「不幸だ……」
冷え込みも厳しくなってきた12月の寒空の下、学園都市の無能力高校生である上条当麻はすっかり口癖となってしまった言葉を呟いた。
両手には買い物袋がぶらさがっており、歩く度にガサガサと音をたてている。
先に控えているクリスマスというイベントの影響なのか、何やら学生カップルらしき者達が多いことも今の上条の不幸指数を上昇させている要因の一つである。
そんな上条だが、何も一人でぶらぶらと町を歩いているわけではない。
隣には上機嫌に鼻唄を歌いながら歩いている女の子がいる。
独り身の男達が見れば、何が不幸だゴラァァアアア!!などとぶっ飛ばされるかもしれないのだが、
「でも、相手はこいつだしなぁ……」
「とうま、とうま。何かそこはかとなく馬鹿にされた様な気がするんだよ」
上条の言葉に反応したのは隣を歩く少女。
銀髪碧眼という外国人特有の風貌に、安全ピンまみれの金の刺繍が施された白い修道服。
絶賛居候中の大食らいシスターだ。
「いやいや、上条さんはこんな美少女と一緒に歩くことが出来て、嬉しくて涙が出てきそうですよ」
上条はため息をつきながら視線を上空に向ける。
そこにはまるで自分の気持ちを表しているかのようなどんよりとした曇り空が広がっていた。
某死のノート漫画のようにいきなり大量の札束が降ってくることもない。元々あそこは日本ではなかった気もする。
ふとこんな妄想が浮かんでしまうように、今回の悩みはずばり金欠だった。
主に食費で上条家の家計を圧迫するシスターのせいで、常に軽い金欠状態ではあるのだが、今回は特に酷かった。
「ねぇとうま。またこの前のお祭りとかやったりしないのかな? あれすっごく楽しかったんだよ!」
「そりゃあんだけ食いまくれば楽しいだろうさ」
インデックスが言っているお祭りとは11月に行われた『一端覧祭』という学園都市ならではの超大規模文化祭の事である。
上条には記憶がないので、このイベントにも実質初参加で多少は期待していたのだが、インデックスはノンストップで食い続けるわ、厄介事に巻き込まれるわ、そのせいでクラスの出し物に参加できず吹寄制理から頭突きを食らわされるわ、半強制的に約束させられた御坂美琴に振り回されるわで本当に散々であった。
そんな事も続いて頭がどうかしていたのだろう。
不幸すぎてハイになった上条は、一端覧祭ではあまり構ってやれなかったインデックスにお詫びをと、ファミレスで好きなだけ頼んで良いなどと言うことをぬかしてしまったのだ。
その結果が今の絶望的な金欠だ。
「まったく、お前のせいでそろそろホントに塩と飯だけの生活になっちまうぞ……」
「むっ、だって何でも好きなだけ頼んで良いって言ったのはとうまの方なんだよ!」
「……あぁそうですよ」
完全にその通りなので言い返せない上条。
一応最終手段としてまた御坂から金を借りるという選択肢もあるのだが、それはもう高校生としてのプライドが許さない。
だが本当にインデックスに塩と飯の生活などをさせてしまったら、おそらくイギリスから炎剣を持った赤髪の魔術師が突撃してくるだろう。
それにそんな生活をインデックスに送らせるのは上条自身の心が痛む。
そこで残り少ない金でお一人様一つの特売商品をインデックス並びに妹達(シスターズ)に頼んで大量購入したのだ。
妹達は調整があるからと買い物が終わったらすぐに病院へ行ってしまったが、今度必ずお礼するからと言うと、なにやら左手がどうのこうのと言いながらやけに嬉しそうにしていた。
あとはしばらくこの食材達だけで生活していくので、飽きないように舞夏から技を伝授してもらおうかとも考えている。
こんな時、舞夏やオルソラの様な料理スキルがあればいいだろうなぁとぼんやりと思ってしまう。
「ねぇとうま。あそこって何かな? 何かすごい賑やかなんだよ」
インデックスが指差す先には古めかしい木でできた建物があった。
大きさはかなりのもので、中からは確かに楽しげな声が響いている。
「あぁ、ありゃ狩猟酒場だよ」
「酒場? ここって学生の町だよね?」
「一応酒も置いてあるけど、ノンアルコールだけど酔った感覚を得られるっていう学園都市ならではのものが置いてあるんだ。けどこの建物の本来の目的は別にあったりもする」
「本来の目的?」
「この狩猟酒場ってのにはでっかい掲示板があってな、そこに何か依頼を貼って誰かに頼むんだ。
元はとある人気ゲームからきてるんだけどな」
「へぇ~面白そうかも!!」
インデックスは目をキラキラと輝かせて例の建物を眺めている。
上条はインデックスのそんな様子を見ると、少し笑って、
「何ならちょっと見ていくか? はやくこいつを冷蔵庫に入れないとだから長居はできねぇけどさ」
