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[25786] 普通の先生が頑張ります (更新再開…かな?
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/06/08 19:02
みなさん、初めまして。
今まで読む専門でしたが、自分なりにSSを書いてみたいと思い、書いてみました。
えー、なにぶん、慣れないもので
駄目な所とか、こうしたら読みやすいという意見がありましたら
ご意見のほどよろしくお願いいたします。

開始はネギが麻帆良に来る一月前からです。しばらく主人公でてきません。
オリ主モノで、あんまり戦闘とかは書けないと思うのでジャンルはほのぼのになると思います。

それでは、よろしければ読んで下さいorz

2011/04/27
57話から、内容を変更しようかと思います。
詳しく(?)は感想欄にて。

2011/06/08
ソ○モンよ、私は帰ってきたー?(違




[25786] 普通の先生が頑張ります 0話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/10 19:06
 子供の頃、夢見たモノがある。
 野球選手だったり、サッカー選手だったり、宇宙飛行士だったり、お菓子屋だったり、パン屋だったり。
 その夢が、俺は教師だった。
 だから、教師になった。教師に、なれた。
 小学校の頃の6年は、全員が男の先生だった。
 だからこそ、強く覚えているのかもしれない。


 ――ああ、こういう先生になりたいな、って。



「高畑先生」

「ん?」

 俺の先を歩いていた先輩に声を掛け、その隣に並ぶ。

「今日でもう1週間なんですが、どうしましょうか?」

「ああ――ああ、そうだねぇ」

 そう言って、先輩はいつも彼女の事になると困った顔をする。
 サボりの常習犯、というよりもここまで来ると不登校に近いのかもしれない。
 一応、朝一で登校してきてはいるようだけど、すぐ帰ってるし。
 どうしてそんな事をしているのかは、良く判らない。
 何か意味があるんだろうか?
 そして、その事について先輩どころか、学園側からも何も言わないし。

「自宅に訪問とかは、しなくて良いんですか?」

「うーん、一応、声は掛けてるんだけど」

 そうなんですか、と一言。
 黙認されている、というのはこの1年少しでよく判っている。
 が、それを認める事は――したくない、と思う。
 やっぱり、クラスの皆と仲良く……とまではいかなくても、
 クラス名簿を左手に、空いた手で頭を掻く。
 どうしたものか、と。
 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
 ここ1週間、全く顔を見ていない生徒を思い出す。
 ……まぁ、真面目そうな少女ではない、な。

「あの子にも少し、事情があってね」

「はぁ」

 この話はここまで、とその足が止まる。
 2-A、自分たちが担当する教室である。
 毎回、こうやって話止まるよなぁ。
 どうしたもんか。
 そのまま、教室のドアを開け、その後ろについて行くように中に入ると

「おはようございますっ、高畑先生!」

 と、まず最初に元気な少女――神楽坂明日菜の声。
 それに続くように、少女たちの声が響き、それが終わると俺と先輩が「おはよう」と挨拶をする。
 毎日の光景……そこに、もうひとつ。

「お、今日はちゃんと登校してきたか。えらいぞ、マクダウェル」

「ふん」

 金髪の少女は、今日はちゃんと登校してきていた。
 ふぅ、良かった良かった。
 ……随分と、機嫌は悪そうだけど。

(今日はちゃんと来たようだよ)

(はい――このまま、続いてくれると良いんですが)

 難しいだろうなぁ、と。
 高畑先生は苦笑いし――多分、俺も。

「それじゃ、点呼とるぞー」

 クラス名簿を広げ、出席番号順に名前を呼んで行く。
 こうやって、俺の1日は始まる。







「来月からでしたっけ? 新しい先生が来るって言うのは?」

「ああ、確かその通り――だったっけ?」

「来月の頭にですよ、弐集院先生」

 昼休み、職員室で他の先生方とテーブルを囲みながら、コンビニの弁当を食べる。
 一人暮らしの独身なのだ。しょうがない。
 ちなみに、周りの皆さんは弁当の前に手作りだったり愛妻だったり別の単語が付いていたりする。
 ……そう考えると、余計に昼がわびしく感じるので、あまり気にしないようにしてる。
 いや、俺だってコンビニ弁当は、って考えてた事はあったけどね?
 やっぱり、独身男性は弁当作る時間より、寝る時間が大切なのだ。
 
「イギリスか、どっかからじゃなかったですか?」

「そうそう……良く覚えてるね、君」

 いや、普通覚えてるでしょ。
 そう顔には出さないように、少し苦笑い。
 でもまぁ、まだまだ先の話だしどーでも良いっては思うけど。

「たしか、2-Aの担任になるんでしょう?」

「ええ、高畑先生と入れ替わりらしいですね」

 つまり、副担任である俺はそのままという事だ。
 ……軽く、溜息が出そうである。
 あの面子を高畑先生抜きでとか。
 神楽坂、落胆するだろうなぁ……そうなるだろうから、まだ言ってない訳だけど。
 あの子は本当に、テンションで一日が決まるからなぁ。

「優秀な先生のようですし、大丈夫ですよ、きっと」

 とは源先生。
 はぁ、良いですよね、源先生のクラスは成績も評価も良くて。
 ウチはどっちもだからなぁ……。

「どうして学生って勉強嫌いなんですかね?」

「そりゃ、そこに授業があるからさ」

 何という事を言いますか、瀬流彦先生。
 いや、判りますけど。判りますけど……。

「そこは言っちゃあならんでしょ、瀬流彦先生」

 と、弐集院先生に窘められる瀬流彦先生。

「はっはっは、でも実際ねぇ」

「私達も、そうでしたからねぇ」

「普通に勉強してれば、それなりの点が取れるはずなんだけどなぁ」

 スイマセン。ウチの子達はそれなりの点が取れないで。
 はぁ。
 なんでウチのクラス、毎回最下位なんだろ?
 そんなに不真面目、って訳じゃないんだけどなぁ。

「次のテストは、新任の先生が来てからなんでしょう?」

「……そう言えば、そうですね」

 しかも、次は高畑先生抜きかぁ。
 何とか頑張ってくれないかなぁ。
 特に神楽坂筆頭の5人組。はぁ。
 どうしてあんなに点数が悪いんだろうか?
 うーむ。

「2-Aはクセのある生徒が多いからね」

「そう言われたら、何も言い返せないです……」

「ははは、お詫びにオカズの唐揚げを上げるよ」

「うぅ、ありがとうございます。弐集院先生」

 どうしたものかなぁ。
 教えるだけの授業じゃ、2-Aは次も最下位なんだろうし。
 はぁ。
 コンビニの割り箸って、なんか結構美味くない?

「割り箸を噛むもんじゃないですよ」

「考え事してると、なんか噛んじゃうんですよね」

 爪とか、指とか。
 そんな癖ってありません? と話を振ってみる。

「あー、あるよね」

「その癖治した方が良いと思うよ?」

 同意してくれたのは弐集院先生。
 治す方が良いと言ってくれたのは瀬流彦先生。
 源先生は……苦笑していた。

「子供の頃から、どうにも治らないんですよねぇ」

「ガムとか噛んでると良いらしいよ?」

「そうなんですか?」

 へぇ、それは知らなかった。
 と言うか、

「ガムって噛んでると、何だか間違えて飲み込んでしまったりしません?」

「ああ、あるある」

 だからガムってあんまり好きじゃないんですよねぇ、と。

「いや、無いですよ弐集院先生」

「体に悪いから、それだけは止めておいた方が良いですよ?」

 源先生からは、本気で心配されてしまった。
 むぅ……。
 まぁ、だからガムは買わないんですけどね?







 午後から2-Aでの授業があったので教室に向かうと

「……一応、聞いておくけど」

「はい、何でしょうか先生?」

 そう良く透る声で答えてくれたのは、クラス委員の雪広あやか。
 綺麗な金色の髪に、中学生離れした容姿の少女である。
 ちなみに、このクラスで一番の常識人だと俺は思っている。

「マクダウェルは?」

「早退しました」

「そうか」

「はい」

 ……せっかく登校してきたのに、なぜ最後まで授業を受けていかない。
 溜息が出そうになり――それを、止める。

「判った。それじゃ、授業を始めるぞ」

 教科書開いてー、と言いながら、心の中で溜息。
 アイツはまったく、どうしたらちゃんと学校に来てくれるのだろうか?
 別に苛められている、というわけでもなさそうなんだが……そう言うのって、やっぱりあるんだろうか?
 教師は、そういうのに気付かないってよく言われるしなぁ。
 今度、やっぱり一度話し合った方が良いのかもしれないな。
 数学の教科書、前回までの復習にと、黒板に問題を書きながら思う。


 教師って難しい。


 生徒全員を出席にするのだけでも、実はこんなにも難しいんだな、と。
 義務教育だからとか、生徒だからとか、教師だからとか。
 自分が学生だった頃には全然気にしてなかった事が、本当は凄く……面倒なのだ。
 そう思う事は、きっと悪い事なんだろうけど。
 でも――教師だから出来ない事、って言うのも確かにある。

「それじゃ、まずは前回の復習からだ。長瀬、那波、長谷川ー、この問題答えてくれ」

「うっ」

「はい」

「はい」

 一つ、返事が違ったなぁ。

「長瀬ー、次は小テストするからなぁ、勉強しとけよー」

「ナンデストっ」

「えーー!?」

「はい、静かにー」

 パンパン、と手を叩いて

「3人は、答えが判ったら手を挙げてくれ」

 こうして今日も、授業はそれなりに順調に進んでいく。
 何故それなりにかと言うと……まぁ、

「「うー」」

「「「あー」」」

 ちょっと5人ほど、居るのだ。
 色々と難しい子たちが。
 授業のやり方も、考えないとなぁ。
 このままじゃ、またテストじゃあんまり良い点取れないだろうし。
 やっぱり、テストで良い点取れたら、授業も、学校も今まで以上に楽しいだろうしな。
 どうしたものかなぁ。







「ただいまーっと」

 男子教員寮の自分の部屋に帰り、やっと一息つけるのは夕方も遅い時間である。
 明日行おうと思ってる小テストの準備やら、教材の準備やら。
 公務員は食いっぱぐれない、とよく言われるけど、これでもなかなか大変なのだ。
 最近はよく問題も起きてるから、世間の目も厳しいし。
 晩飯に買ってきたコンビニ弁当とおでんをテーブルに置き、さっさとスーツを脱いで着替えてしまう。
 ご飯を食べたら、クラスの成績を打ちこんだパソコンを立ち上げ、それと睨み合う。
 平均学力は……上がってはいるんだよな、上がっては。
 問題は――だ。

「はぁ」

 溜息も付きたくなる気持ち、誰か判ってくれるだろうか?
 頭が悪い、という事は無い。
 悪い事を悪いと言えば理解できる。
 駄目な事を駄目と言えば、理解できる。
 頑張っているんだと判る。
 必死に出来るようになろうとしている事も、判る。
 だが。だが、だ。
 成績が上がらない。
 頑張ってるのは知っている。
 でも、大人は“数値”でしか、見れないのだ。
 スーパーとか飲食店なら客数や売り上げ、学校なら――点数。
 テストと言うものは、生徒という個人を図るモノ。
 人間性ではなく、どれだけ社会に対応できるか、それを見るもの。
 それは酷く悲しいけれど、酷く合理的なのだろう。
 生徒は点数で自分を示して、教師は点数で評価を見る。
 良い子達なのだ。本当に。
 明るくて、楽しそうで、元気で。
 いつも元気を分けてもらってる。
 きっと、初めての副担任と言う仕事……担当があの子達だった事は、幸せだ。
 だから――。

「はぁ」

 ――どうにかして、もっと、学園を楽しんでもらいたい。
 そう考えて、もう一度溜息。
 ついでに立ちあがり、冷蔵庫から缶ビールを一本。
 こうやって小難しい事を考えながら、今日も夜は更けていく。







「おはよう、皆」

「せんせー、高畑先生は?」

「高畑先生は、今日からまた一週間出張だそうです」

「ナンデスト!?」

「はい神楽坂ー、魂抜くのも良いが、ちゃんと席について抜いてくれー」

 そんな目で見るなよ、出張は俺の所為じゃないだろうが。
 まぁ、こうなるだろうから今まで言わなかったんだけど。
 ……そう怖い目で見るなよ、朝倉。笑顔が怖いぞー。
 はぁ……ふと、視線を教室の一番奥の席に向ける。
 そして、もう一度心の中で溜息。

「それじゃ、点呼取るぞー。明石ー」

「はーい」

 ………………
 …………
 ……

「マクダウェルー」

「エヴァンジェリンさんはお休みです」

「マクダウェルは今日は休み、と」

 せっかく昨日は出席してくれたのになぁ。
 また振り出しに戻る、か。
 どうしたらちゃんと出席してくれるんだろうか。
 やっぱりイジメとかだろうか?
 不意に、クラスを見渡してみる――コイツらが、イジメなんてしないと思うんだがなぁ。

「今日の数学、昨日言ってたように小テストだから、勉強しとけよー」

 一応、10点満点で作ったけど、何点取ってくれる事やら。
 出来れば、平均7点以上は欲しいところだが。
 ……今までだと、5点くらいかな?

「あと、来月から新任の先生が来る事になってる」

 おー、とかえー、とか声が聞こえるが、あえて無視。
 一々反応してたらHRなんていくら時間あっても足らないし。

「詳しい事はまだ判らないから。判ったら教えるようにする」

 後質問はー? と、早速手が一つ挙がっていた。
 うん。まぁ判ってるんだけどな?

「朝倉ー」

「男ですか、女ですか!?」

 喰いつき良いなぁ。そんなお前は割と好きだぞー。

「男らしいぞ。年齢は聞いてない」

「どこからですか!?」

「外国からだそうだ」

 一応、イギリスとは伏せておく。
 一気に持ってるネタ出すと、後で苦労することになるというのは経験として知っている。
 この朝倉と言う少女は、どうにも情報に貪欲すぎて困る。楽しいけど。

「帰国子女ってヤツですか!?」

「いんや、純粋な外国人らしいぞ」

 言葉は!? とか作法とかは!? と言うのは、判らないという事で。
 そう言えば、新任の先生は日本語とか大丈夫なんだろうか。
 イギリスって、何語だっけ? イギリス語? 英語?
 俺、苦手なんだよなぁ。

「それじゃ、HR終わり」

 こうやって、一日が始まる。







「新田先生、物凄い食べますね……」

 何でコンビニ弁当2個? よく入るなぁ。

「そう言う先生は少なすぎませんか?」

「いや、給料日前で……」

 と言っても、いつもはコンビニ弁当にカップ麺かさらにおにぎりなのだが……今日はカップ麺抜きである。
 理由は簡単。金が無い……訳ではない。
 ただ単に食欲が無い。
 今日は帰ったら、早く寝よう。

「ははぁ、今日から高畑先生が出張だからですか」

「うっ」

 いえいえ、それだけじゃありませんよ? と弁当を食べて誤魔化してみる。

「大変でしょう、教師として見れば」

「でも、良い子たちなんですよ? ちゃんと、判らない所は聞きに来ますし」

 聞くのが恥ずかしいからって、判らないままにするより何倍もマシです、と。
 他の教科でも最近は判らない所は聞いているらしいし。
 ちゃんと、頑張ってるんですよ、あの子たちは。

「それに、元気ですしね」

「それは確かに。私も手を焼きますからね」

「す、すいません」

「いやいや、今度昼の時に飲み物でも奢って下さい」

 今度は何したんだ、あの子らは。
 新田先生に頭を下げると、笑っていて、さらに恥ずかしい。
 まったく。
 元気な事は良い事だけど、元気過ぎるのはどうなんだろう?
 ……きっと、良い事なんだろうなぁ。

「あら、今日は早いんですね」

「あ、源先生」

 ええ、今日は午前の最後に授業入ってませんでしたから。
 ……午後は授業しかないですけど。

「今日も弁当ですか?」

「ええ。先生はまた?」

「今日も、新田先生と二人仲好くコンビニ弁当ですよ。ねぇ、新田先生?」

「仲好くは遠慮したいんだが……」

 冗談じゃないですか、本気で返さないで下さいよ。
 ちょっとグサッときました。こっちも本気で。
 瀬流彦先生ー、弐集院先生ー、どこですかー?

「ふふ――栄養もちゃんと考えて下さいよ?」

「あー、はい」

 考えてます、一応。
 コンビニ弁当で考える栄養って何、って思う?
 幕の内と牛カルビとのり弁をちゃんとローテーション組んで食べてます。
 ……1年もしてると飽きるよなぁ。
 そろそろ期間限定の新商品が出ないものか。

「飽きたな」

「飽きましたね」

 はぁ。
 隣の源先生の弁当の美味そうな事旨そうな事。
 今度弁当でも作ってみるかなぁ……食費も、安上がりらしいし。
 うぅむ。
 まぁ、朝起きれたら考えよう。







 午後の授業も終わり、明日の授業の準備も終わらせて帰宅すると、

「はぁ」

 やっぱり、溜息が出た。
 疲れた。色々と。

「明日もマクダウェルは休むつもりかな」

 神楽坂たちの点数もアレだったし。
 アレ? とても口には出せません。と言うか出したくない。
 主に本人たちのプライドとかそんなのの為に。
 そして、晩御飯(やっぱりコンビニ弁当)を食べた後、いつものようにパソコンを立ち上げ……

「あれ?」

 ふと、気付いた。
 気付いてしまった。
 なんで今まで気付かなかったのか……多分、現実から目を逸らした的な何かの所為だろう。
 教師としてどうかとは思うが。

「マクダウェル、出席日数死んでない?」

 ヤバくない? とかヤバいとかじゃない。
 もっと言うなら、終わってる。

「……は?」

 慌てて2年の最初からの出席日数を計算する。もちろん自分で。
 エクセルで計算してたら死んでたから。
 ……………
 ………
 ほっ。

「……病欠が、多すぎる」

 出席日数もギリギリだというのに、なにこの中退率。
 えーっと……あと何日休めるんだ?
 いや、3学期だし、もうすぐ進級だし……休まなければ、いける。
 うん、大丈夫。
 休まなければ。

「――――――はぁ」

 深い、深いため息が出た。
 これをマクダウェルに言って……ちゃんと登校して、授業を受けてくれるだろうか?
 ぅ――難しいだろうなぁ。
 いや、でも流石に追試とかで免れるのも、嫌だろうし。
 変にプライド高いし。

「どうしたもんか」

 一番彼女と仲の良い高畑先生は、ちょうど今日から出張だし。
 ……にしても、あの人も出張多いよなぁ。とは思っても口には出さない。
 口に出したら、何だか挫けそうだから。色々と。

「はぁ」

 高畑先生からはあんまり関わらない方が、って言われてたけど、しょうがないよなぁ。
 教師と言うのは難しい。
 本当に、そう思う。
 教師になって3年。
 最初の1年で、そう思った。
 そして、3年目……だ。

「頑張ろう」

 嫌われてるかもしれないけど、ウザがられてるかもしれないけど。
 それでも、俺は教師に憧れてるのだ。
 だから、頑張ろう。うん。
 目覚まし時計の起床時間を1時間早くする。
 よし。

「頑張るぞー」

 俺は、明日から、毎日マクダウェルを登校させる。
 睡眠時間を1時間削っても。
 毎朝彼女の自宅まで迎えに行く事になっても。
 雨が降っても。
 風邪をひいても。
 俺は、何とか、マクダウェルを出席日数免除の追試無しで、進級させる。
 …………させたい。
 ………………無理かなぁ。
 でも、まずは明日頑張ろう。
 事情を説明すれば、判ってくれるさ。……多分。
 来月からは新任の先生も来るんだし、何とかしないといけないよなぁ。
 ……ガンバろ、マジで。






[25786] 普通の先生が頑張ります 1話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/10 16:49
「先生、どうぞ」

 そう言って見るからに高価と判るテーブルに置かれた紅茶から、良い香りが漂う。
 ……良い茶葉を使ってるんだろうなぁ。判らないけど。
 とりあえず、差し出されたので、一口啜る。
 確か、音をたてないのがマナーだったか?
 紅茶はあまり飲まないので、その辺りは全く判らない。
 俺はコーヒー派なのだ。

「マクダウェルは?」

「マスターの起床はあと13分後です」

 何その細かい数字。
 いつも、決まった時間に起こしてるんだろうか?
 細かいなぁ。

「まぁ、学校に間に合えばいいか」

「はい。昨日は起きられませんでしたが、本日は先生が居られますので、大丈夫かと」

 起きなかったって……遅刻とか仮病以前に、学校に行く気が無かったか。

「だと良いけどなぁ」

 あと、その物凄く畏まった言い方止めないか? と。
 そう言っても、やんわりと断られた。
 ……マスターとか言ってるし、根っからの従者体質?
  先祖からマクダウェル家に仕えてるとか?
 んなアホな。
 自分のボケに心の中でツッコミ、紅茶をもう一啜り。

「絡繰は、朝食はいいのか?」

「はい。私は特に、朝食は必要としていません」

「……朝から食べないで、大丈夫か?」

「問題ありません」

 そうかぁ?
 まぁ、こんな所が男と女の違いなのかもなぁ。
 あんまり強く言ってもアレだし、この話はここで終わりにする事にする。
 話題も、続かないし。

「絡繰、お前紅茶入れるの上手いな」

「ありがとうございます。調理・飲料のデータは一通り揃えてあります」

「……一通り出来るって事か?」

「はい」

 言い回しが独特すぎて、俺は早速挫けそうだ。
 うーん、ちゃんと上手くいくかなぁ。
 そう思いながら、紅茶をもう一啜り。あ。

「お注ぎします」

「すまん」

 はぁ。
 空になっていたカップに、絡繰が再度紅茶を注いでくれる。
 良い香りが、鼻孔を擽る。
 ……うーむ。
 紅茶も結構良いかもなぁ。

「絡繰」

「はい」

「座らないか?」

 そう声を掛ける。
 ずっと立ってるのである、後ろに。
 この場合控えてる、って言った方が良いのか?
 まぁ、どっちにしろ……非常に、気まずい。

「いえ、もうすぐマスターの起床時間ですので、起こしに行ってきます」

 そ、そうか……。
 マクダウェルって、金持ちの家の娘?
 そんなの聞いてないんだが……家、デカイしなぁ。
 それに、絡繰みたいなメイドさんが居るし。
 だからあんなにワガママなのか、と言うのは言い過ぎか。
 可愛らしい人形と、高価な家具で飾られた客間を見やる。
 明らかに、金かかってるよなぁ。
 飾られてる人形だって、一体どれくらいするんだろう?

「おい、茶々丸」

 そんな事を考えてたら、2階からそんな声が聞こえた。
 その声の方を見上げると、長い金色の髪を掻き上げる少女が居た。
 マクダウェルだ。

「どうして、家に、先生が居るんだ?」

 そんな一言一言を区切りながら言うな。
 ちょっと怖いから。

「マスターの出席日数の事で、お話があるそうです」

「こんな朝からか?」

「最近、欠席が目立ったからでは?」

「……ふん」

 そう言いながら、2階から降りてくる。

「何だ、今日は大丈夫だったみたいだな」

「ん? ああ、そろそろ出席日数もギリギリだろうからな」

 ……何だ。判ってたのか。
 それだと、俺の心配って結構意味無かったんだろうか?
 まぁ、ここで油断すると危ないから、今はそう考えないでおこう。

「判ってたのか」

「ふん、スケジュールとも言えんが、その辺りは茶々丸に管理させている。
進級できないと困るのは、私も一緒でね」

 どうしてそんなに偉そうなんだ、お前は?
 そこまで俺は気にしないけどさ、他の先生達にあんまり良い顔されないだろうに。

「それなら、そんなギリギリの生活をしないで、ちゃんと出てこいよ」

「―――断る」

「断るなよ」

 そう即答され、小さく溜息。
 ソファに腰を下ろした少女の前にも、いつの間に淹れたのか、紅茶が一杯。

「なんか、学校であったのか?」

「……はっ」

 鼻で笑われた。
 そして、用意されていた暖かな紅茶を一口啜る。

「先生に言っても判らんさ」

 そんな、当たり前みたいに言わなくてもさぁ。
 やっぱ、イジメ、とか……?

「先生は知らなくて良い事だよ」

 そして一言、そう突き放された。
 うぅむ。

「そうかぁ」

 と言う事は、精神的な問題、って事になるのかな?
 酷く挫けそうなので、その言葉から目を逸らし、別の理由で考えてみる。
 イジメ、ではないのだろうと思う。
 そう言う事なら、もっとこう……荒れる、と思うし。
 それに、ウチのクラスの子達が、とも考えられない。
 他のクラスの子達もだ。
 だったら、他に理由があるのか――




「あの子にも少し、事情があってね」




 ふと、その言葉を思い出した。
 それを聞いたのは、何日前だったか。
 ――って、不登校の言葉を真に受けすぎるのも変か。
 
「んじゃ、学校に行くか」

「……本当に、私を連れに来ただけなのか」

 出来れば、不登校の原因とか聞きたかったんだけどなぁ。
 そっちはおいおい頑張るか――本音は、この調子で毎日来てくれると嬉しいんだけど。
 はいはい、そんな呆れた顔をしないでくれ。
 自分でだってやり過ぎだって判ってるから。

「しょうがない、先生だからなぁ」

「ふん」

 そして、呆れ顔から、どこか人を小馬鹿にしたような――そんな、笑み。

「私達のクラスの副担とは、同情するよ、先生」

「同情するなら、ちゃんと登校してくれ」

 本当に。
 それが一番嬉しいから。

「“登校”はしているさ。茶々丸、荷物を用意しろ」

 マクダウェルの後ろに控えていた絡繰が、静かに一礼して二階に登っていく。
 それを目で追いながら、

「登校だけじゃなく、きちんと授業も受けてくれよ」

「そこまでの義理も無かろう?」

「それは、国語と古文の成績もちゃんと取れるようになってから言ってくれ」

 この2教科だけなら、あの5人に近いからなぁ。
 他のは、英語は学年トップクラスなのになぁ、と。
 そこまで言って、マクダウェルの笑顔が、小さく、でも確実に――固まる。
 はっはっは、これでも一応、君らの副担なんでね。
 笑顔が怖いぞぉ、マクダウェル。
 正直、お前本当に中学生かー?

「そこまで言ってくれたのは、私が麻帆良に来て、先生が二人目だよ」

 あ、そうなんだ?
 一人目は?

「タカミチさ」

 ふぅん。

「ちゃんと、高畑先生って言おうな?」

「……ふん」

 はぁ。
 これは本当に、先が長そうだ。



――――エヴァンジェリン

 朝と言うのは、憂鬱だ。
 それは私が、吸血鬼だからか。
 それとも……あのムカツク様に輝く太陽が気に食わないからか。
 きっとその両方だろう。
 朝は苦手だ。本当に。

「ほら、急ぐぞマクダウェル」

「まだHRには時間があるだろう、先生」

 それに今朝は、いつもに輪を掛けて憂鬱だ。
 まさか、先生が私を連れに来るとは……。
 流石にサボり過ぎたか。
 そう内心で溜息を吐く。
 最低限進級できるだけの出席日数で行けば“呪い”も大丈夫だと思ったんだが、変なのに目をつけられてしまった。
 はぁ。
 ただでさえ面倒だと言うのに。

「先生はHRの前に、教師のHRがあるんだよ」

「……だったら私なんか放っておけよ」

「そういう訳にはいかんだろ」

 まったく、と。
 その男は、困ったように、でも確かに笑って、そう言った。
 別に置いていけばいいじゃないか。
 人間と言うのは、そう言う生き方しか出来ないものだ。
 口ではどう言おうが、だ。

「何が可笑しい?」

「ん? ああ、いや」

 急ぐと言った割には、ゆっくりと、私の歩幅に合わせながら歩く。
 何と言うか、のんびりした奴だな。
 それが、私のこの先生への第一印象だった。

「今日はクラスの全員が揃うなぁ、と」

「何だそれは?」

 変なことで喜ぶ奴だな。
 そんなの……まぁ、私が登校しなければ全員は揃わないのか。
 しかし、そんな事が嬉しいか?
 別に、そんなのは誰も気にしないと思うんだがなぁ。

「マスターが出席なさらなければ、クラス全員が揃う事はありません」

「そんな事判っとるわ!」

 一々言わなくて良い、と言うと、

「おいおい、絡繰にあたるなよ」

「朝は機嫌が悪いんでね」

 茶々丸も、もう生まれて1年以上だが、機微と言うか、そう言うのが足りん。
 葉加瀬が言うには、そう言うのも含めて“成長”するらしいが。
 機械が成長、と言うのもおかしな話だと思う。
 まぁ、それが人間の夢、と葉加瀬は言うが。
 ……チャチャゼロのように魔法仕掛け、と言う訳でもないしな。
 コイツがどこまで“成長”することやら。

「おぉ、怖い怖い」

「ふん。本気で怖がっていない者の恐怖ほど、私をイラつかせるモノは無い」

「なんだそりゃ?」

 ふん――恐怖の代名詞であるバケモノが、今はこのザマか。
 内心で溜息。
 ……まったく。
 本当に、面倒な呪いだ。
 
「絡繰は学校の成績良いよなぁ」

 不意に、先を歩く先生がそう言った。
 なんだいきなり?
 それがあまりに突拍子も無くて、首を傾げてしまう。

「そうですね。一通りの知識は葉加瀬によって与えられています」

「んあ?」

 馬鹿か、コイツは。
 一般人にそう言っても、伝わらんだろうに。
 ……やはり、こう言う所は本当に学習しないな。

「葉加瀬と仲良いのか?」

「――はい。いつもお世話になっています」

「へぇ」

 その言い回しを、どうやら葉加瀬と茶々丸が仲が良いと解釈したらしい。
 ふぅん、なかなか頭は回るようじゃないか。
 ほとんどの教師は、茶々丸の言い回しに混乱してあまり話をしなくなるんだが。

「マクダウェルに国語と古文教えてやってくれないか?」

「ぶっ」

 なん、だと?

「どうしてこの私がっ、よりによって茶々丸に!?」

「だって、お前絡繰と仲良いだろ?」

「クラス内では、マスターの会話した回数は私が一番です」

「だろ?」

「要らん事を言うな、茶々丸!」

 まったく――。

「ふん、期末も近いからな、どうせテストの点稼ぎが目的か」

「……いやぁ、あ、あはは」

「教師だろう? ちゃんと教えれば問題無いんだ」

「うっ」

 まぁ、ウチのクラスは特別なんだろうがな。
 神楽坂明日菜を筆頭としたバカレンジャーが居るから。
 あまりクラスと関わらない私ですら、その存在を知っているような馬鹿達を思い浮かべる。

「それで、どうして私なんだ? 問題なのは、5人だろ?」

「お前、自覚なかったのか?」

「……なに?」

 はぁ、と呆れたように溜息を一つ。
 ――殴り倒してやろうか、コイツ。

「マスターの成績は、バカレンジャーの次席という位置です」

「――――なに?」

「ありがとう絡繰。言い難い事をスッパリと」

「いえ」

 おい、何だって?
 後なんでお前ら判り合ってます、って雰囲気してる。

「そこまで悪くないはずだぞ?」

「お前は自分のテストの成績も把握しとらんのか」

 んな!?
 こ、の、私に向かってっ!?

「神楽坂達は雪広……は仲がアレだが、那波やら近衛に聞いて最近成績上げてきてるからな」

「ふん。それで?」

「言わなきゃならんか?」

「先生だろ?」

 ハッキリ言え、ハッキリと。
 そう先を促す。

「……お前は平行線だ」

「英語は完璧だ」

「他は並み。国語と古文は致命的だろうが」

 そう言って、溜息。
 おい、なんだその顔は!?

「判らない所、聞き辛いだろ?」

「……ふん」

 だから茶々丸か。
 まったく、私に成績なんか関係無いんだがな。
 どうせ後一年で忘れられる訳だしな。
 ……慣れたとはいえ、どうにも複雑な気分だ。本当に。
 はぁ。

「どうでも良い」

「そう言ってくれるなよ」

「ふん」

 この私が、茶々丸に聞けるか。
 まったく。
 今日は、厄日だ。
 今までこんな事は無かったというのに――。

「―――――」

「どうした?」

 そう言えば、今まで無かったな、と。
 今までは誰でも煙たがり、注意しても話を聞かない私から距離をとったんだがなぁ。
 そう考えると、どうにもこの先生は、その辺りは他の教師とは違うんだろう。

「いや」

 それに、私には関わらないように、じじいかタカミチの方から話が行くなり、魔法制約が掛かるなりする筈なんだが。
 どう言う事だ?
 ただのお人好しが過ぎるのか、それともまた違う要因があるのか。
 ……この先生が、他の一般人以上に他人に関わる、というのは何となく理解できるが。
 何せこの私に進んで関わってくるわけだからな。

「先生」

「ん?」

 ――魔法、と聞こうとして止めた。
 この私が記憶を弄るのも、面倒臭い。
 後でじじいに文句の一つでも言ってやるか。

「HRは大丈夫なのか?」

「あー……」

 ふん、その顔でよく判ったよ。

「さっさと行った方が良いんじゃないか、先生?」

「う、む」

 私は、殊更ゆっくりと足を進める。
 さっさと置いて行け。目障りな“人間”――。
 今までの誰もがそうだったように。

「……先に行かれないのですか、先生?」

「ああ、いい。今日は寝坊した事にする」

 十数秒たって、それでも先生は私のちょっと先に居た。
 歩幅はそのままで。

「置いていかないぞ」

「――そうか」

 はぁ。
 とんだ馬鹿に目を付けられたもんだ。

「だって、お前ここからUターンしそうだし」

「先生が私をどう見ているか、よぅっく判ったよ」




――――

「おはよう、皆」

「「「おはよー、せんせー」」」

 おー、良い返事だなぁ。
 さっきまで葛葉先生に絞られてた傷心に染み入るぞー。

「ちょっと時間押してるから、さっそく点呼取るなー」

 こうやって、今日も一日が始まる。
 ちなみに、今日は宮崎が軽い風邪で欠席だった。
 ……本当、全員出席させるのって難しい。







「んで、ここがこーなる訳だが、っと」

 さっき教えていた公式の応用式を黒板に1つ書き

「神楽坂、解いてみてくれ」

「は、はい!?」

 なんでそんな驚いた声出すかなぁ。

「か、ぐ、ら、ざ、か?」

「は、はいっ」

 本当に聞いていたのか?
 応用だから、聞いていたら答えれる問題なんだが。

「ええっと」

「まずは、自力で解いてみろ」

 黒板に向かう神楽坂にそう言い、クラスの皆に向き直る。

「皆も解いてみてくれ。それと、マクダウェルと春日は次当てるからな、ちゃんと理解しろよー」

「なんだと!?」

「はい」

 春日は良い返事だなぁ。
 うん。

「ほら、喋ってないでさっさと解けよー」

 そこまで言うと、次は神楽坂と一緒に黒板に向く。

「神楽坂、ここは、だ」

 っと。
 その手からチョークを取り、数字を丸で囲んでいく。

「こことここを割って」

 話して公式を覚えさせきれないなら、今度は見て覚えさせてみる。
 ついでに、見せて、自分で解かせてみる。
 これで、少なくとも一回は“自分で解いた”事になる。
 自分で解いたという事は、それだけ脳に残るらしい。
 なら、こうすれば覚えやすいのでは――と思うが。

「できた!」

「ああ、正解だ」

 おめでとう、と。

「やれば出来るんだから、ちゃんと復習を忘れるなよ?」

「は、はぁい」

 まぁ、新聞配達のバイトとかもあるしなぁ。
 ……先生としては、バイトより学業に精を出して欲しいのが本音なんだが、そうも言えないか。
 身体を壊さないように、気を付けてほしいものだ。

「頑張れよー」

「は、はは」

 さて、と。

「これが正解だ。ちゃんと合ってたか?」

 クラスを見渡し、書き直しているのは数人。
 その動きが止まるのを待ち、問題を消す。
 次は、二問。

「春日、マクダウェル。次解いてみろ」

 しばらくは、このやり方で行ってみるか。
 ……数学なんて、ちょっと悪い言い方をすれば公式を応用できるかどうかだからな。
 公式を覚えないと話にならないし。







「はぁ」

「どうしたんですか、源先生?」

 溜息なんて珍しい。
 昼休み、昼食を取ろうと喫煙所に行くと、源先生が湯呑み片手に溜息を吐いていた。
 どうしたんだろう?

「いえ、今朝は寝坊してお弁当が」

 あ、なるほど。
 そういえば、弁当持ってませんね。

「外に食べに出ます?」

「それも、給料日前ですし」

 まぁ、外食なんて高いですしねぇ。
 新田先生は、相変わらずコンビニ弁当2個。
 ちなみに俺も。

「カップ麺で良かったら、食べます?」

「良いんですか?」

「どうぞどうぞ。たまには美味いですよ、こー言うのも」

 ちなみに、俺はほぼ毎日食べてるんでほぼ飽きてます。
 カップ麺業者、及び弁当業者。
 早く新商品を出してくれ。
 俺と新田先生は、切に願ってるぞー。

「あれ? 今日は源先生、お弁当は?」

「弐集院先生。今日はちょっと寝坊しまして」

 と言って現れたのは、変わらず愛妻弁当持参の弐集院先生――と、コンビニ弁当の葛葉先生。
 ちなみに、料理が出来ない訳ではないらしい。
 赴任当初は弁当だったらしいが、最近は、ちょっと、楽に……してるらしい。うん。
 その辺りは教員の暗黙の了解と言うやつだ。
 ちなみに、身をもって知りました。はい。

「さ、てと。午後の授業の準備しますかねぇ」

「ははは、それじゃ先生、頑張って下さい」

 うへ、睨まれてるよ。
 怖い怖い。絶対朝の事、この後また言われるからな。
 葛葉先生、真面目だけど、真面目すぎて苦手です。
 他の先生たちはそれが良いって言ってるけど、俺はどっちかと言ったら優しい人が良いです。
 そう思いながら、さっさと弁当片付けて、職員室を後にするのだった。まる。
 弐集院先生、新田先生、笑いすぎです。







 次の日。
 今日も昨日に続きマクダウェル宅へ。
 実は教員寮からだと、行ったり来たりで結構な距離を歩くことになったりする。
 まぁ、良い運動だと思っておこう。実際、最近運動不足だったし。
 今日は2-Aは数学無かったし、明日は1日空くから抜き打ちで小テストも良いかもなぁ。
 そんな事を考えながら歩いていたら、一軒のログハウスが見えてきた。

「おー、おはよう、絡繰ー」

 その軒先で昨日と同じように掃除していた絡繰に声を掛ける。

「おはようございます、先生」

「おー」

 ふぅ、疲れた……運動不足だな、完全に。
 今度から、休みは少し歩くかなぁ。
 これじゃ、授業の前に体力が無くなってしまいそうだ。
 そこまで、運動不足だとは思ってなかっただけに、マクダウェル宅への訪問は、結構な運動になっている。
 お陰で昨夜は、良く眠れたもんだ。

「マクダウェルは?」

「……起こしてまいります」

 あれ?
 今日は後何分とかはないのか。

「いいのか?」

「はい、今日は起こすなと言われていませんので」

「そ、そうか」

 そう言うもんなのかな……昨日より30分くらい早いんだが。
 そう言って家に戻る絡繰を目で追いながら、大きく深呼吸。
 はぁ、落ち着いた。
 さって

「先生、お茶を淹れますので中でお待ち下さい」

「おう、すまないなぁ」

 そんなやり取りをして十数分、2階から降りてきたマクダウェルが一言。

「何故居る?」

「いや、これ以上お前に休まれると出席日数免除の追試受けてもらわないといけないし」

「そういう意味じゃ無くてだなっ」

 朝から機嫌悪いなぁ。
 二階から降りてきたマクダウェルは、昨日より機嫌が悪かった。
 多分、俺が一日で諦めるとか思ったのかもしれない。

「あのくそじじいっ」

「先生、女の子がその言葉遣いはどうかと思うぞー」

 うるさいっ、と少女の怒声を聞きながら、今日も1日が始まる。
 というか、そのお爺さんって誰だ?
 そう聞いたら、怒られた。
 ……うーむ。




[25786] 普通の先生が頑張ります 2話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/08 22:17

 今日も今日とてマクダウェル宅にサボり魔(確定)を迎えに行く途中、

「おはようございます、先生」

「ん? おお、絡繰か。おはよう」

 その途中で、絡繰に見つかった。
 と言うか、朝早くからこんな所で何やってるんだ?
マクダウェル宅から離れた、川の近く。
 そこでぼんやりと立っている絡繰。
 ……しっかし、マクダウェルも良い所に住んでるよなぁ。
 きっとマイナスイオンとか出てるんだろう。

「こんな所でどうした?」

「いえ」

 そのまま一緒にマクダウェル宅に向かおうと歩き出し、数歩。
 ……絡繰が、もうすでに結構後ろに。
 ん?
 そんなに早く歩いたつもりはないんだがな。

「どうした?」

「いえ、少し困ってます」

「??」

 見た感じ荷物も無いし―――ん?
 そうして少し注意して見ると、絡繰が足元を気にしている事に気付く。

「猫?」

「はい、昨日晩御飯を上げましたら、家までついてきてしまいまして」

「それで?」

「その事に今朝気付きまして。お帰り願おうと、昨日会った場所まで連れてきたのですが、また付いてきます」

 そ、そうか。
 視線を下に向けると、真っ白いのと三毛の猫が二匹。彼女の足にじゃれついていた。
 歩くのが遅いのは振りきれないからか。

「家で飼えないのか?」

「はい、マスターが許可しない確率は97パーセントです」

「無茶苦茶高いな」

「残りの3パーセントは、気紛れで飼っていただけるかもしれません」

 ふぅん。そっか。
 というか、その確率はどうやって割り出したんだろう?
 もしかしたら、何度もそう言う事を頼んでるのかもしれない。
 ……100回くらい頼んだのだろうか?

「そうか、マクダウェルは猫が嫌いなのかー」

「いえ、判りません」

 へ?

「マスターは、この子達のような、小さな動物を見ると急いで行ってしまわれます」

「なるほどなぁ」

 よっぽど嫌いなのか、それとも自分のキャラに合わないと避けてるのか。
 俺としては後者であってほしいけど。

「一応、相談してみたらどうだ?」

「…………相談してよろしいのでしょうか?」

「いや、いいだろ」

 別に、相談したくらいで何かある訳でもないだろうに。

「良いなら家で飼って、駄目なら飼い主を探すなりすれば良いだけだと思うけど」

「ですが、私はマスターの従者ですので」

「そ、そうか」

 主従の関係って、こういうものなのかな?
 堅苦しいというか、何というか。
 そう言うのはなんか違うと思うけど……まぁ、そこはマクダウェルと絡繰の問題か。
 俺がそうそう口出しをしても、あまり良い顔はされないだろう。

「とりあえず、その二匹をどうにかしないとな」

 早速、しゃがみ込んで二匹の首の裏を持って掴み上げる。
 はいはい、男に持たれるのは嫌ですか。
 にゃーにゃー鳴くのを無視して、どうしたものかと足を止める。
 しかし可愛い……。
 むぅ。

「絡繰、先に戻ってろ」

「いいのですか?」

「俺は、こいつらにエサやってる間に逃げるから」

 お前じゃ、置いていく事が出来ないみたいだしなぁ。
 コンビニのおにぎりとか食べるかな?

「助かります、先生」

「んじゃ、マクダウェルを起こしといてくれ」

「判りました」

 そんなやり取りがあったのが、2日前の朝。







「すまなかったね、先生。急な出張が入って」

「いえ、特にこの一週間も問題ありませんでしたし」

「今度、何か奢るよ」

 出張から帰ってきた高畑先生は……何だか、晴れ晴れとした表情だった。
 出先で何か良い事でもあったんだろうか?

「何か良い事でもありました?」

「あ、判るかい?」

 ……うーむ、今までにない上機嫌ぶりだ。
 ここで女絡みだったら、惚気られたりするんだろうか…あの、学生から人気の高畑先生から。
 ちょっと嫌だ。自分でも、口元が引き攣ってしまったのが判った。

「昔の恩人の息子さんを見てきたんだが、その恩人に似てきててね」

「――――あ、そうですか」

 なぁんだ、恩人さんの息子の成長が嬉しかっただけか。
 この人、自分の子供とかできたら絶対親馬鹿になるな。うん。
 廊下を歩きながら、この人には子供の話題はNGかもな、と思ってしまったり。

「向こうの学校でも評判が良くてね、知り合いとして鼻が高いんだ」

「そ、そうですか」

 そんな事を話しながら歩いていたら、もう2-A教室前まで来てしまっていた。
 た、助かった。

「おはよう、皆」

「おは――」

「高畑先生っ、おはようございますっ」

「お、おはよう、明日菜くん」

 神楽坂、昨日までのお前は何処に行った?
 テンション高いなぁ。

「おはよう、みんな。神楽坂は少し落ちつけよー」

「はっ!? は、はい……」

 はい、皆もあんまり笑ってやるなよー。と一応注意し、クラス名簿を開く。

「んじゃ、出欠とるぞー。明石ー」

 ………………
 …………
 ……

「特に報告する事は無い……が、今日は3教科で小テストしてもらう事になってるから勉強しとくようになー」

「「「えー!?」」」

「「「なにぃ!?」」」

 はっはっは、良い声だ皆。

「お、ま、え、ら……昨日また新田先生に怒られたらしいなぁ」

 はいそこ目を逸らすなよ、長瀬、クーフェイ、神楽坂。
 まったく。

「またウルスラの高校生と昼の場所取りで揉めたらしいな?」

「い、い、今言わなくても良いんじゃないですか、先生っ!?」

「じゃあいつ言えば良いんだ、神楽坂?」

 う、と詰まってチラチラと高畑先生を見るな。まったく。
 だからこそ今言ってるんだけどな。

「国語と英語と数学だ。点数悪かったら放課後残らせるから覚悟しとけよー」

「横暴アルっ」

「そうですわっ」

「はいはい、静かに」

 パンパンと手を叩いて、静かにさせる。

「ちゃんと復習してれば問題無いはずだから、気にするな」

 範囲は前回と前々回の授業内容だ、と範囲まで教えておく。
 つまり。
 理解も復習もしていない生徒が残る事になる訳だ。
 ……ちなみに、問題は範囲を聞いて俺が作ったりしてる。
 朝確認してもらったら、特に問題は無いと言っていただけたから大丈夫だろう。
 ありがとうございます新田先生、源先生。
 そして良く頑張った俺。

「範囲まで教えるんだから、楽なもんだろ?」

 ちゃんと復習してれば。

「頑張れよー」

「はは、出張の間に皆どれだけ勉強したか見せてもらうとしようかな」

 その一言がトドメだったのか、神楽坂が机に沈んだ。
 ……自分で振っておいてなんだけど、ちょっと不安になってきたぞ、先生。







 昼食は、何でか葛葉先生と二人っきりだった。
 何の罰ゲーム?
 いや、先生綺麗だよ? 美人だよ? でも、でもさ?

「………………」

「………………」

 無言である。
 話題が無いのである。
 接点が無いのである。
 ……コンビニ弁当ぐらいしか。
 いや、無理です。
 命を投げ出す趣味は持っていない。

「先生」

「は、はい……」

 互いに無言で弁当を食べていたら、幸いにも向こうから話しかけてくれたので、それにのる。
 いや、無言は精神的にキツい。

「桜咲と近衛さんの調子はどうでしょうか?」

「え? ああ、桜咲と近衛ですか?」

 ああ、そう言えば出身は同じ京都でしたっけ?

「近衛はクラスの皆に交じって、楽しくやってるみたいですよ?」

 昨日、神楽坂達と一緒に新田先生に怒られるくらいに。
 桜咲は――と、ちょっと口籠ってしまう。

「少し、クラスメートと距離を取ってるような所が……」

「そうですか」

 ルームメイトの龍宮や、長瀬とは結構話してるみたいですけど。
 クラスだと、そう話してる所も見掛けないんだよなぁ。

「二人とも、成績の方も今の所は問題ありません」

「そうですか」

「お知り合いですか?」

「ええ、桜咲……刹那とは、同じ剣を学んでいまして」

 剣? 剣、ですと?

「剣道ですか?」

「剣術の方です」

 ほー、と我ながら間抜けな声が漏れた。
 いや、聞いた事はあるけど、実際身近にいるとは思わないって。
 そう言えば、桜咲は剣道部だったな……その関係もあるんだろうか?

「凄いですね」

 本心から、そう言えた。
 だって、あーいうのって修行とか凄く厳しいと思うし。

「……そうでもありませんよ」

 あ、あれ? 何で褒めたのにそんな悲しそうに眼を逸らすんです? あれ?
 …………も、もしかして地雷ですか? 自分から話振って、地雷だったんですか?
 っていうか、剣術が地雷って何?
 そこは格好良いと思うんだけどなぁ。

「男の人は、格好良い女、というのはあまり……」

「……そ、そうですか」

 思いっきり地雷か……。
 俺、何か悪い事した?

「それじゃ、小テストの採点しますんで、失礼しますね」

「はい、ちょっとお見苦しい所をお見せして申し訳ありません」

 い、いえいえ。
 それでは、と再度言い職員室の自分の机へ。
 うーん、もう離婚して何年になるんだったっけ?
 結構尾を引くものなのかなぁ。







 ちなみに、小テストは皆良い点だった。
 ちょっと不安だったけど、先生皆を信じてたぞ。
 しかし、マクダウェル。
 お前ついに、国語で佐々木と並んだぞ……い、言った方が良いんだろうか?
 やっぱり言った方が良いよな、こう言うの。
 そんな事を悩みながら、夕暮れ時の麻帆良の街を歩いていると、

「何をやってるんだ、絡繰?」

「困っています」

 そりゃ見れば判る。
 猫が集まるどころか、頭にまで乗ってるじゃないか。
 なんで? この前見た時は2匹じゃなかったか?
 また増えたなぁ……羨ましい。

「お、降ろしていいか?」

「是非お願いします」

 そうか。
 爪をたてないように、ゆっくりと掴むではなく……持ち上げる。
 ほっ。

「先生、ありがとうございます」

「それは良いんだが……どうしてこうなった?」

 聞かない方が良かったのかもしれないが、やっぱり聞いてみた。
 大体予想はつくけどさ。

「猫さん達に、晩御飯を」

 やっぱりか。

「また家までついてくるんじゃないのか?」

「いえ、話したらちゃんと判って下さいました」

 わかるんだ!?
 この場合、人語を解する猫が凄いのか、猫と意思疎通してる絡繰が凄いのか。
 ちなみに俺は、どっちも同じくらい凄いと思う。
 絡繰、お前将来動物園にでも勤めたらどうだ?
 覚えとこう。
 進路相談の時とか、勧めてみたいし。

「そう言えば、この前の猫の事はマクダウェルには相談したのか?」

「いえ」

「そうか」

 でも、相談したら案外飼ってくれそうだけどな。
 そんなに仲好くないけど、ちゃんと言ったら聞いてくれるし。
 まぁ、そこは家族の問題か。

「しっかし、懐かれたもんだな」

「そうでしょうか?」

 そりゃそうだろ。
 絡繰の周りには円作ってるけど、俺の方には一匹も来ないし。
 俺も腰をおろして猫に手を伸ばすが……逃げられた。
 ぬぅ。

「しかし、困りました」

「今度は何だ?」

 やっぱり餌か? 俺も今度なんか持ってくるかなー。

「超包子へ行く時間が迫ってきています」

「ああ」

 そう言えば、バイトしてたっけ。

「なら、急いで行かないとな」

「離れる事ができません」

 なんで!?
 ああ、また猫が登ってるし。

「昨日も遅刻してしまいました」

「あー、そう」

 この子も変わってるなぁ。
 ……ウチのクラス、皆そうか。
 あ、ちょっと泣きそうになってる……俺が。
 まぁでも、これだけの猫に囲まれたら、判らないでもないな。
 可愛いし。

「先生」

 はいはい。
 そう言い、立ち上がって絡繰に登っていた猫を一匹ずつ下ろし、囲んでいた猫も離れるように手を強く振る。
 ……ざ、罪悪感が。

「それじゃ、バイト頑張れよー」

「はい、ありがとうございました」

 そう言って、深々と頭を下げられ……そこまで礼儀正しくされても、困るんだが。
 俺は主人でも何でもないんだから、と。
 そう言うと、小さく首を振られる。
 むぅ。

「猫さん、また明日」

 もう一度、今度は猫達に頭を下げて、絡繰は雑踏に紛れていった。
 うーむ。

「馴れ馴れしくし過ぎたかなぁ……」

 猫を掴み上げた手を見て思う。
 今度から注意しよう。
 最近マクダウェルの家でよく会うとはいえ、生徒に今のは無いかもしれん。







「おはよう、絡繰」

「おはようございます、先生」

 最近恒例となった、マクダウェル宅前で朝の挨拶をし、深呼吸を一つ。
 これで少し荒かった息を整え、伸びをする。

「それでは先生、お茶を用意しますので中へどうぞ」

「毎日すまないな」

「いえ」

 そう言って、客間へ通され、用意してもらった紅茶を一口啜る。
 あー、ここ一週間くらい飲んでるけど、やっぱり美味いなぁ。

「先生、質問をよろしいでしょうか?」

「ん、なんだ? 後そんな畏まらなくて良いぞ?」

「はい。先生――」

「また来たのか」

 その高圧的とも取れそうな声は、二階からだった。
 おお。

「今日は起こされなくても起きてこれたのか」

「こう毎日来られたら、起こされるのも面倒なんでな」

「ただ単に目が覚めただけだろ」

 そんな言い回ししても、昨日寝坊した事忘れないからな。
 お陰で遅刻しかけて、また葛葉先生に怒られただろうが……別に良いけど。

「それより、茶々丸。朝食を用意しろ」

「はい」

 何だ、今日は食べるのか。

「先生はどうする?」

「良いよ、食べてきたから」

「そうか」

 その間にも、マクダウェルの前には美味そうな朝食が並んでいく。
 うーむ……食欲をそそられる。
 が、流石にくれとも言えないよな。

「先生は、今日は何を食べたんだ?」

 明日から、もう少し時間遅く来た方が良いかなぁ、とか考えたら珍しく話題を振られた。
 ん? 今日の朝飯?

「コンビニのおにぎり」

「は?」

 はいそこ、そんな顔をするなよー。
 分かるよ。その朝食に比べたら、その顔もしたくなるだろうよ。

「美味いんだぞ? コンビニのおにぎり」

「それだけで足りるのか?」

 ああ、3つ食ってるからな。

「流石に、昼までもつくらいは食べてるよ」

「ふぅん」

 それだけらしい。
 まぁ、間が持たなかっただけだろ。俺何も食べて無いし。
 ……さっきの、やっぱり一緒に食べた方が良かったかな?
 いや、流石にそれは変だろ。うん。
 やっぱり、明日から少し時間遅くするかな。

「先生。お茶のお代わりをどうぞ」

「お、すまん」

 絡繰の絶妙の間の持たせ方が心に沁みるなぁ。
 でも遅くしたら、その分寝そうだよな…マクダウェル。

「それで、いつまでウチに来るつもりだ?」

「そりゃ、マクダウェルがサボらなくなるまでだな」

「ちっ」

 そうあからさまに舌打ちするなよ。
 もうここまで来たら半分開き直ってるけどなー。

「じじいからは何もないのか?」

「また学園長をそんな風に呼ぶし……」

 まぁ、生徒から見たら爺ちゃんみたいなもんだろうけど。
 それでもせめて、学園長って呼んでくれよ。主に俺の為に。
 胃が痛くなるわ。

「別に何も言われないなぁ」

「あ、の、じじぃ……」

「まぁ、何か言われたら止めるぞ?」

「ああ、それは前も聞いたな」

 そして、何も言われない、と。
 もしかしなくても、マクダウェルって学園長と知り合いというか、面識あるんだろうなぁ。
 ……俺の首って、実は結構危ないのかも知れんと、ちょっと不安です。
 止められたら、すぐやめよう。

「ふん――茶々丸、登校の準備をしておけ」

「はい。先生、カップは帰宅後片付けますので、そのまま置いておいて下さい」

「ん、すまんな」

 もう少し学校を好きになってくれたら、俺も安心なんだがなぁ。
 どーしたもんか。




――――――エヴァンジェリン

「おい、じじぃ」

「なんじゃ、また今日もか? 入ってくるなり騒々しいのぅ」

 なんだ、だと? 今日も、だと?
 このタヌキ爺が。

「今日で何度目だと思う? ん?」

「さぁのぅ、何の事やら」

「判ってるだろうが、あの先生の事だよ」

 まったく、長く生きた爺ほど手の掛る者は居ない。
 全く聞こえない、と言った風に、驚きと待っていた手は、またいつもの作業に戻っている。
 くそっ。

「あまり私に関わらせるなよ」

「良いじゃろ、別に」

「――目障りなだけだ」

 まったく。
 ソファに腰をおろし、溜息を一つ。

「偶にゃ、あーいう先生も楽しくないか?」

「楽しい訳あるか……吸血鬼に早寝早起きを勧める人間が何処に居る?」

「あー……そりゃ、まぁ、しょうがない」

「訳あるかっ」

 だよねー、とまったくどうでも良さそうな声がまた神経を逆撫でする。

「それに、最近は――」

「また何かあったのか?」

 ――茶々丸も、あの先生を気に掛けているようだし。
 とは口を裂けても言えない。
 どうせ私の見間違い、気の所為だろう。
 あの男が私の家に来るから、接点が増えただけ……その程度だ。

「何でもない」

「ま、そう目くじらを立てるもんじゃなかろうて」

「私はせめて、麻帆良の中だけでも自由に生きたいんだがな」

「ふぉふぉふぉ、それはまた難しい事じゃな」

 まったくだ。
 学校なんて、もう通い飽きたというのに。

「とにかく、あの先生にもう関わるなと言ってやってくれ」

「どうしてじゃ?」

「これ以上関わられても、邪魔なだけだ」

 そうか、と静かな一言。
 やっと判ってくれたか?

「まぁ、会うたら言っておくからの」

「絶対だからな、タカミチにも言っておけよ?」

「判った判った」

 なんだその投げ遣りな言い方は。
 本当に言う気あるのか?
 くそ。
 絶対楽しんでるだろ。このくそじじい。



――――――

 さて、と。
 明日の準備も終わったし、帰るとするかねぇ。

「それじゃ新田先生、先に上がりますね」

「ええ、先生ももう遅いんで気をつけて下さい」

 ははは、流石に男を襲う変質者も居ないでしょ――居たら、本気で危険ですけど。
 そう笑いながら職員室を出、帰路につく。
 その途中で弁当を買い、部屋に……って。

「神楽坂と近衛か?」

「へ?」

「あ、先生」

「もう遅いんだから、あんまり出歩くなよ?」

 流石にまだ真っ暗とは言わないが、もう日も落ちかけた時間だ。
 いくらこの麻帆良が事件なんかそうそう起きないって言っても、夜は物騒だからなぁ。

「あ、あははは」

「ちょっと、小腹が空いたんですよ」

「はぁ……もうすぐ新田先生もここ通ると思うから、早く帰った方が良いぞー」

 あと、夜の間食は太るぞー、と。

「大丈夫です先生、その分動いてますから」

 はいはい。気付いた時は手遅れだと思っとけよー。
 あと近衛、男の前で腹を摘むな、腹を。
 服の上からとはいえ、先生はツッコミ辛い。

「友達と遊ぶのも良いけど、ちゃんと授業の復習もしろよ?」

「あ、は、はい」

「先生、大丈夫え。明日菜はちゃんと出来る子やもん」

 な? と神楽坂に笑顔で振る近衛。
 振られた方の笑顔は引き攣っていたが。
 そこまで悪くも無いと思うんだがな、担任としては。

「神楽坂はちゃんと成績上がってきてるんだから、自信持って良いと思うんだがなぁ」

「え? そ、そうかな?」

「今の調子で頑張れば、期末試験は良い線いけると思うぞ」

「おお、明日菜が褒められとるえ」

 そりゃ、俺だって良い所は褒めるよ。
 近衛の言葉に苦笑いし、まぁ、こんな所で言う話ではないかとも思う。

「ま、期末も近いし頑張れよー。おやすみ、二人とも」

「あ、おやすみ、先生」

「おやすみなさいー」

 手を振って別れ、そのまま帰路に。
 …………。

「……桜咲?」

「は、はい?」

 何やってるんだ、お前は。
 木の陰に隠れてるんだろうが、俺の方からは丸見えだぞ、お前。

「もうすぐ新田先生が来ると思うから、お前も早く帰れよー」

「……はぃ」

 声掛けない方が良かったかなぁ、と後悔しない事も無い。
 まだ制服だったし。何やってたんだ?

「はぁ」

 一応、明日注意しとくか。
 そうして帰路につきながら、今日も一日が終わっていく。






[25786] 普通の先生が頑張ります 3話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/08 22:52

「それじゃ、別に何もしてなかったんだな?」

「はい」

 まぁ、木に隠れてただけだし。
 ……いや、暗くなる時間に木に隠れてるだけでも十分怪しいんだけどさ。
 職員室に桜咲を呼び出してはみたけど、特に注意する事も無いんだよなぁ。
 何かやってた訳でもないし。
 クラス名簿の桜咲の隣の欄をボールペンで突きながら、もう一度その顔を見る。

「あーいうのは勘違いされるから、今後は気をつけるようにな?」

「ぅ……申し訳ありませんでした」

「んじゃ、もう戻って良いぞー」

 失礼しました、と礼儀正しく礼をして職員室から出ていく背を見送り、溜息を一つ。
 散歩の途中でクラスメイトを見つけて、まだ制服姿だったのが恥ずかしくて隠れた、ねぇ。
 そりゃ無いだろ。と思うのだが、ここで詳しくも聞けないよなぁ。
 素行も良いし、問題も起こしてない、優等生って言えば優等生。
 あまり目立つのも好きじゃないみたいだし、職員室も居心地が悪そうだったしな。

「ま、もう少し様子見た方が良いか」

 そのまま、何も書かずに名簿を閉じる。
 なんだかんだで、ウチのクラスってよく怒られてるけど問題はそう起こしてないんだよな。

「桜咲さん、どうかしたんですか?」

「いえ、まぁ、昨日の夕方に制服でうろついてたんで。せめて制服は止めろ、と」

「……結構落ち着いているようですけど、彼女もそう言う年頃なんですねぇ」

 ははは、まぁ、全部ウソじゃないよな。
 そう言うと、源先生が机にコーヒーの入ったカップを置いてくれた。

「ああ、すいません」

「長くなりそうでしたけど、そうでも無かったですね」

「いやー、自分に生徒指導とかは難しいってのは判りましたけどね」

 こういう時は、多分もう少し厳しく言わないといけないんだと思うんだけど。
 そのコーヒーを一啜り。
 うん、苦い。砂糖、砂糖っと。

「あ、どうぞ」

「すいません」

 弐集院先生も一服しませんかー、と声を掛けて、小さじ一杯の砂糖を入れる。
 ……もう一杯。
 もう授業中なので、他に先生たちも居ないし、少しゆっくりしますかね。

「そう言えば、この前の小テストなんですけど」

 はい?

「2-Aの皆さん、最近調子良いみたいですね」

「おー、そうですか?」

 最近点数上がってきてたって思ってたけど、そうかそうかぁ。
 これじゃ本当に、次の期末は結構いけるんじゃないか?
 今までが今までだから、余計に期待してしまうな。

「次の期末で、最下位脱出できるか……」

「頑張ってますね、先生」

 おぅ、声に出てました?
 口にすると、なんかこう言うのって逃げてく気がするから気をつけないと。

「神楽坂達が頑張ってくれてますからねぇ、今の調子を維持してくれると良いんですが」

「ウチのクラスもそう簡単に負けませんよ?」

 あ、弐集院先生。

「いや、今回はウチ調子良いですからね」

 あわよくば最下位脱出どころか、もう少しいけるかも……?
 って、高望みしすぎか。

「まぁ、でも。今は生徒が自主的に頑張って成績を上げてくれてるのが、一番嬉しいですね」

 やっぱり、ウチのクラスは褒めて伸ばすのが性に合ってるんだろうか?
 問題出して、ヒントを与えてから自分の力で解かせて褒める。
 褒めてもらえると嬉しいし、自分でもやれると思うから、勉強も苦にならない。
 そしたら、次はヒント無しで自分だけで出来るように努力する……らしい。本の受け売りだけど。
 最近の小テストも良い点取ってるし。しばらくはこの方法で行ってみるかなぁ。
 こうやって2-Aの皆が他の先生に褒められてると、俺も嬉しいし。

「でも、来月の末には新しい先生もきますし、3学期なのに考える事が多いんじゃないかしら?」

 はぁ。あまり考えたくない事をイキナリ言ってきますね、源先生。
 それには苦笑を浮かべるしかないですよ……はは。

「は、はは……まぁ、引き継ぎは高畑先生が引き受けてくれてますし」

「高畑先生も出張が多くて、忙しいだろうね」

 そうですねぇ。
 人気もあるし、仕事も出来ますから、しょうがないですよ、と。

「そうだね、まぁその分先生の腕の見せどころじゃないかい? 次の期末テストは」

「自分に出来る事なんて、授業で公式教える程度ですよ」

「覚えるのは生徒の仕事、覚えさせれるかは教師の仕事だよ」

 難しいですねぇ。
 そうだねー、そうですねぇと3人で笑い合ってコーヒーを一啜り。

「年も明けたばっかりだって言うのに、全然楽にならないなぁ」

「しょうがないですよ、教職なんですから」

「むしろ、勤めれば勤めるだけ難しくなるかもねぇ」

 それだけは勘弁してほしいものだ。
 でも今の状況では全く笑えない事に思えるのはなんでだろう?







 数日後の日曜日、天気も良かったので何となく散歩していた。
 いや、結構良いもんだね、散歩。
 部屋でゴロゴロしてるより、よっぽどのんびり出来てる気がする。
 そして、新しい発見も。
 結構休みの日でも生徒を見かけるんもんだなぁ。 

「休日まで先生に会うなんて、最悪だにゃー」

「明石ー、そんな事言われたら先生傷つくからやめようなー」

 笑顔で言われてもヘコむ事はヘコむぞー、まったく。
 
「でも実際、先生と休みの日に会うのって初めてだよね」

「せやねぇ」

 私服の先生って初めて見た、とまで言われてしまった。
 でも副担の私服なんか見ても別に何も無いだろ。
 そのまま散歩の休憩に着飾った神楽坂、近衛、明石の三人の少女に囲まれてお喋りの時間にするかね。
 いやー、こう言うのは女子校勤務の役得かね。

「先生って、休みの日何してんの?」

「ん? …………まぁ、本読んだり、勉強したり?」

 あれ? 俺って休みの日って結構動いてない?
 自分ではもう少し運動してた気がするんだが、そう言うのが思い浮かばないんだけど。

「先生ってインドア派なんだ」

「そんな事は無いんだが、最近は休みの日はゴロゴロしてたなぁ」

 ああ、そうか。
 ここ最近はマクダウェル宅まで歩いてたから、休みの日は動けなかったんだ。疲れて。
 ほぼ2週間、毎日だったからな。
 ……我ながら、危ない橋を渡ってるもんだ。
 これ絶対、他の人に知られたら問題になるよな……。

「っていうか、先生でも勉強するの!?」

「そりゃするさ。神楽坂は教師を何だと思ってるんだ?」

 高畑先生だってしてると思うぞー、と付け加えておく。
 ちなみに神楽坂の事は……教師としては応援できないが、まぁ楽しむ分には良いだろうと思ってる。
 あの人には結構困らされてるし。出張多いし。
 まぁ、本人気付いてないみたいだけどなぁ。

「……先生って、勉強好き?」

 いや、多分そこまで好きじゃない。
 と答えようとして、生徒に答えるような事じゃないよな、と思い直す。
 うーん。

「勉強が好きやから、教師になりはったんと違うんですか?」

「どうだろうな。どう答えたら良いかなぁ」

 近衛の言葉に苦笑したが……それ以上に、上手い言葉が浮かばなかった。
 勉強が好きだから、だとなるのは教師じゃなくて学者だな、と。
 だから、勉強が好きだから教師になった――は、違う、と言えた。
 どう答えたもんかなぁ。
 教師になりたかったから、教師になった。
 きっと、それが一番しっくりくる答えだろう。
 憧れた。
 それが、俺が教師を目指した理由なのだから。
 ……まぁ、そう言うのは恥ずかしくて、とても口にはできないんだけどさ。

「近衛は教師に興味があるのか?」

「どうでしょ? 先生見てると楽しそうなんやけど、教えるのはどうかなぁ」

「木乃香は教師とか保育園の先生とか似合いそうだよねー」

「そう?」

 楽しそうに笑うなぁ。
 俺が中学の時って、こんなに笑ってたかな? と思ってしまうくらいに楽しそうに笑う。
 ……ああ、年取ったんだなぁ、と実感させられる。
 ちょっと俺の笑顔は引き攣ってると思う。

「まぁ、将来なんてまだ決めるには早いだろ」

 だってまだ、中学2年だし。
 進学か就職か決めるには早過ぎる。

「うちはやっぱ先生なりたいかもなぁ」

「あたしは就職かなぁ」

「じゃあ私も就職でー」

 じゃあってなんだよ、じゃあって。まったく。
 ウチのクラスは……何というか、自由だなぁ、と苦笑い。

「昼、何か食うか? 折角だし奢るぞ?」

「え、ホント!?」

「おー、暇だしな」

 やったー、とそれだけ喜ぶ顔を見てるとこっちも嬉しくなるもんだ。

「でも、あんまし高いのは勘弁な」

「最後はキまらへん先生やなぁ」

「公務員だからなぁ」

 答えになって無い答えを口にし、4人で並んで歩いていく。
 中学生って、歩くの速いのなぁ。
 これで、俺はまた一つ勉強になった訳だ。







「えー、この前言ったように来月の頭から新しい先生が来る事になってます」

 その瞬間、教室の窓割れるんじゃないかってくらいの声が響いた。
 全体的にはそうだった的な意味で。
 うん、今日もウチのクラスは元気だ。良き哉良き哉。
 あとでまた新田先生と葛葉先生に怒られるんだろうなぁ……まぁ、しょうがないか。
 内心で諦めの溜息を吐きながら、続ける。

「まぁ、詳しい紹介はその先生が来た時にするから……朝倉、落ちつけ」

 さっきからお前、瞬きしてないぞ。
 怖い、あと鼻息荒い。
 女の子がそんなでどうする。

「先生っ」

「出身はイギリス、向こうの学校じゃ天才みたいに言われてた、まだ若いらしいぞ」

 ちなみに、残ってた手持ちの情報はここで出しきります。
 これで、今週は何も言われないだろう。
 しきりにさっき言った事をメモ帳に書きながら、それでもその目はチラチラとこっちに向いている。
 正直こういう時の朝倉は怖い。
 さすがジャーナリスト志望。ネタへの欲望が凄い。ある意味尊敬できる。
 ……真似しようとは思わないけど。

「先生っ」

「顔写真も履歴書もまだ届いてないから、顔は判らないぞ。でも、学園長が一押しするくらいだから相当優秀な先生だと思われる」

「そんな信じられない話があるかっ」

「本当なんだからしょうがないだろー」

 あと、先生にタメ口か。
 今日の数学の時間は当ててやるから覚悟しとけよ。
 ちなみに、朝倉が言った事は俺も学園長に言いました。タメ口じゃなかったけど。
 どうにも送った書類が別の所に届いたらしい。
 まぁ、人事とかそう言うのは学園長とかもっと上の役職の仕事だから、俺はそう困らないけど。

「名前は?」

「ネギ先生らしい」

「美味しそうな名前だねー」

 まったくだ。
 鍋とかに合う名前だなー、とは俺が初めて聞いた時の感想だ。

「ネギ=スプリングフィールド先生。まぁ、赴任して来られた時、また紹介するけど」

「春野菜?」

「ネギは冬野菜だ」

 野菜言うな、失礼な。

「格好良いのかなぁ?」

「どうなんですか、先生?」

「まぁ、天才らしいしどうだろうな?」

「天は二物も三物も与えるかもって事かー」

 鳴滝姉妹には注意しといたほうが良いかな?
 まぁ、教師にだし、そう無茶はしないと思うけど。
 個人的にはメガネは掛けてると思う。イメージ的に。

「そんな所だ。高畑先生からは、何かありますか?」

「んー、言わなきゃいけない事は先生が言ってくれたからね」

 そうですか、と。まぁいつもの流れである。
 後は特に無かったよな。

「それじゃ、HR終わり。一時間目は移動教室だから、遅れないようにしろよー」

 ちなみに、高畑先生が担任から外れるとはまだ伝えていない。
 いや、神楽坂がどういう行動に出るかもう判るし……。
 これも一つの問題なんだろうなぁ。高畑先生、どうにかしてくれないかな?

「ん?」

「いえ」

 どうにもしてくれない気がするなぁ。
 だってまず、神楽坂の気持ちに気付いてないし。
 だから安心して、神楽坂を見てられるんだけど。







 最近はちゃんと授業受けてくれてたと思ったんだがなぁ。
 というのが、最初の感想。
 そして、職員室まで報告に来てくれた雪広に聞こえないように、心中で小さく溜息を一つ。

「すまなかったな、雪広」

「いえ、クラス委員ですから」

 うーん。
 また早退か。

「次の授業の準備があるだろ? 急いで戻れよー」

「はい、失礼しました」

 でも廊下は走るなよー、と声を掛けクラス名簿を開く。
 えーっと、確かあと……何日休めたんだっけ?

「またエヴァンジェリンですか?」

 あ、新田先生。

「はは、彼女は気紛れな所がありますから」

 っと、あったあった。
 あと2日かぁ。

「最近は真面目に登校してきてたようでしたけど」

「ええ、まぁ明日はちゃんと来てくれますよ」

「だと良いんですが」

 今朝は普段通りだったと思ったんだが……絡繰は、ちゃんと残ってるんだよな。
 一人で帰ったらしいし。何かあったのかな?
 注意しとかないとな、やっぱり。
 そこは明日の朝で良いか。

「まぁ、彼女にも事情があるんですよ」

 へ? ああ、瀬流彦先生。
 いきなり後ろから話しかけられたんで、少しびっくりした。
 って、それどっかでも聞いたような……。

「そう言えば、高畑先生もそう言ってました」

「ちょっと家庭の事情が複雑なんですよ、彼女は」

 …………俺、そう言うの全然聞いてないんですけど。
 担任の高畑先生が知ってるから、別に良いのかな?

「どう言いう事情なんですか?」

「さぁ、それは……僕の口からは、ちょっと」

「そうですか」

 ふむ。やっぱり、根本的な問題はその“事情”が関係してるんだろうな。
 その事情が解決すればきちんと登校してくれるようになる、可能性は低くは無いんだろうけど。

「そっかぁ」

 どーしたものかなぁ。
 家庭の事情かぁ、やっぱり。
 あんな大きな家に絡繰と二人で暮らしてるし。
 聞き辛くはあるよなぁ……そう言えば、関係無いとか言われたし。

「あまり悩まない方が良いですよ」

「そういう訳にもいきませんよ」

 一応、あんまり役に立てないんだろうけど彼女の副担任ですからね。

「……まぁ、ほどほどに」

 そんな瀬流彦先生の声を聞くと、やっぱり、マクダウェルは学校に来させないといけない、と思ってしまう。
 口は悪いし、態度も悪いけど……生徒なんだから。
 教師にさ……悪く思われっぱなしって言うのは、やっぱりどうかと思う。
 それに――俺は、彼女の副担任なのだ。
 なら、やっぱり自分の生徒はちゃんと見てもらいたい。
 あの子にだって、きっと良い所はあるんだから。

「明日からはまた来てくれますよ」

「――先生は肩の力を抜かない方が良いのかもしれないですね」

「いや、抜かせて下さいよ」

 何という事を言いますか。
 はいそこ、笑わないで下さいよ新田先生も。





――――――エヴァンジェリン

「おはよう、マクダウェル」

 制服に着替えリビングに降りていくと、ここ最近で聞き慣れた声がまた聞こえた。
 自然と、頭痛でもしたように頭を抱えてしまう。

「……いい加減言うのも飽きたが、また来たのか」

 そして、その男の後ろに控えている茶々丸を一瞥し……溜息を一つ。
 しょうがないだろう。
 溜息を吐きたくもなるさ。
 ――その光景が、見慣れたモノになりつつあるのだから。

「昨日はなんで早退したんだ?」

「先生には関係ない事だよ」

 明日辺り、チャチャゼロもくわえてやるのも良いかもな、と思いながら茶々丸が引いた席に座る。

「まぁ、日数……本当にギリギリだから気をつけろよ?」

「判ってるよ。大丈夫だ」

 本当だと良いんだけどなぁ、という声を無視して用意された紅茶を一口。
 ふむ。

「しかし、昨日話してた新任の先生の話は前から出てたのか?」

「んあ?」

 何だ、その顔は?
 どうせ私から話題を振ったのが意外だったんだろうがな。

「いや、えーっと……去年の暮れには言われてたかな?」

「そうか」

 あのくそじじい、私にナギの息子の事を隠してたな……まったく。
 まぁ、隠したくなる気持ちも判るが。
 ナギ――私を、麻帆良に縛った張本人。
 はぁ、と自然と溜息が出る。

「そういえば、マクダウェルと絡繰が休んでた時にその事言ったのかもな」

「…………そうだったのか」

 基本、私が休んだら茶々丸も一緒に休んでいたからな。
 今度からは極力茶々丸は学校の方に行かせた方が良いかもしれないな。

「やっぱり、マクダウェルも新任の先生ってのは気になるか?」

「何だその顔は。別に――天才と言っていたが、どれほどのものかと思っただけだ」

「そうかそうか」

 何嬉しそうにしてるんだ、この男は。
 ああ――さっさと諦めてくれないものか。
 朝は苦手なんだよ……もっと、静かでゆっくりとした朝が、私は好きなのだ。

「絡繰も気になるか、やっぱり?」

「いえ、私は気にしません」

 そうかぁ、と今度は頭を落として落ち込むし。
 判りやすい奴だな、と。呆れてしまう。

「しかし、これで先生ともお別れだな」

 このよく判らない関係も、もう数週間だけだと思うと……嬉しくて仕方が無いな。
 最後の日くらいは、朝食を食わせてやっても良いかもな、と思えるくらいに。

「ん?」

「何故そんな不思議そうな顔をする?」

 ネギ=スプリングフィールドは副担任になるんだろう? と言うと、ああ、とまた可笑しそうに笑う。
 何だ?

「高畑先生と入れ替わり。ネギ先生は君らの担任だよ」

「なに?」

 たん、にん……?
 ネギ=スプリングフィールドが?
 ナギの息子が、担任?

「副担任は?」

「俺」

「本当にか?」

「……そんなに嫌か」

 ええい、大の大人がそう簡単に落ち込むなっ。
 まったく。

「本当に副担任は先生なんだな?」

「……ああ、そうだよ」

「別にそうまで嫌じゃないから落ち込むな、鬱陶しい」

「絡繰、お前のご主人さまが酷い……」

「しょうがありません。マスターの口の悪さは先生も判っておられるはずです」

 うるさい、ボケロボ。
 しかし――そうか。
 ネギ=スプリングフィールドが担任で、先生が副担任か。
 そうか、そうか。

「タカミチは2-Aのクラスから外れるわけだ」

「高畑先生なー」

 無視。

「はぁ」

「気を落とさないで下さい、先生。お茶のおかわりをどうぞ」

「おお、すまないな絡繰」

 あー、鬱陶しい。
 少しは静かに出来ないのか、この先生は。

「来月の頭から、だったな」

「そうだな。情報だけ来て、書類がまだ無いから前後するかもしれないが」

「ふん――来るのが判ってるなら良いさ」

 英雄の息子の情報だ、間違いは無いだろうさ。
 ――ああ、その日が早く来ないものか。
 停まってしまった心臓が、心が、まるで高鳴るような錯覚。
 ナギの息子が来ると言う事。
 タカミチが私の監視から外れると言う事。
 それはきっと、じじいの考えの内なんだと判る……が。

「茶々丸、登校の準備をしろ」

「かしこまりました。先生、カップはまた置いておいて下さい」

「ん、判った」

 もしかしたら、と思ってしまう。
 もしかしたら、この身を縛る呪い――蝕む“毒”とも言えるソレを、解く事が出来るのでは、と。

「嬉しそうだなぁ」

「最高の気分だよ」

 ああ――こんなにも“その時”を楽しみにするのは……12年ぶりか。

「それじゃ、その調子でちゃんと進級できるよう頑張ってくれな」

「……気が向いたらな」

 もう少しで授業を受ける意味もなくなるからな。
 最後くらいは、言う事を聞いてやるのも良いかもな……と思ってしまうのは、ここ最近に慣れてしまったからか。
 やはり、少し慣れ合いが過ぎたのかもしれんなぁ。

「先生」

「ん?」

 ……………………

「そろそろ出ないと、遅刻してしまうぞ」

「おー、そうだな」

 絡繰ー、と呼ぶ声を聞きながら――何も知らないから、そう呼べる先生の背を、目で追った。
 



[25786] 普通の先生が頑張ります 4話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/08 23:22

「それじゃ雪広、このプリントを授業の前に皆に配っといてくれ」

「判りました、それでは失礼します」

 おー、すまないな、と声を掛けて、もう冷めてしまったコーヒーの残りを全部飲む。
 ……底に砂糖が溜まっていて、妙に甘ったるい。
 しかし、ネギ先生って何者なんだろうか?
 あまりにこっちに情報が回ってこないからネットとかで向こうの学校を調べてみたけど、
 HPを作っていないのか、どんな学校なのかも判らないしなぁ。
 メルディアナ、って学校自体聞いた事も無いしなぁ。

「先生」

 っと。

「ガンドルフィーニ先生?」

 珍しい。あんまり話さないどころか、向こうから話しかけてくれたのって初めてじゃないだろうか?
 まぁ、教科も担当の学年も違うからそれも……当たり前というのはアレだけど。
 と言うか、何で高校教諭が女子中の職員室に? まぁ、偶に見かけるんだけど。

「どうかしましたか?」

「ああ、いえ。少し時間が出来ましたので、お話でもと」

「は、はぁ」

 今まで話した事も無かったですし、と言われても。
 俺、何かしたかな……?
 本当に、今まで話した事が無かったので、逆に驚いてしまう。
 どうしたんだろう?

「はは、そう畏まらなくても良いですよ」

 そう言われてもですね。

「そうだ。コーヒーとお茶、どっちが良いですか?」

「それじゃ、コーヒーで」

 とりあえず、飲み物で場をもたせるか。
 ……どんな話振ればいいんだろう?
 いきなり来られると、困るなぁ……他に誰も居ないし。
 コーヒーを淹れながら、昨日見たバラエティ番組とか話題にしたら駄目かなぁ、と考えてみる。
 なんか雰囲気的に、堅そうだし。
 そんな失礼な事を考えながら、コーヒーをもって机へ。

「どうぞ」

「すまないね。こっちから来たのに、気を遣わせてしまって」

「いえいえ。あ、どうぞ椅子にかけて下さい。それに、先生と話す機会も無かったですし、時間を作ってもらって助かります」

 二人揃って、笑い合う。
 うーん、気まずい。何か用があって来たんだろうけど……。

「それで、どうしたんですか?」

「んー……今度来る、新任の先生について、少しね」

 ああ。
 ネギ先生の事ですか……情報無いですもんねぇ。
 でも、ガンドルフィーニ先生って高等部ですよね?

「高等部の方でも話題になってるんですか?」

「少しね。外国からの先生のようだし、ね」

 そうか。
 ガンドルフィーニ先生も、外国からだもんな。
 心配、してくれてるんだろうな。その先生の事。
 異国の地で新任。しかもこんな時期に。

「新任だと言うし、少し心配でね」

 それにこんな時期だし、と。
 まぁ確かに。普通なら新学期からだよなぁ。
 何か向こうさんの方で色々あったらしいけど。
 その理由も詳しく聞けてないし。

「先生は、学園長から何か聞いてますか?」

「いえ。まだ名前とかしか聞いてないんですよ」

 優秀な先生だってのは聞いてますけど、顔も知らないんですよねぇ、と。
 苦笑して……ガンドルフィーニ先生は真顔で頷いていた。
 ……うーん。

「やっぱりおかしいですよね?」

「そうですね。でも……」

 ?
 変な所で言葉を切られて、首を傾げてしまう。

「まぁ、スプリングフィールド先生にも良い経験でしょうね」

「あ、名前まで知ってるんですね」

 それも当然か。こうやって、俺に話を聞きにくるくらいだし。

「ガンドルフィーニ先生は、そのネギ先生がどういう人か聞いてますか?」

「……少し、風の噂で聞いてるだけですよ」

 へぇ、って、もしかして俺より詳しい……のだろうか?

「どう言う先生なんですか?」

「優秀、ですよ。向こうの学校を首席で卒業したほどですし」

「おー。主席って事は、やっぱり頭良いんですね」

 学園長が優秀とか天才とか言ってたけど、本当だったんだ。
 それはそれは、ネギ先生の赴任がますます楽しみだな。

「将来は有望でしょうね」

「そうですかー」

 将来有望と言う事は、学生である今も優秀と言う事だろう。
 じゃあこの時期に来るのは、在学中に教師を経験して、来年に備えてるってことなのかな?
 教育実習とかもあるし――外国の学校じゃ、良くある事なのかもしれない。
 聞いた事無いけど。
 その後も話題はネギ先生中心で、気付いたら結構な時間を話し合っていた。

「それじゃ、先生はスプリングフィールド先生については何も知らされてないんですね」

「ええ。名前と、出身とか……ネットで調べても判らなくて、少し不安だったんですが
 今日は良い話を有難うございました」

「いや――こっちの方が、時間を取ってもらって悪かったね」

 いえいえ。
 
「ガンドルフィーニ先生も、自分だけじゃフォローしきれない時は、よろしくお願いします」

 主に言葉的な所で。
 そう言うと、また小さく笑われてしまう。
 ああ、良い先生だなぁ――と。
 なにせ、新任の先生が心配だからと自分で時間作ってこっちに来るくらいだし。

「それじゃ、また時間が出来たら来て良いかな?」

「どうぞどうぞ。今度はお茶菓子用意しときますよ」

 うーん、俺もまだまだだなぁ。
 あんな風に少しでも時間に余裕を持って、周りを気にする事が出来るようになりたいもんだ。
 そう考えていたら、授業終了のチャイムが響く。
 あ、次は1-Bで授業だったっけ。
 準備してないぞ……。







 新任の先生も、遂に来週には来るのかーと。
 最近好きになった放課後の散歩をしながら、考えてみる。
 日は落ちたけど、街灯の明かりの下はまだたくさんの人が歩いている。
 ……中に見知った生徒の顔があるのは、あまり褒められたものじゃないけど。
 そこまで目くじらを立てるもんでもないかと思い、そう注意もしていない。
 もう少し遅い時間に出歩いてたら、注意しないといけないなぁ。

「――――?」

 そんな事を考えながら歩いてたら、服の裾を引っ張られた。

「……ザジか?」

 こくん、と小さく頷いたのは、2-Aのザジだった。

「どうしたんだ?」

 もう一度、裾を引っ張られる。今度は少し強く。

「っとと」

「………………」

 裾を掴んでいたのとは反対の手で、今度はある方向を指さす。
 ん?

「ああ、超包子か――で?」

 もう一度、裾を引かれ、指さしていた手で、今度は何かを食べるようなジェスチャー。
 ああ、なるほど。

「お腹空いたのか?」

 首を横に振られた。
 まぁ、そうだろうなぁ。
 いくら副担だからって、いきなり晩御飯要求されても反応に困る。
 そんな事を考えていたら、今度はさっきほどの食べるジェスチャーの後に、頭を下げられた。

「晩御飯を食べてくれ、って事か?」

 コクコク、と二度頷かれる。
 ……思っちゃ駄目なんだろうが、判り辛い。

「――なぁ、喋った方が早くないか?」

 首を横に振られた。
 いや、喋れること知ってるから良いだろ……と言うのは無粋なんだろうなぁ。

「ま、いいか」

 客寄せか? と聞くと頷かれた。
 曲芸手品部のピエロをやってると言う事で、普通の会話はジェスチャーで行っているというだけでも変わってるしなぁ。
 まぁ確かに、サーカスのピエロってよく考えたら喋らないよなぁ、とその時妙に納得もしたけど。
 でも、授業中もこの調子だから困るんだが……言っても聞いてくれないんだよな。
 成績も悪くなく、クラスの中でも孤立してないからそう強くも言えないし。

「先生」

「おー、そう言えば絡繰もここでバイトしてたんだったな」

「珍しいです、先生が外食とは」

 とは葉加瀬。
 まぁ、そうだなぁ……超包子で食べるのって、何時振りだっけ?
 もうしばらく食べてないからなぁ。

「散歩してたらザジに捕まってな」

 まぁ、確かに外食は珍しいかもしれないな、と自分でも思う。
 前は仕事終わったら部屋に戻ってすぐに次の日の準備して寝てたからなぁ。
 それに、超包子には意図してあまり来ていない。
 自分の生徒が店を切り盛りしてるのだ、先生が来たら気まずいだろうし。
 美味いって評判はよく聞くから、人気があるのはよく知ってるけど。

「それじゃ、何食べるかなぁ」

 空いていた席に座ると、水をもってきたのは絡繰だった。
 よく見るとクーフェイに超も居る……この店って、よく考えたらウチのクラスのバイト多いんだなぁ。
 顔見知りの店だし、頼みやすいんだろうな。
 しかし、

「それじゃ……何食うかな。四葉、すぐ出来るのを一個くれ」

「あ、判りました」

 ……作ってるのもウチのクラスの生徒ってどう思う?
 いや、良いんだけどさ。食中毒とか出なかったら。
 一応、そう言うのは細心の注意を払ってます、っては言われたけど。
 出店許可証も持ってるし。アレって未成年でも許可出すものなのかな?
 許可証の発行って、なんか学園長が一枚噛んでるって噂だったけど。

「最近調子はどうだ?」

「はい、お客さんも定着してきましたし、良い感じです」

「そうかー」

 将来の夢は料理人、と言うだけあって、四葉の料理は美味い。
 中学生で、もう夢を持ってるのも凄いと思うし、その為に努力もして、こうやって店を切り盛りしてる。
 ある意味で皆に見習ってほしく、でも、ある意味で皆みたいにもっと遊ぶべきなんじゃ、とも思う。
 教師としては、どう応援すべきか難しい所である。

「さっきまで新田先生と弐集院先生もいらしてました」

「ありゃ、もう少し早く来ればよかったな」

 先生達、今日の晩飯はこっちで済ませたのか。

「そうですね……先生は、中華はあまり好きじゃないんですか?」

「ん? いや、そうでもないかなぁ」

 チャーハンはよく作るし。
 ……あの男の料理を中華と言って良いのかは不安だが。
 多分駄目だろうな、うん。
 しょうがないじゃないか。
 男の一人暮らしなんてそんなものだ。

「辛いのが苦手なんだよな」

「ふふ――中華料理って辛いイメージがありますもんね」

 と、差し出されたのは彼女が良く作っている肉まんだった。

「これなら辛くありません」

 そう言って本当に楽しそうに笑顔を浮かべる。
 客商売も、ずいぶん板に付いたんだなぁ。
 これなら客も来るよなぁ。うん。
 笑顔は良いもんだ。ご飯が美味くなる。

「おー、すまんな」

 んぐ。

「お、あち……ん、また美味くなったなぁ」

「そうですか? 少し、材料をまた変えてみたんです」

「へー」

 俺は料理をしないからよく判らないけど、この歳でこれだけの肉まん作れるなら、
 料理学校行けばすぐ調理師免許取れるんだろう、と思うくらいに美味い。
 これなら固定客もできるよな。安いし。
 もう少し値段上げても大丈夫だと思うけど、相手にするのは学生だし、ちょうど良いのかもな。

「んじゃ、お代は……絡繰」

「はい」

 傍に居た絡繰を呼び、代金を渡す。
 忙しくて、レジにまで人手が足りてないようだし。

「ごちそうさま。それじゃ、また明日なー」

「はい、先生。よろしければまた来てください」

「先生、それではまた」

 おー、と応え店を出ると……少し離れた所で、ザジがジャグリングしてた。
 糸で繋がった棒を使って重なったコマみたいなのを回すアレだ。

「……おー」

 せっかくなので、その近くに腰を下ろして見ていく事にする。
 自分の体に絡ませるようにしたり、コマみたいなのを投げたりして――素人目にも、物凄くレベルが高いと判る。
 ギャラリーも多いし――アレって、ピエロの練習だろうか?
 それから数分して、投げたコマを手にとって一礼。
 次は足元に置いてあったヨーヨーを取って、それでまた技のようなものを繰り出していく。
 ――レベルが高過ぎて、凄いという事しか判らない。
 多分名前とかあるんだろうな、あのクルクル回すやつも。
 アイツ、もうサーカスとかでも食っていけるレベルなんじゃないか? と思ってしまう。
 それでも練習が必要と言ってたし……奥が深いんだなぁ、芸って。

「凄いんだな、ザジ」

 その後も使う道具を変えての練習は30分ほどで終わった。
 いや、本当に凄いと思うよ。
 あっという間に時間が過ぎたんだから。
 そう声を掛けると、ザジは振り向き――その顔はこの寒空の下でも汗が滲んでいるほどだ。

「ん?」

 首を横に振られる。

「凄くないって?」

 今度は縦に。
 片付けの邪魔にならないように離れて、彼女特有のジェスチャーを自分なりに解釈していく。

「いや、凄いと思うぞ? 最後は拍手までしてしまった」

「…………………」

 それでも、首は横に。

「まだまだ、って所か?」

 その問いには一瞬止まり、首は縦に振られる。
 凄いんだなぁ、お前って。
 今度は、俺が指差された。

「俺?」

 頷かれる。

「俺がどうかしたのか?」

 小さく笑い、自分を指さした後、首を振り、俺を指差す。

「……スマン、喋ってくれ」

 限界だ、と両手を上げると……笑って後片づけに戻るし。
 ――もしかして、俺も凄いって言ってくれてたのかなぁ、と。
 いや、そりゃないな。
 自分の考えに恥ずかしくなってしまう。

「帰りはどうするんだ?」

 送っていくか? と聞くと首を横に振られた。
 続いて超包子を指す。

「ああ、一緒に帰るのか」

 頷く。
 まぁなら大丈夫かな。そう遅くも無いし。

「それじゃ、また明日な」

「………はい、また明日」

 そこは喋るのか。

「風邪ひくなよー」







 数日後の昼休み。

「ああ、私も見てましたよ。凄いですね、彼女」

 何となくザジの話題を振った所、源先生と弐集院先生はあの場に居た事が判った。
 と言うか一緒に見ていて、俺の事には気付いていたらしい。
 ……全然気付いてなかった。
 コンビニの幕の内弁当を箸で突きながら、小さく気付かれないように溜息を一つ。
 いやまぁ、ザジのパフォーマンスが周囲に目がいかないくらい凄かったという事で。

「あの歳であのレベルなら、麻帆良を出る頃には本職顔負けなんだろうね」

「ですねぇ」

 いや、本当。
 アレは凄い……そう素直に言えるくらいに凄い。

「四葉さんも軌道に乗ってるみたいだし、彼女たちの進路は心配無いんじゃないですか?」

「いやぁ、それはまだ判りませんよ」

「まぁ、あの年頃は多感な時期ですからね。今の夢が一年後の夢とも限りませんか」

 そうですね、と。
 でも――出来れば彼女たちには、今の夢を叶えて欲しいと思う。
 源先生の言った通り、一年後がどうなるかなんて判らないけど。
 それでもあんなに楽しそうに自分の夢を話せるんなら、それはきっと本当に“好き”なんだと判るから。

「でも、四葉さんは料理学校に進学とか就職とかで道はわかりますけど、
 ザジさんのような方の就職って、どうなるんでしょうか?」

 ああ。

「本人はサーカスに弟子入りするらしいですよ。それに、それが駄目でもそういうパフォーマンスの学校もありますし」

「そういう学校もあるんだ」

「最近は、そう珍しくも……無いのかな?」

 あんまり聞きませんね、とは弐集院先生。
 ちなみに、俺も調べるまではどうすればいいのか分からなかったです。

「麻帆良にそういう学校ありましたっけ?」

「無いんですよねぇ」

 流石に、大学まで揃ってるこの麻帆良でも、サーカスの学校までは揃ってなかった。
 と言う事は、ザジとは長くて高校まで。
 もしかしたら中学卒業したら麻帆良を出る可能性もある。
 料理の専門学校は高校からあったので、四葉の進学はそっちになるかもしれない。
 中学までは学業の差はそこまで無いが、高校になったらみんなバラバラになるのかもなぁ。
 ……今の2-Aの皆が一緒に居られるのは、後1年。
 判ってはいたけど、時が経つのって早いよな。
 ついこの間中学1年生だったと思ったのに。

「将来を考えるなら高校進学から考えないといけないですからね」

「この時期が一番大事なんですよ、あの子達にとっては」

 そうですね。
 副担任とはいえ、初めて担当のクラスを持ったから判る。
 進学するか、就職するか。何を目指すのかで――あの子達の中学卒業後が決まるのだ。
 プレッシャーになるからそう難しく考えない方が良いのかもしれないけど。
 やっぱり、教師ってのは大変だ。

「教師って大変ですね」

「大変ですよ。今更気付いたんですか?」

 いえ、そんな当たり前の事最初の1年で気付いてました。
 そう答えずに、はは、と苦笑い。
 弐集院先生も源先生も笑ってくれてるので、なんか助けられた気分だな。

「あー、そう考えるともうすでに寂しくなってきますね」

「気が早過ぎますよ、先生」

 そうですね、と笑い淹れてもらっていたお茶を一啜り。

「まぁ、その前に彼女たちが大嫌いな期末テストがあるんですけどね」

 ですねー……そろそろ、テスト内容考えないとなぁ。







「おはよー、絡繰」

「おはようございます、先生」

 そう言って、深々と一礼。
 ここ最近の朝の光景である。
 前はそう畏まらなくていいと言っていたが、もう諦めた。

「本日はいつもより早かったですね」

「お、そうか?」

 同じ時間に出たんだが……体力がついたって事かな?
 息もそう上がらなくなったし。
 ……本当に良い運動になってるのかもな、マクダウェルの迎えって。

「掃除が終わるまで、もうしばらくお待ちください」

「ああ、いい、いい。のんびりしてるから、キチンとしといてくれ」

「はい」

 ……しっかし、

「毎日掃除してるんだな」

「それが私の仕事ですので」

 偉いなぁ。
 ――俺の部屋って、最後に掃除したの何時だっけ?
 今度の休みは、本格的に掃除するかな。
 近くにあった座れそうな岩に腰を下ろし、絡繰を何となく目で追う。
 ……家庭の事情、ねぇ。

「なー、絡繰」

「なんでしょうか?」

「……マクダウェルとは、長い付き合いなのか?」

 どう切り出したものか。

「私が生まれた時からの付き合いです」

「長いんだなぁ」

 生まれた時からかー。
 やっぱり家族ぐるみとかの付き合いなのかな? ドラマみたいに。

「いえ。……先生は」

 ん?
 何時の間にか、その手は止まっていた。

「先生は、どうしてマスターをそんなに気になさるのですか?」

「そりゃ、先生だからなぁ」

 先生ってのは自分の生徒には、ちゃんと登校してほしいもんだ。
 それに、他の先生達にもキチンと見てほしいし。
 マクダウェルがどう言う生徒なのかって……そう思う事は、甘いのだろうか?
 ……そうかもしれないなぁ、とは思うけど。
 それでも、やっぱり俺は、マクダウェルがそう悪い生徒には思えないのだ。
 だから、俺は俺の出来る事をするだけだ。

「こんな朝早くから、何をやってるんだ」

 そんな事を話してたら、話中の人物がドアを開けてきた。
 今日も珍しく、自分から起きれたようだ。
 このまま早起きできるようになってくれると良いんだが……難しいのかなぁ。 

「おはようございます、マスター」

「おはよう、マクダウェル」

「ふん――茶々丸、朝食を用意しろ」

 そんな俺たちを一瞥して、小さな少女は家の中に戻っていった。
 うーん、今度は朝の挨拶の事を言わないといけないのか。




――――――エヴァンジェリン

「凄いな……」

 ふ、そうだろそうだろ。
 私が朝食を摂っている間、あの男が目を付けたのは昨日まで無かった人形だった。
 私の手作り、茶々丸の姉とも言える人形――チャチャゼロ。
 長い時間一緒に居た、家族とも言える存在。

「これ、本当にマクダウェルが造ったのか?」

「ああ」

「器用なんだなぁ」

 両手で持ち上げたり、関節を動かしたりしてる姿は、まるで子供だな。
 何をやってるんだか。

「この服もか?」

「ああ」

 そう感心されると悪い気もしないが、傍から見ると危ない人間だぞ、先生。
 まぁそう思っても、止めたりはしないが。
 あの年上然とした先生のこういう姿は、見ていてなかなか面白い。
 茶々丸が淹れた紅茶を飲みながら、他の人形にも目が行ってるし。

「もしかして、ここの人形全部か?」

「……買ったヤツもある」

「へぇ。これは?」

「それは買ったヤツだ」

「これ」

「それもだ」

 リビングに置いてある人形の半分は買ったヤツだったかな?
 そう考えると、私も相当数の人形を造ったものだ。

「器用だなぁ」

「先生は裁縫などは苦手なのですか?」

「おー、ボタンの付け方も忘れてるなぁ」

 それはどうかと思うが、まぁ男と言うのはそういうものなのかもな。

「ふん、最低限の身嗜みだけは整えといてくれよ、先生」

「……気を付ける」

 一応の嫌味をキチンと受け取ってくれてなによりだ。
 朝食を食べ終え、茶々丸に下げさせる。
 そろそろ学校に行く時間か。

「それで先生、あの天才先生の話はどうなった?」

「ん? ああ、ネギ先生か」

 チャチャゼロを見ながら喋るな。
 お前は、人を見ながら喋るように教わらなかったのか? まったく。

「どうにもなぁ、なんか書類も送り直してもらうのに時間が掛るからって、本人見るまで顔判らないかも」

「……手抜きだな」

「そう言ってくれるなよ。人事の人も忙しいんだろ、きっと」

 ただ単に、アレの情報を必要以上に残したくないだけかもな。
 英雄の息子がこれから何を成すか――魔法界は欠片も見逃す事は無いだろう。
 そして――見られ続けるのだ。監視されるのだ。私のように。

「教師、ねぇ」

「ん?」

「いや、楽しみだな、と」

 私が最後にナギを見たのが15年前……10歳前後の教師なんてあり得るか?
 あり得る筈も無いだろう。それがどんなに賢く、聡くてもだ。
 だから、楽しみだ。楽しみで、楽しみでしょうが無い。
 どのような馬鹿をやらかしてくれるのか。
 そして、その血はどれほど純粋に澄み、どれほど純粋に濁りきっているのか。
 見てみたい、と思う。
 英雄の息子を。
 ナギの子供を。
 私を縛る血族を。

「そうかぁ」

「……先生」

「んー?」

 その顔をやめろ、まったく。

「その顔はムカツクからやめろ」

「……最近容赦が無くなってきたな、マクダウェル」

 当たり前だ。
 ふん……どうせ、どういっても明日も迎えに来るんだろうしな。
 それが当然のようになっている事が、気にくわない。
 お陰で、私は最近は早起きをさせられている訳だし。

「人形遊びが好きな先生には、ちょうど良いくらいだろう?」

「もう少し目上の人を敬おうなぁ」

「敬うほどの人格者か」

「まぁ……そりゃそうだ」

 そこは否定しろよ、先生。
 仮にも教師だろうが……。

「マクダウェルは、将来は人形造りの仕事に就きたいのか?」

「何だ、いきなり」

 話題を振るにしても、もう少し空気を読んで話せ。
 まったく。

「いや。これだけ上手なら、そういう風に考えてるのかな、と」

「ああ」

 まぁ、教師なら当然の考えか。
 来年は高校受験とやらだしな。

「さぁな――そう言えば、考えた事も無かったな」

「そうなのか」

「ああ」

 そうだな呪いが解けたら、まず何をするかな――。
 解くことに躍起になって、その先は考えて無かった。
 ふむ。

「ま、これから考えれば良いだろ。まだ一年あるし」

「そうだな」

 将来、か。
 私に将来なんてあるのかどうかも判らないというのに。

「とりあえず、まずは期末だな」

「……嫌な事を思い出させてくれるな、先生」

「先生だからなぁ」

 その答えになって無い答えに、苦笑してしまう。
 まったく――本当に、変な先生だ。



[25786] 普通の先生が頑張ります 5話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/08 23:43

――――――エヴァンジェリン

「おはよう、先生」

 もう慣れつつもある朝の光景に頭を痛めながら挨拶をすると、
 茶々丸と話していた顔が、こちらを向く。

「おはよう、マクダウェル」

「おはようございます、マスター」

「うむ」

 まったく――本当に一月来たな、この男は。
 普通は途中で嫌気がさすと思うがな、私の相手は。
 あのタカミチですら諦めたんだがなぁ……と思いながら、席に着く。

「先生、朝食は?」

「おー、ちゃんと食べてきたから大丈夫だ」

「それは良かった」

 何気ない会話をしながら、朝食を摂る。
 本当なら、別に食べなくても良い――と言うか、私は朝食は摂らない主義なんだが。
 どうにもこの先生、煩い。
 はぁ……お陰で、ここ最近は規則正しい吸血鬼になってしまって困る。
 早寝早起き、ちゃんと朝食を摂って挨拶をする吸血鬼なんてどんな文献にも載って無いだろうな。

「そうそう、今日は新しい先生が来るぞー」

「それは昨日も聞いた」

「いやー、嬉しそうだったからもう一回」

「別に、嬉しそうではなかったと思うがな」

「そうか?」

 普通に先生の話を聞いていただけだと思うがね。
 良い方に解釈し過ぎだ……ポジティブと言えば聞こえは良いが。

「先生は、今日は急いで行かなくて大丈夫なのですか?」

「ああ、迎えには高畑先生が行ってくれるんだと」

 俺も行くって言ったら、断られたんだよなぁと。
 ……なんだそれは?

「大丈夫なのか? 副担任」

「しょうがないだろ、あんなに念押して大丈夫って言われたら」

「何をやってるんだ、タカミチは」

「高畑先生な?」

「はいはい」

 あーもう、だからそう簡単に落ち込むなっ。

「判った。高畑先生、これで良いな?」

「物凄い投げ遣りだな……」

 五月蠅い、黙れ。
 まったく……私の静かな朝は何処に行ったんだ?
 はぁ……。

「先生、お茶のおかわりは如何ですか?」

「ん、いつもありがとうな、絡繰」

「……茶々丸、私にもだ」

「判りました」

 ふぅ。
 やはり、朝からだとそう食べれないな。
 もとから少食だし。

「まぁ、そういう訳で、今日は早めに登校すると言う事で良いか?」

「どう言う訳か判らんが……まぁ、偶には良いだろう」

 私も、早くその天才先生とやらを拝みたいしな。
 ……どうして自分から話を振ったくせに、そんな驚いた顔なんだ先生?

「おい」

「いや、すまんすまん」

「どういう意味だ?」

「あー……特に意味は無い。うん」

「こっちを見ろ、せ、ん、せ、い?」

 おい、怖いとか言うな。
 最近は結構おとなしくしてる方なんだぞ? まったく。

「茶々丸、用意しろ」

「判りました。先生、少々お待ち下さい」

「あ、ああ。すまないな、こっちの都合で」

「いえ、構いません」

 おい、その言葉は普通私に向けるんじゃないのか?

「先生?」

「ん、な、なんだ?」

「その言葉は私に向けるもんじゃないのか?」

「あ、すまん。こっちの都合で早く登校する事になってすまないな」

 お前の言葉も投げ遣りに聞こえるのは気の所為か?
 まったく、この先生は。

「……はぁ。いや、副担任と言うのも大変なんだな」

「あー、いや。そうでもないぞ?」

 そんな私の嫌味に若干引き攣った笑みで応える先生。
 そんなに怖がるなら、近寄らなければ良いだろうに。まったく。
 確かに私は、多少過虐的な所が無いでもないが……その顔を見てると、そんな気も起きんな。
 先生は私の趣味ではない、うん。
 それが判っただけでも、この朝の時間は無駄では無かったという事か。

「そんな風には見えんがな」

「ぅ――まぁ、好きでやってる事だしな」

「もの好きだな、本当に」

 心からそう思うよ。

「はぁ……」

「くく――溜息を吐いたら、その分幸せが逃げるらしいぞ?」

「あ、すまん」

 ふん。茶を一口啜り、気を落ちつける。
 まぁ、落ち着かせるほど乱れてもいないが。

「それで、新任の先生の担当は何になるんだ?」

「ん? あー、英語だ」

「そうか」

 英語か。なら、私には問題無いな。

「でも、テストの点数とかは逐一見ると思うから油断するなよ?」

「……ふん」

 笑うな、くそ。
 判っているよ、自分の成績くらいはな。

「だから絡繰に勉強を教えてもらえと、あれほど」

「判った判った。まったく、教師と言うのは皆先生みたいに小言が多いのか?」

「それが仕事だからな」

 開き直るなよ、まったく。
 変な所は打たれ強いな、この男は。
 すぐ落ち込む癖に。

「マスター、先生。準備が出来ました」

「おー、それじゃ行くか」

「はぁ」

 自然と溜息が洩れてしまうのも、しかたがないだろう?
 この変わり者の先生の所為で、この私が、真祖の吸血鬼が、普通の学生の真似事をさせられてるんだからな。
 大体なんで、お前はそんなに茶々丸と親しげなんだ?

「先生、一つ予言をしてやろう」

「ん? 予言?」

「ああ、当たる確率100%の予言だ」

 ありがたいだろう? と言うと……本当に、楽しそうに笑う。
 ……どうせ冗談だとでも思ってるんだろう。
 だが、私には確信があった――この気紛れに言う予言は、必ず当たると。

「先生はこの後、そうだな……とても苦労する羽目になるぞ」

「は、はは――それは怖いな」

 その笑顔が引き攣る。はは、良い気味だ。
 それで、どんな? と聞かれたが、そこまで答える義理も無い。無視して歩き出す。
 先生はきっと、ネギ=スプリングフィールド、そして私の事で苦労する……辛い目にあう。
 必ずだ――その確信が、あった。





――――――

 いつもより早く職員室につくと、それとなく新しい顔を探してみる……が、あれ?

「おはようございます、新田先生。新任の先生知りません?」

 まだ来てないのかな?
 まぁ、高畑先生が迎えに行ってるから問題ないと思うけど。

「あ、ああ。おはよう、先生……今は学園長室の方に、挨拶に」

「そうですか」

 なら、その後で会えるかな……と?
 荷物は机に置き、自分の席に腰を下ろす。
 さって、HRはネギ先生を2-Aに紹介するんだったな。

「どうしたんですか?」

 顔色悪いですよ? と言うと、ぎこちなく頷かれた。
 本当にどうしたんだ?

「大丈夫ですか?」

 風邪ですか?

「いや。まぁ……なぁ」

「??」

 全然要領を得ない新田先生……あ、

「源先生、おはようございます」

「おはようございます、先生。もう新任の先生は見られましたか?」

「いえ、どうも入れ違いだったようで……見ました?」

「え、ええ」

 ……副担の俺だけ見てないのか。
 やっぱり、マクダウェルは絡繰に任せて、早く来るべきだったか。
 だがアイツの事だ。あと2日の余裕がある――絶対ギリギリまでサボろうとするだろうからな。
 まぁ、マクダウェル宅で朝話すのも結構楽しいと思ってたりもするけど。

「どんな先生でした?」

 鳴滝姉妹ではないがやはり、天は二物も三物も与えたんだろうか?
 まずそこが気になる。

「まぁ、えー……可愛らしい方でした、よ?」

 その感想は予想外だった。
 ソッチ系か。ウチのクラス、悪乗りしないと良いんだが。

「可愛い、ですか」

「というか、若い?」

 まぁ、そりゃ学生ですからね。
 ……俺より、は若いでしょうけど。

「先生」

「は、はい?」

「一応、私も新田先生も注意しときますけど……何かあったら、相談して下さいね?」

「はぁ……」

 何だ? どうなってるんだ?

「日本語は流暢でしたけど、私も英語教師ですから相談には乗れますから」

「それは助かります」

 正直、英語は苦手なんで。

「ああ。私も相談に乗りますよ」

 あ……復活した。

 
「ど、どうしたんですか? 二人とも」

 それに、瀬流彦先生達は?

「他の先生方は授業の準備とか……」

「それより先生、新任の先生ですよ」

「は、はぁ……」

 何があったんだ?

「そのですね、非常に言い辛いんですが」

「どうしたんですか?」

 そんな改まって言われると、物凄く不安なんですが?
 昨日何かしたかな……別に、何もなかったと思うんだけど。
 今日の準備もちゃんと終わらせたし。

「その、新任の先生」

「ああ、ネギ先生ですか?」

「子供だったんですよ」

 はぁ。

「学生ですし……見た目が幼いって事ですか?」

 でも、優秀な先生らしいですよ? 学園長と高畑先生曰く。
 まぁ第一印象が可愛いと言うくらいだし、結構幼い外見なんだろうな。

「いや、もうそう言うレベルじゃなくて」

「先生、ネギ先生なんですが……おそらく先生の予想より、10歳ほど若いと思うぞ」

「……はい?」

 10歳? 新田先生、今なんて言いました?

「も、もう一度良いですか?」

「確か、数えで10歳……いま9歳だそうだ」

 ちょっと頭痛がしたので、目頭を指で揉む。
 う、うーん……ええ?

「10歳?」

「一応、9歳ですね」

 訂正ありがとうございます、源先生
 でもここは、せめて10歳で。何一つ変わらないけど。

「天才?」

「なんじゃないですか?」

 10歳ですし、と。
 ……えぇ。

「アレですか。偶に聞く大学の飛び級とかですか?」

「だと思いますよ?」

 居るんだ。
 本当に居るんだ、そんな人。

「――――えー」

「まさか、ウチの学園にそんな天才が来るとは思いませんでしたね」

「いや、そうは言うがな源先生。……未成年って、大丈夫だと思いますか?」

「まぁ……問題はあると思いますが、その辺りの契約をどうされてるか判りませんからね」

 二人の遣り取りが、どこか遠い。
 だって、なぁ。

「はぁ」

「まぁ不安なのは判りますが、大丈夫ですよ」

「そう思います?」

 俺は果てしなく不安なのですが。
 ……さっそく、今朝のマクダウェルの“予言”が現実味を帯びてきたなぁ、と。
 苦労、か。
 それが生徒のための苦労なら別に良いんだが……はぁ。

「私達も居るじゃないですか」

「そう言ってもらえると助かります」

 担任に据えるくらいだし、優秀なんだろうが。
 ――生徒にどう説明しよう。
 小学生の先生とか……誰も言う事聞かないぞ、絶対。
 特にウチのクラス。
 ……自分のクラスなのにその筆頭とか、ちょっと泣けるんだが。







「初めまして、今日から一緒に働く事になりましたネギ=スプリングフィールドです」

「え、ええ……初めまして」

 初めて見たネギ先生は――やっぱり、さっき新田先生達に聞いたように、小さかった。
 身長で表すなら、俺の予想より40cmほど小さい。
 さらに言うなら、見下ろさなきゃならないくらいに。
 それと、自身の身長くらいの木の棒……杖のような物を持っていた。
 ………………イギリスじゃ流行ってるのかな? 

「それでは、学園長。こちらの少年が?」

「あー、うん。ネギ=スプリングフィールド先生じゃ」

 はぁ。
 やっぱりそうなんですね。
 まぁ、さっき自己紹介してたけど。綺麗に流しましたね。

「それで」

「ん?」

「どないしました、先生?」

「どうして神楽坂と近衛も居るんだ?」

 あと、何で神楽坂はジャージ姿?
 その事を聞くと、何故か神楽坂は顔を赤くし、ネギ先生は顔を逸らせた。
 何かあったのかな?
 まぁ、それは後で聞くか。

「ネギ先生は修行で、日本の学校の先生を――と聞いておる」

「はぁ」

 それで2-Aに、らしい。

「は、はい。よろしくお願いします」

 頭を下げられてしまった……こっちは、どうにも対応に困っているのに話はトントン拍子で進んでしまってる。
 でも断る事も出来ない訳だ。こっちは一教員でしかないんだし。

「ええ、こちらこそよろしくお願いします、ネギ先生」

「先生もあっさり認めちゃうんですか!?」

 いや、こっちも苦渋――とまではいかないけど、結構もう一杯一杯なんだよ、神楽坂。
 まさかこんな子供が来るとは予想してなかった。

「もうここまで話が進んでるからなぁ、先生じゃどうにも出来んのよ」

「そんなぁ」

 いや、まぁ。
 神楽坂にとっては、と言うか2-Aにとっては担任は高畑先生のままが良かっただろうけど。
 もう決まった事だからなぁ。
 学園長が近衛の婿にー、とか言ってるのを聞きながら、二人で小さく溜息。
 まさかこんな事になろうとは。

「こんな子供が担任だなんて、おかしいじゃないですかっ」

「そうは言ってものぅ、もう決まってしまった事じゃ」

「ぅ」

 そこで俺を見ないでくれ、神楽坂。
 俺ももうどうしようもないんだ。

「ネギ君。二度のチャンスは無い――失敗したら故郷へ帰る事になるが、やるかね?」

「はいっ」

 返事は良いんだが……ねぇ。

「えー」

「よろしくなぁ、ネギ先生」

 特に異論のない近衛と、不満たっぷりの神楽坂。
 何と判りやすい対比だろう。
 ちなみに俺は、多分引き攣った笑顔だろう。

「それでは先生、ネギ君の補佐をよろしくの」

「はい、これからよろしくお願いします、ネギ先生」

「よろしくお願いしますっ、先生っ」

 ……本当に小さいなぁ。
 そんな元気いっぱいに言われると、余計に子供に見えてしまう。
 うーん……本当に大丈夫なのかなぁ。

「あ、それとアスナちゃん、木乃香」

 ん?

「しばらくの間、ネギ君を二人の部屋に泊めてくれんかのぅ」

 はい?
 空いた部屋が無いんじゃ、と言われても。

「学園長、流石にそれはどうかと」

「えー!?」

「ええよ」

 あ、良いんだ。
 ……って、良いわけあるか近衛。

「ネギ君もまだ10歳じゃ。そう問題は無いかと思うが……」

「生徒と教師が同室は、どう考えても問題あると思いますが」

 年齢とか、そんな問題以上に。
 性別的にも、社会的にも。
 しかも二人は女子寮住まいだし。
 あ、頭が痛い。

「ウチは構へんけど」

「ちょっと、このかっ」

 ……本気ですか?
 近衛の天然っぷりが、余計に現実味をおびさせて怖いんだが。

「学園長、部屋はどうにもならないんですか? 二人は女子寮住まいですよ?」

「うむ。申し訳ないんじゃがの」

 そう即答されてもなぁ。
 風紀とか体裁とか考えてるんだろうか、この人。

「部屋に空きが出来るまで、自分と同室でも」

「先生の部屋は独身用――いくら子供とはいえ、二人で住むには狭すぎるじゃろ?」

「………………女子寮ですよ?」

 それでも、生徒と一緒に住まわせるなら、と言いそうになるが――相手は学園長である。
 下手に機嫌を損ねても、なぁ。
 きっと、もうそういう風に手配してるんだろうし……。

「……木乃香、明日菜ちゃん。ちょっと外で待っておいて貰ってよいかの?」

「うん」

「判りました」

 小声で頑張って、先生。と神楽坂の声援を頂いたが――現状は、厳しい。
 相手は学園長。この学園の頭である。
 この人が白だと言えば、黒でも白なのだ……そんな事は無いと思うけど。
 さっき自分の部屋を提供したのが、俺の精一杯の抵抗だったのだ。
 それが駄目だしされた今、もう俺に切れるカードは無いのである……。

「ネギ君はどうじゃ? あの二人と一緒は嫌か?」

「いえ、アスナさんは少し怖いですけど、このかさんは優しいですし」

 少し恥ずかしいですけど、と。
 頭痛がして、目頭を指で押さえる。
 本心からそう言ってるんだろう、学園長の問いに間も開けず答えたし。
 この子は、教師と生徒が同室という状況をどう考えてるんだ?

「だ、そうじゃが?」

 そこで俺に振りますか。

「ネギ先生は、歳が近い女の子と同室でも大丈夫なんですか?」

「はい、向こうでもお姉ちゃんと一緒に暮らしてましたから」

 近衛達とお姉ちゃんは違うだろ、とツッコミたい。
 これじゃまるで、クラスの子を相手にしてるようだ……。

「さて」

「……何でしょうか?」

「そろそろ、HRを始めんと授業に間に合わんのではないか?」

「そう、ですね」

 すまん、神楽坂。
 最初から勝ち目の無い勝負だったのだろうが、心中でそう謝罪しておいた。







 とりあえず、職員室まで戻って荷物を置き、教室に向かう。
 向かう。
 無言で廊下を歩く……何で神楽坂とネギ先生はギスギスしてるんだ?
 部屋の問題以前に、何か様子が変だったけど。

「近衛、あの二人何かあったのか?」

「まぁ、明日菜の名誉のために伏せさせといて下さい……多分すぐ仲直りできますえ」

「……そうか」

 何やったんだ、ネギ先生?
 空気が重いなぁ。

「こほん」

 お、先手は神楽坂か。

「私は、あんたと同室なんてお断りよ」

 そっちかよ。
 近衛と二人で、同時につっこんでしまう。
 まぁ、言いたい事も判るが……俺も、出来ればどうにかしたいんだが。
 どうやって学園長を説得したもんかな。

「じゃぁ先生、先に行ってますねっ」

「え、え? あ、あすなーーー」

 そう言うと、近衛を引っ張って走って行ってしまった。

「廊下は走るなよー」

 一応、注意はしないといけないので言っておく。
 うーん。
 やっぱり、どうにかしないとなぁ。

「うぅ、何ですか、あの人は」

「まぁ、神楽坂は……そう悪い生徒じゃないですよ」

 むしろ、こっちが聞きたい。何やらかしたんですか、ネギ先生。
 長引くようなら、近衛から話聞かないとなぁ。
 っと。

「ネギ先生、これ。クラス名簿です」

「あ、ありがとうございます」

 日本語は読む事も出来るんですよね? と一応確認しておく。
 大丈夫らしいので、そっちは心配ないだろう……多分。

「日本語は、いつ覚えたんですか?」

「こちらに赴任が決まった時から勉強しまして」

 へぇ。
 少し、見直した。
 優秀だと聞いていたが、そっちは本当なのかもなぁ。
 外国語を短期間で習得できるなんて、やっぱり飛び級で卒業しただけはあるな。

「賑やかなクラスで、振りまわされるでしょうけど……ま、頑張りましょう」

「はいっ」

 元気だなぁ。
 俺はもう、朝一で疲れてるのはなんでだろう?
 さっきの学園長室の遣り取りは、疲れたなぁ……本当に。

「それじゃ、ここが今日からネギ先生の職場です」

 さて、と。
 ドアに挟まれていた黒板消しを取り、ドアを開ける。

「おはよう、皆」

 って、今度は足を引っ掛ける紐か。
 危ないな、まったく。
 バケツには――水か。
 何という古典的な……。

「これ誰だー?」

「ちっ」

 思いっきり舌打ちしたな、鳴滝姉。
 はぁ。注意しといてよかった。
 いきなり先生に怪我させるのも問題だしな。

「後で覚悟しとけよー、まったく。じゃぁ、ネギ先生どうぞ」

「は、はい」

 そこからは地獄だった……少なくとも、ネギ先生にとっては。
 やっぱりなぁ、と。
 この年頃の子にしたら、弟とか、そんな感じだよな、あの子。

「はいはい、落ち付けー」

 ぱんぱん、と手を叩いて落ち付けると、皆を席に着かせる。

「それじゃネギ先生、自己紹介を」

「はい。みなさん、初めまして――」

 ネギ先生の自己紹介を聞きながら、次はそのまま英語の授業だったなぁ。
 大丈夫なんだろうか……っと。

「それじゃ、ネギ先生。点呼もお願いします」

「あ、はい。判りました」

 ――マクダウェル?
 楽しそうに笑ってるなぁ。そんなに嬉しかったんだろうか?
 普通は、逆に落ち込むと思うんだが。こんな子供が来たら……あ。
 学園長と知り合いみたいだし、もしかして知ってたとか?
 ……無いな。

「神楽坂、何しようとしてるんだ?」

「い、いえっ!!」

 しかし、心配だ。はぁ。
 イタズラ好きが多いからなぁ、このクラス。







 ……特に放課後まで問題は無かったなぁ。
 ネギ先生は落ち込んでたけど。
 どうやら授業中、またクラスの連中にイタズラされたらしい。
 ネギ先生の住む部屋も考えないといけないし、ネギ先生の授業も一回確認しに行かないとなぁ。
 でも、ネギ先生ってまだ10歳だから一人暮らしって無理だよなぁ。
 やっぱり神楽坂達に面倒見てもらった方が良いのかもしれん。
 こんな感じで思考が堂々巡りしてます。
 ――――担任が変わって仕事が増えるとは判ってたけど、こうまで疲れるとは。
 どうにも落ち付かないなぁ……。

「おー、絡繰。また猫にエサやってたのか」

 そういう時は動くのが良い、と言う事で散歩していたらいつもの場所で絡繰を見つけた。

「先生。お疲れですか?」

「んー、どうだろう」

 猫達に触ろうと腰を下ろし……逃げられた。
 何故だ?
 タバコも吸わないんだけどなぁ。
 そうやってしばらくの間遊んでいたら

「マスターが楽しそうでした」

 そう、絡繰が言った。
 ん? ああ、朝の事か。

「そうだな」

 英語の授業も真面目に受けたみたいだし、やっぱり知り合いなのかな?

「なぁ、絡繰」

「どうかしましたか、先生?」

「マクダウェルって、ネギ先生と知り合いなのか?」

「……ネギ先生と直接の面識は無いかと」

 そうなのか、やっぱり。
 うーん、だとすると……純粋に“天才”に興味があるのかな?
 ま、なんにせよあの子が何かに興味を持ってくれるのは良いな。
 クラスでも孤立気味だし、これが何か少しは切っ掛けみたいなのになると良いけど。

「おー、お前は撫でさせてくれるのかー」

 4匹目にして、やっと逃げない猫発見。
 真っ黒いから覚えやすいな、うん。

「この後ネギ先生の歓迎会がありますが、先生は行かれるのですか?」

「ああ。絡繰たちは?」

「マスターは欠席されるそうです」

「そうかぁ」

 なら、また迎えに行かないとな。
 マクダウェル宅は遠いから、今から行くか。

「マクダウェルはもう帰ったのか?」

「はい」

 今日は朝と夕の二回……良い運動になるね、まったく。

「お仕事の方は大丈夫なのですか?」

「……生徒はそういう事を気にしなくても良いんだよ」

「すみません」

 絡繰のこの堅苦しい喋り方にも慣れたもんだ。
 前は肩が凝りそうな気がしてたんだけどな。

「そうだ、絡繰。マクダウェルの携帯番号知ってる?」

「マスターは携帯電話を持っていません」

 機械が苦手なのです、と。
 今時珍しいアナログだな、アイツは。
 ちょっと笑ってしまった。

「あ、笑ったのマクダウェルに内緒な?」

「……はい」

 怒ると怖いんだよな。
 あの雰囲気は絶対中学生に思えない。
 さすがどこかのお嬢様。

「それじゃ、呼びにいくとするか」

 ん、と立ち上がって伸びを一つ。
 あー、猫に癒された。

「はい」

 あれ?

「絡繰は教室に行って良いぞ?」

 一人で行ってくるから。
 そう言おうとしたが、隣に並ばれていた。
 猫も散っていくし……もしかしたら、本当に絡繰と意思疎通してるのかもしれん。

「参りましょう」

「……絡繰は、マクダウェルが本当に好きなんだなぁ」

「そう、思われますか?」

「おー」

 前言ってたけど、“従者”って絡繰みたいな人の事を言うんだろうな、と。
 そう思った。
 今の時代は見かけなくなったけど、昔はこうだったのかもなぁ。

「そうですか」

「あ、そうだ」

「何でしょうか、先生」

「ネギ先生と仲良くしてくれな」

 絡繰は礼儀正しいから、他の連中みたいにはならないだろ。多分。
 ウチのクラスって、本当悪乗りが好きだからなぁ。

「……善処します」

「よろしくな」

 ちなみに、迎えに行ったマクダウェルに同じ事を言ったら物凄く怒られた。
 怒られたと言うか、何も喋ってもらえなくなったと言うか、睨まれたと言うか。
 とにかく怖かった。うん。
 迫力あるなぁ、アイツ。

「絡繰、さっきの内緒は、本当に内緒にしてくれ」

「判りました」

「………………何か言ったか?」

「いや、別に、何でも無い」

「ふん」

 ちなみに、ネギ先生は気付いたら宮崎と仲良くなってた。
 接点が無いと思ったんだが、意外な組み合わせである。
 神楽坂とも仲直りしてた。
 思ってたより、行動力があるのかもしれないな。
 この調子なら、大丈夫かもなぁ、と……淡い期待を抱いてみたり。
 しっかし、夜は大丈夫なんだろうか?
 はぁ……。




[25786] 普通の先生が頑張ります 6話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/09 10:03

「大丈夫ですか、ネギ先生?」

「ぁぅ~……はい」

 教師がなんて声出してるんですか。
 まぁ、しょうがない、とも言えるのかもしれないが。
 アレから数日経ったが、どうにもネギ先生周囲の状況は改善されていない。
 住まいはそのままだし、授業内容もそのまま。
 神楽坂との関係は多少――本当に多少改善されたようだけど。
 ちょうど一緒に授業が無かったんで、少し話でも聞こうかと校舎外の広場で黄昏ていたネギ先生に話しかけてみる。
 ちなみに、職員室の窓からその小さな背中は丸見えで、生贄に捧げられた感じがしないでもない。
 あんな小さな背中で黄昏られたらなぁ……。

「あ、先生」

「……何を悩んでるんですか?」

 俺と気付かずに返事したのか。
 相当追いつめられてるなぁ……まぁ、この歳で異国に一人ぼっちじゃ、当然か。
 俺だったら、きっと不安で押し潰されてしまうだろう。
 というか、この歳になっても、誰も知らない所に一人とか……きっと勇気が要るだろうし。
 その隣に腰を下ろし、持っていた缶の紅茶をどうぞ、と渡す。

「いえ、アスナさんにまた酷い事をしてしまいまして」

「……まぁ、神楽坂は根は良い奴ですから、許してくれますよ」

 長引くかもしれませんけど、とは心の中で。
 まぁそれもしょうがないかな、とは思ってしまう。
 いきなり同室に、子供とは言え男の子が入って来たのだ。
 きっと、近衛みたいに受け入れてくれる方が珍しいと思う。
 まぁそれでも、学園長の決定だから……神楽坂にはもうしばらく我慢してもらわないとなぁ。
 何とか改善できると良いんだが。

「近衛とはどうです?」

「木乃香さんですか?」

 ええ。
 近衛は面倒見も良いし、確か自炊していたはずだ。
 話の聞き方として食べ物からでも、まぁ良いだろ。
 神楽坂から聞いたら、話が進まない可能性だって低くは無いだろう。

「朝ご飯とかは近衛が作ってるんじゃないんですか?」

「そうなんですよ。木乃香さん、アスナさんと同い年なのに凄く料理が上手なんです」

「そうなんですか?」

 でも、想像はつくなぁ。
 雰囲気的に……和食が良く似合いそうだ。

「はいっ、和食もそうですけど、洋食も凄く上手なんです」

「ほー。それは羨ましいですね」

 近衛とは仲が良いんだな。
 と言うより、近衛とは仲は悪くないんだな。
 ……いや、神楽坂の反応が普通だって判るんだけどさ。

「そうだ、今度先生も食べてみませんか?」

「は、はは……自分は遠慮しときますよ」

 流石に、生徒に食事を作ってもらうのは抵抗がある。
 それに、何度も言うが神楽坂と近衛は女子寮住まいなのだ……普通は男は入れん。
 そこはいくら教師だろうと、越えてはならない一線だ。

「そうですか……?」

「ええ」

 ついでに、半端に断ったらどうなるか判らないので、きっぱり断っておく。
 今度、とか言ったらこの先生の事だ、自分で話を進めかねん。
 そして、そうだ、と一言区切り、

「悩んでたようですけど……神楽坂の方とは、上手くいってないんですか?」

「……はい。さっきの時間なんですが、アスナさんの為に、って思って授業で当てたんですけど」

 授業で当てられて、問題を解けたら気持ちいいじゃないですか、と。
 いや、判りますけど――神楽坂相手には、どうだろうなぁ。
 多分、今の英語の範囲だとヒント無しじゃ難しいんじゃないだろうか?
 それで悩んでるのか。

「まぁ……考えは、間違ってないと思いますよ?」

「そうですか? でも、怒られました」

 そうですか、と。
 というか、いくら当てられたからって、教師を怒るのもどうかと思うけど。
 ……しばらくは、その辺りも注意しておかないといけないか。
 でも、まずは言っておかない事があるので、そっちを言うか。

「神楽坂、問題解けなかったんじゃないですか?」

「はい。基本的な訳で、誰でも分かる問題だったんですけど……」

 いや、その考えはどうかと。
 確かに――天才、なんだろうな。
 だから、分からない人が何で“分からない”のか気付けないのか。
 全部分かるっていうのも、問題なんだろうなぁ。

「そうですねぇ」

 なんて言えば良いかな……。

「英語は苦手なんで、偉い事は言えないんですが……」

「はい」

「ネギ先生は日本語を勉強する時に、どういう風に勉強しましたか?」

「単語の意味を調べて覚えました」

 ……簡単に言うなぁ。
 まぁ、いいけど。

「書き方は?」

「それはもちろん、書いて覚えました」

「どんな風に?」

「えっと……辞書で調べてです」

「何度も?」

「え、ええ」

 でしょ、と。

「神楽坂はきちんと単語を読めて、意味を理解してましたか?」

「いえ……訳も、読み方もバラバラでした」

 でも、最近の小テストを見る限り点数は以前より上がってきている。
 つまり、神楽坂達は書く事は、出来るのだ。
 多分源先生がそういう方針で教えていたんだろう。

「それで、どうすれば良いんでしょうか?」

「さっき、自分で言ったじゃないですか」

「え?」

 勉強は、凄く難しくて、ある意味凄く単純だ。
 覚える事も学ぶ事も多い――けど、覚え方も学び方も復習しかないのだ。
 一度で覚えれる人間だって、忘れるから復習する……んだと思う。

「勉強は復習ですよ。何度も書いて、日本語を覚えたんでしょう?」

「あ」

「神楽坂は読めないんでしょう? なら、何度も読ませましょう」

 まぁ、辞書片手でも良いんですけど、教えた方が感謝されるかもしれませんね。
 それに、時間も掛らないでしょうし。
 そこは神楽坂次第だけど……あの子はやり方さえ分かれば、結構覚えは良いからなぁ。
 そう言うと、ネギ先生は判りやすいくらいに嬉しそうだった。

「そ、そうかっ」

「でも、神楽坂ばかり当てても駄目ですよ?」

「はっ!? そ、そうですね」

 分かり易いなぁ。
 でも、その方が年相応で良いのかも。

「英語は源先生が自分より詳しいですから、授業の進め方で判らない所があったら聞いて下さい」

「はい」

 これで明日は大丈夫……かな?
 頭は良いらしいから、他のクラスでもちゃんとやれるだろ。
 さて、と

「ぁの、ネギ先生」

 ん?

「どうしたんですか、早乙女ハルナさん?」

 あ、呼ぶ時はフルネームで呼んでるんだ。
 声を掛けてきたのは早乙女に宮崎、綾瀬の3人だった。

「あ、用があるのはこっち。ね、のどか」

「あ、ああの。今日の授業で、判らない所が……」

 落ち込んでた割には、授業はきちんと進めてたのかな?

「あ、先生はこっちねー」

「こっちです」

「あー、はいはい」

 早乙女と綾瀬に引かれ、ネギ先生達より少し離れた位置で、ストップ。
 声はギリギリ聞こえる範囲――そこにあったベンチに腰を下ろす。

「で?」

「先生、馬に蹴られたいですか?」

「そういう事ね」

 この前の歓迎会で妙に仲良かったけど、宮崎の琴線にネギ先生が触れたのか。
 まぁ、幼くて可愛らしいからなぁ。
 生徒と教師が、とは思うけど……まぁ、こう言った事もあった方がクラスには馴染みやすいか。
 しばらくは様子見、の方が良いかもな。

「ネギ先生の授業、どうだ? 分かり易いか?」

「楽しいよ」

「そうか」

 答えになって無い答えに納得し、綾瀬へ。

「綾瀬はどうだ?」

「……少し」

 はいはい、目を逸らさずに言ってくれ。

「ネギ先生、自分の意見だけ言ってどんどん先に進むです……」

 なるほどなぁ。こっちが理解する前に、要点だけ言って終わってしまってるのかもな。
 そっちは明日からは大丈夫だと思うが。

「それもネギ先生に言っとくよ」

「え、えっ」

「別に陰口って訳でもないんだし、そう驚かなくてもいいだろ」

 授業に不満があるのは、教師の問題だ。

「ネギ先生だって、教師は初めてなんだ。悪い所は悪い、分からない所は判らないって、そう言ってやらないと」

「ぅ……」

「誰だって、自分の悪い所なんて誰かに教えてもらわないと気付かないもんだ」

 そう縮こまらないでくれよ。
 俺が怒ってるみたいに感じるんだが。

「大丈夫大丈夫、綾瀬の名前は出さないから」

「はぁ」

「真面目だねぇ、先生」

「先生だからなぁ」

 その後二三喋っていたら、向こうの宮崎がネギ先生に会釈していた。
 お、向こうも落ち着いたか?
 こっちに駆けてくる宮崎に二人も気付き、立ち上がる。

「んじゃなー」

「先生、また明日」

「またです」

「おー」

 三人の背中を目で追い、ネギ先生の元に行く。

「何やってるんですか?」

「え!? あ、いえ」

 何故そんなに驚きますか。
 何か探していたのか、手荷物のバッグに手を突っこんだまま、少し慌てているネギ先生に、訝しげな視線を向ける。
 どうしたんだろう?

「宮崎と何話してたんです?」

「あ、授業で判らない所があったらしくて」

 そうですか、と。

「そ、それじゃこれで。相談に乗ってくれて、ありがとうございましたっ」

 って。

「足早いなー」

 ……職員室、そっちじゃないんだが。
 はぁ――呼びに行くか。







「それで、なにやってたんですか?」

「え、えーっと、ですね」

 何を急いでたかと思えば、草むらに隠れて実験していた。
 実験である。草むらで火を使ってるのである。

「火事になったらどうするんですか」

「あ、はは……」

 まったく。

「没収です」

「ええっ」

 当たり前でしょうが。
 使っていた道具をネギ先生のカバンに詰め込んでいく。

「危ないでしょうが」

「も、もうしませんからっ」

「そういう問題でもないでしょう……」

 はぁ。
 また、頭が痛くなってきたよ。

「本当に必要な時は言って下さい、返しますから」

 別に触ったり、漁ったりもしません、と一応言っておく。
 ……出来れば持ち物検査したいところだが、流石にそれはやり過ぎだろう。

「ひ、必要なんです」

「どうしてですか?」

「アスナさんの為に……です」

 神楽坂?

「神楽坂が何か頼んだんですか?」

「い、いえ……そうじゃなくてですね」

 そうだったら、神楽坂に一言言わないといけない所だったが、違うらしい。

「……ネギ先生」

 溜息は、我慢。

「次の授業の準備もしないで、遊ばないで下さい」

 あまり言いたくなかったが、強く言ってしまった。
 そう言うと、まるで怒られる子供のように首を竦められてしまう。
 ……いや、子供なんだけどさ。

「だ、だって」

「どうして、こんな事をしたんですか?」

 深呼吸して、気を落ちつける。
 まぁ――この後どうするにしても、理由は聞かなきゃならんだろう。
 悪い事は悪いって言っておかないと、いけないし。
 流石に、良識の分別くらいはあるとは……思うし。

「その……アスナさんって、タカミチの事が、好きらしいんです」

「はぁ」

 ネギ先生も高畑先生の事そう呼ぶのか。
 それで、と先を促す。
 ……正直、苛めてるように周りから見えるんじゃなかろうか?

「それで、お手伝いできるように……ですね」

「あのですね、ネギ先生」

 目頭を、指で押さえる。
 根本的に、間違ってる……その事に、気付いてない。

「教師と生徒の恋愛に、貴方が手を出してどうするんですか……」

「え?」

 普通、止める事はあっても、手を貸そうとはしないと思うんだが。
 生徒指導の新田先生が最近疲れるわけだ……。
 その苦労が、少しだけだろうけど、判った気がした。

「大体、高畑先生と神楽坂……どれだけ年の差があると思ってるんですか?」

「え――でも、アスナさんは」

 まぁ、確かに判り易くはあるけど。
 好きだからって、何でもして良い訳じゃない。
 生徒と教師。
 これは、確かな問題なのだから。
 本人達がどうであれ……世の中は、きっと良く思わない。

「別に、止めさせろとは言いません――けど、手を貸しちゃ駄目です」

「そんな……」

「当たり前でしょうが」

 高畑先生、クビになるぞ。そんな事になったら。
 しかも、結構不名誉な肩書つけて。

「アスナさんに……」

 ん?

「アスナさんに、失恋の相が出ているんです」

「……占いも出来るんですか?」

 何でもありだな、この子。
 はぁ、と先を促す。
 しかし、占いでも駄目なのか、神楽坂は……。

「それを言ったら、怒られたんです」

 そりゃ怒るわ。

「だから、もしタカミチと上手くいったら――仲良くしてくれるかも、って」

「先生……」

 そりゃ、神楽坂と仲悪くなるよなぁ。
 まぁこっちは子供だから、この問題はあっちに折れてもらうしかないんだが。
 どうにも、この先生が空回りして神楽坂を何度も怒らせてるのか……すまん、神楽坂。
 心中で謝っておく。気付かなくて済まなかった。

「貴方は先生になりたいんですか?」

「え?」

「先生になるために、麻帆良に居るんじゃないんですか?」

 そうですっ、と力一杯答えられた。
 でしょう、と。

「神楽坂の先生になりたいのか、神楽坂と友達になりたいのか……今の先生からじゃ判りませんよ」

「……え?」

 先生と友達は、違いますよ、と。
 まったく。
 ネギ先生の荷物を詰め終え、立ち上がる。

「そんな事してる暇があるなら、教師としてやる事をやって下さい」

「……は、はい」

「生徒が言ってましたよ。先生の授業はこっちが分かる前に先に進むから、理解できないって」

 その顔が、曇る。
 俺も新任の時はこうだったんだろうなぁ。
 まだ3年目だけど、妙に歳とったように感じるのはなんでだろう。

「もっと授業内容を考えるとか、先生としてやる事があるんじゃないですか?」

「はい」

「そうやって担任として見てもらえるように努力すれば、きっと神楽坂とだって仲良く出来ますよ」

 大丈夫です、自信を持って、と。
 前の学校を飛び級で卒業したんでしょう?

「この荷物は、放課後まで待っていて下さい。すぐに返しますから」

「あ、杖は……」

 ん?

「父の、贈り物なんです」

 ……あー。

「じゃあ、杖だけ……けど、これも出来れば職員室に置いておいて下さいよ?」

「はい、分かりました」

 本当かなぁ……まぁ、大丈夫だと信じよう。

「それじゃ僕、授業の準備してきます!」

 そう言って駆けていく背を目で追い――溜息。
 せ、説教してしまった……新任の、しかも子供の先生に。
 自己嫌悪である。
 もう少し言い様は無かったんだろうか……あーーー。

「先生、ありがとうございましたっ」

 その元気を、少し分けてもらいたいなぁ。
 はぁ。







 えー……誠に残念である。
 最初にそう一言言い、

「それでは、毎度恒例の放課後居残り勉強を始めるぞー」

「恒例ってなんですか!? 失礼なっ」

「……え? アスナさん達は毎回だって」

 はい、こっちを見ないで下さいネギ先生。
 神楽坂ー、先生が言ったんじゃないぞ、それは。
 ちなみに毎回と言われたのは神楽坂たち、5人衆である。
 今回はそれにマクダウェルが加わっている。さっき、絡繰に頼んで連れてきてもらった。
 その絡繰はマクダウェルの後ろに控えているだけで、この勉強会には一応の不参加と言う扱いで。

「良いからさっさと始めろ」

「そう怒るなよ、マクダウェル」

 ちゃんと勉強しないお前が悪いんだからな?
 俺はちゃんと勉強しろって言ってたのに。
 ――俺だって、まだまだやる事残ってるんだぞ……。

「ちなみに、プリントは数学と英語を用意していますので、出来た人から帰って良いです」

 そう言ってプリントを配るネギ先生を目で追い、クラス名簿に目を落とす。
 ……何時の間にあの先生は、落書きしたんだ?
 後で怒らないと。
 はぁ、修正液で消すのもなぁ。
 これ、どうしよう?
 新しいクラス名簿って、誰に言えば良いんだろうか?
 事務所?

「一度解いてみて下さい。分からなかった所は、後で皆さんと一緒に勉強しましょう」

「何点以上で合格アルか?」

 はい、毎回こっち見るのは止めて下さい、ネギ先生。

「6点以上ならそのまま帰って良いが……それ以下だったら居残り勉強会な」

「だそうです。それじゃ、はじめて下さい」

 ……あ、そうだ。

「マクダウェル」

「なんだ?」

 それなりに真面目に問題を解いているその机に、一枚プリントを置く。

「国語」

「殺すぞ、キサマっ」

「女の子がそんな言葉遣いはどうかと思うぞー」

 だってしょうがないだろうが。
 お前数学も英語もそれなりに取ってるけど……一番の問題はコレだし。

「どうして私だけ一教科多いんだっ」

「いや、数学と英語は問題ないだろうから」

 喜べ、新田先生の手書きだぞ、と言ってもその目は親の仇を見るソレである。
 いや見られた事無いけど。
 とりあえず、怖いからやめてくれ。
 お前は本当に中学生か?

「マスター、落ち着いて下さい」

「……茶々丸、お前は先生の味方か?」

「いえ、皆さん見られております」

「……ちっ」

「それに、マクダウェル一人じゃない」

「なに?」

 教師に向けて舌打ちする生徒って一体……。
 そのまま次は神楽坂に

「すまんが、神楽坂もだ」

「え、私も!?」

 しょうがないだろ、点数悪いんだから。
 ちなみに、国語の追加はこの二人だけである。

「それじゃ、頑張ってくれなー」

 …………………
 ……………
 ………

「ふむ、綾瀬は帰って良いぞー」

「はいです」

 真面目に授業受ければこのくらいの点数は取るんだな。
 ちなみに、綾瀬夕映は入学当初のテストで結構な高得点を取ってたりする。
 それがなんでこんな補習組の常連になってるのかは、ちょっと分からないが。
 うーん……もう少し頑張ってくれないかなぁ。

「なぁ、綾瀬」

「勉強は嫌いです」

 そうか……。
 もう言われる事も予想済みか……。
 それはそれでどうかと思うけどさ。

「出来た方が、何かと都合が良いと思うんだけど?」

「……勉強の時間より」

 チラリ、と教室の外――宮崎と早乙女、近衛の部活動仲間たち、か。
 はぁ。

「ま、そういう約束だしな。帰って良いぞー」

「はい、ごめんなさいです、先生」

 謝るくらいなら勉強してくれ、と言いたいところだが……ま、友達も大事だよな。
 高校からでも――まぁ、その時はその時か。
 教師としての考えじゃないかもしれないが、この麻帆良に……2-Aに居る間くらいは。

「相談とか、勉強の事で分からない事があったら、何時でも来ていいかなら」

「――すみませんです」

 おー。

「長瀬とクーフェイと佐々木は、英語か」

「……………」

「……………」

「……………」

「はいはい、笑って固まってないでネギ先生に聞いてこい」

 採点したテストを返し、困ったように固まってるネギ先生を指差す。
 でもまぁ、数学は合格点いったから、別に俺から言う事は無い。

「で、だ」

「なんだ?」

「えーっと、何でしょうか?」

 不貞腐れてるマクダウェルと、妙に卑屈な神楽坂の二人を見る。
 ああ、そうだろうな。

「勉強するか」

「……ふん」

「……はい」

 神楽坂は、全滅。
 それはまぁ、言っちゃあ悪いが、分かってた。今までの事から。
 でも、惜しかったけど。凄く、惜しかった。
 5点ばかりとか、良く頑張ったよと褒めたいくらいだ。
 次はやれるな、うん。やっぱりやれば出来るんだよ、ウチのクラス。
 しかし、

「マクダウェル」

「なんだ」

「……国語はともかく、何で数学……この点数なんだ?」

「知らん」

 お前、前はそう悪くなかっただろうが。
 まったく。嫌がらせか?
 こっちは毎回の小テストの結果はちゃんと知ってるから、分かるんだぞ?

