただ、選択を間違えただけだが―――
俺はおまえの想いを踏み躙ったんだ……」

「違います! わ、私が……え?」

浩二は泣いているユーフォリアの頭に手を置いて撫でる。

「もういい。自分を傷つける事は無い……」

泣いている彼女を見て、抱きしめてやりたいと思った。
しかし、彼女を抱きしめるのは自分の役目じゃない。また自分であってはいけない。


―――何故なら、自分は酷く汚れている。


考え方が何処までも冷たい、冷酷で冷徹な自分が心の中に居る。
そんな自分では、純粋な心の持ち主とでは釣り合わない。

……だからだろう。

自分がいつまでも特別なヒトを作らなかったのは。
『天の箱舟』のメンバーも『旅団』のメンバーも心は穢れていないのに……
自分だけが汚かったから、無意識の内に避けていたのだ。

利己的で自分勝手でしか無かった自分の心を、仲間達は随分と洗ってくれた。
信じる事の強さを知った。信頼される事の嬉しさを知った。
みんなのおかげで、黒が灰色になる程度には変われたと思う。
白にも黒にもなれない中途半端な色だけど、それでも灰色である今の自分は嫌いではないから。



『始めは強制されて連れてこられた場所だとしても……
ここでの生活、出会い、過ごした日々は、意義のあるものだったと思っている。
だから、この時間樹を護る為に戦う想いに、一片の曇りはないつもりだ』



思い出すのは、先日の夕刻に屋上で聞いたサレスの言葉。
あの時そう言ったサレスも、今の自分と同じ気持ちであったのだろうか?
全員が白い心の『天の箱舟』と『旅団』の中で……彼だけに感じていたシンパシー。
それはきっと、サレスだけが自分と同じで灰色だったから。
だから、彼とは近いものを感じたのだろう。

「もう泣くな。おまえは判断を間違えたが、俺はヒトとして間違えた。
それを反省して、後悔はしないでいよう。二人で間違いを謝って終わりにしよう。
その後に二人で立ち直ろう。できるな……ユーフォリア?」

「……はい」

彼女は強い。そして、これからもっと美しくもなるだろう。
ユーフォリアという名の花は、外見の美しさだけでなく……
しっかりと芯の通った心の強さを持つ、極上の大輪になる事であろう。

「ごめん。ユーフォリア」
「ごめんなさい。おにーさん」

二人で頭を下げあって、顔をあげると笑いあう。
出合った時から変わらない向日葵のような笑顔。
浩二はこの花を抱きとめるだろう男に、大事にしろよコノヤロウと心の中で呟くのだった。





「やれやれ……世話の焼けるマスターですこと……」





二人のそんな様子を、反永遠神剣の化身である少女は笑ってみていた。






***************************






「……ナルカナっ!」

世刻望が目覚めると同時に叫んだ言葉がそれであった。
彼を起こそうとしたレーメが引っくり返っている。

「……何やってんだ、アイツは……」

上半身だけを起こして辺りをキョロキョロと見回している望と、
彼の足元にポテッと倒れているレーメを見て、浩二が呟く。

「望くん……その起き方は酷いんじゃない?
レーメがびっくりして、引っくり返ってるわよ?」

「目が醒めたようで何よりです。望さん」

沙月は呆れたように、ユーフォリアは嬉しそうに、目覚めた望の所に歩いていく。


「……あれ? 浩二と沙月先輩と……ユーフィー? 他の皆は?」


辺りを見回していた望は、浩二達に気づいて問いかける。
浩二は座ったままの望の所に歩いて行くと、自分も胡坐をかいて座った。

「説明してやるよ。あれから何があったのかを……な」
「……あ、ああ」

望より先に目覚めた沙月には、もうしてやった説明を浩二は繰り返す。
ナルカナが去った後の事―――
すなわち、ユーフォリアが戦闘不能になった皆を、時深の協力を得て写しの世界に還した事を。

そして何故かは解らぬが、望と沙月だけは『滅び』によって崩壊する速度が遅く……
戦闘不能になるまで体力とマナを奪われていなかったので、
浩二が『反逆』の力を使って刻まれた『滅び』の神名を消してやった事を説明してやる。


「……そういう事、か……」


「ユーフォリアは外部存在のエターナルであり、
エト・カ・リファの強制力が薄いので、戦闘不能にならなかったと言うのは理解できるんだが……
おまえと沙月先輩は、何で戦闘不能にならなかったんだろう……」

「いや、そんな事を言われても……」

「ああ、そう言えば望も外部存在だったな……
―――ん? でも、それだけじゃ沙月先輩の説明がつかないよな?」


浩二はその理由を追求しようとするが、思い当たる理由が無い。
沙月が入っていなければ『外部存在だから効き難い』で説明がつくのだが……


「俺には神名を刻めないから、無事なのは当然として……
ユーフォリアと望は、外部存在だから効き難いという理由で説明はつくんですけど……
沙月先輩は何の理由があって無事なんでしょう?」

「あ、そう言えば―――」

浩二が沙月に問いかけると、ユーフォリアも何故ですか? と言う顔で沙月を見る。

「え? な、何でって言われても……」

思い当たりの無い沙月は返答に困る。
その顔を見て、やっぱり思い当たりは無いんだなと浩二は思った。


「まぁ、いいか……無事なもんは無事で」


同じ特別でも、沙月だけ特別に酷いのと比べたら100倍マシなのだから。

「……まぁ、と言う訳だ望。天の箱舟&旅団連合も、今はこのとおり4人だけだが……
……これからどうするね? 後はナルカナに任せて俺達も帰るか?
もしくはここで、ナルカナが帰って来るまで待ってるか?」

答えは解っているが、わざわざ尋ねる浩二。

「ナルカナを追いかけるに決まってるだろ!
アイツ……自分さえしっかりしてたら、時間樹が初期化される事は無かったかもなんて言いやがって……」

「そうね。私も行くわ。ナルカナにばっかポイントを稼がせておくのも気に入らないし」

望が答えると沙月も頷く。浩二はニヤリと笑って立ち上がった。

「よし、それじゃあ行くか……ここにはお前がいて、俺が居て……沙月先輩とユーフォリアもいる。
たとえ傷だらけの襤褸だとしても、まだまだ『天の箱舟』は沈んじゃいないのだから」

「行きましょう! ここには居ない、みんなの想いを風にして……」
「まだまだ、海原に漕ぎ出せるものね」

浩二の言葉をユーフォリアと沙月が繋ぐ。
後は、キャプテンである望の言葉を待つだけであった。


「よし、行くぞ! 天の箱舟―――出発進行!」


「「「 おう! 」」」


高らかに宣言する望の言葉に、神剣のマスター達は走り出す。
目指すは原初の最深部であった。






***************************





「……この気配……このマナ……
ああ、なるほど……さっきのは、てめーらの仕業か……」


最深部へと続く転移装置の前。
そこには二つの巨体が並んで待ち構えていた。

『この気配……エターナルですわ……』

「なるほど。どーりで強化ミニオンを入り口付近に集中させている訳だ。
前衛は強化ミニオン軍団。中間地点は砲撃。最終地点はエターナル。これが原初の護りか……」

それを前にして浩二は、先ほどあの核爆弾のような攻撃をぶっ放してくれた存在の正体を知る。
立ち塞がる二つの巨体。まず一つは、鳥のような足と、白と黒の四つの翼。
獅子の様なたてがみに、人間のような腕を持つ魔獣――原初存在・激烈なる力。

そして、もう一つは姿形は基本的に人間なのだが、大きく違うところが二つある。
それは右腕が氷の柱のようなモノで出来ている事と、首から上が無い事である。
無くした首は、右腕で無造作に掴んでいる狂戦士―――原初存在・絶対なる戒。

この魔獣と狂戦士こそが、創造神エト・カ・リファの眷属にして原初を護る盾であった。

「なぁ、望……」
「何だ? 浩二」

ちなみにナルカナはこの魔獣と狂戦士に襲われていない。
何故ならエト・カ・リファは、彼女が追いかけてきたら、自らが引導を渡すと宣言していたから。


「古今東西の過去から現在……そして、未来にも伝わるであろう、
お約束の台詞を今から言うから、しっかりと聞いてくれ」


しかし、通すのを許可されているのはナルカナだけで、
浩二や望達はエト・カ・リファのいる最深部に行く事を許可されてはいない。
かと言って、ここで時間を食うわけにはいかないのだ。
それでなくとも、先に行ったナルカナとは随分と離されているのだから。

もしかすると、もうエト・カ・リファと交戦しているのかもしれない。
ならば、こちらが取る手は一つだけ―――


「俺に任せて先に行け」


そう言いながら浩二が、反永遠神剣『反逆』を薙ぎ払った。

「浩二……」
「安心しろ。俺は負けねーよ……俺を誰だと思ってるんだ?」
「……誰でも無いわよね?」

言えば必ずツッコミをいれられる台詞を言って、薙刀を構える浩二。
彼の周りから風が吹き始めていた。

「沙月先輩。ユーフォリア……望を頼む……」
「斉藤くん。いくらなんでも一人じゃ―――」
「俺が一人? やだなぁ、沙月先輩……2対2ですよ」 

浩二が笑いながらそう言うと、彼の隣にシュウンという音と共に赤い巨体が現れる。

「なぁ? ガリオパルサ」
「グルルルル……」

神獣ガリオパルサ。暴君の名を頂くレッドドラゴン。
反永遠神剣『反逆』の神獣にして、斉藤浩二にとっては忘れられない男から受け継いだパートナー。


「それに、俺は『最弱』の想いも背負っている。あれぐらい何ともねーよ」


声はもう聞こえずとも『最弱』はきっと自分を見守ってくれている。
彼は一人であるとは思っていない。自分と『反逆』とガリオパルサと『最弱』の4人なのだ。
故に、数の上では敵を上回っている。斉藤浩二は本気でそう思っているのを、望達は感じていた。

「……解った。ここは任せる……」
「望くん!?」
「望さん!?」

この無謀なる戦いを望が認めるとは思ってなかった沙月とユーフォリアが、
驚いたような目で望と浩二を交互に見る。

「望くん。いいの? 斉藤くんは確かに強くなったけど……
たった一人であの化け物二人を相手にするのは―――」

沙月は、あの魔獣と狂戦士には全員で挑んでも勝てるかどうかは解らないと思っている。
故に浩二だけを置き去りにするのは、彼を死なせるのと同じだと言おうとした。
しかし、その瞬間に浩二が身体中から放った爆発的なマナの大きさに目を見開く。

「これでも俺……負けると思います?」

赦しのイャガと戦った時も、あの核爆弾のような攻撃を消し去った時も凄いと思ったが、
今の浩二の放つマナと闘気の強さを見たら、天と地ほどに違うと思った。
赤く輝くマナは、目の前に立つ二人の化け物に匹敵している。
すなわち、今の彼はエターナルと互角に戦えると言う事に他ならない。

反永遠神剣『反逆』は、かつて自らを屠った上位神剣に対抗する為に生まれたツルギである。
『最弱』が理不尽にツッコミをいれるハリセンなら『反逆』は理不尽を粉砕する薙刀。


絶対なる者に反逆を―――


たとえ一度は敗北して地に塗れ様とも……
死の底から再び立ち上がり、猛然と反旗を翻すのだ。


「さて、ご理解が頂けた所で……今から道を切り開く。
みんなには、振り返る事無く駆け抜けてもらいたい。
……大丈夫。こいつ等が後から追いかけてくる事は無いから……」

「……それだけじゃないだろ? 浩二」

「ああ……もちろんだ。こいつ等を始末してから俺も行く。
エト・カ・リファのヤツをボコにする楽しみ、俺にもとっておけよ?」

「善処はするから、すぐに追いかけて来いよ」

そう言って『黎明』を向けてきくる望。

「―――おう」

浩二は苦笑しながら望の剣に薙刀の柄をぶつける。ガキンと音が鳴った。


「さーて、ガリオパルサ! 反逆の狼煙を上げるぞ!
首なしねーちゃんと、キメラ野郎に灼熱のブレスを食らわせてやれ!」


浩二の言葉に答えるようにガリオパルサが飛び上がる。
そして、上空から二人のエターナルに向けてブレスを吐いた。

「はあああああああっ!!!」

浩二はそれに合わせるように飛んでいる。
そして、ブレスをかわした魔獣と狂戦士に、重力波を叩きつけた。

「今だ! 駆け抜けろっ!!」

その雄叫びを背に、望と沙月が疾風のように駆けて行く。
そこで違和感に気づく浩二。見ると、ユーフォリアが立ち止まったままであった。

「ユーフォリア………」
「お叱りなら後で受けます。でも、私も戦います!」

ハッキリと決意した瞳で言うユーフォリアに、浩二は小さく溜息をつく。
浩二とユーフォリアは今、その間に二人のエターナルを囲んだ格好である。

「一応言っておくが……今まで戦ったどの敵よりも強いぞ?」
「解ってます!」

強い意志の篭った瞳であった。
そんな瞳を向けられた浩二は思わず苦笑を浮かべて薙刀を構える。

「ったく……仕方のないヤツだ」

浩二の言ったその言葉に、ユーフォリアは笑顔を見せた。
いざとなったら、やるだけやって転移装置を壊してやればいいと考えていたのを改める。
彼女は自分がそんな風に考えていたのを察して残ったのだろうか?


「必ず勝つぞ!!」
「はい!」


原初の守護神。激烈なる力と絶対なる戒。
それを迎え撃つのは絶対を否定するツルギを持った、運命に抗う少年と……
絶対なる宿命を背負ったツルギを持つ、運命の少女の挑戦が始まった。










[2521] THE FOOL 60話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:f980d33e
Date: 2008/05/25 09:33





「ぬがっ!」


大木のような腕から振り下ろされる打撃を、浩二は横に転がって回避する。
陥没する地面。弾け飛ぶ岩の欠片。その攻撃は全てが一撃必殺。


―――故にその名を、激烈なる力。


「ちいっ!」


浩二は体制を立て直しながら舌打ちした。
相手が悪い。見たところ自分が相手をしている魔獣が攻撃力に特化した存在で、
ユーフォリアが戦っている方が特殊能力に特化した存在。

神剣の特性上、自分とユーフォリアがこの相手と戦うならば、相手は逆の方が良い。
何故なら浩二の反永遠神剣は、永遠神剣のいかなる能力も霧散する力を持っているのだから。

ユーフォリアは、絶対なる戒にスピードこそ負けていないが、有効な攻撃をできないでいる。
自分は、純粋な膂力だけで殴りつけてくる激烈なる力の攻撃を相殺できずにいる。
敵がこの組み合わせになるように挑んできたのは、深い考えがあってか本能か。
浩二は、何とかして相手を変えられないかと、隙を窺っていた。


「オオオオオーーーーーンンンン!!!」


凄まじい風圧と共に、巨岩のような拳が迫っていた。
重力を制御して上に飛び上がる浩二。
しかし、空中に逃れるもブオンという風圧と共に吹き飛ばされた。

「うわっち!」

再び重力を制御して空中でビタッと止まる。
薙刀を横に振り払い、真空の刃を飛ばすも魔獣の皮一枚を切り裂いただけに終わる。
見ればユーフォリアも追い込まれていた。

彼女は全力全開で戦っているのだろうが、絶対なる戒の方が明らかに格上である。
何故だと思う。彼女はエターナルという超戦士にしては弱い。
神剣の位から考えても互角でなければおかしいのに、
普通の永遠神剣マスターぐらいの力しか出せていない。

素質はあるのだと思う。秘められた力は尋常ではないと思う。
初めて彼女に会った時―――眠っている彼女を見て恐怖した感覚は今も覚えている。
絶対に勝てないと思った。だが、仲間になってから見たユーフォリアの戦闘能力は、
正直に言えば期待はずれであった。

これには『最弱』も不思議そうにしていた。
弱すぎると。エターナルというのはこんなモノではないと。
あの時は軽く聞き流したが、赦しのイャガと戦った時から、自分も時々考えるようになった。

―――本当に弱いのだ。

普通の神剣遣いであるなら十分なレベルだが、エターナルとして見ると弱すぎる。
彼女が手を抜いているとは思えない。
底に秘めているのだろう、不気味な威圧感は今も変わらない。

この矛盾は何なのか?

例えるなら、気配だけは達人なのに、実力は素人。
原因は記憶喪失からきているのだろうか?
しかし、彼女が練達の戦士では無い事は『最弱』が見抜いている。故に記憶は関係ない。


「ぜあっ!」


浩二は、翼を羽ばたかせて突撃してきていた激烈なる力に、重力波を放つ。
しかし、激烈なる力の突撃は止まらない。上から叩きつけるように拳が迫っていた。

「―――ぬがっ!」

咄嗟に『反逆』をかざして受け止めるが、純粋な力で押し切られる。
浩二はキリモミ回転しながら落下していく。
そして、激烈なる力の攻撃もまだ終わっていない。

「ガリオパルサ!」

浩二は落下しながら神獣を召喚した。
追ってくる激烈なる力の横に現れたガリオパルサが、体当たりを食らわせている。
その間に浩二は空中で体制を建て直し、ズダンッと音をたてて着地する。
地上からキッと睨みつけると、ガリオパルサが殴り飛ばされていた。

「コノヤロウ!」

跳躍する浩二。反永遠神剣『反逆』にマナを籠めて激烈なる力を斬りつける。
巨木のような右腕を叩き落した。
浩二は畳み掛けるように次の一撃を激烈なる力の肩に叩き込むが、魔獣は揺らがない。

真紅に光る獰猛な目が自分を睨みつけていた。
そして、次の瞬間に浩二は目を大きく見開く事になる。
なんと激烈なる力は、両断された自分の右腕を、左腕でキャッチすると、
その腕を武器にして殴りつけてきたのである。


「がはっ―――」


横薙ぎに払われたソレを食らって浩二は吹き飛ばされる。
重力制御も間に合わずに壁に叩き付けれた。
衝撃から頭が真っ白になりかける。しかし、なんとか踏みとどまった。

「メチャクチャだな、コイツ……」

脳震盪でクラクラする頭を、首を横に振って浩二が体制を建て直している間に、
激烈なる力は、両断された右腕を、再び切り口に当てて再生している。
苦労して切り落とした腕は、一瞬にして再生されていた。

『マスター。大丈夫ですの?』
「大丈夫に見えるか?」
『見えませんわね』

ガリオパルサが食らったダメージは、神剣のダメージとなる。
それでも、自分を心配してくる『反逆』に浩二は苦笑を浮かべた。

「俺達の能力は、複雑な力を持つ相手には滅法強いが……
あーいう、純粋な暴力で来るヤツには相変わらず相性が悪ぃな」

攻撃の速さは自分の方が早い。
重力制御による、高速に近い斬撃はイャガには通用したが、
あの魔獣にはカウンターを食らわせても押し切られる。

「なぁ、オイ……ベルバルザード……
おまえから対人戦の技はパクッた―――もとい、学んだけど……
あんな、ケダモノと戦う技は教えてもらってねーぞ」

単純な力と反射神経だけで、技も戦術も破られる。
そのくせ、罠を張れば野生のカンとか嗅覚で見破られる。


「きゃああああああああ!!!」


そんな事を考えていると、視界の端でユーフォリアが空中で撃墜されている姿が見えた。

「ユーフォリア!?」

浩二は彼女の所へと飛ぼうとする。
しかし、それを察知した激烈なる力が回り込んできた。

「邪魔を―――」

浩二は飛ぶ軌道を変えて急降下する。
そして、燃えるような瞳で睨みつけると、下から激烈なる力に向かって重力波を放つ。


「するなあああああああああっ!!!!」


咆哮と共に、凄まじいマナが身体から噴き出し、浩二は激烈なる力を上に吹き飛ばした。
そして、力なく落下していくユーフォリアを空中で受け止め、全力で距離を開ける。

「ぜっ、はっ、ぜぇ………」

ユーフォリアと合流する事が出来た。
しかし、今の重力波でかなりの力を使ってしまった。見ると彼女は気を失っている。
服は所々が破れており、致命傷は負ってないものの、傷だらけであった。

「……ユーフォリア」

きっと彼女は、もう戦えない。
ユーフォリアが一体を引き受けてくれる間に、自分はもう一体を倒せなかった……
彼女がアレを相手に勝てない事は解っていた筈なのに。

「おまえ、ここで休んでろ……な」

浩二は気絶している彼女を地面に置いて横たわらせると、一歩前に踏み出して薙刀を構える。

「エターナル二体を相手に、無事に切り抜けようとしたのが間違いだった……
後にはイャガも控えているのだと、力を温存しようとした俺が間違いだった。
もう、いい―――ヤツを倒せずとも、いい……」

自分が個人的な目的に拘りさえしなければ、彼女がやられる事も無かったのだ。


「……敵討ちできなくても………許して、くれよな……『最弱』……」


浩二の周りを風が渦巻いている。
身体は赤い輝きを放ち、神剣からは凄まじい波動が唸りをあげている。

―――全力全開。

それこそが斉藤浩二のスタンダード。
目の前の敵を屠る事だけを考え、余計な考えを取り除き……
勝つ事だけを―――ただ、目の前の敵を打倒する事のみを思考する。

頭がクリアになっていく。目に爛々と輝く強い光。
そこに在るのは絶対強者を前にして、全力抵抗で抗う挑戦者の姿。
後の事など考えていない。この刹那の時にこそ自分の全てがあると言わんばかりであった。


「―――ハハハ」


嗤う。テメェ、何を勘違いしていやがったのだと。
強くなった? だから、今の自分はエターナルとも互角に戦える?
だから、ペース配分して全てをやってのける?


