■帝国暦488年6月30日 クラインシュタイン艦隊旗艦シュタルネンシュタウプ:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト
現時点での貴族連合軍の現有勢力は、貴族の私設艦隊と正規軍とに大別されるが、貴族の私設艦隊は、レンテンベルクの救援とその後の迎撃のために出撃したものが40,000隻、リッテンハイム侯に率いられて出撃したものが50,000隻、残留または帰還してガイエスブルクに在るもの60,000隻。正規軍がガイエスブルクに15,500隻、ガルミッシュ要塞に8,000隻、その他4つの拠点に7,000隻という構成である。
メルカッツ総司令官率いる45,000隻がいまから出撃する。
45,000隻の内訳は、メルカッツ総司令官が直率する正規軍5,000隻と、貴族私設艦隊を再編した14個分艦隊計40,000隻である。わがクラインシュタイン提督(子爵,退役中将)は、一個分艦隊を直率し、4人の分艦隊司令官を指揮下に置き(本作戦発動の決定後さらに一人が追加された)、副司令官をつとめている。
「オーディン攻略作戦」時におけるロットヘルト戦隊とくらべ、指揮系統の一元化はより厳密に行われた一方、不徹底な分野もある。それは、「なんちゃって艦長」が多数温存された点である。
「なんちゃって艦長」とは、大貴族(宗家)や領主家との関係で、ほんらいその力量が無いにも関わらず、実力以上の階級を得て、艦長のポストを得た者たちをいう。代表例が、ブラウンシュヴァイク公の甥のフレーゲル男爵である。
「組織と指揮の一元化」という問題について、どうも盟主ブラウンシュヴァイク公は、単にアンスバッハ准将がやれと薦めたから踏み切っただけで、これを充分に理解できたとは思えない節がある。盟主に従った大貴族(宗家)たちも、たんに盟主がやるからという理由だけで追随したという者が多そうだ。
ロットヘルト戦隊のばあい、両ホッツェンプロッツ家をのぞけば、その種の艦長はいずれも一門の15家の親族や家の子郎党(イエノコロウトウ)であったので、私が宗家の当主として因果を含めると、みな逆らうことなく身を引いてくれた。しかしメルカッツ総司令官の立場では、艦艇に対する指揮権を集約するまでが精一杯で、大貴族や領主たちにゆかりのある艦長たちを、彼らの頭越しに更迭するようなことは難しい。
結局、総司令官は、次善の対策として、「なんちゃって艦長」たちに有能な副官をつけ、実質的に、かれらにかわって実務の責任を負うことにさせた。たとえばフレーゲル男爵につけられたレオポルド・シューマッハ大佐などがその一例である。
フレーゲル男爵は以前からみずからをブラウンシュヴァイク公の名代だと主張していたが、今日、いきなり分艦隊の指揮権や副司令官の地位を要求してきた。メルカッツ提督の構想による人事が確定し、猛訓練が開始されてすでに10日間。出撃まぎわになっての横車とは、迷惑な話である。
ことわれば盟主ブラウンシュヴァイク公のメンツをつぶしかねないということでメルカッツ総司令官は苦悩したが、シューマッハ大佐の補佐に期待し、分艦隊の指揮権についてはこれを委ねることにした。
副司令官の職については、わがクラインシュタイン提督の権限にも関わることであるから、私も傍観していられなくなり、フレーゲル男爵がメルカッツ総司令官に対して駄々をこねている現場に向かうことにした。
■帝国暦488年6月30日 総司令部旗艦エルザス:ヴィクトーリア・フォン・ロットヘルト
私が説得にかかると、フレーゲル男爵はすぐに、あっけなく撤回してくれた。
あっけなさすぎて拍子抜けするほどである。
武官としての地位は、彼が「百戸(ケントゥリアルクKenturiarch)」なのに対し私は「都指揮使(クィナミリアルクQuinamiliarch)」であるし、彼が正規軍の階級「少将」を持ち出すならクラインシュタイン提督は「(退役)中将」である。
あらそっても勝ち目はないと踏んだのであろう。
私はリップシュタット盟約の署名順位第12位で、今回この作戦に参加する大貴族たちの中では最上位で、かつ一門の宗家。対する彼は署名順位130位で、最有力の門閥の一員とはいえ、単なる末流の男爵にすぎないから、この種の横車の押し合いになると私のほうが手持ちのカードは優勢である。この作戦中、もし彼がまた爵位や門閥を振りかざしてワガママを言おうとしたら、それを押さえるのが私の役目になりそうだ。
■帝国暦488年6月30日 総司令部旗艦エルザス:ライヒアルト・ロベルト・フォン・フレーゲル
盟主ブラウンシュヴァイク公の名代として私に副司令官の地位を委ねるようメルカッツ総司令を説得していたところにグレーフィン・フォン・ロットヘルトが乗り出こんできた。うわさのかわいそうな侍女ふたりをつれて。侍女のひとりが持っているケースの中には、これもうわさの電磁鞭が入っているのだろう。
グレーフィンは「あなたにやらせるくらいなら妾(わたし)がやりたい!」などと言い出した。
自分の能力を顧みず、高い地位を要求するなど、迷惑きわまりない。
そもそも副司令官という地位は、万一、司令官が指揮をとれなくなった場合には全艦隊の指揮権を引き継ぐこともありうるという重要なポストである。素人がもてあそぶようなお飾りの地位ではない。
ほんとに、迷惑なことだ。
しかしながら、このグレーフィンはとても恐ろしいひとだ。
