第一話 「CHANGE THE WORLD」
「ここか。」
一人の少年が神社の境内へ続く階段の前でつぶやいた。
彼は今年十四歳になったばかりの中学二年生。特にこれといった特技もない平凡な少年である。
正月や祭り、信心深いわけでもない彼が神社に訪れたのはある願いを掛けるためだった。
それは「彼女が欲しい」という願いだった。彼がこんな願いを抱くようになったのは単に
周りの知り合いが次々に色恋沙汰に興味を持ち始めたことが原因といえる。
思春期ということもあり今、彼のクラスはそういった話でもちきりなのだ。
彼女が欲しいが学校の女子に話しかける、遊びに誘うなどのアプローチも恥ずかしさが勝りできない。そこで彼は偶然耳にした恋愛が成就するご利益があるという神社に訪れたのだった。
(誰もいないよな。)
キョロキョロと周りを伺いながら階段を登る姿はどこからどう見ても不審者にしか見えなかった。
そして階段を登りきり境内に入った瞬間、彼は体に違和感を覚えた。
(なんだ?これ?)
初めて来た場所のはずなのに何度も来ているような既視感。
辺りを見渡すと一本の大きな木が目に止まった。それは樹齢百年を優に超えるであろう御神木だった。
(俺はこの木を知っている・・・?)
何かに引かれるように御神木に近づく。そして御神木に手が触れたその瞬間、少年の意識は途絶えた。
「ハァッ…ハァッ…!」
夜の暗闇の森をひたすらに走る少女がいた。
彼女の名前は日暮かごめ。
彼女は今年十五歳になったばかりの中学三年生。特にこれといった特技もない平凡な少女だった……今日この日までは。
「四魂の玉をよこせえええ!」
かごめを追っているのは女の上半身、ムカデの下半身を持っている百足上臈(むかでじょうろう)と呼ばれる妖怪だ。体長十メートル以上あるであろうその姿はこの世のものとは思えないおぞましさがある。
「私はそんなもの持ってないわ!」
かごめはそう言い返すも百足上臈はおかまいなしにかごめに襲いかかる。
「きゃっ!」
間一髪のところで百足上臈の攻撃を屈んで躱す。
(このままじゃ殺されちゃう……!)
逃げようと向いた先には昼間見た少年が矢によって貼り付けにされた木があった。
しかし、昼間とは違う点があった。
少年が目覚めていたのだ。
少年が目を覚ますと目の前には夜の森が広がっていた。
(何だ…?俺は確か神社に願い事をしに来ていたはず…。)
昼間からいきなり夜になっていることに驚く少年。しかし更なる驚愕に襲われる。
自分の胸に矢が刺さっているのだ。
「うわぁぁぁっ! !」
思わず悲鳴を上げる少年。自分が尋常ではない状況に置かれていることを認識した少年はなんとか矢を抜こうと試みる。そこで初めて自分の体が全く動かないことに気づいた。
混乱が続く中更なる異常が起こる。
「犬夜叉」 「桔梗」 「封印」 「破魔の矢」
頭のなかに自分の全く知らない知識、記憶が浮かんでくるのだ。
(五十年前に桔梗に封印された?なんで?四魂の玉?一体何なんだ!?)
つぎつぎに起こる異常の中で少年はついに自分の身体が「犬夜叉」になっていることに気づく。
(この封印を解くにはどうすればいい!?)