―――何を寝惚けた事を考えていやがるんだ。


「未来なんてモノはなぁ……今を全力で生きる者に与えられるんだ……
強い神剣を手にして、そんな事も忘れたのか……斉藤浩二……」


思い出せ―――


どうして、自分が圧倒的に自分より強かったエデガに勝てたのか。
どうして、赦しのイャガを撃退する事が出来たのか。


「弱かった俺と『最弱』が、ただ一つだけあいつ等に勝っていたのは、戦いに対する想い。
俺は全部をかけていた! あいつ等が俺との戦いにかける想いが、チップ数枚であったのに対し……
俺は全部を―――命さえもかけて、戦いと言う名のテーブルに座っていた!」


戦った相手の中で、ベルバルザードだけが自分の心に残るのは、
彼だけが、自分との戦いに全部をかけていたからだ。
真っ直ぐに自分を見ていた。自分だけを、見ていた……


「―――行くぞ……『反逆』……俺達は王者でも神でもない……
地べたを這いずり回り、どれだけ倒れ伏しても、血反吐と共に立ち上がる人間だ。

天空に住まう神のように、空なんか飛べなくてもいい。
華麗な装飾を纏い、優雅に馬を駆けさせる王でなくともいい。

泥まみれ、埃まみれでもいい……
無様だと、不恰好だと……笑いたい奴等には笑わせればいい」


『………はい』


「だが―――最後に勝つのは俺達だッ!
どれだけの血を流そうとも、どれだけ泥塗れ、埃塗れであろうとも……
最後に立っているのは俺達だ! 文句あるかバカヤロウ!!!」


雄叫びと共に、浩二の放つマナが嵐のような風を巻き起こす。
獰猛に輝いた瞳。勝てると、負ける筈が無いと、信じきっている。

反永遠神剣『反逆』は心が奮えた。これが自分のマスター。
絶対なる永遠神剣の力を否定するツルギが主と選んだ、運命に抗う少年。
ミニオン以下の最弱から這い上がり、最強のエターナルに挑める場所まで辿り着いた男。

『わたくしの……マスター』

今なら心から信じられる。
彼と共に歩むなら、自分は全ての永遠神剣を敵にしても負けたりしない。
それどころか、全宇宙を敵に回しても勝って見せる。

「行くぞ。反逆―――」

浩二は、もう一度そう呟くと、反永遠神剣『反逆』は、力強く答えた。




『はいですわ!』





********************************





―――勝利を引き寄せるのは想いである。




斉藤浩二の放つ反永遠神剣の波動が、
倒れ伏しているユーフォリアの所に届いていた。

「……ん」

彼の力は理不尽なるモノを消し去り、自然な形へと戻す力。
その力は、彼女にかけられていた枷を外す。

浩二がユーフォリアに感じていたものは、間違いではない。
放つ気配こそ凄まじいのに、実力がそれに伴ってはいないのは……
彼女にとある封印がかけられていたからである。

その封印こそが、昨今まで外部存在から時間樹を護り続けてきた最大の理由。
創造神エト・カ・リファの戒名は、エターナルであろうとも適用する恐るべき力。

神の名は伊達ではない。

この時間樹ではエト・カ・リファこそが絶対なるルール。
故に、エト・カ・リファは外部から時間樹に侵入しようとする力の大きな者に対して、
力を奪い去るという戒律を定めたのだ。

その戒律がユーフォリアから本来の力を封印していたのである。
そして今―――彼女は反永遠神剣の波動をすぐ近くで浴び続ける事により、封印と言う名の枷を外された。

「……私……」

ユーフォリアは立ち上がって、自分の手や足、身体中を見つめる。
今まで滞っていた血液が、身体中に流れ出したかのような感覚であった。
この感覚、この力。身体が羽根のように軽い。全身に力が漲っている。



「今の私なら、きっと―――みんなの力になれる!」



ゴウッと、音をたてて彼女の周りに風が吹いた。青白いマナがユーフォリアの全身を包んでいる。
永遠神剣第三位『悠久』のマスターにして、天然自然のエターナル。
エターナルの父と、エターナルの母を持つ、最強たりえる遺伝子をもつ少女。

「ゆーくん!」

ユーフォリアは自分の神剣『悠久』を手元に呼び出した。
手に取ると『悠久』が歓喜の声をあげているかのように感じられる。
帰ってきたと、生まれた時からずっと傍にいる自分のパートナーが戻ってきたと、喜んでいる。

「行こう!」

永遠神剣『悠久』を放ると、それに飛び乗るユーフォリア。
浩二が戦っている。たった一人で魔獣と狂戦士を相手にして負けていない。
あの場所に行こう。そして、共に戦おう。





「私には、あの高みにまで飛べる翼があるのだから―――」






*****************************






目の前を蒼い閃光が駆け抜けた。
魔獣が大砲の玉でもくらったかの如く弾き飛ばされている。
ユーフォリア。先ほどとはまるで違うマナを纏っている。

『やっと、本気を出したのですわね……』

浩二が何事だと思っていると、手元の『反逆』が事も何気に呟いた。
激烈なる力を跳ね飛ばしたユーフォリアは、そのままターンを決めてこちらに向かってくる。
そして、自分の前で急ブレーキをかけるとニコリと笑った。

「私も戦います。おにーさん」
「……おまえ、本当にユーフォリア?」
「もちろんですっ!」

表情が自信に満ち溢れている。
つい先ほどまでは「はわわわ」とか言っていたのに、何があったというのだろうか?
何となくそう思った浩二は、ユーフォリアの頬っぺたを引っ張った。ムニッと伸びる。

「いひゃひゃひゃ」
「……うん。ユーフォリアだな」

この情けない顔は、自分の知るユーフォリアだ。
それを確認した浩二は手を離してやる。
開放されたユーフォリアは、涙目で浩二を睨んだ。

「……おにーさん。嫌いです」
「別に俺の事が嫌いなのは構わんが、何があったのかは説明しろ」
「つーん、だ」

そっぽを向かれる。どうやら拗ねてしまったようだ。

『兄妹喧嘩は後にしなさいな。来ますわよ!』

呆れたような『反逆』の声に、浩二とユーフォリアが同時に振り返る。
向かってきたのは絶対なる戒。この狂戦士の永遠神剣は自分自身の眼と一体化している。
その視線は、あらゆる理法を統べ、対象を管理してしまえる絶対の戒律。

「うおおおっ!! しゃああああああ!!!」

しかし、反永遠神剣はその絶対を否定するツルギ。
浩二が『反逆』に灯した反エネルギーはその戒めを消してしまう。
ユーフォリアがそれと同時に、カタパルトから射出するかのような勢いで飛んでいた。

「いっけえええええええ!!!」

蒼い弾丸が、絶対なる戒の前に迫る。
狂戦士は巨大な氷剣でその突撃を止めるが、ユーフォリアは止まらなかった。
彼女の後ろに青と白の双子竜が浮かび上がる。
二頭の竜が咆哮をあげた。それと同時にユーフォリアを押す力が増幅される。


―――パリン。


その勢いに氷の剣は砕かれた。
押し切る形になったユーフォリアが狂戦士の体を弾き飛ばす。
吹き飛ばされた巨体が原初の壁に叩きつけられると、ユーフォリアが再び浩二の元に戻ってきた。

「強いじゃねーか。ユーフォリア」
「私がおにーさんを護ってあげますね」
「ハッ―――ぬかせよ」

その言葉を合図に二人で飛ぶ。赤と青のマナの光が宙に軌跡を描く。
浩二が薙刀を絶対なる戒に叩きつけた時には、ユーフォリアが激烈なる力を翻弄している。
エターナルを相手に二人は形成を逆転させて押し返していた。

激烈なる力が口から業火を放てば、浩二が『反逆』を薙ぎ払い打ち消す。
その瞬間にはユーフォリア。蒼い流星となった彼女が突撃して弾き飛ばす。

「畳み掛けるぞ!」
「はいっ!」

二人の攻撃は止まらない。ケダモノのような反射神経で激烈なる力は体制を建て直し、
壁を蹴り砕いて戻ってくる。身体中を痺れさせるような咆哮が貫いてきた。
ビリビリと響いてくる振動。大気が震えている。

「うるっせえええええええええ!!!」

浩二は薙刀を頭上で風車のように回すと、横に構えて迎え撃つように飛び上がる。
凄まじい質量の拳が風を殺しながら振り下ろされてくる。
エターナル。激烈なる力の永遠神剣『激烈』は、激烈なる力と完全に同化したツルギである。

その能力は、唯一つだけ。

圧倒的なパワー。特殊な能力など何も無く、単純にただそれだけ。
それゆえに、そのパワーは星をも粉砕する力を持つ。
その拳を、斉藤浩二は真正面から、薙刀で打ち返した。


「うおおおおおおっ!!!!」


しかし、激烈なる力の拳は星よりも重い。
浩二がどれだけの重力を加えた一撃をぶつけようとも、粉砕しようと押し返してくる。

「―――ッ!」

浩二のコメカミには血管が浮かび上がった。それだけ踏ん張っても押される。
ギシッと、奥歯を砕かんばかりに噛み締めた。

ユーフォリアはマナを溜めている。

激烈なる力を斉藤浩二が絶対に止めてくれる筈だと信じきり、
自分は防御する必要など無いとばかりに目を閉じて、最大の一撃を放つ為に集中している。


「……けるか……負けるかッ! 負けるかよ!!!
俺に……できない事なんて、あるものかああああああああ!!!!」


激烈なる力が、そのまま浩二を地面に叩き潰さんとした時。
地に足をつけた浩二は血走った目を大きく見開きながら叫び返した。
身体を覆う赤い光が倍以上に膨れ上がる。

反永遠神剣のエネルギーは想いの強さである。

負けぬと、勝つと、その想いが力となる。
凄まじい波動が『反逆』からは放たれていた。
魔獣の瞳は、自分の攻撃を押し返さんとしている少年の背中に燈の鎧を纏う武人の姿を見た。

それは、ヒトの想いを背負ったツルギが見せた幻であったのか―――

しかし、武人が『反逆』をもつ浩二の手に、自らの無骨な手を重ねた瞬間、
自分を押し返す力が、明らかに強くなった。


「――――!!!」


その時、仲間の危機を察したのか、絶対なる戒が浩二に向かって突進してきた。
そして、激烈なる力に気を完全にとられている浩二に、右手に掴んでいる生首を翳す。
その顔に埋め込まれた両眼こそが、絶対なる戒の永遠神剣『戒め』
全てを戒める絶対なる遵守の力。


―――バサッ!


しかし、その瞳から放たれる光が浩二に届かんとする瞬間。
バサッと音をたて、大きな白い紙が現れて光を遮った。

「―――!?」

邪魔はさせぬと、手を出させぬと言わんばかりに―――



「だらああああああっ!」



やがて、激烈なる力を完全に押し返した浩二が、魔獣の腕を粉砕する。
それと同時にユーフォリアの眼が開かれる。爆音と共に蒼い弾丸が放たれた。


「つらぬけえええええええええ!!!」


彼女の背を青と白の双子竜が押している。
そして、一筋の閃光となったユーフォリアは、激烈なる力と絶対なる戒の胸元を貫いた。
胸に巨大な風穴を作られた二体のエターナルの身体がぐらりと揺れる。
浩二はそれを目に捉えると、腰を落として反永遠神剣を横に構えた。


「我がツルギに宿りし想いと―――」


そして、呟く。


『永遠神剣の暴威を前に、空しく散っていった魂が集う時―――』


そして、謳う。


刀身に灯るのは、絶対を否定するヒトの想い。
その見えない力が……完全に薙刀を包み込んだ時―――




「『 あらゆる奇跡は自然に還る! 」』




―――浩二は反永遠神剣の刃を振り払った。






「はぁ、はぁ、はぁ……」





マナの粒子となって消えていく激烈なる力と、絶対なる戒。
それが完全に大気の中に溶け込むように無くなると、
浩二は反永遠神剣『反逆』をドスッと地面に突き立てた。
その視線の先には、ゆっくりと歩いてくる少女。




―――ビシッ!




親指を立てた拳を突き出し、サムズアップするのは同時であった。








[2521] THE FOOL 61話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:f980d33e
Date: 2008/06/02 18:53








激烈なる力に、絶対なる戒と言うエターナルを倒した浩二は、
サムズアップを決めると、その場にがくっと膝をついた。

「おにーさん!」

それを見たユーフォリアが駆け寄ってくる。
浩二は地面に突き刺した『反逆』を背もたれにすると、そんな彼女に笑いかけた。

「ハハッ……なんて顔してるんだよ、おまえ……」
「大丈夫ですか? まさか怪我を―――」

心配そうなユーフォリアに首を振る浩二。

「大丈夫だ……戦いに支障は無いよ。
けれど、疲れた………すぐに望達に追いついて、加勢してやるのは無理そうだ」

「……よかった」

「……ユーフォリア。戦えるのなら望達の所に行ってやれ。
今のおまえなら、十分に望やナルカナを助けてやれる」

「……いえ、私もすぐには無理です……マナを使いすぎました」

そう言ってユーフォリアも座り込む。
しばらく、二人でそうやって休みながら、大気中のマナより失った根源力を吸収していた。

「なぁ……」
「はい?」
「おまえ、力が戻ったって事は……記憶も戻ったのか?」
「……はい」

ユーフォリアがゆっくりと頷くと、浩二はそうかと呟いて目を閉じる。
それからしばらく、二人は無言で居た。
やがて、ユーフォリアは決意したように口を開く。

「私がこの時間樹に来た目的は二つありました……
一つは、ナルカナさんをこの時間樹から解放する事です」

「……ほう。それじゃオマエは、ロウエターナルってヤツか?」
「いいえ。カオスエターナルです」

キッパリとそう言ったユーフォリアに、浩二は怪訝そうな顔をした。

「……おかしいだろソレ。ナルカナをこの時間樹に封印したのは『聖威』と、 
カオスエターナルの長であるローガスなのに……
何でそのカオスエターナルであるオマエが、ナルカナを開放しになんて来るんだよ?」

「解りません……私はただ、この時間樹に封じられた、
ナルカナってヒトを解放しろと命じられただけですから……
それに、ナルカナさんを封じたのが誰というのも、教えられるまでは知りませんでした」

「そうか……」

ローガスとか言う奴が何を考えているのかは判らない。
だが、こんな都合の良い偶然などあるのだろうか?
ユーフォリアは記憶をなくしているのに、結果として任務を遂行していたのだ。

もしかして、ローガスというヤツは、この展開を読んでいたのでは無いだろうかと思う。
そうすれば、全ての辻褄が合ってしまうのだ。

ユーフォリアが偶然に魔法の世界の居合わせた訳。やってきたタイミング。
自分との出会い。そして『天の箱舟』に加わる経緯。
そして、記憶喪失にならなければいけない理由―――その全てに辻褄が合ってしまう。

何故なら、ユーフォリアというエターナルが、世刻望の行いで記憶喪失にならねば、
他のみんなはともかくとして、自分と『最弱』が彼女を仲間として受け入れる事は無かったからだ。

自分達の仲間のせいで記憶喪失になったユーフォリア。そんな彼女を拒むことなんてできない。
ローガスはそこまで読んで、あのタイミングでユーフォリアを時間樹に介入させ、
記憶喪失になるように誘導したのではないだろうか?

