貴族な勇者様
もしも勇者が思いっきり貴族だったら。
今の状況を簡単に説明すると以下の様になる。
親父が行方不明になりました(実質死亡)。
英雄不在になりました。
俺には才能がありました。
親父の後継となるべく英才教育を受けました。
先日元服しました。
王様に呼び出されました。
魔王を殺せと言われました。
端金を渡されて城を追い出されました。←今ここ
俺の人生は詰んでしまったらしい。
そもそも、魔王ってのは絶対に倒せないのだから魔王なのである。普通に倒せる程度なら単なる強い魔物に過ぎない。
それが証明されたのが十数年前の親父の一件だろう。
大陸随一の豪傑とかいって調子扱いていた我が父上は、「魔王とか超余裕www」とほざいて手下Aに葬られて御臨終となった。
所詮、人間の限界なんてそんなもんだ。精々、下級魔族と相打ちに持ってける位。
絶望的に戦力差が開いているのが現状なんだ。我々人類は結界に護られた町で慎ましく生きるのが最良なのだ。
だと言うのに、傲慢極まりない王様は魔族を駆逐しろと仰る。それも、高々100G程度で。
遠回しな処刑命令なのかも知れない。昔、公の場で陛下のヅラを取った事を未だに恨んでいるのか。
いっそ逃げようか。このまま実家に帰らずガザ―ブ辺りに潜伏するべきか。
非常に魅力的なアイデアが一瞬浮かんだが、遺憾な事に実行するのは躊躇われた。
あの糞王、もしも逃げやがったら一族郎党皆殺しなとか宣言したのだ。
流石に家族が嬲り殺しにされると心が折れる事間違いなしなので、俺は無く無く依頼を引き受ける事にした。
取り敢えずはルイーダか。
アリアハン如きに留まってるカス冒険者なんぞ糞の役にも立つまいが、肉の壁位にはなるだろう。
数も腐るほどいる事だ。人員不足に悩む事も無いだろう。
勿論、奴らは断る事は出来ない。俺には勇者の特権がある。
勇者は全国の冒険者の頂点に君臨する英雄であり、諸国の長より様々な権限が付与される。
その内の一つに、絶対命令と言う物がある。
内容は名が示す通りだ。底辺の屑職である冒険者共に命令権を有する。奴らに拒否権がない事は言うまでも無い。
そもそも奴らは戸籍が無い塵野郎だ。王の気分次第で何時でも首を刎ねる事が出来る。
俺達の様に選ばれた市民とは生まれながら土俵が違う。精々、搾り尽くしてやろう。
俺は少しは使える道具が居る事を願いつつ、掃溜めの巣窟に足を運んだ。
酒場に着いた俺は薄汚い扉を蹴り開ける。
バガンッ、と小気味のいい音と共に老朽化した木材が弾け飛ぶ。
俺は砕け散った破片を踏み躙りながら侵入し、シンプルに要件を告げる。
「戦士と魔法使い、僧侶」
いきなりで何を言ってるのか分からないのか。食事中の冒険者たちはあんぐりと口を開けるだけだった。
やれやれ、理解力の無い低能はいやだ。これだから塵は嫌いだ。
心優しい俺は仕方無く繰り返してやる事にする。
「光栄に思え。俺と旅に出る権利をやる。―――来い」
それなりに鍛えられているであろう奴らに目星を付け、手招きする。今度は伝わるだろう。
(おや?)
すぐにも喜んでと寄ってくるだろうと思ったが、何故だか静寂が場を包んだ。
さては恥ずかしがって遠慮しているのかもしれない。俺は心が決まるまで待ってやる事にした。
近場にあった席にドカリと腰を下ろし、テーブルに置かれた酒をがぶ飲みする。不味っ。
俺は思わず吐き出していた。良くも、こんな泥水を飲めるもんだ。
矢張り、俺様とは根底から違うな。所詮は家畜だ。
料理には手を付ける気にはならなあった。どうせ豚の餌みたいな味だろう。食った事無いけど。
特にする事も無いので、頬杖を付きながらフォークでテーブルを突き刺したりしていると・・・。
「―――おい」
何時の間にか、一人の男が俺に詰め寄って来ていた。
中々にガタイが良い。見るからに戦士タイプだが、口応えがなってないのが気に掛かる。
まぁ、おいおい調教してやれば済む話か。まともな教育も受けてないのだから止むを得ないだろう。
「何だ。お前だけか? 他には―――」
バンッ!
おおう。何て柄の悪い奴だ。
いきなりテーブルを叩きやがった為に、衝撃で餌が飛び散ってしまったじゃないか。
掃除をするのが大変だなぁと思う一方で余りの素行の悪さに流石の俺もムッと来る。
「出て行け。今なら問題にはせん」
ドスの利いた声で俺を睨みつけて来る。
俺としては全く動揺するレベルではなく不快になるだけだが、一般人からすればチビりそうになるかも知れない。
一体こいつは何を切れているんだ? 俺には底辺の思考は理解出来ない。
と言う訳で聞いてみる。何で怒ってらっしゃるの?
俺の至極当然の疑問に男は眼を見開いて驚愕し、握り拳を作って何かを呟く。
あっ。今、この野郎って言ったぞ。俺には聞こえた。
「此処は。此処は俺達冒険者の寄りべだ。戸籍も後ろ盾も何も無い、俺達が唯一安らげる場所だ」
ほう、こんな萎びたボロ小屋で落ち着けるのか。随分と安く上がるな。
感心する間にも口上を並べ立てる男。やれ、古くからだの、ルイーダは凄いだの。良くもここまで褒めちぎれるものだ。
「―――断じて、断じて貴様の様な甘餓鬼に汚されていい場所じゃない!!」
この様に締め括られる。
やけに熱い男だ。気に入らないなら気に入らないとはっきり言えばいいのに。
何時の間にかゾロゾロと群がって来た連中にも目を配るが、全員同じような顔をしている。ああ、そうかい。
大体理解した。弱っちぃ癖にプライドだけは一丁前って事を。
こいつらは要らねぇや。俺はよっこらしょと腰を上げると、じゃあなと踵を返し―――
「ああ、忘れ物があった」
いけないいけない。俺は反回転位していた身体を一周させ先程の男にいま一度向き直り、腰の剣をすらりと引き抜くと。
スパッ、と横薙ぎに軽く振るう。
「・・あ?」
少しして、間抜けた声を出した男の上半身がずるりと滑り落ちて行き・・・
あーあ。また汚しちまったよ。
俺は散らかった塵を掃除する意味を込めて、口内で文言を呟く。
「悪ぃ。後片付けはしてくから。―――イオ」
直後、室内に轟く爆音。
今度こそ用が済んだので、迷惑料の100G札を投げつけて出て行く事にする。
全く無為な時間を過ごしたもんだ。
俺は帰り際に酒場の外壁に蹴りを入れ、自宅に帰る事にした。