「おっ」
「あら」
幸福と不幸は山と谷のようなものだ。
京介が小学生の頃に読んだ豚が出てくる物語にそんなことが書いてあった。
不幸になりたくない豚は不幸の谷を埋めようとしていた。
でも不幸の谷を埋めるためには幸福の山から土を持ってこないといけなくて、結局は幸福も不幸もない平坦な人生になってしまったという話しだ。
だけど、
それでも平穏な毎日が好きだ。
つまらないと言われようとも、
凡庸と言われようとも、
今日も無事に一日が終わった安心感はなにものにも代えがたいものがある。
一日一歩三日で三歩三歩進んで二歩さがる。いつ進んでいつ戻っているのかわからないけどそれくらいがちょうどいい。誰もがジェットコースターのような爽快な日々を望んでいるわけではないのだから。
ビバ平穏、ジーク平穏、ハイル平穏。京介の日常に非日常が入り込む隙間などコピー用紙一枚分も残されていないのである。
ここで右足を一歩後ろに下げ右回りの180度ターン。もちろん右足を元に戻す予備動作も忘れない。体育の授業で培った歩行技術である。
で、
「人の顔を見るなり逃げ出すとは一体どういう了見かしら」
凛とした小さな声。
大きく踏み出そうとした京介の足が止まる――否、止められたのだ物理的に。
京介の脇腹には5本の可愛らしい指が添えられていた。
ジェット機が通り過ぎたような爆音が体の中を突き抜けた。
立ちションしてた犬の尿が止まる。鳩がパンくずをこぼれ落とす。カラスが電線から落ちる。
心音は200bpmを刻み続け、足元ががくがくとして倒れそうになるが白魚のような指先が万力のように締めつけてそれを許さない。
1センチほどつままれていた京介のぜい肉は既に半分以下に圧縮されている。
HPを1にされてステータスを全て0にされた勇者一行だってここまで絶望的な気持ちにならなかったと思う。
で、
「なにか言い訳はあるのかしら」
「何一つございません」
体が自由なら地面に頭をこすりつけていただろう。
現在の時刻は午前11時を回ったところ。雲ひとつない真夏の太陽が池袋のターミナル駅を容赦なく焦がしていた。
近年の都市開発や再開発などで100メートル級の高層ビルが乱立した都心。
純和風の庭付き平屋建ての家屋が建ち並んでいたなど昔の話で今ではほとんどお目にかかることはない。
一昔前と大きく様変わりした東京だが、変わったのは見た目だけではない。
実は都市部における気温が上昇しているのだ。
高層ビルによる風の遮断、車の排気ガス、エアコンの室外機の熱、ビルやアスファルトに蓄えられた熱が夜になっても街を暖め続ける。
これはヒートアイランド現象と呼ばれ異常気象の原因の一つと考えられている。
そしてここ池袋もその煽りをもろに受けていた。
連日の猛暑の影響で家電量販店の客引きの声もどこか張りがない。
そりゃそうだ。販売員だって人間だ。
疲れるときは疲れるし、暑いものは暑い。
高所手当は存在しても猛暑手当なんてものは存在しない。
全てはサービス。善意によって行われているのだ。
いらっしゃいませーが時たましゃいませーに短縮されていたとして誰に文句が言えようか。
だけどそんな販売員たちも外に出るときは頭に帽子をかぶって薄着をしている。理由は暑いからだ。
こんな真夏日に厚着をしてしのぎを削る特攻野郎Aチームなど日本に存在しないのだ。
よしと、己を鼓舞するように最大限の勇気を持って京介は大空を仰いでいた仰角をリンゴ3個分ほど下げる。
――泣きたくなった。
黒だった。ブラックインブラック。頭から爪先まで熱吸収抜群のオールブラック。ここが屋根の下であることも気休め程度にしかならない通気性皆無のふりふりのゴスロリ衣装だった。
きょうびこの黒さを出せるのは松崎しげるとこの少女くらいのものだろう。
少女の名前は黒猫。
少年の名前は京介。
こうして京介の一時間の大遅刻&逃亡未遂によって二人の買い物劇は幕を開けた。