何万分の一の偶然でこうなったと考えるよりも、そう考えたほうがしっくりくるのは、
ログ領域を利用して、相手の性格から行動を読み……
全てを掌の上で転がしていた理想幹神という前例があるからだ。

作られた存在。偽りの神でしか無かったエトルやエデガでさえ出来た事が、
彼らよりも圧倒的に上の存在である、エターナルの長にできぬ筈が無い。


「……真実なんてモノは、得てしてこう言うモンなんだろうな……
結局は誰かの掌の上。お釈迦様の掌で踊る孫悟空……か」


浩二は、この事は自分だけの胸に閉まっておこうと思った。
そして、自分達の出会いは偶然であったのだと思い込む事にした。
そうでなければ、ここまで良い様に利用されるユーフォリアが余りにも惨めだから。

自分達と出会い。仲間になれた事を純粋に喜び、自分達の為に戦ってくれた彼女の想いが、
全ては仕組まれた事であったのなら、彼女が余りにも道化で哀れすぎるから。

浩二は、純粋な彼女の想いを利用するカオスエターナルという組織に反感をもったが、
その怒りを飲み込んだ。何故なら彼女は、組織に属するエターナル。
組織の長に命じられて動いてるのなら、利用されるのを自分で納得していると言う事だ。
自分がそれに腹を立てるのは筋違いだろうと。

けれどもしも、ユーフォリアが何処の組織にも属さぬ者であったのなら……
自分は、間違いなくローガスというヤツに向かっていっただろうなと、浩二は思った。
ユーフォリアを個人で見れば、自分の命ぐらいなら賭けてもいいくらいには好きだから。


「……私……ずっと、不思議だったんです。
おにーさんや望さん達を見たとき、この人達から絶対に離れてはいけないって思ったのが……
……でも、記憶を取り戻して解りました。命令……だったんです……
一つ目がナルカナさんの解放。そして、もう一つが―――」

「俺達……いいや、俺の監視……か」
「……はい」

浩二が肩を竦めながら言うと、首を縦に振って頷くユーフォリア。

「始めの任務は、ナルカナさんの解放だけでした……
でも、私が旅立つ直前に二つ目が追加されたんです」

追加されたという事に関しては納得ができる。
たぶんそれは、自分が反永遠神剣の力を使ったからだ。

剣の世界で『最弱』が言っていた言葉を思い出す。
自分の力は、全ての永遠神剣にとって天敵たりえる力である。
それ故に、自分と『最弱』の事を知ったら、手に入れるか始末しようとしてくるだろうと。

そして、この時間樹は『聖威』とカオスエターナルが作らせた監獄である。
すなわち、カオスエターナルの目が光っている場所なのだ。

この時間樹のログ領域にさえ残らぬ反永遠神剣の力を、カオスエターナル―――
おそらくローガスというヤツには掴まれていたのには驚いたが、ありえない事ではないと思った。
だからこそ『最弱』は、反永遠神剣の力を乱発するなと言っていたのだ。

しかし、今更言っても詮無き事である。
それに後悔もしていない。自らの意思で使って来たのだから。


「……それで、俺を監視した後は?」


殺すのか? と続けそうになったが、何とかその言葉を飲み込む。
それを口にしていたら、ユーフォリアをまた傷つけてしまうと思ったからだ。

「……わかりません。おにーさんに関しては、見て来いって……
ただ見て来いって言われただけですから……」

エターナルの組織は、すぐに自分をどうにかしようと言うつもりはないらしい。
ならば、今後も一切構わないでくれと浩二は思った。


「ユーフォリア。戻ったら伝えておいてくれないか?」
「え? 何をですか?」

「俺はアンタ達と事を構えるつもりは無い。この時間樹から出るつもりも無い。
だから、おまえ等が手を出してこなければ、俺もおまえ等に干渉しない。ほかっておけと」

「………いいんですか? おにーさんは、それで……」

「……大宇宙。あるいは神剣世界とでもいうべきか……
とにかく、この時間樹の外には、もっと広い世界があるのだろうな……
―――けど、俺の世界はココでいい……この時間樹でいい。
時間樹だけでも、人生八十年には広すぎるぐらいだ」


エターナルは永遠存在。普通の永遠神剣のマスターでも、
その気になれば理想幹神のように幾百星霜を生きられる。
反永遠神剣のマスターも、その気になれば長く生きられるのかもしれない。

だが、浩二は永遠に近い命などいらぬのだ。

ヒトとして生きたい。限りある生だからこそ一生を懸命になれる。
神として天空や大宇宙を見て生きるのではなく、
人間として、大地に足をつけて、そこで精一杯に生きていきたいのだ。


「ユーフォリア」


俯いているユーフォリアの頭に、ポンと手を載せた。
そして、立ち上がると創造神の居る最深部の階層に続く転移装置へと歩いて行く。
ユーフォリアは慌ててその後を追いかけた。

「俺とおまえの道が交わる事は、もう無いだろう。
……いや、交わってはいけないんだ……」

再びユーフォリアが、自分の前に立つ事があるのだとしたら……
それはきっと、組織に命令されて自分を殺しに来た時であろうから。


「おにーさん……」


永遠神剣すべてを敵に回してでも、自由で居たいという浩二。
誰の庇護も受けずに己が足で立ち、歩いていきたいと言う。

永遠を生きるユーフォリアからすれば、宇宙の始まりから終わりと言う悠久の時の中で、
一瞬にしかみたない時を生きる斉藤浩二という少年と出会えた事は奇跡に等しい。
その幸運に感謝しよう。刹那の時でも一緒に歩けた事を喜ぼう。ユーフォリアはそう思った。

私と一緒に来てくださいと、口にするのは簡単だけど……
きっと彼は、自分の道連れになる事など受け入れてくれないだろうから。



―――IF。



もしもの話になるが、ユーフォリアと斉藤浩二の出会いが、個人と個人であったならば……
もしくは、斉藤浩二という少年が、この運命の少女に特別な感情を持っていたならば……
彼は、迷わずに外宇宙に飛び出していっただろう。

そして、永遠神剣に纏わる全てに、終止符を打てる場所にまで届いたのかもしれない。
全ての永遠神剣を消し去り、大いなる運命を無きものにしたかもしれない。


何故なら、彼にはその力と資格がある―――


永遠神剣のマスターは奇跡の具現たるツルギを持つ『翼持つ者』だ。
翼を持つ者は、大空を自由に飛びまわれるチカラがあるが、その翼を折られたら落ちるしかない。

だが、斉藤浩二は『地を歩む者』である。空を飛ぶ者達を、地上から見上げていた者。
バベルの塔というモノを築き、天上の神の所まで行こうとした人間の如く……
一つ一つ、土塁を積み重ねて、天にまで駆け上がらんとする挑戦者。

バベルの塔は、神の落とした雷により崩壊したが、
斉藤浩二は、反永遠神剣と言う神の雷を防ぐ術を持っている。
そして、何よりも不屈であり、諦める事を知らないのだから………

だが、運命に抗う少年と、運命の少女はそのような形で出会わなかった。
それが結果であり、全てである。




「もうすぐ、終わるな―――」




歩きながら天を仰ぎ、浩二がポツリと呟く。
その呟きは、誰に対して言ったものだったのか?


「あの日……物部学園をミニオンが襲い……
『最弱』を片手に窓から飛び出したのが、まるで昨日の事のようだよ……」


あれからすでに半年以上の月日が流れていた。それでも、まだ一年も経っていない。
更に言ってしまえば『最弱』と出会ってから計算しても、まだ三年程度なのだ。

時々、これは夢なのではないだろうか? と思うことがある。

自分はまだ物部学園に入学する前で、家で受験勉強をしている受験生で……
喋るトイレットペーパーなんてある筈が無く、勉強に疲れて、机に突っ伏したまま夢を見ているのだ。
けれど、これは紛れも無い現実で、自分は神を倒しに、世界が始まった場所を歩いている。

信助や美里。それに、学園の皆は元気にやっているだろうか?
学年はもう変わっている筈だ。沙月先輩の後の生徒会長は誰がやるのだろうか?
家族は今、何をやっているのか……


「なんて事を考えても詮無き事か……
俺は、今―――確かに、ココに居るのだから……」


今は望がナルカナと沙月先輩と共に、創造神と戦っているのだろう。
けれど、不思議と急がなければとは思わない。


―――たぶん、世刻望は勝つだろう。


半ば確信的に浩二はそう思っている。
思えば、負けてばかりの自分と違って、世刻望は一度も負けた事が無いのだ。
唯の一度も砂に塗れる事無く、エヴォリアにも、暁絶にも、エトルにも、イスベルにも全部勝っている。
もしかしたらと、ふと思う。真に孤独であったのは、自分ではなく世刻望の方ではなかったのだろうか?

こんな事を口に出したら笑われるだろう。
あれだけ多くの人間に囲まれて、慕われて、孤独である筈が無いだろうと。
しかし、浩二には思い浮かべた望の背中が一人であるように見えた。

負ける事が許されぬ故に、いつもギリギリの場所に立たされている望は、
一度でも負けてしまったら、全てが終わってしまうと思っているのではないかと。


ならば、彼に敗北を与える者は―――



「―――あ」



そんな事を、何となく考えた時であった。



「……おにーさん。原初を覆っていた……
エト・カ・リファの存在感が消えました……」



ユーフォリアが声を上げて自分を見上げてきたのは……







*****************************






「……終わったみてーだな」



原初の最深部。斉藤浩二は、そこに立ち尽くしている三つの人影に声をかけた。
自分の声に気づいたのか、双剣を握っている少年と、左右に立つ少女達が振り返る。

「浩二……ユーフォリア……」
「無事だったのね。二人とも」
「アンタ達が遅いから、私達で倒しちゃったわよ」

望と沙月とナルカナ。見れば、全員が所々に負傷をしているが、無事であった。
ただ、ほんの少しだけ望とナルカナの立つ位置が近い。
彼等を近づける何かがあったのだろうなと思いながら、浩二は辺りを見回してみる。
抉れた地面や砕けた壁を見れば、創造神エト・カ・リファがどれだけ手強かったのかが解る。
それでも、世刻望はやはり負けたりしなかったのだ。

「てめー。俺の分も残しとけって言っただろ?」
「はは、悪ぃ。そんな余裕無かった」

軽口を叩いてやると、望はぎこちない笑顔を見せてくる。
ユーフォリアは、あんたなんでパワーアップして訳? とか言ってナルカナに捕まっていた。

「そっちこそ、あのバケモノを二体も相手にしてよく無事だったな?」
「どって事ねーよ。ユーフォリアも助けてくれたしな」
「そっか。心配そうだったユーフィーを戻したのは正解だったな」
「二人とも、積もる話は後々。まずは時間樹の初期化を止めるのが先でしょ?」

浩二と望の会話に沙月が割り込んでくる。

「あ、そう言えばそうでしたね」
「あれ? でも、どうやって止めるんだ?」
「確か最初の予定では、サレスが何とかすると言う事になっていた筈だけど……」

今、この場にサレスは居ない。三人は顔を合わせて、引き攣った笑みを浮かべた。


「な、ナルカナーーー!!!」


望が声を張り上げると、ユーフォリアを弄っていたナルカナが、顔を向けてきた。

「……何?」
「あの……エト・カ・リファは倒したけど、時間樹の初期化ってどう止めるんだ?」
「ああ―――」

望が叫んでいる訳が判ったらしいナルカナは、ユーフォリアを開放する。

「エト・カ・リファを倒した事により、アイツの権限はあたしが奪ったわ。
すぐに書き換えてあげるから、ちょっと待って―――っ!?」

ナルカナの言葉が途中で詰まった。信じられないという様に目を大きくしている。
その瞬間に望達は、バッと振り返って彼女の視線の先を見た。




「―――フフッ」




そこには女が居た。腰まで届くほどに長い真紅の髪と、全身を包む白いマント。
まるで、始めからそこに居たかの如く、その女は立っていた。

「テメェ……イャガ……」
「また会ったわね」
「何しに来たのよ。ここにもうエト・カ・リファはいないわよ!」

沙月がそう言うと、イャガはさして気にした風でもなくそうねと呟く。

「……そのようね……でもいいの。
そんなモノよりも美味しいものを食べたから……私達」

彼女にとっては獲物をとられた形だと言うのに、イャガは上機嫌であった。
望や浩二達には、それが余計に不気味に見えて神剣を構える。

「私達?」

イャガの言った言葉のニュアンスに、一番初めに気づいたのはユーフォリアであった。
彼女がそう言うと、イャガは口元をニッと吊り上げて笑う。

「そう。私達」
「まさか、仲間が居るの!?」
「仲間? フフッ―――仲間じゃないわ。私よ、私がいるの」

何を言っているのか解らない。始めからおかしなヤツではあったが、
ついに行く所まで行ってしまったのかと浩二が思った瞬間―――


「ウフフフ」
「アハハハ」
「フフフ……」

「なあっ―――!?」


―――イャガの後ろから、イャガが現れた。


「な、な、な……」
「……嘘……」


イャガ。イャガ。イャガ。合計で14上もいるイャガの群れ。
その光景は、まさに悪夢であった。
浩二達が驚いているのを見て、一番最初に声をかけてきたイャガが笑う。



「だから言ったでしょ? 私だって、私達だって―――
アハ―――ははははは、アハハハハハハハハ!!!」



時間樹にはエト・カ・リファが行った結界が張られている。
外部からの干渉を防ぐ為、強き力を持つ者にはオリハルコンネームという封印が成される。
それは、エターナルであろうとも通さぬ絶対なる防壁。

だが、イャガはその防壁を信じられぬ方法でクリアしたのだ。

その方法は、自分自身を分割して別々に時間樹に侵入するというもの。
結界が遠さぬのは『強き力を持つ者』であるので、
その条件に当てはまらぬぐらいまでに力を分割し、中に入った後に合体したのである。

浩二が戦ったイャガは、そんな分割されたイャガの内の一人であった。
最も、そのイャガは分割された何体かと合体してある程度の力を取り戻し、
更には抗体兵器などからも力を吸収した、かなり強い部類のイャガではあった。


「ああ、そうか……テメェ、すっとぼけてるんじゃなくて、
本当に知らなかったのか……やっぱり、アレは倒せていたんだな……」


その真相は解らないが、この複数人は居るイャガを前にして浩二は理解する。
原初の途中で戦ったイャガが、自分を倒したイャガよりも弱かった訳を。
そして、激烈なる力と絶対なる戒と比べたら、最初に戦ったイャガでさえ、それ以下の実力であった訳を。

「フフッ……そう、貴方……私を倒したんだ。
ごめんね、分割された私じゃあ歯ごたえ無かったでしょう?
でも、安心して―――今、戻るから」

イャガはそう言うと、徐に隣のイャガを食べ始めた。
ゴリッ、ゴリッと骨を砕くような音が響き渡る。隣り合う者どうしで捕食しあうイャガ。
それは、不気味を通り越して恐怖のような光景であった。
その、悪魔の宴のような光景に飲まれたのか、黙って見ている事しかできぬ望達。
最後に二人になったイャガが、もう片方を食べると、最後にはイャガは一人になった。

「……おまたせ」

そこに立っていた女は異質であった。禍々しい気配は感じても、マナの波動が伝わってこない。
例えるなら闇。黒く、暗く、全ての色を飲み込んでしまいそうな闇の塊が人のカタチをとっていた。


「……その力は……ナル! あんた! ナルを取り込んだのね!」


イャガを見てナルカナが叫んだ。イャガが放っている力が何であるのか、
ナルカナには解り過ぎる程に解っていたからである。

その力こそ、ナル―――

理想幹神エトルが用いた、死んだはずのエデガを復活させるだけでなく、
全てを飲み込む闇の塊に変えてしまった恐るべき力。大自然を司るマナを食らうエネルギー。
創造神エト・カ・リファの力を持ってしても、消せないと言われた第一位神剣『叢雲』の力であった。


「そうよ。私って運がいいわぁ……どれも、これも貴方達のおかげ……
もしも原初の途中で貴方達と出会わなかったら、
まっすぐにエト・カ・リファの所に向かっていた筈だもの」


そう。これは本当に偶然であった。原初の最深部へと向かう途中。
『天の箱舟』と『旅団』を襲ったイャガは、浩二に撃退されると、
彼等に追撃されることを嫌って、迂回路を進んでエト・カ・リファを目指した。

そこで彼女は発見してしまったのだ。
エト・カ・リファが全ての分子世界より集めたナルを封印していた部屋を。

時間樹の初期化を行うには、分子世界に撒かれてしまったナルが邪魔である。
その異質な力を放置したまま初期化を行えば、ナルがどんな風に作用するか解らない。

故にエト・カ・リファは、分子世界からナルを回収したのだ。
処分の仕方は追々考えるとして、一時的に原初の奥深くに封印してあった場所にイャガが踏み込んだ。
その力を見たイャガは歓喜する。見た事も無い、信じられぬゴチソウが溜め込まれているのだ。
イャガが見せた歓喜の感情は、分子世界に散っていた自分達にも伝わる。

そうして集ったのが、分割されたイャガの群れ。
彼女たちは群であるり個である。
それぞれに独立した意思を持ってはいたが、根の部分は変わらない。

その、根の部分とは食べること―――

分割されたイャガの中には、普通に分子世界での生活に適応していたイャガもいれば、
浩二を襲ったイャガのように、一人で餌を求めて流離っていたイャガもいる。
もしかしたら、浩二達が行った事のある分子世界にもイャガはいたのかもしれない。

そして、彼女はついに出会った。

飢え、乾いた、自分を満たしてくれるような凄まじいエネルギー。
世界さえも塗り替えてしまう、マナを食らうエネルギー……ナルに。
その力を発見したイャガの歓喜は、全てのイャガに伝わり、彼女達は集りだす。
一人のイャガを次元跳躍の楔にし、次々と集合したのだった。

「………望」
「……何だ? 浩二」
「いけるな?」

いけるか? ではなく、いけるなと聞いてくる辺りが浩二らしいと望は苦笑する。
首を縦に振った。そして、両手に『黎明』を出現させる。
それに合わせる様に、沙月とユーフォリアも神剣を構えた。

「あら? もしかして貴方達……私と戦うつもり?」

神剣を構える浩二達に、血の様な真紅の瞳をむけるイャガ。



「フフッ……アッハ―――アハハハハ!!!
やめましょうよ。そんな事……戦いなんて何も生み出さないわ……
それよりも、幸せになりましょう。私と一緒に幸せになりましょう」



イャガは笑いながら手を翳す。白く細い指を優雅な仕草で、誘うように向けてくる。
浩二はそれを見たときに寒気が走った。ヤバイと脳細胞が警鐘を出している。

「―――っ!」

浩二は、その嫌な予感に従うことにした。
何故なら自分はイャガに一度殺されているのだ。
その身体が危険だと訴えているのなら、従うべきだろうと思った。

「……おいで、私の胎内へ―――」
「いけない! みんな、逃げて!!!」

イャガが歌うように呟き、ナルカナが叫ぶ。
そして、他の皆を庇うように飛び出すが時既に遅く、辺りを白い光が包んでいた。




「…………あら?」




しばらくしてそう呟いたのはイャガであった。
視線の先には一つの影。赤いマナを展開し、薙刀を振り下ろした格好である。
斉藤浩二。絶対を否定するツルギを持つ、運命に抗う少年。

「………一人、食べ損なったわね」

不思議だとでも言わんばかりのイャガを、浩二はキッと睨みつける。



「………嘘……沙月? ユーフォリア……望!?」



少し離れた場所ではナルカナがうろたえている。
薙刀を構えなおした浩二は、視線はイャガから外さぬまま叫んだ。

「おちつけ、ナルカナ! 望達が死ぬものか!」
「でも―――」

「テメェが好きになった男だろう!
テメェが一番信じてやらないでどうするんだ!」

「っ!?」

「生きてるよ! 世刻望は、斑鳩沙月は……ユーフォリアは生きている!
俺の仲間が、こんなクソアマにやられたりするものかっ!」


斉藤浩二は薙刀を振り払う。ビシュンと、風を切る音が鳴った。
身体中の血が滾っていた。沸騰して皮膚が焼け爛れそうだと思った。

眼前の敵。ナルの力を取り込んだエターナル。
今までとは桁違いの存在感と、吹き飛ばしてきそうな波動を纏っていた。
先に戦った魔獣と狂戦士の纏うオーラが、児戯に見えるほどに。

第一位神剣の力を取り込んだナル・エターナル……赦しのイャガ―――

気を抜けば膝がガクガクと震えてくる。心臓の動機がドクドクと煩い。
理性が叫んでいる。逃げろと、アレには絶対に叶わないと叫んでいる。
ヒトは、こんな事をこう言うのだろう……



絶望と―――



ゴクリと唾を飲み込んだ。普段はかかない手汗が酷い。
逃げ出したいと思った。何もかもかなぐり捨てて悲鳴をあげられたら、どれだけ楽になれるだろう?

