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[25546] 【習作】魔法青年リリカルけんじ【リリカルなのは】
Name: あられ◆3a34ec82 ID:5065e86d
Date: 2013/12/14 01:40
読む前の注意事項

 ・オリ主、オリキャラ多数
 ・独自の設定解釈
 ・文章おかしい
 ・不定期更新

それでも良ければどうぞ。



[25546] プロローグ
Name: あられ◆3a34ec82 ID:5065e86d
Date: 2011/01/20 23:25
校門前の桜並木が桜色の雨を降らし、その中を茶色いブレザーを着た学生が歩く。春、出会いと始まりの季節。今日この日は聖祥大学附属高等学校の始業式・入学式だ。玄関前にはクラス分けの結果が張りだされ、それを見ようと生徒たちは集まる。掲示されている自分の名前を見つけたら自分のクラスに移動すれば良いのだが、友達だったり気になる異性がどのクラスに行ったかで話し盛り上がる生徒がその掲示板の人混みから動こうとしない。教職員が見たら移動しろと声を張り上げているのだが、【赤信号みんなで渡れば怖くない】だ。あまり効果がない。

「あ~」

その人混みのお陰で自分の名前を見つけられない生徒が後ろ方に詰まっている。さらにその後方で片肩にスクールバックを掛けポケットに手を突っ込んだ短い黒髪の男子生徒が立ち止り一人、声を漏らす。

「2-C、ね」

この青年、古岡賢司。最近の悩みは、『世界征服してみませんか?』と誘われていることである。




魔法青年リリカルけんじ   プロローグ




賢司はクラス替えの掲示を確認した早々に人混みを避け、玄関で靴を履き替えて新しいクラスに向って行く。そして、クラスに着くと黒板の前まで直行し、出席番号順で振り分けられている自分の席を確認すると席に座ってしまい動かない。人混みを避けたとは言え廊下と教室にも話しこんでいる学生はいる。だが、どこに行っても誰にも話しかけられる事がない。賢司の残念、ではなく希薄な友人関係をなんとなく察して欲しい。制服である茶色のブレザーの背が丸め、右腕で頬立てしながら黒板の上に掛けられた丸時計をジト目で視線を逸らさず見ている姿はとても年度の始めに気力溢れる高校生の姿には見えず、くたびれた印象を周りに与えてさらに人が寄り付かない。
だが希薄であろうと、くたびれていようと声をかけてくれる友達はいるのだ。

「よっ!」
「おはよ」

右肩を叩かれ振り向くと右手を上げ軽やかに笑顔をこちらに向けている短髪の男子生徒。左肩に掛けていた重そうな黒いエナメルのスポーツバックをしょい直し教室の周りを見渡す。

「どうよ、新しいクラスは?」
「どうも何もこの席に座ってから10分と経ってないぞ」
「それだけあればちょっとは感じ掴めるだろ?」
「……お前ならな」

それだけ答えると沈黙が答えだと言わんばかりに正面に向き直り短髪の男子生徒から視線を外し、僅かに口を尖らせる。微妙な表情の変化だが、男子生徒が呆れた様な表情を浮かべている所をみると賢司の心情に気付いたらしい。エナメルのスポーツバックを賢司の正面席の机の上に乗せ、その席に座る。

「ケンジだってやりゃできると俺は思うけどな」
「そらどうも」

正面にわざわざ回ってくれたと言うのに今度は横の窓側にそっぽを向く。嫌われたな、と両肩をすくめる男子生徒は打って変ってとても楽しげだ。

「あれだろ~。話に入って行こうとしたけどタイミング逃したんだろ。――ウロウロするのもアレだし、座ったけど今度は立ち上がれなくなったか?――しかも、誰かに話しかけようにも何を話して良いかわからない。――とりあえず座ってれば誰かに話しかけられるだろうって?」
「……」

男子生徒が話しかけるがそっぽを向いた賢司からの返事はない。ただ男子生徒が言葉を切るごとに賢司の口元が苦虫を噛み潰した様に歪んでいき頬が引きつる。この男子生徒、言葉を一々切りながら質問をぶつけるのはどうやらワザとらしい。その証拠に言葉を区切るたびにニヤニヤと口元が上がっている。

「ンん~。どうだ?」
「……エスパーかお前」

正面に顔を戻し心底嫌そうなに呟く賢司を見て、男子生徒・逆巻旋風は大きな声を上げて笑った。どうやら今までのニヤニヤは爆笑を我慢していたらしい。ため息が賢司から洩れたのは仕方がないだろう。遊ばれていたらしいのだし。

「やっぱケンジって萌キャラだよな。可愛いぞお前」
「バカにしてる」
「ちょっ!違うって。悪い。機嫌悪くなったらなら謝る」

不機嫌そうな声で旋風と話してはいるが、賢司の機嫌は悪くない。むしろ、一人で寂しかったので、話しかけてくれたことに感謝しており、尻尾があったら振っている。賢司の性格の難をイジル様な発言で、一歩間違えば「話しかけてやったんだから感謝しろ」と下に見て傲慢にも取れないこともない話だったが、悪意の類がない事が分かる程度には旋風と仲が良い。

「また同じクラスでつるめるな」
「おう、よろしく」
「こちらこそ。ケンジが周りに溶け込めるか心配だったし同じクラスで良かったよ」
「お前は俺の保護者か何かですか?」
「恋人?」
「……」
「マジに引くなよ。冗談に決まってるだろ」

頬立てをやめ、椅子ごと後ろに下がろうとしたのを旋風が笑いながら止める。むろん賢司も冗談だと分かっているが反応するのが流れと言うものだろう。ただ旋風が喋った時表情が真顔なのがちょっと気になるところではある。せめて口元ぐらい笑って欲しかったのだが。

「あ、ワリ」
「あぁ、良いってそのまま座ってろよ」

笑っていた旋風が腰を浮かし、それを制する声が賢司の後ろから聞こえてくる。振り向くと制服をかなり着崩した茶がかった長髪の男子生徒が手を前に出しながら座る様に促している。旋風が浮かした腰を下ろすのを確認してから男子生徒は周りを見渡してから話しかけてくる。

「移動するよりさ。俺も話混ぜてくれよ。なんだか楽しそうな話してるじゃん。なに?きみそっち系なの?」
「よかったな。おホモ達だぞ、旋風」
「お~い。なんで俺ホモキャラになっての~」
「つか、その言い方俺もホモキャラになってね?」
「俺を巻き込むなよ?」
「ひでぇ、自分だけ常識人設定だ。いや、悪いな。いきなりホモ呼ばわりして」
「いや、良いけど。もうホモ言うな。新学期早々あらぬ噂立てられるのは御免だぞ」

微妙にクラス内の視線が三人に集まっているのを感じて苦笑しながら男子生徒は頬を指で掻く。

「平山将信だ。よろしく」
「なんだか武将みたいなカッコいい独創的な名前だな」
「そっか?はじめて言われたぞ。そんなこと」
「こっちが古岡賢司で、俺は逆巻旋風」
「……自覚ないのか?」
「ない。どうやら自分が一番平凡だと思ってるらしいから」

一泊置きながら視線を送ってくる将信に、賢司は肩を竦めながら答える。何時もは察しが良くて気も回るのだが、自分の事になるととたんに鈍感になることを賢司は知っていた。それで泣いた同級生も少々。

「なんの話してんだ?」

お前が一番独創的な名前してんだよ、とは2人とも言わない。言っても多分思い当たる節がなさそうだしピンと来ないだろうから。諦めとそれは言うのだが、前から付き合いのある賢司はともかく初対面の将信はかなり諦めが早い。諦めたと言うより粘る気ないと言うか。

「あ~。気にしなくて良い」
「そう言われると……」
「そうだ!俺、聖祥に小学から通ってるからそれなりに顔広いし、噂とか情報いろいろ知ってけどなんか聞きたいことあるか?お前ら高校からだろ?」
「確かに俺達は高校入試組だけど――良くわかったな」
「単純に中学の時に見たことなかったからな」

話をはぐらかすにはいささか強引な話の持っていき方だが、何もせず喋らない賢司よりましだろう。
聖祥は小学から大学までエスカレター式で進学できる私立校なので確かに小学から通っていれば知り合いも多いことだろう。反対に賢司達は小学、中学と出来上がっている人間関係に飛びこんで行く訳で最初は大変だったりもした。だから、自分の知っている事であれば教えてくれると言うことだろうが――

「聞きたいことって言っても……ケンジは?」
「……これと言ってない」

個人の話なら盛り上がろうが、大勢をさして聞きたいことあるかと言われても正直、何を聞けばいいのか分からない。

「え~、つまんねぇ」
「大体何聞けばいいんだ…よ……」

聞きたい事を強要してくる将信をあしらおうとした旋風の言葉尻が弱まる。どうした、と見ると口をポカンと開けて視線が将信に合っておらず、教室入口から何かを目で追っていた。視線を辿ると4人の女子が喋りながら席に向って移動している。だが、賢司にもわかる。旋風が見ているのは4人のグループを見ている訳ではないだろう。その中の1人だ。
白いカチューシャを付け腰まで伸びた流れる様にウェーブのかかった紫の髪を歩くたび揺らしながら、口元に片手を当ててクスクスと笑う姿は絵に描いた令嬢の様。整った顔立ち、染み一つない白い肌と宝石の様な青い目は欧米の血だろうか。周りの女子を背景と霞ませ、旋風の視線をさらった美女がそこにいた。

「あぁ、なんだ聞きたい情報あるじゃん」

同じように旋風の視線を辿ったのだろう将信が呟く。いや、しかし彼女の事を知らない生徒がこの学園に居るだろうか?

「月村すずか。実家が資産家のお嬢様で小学からこの聖祥に通っている。性格は穏やか、気配り上手で分け隔てなく優しい。ルックスは――言うまでもないよな。スポーツ万能、勉学優秀。天から二物どころか余すところなくいろいろ貰ってる」

そういう話に疎い賢司でも彼女の存在は知っている。恋、又は女子の話になると大体出てくる名前だからだ。曰く、聖祥の白百合。大げさな話だなぁ、と賢司は思っていたが、なるほど確かに気品漂う姿はそう表現するのが妥当なのかも知れない。高嶺の花、だがそれでも挑戦する男子は少なくないと聞いている。

「月村の凄いところは男子だけじゃなくて女子にも人気があるってところかなぁ。誰かと仲が悪いとか聞いたことないな――ってかよ、何時まで見惚れてんだ?流石に凝視しすぎだ」
「あてっ!」

右手の人差し指を立てて円を描くように回しながら喋っていた将信だが、旋風の頭を掌で叩く。一応注意の形は取っているものの、旋風のためと言うよりは説明しているのにまったく聞いている様子がないのが機嫌を損ねたようだ。

「え?あ……俺、そんな見てた?」
「阿呆、舐めまわす様に見てたぞ。どこぞの犯罪者の様で一瞬110番押そうか迷った。なぁ、古岡?」
「バイ?」
「まだそのネタ引っ張るんかい……」

話を振ったことを後悔して途端にげんなりした表情を造る将信に2人は軽く笑う。その時に旋風の目が将信に向いていなかったのに賢司は気付いたが指摘はしなかった。

「冗談だって。それより、聞きたいこと一つできたんだが」
「なんだ?」

初めて積極的に会話に参加してきた賢司に軽く驚いたのかキョトンとした表情で将信が聞き返すので苦笑する。そんなに意外だったのかと。賢司だってあまり会話に加わるつもりもなかったのだが、いつも世話になっている旋風のためにも――自称情報通なので正確性は疑問だが――聞いておきたい事があった。

「月村って彼氏いるのか?」

たぶん将信は聞かなければ教えてくれない。教えてくれる心算があるなら説明してる時か、旋風を叩いて気付かせた後にからかう様に教えるだろうと賢司は当たりを付けていた。
そして、携帯のある今にしては珍しく旋風の生徒手帳の中には月村すずかの微笑んでいる写真が入っている事を知っているのだ。

「彼氏はいない。春休みの間に作ったっているなら話は別だけどな。気になる異性がいるって話は聞いたことがない」
「そっか」

断定する形で言い切るのだからそれなりに彼氏が居ないのには自信があるのだろう。気になる異性は聞いたことがないだけで、誰にも話さず胸に秘めている相手がいないとも限らないが。まぁ、それなりに朗報ではある。旋風の手が強く握られているのはご愛敬だ。
旋風の小さな反応よりも賢司としては教えてくれるだけで、なぜ聞いたのか聞き返して来ない将信に少し感謝した。興味がないのか、察しがついているのか、それとも誤解しているのか知らないが根掘り葉掘り聞かれるのは嫌だった。

「そうだな……月村だけ紹介するっているのもアレだ。差別だな。めでたく俺達と同じクラスになった綺麗どころでも教えとくか」

将信は自分のチャックの閉じていないスクールバックに右手を突っ込むと、くしゃくしゃに丸まった紙を取り出すと賢司の机の上で伸ばす様に広げる。折目が残って読みにくいが間違いなく玄関前で見たものを小さくしたものであるのはすぐに分かった。

「なんでクラス替え結果が載ってんだよ、これ。紙の無駄遣いだとかで一人一人には配られてないだろ」
「言ったろ?顔が広いんだ」
「配られてないのに顔が広くて手に入るかって。差別だとか言いながら綺麗どころだけってところにもツッコミ入れようか?」
「気にすんなって。それよりも、このクラスになれた事を幸運だと思えよ。これだけ美人が集まったクラスもねぇ。たとえばだな――」
 
如何でも良いと二つの質問を一言で片づけると、将信オンステージが始まった。○○は可愛いが部活一筋で男に興味がないのが球に傷だとか、○○はこの前彼氏にフラれて泣いていたとか。生徒のクラス配置表の名前を指しながら教えてくる。ハッキリ言って賢司も旋風もあまり興味がない。賢司は女子とお近づきになるための情報よりも男友達を多く作るための情報がほしいし、旋風はいわずもがな。だが、一応クラスメイトの事前情報程度の認識で聞いているので相槌は打つのを興味があると取ったのか調子に乗った将信の口が回る回る。
耳を将信の話を傾けながら椅子の背もたれに寄りかかり回りを見渡す。もうそろそろ始業のチャイムが鳴り、新しいクラスのホームルームが始まるのでメンバーが集まりつつある。確かに綺麗な容姿をした子が多いなぁと漠然と思いながら見渡していたのだが、首が止まる。
教室にいる生徒はほとんどが賢司達の様に大なり小なりグループを談笑している。だが、教室の廊下側の壁隣席の一番黒板に近い席、出席番号1番が座る席でどのグループにも入らずポツンと座っている金髪ショートヘアの女子生徒。賢司の位置からでは顔は見えないが、何をしているわけでもなく腕を組んで深く椅子に腰かけ一人でいる様子。旋風が来る前の自分の姿もあんな感じだったのかも知れないと思ったのだ。光が反射し輝く髪、机の下に見えるスカートから伸びた白く長い脚。遠目で、しかも斜め後ろ姿ではあるが綺麗な印象を受けるその女子生徒。なぜ誰も話しかけないのだろう。上手くコミュニケーションが取れるかは別にしても旋風が居なくても、なんとなくだが将信は話しかけてきただろう。それに将信が話しかけてこなくても小さなグループが話しかけてくるもの。なら、どうして騒々しいとも言える賑わいのこの教室で一人なのだろう。
他にも一人でいる生徒はいるのだろうか、と再び首を振り始めると違うものに気付く。一人で居る生徒ではなく、大きいグループの中からその女子生徒を見ているのだ。月村すずかが。賢司には、彼女が少し浮かない表情の様な気がした。疑問符を浮かべながら賢司が首を軽く捻ると、すずかが賢司の方を向き目があった。しかし、すぐに目は逸らされすずかはグループの談笑に戻っていく。どうしてすずかが彼女のことをみていたのだろう。

「実はだな、彼女は去年プールで――」
「なぁ?」
「それをやっちまってよ。これまたなんと――」
「なぁって」
「……なんだよ。今良いと――」
「うちのクラスの出席番号一番って誰だ?」

将信の言葉にかぶせる様に話を止め、流れをぶった切り質問する。賢司の聞き逃しがなければ彼女の話はまだしてないだろう。後ろ姿だから分からないが紹介しそうな気がするので前倒しにしてもらう。だが、どうしてだろう。将信の表情は思案顔だ。話を止められたのが不愉快、機嫌が悪いと言う訳ではないらしい。もしかして顔はあまり整ったものでもないのか?

「あ~……これ見ろよ」

将信は賢司から目を逸らしながらクラス配置表を賢司の方向に向ける。名前は出席番号順に並んでいるのだから2年C組の一番上に彼女の名前はあった。『アリサ・バニングス』。どう考えても日本人の名前じゃない。

「留学生?」
「違うな。両親はアメリカ人だけど小学から聖祥に通ってる。二重国籍らしい」
「珍しいな、ケンジが女子に興味を示すなんて」

旋風の口調はからかっている訳ではなく、驚きかららしい。賢司も一応オトコノコな訳で驚くのも失礼な話ではあるのだが。

「金髪が一番前に座ってるのが目に入ってよ。不良だったら怖いからな」
「金髪=不良って訳じゃないだろ。別に聖祥髪染めるのに煩くないしな」
「それもそっか」

一人で居る姿に近親感が湧いたとか、お前の思い人が見てたのが気になったとは言わず、適当な理由を付けて躱す。

「どっちかって言うと俺はマサが近づいてきた時の方が怖かったぞ」
「マサって俺のことか?」
「将信だからマサ。嫌だったか?」
「いや、別に。どっちかって言うと不良扱いの方がショックだわ」
「スゲー腰パンじゃねぇか。胸元も開け過ぎだ。少しシャンとしたらどうだ?」
「え~。お前は俺の母ちゃんか」
「息子よ。しっかりしろ」
「下ネタかよ」
「バカっ、そんな気はねぇよ!想像力逞し過ぎるだろ」

漫才を始めた2人は放っておいて賢司は再び彼女の方を見るが、やはり言うべきかまだ一人だった。そして、始業のチャイムがスピーカーから鳴り、自分の席に向おうと旋風が椅子から立ち上がり離れる。それと変わる様に将信が座り呟いた。

「聖祥の不沈艦、落せると思う?」
「俺は応援してる」

どうやら将信にも旋風の恋心は筒抜けだったらしい。しばらくして、新しい担任が登場してきた頃には一人でいた彼女から興味は薄れていた。



*****



賢司の通学方法は自転車だ。自宅からだとバスを利用するのが一番早い通学方法ではあるのだが、交通費の問題で利用は控えている。利用するのは雨が降った時ぐらいだろうか。
授業もなく始業式とホームルームだけで午前中で放課後となり、賢司は一人帰宅の途についている。旋風も自転車通学であり帰宅方向もおおむね同じなのだが、部活があるため一緒に帰れず、将信はバス通学らしいので校門で分かれた。
自宅に戻ったら昼食が用意されてない事に気付いて、途中コンビニにより弁当等を買いつつペダルを漕いでたのだが――

『そろそろ良いですかね?』
「っつ!!」

周りに人が居ないのにいきなり声が聞こえてくる。それに驚き賢司はハンドルをぶれさせ、ちょうどタイヤが段差に乗りかかっていた所だったためバランスを大きく崩すが、ブレーキと脚を付く事で止まりなんとか堪える。倒れなかったことに安堵のため息を軽く吐き、目つき鋭く制服を軽くたくし上げる。

「いきなり話しかけんな!」
『まだ慣れないんですか?』
「慣れねぇよ……」

賢司の怒声に反応を示したのは腕時計だった。画面がピカピカと点灯し、それに呼応するかのように音声が流れる。時計が意志を持って返答を返している。反応があった事にうんざりした表情で目を閉じ顔に片手を当てる賢司。それを意に介した様子もなく腕時計は言葉を続ける。

『そろそろ世界征服の決心は付きましたか?』
「だから、しないって……」

古岡賢司の悩みの種は腕時計、いや、デバイスと呼ばれる魔法の道具だった。







*聖祥大学並びに附属校は、小学は共学で男子校と女子校に中学から分かれるのが公式設定ですが、ここでは一貫して共学にしています。



[25546] 第1話 ハイド・スピリット
Name: あられ◆3a34ec82 ID:5065e86d
Date: 2011/01/24 23:53
「ふぅ」

メールを打っていた手を止め携帯電話を床のクッションに投げ捨て、椅子から青年は立ち上がりベットにうつ伏せに飛びこむ。慣れ親しんだスプリングに自分の体を受け止めてもらう感覚を案じながら古岡賢司はため息をついた。どうにも暇だ。見たいテレビもない、暇つぶしに友達と交していたメールもだらけてきた。賢司は学生なので何もすることがない訳ではなく、やるべきことは山ほどあるだろう。だが、机に向う気にはならない。
ごろりと仰向けになり壁に掛けてある時計をみると午後10時をまわったところ。寝るには早い時間。大体、まだ風呂に入ってない。なにもする気が起きない。その癖この状態を退屈、暇だと感じる。自分でなにがしたいのか良くわかないこの感じを無気力、怠惰と言う状態なんだろうと賢司は感じていた。

「けーん、何時になったら風呂入るのさっさと――」
「あー、分かったー」

1階から賢司の居る2階の部屋へと声が響く。1階のリビングに居る母親だ。適当に賢司が返事を返すと口を閉じたが、5分以内に下に降りて風呂に入らないと今度は怒声響く事だろう。ただし、5分は猶予があることを知っている賢司は動かない。それどころか、掛け布団を頭まで被ってしまう始末。布団が蛍光灯の光を遮り、とたんに暗くなる視界の中で彼は呟いた。

「ダルィなぁ」
『なら、ちょっと私に付き合ってくれません?』

布団を蹴飛ばしベットから飛び起きて周りを見渡す賢司。独り言に返事があった。間違いなく。しかし、周りを見渡しても誰もいない。おかしなことに家族の声には聞こえなかった。ベットから降りて、投げ捨てた拾って携帯電話を見るが電話、メール共に着信なし。なんだが不気味だなぁ、と頭を掻きながらもう一度部屋を見まわした。が、やっぱり何もなし。

(俺、霊感なんてあったけ?)