「ま、いいか」

 間違えてる所は、神楽坂とほぼ一緒だし。
 復習ついでに一緒に教えよう。
 国語の方は、間違えた漢字を10回ずつ書き写させる事にする。きちんと読み付きで。

「やれば出来るんだから、頑張ってくれよ」

「そう言ってくれるのは先生だけだよー」

 そんな事は無いと思うが。

「ネ、ギ……先生なんて、バカなんて言うんですよっ」

「分かった分かった、落ち付け」

 それは後でちゃんと言っておくから。
 しかし、生徒をバカ呼ばわりとは……神楽坂と同室だから、慣れ合いがあるのかもなぁ。
 注意しとかないと。

「んで、ここが……っと。マクダウェル、解いてくれ」

「何で私が」

 お前が手を抜くからだろうが。
 自業自得だ。

「絡繰、バイトとかは大丈夫なのか?」

「はい、問題ありません」

 なら良いんだが……ずっと後ろに立ってるし。

「席に座って待ってて良いんだからな」

「先生。それは私のセリフだ」

「別に誰が言っても良いだろ……出来たのか?」

「ああ、ほら」

 差し出されたプリントには、ちゃんとした正解が書かれていた。
 公式も……うん、問題無し。

「やっぱり出来るじゃないか。神楽坂、この公式は覚えてるな?」

「はぁー、エヴァちゃんが凄い」

「ふん――って、誰がエヴァちゃんだ、神楽坂明日菜っ」

 はいはい、そう怒るなよ。

「良いか、神楽坂」

「なに、先生?」

 うーん。

「バイトが忙しいのは、知ってるんだが……復習はちゃんとやってるんだろ?」

「え? うん」

「前は2点とか3点だった問題が、今日はいきなり5点だ。頑張ってるじゃないか」

「……そんなに悪かったのか、バカレッド」

「うっさいっ」

 はぁ。

「そうバカとか言うもんじゃないぞ、マクダウェル」

 まったく――相変わらず口が悪いなぁ。

「ふん――」

「次は一発合格、頑張ってくれよ?」

「は、はいっ」

 素直だなぁ、神楽坂は。
 それに比べて、マクダウェルは。

「今、失礼な事を考えただろ?」

「まさか」

 プリントを集め、それを綺麗にまとめる。
 今日はこんなもんだろう。
 一気に詰め込んでも、覚えれるか不安だし。

「それに、神楽坂は覚えは悪いが馬鹿じゃない」

「えー、そうかな?」

 自分で馬鹿を肯定しないでくれ、頼むから。
 苦笑して、違う、と答える。

「ちゃんと点数上がってきてるだろ? これからも復習をちゃんとすれば、テストでも点数取れるさ」

「そうかな?」

「ああ。次の期末は、きっと大丈夫だ」

 えへへ、と笑うその顔には、少しの自信。
 今まで悪かったから、次は神楽坂にとって大事なテストだなぁ。
 この自信が実を結べば、この子だって大丈夫だと思うんだが。

「本当にそう思う?」

「おお。担任外れた後だけど、高畑先生もきっと見直してくれるぞ」

「そ、そっかな?」

「あの朴念仁が褒めるなんて、相当だな」

「や、やっぱりそう思う、エヴァちゃんっ」

「だからそう呼ぶな、神楽坂明日菜っ」

 しかし、判り易い。
 微笑ましい、とも言えるんだけど。

「マスターが楽しそう」

 だなぁ。
 絡繰の小さな呟きに、心中で同意しておく。
 もしかしたらマクダウェル、人付き合いが苦手なだけじゃなかろうか?
 口は悪いけど、神楽坂とかだとウマが合うのかもな。
 その口喧嘩とも言えない言葉遊びを聞きながら、ネギ先生の方を見る。

「ネギ先生、そっちはどうです?」

「はい、こっちももう大丈夫だと思います」

 んじゃ、帰りますかー、と。
 さて……まだこの後明日の準備とか残ってるんだよなぁ。
 はぁ。





――――――エヴァンジェリン

「ご苦労様でした、マスター」

「ふん」

 別に、あんなのはどうという事も無い――と、言いそうになり、溜息を吐く。
 何をやってるんだ、私は。
 ……補習だなんて。
 15年通って、初めてだぞ……はぁ。

「まったく……この私が」

 先生から来るように言われたとはいえ、ナギの息子に不用意に近付いてしまうとは。
 この先の計画のためには、あまり存在を覚えられない方が良いというのに。

「全部あの先生の所為だ」

「何がでしょうか?」

「……なんでもない」

 ふん。
 憎らしいほどに、私に関わってきおって。

「大体、お前はどうしてあの先生の言う事を聞くんだ?」

「彼は教師で、マスターは生徒ですので」

 正論ではあるが、何か違わないか?
 私はお前のマスターなんだが……コイツの中ではあの先生はどうなってるんだ?
 まぁ――今はどうでも良いか。

「あ、エヴァちゃん」

「…………そう呼ぶなと何度言えば分かる、神楽坂明日菜」

「マスターが楽しそう」

 何処をどう見ればそう見えるんだ、このボケロボは。
 今度、葉加瀬に視覚関係を診せるか?

「はぁはぁ」

「……そんなに急いでどうしたんだ?」

 ネギ先生と一緒に戻るんじゃなかったのか?

「そうなんだけど、えっと」

 なんだ?

「今日はありがとね、エヴァちゃん」

「……何がだ? 主語を話せ、神楽坂明日菜」

 お前と話してると頭が痛くなりそうなんだが。
 軽い頭痛を感じ、目頭を押さえる。

「ほら、放課後の勉強会。勉強教えてくれたじゃない」

「ああ」

 別に礼を言われるような事はしていないがな。
 ただ単に、先生に聞かれた事を答えただけだ……説明もさせられたが。

「私は何もしてないぞ?」

「ううん。すっごく助かったわ」

「…………そうか」

「ネギの奴より、ずっと分かり易かったわ」

 そうかい。それは良かったよ……ったく。
 しかし、こんな遅くまで残らされたのに、コイツは本当に能天気だな。
 私はこんなにイライラしてるのに。

「言いたい事はそれだけか?」

「うん。それじゃまた明日ね、エヴァちゃん」

 はぁ。

「神楽坂明日菜――私を、二度と、エヴァちゃんなどと、呼ぶな」

 この私を。真祖の吸血鬼を、闇の福音を、ちゃん付けなどと――。

「分かったわ、エヴァ」

「……はぁ」

 疲れる。
 バカの相手は本当に疲れる……。

「わかった、もういい。もう良いからさっさと帰れ」

「うん。それじゃね、エヴァ。また明日」

 ………………。

「おい、茶々丸」

「なんでしょうか」

「アイツは馬鹿か?」

「いえ、覚えが良くないだけだと伺っております」

 ……ふん。

「茶々丸、アレは真性の馬鹿だ」

 ただの人間が、私の名を呼ぶか……まったく。
 今日はどうにも、気に障る事ばかりだ――。

「マスター、楽しそう」

「どうやら本格的に、葉加瀬に診せる必要がありそうだな」

「その必要はありません。定期の診察まであと1週間あります」

 ふん。

「おい、先生は?」

「明日の教材の準備があるそうです」

「……なら、帰るぞ」

「分かりました」

 夜の闇に包まれはじめた校舎を見る。
 もうどこの部活も終わったのだろう、電気が付いているのは職員室だけ。
 先生は、そこだろう。

「――ふん」

 そんなに仕事ばかりして、何が楽しいのか。
 私は理解に苦しむよ。



[25786] 普通の先生が頑張ります 7話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/09 10:16

「それでは、先生。これがネギ先生の課題――だそうです」

「はぁ。それでは、責任もってネギ先生に渡しておきますね」

「はい。よろしくお願いします」

 失礼します、と一礼して去っていく葛葉先生の背を目で追いながら……渡された手紙を電灯にかざす。
 ふむ……。
 まぁ、3学期ももう終りだし……何か課題は来る、とは思ってたけど。
 これが実質の、ネギ先生の卒業試験か。

「大丈夫かな」

 本心である。
 神楽坂とは、最近はそれなりに仲良くしてるようだし、クラスにも溶け込んでる。
 ……溶け込み過ぎ、とも思わなくはないが、あの歳で嘗められるな、と言う方が難しいだろう。
 放課後、明日の準備の途中だが――さて。

「大丈夫ですか、先生?」

「え、ええ――まぁ、どうでしょうね……」

 はは、と自分でもその声が引き攣っているのが分かる。
 きっと、今の俺より新田先生の方が絶対元気だろうな……。
 しかし、赴任してきて約一月。ネギ先生に出来る事は――そう多くないだろうけど。
 それでも、あの子が教職を目指してこの学園に来たのなら、これはどうしようもない問題でもある。
 内容が内容なら、手伝いもできないのかもしれない。
 はぁ……最近、頭痛を抑えるために目頭を手で押さえるのが癖になりつつあるな。
 その事に内心苦笑しながら、目頭を手で押さえる。

「どうです、先生。この後久しぶりに飲みに行きませんか?」

「あ、あー……」

 どうしようか。
 きっと、今の俺の顔は教師らしくない顔をしているんだろう。自分でも何となく判る。
 この前はまた黒百合の生徒と揉めたらしいし、女子寮の管理人からも苦情が来たし。
 しかも、黒百合の方は高畑先生から報告受けた……勘弁してくれ。
 まさか担任から外れられた後に迷惑を掛けてしまうとは。
 女子寮の方は……まぁ、苦情と言うよりも注意に近いのだが。
 どうにも、ネギ先生が入寮してから寮が騒がしいらしい。就寝も遅いし。
 一応注意はしたが――こればかりは、ネギ先生にどうにかしてもらうしかない問題だ。
 遊んでいる、というより遊ばれているんだろうけど。

「少しくらい息抜きしないと、パンクしてしまいますよ?」

「そ、それじゃ、少しだけ」

 あまり羽目を外し過ぎないようにしないとな。明日も仕事だし。
 自分で思っていた以上に疲れていたのか、そうと決まると気分も軽くなる。
 我ながら現金なもんだ。

「急いで準備終わらせてしまいますから」

「いいですよ。こっちもあと何人か声掛けてきますから」

「そ、そうですか? すいません」

 でも、あまり待たせるのも失礼だよな。

「考え込んだ時は、酒も良いもんですよ」

「は、はは」

 バレバレですか。
 恥ずかしいなぁ……。

「それでは、失礼。源せんせー」

 はぁ……顔に出るようじゃ教師失格だなぁ。
 もう少ししっかりしないと、担任なんて任せてもらえないんだろうな。







「そんなペースで大丈夫なんですか、瀬流彦先生?」

「大丈夫大丈夫、僕肝臓強いから」

 いやまぁ、大丈夫ならいいんですけど。
 明日二日酔いにならないで下さいよ?
 俺も注文したビールで喉を潤しながら、焼き鳥を食べる。
 どうして屋台の焼き鳥とかって、他のより美味しく感じるんだろう? 出来立てだからだろうか?

「飲んでますか、先生?」

「はい。あ、どうぞ源先生」

 ちょうど、コップのビールが少し減っていたので注ぐのも忘れない。
 しかし源先生、目の毒だ。うん。

「しっかし、大変だねぇ、先生も」

「そんな事は無いです――よ? はい」

「その間が非常に気になるけど、そういう事にしておくよ」

 ちなみに、一緒に飲んでいるのは新田先生、源先生、瀬流彦先生と俺の4人である。
 最初は弐集院先生も来る予定だったが、奥さんから電話があって来れなくなってしまっていた。
 しょうがないよな、家庭持ちだし。
 瀬流彦先生にもそれとなく聞いておいたが、先生は大丈夫らしい。

「それで、最近はどうなんだい? ……まぁ、噂は聞いてるが」

「ぅ……やっぱり噂してますか」

「女子寮に新任の先生が、と言うだけでも話題になりますからね」

 ちなみに、その話題をネタにしたのは我がクラスの朝倉である。
 ……保護者側から苦情が来ないのが唯一の救いか。
 まぁ、まだ知られてないだけかもしれないが。
 はぁ。胃が痛くなる毎日だ……。

「私の部屋に招待出来れば良いんですけど」

「いや、それも問題でしょう」

 男性職員と女性職員が同室とか……結婚やら婚約やらしてるなら、話は違ってくるんだろうけど。

「だねぇ。僕の家も家族が居るからね」

 その気持ちだけで十分です、と残っていたビールを一気に煽る。
 うー。

「お、いけるねぇ。どうぞ」

「……すいません」

 おー、喉が熱い。
 あんまり酒に強くないので、すでに出来上がりかけてます。
 新田先生に酌をしてもらいながら、焼き鳥を口に含む。

「大丈夫かい?」

「まだ、大丈夫です」

 もう少しは、多分。
 俺だって、こうやってても毎日色々と疲れてるのだ。
 これくらい飲んだって、別に罰は当たらないだろう。うん。
 うぅ……。

「あんまり無理しないで下さいね?」

「二日酔いにならないくらいには、止めておきますよ」

「なら良いですけど……先生、あんまりお酒強くないんですね」

「ええ。寝付けに一杯飲むだけで、毎日ぐっすりです」

 っと。
 どうぞ、と新田先生に酌をし、自分のコップを空にする。

「ちょっとストップで」

「おや、もう限界かい?」

「はは、ちょっと休憩です」

 もともと、そんなに量飲めないですし、食べれないんですよ。
 飲みながら食べるのが、苦手なんだよな。
 それに、これ以上は流石に明日に残りそうだ。

「どうです、先生。学校の方は?」

「楽しくやってますよ? 皆良い子ですし。新田先生の方こそ大変でしょう?」

 生徒指導員は、生徒から煙たがれるでしょう? と。

「はは……でもその内、先生に任せる事になるかもしれませんねぇ」

「勘弁して下さいよ――自分なんかじゃ、クラス一つでも手に余ってるんですから」

 そうみたいですね、と源先生に小さく笑われた。
 そうなんですよ、と笑って答え、屋台の店主に焼き鳥を追加で注文する。
 塩焼きでお願いしますー。
 とりあえず、もう晩飯食べないで良いようにもう少し腹に入れておこう。

「真面目だねぇ、先生は」

「うぉぅ」

 後ろからいきなり叩かないで下さいよ、瀬流彦先生。
 酔ってるなぁ。

「どうぞどうぞ、もう一杯」

「お、すまないねー」

 それに悪乗りして、酔い潰そうとする俺も俺か。
 久しぶりに量飲んで、酔ってるなぁ。

「二日酔いにならないように、気を付けて下さいね?」

「大丈夫、僕肝臓強いから」

 ……さっきも聞いたような気がする。
 顔は何時ものままだけど、もう止めないといけないようだ。
 ふむ。

「もうそろそろ時間ですね」

「お、もうか……」

 久しぶりに飲んだら、結構盛り上がってしまった。
 はー……良い気分だ。
 きっとまた明日から頑張れるな。

「瀬流彦先生、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよぉ」

 一応、呂律が回らないほど、じゃないのか。
 本当に強いなぁ、俺の倍くらい飲んでると思うんだけど……。
 羨ましいもんだ。

「どうします? 家の方に連絡入れましょうか?」

「はい、先生。お水を飲ませてあげて下さい」

 ああ、すいません。

「水飲めますかー?」

「う、ん。大丈夫」

 っと、勘定もしないとな。

「新田先生、ちょっと、勘定お願いしていいですか?」

 重い、瀬流彦先生重い――体重かけないで下さいよっ。
 新田先生に財布を渡し屋台の椅子から立ち上がって、夜風に当たれるように移動する。
 おー、涼しー。

「涼しーねー」

「ですねー」

 ふぅ。

「大丈夫ですか?」

「……源先生は、お酒強いんですね」

 俺とあんまり変わらないくらい飲んでたと思ったんだけど、顔が火照ってるくらいで、全然大丈夫そうだ。
 明日は大丈夫そうですね、と言うと笑われてしまった。

「先生は真っ赤ですけど、大丈夫なんですか?」

「あー、多分……大丈夫かと」

 そんなに顔赤いんだろうか?
 夜風がこんなに気持ち良いんだから、そうとう赤いのかもしれない。

「瀬流彦先生も大丈夫ですか?」

「うん……だいぶ良くなってきたよー」

 意識ははっきりしてるし、大丈夫そうだ。
 多分、今日のメンバーの中じゃ俺が一番酒弱いんだろうなぁ。
 別に意味も無いんだけど、ちょっとショックだ。

「瀬流彦先生も大丈夫そうだし、お開きにするか」

「あ、新田先生」

 その声に振りかえり、渡された財布をちゃんとしまう。
 酔って失くしたりしたら、目も当てられないしな。

「っと。瀬流彦先生と源先生は送っていくから、先生はまっすぐ帰って寝なさい」

「え? いや、瀬流彦先生は自分が送っていきますよ」

「そんな顔じゃ、瀬流彦先生が心配になってしまいますからね」

 ぅ。
 ペタペタと顔を触ると、やっぱり熱い。
 顔に出やすいんだな、俺。
 さっきも源先生に言われたけど、きっと真っ赤なんだろうなぁ。

「それじゃ、また明日な」

「気を付けて帰って下さい」

「じゃ、またねー」

 うぅ。

「スイマセン、よろしくお願いします」

 ……気を、使ってもらったんだろうな。
 酒の所為か、妙に感傷的な気分で帰路につく。
 明日また、お礼を言おう――まだまだ俺も新米の一人なんだなぁ。

「はぁ――さむ」

 まだまだ夜は冷えるなぁ。
 明日も頑張ろ。
 ちなみに、財布の中身は一円も減っていなかった……
 ありがとうございます、新田先生、源先生、瀬流彦先生。







「あ、ネギ先生」

「え? あ、おはようございます、先生」

 ちょうど職員室に入ろうとしていたネギ先生の小さな背を見つけ、声を掛ける。
 おはようございます、と返し昨日葛葉先生に渡されて便箋を取り出す。

「ネギ先生の課題だそうです。昨日の夜渡されました」

「え!?」

 内容、何なんだろう?

「何て書いてありました?」

「あ、ちょ、ちょっと待って下さい」

 流石に自分から見るのもアレなので、ちゃんと見えない位置に移動して、待つ。
 おー、やっぱり少し緊張してるなぁ。

「………………」

「………………」

 あれ?

「な、なーんだ。簡単そうじゃないですかー」

 びっくりしたー、と笑いながら、その中身をこちらへ向けてくる。
 ふむ。
 中には達筆な字で2-Aの最下位脱出が条件と、書かれていた……。

「なるほど」

「ど、どうしたんですか?」

 確かに、教育実習のシメには良い……のかな?
 普通、論文やら報告書やら書くと思うんだが――それはまた別なんだろう。

「いえ――頑張りましょう、ネギ先生」

「はいっ」

 しかし、これなら俺も少しは役に立てそうだ。
 ――と言っても、実際頑張るのはネギ先生でも俺でもなく、生徒達なのだが。
 だが……と、思ってしまう。
 不謹慎なんだろうけど……それでも、この2-Aが試されるのである。
 今までずっと最下位だったが、今回は、違う。
 あいつらはちゃんと勉強し、ちゃんと成績を上げてきているのだ。
 今の調子なら――きっと、大丈夫。

「それじゃ、教室に行きましょうか」

「そ、そうですね」

 クラス名簿を片手に、職員室を後にする。

「その」

「はい?」

 生徒の居ない廊下を歩いていたら、話しかけられた。

「どうしました?」

「いえ――やっぱり、2-Aの皆さんは、成績が悪かったんですね」

「……ああ」

 まぁ、そうですね。
 そうなんですけど、

「ネギ先生」

「はい?」

「あまり、生徒の前で成績が悪いとか、そういうのは言わないで下さいね?」

 前、神楽坂に言ったらしいですね、と。

「す、すいませんっ。あの時は、初めてだったんで……」

「じゃあ、もう駄目ですからね?」

「……はい、気をつけます」

 そう言って頭を下げる姿を見ると、礼儀正しいし好感が持てるんですが。
 どうにも押しに弱くて、生徒に巻き込まれるんだよなぁ、この先生。

「まぁ、そうですね。2年の時は、少し……ですね」

 でも、下から2位との差もそれほどある訳じゃない。
 平均点計算なので、問題さえ解決すれば一気に盛り返せる差だ。

「順位の計算は平均点の上位からですから、どうすれば点数が上がるか判りますか?」

「え? それなら、点数が……低い人に頑張ってもらえば」

「そうです」

 ウチのクラスには雪広、那波と言った成績上位者もいる。
 なのに毎回最下位なのは――まぁ、言わずもがなである。
 でも、神楽坂達も、今の所は小テストを見る限り成績を上げてきている。
 ――問題は無いと思うんだが、油断はできないよな。

「それじゃ、今日の僕の授業の時に勉強会をっ」

 この前の放課後した居残り勉強会で、味でも占めたんだろうか?
 でも、

「……授業自体が、クラスでの勉強会みたいなものだと思いますけどね」

「ぅ」

 まぁ、もう期末まであと一週間である。
 何か対策をたてるなら今日からが良いだろう。
 さって。

「どうしますか、ネギ先生?」

「え?」

「……だって、この問題はネギ先生の課題でしょう?」

 はいはい、そんな顔で見上げてこないで下さい。
 俺だって悪いと思ってるんですから。
 俺だって副担任なんです――やるだけの事は、やりますよ?
 でも、

「どうやって最下位脱出するか、ネギ先生が考えないと」

「あ、そ、そうですね……」

「何か手伝える事があったら言って下さい、手伝いますから」

「はい、ありがとうございますっ」

 この1年一緒に居たんですから……ちゃんと、その結果を残したいですし。
 2-Aのドアの前で、一度立ち止まり深呼吸を一回。

「それじゃ、今日も頑張りましょう」

 はい、どうぞ、とクラス名簿をネギ先生に渡す。

「はいっ」

 さて、今日も一日頑張りますか。







「それじゃ、この問題を――長谷川と桜咲、解いてくれ」

「ぅ」

「……はい」

「前教えた奴だからな。教科書見直していいから、自力で解いてみろ」

 他の皆も、ちゃんと解いてみろ、と言っておく。
 まぁ、試験範囲は終わらせてしまっているので、今日から数学は復習の時間になるんだが。
 若い頃は記憶力が良い、と聞いた事があるが……覚えてるかな?
 数学は、問題に公式を当て嵌める問題だ。
 逆に言えば、公式が分からなければどうしようもない。
 それを思い出してもらいたい訳だが――さて、どうしたものか。
 2学期の時は、範囲を終わらせるだけで精一杯だったから、今学期はこの為に少し駆け足で進んだんだが。

「出来ました」

「それじゃ長谷川、黒板に答えを書いてくれ」

「はい」

 うん、出来たみたいだな……桜咲は、もう少しか。
 
「ちゃんと思い出したか?」

 教室の前に来た長谷川に、そう声を掛ける。

「えっと、教科書見たんですけど……」

「見て良いって言ったからな。間違って思い出すより良い」

 本当なら、こう言うのは生徒のテスト前の復習勉強を信じたいのだが……。
 生徒と言うのは、勉強嫌いである。
 全員が全員そうだとは限らないんだろうが――きっと勉強好きな生徒はそういないだろう。
 だから、授業時間に勉強をさせる。
 今日から一週間。毎日約一時間の数学の勉強という訳だ。

「そうか――じゃ、解いてみてくれ」

「はい」

 ――うん、正解だ。

「その通りだ。良くやったな、長谷川。戻って良いぞ」

 一度思い出せば、テストの時まで記憶に残ってくれてるかもしれないが……どうだろうか。

「桜咲?」

「あ、はい。出来ました」

「おう。それじゃ前に出て解いてくれ」

 次は、神楽坂と……誰に当てるかなぁ。







「どうですか、ネギ先生。調子の方は?」

「は、はは……本気でマズイです」

 授業から戻ってきたら、小さな頭が机に突っ伏していた。
 まー、現実はそうだよなぁ。

「こ、こうなったら、やっぱりあの方法しか……」

 あの方法?

「何かあるんですか?」

「実は、3日間だけ頭が良くなる魔法が――」

「へぇ」

 どう言うおまじないだろうか?
 隣の自分の席に座り、先ほど行った小テストの採点を始める準備をする。
 うーん……ぱっと見た限りじゃ、間違いは少ないのは流石F組だなぁ。
 毎回学年トップは伊達じゃない、と。

「どんなおまじないなんですか?」

「その代り、一月ほどパーになってしまうんです」

「止めて下さい」

 なんて怖い事を試そうとするんですか。まったく。

「テストなんて普段の積み重ねですよ? そういう怖い事に頼らなくても大丈夫ですって」

「で、でも……授業中にじゃんけんして遊ぶんですよ!?」

「……………それは、帰りのHRで自分の方から言っておきます」

 何をやってるんだ、あいつらは。
 やっぱり、この歳じゃ嘗められるよなぁ……いくら頭良くても、まだ10歳だし。
 どうしたもんかなぁ。
 こればっかりは、どうしようもない気がするな。ネギ先生に頑張ってもらわないと。
 はぁ。

「授業の方は、期末までの範囲は終わってるんですか?」

「そ、それが……」

「……もう一週間前ですよ?」

 まだ終わってなかったのか。
 まぁ、さっきの話を聞く限り、授業中にも遊んでるんだろう。
 少し、厳しく言った方が良いのかもしれないな。

「期末までに範囲までいけそうなんですか?」

「それは、はい」

「……それじゃ、テスト問題の方は考えてます?」

「あ、問題も……」

 はいはい、落ち込まないで下さい。
 まぁ気持ちは判りますが。

「テスト問題の方は、土日で片付けるとして、問題は授業ですね」

「は、はい」

 じゃんけんかぁ……どう怒ってやろうか、まったく。
 それよりも、

「やっぱり、僕が子供だから……」

「…………」

 上手い言葉が、浮かばない。
 実際その通りと言えば、それまでなんだけど……どうしたもんか。
 うーん。

「そればっかりは、どうしようもないですからね」

「あう……」

 実際、見た目と言うのは大事なんだよなぁ。
 新田先生が、まぁ例に出すのは失礼だが……見た目で仕事をしていると言える。
 鬼の新田――この年代の子らには、怒った年配の方は鬼に見えるらしい。
 ……本当は、生徒思いで怒ってもそう怖くないんだけど。
 逆にネギ先生は、怒ってもそう怖くないから、遊び感覚で授業を受ける。
 可哀想な言い方かもしれないけど、教師として見られていないのだろう……最初から、心配していたが。

「どうしたら良いんでしょうか?」

「……そうですねぇ」

 そんな顔で見ないで下さいよ。
 あんまりこういうのは他人から言うもんじゃないと思うんだが……もう時間も無いしな。
 でも、俺の方に正しい回答がある訳でもない。

「新田先生が、何で生徒達から怖がられてるか知ってますか?」

「え? 生徒指導の厳しい先生だから、ですか?」

「そうですね」

 でも、少し違う。

「それは、間違った事をちゃんと怒るからなんです」

「怒る、ですか?」

「ネギ先生の事ですから、アイツらが遊んでいても、止めて下さい、って注意するだけじゃないですか?」

「ぅ……そうかも、しれません」

 まぁ、でも。
 この歳の子に、あの子達を怒れと言うのも酷かもなぁ。

「そういう事です」

「でも、怒って嫌われたら……」

「教師なんて嫌われる仕事ですよ」

 全部の生徒から好かれてる教師なんていません、と。
 あの高畑先生だって、そうなのだ。

「今度遊んだら、机でも思いっきり叩いてみたらどうです? 大声で止めるように言って」

「そ、それはちょっと……」

 まぁ、そこまではまだネギ先生には難しいかもしれませんね、と小さく笑う。

「でも、怒る時は怒らないと駄目ですよ? 手は上げたらだめですけど」

「う――次は頑張ってみます」

「期末まで時間が無いですから、頑張って下さい」

 ただでさえ、課題が課題なんですから。
 後で新田先生達にもお願いしておこう。ネギ先生の課題の件。

「期末の結果は、先生に掛ってるんですから」

「プ、プレッシャーかけないで下さいよっ」

 ははは、良いじゃないですか。

「大丈夫――上手く行きますって」

「そうでしょうか……」

「そうですよ」

 そう不安そうな顔をするもんじゃないですよ、と。

「ネギ先生」

「はい?」

「先生なんですから、生徒を信じて下さいよ」

 もう一度、大丈夫ですよ、と言い、俺は小テストの採点に戻る。
 ……もう少し上手い事を言えたら良いんですけど、すいませんネギ先生。






――――――エヴァンジェリン

「図書館島?」

「うむ」

 学園長室に呼ばれたから何かと思えば……。
 頭が良くなる魔法の本だと?

「2-Aの成績は、言うたら悪いがよろしくない――食いつくとは思わんか?」

「思わんな。いくらガキでも、そこまで馬鹿じゃないだろ」

 ……胡散臭すぎるだろ、それは。

「そんな噂を流してどうする? あの子供先生に取りに行かせるのか?」

「うむ」

「もしじじいの思惑通りに動いたら、教師失格だな」

「ほほ、手厳しいの」

 ふん――くだらん。
 そんな都合のいいもの、何処に存在するものか。
 無条件で頭が良くなるなど、誰が信じるものか。
 ……ウチのクラスの連中は、信じるかもな、と一瞬思ったが、大丈夫だろ。うん。

「そんなのに頼るようじゃ、教師としては最低以下だ」

「しょうがないじゃろ。ネギくんに実戦を知ってもらう為に麻帆良に呼んだのに、ここんとこ、とんと襲撃者もこん」

「――そう言う狙いか」

 確かに、図書館島の地下なら、確かに魔法を使っても問題は無いだろうが……。

「あのガキ、日常でもそれなりに魔法を使っているぞ?」

「……なんじゃと?」

「なかなかの魔力量じゃないか、オコジョになるのも時間の問題だと思うぞ?」

「―――マジで?」

「ああ。神楽坂明日菜には初日から気付かれているぞ?」

 あと、宮崎のどかも怪しんでいるな、と伝えておく。
 はは、頭を抱えるなよ学園長。
 あんな魔力バカを呼んだのはお前じゃないか。

「ま、面白そうだ。噂は流してやるさ――どうなるかは知らんがな」

「う、うむ。よろしく頼む」

 さて、どう揉み消す気なのか……それとも、このまま神楽坂明日菜を巻き込むのか。

「話がそれだけなら、帰るぞ?」

「……すまなかったな。話はこれだけじゃ」

 どうする気なのかは知らんが、巻き込むなよ、と釘を刺して退室する。

「お疲れ様でした、マスター」

「ふん……無駄な時間だったな」

 外に控えていた茶々丸を連れ、校舎の外に出ると――そこは黄昏色だった。
 普通の吸血鬼なら、この時間帯から起きて活動するんだがなぁ。
 どうにも、最近は調子が出ない。はぁ。

「溜息なんてついてどうした、マクダウェル?」

「……また先生か」

 もう一度、溜息。

「それは流石に酷くないか?」

「気にするな。そういう気分なんだよ」

「機嫌悪いな、何かあったのか?」

 ええい、鬱陶しい。

「何でも無い――それより、今日は早く帰るんだな」

「ん? そりゃ、仕事が終われば、俺だって早く帰るよ」

 ったく。能天気な顔を……。

「マクダウェル達も、今から帰りか?」

「ああ」

「んじゃ、途中までどうだ?」

「断る」

「おー。それじゃ、また明日なー」

 ……なんだ。自分から誘っておいて、あっさり引くじゃないか。
 まぁ、どうせ私が断るのが判ってたんだろうが――断らない方が面白い顔を見れたかもしれんな。

「なぁ、先生?」

 私達を置いて歩き出した背に、声を掛ける。
 ふと、面白い事を思いついたのだ。

「んー?」

「もし、もしもだ」

「ああ、どうした?」

「頭が良くなる魔法の本があったら、生徒に使うか?」

 答えは判って入るが、聞いてみた――この先生とあの子供が、どれだけ違うのか、興味が湧いたのだ。
 その問いに、最初はよく判らない、と言った風に首を傾げ……笑う。

「いきなりだな……まぁ、使わないけど」

「……だろうな」

 ま、判り切った答えだな。

「どうしてだ? 次の期末、2年最後のテストで学年トップになれるかもしれないぞ?」

「でもそれじゃ、マクダウェルや神楽坂達の努力が無駄になるだろ?」

「……私は別に努力してないがな」

 そこはしてくれよ、という呟きは無視。

「折角小テストとかで良い点とってるのに、本一冊でそれがチャラじゃ、誰も努力なんかしなくなる」

「ま、正論だな」

「マクダウェルはその本があったら使うのか?」

 まさか、と首を振る。
 そんな怪しいもの誰が使うものか。

「こっちから願い下げだ」

「……その本で、何かあったのか?」

「別に」

 妙な所は鋭いな、まったく。

「そういう噂があるだけだ」

「魔法の本?」

「そう」

 へー、と少し――本当に少しの驚いた声。

「ま、先生には必要ないものだろ」

「そんな本を探すなら、その時間をテスト問題考える時間に使うよ」

「嫌に現実的だな……」

「先生だからなぁ」

 そういう問題か?
 まぁ、もう期末の時期だしな――憂鬱だよ、まったく。

「簡単な問題にしてくれよ?」

「復習をちゃんとしてれば、点数取れるさ……多分」

 だと良いが。

「じゃあな、先生」

「おー、また明日な」

 ふむ――やはり、あの先生は飛び付かないか。
 ま、信じてなかったというのもあるんだろうが……な。

「帰るぞ、茶々丸」

「はい」

 さて、どうなることやら……。

「魔法の本の件、お前はどうなると思う?」

「……判りません」

「ふん」

 まぁ、まだ“考える”機能が不完全だからな。
 葉加瀬の話ならソレは成長するらしいが……何処までの物か。

「ですが、手に入らなければ良い、と思います」

「そうか」

 ……そうだな。
 ま、じじいの思惑通りに事が運ぶのも、癪だしな。



[25786] 普通の先生が頑張ります 8話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/09 10:36

――――――エヴァンジェリン

「綾瀬さん達が今夜、図書館島に忍び込むそうです」

 学校が終わり、ちょうど帰宅すると茶々丸がそんな事を言いだした。
 ふと、何の事か考え――そう言えば、じじいにそんな事を頼まれていたな、と。
 しかし――我がクラスながら、本当に食い付くとは。

「ほう……随分と遅かったな」

「はい。彼女は図書館島の罠、通路をおそらく2-Aの中の誰よりも熟知しています。
 準備を万全にして臨むつもりだと思われます」

「……入った事は無いが、そこまで酷いのか?」

「一般人では、地下三階以降は踏破は不可能かと」

 どうして学園にそんなものがあるのか……全くもって理解に苦しむな。
 まぁ、地下には貴重な魔道書やら、マジックアイテムが置いてあるらしいが。
 現状、必要な者はじじいに頼めば手に入るので、いまだ入った事はない。面倒だし。

「しかし、綾瀬という事は、バカレンジャーが行くのか?」

「はい。それと図書館探検部の面々で」

「――何だ、その珍妙な部活は?」

「図書館島を踏破し、マップを作る部活だと報告してあります」

「……そうか」

 一般人では踏破が不可能な場所を踏破し、マッピングする部活、か。
 よく創部の許可が下りたものだ。

「どうなさいますか?」

「ん?」

 そう、だな――。
 どうしたものか……。

「ぼーやはどう動くか判るか?」

「ネギ先生は、おそらく参加されるかと」

「おそらく?」

「同室の木乃香さんが参加されるので、その流れで明日菜さんとネギ先生も」

 なるほどな。
 何だかんだで押しに弱いからな、あの二人は。
 ふむ。

「様子を見に行く、時間の確認と準備をしておけ」

「わかりました」

 そう一礼し、部屋を出ていく。
 ――どうなる事か。
 制服から着替えをしながら、溜息を一つ。

「じじいの掌の上、か」

 もし本当にそうだとしたら――それだけでしかなかったという事か。
 期待していた訳ではないが、それでも落胆してしまう。
 所詮は、まだ子供か……。

「ふ……まぁいい」

 愚かな子供なら、それだけ踊らせやすいというものだ。
 手応えのある獲物も悪くないが、愚かな獲物もそれなりに楽しめる。

「マスター、楽しそう」

「ああ、それなりに悪くない気分ではある」

 メイド服に着替えた茶々丸が戻り、制服を洗濯しに持っていく。
 楽しそう、か。
 そうなのだろうか? 自分の事だが、良く判らんな。







 その夜、皆が寝静まる時間帯――吸血鬼の時間に、図書館島に赴く。
 目的はもちろん、魔法の本なわけだが。
 あのじじい、本当にそんなのを用意したんだろうか?
 それはそれで、どんなものか興味があるな。

「楽しそうな事をするらしいじゃないか?」

「……エヴァンジェリンさん?」

 最初に声を掛けたのは、この中で最も“本”に興味を示しているであろう綾瀬。
 どうにも、私が流した噂に飛び付いたのはこいつらしい。

「どうしたんですか?」

「一枚噛ませろ。図書館島に入るなら、茶々丸も役に立つぞ?」

「……何が目的なのです?」

「“本”に興味があるだけさ――どんなものか、な」

 疑っている?
 まぁ、当然か。自分で言うのもアレだが、私も人付き合いが良い方ではないからな。
 準備をしていた早乙女、宮崎、長瀬、佐々木もこちらを見る。
 しかし、揃ったのはバカレンジャーばっかりか。
 宮崎のどかと早乙女ハルナは、綾瀬夕映の付き添いと言ったところか。
 もしくは、ただ楽しそうだからか。
 ……どうでも良いか。

「判ったです」

「そうか」

 別に、お前がどう言おうが、私は参加――見学するのを止める気は無いがな。
 一言そう言い、皆とは少し離れた場所に、腰を下ろす。

「茶々丸、お前は私を守れ」

「判りました」

 流石に、こんな事に魔法を使うのも馬鹿らしい。
 万が一があっても、茶々丸ならどうにでも対処できるだろう。

「先生は来ないのか?」

「木乃香にネギ先生を連れてきてもらうように、頼んでるです」

「……神楽坂明日菜は?」

「来ないと言ってたです」

 ほ、う。

「来ないと言ったのか?」

「アスナは明日のバイトがあるから、来ないアル」

 真面目な事だな――じじいが喜ぶ訳だ。
 教育者からすれば、それより勉強を……と、あの男は言うんだろうが。
 他人事ながら、そう的外れでは無いであろう考えを浮かべ、小さく笑う。

「しかし、魔法の本とやらは、本当にあるのでござろうか?」

「どうだろうな」

 さて、じじいが何を用意しているのかは判らんが……本当に、どうなる事やら。
 これだけの一般人を巻き込んで、どうするつもりか。
 こいつら全員と仮契約でも結ばせるか?
 身体能力的には問題無いだろう、長瀬とクー。
 綾瀬達も、アーティファクト次第では戦力になるかもしれんしな。

「しかし、エヴァンジェリン嬢と茶々丸殿もそういうのに興味があるでござるか?」

「そうだな……まぁ、な」

「私は、マスターがこちらに来られましたので」

 もう少し、歪曲な物言いはできないのか、このボケロボは。
 マスターなんか、普通は聞かないだろうに。
 しかし、長瀬楓はそうでござるか、と。あっさり頷いてるし。
 相手がバカで助かったぞ……それとも、私が考え過ぎなんだろうか?

「それにしても、ネギ先生の卒業課題が2-Aの最下位脱出なんて、難しいアル」

「……何?」

 何だそれは、と茶々丸を見上げるが、首を横に振る。
 どうやら、茶々丸もその情報は持っていないらしい。
 私も、そんな話は聞いていないんだが。

「知らないアルか? ネギ先生、次のテストで2-Aが最下位ならクビらしいアル」

「それに、拙者達も小学生をもう一度とか、色々噂がたってるでござる」

 あ、の、くそじじい。
 私の情報以外にも、噂をバラ播いたのか……。
 しかし小学生とは……もう少し、マシな噂は無かったのか?
 それは流石に、誰も信じないだろう。

「そうか……いや、流石に小学生云々は無いだろ」

「そうでござろうが、何か罰が下るのはあるかもしれないでござる」

 まー、毎回最下位だったからな……あるとしても、春休みに勉強会くらいだと思うが。
 それに、ぼーやもどんな事があれ、きちんと課題はクリアすると思うがな。
 それが本人の実力か、それとも誰かの助けが入るのか。
 ……まったく。あのじじいの身内への甘さも、考え物だな。

「お、来たでござる」

「む」

 茶々丸を見上げると、それから数瞬して、図書館島と学園を繋ぐ橋に目をやる。
 ……こいつ、気配の感知範囲は私達以上か?

「あれ、アスナも来たアル」

「うわ、夜の図書館って怖っ」

 何でお前まで来てるんだ……まったく。

「バイトが忙しくて来ないんじゃなかったのか?」

「あれ、エヴァ? あ、茶々丸さんも」

「こんばんは、明日菜さん」

「エヴァはどうしたのー?」

 はぁ、相変わらず能天気な奴だな。
 その後ろでは遅れてきた近衛が皆に謝っている。
 ぼーやは、

「ふぁ」

 欠伸をしていた。パジャマ姿で。
 ……頭痛を抑えるために、目頭を指で押さえる。
 どういう状況だ、これは。
 まぁ、しっかり杖だけは持っているのは褒めても良いが。

「あ、エヴァも国語悪かったもんね」

「……お前らと一緒にするな」

 それに、私は点数なんか気にしていない。
 とりあえず、補習を受けるような点数でもないしな。

「はー、魔法の本なんて信じてるの?」

「ふん――お前はどうなんだ?」

 ぼーやの魔法を見た事があるお前なら、それも現実にあると感じるんじゃないか?
 正直に言えば、この中で一番その存在を信じれるのも、コイツかも知れん。

「信じないわよ、胡散臭い」

「ほう」

「それに――まぁ、魔法なんて、胡散臭いじゃない」

 ――ほぅ。

「碌なもんじゃないわよ、魔法なんて。どうせエッチなもんじゃないの?」

「そ、それもどうかと思うが……」

 魔法って、あんまり好きじゃないんだよねー、と言いながらぼーやについて行った背を目で追う。
 ……はぁ。

「あまり、ネギ先生の事を信用してないようですね」

「そーみたいだなぁ」

 疲れたと言うか、何というか。
 一気に気力を持っていかれた気分だ……。

「揃ったですか?」

「どう言う事ですか、コレ?」

 何の集まりですか? と言う声に耳を傾ける。
 さて――。

「ネギ先生の為だよ。皆で集まったの」

「佐々木さん?」

「水臭いアル、先生」

「クーさん?」

「そうでござるよ」

「え? え? どう言う事ですか?」

 ふぁ――欠伸を一つし、そのやり取りを離れた場所から観察する。
 さて、どうなる事か。じじいの思惑通りか、それとも……。
 自然と頬が緩むのが判った。

「マスター、楽しそう」

 ああ、と
 そうだな、と。――認めよう。私は今、楽しんでいる。
 この、じじいの用意した茶番劇を。
 その結末を。
 ナギ……お前の息子がどれほどのものか、見せてくれ。
 どれほど澄み、どれほど淀んでいるのか。

「な、何で僕の課題の事知ってるんですか!?」

「皆知ってるアル」

「えーーっ!?」

 しかし、課題内容をバラすのはどうかと思うぞ?
 まったく……。
 それとも、ぼーやがその辺りをキチンと情報管理をしていなかったのか。
 どっちもありそうで、余計に頭が痛くなってしまう。
 はぁ……ナギ、お前の息子は、何と言うか……なぁ。
 まぁまだ10にも満たないガキだしな。

「それで、そんなネギ君の為に魔法の本を探しに来たんよ」

「木乃香さん……え? 魔法の本、ですか?」

「そうえ、読むだけで頭が良くなるらしいしなぁ」

「いや。そんなの無いから、木乃香」

 ……この中で一番の常識人がお前か、神楽坂明日菜。
 あの先生の苦労が何となく判った気がするよ。
 頭痛を抑えるために、目頭を押さえる。
 ついでに、気付かれないように小さく溜息も吐く。

「それじゃ、揃った事ですし、早速潜るです」

「え? え?」

「明日も学校でござるしな」

「図書館の下は罠ばかりですから、気をつけないと」

 さて――と。
 進み始めた一団に付いていこうとし

「ま、待って下さいっ! 罠ってなんですか!?」

「え? 図書館の地下の罠ですよ」

「……な、なにそれ? 聞いてないんだけど?」

 さも当然と言った風に言うな、宮崎のどか。
 その異常性に少しは気付け。
 普通の図書館に、罠なんか無いからな?

「危ないですよ!?」

「大丈夫です。今回は長瀬さんとクーさんも居るですし、私達も地下に潜るのは慣れてるです」

「そんな問題じゃないですよ」

 まぁ、そうなんだがな。
 ふむ――上げた腰を再度下ろし、ぼーやの出方を見る事にするか。

「皆さんにもしもの事があったらどうするんですか!?」

「大丈夫アル。ワタシ達馬鹿な分、荒事は得意ネ」

「そういう問題じゃないでしょ!? 何、罠って!?」

「貴重書狙いの盗掘者から本を守るための罠です」

「あっさり言うなっ! そんな危ない事――」

「駄目ですよー」

 ……そんな罠なのか、ここのは。
 たかが本に、物騒だな……まぁ、地下に置いてある魔道書の類だけだろうが。
 しかし、一般人が立ち入る事が出来る所に魔道書とは……流石にどうかと思うぞ、じじい?

「でも、テストで点数取らないと、ネギ先生課題合格できないんでしょ?」

「……大丈夫、です」

「そんなの良いですから、危ないのは駄目ですっ」

 ――ほぅ。
 少し離れていたが、その声はハッキリと耳に届いた。

「ネギ先生……お前にとっては、課題は“そんなの”程度なのか?」

「え? ――ぁ」

 は、はは。
 面白い事を言うじゃないか、ネギ=スプリングフィールド。
 本当に、面白い事を。

「そうだよ、ネギ先生。課題クリアしないと」

「で、でも」

 私が言いたいのはそんな事じゃないんだがな、佐々木。

「皆さんにもしもの事があったらどうするんですかっ」

「拙者とクーが居るでござるよ」

「長瀬さん達の手が届かない所に居たら、どうするんですか?」

「ぅ……それは、離れないように」

 ふん、私を見るなよ。
 私は離れて動くぞ? その方が楽しそうだからな。
 笑ってその視線に答えると、長瀬は頭を垂れた。

「でも、それじゃどうするです? 2-Aが最下位脱出なんて」

「大丈夫です、きっと出来ますから」

 ……そうは思えないがな。
 少なくとも、今までのままなら。

「先生から聞いてますし、僕も確認しました。
 皆さんちゃんと成績が上がってきてるんです。今の状態なら、きっと最下位脱出できますっ」

「うーん、そうアルか?」

「はいっ。それに、そんな魔法に頼ったら、きっとまた来年もその魔法の本を探さないといけませんし」

「それもそうアルね。……流石にもう一度は、面倒臭いアル」

「大丈夫です。自信を持って下さい――皆さんは、馬鹿じゃないんですから」

 そう言った顔は、笑顔。
 ふぅん――。

「でも、私達皆からバカレンジャーって呼ばれてるし」

「なら、期末テストが終わったら、誰にも呼ばせません。きっと誰も呼ばなくなります」

 ――随分と、前向きな事を言うじゃないか。
 まるで、一端の教師のようだな。
 しかしそれは、結果ありきの答えだ。
 結果が散々だったら、きっとまた誰もがバカと呼ぶだろう。

「明日菜さんだって、先生から褒められてましたし、夕映さんだってきちんと勉強すれば出来たじゃないですか」

「ぅ」

「まだ3日あります。土日もあります。きっと大丈夫です、魔法の本なんかに頼らなくても、皆で頑張りましょう」

「ですが……」

 最後の抵抗は、綾瀬。
 まぁ、この雰囲気ではもう無理かもしれないが……。

「ぼーや」

「何ですか、エヴァンジェリンさん?」

 それじゃ、じじいは納得しないんだよ。

「その魔法の本があれば、最下位脱出どころか、学年トップだって狙えるんだぞ?」

「そ、そうですっ。やっぱり、一度はトップも取りたいですっ」

「――」

 お前の場合は、魔法の本が目当てだろうが、綾瀬。
 ……私は、どうでもいいが。

「綾瀬さん、本当に学年トップが取りたいんですか?」

「――はい」

 そして、一呼吸置いて

「なら、今から一緒に勉強しましょう」

「へ?」

「一夜漬けじゃなくて、三日漬けですけど、綾瀬さんなら詰め込めば大丈夫なはずですっ」

「いえ、そうじゃなくてですね……」

「綾瀬さん」

 その顔は、今まで見た事の無いネギ=スプリングフィールドの顔。

「魔法の本なんか頼って点数を取っても、駄目です。きっと、駄目なんです」

「………ぅ」

「それは、担任として許可しません。出来ません」

 ――迫力のある、怒り。
 だがそれも、吸血鬼である私にとっては可愛いものだが。
 そして、その怒りは、何に対してか……。

「大丈夫です、皆さんなら出来るって僕は信じてますから」

「………はい」

 それも一瞬。
 だが、

「よくもまぁ、今までが今までの奴らを信じられるな」

「え?」

「判ってるのか? 信じた結果が、駄目だったら」

 課題失敗。おそらく、魔法界へ帰される――事は無いだろう。
 だが、信じた結果、裏切られた者の末路が――。
 その目は、まっすぐに私を見、

「それでも、信じます」

 それは、まるでどっかの先生を思い出させる目だった。
 まっすぐと、ちゃんと目の前の人を“見ている”目。
 ……まぁ、アレと比べると、まだ弱々しいものだが。



「僕は先生ですから」



 さぁ、帰って勉強しますよー、と言う声は遠い。

「マスター」

「ああ、帰るか」

 なんだ……と、自然と笑みが零れた。
 じじいの茶番を潰したのは結局、ネギ=スプリングフィールドでも、私でも、予想外の生徒でもなかったのか、と。
 本当に、ただの茶番だった訳だ。

「案外化けるかもな」

「誰が、でしょうか?」

 考えろ、と答え、帰路につく。
 文字通り茶番に付き合わされたのに、そう気分は悪くない。

「これから面白くなりそうだな」

「そうですか?」

「ああ――」

 魔法使いとしては、間違った答えだ。
 だが教師としては、正しい答えだろう。
 なら……あのぼーやが目指す“立派な魔法使い”としては、どうなのだろうか?
 本当に、化けるかもしれんな――。





――――――

「おはよう、絡繰」

「おはようございます、先生」

 毎朝恒例となった、マクダウェル宅前での朝のあいさつの後、いつものようにリビングに通されると、

「おはよう、先生」

「……おはよう、マクダウェル」

 なんと、マクダウェルが起きて朝食を摂っていた。

「どうした、私が起きているのに……そんなに驚いたか?」

「ああ、いや。うん。おはよう」

 すまん、驚いた。
 それはさっき聞いた、という声を聞きながらソファに腰を下ろす。

「ふん――それより」

「ん?」

 なんだ? やたら機嫌が良いな。
 まぁ、生徒が機嫌が良いのは良い事だ、うん。

「どうした? 昨日何かあったのか?」

「話の腰を折るな。それより、期末の調子はどうだ?」

「んー?」

 生徒がそんな事聞いてくれるなよ……。
 苦笑し、

「答えられる訳無いだろ。お、すまんな絡繰」

「いえ」

 差し出された紅茶を受け取り、一口啜る。

「相変わらず、絡繰はお茶を入れるのが上手いなー」

「恐れ入ります」

 この会話も何度目か。
 そんな事を思いながら、もう一口。

「なんか機嫌が良いな。良い事でもあったのか?」

 この前の……何だっけ? そう、魔法の本とかの時とは正反対だ。
 うん。朝から機嫌が良いのは良い事だ。

「そうでもない――が、一つ予言をしてやろう」

「……またか?」

「そう言うな」

 いや、正直お前の予言は嫌な予感しかしないんだ。
 最初が最初だっただけに……。
 自分でも頬が引き攣るのが判った。

「くく――今回は、先生にもそう悪い話じゃないと思うがな」

「……ふぅん」

 もう一口――と、あ、紅茶無くなった。

「ま、そんなに聞くのが嫌なら、言わんよ」

「って、ここでそれか」

「ああ」

 楽しそうだなぁ。
 何でそんなに機嫌が良いんだろう?
 ……でも、他の生徒達のご機嫌に比べたら、まだほんの些細な変化なんだよな。
 飛び上がって喜んだりしないんだろうか?
 まぁ、キャラじゃないか。
 自分の中のマクダウェルがあまりに可笑しくて、小さく笑ってしまう。

「何を笑ってる?」

「んー、ま、マクダウェルが朝から機嫌が良いからな」

「なんだそれは――それに、そんなに機嫌が良い訳じゃない」

「はいはい」

 あ、絡繰おかわりー、と声を掛けて、時計を見る。

「もう少ししたら出ないとなぁ」

 しかし、今朝はゆっくりできるな。

「今日は時間があるな」

「マクダウェルが起きてるからなぁ」

 これからもこの調子で頼む、と言ったら一言で断られた。
 はぁ。

「ふん――こういうのは偶にだから価値があるんだ」

「いや、それは自分で言うなよ……」

「誰が言っても意味は変わらんだろ」

 まぁそうなんだけどなー。

「それより、ちゃんと試験勉強はしてるか?」

「……ま、気が向いたらな」

「絡繰、マクダウェルがちゃんとしてるか、見といてくれないか?」

「判りました」

「……だから、何故――まぁ、いい」

 その小さな溜息を聞きながら、紅茶をもう一啜り。

「魔法の本」

「ん?」

「魔法の本、もし手に入ったらどうする?」

 あの頭の良くなる? と聞くと首肯された。
 うーん、手に入ったらねぇ。

「マクダウェル、要るか?」

「……もういい、判った」

 どうせ、そんなの手に入らないからなぁ。
 どうすると言われても答えようがないのが本音なんだが。

「真面目だな」

「ま、先生だからなぁ」

 生徒の見本にならないと。
 結構大変なんだよ、先生も。




[25786] 普通の先生が頑張ります 9話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/09 13:58

「あら先生、ご機嫌ですね」

 あ、源先生。

「いやー、そうでもないですよ? ええ」

 そんなに顔に出てい……るんだろうな。
 正直、嬉しくて仕方が無い。

「あらあら、本当かしら?」

「は、はは」

「何か良い事があったんでしょう」

「い、いやー」

 新田先生からもそう言われ、緩んでいるであろう頬を引き締める。
 今日、全学年、全教科の期末テストが終わった。
 そして――教師としてあるまじきことではあるのだが……2-Aのテストから先に採点してしまった。
 ……これくらい、なぁ。
 そして今現在、授業も終わり日も落ちた時間――頬がにやけてます。
 ご機嫌ですか? ええ、ご機嫌ですよ。
 だって。

「平均76……」

 今までより約10点の点数アップである。
 ちなみに、計算は3回したので、間違っていないと思う。
 これが喜ばずにいられようか? いや、無理だ。
 おぉ、皆頑張ったなぁ。
 教師として、これほど嬉しい事もないんじゃないだろうか?
 この調子で他の教科も頑張っていてくれよ。

「よっぽど、2-Aの皆さんは頑張ったみたいですね」

「あ、はは――バレてます?」

「もちろん。バレバレですよ」

 は、は……うーん、そんなに俺は判り易いか。
 あんまり、生徒の前じゃ顔に出さないように注意しないとな。
 嬉しいという気持ちはあるが、顔には出さないようにしないと。

「さて、今回はどのクラスが最下位かしら」

「まだわかりませんよ……」

 でも、ウチのクラスが最下位じゃないなら、別のクラスが最下位なんだよな。
 そう考えると、素直に喜べない……か。
 やっぱり、教師は難しい。
 自分と、自分のクラスだけを考えるだけじゃ、なぁ。

「でも、今くらいは良いんじゃないですか?」

「え、えーと」

「今は私と新田先生だけですから、喜んでも大丈夫ですよ?」

「あ、あー」

 そ、そんなに顔に出てるかな、俺。
 これでもトランプとかは得意なんだけどな。

「でも、早く帰らないといけませんからね?」

「は、はい」

 それはまるで、子供に言い聞かせるような言い方で――だからこそ、余計に恥ずかしく感じてしまう。
 うん。帰ろう――テストも終わったし、後はテスト返却と数日の授業で……終わりだ。

「――はぁ」

「今度は溜息ですか?」

「あー、すいません」

「いえいえ。どうしたんです?」

 くすくすと、職員室に小さな笑い声とチクタクと時計の秒針の音が響く。
 あー。

「……これで、2年生ももう終わりだなぁ、と」

「……そうですね」

 あっという間だったなぁ……1年。
 そう考えると、余計に感慨深く感じるのは――年取ったからかなぁ。

「今そんな事を言ってると、来年の今頃はどうなってる事やら」

「は、はは」

 そうですね、と。
 来年はあの子達も3年――卒業である。
 早いものだ……ついこのあいだ中学一年生として入学してきたのにな……。
 ……副担任なのに、卒業式で泣くかもしれん。
 それは流石に恥ずかしいなぁ。

「ですが、先生の気持も判りますよ」

「そ、そうですか?」

 新田先生も嬉しいですか? と聞くともちろんです、という答え。

「……先生。この後、一杯どうです?」

「あ、良いですねー」

 明日は休日ですし、この時間なら生徒もそう居ないだろうし。
 今日くらいは……。

「それなら、私もご一緒して良いでしょうか?」

「もちろんです」

 さって、そうと決まれば帰る準備をするか。
 残りのテストの採点は、明日、部屋でやろう。




――――――エヴァンジェリン

「それで、今度は何の用だ?」

「むぅ、そう毛嫌いせんでもええじゃろ」

 じじいがそう唇を尖らせるな、気色悪い。
 その様を一瞥し、先を促す。

「図書館島の件なんじゃが」

「言っておくが、私は何も手出ししてないからな?」

「それは判っておる。あの場には居たようじゃがの」

「ちっ」

 やっぱり覗いてたのか、このくそじじい。
 それで? と、促す。

「エヴァ、お主はどう思う?」

「今のところ、魔法使いとしては三流だな」

「……厳しいのぅ」

 ま、私も魔力しか見てないからな。
 どれほどの技術と頭を持ってるかは知らん。
 ――あのナギの息子なら、頭は切れるのかもしれんが。
 が、もうすでに一般人に魔法使いだとばれてるのは減点だろう。
 それに、

「どうせ、まだ実戦の一つもしてないんだろ?」

「うむ、そうなんじゃ」

 どうせ、今日呼んだのはその事だろう。
 年寄りの話は、どうしてこうも回りくどいのか。
 さっさと終わらせる為、こっちからその話題を振ってやる。

「ネギくんの事なんじゃが」

「ああ」

「お主、鍛えてみる気は無いか?」

「無いな。次言ったら殺すぞ、じじい」

 話は終わりだ、と立ち上がる。
 下らん。時間の無駄だったな。
 私があのぼーやに――。

「せっかちじゃなぁ」

「こうなる事は判って言ったんだろう?」

「そう悪い話じゃないじゃろ? 対価を言う事も出来る」

 それは――私の“呪い”の解呪法の事を、言っているのか。
 学園の長公認で、スプリングフィールドの血を、望んで良いと言う事か。
 ――――ふん。

「学園長の言葉じゃないな」

 魔法使いとしては――きっと正しい姿だ。
 闇の福音よりも、英雄の息子の方を優先すると言う事。
 ……だから、気に食わん。

「それだけか?」

「いや。それと、3-A……お主たちのクラスの担任、ネギ君じゃから」

「そうか」

 それは、きっと最初から決まっていた事だろう。
 アレがネギ=スプリングフィールドで、ここが麻帆良だから。
 しばらくは、この魔法使いの街に、英雄の息子を飼うと言う事か。

「エヴァ」

「なんだ?」

 扉を開ける。
 まったく……本当に無駄な時間だ。

「呪いを解くのは、自由にして構わん」

「ふん」

「お主はもう十分、“光”を知ったじゃろ?」

 そして、学園長室を出る。
 入り口に控えていた茶々丸に声を掛け、廊下を歩きだす。

「お疲れさまでした、マスター」

「――――ああ」

 そのまま無言で外に出……職員室にまだ電気が付いている事に気がついた。

「先生は居るのか?」

「判りません」

 そうか、と。

「ふ、ぁ」

 今はこんなにも吸血鬼の時間なのに――少し眠い。
 ……まったく。
 どうしてこうなったんだか――去年までの私は、何処に行ったのか。

「帰るか」

「はい」

 ――これから、どうなるのか。


――――――

「ふぁ」

「どうしたんだ? ずいぶん眠そうだなぁ」

 まぁ、いつも眠そうだとは言わないでおくけど。
 欠伸するほどじゃないからな。

「ふん。テストも終わったしな」

 テスト終了から数日後。
 学園へ向かう途中、あまりに眠そうなマクダウェルにそう声を掛けると、そんな答え。
 まぁ、判らなくは無いけど。
 俺もテスト終了の翌日は何時もより遅くに目が覚めたし。軽い二日酔いだったし。

「それで、夜遅くまで起きていた、と」

「はい。就寝なされたのは、深夜の2時過ぎでした」

「おい、バラすなっ!」

 まったく……。

「授業中に寝るんじゃないぞ?」

「テストはもう終わったんだ。どう足掻いても、今更だろ」

「それとは関係なく、だ。授業中は勉強するもんだ」

 はぁ。
 いくらテストが終わったからって、テストの点が最近落ちてきてるのは変わらないんだからな、と。
 少しは勉強して、3年で楽をさせてくれ。

「判った判った、ちゃんと寝ずに起きてるよ」

 また投げ遣りに言うなぁ。
 真面目に授業受ければ、もっと高い点数狙えるだろうに。

「絡繰、マクダウェルが寝たら起こしてくれな?」

「畏まりました」

「だから、何でそこで茶々丸に頼むんだっ」

「……だって、お前確実に寝るだろ」

「ぐ――ふ、ふん。教師は生徒を信頼するもんじゃないのか?」

「信頼していても、注意する所は注意するんだよ」

 大体、そう言うのは信頼とは言わん。

「ちっ、正論を……」

「諦めるんだな。俺の授業の時は、問答無用で起こしてやるから」

「はぁ――面倒な奴に目を付けられた……」

「お前がサボらなければ、大丈夫だったんだがなぁ」

「他人事のように言うなっ」

 はいはい。
 俺も、マクダウェルの扱いに慣れてきたもんだ。
 最近は素行も良いし――3年になったら、皆勤賞でも狙ってもらうかね。
 ……ああ、でも。

「そう言えば、そろそろ花粉の季節だけど、大丈夫なのか?」

「ふん――今年はそう花粉の量も多くないんだろ」

「酷くなったら休んでいいからな?」

「――ふん」

 マクダウェルって、花粉に酷く弱いんだったな。
 去年の今頃も、それで休んでたし。
 このまま、今学期中は大丈夫だと良いんだが。

「休むなと言ったり、休んでいいと言ったり」

「はは――まぁ、あんまり無理はするなと言う事だな」

「私にとっては、朝起きる事も無理の一つなんだがな」

「はいはい」

「……まぁ、別に良いがな」

 それじゃ、今日も一日頑張りますか。







「しっかし、毎回思うが派手だよなー、この学園」

 今、電光掲示板に表示されるのは一年生の期末での順位。
 一位から表示されるから、残ると本当に心臓に悪いよなぁ。
 まぁ、最下位から表示されても嫌なんだけど。

「うー、ドキドキするー」

「はは。まぁ、落ち付け佐々木」

 1年の時からそんなに力んでどうするんだ。
 だが、それももうすぐ終わる――次は、俺達2年である。
 いいから隣でハァハァ言うな。

「今からそんな調子じゃ、2年の時は気絶するぞ」

「う、うぅ」

 しかし、集まってきたな。
 周囲は人人人。何でも祭みたいに騒ぐのは、個人的には好きだけど、学校としてはどうだろう?
 ……これを楽しみにしてる生徒もいるみたいだし、良いのかなぁ。

「大丈夫かなぁ」

「……どうだろうなぁ」

「いや、そこは嘘でも大丈夫って言おうよ、先生」

「そうですえ、先生」

 おー、近衛達も一緒に来たのか。
 あれ?
 てっきり神楽坂も一緒だと思っていたが、来たのはネギ先生と近衛の二人だった。

「神楽坂は?」

「明日菜さんは、なんか用事があるそうです」

 場所は教えてたので、後で来られるかと、と。
 ネギ先生と神楽坂って、いつも一緒に居るイメージがあったが、そうでもないのか。
 まぁ、それはそうか。
 自分の考えに苦笑し、視線を電光掲示板に戻す。
 それにしてもどうしたんだろう?
 神楽坂も、こういう祭事は好きだと思ったんだが。

「それより、どう思います?」

「え? えっと……どうでしょうか」

 全教科の点数を聞いていないので、断言は出来ないが――数学だけなら、学年でも中位。
 おそらく最下位は無い――と思うが、問題は他の教科である。
 特に、英語は平均点が64点台……前回の中間より数点だけ上の状態である。
 ……良く授業中に喋ったり遊んだりしてたらしいし。
 来年はちゃんと授業を受けてくれたらいいんだが。

「ま、どっちにしろもうすぐ判りますか」

「で、ですね」

 さて、と。
 1年も終わったか……次は、2年。

「うー、ドキドキする」

「……俺も緊張して来たから、深呼吸でもしろ」

「ぅ。すーはーー」

 素直だなぁ、佐々木。
 その素直さで緊張を和らげ、俺も気付かれないように、小さく息を吸って、吐く。
 佐々木ほどじゃないけど、俺も結構緊張しているのだ。
 しょうがない――やっぱり、自分の受け持った生徒達の事なのだ。
 ……緊張しない訳が無い。

「あ、見つけたっ」

 ん?

「おー、神楽坂――マクダウェル達も来たのか」

 珍しい。神楽坂と一緒だなんて。
 気になって見るにしても、一人で見てると思ったんだが。

「えぇい、判ったから手を引っ張るな、神楽坂明日菜っ」

「だって、見失うじゃない」

「それは私の身長の事かっ」

「うん」

 あっさり言ってやるなよ……。
 それにしても、仲良くなったよなぁ、この2人も。
 良い事だ、うん。

「楽しそうだなぁ」

「何処をどう見たらそう見えるっ」

「先生、順位の方はどうですか?」

「あ、そうだった」

「無視するなっ」

 しかし、何時の間にこいつらは仲良くなったんだ?
 まぁ、この調子なら次の学年じゃマクダウェルのサボりも大丈夫だろうな。
 うん……神楽坂には感謝だな。

「私は別に、順位などどうでも良いんだがな……」

「いーじゃない、どうせ茶々丸さんと一緒に暇してたんだし。ねぇ?」

「はい」

「茶々丸っ! お前が同意するなっ」

 ネギ先生と佐々木は可哀想なくらい緊張してるのに、この二人は楽しそうだなぁ。
 ま、緊張が無いってのも、良いのかもな。

「おい、何だその顔は」

「ん?」

 そんな事を考えてたら、思いっきり睨まれていた。
 うーん……相変わらず、こういう顔は怖いなぁ。
 と言うか、教師を睨むな、教師を。

「いや、何時の間に神楽坂と仲良くなったんだ?」

「ふん……別に仲良くなんかない」

「そうかー」

 こういう所は判り易いなぁ、と。

「おいっ」

「ねー、エヴァ。ウチってどのくらいの順位か賭けようよ」

「あ、うちもー」

 おいおい、まったく。

「教師の前でそういう事を言ってくれるなよ」

「あ、えーっと……お昼の飲み物くらいで」

 しかも、小さいなぁ。

「じゃあ、うちは10位で」

「私は下から2番目かなぁ」

 それで、と二人の視線がマクダウェルに向く。

「…………7位だ」

 結局お前も乗るのな。
 それがまた微笑ましくて、苦笑してしまい……また睨まれた。
 だから怖いって。

「茶々丸さんは?」

「私もですか?」

 神楽坂は、本当に誰とでも仲良くなるなぁ。
 きっと、一種の才能なんだろうな。

「いや、絡繰が思ったように言って良いと思うぞ?」

 どうして俺を見る?
 流石に、俺も順位までは知らんからな。

「僕は4位ですっ」

「じゃあ私は9位」

 それだけ緊張しても、この話には乗ってくる二人に苦笑してしまう。
 ネギ先生も、随分2-Aに馴染んできたんですね。

「なら俺は5位でいこうかな」

「先生も高い所狙ってはるんですねー」

「はは――それだけ、皆が頑張ってたのを見てたからなぁ」

 テスト前の休日なんて、皆で集まって勉強会してたみたいだし。
 ……内緒にされてたのは結構ショックだけどなぁ。

「始まります」

「ふん」

 絡繰の声に、一斉に電光掲示板を見上げた。







 ふと、手が汗まみれなのに気付いた。
 俺も緊張してるんだな、と。

「今9位が終わった?」

「ああ……大丈夫か佐々木?」

「うん」

 流石に――そろそろ笑ってられなくなってきたな。

『第10位っ……2-M』

 遠くで、溜息の声。
 こっちは溜息もつけないと言うのに――。

「おいおい先生、大丈夫なのか?」

「いや、流石に順位までは知らされてないしな……」

「ちっ。肝心な所で役に立たんな」

「……本当に、もう容赦無いなのな、マクダウェル」

「ふん」

 お前だって、順位なんか関係無いとか言ってたくせに見入ってるじゃないか、とは言わない。
 きっと、この変化はマクダウェルにとっては良い事だと思うから。
 ――ああ、少しだけ……気が楽になった。
 だから、油断した。

『第11位――なんとっ、2-Aっ』

 だから、周りの皆が歓声を上げた時――俺一人だけ、声が出なかった。
 ぼんやりと、ただ……やった、と。そう思った。 

「おめでとうネギ先生っ、これでクビにならなくて済むねっ」

「おめでとう、ネギ」

「よかったえ、最下位やのぅて」

 一瞬で生徒に揉みくちゃにされてしまったネギ先生を、少し離れた位置から眺める。
 良かったですね、と。
 しかし、何時の間にあれだけ揃ったんだ? 全然気付かなかった……。
 それに、何でネギ先生の課題の事知ってるんだろう?
 ま――今は良いか。

「良かったじゃないか、先生」

「おー」

 気が抜けたと言うか、何というか。
 うん。
 やっぱり、俺は自分で思っていた以上に緊張していたみたいだ。

「何だその気の抜けた声は」

「ぅ……まぁ、なんというかな」

 絡繰は? と聞くと、彼女は何時ものようにマクダウェルの後ろに控えていた。

「先生、嬉しそうです」

「そ、そうか?」

 ま、あ――なぁ。
 最下位は無いって、思ってたが……実際、そうじゃないと判ると嬉しいもんだ。
 どれだけ頑張っていたのか知っている。
 それを見ていたし、少しは力に慣れたと思うから。
 でも、だ。
 世の中、どんなに頑張って無駄な事って言うのは確かにあるんだ。
 ――俺は、それを知っている。
 大人になると、それが嫌でも判ってしまう。
 だから……うん。
 ネギ先生を中心に、揃ったクラスの皆を見る。
 この子達の頑張りは無駄じゃなかった。
 その事が、一番嬉しい。
 今までが今までだったから。

「まぁ……そりゃ、嬉しいさ。皆が頑張った“結果”が出たんだから」

 一言一言に、感情が乗ってしまう。
 嬉しいという気持ちと一緒に、こう、何というか――自然と、笑ってしまった。

「ふん。その割には、先生が生徒より喜んでそうだがな」

「ぅ」

 そんなに顔に出てるのだろうか?
 手の平で両の頬を揉み解し、ソレを抑える。
 恥ずかしいなぁ。

「マクダウェルは嬉しくないのか?」

「ふん……別に、いつもと変わらんさ」

「……ふぅん」

 その割には、その視線はネギ先生達の方から動かない。

「――なんだ?」

「いや、別に……なぁ、絡繰?」

「はい」

「どうしてそこで茶々丸に振るっ」

 お前は本当に、最近は怒りやすくなったなぁ。
 それだけ感情を出すようになったのは良い事なんだけど、笑ったりはしてくれないものか。
 まぁそこは、神楽坂に期待するとするか。

「おいっ」

「しっかし、このクラスの来年が楽しみだな」

「……無理やり話題を変えたな」

「……さて、何の事やら」

 ネギ先生の方は生徒達に任せて、その様をぼんやりと眺める。
 うーん、羨ましい。
 俺も生徒達に囲まれてみたいものだ……相手は中学生だから反応に困ってしまうし、やっぱりいいや。

「来年、ね」

「来年こそサボるなよ? また迎えに行くのはしんどいからな」

「ふ――授業がつまらなかったら、判らんな」

 おー、そりゃ責任重大だなぁ……はぁ。

「喜んだり落ち込んだり、忙しい奴だな」

「あ、すまん」

 っと……生徒の前で顔に出てたかな?

「いや、これで後は卒業式だけだからな」

 もう、2年生の時間も終わる。
 ――それを、少しだけ寂しいと感じてしまった。

「来年はマクダウェルも受験だなぁ」

「……そうかもな」

「就職するのか?」

「そうかもしれないな」

「まだ決めてないんだな」

「――――そうだな、先生?」

「ん?」

 何気なく見上げてきた顔。
 その目。
 変わらない声音。
 なのにいつもより真剣に聞こえる声。
 そんな声で、

「あと1年、よろしくな」

「おう」

 それは、どんな意味があったのか。
 妙な言い回しに聞こえた。
 もしかしたらその言葉には、この子の“家庭の事情”が絡まっていたのかもしれない。
 でも、それがどんな意味であれ、答えは決まっている。
 だから、一瞬の間も置く事無く応える事が出来た。

「本当にか?」

「おー。先生がちゃんと卒業できるようにしてやる」

 進学か就職かも、相談に乗ってやる――。
 だから、変な事は心配しなくて良いからな、と。

「…………は。なら、来年も先生は苦労するな」

「そ、そうか」

 それは勘弁してほしいんだが、と呟き、ポンポン、とその低い位置にある頭を撫でてやる。
 まぁ、周りに生徒もいるし一瞬だけだが。
 やってしまった後、怒られるか? とも思ったが、お咎めは無し。
 よっぽど機嫌が良いらしい。
 いつもこの調子なら何の心配もないんだがなぁ。

「大変だな、先生」

「ま、しょうがない。先生だからなぁ」

 そうか、という小さな呟き。
 嬉しかった。
 テストの順位もそうだが……マクダウェルが、そう言ってくれた事が。
 教師として頼られた事が。
 うん――きっと、俺のこの一ヶ月は無駄じゃなかったんだ。

「その為にも、皆勤賞を狙ってくれるとありがたい」

「それは無理だな」

 即答か。
 まったく。

「絡繰、来年もこのダメなご主人さまをよろしく頼む」

「判りました」

「おいっ。茶々丸、そこは否定しろっ」

 だって、朝起きれないなんて駄目だろ。学生として。
 


 そして、終業式の日。
 3-Aの担任が誰になるか聞く事になる。
 大変な……本当に大変な、1年が始まる。




[25786] 普通の先生が頑張ります 10話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/09 14:38

「先生、何してはるんですか?」

 春休み。
 実家に帰る事もなく、麻帆良の中をのんびりと散歩していたら声を掛けられた。
 ……着物姿の近衛に。

「おー……近衛か?」

 着物姿の女の子なんて成人式以来なので、少し自信は無かったが。
 この独特の話し方は、間違いないだろう。

「ややわー、うち以外に誰に見えます?」

「いやー、着物姿なんて初めて見たからなぁ」

 どうしたんだ? と聞くと曖昧に笑われた。

「良く似合ってるなぁ」

「おおきにー」

 そう言ってクルリと一回転。
 うん。いつもの近衛だ。

「神楽坂は?」

「明日菜は今日は他の皆と遊んどるえ」

「そうか。今日はなんか用事でもあるのか?」

「うん。今からちょっと学校の方に」

 学校?

「春休みで閉まってるぞ?」

「大丈夫。おじーちゃんからの用事やから」

 お爺さんって……。

「学園長?」

「そやー……もう、朝から憂鬱やわぁ」

「憂鬱って」

 その顔が、目に見えて曇る。
 まったく――まぁ、この年代だと用事って嫌がるよな。
 俺も身内からの用事とか結構嫌ってたし。
 せっかく綺麗な着物なのに、勿体無い。

「時間があるなら、なんか飲むか?」

 ジュースくらいなら奢ってやるぞ、と言うと笑われた。

「着物姿の女の子にジュースは無いですよ」

「はは――」

 確かに、そうかもなぁ。
 だとすると、どう誘えば良いのか――。

「この先に、あんみつの美味いお店があるんですけど、どうですか?」

 なるほどなぁ。

「うーむ、そう誘えば良かったのか」

「そうですえ。で、どうです?」

 どうやら、逆に誘われてしまったらしい。
 まぁ、時間はあるから良いんだが。

「でも、先生と一緒に居たら折角の休日が勿体無いぞ?」

「奢ってもらうから大丈夫です」

 あー、そう。
 そう言う事ね。
 結構ちゃっかりしてるのな、近衛。
 でもまぁ、その笑顔が見れたから良い……かなぁ?
 そう苦笑してしまう。

「お昼まで時間ありますから、ええでしょ?」

「判った判った」

 ま、良いか。
 そんな綺麗な着物を着て、暗い顔をされるよりは、マシだろう。
 うん。







「先生、良く散歩とかされてはるんですか?」

「んー……まぁ、時間がある時はなぁ」

 大体は、部屋で本の虫だぞ、と言うと笑われた。
 うん。折角の着物姿なんだ、笑ってないとな。
 しかし。

「良く入るなぁ」

「甘いものは別腹ですえ」

 ……ダイエットとかとは無縁なんだろうなぁ、この食べっぷりだと。
 そんな失礼な事を考えながら、頼んでいた抹茶アイスを食べる。

「そんなに食べて、昼は入るのか?」

「お昼は――今日はそう食べまへんから」

「そうか」

 まぁ、近衛がそう言うんなら別に良いが。

「三食ちゃんと食べろよ? 体に悪いからな?」

「判ってますえ」

 ま、三食コンビニにお世話になってる俺が言うのも変だがなぁ、と。
 また小さく笑われ、アイスを口に含む。

「着物姿は初めて見たけど、学園長の用事って結構あるのか?」

「へ?」

「いや、初めてってわけじゃないみたいだし」

 憂鬱だって言ってたし、用事の内容も知ってるって事だろう。

「ま。あんみつ奢ってやったんだから、学園長の言う事、ちゃんと聞くんだぞ?」

「……むー。先生はおじーちゃんの味方ですか?」

「おー。綺麗な着物着て憂鬱な顔じゃ学園長も困るだろ」

 学園長が関わってるなら、俺が出る幕もないだろうしなぁ。
 出来る事ってこれくらいしかないのが、一教師の辛い所か。

「先生は酷い人ですなぁ」

「う……そんなに嫌なのか?」

 まさか、あんみつ奢ってまで酷い人言われるとは思わなかった。
 学園長……一体何させようとしてるんですか?

「あ、店員さん。あんみつおかわりお願いしますー」

「まだ食うのか」

「別腹ですえ」

 ……よっぽど、その用事が嫌なんだろうか?

「ねぇ、せんせー」

「んー?」

 うーむ。まぁ、昼まで付き合うか。
 と腹を括ったら、

「おじーちゃん、お見合いが趣味なんですよ」

「そ、そうか」

 という爆弾を投げられた。
 そんなの、身内じゃない俺にどう答えろと?
 ……しかし、まだ中学生なのにお見合いって。
 副担してるから忘れがちだが、やっぱり近衛って学園長のお孫さんだから、こういうのってあるんだな。
 流石に、これはなぁ……。

「お昼から、お見合い用の写真を撮る事になってるんです」

 どう答えて良いか判らずに黙ってしまうと、余計に気まずくなってしまう。
 けど、こういうのはそう簡単にも答えられるものでもないだろう……いくら近衛が中学生でも、だ。

「いっつも無理やりなんですよー」

 そう言った所で、追加で注文したあんみつがくる。
 助かった……と言えるのか。
 しかし、お見合いかぁ。
 それはなぁ。経験無いし。
 どう答えたものかなぁ、と。

「先生。良い断り方知りません?」

「あー、そう言う事な」

 良かった。
 見合い相手の相談とかだったらどうしようかと思ったぞ。
 ……でも、断り方ねぇ。
 それはそれで問題だな。
 ドラマとかだと、好きな人が攫いに来たり、とかするんだろうけど。

「近衛は、好きな人とかは……」

「おりませんよぅ」

「だよなぁ」

 女子校だしなぁ。
 まぁ、だからこそ学園長がお見合いなんて勧めてるんだろうが。

「相手はうちの倍の歳の人とかも居るんですよ?」

「そ、それは、ちょっと考えるな……」

 倍かぁ……流石にそれはなぁ。
 しかし、学園長って、どういう基準で相手選んでるんだろう?
 それとも、そう言う役職だから、向こうから来るんだろうか?
 うーん――断る方法ねぇ。

「誰か気になる人でも居ないのか?」

「それが、男の子の知り合いって……ネギ君くらいやし」

「……あー、そうかぁ」

 この年頃で、しかも女子校生なら、知り合う接点が無いしなぁ。
 だからと言って、ネギ先生を勧めるわけにもいかないし。

「それに、そう言うウソっておじーちゃんすぐ判るんですよ」

「勘が良いんだなぁ」

「そうなんですよ。今日会ったのも何かの縁と言う事で、良い案ありません?」

 だがなぁ。

「そんなにお見合いは嫌なのか?」

「はいっ」

 即答されてしまった。

「ウチ、まだ子供やのに……こういうの早いと思うんですっ」

「……そ、そうだな」

 握り拳作って、力説されてもなぁ。

「そんなに嫌なら、きちんと嫌だと言うしかないんじゃないか?」

「え?」

「嫌な理由をちゃんと話してな。さっき言った、自分にはまだ早い、って」

 まぁ、それでも駄目ならもうお手上げだが。
 流石に、本気で嫌がってる相手にお見合い勧める人じゃないと思うし……学園長も。

「そんなんで止めてくれますやろか?」

「学園長だって、近衛が心配だから、そういう事をするんだと思うし」

 うん。
 やっぱり、孫娘が心配でそういう事をするんだと思う。
 まぁ、俺には孫どころか娘も居ないけど……。
 けど、居たらきっと、心配だと思うし。

「だから、きちんと嫌な理由を説明すれば、ちゃんと判ってくれるって」

「本当にですか?」

「……多分」

 締まらへんなぁ、と言う苦笑い交じりの声が耳に痛い。
 結局、その問題は家庭の問題だからなぁ。
 俺なんかが勝手に口を出すのも――きっと間違いなんだと思う。
 学園長が間違えている訳じゃないと思うから、余計に。

「学園長が近衛の事を気にしてるのは……まぁ、割と聞く話だし。大丈夫だと思うが」

 公私混合だと思わなくもないが、でも自分の孫だし可愛くて仕方が無いんだろう。

「そうやろか……」

「どんな人かも知らない。声も知らない人じゃ、流石に好きにはなれないだろうしな」

「そうですえ。おじーちゃんは、そこん所を判ってくれへん」

「はは、厳しいな」

 そう言って怒る近衛は、きっと本気で怒ってる訳ではないのだろう。
 あんみつを食べながら、そう言って一緒に運ばれてきていたお茶を飲む。

「本当に、真剣に言って――それでも止めないなら。
 きっとそれだけ、近衛の事を心配してるってことだと思うぞ」

「……先生は、ちょっと違うんですね」

 違う? 何が?
 そう聞くと、笑ってあんみつを口に運ぶ。

「先生は、お見合いとかした事あるんですか?」

「無いなぁ」

 というか、結婚とか……まだそういう歳じゃないし。うん。
 いや、別に独身でも構わないし。
 そう言うと、同僚の皆さんからは肩を叩かれるんだが……。
 もうそろそろ、そう言うのを考えるべきなんだろうか?
 ……まぁ、別に結婚できなくったって……困らないだろうし、うん。

「恋人は?」

「居たら、きっと近衛じゃなくてその恋人と一緒にあんみつを食べてるな」

「ひどいですえー」

「はは……近衛も、そういう相手が出来ると良いな」

「はいー。やっぱり、結婚するなら好きな人が良いですわぁ」

 しかし、この歳で結婚という単語が出るとは……やっぱり、学園長の孫ともなると、そうなんだろうか?
 俺でも、その辺りはぼんやりとしか考えていないのに……。
 まぁ、俺は俺で、少し問題なのかもしれないけど。
 結婚、ねぇ。

「近衛は誰とでもすぐ仲良くなれるし、きっとそういう相手もすぐ出来るさ」

「そうでしょうか?」

「おー。ネギ先生とも、次の日には仲良くなってたじゃないか」

「良く覚えてますねぇ」

「先生だからなぁ」

 ちゃんと、生徒の事は見てるんだぞ。
 そう言って笑うと、近衛も笑う。

「そんなら、来年もよろしくお願いしますね」

「おー。まぁ、折角の休みなんだし、学校の事は忘れて……遊べ、って言うのも変か」

「今からお見合い用の写真撮りますからなぁ」

 しかも、あんまり乗り気じゃないしな。

「頑張れ、で良いのか?」

「うーん……まぁ、ええんとちゃいます?」

「そうだな。せっかく綺麗な着物着て写真撮るんだ、頑張って綺麗に写ってこい」

 上手く言いましたなぁ、と言われ、苦笑して立ち上がる。
 それじゃ、勘定しますか。







 近衛と別れ、散歩を再開すると

「何をやってるんだ、絡繰?」

 人ごみから少し外れた場所で、猫に囲まれている絡繰を見つけた。
 しかも、今回は鳥も少し居る……よっぽど動物に好かれるんだな、羨ましい。

「先生。こんにちは」

「おー……また増えてないか?」

「はい。困りました」

 はいはい。
 肩と頭に乗っていた猫を取ってやる。
 鳴くな鳴くな……まったく、懐かれてるなぁ。

「しばらく来ないうちに、よくぞここまで」

「……ありがとうございます」

「ああ」

 しかし、

「エサ代もこれじゃバカにならないんじゃないのか?」

「超包子の方の残り物を少々」

「なら、良いけど」

 最初は2匹だけだったのに……もう両手の指じゃ足らないな、この数は。
 その猫を撫でようと手を伸ばし、逃げられた。
 やっぱり毎日来ないと駄目なんだろうか?
 くそう。
 諦めきれずに再度手を伸ばすが、また逃げられた。

「……どうぞ」

「お」

 差し出されたのは、まだ小さな白い猫。
 おー。

「撫でて大丈夫なのか?」

「はい」

 その白い猫を受け取ると、逃げない。
 逃げないので撫でる。
 はぁ。

「先生、楽しそうです」

「そうか?」

「はい」

 まぁ、楽しいからなぁ。

「そうだ」

「……どうかしましたか?」

「マクダウェルはどうしてる?」

 春休みだからって、また遅くまで起きてるんじゃないだろうな?
 そう聞くと、首肯された。

「昼を摂られてから、おそらくまた寝ておられるかと」

「はぁ……そうか」

 新学期から大丈夫か、アイツ。
 また朝起きれないんじゃないだろうな……。

「絡繰、あんまり朝遅いようならマクダウェルを起こしてくれよ?」

「……どのくらいの時間に起こせばいいでしょうか?」

 そうだなぁ……。

「遅くても、朝の9時くらいには起こしていいと思うけど」

「かしこまりました」

「まぁ、絡繰が起こさないと、って思った時間で起こしてくれ」

「はい」

 あんまり遅くまで寝てると、学校が始まってから起きれないからな、と。
 というか、本当にあいつ朝は弱いのなぁ。

「あいつ、ちゃんと勉強やってるか?」

「判りません。遅くまでは、起きられているようですが」

「……そうか」

 ま、そこはマクダウェルを信用するか。
 ちゃんとしてなかったら……まぁ、また残して皆で勉強会でも。
 その辺りは、ネギ先生と話し合って決めるかぁ。

「先生は――」

「ん?」

 猫を撫でてたら、珍しく、絡繰から話しかけられた。

「先生は、今日は何をなさってたんですか?」

「ん? いや、散歩してた」

 暇だったんでなぁ、というと――その目が、俺に向く。
 何か変な事言ったっけ?

「いつも、忙しそうなイメージがありましたので」

「そうか?」

 結構楽してる方だと思うけどなぁ。

「はい。高畑先生が担任だった時も、今も」

「あ、あー……そんなに忙しそうだったか?」

「はい」

 そーなのかー……そう感じてなかったが、そう見えてたのかな?
 そのまま、一瞬の無言。

「絡繰は、今日は何してたんだ?」

「お掃除と、マスターの食事の準備を」

「休みなのに偉いなぁ」

「いえ――」

 ……そう言えば、俺部屋の掃除しようとして全然してないな。
 うむぅ。

「どかしましたか?」

「いや、そう言えば部屋の掃除をしないとなぁ、と」

「そうですか」

 明日するか……どうして、掃除しようとするとやる気が無くなるんだろう?
 やり始めたら楽しいんだけどなぁ。

「先生、ネギ先生です」

「お……う?」

 何か、物凄い勢いでこっちに走ってきていた。
 元気なもんだなぁ。流石に、走るほどの元気は無いんで羨ましい。

「ネギ先生、どうしたんですか?」

「え!? あ、先生っ」

 …………ん?
 立ち上がって声を掛けると、進行方向がこちらに向く。

「ネギ先生っ!!」

「ひっ!?」

 ……雪広に――ウチのクラスの連中か?
 結構な人数、十人前後くらいか? も一緒にこっちへ走ってきていた。

「はいはい、もう正式に担任なんですからそう人の後ろに隠れないで下さい」

 そう言って、後ろに隠れようとしていたネギ先生の肩を持ち、俺の前に出す。
 さて、どういう事だ?

「おらー、落ち着けお前ら」

 パンパン、と手を叩き、その注意をネギ先生からこっちに向ける。
 そんな、息切れするまで全力で追わなくても。

「それで、どうしたんですか?」

「ネギ先生が人生のパートナーを探していると聞きましたのでっ」

「――なに?」

 人生のパートナー?
 今日はよくお見合いやらパートナーやら出てくるなぁ。
 しっかし、本当に少し落ち着け、雪広。
 結構怖いぞ……。

「ち、ちち違いますよっ」

「……らしいぞ?」

「えー」

「でも、誰だったっけ? ネギ先生が恋人探しに日本に来たって」

 最初は鳴滝姉妹か……なるほど、これで信憑性が低くなった訳だが。
 それに、本人は完全に否定してるし。
 少し落ち着いて冷静になったのか、先頭の雪広の笑顔が、若干引き攣っている。

「まーた、お前達の勘違いか?」

「ぅ」

「雪広……お前もネギ先生の事になると落ち着きが無くなるなぁ」

「す、すみません……」

 まぁ、年相応と言うなら年相応で、そう悪くもないんだが。
 相手がなにせネギ先生……10歳だからなぁ。

「佐々木と宮崎もか?」

「わ、私は面白そうだったから」

「わ、わ、私は……」

「まぁ、春休みだからそう多くはは言わないでおくけど、変な噂に騙されたら痛い目見るからな?」

 気をつけろよー、と釘を刺しておく。
 そうそう変な噂に飛び付く事も……無いと思う。うん。
 偶に注意するようにした方が良いかもしんないな……。
 気を付けとこう。

「もうすぐ学校始まるけど、ちゃんと勉強はしてるんだろうな?」

「「「そ、それじゃー」」」

 それだけで半数以上が散っていった。
 まったく。
 期末テストで最下位脱出したから、気が緩んでるんだろうか?
 ……次のテストで、また再開になる可能性があるって、判ってるのかな?
 はぁ。
 ま、勉強させるのは俺とネギ先生の仕事か。

「それでは、私達もこれで」

「もう3年生なんだ。落ち着いて行動した方が良いぞ? 大人らしくてネギ先生も嬉しいでしょ?」

「そ、そうですね。それ――」

「わ、判りましたっ」

 判り易いなぁ。
 こういうやり方は卑怯かな? とも思うが、以前の雪広に戻ってもらうためだ。
 そのまま残りが大人しく戻っていったのを確認して、

「どうしてこうなったんですか?」

「いえ……お姉ちゃんから手紙が来たんですが」

 手紙?

「良かったですね」

「ありがとうございます」

 やっぱり、日本に一人じゃ心細いだろうしなぁ。
 ご家族の方も心配なんだろうな。

「あ、それでですね。そのなかに、その、まぁ、さっき言ってたような人が見つかったか、って」

 それを木乃香さんが、と。

「近衛もアレで、結構いたずら好きですからねぇ」

「あ、あはは……」

 まぁ、でも

「違う事は違うって、ちゃんと言わないと駄目ですよ? またさっきみたいになりますから」

「は、はい」

「……あの数に追われたら、流石に怖いでしょうけど」

「は、はは……」

 コン、とその低い位置にある頭に軽く握った手を置く。

「さっきも言いましたが、正式な担任になるんですから、もっと堂々と構えましょう」

 高畑先生なんて、どんなに詰め寄られても笑顔でしたよ、と。

「は、はい。今度は気をつけます」

「はい。気を付けて下さい」

 そのまま、握った手をほどき、ポン、と軽く頭を撫で、視線を下へ。
 ……あの騒ぎでも逃げない猫って、凄いなぁ。
 腰を下ろし、相変わらず撫でさせてくれる白ネコをネギ先生に差し出す。

「撫でていきませんか? 落ち着きますよ」

「あ、す、すいません……茶々丸さん?」

「こんにちは、ネギ先生」

「おー、こっちこいー」

 って、他に撫でさせてくれる猫が居ないじゃないか。
 ……。

「飲み物買ってきますけど、なに飲みます?」

「え!? いえ、出しますよっ」

「いいですよ。走って喉乾いてるんじゃないですか?」

「ぅ、それじゃミルクティーで」

「はい。絡繰は?」

「……私も良いのですか?」

 おー、猫撫でさせてくれたからな、と。

「……先生と、同じ物で良いです」

「コーヒーで?」

「はい」

 そうかー。
 さて、自販機はどこかなぁ、っと。







 缶ジュースを買って戻ると……ネギ先生も猫に囲まれていた
 なんでだ?

「また、凄い事になってますね」

「あ、あんまり払い除けられなくて……」

「それで猫に登られた、と」

 絡繰ですか、あなたは。
 でも、それが年相応に見えて、苦笑してしまう。
 ……まだ10歳なんだよなぁ。担任だけど。

「ほら、絡繰」

「……ありがとうございます」

「ネギ先生も」

 ジュースを渡し、空いた手でネギ先生に乗っていた猫を退かしてやる。
 はいはい、ごめんなー。

「うぅ、ありがとうございます」

「いえいえ」

 そのまま3人でのんびりと時間を潰し、絡繰が用事があると言う事で解散。
 うーん、今日は中々に良い一日だなぁ。
 絡繰も、ネギ先生の事はそう悪く見てないみたいだし、何かあったらフォローしてくれるかもな。
 四六時中、俺も見れる訳じゃないからなぁ。

「うーん」

 軽く伸びをし、行きつけのコンビニに足を運ぶ。
 それじゃ、少し早いけど晩飯でも買ってゆっくりするか。
 もうすぐ新学期だ――この調子で上手くいけばいいんだけどなぁ。
 そんな事を考えていたら、ふとマクダウェルの“予言”を思い出してしまった。

「……はぁ」

 苦労、なぁ。
 マクダウェルの予言は何か、当たりそうで怖いんだよな。
 ――ま、別に俺が苦労して皆がちゃんと卒業できるんなら、どうでも良いんだけど。

「さって」

 それじゃ、帰ってゆっくりするか。
 もうすぐ忙しくなるしなぁ。



[25786] 普通の先生が頑張ります 11話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/09 15:24

――――――エヴァンジェリン

「春になると、あー言う馬鹿が湧くものなのかもな」

「……マスター、お怪我は?」

「大丈夫だ」

 じじいからの要請通り、侵入者を撃退したのは良いが……どうにも、この時期になると馬鹿が増えて困る。
 やはり、こういう奴らも春の陽気に誘われるものなのかもしれないな。
 もしかしたら案外的外れでもない事を考えながら、帰路につく。
 もうすでに日が落ちて時間が経っている。
 疲れたわけではないが、そろそろ寝ないと明日の朝が辛いのだ。
 吸血鬼の数少ない弱点である。

「明日の準備はできているか?」

「はい。明日からは新学期ですので、早く御就寝していただけますと助かります」

「判っている――まったく、誰の入れ知恵なんだか……」

 短く溜息を吐き、

「……明日からまた、先生が来るなんて事は無いよな?」

「伺ってはおりませんので、おそらく」

 なら良い。
 流石に始業式をサボって目を付けられるのも嫌なので、明日は登校するつもりだが。
 どうしたものかな――。
 そんな事を考えていた時だった、

「マスター、佐々木さんです」

「なに?」

 その声とともに、向こうから来るのは……確かに、クラスの佐々木まき絵がこっちに歩いて来るのが見えた。
 持っているものから察するに風呂帰りだろうが――やたらと薄着である。
 いくらここが麻帆良でも、アレは流石に無いだろう。
 まったく。

「茶々丸、下がっていろ」

「はい」

 この時間に茶々丸と一緒の所を見られるのも、何かと都合が悪いので一応木の陰に控えさせる。
 良くも悪くも、女子校と言う所は噂が絶えない所なのだ。面倒な事に。

「おい」

「え?」

 一応注意でもしておくか、と思いそう声を掛けると、その顔がこちらを向き――硬直する。
 なに?

「ひ――」

 引き攣った声。
 そこで、自分がどのような姿か思い出した。
 黒の三角帽子に、裾の切れたボロボロのマント……御伽噺の吸血鬼を模したような格好である。
 ちゃんと、この衣装にも纏っている意味はあるんだが――。

「おい、佐々木ま――」

「きゃーーーっ」

 再度声を掛け、落ち着かせようとした矢先……全力で走りだした。
 いや、判るが。
 流石にこの時間に、こんな黒ずくめに話しかけられたら――まぁ、判る。
 が――仮にも2年一緒のクラスにいたと言うのに、声も判らんのか。
 ……そう言えば、佐々木まき絵と話した事は、数回くらいだった気がする。

「危な――っ」

 完全に前を見ていなかったんだろう、思いっきり桜の木につっこんだ。多分、顔から。
 ……わ、私が悪いんだろうか?
 気を失っているだけだろうが、確認する為にその傍らに膝をつく。
 はぁ――打ったのは、頭か?

「どうしてうちのクラスの連中は、こうも事あるごとに何か起こすんだ?」

「うぅ……」

 まったく――打った箇所に手を乗せ、診てやる。
 腫れてはいるが……どうだろうか?
 怪我の知識も、そうある方じゃない。
 裂傷ならともかく、打撲となるとな……まぁ、木にぶつかっただけだから、そう酷くは無いと思うが。
 手の平に軽く魔力を集中し、患部を冷やす。
 が、あまり上手くいかない。
 当たり前か。今まで、こんな魔法の使い方なんてした事無いんだし。

「茶々丸」

「はい」

「女子寮の方まで運んでやれ」

 それくらいはしてやった方がいいだろう……一応、私も関わってるんだし。
 それに、これ以上じじいに目を付けられるのも面倒だしな。

「かしこまりました。記憶の方は?」

「……勘違いしていたようだ。必要無いだろう」

「判りました」

 それに、面倒……というのもある。
 記憶を簡単に弄るのは、どうかと思うしな。

「先に戻る。お前も佐々木まき絵を送ったらさっさと戻れ」

「はい」

 はぁ――明日から新学期だと言うのに、間の悪い事だ。
 この調子じゃ、もしかした今年1年も面倒事が多いかもな、と予感せざるを得ない。
 憂鬱な事だ。

「理由は適当に言っておけ。桜通りで倒れていたから拾ったとでも、な」

「わかりました。では――」

 はぁ……戻るか。







 朝は憂鬱である。
 それは、仕事柄夜遅くまで起きている事が多く、更に私が吸血鬼であるからだ。
 小さく溜息を吐き、通学路を歩く。
 明日からはその上、もっと憂鬱な授業を受けなければならないのだ。
 嫌でも溜息が出てしまう。

「おはよー、エヴァ、茶々丸さん」

「おはようございます、明日菜さん」

 そして、この存在である。
 気付いてはいたが、無視していたというのに……見つかるとは。
 やはり、もう少し遅くに登校すべきだったか。

「おはようー、エヴァンジェリンさん、茶々丸さん」

「おはようございます」

 ……その声についてくる、二つの声。
 同室の近衛木乃香とネギ先生の2人。
 朝から、もう一度――少し深い、溜息。

「おはようございます、ネギ先生、木乃香さん」

「――――おはよう」

 どうしてこの私が、吸血鬼の私が、朝の挨拶など。
 もはや面倒という感情を浮かべる事すら面倒な気分になってしまう。
 はぁ。

「朝から元気無いわねー」

「うるさい。朝は苦手なんだ」

「あー、判るわその気持ち。それに、まだ少し寒いもんね」

 そう言う意味じゃないわ、バカレッド。
 ……心中でだけ、呟く。
 返事をする事すら面倒臭い。

「風邪には気を付けて下さいね?」

 まったく、この子供は。
 内心で辟易しつつ、どうしてか3学期の最後から懐かれてしまった神楽坂明日菜達と、並んで歩く。
 面倒な事この上ない。
 どうしてこうなったのか――ああ、原因はあの先生か。
 何度目かの同じ思考。
 何度考えても、同じ答え。
 私が登校している原因。この現状の原因。

「ふん。判ってるよ」

「はいっ」

 答えないと面倒な事になるというのは、もう判っているので適当に答える。
 昨日何の番組を見た。
 春休みの宿題はやったか。
 これから1年楽しみだ――そんな事を話しながら通学路を歩く。
 ……私は適当に相槌を打つだけだがな。

「今日から1年、私達の担任なんだから、ちゃんとしなさいよ?」

「ぅ、わ、判ってますよ」

「あんま、先生に頼らんようにせななぁ」

「わ、判ってますって」

 ふと、話題があの先生の事になっていた。
 どうやら、部屋では良くあの先生の事を話しているらしい。
 ……聞こえてくるのが、内容なだけに、どんな事を話しているのかは予想がつくが。
 まぁ、歳が歳だしな。
 それが当たり前だとも思うが……じじいもどうして、こんな子供を担任に据えたのか。

「私は心配しかないわ」

「ひ、酷いですよ明日菜さん」

 神楽坂明日菜達の遣り取りを横目で見ながら、小さく笑ってしまう。
 ――その様子は、どう見ても教師には見えない。
 なのに、私達のクラスの担任なのだ。
 笑うしかないだろう?

「ネギ先生、大丈夫です」

「ありがとうございます、茶々丸さん」

「あ、茶々丸さんはネギ先生の味方なんやね」

「はい」

 無表情ではあるが、その低い位置にある頭を撫でる茶々丸も――変ったものだ。
 成長した、と言うべきか?
 今までは、本当に私と葉加瀬、超鈴音の言う事だけを聞く人形だったというのに。
 最近は自分の意志のようなモノを持って、行動している。
 それは喜ぶべき事な半面――その変化がどの時期に始まったのかを考えると、素直に喜べない所もある。

「大丈夫です。ネギ先生を信頼してますから」

「はいっ、ありがとうございますっ」

「あー、それウチの台詞だったのにー」

 まったく。

「ほら、急ぐぞ? ここまで来て遅刻は、笑えん」

「はーい。ほら、木乃香、ネギ、少し急ぐわよ」

 まったく――どうしてこの私が、こんなにも慣れ合わなければならないのか。
 人に……そして、ネギ=スプリングフィールドに。




――――――

「学園長がですか?」

「うん。始業式が終わったら、帰る前に学園長室に行くように言ってもらえるかな?」

「は、はぁ……ありがとうございます、瀬流彦先生」

 何で学園長がマクダウェルに用があるんだろうか?
 新学期の初日だし、2年の時もちゃんと出席日数も成績も足りてたはずなんだが。
 ……何かしたんだろうか?

「まぁ、そう怒られるような用じゃないから、大丈夫だと思うよ?」

「そうですか」

 なら良いんですけど……まぁ、マクダウェルと学園長って知り合いみたいだし、そっちの方かな?
 始業式後に配るプリントをまとめながら、小さく溜息。
 いや――大丈夫。最近のマクダウェルは結構真面目だし。

「それとね?」

「はい?」

 まだ他にも、誰か何かやったんだろうか?
 ……はぁ。

「始業式でも言われると思うけど――出たらしいよ」

「……はい?」

 出た?

「これこれ」

 そう言って、胸の前に両手を持ってくる仕草。

「幽霊ですか?」

「そうそう」

「夏じゃあるまいし……それで、何処で出たんですか?」

「昨日。先生のクラスの佐々木さんが見たらしいよ」

 ……佐々木が?
 しかも昨日って……。

「女子寮でですか?」

「ううん。桜通りで」

 アイツは……幽霊が出るような時間に、桜通りで何をしてるんだ?
 まったく、後でそれとなく注意しとくか。

「もしかしたら、不審者とかじゃ」

「かもしれないね」

「……笑えないんですけど」

 それでも瀬流彦先生の笑顔は崩れない。
 ??

「でもさ、不審者が気絶した女の子に何もしないで立ち去る?」

「あー……」

「しかも、物も取ってないし……一応、僕と弐集院先生、高畑先生で調べたけど問題は無かったよ」

 それは、確かに。
 でも、

「それじゃ、準備してクラスに行きますね」

「あ、うん」

 やっぱり、少し心配だ。見たのがウチのクラスの佐々木だし。
 後で少し聞いてみるか……心配だけして、取り越し苦労なら別に良いし。

「真面目だねぇ」

「う……まぁ、そう言う性分なんですよ」

「先生らしい、って言えるのかもね」

 褒められてる気がしないなぁ。
 苦笑して、俺は準備に戻る。
 そろそろネギ先生も来るだろうから、先生に渡す書類も整理しとかないと。
 春休みの宿題、皆やってきてくれてると良いんだが。
 ああ、やる事が多いなぁ。







「それじゃ、連絡事項は以上です。先生からは何かありますか?」

「いえ、自分の方からも特には――あ、佐々木とマクダウェル、後でちょっと来てもらえるか?」

「え!? わかりました」

「―――判った」

「えっと、それじゃ、今日はここまでですね」

 無事に始業式も終わり、今日は授業も無いのでこのまま終了である。

「明日は教科書の受け取りと、午後から授業があるから、ちゃんと道具は忘れないようにな」

「それと、始業式でも言われましたが、あまり遅くに出歩かないようにお願いします」

 はーい、という元気な声とさようならと言う声を聞きながら、クラスに置かれている教員用の椅子に腰を下ろす。
 さて、どう聞いたものかな……まぁ、勘違いというのが、一番濃厚な線なんだけど。
 ネギ先生はそのまま退室していく。
 職員室でいくつか仕事を用意していたので、まずはそっちを片付けてもらうように言っている。
 明日配る教科書の用意とか、休み明けテストの範囲の書き出しとか。

「何の用だ、先生?」

「ああ、マクダウェル。なんか学園長が呼んでるらしいから、学園長室に行ってくれ」

「ちっ」

 間髪入れずに舌打ちはどうかと思うんだが……。

「……マクダウェル?」

「判った判った。すぐ行くからそんな声を出すな」

「そこまで変な声じゃなかっただろ」

 少し低い声で行ったつもりだったんだが、即座に返事が返ってきた。
 俺って怒ったりするの、合わないのかもしれない。
 ちょっとショックを受けていたら、その後ろから佐々木が来た。

「どうしたの、先生?」

「…ああ。昨日の夜の事で、ちょっとな」

「ぅ」

 その笑顔が、引き攣る。
 まったく。

「昨日の夜……だと? 始業式で言っていた不審者か」

「ああ。昨日、佐々木が幽霊を見たらしいんだ」

「………………幽霊?」

 おー、マクダウェルのそんな顔は初めて見たな。

「なんだ。マクダウェルは幽霊は信じない派か」

「…………そんな派閥はどうでもいいが、幽霊だと?」

「そうなんだよ、エヴァちゃん。昨日ね――」

「おい、ちょっと待て。何だその呼び方は?」

「え? 明日菜がそうよ」

「じじいの所の前に、行く所が出来たな」

 ……………
 ………
 …

「仲良いなぁ、あいつら」

「だねぇ。エヴァちゃんって、もっと取っつき難いイメージがあったんだけど」

 流石、神楽坂。
 あのマクダウェルがなぁ。
 とりあえず忘れてはいないだろうが、その背に学園長室なー、と声は掛けておく。
 返事は無かったが……まぁ、大丈夫だろう。
 アレで中々、言った事はちゃんと守るやつだ。

「あ、それで何だったっけ?」

「そうだそうだ」

 ええっと。

「まぁ、昨日の夜の事でな。何でそんな幽霊が出る時間に桜通りなんて通ってたんだ?」

「お風呂に入った後、涼みに少し歩いてたんです」

「……いくら慣れた場所だからって、無防備すぎるだろ」

「あ、あはは……うん、もうしない」

「そうしろ。それで、散歩してたら出くわした、と」

 うん、と言う声を聞き――まぁ、そうだろうな、と。
 もう少しいくつか聞いたが、特に不明確な所も無い。
 何かと見間違えたか、そんな所か。

「茶々丸さんが見つけて、女子寮まで運んでくれたんだって」

「そうらしいな」

 その絡繰は、超包子の帰りに見つけたらしい。
 うん。

「ま、さっき言ったみたいにしばらくは遅い時間の外出は控えるようにな」

「うん。流石にもうこりごりだよ」

「今度こんな事があったら、全校集会で名前が出るかもな」

「それだけは嫌だよー」

「なら、用心してくれ」

 まぁ不審者でもないみたいだし……大丈夫だろう。
 当分は俺や新田先生、瀬流彦先生と言った男性教員で巡回する予定だし。
 大丈夫だろう。

「はーい」

「それじゃ、もう帰って良いぞ」

「うん。それじゃね、先生」

 気を付けて帰れよー、と声を掛け……さて、どうしたものか、と。
 色々とやる事が多くて、どれから手を付けたものか。
 HR終了と同時に人の居なくなった教室で溜息を一つ。
 ……まずは、昼食を摂るか。







 仕事が終わり、外に出た時はもう夕方だった。
 休み明けだからか、いつもより少し疲れたなぁ。
 そのまま明日の仕事の事や休みに何をしていたなどと話しながら帰る。
 ネギ先生はいまだ女子寮暮らしなので、入り口まで送るつもりだ。
 勘違いかどうかは判らないが、不審者が居るかもしれないからである。

「ネギ先生は、こっちの暮らしはもうだいぶん慣れました?」

「はい、木乃香さんや明日菜さんが色々と、教えてくれました」

 生徒と教師の関係としてはどうかと思うが、ネギ先生はまだ10歳の子供である。
 やはり、身近に見ていてくれる人が居ると安心する。
 ……生徒なんだけど。

「今度、何かお礼をしないと」

「そうですね。何か美味しいものでも奢ってあげたらどうですか?」

「食べ物が良いでしょうか?」

 ……そうだなぁ。
 どうだろう――今頃の、女の子がどんなのを喜ぶかはどうにも自信が無い。
 自分で言っておいてなんだが、どうでしょう、と苦笑してしまう。

「でも、あんまりお金を掛けたものだと、相手は貰い難いでしょうね」

「あ、そうか……」

「それか、明日辺り源先生か葛葉先生に相談してみましょうか?」

「そうですねっ」

 まぁ、あの二人なら、何でも喜ぶんだろうなぁと思ってしまう。
 近衛はそういうのは感情を大切にするタイプだし、神楽坂も口は悪いが根は良い子である。
 そう言う意味では、ネギ先生は同室の相手に恵まれているんだと思う。
 しかし、この歳で贈り物か……俺がネギ先生の歳くらいの時に、そんな考えってしたかな?
 うーん……。

「それでは、ネギ先生。あんまり夜は出歩かないように」

「はい、先生も帰り道は気を付けて下さい」

 女子寮入り口での別れ際の挨拶。
 それじゃ、俺もまっすぐ帰るとするか――と数歩足を進めた時、向こうからの人影に気付いた。
 苦笑し、さらに数歩進めると向こうもこっちに気がついたのか、急いでこちらに来る。

「アレ? 先生どうしたんです?」

「ここ、女子寮の前ですえ?」

「ネギ先生を送ってきたんだよ。始業式の時に言ってただろう?」

 不審者が居るかも、と言うと二人……近衛と神楽坂がああ、と頷く。
 さっきまで話題に上げていた相手なだけに、こっちも笑うしかない。

「流石に、ネギ先生を一人で帰らせる訳にもいかないだろ」

「あ、そっか。今度から気を付けとかないと」

「あー、そこは気にしなくていいから」

 流石に、教師の事で生徒に迷惑を掛けるわけにもいかない。
 苦笑して手を振り、大丈夫と言っておく。
 ま、しばらくは俺が送っていく事にしよう……結構遠回りなんだけど。
 それか、この近くに教員で誰か住んでたかな?
 今度聞いてみるかな。

「それより……買い物か?」

 神楽坂の手に持っているのは、近所のスーパーの買い物袋。
 まぁ、晩飯の買い出しといったところだろう。

「晩御飯と、お弁当のおかずの買い出しですえ」

「そう言えば、その辺りは近衛が担当してるんだったな」

 その歳で凄いなぁ、と。
 俺は、この歳でも料理はしないからなぁ。

「ぅ、一応私もある程度の物は作れるんですけど……」

「……その辺りは、ネギ先生に聞いた事しか知らなくてなぁ」

「本気で驚いてるし」

 いや、すまん。
 ちょっと予想外だったんだ……本当にすまん。

「ふふ、先生酷いですえ」

「ぅ――」

 頬を掻いて、視線は余所へ。
 さて、どうやって切り抜けたものか。

「先生は、ご飯はどうしてるんですか?」

「先生はいつもコンビニのお弁当らしいえ」

 その神楽坂の質問は、何故か近衛から答えられた。
 あー…そう言えば、この前そう教えたんだっけ。

「この年くらいの男は、そう言うもんだ」

「……高畑先生も?」

 うーん――ある意味予想できていた質問に、首を傾げる。
 どう答えたものか、と。
 実際は店屋物を頼んでるのだが、下手に答えて弁当なんか言い出されたら困る。
 ふむ。

「高畑先生は、自炊したり、偶に店屋物とかだったな」

「そっかー」

 弁当を作ってくる相手に弁当を、とは流石に言わないだろう。
 それに、良く考えたらこの子にそれを言いだせる勇気は……うーん。
 偶に、いきなり突拍子の無い行動に出るからなぁ、神楽坂は。

「それじゃあな、二人とも。夜はあんまり出歩くなよ?」

「はーい」

「判ってますえ」

 そう言って神楽坂は歩き出し、近衛は小さく笑って

「先生、嘘は感心しませんよ?」

 と言われてしまった。
 ふむ。

「バレバレだったか」

 俺の嘘が判り易いのか、それとも高畑先生のお昼事情を知っていたのか。
 ……多分前者だろうなぁ。
 苦笑して、帰路につく。
 さて、夜も見回りがあるし、さっさと帰るか。




[25786] 普通の先生が頑張ります 12話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/09 18:20

――――――エヴァンジェリン

「それでは、何もやっていないんだな?」

「ああ、そう言っているだろうが」

 それは、何度目の問答か。
 だがそれも慣れたもので、半分聞き流しながら用意された紅茶を啜る。
 この場に居るのはじじいにタカミチ、葛葉刀子とガンドルフィーニの4人。
 ――この場に居る理由は……まぁ、昨夜の不手際からだ。

「佐々木まき絵には何もしていない」

「……ふん」

 ―――私は嫌われている―――
 それを今、再確認させられていた。
 はぁ、面倒臭いものだ。

「だが、夜道で気を失った佐々木。さらに、彼女から感知された魔力は君の物だ」

 そして君は、吸血鬼だ、と。
 そう言われるのは慣れているとはいえ、あまり気分が良いものではない。
 ――こっちだって、好きで吸血鬼になった訳ではないのだ。
 やはり、慣れない事をするもんじゃないな、と。
 昨夜佐々木まき絵の打った所を冷やした時の魔力を怪しまれるとは。

「まぁ、夜に姿を見られたのはじじいの依頼のせいなんだがな」

「そうなんじゃよなぁ」

 一応、その原因は明確にしておく。
 ……私が柄にも無く注意しようとしたのも、悪いんだが。
 流石にそれまで言うと、話が余計にややこしくなるので、黙っている。

「お前なら姿を隠しておく事くらいできただろう?」

「なら、ガンドルフィーニ先生は薄着で夜道を歩く女生徒に何の注意もせず、姿を隠すのか?」

 わざと先生の所を強く言ってみる。
 ぐ、と息を呑む声。
 ふん。

「この場は話を聞くだけで、喧嘩する場じゃないはずだけど」

 ぱん、と一つ手を鳴らしそう言ったのはタカミチ。
 それも何度目か。

「それはそこの……まぁ、先生に言ってくれ」

「………………」

 さて。

「帰るぞ」

 質問ではなく、宣言。
 もはや、この場に居るのすら億劫だ。
 それに、さっさと神楽坂明日菜を探し、言っておかないといけない事もある。
 まったく。なにがエヴァちゃんだ。今日こそガツンと言ってやらねば。
 立ち上がり、学園長室を出ようと扉に向かい

「何故、彼女の記憶を消さなかったんだ?」

 はぁ、と――聞こえるように、深い深い、溜息を吐く。

「お前ら立派な魔法使いの悪い癖だな」

「……なに?」

「何でも記憶を消せば解決する――立派な魔法使いらしい、良い考えだ」

 それなら完璧だからな、と。
 どんな失敗も、どんなに自分に不利な事を見られても、相手の記憶を消せばいい。
 なんて単純で、なんて独善的な考えだ。
 吐き気がするほどに。

「なんだと?」

「――ふん」

 “記憶”を何だと考えているのか。
 覚えている事、忘れられない事、それがどれだけ尊いか――全然判っていない。
 そのまま何も言わずに部屋から出る。
 そこには直立不動で控えている、茶々丸。
 茜色に染まりつつある廊下にあって、まるで彫刻か何かのように感じた。
 ……今朝はあんなにも、人形らしくないと感じたというのに。
 まるで今は、本物の人形のようだ。

「お疲れ様でした、マスター」

「ああ」

 そのまま茶々丸を従え、廊下を歩く。
 下らない時間だった。
 じじいも大変だな、私を自分の元で縛られたばかりに、と。
 最近は時々忘れてしまうが、私は“悪”なのだと……思い出した。
 きっと、その過去はずっと消えないのだろう。
 ……憂鬱な事に。

「ネギ先生と、先生です」

 唐突に、茶々丸がそんな事を言う。
 視線の先、廊下の先にその姿は無い。
 そして、茶々丸の方を向き――その視線は、窓の外へ向いている。

「……」

 窓から見れば、確かにあの二人だ。
 はぁ、私がこうも絞られてる間に、あの2人は何をしていたんだか。
 でもまぁ、それはあの2人には関係の無い事か。
 ―――――。

「茶々丸、今何時だ?」

「午後5時12分です」

 こんな時間まで何をやっていたんだか……まぁ、仕事だろうな。
 始業式の日に大変な事だ。

「真面目な事だな」

「それが、先生の良い所だと思います」

 そうだな、と。
 だからこそ、じじいが私達のクラスの副担――ぼーやの補佐に選んだんだろう。
 あの男なら、ぼーやのミスも対応してくれる。間違えても、正してくれる。
 そう考えての事だろう……。

「ふん」

 大変だな、先生。
 心中でそう同情し、歩を進める。

「追いかけますか?」

「いや、いい」

 苦笑する。
 追って、どうするというのか。

「何故そんな選択が出た?」

「マスターが落ち込んでおられるので」

「……そうか」

 どうして私が落ち込んでいたら、先生が選択肢に浮かぶのか。
 まぁ、最近の私を知っているなら、それもあるのかもな、と。
 何だかんだ言っても、それなりにあの先生とは喋ってるしな。
 
「私は落ち込んでいるように見えるか?」

 どうしてそう、茶々丸に聞いたのか――いつもなら聞かないような事を、聞いてしまう。
 それには特に意味は無くて、それこそ気紛れでしかないのだが。

「はい」

 その答えに、そうか、と。
 自分でも驚くほど、小さな返事を返してしまう。
 ……はぁ。
 校舎から出、夕日に目を細める。
 これから吸血鬼の時間だというのに、こんなにも憂鬱だ。

「そう見えるか」

 きっと、正しいのだと思う。
 ガンドルフィーニが言った事が、疑った事が――きっと正しいのだ、と。
 私は世界にたった一人の吸血鬼で、彼は世界に溢れる人間の一人だ。
 あの男が正しく、そして……私が間違っているのだろう。
 正しい吸血鬼なら、血を吸い、記憶を消し、力を蓄え、人に牙を剥く。
 そして、正義の魔法使いに屠られる。
 それがきっと、正しい世界の在り方なのだ。

「そうだな」

 だから、私は落ち込んでいるのだろう。
 今、私の中の吸血鬼像が、違う。
 ずれている、と言った方が良いか。
 どうして昨日、佐々木まき絵に声を掛けたのか。
 どうしてその傷を冷やしたりしたのか。
 どうして私と出会った記憶を消さなかったのか。
 普通は逆だろうに――と、溜息を吐いてしまう。

「いっそ、一思いに暴れてみるか?」

「お勧めできません」

「そうか?」

 そう簡単に負けない自信はあるがな、と。
 そう言うと、首を横に――茶々丸は否定した。

「それに、マスターがちゃんとしているよう、見ているように先生から言われています」

「……なるほど」

 確かに、あの先生に見つかったら厄介そうだ。
 また朝からあのバカ面を見る事になるかと思うと、軽く憂鬱だ。
 苦笑し、

「お前でも冗談を言うんだな」

「冗談?」

「いや、気にするな」

 それとも、本心だったのか。
 今はどっちでも良いか、と。

「マスター、夕食は何に致しましょう?」

「任せる」

「かしこまりました」

 ま、信じてもらえないのは今更だ。どうしようもない。
 今までが今までだったのだ。
 流石に……たった一度の気紛れで、こうまで言われるのは癪だが、仕方が無い。
 なら憂鬱な気分を引き摺るのも愚かな事だろう。
 今までこうだったのだ。
 なら、これからも今まで通りに生きていくさ。
 ――しょうがない。
 私は、悪い魔法使いなのだから。

「暫くは目立たないようにしておくか」

「それをお勧めします」

「……ふん」

 ついこの前まで、本当に“人形”だったと言うのに。
 ほんの少しの周囲の変化で、こうも変わってしまうものなのか。
 ――私はこんなにも、変わってしまう事に悩んでいると言うのに。
 きっとこいつには悩みなんて無いんだろうな……。
 いつか、茶々丸にも“悩み”なんてものが出来るのだろうか?
 ……それはそれで、楽しみなもんだな。
 人形の初めての“悩み”は、どんなものなのやら。

「マスター、楽しそうです」

「楽しくなんかない。可笑しいんだ」

「……それは良かったです」

 そうか、と。
 まぁ確かに――少しは気が晴れているな。
 そんな事を考えながら、夕焼け色の帰路に就いた。







 あのやり取りから数日後。
 特に目立つような行動もせず、普通の学生生活を送りほとぼりを冷ましていた。

「ふぁ……」

 昼は眠い……特に、昼食を食べた後は。
 さらに私は吸血鬼なのだ。
 このまま午後の授業を睡眠に充てようと屋上で考えた時、

「む……」

 何かが、感覚に引っかかった。
 結界を通った?
 私の感覚に引っかかると言う事は、正規の手続きを行っての通過じゃないな――。

「学園都市に入りこんだか……」

 まったく。仕方ない、調べるか。
 感じた限り、そう強い魔力を持っている訳でもなさそうだし。
 ……少しは真面目に仕事をして、あの堅物魔法使いに――は、関係無いか。
 ああいうのは、どうやってもこっちを下に見たがるもんだ。

「茶々丸、仕事だ」

「はい」

 一瞬じじいに連絡を入れるべきか? とも考えたが、二人で当たっても問題無いだろう。
 それに、下手にじじいと連絡をとって、また面倒な顔を見るのも憂鬱だ。
 はぁ……まったく、面倒な場所だな、ここは。

「それで、何処に行くのですか?」

「そうだな――」

 さっきの感覚はから移動するとなると……。

「広場の方か」

「わかりました」

 ……時間が時間なだけに、ただの変質者の類かもな。
 流石にこんな昼間から襲ってくる侵入者もいまい。

「午後からの授業はどうなさいますか?」

「受けれる訳が無いだろう」

「……はい」

 表情に変化は無いが、こう……私が虐めているように見えるのは気の所為か?
 私は仕事をしている訳で、非難される覚えはないんだが。

「さっさと見つける事が出来れば、すぐに戻れる」

「はい」

 ――さて、何が入りこんだのやら。






――――――

「それで、マクダウェルと絡繰は早退、と」

「申し訳ありません」

「……別に、報告なんかしなくても良いだろうに」

「いや、してくれよ、そういうのは」

 まったく。
 でも、学園長の用事ならしょうがないか。

「ま、あんまり学園長を困らせないようにな?」

「ふん――困らされてるのはこっちの方だ」

「そう言ってくれるな。絡繰も、学園長に迷惑をかけないように」

「かしこまりました」

 さて、と。

「新田先生には言っておくから、用事が早く終わりそうなら戻ってきてくれ」

「判っている」

「では、先生」

 まだ何かブツブツ言ってるマクダウェルを押すような形で、絡繰も退室していく。
 あの二人の関係も、最初より随分と変わってきたように見える。
 事務的……とでも言えば良いんだろうか?
 もっと主従と言える関係だったと思うけど、今何と言うか……うーん。
 上手く言えないけど、その関係が、少し柔らかくなったと言うか。
 このままクラスに溶け込んでくれると良いんだが……ま、大丈夫だろう。
 午後の授業を担当してもらう新田先生にその旨を伝え、授業の準備に戻る。
 俺もあとは6時間目だけなので、そう急がなくて良いんだけど、まぁこういうのは早く終わらせておくに限る。
 これが終わったら、昼飯にするか。昼休みももうすぐ終わるし。

「先生、少しお時間よろしいですか?」

「へ……あ、葛葉先生」

 何時の間にか後ろに立っていたのは、葛葉先生だった……まったく気付かなかった。
 何かの剣術かを習ってるって言ってたし、もしかしたら気配とかを消せるのかもしれない。
 まるで忍者か何かだな、と。
 そんな自分の思考に苦笑し、

「どうかしましたか?」

「はい。お時間があるようなら、学園長が少し時間を割いてほしいと」

「……が、学園長?」

「はい」

 俺、何かしたっけ?
 最初に思ったのが自分の不手際なのは――どうにも学園長が苦手だからか。
 というか、話した事がほとんどない目上にいきなり呼ばれたら、怖くないか?
 えっと……何したかな?

「わ、判りました。今からで大丈夫でしょうか?」

「大丈夫かと」

 う、うーん……本当に何したかなぁ。
 でも、こう言って呼ばれる理由て、呼ばれる側から見たら、結構判らないものかもしれない。
 はぁ……自然と、小さく溜息を吐いてしまう。

「ありがとうございます。それじゃ、今から」

 本当に、こういうのは、さっさと済ませてしまうに限る……と思う。
 それに、3-Aの最後の授業は数学だし、準備もある。
 ……精神的にも、そっちが楽だし。

「先生」

「はい?」

 立ち上がろうとし、再度声を掛けられる。
 まだ何か? と言うと。

「エヴァンジェリンとは仲が良いのですか?」

「マクダウェルですか?」

 んー……。

「別に、そう仲良くは無いんじゃないかと」

 ふとした拍子に、物凄い罵声を浴びせてくるし。
 殺すとか、黙れとか。
 ……注意してもアレだけは治らないんだよなぁ。

「どうしてです?」

「いえ、彼女が職員室に来たのを、初めて見たような気がしまして」

「……あー」

 そう言えば、そうかもしれませんね、と。
 良く考えたら、そんな気がする。

「でも、別にマクダウェルはそう悪い生徒じゃありませんよ?」

 素行はアレですけど……とはやっぱり口には出さない。
 うん。

「言う事はちゃんと聞いてくれますし、悪い事は悪いって判ってますし」

「……そうですか?」

「ええ」

 まぁ、今までが今までだったからなぁ。そう思われても仕方が無いのかもしれない。
 でも、これからは少しずつでもこういう風に見られないように頑張っていこう。
 俺に出来る事なんて殆ど無いから、マクダウェルに頑張ってもらわないといけないのが情けない所だが。
 とりあえずは、言葉遣いかなぁ。

「それじゃ、学園長の所に行ってきますので」

 そんな事を心中で考えながら、葛葉先生にそう告げる。
 早く行ってしまおう。
 何で呼ばれたのか本当に判らないので、不安で仕方が無い。

「……はい、頑張って下さい」

「……何か違いません?」

「いいえ」

 いや即答しないで下さいよ。
 そう苦笑し、立ち上がる。
 さて、俺は今から何を言われるんだろうか?
 はぁ。






「学園長、先ほど葛葉先生から呼ばれていると聞いたのですが」

 コンコン、とドアをノックし用件を述べる。
 数瞬の後

「うむ、入ってくれ」

「失礼します」

 さって、俺は何を言われるのか。
 ちょっと胃が痛い。
 ……あれ?

「高畑先生?」

「久しぶりだね、先生」

「は、はい」

 学園長と一緒に居たのは、最近見かけなかった高畑先生だった。
 噂じゃ、色々と出張を繰り返しているらしい……本当に多忙な先生だ。
 それだけ他の学校からも必要とされている――と言えるのだろう。
 後輩として誇らしくあり、でも、俺には無理だよなぁ、と思ってしまう。
 きっと……俺じゃ、一つのクラス、三十余人だけで精一杯だ。
 っと。そうじゃなくて。

「え、っと」

「まぁ、まずは腰を下ろしなさい」

 どうやら、すぐに済む話ではなさそうだ。
 言われるままに、柔らかなソファに腰を下ろし、聞こえないように小さく溜息。

「そう緊張しなくてもよかろうに」

「は、はは……学園長室とか校長室とかが、学生時代から苦手なもので」

「ほほ――確かに、あまり得意な者はおるまい」

 俺は苦笑、学園長は声に出して笑い、暫くの間。

「えっと……どうして自分が呼ばれたんでしょうか?」

「うむ」

 そのまま少し悩むように、豊かな髭を撫で、

「エヴァとネギ君の事だよ」

「……アレ? それワシの台詞」

 答えは高畑先生から出た。
 マクダウェルとネギ先生?
 あと、学園長……台詞取られたくらいで泣かないで下さい。
 これはあの近衛が苦笑する訳だ、と。
 目上の人ではあるが、何となく親しみやすく、苦笑してしまう。
 やっぱり、人の上に立つなら、こういう面も必要なんだろうな。
 しかし、マクダウェルか……やっぱり、始業式の日の事か?
 何かやったんだろうか。
 ネギ先生は、まぁ心配なだけだろうけど。

「マクダウェルが、どうかしたんですか?」

「先生が考えているようなことではないよ」

 そんなに顔に出ていたのだろうか?
 はは、と小さく笑い、内心で溜息。

「最近素行が良くてね、気になっていたんだ」

「あ、ああ……そうですね」

 さすがに、サボらないように迎えに行ってました、と正直に言う訳にもいかない。
 それはきっと、問題になってしまうだろう、から。
 どう答えたものか、と一瞬悩み、

「あの子はワシらの娘のようなものでな、それがあの不良娘から一転じゃ」

「何か知らないかい?」

 なるほど、そう言う事か。
 娘、と言うには年が離れていると思うが――近衛とはまた違った意味で気にしていると言う事だろう。
 そう聞くと、やはり嬉しくなってしまうのは、俺が彼女の副担任だからか。
 やはり、自分のクラスの生徒がそんな風に見られていると嬉しいものだ。

「そうですね」

 そこで一旦、言葉を切る。
 まぁ、答えは判っているのだが。
 それをどう伝えるべきか――どう伝えたら、俺が伝えたい事を、全部伝えれるか考える。
 マクダウェルの事、神楽坂の事、クラスの事。
 その事を、考える。

「ちょうど2年の終わり近くに神楽坂と仲良くなりまして」

「明日菜くんとかい?」

「ええ。それから、でしょうか」

 神楽坂というのがよほど予想外だったのか、高畑先生が驚いた声を上げる。
 あのどんな事があっても平然としていそうな先生がである、珍しい顔を見れたものだ。

「なるほどのぅ」

「彼女は人付き合いは苦手そうですが、人が嫌いという訳ではなさそうですし」

「ほぅほぅ」

 うん。
 最近分かったんだが、やっぱり彼女は人付き合いが悪い訳ではない。
 何だかんだと神楽坂と仲が悪くなる様子は無いし、彼女が間に入ることでクラスにも馴染み始めている。
 苦手、と言った方が良いのだろう。
 人付き合いが苦手で、距離をとっていた。
 まるでそんな感じ。
 その空いた距離に神楽坂が入った事で、クラスに溶け込み始めている。
 雪広もなんだかんだで、そう言った生徒にはお節介を焼くし、なにより、ウチのクラスは賑やかなのだ。

「良くやってくれておるようじゃの」

「いえ、そんな事は……」

 苦笑してしまう。
 だって、結局は彼女を変えたのは神楽坂なのだ。
 俺は彼女を連れてきただけだし。

「頑張っているのは、ネギ先生です」

「ふむ――ネギ君も良くやってくれておるようじゃの」

「はい。2年時の最後は学年最下位を脱してくれましたし」

 それは確か、学園長がネギ先生に課した課題だったはずだ。
 ネギ先生はそれもちゃんとクリアした――あの歳で、だ。

「クラスの子達とはどうだい? ちゃんと、教師らしく出来ているかい?」

「それはまだ、難しいですね。あの年齢ですし……」

「そうか……」

 そればかりはしょうがない事だとは、思う。
 なにせ、まだ10歳なのだ。
 特に彼女達の年頃の子は、外見を基準に見てしまう所がある。
 そう言う意味では、やはりまだネギ先生には……この職業は難しいのでは、と思ってしまう。
 でも、今のままもう10年。
 そうすれば、きっと良い先生になれると思う。

「ま、そこは仕方ない事じゃろ」

 その事は予想の範囲内だったのだろう。
 その後もいくつか二人について質問される。
 授業態度や、仕事内容などを話す。
 ……目上の人二人に囲まれているので、胃が痛くて仕方が無い。
 昼を食べてないので、余計にである。

「ふむ、二人ともそれなりに学園生活を楽しんでいるようだね」

「そうですね……マクダウェルは今年は受験ですし、ネギ先生も3年の担任ですから夏からは忙しくなるでしょうけど」

「ふぉふぉ、なるほどの――」

 また、その豊かな髭を撫でつける老人は……その目を俺に向ける。

「君は二人を良く見ておるのじゃの」

「そんな事は……」

 苦笑し、やんわりと否定する。
 それは当り前のことであって、別段こうやって言ってもらうような事ではない。

「副担任ですから。クラスの子達と担任の教師を見ているだけです」

「そうか?」

「えっと……ええ」

 改めて問われ、どうかな? とも自問するが、答えは出ない。
 何故なら――改めてそう聞かれた事は、初めてだったからだ。
 今まで当たり前にしていた事だから、そう特別には感じられなかった。

「なるほどねぇ」

「……はは」

 高畑先生が学園長の隣で笑っているので、居心地が悪い。
 はぁ。

「二つ、お願いがある」

「え?」

 いきなりの言葉に、一瞬の戸惑い。
 もしかして、本題はコレか?

「一つは、これからもネギ君をよろしく、と言う事じゃ」

「あ、え、ええ。それは、言われなくても」

 むしろ、こっちが副担任なのだから、と。
 その答えに満足したのか、笑顔で頷く学園長。

「もう一つは、エヴァじゃ」

「はい」

 それは、予想できていたので戸惑う事も無く返事が出来た。
 さっきの話振りからするに、学園長は本当にマクダウェルが心配らしい。
 近衛の件もそうだし、身内に甘いなぁ、と。
 非難では無く、苦笑を浮かべてしまいそうな気分で、返事を返す。

「今までが今までじゃったから、あの子は……まぁ、特別じゃった」

「……はぁ」

 特別……と言うのは、妙な言い回しに感じられた。
 家庭の事情の事だろうけど。

「それに、本人がソレを受け入れてしまっておったしの」

「僕から何を言っても、自分の道を行ってたしね」

「ああ、判ります」

 高畑先生の物言いに、不謹慎かもしれないが苦笑してしまう。
 あの外見なのにプライドが高く、それに妙に博識だ。
 よほど頭が良く、育ちも良いのだろう。
 だから周囲に合わない。
 だから解け込めず、学校をサボっていた。

「でも、あの子は悪い事を悪いって言えばちゃんと聞いてくれます」

「そうだね――先生の言う通りだ」

「あの性格なら、登校さえしてくれればすぐにでも友達できると思うんですけど」

 個性的、そう言えるのは3-Aのクラスでは当たり前とも言えるのだから。
 そう安心できる。
 きっと、マクダウェルは、クラスに馴染む事が出来ると。
 他の先生方からも、ちゃんと見てもらえるようになると――信じれる。
 それは俺にとっては当たり前の事で、別段何の不思議も無い事。
 生徒を信じる、と言う事だから。
 なのにどうして、学園長と高畑先生がそんなにも嬉しそうなのかが判らなかった。
 よほど、マクダウェルが学校に来ているのが嬉しいのかな?

「どうしたんですか?」

 でも実際、最近は馴染んできてるし、友達もこれからきっと出来る。
 神楽坂とだって、良い友達になれると見ていれば判る。
 家庭の事情がどういうものか判らないけど、きっともう心配ないと思える。
 だから、

「な、なんか変な事言いました……?」

 そんな当たり前の事を言っただけで、嬉しそうにされる理由が判らなかった。
 困った、とも言える。
 ……そして、恥ずかしい。
 頬を掻き、視線を逸らしたいところだが目上の人なのでそれも出来ない。

「いや、何も変な事は言っとらんの」

「そ、そうですか?」

「ふぉふぉ」

「はは」

「は、はは」

 3人で笑うと言う、奇妙にも思える時間……まぁ、俺の笑顔はきっと引き攣っているけど。
 まぁ、結局は俺は今までどおり……で良いのかな?

「なに、先日あの子が教師と揉めてな」

「は、はい!?」

 ――って、全然良くなかった。
 今日呼ばれたのはその事か!?
 今まで新田先生や葛葉先生などからは注意された事はあったが、ついに学園長からもっ。

「そんなに畏まらなくて良いよ」

「え、で、ですけど……」

「怒ってはおらんよ。それに、悪いのはこっちじゃ」

 ……いや、口調はそうですけど。
 しかし教師と揉めたって……。

「ワシらは、あの子を信じてやれなんだ……」

「は、はぁ……で、誰とでしょうか?」

「ふぉふぉ、気にせんでええ」

「い、いやぁ……」

 何を言ったんだろう、マクダウェルのヤツ。
 口悪いからなぁ……。
 やっぱり、今度一度、話し合った方が良いのかもしれないな。

「それを気にしておったんじゃが、まぁ、のぅ」

「はい?」

 ……ああ。

「でも、授業はちゃんと受けてましたよ?」

「みたいじゃの」

 そうなったら、以前のマクダウェルだったらサボってただろうしなぁ。
 学園長はそれが心配だったのか。

「いや、今日は良い話が聞けたのぅ」

「そ、そうですか?」

 俺は胃が痛いです。
 あと、腹が減りました。

「先生、これからもエヴァをよろしくのぅ」

「は、ぁ」

 まぁ、俺に出来る事は、後は授業をちゃんと受けさせて無事に卒業させてやるくらいなんだけど。
 それ以外はマクダウェルの頑張り次第である。
 そこは神楽坂に頼るしかないし……。

「え、っと……それでは、失礼します」

「うむ――ああ、そうじゃ」

 そろそろ退室しようかと腰を上げかけ、もう一度下す。

「ま、まだ何かしましたか?」

「ふぉふぉ、違う違う。今度はワシの個人的な質問じゃ」

 いやこの時間のほとんど……ともいえず、はぁ、と返事をする。

「春休みの最後、木乃香と会わんかったか?」

「へ? あ、はい」

 近衛?
 確かに会って、

「あ」

「なるほどなるほど。木乃香が言っておったのはやっぱり先生か」

 …………何を言ったんだ、近衛?

「は、はは」

 それはきっと、見合いの話だろう。
 断ったのか、それとももっと酷い事になったのか……嫌な汗が、背中を伝う。

「あんみつ代を払おうか?」

「いえ、結構です」

 何処まで話したんだろうか?
 と言うか、学園長からあんみつ代なんてもらえません。
 あーもう、何で笑ってるんですか、高畑先生。
 助けて下さいよ、と視線を送るが無視された。

「木乃香は器量良しでの、出来ればワシの目の掛った者が傍におると安心だと思ったんじゃが」

「あー……はぁ」

 もう一度、高畑先生へ視線を送る。
 長くなるよ、諦めな。と言った感じの視線が返ってきた。
 どうやら、今日の昼食は抜きらしい。
 授業の準備だけは終わらせておいて良かったなぁ。
 ……はぁ。




――――――エヴァンジェリン

 まったく。
 侵入者だと思って来て見れば。

「くそっ――まさかこのオレっちの動きについてくるなんてっ」

「すばしっこいだけだろうが」

 茶々丸に摘み上げられたソレ……人語を解するソレには、馴染みがあった。
 まさか、私達を巻く為に森の中に逃げ込むとは。
 お陰で捕まえるのに、余計に時間がかかってしまったではないか。

「オコジョ妖精か」

「ちっ、なんだっていきなり魔法使いに見つかってんの、オレっち……」

「知るか。折角の昼寝の時間を無駄にしおって」

「マスター、それは感心できません」

 ……そして、コイツも日に日に要らん知恵を付けてくるな。
 別に、昼寝くらい今までしてただろうが……まったく。
 葉加瀬に言ってみた方が良いだろうか?

「何しに来たんだ? オコジョ妖精がここに来るとは聞いていないんだが?」

「けっ、オレっちは兄貴に会いに来ただけだよ」

「兄貴?」

 また、厄介事か。
 はぁ――ここ数日、厄介事は避けてきたつもりだったんだが。
 まさか仕事の方から来るとはな。

「オコジョさん。兄貴とは誰ですか?」

「お、聞いてくれるかい、メカの嬢ちゃん」

「はい」

 なんか、茶々丸は警戒を解いているが……視線は、その足元に。
 積まれているのは――下着である。
 しかも女性の。
 男のだったら更に問題だが。

「それより、これは何処から盗ってきたんだ?」

「オレっちのコレクションの事かい?」

「…………ああ」

 オコジョがこれだけの枚数の下着の入ったバッグを持ち運ぶのもどうかと思うがな、とは口には出さない。
 面倒だから。
 答えによっては、そのまま茶々丸に首を捻らせるか。
 その考えを顔に出さずに、返事をする。
 正直、もう早く終わらせて寝たい。

「しかし、嬢ちゃんも外道だねぇ。オレっちのコレクションの傍に罠を張るだなんて」

「良いからさっさと答えろ」

 何が外道だ。人聞きの悪い。
 人様の下着を盗むお前に比べたら、よっぽど私が善人だろうよ。
 ……どうせ、その辺りの女子寮から盗ってきたんだろうがな。
 どうやってこれを持ち主に返したものか……流石に放置は嫌だ。同じ女として。

「あっちと……あっちだっけ?」

「高等部と大学部か」

 まぁ、下着ドロなら妥当な所か。
 しかし、良く誰にも見付からなかったものだ。
 一応、どの学年にも数人の魔法生徒、魔法先生が居るんだがな。
 はぁ――よくもまぁ、この体たらくで魔法使いを名乗れるものだな……。
 呆れると言うか、何と言うか。

「茶々丸、そいつの首をへし折れ」

「おいおいおいっ!? いきなりかいっ」

「……マスター、流石に」

 ちっ。

「まぁいい。さっさとじじいに渡して、昼寝するか」

「マスター、下着はどうしましょうか?」

「葛葉刀子辺りでも呼んで、処理させろ」

 原因を話せば、それなりの対処はしてくれるだろう。
 どうやって下着の持ち主を探すかは予想もつかんが。
 はぁ。

「判りました。オコジョさん、少し我慢を」

「って、オレっちがそう簡単に捕まるかぁ!!」

 …………おお。
 何という気持ちの悪い逃げ方だ……。
 滑るかのように茶々丸の拘束から逃れたソレを、目で追う。

「逃げられました」

「何をやってるんだ、ボケロボっ」

 また捕まえなきゃならんじゃないか。
 まったく――――

「助けてくれっ、ネギの兄貴ーーー」

 あー……

「追いますか?」

「いや、居場所は判ったからいいだろ……」

 じじいに報告しに行くか。
 面倒だな。本当に。
 あと疲れた……本当に、馬鹿の相手は疲れるな。

「茶々丸、お前は葛葉刀子を探して来い。私はじじいの所に行く」

 その後は適当に時間を潰して来い、と。
 まぁ最近のこいつの事だ、授業でも真面目に受けるのだろう。
 6時間目は数学だったしな。
 私は――屋上で昼寝でもするか。
 そう考えながら学園長室に向かう。
 しかし、絶好の昼寝日和だ。

「ふぁ」

 そう考えただけで、眠くなってくる。
 そして、

「それでは、失礼しました」

「げ」

 どうして、じじいの所から先生が出てくるんだ?
 ちょうど、学園長室から出てきた先生と、ばったりと出くわしてしまう。

「おー、マクダウェル」

「……どうしたんだ、先生?」

「ん? あー……まぁ、色々と」

 珍しく歯切れが悪いな? 一体何を言われたんだか。

「そうだ、学園長の用事は終わったのか?」

「あー、まぁ……もう少しだ」

「終わったんだな」

 ぐ……。

「報告してくるから、さっさと戻ってろ、先生」

「はいはい」

 ……絶対待ってるだろ、先生、と。

「おー、先生だからなぁ」

 はぁ……貴重な昼寝の時間が。
 あのオコジョ、やはり今度、絞めるか。
 



[25786] 普通の先生が頑張ります 13話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/09 22:23

「おはようございます、ネギ先生」

「あ、おお、おはようございますっ」

 少し遅くに職員室に入ってきたネギ先生に挨拶をすると……明らかに挙動不審だった。
 昨日別れる時までは普通だったとだと思うけど。

「どうしたんですか?」

「い、いえ……別に」

 はぁ、と。
 失礼だが全く大丈夫そうには見えないんですけど……?

「どうしたんです、その肩の」

「ぅ、あ……その、ですね」

 えっと、何だっけ、この動物。
 名前が出てこずに、数瞬悩み。

「僕の、その、実家の方での友達のオコジョなんですけど……」

 そうそう、オコジョ……ってこんなのだったっけ?
 実物どころか、写真でだって数回見た程度だから良く覚えてないけど。
 って、

「ともだち?」

 ……ああ、ペットって事か。
 ペットを友達だと、やはりそんな所は年相応なんだなぁ、と思いながら、

「イギリスから送られてきたんですか?」

「え、ええ……送られてきたんです」

 ご家族の方だろうか?
 よほど仲が良いのか、ネギ先生から離れる素振りは無い。
 頭も良いのかもしれないなぁ。

「ですけど、流石に職員室に連れて来られると困るんですが……」

「ぅ、す、すいません……どうしても付いてきちゃって」

「ついてきたって」

 そう言われてもなぁ。
 うーん、どうしたものかと頭を掻き、

「学校に動物連れて来ちゃ駄目ですよ」

 と、

「源先生。あー、すいません」

「私は大丈夫ですけど、アレルギー持ちの人も居るんですから」

「は、はい……僕もそう言ったんですけど、付いてきちゃって」

 いや、動物に言っても判らんでしょ。
 そんな子供っぽい所に苦笑し、さて、と。

「送られてきたって言ってましたけど、昨日はどうしたんですか?」

「昨日は、一緒の部屋で」

 はぁ、と。
 また後で女子寮の管理人さんに頭下げに行かないと。
 もういっそ、何かお菓子も持っていくのも良いかもしれないなぁ。
 ……じゃなくて、

「女子寮で飼うのは駄目ですよ?」

「え、ええ!?」

 いや、当たり前でしょ。
 突然の大声にびっくりしたのか、肩のオコジョも尻尾を逆立ててるし。

「アレルギーの子が居たらどうするんですか? 毛も抜けて、掃除も大変になりますし」

 それになにより、そう言う規則ですし、と。

「そうですね……動物が苦手な生徒もいますし」

「ぁぅうう」

 そう泣きそうな顔をされても、なぁ。
 こればっかりは。

「友達なのは判りますけど、規則は守ってもらわないと。ネギ先生は先生なんですから」

「……そ、そうですね」

 しかし、どうにかしてやれないものか。
 流石に友達といきなり別れさせられるのも可哀想だし。
 どこかで飼ってもらえないか、聞いてみるか。

「ネギ先生」

 そんな事を考えていたら、また後ろから葛葉先生に話しかけられた。
 ……びっくりしたぁ。

「学園長がお呼びです」

 しかも、その声色から察するに……相当怒ってるんじゃないか?
 いつもより言葉数も少ないし。というか必要な事以外は喋らないらしい。
 直立不動で俺の後ろに立つ彼女に、ちょっとした恐怖を感じる。
 というか、なんで俺の後ろに立ったんだろう?