「……………」

これが時間樹を護るための戦いならば、自分はとうに逃げ出している。
大儀や理想の為であるのなら、そんなモノは放り出している。



けれど―――



「俺は、おまえが気に入らない………」


戦う理由がそれであるなら自分は戦える。




「俺のセカイ……俺の仲間、俺の友達………
大切にしたいと思った場所。好きだと思える人……
それを壊そうとする、おまえが気に入らない……」




そして―――



「エターナルが何だ! ナルの力が何だってんだ!
俺は勝つ! できる筈だ! できない筈が無い!」



浩二の周りを風が吹く。赤いマナが燃え上がっている。
放つ波動が螺旋となり、原初に響き渡っていた。

「……俺に―――」

ビシッと薙刀の切っ先を突きつける。
そして、爛々と輝かせた瞳で、腹の底から雄叫びを上げた。






「出来ないことなんてないんだよっ!
コノ―――バカヤロオオオオオオオオオ!!!!」










[2521] THE FOOL 62話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:f980d33e
Date: 2008/06/07 09:36








残像さえも残さぬ速さでぶつかり合った。
ぶつかり合い、離れ、またぶつかる。それを幾度と無く繰り返す浩二とイャガ。
雄叫びを上げて突進する浩二の薙刀が、イャガの首を刎ねようと薙ぎ払われると、
イャガはそれを掻い潜って短刀を突き立てようとしてくる。

「てめっ!」
「アハッ―――ハハハハハハ!!!」

原初の最深部で、所々に響き渡る剣戟の旋律。波動と波動がぶつかり合っている。
全てを飲み込まんとするナルの力と、それを否定する反永遠神剣の力。

「こうまでガチンコの接戦されると、介入の使用が無いわね……」

空中で、あるいは地上で何度もぶつかり合う赤と白の閃光。
ナルカナは、それを目で追いながら呆れたように呟いていた。

「……それに、今の所は一人でもナル・イャガと渡り合えている……」

戦いのアドバンテージは浩二にあった。
イャガは斉藤浩二とまともに戦うのは初めてであるが、浩二はイャガと戦うのは二度目である。
すれはすなわち、手の内を知っていると言う事だった。

「はぁ、はぁ……ぜぇ……」

「あら? 息があがってるね? ダメよ、スタミナはつけておかないと。
アッハ―――アハハハハハハハ!!!」

「うるせぇ!」

しかし、浩二は先に激烈なる力と絶対なる戒という強敵と戦った後である。
途中までは力を温存していたが、体のマナが底をつきかけている。


「―――っ!?」


蹴りが来た。イャガの足が鞭の様にしなり、浩二の横腹を殴打する。

「げほっ!」

直撃を受けてしまった浩二は、勢いよく吹き飛ばされた。
空中から地面に叩きつけられ、ゴム鞠のように跳ねながら転がっていく。
イャガがそれに追撃しようとするが、ナルカナがそこに割って入った。

「させないっ!」

風の魔法が真空のツルギのようにイャガの頭上に振り下ろされる。

「アッハ―――」

しかし、イャガはその魔法を前にして事もあろうか空中に浮かんでいた。
大気が弾け飛ぶよう音が響く。それと同時に突風が吹いた。

「……何かしら今の? 差し入れかしら?」
「っ! 馬鹿にしてーーーーっ!」

ナルカナの魔法はイャガに食われたのである。
浩二はその間に『反逆』を地面に突き立て、それを杖代わりにして立ち上がっていた。

『マスター。解っているとは思いますけど……
赦しのイャガは、まだ全力ではありませんわよ?』

「……知ってる」

ナルカナと交戦するイャガを見ながら、浩二は思考を巡らせる。
身体能力は明らかに向こうの方が上である。そして、例の見えない攻撃はしてこない。
アレにカウンターを合わせられると、自分がダメージを受ける事を知っているからだ。


「うらああああああああっ!!!!」


ナルカナが随分と男前な気合をあげて腕を振り下ろしている。
それは第一位神剣『叢雲』の巨大な影。ブオンと大気を切り裂きながらイャガの頭上に振り下ろされる。
響き渡る剣戟の音。巻き起こる風。イャガは短刀を翳してその斬撃を止めていた。

「―――くっ!」

ナルカナの額に汗が流れる。押し切れない。
ナル・エターナルとなったイャガの力は、ナルカナの力を上回っている。

「ナルカナ! そのまま持ちこたえろ!」
「浩二!?」

斉藤浩二は『反逆』を左手に持って空に飛んだ。
そして、気合と共にバッと勢い良く右手を突き出す。

「ハアッ!!!」

その掌から凄まじい重力波が放たれる。ナルカナの斬撃を後ろから押すように。
叢雲の影による斬撃の重さが倍以上に増した。それを受け止めているイャガの足元が陥没する。

「ナイス!」
「押し切るぞ!」
「うふっ、あはは……すごい攻撃……そんなに憎い? この私が―――」

イャガがそう言った時であった。ナルカナの眉間がぴくりと揺れたのは。
その人を馬鹿にしきったようなイャガの薄ら笑いに、ナルカナの顔が怒りに染まる。

「殺す……アンタは、私に連なる全ての力を持って消滅させてやる!」

そう叫んだナルカナの力が急激に膨れ上がった。
そして、その力はナルの力でもある。ナルは後ろから押している浩二の魔法を侵食した。

「ばかっ!」

そして、それこそがイャガの狙い。確かに一点を押す力は強くなっているが、
浩二の重力波は面を抑えていたのである。イャガにとってはそちらの方が厄介であったのだ。
ナルカナの振り下ろす影の剣と、イャガの振りかざす永遠神剣『赦し』
その刃が重なり合う交錯点から、イャガのナルが空間を侵食し始める。

「アハッ―――!」

イャガはナルカナのナルを、自分のナルで相殺し、影の剣の斬撃をいなした。
爆音と共に原初の大地に突き刺さる影の剣。その一撃に原初が揺れた。

「っ!」

ナルカナの目が大きく見開いている。懐にはイャガ。
一瞬の隙を見逃さずに切り込んできたのだ。
しかし、彼女はもう少しでナルカナに届くという所で、サッと白いマントを靡かせて空間跳躍をした。


―――ドズンッ!!!


ナルカナの前には一振りの薙刀。斉藤浩二の神剣『反逆』が突き刺さっている。
突き刺さった『反逆』の周りに風が吹くと、赤い閃光が走って少女の姿へとなった。

「ほら、ぼさっとしてないでシャキッとしなさいな」
「―――あ」

少女は固まっているナルカナの襟首を掴むと、後ろに飛ぶ。


「~~っ!!!」


少女が下がった場所では、浩二が呻き声を噛み殺して悶絶していた。
彼は十メートル近い高さから神剣を手放して落下したのである。
普通の人間がビルの三階ぐらいから飛び降りたようなものだ。

「ふぅっ……」

痛みと痺れに歯を食いしばって耐えているマスターを見て、
反永遠神剣『反逆』は溜息をついて薙刀の形態に変わる。
浩二はそれを見ると、ひったくる様に掴み取った。
それと同時に赤いマナが浩二の体を包み、全身の痛みを和らげる。

『大丈夫ですの? マスター』

「くっ……十メートル近い高さから落下して、大丈夫だと言える人間って……
特殊な訓練を受けたレンジャー部隊の隊員でも、そうそういねーと思うぞ……」

「ご、ごめん……私、ついカッとなっちゃって……」

ナルカナが、今のは完全に自分に非があると認めて浩二に謝る。
あそこで自分が心を乱さなければ、あのままイャガを押し切れたかもしれないからだ。

「オーケー。冷静になったようなら何よりだ……いてて」

ナルカナは浩二に回復の魔法をかけてやる。
すると、痛みがいくらか引いたようで浩二の苦悶の顔が和らいだ。

「ふうっ……まだまだ、いけるよな?」
「当然っ!」

ナルカナが力強く答えたので、浩二も満足そうに頷き返す。
気持ちを切らしてはいけない。実力で負けているのなら、それはそれでいい。
戦う意思さえあるのなら、たとえ僅かな可能性であっても勝率がゼロになる事はないのだから。




「ならばもう一度。いや……何度でもだ!」




そう叫んで浩二は大地を蹴る。迎え撃つイャガは笑みを浮かべていた。






*******************************





「……っ、くっ……」


世刻望は自分の呻き声で目を覚ました。
意識を取り戻すと同時に、上から押しつぶさんばかりの圧力がかかってくる。
歯を食いしばって立ち上がった。
気力を振り絞って周囲を見回すと、すぐ近くに倒れている二人の少女。

「……沙月先輩……ユーフィー!」

叫ぶように望が呼びかけると、二人が呻き声をあげて身じろぎする。
望は、もう一度大きな声で呼びかけた。

「……う……望……くん?」
「……あうっ……な、何が起きたんですか?」

そう言って起き上がる沙月とユーフォリアであったが、
意識を取り戻すと望が感じているような重圧と、
粘着質のあるぬるま湯の中にいるような不快感に顔をしかめる。

「……何? コレ……」
「わかりません。俺も、目が醒めた時にはここにいて……」
「……あの」
「ん? 何だユーフィー?」
「もしかして、ここって……イャガの中じゃないでしょうか?」

ユーフォリアに言われて、望と沙月はハッと顔を見合わせた。
そして、意識を失う直前の光景を思い出す。
手を翳したイャガ。白い光。ナルカナの悲痛な声。

「ナルカナ!? それに浩二は?」

そこで、自分の隣に居た仲間の事を思い出した。
望がその名前を呼ぶと、沙月とユーフォリアも慌てたように周りを見回す。
しかし、この闇の中にナルカナと斉藤浩二の姿は無かった。
まさかと望が息を呑む。しかし、それと同時にユーフォリアが叫んだ。


「望さん! あれ、あっちです!」


反射的にユーフォリアが指差した方を見る。
すると、闇の中にぼんやりと何処かの風景が映し出されていた。
その光景がどこであるのかすぐに気づく。先ほどまでいた場所―――原初。
そこには、薙刀を振りかざす少年と、魔力の輝きを右手に灯らせる少女の姿あった。

「浩二! ナルカナ!」

少年と少女は、こちらに強い光の宿した瞳をむけながら、何度も何度も向かってきていた。
どれだけ倒されようとも、どれだけ打ちすえられようとも、立ち上がって向かってくる。

「ナルカナ……」
「おにーさん……イャガと戦ってる……」

二人ともボロボロであった。ただ、目の光だけが異様な輝きを灯している。


『返せ! 沙月を、ユーフィーを……望を―――っ!』


悲痛な叫びであった。感情をむき出しにして、ナルカナは返せと叫んでいる。
その彼女をフォローするように、浩二が薙刀を構えて肉薄していた。
剣戟がぶつかり合う音が鳴り響き、ギラギラと目を輝かせた浩二の顔が映る。

『うおおおおおおおっ!!!!』

気合と共に赤いマナが周りを照らしていた。
しかし、鍔迫り合いをしている浩二の横に白い巨体がぬうっと浮かび上がる。
気配を感じた浩二が振り返るのと同時に殴り飛ばされていた。


―――ギリッ!


世刻望は噛み砕かんばかりに奥歯を鳴らす。
どうして自分はここにいる。どうして自分はあそこに居ない。
仲間があんなにも必死に戦っているのに、俺はここで指を咥えている事しかできないのか!

「黎明っ!」

叫ぶようにその名を呼んだ。それと同時に両手に収まる双剣。

「望くん!?」
「待ってろ。俺も、すぐにそこに行く―――」

強い。意志の篭った言葉であった。
身体中にマナを張り巡らせると、それを飲み込まんとするように負荷が大きくなる。
最悪な気分であった。吐き気と、自分の体重の何倍もの重りを背負わされるような徒労感。


「俺は、あの二人と……いや―――斉藤浩二と比べたら弱いのかもしれない。
一から這い上がってきたアイツと違って……
俺にはこの『黎明』とジルオルから受け継いだ力があった……」


世刻望と斉藤浩二。ナル・エターナルであるイャガを前にして、
戦う資格があるのはどちらかと問われれば、悔しいが浩二に軍配があがるだろう事は認める。

思えば、本当に凄いヤツだった……

始めは自分よりも、いや誰よりも後ろを走っていた筈なのに、
気がつけば誰よりも先頭を走っていた男。
止まらず、休まず、ボロボロになっても前だけを見つめ、
自分に出来ぬことは無いと豪語して、
誰に笑われようとも走り続けた、胸を張って誇れる自分の親友。


「けどっ! だからこそ! アイツが親友だからこそ、俺は―――」


あの場所に行きたいのだ。それはちっぽけなプライドかもしれない。
アイツには負けたくないと、見栄を張りたがっているだけなのかしれない。
しかし、それがどうした。人からはちっぽけだと言われても、
負けたくないと願う想いは、紛れも無い本物なのだから。

斉藤浩二が世刻望を語る時に、アイツは凄いヤツなんだぜと言わせたいと思う。
そう言われる自分でありたい。

自分は、色々な面で浩二に劣るだろう。

彼ほどの頭の回転の速さと頭脳は無い。あのサレスに認められる程の視野の広さも無い。
夢を形に変える企画立案の能力も、一つの組織を作ってしまう程の行動力も無い。


「けれど―――っ!」


好きな人を、大切な人を、護りたいと願う想いだけは負けたくない。
ナルカナを護るといったのは自分なのだ。
けれど、今、実際に彼女の傍に立ち、共に戦っている男は斉藤浩二。
絶対を否定するツルギを持った、運命に抗う少年。

「はああああああっ!!」

世刻望は『黎明』を重ねて目の前の空間に一撃を叩き込む。
粘土でも切りつけたような感触だけが腕に伝わってきて、何の変化も見られない。
徒労に終わっただけなのだが、望は体に鞭を打ってもう一度切りつける。


「俺に―――出来ないことなんて……
あるものかあああああーーーーーーっ!!!」


何度も、何度も、何度でも。
体にかかる負荷などお構い無しに、望は剣を振るい続ける。



『望ちゃんっ!』



その時、キィンと言う音が鳴り響き、後に声が聞こえた―――



「希美!?」



剣を振り下ろした格好の望が顔をあげる。
その声は沙月とユーフォリアにも聞こえていたようで、二人とも顔をあげていた。

「希美ちゃん!? 貴方、写しの世界に帰されたんじゃなかったの?」

沙月がそう言うと、再びキィンと音が鳴る。

『そうだよっ。気がついたら出雲に居て……ボク、びっくりしたんだからね!』

『事情を説明してもらった私達は、環殿に頼んで、
写しの世界にある支えの塔を使わせて貰っているのです』

「ルプトナさんに、カティマさん!?」

ユーフォリアが驚いたように声をあげている。
どうやら皆そこに居るらしい。仲間達が無事であった事に表情が綻ぶ望。

『時深の神剣の力で、原初を探ってもらい、状況は大体察しておる。
今は浩二とナルカナが交戦中なのじゃな?』

ナーヤの声に望は頷く。

「ああ。それで、俺達は情けない事にイャガの腹の中だ」
『仕方ないよ。それは望ちゃんが悪いって訳じゃなく、浩二くんの神剣が特殊なんだから』
『うむ。反永遠神剣か……一度、研究させてもらいたいものじゃのう』
『……って、二人とも。今はそんな事を話してる時じゃないでしょ?』

望の言葉に希美とナーヤが答えると、話がずれてしまうそうだったので、
苦笑したかのようなヤツィータの声が後ろから聞こえてくる。

『う、うむ。そうであったな……』

それからナーヤは、この支えの塔と魔法の世界にある支えの塔のネットワークを使い、
自分達の力を意念とし、そこに送ると言ってきた。

元々、支えの塔というのはナルカナが自分の声をジルオルに伝えるために作ったモノであるらしい。
かつて、希美をファイムにされて途方にくれていた望にナルカナがコンタクトをとったのは、
支えの塔を使ってやったのだそうだ。

『とびっきりの意念を送ってやるさ。
かつて、俺が魔法世界でやったのとは比べ物にならんくらいのをな』

「……絶」

『安心しなさい。貴方達だけを戦わせる事なんてしないんだから』
『おう。負けるんじゃねーぞ望! 俺達が後ろについてるからな!』

「タリア……ソル―――」

『惚れた女はしっかり護る。コレ、男の子の役目なんだからね』
『この時間樹に集った全ての力……望くん達に託します!』

「ヤツィータさん……スバル……」

望は天を仰いで、胸を押さえた。自分は一人ではない。皆が傍にいてくれる。
たとえこの場にはいずとも、想いは一つなのだと。


『……望。私達の希望の船は、まだ沈んでいませんよね?』
『望が舵を握って、浩二が地図を見て、ボク達が漕ぐ……天翔ける箱舟は―――』


カティマとルプトナ。その言葉に望は天を仰いでいた顔を勢い良く縦に振る。
今、確かに風が吹いたのを感じた。身体にではなく心に。
想いと言う名の風が吹き、凪で停船したいた船が動き出す音が聞こえた。

身体中に力が漲ってくる。
気がつけば、上から重く圧し掛かっていた息苦しさも無い。
停滞し、淀んでいた、濁った空気を吹き飛ばし、背中を押してくれる風―――


「この風が、俺の背中を押してくれるなら……」
「きっと、私たちは……」
「空だって飛べる筈ですよね!」


望が再び『黎明』を振りかざすと、
沙月とユーフォリアが、それぞれ『光輝』と『悠久』を構える。
風が来た。意念と言う名の想いの風が。頷きあう望と沙月とユーフォリア。
三人が、永遠神剣を振り下ろすのは同時であった。






「「「 いっけえええええーーーーー!!! 」」」






********************************








―――来る!