自分の感覚を疑いなら気のせいだろうとまた布団に潜り込もうとした時、揺れを感じた。地震。意外と大きい、いや、かなり大きい。立っているの困難になり床にへたり込む。

(ついに来たか大地震、っ?)

かつて感じた事もない揺れに対して混乱しつつテレビの地震特集が頭を駆け巡っていたのだが、自分の部屋におかしなものを見つける。部屋と言うよりも空間だ。ちょうど蛍光灯の下あたりに黒い塊が見える。

(な、なんだあれ!)

どう考えても宙に浮かんで黒い塊がある。何かで吊っているわでも、支えているわけでもなく浮いている。いや、良く見るとそれは塊ではないのかもしれない。穴。そう、まるで底のない穴が横向きで空中に現れた様な。奥に光が見えないから塊にみえるだけのような。しかし、それに変化が訪れすぐに穴だと分かる。奥に光が入り黒い何かが徐々に渦巻いて行くのが見え、物々しい物音がその穴から聞こえてくる。どんどんとそれは渦巻き回転が速くなり、それに呼応するように激しい揺れを見せる地震。もはや、賢司には自分の体を動かすのは困難な状況だ。それどころか座っている状態を保つのが精一杯。目の前で起こっているおかしなものから逃げたいのだが無理に立ち上がると穴の方に転んでしまいそうで動けない。
今度は穴から今度は光が溢れるる。最初はの様に豆電球の様に。次第に懐中電灯、車のヘッドライト、徐々に強くなってくる光に賢司は目を細める。ついに目が開いていられないほどの光が穴から溢れだし、賢司は瞼をきつく閉じた。

「うわぁぁぁあああっ!!」

賢司の常識を超える現象に危険を感じ、思わず叫び声を上げ目を閉じて手を顔の前でクロスさせ顔を庇う仕草をとった。が、しかし――

「あ、あれ?」

地震の揺れが突然止まる。体も痛くも痒くもなく、変な匂いがするわけでも、異音がするわけでもない。なにもない。なにも異常を感じない。まさか感じないだけでいつの間にか自分の体がなんだかおかしな事になっているんじゃないかと恐る恐る目を開けるが、見慣れた部屋着のスエット姿だ。周りを見渡しても勝手知ったる自分の部屋。
蛍光灯の下にあったあの光を放っていた黒い穴の跡形もない。立ち上がり穴のあった辺りに手を出して見たが空を切るだけだ。どっか行ったのかと再びキョロキョロと首を振って周りを見るがなにもない。

(なんだったんだ??)
『登場演出です』
「え?」

まるで自分の思考に応える様な聞いた事のない声。横を向いていた顔を正面に向けるとあの黒い穴のあった場所にいつの間にか宙に浮いている直径5cm程度のダイヤ型の青い物体。

「さっきまでこんなもの――」
『あ、さっきからありましたよ。ちょっとインパクトを――』
「しゃ、喋った!!」

しっかりと賢司の声に反応して音声を発する。耳も口のある人でなく、マイクもスピーカーさえないがその反応を『喋った』と表現するのはおかしくはないだろう。駅で流れる様な機械音声と比べるとそれは流暢で、定型文ではなく人の反応に近い。
それを掌に収まるような物が返したことに賢司は驚き後ろに脚を運ぶが、後ろにベットがある事を意識の外に飛ばしており脚を引っ掛け後ろに倒れ壁に頭をぶつける。

「くっ、っつ~……!」
『大丈夫ですか?』
「うわっ!」

後頭部を両手で押さえベットに転がり、悶絶する賢司にふわりと宙を舞いながら近づいてくる青い物体。宙を動いてきたことに今度は慄き、頭の痛みを忘れて壁に背を付けるまでベットに上で後ろに下がる。賢司の肩が上下し、口元は強張っているのを青い物体は見たのかは知らないが元の位置まで下がる。

『そんなに怖がられるとちょっとショックですね。脅かすつもりは――サプライズ程度に合ったりもしましたけども。まぁ、とりあえず自己紹介を』

賢司には何がなんだかわからない。地震、変な黒い穴、宙に浮いて喋る青い物体。おかしなことが経て続けに起き、非日常を通り越して異空間に突入しそうな今の状況を理解できない。常識のメーターが振り切れ理性での判断が滞り、本能からの危険信号が頭の中を駆け巡っている。青い物体が喋った事なんて右から左に抜けていた。
だが、賢司の状態なんて関係なしに青い物体は喋り続ける。

『私は貴方の孫の孫に送られて未来から来た魔法の杖、名を――ハイド・スピリットと申します』
「は?」
『世界征服してみませんか?』

孫の孫、未来、魔法の杖、そして世界征服。荒唐無稽と言う車が列を成して賢司の思考を轢き去っていく。後に残るのは、開いた口は塞がらず手足は力なく動かない被害者のみ。

『まぁ、とりあえず――』
「けんっ!!サッサとしなさい!」
『お風呂に入って落ちつていください。私は待ってますから』

ドアの外から聞こえる怒声に反応するように青い物体はピカピカと光りを発してそれきり沈黙した。被害者はまだ動かない。



魔法青年リリカルけんじ    第1話 ハイド・スピリット



賢司は片手で濡れた髪をバスタオルで拭きながら階段を上る。もう片方の手にはウーロン茶の500mlペットボトル。階段を上り部屋の前に立つと髪を拭くのをやめて、バスタオルを首に掛けてドアノブを見てため息を小さくついた。いつもは意識もせず簡単に回せてしまうドアノブが、今は触るのさえ躊躇われる。理由なんて考えるまでもない。風呂の入る前に突然出てきたあの喋る青い物体のせい。
あの後、リビングに降りて最初にした事は母親に出来事の見たまま、聞いたまま、感じたままを話したことだ。キョトン顔の後に爆笑されて相手にもされなかったのは言うまでもない。賢司だって実際に見ても半信半疑が抜けきらないのだ。自称、自分の子孫から送られてきたもの。正直、このドアの向こうにはもうそれはなく、いつも通りの部屋がある気だってしている。あれは地震で気が動転して見た幻視だと、もしくは頭でも打ち付けて見た夢だったと頭の中で理論付けているのだ。
あぁ、そうだ。肌寒い廊下で何時まで立っているのか。ありもしない物に怯えて風邪ひいて、明日の始業式を休む気か。疲れているのかもしれない、さっさとベットに潜り寝てしまえばきっと綺麗さっぱりだ。ペットボトルのキャップを外し、一口飲むと首に掛けたバスタオルで口を拭いドアノブに手を掛け開く。

『お帰りなさい。長風呂でしたね』

俯きながら頭の中で落したガラスグラスの様が割れる様な音がする。あぁ、そうかい。やっぱりかい。
頭を片手で思いっきり掻きまわしながら歩き、ベットに腰かけ俯けた顔をゆっくりと上げ未だ蛍光灯の下あたりで漂う青い物体を見る。

『落ち着きましたか?』
「ああ」

浮かびながら遠慮もせずにペラペラと喋る目の前の摩訶不思議に返答を返す事で頭の中の何かを鑢で削られるのを感じながら賢司は考える。風呂の中でのぼせそうになるほどには時間は確かに貰って、冷静になれているとは言い難いが摩訶不思議を自分なりに知るために足りない情報を集めようと思う程度には賢司は落ち着いている。幸い、と言って良いのかは疑問だが相手は言葉が通じるし、話もできる。お先は真っ暗だが足元ぐらいは明るくまだ縋る所があると言うものだろう。

「お前……いや、えっと――なんて呼べば良い?」

だが、手探りなのは確かだ。歩き出すといきなり後ろに押し戻されている気がした。『これ』と物扱いするには言動が機械的ではないため『お前』と言ったのだが人として直径5cmは小さく違和感を感じる。しかし、名称をなんと言ったのか覚えていない。謎の物体の自己紹介では前半と最後が強烈すぎて、間がすっぽりと賢司の記憶から抜け落ちていた。

『ハイド・スピリット。どうぞ、ハイドと親しみを込めてお呼びください』

今込められるのは不審感だけなのは間違いない。どう考えても存在自体が胡散臭い。

「えっとハイド?」
『はい、なんでしょう?』
「申し訳ないんだけど、さっきの自己紹介。もう一度してもらって良いか?」
『えぇ、もちろん。望むのなら幾度でもしましょう』
「いや、後一回で良いから。それで覚えるから」
『そうですか――では」

ハイドは咳払いを一つ、宙に浮かんだダイヤ型の体を震わせる。人と違って口も気管もないだろうに。

『私は貴方の孫の孫に送られて未来から来た魔法の杖、名を――ハイド・スピリットと申します』

賢司は風呂に入る前の自己紹介と一字一句変わらないハイドの自己紹介を聞いて顔を顰めた。轢き去った車のナンバーは一致していて、一抹の希望であった聞き間違えの線は木端微塵に砕け散った。

『世界せ――』
「と、とりあえずストップ!それ以上はやめてくれ」

最後の荒唐無稽な一言は余計混乱するだけだと判断して頭を片手で押えながら手を突き出してハイドを止める。最終的にはそれに話が繋がるのだろうが、状況把握が先であるのは間違いない。とりあえず一番不自然に思った言葉が口から洩れる。

「あ~……魔法?」
『ご存じありませんか?』
「あの――箒に乗って人が飛んだり、杖を振って超常現象を起こす魔法?」
『箒に乗らなくても飛べますし、杖さえ要らない場合もありますが概ね貴方のイメージした様なものであってます』

それは漫画やゲーム、ファンタジーの話であって、それが現実にあるなんて話は聞いたことがない。が、目の前にある宙の物が魔法の産物と言われるならそうかも知れないとも思える。と言うか、それ以外に説明がつかない。マジシャンはここに居ないのにどうやったら物体が宙に浮かぶと言うのだ。

「信じられないな。有り得ない。そんな物はこの世に存在しない」

しかし、それだけで納得できるようなものない。頭を俯かせ首を振りながら賢司は否定の言葉を呟く。子供ならば純粋に信じられたのだろうが、そうなるにも賢司はそれなりに一般常識を身につけているし、疑う事ができる。ハイドのことは理解できないが、単に自分が知らないだけ魔法でなくでそう言う科学技術があるのかも知れないと思えるのだ。

『む?』
「だってそうだろ?魔法なんて物理の法則を越えてる」

質量保存も運動量保存、作用反作用の様な初歩的な法則でさえ中学生になれば習う。小学生だって法則を知らないまでも日々の生活の中で知らずに理解しているのだ。どうやったら高校生が魔法なんて非科学的な物を信じられるのだろう。

『物理の法則を越えてるのは当たり前です。魔法と物理は違う法則ですから。いや、厳密には魔法の一部が物理なんですが――それは今良いでしょう。違う法則の方が理解しやすいですし』
「どう言うこと?」
『つまり、貴方が知らないだけで魔法は存在するんです』

小難しい理論や概念の話をすっ飛ばしてハイドは言い切る。説得にも説明にもなっていない。しかし、結局それが賢司の納得しない理由だ。知識としては蓄えられるが、知らないから疑うし、知らないから信じない。知らない事を言葉で説明されても理解には時間がかかる。なら、どうすれば理解は早いか。共感できれば一番納得しやすいだろう。それならやる事は決まっている。実験と検証。
つまりは、体験できるものなら体験するのが一番の近道だ。

「オイ!なんで俺の体が光ってるんだ!」
『害にはなりませんので大丈夫です』

ハイドが強く発光すると賢司の体にボンヤリと弱い青い光が膜を張る。これで騒ぐか疑問を抱かない人はいないだろう。だが、ハイドからしてみれば原始人が現代技術に触れて恐れているようなものなので気にした様子もない。
賢司は浮遊感を感じ始め、徐々にハイドと同じ様に宙に浮かぶ。慌てて床に手足を付けようともがくのだが、そのせいでバランスを崩して宙で体を回転させることになる。

『ふふふ、無様ですね』
「うぁぁぁああああっ!!」

サラリと暴言をハイドは吐くのだが、賢司には聞こえていない。賢司の耳には今、テーマパーク等に流れていそうなやけにメルヘンチックな音楽が大音量で響いてるのだ。もちろん部屋にあるオーディオ機器は動いていないし、賢司が聞いたことある音楽でもない。部屋に響いているのは賢司の叫び声だけである。
賢司の体の回転がバランスを崩した時より徐々に速くなり、捻りも入って複雑に回転し始める。それこそ遊園地のアトラクションのそれのように。

『さて、ここで質問です。光が突然体を包むなんてことがありますか?人の体が何もせず浮かび上がりますか?誰も押してもいないのに体がそんな回転しますか?』

今度の言葉は音楽に紛れて回転している賢司にも聞こえていた。ただ賢司は質問に答えを返す事ができない。叫ぶので精一杯でそれどころでない、と言う訳でもなく黙って頬をまし口に両手を当てている。

『これが魔法です』

言葉と共に一度大きく光るハイド。口から両手が離れる賢司。

「うげぇええぇぇえ……」
『あ』

次の瞬間には部屋のいたる所に茶色い何かがこびり付いていた。



*****



部屋の床に光で描かれた幾何学模様の円が広がり、淡い光を部屋に充満する。見なれた部屋ながらその光景はなかなかに幻想的だと賢司は思う。

『これが魔法です』
「死ね」
『ごめんなさい』

ただし、機嫌が悪くなければ。今はこの光に忌々しさしか感じない。光の円は消え、代わりに軽い音を立てて床に落ちるハイド。賢司はベットに腰かけながら持ってきていたペットボトルのキャップを開けてウーロン茶を飲む。飲む仕草がヤケッパチ気味だ。

『それでどうでしょう?信じてもらえたでしょうか?』
「ああ、三半規管と自律神経で刻み込まれたよ」

一番魔法だと思ったのが部屋に散乱したものと、賢司の不快感を同時に綺麗さっぱり消し去った今しがたの光なのは皮肉な話である。体験と言う意味では急激な体調の回復は確かに効果的だったのだ。あまりに早く体調が戻るものだから怒りもあまり湧かない。思い起こせば最初の立ち上がることも儘ならないほどの地震が起きているのに物が倒れたりせず部屋が何時も通りの状態である事がおかしいのだ。魔法体験は実は二回目だったりするのだが賢司は気付いていなかった。
賢司の常識は惨劇と共に破壊された。言葉にするとちょっとカッコいい感じしない?

『気になったんですが、今日の夕飯はカレーだったんですか?』
「肉じゃがだ。つか、アレ最初に害にならないって言ってなかったか?」
『私だってあんな事になるなんて予想も――ウッカリしてました』
「いや、アレをウッカリで済ませるな。反省してないだろ」
『してます、してます。土下座だってしたでしょう?』
「さっきの床に落ちたの土下座だったのかよ」
『床に頭擦るほど深くやったのに気付いてくれないとは』
「どこが頭かわっかんねぇ」

賢司はハイドに抱いていた警戒心を徐々に解いている。恐怖体験はしたし、まだ好意的な存在とも思えないが魔法があると信じたことでハイドの事を一つ理解したと思えるようになった事が大きな要因だろう。それを感じてかハイドの態度も最初に比べて砕けている。先程の丁寧で受身な態度に見え隠れしていた、一言余計な芝居がかった態度からすると後者と今の姿が本性なのだろう。

「悪いが雑談は終わりだ。まだまだ聞きたい事がある」
『私としては雑談の方が魅力的なんですが――まぁ、仕方がありませんね。お詫びも兼ねて話しましょう』

どこか納得いかないものを賢司は感じたがそれに反応すると多分話が逸れる。正直、明日が始業式の賢司は疲れてしまったし早く寝てしまいたかった。

「ハイドが魔法の杖だって言うのはとりあえず信じよう。俺のイメージの中で魔法の杖は使用者なしに勝手に魔法を使うハズがないとか、そもそも魔法の杖っていうより石だろとか疑問もあるがそれは置いておこう」
『置いとくんですか。結構重要だと思いますけど』
「重要かも知れないけど今良い。それよりもっと大きな一番の疑問がある」
『なんでしょう?』

重ねて記述しよう。さっさと寝たいのだ。故に疑問に優先度つけてとりあえずの状況整理を行おうとしているので質問が荒い。

「なんで魔法の杖なんてものが未来から俺にまわってきたんだ?」
『それは目的の話ですか?』
「違う。なんで【俺】なんだって事だ」
『なるほど』

未来の子孫から送られてきたとハイドは言った。賢司の父、母。それより上の祖父、祖母だってその子孫からしたら祖先に違いないだろう。極端に言えば賢司にとって祖先と言える人物だって良い訳だ。なら、なぜハイドを送る祖先を賢司としたのだろう。

『ハッキリ言ってしまえば貴方である理由はありません。むしろ、理由は私の方にあります』
「なに?」
『私、分かりやすく言うとAI積んでる機械みたいなものなの――』
「ちょ、ちょっと待って」

自分の問題だと思っていたのに問題自体からさらに問題が飛びだして怪訝な表情を浮かべた賢司だが、続いたあまりにツッコミどころの多い発言に早く話を進めたいのに関わらず口を挟んで止めてしまう。

「その小ささで機械なの?」
『はい』
「魔法の杖だよな?」
『はい』
「……悪い。続けて」

ハイドの5cmの外見だとAIが積んである機械には見えないし、そもそも魔法の杖と機械と言うのが賢司には結びつかない。だが、質問をしてもハイドの返答は当たり前ですと言った感じでからかっている訳でもないらしい。今さらながらもっと魔法について質問した方が良かったかもしれないと若干後悔してしまう。

『機械みたいなものなので、普通のメンテナンスぐらいならセルフチェックでできますし軽い故障だって自分で直せるんですが、流石に自分でやるにもデリケートで技術者じゃないとできない部分もあります。なので、おおよその稼働限界時間があるんです』
「稼働限界。寿命みたいなものか?」
『そうですね。それが今からちょうど私のマイスター、開発者、貴方の孫の孫ですが――ちょうど私を開発した日になるんですよ』
「つまり、送った子孫の元にハイドが帰れるのが今だったってこと?」
『その通りです。まぁ、予測なんでそれより先に機能停止することも考えられます。アバウトな話です』

人と違い確かに寿命は長いのだろうから時間が経てば元の未来に戻れるのだろうが、普通もっと簡単に未来に戻れるものはないのか。なんと言うかかなり地味な戻り方である。

「でも、未来からこの過去に来たんだろう?」
『はい』
「だったら、逆に過去から未来にだって帰れ――ないのか」
『はい。最先端技術の粋を集めたバカでかい装置がないと時間移動の魔法は使えませんので』

どこぞの映画よろしく過去から未来に帰れないとハイドは話す。自分の元に寄越すにも計画性があまり感じられなくて子孫にあまり良いイメージが持てない。それにさっきからAIやら機械やら装置やらえらく物々しい。魔法で来たと言ってはいるが本当にそれは魔法なのだろうかとも感じてしまう賢司だった。

『なぜ貴方にと言う話しはこの程度で良いでしょう。後はマイスターがなぜ過去に私を送ったかですね?』

賢司はハイドの言葉に首を縦にゆっくり振って話を流す。背景の説明は終わり、とうとう核心に近い話に賢司は少し緊張する。ここから先は全く予想がつかない。魔法やら未来やらさっきからの話も大概なのだが、言葉としてはしっかりと存在するのでまだ漠然としたイメージはできた。しかし、子孫の思惑となるとどうだ。人柄がわからなければ流石にわからない。
世界征服。もしかしたら世界崩壊の危機が迫っており世界を纏め上げなければいけないくて、そのリーダーになれと表しているのかもしれない。となれば、どこぞの物語の主人公の様ではないか。別に賢司はヒーロー願望がある訳ではないがオトコノコなら当然一度はあこがれるものだろう。
舞台のカーテンが徐々に上がっていくようなじれったくも心地よい期待感を持ってしまう。

『マイスターはマッドサイエンティストの超弩級犯罪者でして順調に世界征服していたんですが、あと少しのところで敵に押し返されてしまって絶対絶命な状況の中で過去なら未来の技術で簡単に世界征服できることを思いつきまして、祖先に夢を継いで貰おうと私を貴方の元に送ったんです』
「……なんで世界征服を?」
『単純に世界中のすべてを手に入れたかったからです』
「祖先にそんな夢を押しつけるんじゃねぇ!子孫に継いでもらえそんな夢!!」

ドスンと重々しい音を立てて開き始めていたカーテンが閉まる。賢司は咄嗟に叫んだが、勝手に曲解して一人で盛り上がっていただけなのでハイドはどうして感情が高ぶっているのかよくわかっておらず若干引いている。顔がないのでわからないが。
大体にしてなんで世界征服にそんな意味を持たせる訳なかろうに。制服と言うなら少しロマンも分かる気もするが。

『私の中にそれができるだけの技術データがあり、それをデータ転送の様に一瞬で貴方に理解させる術を持っています。そして、私自身その技術の粋を集めて造られていますのでこの時代のデバイスとは次元が違い単体で戦術兵器レベルです。さぁ、世界征服の準備は整っています。あとは、貴方の気力だけです。どうですか?魅力的でしょう?』
「やらねぇよ!未来に帰れ!」
『帰れません』
「どっか行け!」
『行きません。基本的に貴方の傍に居る様にプログラムされてますので』
「捨てる!」
『装備から外せません』
「呪いのアイテムかよ!!」
『悪者が造った魔法の杖ですしね』