「え? ……僕、何かしましたっけ?」

 いや、こっちを見られても……。
 しかし、まず最初に自分の不手際を考える所は俺と一緒か。
 その事に苦笑し、

「その子の事じゃないですか?」

 そう言って、肩を指差す。
 あ、と。

「どうやって分かったのかは判りませんけど、流石に女子寮は拙いですし」

「そうですねぇ……こればっかりは、どうしようも」

 源先生と二人で、すいません、と。
 まぁ、いくらなんでも取り上げられたりはしないと思うけど……。

「流石に女子寮では飼えませんから……ねぇ」

「ええ。早くそのオコジョを連れて学園長室へ行って下さい」

 ……葛葉先生、怖いです。
 一体何が昨日あったんだろうか?
 最後に会ったのは昼だけど、それまでは機嫌良さそうだったのに。
 睨みつけるという表現ぴったりに、オコジョを見ている彼女を横目で見る。
 直視する勇気は無い。
 それは源先生も同じようだ。

「朝のHRもあります、急ぎなさい」

 今すぐ行けと言う事らしい。
 ネギ先生は見ている方が可哀想になるほど首を縦に振り、職員室から駆けていく。
 走らないで下さいよー、とは流石に言ってやれなかった。

「な、何かあったんですか?」

「いえ、別に」

「そ、そうですか……」

 それだけ言うと、自身の机に向かう彼女の背を目で追い、

「……何があったんでしょうか?」

「さ、さぁ」

 とりあえず、葛葉先生は怒らせてはいけない。
 これだけは間違いなさそうだ。







「マクダウェル……お前はもー少し早く来れないか?」

 俺が迎えに行ってた時は、もっと余裕持って登校してたと思ったんだがなぁ。
 職員室から出、教室に向かう途中――ちょうど、ばったりと絡繰とマクダウェルの2人に出くわした。
 まったく。

「遅刻扱いにするぞ?」

「ふん。来ているのが判っているのだから、別に良いだろう」

 そう言う問題じゃないだろ、と小さく苦笑し、

「おはよう、二人とも」

「おはようございます、先生」

 はぁ、と溜息を一つ。

「マクダウェル?」

「…………おはよう、先生」

 何で私が、とか小声で言っているが、聞こえません。
 朝の挨拶くらいちゃんとするように。

「眠そうだなぁ」

「言っただろう? 私は朝は苦手なんだ」

 ふぁ、とこれ見よがしに欠伸された。
 まぁ去年の今頃を考えると、来てくれるだけでもありがたいんだが……うぅむ。

「それより、ぼーやはどうしたんだ?」

「ネギ先生な? なんか、朝から学園長に呼び出しくらってなぁ」

「ふふん。なるほどな」

 あ、楽しそう。
 どうやら今日は、機嫌が良いらしい。

「何か知ってるのか?」

「ああ。まぁな」

 昨日のマクダウェルの用事が関係してたりするのかな?
 まぁ、その内判るだろうから良いけど……出来ればあまり心構えが必要無いようなのだと良いが。
 胃に優しくないから。

「あ、そうだ」

 そう言えば、マクダウェルは絡繰とあの大きな家に一人暮らしだったな、と。
 ふと思い出した。

「なぁ、マクダウェル?」

「ん?」

「小動物は好きか?」

「……猫か?」

 違う違う……って。

「なんだ、絡繰が猫にエサやってるの知ってたのか」

「当たり前だ。私は茶々丸の主人だぞ?」

 ……うん、そうだな。

「……何だ、その顔は?」

「深い意味は無い、うん。もちろん」

 まぁ、その話は置いておいて、だ。
 お前も葛葉先生と同じくらい怖いよなぁ。

「オコジョ飼う気無いか?」

「私はオコジョがニンニクの次に嫌いだ」

「せめて、食い物と同列だけは止めてくれ」

 食用じゃないからな? と。

「ふん――行くぞ茶々丸」

「はい。それでは、先生」

「おー、明日はもっと早く来いよー」

 怒らせてしまったか……うーん、よっぽどオコジョが嫌いなんだなぁ。
 悪い事を聞いてしまった。
 しかし、ネギ先生のオコジョをどうしたものか……。
 そんな事を考えていたら、もう3-Aの前だった。
 ……考え事してると、早いな。

「おはよう、皆」

「おはよーございまーす」

「あれ? ネギ先生は?」

 相変わらず元気だなぁ、と苦笑し、教卓に立つ。

「ネギ先生は、用事で少し遅れてくる」

「な、なんですってっ」

「はい雪広ー、静かにー」

 もう反応する生徒は判っていたので、間髪いれず注意する。
 ……高畑先生に続いて、ネギ先生もか。
 神楽坂と言い、雪広と言い……あの年頃は、恋は盲目とか言うらしいしなぁ。
 黙っていた方が印象が良い、というのはそれこそ黙っていた方が良いようだ。

「それじゃ、点呼取るぞー」

 出席番号順に名前を呼ぶのも慣れたもので、いつもどおりにそれも終わる。

「連絡事項……なんか、昨日大学と高等部の寮の方で下着泥棒が出たらしい」

 えー、という声に負けないように掌を叩き、

「静かにー。犯人は捕まったそうだから、そう騒がなくて良いぞ」

「本当にですか?」

「ああ。高畑先生が捕まえたそうだ」

「高畑先生っ!!」

 あ。
 うっかり名前出してしまった。

「あー、神楽坂……落ち着け」

「はいっ、落ち着きますっ」

 ……まぁ、いいか。

「それで、一応犯人は捕まったが、気を付けるようにな?」

 春は変な人が多いからなー、と。
 そこは年頃の女の子だろう、何も言わずに判りました、と。
 まぁ、男の俺よりも、その辺はしっかりしてそうだしな。

「以上。ネギ先生は授業には戻るはずだから、きちんと準備しておくように」

「判りましたっ」

 ……元気だよなぁ、神楽坂と雪広。
 その元気を少し分けてほしいもんだ……学生時代の体力が欲しい。
 春だし。天気が良いとすぐ眠くなってしまうのはどうしたもんか。

「それじゃ、今日も一日頑張ってくれ」

 さて、俺も頑張るとするかー。







 昼。
 いつものようにコンビニ弁当を食べながら過ごす。
 今日から発売の春の味覚弁当はどうも外れらしい、と新田先生と話しながら。
 見た目豪華で値段も……まぁ、見た目分はあるのだが、

「シイタケとかより、肉か魚が欲しいですね」

「そうですね。まぁ、弁当ですから魚は塩焼き以外は難しいでしょうけど」

 ですねぇ。でも偶には煮魚も食べたい……今日の夜は、惣菜でも買って帰るか。
 煮魚に、吸い物に……後はおにぎりでも買えば十分だろうし。
 うん。今晩の献立完成。

「それはそうと、先生?」

「はい? どうかしましたか?」

 やっと仕事も一段落し、のんびりと過ごせる昼休みの時間。
 午後からの授業の準備ももう済んでいるので、どうしようかと考えていたら新田先生からの声。

「ネギ先生が、何やらペットを飼うそうですね」

「ああ、そうみたいですね」

 一応、あの後学園長からは許可が下りたらしい。
 意外だったが、身近にペットを置き情操教育の一環に、と言われると、はぁ、としか言えない。
 確かに身近にペットを置いて、育てる事も一つの教育の形か、とも思うし。
 昼間と就寝前は女子寮のリビングに置き生徒達に面倒を見させる。
 皆の目の届く様に、と。
 消灯後はネギ先生が自分で世話をするように、という事らしい。
 その為、今日の放課後はネギ先生はケージを買いに行きたいとか。

「せっかく実家の方から友達が来たみたいですし、良かったと思いますよ?」

「ペットを友達ですか……あの年頃らしいですね」

 そうですねぇ、と笑い、缶のお茶を一口飲む。

「朝聞いた時はびっくりしましたけど、まぁ、離されなくて良かったです」

「ま、学園長もそこまで鬼では無かったんでしょう」

 はは、と笑う。
 昨日少し話したけど、やっぱり身内、知り合いには甘い人なのかもしれない。
 でもまぁ、ケージに入れていれば苦手な子は近づかないだろうし、毛も飛ばないだろう。
 アレルギー持ちの子が居たら別の所で飼う事になる、とは言ってたし。

「しかし、予防接種に飼育用の道具一式はネギ先生持ちとは」

「ま、飼う側の義務というやつでしょう」

「ですねー……」

 まぁ、あの歳でちゃんと給料貰ってるんだし……良い、のかなぁ?

「失礼します」

 そんな事でのんびりと盛り上がっていたら、

「あ、葛葉先生――――」

「おや―――――」

 弁当持参の葛葉先生がやってきた。
 ――――弁当持参?

「隣、良いかしら?」

「ど、どうぞ……」

 弁当持参である。
 数年振り……とまでは言わないが、約――

「なにか?」

「いえ」

 ははは、と笑いながら正面に座る新田先生に視線を向ける。
 ――食べ終わった空の弁当をすでに捨て、立ち上がろうとしていた。

「それでは、授業の準備があるので」

 ちなみに、俺はまだ後半分くらい残ってたりする。
 ……さっさと食べてしまおう。

「先生は、今日もコンビニのお弁当なんですね」

「いやぁ……弁当作るのも面倒でして」

「お弁当も良いものですよ?」

 ……これは聞けという合図なんだろうか?
 それとも罠で、気紛れに作ってきただけなんだろうか?
 出来たのか。出来ていないのか……そこが問題だ。
 というか、朝とは別人だな。





――――――エヴァンジェリン

「あ、エヴァ……と茶々丸さん」

「んあ?」

「こんにちは、明日菜さん」

 ちょうど欠伸をした所で声を掛けられ、変な声が出た、
 ん、ごほん。
 放課後は気が緩んで仕方が無いな、まったく。

「どうした、神楽坂明日菜」

「探してたのよー」

 なんだ?
 息を切らせて……。

「また何か厄介事か?」

「あんたが私をどう見てるか、ようっく判ったわ」

 それは良かった。本当に。
 まったく――どうして私なんかと関わろうとするのか。
 そこが本当に理解出来ない……はぁ。

「で?」

「ま、まぁそうね……どっかに座らない?」

 飲み物くらい奢るから、と。
 ……なんだ?
 妙に余所余所しいな。
 いつもならもっと……ま、いいか。

「珍しいと言うより、怪しいぞ?」

「そこまでないでしょっ」

 いや、割と本気なんだが……茶々丸に視線を向ける。
 首を横に振る所から、一人か。
 あのオコジョが行動でも起こしたか? とも思ったんだが。

「分かった。それに飲み物は要らん」

「そ、そう?」

 それじゃ、と適当に近くにあったベンチに並んで座る。
 人通りもまばらになってくる時間帯、少しだけ静かな時間。
 少しの静寂――並んで座り、茶々丸は、私の隣に静かに立つ。

「どうしたんだ?」

 何か話があるんだろう、と。

「あ、あー……えっとね? 怒らないでね?」

 ……まぁ、あまり馬鹿な事を言わなければな、と。

「そこは嘘でも――まぁ、いいや」

 ふん。

「ねぇ、あんたって悪者なの?」

「……なに?」

 また、いきなり唐突だな。
 それが今に始まった事じゃないので、慣れ始めている自分も嫌だが。
 まぁ、そうだな。

「そうだが、どうかしたのか?」

「うっそ、ホントに?」

「それより、どうしてそんな話になったんだ?」

 一応の予想はつくが、まぁその予想が外れてくれていると――まぁ、なぁ。
 それは、それなり私にとって特別な時間が……気に入り始めているからか。
 誰かとこうやって喋ると言う時間が。

「エヴァさ、昨日ネギのオコジョ捕まえたでしょ?」

「……はぁ」

 なるほど。そう言う事か。……あのオコジョか。
 やはりあの時、無理矢理にでも茶々丸に絞めさせるべきだったか。
 まったく――深い、深い溜息を吐く。
 いつかはこうなると判っていた。
 覚悟の必要も無いような事、それが私の普通だ。
 だが、それでも――。

「でさ、あのエロガモがまほねっと? ってのでエヴァの事調べたの」

 そう、か――と。
 まだ残っていたのか、私の情報は……。

「そう言う事だ。もう私には関わるなよ」

「へ? いやいや、そうじゃなくて」

 なんだ? まったく。
 立ち上がろうと上げた腰を、再度下ろす。
 まだ何かあるのか?

「それだけじゃなくて」

 何だ? ぼーやに手を出すなとでも言うのか?
 残念だが、元からそんなつもりは殆ど無いぞ。
 ぼーやに手を出しても、敵を増やすだけだしな……。
 それよりは、もうしばらくこの平穏な時間を楽しむのも悪くない。

「お前も、これ以上ネギ=スプリングフィールドの厄介事に首を突っ込むなよ」

「いや、それはむしろ私も勘弁してほしいんだけど」

「そうか。ならまずは、あの小僧を部屋から追い出す事だ」

「出来たら苦労しないわよっ」

 まぁ、確かに。
 あの年齢の子供に部屋を貸してくれる奇特な大人も居ないだろうしな。
 今度じじいに頼むか?
 ……いやいや。

「そうじゃなくて」

「ああ、その通りだ……で? 他に何の用だ?」

「あ、あんたって」

 良いから先を言え。
 もうどうせ全部分かってるんだろう?

「吸血鬼、なの?」

「……ああ」

 予想はしていたし、覚悟もしていた。
 だがそれでも軽く済ませて、さっさと家に帰りたかった。
 ――それだけは聞かれたくなかったし……答えたくなかった。
 それはきっと、私としても……。

「安心しろ。血は吸わん」

「そうなの?」

「ほら」

 口を開け、歯を見せる。

「牙が無いだろう?」

「歯並び綺麗ねぇ」

 流石バカレッド。人の話を聞いてないな。
 頭痛を感じてしまい、目頭を指で揉みほぐす。
 いくらぼーやの件で魔法を知っているとはいえ、この反応は無いだろう。
 吸血鬼と言えば悪。化け物。人間の敵。そういうものだ。
 普通、怖いものと言えば吸血鬼ではないのか?

「というか、吸血鬼と一緒にいて怖くないのか?」

「へ?」

 吸血鬼のこっちが心配になってくるほどの不用心さだ。
 何なんだ、コイツは?
 私よりもずっと未知の存在に思えてきてしまう。

「あ、そっか。エヴァが吸血鬼なんだった」

「あーそーだなー」

 振り出しに戻ってどうする。
 はぁ。

「あ、何その溜息」

「別に……」

 疲れた。
 本当に。
 精神的に。

「それで……そう、吸血鬼」

 思いだしたか、馬鹿者。

「怖いわよ、吸血鬼」

「……そうか」

 頭痛がする……。

「だって、映画とかだと凄いじゃない。こう、ガーって」

 しかも、すっごい強いんでしょ? と。

「その擬音は私を馬鹿にしてるのか? 喧嘩売ってるのか?」

 いい加減頭痛も酷くなってきたしな、買うぞバカレッド。

「そ、そうじゃなくて」

「じゃあ何なんだ? この調子じゃ夜になるぞ?」

 夜は吸血鬼の時間だぞ、と脅してやる。
 まったく、本当に困った奴だ。

「う、早く帰らないと木乃香に怪しまれるわね」

 そっちか……お前、本当に私を怖がってないな?
 一回噛む真似でもしてやろうか? まったく。
 そもそも、普通の人間は相手を吸血鬼か、なんて疑ったりしないと思うがな。
 どう怪しまれるのか聞いてもみたいが、面倒なだけだろう。

「ネギもあのオコジョと一緒じゃ不安だし」

「……さっさと戻れ」

 不安というより、これ以上厄介事を増やされるのが面倒だ。
 昼にじじいに聞いた話だと、女子寮で飼育するらしいが……どうなることやら。
 願わくは、下手に喋って一般人を巻き込まなければ良いが。
 ――ちなみにその場合、ネギ=スプリングフィールドはオコジョになり
   あのオコジョは、まぁ、なんだ……去勢、されるらしい。
   そのうえで、魔法界の牢獄に入れられるとか。

「あーもう、関わるなって言ったり、早く戻れって言ったり」

「当たり前だろうが」

 というか、好き好んで吸血鬼に関わろうとする奴の気が知れん。

「私は吸血鬼なんだぞ? ぼーやの魔法を見たんだろう? 本物だ」

「げ、ネギの事も知ってるんだ……」

「知られてないと思ってるそっちが凄いぞ、ある意味」

 アレだけ人前で魔法を使っておいて、と。
 まぁ、最近はもうほとんど使って無いみたいだが。

「う……」

「吸血鬼は怖いんだろう? さっさと帰って……今日の事は忘れてしまえ」

 そう言って――小さく溜息。
 そう、自分で自分を傷つけてしまう言葉を、口にした。
 それが……痛い。

「忘れろ。それがお前の為だ」

「嫌よ。何で忘れた方が私の為なのよ?」

「……知らない方が幸せ、という言葉を知らんのか?」

「あ、え……あー、うん。知らない」

「知っておけ、その方が良い」

 きっとそれは、お前の為になる。
 勉強とか、そんなのは関係無く――きっと、お前の為になる。
 そう、言う。
 それが、私からの最後の言葉だ。
 さて、と。

「帰るぞ、茶々丸」

「ちょ、ちょっとエヴァ!?」

「……なんだ、次から次に」

 私が吸血鬼かどうか知りたかったんじゃないのか?

「そうじゃなくて。それだけじゃなくてねっ」

「分かった、聞く。聞くから落ち着け」

 ――私も、ずいぶん丸くなったものだ。
 それに、この馬鹿な時間もこれで最後だと思うからか……。
 はぁ。聞いてやるから……だから大声で喚くな、耳が痛い。

「え、っとね? 私、頭良くないからアレだけど」

「そんなの最初からわかってるから、さっさと言え」

 ひどいぃ、という声は無視。
 お前が言葉を選ぼうがどうしようが、どうせ伝えたい事の半分も伝わらんだろ。

「えっと……そう、そうね」

 だから、言葉を選ぶなというのに……まったく。
 苦笑してしまう。
 今更、何を遠慮しようとしているのか。

「待っていてやるから、早く言え」

「ど、どっちよ!?」

 この静かに流れる時間の大切さを知っている。
 この時間がどれだけ尊く――儚いものか、知っている。
 私は吸血鬼だ。しかも、たった一人の。
 だから余計に、時間と記憶に対して敏感なのだろう。
 誰もが私を置いていく。
 だが、私の中には確かにその時間が残っているのだ。
 置き去りにされるのは慣れている。
 嫌われる事にも、憎まれる事にも慣れている。
 けど……だからこそ、こんな時間がどれほど大切か知っているつもりだ。

「ちゃんと待っているから、言いたい事を言ってみろ」

「わ、判ってるわよっ」

 どうして魔法使いは、簡単に記憶を消す、なんて選択を出来るのだろう。
 たかだか100年の命だから、そう簡単に言えるのだろうか?
 数百、もしかしたら数千の命を生きれる私がおかしいのだろうか?
 ―――そんな事を、考えてしまう。
 きっと、私はこの時間をいつか忘れてしまうだろう。
 それでも、どんなに辛い記憶でも……消そうだなんて、思えないと言うのに。
 でも、

「私は、エヴァは怖くないよ」

「……吸血鬼は怖いんだろう?」

「うん。吸血鬼は怖い、でもエヴァは怖くないわ」

 そう、胸を張って言える……言ってくれる少女が、傍らに居た。
 それがまるで当たり前のように。
 当然と、胸を張り――笑顔で、私の隣に居る。
 訳が判らなかった。
 なんだそれは、と。

「私は吸血鬼だぞ?」

「うん……でも、エヴァよ」

 何を言いたいのか、何を伝えたいのか――。
 お前の言葉は……本当に、簡単過ぎて……逆に判らないぞ。

「吸血鬼って良く判らないから怖いのよねぇ。ほら、お化けと一緒」

「……あんなのと一緒にしてくれるな」

 私は、もっと高等な存在なんだがな。

「でも、エヴァの事はよく知ってるわ」

「そうか?」

「国語が苦手で、口が悪い」

「……お前が私をどう見てるか、良く判ったよ」

 でも、と。

「私の友達よ」

「……そうか」

 友達、か。

「私は、そんな風に見た事は一度も無いがな」

「はいはい、照れない照れない」

「撫でるな、バカっ」

 まったく――髪が乱れるだろうが。

「ねぇ、エヴァ?」

「なんだ? バカ」

「ひ、ひどい……えっとね」

 はぁ、と溜息が出た。

「酷くない!? 私真面目な事言ってるのにっ」

「お前が真面目だと調子が狂う」

「…………茶々丸さぁん」

 はぁ、と……溜息が洩れた。

「言いたい事はそれだけか?」

「え? う、うん」

「なら、さっさと帰れ。ぼーや一人であのオコジョの相手は難しいだろう」

 なにせ、下着ドロだ。
 ぼーやがそう言う趣味ではないと思うが……場所が場所だしな。

「あまり魔法に関わり過ぎるなよ?」

「え、えっと……気を付ける」

「それと、あのオコジョからはあまり目を離すなとぼーやに言っておけ」

「う、うん」

 それから――

「後は、夜は危ないからあまり出歩くなよ?」

「子供じゃないんだから」

「どうだか……じゃあな」

 はぁ、と。
 吐いた息が熱い――。
 まるで喉が焼けるよう。
 どうしてこうまで、そう感じるのか……。

「うん。また明日ね、エヴァ」

「ああ……また明日な、神楽坂明日菜」

 静かに、本当に静かに――もう一度、息を吐く。
 熱い――まるで、風邪でも患ったかのような、吐息。
 ……友達、か。
 駆けていくその背を、目で追う。
 元気な奴だ、と。

「帰るか、茶々丸」

「はい」

 どうしてこうなったのだろう?
 今まで通りに生き、今まで通りに過ごしていたはずなのに。
 ……友達なんか、出来てしまった。

「なぁ、茶々丸」

「なんでしょうか?」

「……明日は、少し早く起きるか」

「はい――かしこまりました」

 どうして、こうなってしまったのか……。




[25786] 普通の先生が頑張ります 14話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/09 23:12

「おー……おはよう、マクダウェル、絡繰」

「おはようございます、先生」

「ぐすっ――良い天気だな、先生。くしっ」

 おー…………。

「大変だなぁ、それ」

「余計な世辞はいいっ。まったく、この季節は憂鬱だ」

「……みたいだなぁ。大丈夫か?」

 花粉症とは無縁の体質だからどうにも言えないが……大変なんだろうなぁ。
 珍しく朝早くに登校してるかと思ったら、今日からはコレか。

「あんまり無理するなよ?」

 酷いようなら、保健室で寝てていいから、と。

「ふ、ん――ぐす、大きなお世話だ」

 はいはい、下手に心配して悪かったな。
 本当、こう言う所はプライドが高いと言うか……それが、マクダウェルらしいと言うか。
 まぁ、この調子ならまだ大丈夫そうだなぁ。

「絡繰、あんまり酷いようなら、保健室に運んでやってくれ」

「かしこまりました」

「だ、か、らっ、何で茶々丸にそう言う事を言うんだっ」

「だって……絡繰に頼んでたら、安心だし」

 いつも一緒に居るじゃないか、と。
 放課後はその限りじゃないけど。
 学園内だけでも一緒に居るなら、安心できるし。

「ありがとうございます」

「茶々丸もっ、ぐすっ、一々反応するなっ」

「興奮すると、花粉症酷くなるぞ?」

「――――ちっ」

 何か、今日はやけに怒りっぽいなぁ。
 花粉症できついはずなんだが……朝も早いし。
 寝起きが悪かったんだろうか? 花粉症だけど。

「何だ、その顔は?」

「ん? 何が?」

「…………変な顔だと言ってるんだ」

 しかし、相変わらず口悪いなぁ、コイツ。
 他の先生にだけでも、もう少し……なぁ。

「失礼な奴だなぁ」

「……ふん」

 だがまぁ、そこはおいおいで。
 機嫌を損ねられて、また迎えに行く羽目になったら……流石に、そこまで神楽坂に頼めないよなぁ。
 それは頼り過ぎだろ、と苦笑してしまう。

「気持ち悪い奴だな」

「マクダウェルがきちんと登校してくれて嬉しいんだよ」

「はっ――」

 鼻で笑われた。花粉症で鼻を赤くしてるのに、である。
 むぅ。

「どうせ、すぐ花粉症も治るしな」

「そうなのか?」

「ああ……だから気にするな」

 なら良いけど、と。
 強がりもそこまでいけば立派だなぁ、と思わなくも無い。
 流石マクダウェルだ。
 何が流石かは良く判らないが。

「それよりも、だ」

「ん?」

 その後は特に喋らず、のんびりと、桜を眺めながら学園に向かっていたら、そう声を掛けられた。 
 そう言えば、今年は花見に行かなかったなぁ。
 ……誘う相手が居ないんだがね。

「今日の放課後、ぼー……ネギ先生を貸してもらえるか?」

「ネギ先生?」

 なんでまた?
 そう聞くと、少し悩むように顎に手を当て、

「少し、私用だ」

「……まぁ、ネギ先生に聞いてみないと判らんが」

 あっちが大丈夫なら、良いんじゃないか? と。
 でもまぁ、ペットの世話の準備とか、仕事もあるし忙しいかもなぁ。

「そうか。なら大丈夫だな」

「いや、ネギ先生も忙しいかもしれないんだが……」

 前向きというか、何というか。
 そのマクダウェルらしい在り方に苦笑し、その頭をポンポンと撫でる。

「ワガママはあんまり言うなよー」

「誰がっ! ぐしっ、それ、とっ、髪が乱れるっ」

「あ、すまん」

 ついつい。
 ちょうど良い高さだよな、その頭の位置、と。
 ふん――と怒られてしまった。

「あ、エヴァ、茶々丸さん」

 っと。

「おはよう、神楽坂、近衛」

「おはようですえ、先生」

「あ、先生」

 神楽坂、その今気付きました的な顔は傷つく、結構。
 そんないつもの神楽坂に苦笑し……近衛もその隣で苦笑していた。

「エヴァンジェリンさんと茶々丸さんもおはよー」

「ああ、おはよう。神楽坂明日菜、近衛木乃香」

「おはようございます、明日菜さん、木乃香さん」

 っと。

「ネギ先生は?」

「あ、ネギ…先生? あのエ……カモの相手してたら、電車一つ乗り遅れました」

 カモ? って何だ?
 そう顔に出たのか

「あ、オコジョですオコジョ。名前がアル何とかって長くて、略してカモらしいです」

「……名前くらい覚えてやれよ」

 あのオコジョも可哀想に。
 まぁ、電車一本くらいなら朝のHRには間に合うか。
 むしろ、寝坊とかしないあたり凄いと思うし。

「ぅ、良いんですよ。あんなのはカモで」

「まぁ、ネギ先生が何も言わないなら良いが」

 しかし、カモねぇ。
 ネギとカモで、ってそれは失礼か。

「先生、あのカモくん知ってるんです?」

「おー、昨日職員室に連れてきてた」

 可愛かったなぁ、と。

「先生、動物好きだったりします?」

「おー」

「ですが、先生はあまり動物に好かれやすくはありません」

「……言ってくれるな」

 判ってる、判ってるから。
 それでもさぁ……。

「それやと、先生は大変ですなぁ」

「ぅ、大丈夫だ。タバコ吸わないし」

 そう言う問題? という近衛の質問に苦笑いで返し、ふと反対側を見る。

「エヴァは動物って好き?」

「別に……普通だ」

「そっかぁ、普通かぁ」

 神楽坂が話しかけ、マクダウェルが答える。
 ……うん。

「先生、楽しそうです」

「おー、こうやって生徒と登校するのは初めてだからなぁ」

「そうですか」

 こういう時は、本当、教師やってて良かったって思える。
 ふぅ、と静かに、でも深く息を吸う。
 それじゃ、今日も一日頑張るか。







「先生」

 ん?

「どうした、絡繰?」

 放課後、職員室を訪ねてきたのは絡繰一人だった。
 学園内だといつもマクダウェルと一緒だと思ってたんだが。

「マクダウェルとは一緒じゃないんだな」

「はい。マスターはネギ先生の所へ」

 ああ。そう言えば朝そんな事を言ってたな。
 ネギ先生も仕事はある程度はちゃんと片付けていったし、偉いもんだ。
 ……まぁ、残りは俺がやってるんだけど。
 それくらいは良いか、と。
 マクダウェルの用事って言ってたし――しょうがないだろ、そこは。
 生徒第一だ。

「ああ、そうだったな。それで、どうしたんだ?」

「お時間を少しいただけないでしょうか?」

「時間?」

 はい、と。
 えっと。

「何か用事か?」

「いえ――お時間がありましたら、茶道部の方まで来ていただけないかと」

 茶道部?

「そう言えば、絡繰は茶道部だったな」

 中学で茶道とか囲碁というのも凄い趣味だなぁ、とは思ったが。
 テレビとかで見る感じだと、お年寄りばっかり映ってるし。

「はい。どうでしょうか?」

「えーっと……どうして茶道部なんだ?」

 呼ばれる理由が、まったく思い浮かばない。
 何かしたか? と思うんだが、特にはなぁ。

「お礼を、と思いまして」

「お礼?」

「はい」

 余計に、判らなくなった。
 本当に何かしたか?
 登校の時に喋った事以外、今日は特に絡繰とは喋って無いんだが。
 前か?
 でも……猫とかは、むしろ俺がお礼しないといけないはずだし。
 うーん。

「まぁ、良いけど……少し待ってもらって良いか?」

「構いません」

 そうか、と。
 えっと。

「あと30分くらいかかるけど、大丈夫か?」

「はい」

 手元のプリントに目を通す。
 今日行った各クラスの小テストだ。
 あと数クラス分……まぁ、30分もあれば少し余裕もあるだろう。

「それじゃ、今日した小テストの採点が終わったら、茶道部に行けばいいのかな?」

「はい、お待ちしております」

 そう言って、深く一礼。
 絡繰は礼儀正しいなぁ。
 マクダウェルにも見習ってほしいもんだ。

「判った。それじゃ、また後でな」

「――はい」

 職員室から出ていく背を、目で追う。

「どうしたんですか、先生?」

「あー……どうしたんでしょう?」

「生徒からお誘いとは」

 いや、絶対そんな意味じゃないですから、と。

「瀬流彦先生は、呼ばれた事あります? 生徒から」

「うーん、僕は結婚してるってもうみんな知ってるからねぇ」

 それが無かったら声が掛けられていた、と言いたいようだ。
 まぁ、瀬流彦先生顔良いもんなぁ。
 羨ましい。
 俺も、生徒からお呼ばれしたいもんだ……って、今誘われたのか。

「それに、あの子ならそんな事無いでしょうしね」

「ですねぇ」

 しかし、お礼ってなんだろう?
 そんな事してもらう覚えが本当に無いんだが。

「ま、悩んでるより仕事を早く終わらせた方が良いんじゃないかな?」

「そうですね」

 さって、それじゃ俺のクラスの点数はいくつかなぁ、と。







 ええっと。
 茶道部の部室って、ここだよな?
 視線の先には凄く立派な家があった。
 家、というのが正しいのかは知らないが……少なくとも、これを建てるのに相当のお金が掛っているのは判る。
 ……やっぱり凄いんだな、ウチの学校。
 あ、ちゃんと茶道部って看板もあるんだ。

「っと」

 見とれてる場合じゃなかったな。
 さて、絡繰は、っと。
 外には居ないみたいだから、中かな?
 カポーンと、テレビとかで良く聞く音が響く。
 アレって、本当に聞こえるんだ。
 池の中には……流石に鯉は飼ってないか。

「先生」

「お」

 ちょうど池を覗き込むような体勢で、後ろから話しかけられる。
 少し驚きながら振り返ると、絡繰が居た。

「おー」

 着物姿で。

「良く似合ってるなぁ」

「ありがとうございます」

 以前見た近衛とはまた違った模様だったが、良く似合っている。
 長い髪はアップに纏められて、普段とは少し雰囲気が違って見える。
 絡繰はどこか人形然とした所があるけど……うん、身長もあるから、着物が良く映えるな。

「茶道部の活動って、着物なのか?」

「私は、良く着させていただいています」

「そうなのか」

 それで、と。

「お礼って言ってたけど、俺何かしたか?」

「はい」

 何かしたらしい。
 ……まったく思い浮かばない。
 自分でも笑顔が引き攣るのが判る。
 流石に、理由も判らないでお礼されるのは失礼だろう。
 えっと……絡繰だろ。
 なら――マクダウェルか?
 俺がマクダウェルにした事と言えば……何だろう? 迎えに行ったくらいだしなぁ。
 それとも絡繰に何かしたかな?
 ……どっちにしても、お礼されるような事じゃないよなぁ。

「それでは、こちらへ」

「あ、ああ」

 そう言われ、首を傾げながらその背について行く。
 何したかなぁ。

「そう言えば。最近はマクダウェル、機嫌良さそうだな」

「はい」

 ここの所、毎日登校してきてるし、うん。
 良かった良かった。
 あとは今日みたいに早く登校してくれると良いんだが。

「夜は遅いですが」

「……まぁ、それくらいは良いか」

 授業中に寝る事も……まぁ、減ったし。
 あとは、それと口調だなぁ。
 アレはどうにかならないものか……まぁ、こっちも地道に頑張るしかないか。

「どうぞ、中へ」

「お、ありがとな」

 招き入れられた所は……和室だった。
 いや、茶道部の部室だから当たり前なんだが。
 へぇ。

「結構広いんだなぁ」

 予想していたよりも、ずっと広く感じる。
 内装は、質素、と言うのだろうか?
 あまり飾り気は無く、本当に――何と言うか、静かな空間、と言うか。
 落ち着く。
 それは俺が日本人で、下が畳だからか。
 良いなぁ、こう言うの。

「はい」

 それでは、準備します、と。
 さて……何処に座るんだ?
 茶道の礼儀やら作法なんて判らないんだが……。
 ええと。

「部活の人は?」

「もう帰られました」

 げ。

「悪かったな。遅過ぎた」

「いえ――そちらの方へ、お座り下さい」

「ああ、判った」

 絡繰の若干斜め前に腰を下ろし、正座で座る。

「作法とか判らないから、教えてくれないか?」

「いえ、先生のお好きなようにどうぞ」

 そうか?

「こういうのも知ってたら良かったんだが」

「先生でも知らない事があるのですね」

「はは、それりゃなぁ」

 絡繰のその言い方が可笑しくて、悪いかもしれないが笑ってしまった。

「知らない事の方が多いと思うぞ」

 なにせ、今でも休みの日は勉強しないといけないからなぁ、と。

「そうなのですか?」

「おー。勉強ばっかりの毎日だ」

 昼間は授業があるしなぁ、と。
 まぁ、そういう生活がそう嫌いではないのだが。
 そんな事を話しながらも、視線は絡繰の手へ。
 本当に作法とかは判らないが、その手は淀み無くお茶を入れる作業をこなしていく。
 そう言えば、

「こういう時は、お茶を点てるって言ったっけ?」

「はい。本当ならお茶菓子も用意したかったのですが」

「いい、いい。そこまでしてくれなくて」

「いいえ」

 こちらを、と
 差し出されたのは一切れの羊羹だった。

「ん? お茶菓子?」

「本来ならもう一種、干菓子をご用意しておくべきなのですが……」

 部費は皆さんのお金ですので、と。
 こっちこそ、お茶を御馳走してくれるだけでも十分過ぎるし。

「こうやって、ちゃんとお茶を点ててもらうだけでも嬉しいもんだ」

 しかも、お礼だと言うし。
 そう言った事をしてもらうのは初めてなので、どうにもこうにも。
 まだ仕事が少し残っているが、きっと今日は早く終わると思う。

「今度お誘いする時は、ちゃんとしたものを用意しておきます」

「いいんだけどなぁ……」

 律義というか、何というか。
 そこが絡繰らしいと言うか――苦笑し、視線を外へ。
 景色も綺麗なもんだ。
 良いなぁ、茶道部。
 来年は、俺もどこかの部活の顧問に……無理か。仕事が忙し過ぎる。
 まだまだ作業遅いしなぁ。

「先生、どうぞ」

 そんな事を考えているうちに、点てられたお茶を差し出された。
 おー……。
 何か濁ってるんだけど……こう言う物なんだろう。
 まさに緑茶、と言った感じだ。
 ……苦そうだな。

「ええっと」

「お好きなようにどうぞ」

「……あー、すまん」

 何か手にとって手元で回したりするんだったよなぁ、と。
 テレビで見た事何とか思い出そうとするが、細部を思い出せない。
 どっちに回すのか全然わからないんだけど……。

「いただきます」

「どうぞ」

 多分いただきますも違うんだろうなぁ、と苦笑しながら点ててもらった茶を一口。
 おお?

「苦くないんだな」

 いや、苦いんだけど。
 思っていたより苦くないと言うか、飲みやすいと言うか。
 うん。美味い。

「羊羹を先に食べられますと、更に美味しく感じられるかと」

「なるほどなぁ」

 そう言われ、茶と一度置き、羊羹を一口。
 こっちは甘いなぁ。
 そして、言われたように茶を飲むと

「ああ、確かに」

 甘いのの後に程よく苦いのを飲むと、美味く感じるのか。
 奥が深いんだなぁ、茶道。
 当たり前か、と苦笑し、茶を戻す。

「ごちそうさま」

「――――」

 そう言うと、絡繰が俺に向けて一礼する。
 それも作法なんだろうな。
 それにつられて、俺も一礼する。
 ごちそうさまでした、と。

「なぁ、絡繰?」

「なんでしょうか?」

「……非常に聞き難いんだが、俺、何かしたか?」

「はい」

 何したんだろう?
 ここまで思い出せないと、不安で仕方が無いんだが。
 そうやって、心中で頭を悩ませていると……。

「昨日、マスターに友達が出来ました」

 そう、ぽつりと絡繰が漏らす。
 マクダウェルに友達?

「おー、もしかして神楽坂か?」

「……知ってられたんですか?」

 いや、と。
 首を振るが、まぁ何となく予想は付いていた。

「最近仲良いからなぁ、判り易い」

「そうでしょうか?」

「絡繰だって、いつもマクダウェルが楽しそうって言ってたじゃないか」

「…………はい」

 だろ? と。
 あの2人は判り易い。
 神楽坂もそうだが――マクダウェルも、結構態度に出るからなぁ。
 最近は特に。
 
「ありがとうございます」

「ん?」

 また、頭を下げられた。

「下げるなら、神楽坂に下げるべきだと思うぞ」

「いえ、明日菜さんは友達ですので」

「……まぁ、友達に頭下げるのも変だな、うん」

 カコン、と遠くで音がした。

「生徒が教師に頭を下げる時は、迷惑掛けた時だけで良いからな?」

「では」

 と、もう一度下げられた。
 いやいや、と。

「迷惑なんてかけて無いだろ?」

「そうでしょうか?」

 ……あれ?
 首を傾げ、最初はマクダウェルの不登校からだったなぁ、と。
 ま、まぁいいか。
 あれはマクダウェルであって、絡繰じゃないし。
 それに、あの時間は結構楽しかったし。うん。

「マスターの不登校、また勉強不足は御迷惑だと思いますが」

「あー、まぁ、うん。そこは気にしなくて良い」

 俺は別に迷惑だなんて思ってないから、と。
 でも、勉強してもらえるならうれしいかなぁ。
 
「お礼だって気にしなくて良いからな? まぁ、嬉しいけど」

 嬉しいのは本当なので、そこはちゃんと伝えておく。
 いや、本当に凄く嬉しいし。
 こうやって生徒にもてなしてもらうとか、きっと部屋に戻ったら思い出す自信がある。

「申し訳ありません」

「……謝らなくても良いんだが」

「私はこのような時、どうしたら良いか判りません」

 また堅苦しい言い方だなぁ、と苦笑してしまう。

「別に何もしなくても良いと思うが」

「そうですか?」

「おー。今まで通りしてくれたら、それが助かる」

 うん。
 いきなり変わられても反応に困るし。
 今まで通りが一番だ。

「ま、明日からもマクダウェルをよろしくな」

「はい」

 そうだなぁ、と。

「花粉症が治ったら、毎日今日くらいの時間に登校してくれると助かるな」

「判りました」

 まぁ結局、俺が何かしたのは最初だけなんだし……きっとそれくらいが妥当だろう。
 マクダウェルも朝が苦手だって言ってたし、それくらいは頑張ってもらうとしよう。

「片付け、手伝うか?」

「いえ」

 そうか、と。

「それじゃ、職員室に戻るから何かあったら声掛けてくれ」

「……判りました」

 今度は、頭は下げられなかった。





――――――エヴァンジェリン

「おーい、エヴァー」

「……どうしてお前まで居るんだ、神楽坂明日菜」

 何だ、この出鼻を挫かれた感じは。
 頭痛を感じ、ソレを抑える為に目頭を押さえる。
 折角真面目な話をしようと人払いを済ませ、雰囲気出して桜通りの桜が綺麗な場所で待っていたと言うのに。

「だって、あんたとネギが会うって言うから」

「ぼーや……魔法使いの秘匿義務というのから、お前には教えなければならないのか?」

「いやいや、私が無理やり付いて来たのよっ」

 何だと?

「お前、昨日魔法使いに関わるなと言ったばかりだろうがっ」

「だ、だってぇ」

 こ、このトリ頭がっ。
 まったく。

「帰れ」

「い、いやよ」

「帰れ、と言ったぞ」

「い、いや、って言ったわ」

 …………はぁ。
 こっちは花粉症でただでさえダルイというのに。

「何か言いたい事があるなら言ってみろ、待ってやる」

「あ、ありがと」

 ぼーや、とりあえず座るぞ、とベンチに腰掛ける。

「そう言えば、オコジョはどうした?」

「カモ君ですか? 女子寮の管理人さんに預けてきました」

「……大丈夫なのか? 喋ったりとか」

「はい。去勢は流石に嫌らしくて……はは」

 だろうなぁ、と。

「喋りたい時は、僕が部屋まで運んでから喋ってますし」

 あ、ちゃんと木乃香さんが居ない時にですよ、と。
 なんだ、案外ちゃんとしてるんだな。

「ならいいが」

「ねぇ、エヴァ」

「何だ、バカ」

「うぅ……」

 お前なんかバカで十分だ。
 自分から危ない橋を渡ってどうするんだ? まったく。

「だって、エヴァって悪い魔法使いなんでしょ?」

「……ああ」

 またその話か?

「ネギと喧嘩したら危ないじゃない」

「……危ないで済まないんだがな」

 特にお前が。
 はぁ。

「帰らないんなら、さっさと話をするぞ」

 この調子じゃ、どうしようもなさそうだ。
 ……昨日もっと強く言っておくべきだった。
 こほん、と。一つ咳払い。

「ぼーや、何か言いたいんじゃないのか?」

「えっと……」

 桜通りのベンチに並んで腰かけ、静かな時間を過ごす。
 まるで昨日のようだな、と。
 茶々丸の代わりにぼーやが居るのが違うだけなんだが。

「昨日、知ったんですけど」

「くしっ……すまん」

「い、いえ」

 しかし、どうしても毎年の花粉症だけはどうにもならんな。
 どれだけ魔法障壁を厚くしても、空気まで遮断する訳にはいかないし。
 そうすると、どうしても微量の花粉が入り込んできてしまうのだ。
 どうにかならんものか。

「エヴァンジェリンさんって……“あの”エヴァンジェリンさん、なんですよ、ね?」

「ああ。あのオコジョ妖精が調べたんだろう?」

「や、やっぱり……」

 いまさら驚く――事か。
 まぁ、私は怖がられてたからなぁ。

「それでだ、ぼーや」

「は、はい」

「私は、今どうしても欲しいものがある」

「ほ、欲しいものですか?」

 ああ、と。
 いきなり言っても怖がられるだろうし……どうしたものか。

「そうだな。どうして吸血鬼がこの学園に、と思うか?」

「はい。それに、エヴァンジェリンさんは15年に」

「ああ――私は15年前からこの学園に居る」

 そう、あの日、あの時――置いていかれたから。
 私を置いていった男。
 “千の呪文”ナギ。
 ――ぼーやの父親。
 今でも覚えている……あの時、ナギが言った事を。
 生きる、と言う事を。

「ぼーや、登校地獄、という呪いを知ってるか?」

「は? 何そのふざけた名前」

 お前には言ってない、神楽坂明日菜。
 ソレを軽く無視し、視線をぼーやに向ける。

「いえ、明日菜さん。実際にある呪いなんですよ」

「……マジで?」

「内容は省くが……まぁその名の通り、学校に登校し続けさせられる呪いだ」

「嫌ぁ、それだけは嫌だわ」

 ああ、まったくもって同感だ。

「そして、私はその呪いに囚われている訳だ」

「そ、そうなんですか?」

「……ああ」

「うわぁ」

 神楽坂明日菜、お前は黙っていろ。
 折角の緊張感が台無しだ。まったく。

「……はぁい」

「そして、その呪いを解きたい訳だ」

「ん? どうしてそこでネギなのよ?」

「黙っていろといったぞ」

 まったく。
 喋ってないと死ぬとかいう人種か、お前は。

「この呪いを掛けたのがぼーやの父親だからだ」

「…………はい?」

 はぁ。

「ナギ・スプリングフィールド。ぼーやの父親が、私に呪いを掛けたんだよ」

「父さんが?」

「ああ。15年前にな」

 ――――光に生きてみろ。
 今でも覚えている……きっと、忘れられない言葉だ。

「そして、3年後……呪いを解きに来ると言って――来なかった」

「そんな……」

「別に、恨んで……はいるが、まぁ、それは今はどうでも良い」

 だがな、ナギ。
 お前は一つ間違えていた……正しくて、でも一つ間違えていたよ。
 光で生きるだけじゃ駄目だったんだ。
 陽の下で生きるだけじゃ、意味は無かったんだ。
 光を知り、陽の下を歩く事に“意味”を見出さなければ。
 言葉足らず――魔法学校中退のお前らしい、間抜けさ。

「だから、諦めていたんだが……ぼーやが来た」

「僕に呪いを?」

「いや、血を少し分けてくれれば良い」

 血!? と騒ぐ神楽坂明日菜を一睨みで黙らせる。

「どうしてですか? ……エヴァンジェリンさんは」

「悪い吸血鬼だから、信用できないか?」

 そうだよな、と。
 それが、普通の反応だ。
 吸血鬼。悪の魔法使い。闇の福音。
 それが私の呼び名。
 それが――私と言う存在なのだ。

「ほ、他に方法無いの? 血って、死んじゃうんじゃないの? 吸血鬼になるとか」

「……あのなぁ、そこまでする筈ないだろうが」

「え?」

 はぁ、と。
 溜息を一つ吐く。

「私は今魔力を封じられている。それはぼーやも判るだろう?」

「そ、そうですね。今のエヴァンジェリンさんからは、魔力は感じられません」

 だろう? と。

「なのに、15年も無事だった……何故だと思う?」

「え? 何でよ?」

 少しは自分で考えろ、と言いたくもなるが、まぁいいか。

「死んだ事になってたから……?」

「ぼーやは正解だ」

「え? エヴァってここに生きてるじゃん」

「……裏…魔法世界や賞金稼ぎの世界じゃ死んだ事になってるんだよ」

 まったく、と。

「つまり、だ。平和なんだよ、今の私の周りは」

 争いと言っても、麻帆良への侵入者くらい。
 じじいの庇護があるから、他の魔法先生も私へは手を出せない。
 私から関わらないなら、争いというものは――偶にあるくらいなのだ。

「……まぁ、吸血鬼が学校に通ってくらいだしねー」

「そう言う事だ」

 で、だ。

「ぼーやを傷つければ、どうなると思う?」

「……えっと、生きてるのがバレると言う事ですか?」

「正解だ」

 流石にそれは、私も御免被りたい。

「争いが嫌いな訳じゃないが、そこまで好きな訳でもないんでな」

 それで、と。

「流石にな、中学生活にも飽きた」

「えー!?」

 あーまったく、煩いなぁ。

「卒業するには、ぼーやの血が要るんだよっ」

「……そうなの?」

「いきなり封印を解くと面倒だからな、少しずつ解いていく。大丈夫、命に関わる吸い方はしない」

「はぁ……なら良いですけど」

「良いんだ!?」

「だって、卒業してもらう為なら……それに、少しなんですよね?」

 ああ、と。

「修学旅行前には、少し多めに貰うかもな」

「なんでよ?」

「この呪いの所為で、麻帆良から出られないんだよ……」

 あー、と。

「だからあんた、今までの行事サボってたんだ」

「好きでサボってたわけじゃないっ」

 私だってなぁ……そりゃ、外に出たいんだ。
 いくら大きな街とはいえ、15年も居れば飽きる。

「でも、エヴァンジェリンさんって……だったら麻帆良から出て大丈夫なんですか?」

「その辺りはじじいと相談する」

「学園長と?」

 ふん。

「呪いを解いて良いと言ったのはじじいだからな。そのくらい覚悟の上だろう」

「良いのかなぁ」

「それで、ぼーや。答えは?」

 え? と。
 おいおい、今の話を聞いていたのか?

「……少し、考えさせて下さい」

「判った」

 ま、別に今すぐ答えが出るとも思ってない。
 そう言い、立ち上がる。

「あ、でもそれだと今度の修学旅行はエヴァも一緒に行けるんだ」

「まぁ、まだ判らんがな」

「じゃあさ、同じ班になろーね」

「…………気が向いたらな」

 はぁ、と。
 頭が痛いのは、花粉症の所為以外だな。

「それじゃ、また明日な。神楽坂明日菜、ぼーや」

「うん、また明日ね、エヴァ」

「はい、エヴァンジェリンさん」

 まったく……。

「今度こそ、もう魔法には関わるなよ、神楽坂明日菜」

「ぅ、うん」

「それと、夜遅くに出歩くなよ?」

「またそれ!?」

「昨日言ってもう魔法関係に首突っ込んだのは誰だっ!」

 はぁ。

「だって、エヴァの事じゃない」

「だってじゃない」

 ……関わり過ぎたら、記憶を消されるんだぞ。
 ――まったく。
 本当に危なっかしいヤツだな、コイツは。

「いいな? もう関わるなよ?」

「……はぁい」

「ぼーやも、オコジョになるだけじゃ済まなくなるからな?」

「ぅ」

 どうして私が子守りをしなければならないんだ。
 こういうのはタカミチかじじいの仕事じゃないのか?
 はぁ。
 さっさと帰るか……頭が痛い。





――――――今日のオコジョ――――――

「はい、どうぞ」

 オレっちは……オレっちは、今猛烈に悲しいっ。

「わー、食べたよゆえゆえ」

「このか、動物は差し出されたものは食べるものです」

 このオレっち、アルベール様をそんじょそこらの野良と一緒にするなっ。
 と声に出して言いたいが……喋れねぇ。
 しゃ、喋ったら……。

「震えだした……大丈夫かな?」

「寒いのでしょうか? 何か布が無いか探してくるです」

 しかし、凄ぇ。
 ここは凄ぇぜ兄貴っ。
 魔力の高い娘っこが多いこと多いこと。
 ここなら……これなら……グフフ。
 ―――でも、檻の中なんだよなぁ。
 ああ、早くこの事を兄貴に伝えて……どうにかしてバレない仮契約とか、できねぇかな?




[25786] 普通の先生が頑張ります 15話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/09 23:47

「おはよう、皆ー」

「皆さん、おはようございます」

 その声に元気良く挨拶を返してくれる皆に一つ頷き、教卓へ。
 そのまま朝の点呼などはネギ先生に任せる。
 なかなか様になってきたなぁ、と。
 クラスの皆もちゃんとしてるし。

「それでは、僕からの連絡事項は以上です。先生からは?」

「自分からも、今日は特に無いですね」

「では、以上です」

 ――しかし、問題が一つ。

「それじゃ、最近は花粉も酷くなってきたようだし、みんな気を付けるように」

 マクダウェルが花粉と一緒に風邪を併発させて休んでいた。
 もう数日だ。
 ……大丈夫かな、と。
 去年一回見たけど、本当、弱いからなぁ。

「あー、神楽坂?」

 HRも終わり、ざわめきだした教室でその名前を呼ぶ。
 この喧騒の中でもその声は聞こえたらしく、早足でこっちへ。

「どうしたんですか?」

「昨日マクダウェルの様子見に言ったんだろ?」

 どうだった? と。

「凄かったです」

「そ、そうか」

 酷いとかじゃないんだな、表現。
 そんなに凄いのか……。

「まだ当分出てくるのは無理だと思いますよ?」

「そうかー……ああ、判った。また、看病してやってくれな?」

「あはは。風邪がうつるからって追い出されちゃいましたけど」

 まぁ、そこはマクダウェルの照れ隠しだろうけどな。
 さっき絡繰から聞いた話だと、その後は調子が良かったみたいだし。

「それじゃネギ先生、行きましょうか」

「あ、はい」

 さて、と。
 教室から出て、職員室へ向かう途中。

「先生」

「はい?」

「一つ聞きたい事があるんですけど、良いですか?」

 聞きたい事?
 まぁ、俺に答えれる事でしたら、と。

「それと、別にそう畏まらなくても」

「ぅ、そ、そうですか?」

 ええ、と。

「それで、どうしたんですか?」

「エヴァンジェリンさんの事なんですけど」

「マクダウェルですか?」

 ふむ――何日か前から少しぎくしゃくしてたし、その事かな?

「マクダウェルがどうしたんです?」

「ええと……先日、エヴァンジェリンさんと少し話したんです」

 あの時かな?
 マクダウェルが放課後に用があるとか言ってた時。
 丁度、そのくらいから少しぎくしゃくしてたし。

「はい。その時に何かあったんですか?」

「……その、ですね」

 はい。

「エヴァンジェリンさんにですね、その、頼まれ事をしたんです」

「頼まれ事、ですか」

「はい」

 珍しいな、と。
 あのマクダウェルが。

「それで、その頼まれ事がどうしたんですか?」

「えーっと」

 そこで言い淀みますか……。
 うーむ。

「でも、羨ましいですね」

「へ?」

「だって、マクダウェルから頼まれ事でしょう?」

 教師としては羨ましいですよ、と。

「そうですか?」

「ええ」

 自分なんて、暴言吐かれたりだけですからねぇ。
 苦笑し、その驚いた顔をしている少年を見る。

「だって、頼まれたと言う事は、頼られたって事じゃないですか」

「……はぁ」

「マクダウェルにそれだけ信頼されてるって事ですよ?」

 凄い事だと思うんだけどなぁ。
 もうすぐ授業が始まるので、生徒の減った廊下を歩く。

「そうですか?」

「そうですよ。ネギ先生は、誰かを頼るとしたら、どんな人から頼りますか?」

「え?」

「困った時に、最初に思い浮かぶ人ですよ」

 やっぱり、頼るなら信じられる人だと思うんだが。
 どうかな?

「そうですね――はい、僕も……信頼してる人を、頼ると思います」

「マクダウェルもネギ先生と同じ、と言う事です」

「……エヴァンジェリンさんが、僕を?」

「困ってる時は、誰だって人を頼るもんですよ」

 あのマクダウェルだって、そうなんだと思う。
 それが俺じゃなくてネギ先生なのは寂しいが……それでも、あの子が教師を頼ってくれたのは純粋に嬉しい。
 本当に、嬉しいのだ。
 今までのマクダウェルなら、内に溜め込むか、自分で解決しようとするか、それとも放置したままか。
 きっとそのどれかだっただろうから。

「何を頼られたのかは判りませんから、その事をどうこうは言えませんけどね」

「……僕は」

 はい、と。

「僕は、エヴァンジェリンさんが、少し怖いです」

「そうですか」

 まぁ、見た目はともかく口がなぁ。
 それが無いなら、クラスでももっと友達が出来るだろうに。
 それがマクダウェルらしいと言えばらしいんだが。
 苦笑し、

「マクダウェルは、まぁ、そう悪い奴じゃないですよ」

「はい。明日菜さんも木乃香さんもそう言ってます」

 ふむ。
 近衛も、マクダウェルと仲良くしてくれてるんだな。
 この調子でもっと友達が増えると良いんだが。
 っと、今はその事じゃなかったな。

「友達に相談したら、そんな事ないって言われました」

 はぁ。

「明日菜さんと木乃香さんは、信用できるって言いました」

 ――なるほど。

「友達と神楽坂達のどっちが信用できるか? それと、本当にマクダウェルを信用して良いのか、と」

「はい」

 そうですねぇ、と。

「そればっかりは、ネギ先生が考えないといけない事でしょうね」

「う」

「ネギ先生は、どうしたいんですか?」

「判りません」

 はい、と。

「マクダウェルが怖くて、頼み事をどうするか迷っています、と」

「……はい」

「神楽坂は頼み事を聞く様に言って、そのお友達は駄目だ、と」

「そうです」

「なら、後できる事は一つだけです」

 え、と。
 その低い位置にある頭に手を乗せ、ポンポンと撫でる。

「ネギ先生がマクダウェルを見て、友達と神楽坂達のどっちが正しいか確認してください」

「……え?」

「苦手と言うのは判ります、怖いと言うのも判ります」

 でも、と。

「そうやって先生が生徒を怖がってどうするんですか?」

 シャンとして下さい、と。

「いきなり仲良く、なんて言いません。ただ、マクダウェルが“今”どういう生徒か見て下さい」

 去年までは不登校の不良生徒だったのかもしれない。
 でも、今は――違うと、胸を張って良いんだから。

「そうして、ネギ先生がどうしたいか決めるんです」

「……………………」

「結局、周りがどう言っても、どうするか決めるのはネギ先生なんですから」

 10歳の子には難しいかな、と思ったが……この子なら大丈夫かな、と。
 賢い子だ。
 出会って数カ月だが、もう一通りの仕事はできてるし。

「それじゃ、今日も一日頑張りましょうか?」

「はいっ」

 良い返事です。







 うーん。どれが良いかなぁ、と。
 放課後、スーパーの店頭で10分ほど悩んでる。
 お見舞い品って……果物とかが普通、なのかな?
 実はお見舞いなんてした事無いので、どれが良いのか判らなくて困ってたり。

「……先生?」

「ん?」

 俺……だよな。
 声の方を振り向くと、

「おー、龍宮かぁ」

「どうしたんだい、先生。こんな所で?」

 んー……と、別に内緒にする事でもないか。
 言い訳もちゃんとあるし。

「マクダウェルが風邪で休んでるだろう?」

「ああ、御見舞いか」

「……去年はこのままサボり癖がついたからなぁ」

「大変だね、先生も」

「しょうがない。それが先生だからな」

 なんだそれ、と笑われながら、リンゴを一つ取る。

「見舞い品って、林檎とかバナナが良いと思うか?」

 それとも、花とかか? とさりげなく聞いてみる。

「まぁ、風邪だし果物が良いんじゃないかな?」

「なるほど」

 なら、適当に果物を詰めてもらうか。
 店員さんに見舞い品である事を伝え、詰めてもらう事にする。

「龍宮はどうしたんだ?」

「偶には晩飯でも作ろうかと思ってね」

「ほー……」

「嫌な反応だな、先生」

 ははは、と。

「しかし、エヴァの見舞いとはね」

「知らない仲じゃないからなぁ」

 それに、サボり癖がついたら困るし、と。

「釘を刺しとく訳か」

「言い方は悪いが、その通り」

「難儀な先生に目を付けられたもんだね」

 本人の前でそんな事言わないでくれよ、と。
 ちょっと傷付くぞ。

「ま、良いんじゃないか? 最近は丸くなったみたいだし」

「おー。龍宮も仲良くしてやってくれな」

「まぁ、もう少し丸くなったら考えない事も無いかな」

 なるほど。
 もう少し、か。
 そのもう少しが難しいんだよなぁ。

「しかし、明日菜と仲良くなるとは思わなかったよ」

「そうか?」

「ああ。エヴァの人間嫌いは結構なものだったからね」

 ふむ……確かに。

「未だに暴言吐かれるからなぁ」

 もう少しお淑やかに出来ないものか、あの子は。
 そうすれば雪広……いや、那波くらいには―――まぁ、喩がアレだが。

「ま、必要無いだろうけど気を付けて」

「なんでだ?」

 店員から詰めてもらった果物を受け取り支払いを済ませた時、そう言われた。
 しかし、結構な時間話してしまったな。

「まぁ、風邪をうつされたら大変だろう? って事ですよ」

「ああ……まぁ、その時はマスク付けて授業する事にするか」

「……熱心だね、本当に」

 もうすぐ修学旅行だからなぁ、と。

「そう言えば、もうすぐだったね」

 スーパーから出ると、まだ日は高い。
 春ももうすぐ終わるのかもなぁ、と。

「成績悪いと、修学旅行前に一回補習が入るからな」

「そこは先生の手腕に期待するよ」

 そうじゃないだろ、と。
 まったく。

「どーして、そうなるかなぁ」

「授業があまり好きじゃないからね」

 そう言えば、以前瀬流彦先生も言ってたな、と。
 まぁ、勉強なんてそんなもんなのかなぁ。

「それじゃ先生、私はこっちだから」

「おー、気を付けて帰れよー」

「はは。私より先生の方が心配だよ」

「……それは普通にショックだ」

 生徒に心配されるとは。
 でも、風邪も馬鹿に出来ないからなぁ。。

「それじゃ、先生」

「おー。また明日なぁ」







 しかし、久しぶりにマクダウェル宅に来ると少し懐かしいな。
 ……あれだけ迎えに来たからなぁ。

「さって」

 流石に、絡繰は掃除はしてないよな。
 中に居ると良いんだが。

「すいません」

 そう声を掛け、呼び鈴を押す。
 そして数秒ほど待った頃、ドアが開く。

「どうしましたか、先生」

 ドアを開けたのは、やっぱり絡繰だった。

「良く判ったな」

 いま、ドア開けた瞬間俺だって言わなかったか?

「はい。先生の声は覚えていますので」

 ……そ、それは凄いな。
 俺ってそんな特徴のある声じゃないと思うが、と。

「あ、これマクダウェルの見舞いに」

「お見舞い、ですか?」

「ああ。調子はどうだ?」

 スーパーで買ってきた果物を絡繰に渡す。
 こんなので良かったかな?

「どうぞ、中に。お茶をお淹れします」

 そう言って招き入れられると、いつかの朝を思い出して、小さく笑ってしまう。
 そうだった。こんな感じだったなぁ、と。
 そして、以前と同じように客間へ通され、あの時と同じ席に腰を下ろす。

「良い所に来ていただけて、助かりました」

「ん?」

 良い所?
 淹れてもらった紅茶を受け取り、どうしたんだ、と。

「ちょうど、マスターのお薬を取りに行こうとしていた所でした」

「おー……俺が居ても良いのか?」

「はい、先生ですので」

 ……信頼されている、のだろう。
 いや、嬉しいんだけど。
 嬉しいんだけど……なぁ。

「申し訳ありませんが、留守番をお願いしても良いでしょうか?」

「あー、ああ。判った。何とかする」

 しかし、見舞いに来て留守番を頼まれるとは思わなかった。
 心の準備と言うか、何かそう言うのが全く出来てない。

「すみません。病院が閉まる時間が近いので」

「急ぎ過ぎて事故しないように、気を付けてな」

「はい。マスターは二階で寝ておられますので、何かありましたら声をおかけ下さい」

 そう言って一礼。
 そのまま家を出ていくのは……本当に、取り残されてしまった。
 いや、別に何かしようと言う訳ではないんだが……ないんだが、だ。
 不用心すぎるぞ、絡繰。
 まぁ家探しする気も無いけどさ。

「さて」

 見舞いに来たのに、何もすることが無くなってしまった。
 と言うか、まさか留守番するとは予想もしてなかった。
 うん。
 どうしよう?

「こうなるなら、明日来ればよかったな」

 まぁ、今日偶々仕事が早く終わっただけなので明日来れる保証はないのだが。
 どうしようかなぁ、と。
 とりあえず紅茶を飲んで時間を潰すか。
 しかし、相変わらずの人形だ。
 増えては無いみたいだけど……やはり、圧倒される。

「一体どれくらいするんだろうなぁ」

 何気なく手に取ったのは、以前マクダウェルが手製だと言っていた人形だ。
 相変わらず、レベルが高い。
 将来どうするんだろうな?
 独学でこのレベルなら、プロで食っていけると思うんだが……うーん。
 まぁ、そこはマクダウェル次第か。
 他にもぬいぐるみやらが置いてあり、掃除も行き届いているし。
 ……何を観察してるんだ、俺は。
 そのまま十数分、ソファに座って時間を潰す。
 のんびりとしながら。
 こういう時間の使い方は良いなぁ。

「茶々丸?」

 その声は二階から。
 起きたのかな?

「……先生か?」

「おー、おはようマクダウェル」

「今は夕方だと思うがな」

 そう言ってくれるなよ、と苦笑。

「どうして居るんだ?」

 そう言いながら、パジャマ姿のまま二階から下りてくる。
 うん、わかった。この家の2人は不用心すぎる。
 まぁ、そんな2人しか居ない家に居る俺が言えた事じゃないだろうけど。

「マクダウェル、流石にその姿はどうかと思うぞ?」

「ふん。どうせ着替えても汗まみれになるだけだ」

「あのなぁ」

 はぁ。
 不用心というか、無防備と言うか。
 信頼されている、と前向きに考えておくか。
 それに、流石に生徒に“そんな事”を感じるような性格もしてないし。

「……顔、まだ赤いな」

 大丈夫か、と。

「熱があるからな」

「降りてこないで寝てろよ……二階に行くか?」

「一日中寝てると暇なんだよ」

 いや、なんとなく判るけどさ。
 病気とか怪我で休むと、やけに目が冴えるよな、と。

「そうだ。昨日は神楽坂明日菜と近衛木乃香が来たが、今日は先生か」

「悪かったな、俺で」

 林檎食うか?

「貰う。剥いてくれ」

「……しょうがない」

 病人だしな。
 っと。

「ナイフはあるか?」

「キッチンに果物ナイフがあるはずだ」

 はいはい。
 キッチンは初めて入るが、絡繰はこっちに来てたよな、と。
 ……包丁多いなぁ。
 果物ナイフがどれか判らないので、適当な大きさのナイフと小皿を持って戻る。

「ウサギに剥いてくれ」

「無理を言わないでくれよ……」

 そんな技術持ってないって。
 というか、リンゴの皮むきすら素人なんだが……まぁ、なんとかなるだろ。

「やけに危なっかしいな」

「そりゃ、素人だからなぁ」

 出来れば綺麗に剥きたいところだ、教師として。






――――――エヴァンジェリン

 カチコチと時計の秒針が時を刻む音。
 それと、

「……はぁ」

「っと」

 下手くそななナイフさばきと、私の溜息。
 それだけが響く時間。
 退屈だけど、暇ではない、のんびりとした――静かな時間。

「下手だな」

「素人だからな」

 それだけが理由じゃなさそうだけどな。
 見ていて本当に危なっかしい。
 その内手を切るぞ、絶対。

「大丈夫か?」

「多分」

 そこは嘘でも大丈夫と言っておけ、教師として。
 まったく。
 ま、見ている分には楽しいか。
 切って痛いのは私じゃないしな。

「先生でも、苦手な事があるんだなぁ」

 何と言うか――何でもそれなりに出来る、というイメージがあった。
 何でだろうか?

「………はは。そりゃなぁ」

 苦手な事の方が多いと思うぞ、と。
 そう言って、やけに楽しそうに笑う。

「何か変な事言ったか?」

「いや――絡繰と同じような事を言うんだな、って」

 なに?
 茶々丸と?

「なんでもない」

「……ムカツクな」

 ごめんごめん、と。
 まったく悪びれた様子も無く謝り……。

「っ」

「まぁ、そうなると思っていたよ」

 素人が、話しながらナイフを扱うから……まったく。
 しょうがないな。

「ティッシュ、何処だ?」

 ああ、まったく。
 苦笑し、慌ててティッシュを探す先生を止める。

「動くな、血が飛ぶ」

 ティッシュは……あったあった。
 リビングを血塗れにされる訳にもいかないからな。
 熱で重く感じる体を動かし、ティッシュを数枚取り、先生の方へ。

「ほら、傷を見せろ」

「す、すまん」

 また、結構深く切ったなぁ。流石素人。
 その傷口にティッシュを当て……その赤い、紅い血に、指先が触れる。
 ―――――ぁ。

「……押さえてろ」

「救急箱か絆創膏かないか?」

「戸棚の上だ」

 置いてあるであろう場所を指さし、ソファに腰を下ろす。
 風邪で上がった体温。
 熱に浮かされる身体。
 そして、むせ返る様な……久し振りに嗅いだ血の匂いと、世界を焼くほどに紅い赤。
 ――先生の血。

「だ、大丈夫か?」

「ああ――さっさと手当てしろ」

 酔った。
 酒精にではない――血に、酔った。
 いくら久しぶりに血を見たからと言って、こんなのはどれほど振りか。
 これほどまでに、浮かされるとは。
 まったく……吸血鬼らしくないな。
 は、ぁ――。

「部屋で横になるか?」

「ああ」

 そう言って立ち上がろうとし……もう一度腰を下ろす。
 ――力が、入らない。
 
「……大丈夫か?」

「……そう見えるか?」

 くらくらする。
 この部屋に満ちる血の匂いに――その指先の傷の香りに。
 自制できないほどではない。
 だが、動くには少しばかり時間が要りそうだ。

「ほら、おぶってやるから部屋に戻るぞ」

「……なに?」

「流石に、マンガみたいに抱き上げるのは嫌だろ?」

 それはそうだが……。
 ああ、思考が霞む。
 目の前にある背中――それが“いつかの誰か”のソレを思い起こさせる。

「すまん」

「いや、こっちがすまなかった」

 手を切って驚かせた、と。
 違う。
 そうじゃない。
 驚いたんじゃ、ないんだ。
 その背に身を預けながら、目を閉じる。
 ――息が、熱い。
 きっと、体温よりも、風邪の熱よりも――熱い。

「軽いなぁ、マクダウェル」

「……身体が小さいからな」

「もっとご飯を沢山食べないとな」

 そうだな、と。
 微かな振動。階段を上っているんだろう――目を、開ける。

「ぁ」

 視線が、その首筋に……囚われた。
 微かに香る汗の匂いと、ソレを覆うようにむせ返るほどの――血の香り。

「は、ぁ――」

「大丈夫か?」

「あ、ああ……大丈夫だ」

 自分の部屋を教え、もう一度……目を閉じる。
 いま、私は――。

「見舞いに来たのに、これじゃ悪化させたな」

「そんな事はない」

 その声が、耳に届く。
 トクントクンとなっているのは、私の心音か、それとも……。
 視覚が無く、他の感覚が鋭敏になっている。
 ……吸血鬼の感覚が、鋭敏になっている。

「大丈夫だ」

「そうか?」

 大丈夫――そう、言い聞かせる。
 先生にではない。自分に。自分自身に。――大丈夫、と。
 血は、要らない。
 ただの人間の血だから。
 何の魔力も無い人間の血だから。
 ――必要無い。

「しっかり捕まっててくれ」

 そう言われ、その首に回した腕に力を込める。
 ……目を開ければ、目の前に首筋がある。
 それを視界に抑えないように、とは思うが――視界から、その無防備な首が離れない。
 いや、視界を首から外せない。
 数瞬の後、私を支えていた手が片方外れ、扉が開く音。

「失礼します、っと」

「……ふん」

 そのまま、歩き――静かに降ろされる。
 一瞬腕に力を込め……でも、私も抵抗せずにその背から降りる。

「大丈夫か?」

「ああ。大分落ち着いた」

「……すまなかったな」

 そう言って、頭を下げる。
 まったく。

「こっちこそ悪かったな。見ていて面白かったから、止めなかった」

 ちなみに、私はナイフの扱いは得意だぞ、と。

「――俺も少し、料理するかなぁ」

「全然しないのか?」

「ああ。まさか、こんな所で必要になるとは思わなかったからな」

 ふふ……小さく笑い、ベッドに横になる。
 目を閉じる。
 血の匂いは――微か。

「寝る」

「ああ、絡繰が戻るまでは下に居るからな」

 ……気配が遠のき、扉が閉じる音。
 危なかった。
 本当に、危なかった。
 いくら風邪で弱っているとはいえ――だ。

「はぁ」

 吐息が、熱い。
 それはきっと、風邪の熱以上の熱さ。
 ――ああ。

「不味そうだったな」

 そう、言葉にする。
 不味そうだった。
 本当に――口に出来ないほどに、不味そうだった。

「は――――」

 そう言えば、先生と初めて会った頃もそんな事を考えたな、と。
 苦笑する。
 してしまう。
 それでも判ってしまう。
 きっと“あの時”と“今”じゃ――意味が違うのだろう、と。


 
――――――今日のオコジョ――――――

 まったく、兄貴は何を考えてるんだか。
 吸血鬼に血を?
 いけねぇいけねぇ、吸い尽くされるか操られるかだって。
 やっぱり、兄貴にはオレっちが居ねぇとダメみてぇだなぁ。
 でも、そこがネギの兄貴らしいぜ。

「……オコジョって確か絶滅危惧種かなんかじゃなかったか? なんで飼えんだよ!?」

「へー、千雨ちゃん物知りねぇ」

「いや、物知りとかの話じゃ――」

 しかし、凄い。
 ここって兄貴に聞いた話じゃ中学生の寮のはずだよな?
 ……何だ、あの姉さんの胸はっ。
 ちゅ、中学生って一体何なんだ!?

「オコジョって、こんなに大人しいのかしら?」

「肉食じゃなかったかな?」

「物知りねぇ、千雨ちゃん」

「……ちゃん付けはやめて下さい、千鶴さん」

 眼福、眼福じゃーーー。



[25786] 普通の先生が頑張ります 16話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/10 16:45

――――――エヴァンジェリン

「調子はどうかの?」

「ふん。聞くまでも無いだろうが」

「なに、ちょっとした世間話じゃよ」

 ああそうかい。
 その言葉を聞き流しながらソファに腰を下ろし、用意してあった茶を一口啜る。

「結界が一時的に解けたおかげで、こっちはもう風邪は治ったよ」

「それは良かったのぅ」

 は。毎年の事だろうが、まったく。
 白々しい。
 年寄りはどうしてこうも関係無い話をしたがるのか。
 呼んでいるからと言うから放課後来てみれば……はぁ。

「言いたい事は、そんな事じゃないだろう?」

「ふぉふぉ、そう急くもんじゃなかろうて」

「……ふん」

 麻帆良の大停電から数日、いきなり呼びだしたと思ったら世間話か?

「忙しいんじゃないのか、学園長?」

 嫌味たっぷりに学園長と呼び、茶をもう一啜り。
 ――茶々丸が淹れた方が美味いな。
 そんな感想を抱きながら、溜息を一つ。

「そう言えば、タカミチはどうした?」

「今は別用で外に出ておるよ」

「ふぅん」

 外に、ねぇ。
 まぁアイツも大概忙しいらしいからな。

「それで、今日呼んだ事じゃが」

「ぼーやの事か?」

「惜しいのぅ」

 ふぉふぉ、とまた笑う。
 その笑い声は癪に障るな……。

「お主、修学旅行に行きたいんじゃないのか?」

「それはな。なんだ、行かせてくれるのか?」

 こっちから折を見て言おうと思ってたんだが、その事か?

「うむ。条件はあるがの」

 それはそうだろうな。
 別にその事に不満は無いので、そのまま黙っている。
 条件無しだったとしたら、逆におかしいと疑ってしまう所だ。

「ネギ君は血については何と?」

「ああ。一応くれるそうだ……まだ、私を信用はしていないみたいだがな」

「それは難しいじゃろうがのぅ。お主、昔は酷かったし」

 五月蠅い。
 そんなの私が一番良く判ってるよ。
 ……今みたいに、信用してもらえる方が珍しいんだ。

「ま、それはお主の問題じゃ……頑張れ」

「ふん」

 何が楽しいのか……笑うな、くそじじい。

「それで、条件は?」

「なに、簡単な事じゃ」

 そう言って、一枚の紙をこちらに渡してくる。
 契約書か。

「サインを」

「…………」

 ふん。

「血で良いか?」

「構わん」

 魔法使いの契約書。
 これが存在する限り、これに書かれた条件に従う事になる……一種の呪いと言えるモノ。
 指先を口で噛み切り、滲む血で私の名を契約書に記す。

「こんな事で良いのか?」

「そんなもんじゃろ……お主が人に牙を剥かぬならな」

「――それはどうなるかは判らんな」

 魔法の無許可使用の禁止。
 結界外での行動には教師の同伴。
 極力正体が知られない事。。
 生徒を魔法関係の事に巻き込まない事。
 ……そして、ぼーやの魔法技術の強化。

「ぼーやが私に師事すると思うのか?」

「さぁの。そこはワシから言っておく」

「……私は悪の魔法使いだがな」

「問題無かろう。技術はこの学園一じゃ」

 そうか。
 あのぼーやが、大人しく私の言う事を聞くかどうか……まぁ、それはまだ良いか。
 アレは光だ。
 しかも、極端な。
 そして私は、その対極。
 光を闇に堕とす事は出来ても、闇を光に成す事は出来ない。
 それをこのじじいはどう考えているのか。

「それでいいのか?」

「力に正義も悪もあるまいて」

 ……食えないじじいだ。
 与えるのは“力”だけ。
 それ以外はぼーや次第という訳か。

「あんな子供に何処まで期待しているんだか」

「ほほ――それに、今のお主なら面白い事になると思ってのぅ」

「はっ」

 どうにもなるものか……そう思い、鼻で笑ってやる。
 だがまぁ、ナギの息子を、と言うのは中々に魅力的だ。
 それに、あの歳であの魔力量。才は十分か。

「納得するのか?」

「誰がじゃ?」

 ……ちっ。
 言わなくても判るだろうに。

「頭の固い魔法使いの連中だよ」

 流石に、英雄の息子に私が近づくのは――良い顔はしないだろう。
 麻帆良から出る事にすら反対されるかもしれないだろうに。

「そこは何とでも……言い様はあるもんじゃ」

「そう言うもんんか?」

「歳をとると、このような事ばかりが上手くなってのぅ」

 知るか。
 まぁ、舌が回るうちは死にそうにないな、この爺は。

「まぁいい。そっちはじじいに任せる。ぼーやが乗るなら、伝えさせに来い」

「すまんの」

 ふん。何処までそう思っている事やら。
 ……はぁ。
 あまり、魔法使いの連中とは関わりたくないんだがなぁ。
 ま、それも修学旅行が終わるまでだ。
 そう納得しておく事にする。

「気にするな。修学旅行の為だ」

「なるほどの」

 しかし……こうも簡単に許可が下りるとはなぁ。

「おい、じじい」

「なんじゃ?」

「何か隠してないか?」

「何がじゃ?」

 ふむ――。

「良く考えたら、私が簡単に麻帆良から出られるなんて、おかしな話じゃないか」

「そうかのぅ?」

 これでも元賞金首だからな、と。
 一応それも去年かに撤回されているが。
 ……いくらナギが私を倒したからと言って、死体が無いのは疑われていたらしいからな。
 というか、この私を匿うと言う事自体が、どうにかしてると思う。
 そのおかげで、こうやってのんびりとした生活が送れてるんだが。

「私を匿っていた事が知れたら、面倒じゃないのか?」

「……ふむ」

 考えていなかった、とは言わせないからな?
 まったく――面倒事なんかは無しで、私は旅行に行きたいのだが。

「ま、そこまでは流石に気が回るか」

「当たり前だ」

 で? と。
 言葉の先を促す。

「今回は行き先が京都じゃからな」

「京都だと、何かあるのか?」

 ……何かあったかな?
 ああ。

「そう言えば、ナギの隠れ家があったな」

「残念」

 まぁ、そうだろうなぁ。
 あとは関西の方の陰陽師だったか――ふむ。

「なんだ? 向こう側から何か言われてるのか?」

「うむ。察しが良くて助かる」

 あのなぁ。

「面倒事なら……ぼーやにも頑張ってもらうぞ?」

「ネギ君にも同じ事をしてもらうつもりじゃよ」

 はぁ。
 つまり、私はぼーやの尻拭いという訳か。
 面倒だなぁ。

「近衛木乃香の護衛、じゃ」

「じじいの孫か?」

 思い出すのは、魔法のまの字も知らないような……先日看病に来た少女。
 だが、恐らく才能だけならネギ=スプリングフィールド以上の魔法使い。
 そう噂されている少女。
 そして――神楽坂明日菜の友達。
 私のクラスメートだ。
 そうやら、魔法とは無関係に生活しているらしいが……。

「なんだ。心配なのか?」

 ん? 近衛?

「……詠春か?」

「うむ。婿殿の方で、色々とキナ臭い事があってるらしい」

 キナ臭いって……詠春側で何かあったんだろうか?
 頼むから、面倒事は――もう難しいんだろうけど。

「――おい、一応は一般人の集団だぞ?」

「すまんの。最大限の手伝いはする」

 おい……。
 近衛木乃香を狙って、修学旅行中に狙われる、と言う事だろうか?
 どこの馬鹿な集団だ。
 一般人を巻き込むなんて――正気とは思えない。
 そうなったら、関西関東と言うよりも……魔法界を敵に回しかねないだろうに。

「魔法先生をどれだけ回せる?」

「2人」

 溜息しか出ない。

「魔法生徒は……私と茶々丸を入れて5人か」

 他のクラスに居るとは聞いてないからな。
 葉加瀬と超鈴音は事情は知っているが、戦力にはならないからな。

「向こうさんも直接手は出してこんとは思うが」

「楽観的だな。手を出されても文句は言えんだろうに」

 相手の狙いが近衛詠春で、その為に近衛木乃香を狙うと言うのなら……確実に手を出してくるぞ。
 それがどんな目的かは判らんが。
 ……そこまで常識の無い集団じゃない事を、私も願うがね。

「どうにもならんのか?」

「もう来週じゃ。どうしようもない」

 まったく。
 頭が痛くなり、目頭を指で押さえる。
 折角の京都。
 折角の旅行なのに……どれほどの問題だ。

「自分の孫娘を生贄に差し出すか」

「差し出しはせんが――しょうがなかろう」

 は。
 ……まぁ、その魔法使いとしての在り方には、頭が下がるがな。

「関西呪術協会は今、敵が多いんじゃ」

「大変だな、人の上に立つのも」

「まったくじゃ」

 はぁ、と。

「溜息なんか吐くなよ。巻き込むのなら、最後まで責任を持て」

「判っておるよ――が、それでものぅ」

「ふん」

「ワシらが動けるならワシや詠春が護るんじゃが」

 それじゃ敵が釣れんだろ、と。
 苦笑する――その通りだから、しょうがない。
 しかし、だからと言って闇の福音を使うか?
 ……死んだ事にはなっているが、バレたらじじいの首も危ないだろうに。
 近衛木乃香を守りたい、と言うのは本当なのかもしれないが……はぁ。

「どうにか守ってくれんか?」

「……しょうがない。修学旅行の為だ」

「あの子だけは、こっち側に巻き込みたくはなかったんじゃが」

 それは無理な事だろう。
 あれほどの才能だ――早いうちに知っていた方が安全だと思うがな。
 本人の為にも、周囲の為にも。
 今回の事は良い件だと思うがね。

「それだけは諦めろ。……ま、それなりに考えてはおく」

 そんな状態だと、旅行は純粋には楽しめそうにも無いがな。
 溜息を一つ吐く。
 まぁそれでも麻帆良の外、と言うのは魅力的な提案ではある。
 それに、じじいの言葉の下に動くという大義名分。
 それなら、うるさい魔法使い達も、少しは黙るだろう。

「明日の放課後、ぼーやを私の家に来させろ」

「うむ」

「それと、別荘を使うが問題は無いだろう?」

「判った。ネギ君の事については、こっちの方でちゃんとしておく」

 そうか、と

「それと、報酬を用意しておけ」

「報酬?」

「龍宮真名を雇う」

「判った」

 額は孫娘の命と同額にしておけ、と少しの嫌がらせ。
 まぁ、アイツがどれくらいの報酬で動いているのかは知らんが、それほど法外ではないらしい。
 ある程度、通常報酬以上を払っていれば、必要以上に働いてくれるだろう。

「他に、私に言っていない事は無いか?」

「うむ。何かあったら、また呼ぶ」

「判った」

 一気に忙しくなったなぁ。
 はぁ……帰ったら茶々丸に別荘を探させないと。
 さて、どこに仕舞ったか。
 壊したりはしてないと思うが……調整は必要だろうなぁ。
 長く使った覚えが無いしな。

「じゃあ、帰るからな」

「……すまんな」

 はぁ。

「謝るなよ――巻き込むのなら、最後まで責任を持って胸を張れ」

 そう、もう一度言う。
 それじゃ、巻き込まれるこっちが不安で仕方が無い、と。

「……お主に説教される日が来るとはのぅ」

「……ふん」

 学園長室から出ると、控えていた茶々丸を従えて廊下を歩く。

「御苦労さまでした」

「いや。それより茶々丸」

 先ほど話した内容を、茶々丸に伝える。
 そして、帰ったら別荘を探しておくように、と。

「かしこまりました」

「明日の放課後までに探しておけ」

「地下の物置にありますので、すぐにご用意できます」

 なら、帰ったらさっさと調整を済ませるか。

「忙しくなるな」

「はい」

 旅行の準備もまだだと言うのに……はぁ。







 魔法使いの戦いとは、突き詰めれば結局――どちらが早く、正確に大砲を撃ち込めるか。
 そこに行きつくと私は思っている。
 私のようにある程度以上になると接近戦と遠距離戦を両立させる事も出来るが。

「ぐぅっ!?」

「どうしたどうした!」

 ぼーやが先ほどから頼りにしている風の精霊召喚。
 その8体をほぼ無詠唱からの氷の矢で撃ち落とし、懐に入り込む。
 そのまま胸ぐらを掴み、地面に叩き付けその眼前に手のひらを向ける。

「……こんなものか」

「うぅ」

 3戦3勝。
 別荘内では魔力が戻るから、そうなるとやはり勝負にならないな。
 まぁ、たった一人の未熟な“魔法使い”程度では、私の相手は無理か。
 少し近づいたただけで、こうも戦い方が危うく崩れてしまうようじゃなぁ。
 地面に横になっているぼーやを放置し、茶々丸の元に戻る。

「魔力は一人前でも、戦い方は半人前以下か」

「あ、兄貴ぃ。大丈夫ですかい?」

 肩に乗った小動物が心配しているが、直撃は無いはずだから怪我もそう酷くないだろう。

「う、うん」

 ふむ。
 少し手を合わせて判ったが……。

「本当に実戦はまともに経験してないんだな」

「わ、判るんですか?」

 そりゃなぁ。
 アレだけ魔法使いの基本――後ろからの大威力の魔法を狙われたら、誰だってそう思う。
 そして、近づいただけで終わるし……。
 まぁ、最後のは接近戦にもいくらか対応はしていたが。

「従者の居ないお前が魔法使いとして戦っても、現状じゃ何もできないだろ」

「はい……」

 どうしたものか……。
 いくら別荘があるとはいえ、時間も無限じゃないからな。

「今の手持ちの魔法で一番攻撃力があるのはさっき撃ち合った『雷の暴風』か?」

「はい」

「その歳でたいしたものだな」

 魔力もある、知識もある――あとは経験と環境か。
 一番は従者を揃える事だが……さて。

「おい、小動物」

「お、オレっち?」

「お前、戦えるか?」

「無理に決まってるだろ!?」

 だよなぁ。
 茶々丸に用意させた椅子に座り、溜息を一つ。
 流石に、ほとんど面識の無い魔法生徒と仮契約も問題がある。
 一般人なら論外だ。

「とりあえず、ぼーや」

「は、はい」

「走れ」

 はは、面白い顔だな。
 さっきの戦いの疲れが抜けていないのだろう、肩で息をするぼーやにそう告げる。

「体力不足だ。たったあれだけで息を乱してどうする」

「アレだけって……エヴァの姐さん」

「阿呆。疲れた所を敵に狙われて卑怯とでも言うのか?」

 それじゃ、殺されてあんまりだ、と言うようなものだ。

「今はとにかく、少しでも体力をつけろ」

 幸い、この別荘の中は一つの世界と言って良い。
 スペースは十分にある。

「茶々丸、付き添ってちゃんと走っているか監視していろ」

「かしこまりました」

 走り去っていく背を目で追い、溜息を一つ。続いて苦笑。
 流石はナギの息子と言うか……火力だけなら、一人前だな。

「はぁ」

 しかし、人を鍛えるのは苦手だ……。
 タカミチとは真逆ではあるが、鍛え方も真逆と来たもんだ。
 あいつは力が無かったから、力の使い方を教えたんだが。
 こっちは力がある分、ソレを安定して使える土台が無い。
 従者……か。

「適当な奴が居ないものか」

 それか、修学旅行までにぼーやを一人で戦えるほどに鍛え上げるか。
 相手がどれほどのものか判らない以上、出来れば従者が欲しい。
 それも複数。

「……はぁ」

 いくら修学旅行と報酬の血の為とはいえ……難しい問題をくれたものだな、じじい。




――――――近衛木乃香

「木乃香ー、一緒の班になろうよー」

 ええよー、と。
 クラスの中は今、その事で持ちきりだった。
 今日最後の授業は、今度の修学旅行の班決めとちょっとした注意のお話らしい。
 それと三日目に何処に行くかって話らし―けど、多分そこまでは決まらへんやろなぁ、と。
 だって、ウチのクラスやし。
 そう苦笑しながら、誘ってくれた明日菜のとこに行く。

「うんー、よろしゅうなぁ、明日菜」

「うん。こっちこそ色々教えてねっ」

 ええよー。
 京都はウチの庭みたいなもん……とまでは言えへんけど、結構知ってるし。
 そうやって頼られるのは、本当に嬉しいし。
 明日菜の席に2人で集まり、後は誰を誘おうか、と。

「あ、明日菜、木乃香ー。私達も一緒に良いかな?」

「へ? パル、あんた達……は、いつもの三人だけなんだ」

「そうなん?」

「いやー、いいんちょに誘われたんだけどさー」

 あんまり楽をできなさそうじゃない? って……酷いなぁ。
 まぁ、その気持ちは判らんでもないかなぁ?
 やっぱし、修学旅行って自分らしく楽しみたいもんやと思うし。

「私は良いわよ?」

「ウチもええよー」

「おー、持つべきものは友達だねぇ」

「……ありがとうです、アスナさん、木乃香さん」

「ありがとうございます、木乃香さん、明日菜さん」

 いやー、そんなお礼言われるような事でもないんやけどなぁ。
 明日菜も照れてるし。
 ウチも、少しだけ照れてしまう。

「でも明日菜、あと誰誘うん?」

「あ、そうそう」

 でも、後誘うのは決まってるんやもんね。
 最近仲良いし。

「エヴァー」

「へ?」

 その声は、のどかから。
 まぁ、のどかは少し苦手かもなぁ。
 エヴァちゃん、ちょっと口悪いし。
 のどかは少し気が弱いし。
 ウチも最初はちょっとだけ怖かったけど、明日菜は相変わらずやったから。
 ……話してみたら、ええ人なんやけどなぁ。
 話すのに勇気がいると言うか……エヴァちゃん、悪い人やないんやけど。
 そんな事を考えているうちに、明日菜はエヴァちゃんを誘いにその机に向かっていく。

「エヴァンジェリンさんを誘うのですか?」

「うん。明日菜、最近エヴァちゃんと仲ええし」

「みたいだねぇ。エヴァって、少し取っつき難い所があるけど、明日菜とは良く喋ってるしね」

 やねぇ。
 話してみたら、結構面白いんよ、と。

「そうなの?」

「うん。茶々丸さんも、何と言うか……天然?」

「木乃香にだけは言われたくないはずだと思うよ?」

「ひどいわー」

 ウチ天然とちゃうけどなぁ、と。
 そう言うと、ハルナと夕映に笑われてしまった。
 うー。

「のどか?」

「ぁ、……うん」

 あー。

「のどかは、エヴァみたいな女王様は苦手だもんねぇ」

 そやね。
 のどか、押しが弱いと言うか、なぁ。

「誰が女王様だって?」

 うは!?

「え、エヴァちゃん……」

「誰がエヴァちゃんだ? そう呼ぶなと言っただろうが?」

 うー。可愛いのに。
 そう言うと、また怒った顔でそっぽを向くし。
 その後ろの明日菜はちょっと苦笑して、茶々丸さんはいつも通り。

「可愛くなくて良い」

「えー、勿体無いえ、エヴァちゃん」

「そうよそうよ。もっと言ってやって、木乃香」

「うるさいぞ、バカ」

「馬鹿って言うなーっ」

 相変わらず、仲良いなぁ。
 ウチにもバカって言ってくれへんかなぁ?
 なんか、仲良くなれそうな気がするんやけどなぁ。

「仲良いわねー、あんた達」

「仲良くなんかないっ」

「そんな全力で否定しなくてもっ!?」

 仲良いなぁ。
 なんか、ホンモノの友達みたいで――ちょっとだけ、羨ましい。
 ウチにも……。
 そう思い、視線を向ける。

「――――――っ」

 こっち、見てたのかな?
 慌てて逸らされたように感じたけど、どうかは判らない。

「どうしたの、このか?」

「へ? あ、ううん。何でもあらへんよ」

 そうのどかに答えるけど、やっぱりちょっと悲しい。
 どないしたんやろな?
 何かあったんかな?
 それとも、ウチが何かしたんかな?
 ……何も言ってくれへんから、なにも判らへん。
 だから、何も聞けへん。

「皆さーん、ちゃんと班は決まりましたかー?」

 と、ネギ君が言う。
 その声で我に帰り、一つ深呼吸。
 ずっとこのままなんかなぁ?
 班ごとに集まって座りながら、小さく……誰にも聞かれないように、溜息。

「それでは、修学旅行の注意事項を話しますから、皆さん良く聞いてて下さーい」

 ……でも。
 チラリ、と視線をそっちに向ける。
 今度は逸らされる事は無い……こっちを見てないんやし。
 その横顔を見ながら、毎日思うのだ。
 せっちゃん。
 どうしたら、また遊んでくれる?



――――――

「すまないなぁ、近衛」

「いえいえ、これくらいお安いご用ですえ」

 うーむ。

「折角だ、ジュースでも飲むか?」

「ええんですか?」

「おー。手伝ってもらったからな」

 それに、放課後の貴重な時間を使わせてしまったしなぁ、と。
 一人でいた所を手伝ってもらったんだが、やっぱり学生は放課後は遊ぶもんだろうしな。
 やはり、修学旅行のしおりくらいは一人で運んだ方が良かったなぁ。
 俺もプリントやらミニガイドブックやらあったんだが……3往復するべきだったか?

「気にせんでええですのに」

「それに、もうそろそろ修学旅行の準備もしてしまうんじゃないのか?」

 来週だし、と。

「ええ。それは今度の休みに明日菜達と」

「そうかー……なに飲む?」

 自販機の前に立ち、財布を出す。
 あ、小銭があるな。

「お茶でお願いします」

「判った」

 俺は……コーヒーで良いか。
 買ったジュースを近衛に渡し、自分のソレも開ける。

「どうだ、修学旅行は楽しみか?」

 たしか、実家が京都だったろ。

「おじーちゃんが実家に帰ったらよろしく言うてました」

「はは。まぁ、自由時間は好きにすると良いさ」

 しかし、実家に帰るって……その発想はなかったなぁ。
 やっぱり、結構良い所の家なんだろうか? そうなんだろうなぁ。

「先生は京都は詳しいですか?」

「いや。高校の時の修学旅行先だったくらいだな」

「あ、高校が京都だったんですか」

 ちなみに、中学の時もである。
 ……どうして学校って、京都を旅行先に選ぶんだろうか?
 今回もハワイだったらどれだけ嬉しかったか……いや、言うまい。

「それなら、ウチが案内してあげますえ」

「おー……流石に、それは悪いからなぁ」

 友達と遊びなさい、と。
 しかし、嬉しそうだなぁ。

「京都は詳しいのか?」

「そうですえ、地元ですもん」

 そうなのかー、と。
 正直、清水寺とか金閣寺とかしか覚えてないから、俺はガイドブックが必須だと思う。
 まぁそれもあまりに格好悪いからある程度は覚えようと思うけど。

「そう言えば、桜咲も京都だったな」

 葛葉先生の話だと、先生と同じ剣術を学んでいたとか。
 あの子も家柄のある子なのかもなぁ、っと。

「どうした?」

 何か変な事言ったか?
 目に見えて落ち込まれたんだが……。

「なぁ、先生?」

「ん?」

 ……拙い事言ったかな?

「せっちゃん。桜咲さんの事なんやけど」

「ああ」

 せっちゃん?
 桜咲刹那だからせっちゃんか?

「何だ、仲良いのか?」

 そんな呼び方するくらいだし。

「その、ちょっと相談があるんですけど」

「ん、なんだ?」

 相談、か。
 ええっと。

「どっか座るか」

「あ、はい」

 そう言って近くのベンチに座り、気付かれないように息を一つ吐く。
 桜咲、か。
 うーん……まぁ、クラスにあまり馴染んでいる感じじゃないな。
 それに、知り合いと言うには近衛と喋ってる所は見た事無いし。
 ぱっと思い付くのはこれくらいだけど。

「それで、桜咲がどうしたんだ?」

「うちですね、昔はせっちゃんと仲良かったんです」

「そうなのか?」

 昔は――?
 子供の頃、って事かな? 呼び方的に。

「はい。せっちゃんはウチの最初のお友達ですえ」

「それは大切な友達だな」

 はい、と。
 さて――それだとすると、だ。

「仲違でもしたのか?」

「え? 何で?」

「相談って言われたからなぁ」

 それに、教室であまり喋ってる所見た事無いし、と。
 そんな驚いた顔で見られると、間違ってたら死にたくなりそうだな……と苦笑。

「……ええっと、外れた?」

「いえ……当たりですえ」

 ほ、良かった。
 気付かれないように、内心で胸を撫で下ろす。

「良く見てくれてはるんですね」

「そりゃ先生だからなぁ」

 生徒の事は見てるもんだ、と。
 そう言うと笑われた……やっと、笑ってくれた。

「仲直りしたいのか?」

「はい――うち何したか判らないんですけど、せっちゃんと仲直りしたいんです」

「そうかぁ」

「折角京都行くんですから、一緒に楽しく回りたいですし。同じ班ですし」

 気合入ってるなぁ。
 しかし、生徒の仲直りって言われてもな。
 原因も判らないし。

「どうしたらええでしょ?」

「そうだなぁ」

 ………………。

「まぁ、先生の場合ではあるんだが」

「はい」

「やっぱり、原因を判ってから謝るなりしないと、余計にこじれるぞ、うん」

 実体験的に。
 具体的に言うなら、葛葉先生関係で。
 以前、手作り弁当からコンビニ弁当になった時は怖かった……と言うか、恐ろしかった。
 もう二度とあんな失敗だけはしたくない。絶対に。
 ――――まぁ、そんな事は置いといて。

「原因が判らないで謝っても、やっぱり意味が無いからな」

「げんいん……」

「桜咲から聞くのが一番なんだけど」

「そうですよね」

 しかし、原因を聞くのも難しいからなぁ。
 当事者じゃない俺じゃ、聞いても意味無いし。余計にこじれる可能性もある。

「やっぱり、待ってるだけじゃあかんのですね」

「それくらいしか言えなくて、すまないな」

「いえいえ、謝らないでくださいっ」

 ありがとうございました、そう言って去っていく近衛。
 はぁ。
 教師と言うのは、本当に、肝心な時には役に立てないものだ。







 そして次の日から

「桜咲さん、ちょっとええですか?」

「すいません、用がありますので」

 ………………

「桜咲さん」

「あ、龍宮」

 …………

「なぁ、せっちゃん」

「先生、先ほどの授業で判らない所が」

 ……午後になる頃には桜咲の逃げる手段に、ついに俺まで含まれてしまった。
 うーん。
 そんな放課後

「せっちゃん、一緒に帰らへん?」

「おーい、近衛ー」

 流石に見かねたので、桜咲を誘おうとしていた近衛を呼ぶ事にする。

「桜咲、ちょっと近衛を借りて良いか?」

「せ、先生っ」

 はいはい、そう怒るなって。

「はい。では――」

 しかし、クールだ。
 アレだけの近衛の猛攻を受けて、まったく動じていない。
 強敵だなぁ。

「なんですのッ、先生っ」

「そー怒るなよ」

 笑って答え、まずは落ちつけ、と。

「あんないきなり態度変えたら、誰だって怪しむぞ」

「えー」

 えー言うな。

「もう少し、こうだな……何か共通の話題とかないのか?」

「話題ですか? でも、話す前に逃げられますえ」

「だから――修学旅行の準備は終わったのか?」

 うん。

「だから、それは昨日……おおっ」

「今度の休日だったな? 神楽坂にでも誘ってもらえ」

「明日菜に?」

 おう、と。

「近衛が誘ったら逃げられるだろう?」

「おぉ」

「買い物にはちゃっかりついていけば良い」

「な、なるほど……」

 ちゃんと神楽坂にもそう言って手伝ってもらえよ、と。
 しかし、

「なんか、嘘吐いてるみたいですえ」

 そう言って苦笑。

「はは」

 俺もそれに笑ってしまう。

「なら、仲良くなった後で嘘吐いた事を謝らないとな」

「先生……それなら嘘吐く事を止めるもんですえ」

 そう言って笑う。
 うん、仲良くなれると良いんだが。

「先生、ありがとなー」

「ま、上手くいくように……祈っとくか?」

「よろしくー」

 そう言って元気に駆けていく。
 うん。上手くいくと良いんだが。

「なんだ、今度は近衛木乃香と桜咲刹那か」

「ん?」

 って。

「おー、どうしたマクダウェル?」

 最近は何時も放課後になったらすぐ帰ってたのに、今日は残ってたんだな。
 絡繰は……居ないのか。
 バイトかな?

「いや、またか――と思ってな」

「ん?」

 何かしたかな?
 とっさに思い浮かばず、首を傾げてしまう。

「何でも無い。それより、あの二人の関係はどうだ?」

「関係? ……なんとも言えないなぁ」

 それは本人達に聞いてくれ、と。
 いや、俺もそう詳しく知らないし。
 2人の問題を、口にするのもアレだし。

「ふむ――そうするか」

「お」

 おー……。

「……だから、何だその顔はっ」

「いやいや」

 お前が他の人の関係に興味を持つとはねぇ。
 これも神楽坂のおかげか、と機嫌が悪くなると判っていても笑ってしまう。

「ふん――それじゃあなっ」

「気を付けてなー」

「子供じゃないんだ、大丈夫だっ」

 やっぱり怒らせてしまったか。
 龍宮じゃないけど、もう少し丸くなってくれたら友達が増えると思うんだがなぁ。






――――――今日のオコジョ――――――

 は、はぁ……なんでオレっちまで兄貴と一緒に走らされたんだ?
 つ……疲れたぁ。

「あれ、元気……無い?」

「うーん、とりあえず一枚撮っとくか」

 ん?
 また誰か……。

「朝倉、弱ってる時に写真は……ストレスになる」

「あ、そっか。しっかし、こんなんじゃ記事の一面は飾れそうにないわねぇ」

 んな!?
 このアルベール様が、一面も飾れないスター性の欠片も無い漢だと!?
 な、舐めんじゃねぇぞ娘っこぉ!!

「……元気になった?」

「おお、急に動き出した」

 どうだ!? どうだこの動き!!
 これほど動ける猛者が居るか! いや居まいっ!!
 しゃーおら、しゃーおらっ

「だ、ダンス……?」

「私は写真撮るから、アキラは携帯で動画に保存しといてっ」

「あ、うん」

 ふは、ふはははは――――


――30分後

「これは中々……動画はネットにでも上げるかぁ。アキラ、後で携帯貸して」

「うん、判った」

 コヒュー……コヒュー………コヒュー…………





[25786] 普通の先生が頑張ります 17話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/10 19:05

 朝のHRに配るプリントを人数分まとめていると、少し遅れてネギ先生が職員室へ入ってきた。
 ふむ……まぁ、寝坊ってほどの時間でもないか。

「おはようございます、ネギ先生」

「お、おはようございます、先生」

 ん?

「どうしたんです?」

 動きがぎこちないと言うか、なんというか。
 ちょっと変だ。

「えっと……筋肉痛で」

「何したんですか?」

 その答えに苦笑し、席に座ったネギ先生用にお茶を用意するか。
 給湯室へ向かい、準備をする。
 いつも源先生が使っているせいか、ちゃんと整理されていて使いやすい。

「コーヒーとお茶、どっち飲みますか?」

「あ、じゃあお茶で」

 はい、と。
 俺はコーヒーで良いや。
 お互い分の飲み物を用意して、席に戻る。

「それで、どうしたんです? いきなり筋肉痛なんて」

 学校の仕事で筋肉痛なんてならないと思うから、自分で運動したのか。

「ありがとうございます――修学旅行で、遅れないように」

「ああ。真面目ですねぇ」

 そう苦笑してしまう。

「よっぽど楽しみみたいですね」

「はいっ。日本の文化ですからねっ」

 はは――そんなに楽しみにされると、同じ日本人として嬉しいものだ。

「そんなネギ先生に、一つ良い物を上げましょう」

 そう言って、ネギ先生の机にクラス人数分のガイドブックを置く。

「朝のHRで配る分です。ネギ先生の分もありますよ」

「え?」

「折角の京都なんですから、これがあれば少しは楽しめるかな、と」 

 まぁ、それ以上に驚いているのだろう。
 なにせ筋肉痛と言ったばかりで、この量である。

「せ、先生?」

 はは。

「ネギ先生」

「は、はい?」

「もー少し、早く出てくるようにしましょうか?」

「…………はい」

 ここ最近、遅刻はしてませんけど遅いのが目立ちますよ、と。
 まぁ、慣れてきたし少しだけ……気が緩んだのかな。
 最初の頃より、やっぱり遅く来る回数が増えてきたし。

「ま、気を付けて下さいね?」

 そこまで怒ってはいないので、苦笑して、そう言う。
 あーあー、そんなに頭を落とされるとなぁ。
 結局、ガイドブックは半分は俺が持っていってあげる事にした。
 ……甘いなぁ。







「なぁ、先生」

 はい? と。
 手元の修学旅行用の資料に通していた目を上げると、困った顔の新田先生が居た。
 はて……何かしてしまったか?
 6時間目に授業が入っていなかったので、放課後まで使って一気に目を通してしまおうと思ってたんだが。

「どうしました、新田先生?」

「少し聞きたい事があるんだが」

 はぁ――新田先生がですか?

「えっと……答えられる事なら」

「ああ。それは君のクラスの事だから」

 ……は、はは。

「ど、どうしました?」

「桜咲の事なんだが」

 桜咲?
 ……最近良く聞く名前になったもんだ。

「彼女がどうかしましたか?」

「いや、さっきの授業で居なかったんだが……早退でもしていたのか?」

「――はい?」

 桜咲が早退、ですか。
 慌ててクラス名簿に目を通し……うん、朝は来てたよな。
 挨拶した記憶あるし。
 はて?

「聞いてないですね」

「そうかい。まぁ、こっちでも覚えておくけど先生の方でも注意しておいてくれないか?」

「判りました」

 しかし、無断早退か……。
 ふと思い出すのは、マクダウェル。
 アイツも無断で授業を抜け出して――。

「さて」

 少し屋上に言って行ってみるか。
 もしかしたら居るかもしれないし、文字ばかり読んでて目も痛いし。
 そう思い席を立ち、職員室を出る。
 ――何でいきなりそんな事をしたのかな、と。
 まぁ、思い付く所は一つあるんだけど……。

「そんなに嫌なのかなぁ」

 昔は仲良いとか近衛は言ってたんだがなぁ。
 授業を抜け出したのは怒らないとなぁ――どうしたもんかな。
 頭を掻きながら、廊下を歩く。
 明日は休みだってのに、はぁ。
 さて。

「いるかなーっと」

 屋上へ続く扉を開けると、晴天の空。
 うん、良い昼寝日和なんだが……。

「居ないか」

 そう簡単にはいかないか。
 どうしたものか……まぁ、簡単なのは来週登校してきた時に言えば良いだけなんだけど。
 来週はもう修学旅行なんだよなぁ。
 流石に、朝から言うのもアレだろうし……言わないのもな。

「おや、先生?」

 っと。
 この声は、

「龍宮か?」

 周りを見渡すが、姿は無し。
 あれ?

「上だよ、上」

「……お前、そこは危ないだろ」

 まったく。
 溜息を小さく吐いて、苦笑。
 龍宮は屋上の入り口脇にある物置の屋根の上に居た。

「落ちて怪我したらどうするんだ?」

「そんなヘマはしないよ」

「そう言ってる奴は、いつか落ちて怪我するんだよ」

 はぁ、ともう一度溜息。

「ま、先生に気付かれたら仕方ないか」

「そっちから声掛けてきたんだけどな」

 そう言えばそうだった、と笑いながら危なげなく下りてくる。

「どうしたんだい、先生? 屋上には珍しいね」

「そうか?」

 と言うか

「……珍しいと言うくらいには屋上に居るのか?」

「ふむ――まぁ、よく居る方じゃないかな?」

 かな? って。
 はぁ。

「まぁ、天気良いからなぁ」

「そうだね、昼寝にはもってこいだ」

 中学生の考えかなぁ、と。
 いや、人の性格は人それぞれだけどさ。
 もう一度苦笑し

「桜咲を見なかったか?」

「刹那? ああ、そう言えば午後は早退してたね」

「やっぱりか」

 うーむ。

「刹那を探してるなら、多分もう学園には居ないと思うよ」

「だな」

 と言うか、会えるとも思ってなかったしな。
 それじゃ

「龍宮は桜咲と同じ部屋だったな」

「ああ。伝言かい?」

「おー……」

 何て言おう?
 流石に、休日に出て来いとも言えない……と言うか、明日は修学旅行の買い物とか言ってたし。
 うーん。

「早退する時は先生に一言言うように言っておいてくれ」

「……ふむ。それだけかい?」

「旅行前に言われるのも嫌だろ」

 龍宮の問いかけに、苦笑してそう答える。
 それに、理由は何となく判るしな。
 近衛にも困ったものだ……が、今日だけは特別にしておこう。

「教師としてはどうかと思うね」

「そう言ってくれるなよ」

 自分でもそう思ってるからな。
 今回だけだからな、と。

「龍宮も、早退する時は先に言ってくれ」

「それじゃサボりにならないと思うけどね」

「サボりは許可できないからなぁ」

 はは、と笑って屋上を後にする。
 しかし――困ったな。
 修学旅行で関係が直らなかったら、どうにかしないといけないなぁ。







「すみません、それじゃお先にです」

「ああ、お疲れ様。先生」

「お疲れー」

 残っていた弐集院先生と瀬流彦先生に声を掛け、職員室を出る。
 ふぅ、結構時間が掛ってしまったな。
 最近は学園長からの仕事とかで、ネギ先生も早くに帰ってるし、少し忙しい。
 コキ、と首を鳴らして欠伸を一つ。
 ……明日は旅行前の最後の休みだ、少しゆっくりするかな。
 そんな事を感じながら帰路につく。

「んー」

 今日は絡繰は猫にエサやってるかな?
 この時間帯なら居る可能性もあるなぁ、と足は麻帆良の広場の方へ。
 猫に癒してもらおう。
 っと。

「居ないかぁ」

 残念だ。
 昼には桜咲に会えず、放課後は絡繰に会えず。
 どうにも今日は、そういう日なのかもしれない。
 苦笑し、そのまま帰路に。
 マクダウェルと知り合ってから、占いとか、そう言うのは少し信じるようになった。
 いや、偶に言われる『予言』が的を得ているから、本当に予言のように感じるのだ。
 ……本当は気紛れみたいだけど。

「あ、先生ー」

 ん……この声は。

「近衛か?」

 振り返り……姿はない。
 ん?

「こっちですえー」

 と呼ばれた方は、すぐそばのオープンカフェの椅子。
 そこに座っていたのは、私服姿の近衛だった。

「おー、こんな所でどうした?」

「買い物ですえ」

 ま、そうだろうなぁ、と。
 自分で聞いておいて答えが判っていた事に苦笑し、それじゃ、と。
 あんまり学校外で教師と一緒というのも好きじゃないだろうし。

「って、違いますって」

「ん?」

 そのまま歩き去ろうとしたら、呼び止められた。

「何だ、どうかしたのか?」

 っと

「そうだ、俺も少し話があるんだった」

 主にお前の友達の事で。
 丁度良かったな。

「あ、そうなんです?」

「おー、相席して良いか?」

「どうぞどうぞ」

 それじゃ失礼して、と。
 ついでに、そばを通りかかった店員にコーヒーを頼んでおく。
 本当なら晩飯も済ませたいところだが……こういう所は少し高いのだ。
 来週から入用なので、微々たるものだけど節約をする事にする。

「お前なー、今日も桜咲に強く迫っただろ?」

「う」

 開口一番は、ソレ。

「今日は見逃すけど、修学旅行後でそうなったら、流石に庇いきれないからな?」

 あの後、午後に授業をしていただいた新田先生と瀬流彦先生に頭を下げたものだ。
 まぁ、それは別に怒ってはいないのだけど。
 悪い事はちゃんと言っておかないと、繰り返されたら困る。

「ちゃんと、限度を守れ、限度を」

「はぁい」

 しかし、そうシュンとなられると、俺が悪いみたいで居心地が悪いな。
 ちょうど店員がコーヒーを運んで来たので、空気を変えるように一口飲む。

「それで、近衛はどうして俺に声を掛けたんだ?」

「あ、そや」

 ごそごそとハンドバックを漁り……携帯を取り出し、テーブルへ。
 なんでだ?

「携帯だな」

「はい、うちの携帯ですえ」

 で? と。

「番号教えてもらって良いですか?」

「……先生の携帯番号なんて聞いてどうするんだ?」

 普通掛けないと思うし、調べようと思ったら学園にでも聞けば良い。
 それに、教師に用があるなら普通は担任だろう……って、ネギ先生とは同室だったんだ。

「先生は修学旅行の準備は済みました?」

「ああ。と言うか、着替えとかだけだしな」

 男の準備なんてそんなものだ。
 ガイドブックとかは学園側が用意してくれているし。
 カメラとかが必要になれば、向こうで買えば良いしな。

「う」

「なんだ? 買い物がどうかしたのか?」

 明日、桜咲達と一緒に買いに行くんじゃなかったのか、と。
 やっぱり駄目だったんだろうか?
 近衛の名前を出さないなら、いけると思ったんだが……やはり態度を変え過ぎて警戒されたか?

「あ、せっちゃんとは多分買い物に行けるんです。多分」

「おー、良かったじゃないか」

 これで一歩前進だな、と。
 実際は半歩も前進してないんだろうけど。
 それは近衛も判っているのか苦笑で応える。

「それで、ですね」

「流石に、もうアドバイスできる事はないぞ?」

 というか、この前のもアドバイスと言えるのかどうか怪しいし。

「そうじゃなくてですね、先生? 怒らんで下さいね?」

「……ん?」

 何やら雲行きが怪しいような……。

「その、手伝って欲しいんです」

「……なに?」

 これ以上何を、と。
 もう出せる知恵も無いんだが。

「明日、一緒に付いて来てもらえません?」

「あ、あのなぁ」

 流石にそれはどうかと。
 笑顔で言われても、そればかりは。

「折角の休みに教師と一緒とか、疲れるだろ?」

 神楽坂達も居るんだし、と説得してみる。
 それに、俺が居ない方が桜咲も気を許すだろうし。

「で、でも……頼んます、先生っ」

「そう、頭を下げられてもなぁ」

「……迷惑です?」

 うお、そうこっちを見上げてくれるなよ。
 完全に俺が悪者だろう、この形だと。
 自分でも笑顔が引き攣っているのが判る。困った……。

「迷惑じゃないが……居ない方が良いと思うぞ?」

 絶対、と。

「先生が居てくれた方が、気が楽なんですよぅ」

「気が楽って。そう言われてもな」

 困った。本当に困った。
 まさか休日に会うではなく、休日に誘われるとは。
 いくら個人と会うのではないとは言え、教師としてどうなのか、と。

「だがなぁ、近衛? 考えてもみろ。折角の休みだぞ?」

 お前はともかく、他の皆――特に桜咲はあまりいい顔はしないだろう、と。
 それはそれで悲しいが、まぁ教師なんてそんな職業だしなぁ。
 自分でそう考えて、心中で溜息を吐いてしまう。

「そ、それじゃ他の皆が良いって言ったら、大丈夫ですか?」

「……ま、まぁ」

 いや、大丈夫だろ、うん。
 流石に休日まで教師と一緒というのは誰だって嫌だろうし。
 というか、だ。

「あのな、近衛? 何でそんなに……まぁ、不安なのは判るが」

 それでもこの問題は、どうしても近衛と桜咲でしか解決できない問題なのだ。
 周囲に居る俺達は、手を出す事は出来ないのだ。
 だから、

「きっと」

「ん?」

「きっと、これが駄目でしたら、ウチはもうどうにも出来なくなります」

 そう言われた。
 ……笑っているが、泣きそうな顔。
 そんな顔は、初めて見た。
 近衛と知り合ってからではない。俺が今日まで生きて来て、だ。

「はぁ」

 溜息を、一つ。
 ああ、まったく。
 それは反則だ。

「まったく」

 そして、苦笑してテーブルに出されていた近衛の携帯を手に取る。

「番号を見て良いか?」

「ええんですか?」

 しょうがないだろ、と

「先生だからなぁ」

 生徒に頼られたら、応えなきゃ駄目だよなぁ。
 これは本当に“先生”として正しいのか、少し不安ではあるが。
 番号を打ち込み、一回だけ鳴らす。

「ほら」

「ありがとうございます」

 もう一度、苦笑。

「今回だけだからな?」

「はいっ」

 それに、どうせ居てもそう役に立たないぞ、と。

「そんな事ありませんえ」

「……そう言ってもらえると嬉しいんだが」

 頬を、指で掻く。
 そう言われても、俺はただの教師でしかないんだけどなぁ。

「それじゃあ、明日はよろしくお願いしますっ」

「他の人達の確認がちゃんと取れたら、な?」

「判ってますえ」

 ……はぁ。
 伝票をとって立ち上がる。

「あ」

「流石に、生徒に払わせる訳にもいかんだろ」

 どうせ俺に出来るのは――結局はこれくらいなのだ。





――――――近衛木乃香

 お店から出て、先生と並んで帰路についている途中。

「ありがとうございます、先生」

 そう頭を下げる。
 いっぱい、沢山、迷惑ばっかり掛けてしまってる。
 それが少しだけ心苦しい。

「別に気にしなくて良いぞ? そのかわり、頑張ってくれよ?」

 そんな、少しだけ楽しさ交じりの声をかけられる。
 うぅ、迷惑ばっかりで申し訳ないです。
 でも、それは最後に言おうと思うのですよ。
 だから、

「笑わないで下さいよー」

 うちは必死なんですから、と。
 そう、何とか笑顔で返す。
 そう言うと、今度は小さく、だけど声に出して笑う先生。

「本当に好きなんだなぁ、桜咲の事」

「へ? それはそうですよー」

 友達なんですから、と。
 そう言う。
 この前までは言えなかったけど、今なら言える。
 初めて会った時からずっと、ウチはせっちゃんの友達なんですから、と。

「うち、絶対仲直りしますからねっ」

「おー、期待してるぞー」

 そんな、何でもないように――凄く難しい事を、簡単に言う。
 これから頑張るのはウチなのになぁ、と。
 そう内心で苦笑してしまう。
 それはまるで、ウチらが仲直りするのが当たり前に思ってるみたいで……。

「ねぇ、先生?」

「ん?」

「……仲直り、できると思います?」

「どうだろうなぁ」

 う。
 そこは嘘でも、頷いてほしい所ですわ……先生、駄目ですえー。
 そんなウチの心の中を知ってか知らずか、

「近衛の頑張り次第だからなぁ」

 そうですね、と。
 ウチ次第、かぁ。
 ……難しい事をあっさり言ってくれるなぁ、と。
 そう内心で呟き、苦笑する。

「ウチ次第ですかぁ」

「本当に桜咲の事が好きなら、大丈夫さ」

「そうでしょうか?」

 やっぱり、不安ですわ。
 せっちゃん……何にも話してくれへんから。
 もし昔みたいに話せるようになって、それでも、何にも話してくれへんかったら。
 そう思ってしまう。
 友達やから、何でも話して欲しいって思う。
 そう……思ってしまう。
 ウチは、きっと欲張りなんだろう。
 せっちゃんの一番になりたいと。
 ウチの一番はせっちゃんやから、ウチもせっちゃんの一番になりたい、と。

「おー、大丈夫だ」

 そう、言ってくれる。
 そう言って、背中を押してくれる。
 まるでそれが当たり前みたいに。
 簡単に、気負いもせずに。
 だからウチも、苦笑してしまう。

「簡単に言ってくれますねー」

「頑張るのは俺じゃないからなぁ」

 ひどいです、と。
 頬を膨らませ、そう言う。
 だってそうじゃないか。
 こうした方が良いと言ってくれる、背中を押してくれる、ウチを見ていてくれる。
 ……でも、手を貸してはくれないのだ。
 どうするか……ウチに決めさせる。
 ひどい先生や。
 ホンマに。

「近衛はさ」

「はい?」

 そう、内心で先生に文句ばっかり言ってたら、先生から声を掛けられた。
 その高い位置にある顔を、見上げる。

「凄いと思う」

「ウチがですか?」

 何が、と。
 そんな言われるような事、ウチには無いと思います、と。
 そう言うと、笑われてしまった。

「普通、嫌われたらさ……距離をとるもんだ」

 仲直りをしようとして、失敗したらなおさら、と。
 そうなんでしょうか?
 ウチは――やっぱり、せっちゃんと仲良くなりたいです。
 前みたいに、一緒に遊びたいです。
 きっと、そうなったら……凄く、凄く楽しいと思うんです。
 だから……頑張れるんです。
 ウチの“最初の友達”は、せっちゃんやから。
 今、ウチはどんな顔をしてるんだろう?
 先生は、そんなウチを見て、嬉しそうに笑う。
 本当に、本当に……まるで、先生やなくて、男の子のよう。

「だからきっと、仲直り出来るさ」

「……そうですか?」

「おう」

 ……どうして、そんなに自信たっぷりなんです?
 頑張るウチが、こんなに緊張してるのに。
 なんかズルいわぁ。

「先生、なんかズルいです」

「ん?」

「ウチはこんなに困ってるのに、楽しそうやないですか」

「そうか?」

 はい、と。
 そう言うと、困ったように指で頬を掻く。

「まぁ、近衛の事を信じてるからなぁ」

「……はい?」

 信じてる、ですか?

「近衛なら、頑張って桜咲と仲直りしてくれるって」

「――プレッシャーですわー」

 でも、結構気は解れましたえ。
 ……明日、上手くいくかなぁ?
 いくと良いなぁ。




――――――エヴァンジェリン

「マスター、刹那さんを連れてきました」

「そうか」

 小さく、溜息を一つ。

「エヴァンジェリンさん……」

「そう睨むなよ、桜咲刹那」

 魔法使い側からそう好かれていないとは判っているが、こうも敵意剥き出しだとな。
 まぁ、コイツは知り合い以外なら誰に対してもそうなのかもしれないが。

「お嬢様の事で、何の用ですか?」

「判っているだろう? 修学旅行だよ」

 同じ京都出身だ。
 近衛木乃香がどういう立場なのかは判っているだろう。
 おそらく、私以上には。

「一つ聞きたい事があるんだよ」

「……何ですか?」

 クツ、と小さく笑う。
 なんて、判り易い。

「お前、近衛木乃香に魔法を知らせる事……どう思う?」

「……え?」

「お前の大事なお嬢様に、私が魔法を教えると言う事だ」

 アレだけ学校で近衛木乃香を避けていながら、その実、馬鹿みたいに想っている。
 傍に居る事を良しとせず、いつも陰から見ている。
 自身の異端に気付き、それでも光から離れられずにいる。
 ……まるで、遥か昔の私のよう。

「どういう事ですか? お嬢様は普通の人として――」

「まぁ、興味があるなら座ったらどうだ?」

「――エヴァンジェリンさん」

「長くなる。茶々丸、茶を」

「判りました」

 桜咲刹那からの視線を無視し、茶々丸に指示を出す。
 さて、と。

「座れ」

「…………」

 どう上手く言ったものか。
 どう、この扱いやすい人間で遊んだものか。

「お嬢様に魔法を教えるんですか――?」

「それはお前次第だ」

 私は、今は教えるつもりはない、と。

「今は?」

「ああ。近衛木乃香がどういう存在か知っているか?」

「――当たり前だっ」

 だろうな。
 関西呪術協会の長、近衛詠春の娘。
 麻帆良学園、学園長の孫。
 ……稀代の魔力の保有者。

「なら、話は早い――それで、近衛木乃香に魔法を教える事。お前はどう思う?」

「反対です」

 即答か……まぁ、そうだろうなぁ。
 その為にお前は、今日まで麻帆良に居たのだろうから。
 近衛木乃香を関わらせない為、その為に、その剣を振ってきたのだろうから。

「どうして?」

「お嬢様は優しい方だ……こんな、こんな“力”を知られたら、きっと」

 心を痛められる、と。
 そうだな。
 そうかもしれないな、と。

「だから陰から、巻き込まれないように護る、か?」

「はい、それが私の在る意味です」

「ふふ」

 笑ってしまう。
 可笑しくて、頬が緩む。
 そんなに強く言っても、どれだけの意思を持っていても――きっと、それは叶わない。
 近衛木乃香が“近衛木乃香”である限り。
 そしてそれは、逃げられない事なのだ。
 “力”とは、そういうものだと言うのに……お前も、判っているだろうに。
 “力”を持っているお前なら。
 だから、笑ってしまう。
 滑稽で――何処までも、愚かで。

「何を笑って……」

「なら、私は近衛木乃香に魔法を教えなければならないな」

「――なに?」

「別に、嫌がらせで言う訳じゃないよ、桜咲刹那」

 お茶です、と茶々丸から差し出された紅茶を受け取り、一口含む。
 うん。やはり美味いな。

「関西呪術協会が今どういう立場にあるか、お前は知っているか?」

「立場?」

「ああ。まぁ、大人の事情と言う奴だ――それでな」

 修学旅行で、近衛木乃香が狙われている、と。
 そう、隠す事無く伝える。

「……どうしてあなたが」

「近衛木乃香の護衛として爺から雇われた」

 その顔に浮かぶのは、驚き。

「学園から出れるのですか?」

「ああ――条件の一つとして、護衛があるがな」

 だが、と。

「正直、私は近衛木乃香が無事で、周りが巻き込まれないならそれで良い考えだ」

「え?」

「つまり、だ。一番簡単なのは、事情を説明して行動を制限する」

 魔法を知らせ、魔法を見せ……自身の存在の危険性を教える。 
 その魔力。その立場。そして、近衛木乃香が居る事で、どれだけ周囲に危険を及ぼすか、を。
 きっと、それは最良の選択だ。
 近衛木乃香の存在は、危険過ぎる。
 ……修学旅行に参加した全員を、危険にさらすほどに。

「近衛木乃香の為に、2年全員を危険にさらす訳にはいかないだろう?」

「だ、だ――が」

「だが、何だ?」

 そのまま、次の言葉を待つ。
 答えは決まっている。
 だがそれを、コイツが認めなければ意味が無いからだ。

「私が、お嬢様を――」

「お前一人じゃ、近衛木乃香も一般人も守れない」

 それが、トドメ。
 選べるのか?
 たった一人と、その他の全部を。
 たった一人の不確かな未来の為に、今居る友人、知人、全部を犠牲に出来るのか?
 それは大袈裟な言い方なのかもしれないが、可能性はゼロじゃない。

「…………………」

「一つ、案がある」

 黙ってしまった剣士を無視するかのように、一言。

「相手が手を出してくる前に、相手が手を出せないようにする」

「なに?」

「少なくとも、そうすれば一般人への被害はないだろうな」

 だがそれも相手が普通ならば、だ。
 私が思っている以上に愚かで短絡的な相手なら、意味も無い事。
 ……そこは、伏せておく。
 それほどまでに危険で物騒な相手なら、それこそこちらも手段を選んでいられないからな。

「ぼ――ネギ先生が、関西と関東との親書を届けるらしい」

「……なに?」

「それが届けば、呪術と魔法が手を結ぶ――相手の狙いは、それの阻止だ」

 そして、その保険が近衛木乃香だろう。
 関西呪術協会の長、近衛詠春の娘。
 人質。
 それが、近衛木乃香の立場。

「なら」

「手を出される前にそれを成せば、もしかしたら誰も巻き込まずに済むかもな」

 それは、酷く希望的な考え方。
 何故なら手を結ばれる前に妨害してくるからだ。
 当たり前の事。
 だが、そうなれば近衛木乃香と2年生が巻き込まれてしまう事。
 そうならないように、この愚か者は必死になるだろう。
 それが吉と出るか凶と出るかは判らんが……発破を掛けるのも、そう悪くないだろう。
 今回の件――どうあっても、もう止めようの無い事なのだ。
 それでも、

「それしかないのか?」

「ああ、それがたった一つだけ、近衛木乃香が巻き込まれずにすむ“かもしれない”方法だ」

 だから、と。

「手を貸してもらうぞ、桜咲刹那」

 ぼーやが親書を届けるのは修学旅行3日目。
 つまり、私達は3日間近衛木乃香を護り抜かなければならない――誰にも知られず。
 あの広い京都の中で、いつ狙われるか判らないのに、だ。
 それも、150人強の一般人と一緒に。

「お前がその血を隠している事は知っているが、護りたいなら傍に居て離れるな」

「……お前が傍に居れば」

「私は15年ぶりに外に出るんだぞ? 子守りなんぞ四六時中してられるか」

 それはごめんだ。
 それじゃ、この条件を呑んだ意味が無い。
 私だって、麻帆良から出る事、この条件が無ければ、ここまで言いはしない。
 所詮、どこまで行っても……他人事なのだから。

「夜は私が見てやるが、昼間はお前とぼーや……ネギ先生でどうにかしろ」

 それに、少数ではあるが、魔法先生も居るしな。
 ちなみに、ぼーやはとてもじゃないが使いものにならないがな、と。

「……英雄の息子じゃないのか? 学園長はずいぶんと――」

「ああ。魔力はある。才能もな……だが、それを生かす環境が無い」

 だからお前を呼んだのだ、神鳴流。
 アレが戦うには、盾が必要だ。
 大砲を撃つまでの間、その身を守る盾が。

「ネギ=スプリングフィールドと仮契約しろ、桜咲刹那」

「なっ!?」

 その頬が、若干朱に染まる。
 ほー、そんな顔も出来るのか。

「なっな……なんで!?」

「ぼーやには盾が必要で、お前には近衛木乃香を護る力が必要だろう?」

 条件としては良いと思うがな。
 それに、嫌なら修学旅行が終わったら解約すれば良い。

「ちなみに、龍宮真名も私が雇ったから、別件で動いてもらうことになってる」

 正真正銘、お前は今一人と言う事だ、と。そう伝える。
 ……それは嘘だが。

「近衛木乃香を護りたいなら、魔法を教えたくないなら――少しでも可能性を上げるべきだと思うが?」

「な、だ、だからと言うても」

 お、口調が変わった。

「なんだ、仮契約の方法は知ってるのか?」

「うなっ」

 耳年増め、と。
 余計にその頬の赤みが増す。

「マスター、真名さんと明日菜さんです」

 そこまで言った時、茶々丸から声が掛る。
 ……なに?

「どういう事だ?」

「いま、こちらに向かってきております」

 何の用だ? こんな時に。
 折角面白くなってきたというのに。

「どうなさいますか?」

「……ふん。まぁいい、通せ」

 龍宮真名も一緒なのが気になるしな。







「やっほー、エヴァ」

「ふむ、初めて来たがずいぶんとまぁ」

「ふん。世間話をしに来たのなら帰れ」

 相変わらず能天気な声に頭を痛め、目頭を指で押さえる。
 どうしてこいつは、私を吸血鬼として見ないのか。
 私に関われば、関わるほど危険だと言うのに。

「そうじゃなくて、ちょっと用事があったの」

「なんだ?」

 まったく。
 下らない用だったら叩き出すぞ、と。

「ぅ、ま……まぁ、多分?」

「茶々丸、追い出せ」

「ひどいぃ」

 誰が酷いだ。
 お前の為だと言うのに。

「……それで、何の用だ?」

 ああ、頭が痛い。

「明日一緒に買い物に行かない? あ、刹那さんと真名もどう?」

 はぁ。

「断る」

 人込みはあまり好きじゃない。

「そ、そこをなんとかっ」

「うぉ!?」

 て、手を握るなっ!?

「お、お願いよエヴァっ――あ、刹那さんも」

「どうして私は、そうとってつけたように言われるんだ……?」

「そう言ってやるな……まぁ、色々と事情があるんだとさ」

 何だ、事情って?

「良いから手を離せっ」

「オーケーって事? あ、刹那さんも」

 オーケーな訳あるかっ。
 くそっ。

「茶々丸っ、このバカを引きはがせっ」

「……マスターが楽しそう」

「このボケロボっ」

 楽しいわけあるかっ。
 くそ。

「理由はなんだ? 理由を言ってみろ……」

「あ、そこは内緒で」

 殴るぞ、このバカ。
 斜め45度で殴れば少しはマトモになるかもしれんな。

「ぅ、え、エヴァ? 可愛い顔が怖いわ……」

「ふん。……思い出したぞ」

「え!?」

 そう言えば、この前先生がそんな事を言ってたな。
 何か、近衛木乃香と桜咲刹那の事で。
 なるほど、と。
 桜咲刹那一人を誘うと不自然だからか。

「お前の入れ知恵だな?」

「ん? 何の事だか判らないな」

 このバカがそこまで頭が回るか。
 まったく。

「桜咲刹那、お前も来い」

「な、なに?」

「手伝うなら、少しは私に付き合え」

 ああ、まったく。
 どうしてこう、面倒臭いのに気に入られたんだか。

「どうして私が……」

「忘れるなよ? 私のさじ加減で、今日にも全部教えれるんだからな?」

「……脅しじゃないか」

 ふん。

「え、刹那さんも来てくれるの?」

 黙れ大根役者。
 棒読みじゃないか。

「ああ、桜咲刹那も来てくれるそうだ……お前は?」

「私は色々と忙しいんだよ」

 ……なんか、いい用に使われた気がする。

「そう怒らないでくれよ、明日はきっと良い事があるさ」

「ちっ……もう帰れ、私は疲れた」

「うん。ありがとね、エヴァ、刹那さん」

「え? 私はまだ何も……」

「諦めろ。それが刹那、お前の為だ」

 はぁ、と溜息を一つ。

「それと、刹那」

「――今度はなんだ?」

「先生が授業をサボる時は、前もって言えってさ」

 なんだそれは?

「……あ」

 そう言えば、午後の授業サボってたな、コイツ。

「面倒なのに目を付けられたな、桜咲刹那」

 同情するよ、心から。

「なに?」

「面倒だぞ――あの先生は」

 ま、この一件もあの先生が一枚咬んでるんだろうがな。
 ……しかし、私まで巻き込まれるとは。
 はぁ――今度は、どんな嫌味を言ってやろうか。





――――――今日のオコジョ――――――

「あ、あにきーー」

「どうしたんだい、か、カモくん」

 走る。走る。走る……二人で、並んで。
 あの――遥か遠くに見える幻の夕日に向かって。

「オレっちたち、いつまで、走れば……」

「一日が終わるまでだよ、きっと……」

 酷い。酷過ぎる……。
 だって放りこまれる直前の言葉が「とにかく走って体力つけてこい」だぜ!?
 せめて魔法を教えてくれ、魔法をっ。
 じゃないとオレっちまで走らないといけないんだからなっ。

「オレっちは頭脳労働派なのにっ」

「ぼく、もうだめ……」

 あ、兄貴ーーー!?



[25786] 普通の先生が頑張ります 18話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/11 21:15

 昼を少し回った頃。
 昨日近衛から聞いた待ち合わせ場所に、言われた時間より少し早く向かったら。

「なぁ、先生?」

「あー……どうした?」

 開口一番は、酷く困惑した……様な声だった。
 いや、何を言いたいのかは、多分判る。
 俺だって、ちゃんと昨日その事は近衛に確認したのだから。
 それに、そう言う条件だったからなぁ。

「どうして先生まで居るんだ?」

「……成り行きと言うか、何と言うか」

 ほら。
 こうなるって判ってたって。
 凄い怒ってるって。
 視線は下に向けず、マクダウェルの後ろに控えている絡繰に向ける。

「おはようございます」

「おー。おはよう、絡繰」

 駄目か。
 どうやらフォローはしてもらえないらしい……。
 小さく溜息を吐き、視線を下に。

「おはよう、マクダウェル」

「ああ。おはよう、先生」

 怖いよ、その声。
 理由は判る。俺が悪いと言うのは良く判るが、もー少しどうにかならんものか。
 一応教師なんだがなぁ、とは心中に留めておく。

「で?」

「近衛に誘われたんだよ」

 ちゃんと、俺が行く事は伝えておくように言っといたんだがなぁ、と。

「聞いてないぞ?」

「ああ。こっちも言ってないとは思わなかった」

 それが同行の条件だったんだし。
 まぁ、それほど……とは考えないでおこう。
 きっとソレは無い。
 多分舞い上がって忘れたとか、そんなオチだろうし。
 待ち合わせの時間までもう少しあるが、さて。

「何か飲むか?」

「……まさか、買い物に教師同伴とは」

「だよなぁ」

 二人揃って溜息。
 何の反応も無い絡繰は、本当に凄いと思う。
 俺がマクダウェルと同じ立場だったら、怒るレベルだ……多分。
 気に入ってる先生なら笑い話にするかもしれないけど。

「マクダウェルと絡繰は紅茶で良いか?」

「……ああ」

「私はコーヒーでお願いします」

「判ったー」

 自分の分のコーヒーも買い、二人に手渡す。
 しかし、

「どうしたもんかなぁ」

「なにがだ?」

「いや、俺が居るのは嫌だろ?」

 しかし、昨日の近衛の状態である。
 ……うーん。
 来てくれって頼まれたしなぁ。
 でも、こう言うのは……本当なら生徒同士、友達同士で解決するべき問題だと思う。
 そういう意味でも、俺は場違いなんだと思う。
 どうしたものかなぁ。

「誰に頼まれたんだ? 近衛木乃香か? それとも神楽坂明日菜か?」

「近衛だけど……なんだ、知ってたのか」

「誰でも判るだろうよ、最近の桜咲刹那を見ていたらな」

 ふむ。
 確かになぁ。
 今まで、優等生然として、あんまり目立ってなかったのに。
 ここ最近は、朝倉や早乙女にからかわれるほどの変化っぷりだもんなぁ。
 誰だってどうにかしたのか、って思うか。

「まぁ、授業サボって逃げるくらいだからなぁ」

 溜息を、一つ。

「そんなに近衛が苦手なのか?」

「まさか。その逆だろうよ」

 好きだから避ける?
 本当に、あの二人に何があったんだか。
 近衛は理由を知らないみたいだし――桜咲何があったんだろう?
 教師側からしたら、早く言う事言って元の鞘に収まってくれ、とも思うが。
 そう出来ない理由があるのか、それとも単に恥ずかしがって言えないのか。
 きっと、桜咲の性格からして、前者なんだろう。
 あまり人に頼る性格でもない。
 どちらかというと、悩み事は自分一人で解決しようとするタイプだ。
 手が掛らない優等生、と言えば聞こえが良いが。
 そういう子だと判ってしまうと、逆に些細な事でも心配になってしまう生徒でもある。
 ま――皆同じ、個性の無い生徒なんて居ないんだが。

「なんだ、結局手を出すのか?」

「手を出すって……まぁ、出すつもりはないぞー」

 そこまでお節介じゃないしなぁ、と。
 もう少し言い様は無いのか、と苦笑してしまう。
 でも……友達の問題は、友達で解決した方が後々良いもんだ。
 大人の力なんて、こういう所じゃ何も役に立たないんだし。
 結局、何が問題なのかは俺は判らないんだしさ。
 だから、大人が手を貸すのは、ほんの少しだけ。
 必要なら、きっと……最後の最後、些細な事で手を貸すだけ。
 早退の事とか、授業の事とか、そんな事で。
 相談に乗ったりもしても良い。
 でも、きっと――俺に出来るのはそれくらいだ。
 こういうのは、大人じゃなくて、友達にしか解決できない問題なのだから。

「じゃあ何でここに居るんだ?」

「……まぁお節介だなぁ」

 でも……いやぁ、自分で認めたくはないもんだな、こういうの。
 軽くショックだ。
 俺って、こんなにお節介じゃないんだがな。
 学生の頃は、結構な面倒臭がり屋だったのだ。
 それに、今も。
 俺の部屋が良い例だ。
 本当にお節介な人と言うのは、きっと身の回りとかも綺麗にしてると思う。俺的に。

「ふん――まぁ、私と茶々丸は構わん」

「なにが?」

「――今日、一緒に居る事が、だ」

「……すまないなぁ」

 本当なら、お前たちに任せて俺は居ない方が良いんだろうけど。
 どうにも……近衛にあんな顔で頼まれたらなぁ。
 流石に断れきれんだろ。はぁ。

「はぁ。昨日断らなかった、こっちもアレだからな」

「はは」

 誘いに行ったのは神楽坂だったから、断らなかったのか。
 そう聞くのは躊躇いがあるが――どうなのだろう。
 なんだかんだで、やっぱりこの二人は仲が良いんだろうなぁ。
 よく一緒に居るし。
 まだクラスじゃ、神楽坂から話しかけないと少し浮いた感じだけど……それでも、以前よりは随分マシだと思う。
 この調子なら、きっとすぐ沢山友達が出来るだろうし。

「先生は、今日は一緒に買い物をされるのですか?」

「うーん。いや、特に買うのも無いから付いて行くだけだろうなぁ」

 それに、余分なモノを買う余裕も無いしなぁ、と。
 というか、あまり物を買うのが好きじゃないし。
 一番の問題として、置くスペースが無い。
 部屋を掃除すればまだ少し違うんだろうが……独身男性なんて、そんなもんだ。多分。

「本当に何しに来たんだか」

「そこは言わないでくれ」

 自分でも良く判ってるから。
 はぁ……改めて言われると、本当に出来る事が無いよな、俺。

「あ、そうだ」

「ん?」

 紅茶をちびちび飲んでいたマクダウェルに視線を向ける。

「私服は初めて見たなぁ」

「……そうだったか?」

「おー」

 休みの日に会う事も無かったからなぁ、と。
 神楽坂達とは何回か会った事はあったが……あと、桜咲も見た事無いな。

「なんか、ドレスみたいなの着るんだな」

「好きだからな」

 フリルが沢山付いた服を着たマクダウェルは、身長の事もあって人形みたいだ。
 そう言えば、家にあった人形も、こんな服ばっかりだったな。
 本当に好きなんだなー。

「もしかして、その服も自分で作ったのか?」

「まさか――ああ、人形達にも似たようなのを着せてたからな」

「しかし、器用だなぁ。あの人形は」

 本当にそう思う。
 一番に思い出すのは、マクダウェルが作ったと言っていた人形。
 俺には作り方の想像すら付かないな。

「そうだろうそうだろう。これでも人形使い――と呼ばれてた奴に教わったからな」

「また大層な名前だな」

 そりゃ凄そうだ、と。
 そう言った時だった。
 少し遠く、人混みを避けるようにこちらに掛けてくるいくつかの影。
 その先頭は、見慣れた髪形だ。

「遅れてごめんっ」

「遅いぞ、バカ」

 友達をそう呼ぶなよ。
 苦笑して、その低い位置にある頭に手を乗せる。

「あまり人をバカバカ呼ばない」

「……ちっ」

 舌打ちだし。

「おはよう、神楽坂」

「おはよー、先生、エヴァ、茶々丸さん」

「おはようございます、明日菜さん」

 さて、と。

「近衛と桜坂は大丈夫か?」

「おはようですえ、先生」

「……おはようございます」

 ああ、ごめん。居てごめん。
 そう内心で、こちらを見上げるように、力を籠めて見てくる少女に謝る。
 桜咲、お前も結構怖いのな……。
 さてと。

「さっさと買い物に行くぞ」

「そう急がなくても良いじゃない。のんびり行こうよ、エヴァ」

「急いで買い物しても、良いものを見逃すだけだぞ?」

「ちっ――」

 そんなに皆と買い物が嫌か?
 そう思って下を見ると、神楽坂に手を握られて困っていた。
 何だ、照れてるだけか。

「何だその顔はっ」

「ん? いや、良い買い物日和だなぁ、と」

「そうですね、先生」

「絶対何か違うだろ、お前ら」

 そうか?
 絡繰に向けていた視線を、近衛に視線を向ける。

「良い買い物日和だよな?」

「そう思いますえ」

 うーん、少し硬いのかな?
 どうしたものかなぁ。

「ま、この人数で止まってるのもアレだし、動かないか?」

 とにかく、会話を弾ませないといけないよなぁ。
 まずはそこからだろう。うん。

「さんせー」

「い、い、か、ら、手を離せっ」

 マクダウェルの手を掴んでいる神楽坂が、こちらを向く。

「先生も一緒に見て回りません?」

「んー」

 なんだ、早速二人っきりにするつもりなのか。
 それもどうだろう。
 ちらり、と近衛と桜咲を見る。
 ……並んで歩いてるのに、喋ってもいないし。
 難しそうだなぁ。
 きっと、今二人っきりにしても今までと同じだろう。
 近衛が喋って、桜咲が逃げる。
 ……それじゃ、意味無いよな。

「桜咲は、何を買う予定なんだ?」

「いえ――着替えとか、後は服を見て回ろうかと」

 いや、それ修学旅行の買い物か?
 まずはこっちからでも、話題を振ってやるべきだろう。
 少しは気がまぎれるだろうし。

「そうね、まずはソレ系を見て回りましょうか」

「そうだな」

「……あ、そうなんだ」

 男とは、基本的に考えが違うのかもなぁ。
 修学旅行中って制服で行動のはずだったんだが……。
 聞いたら旅館で着る用らしい。
 え、そんなのまで選ぶんだ。

「はー……凄いな」

「何がですえ?」

「いや、何となく」

 女の子ってそういうものなのかな、と。
 そう納得しておく。
 そう納得して、少女たちの集団の後を付いて行く。

「大丈夫ですか、先生?」

「自信が無い」

 絡繰から首を傾げられた。







 女の子という生き物は凄い。
 ソレを思い知らされました、はい。

「元気だなぁ」

「まったくです」

 まぁ、女の子の服専門店の入り口の椅子に桜咲と二人で座りながら、いまだに元気な少女達を眺める。
 最初は堅かった近衛と桜咲も、今はもう何時もの通りだ。桜咲は、いつもも無口なのだが。
 ……と言うか、最初から今まで喋りっぱなしで、良く疲れないものだ。
 俺は結構キツイ。
 あれが若さかなぁ。

「しかし、マクダウェルも服には自分の主張をするとは」

 あれには驚いた。
 まぁ、自分で買うものだからそうなのだろうけど……マクダウェルは淡々とするイメージがあったから。
 だから、視線の先で近衛達に服を見たてる姿は新鮮で、意外だった。
 ……我が強そうだとは、思わないでおこう。

「アレには私も驚きましたね」

 だなぁ、と。
 二人で缶のお茶を飲みながら、苦笑。
 しかし、近衛の近くに居ないからって、俺に話しかけてくるのは困った。
 やっぱり俺が居ない方が良かったよなぁ、と。
 完全に逃げ道に俺がなってしまっているのだ。
 これでは駄目だろう。

「近衛が嫌いな訳じゃないんだな」

「――お嬢様から、そう?」

 いや、と。
 ただ――そうなのかな、って思ってた。
 もしかして近衛は桜咲が好きで、桜咲は近衛が嫌いなのかな、と。
 ただの俺の思い違いで良かった。
 だからだろう、こうやって並んで4人を眺めながら、のんびりと話す事が出来た。

「先生」

「ん?」

 しかし、女の事言うのは買い物に時間が掛る。
 コレが良い、コレが良い――でも、手に取った服は元の位置に戻されていく。
 それが続くのだ。
 この調子で、いつまで続くのやら。
 待たされている方は結構きついもんなんだがなぁ、と。
 そんな事を苦笑しながら考えていたら、隣から声。

「……言いたい事があるんじゃないですか?」

「あー……そうだなぁ」

 さて、と。

「月曜、朝一で新田先生と瀬流彦先生に謝ってくれよ? 謝りづらいなら、俺も一緒に謝るから」

「そうじゃありません」

 キッパリと言われてしまった。
 やっぱりか。
 でもまぁ、そればっかりは俺が言う事じゃないし。

「こんな事にまで付いて来てるんです、それが教師として正しいだからじゃないんですか?」

「こんな事なんて言ってやるなよ」

 その物言いが少し可笑しい。
 だって――近衛にとっては、きっと……凄く大切な事なのだから。
 あの子にとって友達の事は、凄く、凄く大切な事なんだろうから。

「近衛だって必死なんだからさ」

「……お嬢様が?」

「ああ」

 だから、こんな事なんて言ってやらないでくれよ、と。
 友達の事で悩んで、悩んで、凄く悩んで、ただの教師にまで相談したんだ。
 きっと神楽坂とかにも相談して、そして俺にまで来たんだ。
 どれだけ自分で悩んだのか――。

「お嬢様に入れ知恵して、こうするように言ったのは先生じゃないですか」

「俺が? ――ああ」

 確かに、そうだ。近衛に仲良くなれる方法を言い、それを実践させた。
 それはただ背を押しただけで、教師として生徒同士が仲良くなって欲しいと……そう思っただけの事。
 でも。けど……最初は、近衛だった。
 仲良くなりたいと、そう言った。
 真剣に。
 だから、その相談に乗った。
 ……最初は、近衛なのだ。
 俺が背を押す前に、あの子は一歩を踏み出していたのだ。
 だからこそ――俺は、近衛と桜咲に、仲良くなって欲しいと……強く思うのだ。

「はは」

「何が可笑しいのですか? 私は、本当に困っているのにっ」

 すまんすまん、と。
 もしかして桜咲は、俺が何か言ったから近衛が行動を起こしたと思ってるのか?
 逆なのに。
 近衛が行動を起こしたから、俺が言ったのに。
 些細な違い。
 でも、きっと何よりも大事な事だ。

「まだまだ、近衛の事が判って無いなぁ、桜咲」 

「……なに?」

 その低い声はマクダウェルを彷彿させる。
 だが、怖いと言うより――拗ねているように聞こえたのは、気のせいか。

「私がお嬢様の事を――」

「おいおい、大声を出すなよ」

 そんな事で慌てる少女を見て、確信する。
 うん。マクダウェルが言ってた通り、この子は近衛が好きなんだな、と。
 マクダウェルの事を話しても適当に相槌を打つだけだったのに
 近衛の事になると、こんなにも慌て、怒る。

「近衛は優しい子じゃないか」

「当たり前です」

 そして、喜ぶ。
 その事実が嬉しくて、そして判り易いこの少女が可笑しくて、また小さく笑う。

「……なるほど、私を怒らせたい訳ですね?」

「まさか」

 酷い誤解だ、と。

「ねーねー、せっちゃん。この服どう?」

「……良く似合うと、思います」

「そ、そう? ありがとー」

「……はい」

 弁解しようとした時に、丁度良く近衛が来てくれた。
 助かった。

「先生、せっちゃんとばかり話してズルイですえ」

「俺には、この店を楽しむ度胸は無いなぁ」

 女の子の服ばっかりだし、と。

「そうなったら変態だな」

 お前は一言多いなぁ、マクダウェル。
 いや、その通りなんだけどな。
 そう苦笑していると、今度は神楽坂。

「いやー、私達の服を選んでくれても良いんじゃないかな?」

「残念だけど、そっちの方も苦手なんだ」

「ま、私服のセンスも並みみたいだしな」

 そう言う事、と。
 一気ににぎやかになった周囲に逃げ、桜咲から離れる。

「しかし、これは旅行の準備の買い物か?」

「うん」

 即答したな、神楽坂。
 俺にはどう見ても、ただショッピングを楽しんでいるようにしか見えないんだが。
 女の子の買い物は長くて疲れるなぁ。

「それで、買うのは決まったのか?」

「うんー、せっちゃんが似合う言ってくれたから、これ買います」

「それは良かったな」

 ぽん、とその頭に手を乗せて小さく撫でる。
 一歩前進――になるのかな?
 まぁ良くて半歩か。

「それで、何でマクダウェルは機嫌が悪いんだ?」

「別に悪くない」

「マスターは御自分が選んだものより桜ざ」

「違うっ」

 あーあー。

「こらこら、絡繰を叩くなよ」

「離せっ」

 店の中で暴れるなよ、まったく。
 絡繰からマクダウェルを引き離し、少し離れた位置まで引き摺っていく。
 ちなみに、後ろから抱き上げるような形である。

「……屈辱だ」

「そこまでか?」

 その一言を聞きながら、大人しくなったマクダウェルを下ろす。
 ちなみに神楽坂は腹を抱えて笑っていた。

「ああ、屈辱だ……」

「そんな悔しがる事じゃないと思うけどなぁ」

「そっちじゃないっ」

 足を思いっきり踏まれた。
 ……声も出せないくらい痛い。
 その場で足を押さえてうずくまってしまう。

「ふんっ」

 ああ、抱き上げた事を怒ってたんだな。
 ……今更気付いても後の祭りだけど。

「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ」

 絡繰に手を借りて、立ち上がる。
 本当はまだ痛い。

「申し訳ありません」

「何で謝るんだ?」

「マスターが御迷惑を」

 ああ、と。

「別に迷惑じゃないから、大丈夫だ」

 言っただろう、生徒が頭を下げる時は、って。

「そうですか?」

「おー、それよりさっさと買い物を済ませてこないか?」

 痛いけど。
 でも近衛も桜咲も神楽坂も笑ってる。
 なら、それで良い。

「この調子じゃ、次の店に行くのが夜になるからな」

「……かしこまりました」

 そして、頭を下げる事無く少女たちを伴ってレジへ。
 うーん。絡繰が一番年上に見えるのは何故だろう……きっと理由は身長だけじゃないな、うん。




――――――近衛木乃香

「機嫌良いわねー」

「えへへ、そう?」

 そう明日菜に言われて、気付く。
 そういや、お店出てからずっと笑ってる気がするなぁ、と。
 せっちゃんが選んでくれた服の入った袋を両手で持ち、胸に抱きながら、やっぱり笑ってしまう。
 嬉しいし。
 ……せっちゃんが、私に似合う言うてくれたから。

「刹那さんもそう思うでしょ?」

「へ? あ……はい」

「そ、そかな? ちょっと抑えた方がええ?」

「い、いえ……その、私は……」

「せっちゃんは、どっちがええかな?」

 ウチ、せっちゃんがあんま笑わん方がええって言うなら、抑えるよ?
 せっちゃんが嬉しい方が、ウチも嬉いし。
 そう言うと、ちょっと困ったような顔。
 う……また少し突っ込みすぎた?
 ぁぅ。この前、先生に言われたばっかりやのに……。

「わ、私は……その、お嬢様には、笑っていてもらえる方が……」

「そう?」

「は、はい」

 そっかぁ。
 良かったわぁ。
 ウチ、笑ってるの好きやし。
 だって、それだけで楽しい気分になれるから。
 嫌な時でも、悲しい時でも、顔が笑ってたら、気分も少しだけ軽ぅなる。
 結構単純なんやと思うけど、それがウチやし。

「お嬢様は、笑ってられる方が……お似合いです」

「……それって、能天気って事?」

「何でそうなるのよっ!?」

 あいたっ。
 明日菜に叩かれてもうた……うぅ。

「ひどいえ」

「う……だって、木乃香があんまりボケに走るから、つい」

 ……ボケてへんのに。
 あんまりや、明日菜。
 そう言うと、今度は明日菜が慌てだす。
 ウチ、明日菜のこんな所、凄い好き。
 すぐに行動して、何時も慌ててばっかりな所。
 それはウチには無い所。
 ウチは考えてばっかりで、全然動けへん。
 頭でっかちの、口ばっかり。
 今も――せっちゃんと2人の話すの、怖いから明日菜に居てもらってる。
 ……ウチも、明日菜みたいに行動出来たらなぁ。

「なぁ、せっちゃん。ウチってボケやないよね?」

「そ、そうですね……はい」

 うぅ、せっちゃんもひどいわぁ。
 何で目ぇ逸らすん?