斉藤浩二は、凄まじい力がこの原初に近づいているのを感じていた。
今まで感じたことの無い、圧倒的な『想い』のチカラ。
反永遠神剣は、それを感じてビリビリと震えている。


『マスター……』
「ああ……風が…近づいているな……」


先ほどから、強烈な重力波を自分に放っていた少年が、
突然それを止めた事にイャガが怪訝そうな顔をする。

「……どうしたの? もう、抵抗はおしまい?」
「浩二! あんた、何をやってるの!」

この大いなる風を感じているのは、自分だけなのだと言う事に苦笑を浮かべる浩二。
そして、ボリボリと頭を掻くと、敵わねーなぁと一言だけポツリつ呟いた。
この風を呼び起こしたのが誰なのか、考えるまでも無いだろう。


世刻望―――


誰にも負けぬと、出来ない事など無いと豪語する自分が、
世界で唯一人だけ、勝てないかもしれないと思う少年。
自分のソレはただの強がりであるが、本当に自分に出来ない事は無いと信じている男。

誰にも従わぬと、俺は俺の道を行くのだと嘯いていた自分に、
やかましい程の突撃ラッパを吹き鳴らし、いつの間にか群れの中に加えていた。
世界で、否―――宇宙で一番のオロカモノ。誰よりも大きな夢を描く、愚者の王。


「ナルカナ! こっちに来い!」
「何でよ!」
「いいから来い!」


強い口調で浩二が言うので、ナルカナは大きく飛びずさってイャガとの距離をとる。
戦闘を止めるだけでなく、更に間合いを開けた二人にイャガは更に不思議そうな顔をした。
そんなイャガに、斉藤浩二はニヤリと笑みを見せる。


「さぁて………」


大いなる風は、もうすぐそこまで近づいている。
天翔る船は動き始めた。近づいてくる。
大いなる風を帆に受けて、愚者の王が舵を取る箱舟が。

「まぁ、いいわ……戦意喪失したなら、遠慮なく力を頂くまでよ」

イャガはそう言って手にナルの塊を翳す。
しかし、浩二は平然とした顔を崩さなかった。

「カードに例えるならば、俺の反永遠神剣はジョーカーなんだろうな。
どんなカードの役目も果たせる特別なカード。
でも、一枚ではクソの役にも立たないピエロの描かれた特殊なカード」

「……貴方。何を言っているの?」

「望はキングで、ナルカナはクイーン。
沙月先輩がジャックでユーフォリアがエースのカード」

斉藤浩二は言葉を続ける。

「ポーカーというゲームには通常ジョーカーのカードは含まない。
永遠神剣の遣い手達の戦いに、反永遠神剣なんてものを持ち込んで現れた俺に似てると思わないか?」

イャガの手に翳されたナルの塊が膨れ上がった。
浩二は、それを前にしても構える事無く小さな笑みさえ浮かべている。

「エースとキングとクイーンとジャック……そこに、もう一枚―――
本来ならあり得ぬジョーカーが混ざったら、どんな手札になる?
カードが混ざったのはディーラーの落ち度だ。プレーヤーはこのゲームに命を賭けている。
そして、手元にはあるジョーカーは、どんなカードの代替が利く特殊なカード……」

「これで終わりよ……さぁ、私の中に―――」

「………俺なら押し通してやるよ。誰が何といおうとも……
ごねて、ごねて、ごねまくって! 押し通して言ってやる!」

浩二が叫ぶと同時に、手を翳したイャガの腕が暴発したかのように爆ぜる。




「「「 いっけえええええーーーーー!!! 」」」




それと同時に聞こえてくる三つの声。
蒼い閃光。訳が判らずよろめくイャガ。それに向かって―――







「山札にジョーカーが混ざってる事に気づかなかったディーラーが悪い。
俺の手札はロイヤルストレートフラッシュだ!
文句は言わせねーぞ、バカヤロウってなぁ!!!」







絶対を否定する、運命に抗う少年は叫ぶのであった。











[2521] THE FOOL 63話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:f980d33e
Date: 2008/06/05 20:12









自分のカードはジョーカーである。
斉藤浩二はそう言った。トランプにおけるジョーカーの扱いは様々だ。
代用品。何にでもなれるカード。エースカードさえも封じれるカード。
しかし、たった一枚ではマヌケなピエロの描かれたクソの役にも立たないカード。

だが、ポーカーというゲームにジョーカーのカードは無い。
本来なら正規のカードだけで挑んだであろうこのゲームに、ジョーカーを加えたのは世刻望。

斉藤浩二は思う。このバカヤロウがいたからこそ、
本来ならば手札に加わらぬジョーカーが手元にあるのだと。
自分は、本来ならここにいるような人間じゃない。


そう―――


世刻望というバカヤロウがいたからこそ、
斉藤浩二は永遠神剣の戦いに巻き込まれる事になったのだ。
彼と出会わなければ、自分は今も元の世界で『最弱』と共に
永遠神剣の戦いから背を向けて暮らしていただろう。

世刻望というバカヤロウが、あまりにも馬鹿な理想を抱くから、
自分は何を血迷ったのか知らないが『天の箱舟』なるコミュニティーを作った。

世刻望というバカヤロウが、自分を同じバカヤロウにしたからこそ、
自分は原初なんていう場所にいて、こんなクソッタレと戦っているのだ。

「ならば、世刻望が集めた『想い』を形に変えてやるのが……
ヤツの手札のジョーカーである俺の役目だ……っ!」

反永遠神剣は人の想いが具現化して出来たツルギである。



「本来―――想いに形などありはしない……」



『反逆』というツルギは、ベルバルザードに託された『重圧』という永遠神剣が、
斉藤浩二の想いにより反永遠神剣となったツルギである。すなわち、オリジナルではないのだ。
反永遠神剣のオリジナルとは『最弱』と名乗っていた、紙で出来たツルギである。
では、紙の特性とは何だろうか? 浩二はすでにその答えを出している。

「故に、我がツルギに定められし形はあらず……」

浩二の手に握られた『反逆』が光り輝いていた。
そして、ここは幾多もの想いが集う場所。
世刻望が連れてきた仲間の想いが集う場所。


「その想いを形に変えよう。集いし想いを刃に変えよう……」


激烈なる力と、絶対なる戒を破った時。
浩二はすでに反永遠神剣の真の力を使っていた。想いを形に変えるという事を。
光り輝き、形を変えた己がツルギを構えを取る浩二。

「……っ……何?」

完全に別の形に変化した浩二の神剣を見て、イャガは信じられないと言う顔をしていた。
何故なら、浩二の持つ神剣の形が変化したからだ。
知っている者が見れば、その刀の名前をこう呼ぶであろう。
永遠神剣第五位『暁天』と……

「……さて、行くぞ。叢雲の力さえも取り込んだ……自称最強のエターナル。
おまえが最強を謡うのなら、俺達の想いを全部砕いて見せろ!
―――おまえにぶつける意思が、ここには10人分はあるぞ! 

暁と希美とカティマと、ルプトナにナーヤ!
サレスにタリアに、ソルラスカにスバルにヤツィータ!
貴様に抗おうとする想いが、この場には少なくともこれだけある!」

『暁天』の形をとる『反逆』をイャガに向けて突きつけて猛る浩二。



「テメェが……最強を謳うなら―――っ!
俺達を、越えてから謳いやがれえええええええ!!!」



刀を振るえば神速の抜刀術がイャガの髪を掠め、ランタンを掲げれば巨大な火炎弾が放たれる。
光の矢を放った。見えない攻撃をモーニングスターで叩き潰した。

間合いを開けられたら、浩二は神剣を靴に変えて音速の速さで追いかけて蹴りを放った。
爪を突き立て、大剣を振り下ろし、風の薙刀を横に払う。
本のページを投げつけた。手負えば槍を掲げて回復した。

「―――っ!」

イャガは困惑する。まったく特徴が掴めない。
近づいても、距離を置いても、すかさずそれに対応した形の神剣を手に持ち、
止まる事の無い連続攻撃をしかけてくる。

「何よ……」

ある訳がない。想いなんていうものを形にしてしまう……
こんな、デタラメな神剣などがあって良い訳がない。

自分が相手にしているのは誰なのだ? 何人を相手にしているのか?
目に見えているのは一人なのに……
複数人の永遠神剣マスターを相手にしているような感覚に陥るのは何故なのだ。

「何なのよ……一体何なのよ……」

しかし、イャガにとって数は問題ではない。
たとえ数億の軍勢であろうと、自分ならば飲み込める。
問題なのは、飲み込んだ力は中に取り込んでもなお、反抗の意思を示してくるこの力だ。


「……私は、みんなが幸せになれるようにがんばってるのに……
何で……何で、邪魔をしようと、刃向かおうとするのよ―――っ!」


永遠神剣『赦し』は、生きとし生ける全ての者が、抱える全ての業を許す為に生まれた神剣である。
誰しも何らかの罪を抱えている。罪を抱えるという事は心が痛い事。
世界には他者がいるから傷つけてしまうのだ。自分以外の誰かがいるからこそ罪になるのだ。

もしも世界にいるのが自分だけならば、何かを壊して罪になるだろうか?
誰かを傷つけたりするだろうか? 答えは否。
世界に自分しかいないのなら、自分が自分の行いを許せばそれは罪と言わない。

故にイャガは、全てを自分の中に取り込もうとする。
みんなが自分の中で一つになれば、誰も罪を犯すことがないのだから。
それこそが、完全なる赦し―――



「貴方はああああああああああっ!!!!」



だが、視界に写る少年の形をした『何か』が放つエネルギーは、
全身全霊でイャガの『赦し』を否定してくる。


「……うるせーよ………勝手な事を、理不尽に押し付けるな……」


いらない。そんなモノはいらない。許してくれなんて頼まないと。
自分は自分であり続けたいと叫んでいる。






「オマエがどんな正義を持とうと勝手だが……
それを俺達に、理不尽に押し付けるな……
―――何様のつもりなんだっ! テメェはあああああああ!!!!」






*******************************





「ナルカナっ!」



世刻望は、イャガの中から脱出すると、立ち尽くしている少女の傍へと駆け寄った。
イャガは浩二が抑えている。何がどうなってるのかは知らないが、
『天の箱舟』と『旅団』のメンバーの神剣を次々と出現させるという方法で。

「……そっか、みんなもここにいるんだな……
ここで、一緒に戦ってくれているんだな……」

眼前で展開される神秘的な光景に、望はポツリと呟いた。
絶対なる存在に抗おうとする力。たとえ一人一人では敵わずとも……
手を取り合って、協力して挑もうとする姿。
敵の力が10で、自分の力が1ならば、同じ想いをもった1の力を重ねよう。
たとえ1であろうとも、それが10あるのならば互角なのだから。

世刻望には、皆の想いを集める力があるが、束ねて率いる能力が無い。
斉藤浩二には、束ねて率いる能力があれども、皆の想いをあつめる力が無い。

どちらも、一人では完全な強さを持つ者には及ばなくとも。
二人で組めば完全なる強さだって越えられる。

「―――望っ!」
「すまん。ナルカナ! 遅れた!」
「……っ、本当よ……いつも、遅すぎるのよ………」
「それについてはジルオル共々に謝る。ごめん! けれど―――」

謝罪の後に、けれどと言って言葉を繋げる。
潤んでいる少女の瞳を見た。望はその瞳をしっかりと見つめる。

本当に待たせた……

ジルオルであった時から考えれば、どれだけの時を待たせたのであろう?
それでもナルカナは待っていてくれた。
自分が彼女の事を忘れてしまっても、待ち続けてくれていた。

「これからは、ずっと一緒だ……」
「え?」
「契約しよう。ナルカナ―――」

「………本気で言ってるの? ねぇ、望……
あたしは……来てくれた事だけで嬉しいよ。
自分の事を思い出してくれただけで十分だよ……」

自分と契約すると言う事は、ナル化存在となる事を意味している。
マナを食らい、神剣宇宙のマナ存在から唾棄されるハグレになる事だ。

「~~~っ!」

望は、自分の頭をガシガシと掻き毟った。
自分としては、一大決心をしての告白であったつもりなのだが、
彼女は自分の言葉を、この場の雰囲気とかテンションに流されて言ったモノだとでも思っているのか。

気持ちを言葉に表すというのは大変な事だ。

こういう時には、自分も浩二のように想いを流暢に語れる喋りの才能があればと思う。
しかし、残念な事に世刻望にはその才能は無い。
仕方ないので、自分らしく行こうと望は体当たりでいく事にした。

「ナルカナっ!」
「―――っ!」

目を反らしているナルカナを正面から抱きしめる。
そして、顎を持ち上げてキスをした。すると勢いがつきすぎて歯が当った。
ガチッとマヌケな音が鳴って、二人でいててと言いながら口を押さえる。

「……何をやっておるのだ……」

世刻望の神獣レーメが、望の肩にちょこんと座って、肩をすくめていた。
浩二とユーフォリアと沙月が、イャガと交戦中でソレを見ていなかったのが僥倖であろう。
見ていたら、きっと皆笑っていただろうから。

「……っ……っ……ちょっと! 何するのよ! 痛いでしょうが!」
「す、すまん!」

「あーーーーー! もうっ! 本当に望は、あたしが居てあげないとダメダメなんだから!
女の子にキスの一つもできない男なんて、この宇宙一心が広い私が貰ってあげなきゃ、
きっとだーれも、見向きもしないわね!」

踏ん反り返って言うナルカナに、レーメは心の中でそんな事はないだろうと思う。
少なくとも、ナルカナが望を要らぬ言えば、
じゃあ私がと言って手を上げるだろう女性を5人は知っている。

「……ははっ。じゃあ、頼むよ……ダメダメな俺の傍にいてくれよ。ナルカナ」

しかし、望は目の前で踏ん反り返っている少女のそれが、
喜びを隠すための精一杯の強がりだと知っている。


「……世刻望は求める。永遠神剣が第一位の力を……
俺を神剣の主に認めるならば、応えろ『叢雲』ッ!」


手を翳して求める望。それ見たナルカナは、一瞬だけフッと笑って表情を引き締めた。


「我、神剣『叢雲』の化身たるナルカナは応える。
世刻望を我が主と認め、その使命と共に汝に力を授けよう……
これより汝の名は『叢雲』のノゾム―――
我と共に神剣宇宙を駆け、永遠を歩むものとなれ!」


ナルカナはそう言って望の顔を見た。首を縦に振る望。



「叢雲を成す根源よ、我が血肉となれ!」



ナルカナの宣言と共に、望は自分の身体がナルに侵食されていくのを感じていた。
そして、世刻望という存在が消えていく事を……ナル・エターナルになる事を。
だが、それが不快だとは思わない。この力はナルカナそのものであり、
イャガが吸い込んだような不純なモノではないのだから。

「……馬鹿だよ。望は……こんな、ハグレの主になって、
今までのモノを全部捨ててしまおうと言うんだから……」

「俺が馬鹿だって事は十分に理解してる」
「でも……私は……そんな馬鹿が、大好きだよ……望」
「……ああ」

頷いて答える望の前で、ナルカナの身体が輝き、光の後に一振りの剣が浮かび上がる。
そのツルギこそ永遠神剣第一位『叢雲』
かつて理想幹でこのツルギを握った時は、仮契約のマスターでしかなく、
本来の力を抑えているとナルカナが言っていたが、
この本来の力を発揮する『叢雲』を前にすると、確かにその通りだと望は思う。

『ん? 望―――なんか勘違いしてるみたいだから、一応は断わっておくね』
「何だ?」

『私の力、まだこんなモノじゃないよ。
あくまでここにある『叢雲』は……
ツルギの意思である、あたしだけの力で構築したモノなんだから』

「これでかよ!」

『今は急場だからね。本当なら望には、
真の力を取り戻したあたしを握って欲しかったんだけど……』

「―――いや、これでいい。これで十分だよナルカナ……」

もともと最強の力など求めていないのだ。
一人ぼっちであった彼女を支えられる場所に居て、
理不尽に暴威に晒される、力無き人々を護れる力があればそれ以上は望まない。

今以上の力を求める日が、いつかは来るのかもしれない。
けれど、今はこれだけの力があれば十分だ。
何故なら自分は一人ではないのだから……



「行こう! ナルカナ! 戦いを終わらせるぞ!」
『あたし達の帰る場所。護らなきゃね!』



望が力強く呼びかけると『叢雲』もそれに応える。
永遠神剣第一位のエターナル『叢雲』のノゾムは、
一筋の光となって仲間達の待つ場所へ駆けるのだった。





********************************





「―――っ!」
「なっ!?」
「え?」


一筋の光が横を駆け抜けて行った。
光が駆け抜けた後にはイャガが目を見開いて固まっている。


「……え?」


見開いた目をゆっくりと下ろすイャガ。
そこには自分の左腕が落ちていた。

「終わりだ……赦しのイャガ……この時間樹から消えろ……」

光が駆け抜けた先から少年の声が聞こえてきた。
振り返る。大剣を横に構えて自分を睨みつけている少年。

「望くん……?」
「望さん……?」

その少年が持つツルギは、凄まじいまでの波動を放っていた。
全身から溢れ出してるマナの光が半端ではない。

「……そっか、それがおまえの道か……」

浩二は、その姿を見て複雑そうな顔を浮かべた。

「―――望っ!!」

しかし、すぐに表情を引き締めると叫ぶように呼びかける。

「押さえを頼む。俺は、イャガを消し去る力を集める」
「おう」

浩二の言葉に頷き、ユーフォリアと沙月とアイコンタクトを交し合う望。
三人がイャガに向かっていくと、浩二は反永遠神剣『反逆』を薙刀に戻した。

「さぁ、行こうか……反逆」
『ええ……』

「時間樹に住まう、全ての生きとして生ける者の想い……
絶対なる力を否定する力は、ここにあるのだから」

浩二は静かにそう呟くと、刀身を赤い光で輝かせる。

『たとえ一つ一つは取るに足らない、ちっぽけなものだとしても……』
「集めれば、それは巨大な力を破る、大いなる風となる」

虚空に向かって、ゆっくりと薙刀を振るう。
心気を済ませ、集った思いを刀身に引き寄せるかのように。

「戦おう。矢尽き、刀折れ、全てを無くしたとしても……」
『立ち向かう心は、何よりも尊いものだから』

一振り、一振りと、浩二が薙刀を振るうごとに光が大きくなっていく。

『抗おう。たとえ立ち塞がる壁が大きくとも……』
「越えられぬ壁など無いのだから」

不思議な感覚であった。自分の身体が自然に動く。
言葉に魂が宿って言霊となっていく。

「我がツルギ―――反永遠神剣」
『理不尽なる暴威に抗う想いから生まれた『想い』のツルギ』

刀身に纏った光が、凄まじい輝きを放っていた。
嵐をその手に掴んでいるかの感覚がある。波動の螺旋が原初を包む。
浩二は深く腰を落として、横薙ぎの構えを取った。

「でええええい!!!」

望が振り下ろした『叢雲』の斬撃が、イャガの『赦し』を弾き飛ばした。

「沙月先輩! ユーフィー!」

そして、バッと後ろに飛びずさる。イャガの目が大きく見開いていた。
ありえないと。何故だと。どうして自分が……



「我がツルギに宿りし想いと―――」
『永遠神剣の暴威を前に、空しく散っていった魂が集う時―――』



目を爛々と輝かせ、浩二の目がイャガを完全に捕らえている。





「『 あらゆる奇跡は自然に還る! 」』





そして、叫びと共に反永遠神剣を横に薙ぎ払った。
赤い光が巨大な壁となってイャガに迫る。
それが攻撃や技であったのなら、逃げるか防ぐかできたであろう。
しかし、想いからは逃げられない。

「―――っ!!!」

目の前に迫るソレを前にして、イャガは頭に電撃が走ったかのように思い出した。
かつてソレが自分を消し去った力である事に。



「うわああああああああああああっ!!!!」



ナルを取り込み、エターナルを越える力を得た女は絶叫した。
恐怖に引き攣った顔で、無我夢中になって、
ナルを身体中から噴き出して、死にたくない。消えたくないと抗おうとする。

「―――っ! がっ!」
「あああああああああああああ!!!」

イャガの放った黒い光が、赤い光を押さえ込むように展開された。
エネルギーとエネルギーの押し合いになる。イャガの絶叫は、獣があげる断末魔であった。
それは生きたいと、存在していたいと、ここに在りたいと……
生物の本能と言う純然たる想いの力。


「押し返すつもりか―――っ!!!」


浩二の反永遠神剣の力は『想い』である。
想いは魔法や攻撃に貫かれる事も、消される事も無い。
だが、同じ『想い』の力をぶつける事は可能である。



「ああああ! あああああああああああ!!!」



斉藤浩二の放った『想い』は、この時間樹に住まう全ての生きとし生ける者の想いである。
しかし、ナル・エターナル『赦し』のイャガは、たった一人でそれを受け止めていた。

「コノ―――ヤロウがああああああああ!!!」

負けてたまるかと歯を食いしばる。
しかし、浩二が懸命ならイャガは必死である。
何故ならこの力によって消されたら、イャガは『永遠』である事さえも否定されてしまうのだから。



「嫌! 嫌っ! 嫌ああああああああああああああ!!!!」



イャガは、もう形振り構っていなかった。
どんな危機でも崩さなかった微笑など、もう欠片も残っていない。
必死の形相で、恐怖に震えながら―――



「―――くっ! ぐはあああああ!!!