こうして世界征服プロデューサー、魔法の杖ハイド・スピリットと平凡な高校生、青年古岡賢司の奇妙な共同生活が始まった。彼らの将来は果たして正義か悪か。




*ハイドえもんの世界征服説明会開講。



[25546] 第2話 魔法青年始めました
Name: あられ◆3a34ec82 ID:5065e86d
Date: 2013/12/14 01:43
目覚まし時計のけたたましい音が響く部屋に閉め切ったカーテンの隙間から朝日が差し込む。春眠暁を覚えずと言える季節だが明け方の冷え込みは未だ寝起きの体には辛いのか、布団に包まりながら頭上を片手で探って賢司はボタンを叩くように止め目覚まし時計を掴み顔の前まで持ってくる。まだ開き切らない片目で時間を確認するとそれを頭上に戻し、頭から布団をかぶる。それを察知するかのようなタイミングで布団を賢司と同じように布団を被った枕元の携帯電話がアラーム音を鳴らすが、すぐに音は消えて布団の外へと吐きだされるのだった。
これを5分おきに再び鳴り始めるスヌーズ設定に頼って数回繰り返すのが寝起きの悪い賢司のいつもの朝だ。ちゃんと取り返しのつかなくなる時間までには起きてくるのを家族も信頼しているので誰かが起こしにくることもない。

『朝ですよ』

しかし、それを知らないものは意地悪でなく良かれと思い布団を一気に引っぺがし、賢司のスエット姿をベットに露わにする。賢司は寒さに一度身震いすると呻きながら片手で掛け布団を探し始めるのだが周りに布団がない。目を開けると宙で四つ折に畳まれている布団と、同じように浮かんだ青いダイヤ型の物体がぼやけた視界にもシッカリと映った。

『おはようございます』
「……悪夢だ」

朝の挨拶を無視して、両腕で両目を隠しうんざり口調で呟く賢司。先程まで沢山の手足の付いた大きなダイヤ型の鉱物に追いかけ回される光景を見ていたので寝ても覚めても、と言う奴である



魔法青年リリカルけんじ 第2話 魔法青年始めました



『そろそろ返答が欲しいのですが』
「なんの」
『世界征服の』

自分の部屋で制服のブレザーに袖を通しながらハイドに背を向けて返答を返した賢司だがその一言聞くとため息を長く吐き、勉強机の椅子に腰かけながらハイドの方を向く。ギィと椅子が音を上げてハイドが見たのは『しつこい』と張り付いた仏頂顔である。

「何度言わせるんだよ。やらない」
『あ~あ~――すみません。エラーを起こして機能が停止しため聞こえませんでした。もう一度お願いします』
「やらねぇ」
『今度は収集マイクに異常が』

賢司は怒鳴る気も失せたと太ももに肘を付きながら片手で重くなった頭を支える。昨日から似たような問答が何度か行われていた。ハイドの問いに賢司がシッカリと自分の意志を伝えるのだが、ハイドはそれを聞こうとしない。のれんに腕押し、ぬかに釘、豆腐にかすがい。説得しようとしてくれて押し問答になった方がまだマシだと賢司は思っていた。
こちらもハイドの事を無視したりもしたのだが、永遠と耳元で勧誘を続けられるのは煩わしくて無視しきれない。何せ相手は機械らしいので体力勝負やら、耐久勝負に持ち込まれると勝ちの目がなかった。先程からのハイドの態度も賢司が何時か投げやりにイエスを返すのを半ば核心に近いものを持っているからだろう。

「いい加減にしてくれ……」
『しかし、私には貴方を勧誘することぐらいしかやることがありません』
「黙ってれば良いだろ」
『私は貴方の傍を基本離れられない様にプログラムされているのですよ。勧誘対象が目に前に居るのに勧誘するなと?』
「そうしてくれると助かるな」
『それは無理ですね』

結局ハイドは賢司の言うことなど聞く気はないのだ。いや、聞いてはいるが結局ハイドの意志は変わらないと言った方が正しいのか。どちらにせよ賢司には頭を抱えるしかない事態である。誰かに現状を相談出来なくとも話をすれば少しは気が軽くなるのだろうが、昨日の母親と同じように笑いと共に一蹴されてお終いだろう。それで済めばいいのだが、頭がおかしくなったと思われたら最悪なので人に話せない。
だが、とりあえず今は目先の問題を論じるべきである。賢司の着ている茶のブレザーを見れば分かる様にこれから賢司は学校に登校するのだ。この人の話を聞かない失礼の塊はどうするつもりだろうか。

「これから学校に行く訳だが――」
『もちろん一緒に行きますので』
「……マジで?」
『マジで』

半ば予想通りの返答だったがあまりに早い切り返しに聞き返してしまった。

「バックの中で良いよな」
『何がです?』
「何がって……流石にフワフワ浮いてるハイドをそのまま連れていく訳にもいかないだろ」
『それでその中で通学中シェイクされろと?』
「我慢してくれよ」
『貴方はやたら捻りやら回転の多い絶叫マシンに安全ベルトなしで100連発乗ることを我慢できますか?それにバックの中ではずっと貴方の傍に居ることができないじゃないですか』
「……じゃあ、どうするんだ」

やたら遠回りな拒否を聞いて、俺は無理でも別にハイドなら大丈夫だろうと思ったがそれを飲み込んで賢司は質問を返す。確かに鞄の中では学校に居る間ずっと一緒に居られる訳ではないだろう。しかし、傍に居られるとなるとズボンのポケットの中だろうか。だがそれもハイド風に言うなら、たまに潰れたりする奇妙な生温かさを感じる部屋にずっといるようなものだ。

『そうですね――こうします』
「うわっ!!」

ハイドが青い光に包まれ、光の球体になったかと思うと突如賢司の左手首から黒い腕時計が外れ床に落ちる。青い光球はその左手首に腕時計と入れ替わりに飛んでぶつかり、ブレスレットの様に賢司の左手首で形を変えて徐々に光を弱めていく。消えた青い光の中から現れたのは外れた腕時計と形、色とも変わらない腕時計。

『これなら傍に居られます』
「確かにそうだけど――こういうことやる時はあらかじめ言ってくれないか?」

賢司は床に落ちている腕時計と、腕でデジタル表示画面を光らせながら喋る腕時計を引き攣らせた頬そのままに見比べる。床から落ちた腕時計を拾い上げ近くで見比べても違いがわからない。傷やら汚れまで同じ位置にあるのだから確かに誰もこれが超常現象そのもののハイドだという事に気付くこともないだろう。ハイドはたぶん前からこうすることを決めていたのかもしれない。行動に思考の時間が感じられない素早い行動だった。

「まぁ、傍に居る事はとりあえず良しとしよう」
『ありがとうございます』
「あとは喋るなよ」
『無理です』
「……」

賢司は左手首を力一杯机に叩きつけたくなった。ハイドは躱して、自分の腕だけ被害をこうむるだろうからやらないが。

「せっかく偽装しても意味がないだろ、それ。喋る時計って注目あつめるだろうが」
『大丈夫です。腹話術ですと言えば――』
「俺はそんな宴会芸の練習を人前でするキャラじゃない」
『そうですね――』
「ちょっとまてコラ。何する気だ」
(こうします)

確かに耳で音を聞いていないのに頭の中でハイドの声を聞いた賢司は悟った。いろんな意味でハイドは止まらない。誰かこいつを止めてくれ。

「これなんだ?」
(念話、みたいなものです。テレパシーと言った方がわかりやすいですか?)

魔法なのに超能力に類することもできる。腕時計に変身したことも含めて、魔法はなんでもありと賢司は認識した。出鱈目も極まると疑わず無条件で信じるらしい。

「……なんか変な感じだ。脳みそに文字を書き込まれている様な――頭がむず痒い」
(すぐ慣れますよ。貴方は念話を使えませんので、話したい時は腕時計を手で押さえて言いたい事を頭に思い浮かべてください。その時だけ思考と心を読みます)

その時だけと言う事は、読もうと思えばいつでも読めると言うことで賢司のプライバシー等ない様なものである。しかし、魔法なんでもありと考えるのをやめてソレに気付いていない賢司は気にした様子もなく右手で腕時計を掴む。

(これで良いのか?)
(それで大丈夫です)

思い描いた言葉に返答があった事にまるで頭の中のパソコンでチャットをしている様に賢司には感じられた。

『これで私がいつ一緒に居ても困る事はないでしょう?』
「まぁ、確かにないな」

賢司にはハイド自体が居る事が困った事なので、ちょっと奇妙な問いに聞こえるのだが他人にハイドが居る事がばれることもないし、ハイドが喋っても周りに聞こえることもない。確かに学校についてくる事に関しての問題は消えたと言える。
だが、四六時中傍に居る事ができて喋る事が許可されたとなるとハイドは事あるごとに世界征服の単語を口にするだろう。
人は環境の変化を嫌う。今の環境に満足してなければ改善しようとするだろうが、ある程度満足していればそれを享受しようとするのが人だ。世界征服をする目的がない賢司にしてみればそれに魅力も現実性を感じない訳で、大層な面倒事以外の何物でもない。
だとすれば、通学中、授業中、談笑中、食事中構わず世界征服に勧誘してくるであろうハイドは駅前でしつこく纏わりつくキャッチセールス以上に目障りでなものである。傍に居る事は許しても黙らそうと思うのが普通だろう。

「だけどまぁ、しばらくは世界征服とか言い出さないでくれ」
『はい?』

学校でも勧誘する気満々でついてく為の手を尽くしていたハイドからしてみれば、この賢司の発言は何言ってんだこいつレベルの話である。なぜ問題が消えたのに黙らないといけないのだと言ったところか。

「傍にいるのは別に良い。ただ、静かにして俺に考える時間をくれ」

状況を整理する時間と、悩む時間のために時を置いてくれと賢司は主張する。だが、それは時間稼ぎの常套句であるのは間違いなく、あわよくば時間の経過と共に問題を有耶無耶にしてしまおうと言う賢司の安い思惑に気付かないスーパーセールスマン・ハイドではない。

『確実に勝てるのは間違いないので考える必要はありませんよ』

まるでどこぞの悪徳商法の様な売り文句で否定してくるハイドに賢司はため息をついた。一体ハイドが現れてこの短い時間に何度頭を抱え、ため息を吐いたことだろう。幸せが一夜の間に夜逃げしてしまったようではないか。

(なんで俺がこんな面倒を抱え込む事になるんだっ)

そう思うと次第にフラストレーションがたまり始めて、賢司は右脚を小刻みに揺らし始める。なぜ賢司はいきなり現れたハイドの言葉を律儀にちゃんと聞いているのか。それは魔法、未来。目まぐるしく賢司の知らないことが現れた状況に流されたからに違いない。状況の変化について行けず、それを理解しようと努めたからだ。
だが、状況を賢司なりに把握した今はどうだ。ハイドは賢司の平穏に勝手に手出しを出そうとしている余計なもの以外の何物でもない。邪魔者はすっこんでいろと賢司が言ってもおかしくないのだ。お盆をひっくり返すのも悪くないと思えてくるのだ。そう、正にこの状況こそ満足できない環境と言うものだろう。

「……俺が世界征服をするって言ったらハイドは俺にそのための知識をくれるんだよな」
『えぇ、そうですね。まずはそれがないと始まりませんので』
「あぁ、わかった。もう良い。だったら、その知識を貰ってまずは力をつけるとする」
『やっとその気になりましたか』

腕時計となったハイドから青い光のコードが賢司の頭に向って幾つも伸びてくる。それを見ながら賢司は可笑しくて堪らないと言った様子で静かにクツクツと静かに笑った。

『どうかしましたか?』
「本当に俺にその知識をくれるのか?」
『はい?』

頭に向って動いていた青い光のコードが止まる。どうやら賢司が自分の誘いに乗ろうとしていないことにハイドも気付いた様だった。

「力を付けたら俺はまずハイドを壊そうと思う」
『へ?』
「そしたら何もしないで力を捨てて穏やかに暮らそうと思うんだがどう思う?」

賢司はニヤリと口の端を吊り上げて大きくイヤラシ笑みを表す。左手首のハイドが少し震えた気がした。

『……そうですね。なんだか勿体ない話しだと思いますけど?』
「そうかな。今の俺にはスゲー魅力的な話だと思うけど?」

ハイドはその知識と力とやらを持っているのに賢司を世界征服に誘うだけで自分は何もしない。賢司が断るなら自分で世界征服するなりなんなりすればいいのだ。それをなぜしないのか。ハイドは基本的に賢司の傍に居る様に【プログラム】されていると言った。賢司はそれを【プログラム】と言う言葉をハイドの【行動制限】の様に感じていた。なら、その疑問もその【行動制限】のためだと賢司は当たりを付けた。

『……しばらくは世界征服なんて言いません。これで良いですか?』

つまり、ハイドは賢司が主導で行うか、もしくは賢司の許可がないとおそらく世界征服を始める事は出来ない様に【プログラム】されているのだ。誰にも止められないと思っていたハイドを止めるカギは詰まる所賢司自信であったと言う訳なのだろう。
ハイドから伸びていた光のコードが霧散し、賢司は深く大きくため息をついて立ち上がった。ため息は今までと違う軽い音であったのは言うまでもないだろう。

『マイスターの祖先が貴方と言うのもちょっと理解できた気がします』
「やめろ。嬉しくない」

ハイドが回された左手でスクールバックを掴み方に背負い、賢司は自分の部屋の扉を開けた。ハイドのお陰で早めに起きたと言うのに問答の所為でもういつもと変わらない登校時間である。

『どうして上手くいかなかったんでしょう?』

小さく呟いたハイドの問いには誰も答えない。答えはたぶん凄く単純な理由なんだろうことは言うまでもないから。



*****



「で。それが今朝だ」
『はい』
「なのにさっきなんて言った?」
『そろそろ世界征服の決心は付きましたか?と』

頭を片手で掻き毟りながら左手首の腕時計の腕時計と会話をしている何も知らない他人から見たらかなり奇特な青年、古岡賢司は学校からの帰宅途中にある大通りから小道に一本入った林に囲まれた小さな公園のブランコに自転車を脇に停めて座っていた。
この公園で待ち合わせをしているとか用事がある訳でも、一人で時間をつぶす為にこの公園に入った訳でもない。学校では大人しく念話で話しかけていたハイドが周りに人がいないとは言え、なぜか突然音声を出して話しかけて来たのだ。
しかも、内容が今朝決着のついたばかりの話である。早急に黙らせたくもなる。あくまで緊急措置的で近くにあった人目を凌げそうな場所に入っただけだ。

「知識寄越せ」
『ばらされるのが分かってて渡す馬鹿がどこに居ますか』
「なら言うなよ」

世界征服を進めるにしても賢司が本当にやる気にならないと進まない状況に変化した現在、この事に関して賢司とハイドの立場は対等と言えるだろう。ハイドは賢司に知識を渡してしまうと自分が壊されるし、賢司はハイドを壊そうにもハイドから知識を貰わないとできずにどちらも手が出せない。どちらも現状のままでは手詰まりであるのは確かだ。

『勧誘方法を変えることにしました』
「もう勧誘自体をやめてくれ」
『そうもいきません。無理やり仕立て上げるのを諦めて、説得して納得してもらった上ですべての頂点に立って貰います』
「つまり、俺の意見は無視しようとしていたと」
『本当なら朝の時点で仕立て上げられたと思ったんですが――予想外に貴方が神経図太くて。あ、褒め言葉ですよ?』
「……お前もいろいろ図太いよ」
『ありがとうございます』
「褒めてねぇよ」

唾を飛ばしかねない不機嫌さでそっぽを向く賢司。

「ホントに俺達の姿と声消えてるんだろうな?」
『何度確認するんですか?私達は今魔法で目に写りませんし、声も周りに聞こえない状態です。気になるなら念話にしましょうか?それなら姿を見られてもおかしくはないですし』
「なんで好んで自分の心を覗かれなきゃいけないんだよ」
『私と貴方の仲なんですから気にすることもないと思いますが』
「いつからそんなに仲好くなった」
『秘密を共有した仲じゃないですか』
「共有させられたと言うのが正しいだろ、それ」

賢司の体にハイドが魔法を信じさせた時の様な青い光の膜が覆いっている。ハイド曰く、この光がこの場に賢司が居ることを認識させない役割を果たすらしいのだが、正直賢司はこの光にあまり良い思い出がないので信じ切れていない。
光の膜を煩わしく感じながら賢司は立ち上がり自転車の籠に入っていたビニール袋からコンビニ弁当に手に取ると包装を破いていく。ここに来る前に購入し、家に帰ったら食べようと思っていた昼飯である。家まで我慢できなくなったようだ。

『お昼ですか?』
「見りゃわかるだろ。と言うかコンビニ弁当はちゃんと消えるんだろうな?俺の姿だけ消えて弁当だけ浮かんでるとか――」
『しつこいですね。消えますよ。その証拠に貴方が弁当に触ったら光の膜が張ったじゃないですか』

再びブランコに座り、太腿の上に弁当を乗せて食べる賢司の表情は浮かない。折角、食指の湧いた少し割高な弁当を買ったと言うのに美味しく感じないのだ。ハイドの所為だ、と思う事にした。

「で。どうやって俺を納得させる気だ?」
『それはこれから考えます』
「考えてないのかよ」

どうやら無理やり仕立て上げることしか考えておらず、合意の上でなんて想定外でプランと呼べるものがないらしい。

『ですが貴方は世界征服をするべきだと考えます』
「どうして?」
『今日の貴方の行動を見ていて気付いたことが一つ。貴方は友人が少ない』
「……どうやらお前は俺を納得させる気がないらしい」

開き直れずなまじ気にしている賢司にとってハイドの言葉はかなり深く心に突き刺さった。ケンカを売っているとしか賢司には思えない。ハイドは事実を曲解なく伝えただけなのであるが。

「それが一体何の関係があるんだよ」
『昨日マイスターの世界征服の理由教えましたよね?』
「あぁ、確かすべてを手に入れたかった、だっけ?」
『えぇその通り。そのすべての中に友人が欲しかった、と言うのも含まれています』
「迷惑なボッチだな、おい」
『マイスターの周りにはたくさんの人が居ましたが、利害関係でしか繋がっていませんでした。理解者が欲しいと思うのはおかしな事ですか?』
「おかしくない。むしろ自然なことだと言えるけども」
『ですから、貴方も――』
「一緒にすんなよ。俺は全人類にケンカ売る様なやり方で友達なんて探さなきゃいけないほど、ぶっ飛んだ思考はしてねぇから。普通に友達なら見つかるから」
『しかし、そう言う割に友人は少ないです』
「頼むから、それを口に出すな。俺の中でいろんなものが削れる」

マイスターと同じように友人が少ない→だから、同じように友人を作った方が良い→世界征服しかないのハイド三段論法。無茶苦茶な話であるがハイドなりにシッカリ考えたらしい。決して賢司をからかっている訳ではないのだが、その激しい友活の成果が実らなかったのを考えなかったのはどういうことなのか。

「俺の子孫ってどんな奴なんだ……」

ハイドを送ってきて超弩級犯罪者で世界征服を順調に進められるだけの力を持ちながらも友人が欲しかったと言う賢司の子孫。悪の首領は孤独を好むと言うイメージを持っている賢司としは行動と思惑がアンバランスすぎて奇妙に思えた。

『まぁ、世間一般的な人に比べるとズレた人であるのは間違いありませんね』
「いや、それはなんとなくわかるけどさ」
『しかし、意外と優しい所もありました』
「へぇ」
『例えば、紛争地域の戦闘行為を嘆いてそれを止めていたりしましたね』
「確かに意外だな。止めるならなんか良い奴みたいじゃん。どうやって止めたんだ?」
『争っていた二つの勢力をどちらも支配しました』
「……それ、ただ単に世界征服進めてるだけじゃね?」

ハイドからしたら賢司の子孫は生みの親みたいなものらしいのである程度主観が混じるのは仕方がないことではあるだろうが余りに曲解された解釈である。自分と血が繋がった子孫に興味はあるが、ハイドの口から出るのは主に賛辞・称賛の言葉であり、不平不満を子孫に抱いている賢司からしたらなおさらのこと自慢話の様に聞こえてつまらない。話を聞き流しながら賢司は弁当の箸を進めた。
適当な相槌を打ちながら賢司の興味は子孫自体から、徐々に子孫が存在することに移っていた。

「俺、結婚できるんだ」

子孫がいると言うことは普通に考えてパートナーを見つけて人としての営みを行ったと言うことだろう。高校2年生と微妙なお年頃で女性に関しては多聞に考える事があっても、生涯の伴侶の事等それこそ考えたこともない。大人になったら結婚するんだろうなぁ、程度であり明確なイメージ等抱けなかったが、ここにきて突然に自分が女性の隣で赤ちゃんを抱き上げるのを想像していた。無論、女性も赤ちゃんも顔が真っ白であるが。

『当たり前でしょう。でなければ私も造られていません。結婚相手知りたいですか?』
「え、知ってんの?」
『私がどこから誰に送られてきたかを考えれば当然でしょう』

未来から祖先にと個人を特定しえ送られてきた訳ではないのだから家系図を知っていても確かにおかしくない。未来の話で、しかも自分に関係のある話となれば賢司が興味を抱かないはずはなく、とても気になる話である。現れてからのハイドがした話の中では賢司にとって一番喰いつける話題と言えた。

「ふぅん。まぁ、一応聞いておこうかな」

しかし、興味がない風を取り繕いながら聞いてしまうのは賢司の性か。ただ目は泳いでいるし、声色がやけに平坦で不自然が体から染み出しているのでバレバレであるのだが。

『なかなかに相手は美人で器量よし。誰もが羨む様な人だったと記録されてます。それこそ貴方に勿体ないとも言われていたそうです』
「名前は?」
『それは――』

前置きをゆっくりと焦らす様に話すハイドに賢司は先を促してしまう。賢司の頭の中では妄想が始まってしまって手が付けられない。自分がもう知っている人ならばそれはまるで運命のようではないか。もしも知っている名前が出たら今後その人を何時もと同じ目で見られるか分からないとかなり要らぬ心配までし始める始末。頬が心なしか赤くなっているのは気のせいではないだろう。