「ちゃんとこっち見て話してぇ」

 そう言い、せっちゃんの視線の向く方に回り込む。
 その眼を覗き込むように、せっちゃんの前に立つ。

「お、お嬢様……」

「せっちゃん、ウチを見て」

 お願いやから。
 逃げんといて……お願いよ。

「ね、ウチを見て言って?」

「ぅ……」

 でも、そう言ってもその視線はあっちへ行ったり、こっちへ行ったり。
 多分、後ろの明日菜の方も見てるし、もしかしたら少し離れた所の先生も。

「せっちゃん?」

「あ、あー……その、ですね」

 ずい、と顔を近付ける。

「お、おお、お嬢様? 顔が、ですね……」

「だって、これくらい近付けんと、せっちゃんまた目ぇ逸らすやん」

「そ、逸らしませんっ! 逸らしませんから少しですね……」

 えー……でもなぁ。

「せっちゃん、ウチの事ボケ思うてるやろ?」

「そそ、そのような事はっ」

 そこまでせっちゃんが言った時、また頭を叩かれた。
 うー。

「明日菜ぁ」

「あ、あのねぇっ。往来のド真ん中でどんだけ近付いてんのよっ」

「? そんなに近かった?」

「……やっぱり、あんたボケだわ……」

 酷いえ、明日菜。
 そんなしみじみ言わんでも……。
 ウチだって傷付きやすいんよ?
 泣いてしまうわー。

「刹那さんも、言いたい事は言った方が良いわよ……木乃香、言わないと判んないんだから」

「明日菜ぁ……それやと、ウチ空気読めない子みたいやん」

「近いから。微妙に空気読めない時あるから、木乃香」

「……えー」

「えー、じゃないでしょ!?」

 明日菜は可愛いなぁ。
 ウチが何言っても、全力で答えてくれる。
 こんな所が、きっと明日菜が人気あるとこやと思う。
 何にでも自分なりに、まっすぐに。
 そんなとこ、ウチは本当に好きで……尊敬してる。

「なぁ、せっちゃん? ウチって空気読めへん?」

「え、ええ!? き、聞くんですかっ!?」

「ね、せっちゃん?」

 その手をとって、聞く。
 明日菜みたいにまっすぐに、せっちゃんを見て。

「ぅ……」

 昨日まではあんなに遠かったのに、今はこんなにも近い。
 それが、凄く嬉しい。
 でも――ウチはまだ、何でせっちゃんがウチを避けるのか判らへん。
 なんで?
 そう思うけど、聞く事も出来へん……聞いて良いのか、判らんから。
 今のこの距離でも、って思ってしまいそうになる。
 それじゃ駄目だって判ってる。
 でも、踏み込むのが――少し怖い。
 こうやって話せるだけでも、って。

「そ、そんな事は……ないかと」

「ほんま?」

「は、はい」

「……刹那さんの裏切り者」

 ふふん、せっちゃんはウチの味方やもん、と。
 その手を握って、言う。
 言って――そっと、その顔を見る。
 ウチの味方って……言って良い?
 前みたいに、そう思って良い?

「明日菜さん……私は、お嬢様の味方ですから」

 そう言ってくれた。
 ……また、目は逸らされたけど。
 うぅ。
 せっちゃん……それ、本当?
 ちゃんと目ぇ見て言ってほしいよ?
 そう思う事も、勿体無いのかもなぁ。

「えへへ」

 こんなに嬉しいし。
 今は、これだけでも良いや。





――――――エヴァンジェリン

 買い物が終わる頃には、日が傾きかけていた。

「結局、あんまり買わなかったんだな」

「そりゃ、あんまりお小遣いも無いですから」

「……あれだけ悩んだのは、楽しむ為って事か」

「女の子の買い物なんて、そういうもんですえ」

 そうなのかぁ、と。
 酷く疲れたように今日半日を潰された先生が笑う。
 それを少し離れた位置から横目で眺めながら、

「お前は混ざらないのか?」

「……私には、その資格はないですから」

 そうか、と。
 結局、今日一日先生に隠れてばかりだったな。
 折角の貴重な時間だったと言うのに、無駄にした気分だ。

「こうやって、眺めているだけでも幸せです」

「それじゃ、なにも守れないがな」

「……修学旅行の時は、もっとお傍に居る」

 はぁ、と。
 筋金入りだな、この馬鹿は。

「一つ、予言してやろう」

「――何をですか?」

「お前はきっと、必ず後悔するよ」

 今のままだったらな、と。

「…………しません」

「は。すぐに返事が出来ないなんて、自分でも判ってるようじゃないか」

「そんな事は――っ」

 クツ、と。
 笑う。笑ってしまう。

「弱いくせに一人前に言うなよ、半人前以下が」

「なん―――」

「今のままじゃ、お前は近衛木乃香を失う。必ずだ」

 そして後悔する、と。
 傍に居る? 護る? 馬鹿らしい。
 それだけで護れるものがどれだけしかないと言うのが判っているのか。
 それだけで護れるものが下らない表面だけだと、何故気付かないのか。

「今のお前じゃ近衛木乃香は護れない」

 そして、と。

「私は、本心は別に、あの娘がどうなろうがどうでも良い」

 修学旅行さえちゃんと行ければな、と。

「あまり煮え切らん態度だったら、どうなっても知らんぞ」

「だが、私が居てはお嬢様も不幸に――」

「――は。お前程度の存在が、誰を不幸に出来るものか」

 鼻で笑ってやる。
 自身の境遇に怯え、周囲に怯え、人に怯える化生。
 良く判るよ。
 私もそうだった。
 バケモノに変った時の私がそうだった。
 だから、良く判る。
 ……そして、

「お前は、近衛木乃香がどんな存在かまるで判っていないな」

「なっ」

 待っていろ、と言い残し先生の元へ。

「先生」

「ん?」

「桜咲刹那を借りて帰るぞ」

 三人で談笑していた先生にそう告げる。
 その意図を察したのか、近衛木乃香は黙り、先生と神楽坂明日菜は、
 
「あー、判った」

「おっけー、私は先に帰るねー」

 ……はぁ。
 お前、絶対勘違いしてるだろ、神楽坂明日菜。

「神楽坂明日菜、まっすぐ帰れよ?」

「また子供扱いっ!?」

「それと、何度も言うがぼーやにオコジョからは――」

「目は離さないから大丈夫だってばっ!」

 なら良いが。
 お前、今日の事も言って無かったじゃないか、と。

「い、いや……それはエヴァを驚かせようとー」

「こっちを見て話せ、バカ」

「ぅ……せ、先生じゃねー」

 ……逃げたな。
 まったく。
 言う事を言っておけば良いだけなんだがなぁ。

「そう神楽坂を苛めてやるなよ」

「ふん。ちゃんと言う事を言わないアイツが悪い」

「それを言われると、庇い様が無いなぁ」

 ま、それは別にどうでも良いがな。
 こんな平和な時間だ、これくらいの驚きがあってまだ足りないくらいだ。

「近衛木乃香」

「は、はい」

 桜咲刹那の名に固まっていた、少女に視線を向ける。
 ……まったく、と。
 小さく溜息を一つ。

「アレは臆病者だ」

 ついで、桜咲刹那を指差しそう告げる。
 その先で、聞き耳を立てていたのだろう、驚いた表情を浮かべる桜咲刹那。
 ……アレも、大概だな。
 そんなに気になるなら、それこそもっと寄ってくれば良いだろうに。
 そんなだから、お前は近衛木乃香を……肝心な時に守れないと言うのだ。
 はぁ。
 護れなかった時の後悔を――お前は、本当に受け入れられるのか?
 無理だろうに。

「仲良く――いや、アイツの秘密を知りたいならもっと踏み込むべきだったな」

「そ、そう……?」

 ああ、と。
 あちらから近づかないなら、こっちを近付けるだけだ。
 近衛木乃香から桜咲刹那を離すのは、護衛という点から厳しい。
 それに、運が良ければ――もしあの臆病者が心を開いたら……

「喋れるだけで満足するな。修学旅行中、アイツは貸してやるから好きにしろ」

「いや、班分けは出来てるんだが」

「そう堅い事を言うな。どうせ、生徒が好き勝手動くだろうが」

 溜息が、一つ。
 大体、今日のこんな買い物に付き合わされたこっちの身にもなってみろ。
 折角の休日が、神楽坂明日菜との買い物などと。

「まぁ、自由時間くらいなら見逃すけど」

「それで十分です先生っ」

 おーおー、気合が入った事だな。

「それじゃ、私達は帰るぞ」

「ああ。んじゃ、近衛……送るか?」

「いえ――」

 そう断り、近衛木乃香は桜咲刹那の方へ走っていく。
 それを目で追い、

「なんだ、マクダウェルもあの二人の事考えてるんだな」

「そういうものじゃないさ」

 ああ。私は修学旅行の為にあの二人の関係を利用しているだけ。
 私の時間を少しでも作るため、少しでも安全を確保しているだけ。
 ただ、それだけの事。

「そうか?」

「そうだ」

 短い言葉の遣り取り。
 ただ、

「なんだ?」

「いやいや」

 何を勘違いしたのか、その男は笑い、私の髪を撫でるように手を置いてくる。
 大きな手だ。
 この私を、真祖の吸血鬼を――知らないとはいえ、悪人である私を、信用しているのだろう。
 まったく。
 神楽坂明日菜と言い、先生と言い。
 どうしてこんな私を信じられるのか。
 ……はぁ。

「髪が乱れる」

「お、すまん」

 乗せられた手を叩き、二人が別れの言葉を伝えあっている方へ向けた視線を、少し閉じる。
 ……桜咲刹那。
 お前はもっと、自分が恵まれていると知るべきだ。
 どれだけ不幸で、自身が許されない存在だとしても――それでも、恵まれていると。
 人として生き、人と共に過ごし、人と死ねる。
 それが、どれだけ幸せか。

「明日から修学旅行だなぁ」

「そうだな」

「きっと楽しいぞ」

「……そうだな」

 そうだといいな、と。
 15年ぶりの“外”だから。
 色々と問題もあるが……それでも、楽しみたいものだ。

「それじゃ、旅行先でもよろしく頼む」

「おー。でも、あんまり面倒は起こさないでくれよ」

 は。

「それは難しいな」

 そう言い、笑う。
 ああ、難しい――。

「あのなぁ」

「その時は、先生に色々頼むかな」

 溜息。
 そして、笑われた。

「ま、しょうがない。先生だからなぁ」


 


――――――今日のオコジョ――――――

「ふん――結局ぼーやとは仮契約しないのか」

「ああ……やはり、その……」

 な、なんだってーー!?

「わ、わたしは……」

「なに言ってるんだ嬢ちゃん!? 今しないでいつするって」

「黙れ」

「はい」

 この儚いオコジョの身が憎いぜ。
 しかし兄貴、別荘の中で本ばっかり読んで魔法の勉強とは憎らしいぜ。
 兄貴の使い魔(友達)であるオレっちも鼻が高いってもんよ。

「私は、お嬢様の剣になると……決めていますから」

「……ふん。そのお嬢様を信じ切れてないくせに良く言えるな」

 ま、マジで?
 お……女同士って事か?
 しかもあの顔……た、ただの仮契約じゃすまねぇ予感がっ。

「よし。オイ小動物、ぼーやは別荘か?」

「あ、ああ」

「桜咲刹那、来い。お前とぼーやには戦い方を覚えてもらわないと話にならん」

「あ、ああ……その、ありがとうございます」

 おーい。オレっちはー?
 あれ? 助言者だよね、オレっち。
 あるぇー?

「ご飯です、オコジョさん」

「おう、すまねぇロボっ娘」

「いえ」

 オレっちは寂しいぜ、兄貴ー。
 この前夕日に向かって一緒に走った絆はどこに行ったんだーーー



[25786] 普通の先生が頑張ります 19話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/11 21:53

「おはようございます、新田先生、葛葉先生」

 俺が集合場所になっている駅に向かうと、もうすでにいくつかの見慣れた影があった。
 ……一応1時間前には来たんだけど、もう少し早い方が良かったか。
 次に同行する時はもう少し早く来ないとな、と考えながら挨拶をする。

「おはようございます、先生。早いですね」

「おはようございます」

 新田先生に早いって言われてもなぁ。
 苦笑いで応え、荷物を床に置く。

「やっと修学旅行ですね」

「やっとって……これからが本番ですよ?」

 いやまぁ、そうなんですけど。
 俺としては初めての修学旅行なのです。
 出発すら、不安でいっぱいなのだ。

「準備とかも大変だったんで……」

「そう言えば、先生は修学旅行に行くのは初めてでしたね」

「はい。今年初めて副担を任せてもらえたもので」

 楽しみなんですけど、不安で、と。
 そう言うと二人から笑われてしまった。

「生徒達より緊張してるじゃないですか」

「はは、昨夜はあんまり眠れませんでした」

 何だかんだ言っても、生徒を数日学園外で預かる事になるのだ、何かあったら、と考えてしまう。
 事故したり、何か問題に巻き込まれたり。
 考え出したらキリが無い。
 お陰で少し寝不足である。

「出先で寝られても困るからね?」

「は、はい。気を付けます」

「そう堅くならなくてもよろしいでしょうに」

 そう、葛葉先生に苦笑交じりに注意されてしまう。
 ははは、と。
 こればっかりはどうにも。
 まぁ先輩教師が居る事だし、と思う事にすれば……まぁ、少しは楽かな?

「ちょっと飲みもの買ってきます、何か飲みますか?」

「それじゃ、お茶を貰おうかな」

「私もお茶で」

 判りました、と。
 少し落ちついて、飲み物でも飲もう。
 苦笑し、人数分のお茶を買い戻る。

「おはようございますっ」

「あ、おはようございます、ネギ先生」

 戻ると、二人と一緒にネギ先生も来ていた。
 ありゃ、擦れ違いだったか。

「あ、どうぞ。ネギ先生も何か飲みますか?」

「え? 良いんですか!?」

 朝から元気だなぁ、と。
 俺もこの元気の半分でも分けてほしいものだ。

「ええ。それで、なに飲みます?」

「そ、それじゃミルクティーで」

「はい。少し待ってて下さい」

 よっぽど京都が楽しみだったんだろうなぁ、あの様子だと。
 苦笑し、自販機のボタンを押す。
 ……あ。
 間違えた。

「はぁ」

 まぁ120円くらい良いか、と思いもう一本。
 今度はちゃんとミルクティーを買う。
 うーん……お茶、誰か飲むかな?
 自分の分も合わせて計3本の缶を持って戻る。
 ま、新幹線の中で飲めばいいか。

「一本間違えてしまいました」

「幸先悪いですね」

 うぅ、言わないで下さいよ、葛葉先生。
 気にしてるんですから。

「はは――はい、ネギ先生もどうぞ」

 ふぅ。

「先生、大丈夫ですか?」

「はい?」

 何がですか、と。
 低い位置にある顔に視線を向けると、心配そうに見上げられていた。

「いえ、疲れているようなので」

「あー……」

 そこで笑わないで下さいよ、二人とも。
 まったく。
 そんなに顔に出てるかな?
 ……生徒達が来る前に、もう一回顔洗いに行った方が良いかもなぁ。

「まぁ、少し寝不足でして」

「先生がですか?」

 何でそこで驚きますか。
 俺だって緊張するんですよ?

「はは。まぁ、これでも修学旅行に生徒と行くのは初めてなんで」

「僕もですよっ」

 そりゃ新任1年目で担任まかされるなんてありませんから、初めてでしょうと苦笑してしまう。
 楽しそうだなぁ、と。
 俺が何か言って緊張させたりしてしまうのも悪いし、

「京都は初めてなんですよね?」

「はいっ、ずっと楽しみだったんです」

「確かに、京都は外国の方から見たら異文化の最たる街ですからね」

 とは葛葉先生。
 そう言えば、

「葛葉先生は京都の出身でしたね」

「はい」

「いつも、京都への修学旅行の時はお世話になってますからね」

 ネギ先生も、京都に行く前に色々聞いておくのも良いかもね、と。
 そうなのか……ふむ。

「やっぱり、旅行先だと生徒たちの相手って……」

「それは、まぁ――御想像通りかと」

 ですか。
 それにウチのクラスは……元気が有り余ってるからなぁ。
 もう苦笑するしかない。
 そんな事を話していたら新幹線の出発まであと30分ほどになっていた。
 そろそろ生徒達も駅に集まり始める頃だろう。
 職員である俺たちは、それより早く来ないといけないと言うのは判るのだが。
 だが、だ。

「早く来たなぁ、お前ら」

 もうすでに来ている2人を見る。
 マクダウェルと絡繰。
 うん。

「……良いだろ。いつもの登校の時間に目が覚めたんだ」

「まぁ、集団行動で時間前に行動してもらえると助かるしな」

「おはようございます、先生。今日からよろしくお願いします」

 そう言って、軽く一礼。
 礼儀正しいなぁ、絡繰は。
 クラスメイト全員がこうだと良いのに……まぁ、アレも一つの個性か。

「時間はまだあるし、どっかに座って待ってろよ」

「そうさせてもらうよ」

 そうしているうちに、生徒達が駅にやってきた。







「それじゃ、班ごとに分かれて……分かれたら班長連絡に来てくれ」

「連絡は僕の方にお願いしまーす」

 出発十数分前には全員が揃っていたので、点呼をとる事にする。
 しかし賑やかなもんだ。
 傍を通る出勤途中の方々の視線が痛い事……もう笑うしかないなぁ。

「全員来てましたか?」

「はい。それと、皆さん席にちゃんと座ってもらえるように言っておきました」

 それはまぁ、新幹線が移動しはじめたら意味も無いでしょうけどね、と。
 お互いに苦笑してしまうが、まぁそこはどこのクラスも同じだろう。

「……それで、何で揃って枕持ってきてるんだ?」

 そんなネギ先生の隣に居たのは宮崎に綾瀬、和泉だ。
 その手には、何故か枕が持たれてるんだが……。

「いえ、枕が変わると……」

「寝れなくなるので、マイ枕持参です」

「ウチもや」

 なるほどなぁ。
 確かに、環境が変わると寝れない人もいるしな。

「その大事な枕は落とさないようにバッグに入れとくように」

「は、い」

「判りました」

「はーい」

 よろしい、と。

「それじゃ、宮崎さん達も席に座ってもらって良いですか?」

「は、はい……ネギ、先生?」

「はい? なんですか?」

「よろしく、お願いします」

「はいっ」

「――――――っ」

 おー。
 顔真っ赤だな……。

「のどか、元気です」

「元気やねー」

「だなぁ」

「??」

 神楽坂や雪広、次は宮崎か。
 ……中学生って、異性の教師に憧れたりするもんなんだろうか?
 そう言えば、瀬流彦先生も前似た様な事言ってたような?
 うーん。

「ま、いくら旅行だからって、あんまり羽目を外さないようにな?」

「判ってるです」

「了解や」

 本当かなぁ。
 疑わしいが、まぁそれも修学旅行の醍醐味なのかもな。
 まぁ、綾瀬はその辺りは……大丈夫だろう。うん。
 早乙女よりは信頼できるし。

「ほーら、お前らそっちじゃなくてこっちだぞー」

 間違えてなのか、それとも意図してなのか。
 別の車両へ行く生徒に声を掛け、ちゃんと誘導していく。
 最初だけでも、決められた席に座ってくれよ、と。

「ささ、ネギ先生こちらへ」

「い、いえっ。僕にはまだ仕事がっ」

「……ゆーきーひーろー」

「あ」

 まったく、油断も隙も無いやつだなぁコイツは。
 少しネギ先生から目を離した隙に、何をやってるんだか。

「また、あやかったら」

「止めてくれよ、那波……」

 はぁ。

「ほら、さっさと席に行きなさい」

 パンパン、と手を叩いてネギ先生の隣に立つ。

「う……まぁ、見回りに来た時に」

「……お前の班には俺が見回る事にするか」

「酷いっ」

 酷くはないだろ、まったく。
 こっちも、仕事だからなぁ。
 お前には悪いが、ネギ先生にも迷惑というモノがあるのだ。
 すまないなぁ。

「はいはい、那波?」

「ほら、行くわよあやか。あんまりワガママ言わないの」

「はい。まぁ、先生にご迷惑を掛けるのは本意でありませんし」

 そりゃ良かった。
 修学旅行中さっきのノリだったら、対応に困ってしまう所だったぞ。
 苦笑し、その背を見送り、

「相変わらず大変そうですね、先生」

「ん?」

 おー、長谷川か。

「ま、先生だからなぁ」

「……ふーん」

 ふぅ、忙しいな。
 後来てないのは……

「先生、おはよーっ」

「おー、神楽坂。ちゃんと遅刻しなかったな」

「う、流石にこんな日までギリギリまで寝てませんよ」

 はは、と笑い通路の脇に退く。

「ま、お前もはしゃぎ過ぎないようにな」

「はーい」

 っと。

「おはよう、近衛、桜咲」

「おはようですえ、先生」

「おはようございます、先生」

 お、朝から一緒なのか。
 この前より、随分と仲良くなったなぁ。
 うんうん。良い事だ。

「気合入ってるなぁ、近衛」

「はいっ。今日からよろしくですえ、先生」

「……お嬢様、行きましょう」

 手を振っている近衛とは対照的に、桜咲は若干表情が硬い。
 やっぱり、そう簡単にはいかないか。
 頑張れよ、近衛。

「ふむ、中々刹那も大変そうだね」

「うぉ」

 いきなり傍に立つな、龍宮。
 びっくりしたぁ。

「すまないね、先生」

 いや、面白がってるだろ? まぁ良いけど。

「龍宮も応援してやってくれないか?」

「そりゃ勿論。あの堅物な刹那がどう変わるか、面白そうだ」

「……動機が不純だなぁ」

「欲望に忠実なのが人間さ」

「はぁ。ま、早く席に行ってくれ」

「ああ。それじゃ先生、これからよろしく」

 うーん……今頃の中学生って、何か色々凄い。
 龍宮、お前中学生に見えないぞ。







 客室内は賑やかだった。
 いや、比喩ではなく。

「元気なもんだ」

「まったくだな」

 それと、だ。

「なんでこっちに居るんだ? 皆と喋ってくればいいのに」

 神楽坂とか、近衛とか。
 昨日はあんなに楽しそうだったのに、と。

「ふん、邪魔をするのも悪いだろ」

「そうか?」

 別に邪魔だとは思わないだろうけど。
 特に近衛と桜咲の所は誰か真ん中に立つ人が必要だろう。
 後で様子見に行くかぁ……でもなぁ、お節介すぎるかな?
 ネギ先生は、なんかカードゲームに夢中になっていた。
 ……あー言う所は、年相応だよなぁ。
 まぁ、今は特にする事も無いから、生徒を見てくれてて助かるし。

「そんなに景色ばかり見て、楽しいか?」

「ああ。新鮮だな」

 そうか?
 まぁ、こういう時に見る景色はまた違ったように感じるけど。
 対面に座ったマクダウェルにならう様に、窓から外の景色を見る。
 うん。早い。
 こんな所は、大人は損してるんだろうなぁ。
 そう思い、苦笑してしまう。
 感受性というか、何と言うか……きっと、マクダウェルはそういうのが豊かなんだろうな。

「ふむ」

 そう思いながら、視線を前に。
 何と言うか……本人は認めないだろうが、凄く楽しそうだ。
 楽しそうと言うか、感動していると言うか――年相応に見えた。
 こんな顔もするんだなぁ、と。
 普段の毒舌やらどこか達観したような感じは無く、ただ純粋に楽しんでいる。
 そんな感じ。

「先生、何か飲まれますか?」

「ああ……じゃなくて。絡繰も皆の所に行ってきて良いぞ?」

 マクダウェルは見とくから、と。
 それに首を振り、

「いえ……コーヒーでよろしいですか?」

「そうか? まぁ、いつでも行って良いからな?」

 それじゃ、コーヒーで、と。
 そんな騒がしい周囲の中の、のんびりした空間。
 少し、眠い。
 昨日はあんまり寝れなかったからなぁ。

「眠そうですが、大丈夫ですか? どうぞ」

「あー、すまん」

 自前の保温ポットで用意されていたコーヒーを受け取る。
 香りからして、結構良いヤツっぽい気がする。
 それを一口飲み。

「美味いなぁ」

「ありがとうございます」

 少し、眠気が飛んだ。
 更にもう一口。うん、美味い。
 コレがあるなら、京都まで寝ないで大丈夫かもしれないなぁ。
 いやしかし、本当に美味い。
 缶コーヒーじゃ、この味は無いな。
 
「絡繰が淹れてきたのか?」

「はい。紅茶もありますが?」

 いや、と。
 俺はコーヒー派だし。眠気覚ましにはちょうど良いし。
 そうやってのんびりしていたら、一人の生徒がこっちに来る。

「あ、先生。ミカンどうです?」

「朝倉か。お前から勧めてくるなんて珍しいなぁ」

「いやー、えへへ」

 そう言って、俺の隣に座る。
 ん?

「なんだ」

 ……ああ、そう言う事か。
 その片手には、デジタルカメラ。
 そして、俺の正面には普段では見れないマクダウェル、と。

「ま、いいか」

 ミカンの皮を剥きにかかる。
 怒るだろうか?
 まぁ、ミカン半分で許してもらおう。





――――――エヴァンジェリン

 まったく。

「屈辱だ」

「そうか? ほら、ミカン半分やるから機嫌直せよ」

「あ、先生と二人で映る?」

 アホか。
 その手からミカンを全部奪い、一欠片を口に含む。
 ん、中々旨いな。

「まだこの仕事をクビになりたくないから、勘弁してくれ」

「へ? これくらいじゃ大丈夫でしょ」

「いやいや、今の時代どんな事でクビになるか判らないもんだ」

「まぁいいや。後で焼き増そうか?」

「いらん」

 はぁ。

「折角の修学旅行なんだから、溜息ばっかり吐いてちゃ楽しくないよー、エヴァちゃん」

「そうだそうだ、言ってやれ朝倉」

 お前は……はぁ。

「良いんだ。私は一人で、のんびりと、静かに旅行を楽しむ」

「ほう、それは3-Aへの挑戦状とみた」

「どうしてそうなるっ」

 ああ、頭が痛い。
 あまり目立ちたくないと言うのに。
 だからこうやって、先生の傍に居て、隠れていたんだが。

「ふふふん……ま、いいや」

 他の人も映してこよー、と去っていくマイペース娘。
 まるで台風だな。
 ……忘れるか。

「大変だなぁ」

「誰の所為だっ」

 あのパパラッチが来たなら教えてくれていいだろうに。
 ああいう空気を読まない奴は苦手だ、本当に。

「いや、良い記念になるだろ」

 今度焼き増ししてもらえよ、と。
 誰がしてもらうか。

「中学3年の修学旅行なんて、一生に一回だからな」

「……ふん」

 そんなの言われなくても判ってるさ。
 もう一度、視線を窓に向ける。
 出発したばかりの時は人工物が目立ったが、いまは緑の方が多い。
 美しい景色だ。本当に。
 15年ぶりの外は、本当に新鮮で――綺麗だ。

「あまり私の邪魔をするな」

「判った判った。今度朝倉が来たら教えるよ」

 そう言いながら、コーヒーを口に含む。

「茶々丸、ウチにコーヒーなんかあったか?」

「はい。用意いたしましょうか?」

「ああ」

 私は紅茶ばかりなんだが……。
 まぁ、偶には良いか。
 茶々丸から渡されたそれを飲み、

「砂糖とミルクはあるか?」

「はい」

 苦いな。
 いくら年月を経ても、味覚とかは10歳のままだからな。
 食事とかで多少の慣れはあるだろうが、ブラックは苦い。
 よくこんなのが飲めるもんだ。

「マクダウェルには、まだ早かったか」

「ふん。糖分は疲れた頭にちょうど良いんだよ」

「なるほど、確かに」

 笑われた。
 ……くそ。
 それに味覚にもあまり良くないんだ。
 あと、胃にも優しくないしな。
 つまり、ブラックなんて、良いもんじゃないという事だ。

「私は、ブラックの方が美味しいと思います」

「そうか? と言うか、絡繰はブラック大丈夫なんだな」

「はい」

 そうなのか?

「お前がそう言うなんて珍しいな」

「そうでしょうか?」

 ああ。
 記憶している限りじゃ、そう言った事は一度も無いはずだが。
 ふむ……まぁ、私の知らない所で何かあったのかもな。
 それはそれで良い事だ。
 口元でだけで笑い、砂糖とミルクを入れたコーヒーを飲む。

「あ、エヴァが美味しそうなのを飲んでる」

「……はぁ」

 またうるさいのが……。

「いきなり溜息って酷くない!?」

 そうか?
 っと。

「お前、それ……」

「しょうがないじゃない。私が目を離すと、皆変な食べ物食べさせるんだから」

 その手には、例のオコジョが入ったケージが持たれていた。
 まったく……。
 ぼーやは何をやってるんだか。
 ちゃんと面倒を見てないと、後で後悔する事になるぞ?

「お、ネギ先生のオコジョ」

「そう。カモって言うの」

「おー」

 しかし、やたらぐったりしてるな。
 何か食べさせられたのか?

「あんまり、触らない方が良さそうだな」

「今はちょっと……あ、茶々丸さん、私もコーヒー良いかしら?」

 砂糖とミルクも、と。
 はぁ。

「きゃーーーーっ!!」

 そして、私ののんびりとした時間は終わりを告げる。







「誰かのいたずらかな?」

「……どうだろうな」

 前乗っていた奴が忘れたのかもな、と。
 先生の手に持たれている透明なゴミ袋の中には、気色悪いカエルが……数えるのもおぞましいほど入っている。
 これだけの数が揃うと、流石に気色悪いな。
 しかし……まさか、本当に一般人に手を出してくるとはな。
 敵ながら、油断ならんヤツかもしれん。
 ……もしくは、ただの遊びか。
 まぁ、これで“敵”が居ると言うのは確定した訳か……憂鬱な事だ。

「一応、アナウンスしてもらえるように言ってくる」

「ああ」

「あーーーーっ!?」

 今度はなんだ?
 声はぼーやだったが……。

「ま、待てーっ!」

 ああ、まったく。
 次から次に。
 別の車両に向かって走っていくぼーやを目で追い、視線を桜咲刹那に向ける。
 視線が合う。
 首を横に振り、ぼーやの走っていった方に足を向ける。
 お前は近衛木乃香の傍に居ろ、と。

「茶々丸、来い」

「……はい」

 今回は後手に回ったか……まぁ、特に問題はなさそうだが。
 あとで近衛木乃香に何か細工がされてないか、確認しとかないとな。
 傍には桜咲刹那が居たから、大丈夫だと思うが。
 一応、私も確認した方が良いかもな。

「ぼーやには私が言っておくよ。ついでにトイレに行ってくる」

「あ、ああ……まだカエルが居たのかな?」

「さぁな。とにかく、その気色悪いのをどうにかしてくれ」

 忌々しくさえあるソレを見る。
 くそ……折角の旅行を。

「行くぞ」

「それでは、先生失礼します」

 そのまま、別の車両へ。
 式、と言うやつか?
 見た感じ、アレだけの魔力ならもう少し実体化してられるはずだから先生にはばれないだろう。
 本当なら私が処分しておきたい所だが、そう言いだしたら不自然だしな。
 茶々丸や桜咲刹那でも同じだろう。
 あれだけの騒ぎだ、瀬流彦か葛葉刀子の方で気付いているはずだ。
 そっちで対処してもらおう。
 それより、だ。

「こら」

「いたっ」

 人前で杖を抜いていた愚か者の背に蹴りを入れてやる。

「何をやってるんだ、ぼーや?」

「え、エヴァンジェリンさん!?」

「もしかして、また人前で杖なんて使おうとしてたんじゃないだろうな?」

「あ……すいません。でも、親書が!」

 はぁ。
 周囲に視線を向ける。
 ……人の行き来はまばらだし、今は大丈夫か。

「茶々丸、親書を」

「はい」

 茶々丸の懐から出された一通の手紙をぼーやに渡す。

「あ、あれ?」

「あのなぁ、ぼーや? 親書なんて別にどうでも良いんだよ」

「へ? で、でも」

 はぁ、まぁわざと言ってなかったから仕方が無いか。

「今回の件は、英雄の息子であるぼーやが呪術協会の総本山に行くのが大切なんだ」

「え?」

「そんな紙切れは、形だけと言う事だ」

 渡しさえすればいいんだよ、と。

「何回奪われようが、何枚失おうが、お前が渡しさえすれば、それが“親書”だ」

「えっと……もしかして?」

「ああ。じじいに用意させてある、どんどん奪わせてやれ」

 さっきも必死に追った所を見られただろう。もしかしたら油断するかもな、と。
 まぁさっきのカエルを見る限り、どうにも雲行きが怪しいがな。
 まさか、京都へ向かった5クラス150人強全員に目を配る訳にもいかない。
 そっちは瀬流彦たちに任せるか。
 ……じじいの仕事不足だ、過労で倒れても文句は言うなよ。

「落ち付け。人前で魔法は使うな。私に迷惑を掛けるな。判ったな?」

「は、はい」

 近衛木乃香には桜咲刹那が離れずにいるから大丈夫だろうが……。
 はぁ、これじゃ先が思いやられるな。
 ――旅館も安全じゃないな、この調子じゃ。






――――――今日のオコジョ――――――

 い、いかん。
 これはいかん。
 まさかこんな白昼堂々、一般人の前で手を出してくるなんてっ。

「あー、びっくりしたねー」

「まったくアル。でも、良い訓練になったアル」

「クーフェイは何でも訓練にするでござるな」

 しかし……さすが兄貴のクラス。
 あの異常事態にまったく動じてねぇ!
 ……オレっちの方が驚きだよ。
 すげぇ、いろんな意味ですげぇぜ。

「きゅう」

「夕映!? 大丈夫!?」

 凄いのと普通のの差が激しいクラスだぜ。

「所で、カエルとオコジョってどっちが強いアル?」

 姉御!? 明日菜の姉御!! 早く迎えに来てーーー!!!




[25786] 普通の先生が頑張ります 20話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/27 23:23
 ふはぁ。
 バスから降りて、最初に出たのは溜息のような呼吸だった。
 疲れたような、そうじゃないような。
 そんな事を考えながら3-Aを乗せてきたバスから、続いてネギ先生が下りてくる。

「わー、ここが清水寺ですかっ」

「ええ。さて、と……」

 まずは点呼取って、班ごとに分けて、と。
 やる事は決まってるんだが、なにぶん初めてなのでどうにも要領良く出来ない。
 クラスの子たちも早く移動しようとして、こっちの話半分しか聞いてないみたいだし。
 思い出すのはバスに乗る時の事。
 席の場所と言うだけでも他のクラスより揉めたものだ・
 ……新田先生達は本当に凄いと思う。
 皆ちゃんと言う事聞いてたし。

「それじゃ、班ごとに点呼取って、先生に教えてくれ」

 バスから降りた少女達にそう言い、修学旅行のしおりを開く。
 一応内容は大まかに覚えているけど、もう一度確認。
 このまま夕方までここか。
 そして、次は旅館、と。
 ……ここを乗り切れば、今日は大丈夫……かな?
 ――こいつらが旅館で大人しくしててくれると良いんだけど。
 苦笑し、各班長からの報告を受ける。

「夕方の4時まで自由時間です。ちゃんと節度をもった行動をするようにお願いしますっ」

「判りましたっ」

 相変わらず、雪広は元気が良いなぁ。
 律義に手まで上げてアピールしてるが、その姿は何時もの優等生然としたものじゃない。
 ……ま、修学旅行だし。少しくらい羽目をはずすのも、アリなのかな。

「見回りの先生達もいるし、目を付けられたら旅館で大変だからな?」

 はーい、と言う元気な声。
 まったく……新幹線の中と言い、元気なもんだ。

「それでは、今から自由時間です。皆さん楽しんで下さいね」

「それではネギ先生っ、一緒に回りませんかっ!」

「……雪広?」

「あ」

 またか、お前は。
 頭痛を感じ、目頭を指で押さえる。
 他のクラスの皆も苦笑している。

「またいいんちょはぁ」

「あやかったら」

「那波、長谷川、よろしく頼むな」

「ええっ!?」

 ネギ先生を後ろに隠し、同じ班の那波と長谷川に雪広を任せる。
 俺たち教師もある程度自由に動けるが、流石に同じ生徒につきっきりと言う訳にもいかないしな。
 でも、雪広のその行動で皆が和んだしそう悪くは思えないよなぁ。

「何かあったら、ちゃんとネギ先生の携帯に連絡するようにな?」

「わかったアル」

「それじゃ」

 そう元気良くバスの周りから移動する少女たちの背を見送る。
 はぁ。

「疲れてるようだね」

「あ、はは」

 そう声を掛けてきたのは、普段通りと思える新田先生だった。
 元気と言うより、慣れかな?
 俺もこうありたいもんだ。

「皆元気で」

「そうみたいで」

 苦笑されてしまった。
 ちなみに、ネギ先生は気付いたら居ない。
 多分誰かに連れていかれたんだろう。
 大丈夫かなぁ、とも思うが折角の修学旅行だ――ネギ先生も楽しんでくれると良いな。

「折角の修学旅行なんですから、楽しんだら良いのに」

「いやー、どうにも」

 葛葉先生も。
 心配されてるなぁ……恥ずかしい。
 どのくらいまで注意して良いのか、測りかねている。
 注意し過ぎても楽しくないだろうし、でも注意しないと悪乗りするし。
 伸びを一つして、息を深く吐く。

「始まったばかりですから、もっと余裕を持った方が良いですよ?」

「教師が先生一人ってわけでもないんですから」

 そう言われてしまった。
 あー……なんか、今日はこの二人の先輩に迷惑しか掛けてないような気がする。

「はい、頑張ります」

「よろしい。それでは、見回りを頑張って下さい」

 現金なものだな、と。
 不安、ではある。
 だけど、こうやって葛葉先生に一つの指示を出してもらうと、少し楽になる。
 まずは見回りを頑張るか。

「はっはっは、若いって良いですなぁ」

「いやー、若いって言うほどでも……」

「ほぅ」

 あ。
 ちなみに、俺は25で、葛葉先生は――。







「京都ぉーっ」

「ここがあの有名な」

 元気だなぁ、本当に。
 清水の舞台――清水寺の本堂でそう叫んでいるのは鳴滝姉妹。
 それを遠目に眺めている少女達の一団に混じる。

「うは、凄い眺めだなぁ」

「高いです」

 だなぁ、と。
 気付いたら隣に綾瀬とザジが居た。

「………………」

「いや、何だ?」

 流石に、ここでもジェスチャーとは。
 ええっと……。
 本堂の方指して、何? 踊るの?

「……ここで踊る?」

 首が縦に振られる。

「いや、踊ったら他の人に迷惑だからな?」

 横に振られた。
 なんだ、ザジが踊るんじゃないのか。
 ええっと……。

「ここで誰か踊るのか?」

 頷く。
 と言う事は、だ。

「ここで、昔の人は踊ってた?」

「正解……」

 おお、喋った。
 いや喋れる事は知ってるけど、ちょっとした感動だな。

「……凄いです」

 どうやら、綾瀬は正解出来なかったらしい。

「……そう?」

 いや、判りにくいから、ザジ。
 でも自分でも凄いと思う。
 まさか正解とは。

「ちなみに、本来は本尊の観音様に能や踊りを楽しんでもらうための装置です」

「……綾瀬も凄いな」

 褒めたら嬉しそうだった。
 ふぅん、こんな表情も出来るんだな。俺もちょっと嬉しい。

「有名な「清水から飛び降りる気持ちで――」というのは、生存率は85%らしいです」

「確率良いんだな、以外と」

「…………」

 隣でザジも頷いている。
 案外大丈夫なもんなんだな……下を見たら、足がすくみそうなくらい高いんだけど。
 怖っ。

「ちなみに、この舞台は139本のケヤキの木で造られているぞ」

「……博識だな、3人とも」

 そう綾瀬の後ろから現れたのはマクダウェル。
 その後ろには、絡繰。
 中学生の歴史ってそんな事まで勉強したっけ?

「綾瀬さんとマスターは日本の歴史が得意ですので」

「あー、うん」

 それは判ってるけど、それにしても詳し過ぎだろう。

「うわ、マニアだよ、マニア」

「誰がだっ!」

「……不本意です」

 それは言い過ぎだろ、明石。
 反論する二人に苦笑し、もう一度景色に視線を向ける。
 はぁ、綺麗なもんだ。
 綺麗なモノを見ると、人って溜息出るのかもなぁ。

「いやぁ、高いなぁ」

「そうか?」

 いや、高いだろ。
 隣で神楽坂が青い顔してるんだけど。

「怖いなら端に来なけりゃ良いのに」

「うぅ……いや、ここから飛び降りる気持ちでってのを経験しとこうかと」

「ああ、そう」

 教師としては勧められない事なんだろうけど、この姿見てるとなぁ。
 高畑先生、どうするんだろ?
 こうなる前に断っといた方が……って、そこは俺じゃどうしようもない事か。

「まったく。ほら、こっちに来い」

「あ、ごめん」

 そう言って手を引いていくマクダウェル。
 ふぅん。

「先生、楽しそうです」

「おー」

 いや、やっぱりいいコンビだな、あの二人。

「あ、先生」

 っと。

「どうした朝倉?」

「シャッター押してもらって良い?」

 ああ。

「良いぞー」

 えっと、朝倉と早乙女と佐々木に大河内か。

「茶々丸さんも一緒にどう?」

「いえ、私は」

「写ったらどうだ? 折角の旅行なんだ」

 記念になるぞ、と。
 そして一瞬悩み

「判りました」

「おー、それじゃ並んでくれ」

 清水の舞台の端に立ち、真ん中に佐々木が来るように5人が並ぶ。
 しかし、こうやって並ぶと大河内と絡繰は本当に背が高いな。
 俺とあんまり変わらないからなぁ。

「それじゃ、いくぞー」

 カメラ越しに5人を見ながら、そう言う。
 うむ

「絡繰ー、大河内ー、笑えー」

「……こうでしょうか?」

 いや、全然表情変わらないぞー、と。
 大河内は……まぁ、笑顔が若干引き攣ってるが、良いか。
 これはこれで面白いし。

「……やはり、私には難しいです」

「まぁ、雰囲気は楽しそうだから良いんじゃない?」

「さ、バシッといっちゃって先生っ」

「お願いします」

 はい、チーズ、と。
 お決まりの事を言ってシャッターを切る。
 うん。
 デジカメなので、さっき撮った写真を確認する。
 素人ながら、それなりに綺麗に取れたもんだ。

「ありがと、先生」

「おー。また何かあったら言ってくれ」

「はーい」

 そう言って駆けていく四人を目で追い、

「絡繰は行かないのか?」

「はい。マスターも明日菜さんと行かれましたので」

「ん? クラスの皆と遊べばいいじゃないか」

 いえ、と。
 その視線は少し遠く――ああ。

「大丈夫だと思うか?」

「……先生はどう思われますか?」

 俺?
 遠く――やはりどこかぎこちなく話す近衛と桜咲を見ながら、考える。
 遠目でもそう見えるのだから、本人達もそう感じてるんだろうな、と。

「大丈夫だと、信じたいな」

「なら、大丈夫だと思います」

「そうか?」

「はい」

 そうかな、と。
 そうだといいな、と。
 やっぱり、友達同士仲良いほうがいいよな。

「先生は、ご友人の方は?」

「みんな余所に出ちゃったからなぁ……もうずいぶん会って無いなぁ」

 中学、高校、大学……近くに居る友達もいるけど、忙しくて全然会ってない。
 それもあるのかもな、あの二人を仲直りさせたいのは。
 友達って言うのは、やっぱり凄く大事だと思うから。

「絡繰も、友達は大事にしろよ?」

 喧嘩なんてするもんじゃないぞ、と。

「はい、判りました」

 それじゃ、次は何処を見回るかなぁ。







 見慣れた制服が集まっているのを見つけ、近寄って見る。
 ええっと……縁結びの神、恋占いの石?
 そんなのもあるんだ。

「……大丈夫なのか?」

「いたいよー」

「も、もう一歩でしたのにっ」

 まぁ、大丈夫そうだな。

「落とし穴が掘ってあったです」

「……また、地味なイタズラだな」

 しかし、誰にも気付かれずにとは……才能の無駄遣いというか。
 どうしてうちのクラスに迷惑かけるかなぁ。

「ほら、雪広、佐々木、掴まれ」

 両手を差し出し、片手ずつで二人を支える。

「ありがとー、先生」

「申し訳ありませんですわ」

「怪我はないか?」

 まぁ、見た感じ浅いし、痛がってもいないから大丈夫そうだけど。

「はい。大丈夫ですわ」

「目を瞑ってたから、避けきれなかったー」

 大丈夫そうだな。
 ふむ。

「埋めた方が良いのかな?」

「……埋める分の土は何処から?」

 あ。

「怒られないと良いけど」

「それは大丈夫だろ。掘ったのこっちじゃないし」

 とは龍宮。

「しかし、地味だね」

「まぁ、清水寺に何か思う所でもあるんだろうな」

「……そうなると、恋占いに何か思う所があるのかもな」

 そうか。そう言う考え方もあるか。

「何を騒いでるんですか?」

「葛葉先生」

 どう説明したものか……まぁ、恋占いしようとしたら落とし穴が掘ってあったんだけど。
 こんな馬鹿な事をする人が居るとはなぁ。しかも京都のお寺に。
 暖かい季節だし、そう言う人が多いんだろうな。

「恋占いの石の前に落とし穴が掘ってあったらしいんですよ」

「……はい?」

 まぁ、普通はそういう反応ですよね。
 俺も雪広と佐々木が落ちてる所見て無かったら、そう言う反応すると思うし。
 あっちです、と指差すとまだ埋められてない穴が一つ。
 一応他にはないか、と生徒達が周囲を踏んで回ってるが、アレ一つだけらしい。

「……本当ですね」

「でしょう?」

 どうしましょうか? と。
 二人で頭を抱えるが、どうしようもない。
 何せ埋めるための土が無いのだから。

「先生、恋占いをしたいのですが。早急に」

「雪広、危ないからやめとけ……」

 落ちて怪我したらどうするんだ、まったく。

「ですがっ、折角の恋占いですのにっ」

「……は、はぁ」

 そう言えば、この年頃ってそう言うの好きだよなぁ。
 占いなんて当たるも八卦、当たらぬも八卦だと思うのは、俺が男だからかな。

「そんなに大事か? 怪我するぞ?」

「折角ネギ先生との恋が成就すると言いますのにっ」

「よし、次行くぞー」

 ぱんぱんと手を叩いて、集まっていた生徒達を散らす。
 3-A以外にも居た生徒達も、事情を察してくれて他の所に行ってくれる。
 残ったのは、俺と葛葉先生と雪広と龍宮。

「……酷い」

「教師が、先生との交際を認める訳にもいかんだろ」

「正論だね」

「正論ですね」

 肩を落として落ち込む雪広。
 まぁ、すまん。
 葛葉先生が居なかったら、あと落とし穴が無かったら別に止めないんだが。

「ま、そう落ち込まない」

 ぽん、と龍宮がその肩を叩く。
 楽しそうだなぁ。

「ちゃんと、あやかの仇はとってやるから」

「……ありがとうございます」

 いや、犯人判らないけどな。







 ふと土産屋の方に視線を向けると、近衛と桜咲の後ろ姿が見えた。
 ……はぁ。

「2人とも、元気か?」

「あ、先生」

「……お疲れ様です、先生」

 お節介だとマクダウェルにまた言われるかな、と。
 小さく苦笑し二人に話しかける。

「あっちこっちで色々変な事が起きてるよーですね」

「そうなのか?」

「はい。恋占いの石に落とし穴、音羽の滝にお酒が混ざってたり、色々です」

 なんだそりゃ?
 っていうか、酒?

「お酒は、ネギ先生が先に気付いて……犠牲者はネギ先生だけのようですが」

「……酒飲んだのか」

「はい。源先生が付き添いでバスの方に」

 後で様子見に行くかぁ。
 しかし、何で今日に限ってこんな変なイタズラが……。

「大丈夫ですか、先生?」

「おー。2人は何も無かったか?」

「カエルに襲われましたけど、せっちゃんが追い払ってくれましたえ」

 またカエルか。
 頭が痛くなり、目頭を指で押さえる。
 今日は厄日だなぁ。

「それより、何見てたんだ?」

「お土産ですえ。でも、初日やから何買おうかな、って」

「なるほどなぁ」

 しかし、どうして京都の土産屋には木刀が売ってあるんだろう?
 俺が学生の時も見たような気がする。
 一本手に取り見てみるが、やっぱり意味が判らない。

「先生、剣に興味が?」

「いや、何で京都の土産屋って木刀があるのかな、って」

「古いイメージがありますから。その名残でしょうね」

 なるほどなぁ。

「先生、木刀買いはるんです?」

「いや、流石にもうそんな年じゃないしな」

 苦笑し、元あった場所に戻す。
 さてと。

「お土産決まったか?」

「どれにしましょうか?」

「先生、どれがええです?」

 俺か?
 そうだなぁ。

「八つ橋とかは在り来たりだしなぁ……誰に買うんだ?」

「お爺ちゃんとか、ハワイに行った友達とか」

 ふぅん。

「お嬢様、これなんかはどうでしょうか?」

 と差し出したのは綺麗に塗られた茶器だった。
 ……いや、ちょっと待て。
 少し視線をずらし、その値段を見る。
 ――――高いよ。

「うわぁ、せっちゃんそれはちょっと」

「そうですか?」

「値段がなぁ」

 だよなぁ。
 中学生に買える値段じゃないと思う。具体的に言うと四桁。
 修学旅行の買い物じゃないな。
 そして3人で店内を見て回り

「お守りなんかどうだ?」

 京都らしいし、と。
 しかも、かなりの種類がある。

「なるほど」

「先生、ええ案ですね」

 そうか?
 ぱっと目に付いたのは、良縁のお守り、というもの。
 結婚、親友に、と。
 一個千円は……どうかな?
 学生には結構な値段だなぁ。
 他にはないかなぁ、と。
 なんか、こうやって探してると楽しくなってくるな。

「あ、これ良い」

 ん?

「星座のお守りか」

 ……星座って西洋の見方じゃなかったっけ?
 まぁ、今そう言うのは無粋かなぁ。

「せっちゃん、これどうえ?」

「良いと思います、お嬢様」

 その言葉に気を良くしたのか、お守りを二つ手に取る。
 ああ。

「お、お嬢様……」

「せっちゃん山羊座やったよね?」

「……覚えて、下さったんですか?」

「当たり前や。友達やもん」

 ……あ、俺邪魔だな。
 あーまったく、嬉しいならそう言えば良いのに、と思ってしまう俺はこの場には居ない方が良いんだろうなぁ。
 苦笑して、その場を後にしようとし……ふと、お守りの一つに目が行った。
 ふむ。


――――――エヴァンジェリン

 はぁ。

「大丈夫か、ぼーや」

「はいー」

 まぁ、一般人を巻き込まなかったのは褒めてやるか。
 しかし、音羽の滝に酒とは――無粋な。
 折角の修学旅行が台無しだ。
 新幹線の件もある……どうしてやろうか。

「まったく、子供のいたずらねぇ」

 誰がしたのかしら、とはぼーやの看病をしている源しずな。
 まったくだな。

「ある意味、子供以下だ」

「は、あはは」

 もう一度、溜息。

「気持ち悪くないか?」

「だいじょぶですー」

 呂律も回ってるし、意識もしっかりしてる。
 慣れない酒に気分を悪くしてるだけか。

「エヴァンジェリンさん、ネギ先生は私が見てるから、見学に戻って良いわよ?」

「ああ。そうさせてもらうよ」

 あの酒に魔術的な効果は無いようだしな。
 一応様子を見に来たが、大丈夫のようだ。
 ……本当に、関西の連中は何がしたいんだ?
 バスから降り、首を傾げる。
 油断を誘ってるんだろうか?

「ま、葛葉刀子にも後で見せておくか」

 東洋呪術は私も専門じゃないしな、何かあるかもしれん。
 それに、今は昼だ。
 私の時間じゃない。
 後は何処を見るかな……時間も、もうあまりないし。

「あ、マクダウェル」

 っと。

「なんだ、先生じゃないか」

「ネギ先生は中?」

「ああ。なんだ、聞いたのか?」

「おー。なんか、音羽の滝に酒が混ざってたって聞いたんだが」

 その表情は、どこか信じられない、と言ったよう。
 まぁ、確かに信じられないだろうな。お寺の水に酒を混ぜるなんて。
 正直正気を疑うな。

「本当なのか」

「本当だ」

 この調子だと、本当に一般人関係無しかもな……どうしたものか。
 ここまで過激派だとは。こっちも手段を選べんかもなぁ。

「あ、そうだ」

 そうそう、と。

「どうした、先生?」

「ほら、お守り」

 と、一つの鈴を渡された。
 お守り?

「開運のお守りだって」

「ソレを、どうして私に?」

 そのお守りを眼前に翳し、チリン、と鳴らす。
 ふぅん。

「良い趣味じゃないか」

「そりゃ良かった」

 もう一度、鳴らす。
 ……ふぅん。

「なーんか、折角の修学旅行の幸先が悪いからなぁ」

「そうだな」

 さっさとゴタゴタを終わらせてしまわないと、観光もマトモにできはしない。
 はぁ。

「修学旅行、楽しみにしてたみたいだしな」

 開運って言うくらいだし、そのお守りで良い事あればいいな、と。
 そう言ってバスに乗る。
 その背を、ただぼんやりと、何となく目で追い……。

「――ふぅん」

 チリン、ともう一度、鈴を鳴らした。
 随求桜鈴。
 桜の花びらを模した装飾のなされた鈴。
 開運のお守り。
 ……なかなか良い趣味じゃないか、先生。
 チリン。
 チリン。
 ――チリン。

「あ、エヴァ」

 ん?

「なんだ、神楽坂明日菜?」

「いや、何眺めてるの?」

「なんでもない」

 その鈴を落とさないように仕舞い、歩き出す。

「ほら、さっさと他の所を見て回るぞ」

 時間も無いしな。

「あれ?」

「……なんだ?」

 私はまだ満足してないんだ、早く回るぞ、と。

「一緒に回って良いの?」

「駄目と言っても付いてくるだろうが……」

 はぁ、と溜息を吐き再度歩き出す。
 今度はちゃんと付いて来るので、そのまま歩き

「なんか機嫌良いね」

「そうか?」

 私は何時も通りだと思うがな。





――――――今日のオコジョ――――――

 あれ? 姉御? 皆?
 ――って、ネギの兄貴も寝てるし。
 皆オレっちを置いて行くなんてひどいぜ……。
 ……寂しいなぁ。

「あら、可愛い子ね」

 わーい。



[25786] 普通の先生が頑張ります 21話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/27 23:21
「つかれたー……」

 それが今日一日を正確に表した一番の言葉。
 疲れた。本当に。
 旅館の入り口に備え付けてある椅子に深く腰掛け、大きく息を吐く。
 この大きな旅館を貸し切りでの4泊5日。
 こんな良い所に4泊とか……贅沢だなぁ、と思わなくも無い。
 流石麻帆良。
 晩飯も今まで食った事の無いくらい美味かったし。
 舌が肥えなければ良いなぁ、と。
 ちなみに、座ってる椅子も、時代劇の茶店とかで見かけるような作りのヤツである。
 紙で造られた傘まで立ててある。
 ……凝ってるなぁ。

「大丈夫ですか、先生?」

「おー、近衛と龍宮か」

 その周囲を見……桜咲はいないのか。
 まぁ、いくらなんでも四六時中一緒に居たら疲れるかぁ。
 姿勢を正し、少し伸びをして2人を見る。
 浴衣姿なのは、風呂上がりだからだろう。

「今日は楽しかったか?」

「はい、それはもうっ」

「良かったなぁ」

 その隣で苦笑する龍宮の気持ちが良く判る。
 それは少しは桜咲の事を知っているからか。
 本当に楽しそうに、嬉しそうに笑うその顔が、俺も嬉しい。

「まだ修学旅行は続くからなぁ、もっと楽しくなると良いな」

「はいっ」

「ま、確かにね」

 龍宮も楽しかったのだろう、今日は何時もより表情が緩んでる。
 あんまり、というより旅行なんて行かないけど、こういうのは楽しいな。

「あんまり湯冷めしないようにな?」

 風邪ひいたら勿体無いぞ、と。

「はは、そんなヘマはしないよ」

「そうですえ」

「そう甘く考えてると、危ないんだぞ?」

 笑ってそう言い、立ち上がる。

「部屋には戻らないのか?」

「先生、少し話しません?」

 ん?

「なんだ、誘われてたのか」

「そうですえ」

 また、笑われる。
 ちょっとした冗談なのは、旅先だからだろうなぁ。

「それじゃ、風呂上がりに冷たい飲み物でも飲むか?」

「いただこうかな?」

「ありがとーございます」

 自販機の前に立つと、結構見慣れないジュースがあった。
 御当地ジュースってやつか?
 ええっと……。
 近衛と龍宮にはお茶を、俺は妙なジュースを買って戻る。

「ほら、120円」

「お金をとるのかい、先生?」

「はは、冗談だ……近衛、冗談だから財布を探すな」

 というか、風呂に財布持っていってたのか?

「ふふ、冗談ですえ。ところで、先生、それ」

「ん? いや、珍しかったんで、つい」

 ぜんざいの缶ジュースです。
 これ自体は偶に見かけるんだが……餅入りである。
 ……飲めるんだろうか?

「先生、夕映みたいですえ」

「まったくだ」

 生徒からは苦笑されてしまったが、どうにも気になってしまったのだ。
 折角の京都だし。
 というか、

「綾瀬?」

「夕映も珍しい飲み物を良く飲んでます」

 ほー。

「麻帆良にそんな珍しい飲み物ってあったか?」

 三人で椅子に腰かけ、缶を開ける。
 ……ちなみに、俺のはホットである。
 餅入りぜんざいのコールドは買う気にはなれなかった。

「図書館島の下には売ってありますえ」

「……あのなか、自販機まであるのか」

 流石に地下には潜った事は無いなぁ、と。
 それに、そこまで珍しいジュース好きでもないしな。
 今度暇が出来て、覚えていたら……まぁ、行って良いかもなぁ。

「先生、図書館島ってあんまり行きません?」

「授業で使うようなのは1階とか2階だからな、下には行かないなぁ」

「そうなんですか……」

 あれ? 何でそこで落ち込む?

「龍宮は、地下に入った事はあるのか?」

「偶にね。でも、私もほとんど知らないかな?」

「ふぅん」

 もしかして流行ってるのかな、探検?
 ……ああ。

「そう言えば、近衛は探検部だったな」

 どうして部活……と言うよりクラブとして承認されたのかは判らないが、近衛はそこに入部してたはず。
 図書館探検部、だったか?

「あ、知って」

「そりゃ、先生だからなぁ」

 ちなみに、一人で複数掛け持ちの生徒も居たりするので、全員分は覚え切れて無い。
 確か、近衛も一人でいくつか掛け持ちしてたはず。
 龍宮はバイアスロン部だったな、と。

「はぁ、良く覚えてるもんだ」

「龍宮は覚えやすいしな、掛け持ちしてないから」

「はは、なるほど」

 そういって、勇気を出してぜんざいを一口……。

「うーん」

「ありゃ、残念でした?」

「あー……何と言うか、そう外れじゃないけど、うん」

「微妙、と」

 そう言う事、と。
 つか餅が無い。溶けたのか?
 やけにドロリとしてるし。

「次は変なのを買わない事をお勧めするよ」

「ああ、俺もそう思うよ」

 どうにもこの手の物は、運が無いしな。

「お嬢様」

 あ。

「桜咲も、今風呂上がりか?」

「はい。すみませんお嬢様、遅くなりました」

「ええよ、そんな待ってないし」

 先生とも話せましたし、と。
 なんだ、やっぱりこの二人は一緒だったのか。

「はぁ」

 そして、その後ろには溜息を吐くマクダウェル。

「折角の露天風呂なのに、何かあったのか?」

「あー、色々な」

 物凄く投げ遣りに答えられた。
 んー……。

「二人とも、何か飲むか?」

「いえ、いいです」

「ふん――いい。部屋に戻る」

 ありゃ、これは相当ご立腹だな。

「龍宮、何かあったのか?」

「うーん。まぁ、色々と。女の秘密ってヤツだよ」

 あー……。

「……見回りに行くかなぁ」

「はは、それじゃ先生、頑張って」

 変な事聞いたなぁ。
 失敗した……旅先で気が緩んでると言うか、何と言うか。
 いかんいかん。







 ぜんざいのジュースをちびちび飲みながら歩いていると、最近の問題児を見つけた。

「雪広、何やってるんだ?」

「あ、先生」

「こんばんはー」

「あら先生、こんばんは」

 朝倉と那波も一緒か……うん。

「雪広、部屋に戻るぞ」

 ついていくからな、と。

「酷いっ」

「しょうがないよねー」

 しょうがないよなぁ、と。

「それで、何しようとしてたんだ?」

「もう何かする前提ですかっ!?」

「…………違うのか?」

「そこで意外そうな顔をしないで下さいっ」

 その間も気になりますし、と。
 そりゃ悪い事をしたなぁ。

「で?」

「ネギ先生に会いに行こうとしておりました」

 ありがとう那波。

「よし、雪広は戻るぞ」

「私限定!?」

 ……面白いな。
 雪広ってこんなキャラだったか?

「いや、那波と朝倉なら……まぁ、消灯までの時間なら良いかな、と」

「いえ、私としては出来れば消灯後も」

「教師がそう言うのを見逃す訳にもいかんだろ……」

 あと何正直に喋ってるんだお前は……。
 軽い頭痛を抑える為に、目頭を押さえる。

「あやかちゃん、素直ねぇ」

「……欲望に忠実と言うか」

「よくもまぁ、教師の前で堂々と言えるなぁ」

 ある意味……尊敬は出来ないな、うん。
 とにかく、と。

「ネギ先生の所へは禁止だ。判ったか?」

「うー」

「あら、可愛い」

 はぁ。
 あの真面目なクラス委員は何処に行ったのか。
 これはこれで明るくて良いけど、なぁ。

「面白いネタになりそうだったのにぃ」

「そんな事したらネギ先生のクビが飛ぶぞ」

 本当に。
 まったく。

「明日は自由行動があるだろう? そこじゃ駄目なのか?」

「はっ!?」

 と言うか、まず明日の事を考えて無かったか。
 ……ある意味、これも前しか見てないと言えるのかな?

「なるほど――っ」

「先生、上手いねぇ」

 そうか?
 あまり褒められてる気がしないのは、何でだろうなぁ。

「それでは先生、お休みなさいませっ」

「って、今から寝るのか?」

 腕時計を見ると、まだ8時少し過ぎである。
 早くないか?
 ……行ったし。

「前向きねぇ、あやかちゃん」

「だねぇ」

「そうか?」

 アレは前向きと言うより、暴走と言えるかもなぁ。
 ――明日は、良く見とくか。

「那波、明日もよろしく頼むなぁ」

「判りました」

「……面白くないなぁ」

 面白くされたら困るんだよ、と苦笑い。
 ま、元気が無いよりはいい、かなぁ。







 相変わらず元気だなぁ、と。
 もうなんか、なぁ。

「もうすぐ消灯だから、部屋に戻れよー」

「はーい」

「わっかりましたー」

 ……そのテンションで寝れるのか?
 まぁ、俺なら無理だろうなぁ、と。
 今日は遅くまで起きてる事になりそうだなぁ。

「はは、先生。疲れてるようだね」

「あ、瀬流彦先生」

 ちょうど入り口から入ってきた瀬流彦先生と鉢合わせした。
 外? その考えが表情に出たのか、苦笑して

「まぁ、流石に外にまで出る子はいなかったけどね、念のため」

「お疲れ様です」

 そう言う事か。
 俺も苦笑してしまう。
 あのテンションなら、判らないのかもしれないし。

「それに、こんなに綺麗な景色の場所だけど、ゴミも多くてね」

 そう言って、手近なゴミ箱にくしゃくしゃに丸められたゴミを捨てる。

「それは嫌ですね」

 ウチの学校の子達……じゃないよな。
 流石に、そんな子達は居ないだろう。

「まったくだね」

 南無南無と何故か両手を合わせていた。

「どうしたんですか?」

「知らないのかい? こんな罰当たりな事をすると、手痛いしっぺ返しが来るんだよ」

「ああ、なるほど」

 と言うか、

「……来たんですか、しっぺ返し?」

「……あはは……」

 目を逸らされた。
 ……来たんだ。

「日頃の行いは大事だよ、先生」

「気を付けます」

 何があったんだろう?
 聞いちゃいけないんだろうけど、気になる。
 ま、その内酒の席ででも聞けたらいいなぁ。

「そろそろ消灯の時間だけど、先生は部屋には戻らないのかい?」

「そうなんですけど……どうにも、子供たちのテンションが」

「あー……修学旅行初日だからねぇ」

 流石に外には出ないだろうけど、部屋から出るかもしれませんから、と。
 ちなみに新田先生と葛葉先生などは見回り中、俺は一応外に出ないように入り口で監視である。

「今日はどうだった? 確か修学旅行は初めてだよね?」

「はは……疲れました」

 本当に、と。
 明日はもう少し、上手く出来ると良いんですけど、と。

「皆好き勝手動くからねぇ」

「目を離すのが不安で」

「判る判る」

 そう言って、自販機の前に。

「なに飲みます?」

「あ、いいですよっ」

 だしますから、と言おうとしたらもうお金を入れてしまった。
 あー……。

「コーヒーをお願いします。ブラックで」

「偶には奢るよ」

 はい、と。

「修学旅行初日の体験おめでとう」

「す、すいません」

「いいよいいよ。誰だって最初は初めてなんだから」

 その言い回しが可笑しくて、小さく苦笑してしまう。

「それに、先生には色々と……まぁ、助けられたからね」

 はい?

「自分がですか?」

「うん。助かってるんだよ、本当に」

 何かしたっけ?
 うーん。

「深く考えなくて良いよ。どうせ内緒にしとくから」

「教えてくれないんですか?」

 教えて下さいよ、と。
 そう言うと笑って拒否された。
 き、気になる。

「それより、最近はどうなの?」

「はい?」

「先生のクラス、色々と大変でしょ?」

「あー……はは」

 そうでもないですよ、と。
 大変、って聞かれたあらそうかな、っても思うけど。
 別にそう悪い子達じゃないですし。
 暴走はするけど、聞きわけは良いと言うか。

「今の時期が、一番楽しいだろうからね」

 もうすぐ受験の準備だし、と。

「ですねぇ」

 あとは、この後の麻帆良祭……夏休みが明けて少ししたら、もう進路相談の時期だ。
 本当に――あっという間の1年だ。
 コーヒーを口に含み、その言葉を飲み下す。

「いい思い出になれば良いんですが」

 思い浮かぶのは近衛に桜咲。
 仲直りしてくれると良いんだがなぁ。

「ま、明日も早いから少し早く寝た方が良いよ?」

「はい。ありがとうございます、コーヒー」

「良いよ、今度は僕が奢ってもらうから」

 それじゃ、と。
 うーん……心配、してもらったのかな?
 まだまだだなぁ。
 気がついたら、消灯の時間は過ぎていた。
 もう少ししたら、新田先生達も戻ってくるだろうから、それから寝るか。




――――――エヴァンジェリン

「チャチャゼロ、調子はどうだ?」

「オー、イイカンジ」

 はぁ。
 これでやっと、準備万端と言ったところか。
 一応、揃えれるだけの戦力は揃えたが……まぁ、どうなるかは今から次第か。

「茶々丸、お茶」

「はい、少々お待ち下さい」

 風呂にも何処にも湧きおって……ここまで来ると、嫌がらせと言うより、悪戯だな。
 しかも子供の。
 ……風呂のは、明確に近衛木乃香を狙ってたようだが。

「瀬流彦先生には結界を張ってきてもらいましたよ、エヴァンジェリン」

「ああ。それで?」

 今どうしてる、と。

「ホールの方で先生と話してたようですね」

「……まだ起きてるのか」

「ぼ、僕も見回りに行かないといけなかったのに……」

「そこは諦めて下さい、ネギ先生」

「ケケケ、大変ダネ、教師ト魔法使いノ両立ッテノモ」

「あう」

 大変だな、本当に。
 もう消灯の時間だというのに。
 今部屋に居るのは私に茶々丸、チャチャゼロ、葛葉刀子と桜咲刹那、ぼーやの6人。
 ――正直、暇だ。

「それで、来ると思いますか?」

「来るだろうよ」

 それだけは、断言できる。
 茶々丸の淹れた茶を飲み、間髪いれずそう言う。

「たった5日しかないんだ。こっちの戦力を図る為にも、私なら仕掛ける」

 それに、あの風呂のサル騒動の時。

「術者は、もう中に入り込んでるようだしな」

「そうですか」

 葛葉刀子も茶を飲み、一息つく。
 瀬流彦に旅館周辺に結界を張らせ、私達は寝ずの番。

「……どうしても私をお嬢様の守りから外すんだな?」

「あーまったく、また言わなきゃならんのか」

 面倒だなぁ、と。

「一般人を巻き込むような奴らだ、ならもう釣るしかないだろうが」

 それはもう何度も言っただろうが、と。
 あちらがそこまで形振り構わないのなら、もうこっちも手段は選ばない。
 餌で釣り上げる。
 今晩釣れるのは大物か、ただのゴミか。

「近衛木乃香には悪いが、結局無理なんだよ、力ある奴が力を隠して生きるのは」

 それはお前も判るだろうが、と。
 あとは、それとどうやって、折り合いを付けて生きていくかだ。
 隠して生きるのも良い。
 だが周囲を巻き込むのなら、それは許されない。
 ならもう、その力を自覚して生きていくしかない。周囲を巻き込まないように。
 それは力を持った者の義務であり、責任だ。

「釣る、ですか?」

「もうすぐ判る」

 そして、視線は葛葉刀子に。

「変な情に流されるなよ?」

「そこは抜かりなく。教師としては反対ですが、一般人を巻き込む訳にはいきませんので」

 私も仕事はする主義です、と。
 ならいいがな。
 龍宮にも周囲を見てもらってる、異変もあるようだ――すぐ来るだろう。
 と言うか、早く来てくれ……明日も早いんだから、寝たい。
 ……そう思うのは吸血鬼らしくないのかもなぁ。

「はぁ」

「大丈夫ですか、エヴァンジェリンさん?」

「今日は結局振り回されたからな」

 忌々しい。
 新幹線、清水寺、露天風呂。
 ――ああ、どうしてやろうか。

「苛々してますね」

「ソリャ、折角ノ旅行ヲツブサレチャアナァ」

 ふん。

「そう言うお前は、気にしてないようだな」

 いつも通りの葛葉刀子像を崩さず、茶を啜る姿を見る。
 しかし、

「まさか」

 そう言って、笑った。
 ……正直、少し背筋が冷えた。
 やはり神鳴流は――ちと苦手だな。

「オオ、怖ェ怖ェ」

「そう言えば、ネギ先生は実戦は初めてですか?」

 チャチャゼロの事は無視らしい。
 まぁ、確かに怖いからな、この女。

「は、はい。一応、エヴァンジェリンさんの別荘で訓練は」

「そうですか、なら今日は刹那と組んで下さい。良いですね、刹那?」

「は、はい。それはエヴァンジェリンから強く言われてますから……」

 空になった湯呑みを茶々丸に渡し、葛葉先生の講義に耳を傾ける。
 視線は外の空――やはり、景色が違うと、夜の在り方も違うものだ。
 良い眺めだ。自然が多い。
 それは、私の家の近くに似ているかな。

「刹那は西洋魔術師と組むのは初めてじゃありませんから、きっと良い経験になりますよ」

「は、はい」

 ふむ。

「なんだ、やる気十分のようだな」

「それは貴女もでしょう?」

 違いない。
 二人して、笑う。
 実物を見るまで分からないが、現在の関西にそれほどの術者は居ない。
 それなりの武と知を持った者は、もう居ないのだ。
 なら、今夜で終わらせよう。

「桜咲刹那、子守りは頼むぞ」

「こ、子守り」

「当たり前だろう? この中では、お前が一番弱くて脆い」

 さて、と。

「しかし、珍しいですね。貴方からこっちに声を掛けるなんて」

「ふん。外に居る間は、誰か教師と居ないと“力”を十全に使えないんだよ」

「なるほど――」

 ……その笑顔はムカツクな。
 まるでどこかの誰かを思い起こさせる……まったく。
 まぁいい。

「茶々丸、チャチャゼロ、お前らは残れ。何かあったら瀬流彦と一緒に行動しろ」

「かしこまりました、お気を付けて」

「オー、マ、程々ニナー」

 ふん。

「行くぞ、魚が釣れたようだ」

 そして、窓の桟に足を掛けた。







 ちっ。

「エヴァンジェリン、ネギ先生」

 アイツ――あのデカイ猿……何を考えて街中を走ってるんだ!?
 正気か、くそっ。
 人通りが無いのは何かの術かもしれないが、こんな街中じゃ魔法も使えん。

「人払いの術の一つです、この先は」

 葛葉刀子の手には、1枚の紙。
 ふん――良く見ると、その辺り手当たり次第に張ってあるな。
 どうやら、本当に、本気で手加減はしないで良いようだ。
 ああ、まったく――。

「あ、駅にっ」

 ――人避けが出来てるなら、もう付き合う必要も無いだろう。

「魔法の射手・氷の4矢」

 詠唱は無し。
 無詠唱からの氷の矢をその足元に打ち込む。

「また無茶を……」

 その隣で葛葉刀子が頭を抱えたが、無視。
 ふむ――結界の影響は、やはり無いな。
 一応事前に一度試してはいたが、実戦でも問題無いな。

「ふん。駅前に車を無断駐車するような奴は、警察に捕まれば良い」

「誰かが貴方の魔法でへこんだ所で怪我したらどうするんですか?」

「知るか」

「緊張感が無いですよ、刀子さん……」

「エヴァンジェリンさん……」

 後ろで桜坂刹那とぼーやが頭を抱えていた。
 ふん。

「追いつかれたか」

「おい、猿。その娘を置いて投降すれば、痛い目見ずに済むぞ?」

「ふん――このかお嬢様は返しませんえ」

 そうか。

「そう言ってくれると思っていたよ」

「ああ、教師としては、本当に残念ですが」

 葛葉刀子が刀を抜き、私は右手に魔力を溜める。
 交渉決裂と言う訳だ。
 ああ、本当に残念だ。

「エヴァンジェリン、刀子さん!? あっちにはお嬢様がっ」

「ちょちょっ!? こっちには人質が――」

「――ああ、そうだったな」

 魔力を、溜める。

「めちゃめちゃやる気やないかっ。まずその魔力を散らせっ!」

 ちっ。

「お前が近衛木乃香を離したら散らしてやるよ」

「そんなん出来るかっ」

 そして、その懐から3枚の紙。

「あれは?」

「……放出系の呪符かしら?」

 ふむ。

「来い、捻り潰してやる」

「吠えたな、小娘っ」

 ――ふん。
 私は溜めた魔力を握り、女は近衛木乃香を地面に放る。

「お札さんお札さん、ウチを逃がしておくれやす」

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック。来たれ氷精、闇の精。闇を従え吹雪け常夜の氷雪」

「遅いで、嬢ちゃんっ。三枚符術・京都大文字焼きっ!」

 瞬間、その名の通り大の字に業火が空中に現れるが、

「闇の吹雪っ!!」

 ソレを、猿には当たらないように放った私の魔法で撃ち貫く。
 ついで、その余波で猿の気ぐるみの左半分を消し飛ばす。

「はっ、その程度か“嬢ちゃん”」

 まだまだいけるな――教師同伴の呪いはあるが、確かにこれなら戦える。

「うそやろ……一瞬か!?」

 続いて、今度は巨大なヌイグルミ――。

「……可愛いな」

 むぅ。
 しかし、あの大きさはいただけんな。
 やはりヌイグルミはこう、抱ける大きさが良い。

「そんな問題じゃないでしょうが……」

 そう言う私の脇を駆け抜け、一閃。
 夜の私の目で追えるほどの速さのソレが、そのヌイグルミの片割れの首を薙ぐ。
 続いて返す刀でもう片割れの胴を薙ごうとし、それは爪で防がれた。

「ちっ」

「その太刀筋、神鳴流――っ」

「刹那、ネギ先生っ」

 その声と共に更に二人が近衛木乃香を再度抱えた女に飛びかかる。
 そして、剣戟。

「まだっ……居たのかっ」

 桜咲刹那の剣を防いだのは――また女。
 しかも、やたら幼い。
 アレも神鳴流か?

「どうもー、神鳴流ですー」

 ……気の抜けた声を出すやつだなぁ。
 さて、これで二人か。
 まぁこれだけじゃないだろうな。

「月詠いいます、先輩ー」

「お、お前も神鳴流剣士?」

「はいー。護衛に雇われましたんで、本気で行かせてもらいますわー」

 そう言って、構える。
 ほう、二刀か。
 しかも小回りのきく小太刀……あれは、勝てないかもなぁ。
 しょうがない。
 手を、葛葉刀子と競り合っているクマのヌイグルミに向ける。

「魔法の射手・氷の4矢」

 その呟きと共に、作りだされる4本の氷の矢。
 それを動き回るヌイグルミの四肢に打ち込む。

「さっさと手伝ってやれ」

「――はぁ」

 そんなに私に手をかされたのが嫌なのか、その溜息は無いだろう。
 まぁ、別に良いが。
 流石に、葛葉刀子以上の脅威には感じないし、大丈夫だろう。
 あとは

「これで詰みか?」

「ぐ――」

 ぼーやと対峙し、近衛木乃香を抱えたまま動けない女。
 こんな下っ端を捕まえてもなぁ。

「こ、こっちには人質が……」

 そうだったな。

「どうする? 盾にするのか?」

「ええ、そうして逃げさせてもらいますわ」

 気絶してるのか、それとも魔術的な力か、うめき声も上げない近衛木乃香。
 流石に逃がすのは勿体無いか。

「もう一度言うぞ? 近衛木乃香を置いて投降しろ。痛い目に合わなくて済むぞ?」

 右手を、上げる。

「断りますえ」

「そうか」

 近衛木乃香を盾にするように、その後ろに立つ。
 しかし、その身長差から全身は隠れていない――。
 上げていた右手を下ろす。
 瞬間、女が後ろに吹き飛んだ。

「へ?」

「え、あ―――ぃっ!?」

 ぼーやの驚いた声、一瞬間を置いての、声にならないような痛みの声。

「おいおい、もしかしてここに居るので全員だとでも思ってたのか、嬢ちゃん?」

「き、さ……まっ!」

 そのまま近づいて、地面に投げられた形の近衛木乃香を抱き上げる。
 ふむ。外傷は無しか。
 魔力も特に乱れて無い――気絶してるだけのようだ。
 女は、右肩から出血していた。それも相当な量を。
 まぁ当然か。銃で撃たれれば、普通の人間はこうだ。
 しかもアイツのは特別弾だ、この程度の術者の防御なら紙同然に貫く。

「こんな下っ端しか掛らんか」

 まぁ、親玉がそう簡単に顔を出す訳も無いか。
 これで警戒して、手を出さないようになってくれれば良いが……難しいだろうな。

「し、下っ端や、とっ!?」

「黙れ」

 はぁ――不完全燃焼だ。
 葛葉刀子の方も、特に問題無く片付いたし。
 帰るか、と思った矢先……魔力。
 それは、私の氷の矢が溶けた水から――。

「……ほぅ」

「……まさか、これほどの術者が来るとはね」

 現れたのは、白。
 まさにそう表現できる、魔法使い。

「どこからっ!?」

「私の水からだ、ぼーや」

 水を使った転移魔法。
 しかも、私の魔力の残る水から――相当使えるな。
 だが

「これはこれは、大物が釣れたな」

「……一番の大物は、もう傷だらけだけどね」

「なに?」

 そう言うと同時に、手の平をこちらに向ける。
 魔力――。
 地が盛り上がり、そこから現れた石の槍――ソレを拳で砕く。
 無詠唱でかっ。

「御挨拶だなっ」

「挨拶にもならない児戯だろう、君にとっては」

「――はっ。言うな、小僧っ」

 2本、3本――6本っ。
 遅延呪文か!
 私とぼーや、近衛木乃香を狙ったそれを、1本残らずへし折り、お返しに

「魔法の射手・氷の2矢っ」

「ちっ」

 ソレを難なく避け、間を開けて着地。
 ――強い。
 さっきの二人とは別格……しかも子供だとは。

「やはり、小手先じゃ無理か」

「そうみたいだな」

「新入りっ」

 そう叫び、立ち上がった女の左足から血飛沫。
 良くやった、龍宮真名。

「……まずいな」

 そう呟き、呪文の詠唱。
 いや――

「月詠さん、しばらく逃げて下さいね?」

「はいー」

 転移呪文っ。
 認識すると同時に近衛木乃香を投げ捨て駆けるっ。

「ぼーやっ、女を押さえろっ」

 魔力を拳に込める。
 詠唱の時間も勿体無いっ。

「この――」

「――また会おう、闇の福音」

 拳は、空振り。
 小僧は来た時と同じように水たまりから。
 女は……自分の血溜まりから、転移した。

「ちっ」

 転移魔法の使い手――しかも、詠唱はほぼ無いのと同じか。
 相当な使い手だな。

「あぅ」

「……何をやってるんだ?」

 そして、こっちの小僧は頭から血溜まりに突っ込んでいた。
 何をやってるんだか。
 しかし、

「私を知っていたのか」

 となると、その存在は限られるんだが……後でじじいに連絡を取るか。

「桜咲刹那、そっちのは?」

「今、刀子さんが追ってます」

 葛葉刀子なら大丈夫か。
 私が戦っていたのを見ていたはずだ、油断はしないだろう。

「ぅ」

「お、お嬢様っ」

 ――目を覚ますか?

「大丈夫か?」

「頭がクラクラするー」

 その程度か。
 まぁ、特に何もされてなかったようだしな。
 後で瀬流彦か葛葉刀子に見てもらうか。

「うひゃぁ!? ネギくんが血まみれっ!?」

「ご、ごめんなさいっ」

 ……はぁ。

「さっさと帰って、もう一度温泉にでも入るか」

「はぃ」

 この時間なら、貸切同然だろうしな。

「あ、混浴だったからぼーやは最後だな」

「そ、そんなぁ」

 冗談だ、と。
 特に私も桜咲刹那も近衛木乃香も怪我らしい怪我も汚れも無いしな。

「せっちゃん」

「……お嬢様」

 まだやってたのか、お前たちは。
 いい加減別の言葉を話せ、別の言葉を。

「お嬢様、お怪我――」

「良かったぁ、せっちゃん――ウチの事嫌いやと思ってたぁ」

 そう言って、笑う。
 現状が判って無いのだろうし、記憶も曖昧なのだろう。
 だが、近衛木乃香は桜咲刹那を見て心底安心したように笑った。

「―――――――」

「ほら、何か言え」

 ここで言う事があるだろうが。
 と言うか、何で私がイライラしないといけないんだ?

「わ、私かて、このちゃんの事――」

 そしてはっとなり、

「し、し失礼しましたっ」

 ……逃げた。

「逃げた」

「せ、せっちゃん!?」

「エヴァンジェリン、後を頼むっ!」

 ……はぁ?

「おい、桜咲刹那っ!!」

 あのバカ、全力で逃げた。
 ……はぁ。

「な、なんで?」

「あの臆病者がっ」

 私は子守りじゃないんだぞ?
 くそっ。
 どう説明しろと言うんだ……面倒臭い。
 ……全部話すか。
 その方が、あのバカも逃げ道無くなるだろうし。
 くそ。
 何で私が……。
 


――――――今日のオコジョ――――――

 ネギの兄貴が血まみれで帰って来た時はびっくりしたが、怪我が無くてよかったぜ。

「オコジョさん、ご機嫌いかがですか?」

「あー、良い感じ、そう、そこ」

 あ、あ、あ……

「もう少し右ー……」

「はい」

「ナニヤッテルンダ、妹ヨ」

「オコジョさんが、お腹が痒いそうなので」

「……ソウカ」

 はふぅ……き、気持ちいぃ……

「マ、妹ヲ守ルノハ先ニ造ラレタ者ノ役目カ」

 あ、あれ?
 悪寒が……。



[25786] 普通の先生が頑張ります 22話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/27 23:19
 目覚ましの音が遠い。
 ……眠い。

「――――――ぅ――」

 瞼の裏が眩しく、やたら暖かいのは、陽の光が当たってるからだろう。
 ……判っているんだが、眠い。
 昨日はやたらと疲れたし、しかも遅かったし。
 寝たのって結局日付変わる直前だったし。
 いや、起きれない理由は沢山あるんだが……。
 目覚ましの音が、遠い、


 慌てて、飛び起きた。







 ふぁ、と欠伸を一つ。
 危なかった……今のは確実に二度寝の流れだった。
 しかも起きれないパターン、休日の。
 ……明日、大丈夫かな。
 今日の自由時間、目覚まし時計一個買うかな。
 携帯のアラームだけじゃ、心許無い。
 いつもならこれだけでも良いんだけど、流石に旅先で寝坊はなぁ。
 ――もう一度、欠伸。

「顔洗うか」

 ネギ先生は……まだ寝てた。
 まぁ、先生も昨日の夜は遅かったしな。
 葛葉先生と一緒に見回ってて、俺と同じくクラスの皆に捕まったとか。
 戻ってきたのは日付変わる頃だったし。
 のっそりと起き上がる。
 とりあえず、顔洗ってくるか。
 そのまま部屋から出、洗面所の方へ足を向ける。
 少し早めに起きたから、誰もまだ起きて無いなぁ。
 ……しかし、広い。
 ここを貸し切りとか……凄いなぁ、ウチ。
 人影の無い廊下をペタペタと一人で歩いてると、なんとも贅沢な気持ちになってくる。

「さて、と」

 洗面所で顔を洗い、さっぱりする。
 眠気はまだ少し残ってるけど、大分抜けた。
 そのまま、部屋に戻っても……結構時間が余る。
 朝風呂、と言うのも贅沢なんだろうが、流石に教師がそこまで出来る訳も無い。
 生徒が起きるまでまだ時間がある、朝風呂をするには時間が無い。

「散歩でもするか」

 まだ少し眠いし。
 体を動かしたらちょうど良いくらいだろう。
 部屋に戻り、ネギ先生を起こさないようにさっさと着替えを済ませる。
 ……ネクタイは、後で良いか。それはポケットに突っ込んでおく。
 しかしまぁ、気持ち良さそうに寝てる事で。
 やっぱり、この歳で教職……と言うより、仕事はきついんだろうなぁ。
 もう少し手伝って上げれたら良いんだけど、でもちゃんと仕事も覚えてもらわないといけないし。
 少しのジレンマ。
 ネギ先生を子供と見るのか、先生と見るのか。
 ――ソレは、俺が決める事じゃないか。
 苦笑し、身支度を簡単に整える。
 そして溜息を一つ。

「…………はぁ」

 ネギ先生は頑張ってる。
 この歳で仕事をして、こっちが言った事をちゃんとしてくれる。
 まだ幼いけど、頑張って応えてくれる。
 俺も頑張らないとなぁ。
 頭じゃ全然敵わないのかもしれないけど。
 部屋からで、フロントへ足を向ける。
 きっと風景も綺麗なんだろうなぁ。
 フロントで缶コーヒーを一本買い、外へ出る。
 誰かに言った方が良かったかな、とも思ったけどまぁ大丈夫だろう。
 携帯も持ってきたし、フロントの人は居たから外に出る所は見られてたし。
 しかし、緑が多い。
 ソレが第一印象。
 道路も舗装され、街灯もちゃんとある――それでも、緑が多く感じる。
 麻帆良はもう人の手が入って無い所は少ないから、余計にそう思ってしまう。
 ……何となく、マクダウェル宅を思い出した。
 そう言えば、あそこは自然に囲まれてたなぁ、と。
 そう考えると、あの子も良い場所に住んでるもんだ。羨ましい。
 とりあえず、旅館周りを一周するかなぁ。
 コーヒーをちびちび飲みながら、無言で足を進める。
 
「――ふぁ」

 贅沢な時間の使い方だなぁ。
 っと。

「おはようございます、先生」

「お、おはようございますっ」

「おはよう、絡繰、近衛――と」

 朝早いな、と言おうと思ったらその手に見慣れない――でも見覚えのある人形。
 えーっと……。

「チャチャゼロ、だったっけ?」

 確か、絡繰の名前に似てた人形。
 マクダウェルが俺に自慢してきた、初めて見せてくれた人形。

「はい、その通りです」

 おー、間違ってなかったか。
 しかし

「早いな、二人とも」

「はい、私は睡眠が無くても大丈夫ですので」

 ……そ、それは凄いな。

「あ、あはは――せ、先生はどないしたんですか?」

「ん? ああ、眠気覚ましに朝の散歩してたんだ。近衛達も?」

「えっと、ウチは少ししか眠れなかったんで、相手してもらってたんです」

「なんだ、疲れが取れないぞ?」

 折角の旅行なんだから、倒れないようにな、と。
 それに笑って答える近衛は……少し困ったよう。
 どうしたんだ?

「折角会ったんだ、少し話相手になってくれないか?」

「え?」

 ま、座らないか、と誘う。
 桜咲と何かあったのかな? それとも別の事か。
 近くのベンチに座り、景色を眺める。
 綺麗なもんだ。眺めてるだけでのんびりした気分になれる。

「飲み物要るか?」

「い、いえ」

「絡繰は?」

「いえ、大丈夫です」

 そうか? 遠慮しなくて良いぞ?
 そう言うが、どうもそんな気分じゃないらしい。
 うーん。
 何があったのか判らないが、何かあったらしい。
 あんなに修学旅行に意気込んでいた近衛が、どうにも、今朝は――何と言ったらいいか。

「調子はどうだ?」

「――」

 直球、というには少し外れ気味の質問。
 近衛はそれに応える事無く、何かを考えているよう。
 その横顔を一瞬横目で見、視線は後ろへ。

「絡繰も座ったらどうだ?」

 というか、何で後ろに立つ?
 少し居心地が悪いんだが。

「……いえ、マスターを起こしてきます」

 あ、あれ?

「お、おい、近衛と話してたんじゃなかったのか?」

「いえ。マスターは起床に時間が掛りますので」

 そうか?
 まぁ、アイツ自分で朝弱いって公言してるからなぁ。
 それじゃあ頼む、と苦笑してしまう。

「うーん。マクダウェルの朝の弱さはどうにかならんものか」

「はは、それはちょっと難しいと思いますえ」

 そうか? と。
 ついに近衛にまでそう言われるようになったか。
 もしかしたら、絡繰が偶に愚痴ったりしてるのかもなぁ、と。
 それはないか。マクダウェルの事本当に好きなんだし。
 そんな自分の考えに苦笑し、

「せんせ」

 それは、今までの呼び方より、少しだけ楽しそうな声。呼び方。
 何が変わったのか、と聞かれたら首を傾げるんだが――何かが違う呼び方。

「うち、麻帆良に引っ越してくるまで、京都のおーきな家に住んどったんです」

「大きな家かぁ……俺も一回は住んでみたいもんだ」

 でもまぁ、家族が一杯居ないと勿体無いなぁ、と。
 どれだけか判らないが、イメージは時代劇の武家屋敷で。
 あれだけ広いなら、さぞかし子供の頃は楽しいんじゃないだろうか?

「その家はえらい広くて、えらい静かなお屋敷なんです」

「そうか……近衛は兄弟は居ないのか? お兄さんとか」

「おりませんえ。家にはお父様と、沢山のお手伝いさん達ばっかりでした」

 なるほど。
 そこで同年代の子供は桜咲だけだった訳だ。
 そりゃ、大切な友達だよなぁ。

「山奥の家やから、友達一人もいーひんかったんですわ」

「なるほどなぁ」

「そんな時、なんとかって流派の人が来て、その時せっちゃんと知りおーたんです」

 ん。

「ウチの初めての友達は剣道やってて、凄く強くて、怖い犬追っ払ったり、危ない時は守ってくれた」

「……仲良かったんだなぁ」

「はい。一番の友達ですえ」

 それが、どうして今は距離を置いてるんだろう?
 それが本当なら、今でも仲良くしてても、と。

「なぁ、せんせ?」

「ん?」

「せっちゃん、凄い強ぉなってた……頑張ってた」

「そうか」

 そして、伸びをする。
 ……何となく、その横顔を見るのは躊躇われたので、横は向かない。
 しかし、どう応えたもんか。
 昨日何かあったんだろう、消灯の後に。
 気付かなかったが、あの後会ったんだろうなぁ。
 注意すべきなんだが、どうにも。

「それなのにウチは、そんなせっちゃんに何もしてあげれる事が無いんです」

「……ん?」

「足引っ張って、迷惑沢山掛けてた」

 でも、ウチの事嫌ってたわけじゃなくて、と。
 うーん。
 ふと感じたのは、どう表現すれば良いか……寂しそうか、不安、か

「近衛は、桜咲の事はどう思ってる?」

「好きですえ」

 その問いに、間髪入れない答え。
 まぁ、嫌いだったらこんな事相談しないよなぁ。
 桜咲が何を頑張ってたのか、近衛がどう迷惑を掛けたのかは判らない。
 だからまぁ、そう大それたことは言えないし、その答えを俺は持ってないのだ。
 これは本当に2人の問題で、きっとその答えは2人しか持ってない。
 絡繰にもこの事を相談してたんだろうなぁ。

「んー……どう言えば良いかな」

 どうしたもんか。
 髪を乱暴に掻き、言葉を探す。
 こんな時適切な言葉が簡単に出てこないのは、教師として失格だよなぁ。
 心中で溜息し、

「その事……桜咲が頑張ってたって、桜咲から聞いたのか?」

「ううん。昨日、エヴァちゃんから教えてもらいました」

 なるほど、と。
 まぁ旅行前の桜咲の状態なら、確かに誰かにそう言う事を云うような感じじゃないしなぁ。
 しかし、マクダウェルって桜咲とも仲が良かったのか。
 ……妙に気にしてたし、そうなのかもなぁ。

「なら、その事を桜咲に聞いてみたらどうだ?」

 俺は良く判らないけど、頑張るのは凄く大変な事だってのは判る。
 自分の為だけじゃ、頑張るのは凄く辛いって知ってる。
 ならきっと、桜咲が近衛を好きなら……それが頑張った理由なんじゃないかなぁ。

「……答えてくれますやろか?」

「どうだろうなぁ」

 そこは近衛の頑張り次第だな、と。

「せんせ、ウチな……何も出来ひんけど、せっちゃんの為に何かしたいんです」

「なら、弁当でも作ったらどうだ?」

 料理得意なんだろ、と。
 それは本当に何気なく出た言葉だった。
 特に考えも無く、何も出来ないと言った近衛の事を神楽坂やネギ先生がいつも褒めていた事。
 だから、俺にはそれしか思い浮かばなかった……というのが正しいか。
 何もできないっていうのは、今の俺みたいな状態を言うもんだ。
 はぁ。

「剣道部なんだし、栄養のある弁当は喜ぶと思うけどなぁ」

 少なくとも、俺は嬉しい。
 そう言うと、クスクスと笑われた。
 
「……ああ――ウチ、出来る事ありましたえ」

 だろう? と。

「何も出来ない人間なんて、居ないもんだ」

「そうですね」

「俺だって、話を聞くくらいは出来るしなぁ」

 それくらいしか出来ない、とも言えるけど、と。
 また、笑われた。
 小さく、でも楽しそうに。
 うん――小さく胸を撫で下ろす。
 桜咲との仲が拗れた訳じゃないみたいだし。

「ウチ、今日も頑張りますね?」

「おー……まぁ、教師としてはちゃんと班行動してさえしてくれれば」

 ……そう言えば、あとで雪広に目を光らせとかないとな。
 ネギ先生には……伝えない方が良いか、押しに弱いし。

「ウチの愚痴、聞いてくれてありがとうございます」

「まぁ、先生だからなぁ」

 生徒の相談にはのるもんだ。
 それくらいしか、俺がしてやれる事なんて無いからなぁ。
 ――もしかしたら、絡繰は気を使ってくれたのかもな。
 今度、何か理由付けてコーヒーでも奢るか。

「なぁ、近衛?」

 その後、桜咲の昔の事を近衛にいくつか聞いてみた。
 ……やっぱり、その事になると楽しそうに話すよなぁ。
 仲直り出来れば良いんだけど。







 朝食は……何と言うか、凄かった。
 豪華、という訳じゃないけど……なんか今までのコンビニ生活と違う。
 うーん、これは本気で舌が肥えないか心配だ。
 箸を咥えながら、心中でそう考えてしまう。
 やっぱり、簡単にでも料理をするべきか……だが、朝は眠いのだ。

「どうしたんですか、先生?」

「あ、あはは……今までの食生活との差に、今後が少し心配に」

「まぁ、コンビニのお弁当でしたようですからね、今まで」

 はは、と笑ってしまう。
 そう言えば、最近の葛葉先生は弁当だったなぁ。

「葛葉先生は、朝は作ってるんですか?」

「もちろんです」

 即答された。
 ……これは、本当に彼氏が出来たんだろうか?
 ちなみに、誰も怖くて聞けてません。
 温かい味噌汁が美味いなぁ。

「ところで先生、昨晩は大変だったみたいだね」

 とは瀬流彦先生。
 いやー、と。

「修学旅行の夜ですからね、半分覚悟してましたよ」

「今晩も大変そうだねぇ」

「他人事みたいに言わないで下さいよー」

 でもまぁ、一番騒いでたのもウチのクラスなわけで……なんとも言えない。

「それに、今日の自由時間の事もありますし」

 心配事が多いんですよ、と。
 それには笑って同意された。
 ……旅行って、疲れる。
 でもご飯は美味いなぁ。

「皆最初はそういうものです。先生も次はもっと要領良く出来ますよ」

「だと良いんですけどねぇ」

 ああ、味噌汁が美味い。
 ズズ、と吸うと体の芯から温まる感じ。

「それを差し引いても、昨晩は盛り上がってたようですけどな」

「はい、その通りです。申し訳ありませんでした新田先生」

 頭を即座に下げる。
 気分的に、しかも人目が無かったら土下座してもいい感じで。
 本当に昨晩はご迷惑をおかけしましたっ。
 ……主にウチのクラスの数人の事で。
 何で枕投げあんなに盛り上がるんだよ……。

「今晩も目に余るようでしたら――」

「その時は、自分も付き合って正座でもさせますよ」

 まぁ、そうならない事を祈ろう。
 ……大丈夫だよな、昨日あれだけ言ったし。
 …………不安だ。

「はぁ、なら良いですが」

「大変ですね、新田先生」

 どうぞ、と葛葉先生がその空いた湯呑みに茶を淹れてくれる。
 スイマセン、と小さく頭を下げる。

「ま、怪我しないならそれで十分だと思った方が良いかもね」

「それが一番ですけどね」

 しかし、昨日あれだけ遅くまで起きてたのに、しかも移動の疲れがあるだろうに元気なもんだ。
 何気なくクラスの皆を見るが、いつもとそう変わらない。
 むしろ何時もより元気なくらいだ。
 ……若いなぁ。

「ごちそうさまでした」

 箸を置いて、両手を合わせる。
 本当に美味かった……その余韻に浸りながら、残っていた茶を飲み干す。

「綺麗に食べましたね」

「作ってもらいましたからねぇ」

 それに、美味しいから勿体無いですし、と。

「コンビニ生活が長いせいですかね?」

「まったくです」

 流石新田先生、判ってもらえて嬉しいです。

「そう思うなら、御自分で料理をすれば良いでしょうに」

「朝は一秒でも長く寝ていたいものなんですよ」

「あー、それは判るなぁ」

「誰だってそれは同じです」

 さて、と。

「それじゃ、先にフロントの方に行ってますね」

「はい。生徒が勝手に出ないように見ていて下さい」

 今日も一日、頑張るかー。







 桜咲が近衛に追いかけられていた。
 ……だから、限度を考えて声を掛けろと。
 まぁそれが近衛らしいか。

「ネギくんっ、今日はウチの班と一緒に見学しよー!」

「佐々木さんっ、ネギ先生は私がっ」

 ネギ先生は相変わらずだなぁ……まぁ、雪広には那波が付いてるから安心か。
 まぁ偶に那波も楽しんでたりするが――あっちはちゃんと限度を知ってるようだし、大丈夫だろう。
 ふむ。
 いつも通りの3-Aだな、と。
 元気な事は良い事だ。俺も分けてほしいもんだ、本当に。
 そんな事を考えながら、食後のコーヒーを一口。

「あ、あのっ、ネギ先生っ!!」

 ごふっ!?
 き、気管にコーヒーがっ……。
 慌てて口からこぼれた分を手で拭う――ほっ、スーツにはつかなかったか。

「いきなり横で大きな声は勘弁してくれ、宮崎」

「あ、ご、ごめんなさい……」

 危なかった。
 流石に旅先にスーツの予備は持ってきてないからなぁ。
 そんな事を考えていたら、ハンカチが差し出された。

「大丈夫ですか?」

「いや、シミになるから良いぞ、桜咲」

 どうやら、近衛が傍に居ない所を見ると逃げ切ったらしい。
 ……まったく、不器用というか、何と言うか。

「ほら、宮崎。ネギ先生に用があるなら早くいかないと雪広に取られるぞ?」

 そう言うと、はっとしたような顔をし、小走りに駆けていった。
 青春だなぁ。

「良いんですか?」

「ん?」

「生徒と教師が、と思いまして」

 ああ。

「折角の修学旅行だしなぁ、楽しい思い出があった方が良いだろ」

 それに、流石に中学生で問題もそう起こさないだろう。
 ネギ先生も居ることだし、と。

「……先生、今日一日一緒に回りませんか?」

「ああ……いや、え?」

 普通に返事しかけて焦った。
 いや、人間あんなに普通に話しかけられると、警戒しないもんなんだな。
 周囲を見回す、

「近衛は?」

「こ、この……このちゃんも、一緒です」

 どうやら、逃げ切ったのではなく、諦めて俺を真ん中に立てる気らしい。
 というか――この二人、考える事一緒か。
 旅行前の買い物の時の近衛と、この桜咲……。

「2人だけでは、どう話して良いか」

「あ、あのなぁ」

 流石に、無理だ。
 俺にどうしろと? 仲直りする二人に挟まれた教師に、どうしろと?
 ……胃に穴が空きそうな光景だな。

「先生」

「いや、あのな? 桜咲、今回だけは無理だから」

 そんな顔されても、今回は首を縦に振らないからな。

「大体、先生にも仕事あるし」

「ぅ」

 他の誰かを代役に立てようにも……流石に、名を上げる事すら躊躇われる。
 そんな針のむしろに、誰が立てるものか。

「何でそんなに近衛を避けるんだ?」

「さ、避けている訳では……」

 まぁ、そうだろうな、と。
 今まで話を聞いた感じじゃ、嫌ってる訳じゃないみたいだし。
 そこは近衛に頑張ってもらうとして、だ。

「近衛の事を信じてやれよ」

「し……し、信じてますっ」

 そうか。

「なら、大丈夫だな」

「……え?」

 お互いに信じてて、お互いに好きあってて、なのに擦れ違ってる。
 でも、俺みたいに外側から見てたら判り易い2人。
 もう大丈夫かな?
 大丈夫だろうな。
 そう自問自答し、

「おい、先生」

「おー、マクダウェル。良い所に」

 ちょうど良い所に来たマクダウェルに振り向く。

「仕事が出来たから、まぁ、今日一日頑張れ」

「な、なんだ? おい、私は桜咲刹那に文句が……」

「判った判った。文句なら俺が聞くから」

「言えるかっ」

 頑張れよー、ともう一度。
 マクダウェルの背を押しながら、明日は大丈夫そうだなぁ、と。

「マスター、楽しそう」

「アホかっ」






――――――エヴァンジェリン

「まったく――」

「そう朝から怒るなよ」

 だ、れ、の、せいで怒ってると思ってるんだっ。
 あの臆病者の所為で、近衛木乃香への今回の件の説明で寝るのは遅かったから眠いし。
 ただでさえ吸血鬼は朝は弱いと言うのに。

「それより、今日はどうするんだ、先生?」

「ん? いや、他の班を見て回るけど?」

 ならちょうど良いか。
 昨日あの変な集団を逃がしたし、な。
 また昨日みたいにちょっかい出してくるかもしれん。

「お前は、ちゃんと班行動をしろよ?」

 ザジと絡繰が可哀想だろうが、と。
 ふん。

「安心しろ、ザジは雪広あやかに頼んできた」

「……もう自由だな、マクダウェル」

「当たり前だ。折角の修学旅行の時間だ、有意義に使わせてもらうよ」

「あのなぁ」

 溜息を吐かれた。
 ふん――私だって、自分が人付き合いが得意だとは思ってないさ。

「私と居るより、よほど楽しいだろうさ」

「……はぁ」

 それに、災難があるかもしれんしな。
 最悪、教師と一緒なら事前に潰せるかもしれん。
 茶々丸も居るから、先生を巻き込む心配も……まぁ、大丈夫だろう。
 その時は茶々丸と一緒に逃がすさ。
 それにあれだけ手傷を与えたから、今日は黙ってる可能性もある。
 瀬流彦も葛葉刀子も昼間は仕事があるから、そこはもうどうしようもない。
 近衛木乃香も……まぁ、大丈夫だろう。
 じじいからも何の連絡も無いし――。
 そういえば

「今朝、近衛木乃香と何を話したんだ?」

「ん? んー……桜咲の昔の話かな?」

「何で疑問形なんだ……」

「そう言うのは、他人からは教えないもんだ」

 まぁ、そうかもな。
 それより、と。

「ちゃんと班行動しろよ? 俺だって忙しいんだから」

「それより、今日は奈良公園だったな」

「……綺麗に流したなぁ」

 ふん。

「鹿は本当に居るのか?」

「居るんじゃないか? 有名だし」

 ふむ……。
 約1200頭――か。

「鹿の餌が食べられると言うのは、本当か?」

「せんべいは食べれるらしいな……食べた事無いけど」

「そうか」

 それは楽しみだ。

「……マクダウェル、後で雪広の班に混ぜてもらえよ?」

「判った判った、気が向いたらな」

「はぁ……」

 ま、茶々丸も反対せんだろうし良いだろう。
 しかし、

「バスはまだ来ないのか?」

「そんなに楽しみなのか」

「ふん」

 しょうがないだろう、外は15年ぶりなんだから。
 はぁ、何か飲むか。
 そう思いその場から立ち去ろうとし、
 チリン、
 と、小さな音。

「あ」

「ん? どうした?」

「ああ、いや」

 それを、ポケットから取り出す。

「何だ、持ってたのか?」

 失くさないように、ちゃんとしまっとけよ、と。
 それは判ってるんだが、

「何か、失くさない良い方法は無いか?」

「……携帯にでもつけてれば良いと思うぞ、ストラップ代わりに」

「ふむ」

 携帯か。
 ……持ってないな。

「そう言えば、マクダウェルって携帯持ってなかったんだな」

「何で知っているっ」

「いや、絡繰から聞いたんだが」

 ……またか。
 茶々丸、何かお前妙に先生と話してないか?
 まぁ別に良いんだが。

「丁度良い機会だし、旅行から帰ったら買ったらどうだ?」

 便利だぞ、と。
 ふん。

「ま、気が向いたらな」

「そうしとけー」

 ああ、早くバスが来ないものか。





――――――今日のオコジョ――――――

 ネギの兄貴、オレっちの事忘れてないよな?
 部屋に置き去りだけどっ。

「オイ、小動物」

「あ、チャチャゼロさん。おはようッス」

 そんな事を考えてたら、チャチャゼロさんから声を掛けられた。
 とりあえず、ケージの反対側の隅に移動する。
 ……怖がってなんか無いんだからねっ。

「オマエ、何カ芸ヤレヨ」

 いきなりの無茶振りっ!?
 ど、どうしろと……っ





[25786] 普通の先生が頑張ります 23話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/27 23:18
 一応ガイドブックに目を通して、確認はしてたんだけど、

「鹿が道を歩いてるんだなぁ」

 少し感動した。
 おー……。
 自由行動という事はもう言ってあるので麻帆良の皆はもう各々好きに動いてるんだが、その誰もがまず鹿を撫でていた。
 人懐っこいんだな。

「マスター、鹿せんべいを買ってきました」

「ああ」

 ……はぁ。

「マクダウェル? 俺が朝、旅館で言った事覚えてるか?」

「……言っただろう? 気が向いたら、と」

 むぅ。

「申し訳ありません、先生」

「あー、いやー……ああ、別に良いけどな」

 だから頭は下げなくて良いぞ、と。
 まぁ、一人で勝手に動かれるよりは……良い、のかな?
 どうだろうなぁ、と。

「どうした先生?」

「お前がソレを聞くか、お前が」

 まったく。
 だがまぁ、動かないなら仕方ない。
 そのうち他の所を見て回りたくなるだろうから、それまでは良いか。
 そう考える事にする。

「この辺りに居るから、移動する時は声掛けてくれなー」

「ああ、判った」

「かしこまりました」

 しかし、だ。
 何で俺の周りには一頭も来ないんだ?
 軽くショックである。
 マクダウェルや絡繰も撫でているんだが……うーん。

「後で餌かって来るかぁ」

 流石にそれなら大丈夫だろう。マクダウェルから貰うのも悪いし。
 あんなに楽しそうに鹿と遊んでたらなぁ。
 はぁ……どうして俺って動物に好かれないんだろうか?
 タバコは吸わないんだけどな。
 そんな事を考えながらトボトボと歩く。
 ええっと。ガイドブックにあった簡易地図を見る。
 何処から見て回るかなぁ……まぁ、もうしばらくは生徒はここに固まってるだろうから

「いまが大登路園地だから、もう少ししたら」

 次は東大寺、かな。
 そのまま道なりに見回るか。
 鹿もここら一帯に居るみたいだし、暇見て撫でよう。うん。

「先生、ほらほら、しかー」

「あんまり触り過ぎて噛まれるなよー」

「はーい」

「あと、お菓子とか食べさせたら身体に悪いらしいから食べさせるなよー」

 げ、という声。

「……食べさせるなら、ちゃんと餌を買ってこいよ?」

「は、はいー」

 大丈夫かな?
 一応しおりの注意事項にも解散する前にも一言言っておいたけど……まぁ、しおりを読んでる生徒なんて稀だよなぁ。
 もうしばらくは見てた方が良いみたいだな。
 苦笑し、近くにあったベンチに腰を下ろす。
 はぁ、しかし良い天気だなぁ。
 寝不足気味の体には辛い天気だ。眠くなってくる。
 少し離れた位置に居るマクダウェル達に目を向ける。
 ……あれだけ楽しそうなら、他の班のヤツとも馴染めると思うんだがなぁ。
 変にプライド高いし、そう言うのが苦手なんだろうけど。
 ――いつも不思議なんだが、何で絡繰はあんなに動物に好かれるんだろう?
 今も鹿に囲まれてるし。
 羨ましい。……俺の所は、相変わらず閑散としてるし。
 はぁ。

「でーっと」

「あ、先生。面白そうなの持ってるねー」

「ん? おー、朝倉か」

 ガイドブックを広げた矢先、前に立っていたのは朝倉の班……まぁ、雪広達の班である。
 ……目に見えて落ち込んでるなぁ、雪広。
 なるだけそっちを視界に収めないように、

「折角の奈良だからなぁ」

「何かお勧めの場所ってありますか?」

 とは那波。
 お勧め、ねぇ。
 ええっと、と。

「まぁ、やっぱり大仏とかだな、有名な所だと」

 というか、有名所の紹介ばっかり書いてあるし。

「あとは、少し遠いけど春日大社とか言ってみたらどうだ? 自然も綺麗らしいし」

「かすがたいしゃ?」

 村上……初めて聞きました的な言い方に苦笑してしまう。

「少しは地図くらい見てこい」

 入り口にあっただろうが、と。
 あはは、と笑い頬を掻くその照れた仕草にもう一度苦笑し、

「あっちの、春日大社の表参道を進めばいいから、後で行ってみたらどうだ?」

「了解ー。先生も後で行く?」

「多分なー、あと、ゴミはちゃんとゴミ箱に捨てろよー」

「判ってるって。マナーは守る女だよ、私は」

 そう言う所が不安なんだがなぁ、と。
 まぁ、その辺は那波と雪広が居るから安心か。
 ……片方はなんか魂抜けかけてるけど。

「大丈夫か、雪広は?」

「あやかちゃんはネギ先生を取られたショックで」

「取られてませんっ」

 あ、復活した。
 というか、ネギ先生?

「ネギ先生がどうかしたのか?」

 そう言えば朝、誰と見て回るとかで……ええっと、佐々木と雪広と、

「結局、佐々木の班と一緒に回ってるのか?」

「いえっ」

 あ、違うんだ。
 あと一人……ああ。

「宮崎か?」

「正解ー」

 ふぅん……まぁ、宮崎なら大丈夫かな?
 一応、見掛けたら声掛けるか。

「くっ」

「クラスメイトに嫉妬しない。というか、本気で悔しがるな、本気で」

 その雪広の姿に皆で苦笑してしまう。
 なんというか、微笑ましい。
 ……動機はアレだけど。

「それじゃ先生、他の所も回ってくるねー」

「それでは行ってきます」

「気を付けてな。何かあったら携帯にかけるんだぞ?」

 そして、ポン、と肩を叩かれた。

「ん? どうしたザジ?」

 そして、頷く。
 ああ、判ったって事ね。

「……携帯にかける時は、喋ってくれよ?」

 もう一度、頷く。
 うん。流石に電話越しじゃ理解できないからな。
 そんな俺たちの遣り取りに苦笑した一行を見送り、周囲を見渡す。
 結構まだ生徒達は居るけど……あ、新田先生と瀬流彦先生も居るのか。
 なら――移動して大丈夫かな?
 よし。

「新田先生、瀬流彦先生」

 少し離れた位置を歩いていた2人に歩み寄り、声を掛ける。

「先生、どうしたんですか?」

「あ、いえ。自分も移動しようと思ったんで、一応声掛けた方が良いかな、と」

「はは、まぁ助かるけど。好きに見回って良いよ? 折角の初めての修学旅行なんだから」

 そう言う訳にも、と苦笑してしまう。

「僕達ももう少しのんびりしてから、次は東大寺に行くから」

「生徒と一緒に、とまでは言えませんが、少しは楽しんだ方が良いですよ?」

「はい」

 そう言うものなのかな?
 うーん……まぁ、そう言ってもらえるなら、少し見回りついでに見て回るかなぁ。

「それじゃ、お言葉に甘えて」

「どうぞどうぞ。まぁ、そのついでに良からぬ事をしてる生徒を見かけたら」

「はい、判りました」

 そう返事を返し、何処に向かうか考える。
 まぁ、順当に行くなら東大寺か。

「絡繰ー」

 と、声を掛ける。
 マクダウェルから少し離れた位置で、しかしこっちも鹿に囲まれていた絡繰が何事も無かったようにこっちに歩いてくる。
 ……一緒に鹿が付いてくるから、見ている分には壮観だ。ある意味では怖いけど。

「どうしましたか、先生?」

「今度は東大寺に行くけど、どうする?」

 視線は、マクダウェルに。

「アレなら……」

 ええっと、他の班は――

「大丈夫です。少々お待ち下さい」

「え、あ、おい」

 マクダウェル楽しそうだから、もうしばらくここに居ても良いんだぞ、と。
 もう御主人様の方に歩きだしたその背に声を掛けるが、止まらない。
 そのままマクダウェルに二三言って、2人がこっちに向かってくる。
 ちなみに、鹿は相変わらず絡繰について回ってる。
 ……うーむ、凄い。

「なら、次は大仏を見に行くぞ」

「良いのか?」

 あんなに楽しそうだったのに、と。

「ふん。時間は限られてるからな」

 ああ、沢山回るつもりなんだな。

「絡繰は良かったか?」

「構いません」

 そうか、と。
 それじゃ、次は東大寺に行くかー。







 ……デカイ。
 大仏殿の大仏って、本当にこんなにデカイのか。
 ……学生時代に見たはずなんだけど、こんなにデカかったか?
 良く見てないもんだなぁ、あの時は。遊ぶのに夢中だった気がするし。
 うーむ。
 大仏を近くで見る為に近づくマクダウェルの後ろに、絡繰と並んで付いていく。

「ほう、これが盧舎那仏坐像か」

「ん?」

 るしゃなふつざぞう?
 ええっと、

「奈良の大仏の正式な名称です」

「ほー……絡繰は良く知ってるなぁ」

「……いえ」

 はぁ、なるほど。
 この大仏の正式な名前はそう言うのか。
 知らなかった。

「ちなみに、大きさは約15メートル。正確には、14.7だったかな?」

「……何でそんなに詳しいんだ?」

 絶対、そこまで知ってる中学生なんてそう居ないぞ。
 そう言えば、綾瀬も神社仏閣に詳しいとか昨日言ってたな。
 教師としてはアレかもしれないが、もう少し他の、可愛らしい趣味とかは持たないものか。
 将来が少し心配になってくるなぁ。

「あ」

「ん?」

 そんな事を考えていたら、聞き慣れた声。
 その声のした方に顔を向けると、ネギ先生と宮崎が居た。
 あれ?

「どうも、ネギ先生」

「こんにちは、ネギ先生」

 ちなみに、マクダウェルは大仏に夢中のようだ。
 ……挨拶しろよ、とその頭に軽く手を乗せる。

「よう、ぼ……ネギ先生。二人か?」

「あ、はい。明日菜さん達は少し用があるとかで」

 はぁ、もう少しちゃんとした挨拶をしてくれよ。

「そうですか。どうです、楽しんでますか?」

「はいっ」

 それは良かったですね、と。
 宮崎は……顔を少し紅くして、プルプル震えていた。
 ……ええっと。

「宮崎?」

「は、はいっ」

 ……緊張してるんだな。
 判りやすすぎて、どうにも……なんか、心配なんだが。

「どうだ、楽しんでるか?」

「は、ははいっ」

「……深呼吸をしろ。ほら、息を深く吸って」

 どうして教師の俺が、心配しなければならないのか。
 苦笑してしまう。
 まぁでも、折角の修学旅行だし、少しでも楽しい思い出があった方が良いよなぁ。
 
「はぅぅ」

「ネギ先生も、自分ばかり楽しんだら駄目ですよ? ちゃんと宮崎を見てないと」

「はい、すみません、のどかさん」

「い、いえっ」

 あ、また緊張した。
 まぁ、これ以上手助け、というのも変だけど……手を貸すのはな。宮崎には悪いけど。
 ……青春だなぁ。

「ネギ先生、見回りの方もお願いしますよ?」

「は、はいっ」

 一応釘を刺しておく。
 流石に、宮崎と二人で行動ばかりされても困るし。
 さて、と。
 そうなると、神楽坂達はどこか近くに居るのかな?
 どうせこの二人の為に、とか言う感じだろうし。

「それじゃ。ネギ先生、しばらくここで他の生徒達の事を見てもらってていいですか?」

「はい、判りましたっ」

 良い返事ですね、と。
 やっぱり、自分でどう仕事をするか、というのがまだ苦手なんだろうな。
 こうやって何をして下さい、と言えばちゃんと仕事をしてくれるし。
 ……見掛けたら、声掛けるようにした方が良いかな。

「ぼーやもちゃんと仕事をするんだな」

「そりゃしてもらわないとなぁ。あと、ネギ先生な」

 まったく。居なくなった途端これだ。

「先生、申し訳ありません」

「何で謝るんだ、茶々丸っ」

「ああ、いい、いい。こっちはのんびりやっていくから」

 そう簡単にこの性格も変わらんだろう、と。

「どーいう意味だ、先生?」

「そりゃー、まぁ、なぁ?」

「ちゃんとこっちを見て喋れっ」

 何で教師に命令口調なんだよ、と。
 俺以外だったら怒られるぞ、まったく。
 ……どうにかしないとなぁ。
 まぁ、それはさて置いて、と。

「ええっと」

 多分こっちの方辺りに……。
 あの子らの性格だから、

「先生、先生」

 あ、居た。

「綾瀬と……早乙女か」

 神楽坂達は、一緒じゃないのか。
 まぁ多分どこかであの二人を眺めてるんだろうけど。

「……何をやってるんだ、お前らは?」

「こんにちは、夕映さん、ハルナさん」

 こんにちは、と挨拶を交わす俺達。
 しかし、寺の柱の陰で覗き見とはなぁ……はぁ。

「宮崎と一緒に見て回らないのか?」

「……先生、意地悪です」

 そうか? と。
 まぁ、判ってて言ってるんだしそうだろうなぁ。

「馬に蹴られたくはないんで」

「あのなぁ」

 苦笑してしまうのも仕方が無いだろう。
 どうしてこの年頃の女の子は、こう、恋愛に過度の興味を持つのか。
 まぁ、それが悪いのか、と言われれば悪くはないのだが。

「教師としては応援は出来ないから……まぁ、ほどほどにな?」

「ありがとうです」

「それで十分だよ、先生」

 本当は止めるべきなんだろうが、折角の修学旅行が勿体無いしなぁ。
 こんな事があった、ってそうやって楽しい思いが出来れば良いかな、と。
 ……流石に、不適切な関係になるのは止めるが。
 そう言う意味では宮崎と回ってるのは安心できる。
 これが雪広だったら……那波に頼んで引き離すしかないからなぁ。

「ま、お前達も折角の修学旅行なんだから楽しめよ?」

「はいです」

「判ってるって」

 ならいい、と。
 それじゃ――もう少しこの周りを見て回るか。

「そんなに気になるんなら、もっと手を貸せばいいのに」

「それじゃ駄目って事だろ」

 あー言うのは本人の意思が大事なんだよ、と。

「そう言うものか?」

「そういうもんだ」

 さて、と
 確か、外におみくじあったから引いてみるか。

「ふん、そうだな」

 だから、何でそんなに偉そうなの?
 はぁ。
 東大寺の入り口脇、少し離れた所にあるおみくじ売場。
 えっと、一回500円か……高いのかな?

「マクダウェル達も引くか?」

「良いのか?」

「まぁ、小遣いはお土産用にでも取っといた方が良いだろ?」

 これくらいなら良いだろ、と。

「ありがとうございます」

 いい、いい。
 それに、絡繰には今朝も少し気を使わせたみたいだし。

「んー」

 ……末吉だった。
 まぁ、凶じゃないから良いんだが……何だかなぁ。
 えっと、確か引いたおみくじを木に結び付けるんだっけ。

「……吉だった」

「良かったじゃないか」

 だから、大吉が良かったとか言うなよ。

「凶より良いじゃないか」

「こー言う所は凶は入ってないんだよ」

「夢の無いヤツだなぁ」

 それに、入って無いんじゃなくて、数が少ないんだよ、と。
 まぁ、こんなおみくじだって気の持ちようって意味合いが今は大きいんだろうし。

「絡繰は?」

「私は平でした」

「……平?」

 マクダウェル、知ってるか? と。
 首を横に振られた。

「まぁ、名前からして凶よりは上……かな?」

「だと思うが」

 うーん……。

「せんせっ」

 ……あれ?

「おー、近衛か」

 声の方を向くと、こっちに駆けてきてる近衛……とその後を追う桜咲の姿。
 やっぱり二人で行動してるのか。

「どうだ、楽しんでるか?」

「はいっ」

 ま、それは表情を見れば判るか。
 今朝見た顔よりずっと良い。
 桜咲は――うん、何と言うか……照れていた。
 そう表現するのが一番のような表情。
 何かあったんだろうけど、何があったのかは判らないのであまり触れないでおいた方が良いか。

「そりゃ良かった。桜咲はどうだ?」

「え、あ、いえ。はい」

「どっちだ」

 苦笑して、どうしたもんかなぁ、と。
 こうも緊張していたら折角の修学旅行も一杯一杯だろうに。

「そうだ、近衛」

「はい?」

 そう言えば、近衛は占い研究部だったな、と。

「今おみくじ引いたんだが、平って良いのか? 流石に、初めて見たんだ」

 これです、と絡繰がそのおみくじを見せる。

「えっと、一番真ん中のヤツですえ」

「真ん中?」

「はい。吉と凶の間の事です」

 ほぅ、と俺の隣でマクダウェルが感心したように息を吐く。

「良く知ってるなぁ」

「えへへ、これでも占い部の部長ですからっ」

 なるほどなぁ。
 ……占いとおみくじって、まぁ……近くはある、のかな?

「そうだ、桜咲は京都に前は住んでたんだよな?」

「は、はいっ」

 そんな俺たちから一歩離れた場所に居た桜咲に声を掛ける。
 緊張してるなぁ。

「あー……この辺りで景色の良い所って何処か知ってるか?」

「景色、ですか?」

 ああ、と。
 こう見えても散歩が趣味なんだ、と。

「散歩ついでに、見に行ってみようかな、と」

「えっと……それでしたら、片岡梅林とか三社池が生徒の皆さんも多分居るし、景色も」

 若草山とか春日山遊歩道が個人的にはお勧めですが、と。

「詳しいなぁ」

 場所は、後でガイドブックで調べるか。

「そ、そうでしょうか?」

「お勧めまで出るなら、十分詳しいだろうが」

「あぅ」

 そう突っ込んでやるなよ、マクダウェル。
 折角話を振ったのに、また固まったじゃないか。

「刹那さんと木乃香さんは、これから何処を回られますか?」

「え? ウチらは……」

 いや、そこで俺を見られても。

「大仏さん見てから、次は考えてませんえ」

「まぁ、折角の旅行なんだから……桜咲としっかり遊んで来い」

 というか、流石にどう話を振れと?
 誘うは却下で。
 綾瀬達ではないが、馬に蹴られる趣味は無い。
 意味合いは全然違うけど。

「はーいっ」

「せ、先生!? ちょ……」

 おお、手を握っただけで桜咲が黙った。
 同性なのに、そんなに恥ずかしいのかな?
 そう言う年頃なのかもなぁ。

「ま、他の人に迷惑かけるなよー」

「判っとりますえ。それじゃ、せんせ」

 元気だなぁ、近衛。
 らしいと言えばらしいけど……頑張れ、桜咲。

「なんだ、随分とまぁ」

「そうか? 昔はもっと仲良かった見たいだぞ?」

「……先生も大概だな」

 何でそこで俺?
 首を傾げるが、どうやらその答えは無いらしい。

「次はどうする? 個人的には春日大社の方に興味があるが」

「なら、そっちに行くか」

 若草山にも興味があったが……時間的に厳しいかなぁ。
 まぁ、行く途中に片岡梅林という所も通るし、そっちにするか。







 片岡、と書かれた岩が置かれた場所。
 ここが桜咲が言っていた片岡梅林らしい。

「良い所だなー」

 緑が多いし、鹿もまばらにだが居るし。

「ふむ……名前は知っていたが、どうして」

 マクダウェルも気に入ったらしい。
 周囲を見回しながら、しきりに頷いている。

「なぁ、絡繰?」

「どうかしましたか、先生?」

「いやー、どうしたらそんなに動物に懐かれるのかなぁ、と」

 数匹の鹿に囲まれている絡繰に聞いてみる。

「いえ、特に何かしている訳では」

「だよなぁ」

 しかし、羨ましい。
 相変わらず俺の周りには鹿は寄ってこないと言うのに。

「あ、先生!?」

 っと。

「……神楽坂か?」

 どうした、そんなに慌てて、と。
 息を切らして走ってきたのは神楽坂、それに驚いて鹿が逃げていくが。

「ほら、深呼吸しろ。大丈夫か? 飲み物は……」

 近くには無いな。

「だ、大丈夫」

「どうした? 何かあったのか?」

 気付いたら、傍にマクダウェルも来ていた。
 妙に真剣なのは、神楽坂が来たからだろうか?

「う、ううん……一大事、って言えば一大事だけど、ええっと」

 ん?
 妙に要領を得ないと言うか、思ったより焦った風じゃないと言うか。

「ほら、落ち着いて話せ。待っててやるから」

 あ、神楽坂にだとこんな風に言うのか。
 ……教師とか、他のクラスメイトにもそう言えば良いのに。

「何だ?」

「ん、それで神楽坂、どうしたんだ?」

 俺を探してたみたいだけど、と。

「えーっと、ちょっと……ね?」

 何故そこでどもる?
 何があったんだ? そう急ぎじゃないみたいだけど。

「ね、ネギがね?」

「ネギ先生?」

 はて? さっき会った時は普通だったけど。
 隣のマクダウェルを見る。
 こっちも同じように考えたのか、首を捻っている。

「……エヴァ、茶々丸さん、ちょっと来て」

「お、おい?」

 あー。
 マクダウェルが引っ張られていき、絡繰もこっちに一礼してそれを追いかけていく。
 ……結局、何だったんだ?
 マクダウェルにに何か用だったみたいだけど。
 ま、いいか。
 あの様子じゃ、ネギ先生に大事があった訳じゃないみたいだし。
 そのまましばらく一人で待つ事にする。

「おーい」

 鹿に手を伸ばすが、逃げられる。
 なんでだ?
 くそう。
 それから何度か挑戦したが、全敗。
 はぁ。
 木製のベンチに腰掛け、溜息を一つ。

「どうかしましたか?」

「ん? 神楽坂の話は終わったのか?」

「はい。マスターたちはもう少ししてから戻られるそうです」

 そうか、と。

「……鹿を、撫でたいのですか?」

「おー、けど逃げられてなぁ」

 さて、と立ち上がる。
 まだ回る所は多いから、少し気合を入れる。

「少々お待ちを」

「ん?」

 そう言うと、絡繰は一頭の鹿の元へ。
 ……?
 数分後、その鹿を従えて戻ってきた。
 ――相変わらず、動物に好かれてるなぁ。

「どうぞ」

「……え、良いのか?」

「はい」

 まさか、麻帆良の猫のように連れてきてくれるとは思っても無かった。
 凄いな。

「絡繰、将来動物園ででも働くか?」

「いえ。私はマスターと一緒に在ります」

「……そうか」

 その独特の言い回しが可笑しくて、小さく笑ってしまう。
 そのまま、鹿の頭に手を伸ばす。

「おお」

 予想していたより、結構毛が堅い。
 でも撫で心地良いなぁ。

「この子はメスです」

「そうなのか?」

「オスには角があります」

「あ、そうやって見分けるのか」

 なるほどなぁ、と。

「良く知ってるなぁ、絡繰は」

「いえ、そうでもありません」

 そうか?
 多分、俺より物知りじゃないか? と。
 教師としてはどうかと思うが、そう言ってしまった。

「……いえ、私は情報として知っているだけですから」

「それだって十分凄いって思うけどな」

「これは、ズルイ、と言える事です」

 ズルイ?

「誰かから言われたのか?」

「いえ」

 ふむ。
 記憶力が良いって事かな?

「けど、その鹿の事だって自分で必要だと思って調べた事なんだろう?」

「はい。奈良の事は私の判断で調べました」

 また堅苦しい言い方だなぁ、と苦笑してしまう。

「なら、良いんじゃないか?」

 おお、この鹿本当に逃げないなぁ。
 ……はぁ、俺も絡繰の半分、いや少しで良いから動物に好かれたい。

「絡繰が必要だって思ったから調べたんだろう?」

「はい」

「なら、ズルくはないと思うけどなぁ」

 本当にズルイっていうのは、自分で何もしなくても何でも手に入る人の事だと思うぞ、と。
 そう言う意味では、絡繰は必要だと思い調べる行動をしてるから、と

「そうでしょうか?」

「まぁ、俺の考えだから間違ってるかもしれないけど……そう自分の事をズルイとかはもう言わないようにな?」

「判りました」

 自分で考えて行動したんだ、俺はズルイなんて思わないけどな、と。
 しかし、

「マクダウェルと神楽坂、遅いな」

「……はい」






――――――エヴァンジェリン

 はぁ、春日大社は壮観だったな。
 やはり古都京都――見るべき所が多い。
 呪いが解けたら、また来よう。
 旅館の一室でそう独り語ち、茶々丸に入れさせた茶を一口啜る。

「マスター、楽しそう」

「まぁな」

 しかし、今日は一日何も無かったな……まぁ、一つ問題とも言えない事があったみたいだが。

「あぅーー」

 はぁ、鬱陶しい。
 部屋の畳の上に転がるぼーやを一瞥し、

「それで、桜咲刹那、近衛木乃香。どうした? 何か言いに来たか?」

「はい」

 ほぅ――良い眼をするようになったじゃないか。
 昨日の夜、魔法の事を伝えた時の不安、怯えが影も無い――訳ではない。
 確かにそれは奥底に、ちゃんと在る。
 それでも……まっすぐに私の目を見てくる。

「エヴァンジェリン、一つ、頼みがある」

「言ってみろ」

 見当はついている。
 仮契約。
 近衛木乃香は魔法のまの字も知らず、桜咲刹那は生粋の剣士だ。その知識はどちらにも無い。
 ぼーやもそこまでの教育は受けていないらしい。
 そうなると、仮契約を行えるのは私とぼーやの使い魔のオコジョだけ。

「ウチとせっちゃんの仮契約を手伝って下さい」

「え!?」

「いよっしゃーーーーっ!」

「茶々丸、チャチャゼロ」

「申し訳ありません、オコジョさん」

「マ、ショウガネェナ」

 ……少しは静かに出来んのか、この小動物は

「はぁ。良いのか?」

「ああ、頼む」

 ――――ふむ。

「で、でも、危ないですよっ。木乃香さん、魔法は……」

「でもな、ネギ君。ウチせっちゃんの役に立ちたいんよ」

「でも」

 はぁ。

「ぼーや。それでも、何の対策も無しで居るよりは、一つでも使える手があった方が良い」

 特に、近衛木乃香は身を守る術すらない。
 だが仮契約をすれば――桜咲刹那という術を手に入れる。
 強制召喚。
 そして、アーティファクトによる桜咲刹那の強化。

「近衛木乃香、桜咲刹那について、何処まで聞いた?」

「え?」

「何を聞いたか言ってみろ」

 もし全部話してなかったら、却下だ、と。
 一度息を呑み

「えっと……せっちゃんが神鳴流の剣士で、」

 そこで言ったん言葉を切る。

「言え、大体知っている」

「――その、人と違うって事。聞きました」

 そうか、と。

「刹那。見せてみろ」

「…………ああ」

 一瞬の集中。
 その後に目に映ったのは――白。
 そうとしか表現できない、純白の……羽根。

「ほぅ」

「うぁ」

 見るのは初めてだが、中々どうして。

「凄い、綺麗です」

「――ありがとうございます、先生」
 
 そう言い、羽根を戻す。
 まぁ、一応この部屋は人避けの結界がしてあるが何処に人の目があるか判らないからな。

「せっちゃん……」

「お、おじょ――」

 そう言おうとした唇を、その細い指が押さえる。
 いや、近い。近いからお前ら。

「凄い綺麗や」

「……このちゃん」

 あー……こほん。

「それで、どうでしょうか、エヴァちゃん?」

「今夜、他の奴らが寝静まった時にこの部屋に来い。契約の準備は済ませておく」

「……ええんですか?」

「その方が、私も楽が出来るからな」

 しかし、今のはぼーやには刺激が強過ぎたか。
 顔を真っ赤にして固まっていた。
 ――何をやってるんだか。

「木乃香。……辛いぞ?」

「ええです。それでも――大事な人の為なら、もっと頑張れますから」

 ……ふん。
 良い顔をするじゃないか、お嬢様。





――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

 ち、チクショウッ。
 チクショウ、チクショウ――ッ!!
 め、目の前に金がっ、――契約がッ!

「そんなに暴れないで下さい、オコジョさん」

「離せッ、離してくれ嬢ちゃんッ!」

 オレっちはッ!
 何のためにここに来たッ!!
 オレっちはッ!

「あ」

 ――――――オレっちの存在理由はッ!!

「オコジョさん、毛が……」

「アア、ソコ? 昨日チョット切ッテヤッタ喜ンデナ」

「チャチャゼロさん!? 何したんすか!?」

 毛!? 毛って何!?

「……綺麗な十円くらいのサイズです」

「我ナガラ器用ナモンダゼ」

 おいいいいぃぃいいぃぃいい!?




[25786] 普通の先生が頑張ります 24話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/26 22:34

 ふと見回りも兼ねて旅館内を歩いていたら

「……………」

 ロビーで固まっているネギ先生を見つけた。
 ……何やってるんだろう?
 そう言えば、帰りのバスの中でも様子が変だったな。

「どうしたんですか、ネギ先生?」

 とりあえず、声を掛けてみる事にする。
 話を聞いてみないと、どうにも出来ないし。

「……………」

「あれ?」

 反応無し。
 無視されていると言うより、考え事をしていて聞こえていないような感じ。
 どうしたんだろう?

「ネギ先生?」

「……………」

「はぁ」

 コツ、と軽くその頭にゲンコツを落とす。

「あた」

「どうしたんですか、ボーっとして」

 まだ今日は終わってませんよ、と。
 まだ晩御飯も風呂も消灯後の見回りもあるのだ。
 ここでダウンされると困ってしまう。

「あ、せ、先生っ!?」

「いやいや、そんなに慌てなくて良いですから」

 深呼吸深呼吸、と。
 それを聞いて真面目に深呼吸するネギ先生に苦笑しながら、もう一度聞いてみる。

「どうしたんですか?」

 考え事していたみたいですけど、と。

「あ、えっと……その」

 うん?
 何でそこで顔を赤くするんですか?
 しかも、その後また考え込んで、次は青くなった。

「どうしたんです? 悩み事ですか?」

 相談に乗りますよ、と。
 あまり安請け合いは宜しくないんだろうけど、こうも悩まれたらなぁ。
 出来れば自分で悩んで、自分で解決してほしいんだけど――今回は少し毛色が違うようだ。

「せ、せんせぇ」

「なんて声出してるんですか」

 シャンとして下さい、シャンと。

「ご、ごめんなさいっ」

「はは。それで、どうしたんですか?」

「え、えっと……その、これは皆さんには内緒にして下さいね?」

「はい」

 判ってますよ、と。
 と、その前に。

「何か飲みますか? ちょっと喉が渇きまして」

 自販機の前に行き、財布を開く。
 さって、俺は――今回は冒険は止めとくかぁ。
 この前は微妙な目にあったからな。

「ぅ、い、いつもスイマセン」

「いえいえ、ミルクティで良いですか?」

「あ、はいっ」

 そんな畏まらなくても良いのに。
 ネギ先生の分と自分の分のジュースを買って、

「そう言えば、あんまりクラスの子達に聞かれたくない話なんですよね?」

「え? あ、はい」

「なら部屋に行きましょうか。誰が通るか判りませんし」

 フロントなんて、いつ誰が通ってもおかしくないですし、と。

「あ、そうですね」

 よっぽど悩んでいたんだろう、そんなこと誰だって気が回るだろうに。
 さて、どんな事で悩んでいるのやら。
 出来れば、俺が応えれる事だと良いんだけど。

「そう言えば、今日はどうでした? ちゃんと楽しみましたか?」

「はい、それはもう――すみません、お仕事が」

「ちゃんと仕事してたじゃないですか」

 宮崎よりも見学を優先してたのは駄目ですけどね、というと、返事が返ってこない。
 あれ?

「ネギ先生?」

「あぅー」

 あ、もしかして宮崎と何かあったのかな?
 ……まさか、なぁ。
 あの奥手な宮崎が手を出したとか?
 雪広よりは大丈夫だと思ったんだが……旅先の解放感的なものだろうか?
 まぁ、俺の気のせいだろうけど。

「大仏の他には何を見に行ったんですか?」

「え、あ、そうですねー……え、っと、その後はまた大登路園地に戻って、鹿に餌を」

「はは。もっと他の所も回れば良かったのに」

「いえ……あまり遠くに行くと、戻って来れなさそうでしたんで」

 なるほどなぁ。
 それに、流石に迷子になりましたって連絡も入れたくないだろうしな。
 その辺りを自制できるのは本当に流石だな、と。
 まぁ、それはさて置き
 部屋に着いたので中に入る。

「それで、どうしたんですか?」

「えっと」

 座布団を二枚、テーブルをはさんで座れるようにして置く。
 その一枚に座り、さっき買った缶コーヒーを開ける。
 ……部屋で話聞くなら、お茶で済ませればよかったな。まぁいいか。

「そう言えば、なんか神楽坂が言ってたみたいですけど、」

 なかなかネギ先生から答えが来ないので、自分なりに聞いてみる。
 アレは確か――ああ、そうだ。

「ネギ先生がどうとか……マクダウェルに話してたみたいですけど」

「う!?」

 ……当たりか。
 何やったんだろう?