原作1巻終了後くらいのお話【前編】(実はニャルアニ記念)
事の始まりは妹の友達が家に来たときのことだった。
妹の友達というのはオフ会で知り合ったゴスロリ衣装をしたハンドルネーム黒猫という女の子で、好きなものは魚。趣味はニュースサイトのチェック。
妹と黒猫さんはあのマックでしていたような濃い会話を小一時間ほど繰り広げたあとファッションの話に飛び、軽く罵ったあと何故かその矛先を俺に方に向けはじめた。
二人が言うには俺の格好はあり得ないらしいのだが、ふりふりのゴスロリ衣装を着ていたり、モデルとはいえたまにコレ……服?みたいなファッションセンスで俺を翻弄した前科のある桐乃の意見などあまり聞き入れたくない。
つーか俺はカッコイイとか目立つとかどうでも良くて『普通』が一番いいと思う日本人。正直放っておいて欲しいというのが本音である。
そして京介は後日ここで断らなかったことを死ぬほど後悔することになる。
「これ以上は拉致が開かないわね。黒いのアレだしなさい」
「ええ、わかったわ」
桐乃がそう言うと黒猫は黒い長方形のケースから緑色の片眼鏡を取り出して装着する。
緑のレンズは液晶で出来ているようで京介のわからない文字がピコピコ映し出している。
ピピ! やがて機械からアラームのような音が鳴り響いた。
「戦闘力たったの5……ゴミですね」
「……なんだよその機械」
「なにって日曜の朝にやってるオサレ伝説ハイドラボール改でグッズ展開されてるオサレ戦闘力を測る機械に決まってるじゃない。
ほら知らない? 父なるダゴンと母なるハイドラの子どもが小型宇宙船で地球にやってきて満月の日にコスプレしてオサレ度が低い人間を狩ってるアニメ」
「何だよその今世紀最大にケンカ売ってそうなアニメはつーか子供が主役ならハイドラタイトルに入れる必要ねえよな子供入れろよ」
「でも地球を制圧するためには7つのハイドラボールを集めてハイドラロンを呼び出す必要が」
「ロンどっからきたんだよ」
「……あとダゴンはハイドラボールを見つけるためのダゴンレーダーという設定で」
「そのあとがどこからきたのかわかんねえけどそこは素直にハイドラレーダーでいいだろ」
「……ちなみにその子供の名前はポニ――」
京介の両手が神速で黒猫の口をふさぐ。
「しゃべんなよ、きっとアップした瞬間削除ボタン押さないといけなくなるから」
「……ふぉへふぁふぁんねんふぁわ(それは残念だわ)」
「ちょっと! アンタたちなにイチャイチャしてんのよっ!」
「どわっ、いきなり割り込んでくんなよ、どう見たらイチャ付いてるように見えるんだ」
「うるさいうるさいうるさい! あたしがんばってる! がんばってんのよ! 今世紀最大の残念なヒロインとか産まれてくる性別を間違えたヒロイン第一位に輝いててもがんばってる! がんばってんのよ! あずにゃんペロペロとかくんかくんか検証動画上げられても必死に耐えてる。あと勉強も部活もモデル活動もがんばってる! クラスのみんなはあたしのこと最初からなんでもできる完璧超人見たいに思ってるけどそんなことない。ちゃんと努力してる。初めからなんでもできるはずがない。でもあたしはそれがカッコ悪いって知ってるから言わない。だからテスト当日でも勉強したのにしてないっていうくだらない会話にもちゃんと付き合ってる。ああ言うのことして心の予防線張ってくるヤツってほんとにバカだと思う。努力はするものじゃなくて実らせるものだと思うから本気で努力してる人間はそんなこと言えない。てっぺん取ろうとしてる人に対する侮辱でしかない。1位じゃなきゃダメなんですか? ハッ、ダメに決まってんじゃない。脳みそ膿んでんじゃないの。だからきっとアイツらはあたしがこの体型をどれだけの維持しているのか知らない。陸上で疲れてへとへとで帰って来ても炭水化物はなるべく摂らないようにしてる。でもあたしは日本人だから白いお米が恋しくなるときがあるでもそこはぐっと我慢の子。食べると思った? あたしは食べない。お菓子なんて食べた日にはその日のうちに10キロは」