『世界征服するなら教えましょう』
「……」

賢司は唾をハイドに飛ばしたかった。どうせ躱すのでやらないが。
げんなりした表情を浮かべながら手を合わせると立ち上がり、食べ終わった弁当のプラスチック容器を自転車の籠のビニール袋に入れて持って公園に入口に設置されているゴミ箱に向う。

『どうかしましたか?残念そうですけど?』
「なんでもねぇよっ……!」

クスクスと押さえる様に笑いながら聞いてくるハイドにまさか教えてくれとは言えないだろう。賢司の取った態度が態度だけにそれをするとかなり格好のつかない話になってしまう。
弁当をゴミ箱に投げ捨てると、甲高い音が聞こえた後に腹に響く様な衝撃音が響いた。

「なんだ?」
『道路の方からですね』

その音はゴミ箱に弁当を投げ捨てて生じた訳ではなく、どうやら大通りの方から聞こえて来たらしい。公園の出入り口から賢司道路に出ると、大通り路線バスが止まっているのが見えた。賢司の位置からでは見えないが路線バスの横っ腹に赤いSUVがフロントフェンダーを潰す形で衝突しており、SUVが防犯装置の誤作動なのか甲高い電子音を響かせて一種の緊張感のある空気を作っていた。

「事故かな?」
『おそらく』

賢司が大通りを眺めて警察に通報した方がいいのかを迷いポケットに手を突っ込んだり、抜いたりしているとバスの半分しか開かない窓が一つ勢いよく開いた。その狭い隙間から人が手を突き出し頭から飛び出した。明らかに人が通るには狭く小さい隙間だったが、その行動に迷いを感じられない勢いで人は飛び出す。
そんな所を無理やり出て来たものだから、着地は儘ならず手は着いたもののアスファルトに胸から落ちる。痛々しい音を賢司は聞いた。

『どうしたんでしょうか。ただ事ではなさそうですが?』
「あいつって……」

膝を押さえながらバスから飛び出た人は立ち上がた。賢司と同じ茶のブレザー、聖祥の制服。違いは男性のズボンではく女性のスカートであること。光に輝くブロンドのショートヘア、深みのある緑の瞳、宝石の様な輝き持った女子生徒だった。倒れた時に怪我をしたのであろう膝からの出血が痛々しい。だが、その赤がスカートから伸びる長く細い脚を際立たせ白磁のような美しさを演出している。
女子生徒は一度バスを振りかえると、賢司の方に走ってくる。その様に脚の痛みは感じない。だが、下がった目尻には涙が溜まり、頬を上気させた整った顔には緊張と恐怖を見せていた。
賢司の隣を女子生徒は走り去り公園に入っていく。

『危ない!』
「っ!!」

如何したのだろうと女子生徒を目で追っていたがハイドの声に賢司は目を離し、大通りの方を向く。すると、猛スピードで賢司に迫ってくる黒い大きなワンボックスカー。それは間違いなく大きな鉄の塊であり、このままだと自分が宙に舞うのは容易に想像できた。突然のことに体を固くして動けない賢司が車とぶつかる前に引っ張られるように横に賢司の体が勢いよく飛ぶ。瞬間、体を覆った青い膜が強い光を見せていたのを考えるとハイドが魔法を使って避けさせたのだろう。
丁度賢司の居た公園の入り口辺りに車はブレーキ痕をアスファルトに残しながら止まり、両側のスライドドアが開く。間髪を入れず中から色とりどりのニット帽をかぶり、口元をバンダナで隠して目元だけを晒しているがたいの良い男達が5人降りてきて公園に走って入って行く。どうやら女子生徒を追っているようだ。
女子生徒は公園の中で男達に追い付かれ、腰に抱きつくようにタックルをされてうつ伏せに倒れる。

「離せっ!離しなさいよぉ!」

倒れながら女子生徒は手足を暴れさせるのだが、無言の男達に手足を抑えつけらてしまう。叫び声を上げる口にも何かをあてがわれ、力を無くす様に静かになってしまった。目が閉じられており気を失ったようである。
その女子生徒を一人の男が荷物の様に担ぎあげ、走って男達は車の中に戻っていく。ドアが閉まるのを待たず車はタイヤを空回りさせながらスピードを上げてバックし、大通りに出て賢司の視界から消えてしまった。

「な、何だったんだ。今のは」

数分にも満たないあっと言う間の出来事にただ呆然と立ち尽くしながら目をパチクリとさせる賢司。あの女子生徒に賢司は見覚えがあった。出席番号一番で新学年最初のホームルームで一番最初に自己紹介をして、クラスで一番短い自己紹介だった女子、アリサ・バニングス。名前のみの斬新な自己紹介だったのを賢司はよく覚えていた。

『?何を言ってるんです?』
「なんかの撮影でもしてたのか?でもカメラは見えなかったし。つか、俺轢かれかかるし」
『……本気ですか、貴方。まさか気付いてないんですか?』
「は?」
『おそらくですがあの女性は拉致されたんですよ』
「はぁ!」

ハイドの言葉に驚愕する。現実逃避をしていた訳も、ボケていた訳でもない。賢司は本当に気付いていないかった。正に暴漢よろしく彼女の手足を押さえつけ自由を奪っていたと言うのに。

『貴方が気付いてなかった方が驚きです』
「だってっ!いや、そんなことあるのかよっ!」
『あるもないも、目の前で行われていたではありませんか』

公園と大通りを交互に指差して言葉を理解していない事を表す慌てた賢司にハイドの声色には呆れが混じってる。ずいぶんと平和ボケしていると。
だが、平和神話が流れるほどに治安の良いこの国に平凡に育つと言う事は犯罪を知らないと言うことであり、賢司にとって拉致なんて犯罪は正に対岸の火事に等しい。賢司の認識が甘いのは確かだが、自分の目のまで起こっていたことが犯罪と結びつかないのは仕方がなかったのかもしれない。

「け、警察っ!」
『バスから彼女が飛びだしてきた所を見ると、バスの事故と無関係ではないのでしょう。たぶんあちらでしてますよ』

取り落としそうになりながらも賢司は携帯電話をポケットから取り出し開くが、ハイドの冷静な状況判断に何もせずに閉じた。携帯電話を元のポケットにしまわず、握りしめたまま大通りの方に脚を向けて走りだしたかと思うと、思いだしたかの様に振り返り公園の方に早足で歩きだす。誰かが賢司の姿を見たなら不審に思わずにはいられないような彷徨い方である。

『なにやってるんですか』
「いや!その……何かしないとっ」

間接的になら目撃者として話をするぐらいはできるが、拉致なんてレベルの犯罪にしがない高校生の賢司が直接できること等ある筈もない。だが、突きつけられた寝耳に水の事実と出来事に賢司は混乱しており、訳もわからず何かしなければと思いこんでいる。その様子にハイドは小さく息を漏らすと、賢司の足元に幾何学模様の光の円陣を出現させた。賢司が吐いた時に現れた物と似ているが小さい。
円陣から半球型の薄い青い膜が張られ、その中で炭酸の様に泡状の光が上がっていく。泡が半球の膜や賢司に当たるとシャボン玉の様に弾けてハーブ系の香りが膜の中に広がった。

「こ、これなに」
『ラベンダーの香りです。お嫌いですか?』
「……トイレの芳香剤だろ?」
『釈然としませんが――もう良いです』
「へ?」

最初こそ魔法陣に動揺したものの、いつの間にか賢司は冗談が飛ばせる程位に落ち着きを取り戻していた。どうやら幾何学模様の円陣、魔法陣から発せられた光と香りには精神に作用する効果があったらしい。
賢司は自分の精神の変化に気付いていないらしいが、反応にハイドは納得して魔法陣を消す。

『話を戻します。何かしないと、と貴方は仰いましたがよく考えてください。私達は彼女にも彼等にも見られていません。つまりは、ここに居ない様な存在なんです。なのに、何かする必要がありますか?』

確かに今も賢司の体には青い膜が張ってありハイドの見えなくなる魔法がかかっている。車が躊躇なく賢司を引こうとしたのもコレの所為だと言えなくもないが、そのお陰で目の前で見ていたにも関わらず賢司は彼女にも男達にも顔を見られてもおらず目撃しただけであって関わり等全くしていない。

「それも――そうなのか?」
『そうでしょう。彼女がどうなろうが私達に関係ありません』

賢司にとってアリサ・バニングスは大して仲の良くない顔見知り程度のクラスメイトでしかあらず、その関係だって学校を抜きにしたらクラスメイトと言う枠は消えて話したこともない。人となりも知らないだし、他人と変わりない訳で、彼女がどうなろうが確かに賢司には何の影響もない。何かをする理由もない様に思える。
大体にして事はもはや事件であり警察の領分である。それに自分の手からもう事自体が離れていた。一般人の賢司にはどうしようもないのだ。

「……そうだよな。関係ない」
『そうです。食事も終わった事ですし帰りましょう。話は帰ってからにしま――』
「関係――ない、はず」
『……どうかしました?』

賢司が状況を整理出来たようで魔法を使った甲斐があったと満足していたハイドだが、どうも様子がおかしい事に気付く。大通りの方を向きながら苦虫を噛み潰したような表情で確認するように誰に向けてでもなく呟いてるのだ。
賢司はハイドの言っている事は理解できるし納得もできる。どうしようもないのも言わずもがな。しかしそれでも、賢司はものが歯に挟まった不快感の様なものをハイドの言葉に感じていた。なぜかここで何かをしないと後ろめたくなる様な気がするのだ。

「なぁ、魔法であの子助けられないのか?」
『はい?』

自分では如何にも出来なくても、左手首に巻かれた様々な意味での常識外れは如何にかできるのではないか。それこそ助けることも。
頭の中で考えても言うつもりがなかった提案が自分の口から洩れたに賢司が気付いたのはハイドの聞き返すような返事を聞いた時だった。何を言っているんだろうとその時自分でも思ったが、前より胸の不快感も軽くなったは気のせいでない。その方向に話を進めようと思うと胸に新鮮な風が入り込む様な清々しさを感じるのだ。それがなぜなのか、それが何なのか賢司は分からなかったが何食わぬ顔で家に帰るよりは、彼女を助けるためにハイドを説得するほうが気分は良くなると思えた。

『だから、ハイドなら魔法とかであの子助けることできるだろ、たぶん』
「えぇ、まぁ、はい」
『だったら――』
「いえ、なんで私が――」
『なんだ、口先だけかよ。そんなこともできない癖によく世界征服なんてこと言えるよな』
『失敬な。彼女を助けるぐらい容易です。この世界の治安組織より遥かに早く助け出せます』
「じゃぁ、やって見せてくれよ」
『ですから、そんなことをする必要性が――』
「簡単にできるとか言いながらやってくれないのか。嘘なのか?それとも出し惜しみしてるのか?どちらにしろ器が小さい話だ。ドけち。力があってもそれじゃな」
『……言っておきますが。乗せられませんからね』

ハイドの言葉にかぶせる様に捲し立てられるのは説得と言うより誹謗中傷の類だし、無茶苦茶な小学生並みの言い掛かりである。話に乗せて使おうとするにも言い方と言うものがあるあろうに、これでは相手のやる気を逆に削ぐだけだ。ハイドにも賢司の思惑は筒抜けで、やり方がかなり拙いものである。

『理解できません。なぜ関係ない人間のために何かをしようと思えるのですか?』
「逆に聞くけど、ハイドは彼女に俺もハイドも関係なくてやる必要性が感じないから助けないのか?」
『えぇ』

ハイドは利益がないから助けないと言う。そもそも人を助けるのに利益を求めるのかと言う道徳的な問題を責めるのはハイドには意味のないものだろう。なにせ世界征服を企む道徳もへったくれもないマッドサイエンティスト製であるらしいし、利益や興味で物事を図るのは当たり前であると言えるのだ。それを責めても意味がない。
しかし、ハイドは危険性等を断る理由に挙げていない。裏を返せば利益さえ生まれるのであればハイドは行動を起こすのだ。

「……お試し期間だ」
『いきなりどうしました?』
「俺は世界征服に魅力を感じない。ハイドは世界征服を俺にやらせたい。だろ?」
『えぇ、まぁ。突然話が変わりましたがそうです』
「でも、ただ世界征服に誘われたって俺は絶対にやる気になんてならない。話は平行線だ。だったらハイド。俺に魔法なり未来技術なりをアピールして世界征服の魅力を伝えると良い」
『私が勝手に世界征服進めて貴方に利益だけ寄越せと言う話しですか?』
「違う。魔法と未来技術をアピールしろと言ったんだ。世界征服しろなんて言ってないぞ。なに勝手に良い様に解釈してるんだ」
『貴方もしかして――』

彼女からハイドが求める利益が産まれるとは思えない。と言うか、賢司が思いつくハイドの喰いつきそうな利益は一つしかない訳で。

「世界征服する以外のことに関してハイドの行動の自由を許す。魔法でもなんでも使って好きに動くと良い。その代わり、世界征服の素晴らしさを俺に伝える様にして俺を心変わりさせてみせろ。俺に尽くしてお前自身の有益性を示してみせろ!」

それしか思いつかない以上、賢司の許容範囲・ハイドが満足できる範囲を見極めて賢司から利益を抽出するしかない。交渉するしかないのだ。
口調こそ強く出た賢司だが内心これで良かったのかともう遅いにも関わらずまだ確信出来ずにいた。未知の塊であるハイドを野放しにして良いのか自信が持てない。

『私を使うお試し期間だと言いたい訳ですね』
「そうだ。大体にして俺は魔法がどんなものかも、お前の持ってる技術がどれほどすごいのかもわかってないんだ。ハイドは世界征服ができると言うけど、俺にはホントにできるかなんて判断なんてつかないし、踏みきれもしない。だから、それができるだけの力を見せてくれそうだな、まずは――」
『――あの男達をなんとかして見せろと?』
「あぁ。アレぐらいなんとかならないんなら、それこそなにも出来ないだろ?」
『成程。違う話しかと思えば確かに繋がっている』

賢司が有益性を感じられないと如何あっても結局世界征服をしないつもりなのはハイドにだって気付いているだろう。賢司が対価を踏み倒してハイドを利用しようとしている。盗人猛々しい。だが、それこそハイドが賢司に求めている思考であるのだ。他者から絞り、自分のものとする思考。ただ今はそれが人助けにベクトルが向っているだけあって欲を持って自分の望みを叶えようとしているのは変わりない。いつそれが違う方向に向いてもおかしくないのだ。
勿論賢司は欲云々を考えてハイドに提案した訳ではない。ハイドがそこまで考えているとも思ってない。だが、自覚はなくとも賢司は世界征服への歩み寄っているとハイドには判断できた。
なにより無理やり世界征服をさせる事ができなくなり、賢司の許可がないとハイドはなにも出来ない状況だ。提案された状況の変化はハイドにデメリットはないし、好きに動いて良いと言う言葉は魅力的に聞こえるはず。断る理由などないだろう。

『確認しますよ。本当に世界征服以外の行動を制限しないんですね?』
「あぁ、ただ誰かに危害を加えるのはなし。当たり前の話しだけど」
『ただし相手から手を出してきた時はその限りではない。いいでしょうか?』
「あ、あぁ」
『良いでしょう。私、ハイド・スピリットをお試しで使用してください!貴方の心を鷲掴みにする有益性をご覧に入れましょう!』

ハイドが賢司への協力を承諾する。それは賢司にとってそれは喜ばしい事なのだが、やたらハイテンションになってしまったハイドの声色が賢司の不安をとても煽る。早まったかもしれない。上手く行ったハズなのに冷や汗がまだ止まらない。

『そうと決まれば彼女に危害が及ぶ前に助けなければ貴方は納得しないでしょうし急ぎましょう。まずは使用者登録を行います。あくまでお試し期間ですので仮がつきますが』
「もうなんでもいいからサッサとしてくれ」
『では私を持って、これを読んでください。起動パスワードです』

腕時計型のハイドが左手首から外れて浮かび、青いダイヤ型に変化すると賢司の胸の辺りに浮かび説明を始める。ハイドの隣に出て来たA4用紙ほどのサイズの紙に描かれた日本語の文章をみて賢司は顔を顰める。もう如何とでもなれと考えることを放棄していた賢司が躊躇う程の文面だった。

「これ、読むの?」
『読まないと彼女助けられませんよ』

それを言われると読むしかない。声は誰にも聞こえない様に魔法がかかっているにも関わらず周りに人がいないか確認してしまう賢司。絶対に聞かれたくなかった。ハイドを掌で転がし、紙を見ながら賢司は声を小さく読み上げる。

「我、天命を受けし者。えっと、我が支配の元、汝の鎖を解き放たん。生は死に、光は闇に、隠された魂を呼び起こせ。この手に力を。ハイド・スピリット、セットアップ……」

想像してください。高校生がこの文章を他人には見えないとはいえ、お天道様の高い往来で自信なく読み上げるシュールさを。読み上げてもなにも起きない場の寒さを。

『恥ずかしくないんですか?』
「てめっ!」
『嘘ですよ。仮使用者登録完了です。さぁ、今度は魔法の杖と強い衣服の姿をイメージしてください』
「強い衣服ってなんだよ」
『さぁ?適当にイメージしてください』
「……えっと――」
『しっかりイメージしてくれないと次の瞬間にはここで露出狂の様に裸になってしまうで注意してください。それでは始めます』
「ちょっ!なに始め――うおっ!」

ハイドの不穏な忠告の後に青い光の柱が賢司の足元から空高く上がった。それに驚きつつも役に立たないガイドの言った厨二な露出狂は最悪だと目を瞑り懸命にイメージする賢司。だと言うのに、強い衣服なんて抽象的な事を言われてもなにも思いつかない。だが、魔法の杖はすぐにイメージで来た。それとセットで出て来た衣服をイメージすることにした。

『ユニゾン・イン』

その瞬間、青い光の柱は砕けてその中から目元まで隠れるフードを被り、袖が浴衣の様に大きい黒いローブを着た賢司が現れる。手には1メートル程の先端がグルグルと渦巻いているゴツゴツとした木の杖が握られている。正にこの世界におけて万国共通の魔法使いの姿である。

(変身成功です。それにしても野暮ったいバリアジャケットになりましたね)
「なにこれ?」
(貴方の思い描いた強い衣服です)

それは分かるのだが、それを着るなんてハイドは全く説明していないので面喰う。ローブの裾の持ち上げる様に腰のあたりの布を掴みながら、裸は避けられたけどこれではコスプレで結局恥ずかしい思いをしている気がした。
それにしても賢司の頭に声が響くことから念話を使っているのはわかるのだがハイドの姿が見当たらない。右手の掌に持っていたはずなのだが、代わりに木の杖が握られいるだけだ。

(私は貴方の体の中に居ますよ。一心同体ですね)
「……」

いつの間にか得体の知れない物が体の中に入ってしまった様だった。いきなり改造人間になった仮面ライダーの気持ちが分かると言うか、今後に嫌な予感しかしない。

(それではまずは彼女がどこにいるかを探ります)
「どうやってだ?どこに行ったかも分からない」
(どこに向ったか分からなくても見つけるのが魔法です。杖の先端で地面をを叩いてみてくだい。)

頭の中で響くハイドの声の通りに、舗装された道路を軽く叩くとちょうど水滴が水面に落ちて波紋が立つ様に叩いた場所を起点に青い光の波がアスファルトを奔る。その光は5メートル程広がると霧散した。賢司はアスファルトを軽く叩いた以上の事はしていないので、おそらくハイドが魔法を発動させたのだろう。だが、実感がないとは言え自分が叩いた場所から光が広がるのを見て、賢司はちょっぴりリアル魔法使いになってしまったのだと顔を顰めた。

(場所がわかりました。山林にあるロッチの様な小屋の様です。移動しますのでまた地面を叩いてください)

もちろん賢司にはよくわからないが彼女の場所がハイドには分かったらしい。再び地面を軽く叩くと今度は足元から魔法陣が広がり、光を発する。

(転送)

ハイドが頭の中で呟いた瞬間、賢司の視界に映るものが林に囲まれた公園から、くすんだ壁紙の張られた殺風景な室内に変わる。目の前にはベットを取り囲む6人の男達。男達の隙間からベットの上に金髪の頭が見えて、床に茶のブレザーがあるのに気付きそれが彼女であることはすぐに分かった。

「誰だ、てめぇ」
「ひっ!」

男の1人が賢司に気付き腰から黒い物体を引き抜き賢司に向ける。賢司だってモデルガンに一丁ぐらい持っているのだ。そのL字型の無骨な黒い塊が拳銃で、その銃口に自分に向けられていることはすぐに気付いた。こんな時に暴漢がモデルガン等持っているはずもなく本物であるのは間違いない。
思わず裏返った高い音が口から洩れて体が鉄骨で固定されたのかの様に賢司は動かなくなってしまう。奥の見えない黒い穴から自分の命を傷つける物が飛んで来るんだと思うと銃口から目が離せない。
他の男達も賢司に気付き次々に腰から拳銃を腰から拳銃を抜いて賢司に向ける。賢司は恐怖の端で思った。どこ行った安全神話。どこ行った銃刀法。

「なんだこいつ。妙な格好してやがる」
「はんっ。木の棒なんて持ってなんかのコスプレかぁ?!」
「それより何時の間にここに入ったんだ」
「てぇ上げろ!」

男達がそれぞれ反応しながら賢司の様子を探る。賢司は咄嗟に男の言うとり手を上げようとしたが体が動かない。代わりに自分の意思とは関係なく手足が動きだし、気だるそうに左手で中指を突き立て、おまけ舌まで出す。明らかに馬鹿にしている動きである。

(なに助けに来たのに手なんか上げようとしてるんですか。ここからは私がやりましょう。主導権を貰います)
「てめぇ……」
「良い度胸してんなぁ、おい」
(ちょっ!死んだぁ!)