「別に怒りませんから、言ってみて下さい」

 一人で悩んで時間を潰すよりも、マシかもしれませんよ?

「は、はい――わ、笑いません?」

「? 笑いませんよ」

 そんな変な事だろうか?
 気を付けよう……本当に悩んでるようだし。

「で、どうしたんですか?」

「その、ですね」

 はい、と。
 続きを、静かに待つ。
 そしてミルクティを一口飲み

「ええっと、宮崎さんに告白されたんです」

「――――はい?」

 危うくコーヒーを落とす所だった。
 告白? あの宮崎が?

「……告白ですか?」

「告白です」

 はぁ……あの奥手な宮崎が。
 頑張ったもんだな。
 もしかしたら綾瀬と早乙女が背中を押したのかもしれないが……なぁ。

「それで、どう応えるか迷っている、と?」

「は、はい……」

 また難しい事で悩んでるな。
 しかし、生徒から告白か……何と言うか。

「まぁ、それで、ネギ先生は宮崎と付き合うかどうか迷ってるんですか?」

「そ、それが――やっぱり、付き合った方が良いんでしょうか?」

 うーん。

「そう言う考えはいけないと思いますよ?」

「え?」

「まず、ネギ先生はどうしようとしてたんですか?」

「……奥ゆかしいと言われる日本女性に告白された以上、英国紳士として」

 なんですかそれは、と小さく苦笑してしまう。

「そんな他の人の意見なんてどうでも良いでしょう?」

 告白されたのはネギ先生で、したのは生徒の宮崎なんですから、と。

「日本女性やら英国紳士やらはまず置いておいて」

「はい……じゃあ、お姉ちゃんが言ってたみたいに」

「お姉ちゃん?」

 あ、ネギ先生お姉さんが居たんだ。
 ……いま中学生くらいかな?
 まぁそれは良いとして。

「そのお姉さんはなんて言ってられたんですか?」

「その、先生と生徒がそんな関係は、って」

「……そうですね」

 まぁ、それが正解でしょうね、と。

「ネギ先生は、宮崎の事をどれくらい知ってますか?」

「え? 宮崎さんの事をですか?」

「はい」

 どうですか? と。
 帰ってきたのは名前、誕生日、本が好きという事、と言ったくらい。

「……これくらいです」

「きっと、宮崎もそのくらいしか知らないんじゃないでしょうか?」

「え?」

 知り合ってまだ半年も経ってないのだ、それくらいが普通だろう。
 同じ学生と言う訳でもない、担任と生徒と言うくらいしか接点が無いのだ。

「でもそれでも宮崎はネギ先生に告白したんですよね?」

「はい」

「ネギ先生は、そのくらいしか知らない相手に告白できますか?」

「……どう、でしょうか」

 きっと、出来ないだろう。
 俺なら無理だ。
 相手を知って、その相手の良い所に惹かれていく――それが、恋愛だと思うから。

「やっぱり――」

「まぁ、そう急いで答えを出さない方が良いですよ?」

「え?」

 そこは、この子の悪い癖、なのかな?

「でも、折角勇気を出した宮崎の気持ちを簡単に否定するのは、良くないでしょう?」

「そ、そうですね」

「それに、ネギ先生が知らないだけで、宮崎は凄く良い子なのかもしれません」

 もしかしたらネギ先生が将来理想に思えるような女の子かもしれませんよ、と。

「え、え?」

 はいはい、照れないで下さい。
 コーヒーを、一口飲む。

「別に告白されたからって、受けるか断るかしか選択肢が無い訳じゃないでしょう?」

「そ、そうでしょうか?」

「特に、宮崎は中学生。ネギ先生だってまだ10歳でしょう?」

 時間なんて、まだまだある。
 3年生の時間だって、まだ始まったばかりだし。

「知らないなら知って、判らないなら二人で考えるのも良いんじゃないんですか?」

「……そうでしょうか?」

 でも、と。

「世の中、教師と生徒が、って言うのは厳しいです。出来れば俺も反対です」

「先生は、反対なんですか?」

「そりゃ反対ですよ? 先生ですからねぇ」

 そう言って、笑う。
 教師と生徒の関係は難しい。
 少し他の生徒より仲良くしただけで叩かれる。
 少し厳しくしただけで、親御さんからは怒られる。
 ……こういう考えは、本当はいけないんだろうけど。

「先生って言うのは難しいんですよ? 多分、ネギ先生が考えている以上に」

「そうなんですか……」

「だから、宮崎の件を最終的にどうするかはネギ先生次第です」

「え?」

「告白されたのはネギ先生。俺じゃないですから」

 相談には乗りますけどね、と。

「あ、あの?」

「俺は反対です。でも、それをネギ先生に押し付ける気はありません」

 さっき言ったみたいに、二人で考えるのもありかもしれません。

「知らない事を知って、判らない事を考える。時間を掛けて、ゆっくりと」

「…………」

「そうやって過ごした時間が、いつか答えになりますよ」

 まぁようするに、と。

「ネギ先生と宮崎にはまだ早い、と思いますよ?」

 急いで答えを出したって、後悔するのが関の山なんですから、と。

「ゆっくり答えを探しても良いんじゃないですか? この一年は嫌でも一緒なんですから」

「……はい」

「まぁ、ネギ先生がどうしても宮崎と付き合いたい、って言うなら……」

「い、いえ……」

 卒業したら、教師と生徒じゃなくなるわけだし。
 この年代でこの歳の差は目立つだろうけど、二人とも似た所があるから結構合うかも知れない。
 別に今答えを出さなきゃいけない――そんな事は無いんだし。

「ま、そこをどう宮崎に説明するかは、ネギ先生次第ですね」

「あ、あはは……」

 さて、と。
 立ち上がり、部屋の外に向かう。

「それじゃ、見回りに行ってきますね?」

 晩ご飯まではゆっくりどうぞ、と。

「先生」

「はい?」

 そう呼び止められた。

「ありがとうございました」

「いえいえ。あまり役に立てなくてスイマセン」

 本当なら、反対です、とちゃんと言った方が良いのかもしれない。
 でも、この二人は――神楽坂や雪広とは違う意味のようだから。
 ちゃんと考えて、ちゃんとした答えを自分たちで出して欲しいって思う。
 ……俺ももう歳なのかなぁ。
 でも、生徒や10歳の子供に頭ごなしに駄目だ、と言うのも何か違うと思ってしまう。
 ちゃんと考えてもらって、それでもし危なくなったらまた横から口を出せば良い。
 ――そう考えてしまうのは、やっぱり駄目なのかな?

「それじゃ、宮崎の事は後はよろしくお願いしますね?」

「はいっ」

 元気だなぁ。
 俺も、負けないようにしないとな。







 見回りの為にロビーに行くと、生徒が外に出ていた。
 って

「おーい、かってに旅館の外に出るなよー」

 何やってるんだ?
 集まってるのは……神楽坂と絡繰と――?
 見覚えのある髪型は、全部俺のクラスの子達。
 ……まったく。

「何やってるんだ?」

「あ、せんせ。この子」

 近衛も居たのか、しゃがんでいたから気付かなかった。
 そう指差した先には、

「子猫?」

「はい。空腹だったようなので、調理場の方からミルクを頂いてきました」

「……いや、まぁ」

 まさか、旅先でも猫に懐かれるのか、この子は。
 羨ましい。
 じゃなくて、

「でも、あんまり旅館から出るなよ? 心配だから」

「……心配してくれるんです?」

「そりゃするさ、先生だからなぁ」

 しかし……。

「どこかの飼い猫かな?」

「首輪をしていた後も無いですから、おそらく野良かと」

 なるほどなぁ。

「可愛いねぇ」

「だなぁ」

 何で小動物と言うのはこんなに可愛いのか。
 ……いかんいかん。
 小さく首を振り、コホン、と一つ咳をする。

「それより、早く中に入れよ? もうすぐ晩御飯だからな」

 時間に遅れたら晩飯抜きだぞー、と。
 まぁ冗談だが。

「はーい」

「あれ、皆で何やってんの?」

 ぬぅ、次から次に。

「朝倉、あんまり旅館の外に出るなよ?」

「先生達だって出てるじゃん」

 そりゃそうだ。
 まったく反論できん。

「うわ、子猫だ。可愛いなー」

「和美さん。写真は猫さんのストレスになりますので」

「あ、ごめんごめん。つい癖で」

 癖で写真撮る中学生って……流石ジャーナリスト志望。
 こう言うのが将来大物になるのかもなぁ、と場違いに感心してみたり。

「それでは、明日菜さん、和美さん、中に入りましょう」

「あ、そだね」

「面白いのもなさそうだしねー」

「木乃香さん、ミルクを入れた容器を後で返してもらって良いですか?」

 ん?

「あ、ええよー」

 少しの違和感。
 ……ああ、絡繰が人に頼みごとをするが珍しいのか。

「しかし、血沸き肉踊るスクープは無いもんかねぇ」

 何を旅先に求めてるんだか。

「朝倉ー、かってに旅館から出たら駄目だからなー」

「う。判ってますって」

 ならいいけどなー、と。

「木乃香、ガンバっ」

「……先生、それでは」

 ふぅ、流石に賑やかだなぁ。
 ――しかし、神楽坂の言葉に不安しかない。

「ふふ。よっぽどお腹が空いてたんやねぇ」

「結構飲むんだなぁ、子猫でも」

 だがまぁ、近衛を一人置いていく訳にもいかないし。

「何かあったのか、近衛?」

「え? あ、判ります?」

 やっぱりか……今日はよく相談される日だなぁ。
 旅先の解放感があるからだろうか?
 ……まぁ、近衛の場合は少し違うんだろうが。

「今日は結構上手く行ってたみたいだけど」

 それとも、やっぱり桜咲は答えてくれなかったんだろうか?
 うーん。あの性格なら近衛から歩み寄れば大丈夫だと思ったんだけどなぁ。
 こりゃ、悪い事したかもな。
 そんな事を考えながら、しゃがみ込んでいた近衛を見ると――笑っていた。

「なんだ。良い事あったみたいだな」

「……やっぱり、判りますか」

 ふむ。

「そりゃ」

「せんせだから、ですか?」

「おー」

 先に言われてしまった。
 でもまぁ、良いかなぁ、と。
 近衛が嬉しそうだし。

「桜咲と仲直り出来たか?」

「はい」

「そりゃ良かった」

 うんうん。
 友達は仲が良い方が良いもんな、と。

「……ありがとございます」

「ん?」

 礼なんて言われる事あったかな……?

「なんだ、相談に乗った事でも気にしてるのか?」

「う、そりゃ……あんだけ」

「別に気にしなくて良いからな? 迷惑だなんて思ってないんだから」

 以前絡繰から言われていたからか、先に言っておく。
 別に迷惑だなんて思ってない、と。

「教師としては、生徒から相談されるのは嬉しいもんなんだから、気にしなくて良いぞ」

 そういうもんですか? と。
 そう言うもんだ、と。

「まぁでも、教師に相談する前に友達に相談して解決してくれる方が良いけどな」

「判りましたえ。今度からは、明日菜とせっちゃんに相談する事にします」

「おー。そうしてくれ」

 そっちの方が、きっとお前達の為になるからなぁ。
 ……しかし、良く飲んだなぁ、この猫。
 途中からしか見てないけど、それでも結構飲んだな。

「それじゃ、容器は返しとくからもう中に入ってろ」

「ええんですか?」

「良いんだよ」

 どーせ、先生が出来る事なんてこれくらいしかないんだから。
 まだ空の容器を舐めていた子猫から、心苦しいが容器を取り上げる。

「明日の朝また来たら、飲ませてやるからなー」

 それが判ったのか、一鳴きして去っていく子猫。
 飲み物が無くなったら現金なもんだなぁ。

「せんせ、ありがとうございました」

 そして、そう言って一礼された。
 うーん……。

「そうされると、こっちが困るんだがなぁ」

 そう言うと、小さく笑われた。
 くすくすと――上品に笑うその姿は、やっぱり育ちの良さを伺わせる。
 学園長のお孫さんなだけはあるなぁ。
 そう思いながら近衛に背を向けて旅館に戻る。

「ねぇ、せんせ?」

「ん?」

 呼び止められた。
 振り返ると、満面の笑みの近衛が居る。
 嬉しそうだなぁ、と。
 もしかしたら綺麗とか、そう言う感情もあったのかもしれないが――最初はまず、嬉しそうだな、と。
 そう感じた。

「ウチ、頑張りますね?」

「おー……」

 どう、応えたもんかな、と。

「応援してる」

「――はいっ」

 ま、これなら桜咲の方も大丈夫そうだな。
 そして、並んで旅館に入る。

「それじゃ、晩ご飯の時になー」

「はいっ」

 元気良く走り去っていく近衛の背を目で追う。
 ……あの元気を半分くらい分けてほしいもんだ。







 しかしまぁ、

「元気過ぎるにも程があるだろ、お前ら」

「見つけた本人が言わないでよっ、先生っ」

「良いだろ別に、ちゃんと付き合ってるんだから」

 ふぁ、と欠伸を一つ。
 時間はもう夜の11時を回ろうとしている時である。
 ……早く寝たかったんだが、今日も無理か。

「佐々木に雪広、クーフェに長瀬……」

 お前らなぁ、と。

「良かったな、新田先生に見つからなくて」

「それを言われると辛いでござる」

「まったくアルね」

 ロビーで正座してる四人に――どうにも反省の色は無い。
 まぁ、旅館の夜に枕投げなんて俺もやったしなぁ。
 何で盛り上がるかなぁ、経験はあるが、イマイチ理由は判らない。

「ま、全員捕まるか日付が変わるまでは我慢しろ」

 この正座も旅の夜の醍醐味の一つだろ、と。

「そんな!?」

「雪広……まぁ、落ち付け」

 ネギ先生が関わって無いから、巻き込まれただけなんだろうけどな――っと。
 また新田先生が数人連れてきた。

「鳴滝姉妹に神楽坂か……」

「「ごめーん、先生。捕まっちゃった」」

 捕まっちゃったじゃない、二人とも。はぁ。

「スイマセン、新田先生」

「はは、大変ですな先生も」

 いやー、と。
 頭を上げると、苦笑されていた。
 ……恥ずかしい。

「一応、12時までは付き合いますんで」

「ま、そうですな。それではお願いします」

 はい、と。
 その背を目で追い、明日また謝ろう、と。
 まったく。 

「お前らも、明日新田先生に謝れよ?」

「はぁい」

 元気が良いのも困ったもんだ。

「せめて部屋の中でやれよ。何で廊下に出たんだ?」

「いやー、白熱しちゃって」

 とは神楽坂。
 そんなに楽しそうに言うなよ……一応俺も教師、怒る立場なんだが。

「はぁ、お前ら修学旅行が終わったら覚悟しとけよ?」

「え?」

 その笑顔が凍る。
 他のメンバーもだ。

「まさか、お咎め無しだなんて思ってたのか?」

「そ、そんなぁ……」

「ま、皆で居残りして勉強でもするか」

 冗談だけどな。
 だが相当堪えたのか、みんな黙ってしまう。
 やり過ぎたかな?

「それじゃ、もう戻って良いぞ」

「……え?」

「明日も旅行は続くんだ、寝不足で楽しくなかったら嫌だろ?」

「良いんですの?」

「おー。その変わり、明日もこうなったら覚悟しとけよ?」

「……はぁい」

 良い返事だ、と。
 もう夜も遅いし、まぁ……それなりには反省してくれただろう。
 折角の旅行なんだ、寝不足じゃ可哀想過ぎる。

「先生は最後に見回ってくるから、まっすぐ部屋に帰れよ?」

「心得たでござる」

 よし、と。

「それじゃ、また明日なー」

「おやすみアルー」

 んじゃ、最後に見回ってから寝るか。
 ……今日も、日付変わりそうだなぁ。
 そう言えば、目覚まし買って無いや……はぁ。





――――――エヴァンジェリン

「おい、二人とも指を出せ」

 さっきまでクラスの奴らが騒いでたようだが、それも落ち着いて――日付が変わろうと言う時間。
 昨夜言った通り、木乃香と刹那の2人が来た。
 ……眠いが、まぁ仕方が無い。私が言った事だしな。

「指?」

「どないすんの?」

 魔法陣を組み上げ、畳の上に展開。
 跡が残らないのように魔力で造り上げたソレの中心で、2人にナイフを向ける。

「吸血鬼式だ。互いの血を体内に入れて、契約の証にする」

「……そんなやり方もあるのか?」

「切るのは指先だ。少し痛いが――刹那が知っている方法よりはいいだろう?」

「ぅ」

 面白いなぁ、コイツ。
 からかい甲斐があると言うか、何と言うか。
 顔に出やすいからだろうな。

「せっちゃんの知ってる方法って?」

「え、エヴァンジェリン、早く済ませてしまうぞっ」

「判った判った」

 はは、と笑い手に持ったナイフで2人の指先を血がにじむ程度に切る。

「魔法陣の中で舐めろ。そうすれば仮契約の成立だ」

 ふぅ。
 ほどなくして、契約は終了。
 魔法陣の魔力光が消えると、一枚のカードが出来上がる。
 主はやはり木乃香か。

「どれ」

 そのカードを手に取り、見る。

「『翼ある剣士』か」

 なんの捻りも無いな、と。

「カードに文句を言われても」

 それと、何で指舐められただけで赤面してるんだ、お前は。

「おー、そ、それが仮契約の?」

「ああ。ほら」

 それを投げ渡す。

「額に当てて、集中してみろ」

「へ?」

 そう言うと一瞬迷い――言われたとおりに額に当てる。

「刹那に話しかけてみろ」

「え? ――こ、こう?」

「――はい、ちゃんと届きました」

 ふむ、繋がりは完璧か。

「次は、刹那を……そうだな、すぐ傍に呼ぶようにイメージして、さっきより強く集中しろ」

 そう言うと、今度は目を瞑って集中。
 そうしている間に、刹那の身体が淡い光に包まれ――消える。
 次に現れたのは、すぐ傍の、中空。
 尻もちをついて落ちた。

「……受け身くらいとれよ、神鳴流」

「く――」

 何も言い返せないらしく、唇を噛んでいた。
 しかしまぁ。

「疲れてないか?」

「だ、大丈夫です」

 やはり疲れてるな。
 まぁ、今まで使ってなかった魔力を少量とはいえ使ったら、疲れるか。

「次はこう言え。『契約執行・10秒・近衛木乃香の従者・桜咲刹那』」

「え? シス・メア――」

「……まずはそこからか。それはまた後で教えるか」

 そうか。
 魔法を使った事が無いと言う事は、呪文が唱えきれないのか。
 ――困ったな。
 これは、旅行中にはどうにも出来ないな。

「まぁ、明日にでも紙に書いて渡すか」

「ぅ、すんません……」

「今まで触れてなかった事なんだ、いきなり出来る方がおかしい事だ」

 そう思っておけ、と。

「それじゃ、刹那」

「は、はい」

「お前のは簡単だから大丈夫だろ『来たれ』。言ってみろ」

「あ、アデアット――――っ!?」

 その手元に、一本の剣。
 ……石剣。

「また、妙なのが来たな……」

 初めて見るタイプだな。
 ふむ。

「木乃香。カードには……って読めないのか。貸してみろ」

「あ、はい」

 ふむ――。

「『建御雷』――? 名前は一丁前だな」

「それがこの剣の名前か?」

「ああ」

 しかし、どんな能力なんだ?
 アーティファクトの特異性は、その能力にある。
 どんなアーティファクトにも能力があり、それこそがアーティファクトがただの武器とは違う最大の利点。
 ――が、こんなの見た事が無い。
 日本神話、建御雷神の名を冠する剣――そう弱くはないと思うが。

「ふむ」

 そうだ、

「おい小動物」

「ん? どうしたい、エヴァの姐さん」

「……お前、調べ物が得意だろう?」

「……え? オレっち使ってもらえるの?」

 ――まぁ、説明する手間が省けて良いか。
 そのケージの鍵を開け、オコジョを開放する。

「調べてこい」

「いきなりの無茶振りっすね、姐さん!?」

「神楽坂明日菜から聞いたぞ? パソコンがあれば調べれるんだろ?」

 どっかで見つけて、さっさと調べて来い、と。
 ああ、眠い。

「木乃香、刹那、今日はもう休め。明日はまた忙しくなるぞ」

「ああ、判った」

「それじゃせっちゃん、一緒に戻ろ」

 そう言って刹那の手を引いていく木乃香。
 ……仲が良いもんだ。

「はぁ」

 確か、ぼーやが親書を届けに行くと言ってたからな。
 それに2人が付いていけば、相手もそっちに集まるだろう。
 そうすれば、学園の連中も安全――のはず。
 どうしたものか。
 葛葉刀子一人で大丈夫だろうか……無理だろうなぁ。
 かといって、ぼーや達だけじゃたどり着けないだろうし。
 思い出すのは、あの白髪。
 ――アレは、もしかしたら葛葉刀子の手にも余るかもしれん。
 はぁ。
 一応じじいには一般人にも手を出す相手だと言って、応援を頼みはしたが、どうなる事か。

「私も部屋に戻るか」

 この部屋も、客室の一つを無断で使っているから、どうにも居心地が悪い。
 一応人避けの結界はあるが、なぁ。
 ……戻るか。
 そう思い部屋を出る。
 慌てて戻った。

「―――――――」

 何でまだ見回りしてるんだ、先生は?
 部屋の時計に目を向ける。
 もう日付変わりそうだぞ。

「真面目な事だな、ホントに……」

 しかし、アレじゃ身体壊すんじゃないのか?
 今日も一日動き回ってたようだし。
 はぁ。
 …………私も、これじゃ戻れないんだがな。
 もう少ししたら、戻るか。





――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

 あれ? 部屋の電気消えてるんだけど?
 エヴァの姐さん? ネギの兄貴ー? どこー?

「遅カッタジャネーカ」

「あ、チャチャゼロさん。ネギの兄貴達知りません?」

「モウ寝タヨ、イマ何時ダト思ッテンダ」

 酷い、酷すぎるぜ……ちょっと泣きそう。
 でも久しぶりに仕事もらえて嬉しいっす。
 あのアーティファクト、地味だけど凄ぇし。
 朝になったらエヴァの姐さんに教えないと。

「ンジャ、オレハ見回ッテルカラ、オ前モモウ寝ロヨ」

「お疲れっした」

 ……でも、寂しいよ、兄貴。
 ――ああ、今夜はこんなにも……月が、キレイだ――



 グスン





[25786] 普通の先生が頑張ります 25話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/27 23:14

 ふあ、と欠伸を一つ。
 ……物凄く眠い。

「ねむ」

 確か今日は、完全に一日自由行動日――なのだが、教師はそうじゃないんだよな。
 どうするかな……まぁ、朝食の後に班長に何処に行くか大まかな所だけは聞いておくけど。
 布団の上で上半身を起したまま、そう考える事数秒。
 ……このままじゃこの体勢で眠れそうなくらい、眠い。
 昨日も結局寝たのは日付変わってたし、純粋な睡眠不足か。
 ギリギリまで休むなら、本当はあと4~50分くらいは寝てられるんだけど、折角の旅先だ。
 しかも昼間はあんまり自由時間取れないから、昨日と同じようにここでしか出来ない事をしたくもある。
 思い付いたのは、朝風呂。
 ――行くか?
 折角の露天風呂だ、じっくりと味わいたい――が、少し考える。
 確か、ここの露天風呂って混浴だったんだよなぁ。
 流石に時間外に入って問題起こしたら、なぁ。
 溜息を一つ。
 諦めるか……。
 はぁ。

「顔洗って、散歩でもするか」

 浴衣姿のまま、部屋から出、半分寝惚けた頭で廊下を歩く。
 顔洗って、また旅館の周りでも散歩するかなぁ――っと。

「おはよう、龍宮」

 そんな事を考えていたら、龍宮を見かけたので声を掛ける。

「おはよ、先生」

「おー、早いなぁ」

「目が覚めてね。先生こそどうしたんだい?」

 生徒なら、後1時間くらいは寝てられるだろうに。
 挨拶をするとこちらを振り向き――。

「なんで龍宮がその人形を持ってるんだ?」

「ん? 先生、チャチャゼロの事を知ってるのかい?」

「ああ。マクダウェルの手作り人形だろ?」

 それを、何で龍宮が持ってるんだ?
 絡繰が持ってるなら、まだ判るんだが。

「良く出来た人形だったからね、エヴァに言って借りたんだ」

「ふぅん。龍宮も人形に興味があるのか?」

「――どうだろうね? エヴァの人形には、少し興味があるかな?」

「そっか。アイツ友達少ないから、仲良くしてやってくれ」

 そう言うと驚いたような顔をし――笑われた。
 しかも腹を抱えると言った表現がぴったりの……声は控えめだが。

「は、はは……わ、判ったよ。出来るだけ仲良くするよ」

「おー」

 そう笑われると、何だかなぁ、と。
 そんなにマクダウェルの心配をするのは変か?

「しかし、先生は随分エヴァを気にしてるようだね?」

「そうか?」

 ……そんな事はないと思うがなぁ。
 うーん、まぁ、そう見えるのかもな。

「そう見えるか?」

「そりゃね。いきなり仲良くしてくれなんて言うの、兄貴か親くらいだよ」

「――そりゃ確かに、変だな」

 俺は兄でも親でもないしな、と。
 少しお節介が過ぎたかな? 気を付けないと。

「あ、先生おはよー」

 ん?

「おはよう朝倉……お前は、もう少し身嗜みをだな」

「あ、ごめんごめん」

 ……はぁ。
 一応、俺も男なんだがなぁ。
 そう指摘すると寝起きで肌蹴た浴衣の前を直す。
 まったく、目の毒だ。
 目を逸らしながら、そう心中で呟く。

「先生、朝から眼福じゃないか」

「……あと5年、だな」

「酷いっ!?」

 勘弁してくれ。
 流石に生徒をそんな目で見れるか、はぁ。

「それで先生、真名と何話してたの?」

「ん? ただの世間話だぞ? その人形の事で」

「人形? 真名、その人形買ったの?」

「まさか。友達の私物だよ」

 あ、マクダウェルのって言うのは隠すのか。
 ……まぁ、朝倉の事は苦手そうだしな。
 どこでネタにされるか判ったもんでもないだろうし。

「朝倉は早いな。何かあったのか?」

「ん? まぁ、目が覚めたからもう準備済まそうかなって」

「そりゃ良い心掛けだ、助かる」

 今日も忙しくなるんだろうなぁ、と。
 そう言う予感がしてしまう。

「そう言えば先生」

「んー?」

 そんな事を考えていたら、朝倉から声を掛けられた。

「なんだ?」

「今日は誰かと一緒に回るの?」

「いや?」

 と言うか、折角の自由行動に教師同伴は嫌じゃないか?

「それは別に良いんだけど」

 良いんだ。

「子供先生は誰かと回るだろうから、先生もかな、って」

「ああ。ネギ先生は……どうだろうな?」

 まぁ、誘われるだろうが――雪広と宮崎から。
 でもまぁ、教師だし出来れば見回り優先で行動してほしいとは思う。
 ただでさえ今日は旅先での自由行動なのだ、問題があったら大変だ。
 しかも丸一日。とてもじゃないが、俺一人で3-A全員は無理がある。

「そう? あの子、押しに弱いじゃない」

「担任をあの子って言うなよ」

 苦笑してそう言うが、やっぱり新聞部だな、良く見てる。
 そう。押しに弱いんだよなぁ、ネギ先生。
 宮崎はそうでもないが、雪広は本当に押すからなぁ。

「大変だね、副担任も」

「別に、大変なのは良いんだけどな」

 それが仕事だしな、と。

「まぁ、まだ10歳なんだ。そっちでも助けてやってくれよ?」

「ネタにならない事なら助けるよ」

「現金な事だなぁ」

「ジャーナリストだからね」

 まだ中学生だろうが、と。
 この根性は見習うべき、なのかなぁ。
 龍宮も苦笑してるし。 

「それじゃ先生、また後でねー」

「おー、朝食の時になー」

 遅れるなよー、と歩いていくその背に声を掛ける。
 マイペースと言うか、何と言うか。

「で、先生はこんな時間にどうしたんだい?」

 そう言えば、話の途中だったな。

「ん、まぁこっちも目が覚めてな。早く起きれたんで、散歩でもって」

「それは良いね。景色も綺麗だし、目も覚める」

 う、そんなに眠そうな顔してるかな?
 まぁ、俺自身まだかなり眠いし、そうかもな。

「それじゃ、先生。また朝食の時に」

「おー、二度寝して寝坊しないようにな?」

「……気を付けるよ」

 ちなみに、俺は今二度寝したら確実に次はギリギリになる自信がある。
 龍宮と別れ、もう一度欠伸をする。

「ふぁ」

 結構話してたけど、まだ散歩の時間はあるな。







「おはようございます、先生」

「おー、おはよう絡繰」

 実は俺のクラスって、早起きな生徒が多いんだろうか?
 まぁ、旅先だからだろうなぁ。
 今日もまた旅館の庭で絡繰と会い、そのまま世間話をする。
 流石に近衛は今日は一緒じゃないか。
 ま、桜咲との仲も直ったみたいだし、もう気を張る必要も無いんだろう。

「相変わらず早いなぁ」

「そうでしょうか?」

 でもまぁ、絡繰は早起き慣れてそうだよな。
 いつもマクダウェルを起こしてるみたいだし。朝食の準備もだろ……。
 近くにあったベンチに座り、のんびりと空を見上げる。
 今日も良い天気だなぁ。

「絡繰って、いつも何時くらいに起きてるんだ?」

「……私ですか?」

 ふと気になったから聞いてみた。

「起床――活動は朝の5時からです」

「……早いなぁ」

 それからマスターの朝食の用意と、お掃除を、と。
 流石従者、凄い。
 それから学校で勉強だろ?

「そうでしょうか?」

「俺が中学の時は、朝は一秒でも長く寝ときたかったもんだ」

 と言うか、学生は大体そんなもんじゃないだろうか?

「先生は朝は何時くらいに起きられてるのでしょうか?」

「俺か?」

 あー、と。

「……6時くらいかな?」

 生徒より遅いとはなぁ……墓穴掘った。
 はぁ。

「どうかなされましたか?」

「いや、何でも無い」

 何も言ってこない絡繰の優しさが痛い。

「今日は猫さんが来てません」

「ん? 猫?」

 猫……ああ。

「昨日の?」

「はい。親猫さんも居ないようでしたので……」

「まぁ、流石に探す訳にもいかんだろ」

「はい」

 しかし、

「動物が好きなんだなぁ」

「そうでしょうか?」

「へ?」

 まさか、そう返ってくるとは思わなかった。

「麻帆良でも野良猫とか鳥の相手してただろ? そうじゃないのか?」

「……どうでしょうか」

 ん?
 何かあったのかな?

「ずっと付いてこられるので餌をあげたのですが、それは好き、と言えるのでしょうか?」

「ずっと……?」

 ……そう言えば、初めて猫に懐かれてた時、そんな事を言ってたような。
 何だったかな……細かな部分まで覚えてないな。

「餌を上げたから懐かれました。これは好きと言えるのでしょうか?」

「また難しい言い回しだなぁ」

 そう苦笑し、

「嫌いならまず餌をやらないと思うんだが」

「……なるほど」

 そこでそう納得されてもなぁ。

「絡繰ー、自分の事なんだから自分で判るだろ?」

「そうでしょうか?」

 あれ?
 そう返されても困るんだけど。

「――いえ、何でもありません」

 ん?
 それは、一瞬の変化。
 まるで――さっきの一瞬だけ……どう言えば良いのか。
 そう、まるで“絡繰らしくない”と言うか。

「申し訳ありません。部屋に戻ります」

「お、おー……また朝食の時にな」

「はい。失礼します」

 そう言って足早に去っていくのも……今までの絡繰には無い事。
 なんか変な事言ったかな?
 さっきの会話を思い返すが――特に言ってないよな、と。
 ……後で謝った方が良いんだろうか?
 でも理由も判らないし、どう謝ったもんか。
 うーん。







「おい、先生」

「……教師をおいとか呼ぶのはどうかと思うぞ?」

「気にするな」

 気にするよ。
 特に他の先生達にしてないか。
 はぁ、と溜息を吐き振り返る。
 そこに居たのは案の定――と言うより、教師にこんな事を言うのは一人だけなんだが。

「どうした、マクダウェル? また今日も一緒とか言ったら問答無用で雪広に預けるからな?」

「……そんな事は言わん」

 なら良いか。

「それで、どうしたんだ?」

「いや、今日はじじいの用事があってな」

 またそう呼ぶし。

「学園長な? ……それで、学園長がどうしたんだ?」

「ああ、ぼーやと木乃香、刹那を借りて良いか?」

「……何?」

「と言うか、ぼーやの用事に私達が付き合うんだが」

 余計に訳が判らなくなる。
 えっと……。

「学園長の用事で今日一日?」

「いや、昼過ぎ――まぁ、夕方には戻る」

「……ネギ先生と近衛達も?」

「ああ」

 頭痛を抑える為に、目頭を押さえる、
 んー。

「どう言う事だ?」

「じじいがな、木乃香の父親に手紙を書いたんだ」

 手紙て。
 また何と言うか――メールとか電話とかじゃ駄目なんだろうか?
 ……まぁ、駄目だから手紙なんだろうなぁ。

「それを届けるついでに、木乃香の父親に挨拶でもな」

「いや、ちょっと待って」

 えーっと……少し考える時間が欲しい。
 と言うか、何で修学旅行の自由行動で近衛のお父さん?

「今日一日自由行動だから、良いだろ?」

「いや、えっと……良い、のかな?」

 普通自由時間って、京都の町とか回らないか?
 なんで友達の実家? 
 まぁ、自由行動だから自由なんだろうけど……良い、んだろうか?

「ちょっと、新田先生に言ってくるから待っててくれ」

 と言うか、相談してくるから。
 流石に俺の一存じゃ決められない。
 修学旅行の自由行動で友達の実家って――聞いた事も無いし。

「新田先生の方にはもう報告してある」

「……あ、そうなのか?」

 良いんだ、新田先生。
 ――頭抱えたんだろうなぁ。後で謝っとこう。
 アレなら昼ご飯も奢ろう。ちょっと良い店で。

「すまないな」

「…………ん?」

 あれ?

「何がだ?」

「いや、じじいの事で迷惑を掛けるな、と」

「………………」

 あれ? マクダウェルが俺に済まないとか言うの、初めてじゃないか?
 そんな場違いな事を考えてみる。

「何か言えよ、先生」

「あ、ああ……まぁ、気を付けていくんだぞ?」

 車とか、知らない人とか。

「あと、何かあったらすぐ連絡入れろよ?」

「……子供じゃないんだから、大丈夫だ」

 いや、凄い心配なんだが。
 お前とネギ先生の組み合わせの時点で……失礼だとは俺も思うけど。

「絡繰の言う事を良く聞くんだぞ?」

「……茶々丸は置いていく」

「へ? 大丈夫なのか?」

「大丈夫だっ」

 う、怒らせた。

「でも、いつも一緒だからな……」

「ふん。折角の自由行動だ、アイツにも少しは時間をやるさ」

「おー……」

 久しぶりに、マクダウェルが主人っぽい。

「何だその顔は? ん?」

「いやいや」

 しかし……心配だ。心配しかない。

「どうせ手紙を届けるだけだ。それが終わったらすぐ戻る」

 話す事も無いしな、と。
 なら良いけど……。

「あんまり迷惑かけるなよ?」

「掛けるかっ」

「警察の番号は判るか?」

「……せ、ん、せ、い?」

 う。

「だってなぁ」

 修学旅行の自由行動でいきなり友達の家に行きますなんて言われてみろ?
 正直、どうして良いか判らん。

「……まぁ、そうだろうなぁ」

「いや、今から行くのにそこで同意するなよ」

「ふん」

 怒らせてしまった。

「気を付けてな?」

「……判ってる」

 はぁ、と小さく溜息。

「謝って損した」

「ん?」

「何でも無いっ」

 こりゃ、相当ご立腹なようで。
 まぁ謝ってくれたって事は、一応悪いって思ってくれてるんだろうな。
 そう考えると、まぁ、近衛の実家がどこかは判らないが――まぁ。

「ネギ先生の言う事を、良く聞くんだぞ?」

「――はぁ」

 溜息吐くなよ、こっちが不安になるんだから。
 他の子達の自由行動も不安だけど、お前達も不安だよ。

「あ、エヴァー」

「……また面倒なのが」

「そう言ってやるなよ」

 その聞き慣れた声は、神楽坂。
 
「今日何処行くー?」

「はぁ」

「何でいきなり溜息!?」

「また説明しなきゃならんのか……」

「ん? 何の事?」

 さて、それじゃ先に他の班員達に何処行くか聞いてくるかね。







 困った。やっぱり基本的に、みんなバラバラだよなぁ。
 自由行動の行動場所を書いてもらった紙を見ながら、溜息を一つ。
 他のクラスは担任と副担任の2人掛り――まぁ、これもキツイんだろうけど。
 俺は一人で見て回るのか……もう溜息しか出ない。
 でもまぁ、ネギ先生も学園長の用事だから、どうしようもないんだよなぁ。
 ……ここで腐っててもしょうがないか。

「さ、って」

 今日も一日頑張りますかね。
 まだ旅館に居るのは神楽咲達と明石達の班か。
 確か神楽坂達はゲーセン巡りとか……ちょっと教師としては考えさせられる移動だったな。
 もっと重要文化財とか見て回れよ、と。
 まぁ、午後からは全部の班がシネマ村に集まるみたいだから、問題は午前中――今から約4時間である。
 6班あるから6か所回るのか……運が悪いと、その倍以上だろうな。
 ――修学旅行って大変だなぁ。

「先生、移動なさいますか?」

「いや、絡繰は神楽坂達の班だろ?」

「はい」

 じゃあ何で付いてくるんだ、と。
 そう言ってるうちに何でか神楽坂達も集まってきた。
 班長の神楽坂に綾瀬、早乙女、宮崎、絡繰の5人。
 本当ならこれに近衛とマクダウェルも入ってる大所帯である。

「あ、先生移動する?」

「するけど……お前たちはゲーセン巡りじゃないのか?」

「うん。そうだけど、途中まで一緒に行こうかなって」

 どうしてそうなる?
 まぁ、見回りが楽って言えば楽なんだが。

「それでは早速行くです」

「行きましょう、先生」

 どうやら、本当に俺についてくる気らしい。
 ……修学旅行の自由行動で教師と一緒だなんて。
 俺の考えが間違ってるのかな?
 最近、少し自信が無くなってきたなぁ。

「おー、車に気を付けてな?」

「先生。子供じゃないんだから……」

 ……俺から見れば、まだ子供なんだよ。
 親御さんからお子さんを預かってる立場だし。

「大丈夫です」

「はい」

 あと、もう少しなんか喋らないか、綾瀬、宮崎。
 そう言えば、

「絡繰は、本当にマクダウェルについていかなくて良かったのか?」

「はい。マスターからは皆さんと一緒に居るようにと」

「そうかー……なら、今日一日マクダウェルの分まで楽しまないとな」

「――――はい」

 ま、深くは考えない方が良いか。
 今日は忙しいんだし。
 ……明日までもつんだろうか?
 少し不安なんだが……今日こそ目覚まし買おう。

「それじゃ、行くかー」

「おー、しゅっぱーつ!」

「いくぞー!」

 そう言って右の握り拳を突き上げる4人。
 テンション高いなぁ、早乙女と神楽坂。
 綾瀬と宮崎もそれに合わせてるし。
 流石に、絡繰は付き合わないのな。
 その事に苦笑し、旅館から先に出る。

「先生、ノリ悪いなぁ」

「もうそんなに若くないんだよ」

「……先生、今何歳です?」

 聞くのか、ソレを。

「26」

「四捨五入したら30かー」

 酷い……。
 ちょっとへこみそうだ。







「先生って大変なんだねー」

「そりゃなぁ」

 というか、

「結局付いてきたな……ゲーセン巡りは良かったのか?」

 そう。結局神楽坂達の班は俺の見回りについて来ていた。
 正直、一つの所に止まって無いから面白くないと思うんだが。
 それに、動きっぱなしだし。

「そう何度も聞かないで良いです。皆でシネマ村に集まる前の時間潰しの為でしたし」

「あ、だから午後は全員シネマ村なのか」

 なるほどなぁ。

「先生、シネマ村って着物とか借りれるらしいよ?」

「ほー……」

 そりゃ凄い。
 しかし、それレンタル料とか掛るんじゃないのか?

「う、どうだろ……」

 基本は掛るだろうけど……ああ言うのって、どれくらいの値段なんだろう?

「その辺りはいいんちょが出してくれるそうです」

「そう、言ってました」

「はー……」

 さすがクラス委員。そして、言っては悪いが金持ちの御令嬢。
 クラスの為に一肌脱いだのか……甲斐性があると言うか、何と言うか。

「それじゃ、昼はシネマ村で食べるか?」

「え? シネマ村って食べる所あるのです?」

「そりゃ、団子とかあるんじゃないの?」

 綾瀬の質問に答えたのは早乙女。
 うん、と頷き、

「それにラーメン屋とかカフェもあるらしいぞ」

「……近代的だなぁ」

「まったくです」

 だなぁ、と皆で頷きあうが――まぁ、それも人気の一つなんだろう。

「宮崎、大丈夫か? 疲れたなら、少し座っていくか?」

「い、いえ。大丈夫です」

 そうか? 疲れたなら遠慮しなくて良いからな?

「は、はい」

「あ、ごめんねのどか」

「いえ……」

 でもまぁ、こう言う時は心配されると逆に辛いんだよなぁ。
 しょうがない。

「それじゃ、急いで行って、昼にするか」

 そのまま、少し休憩しても良いだろう。
 さて、と。バスの時間は。

「あと14分後です」

「……早いなぁ」

 まだダイヤル確認しようとしてた所なんだが。

「絡繰は良かったのか? 特に見れてないと思うけど」

 回った場所は多いけど。

「いえ、それで十分ですので」

「そうか?」

 まぁ、本人がそう言うなら、そうとしか言えないんだが。

「ま、疲れたりしたら言って良いからな?」

「……はい」

 ふむ。
 やっぱり、マクダウェルが近くに居ないと不安なのかな?
 少し元気が無いように見えるし。
 それを今言ってもどうしようもないんだが。

「先生」

「んー? 何だ宮崎?」

「……えと、一つ聞いて、良いですか?」

 ?

「ああ、どうした?」

 何でそんなに畏まってるんだ?
 ……綾瀬? 早乙女?
 何でそんなに力んでるんだ?

「せ、せせ……」

 せ?

「…………い、いえ……」

「いや、そこまで言ったなら何か言ってくれよ」

 逆に気になるじゃないか、と。
 隣の絡繰に視線を向けると、こちらも首を捻っていた。
 まぁそりゃそうだ。

「いえ、その……昨日、ネギ、先生」

 昨日? ネギ先生?
 ……相談の事か?

「何か飲むか?」

「い、いえ……」

「ほら、のどか。頑張んなさいよっ」

 そう言って神楽坂は宮崎の背を押し、一歩、踏み出した格好で硬直する。
 何なんだ?

「あ、」

 あ?

「ありがとう、ございましたっ」

 そう言って逃げた。
 ……はい?

「何故逃げるっ!?」

「のどかー、待つですー」

 …………何なんだ?
 残されたのは俺と神楽坂、絡繰の3人。
 うーん。

「宮崎はどうしたんだ?」

 まぁ、昨日のネギ先生の相談……その事を聞いたのかな?
 しかも、俺に相談したとか言ったのかもな。
 ……何も言わないなら、もっと格好良いでしょうに、ネギ先生。

「あー……また今度」

 しかも、次があるのか。
 少し離れた位置で固まってる3人組に視線を向ける。
 ま、仲好き事は良き哉、って所か。
 そんな事を考えていたら、バスが来た。







 はー、と。
 溜息にも似た、息が漏れた。
 いやはや。

「これだけ揃うと、壮観だなぁ」

「もっとこー……他に無いの、先生?」

「んー……似合ってるぞ、神楽坂?」

「気持ちが籠って無いっ」

 そう言われてもなぁ。

「でも実際、似合ってるぞ?」

「はぁ。駄目駄目だね、先生」

「駄目駄目か?」

「うん。100点満点中3点くらい」

 そこまでか。
 でもまぁ、他に言い様が無いんだが……似合ってると思うし。
 難しい。
 ちなみに、何故か着物連中の中に貴婦人姿の那波や忍者姿の長瀬、鳴滝姉妹。
 ……統一性無いなぁ。流石3-A。

「気持ちが籠って無いんだよ、気持ちが」

「難しいんだなぁ」

「凄い投げ遣り!?」

 そして、朝倉にダメ出しされる俺。
 あ、瀬流彦先生と葛葉先生だ。

「どうも」

「両手の花どころの騒ぎじゃないみたいだね」

「は、はは……」

 確かになぁ、と思わなくも無い。
 皆今は思い思いに写真とか取ってるし。

「あまり、ハメを外し過ぎないように」

「き、気を付けます」

 そう言う葛葉先生も、スーツに飾り気の無い刀と、仮装してるけど。
 ……似合ってるから良いか。
 確か、何とかって剣術を習ってたとか言ってたし。

「なにか?」

「いえ……」

 だからって、その手に持った刀をチラつかせないで下さい。
 割と怖いですから……言わないけど。

「刀子先生も着物を着れば良いのに、って?」

「言ってませんよっ!?」

「……どうせ、私には似合いませんよ」

 しかも拗ねた!?
 えー……ちょ、瀬流彦先生口笛吹いてないで、フォローして下さいよ。

「前々回のお見合いの時、着物だったらしいよ」

 小声でそんな重要情報を今言わないで下さい。
 アレか、着物は地雷ですか?
 まさかここでこんな情報……要らないと言うのに。
 どーやって誤魔化したものか、と頭を悩ませていたら

「先生」

「……ん?」

 そう声を掛けられた。

「どうした、絡繰?」

 振り返ると、着物姿の絡繰。
 以前――そう茶道部の時とはまた違った着物姿。まぁ当たり前だが。
 この前見た時も綺麗だったが、

「やっぱり良く似合うなぁ、絡繰」

 髪を纏めて上げ、舞妓、っていうんだろうか?
 白地に淡い青――空色に白色の花弁の模様の入った着物姿。
 足には草鞋とはまた違う、底の高い履物をしているので身長も俺に近い。
 と言うか、ほぼ俺と変わらない。

「ありがとうございます」

 そう言って一礼。
 そして去っていくその背を、目で追う。
 ……何?
 俺、絡繰に何かしたかな?
 いつもなら、もう少し会話が続くんだが……。
 そういえば、朝も何か様子が違ったな。
 怒ってるとか、避けられてる訳じゃないみたいなんだが……。

「どうかしたのかい、先生?」

「え、あ。いえ」

 流石に、生徒の事で相談するのは……最終手段だよなぁ。
 ま、もう少し様子を見るか。
 ちなみに、この時代劇の着物の着替え――1万以上するらしい。
 これ、クラス全員だろ?
 ……凄いな、雪広。
 しかし、こう、着物の女の子達に囲まれるのってかなり恥ずかしい。
 シネマ村の中は移動して良いらしいし、このままなんだろうなぁ。
 どうせみんな集まってるし、別行動しよう。

「はー……着飾ると、中々どうして」

 生徒相手にイカンイカンと首を振り、頭を覚ます為にシネマ村を見て回る事にする。

「時代劇の場所なのに、ヒーローショーとかもあるのか」

 しかも、展示場にも、仮面ライダーとか飾ってあるし。
 ……何だかなぁ、と苦笑してしまう。
 色々あるんだなぁ……お化け屋敷もあるのか。
 もうここまで来ると純日本製の遊園地だな。

「ふむ」

 とりあえず、目に付いた印籠焼きと言うのを一つ買ってみる。
 おお、

「タイ焼きに似てるな」

 風情の無い事を言ってしまったなぁ、と後悔。
 でも結構美味いな。安いし。
 このまま、少し食べ歩きでもするかなぁ、と。
 ちらほら見るクラスの子らを気にしながら、シネマ村を見て回る事にする。

「今日は楽出来そうだなぁ」

 この調子なら、帰りもある程度固まって帰ってくれるだろうし。
 そう少し油断したら、欠伸が出た。
 うぅ、眠い。
 こりゃ、座って目を閉じたら寝れるな。
 そう他人事のように考えながら、歩く。
 ふぁ――今日も良い天気で平和なもんだ。








――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「兄貴、姐さん、このままなにも無いまま関西の総本山についちゃいますぜ」

「何も無いなら、その方が良いだろうが」

 そりゃそーだけど。
 今までの事を考えると、どーにもしっくりこねぇ。

「それより少しは景色を楽しめ。中々悪くない」

「……私はお前のように豪胆にはなれそうにない」

「それは勿体無いな」

「エヴァンジェリンさん……」

 兄貴も神経すり減らしてるってのに、流石姐さん。

「ケケケ、ドウセ来ルッテ判ッテルンダ、モット胸張ッテレバ良インダヨ」

「そう言うものでしょうか?」

 ああ、兄貴が青い顔して……このままじゃプレッシャーに潰されちまうぜ。

「でもよ、この道どこまで続いてるんだ?」

「そりゃ、敵までだろうよ」

 へ?
 そう思った瞬間、空からドデカイ蜘蛛が落ちてきた。
 な、なにぃ!?

「ほら、来たぞ」

「なんや――最初からバレてたんかい」

「当たり前だ、小娘。そっちこそ今度はマトモに戦える数を揃えたんだろうな?」

 うお!?
 姐さん、怖っ!?
 最初から殺るき満々ですかっ。

「ふん――舐めた口もここまでや。ガキ四人でこの先に行ける思うなや」

 その蜘蛛の背から降りてきたのは――あっちも四人。

「月詠――っ」

「先輩、今日は最後まで一緒に踊りましょー」

「へぇ、アレが英雄の息子ってやつかいな」

「イキノ良イノバッカリミタイダナぁ」

「さて、この数でどこまでやれるか……」

「訂正。一人ハ死人ダナ」

 ……あれ? オレっちって戦えたっけ?

 ……あれ、オレっち

 ……あれ?





[25786] 普通の先生が頑張ります 26話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/28 23:34

――――――桜咲刹那

「いきますえー、先輩ー」

 気の抜けたような声とは真逆の、鋭く急所を狙ってくる剣戟を夕凪で受ける。
 軽いが、受ければ確実に致命傷になる様な一撃一撃を正確に受け、周囲に気を配る。
 大丈夫。
 このちゃんはちゃんと目の届く場所に居るし、エヴァンジェリン達の魔法に巻き込まれないよう離れている。

「先輩ー? もっとウチを見て下さいー」

「断るッ」

 胴を狙った二刀ごとの横薙ぎの一線を力任せに打ち上げ、間を開けるように後ろに飛ぶ。
 やはり、厄介だな――あの間合いは。
 夕凪を思うように振えない。

「せっちゃん……」

「大丈夫です」

 深呼吸を、一回。
 気を引き締めろ――態度はアレだが、確実に強い。
 間合いは10mほど。
 その距離で睨みあう。

「そうそう、それでええですよー」

「――いくぞ」

 腰を落とし、力を溜める。
 私と月詠では間合いが違い過ぎる。
 ふ――ぅ。

「――――ッ」

 懐に入ってこようとまっすぐに向かってきた月詠を避けるように、横へ。
 間合いは一定。
 それを守るように、夕凪を振う。

「ありゃ?」

「――」

 また、間合いを開けて、睨み合う。

「せんぱいー」

 落胆の混じった声。
 それを聞きながら、もう一度深呼吸。
 ……手はある。

「死合ってくれへんでしたら……」

「大丈夫だ。気を引き締めてた」

 そう言うときょとんとし、

「それは良うございました」

 そう、嬉しそうに笑う。
 なのに殺気をバラ撒く。
 酷くアンバランスな――その在り方。
 どちらが本当の月詠なのか判らない。
 ――苦笑してしまう。
 こんな時に、何を考えているのか。

「大丈夫……」

 そう、大丈夫だ。。
 裏切られるのが怖い。
 怖がられるのが怖い。
 ……信じる事が、怖い。
 でも大丈夫だ――大丈夫。
 自分に言い聞かせるように……一枚のカードをポケットから出す。

「おや、西洋魔術師の真似事ですかー?」

「真似事じゃない――」

 息を深く吸い……吐く。
 集中。
 魔法の爆音も、聞こえないほどに――深く。

「このちゃんは魔法使いだ。だから……魔法で相手してやる」

「それは楽しみですわー」

 その声を遠くで聞きながら、

「来たれ」

 紡ぐ。
 一番大切な、信じられる人との繋がりを。
 右手に石剣、左手に夕凪。

「二刀ですかー?」

「――いや」

 建御雷はともかく、夕凪の刀身じゃ二刀は無理だ。
 ……夕凪を、地面に刺す。

「いくぞ」

「……そんなボロ剣でうちに届きますやろか?」

 何か間違った事を心配する敵に、苦笑。

「心配するな」

 ――満足させてやる。
 言葉は置き去り。
 10m近くあった距離を一瞬で詰め、その勢いも建御雷に乗せて上段から叩き落とす。
 それを受けるのは二刀。

「先輩、この距離も戦えるんですねー」

「ふん」

 それを受けて、涼しい顔か。
 内心、少しの焦り。
 二刀を叩き折るつもりの一撃は、あっさりと防がれた。

「神鳴流は得物を選ばん」

「その通りですえー」

 しかも、返事まで返してくる始末。
 こいつ――本当に強い。
 ふざけているのは言動だけか。
 勢いを殺された建御雷を左手一本で受け、右の一閃。
 喉を狙ったそれを後ろに跳んで避け、間合いの外で右足を軸に回転。
 その勢いのまま、胴に横薙ぎの一撃。

「くっ……良い攻撃ですえ」

「ちっ」

 それもまた、二刀で防がれる。
 そして間をおかず、また一閃。
 攻防一体。
 前回一度戦って手の内をある程度見てはいたが――戦い辛い事この上ない。
 この戦い方、どこか真名に似ているな、と。
 剣戟の間に思い――。

「まだまだ余裕があるみたいですねー」

「ああ。どうやらそのようだ」

 ――落ち着いている。
 多少の気の乱れはあるが、どんな奇抜な攻撃にも対応できる。
 軽口を叩きながら打ち合いが出来るくらいには。

「なら、これはどうでしょーか?」

 笑う。
 あの気の高まりは……知っている。
 ふぅ――深呼吸を、一度。
 
「にとーざんがんけーん」

「来いッ」

 気で高められた剣戟、二刀ごと叩きつけられるソレを腰を落とし手受け止める。
 クッ――流石に、重いっ。

「せっちゃんっ!」

 大丈夫ですっ!
 その声は口に出せず――力任せに月詠を弾き飛ばす。

「へぇ」

「……強いな」

 正直な感想。
 少し、息が上がったので――落ち着ける。

「ありがとーございますー」

「何で関西呪術協会に牙を剥いた?」

 それだけの腕だ。
 神鳴流の中でもそれなりのレベルだろう。
 それなのに、何故、と。
 月詠がこんな危険な事に手を貸す理由が判らなかった。
 その問い掛けにまたきょとんとした表情を浮かべ、

「そうしたら、強い人と戦えるやないですかー」

 そう、満面の笑みで応えた。

「戦う為にここに居るのか?」

「はいー」

 ……驚いた、と言うのが正しいか。
 何と言うか。

「変わった奴だな」

「よく言われてますー」

 好きなんですよ、戦うのーと。
 何の迷いもない笑み。
 本当に――ただ戦う為だけに、剣を握るのか。
 まるで、私と真逆。

「いきますえー」

 そう律義に一声かけ、振り下ろしの一撃、続いて切り上げの二連。
 二刀を上手く使った連携、振り下ろしを避け、切り上げの一撃を建御雷で弾く。
 続いてその胸に肩からぶつかり、後ろに吹き飛ばし――飛ばし際に袈裟掛けに叩き斬る。
 だがそれも自分から後ろに吹き飛ぶようにして避けられてしまう。
 ……決定打が無いな。

「んー……先輩、やっぱりお強いですねー」

「そうか?」

 腰を落とす。
 両手で建御雷を構え直す。
 ふぅ。

「でも、勝つのはウチですえー」

「いや、私が勝つ」

 気を練り上げる。
 強く、強く――濃く。

「いきますえー」

 何の為に剣を振うのか。
 誰の為に剣を握ったのか。
 ――お前が戦う為に剣を振るのなら。
 ――私は護る為に剣を握ろう。
 まるで対極。

「来い」

 だから、全部を出し切ろう。
 今までよりも早く鋭い連撃。
 大技は、無い。
 隙の無い圧倒的な手数、それを受け、弾き、避ける。
 その重圧に押されるが、引かずに受ける。
 ――ハッキリ見える。
 自分でも驚くくらい落ち着いている。
 でも手は、身体は休まず動き続け――そして、月詠の動きも止まらない。
 強い。
 今まで戦った誰よりも。
 剣技は刀子さんが上。
 力はエヴァンジェリンが上。
 早さは龍宮が上だろう。
 だが、強い。
 そう感じた。
 だから――私の全部を出し切ろう。

「このちゃんっ」

 二刀重ねての一撃を力任せに弾き上げ、そう叫ぶ。
 その答えが届かないほどに、集中。
 忌み嫌った力だが、慣れ親しんだ力。
 そして――何よりも、暖かい力。
 その全部を、石剣に向けて解放する。

「『建御雷』ィ!!」

 その刀身に“力”を注ぎ込むイメージ。
 ――まるで全力を持っていかれるような疲労感。
 そして、その石の刀身が圧縮された魔力の刀身に変わる。

「おおおおおおおっ!!」

 月詠の圧倒的な手数。
 それをたったの一撃、圧倒的な力で押し潰した。







 荒い息が自分のものだと気付くのに、少しの時間が掛った。
 疲れた……。
 それに、本当に強かった。
 砕け散って地面に転がる月詠の二刀に目を向ける。
 ……強力だとは聞いていたが、ここまでか。
 西洋魔術のアーティファクト。

「せっちゃん!!」

「うわ!?」

 抱きつかれた。
 あう……。

「ち、近い、です……このちゃん」

 うぅ、やっぱりこのスキンシップには慣れない……。

「うわ、せっちゃん怪我だらけやんか」

「か、掠り傷だから」

「そう言われると、傷付きますえー……」

「……大丈夫か、月詠?」

 少し離れた位置、一際大きな竹に背を預けるように座っている月詠に視線を向ける。
 自分でやっておいてなんだが、酷い有様だな。
 傷だらけの体、それを隠す事の出来て無い所々破けている服。

「お強いんですね、先輩ー」

「……お前もな」

 このちゃんを庇うように立ちながら、手を差し出す。

「立てるか?」

「?」

 そう言うと、またきょとんと、先ほどまでこちらに刃を向けてきた少女らしくない、無邪気とも取れる顔。

「変なお人ですねー」

 さっきまで殺そうとしてた人間に手を貸そうだなんて、と。
 う……まぁ、そうなんだが。

「余裕ですかー?」

「そうじゃない」

 そう言い、手を取ろうとしない月詠。
 だが自力で立つのは難しいのだろう、手に力を込めているが震えるだけで動きそうにない。

「ねぇ、先輩?」

 どうしたものか、と考えていたら、声。

「キレーな羽根ですねー」

「……あ、ありがとう」

 マイペースな奴だな……。

「この前は負けそうになっても出さなかったのに、どうしたんですかー?」

 まぁ、ウチは本気で死合えたからええんですけどねー、と。
 コイツは本当に、戦う事しか考えてないのか……。

「このちゃん……それに、仲間が、綺麗だと言ってくれたからな」

「……ええですねー」

 そう言って、また笑顔。
 けど――私には、判った。
 これは

「ふん……お前にだってそんな人が見つかるさ」

 寂しい、そんな笑顔。
 ああ、そうか。
 何故この戦いの最中に、色んな事を考える事が出来るほど余裕があったのか。
 何故あんなにも、月詠と会話をしながら刃を振い合ったのか。
 そう言うと、またきょとんとし――今度は、本当に……無邪気に、笑う。

「ほら、手を貸してやるから立て」

 似ているんだと、思った。
 剣を握る事でしか自分を見出せなかった私。
 剣を振る事でしか自分を示せない月詠。
 このちゃんと出逢えた私。
 このちゃんの様な人と出逢えなかった月詠。
 そんな――些細な差で、この勝ちを拾ったのか。

「ええんですか? お仲間さんのお手伝いはー」

 ふん。

「私の仲間が、負けるものか」

「なるほどー」

 そう言って、月詠は私の手を握った。

「……何か、妬けるなぁ」

「ええ!?」

 や、妬けるって――!?

「やん、先輩。もう少し優しくしてー」

「お、お前もッ」

 でも――戦いの後にしては、悪くない気分だな、と。





  
――――――ネギ=スプリングフィールド

 飛び込むように向かってきた小太郎君を、チャチャゼロさんがナイフの一閃で牽制し、足を止める。
 その間に僕は呪文を完成させ、撃ち出す。
 しかしそれは同じように放たれた呪符によって相殺されてしまう。

「オイオイ英雄、モット気合入レテクレヨ」

「はぁはぁ、す、スイマセン」

 強い。
 小太郎君も――天ヶ崎って人も。

「ほらほら、どうした坊主。もうしまいか?」

 呪符だって力を込めて出してるはずだ。
 じゃなきゃ僕の魔法の射手が止められる理由が無い――なのに、何で息切れ一つもしないんだ?
 しかも、この前の夜の傷の所は包帯を巻いて上から治療用かの呪符を張ってる。
 向こうも傷を負った身体で、それでも顔には出さないのか。
 こっちだって、まだ余裕はあるけど。

「小太郎、アンタも何人形に手間取ってるんや」

「ぅ――戦い辛いねん、アレ」

 前に出る度に先読みしたみたいにナイフ振りよって、と。
 そ、そうなのか……。

「ケケケ、コッチャ年季ガ違ウンダヨ、小僧」

「格好良いっす、チャチャゼロさんっ」

「……オ前ハ黙ッテロ」

「ハイっ」

 戦いの場に似合わないカモくんとチャチャゼロさんの話で、少しの時間が出来る。
 その間に息を整える。
 さっきエヴァンジェリンさんが大きな蜘蛛を一撃で倒したほぼ無詠唱からの大魔法。
 それに至るまでのプロセス。
 ……深呼吸を、一つ。

「月詠もやられたみたいやし、さっさと片付けるで?」

「わーってるって」

 あっちはまだ余力を残そうとしてる。
 僕が勝つには、今しかない。
 本気で来られたら、とてもじゃないけど勝てる自信が無い。
 息を吸う。

「チャチャゼロさんっ」

「オウ、小僧ハ止メテヤルヨ」

 ラス・テル マ・スキル マギステル――心中で起動キーを紡ぎ上げる。
 チャチャゼロさんに足を止めてもらって、一発で行動不能にする。
 雷の暴風ほど長い詠唱じゃ不利だ、それに、威力も高過ぎる。
 そのタイミングを待つ。
 集中――胸が潰されそうなくらいの緊張。
 初めての実戦……僕は幸運だ。
 エヴァンジェリンさんにチャチャゼロさん、刹那さん。
 沢山の人と一緒に戦えてる。
 あの時とは違う。
 あの夜とは違う。
 僕は……。

「ホレ、ココダッ」

「ちっ――何で読まれるっ!?」

 チャチャゼロさんの懐に入り込もうとした小太郎君が、またナイフの一閃でタイミングを外され、距離を取る。
 無理に入り込もうとしないのは何でか判らないけど、その隙を見逃さないっ。

「チャチャゼロさん、横にっ!! 白き雷っ」

 それを確認する前に、必中のタイミングで魔法を発動。
 狙いは天ヶ崎を守る様に前に出て戦っている小太郎君。
 呪符で防がれなかったそれを、マトモに受け、

「甘いなぁ、ネギ=スプリングフィールドっ」

 そんな!? アレを受けて――。

「チッ」

 再度の特攻。
 だが今度は引かずに、傷を受けてもチャチャゼロさんの懐に入り込もうとする。
 しかし、ナイフだけじゃ防げなかったのか、器用に魔力を籠めた蹴りで小太郎君を無理やり後ろに退けた。

「はっ――まだまだやれるようやな、人形ッ」

「ゲ、手負イノ獣カヨ、オ前……」

 メンドクセー、と。

「あかん、手加減したら無理みたいやわ」

「……せやな。今のはちとヤバいわ」

「警戒サレテルゾ、英雄ー」

「う」

「アア言ウ時ハ、モット強力ナノデ一撃デ決メロヨー」

「で、でも……」

 雷の暴風じゃ……。

「オイオイ、遊ビジャネーンダカラヨー」

 マダマダ子供ダナァ、オ前ノゴ主人サマ、と。

「ネギの兄貴、大丈夫。落ち着いてやれば出来るって」

「カモくん……」

 うぅ――でも、小太郎君達……。

「狗神使いを本気にさせたなぁ、ネギ=スプリングフィールドっ」

 その影から、真っ黒な犬が現れた。
 なっ――!?

「オイオイ、オ前モ式神カヨ」

「ちゃうわ、こいつ等わワイの子分みたいなもんや」

「ドッチモ同ジミタイナモンダト思ウガネー」

「チャチャゼロさん、もっと驚く所っす!?」

「アホカ。コンナノ驚ク価値モネーッテノ」

 さっきまで一本だったナイフが、今度は両手に。
 しかも、大振り。自身の背丈以上の得物だ。

「ネギ先生ヤ、チョットオ前ノ精霊デ手伝ッテクレ」

「え?」

「いつまでも舐めんなや、人形ッ」

「犬舐メル趣味ハネーナァ」

 そう言い、器用に両手のナイフを操って影色の犬の攻撃を避けていく。
 す、凄い。
 これがエヴァンジェリンさんの従者――。
 はっ!?

「風精召喚、剣を執る戦友っ」

 僕も呼び出せる10体の精霊を召喚し、それを援護する。
 精霊が攻撃を受け、その隙にチャチャゼロさんが犬を倒す。
 そうすると瞬く間に影の犬は居なくなり、二刀のチャチャゼロさんと小太郎君の接近戦。
 さっきよりも動きの良い小太郎君、だけど、それ以上に太刀筋が鋭いチャチャゼロさんが押し返す。
 最後には天ヶ崎さんの呪符も空中で切ったりまでしてた。

「おいおいおい――マジかい」

「チッ。やっぱりまた狙撃手も来てるか」

「ヤベー、コレ過労ジャネ? アノ嬢チャンニ追加報酬ナンテ、払エンノカ?」

 龍宮さんも、来てくれてるのかな?
 ――でも。

「しっかし、やっぱ守ってもらわんと何も出来んのな、西洋魔術師っ」

「なっ!?」

 そ、それって僕の事!?

「守って貰えん状況になったら、どうなるかなッ」

 そう言った瞬間、目に見えるほどの気の爆発。
 小太郎君が――変わる?

「本気の本気やっ。行くで――」

 そう言った時には、もう僕の目の前に――っ!?
 腹と頭に衝撃。続いて、右肩を蹴られて吹き飛ばされる。
 何されたか理解する前に、吹き飛ばされた。
 チャ、チャチャゼロさんは!?

「チッ」

「おらおらおらッ」

 目にも止まらない連撃、ソレをさっきよりも早いナイフ捌きで器用に避けていく。
 ……凄い。
 よく見るとチャチャゼロさんに魔力のような膜が……魔力を纏ってる?
 多分、魔力を身体能力強化に回してるんだ。
 そう言う使い方もあるのか。
 それとも、エヴァンジェリンさんと仮契約でも結んでるのか。

「オイ、小動物ッ」

「へいっ」

 そういうと同時に、カモくんが一瞬の隙をついて前に出る。

「あ、あぶ――」

「オコジョフラーッシュ!!!」

 えええ!?
 眩しっ!

「ぅ……」

 突然の光で眩んでいた目を恐る恐る開けると……元に戻った小太郎君が倒れていた。

「ケケケ、真ッ向勝負バッカリダカラコウナルンダヨ」

「ひ、卑怯もんが……」

「闇ノ福音ノ従者ガガキニ負ケラレルカヨ」

「か、格好けーっす、チャチャゼロさん」

「ソウダロソウダロ」

 どうやら、さっきの一瞬でチャチャゼロさんが、一撃で倒したようだ。
 ……強い。
 やっぱり、僕は何にも出来なかった……。
 悔しいけど――ここで寝てる訳にもいかない。
 立ち上がろうと力を手に込め、

「闇の福音て……あの嬢ちゃん吸血鬼かっ!?」

 ああ、そうか。
 エヴァンジェリンさんって15年前に死んだ事になってたっけ。
 ……これって、知られたら危ない事なのかな?

「くそっ。吸血鬼に神鳴流の混ざり物、バケモノの所為で台無しやっ」

 ――ああ。
 それは……。

「違いますっ」

 叫び、体中が痛む。
 たったあれだけの攻撃で――僕は、なんて弱いんだっ。

「何が違う! 人じゃないヤツ! それをバケモノ言うて何がッ」

 地に付いた手を握り込む。
 力の入らない足に力を込める。
 負けてしまった身体に、心が鞭を入れる――。

「エヴァンジェリンさんも、刹那さんも、バケモノなんかじゃないっ」

「は――なら人じゃないアイツらは何や? 永遠に生きるのも、羽根があるのも人間か?」

 切れた唇を噛み締める。
 口内に溜まった血を飲み込む。

「僕の生徒ですッ」

 四肢に力を籠める。
 立ち上がる事を拒む身体を、立ち上がらせる。
 視界が霞む、息をする度に全身が痛い、またすぐにでも膝をついてしまいそう――だけど。
 それでも――譲れないモノが、一つだけある。
 それだけは認めちゃいけないのが、一つある。

「エヴァンジェリンさんは怖いし、口は悪いし、暴力的だけど、ちゃんと約束を守ってくれるっ」

 譲れないモノがある。

「刹那さんは口数が少なくて、怒った顔は怖いけど、凄く優しい人ですっ」

 守らなきゃならないモノがある。

「僕は2人の先生だっ」

 ――力が弱くても

「2人の事を知らないくせにっ」

 ――僕は先生だから。

「知るか。敵の事なんて知りとうも無いっ」

 右手を握り込む。
 集中する。
 イメージする。
 残った魔力が……全部、右手に集まるようなイメージ。
 さっきのチャチャゼロさん。
 魔力で身体を強化してた――。

「まだ動けるんかっ」

「何も知らないくせにっ……」

 この後動けなくなっても良い。
 それでもッ。

「僕の生徒をバケモノだなんて言わないで下さいッ」

 まっすぐに千草さんに向かって駆ける。
 どうなっても良い。
 動けなくなっても、倒れても――それでもっ。

「馬鹿正直に正面かっ」

 正面に結界。
 右手と結界がぶつかり火花が散る。
 突き出した手が押し返されそうになる。

「うああああああっ」

 認めない。
 認めさせもしない。
 それだけは――許すわけにはいかない。

「……そんなっ」

 押し返そうとする力が弱まる。
 もっと、もっと――ッ。

「火事場の馬鹿力かいっ!?」

「――あああああ……ッ!!」

 まるでガラスが砕けた時のような音だな、と。
 場違いにもそう感じた瞬間、右手を押し返そうとしていた力が消える。
 だから――そのまま、右手を振り抜いた。

「がはっ!?」

 荒い息遣いが僕のもので、血を吐く音が彼女のものだって気付くのに、数瞬。
 体中が痛い、叫んだ喉が熱い――右手が、痛くて熱い。

「エヴァンジェリンさんは、怖いけど、良い人です」

 不意に、泣きそうになってしまった。

「刹那さんは、不器用だけど、優しい人です」

 それはきっと、僕の生徒が、この人には認めてもらえないって、判ってるからか。

「よく知ってます」

 でも。

「だから」

 そんなのは嫌だ。

「謝って下さい。エヴァンジェリンさんに、刹那さんに」

 知らないのに、知ろうとしない。
 そんな人には、どうすれば良いんだろう?
 ……また、泣きそうになる。

「何も知らないのに、僕の生徒をバケモノだなんて言わないで下さい」

 膝はつかない。
 でも、顔を落とすと――涙が出た。
 ……この二人の事を判ってもらえない。
 その事が、酷く悲しかった。





――――――エヴァンジェリン

「ふん。決着はついたか」

「そうみたいだね」

 しかし、右腕を砕かれても涼しい顔は崩さないか。

「よく出来た人形だな」

「君こそ。3度身体を貫いても殺せないとなると」

 後はこの若造を砕くだけだが……どうしたものか。
 あまり強力な魔法を使って目立つのも得策じゃないしな。
 いくら結界内とはいえ、感知できない者が居ない訳じゃない。

「……君は、僕の知っている闇の福音とは違う?」

「なに?」

 そう考えながらも油断なく若造を視界に収めていたら、そういきなり言われた。

「冷酷無比、魔法界の恐怖の具現――そうじゃなかったのか?」

「――なに?」

 それは、今まで誰からも囁かれ続けた言葉。
 私の過去。
 なのに――それに一番違和感を感じているのは……私?

「何を言っている?」

「――何故、僕を壊さない?」

 そう、言われた。

「ふん。今から壊すさ」

 どうやって壊すか考えていただけだ、と。
 大体、その右手はなんだ? 壊れかけのくせに。
 そう言うと、首を横に振られた。

「違う」

 ――イライラする。

「どうしてまだ僕を壊していない?」

「だからそれはっ」

「折角死んだ事になってるのに、周りに気付かれたくないから?」

「ああ、そうだ。折角の自由な時間だ、失うのは惜しいからな」

 魔力を練り上げる。
 直接叩きこんで、中から凍らせてやる。

「下手な言い訳だ」

「なにっ!?」

 こ、この――人が遊んでやっていれば。

「君を変えたのはネギ=スプリングフィールドか?」

「……何を言っている?」

 私が変わった?

「私は私だ。何を――」

「なるほど」

 一瞬の油断。
 揺らいだ魔力は霧散し、若造は魔力を紡ぎ上げる。
 ちっ。

「――手を引くよ。千草さんがあの調子じゃ、どの道もう役に立たないだろうしね」

「おいっ」

「僕はフェイト。フェイト=アーウェルンクス――」

 そう言うと、何時の間にか造り出していた水溜りで転移魔法を発動する。

「私が変わっただと?」

 追うか、とも考えずに呟く。
 変わった?
 いや、私は私だ――他の誰でもない。

「……何なんだ、いったい」

 大地が抉れ、氷の矢が刺さり、石化した竹のある周囲を見ながら、溜息。
 くそ。
 そう毒づき、歩き出そうとし――破けたてほとんど役にたってない服から、鈴が落ちた。
 あ

「良かった、壊れてないか」

 ちゃんと大丈夫か確認する為に眼前に翳すと、チリン、と乾いた音。
 良い音だ。風情があって良い。
 そう思うと、さっきまでイラ立っていた感情が少し落ち着くように感じる。
 ふん――。

「これはまた、酷いな」

「無事だったか、刹那?」

 そう振り返り

「何でソイツまで居るんだ?」

「そうツれない事は無しですえー」

 ……お前、さっきまでそいつと殺し合ってなかったか?

「千草はんも負けてしまいましたしなぁ。とりあえず投降すれば罪、軽ぅなるかなーって」

「……そこは詠春のヤツに任せるが」

 何か調子狂う奴だな。
 そうだ

「木乃香」

「なに?」

 そして、何を怒ってるんだ、こっちは。
 はぁ。緊張感の無い奴らだ。

「先に実家の方に連絡して、制服を用意させておけ」

 心臓を2回と腹を1回貫かれたおかげで、制服がもうボロ切れだからな。

「刹那と、ぼーやの替えの服もついでに頼んどけ」

「あ、そか。その服じゃ帰れへんもんね」

 まったくだ。
 制服代はじじいに立て替えさせるか。
 それに、龍宮にも援護してもらったし、追加報酬も考えないとな。

「おい、二刀使い」

「何でっか、お嬢ちゃん?」

「…………この結界の抜け方は知ってるか?」

 誰がお嬢ちゃんだ、この小娘は。
 ありがたく思えよ、私は女子供は手に掛けない主義だからな。

「りょうかいー」

 それじゃ、ぼーやとチャチャゼロ達を拾って、詠春に会いに行くか。





――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

 み、巫女さんーーーー!?

「急ニテンション上ガリヤガッタナ、コノ小動物」

 すげー、すげーぜ木乃香嬢ちゃん。
 俺、これが終わったら木乃香嬢ちゃんの仮契約プロデュースするんだ……。

「ソウカイソウカイ、デモソノ前ニ」

「あまり恥をかかせるなよ、カモ」

 ブギュル

「神鳴流ト真ッ向勝負デキルヨウニナラネートナァ」

 …………ら、楽園が遠い





[25786] 普通の先生が頑張ります 27話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/01 23:20

――――――エヴァンジェリン

「貴女が結界の外に出られるなんて、夢にも思いませんでしたよ」

「ふん。お前は、しばらく見ないうちに老けたな」

「時間が経つのは早いものですね」

 そうだな、と。
 満開の桜が咲き乱れる庭を一望できる場所での、静かな時間。
 いつ手に入るか判らないとさえ思っていた小さな自由。
 それをのんびりと受け入れながら、用意されていた茶を飲む。

「どうですか、久し振りの外は?」

「存外悪くない。人の世界も住みやすくなったものだ」

 時間に置いていかれた様な疎外感。
 知っている物が無くなり、新しい物に変わっている世界。
 そして、

「……本当に、老けたなぁ」

「そうしみじみ言わないで下さいよ」

 まぁ、お前の娘が私と同じ所に通っているんだもんなぁ、と。

「そうですね。どうです、学園は楽しいですか?」

「それなりにな」

 今はまぁ、そう退屈はしていない、と。
 今までのように誰も傍に居ない時間じゃない、毎日誰かが居る時間。
 そんな時間は――きっと、私が生きた時間の中で、そう多くない。
 そして、こうやって桜を眺めながら旧知の者と茶を飲む時間も――それなりに、楽しい。

「木乃香はどうですか? 向こうでは」

「他の連中と仲良くやっているようだぞ」

「――そうですか」

 そう言って、二人して茶を飲む。
 ふぅ。

「近況は、一応知らせてもらってるんですが」

「お前が一端の親になるとはなぁ」

「はは。貴女にもその内判りますよ」

 子を持つと心配性になるものです、と。
 そういうものかね……。
 一緒に用意されていた茶菓子を一口で食べ、咀嚼する。

「……時間が経つのは早いな」

「貴女にとっては、特にそう感じるでしょうね」

 桜を見ながら、そうぼんやりと。
 一瞬、まるで本当に世界に置いていかれたような錯覚。
 そうか、人間は歳をとるんだったなぁ、と。
 知っていた事。
 でも気にしていなかった事。
 それを、気付かされた気分。
 ――この桜があまりにも綺麗で、感傷的な気分にさせられる。

「親書に書いてありましたが、封印を解くそうですね?」

「ああ。……何でそんな事を書いてるんだ、あのじじいは?」

 まったく。
 いくら東西の長が身内同士とはいえ、そんな事書くなよ。
 呆れ交じりに溜息を吐く。

「そうですね。きっと――」

 そこで言葉を止め、こちらを見てくる。
 ふん。

「こちらが小さいからと、そう見下ろされると腹が立つんだがな」

「それは失礼」

 少し、騒がしい。
 どうやら、ウチの連中が何やら騒いでいるようだ。
 いつも思うが、もう少し静かに出来ないものか。

「元気ですね」

「女はもう少しお淑やかな方が良いと思うがな」

「そうですか? 子供は元気なのが一番ですよ」

「……それもそうだな」

 アイツらがいきなり静かになったら怖いしな。
 そう考えると、元気なのも悪くはないのかもしれん。

「詠春、お前は下の者をちゃんと押さえろよ」

「耳に痛い」

 そう、苦笑。

「親書の方にもそう書いてありましたよ」

「今回娘と私達を巻き込んだのは、お前の落ち度だと言う事だ」

「……申し訳ありません」

「ふん」

 ま、それももういいがな。
 終わった事だ。
 旅行も後一日ある――最後の日は何の気兼ねもなく、過ごせる訳だ。
 そう考えると気分も軽くなる。

「荒事には慣れてる……が、尻拭いは苦手だからな?」

「はい。後はこっちで何とかしますよ」

 だと良いがな。
 やっと手に入った小さな自由なんだ――これ以上乱さないでほしいものだ。

「エヴァ」

 静かな声だった。
 穏やかで、安心しきったような……そんな声。

「何だ?」

「木乃香をよろしくお願いします」

 そう言われた時、一瞬ピンとこなかった。
 何を言っているんだ、とそう思いさえした。

「私は悪の魔法使いだぞ?」

「……ふふ」

 何故そこで笑う?

「貴女の傍が、一番安全でしょうしね」

「おいおい。吸血鬼の傍に居たら、血を吸ってしまうぞ?」

「そうですか?」

 ま、私は女子供は襲わん主義だがな、と。
 そう言うとまた小さく笑う。
 まったく。

「変わりましたね」

「……お前もか」

 小さく、だが聞こえるように、溜息。
 はぁ――そんなにお前達は、私は変わったように言うのか。

「も?」

「フェイトとか言う小僧。さっき話したヤツだ。ソレもそう言ってたな」

「……ふむ」

 まぁ、知っている事は全部報告したぞ。

「それは良いのですが……」

「ふん」

 冷めてしまった茶を飲み干す。

「私は私だ。これまでも、今も、そしてこれからも、だ」

「そうですね」

 ――また、笑う。
 穏やかな、静かな笑み。
 以前会った時も、そうまで感情的にはならないヤツだったが、今はそれに輪を掛けて――。

「私は変わらない」

「……そうかもしれませんね」

 ふん。

「かも、じゃない。変わらないんだ」

 成長する事もなく、ただ静かに、時間に置いていかれる。
 この600年がそうであったように。
 これから先の600年もそうなのだ。

「詠春。ぼーやにナギの隠れ家を教えてやってくれ」

「判っていますよ」

 ――そうか。
 満開に咲き誇る桜を、見る。
 この光景があまりに美しく――散る花弁が可憐だから、こうも感傷的になるのだろう。
 今までを振り返り、そしてこれからを考えてしまうのは――桜の所為だ。

「帰る」

「気を付けて」

 ――ふん。







 旅館が目に見える場所に戻った時には、陽が完全に傾いていた。
 はぁ。結局今日一日を全部使ってしまったか。

「ハー、ヤット御役御免カァ」

「喋るな、アホ」

「ヘイヘイ」

 誰かに聞かれたらどうするんだ、と。
 まぁ周りには誰も居ないのは判っているんだが。

「すみませんでした、エヴァンジェリンさん」

「ん?」

 突然、ぼーやから謝られた。
 何の事だ?

「僕がもっと強かったら……」

「ぼーやごときがどれだけ強かろうが、こう言うのは大して変わらんよ」

 一人で出来る事なんかたかが知れているのだ。
 それこそ、ナギのような力と影響力があれば個人でもどうにかできるんだろうが。
 人と人の争いほど面倒な事はない。

「でも――」

「知らん。そう思うなら強くなれ」

 私が言えるのは、それくらいだ。

「どうせ、今日は何もできなかったからと落ち込んでいるんだろう?」

「え、そうなん?」

 ソレにはぼーやではなく、先を歩いていた木乃香が反応した。
 また面倒な。

「ネギ君、凄い頑張ってたやん」

 あの女の人倒してたし、と。
 まぁそうだな。
 アレも、今のぼーやにとったら格上だろう。
 魔力量ではなく、経験的に。

「はい。天ヶ崎は相応の使い手です。それを倒したのですから」

「でも」

 ふむ。
 それを聞いても、ぼーやの表情は晴れない。

「何を考えてるのかは知らんが、自分の意思を貫きたいなら、強くなれ」

 弱者は悪。強者が正義。これが世界の根底なのだから。
 これは、誰にも変えられない事だ。
 だから私は強くなった。
 魔法を覚え、従者を造り、恐れられるほどにまで――強くなったのだ。

「それが出来ないなら、自分より強いヤツに従うんだな」

「……エヴァンジェリン。それは言い過ぎだ」

「あのなぁ……」

 言い過ぎなものか。
 ぼーやはもう実戦を経験した。
 今回は運良く生き残れたが、次また生き残れるかはぼーや次第なのだ。
 強くなる意思が無いのなら、強いヤツに従ってでも生きる方が良いと思うがな。

「自分達が死なないとでも勘違いしているのか?」

「ぅ」

「木乃香もだ。修学旅行が終わったら、一通りは教えてやる」

 そこから先は、自分で考えろ。
 面倒は見ると言ったが、当面だけだ。
 その後はじじいにでも任せるか。

「よろしくお願いしますね、エヴァちゃん」

「……ああ」

 この女は、魔法を覚えると言う事をどう考えているのか。
 日常を捨てると言う事。
 普通に戻れなくなる事。
 いつか必ず――後悔すると言う事。

「ん? なに?」

「いや」

 何でも無い、と。
 しかしその面倒臭いのもそれで終わりだ。
 修学旅行を楽しんで、後は呪いを解く。
 その先はどうするかな……。
 歩きながら、ぼんやりとそんな事を考える。
 何をするか――それすら今の私には無い。

「ネギ先生、大丈夫ですからそう落ち込まないで下さい」

「……はい」

 まったく。

「ん?」

 旅館の前に集まって何してるんだ?

「おい」

 旅館につくと、その入り口に2人。
 ――知った顔があった。

「神楽坂明日菜、何をしているんだ?」

「へ? ああ、お帰りエヴァ」

 いや、それは良いんだが。

「あれ? エヴァンジェリンさん何処か行ってたの?」

「ああ……それで?」

 佐々木からの質問に適当に応え、視線を下に向ける。
 そこには――猫が居た。
 麻帆良でもそう言えば茶々丸が世話してたなぁ、と。

「飼い猫か?」

「ううん。野良だって」

 ふぅん。
 こう見ると可愛いもんだな。

「ほら、来い」

 その2人に混ざり、私も手を出すが……寄り付きもしない。
 ちっ、だから動物は嫌いなんだ。

「エヴァも動物から嫌われてるんだー」

「うるさいな……」

 ……ん?

「私も?」

「うん」

 ふむ。私以外にも嫌われ者がいたか。
 可哀想な事だな。

「マスター、御無事でしたか?」

「ああ――それで、お前は何をしてるんだ?」

 声の方に振り返ると、ミルクと空の食器を持った茶々丸が立っていた。
 ……まぁ、聞かなくても判るが。

「猫さんに餌を」

「そうか」

 そうだろうな、と。
 まぁ良いか。
 どうせ自由時間だ。

「お前はよく懐かれるなぁ」

「そうでしょうか?」

 ま、いいがな。
 さて、と。

「あ、もう行くの?」

「私は嫌われてるようだからな」

「そっかな?」

「今まで動物に懐かれた事もない」

「うわぁ」

 そんな声を出すな。余計に悲しくなる。
 くそ。

「あ、そうだ」

「……今度はなんだ?」

「明日は一緒に回れる?」

 …………はぁ。

「ちゃんと班分けしてあるだろうが」

「だって、エヴァ今日も用事で居なかったじゃない。折角の自由行動なんだから」

 初日も何だかんだ言って一人で行動が多かったし、と。
 はぁ。
 まぁ、それはこっちが悪いから何とも言えんが。

「気が向いたらな」

「うんっ」

 まったく、と。

「あまり私に関わるなと言ったはずだがな」

「そうだっけ?」

 ……はぁ。
 何でこんなにこの女は楽しそうなんだか。
 ああ、修学旅行だからか。

「なになに、何の話?」

「なんでもない、なんでもない」

 佐々木まき絵を軽く流す神楽坂明日菜から離れる。
 ――まぁ、気が向いたら、一緒に行動するか。
 そんな事を考えながら旅館に入ると、入り口近くの椅子に座っている見慣れた背が目に入った。

「先生」

「ん? おー、ネギ先生達と一緒じゃなかったんだな」

 ネギ先生達はもう帰ってきたぞ、と。

「ああ。そこで猫を見てた」

「絡繰に懐いてるヤツか」

 懐いてるのか。
 呆れたように溜息が出てしまう。
 よくもまぁ、動物に好かれるやつだ。
 そんな事を考えながら背を向け、
 そうだ、と言う声。

「おかえり、マクダウェル」

「ただいま、先生」

「今日は楽しかったか?」

「……そうでもない」

 そう言うと、小さく笑う。

「ま、学園長からのお使いだしな」

「ふん」

 判ってるじゃないか。
 しかも、観光所巡りも全然できてないしな。

「明日は大丈夫なのか?」

「ああ。明日は自由時間を満喫するさ」

「それは良かった」

 ――ふん。

「先生は何をしていたんだ?」

「ん? ほら、猫の餌やり、外でしてるから見てないとな」

 なるほどな。
 先生にならうように視線を外に向ける。
 まぁ、何かあっても茶々丸が居るから大丈夫だろうが。

「疲れただろうから晩ご飯まではゆっくりしてろ」

「言われなくてもそうさせてもらうよ」

 そう声を返し、ロビーを後にする。
 さて、晩ご飯まではゆっくりするかな。
 もう気を張る理由も――まぁ、あまり油断し過ぎも問題だが。
 昨日までほどは張らなくても良いだろう。
 旅館周りには今も結界が張ってある。
 ――修学旅行も、明日一日しかないのだし。

「ふむ」

 ……そう言えば、ただいまなんて言ったのはいつ以来だったか。
 麻帆良に来て、じじいに住みかを与えられてもチャチャゼロは喋れなかったし。
 茶々丸には、そう言う事を言った記憶は無い。
 なら、麻帆良に来てからは使った事は無いのかもな。

「ま、いいか」

 だからどうした、と言うだけなのだが。
 さっさと着替えてのんびりしよう。
 疲れた。






――――――

「また来てるのか」

「はい」

 少女達の輪を上から覗き込むように見ると、先日見た子猫がまたミルクを飲んでいた。
 ……俺たちが旅行から帰っても、大丈夫かな?
 とも思うが、そこまで面倒も見きれないだろう。

「あ、先生。さっきエヴァ帰ってきてたよ」

「おー。会ったぞ」

「何か言ってた?」

「疲れただとさ」

 いつも通りのマクダウェルの答えに苦笑してしまう。
 まぁ、明日は大丈夫だと言っていたから――楽しめるだろうけど。

「この子可愛いねー」

「だがな、佐々木。連れては帰れないからな?」

「えー」

「連れて帰って、誰が面倒をみるんだ?」

「うー」

 まったく、と。

「それより、そろそろ中に入れよ? もう結構な時間だからな」

「はーい」

 もう日も落ちてきた、外に居るのは何かと問題があるだろう。

「あ、先生」

「ん? どうした神楽坂?」

 猫と遊んでいた神楽坂が……なんかこう、困ったような顔でこっちを向く。
 うん。嫌な予感しかしない。

「明日の自由行動、エヴァって一緒なのかな?」

「あ、そっちか」

「へ?」

 いや、と。

「一緒じゃないのか? 流石に、最終日まで用事は――無いと思うぞ?」

 さっきは何も言ってなかったし。

「ほんと?」

「ああ……というか、俺に聞くくらいなら自分で聞いたらどうだ?」

「いやー。さっきも言ったんだけど、気が向いたらって言われて」

 そうか?
 アイツ、気が向いたらって言ったら大抵の事はやってくれるから大丈夫だと思うけど。
 まぁ、大丈夫だろ。
 何だかんだ言って、神楽坂とよく一緒に居るし。

「大丈夫だと思います」

「絡繰もそう思うか?」

「はい」

 なら大丈夫だろ、と。

「ありがとー、茶々丸さんっ」

「……いえ」

「明日菜って、エヴァちゃんと仲良いよねー」

「そう?」

「うん。だって、ちょっと怖い所あるじゃない」

「あー、喋り方とかこー……難しい言い方するもんねー」

「うんー」

 そこか。
 まぁ、神楽坂と佐々木らしいと言うか。
 微笑ましくて苦笑してしまう。

「ほらほら、話は中ですれば良いだろー」

 ぱんぱん、と小さく手を叩く。

「「はーい」」

 まったく。
 一つ話題が出来れば、前の事を忘れるのはどうにかならないものか。
 それが一つ、問題だなぁ。

「先生」

 ん?

「絡繰も早く中に入れよ? 猫が使った容器は返しとくから」

「いえ――それより」

「なんだ?」

 どうにも、今日は色々聞いてくるなぁ。
 シネマ村でも何度か聞かれたし。
 ……そのうち答えきれない事聞かれたら、と思うと少し怖いんだが。

「今日も御迷惑をおかけしました」

「マクダウェルか?」

「はい」

 うーん。

「でもまぁ、先生だからなぁ」

 それに、今回のは悪いのは学園長だし。
 まぁ悪くは言わないけど。
 きっと大事な用だったんだろうし。

「マクダウェルがやりたい事なら、なるだけ叶えてやりたいしな」

 本人は、今日は乗り気じゃなかったみたいだけど、と。
 それでも自分からネギ先生についていくって言った事は、何かしら理由があったんだろう。

「マスターが先生の生徒だからですか?」

「おー」

 しかし、この猫良くミルク飲むなぁ。
 将来は大きくなるかもな。

「絡繰も何かやりたい事があったら言って良いからなー」

 頑張れるだけ頑張ってはみるから、と。
 だがまぁ、そんな格好良い事を言っても、出来る事は殆ど無いのだが。
 良くてワガママを聞いて振り回されるのが関の山か。
 はぁ……何も出来る事が無いなぁ、俺。

「…………」

 さて、と。

「それじゃ、戻るかー」

 またなー、とミルクを飲み終え背を向けた子猫に声を掛ける。
 返事はない。
 まぁ、当たり前か。
 そう苦笑して立ち上がり

「先生」

「んー?」

「その時はよろしくお願いします」

 そう頭を下げられた。
 む……そう返されるとは予想してなかった。
 もっと軽い感じで来ると思ったのに。

「ま、出来れば簡単なので頼むなー」

「はい」

 絡繰はそう無茶な事言わないだろう、と思うけど。
 そこは心配しないで良いから、安心だな。




――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「うわ、このオコジョ禿げてるアル」

「……クーフェイ、あまり言ってやらない方が良いでござる」

「ストレスでしょうか? ネギ先生のペットなんて羨ま――ゲフン」

「ペットのストレスって、どう解消すればいいのかな? ゆえゆえ」

「適度な運動じゃないです?」

 うう、うううう………ッ。

『ケケケ、大人気ジャネーカ』

 ウワーーーーーーン。
 チャチャゼロさんのアホーーーっ。





[25786] 普通の先生が頑張ります 28話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/02 22:39
「おはよー、絡繰」

「おはようございます、先生」

 旅行中の朝恒例となってしまった旅館周辺の散歩。
 何故か今日も絡繰は俺より早起きして、また庭に居た。
 マクダウェル手作りの人形、チャチャゼロと一緒に。

「相変わらず朝早いなぁ」

「いえ。先生はお疲れではないのですか?」

「ん?」

 俺?

「んー、まぁ、何とか大丈夫だ」

 何が大丈夫か、と聞かれたら答えるのが難しいんだが。
 だからと言って生徒に疲れている、と答えるのも嫌だったので適当に濁しておく。
 しかし

「ですが、昨日の朝よりも今朝がお疲れのようです」

「そうか?」

 ……うーん。
 顔を洗う時は気付かなかったけど、顔に出てたかな?
 まぁ、少し動いたら大丈夫だろ。

「絡繰は大丈夫なのか? 朝早いけど」

「いえ――大丈夫です」

「そうか?」

 腕時計を見る。

「まだ少し、部屋でゆっくりできると思うけど」

「大丈夫です」

「そ、そうか」

 なんか、思いのほか強く返されてしまった。
 いや、別に大丈夫ならいいんだけど。

「しかし、今日もその人形持ち歩いてるんだな。好きなのか?」

 どちらかと言うと、マクダウェルに似合うイメージがあるんだが。
 昨日は龍宮が持ってたし。
 まぁ確かに、どことなく愛嬌はあるなぁ。

「はい。家族ですので」

 家族?
 人形を家族、と言う所は年相応と言うか。
 微笑ましいなぁ、と。
 感情の起伏が判り辛いけど、やっぱり絡繰も女の子なんだなぁ。

「そうか、ならしょうがないなぁ」

 ロビーで買ってきたコーヒーを一口。
 朝日に照らされた自然を見ながらだと、一段と美味く感じる。
 ……飲んでるのは120円のコーヒーなのが、アレだけど。

「どうしました?」

「んー……いや、別に」

 俺って庶民だなぁ、と。
 別の言い方をすれば安いと言うか、何と言うか。
 そう考えて苦笑してしまう。

「マクダウェルは寝てるのか?」

「はい。マスターは昨日お疲れになったようなので」

 ギリギリまで、と聞いております、と。
 そうか……まぁ、近衛の実家がどこかは知らないけど、遠かったんだろうな。
 うーん。今日は大丈夫かなぁ。

「何をしていたか、聞かれないのですか?」

「ん?」

 えっと。

「昨日の自由行動をか?」

「はい」

 まぁ、教師としては聞いておきたいし、近衛の実家に一報入れるべきなのかもしれないけど。

「アイツはアレで、しっかりしてるからなぁ」

 下手に手を出してややこしくしたくないと言うか、何と言うか。
 それに学園長とも個人的に親しいみたいだし。
 俺なんかは手を出さない方が無難だろう。

「そう言う点では、信頼してるし」

「そうですか」

 飲み終わったコーヒーを持ち、のんびりと歩く。
 しかし……生徒と二人で散歩って、他から見られたら結構危険だよなぁ。
 特に他の先生方とか、朝倉とか。

「絡繰、そろそろ着替えてきた方が良いんじゃないか?」

「朝食までは、まだ時間がありますが?」

「いや、着替えとか時間かかるんじゃないか?」

 女の子は着替えには時間かかるからなぁ、と。
 どうしてあんなにかかるんだろうか?
 化粧とかも慣れてるはずだろうに……買い物と着替えはいまだに判らん。

「いえ、私はすぐ準備できますので」

「そうか?」

 うーん……もう一度、腕時計を見る。
 まぁ確かに、時間はもう少しあるけど……朝が早い生徒は起き出す頃だ。
 色々と寝起き的な意味で俺はもう少し外に居たいんだが。

「マクダウェルはそろそろ起こした方が良いんじゃないか?」

「……そうですね」

 アイツは朝弱いからなぁ、と。
 きっと絡繰が居なかったら、遅刻魔なんだろうな……。
 いや実際、2年までは遅刻早退の常習犯だったんだが。

「それでは先生、こちらを」

「ん?」

 そう言って差し出されたのは、チャチャゼロ。
 何で?

「お守りです」

「……そ、そうか」

 お、お守り?
 差し出された人形を受け取り、とりあえず脇に抱えるのもアレなので両手で持つ。
 …………うーん。
 成人男性が持つにしては、シュールなお守りだよなぁ。

「それでは、失礼します」

「おー、また朝食の時になー」

 小さく一礼して去るその背を目で追い……小さく溜息。
 もう少し、時間を自由に使えばいいのに、と。
 旅先で疲れてるだろうに、もう少し寝てても良いと思うんだが。

「どーしたもんかなぁ」

 それを本人が気にしていないので、俺がとやかく言う事じゃないんだけどさ。
 両手に持った人形を見る。
 素人が造ったとは思えない人形。
 確か、なんか凄い人形遣いの人に聞いたとか言ってたけど。
 ……家族、なぁ。

「お前の家族は、もう少し自分の時間を持てばいいのになー」

 折角の旅先なのに、ここでも早起きとか。
 まぁ、そこは絡繰の自由だけど。
 それじゃ、もう少ししたら俺も中に戻るかなぁ。







 朝食を食べ終わり、ロビーで班ごとに集まっていた少女達に今日の行動予定を聞いていた所

「申し訳ありません。木乃香の副担任の方、ですか?」

 ……男性から話しかけられた。
 だ、誰?
 って、今木乃香って言った?

「近衛――っと、木乃香さんのご家族の方でしょうか?」

「はい。木乃香の父、近衛詠春と言います」

 そう言って、笑顔で右手を差し出してきたので、それに応じる。
 ……いや、それは良いけど。

「えっと、どうしてこちらに?」

「いえ。昨日ネギ先生に伝え忘れた事がありましたので」

「ネギ先生ですか?」

 えっと……。
 あれ、どこ行った?

「えーっと、多分、もう少ししたら来ると思いますけど……」

 トイレかな?
 今日はなんか筋肉痛って言ってたし、もしかしたら部屋に戻ってるのかもしれない。
 携帯を取り出し、

「あ、いえいえ。待ちますから大丈夫ですよ」

「そうですか?」

 申し訳ありません、と。
 しかし、ネギ先生に伝え忘れた事?
 何だろう……まぁ、昨日近衛の実家に言ったらしいから、その時か。
 ――ま、聞くような事じゃないな。

「せせせ、先生!?」

「うお!?」

 い、いきなり後ろから大声を出すなよ。

「ど、どうした神楽坂?」

「ここ、こちらのオジ様はっ?」

 凄いドモリ方だな、お前……。
 高畑先生はどうなったんだ? まったく。

「少しは落ち着け……あー、こちらは近衛の」

「お父様!?」

 ……お父様!?
 そう言う呼び方は初めて聞いたなぁ……雪広辺りも言いそうだけど。
 やっぱり、近衛って良い所のお嬢様なんだなぁ、と場違いに考えてしまう。

「どないしたんです?」

「なに、ネギ君に少し話をと思ってね」

 まぁ俺は居ない方が良さそうだなぁ、と。
 神楽坂の肩を押し、一緒に離れる。

「ちょっとっ、先生っ」

「アホかっ、折角の家族水入らずに水を差す気か?」

「ぅ」

 まったく。

「……後で木乃香に紹介してもらお」

「なんかおかしくないか、言い方?」

「そう?」

 …………近衛さんが帰られるまで、コイツからは目を離さない方が良さそうだ。
 まさか、こんな所にも注意しなきゃならんのが居たとは。

「そうだ、先生。それなら少し話しませんか?」

「喜んでっ!」

 いや、お前先生じゃないから。
 周囲に視線を向けると、ちょうど雪広と目があった。

「雪広ー」

「……くっ」

「何であやかを呼ぶの先生!?」

 どうやら俺が言いたい事は伝わったらしい。
 すまないなぁ、と神楽坂を預ける。

「ちょっとっ!?」

「頼んだ」

「任せて下さいませ」

 お前も、ネギ先生が居ないと安心なんだがなぁ。
 文字通り引き摺られていく神楽坂を見ながら、そう心中で呟く。
 同い年辺りとかは駄目なんだろうか、と考えながら近衛さんの方に足を向ける。

「すみません、お待たせしました」

「いえ、お時間はよろしかったですか?」

「あ、はい。まぁ、大丈夫です」

 テーブルを挟む形で近衛親子の対面に座る。
 ……第一印象は、優しそうな人だなぁ、と。
 笑顔がどことなく近衛に似ている。
 いや、近衛がこの笑顔に似ているのか。

「せんせ、迷惑掛けてごめんなさいー」

「いい、いい。実家から出てきてるんだ、お父さんだって心配だろうし」

「はは――バレてましたか」

 近衛の学園での状況が知りたかったのだろう。
 心配だろうし――やっぱり、この歳で親元を離れられたら。
 そう言うのは、何となく判った。

「うぅ……」

「そう恥ずかしがらなくても大丈夫だろうに」

 素行が悪い訳じゃない。むしろ良い方だ。
 恥ずかしがる事なんて無いと思うんだけどなぁ。
 まぁ、そう言うものかもなぁ、とも思うけど。
 授業参観とか三者面談とか、変に恥ずかしかった記憶があるし。

「そ、そうやなくてぇ」

「ふふ。それで先生、木乃香は学園の方ではどうでしょうか?」

「近衛さんが心配されるような事は。成績も、生活態度も問題ありませんし」

「あーうー」

 顔を赤くした近衛と言うのは、初めて見た気がする。
 でも本当の事だし。

「クラスでも一番友達が多いかもしれません」

「そうですか」

 そうして、安心したような近衛さんの笑顔と、

「も、もうやめて、せんせ。ウチ死ぬからっ」

 羞恥に耐えきれなくなって、声を上げる近衛。

「はは」

 そう笑う近衛さんを叩く近衛は、やっぱり見た事の無い近衛。
 家だと、こうなんだろうなぁ。
 そう思うと、余計に微笑ましく見えてしまう。

「ネギ君とは、どうなんでしょうか?」

「ネギ先生、ですか?」

「な、なんもないわっ」

 おー、怒った。

「えっと、ネギ先生が今どこに住んでいるかは……」

「大丈夫です。学園長の方から聞き及んでますから」

「そうですか」

「せんせも、流さんといてっ」

 うーん。
 違うのー、と言う声を聞き流しながら、

「まぁ、先生としても親御さんに言える所は全部言いたいと言うか」

 下手に隠して、後で拗れたら嫌だし。
 ネギ先生が同室と言うのを知ってるなら、大丈夫だとは思うけど。

「うぅ、生徒と親のどっち取るんー」

「そりゃ……出来れば生徒を取りたい所なんだが」

 そう苦笑し。

「いつもネギ先生の食生活を任せてしまって――心苦しいばかりです」

「そうですか。木乃香、料理はちゃんと作れるんですか?」

「き、き……きちんと作れる」

「はい。ネギ先生や友人からも好評です」

「なるほど」

「なんでせんせが答えれるのっ!?」

「そりゃ、先生だからなぁ」

 と言うか、ネギ先生から聞いたからな。
 凄い美味いらしいなぁ、と。

「ね、ネギ君のあほー」

 そう言ってやるなよ。
 美味いって褒めてくれてたんだから。

「先生は食べられた事は?」

「はは。残念ながら」

「……今度、食べに来ます?」

「遠慮しとく」

 女子寮の中に入れるか、と。

「うー」

 はは、と笑ってしまう。
 やっぱり親御さんと教師が話すのが嫌なのは、誰でも一緒なのかもなぁ。

「上手くやっているようだね、木乃香」

「……ふん」

 ありゃ。

「おや、嫌われてしまったかな?」

「どうやらそうみたいですね」

 さて、と。
 気さくな人だなぁ、と。
 2人そろって、小さく笑い――視線をその後ろへ。

「ネギ先生」

 丁度見かけたその姿に声を掛ける。

「あ、長さん」

「おはようございます、ネギ先生」

 それじゃ、俺はそろそろ、っと。

「それでは、私は席を外しますね」

「申し訳ありません、気を使ってもらって」

「いえ」

 それでは、と一礼し

「ネギ先生、後はよろしくお願いします」

「はい? ……あれ? 木乃香さんどうしたんですか?」

「ネギ君のアホー」

「ええ!?」

 えっと。
 あと今日の予定を聞いてなかったのは……。

「なんだ。詠春のヤツ、来たのか」

「ん?」

 詠春……って、近衛さんの名前か。

「こら、年上の人を呼び捨てにするもんじゃないぞ?」

「……ふん」

 まったく。

「近衛さんの事、知ってるのか? って、昨日会ってたんだっけ」

「ああ。先生こそ、何を話してたんだ?」

 ん? 俺?

「いや、学園での近衛の事を話してた」

「……そうか」

 ??

「何か変な事言ったか?」

 そこでそう、何で――何か、安心したように笑うのか。

「あ、マクダウェルの事は話してないぞ?」

「いや……別に。少し気になっただけだ」

「近衛の事も変な事は言ってないと思うから、大丈夫だぞ?」

「そうじゃないんだが――まぁ、話してないようだし良い」

 なんだそりゃ?
 どうにも、要領を得ない物言いに首を傾げてしまう。
 まぁ、今に始まった事じゃない、と言えばそれまでなんだが。

「それより、今日は何をするんだ?」

「ん? いきなりだな」

 何をするんだ、って聞かれても。

「一応、お前達が行く所聞いて、そこを見て回るかなぁ」

 有名な所なら金閣寺やら、銀閣寺やら。
 その辺りに先回りして、ちゃんと来るか確認取るくらいかなぁ。
 昨日は皆遊び回ったみたいだから、今日もある程度行動がまとまってて楽だし。

「そうか」

「マクダウェルは、どこ行くんだ?」

 神楽坂には、まだどこ行くか聞いてないんだよ、と。

「有名所を回る」

 簡潔だが、力が籠った言葉だった。
 ……よっぽど、京都が好きなんだなぁ、と。
 外国人なのに日本の文化に興味があるとは――良い事だな、うん。

「ま、事故しないようにな?」

「ふん」

 さて、それじゃ後は……っと。







 生徒達を送り出し、一息吐く。
 ネギ先生は近衛さんに付いていって、後で合流するそうだ。
 何でも、大事な用事を忘れていたとか。
 丸一日かかる用事でもないそうなので、昼くらいにはちゃんと仕事してもらおう。
 この広い街を見回るのは、大変なのだ。

「先生。早く行こうよー」

「……いや、行けば良いだろ」

 何で残ってるんだ、お前達、と。
 神楽坂、マクダウェル、絡繰の3人。
 少し離れた位置では、瀬流彦先生も同じような状態だった。
 どうも、複数の生徒に誘われているらしい。

「だって、先生と回ると一々報告しなくていいから楽だし」

「そんな理由かよ……」

 どうにも、瀬流彦先生の所とは温度差があるようだ。
 というより越えられない一線がある様な気がする……はぁ

「折角の修学旅行なんだから、自分たちで楽しんでこい」

「いーからいーから」

 そう言って手を引かれても、なぁ。
 むぅ。
 絡繰に向けると――こっちは特に何も言わず待っている。
 絡繰からの援護は無いようだ。ちょっと泣ける。

「綾瀬達はどうしたんだ?」

「今日こそゲーセン巡りだって」

 自由だなぁ、アイツら。
 大丈夫だとは思うけど。
 もう班分け関係無いよな……まぁ、それはどこも一緒か。
 最終日くらいは好きにさせてやるかぁ。
 ……苦労するのはこっちだけど、ま、いいか。

「そんな所巡る時間があるか」

「まぁ、マクダウェルは京都好きみたいだもんな」

「ふん」

 しかし、だ。

「教師と一緒に居ても楽しくないだろ?」

「そう? 昨日は結構楽しかったけど?」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけどなぁ」

 ちょっと本気で嬉しかった。
 顔には出さないようにして、言葉を続ける。

「折角の修学旅行なんだから」

「どうでも良いから、さっさと行くぞっ」

 ……はぁ。

「絡繰は良いのか?」

「私は構いません」

 さよか。

「それじゃ、行くかー」

「ああ。早く行くぞ」

 ま、後で我慢できなくなって好きに移動するだろ。
 それに、神楽坂じゃないが、一緒に行動してもらえるとこっちも安心だし。

「あ、タクシー代ちゃんと出すから」

「……いや、移動費くらいは出すぞ」

 どうせ経費で落とすし。
 しかし、そう言う所はちゃんとしてるんだな、神楽坂。







 楽しいかー?
 そう何気なく聞いた言葉に答えは無い。
 先ほどの金閣寺の時もそうだったように、俺は近くのベンチに座り、マクダウェルと神楽坂の後ろ姿を眺める。

「マスター、嬉しそう」

 だなぁ、と。
 さっきもそうだった。
 満足するまで眺める、その間は無言。
 堪能している、と言えるのか。
 それに付き合っている神楽坂も、こう言う静かなのは嫌いじゃないのか、黙っている。
 と言うより、マクダウェルの表情を見てる。
 百面相でもしてるんだろうか? ありえて、小さく笑ってしまう。
 ……本当に、仲が良いなぁ。

「絡繰は良いのか?」

「はい。私は十分です」

 そうか、と。
 生徒がちゃんと通ったのを記す名簿を開き、三人の欄に印を付ける。
 各クラス分のこれは、全員の教師が持っているものだ。
 俺と瀬流彦先生が寺関係、新田先生と葛葉先生が見回り。
 他の先生達も各々のクラスの班と一緒に回ったりと担当を持っている。
 ばらばらに動いて、少しでも目に付く所に居ようとしてるんだが――まぁ、京都は広過ぎる。
 俺も一応先回りは出来てるだろうけど、遅い生徒には電話で連絡を取るようにしている。
 あと、綾瀬達のようにゲーセン巡り達、他の所に行っている生徒にも。

「絡繰、お前も座ったらどうだ?」

 何で後ろに立つ?
 正直落ち着かないんだが……まぁ、そうも言えないのでベンチの隣を勧める。

「宜しいのですか?」

「ん? ああ。立たれるよりは」

 むしろ、本当なら逆だし。
 俺が立って絡繰が座るのが普通だろう……多分。
 こんな所だと。

「失礼します」

「そう畏まらなくても良いんだが」

 そう一言断って座る絡繰に苦笑してしまう。
 どうにも、慣れないなぁ、と。
 いや、もう聞き慣れてはきてるんだが――言われ慣れてないと言うか、俺はそんなに偉くないし。

「申し訳ありません」

「謝らなくても……ま、こっちものんびりやっていくかなぁ」

 まぁ、礼儀が良いのはそう悪くは無いんだけど。
 絡繰くらいもっと、こう……マクダウェルも礼儀良ければ。

「どうかなさいましたか?」

「いや」

 そう小さくかぶりを振り、どうしたものかな、と。
 特にする事が無い。
 というより、他の生徒達が来ないと

「教師と一緒に居て、つまらないんじゃないか?」

 名簿から視線を上げる事無く、そう聞いてみる。

「いえ」

「そうか?」

 羽目を外す事も出来ないだろ、と。
 折角の修学旅行なのにこうやって神社仏閣を眺めてるだけじゃ、面白くないだろうに。
 教師として言う事じゃないと思うが、でも少しくらいは羽目を外した方が楽しいと思うがなぁ。

「マスターは明日菜さんと一緒で楽しそうです」

「……そうだな」

「なら、それで良いです」

 でもな、きっと沢山の友達と一緒に回るともっと楽しいぞ、と。

「そうかもしれません」

 それに

「絡繰だって、自分の好きな所を回りたいんじゃないか?」

 さて、と。
 どこの班が最初に来るかね。
 名簿を閉じて、伸びを一つ。
 ふぁ――良い天気だな。

「お疲れですか?」

「んー……天気が良いからなぁ」

 まぁ、少し寝不足かもな。
 修学旅行、全部遅くまで起きてるし。
 動き回って疲れてるし。
 もう一度、欠伸がでる。

「お休みなられますか?」

「そんな訳にもいかないだろ」

 そう苦笑してしまう。
 まったく――生徒に心配されてるよ。
 財布は、っと。

「神楽坂ー、何か飲むかー?」

「じゃあ、オレンジジュースで」

「おー。マクダウェルはー?」

「私はお茶で良い」

 判ったー、と。

「絡繰はなに飲む?」

「……それでは、先生と同じ物で」

 そうか?

「別に、好きなの飲んで良いぞ?」

「いえ。特に好みはありませんので」

「ん、判った」

 しかし、こんな日本の昔の神社の近くに自販機ってのも風情が無いなぁ、と。
 そんな事を考えながら、小銭を入れてボタンを押していく。

「ほら、一服入れたらどうだ?」

「ああ」

「ありがとー、先生」

 あんまり教師が生徒に何かを、って言うのは良くないんだが。
 ま、これくらいなら良いだろ。

「眺めてて飽きないか?」

「まさか。中々趣があって良いじゃないか」

 そう言うもんかなぁ、と。
 隣の神楽坂を見ると、そんな事を言うマクダウェルを楽しそうに眺めていた。

「……なんだ?」

「いやー、子供みたいだなーって」

「お、ま、え、はっ、良くもまぁそんな事が言えるなぁ」

「いひゃいいひゃいー」

 背伸びしてその頬を抓る姿は……まぁ、なんだ。
 神楽坂に同意する。うん。

「ひぎれふー」

「このまま引き千切ってやろうか」

「それは止めてやれ」

 仲が良いんだか、悪いんだか。
 一応止めて、その場を後にする。
 まぁ何だかんだ言っても大丈夫だろう。怒ってる訳じゃないみたいだし。

「絡繰、コーヒーで良かったか?」

「はい。ありがとうございます」

 買ってきた缶コーヒーを渡し、俺もベンチに座る。
 眠気覚ましには冷たいブラックが丁度良い。
 それを一口飲み、はぁ、と息を吐く。
 絡繰も、少し遅れて一口飲み、息を吐く。

「それじゃ、少しのんびりするかぁ」

「……はい」




――――――エヴァンジェリン

 まったく、と。
 その柔らかな頬から手を離してやると、若干涙目になって両手で頬を撫でる神楽坂明日菜。

「ふん」

「うー……伸びたらどうするのよっ」

「……」

 そう言われ、その様を想像し――

「良いんじゃないか?」

「良いわけあるかっ」

 なっ!?
 あ、頭を押さえるなっ!

「このっ」

「届かない届かないー」

 ちょ、調子に乗ってっ。
 リーチ差があり過ぎて、手が届かないのが無性に腹が立つ。

「はは、あんた本当に子供ねぇ」

「お前にだけは言われたくないわ」

 暴れるのも疲れるので、あと面倒なので、手を止めて先生に買って来てもらったお茶のボトルを開ける。
 神楽坂明日菜もそれに習い頭から手を退け、ジュースを開ける。

「なんで綾瀬夕映達と一緒に行動しないんだ?」

「またそれ? 別に良いじゃない」

「……私にあまり関わるな、と言ってるだろう?」

「なんで?」

 なんで、って。

「危ないだろうが」

「その時は……まぁ、頑張って逃げるわ、うん」

 運動神経には自信あるし、と。
 そんな簡単な事じゃないんだがな……。
 溜息を一つ吐き、茶を一口飲む。

「学園の教師にも、私は敵が多い」

「そ、そうなの?」

「そうなんだ」

「あんた、本当に悪い魔法使いなのねー」

 と、何処か感心したような声。
 どういう基準なんだ、お前の中の“悪”は……はぁ。

「私に関わってたら、成績に響くかもな」

「う――そ、それはちょっとヤバいわね」

「……平和なヤツだなぁ」

 命の危険、と言ってもピンと来ないのかもな。
 どうにかして、どうやって判らせるか。

「ま、まぁ、その時はその時で考えるわ」

「はぁ――」

「大丈夫大丈夫」

 何が大丈夫なんだか……。

「私最近、結構成績良いし」

 そっちの大丈夫か。

「私に構うなよ……死んでも知らないからな?」

「ぅ」

 死、という言葉に小さく顔を歪める。
 それと同時に、胸に広がる、胸を締め付けるような……暗い感情。
 ――この不快感は、何に対してか。
 そんな漠然とした“暗い感情”が――気持ち悪い。
 折角の修学旅行なのに。

「でも、私はエヴァの近くに居るからね?」

「……何でそこまでするんだか。理解に苦しむな」

 そう言うと、このバカはまた笑う。
 ――いつもの笑顔で。

「だって、アンタ私以外に友達居ないじゃない」

 ―――――――

「茶々丸さんとは、何か友達って言うより、もっと違うんでしょ?」

「ま、まぁな……茶々丸は従者だからな」

「ほら」

 友達居ないでしょ、と。
 し、失礼なヤツだな……。

「別に、居なくても困らん」

「う、そう言われるとそこで終っちゃうんだけど」

「終わらせたいんだよ、まったく」

 私に友達なんて――居ない方が良いんだ。
 お前だって……。

「きっと友達沢山居たら、もっと楽しいわよー」

「……あのなぁ」

 私は、人間じゃないのだ。
 そんな私が――沢山の友達に囲まれるのは変じゃないか。

「吸血鬼に人間の……変だろうが」

 友達、と言うのはなんだか躊躇われた。

「なんで?」

「なんで、って。私は悪い吸血鬼だぞ?」

「でも、血も吸わないじゃない」

「……ぼーやからは吸ってる」

 ただ単に、それは女子供から血を吸うのが私の美学に反するだけだ、と。

「なら良いじゃない」

「良いわけあるかっ」

 はぁ。

「お、ま、え、はっ――どーしてそんなにバカなんだっ」

「う。そんな馬鹿馬鹿言わないでよ」

「バカにバカと言って何が悪い?」

 ギロリ、と睨みつけてやる。
 まったく、何を言い出すかと思えば。

「でもきっと、沢山友達が居た方が楽しいよ?」

「……ふん」

 まだ言うか。

「神楽坂明日菜。私と」

 一緒に居るのは、危険なんだ、と。
 そう言おうとした。
 なのに

「私が、エヴァにたくさん友達を作ってあげる」

 そしたら今度は高3かな? きっとその時の修学旅行は、もっとずっと楽しいわ、と。
 このバカは、懲りもせずにそう言った。
 いつもの笑顔で、真っ直ぐにこっちを見て、バカみたいに――ああ、バカなのか。

「そうすれば、寂しくないでしょ?」

「……寂しくなんかない、バカ」

「ぅ、また馬鹿って」

 ふん……なんだ。
 何だと言うんだ、コイツは。
 なんで――。

「私は友達なんか要らない」

「なんでよー、楽しいって言ってるじゃない、分からず屋ー」

「ふん」

 分からず屋はどっちだ。
 私は吸血鬼。
 どうしても――どうやっても、

「何百年生きてるのか詳しくは知らないけどさ、生きてるなら楽しい方が良いじゃない」

「……世の中、お前が考えてるみたいに簡単じゃないんだよ」

「う、そう言われると困るわ」

 ――まったく。

「私は静かに銀閣寺を眺めたいんだ。少しは静かにしてろ、明日菜」

「はぁい……」

 まったく――何だと言うんだ。
 ……ふん。




――――――

 帰った頃には、陽が傾きかけていた。
 うん。ちゃんと全員帰ってきたな。
 点呼も取り終え、胸を撫で下ろす。
 ふぅ――これで修学旅行も終わりか。
 あとは、明日新幹線に乗って帰るだけだ。
 そんな事を考えていたら、絡繰がミルクと空の容器を持って外へ向かうのが見えた。
 ……結局、あの猫とも今日までか。
 そんな事を考えながら、座っていたロビーの椅子から腰を上げ、外へ。

「今日も来てたのか」

「はい」

 そう言い、手際良くミルクの準備をしていく絡繰。
 慣れたもんだ。

「コイツとも、今日までだなぁ」

「……そうですね」

 何でかこいつ、朝は来ないし。
 多分、朝は別の所に行ってるのだろうけど。

「………………」

「………………」

 しばらくの無音。
 猫がミルクを舐める音だけの時間。
 ――静かな時間。

「寂しくなるなぁ」

 折角懐いたのに、と。
 そう言ったら――絡繰が猫を見ていたその顔を上げた。

「ん?」

「…………ああ、なるほど」

 そう小さく呟き、その手を胸に当てる。
 視線は、また猫に。

「“寂しい”のですか」

 ――それは、酷く他人事のように聞こえた。
 自分の事を言って言ってるはずなのに、何でそう感じたのかは判らないけど。

「どうかしたか?」

「…………いえ」

 首を傾げてしまう。
 何か変な事言ったかな?

「………………」

「………………」

 また、無言。
 今度のそれは、猫を見に雪広達が来るまで続いた。
 




――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

 グスン。

「オイ小動物。ナニ黄昏テンダヨ」

 誰のせいですか、誰の。
 オレっちの可憐でキューティクルな身体に――まさかの。
 しかも、笑われ――うッ。

「心配シテモラエテ良カッタジャネーカ」

「心配じゃなくて憐れみだったっすよ!?」

 あと戯れ。
 怖い……あの中国娘と双子怖い。
 ねぇ、何で広げようとするの? 何で広げるの? ねぇ?

「ウオ、本格的ニヤベェナ……」

 グスン。

「判ッタ判ッタ」

「え?」

「確カ坊主ノ荷物ノ中ニ良イノガアッタカラナ」

 ネギの兄貴の?

「ホラアッタ、『魔法の元・丸薬七色セット(大人用)』ダ」

 おおーっ!?
 そ、それがあれば……って、何でネギの兄貴、そんなの持ってるんだ?
 それって18歳未満は
 そして、何でチャチャゼロさん、ソレあるって知ってるの?
 まぁ、今は深く聞かないでおこう。

「コレデ育毛剤作ッテヤルヨ」

 チャ、チャチャゼロさーーーん!




[25786] 普通の先生が頑張ります 29話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/04 22:42
――――――エヴァンジェリン

「マクダウェル」

 そう声を掛けられた時、微かな違和感。
 そして、振り返って、その違和感に気付く。

「新田……先生」

 そう私を呼んだのは、いつも私を呼ぶ声ではなく、別の声。
 その小さな違和感の正体に苦笑し、向き直る。

「どう、し……ました?」

 慣れない敬語に苦労し、そう返すと、向こうも苦笑し、

「これを、次の授業で使うんでクラスまで持って行ってもらって良いか?」

 そう差し出されたのは、クラスの人数分のプリント。
 ……それを何気無しに受け取る。

「ああ、これを持っていけばいいん……です、ね」

 やはり、敬語は慣れない。
 きっと誰かに聞かれていたら笑われるかもしれない。
 そんなつたない敬語に心中で溜息を吐き、了解した旨を伝えると、また苦笑された。

「すまないな」

「……いえ」

 それだけの遣り取り。
 別段毎日と変わらない、普通の人にとってはただの日常の一コマ。
 それだけの事。
 ……ただ、それだけの事。

「はぁ」

 その溜息が形だけの事だと、私自身が判っている。
 しかし、しかしそれでも――吐かずにはいられない。
 そんな気分。
 今までの15年間で……この時、私は初めて教師に頼られた。
 些細な事だ。
 ただプリントを教室まで、と。
 たったそれだけの事。
 それでも――私は今、初めて教師に頼られた。
 京都修学旅行から数日。
 あの白髪の餓鬼は私が変わったと言った。
 近衛詠春もまた……私が変わるかもと、そう言った。
 そして、修学旅行が終わった今――私の周囲は、確かに、少しだけ、ほんの少しだけ……変わり始めている。
 クラスで良く話すようになった。
 こうやって、教師から敬遠されないようになった。
 そして……

「エヴァンジェリン、どうしたんですか?」

「葛葉刀子か……いや、なんでもない」

「そうですか? もうすぐ授業が始まりますから、早く教室に戻りなさい」

「……ああ」

 それだけ言って去っていくその背を、目で追う。
 魔法先生達もまた、むこうから私に話しかけてくるようになった。
 おはようと言った簡単な挨拶や、こんな小さな事の注意など……些細な事だ。
 本当に、些細な――どうでも良い事を、話し掛けてくるようになった。
 今までなら、恐れ、憎み、敵視していた連中が、だ。
 そんな些細な、小さな、微かな変化。
 それだけの事。
 なのに、その小さな変化に戸惑いを感じてしまう。
 いや、戸惑いと言うより――どう言えば良いか。
 そう……違和感と、言えば良いのか。
 私が変わったのではなく、周囲が変わったと言えば良いか……。
 周囲の変化に、一人残されたような、違和感。

「……はぁ」

 だがまぁ、だからと言って何が変わるのか。
 ああ……授業がまたサボり難くなるなぁ、と。
 それくらいの認識で、良いのだろう。
 まったく――。







「エヴァー、帰ろー」

「一人で帰れっ。大体、家が逆だろうがっ」

「遊びに行っても良いでしょー」

 来るな、バカ。
 何度私に構うなと言えば、理解してくれるのか。

「ウチに来ても、何も面白い物なんかないだろうが」

 あるのは人形だけだぞ? お前、それじゃ退屈だろうが。
 この前遊びに来た時も文句ばかり言ってたのは誰だったか?

「う……ま、まぁあの時はまだ素人だったから」

「何の素人だ、何の」

 まったく。
 ちゃんと判るように深く深く溜息を吐く。
 このバカは、アホだな。

「おい、アホ」

「なんかランク下がった!?」

「良かったなアホ、それでアホ、そんな退屈な家に来て何するんだアホ?」

「あ、あ、アホアホ言うなー!」

 うるさいなぁ。

「ふぅん? いつの間に仲良くなったんだい、明日菜?」

「む、龍宮真名か」

 というか

「仲良さそうに見えるか? あと、無音で後ろに立つな」

「そりゃ失礼」

 お前は何処かの暗殺者か、まったく。
 溜息を吐き、カバンを持つ。

「別に良いんじゃないのかい?」

「良いわけあるか」

「良いじゃん、ケチー」

 うるさい。
 私は後何度お前に関わるなと言えば、お前は諦めてくれるんだ?
 そろそろ、こっちが根負けしそうになってしまい、げんなりしてしまう。
 以前からそうだったが、コイツも修学旅行の終わりからは更に遠慮が無くなってきた。
 ……友達なんか居ても、私には邪魔なのに、だ。
 事情は知っているだろうに。

「何で駄目なんだい?」

「……やけに明日菜の肩を持つな」

「ま、約束があるもんでね」

 約束?

「誰とだ?」

「そこは守秘義務と言う奴さ」

「ちっ」

 こう言う時のこいつは、本当に喋らないから厄介だ。
 逆に信頼できる、とも取れるが。
 一体誰との約束なんだか……面倒な。

「木乃香、刹那。行くぞ」

「はいはーい」

「ああ、判った」

 どう断ったものか……。

「なんでその2人は良いのに私は駄目なのよー」

「判らないのか? このバカ」

「う……いや、判るけどさ」

「だったら――」

 もう何も言うな、と言うとしたら

「別に構わないんじゃないか?」

「……刹那、お前もか?」

 ギロリ、と擬音が聞こえそうに怒りを籠めて睨む。
 ぅ、と一瞬たじろぎ

「べ、別に別荘に入れなければ良いんじゃないか?」

「そんな問題か。お前もバカか? バカだな」

「……し、失礼な」

 失礼な訳あるか。
 一般人を魔法使いの家に招待するなど――何を考えているんだか。
 私は――巻き込まないで済む、巻き込まない道を選んでいるだけなのに。

「これで3対1ね。木乃香と茶々丸さんは?」

「いつの間に多数決になったんだ? ……木乃香、お前は?」

「うーん……ならウチは、エヴァちゃんに一票かなー」

 教えてもらってる立場ですし、と。
 うんうん、そうだろう。
 これで3対3だ。

「マスター、それでは私は超包子の方に行ってまいります」

「ああ」

「遅くなるようでしたら、連絡を入れます」

「判った」

「それでは」

 そう相変わらず礼儀正しく一礼し、教室から出ていく茶々丸。

「よーし、それじゃエヴァの家に行くぞー」

「…………待て。どうしてそうなった?」

 多数決は3対3だろうが、と。
 引き分けなら、家主の私の意見が通る筈だ。

「なんで? 3対2じゃない。茶々丸さんは何も言わなかったし」

「んな……バカ。茶々丸は私の従者だぞ? 私の意思には茶々丸も同意のはず」

「だが、何も言わずに出ていったな」

「ぐ――」

 い、いや。そうなんだが……。

「良いじゃないか。相手は私がしているから」

「……お前も来る気なのか」

 なんなんだ、まったく。
 はぁ、と溜息を深く吐く。
 頭痛がしてきたので、目頭を指で揉みながら

「……あまり物に触るなよ?」

 くそ……今日は厄日だ。

「はーい」

「良かったなぁ、明日菜」

 こうなってくると、木乃香が私に付いたのも裏があったように見えてくる。
 はぁ。







 火よ、灯れ。
 魔法の杖を手に持ちその一節を呟くと、火と言うよりも明かりと言った方が正しい灯が現れる。

「おー、木乃香ってすっごいのね」

「基本中の基本と言うより、基礎だ基礎。それくらいで驚くな」

「驚くって……一言で火が出るとか。御伽噺の世界じゃないのに」

「ああ、それには同感だね」

 ……はぁ。
 結局付いてきた明日菜と龍宮真名も居たので、ここ数日の訓練の成果と言うのも兼ねて木乃香の状態を見せてやる。
 もちろん別荘に入れず、家のリビングでだ。
 退屈退屈言われてもうるさいしな。
 それに、魔法がどういうものか見せれば危機感を持つかもしれん。

「龍宮真名は見慣れているだろう?」

「見慣れてはいるが、だからと言って驚かない理由にはならないさ」

「そう言うものか?」

「純粋な魔法は使えないからね……私は特別だ」

 そう言って自身の眼を指差す。
 魔眼――そう呼ばれる異能。
 その詳細は私もよく把握してないが――。

「しっかし、真名もエヴァの事知ってたのね」

「まぁね。こっちとしては、明日菜がエヴァに関わってるのが不思議だね」

「そうですね。魔法にはあまり関わらない方が良いです、明日菜さん」

「うん、それはもう毎日のように言われてるから」

 毎日のように言っても全く判って無いがな……はぁ。

「ふん。刹那、お前もしてみろ」

 練習用の杖を刹那に投げ渡し、そう言う。

「わ、私もか!?」

「良いじゃないか刹那、見せてくれても」

「減るもんじゃないしねー」

「へ、減るかもしれないんだが……」

 ふん。
 基本、刹那が使う“気”と、私達が使う“魔力”は反発する。
 簡単に言うなら、水と油。どう足掻いても混ざらないのである。
 そして、刹那が魔法の一節を呟くなら、

「何にも起きないんだけど?」

「だね……」

「わ、私は剣士だから……魔法は使えないんだ」

「ゲームね、まんま」

 ふん。
 恥ずかしがるその顔に、若干溜飲を下ろす。

「明日菜、判るか? 木乃香が使った魔法が、どれだけ異質か」

「へ?」

 返ってきたのは、何とも間の抜けた声だった。
 ……いいよ。どうせ期待してなかったから。
 笑うな、龍宮真名。

「魔法使いと言うのは、言葉を繋ぐだけで魔法を使えるんだ」

「え? あ、うん。そうだね」

 なに当たり前の事言ってるの? と言われると、正直家から叩き出してやりたくなるが、我慢。
 そうしたら、きっとこのバカは反発してもっとズカズカ入り込んでくるだろうから。

「木乃香はまだ教え始めて数日だが――私は数百年、魔法の研鑽を積んできた」

「そ、そんなに!?」

「私は吸血鬼だからな――それで、だ」

 一言、木乃香よりもより濃く魔力を籠め――

「火よ、灯れ」

 木乃香のが明かりだとするなら、私のは火の玉。
 肉眼で見えるほどの火力のソレを、指先に現わす。

「たった一言でもこれだけ違う」

「す、凄いのね……」

「……魔法使いは、喋るだけで人を傷付ける事が出来るんだ」

「え?」

 火を、消す。

「判るか、明日菜? 魔法使いが、どれだけ危ない存在か」

「え、あ……うん」

 それは、普通の人から見たら、酷い脅威だろう。
 喧嘩にすらなりはしない。
 殴りかかるより、いや、殴りかかれたとしても……一言。
 それだけで、勝負は決するのだ。

「普通に生きていれば、関わる事は無い。だから」

「うん。気を付けて生活するわ……魔法使いとは喧嘩しない方がよさそうね」

 ……ず、頭痛が。
 だから何故笑っている、龍宮真名。

「ありがと、エヴァ。うん、これは厳しいわ」

「…………どーいたしまして」

 違う。私が言いたい事は、違う。
 なのに何故……ああ、何でこうバカの相手は疲れるのか……。

「ケケケ、楽シソウナ事ヤッテルジャネーカ」

 その声は、二階の方から。

「やあ、チャチャゼロ」

「ヨウ、狙撃屋。調子ハドーダイ?」

「ボチボチだね」

 はぁ。

「勝手に動くな、チャチャゼロ」

「イイジャネーカ。俺モ紹介シロヨ」

「人形が喋った!?」

 そこは普通の反応なんだな、お前。
 ……お前の中の“普通”を、小一時間問いたい気分だ。

「初メマシテ嬢チャン。御主人様ト妹ガ世話ニナッテルミテーダナ」

「あ、は、初めまして……えっと、チャチャゼロさん?」

「オー」

 何畏まってるんだ、お前は。
 あと、妙に偉そうだな、チャチャゼロ……別に構わんが。

「こ、これも魔法……?」

「えーっと。チャチャゼロさんはちょっと違うん、かな?」

「どちらかと言うと――まぁ、お前に言っても判らんだろ」

「ぅ――ひ、否定できないわね」

 まぁ、魔法の一種とでも思っておけ。

「コイツはチャチャゼロ。私が数百年前に造った魔法人形だ」

「コレカラ宜シクナ、嬢チャン」

「よ、よろしくお願いします」

 だから、何を畏まってるんだか。
 ……私の方が、チャチャゼロより年上だし、偉いんだがなぁ。
 そこはもう、諦めるか。

「す、凄いわね……さすがエヴァ」

「何が流石かは判らんが、その称賛は素直に受け取っておこう」

 はぁ、と。
 まったく嬉しくないがな。

「って……あれ? 京都にも居なかったっけ、その人形」

「オー。小動物ノ世話シテタ」

「小……あ、カモの事?」

「ソウソウ。アイツノ禿ゲハ傑作ダッタロ?」

「あ、あれアンタが!? ……ま、まぁ、何とも言えないわね」

 こっちを見て言え、こっちを見て。
 アレは見ているこっちが可哀想に見えてきたんだがなぁ。
 まぁ、以前の行いを聞いてるみとしては、あれは罰の一つなのかな、とも言えるが。

「なんか気付いたら禿げ無くなってたし。と言うか、最近毛の生え方が凄いんだけど?」

「細カイ事ハ気ニスンナ」

 ふっさふさなんだけど? と
 また何かやったのか?
 はぁ。

「ソレデ、ナンデ嬢チャンガ家ニ来テルンダ?」

 歩いてきたチャチャゼロを抱え、膝に乗せる。

「興味本位で遊びに来たんだと」

「そ、それだけじゃないわよっ」

 さも心外だ、と言った風に声を荒げる。
 ……ふん。
 そんなとき、ドアが小さく叩かれた。







「なに?」

 第一声は、ソレだった。
 意味が判らないと言うか、どう答えるべきか。
 木乃香が用意した茶と茶菓子を嗜みながら、溜息を一つ。
 明日菜達と喋っていた時に来たのは――ぼーやだった。
 まぁ、それ自体は驚く事じゃない……が。

「私がお前の面倒をみるのは、修学旅行が終わるまでのはずだが?」

「う」

 これ以上面倒に巻き込むな、と。
 ただでさえ――まぁ、じじいには鍛えてみないか、とは言われているが。
 だからと言って、私が鍛えてやる義理は無い。

「木乃香は……まぁ、素人ですらないからしばらく面倒をみるが」

 素人と言うのも憚られるような状態――デタラメな魔力と、無知と言えるほどの知識。
 本当に魔法とは関係なく育てられたんだな、と。一目で判る。それが近衛木乃香と言う存在だった。
 それを鍛えるのは、巻き込んだ私の義務だろう。
 それに詠春には、まぁ、そう言ったしな。
 基礎程度なら教えてやるつもりだが。
 そう言うと、木乃香と刹那の顔が明るくなる。
 ……何か、私と言う存在が勘違いされている気がするのは気のせいか?

「ぼーや、お前にそこまでしてやる義理もないだろ」

「そこを何とか、姐さんっ」

 誰が姐さんだ。
 私はヤクザかマフィアの女か、と。

「魔法使いの師匠なら、タカミチやら、他の魔法先生を当たれば良いだろうが」

「タカミチは出張で居ないし」

 他の先生達がどれくらい強いか、って判りませんし、と。
 ……むぅ。
 そう言われると確かにそうなかもな。
 何だかんだで、そう言えばこいつと一緒に居る時間は私が一番長いのか。

「だがなぁ……」

「イイジャネーカ」

 ん?
 そう言ったのは、以外にも膝の上のチャチャゼロだった。

「チャチャゼロさん」

「お前がそう言うなんて珍しいな」

 本当に。
 基本的に私達にマイナスになる事には冷徹なヤツだ。
 だから、そう自分から言うのは……意外だった。

「ソイツ面白レーカラ、俺ハ賛成ダゼ?」

「ほう」

 何を吹き込まれたんだか。
 はぁ、と溜息を一つ。

「うちと一緒に、とかじゃ駄目なん?」

「あのなぁ。慈善事業じゃないんだ、私に何のメリットがある?」

 私は平穏に過ごしたいんだよ、と。
 ただでさえ、京都に行った事で目を付けられてると言うのに。
 今はそう目立って動くと面倒なのだ。
 ……そこで英雄の息子と関わったとなったら、何と言われるか。
 バカの相手だってしないといけないと言うのに。

「そんなに苛めないで良いじゃない」

「苛めてる訳じゃないっ。まったく……」

 どうやら、反対は私だけらしい。
 龍宮真名は何も言わない所から、この件には静観らしい。
 が、こればかりは折れる訳にはいかない。

「う……」

「血は京都で手を貸した対価だ」

 それ以外は? と。

「……それは」

「どーしてそんなに強くなりたいんだ、ぼーや?」

 一応聞いてやる、と。
 紅茶を一口飲んで喉を潤す。

「京都で役に立てなかったからか?」

「それは……それも、あります」

 それ以外か。
 膝の上に置いた手を握り締め、肩を震わせるその姿は……とても、見ていて気持ちの良いものじゃない。

「強くないといけないんです」

「別に、今すぐ強くなる必要もないだろ」

 いま……10歳だったか?
 その歳でそれだけなら、私以外の誰かに師事してもそれなりの強さを得られると思うがな。

「もう誰にも、何も言わせないくらい――強くなりたいんです」

「ふん」

 その独白は――私に言っているのに、まるで自分に言い聞かせているようだった。
 まるでそれは……。

「言葉だけじゃ駄目なんですっ、それだけじゃ……」

 届かなかった、と。
 それは何に、何が届かなかったのか。

「イイジャネーカ。面倒ミテヤレヨ」

「お前なぁ」

「うちからもお願いしますっ」

「私も、頼むっ」

 ……はぁ。
 そう頼まれてもなぁ。

「ぼーや、何で私の所に来た?」

「え?」

「どうしてじじいや魔法先生ではなく、私の所に来た?」

 待っててやるから、じっくり考えろ、と。

「木乃香、おかわりだ」

「うんっ」

 ……まだ弟子にするとは言ってないんだがな。
 まぁ、それは今は良い。

「僕が弱くて、エヴァンジェリンさんが、強いからです」

「ほう」

「弱いままじゃ――僕は、間違ってる事を、間違ってるって正せない……正せなかったんです」

 ……何かあったんだろう。
 確かにぼーやは責任感が強い、追い詰められる事もあった。
 だが――ここまで激情を出す事は無かった。

「僕はもうっ、目の前で――僕は」

 間違ってる事を、正せなかった、か。
 それはきっとぼーやが“弱かった”からだろう。
 それは“力”か、それとも――。

「ねぇ、エヴァ……」

「ふん。ぼーや、こっちを向け」

「え?」

「下を向くな、前を向け」

 はぁ。

「じじいにはぼーやが報告しろ」

「学園長に――?」

「私は悪の魔法使いだ。そんな私に師事する事――じじいに言え」
 
 ――私は、丸くなったのかもなぁ。
 しかし……さっきの激情は、悪くなかった。
 それが怒りか哀しみかは、判らんが。

「ケケケ。約束スルゼ御主人様、キット楽シクナル」

「……本当だろうな?」

「ナァ、坊主?」

「は、はいっ、頑張りますっ」

 …………はぁ。

「判った判った」

 ま、あのじじいの事だから二つ返事でオーケーを出すんだろうが。

「やったな、兄貴っ」

「良かったわねー、ネギ」

「はいっ……ところで、何で明日菜さんがここに?」

「おめでとうございます、ネギ先生」

「ありがとうございます、刹那さんっ」

「良かったなぁ、ネギ君」

「――はいっ」

 ……はぁ。

「良かったのか、エヴァ?」

「ふん……英雄の息子を悪が育てるのも、それなりに楽しいだろ」

「素直ジャネーナァ」

 うるさいな、まったく。
 しかしまぁ、嬉しそうな事だ……。
 これから、どうしごいてやろうか。

「そ、それじゃ今から学園に戻りますっ」

「なに……?」

「仕事、まだ残ってたんですけど、手につかなくて」

 はぁ……。

「さっさと戻れ。それと明日の夜から、時間を作れ」

「はいっ」

 ……そう元気な声と共に、駆けていく。
 その姿は、子供。
 なのに、教師と魔法使いを両立しようとしてる……。

「教師って、大変なんやねぇ」

「そうねぇ」

 そうだな――大変だな、先生。
 あんな無茶な子供を支えるのは。





――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――


 あ、兄貴……オレっちを忘れてるぜー!?

「何ヤッテンダ、オ前?」

 あ、チャチャゼロさん。さっきはありがとうございました。

「ンア?」

 最初に兄貴の弟子入りを認めてくれたの、チャチャゼロさんだったじゃないっすか。

「ンナ、礼ヲ言ウ事カ?」

 ハハ――んで、何で兄貴の事あんなに言ってくれたんですか?

「ン? アイツ、ウチノ御主人様ノ事“バケモノ”ッテ言ワセネーラシイカラナ」

 へ? ああ、京都の。

「オオ。アレデ、ウチノ御主人様ハ結構繊細ダカラネェ」

 ……チャチャゼロさん。

「マ、明日カラ苛メテヤルカラ覚悟シトケヨ?」

 うっす。



[25786] 普通の先生が頑張ります 30話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/08 00:19
「こんにちは、先生」

 小テストの採点をしていた時、そう、背後から声を掛けられた。
 ……だから、何故この人は俺の背後から声を掛けるんだろうか?
 残念ながら、俺は気配を読むとかそんな事は出来ないので、満足のいく反応は返せないと思うんだけど。

「く、葛葉先生……驚かせないで下さいよ」

「ふふ、それは失礼しました」

 全然悪く思ってないでしょ……まったく。
 振り返ると笑顔の葛葉先生。
 どうやら相当機嫌が良いようである。

「何かあったんですか?」

「はい?」

「いえ、機嫌が良さそうなので」

「……私だって、いつも機嫌が悪い訳では……」

 う、それは失礼しました。
 そう心中で謝罪し、椅子を回して向き直る。
 しかし、機嫌が良さそうだ。
 きっと何か良い事があったんだろう。主に彼氏関係で。
 ……惚気だけは勘弁してほしいんだが。
 まぁ、いくらなんでも、職場でそれは無いか。

「それで、どうかしましたか?」

「ネギ先生を知りませんか?」

「ネギ先生ですか?」

 えっと……。

「少し用事があるとかで、席を外してます」

 後1時間くらいで帰ってくると思いますけど、と。

「そうですか」

「ネギ先生がどうかしましたか?」

 携帯に連絡入れましょうか? と。
 俺の知ってる範囲でだけど、特に最近はミスは無かったと思うし――。
 そう顔に出たのか、

「いえ、最近調子が悪そうでしたので、少し話でも、と」

「あ……そうでしたか。すみません、気を使っていただいて」

 申し訳ありません、と頭を下げる。
 折角の放課後に時間を取っていただいて、と。

「そんな――」

「失礼します」

 そんな折、

「こちらに3-Aの副担任の……」

 そう言って入ってきたのは、先日話した高等部の

「ガンドルフィーニ先生?」

「ああ、居られましたか」

 どうも、と頭を下げられた。
 はて……ネギ先生の様子でも見に来られたんだろうか?
 葛葉先生も心配してるし――もしかしたら、結構広まっているのかも。
 ただでさえ10歳の先生と言う事で注目を集めてるのだ。
 ……でもまぁ、俺が聞いても答えてくれなかったんだよな。
 今も一人で悩んでるのかもしれない。
 だが、相談してもらえない事にはどうにもできないのも事実なので、

「少しお時間をよろしいかな?」

 っと。
 考え事に没頭するのは失礼だな。

「あ、はい」

 採点は途中だったが、それを束ねて机の引出しにしまう。
 ……そろそろ、机の中も整理しないとなぁ。
 どうにも掃除やら整理となると、ヤル気が……一旦始めると一気にしてしまう性分なんだが。

「それじゃ……」

「生徒指導室で良いかな?」

 はい?

「生徒指導室ですか? ……は、はぁ」

 ちょうど職員室の喫煙所で他の先生達と一緒に居た新田先生に声を掛ける。
 ちなみに、喫煙所とは名ばかりで、麻帆良の中等部で喫煙するのは高畑先生だけだったりする。
 まぁ実質の生徒からは目の届かない雑談場所である。

「いま生徒指導室って大丈夫ですか?」

「ええ。今日は今の所使う予定は無いですよ」

 なら、と。

「ガンドルフィーニ先生、何か飲まれますか?」

「いえ、結構。それより」

「ガンドルフィーニ先生」

 ん?
 それでは、と職員室の外に出ようとしたら葛葉先生の声が掛る。
 あれ?