「長い長い長い! 最初からクライマックスばりの展開を繰り広げるんじゃねえよ。エンディング間近のヒロインかお前は」
原稿用紙に換算したら1枚半はありそうな文量だった。
ちなみに京介がプレイさせられたエロゲーではこのセリフの後に主人公がヒロインに刺し殺されている。そのヒロインはまた別のヒロインに刺し殺されていたが。
「だってあたしメインヒロインなのよ。中の人もメインヒロインだって7本も取ってるのに会場ついたら壁サークル黒いの一色ってあんまりじゃん!」
「お前は何を言っているんだ?」
「さあ……触れてはいけない琴線に触れてしまったと言ったところかしらね」
黒猫は我関せといった感じでずずっと湯のみのお茶をすすっている。なんなんだろう。この此処にいるのが当たり前だと言わんばかりの安定感は。
こいつもしかして我が家の座敷童子なんじゃないだろうかと馬鹿な事を思いふけっていると黒猫と目があった。
「先輩?」
「なんだ?」
「そんなに胸を凝視されると恥ずかしいのだけれど」
「なっ!」
「……一瞬足りとも見てなかったからな。て、桐乃! お前もクリスタルの灰皿振りかざしてるんじゃねえ、やめろよなそのムカついたらとりあえず鈍器でドツいとこうみたいなやつ」
確か親父にも同じことを仕掛けたはずだ。いつサスペンスが起こってもおかしくない。
「さしあたり黒猫は見たってところかしらね」
「ハッ、アンタみたいな小間使いが来た日にはトイレのタイルの隙間をマジックで黒塗りさせて修正液で上書きさせてやるわよ」
「何の意味があるんだよそれ……」
ただトイレが汚れるだけだ。そしてその後始末をお袋から命じられるのは間違いなく俺だろう。
「先輩もわかったでしょう。こんな性悪な女は放っておいて私を妹にしてみる気はないかしら?」
「どうしてそうなるんだ……」
話が一光年くらいとんだ。脈絡も何もあったもんじゃない。
「ほら兄貴もアンタみたいな邪気眼妹は願い下げだってさ」
「そこまでは言ってねえけどな」
桐乃はしっしと黒猫を追い払う。
でも京介の知っている妹はトレード制だったりある日突然十二人に増えたりしない。
「しかし先輩の知っている妹と私が知っている妹は果たして同じものかしら?」
「なんで急に哲学っぽくなるんだよ、そして心の中を読むんじゃねえ!」
「別に心を読んだわけじゃないわ。でも先輩くらい単細胞になると予測もしやすいっていうか……」
「あ、それわかる気がする」
「ドツき回すぞお前等」
「でも本当に先輩のことは釣りと同じくらいは好きよ」
「……お前絶対アウトドアとかしないタイプよな」
テレビを含めゴスロリ衣装で釣りを営む人間を未だ目撃したことがない。
加えてこの黒猫嬢は桐乃より華奢そうな体をしていて服の隙間からのぞかせている肌など透き通るほどに白い。
どう見てもイン。おまけに言うなら性格もインドア派だ。この黒猫嬢は。
「先輩?」
「なんだ?」
「そんなに胸を凝視されると恥ずかしいのだけれど」
「なっ!」
「……一瞬足りとも見てないしこれ二回目だからなお前も灰皿振りかざしてるんじゃねえ!」
「くぅ、キャベツ、キャベツさえあのとき食べ過ぎなければ」
桐乃は何故か親指を折りたたんでひたすら壁を殴っていた。
拳は大切にしような。
「これで京介=貧乳スキーの式が成立したわね」
「勝手に成立させんなよ。というかお前はその位置づけでいいのか?」
「胸の大きさで優劣をつけるなんて浅ましいかぎりね。それに昔ある少女も言っていたわ。貧乳はステータスだ希少価値だって」
「さいですか……」
なんだろう。どっと疲れた。げんなりとした表情を浮かべる京介。
「先輩どうしたの?」
「疲れてる……」
「一体どうして……」
「確実にお前も要因に絡んでるからな」
京介が黒猫を見る。
黒猫が後ろを振り向く。
誰もいない。
?