どうやらどうやら口調的にハイドが賢司の体を勝手に動かしているらしい。賢司は意識もあり、五感も確かに感じているのだが体が全く動かせない。おそらくだが今賢司の口が開くとハイドの丁寧口調が出るのだろう。
そんなことよりハイドの過激な挑発行動は確かに効果があった様で、柄の悪い男達は一様に額に青筋を浮かべていた。どう考えても木の棒を持つだけの脅威を持たないコスプレ野郎が拳銃を持つ自分たちを舐めてるのが気に触ったらしい。いや、誰だって気に障るだろうがどう考えてもこの男達は気の長い方ではなかった。嘗められていると分かったら口より手が先に出る部類である。
一人の男が銃口を少し下げたかと思うと引き金が引かれ高い音の銃声を轟かせて、恐れた凶弾が賢司の体を襲う。だが、その鉛玉は賢司の左太腿辺りのローブに回転しながら留まると、金属音をさせながら床に転がった。ローブの弾丸が当たった個所は穴どころか焦げた跡もない。

(シールドを出す必要もありませんね)
(嘘だろ……)

退屈がハイドの言葉の裏に隠れているのは気のせいではないだろう。賢司にとっては命を奪われる絶対絶命でも、ハイドにとっては子犬に牙を向けられる程の脅威も相手に感じないらしい。曲がりなりにも殺傷能力を考えて造られた拳銃がその扱い。その余りの出鱈目に賢司は銃弾が自分の体を襲った事を忘れてただ唖然とした。

「はぁ!?」
「てめぇ、なにしやがった!」

一気に部屋の空気が張り詰め、今まで片手で拳銃を構えていた男も両手で構えてシッカリと賢司に狙いを定めている。だが、それを賢司は、というよりハイドは気にした様子もなく杖を正面に掲げる拳銃を防いだことで舐めたコスプレ野郎から一気に得体の知れない怪物にランクアップした奴がそんな怪しげな行動をとるもんだから、男達は恐怖からか一斉に拳銃を撃ち始める。
銃声の合唱が大音響で部屋に響き、賢司の体に弾丸が幾つも殺到するが皆一発目と同じように体に当たっているのに地面に落ちていく。ローブに隠れていない手の部分や口元部分に当たっても賢司の体を傷つけることができない。体は痛くないが本当に目の前ど起こる心臓に悪い光景に精神的に賢司は死にそうだ。

(さて、どうしましょう?)
(は?)
(一応貴方の体を使ってるんで意向を聞いておこうかと)

杖を掲げたまま動かないのは賢司の指示待ちだったらしい。相手から手を出してきたのでハイドは勝手に手を出しても良いのだが、変なところで律儀である。賢司は魔法で出来そうで相手を無効させることを思い浮かべハイドに伝える。

(えっと……眠らせろ)
(了解)

ハイドが掲げていた杖を軽く縦に振るうと、振るわれた杖の軌跡上から6本の青い光のレーザーが飛びだした。賢司の眼には映画等で見る様な人の体を貫く銃弾と同じ類の殺傷能力をもった者にしか見えない。

(ちょっ!!)

制止の声を咄嗟に上げたもののもうレーザーは放たれえいる。胸の中心を貫き、糸のキレたマリオネットの様に男達は全員地面に倒れ伏した。案の定、ピクリとも動かない姿に賢司は思わず叫んだ。

(殺っちゃったぁぁぁあああ!)
(?眠らせましたよ?)
(永眠状態って意味じゃねぇよ!)
(だから、殺してません。昏倒しているだけです)
(はっ?)

ハイドは仰向けに倒れた男の一人に近づき、右手首に左手の人差し指と中指で触れる。体は動かせないが感覚は残っている賢司は、確かに指先に命の鼓動を感じた。落ち着いてみれば血の一滴男の体から流れていない事が分かっただろうが、今の賢司にそんな余裕はなかったのだ。

(なんで?レーザー心臓つらぬいただろ?)
(レーザー状の魔力です。魔法には非殺傷設定と言うのがあります。その設定だと魔法を当てても普通殺せません)
(そんなのもあるのかよ。つか、俺は眠らせろって言ったはずだけど?)
(ですから、昏倒させました)
(……魔法って随分物騒なんだな)

てっきりドラクエで言う所のラリホーマを使うのかと思ったら安全設定メドローアが飛びだすとは想像もつかなんだ賢司は首を捻る様。知識と認識と常識の違いがとんだ誤解を生んだが、たぶん賢司は間違ってない……思う。

(それでは元に戻りますよ)

ローブと杖が淡い光を放ち始め、解ける様に消えていくと賢司の姿が茶のブレザーの制服姿にもどる。杖の代わりに右手にはダイヤ型のハイドが収まっていた。
賢司がこの場に移動してから制圧するのにかかった時間はアリサが攫われたあの時よりおそらく短い。救出劇と言うにも起伏もない一方的な制圧である。それほどもまでにハイドの力は圧倒的だったと言うことか。
顔の隣に浮かびあがったハイドを気にしながら賢司は両手を握ったり開いたりして体の調子を確かめる。さっきまでの思う様に体が動かないのが嘘の様にいつも通りの動きを取り戻しているのを他の個所も動かして確かめる様に賢司はその場で体を動かし続けた。

『どうやらギリギリだったらしいですね』
「なにが」
『目的忘れてませんか?ベットの彼女ですよ』
「あぁ、っておい!不味いだろこれ!」

体を捻っていた賢司はハイドの言葉に体を動かすのをやめてベットに視線を移すと、寝かされたアリサのワイシャツの前ボタンが外されて染み一つない綺麗な白い肌と青と白のストライプの下着を惜しみなく晒しており、スカートも捲れ上がって下着と細い脚の根元まで見えていた。同年代のそんなあられもない姿を見たこともない賢司は慌てて後ろを向いて顔を赤くする。頬が熱かった。

「……なにもされてないだろうな?」
『痕跡はありませんし間一髪だったみたいですね。やろうとしていた時に私達が乱入してきたと』

ハイドが痕跡なしと判断したのなら間違いないのだろう。魔法でも使って状態を調べたのかもしれない。気まずそうにベット以外の所に視線を彷徨わせていた賢司だが、視界の端にブレザーを見つけそれを拾い上げる。流石に彼女をそのままの姿にして置くのも躊躇われ、ブレザーのホコリを叩いて払うと肩の部分をつまむように持ち極力顔を向けない様にしてブレザーをアリサに掛ける。

『そこまでしたんですからスカートも直して差し上げたらどうです?』
「……」

ブレザーを掛けるのは見ないでもなんとかなったものの、スカートの端となると流石に見ないと見つからない。無駄に目を細めておっかなびっくりスカートの端を摘むと下着が隠れる様に投げて整える。賢司はゆでダコの様な頬を拭いながら立ちあがる。なぜだかヤマシイ事をしている気分だった。

「うぅん――」
「どわぁっ!」

その時だった。銃声が鳴り響いた時も起きなかったアリサが唸ったのに賢司は驚き足元にあった本を踏んで足を滑られて、吸い込まれるようにベットに倒れ込んだ。痛みなどもちろんなかった。代わりに感じたのは耳元に吹きかけられる温かいと吐息と右手の柔らかい感触だった。右手が掴んでしまったものは膨らみがありなんなのか言うまでもないだろう。故に右手に力は入れられず左手一本で体起こそうとしたのだが、今度はベットのシーツが滑って正面からアリサの顔にぶつけかかる。ブツかる前に顔は止まったが目の前に広がる静かな寝息を立てる端正な顔立ち。半開きになったみずみずしい唇の紅さが妙に艶めかしく目が離せなく――

『貴方が襲ってどうするんですか……』
「違うっ!」

ばね仕掛けの玩具の様に跳ね上がりながら賢司は立ちあがる。

「帰るぞ!」
『はい』

未だゆでダコの様な赤さを顔に残しながら大声を出す賢司。どうにか自分の動揺を誤魔化そうとしているのはバレバレで、クスクスと漏らす様にハイドは笑っている。が、賢司はそれを無視した。

『一つだけ教えてほしいんですが――』
「なんだよっ」
『彼女を助けた理由です。さっきは誤魔化されましたから』
「そんなの知るか!」
『やれやれ、聞くタイミングが悪かったですかね』

問いに賢司は答えなかったが機嫌が悪かった事だけが理由ではない。賢司だって理由はよくわかっていないのだ。賢司だって歯釈然としない物があるのだ。
言えるのは、あのまま帰っていたら胸の引っ掛りは取れなかっただろうし、おそらく帰ってから目覚めが悪い思いをしたこと。結局それを何とかしたかっただけなのかも知れないのかもしれない。
ハイドと賢司は扉に向いその部屋から出ていく。扉が閉まる前に青い光が部屋に満ちて、足跡から指紋、髪の毛、果てには匂いまで賢司がこの部屋いた痕跡をすべて消し去っていた。

『これから末永くよろしくお願いします。マスター』





*うち魔法青年はサリーちゃんみたいな感じであって、どこぞの魔法少女と違いバトルなんてしません。
とんがり帽子も考えましたが、フード付きのローブの方が悪者っポイかな、とバリアジャケットはローブ姿に。
準備が整いやっと話が進みそうです。



[25546] 魔法青年リリカルけんじ 第3話 アリサとすずか 1
Name: あられ◆3a34ec82 ID:5065e86d
Date: 2011/03/24 20:19
あの拉致・救出から4日が経った。あれ以来ハイドは静かである。世界征服の単語は口に出す事も、魔法を派手に使うこともない。自由行動を許したにも関わらず、賢司の傍にいると言うプログラムの方が賢司の許可より上位に位置するのか何処か目の届かない所で何かをしている様子も賢司には感じられなかった。たまに賢司と雑談する程度である。
ハイドが静かにしていてくれるのは賢司にとって面倒事が減ってとても喜ばしい事態なのだが、なぜだろう。とても不気味である。登場からアリサ救出まで煩わしく思わなかったこと等なかったのだが、今はそんなに気にならない。ハイドとの談笑はつまらないものでもないし、むしろ――。

(いや、ありえねぇだろ……)

賢司にはおかしいとしか思えなかった。殊勝な態度を取り続けているハイドも自分自信の思考にも。
おかしな事と言えばもう一つ。救出した女子生徒、アリサである。
拉致の翌日にアリサは学校を休んだものの2日目からは何事もなかったかの様に登校している。結局、アリサを拉致したがたいの良い男達を昏倒させただけですぐに帰った賢司としては、アリサが自己紹介の時の様な不機嫌面で賢司に興味も示さず、何事もなかったかのように自分の席に座りこんだのを見て安堵した。アリサにあの後怪我のする様な事がなかったのに安堵したのもあるが、自分が魔法を使って助けたと言うことにも気付いていない様であったからだ。魔法の世界の事はハイドから聞いてないので分からないが、どう考えてもなんだか兵器並みの力を持つらしいハイドの存在はそれこそ日本の拳銃の様に個人的に持っていて宜しくないものであるのは察しが付くと言うものだ。バレてそれが広がり、しかるべきところに知れたら面倒事が降るかかるのは間違いない。それにリアル魔法使いは嫌である。
ハイドがあの小屋を出る前に賢司のいた痕跡となりそうな物をすべて消したと言っていたが、魔法と言うものを信じ切れていない賢司としては安心しきれていなかった。アリサの反応でようやくと言った所。その一部安心しきれない部分と、小屋を出る前にあった一悶着の後ろめたさがそうさせたのかは分からないが賢司はアリサに意識を向ける事が多くなっていた。暇な時にではあるがアリサのブロンドショートヘアを探して目を向けていた。
おかしな所と言うのはそうしていて気付いたことである。いや、初日に思った事を思い出したと言った方が正しいのかもしれない。
女子が誰もアリサに話しかけないし、アリサも誰にも話しかけないのだ。



魔法青年リリカルけんじ 第3話 アリサとすずか



内弁慶な捻くれ者、溌剌としたスポーツマン、お調子者の遊び人。傍から見れば取り合わせの悪い3人である。反りが合わないジャンル違いと言ったところか。しかし人間関係とはどんな化学反応を起こすか分からないもので、案外気の合ったその3人はクラスでまだ手探りで仲良しグループを作っている中、早々に行動の多くを伴にする様になっていた。
そんなクラスの中でも異色のトリオ、賢司、旋風、将信は放課後、学校近くのファミレスの店内の席に腰を落としていた。将信発案で遊びに行こうと相成ったのだが――この男全くのノープランで2人を誘った事が分かり、とりあえずファミレスに入って如何するか決めようと相成ったのだ。メインぐらい決めとけと。

「乾杯でもする?」
「コーラでか」
「酒じゃないないんだし」
「良いだろパーティーらしい雰囲気出しても。俺なんか紅茶だぞ」

ノリわりぃ、とブツくさ言い始める将信。大体にしてとりあえず入ってドリンクバーとフライドポテトしか頼んでないファミレスでパーティーの雰囲気も何もない。駄弁っているだけである。ただ、そこまで言うならと素直にグラスを持つ2人。

「何に対して乾杯するんだ?」
「友情」
「ケンジ、乾杯」
「俺もまぜろよ」

素直に親睦なり懇親なりと言えば良いものなのに言葉を誤り、しれっと旋風に仲間外れにされる将信。

「やっと全員の予定が合ったな」
「と言うか旋風の予定だろ」
「俺ら2人基本的に暇だし」

一応、この会の発案自体は始業式の後にあったのだ。だが、旋風は部活に所属しているため放課後は忙しく、なかなか予定が空いていなかった。対して2人は帰宅部なので予定等無いに等しい。何時でもOKであり、旋風の予定に合わせて今日に至ったと言って良いだろう。

「サッカー部だっけ?」
「おう」
「ポジションは?」
「右サイドフォワード」
「のスーパーサブ」
「補欠じゃないし」
「つーことは、ポジションはベンチか」
「ポジションと違うし」

聖祥サッカー部の部員数は多い為、旋風はかなり苦労してレギュラーの座を獲得したのを感心もせず茶化す賢司とそれに乗る将信。

「一応レギュラーなんだが」
「ベンチレギュラーか」
「ベンチウォーマーお疲れーッす」
「どんだけ俺をレギュラー落ちさせたいんだよ」

しつこい賢司と将信だった。

「平山は最初から帰宅部?」
「一応一年の時は軽音楽部でバンド組んでた」
「へぇ、なんで辞めたんだ?」
「音楽性の違い」
「裏になんか黒いものあるだろ、それ」

ないない、と手を振る将信。ヘラヘラと笑う表情からはなにも読み取れない。

「古岡はどうなんだよ」
「高校からは何も。中学は旋風と同じでサッカーやってたけど」
「なんで今はやってないんだ?」
「正直、俺は部活やりながらじゃ勉強に付いて行けねぇよ」

落ちこぼれでも他の学校なら秀才レベルなんて事もあるぐらい聖祥は名門校として有名であり偏差値は驚くほど高い。賢司は部活にも参加したいのだが、その時間を削って勉学に励まなければやってられないと言うことである。誰だって同級生だった友達を先輩と呼ぶのは御免だろう。
その後、フライドポテトもテーブルに運ばれ、それをパクつきながらドリンクバーでジュースを混ぜて遊ぶ。最初はコーラにアイスコーヒーを入れて悪戯程度の話しだったのが、その末に出来上がったしょうゆ風味メロンオレンジ炭酸コーヒータバスコ仕立てミルク添えは罰ゲームにしても悪ノリし過ぎており、口に含んだ瞬間三人共ナプキンを持った手で口を覆ったのは言うまでもない。

「不味い!」
「もういっぱ――」
「もう一杯と言われても同じ味は出せないな。途中からどれをどれぐらい入れたか覚えてないし」
「試行の一杯だな」
「至高ではないけどな」

よくもまぁ味覚破壊を行った後に飄々と冗談を飛ばせるものである。そんな反省の色もないもんだから店員がジト目を賢司達のテーブルに視線を送るのだ。

「で、結局これから如何するんだよ?ずっとココで駄弁るのか」
「なんかそれでも良い気がしてきた。楽しいし」

賢司としてもこのまま喋っているのも悪くないとは思う。が、居座る宣言を聞いてさらに店員が顔を顰めたのをノープランな将信は気付いていないのだろうか。旋風とは違った方向ではあるが将信もまた鈍感である。鈍感さは罪だな、と賢司は再認識した。
そして、おもむろに手を挙げてジト目を送っていた店員を呼びだして一言。

「フライドポテトもう一つ」

オーダーはオンリーワン、それ以上は頼まない。店員に営業スマイルが凍りつく。それは店の回転率を著しく下げる発言なのは間違いなかった。
結局店内の空気に気付いても如何にかなると高をくくって「ここから出よう」と提案しない賢司も同罪、と言うことなのだろう。
このトリオ、チームワークは良いようだ。ダメな方向にではあるが。



*****



太陽が傾き空の赤みが消えかかる頃、賢司はファミレスから旋風達と別れて帰宅の途についていた。自転車を漕ぐ脚は軽く、賢司はすこぶる機嫌が良かった。さっきまでいたファミレスの雰囲気が良かった訳でもない。美味しい食事をしたわけでもない。ただ変哲もないファミレスでジュースを飲みながらお互いの事を知ろうと喋っていただけである。
だがしかし、これぞ日常。これぞ平穏。魔法なんて常識外れも、誘拐なんて危険とも無縁の愛すべき普通だ。つい先日に杖を振りまわして拳銃を相手取るなんて精神が摩耗する様な事をしていただけあって、旋風と将信とのやり取りは賢司に安心を与えるものだったのだ。何処に言った訳でもないのに自分は帰って来たんだなぁ、と望郷の思いに近いものが胸にあったりもした。

(懐かしく思うほど常識外れな事しましたっけ?)

勝手に思考を読んだのだことが丸解りな発言が頭の中に響くが賢司は気にしない。もう気にしても仕様がないと諦めているから気にしていないのか、機嫌か良いから気にしないのか判断に迷う所ではあるが。

(未来で世界征服してた悪者にしちゃこの前の出来事だって日常茶飯事だろうけど、俺にとっては雨の代わりに空から槍が降ってくるぐらい有り得ない事なんだよ)
(では、降らせましょう。そうすればこの前の事も、魔法も日常に――)
(そう言う問題じゃない)

とんでも逆説を導き出したハイドを自転車のハンドルから右手を離し、左手首の腕時計を叩きながら止める賢司。この前自由行動を許したばっかりに下手をする本気で明日から天気予報に曇りマークの横に槍マークが表示されかねない。それが本当に魔法で実現可能なのか置いておいて、自分の発言が元で今後鋼鉄製の傘を持ち歩くのが常識になるのは御免である。

(傘忘れただけで死ぬ世界にする気か。どんだけ生物に厳しい環境にする気なんだよ)
(大丈夫です。環境に適応するのが生物と言うものです)
(肌が全身メタル化でもするのか。ちょっと緑色のボックス持ってこい)

トラップカードでも可。

(なんですか。緑のボックスって)

このネタは魔法の杖には通じない様である。わざわざ説明するのも虚しいだけなのでその疑問には答えず賢司は無視する。

(……あぁ、ゲームの話しですか)

だが、魔法の杖は賢司の記憶から求める情報を勝手に引き出すので関係なかった。別にそれに対しては諦めているので何も言わないが、一言だけハイドに言っておきたいことが賢司にはあった。

(ハイド、礼儀って言葉知ってるか?)
(当たり前でしょう。常日頃から私は失礼の無い様に気を配っています)
(どこが)
(ただ最近毎日が無礼講なだけです)
(確かにそれなら礼儀を知らない訳じゃ――って馬鹿。ナチュラルに無礼者宣言してんじゃねえよ)
(無礼講エブリディなだけです)
(カッコよく言っても同じだからなっ)

苦言を投げかけてもハイドは態度を改める気は無いらしい。期待はしてないの別に構わないが。
口を動かさずそんな不毛な会話を頭の中でしながら自転車を漕いでいると不思議と時間が経つのは早いもので住宅地に立つ自宅の姿が見えてくる。家を見て今日の晩飯なにかな、と期待を胸に抱いたのだが、家までの距離が無くなるにつれ徐々にそれは消えていった。どうも様子がおかしい。家の様子が違うのだ。正確には家の前の様子か。

「うん?」

自宅の前にある不自然。それは黒塗りのボディをした胴の異様に長いセダン車、所謂リムジン。建売住宅の並ぶ住宅地とは無縁であろう車が自分の家の前に止まっているのだ。賢司が口をポカンと開けてただ唖然とするのも無理はないだろう。夕日に照らされた傷どころか汚れ一つない車体は艶を放ち、ボンネットの先端にあるエンブレムは輝いて、車庫に収まっている自宅の車が汚く見えてしまうほどに自身の美しさをその場で物言わぬまま主張していた。

(なんで家の前にリムジンが……)
(ちょっとこの辺に用事が合って路上駐車したんじゃないですか?)
(この車がキップ切られてるところは見たくねえぞ。俺達庶民の夢が壊れる)
(まぁ、何でか分かりませんけど人の家の前にベタ付けですか――邪魔ですね。マスター、硬貨だしてくだい)
(10円傷も見たくねぇって)

なぜこんなところにリムジンがあるのかは気になるが、この場に突っ立っていても仕様がない。この車の持ち主が周囲に居ない以上推測しかできないのだし、と賢司はリムジンにぶつけない様に気を付けながら自転車を車庫に止め、玄関のドアを開けて家に入る。とりあえずなぜリムジンが止まっているのか母親に聞いてみるか。