「どうしました、葛葉先生?」

 ……目付きが怖いんですけど。
 さっきの笑顔は何処に行ったんだろうか?
 …………返ってきてほしいんだが、笑顔に。
 いや、笑顔って言えば笑顔なんだけど……違う。根本的なのがなんか違う。

「高等部の校舎はこちらではないのですけれど?」

「私も少々、最近のネギ先生の事が気になりましたので」

「……あれ?」

 えっと……。

「もしかして、仲悪いんですか?」

 その場から離れ、新田先生と談笑していた瀬流彦先生に聞いてみる。
 もちろん、聞こえないように小声でだ。

「うーん……前はそこまでじゃなかったんだけどねぇ」

「前?」

「ネギ先生が赴任してくる前」

 そうなんですか? と。
 そうなると……ネギ先生の事で、仲違い?

「ほら、ネギ先生って――その、まだ子供でしょ?」

「は、はぁ」

 まぁ、まだ10歳ですしね、と。

「それで、どういう……まぁ、教育方針で行くか、って」

 な、なるほど……。
 いや、全然納得できないけど、一応頷いておく。
 そう言うのって、多分ネギ先生が選ぶんじゃないんだろうか?
 なんか自分の子供の教育で言い合う親……って言ったら、睨まれそうだからやめておこう。

「そこは、ネギ先生本人に聞いた方が……」

「ま、そうだね」

 そう言って大袈裟に頷く瀬流彦先生。
 どうやら、瀬流彦先生はネギ先生の……まぁ、教育方針には自主性を重要視しているらしい。
 よく見たら、新田先生も無言で頷き、源先生は苦笑。
 ……どうやら、この中で知らなかったのは俺だけのようである。
 むぅ。
 しかし、ネギ先生の教育かぁ……。

「ちなみに、僕達はネギ先生の自主性に任せてる」

「はぁ」

 そうですか、と。

「先生にも期待してるよ?」

「はい?」

 何でそこで俺の事が出るんだろう? まぁ、俺もネギ先生の自主性第一だと思うけど。
 自主性に任せる、と言ってもそうなってくると学年主任とか、学園長とかになるんじゃないだろうか?
 ……けっして嫌という訳ではないのだけれど。
 というか、副担任である、という事を引いても手伝おうとは思うし。

「はは、そう身構えなくても良いよ」

「……は、はぁ」

「別に、今まで通りにやってれば良いと思うけど?」

「いや、教育って言うならちゃんとしないと……」

 俺が教えれる事なんて、書類の書き方と授業の流れくらいなんですけど。
 それももうあらかた教えた、と言うよりもちゃんと出来るようになってきてるし。

「そう難しく考えなくていいと思うよ? ネギ先生、優秀だし」

 まさか、あの歳で一端の教師の仕事が出来るなんてねぇ、と。
 いや、そこには同意しますけど。

「というか、教師の教育を教師がするっていうのがおかしいし」

「は、はぁ」

 それはそうですけど……ちらり、と言い争う、と言うにはあまりに静か。
 なのにどうにも声を掛ける事に躊躇われる二人に視線を向ける。
 ……うーん。
 もう苦笑するしかない。

「仲が良いんだか悪いんだか」

「は、はは」

「先生、長くなりそうですし何か飲みますか?」

 あーなったら、長いですよぉ、と源先生。
 どうやら経験が御有りのようで。

「……コーヒーをお願いしても良いですか?」

「はい。新田先生はお茶のおかわりは?」

「それじゃ、一緒にお願いしようかな」

 それから十数分の間、静かな攻防を横目に雑談していたら、再度職員室のドアが開く。

「失礼します」

 入ってきたのは……見慣れない少女だった。
 来ている制服は――。

「ガンドルフィーニ先生」

「む……」

 そう、静かな声でガンドルフィーニ先生を呼ぶ。
 それなりに静かだった職員室だけど、良く透る声だなぁ、と言うのが第一印象。
 綺麗な金髪に、黒色の制服――聖ウルスラの制服である。

「高音君か、どうした?」

「いえ……図書館島の方に、もう皆集まってるのですが?」

「……なに?」

 あ、終わった。
 何が、と聞かれたら……まぁ、胃に悪い時間がだ。
 そう言われたガンドルフィーニ先生が腕時計に視線を移し、次いでこちらに。

「む――先生、済まないがまた今度、時間を取ってもらって良いだろうか?」

「はい。いつでもよろしいので、時間が出来たらまた」

「ああ。そう言ってもらえて嬉しいよ」

 そう言って退室していく先生と……。

「……………………」

「……………………?」

 こっちを見てる?
 ……な、何かしたっけ?
 残念ながらウルスラの生徒と……ああ。

「もしかして、ドッジ部だったり……?」

「いえ、違います」

 ……違ったか。
 俺と聖ウルスラの面識なんて、ウチのクラスの昼休みのドッジボールくらいしか思い浮かばないんだが。
 俺の気にし過ぎかなぁ?

「高音君。君は行かないのかい?」

「瀬流彦先生……そちらの方が?」

「そ、噂の先生だよ」

 俺置き去りで話が進んでるし。
 と言うか、噂ってなんだ?

「噂?」

「気難しい3-Aを纏め上げてる先生、って」

 なんですか、それは。
 その不相応な噂に苦笑し、

「頑張ってるのはネギ先生ですよ?」

 2年までは高畑先生が頑張ってられましたから、と。
 俺なんて偶に相談受けたり、振り回されたりしてるだけみたいな気がするんだけどなぁ。
 それに、あの年頃は何かと気難しい。
 その点も俺よりもネギ先生が向いている、と言える。
 一回りも年上の教師より、年下の方が親しみやすいだろうし。

「はは、でも僕達は担任と副担任をセットで見るからねぇ」

「そ、そう言って貰えると……」

 今日まで頑張ってきて良かったなぁ、と思ってしまう。
 ちょっと、と言うか凄く嬉しい。
 コーヒーを飲んで場を濁す。
 ――ちょっとニヤけてるかも。早く治さないと。

「どうやって……」

「……ん?」

 そんな事を考えていたら、声。
 それは……俺の勘違いじゃないなら、

「どうやって、彼女を……?」

 彼女?
 って……

「高音君、行くぞ?」

「あ、はい……先生、それでは」

 そう一礼して去っていくその背を、目で追う。
 ……彼女? 
 誰?
 頭に浮かぶのは最近話した近衛とか桜咲とか。
 と言うか、ウルスラに関係してるんだろ……雪広か神楽坂かな?

「高音君は相変わらず真面目だねぇ」

「……そうなんですか?」

「うん。ほら、雰囲気も先生のクラスの……あやか君に近いんじゃないかな?」

「そ、そうですか?」

 ……雪広は、まぁ……ネギ先生が絡まないなら、なぁ。
 そこは違うだろうけど、雪広みたいな子か。
 真面目なんだろうなぁ。

「ところで、あの子が言ってた彼女って判ります?」

「ん? ……さぁ、誰だろうね?」

 ――ふむ。
 そう眼を逸らされると、気になってしまうんですが……まぁ、必要ならまた聞きに来るだろう、と。
 その時に聞けば良いか。
 答えられる事なら良いけど。
 ……しかし。

「ネギ先生って、もしかして高等部でも人気あるんです?」

 同学年の他のクラスなら、何度かそんな話を聞いた事があるけど。
 そう言えば、よくドッジボールやってるウルスラの子達もネギ先生の事気に入ってたなぁ。
 ……やっぱり、10歳の先生と言うのは気になるのかな。

「うーん。高等部はあまり行かないけど……ネギ先生、可愛いからねぇ」

「私もそう思います」

「……いや、源先生は……」

「何か?」

「いえ」

 でも、教師としては“可愛い”はどうなんだろうか?
 そう苦笑し、

「スイマセン源先生。コーヒーありがとうございました」

「いえいえ」

 仕事に戻る事にする。
 小テストの採点して、パソコンに点数打ち込んで、明日の教材用意して……。
 修学旅行の報告書も……はぁ、それは家で仕上げるか。
 アレも来週の頭に提出しないと移動費が経費で降りないんだよなぁ。
 ああ、する事が多いなぁ。ま、報告書はまだ時間があるから良いか。
 ちゃんとレシートとかも取ってるし。
 でもまぁ、こういった細かい事してないと色々と面倒なのだ。お役所仕事は。
 特に授業の準備の方はちゃんとしてないと、明日バタバタしないといけないし。
 それは2年の時で良く判ってるので、ここは手を抜けない。
 
「……先生、忙しいですか?」

「えっと……ネギ先生の事ですか?」

「それもあるんですが」

 それも?

「どうか――」

 しましたか、と聞こうとしたら。

「先生。今日、また飲みに行きませんか?」

「今日ですか?」

 源先生から声が掛った。
 えっと……。

「ええ、予定はありませんから大丈夫ですけど」

「葛葉先生も、聞きたい事はそこでどうですか?」

 う、もしかして気を使ってもらった……?
 ……悪いことしたな。

「そうですね」

「それじゃ、今日は――」

「すみません、戻りました」

 あ、

「お帰りなさい、ネギ先生。さっきガンドルフィーニ先生が会いに来られましたよ」

「ええ!?」

 そう話していた所で、ちょうどネギ先生が戻ってきた。
 タイミングが良いと言うか、何と言うか。

「――今日は、超包子にしましょうか?」

「そうですね」

「……今日はお酒は無しですか……」

 残念そうですね、源先生。
 しかも物凄く。
 でも流石に、未成年同伴で飲酒は拙いでしょ、と苦笑してしまう。

「えっと……?」

 職員室の入り口で置いてきぼりになっているネギ先生に、さっき話していた事を簡単に伝える。
 この後、晩御飯を食べに行きませんか、と。

「あ、はい。それじゃ、木乃香さんに伝えとかないと」

 そう言って、早速携帯を取り出すネギ先生。

「大丈夫ですか?」

「はいっ。それに、そう言うのに少し憧れてましたから」

 そう言えば、ネギ先生誘うのって初めてかもしれない……。

「それじゃ、もう一頑張りしましょうか?」

「――はいっ」

 ……ふむ。
 悩み事は、少しは進展したのかな?
 今朝と比べたら、随分元気が良いようだし。
 その辺りも聞けたら良いんだけど。
 そんな事を考えながら、机から半分ほど採点の残った小テストを取り出した。







 静かに流れる風が、頬を擽る。
 その感触が心地良くて――

「先生、寝ないで下さい」

「いや、寝てない」

 ――危なかったけど。
 しかし……源先生にも困ったもんだ。
 まさか、念を押したにも拘らず酒を用意しているとは。
 どうやらよっぽど――色々あったらしい。
 なにか酔って色々言っていたし。聞き取れなかったけど。
 その源先生も、葛葉先生が連れて帰っていった。
 同じ教員寮住まいなので、助かった。
 いつもはちゃんとした大人の女性なんだが……偶に羽目を外すからなぁ。
 そして、ネギ先生と超、葉加瀬、四葉は瀬流彦先生と新田先生が送っていった。
 ……まぁ、ネギ先生は同じ女子寮に暮らしてるんだが。
 そんな事をぼんやりと考えながら――。

「先生、寝ないで下さい」

「大丈夫だ。流石に歩きながら寝れるような特技は持ってない」

 ……あの人は、人の飲み物にどれだけ酒を混ぜたんだろう。
 最初は自分一人で楽しんでいたんだが、酔いが回り始めた所から怪しかったからな。
 それに気付かなかった俺も悪いけど。
 でもまぁ、ネギ先生の悩みが解決した、と言う事を聞けただけでも良かったと言うか。
 しかし、何に悩んでいたんだろうか……それも、いつか話してもらえると良いんだけど。

「絡繰、寒くないか?」

「大丈夫です」

 そうかぁ、と。
 ぼんやりと空を眺める。
 星が遠い。
 星座とかは判らないので何とも言えないけど、偶にはこうやって星を見るのも良いかもなぁ、と。

「申し訳ありません、手間を取らせてしまって」

「そんな事は気にしなくて良いぞー」

 のんびりと、並んで歩く。
 ……教師と生徒が、と言う事を考えると拙いんだろうけど。
 まぁ、新田先生達にもちゃんと説明したし、うん。
 誰かに見られて、変な誤解だけは勘弁してほしいもんだ。

「しかし、マクダウェルと絡繰は寮住まいはしないんだな」

「はい。色々と問題がありますので」

「そうかー」

 ……色々かー、と。
 それは、いつか聞いた“家庭の事情”というのだろう。

「先生は、聞かれないのですか?」

「ん?」

 それは、

「その、色々を、か?」

「はい」

 んー。
 隣を歩く絡繰に視線を向け、もう一度空を見上げる。
 星が遠い。

「…………」

 聞きたい、と言うのが本音なんだろう。
 けど聞けない。
 聞いてはいけない、と何故か思ってしまう。
 ……それは、どうしてか。
 どうして聞こうとしないのか。
 マクダウェルや絡繰の事を考えるなら――ここは聞くべきなのでは?
 自分の中の矛盾。
 なのに、その矛盾に何一つ疑問を持っていない。
 まるで、星だな、と思った。
 遠い。
 答えてくれる絡繰はすぐ隣に居るのに。
 星のように遠くに感じる。

「絡繰は、聞いて……いや」

 首を振る。
 聞いてはいけない、とそう思ってしまう。
 どうしてだろう?
 それがとても自然な事に思えてしまう。
 だから、ゆっくりと――のんびりと、絡繰をマクダウェル宅に送る。

「……結界」

「ん?」

「いえ――忘れて下さい」

「おー、判った」

 今、何と言ったのか。
 よく聞き取れなかったが――まぁ、必要ならまた言ってくれるだろう、と。

「先生」

「ん?」

 続きは、無い。
 そのまま、無言で歩く。

「どうして、マスターと関わりになったのですか?」

「マクダウェル?」

 それは……何処かで聞いたような質問。
 どこだったか――。
 そんな事を考えながら、欠伸を一つ。
 ……絡繰に言われたからじゃないが、このままじゃ歩いてても眠れそうだな。

「しょうがない……俺はアイツの先生だからなぁ」

 とてもじゃないが、まだまだ目を離せない、と。
 まぁそれでも、神楽坂が居るから随分楽になったんだが。
 ……マクダウェルは、神楽坂と知り合ってから変わった。
 今では職員室での評判も良いし、出席日数も点数も良くなった。
 ――それが嬉しくあり、誇らしくある。
 日に日に変わっていくのを見ている気分と言うか……。
 それでも、あの言葉遣いだけはいまだに変わらないんだが。

「マスターは、今、毎日が楽しそうです」

「そうかー」

「――ありがとうございます」

 んー。

「なんか、礼を言われる事をしたか?」

 正直、思い浮かばない。
 ……そう言えば、あの時、茶道部の活動に呼ばれた時もそうだったな。
 あの時は、マクダウェルと神楽坂が友達になった、と。
 なら今度は?
 毎日が楽しそう、か。
 ――そりゃ良かった。
 自然と、笑みが零れる。

「どうでしょうか」

「まぁ、マクダウェルが毎日楽しいなら、良いか」

「……そうですね」

 そんな事を話していたら、マクダウェル宅が見えてきた。
 うー、これから歩いて帰るのか……まぁ、まだそこまで遅い時間じゃないから、大丈夫か・
 問題は、まだ仕事が残っている、と言う事なんだが。
 それも時間はまだあるから――明日にするかなぁ、と。

「ありがとうございます」

「礼なんか言わなくて良いぞ?」

 俺がした事なんて、特に無いんだし、と。
 した事って言えば……ちゃんと登校するように、声掛けたくらいか。
 あと呼びに行った事。
 これくらいか。
 だから、礼を言われるような事じゃない。
 マクダウェルが楽しいのは、マクダウェルが変わったからだ。

「はい」

 それじゃ、帰るかな。

「ここまでで良いか?」

「マスターに会っては?」

「流石に、こんな時間に生徒の家に顔出すのも……マクダウェルも嫌だろ」

 苦笑してしまう。
 ただでさえ……嫌われてるのかな?
 そうじゃない、と言い切れると良いんだが、あの口調じゃなぁ。

「…………………」

「ん?」

 そう言うと、絡繰はその胸に自身の指を添え――不思議そうに、首を傾げた。
 微かな街灯に照らされ、静かな夜の中にある。
 いつもの西洋人形みたいな綺麗な表情が――微かに綻んだ気がした。

「どうした?」

「寂しいです」

 それでは、と。
 その別れの言葉が、遠い。
 ……えっと。
 それは、誰が、と言うのか。

「いやいやいやいや」

 ないないない。
 無いから。
 ――――ん?

「寂しい?」

 ふと、ひっかかった。
 それは何処かで俺が絡繰に言った……。

「ああ」

 修学旅行の時にか。
 そう言えば、あの時も不思議そうな顔してたなぁ。
 まるで――そう、まるで。

「……子供みたいなヤツだな」

 まるで、覚えたての言葉を使ってる。
 そんな印象を受けた。

「びっくりしたなぁ」

 無いから、そう言う事は。うん。
 ……びっくりしたぁ。






――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「ただいま帰りました」

「オー、遅カッタナ」

「すみません」

「よう嬢ちゃん」

「オコジョさん?」

 なんでそこで……いや、オレっちが居るのは変だよね、うん。
 でもさぁ――なんかチャチャゼロさんと話してたらこんな時間になったんだよなぁ。
 晩ご飯食べたら帰ろ。

「夕食の準備をしますので、もう少し待っていて下さい」

「判ったー」

「食ッテイクノカヨ」

 だって、美味いし。
 エヴァの姐さんも二階に行って何も言わないし。

「それでは、少々お待ち下さい」

 ん?

「なんか良い事あったのかい?」

「……私がですか?」

「機嫌良イミタイジャネーカ」

「そうですか?」

 バイト先で何かあったのかな?
 それにしても……こりゃ、晩飯は期待できるな。
 今日はツいてるぜ。





[25786] 普通の先生が頑張ります 31話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/07 23:33
「おはようございます、ネギ先生」

 学園への通勤途中に、珍しくネギ先生と神楽坂、近衛……それに、桜咲と龍宮の姿を見つけたので声を掛ける。
 前は3人での登校が多かったようなのに、それに2人増えていた。
 それが今日だけなのか、それともここ最近ずっとなのかは判らないが。

「おはようございます、先生」

「はい。神楽坂達も、おはよう」

「おはようございます、先生」

「おはよーです、せんせ」

「おはようございます」

「おはよう、先生」

 一人で寂しい通勤が一気に華やかになったなぁ。
 そう内心で思いながら、ネギ先生に向き直る。

「昨日はあの後大丈夫でしたか?」

「はいっ、昨日はありがとうございましたっ」

「礼を言うような事は」

 その真面目さに苦笑してしまう。
 眩しいと言うか、何と言うか。
 まっすぐ、と言えば良いのか。

「ネギ君、昨日は凄ぅ楽しそうやったもんね」

「はいっ」

 そんな握り拳まで作らなくても。
 でも、そうまで喜んでもらえるとこっちも嬉しいもんだ。

「なら、今度また行きましょうか?」

「是非お願いします」

 判りました、と。
 まぁ、そう頻繁に行くようなもんでもないし、今度は麻帆良祭前にでも場を設けるかな。

「昨日、何かあったのかい?」

「ん? いや、晩御飯に誘ったんだ」

 えっと……新田先生に瀬流彦先生、源先生と葛葉先生か。
 人数を指折り数えて、

「6人で」

「とても楽しかったですっ」

「それは良かったです」

 誘った甲斐もありました、と。

「なるほどねぇ」

「でも、超包子だったんでしょ?」

「安くて美味いからなぁ」

 四葉には感謝し過ぎても、感謝し足りないくらいである。
 京都で少し舌が肥えたせいか、最近はコンビニ弁当を味気なく感じるしなぁ。
 早く舌を元に戻さないと。

「でも、外食ばかりで……栄養考えんと駄目ですえ?」

「耳に痛いなぁ」

 だがまぁ、正論なのでしょうがない。
 ……生徒から正論とか教師としてどうか、とも思うが。
 料理ばっかりはなぁ……やった方が良いって言うのは判ってるんだが、どうにも。
 頬を掻きながら近衛から目を逸らし、どうしたもんか、と苦笑してしまう。

「せんせ、おべんと、今日もコンビニのなんですか?」

「おー」

 そう応え、いつも持ち歩いているバッグを軽く持ち上げる。
 通勤途中に買ったそれは、今日は初心に還って幕の内弁当とおにぎり一個である。

「健康に悪いですえ」

「りょ、料理には厳しいな、近衛」

 あれ? 何で俺って近衛から怒られてるんだろう?
 ……いや、俺が悪いんだけどさ。

「はは、先生も料理に関してはタジタジなんだね」

「う……そう言う龍宮は?」

「……学生は、朝の時間は貴重なんだよ」

「それは大人だって変わらない」

 つまり、龍宮はこちら側と言う訳だ。
 よかった、俺一人じゃなくて。
 ……教師としてどうかとは思うけど。

「神楽坂と桜咲は」

「あー……私は、作れますよ?」

 作らないだけなんです、と。
 うん、判った。

「バイトも忙しいもんな」

「そう、それです」

 桜咲は……何でか赤面していた。
 え? なんで?

「せっちゃんの分も、ウチが作ってますえ」

「大変だなぁ、朝から」

「3人分も4人分も変わりませんから」

 そう言うもんなのかなぁ。
 料理をしないからアレだけど、料理をする人からは良くそう聞くな。
 源先生も葛葉先生もそう言ってたし。

「あ」

 そう話していたら、ふいに神楽坂が声を上げた。
 ん?
 その視線を辿ると、

「げ」

「おはよー、エヴァ」

 何と言う声を出してるんだ、お前は。
 まったく。そう苦笑してしまう。
 前は、そんな声も出してなかったんだよなぁ、と。

「……おはよう」

「おはようございます、皆さん」

 マクダウェルはまさに渋々と言った感じに、絡繰は軽く一礼してからの挨拶。
 本当に対照的な2人だよなぁ。

「ねーねー、エヴァのお弁当って茶々丸さんが作ってるんだよね?」

「……なんだ、藪から棒に?」

 さっきまで話していた事を簡単に説明する。
 と言っても、弁当の話しかしてないんだけど。

「ふん。そうだな、私の分は何時も茶々丸に用意させている」

 だから、何でお前はそんなに偉そうなんだよ……。
 まぁ、マクダウェルらしいって言えば、マクダウェルらしいんだけど。
 そうマクダウェルが言うと、絡繰が軽く一礼して応える。

「茶々丸さんも大変ねぇ」

「いえ」

「そだ、今度皆でお弁当作ってきて食べへん」

「……なに?」

「なるほど、それは楽しそうだ」

 その話題の中、マクダウェルが一人、固まる。
 さっきの話だと、自作だろうしなぁ。
 悪い、とは思ったが、笑ってしまう。
 きっと顔にも出てしまっているだろう。
 ……でもまぁ、マクダウェルが困った顔なんて、初めて見たのだ。
 それくらいは許して欲しい。

「えっと……」

「もちろん、ネギ君もや」

「ええ!?」

 楽しそうだなぁ、と。
 一歩離れた位置でその様子を眺め、目を細める。
 うん。朝からこんなのが見れるなんて、今日はツいてるなぁ。

「……おい、何を笑ってる?」

 見付かってしまったか。
 その一団から気付かれないようにこっちに来るのは、マクダウェル。

「いや、楽しそうだなぁ、と」

「ふん――どこがだ」

 そうか?
 俺には、お前も十分楽しそう……いや、この会話を、十分楽しんでるように見えるんだけど。
 けど、そうは言わない。
 きっと、そう言ったらこの照れ屋の少女は照れ隠しに悪態を吐いてくるだろうから。
 それが判るくらいには、俺もマクダウェルの事は知ってるし。

「何をニヤニヤしている?」

「そんな顔してるか?」

 そりゃいかん。
 カバンを持っていない方の手で頬を揉み、そのニヤニヤを消す。

「……ふん」

「そう怒るなよ」

 その柔らかな髪に、手を乗せる。
 撫でるように優しく叩く。

「きっと楽しいさ」

「――ふん」

 手を払われた。
 うーむ。

「ねー、エヴァって料理できるの?」

「出来る」

 おー、即答か。
 羨ましいもんだ。
 そして、手を引かれながら、また一団へ。
 ……神楽坂も、マクダウェルの扱いに慣れてきたなぁ。







 その日の昼休み、相も変わらずコンビニ弁当を新田先生と仲良く突いていた。

「修学旅行は危ないですね」

「まったくだ」

 舌が肥えてしまってるのである。
 ……どうして旅行に行くと、御当地のグルメを食べてしまうんだろう?
 まぁ、普段食べられないから、という簡単な答えが出るんだけど。
 うーむ。

「どうしたんですか?」

「あ、弐集院先生」

 そんな事を話していたら、弁当を持った弐集院先生と源先生が。

「いえ。修学旅行先で舌が肥えてしまいまして」

「はは――良い物ばかり食べたんでしょう?」

「いやぁ、言い返せないですね」

「毎年の悩みだよ、まったく」

 贅沢な悩みだなぁ。
 でもまぁ、その通りなので、苦笑するしかない。
 しかし、旅館の料理は美味かった。

「そう言えば、さっきエヴァンジェリンさんと話しましたよ」

 はい?

「マクダウェルですか?」

「うん。挨拶したら、挨拶を返されたよ」

「はは。そりゃ、いくらマクダウェルでも、挨拶を返すくらいするでしょ」

 何言ってるんですか、弐集院先生、と。
 自分で淹れたお茶を一口飲み、そう笑ってしまう。
 しかし、渋い。
 茶葉を入れ過ぎた。新田先生は笑ってくれたけど……うーむ。

「うん、そうだね――挨拶をしたら、返すんだねぇ」

 そうしみじみと言われてしまった。
 はあ、と。
 そう言われてもなぁ。

「先生、お茶のおかわりは?」

「へ? あ、良いんですか葛葉先生?」

「ふふ――これでも、お茶には少々自信が」

 正直、羨ましいです。
 お茶すら満足に淹れられない俺って……はぁ。
 そう言い、給湯室の方に歩いていく葛葉先生。

「最近機嫌良いですね」

「そうだね」

 横目で弐集院先生の弁当を確認すると、色とりどりだった。
 うーむ、美味そうだ。
 そして、自分のコンビニ弁当に。
 ……弁当業者には悪いが、ちょっと考えてしまう。
 でも作る気が起きないのは、どうしようもない。
 早起きよりは、弁当を我慢しよう。

「きっと良い事があったんじゃないかな?」

「そうですな」

「ですねぇ」

 新田先生は新聞を広げ、俺も食べ終えた弁当をゴミ箱に捨てる。
 のんびりとした昼休みである。
 今日は特にする事もないし、午後からの授業も6時間目に一つだけ。
 うーん、今日は久しぶりに少し時間があるなぁ。
 授業の準備はもうしてあるし。
 こんな時にガンドルフィーニ先生が来てくれると助かるんだけど……どうにも今日は来る気配無いしなぁ。

「何か、楽しそうな話題は載ってますか?」

 隣で新聞を読んでいる新田先生に声を掛ける。
 チラリ、と横目で見るとテレビ欄だった。
 新聞読む時、最初ってテレビ欄から見るよなぁ、と。
 意味もなく共感してしまった。

「さて、どうかな」

「最近は、平和なもんですね」

「はは、そうですね」

 この麻帆良は、治安良いですからね、と。

「どうぞ、先生。新田先生と弐集院先生も」

「ありがとうございます」

「あ、すまないね、葛葉先生」

 そんな事を離していたら、機嫌の良い葛葉先生が戻ってきて、隣で弁当を広げ出す。
 見ないようにしとこう。俺は弁当より睡眠が欲しいのだ。
 そう誘惑しないでほしい。







 はて? と。

「先生、紅茶はお好きですかな?」

 どうしてこうなったんだろう?
 目の前に置かれた紅茶から、鼻孔を擽る良い香り。
 うん。とても美味しそうである。
 出来れば、この紅茶を飲んだら早々に退室したいくらいに。
 
「す、すみません。用意してもらって」

「なに。こちらから呼んだんじゃ、持て成すのが礼儀じゃろうて」

「……は、はぁ」

 何で俺は、学園長室に呼ばれたのか、いまだに良く理解出来ていない。
 いや、葛葉先生経由で学園長が俺を呼んでいるから、と言うのは判ってる。
 判ってはいるんだが……お茶に茶菓子も用意されているのである。
 これじゃ長く話す気満々じゃないか。
 前回呼ばれた時の近衛の話を思い出してしまう。
 ――アレは、長かった。
 ちなみに、紅茶を用意しているのは源先生である。
 あんなに昨日は酔っていたのに、今朝はもうピンピンしていた。
 酒に強いな、羨ましい。

「それで、どういった話でしょうか……?」

 解雇通告、とかじゃないとは思うが、まずそこを聞く。
 いや、学園長室に呼び出しとか、嫌な想像しか出来ないし。
 内心冷や汗流してたりする。

「いやの、また先生の話を聞きたくなってのぅ」

「私の話、ですか?」

 また……と言う事は、ネギ先生とマクダウェル、近衛の事か。
 ふぅ、と気付かれないように安堵の溜息。
 良かった、とりあえずクビではないらしい。

「えっと……京都の時の、事でよろしいのでしょうか?」

「うむ。婿殿――木乃香の父親からも少し話は聞いておるんじゃが」

 どうやら俺からも、と言う事らしい。
 ……本当に近衛の事が好きなんだなぁ、と。
 子供とか孫が出来たら、皆こうなんだろうか?
 いや、そこはもう前回で良く判ってはいるんだけど……やっぱり、役職とのギャップと言うか。
 内心で苦笑してしまう。

「学園長は、木乃香さんの事は目に入れても痛くないほどですからね」

「何を言っておる。当たり前じゃろうが」

「……はは」

 そう言ってもらえると、近衛も嬉しい事だろう。
 自然と笑ってしまい、コホン、と咳を一つ。

「そうですね――そう、近衛と言えば、桜咲と以前から親交があったらしいですね」

「――なんじゃ、先生知っておったのか?」

「はい。近衛から修学旅行前に相談を受けまして」

「……ほぅ」

 そこは学園長も知っていた事なのだろう、別段驚きは無い。
 でも、目付きが鋭くなるのは何でだろう?
 ……胃に悪い。

「京都に行った際に、また元のように仲良くなれたようで」

「その様じゃのぅ。あの子も……まぁ、訳有りじゃが、また昔のように仲良くしてくれればよいが」

「そこは大丈夫でしょう」

 訳有り? それが、近衛と桜咲が仲違いした理由か?
 ふむ――。

「近衛は友達を大事にする子です。そこは心配ないと思います」

「……うむ、そうじゃな」

 まぁ、その理由が何であれ、今の2人を見ていれば判る。
 大丈夫だ、と。
 そう断言できる。
 そう言うと、学園長も嬉しそうに頷いてくれた。
 俺より近衛を知っている人だ。見てきた人だ。
 心配だろうけど――俺よりきっと信じてると思う。

「刹那君とは、彼女の両親と婿殿が仲が良くての」

「そうだったんですか」

 近衛と桜咲は、親同士の付き合いだったのか。
 近衛の実家って、もしかしたら剣術の家なのかな?
 今日取って、そんなイメージがあるし。
 まぁ、俺の先入観でしかないんだけど。
 でも、近衛はどっちかと言ったら、茶道のイメージがあるな。

「彼女の剣術も、婿殿が手解きしたものじゃ」

「そうなんですか?」

 そう言えば、桜咲は剣道部だったな。
 ……剣道と剣術って、やっぱり違うのかな?
 それは、今度調べてみるか。それとも、桜咲に聞いてみるのも良いかもな。

「そう言えば、申し訳なかったの」

「はい?」

 いや、いきなり謝られても。
 何か謝られるようなことしたっけ……。

「修学旅行の時に、一つ用事を頼んでおったじゃろう?」

「ああ」

 えっと、確か近衛の実家に手紙を、って。

「いえ。ネギ先生にも良い経験になったでしょうし」

 大人の居ない自分達だけでの行動。
 ちょっと……と言うには少し心臓に悪いくらい心配したけど。

「そう言ってもらえると助かるよ」

「はは」

 そのまま、二三雑談を交わす。
 京都での近衛はどうだった、ネギ先生はどうだった、と。
 桜咲の事も聞かれた。
 聞かれた事に答え、学園長がそれに頷くという流れ。
 そんなゆったりとした時間。
 源先生もどことなく嬉しそうで――ああ、こう言う時間も良いもんだなぁ、と。

「それと先生、エヴァの事なんじゃが」

「マクダウェルですか?」

 そう言えば、マクダウェルの事は聞かれなかったな、と。
 紅茶で喉を潤し、次に備える。
 さて、何を聞かれるのやら。

「最近、随分と丸くなったようじゃの」

「はは、そうですね」

 最近は良く、他の先生方からも言われます、と。
 学園長の耳にも届いていたのか。

「修学旅行の時は、良く神楽坂と一緒に回っていたようですし」

 きっと、彼女のおかげでしょう、と。
 そう言うと、また学園長は嬉しそうに笑う。
 近衛達の事を聞いていた時のように。
 マクダウェルも、近衛達と同じように見ているかのように。
 きっと、この人にとっては、この学園の生徒全員が大事なんだろうな。
 何となく、そう思ってしまう。
 そして、それが凄く嬉しい。

「のぅ、先生?」

「なんですか、学園長?」

 だから、声を掛けられたら、そう自然に応えられた。
 笑顔。
 本当に、楽しそうに、学園長は笑っていた。

「エヴァは変われるかの?」

「はい?」

 変われるか?
 ……それは、

「それは、これからのマクダウェル次第だと思います」

「そうじゃの」

 マクダウェルが神楽坂をどう受け止めるのか。
 そして、周囲の変化をどう見るのか。
 こんなにも周りは変わってきてる事を、彼女はどう感じるのか。
 俺だけじゃない、新田先生も、葛葉先生も、皆があの子を“見”はじめてる。
 その事に、気付いているんだろうか?

「そうじゃな」

「はい」

 しん、と一瞬だけ学園長室が静まり、

「先生、感謝しておるよ」

「え?」

 しかし、そう言った学園長は何時も通りの何処かくえない顔。
 聞き間違えか、とも思えるような感じで

「あの子に“機会”を作ってくれて」

「機会、ですか?」

 それは、何の、と。

「あの子が皆に見てもらえる“機会”じゃ」

「いえ、それを作ったのは自分じゃないですよ」

 ゆっくりと、首を横に振る。
 俺はそんな大層な事は、と。

「そうかの?」

「はい」

 教師が出来る事なんて、たかが知れている。
 勉強を教えて、悪い事をしたら注意する。
 たったそれだけ。
 俺が出来る事、してやれる事なんて、それくらいなのだ。
 だからきっと――その“機会”は、マクダウェルが自分で作ったんだ、と。
 そう思うと自分の生徒が誇らしく思えてくる。
 俺はきっと、良い生徒に恵まれているんだ、と。

「そうは思えんがのぅ」

「買い被り過ぎですよ」

 照れくさくて、頬を掻いて視線を逸らす。
 まさか、学園長からそう言われるとは思わなかった。

「あの子は、変われんと思っておった」

「……はあ」

「色々と、あの子の過去は複雑での」

 過去?
 それは、妙な言い方だと思った。
 たった15歳の少女に使うには――あまりに、引っかかる言い方だ、と。
 普通は昔とか、以前とか……もっと、んー、何か引っ掛かる。
 それが、マクダウェルの“事情”と言うやつか?

「のぅ、先生?」

「な、なんですか?」

 それも、いつか聞けるのだろうか?
 マクダウェルの口から。
 ……きっと、難しいんだろうな、と苦笑してしまう。
 でも、神楽坂には言うのかな?
 だと良いな、と。そう思う。
 もうアイツは友達が居るんだから。

「先生、恋人は居るのかの?」

「はい?」

 い、いきなり話が飛びましたね。
 えっと

「……居ませんけど」

「そうかそうか」

 いや、そこでそう嬉しそうにされても。
 俺としては非常に、そう、何と言いますか……複雑なんですが。

「先生、木乃香の婿にならんか?」

「―――はい?」

「あら」

 いきなり何を、とか、そんな事も考え付かなかった。
 というか、まだ近衛のお見合いってしてたんだ、と場違いにも考えてしまう。
 いや、現実逃避とか判ってるけどさ。

「器量良し、料理も出来る、家事全般得意じゃ」

 お買い得じゃぞ、と。
 いや、孫をお買い得とか言わないで下さい。
 あと源先生、なんでそんなに嬉しそうなんですか?
 助けて下さいよ、と視線を向けるが――どうやら助けは来ないらしい。
 はぁ。

「……いえ、流石に歳の差とか」

「10くらいなんじゃ。歳をとれば気にならんじゃろ」

「…………近衛は、歳の近い人が良いと言ってましたよ?」

「なんと!?」

 そこで驚くんですか?
 確か、以前相談された時にそんな事を言ってたような言って無いような。
 流石に、もう細かな所までは覚えて無いけど。

「うーむ。ネギ君を、とも考えておったんじゃが」

「まだ早いんじゃないですか?」

「こう言うのは、早い方が良いと思うんじゃがのぅ」

「学園長? 女の子は出会いのムードが大切なんですよ」

 作った出会いって判ってたら、盛り上がりません、とは源先生。
 何を語ってるんですか、貴女は。
 まったく。

「ま、今度木乃香にも聞いてみるかの」

「止めて下さい」

 気まずくなりますから。
 本当に。




――――――エヴァンジェリン


「海、だと?」

「うん、そう。それで、今度の週末にどう?」

 ……深い、深い溜息を一つ。
 何を考えているんだ、このバカは。

「あのなぁ……」

「今度のゴールデンウィークに」

「おい、ちょっと耳を貸せ、バカ」

 問答無用で、その耳を指でつまんで、引っ張ってやる。
 いたいいたいちぎれるー、とか言ってるが無視。

「吸血鬼を海に誘うバカがどこに居るっ!」

 クラスの中なので小声で、だがちゃんと聞こえるように言ってやる。
 まったく、と指を離してやる。

「いたいー」

「当たり前だ、痛くしたんだからな」

「痛い、エヴァ」

「おー、可哀想に」

 あまり甘やかすな、龍宮真名。
 そいつは甘やかしたら、すぐ調子に乗るからな。

「はぁ……それで、どうしてそうなったんだ?」

「いや、いいんちょがネギを誘ってたから」

 見とかないと危ないから、と。
 ……はぁ。
 何でこのクラスには、こんなに残念なヤツしかいないんだ?

「断る」

「何でよ?」

「……さっき理由を言っただろうが」

 吸血鬼が海にとか……どんな冗談だ。
 まったく。
 話は終わりだ、とカバンを持って席を立つ。

「用はそれだけか?」

「うー」

「どんなに唸っても、答えは変わらんからな?」

「はは、残念だったね、明日菜」

 用があると言うから残っていたら、こんな事か。

「あ、今から帰る?」

「……切り替わりが、相変わらず早いな」

「いや、エヴァって一回言ったら梃子でも動かないし」

 ――褒められてる気がしないのは、何故だろう?
 とりあえず、むかついたので椅子に座って丁度良い高さになっている頭にゲンコツを落とす。

「いたい……」

「ちゃんと手加減は下からな?」

「はは、相変わらず仲良いねぇ」

「茶々丸、行くぞ」

 何処をどう見たらそう見えるんだか。
 眼科に行け、と言い残して教室を出る。
 ……だから、何で追ってくるんだ、この二人は。

「あれ? 木乃香達は?」

「……今日は、私の別荘の使用許可を出してるから、そっちだ」

 チャチャゼロに監督させてるし、大丈夫だろう。

「あれ? エヴァは帰らないの?」

「……部活だ」

 何でいちいち聞くかなぁ。

「茶道部の方かい?」

「ああ……龍宮真名、お前は部活は?」

「いや、こっちが楽しそうだし。茶道部なら茶菓子くらい出るかな、と」

 舐めてるのか、お前は。
 あと明日菜、茶菓子に反応するな。
 はぁ。

「静かにしていろよ?」

「はーい」

「判ってるって」

 ――――――はぁ。

「マスター、楽しそう」

 黙れ、ボケロボ。
 くそ……私の静かな時間が。





――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「最近御主人様モ丸クナッタモンダ」

「っすね」

「そうなん?」

「オー。昔ハモット怖カッタモンダ」

 伊達に600万ドルの賞金首じゃないっすからねぇ。
 まさか、あの闇の福音が普通の中学生生活だなんて……魔法界の誰も想像できないって。

「せっちゃんもお茶しないー?」

「あ、はい」

 しかし……平和だ。
 オレっち、もう姐さんの所に住まわせてもらおうかなぁ……。
 女子寮って怖い所なんだぜ?
 昔のオレっちに言ってやりてーぜ。




[25786] 普通の先生が頑張ります 32話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/10 00:37
「海だーーー!!!」

 楽しそうだなぁ、と。
 いやもう、何と言うか……金持って凄い。
 そう内心で苦笑し、ここまで自家用の飛行機を飛ばしてくれた執事さんに頭を下げる。

「どうも、ありがとうございます」

「いえ。それでは明日の朝、また迎えに来ますので」

「はい。それでは、お気を付けて」

「はは、では」

 うーん……飛行機の運転。男なら憧れるなぁ、と。
 野太いエンジン音に、プロペラが空を切る音。
 ……初めて生で聞いたけど、凄いな。
 子供のころに夢が飛行士と書く子が多いのが何となく判った気がした。

「どうしたんですの、先生?」

「いやぁ、自家用の飛行機なんて初めて乗ったからなぁ」

「言って下されば、いつでもご用意いたしますわ」

 スイマセン、別に何時でも乗りたくはありません。
 ……失礼だけど、飛行機って落ちそうで怖いし。
 憧れはするけど、そこは別である。
 それに苦笑を返し、桟橋から足を進める。

「しかし、いきなり南の島なんて、どうしたんだ?」

「いえっ、ネギ先生が落ち込んでらしたのでっ」

 何でそこで握り拳を作るかなぁ。
 普通に言えば、教師を心配した生徒に見えてネギ先生も見直すだろうに。
 ……まぁ、見直されても困ると言うか、生徒に心配される教師が、とも思うけど。
 しかも、その落ち込んでいたのはどうも解決したらしいし……雪広、不憫な子だなぁ。
 でもなんか、それがこの子らしくて良いのかもしれない。うん。

「あ、先生も楽しんで下さいね?」

「おー、誘ってくれてありがとうな」

「いえ」

 と言っても、付き添いに大人が必要だって学園長から話が出たらしいから、白羽の矢が立っただけだけど。
 まぁ、流石に連休とはいえ、麻帆良外で一泊、しかも生徒だけ、と言うのも問題がある。
 問題が起きたらどうしようもないし。

「それでは、早速着替えてまいりますのでっ」

 そう言って駆けていく雪広を目で追い、

「気合入ってるなぁ」

 と、どこか他人事のように呟いてしまう。
 いや、俺が南の島のビーチにとか現実味がまだ湧かないし。
 周囲を見ると透き通った青い海と、白い雲、晴天の空。
 映画やテレビの中の世界である。
 うーん……どうにも場違いに感じてしまうのは、きっと俺が根っからの庶民だからだろう。
 ま、生徒達が楽しめるならどうでも良い事だけど。

「サメとか居るのかな?」

 まぁ、居るとしても沖合の方だろうけど。
 流石に……いくらクーフェイや鳴滝姉妹でも、そこまではしないだろう。
 と言うか、そうなったら俺じゃ手がつけられないし。
 ちょっと嫌な事を思ってしまい、溜息を一つ。
 ……ま、一泊くらいで何も起こらないと思うが。
 
「さて、と」

 砂浜には、いくつかのビーチパラソルと、チェアーが用意されていたので、その一つに座る。
 何するかなぁ、と。
 流石に、生徒に混ざって遊ぶと言うのも少し気が引ける。
 それに仕事も残ってるし、そっちも片付けてしまわないといけない。
 休み明けには京都の報告書と、経費の書類を出してしまわないといけないし。
 自前のノートパソコンも持ってきてるから、今からするのも良い。
 けど、折角の海なので、勿体無いとも思うし。
 うーん。
 どうしたものか。
 周囲を見ると、誰も居ない。
 きっと着替えに行ってるのだろう。
 というか……これ、パラソル?
 思いっきりなんかの木の枝と葉で編んだ様な……絶対高いだろ、コレ。
 チェアーも市営のプールとかで見掛ける様な奴じゃなくて、きちんとした木材で出来てるし。
 ……あんまり気にしない方が胃に優しいかもしれないなぁ。

「先生っ」

 そんな事を考えていたら、元気な声で呼ばれた。

「ネギ先生」

 声の方を向くと、水着にパーカーを羽織ったネギ先生がこっちに駆けてきていた。
 元気だなぁ、と。
 良い気分転換になると良いけど。

「先生は着替えないんですか?」

「いえ。とりあえずは皆が揃った後で、着替えてきます」

 特にしたい事もないですし、と。

「折角の海なのに、勿体無いですよっ」

「はは。お目付役ですからね、先生達が羽目を外し過ぎないように見てるのが仕事ですから」

「ぅ……き、気を付けます」

「はい。気を付けて下さい」

 そう笑顔で言う。
 まぁ、言うほど心配もしていないし。
 でも雪広には、とは言わないでおく。
 折角誘ってくれたんだし。
 那波と神楽坂、絡繰も居るし……大丈夫だろう。うん。
 そこまで暴走もしないだろうし。
 ……思い付きで南の島に誘う時点でアレだけど。
 最初はネギ先生と二人でとか計画してたらしいからなぁ。
 今度、朝倉にジュースでも奢ってやろう、と思う。

「皆さん遅いですねー」
 
「まぁ、女性の着替えと言うのは時間が掛るモノなんですよ」

「そうなんですか?」

「ええ、そういうものなんです。覚えておいた方が良いですよ?」

 ネギ先生は、良く誘われてるみたいですからね、と。
 クラスの子達から買い物とか、休日に良く誘われてるらしい、と言うのは朝倉と早乙女談。
 まぁ、それくらいなら、と俺も目を瞑ってる。
 ネギ先生も楽しんでるようだし、良いストレス発散にもなるだろう。
 それに、本当に嫌なら断るだろうし。

「なるほど……」

 そう真面目に答えられると、微笑ましい気分になってしまう。
 やっぱり、こう言う所はまだ子供なんだなぁ、と。

「何か飲みますか?」

「え?」

「クーラーボックス。中は飲み物らしいですから」

 そう言い、ビーチチェアの脇に置いてあったクーラーボックスを開く。
 これは飛行機を運転していただいた執事さんに教えてもらっていた。
 あと、別荘の間取りとか緊急時の連絡先とか。

「色々ありますね」

「……そうですね」

 何でアルコールまで入ってるのかは、考えないでおこう。
 全部のクーラーボックスにだろうか?
 うーん……周囲を見渡すと、パラソルが立ってるのは5つ。
 はぁ、と。

「どうしたんですか?」

「いえ」

 最初の仕事が決まったので、小さく溜息を吐いて立ちあがる。
 良い天気だなぁ、と。
 でも、アルコールはまだ早いと思うんだ、うん。







 クーラーボックスから缶チューハイを取り終える頃、やっと水着に着替えた雪広達が来た。
 ……うーん。
 最近の中学生って、凄いなぁ、と。
 いかんいかん。
 生徒をそんな目で見るなんて、と首を横に振る。

「先生、何をなさっているのですか?」

「ん?」

 っと。

「いや。好きなジュースがあったから、集めてた」

「……子供ですか、貴方は」

「は、はは……」

 そう言わないでくれると助かるなぁ。
 各クーラーボックスには酒は一本ずつ入っていたので、もしかしたら俺用なのかもしれない。
 気の回し過ぎじゃないか、雪広家の執事さん達よ。
 気付かれたら、きっとこういうイベントが好きな彼女達だ、飲もうとするかもしれない。
 ……と言うか、興味本位で飲むだろうなぁ。特に……まぁ、なんだ、悪乗りが好きなクラスだからな、ウチ。
 苦笑し、5本の缶を器用に両手で持つ。

「ネギ先生なら、向こうで一人で待ってるぞ。早速水着姿でも……」

「ネギ先生ーーーっ」

 判り易い子で助かるなぁ。

「あら、上手くかわしましたね」

「何の事やら」

 那波から、絶対称賛されていないような称賛の声。
 もしかして、気付いてる?

「まぁ、私達は楽しければ良いですので」

「なら大丈夫だな。雪広があの調子なら、きっと楽しいぞ」

「ふふ、そうですね」

 どうやら、お酒にはあまり興味がないらしい。
 そう上品に笑う彼女の陰に隠れているのは、村上と鳴滝姉妹。
 ん?

「どうしたんだ?」

 何で隠れているんだろう?

「い、いやー……先生、元気?」

「そりゃ元気だけど」

 どうしたんだろう、と思い、

「まったく、どうしたのかしら、この子達は?」

「あー……」

 何となく、まぁ、何となく気付いてしまった。
 ……これってセクハラにはならないよなぁ、と。
 心中でそう自問し、とりあえず触れない方が良いのかなぁ、と。
 しかし、村上はともかく、鳴滝姉妹もそう言うのを気にするもんなんだなぁ。
 那波の陰に、と言う時点で結構……これから先は言わない方が良いだろう。

「まー……とりあえず、雪広を追うかー」

「そうですね」

 気付かないフリしとこう。
 何かその方が良さそうだ。教師として、と言うより男として。
 ホントは那波とか雪広とかの水着姿とかも褒めたい所だが……うん、止めとこう。
 その方がきっと良い。
 何が良いのかって言うのは、気にしない。
 だって、俺は先生だから。うん。
 ……しかし、前から何度も思っていたけど、最近の中学生って中学生らしくないと思う。

「先生、この水着どうでしょうか?」

 ――那波に見えない角度で、頬が引き攣ってしまった。
 チラリ、とその脇を見ると、村上と鳴滝姉妹がこっちを見上げてきていた。
 いや、判るから。
 那波は……正直、凄い。
 何が凄いかって、もう何だ、高校生と言うより、大学生に見えるくらい凄い。
 前提として、すでに中学生じゃなかったりする。
 まぁ、そんな失礼な事はさて置き。

「似合ってると思うけど、少し大胆過ぎやしないか?」

「そうでしょうか?」

 うん。
 4人揃って首を縦に振る。
 そして、それが似合っていると言うのが何とも言えない。
 ……偶に大学生に間違われるって愚痴を聞いた事があるけど、判る気がする。
 もうすでに高校生じゃない所が、那波らしい。うん。
 中学生は、そんなに胸の谷間なんて強調させません。

「もう少し大人し目の方が良かったでしょうか?」

「おー……そっちの方が良かったと思うぞ、うん」

 主に、その脇の子達の為に。
 あと、ネギ先生の為に。刺激強過ぎやしないだろうか?

「先生は着替えないの?」

 とは村上。
 正直、話題を振ってくれて先生は凄く嬉しい。

「んー、とりあえず、皆揃ったら着替えてくるつもりだ」

「そっかー、後でビーチバレーやろう、ビーチバレー」

「ん、判った」

 そんな事を離しながら、雪広とネギ先生の所へ。
 うん。

「落ち着け、雪広。那波?」

「あらあら」

 ネギ先生相手にストローを二本刺したドリンクを勧めていた雪広を、那波に抑えてもらう。
 相変わらずのお前に安心すればいいのか、悲しめばいいのか……複雑だよ、先生は。

「ち、千鶴さんっ!?」

「ごめんなさいねー、あやか」

 はぁ。

「相変わらずだねー、いいんちょ」

「相変わらずだ」

「相変わらずね」

 まったくだ……と言うか、そのドリンク何処から出したんだ?
 クーラーボックスの中にあったかな、そんなの?

「こ、これは――」

「うん。これは?」

 言ってみろ、バッサリ切ってやるから。

「う」

「う?」

 あ、固まった。
 ……真っ赤になってぼそぼそ言うなよ。
 なんか那波の心の琴線に触れたらしく、抱き付かれていた。
 あー、目の毒だ、目の毒。
 そこから視線を外すと、他の子達も別荘の方から歩いて来ている。
 どうやら、更衣室は無いらしく。別荘で着替えを済ませてきているようだ。
 ネギ先生も別荘から歩いて来てたし。
 えっと……

「これで全員か?」

「はい」

 宮崎に綾瀬、早乙女、朝倉、クーフェイと龍宮、和泉に佐々木、柿崎。
 それに神楽坂と近衛、桜咲にマクダウェルと絡繰。
 ……随分な大所帯である。
 そして、華が有るなぁ、と。
 う、いかんいかん。

「それじゃ、怪我しないように遊ぶんだぞー」

「はーいっ」

 はい、元気な良い返事だ、と。
 どうせ堅苦しく行っても無駄になるだろうし、遠くに行かないように、とだけ言っておく。
 最初に動いたのは雪広と宮崎。
 そのセコンドには雪広には那波、宮崎には綾瀬と早乙女。
 朝倉は相変わらずカメラを構えてるし。

「後で学園新聞の一面にでもするのか?」

「あはは、そんな野暮な事はしないよ」

「……野暮、ねぇ」

 ま、そうかもなぁ。あんなに楽しそうだし。
 ネギ先生には災難かもしれないけど。
 そんな事を考えながら、どうするかなぁ、と。

「先生、泳がれないのですか?」

「ん?」

「いえ、服装が……」

 そう聞いてきたのは、絡繰。

「絡繰は泳がないのか?」

 そう言う絡繰も、何故か水着姿じゃなかった。
 いつもの服、と言う訳でもないけど、この面子の中で水着姿じゃないのは何でだろう?
 ちなみに、参加者の半数は学園指定のスクール水着だったりする。
 那波やら雪広やら……まぁ、一部の子達は自分で用意した水着だけど。

「はい……少々、事情がありまして」

 事情?
 そう首を傾げ、

「それより、着替えないのか先生?」

「……お前は、相変わらずだなぁ」

「何がだ?」

 なんで最近は職員室でも良い評判なのに、言葉遣いは直らないかなぁ。
 そこで不思議そうにされると、俺が間違っているみたいになるんだが。
 はぁ。

「もう少し、言葉遣いをだなぁ」

「……ここでも説教か」

「ん――それもそうだな」

 それこそ、野暮ってヤツか。
 そこはマクダウェルが一理有るな。折角の旅先だし。

「そりゃ悪かった。ネギ先生」

 それじゃ、さっさと着替えてくるか。
 少女達に揉みくちゃにされていたネギ先生に声を掛ける。何処で着替えたか聞く為だ。
 間違えて生徒と同じ部屋で着替えたら……うぅ、想像するだけで恐ろしい。
 主にクビ的な意味で。
 気を付けないとなぁ。







「なぁ、絡繰?」

「なんでしょうか、先生」

 パラソルの下でのんびりと海を眺めながら、贅沢に時間を使ってる。
 何をするでもなく、ただただのんびりと――生徒達に揉まれているネギ先生を眺める。
 ……偶にこっちに助けを求める視線を向けられるけど、あえて気にしない方向で。
 流石に危ない、と思ったら助けるけど。
 まぁまだ大丈夫だろう。雪広には那波と村上が付いてるし。

「そんな格好で暑くないか?」

「いえ、大丈夫です」

 そうか? と。
 絡繰は、何と言うか――シャツにスラックス姿。
 ラフと言えばラフだけど、海辺の砂浜での姿ではない。
 折角の海なのに、とも思うけど、そこは絡繰の自由か。
 ちなみに俺は、トランクスタイプの水着に、上からパーカーを羽織ってる。

「先生は、茶々丸の水着姿に興味があるのかな?」

「そんな事は無いから、そうニヤニヤするな」

 オヤジか、龍宮。
 そう内心で苦笑し、クーラーボックスから、冷えたジュースを取り出す。

「熱中症にならないか心配なだけだよ」
 
「それは残念」

 何が残念なんだか。
 そう苦笑し、ジュースで喉を潤す。

「龍宮は泳がないのか?」

「私はまだ良いよ。どうせ、明日までは貸し切りなんだし」

 私ものんびりするよ、と。
 ま、それもそうか。
 
「私は泳げませんので」

「なんだ、そうなのか?」

「はい」

 ふぅん。
 そう聞きながら、視線は海へ。
 マクダウェルは――神楽坂に泳ぎを教わっていた。
 というより、無理やり連れていかれたと言う方が正しいか。
 ……アイツも丸くなったもんだ。前は絶対あんな事したら怒ってただろうなぁ、と。
 そう考えると、あの二人がとても大切なモノのように見えてしまう。

「先生は、エヴァと仲が良いね」

「そうか?」

 そうは思わないけどな、と。
 特に、神楽坂とマクダウェルの2人を見てると。
 仲が良い、というのはああいうのを言うもんだ。

「はい」

「んー」

 まさか、絡繰からも言われるとは。
 そうなのかな、と。
 そうだと嬉しいけど――だったら、せめて口調はちゃんとしてほしいもんだ。
 そう苦笑してしまう。

「せんせっ、一緒に泳ぎませんかー」

「おー、近衛かぁ」

 どうするかなぁ、と。
 ま、折角の海だしなぁ。

「先生となんか泳いでも、楽しくないかもしれないぞ?」

 遅いし、と。

「こー言うのは、雰囲気が大切ですからっ」

「なるほどなぁ」

 そう言えば、学生時代はノリに任せて色々とやった記憶がある。
 高い所から飛び込んだり、色々と。
 ……無茶やったもんだなぁ。

「なら、少し近衛に付き合わせてもらうかな」

「はいっ、よろしくお願いしますっ」

 元気なもんだ。
 若いなぁ。

「それじゃ、少し行ってくる」

「ああ。御手並み拝見、といくよ」

「勝負するんやないんやけど……」

 そう苦笑する近衛。
 さて、と。
 軽く柔軟をして、羽織っていたパーカーを座っていたチェアに掛ける。

「お気を付けて」

「はは、まだまだ生徒に心配されるほど……まぁ、もうあんまり若くないかもなぁ」

 なにせ、四捨五入したら30代だし。
 ネギ先生も居るから、余計にそう感じてしまう年頃なのである。

「せんせ、お手柔らかにお願いします」

「はは」

 そう律義に一礼する近衛の頭に、手を乗せる。

「学校じゃないんだから、そう堅苦しくしなくて良いぞ?」

「……そ、そうですか?」

「おー」

 ポンポン、と軽く、髪を撫でるように叩いて海に向かう。
 そうすると、桜咲が待っていた。

「宜しくお願いします」

「…………おー」

 どうやら、本格的に勝負らしい。
 なんか、桜咲がピリピリしてる。
 ……勝負事とかには本気で挑みそうな雰囲気だもんな。

「桜咲は泳ぎは得意なのか?」

「ある程度は」

「んー……」

 多分、ある程度以上なんだろうなぁ、と。
 やばい、生徒に負けるかも。

「せっちゃん運動神経良いから、せんせ、頑張ってね?」

「いや、近衛も頑張ろうな?」

「はーい」

 楽しそうだなぁ。
 よっし。

「向こうに見える岩場まででどうでしょうか?」

「判った」

「おっけー」

 …………ちなみに負けました。
 桜咲、速過ぎだろ。
 もしかしたら水泳部でも通用するんじゃないだろうか?
 近衛に勝てたのが、唯一の救いか……。




――――――エヴァンジェリン

 ……なにをやってるんだか。
 そう心中で呟き、砂浜でへばっている先生に声を掛ける。

「生きてるか、先生?」

「頑張り過ぎた……」

 とりあえず生きているようである。
 ちなみに、刹那は向こうで木乃香が説教中である。
 それが終わったら私が説教する予定だ。
 一般人相手に“気”を使って身体能力強化とか。アホか、アイツは。

「茶々丸、何か飲み物を持ってこい」

「かしこまりました」

 まったく。

「ねー、先生生きてるー?」

「生きてるぞー」

「ざんねんー」

「…………」

 それはあんまりじゃないか、鳴滝風香。
 目に見えて落ち込んだんだが……。
 そう言った鳴滝風香はぼーやを弄りに戻っていった。
 う、うーん……。

「……大丈夫か?」

「……おー」

 その隣に腰を下ろす。
 
「少し休んだ方が良い」

「そうさせてもらうよ」

 泳いだだけでこれとは、体力落ちたなぁ、と。

「昔は、もっと泳げたのか?」

「どうだろうな? まぁ、昔よりは体力落ちたと思う」

 そう言って笑い、上半身を起こす。
 ……相変わらず、楽しそうに笑うヤツだ。
 きっと、毎日が楽しいんだろうな。

「先生、お水をどうぞ」

「おー、ありがとなー」

 茶々丸から手渡された水を一気に飲み、大きく息を吐く。

「マクダウェル、少しは泳げるようになったか?」

「……全然だ」

「そうかー」

 また、笑う。
 ――本当に、ムカツクくらい、楽しそうに笑う。
 ならまた、神楽坂に教えてもらえなー、と。

「私は泳げないんだよ」

「練習すれば泳げるだろ」

「浮かないんだよ……そういう体質なんだ」

「そうなのか?」

「ああ」

 そうか、と。

「まぁでも、泳ぐだけが海の楽しみじゃないさ」

「そんなものか?」

「一泊するんだ。皆でご飯作ったりするのも楽しみの一つだろ」

 一緒に喋ったり、一緒に何かする。

「きっと楽しいさ」

「……だと良いがな」

 そう返すと、また笑い――頭に、手が乗せられる。
 こうやって子供扱いされるようになったのは、いつからか。
 それを思い出せないくらいに……私は、この穏やかで、幸せな時間に馴染んできている。
 チャチャゼロと茶々丸だけだった時間じゃない。
 そこに先生と明日菜、木乃香と刹那、龍宮真名たちクラスの連中が居る時間。

「ふん」

 その手を払う。
 私は先生より、年上なんだからな。

「それじゃ、もう一泳ぎしてくるか」

「元気だな」

「流石に、桜咲に負けっぱなしはなぁ」

 いや、勝てないからな? アイツ、反則使ったし。
 そうだ、説教しないとな。
 そう思い立ち上がると、同時に先生も立ち上がる。
 む。

「ほら、行ってこい」

 そう言って、背を押された。
 ぼーやを弄っている連中を止めるために奮闘している、明日菜の方に。

「……ふん」

 ま、説教はまた今度で良いか。
 そう思い直し、背を押されたままに、足を進める。
 まったく……。




――――――

 鼻孔を擽る良い香りが、食欲を誘う。
 匂いからして、晩ご飯はカレーか。

「美味しそうですね」

「ええ」

 匂いは、ですが。
 別荘のキッチンは、生徒達に占領されてたりする。
 まぁ、近衛と絡繰が居るから大丈夫だろう。
 それに、那波達も料理は出来そうな雰囲気だし。
 基本的に女子寮は自炊してるらしいし。
 楽しみでもあり、少し怖くもある時間。
 ネギ先生と二人でのんびりと夕食を待ちながら、夕焼け色に染まる海を見る。
 
「良い息抜きになりましたか?」

「え?」

「修学旅行が終わってから、落ち込んでいたようですから」

 雪広、心配してこんな企画まで立ち上げましたよ、と。
 まぁ、何も知られずにこの企画が終わるのも、可哀想だしな。

「帰る時、お礼を言った方が良いですよ?」

「……そうだったんですか」

「落ち込まないで下さい。教師が生徒に心配されてどうするんですか」

「そ、そうですねっ」

 喜怒哀楽が激しいのは、この年頃だからだろうか。
 それとも、ネギ先生だから特にそう感じるのか。
 俺がこの年頃の時はどうだったかな、と考え……うん、似たようなもんだったな。
 流石に仕事はしてなかったけど。

「まぁ、自分も顔に出やすいですから、ネギ先生の事はあまり言えないんですけどね?」

 そう笑い、視線を厨房に向ける。
 楽しそうな声が聞こえる――その中に、マクダウェルの声も。
 上手くやっているようだ。
 ……相変わらずの口調なんだけど。
 まぁ、アレはアレで味があるのか……な?

「先生は、悩んだ事ってありますか?」

「そりゃありますよ。悩まない人間なんて居ないと思いますけど」

 というか、俺って悩みが無い人間に見えるのかな?
 ……ちょっとショックだ。
 そう苦笑し、

「悩んで悩んで、そうやって答えを出したら、また少し頑張れるもんです」

「……はは、先生らしいですね」

「そうですか?」

 俺らしい、か。

「はいっ」

 そう元気良く返された。
 うーむ。

「僕も頑張りますからっ」

「はい、期待してますからね?」

「う……は、はいっ」

 可愛いなぁ。
 そう考えていたら、夕食が出来たと言う声が聞こえた。

「さて、ちゃんとしたのが食べれると良いけど」

「大丈夫ですよ、木乃香さん達は自炊してますから」

「なるほど。女子寮の食事事情には詳しそうですね」

 それじゃ、行きましょうか、と。
 そう言えば、生徒の料理食べるの初めてだなぁ。
 と言うか、人の手料理なんて何時振りだろうか?
 ……考えて、少し悲しくなった。







 食べ過ぎた。
 と言うのが今の心境だ。

「……うっぷ」

「せんせ、よー食べましたねぇ」

「ああ、正直食べ過ぎた」

 片付けから戻ってきた近衛に、そう応える。
 カレーは4組4種類に分けて作られていた。
 オーソドックスな奴にキーマカレー、魚介類の入った奴と野菜ばっかりの4種類。
 それを近衛達が別れて作ったらしい。
 うん、美味かった。
 と言うか……もう、市販のカレーは食えないかも。
 しばらくは、カレーは控えるか。主に経済的な理由で。
 だって、スーパーで買う方が安いし……なんて駄目な大人だ、俺。

「まぁ、折角だから全種類制覇したかったしな」

「だからと言って、食べ過ぎだろう」

「生徒が作ったものを味わえないのは、教師としてどうかな、と」

「ぼーやはちゃんと2杯で止めてたがな」

 う……それを言われると辛い。
 しかも、一杯目は大盛りだったからな。アレも地味に辛かった。
 鳴滝姉妹が悪乗りしたからな。

「胃薬は要るか?」

「いや、座ってれば大丈夫だろ」

「食後に動かないと、豚さんになりますえ」

 そう言えば、そんな事も昔言われたような気がする。

「近衛は物知りだなぁ」

 喋ると、少し苦しい。
 いくら美味しかったからと、4杯は無理だったか。
 これは、明日の朝食は大丈夫かなぁ。

「しかし、近衛は料理が上手なんだな」

「そ、そうですか?」

「おー、美味かった」

 近衛が担当したのは野菜カレーだった。
 ちなみに、絡繰がオーソドックスなの、龍宮がキーマカレー、那波がシーフードである。
 どれも大変美味しかった。
 ……このままじゃ、俺の舌が肥えてしまう……。
 そうなると財布の危機なので、休みが明けたらまたコンビニ弁当の世話にならないとな。
 外食は控えないと。

「ありがとうございます」

「学園長が自慢するのが良く判ったよ」

「…………お爺ちゃん?」

 あ。

「マクダウェルも、ちゃんと料理で来たんだな」

「せんせ? こっちを見て下さい」

 しまったなぁ。

「ふん。これでもそれなりに料理をする機会があったからな」

「そうなのかー」

 このまま話を逸らそうと、何とか会話を続ける努力をする。
 しかし、マクダウェルが料理とは……正直、予想外だった。
 いや、この前出来るって言ってたけど。
 絡繰が全部してるイメージがあったし。
 その絡繰が担当したカレーも美味かった。
 ……うぅ、あまり思い出さないでおこう。

「俺は相変わらず、包丁一つ握ってないな」

「そこは自慢する所じゃないだろ」

 呆れられた。
 ま、それはそうか。

「男の一人暮らしなんて、そんなもんだよ」

 よっぽどの料理好きじゃない限り、自炊なんて難しいだろう。
 良くてご飯を炊くくらいじゃないだろうか?

「……せんせ、帰ってからでも作らないんです?」

「作るとしたら、チャーハンくらいじゃないか?」

 しかも、具を適当に入れたヤツ。
 別名焼き飯。

「「……はぁ」」

 二人同時の溜息は、結構効くなぁ。
 もう苦笑するしかない。

「でも、ネギ君も料理はあんまり……」

「あの歳の子供に何を求めてるんだ、お前は」

「それもそか」

 そんな事を離しているうちに、雪広が奥からゲーム機を引っ張り出してきた。

「さ、寝る部屋を掛けて勝負しますわよっ」

 相変わらず元気だなぁ。
 ちなみに、雪広には内緒だが、俺とネギ先生の同室は決定である。
 ……流石に、それは羽目を外し過ぎだろうから。
 あー、やっぱりこう外に出ると仕事をやる気分にはならないなぁ。
 はぁ。帰ってから一気に仕上げるか。
 別に徹夜になる量でもないし、大丈夫だろ。






――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

 ふっ――はぁっ!!

「オ、ヤルジャネーカッ」

 っしゃあ! これで13勝15敗っ!!
 ……負けてるって言うなよっ!

「しかし、人って娯楽を作らせたら凄いっすね」

「マッタクダ。コリャ面白イナ」

 ちなみに、エヴァの姐さんの家で格闘ゲームを対戦中っす。
 ―――――悲しくなんて無いんだからねっ。




[25786] 普通の先生が頑張ります 33話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/09 23:47

――――――エヴァンジェリン

 まったく――騒がしい奴らだなぁ、と。

「で、さ。エヴァって先生が好きなの?」

「は――そんな訳あるか」

 そう話しかけてきた明日菜を鼻で笑い。茶々丸に用意させた紅茶を一口啜る。
 皆で風呂に入り、パジャマに着替えてから数時間後。
 寝る部屋は決めたはずなのに――何故か旅行参加者の半分が同じ部屋に集まっていた。
 明日菜に木乃香、雪広あやかに那波千鶴と柿崎美砂。
 それに茶々丸。私まで入れて7人だ。
 ……2人部屋に7人とか。まぁ、広いから問題無いんだが。

「大体、アイツは私を生徒としか見ていない」

「ぅ―――そ、それもそうね」

 妙な所は堅いもんね、先生、と。
 ……中学生に欲情するようなら、それはそれで教師として問題があると思うがな。

「それより、お前はどうなんだ?」

「わ、私?」

 あまり話し掛けられるのも面倒なので、こちらから話題を振る。
 まぁ、お前の方こそ脈は無いだろうけどな。
 相手はあの堅物だし。

「タカミチだよ、タカミチ」

「う、なっ!? わ、私は良いのよ、私はっ」

「えー、でも明日菜も頑張らんとあかんえ?」

 脈あんましないんやし、と。

「明日菜は押しが弱いからねぇ」

「う、煩いわねっ! そ、そんな事無いわよっ……多分」

「多分と言ってる時点で怪しいですわ」

「う、うう、あ、あやかこそ脈ないじゃないっ」

「そんなことありませんわっ」

 まー、ぼーやも望み薄だろうなぁ。
 何だかんだで、アレも仕事にはそれなりに真面目だからな。
 木乃香と2人、ベッドに腰掛けて、似た者同士の言い争いを眺める。

「まぁ、結局は2人とも脈が無い、と」

「だねぇ」

 またバッサリいったなぁ、那波千鶴と柿崎美砂。
 その通りなので私も頷くと、二人が食ってかかる。

「ち、千鶴さんっ!?」

「そんな事ありませんっ」

 どうだかなぁ。
 方や年上、方や年下好み。
 ……趣味は正反対だが、確かに似ているなぁ、と。

「そう言う千鶴さんはどうなの? 誰か気になる人居ないの?」

「うーん……私は特にはねぇ」

「……そうですわね。理想が高いですもんね」

「そ、そんなに高くないわよ」

 そうなのか? と。
 この中で一番年上に見えるからか、そう言うのにも詳しいと思ったんだが。
 と言うか、那波千鶴の理想?

「お前なら、それこそ選り取り見取りだろうに」

「え、エヴァちゃん? 彼氏とかをそう言う風には見ないものよ」

「ふん――興味が無いからどうでも良い」

「ありゃ、こっちも脈無しだねぇ」

「当たり前だ。教師だぞ教師……私は目立つのは嫌いなんだよ」

 別に、誰からも見てほしいとも思わないし。
 それに、吸血鬼の隣を歩いてくれるなんて奇特なヤツもそう居ないだろう。
 それこそ、私の目の前のバカくらいなもんだ。

「ん?」

「いや、そう言えば、何でお前はタカミチが好きなんだ?」

「ぶっ――何でそんなにストレートなのよっ、あんたはっ」

 だって、お前歪曲して言っても判らないじゃないか、と。

「あー」

「ねぇ、何でそこで納得するの!? ねぇ、あやか!?」

「いえ……その、まぁ」

「こっち見て言ってよ!?」

 頑張って下さい、と肩を叩かれていた。
 ……地味に酷いな、雪広あやか……。
 思いっきり落ち込む明日菜――ちょっと、言い過ぎたんだろうか?

「いえ、あやかも似たようなものよ?」

「コレよりはマシですっ」

「コレ言うなっ、ショタコンっ」

「んな!? オジコンよりはマシですっ」

 ……こっちから見たら、どっちもどっちだがなぁ。
 どーして、歳の離れたのをそう好きになるんだか……歳が近い方が、と思うのは私だけか?
 特に明日菜は――まぁ、なんだ。
 指折り数え……。

「アイツは30だから……16歳差か?」

「それくらいなら問題無いでしょ?」

「いや、有るだろ」

 何を平然と言ってるんだ、このバカは。
 まぁ、それ以上は言わないけどな。
 しかし、あの堅物がこんなにモテるとはなぁ。
 あの堅物がねぇ……何と言うか、まぁ。

「一応、応援はしてやるよ」

「ホント!?」

「一応な」

 どこが良いんだか、と聞きたくもあったが、聞かないでおこう。
 きっとそれが私の為にもなりそうだ。

「それはそうと、茶々丸さんはどうなのかしら?」

「私ですか?」

「うんうん。先生とよく一緒に居るみたいだし、そこんとこどうなの?」

 と、それまで話に加わらない、と言うよりも聞く事専門だった茶々丸に話を振る那波千鶴。
 まぁこんな話をしてるなら、そうなるだろうが……茶々丸がねぇ。
 それは無いだろ、と小さく笑ってしまう。

「ええ。先生と、仲がよろしそうに見えますけど」

「そうですか?」

「でも、今日もせんせと一緒におったもんね」

 ふむ――。
 木乃香は事情を知ってるはずなんだが……まぁ、だからと言って違うと決めつけるのも変か。
 確かに、茶々丸は良く先生と一緒に居るしな。
 もしそう言った感情があるのなら、そう言う意味の行動に見えるだろうし。

「まぁ、確かに懐いているように見えるな」

「懐いてって……子供じゃないんですから」

 どちらかと言うと、子供みたいなもんなんだがな――確かに、そういう言い方は拙いか。
 だがまぁ、好意、と言うのとは違うだろ。

「私は、マスターがいつもお世話になっていますので」

「んなっ」

 なっ!?

「そんな理由で、お前は先生に会ってたのかっ!?」

「? はい。いつも御迷惑ばかりかけて、申し訳ありませんので」

「迷惑なもんかっ。アイツは先生だからな、生徒の迷惑は喜んで受けるさ」

「――エヴァー」

 何でそんな残念な子を見るような目で見る、明日菜?
 あまりにむかついたので、その頬を問答無用で引っ張ってやる。

「いひゃいー! なんれっ!?」

「その目がむかついた」

「そんな横暴な……」

「はいはい、ストップストップ」

 むぅ……那波千鶴に止められ、仕方なく頬を離してやる。
 ……雪広あやかの背中に隠れるな、まったく。

「うぅ……エヴァの照れ隠しが痛い……」

「誰が照れ隠しだっ!」

 もう一回引っ張ってやろうか。
 そう立ち上がるが、後ろから木乃香に抑えられた。
 ちっ――今回は許してやるか。

「しかし、お前はそんな理由で会ってたのか?」

「はい。それに、先生との話は為になります」

「ほぅ」

 あ、後ろのが食い付いた。

「具体的には?」

「具体的にですか?」

 なんだ、具体的にって?
 普通、そんな聞き方しないだろ……。

「せんせの、どの辺が為になるん?」

「どの辺りが、ですか?」

 そう言い、首を傾げる茶々丸。
 まー、流石にその言葉の意図までは気付かんか。

「お前が、先生のどんな所が楽しいのか、だとさ」

「そうそう」

 まったく。
 どーせ、真面目に質問に答えるからとか、そんなところだろう。
 何だかんだで、茶々丸も学習とかで、良く質問してくるからな。
 教師と生徒の関係で、あっちもそう悪くは思ってないかもな。

「楽しい、ですか?」

「うんうん」

 ……何でお前達までそんなに興味深々なんだ?
 木乃香は、まぁ……先生に興味があるみたいだが。
 お前達は別に興味も何も無いだろうが。
 よくもまぁ、こういう話が好きなもんだ。
 と言うか、茶々丸が“楽しい”と言う感情を理解出来ているかが疑問だが。

「――よく判りません」

「そこでそんなオチ!?」

 だろうなぁ。
 どーせそんな所だろうよ。

「だって、楽しいから先生と一緒に居るんじゃないの?」

「……そうなんでしょうか?」

「そうなんでしょうか、って……まぁ、エヴァちゃんの」

「私か!?」

 まぁ、そう言われるとその通りなんだが……み、認めるのは癪だな。
 とりあえず、ベッドの上に腰を落ち着ける。

「しかし、茶々丸さんが先生と一緒に居た理由がエヴァンジェリンさんだったとは」

「私が悪いみたいに言うなっ」

「いや、実際悪いでしょ」

 う……。
 ま、まぁ――そうかもしれんが。

「でも、エヴァちゃんってどないしてせんせと知り合ったん?」

「…………ま、まぁ、どうでも良いだろ、そんな事は」

 言えるか、サボり過ぎた所為だなんて。
 まぁ、そのおかげで……それなりに、暇じゃない毎日を過ごしているんだが。
 ……認めたくは無いがな。

「いえいえ、そこは是非っ」

 ……なんか、変なのに食いつかれた。
 むぅ。
 どうして教師と、くっつけたがるのか……明日菜も若干興奮してるし。
 自分達と重ねてるんだろうか? 面倒な。
 私は目立つのは嫌なんだがなぁ。

「マスターが」

「言うな、アホっ」

 まったく……ああ、くそ。

「良いじゃない、教えても」

「教えたくない」

「ねー、エヴァ」

「うるさい、黙れ」

 ふん。

「あー、へそ曲げたー」

「あはは。エヴァンジェリンって、面白いねー」

「……ふん」

 それじゃ、と。

「木乃香はどうなのかなー?」

「う、うち!?」

 そうそう、と。
 どうやら標的は私から移ったらしい。

「お前も、最近は色々とあるみたいだなぁ?」

「え、エヴァちゃーん……」

 見合いがどうのこうのとか言う噂も聞いたんだが、と。

「な、お見合いなんてうちまだせぇへんよっ」

「あー、大変ですわね……」

 そう言えば、雪広あやかも金持ちだったなぁ、と。
 普段の行いがアレだから、あまりそう言う感じはしないが。

「そ、それに、まだ早いと思うし」

「おやおや、顔を赤くして……」

「これは、楽しくなりそうね」

「柿崎さん、千鶴さぁん……」

 ふぅ……しかし、元気なもんだなぁ。
 これが若さかもなぁ。



――――――

 目が覚めると、知らない部屋だった。
 ……いや、そう言えば、雪広の別荘に呼ばれたんだっけ、と。
 その別荘と言う単語にあまり馴染みが無いんだが、現実として今南の島に来ているので、何とも言えない。
 別荘とか初めて泊ったんだけど、結構設備とか充実してるんだなぁと昨晩は驚いたもんだ。
 まぁ、これが雪広家だ、と言われればそれまで何だけど。

「ふぁ……」

 眠い。
 昨日は、結構動いたからなぁ。
 筋肉痛にはなっていないようで、寝返りをうって窓から外を見る。
 朝だ。
 もう結構明るい。
 ……時差とか、どうなってたんだっけ?
 後で雪広に聞いておくか。
 確か昨日、執事さんに聞いた時は……そう酷く差があるようには言ってなかったような気がするし。
 しかし、このベッド。フカフカである。
 多分このまま目を閉じたら、確実にもう一度寝れる自信がある。
 それくらいフカフカである。
 枕も丁度良い堅さだし。
 うー……。
 ……起きるか。
 数分悩んだ後、上半身を起こす。
 隣では、まだネギ先生は寝ていた。
 昨日はあの子達から揉みくちゃにされてたから、疲れたんだろうなぁ。
 そして、多分今日も。
 御愁傷様です。
 心中で両手を合わせながら起き上り、身支度を整える。
 さて、と。

「なにするかなぁ」

 携帯で時間を確認すると、朝の8時少し前。
 休日の朝にしては、早くに目が覚めたなぁ。
 出来ればもう少し寝たい所だけど、せっかく起きたんだし……何しよう?
 あんまり別荘から離れても、ちょっと怖いしな。
 南の島だし、蛇とか居るのかな?
 そんな事を考えながら、とりあえず散歩ついでに海を眺めてみる。
 綺麗だなー、と。
 そう言えば、海に来たのって何年振りだったか。
 学生時代が最後だから……指を折って数え、

「……5年くらい?」

 昨日は泳げて良かったな……。
 流石に、身体が覚えていたか。
 ……泳げなかったら、と思うとゾッとする。
 主に教師と言うか、大人としてのメンツが。

「おはようございます、先生」

「おはよー、先生」

 そう言ってこっちに歩いてくるのは、同室だったはずの絡繰と神楽坂だった。

「おはよう、二人とも。よく寝れたか?」

「うん。ばっちし」

「そりゃ良かった」

 ベッドも柔らかったしねー、と。
 そこには同感だな、うん。
 アレは柔らかかった。

「枕も丁度良かったしな」

「そうそう。やっぱり金持ちは違うわねぇ」

「はは」

 そうだな、と。
 さて、と。

「2人はこれからどうするんだ?」

「ん? いや、先生見かけたから追いかけてみたの」

 暇だったし、と。
 そうか。

「なら、そろそろ戻るか」

「そうだね。もうすぐみんな起きるだろうから、朝食の準備もしないと」

「今日の朝食は誰が作るんだ?」

「えっと……誰だろ。茶々丸さん、知ってる?」

「私と木乃香さんで作ります」

 ……うーん。

「……何か、問題が?」

「あ、いやいや」

 そうじゃなくて。
 慌てて手を振って否定する。

「予想以上に美味くてなぁ……戻ったら、コンビニ弁当で満足できるかな、と」

「あー、判るわ。木乃香の料理食べ慣れると、外食ってする気にならないもん」

「……申し訳ありません」

「いや、謝るところじゃないから、茶々丸さん」

 すまないなぁ、と。
 俺の食生活がもう少しマトモだったら良かったんだが。

「先生は、いつも何を食べられているのですか?」

「ん?」

「あー、何かコンビニにばっかりお世話になってるみたいよ?」

「……そこは伏せておいてほしかった」

 何となく。
 むぅ。

「そうなのですか?」

「おー……どうにも料理は苦手でなぁ」

「男の人って、皆そうなのかな?」

「どうだろうなー……まぁ、高畑先生は出来そうな雰囲気だけどなぁ」

「…………くっ」

 いや、お前の考えてる事なんて判り易いから。
 どーせ、高畑先生に手料理でも、とか考えたんだろう。
 まったく。

「……それじゃ、ご飯の準備の手伝いしよ」

 めちゃくちゃ落ち込んでるし。

「神楽坂は料理は……」

「人並には出来ると思うけど……あの面子に囲まれてると、自信失くしそう」

「人並に出来るだけでも十分だと思うけどなぁ」

 俺なんて、人並にも出来ないし。
 お陰でずっとコンビニのお世話になってるし。

「料理が出来る、と言うだけで羨ましいけどな」

「先生も勉強すればいいのに」

「……まぁ、考えとくよ」

「うわ。やらない気だ、絶対」

 そう笑われた。
 まぁ、多分やらないだろうけど。

「それでは、身体に悪いと思います」

「……耳に痛い」

「あはは、今度木乃香にお弁当作ってもらったらどうですか?」

 いやいやいや。

「それは勘弁してくれ」

 流石に生徒の世話にはなれんだろ。
 それに、ついこの前学園長から……まぁ、色々言われたし。
 今度はなんて言われるか、考えただけでも胃が痛くなってくる。

「先生って、本当そんな所は堅いよねぇ」

「これが普通なんだよ」

 まったく。
 本当なら、お前と高畑先生の事ももっと言うんだからな、と。

「う……そ、そこは、まぁ、ねぇ?」

「はいはい。ほら、早く戻るぞ?」

 昨日の晩あれだけ食ったから、あんまり食欲無いけど。
 流石に、アレはやり過ぎた。
 今日は昼まで食べてから帰るので、本当に舌が心配である。

「というか、絡繰と近衛とかも四葉達と店出したら、売れるだろうなぁ」

 ふとそんな事を考えてしまう。

「それは売れそう……うん。私なら毎日でも通えるかも」

「毎日かよ……」

 自分で作る気は無しか。

「私もですか?」

「いやいや、冗談だからな? でも、それだけ料理が上手いなら……っと」

 流石に進路の事とかをここで聞くのも変か。
 いかんいかん。

「とにかく。朝食、楽しみにしてるからなー」

「……はい」

 朝食食べたら、今日は何するかなぁ。

「先生は、お弁当は迷惑ですか?」

 そう聞かれてもなぁ。

「迷惑と言うか、迷惑じゃないと言うか……」

「うわ」

 神楽坂から呆れられた。
 ……いや、生徒から弁当とか――どうすればいいか判らないんだって。本当に。







 のんびりと釣り糸を垂らしながら、欠伸を一つ。
 釣れないなぁ。
 まぁ、素人だしこんなもんなのかもなぁ、と。
 そんな事を考えながら、もう一つ欠伸。
 こー釣れないと、眠くなってくるな。天気も良いし。
 岩場に腰掛けながら、静かに時間を過ごす。

「せんせー、釣れてるー?」

「全然駄目だー」

 少し離れた位置で泳いでいる朝倉が、手を振りながら聞いてきたので、少し声を上げて応える。
 朝食を食べてから釣ってはいるんだが、いまだに一匹も釣れていない。
 ……俺って、釣りの才能は無いみたいだな。
 それが判っただけでも良いか。
 だって、海が透けてるから魚がいるの判るんだけど、釣れないし。

「お昼ご飯は釣ってよー」

「頑張ってみるよー」

 でも、あんまり期待するなよー、と。

「釣れたら、写真撮ったげるからねー」

「……それは別に良いんだが」

 聞こえないように呟き、欠伸を一つ。
 眠い。
 朝倉と一緒に泳いでいるネギ先生が手を振っていたので、それに応える。

「元気だなぁ」

 俺にも分けてほしいもんだ。
 ま、ネギ先生が元気無おかげで、こうやってのんびりと釣りが出来てるんだけど。
 流石に、今夜は仕事しないといけないので疲れるような事はあんまりしたくない。

「ふぁ」

「釣れてるか?」

「んあ?」

 欠伸の途中で声を掛けられたので、変な声が出た。
 うー、いかんいかん。
 首を振って眠気を飛ばし、声の方に向く。

「いや、全然」

「……なんだそれは」

「しょうがないだろ。釣りなんて、子供の時以来なんだから」

「昼は刺身を食べたいんだから、何としてでも釣ってくれ」

「……んー、何とか頑張ってみる」

 と言っても、釣り糸には何の反応もないんだが。
 何がいけないんだろう?
 場所かな? でも、動く気はあんまりなかったり。
 こうやってのんびりするのも、悪くないし。

「なんだ、マクダウェルの釣るのか?」

「まさか。先生の無様な姿を見に来ただけだ」

「……酷いな、お前」

「ふん」

 海で遊んだ方が楽しいぞ、と。
 こっちから泳いでるのは見えるけど、誰も居ないしなぁ。
 今くらい、お目付役が居ない方が皆楽しめるだろうし。
 そう思ったんだけど、何でこっちに来るんだか。

「なー、先生」

「んー」

 のんびりとした、声。
 そんな声は、ここ最近、やっとマクダウェルから聞く事が出来るようになった声。
 しかも、やたら機嫌が良い時だけ。
 きっと、マクダウェル本来はこんな声なんだろうなぁ、と。
 少し離れた、でも今までより近い距離に、座る。
 黒いワンピース姿の金髪の少女は……まるでどこかの絵から飛び出て来たみたいだった。
 いや、本当に。
 人形みたいに可愛いし。

「疲れてるみたいだな」

「そうか?」

 そうかもなぁ。
 欠伸が止まらないし。
 まぁ、天気が良すぎるのもあるんだろうけど。

「……仕事は大変か?」

「どうした、いきなり?」

 変な事を聞くなぁ、と。

「別に大変じゃないけど?」

「そうなのか?」

「おー。生徒が先生の心配なんかしなくて良いんだよ」

 まったく。
 いきなりどうしたんだか。
 でもまぁ、心配……なのかな? してもらえて嬉しいんだけど。
 現金なもんだな、俺も。

「そうか」

「そうだ。まったく、お前と言い絡繰と言い……」

 ふぁ、と欠伸を一つ。
 あー、しかし、良い天気だなぁ。





――――――エヴァンジェリン

 偶にはお礼言わないと、嫌われるわよ?
 そう言われたのは、朝食を食べ終えた後だった。

「嫌われる、ねぇ」

 彼氏と彼女だって、お互いお礼を言い合うのに、先生と生徒じゃ、愛想尽かされても知らないわよ、と。
 ……柿崎美砂め、余計な事を言って。
 別にそれを気にした訳じゃないが――暇だったので、先生の様子を見に来、ここに居る。
 のんびりとした時間。
 ゆっくりと、贅沢に時間を使う。
 先生の隣の岩に腰掛け、海を見る。
 ――そう言えば。私は最初、ぼーやの血を吸おうとしてたんだったなぁ、と。
 海ではしゃいでいるぼーやを見ながら、そう思いだす。
 ぼーやの血を吸い、この身を縛る呪いを解こうとしていたんだったな、と。

「ふぁ」

 隣の先生が、眠そうに眼を細める。
 ……眠そうだな。

「寝たらどうだ?」

「んー……魚が釣れないからなぁ」

 半分寝ているような声。
 その声が可笑しくて、小さく笑ってしまう。
 いつもの真面目な先生の姿ではなく、のんびりとした男の姿。
 こっちが休日の先生の姿なんだろうな、と。

「刺身を食いたいんだろ?」

「――――は?」

 そう言われ、そう言えばそんな事を言ったな、と。
 何時の間に刺身用の魚を釣る為に釣りをするようになったのかは判らんが。

「どうせ釣れないだろ?」

「……一匹くらいなら、釣れるかもしれないだろ」

 どうだかな。
 確かに岩場で魚も多いが、その釣り方じゃ釣れないと思うがな。
 だが、それを指摘する事もしない。
 ……先生の、目が細められる。

「なー、先生?」

「んー?」

 もう一度、欠伸。
 その様がまるで子供のようで、どこか可笑しい。
 また、笑ってしまう。

「眠そうだな」

「……んー」

 うつら、うつら、と。
 その頭が揺れる。
 それを眺めながら、小さく――笑ってしまう。
 いつからだろうなぁ。
 どうしてだろうなぁ。
 私は、ぼーやの血を吸っている。同意の上で。
 力尽くじゃない。
 ぼーやとの同意の上で、その血を貰っている。
 その事をじじいも知っていて、呪いも解いていいと。
 タカミチも、他の魔法先生達も――知った上で、私は、闇の福音は、呪いを解いている。
 ……私は、恐れられていない。
 挨拶をすれば返してもらえる、挨拶をされれば返す。
 ただそれだけの事で……こんなにも、私の周囲は変わってしまった。
 もし……もし、先生が居なかったら。あの時、明日菜と知り合わなかったら。
 違ったのだろうか?
 ――違ったんだろう。
 私は恐れられ、そして、誰からも嫌われていたんだろう。
 今までと変わらずに。

「どうしてこうなったんだろうな」

「………………」

 返事は無い。
 隣を見ると、俯く様にして眠っていた。
 ……まったく。私が話していると言うのに。
 この男は。

「ありがとう」

 聞こえないように、言う。
 寝ているけど、それでも小声で、紡ぐ。
 聞こえないように……聞かれないように。
 海風が髪をさらい、頬を擽る。
 その感触に頬を緩め、片手で髪を抑えると、

「あれー? エヴァー、何してるのー?」

 能天気な声が耳に届く。
 海で泳いでいた明日菜が、こちらに向けて手を振っている。

「まったく」

 まぁ、遠目じゃ先生が寝てるなんて判らんか。
 その事に苦笑し、でも、そのまま座っている。
 ……私は、これからどうなるんだろうか?
 漠然とした――将来への、疑問。
 卒業し、進学するのか……それとも、ナギを探しに行くのか。
 どちらにしろ、この一年は、まだここに居る。
 ちらり、と隣を盗み見る。
 寝ているからそんな事をしなくても良いんだが、なんとなく、盗み見る。

「……はぁ」

 もし、もしも――。
 いや、と首を振る。
 もしもなんて、私には意味の無い事だ。
 私は吸血鬼で、先生は人間なのだから。
 それは変わらない。変えられない……変えては、ならない。
 トクン、と小さく胸が高鳴る。
 それは……まるで、

「は――」

 血が、欲しいと思った。
 他の誰のものでもない。
 呪いを解く為のぼーやの血ではない。
 魔力に満ちた木乃香のものでもない。
 ……何故か、魔力の欠片も無い、ただの人間でしかない――先生の血を。
 苦笑する。
 何故、と。
 どうして、と。

「なんでだろうなぁ」

 好きか、と聞かれたら――嫌いじゃないと答える。
 嫌いか、と聞かれたら――嫌いじゃないと答える。
 なら、この感情はなんなのか。
 ナギに抱いたような激しいものじゃない。
 明日菜に抱くような、心地良ものじゃない。
 なら、この感情は……なんなのか。

「――――――」

 風が、髪をさらう。
 のんびりとした時間を、静かに過ごす。
 昼まで、もう少し。
 ……それまでは、寝かせてやろう。
 疲れているようだし。
 そう、隣に座りながら、私も欠伸を一つした。






――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「帰ったぞー」

「オー、土産ハ?」

「……そんなのあるか」

「うっし、賭けはオレっちの勝ちぃ!!」

「チッ」

「……賭け?」

「御主人ガ土産ヲ持ッテクルカ賭ケテタンダヨ」

「アホか」

 まぁ、別に物賭けてた訳じゃないんだけど、何となく嬉しいぜ。

「ソレヨリ、旅行ハ楽シメタカ、御主人?」

「ん? ……ふん、散々だったよ」

「ソリャ良カッタ」

 そう楽しそうに言われてもねぇ。

「マスター、楽しそう」

「……ふん」

 ありゃ、二階に行っちゃった。

「ところで」

 ん?

「オコジョさんは、女子寮に戻らなくても大丈夫なんですか?」

 ネギ先生はお戻りになられましたが、と。
 ………あ。



[25786] 普通の先生が頑張ります 34話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/10 23:15
――――――エヴァンジェリン

 “別荘”から出、深呼吸を一つ。
 まだ日は高いはずだが、設置している場所が地下なので、陽の光は届かない。
 しかも少し埃っぽいし……。

「茶々丸、今度掃除しておけ」

「判りました」

 私と一緒に出てきたチャチャゼロを抱え上げながら、茶々丸にそう言う。

「それでぼーや、いつまで床に寝ている気だ?」

「は、はぃぃ」

 情けない声を出しおって……まったく。

「そんな声を出すな。父親と比べられるぞ」

「お父さん――?」

「英雄は、人前で情けない姿を晒さない……ってな」

「う……」

 特に、この麻帆良の連中はな。
 ネギ=スプリングフィールドに英雄の姿を重ねている節がある連中だ。
 ……それが、どれだけ愚かな事だか、考えもせずに。

「馬鹿にされたくなかったら、カラ元気でも元気でいる事だな」

「は、はいっ」

 ふぅ。

「上に行くぞ。ぼーやも、茶でも飲んだら帰れ」

「御用意いたします」

 折角の休日に朝から訪ねて来たと思ったら、修行してくれだの。
 まったく――熱心なのは良いが、もう少しこっちの事も考えてほしいものだ。
 ……なんで、吸血鬼がこんな昼間から起きないといけないんだ。
 本当なら、本来の吸血鬼なら、今はまだ寝ている時間だと言うのに。

「すみません」

「イイ、イイ。ドーセ、起キテモスル事無クテ暇シテタカラナ」

「お前が答えるな」

 はぁ。
 リビングのソファに座り、茶々丸の用意する茶を待つ。
 ぼーやも私の対面になる位置に腰掛ける。

「でも、エヴァンジェリンさんって魔法が得意なんですね」

「ふん。600年も生きていれば、ある程度は何だってこなせるさ」

 多分、ぼーやの頭の中にはさっき見せたナギが得意としていた魔法――『雷の斧』が浮かんでいるのだろう。
 まぁ使えるかどうか、と考えたなら……まだ無理だろうが。
 従者も居ないぼーやには荷が重いか、とも思ったが、見せてみた。
 モノに出来るなら、一端の戦力になれるだろう。

「600年……ですか」

「吸血鬼として長生きかどうかは知らんが、人間には生きられない時間だな」

「ソウ言ッテヤルナヨ。人間ニャ無理ナンダカラヨー」

「600年、学べと言ってる訳じゃない。それに匹敵する程の――」

 その殆どを、魔法の研鑽に当ててきた。
 知識を満たす為じゃない、欲望を満たす為じゃない。
 ただただ、生き残る為だけに。
 その為だけに、私は魔法を極めたのだ。

「ぼーやとは、覚悟も意思も違うんだよ」

「う……」

「強くなりたいと言ったが――まだまだ甘いと言う事だ」

 覚悟も、意思も。
 言うほど甘いとは思わない。
 それは“正しい魔法使い”としては、そう悪くはないものだと思う。
 だが、それを認めても……今の時点ではマイナスでしかないだろう。
 特に私は、褒めて伸ばすのは得意じゃないしな。

「マスター、お茶の準備が出来ました」

「ああ。ぼーやにも淹れてやれ」

「かしこまりました」

 そして、茶々丸が淹れたお茶を一口飲む。
 うむ、相変わらずの良い仕事だ。

「マスター」

「うん?」

「明日菜さん達が来られています」

 ……明日菜達が?
 まぁ、ぼーやを迎えに来たんだろうが。

「入れてやれ」

「わかりました」

「ぼーや、それを飲んだらさっさと帰れよ」

「はい」

 それじゃ私は、一眠りするかな……。
 そう思って立ち上がり、二階に向かう。

「明日菜さん達に会わないんですか?」

「……ぼーや。私は吸血鬼なんだ。本当なら、まだ寝てる時間なんだよ」

 まったく、と。
 二階に上がろうと階段を上り……階下から騒がしい声。

「エヴァー?」

「エヴァンジェリンさんなら、二階に……寝るそうですけど」

「ありがとうございます、ネギ先生」

 う。この声は刹那か……だとすると、木乃香も一緒か。
 さっさと部屋に戻り、ドアを閉める。
 そのままベッドに腰掛け――ドアが叩かれた。

「マスター、起床の時間です」

「……まだ寝てもいないんだが?」

「申し訳ありませんが、先生からあまり遅くまで寝ないように、と言付かっていますので」

「ちっ」

 だからここずっと、早くに起こしていたのか。
 くそ……また要らん知恵を付けおって。
 そんな事を考えていたら、再度ドアがノックされる。

「エヴァー? 遊びに行くよー?」

「ぼーやを迎えに来たんじゃなかったのか?」

「へ?」

 違うのか……と言うかなにか? 私を誘いに来たのか?
 はぁ――何度、何度、私に関わるなと言えば良いのか……。
 溜息を吐き、ドアを開ける。

「帰れ」

「やーよ」

 ちっ。

「うわ、いきなり舌打ちされた!?」

「大丈夫です明日菜さん。マスターは機嫌が良いようです」

「お前が判断するなっ!」

 別に機嫌なんか良くないわっ。
 眠いと言うのに……まったく。

「どうせ暇でしょ?」

「忙しいんだよ……まぁ、色々と」

「うわ。定番の断り文句来たわね」

 定番とか言うな。
 今度、なんか良い断り方を考えないとな……。

「判った判った。とりあえず、下に行くぞ」

 はぁ……なんだと言うんだ。
 明日菜と茶々丸に連れられて一階に戻ると、木乃香と刹那もぼーやと一緒に座っていた。
 しかも、茶を飲んでくつろいでるし……馴染んでるよな、こいつらも。
 ……ん?

「お前、まさか……」

「違うわよ。魔法には関わらない。うん」

「よし」

 まぁ、この二人の服装もいつもの修行の時みたいなラフなのじゃないしな。

「買い物に行きましょう」

「行ってこい」

 なんなら、小遣いもやるぞ、と言ったら頭を手で押さえられた。
 こ、このっ。

「アンタ、携帯持ってないから、遊びに誘う時に不便なのよ」

「いや、まず前提として誘うなよ」

「と言う訳で、携帯を買いに行くわよ」

 聞けよ、このバカ。
 バカは無視して木乃香と刹那に視線を向けると、どうやらこっちも乗り気らしい。
 ……面倒臭いなぁ。

「おい、聞けバカ」

「なに? あと、あんましバカバカ言わないでよ」

「携帯と言うのは金が掛るんだろう? あんまり手持ちが無い」

「貯金はちゃんとされています」

「だって」

 このボケロボ。今度絶対に葉加瀬に診せてやるからな。
 何でお前が答えるんだ、お前が。

「ちっ」

「機械オンチのエヴァだって、電話くらい使えるでしょ?」

「お、お前っ。べ、別に機械オンチじゃない……苦手なだけだ」

「何刹那さんと一緒の事言ってるのよ……」

 そう言われ刹那の方を向くと、目を逸らされた。

「アレと一緒にするな」

「わ、私だってそう苦手な訳じゃ……」

「はいはい。せっちゃんにはうちが教えて上げるからね?」

「こ、このちゃん……ち、違うから」

 あー……なんか、疲れた。
 いきなり休日に来たと思えば……はぁ。

「イイジャネーカ。ドーセ暇ナンダシ」

 連レテケ、連レテケ、と。

「俺ガ許可スルヨ」

「おいっ、チャチャゼロっ」

「ありがとー、チャチャゼロさんっ」

「土産ハ要ラネーカラナ、御主人」

「誰が買ってくるかっ」

 と言うか、だ。

「何でお前、私よりチャチャゼロの方を上に見てるんだ?」

「え?」

 何でそこで、何言ってるの、と言う顔をする?
 いや、私はチャチャゼロの主人なんだぞ? 判ってるのか?

「だって、チャチャゼロさんって長生きしてるんでしょ?」

「……私の方が長生きしてるんだが?」

「そうだっけ?」

 ……お前のほっぺたは柔らかいなー。

「いひゃいいはいっ!! ごめふなはいー!!」

 まったく。
 離してやると、抓った左頬を手で擦りながら

「エヴァって小さいじゃん」

 お前のほぺったは、どこまで伸びるかなー?







「い、いはい……」

「ああ、明日菜ー。ほっぺがリンゴみたいになってるえ……」

「ふん」

 自業自得だ、バカ。
 ……とりあえず、着替えてくるか。

「あれ?」

「ん?」

 と、木乃香の声。
 その声を聞き階段の真ん中辺りで足を止める。

「どうした?」 
 
「あれ? ……明日菜に、魔法が効かへん」

「……木乃香。一般人に魔法を使うなと、あれほど」

「ま、まーまーエヴァンジェリン。相手は明日菜さんだし」

「そう言う問題か……まったく」

 しかし、木乃香ほどの魔法使いからの魔法を受け付けないとはなぁ。

「そう言う体質なんだろ。魔法が効きにくい、と言うのも珍しくはない」

「そーなんかー」

 残念やったね、明日菜、と。
 ……そ、そんなに痛くはしてないと思うんだが……。
 むぅ。

「すまなかったな」

「へ?」

「痛かったか?」

「……いやいやいや。うん、大丈夫っ」

 そう言って立ち上がり、何故かスクワットをする明日菜。
 ――痛がってた振りか?
 心配して損した。
 はぁ。

「もしかしたら」

「ん?」

「……いや。待ってろ、着替えてくる」

 もしかしたら、明日菜には魔法の才能があるのかもな。
 二階に上がりながら、そう聞こえないように呟く。
 運動神経も悪くないし、木乃香の魔法が効き辛いほどの抵抗力。
 ……だからと言って、巻き込むつもりも無いが。
 隠すほどでもないのかもしれないが――念には念を入れておくか。
 今度、じじいに相談しておこう。

「茶々丸さんも一緒に行こう」

「いえ、私は少しやりたい事がありますので」

「あ、そうなん? 茶々丸さんが珍しいね」

 ……ふむ。

「お前がそう言うなんて珍しいな?」

「そうでしょうか?」

 と言うか、そんな事を言ったのは初めてじゃないか?
 用事があるとかだったら何度か聞いた記憶はあるが……やりたい事、か。

「ま、いい。お前がそう言うなら、そのやりたい事をやってこい」

「申し訳ありません」

「いいのいいの、気にしないで茶々丸さん」

 お前も成長してるんだなぁ。
 嬉しいと言うか、何と言うか……結構複雑な気持ちだな。

「ケケケ……自分ノ時間ヲ、ネェ」

「どないしたん、チャチャゼロさん?」

「イヤイヤ、楽シクナリソーダナァ、ッテナ」

「ふぅん」







「携帯を買うのも面倒なんだな」

「ああ……私もそう思う」

 刹那と二人で、溜息を一つ。
 契約とかあんなに種類を多く作って、どうなると言うのか。
 6つか7つあったぞ。
 それに、付加要素もあったし……まぁ、その辺りは明日菜と木乃香任せだったんだが。

「これで使えるのか?」

「そうそう。お昼食べながら、私の番号登録してよ」

「あ、次うちねー?」

 ああ、そう言えば携帯の番号を登録しないといけないのか。
 面倒だな……。

「そんな面倒臭そうにしない。簡単だから」

「ふん……べつに、こんなのが無くても連絡のとり方なんていくらでもあるだろ」

「便利よ? ボタン一つだし。私は魔法が使えないから、こうしないとエヴァと連絡取り辛いし」

「ぅ……」

 それを言われると、どうにも言い返せない。
 結局、私が知っている連絡手段のほとんどは、魔法が関わっているからな。
 明日菜を関わらせないなら、そちらを教える事は出来ないし。

「判った判った。昼は何を食うんだ?」

「何食べようか?」

 決めてないのか。
 私も、外食はしないからどんな店があるのかなんて知らないんだよな……。
 刹那の方を見ると、こちらも首を横に振る。

「こん先にな、美味しいお蕎麦屋さんがあるんよー」

「ならそこで食べるか。遠いのか?」

「うーん、少し歩かなあかんね」

 しかし、

「木乃香は、外食は良くするのか?」

「うん。美味しいご飯食べて勉強してんの」

 勉強?

「料理のか?」

「そそ」

「あんなに料理上手なのに、熱心だよねぇ」

 私もう、木乃香の料理無しじゃ生きていけないかも、と。
 いや、それは言い過ぎだろう。たかが料理じゃないか。
 ……まぁ、美味いに越した事はないが。

「もう十二分に美味しいと思いますけど……」

「あかんあかん。せっちゃん、もっと美味しくせんと、きっとすぐ飽きるえ」

「いえっ、このちゃんの料理を飽きるだなんて」

 ……往来の真中で何を言ってるんだか。
 そんなバカなやり取りをしながら、のんびりと街中を歩く。
 ――元気だよなぁ、こいつら。
 木乃香と刹那は毎日修行もしてるし、明日菜だってバイトとかで早起きしてるらしいし。

「ねー、エヴァってどんな料理が好きなの?」

「まぁ……よほどゲテモノじゃないなら、何でも食べるぞ?」

 苦手なのも――まぁ、少しだけあるが。

「げ、ゲテモノって……何か食べた事あるの?」

 そうだなぁ。

「カエルとかは中々」

「うっそ。ホントに?」

 ちなみに、木乃香と刹那は一歩引いていた。
 ……言い過ぎたかな?
 まぁでも、事実だしな。

「ああ。一口目は勇気がいるが、案外いけたぞ……イナゴとかは食った事無いが」

「む、虫は流石にねぇ」

「ちょっと、無理だな……」

「エヴァちゃん、凄いんやね」

 後はまぁ……色々食ったが、あんまり言わない方が良いだろ。

「伊達に長生きはしてないからな」

「うわ、エヴァが尊敬できる」

「……お前に尊敬されても気持ち悪いだけだ」

「酷いっ!?」

 ふん。





――――――

 いつもの休日、昼食を外で食べるついでに街を散歩していた所……もう見慣れた姿が目に入った。
 猫に囲まれた姿。
 と言うか、猫に集られてる、と言った風に見えるな、アレは。

「絡繰?」

「先生」

 ……また増えてるし。
 なんだろう、コレ。
 どうやったら俺もこんなに囲まれる事が出来るんだろうか?

「大丈夫か?」

「はい。問題ありません」

 とてもそうは見えないけど……また、頭にまで上ってるし。
 相変わらず動物に好かれやすい事で。
 羨ましい限りである。

「もしかして、毎週ここにきてるのか?」

「……はい」

 そうだったのか。
 いつも通り掛ったら見掛けるとは思ってたけど……。
 なるほど、だから猫達にも好かれるのか。

「しかし、何匹いるんだ?」

「14匹です」

 ……凄いな。
 正直、それしか思い浮かばない。
 そう思いながら俺もしゃがみ込み、猫に手を伸ばす。
 ――逃げられた。

「撫でられますか?」

「良いのか?」

「はい」

 すまないなぁ、と。
 若干太り気味の白ネコを両手で受け取り、眼前に持ってくる。
 おー……フカフカじゃないか。

「先生は、どうして猫さんから逃げられるのでしょうか?」

「俺が聞きたいんだが……何で絡繰は、そんなに猫に好かれるんだ?」

「判りません」

 それが判れば、俺も好かれるんだろうか?
 流石に、毎週ここには来れないしなぁ。
 横になった猫の腹を撫で回しながら、小さく溜息。
 ……気持ち良いな、コイツ。

「先生、楽しそう」

「おー。猫……と言うか、動物は好きだからな」

 動物からは嫌われてるけど、と。
 うーむ。自分で言っててなんだが、結構ヘコむな……判ってる事なんだけど。

「好き、ですか?」

「ん? ああ。動物は好きだぞー」

 うお……やべ、癖になりそうなくらいモフモフだな。
 この太り具合が何とも言えないくらい、気持ち良い。
 デブネコと言うのも、バカに出来ないな……。

「絡繰が羨ましいよ」

「……そうですか?」

「そんなに猫に好かれてる」

 本当に、羨ましい限りである。
 俺も少しは好かれたいもんだ。

「そうでしょうか?」

 いや、そこで首を傾げられてもなぁ。
 絡繰の言い回しに、苦笑してしまう。
 好きじゃないなら、きっとこんなにも懐かれないだろうに。

「先生」

「んー?」

 やはり、一緒に居る時間が必要なんだろうか、とか考えていたら、声を掛けられた。
 猫は気紛れ、って良く言うしな。
 ……犬からも好かれないけど。

「お昼は、どうなさるのですか?」

「昼?」

 んー……。

「いや、どっかに食べに出るつもりだけど」

 手軽な所で、ファーストフードか、牛丼屋か。

「お弁当があるのですが、一緒にどうでしょうか?」

 そう言って、その脇に置かれたランチバッグを指差す。
 ……猫が集まってて気付かなかった。

「ん? いや、流石に悪いからな。遠慮しとくよ」

「…………そうですか」

 う……そう言われてもだな。
 流石に、生徒と一緒に昼飯とか……しかも、弁当は。
 いくら休日でも、見られる可能性がゼロってわけじゃないし……。
 誘ってくれたのはありがたいが、今回は、ちょっとな。
 しかし、

「絡繰は料理が好きなんだな」

「そうですか?」

「いや。だって、休日に弁当作って食べるとか……」

 好きなんじゃないのか、と。

「……そうでしょうか?」

「そうなんじゃないのか?」

 絡繰の言い回しは、何と言うか、独特だ。
 まるで知らない事のように話す。
 単純な事を、当たり前の事を――こういうのを天然、と言うんだろうか?

「好き、なのでしょうか?」

「まぁ、俺なら好きじゃないなら休日までしようなんて思わないけど」

「……なるほど」

 二人して猫を撫でながら、そんな……他の人が聞いたら訳の判らない事を話してる。
 絡繰と話してると、どうにも――何と言うか、

「難しいです」

「そうか?」

 単純だと思うけどなぁ、と。

「やってて楽しいなら、好き。楽しくないなら嫌い。そんなもんだと思うけど」

「……難しいです」

 そう言い、胸に手を当て思案する絡繰。
 そうかな、と。
 まぁ、これ以上言ったらまた説教臭くなるからやめとくか。
 さて、と。

「それじゃ、そろそろ行くな」

 またなー、と撫でさせてくれたデブネコを離してやる。
 身体を揺らしながら絡繰の方に歩く姿が、また愛嬌があるなぁ。

「……行かれるのですか?」

「ん? おー。そろそろ昼時だしなぁ」

 結構腹も減ったし、と。
 最近、食事事情が思った以上に改善されていたせいで、平日のコンビニ生活がなぁ……。
 お陰で、休日の今日は外食ですよ。
 多分夜も外で食べるんじゃないだろうか……でも、コンビニ弁当の味気無さがなぁ。
 何でこうも違うのか……やはり、出来立て感だろうか?
 レンジで温めても、なんか違うしな。

「…………そうですか」

「だって、弁当は絡繰の分だけだろ?」

 見た感じ、一人みたいだし。
 マクダウェルも居ないみたいだし。

「…………あ」

「はは。俺に食べさせたら、絡繰の分が無くなるぞ?」

「あ、いえ……」

「それじゃ、また明日なー」

 しかし、生徒の手作り弁当か……惜しい事をしたのかもなぁ。
 絡繰は料理も上手いし。
 ……ここで見栄を張ってしまうのが教師と言うか、男と言うか。
 そう考えてしまうと、どうにも未練がましく思ってしまうのも、また男だからか。
 うーむ……惜しい事をした。






――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「ただいま帰りました」

「オー、オ帰リー」

「よう嬢ちゃん、楽しい休日だったかい?」

「…………はい」

 あれ?

「なんか、シケた顔してんなぁ」

「いつもと同じ表情だと思いますが」

 ……あれ? ご機嫌斜め?
 そう言って持っていたフードバッグをテーブルに置き、奥に消えていく茶々丸の嬢ちゃん。

「何かあったんすかね?」

「ウーン……出掛ケノ時ハイツモ通リダッタンダガナァ」

「ふぅん」

 そんな事を話していたら

「帰ったぞ」

「ヨオ、オ帰リ御主人」

「お邪魔してるっす、エヴァの姐さん」

「……また来てたのか。まぁ、遅くならないうちに帰れよ」

 うっす。

「さて、あの鈴は部屋だったな」

 …………。

「あっちは機嫌良いっすね」

「ダナァ……判リ易イ奴ラダ」

「まったくっすね」

 今日は晩飯、どうするかなぁ。
 ちなみに、晩ご飯代わりにお昼の具沢山サンドイッチをいただきました。
 大変美味しかったです、まる
 ……弁当も手の込んだの作るんだなぁ、嬢ちゃん。




[25786] 普通の先生が頑張ります 35話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/13 23:11

 チリン、と言う鈴の音が聞こえた。

「ん?」

 いや、それ自体は別段珍しい事じゃない。
 街中を歩いていたら偶に聞こえるし、神楽坂に至っては何時も鈴のアクセサリを持ってるし。
 だから、その音だと思い、挨拶でもしようと振り返った。
 ここは通学路だし。

「あれ?」

「どうした、先生?」

 えっと……と、周囲を見渡し、

「今日は神楽坂と一緒じゃないのか?」

「? ああ。おはよう、先生」

「おー。おはよう、マクダウェル、絡繰」

「おはようございます、先生」

 気のせいだったのかな、と思いながらマクダウェルと並び……。
 チリン、とまた乾いた鈴の音。

「携帯買ったのか?」

「ああ。昨日な」

 その手に、見慣れない物があった。
 携帯電話である。
 ……いや、今の時代には当たり前な物なんだけどさ。

「昨日、明日菜さんと」

「要らん事は言わんでいいっ」

「そうか、良かったなぁ」

 ポン、とその頭に手を乗せると、間髪いれず払われた。
 だがまぁ、機嫌が良さそうで何よりだ。

「一通りは使えるようになったか?」

「……ふん」

 返事は無く、その指がぎこちなく動いている。
 メールか?

「よそ見してると、怪我するぞー」

「しょうがないだろ、明日菜からメールが来るんだから」

「……学園で話せるだろうに」

 と言うか、学園はもう目の前なんだけど。
 なんで学生と言うのは、こう携帯を使いたがるかね。
 学校やら学園やらで話せるだろうに……まったく。
 なんか、初めてのおもちゃに夢中な子供だな、と。
 そう心中で呟き、視線をその隣に向ける。

「昨日からこの調子なのか?」

「正確には、昨日の夜からです」

 何をやってるんだか、と。

「ま、よそ見して怪我しないようにな?」

「判ってるよ」

 全然信用できないんだがなぁ。

「あんまり目立つようなら、取り上げなきゃいけないからな?」

「む……」

 そう言うと、その顔が携帯から上がり、こちらを見上げてくる。
 まぁ、別にそう厳しくするつもりも今は無い。
 流石に授業中とかだったら、言わないといけないけど。

「ほどほどにな?」

「判った」

 メールを打ち終わったのか、ポケットにしまいながら、呟く。

「気を付けるよ」

「そうしてくれると助かる」

 しかしまぁ、マクダウェルが携帯ねぇ。
 何と言うか……。

「楽しいのは判るが、授業はちゃんと受けてくれよ?」

「……楽しくなんかない。面倒なだけだ」

「そうかそうか」

 そりゃ大変だな、と。

「ふん」

 そう鼻で笑われた。
 いやはや、楽しそうな事で。

「おはよう、先生」

 そんな事を考えていたら、後ろから声。

「おー……おはよう、龍宮」

「おはようございます、真名さん」

「おや、今日は朝からご機嫌だね、エヴァ」

「……別に、いつも通りだ」

 そう言われ、肩をすくめる龍宮に苦笑してしまう。

「聞いたよ、携帯買ったんだって?」

「あのバカ……」

 楽しそうだな、と。
 そう内心で苦笑し、その場を静かに離れる。
 こんな時には、教師は居ない方が良いだろう、と。

「……先生」

「ん?」

 そう思ったんだけど、絡繰には気付かれてしまった。
 むう……ま、自分がこんな気配りが上手な方っては思ってないからしょうがないんだけど。

「今日のお昼はどうなされるのでしょうか?」

「昼?」

 そう聞かれても、

「あー……まぁ、今日もコンビニの弁当だ」

 と答える事しか出来ない訳だけど。
 料理が出来る訳でもないし、今日もいつも通りの幕の内弁当である。

「……そうですか」

「えっと……」

「それでは、失礼します」

「お、おー……」

 ふと、思い出したのは昨日の出来事。
 昨日も絡繰と昼に会って……同じような事を聞かれたな、と。
 ――いや、まさかな。
 そう苦笑し、先ほどよりも若干ゆっくりと歩く。

「弁当、なー」

「どうしたんです、せんせ?」

「―――っ」

 あ、あー……びっくりしたぁ。

「おはよう、近衛、桜咲」

「おはようございます、せんせ」

「おはようございます。それで、どうかなさったのですか?」

 いや、と答え先を歩くマクダウェル達を指差す。

「なんか、携帯買ったらしくてな」

「あ、もう聞いたんですか?」

「なんだ、桜咲は知ってたのか」

「ウチも知ってますえ」

「ん?」

「昨日一緒に買いに行きました」

 なるほどなぁ。
 うん。何だかんだ言っても、ちゃんとクラスメイトと遊んだりしたりしてるんじゃないか。

「そか。近衛と桜咲も、マクダウェルと仲良くしてくれな?」

「はい」

「もちろんですえ」

 そんな事を話しながら、並んで歩き、

「せんせ、エヴァちゃんの事そんなに気になるんですか?」

「ん?」

 唐突に、そんな事を聞かれた。
 気になる?

「どうだろうな? まぁ、何だかんだ言っても、1年の時と2年の時はサボりの常習犯だったからな」

「あ、あはは……なるほど」

 でもまぁ、今年は大丈夫だろうけど。
 ……あんなに、楽しそうだし。

「ウチもサボろうかな……」

「ボソッと怖い事を言わないでくれ」

 そんな事になったら、学園長に何て言われるか……。
 考えるだけでも、胃が痛くなってくる。
 取りあえず、確実に学園長室に直行は間違いないだろう。

「桜咲、近衛がサボらないように見ててくれな?」

「はは……はい」

「じょ、冗談ですえ、冗談」

 まぁ、それは判ってるけど。
 そう手を大きく広げて、全身を使って否定をしなくても。
 これでも、冗談は判る方だと思うんだけどなぁ。

「ま、近衛はそんな事はしないって信じてるからな?」

「……ぅ、はい」

 しかし、まぁ。

「今日は良い天気だなぁ」

 無意識に、欠伸が出てしまいそうなくらいに、空が高い。
 こんな日に布団なんかほしたら、気持ち良いんだろうな。

「でも、今週末からは雨らしいです」

「う……そうなのか」

 今日の天気しか見てなかったけど、週末から雨かぁ。
 夏が近づいてくるなぁ。まぁ、もう少し先だけど。

「せんせは、晴れは好きですか?」

「んー?」

 晴れ?

「そうだなー……でも、雨も好きだな」

「そなんですか?」

「おー。なんか楽しい気分になる」

 子供っぽいですね、と二人に笑われた。
 いやまぁ、そう言われると、その通りなんだけど。
 俺も苦笑してしまう。

「うちは晴れが好きです」

「そうだな。気持ち良いし」

「はいっ」

 こんな日は、洗濯物干したくなります、と。
 その物言いに笑ってしまい――その顔が、見上げてくる。

「なんか、主婦みたいな事言うんだな」

「――――――」

 そう言うと、真っ赤になって俯いてしまった。
 あ、あれ? そこは笑って否定する所じゃないかな? と思ってしまう。
 むぅ……デリカシーが無かったかな?
 ここは主婦じゃなくて、もっとこー……。
 でも、オバチャンとか言ったら怒られるよな、絶対。
 難しいなぁ。
 そのまましばらく無言で歩き、

「それじゃ、HRでな?」

「あ、は、はいっ」

「それでは、失礼します」

 今度からは、うかつに喋らない方が良いかも。
 ……やっぱり、女子中学生の相手は難しい。






――――――エヴァンジェリン

「エヴァー、お昼一緒に食べよ」

「ああ。教室で食べるか?」

「んー……天気良いし、屋上で食べる?」

 ――常々思うが、絶対コイツ私を吸血鬼だなんて思って無いだろうな、と。
 なんで吸血鬼を天気が良いからって屋上に誘うんだ。
 まぁ、陽の下を堂々と歩いている私も私だが。

「判った。茶々丸、行くぞ」

「かしこまりました」

 私の分の弁当も茶々丸が持っているので、茶々丸を連れて教室を出る。
 廊下には食堂に向かう者や、購買に向かう者、外に食べに出る者で一杯だった。

「木乃香も一緒にどう?」

「ええよー、せっちゃん行こ」

「う、うん」

 しかし、刹那も早く手を引かれる事に慣れれば良いのに、と思ってしまう。
 京都からずっと、木乃香は良く刹那の手を握って引いていく。
 それが一緒に行く為か、離さない為かは判らないが。
 だが、それにいまだに戸惑っている姿は……微笑ましいと言うか、何と言うか。

「あれ? 茶々丸さん、今日は結構多荷物やね」

「はい」

 そう言われて、初めて茶々丸の弁当用のバッグがいつもより若干大きい事に気付いた。
 優に三人分、いや四人分くらいはある。

「どうしたんだ?」

 流石に、そんなには食べないぞ、と。

「いえ……少々予定が外れてしまいました」

「予定? 茶々丸さん、なんか用事あった?」

「いえ、用事ではありません」

 なんだそれは。
 何か、今日はあったかな?
 そんな事を考えながら、内心で首を傾げる。

「用事?」

「はい」

「私は何も聞いていないが」

「はい。マスターには関わりの無い事だと思いましたので」

 ほう、と。

「まーまー、茶々丸さんにだって、色々用事があるんでしょ」

「いや、別に怒ってはいないが……」

 そう明日菜に言われて、そう答える。
 怒ってはいない。どちらかと言うと……驚いた、というのが正しいのか?
 何と言うか……。

「最近、何してるんだ?」

「何、ですか?」

「ああ」

 ……ここ最近の茶々丸が何をしているのか、良く知らないな、と。
 ふと思った。
 まぁ、以前より一緒に居る時間が減っているのは確実だろう。
 放課後とか休日に、別行動をする時間も増えたと思うし。
 それが悪いか、と言われたら悪くは無いんだが。

「特に何かをしている訳では」

「そうなん?」

「はい」

 ふぅん。

「強いてあげるなら、猫さんの世話を良くしています」

「それは知っているが……」

「猫!?」

 あ、また何か変なのが反応した。

「木乃香さん、猫さんは好きですか?」

「うんー。かわええよねぇ」

「木乃香、可愛いの好きだもんね」

「うんー」

 そう言って幸せそうに笑う木乃香を横目で見る。
 ……実物も見てないのに、幸せそうだなぁ、と。

「見に来られますか?」

「へ?」

「休みの日に、猫さん達を見に来られますか?」

「ええの?」

「はい」

 やったー、とはしゃぐ木乃香と、それを嗜める刹那。

「お前からそんな事を言うなんて珍しいな」

「そうでしょうか?」

 ああ、と。
 記憶している限り、これが初めてじゃないか?
 魔法関係以外で、お前から誰かに何かを提案するのは。
 ふむ……。

「どうしてそう思ったんだ?」

「好きなら、休日にお誘いしても問題無いと判断しました」

「なに?」

「好き、というのはそう言うものではないのでしょうか?」

 ……また、誰かの入れ知恵か?
 まぁ、そう間違いでもない……のかもしれないが。

「やっとついたー」

 そんな事を考えていたら、明日菜が屋上へ続くドアを開け、涼しい風が髪をさらった。

「良い天気だな」

「はい。今週末までは、この天気が続くかと」

 そうか、と。

「それじゃ、早速食べましょうっ」

「判った判った。落ち着け、明日菜」

 まったく、犬か何かか、お前は。
 絶対尻尾なんかが付いてたら、振られてるんだろうな、と想像して笑ってしまう。

「ん? 何よ?」

「いや、何でも無い」

 そう言い、適当な所の埃を軽く魔法の風で飛ばし、腰を下ろす。。
 明日菜達もそれに習い、腰を下ろす。

「はー……そんな使い方もあるんかぁ」

「便利ねぇ」

「こう言う時はな」

 これくらいなら、そうそう魔法だなんて気付く奴も居ないだろう。
 居るとしたら、それこそもう関係者だけだ。

「しっかし、こう天気が良いと、お腹が膨らんだら寝そうだわ」

「ああ、判ります」

「刹那さんも眠くとかなるんだ」

「あとで膝枕してあげよか?」

「……こ、ここのちゃん」

 何を言ってるんだか。
 そう心中で溜息を吐き、茶々丸から弁当を受け取る。
 ――なんで、3つ出てくるんだ?

「お前は食事は要らんだろう?」

「はい、必要ありません」

 まぁ、確かに最近は明日菜がどうしてもと言うから茶々丸用の弁当を作らせていたが、それも一人分だ。
 なんで私の分を抜いても2人分……しかも、片方はやたらと大きいし。
 2人分くらいはあるぞ。

「……だったら、何で弁当箱が3つなんだ?」

「予定が狂ってしまいましたので」

 そう言えば、さっきもそんな事を言っていたな。

「誰かにお弁当作ってきたん?」

「はい」

 ああ、なるほど。
 誰かに弁当を作ってきたのか……。

「なに?」

「へー、誰に誰に?」

「先生にです」

 ……な、なに?

「へ、へぇ」

「いつもマスターがお世話になっておりますので」

「別に最近は世話になんかなってないっ」

「……前はお世話になってたんだ」 

「少し黙ってろ、明日菜」

「は、はぁい」

 次また変な事言ったら、その頬をまた引っ張るからな? まったく。
 弁当を広げながら、溜息を一つ。

「だからと言って、弁当なんか作ってきても受け取らんだろう?」

「はい」

 だろうな、と思ってしまう。
 生徒から、というのを受け取らないだろうな、と。
 良く聞く調理実習とかなら、まぁ判らないが……生徒の手製の弁当なんかは、まぁ、無理だろうな。
 ……堅物だからなぁ。

「で、どうして弁当なんだ?」

「食生活が、あまり宜しくないとお聞きしましたので」

「な、なるほどなぁ」

 どうしてそこで感心するんだ、木乃香。
 あとソワソワするな、刹那。

「それで、弁当、と」

「はい。お礼を申し上げても、あまり喜んではいただけませんでしたので」

「そ、そか……」

 ……私の知らない所で、何をやってるんだか。
 それが悪い事か、と言われたら悪い事ではないんだが。

「うっわー。手作りのお弁当を断るんだ……」

 と、感心したような声は明日菜。
 まぁ、お前はそれ以前にそこまで行動してないみたいだがな、とは言わないでおく。
 きっと未来は似たようなもんだ。

「いえ」

「え?」

「今日はコンビニのお弁当をお買いになられてましたので」

「……なに?」

 お買いになられてました……?
 その言い方が、引っかかった。

「お前、もしかして弁当を作ってきた事を伝えてないのか?」

「はい。御迷惑になるかと思いまして」

「迷惑って……迷惑なんて、思わないんじゃないかな?」

 ……………それは、何と言うか。

「それはアカン。それはあかんえ、茶々丸さんっ」

「ですが、お礼なのに迷惑を掛ける訳には」

 それはそうだが……何と言うか、何かが違うと思う。
 ……私も、誰かに弁当を作った事が無いから何とも言えないが。

「作ってきた事伝えな、作ってきた事気付いてもらえへんよ?」

「そうだよ。それに、先生なら作ってきたって言えば食べてくれるって」

「そうですね。その辺りは、キチンとしてくれそうですし」

 まー……そうだろうけどな。
 何だかんだ言っても、一番喜びそうだからなぁ。

「よし、それじゃ早速職員室にっ」

「行ってどうするんだ。もう昼休みになってから、結構な時間が経ってるぞ?」

 大体、もう昼休みに入って随分な時間が経っている。
 そろそろ先生も昼ご飯は食べ終わった頃だろう。

「う」

「そうやねぇ」

「そのお弁当、どうしましょうか?」

 どうするかなぁ、と。
 まぁ、ここまで来たら、選択肢は一つなんだが。

「皆で食うか」

「だね」

「やなぁ」

「はい」

 しょうがないだろう。勿体無いし。

「申し訳ありません」

「ええのええの。しかし……むぅ」

「このちゃん?」

「あ、何でも無いよ?」

 何を感心しているんだか。
 相手は教師だぞ、教師。
 あまりこう言うのは良くないと思うんだがなぁ……ま、言ってもどうにもならんか。

「……なんか、やけに肉料理が多くないか?」

 しかも、弁当箱も、私のより倍近くあるし。
 ボリュームもあり、彩りも良い。
 これ、絶対事情を知らない教師に見られたら勘繰られるんじゃないだろうか……?

「はい。男性はお肉がお好きだとお聞きしましたので」

「……誰から聞いたんだ?」

「美砂さんです」

 柿崎か……まったく、要らん事を。

「凄いボリュームねぇ」

「それに、栄養も考えてある……やりますね、茶々丸さん」

「どうしてそこに気付けるの、刹那さん」

 どこの評論家だ、お前は。まったく
 そして、無言で弁当箱の中を見ている木乃香。

「どうしたんだ、木乃香?」

「んー……そう言えば、先生の好きな料理って聞いて無いなぁ、って」

「……そんなのを聞いてどうするんだ、お前は」

 何回も言うが、教師だぞ、教師。
 下手したら注意されるぞ……まぁ、しないだろうが。

「だって、せっかく作るなら喜んでもらいたいし?」

「作るな。相手は教師だぞ?」

「いやいやいや、そう言えば、まだウチもお礼してないし」

 何のお礼なんだか……。

「うっし、ちょっと気合入った」

「おー。これは今晩と明日のお弁当が期待できそうね」

「うん。任しといてー」

 何をやってるんだか。
 しかしまぁ……。

「よくもまぁ、こんなに作ったもんだな」

「はい。お弁当を作るのは楽しいです」

 楽しい、ねぇ。
 そんな事を言ったのは、初めてじゃないだろうか?
 そう思い、苦笑してしまう。

「変わったな」

「私がですか?」

「ああ」

 そうでしょうか、と。
 そう無表情なのに、不思議そうに首を傾げる茶々丸が可笑しくて、また小さく笑ってしまう。
 なんとまぁ、こんなに顕著な変化が現れるとは。

「……判りません」

「なるほど」

 自分の変化に、まだ感情が追い付いていないのか。
 ――本当に、子供みたいだな、と。

「しかし、これは作り過ぎじゃないか?」

 流石に、自分の弁当を食べた後にこの量は……肉が多いし。

「明日はちゃんと弁当を作ってきたと伝えろ。良いな?」

「……かしこまりました」

 どう、表現すればいいのか。
 表情に変化は無いはずだ。
 きっと、その感情がなんなのかも理解出来ていないはずだ。
 なのに――茶々丸は、恥ずかしそうな声で、確かにそう頷いた。
 しかし、これだけ食べると……午後の授業は、寝てしまいそうだな。




――――――

 くぁ、と欠伸を一つ。
 今日も良い天気だなぁ、と心中で呟きながら職員寮から出て学園に向かう。

「おはよう、先生」

「んあ?」

 その声に反射的に振り替えると

「マクダウェルと絡繰? おはよう、どうした?」

「……おはようございます、先生」

 寮の入り口の陰になる所に、見慣れた2人が経っていた。

「何かあったか?」

「いや、そうじゃない」

 ん?
 いや、用があって居るんじゃないのか、と。

「用はあるが……」

「? とりあえず、歩かないか?」

「そうだな」

 はて?
 今日は何かあったかな……特に、何かあった訳でもないようだし。
 いつも通りの2人だからこそ、何故職員寮の前で、と。
 とにかく、聞くしかないか。

「それで、どうかしたのか?」

「用があるのはこっちだ」

 ん?

「絡繰、どうした?」

「いえ……」

 そう言い……沈黙。
 なに? 全く話が見えないんだけど?

「どうしたんだ、マクダウェル?」

「ふん――まぁ、なんだ」

「うん」

「…………茶々丸、さっさと言え」

 そこでまた絡繰に振るのか。
 なんなんだ? 俺、何かしたかな?
 昨日は3-Aに授業は無かったから、会ったのはHRくらいなんだが……。
 そんな事を考えていたら、小さな着信音。
 俺のじゃないな、と考えていたらマクダウェルが携帯を取り出した。

「さっさと言えよ」

「はい」

 そう言って、また携帯を操作し……どうやら、またメールのようだ。

「前見て歩かないと事故するぞ?」

「ふん。そんなヘマはしない」

「事故した奴は、大体そう言うんだよ」

 まったく。
 溜息を一つし……チリン、とその鈴の音が耳に届く。

「お、その鈴付けてたのか」

「……今頃気づいたのか」

「いや、お前の携帯見るの2回目なんだが……」

 それは、京都で良い事がありますように、と買った鈴だった。
 確か――随求桜鈴、だったか?
 桜の意匠が可愛らしい開運の鈴だ。

「ふん」

「ありゃ」

 そこでへそを曲げられてもなぁ、と苦笑してしまう。
 流石に、1回目では気付けんだろ、と。
 しかし、今日は何で寮の前まで来たんだろうか?

「絡繰、今日はどうしたんだ?」

「いえ――先生には、いつもお世話になっていますので」

「いや、そんなのは気にしなくて良いんだが……」

 マクダウェルは携帯を弄ってるし、絡繰は相変わらず。
 むぅ……全く判らないんだが。
 しかし、何と言うか。

「毎日この時間に登校してくれると助かるんだがな、マクダウェル?」

「……朝は苦手なんだよ。今日は特別だ」

「ふぅん」

 一体、何があったのやら。
 そんな事を考えながら、のんびりと学園に向かって歩く。
 今日も良い天気だなぁ、と。
 そうこうしているうちに神楽坂達と合流し、また、静かにその集団から離れる。
 しかし一体、今日は何で寮の前まで来たんだろうか?
 コンビニで弁当を買い忘れた俺は、久し振りに出前を頼みながら首を傾げるばかりである。

「こら、寝るな」

 午後から3-Aで授業が入ってたんだが……マクダウェル、神楽坂、近衛、桜咲は良く寝てるし。
 ……はぁ。

「申し訳ありません」

「いや、絡繰が謝る事じゃないだろ」

 寝ているのが悪い、と。
 まったく。

「この色ボケが……」

「そう言う元気があるなら、前に出て黒板の問題解いてみろ」

「……はぁ」

 溜息を吐きたいのはこっちだ、まったく。







――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「暇っすねぇ」

「ダナァ」

 エヴァの姐さん宅で、のんびりと日向ぼっこ中。

「平和ダナァ」

「っすねぇ」

 ああ……静かだなぁ。

「オ前、何カ芸ヤレヨ」

「……え?」

 またいきなりの無茶振りっすね……。

「じゃあ、オレっち得意のオコジョ魔法を」

「オオー」

「なんと、人の好感度が測れると言うっ」

「……面白ソウダナ、ヤレ」

 うっす。
 誰を測るかなぁ……やっぱ兄貴が無難かな?








[25786] 普通の先生が頑張ります 36話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/14 22:47
「それじゃ、お先に失礼します」

「はい、それではまた明日ー」

 そう挨拶して職員室を出て、伸びを一つ。
 んー……今日も無事終わった。
 後は晩飯でも買って帰るかなぁ、と。
 それか、晩飯は外で済ませるか……でも、最近外食が増えてきたから、そろそろ考えないとなぁ。
 このままじゃ、出費が痛い。本当に。
 そんな事を考えながら学園を出ようとして……校門の所に、一人の少女が経っていた。

「ん?」

「……どうも」

 そう言って、一礼してきたのは以前会った……ええっと。
 首を捻ってしまう。
 確か、この前ガンドルフィーニ先生を呼びに来た生徒だ。
 覚えている。黒を基調にした聖ウルスラの制服に、長く伸びた金髪の少女。
 名前は……なんだったか。
 そう言えば、名前は聞いてなかったような気がする。

「誰か待ってるのか?」

「はい」

 呼んでこようか? と言ったら首を振られた。
 待っている気かな?

「先生に少し聞きたい事がありましたので」

「……俺?」

「はい」

 俺?
 えっと……何かしたかな?
 そう言えば、この前来た時何か言ってたような……何だったっけ?

「何かあったかな?」

 というか、ウルスラと接点なんて、本当に何も無いんだけど。
 しかも、俺は教師だし。
 多分生徒達以上に接点が無いんじゃないだろうか?
 本当に、何をしたのか判らなくて、こっちは聞くしかない。

「少し――その、エヴァンジェリンさんの事で」

「エヴァンジェリン? マクダウェルの事か?」

 マクダウェル……何かしたのか?
 内心、冷や汗ものである。
 別にマクダウェルを悪く言うつもりはないが、相手はお嬢様だからなぁ……何を言われるやら。
 
「はい」

「そ、そうか」

 そりゃ、俺かネギ先生の所に来るよなぁ……。
 うーん。

「とりあえず……どうする? 話が終わったら、帰るのか?」

「え? あ、はい」

「なら、歩きながら話さないか? 送っていくよ」

 立ち話も何だしな、と。
 確か、ウルスラの女子寮は少し離れてたし、話をするにはちょうど良いくらいだろ。
 そんな事を考えながら、並んで歩きだす。
 しっかし、いきなりだな……マクダウェルの知り合いか何かだろうか?
 同じ金髪だし、というのは失礼か。

「マクダウェルがどうかしたのか?」

「いえ……少々、最近の彼女が気になりまして」

「最近?」

 はて。何かしたかな?
 最近は落ち着いてて、特に何もしてないと思うんだが。
 遅刻も欠席も無いし……目を付けられるような事はしてないと思うけどなぁ。

「最近、真面目に登校してきているようですので」

「ん?」

 それが、何か変な事なんだろうか、と思ってしまう。
 別に、当たり前の事だと思うんだけど……まぁ、確かに2年までは不登校気味だったしなぁ。
 遅刻欠席早退の常習犯。
 ……まぁ、サボリな訳だけど。
 そう思っていたら、その顔が、こちらを見上げてくる。

「彼女が、キチンと人の輪の中に入るなんて……少し、意外でしたので」

「んー……」

 それはまぁ、何と言えば良いのか。
 その表情はまっすぐにこちらを見ていて、少し気恥ずかしい。
 しかし、意外だった、なぁ。

「何でそう思うんだ?」

「え?」

「何でマクダウェルがそう……人の輪の中に入るのが意外に思うんだ?」

 まぁ、こっちとしてはそこの方が不思議なんだけど。
 アイツだって、ちゃんと言えば分ってくれるし、悪い事は悪いって判ってる。
 きちんと言った事は守ってくれる。
 人付き合いが苦手だから、と言っても協調性が無い訳じゃない。
 折れるべき所は折れるし。
 だから――。

「いや。マクダウェルだって、ちゃんと言えば、ちゃんとしてくれるだろ?」

「……とても、そうは思えませんでした」

「そうなのか?」

 うーん。
 流石は名門聖ウルスラ女学院。
 もしかしたら、不良が別のナニカにでも思えるのかもしれないなぁ。

「彼女の事は、良く知っているつもりでしたので」

「ん?」

 知っているつもり?

「マクダウェルと知り合いなのか?」

「いえ、多分、こちらから一方的に知っているだけです」

「……え? マクダウェルって、結構有名なのか?」

「どうでしょうか? でも、私や、私の知っている範囲では有名ですね」

 ……学園長とも知り合いだし、高校生の間でも有名だし。
 どういう友好関係があるんだか。
 そう言えば、その辺りの事って何も知らないんだなぁ、と。
 まぁ、そこまで深く知ると言うのも、教師としてはおかしな話なんだけど。

「先生は、エヴァンジェリンさんに、何をしたんですか?」

「ん?」

 何をした? って言うと、学園に来るようになったきっかけだよなぁ。
 ……言って良いものか迷ってしまうのは、アレが教師として正しかったか疑問に思うからだろうなぁ。
 だって、一生徒を迎えに行くとか……今考えると、どうしてあんな事を、と。
 そう聞かれると、あの時はマクダウェルをちゃんと進級させたかったから、と答えるんだが。
 それを正しいと思ったし、間違ってるとも思っていない。
 それを否定されたら、反論できないような気がする……世の中は“教師”と“生徒”の在り方には難しいのだ。
 俺もまだまだ若いのかもなぁ。

「どうかなさいましたか?」

「あ、いや……ただ、2年の時に進級が危なかったから、ちゃんと登校するように言ったくらいだなぁ、と」

「え?」

「いや、俺がマクダウェルに何かしたか、と聞かれたら」

 それくらいなんだよなぁ、と。
 そう言えば、学園長にも同じような事を言ったような気がする。
 
「それだけ、ですか?」

「おー……それだけなんだよなぁ」

 でもまぁ、この言い方が間違ってもいないんだけど。
 俺がした事なんて、きっとそれくらいだし。

「だから、何かしたのか、と聞かれても困る訳だ」

「嘘です」

 いや、そこでそうキッパリと言われても。
 その顔が、怒ったようなそれに変わる。
 むぅ……。

「あのエヴァンジェリンさんが、たったそれだけで……」

「んー……なぁ、えっと……」

 そう言えば、名前なんだったっけ。
 流石に、今更聞くのは……

「高音です。高音=D=グッドマン」

 そ、そうか。すまないな、と。

「グッドマンは、何でマクダウェルが変わらないなんて思うんだ?」

「え?」

「生きてるんだ。そりゃちょっとした事で変わるだろ?」

 きっかけなんて些細なもんだ。
 マクダウェルは神楽坂と、友達と出逢った。
 ただ、それだけの事。

「学園に出てきて、授業を受けて、友達が出来て……たったそれだけで、変われるもんだ」

「……そうでしょうか?」

「おー」

 あいつ、神楽坂と会うまでは、傍に居たのは、絡繰くらいだったしなぁ。
 その絡繰も、友達と言うような関係じゃなかったし。
 まぁ、俺がどうこう言えるような事じゃないんだろうけど。

「だから、俺が何かをしたってわけじゃないんだ。うん」

 そう言いきれると、きっと格好良いんだろうけどなぁ、と。
 生徒の為に何かをした、というのは一度は言ってみたいセリフではある。教師として。
 そう言うと、小さく笑われてしまった。
 だがまぁ、俺はまだそんなに大それた事はやってないし。
 うん。まぁ、難しい顔してるよりそっちが良いな。

「そうですか……たったそれだけですか」

「おう、たったそれだけだ」

 そういうと、何故か悲しそう……というより、寂しそうに、目を細めるグッドマン。
 何故、と思ってしまう。

「どうした?」

「いえ……」

 そう小さくかぶりを振り、

「難しい事だな、と」

「そうか?」

「はい。私は、私達は……彼女の事を知っていましたから」

 ん?

「マクダウェルの事?」

「……はい」

 それは、マクダウェルの“事情”って事だろうか?
 そう言えば、どうして気にしなかったんだろう?
 まぁ、必要ならマクダウェルの方から言ってくれるだろうから良いけど。

「あー……まぁ、先入観ってのもあるんだろうなぁ」

「そうですね……」

 何やったんだろう? こんな風に言われるなんて。
 そう気にはなるが、マクダウェル本人以外から聞くのもアレだしなぁ。

「先生は」

「ん?」

「……いえ」

 そこで切られる時になるんだけど。

「難しいだろうけど、先入観無しに付き合ってもらっちゃくれないか?」

「え?」

「俺は、マクダウェルが何したかは知らないからな。だから、んー……」

 どう言えば良いかな。
 そう一瞬悩み、

「いきなり何も無かったように、ってのも難しいだろうけど」

 そう言って一旦区切り、

「アイツは結構単純で面白いからな、少しだけ見ていてやってくれないか?」

 そう言った。
 それだけでいいから、と。

「見て、ですか?」

「おー。前がどうだったかは知らないから何とも言えないけど、今のマクダウェルを見てくれないか?」

 きっと、その先入観とは違うはずだから、と。
 マクダウェルは、変わった。
 俺だけじゃない。学園長も、他の先生達もそう思ってくれている。
 だからきっと、この子も、他の生徒達もそう判ってくれる。
 ……そう思うのは、甘いのだろうか?
 きっと甘いんだろう。世の中は、そんなに単純じゃないんだから。

「先生」

「ん?」

 クサい事を言ってるんだろうなぁ、と。
 夕日が眩しいな、そんな事を考えていたら、話しかけられた。

「私は、間違っているのでしょうか?」

「何で?」

「……だって、エヴァンジェリンさんを、私は見てませんでしたから」

 先入観だけで判断して、今日まで来ました、と。
 そう告白された。

「別に、それが間違いだってわけじゃないと思うけど」

 だから、そう答えた。
 きっとグッドマンは間違っていない。
 ほとんどの人間は、俺だって、先入観に左右される。
 先入観を持って、それでもちゃんと本人を見れるのは、聖人か何かだろう。
 残念ながら、俺は聖人でも何でもないただの人間なのだ。そして多分、グッドマンも。
 ただ運が良かっただけなのかもしれない。
 奇跡のようなものなのかもしれない。
 俺が何も知らずにマクダウェルと知り合った事は。
 そう思うと、苦笑してしまう。

「そうでしょうか?」

「ああ。俺だって、もしマクダウェルの事を知ってたら、他の先生達と同じだったかもしれないし」

 きっと、俺は運が良いんだろう。
 何も知らずに、マクダウェルと知り合えたんだから。
 うん――そう思うと、本当に、良かった、と思えてしまう。
 もしかしたら、マクダウェルが変われた一因に、なれたのかもしれないから。

「先生は、エヴァンジェリンさんの事を聞いたり……調べたりしないんですか?」

「んー……まぁ、気にはなるけどなぁ」

 けど、今更それを知ってもなぁ、という思いもある。
 何も知らずにマクダウェルの“事情”を知っていたら、どうなったかは知らないけど。
 もうマクダウェルがどんな奴かって知ってるし。
 多分まぁ……それがどんな“事情”だったからって、なぁ、と。
 そう言えば、前はあんなに“事情”って何だろう、って思ってたのに、最近は全然気にしてないや。
 絡繰にも前聞かれたっけ? でもまぁ……必要なら教えてくれるだろうし。

「何も知らずに、エヴァンジェリンさんの事を信じられるんですか?」

 そう言われた。
 真剣な顔で。
 だけど、まぁ。

「しょうがない、先生だからなぁ」

 生徒は信じないとなぁ、と。
 きっと、教師が出来る事なんて、それくらいだし。

「……凄いですね」

 呆れられた。というより、驚かれた。
 むぅ……まぁ、他人を信じるのは難しいからなぁ。
 先入観があって、マクダウェルの事を知らないなら、尚更だろう。

「私には難しそうです」

 そう言って、今度は笑った。
 でもそんな笑顔を見てると、そう難しくないのかもなぁ、と。そう思えてしまう。
 何だかんだ言っても、この子もマクダウェルの事が気になるから、こうやって聞きに来たんだろうし。

「ん……まぁ、そこはボチボチ頑張ってくれ」

「――判りました、頑張ってみます」

 俺も、少しずつでも頑張らないとなぁ、と。

「何をですか?」

「アイツの喋り方。どうにも、敬語というのを知らないからな」

「……ふふ、そうでしょうね」

 そう言って、また笑う。
 まぁ、人形じゃないんだし、そりゃ笑うか。

「アレばっかりは、何度言っても直らないんだよ」

「そうですか。なら、私も気に掛けておきます」

「おー、見掛けたら注意しといてくれ」

 その後2、3話していたら、

「お姉様っ」

 という声が聞こえた。
 お姉様?