「いやいやお前だよお前」
「……驚きの新事実ね」
「どこにも驚く要素なかったけどな」
京介は他人が家に上がりこんでいるというのに床に倒れこみだらしなく四肢を伸ばした。
時計を見ると冒頭の会話から10分も進んでいないのは気のせいだと思いたい。
女三人寄れば姦しいと言うがとんでもない。俺のキャパシティではは二人を相手するので精一杯だ。
ふと京介は頭に柔らかい感触を覚えた。一瞬遅れてそれが頭を撫でられていることだと気付いた。
「黒猫さん?」
「こうやってるとたまる気がしない。アニウム」
「なにその元素今すぐに忘れるから伏線にしたり掘り下げてこれ以上設定をややこしくするなよ」
「アニウムそれは元素記号表にものっていない未知なる元素。一定以上の兄力を持つ兄からのみ摂取でき世界中の妹たちはこれが枯渇すると地球上で活動できなくなる」
「しゃべるなといっとろうに、つーかお前姉じゃん」
「……私に妹なんていないわ相沢くん」
「だれだよ相沢」
「それにさんはいらないわ」
「あん?」
「黒猫でいい」
敬称はいらないとのことだろう。
「ああ、ありがとう……黒猫」
「ん」
黒猫は短く返事をする。
少しだけ友情?のようなものが芽生えた一時だった。
相変わらず黒猫は片眼鏡を装着していたが。もはやどうでもいいことだったが、ここまで振り回されたのに何のアクションもとらないというのも癪だ。
「それで馬鹿にされてるのはわかったけど5って数値はどの程度なんだ?」
「説明書によるとランニング着た山下清が1500とあるわね」
「短パンとランニングはおっただけのおっさんに負けるとかどんだけセンス無いんだよ俺は」
しかもあれは芦屋雁之助で本物の山下清じゃないはずだけど枕にランニングが付いてる時点でどのみち同じような気がしたので京介は口に出さなかった。
「故障してるんじゃねえかそれ」
「そんなハズないわ。昨日最新型を取り寄せたもの」
そもそもオサレ(オシャレ)を数値化して戦っているアニメでグッズ展開されている代物でそんなものが計測出来るとは到底思えない。
そんなものが世に出回った日にはテレビのファッションチェック番組は全ていらなくなる。
「じゃあ、桐乃も測ってもらえよ」
「あ、あたしぃ」
「だってお前モデルだろ」
壁を殴っていた桐乃が振り返った。
桐乃の背後にあるコンクリの壁が若干凹んでいたり、赤黒く染まっているのは眼精疲労だと思いたい。
「まあいいわそこに立ちなさい。両手曲げて気をためる感じで」
「どんなアドバイスだよ」
京介の時はそんなアドバイスなかった。されてたとして何も出来なかったと思うが。
そして片眼鏡が再びけたたましい音を鳴り響かせた。
ピー
「180000」
ものすごいインフレした。
山下清が1500なのだから適切なのかもしれないけど。
「瞬間的に出せる力はこんなもんじゃないわよ」
「なかなかやるようね。まあ私の戦闘力は530000くらいあるけど」
「ハン、言ってなさいあたしは友達殺されたら怒りで覚醒するタイプなのよ」
「もはやオサレ関係ねえじゃん、友達大事にしろよ」
「というわけで先輩服を買いに行きましょう」
「お前もナチュラルに若干ずれた会話を混ぜるのをそろそろやめろよ。なんか頭がおかしくなりそうだ」
「でもそんな戦闘力で街中をうろついてたらいつ宇宙船に乗った山下清に地球人100人を殺すように要求されるか」
「いいかげん山下清ネタを引きずるんじゃねえよ、あと山下清はそんな残酷な命令を下さないからな」
「ああ言えばこう言うまるで子供ね」
「お前にだけは言われたくないセリフだな」
「先輩?」
「……見てないからな」
「……先回りする人嫌いです」
頬を膨らまし不貞腐れる黒猫。一瞬可愛いと思ってしまった。黙っていれば文句なしの美人さんなんだが。
「でもあんたの服を買いに行くっていうのは賛成かな。そんな格好で隣歩いて、友達に噂とかされると恥ずかしいし」
「なんで急に小聡明くなるんだ。これだってお袋が買ってきてくれたヤツ……てなんでお前等引いてるんだ」
「アンタそんなことしてたの……」
「まさか高校生になってまだそのような勇者が存在していたとはね」
「べ、べつにいいだろ服なんて着られればいいんだ。お前等だってゴスロリ服着たり奇抜なファッションしてんじゃねえか」
「勘違いしないでアンタのファッションセンスをとやかく言うつもりなんてないけど、あたしは好きでこういう格好をしてるの。
アンタみたいに与えられるものを着る人間と同じにしないでくれる。まあコイツのゴスロリ服は正直ないと思うけど」
「フフフ、言ったわね。言ってくれるわね。私の疼く右手が貴方の脇腹を捉える」
「あはははははははっ、やめ、やめなさいって、くすぐったいったいってば、ひぁ……あんっ」