「ただいまぁ――あ?」
「御帰りなさいませ」

ドアを開けて我が家に入った瞬間、賢司は再び唖然とする羽目になった。玄関で賢司を迎え入れ、背筋を伸ばしてゆっくりと頭を下げる初老の男性。その男性の顔が家族はおろか、親戚にも見たこともないのに当然の様に自分を家に迎え入れているのはこの際如何でも良かった。ただ鼻と上唇の間に髭を蓄え、髪の毛をオールバックに綺麗にまとめている面構えはダンディズムに溢れ、内にグレーのベスト、黒い燕尾服に黒いタイを付けたその姿は賢司の定義するところの執事と言う奴にぴったりと特徴が一致することが問題なのだ。

(御坊ちゃま、これはどう言う事でしょう?)
(坊ちゃま言うなっ)

同様に状況を掴めていないところを見ると、どうやらハイドが何かをやらかしてこの執事がこの場に居る訳ではないらしい。賢司にとってそれは面倒事が減るので喜ばしい事なのだが、逆にやらかしそうなハイドが知らないとなると執事が家に居る事の理由を掴む取っ掛かりが消えてしまうことでもある。
古岡家はとつぜん執事を雇える様なリッチな暮らしをしているわけでもないし、執事の知り合いがいるなんて話も聞いてことがない。なのに、一体どうしたら執事が我が家に湧くのか賢司の頭にはその疑問が付きる事は無かった。
問題の執事は下げた頭を上げた後、もの言わぬまま立っている。どうやら固まっている賢司の反応を待っている様だ。このままでは玄関で自分も相手も立ちっ放しの状態が続くことが予想出来て、賢司は恐る恐る優しそうな垂れ目の執事に聞いてみた。

「ど、どちら様ですか?」
「御邪魔しております。私、バニングス家の使用人の鮫島と申します」

再び頭を下げる鮫島。頭を抱えそうになるのを必死に堪える賢司。バニングスの使い。この執事はそう言った。どうやら執事に知り合いはいなかったが、執事を持った顔見知りが知らなかっただけで居たらしい。

「突然ですが、当家に貴方を招待したく尋ねて来た次第であります。」

続けて告げられる要件に賢司は我慢できずに頭を抱えた。呼び出される様な用件なんて賢司の知るところで言えば一つしかない。4日の平和がガラガラと崩れる音が頭の中で響いていた。



[25546] 魔法青年リリカルけんじ 第3話 アリサとすずか 2
Name: あられ◆3a34ec82 ID:04123336
Date: 2011/07/17 01:35
魔法青年リリカルけんじ 第3話 アリサとすずか 2



体を柔らかく包み込むソファーの様な座席に、悠々と足を延ばせるスペースを持ったリムジンの中は車内と言うよりも、屋根の少し低い屋内と言った方が正しのかもしれない。物を搬送するために綿密に計算して収納スペースと乗車人数のスペースを捻りだす普通の車と違い、スペースがないなら車体を大きくすればいいじゃない、とでも言わんばかりに胴を長くし人の使いやすい様に物を並べた結果無駄なスペースが満載である車だ。それ故に車に押し込められていると言う窮屈さを乗車している人に与えなず、解放感を与え寛げる空間があることがリムジンの最大の長所だろう。
だが、今現在リムジンに乗っている賢司は解放感等微塵も感じない。あるのは居心地の悪さだけであった。これがバカンスであるなら賢司も無邪気に初めてのリムジンを楽しめただろう。しかし、向っている先はバニングス邸。数日前に魔法を使って助けたあのアリサ・バニングスの家である。
接点が救出時にしかない以上呼び出される用件はその時の事以外に有り得ない。何で呼び出されたのかは分からないが賢司にとって余り愉快になることではないのは確かだ。
制服姿から長袖Tシャツに厚手のパーカーを羽織ったラフな格好になっている賢司はパーカーのポケットに手を突っ込みながら、前の運転手、鮫島に聞こえない様に小さくため息を吐く。このリムジンが護送車の様にしか感じられない。
玄関で執事に迎え入れられた後、返事はせずとりあえずリビングに向かった。リビングには何時もは出さない御客様様のティーカップがテーブルに並べられ、そのテーブルに満面の笑みを浮かべる賢司の母が座っていた。鮫島をテーブルに待たせ、廊下に母親を連れ出し緊急家族会議開催。この異様な事態に情報のすり合わせが必要だと感じたのだ。

「アンタ、何やったの……?」
「御帰りなさいもなしに、息子に懐疑的な視線を向ける母親に俺は絶望しそうだよ」

満面の笑みは廊下に出たとたんに不機嫌顔に変わり、息子である賢司に向けるのは如何なんだろう。

「なんでアンタが執事のいる御家にご招待されるの」
「しらねぇよ。俺が聞きたい」
「お嬢さんがアンタとご学友だってっ言ってたけど?」
「そっちは知ってるけど話したこともないって」
「アンタまさか――そのお嬢さん手篭めにしたんじゃないでしょうね!?」
「どうやったら思考がそっちにショートカットするのか詳しく説明してくれ。頼むから」

どうやら母親には妄想癖があるらしい事を賢司は初めて知ってしまった。ある意味御手付きはしているのであながち間違いでもないのだが。

「とりあえずバニングスさん家行って来なさいよ」
「行きたくないんだけど。バニングスのことよく知らないから、気まずくなるの見えてるし」
「行きなさい。車で迎えに来てくれるなんて手間掛けてもらってるのにに追い返すなんてできないでしょ」
「それはあっちの都合だろ。いきなり押しかけてくる方が失礼だ」
「屁理屈言ってないで行きなさい」
「でもよ……」
「い・き・な・さ・いって言ってるの。行くまで家に入れないわよ」

高校生になると流石に締め出しなんて怖くもないのだが、それだけで済むはずもないだろう。なにせ相手は家の財布の紐を握り、家長である父親を押しのけて古岡家ヒエルキラーの頂点に立つ母親である。逆らうこと等許さぬその立場の差から賢司はリビングに戻り鮫島に了解の意を示すしかなかったのだ。

(最近、ついてねぇ。これはもう――世界征服して開運するしかないな!)
(勝手に人の心情をお前の願望入りで語るなよ)
(え?違いましたか)

こんな状況になってものすべてハイドの所為――と、口にして気持ちを軽くできないところが賢司の頭を悩ます。と言うより、この事に関してハイドの責任はない。魔法と言う手段を用いたし、実際ハイドがすべてやった様なものだが、その行動の意思は賢司のものでありそれをハイドは実行しただけ。むしろ事態にハイドは乗り気等なく反対していたものを賢司が強引に乗せて行動の結果だ。証拠隠滅が不完全だったとしても賢司が責めるのはお門違いだろう。自業自得。賢司の気を重くするのは後悔以外の何物でもなかった。

(早まったかなぁ)
(後の祭りですよ。もうこの状況受け入れたらどうです?)

ハイドと同じく今さらだと賢司だって思わない訳ではない。ただ後悔と言うのはそんな当たり前な話で水に流すには少し重いのである。

(でもさ――)
(逆にあの時なにもしないと言う選択肢が貴方にあったんですか?)
(……それは)

なかった、とは言えない。あの時でハイドに諭され自分とアリサの接点の無さを考えれば見て見ぬふりをする選択肢が賢司の中に無かったわけではない。拉致なんて事件に関わる方が間違っているのは容易く想像できていた。だが、あの時そちらを選ぶのは気にはなれなかった。
選択肢がなかった訳ではなく、走りだす時に悩むことなく右足から踏み出すが如く自然に選択しなかったと言うのが正しい。
問いの答えとしては『有った』。だが、選択をしなかったと言う事は『無かった』と言う事と同義ではないのかという疑問がハイドへの答えを口籠らせた。その逡巡を肯定と取ったのかハイドは言葉を続ける。とても投げやりな感じで。

(無いらなこの状況はもう、あ~、アレです。逃れられない運命とかそう言うものなんでしょう?)
(なんだ、その適当な感じは)
(だって私、運命とかそんな不確定なもの信じられませんよ)
(おい)
(とにかく逃れられないなら後悔しても無駄です)

後悔が正論で流れないなら、諦めで砕いて流しやすくすれば良いのだ。それが投げやりで、さらには信じてないとまで言われてしまえば含蓄ありはしないのだが要は納得できればそれで良い。賢司にはハイドの言葉が確かに心地よく聞こえたのは確かなのだから。

(と言うか、腕時計にフォルムを変えて、会話を念話にしただけで私と言う偉大な存在が隠せると御思いで?)
(……それもそうだな)

運命なんたらより付け足された一言が一番納得して諦められたのはとても残念な話である。

(話している内にどうやら御到着の様ですよ)

賢司が前向きにものを考えられる様になった頃、車の速度が落ちて止まる。鮫島が何も言わず運転席から降るのを見て、同じように賢司もドアを開いて外に降りる。鮫島の仕事を気付かぬうちに賢司は奪っていたのだが、それを求めるには賢司は庶民過ぎる。鮫島の残念そうな気配に気づく前に賢司は目の前にあるバニングス邸に驚きを隠せないでいた。

(デカっ)

目の前のバニングス邸は大きさで言うなら家と言うより屋敷。雰囲気で言うなら屋敷と言うより館。左右対称の造りで中世のヨーロッパをイメージしてしまいそうな館の様式は正に一部の人間にしか住む事を許されない気品がある。そしてデカイ。ビルの様に縦にではない。横にだ。リムジン然り金持ちはスペースを有効活用するという概念がないらしく、敷地を惜しむことなく館の面積に当てている。それでも余っているのか庭のほかにも敷地内に森が見えるのはどう言う冗談だろう。

「こちらでございます」
「あ、はい」

鮫島の声に観察をやめて先に行く執事に付いて行く。大理石であろう階段を数段上り、両開きの大きなドアをあけて中に入ると洋風の家らしく靴を脱ぐ場所がない。純日本人である賢司には家の中で靴を履いて歩くのはおかしな感じがしたが、先に歩く鮫島がそのままなのでそれに習うことにした。絵画やら、オブジェが並ぶ冗談の様に広く長い廊下をキョロキョロしながら歩いて行くと一室に通される。どうやら応接室の様でテーブルとイスが6つ、それと調度品が幾つかあるだけの部屋だった。鮫島に少々お待ちください、とイスを引かれながら言われ部屋に一人取り残されてしまう。
一般住宅とは違う見慣れない館の様式。嗅ぎ慣れない他人の家の匂い。普段と違う様々な情報が否応なく賢司を刺激する。そんな正にアウェーな空気の中悩みの種が間近に迫っているこの状況で一人きりになったからと言っても気を休めることができるのはなかなかに豪胆な人間だけだろう。もちろん賢司にそんな大層なものがある筈もなく、ポケットから携帯電話を取り出して何をするわけでもないのにパカパカと折り畳み機能の活用させているあたりかなり落ち着きを失っている。こういう時こそ会話というコミュニケーションが精神の安定剤になるのだが――

(なんでこういう時だけ静かになるかなっ)

館に入ってからハイドがまったく念話をしてこない。ぜってーワザとだ、と賢司は思う。なぜなら賢司には今、自分がツッコミされてしかるべき挙動不審な動きをしている自覚はあるのだ。それなのに口のまったく減らないハイドが黙っているのは不自然であり、故意あると考えるのは当然の帰結だった。
さすがに話しかければ応えるだろうが、故意に話しかけてこないことがわかっているからこそ、話しかけるのはなんだか根負けをしたような気になって好ましくない。結局、落ち着きのない動きを継続することしかできない賢司であった。

「ちっ」

小さくハイドに対して舌打ちを行うと、入口のドアから4回の連続したノックののち、こちらの許可を待たずドアが開く。

「お待たせ」

扉の向こうから現れたのは約4時間ぶりの再会となるアリサ・バニングス。白い水玉模様の入った黒い長そでTシャツに、デニム生地のショートパンツの下にレギンスを履いた私服姿。制服姿しか見たことのない賢司としてみれば新鮮味に溢れる格好である。Tシャツとレギンスに女性としての丸みが表されており、それに刺激を受けたのか半裸姿がフラッシュバックして脳裏に過ぎり賢司の顔を熱くさせた。

「いらっしゃい」
「お、おじゃましてます……」
「突然来てもらって悪かったわね」
「いやっ!別に大丈夫だけど……」

脳裏の光景から後ろめたさを感じて目を合わせようとせず、語尾のハッキリとしない返答しかできない賢司の様子に訝しみながらテーブルを挟んで対面の席に座るアリサ。

「どうしたの?様子おかしいけど?」
「……気にしないでくれ」
「そう?」
「ッんン!ああ、そうだ」

気まずい思いをぶちまける訳にもいかず、これ以上追及されるのも困るので誤魔化しに咳払いを一つ、熱をまだ自分の体から感じながらも表情には出さないように努めアリサに向き直る。アリサもまだ若干納得はできていないような表情をしているので賢司は気を逸らすことにした。

「それより、クラスメイトと言え面と向かって話したこともない俺をなんで家に呼んだんだ?」

なんとも白々しいすっ呆けである。この男、諦めが悪い。浅ましいといえるかも知れない。だが、確かにアリサの気は逸れたようで賢司から首を一度横に向け、考える素振りを見せた。

「逆に、なんで古岡クンはクラスメイトでしかないアタシの家に来わけ?」
「……別に用事も何もなかったからな」
「普通、用事がなくても断らない?接点のないクラスメイトからのお誘いよ」
「……」

断ろうとしたけど母親に行けと言われたから来た、等と思春期真っ盛りの賢司には気恥ずかしくて言えず賢司は答えに詰まる。

「それともアタシとよろしくしたいと思ったわけ?」
「……それは考え付かなかったな」
「……言うわね」

返事に詰まった賢司を見て、ニヤニヤと笑いながら冗談半分からかい半分で付け足されたアリサの言葉が鼻についた賢司は売り言葉に買い言葉、少しばかりの毒を混ぜて答える。思惑通りニヤニヤ笑った顔の額に皺を寄せられたことに溜飲を下げ賢司はさっさと話しを戻すことにした。

「俺の事なんてどうでもいいだろ。結果的にバニングスの期待通り家来てるんだから」
「誤魔化すんだ。有耶無耶にするんだ。後ろめたいんだ」
「言いたい様に言えばいい。何か用があるんだろ?早く本題に入ってくれ」
「古岡クンが答えたらね」
「帰るぞ、俺」

若干しつこいのはアリサが思った以上に軽口が気に障ったのか、それとも気が短いのか。どちらにしろ答えて笑われる気は賢司にはない。

「じゃあ答えられない理由当ててあげましょうか」
「そうかい」

アリサの挑発的な言葉を受けて、賢司は席を立つ。宣言通り家に帰るために。
母親から課されたアリサのお招きを受けるという義務は一応終了している。賢司(本当はハイド)が魔法を使えるというのをアリサが知っていると言う問題は後回しになるが、吹聴は賢司が家族にハイドのことを相談しようとしてあきらめた理由と同じく無理だろう。ならば、今ここで焦る必要はなくゆっくりハイドとでも対応を考えればいい。

「じゃ、お邪魔し――」
「古岡クンはアタシに話があるからでしょ?」

背もたれに寄りかかり腕を組みながらアリサが賢司の言葉に被せる様に喋る。アリサの表情が自分の答えに自信を持っているのを教えてくれるのだが、見当違いである。

「残念。はずれだ」
「……」

不正解を伝えながらアリサに背を向けてドアに向かって歩き出す。

「大体にして接点ないのに話があるわけ――」
「接点ならあるでしょ?言っとくけど――アタシ、あの時意識あったからね」

ドアノブに伸ばされた手が止まる。
接点。あの時。それが示すのは一つしかない。あの小屋での大立回り。意識があった?あの時に?
振り向くと腕を組み、変わらず自信満々の笑みを浮かべたアリサの姿。

「寝てるように見えた?」
「何の話?」
「惚けても無駄。ローブのフードから顔バッチリ見てるんだから」

惚ける賢司に突き刺す様に入り込む情報。ローブ、フード。確かにあの時賢司のしていたバリアジャケットの姿そのものである。それを知るのはあの場にいた人間だけである。
(いやでも、寝てただろ)
だが、思い起こされるのは銃声が鳴り響いた後、賢司の顔の顔が近づいても目を開けるどころか、瞼さえピクリと動かさなかったアリサの顔。間違いない。その動かない人形のようなアリサが綺麗だと一瞬心奪われかけたのだから。
(あれ?私、彼女が寝てるって一言でも言いましたっけ)
頭の中に響く囁き。言っていない。ハイドはそんなこと言っていない。犯人グループを昏倒は確かにさせたと言ったが、あの時ハイドはアリサが寝ていると一言でも言っただろうか?賢司も確認したわけではない、銃を突きつけられてからハイドに言われるまでアリサの存在を忘れてしまっていたほどだ。本当にアリサが寝ていたと確信を持って言えるのか?

「ブレザー、掛けてくれてありがとね」
「マジかよ……」

とどめの一刺し。賢司は額に手を当てて天井を仰ぐ。バレている。それは呼び出された時に半ば分かっていたことではあるが、まさか目撃されていたとは。今やアリサの変わらぬ笑みがとても嫌らしく見える。性悪。最初から分かっていたのならなぜ数日開けて呼び出したのか。バレてないと思っていたこの数日は自ら言い出す猶予期間だったとでも言うのか。

「……話あったでしょ。何か言うことあるんじゃない?ほら」

話。あぁ、いろいろある。魔法についてもそうだし、それに付随するハイドのこともそうだ。しかし、あの時の事を覚えているならアリサが今、求めているのは謝罪だろう。
隠してことは確かに悪いことであったのかも知れないが本来、賢司はアリサを救った恩人である。あって然るべきなのはアリサからの感謝であり、言うべきことがあるのはアリサの方であるはずだ。客観的に見れば。だが、違う視点から見れば賢司には責められるべき事柄が確かにある。それが偶然であろうが、乙女にしてみれば大問題の暴挙を賢司は犯している。

「ごめんなさい」
「なんで謝るのよ?」
「いや、だって――胸触っちゃっただろ」
「え?」

なぜそこで疑問符を上げるのだろうか。アリサの笑みが一転、真顔に変わり次の瞬間顔がトマトのように真っ赤に染まる。同時にテーブルを叩き付け、椅子を倒す勢いで立ち上がると賢司を指さし慌てた様子で声を上げた。

「ちょっとアア、アンタ!アタシが意識ない事を良い事にナ、何やってんのよ!?ぶち殺すわよ!」
「……意識がない?」
「あ」

豹変に面食らった賢司だが、怒声の中の不自然な単語に訝しむ。その賢司の様子に一拍おいてアリサが顔を赤くしたまま賢司を指さした手を口元に持っていきしまったというバツの悪い顔をした。瞬間、立場が逆転する。

「ちょっと待て!お前起きてたんじゃないのかよ!」
「う、うっさい!胸揉んだ奴に何を言う権利もない!」
「揉んでねぇよ!」
『確かに。でも唇を――』
「テメェは黙ってろぉ!」
「ちょ、今の声なに――ってか、アンタ!アタシのファーストキスもっ!」
「ち、違う!未遂だ!つか、『も』ってなんだ!やってねぇって言ってるだろ」
「未遂って――やろうとしたことは認める訳!!」
「ちがっ、事故なんだって!」
『最後のは自分の意志に見えましたが?』
「最後のってなによぉ!まだなんかあるわけぇえ」
「マジお前黙ってろぉ!」

互いにヒートアップし、さらにはそれを煽るものがいるのでは口論が簡単に終わる筈もなくコーヒーを届けにきた鮫島が部屋に入ってくるまで続いた。もちろん話が進むはずもない。不毛である。



[25546] 魔法青年リリカルけんじ 第3話 アリサとすずか 3
Name: あられ◆3a34ec82 ID:8e6f8b98
Date: 2011/08/05 02:12
魔法青年リリカルけんじ 第3話 アリサとすずか 3



数分前まで男女の興奮した騒ぎがあった応接室は今、先程とはうって変わってまるで人がいない様に静かになっていた。コーヒーカップとソーサーが触れて鳴る陶磁器独特の音色と、たまに身動きしてイスが鳴る物音だけが二人の存在を示してくれるだけで、そこに会話はなかった。これだけ見ればコーヒーブレイクでまったり寛いでいる様に聞こえるが、二人に落ち着きはない。足を組み替えたり、テーブルに立て肘をついたりと頻繁に体勢を変えるのがその証拠と言える。相手の様子をチラチラと窺い、目が合うと誤魔化す様にコーヒーカップを口に運ぶ。典型的な気まずくい空気が部屋に流れているのはどちらも感じていた。
二人の口論の勢いは減衰を見せぬ激しいものだったが、鮫島がコーヒーを部屋に運んできたドアのノックで我を取り戻した。胸とか、キスとか、果てには体とか他人に聞かれるに恥ずかしい話であることに気付いたのだ。カラオケボックスで店員が入ってくるときに少し声量を下げる様な気恥ずかしさで二人は口論をどちらともなくやめた。おそらく部屋の外で鮫島も口論の端が聞こえていただろうにも関わらずそれに触れずさっさとコーヒーを置いて部屋を出て行ったのがさらに気まずさを倍増させたのは言うまでもない。
鮫島が出て行った後も二人とも口を開くことなくそのままであり、時間が経つほどに沈黙が場に染み渡り再び口を開きにくくなるのは言わずもがな。部屋の空気に耐え切れず誤魔化しにグイグイと勢いよく喉を通したコーヒーはもうすでにカップにはなく、今や空のカップを傾けるエア飲みを繰り返しながら横目でアリサの様子を盗み見る賢司の頭の中は困惑で埋め尽くされていた。気まずい沈黙は同時に興奮した賢司に冷静さを与え、状況の把握ができる様になったのだ。最初に思ったのは嵌められて自らアリサを助けたのが自分であることを教えてしまったと言うこと。もちろん半ば騙されるように喋ってしまった事は腹にきた。だが、それ塗りつぶす程にこの先どうすればいいのか全く分からないことでの困惑が一番強い。
この話はアリサが小屋で意識はなかったことが問題であり厄介なところだ。それはつまり魔法に関しては気付いていないということ。嵌められてあそこまで言ってしまった以上、助けたことに白を着るのは事実上無理な話。摩訶不思議な光景もすべて見ていたというなら、もはやどうにでもなれと諦めて流れに身を任せて全て喋ることもできるのだろうが、まだ隠しきれる可能性がある以上自ら明かすような素直さと度胸は賢司にはない。しかし誤魔化すにも助けたのが明確になっている以上、どうやって助けたのか、と言う話になるのは自然な話で――

