横浜基地地下19階にある執務室兼研究室。
部屋を埋め尽くさんばかりの、資料の中に香月夕呼はいた。
鬼気迫る表情で、もの凄い勢いで資料を読んでいく。
(――因果導体なんてものにならなくても、やり直してみせる……私は天才なんだから)
荒れた身だしなみなに狂ったように資料を読みあさる姿は、一般人が見たら狂人と勘違いしてもおかしくなかった。
オルタネィティブ4その最高責任者であった時代の香月夕呼を知っている人がこの夕呼を見たら驚愕しただろう。
「いけませんなぁ香月博士……顔がやつれきって、せっかくの美貌が台無しだ」
いつの間に現れたのであろうか、男は芝居かかった口調で話しかける。
「鎧衣……あんた匿ってもらってる身で、邪魔をするなら帝国に突き出すわよ」
元帝国情報省外務二課課長であった鎧衣左近は現在、お尋ね者として夕呼の元に身を寄せていた。
「おお、恐い恐い。博士の飼い犬として忠実に情報を仕入れてきただけですのに……」
今まで、一瞥もしなかった夕呼だったが鎧衣の言葉に資料をめくる手が止まる。
「……どんな情報?秒読み段階だった人類同士の愚かな戦争が始まった?」
「博士が研究用として手に入れたG元素。国連の間でこの運用方法が疑問視されはじめましてね」
「――フン。国連の連中は、また人を尋問にかけようとしてるのかしら?」
人類を救った計画オルタネィティブ4その最高責任者であった香月夕呼の功績は多大なものであったが、数々の問題行為が災いし、軟禁状態の上に尋問を繰り返し受けていた事があった。
「まあそれぐらいなら何とかするわ」
「その件だけなら大した事はなかったのですが、各国の機密を調べている事が知られたようで、各国はもちろん特にメンツに拘るアメリカなどが怒り狂っていましてね、国連で博士の罷免決議が今にも採択されて、ここにMPが訪ねてきそうです」
鎧衣の報告にはなかったたが、他にも夕呼の権力をひそかに乱用した各国最新の戦術機情報を入手しているなどの問題行為もあった。
「そう……もうこの辺が限界みたいね……」
夕呼は独り言のように呟く。
「――鎧衣、今までお疲れさま。これ以上私に付き合う事はないわ、用意してあった安全な場所に身を隠しなさい」
改まった態度で労いと別れの言葉を告げる。
「博士が何をなさろうとしているのか、私のような凡人には考えもつきませんが、何かの役に立てればと思いまして、私自身しか知らない内容の資料を渡しますのでそちらにも目を通してもらえれば幸いです。きっとその内容を私に言えば無条件に協力するでしょう」
夕呼は思わず笑ってしまう、そして鎧衣の有能さを心強く思った。
「――あんたみたいな食えない人間がそう簡単に無条件で協力するものですか……でも、ありがとう」
鎧衣は笑みだけ返し、来た時と同じように去って行った。
その後、わずかな時間で夕呼は準備を整える。
(さてと……それじゃ無くしたものを取り戻しに行きましょうか)
溶けるように、香月夕呼は研究室の中に消えていった。