校門前の桜並木が桜色の雨を降らし、その中を茶色いブレザーを着た学生が歩く。春、出会いと始まりの季節。今日この日は聖祥大学附属高等学校の始業式・入学式だ。玄関前にはクラス分けの結果が張りだされ、それを見ようと生徒たちは集まる。掲示されている自分の名前を見つけたら自分のクラスに移動すれば良いのだが、友達だったり気になる異性がどのクラスに行ったかで話し盛り上がる生徒がその掲示板の人混みから動こうとしない。教職員が見たら移動しろと声を張り上げているのだが、【赤信号みんなで渡れば怖くない】だ。あまり効果がない。
「あ~」
その人混みのお陰で自分の名前を見つけられない生徒が後ろ方に詰まっている。さらにその後方で片肩にスクールバックを掛けポケットに手を突っ込んだ短い黒髪の男子生徒が立ち止り一人、声を漏らす。
「2-C、ね」
この青年、古岡賢司。最近の悩みは、『世界征服してみませんか?』と誘われていることである。
魔法青年リリカルけんじ プロローグ
賢司はクラス替えの掲示を確認した早々に人混みを避け、玄関で靴を履き替えて新しいクラスに向って行く。そして、クラスに着くと黒板の前まで直行し、出席番号順で振り分けられている自分の席を確認すると席に座ってしまい動かない。人混みを避けたとは言え廊下と教室にも話しこんでいる学生はいる。だが、どこに行っても誰にも話しかけられる事がない。賢司の残念、ではなく希薄な友人関係をなんとなく察して欲しい。制服である茶色のブレザーの背が丸め、右腕で頬立てしながら黒板の上に掛けられた丸時計をジト目で視線を逸らさず見ている姿はとても年度の始めに気力溢れる高校生の姿には見えず、くたびれた印象を周りに与えてさらに人が寄り付かない。
だが希薄であろうと、くたびれていようと声をかけてくれる友達はいるのだ。
「よっ!」
「おはよ」
右肩を叩かれ振り向くと右手を上げ軽やかに笑顔をこちらに向けている短髪の男子生徒。左肩に掛けていた重そうな黒いエナメルのスポーツバックをしょい直し教室の周りを見渡す。
「どうよ、新しいクラスは?」
「どうも何もこの席に座ってから10分と経ってないぞ」
「それだけあればちょっとは感じ掴めるだろ?」
「……お前ならな」
それだけ答えると沈黙が答えだと言わんばかりに正面に向き直り短髪の男子生徒から視線を外し、僅かに口を尖らせる。微妙な表情の変化だが、男子生徒が呆れた様な表情を浮かべている所をみると賢司の心情に気付いたらしい。エナメルのスポーツバックを賢司の正面席の机の上に乗せ、その席に座る。
「ケンジだってやりゃできると俺は思うけどな」
「そらどうも」
正面にわざわざ回ってくれたと言うのに今度は横の窓側にそっぽを向く。嫌われたな、と両肩をすくめる男子生徒は打って変ってとても楽しげだ。
「あれだろ~。話に入って行こうとしたけどタイミング逃したんだろ。――ウロウロするのもアレだし、座ったけど今度は立ち上がれなくなったか?――しかも、誰かに話しかけようにも何を話して良いかわからない。――とりあえず座ってれば誰かに話しかけられるだろうって?」
「……」
男子生徒が話しかけるがそっぽを向いた賢司からの返事はない。ただ男子生徒が言葉を切るごとに賢司の口元が苦虫を噛み潰した様に歪んでいき頬が引きつる。この男子生徒、言葉を一々切りながら質問をぶつけるのはどうやらワザとらしい。その証拠に言葉を区切るたびにニヤニヤと口元が上がっている。
「ンん~。どうだ?」
「……エスパーかお前」
正面に顔を戻し心底嫌そうなに呟く賢司を見て、男子生徒・逆巻旋風は大きな声を上げて笑った。どうやら今までのニヤニヤは爆笑を我慢していたらしい。ため息が賢司から洩れたのは仕方がないだろう。遊ばれていたらしいのだし。
「やっぱケンジって萌キャラだよな。可愛いぞお前」
「バカにしてる」