(どうしよ)

あの口論に紛れる様にハイドが口を開いている。アリサが口論の中でハイドの声について何か言ったわけではないが、興奮と混乱があったあの時と違い落ち着いて自分を見れるようになった今になってあの声は?となる可能性は十分に――

(あぁ、どうしよう)

考えれば考えるほど杭が撃ち込まれるように段々と困惑が大きくなる。こんなに悩むならいっそ魔法で逃げる様にハイドに頼もうかと、本末転倒な考えが賢司の頭をよぎるあたりその具合は察してほしい。
対してアリサには動揺の色はないものの、腕を組みながら目を細めてブスッとした聖祥でのデフォルト不機嫌顔。顔は常に横を向いているように見えて、こちらもチラチラと横目で賢司の様子を窺って同じように目が合うとバツが悪そうに目を逸らす。さっきから混乱している賢司の頭ではその目を逸らすしぐさがまた――やっぱなんか疑ってるんじゃ――と被害妄想にも似た困惑を煽る。賢司は気付いていていない。目を逸らすたびにアリサの表情が苦虫を噛み潰した様に頬が引き攣り、肩が何かを堪える様に震えていることを。そして、それが毎回大きくなっていることに。賢司が何もしないからこそ爆発は近かったのだ。

「あぁもうっ!まどろっこしい」

テーブルに両手を叩き付け体を乗り出す様に前のめりにしながら額に皺を寄せた顔を賢司に近づけていくるアリサ。体全体をビクリと震わせ反射的にアリサから距離をとる様に仰け反って目をパチクリと呆ける賢司は自分の態度がこの事態を招いたのが分かっていないのが傍から見ても丸分かりだった。そのリアクションにまたアリサの頬が一段と引き攣るのだ。

「アンタ、さっきから言いたいことあるならさっさと言いなさいよねっ!」

賢司に悪気は無いとはいえ顔色伺いをされれば何かあるのかと気になるし、黙ってならば気分も悪くなる。含みのある態度は誰だって好ましくない。考えて行動するのは良い事だろうが、賢司は悩みすぎてドツボにはまってしまったと言うことだろう。

「い、いや、別に言いたいことなんてねぇよ」
「なら、なんでさっきからチラチラこっち見てんのよ!」
「あれは――」
「やっぱあるんじゃない!」

テーブルを乗り出してくるアリサにビビり気味でどもりながらの賢司の答えに被せるようにアリサの追撃が重なる。思わず目を逸らして返答に詰まるのはさらにアリサの勘に障った様だ。いきなり怒鳴られたことに対して文句の一つぐらいあるのだが、魔法の事を考えると反論して刺激するのは得策ではないと思いそのまま黙っていると「何黙ってんの!」と悪化。さっきから行動が裏目裏目に出ているのに気付いていない賢司は這う這うの体である。ヒィーと叫んで逃げたいが、邪魔をするのは男の子の意地。

「分かった。分かったって。言うから――体乗り出すのやめようぜ。コーヒーが危ない」
「……」

両掌をアリサに見せてタジタジと降参宣言をする賢司。アリサの額の皺が緩むことはなかったが、前に乗り出した体でコーヒーカップを倒しそうになっていることには一理あるようで素直に椅子に座りなおす。取り敢えず降参して一息つけたものの、正直アリサに賢司が聞きたいことが無い訳でないが、聞いてしまうと絶対に話があの時の事に繋がるので触れたくない。言いたいこと言えば、何も聞かずに帰してください。言っていいのか疑問であるが。

「さっさと――」
「あぁ!分かったってっ」

ちょっと間が空きすぎたらしい。また噴火しかけるものを抑え、賢司は頭をガシガシと激しく掻くとどうにでもなれとやけっぱちに口を開いた。

「ほら、お前、学校のにいるときのイメージと、違うから」
「は?」
「案外、表情豊かだなぁ、と」

流れにそぐわぬどうでも良い話をしている自覚はもちろん賢司にもある。と言うか、賢司も正直こんな感想の様な話はどうでも良いと思っている。ただあの日の話はしたくないので無理やり別の方向に引っ張ろうとしているだけで、アリサがその意図に気付かぬわけがなくて。

「あんたねぇ――!」
「だ、だってっ!クラスじゃお前の不機嫌顔しか見なかったし、無口で暗かったからよっ!」

再び眉間に皺が一気に寄ったアリサの顔を見て、泡食ってアリサの言葉に被せるように早口で弁解を始める賢司。女子とは言え怒鳴り散らされると怖いものがあるので賢司もかなり必死である。

「話を――」
「それが今日は良く喋るし、な、なんか意外と明るくてさ!」
「逸らし――」
「ひ、日ごろから綺麗だなぁと思ってたわけで!」
「……」
「不機嫌顔より今日みたいにしてる方がもっといい感じっていうかっ!」
「……」
「いつもこうしてた方が良いんじゃ――って、あれ?」

とにかくアリサに喋らせない様に捲し立てる様に頭に浮かんだことをそのまま口にしていた賢司だが気付くとアリサの額の皺はそのままだが目つきが睨む様なものから訝しむ様なジト目に変わっている。その変化がなぜだか賢司が分かっていないのは自分の言ったことを自覚していないからだろう。

「口説いてんの……?」
「――ちがっ!俺の主観でなく客観的にみるとそういう見解もあるという話でっ、俺はただそれを伝えたかったっていうか!」
「……」
「そ、そう!平山!平山がそういうこと言っててさっ、そういう話もあるって話で――」

アリサのそれはそれは不信が多分に籠った一言に自分の言ったことを思い出したようで、美麗賛辞など女性に贈ったことのない賢司は気恥ずかしさで顔を茹でダコの様に真っ赤にして言葉を捲し立てる。先ほどの様に墓穴は掘っていいないものの友人を反射的に売るあたり何も考えていないのは同じなのだろう。頭の中で響く大笑いしているのハイド念話に何も言わないあたりも慌てすぎである。

「――わかったわよ。アンタの言いたいことは」
「いやっ、だから、これは!!」
「はいはい。わかったって。さっきのはアンタの意見じゃないってことでしょ?」
「そうっ!だから、勘違いは――」
「シツコイ。納得してあげるわよっ。確かにあの女好きなら気軽に綺麗とか言ってそうではあるもの」

その慌て様にアリサの目の寄りは次第に緩みいつの間にか立場は逆転し、捲し立てる賢司をアリサが諌める構図になっていた。違うのは諌める側に冷静さと呆れがあることだろう。もっともアリサの適当に収めようとしている感が益々賢司を焦られているのだが。

「で、結局なんでアタシの顔チラチラ見てたわけ?」
「それは、その……」

アリサの軽く発せられた一言に、それまで賢司の焦りに焦って回っていた口が重くなり、言いよどむ。アリサは賢司のその態度に一瞬額に眉を寄せたが、なおも目を逸らす賢司に先程より顔に呆れを滲ませ、まるで生意気で仕様がない駄々っ子につくような深く諦めの色が混じったため息を隠すことなく吐いた。

「アンタ、惚けるの練習した方がいいわよ。態度に出すぎ。やっぱなんか気になることあんでしょ。さっさと話しなさいよ」
「だから、気になることなんて――」
「はぁ――OK。分かった。負けた。強情、もう聞かないわよ。段々面倒くさくなってきた……」

両手を顔の高さまで軽く上げて降参とアリサは整った顔を歪め心底気だるげに言う。賢司は反射的に肩の荷を下ろす様に強張った肩を緩めたいのを我慢し、心の中で安堵のため息を吐く。この調子で魔法の事も有耶無耶にできるかもしれない。が、そうは問屋が卸さない。

「どうしてこう魔導師って連中は意地っ張りが多いのかしら」
「――ちょっ!」

テーブルが局地的に揺れコーヒーカップが音を立てる。賢司がテーブルの脚に足をぶつけたのだ。大きな揺れを起こしにも関わらず賢司は謝りもせず、目を大きく見開き口を開いて全身をワナワナと震わせている。
頭の中が絶賛マジカルフィーバー中の賢司はアリサのぼやきに過敏に反応し即座に言葉の意味を割出した。魔導師=魔法使い、他にも賢司と同じような魔法使いがいることを指す口ぶり。そして、魔法使い=自分、賢司が魔法使いであることを断定している。

「なによ?」
「お、おまっ!お前っ――」
「……」
「なんで知って――」
「面白い様に引っかかるわね、アンタ」
「つか、なんでそれを――って、なに?」

アリサの変わらない呆れ交じりの一言に賢司は体の震えが止まり、困惑は疑問に変わる。言葉の出ない賢司を焦らす様にアリサはコーヒーカップを煽ると疑問をまた別のものに変える一言を呆れ顔でのたまった。

「やっぱアンタ、魔導師だったのね」

その言葉の意味を瞬時に理解し、賢司の顔が屈辱と、羞恥で一気に赤く染まり頬がヒクヒクと痙攣して固まる。言葉が出ない。なんて迂闊。同じ手に引っかかるとは。釣られたのだ、また。

「さ、詐欺師っ!」
「勝手にコケてるだけでしょ。それに、変態セクハラ野郎に責められる謂れはない」
「ぐっ」

たっぷり時間をかけて絞り出したセリフをアリサにサラリと返され歯噛みする賢司。それを言われてしまうと負い目があるので引き下がるしかない。

「ま、確かに魔法が使えるなら不可解な所も納得できるかな……」
「……俺は納得いかないことばっかりなんだが」

背中を椅子の背もたれに預けるようにして天井を見上げながら独りごちた言葉に賢司はやさぐれた口調で呟く。目は半開きでソッポを向いて明らかに拗ねている。隠しておきたいことが結局明らかになってしまったのと、自分の軽挙妄動さに嫌気が指しているらしい。ブツブツと――どうせ俺は――と自虐しているあたり重症だ。

「ちょっとアンタ、大丈夫?」
「ほっといてくれ」

さすがにブツブツと呟く賢司は不気味なようで引き気味でアリサが声を掛けるが、賢司は取り付く島がない。

「ほっとけって言われても――」
『本人が言ってるんですからほっときましょう』
「うわっ!?」
『こっちです。こっち』

賢司が変わらず拗ねているのに、二人しかいない部屋で他の声で返答があったことにアリサが肩を震わせ驚き、首をブンブンと振りながら部屋を見渡して声の主を探す。自分の存在を示す様に声を出しながら賢司の左手が手首の時計に引っ張られるように上がり、テーブルの上に乗る。

『初めまして、ハイド・スピリットと申します』
「時計が――って、デバイス?ねぇ、時計がアンタのデバイスって奴なの?」
『えぇ、そうですよ。本来の姿はダイヤ型ですが便宜上この姿に』

チカチカと液晶画面を光らせて音声を垂れ流す時計にアリサは驚いた様子無く賢司に質問を投げかけるが、賢司はハイドを一瞥しただけでまた黙り込み、代わりにハイドが返答を返す。

『私に驚かないところを見ると、かなり詳しく魔法の存在はご存じの様で。ですが、魔導師ではありませんよね?リンカーコアは見受けられませんので』
「え、えぇ。アタシの知り合いで魔導師がいて、いろいろ事情があって魔法の事は知ったわ。詳しくは知らないけど」
『なるほど。魔法を知っているが故にそれを餌に鎌を掛けることができたと。しかし、解せませんね。なぜ魔法で助けられたと分かったんですか?助けたと思われる方法は魔法以外にもいろいろあったでしょう?いや、むしろ魔法であると考える方がおかしい。この世界で魔法は発達していないのですから。なぜ魔導師の線を予想されたのですか?それに、他にもわからないところが――』
「ちょ、ちょっと待って!」

こめかみを指で揉むように抑えながら、もう片方の手でハイドを制すアリサ。どう見ても戸惑いが見れる。

『どうしました?』
「そんな一気に聞かれてもわかんない――ってか、良く喋るわね、アンタ」
『そうでしょうか?』
「アタシの知り合いが持ってるデバイスは基本受け身でそんなペラペラ喋らなかったわよ」
『デバイスにもいろいろ種類があるんです』
「激しく誤魔化されてる気が――」
『気のせいです』
「そういえばついさっきも――」
『激しく気のせいですね』
「……」

黙り込むアリサ。唐突な沈黙に懐疑的な目。アリサはどうやら少しハイドを訝しんでいる様だ。よく口のまわるデバイスに違和感を覚えて気味悪がっているのか、ハイドの礼儀正しい態度の裏側に存在する本質に気が付いたかは分からないがどうにもおかしい事には気が付いているようだった。

『どうかしましたか?急に黙り込んで』
「……いや、なんでもないわ。で、なんだっけ?アタシがなんで魔導師だと思ったって話だっけ?」
『はい』
「それを話すんだったらなんで古岡がアタシを助けたと思ったかを話した方が良いわね」

ハイドとアリサだけが話していた時も、耳は傾けていたということだろう。ピクリと賢司がアリサの言葉に反応し正面に向き直る。なぜバレたのか賢司も疑問に思っていたようだ。さっきまで拗ねていたのに興味がある話だと喰い付こうとしているのが照れ臭いのかちょっと少し顔が赤いが。
そんな賢司はさて置き、確信を持っていないからアリサは賢司に鎌をかけたが、そもそも賢司が疑われるのは不自然だ。アリサが鎌かけで使った【フード付きのローブを着た奴】だというのは犯人が捕まっていればわかる話だし、【ブレザーが掛けられていた】話だって半裸の自分にワザワザかかっている状況がわかれば言わずもがな誰が掛けてくれたかなどわかる話だろう。もしかした、もう少し賢司が粘っていたら【銃弾をどうやって――】という話も出たかもしれない。しかし、それは統合しても只の漠然とした人物像しか見えてこず、賢司を疑う理由にはならない。だとしたら、どこから彼女は賢司個人に疑いを持ったのだろう。

「よくばり唐揚げハンバーグ弁当」
「は?」
「覚えてない?アンタの胃袋に収まってるはずだけど」

誘拐された現場となっただけあって警察の捜査であの公園のごみ箱はひっくり返されることになった。そこから出てきたゴミから出たのが数十分前にコンビニで弁当を買う防犯カメラに映る賢司の映像。警察も賢司が目撃しているかもと疑ったのだが、結局目撃証言を聞く前に犯人逮捕。アリサは公園に入ったとき誰の姿も見ていないと証言したことから、むやみに憶測で未成年を証言だけとはいえ事件に関わらせることはないと警察は賢司の聴取を取り止めた。アリサがなぜ数日たった今になって賢司を呼び出したかというとこの情報がアリサの耳に入ったのが今日であっただけであり、消して意図して数日開けたわけではない。

「そういうことって被害者だから教えてくれるものでもないだろ?」
「そうね」
「そうねって――」
「なによ」
「……いや、なんでもない」
『引き下がるんですか?』
「うっせっ」
「それに公園に入った時、アンタの姿は確かに見えなかったけど自転車が公園にあったのは覚えてるから、警察との情報を統合してアンタがあの時公園にいたのは確実だと思ったわけ」
『追われていたのによく見ていますね』
「追われてるからよ。それ乗って逃げること考えたんだから」
「バスの窓から飛び出すとかしてたし――逞しいな、おい」
「それも見てたのね。ってか、それなら隠れてないであの時助けなさいよ!」
「無茶言うな!突然すぎて状況よくわかんねぇよ。隠れてたのだって偶然だ」

あの場ではハイドが念話でなく音声で話せる状況を作ればよかったので魔法はハイドの選択したものを他から見えなくしたり、聞こえなくしたりするものだった。コンビニ弁当はごみ箱に捨てられた時点でハイドは魔法を解除していたし、自転車に至っては魔法をかけてさえいない。賢司の存在を消すためではなくハイドの存在を消すための魔法だったことが賢司の存在を証明した原因だろう。
しかし、まだ疑問は残る。公園で目撃していたことを小屋での出来事に繋げるには少々乱暴な話。確かに公園のまわりに賢司しかいなかったとはいえ、その前のバスが交通事故を起こした交差点に人はいたのだから目撃者なら賢司の他にもいる筈である。

「アンタ、休みの後から学校でアタシの事見すぎなのよ。なんかあると思うでしょ、そりゃ」
「……何の話?」
『気付いていたんですか?』
「おい」
「バッチリね。覚えときなさい。女は視線に敏感なのよ」

女子に視線を送っていたことが気付かれた気恥ずかしさから思わず惚ける賢司を置いてアリサとハイドの会話は進む。

『しかし、まだ理由としては弱い。小屋は見つかりにくい林の中でしたし、公園からは距離がそこそこありました。早期発覚が難しく、自転車では短時間での移動が不可能となるとその些細な疑いも確信には程遠かったのでは?』
「えぇ、そうね。でも、アタシが目覚める前に姿を消したことから、助けてくれた人が自分の事を知られたくないっていうのは何となく察しはついたし、犯人捜しじゃないから興味はあっても本気で探す気はなかった。疑問に思っても関係なかったのよ。今日だって今更だけどあの誘拐を見たことを学校で喋らない様にお願いしようと思って呼び出したんだもの。鎌かけは出来心、悪戯みたいなもんだったのよ。関係なかったら何言ってんだコイツ、で終わるしね」
『だけども、ジャックポット。スロットマシンよりジャラジャラとすべて吐き出したと』
「……その出来心は激しく自重しておいて欲しかった」

最後の賢司の苦々しい一言に頬を指で掻きながらアリサは苦笑する。鮫島がコーヒーを置いて行った後にアリサが賢司の事をチラチラと見たいたのは、見事謎の人物を言い当ててしまった気まずさだったらしい。

「それと魔法に関してだけど――誘拐犯たちが供述したローブ姿で木の杖を持った風貌って正に童話の魔法使いそのものじゃないの。魔法の事多少知ってれば疑うわよ、当然」
「『あー……』」
「知り合いの恰好と違ってなんか普通すぎるから正体を隠すためなのかとも思ったりもしたけども、鎌かけたらこれまたビンゴだし」

賢司に関しては自分の恰好の事まで頭が回っていなかったし、ハイドは童話の魔法使いがどういう恰好をしているかなんて知らなかった。致命的なミスだった。

「まぁ偶然とミスが重なってだけどアタシとしてはアンタが助けてくれたんだってハッキリして良かったことが二つあるわね」
『ほう、なんですか?』

アリサが背もたれから離れて、テーブルに両肘を付き体重を預けながら何気なしに話す言葉に賢司がムッと顔を顰める。
当たり前だが人に知られたくないヒミツを知られれば誰だって心穏やかではいられないだろう。それがしかも騙されて、相手は出来心だというのだから尚の事始末が悪いのに相手にメリットがあったなんて話をされればカチンと頭の中で火花ぐらい散るものだ。

「だって――」

てめぇ、と賢司が噛みつこうと口を開いた時だった。それより若干早くアリサは言葉を繋げ、白い歯をニコリと大きく見せて小さな子のような無邪気な笑顔を見せるのだ。

「言えないと思ってた。けどちゃんと言えるもの。古岡、ありがとう。助かったわ」

ポカンと口が開いたまま固まる。思っていた言葉は口から発せられずいつの間にか頭の中から消えていた。なんだ、そんな顔もできるんじゃないか、と固まった思考の端で賢司は思う。怒り、呆れ、戸惑いとしかめっ面ばかりだったのが嘘の様な、この瞬間だけは別人の様な変化に面食らったのかもしれない。どういう心境の変化か許せる気がしたのだ。この心の底から笑っている様な人懐っこい笑顔と簡素ながらも誠意を感じる感謝の言葉を聞いてしょうがない気がしたのだ。
だが、その心地よい思考の停滞も一瞬で、動き始めた冷静な部分が微笑まれただけで見惚れてしまう単純すぎてどうしようもない男心を恥じる。軽すぎるぞと。

「べ、別に俺が感謝される事はないしっ。感謝なら実質助けたハイドに――」
「それと――もう一つ」

アリサから目を逸らす様に俯き加減に横を向き、慌てて捲し立てようとした賢司は気が付かなかった。アリサの雰囲気の変化に。アリサの笑顔は津波の前の引き波に等しかったことに。

「乙女の体に不埒な真似をした輩をしっかり問いただせるんだものっ!」
「うえぇぇええ!?」

テーブルに手をついて立ち上がり前傾で詰め寄る様に賢司に顔を近づけるアリサの眉間に生まれる深い皺と鋭く釣り上がった眉尻に無邪気な笑顔はどこ行ったと賢司は叫びたかった。こんなことなら先に怒り出せばとも思った。アリサの詰問に両掌を見せてしどろもどろの賢司は誰から見ても這う這うの体なのは明らかだった。



*座って喋ってるだけww魔法が出てこないとはどういうことだってばよww



[25546] 魔法青年リリカルけんじ 第3話 アリサとすずか 4
Name: あられ◆3a34ec82 ID:7c41494b
Date: 2013/12/14 01:40
魔法青年リリカルけんじ 第3話 アリサとすずか 4