―――反永遠神剣が放った時間樹の『想い』を耐え切ったのであった。



「はははっ―――あははははは! アハハハハハハハ!」
「………嘘だろ……オイ……」
「やった! やったわ! アハッ、アハハハハ!!!」
「………たった一人の意思で、時間樹の想いを相殺しやがった……」

力を押し返された反動で吹き飛ばされた浩二が膝をつく。
辛うじて薙刀を突き立てて倒れ伏すのは堪えているが、
彼がもう満身創痍である事は間違いなかった。

「……これが、エターナルの力……か」
「フフッ。ほんと、貴方には驚かされてばっかりだったわ……」
「………」
「でも、私の勝ち。貴方は私に勝つことが出来なかった」

「………そうだな。俺はおまえに勝てなかった……
出来ないことなんて無いと言いながら、無様なモンさ……笑えよ」

「嘆く事はないわ。貴方は特別に可愛がってあげる……
さぁ、私と一つになりましょう……その力、その想いは私が全部受け止めてあげる」

妖艶な笑みを浮かべて浩二に手を翳すイャガ。
力の全てを使い果たした浩二に、それを抗う術は無い。
だが、浩二はそれでも笑っていた。口元をニヤリと吊り上げて笑っていた。

「なぁ、アンタ……何か勘違いしてるだろ?
俺はおまえに負けた。それは認めるよ。けど―――」

浩二がそう言いかけた所で、イャガは浩二に翳していた手を引いて身を翻した。

「なっ!?」

そこで見た。信じられない光景を。
圧倒的な力の塊。大気を振るわせる光の柱。




「―――勝負は俺達の勝ちだっ!」




浩二の言葉を繋げるように、その巨大な力の塊を手にした少年が叫んだ。
世刻望。永遠神剣第一位『叢雲』のマスター。
彼は、イャガが浩二の反永遠神剣とのぶつかり合いをしている時に、
叢雲をかざして、この攻撃を準備していたのだ。


「うおおおおおおおおおおっ!!!!」


振り下ろされる『叢雲』の一撃。
稲妻の柱のような斬撃がイャガの頭上に振り下ろされる。


「………っ!!! このおおおおおおおっ!!!」


それでもイャガは諦めない。
浩二の放った、時間樹に住まう生きとし生ける者の想いを乗せた一撃を、
防ぎきったばかりの所に、続けて振り下ろされるその攻撃を受けてもなお、
生き残ろうと執念で叢雲の力を押し返そうとする。


「我がツルギに宿りし、生きとし生ける者達の想いよ………」


肩膝をつきながら浩二が『反逆』を翳した。
それと同時に望の後ろに希美やカティマやルプトナ達。
『天の箱舟』と『旅団』の神剣マスター達の姿が浮かび上がる。

「なっ!?」

それは、今まで斉藤浩二を押していた力であった。
絶対なる存在に抗おうとする想い。彼女たちは『叢雲』を握る望の手に、一人ずつ手を置いていく。
一人が手を重ねるたびに、イャガを押す力が強くなる。

「その全て―――」

その光景を見て少年は唄う。静かに、鎮魂歌を歌うように。
望の気合に合わせる様に、運命を否定する少年が唄った時―――



「うおおおおおおおおっ!!!」
「―――聖なるかな……」



原初神剣の刃は、猛り狂うナルを纏いながらイャガを肩から両断するのであった。






「う、ぐ……ああああああああああああっ!!!」






イャガの断末魔が響き渡る。両断された身体が消えていく。
ナル存在となった彼女は、マナの粒子となり世界に還る事はない。
やがて、イャガの姿は完全に消え去り、原初に静寂が訪れるのだった。









[2521] THE FOOL 64話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:f980d33e
Date: 2008/06/11 17:41







「終わった……な」



イャガの気配が完全に消滅したのを確認すると、
望がポツリと呟き、浩二と沙月とユーフォリアは顔を見合わせる。

「……ああ」
「そうね……」
「そう、ですね……これで……」

見合わせると同時に笑みを浮かべる少年と少女達。
ニッと笑いあうと、叫びながら神剣を放り投げるのだった。

「いいいいやっほーーーーーーーう!」
「よっしゃああああああ! どうだ、コノヤロウ! ザマーミロ!」
「勝ったわ! 勝ったわよ! みんなーーー!」
「私達の勝ちですーーーーーーっ!」

投げられた神剣はやがて落下して行き地面にドスッ、ドスッと突き刺さる。
それからみんなで手を叩いて喜び合った。

『ちょっ、何あたしを捨ててるのよ! 望!』
『マスター……このわたくしを放り出すなんて……』

放り投げられた『叢雲』と『反逆』が機嫌を悪くしているが、やはり声はどこか弾んでいる。

少年達の戦いは、一先ずの終わりを告げた。
物部学園の校庭から始まった戦いは、やがて幾多もの分枝世界へと場を移し、
世界の中心理想幹をへて、始まりの地で終わりを迎えるのだった。
大いなる永遠神剣の名の下に始まった、少年達の物語……






その幕が、今……静かに下りようとしていた―――






**********************************






運命に導かれし者達と、運命に抗う少年の手によって時間樹は救われた。
ヒトの形に戻ったナルカナが原初からログを操作すると、
時間樹を初期化させようとしていたプログラムが止まり、世界に平穏が訪れる。

少年達は、ひとしきり騒いだ後は地面に腰を下ろして無言でいた。
『天の箱舟』は、長い航海を経て終着点に辿り着いたのだ。
一つの船に乗り、一つの目的地を目指して進み続けた彼らも、
船から下りれば別の道に向かって歩き出すのが定め。

彼等は心を通じ合わせた仲間である事は間違いないが、
生涯を共にするパートナーではないのだから。

「……さて、それじゃ写しの世界に戻るとするか。
今なら精霊回廊を開けるのだろう? ナルカナ」

「ええ」

それでも、別れはまだ先であろう。もう少しだけ、自分達の道は重なっている。
浩二がそう思って立ち上がると、ユーフォリアが立ち上がって首を振った。

「……あの、おにーさん……それに、皆さん……名残は尽きませんけど……
私は、ここでお別れです……任務が終わりましたから………」

「……任務?」

ユーフォリアの言葉に沙月が不思議そうな顔をする。
そう言えば、まだ皆はユーフォリアに記憶が戻った事を知らないのだなと、
浩二が要約して沙月と望に話してやる。

「……そっか、そう言う事だったのか……」
「……あの、ごめんなさい。騙すような形になってしまって……」

そう言って申し訳なさそうな顔をするユーフォリアに、望は静かに首を横に振る。

「こっちも、ユーフィーが居てくれて助かった」
「でも……」
「経緯はどうあれ、俺達は仲間だろう?」

望の言葉に沙月と、人型に戻ったナルカナが頷いている。


「……ありがとうございます……
―――私、皆の事……絶対に忘れません―――」


万感の想いを乗せて言うユーフォリア。
浩二は、そんな彼女の頭の上にポンと手を置いた。

「一人で帰れるのか?」
「むっ、子供じゃないんですよ」

からかう浩二と、むくれるユーフォリア。こんなやり取りをするのも、もう最後。
浩二は、ユーフォリアの頭の上に置いた手で優しく撫でてやる。

「いい女になれよ。テメーコノヤロー」
「……もちろん―――ですよ」

その、二度と触れられる事の無い温もりに、ユーフォリアは泣きたくなった。
ついて来てくださいという言葉が喉まで出掛かっている。
だが、それを口に出してしまえば浩二は困った顔をするだろう。

「…………」

望達は、その様子を複雑そうな顔で見ていた。
人懐っこくて明るい彼女は、誰にも愛されて可愛がられていたが、
何だかんだで彼女が一番懐いていたのは斉藤浩二という少年なのだから。

「望さん。沙月さん。ナルカナさん……お世話になりました」
「ユーフィー……」
「……ええ。貴方に会えて良かったわ」
「ナルカナ様の事。忘れるんじゃないわよ」

ぺこりと頭を下げるユーフォリア。
そして、浩二の方に向き直ると、彼の隣に立つ少女に頭を下げる。

「……おにーさんの事、お願いします」
「……ええ。わかりましたわ」

二人の少女は手を握り合う。
そして、最後にもう一度だけ浩二の顔を見た。

「私……忘れません。おにーさんから頼まれた事。
過ごした時間。共に戦った日々を……」

「ああ。俺も忘れんよ」
「……あの」
「ん?」
「いつか、また……会えますよね?」
「それは―――」

浩二は、ユーフォリアにもう会わないほうがいいと言った筈だった。
それでも、あえて彼女がそう言った事に浩二は驚くが、
ユーフォリアが服の裾を掴みながら涙を堪えてる事に気がついて、強張った顔を元に戻した。

―――自分達は、もう会わない方がいい。

それは互いに間違いない事なのだが、泣きそうな顔をしている彼女を跳ね除けれる程に自分は強くない。
生きていれば人間必ず捨てられないモノができてくる。
始めのころは、何者にも縛られず、重いモノを背負いたくないと嘯いていたものだが……
望やユーフォリア達は、もう自分にとって特別な存在になっているのだから。

「……ああ。そうだな……」

だから浩二は笑顔を作った。そして、彼女の頭にもう一度手を置いて撫でる。

「きっと……また、会えるさ……」

そう言って、斉藤浩二はユーフォリアが差し出した地獄へ誘う契約書にサインした。
エターナルとの再会を約束すると言う事は、神剣宇宙にいつかは飛び出す事である。
本音を言ってしまえば、浩二は永遠神剣にこれ以上関わりたくは無いのだ。
彼の目指す夢は、戦とは反対に位置するものなのだから。



「―――はいっ!」



しかし、こんな向日葵のような笑顔を向けられると、
この悠久の少女が自分を必要とした時、もう一度ぐらいは舞台に上がってやろうと思ってしまう。
それはおそらく、現世ではないだろう。来世かもしれない。また次の世かもしれない。

もしも、自分の魂が永遠に続く、転生と言う名の輪廻にあるのなら、
現世では世刻望のバカヤロウな理想を叶える手伝いをしたように……
成長したユーフォリアが、望のようにバカヤロウな理想を掲げた時は、
俺がその理想に筋道をたてて形にしてやろう。

ユーフォリアの為の組織を作ってやるのも悪くは無い。
世刻望が持っているような、自分さえも惹きつけるカリスマの片鱗が彼女にはあるのだから。
本当に嬉しそうに笑うユーフォリアの顔を見ながら、浩二はそう思うのであった。


「望さん、沙月さん、ナルカナさん。おにーさん……
希美ちゃんやルプトナさん達にも伝えておいてください。
また会いましょう。絶対に、また―――この神剣宇宙の何処かで」


元気な声でそう言うと、運命の少女は背を向けて駆けていく。彼女の前には光が見える。
きっと、任務を終えたカオスエターナルが神剣宇宙へと続く回廊を開いたのだろう。
消えていく小さな背中。彼女はその光の中に入ると振り返った。



「――――――」



振り返った彼女が何かを叫ぶのと、光が閉じるのは同時であった。





******************************




「あいつめ……」


ユーフォリアの最後の言葉を聞いた浩二が苦笑する。
皆も同じように苦笑していた。

「……それじゃ、俺達も帰るか?」
「それなんだけどさ、浩二……」
「ん? 何だ?」

浩二の言葉に望が一歩前に踏み出してくる。

「俺とナルカナは、写しの世界には戻らない……このまま旅に出るよ」
「……そうか」

何となく予想していた事ではあった。
もう少しだけこの道が繋がっていればいいとは思ったが、
望がエターナルになった時に、やはり交わりあっていた線が離れたのだと。

「エターナルになって現れた時から……
なんとなく、そう言うだろうとは思ってたよ……でも何故だ?」

「ナルカナと契約し、ナル・エターナルになった俺は、マナ世界においては異物だ。
みんなの傍に居たいとは思うけど、身体がそれを許してはくれない。
だから、それを抑える方法を探しに外宇宙へ行くよ」

「俺の神剣の力は、あくまで自然な形に戻す力だからなぁ……
抑える為の力じゃないから、力になってやれそうにない」

「気持ちだけ受け取っておく。それに、もしも浩二にナルを抑える力があったとしても、
俺はどの道、外宇宙に行かねばならない。ナルは外宇宙にも飛び散ってしまっている。
だから、俺とナルカナはそれを回収して周らないと……」

「難儀な事だな。それでも別れの言葉ぐらいは皆に―――あ、そうか」

言いかけた所で浩二はエターナルという存在について思い出す。
永遠存在エターナルは、一度世界から離れると、
それまでその世界に関与した記憶と記録が抹消されるのである。

自分と望からユーフォリアの記憶が消えていないのは、
理不尽を否定する反永遠神剣が、記憶から消えるという理不尽を否定しているからであり、
望は同じエターナルであるからだろう。

「……あれ? でも……そうなると沙月先輩は……」
「なに? 斉藤くん」
「ユーフォリアの事を覚えてますか?」
「あたりまえでしょ」

だが、エターナルでも反永遠神剣のマスターでも無い沙月が覚えているのは何故だろう?
エト・カ・リファの戒名といい、今回のユーフォリアの件といい、
一応は納得できる理由のある望と違って、斑鳩沙月はどちらも理由が不明のままクリアしているのだ。
ここにきて再び出てきた斑鳩沙月という少女の謎。

「あの、沙月先輩? もしかして、先輩もエターナル―――」
「違うわよ」

浩二が何とか答えを出そうとしてそう言った時、ナルカナが遮った。


「沙月はエターナルじゃないわ。私と同じ『叢雲』の一部よ」
「………は?」
「………へ?」


「「「 ええええーーーーーーーっ!!! 」」」


永遠神剣『運命』を持つカオスエターナルの長ローガスと、
第一位神剣『聖威』との戦いに敗れた『叢雲』は、
彼等によって分割され時間樹に封印されたと言うのはもう周知の事実だが、
ナルカナはそれについて補足するように語る。

永遠神剣第一位『叢雲』の意思はナルカナ。
叢雲の力が、やがて自我を持ち神剣となったのが『黎明』であり『暁天』である。

そして、斑鳩沙月は叢雲の器―――

すなわち彼女も分類的にはナルカナと似たような存在だが、
その器にセフィリカという神の魂を入れる事により、斑鳩沙月という存在になったのである。
故に彼女の意思はセフィリカのもので、身体が叢雲の器という特殊な位置づけであるのだ。

世刻望と、ユーフォリアに、斑鳩沙月……それに斉藤浩二を加えた4人は、
『天の箱舟』と『旅団』のメンバーを合わせた神剣マスターの中でも極めて特殊な存在なのだ。

時間樹外の存在であり『浄戒』という、神名を消す特殊な力を持つ世刻望。
エターナルの両親から生まれた、天然自然のエターナル……運命の少女ユーフォリア。
反永遠神剣などというツルギのマスターである斉藤浩二は言わずもがなであり、
それに上記で述べた斑鳩沙月が加わる。

最後まで残ったのが、その4人であったというのは、ある意味当然であり必然なのだ。
暁絶は神剣こそ叢雲の一部を持っていても、本人は時間樹で生まれた存在なので、
エト・カ・リファの『戒名』に抗えなかった。
サレス・クゥオークスは本人こそ時間樹外の存在であるが、
叢雲の力を持たぬが故にエト・カ・リファの『戒名』に抗えなかった。
だからこそ、最後まで原初に立っていられたのがこの四人なのだ。


「……はぁ、そういう事か……」


ナルカナの説明を聞いた浩二が呆れるように言った。
もしも、運命を司る存在がいるのなら、今ココに立っているのは望とナルカナと沙月だろう。

「じゃあ、沙月先輩も望と一緒に神剣宇宙へ旅立つ訳だ?」

先輩はそれでいいんですか? という目で浩二が沙月を見ると彼女はやがて首を縦に振る。
浩二がここにいなければ、誰も帰る者はいないのだ。
創造神とイャガを倒した者達はそのまま外宇宙に旅立ち、記憶から消え去り……
世界は何事も無かったかのように時を刻む。運命の神が描いたシナリオはそんな所だ。

「……て事は、だ。写しの世界に帰るのは俺だけとなる。
最後の戦いを勝ち抜いた者の中で、俺だけがのこのこと凱旋したら……
まるで、たった一人で世界を救った英雄か勇者みたいじゃねーか。冗談じゃねーぞ」

げぇっと言いながら、心底嫌そうな顔をする浩二。

「別にいいんじゃない? アンタ、それなりにがんばったと思うわよ」
「そうだぞ浩二。おまえが居たからこそ俺達は勝てたんだ」

ナルカナと望の言葉に、人事だと思いやがってという顔をする。
沙月はクスクスと笑っていた。

「―――チッ。おい、望!」
「何だ?」

「おまえの都合で俺は勇者なんて空恐ろしい偶像にされるんだからな。
これはでっかい貸しだぞ。覚えておけよテメー」

「……ああ、わかったよ」

苦笑を浮かべる望。そんな事を言われても、自分は浩二に借りがありすぎて、
更に一つや二つ増えたところで同じようなモノなのだ。

「だから、オマエ……絶対に帰って来いよ。
外宇宙に出たら、のんびりとやるつもりだったんだろーが……
そうは問屋が卸ねーぞコノヤロウ!」

そう言ってビシッと望に指を突きつける。

「俺が……おまえの旅に期限を決めてやる。俺がくたばる前に帰って来い!
それまでは……勇者だろうが英雄だろうがやってやる。
この時間樹は俺が護ってやる……だから、必ず帰って来いよ………」