「む、このボリューム感Dはあるとみた。私より一つ下なのに全くもってけしからん乳だわ」
アーアーアー 何も聞こえないし見てない。
京介はすぐさま上半身を左に捻り二人から視線を外すが、肝心なことに耳を塞ぐのを忘れていた。その間に『あん』だの『いひゃあ』だのやたらと熱っぽい声が聞こえたようなような気がするが、タイミングを逃して身動きひとつ取れる状況ではない。京介はあれは壊れかけのレイディオから音が漏れていんだと己に言い聞かせひたすら素数を数えていた。
2、3、5、7、11 ……
………………
「いいわよ」
京介の数えている素数が3119に達したときに黒猫がそう呟いた。
振り向くと床にうつ伏せで倒れこんでいる桐乃。その肌は風呂上りのように赤みがかっていた。
「大丈夫か、桐乃……?」
「あ……う、うん、平気……」
虚ろな感じで京介が話しかけても的を射ない受け答えだったが深く突っ込まないことにした。
「それで買い物はいつにしましょうか」
「その質問まだ生きせたんだな」
「私は夏期休暇に入ってからはだいたい暇だからコミケの日さえ避けてくれればいつでもいいわ」
「それでいいのか受験生……」
「大丈夫。私はまだ本気を出していないだけ」
「それフラグだからな」
言って京介は後悔する。なんか日に日にそっちの会話に順応している気がする。
少なくとも数ヶ月前の自分はそんな言葉は使わなかった。きっと真奈美に言っても通じないだろう。
極普通の生活をして極普通の高校生活を送っていたのに、ある日突然自分の力を試そうと思い立って遠泳したら陸に戻れなくなったみたいな。
しかも陸を目指してがんばって泳いでるにもかかわらず、潮の流れに引っ張られて自分の力ではどうしようもなくなってしまった。そう思うと今の自分が逆らえない運命に翻弄されているような気がする。
「ちょ、ちょっとなに勝手に話進めてるのよアンタたち」
「なにあなたも来るつもり?」
「こいつの保護者として当然じゃない。ま、両手に花なのは癪だけどね」
いつからお前は俺の保護者になったんだ。
「それに妹と妹の友人と買い物に出かけて何で両手に花って言葉が出てくるんだよ……」
「…………」
「…………」
「……なにアンタの兄さん。頭膿んでるんじゃないの(ひそひそ)」
「……いやーここまでくるとどこのギャルゲー主人公よって感じよね(こそこそ)」
「いくらひそひそ声で話されても目の前で話されたら聞こえてるからな」
細部は聞こえなかったのだがとりあえず俺に対する暴言らしいことは分かった。
「ここは本気を出しましょう」
黒猫が立上がる。
「買い物に行くのは一人。勝ったほうが先輩との買い物に同行する権利を得られる」
「おもしろいじゃん。あんたが私に叶うと思ってんの」
立ち上がり腕まくりをする桐乃。
「ここはお互いの拳を使った」
「おい、お前等女の子なんだから荒っぽいことは」
「ジャンケン勝負!!」
思いのほか平和的だった
「え、アンタ一体何だと思ったの?」
「お前等のこれまでの行動を冒頭から読みなおしてみろよ……」
ともあれじゃんけんだ。
京介に拒否権がないことは明らかなので大人しく傍観することにする。
「……いくわよ」
「来なさい邪気眼女! かけら一つ残さず消し去ってやるわ」
「私のこの手が光ってうなる! お前を倒せと輝き叫ぶ!」
「ハッ、打ち返してやる! これがわたしの全力全開!!」
「それ本当に俺が知ってるジャンケンだよな」
当然のように炎が出たり光線が出たりするわけないのでやっていることは普通のジャンケンである。
「「ぽい」」
桐乃はパー黒猫はチョキ。
黒猫の勝利である。
ということは俺は黒猫と買い物に行くことになるのか。
「だ、誰が一回っていった」
「は?」
「ジャンケンっていったら普通三回勝負に決まってんじゃない。あれ桐乃ちゃん言ってなかったけー?めんごめんご」
「…………」
汚い。さすが妹汚い。
これに対して黒猫は。
「……いいわよ」
なんと桐乃の後出しルールをあっさり承諾した。
「じゃあアンタが一勝のところからスタートね」
「ええ、わかったわ」
さすがにさっきのは準備運動という言い訳はしなかったらしい。
で、
「がーん、がーん」
結果はなんと黒猫嬢の3-0ストレートであっさりと勝敗が決まった。
「でも決まり手がなんで全部チョキだったんだ」
「相手の指が少しでも動いたらチョキを。それ以外はグーを出せば勝つかあいこしかなくなり負ける事はなくなるという理屈です」
「どんな動体視力をしてるんだよ」
絶対にこの少女とジャンケンはしないと決めた京介だった。
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ひとこと
すみません長くなりそうなので前後編に分割します。後編から買い物です。