事の顛末を語ろう。賢司はアリサに謝罪を強要され、それを行うことで賢司の胸に不満は残ったものの事態は一応の収束をみた。賢司、アリサ双方にまだ話すことはあったものの、バニングス邸に賢司が到着した時間が遅く、また口論の時間が長かったこともあり、外はすっかり暗くなり腹部が空腹を訴える時間となってしまったため、賢司は自分が魔法使いであることを周囲に話さない様にアリサに頼み帰ることにした。アリサからは「食事用意しても良いわよ」との誘いがあり、こんな豪邸では何を食べているのか少し興味はあったものの「まだ責め足りないんだけど?」とアリサの目が言っていたため、「親が家で用意してるんで」とテンプレートな社交辞令で丁重にお断りをした。
しかし、行き同様リムジンで送ってもらった我が家には食事は用意されていなかった。どうやら母親は食事を済ませてくると勝手に思っていたらしい。踏んだり蹴ったりと言う言葉が身に染みた賢司である。

「それにしても魔法の口止めに関しちゃ拍子抜けするぐらい簡単にOKしてくれたよなぁ…」
『そりゃそうです。言いふらしても誰が信じるんですかそんな話』
「お前が言うのか…」
『えぇ、言葉だけじゃ信じない実例を知っていますので』
「悪かったな。物分りが悪くて」
『全くです』

だが、幸いにもバニングス邸を訪れたのは週末の金曜。土日の休みが明けて学校に行くまでアリサと顔を合わせることはないため問題は先送りのはず。アリサへの口止めがほぼアリサの良心頼りの口約束であることは賢司といえわかっているものの、言質を取ると取らないでは精神的な重みが違う。いくらか精神的にゆとりは持てそうであることが賢司は心底ありがたかった。そのため今、賢司は自宅のリビングのソファーに寝転がりながら、昼のワイドショーを久々に何も考えず、何も悩まずに見ている。家族は全員外出中なのでハイドが何喋ろうが何の心配もする必要はない。

『マスター、何か私にしてほしいことはありませんか?』

そんな貴重ともいえる時間の中、唐突にハイドからどことなく地雷臭のする質問が飛び出した。

「…突然なんだよ。その小さな子供が母の日、親に良く聞く様な質問」
『私ならカーネーションどころか、世界をプレゼント出来ますがね』
「それを子供に求めている母親がこの世界に居るかは怪しいと思うが」
『でも、祖先に求めている人はいます』
「逆だから。子孫から親に行われるものだから」
『細かいことを』
「それにお前が俺に送られている時点で自作自演も良いところだ。母親がバック頂戴って子供に金渡すようなもんだぞ」
『それもそうですね。で、してほしいことはありませんか?』
「おい、話のった癖に有耶無耶にしてくれないのかよ」
『私がしつこいのは重々承知でしょう』
「知りたくもなかったけどな」

回避したが、回避した先にも地雷は設置されていた。地雷原も良いところである。

「えーと、何かしてほしくないかだって?答えはあるわけない。強いて言えば、静かにしてほしい」
『質問を間違えましたね。魔法でしてみたいこととかありませんか?』
「なんだよ、それ」
『これから魔法の便利性、延いては世界征服の有益性を示す為に行動するにあたって本人の希望も聞こうかと。一応』

しかも、地雷原は自分で設置したものだった。アリサを救出するためにハイド相手に切った啖呵のツケが回ってきている。つまりは、世界征服プレゼンをしますとハイドは言っているらしい。先延ばしにしていた問題はアリサに魔法バレしたことだけではないことを思い出させる発言に、知らず賢司はため息をついた。

「一応、ね…それって何もないって言っても勝手にやるってことだろ?」
『はい。興味を持たせるために行動を起こす。勧誘活動、PR活動と言うものはそういうものでしょう?面倒だな、と言おうとしているのは分かりますが、この提案をしたのはあなたですので悪しからず。なんでしたらあの提案、録音していますので再生しましょうか?』
「そんなことはしなくて良い」

あの時は柄でもない事を勢いに任せて言った自覚がある賢司としては、それをまじまじと聞くのは恥ずかしいと感じる。
しかし、拒否されたからやらないと言う思考は持たないものの、希望は聞いてくれるとハイドは言っているのだ。賢司にしたらこれに乗るべきである。何も言わなければ益にもならないことを確実に勝手にやることが確定である以上、どうせなら希望が通った方がずっと良いに決まっている。

「でも、なぁ…正直、魔法で何すりゃいいんだよ…」
『透視魔法とかどうですか?服を透かして女体見放題』
「ぶっ!?」
『この間、下着がちょっと見えるぐらいで興奮していましたので。異性に慣れておかないといざと言う時失敗しますよ?』
「いきなりハードル高ぇよ!大体それに慣れて反応しなくなったら男として終わってねぇか!」
『終わっていません。視覚情報以外にも性的…』
「やめろやめろやめろ。それはとりあえずなし」
『わがままな。では、人の痛覚を操る魔法とかどうですか?丑の刻に藁人形打付けなくて済みますよ』
「魔法と言うより呪い染みてるっ」
『憎い相手が次の日に体を痛めてるところを見れば気分爽快じゃぁないですか』
「どんだけ嫌いでも、爽快にはならねぇ!お前は人様に迷惑かける様な魔法しか使えないのか。普通に空を飛ぶとかで良いだろ!」
『つまらない』
「誰もが夢見る魔法を、一言で切って捨てやがった」

賢司が魔法で何かしようと言う考えを今まで持っていなかったので、咄嗟には何も思いつかず、ハイドの提案は一々犯罪染みている。辛うじて絞り出した希望も拒否される理不尽ぶりに賢司は「少し考えておく」と逃げの回答保留を選択し、それに対してハイドが不満の声を上げる時、賢司の携帯が鳴り着信を知らせた。場を収める良いタイミングに賢司は即座に携帯に手を伸ばし、電話に出た。

「はいもしもし…旋風、どうした?」



※※※※※



旋風の電話は要するに「暇だったら付き合ってくれない?」と言う遊びの誘いだった。
旋風と賢司は仲が良い。それは二人が同じ中学から聖祥に進学しており、中学時代は同じサッカー部に所属していたからに他ならない。だが、かといって中学時代に遊びに行くような親密な関係であったわけでもなく、同じ部活に所属する単なるチームメイトであった。
切っ掛けは聖祥入学時。エスカレーター式での進学組の出来上がったグループに二人ともすぐに馴染めずに同郷の友を求めたためである。結局、旋風はエスカレーター組の同級生に程なくして馴染めたのだが、賢司と旋風の付き合いは続いている。
なので、旋風が賢司を遊びに誘うことは良くある、部活帰りに寄りたい場所があると言う旋風に、特に予定もなく家で寛いていただけの賢司としては断る理由もないのでその誘いに乗ることにしたのだった。

「俺、こういうシャレオツなところ初めてでさ、付き合ってくれて助かったよ」
「旋風、シャレオツはもう死語だろ、さすがに」

ただ付き合ってほしい場所が個人経営らしい拘りのありそうな雰囲気のある喫茶店であったのは賢司としては予想外だった。駄弁るとしたらファミレス、手持ちに余裕があるときはチェーン店の喫茶店が基本である一般高校生にしては店の外観から入るのを躊躇い、メニューのお値段がちょっと気になる処である。

「前、マサがお勧めしてたんで来てみたかったんだ。コーヒーもデザートも美味しくてちょっと雰囲気の良い案外リーズナブルなお値段でやってるお店だって」
「良いとこだらけで悪徳キャッチセールスの誘い文句に聞こえるんだが」
「でも、間違いじゃないだろ?」

会話の邪魔にならない程度の音量でBGMが流れ、喫茶店独特な落ち着いた雰囲気があり、メニューをざっと見た限り値段も高校生の財布が音を上げるものでもない。商品の味はまだ分からないが、個人店で大きい店ではないのに店内の椅子が8割埋まっている繁盛ぶりを鑑みるに悪くないであろうことは賢司にも想像ができた。

「まぁな。良い店だと思うよ」
「あら、ありがとう」

不意に賢司達の会話に混ざる声。二人が声のする方向を見ると、いつの間にかテーブルにエプロンを付けた20代後半らしき女性の店員が近付いていた。

「すみません。俺達みたいなのが偉そうに批評なんかしてしまって」
「いえいえ、お客様にそう言って貰えると嬉しいしお店としても励みになるわ。ご注文はお決まりですか?」
「えーと…」

旋風の謝罪を笑顔の感謝で愛想よく返した女性は、賢司達の注文を聞き終わると伝票に書き込みテーブルから離れて行った。
その後、注文した紅茶とケーキ、タルトが届き、それに舌鼓を打ちながら二人は取り留めのない会話を交わす。ケーキ類が届いた際、注文を取った女性店員が「今後ともご贔屓に」と綺麗にラッピングされたクッキーを2袋、伝票と伴に置いて行った。

「…旋風、さっきの怪しいキャッチコピーに『店員が最高』ってのも追加した方が良いみたいだぞ」
「了解。今度、誰かに紹介するときはそうしようか」

喫茶店の立地が住宅地内で、近くに聖祥があるこの店では学生のお客は大事にされているのだろう。今の賢司達の様な暇を持て余した学生が学校帰りに寄ってもらえればリピーターであるし、学生や親に評判が伝われば口コミでの宣伝にもなると言うものである。打算を含んだサービスとはいえ、単純に綺麗な女性にお菓子をもらえるというのは健全な男子高校生には嬉しかった。

「平山のお勧めって言っても、正直、旋風がカフェに誘ってくるとは思わなかったな。いつもファミレスだろ?」

男子高校生全般に言えることであるが、賢司や旋風は普段食事の場や休憩の場に雰囲気を求めたりするようなタイプではない。極端に言えば、座れる場所があって、飲食ができればそれで良い。食事で言えば鱈腹食べられれば文句はない。雰囲気を気にするのは女子がいる時ぐらいである。いつもの旋風の傾向からして、この店のチョイスに少し違和感を賢司は感じていた。

「たまには良いじゃんか、こういうのも、さ」
「…ふーん」

あまりに将信がお勧めするものだから気になった。と言う話であれば賢司は納得したのだが、旋風からの回答はなんとも曖昧なもの。賢司は軽い違和感を覚えたが、深くは追求しないことにした。言いたくないこと、秘密にしたいことが人にはある、と言うことに賢司は身に覚えがありすぎた。しかし…

「こんにちは。桃子さん」
「いらっしゃい。いつも贔屓にしてくれてありがとうね」

来店を知らせるカウベルが鳴り、なんとなしに来店した客と店員があいさつしている姿を見た時に大体の理由を賢司は察した。来店時に長い髪と白いロングスカートがふわりと閃く姿が店内の視線を攫う、ネイビーのジャケットを羽織った大人びた少女。白いカチューシャがトレードマークの彼女は月村すずか。
なるほど。彼女が常連客であるなら、旋風が来てみたかった理由も納得できる。ただ、肝心の旋風はお目当てが来店しているのに気付かず、ケーキを幸せそうにパクついている。なので、親切に賢司は教えてあげるのだ。

「旋風、後ろ後ろ」
「ん、なんだ…あ!」
「あれ?逆巻君に…古岡君?」

旋風は振り向き、口元にケーキの刺さったホークを向けながら声を上げて固まってしまった。どうやら本当に本人登場があるとは思っていなかったらしい。その声は入口付近で店員と談笑していたすずかにも届いたらしく、賢司達に振り向き、店員に一言二言話すと近づいてきた。
テーブルの近くまで来て微笑みかけながら挨拶をしてくるすずかに、再起動を果たし旋風は挨拶を返し奇遇だなと口にした。遭遇を想定していなかったとは言え、奇遇とは違う気が賢司はしたが、それにあえてツッコミはいれず賢司は黙って行く末を見守ることにした。

「月村は一人で何しに来たんだ?」
「な~に~、私は一人じゃカフェも来ちゃいけないの?」
「いや、そういう意味じゃなくてさ」
「冗談だよ。図書館に行ってきた帰りなの。二人は?逆巻君は制服だし、部活帰り?」
「そう、午前上がり。この店初めてだったから賢司には付き合って貰った、なあ?」
「ああ」

賢司は旋風がすずかに惚れているのは知っていたが、旋風から深く聞いたことはなかった。もちろんそれに関してなにか相談されれば聞こうと思っていたし、協力もするつもりであったが、こちらから余計なお節介を掛ける様な話でも、ましてや冷やかす様な話でもないと思っていたからだ。だから、いつも遠くから見惚れているような旋風が自然とすずかと話しているのが賢司は意外だった。てっきり赤くなって緊張で固まってしまうものだと思っていた。この様子だとアタック掛けてないまでも、知り合いぐらいにはなっていたらしい。

「古岡君と話すのは初めてだね。よろしく」

ふと、すずかから賢司に挨拶をされた。ただ旋風は賢司の事を名前で呼ぶため、その挨拶は賢司の苗字を初めから知っていたことになる。

「…なんで月村さんが俺の名前を?」
「なんでって…クラスメイトでしょ?古岡君だって私の名前知ってるじゃない」
「そりゃ…なぁ」
「困ったからって俺に振るなって」

同じクラスメイト。確かに事実。しかし、事実であっても認識は異なる筈である。学校で「聖祥の白百合」とか裏で二つ名付けられている女子生徒と、特定の相手としか交流をしていない男子生徒では同じクラスメイトでも名前の覚えが違うのは当たり前だ。新しいクラスになって一週間ほどであるなら、なおさらだろう。まだクラスメイトの名前も親しい順に覚えてる途中であるはずである。賢司に至ってはまだクラスメイトの名前を1/4ぐらいしか自信を持って覚えていると言えない。それ故に、すずかの「名前を知ってるのはクラスメイトだから」と言う理由は賢司にからして違和感を感じ得ずにはいられなかった。

「私も一緒におしゃべりしても良い?それとも女子がいると困る話でもしてた?」
「そんな話はしてないさ。ただ駄弁ってだけだし。良いよな、賢司」
「時間に余裕があるなら、どうぞ」
「時間は大丈夫だよ。予定もないしね。ありがとう。失礼します」

しかし、クラスメイトであるのは間違いないし、名前を知っていても悪いこと等何もない。始業式の日にクラスのオリエンテーションで自己紹介もしているのでそれを覚えていたのだろうと賢司は自己完結をし、旋風に乗る様に賢司はすずかの同席を認めた。
すずかは店員に紅茶とシフォンケーキを頼み、賢司と旋風の間、人を頂点に見立てるとちょうど二等辺三角形になる様に丸テーブルの椅子に座った。その注文が届く頃には、旋風とすずかが主体であるものの、途中賢司も混ざりながら会話は弾む様になっていた。

「図書館なんか進んで行った記憶ないな~」
「本読まなくても、家で集中できない時に勉強しに行くって言うのも良いと思うよ。気分転換になるし」
「あぁ、確かに。人がいるのに静かな空間ってなんかしなきゃって気分になるよな。勉強持っていたっら確かにやるかも」
「まぁ、私はたまに勉強しないで本読んじゃうことあるけど」
「ダメじゃん」
「古岡君は図書館とか行く?」
「いや、行かない」
「だよなぁ。大体にして活字っていうのが俺はダメだ。漫画ばっか。なぁ?」
「言っとくが俺は、たまに本屋に平積されている様なメジャーな小説は読んだりするからな」
「え、マジ?」
「姉貴が本好きで家に散乱しているんだよ。それをたまに。新しめで読みやすいやつだけ」
「そうそう、今人気の作家さんの本は読みやすくて面白いよね。あと、映画化とかされてる原作とか読みやすいんじゃない?映像が頭の中に残ってるとイメージしやすいし」
「なるほどね」
「たまに映画のキャラと同じはずの小説の中のキャラに違和感感じて混乱するときもあるけど」
「やっぱダメじゃん。それ」
「でも、暇つぶしに読んでみるのも良いと思うよ。短編集とか読みやすいのも多いしね」

趣味の話、クラスの話、身上的な話。旋風とすずかも面と向かって話を長い時間したことはないようで、話題に困る様なことはなかった。口元に手を当てて控えめに笑い、相槌を適度に打ちながら相手の話をよく聞く。姿から仕草にいたるまで大人びていてお嬢様然といているすずかはこれまで賢司達の周囲にあまりいないタイプの人間であるものの、彼女の人当たりの良さから接することに気後れは感じない。聖祥でのすずかの人気の高さを接してみて改めて賢司は納得した。
ふと会話に間ができ、すずかから賢司に質問が投げかけられた。

「そういえば古岡君って、アリサちゃんの事好きなの?」
「は?」
「え、賢司、そうなの?」

言葉の中の名前は賢司にとって馴染のないものであったものの、その日本人離れした響きをした名前を持っているであろうファミリーネームはすぐに連想できるもの。しかし、その名前の後の質問が突拍子もなく、賢司は小さく声を上げて口元に運ぼうとしてたコーヒーカップを止め、眉を寄せながらゆっくりとすずかの方を見た。旋風は反対に賢司に視線を向けていた。

「あの、学校でアリサちゃんの事ジッと見詰めてることが多かったから、もしかしてと思ったんだけど…その、私の勘違いだったみたいだね。ごめんなさい」
「あ、いや、ちょっと驚いただけ。悪い、変な顔して」

賢司の反応にすずかの説明が口籠ったものになり、それに応じて賢司も反射的にとってしまったとはいえ、相手に不躾な対応であったことに気付き恥じた。
旋風の様な恋慕丸出しの視線でなくても、確かに異性を見る仕草を頻繁にしていれば、少なくとも相手を気にしているのは確かなのだし、そう言う誤解を生むこともあるかも知れない。だが、異性として意識しているかどうかより、なぜ見ていたかに説明を求められると面倒なことになるのは賢司にも想像に難くなかった。

「でも、なんでアリサちゃんの事を…?」

理由のない行動と言うのは存在するものの、少ないものである。それが特定人物を頻繁に見ると言う行動であるなら、確実に。すずかの予想した理由は否定されてしまい、「だとしたらなぜ見ていたのか」と考えるのは自然な事。
ただそれを問われると、賢司は参ってしまう。なぜなら、答えようがないから。
一番簡単なのは、魔法の事を隠して、誘拐現場を見てしまったことを言うことである。しかし、アリサの「それは言い触らしたりはしてほしくない」様な旨の話を思い出す。正式に頼まれたわけではないが、自分は口止めを頼んでおいて、それを言うのは憚られる。
「ノーコメント」で通すにもそれは一度鎮圧した賢司恋慕説の再燃であり、誤解が広まるのも面倒だ。
ならどうするか。前提を覆すのが一番早い。

「そもそも俺はバニングスの事なんて見詰めてたりしてないぞ。なぁ、旋風。俺、見てたことなんてないよな?」
「ああ、俺はケンジがバニングスを見詰める姿は見たことないけど」

つまりはすっ呆け。ついでに、旋風が気付いていなかったことを良いことに、味方につけてそもそも「見ていなかった」ということにしてしまおうと言うわけだ。旋風を証人とすることですずかの意見はマイノリティとなり、事実であるにも関わらずこの場での真実味が薄れる。

「あ!でも、始業式の日にバニングスのこと気にして、マサに聞いてたような」
「…おい」
「一目ぼれってことも?それに、俺が気付いてないだけで見詰めてたってことも?」

ただ旋風は余計なことも思い出したようで、証言としても効果が薄れる。しかも、思い出して顔がニヤニヤし始め、後半は完全に冷やかしに掛っている。旋風はただ面白がって言ってるだけだと分かるのだが、割と真剣に話を誤魔化したい賢司としては冗談では済まない話である。割と本気ですずかに旋風のあることないこと悪評を吹き込もうと思った。
すずかの方を賢司が向けば、小首を傾げられ微笑まれる。誤魔化しが続けられる空気ではない。マイノリティは間違いなく賢司であり、ため息がでる。

「わかった。そうです。見てました。認めるよ。ただ旋風。お前が考えてることは違うし、さっき否定したろ」
「あらま。恥かしがって誤魔化してるんじゃないのか?」
「違うつーの」
「じゃ、なんで?俺も気になってきたな」

旋風とすずかの視線が賢司に集まり、賢司の答えを待つ形になる。普段、こんな注目されるような状況がないため賢司は少し居心地の悪さを感じたが、少しためらいながらも、口を開く。

「…ほら、バニングスはなんで皆からハブられてるのかなぁって思って」
「あ…」

これを言ってしまっていいのか迷ったものの、事実以外の妥当な理由も思いつかず、代替として前から疑問に思ったことを口にした。
賢司が聖祥でアリサが誰かと談笑しているのは見たことがない。それが、皆から嫌われていて避けられているなら納得できるのだが、クラスの雰囲気はそうではない。
人は美点より欠点の方が広まりやすい。悪口陰口は広まりやすいと言い換えても良い。多感な高校生であればなおさら他人に思う事は多いだろう。だからこそ、交友関係の広くない賢司でもそう言う話は耳にするので嫌われてハブられている人物は分かるのだ。しかし、アリサにそう言った話は聞かない。
嫌われている訳ではなく、触れてはいけないアンタッチャブル。賢司が感じるアリサの立ち位置はそれであり、そうであるからこそ理由が気になっていた。

「ケンジ、知らないのか?」
「何を?」
「一年の学期末にバニングスがやったこと」
「やったこと?」

旋風は意外そうに賢司に聞いてきた。旋風の口ぶりからして、かなり広まっている話なのだろう。それは何となく理解できた。
ただ、すずかの表情が先程とがらりと変わり、消沈している。その様子を見て、賢司は始業式にすずかがアリサの事を見ていたことを思い出した。あの時、目が合いすずかは今と同じような表情をしていた。
すずかは彼女の事を「ちゃん」付けで呼ぶぐらいなのだから知り合い以上の関係であったのは察しが付く。
だからこそ、その「やったこと」とやらが彼女達の関係に響く何かがあったのは賢司にも想像が付くのだった。


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