斉藤浩二らしい、実に捻くれた激励の仕方であった。
素直に帰って来いよと言えばいいものを、理由をつけて言う辺りが彼らしいと、
浩二の傍に立つ『反逆』は苦笑をうかべる。

「……わかった」

それは望も解ったようで、この素直じゃない親友の周りくどい優しさに笑顔をみせた。

「―――よっし! それじゃあ行って来い!」
「ああっ!」
「それじゃ、回廊を開くわよ」

浩二がそう言うと、ナルカナが彼の為に写しの世界へと続く精霊回廊を開いてやる。
そして、自分達が外宇宙へ向かう為の扉を反対側に出した。

「なぁ、望……忘れるなよ……
時間樹には俺がいる事を。斉藤浩二がいる事を……」

「忘れる訳ないさ。忘れられるようなヤツでもないだろ」
「帰って来たらおまえに渡すものもあるんだからな」
「渡すもの?」

「俺達みたいな、故郷に帰れなくなったハグレ者達が住まう、
全ての生きとし生ける者たちが、平等に受け入れられる世界―――」

浩二がこれからやろうとしている事を聞いたとき、
望は彼なら本当にやってしまうかもしれないと思った。
世界の創造。それは、この少年に相応しい大きな夢ではないかと。

「それと、おまえに敗北をプレゼントしてやる。
人間な、一人ぐらいはコイツにゃ勝てないと思うヤツが居た方がいいんだよ。
そんなヤツがいれば、努力する事を怠らない。今よりも、もっと強くなれるから」

「……ははっ、そうだな……ああ、楽しみにしてるよ……」

望は苦笑を浮かべる。自分が浩二より上だと思った事は無い。
それでも、そう言ってくれる彼の言葉が嬉しくて、拳を握り締めて前に突き出す。
浩二はニヤリと笑った。そして自分も握り拳を作ると、ゴツッとぶつけあう。



「……またな。世刻望………翼を持った親友よ……」
「……またな。斉藤浩二……地を歩む俺の親友……」



そして、少年達は背を向けて歩き出す。
永遠を生きる。翼を持った少年は大いなる神剣宇宙へ旅立つ。
後ろには、神の奇跡の具現たる二人の少女を道連れに。

有限を生きる。大地を歩く少年は護るべき時間樹へと帰る。
後ろには、人の想いの具現たる一人の少女を道連れに。






―――それぞれの道を歩き出すのであった……






*************************************






時間樹を巡る戦いが終わった後の事。
斉藤浩二は写しの世界に戻ると、そこであった事を環とサレスに報告した。
永遠存在となり、皆の記憶から消えた世刻望。
その事を覚えているのは、浩二と環とサレスの三名だけであった。

斉藤浩二の神剣―――

反永遠神剣『反逆』は、永遠神剣の奇跡を自然な形へと戻す力を持った神剣。
故に、存在を書き換えて皆の記憶から消えるという理不尽を打ち消す力がある。
だが浩二は、真実を知っていた方がいいと思ったサレスにだけ記憶を戻すと、
あえて他のメンバーには世刻望の記憶を取り戻させるような事をしなかった。

これはサレスや環と相談しあって決めた事である。
何故なら彼等は、すぐに記憶を戻したら望を追うと言い出すに決まっている。
しかし、時間樹の外に出ると言う事は並大抵の覚悟で決めて良い訳が無い。

せめて彼等には平和になった時間樹でしばらく過ごしてもらい……
一時の感情ではなく、本当にこの世界を捨ててもいいのか?
本当に今の日常を無くしてしまってもいのかと、考えた上での結論を出して欲しかったのだ。

その上で、彼らが望を追うと言うのなら止めはしない。
友人として、仲間として快く送り出してやるつもりだ。
そんな想いを胸に秘め、浩二は三年後に再び皆と会う約束を交わして別れたのであった。
その結果、ある者は旅に出て、ある者は故郷に帰り、ある者は残った。




そして、斉藤浩二はと言うと―――




「お疲れ様でした。大統領」
「まったく……休み暇さえありゃしないな」
「心中お察しします。ニーヤァ様」

彼は魔法の世界で、ナーヤの兄であるニーヤァの秘書官なんかをやっていた。
着ている服はもう学生服ではなく、魔法の世界で官僚が着るような服である。

「コウジ。次の予定は何だ?」

「財務大臣との打ち合わせですね。その後は、建設大臣との会食。
それが終わったら、ザルツヴァイを視察にこられた分枝世界の使節団の方と共に、
産業プラントを巡察する予定となっております」

打てば響くとはこの事だろう。ニーヤァの問いにスラスラと答える浩二。

「……それはオマエがやれ」
「お戯れを」

微かな笑みを浮かべる浩二に、ニーヤァはこの男は一体何なのだろうと思った。
斉藤浩二が魔法の世界にやって来てから、もうすぐ二年が経つ。

始めはサレスに弟子入りし、従者として『旅団』の仕事に従事していたようだが、
半年ほど前にサレスから、政治の場を見せてやって欲しいと言って寄越された。
ニーヤァは、彼とはちょっとした因縁がある。
初対面であった時に、ハリセンで叩かれるという屈辱を受けているのだ。

しかし、その時の謝罪については、魔法の世界にやってきた時に受けていた。
深々と頭を下げて、申し訳ありませんでしたと謝られたのだ。

嫌味の一つでも言ってやろうと思ったが、
挙措に一部の隙も無い、不思議な存在感を醸し出す浩二に気圧されるようにして、
あの時は別に良いと答えたものだった。

ニーヤァは、この時間樹を巡って大きな戦いがあった事は知っていた。

斉藤浩二はその戦いを一人で勝ち抜き、創造神エト・カ・リファを倒した英雄である。
原初という場所には自分の妹であるナーヤや、サレス達の旅団。
それに他の分枝世界から集った永遠神剣マスター達も一緒に乗り込んだのだが、
彼等は途中でリタイアしている。

しかし、斉藤浩二は自分以外の皆がリタイアして一人になっても原初を突き進み、
世界の創造神エト・カ・リファを打倒し、初期化されようとしていた世界を救ったのだ。
その事を、何気なく浩二に尋ねると、彼は笑いながらこう答えた。

いいえ。俺は一人ではありませんでしたよ。それに、英雄なんかでもありません。
崩壊に抗う、分枝世界すべてに住まう人々の想いを代行しただけですと。

謙遜ではなく、本気でそう言っていた。
彼の事が嫌いではなくなったのは、その話を聞いた後からであろう。
それからはオフの時にはお互いに名前で呼び合う仲になった。

―――自分では浩二を生涯の友だと思っている。

とにかく気が合った。もしかしたら、自分に合わせている部分もあるのかもしれないが、
それでも浩二と他愛も無い事を語り合ったり、暇を見つけては遊ぶのが楽しかった。

「コウジ……おまえ、妻は娶らんのか?」
「突然なんですか? 大統領」
「おまえは知らないのかもしれないが……縁談の話が随分ときているのだぞ?」

ニーヤァがそう言うと、浩二は真面目な表情でこう言ってきた。

「それは大統領の秘書官としてお答えすれば良いのでしょうか?
それとも、ニーヤァ様の友人として答えれば良いのでしょうか?」

「……友人としてだ」

「それなら、ぶっちゃけて言います。ありませんね。
私はこの魔法の世界に骨を埋める気はありませんので……」

「知っている。おまえがこの世界に来て、サレスに師事しているのは……
政治だけでなく医学や農耕……工業、産業、商業などを学ぶためであろう?」

「はい。私が立つ場所は己が手で作り上げます」


でかい夢を持った男であった。


「……そうか」


そして、その夢を絵空事で終わらせるのではなく、必ずやり遂げると信じている。
時間樹を救った勇者にして、歴史に残る名宰相たりえる資質を持つ男。
食事を共にする時に政治の話を時々するのだが、
浩二がその時に呟く言葉には、キラリと光る物がいくつかある。

簡単に言ってしまえば、斉藤浩二は物事の要点を掴む事が物凄く上手いのだ。
大統領の自分にあがってくる書類も、浩二が目を通せば要点だけを綺麗に纏めてくれる。
そして、何気なく尋ねてもしっかりと理に乗っ取った答えが返ってくる。

試しに、魔法の世界をよりよくする為の改革案でもあれば出してみろと言ったら、
三ヵ月後には農業改革案、産業改革案、商業改革案、法律改革案と言う名前の、
数百枚に渡るレポートの束が返ってきた。

ニーヤァは自分が読んだ後に、ザルツヴァイの大臣にそのレポートを見せてやったら、
全員が真面目な顔で、これは誰が書いた物なのですかと言ってやってきた。
荒削りで、青臭い理想論も含まれており、所々に修正が居る場所は多々あるが……
草案として、これだけの物を出せる人間はそう居ない。
是非とも自分が手元に置いてその才能を開花させてやりたいと言っていた。

ニーヤァは、それに対して笑いながら、曖昧に断りをいれた。
何故ならこれを書いた斉藤浩二の師はサレスである。
どの分野でも、彼以上の師となりえる人間などいないだろう。

それにハッキリと言ってしまえば、自分はトトカ一族以外の者を重用はしない。
選民意識から来ているのは自覚しているが、ザルツヴァイはトトカ一族の国だという誇りがあるのだ。
別の世界からの人間を重用すれば、この国を第一として考えなくなる。


「コウジ。昼の会食は私一人でいい。オマエはナーヤの所にでも行け」
「いや、しかし……」


そして、斉藤浩二は傑物であるが、彼は別世界からやってきた人間である。
その才能は惜しいが、この国の要職は任せられない。
そう思った時に閃いた事があった。

ならば、トトカ一族の親類から嫁を採り浩二を一門に迎えればいい。
妹のナーヤに、それほどの愛情を持っている訳ではなかったが、
ニーヤァはどこぞの馬の骨にくれてやるくらいならば、斉藤浩二と結婚させようと思っていた。

「これは命令だ。昼はナーヤと取って来い」
「はっ。わかりました」

そうすれば、彼は自分の義弟である。
裏切ることもないし、安心して国政も任せられる。
最近、ニーヤァはそう思うようになっていた。





*******************************





コンコンと、ノックの音が聞こえてきた。
ナーヤは書類から顔を離すと、短く入れと声を上げる。

「お昼でござーい」
「なんじゃ、コウジ。また来たのか」

二人分の食事を載せた盆を持って入ってきたのは斉藤浩二であった。

「仕方ないだろう。命令なんだから」
「やれやれ。困ったものじゃのう」

浩二が来客用の机の上に食事を置くと、ナーヤは椅子から立ち上がってそちらに向かう。
そして、向かい合わせに座って昼食をとり始めた。
フィロメーラが飲み物を持ってやってくる。
浩二はそれを受け取ると、気軽にフィロメーラさんも一緒にどうですかと誘っていた。

「いえ、私はまだ仕事がありますので」

無駄の無い挙措で頭を下げて部屋を出ていくフィロメーラ。
浩二は、その後姿を見てふうっと溜息をついた。

「なぁ、オイ……」
「なんじゃ?」
「何か、段々と外堀が埋まってねぇか?」
「そうじゃのう……」

最近になって、事あるごとに自分は浩二と一緒の時間を作られる。
その魂胆はとっくに見抜いている。兄が自分と浩二を娶わせようとしているのだ。

「のう。浩二」
「何だ?」
「もう、おぬし。ホモセクシャルという事にせぬか?」
「………爽やかな顔で、せぬかと言われても……」
「……う~~む……相手はサレスとかどうじゃ?」

何だかとんでもない事を言い始めるナーヤ。

「まてまて。それはシャレにならんからよせ!
ただでさえ夜は遅くまでサレスの書斎で勉強してるから、訳の解らん噂を立てられてるんだぞ」

「あはは。女官どもはそーいう噂が好きだからのう」
「それならオマエがフィロメーラさんと百合な関係でいいじゃないか」
「馬鹿を言え!」

お互いに責任の転嫁をしあうナーヤと浩二。
もう、何度やったか解らない不毛なやり取りであった。

「まぁ、アレだ。俺の修学はあと一年で終わる。
これが終わったら旅に出るから、それまでの辛抱だ。
後一年……お互いに、のらりくらりとかわしていこうや。な?」

「そうだのう。わらわも、後一年すれば望を追うからのう」

このやり取りから解る様に、ナーヤも世刻望の事を思い出していた。
事情により浩二が反永遠神剣『反逆』で、彼女の記憶を正常に戻したのである。
ニーヤァが自分とナーヤをくっつけようとしている事に気づいたので、
ナーヤだけ三年を待たずに望の事を思い出させたのだ。


「だがな、コウジ……そなたには感謝している。
そなたを傍に置くようになってから、兄上は変わられた。

大統領としての自覚が出てきたとでも言うのじゃろうか……
以前まであった、棘のようなモノが随分と減った」


ナーヤが望を追いかける事を決断できたのは、こういう理由があったからだ。
今までのニーヤァであったならば、ザルツヴァイを一人で任せる事が不安であったが、
浩二と出会って変わった兄ならば、国営を一人でも取り仕切れると確信している。

「まぁ、今までは友達が居なかったから、ああだったんだよ。
ニーヤァは生まれながらの族長だ。だから対等の存在が傍に居なかったのさ」

「対等の存在のう」

「だから俺は、彼に認めさせる所まで駆け上がったのさ。
見下すに見下せない能力を示し、存在をアピールして、立てる所は立ててやり……
こっちが一歩だけ下がった態度で接すれば心を開いてくれると思ったらドンピシャだ」

世刻望は生まれながらのカリスマでもっての人誑しであるが、
斉藤浩二は、努力で培った観察眼と分析能力での人誑しである。

「惜しいのう。おまえが望の傍にいたならば、
ロウとカオスのエターナル組織とも対等に渡り合っていけただろうに」

「何を言ってるんだ。望の参謀はおまえだろう。ナーヤ?」
「まぁ、精々……初代の参謀に負けぬように勤めるとしようかの」

そんな事を言って笑いあう浩二とナーヤ。
約束の時まであと一年。かつての『天の箱舟』と『旅団』のメンバーは、
すべての記憶を取り戻したときに、どんな未来を選ぶのだろうか?

「まぁ、最悪……おまえ達が全員で望を追いかけると言い出しても、
時間樹は俺とサレスで護っていくさ。けれど……俺はあくまで人間だからな。
長生きしても200年は生きられない。精々が90年だ……」

「…………」

もったいないと口に出しそうになって、ナーヤは慌てて口をつぐんだ。
神剣のマスターとしてではなく、人として精一杯に生きる。
大地に種を巻き、花を咲かせ、枯れて行く……
そして、枯れ落ちたところに種を落として、また花を咲かせるのだ。

永遠神剣のマスターが数百年を生きる大樹であるなら、
人間などは一つの季節にだけ芽吹く草にすぎない。
しかし、何もせずに数百年生きたところで何なのだとナーヤは思う。

それよりも、たった一つの季節で枯れていく草花だとしても、
大樹に負けないくらいに堂々と咲き誇った草花の方が尊いではないか。

「望と共に、再び時間樹に戻った時……」
「ん?」
「おぬしの作った世界がどのようなモノであるのかを楽しみにしていようかの」

「フン。どんな分枝世界にも負けねー世界にしてやるさ。
世界から弾き出されたような、はぐれ共を集めて……
自分達を間引きした神にむかって―――どうだ、バカヤロウ。
テメェに与えられた世界よりも、凄いの作ってやったぞザマーミロっていう世界をな」






そう語った浩二の横顔は、会心の笑みをうかべていた。
そして、更に数年の歳月が過ぎる―――









[2521] THE FOOL 最終話
Name: PINO◆c7dcf746 ID:f980d33e
Date: 2008/06/11 17:42






「それじゃみんな。達者でな」


時間樹を巡る戦いより3年の月日が経ったある日。
魔法の世界にあるドッグに、男女合わせて数人の人影があった。

「うん。浩二くんも元気でね」

斉藤浩二の声に答えたのは、永峰希美である。
彼女は、見慣れた戦闘服に身を包んで浩二の前に立っていた。

「……浩二。ホントに来ないの?」
「ああ」

ルプトナが寂しそうな顔をしながら聞いてくると、
浩二は短く、けれどハッキリと答えて頷いた。

「ううっ……寂しくなるよぉ……」
「そんな顔をするなよルプトナ……カティマさん。スバル。皆をよろしくな」
「はい。斉藤殿が居なくとも『天の箱舟』の名は汚しません」
「浩二くんが描く世界。帰ってきた時の楽しみにしていますね」

一人一人と握手を交わしていく浩二。外宇宙に飛び出した望を追う事になったのは、
浩二を除く『天の箱船』のメンバー全員と、ナーヤにタリアとソルラスカであった。

カティマは新生アイギア王国の王位を正式にクロムウェイに譲渡したようだ。
ルプトナは精霊の世界で長老ンギやロドヴィゴ。レチェレと別れを告げてきたらしい。
タリアは、外宇宙に行くか行かぬかで最後まで迷っていたようだが……
サレスに外の世界を見て見聞を広めてきなさいと諭されて行く気になったようだ。

なにせ、永遠神剣のマスターである彼等の生は長いのだ。

エターナルのように永遠とはいかなくとも、人間とは比べ物にならない時間を生きられる。
理想幹神エトルやエデガが、幾百星霜の時を時間樹の管理神として生きてきたように。

「……暁。おまえも、望を追う事にしたんだな?」
「ああ。故郷を復興させるのは、望と共にこの時間樹に還ってきてからだ」
「そうか……ナナシと仲良くな」

浩二がそう言って絶の隣に立つ少女を見る。
ナナシは以前のように小人サイズではなく、人間と同じくらいの大きさになっていた。
何でも彼女のサイズは、元々はこの大きさなのだそうだ。

「それにしても……」

浩二は顎に手を当ててソルラスカとタリア。絶とナナシを見る。
そして、三年前より立ち位置というか、距離が近くなっているのに目聡く気づいて苦笑する。

「何があったんだろうなぁ……あいつ等」
「むしろ、マスターの方こそ……なぜ何も無いのでしょうね……」

今の彼には地位がある。名誉もある。能力もある。
話術も巧みで、顔も美形ではないが悪いという訳では無い。
故に斉藤浩二が求めれば、大概の女性であれば靡く筈なのに……
どうして彼はいつまでも一人なのだろうと『反逆』は思う。

彼女がそんな事を考えている間に、別れの時は近づいて着ていた。
原初に向かう時に傷ついたものべーも、すでに完治しており、
永遠神剣マスターのコミュニティー『天の箱舟』の拠点たる『箱舟』も、
長い航海に耐えうるようにリフォームと施設の耐久強化がなされている。


「んじゃ、ま……アレやっとくか?」


箱舟の搭乗ゲートの前までやってくると、ソルラスカが笑いながら希美に聞く。
希美はアレというのに、すぐにピンときたのかそうだねと頷いた。
皆もアレで解ったらしく、半円の形に並んだ。