彼女に逆らうととても恐ろしいことが起きる。
友人の詩人が「銀行強盗が自分の手下に銃を突きつけて行員を脅迫するような不条理な情景」と描写したような場面(第2話参照)に遭遇する恐怖を、また味わうのはもうごめんだ。
叔父上が「グレーフィンは四月に入ってから人がわりしたぞ」と彼女をほめていたが、私としては、とにかくもう、なるべくこの女性とは関わりたくない。
副司令官になりたいという要望は撤回して、早々に総司令部を立ち去ることにした。
■帝国暦488年7月1日 辺境星域奪還部隊旗艦オストマルク:ヴィルヘルム・フォン・リッテンハイム
手始めにトゥルナイゼン領に進軍したら、トゥルナイゼン一門の私設艦隊は、戦わずして遁走していった。
わが50,000隻の大艦隊の偉容をみておそれおののいたに違いない。
駆逐艦が一隻、輸送船が2隻だけ、「ご先代さまの命を受けた」と称して投降してきた。
駆逐艦にはトゥルナイゼン一門のハーゼンクレバー子爵が乗っていて、輸送船には4月下旬と5月上旬に撃破したわが軍の捕虜が乗っていること、領地にたいする略奪は行わないでほしいことなどを伝えてきた。
こころよく許してやり、子爵を艦橋まで召しよせる。
「子爵閣下、あなたは金髪の孺子をまことに憎み嫌っておられましたろうに」
「はい。しかし宗家の若君様が孺子めに心酔しきっておられる上、ご先代様からも、われらに対し若君様に従うよう頭をさげてお頼みになられては、一門としてはどうしようもありませず、お手向かいした次第です。」
「わが軍のものどもをお返しくださり、ありがたいかぎりです。
彼らの戦いぶりはどのようなものでしたのか?」
「4月にいらした1,000隻、5月にいらした2,000隻のいずれに対しても、我らは500隻で迎えうち、真正面からの砲撃で勝負をつけました。」
「真正面から?孺子からの援軍とか、なにか新開発の秘密兵器などは?」
「そういうものは有りませんでした。」
「なんと奇怪な…」
「いや、不思議でもなんでもありません。
わが一門が、戦艦50隻で壁をつくり、巡航艦や駆逐艦をその後ろにおいて、500隻すべてをつかって攻撃と防御をおこなったのに対し、ガイエスブルクのみなさまは、各家の私設艦隊がひとつづつ順番にわれらの前にでてこられた。戦場全体ではみなさまの数の方が優っていましたが、戦闘現場では、4対1とか10対1とか、常にわが方に数の上での優位がありました。」
とても不快な話だ。これ以上自分の耳で聞く気になれん。
ハーゼンクレバー子爵を下がらせた。
あとは臣下のものに聞き取らせ、報告書を読むことにしよう。
■帝国暦488年7月3日1430 辺境星域奪還部隊旗艦オストマルク:ヴィルヘルム・フォン・リッテンハイム
わが艦隊は、ガルミッシュ要塞のあるキフォイザー宙域まで進出した。そろそろ「金髪の孺子」の「赤毛の子分」の手勢と遭遇するであろう。
わが50,000隻は、ガルミッシュ要塞で順次補給を済ませ、万全の態勢にある。
艦隊の先頭には、わが一門の中でももっとも勇猛なベッヘラー伯爵を先頭に、一門のうち30家の私設艦隊4500隻を配置した。ついで私と手を携えて「帝国貴族精神の精華」を守ることに同意してくれた大貴族(宗家)がたの軍勢が順次これに続く。
まことに美しい、整然とした隊形である。
■帝国暦488年7月3日1430 ローエングラム軍別動隊旗艦バルバロッサ:ジークフリート・キルヒアイス
「敵50,000隻の映像がとどきました。
みてのとおり、高速巡航艦のとなりに砲艦が、大型戦艦のとなりに宙雷艇がいます。
映像は6時間、約30,000隻分ありますが、最初から最後までこのような調子で、火力も機動力もことなる艦艇が無秩序に入り交じった状態です。
これは、敵の戦術構想と指揮系統に一貫性が欠けていることを意味します。彼らはわれわれの3倍ちかくの数を擁していますが、要するに烏合の衆であす。恐るべき何物もありません。」
ワーレン提督、ルッツ提督がそれぞれ9,000隻づつ、私が高速巡航艦800隻からなる本隊を率い、敵との会戦に臨む作戦が定まった。
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19,000隻のキルヒアイス艦隊と50,000隻のリッテンハイム艦隊の戦いは一瞬で決着がついた。
戦闘空域を離脱してガルミッシュ要塞に収容されたのは旗艦を含む3,000隻のみ。
撃沈・大破など完全破壊されたもの18,000隻。24,000隻が降伏または捕獲された。そのほか、個々に戦闘空域を離脱した艦艇が5000隻に達したが、それらはもはや軍隊組織としての秩序を完全に失い、補給も欠き、会戦から数週間〜2ヶ月ほどの間にほとんどが降伏した。
ガルミッシュ要塞にたどりついたリッテンハイム侯は、戦闘空域からの無責任な逃亡や味方輸送艦隊への攻撃などが激しい憎しみを買い、ガルミッシュ要塞の司令部において部下の手で爆殺された。
貴族連合軍は、副盟主と全兵力の3割をしめる50,000隻の私設艦隊、要塞ひとつとその駐留艦隊8,000隻をここで失った。
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2011/03/10 第二版 「貴族連合軍の現有戦力」を40,000隻増やす
2014.10.5 「グラッフィン」→「グレーフィン」と変更