「うん!!」
インデックスは満面の笑みを浮かべていた。
上条はそんな顔を満足げに見ながら、ふと少し甘やかしすぎなのではとも思う。
以前はそんなでもなかったのだが、ローマ正教との戦争以来、こうやってインデックスと一緒にいる時間がとても大切なものであると感じてきていた。
(俺も一方通行のことを言えねえな……)
ふと、ある少女に対してはとことん甘い学園都市最強の事が頭に浮かび、頬が緩む。
そして上条ははしゃいでいるインデックスに続いて、酒場に入っていった。
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酒場に入った瞬間、むわっという熱気に包み込まれた。
外が寒かったせいかやたら暑苦しく感じる。
右手には大量の木のテーブルがあり、多くの学生達が飲み騒いでいる。
ノンアルコールのはずだが、中には顔を真っ赤にしている学生もいて、テンションが明らかにおかしい。
左手にはカウンターが並んでおり、綺麗なお姉さん達(やはり学生だが)が待機している。
そして入って正面、壁まで進むとそこにはここのメインである巨大掲示板があった。
今も沢山の依頼が貼り付けられている。
一応これも古めかしい木で出来ているのだが、その近くには依頼検索用の装置が置いてある。
これで目当ての依頼を選択すると、自動的に貼り紙が取りやすい位置まで降りてきてくれるのだ。
極めて非効率的だが、そこはゲームと同じ様な雰囲気を出したいのだろう。
「うわぁ~すごい賑やかなんだよ! いつもこんな感じなの?」
「日曜だし一番人が集まっている頃だからな」
「ねぇとうま、私もあれ飲みたいかも!」
「金ねえって言ってんだろ!」
この熱気に当てられられたのか、自然と二人もハイテンションで話す。
インデックスの方は頬を紅潮させていて、不覚にも可愛いと思ってしまった上条だったが、
「はぁ……」
何となく確認した財布の中身にため息。
上条だってこれだけ不幸が重なっているのだし、全てを忘れるくらい飲んだり騒いだりしたい。
だが上条のお財布事情はそれすらも却下していた。
どこかで手っ取り早く稼げないものかとそんな都合の良いこと考えてみたりするが……。
「……あ」
あった。それもこんな近くに。
「なぁインデックス、ここにある依頼ってのにはな当然ながら報酬があるんだ」
「うん? どうしたの急に?」
「その報酬ってのも学生ならではで菓子とかそんなもんが多いわけなんだが、中には凄いものもある。
もちろん難易度は高くなるが、報酬はそれこそ上条さんの奨学金の何倍もの金とか!」
「うんうん、それでそれで!?」
「つまり俺の幻想殺しとお前の10万3千冊を使ってちょちょいとやってしまえば大金ゲット!!
これからの食生活はもやしから黒毛和牛にレベルアップするって寸法よ!!」
「凄いんだよとうま!!」
掲示板の前でなにやら盛り上がる二人。
近くで依頼の確認をしていた学生達が不審そうに見てくるが、それにも気付いていない。
どういう理屈なのか、まったく飲んでいない二人も酔っぱらっているようだった。
「それじゃあ私が選ぶんだよ!」
機械音痴のはずのインデックスは自分から検索用装置を操作し始める。
幸い近くに取り扱い説明書があったので、それをまるごと暗記したインデックスは初めて触ったのにも関わらず、慣れた手つきで操作していく。
こちらのカードは『幻想殺し』と『魔道書図書館』の2つ。
つまり必然的に魔術サイドの方の依頼を狙うことになる。
しかし学園都市の掲示板におおっぴらに魔術などという単語が出ているはずもなく、そこの見極めはインデックスに任せたのである。
「あ、これなんか良さそうなんだよ!」
インデックスは何か目ぼしい依頼を見つけたらしく、目をキラキラさせながら機械を操作する。
その口からは既によだれが溢れていることから、かなり良い報酬なのだろう。
そしてインデックスが最後に何かボタンを押すと、一枚の紙が上条の目の前に降りてくる。
妙にワクワクしながらビッという小気味良い音をたてて紙をはがし、その内容を確認する。
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大連続狩猟クエスト
【神の右席】
報酬:$1,000,000,000
指定地:聖ピエトロ大聖堂
クエストLV:G★★★
成功条件:神の右席全員の狩猟
重要人物:
前方のヴェント
左方のテッラ
後方のアックア
右方のフィアンマ
依頼主:ローマ教皇
依頼内容:
最近は少し大人しくなったと思ったら、だんだんまたやんちゃになってきおった!
私の言うこともまったく聞かないので、誰かまとめてこらしめてくれないか?