そう考えていたとき…
「きゃっ!」
少女の悲鳴が響いた。
少年と少女の目が合う。
その瞬間、少年は少女が「日暮かごめ」であることを理解した。
少年とかごめが見つめ合った僅かな隙を狙い百足上臈がかごめに襲いかかった。
百足上臈がかごめの脇腹に噛みつく。そしてがごめの体の中から四魂の玉が飛び出す。
「かごめっ!!」
少年が叫ぶ。
「なんで…私の名前…。」
「そんなことはどうでもいい! 早く逃げろ!」
しかし百足上臈の体がかごめを犬夜叉が封印されている木にくくり付けてしまう。
「ついに手に入れたぞ…四魂の玉。」
四魂の玉を飲み込んだことで百足上臈が変化をし始める。
さらに強い力でかごめと少年は締め付けられる。
「うぅ。」
かごめの顔が苦痛に歪む。
「かごめ! 俺の胸の矢を抜け!」
「え?」
「抜いてはならん!」
村から追いかけてきた楓がそれを静止する。
「その矢は犬夜叉の封印…そやつを自由にさせてはならん!」
「このままじゃかごめが死んじまうだろうが!」
少年が言い返す。
「早く抜け! かごめ!」
次々に起こる事態にかごめも我慢の限界だった。
「みんな好き勝手言って…抜けばいいんでしょー! !」
かごめが掴んだ矢が光り砂のように消えた
この瞬間、五十年の封印は解かれた。
「ふんっ!」
少年が体に力を入れると百足上臈の締め付けが弱まった。
「凄い…。」
かごめが拘束から解放される。しかし一番驚いているのは少年自身だった。
(なんて力だ…!)
少年は自分の身体から溢れる力に恐怖すら感じた。
「おのれええ!」
百足上臈が少年を噛み殺そうと迫る。
「うわっ!」
とっさに少年は後ろに飛び退いたが勢いがありすぎたため遙か後方の木に激突してしまった。
「なにしてるのよ!」
「くっ!」
(上手く力を加減できない。)
尚も追撃してくる百足上臈。なんとか逃げ続ける少年。
「早くやっつけてよ!」
「やかましい!黙って見てろ!」
犬夜叉の記憶の中から攻撃方法を思い出す。
手に力を込め、飛びかかる。
「散魂鉄爪!!」
凄まじい斬撃が地面に爪痕を残すも百足上臈には命中しない。
「ちくしょう!」
「なんだ威勢だけかい。」
百足上臈は恐るるに足らないと判断し、止めを刺そうと犬夜叉に向かっていく。
そしてついに犬夜叉は百足上臈に捕まってしまった。
「このまま絞め殺してやる。」
百足上臈が力を込めようとしたその瞬間、
「散魂…鉄爪!!」
百足上臈の体が粉々に砕け散った。
「あれなら避けれねぇだろ。」
肩で息をしながらも安堵する少年。しかし
「油断するな犬夜叉。まだ終わっておらん!」
楓が少年に忠告する。
「何っ!?」
周りを見ると百足上臈の残骸が元に戻ろうと動き始めていた。
(四魂の玉をなんとかしないと何度でも再生しちまう…。)
少年はかごめに向かって叫んだ。
「かごめ!四魂の玉はどこだ!?」
「え?何?」
何のことだか分からず混乱するかごめ。
「光る肉片は見えるか?」
楓に言われ、光る肉片を探すかごめ。
「あった、あそこ!」
そしてかごめは一つの肉片を指差す。
「そこか!」
少年がその肉片から四魂の玉を抜き出すと百足上臈の肉片は消滅していった。
(これが四魂の玉……。)
自分の手のひらにある四魂の玉を見つめる。見る者を魅了するなにかがある不思議な玉だった。そのまま奇妙な感覚に囚われかけたとき
「いかん!」
このままでは犬夜叉に四魂の玉を奪われてしまうと思った楓が言霊の念珠を犬夜叉の首にかけた。
「なっ……!」
自分にかけられたものが何であるか思い出した少年は戦慄した。
「ふざけるな!これをはずせ!」
走り出し楓に詰めよる少年。襲われると勘違いした楓はさらに続ける。
「かごめ、魂鎮めの言霊を!」
「え?何?」
聞いたことのない言葉に戸惑うかごめ。
「なんでもいい、犬夜叉を鎮める言葉を!」
「じ、じゃあ…。」
かごめは「鎮める」と犬夜叉の「犬」からある1つの言葉を連想する。
「ま、待て…!」
少年はこれから自分がどうなるかを直感し止めさせようとするが、
「おすわり」
その瞬間、森はなにかが地面に落ちるような大きな音に包まれた。
これが少年とかごめの初めての出会いだった。