「ちょっ!違うって。悪い。機嫌悪くなったらなら謝る」
不機嫌そうな声で旋風と話してはいるが、賢司の機嫌は悪くない。むしろ、一人で寂しかったので、話しかけてくれたことに感謝しており、尻尾があったら振っている。賢司の性格の難をイジル様な発言で、一歩間違えば「話しかけてやったんだから感謝しろ」と下に見て傲慢にも取れないこともない話だったが、悪意の類がない事が分かる程度には旋風と仲が良い。
「また同じクラスでつるめるな」
「おう、よろしく」
「こちらこそ。ケンジが周りに溶け込めるか心配だったし同じクラスで良かったよ」
「お前は俺の保護者か何かですか?」
「恋人?」
「……」
「マジに引くなよ。冗談に決まってるだろ」
頬立てをやめ、椅子ごと後ろに下がろうとしたのを旋風が笑いながら止める。むろん賢司も冗談だと分かっているが反応するのが流れと言うものだろう。ただ旋風が喋った時表情が真顔なのがちょっと気になるところではある。せめて口元ぐらい笑って欲しかったのだが。
「あ、ワリ」
「あぁ、良いってそのまま座ってろよ」
笑っていた旋風が腰を浮かし、それを制する声が賢司の後ろから聞こえてくる。振り向くと制服をかなり着崩した茶がかった長髪の男子生徒が手を前に出しながら座る様に促している。旋風が浮かした腰を下ろすのを確認してから男子生徒は周りを見渡してから話しかけてくる。
「移動するよりさ。俺も話混ぜてくれよ。なんだか楽しそうな話してるじゃん。なに?きみそっち系なの?」
「よかったな。おホモ達だぞ、旋風」
「お~い。なんで俺ホモキャラになっての~」
「つか、その言い方俺もホモキャラになってね?」
「俺を巻き込むなよ?」
「ひでぇ、自分だけ常識人設定だ。いや、悪いな。いきなりホモ呼ばわりして」
「いや、良いけど。もうホモ言うな。新学期早々あらぬ噂立てられるのは御免だぞ」
微妙にクラス内の視線が三人に集まっているのを感じて苦笑しながら男子生徒は頬を指で掻く。
「平山将信だ。よろしく」
「なんだか武将みたいなカッコいい独創的な名前だな」
「そっか?はじめて言われたぞ。そんなこと」
「こっちが古岡賢司で、俺は逆巻旋風」
「……自覚ないのか?」
「ない。どうやら自分が一番平凡だと思ってるらしいから」
一泊置きながら視線を送ってくる将信に、賢司は肩を竦めながら答える。何時もは察しが良くて気も回るのだが、自分の事になるととたんに鈍感になることを賢司は知っていた。それで泣いた同級生も少々。
「なんの話してんだ?」
お前が一番独創的な名前してんだよ、とは2人とも言わない。言っても多分思い当たる節がなさそうだしピンと来ないだろうから。諦めとそれは言うのだが、前から付き合いのある賢司はともかく初対面の将信はかなり諦めが早い。諦めたと言うより粘る気ないと言うか。
「あ~。気にしなくて良い」
「そう言われると……」
「そうだ!俺、聖祥に小学から通ってるからそれなりに顔広いし、噂とか情報いろいろ知ってけどなんか聞きたいことあるか?お前ら高校からだろ?」
「確かに俺達は高校入試組だけど――良くわかったな」
「単純に中学の時に見たことなかったからな」
話をはぐらかすにはいささか強引な話の持っていき方だが、何もせず喋らない賢司よりましだろう。
聖祥は小学から大学までエスカレター式で進学できる私立校なので確かに小学から通っていれば知り合いも多いことだろう。反対に賢司達は小学、中学と出来上がっている人間関係に飛びこんで行く訳で最初は大変だったりもした。だから、自分の知っている事であれば教えてくれると言うことだろうが――
「聞きたいことって言っても……ケンジは?」
「……これと言ってない」
個人の話なら盛り上がろうが、大勢をさして聞きたいことあるかと言われても正直、何を聞けばいいのか分からない。