交通費は支給する。
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「できるかあああぁぁぁ!!!!」
紙をビリビリに破きながら絶叫する上条。
周りの人間が驚き、こちらを凝視するのも構わない。
とにかく上条には叫ぶしかなかった。
「あああああ!! とうま、何やってるんだよ!!」
「それはこっちのセリフだああ!! とんでもねえもん選びやがって!!」
「でも報酬はすごかったんだよ!!」
「命はお金より大切なの!! プライスレスなの!! 捨てちゃダメなの!!!」
上条は身ぶり手振りで懸命に命の大切さを語るが、インデックスはあまり理解していないようである。
だが一通り叫び倒すととりあえず息を整えて冷静になろうとしてみる。
あと教皇がこんな事をしているローマ正教を割と本気で心配する。
リドヴィア辺りが知ったら発狂するんじゃないか。
そんなこんなで今度は上条もインデックスと一緒に依頼を探すが、なかなかいいものが見つからない。
次第にイライラしてきたインデックスが『とうまは文句が多すぎなんだよ』などとぼやき始めた時、
「何か依頼をお探しですか?」
後ろからこんな所では珍しい爽やか系イケメンボイスが飛んできた。
上条が反射的に振り返ると、そこにはいつぞやの美琴にひっついていた男子学生が立っていた。
その顔には相も変わらずキラキラとした笑顔が浮かんでいる。
「ええと、海原光貴……だっけ?」
「ええ、偽物の方ですが」
という事は以前戦ったアステカの魔術師か、と上条は素早く理解する。
そして同時に色々面倒なのでインデックスには伏せておこうとも考える。
「とうま、この人は?」
「あぁえっと、ただの友達だよ友達」
「……とうま、ただの友達は魔道書の原典(オリジン)なんて持ってないんだよ」
はいぃ!? とものすごい勢いで目線を移すと、そこには困ったような笑顔で頭を掻いている海原の姿があった。
インデックスは今度こそ警戒するような目で海原を観察している。
「参りましたね、さすがはイギリス清教の誇る魔道書図書館だ」
「ふん、隠してたって原典くらいになると感じとることくらい出来るんだよ」
インデックスは不機嫌そうに言うと、今度は上条の方を向いてじっと見つめてくる。
その目はどうみても、『どういう事か説明して』と言っていた。
少し悩んだが、こうなったインデックスは絶対に引き下がらない事を知っている上条は、仕方なく説明することにした。
もっとも原典の事は上条自身初めて知ったので説明しようがないのだが。
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「なるほど、つまりこの魔術師は短髪の事が好きなんだね」
「えぇ!? 食いつくとこそこですか!?」
一通り説明した上条は、インデックスの予想の斜め上をいく感想にツッこむ。
一方海原はこれまた笑顔ではいと答えていた。
「うんうん、そういう事なら協力するんだよ!
この10万3千冊の魔道書を総動員して短髪とくっつけてあげるんだよ!!」
「まてまてまて、何でお前はいきなりそんな協力的なんだよ!」
「えぇ~だってぇ~短髪がこの人とくっついてくれれば、私はとうまと心置きなく……ふふふふふ」
「おーい、インデックスさーん。だめだこりゃ。
そうだ、海原はこんなとこで何やってんだ? 」
上条は、何やら別の世界へトリップしてしまったインデックスをひとまず置いといて海原に話をふる。
海原の性格上騒ぎにきたという事もないだろうし、何か依頼をしにきたのだろうかと興味をもったからである。
それも海原の依頼だったら美琴に関係するのではないのだろうかと少し心配になったのもあった。
「えぇ、依頼を出したのですが少々困難だったのか中々引き受けていただける方が現れなくて……。
そうだ、上条さんやってみませんか? あなたなら合法的にすんなりやってくれそうです」
「その合法的ってのに激しく突っ込みたいところなんだが、とりあえず依頼だけ見せてみろよ」
ありがとうございます、という一言の後海原は検索装置にIDを打ち込む。
するとまたもや一枚の紙が上条の前まで降りてくる。
上条はそれを掲示板から剥がすとその内容を読んでみた。
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採取クエスト
【黒曜石の光沢】
報酬:$100,000
指定地:学園都市 第七学区
クエストLV:G★
成功条件:御坂美琴の歯ブラシ1本の納品
重要人物:
御坂美琴
白井黒子
寮監
依頼主:海原光貴(エツァリ)
依頼内容:
僕の黒曜石のナイフは輝きが命です。
そしてその光沢を出すためには御坂さんの歯ブラシが必要不可欠なのです!
決してハムハムとかペロペロとかクチャクチャするのが目的ではありません。
合法、非合法は問いませんので、勇気あるかたをお待ちしております。
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「………………………」
「どうでしょう?」
「え、え~と…………」
上条はひきつった笑顔を浮かべて海原を見ている。
だが海原の方は先程からずっと変わらないキラキラした笑みのままである。
(落ち着け落ち着け。何もまだ海原が変態だと決まった訳じゃない。
そ、そうだよ、白井ならともかくあの海原だぞ。そんなことするはずねえじゃねえか!
これもおそらく魔術的な意味があって、たぶん好きな人のもので磨かないとダメなんだ! きっとそうだ!
それでもまだ海原が白井みたいな変態だと言うなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!!)
そこまで必死に考えた上条は、よしっと小さく呟き真っ直ぐ海原の顔を見る。
上条のその表情は何かを決意の強さの表れか、いつもより凛々しく見えた。
「いいぜ、受けてやるよその依頼!!」