「愛衣。こんな所でどうしたの?」

「い、いえ。お帰りが遅かったので……」

 そう言ったのは、私服姿の……確か、2年の――えっと。

「佐倉。え? お姉様って――姉妹、じゃないよな?」

「も、もちろんですっ。愛衣とは……少し、私用で知り合いなだけです」

「う。ま、まぁそれより、先生とお姉様がどうして?」

 しかし、表情がクルクル変わる子だなぁ。
 授業の時はこうは無いのに……多分、これが素なんだろうな。

「いや、そこで会ってな。一人だったから、送っていこうかな、と」

 マクダウェルがどうこうは、あんまり俺からは言わない方が良いだろうな。
 何も知らない部外者な訳だし。
 下手に行って話がこじれても、マクダウェルにもグッドマンにも良くないだろう。

「そ、そうでしたか」

 一体どんな想像をしたのやら。
 そう苦笑し、

「それじゃ、俺はここで帰るかな」

「そうですか?」

「おー。流石に、自分の生徒ならともかく、ウルスラの生徒と並んで歩くのはお互い良くないだろ?」

 まぁ今更だろうけど。
 願わくば、新田先生の耳に入りませんように、と。
 ……その時はその時だけど。
 別にやましい事は……無いし。

「それもそうですね」

「ん。それじゃ、明日の授業の予習はちゃんとしとけよ、佐倉ー」

「う、は、はいー」

 しかし、マクダウェル、なぁ。
 ……あいつ、何やったんだろ?
 気にならないと言えば嘘になる。
 絡繰からも言われたけど、正直聞きたい事でもある。
 でも――。

「んー」

 ――何でか、そう強く聞きたいとも思えないんだよなぁ。
 何でだろう?
 まぁ、生徒にそう深く踏み込まない、と言うのもあるんだろうけど。
 2人に背を向けながら、小さく溜息。
 きっと……そんな事を聞いたら、またお節介とか言われるんだろうなぁ。
 その通りだから、何も言い返せないんだけど。







――――――エヴァンジェリン

 くぁ、と欠伸を一つ。

「暇ソウダナァ」

「まぁな」

 どうにもなぁ、と。
 キッチンから聞こえる楽しげな声と、良い匂い。
 うーむ。

「どうしてこうなったんだ?」

「知ラネェヨ。御主人ガ詳シイダロ」

「……それはそうなんだがな」

 弁当、ねぇ。
 いや、判るぞ? あいつらが何で、誰の為に明日の弁当の準備をしているかなんて。
 ……ただ、だ。

「何でウチで料理してるんだ?」

「ダカラ、知ラネェヨ」

 膝の上のチャチャゼロからの答えは、やはり私が求めたものじゃない。
 むぅ。

「ふふ――これで今日の晩飯も困りそうにねぇな」

「お前はお前で、最近はウチに入り浸りだな」

 まぁ、問題も起こしてないし、別に良いんだが。
 というか、女子寮の方に居ない時間が多いと思うんだが……良いんだろうか?
 私やチャチャゼロが監視してるから大丈夫なんだろうか?
 ……ま、何かあったらじじいから話が来るだろう。

「御主人ハ弁当ハ作ラネェノカ?」

「アホか。そう言うのは茶々丸に任せる」

 私が作っても、特には変わらんだろう。
 と言うか、料理の腕は、私より茶々丸の方が上だろうし。
 最近は全然料理してないからな。……この前海で作ったカレーくらいか。

「面白クネーナァ」

「面白くなくて良いんだよ」

 まったく。
 刺激なんてのは、もう必要無いと言いたいくらい味わったからなぁ。
 しばらくは、こののんびりした時間を味わうさ。
 自分で淹れた紅茶で喉を潤しながら、膝にチャチャゼロを乗せて魔道書を読む。
 ふむ――贅沢な時間だな、と。

「姐さんって、弁当作れるの?」

「……生皮剥ぐぞ、小動物」

「怖っ!?」

 失礼な。

「料理くらいできる」

 ペラリ、とページを捲る。
 キッチンから茶々丸と木乃香と刹那の声。
 そしてチャチャゼロと小動物の話し声。
 明日菜は……ソファに横になって寝ている。
 どうやら、朝早くからバイトをやっているので疲れているらしい。
 しょうがないので、毛布を掛けてやった。風邪をひかれても困るしな。
 まったく起きる気配が無いのは――本当に疲れているからだろう。
 はぁ……本当に不用心なヤツだ、と苦笑してしまう
 そんな、ありふれた……どこにでもあるような、私にとっては特別な時間。
 ペラリ、とページを捲る。

「しないだけだ」

「ウワ、ダメナ奴ノ言葉ダ」

「お前は私が料理できるって知っているだろうが」

「料理ッテノハ忘レルモンダゼ、御主人」

 ふん。
 小動物も頷くな、まったく。

「シカシ、ツマンネー毎日ダネェ」

「そうか?」

 偶には悪くない、と。
 今までには無かった時間だからな。
 今のうちに、飽きるまで堪能しておくさ。

「最近ハ魔法使イ達モチョッカイ出シテコネーシ」

「そう言えばそうだな」

 前は、事あるごとに、何かあるごとに疑ってきたものだが。
 ……最近は、私の周囲も少しずつ変わってきていると言う事か。
 よく挨拶されるし。
 それが良い事なのかどうなのかは、判断に迷うが。

「のんびり出来て良いじゃないか」

「オウオウ。天下ノ闇ノ福音ガソンナ事ヲ言ウトハネェ」

「ふん。私だって、静かな時間は惜しい」

「はー……そうっすか」

「絞めるぞ、小動物」

「何で!?」

 後あんまり騒ぐな、明日菜が起きる。

「うっす」

 そいつが起きるとうるさいからなぁ。
 寝ていてくれた方が助かる、うん。

「ナァ、御主人?」

「ん? 何だ?」

 ページを捲る。
 静かに、のんびりと――まるで、今の時間を表現するかのように。

「最近、良イ事デモアッタカ?」

「何だ、藪から棒に? 別に、特には無いな」

 紅茶を一口飲み、茶請けのクッキーに指を伸ばす。

「今までに無いくらい平穏で暇で、退屈な毎日だよ」

「ソウカイ、ソリャ良カッタ」

「……変なヤツだな」

「ケケケ」

 むぅ……私が作ったんだが、どうにも癇に障る笑い方だな。
 まぁ、それは今に始まった事じゃないか。

「なぁ、チャチャゼロ?」

「ンア?」

 こんな時間は、吸血鬼になってから初めてだ。
 平穏で、静かで、暖かで……誰でも持っている時間。
 でも、今までの私には無かった時間。
 それはきっと――私が、少しは変わったから手に入ったのだろう。
 静かに、ページを捲る。
 挨拶をして、教師に敬意を払う。
 たったそれだけで、変わってしまった私の“世界”。
 周囲から敵意が薄れ……友達が出来た。
 ……友達が、出来たのだ。
 今までに無かった事だ。
 吸血鬼の私に、人間の友達が……。
 自然と、頬が綻ぶ。

「今の時間は嫌いか?」

「マサカ。コレハコレデ楽シイゼ」

「そうか」

 いつから、変わったのだろうか?
 海に行った時と同じような思考。
 私は、いつから変わったのだろう?
 闇の福音、エヴァンジェリンは……いつから、恐怖の対象として見られなくなったのだろう?
 そんな事を静かに考えられる時間。
 いつか、この答えが見つかるのだろうか?
 見つける事を出来るのだろうか?

「弁当、か」

 楽しそうで、良い事だ。
 だが、私には少し合わないな、と。
 手ずから弁当を作って、手渡す? はっ、それはどうにも私らしくない。
 と言うより無理だな。
 見ている分には面白いだろうが、きっと周囲から見たら笑える光景だろう。
 とてもじゃないが耐えられそうにない。
 なら――。

「なに、姐さんも弁当作るの?」

「アホか。誰が作るか」

 ――私は、何をしてやれるのだろうか?
 茶々丸を変えた先生に。
 明日菜と出逢わせてくれた先生に。
 魔法しか使えない、吸血鬼の私が。
 魔法……それ以外に何も無い私は、何をしてやれるのだろうか?
 苦笑。
 きっと……そう聞けば、何もしなくていいと答えるだろう。
 だから、苦笑してしまう。
 困ったな。
 ――私は、あの人にしてやれる事が何もない。

「困ったな」

「ン?」

 まぁ、考える時間は、沢山あるから良いか。
 そしてまた、静かにページを捲る。
 弁当、ねぇ。








――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「で、作り過ぎた、と」

「…………はい。まぁ、下拵えの分もありますし?」

「と言うか、何で二人で作って、弁当箱が二つなんだ? 流石に食えんだろ」

「えー。男の人やし、無理かな?」

 おー、美味ぇ!!

「こりゃいけるっ。絶対誰だって気に入るぜ、木乃香の嬢ちゃん」

「ほんと?」

「はい、このちゃん。これなら大丈夫です」

「ああっ。茶々丸の嬢ちゃんの方は、今更言うほど問題ねぇ」

「ありがとうございます」

 しかし、だ。

「別に、2人で作ったって言って一つの弁当渡せば良いんじゃね?」

「それじゃ面白ーないやん」

「酷ェナァ、嬢チャン」

 そんな問題かよ。

「まぁ、それについてどうこう言うつもりはないがな」

「ありがとうございます、マスター」

「……はぁ。良い変化なんだか、悪い変化なんだか」

「まぁ、詰めるのは明日するし。量は調整するわ」

「ソーシトケ。マ、男ナラ出サレタ料理ハ全部食ウト思ウガネ」

「はーい。茶々丸さん、明日は勝負ですえ」

「え?」

 何気に酷いっすね、チャチャゼロさん。
 まぁ、オレっちなら残さず食うかな。

「――――んー……」

 あ、起きた。

「明日菜の姉御、晩飯の時間だぜ?」

「え? もうそんな時間?」

「ほら、顔を洗ってこい。そしたら晩御飯を食べてから帰れ」

「うんー……」

「ほらほら、明日菜さん。こっちです」

「木乃香さん、準備を手伝ってもらっても良いでしょうか?」

「おけー」

 うしし、今晩も御馳走だぜっ。
 …………あれ? 何か忘れてるような?






[25786] 普通の先生が頑張ります 37話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/15 23:56
「おはよーせんせっ」

「ん?」

 職員寮から出た瞬間だった。そう声を掛けられたのは。
 何で、と。
 そう思ってしまっても、まぁ、おかしくはないだろう。
 だって、ここは男性職員寮で、中学女子寮とは離れた場所に建っている。
 昨日のマクダウェルと絡繰とは違い……。

「お、おはよう近衛、桜咲」

 近衛と桜咲は、こちらに来るのはかなりの遠回りになるのだ。
 しかも、電車を使ってるらしいから、早起きもしないといけないだろう。

「どうしたんだ?」

「んー? まぁ、色々と?」

 なんだそれは、と。
 そう苦笑してしまう。
 まったく、相変わらず自由と言うかなんというか。

「おはようございます、先生」

「おー。それで、今日は一体どうしたんだ?」

「あー……まぁ、ちょっと」

 こっちもか。
 とりあえず、制服着てるから学園には行くんだよな。

「誰かに用事か? アレなら呼んでくるけど……」

「あ、いえ。せんせに用があったんで」

「俺に?」

 んー……なんだろう?
 学園の用事なら、ネギ先生に言うだろうし……また相談事だろうか?
 桜咲と一緒の所を見ると、そうかもしれないな、と思ってしまう。
 また何かあったんだろうか?

「歩きながらで良いか?」

 遅刻は……まぁ、まだ時間には余裕があるけど。少し早めに出たし。
 だからと言って、立ち話をしている時間は無い。

「はい。歩きながら話しましょ」

「? 何か、ご機嫌だな」

 放っておいたら、スキップでもしそうなくらい?
 そう言うと、楽しそうに、声を殺して笑う。
 そんな肩を振わせんでも……何か変な事言ったかな?
 その隣の桜咲に視線を向けると、こっちは何か困ったような顔で小さく頭を下げてくる。
 うーん。

「何があったんだ?」

「はい?」

「いや、機嫌が良いのは何でかなぁ、と」

「えへへ。せんせ、今日のお昼はどないされるんです?」

 昼?

「あー……まぁ、その、なんだ」

 むぅ、教師としては、あまり言いたくない事だなぁ。
 特に弁当を作っている生徒に対しては。
 そう内心で苦笑し、

「今日もコンビニ弁当だ」

 そう言えば、昨日は久しぶりに出前取ったなぁ。
 今日もそうするかな。
 何か、出前の割には安かったし。腹にたまったし。
 まぁ歩きながら考えるか。

「あ、出前取るかも」

「いやいや、そーじゃなくてですね」

「ん?」

 いや、昼の事聞いてきたの近衛じゃないか? と。
 そう言うと、また楽しそうに肩を振わせ、首を横に振る。
 こっちは首を傾げるしかないんだけど。

「どうしたんだ?」

「んー、もうちょっと待ってて下さい」

 ? なんだと言うんだろう?

「何があったんだ、桜咲?」

「あ、せっちゃん内緒にな?」

「……だそうですので」

 むぅ。
 まぁ、楽しそうだし……良い、のかなぁ?
 でもまぁ、他の先生方に見られずに良かった。
 まさか生徒が二日連続で寮を訪ねてくるなんて……新田先生に見られてたら、と思うとゾッとする。
 怒られるのとは違うんだけど――風紀的な問題もあるからなぁ。
 ま、後で行ってくれるみたいだし良いか。
 という事で教師らしい事でも話すとするかな。

「麻帆良祭終わったらテストだけど、ちゃんと勉強してるか?」

「う」

「は、はは」

「……あまり聞きたくない返事みたいだなぁ」

 ちゃんと復習しとけよー、と。

「勉強なんて、一夜漬けじゃ身にならないからな?」

「はぁい」

「わ、わかりました」

 まったく。

「桜咲は英語と科学の方の点数が少し落ちてきてるぞ?」

「うぇ!?」

「近衛は数学の方だったかな? こんなのはすぐ判るんだからなー」

 麻帆良祭後のテストで点数悪かったら、夏休みの課題増やすか? と。
 まぁ、そこまで鬼ではないけれど。

「うぅ、もっとこー……楽しい話しません?」

 ちょっと言い過ぎたかな?
 そう心中で呟き、苦笑してしまう。
 やっぱり朝から勉強の話は嫌だったか。
 でも人前で言うよりは良いだろ。これも教師の仕事だし。

「楽しいなぁ。例えば?」

「んー」

 そう小さく声を出し、その細い指をあごに当てる近衛。
 
「せんせ、何で料理せえへんのです?」

「……何か、今日はやたら料理の話をするな」

「そですか?」

 昼の事と言い、今と言い。
 別に良いんだけど。

「朝起きるのが苦手でなぁ」

「そうなのですか?」

「おー。起きようと思ったら何時でも起きれるんだけど、寝起きがちょっとなぁ」

 桜咲は朝強そうだなぁ、と。
 どうにも、立ち上がりが悪いんだよな、この頭は。
 その癖、夜遅くまで起きてるし。
 悪い悪いとは思ってるんだけど、この生活だけはどうにも直せない。

「休みの日とかには、結構遅くに起きるんです?」

「どうかな? 大体8時か9時までには起きるかなぁ」

「はー……せんせですから、何か休みの日も早起きかと思いました」

 いや、そんな事はないんだけどな、と苦笑してしまう。
 この子は俺をどんな風に見てるんだろう? と。

「流石に、休みの日はゆっくりしたいしなぁ」

「はは、そですね」

「最近は暖かいしな」

 昼寝もしたいくらだ、と。

「寝るのが好きなんですね、せんせは」

「だなぁ。今度一回、丸一日寝てみたいな」

「うわ、だらしなっ」

 けどまぁ、仕事し始めたら誰だって一回は思うんじゃないだろうか?
 寝過ぎたら頭が痛くなるって聞いたことあるけど、本当なのかな?
 きっと幸せなんだろうなぁ。

「でも、ウチも一回寝てみたいかも」

「そうですね。気持ち良さそうです」

「はは。学生の頃からそんな事を思っちゃ駄目だろ」

「そうです?」

「学生時代なんて、後4年で終わるんだぞ? 寝るのはその後で良いと思うけどなぁ」

「なるほど」

 まぁ、大学までいけばもっと伸びるんだけど。
 そこは、今言う事じゃないだろ。
 流石に朝から進学の話なんかしてもつまらないだろうし。

「でも、今日は良い天気ですね」

「だなぁ」

 週末から雨だなんて信じられないくらいに。
 けど、最近の天気予報は当たるし、降るんだろうなぁ。
 雨の日の散歩っていうのも、結構好きなんだけど。

「あ、ちょぅストップ良いですか?」

「ん?」

 えっと……。

「どうしたんだ?」

「えと、待ち合わせ、です」

「待ち合わせ?」

 そう言われ、止まった先に居たのは、マクダウェルと絡繰だった。
 なんだ、ここで合流するつもりだったのか?

「おはようございます、先生」

「おはよう、絡繰、マクダウェル」

「ふぁ……おはよ、先生」

「こらこら、せめて口は隠して欠伸しろ、マクダウェル」

「……ふん。待ちくたびれたんだよ」

 まったく。
 相変わらずだなぁ、お前は。
 そう心中で思い、苦笑。
 ふと思い出したのは、昨日のグッドマンとの会話。
 先は長そうだなぁ、と。

「……なんだ?」

「いや。それで、今日はどうしたんだ? 何か近衛が迎えに来たんだが」

「聞いてないのか?」

「教えてくれないんだよ」

 肩を竦めてそう答える。
 内緒らしいし。 

「神楽坂は?」

「明日菜さんは、今日は日直らしいです。ネギ先生と一緒に、先ほどまでおられたのですが」

 そうだったっけ?
 あー、そう言えばそうだったかも。
 流石にそこまでは把握してなかったな。

「それは悪い事をしたな」

 もう少し早く出れば良かったかな。
 しかし、どうしたんだろう?
 何かあった、と言った風じゃないんだが。
 別に問題があったようじゃないし……本当に何があったんだか。
 首を傾げるが、まぁ判る筈も無い。

「それじゃ、行くか?」

 このまま立ち話してたら、遅刻してしまいそうだし。
 今日は一時間目から授業が入ってるんだよなぁ。
 それに、今日は弁当買ってないや。
 途中で別れてから買いに行くかな……すぐ近くにコンビニあるから、便利だよなぁ。

「あ、そや」

 そう言って、周囲をきょろきょろと見渡す近衛。
 ?

「どうしたんだ?」

 周りには、若干の生徒達は居るけど見知った顔は無い。
 まぁまだ早い時間だしな。

「え、えっとですね……」

「ん?」

 何でそう畏まるんだ?
 あー、マクダウェル達と合流したから何か言うのかな、と。
 俺としては、そんな軽い感じで次の言葉を待っていた。
 何かの相談か、そんな所だろう、と。
 別に何を言われても、あまり驚かないように、顔に出さないように努めよう、と。
 少しだけ気を引き締めて、次の言葉を待つ。

「せんせ、いつもありがとうございます」

 そして、そう言って頭を下げられた。
 ……いやいやいや。
 まったくの予想外だ。
 相談事どころか、生徒から礼を言われるなんて……想像もしてなかった。

「ど、どうしたんだ? いきなり、そんな……ほら、頭を上げろ」

 そう言うと頭を上げ、今度はカバンに手を入れ、

「んでですね、これ、お礼です」

 差し出されたのは、可愛らしい包みに入れられた、小さな……弁当箱、だと思う。
 一瞬、本当に思考が止まった。
 え? どういう事だ?

「え、っと……」

「ほら、色々相談とか乗ってもらったやないですか」

 そう指を立て、まるで言い訳をするかのように早口に言われる。
 目を逸らすな、目を。
 一体何の事かと思ったら……目の前でこうも慌てられたら、逆にこっちが落ち着いてしまう。
 あー、びっくりした。
 いや、今もびっくりしてるんだけどさ。
 まさか生徒からお礼をされる日が来るなんて、と。

「いや、それは……あー、っと」

 どう言えば良いか、口が上手く回らない。
 だってしょうがないじゃないか、生徒から弁当だなんて……。
 カリカリと頭を掻いて、俺も少し落ち着かない。
 嬉しいし、困ったし、どうしたもんか、と

「……すまないな」

 とにかく、まずは差し出された弁当を受け取る。

「ありがとう」

「い、いえ……」

 そして、お礼を言っておく。
 右手で弁当を受け取り、カバンと一緒に持つ。
 流石に、カバンには入らないので。
 しかし……うーむ。

「でもな、近衛?」

「は、はい?」

「その、なんだ。あんまりこう言う……のは、しない方が良い」

「え?」

 どう言えば良いかな……こう言う時、本当に俺は要領が悪いんだと思う。
 嬉しいし、出来るならもっと言葉を繋げて礼を言いたいくらいだ。
 でも、俺は教師で、近衛は生徒なのだ。

「まぁ、そのな? 生徒が教師にこういうのは、その……あんまり良くないと思うんだ」

「……あ、は、はい」

 う。判ってる。
 俺が悪いんだって判ってる。
 だけど、それでも言わないといけない事なのだ。
 嫌われる、と判ってても――それが、俺の仕事なんだから。
 だから……そう落ち込まれると、物凄く、俺も、どう言えば良いのか判らなくなってしまう。

「先生。迷惑だったでしょうか?」

 黙ってしまった近衛に代わり、桜咲から聞かれた。
 いやいや、と首を横に振る。

「嬉しい」

 喉がつっかえてしまって、言葉が上手く出ない。

「凄く嬉しい」

 もう一度。
 たった一言じゃ、全然足らないので、もう一度言う。

「物凄く嬉しい」

 本当に、そう思う。
 世間体とか、大人のしがらみとかあって、近衛を傷つけてしまった。
 嫌われてしまったんだと思う。
 でも、ちゃんと本心を言っとかないと。

「ありがとう近衛。味わって食べるからな?」

 そう言い、俯いてしまった頭に、手を乗せポンポン、と軽く叩く。

「でも、弁当とかは、もう作ってきちゃ駄目だからな? お礼なんて、良いんだから」

 俺が好きでやった事なんだし。
 生徒の頼み事を聞けるのは、教師として嬉しい事なんだし。
 頼られてるって、実感できるから。
 それは、俺達教師にとっては……それだけでも、とても大切な事なんだから。

「だからだな……」

 あー、と。
 言葉が詰まる。
 口下手だなぁ、俺。

「そう落ち込むなよ……迷惑じゃないから、な?」

「……ほんと、ですか?」

「ああ。本当だ。嬉しいのも、本当だからな?」

 こ、困った。
 だってまさか……生徒から弁当だなんて。
 受け取ってしまったし。
 は、初めてなんだけど……やっぱり、これって拙いんだろうか?
 ……今日の昼飯は、屋上ででも食べるかなぁ。

「えへへ」

 ほっ――やっと笑ってくれたか。
 そう内心胸を下ろし……。

「先生」

「ん?」

 ……下ろしたら、絡繰から声を掛けられた。

「どうした?」

 そして、差し出されたのは……青い無地の包み。
 ……え?

「お弁当です」

「えー……っと」

 その隣、低い位置にある顔を見る。
 ニヤニヤ笑っていた。
 うっわ、楽しんでるよ。俺が困るの見て楽しんでるよ。

「どういう、事かな……?」

 困った。
 本当に、本気で、困った。
 近衛だけだって、胸一杯なのだ。
 そこに絡繰からもだなんて……困る。
 うぅ……。

「マスターが、いつもお世話になっておりますので」

「いや、だからな? それは別に気にしなくても良いんだが……」

「ですが、お礼はするものです」

「う……」

 いや、そうなのかもしれないけどさ。
 その心掛けは正しいと思うけどさ……。
 さっきまで落ち込んでいた近衛も、興味深げにこっちを見上げてくる。
 マクダウェルはにやにやと笑い、桜咲は若干引き攣った笑み。
 しかも、ここは通学路。
 いくら早い時間だからって、生徒の数がゼロな訳じゃない。
 ……他の教員がいつ通るかも判らないし。

「あ、ありがとう」

「いえ」

 その弁当を受け取り……今日って、何か弁当の日?
 いきなり二つも貰ったんだけど。

「だがな、絡繰? 近衛にも言ったけど」

「……御迷惑だったでしょうか?」

「いや、だからな?」

 迷惑じゃないんだけど、と。
 えーっと……どう説明したものか。
 
「あのな、近衛、絡繰?」

「はい?」

「なんでしょうか?」

 あー、まったく。

「こう言うのは、さっきも言ったけど、あんまり良くないからな?」

 まず、それを言う事にする。
 だって、お礼が欲しくて相談に乗った訳じゃないんだし。
 マクダウェルの事にしたって、別にこんな事をしてもらおうだなんて考えていなかった。

「でも、ありがとうな?」

 だから、凄く嬉しかった。
 うん。
 本当に……嬉しいのだ。

「最初からそう言えば良かったんじゃないのか?」

「……あのなぁ」

 そう言えればどれだけ楽か。
 しょうがないじゃないか、こう言うのを良く思わない人だって多いんだから。
 俺だけならまだ良い。
 でも、きっと近衛と絡繰も良く思われないのだ……こう言うのは。

「ほら、急ぐぞ」

「判った判った」

「はい」

 返事は、2人。
 近衛と絡繰からは、無い。

「ねぇ、せんせ?」

「ん?」

 歩きだした一歩目で、そう声を掛けられた。
 うぅ。

「照れてます?」

 ……しょうがないじゃないか。
 生徒から弁当だなんて、初めてなんだから。
 嬉しいに決まってる。

「行くぞ、ほら」

 ポン、と軽くその頭を叩く。

「はぁい」

「絡繰も」

「………………」

 返事は、無い。
 なんで?

「絡繰?」

「先生」

「ん?」

 そこで無言になられても困るんだが。
 変な事は……まぁ、沢山言ってるけど。

「どうした?」

「いえ」

 そう言って、差し出されたのは……その頭。
 何で?

「どうしたんだ?」

 困ったので周囲を見渡すと、マクダウェルはにやにやと、桜咲は困ったように笑ってた。
 ……まさか、催促される日が来るとは。
 こう言うのって、生徒的にはどう思うんだろう? とか軽く現実逃避。
 そんな事を考えながら……その頭を軽く叩くように撫でてやる。
 近衛にしたように、である。

「……えっと」

「では、行きましょう」

「お、おう」

 ……何なんだ、一体。
 むぅ。







 昼休み、そそくさと職員室を出て屋上に向かう。
 いや、流石に生徒の弁当を職員室でなんて勇気は俺には無い。
 屋上に続くドアを開けると、涼しい風が頬を撫でる。
 ふぅ。

「さって」

 食べるかなぁ、と。
 他にも屋上で食べてる生徒は居るので、鳴るべき目に付かない場所のベンチに座る。
 まずは……どっちから食べるかなぁ。

「おや、今日は豪勢なんだね」

「……龍宮。どうしたんだ?」

「いや、木乃香から聞いたよ?」

 それだけで、小さく溜息が出てしまった。
 俺の考え過ぎなのかな、教師と生徒の関係って。
 そんな事はないと思うんだけどなぁ。
 ちょっと、自分の価値観が信じられなくなりそうである。
 そんな事を考えていたら、隣に龍宮が座る。

「んー……まぁ、もう遅いだろうけど、あんまし皆には言わないでくれな?」

「はは。そこはちゃんと判ってるよ、私はね」

 そうかい。
 ならいいや……もしもの時は、俺が怒られよう。
 こう言うのって、やっぱり拙いだろうし。
 ああ、新田先生ごめんなさい。
 そんな事を考えながら、まずは無地の青色……絡繰の弁当から包みを解く

「それはどっちのなんだい?」

「……そこは内緒にしとく」

「懸命だね」

 あの調子じゃ、どっちを先に食べたとか聞かれそうだし。
 俺としても、別にどっちを比べるつもりもないし。
 折角の生徒が作ってくれた弁当なんだ、味わって食べなきゃ罰が当たる。
 そー言うのは考えないで食べるのが一番だ。

「いただきます」

 手を合わせて、まずは絡繰に感謝を。
 続いてふたを開けると……。

「おー」

「美味そうだね」

「……やらないからな?」

「そこまでケチじゃないよ」

 苦笑され、その手にはいつのまにかサンドイッチとパックのジュースが。

「それだけで足りるのか?」

「女の子の昼なんてこんなもんだよ」

 そうなのか、と。
 そう言えば、源先生も昼はあんまり食べて無かったな。
 葛葉先生が結構食べてたから、意識してなかったけど、そうだよなぁ。
 ……そう考えると、この弁当も結構負担になってるんだろうな。
 やっぱり、次は止めさせとこう。

「いただきます」

「何で二回?」

「いや、もう何回感謝してもし足りないし」

「大袈裟な……」

 なんとでも言ってくれ、嬉しいから何度でも俺は感謝するね。
 そんな事を考えながら、ご飯を一口食べる。
 中身はご飯に、肉と野菜の炒め物、卵焼きに、ポテトサラダと、ミニトマトのハーフカット。
 正直、これだけでも腹一杯になりそうなボリュームである。
 炒め物を食べると、タレが良いのだろうし、腕も良いのだろう。
 肉は噛み切れるし、野菜は柔らかいし。
 ……やっぱり、美味いなぁ。

「美味そうに食べるんだね」

「美味いからなぁ」

 これは、箸が進むな。
 卵焼きも、中は半熟で、柔らかくて、少し甘い。
 あー……。

「これは、ヤバい」

「ん?」

「……コンビニ弁当が霞むな」

「本人に言ってやったら?」

「……考えとく」

 流石にそれは恥ずかしいけど。
 そんな事を話しながら、残っていたご飯を食べてしまい、手を合わせる。

「ごちそうさまでした」

 いや、本当に。
 もう食べる事はないだろうけど、美味しかったです。
 内心では、もう何度頭を下げても足らないくらいに感謝してる。
 あー、教師やってて良かった。
 これだけで、今まで頑張ってきた甲斐があったってもんだ。

「食べるの早くない?」

「そうか?」

「良く噛まないと、身体に悪いよ?」

「……おー」

 まさか、生徒から注意されるとは。
 まぁ、それはまずは置いておこう。
 いつもはちゃんと噛んで食べてるし。
 さて、と。
 絡繰の分を包み直して、次は近衛の方である。
 こっちは絡繰の弁当箱より一回りほど小さいので、今の腹具合でも大丈夫だろう。

「また可愛い包みだね」

「そこには触れないでくれ」

 猫やらウサギやらプリントされた包みをほどきながら、そう呟く。
 流石に、こんな少女趣味の包みは俺も色々キツイのだ。
 そんな事を話しながら包みを解き、 
 
「おー」

「へぇ、これはまた」

 凝ってるなぁ、と。
 こっちはパンだった。
 と言うか、小さなサンドイッチが7割方、ミニハンバーグが2つとマヨネーズが乗ったレタスである。

「いただきます」

「一個……」

「いつものコンビニ弁当なら、別に良いんだがなぁ」

 そう言い、サンドイッチを一つ口に含む。
 流石に、一口じゃ無理だったか……しかし。

「んぐ、美味い」

「……本当に、美味そうに食べるなぁ」

「そうか?」

 もう一個。
 昼休みももうあんまりないし、午後の授業の準備もしないといけないしなぁ。
 ああ、もっと味わって食べたかったんだが、すまん。
 心中で謝りながら、サンドイッチを食べていく。

「良く食べれるね」

「ん?」

「いや、弁当2個だなんて」

「美味いからなぁ」

 それに、折角近衛と絡繰が作ってくれたんだ。
 残せるか、と。

「午後からの授業が、ちょっと億劫になりそうだけどな」

「……それだけ食べればね」

 呆れられた。
 いやまぁ、そうなんだけどな。
 ふぅ――正直、もうお腹いっぱいです。
 もー入らないわ。
 買っていたお茶で喉を潤しながら、大きく息を吐く。

「美味かった……」

 これがもう食べれないのは寂しいけど、まぁしょうがない。
 一回食べれただけでも、御の字だろう。
 と言うか、近衛は和食が得意かと思ってたけど、そうでもないんだなぁ。
 さすが料理が得意と聞くだけはあるな。
 絡繰は、もう言わずもがな。
 あの子は何でも出来そうなイメージがあるし。
 流石マクダウェルのメイドさん。

「御馳走様でした」

 両手を合わせ、頭を下げる。
 ここで俺が何かお礼を、って言ったら本末転倒なんだろうなぁ。
 むぅ……どうしたものか。

「それじゃ、私も教室に戻るよ」

「ん? そうか?」

 まだ昼休みはあるんだから、もっとゆっくりしたらどうだ、と。

「なに、私にも楽しみがあるんでね」

「楽しみ?」

 ……あ。

「あんまり、煽らないでくれよ?」

「判ってるって、先生には迷惑は……どうだろうね?」

 勘弁してくれ、と。
 苦笑してしまう。
 なるほど、龍宮は俺のお目付役か。
 まったく。

「御馳走様、って言っといてくれ」

「判ったよ」

 はぁ、と小さく溜息。
 この手から弁当箱が取られ、軽くなる。

「あ、洗って返すよ」

「そんなの気にしなくていいと思うけどね」

 んー。

「そこはまぁ、礼儀と言うか」

「はは。まぁ、そこは気にしない気にしない」

 そう言って笑いながら去っていく背を、目で追う。
 ……はぁ。
 良いのかなぁ、と。
 弁当箱の事ではなく、今日の事、である。

「ふぁ」

 ねむ。
 もう少ししたら、午後の授業の準備しないとなぁ。
 ……龍宮、変な事言わないと良いけど。
 アイツも、結構こう言う事楽しむからなぁ。





――――――エヴァンジェリン

「なんだ、今日は教室で食べてたのかい」

 そう言って教室に入ってきた龍宮真名の手には……二つの弁当箱があった。

「折角、先生は今日は屋上で食べてたのに」

「え!?」

 反応したのは木乃香。
 並んで座っていた刹那は大変だなぁ、と。
 耳を押さえながら、驚いた顔で木乃香を見る。

「ほら、御馳走さまだって」

「な、何か言ってた?」

「ん? 美味い美味いって何度も言いながら食べてたよ」

 良かったじゃないか、とファンシーな包みの弁当箱を木乃香に、飾り気の無い包みの弁当箱を茶々丸に。
 ……なんで、教えてもいないのにどっちがどっちの弁当だなんて判るのか、と言うのは野暮なツッコミか。
 そんな事を考えながら、茶々丸が作った弁当の卵焼きを食べる。

「どっちから先に食べたんだ?」

「!?」

 面白そうなので、こちらから話題を振る。

「私は木乃香の方が先かなー」

「なら私は茶々丸の方だな」

「話、私もこのちゃんの方が先だと……」

 視線を龍宮真名に向けると、楽しそうに笑っている。

「そこは本人に聞いた方が良いと思うけど?」

「う、え、あ……えー」

「だって、先生から先にどっちから食べたって聞いて無いし」

 見てただろうに、とは言わない。
 ま、それはそれで楽しいか。
 そう思っておく事にする。
 ……聞かなくても、木乃香の表情を見ているのは楽しいし。
 きっと、その時になったらもっと楽しいのだろう。

「楽しそうじゃないか」

「そうか?」

 ――まぁ、そうなんだろうな、と。
 それなりに、この平凡な毎日を楽しんでいる。
 きっと、そう言う事だろう。
 そう、思っておく。

「ねぇ、エヴァはお弁当作らないの?」

「お前もか……」

「え?」

「いや」

 何でもない、と。

「それより、お前こそどうなんだ?」

「……えーっと」

 そこで目を逸らすなよ。

「アイツは朴念仁の堅物だからなぁ、ちょっとやそっとじゃ気付かんぞ」

「うー……」

「それに、お前はきっと生徒としか見られてないだろうし」

「うぐ」

 そこで、止めておく。
 ここから先は、残酷すぎるだろうし。
 クツクツ笑う私と、机に沈み込む明日菜。

「酷いヤツだ」

「そうか?」

「そうよっ」

 ……最近、復活が早くなったなぁ。
 変な所は感心させられるな、相変わらず。

「ところで、茶々丸はどうしたんだい?」

「……さぁな」

 どうせまた色ボケしてるんだろう、と。
 龍宮真名から手渡された弁当箱を両手で持ち、眺めながら――何を想っているのやら。
 こっちも苦笑するしかない。
 まったく――どうしてこうなったのやら。





――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「モット落チ着イテ食エヨ」

「いやー、茶々丸の嬢ちゃんのメシはマジで美味いっすねぇ」

 これなら、腹いっぱい食べてもまだ食べれそうっすよ。
 あー……誰だっけ? 先生に作ったって言ってたけど。

「こりゃ、男冥利に尽きますねぇ」

「ダナァ」

 一体どんな御人なのやら。

「御主人モ最近ハ御執心ダシナ」

「そうなんすか?」

「オウ。オモシレー人間ダゼ」

「ふぅん……」

 ま、その人がもっと茶々丸嬢ちゃんに関わってくれれば、こんな美味い飯が毎日食えるんだけどなぁ。
 もう少し頑張ってほしいもんだぜ、俺の為に。



[25786] 普通の先生が頑張ります 38話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/16 23:15

――――――エヴァンジェリン

 まったく、いきなり夜に呼び出されたと思えば。
 ソファに深く座り、用意されていた茶を口に含む。
 ふぁ……ねむ。

「脱走だと?」

「うむ。京都で以前、お主たちが争った少年と少女じゃ」

 ふむ……思い出すのは、あの獣臭い餓鬼と、戦闘狂の神鳴流。
 あの二人か?

「それでどうして、私を呼んだんだ? ただの脱走なら、関係無いと思うがな」

 逃げるなら、手の届かない場所。
 自分達の仲間の所に行くと思うんだがな。

「どうにも、ただの脱走じゃなさそうじゃ」

「うん?」

「彼らを雇っておった組織は潰れたしのぅ」

 なんだ、そうなのか。
 詠春もそれなりに頑張っているのか。
 まぁ、だからと言って私を呼んだ理由にはならないのだが。

「それで?」

「脱走した理由は不明じゃ」

「……判ったら苦労しないだろ」

 何を当たり前の事を。

「あの子らは、大した罪には問われとらんかった。雇われの子供じゃからな」

「……それで?」

 また甘い事だな、と。
 そうは思うが口には出さない。
 ただただ、呆れてしまう。
 子供だから罪に問わないなどと……魔法使いがどれだけ危険な存在か、認識が甘いと思うがね。 
 ま、いい。

「すぐに自由になれるのに、何故脱走する?」

「さぁね。繋がれるのが嫌か、飼われるのが嫌か、もしくは行かなきゃならん場所があるのか」

「うむ。脱走前は、良くネギ君の事を聞いておったそうじゃ」

 ぼーやの事?
 ……何故?
 確かに京都の一件で顔は割れているだろうが、接点は無いと思うんだがなぁ。
 ただの他人。
 それとも、英雄の息子という肩書に興味を持ったか?
 だが、それでも脱走の理由には弱いだろう。

「だからと言って、私を呼ぶ理由にはならないな」

「修学旅行の一件が終わっても、面倒を見ているようじゃのぅ」

「……乞われたからな」

「ふぉふぉ、なるほどのぅ」

 ――ちっ。
 また小僧の面倒を見れと言う事か。
 くそ。

「こっちに向かってるのか?」

「判らん。どうにも、魔法使いの探索を上手く避けておっての」

 それに、ただの脱走者にそうまで人数を割けておらん、と。
 そうかもな……相手はただの子供2人。
 熟練の魔法使いにとっては、特に問題にならんだろう。
 ……が、一般の人間にしたら脅威以外の何物でもないと思うがな。
 どれだけ自分達が特別で、どれだけ脅威になる存在なのかの認識が甘い。
 表に関わらなければ問題無いなどと――まぁ、今言ってもしょうがないか。
 そんな在り方を、今更変えろと言っても無理だろうし。

「一応、気にかけておいてくれ」

「判った」

 しかしまぁ、今年になって次から次に厄介事が。
 はぁ……こんなにも、静かに暮らすのは難しかったかな。
 去年は、誰にも関わらずに……こんなに、何かが起きた記憶は無いんだが。
 ただ覚えていないだけか?
 まぁ、どちらにしろそう良い記憶は無いか。

「もしここに来たら、どうする気だ?」

「そうじゃな。まずは生きて捕まえる、じゃな」

「……判った」

 生け捕り、ね。
 ――面倒にならなければ良いんだが。
 
「話はそれだけか?」

「うむ。ああ、そうそう」

「む?」

 まだあるのか?
 ソファから上げかけていた腰を、再度落とす。

「最近、木乃香の調子はどうじゃ?」

 ……どうやら、今日は寝るのが少し遅くなりそうだ。







「おはよう、皆」

「おはようございます、皆さん」

 そう、いつもと同じように教室に入ってきたのは、ぼーやと先生。
 それを半分以上眠い頭で、ボーっと聞きながら、欠伸を一つ。
 くそじじいめ……ただでさえ朝は弱いと言うのに、遅くまで付き合わせて。

「それじゃ、点呼をとりますから返事して下さいー。明石裕奈さん」

「はーい」

「朝倉和美さん」

「うーっす」

 うつら、うつら。
 ――本気で眠い。

「椎名桜子さん」

「はいっ」

 ……しかし、逃亡者、ねぇ。
 本当にこの麻帆良に来るんだか。
 まぁ、来たら来たでまずは結界に引っかかるはずだから、気付くのは簡単なんだが。
 問題は、あっちに一応ではあるが神鳴流が居ると言う事か。
 葛葉刀子にも後で話すと言っていたし、私の方でも刹那に聞いてみるか。
 神鳴流に結界を壊す術があるのか。
 そんな事を考えながら、欠伸を一つ。

「寝るな」

 パコ、と。
 そう乾いた音を、プリントを丸めた棒が鳴らす。
 ………………。

「寝ていない」

「なら、ちゃんと返事をしないか」

 ……何?
 教卓の方に視線を向けると、困ったようにこちらを見るぼーやと目が合った。

「呼ばれた記憶が無いな」

 パコ、ともう一度。

「HRが終わったら顔を洗ってくるように」

「くっ……」

 そう言って教卓の方に戻る、その背を目で追う。
 しょうがないじゃないか、私は吸血鬼で、朝が弱いんだから。
 ……そう言えれば、どれだけ楽か。

「はぁ」

 ……案外、吸血鬼だからって、その辺りは妥協しないかもな。あの性格だと。
 堅物め。
 まぁ、そんな事言うつもりもないが。
 このそれなりに居心地の良い時間は――結構、悪くないしな。

「マスター、大丈夫ですか?」

「ああ、問題無い」

 周りから笑われてるの以外はなっ。
 くそ……今日は朝からツいてないな。
 午後からは雨だと言っていたし。
 雨はあんまり好きじゃない。
 服は濡れるし、靴は汚れる。
 長い髪は乾き辛いし、良い事なんか一つも無い。
 はぁ、ともう一度溜息。

「今日は午後から雨だって言ってたけど、傘はちゃんと持ってきたかー?」

 教卓から、最近聞き慣れてきた声が聞こえる。
 机に肘を付き、その様をぼんやりと眺める。
 相変わらず元気だなぁ、と。
 どうしてまぁ、あんなに元気でいられるんだか。

「濡れるの嫌だろうけど、気を付けるようにな? こんな時は事故多いから」

「はーい」

「…………ああ」

 クラスの連中の元気な返事に隠れるように、小さく返事をする。
 まぁ、事故くらいでどうこうなるような弱い身体じゃないんだが。
 
「それじゃ皆さん、今日も元気に頑張りましょうっ」

「はいっ」

 ……元気な事だ。
 そう呟き、もう一度欠伸。
 眠い……一時間目はなんだったかな?
 寝ようかな、と考えていたらぼーやは教室から出ていき、先生は残ったまま。
 あー……。

「茶々丸」

「何でしょうか?」

「一時間目は、もしかして数学か?」

「はい。先生の授業です」

 ……今日は、どうにもツいてないようだ。
 もう一度、今度は溜息を吐いてしまう。
 授業の前に、顔を洗いに行こう。







 その日の授業が終わる頃には、曇天の空が広がっていた。
 これは、もうすぐ降るかもなぁ、と。

「うわー、帰るまでもってくれないかな」

 そう言いながらこっちに来たのは、明日菜と木乃香、刹那に龍宮。
 ……まぁ、いつもの面子だ。
 何でこいつ等は、最近私の机に集まるんだか……動かなくてすむから助かるが。

「厳しそうやねぇ……結構雲厚いみたいやし」

「うえ……」

 女がそんな声出すなよ、と。
 まったく。だからお前は、タカミチから相手にされないのかもなぁ。

「どうする? 今日はまっすぐ帰るか?」

「へ?」

 いや、そこでそう不思議そうな顔をされてもな。

「雨が降るなら、今日はウチに来ないだろ?」

「……驚いた」

 だから、何でそんな顔をする。

「何がだ、龍宮真名?」

「いやー……うん。別に?」

「……気に障る奴だな」

 何か変な事言ったか?
 別に言ってないと思うんだがな……。

「でも。折角ですから、今日もエヴァンジェリンさんの家に行きましょうか?」

「せやね、せっちゃん。今日も真面目に修行修行」

 む……。

「どうした? 今日はやけにやる気だな」
 
「そかな?」

「偶にはそんな気分なんだろうね」

 なんだそれは。
 大体、いつもこれくらいやる気を出せ、と。
 まぁ、モチベーションなんてその日で違うんだろうが。

「真名も来るの?」

「……そして、なに当たり前のようにウチに来ようとしてるんだ、お前は」

「えー」

「駄目だからな?」

 なんでよー、と言う声は無視。
 当たり前だ、バカ。
 魔法に関わらないとか言ってたくせに、何で魔法の修行場に来ようとするんだ。

「良いじゃないか、別に」

「良い訳あるかっ」

「私が相手してるからさ」

 そして、何をさりげなくお前も来ようとする。
 いつからウチは、暇人の集合場所になったんだ?
 まったく。

「そんな目で見ないでくれないかい?」

「見られたくなかったら、どうすればいいか判るだろ?」

「おっけー、静かにしてる」

「ち、が、う!!」

 椅子から立ち上がり、その頬を摘んでやる。
 こ、の、アホはっ!

「いひゃいいひゃいー」

「あら明日菜さん、楽しそうですわね」

 そして、何故か通りかかった雪広あやかから反対側の頬を摘まれていた。

「ひゃ、ひゃんでーー」

「……柔らかいですね」

「ああ」

「ひゃなしへーー」

 むぅ。

「マスター、楽しそう」

「ああ、これは存外悪くないな」

「……止めてあげなよ」

 それもそうだな。
 そう龍宮真名から言われ、その頬から指を離す。

「ひ、ひどい……」

「ごめんなさい、明日菜さん」

 お前、絶対悪いって思ってないだろ?

「すまないな、明日菜」

 まぁ、私もだけど。
 しかし柔らかかった……。

「また今度抓らせてくれ」

「いやよっ!!」

 そ、そんな泣きそうになってまで言わなくても……そんなに痛かったんだろうか?
 そう酷くはしてないんだがなぁ。
 蹲って、その頬を手の平で揉みほぐしている明日菜を横目に、雪広あやかに視線を向ける。

「どうした?」

「いえ、明日菜さんが楽しそうでしたので」

「楽しくないわよっ」

「……よしよし」

 その明日菜は、木乃香に頭を撫でられていた。
 面白いよなぁ、コイツ。

「それではまた明日、エヴァンジェリンさん」

「ああ……またな」

「って、あんたホントに私のほっぺた抓りに来ただけ!?」

「ええ、楽しそうでしたので」

「き、今日と言う今日は許さないわよっ」

 ほら、やっぱりそう痛くなかっただろ。
 すぐ復活したし。

「はいはい。明日菜さんも、また明日」

「むー……」

 そう膨れるなよ、まったく。

「判った判った。ウチに来て良いから、そう怒るな」

「ほんと?」

「そのかわり」

「うん、静かにしてるっ」

 よろしい。
 そう頷き、カバンを取る。

「帰るぞ、木乃香、刹那、茶々丸」

「あれ、私は?」

「……明日菜の面倒を頼むぞ、龍宮真名」

「りょーかい」

 はぁ、と小さく溜息。
 賑やかな連中だ、まったく。

「明日菜さん、今日はエヴァンジェリンさんの家に遊びに行くのですか?」

「ん? ええ」

「そうですかそうですか」

 ……やけに機嫌が良くなったな。

「どうしたの、あやか?」

「いえいえ、別に、です」

「いや、急にそんなに機嫌が良くなられると」

 とは刹那。
 誰だってそう思うよなぁ。
 木乃香だけはニコニコ笑ってるけど……まぁ、例外もいるよな、うん。

「う……ま、まぁこちらの事です」

 何なんだ?
 結局、その事は言わずに立ち去る雪広あやか。
 うーむ。

「あ、そっか」

「ん? 何か知ってるの、木乃香?」

「あー……ちょっと」

 ?

「どうしたんだ?」

「いやね? ウチが居ない時、ネギ君の晩ご飯は向こうで食べてるらしいんや」

「……あー」

「なるほどねぇ」

「うわ、真性だ」

 真性言ってやるな、友達だろうが。

「雪広さんとこか、のどかんとこで」

「うっわー……本屋ちゃんも頑張ってるんだ」

「楽しそうです」

 そうか?
 まぁ、お前は最近料理に興味持ち始めたからなぁ。

「お礼代わりに、今度作りに行ったらどうだ?」

「……迷惑がられるかと」

 まぁ、だろうがな。

「そこはちゃんと分別はあるのか」

「御迷惑はかけられませんので」

「ふん。まぁ、お前の好きにすると良いさ」

 別に、お前を束縛するつもりも無い。
 お前の時間はお前が好きに使うと良いさ。

「行くぞ、お前ら」

「はーい」

「あ、待ってよエヴァー」

 ……はぁ、しかし――あ、そうだ。

「刹那」

「ん?」

「後で話がある」

 そう言えば、昨晩の事を言ってなかったな。

「? 判りました」

「えー、せっちゃんと2人で内緒話?」

 教室から出ると、木乃香からそう言われた。
 内緒話、と言うほどの事でもないんだが。

「気になるなら、後でお前にも教えてやるよ」

「へ? あ、ほんまに?」

「ああ。龍宮真名は、もう聞いてるかもしれないがな」

 そう言うと、ん? と言う顔をされた。

「じじいから、聞いてないのか?」

「あ、ごめん。まだ聞いてないかも」

 なら、ちょうど良いか。
 危険かもしれないし、明日菜にも釘を刺しておかないといけないしな。
 家に帰ったら、一回その事を話すか。
 まぁ、ぼーやが狙いだろうから巻き込まれない限りは大丈夫だろうが……。
 案外危なっかしいからな、コイツは。
 外に出ると、雨が降っていた。

「うわぁ」

「こりゃ、止みそうにないね」

 だなぁ、と。

「茶々丸、傘は?」

「用意してあります」

「なら帰るか」

「あ、誰か入れてくれない?」

 まったく、お前は……。

「はは、私と一緒に帰るかい?」

「ごめんねー、真名」

「いいよいいよ」

 はぁ……傘で雨を受けながら、溜息を一つ。
 私はあまり、雨が好きではない。
 そんな雨の中に足を踏み出し……水溜りを踏んでしまう。

「うわ」

「楽しそうね、エヴァ」

「………………」

 私は、雨が嫌いになった。




――――――

 雨である。

「結構振りそうだなぁ」

 そう曇天の空を見上げながら、呟く。
 雨は好きだ。
 どうして、と聞かれたら困るけど。
 何となく好きだ。
 賑やかな麻帆良の街が静かになるし、何となくだけど楽しい気分になれる。
 こう言うのは、多分子供っぽいんだろうなぁ、と思うがこればっかりはどうしようもない。
 帰路につきながら、そう思ってしまう。

「でもまぁ、明日の朝には止んでくれると良いんだけど」

 流石に、雨は好きだけど通学の時には面倒だろうからなぁ。
 そんな事を考えながら歩き、偶に見かける水溜りには踏んでしまう。
 ……靴が濡れてしまう、と言うのは判ってるんだけど、どうしても。
 まぁ、予備の靴はあるから良いんだけど。
 しかし、今日の晩飯はどうするかなぁ。
 それに、そろそろテストの範囲も考えないといけないし。
 むぅ……やる事が結構あるなぁ。
 最近はネギ先生も体調が悪いと言うか、疲れが溜まってるみたいだし。
 少し仕事を回し過ぎたかな?
 まだ10歳だもんなぁ。生徒の成績の管理くらいは、と思ったけど、少し仕事が多かったかな?
 テストの準備も、授業の準備も、他にも色々担任としての仕事はあるし。
 うーむ。

「あ、先生っ」

 ん?
 声は、少し離れた所からだった。
 向こうから駆けてくるのは――。

「那波か?」

 それに、その後ろには村上。

「傘もささないでどうしたんだ?」

 こちらからも駆け寄ると、その理由が何となく判った。

「どうしたんだ、その犬」

「道に倒れてたんです」

「なに?」

 その胸に抱いていた犬を受け取る。
 あ、服が……ま、まぁ良いか。

「息はあるみたいなんですけど」

「そうみたいだな」

 この辺りに動物病院って……普段行かないから、判らないな。
 ん?

「怪我してるのか」

「あ、右足の所を」

 気付いたら、右手に少し血が滲んでいた。
 俺のじゃないから、多分この犬のだろう。
 だから倒れてたのかな?
 それに、この雨だしなぁ。

「……どうしましょうか?」

「ん。そうだな……」

 一番は、やっぱり動物病院を探して連れて行くのが良いんだろうけど……。
 こんなに濡れてたら、やっぱり動物でも体温とか下がり過ぎて駄目なんだろうな。

「……ここからだと、教員寮が近いから、まずは温めた方が良いだろうな」

 それから、動物病院に電話して来てもらうか、連れて行くかするか。
 寮って動物禁止だったよなぁ……うは、また新田先生に頭下げないとな。
 うぅ、最近もう迷惑掛けっ放しだな。
 スイマセン、と先に一度心中で頭を下げておく事にする。

「なら、急ぎましょう先生」

「……いや、那波達は女子寮だろ?」

「ですけど……」

 流石に、職員寮に生徒を入れる訳にはいかんだろ。
 しかも女子生徒。
 部屋に入れたりしたら、学園長室に直行だろうなぁ。

「明日ちゃんとどうしたか教えるから」

「先生、見つけたのは……」

 うーん。

「それに、そんなに濡れてたら、風邪ひくぞ?」

 男性職員寮に、女物の服なんて置いてないぞ、と。

「あ」

「生徒に風邪をひかれる訳にもいかないしな」

「……それだったら」

 ん?
 そう言って差し出されたのは、携帯だった。

「私の番号です」

 あ、そう言う事ね。

「判った。落ち着いたら連絡を入れるから、それで良いか?」

 俺も携帯を取り出し、那波の携帯に表示されていた番号を片手で入力する。
 傘も持っているってのに……っと、よし。

「……それでは先生、その子をよろしくお願いします」

 と、頭を下げられた。
 いやいや、そんなしなくて良いから。

「おー。村上、帰ったらすぐ風呂を用意してやってくれな?」

「は、はいっ」

 びしょ濡れの那波を村上に任せ、俺は帰路を若干急ぐ。
 しかし、どうしたんだろう?
 車――と言うより、自転車にでも轢かれたのかな?
 傷自体は……どうだろう。
 骨は折れてないみたいだけど、血が出てるからなぁ。
 傘でこれ以上濡れないようにして、俺自身が雨に濡れながら早足で進む。
 電話帳は、確か寮に置いてあったよな。
 そんな事を考えていたら、

「すんません~」

「ん?」

 そう言う声と共に、道を塞がれた。

「えと、どうかしたのかな?」

 びしょ濡れなんだけど、と。
 傘もささずに、白い着物のような服を着た少女が立っている。
 ……それが、やけに現実味が無いのは、なんでだろうか?
 ああ、その服が見掛けないからか。
 着流し、と言うんだったか。
 時代劇でよく見かけるような着物。
 少女は、それを着ていた。ぶかぶかのをだ。
 中学生だろう。多分俺の受け持ちよりも下の学年だと思うけど……まぁ、鳴滝姉妹もいるし、一概にはそう言えないか。

「その子」

「ん?」

 指差されたのは、腕の中の子犬。

「あ、君の?」

「んー……まぁ、そんな所でしょーか?」

 ?
 なんか、妙な言い回しだな。
 それに、なんか独特な喋り方だし。
 調子狂うなぁ。
 そう苦笑してしまう。

「傘は持ってないのか?」

「手持ちが少のぅてですね~」

「あ、そうなのか?」

 そう言い、とりあえず持っていた傘を、差し出す。
 もうこんなに濡れてるしなぁ。

「ええんですか?」

「まぁ、それ以上は濡れないだろ?」

「……これ以上無いくらい濡れてますけどね」

 そう言われると、どうしようもないな、と。
 傘を渡し、子犬を……。

「病院に連れて行った方が良いんじゃないか?」

「いえいえ~、大丈夫ですえ」

 そうか?
 こんなに濡れて、怪我までしてるんだけど。
 首輪もしてないし、手持ちのお金も無いって言ってたから……もしかして野良かな?
 うん、それだと辻褄合うな。

「まぁ、立ち話も何だし、一回ウチに来る? タオルくらい貸せるけど」

「ええんです? お金持ってないですよ~?」

「ああ。教員寮だけど、それで良いなら」

 温かい飲み物も出せるしな、と。
 そう言うと、少女はにっこりと笑う。
 無邪気、と。
 そう表現するのが一番な、笑顔。
 それにどこか違和感を感じるのは……なんでだろう?

「この子、どうしたの?」

「んー……ちょっと、事故に巻き込まれそうになったの、庇ってくれたんですよ~」

 そ、そうか。
 ちょっと悪い事聞いたな……でも、そう酷い怪我じゃないみたいだし、良かった、のかな?
 まぁ素人判断は危ないか。

「センセーなんです?」

「おー。あ、寮はこっちな」

 傘をさした少女に道を教えながら、帰路に就く。
 ちなみに、子犬は上着でくるんで俺が持っている。
 ……コレ、クリーニングで大丈夫だよな?
 ちょっと不安だけど……まぁ、仕方ないか。

「センセーなら、ネギってボン知りません?」

「ボン?」

「あ、坊やって事です」

 ああ。

「ネギ先生の知り合いなのか?」

「ええ。ちょっと話したい事がありまして」

 そうか、と。
 まぁ詳しく聞かない方が良いかな?
 個人的な事だろうし。

「なら、後で連絡を入れるよ」

「あ、知ってはります?」

「おー」

 この子の事が落ち着いたらな、と。
 子犬もこのままじゃ問題だし。
 獣医に連絡入れて、ネギ先生に連絡入れて、那波に連絡入れて。

「むぅ」

 今日は忙しくなりそうだな、と。
 ……こりゃ、仕事には手がつかなさそうだ。





――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「兄貴、少し息抜きしたら?」

「う、うん。そうだね」

 そう言って、石畳の床に腰を落とすネギの兄貴。
 ここん所、ずっと根詰めて……倒れねぇと良いけど。
 学校の仕事が終わったら、まっすぐ姐さんの“別荘”か、仕事だもんな。
 このままじゃ倒れちまうぜ。

「オイオイ、全然駄目ジャネーカヨ」

「す、すいません」

「ヤッパ、足止メル奴ガ必要ダナァ、オ前」

 でも、仮契約をするにも相手がなぁ。
 明日菜の姉御なら戦力的には問題無さそうなんだけど、姐さんが絶対良い顔しないからなぁ。
 うーむ。

「マ、ソレハソノ時考エルカ。魔法ハチャント撃テルヨウダシ」

「はいっ」

 上級古代呪文“雷の斧”をこんな短期間で完璧に使いこなすなんてなぁ、やっぱ兄貴は凄いぜ。
 でも、チャチャゼロさんレベルの相手だと、やっぱり動きについていけないんだよなぁ。
 オレっちは足止めなんて出来ねぇし。

「オ前ハ1人ジャ戦エネーッテ、忘レンナヨ?」

「……はい」

「落チ込ムナヨ。ソレハ悪イ事ジャネェンダカラ」

「え?」

「ソレモ1ツノ……マ、ソコカラ先ハ、俺ガ言ウコトジャネェナ」

 ケケケ、と笑うチャチャゼロさんに、兄貴と2人で首を傾げてしまう。
 どういう事だろ?





[25786] 普通の先生が頑張ります 39話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/17 23:03

 んー、っと。

「ちょっと待っててくれ、なんか拭くもの取ってくるから」

「はいは~い」

 びしょ濡れの女の子を連れてきたのは良いが……いや、あんまり良くないけど。
 とりあえずはまずは拭く物だよな。
 濡れたまま部屋に上がられてもまずいし。
 部屋に上がり、脱衣所へ。
 えっと、タオルタオル、っと。

「あ、っと」

 適当なタオルを数枚取り、玄関に戻る。

「はい、これ使って」

「どうも、すませんえ~」

「ん。すぐ着替えるから、ちょっと待っててくれるか?」

「はいな~」

 上着でくるんでいた子犬をリビングの床に静かに下ろし、まず先に簡単に着替えてしまう。
 うわ……明日、クリーニングに出さないとな。
 スーツも予備のがあるから良いけど、これは痛いな。
 そう苦笑し、部屋着に着替えて

「拭いたら、上がってきてくれー」

「はーい、しつれいします~」

 さて、と。
 この子犬……どうしよう?
 とにかくまずは拭かないとな。
 濡れてたら冷えて病気になるかもだし。
 用意していたタオルで子犬の怪我に触れないように、雨を拭っていく。
 んー……怪我は、そう酷くはないのかな?
 血は出てるけど……でも、子犬だし、破傷風とかもあるかも。

「小太郎はん、どないな調子です?」

「ん?」

 小太郎?

「この子の名前?」

「はい~、確かそんな名前やったかと」

「首輪はついてないけど、飼い犬なのか――?」

 俺の隣に座りながら、子犬の傷口を無造作に触る少女。

「ちょちょ、痛いんじゃないかな?」

「これくらい掠り傷ですえ」

「そうか? でも、痛いのには変わらないと思うけど……」

「男の子は、その辺りは気にしないもんですえ~」

 何と言う理論。
 むぅ……男らしい女の子だなぁ。

「これでも、傷には結構詳しいんですえ~」

 任せて下さい、と。
 何だそりゃ?
 傷に詳しいって……そんなに、あっさり言うような事かな?

「あーあー、まぁ、この程度なら大丈夫でしょ」

「……そうなのか?」

「多分、うちを庇った時に、どっかにぶつけたんでしょ」

 うぅむ。
 でもまぁ、子供の見立てだしなぁ。
 やっぱり動物病院に連れていった方が良いよな。

「それより、何か食べるのありません?」

「ん?」

「お腹がペコペコなんですわ~」

 ぬ……そう言えば、今何時だっけ?
 携帯を手に取り時間を確認すると……確かに、もうそろそろ夕食時か。

「君は、家は?」

「ありまへん」

「ん?」

 無い?
 どういう事か測りかね、首を傾げると。

「京都から来たばっかりなんですわ」

「京都!? ……一人でか?」

「その子と一緒にですわ」

 そう言って指差したのは、今は静かに寝ている子犬。
 ……子犬と京都から? 中学生、くらいだよな?
 この時期に京都から……?

「誰か、こっちに知り合いは居るのか?」

「んー……近衛のお嬢様と、先輩なら、知り合い、って言えますかね?」

「近衛と……先輩?」

 近衛は判るけど、先輩って誰だ?

「えーっと、刹那先輩って言えば判ります?」

「ああ。桜咲か」

「あ、判りましたか~」

 良かったです~、と。
 両手を軽く叩いて合わせ、本当に嬉しそうに笑う。
 うーむ、しかし何と言うか……独特な喋り方をする子だなぁ。 

「わざわざ京都からネギ先生を訪ねてきたのか?」

 そんな事を思いながら、立ち上がる。
 何か食べるのあったかな……弁当買うの忘れてたから、少し困った。
 確か買い置きのパンがあったと思うけど。

「はい~。それに、こっちに来た方が面白そうでしたし~」

「何かあったっけ?」

 んー……面白い事ねぇ。
 もしかしたら、麻帆良祭か?
 でも、まだ結構先だしなぁ。
 使っていないキッチンに行き、パンを探す。
 えーっと、確か……あったあった。

「パンで良いかな?」

「ええんですか?」

「おー。少し食べたら、近衛の所に連れて行くよ」

 その時ついでに、那波と話すか。
 病院を探すのは、パン食べてる時にでも……。
 そう考えながらリビングに戻ると、

「……………………」

「あ、すいません~」

 えーっと……。
 あれ?
 俺の目がおかしくなったのかな?
 目頭を揉み解し、もう一度見る。
 ……あれ?

「どうかなさいましたか、センセー?」

「あー、いや……誰?」

 なんか、女の子の隣に、男の子が寝てた。
 裸で。
 ……いや、本当に誰?

「小太郎はんですえ~」

 え? いや……あれ?
 それって子犬の事じゃ……え?

「パン貰ってええですか~?」

「あ、うん。どうぞ……こんなのしかなくて悪いな?」

「いえいえ~、貰えるだけで御の字ですわ~」

 突っ立ったままそう返事を返し、茫然と寝ている少年を見てしまう。
 苦しいのだろう、明らかに顔色悪いし。
 汗もたくさんかいている。
 それに――

「あ、ジャムかなんかありません?」

「へ? あ、ああ……キッチンの方に」

「失礼しますね~」

 俺の脇を抜け、キッチンに向かう少女を目で追い……もう一度少年を見る。
 名前は、小太郎と言うらしい。さっきまでいた子犬と同じ名前である。
 ……いやいやいや。
 そう首を振り、周囲を見渡す。
 ――やっぱり、子犬の姿は何処にも無い。
 無いのである。
 消えてしまった……代わりに、この男の子。

「っと」

 まずは、そんな事を考えてる場合じゃ……あるんだけど、今は良い。
 顔色も悪く、汗をかいている少年を見る。
 まずは拭いて……服も着せないとな。
 俺ので良いか。かなり大きいだろうけど、裸よりはマシだろうし。

「どこにあります~?」

「あ、えっと」

 少女にジャムの場所を口で説明しながら、再度脱衣所へ。
 新しいタオルを数枚用意し、それで少年を拭いてやる。

「ありました~」

「ちょ、ちょっ!? もう少し、向こうに行っててくれるかな?」

「? わかりました~」

 びっくりしたぁ。
 あの子、羞恥心とかないのかな?
 一応、裸の男が居るんだけど……と、今は良いか。
 この子も同年代の女の子に裸なんて見られたくないだろうし。
 急いで着替えさせよう。
 服は……っと。
 これは困ったな――なんか、変な事になってきた。
 犬が男の子になったんだ。
 ……那波にどう説明しよう? 逃げたってでも言おうかな?
 と軽く現実逃避しながら、小さく溜息を吐く。
 信じてもらえる訳ないよなぁ……。







 ガツガツと、まさにそう表現できる勢いで、コンビニから買ってきたおにぎりやらパンやらが少年の胃袋に消えていく。
 ……良く食うなぁ、と。
 その光景をテーブルを挟んだ反対側から眺めながら、心中で呟く。

「お茶っ」

「ほら」

 一緒に買ってきたボトルのお茶を手渡し、小さく溜息。

「さんきゅ、兄ちゃんっ」

 本日何度目になるか、もう両手の指で足りない数は吐いたはずの溜息を、吐く。
 ちなみに、この犬少年と一緒に居た少女は、その隣に座っておにぎり二つ目である。
 良く食う子達だ……。

「なー……えっと」

「そう言えば名乗ってまへんでしたね。ウチは月詠ですえ」

「月詠? フルネームは?」

「んー。今はただの月詠と、そう呼んで下さいな」

 ? どういう事だろう?
 まぁ、本人がそう言うなら、そう呼ぶけど。

「寒くないか?」

「大丈夫ですえ、拭きましたし。ありがとうございます~」

 なら良いけど。
 流石に女物の服は無いからな……ご飯食べ終わったら、早くネギ先生の居る女子寮の方に行くか。
 最近は暖かいけど、濡れた服着てたら風邪ひくだろうし。
 まぁそれは置いておいて。
 で、と。一言挟み。

「なぁ、月詠。犬って人間に変身するのか?」

「なんや兄ちゃん、もしかして一般人なんか?」

 ……一般人?
 また、妙な言い方だなぁ、と。
 普通はそんな言い方はしないだろう――まぁ、普通は、だけど。
 その一言が、余計にこの子達が、少しだけ“違う”のだと、教えてくれる。
 多分、小太郎の中ではちゃんとした線引きがされてるんだろう。
 一般人と、少し違う人達との線引きが。

「ああ」

 だから、特には何も聞かずに頷いておく。
 まだの子達の事を何も知らないんだし。
 ……知って手遅れになったら、と聞かれたら――まぁ、何とか逃げるかな、と。
 ここは職員寮だし。
 そう目立った事もしないだろう、と思うのはきっと楽観的すぎる考えなんだろうけど。

「あかんあかん。何やってたんや、月詠」

「怪我して倒れてたのは、小太郎はんの方やけどな~」

「……ぐ、誰のせいやと」

「あんさんが弱いからですわ~」

 いや、2人で勝手に話を進めないでくれないか?
 俺も、最後のおにぎりを食べながら、もう一度心中で溜息。
 普通は、犬は人間に変身しないと思うんだがな……漫画や映画じゃあるまいし。
 これじゃまるで――物語の中の狼人間である。
 でも、この2人をそう危険に感じないのは何でだろう?
 子供だからか?
 いや……それでも、この二人は危ないと思うんだけど……むぅ?

「どないしたん、兄ちゃん?」

「あー、いや。それで、小太郎の方は怪我は大丈夫か?」

「ん? ああ、まだ結構痛いけど――」

「よわ……」

「なんか言うたか、剣も持ってない役立たずがっ」

「いえいえ~、女の子一人も守れない番犬さんには何も~」

「……ぐっ」

 ……仲良いなぁ、と。
 なんか、神楽坂と雪広に似てる、と思ってしまった。
 何となくだけど。

「あー……なぁ、2人とも?」

「なんや?」

「なんです?」

 はいはい、こっちを睨むなよ。
 でもそれをあんまり怖いと感じないのは――マクダウェルに慣れたからかなぁ?
 ……それはそれで失礼だな、すまんマクダウェル。
 心中で頭を下げながら、なんか学校の続きをしているように感じるのは、何でだろう?
 やっぱり、この2人が子供だからだろうか?

「物を食べる時は、あんまり喋らないように」

 口の中の飛び散るから。
 特に小太郎。
 お前は酷い。
 とりあえず、すでに飛び散ってしまったご飯粒を布巾で拭いていく。

「う、わ、判った」

「失礼しましたえ」

 まったく。
 これじゃ本当に、子供の世話だ。
 色々聞きたい事はあるけど、とりあえずは食べてしまうまで待つ事にする。
 急いで聞いても、この調子じゃ上手く話してくれないだろうし。
 俺も、まだあんまりさっきの小太郎の事を信じ切れてないし……俺も落ち着きたいのだ。
 窓から外を見ると、雨粒が窓を叩いている。
 結構ひどいみたいだ……これは、明日まで続くかな。
 テレビを付けて、天気予報にチャンネルを変える。

「明日も雨かぁ」

「雨は嫌いです?」

 ん?
 小太郎の隣に座っていた月詠が、そう聞いてきた。
 まぁ、話題を振ってきただけ、とも思うけど。

「いや、好きだけど……明日も学校だからな、雨だと服が汚れる」

 休みの日は汚れても問題無いんだけどなぁ、と。
 そう言ったら、クスクスと、笑われた。

「面白い人ですね~」

「そうか?」

「普通は皆さん、雨は嫌いですえ――汚れますから」

 いやまぁ、その通りだけどさ。

「まぁ、そうだけどさ……」

 んー、と。

「何だっていつかは汚れるもんだし、いつも汚れるの気にしてたら何も出来ないだろ?」

「それでも誰も、汚れたもんは嫌なもんですえ」

 そうかな?
 頭の中に浮かぶ数人……筆頭は神楽坂……は、多分あんまり気にしないんじゃないかな、と。
 そう内心で苦笑してしまう。
 ウチのクラスは、何だかんだ言っても、楽しい事は心底から楽しむからなぁ。
 そう言う所は、多分他のクラスにも無い所だと思う。
 ……学生としては、ちょっと問題なのかもしれないけど、だ。

「そうでもないと思うけどなぁ」

 そう苦笑する。
 まぁ、それがこの子の価値観なんだろうけど。女の子だし。
 やっぱり汚れるのは好きじゃないんだろう。

「食べ終わったかー、小太郎?」

「もうちょっとタンマ」

「急がないから、ちゃんと噛んで食えよ?」

「オカンか、あんたは」

 むぅ、食い物やったのに何と言う事を。
 誰がオカンだ、誰が。
 まったく。

「礼儀のなって無い野良犬やなぁ」

「いきなり食いもん強請る女も相当やと思うけどな」

「はいはい、良いからまず食べてしまえ」

 はぁ……何でお前らそんな喧嘩ばっかりなの?
 別に良いけどさ、見てる分には楽しいから。
 ただ、用事があったんじゃないんだろうか、とは心中でだけ呟く。
 なんだかなぁ……。
 変な子供の二人組。
 通報しないだけマシかな、とも思ってたけど、この子達なら誰でも気を許すかもなぁ、と。
 殺伐してないし。
 良くテレビでやってる少年犯罪とかとは無縁そう、と感じるし。
 学校の先生やってるからそう感じるのか、それともこの子達の雰囲気がそう感じさせるのか。
 そう聞かれたら、多分後者だろう。
 特に、小太郎は嘘が吐けなさそうだし……こうも感情的じゃあなぁ。







「何くつろいでるんや、月詠。早ぅ、行くで」

 とは、ご飯を食べ終わって、横になっている小太郎である。
 お前が言うな、お前が。
 一番くつろいでるの絶対お前だから。
 月詠を見てみろ、礼儀正しく正座して茶を飲んでるぞ。

「……どこに行けばいいか判らんでしょうに」

「別に、お前が覚えてるからええやろ?」

「覚えてるって……何だ?」

「ん? あー、っと。なんか、頭にモヤかかったみたいに、ちょっと思い出せんのや」

 それ、結構大事なんじゃないのか?
 大丈夫なのかな?

「病院行くか?」

「んや、別に良い」

「……はぁ」

 月詠と2人で、溜息を吐いてしまう。
 なんて楽天的な。
 もし月詠の言っている事故で、頭でも打ってたらどうするのか。
 ネギ先生への用事がなんだか知らないけど、時間があるようなら後で病院に連れて行こう。
 ……この場合、動物病院と普通の病院、どっちが良いんだろう?

「えっと、それじゃ2人ともネギ先生に会いに来たのか?」

「ええ。センセーなら、場所知ってますやろ?」

「おー。どうする? 雨降ってるけど今から行くか?」

「是非に」

 そうか、と。

「一回連絡入れとくから、出る準備しといてくれ」

 とりあえず、先に連絡入れとくか。
 そう思い携帯を取り出し、小太郎と月詠は玄関へ向かう。
 一応、財布も持っていくか。
 携帯で登録してあったネギ先生の番号に連絡する。

「……出ないなぁ」

 もしかしたら、ご飯食べてるのかもな。
 まぁ、居る場所は判ってるんだし、もう少ししてから掛ければ良いか。
 そう思い、俺も玄関に向かう。

「どないやった?」

「ん、ちょっと繋がらなかったけど、住んでる場所は判るから連れて行くよ」

「そか、すまんな兄ちゃん」

「そう思うなら……まぁ、別に良いか」

 もう少し言葉遣いを、と言いたくなるが、我慢する事にする。
 初対面の少年に言う事でもないだろうし。
 多分、小太郎みたいなのはそういうのは嫌がるだろうし。
 それじゃ行くか、と玄関を開けた時だった。

「失礼、学園の先生」

 その人は、玄関前に立っていた。

「え?」

 本当に――本当に突然、後ろに引き倒され、玄関の段差の所に腰を打ちつける。
 痛いと思う前に、驚きが先に来る。
 俺を引いたのは、多分小太郎。
 そう、小太郎なのだ。
 ほんの中学生くらいの少年が、大の大人の俺を引き倒し、玄関前に居た人と対峙していた。
 月詠と2人、俺の前に立つように。

「やあ、狼男の少年。それと神鳴流……少し探すのに手間取ったよ」

「全然匂わへんかった……」

「野良犬の方が鼻が効きそうですね~」

 立っているのは、老人。
 黒衣の衣装に身を包んだ――老人、なのに。

「えっと、ど、どちら様?」

「これは失礼、ですが挨拶はしない方がお互いの為でしょう」

 ……怖い、と思った。笑っているのに、明るい声なのに。
 なんだろう――そう、目が、怖い。
 その目を見てしまったから、判ってしまう。
 この老人は、危ない、と。
 教師として3年とちょっと、過ごしてきた。
 色々な人達を見てきた。
 でも……この人のような眼をした人を、見た事が無い。
 黒い瞳に、白髪、黒衣の老人――その眼は、どう表現すれば良いのか。
 ――濁っている。
 失礼だけど、そう表現するのが一番ピッタリなんじゃないか、と思った。

「しかし、ここの結界も良いのか悪いのか……」

「け、けっかい?」

 って、何?

「不幸だな、先生。結界が無かったら、もしかしたら巻き込まれずに済んだかもしれなかったのに」

「それって――」

 どういう事? と聞く前に、小太郎が真横に吹き飛ばされた。
 備え付けの下駄箱を粉砕しながら壁に叩きつけられ、地に落ちる。
 何が起こったのか判らなかった。
 ただ本当に、一瞬で小太郎が真横に吹き飛び――気絶した。

「お痛が過ぎるな、狼男。そして――」

 慌てて月詠の服を掴み、力一杯引く。
 さっき小太郎がそうしたように、こちらに引き倒し、その反動で立ち上がる。
 ここで綺麗に立てたら格好良いんだろうけど、残念ながら腰が半分抜けていてフラフラと立ってしまう。

「ほう……なるほど」

「ちょ、ちょっと――」

 そして黒衣の老人は一つ、何か納得したように頷き、その眼が……また俺を見る。
 深く、黒く、暗い……底の見えない濁った海のような眼が。

「結界が無くても、結果は変わらなかったのかな?」

 へ? と。
 そこで、意識が途切れた。
 殴られた――それが、最後の思考だった。







 ズキ、と。
 頭の芯が痛んだ。
 偶にある二日酔いとか、風邪とかの頭痛じゃない。
 初めて感じる鈍痛で目を覚ました。

「起きたかね?」

「――――――」

 そう、だ。
 ……夢じゃ、なかったのか、と。
 そう内心で思い、声は出さずに身じろぎする。
 良く見ると、なんか、両手両足が変なので縛られてる。
 なんだこれ? 少し力を入れたくらいじゃ、全然ビクともしない。

「生きてるようで安心したよ」

「……ここは?」

「世界樹の下だよ、学園の先生」

 世界樹?
 ――良く見渡すと、そこはよく知った学園の中央にそびえる巨木の下のステージ。
 底に無造作に転がされていた。
 ……寒い。
 雨で濡れてるのか、髪が張り付いて気持ち悪いので縛られた腕で拭うと……赤かった。

「…………血?」

「すまないね。少し力加減を間違えた」

「……え?」

 ズキリ、と、また頭の芯が痛む。
 ――俺の血なのか?
 現実味が無い現実なのに、この痛みと、この血の温もりは、やけに現実的だ。
 その濁った眼が、見下ろしてくる。

「まぁ、そうすぐには死にそうにないから、もう少し頑張りなさい」

 ……死ぬ?
 ゾクリ、と背筋が震えた。
 死ぬのか……と。
 それは一層現実味は無くて、でもこの老人は俺に嘘は吐いていないだろう、と。
 その濁った眼が、俺に向けられる。
 ――ああ、だから俺はこの人が怖いのか。
 それは、俺を見ていない。
 きっと、ただそこに在るモノを映しているだけの眼なんだ。

「それより、聞きたい事があるんだ。エヴァンジェリンとネギくんの教師よ」

「……マクダウェルとネギ先生?」

 何で、そこでマクダウェルとネギ先生の名前が出てくるのか。
 関係無いじゃないか、今は。
 なのに……何で?

「君は、2人の事を……いや、この街の事をどれだけ知っている?」

「麻帆良の事……?」

 それは――どういう事だ?

「これほど、世界にも無いほどの巨木を不思議に思った事はないかね?」

 え?

「どうしてネギ君ほどの子供が、普通に教師をしていると思うのかね?」

 ……それは。

「何故、エヴァンジェリンのような化け物が、生徒として居るのか……疑問を抱いた事はないかね?」

「……化け物?」

 何で。

「何で、マクダウェルが化け物なんだ?」

「知らないのか? それとも本当に気付いていないのか……知っていて、知らないフリか」

 どういう、事だ?
 だって。

「なるほど――隠し通してきたわけか、あの魔女は」

「隠す?」

 マクダウェルが俺に?
 ……いや、違う。
 それはきっと、俺が知らないだけの事……。

「彼女が何者か知らないのかね?」

「……知らない」

 貴方からは聞きたくない、と。
 そう言うと、笑われた。

「よっぽど、この結界に侵されているようだね」

 俺の隣に腰を下ろし、この老人はさも可笑しそうに喋りはじめる。

「アレは魔女だよ。数多の死を撒き散らし、永遠を生きる魔女だ」

「――――――?」

 何を、言っているのか。
 理解できなかった。
 死? 永遠を生きる?
 ズキリ、と頭が痛む。
 雨が、血が、体温を奪っていく。

「先生、世界は不思議に満ちていると思わないかね?」

「……なに?」

「不思議だよ。知らないかね? 世界の奥地に生きるシャーマンを、超能力を使う異能者を」

「テレビとかである?」

「そうそう」

 そう、嬉しそうに――笑う。
 それが、どうしたと言うのか。
 それとマクダウェルが、どう関係していると言うのか。

「あれが本物だと思うかね?」

「さぁ――どうだろぅ」

 呂律が回らなくなってきた。 
 寒い……指先の感覚も、今はもうほとんど感じない。

「もしあれが本当だと信じているなら……君は、吸血鬼を信じるかね?」

「きゅうけつき?」

 それは――映画や漫画で良く見る、アレか?
 血を吸い、人を操り、命を奪う。
 そして、人に退治される。人の敵とよく言われる。

「そう、それだよ」

 まるで、俺の思考を呼んでいるかのような、言葉。
 ――その濁った眼が、俺を覗き込んでくる。
 怖い。
 本当に……俺自身を見られているようで。

「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは吸血鬼だ」

「……は?」

 一体何を、と。
 そう思った。
 マクダウェルが吸血鬼?
 あの――吸血鬼?
 突拍子も無い……笑い話にもならない。
 なのに。

「先ほどの狼男の少年の事を見たんじゃないのかね?」

「……小太郎?」

 そうだ、小太郎は無事かな?
 ひどく吹き飛ばされて、ぶつけてたけど……怪我、酷くないと良いけど。
 そして……その小太郎が、子犬から変身したんだったか。
 その現実味の無い事が、やけに頭に残る。
 ……人間じゃ、ない。

「超能力者も狼人間もいるなら――魔法使いや吸血鬼も居ておかしくないと、思わないかね?」

「……マクダウェルが、吸血鬼だと?」

「そう」

 そう言って、この老人は帽子を脱いだ。
 その顔を俺の目の前に持ってきて――“擬態”を、解いた。
 そこに在ったのは、ひたすらに恐ろしい……“化け物”。

「“私”と一緒だ」

 そう言った。

「え?」

「エヴァンジェリンは私と同じだと言う事だよ」

 帽子をかぶると、そこには濁った瞳の老人が居た。
 ……さっきのは……。

「アレも私と同じ、化け物だ」

 もう一度、言う。
 その――耳障りな声で。

「違う」

「違わないさ。本人に聞いてみると良い――吸血鬼か、と」

 それは、後で試す。
 聞くのは俺の仕事だ――アンタに言われるまでも無い。
 そう楽しそうに喋る老人を、精一杯睨みつける。
 ズキリ、と頭が痛む。
 視界が霞むのは出血からか、寒いからか。
 でも、

「違う、マクダウェルは、バケモノなんかじゃ……」

「違わないよ、人間。アレは人間以外の化け物さ。私と同じな」

「……違う」

 もしそうだったとしても、マクダウェルが吸血鬼だったのだとしても。
 ――あの子は化け物なんかではない、と。
 何でそう思うのか。
 マクダウェルが吸血鬼だなんて信じてないから?
 この老人が気に食わないから?
 ……きっと、そのどちらでもない。

「何か理由でもあるのかね? それとも、ただ生徒を信じているだけとでも?」

「――は」

 そんなんじゃない。
 そんな、綺麗な理由じゃない。

「化け物な貴方とマクダウェルは違う」

「違わない」

「違う」

 ズキリ、と――視界が霞む。
 ……その痛みが、意識を繋ぎ止めてくれる。
 まだ生きていると、喋れると教えてくれる。
 その濁りきった眼を、睨み返す。

「マクダウェルは、アンタみたいに濁った……死人のような眼はしてない」

「――――――は」

 無造作に、胸倉を掴み上げられた。
 片手で――やっぱり、この老人は人間じゃないな、と再確認。

「死ぬのが怖くないのかね? それとも、自分は死なないとでも?」

「ま、さか」

 死ぬのは怖いし、死なないなんて思ってない。
 現に、もう手足の感覚は酷く鈍い……。
 頭から流れる血が、掴み上げられたせいで右目に入って痛い。
 でも、左目でその眼を見返す。

「なんで、俺にそんな事を教えた……?」

「……私はな、先生。強いのを育てるのが好きだ」

 ?
 どういう――。

「そして、それと同じくらいに、強い者を手折り、潰すのも好きなのだ」

 掴み上げる手に、力が込められる。
 首が、少しずつ締まる――息が、出来ない。

「言いたまえ。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは、化け物だと」

「――――っ」

「死ぬのは怖いのだろう?」

 言外に、言わなければ殺す、と。
 そう言う、事か……。

「美徳に死ぬか? 醜く生きるか、選びたまえ」

 教師に憧れた。
 子供の頃に出逢えた先生のようになりたいと思った。
 いつか、胸を張って俺は教師なんだと、そう言える先生になりたかった。
 ――死ぬのは、怖い。
 きっと、少し力を込めるだけで、この老人は俺を殺せるのだろう。
 そして……その事に躊躇いなんて、欠片も無いのだろう。
 その濁りきった瞳に、俺は写っていても、俺は居ない。
 ……この老人にとっては、俺の答えなんて、きっと意味は無いのだろう。
 だから。
 だからこそ、俺は――。

「マクダウェルは、俺の生徒だ。自分の生徒を悪く言う先生がどこに居る?」

「ははは――きっと、世界に溢れているだろうよ」

 そう高らかに笑い、俺を持ち上げる腕に力が込められる。
 殺される。
 そう思い目を閉じ……覚悟を決める。
 死ぬのは怖いし、やりたい事だってまだまだたくさんあった。
 なにより、俺はまだ自分が受け持った生徒達の卒業式を見ていない。
 でも――それでも、自分の生徒を裏切れなかった。
 信じたかった。
 それが、俺が憧れた“先生”だったから。

「なるほど、召喚主の勘違いだったか……ま、それも終わりだ」

 瞬間、その手が弾けた――ように感じた。
 ステージの上に落とされ、慌てて息を吸う。
 い、生きてる?

「ふむ……少し時間を掛け過ぎたかな?」

「え?」

 その視線の先。
 雨のカーテンの先――そこに、見慣れた顔触れがあった。

「――マクダウェル」

 それに、ネギ先生や近衛、桜咲達まで……月詠と小太郎も無事だったのか。

「これはこれは。招待客以外はご退席願えないかな、吸血鬼?」

「………………」

 その瞳が、俺に向く。
 マクダウェル。
 吸血鬼だと言われた、マクダウェル。
 …………。

「マクダウェル」

 届かないと判っていても、その名を呼んだ。
 その眼を見て。
 この老人とは違う、ちゃんと前を、人を見ている瞳を見返して。





――――――エヴァンジェリン

 ああ、と。
 その声は、確かに届いた。
 マクダウェル、と。
 いつもの声で、いつもと同じように――吸血鬼と呼ばれた私の名を、呼んでくれた。
 これで別れになるかもしれない。
 もしかしたら受け入れてくれるかもしれない。
 だが――その思考は、置いていく。
 それは、後だ。
 今は……その声が聞けただけで、十分だ。

「駄犬、それに神鳴流」

「な、なんや?」

「はいな」

 ふぅ、と小さく息を吐く。

「あの人を死なせるな。そうすれば、許してやる」

「……わいらから関わったんやないのに」

「なんか言ったか?」

「なんもないわ」

 そう言い、先ほど掴み上げた首を大袈裟にさする。
 ふん……一般人に関わっておいて、その程度で済ませた私に感謝しろ。
 まったく――先生の携帯でまさかお前達から連絡を貰うなんて思わなかったぞ。
 連絡を受けた木乃香も驚いていたし。
 おかげで、勘違いでこの2人を捻り潰す所だった……。

「ウチは、アレと戦えるなら何でもやりますわ~」

 そう言い、刹那から借りた夕凪を抜き放つ月詠。

「木乃香」

「ウチは、先生の所に?」

「ああ。刹那とその神鳴流を連れていけ」

「はいっ」

 さて、と。

「ぼーやと駄犬は私と、だ」

「は、はいっ」

「そう気負うな」

 静かに、静かに言葉を紡いでいく。
 茶々丸は明日菜を寮に送らせた。
 そのまま、このゴタゴタが終わるまで護衛につくように言ってきた。
 龍宮真名は、もうどこかに潜んでいるのだろう。
 先ほどの狙撃も、十分過ぎるタイミングだった。
 世界中の下のステージに足を進めながら、周囲に気を配る。
 何か居るみたいだな……。

「私は本気を出せないんだ――お前に決めてもらうからな」

「わ……判りました」

 ああ、と。
 静かに――静かに、本当に静かに、言葉を紡ぐ。

「いい先生に出逢えたようじゃないか、吸血鬼」

「そうだろう?」

 喋るな、と言いたかった。
 今すぐその首を刎ねてやりたかった。
 思い付く限りの殺し方で、殺してやりたかった。
 だが、それは叶わない。
 まだ先生は奴の手の中で、私の力は学園の結界に半分近く封じられている。
 だから、その全ては叶わない。

「来たまえ」

「――――ふん」

 少し離れた位置で、対峙する。
 ゾクリ、と身の内に在るソレが泡立つ。
 ――これは、知っている。
 ずっと昔から、私が飼っていたモノ。
 私が600年間育ててきたモノ。
 そして……ここ数カ月で、枯れようとしていたモノ。
 これは――。


 ――怒りだ。






――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「ねぇ、チャチャゼロさん? エヴァ達大丈夫かな?」

「ンア? アア、問題ネーダロ」

「先生無事かな?」

「ドウダロウーナ」

 そこは現実的なんすね。
 明日菜の姉御の部屋で、窓にへばりついたままの姉御の背を見ながら、溜息。
 茶々丸の嬢ちゃんも、座ったまま微動だにしないし。
 帰って来てから、ずっとだよ、この2人。

「マァ――俺ハドウデモイイワ」

「そうなんすか?」

「オオ。結果ハ判ッテルシ」

「……はあ」

 それは。

「同情スルネ」

「……同情っすか」

「オオ」

 ケケケ、と。いつもの人をくった様な笑い声。

「……同情スルゼ、先生」

 え、そこは悪魔にじゃないの?





[25786] 普通の先生が頑張ります 40話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/18 22:46

 水滴が、顔に当たる……。
 ん、と
 頭が痛い、と言うより頭が重い。
 目を開けた時、目の前には――泣き顔があった。
 ……近衛?

「せんせっ」

「近衛か?」

 ズキリ、と頭の芯が痛む。
 どう、したんだっけ……と。
 そう考えた瞬間、地面が震えた。

「な、んだ……?」

 声が出ない。
 体中が重いし、頭は凄く痛い。
 それでも、何とか頭を動かす。
 どうやら、さっき居た場所から少し移動して、少しは雨風から守れる場所のようだ。
 マクダウェル達は、無事なのかな……?
 視線を動かそうとするが、首も痛くてそれどころじゃない。

「せんせ、痛いとこ無い?」

「頭が痛い」

 苦笑しながら、そう答える。
 なるだけ、心配されないように。
 そう言えば、手足縛られてなかったっけ……と。
 あれだけ堅かったソレは、今はもう無い。
 は、あ――と、大きく息を吸う。
 それだけで、生き返ったような気がした。

「先生、無事ですか!?」

「桜咲も――月詠も居たのか」

「酷いですえ~」

 そう言うなよ。
 こっちは何でか知らないけど、変な老人に捕まって死に掛けたんだから、と。
 体調も、さっきより大分良い。
 雨に当たってないからかな?
 それでも、頭痛は酷いし、身体はだるいけど。

「すみません~」

「もう、いいけどさ……あの後、怪我無かったか?」

「お陰さまで~。センセーには感謝しますわ」

 そうか、と。
 なら良かった。
 それなら、俺が殴られた意味もあったってもんだ。
 そんな事を考えていたら、額に暖かな感触。
 近衛の手だ。

「暖かいなぁ」

「せんせが冷たいんですよ」

 ああ、また、近衛が泣く。
 目を閉じると、ひどく心地良い。

「近衛も、吸血鬼?」

「――ぷっ、違いますよー」

 やっと、小さく笑ってくれた。
 声だけだと判らなかったので、目を開ける。
 でも、やっぱり涙は流れてて……俺の所為か、と。
 申し訳無い気持ちが、胸に広がる。
 泣き笑いのような顔。
 それは、きっと俺の所為だ。

「ウチは魔法使いです」

「そっか」

 そう言えば、あの老人もそんな事を言ってたような気がする。
 超能力者とか、魔法使いとか、シャーマンとか。
 マクダウェルが吸血鬼だ、って言うのは――なんか、記憶に残ってるけど。
 ネギ先生の名前も出てたし、もしかしたらネギ先生もそんな能力者なのかもしれないな。

「……桜咲達も?」

「えっと……厳密には、少し違うんですが」

「ウチらは退魔師とか陰陽師とか、そっち系ですね~」

 そうか、と。
 ひどく聞き慣れない単語だな、と思った。
 今までに聞かなかった言葉。
 現実味がない、と言えばこの子達に失礼だろうか?
 だが、それも今はあまり考えきれない。
 頭痛が酷いし、多分血が出たからだろう、頭も重い。
 物事を考えきれない。
 だから、目を閉じた。

「なぁ、せんせ」

「……ん?」

「目、閉じんといて」

 目を閉じた方が楽なんだけど、と。
 そうは思ったけど、言われた通りに目を開ける。

「どうした?」

「なんか……もう、目を開けんくなりそうで、怖いから」

 水滴が、顔に落ちる。
 これは、涙か、それとも雨か。
 ……その、両方か。

「――ああ」

 そして、小さく息を吸う。

「判った」

「ごめんなー」

「いいよ」

 生徒のワガママを聞くのは先生の仕事だ、と。
 そう言ったら、笑ってくれた。
 でも――と。
 教師も楽じゃないなぁ、と。
 心中で苦笑してしまっても……今くらいは良いだろう。
 そしてまた、地面が揺れる。

「それではウチらも、ボチボチ行きましょか~」

「ん?」

 そう言った月詠の周囲には、雨とは違う――粘着質のある水溜りがあった。
 ……なんだろう?
 それに、その手には――綺麗な刀が一本。

「液体何匹切っても、お腹は一杯になりまへんしな~」

「……そうだな。このちゃん、結界を張ったからここを動かないでね?」

「うん。気を付けてな、せっちゃん」

「先生も、すぐ終わらせますから。もう少しだけ我慢して下さい」

「ん」

 終わらせる、と言うのはさっきの老人の事だろうか?
 それをすんなり受け止めてしまったのは――あの“顔”を見てしまったからか。
 悪魔……そう言える、そんな存在。
 俺とは、人間とは違う存在。

「では」

「先輩、油断はあきませんえ~」

「お前こそな」

 仲良いのかな、あの2人。
 そう言い合いながら去っていく声を聞きながら、そう思ってしまう。

「すいません、せんせ」

「ん?」

「巻き込んでしもて」

 ああ、と。

「近衛は、もうずっと魔法使いなのか?」

「え?」

「いや――俺が知らなかっただけで、前からこんな事をしてたのかな、って」

「……いえ、ウチも最近やっと、魔法使いの真似事が出来るように」

 そうか、と。

「頑張ってたんだな」

「――――――」

 俺の知らない所で、皆頑張ってたんだな、と。
 俺には手の届かない所での話だけど、でも、そう言いたかった。
 ……助けてもらったからとか、そんなんじゃなくて。
 何と言うか、何と言えば良いか――。

「偉いなぁ、近衛達は」

 誰にも知られずに、悪魔と戦っているなんて。
 それはきっと、酷く残酷な事なんだと思う。
 物語や漫画みたいな事ばかりじゃないって思う。
 感謝なんてされないんじゃないだろうか?
 俺だって、こうやって知らなかったら……きっと、明日も昨日と同じように近衛達に接していたから。
 そう思った。
 きっと、俺が思ってるような単純な事じゃないだと思う。
 それを中学生の女の子がやってるのだ――。

「せんせ……」

「ん?」

「喋らんといて、傷に障るよ――?」

「でも、喋ってないと寝てしまいそうなんだよ」

 意識が何度も沈みそうになってる。
 まぁ、死ぬ――事はないんだと思うけど。
 頭の痛みも随分と楽になった。
 多分、近衛の“魔法”のお陰……なのかな?

「せんせ……」

「どうした?」

 どうして、また泣くのか。
 泣かないでほしくて、喋っているのに……。

「せんせが生きてて良かったぁ――」

 ぽろぽろと、子供のように泣きじゃくる近衛。
 ああ。

「ごめんな、心配かけて」

 無言で、首を横に振る。
 何度も、何度も。
 そしてまた、地面が揺れる。
 ――頑張れ、マクダウェル。
 




――――――エヴァンジェリン

「悪魔パンチっ」

「――ッ」

 そのふざけた名前の技を大きく後ろに跳んで避け、距離を開ける。
 ふぅ、と小さく息を整える。
 ああ――雨が鬱陶しい。額から滴る水滴を拭う。

「どうしたエヴァンジェリン? まさかその程度かね?」

「ふん」

 さて、どうしたものか、と。
 強い――と。
 流石は単独で行動している悪魔、と言う訳か。

「おい、駄犬」

「は、はぁ――なんや、姉ちゃん」

 何をこれだけで息を乱してる。
 まったく。

「もっと動いてかく乱しろ、速さだけがお前の武器だろうが」

「……お前こそ、さっさと隙作れや」

「まぁ、少し待ってろ」

 すぐに作ってやる、と。
 言うほど簡単じゃないが、無理じゃない。

「ぼーや、『戦いの歌』を掛け直してくれ」

「は、はいっ」

 さて、と。

「随分とのんびりしてるね。もっといきなり来ると思っていたよ」

「それじゃ詰まらんだろ」

「違いないがね――こちらも、そう時間を割けないのだよ吸血鬼」

「判っているよ」

 右手に、魔力を練り込む。
 身体能力はぼーやの魔法に任せ、私が使える魔力は全部攻撃に回す。
 だがそれでも……あの悪魔には届かない。
 少し困ったな。
 だが、思考は冷静に――攻撃を徹す方法を模索する。
 問題は、あの魔力と体術だ。
 防御力自体はおそらく問題無い。
 ……力で押し潰せれば楽なんだがな。

「大体、大技狙い過ぎなんや」

「しょうがないだろ」

 こっちは腸が煮えくり返っているのだ。
 少しはこの怒りを鎮めさせてくれ……とりあえず、あの面を何発がぶん殴る。
 仕留めるのはその後だ。
 握り込んだ右手をグルグル回し、息を吐いて整える。

「さっきと同じだ、お前は腹を狙え」

「りょーかいっ」

 言葉を置き去りに、駄犬が駆ける。
 速い――きっと、身体能力のみの速さなら刹那すら超えるだろう。
 その速さで懐に潜り込み、じじいの腹に拳を叩きこむ。
 それを難なく捌き――その一瞬をついて、私も距離を詰める。

「またかね?」

「ああ」

 左手で駄犬、右手で私を相手にしようとし――私もそれに付き合う。
 右拳からの拳撃を捌かれ、返しに突き出されたソレを首を捻って避ける。
 魔力が十分に乗ったそれを紙一重でかわし、左の蹴撃。
 それも、魔力の防壁で防がれる。
 そこで一旦息を吐き――ここまでは、さっきまでと同じ。

「時間稼ぎなら無駄だよ? この一帯に結界を張らせてもらった」

 そんなのは知ってるさ。

「お互いに全力で戦って大騒ぎしても、気付かれる事はないよ」

「そんな事はどうでもいいさ」

 呟き、後ろに跳ぶ。

「ふむ――」

 その右手が、振りかぶられる。
 来る――っ。

「悪魔パンチッ」

 魔力を十二分に乗せた拳撃。
 単純であるがゆえに、対策の無いその一撃――の伸びしろ限界の位置で、拳に乗る。
 魔力放出後の無防備な拳だ。乗ってもなんの害も無い。

「なっ!?」

 安直過ぎだ――私に何度も見せるほどのモノじゃない。
 その一瞬の驚愕の隙に、拳を蹴って一気に距離を詰めるっ。

「そぅらっ!!」

「ぐっ!?」

 まずは一発っ。
 右拳をその頬に叩きこみ、左手でその髪を掴む。
 そう簡単に離れてくれるなよっ。
 更に一発、二発っ。

「このっ!!」

 掴みに来た右手を避け、最後にその鼻に蹴りを叩きこんでから離れる。
 その一瞬に駄犬も腹に拳を数発叩きこんで、離れる。

「『白い雷』っ!!」

 よろけた所に、坊やからの追撃。
 あらかじめ詠唱しておいた魔法を解き放つ。
 その範囲から下がり、駄犬も隣に来る。

「何でさっさと同じ事やらんのやっ」

「アホか……あの手の相手は、余裕な所から一気に蹴落とすのが楽しいんじゃないか」

 だが、まだまだだ。
 まだまだ足りない。
 ――殺してやる。

「くっ……」

 ぼーやの魔法の雷で蒸発した蒸気の中から、帽子を押さえながらじじいが現れる。
 
「そろそろ、私も本気で行かせてもらおうかね」

 ふむ。

「おいおい。鼻血くらい拭けよ、じじい」

「…………」

「……鬼やな、姉ちゃん」

「吸血鬼だからな」

 無言でその鼻血を拭い――こちらを静かに睨んでくるじじい……ヘルマン。

「くっ」

 その圧力に駄犬が一歩下がり……私は、その圧力を受ける。

「怒ったか?」

「どうやら、淑女としての躾が必要なようだな」

「要らん。教育者は間に合ってる」

 クツ、と小さく笑う。
 ――さあ、ここからが本番だ。

「随分とあの人間を気に入ってるようだな、吸血鬼」

「ああ。まったく――何でこうなったのやら」

 自分でも良く判らないよ、と。
 それでも、だ。
 それなりに、私はあの人を気に入っている訳だ。
 本当に――お節介で、お人好しなあの人を。
 弱い弱い人間だけど、誰よりも人間らしいあの人を。

「行くぞ、吸血鬼」

 ただで済ませるものか。
 楽に済ませるもんか。
 右拳を、握り込む。
 魔力を練り上げ、集中。

「退治してやるよ、悪魔――ぼーや、小僧っ、気合を入れろッ」

 瞬間、足元が弾けた。
 そう錯覚するほどの速さで繰り出された拳を跳んで避け、空中の私を狙った2発目を腕を交差させて受ける。
 小僧は置き去り、いや、確実に私だけを潰しに来る。
 その圧倒的な魔力に吹き飛ばされ、広場の観客席にまで追い詰められる。
 椅子を薙ぎ飛ばし、何とか体勢だけは整える。
 リク・ラク・ラ・ラック――

「小僧、殴れっ」

「――おうっ」

 ヘルマンは目前。
 一瞬の間に間を詰められ――

「悪魔パンチッ」

「ライラック!――魔法の射手・氷の四矢ッ」

 その拳を跳ぶ事でかろうじて避け、その胴に魔法の射手を、その頭部に小僧が拳を叩きこむ。
 避けた余波で観客席は2割近くが吹き飛んでしまうが、今は無視。
 だが――

「弱いッ」

 ――止まらないっ。
 返す左拳で、空中に居る私に狙いを定める。
 籠めるれるだけの魔力を右腕に籠め、頭部を守る。

「悪魔パンチッ」

 ただの一撃、たったそれだけで反対側の客席まで吹き飛ばされ、背中から落ちる。
 椅子をいくつか吹き飛ばして止まり、なんとか手を付いて立ち上がる。
 
「ちっ」

 その声に顔を向けると、小僧がこっちに吹き飛ばされてきた。

「くそっ」

 それを半身で避け、向かってくる悪魔を迎え撃つ。

「随分と弱くなったではないか、吸血鬼ッ」

「――――ッ」

 無造作に突き出された右拳を、左手で受け、その反動を殺さず関節を極める。

「ぬ」

「飛べ」

 人体を模しているなら、それがどのような化け物でも、その駆動域もソレに類似する。
 それはこの600年で学んだ事だ。
 右手首を極めたまま、老人の巨体が私を越して、地に伏せる。
 リク・ラク・ラ・ラック・ライラック――。

「がっ!?」

「氷爆ッ!!」

 その顔に、氷の塊を叩き付ける。
 瞬間、悪寒を感じて飛び退く――と同時に、空に向けて圧縮された魔力が放出された。

「――吸血鬼……」

「来たれ雷精、風の精。雷を纏いて――」

 坊やの呪文の詠唱。
 それを背に受けながら、一瞬の間。

「良かろう、来たまえ」

「小僧、横に跳べっ」

 そう声を上げ、私も横に跳ぶ。

「吹きすさべ南洋の風っ――『雷の暴風』ッ!!」

「―――ッ!!!」

 悪魔としての本当の姿を晒したヘルマンが、その口を開くと同時に、ぼーやの最大魔法と、魔力光がぶつかり合う。
 威力は拮抗……いや、辛うじてぼーやが上か?
 徐々にヘルマンの魔力光を押していき――殆どの魔力を失いはしたが、そこら一帯を吹き飛ばした。

「ふむ……」 

 だが、その破壊跡からは、何事もなかったような声。

「素晴らしい成長だな、ネギ君」

「―――――っ!!」

 それは、嗤った。
 人とは違う顔、だが確かに嗤う――。

「気持ち悪い顔だな」

「そう言ってくれるな、吸血鬼」

 クツ、と嗤い。

「覚えているかい、ネギ君?」

「なに?」

 ぼーや?

「どうした、ぼーや?」

「――あ、貴方は……」

 何をそんなに驚いているんだ?

「覚えていてくれて光栄だよ――あの雪の夜の事をちゃんと覚えていてくれたんだね?」

「何を言ってるんだ、貴様?」

「君は知らない事だよ、エヴァンジェリン」

 私が知らない事?
 いや、それより――。

「ぼーや、落ち付け」

 ヘルマンに注意を払いながら、ぼーやに近寄る。
 明らかにおかしい。
 ……どうしたんだ?

「あの人は――アレは」

「そう。君の仇だ――ネギ君」

 ……仇?
 そう思った瞬間、悪魔が跳んだ。

「ちっ」

「あ~、良いタイミングでしたのに~」

 ヘルマンが先ほどまで立っていた位置には、刃を振り下ろした格好の刹那と月詠が居た。
 ――その喋り方はどうにかならんのか、月詠?

「犬上流・空牙ッ!!」

 跳んだヘルマンを追撃するのは、小僧の気弾。
 だがそれは拳によって潰される。

「良い仲間達だ」

 地に着地しながら、そう言われた。
 誰が仲間だ、誰が。
 まったく。

「苦戦してるようですね、エヴァンジェリンさん」

「そうでもないが……」

 その、だな……。

「先生なら意識を戻しました」

「そ、そうか……」

 良かった――そう思った瞬間、ぼーやが駆けだし、その襟首を掴んで止める。

「おい、どうしたんだ?」

「……あ」

「さっきから様子がおかしいぞ?」

 まったく。

「大砲のお前が居ないと勝負にならないんだからな?」

「あ……すいません」

 はぁ。

「仇と言ったな。お前、以前ここ以外で呼び出されたのか?」

 雨に濡れた髪を右手で掻き上げ、一つ息を吐く。
 仕切り直しだ。

「うむ。6年前の雪が降る夜に――」

 帽子をかぶると、また老人の顔に戻る。
 ……便利だな。

「ふぅん」

 まぁ、そんな事はどうでも良い。
 ぼーやの過去なんかな。
 刹那、月詠、小僧もぼーやの傍に寄ってくる。

「落ち着けぼーや、感情はどうであれ冷静を装わないと相手の思う壺だぞ?」

「は、はい……」

「大丈夫ですか、ネギ先生?」

 手の掛る子供だな、本当に。
 まぁ、子守りは刹那に任せるか。

「ふむ――手厳しいね」

「お前の思い通りに一つでも事が運ぶと、癪なんでな」

 クク、と笑うと溜息を返された。

「どうにも、君とは相性が悪いようだ、エヴァンジェリン」

「それは良かったよ」

 お前との相性なんて考えたくも無いわ。

「刹那、月詠、小僧――さっさと終わらせるぞ」

「……わかりました」

「は~い」

「おうっ」

 ふぅ、と。

「ぼーや、いけるな?」

「はいっ」

 さて――。

「来るかね?」

「終わりだ」

 駆ける。言葉を置き去りにする勢いで、一直線に。

「小僧っ」

「おうっ」

 気で別けた分身を造りだし、先制。
 その全てを拳で撃ち抜くが――その手数は明らかに足りてない。

「ざんがんけ~ん」

「むっ!?」

 一瞬の隙。その一瞬で気を籠めた上段からの一閃。
 ソレを両手を交差させて防ぎ、その小さな体を拳一つで吹き飛ばす。

「長物は苦手ですえ~」

 吹き飛ばされながら、回転。
 おそらく、剣の才能だけなら刹那以上だろう。
 恐ろしいまでのバランス感覚のソレは、回転の勢いを利用して、右目を浅くだが斬り、視界を潰す。
 そして――。

「来れ、虚空の雷、薙ぎ払え――」

「くっ」

 その顔に飛び込むように跳び、右手に魔力を籠める。

「――吹っ飛べッ」

 その横っ面を、全力で殴り抜く。
 
「ぬぅ!?」

「―――――」

 その先には、刹那。
 漆黒の老人を、純白の羽根が待つ――。
 その手には、石剣。

「『建御雷』ッ」

 気と魔力を吸収したソレは、石剣ではなく強大な魔力刃を形成する。
 その一撃で上空へ撃ち上げ――。

「――『雷の斧』ッ」

 ぼーやが、地に撃ち落とす。
 短詠唱の上級古代魔法。
 チャチャゼロの話じゃ、実戦で使える精度じゃないと聞いていたが――十分じゃないか。
 そう苦笑しながら、

「来れ、虚空の雷、薙ぎ払え――」

 その呪文を紡ぐ。
 私が今使える魔力、全てを注ぎ込みながら。

「ぐっ――ッ!?」

「――よくも、あの人を巻き込んだな」

 泡立つ怒りが、ドクン、と鳴る。
 欠片も残さん。覚悟しろ――。

「『雷の斧』」







「……トドメを刺さないのかね?」

「トドメは、刺しません」

 ――ふん。
 さっさとトドメを刺してしまえば良いんだ、そんな奴。
 くそ、私の魔力が十分なら……。
 まぁいい。今はこの無様に倒れ込んだ姿で溜飲を下げるとしよう。

「君が、復讐の為に覚えた呪文――今が、その時ではないのかね?」

 いえ、と首を振るぼーや。
 なんだそれは?
 聞いてないんだが……後で良いか。

「私は、先生の所に行くぞ?」

「あ、ああ――このちゃんを……」

「判っている。ぼーやを見ててくれ」

 じじいは長話、と言うのは人間も悪魔も変わらんのかもな。
 さっさと消滅して、消えれば良いのに。
 そう思いながらステージの上に向かう。
 ……そして、足をとめた。

「――――――」

 そう言えば、そうだった。
 私の正体は、気付かれたんだった……私の所為じゃないけど。
 吸血鬼だと。人間じゃないと。化け物だと。
 私は、先生に知られたんだった……。
 ……それは。

「――――」

 何と、言われるだろうか?
 そう考えてしまった。
 今まで通りに接してくれるのだろうか?
 ちゃんと授業をしてくれるのだろうか?
 怒ったり、笑ったり、してくれるのだろうか?
 ……化け物と、言われないだろうか?
 ………………。
 ドクン、と……心臓が一度、高く鳴った。
 怒りじゃない。
 ――これは。

「エヴァンジェリンさん?」

「いや……」

 かぶりを振る。
 そして、踵を返す。

「帰る」

「え?」

「その悪魔が消滅すれば、結界も解ける――報告はお前達に任せる」

「え、ちょ――エヴァンジェリンさん!?」

 ――これは、恐怖だ。
 遥か昔、今はもうどういった状況だったか覚えていない。
 ただ……仲の良かった人だったと思う。
 その人から……拒絶された時の、感情。
 今も胸の奥底に在る、ソレ。
 もう二度と味わいたくない感情。
 だからこそ、私は誰とも慣れ合わずに生きてきたと言うのに……。

「――は、ぁ」

 深く、息を吐く。
 あの日。
 先生が迎えに来て――私は、明日菜と出逢った。……出逢えた。
 そしてぼーやから血を貰う事になり、京都への修学旅行へも行く事が出来た。
 木乃香達の問題にも関わってしまって、今では師匠のような事もしてる。
 そして、明日菜達を通じて、クラスの連中とも喋るようになった。
 先生に言われるように教師の連中に挨拶をしただけで、少しだけ周囲の見る目は変わった。
 あの魔法使いの連中でさえ、何かあるごとに私を悪く言っていたのに、今ではどうだ?
 ……はぁ、と。
 小さく息を吐く。
 雨が髪を肌に貼り付け、気持ち悪い。
 服もびしょ濡れだ。

「雨は嫌いだ」

 ――どうして雨の日は、嫌な事ばかり起こるのか。




――――――

「は、ぁ」

 ベッドに横になり、息を深く吐く。
 風呂で温まった身体が、冷たいシーツに触れて心地良い。

「どうしよ」

 と言っても、どうしようもないのだが。
 どうしてこうなったのか、と聞かれれば子犬を拾ったから、と答えるしかないんだが。
 ……那波が巻き込まれなくて本当に良かった。
 そう思う事にする。

「どうなるんだろ?」

 魔法、か、と。
 頭に触れると、傷はもう無い。
 近衛が、魔法を使って治してくれた。
 そう、魔法である。
 映画や漫画の中で見るような、火の玉飛ばしたり、手を当てるだけで傷を治したりする。
 正直凄いもんだ、と。
 結構血が出てたから、傷は深かったんだろうけど、跡形も無い。
 ……貧血気味だけど。
 後、結構ダルイ。
 近衛や――後から来た葛葉先生と瀬流彦先生が言うには、魔法に慣れてないから、らしい。
 そう、葛葉先生と瀬流彦先生である。
 ……もう何が何やら。
 今朝までと違う世界に、戸惑うばかりだ。
 あの老人は言った。
 世界は不思議に満ちている、と。
 まさにその通りだ。
 と言うか、世界どころか麻帆良ですら不思議に満ちていた。
 魔法使い、退魔師、悪魔――吸血鬼。

「吸血鬼、か……」

 いまだに信じられない。
 マクダウェルが、吸血鬼だなんて。
 だって、どこにでも居るような少女だ。
 ……まぁ、口は悪いけど。

「――――――」

 今日、死にかけた。
 比喩ではなく、本当に。現実で、だ。
 今でも、あの手の感覚を覚えている。
 その感覚をなぞる様に、首に手を添える。
 きっと、もう少しで俺は死んでいた。
 マクダウェル達が1秒遅かったら、きっと俺は死んでいた。
 それが、酷く現実的で――だからこそ、どうすべきか判らない。
 布団にくるまりながら、悩んでしまう。
 どうすればいいのか、どうしたらいいのか。
 小太郎が言った一般人と言う言葉が、良く判る。
 確かにそうだ。
 魔法。
 それを知った事で、俺に出来る事は何もない。
 なら何故、こうも悩むのか……。

「はぁ」

 ふと、指先が堅い物に触れた。
 ベッドの中からそれを出すと、携帯だった。
 どうやら、服を着替えた時に放り投げたから、ベッドの中に入っていたらしい。
 …………。
 履歴を呼び出す。

「――――」

 呼び出し音が続き、声。

『もしもし?』

「――あ、母さん?」

 何故親に電話を掛けたのか判らない。
 多分、声を聞きたかっただけなんだと思う。
 声を聞いて、安心したかったんだと。
 俺は生きてる。
 ……そう、安心したかった。

『どうしたの、こんな時間に?』

「ん――あー、ちょっと声聞きたくなった」

『なにそれ?』

 呆れられた。
 まったく、実の息子が電話を掛けたと言うのに。
 でも、そんな所に安心してしまう。
 俺の知っている、日常に。

「父さんは?」

『もう寝てるけど。起こす?』

「いや、いいよ」

 そう話していると、瞼が重くなってくる。
 そう言えば、疲れたなぁ……。

『仕事はどう?』

「……仕事?」

『教師してるんでしょ? ちゃんとやれてるの?』

 そう笑われた。

「うん。多分」

『元気無いわねぇ……』

 うん、と。
 そうだった、と。

「大丈夫。寝たら元気出るから」

『疲れてるんでしょ? 早く寝なさいよ』

「うん――もう寝る」

『……何しに電話したの?』

 そう笑いながら、もう少しだけ話して電話を切る。
 目を閉じると、すぐに眠気が来た。
 まぁ、アレだけ疲れたんだし……と。
 でも、その前にもう一度だけ目を開けて、携帯を弄る。

「ふぁ」

 そう言えば、親に電話したのって、何時振りだっけ?
 そんな事を考えながら、眠りに落ちる。
 ――悩むだけ悩んで、何が正しいかは判らないけど。
 一つだけ、判っている事がある。

「絶対、アイツ明日サボるだろうなぁ」

 だから、疲れてるけどまた迎えに行くか。
 それだけは、きっと間違いないだろうし。
 早起きは辛いんだがなぁ。
 でもしょうがない。俺は先生なんだから。
 まるで2年の時に戻ったみたいだな、と。
 そう苦笑してしまうのは……まだ、マクダウェルを、信じたいからか。





――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「元気ネェナァ……」

「そうっすね。でも、無事で良かったっす」

「…………」

「…………」

 し、辛気臭ぇ……。
 茶々丸の嬢ちゃんも、エヴァの姐さんも帰って来てから一言も喋らないしっ。
 何? 何があったの!?

「御主人」

「寝る」

「オ、オウ……」

「お休みなさい、姐さん」

 ……やっと喋ったと思ったら、それだけ?

「明日は休むからな」

「かしこまりました」

 ……え? ほんとにそれだけ?
 茶々丸の嬢ちゃんも部屋に行くし……。

「コリャ大変ダ」

「しばらく機嫌直りそうにないっすね」

「ダナァ」

 …………晩飯。
 ……グスン。
 帰ろ。



[25786] 普通の先生が頑張ります 41話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/19 23:49

――――――エヴァンジェリン

 夢を見た。
 どんな夢かは覚えていないし、きっと良い夢とは言えない夢だったのだろう。
 ベッドの上で目が覚めた時、ひどく悲しい気持ちだった。
 いや、悲しいと言うよりも――どう表現すれば良いか。
 寝汗で気持ちの悪いパジャマに内心顔を歪め、視線を窓に向ける。
 カーテン越しにも判る、曇天の空。
 恐らく曇り……いや、この窓を叩く音から雨が降っているのだろう。
 ――――雨。
 そう言えば、昨夜はびしょ濡れになってしまったんだったか。
 だからこんなにも気持ちの悪い朝なのか。
 それとも、単純に朝が苦手だからか……吸血鬼だし。
 ……いや、こんな朝早くに目が覚めた時点で、吸血鬼としてどうかと思う。
 苦笑してしまう。
 だってどうだ?
 昨日、私は茶々丸に何と言って寝た?
 今日は学園を休む、と。
 そう言って、眠りについたのではなかったか?
 なのにどうだ。

「はぁ……」

 実際は何時も通り……いや、もしかしたらいつもより早く起きたのかもしれない。
 茶々丸も起こしに来てないし。
 時計を見ないと判らないけど。
 どうしてこんな――どうして、と。
 ベッドの中で、小さく溜息。
 明日は休みだし、週が明けたら少しは現状も動くだろう。
 現状。
 ……先生の、処遇。
 どうなるんだろうか?
 記憶を消されるか……最悪、安全の為に麻帆良から遠ざけられるか。
 きっとどちらかだろう。

「せんせい……」

 それとも、もしかしたら――と。
 一番確率の低い事に思考が行き……無いな、と、小さく身動ぎ。
 今日は学園を休むし……一日、寝てるかな。
 ……何でか、眠気はもうほとんど無いけど。
 朝は苦手なはずなんだが、何で今日はこんなに眼が冴えているのか――。
 このまましばらくはゴロゴロするか、と。
 そう思い寝返りをうち視線をカーテンの無い窓に……。
 やっぱり雨か。
 雨が窓を叩き、曇らせている。
 暗い空は、まるで私の気持ちのようだ、と。
 学園を休む。
 今日は一日時間がある。
 なのにこんなにも気持ちは重い。
 まるでこの曇天の空のようだ。
 曇ってる。
 ――私が何に気を重くしているのか隠れてしまうくらいに、曇っている――。
 そう思うと、余計に気持ちが重くなる。
 ……ああ、と。
 そうだな。
 別に隠せないよなぁ、と。

「あのじじいめ……」

 やっぱり、自分の手で捻り潰すべきだった。
 今になって、再度怒りが湧く。
 私が悪いって判ってる。
 あんなのが侵入した事に気付かなかった。
 あんなのが居ると判っていたのに、全然警戒してなかった。
 現状に甘えて――失う事になると、思いもしてなかった。
 いや、思ってはいた……でも、それが昨日だなんて、思ってなかった。
 甘いと言われればそれまで。
 言い訳のしようも無い。
 魔法使いがなんだ。吸血鬼がなんだ。
 闇の福音と言われても、所詮は何も守れない……。
 ……もう少しで、失う所だった。
 永遠に、亡くす所だったのだ。
 ――あの人を。

「――――――」

 いつかは居なくなる。
 あの人は人間で、私は吸血鬼。
 あの人は有限で、私は無限。
 だがそれでも――少しでも長く生きてほしいと思う。
 一つの出逢いを与えてくれたから、もっと沢山の出逢いを与えてほしいと思う。
 ただそこに居てくれるだけで良い。
 ただそれだけで、良いから。
 あの人は、ただそれだけで十分だから。
 なのに――それさえ、出来なくなる所だった。
 いや……もう出来ないのかもしれない。
 知られたから。
 私は、私が――人間ではないと。
 吸血鬼だと。
 血を吸う鬼だと。
 ……そう、気付かれた。
 胸の中が、何と言うか……空虚な気持になる。
 失くした気持ちになる。
 あの人は生きているのに、もう居ない。
 記憶を無くしたら、きっともう“違う”んだと。
 そう考えると、ひどく気持ちが重くなる。
 どうしてこうなってしまったんだろう?
 たったの一年。
 たったそれだけでも。
 私が生きてきた時間に比べれば、砂時計の砂が落ちるほどの時間じゃないか。
 なのに――たったそれだけの時間すらも、私には与えられないのか。

「はぁ」

 吸血鬼が人間と居る。
 それは悪い事なのか……。
 今のこの日常が異常で、今までの非日常こそが正常だったのか。
 きっとそうなんだろう。
 私の“今”が間違っている。
 でもそれでも――私は、この時間が気に入っている。
 明日菜と遊び、木乃香達を鍛え、クラスの連中と喋る――学園の生活が、気に入っている。
 それはひどく眩しくて、そして暖かな時間。
 私が遥か昔に失くした、もう二度と手に入らないと思っていた時間。
 必要無いと思ってた。
 でも、手に入れてしまった。
 要らないと言った。
 でも、掴んでしまった。
 視界に、枕元に置いていた携帯が目に入る。
 明日菜が選んでくれた携帯。
 先生が買ってくれたストラップを付けた、携帯。
 それを手に取る。
 チリン、と。
 乾いた音がする。
 チリン、チリン――チリン。
 乾いた音が、耳に届く。
 可愛らしい飾りのそれが、視界で揺れる。
 チリン、と。

「ふふ……」

 少し、落ち着いた。
 そう悪くないこの鈴は、気に入っている。
 開運のお守り――もし、叶うのなら……。
 そう思い、苦笑。
 吸血鬼が、何に願うのか。
 神か? 世界か?
 残念だが、私にとってはそのどちらも敵だ。
 だがそれでも……もし、願っていも良いのなら……。
 いや、と。
 枕に顔を埋める。
 今のこの時間も奇跡なのだ。
 これ以上を望んだら罰が当たる。
 ……それに、危ないし。
 明日菜との付き合いも……考えた方が良いかもな。
 そう考えると、また気持ちが曇ってしまう。
 ああ――どうやら私は“私”が思っている以上に、今のこの時間が気に入っているらしい。
 そんな事を考えてきたら、足跡。
 茶々丸か……上ってくるのは。

「マスター、朝です」

「……休むと言っただろうが」

 何を律義に起こしに来るのか……これも、先生の影響か。
 茶々丸も随分とあの人の世話になったな。
 感情と言うにはまだ幼いが、それでも随分とソレが豊かになった。
 それに、自分で物事を考えるようになった。

「それが――」

「どうした?」

 誰か来たか?
 まぁ、十中八九学園長のじじいか――それとも、私を良く思っていない魔法使いたちか。
 それともその両方か。
 そう考えベッドから身体を起こし、

「先生がお迎えに来られました」

 それは、聞き慣れた――と言うとアレだが、初めて聞く事ではなかった。
 2年の時期。
 先生と出逢った時期。
 その時を思い起こさせる。
 私が学園をサボり過ぎて……とうとう先生に、目を付けられた時。
 先に来たのは、驚き。
 どうして、と。

「最近はサボって無いぞ?」

 だから、そう言った。
 そして、思う。まるで吸血鬼らしくないな、と。
 そう思った。
 そんな自分に苦笑してしまい――寝起きで乱れた髪を、右手で掻き上げる。

「着替えを置いておきますので」

「……制服か?」

 私は今日、学園を休む、と言ったのに――茶々丸は、着替えに制服を置いていく。
 悪い言い方をすれば、主人である私の言う事を聞いていない。
 ――良い言い方をすれば、自分の意思で行動している。
 それもまた、あの人の影響か。
 茶々丸もまた、先生との時間を過ごしてきたようだし……。

「休む、と言わなかったか?」

「はい。ですが迎えに来られましたし――」

 そう言ったん区切り、

「――学園を休む、とは言われませんでした」

「…………そうだったか?」

「はい」

 ……むぅ。

「言う様になったな」

「そうでしょうか?」

 ……ま、良いか。

「着替えるから、茶でも出しておけ」

「はい」

 そう一礼し一階へ行く茶々丸。
 その背に、

「先生は大丈夫そうだったか?」

「――あまり、顔色が優れないかと」

 そう律義に振り返り、応える。

「そうか」

 ……でも、来たのか、と。
 どう言えば良いか……。

「すぐ行く」

「かしこまりました」

 それじゃ、急いで着替えるか。
 着替える為に携帯を置くと、チリン、と乾いた音。
 ふむ――。

「なかなかどうして」

 御利益があるのかもなぁ。



――――――

 目が覚めたら、気持ち悪かった。
 そう感じてベッドの中で身動ぎすると、体中が痛い。
 ……筋肉痛とは、またちょっと違う。
 関節痛と言うか――何と言うか。
 酷くだるいし……。

「風邪ひいた」

 呟く。
 喉が痛くないのと、鼻水が出ないのは幸いか。
 でも、ひどくだるい。
 ――むぅ。
 どうしよう?
 意識ははっきりしてる。
 何の為に早起きしたのかも覚えてる。
 なら、と。

「……ぅぉ」

 身体を起こすと、何と言うか……変な感覚。
 クラクラすると言うか、頭が重いと言うか。
 風邪とはまた違った感じ。

「あー……」

 そう言えば、傷は近衛に治してもらったけど、結構血が出てたような。
 貧血なんてなった事無いけど……これがそうなのかもしれない。
 雨だなぁ、と。
 そんな事を考えながらベッドから出て、着替える。
 スーツも予備のを出さないといけないんだった。
 ……小太郎に使ったのも、クリーニングに出さないとなぁ。
 良く考えたら、昨日は色々あったんだなぁ。
 魔法とか、悪魔とか。
 どうなるんだろう?
 瀬流彦先生が、昨日は何か言ってたけど……。
 ……何だったか?

「きっつ……」

 そうそう、学園長からなんか話があるって言ってたような。
 少し憂鬱である。
 何を言われるか。
 こう言うのって、やっぱり隠してるんだろうから……何かされるのかな?
 漫画とかである契約書みたいなの書かされたりして。
 そう思うと苦笑してしまう。
 俺の想像の、貧困な事に。
 でも、どうなんだろう?
 まぁそう深く考えないでおこう――頭痛いし、気持ち悪いし。
 逃げる、と言うのも一瞬浮かんだが、それは無し。
 学園長は信じられる人だと思うから。

「っと」

 ネクタイまで絞めて、部屋を出る。
 そう言えば、靴箱壊されたんだっけ……これ、誰かに弁償してもらえないかな?
 自腹、と言うのだけは嫌なんだけど。
 溜息を一つ吐いて寮の出入り口に行くと――瀬流彦先生が居た。
 入口の所の備え付けの椅子に座って雑誌を読んでいて、その顔が上がり、俺に向く。

「おはようございます、瀬流彦先生」

「……おはよう、先生。早いね」

「はは、ちょっと。瀬流彦先生は?」

 流石にマクダウェルを迎えに、とは言えず苦笑いで応える。
 まぁ、あるいに何度目かになるか判らない事ではあるんだけど。

「ん……調子はどう?」

「あんまり。結構キツイです」

 魔法、と言うのがどういうのか判らないので本当の事を伝えておく。
 俺は今まで魔法と無関係に生活してたから、昨日のがどうなるか判らないし。
 病院とかに言っても大丈夫かも、判らないのだ。

「そう。今日は休んだ方が良いかもね」

「いや……それは、ちょっと」

「……昨日は死に掛けたんだから、体調が悪いなら、静養しておくべきだよ」

「う」

 そう言われると、どうにも。
 死に掛けた。
 いや、本当は死んでいておかしくなかったのだ。
 ――思い出し、あの老人に掴まれた首に、自身の手を当てる。
 
「大丈夫かい?」

「え、ええ」

「……新田先生には僕が言っておくから、今日は休みなさい」

 そう言われた。
 う、む……。

「そう言えば、学園長から話が……って」

「それは、先生の体調が第一だから。そっちもちゃんと言っておくよ」

「……良いんですか?」

「巻き込んだのはこっちだよ? 頭を下げるのはこっちの方だ」

 いや、それはそれで困るんですけど。
 巻き込まれたのはこっちなんだし……。
 そう顔に出たのか、

「それで、どうする? 休む?」

「んー……」

 どうしようか、と。
 正直、休みたくはある。
 きついし、だるいし、気持ち悪いし。
 でも

「授業は午前中だけなんで、午後から早退させてもらいます」

「……学園が好きなんだね、先生」

「それに、近衛達の顔を見たいですし」

「ああ」

 昨日、泣かれた。
 しかも、ひどく。
 心配……してくれたのだろう。
 そう。心配させてしまったのだ。
 だから、顔を見せておいた方が良いかな、と。
 きっと安心してもらえるだろうし。
 教師が生徒に心配されるなんて、と思ってしまう。

「大変だね、教師ってのも」

「瀬流彦先生もそうでしょうに」

「……そうだったね」

 そう、苦笑。
 何か変な事言ったかな?

「先生は凄いねぇ」

 何が、と思った。
 別段そう言われるような事なんて、してないと思うけど……。
 むしろ、生徒に心配かけさせてしまったからなぁ、と思ってしまう。

「それじゃ、行ってきます」

「わかった。でも、無理そうなら僕か葛葉先生か、弐集院先生に言ってよ」

「弐集院先生?」

「うん。あの人も――まぁ、同業者だから」

 ……驚いた。
 魔法使いって、俺の周りに結構居るのかも。

「じゃあ、学園でね?」

「はい」

 そう言って、職員寮を出る。
 外は雨。
 傘をさすと、パタパタという雨音が耳に届く。
 この音は、何となく好きだ。
 何でだろう? とは思うけど、特に理由はない。
 でも、今日は少し嫌だな、と。
 雨のこの湿気が、少し。
 気持ち悪いから。
 ――そんな事を考えながら、もう通い慣れた道を歩く。







「おー。おはよう、絡繰」

 雨の中傘をさしてマクダウェル宅に行くと、その玄関先には絡繰が立っていた。
 どうしたんだろう?
 まぁ、この雨だ、あの時みたいに庭先の掃除、という訳にはいかないんだろうけど。

「…………おはようございます、先生」

 そう言って、静かに頭を下げる絡繰。
 その顔が、少し笑っていると思うのは、俺の気のせいか?
 再度上がった顔は、まぁ、いつものような無表情。
 でもどこか楽しそうに感じてしまう。

「どうした? なんか良い事でもあったか?」

 玄関先の軒先にいき、傘を閉じながら聞く。

「? どうしてでしょうか?」

「ん? いや、楽しそうだから」

「……楽しそう、ですか?」

「あー、うん。すまん、俺の気の所為かも」

 そう言うと、不思議そうに首を傾げ――その指を、その胸に持っていく。
 そうだ。

「マクダウェルは?」

「まだ寝ておられます」

 やっぱりか、と。
 まったく――あのサボり魔め。

「どうぞ、中へ」

「あ、すまん」

 そうドアを開けられ、中に入れてもらう。
 そう言えば、ここに来るのも久しぶりだな。
 傘を玄関先に置く。

「顔色がお悪いようです」

「う……まぁ、少しな」

 やっぱり判るかな。
 あんまり顔には出さないようにはしてるんだけど、体調が悪いのはどうしようもない。
 それに、身体の節々が痛いし。
 どうにも本格的に風邪のようだ。
 少し歩いただけで、軽く眩暈もするし。

「座ってお待ち下さい。今起こしてまいります」

「ん。すまないな」

「いえ……体調は、大丈夫でしょうか?」

「おう。大丈夫大丈夫、生徒が教師の心配なんかするな」

「…………は、はい」

 あの時いつも座っていたソファに腰を下ろし、小さく息を吐く。
 ……疲れてるなぁ。
 まるで自分の身体じゃないみたいだな、と。
 他人事のように思いながら、二階に上っていく絡繰を目で追う。

「?」

 何だろう?
 なんか違和感……ん?
 んー。
 内心で首を傾げるが、答えが出ない。
 なんか違うと言うか――。

「どうかなさいましたか?」

「ん? あ、いや」

 そんな事を考えていたら、二階から絡繰が下りてくる。
 んー……まぁ、今は良いか。

「マクダウェルは起きたか?」

「はい。今お茶を用意いたしますので、お待ち下さい」

「それより、早く着替えないと遅刻するぞ?」

「……それでは、お茶を用意してから着替えさせていただきます」

 まぁ、それなら良いかな、と。
 それに、久し振りに絡繰の淹れたお茶を飲みたいし。
 そう言えば何時振りだかなぁ。
 しかし、久し振りに見たけど相変わらず凄い人形達だな。

「先生」

「ん?」

 良い匂いだな、と思った。

「コーヒーもあったのか」

 前は紅茶とか日本茶ばっかりだったと思ったけど。
 まぁ、俺はコーヒーが好きだから嬉しい限りだ。
 少し胃に響くけど、まぁ良いか。眼も覚める。

「はい」

「すまないな」

 差し出されたソレを、手で受け取りながら礼を言う。

「いえ……朝食は、どうなさいますか?」

 一瞬、きょとんと、してしまい。

「そこまで面倒は掛けられんだろ。それより、早く着替えてこい」

 まったく、いきなり何を言うかと思ったら。
 少し驚いてしまい、それを隠すようにコーヒーを一口飲む。
 ……絡繰には、偶に驚かされるな。
 何というか、言葉に脈絡がないと言うか、いきなり突拍子も無い事を言うと言うか。
 
「それでは、着替えてまいります」

「おー」

 もう一口、飲む。
 マクダウェルの家で、一人コーヒーを飲む。
 ……俺の部屋より広いけど、落ち着いた気持ちになれるのは、慣れているせいか。
 最初の頃はよく落ち着かない気持ちになったもんだ。
 そう思うと、苦笑してしまう。
 俺も結構、この家に馴染んでたのかもなぁ、と。

「――先生」

 その声は、上から。
 その声の方に視線を向けると、制服姿のマクダウェルが、二階からこちらを見下ろしていた。

「おはよう、マクダウェル」

「……どうしてここに居る?」

 苦笑してしまう。
 何というか、マクダウェルらしいな、と。

「挨拶をちゃんとするように」

「ふん――おはよう、先生」

「おー。おはよう、マクダウェル」

 睨まれたけど、やっぱりあんまり怖くない。
 慣れた、とも言える。
 良く知ったマクダウェル。
 そう、最初の頃もこんな感じだったなぁ、と。
 妙に懐かしい気持ちである。

「で? どうして来た?」

「そりゃお前、今日サボる気だっただろ?」

「……ふん」

 そう息を吐き、降りてくる。
 まったく、と。
 苦笑してしまう。

「折角今は休み無しなんだから、皆勤賞狙ってくれよ」

「断る。朝は苦手なんだ」

 やっぱり、吸血鬼って朝苦手なんだ。
 そう、何と言うか……感心してしまう。
 漫画とかって、結構本当の事書いてあるんだなぁ、と。

「どうした?」

「いや、本当に朝苦手なんだなぁ、って」

「……ふん」

 そう不機嫌に言い、いつもの位置のソファに腰を下ろすマクダウェル。

「それだけか?」

「ん?」

「……ここに、私の家に来た理由だ」

 理由?

「だって、お前今日絶対サボるって思ったし」

「サボるんじゃない――これが、私の“本当”なんだ」

「ホントウ?」

「そうだ……吸血鬼が人と一緒に学ぶと言うのが、間違いだったんだ」

「なんで?」

 別に間違っちゃいないだろう、と。
 吸血鬼だって勉強しても良いと思うんだがなぁ。
 それに、家に籠ってちゃ友達なんてできないし。

「いままで学園に通ってたじゃないか」

「そのせいで、先生を巻き込んだ」

 あ。

「私が油断なんかしないで気を配っていれば、あの悪魔の侵入に気付けた」

「あー……」

 それは、何というか……。

「でもまぁ、アレは俺の不注意でもあるし」

 今思えば、何で小太郎や月詠に不信感を抱かなかったのか?
 いや、抱いていたのかもしれないが、どうして他の人に相談しなかったのか。
 明らかに異常な二人組なのに、である。

「そのせいで、死に掛けたんだぞ?」

「う……」

 そう言われると、困る。
 死に掛けたのは事実で、マクダウェルが心配している理由が正当だと判る。
 でもまぁ。

「心配してくれて、ありがとな?」

「し、心配なんかっ」

 あ、そこは照れるのか。
 相変わらず変な所で照れるな、コイツ。

「なぁ、マクダウェル?」

「聞きたくない」

 えー……。
 いきなりバッサリ切ったな、コイツ。
 こっちを向いてくれないか? はぁ。

「先生」

「ん?」

「私はな……私が、何者か、知ってるか?」

「吸血鬼?」

「……あっさり言うんだな」

 いやまぁ、そうみたいだし。
 あんまり信じられないけど……昨日のを見たらなぁ。
 あの老人は悪魔だったし。

「私はな、先生。沢山の罪を犯した吸血鬼だ」

「……そうなのか?」

 罪、と聞いて小さく息を呑む。
 それは、マクダウェルの外見から出るには少し重い言葉だと思った。

「沢山の時を生きた……そして、」

 そこで、言葉を切る。
 悩むように――その瞳を、こちらへ向けてくる。

「うん。それで、どうした?」

 だから、待つ。
 マクダウェルから話してくれるのを。
 それはきっと、俺が聞きたかった事。
 なのに聞けなかった事だから。
 きっと、今から語られる事がマクダウェルの“事情”なんだろう。

「……先生は、人殺しをどう思う?」

「人殺し、か」

 ……重いなぁ。
 それは、俺には無縁な言葉だった。
 人を殺した事も無ければ、殺したいと思った事も無い。
 でも、と。

「殺した事、あるのか?」

「ああ……ある」

 そうか、と。
 どう応えるべきか……悩んでしまう。

「そんな存在が、学園で学んでいいと思うか?」

「それは、学んで……いいと、思う」

 まずは、そう答える。
 うん。
 ふぅ、と小さく息を吐く。

「学園で学ぶのだって、勉強だけじゃない訳だし」

「そうか?」

「マクダウェルだって判ってるだろう? 神楽坂とかから学ぶ事だってなかったか?」

「……ふん」

 神楽坂、か。
 神楽坂もこの事は知ってるんだろうか?
 でもきっと、あの子はこの事を知ってもマクダウェルの友達でいてくれそうだなぁ、と。
 何でそう思うんだろう?
 ……まぁ、アイツは友達を大事にするから、という事で。

「そんな私が、許される訳がない」

 そう、一言。

「忘れていたよ。私は――罪人だ」

「そうか」

 それが、お前の“事情”か。
 マクダウェル――。

「学園は嫌いか?」

「好きだよ」

 即答。
 そう、即答してくれた。
 迷いも無く。
 そうか……好きか。
 それだけで嬉しい気持ちになれる。

「明日菜が居て、木乃香達が居て、クラスの連中と喋るのは……存外悪い気分じゃなかった」

「なら、学園に居て良いじゃないか」

「……だが、私は吸血鬼だ。沢山の人を殺したよ? 沢山の人に恨まれたよ?」

「うん。でも、学園に居て良いぞ」

 だってさ。

「楽しいんだろ? 別に吸血鬼だからって、楽しい事をしちゃいけないってわけじゃないだろ?」

「……それでも、私は人を殺した。きっと、許されない……」

 その顔が、こちらを向く。
 いつもの強気な顔なのに、泣き顔だ、と思った。
 ――昨日の近衛といい。よく生徒の泣き顔を見るな、と。
 そう思いながら、小さく息を吐く。

「償えば良いじゃないか」

「簡単に言うな」

「マクダウェルこそ、簡単に諦めるなよ」

 人を殺した。
 命を奪った。
 それはきっととても重い事だ。
 俺は人を殺した事が無いから大層な事を言う資格はないと思う。
 だから――

「吸血鬼って長生きなんだろ?」

「……ああ」

「なら、奪った命以上の命を救えるさ」

「……簡単に言うなよ、人間」

 そう睨まれた。
 ちょっと怖い。
 でも、“ちょっと”だけだ。

「私は吸血鬼だ、悪い魔法使いだ――誰も私を許さないし、誰も私を頼らない」

 そんな私が、何を救えるか、と。
 それは、きっと……マクダウェルの本心。
 まるで今にも泣き出しそうな声でそう言い――その顔を伏せる。

「誰も、私を許してなんかくれない」

 そうか、と。

「なら、マクダウェルが許してもらえるように……頼ってもらえるように、頑張ろうか?」

 そう、何の気負いも無く言う。

「……なんだ、それ」

 伏せた顔から、まるで馬鹿にしたような声。

「だって、悪い魔法使いなら、良い魔法使いになれば良いじゃないか」

 学園でだって変われたんだ、不可能じゃないだろう? と。

「変わってない」

 そう即答された。
 まったく。

「変わったよ。今はまだ麻帆良の中だけだけどさ、小さいけど、変わった」

 先生達の見る目。
 問題のある生徒を見る目から、少しだけだけど、変わったんだ。
 職員室での評価も、クラスでの仲も。
 そんな些細な変化だ。
 数カ月でこれだけ変われたんだ……そう思うのは、甘いんだろう。
 でも――マクダウェルには時間がある。
 きっと、もっと変わっていけば――いつか、世界から許される日が、頼られる日が来るって。

「誰が、変われるか……」

「変われるよ」

 ―――俺は、変われるって信じてる。
 今のマクダウェルが、その証拠だ、と。

「……なんで」

「ん?」

「何で、そんなに簡単に言えるんだ?」

 んー。

「そう簡単でもないんだけどな」

「真面目に聞いてるんだ」

「俺だって真面目だ」

 失礼な。
 そう、気負いなく笑う。
 だって、俺に出来る事はきっと――本当に、小さな事だ。
 頑張るのはマクダウェルで、俺に出来るのは……些細な事だけなんだ。
 ただの人間だから。

「マクダウェルは、ずっと許されないままじゃ嫌だろ?」

「……ああ」

「なら、変わるしかないじゃないか」

 すぐには無理だろうけど、いつかきっと。
 そう思うのは、そう思う事は――悪い事じゃないだろう。

「変わる変わらないじゃなくて……私は、変わるしかないのか」

「おー。大変だぞ」

 だからさ。
 頑張ろう、マクダウェル。

「先生」

「ん?」





――――――エヴァンジェリン

「先生」

「ん?」

 それは、いつもと変わらない声。
 人を殺した、という私にも変わらずに話してくれる声。
 何で、と。
 どうして、と。
 何故――離れていかないのか。
 嫌ってくれないのか。
 憐れみか?
 同情か?
 それとも……。

「先生は、私を許せるのか? この、人殺しの化け物を」

「マクダウェル」

 その声は、真剣に――私に向けた声。
 顔を上げると、笑顔じゃなくて……怒っていた。
 怖い、と。
 手が震えた。
 何が?
 ――この私が、何を恐れるのか。

「化け物なんて言うなよ」

「……ふん」

 目を、逸らす。
 私は人間じゃない。
 なら何だ?
 決まってるじゃないか……。

「なら、私は何だって言うんだ?」

「んー……吸血鬼?」

「……化け物じゃないか」

「違う違う」

 まったく、と。
 呆れたような声。
 何で私が、そんな声を向けられないといけないのか。
 絶対私は間違ってなんかいないのに。

「化け物ってのは、昨日の老人みたいなのを言うんだよ」

「悪魔だろう? 吸血鬼だって、似たようなもんだ」

「いや、そんなんじゃなくて」

 何が違うんだ?
 そう視線を向けると、

「あんな、何考えてるか理解出来ないのを、多分――そう言うんだと思う」

 マクダウェルは、判り易いし、と。

「――――――うるさい」

 判り易くて悪かったな、と。
 ……そうか、そう言う見方もあるのかもな、と。
 妙に感心させられた。
 でもまぁ、私が人間ではないと言うのは変わらないんだけど。
 それでも、幾分心が軽くなるのは――私が単純だからだろうな。

「それとな」

「なんだ?」

「俺は、マクダウェルを許すよ」

 そう、何事も無かったかのように、何の気負いも無く、あっさりとこの人は口にした。
 ――――一瞬、何を言われたのか理解できず、

「え?」

 そんな、間抜けな声が漏れた。

「俺は、マクダウェルが――許されたいって思って、変わりたいって思うなら、許すよ」

「……え?」

 そう言いきると、コーヒーを一口含む。

「なんで?」

 そう言ってくれるのかも、とは思っていた。
 この人は優しいから。
 そこに付け込んだ。
 でも――心の何処かじゃ、言ってくれるとは、思っていなかった。
 だってそうじゃないか。
 ……私は、人間じゃないんだから。
 きっと人間には理解できない存在だ。
 まったく違う存在だ。
 姿形の似た別の存在だ。
 そんな存在に――そう言ってくれた。

「なんで、そう言える……私は、人間じゃないのに。何も理解出来ないくせに……」

 胸が締め付けられる。
 苦しい。
 ……苦しいのだ。

「だって、俺がマクダウェルの立場なら、きっと許されたいと思うから」

 吸血鬼の事はまだ良く判らないけど、それだけはきっと同じだと思うし、と。
 ――涙が出た。
 我慢できなかった。
 苦しさが増す。
 声が出せない。
 悲しい訳じゃないのに、涙が止まらない。
 痛い訳じゃないのに、嗚咽が漏れる。
 ――涙が、止まらない。
 だって……この人は、私を理解しようとしてくれてる――

「ほ、ほら、泣くなよ」

 ポン、と軽く――その大きな手が、頭に乗せられる。
 そして叩く様に、撫でられる。
 その手があまりに優しくて、また涙が零れる。

「な、んで……?」

「ん? なんだ? あー、ほら」

 涙を手で拭っても、後から後から溢れてしまう。
 まるで想いだ。
 胸を締め付ける想いと同じように、後から溢れて零れてしまう。

「なんで、っ……そう、言える?」

 許すなんて。
 きっと、先生が思ってるより難しい――絶対、いつか後悔する。
 また昨日みたいな目に遭う。
 もしかしたら――。
 泣きながら、嗚咽を漏らしながら、でもたどたどしく、そう告げる。
 でも、それはきっと……。

「しょうがないだろ。俺はお前の先生だからな」

 そう、言う。
 いつものように……何の迷いも無く
 ああ――。

「……あり、がと」

「礼は良いから、泣きやんでくれよ……」

 むり。
 だって、止まらない。
 困ったような声を聞きながら、涙を流す。
 止まらないのだ……しょうがないじゃないか。




――――――

「これはギリギリか……?」

 携帯の時計とにらめっこしながら、呟く。
 ちなみに俺は、職員朝礼には完全に遅刻である。
 なんて言い訳しよう。
 うぅ……早歩きすら、今の体調には厳しいか。

「だ、大丈夫か?」

「おー……マクダウェルの方こそ、大丈夫か?」

「ふ、ふん――いつまでも人の心配をしてる余裕があるのか?」

「う」

 まぁ、そうなんだよなぁ、と。
 どうにも……キツイ。
 これは、午後から有給使って病院だな……明日休みで助かった。

「大丈夫ですか、先生?」

「ん。すまないな絡繰、遅くなって」

「いえ」

 学園に向けて三人で歩きながら、どうやって新田先生と葛葉先生のお怒りから逃げるかな、と考える。
 ……体調不良で通そうかな、と思うのはやっぱ駄目だよなぁ。

「お仕事を、お休みになられた方が……」

「午後からは帰れると思うから、病院に行くよ」

「そうですか?」

「ん」

 注射の一本でも打てば大丈夫だろ、と。

「明日は休みだしな……一日寝てるよ」

「……判りました」

「だから、あんまり――まぁ、心配なんてしなくていいからな?」

「……はい」

 ふぅ、と。

「明日は寝てるのか?」

「流石になぁ……」

 来週まで長引かなきゃいいけど、と。
 貧血って長引くのかな?
 なった事無いから、そこが不安だ……風邪は、後で職員室に置いてあるマスク貰おう。

「そ、そうか……」

「ん?」

「……なんでもない」

 そうか?
 まぁ、いいか。
 あまり考えるのも億劫だ……それに、1時間目から授業だからなぁ。
 今日は問題解かせるの中心でするか。

「なぁ、先生?」

「なんだ?」

「――大変だな」

「そうか?」

 別に、そうは思わないけどな、と。
 まぁ体調が悪いのはきついけど。

「……はぁ」

「何で溜息吐かれなきゃならないんだ?」

「……別に」

 呆れられた。
 むぅ。

「なぁ、マクダウェル」

「なんだ?」

「もうサボるなよ?」

「ああ」

 お?