「え~、つまんねぇ」
「大体何聞けばいいんだ…よ……」
聞きたい事を強要してくる将信をあしらおうとした旋風の言葉尻が弱まる。どうした、と見ると口をポカンと開けて視線が将信に合っておらず、教室入口から何かを目で追っていた。視線を辿ると4人の女子が喋りながら席に向って移動している。だが、賢司にもわかる。旋風が見ているのは4人のグループを見ている訳ではないだろう。その中の1人だ。
白いカチューシャを付け腰まで伸びた流れる様にウェーブのかかった紫の髪を歩くたび揺らしながら、口元に片手を当ててクスクスと笑う姿は絵に描いた令嬢の様。整った顔立ち、染み一つない白い肌と宝石の様な青い目は欧米の血だろうか。周りの女子を背景と霞ませ、旋風の視線をさらった美女がそこにいた。
「あぁ、なんだ聞きたい情報あるじゃん」
同じように旋風の視線を辿ったのだろう将信が呟く。いや、しかし彼女の事を知らない生徒がこの学園に居るだろうか?
「月村すずか。実家が資産家のお嬢様で小学からこの聖祥に通っている。性格は穏やか、気配り上手で分け隔てなく優しい。ルックスは――言うまでもないよな。スポーツ万能、勉学優秀。天から二物どころか余すところなくいろいろ貰ってる」
そういう話に疎い賢司でも彼女の存在は知っている。恋、又は女子の話になると大体出てくる名前だからだ。曰く、聖祥の白百合。大げさな話だなぁ、と賢司は思っていたが、なるほど確かに気品漂う姿はそう表現するのが妥当なのかも知れない。高嶺の花、だがそれでも挑戦する男子は少なくないと聞いている。
「月村の凄いところは男子だけじゃなくて女子にも人気があるってところかなぁ。誰かと仲が悪いとか聞いたことないな――ってかよ、何時まで見惚れてんだ?流石に凝視しすぎだ」
「あてっ!」
右手の人差し指を立てて円を描くように回しながら喋っていた将信だが、旋風の頭を掌で叩く。一応注意の形は取っているものの、旋風のためと言うよりは説明しているのにまったく聞いている様子がないのが機嫌を損ねたようだ。
「え?あ……俺、そんな見てた?」
「阿呆、舐めまわす様に見てたぞ。どこぞの犯罪者の様で一瞬110番押そうか迷った。なぁ、古岡?」
「バイ?」
「まだそのネタ引っ張るんかい……」
話を振ったことを後悔して途端にげんなりした表情を造る将信に2人は軽く笑う。その時に旋風の目が将信に向いていなかったのに賢司は気付いたが指摘はしなかった。
「冗談だって。それより、聞きたいこと一つできたんだが」
「なんだ?」
初めて積極的に会話に参加してきた賢司に軽く驚いたのかキョトンとした表情で将信が聞き返すので苦笑する。そんなに意外だったのかと。賢司だってあまり会話に加わるつもりもなかったのだが、いつも世話になっている旋風のためにも――自称情報通なので正確性は疑問だが――聞いておきたい事があった。
「月村って彼氏いるのか?」
たぶん将信は聞かなければ教えてくれない。教えてくれる心算があるなら説明してる時か、旋風を叩いて気付かせた後にからかう様に教えるだろうと賢司は当たりを付けていた。
そして、携帯のある今にしては珍しく旋風の生徒手帳の中には月村すずかの微笑んでいる写真が入っている事を知っているのだ。
「彼氏はいない。春休みの間に作ったっているなら話は別だけどな。気になる異性がいるって話は聞いたことがない」
「そっか」
断定する形で言い切るのだからそれなりに彼氏が居ないのには自信があるのだろう。気になる異性は聞いたことがないだけで、誰にも話さず胸に秘めている相手がいないとも限らないが。まぁ、それなりに朗報ではある。旋風の手が強く握られているのはご愛敬だ。
旋風の小さな反応よりも賢司としては教えてくれるだけで、なぜ聞いたのか聞き返して来ない将信に少し感謝した。興味がないのか、察しがついているのか、それとも誤解しているのか知らないが根掘り葉掘り聞かれるのは嫌だった。