掲げられる永遠神剣。決意を言葉にする少年と少女達。
天高く掲げられた永遠神剣の中で、一回り大きな存在感を纏っていたのは、
倉橋時深によって第三位の永遠神剣に匹敵するぐらいまで強化された、暁絶の『暁天』だろう。
叢雲の力である『暁天』は、ポテンシャルの全てを引き出せばそれぐらいにはなるのだ。

希美やタリアやルプトナ達の神剣も、絶の『暁天』ほどではないが、それぞれに強化されている。
三年前よりも強力なマナを放つ彼等の永遠神剣を見ながら、
浩二は以前よりも『天の箱舟』第二陣の方が強いじゃないかと苦笑する。
そして、やはりこの三年は無駄ではなかったのだと思った。

「………望」

飛び立っていくものべーを見上げながら、
浩二は遠い場所で戦っているだろう親友に呼びかける。


「おまえの翼が、今そっちに向かったぞ……」


広い神剣宇宙で、彼らと望が再び会える確率は限りなくゼロに近いだろう。
しかし、浩二は彼等が望と再び出会うだろう事を確信している。
あの戦いを共に歩んだ自分達の絆が切れる訳はないのだ。
たとえ、どれだけ離れていても、自分達は何処かで繋がっていると信じているから。

「俺に翼は必要ない。この二本の足があれば何処にだって行けるから」
「マスター……」

「なぁ、最弱……見てるか? 見てるよな。俺はここまで来たんだぞ?
剣の世界で冗談のように、俺達で国を作れるんじゃねーかとか言ってたけど……
……おまえと別れてから三年間……必死になって色んな事を勉強したんだ……」

浩二は笑顔であった。晴れやかな表情で、空をじっと見上げている。
そして、隣に立っている少女の頭に手を置いた。ポニーテールに結んだ髪が小さく揺れる。
反永遠神剣の化身である少女は、風の中で屹立している青年の横顔を見た。




「……俺は……やるぞ……絵に描いた餅を現実にしてやる!
オマエが……その存在をかけて救った事に相応しい男になってやる!
俺達も行こうぜ反逆! 俺の物語の第二章の始まりだ!」



「………はいっ!!!」





*******************







「燃やせる物を集めてきましたわ」
「ああ」


とある分枝世界。世界を司るマナが枯渇しかけており、
今にも滅んでしまいそうな世界に、焚き火を囲む青年と少女の姿があった。

「瓦礫の山……か」

その青年。斉藤浩二はポツリと呟くようにそういった。
魔法の世界で一般流通しているローブのような服を身にまとい、
乱雑に自分で切った髪を風に靡かせている。
外宇宙へと旅立った『天の箱舟』を見送ってから2年の歳月が経っていた。

「まるで、暁の世界みたいだ……もう、ここに人は誰も住んで居ないのかな?」
「仕方ありませんわ。もう滅んだ世界なのですから」

「そんな寂しい事を言うなよ。もしかしたら居るかもしれないじゃないか。
こんなクソのような世界でも、それがどうしたコノヤロウと踏ん張って、
どうしようもない今日を変えようとしているヤツが……」

「マスター」
「……ん?」
「人の気配がしますわ」
「なに?」

焚き火を消すと、反逆が指をさした方向に向かって歩き出す浩二。
すると声が聞こえてきた。子供の声だ。十人ぐらいの子供がはしゃぎ声をあげている。
崩壊した世界に、はしゃいだ子供の声という奇妙な現象に、
浩二は瓦礫の隙間から窺うように声の方を見た。

「……子供だな」
「……子供ですわね」

瓦礫の隙間から見た光景は、タライのようなモノで身体を洗っている、
三歳から十歳以下の年齢ぐらいの子供達の姿であった。
子供達がタライのような物で体を洗っている場所からすぐの所に、
ボロボロの布で作った天幕が張ってある。おそらくアレが家なのだろう。

「この世界の生き残り……か」

「おそらくそうですわね。でも、あの子供達を保護している人が誰かは知りませんけど、
きっと人格者である事には間違いありませんわ。
だって、あの子達……こんな世界でも笑っているんですもの」

反逆が優しい目をしていた。
浩二はそんな彼女をチラリと見て、そうだなと頷く。

「んじゃ、ま。挨拶ぐらいはしてくるか」
「そうですわね。もしかしたら、わたくし達で力になれる事があるかもしれませんし」
「おいおい。誰も力を貸すなんて―――言つ!?」

突然言葉に詰まる浩二。

「こらっ、貴方達! 水を無駄にしちゃダメって言ってるでしょ」
「はーい!」
「ぼくしてないよ」
「あたしもー!」

視線の先では、天幕の中から出てきた女性が子供達を叱っている。
普通はそれだけなら驚かない。しかし、浩二が固まったのは―――

「エヴォリアじゃないですの!」

現れたのが、懐かしい女性の姿であったからだ。

「誰っ!?」

叫んだ声が聞こえたのか、エヴォリアがキッと視線を強くして睨んでくる。
束の間だけ浩二はどうしようと迷ったが、隣に居た少女が笑みを浮かべて駆け出していった。

「わたくしですわ!」
「え? 貴方……反逆?」
「そうですわ」

目をぱちくりさせているエヴォリアの胸に飛び込んでいく反逆。
エヴォリアは、まだこの状況に戸惑っているらしく、瞬きをくり返している。
浩二は、はぁっと溜息をついて瓦礫の影から身を乗り出すのだった。


「……よう」
「浩二!?」


斉藤浩二とエヴォリア。
まさかの場所で4年ぶりの再開であった。





********************************





「はい。どうぞ」
「サンクス」

天幕の中に通された浩二は、薄汚いテーブルを前に胡坐をかいて座っていた。
エヴォリアが出してくれた水を一口だけ飲むと、辺りを見回してみる。
薄汚い天幕に、粗末な机。端の方にはこれまた薄汚い毛布が並べられている。
察するにエヴォリアは子供達と共にココに住んでいるのだろう。

「久しぶりね。浩二」
「ああ。あの水と緑の世界で別れたっきりだな」
「そうね……もう随分と昔の事のようだわ」

そう言って向かいに座るエヴォリアを見て、
浩二は、気になっていた事を聞いてみる事にした。

「なぁ、エヴォリア……おまえ、何でこんな世界で子供達と暮らしているんだ?」
「私がこんな世界で子供達と暮らしているのはおかしい事かしら?」
「あ、いや―――おかしいって訳じゃないが……」
「ふふっ。冗談よ……そうね……強いて言えば自己満足かしら……」

それからエヴォリアは語り始める。
水と緑の世界で浩二達と別れてから何をしていたのかを。

浩二達と別れたエヴォリアは、あの後すぐに自分も水と緑の世界から離れたのだそうだ。
それからは分枝世界を当ても無く渡り歩く旅人となり、やがて辿り着いたのがこの世界。
暫定的に『瓦礫と廃墟の世界』と名づけたこの世界であった。

ここにいる子供達は、エヴォリアが分枝世界を旅している時に拾った孤児や捨て子達である。
神々の手先として、幾多もの分枝世界を葬り去った贖罪に、
彼女は朽ちかけた世界を巡り歩き、そこで拾った子供達を育てる事にしたのだそうだ。

「たとえ自己満足でもいいじゃないか。あの子達は今、少なくとも笑っている。
偽善だとか言わせたい奴等には言わせておけ。俺はおまえを認めるよ。
理由は何であろうとも、結果的に人を助ける事に繋がるのなら……それでいいじゃないか」

「クスッ」

浩二がそう言うと、エヴォリアは口元に手を当てて笑う。

「貴方。反逆と同じ事を言うのね……偽善でも構わない。
それで救われる人がいるのなら、それでいいじゃないって」

今のエヴォリアは襤褸を纏ってはいるが、実にいい顔をしていた。
そして、元々はこんな優しい顔だったのだろうと思う。何せ彼女の前世は慈愛の神なのだ。

「こらーっ! 身体を拭かないで走り回るんじゃないですわーっ!」
「キャハハ。ねーちゃん凄いや! 怒ったときのママより速い!」

表からドタバタと喧騒が聞こえてきた。
見ると5歳ぐらいの子供が裸で走り回っているのを反逆が追いかけている。

「今日は泊っていくといいわ。子供達も喜んでいるみたいだし……
まぁ、もっとも……こんなボロ屋でよければだけどね」

「屋根があるだけで上等だよ。それじゃお世話になるとしようかな」

浩二はその晩、エヴォリアの所にお世話になった。
彼女が育てている子供達は、来客である自分と反逆が珍しいのか、
纏わりついてきてうっとおしかったが、きちんと躾けされているのか、
勝手に荷物に手を出そうとしないのだけが好感を持てた。


「ふぁ~~っ」


朝になり、一番に起きた浩二は天幕から抜けだして伸びをした。
ゴキッ、ゴキッと関節をならして体操をする。

「おはようございますですわ。マスター」
「ぬおっ!」

体操をしている所に後ろから声をかけられてぎょっとした顔をうかべる浩二。
見ると、反逆がタライのようなもので子供達の服を洗濯していた。

「洗濯石鹸を使ってしまいましたけど、いいですわよね?
あの子達の着てる服……水洗いしかしてないから、汚れが気になって気になって……」

「構わねーよ。というかオマエ、本当にガキが好きだよな」
「大人のように心が汚れてませんもの」

人の想いを力に変えるツルギの化身らしい答えに浩二は苦笑を浮かべる。
純粋で真っ直ぐな、穢れの無い想いは彼女に心地よいのだろう。

「何処であろうと寝れる訓練をしておいて良かった。
野宿には慣れたんだけど、こんな難民キャンプみたいな所で寝るのは初めてだったんでな」

「わたくしは元々、睡眠なんて必要がないので気になりませんでしたけど……
あ、そうですわ。この洗濯が終わったら、
子供達に朝食を振舞ってあげたいのですが……よろしいでしょうか?」

「いいよ。保存食も調味料も好きなだけ使え。
というか、全部使わなければ十数人分は足りんだろう。
だから全部使え。無くなったら、また何処かで賄えばいい」

「感謝ですわ」

そう言ってニコリと笑う。

「おまえ、ココが気に入ったみたいだな……」
「ええ。だってエヴォリアがいますもの。それに、彼女の子供達も……」

ここに住む子供たちは合計で13人いるのだが、みんなエヴォリアの事をママと呼んで慕っていた。
最年少が3歳児ほどの子供で、最年長の子供でさえまだ7歳ぐらい。
エヴォリアは、この大所帯をよくもまぁこれだけ取り仕切っているものだと素直に感心する。

「そうか。気に入ったか……」

浩二はそう言って青い空を見つめた。
滅びかけの世界。瓦礫と廃墟だけが残っている、マナが枯渇しかけている半死の世界。
言わば掃き溜めである。だが、そこに住まう者達は今を懸命に生きており、
荒んだ顔をしている者など誰一人としていない。

「なら、ここから始めるか……」
「え?」

浩二が始めると言ったら一つしかない。
でも、まさかと反逆は思う。彼の夢を現実のものとするには、
この世界はデメリットこそ山のようにあっても、メリットなど一つもないのだから。

「昨日。エヴォリアから聞いたんだけどよ……この世界は人為的に滅んだ世界なんだってよ。
暮らしを楽に、便利にする為に、機械でマナエネルギーを吸い上げて……
住人の自業自得で滅んだ世界なんだってよ。
それで、マナエネルギーが枯渇したと解ると、住人はさっさと別の世界に移住したんだと」

「それがマスターの夢と何の関係があるんですの?
わたくしはマスターの描く夢に、エヴォリアや子供達を加えるのは賛成ですわ。
でも、始める場所がこんな所で無くとも……もっと、良い世界が……」


「いや、俺はここに決めた。ここから俺の夢は始まるんだ……」


既に滅び去り、人々から打ち捨てられた世界―――


「確かにココは酷い場所だ。いつ滅んだっておかしくないぐらいにマナを感じない。
でも、まだ死んでいない。滅びかけているけど、倒れてはいない。
……それは小さな声かもしれない。耳を澄ましてみないと聞こえないのかもしれない」



―――でも、まだ生きている。



「でも俺には聞こえるんだ。世界の声が……
俺はまだやれる。俺はまだ死んでいない。生きるんだ。生きてやるんだって声が……」


世界から捨てられた人達が、人々から捨てられた世界へ集い、営みを成す。
ハグレ者の世界ならそれでいい。たとえマイナスからのスタートだとしても構わない。


「立ち上がろうと、滅びに抗おうとする想いさえあれば、出来ない事なんて何も無い。
最弱だって、努力すれば最強に届く可能性がある事を俺は知っている」

「……でも」
「大丈夫だ! きっと出来る! 信じろ!」


あまりにも根拠の無い、口先だけの自信であった。
……ならば、次に続く言葉は―――



「―――俺に、出来ない事など無い!」



そう言った浩二に反逆は溜息をつく。
このマスターがこの台詞をヌカシたら意地でもやるだろう。

「落ちる所まで落ちたなら、後は上がるだけだろう!
運命と言う名の理不尽がどれだけ覆いかぶさってこようとも……
俺はその全てを乗り越えて見せよう。俺はその全てを砕いて見せよう!」

浩二は太陽に手を翳す。

「我が夢の始まりし瓦礫と廃墟の世界よ! おまえの声は俺が届けてやる!
口が利けないオマエの変わりに、俺が叫んでやる!」

両手を挙げて、全身全霊で運命を受け止めると言わんばかりに。
すうっと息を吸い込んだ。
そして、ありったけの想いと共に叫び声をあげる。



「俺を捨てた馬鹿共め! ふざけんじゃねえぞおおおおおおっ! 
耳があるなら聞け! 眼があるなら活目して見ろッ!

俺はまだ生きているんだ! テメェ等を必ず後悔させてやる!
もう一度立ち上がってやるんだ!
絶対なんてあるものか! 運命なんてクソ食らえだ―――

バッカヤロオオオオオオオオオオオッ!!!」



世界の声を代弁するように叫ぶと、出会った時から変わらない……
少年ような瞳を輝かせて天幕の中に入っていく浩二。

「エヴォリア! 寝てる場合じゃねーぞ。起きろ! 世界だ、世界を作るぞ!」
「………はぁ?」

「この時間樹……いいや、神剣宇宙に存在する全ての分枝世界で一番の世界を作るんだ! 
わくわくしてきただろう! 手を貸さずにはいられないだろう?」

「……あの……」

「まずは緑を広げよう。魔法の世界で品種改良に成功した、
どんな不毛の土地でも短期間で育つ樹木を植えていき、大地にマナを取り戻すんだ。
そして土地を耕そう。畑を作ろう。川もゆっくりと浄化していこう」

「えーっと……浩二?」

「エヴォリア! おまえ程の才能をこのまま隠棲なんてさせるもんか。
俺と一緒に行こう。光差す場所へ……俺達で新しい『光をもたらすもの』を始めるんだ」

「……あ、貴方が何を言ってるのか解らないんだけど……」

子供のように瞳をキラキラと輝かせたまま、凄い勢いでまくし立ててくる浩二に、
エヴォリアが戸惑っているような声が聞こえてきた。
やがて朝一番からテンションが上がっている浩二の声に起こされたのか、子供達の声も聞こえてくる。
そして、浩二があまりにも世界を作るぞと連呼するものだから、
子供達も一緒になって作るぞーとか言って騒いでいた。



「………ほんと、世話のかかるマスターですわね……
でも、そんなマスターの傍に居たいと思うわたくしも、馬鹿なのでしょうね……」



少女は笑みを浮かべながら空を見上げる。



「貴方が出来るというのなら、わたくしはそれを信じましょう。
他の誰が笑おうと、反永遠神剣は貴方を肯定し、力となりましょう」



人の想いから生まれたツルギ。反永遠神剣。
その化身である少女は、微笑みながら空を見続けている。
朽ち果てた世界に吹く一陣の風。その風が希望とよべるモノなのかはまだ解らない。
しかし、一度は止まった世界の鼓動が、ゆっくりと動き始めるのを感じていた。






「おーーーーーい!」






絶対に抗おうとする想いは……







「反逆ーーーっ! 何やってるんだ? 来いよーーー!」
「ちょっと、反逆っ! この馬鹿をなんとかしなさいーーーっ!」
「はいはい、今行きますわよ」







運命だって変えられる力があるのだから―――


























                              THE FOOL(聖なるかな)

                                  ~ FIN ~






[2521] あとがき
Name: PINO◆c7dcf746 ID:f980d33e
Date: 2008/06/11 17:42





皆様のおかげを持ちまして、THE FOOLなんとか完結させる事ができました。
コレ書いている時は、とにかく完結させるんだ。
一度ペースを落としたら、確実に墜落するから書き続けるしかない。
私はマグロだ。止まったら死ぬと自分に言い聞かせ、
信じられぬハイペースの更新ができたのも、皆様の応援あればこそです。

始めの頃は、コレ読んでる人は原作プレイしている人だけだろうなぁと思っていましたので、
主人公が置かれている状況は理解して貰えるだろうと、甘えた事を考えていたのですが……
読んでくださっている方の中には、感想で原作未プレイの方がいらっしゃったので、
これはいかんと、永遠神剣や神名などの補足説明も入れた結果。気づけば50話超えてました。

後半に基準とするルートは、おそらく正史であろうナルカナルートを基準にしましたが、
もしも望がエターナルとなるルート以外を基準で書いてたら、
浩二の神剣はずっと『最弱』であったと思います。

……これ、蛇足なんですけど……

この作品の主人公は浩二でも、THE FOOLのMVPは『最弱』だと思っています。
元ネタが永遠のアセリアのヒロインの一人でもある岬今日子の所有物なので、
前作との絡みも書けるし、オリジナルの主人公を時深やユーフォリアとも絡ませられました。
そんな『最弱』が退場して『反逆』に変わり、何が一番困ったかって言うと……

―――漫才ができない。
改めて『最弱』の使い勝手の良さに気づきました。

次に主人公である斉藤浩二についですが……

彼は、一言で言えば世刻望の影です。
同じスタート地点から出発し、望ではクリアできない箇所を越えさせる為に生まれました。

・大局的な視点で状況を判断する。
・いいように利用されてる感が否めない『旅団』と、正面から渡り合う。
・漂流教室、物部学園での暮らしの裏側と奔走。
・ユーフォリアや時深を書く際に、彼女達の背景を説明する為のエターナルについての知識。
・複雑な事情があるエヴォリアを理解する事。
・序盤であれだけの存在感を醸し出しながら、あっさりと死んでしまうベルバのフォロー。

この辺り。世刻望というキャラクターでは、
性格改変でもしないとクリアできそうにないので浩二は生まれました。
ただ、それだけだとキャラが立たないので、反永遠神剣なるモノを実装させてみたり、
性格も根の部分は同じだけど、基本的に真っ直ぐな望と捻くれた浩二と言うように住み分けさせませした。

それでは、最後になりましたが……

今まで多くの方に読んでいただき、ご感想を頂きましたが、
生来の筆不精ゆえに、返事を書いていると絶対に連載止まると思ったので、
誤字報告に対する礼以外のコメントを返せないで申し訳ありませんでした。

以上。短いですが、これをもってあとがきの言葉とさせていただきます。
お付き合いありがとうございました。






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