「そうだな……月村だけ紹介するっているのもアレだ。差別だな。めでたく俺達と同じクラスになった綺麗どころでも教えとくか」
将信は自分のチャックの閉じていないスクールバックに右手を突っ込むと、くしゃくしゃに丸まった紙を取り出すと賢司の机の上で伸ばす様に広げる。折目が残って読みにくいが間違いなく玄関前で見たものを小さくしたものであるのはすぐに分かった。
「なんでクラス替え結果が載ってんだよ、これ。紙の無駄遣いだとかで一人一人には配られてないだろ」
「言ったろ?顔が広いんだ」
「配られてないのに顔が広くて手に入るかって。差別だとか言いながら綺麗どころだけってところにもツッコミ入れようか?」
「気にすんなって。それよりも、このクラスになれた事を幸運だと思えよ。これだけ美人が集まったクラスもねぇ。たとえばだな――」
如何でも良いと二つの質問を一言で片づけると、将信オンステージが始まった。○○は可愛いが部活一筋で男に興味がないのが球に傷だとか、○○はこの前彼氏にフラれて泣いていたとか。生徒のクラス配置表の名前を指しながら教えてくる。ハッキリ言って賢司も旋風もあまり興味がない。賢司は女子とお近づきになるための情報よりも男友達を多く作るための情報がほしいし、旋風はいわずもがな。だが、一応クラスメイトの事前情報程度の認識で聞いているので相槌は打つのを興味があると取ったのか調子に乗った将信の口が回る回る。
耳を将信の話を傾けながら椅子の背もたれに寄りかかり回りを見渡す。もうそろそろ始業のチャイムが鳴り、新しいクラスのホームルームが始まるのでメンバーが集まりつつある。確かに綺麗な容姿をした子が多いなぁと漠然と思いながら見渡していたのだが、首が止まる。
教室にいる生徒はほとんどが賢司達の様に大なり小なりグループを談笑している。だが、教室の廊下側の壁隣席の一番黒板に近い席、出席番号1番が座る席でどのグループにも入らずポツンと座っている金髪ショートヘアの女子生徒。賢司の位置からでは顔は見えないが、何をしているわけでもなく腕を組んで深く椅子に腰かけ一人でいる様子。旋風が来る前の自分の姿もあんな感じだったのかも知れないと思ったのだ。光が反射し輝く髪、机の下に見えるスカートから伸びた白く長い脚。遠目で、しかも斜め後ろ姿ではあるが綺麗な印象を受けるその女子生徒。なぜ誰も話しかけないのだろう。上手くコミュニケーションが取れるかは別にしても旋風が居なくても、なんとなくだが将信は話しかけてきただろう。それに将信が話しかけてこなくても小さなグループが話しかけてくるもの。なら、どうして騒々しいとも言える賑わいのこの教室で一人なのだろう。
他にも一人でいる生徒はいるのだろうか、と再び首を振り始めると違うものに気付く。一人で居る生徒ではなく、大きいグループの中からその女子生徒を見ているのだ。月村すずかが。賢司には、彼女が少し浮かない表情の様な気がした。疑問符を浮かべながら賢司が首を軽く捻ると、すずかが賢司の方を向き目があった。しかし、すぐに目は逸らされすずかはグループの談笑に戻っていく。どうしてすずかが彼女のことをみていたのだろう。
「実はだな、彼女は去年プールで――」
「なぁ?」
「それをやっちまってよ。これまたなんと――」
「なぁって」
「……なんだよ。今良いと――」
「うちのクラスの出席番号一番って誰だ?」
将信の言葉にかぶせる様に話を止め、流れをぶった切り質問する。賢司の聞き逃しがなければ彼女の話はまだしてないだろう。後ろ姿だから分からないが紹介しそうな気がするので前倒しにしてもらう。だが、どうしてだろう。将信の表情は思案顔だ。話を止められたのが不愉快、機嫌が悪いと言う訳ではないらしい。もしかして顔はあまり整ったものでもないのか?
「あ~……これ見ろよ」
将信は賢司から目を逸らしながらクラス配置表を賢司の方向に向ける。名前は出席番号順に並んでいるのだから2年C組の一番上に彼女の名前はあった。『アリサ・バニングス』。どう考えても日本人の名前じゃない。
「留学生?」
「違うな。両親はアメリカ人だけど小学から聖祥に通ってる。二重国籍らしい」
「珍しいな、ケンジが女子に興味を示すなんて」
旋風の口調はからかっている訳ではなく、驚きかららしい。賢司も一応オトコノコな訳で驚くのも失礼な話ではあるのだが。
「金髪が一番前に座ってるのが目に入ってよ。不良だったら怖いからな」
「金髪=不良って訳じゃないだろ。別に聖祥髪染めるのに煩くないしな」
「それもそっか」
一人で居る姿に近親感が湧いたとか、お前の思い人が見てたのが気になったとは言わず、適当な理由を付けて躱す。
「どっちかって言うと俺はマサが近づいてきた時の方が怖かったぞ」
「マサって俺のことか?」
「将信だからマサ。嫌だったか?」
「いや、別に。どっちかって言うと不良扱いの方がショックだわ」
「スゲー腰パンじゃねぇか。胸元も開け過ぎだ。少しシャンとしたらどうだ?」
「え~。お前は俺の母ちゃんか」
「息子よ。しっかりしろ」
「下ネタかよ」
「バカっ、そんな気はねぇよ!想像力逞し過ぎるだろ」
漫才を始めた2人は放っておいて賢司は再び彼女の方を見るが、やはり言うべきかまだ一人だった。そして、始業のチャイムがスピーカーから鳴り、自分の席に向おうと旋風が椅子から立ち上がり離れる。それと変わる様に将信が座り呟いた。
「聖祥の不沈艦、落せると思う?」
「俺は応援してる」
どうやら将信にも旋風の恋心は筒抜けだったらしい。しばらくして、新しい担任が登場してきた頃には一人でいた彼女から興味は薄れていた。
*****
賢司の通学方法は自転車だ。自宅からだとバスを利用するのが一番早い通学方法ではあるのだが、交通費の問題で利用は控えている。利用するのは雨が降った時ぐらいだろうか。
授業もなく始業式とホームルームだけで午前中で放課後となり、賢司は一人帰宅の途についている。旋風も自転車通学であり帰宅方向もおおむね同じなのだが、部活があるため一緒に帰れず、将信はバス通学らしいので校門で分かれた。
自宅に戻ったら昼食が用意されてない事に気付いて、途中コンビニにより弁当等を買いつつペダルを漕いでたのだが――
『そろそろ良いですかね?』
「っつ!!」
周りに人が居ないのにいきなり声が聞こえてくる。それに驚き賢司はハンドルをぶれさせ、ちょうどタイヤが段差に乗りかかっていた所だったためバランスを大きく崩すが、ブレーキと脚を付く事で止まりなんとか堪える。倒れなかったことに安堵のため息を軽く吐き、目つき鋭く制服を軽くたくし上げる。
「いきなり話しかけんな!」
『まだ慣れないんですか?』
「慣れねぇよ……」
賢司の怒声に反応を示したのは腕時計だった。画面がピカピカと点灯し、それに呼応するかのように音声が流れる。時計が意志を持って返答を返している。反応があった事にうんざりした表情で目を閉じ顔に片手を当てる賢司。それを意に介した様子もなく腕時計は言葉を続ける。
『そろそろ世界征服の決心は付きましたか?』
「だから、しないって……」
古岡賢司の悩みの種は腕時計、いや、デバイスと呼ばれる魔法の道具だった。
*聖祥大学並びに附属校は、小学は共学で男子校と女子校に中学から分かれるのが公式設定ですが、ここでは一貫して共学にしています。