「ん? なんだ?」

「いやー、お前がそう即答してくれるとはなぁ」

 今まで頑張った甲斐があったってもんだ、と。
 そう言ったら、

「――――――」

 足を踏まれた、多分結構本気で。
 でも吸血鬼の本気って凄いんだろうから、結構手加減されたのかな?
 そんな事を考えながら、蹲ってしまう。
 どっちにしろ、痛いのは痛いし。

「大丈夫ですか?」

 うぅ、絡繰は優しいなぁ。

「ふん――」

「マスター?」

「……う」

 でも、怒ると怖いのかもしれない。
 ちょっとそう思ってしまった。




[25786] 普通の先生が頑張ります 42話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/20 23:12

 ポツポツと、雨が窓を叩く音で目が覚めた。

「ん……」

 身体が重い。
 どうにも風邪が治らないなぁ、と。
 それとも、貧血が続いてるのか。
 まぁそのどちらでも今は良いか、と。
 もう一度眼を閉じてベッドに潜り込む。
 眠いし、頭が重い。
 考えるのが億劫で、今日ばかりは何もする気にが起きない。
 休みだし。
 今何時かも判らずに、大きく息を吐く。
 外は少し明るかったから、結構遅い時間なのかもしれない。
 ……朝飯、どうしよう。
 食べないといけないだろう。薬も飲みたいし。
 でも動く気になれない。
 マクダウェルもちゃんと学園に行くって言ったし、近衛も落ち着いてたし。
 今日はもう一日休んでても良いだろう。
 そう思うと、目が覚めたばかりなのに眠くなってくる。

「ふあ……」

 でも、薬飲まないとなぁ。
 そうなると起きないといけない訳だ。
 ……しょうがないか。
 明日は、少しでも体調良くして学園に行かないと。
 授業あるし。
 体調悪いままだと、生徒達にも悪いし。
 あー……起きるか。
 そう思い、上半身を起こす。
 眠い。
 頭を書きながら、枕元の携帯に手を伸ばし時間を確認。
 ……俺って真面目だなぁ、と。
 まだ8時だし。

「はぁ」

 でもまぁ、起きたし……朝飯を買いに行くか。
 私服を適当に用意し、着替える。
 そのまま洗面所へ行き、身嗜みなんかを整える。

「顔色悪いなー」

 自分で言うのもなんだけど。
 ……もしかしたら、ゾンビとかもこの世界には居るんだろうか?
 それは嫌だなぁ、と苦笑してしまう。
 でも悪魔も居たんだし、吸血鬼だっているんだ。
 その可能性もあるかも。
 世界に不思議は満ちている。
 きっと、俺の知らない事はまだまだあるんだろうなぁ。
 そんな事を考えながら部屋から出、近場のコンビニへと向かう。
 何食うかなぁ……まぁ、食べるのなんて弁当かカップ麺、それかパンだけど。
 傘をさしながら、今日の朝食を考える……ついでに、昼飯も買うか。
 それとも、昼は何処かに食べに出るか。
 ……病人だし、今日は一日大人しくしておくか。
 こうやって歩くのも億劫だし。
 昨日はよく、午前中だけとはいえちゃんと仕事したもんだ。







 朝食と昼食を買って部屋に戻ると……。

「おはようございます」

 そう言って礼儀正しく一礼する絡繰と、

「おはよう、先生」

 そう、軽く片手を上げて挨拶マクダウェルが居た。
 しかも私服姿で。
 絡繰の手には大きめのビニール袋が二つ。
 それと反対の手にも大きめのバッグを一つ持っている。
 大荷物だけど、どうしたんだろう?
 いやまぁ、今日は休みだから、時間の使い道は2人の自由なんだけど

「……どうしたんだ?」

「ん。いやな……体調が悪いだろう?」

 まぁ、それほどでもないぞ、うん。
 とりあえず、生徒に心配されるのは嫌なのでその辺りは誤魔化しておく。
 でも、それがどうしたと?

「……迷惑掛けたからな、栄養ある物を、とでも思ってな」

 どうせ料理なんてしないんだろう、と言われてしまった。
 いや、そりゃしないけどさ……そう言いきられてもな。
 少しショックである。

「そう言うのはしなくていい、って言っただろ?」

「……どうせ暇だったんだ。それに、最初で最後だ」

 いや、そうは言ってもだな……。
 うーん、と髪を掻く。
 困った。
 本当、こう言うのは良くないと思うのだ。
 俺は教師で、マクダウェル達は生徒なのだから。
 どうやって断ろうか、とも考えるけど、せっかくの好意を、とも思ってしまう。
 それに、実際体調は悪い、というのは本当だし。

「――よく入れたな?」

 とりあえず、そう言って言葉を濁す。
 いくらそうセキュリティが緩いとは言っても、一応男性職員寮である。
 女子生徒がそう簡単には入れるとは思えないんだが。
 それに、こう言う所って、女の子は入るの躊躇いそうだし。

「ふん。ま、色々な……それより、ソレはなんだ?」

 色々って? と聞いたがそこは無視された。
 ……色々ってなんだろう?
 そう言って、右手に持ってるコンビニのビニール袋を指差される。
 あ、そうだ。

「……今日の朝食と昼食だよ。今買ってきた」

「はぁ」

 あからさまに溜息吐かれた。
 後ろの絡繰も、何と言うか……表情は同じなんだが、ちょっと違う。
 何が違うと言われたら困るが、とにかく――なんか違う。
 うん。多分呆れられてる。

「鍵を開けろ」

 命令系だった。
 お前、絶対俺の事教師だなんて思ってないだろ、と言いたい。
 言いたいが、正直ちょっと頭が痛くなってきた。
 あと、立ってるのもキツイ。
 相当体力が落ちてしまってるようだ。
 これじゃ、まだ歩いてる方が気がまぎれてマシだ。

「先生、顔色があまりよろしくないかと……」
 
「あー、ちょっとな……で、本当に、その、なんだ。ご飯作りに来たのか?」

 聞いたら、マクダウェルが顔を伏せた。
 いや、恥ずかしがるくらいなら来るなよ、と言いたい。
 そう言うのはしなくてい言って、この前言ったばかりなのに。
 まぁ、言ったのは絡繰と近衛にであって、マクダウェルには言ってない、と言われたらアレだけど。
 
「はい。先生には栄養が必要だと思います」

「弁当食べて、薬飲んで寝るから大丈夫だぞ?」

「先生。コンビニのお弁当では、十分な栄養は得られないかと」

 そう言うなよ。
 世の中のコンビニ業者の人達が泣くぞ。
 それに、これで……大学の時からだから、何年だ?
 随分と世話になってるからなぁ。

「それに、立ち話を続けていては、他の教師の方に見つかるかと」

「う」

 ソレは困るな、と。
 どうしたものか。

「あー……」

 コホ、と咳が出た。
 う、外に出たから、少し冷えたかな。

「ほら、諦めて開けろ」

「……はぁ」

 溜息を、一つ。
 頭が痛くて、これ以上考えれない。
 疲れたし。

「判った判った。すまないな、せっかくの休日に」

 ドアに歩み寄り、その傍に立っていたマクダウェルの頭に、手を乗せる。
 ポン、と一度優しく叩くように撫で、鍵を取り出し、開ける。

「……ふん」

 まったく、と。
 嬉しいし、何と言うか……昨日あんな事を話した後だから、余計に少し特別に思ってしまう。
 人間じゃない、とマクダウェルの事を言ったけど――こういう気遣いは、純粋に喜んでしまう。
 だって、あのマクダウェルがである。
 喜びと一緒に、驚きまで来てしまう。

「散らかってるけど、気にしないでくれ」

「……散らかっている、ってレベルか?」

「……しょうがないだろ。片付けようにも、キツイし」

 最初に目につくのは、壊れてしまった靴箱。
 玄関のすぐそこに在るし。

「どうせ俺一人だしな、来週には片付けるよ……怪我しないようにな?」

 一応小さな破片とか尖った破片とかはもう捨てたけど、危ないことには変わりない。

「ふむ……まぁ、いい」

 何か一人納得したように頷き、靴を脱いで部屋に上がるマクダウェル。
 何かあったかな?
 まぁ、何かあったら言うだろ。

「茶々丸、準備しろ」

「はい」

「準備?」

 何の、と思い聞き返すと……また溜息。
 ……なんか、今日一日でなんか良溜息吐かれるか数えるかな、と少し現実逃避。
 はぁ。

「先生? 私達が何をしに来たか、もう忘れたのか?」

「ああ」

 料理の準備ね。
 ……本当に作るんだ、と何処か他人事のように考えてしまう。
 というか、俺弁当買ったんだけどなぁ、と。
 ――夜にでも食うか。
 はぁ、と小さく溜息を吐き2人がキッチンに居る間に部屋を軽く片付ける事にする。
 正直、男の一人暮らしである。
 部屋の中は……あまり綺麗とは言えないのだ。
 特に、マクダウェルの家を知ってる身としては。
 この前、小太郎達も来たし。
 散らばった雑誌とかプリントとかを適当にまとめ……どうしよう?
 マクダウェル達には見せられないのもあるし。
 ……はぁ。
 適当に、本棚の中とか、ベッドの下とかに放り込んでいく。
 何でこんな事を……と、内心で膝を付きそうになる。

「先生、苦手なのはあるか? ……何をしてるんだ?」

 部屋を軽く掃除していたら、マクダウェルがキッチンからこっちに来て……呆れたように言う。

「掃除」

「寝てろ」

 ……うん、いつものマクダウェルだ。
 一言でバッサリと来たな。
 でもな? 学校の書類とかもあるから、そう言うのは見せられないんだよ。

「病人は病人らしくしてろ」

「……いや、流石に生徒に何でもさせるのも……」

「気にするな」

 気にするよ。
 大人しく寝てるの、凄い悪い気がするし。
 そう思い髪を掻く。
 なんだか、俺の方がこれじゃ子供みたいだな、と。
 うーむ。

「い、い、か、らっ、寝てろ。良いな?」

「……判った判った」

 むぅ。
 でも、正直体調が酷いので、早く寝たいという気持ちもある。
 書類とかは片付けたし……座る場所も一応ある。
 これくらいで良いか。

「着替えて寝るよ」

「それでいい。静かにしてろよ? もう起きるなよ?」

 ………………。

「起きるくらいは良いだろ?」

「駄目だ」

 駄目か……はぁ。
 とりあえず、着替えるか。

「じゃあ、着替えるから」

「ああ」

 ………………。

「着替えたいんだが?」

「……あ、ああっ」

 慌ててキッチンに引っ込んだ。
 ……危ないよなぁ、アイツ。
 男に免疫無いんじゃないか? と思ってしまう。
 それとも、あんまりそう言うの気にしないのか。
 さっきの反応見る限りじゃ、どうもそんな事はないみたいだけど。
 そんな事を考えながら着替えをすませ、ベッドに潜り込む。
 冷たくて気持ち良い。

「ふぁ……」

 疲れてたんだろう。
 目を閉じると、すぐに意識が沈んだ。







 良い匂いで、目が覚めた。
 う、ん。

「起きたか?」

 え?

「――――――っ」

「ど、どうした?」

 び、びっくりした……。

「夢じゃなかったのか」

「……失礼だな、先生」

 というか、夢であってくれたら……それはそれで悲しいか。
 どんだけ料理に飢えてるんだ、と。
 まぁ、いいか。
 ベッドの脇に座ったマクダウェルがこちらを覗き込むように、手を額に乗せてくる。

「おはよう、マクダウェル」

「おはよう、寝坊助な先生」

「……しょうがないだろ、病人は寝るのが仕事なんだから」

「上手い事言うなぁ」

 そりゃどうも。
 うお、マクダウェルの手、冷たいなぁ。
 気持ち良い……どうも、熱もあるみたいだな。
 体温計るとキツイから測って無かったけど、解熱剤も一緒に飲むか。

「本当に大丈夫か? 熱があるみたいだぞ」

「おー。ご飯食べたら、薬飲むよ」

 しかし、気持ち良い。
 もう一度目を閉じてしまう。

「寝るな」

 っと。
 ベッドから起き上がると、テーブルに色々料理が乗っていた。
 お粥に味噌汁、焼き魚とサラダである。
 美味そうだなぁ。

「食欲の方はどうでしょうか?」

「あ、ああ。大丈夫だ……絡繰が作ったのか? ありがとうな」

「……いえ」

 さて、ご飯食べるかな。
 そう思いベッドから出ると……座っていたマクダウェルが見上げてくる。

「どうした?」

「私も作ったんだが?」

「おー。ありがとなー」

 さて、と。
 ご飯食べたら、薬飲もう。キツイし。
 そう思いながらテーブルに着くと、その対面にマクダウェルが無言で座る。
 ……はて?

「どうしたんだ?」

「別に」

 何で機嫌悪いんだ、お前は?

「?」

「ほら、さっさと食べてもう一度寝ろ」

「お、おう」

 むぅ……まぁ、そうまで機嫌悪くないみたいだし……良い、のかな?
 首を傾げていたら、絡繰が土鍋からお粥を小鉢によそってくれる。
 ……?

「うちに土鍋ってあったか?」

 買った覚えないんだけど。
 そう首を傾げて聞くと。

「持ってきました」

「……持ってきた?」

 えっと……どうリアクションを返せば良いんだろう?
 驚けば良いのかな?

「持ってきたのか?」

「はい」

 あの大荷物には調理道具から一式入ってたのか。

「先生は料理をなさらないと聞いていましたので、調理器具も無いかと」

 正解でした、と。
 いやそうだけどさ……そうだけど、と思ってしまう。
 俺がおかしいのだろうか?
 まぁ、美味いご飯にあり付けたから良いけど、と思っておこう。
 よそってもらったお粥を受け取り、両手を合わせる。

「いただきます」

「……どうぞ」

 ちなみに、大変美味しかったのです。
 絡繰はきっと、将来は料理人とかになって良いと思う。

「御馳走様でした」

「……お口に合ったでしょうか?」

「おー。凄い美味かった」

 薬を飲んで、そう一言。

「あの時の弁当も美味かったし、絡繰は本当に料理が上手いなぁ」

「…………いえ」

「マクダウェルも、ありがとうな?」

「ふん。まぁ、色々世話になったしな」

 世話なんか、何かしたかな、と。
 俺としては、本当に何かをした、というつもりが無いので心苦しいばかりである。
 頬を掻き、苦笑してしまう。
 さて、と。

「今日はありがとうな?」

「ん?」

「いや、朝食用意してもらって」

「ああ。気にするな……どうせ、暇だったからな」

 そうか、と。
 うーん、照れ隠し、なんだろうか?
 そう考えると、マクダウェルも可愛いもんだな。
 とても吸血鬼なんだと思えない。

「それでは、後片づけをしてきます」

「……何から何まですまないな」

 立ち上がら、使った食器を片づけようとする絡繰に声を掛ける。
 いやもう、本当に申し訳ない気持ちである。

「いえ、お気になさらずお休み下さい」

「そうは言ってもな……洗うの手伝うか?」

「――いえ。お休み下さい、先生」

 そうか?

「良いから寝てろ。病人は寝るのが仕事なんだろ?」

 む……。

「上手い事言うなぁ」

「ふん」

 そっぽ向かれた。
 でもまぁ、今日ばかりはお言葉に甘えるか。

「それじゃ、すまないけど寝かせてもらうな」

 立ち上がり、ベッドに向かう。
 キツイのは本当だし。
 それに、こんなに美味いの食べたし。
 これで寝たらきっと良くなってるだろ、と。

「そうしろ。片付けはやっておく」

「すまないなぁ」

 教師というか、大人として非常に心苦しい限りである。
 生徒に、子供に面倒を見てもらうだなんて。
 …………。

「そう言えば、マクダウェル」

「ん?」

 ベッドに横になりながら、ふと思った。

「お前って何歳なんだ?」

 傍に置いてあった雑誌を投げつけられた。
 ……病人なんだがなぁ。
 毛布でそれを防ぎつつ、目を閉じる。
 眠気はすぐに来た。




――――――エヴァンジェリン

 ――――まったく。
 いきなり何を聞いてくるかと思えば……。
 女に歳を訪ねるなんて、マナーがなってない。まったく。
 そう心中で憤慨しながら、その辺りに散らばっていた雑誌を適当に纏める。
 ふう……もう少し掃除とかしないのだろうか?
 まぁ私もその辺りは茶々丸に任せっきりだから、そう強くは言えないんだが。
 そんな事を考えながら、一応形だけ部屋を掃除し、腰を下ろす。
 一息吐くと、ここが先生の部屋なんだなぁ、と見渡してしまう。
 特に何かある、という訳じゃない。
 というか、本と雑誌と書類ばっかりである。
 もう少し趣味みたいなのは無いんだろうか?
 立ち上がり、本棚に近寄る。
 ……マンガ本とかないのか。
 面白くないな。
 
「どうかなさいましたか、マスター?」

「いや……片付けは終わったか?」

「はい」

 昼食までは、まだ時間があるな。
 どうするか……。

「どうぞ」

 テーブルに置かれたのは、お茶。

「ああ」

 一服入れるか。
 そう考え腰を下ろし、そのお茶を一口飲む。

「それでは、洗濯物をしてきますので、マスターもお休み下さい」

「……いや、流石にそれはどうだ? 嫌がるんじゃないか?」

「そうでしょうか?」

 さ、流石に成人男性の洗濯物をするのはどうかと思うぞ?
 私も、異性に服なんかを洗濯されるのは嫌だし。
 眠ったのであろう、先生を起こさないように若干小さな声で喋る。

「私は気にしませんが?」

「お前だって、先生に服やら下着やら洗濯されたら嫌だろう?」

「…………はい」

 判ったか?
 まったく、こんな所の常識はまだないのか……男と暮らした事なんて無いからな。
 そういった経験が無くて当たり前か。
 そう溜息を吐き、もう一口茶を啜る。

「お前も随分変わったなぁ」

「そうでしょうか?」

「……お前が誰かの見舞いに、など初めて聞いたがな」

「……そうでしょうか?」

 弁当と言い、見舞いと言い……先生と関わってから、本当に退屈しないな、と。
 あの時――あの日、先生が来なかったら、どうなっていたんだろうか?
 きっと、茶々丸もここまで自己を表したりはしてないんだろうな。
 あの頃は、どうだったかな、と。
 もっと人形らしかった、とは思う。
 だが、ソレがどのように人形らしかったか――とは思い出せない。
 喋り方か、仕草か……それとももっと別の所か。
 茶々丸は変わったと思う。
 だがそれがどこが、どんな風に、とは判らない。
 その変化があまりにも自然で、正しく“成長”と呼べるモノだからか。

「楽しそうだな」

「そうですか?」

「ああ」

 そう言うと、不思議そうに首を傾げ――その指を、胸に添える。
 本当に茶々丸に感情があるのかどうかは判らない。
 茶々丸は人形だ。
 人の形を模した存在だ。
 それは、どうしようもない事だ。
 だが――茶々丸は私の家族でもある。
 だから、その変化は、その心の動きは――素直に喜ばしい。

「なるほど」

「どうした?」

「いえ。コレが“楽しい”という事でしょうか?」

「――そうかもな」

 小さく声に出して、笑ってしまった。
 心の内など誰にも判らないと言うのに、それを聞いてくる茶々丸に。
 まるで、本当に子供だ。
 外見は私よりも随分と年上なのに、その中身はまだまだ子供。
 だからこそ、先生に懐いているのだろう。
 良い見本だから。
 誰よりも、きっと茶々丸の為になるだろう。
 そう思うと、また笑ってしまう――。

「マスター、楽しそう」

「楽しいとは少し違うな」

「……そうなのですか?」

 ――この気持ちは、きっと。

「私は今、嬉しいんだよ」

 お前の変化が、私の周囲の変化が。
 昨日言われた事を思い出す。
 私が変わった、と。
 確かにそうかもしれないな。
 以前の私なら、こんな事考えもしなかっただろう。認めなかっただろう。
 そして、茶々丸の些細な変化には気付けず、ただ感情を手に入れた、成長した。
 ただそんな事だけを見ていたのかもしれない。
 こんな風に――些細な変化に喜んだりは、しなかったかもしれない。

「嬉しい、ですか」

「ああ。多分な」

 嬉しいなんて気持ち、もうどれほど振りに思い浮かべたか。
 ……きっと、ナギが居た時以来だ。
 明日菜達と居る時は楽しい、少しだけ嬉しいと言う気持ちとは違うんだと思う。
 私も、茶々丸の事は言えないな。
 自分の感情に、自信が持てない。
 この気持ちがなんなのか。
 どんな感情の波が、嬉しいだったか。
 だがきっと――そう悪い事じゃないんだと思う。
 そう思える。
 立ち上がり、ベッドの傍へ。

「マスター?」

「……」

 その呼びかけには答えず、ベッドの脇へ腰を下ろし――静かに眠るその額に、自身の手を添える。
 熱い。
 人の体温なんて計った事はないが、きっと高いんだろう。
 ふむ……。

「茶々丸、水とタオルを用意しろ」

「はい」

 さて。
 やった事はないが……上手くいくか。
 自身の手に、魔力を通わせる。
 イメージするのは水。
 手の体温を下げ、再度その額に添える。
 熱い。
 冷たい私の手が、先生の熱を奪う。
 だがそれは攻撃的なものではなく、治療の為に。
 魔法。
 ただの一言で人を傷つけ、物を壊せる力。
 だが、こんな使い方もある。
 ――考えはしたが、使った事はなかったな、と。
 治療の為の魔法。
 敵を傷つける為じゃない、そんな使い方じゃない魔法。
 ……そういえば、こんな使い方もあったんだな、と。

「小言を言わなければ、もう少しマシなんだがな……」

 だがまぁ、そんな事になったら、きっと面白くないんだろうな、と。
 何が面白くないと言うのかは判らないが、きっと、今みたいな気持にはなれないだろうな、と。

「すまないな、先生」

 巻き込んで。
 折角の休日に、体調を崩させてしまって。
 ワガママで迷惑を掛けてしまって。

「マスター、用意できました」

「そうか」

 茶々丸が用意したタオルを水に浸し、絞る。
 そうした時、玄関のドアが叩かれた。
 ……呼び鈴があるだろうに、何でそっちを使わないんだろうか?

「誰だ?」

「見てまいります」

 そう言って立ち上がる茶々丸に、

「のぞき窓から確認するんだぞ? 魔法関係者ならドアを開けろ、そうじゃなかったら無視しろ」

 面倒になるからな。
 教師の部屋に生徒がいるだなんて――きっと、あまり良い様には見られないだろう。
 先生の迷惑になるのは、あまり良くないからな。

「かしこまりました」

 そう言って玄関に向かう茶々丸を目で追い、絞ったタオルを先生の額に乗せる。
 そのまま数瞬。
 ……寝顔から、視線を逸らす。
 さて、どうするかな。
 そう考えた時、ドアが開く音。
 誰だ?
 足音が近づいてくる。

「やあ、エヴァンジェリン」

「瀬流彦か。どうしたんだ?」

「それはこっちの台詞なんだけどね? ま、いいや」

 ふん。

「これ。お見舞いに」

 そう言って差し出されたビニール袋には、数種類のゼリーと缶詰。
 む――そう言えば、こういうのは買ってこなかったな。

「寝てるの?」

「ああ。さっき朝食を食べさせた」

「…………そっか」

 何だその間は?
 気に障る奴だな……。

「熱は?」

「高い。まぁ、薬も飲んだし大丈夫だとは思うが……」

「なんか、そう言う魔法薬は持ってないの?」

 はぁ、と。

「一般人に魔法薬を渡してどうする? 拒絶反応が出ても、責任は持てんぞ」

「それもそうか……悪い考えだね、ごめん」

「ふん。まぁ、私の薬にそんな不備はないがな」

 それでも、極力、そんな些細な事でも先生には関わって欲しくないと思う。
 これ以上、この人の“世界”を壊したくないと。
 でも、関わっていたい。
 矛盾していると思う。
 私と関われば、日常が壊れる。
 私はこの人の日常を壊したくない。
 でも、関わっていたい。
 ――どうかしてる、と思う。

「瀬流彦先生、お茶をどうぞ」

「あ、すまないね茶々丸君」

「いえ」

 ……しかし、先生の許可を取らずに瀬流彦を上げて良かったものか。
 まぁ、今更出て行けとも言えないか。
 茶々丸と三人でテーブルを囲みながら、静かに座る。

「しかし、驚いたね。まさか、先生の部屋に居るなんて」

「ふん――お前こそ、見舞いに来るなんてな」

「そりゃね。彼は僕の後輩だから」

 ふん。
 ま、いいさ。

「最近ずっと頑張ってたみたいだし、ちょうど良い休みじゃないかな?」

「体調崩して、ちょうど良い休みもあるか」

「でも、こうでもしないと休まないんじゃない?」

 ……それもそうだな。
 妙に納得してしまうのは、きっとあの人が先生だからだろうなぁ。
 その事が可笑しくて、瀬流彦と一緒に小さく笑ってしまう。
 しかしまぁ、

「お前と、こうやって喋る日が来るなんてなぁ」

「……そうだね」

 妙にしみじみしてしまう。
 考えた事も無かった。
 思った事も無かった。
 魔法使い。
 私の敵。
 そいつと、茶を飲みながら、笑い合うなんて。
 じじいならともかく、だ。

「変わったねぇ」

「……よく言われるよ」

 まったく。
 もう聞き飽きそうになるくらい、だ。
 変わった……か

「なぁ、瀬流彦?」

「ん?」

 2人して茶を飲みながら、どう言ったものか……と。

「……私は、どんな風に変わった?」

「んー……そうだね」

 他の魔法使いには、私はどう見えているんだろう?
 そう、思った。
 魔法使いにとって、吸血鬼は――どう見えるのか。

「僕はさ。エヴァンジェリンの事を、良く知らなかったんだよね」

 うん、と。

「知ろうとも思ってなかったんだ。知らなくても良い。どうせ、君が僕に興味を持つ事なんて無いんだし、って」

「……そうか」

「こうやって話す事なんて考えた事も無かったし。きっとそうなったら、僕は怖くて話せなかったんじゃないかな?」

 ――怖い、か。
 そうだよな。
 私は怖がられてたんだよな。
 ……その通りだ。

「でも、今はこうやって話せる。話せるなら、喋ってみたいと思う。知りたいって思う」

 そこで一言区切り、

「怖くなくなった、って言うのが……僕の意見かな?」

「そうか」

 茶を、口に含む。

「それじゃ、僕はもう帰るね?」

「――もうか?」

「起きて僕が居たら驚くだろうし」

 それもそうか……。

「茶々丸君、お茶ありがとうね」

「いえ」

 そう言って立ち上がり、去っていく瀬流彦。
 ドアが閉じる音を聞きながら、ほう、と息を吐く。
 無言。
 以前は、当たり前だった静かな時間。
 だが今は、静かだと思う静かな時間。
 その中で、ただぼんやりと――窓の外を見る。
 雨が窓を叩く音。
 時計が時を刻む音。
 そして――微かな、寝息。
 静かな時間。
 静かと思う時間。
 でも、そう悪いとは思えない時間。

「魔法使いも、そう悪くないのかもなぁ」

「そうかもしれません」

 そう思った事も無かった。
 そう思いながら、先生の額に乗ったタオルを取り――水につける。
 水を切りながら――小さく、声に出さず、茶々丸から見えないように……笑う。

「茶々丸、魔法使いは好きか?」

「判りません」

 そうだな。

「私もだ」

 判らないな。
 私も――判らないよ。
 きっと……判ろうとしてなかったんだろう。
 水で冷えたタオルを、額に乗せる。

「昼食の準備をしてまいります」

「ああ」

 この変化も、先生のおかげかなぁ、と。
 そう思うと、頬が綻んでしまう。
 早く治ってくれよ?
 看病は、面白くない。退屈だ。
 ……笑いながら言っても、説得力が無いかな?






――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「あれ? どうしたんすか、チャチャゼロさん?」

「……オオ、オ前カ」

 うぅ、外は雨で、びしょ濡れだぜ。
 玄関の軒先で水気を飛ばしながら、何でか玄関先に居たチャチャゼロさんに声を掛ける。

「イヤナ、御主人ガ機嫌ガ良イワケヨ」

 あ、出掛けてるんだ。
 お見送りしてたのかな?

「マジデ? 昨日何かあったんすか?」

 一昨日はまるで通夜みたいに暗かったのに。

「イヤー、舐メテタワ」

「へ?」

「御愁傷様ナンテ言ッテ悪カッタヨ」

「あ、そう言えば何か言ってましたね」

 アレって、結局どう言う事だったんすかね?

「ヨウコソ。コレカラモ宜シク頼ムワ」

「だから、誰に言ってるんすか?」

「多分、オ前モ近イ内ニ会ウンジャネェカ?」

「……誰?」

 なんのこっちゃ?




[25786] 普通の先生が頑張ります 43話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/21 22:44

「先生、おはようございます」

「あ、あー……うん、おはよう、那波。それと、村上」

 朝のHR終了後、ネギ先生と一緒に教室から出るとそう声を掛けられた。
 ニコニコといつもの笑顔の那波と、その背に隠れるように立つ村上。
 そう言えば、先週は体調悪いから話してなかったけど、小太郎の事を説明してなかった
 ――しまった。
 内心で汗を流しながら、どう言ったもんかな、と。
 それ以外の質問では、という考えは浮かばない。
 この子はそういう子だ。
 ……きっと、下手な良い訳じゃ無理だろう。色々と。

「先生ー、あの犬の事なんだけど……」

「それで、あの子はどうなったのでしょうか?」

「う、あー。こ、小太郎ね……」

 どう言ったもんかなぁ、と。
 頬を掻いて中空に視線を逸らす。
 HR後の廊下、生徒も多い。
 そして那波は、色んな意味で有名人である。主に容姿的な意味で。
 ……いくらここが女子校でも、目立つ。
 余所のクラスの子達からも見られるくらいには、目立つのだ。

「あの子、小太郎って言うんですか?」

 可愛い名前ですねぇ、と。
 う……。

「先生、どうしたんですか?」

 とはネギ先生。
 うぅ、どう説明したものか。
 だって、魔法の事って言わない方が良いんだろうし。
 小太郎の名前って、言って良かったのかなぁ、と。
 スマン。

「実は、あの後飼い主が見つかってなぁ」

「そうなんですか?」

「ああ。動物病院に連れて行ったら、そこに迷子犬の張り紙があったんだ」

 もう嘘ばっかりである。
 生徒に嘘を、とか内心では思ってしまうが、あんな危ない事を説明する訳にもいかない。
 ……運が悪ければ、俺ではなく那波が巻き込まれてしまっていたのだ。
 そう考えると、俺にとっては運が良かったのか……まぁ、それは今は置いておく。

「その飼い主さんの連絡先とかは……」

「ちょっと聞いてないんだ。あちらさんも、急いでいてな」

「急いで?」

「ああ。どうにも、お金持ちの所の犬だったらしいんだ」

「お金持ちの? 凄いねー」

 どう言ったもんかなぁ。
 ……ここまで来たら、なるようになれ、か。
 自己嫌悪で膝を付きそうである。

「治療も向こう持ちでな……あの後どうなったか判らないんだ」

「……そうなのですか」

「でも、ちゃんと犬の事は大事にしてるみたいな人達だったし。きっと大丈夫だと思うぞ?」

「……はぁ。もっと撫でたかった」

 そこには俺も同意である。
 小太郎はともかく、あの犬は可愛かった。
 もしあの犬がただの犬だったら……うむぅ。

「そっかー……でも、ちゃんと飼い主に会えてよかったね、ちづ姉」

「そうね。やっぱり、飼い主さんと一緒が一番良いものね」

「だなぁ。すまんな、那波。言うのが遅れて」

 そう言って、軽く頭を下げる。

「いえいえ。先週は体調悪いみたいでしたし……」

「いや……」

 それも、なぁ。
 原因はアレだし。
 苦笑するしかない。

「千鶴さん、小太郎君の事知ってるんですか?」

「ネギ先生、あの子の事知ってるんですか?」

「はい」

 ……あれ?

「それじゃネギ先生、職員室に戻りましょうか?」

「あ、そうですね」

 授業の準備もありますし、と。

「それではネギ先生、また後で」

「へ?」

 ……やっぱりか。
 別に、バラして……は駄目なんじゃないのかな?
 どうだろうなぁ。

「ネギ先生ー、また後でねー」

「はい? え、あ。また後で」

 絶対ネギ先生判ってないよなぁ、那波達のまた後で、の意味。
 むぅ。

「ネギ先生」

 小声で、隣のネギ先生に声を掛ける。

「はい?」

「小太郎がその……魔法使い? って事、那波達は知ってるんですか?」

「いえ、知らないはずですけど?」

 ですよねぇ。
 はぁ。

「その、言ってなかったんですけど……」

「どうしたんですか?」

「那波が拾った小太郎って、犬の時なんですよ……」

「え?」

「ですから、さっき話してたのって、犬の小太郎の事なんですよ」

 でも、アイツって人間に変身できるんですよねぇ、と。
 ……那波と会わせて良いものか。
 というか、会うこと出来るのかな?
 アレから会ってないけど……月詠も、元気だと良いけど。
 たった数時間だけ喋った子達だけど、その時間は濃密だった。
 もう一度、とも思うけど、魔法使いなんだし、もう会えないかな、とも思ってしまう。

「どう説明しましょうか?」

「……どうしましょう?」

 二人並んで、首を傾げてしまう。
 これは困った。
 那波は絶対、昼休みくらいにはネギ先生の所に来るだろう。
 あの外見、あの性格ではあるが……めちゃくちゃ行動力あるからな。
 うーむ。

「でもまぁ、連絡が取れないとか、そう言うしかないですね」

「そうですね……それにしても、小太郎君を最初に保護したの、千鶴さんだったんですね」

 流石に本当の事を言う訳にもいかないだろう。
 それに、信じてもらえないだろうし。
 そう思うと、少し気も楽になる。
 うん、連絡を取れない、それだけで良いのだ。
 ……連絡先を調べたりまではしないだろうし。

「ええ。雨の中、最初に小太郎を見つけたのは那波ですよ」

 でも、那波が小太郎を見つけなかったら、俺はネギ先生達の事を何も知る事はなかったんだよなぁ。
 そう考えると、那波にも感謝……なのかな?
 苦笑してしまう。
 死にそうな目にも遭ったと言うのに、と。
 しかし、

「那波は押しが強いですからね、注意しましょう」

「う……そ、そうですね」

 ネギ先生、押しが強い生徒に弱いですし、と。
 そう言うと、困ったようにこちらを見上げてくる。
 雪広とかが良い例だし。

「うー。那波さんは、優しいですけど……はぁ」

「溜息なんて、あんまり吐くもんじゃないですよ?」

 せめて、生徒の居ない所で、と。
 でも、俺も最近は多分溜息増えたかもなぁ、と。
 これはあんまりネギ先生にだけも言えないな。

「はいぃ」

「那波だって生徒の一人なんですから、ほら」

 胸を張って下さい、と。
 その背なかを軽く叩く。
 ……まぁ、精神年齢、という所は明らかに他の生徒より高いだろうけど。
 ボランティアで子供の相手をしてるからだろうか?
 どうも、それだけじゃないと思うのは、失礼だろうけど……。
 アイツもなぁ、もう少し年相応というか……まぁ、深くは思うまい。
 感、鋭いし。

「どうしたんですか?」

「いえ……それより、小太郎達って、どうなるんでしょうか?」

「う……それは僕も聞いて無くて」

「そうですか」

 助けてもらったお礼も、まだ満足には言えてないんだよな……。
 あの夜。
 雨の降る中、頭を下げてきた2人。
 別に、そう悪くは思っていない。
 痛かったけど、別に、あの2人をそう悪くは思えない。
 子供だからか、それとも、他に理由があるのかは判らない。
 だからだろう。
 もう一度会って、ちゃんとお礼を言いたかった。

「多分その事も、今日学園長からはお話があると思います」

「あ、そうか……」

 そう言えば、昼休みに学園長に呼ばれてたんだっけ。
 忘れていた、というより考えから外していた。
 言われる事は、多分あの夜の事だろう。
 ……何を言われるのか、想像できないだけに、少し怖い。
 学園長の事は信頼している。
 でも、きっと魔法使いには魔法使いのルールがあるだろう。
 その存在を知ったら……どうなるんだろうか?
 胃がキリキリ痛む。
 はぁ。

「ま、今は授業に集中しますか」

「そうですね」

 どうなる事か。
 窓の外に視線を向ける。
 先日の雨が嘘のような晴天。
 麻帆良祭まであと約2週間。
 それまでこの天気が続いてくれると良いんだけど。







「今回はすまんかった」

 まず学園長に入り、勧められるままソファに座るなり、そう頭を下げられた。

「いえいえいえっ!? そんな、頭を上げて下さいっ」

「……そうか?」

「はい。頭を下げられても……こっちも困ってしまいます」

「う……すまんの」

 いえ、と。
 あー、びっくりした。
 学園長から頭下げられるなんて、思っても無かった。

「怪我と、体調の方はどうじゃ?」

「それはもう。色々とご迷惑をおかけしました」

 というか、こっちが頭を下げる。
 結局、先週は午後からは学園側からの仕事、という名目で休みを貰った事になってる。
 つまり、俺はまだ有給は丸々残っているのだ。
 そこまでしてもらって、こちらも心苦しいばかりである。

「いや、頭を上げてくれ。巻き込んでしまったのはこっちの落ち度なんじゃから」

「ですが、巻き込まれたのはこっちですし……」

「……良いからさっさと話を進めろ」

 う。
 学園長と2人頭を下げ合ってたら、マクダウェルからの声。

「それもそうじゃな」

「そうですね」

 昼休みも、あまり無いですし、と。
 今学園長室に居るのは、この前の夜に居たメンバー。
 つまり、小太郎と月詠もである。
 それに龍宮。
 マクダウェルは学園長の隣に立ち、他のメンバーは俺と同じようにソファに。
 小太郎と月詠の2人は、こちらも学園長の隣――学園長を挟んだ反対側に並んで立っている。

「みな、今回は色々とすまなかったの」

「ふん。そんな事より、だ」

 お前、もう少し学園長の話をだなぁ……。

「よいよい。年寄りの話は長くて面白くないからの」

「う……すいません」

「なんの。エヴァがここに居る事だけで、十分じゃ」

 ? それはどう言う……とも思ったが、今聞く事じゃないか。

「先生、どうする?」

「はい?」

 どうする、って……。
 先ほどまで笑っていた顔ではなく、真剣な顔。
 きっと、こちら側が、学園長の本当の顔なのだろう、と思った。

「このまま関わらずに、という事も出来る」

 ああ、なるほど。

「その場合は、申し訳無いが……その、なんじゃ。先生の記憶をじゃな」

「……記憶?」

「うむ。記憶を、消させてもらう事になる」

 …………記憶を、消す?
 それはどこか、遠くから聞こえた気がした。

「そんな事が出来るんですか?」

「うむ」

「じいちゃんっ」

「木乃香は黙っていなさい」

 その一声で、静かになる近衛。
 でもまぁ、これは俺の問題なので――近衛には悪いが、

「その――消すのは、どのくらいの記憶を?」

「……そうじゃな」

 その豊かな髭を撫でるように触りながら、

「魔法に関わることすべて」

「………………」

「それと、エヴァの記憶、じゃな」

「……マクダウェル?」

 どうして、と思った。
 魔法の事なら分かる。
 きっと、それが俺の為だから。
 俺みたいななんの力も無い人間が知っていても、巻き込まれるのがオチだろう。
 きっと次は助からない。
 それは、誰よりも、俺が一番良く判っている。
 でも……。

「どうしてそこで、マクダウェルが出てくるんですか?」

「私の存在自体が、先生にとって危険だからだよ」

 俺の問いに応えたのは、学園長ではなく、その隣に立つマクダウェルだった。

「なんで?」

「……判るだろうが」

 吸血鬼だから、だろうか?
 ソレは――そんなに、難しい問題だったのだろうか?
 そうなのかもしれない。
 マクダウェルは危険じゃないけど、きっとそう知らない人も多いのだろう。
 ……映画やマンガみたいに。

「――消さなかった場合は?」

 これまで通りの生活が送れるのだろうか?
 やっぱり、何かしらの制約とかがあるのかもしれない。

「その時は、責任は自分で取ってもらう事になるの」

「責任……?」

「死んでも、そっちの責任という事じゃ」

 ――死。
 それは、もう遠い存在じゃない。
 あの夜はすぐ身近にあった。
 あの夜、運が悪ければ俺は死んでいた。
 今日の俺が在るのは、本当に――ただの幸運でしかない。
 後一瞬、マクダウェル達が来るのが遅かったら……。
 あの老人に掴まれた首に、手を添える。
 あの感覚。
 きっと――俺は、当分忘れられない。

「せんせ、ウチ……」

「木乃香、黙っていなさい」

「……でも」

「木乃香。それを決めるのはお前じゃない……黙っていろ」

 学園長とマクダウェルに言われ、口を紡ぐ近衛。
 そうだな。
 これは、俺の問題だ。
 俺の、これからの問題だ。
 どう生きるか。どう在るか。
 ふぅ、と息を軽く吐く。
 それだけじゃまだ胸が重いので、もう一度、深く吸って、深く吐く。
 でもまぁ、考えられた事だ。
 ……そう、なるだけ簡単に考える。
 きっと、答えは決まってる。
 “先生”なら、答えは決まってる。
 だって――そうじゃないなら、きっと俺は、マクダウェルの事を迎えに行ったりしなかったから。
 でも、怖い。
 申し訳無いが、怖いのだ。
 今にも足が震えてしまいそう。
 あの時感じた冷たさが、蘇る。
 ――でも。

「判りました」

 無茶とかしないなら大丈夫かなぁ、と。
 今はそう思っておく。
 ……そう思わないと、先に進めなくなりそうだから。
 あの夜よりももっと怖い目に遭うかもしれない。
 魔法がどんなのか見た事無いけど、きっと危ないんだろう。
 でも。それでも。

「顔色が悪いが、大丈夫か、先生?」

「は、はい」

 情けないなぁ。
 ここでこう、ビシッ、と格好良く決めれないものか。
 そう苦笑してしまう。
 格好悪いなぁ、と。

「……それでは、記憶は――消さない、で、下さい」

「先生、声が震えてるぞ?」

 わ、笑うなよ……まったく。
 こっちは魔法なんて使えない一般人なんだ。
 魔法がどんなのか知らないけど、危ないってのは判ってる。
 あの老人みたいなのも沢山居るんだろう。
 でも――。

「何とか、死なないように頑張ってみます」

「……よいのか?」

「はい」

 返事だけは、震えずに言えた……と思う。
 言えてると良いなぁ。

「後悔する事になるじゃろう。きっと、恐ろしい目にも遭う……それ以上にも」

「そ、そうですね……」

 多分、そうだと思います。
 俺はきっと簡単に考えてるんだと思う。
 でも、それでも。

「……でも、やっと知る事が出来た事を、忘れたくないですし」

 マクダウェルの事情。
 近衛の事。
 ネギ先生の事。
 これらはきっと、普通に生きていたら気付かなかった事。
 きっと気付けなかった事。
 それに気付けたんだから――忘れたくないと思う。
 それに。
 それに、だ。
 俺は、マクダウェルを、許すと言ったのだ。
 この言葉に何の意味も無いのかもしれない。
 俺なんかがどうにかできる問題じゃないんだと思う。
 でも、それでも――これだけは、嘘にしたらいけないんだって判る。
 吐いていい嘘と悪い嘘がある。
 那波を巻き込みたくないから嘘を吐いた。
 生徒を危険に晒したくないから、嘘を吐いた。
 でも、これだけは、嘘にしてはいけないんだって判るから。

「マクダウェルと、約束しましたし」

 約束、とは言えないのかもしれない。
 俺の一方的な思い込みかもしれないけど。

「その……御迷惑かも知れませんけど」

「いや、よいよい」

 そ、そうですか?
 ほっ、と小さく胸を撫で下ろす。

「なら、次の話に移ろうかのぅ」

「つ、次……?」

「うむ。先生の処遇は決まった」

 う、そ、そうですね……。
 処遇、といわれると、どうにも重く考えてしまうなぁ。

「次は、今後の生活じゃ」

「……や、やっぱり今まで通りじゃ」

「そうじゃな。こちらとしても、危険じゃとは思うしの」

「そうですか……」

 やっぱり危険なのか、魔法に関わるって。
 大丈夫かなぁ、と今から不安だ。

「それに、今住んでおる所も少し荒れておるようじゃしの」

 それは、あの靴箱の事か?
 マクダウェルと見ると、視線を逸らされた。
 もしかして、マクダウェルが言ってくれたのかな?

「近場に家族用の教員寮があるのは知っておるじゃろう?」

「え? ええ。でも……」

「うむ。そこを一室、先生用に開けておる」

 ……はい?
 一瞬、思考が止まった。
 家族用の寮をですか? と。
 だって、今住んでる所が1DKのトイレと風呂付き。
 これだけだって十分なのに、家族用になったら2LDKである。
 正直、広過ぎて困る。

「そこで、この子達と暮らしてはもらえんか?」

 そう言って紹介されたのは、学園長の隣で並んで黙っている2人。
 小太郎と月詠である。

「…………はい?」

「だから、この2人と共同生活」

「ちょ、ちょっとじいちゃん!?」

「……木乃香?」

 今までの学園長とは思えない、低い声だった。
 ……やっぱり、こういう所は家族でもちゃんと言うんだな。

「ぅ……」

「別に、ずっととは言わんよ。先生の安全が確認されるまでじゃ」

「安全ですか……?」

 俺、もしかして結構危ない立場なんだろうか?
 でも、何もした覚えはないんだが。

「あの悪魔は結構なモノでの。それが先生と接触した……目的は一応把握しておるが、次が無いとも限らん」

「えっと、どういう……」

「エヴァじゃよ」

 マクダウェル?
 だから、どうして俺とマクダウェルが?
 ……そりゃ、助けてもらったけど。

「エヴァは少々立場があっての。それが、表に出て動いたんじゃ……“あちら側”に警戒されるかもしれん」

「は、はぁ」

 正直、良く意味が判らない。
 何とか自分なりに理解しようとは思うんだけど……。
 マクダウェルの立場っていうと、吸血鬼って事か?
 そして“あちら側”って言うと、あの悪魔の事だろう。
 他にも仲間がいたと言う事だな。

「先生はな、エヴァにとっての人質になりえる、と思われたかもしれん」

「……はい?」

 人質。
 人質である。あの映画とかで良くある。
 ……また攫われたりするんだろうか?
 と少し現実逃避。

「そこでじゃ、この2人なら腕も立つし鼻も利く」

 そうなんですか?
 まぁ、小太郎は元は犬ですから鼻が利くでしょうけど。

「それに、今この2人は身寄りが無い。住む場所もな」

「そうなんですか?」

「……着の身着のままで京都からこっちまで来たようじゃしな」

 少し呆れたような学園長の声。
 ……そうなのか。
 京都から来た、というのは本当だったんだ。
 何と言うか……行動力があるなぁ、と。

「そこで、先生は身を守ってもらう代わりに、この2人の保護者役をしてほしいんじゃ」

「えー!?」

「……木乃香ぁ」

「近衛、少し静かに、な?」

「は、はぁい」

 学園長が泣きそうなんだが。
 もう、何だか難しい空気が続かないなぁ。
 コホン、と一つ咳払い。
 スイマセン、学園長。

「それで、どうじゃろうか?」

「えっと……小太郎と月詠は、それでも良いのか?」

 見知らぬ他人との共同生活なんて、2人の年頃だと酷いストレスだろう。
 大丈夫だろうか、と思ってしまう。
 俺なんかの為に、と。

「構わへんで? 兄ちゃんの傍なら、退屈せぇへんやろし」

「ウチも構いまへんわ。センセーの周りは、楽しそうですから」

 ……というか。

「月詠は、問題ありませんか?」

 隣で近衛が何度も頷いていた。
 だよなぁ。

「でものぅ、この子の面倒を見てくれる魔法先生も……家庭の中にいきなり放り込むのも、酷じゃろう?」

 独身女性の魔法使いって、少ないんだろうか?
 葛葉先生は……彼氏が居るのか。
 今が大事な時期だろうしなぁ。

「ウチは構いまへんよ~」

「それに、本人もこう言っておるしのぅ」

「……ぇー」

 そうは言ってもなぁ、近衛。
 どうにも変えようも無いみたいだぞ?
 それに、俺も安全は欲しいし……助けてもらった恩もある。
 これが少しでも恩返しになるのなら、良いかな、とも思ってしまう。
 ……誰かと暮らす、というのも悪くないだろうし。
 それはきっと、一人暮らしが長いからだろう。

「という事じゃが、どうじゃ?」

「えっと……自分の方は、良いですけど」

「ウチもええですよ~」

「俺もええで。楽しそうやし」

 ふぉふぉ、と学園長が笑い。

「では、そう言う事じゃ」

 ふぅ、と一つ息を吐く。

「申し訳ありません、迷惑を……」

「迷惑ではないよ?」

「……そうですか?」

「うむ。予定通りじゃ」

 …………はい?

「っと。それと、2人の生活費は先生の今月の給与から足させてもらうからの」

「へ? あ、そうしてもらえると助かります」

 そう言えば、そう言うのもあるんだよなぁ。
 全然気にしてなかった。
 まぁ、今までの貯金とかあるから大丈夫だとは思うけど。
 それに、麻帆良の教員職の給料って結構良いし。
 ……今日から、節約生活するかなぁ。

「引っ越しはいつしますか?」

「そうじゃな……早い方が良いんじゃが、今日はどうじゃ?」

「……今日!?」

 それには、俺が驚いた。
 早いと言うか、いきなりすぎるだろう。

「今、業者の方を待機させておるからの。電話一本で引っ越しが始まるぞい」

「……え?」

 いや、ちょっと待った。
 それだと、この話は初めから決まってたような……。
 何でそんな嬉しそうに言うんですか?
 え? そう言えばさっき、予定通りとか言ってたような。

「もしかして……」

「どうじゃ、先生? 引越しの準備をしても良いかの?」

 楽しそうだなぁ、と思った。
 さっきまでの厳しい顔が、嘘のようだ。
 どっちが本当の顔なのか判らない。

「は、はぁ」

「そうかそうか」

「……ぅー」

 そして、隣の近衛は頬を膨らませていた。
 そんなに、月詠が俺と暮らすのは嫌なんだろうか?
 まぁ、同年代だし思う所があるんだろう。
 でも女子寮も部屋一杯だって話だしなぁ。

「話は以上じゃ。明後日からは、2人には学園に通ってもらうからの」

「え!?」

 これはネギ先生。
 俺は驚きで声も出ない。

「まぁ、小太郎君の方は男子中学の方じゃが。月詠君は、ネギ君、君のクラスじゃ」

「……え、っと」

「事後報告になって申し訳無いがの」

「は、はい……」

 明後日からは、同じ教室で会えるのか……。
 月詠の方を見ると、嬉しそうにニコニコしてる。
 ……あっちは、そう嫌がってる訳じゃないんだな。
 まぁ、なら俺がする事は変わらないか。

「制服とか教科書は……」

「明日には用意できるはずじゃ」

「そうですか」

 あれって、そう簡単に用意できるもんでもないと思うんだけどなぁ。
 しかも2人分。
 たった2人分である。
 一学年とかなら問題無いんだろうけど……その辺りってどうなのかな?
 まぁ、用意してもらえるなら助かるから良いか。

「身分証の方も、こちらで用意するでの。そっちではまず生活になれる事に気を付けてくれ」

「判りました」

「2人は、今まであまり人と接した生活をしてきておらん。面倒を見てやってくれ」

「は、はぁ……」

 人と接した生活をしてない?
 どういうことだろう?
 小太郎は、少し悪いと思うけど何となく判る。
 きっと、自分の体質を隠して生活してたんだろうから。
 でも、月詠は?
 ……それも、もしかしたら、いつか教えてもらえるのだろうか?
 きっと、今は聞かない方が良いんだろう。

「話は以上じゃ。何か質問があったら、放課後にまた来てもらえるかの?」

 昼休みも、もう終るしの、と。
 そう言えば、午後は全部授業入ってたんだっけ。

「判りました」

「うむ――巻き込んですまんの、先生」

「いえ。こちらこそ、ワガママで御迷惑を……」

「いやいや。ワガママとも迷惑とも思っておらんよ」

 そう言ってもらえると助かります、と。
 ……でも、やっぱり忘れたくないのだ。
 マクダウェルの事。近衛の事。魔法の事。
 これは、俺の記憶だから……後悔する事になっても、大切にしたいって思う。
 後悔した事も忘れてしまうより、きっと後悔する方が良いと思う。
 ――甘いんだろうな。
 きっと迷惑掛けるんだろうな。
 ソファから立ち上がり、一礼してドアに向かう。

「失礼しました」

「うむ――部屋の事は、また追って連絡するからの」

「判りました」

 学園長室からして、大きく息を吐く。
 これからどうなるんだろうか?
 不安と、小さな期待。
 今日から、俺の“世界”は変わるんだろう。
 そんな事を考えていたら、学園長室の外に控えていた絡繰が一礼してくる。

「お疲れさまでした、先生」

「おー。絡繰も、外で待ってたのか?」

「はい。マスターも呼ばれましたので」

 そう言えば、マクダウェルが出てこない。
 まだ学園長と話があるのかな?

「私はマスターと一緒に授業に戻ります」

「判った。それじゃ、また後でな?」

「はい。すぐに戻ります」

 ま、すぐに戻ってくるだろう、と思い教室に戻る事にする。
 絡繰も居るし。
 もうサボらないって言ってくれたし。

「頑張って下さい、先生」

「おー。これからもよろしくな、桜咲」

「はは――これからは楽しくなりそうだね」

「……楽しくなると良いんだがなぁ」

 お前は楽しそうだなぁ、龍宮。
 ネギ先生は苦笑して……近衛はこっちを見上げてくる。

「どうした?」

「いえ……せんせ、やっぱり優しいなぁ、って」

「ん?」

 優しい?

「どっちかというと、俺が助けてもらう側なんだけどな……」

 苦笑しながら、そう言う。
 いちばん大人の俺が、この中じゃきっと、一番弱いんだろうから。

「ウチがせんせを守りますからね?」

「……それはちょっと、なぁ」

 苦笑してしまう。
 生徒に危険な事をしてほしくないんだが、俺が護る、とも言えないのだ。
 残念ながら。

「ま、これからよろしくな?」

「はいっ」

 元気だなぁ。
 ……今日から、どうなるんだろうな、俺は。
 沢山の不安と、一握りの期待。
 不謹慎だな、と。
 でも……あの二人との生活は、きっと楽しいんだろう、と。
 そう思えるのだ。




――――――エヴァンジェリン

「良かったのか?」

「ふん……それがあの人の決めた事なら、文句は言わんさ」

 きっと後悔する。
 きっと危険な目に合う。
 でも、それでも……私は、素直に、嬉しい。
 嬉しいのだ。
 ……これからも、あの人と一緒に居られる事が。
 あの人が、一緒に居てくれる事が。

「なんや。姉ちゃん、兄ちゃんの事好きなんか?」

「そんなんじゃない。そんな事より……」

「わーっとる。任せとけって」

 その無駄に自信がある所が不安なんだがな。
 まぁ、鼻の良さなら私以上の人狼だ。
 そこは信じるしかないだろう。

「ウチも頑張りますえ~」

「うむ、期待してるからの? 2人とも」

 ……楽しそうだな、じじい。

「しかし、先生は大丈夫かのぅ?」

「危険は承知してるだろ。あの人は馬鹿じゃないからな」

「ふむ――ま、それでも死んでは欲しくないのぅ」

「ふぅん?」

 お前がそう言うなんて珍しいな。

「お気に入りじゃからの」

「そうだったのか?」

 初耳なんだが。

「それより、お主も早く授業に行かんか」

「……判ってるよ」

 ふぅ、と小さく息を吐く。
 緊張していた。
 ――私は、さっきまで緊張していたのだ。
 それを、気付かれたくなかった。
 ここで一息吐けば、またいつもの私で先生と話せると思ったから。

「じじい、手続きで手抜きするなよ?」

「判っとるよ」

 それだけ言って理事長室から出……ようとして、声。

「エヴァ」

「何だ?」

 振り返る。

「危なくなったら、頼むの?」

「ああ。その時は、私があの人を守るさ」

 明日菜も、木乃香も、刹那も、真名も。
 守るさ。
 この生活を。守りたいもの全部を。
 ……私は、変わると決めたんだから。

「ふぉふぉふぉ」

「――ふん」

 何か吠えていた駄犬を無視して、学園長室から出る。
 どうせ自分で十分とか言ってたんだろうけど。

「お疲れさまでした、マスター」

「ああ。教室に行くぞ」

「はい」

 これからどうなるかは判らないが……きっと、楽しくなる。
 今まで以上に、楽しくなる。
 沢山の不安と、一握りの期待。
 でもきっと――私は、この選択を後悔はしない。
 きっと、だ。




――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「ナァ、オイ」

「なんっすか?」

 暇だなぁ。
 なんか面白いの無いかなぁ?

「暇ダナァ」

「っすねぇ」

 でも、ゲームも飽きたッスねぇ。
 そう呟いて、また沈黙。

「暇ダゾ」

「暇っすよ」

 ………………
 …………
 ……

「ヒーマーダーゾー」

「……別荘の中でも探検します?」

「それはもう飽きた」

「そっすか」

 うーむ……。
 軒先で日向ぼっこしながら、のんびりと。
 今日も平和だなぁ……あの女子寮とは大違いだ。





[25786] 普通の先生が頑張ります 間幕
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/23 07:49
「一つ、大きな問題があるなぁ」

「せやな」

「ですね~」

 うむ、まったく気にしてなかった。
 と言うより、そこまで考えてなかった、とも言える。

「晩飯、どうするか?」

「しょうがありまへんし、今日は外で食べます~?」

 ダイニング兼俺の部屋にて、小さなテーブルを囲んでの第一回同居人会議である。
 議題は晩飯をどうするか。
 うーむ、まさかこんな所で同居生活が躓くとは。というか、一歩目ですらない気がする。
 ダイニングとキッチンが一体のようになってる部屋なので、ここからだとキッチンが良く見える。
 新品同然のキッチンには、冷蔵庫も置いてあり……その中は、俺の部屋にあったもの。
 つまり、今は酒とそのツマミくらいしか入ってない。
 …………料理しない人間の冷蔵庫なんて、こんなもんだ。
 ちなみに俺を含めた三人、料理が出来ない。
 それを知ったのは、仕事から帰ってきて、すでに自分の部屋を決めていた2人と話した時だった。
 ――別に、個室が欲しい訳じゃないけどさ。
 まぁ、友達が遊びに来たら、自分の部屋で遊んでもらえばいいか。

「だなぁ」

「でも、あのキッチンは勿体無いなぁ」

「ああ。ちなみに小太郎、料理したことは?」

「した事無いなぁ」

「ウチも右に同じく~」

「だよなぁ」

 さっき出来ないって言ってたもんな。
 ちなみに俺も、簡単なのしか出来ないし……なにより、今までする気が無かった。
 問題である。ある意味、大問題である。
 ダイニングのフローリングの床にテーブルを挟んで三人で座りながら、2人で小さく溜息。
 月詠はどうでも良いようで、ニコニコ笑ってる。
 ……出来そうな雰囲気はあるんだがなぁ。
 流石に、今日からはコンビニ弁当とはサヨウナラしないといけないだろう。
 長年世話になったが……明日からはバイバイだ。
 だって、この年頃の子達に、それはあんまりだろう、と。

「折角道具もありますしな~。小太郎はん、作ってみたら~?」

「こういうのは女の仕事やろがっ」

「それは女性差別ですえ~」

 うーむ。
 とりあえず、そこは月詠に同意だ。
 ちなみに、小太郎も月詠も私服である。
 お金は学園長から貰ったとか……明日、頭下げないと。
 一通りの服と、家具をもう部屋に運び込んでいた。
 2人とも布団派らしいので、この部屋では俺だけベッドだ。
 小太郎は、今時の子供が着るような、ラフな格好で、月詠は、なんかマクダウェルが着てそうな可愛らしい服装である。
 マクダウェルは黒ばっかり着てたけど、こっちは白である。
 きっと並んだら絵になるんだろうなぁ、と軽く現実逃避。
 いやいや、そうじゃなくて。

「そうだぞ、小太郎。大体、今の時代男も料理出来ないと色々厳しい」

 主に、財政的な意味で。
 ……はいそこの2人、そんな目で俺を見ないでくれ。
 どうせ俺も料理出来ないよ。

「開き直りよった」

「開き直りましたな~」

「出来ない事を出来るって言うより、いくらかマシだ」

「……ま、そこは同意しますわ~」

 うむ。判ってくれて嬉しい限りだ。
 で、だ。

「どうする? 今から材料買ってきて、作ってみるか?」

「それも悪かないかもなぁ」

「ウチは、外で食べる方がええですわ~」

 まぁ、失敗の事考えるなら、月詠が正しいだろう。
 というか、多分月詠が正しい。
 うむ。

「確実に失敗しそうですから~」

「身も蓋も無いヤツやな……」

「小太郎はん、お米洗った事あります?」

「ない」

 胸を張るな、そこは。
 まぁ、自炊した事無いなら、そうだろうな、とは思うけど。

「お兄さんは~?」

「それくらいはある」

「なんか料理は~?」

「……目玉焼き?」

「はい、外で食べましょ~」

 そうだな。
 それに、まず米もパンも無いし。
 料理以前の問題である。

「兄ちゃん、この辺りでお勧めって知ってる?」

「んー……この辺りだと、超包子かな?」

 安いし、美味いし。

「超包子、ですか~?」

「おお。月詠の同級生になる子たちがしてるんだ」

「……お~」

 驚い……てるんだよな?
 どうにも、この独特の喋り方というか、起伏の無い喋り方は、感情の動きが判り辛い。
 小太郎みたいに感情豊かに、とも言わないが。
 この辺りが、学園長が言ってた事なのかもな。
 まぁ、それは今は良いか。

「なんや、子供が店やっとるんか?」

「でも出店許可証も取ってるし、何より美味い」

「マジか!?」

 まったく。

「お前はもう少し言葉遣いを直せ」

「う」

「そんなんじゃ、学校で教師に目を付けられるぞ?」

「それは、あんまし良くないなぁ」

「昼休みと放課後が生徒指導室で潰れるだろうな」

「うへ」

 そう舌を出して、嫌そうな顔。
 それに、そうなったら俺や、後見人の学園長にも話が来るだろうし。
 ……その場合、どうなるんだろう?
 俺の教育不足になるんだろうか?
 なるんだろうなぁ……。

「月詠は、その辺りはしっかりしてるのに」

「おおきに~」

 こっちは、心配無いだろうな、と。
 まぁ、まだ良く知らないから油断できないけど。

「んじゃ、今日はそこで食べるんか?」

「だな。明日の朝は、なんか作るよ」

 帰りに、米買って帰るか。
 それとなんか適当な食材。
 …………。

「明日の明後日、何か食いたいのあるか?」

「ん~、ウチは食べれればなんでも~」

「ワイも何でもいいわ」

 そうか。

「あ、でもお米がええですわ~」

「なら、帰りにスーパーにでも寄って帰るか」

 そこで一緒に考えよう、と。
 ……何とかなるだろ、多分。
 まさかこんな所で、今まで料理して来なかった事が響いてくるとは。
 人生、どうなるか判らんもんだ。

「そやな」

「ですね~」

 うーむ、幸先不安である。
 どうにも、同居、というのを軽く考えていたかなぁ。
 どうするかなぁ。
 上着を取りに部屋に戻る小太郎の背を目で追いながら、小さく溜息。
 うむぅ。

「どないしました~?」

「いやぁ、初日からあんまり役に立ててないなぁ、と」

「役に、ですか~?」

「君らに世話になってる立場だからなぁ。少しは何かしてやりたいんだが……」

 どうにもなぁ、と。
 俺に出来る事って無いなぁ。

「そんなんは、あんまり気にしてまへんから」

「でもなぁ」

「……多分、その辺りが、ウチらとお兄さんの“違い”なんでしょうな~」

「“違い”……かぁ」

 難しいなぁ、と。

「ですね~」

 2人で、小さく溜息。
 何が違うのか、と聞かれたら答えられない。
 そんな“違い”が、確かにあるんだろう。
 一般人の俺と、魔法使いの2人とじゃ。
 でもまぁ、今はしょうがないか。
 まだ初日だし。

「前途多難ですわ~」

「だなぁ」

 今度は溜息をつかず、2人して苦笑い。
 これからどうなるんだか、と。

「? 2人とも、どないかしたんか?」

「お犬は、悩みが無さそうで羨ましいわ~」

「いきなりかっ!?」

 しかし、

「仲良いなぁ、お前ら。付き合い長いのか?」

「仲良ぅないっ」

 間髪いれず否定された。
 それに苦笑し、立ち上がる。
 月詠も俺に続いて立ち上がり、3人で玄関に向かう。

「一月くらい前に知り合いましたっけ~?」

「やなぁ」

「ふぅん、案外最近なんだな」

 意外だった。
 歳も近いし、もっと長い付き合いなのかな、って思ってた。
 それに、仲良いし。
 本人達は否定するけど。

「そですね。ネギのぼん達と初めて会ぅた時に会いましたしね~」

「おー、そんくらいやな」

「ネギ先生な?」

「……は~い」

 しかし、ネギ先生って……修学旅行の時か?
 まぁ、多分あの3日目だろう。
 マクダウェル達と一緒になんかしてたらしいし。
 思い当たるのはその時くらいか。

「それじゃ、修学旅行の時に、俺とも会ってるかもな」

「かもしれませんね~」

「覚えてへんけど、かもしれへんなぁ」

 靴を履きながら、そう言う。
 もしかしたら、これが初めて会った、ってわけじゃないのかも、と。
 そうか、あの時からすでに、近衛達は頑張ってたのか……。
 俺は、全然知らなかったな。

「ここは、あんまし星が見えまへんな~」

「そうか?」

 俺はこれでも、多いと思うんだけど……。

「ワイの住んでた所は、もっとよぅ見えとったで?」

「良いなぁ。俺は、これでも良く見える方だと思ってた」

 部屋から出、鍵を閉めてから空を見上げる。
 ……もっと良く見えるのか。
 きっと、綺麗なんだろうなぁ。

「兄ちゃん、星好きなんか?」

「どうだろうな? でも、綺麗な景色は見てみたいな」

 知ってるのは、PCの画像とか、本の絵とかである。
 実際に見たモノって言えば……。

「京都は綺麗だったなぁ」

「そうですか~?」

「自然も多かったし。まぁ、泊ってた所が少し街から離れた所だったしなぁ」

 歩きながら、思い出すのは、朝の散歩。
 アレは気持ち良かった。

「アレでか?」

「ん?」

「なら今度、もっと凄い景色見せたるわ」

 腕を頭の後ろで組んで、そう自慢げに言う。

「お犬は、山は得意そうですしな~」

「犬犬言うなっ」

 ……仲良いなぁ。

「でも月詠も、あんまりそう言ってやるなよ?」

「は~い」

「あんまりって何で!?」

 だって、見てる分にも楽しいし。







 今日も、超包子は繁盛していた。
 というか、今からの時間が稼ぎ時なんだろう。
 丁度部活終わりの連中が、今から来るだろうし。

「おや、先生?」

「あ、新田先生」

 こんばんは、と。
 超包子のカウンターで飲んでいたのは、新田先生だった。
 それと、

「葛葉先生も」

「こんばんは、先生。月詠と小太郎君も、こんばんは」

「こんばんはです、刀子先生~」

「……ども」

 小太郎の頭を、軽く小突く。

「ちゃんと挨拶をしないか」

「う……ども、えっと、葛葉先生?」

「そう言えば、名乗って無かったですね」

 あ、そうなんだ。
 葛葉先生も魔法使いだって言ってたから、面識があるとばっかり思ってた。

「おや、そちらの2人は?」

「先生の遠縁の子達だそうです。月詠の方は明後日からネギ先生のクラスに」

「……聞いてないんだがね?」

「急な事だったようで、学園長も今晩は仕事に追われてるようですよ?」

「ふむ」

 そう言って、持っていた酒をあおる新田先生。

「すみません、自分も聞いてなかったもので」

 というか、俺の遠縁の子になるのか……。
 その辺りも全然話し合ってなかったな。
 助け船を出してくれた葛葉先生に頭を下げると、小さく微笑んで手を振ってくる。
 どうやらこちらも、結構出来上がってるようだ。

「どうしたのですか?」

「いえ……まぁ、その」

 はは、と。
 どう言うかなぁ、と考えていたら。

「晩ご飯を食べに来ました~」

 あっさり、月詠に言われてしまった。
 とっさに、葛葉先生から視線を逸らす。

「……なるほど」

「う」

 声が冷たい。
 きっと呆れられてるんだろう。

「兄ちゃん、よっわいなぁ」

 男ってのはこんなもんだよ、多分。
 そう内心で返し、葛葉先生とは反対側、新田先生の隣に座る。

「失礼します」

「どうぞどうぞ。先生も一杯?」

「いえ、今日は遠慮しておきます」

 月詠達も座るように言うと、俺の隣に並んで座る。
 さて、と。

「メニューはこれだけど、何食う?」

 好きに選んでいいぞ、と
 俺は何食うかなぁ。

「なぁ、姉ちゃん。オススメってなんかあるか?」

「はい。今日はですね――」







「こんばんは、先生」

「おー。こんばんは、絡繰」

 注文した品を持ってきたのは、絡繰だった。
 何だ、今日はこっちに居たのか。

「御注文の品です」

「ありがとなー」

 それを受け取りながら、礼を言う。
 月詠達も、だ。

「ありがとーございます~」

「あんがとな、ねーちゃん」

「いえ……晩ご飯、ですか?」

 ん?

「おー。ちょっとなぁ」

「ご飯を作れる人が居ないそうなのよ」

 そうあっさり言わないで下さい、葛葉先生。
 こっちにも教師の面子というのがですね……まぁ、あんまり無いですけど。
 うーむ。

「そうなのですか?」

「う」

「「いただきまーす」」

 こんな時は仲良いのな、お前ら。
 まぁいいけどさ。

「まぁ、明日からは何とかするさ」

「どうなさるのですか?」

「……まぁ、頑張ってみるよ」

 料理、と。
 自信無いけど。

「そうですか」

「ま、気にしないでくれ」

 さて、ご飯ご飯。
 暖かいうちに食べよう、っと。

「それでは、失礼します」

「ありがとなー」

 そうして晩御飯を食べていたら、

「なんや、お兄さんはお知り合いが多いですなぁ」

「まぁ、生徒だしなぁ」

 知り合い、というのとはまた違う……のかな?
 どうだろう?

「あのねーちゃん、料理できんの?」

「おー。凄い美味いぞ」

「マジか!?」

 ああ。アレはやばい。食べたらコンビニ弁当はちょっと……。
 近衛も上手いし……。

「お嬢様もですか~」

「お嬢様?」

「木乃香お嬢様ですわ~」

 そう呼んでるのか?
 まぁ、お嬢様って……やっぱり、近衛って良い所のお嬢さんなんだなぁ。

「誰かに頼もう、兄ちゃん」

「あのなぁ。自分で出来るかもしれない事を誰かに頼む訳にもいかないだろ」

「料理できへんやん」

 あっさり言うな。

「大体、迷惑だろうが」

「……う」

「料理くらいどうとでもなるさ……多分」

「最後が無かったら、格好ええんですけどね~」

 おお、また腕上げたな、四葉。

「ちなみに、ここの料理作ってる人もウチの生徒だぞ?」

「めちゃめちゃ料理得意な人と知り合いやな」

「俺達は料理出来ないけどなぁ」

「そこは言わないお約束ですえ~」

 うむ。
 ……どうしたもんかなぁ。

「悩んでるようだね、先生」

「ええ。どうにも、一つ問題が……」

「料理なんて、覚えようと思えば覚えるモノですよ」

 ……葛葉先生、格好良いです。
 とても女の人には見えない。

「なにか?」

「いえ、なにも」

 しかし、料理か……はぁ。

「ごちそうさま」

 両手を合わせて、お辞儀を一つ。
 うーむ。
 四葉は料理が上手だなぁ。

「まぁ、何とかなるか」

「そうですね~」

 ……はぁ。

「月詠も料理はする事になるんだぞ?」

「え~」

「当たり前だ。こういうのは当番制だろう」

「って、俺も!?」

 うむ。

「楽しそうだねぇ」

「そうですね」

 楽しくはありますけど、あんまり笑って話せる内容じゃないかもしれないです。
 だから、人を酒の肴にしないで下さい。

「よし、明日の朝食を買いに行くぞ」

「……しょうがありませんな~」

「……ま、いいか」







 という訳で、近所のスーパーへ。

「タイムサービスって、結構残ってるんですね~」

「せやなぁ」

 何で肉ばっかり入れるの、君達?
 というか、小太郎。
 判り易いなぁ。

「野菜も食うぞ、野菜も」

「は~い」

「えー」

 実に対照的な声である。
 ……もう月詠が姉で良いよな。
 きっと誰一人文句は言わないだろう。

「料理も魔法でぱぱっと出来たら楽ですのにね~」

「だなぁ……だが残念ながら、そんな魔法は無い」

「西洋魔術師はん達は、きっと損してますわ~」

「……どんな魔法や」

 というか、魔法ってどんなのがあるんだろ?
 やっぱり、こー、火の玉とかだろうか?
 うーむ。
 そんな事を話しながら、とりあえず明日一日分の食材を買い込む。
 朝と昼の分……だと思う。
 一日にどれくらい食べるかなんて、考えた事無かったし。
 一応朝は3人分、昼は2人分なので……かごいっぱいである。米もあるし。

「小太郎は力持ちだなぁ」

「そう? へへ」

 普通、小太郎の歳くらいだと10キロの米は結構重いんじゃないだろうか?
 軽々と持ってるし。
 やっぱり凄いんだなぁ、子供なのに。
 ちなみに、結構な出費でした。
 ……良くこんなに買って、節約とかできるなぁ。
 食材の使い方とかだろうか?
 そう言うのも少し勉強した方が良いんだろうなぁ。

「大丈夫か? 重くないか?」

「あのなぁ、兄ちゃん。そう心配せんでも大丈夫やって」

「そうか?」

「そうですえ~。力しか能無いし」

 それは言い過ぎだろう、と。

「お前は何も持ってないやんかっ」

「ウチ、女の子ですから~」

「うわ、ムカツクわ……」

 でもまぁ、女の子に荷物持たせる訳にもいかんだろ。
 俺が買い物袋二つ、小太郎が10キロのコメを持って、月詠は俺の隣を歩いている。

「これで、後は明日の朝しだいやな……」

「おー」

 うむぅ。
 ハッキリ言って嫌な予感しかしない。
 それは他の2人も一緒なのか、そこだけは笑って無い。
 いや、月詠は笑ってるんだけど、あんまり触れてこない。

「まぁ、食べられるのが出来れば御の字ですな~」

「だな」

「そうやな」

 そこが妥協点である。
 食べられるもの……まぁ、大丈夫だろう。
 目玉焼きとかその辺りなら。
 卵焼きなら、保証は出来ない。
 ……同じ卵料理でこの差である。

「お兄さんには期待してますわ~」

「まぁ、朝は良いけどさ。明日の昼と夜くらいは手伝ってくれよ?」

「気が向きましたら~」

 ま、それで良いか。
 女の子だし、そのうち料理に気が向くかもしれないし。
 今時、料理の出来ない女の子ってのも……まぁ、出来た方が良いだろうなぁ。
 作る時は誘う様にするか。
 レシピだって、パソコンで調べればすぐ見つかるだろうし。

「明日から頑張らないとなぁ」

「そうですな~」

「……そやなぁ」

 まぁ、ハムとか肉とかは焼くだけだし。
 野菜は適当な大きさに切るだけだし。
 何とかなるだろ、うん。
 ……きっと四葉とか近衛とかに聞かれたら怒られるんだろうなぁ。
 すまん、料理の出来ない教師で。

「こういうのは楽しいですね~」

「そうか?」

 俺は不安でいっぱいなんだが。

「こんな沢山の人と一緒に生活するの、初めてですし~」

 沢山?

「3人じゃないか」

「3人も、ですえ~」

 ……ふむ。

「そうだな。確かに楽しいな」

「お兄さんもですか~?」

「一人暮らしが長いからなぁ」

 えっと……指折り数えて。

「7年くらいか?」

「結構長いんですね~」

「月詠達よりは、長く生きてるからなぁ……小太郎は?」

「……ま、兄ちゃんほどじゃないけどな」

 そっか。

「なるだけ楽しくしていきたいな」

「ですね~」

「せやな」

 うん。

「という訳で、料理は当番制が良いと思うんだが……」

「ウチは料理はきっと全然ですえ~」

「肉焼くだけなら……」

 …………はぁ。
 でもまぁ、きっと楽しいさ。







 明日のご飯の準備をし、タイマーをセット。
 ……3合くらいで足りるかな?
 まぁ、余ったら今度焼き飯にでもすれば良いか。
 コンビニのおにぎりって、どれくらいの量なんだろう?
 そう言うのって、全然気にしてなかったなぁ。

「月詠ー、フロ空いたで」

「はい~」

 ちなみに、風呂場もかなり綺麗で広かったので、一番風呂はじゃんけんだった。
 勝ったのは小太郎。
 次に月詠で、最後は俺である。

「それでは、お先にです~」

「おー。温まってこいよー」

「は~い」

 テレビを見ていた月詠と交代するように、今度は小太郎がテレビの前に。
 ……今度、大きなの買うかなぁ。
 3人で見るには小さいよなぁ。
 というか、この部屋が大きいんだが。

「うわ、難しい本ばっかりやな……」

「マンガとかは、あんまり読まないからなぁ」

 すまないな、と。
 読んでる週刊誌とかはあるんだが、コミックを買っても読む時間がなぁ。
 ……一回読み始めたら、最初から最後まで読んでしまう性格なのだ。
 学生時代は良かったが、仕事するようになってからは、本は手元に置かないようにしている。
 あるのは参考書とか、そんなのばっかりだ。
 きっと、そう言うのは読んでも面白くないだろう。

「なんか面白いのやってたかな……」

「なんかやってるか?」

「んー、ちょいタンマ」

 そう言いながら、チャンネルを変え、

「なぁ兄ちゃん?」

「んー?」

「俺らの事、怖ないの?」

 そうだなぁ、と。
 突然聞かれたけど、別に驚きは無かった。
 いや、驚くより……それは、言わないといけない事だったから、驚かなかったんだろう。

「ああ。怖くないよ」

「……俺、人間とちゃうで?」

 マクダウェルと同じだ、と思った。
 人間と違う事を気にしてる。
 ……そう簡単に言ったら、怒るだろうか?
 きっと怒るだろう。
 マクダウェルや小太郎にとっては、きっととても大切な事だろうから。
 別に軽く思ってる訳じゃない。
 でも、俺は人間で小太郎は人間じゃない。
 それはどうしようもない事で――きっと、どうにも出来ない事。
 俺が一般人で、小太郎がそうじゃない、というのと同じ事だ。

「そうだな。でも、俺は何となくだけど……お前の事を知ってるからな」

 テーブルを挟むように座り、持ってきた水を少し飲む。
 小太郎の方にも、コップを差し出す。

「人が怖がるのは何でだと思う?」

「相手が怖いからやろ?」

 苦笑する。
 うーん、と。

「何で、怖いんだ?」

「……相手が、どんだけ強いか判らないから?」

「そうだな」

 小太郎らしいな、と。
 このやんちゃな少年らしい物言いだ。

「それが答えだよ」

「……どれ?」

 はぁ、と小さく溜息。
 テレビからはニュースの声。

「判らないから、怖いんだよ。人は、知らない事は怖いんだ」

「ふぅん」

「でも俺は、小太郎と月詠の事は……少しだけ知ってる。ほんの少しだけだけど、判ってる」

 きっと、殆ど、何も知らないと言える程度だろうけど――それでも、知ってる。
 この子達が、俺を助けてくれた事を。
 だから、怖くない。
 ……大の大人が、まるで子供の理論だな、と。
 でもまぁ、それが俺の答えなのだ。

「だから、怖くないよ」

「その程度で?」

「その程度で、だ。人間なんて、単純なもんだ」

「……そやな。兄ちゃんは単純やな」

 どうやら、単純なのは俺一人だけらしい。
 ま、良いけどさ。
 判ってるし。

「助けてもらったら感謝する。他人を知って仲良くなる。そうやって、人ってのは友達なんかを作るもんだ」

「――そか」

「おー」

 そう言えば、明日使う小テスト用意してなかったな。
 ……作るか。

「それじゃ、今から仕事するから」

「判った」

「テレビ見てていいからな。寝たくなったら、消して欲しいけど」

「おっけー」

 それじゃ、少し頑張るかなぁ。
 仕事出来ないでクビになったら、この2人に悪いし。
 パソコンを立ち上げ、いつも使っているファイルを起こす。
 さて、と。
 カタカタとキーボードを叩いていたら、月詠が風呂からあがってきた。
 ピンクの可愛らしいパジャマ姿で、髪を拭いている。

「お風呂空きましたえ~」

「ちゃんと温まったか?」

「ばっちりですわ~」

 そか。
 なら、俺も温まって寝るかな。
 残った仕事も後少しだし。
 後は風呂からあがってからでも1時間もかからない。

「んじゃ、寝るならテレビ消しといてくれなー」

「は~い」

 とは、冷蔵庫から牛乳を取り出している月詠。
 小太郎は……寝ていた。
 まったく。

「しょうがないヤツだな……」

「あら、わんこはお眠ですか」

「月詠はどうする?」

「……もう遅いですし、寝ますわ~」

「ん」

 腹も膨れて、風呂に入って疲れが出たんだろう。
 京都から着の身着のままって言ってたけど、疲れてるんだろうな。
 なんな悪魔とも戦ったし。
 そんな事を考えながらテレビを消し、小太郎を抱え上げる。

「それじゃ、おやすみ」

「おやすみなさい~」

 あ、と。
 自分の部屋に入ろうとした月詠の背に、声を掛ける。

「これからよろしくな、月詠」

「はい~」

 そう言い、小太郎の部屋に入ろうとして

「寝る前におやすみなんて、初めて言いましたわ~」

 そう、声を掛けられた。

「そうなのか?」

「ええ~」

「……おやすみ、月詠」

「おやすみなさい~」

 もう一度言う。
 今度は何気なくではなく、笑って。
 さて、と。
 布団を敷いて小太郎を寝かせ、風呂へ。
 明日から大変だなぁ、と。
 それでも、笑って――溜息を吐いた。




[25786] 普通の先生が頑張ります 44話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/23 23:24
 その日、携帯の電子音で目を覚ました。
 うー……。
 枕元にあるそれを止め、二度寝しないように上半身を起こす。
 ねむ……。
 昨日に続いての、早い時間の起床。
 ふぁ、と欠伸を一つしてベッドから抜け出す。
 この新しい部屋での生活二日目……この場合三日目になるんだろうか?
 まぁいいや。
 とにかく、今日も朝食と――今日は、昼食も作らないといけないのか。
 昼食というか、弁当。
 弁当である。
 ……やっぱり、一回誰かに料理というものを教わった方が良いかなぁ。
 そんな事を考えながら、キッチンへ。
 うん、ご飯は炊けてるな。

「ふぁーーーーー」

 ねむ。
 一回顔洗うか。
 丁度キッチンだし……って、タオル無いや。
 ……絶対指切るよな、俺だし。
 内心で肩を落としながら洗面所へ行き、顔を洗う。
 少しさっぱりした。
 とりあえず、頑張るか。
 小太郎達が起きてくる前に着替えてしまい、その上から昨日買ってきた藍色のエプロンを付ける。
 ……ちなみに昨日の朝食時は付けて無かったので、シャツを一枚駄目にしました。
 油って跳ねるんだ、という事を知りましたね。
 そんな事を思い出しながら、キッチンにたつ。
 弁当って言ったらやっぱり卵焼きだよなー、と。
 うむぅ。
 一応メニューとしては、卵焼きに焼き魚、アスパラの肉巻きとサラダの予定。
 楽そうだし。……卵焼き以外。
 スイマセン、多分料理舐めてます。
 まず最初に心中で謝ってから、キッチンに立つ。
 ふぅ。

「よっし」

 気合を一つ。
 今日からはあの子達も学校だ。
 昼は弁当が必要だろう。
 ついでに朝食の分も作るとして……うーむ。
 どれくらい作れば足りるんだろう?
 その辺りの分量が、さっぱりわからない。
 ……少し多めに作って、余ったら晩飯にすれば良いか。
 グリルに昨日買った塩サバを入れ、まずはアスパラを豚のバラ肉で巻く事にする。
 アスパラ2本をバラ肉でグルグルに巻き、爪楊枝で形が崩れないように。
 それを一人2つだから……6つ。
 一応作り方は、昨日ネットで調べたんだけど、結構簡単だな。
 後は塩コショウを振って味付けだろ?
 俺って料理の才能あるのかもなー、と調子に乗りながら、人数分作っていく。
 ……この時点で、30分くらいかかってた。
 何で気付いたかというと、途中で魚が焼き上がったから。
 うん。俺に料理の才能は無いな。
 そう再確認して、肉巻きを油をひいたフライパンで焼いていく。
 良い匂いだなぁ。
 というか、少し煙い……換気扇回してなかった。
 むぅ。

「おはよー……」

「おー。おはよう小太郎、顔洗ってきたか?」

「まだー。ええ匂いしたからー」

 匂いで起きてきたのか……そう言えば昨日より10分くらい早いな。

「顔洗って来て、テレビでも見ててくれ」

「おー……」

 朝弱いのかな?
 昨日は結構目が覚めてたけど。
 まぁ、疲れが取れてないんだろうな。
 それに、いきなり他人と一緒に生活……環境が変わったんだから。
 精神的にもキツイんだろう。
 こればっかりは、慣れてもらうしかないしな。
 っと。
 程良く焼けた肉巻きをまな板に取り上げ、フライパンは流しへ。
 さて、と。

「おはよーございます~」

「おはよう、月詠。……?」

 あれ? 小太郎は?

「小太郎知らないか?」

 お前より先に起きてきたんだけど、と。

「見てまへんえ~」

「そっか。顔洗ってきたか?」

「いえ~」

「なら、先に顔洗ってきてくれ」

 はい~、と少し間延びした声。
 聞いてると眠くなってくるなぁ、と苦笑い。

「おはよう、兄ちゃん」

「おー。さっぱりしてきたか?」

「おう」

 月詠と入れ替わりに来たのは小太郎。
 顔を洗ってたのか。
 そう言いながら、テレビを付けてニュースを見始める。
 その音を聞きながら、肉巻きを包丁で二つに切り分ける。
 あとは……卵焼きか。
 サラダはキュウリとレタスを適当に切って、マヨネーズを使えば良いだろうし。
 ……卵焼きである。
 フライパンを手早く洗い、コンロの火を点けて乾かす。

「兄ちゃん、朝飯はー?」

「ちょっと待ってろー」

 上手くいくだろ、うん。
 使う卵は3つ。
 ボウルに纏めて割り、それを解く。
 これくらいかな?

「お兄さん、調子はどうですか~?」

「おー、小太郎とテレビでも見て待っててくれ」

「…………ん~」

 そうは言ったが、なんでかこっちに来る月詠。

「どうした?」

「おいしそーですね~」

「……食うなよ?」

 昼飯無くなるからな。
 解いた卵に砂糖を入れながら、そう言う。
 目分量って書いてあったけど、これくらいかな?

「生殺しですわ~」

「そう思うなら、テレビでも見てなさい」

 まったく。
 凄く強いらしいけど、こういう所は子供だなぁ、と。
 でもまぁ、ここで甘やかすと今日の弁当が無くなるしなぁ。
 そんな事を考えていたら、呼び鈴が鳴った。

「ちょっと見てきてもらって良いか?」

「はい~」

 新聞の勧誘とかだったら断れよー、と。
 まぁ、こんな時間に新聞の勧誘なんて無いだろうけど。
 ……そう考えると、こんな時間に誰だ?
 うーむ。
 ま、いいか。

「よし」

 一つ気合を入れ、フライパンに解いた卵を少し垂らす。
 それを薄く伸ばし……一つ気付いた。
 あれ? 卵焼きって四角じゃないっけ?
 フライパン丸いんだけど。
 ……あれぇ?
 薄く伸ばした卵を、箸で何とか四角にしそれを丸めようとしたら……崩れた。
 うむ。
 それを一か所に纏め、残った卵を垂らす。
 さっきまとめた卵で巻いていくんだよな……。
 そう考えながら、箸を動かす。
 月詠が部屋に入ってきて何か言ってたので、適当に相槌を打つ。
 ここをこうして……。
 ……失敗した。
 やっぱり、丸いフライパンで卵焼きは無理だよなぁ。
 ちなみに卵は、スクランブルエッグになりました。
 ――素人だからしょうがないさ。
 そう自分に言い訳をする。
 ゆで卵でも作るかなぁ。

「こっちですえ~」

「ん?」

 月詠?

「おはようございます、先生」

 月詠の後に部屋に入ってきたのは絡繰だった。
 なんで?

「料理を出来る方が居られないと聞きましたので」

「…………おー」

 こう言っちゃ悪いんだろうけど、絡繰が救世主に見える。
 しかし、だ。

「その背中は何だ?」

「マスターです」

 何で寝てるんだ、そいつは。
 はぁ、と小さく溜息。
 まぁ早い時間だしな。

「俺のベッドで良かったら、寝かせてやってくれ」

「……申し訳ありません」

 いやいや、こっちこそ来てもらって悪いな、と。
 油断した。
 多分、一昨日超包子で晩ご飯を食べた時だろう。
 あの時の話を覚えてたのだ。

「良かったですね~」

 絡繰と挨拶をしている小太郎を見ながら、そう一言。
 ……教師としては、情けない限りではあるが、本当にそう思う。
 やっぱり、独学で料理は少し無謀だったか。
 甘く見てたなぁ。

「で~、これは何でしょうか?」

 スクランブルエッグを指差しながら。
 むぅ。

「今日の朝飯?」

「上手いこと言いますね~」

 褒めてないだろ、絶対。
 まぁ判るけどさ。

「お待たせしました」

「いやいや、全然待ってないぞ」

「そうですか?」

 あ、

「エプロン、使うだろ」

 自分が使っていたのを脱ぎ、絡繰に差し出すと……首を傾げられた。
 なんで?
 あ、男物だし、やっぱり気にするのかな?

「制服が汚れるぞ?」

「そ、そうですね」

 どうしたんだろ?
 もしかして、男物が恥ずかしいとか?
 ……うぅむ。
 まぁ、絡繰に限ってそれは無いか。
 ほら、受け取ってエプロン着たし。

「ご飯はどうします~」

「そのまま詰めるつもりだけど……」

「おにぎりにでもしません?」

「……おにぎりか?」

 別に良いけど。

「あと、何を作る予定だったのでしょうか?」

「あ、えっと……あと、卵焼きとサラダを」

「了解しました」

 でも、

「フライパンそれしかないけど、大丈夫か?」

「問題ありません」

 うお……。

「心強いですね~」

「おー」

 本気で、今度なんか絡繰にお礼しないとなぁ。
 その手元を見てると、俺なんかとは違い、スムーズに行動している。
 だって片手で卵割ってるし。
 なにそれ。凄すぎるんだけど……。
 もうなんか、次元が違うな、うん。

「見とれてないで、おにぎり握りましょ~」

「お、そうだったな」

「……………………」

 さて。
 おにぎりか。
 炊飯ジャーを開けると、ちゃんとご飯は炊けている。
 
「月詠、おにぎり握った事あるか?」

「おにぎりくらいでしたら~」

 うお、そうか。
 俺は無いなぁ。
 まぁ握るだけだろ? 卵焼きに比べたら、簡単過ぎるな。
 そう思ってた時が、俺にもありました。

「ぷっ」

「……あれ?」

 何で丸?
 三角にならないんだが?
 どうしてだ?
 手をくの字に曲げて、握ってるんだけどな……なんでだ?
 あれー?

「ほっ、と」

「……上手だなぁ」

 真似してるつもりなんだけどなぁ。
 何が違うんだろう?
 これで三つ目である。丸のおにぎり。

「おい、小太郎ー」

「んー?」

「ちょっとおにぎり握ってみてくれ」

 えー、とは言いながらもこっちに来る小太郎。
 少しは興味あったのかな?
 そう考えていたら、隣に小太郎が来る。

「マクダウェルは?」

「めっちゃ寝てる」

 ……さすが吸血鬼。
 朝は苦手なのか、やっぱり。
 でも今まで起きれてたんだが……って、それでもまだ早い時間なのか。
 学園も近いし、この時間に起きれるなら楽出来るなぁ。

「うお、丸おにぎりやんか」

「……今日の昼飯だ。お前も握ってみろ」

「おっけー」

 そう言って袖をまくりあげる小太郎。
 流石に4人だとキッチンが少し狭いので、一歩下がって、後ろから絡繰を見る。
 ……丸のフライパンで、どうやって四角の卵焼きが作れるんだろう?
 本気で凄いな。

「…………………」

「凄いな」

「……そうでしょうか?」

「おー」

 どうやったんだろう?
 まぁ、今日の帰りにでも四角のフライパン買ってこよう。
 卵焼き用のって売ってあるよな?

「あれ?」

「お犬も人の事言えまへんなぁ」

「うっさい。ちょっと待っとれっ」

 ん?

「何だ小太郎。この丸いの」

「……兄ちゃんだって、丸やん」

「……まぁ、なぁ」

 うむ。
 だがまぁ、何となく嬉しい訳だ。うん。

「男の人は、料理が下手ですな~」

「「……むぅ」」

 言い返せないのが辛い。
 この丸が答えだし。
 って言うか、炊いてたご飯が全部おにぎりになっていた。
 まぁ、朝食に食べても良いか。

「お野菜は、適当にお使いしても?」

「おお。そっちもお願いして良いのか?」

「構いません。少々お待ち下さい」

 ……絡繰は凄いなぁ。
 俺もう、頭上がらないな……。







 おにぎりを弁当箱に詰め終え、朝食を運んでいたら、マクダウェルがベッドの上で上半身を起こしていた。
 絶対まだ寝てるな。
 ……どうして制服姿なんだろう? 絡繰が寝てる間に着せたのかな?

「…………何で先生が居るんだ?」

「そりゃ、俺の部屋だからなぁ」

 あ、俺たちか。

「…………なに?」

「顔洗ってきたらどうだ?」

 玄関の隣に洗面所あるぞ、と。

「……ああ、そうする」

 アイツ、本当に朝弱いんだな。
 フラフラと部屋から出ていくマクダウェルを目で追いながら、そう思う。
 ……そう言えば、寝起きのマクダウェルは初めて見た気がする。
 まぁ、生徒の寝起きなんて見る機会無いんだけどさ。

「どないかしたん、兄ちゃん?」

「んあ、いや」

「はよ、飯にしようや」

「そうだな」

 小さなテーブルにおにぎりやら、弁当の残りやらを置きながら、テレビを点ける。
 ……今日は晴れか。
 来週も晴れだと良いんだが。

「さ、ご飯たべましょ」

「だな。絡繰も一緒にどうだ?」

「はい」

 四人で小さなテーブルを囲み……マクダウェルが戻ってくる。

「中々良い部屋じゃないか」

「新しいからな」

「そうだな。あまり汚さないように、気を付けるんだな」

 だなぁ。
 掃除もしないとなぁ。
 視線は、まだ開けていないダンボールへ。
 まぁ、こっちは俺の私物だからいいか。

「掃除の当番も決めないとなぁ」

「……マジでか」

「マジでだ」

 まったく。
 おにぎりを一つ取りながら、そう問答する。
 まだまだ、決めて無い事とかいろいろあるなぁ。
 やる事も多いし、多分まだ気付いて無い事もあるだろう。

「お、うまい」

「おおきに~」

 やっぱ、三角おにぎりは良いなぁ。
 ちなみに、何の罰ゲームか、丸のおにぎりは弁当箱の中に一個ずつ収まっている。
 ……勘弁してほしい。
 朝食は、おにぎりにスクランブルエッグ、サラダに味噌汁である。
 ――絡繰には、本当に頭が上がらない。

「それで、どうして私は先生の部屋に居るんだ?」

「……さあ?」

 俺に聞かれても。
 絡繰が連れて来たとしか言えないんだが。
 そう思い絡繰を見ると、

「…………………」

 黙々とおにぎりを食べていた。しかも、丸を。

「…………美味いか?」

「はい」

 そりゃ良かった。

「聞いてるか?」

「絡繰が連れてきたんだが?」

「……茶々丸?」

「なんでしょうか?」

 はぁ。

「食べながら話すんじゃない、絡繰」

「申し訳ありません」

 一応、形だけだがそこは注意しておく。
 月詠はともかく、小太郎は確実に真似するだろうから。

「だからな? どうして私を先生の部屋に連れてきたんだ?」

「朝食をこちらで取れば問題無いかと」

「……いや、おかしいだろ」

 そう言うマクダウェルに意見に、俺も頷く。

「ですが、マスターの同意もいただきました」

「……なに?」

「今朝早くにですが」

 …………絶対寝惚けて相槌うったな、マクダウェル。

「でも。助かったけど、そう言うのは良いからな?」

「……はい」

 うーむ。
 今度、誰かに料理教えてもらうかなぁ。

「美味い飯が食えるなら、俺は大歓迎やけどなぁ」

「そう言う訳にもいかないんだよ」

 色々あるのだ、教師には。
 ……世間体とか、色々。
 大人の世界ってのは、難しい。

「ま、いい。とりあえず食うか」

 そうしとけ。
 なんか小太郎が凄い勢いでおにぎり食べてるから。
 すぐ無くなるぞ。

「しかし、これは無いだろ」

「う」

 まぁ、なぁ……。
 なんで丸なんだろう?
 ちゃんと月詠の真似をしたんだがなぁ。

「下手だなぁ」

「「う」」

 むぅ。

「そう言うマクダウェルは、おにぎり握れるのか?」

「三角に握るだけだろう? 簡単だろうが」

 ……ふむ。
 絶対握れないな。
 そう思いながら、味噌汁を飲む。
 朝から味噌汁が贅沢に思えるのは、今までどんな食生活だったのか。
 まぁ、そう言われたらコンビニ弁当だったんだけど。
 味噌汁なんて、何時振りだろう?
 豆腐とわかめの味噌汁を飲みながら、おにぎりを食べる。
 つい数日前は一人の朝食だったのに……一気に賑やかになったなぁ。

「どうしたんですか~?」

「いやぁ、賑やかだなぁ、って」

 こう言うのも偶には良いなぁ、と。
 そう思い、苦笑。
 これからは、しばらくは一人の朝食じゃないんだな、と。







「おはよーございます、せんせ」

「うわ、今日は賑やかね、エヴァ」

「……ふん」

 結構な人数で学園に向かっていたら、学園近くの十字路で神楽坂達と会った。
 といっても、その話しぶりだとマクダウェルを待ってたって所か。

「おはよう、2人とも。龍宮と桜咲もおはよう」

「おはよ、先生」

「おはようございます」


「ネギ先生、おはようございます」

「おはようございます、先生」

 しかしまぁ……。

「賑やかやなぁ」

「だなぁ」

 しかも、男は俺と小太郎、ネギ先生の三人である。
 まぁ、仕事柄……と言って良いのかな?
 ネギ先生は、こんな気持ちをずっとなんだろうなぁ。
 歩きだした女子の一団を後ろから眺めながら、そう思う。

「女子寮の生活も大変なんですね……」

「は、はは……」

「なんや、ネギ。お前女ん所に住んでんのか?」

「え、う――」

 コツ、とその頭にゲンコツを軽く落とす。
 まったく。

「ネギ先生、な?」

「う……わ、わかった」

 ま、同い年くらいだしな。
 そう堅くも言えない……のかな?

「ま、せめて休みの日以外はそう呼んでくれ」

「……あ、ああ」

「小太郎君は本当に先生と一緒に暮らしてるんだね」

 ん?

「ええ。昨日もそう言ったじゃないですか?」

「先生は、この前まで魔法の事なんて何も知らなかったじゃないですか」

 ……まぁ、そうですね。
 というか、存在してるのは知ってますけど、まだ見た事無いですけど。
 見せて、って言ったらやっぱり怒られるんだろうな。
 魔法使いって秘密らしいし。

「そういや、ガッコこっちやったか」

「ん?」

 ああ。

「そうか、ちゃんと授業受けるんだぞ?」

「判ってるって」

「それと、判らない所はちゃんと聞くんだぞ?」

「はいはい」

「はい、は一回」

「はい」

 えっと、あとは……。

「喧嘩はするなよ?」

 お前、なんか喧嘩っ早いらしいし。月詠の話だと。
 そう言うのはすぐ目を付けられるからなぁ。

「う……ま、まぁ気ぃつけるわ」

「よし」

 うん。

「頑張ってこいよー」

「……はぁい」

 しかし……大丈夫だろうか?
 心配だ。凄く。
 俺たちとは別の方向に歩いていくその背を、目で追う。
 担任の神多羅木先生には話はしてるんだが……大丈夫かな?
 うぅむ。
 やはり、初日くらいは付いて行くべきだったか。
 けど、神多羅木先生も魔法使いの先生らしいし、事情は判ってくれる……だろう。
 うん。凄く不安だ。

「どうしたんですか?」

「いやー……小太郎が、ちゃんと出来るかなぁ、と」

「小太郎君だって、授業はマトモに受けますよ」

「だと良いんですが……」

 先生は心配性ですね、と言われてしまった。
 でもですねぇ……うーむ。
 口悪いからなぁ、アイツ。
 心配だ。





――――――エヴァンジェリン

「それでは。月詠さん、入ってきて下さい」

「はい~、失礼します~」

 ふあ、と欠伸を一つ。
 眠い。
 しかしまぁ、このクラスは賑やかだなぁ、と。

「今日からこちらでお世話になります『犬上 月詠』言います~」

「ええ!?」

 まぁ、驚くよなぁ。
 あのじじいも何考えてるんだか。
 もしくは、詠春の方か?
 ……どっちでも良いか。

「き、聞いて無いんですがっ」

 立ち上がり、そう言うのは朝倉。
 昨日、先生言わなかったしな。
 それに、学園に来たのが先週末……数日前だしな。

「はいはい。まずは落ち着け。知らなかったんだよ」

「うー……転校生がいきなりなんて、アリエナイし」

「判った判った。すまんすまん」

「すごいおざなりな返事っ!?」

 あー、うるさいなぁ。

「家族構成は!?」

「弟が居ます~」

 そうは言っても、ちゃっかり質問してるし。
 というか、アレは弟なのか。

「今どこに住んでるの?」

「センセーと一緒に、この近くの家族寮にすんでますえ~」

「先生と!? って、家族寮?」

「あー……遠縁の子でな。今度、こっちに越してきたんだ」

「親戚って――やっぱり先生、月詠ちゃんの事、事前に知ってたんじゃないっ」

「……しまった」

 その朝倉に同調するように、数人……鳴滝姉妹や早乙女のヤツが騒ぎ出す。

「皆さん、お静かにっ。ネギ先生の迷惑になりますわよっ」

「……いや、クラス全体の迷惑だろ」

 その呟きは届かない。
 まぁ、別に良いがな。

「ふぁ……」

 ねむ。
 目じりに浮かんだ涙をぬぐい、視線を教卓に向ける。
 ……あの戦闘狂が、ねぇ。
 朝見た限りじゃちゃんと馴染んでたが……どうなることやら。

「それじゃ、席はエヴァンジェリンさんの隣に」

「んな」

 いま、聞き捨てならない言葉が……。

「聞いて無いぞっ」

「言ってなかったからなぁ」

「そんな問題かっ」

 私の隣って……。

「席が無いぞ?」

「HRが終わったら持ってきます」

 ぬぅ……。
 まぁ、一番後ろにスペースがあるからしょうがない……のか?
 なんか納得いかないなぁ。

「という訳で、HRはこれで今日は終わりだ。席持ってくるまで、質問タイムだ」

「っしゃー!!」

「……女の子が、その声はどうかと思いますよー」

 もっと大きな声で言ってやれ、ぼーや。







「本当に、ウチのクラスに来たんだな、月詠」

 所変わって昼休み。
 最近は恒例となりつつある昼休みの昼食時、今日は何時もの面子で屋上に来ていた。
 天気良いし。
 ……これにも慣れたもんだ。

「あれ? 刹那さん、犬上さんと知り合いなの?」

「月詠でええですよ、明日菜さん~」

「え? 会った事あったっけ?」

 ああ、そう言えば明日菜は……一応簡単に説明したけど、ごたごたしてたからな。

「明日菜、あの時――先生が浚われた夜、簡単に説明しただろう?」

「攫われた? ああ……え? 犬上さんが脱走した人?」

「はい~。先輩と、エヴァンジェリンさんから聞いてますえ~」

 弁当を広げながら、そう言う月詠。
 ふむ。

「中々美味そうじゃないか」

「そうですか~」

「月詠、お前料理で来たのか……」

 何ダメージ受けてるんだ、お前は。
 まぁ、あんまり料理出来るイメージじゃないよな、お前も。

「作ったのはお兄さんですえ~」

「お兄さん?」

「センセーです」

「へぇ……うわ、何気に上手くない?」

 だなぁ。
 初めて作ったにしては……。

「卵焼きとサラダは茶々丸さんです~」

「……茶々丸さん?」

 あ、喋った。
 さっきまで黙ってた木乃香が、茶々丸の名前に反応する。
 名前が出た茶々丸は、軽く一礼して自分の弁当を開く。

「はい。先生は、あまり料理が得意ではありませんので」

「えー!? ズルイっ」

 何がずるいんだ。
 まったく。

「月詠さんにも手伝っていただきました」

「おにぎりですけどね~」

 ふぅん。
 そう言えば、朝のおにぎりはコイツも握ってたな。

「うー」

「お嬢様、箸を噛まれるのはどうかと……」

「木乃香も、明日作りに行ったら?」

「うん」

 そこは即答なのか。
 明日菜とぼーやはどうするんだ?

「あ、その時はあやかの所にでもお世話になるから」

 ネギが居れば大丈夫だし、と。
 そ、そうか……ぼーや、大変そうだな。
 一応、少しは同情しておいてやるからな。

「だが、あまり良い顔はされないぞ?」

「ウチらは助かりますけどね~」

 だろうな。
 誰も料理出来ないらしいし。
 あの人も、ついこの前までコンビニ弁当と外食の二択だったからな。

「でも、形バラバラなおにぎりやねー」

「……ウチの男性陣は、丸いおにぎりしか握れませんから~」

「せんせも握ったん?」

「はい~」

 そう言って、先生が握ったであろう丸おにぎりを食べる月詠。
 ……たかがおにぎりだろうが、木乃香。

「多芸だな、あの先生も」

 まったくだ。
 そこは真名に同意だ。

「うー」

「どないしました~?」

「うー」

 なにを鳴いてるんだ、お前は。

「そんなに良いもんか?」

 料理下手だぞ、あの人?
 朝食べたの、一個は塩辛かったし。

「でも、ええ天気ですね~」

「そうね。それに、もうすぐ麻帆良祭だし。月詠さんも良い時に来たわね~」

「そうなんですか~?」

「うん。ウチの祭りは凄いわよー」

「お祭りなんて、初めてですわ~」

「そうなの?」

 そして、早速仲良くなってるな、明日菜は。
 もう一種の才能だな。
 ……まぁ、そう言う所が明日菜らしい、と言えるのかもな。

「午後からは出し物決めるし。今年は何になるのかなー?」

「喫茶店じゃないか?」

「真名は巫女服だったっけ?」

「……勘弁してくれ」

 というか、アレは怒られてただろうが。
 普通の喫茶店じゃないのか?
 ま、どうでも良いか。
 ――どんな出し物だって、きっと楽しいだろう。
 もう慣れた……というか飽きた麻帆良祭だが、今年は少しは楽しめそうだ。




――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「腹減った……」

「オ前モ災難ダネェ」

「うぅ」

 何で今日は茶々丸の嬢ちゃん居ないの?
 ぬぅ……女子寮の方も、この時間帯だと誰も居ないんだよなぁ。
 はぁ。
 軒先で日向ぼっこしながら、丸くなる。
 腹が減った時は、動かないに限る。

「良イ天気ダシ、狩リニデモ行ッタラドウダ?」

「いや、無理ですよ」

「即答カヨ」

 狩りなんて何年振りか……。

「……飼イ馴ラサレテルナァ」

 そこは言わないで下さい。
 うぅ……腹減ったよぅ、茶々丸の嬢ちゃんー。






[25786] 普通の先生が頑張ります 45話
Name: ソーイ◆10de5e54 ID:052e1609
Date: 2011/03/25 23:20

――――――エヴァンジェリン

「はぁ」

 と、溜息を一つ。
 どうしてこうなったんだか……と思い始めたらキリが無いのは判ってはいるが…………はぁ。
 もう一度、今度は先ほどよりも少しだけ深く溜息を吐く。

「どったの?」

「どーして私がメイド服なんか……」

「しょーがないじゃない。メイド喫茶なんだし」

「……そもそも、普通の喫茶店じゃ駄目なのか?」

「駄目なんじゃない?」

 駄目なのか……はぁ。
 そうあっさり言ってくれる明日菜に溜息を返し、制服のリボンを解く。
 この私が、真祖の吸血鬼が……誰からも恐れられていた悪の魔法使いが……。
 まさか、形だけとはいえ、形だけとはいえ――仕える側に回るとは。
 今まで仕う側だっただけに、かなり抵抗があるんだが。

「ほらほら、諦めなさいって」

「ぬぅ……いや、別に良いんだがな」

 ふん。どうせ形だけだ。
 ……かなり嫌だが。
 そんな事を考えながら、教室の中で雪広あやかが用意したメイド服に腕を通す。
 どうしてこんなのを用意出来たのか、というか、そもそも用意していたのかは謎だが。
 はぁ。
 ……どうして私が……。

「往生際が悪いわねー」

「ふん」

 そう返し、周囲に視線を向けると、やはりメイド服姿のクラスの面々が居る。
 全員である。
 まったく……やっぱりこのクラスの連中はお祭り好きだな、と。
 そう苦笑して、髪を纏めて後ろで縛る。
 いわゆる、ポニーテールというヤツだ。
 こっちの方が動きやすいし、客商売なら衛生的にも良いだろう。

「似合うじゃない」

「お前ほどじゃない」

 明日菜も同じ黒を基調にしたエプロンドレスに、白いレースで飾られたメイド服だ。
 だがその髪は今は何時ものツインテールじゃ無くて、ストレートに下ろされている。
 正直、いつもと雰囲気が全く違い、別人……とまでは言わないが、結構違う。

「うー……どーせ、私は御主人様には向かないわよぉ」

「……そう言う意味じゃないんだがな」

 まぁ良いか。
 こっちが明日菜らしいし。
 肩を落として落ち込む明日菜を置いて、着替えた木乃香に近付く。

「月詠は?」

「月詠さんなら、あやかさんに連れてかれましたえ」

 なんだそれは?
 連れていかれた?
 ……まぁ、ぼーやが絡んでないなら、大丈夫だろうが。
 それより、

「どうしたんだ、真名?」

「う……こーいうのは、どうにも慣れなくてね」

「だな」

 まったく同意見だ。
 まさか、私が給仕服を着る日が来るとは……。
 まぁ、そこは諦めるか。

「2人とも、よー似合いますえ」

「そりゃどーも」

「……ふん」

 全然嬉しくないなっ。
 ――そう言えば、刹那が居ないな……いつも木乃香と一緒に居るのに。

「刹那なら、月詠と一緒に連れていかれたよ」

「……そうか」

 災難だな、アイツも。

「コレを着るのを嫌がってね」

 そう言ってエプロンドレスのスカートを摘む真名。
 ……うーむ、その様子が目に浮かぶ。
 アイツ、妙に木乃香の前じゃ格好付けたがるからなぁ。
 どうしてああなんだか……まぁ、悪い事じゃ……無いとは思うが。

「月詠の方も乗り気でね。あれは、あやかとはすぐ仲良くなるだろうね」

「それはどうだかな」

 すぐには、というのは無理だろう。
 アレの本質は人斬りの戦闘狂だ。
 きっとそこに善悪は無く、ただ強いから斬る……そう言う存在だ。
 生活の一部に“斬る”という選択がある存在。
 ……まぁ、それを言い出したら、私も似たようなものだが。

「くく――」

「なんだ?」

「いやいや」

 ……気に障る奴だなぁ。

「うわ、真名似合うわね……」

「明日菜ほどじゃないよ」

「う……どーせ、私は御主人様にはなれませんよーだ」

「そう言う意味じゃないんだが……何拗ねてるんだい?」

 まだ続いてたのか……。
 似合うって言うのは、服装が、という意味なんだがなぁ。
 ……雰囲気も、というのもあながち間違いじゃないが。

「でも、私も一回で良いから、エヴァみたいに御主人様になってみたいわー」

「何だそれは?」

 いきなり何を言い出すんだか。
 御主人様って……何だ?
 胡乱気な視線を向けると、たどたどしく身振り手振りで説明を始めるバカ。

「ほら、こー……なんだろ? 椅子に座ってるだけで、お茶とか出してもらったり?」

「ああ。つまり、従者が欲しいと?」

「アホか」

 まったく。
 そう言う事か。
 というか、お前の御主人様のイメージは、茶か。
 もっと他にあるだろうに……。

「う、そんな大層な事じゃないけど……一回くらい、夢見てみたいなぁって」

「夢なら毎日見てるだろうが……」

「……うぅ」

 はぁ。

「ども~」

「お、来たか」

 そんな事を話していたら、そんな軽い声と共に月詠と……刹那、雪広あやか、早乙女ハルナがこっちに来た。
 例によって、メイド服である。
 ……やはり、雪広あやかと早乙女ハルナは似合うな。
 体格的な意味で。
 しかも雪広あやかは、ティーポットまで持っている。
 形から入ると言う事だろうか?
 その努力を、もっと他の方向に向ければ良いだろうに……。

「ふぅ……良い仕事をしましたわ」

「まったくだね」

 しかも、雪広あやかと早乙女ハルナが良い笑顔でお互いを讃えあっていた。
 ……ついに壊れたか?
 そんな失礼な事を考えていたら、その後ろに、刹那が隠れるように下がる。
 刹那は、なんで隠れてるんだ?

「良く似合ってるじゃないか」

「ありがとうございます~」

 同じ服装なのに、妙に似合うと言うか……可愛らしいと言うか。
 年相応、と言うべきか。
 いや、いつも笑顔なんだが。

「こんな可愛い服をガッコでも着れるなんて思ってませんでしたわ~」

「そうですか? 気に入っていただけましたら、良かったですわ」

「うんうん。私も一緒に選んだ甲斐があったってもんだ」

 早乙女ハルナ。お前か、この服選んだのは。
 
「もっと別のは無かったのか?」

「普通のじゃ詰まらないでしょ」

 そうか?
 別に、どうでも良いと思うがなぁ。

「あ、それとも巫女服とかが……」

「まぁ、アレよりはマシだよ、うん」

 よっぽど嫌だったんだな、真名……。
 ……だがまぁ、アレ着るくらいなら、まだメイド服がマシか。うん。
 真名と2人で肩を落としながら、どうだかなぁ、と。
 流石3-A。
 こういう所は本当に力を入れるな。

「エヴァンジェリンさんも、良くお似合いですわ」

「……お前には負けるよ」

「そうですか?」

 なんだろう?
 なぜだか良く似合ってる……やはり、こう素材が良いヤツは得だな。
 顔は負けてる気はしないが、やはり身長とかがなぁ。

「それより、本当にメイド喫茶で行くつもりか?」

「ええ。お化け屋敷にはスペースが小さすぎますし、演劇には時間が足りないでしょう?」

「占いだと、木乃香くらいしか出来るの居ないし――なら、中華飯店か、喫茶店」

 衣装を生かすなら、喫茶店でしょ、と早乙女ハルナ。
 ……いやまぁ、言ってる事はマトモなんだが――どうしてメイドなんだよ、と。
 しかも、誰一人文句言ってないし。
 私がおかしいのか?

「教室広いからねー、ガスコンロ運んで来て、黒板側に簡易キッチン作れば、十分でしょ」

 そこまで考えてるのか。

「それに、この広さなら全員で対応しなくてもいいから、半分以上で学園祭を見て回れるだろうしね」

「料理担当の方が少し割を食いますが、その分最終日に自由時間を多く取るようにすれば大丈夫かと」

「ふむ……良く考えてるな」

 雪広あやかと早乙女ハルナの説明を聞き、一つ頷く。
 正直、感心したぞ。
 流石委員長……ぼーやが絡まなければ、マトモだな。

「それなら、誰も文句は……無いのかな?」

「そこは、後でお聞きしますわ」

 そうか。

「で、だ」

「はい」

 うむ。
 
「いつまで隠れてるんだ、刹那?」

「うぅ」

 そんな恥ずかしがるような事でもないだろうに。
 というか、恥ずかしがる方が余計に目立つぞ?
 なにせ、クラスの全員がメイド服で当たり前、と言った風なのだから。

「せっちゃん可愛いのに」

「先輩、良くお似合いですよ~」

 そう褒める木乃香と、引っ張る月詠。
 ……仲良いよなぁ。
 ついこの前、斬り合った仲だろうに。

「お揃いです~」

「ウチともお揃いやー」

「うぅ、お嬢様……」

「仲良いわねー、あんた達」

 口調も前のに戻ってるし。
 ま、放っておくか。
 明日菜も居るし、大丈夫だろう。
 こう言った所じゃ、なんでか役に立つからなぁ。

「エヴァンジェリンちゃん」

「ん?」

 何だ、早乙女ハルナ?

「刹那と月詠さんと木乃香って……」

「ああ、昔の馴染みらしいぞ?」

 ここは適当に言っておく。
 別にあの三人がどう思われようが……魔法関係がバレないなら、どうでも良いし。

「ほほぅ」

「……三角関係でしょうか?」

 そこか、言うのは。
 違うだろ……女同士だし。
 
「む、呆れてるわね?」

「当たり前だ。女同士……というのもあるらしいが、あっちは……」

 …………どうなんだろう?
 どうにも、刹那は何というか……うぅむ。
 ……即答できない自分が、少し嫌になりそうだ。

「刹那は木乃香ラブだからねぇ」

「ラブ、か?」

 ライクだろ……多分。
 断言できないのは――まぁ、なんだ。特に意味は無い。
 特に意味は無いんだ。

「それより、メイド喫茶の服装って、こんなので合ってるのでしょうか?」

「は?」

「いえ、こういうお店があると言うのは聞いているのですが……行った事はありませんので」

 そりゃ無いだろうよ。
 あったらあったで、そっちが問題だろ。

「長谷川さんが言うには、もっとこー……肌の露出とかが」

「こっちで十分だ」

 うむ、まったくもって真名に同意見だ。
 というか、長谷川千雨はメイドになんか思い入れでもあるのか?
 ……話した事は無いが、あいつもやっぱり3-Aの人間なんだなぁ。

「でも、衣装代浮いて良かったねー」

「そうだね。それに、作る時間も浮いたし……あやかには感謝しないとね」

「いえいえ。ウチは使用人も沢山いますから、クラス人数分くらいなら問題ありませんわ」

「ウチにあるのは数着だけだしな」

 しかも茶々丸に合わせたサイズだから、私や木乃香なんかは着れないしな。

「あら、それは茶々丸さんの分かしら?」

「ああ――? 雪広あやかには、言った事あったか?」

 そこまで話した覚えは無いんだが……どうだったか。
 ふとした拍子に話したかな?

「いえ、明日菜さんからお聞きしました」

「明日菜?」

 まぁ、茶々丸は家じゃメイド服だからな。
 最近はその限りじゃないが。

「茶々丸さんのメイド服も着てみたいですわ」

「……そうか?」

 どうしてまぁ、メイド服にそこまでこだわるのか。

「私がどうかしましたでしょうか?」

「あ、茶々丸さん。……良く似合うわねぇ」

「ありがとうございます」

 そう言う茶々丸も、まんざらではないのだろう。
 普段とは違う服を着られるからか?
 ……今度、また別のデザインで作ってやるのも良いかもなぁ。

「マスター、先生達をお待たせするのも悪いかと」

「む」

 そうだな。
 先生達は、私達が着替える間廊下で待ってるんだったな。
 窓から覗けるとか思ったが、まぁ大丈夫だろう……と言うのがクラスの総意だった。
 ま、あの先生だしな。
 それにぼーやも居るし、覗いたりはしないだろ。

「全員着替え終わったのか?」

「はい」

「なら入れてやれ」

 かしこまりました、と一礼していく茶々丸から視線を逸らすと……。

「なんだ?」

「最近、先生と仲良いよね?」

「……そ、そうか?」

 なんか、早乙女ハルナが反応していた。
 なにに、と言われるとアレだが……なんか、こう、なんか嫌な予感が……。

「ね、エヴァ?」

 呼称まで変わってるし。
 ええい、寄ってくるな面倒臭い。

「ソコんとこどーなの?」

「どーもしない」

 椅子に座り、肘を付きながら……視線を逸らす。
 逸らすと言うか、木乃香達に視線を向ける。
 目を逸らされた。
 薄情な奴らだな……。

「あ、そこは私も知りたいね」

 ……真名、お前もか。

「私もですわ」

「何でだっ!? お前達には関係ないだろっ」

「「「えー」」」

 うるさいなぁ、まったく。

「だーってさ、あの男嫌いで有名だったエヴァがさー」

「何だそれはっ」

 男嫌い?
 私ってそう見られてたのか?

「1年の時に高畑先生に構ってもらってたのに、全然相手にしてなかったじゃん」

「それは……」

 一時期は、アイツと同じクラスで勉強していたんだぞ?
 そう言う対象で見れるか。
 それに、アイツは本当の私を知っている。
 あっちだって私をそう言う対象で見た事は無いはずだ。

「それは?」

「……別に、タイプじゃないからなぁ」

 そう言う事にしておく。
 まぁ、間違ってはいないし。

「じゃあさ、何で先生? あー言うのがタイプ?」

「あのなぁ……別にそう言うんじゃないんだよ」

「えー」

「つまりませんわ」

「知るか」

 どうして私が、お前達を楽しませなくちゃならないんだ。
 まったく。

「ふん」

「むぅ……じゃあさ、じゃあさ」

 まだあるのか?

「着替え終わったかー」

「うっわ、反応薄っ」

 そんな事を話していたら、先生が教室に入ってきた。
 ……助かった。
 正直に、そう思う。

「ちっ」

「……後で覚えておけよ、真名」

 笑ってるんじゃない。
 くそ……。

「うわー、皆さん良くお似合いですよっ」

「ネギ先生ーーーっ」

 うわ……。

「……人を好きになっても、ああにだけはなりたくないわね」

「……まったくだな」

 そこは同意するよ、早乙女ハルナ。
 ぼーやの方に掛けていく雪広あやかを見ながら、3人で溜息を吐く。
 アレが無いなら、きっともう少しぼーやから懐かれると思うんだがなぁ。
 あ、宮崎のどかも行った。
 ……ぼーやもモテるんだなぁ。
 どこが良いのだろうか? やはり子供だし、保護欲とやらを掻き立てるのか?

「あやかも、アレが無ければね……」

「まぁ、私はのどかも楽しそうだし良いんだけどね?」

 言い寄られて困ったように慌てているぼーやと、言い寄る宮崎のどかと雪広あやかを見ながら一言。

「お前は行かないのか?」

「親友ですから」

「ふぅん」

 まぁ、別に良いんだがな。
 これ以上増えたら、ぼーやの処理能力じゃ、きっと気絶するだろうし。

「綾瀬夕映は宮崎のどかのすぐ傍に居るがな」

「なぬっ!?」

 あ、駆けていった。
 …………。

「まぁ、なんだ。元気だな……」

「そ、そうだね」

 しかしまぁ……。

「それじゃ席につけー」

「なんか先生、珍しく気の抜けた声だね?」

「だな」

 ……メイド喫茶、ねぇ。

「もしかして、柄にもなく照れてるんじゃないか?」

「なるほど」

 席に戻る真菜の背にそう声を掛ける。
 自分で言ってなんだが……それは無いかな、と。
 だがまぁ、それだと先生が妙に気を抜けた風を“装っている”理由がしっくりくる。
 ま、どっちにしろ、だ

「楽しくなりそうだな」

「どないしたんですか~?」

 ん? と。
 隣の席――月詠からの、気の抜けたような声。

「いや、今年は楽しくなりそうだな、とな」

「そうですか~」

 ニコニコ、ニコニコ、と。
 相変わらず、なんというか――幸せそうな奴だ。

「お前も、楽しそうだな」

「はい~。学校も、お祭りを楽しむのも、初めてですので~」

「……そうか」

 もしかしたら、本当にそうなのかもしれないな。

「なぁ、月詠?」

「はい~?」

「お前、そんな可愛い服が好きなのか?」

 そう聞いたのは、どうしてか。
 何となく聞いた。
 本当に、そんな感じ――。
 視線は前に向けたまま。

「はい~。だって、可愛いやないですか~」

「……そうか」

 そうやってはしゃぐ様は、本当に同年代のソレだ。
 そう錯覚させられる。
 ――京都で斬り掛って来た月詠と、服一つで子供のようにはしゃぐ月詠。
 はたしてどちらが本物なのか。
 ……この娘の本質は“人斬り”。
 それは、十分理解してるつもりなんだがなぁ。

「どないしたんですか~?」

「いや、別に……何となく、聞いただけだ」

「? 変なエヴァンジェリンさんですな~」

 お前が言うな。





――――――

「それじゃ、と」

 カツカツと、ネギ先生が生徒達に聞きながら、これから必要な事を黒板に書き出していく。
 えっと――。

「キッチンも作らないといけないし、机と椅子も用意しないといけませんね」

「判った、それと内装も変える……んだよな?」

「もちろんっ」

 だよなぁ。
 やる気満々な早乙女と雪広だ。
 きっと妥協はしないんだろうなぁ。

「カーテンとテーブルクロス、それに食器とお箸とかも……」

 うはぁ……喫茶店って大変なんだな。
 経営者って、やっぱり凄いんだな。
 そう言うのって、どこから集めるんだろう?

「食材も安くて欲しいですね」

「そこはスーパーか専門店で探すしかないだろうなぁ」

「なら、近所の人に相談してみますね」

 とは那波。
 ……え、知り合いとか居るのか?
 流石那場、主婦っぽいなぁ。

「なにか?」

「いや、なにも」

 少し怖いです。
 なるだけ那波の方を見ないように黒板に先ほどの事を書きこんでいく。
 しかし、食材を安く買う、かぁ。
 そう言う事も出来るんだなぁ。
 スーパーなんかより、専門店の方が安いのかな?
 ま、後で那波に聞いてみるか。

「あと、何か必要な事ってありますか?」

「それくらい、でしょうか? 夏美は何か思いつくかしら?」

「うやー、別に」

 ふむ、これくらいか? 

「予算とかはどうなるんですか、先生?」

「それは、学園側から支給されるから。必要なのは言ってくれ、長谷川」

「はい」

 額は……言わない方が良いよな。
 それじゃ、と。

「机とか食器はどうする?」

「それは、私の方でご用意いたしますわ」

「大丈夫なのか?」

 言い出したのはやっぱりと言うか、雪広。
 そう言えば、今着てる服も雪広が用意したんだったよな。

「そちらの方が、時間も掛りませんし」

「だが、買い揃えるのは無しだからな?」

「え?」

「予算以外の所からお金を使ったら、他のクラスに不公平だろ?」

「う……」

 そうなると……。

「紙のお皿とかは嫌だよー」

「だね、やる気が無くなるよねー」

「そうは言ってもな、鳴滝」

 こればっかりはなぁ。
 どうしたもんか。

「机はどれくらい用意する予定なのかしら?」

「そうですね……この広さなら、キッチンまで入れるから――6~8くらいか?」

 よく、すぐそこまで思いつくな、長谷川。
 そこに少し驚きながら、用意する所に机を6~8と書く。
 そうなると、食器は……一つの机に最大4人として……32組くらいか?

「少し多めに用意するのが良いだろうから、食器は40組だね」

「判った」

 しかし、

「詳しいな、長谷川」

「……そ、そうかな?」

 どうしてそこで目を逸らす?
 褒めてるんだがなぁ。

「食器とかって、安いのはどれくらいするか判るか?」

「ランチプレートなんかは500円……もしかしたら100円均一でもあるかも」

「……そんなに安くであるのか?」

「ええ。それに、スプーンやフォークも。問題はコーヒーカップですね」

「それは高いのか?」

「いえ、こう言った喫茶店をするなら、それなりのを用意した方が良いと思います」

 そうなのか?
 良く判らないので、とりあえず詳しそうな雪広を見てみる。
 首を傾げられた。
 だよなぁ。

「ふむ。そっちは後で話そうか?」

「それが良いと思います」

 だな。値段だけ聞いても、こっちも良く判らないし。

「机とかはどうすれば良いかな?」

 と聞いてきたのは、龍宮。
 ……しかし、どーしてウチのクラスは、全員メイド服なんだ?
 違和感――と言うか、何というか。
 一部が一部だから、どうにも目のやり場に困ると言うか……うーむ。
 なるだけ気にはしないようにしてるんだが。
 龍宮とか那波とか雪広とか……なぁ。
 大河内とかはまだ話下手だから、どうにかなるんだが。
 ちなみに、どうして着替えたのか、と聞いたら寸法合わせらしい。
 下は鳴滝姉妹やマクダウェル。
 上は龍宮や那波、大河内やら。
 ……服一つ用意するのも大変だな、本当に。

「教室の机合わせてテーブルクロス?」

「それじゃ味気無いでしょ」

 またワイワイ言い合い始めるし……元気だなぁ。
 はいはい、と手を叩いて黙らせる。

「せんせ、こう言った時って、どうしたらええでしょうか?」

「お、俺に聞くのか?」

「はい」

 また、いきなりだな……まぁ。

「先生は男子校だったからアレだけど、自分たちで作ったな」

「作る?」

「ああ。木材削って」

 今考えると、無茶やったよなぁ。
 予算削減とはいえ……。
 でもまぁ、男子校なんて出会いが無いから、そんな細かな所でも気合入れないと出会いなんて無いのだ。
 ……うぅむ。やっぱり、今考えると、何であんなことしたんだか。
 若かったんだなぁ、俺も。

「おー」

 なんか感心されていた。
 ネギ先生からも。
 ……何で?

「まぁ、それはお勧めしないけどな」

「何でですか?」

 声はすぐ傍。ネギ先生から。

「時間かかりますし。なにより、皆ノコギリやら釘やら、使った事無いだろ?」

「う、そ、そうですわね」

「そう言う訳で、怪我させる訳にも行きませんからね」

 キッチンなんかは、それこそ机を合わせれば十分だろうけど。
 机を本格的に、となると、どうしてもその辺りの技術が……。

「なら、そっちは私達が」

「ん?」

 そう言ったのは、桜咲。
 それに、クーと龍宮、葉加瀬に絡繰も手を上げている。

「私も出来るアルよ」

「……大丈夫か?」

「図面を作るのは得意ですし」

 とは葉加瀬。
 いや、そうだろうけど……。

「それより、木材を何処から調達するかだね」

 やる気だし。
 ……余計な事、言ったかなぁ。
 しかし。

「内装の準備は、私がっ」

「……大丈夫か、本当に?」

 最後にもう一度、桜咲にそう声を掛ける。
 そうなると俺も少しは手伝うつもりだが、流石に女生徒にノコギリとハンマーと釘はなぁ。

「問題ありません」

「そ、そうか?」

「慣れてますから」

 慣れてるって……そこまで言うなら、良いか。
 それに、最悪間に合わないなら、こっちも教室の机で代用して、テーブルクロスで隠せば良いだろうし。

「わかった。時間も無いし、間に合わなかったり、怪我したら教室の机で代用するからな?」
 
「はい。その方向で行きましょう」

 それと、内装は早乙女だったな。
 ……こっちはこっちで心配だが、まぁ、他にも人は居るし、何とかなるだろう。

「後は……」







 長谷川と食器や、それに類する経費の事を教室の隅で話していた時

「なぁ、先生?」

「ん?」

 絡繰を連れたマクダウェルが話しかけてきた。

「どうした?」

「いや、机に使う木材を買いたいんだが……先生に言えば良いのか?」

「あ、そうだな。ちょっと待っててくれ」

 しかし……やはり、メイド服姿には慣れない。
 形から入るから、とか言い含められたが……新田先生とか葛葉先生に見られたら何と言われるか。
 まぁ、これも学園祭の出し物だし、そう強くは言われないだろうけど。

「どうした?」

「いや、マクダウェルのメイド姿なんて、初めて見たからな」

「……そ、そうか?」

 絡繰のは、何度かなぁ……と言おうとして、止める。
 ここは教室だし、不用意な事は言わない方が良いだろう。

「あんまり根詰めるのもアレだし、食器類の値段はネットで調べておきます」

「お願いして良いか?」

「はい。こう言うのは、私の方が得意そうですし」

「う、すまないな」

 流石に、食器の善し悪しはちょっとな……俺は、どっちかと言えば、使えれば良い方だから。
 最初にそう言ったら、めちゃくちゃ怒られた。
 きっと、何かこだわりがあるんだろう。

「えっと、それじゃ……マクダウェルと絡繰は、何だったっけ?」

「木材について、だ」

 ああ、そうだった。
 こっちも急ぎだよな。
 というか、木材を買うなら……これもネットなのかな?
 そう言えば、俺たちが作った時は、友達の家が建築家だったから紹介してもらったんだよな。

「そっちは、友達の家がツテがあるから、ちょっと相談してみる」

「そうか?」

「ああ。なるだけ早く用意するよ」

 この後連絡入れて、駄目ならまた他の手段を考えないとな。
 去年の今頃はここまでバタバタしてなかったと思うけど……。
 やっぱり高畑先生は、凄い先生だなぁ、と。
 俺とネギ先生じゃ、全然手が足りて無い。
 むぅ。
 ま、落ち込んでる時間も惜しいんだが。

「しかし、本当良く似合ってるな」

「そうか?」

 そう言って、マクダウェルは一回転。
 ロングスカートが軽く舞い、その金糸の髪が踊る。

「ああ」

「ん?」

 何か違うと思ったら。

「髪を結んでたのか」

「今頃気づいたの? 先生」

 長谷川から呆れられた。
 ……すまんね、鈍くて。
 内心、自分でも呆れてしまう。
 判り易いのになぁ。
 全然生徒の事見れてないな、と。

「えっと……あとしないといけないのは」

 ネギ先生は、那波達と一緒に、食材の値段交渉に行ったから……内装か。
 早乙女は、と……教室内に視線をさまよわせていたら、視線を感じた。正面から。

「先生……」

 少し、呆れ交じりの声。
 な、なんかしたかな?

「どうした?」

「いや……こういう時は褒めるもんじゃないかな?」

「ん?」

 褒める?

「折角、エヴァンジェリンと茶々丸さんが今までと違う服装してるんだからさ」

「……あ、ああ」

 そう言う事か。
 そう思い振り返ると……そこには2人の姿は無かった。
 どうやら、龍宮達の所に戻ったらしい。

「はぁ」

「う……」

 溜息まで吐かれてしまった。






――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「ただいまー」

「ただいま帰りました」

 おー、お帰りお2人さん。

「また来てたのか」

「うお」

 結構ご機嫌斜め? なんで?
 物凄い、視線が冷たいんですけど?

「マタカヨ」

「ふん」

 あれ?

「チャチャゼロさん、何か知ってるんですか?」

「アー……」

「うるさい、黙れ」

 何か知ってるみたいっすね。
 姐さんが部屋に戻ったら、聞いてみよ。

「それじゃ、別荘に居るから……用があったら、呼びに来い」

「アン? マタイキナリダナ」

「ああ。あまりに寂しがり屋の幽霊が不便でな」

 幽霊?

「幽霊ってあの、ゴースト?」

「それとはまた少し違うが……ま、大体合ってるな」

 そ、そっすか。
 しかし……ゴーストとも知り合いなんすか、姐さん。
 ゴーストって、確か人祟るんじゃなかったっけ?
 吸血鬼だから大丈夫なのかな?

「学園祭の間くらい、仮初でも形を用意してやる事にした」

「オヤオヤ、コレハマタ」

「同意はまだ取ってないがな」

「――ソコハ取ットケヨ」

「ふん。べ、別に良いだろ……」

 どうせ、帰ってきてる時に思い付いたとかなんだろうなぁ。
 姐さんも丸くなったもんだ。
 去っていく背に小さくチャチャゼロさんと2人で笑う。

「オコジョさん、晩ご飯は?」

「おー、頂いていくぜっ」

「……オ前モ遠慮ガナクナッタナァ」




[25786] 普通の先生が頑張ります 46話
Name: ソーイ◆10de5e54 ID:052e1609
Date: 2011/03/26 23:23

「く、ぁーーーーー」

 ねむ……。
 これは、危ない。
 そう感じながらも、起きる事が出来ない。
 もう一瞬寝たい、と。
 そう感じながら……何とか起き上がる。
 ……危なかった。
 昨日何かしたっけ?
 いつもより少し遅く寝たけどさ。

「ふぁーー」

 欠伸が止まらず、ベッドの上で身体を起こしたまま数瞬。
 ぼんやりと部屋の壁を眺めながら、視線を窓に。
 朝だ……当たり前だけど。
 仕事……じゃなくて、弁当の準備しないと。
 そこまで考えて、もう一度欠伸。
 ……昨日、なんか疲れることしたっけ?
 別に何か特別した、って記憶も無いんだけど。
 うーむ。
 ま、良いか。
 そこまで考えて、ベッドから抜け出す。
 床のひんやりとした感触が丁度良いくらいに、眠気を少し取ってくれる。
 そのまま洗面所で顔を洗い、手早く着替えを済ませてキッチンへ。

「うっし」

 エプロンを付けながら気合を、一つ。
 ご飯もちゃんと炊けてるのを確認して、冷蔵庫を開ける。
 今日は何にするかなー、っと。
 ちゃんと卵焼き用のフライパンも買ってきてるので、今日は何だって作れる……はず。
 知識上は。
 経験は明らかに足りて無いが。
 さて、と。
 昨日と同じじゃ面白くないだろうからなぁ……何しよう?
 色々勉強はしたけど、いざ作るとなると迷ってしまう。
 ふむ……そんな事を考えていたら、開けっ放しの冷蔵庫から警告音。
 ――び、びっくりした。
 冷蔵庫って、そう言えば警告音なるんだったな。
 今度は閉めて考えて……まぁ、とりあえず作るか、と結論付ける。
 ……どうせ、手際悪くて遅いんだし。
 それじゃ、今日も頑張りますかね。
 内心で一つ気合を入れ、卵なんかを取り出す。
 今日は卵焼きにベーコンと玉ねぎの炒め物、それに塩鮭……の予定。
 それとサラダ。今日はレタスとトマトで簡単に。
 これなら時間掛らないだろう。
 俺にはまだ、肉巻きは早かったんだ。
 それとおにぎり。
 そう内心で納得し、早速調理に取り掛かる。
 と言っても、グリルに塩鮭を人数分入れるのは昨日と変わらない。
 ベーコンを切り、玉ねぎをそれなりに細く切っていく。
 ……玉ねぎを、細く切っていく。
 …………目が痛い。

「こんな痛かったっけ……?」

 ちょっと休憩。待った、たんま。
 鼻をグスグスさせながら、包丁を置く。
 う、っぉ……天井を仰ぎ見ながら、袖で涙を拭う。
 それでも何とか玉ねぎを切ろうとして、ん? と手を止める。
 相変わらず涙で目が痛いけど。
 犬って玉ねぎ駄目だよな?
 ……小太郎って、玉ねぎどうなんだろう?
 そりゃ、犬から変身するんだ……駄目なんだろうか?
 でも、玉ねぎ買う時、特に何も言わなかったよな?
 ……うーん。
 困った。
 とりあえず顔洗おう。目が痛い。
 洗った顔をタオルで拭きながら、どうするかなぁ……と。
 ま、いいか。
 小太郎は、別の入れよう。
 朝食の時に聞いて、大丈夫なら明日からはまた一緒のにすれば良いし。
 でも駄目ってなると、カレーとかも駄目なのかな?
 うーん。
 色々大変だな、共同生活って。
 少し甘く見てたかもしれん。
 そう考えていたら、

「おはよーございます、お兄さん~」

「おはよう、月詠。眠そうだなぁ」

「はい~」

 その眠そうな声に、年相応の可愛らしさを感じ、苦笑する。
 パジャマの袖で目を擦りながら起き出して来た月詠。

「顔、洗ってきたらどうだ?」

「そうさせてもらいます~」

 そう言えば、昨日は小太郎もそうだったな。
 何で顔洗ってからこっちに来ないんだろう?
 洗面所の方がこっちより近いだろうに。
 挨拶しにかな?
 そう考えて、苦笑。
 いくらなんでもそれは、と。
 でも、挨拶は大事だよな、と。
 そう内心で笑い、残った玉ねぎを切る……。
 うぐ。

「……どないしたんですか~?」

「玉ねぎ切ったら、目が痛い……」

「そうなんですか~?」

「おー……これは、結構痛いぞ」

 しかも、涙で目が見えにくいから、切るのに時間が掛ってしまう。
 明日からは、玉ねぎ使う時は注意しよう……。
 うー……。

「うちが切りましょか~?」

「いい、いい。テレビでも――」

 見て待ってろ、と言おうとして、玄関から呼び鈴に手を止める。
 ……あれ?
 なんか、昨日もこの時間帯に……。

「絡繰か?」

「どうでしょう~」

 むぅ、昨日はもう来なくてもいい、っては言ったけど……。
 来たのかな?
 助かるけど、悪いし。
 それに世間体もある。
 ……はぁ。
 それだけ俺が、だらしないって事か。
 もっと頑張らないとなぁ。

「それじゃ、ちょっと見てきますね~」

「おー、一応気を付けてな?」

「ふふ……判ってますえ~」

 ま、俺なんかよりよっぽど強いんだろうけど。
 それでも心配なものは心配なのだ。
 こればっかりは、多分性分なんだろうなぁ。

「よし」

 そんな事を考えながら、小さく気合を入れ直す。
 とりあえず玉ねぎ切ってしまおう。
 うぅ、目が痛い……。

「おはよーございますっ」

「……?」

「あ、あれ?」

 はて?

「近衛?」

「はい。おはよーございます」

「おお、おはよう」

 ……あれ?
 予想していた人物と違ったので、一瞬考えが飛んだ。
 …………近衛?

「どう言う事だ、桜咲?」

 そして、少し遅れて桜咲も。
 もう、頭の中はクエスチョンマークだらけである。

「……あえてこっちに来ますか」

 ああ。すまないがこっちも少し混乱しててな。
 どうして近衛と桜咲なんだろう?

「昨日は茶々丸さんが来られたそうで」

「ん? 何で……って、まぁ、お前たち良く話すだろうしな」

 多分、昨日話題の一つとして話したんだろう。
 まぁそれは良いとして、

「うちも、こー……お役に立ちたいなぁ、って」

「あー……」

 どう言ったもんか。
 ……絡繰が来たから来たって言われると、まぁ。
 俺も男な訳で、少しばっかり勘違いをしてしまいそうになる。
 いやいや、そう言うのじゃないから、と。
 内心で首を横に振りながら、表面は苦笑を浮かべる。
 この前の弁当と一緒だ。好意、と言っても感謝の面での、だ。うん。

「どないしました?」

「いや、なんでも……まぁ、とりあえず」

 どうしようか?
 でも、来てもらったからって、じゃあお願いしますじゃ問題だろう。

「月詠、お茶を用意してもらって良いか?」

「は~い」

 ぐす。

「せんせ、どうしました?」

「う、ちょっと玉ねぎを甘く見ててな……」

 目が痛い、と。
 そう言ったら、笑われた。
 むぅ。

「でも、慣れるとそうでもありませんよ?」

「そうなのか?」

「はい」

 と、包丁をあっさりと取られた。
 ……うーむ。
 押しに弱いと言うか、何と言うか。
 そんな自分にもう苦笑するしかなく、肩を落とす。
 でもまぁ、助かるのは本当な訳で。
 今度、絡繰と一緒に、何かお礼しないとなぁ。
 手際良く玉ねぎを切ってしまう近衛に、ただただ感心するばかりである。

「早いなぁ」

「そ、そうでしょうか?」

「おー。やっぱり、料理が上手だって言われるわけだ」

 これなら、きっと本当に料理が好きなんだろうなぁ。
 俺なんか、それと同じだけ切るのに十数分かかったからな。
 ……なんて情けないんだろう。
 はぁ。

「どないしました?」

「いやー、やっぱり料理の一つも出来ないとなぁ、って」

「? 変なせんせ」

 すぐ隣に居る俺を小さく見上げるように、笑われた。
 うーむ……近衛は、結構危機感とかないのかな?
 俺も一応男なんだがなぁ。
 こういう所が勘違いしてしまうと言うかなんというか。
 まぁ、相手は中学生で、俺の生徒だから“そういう気”はまったく無いんだが。

「玉ねぎどうします?」

「あ、ベーコンと一緒に炒めようかと」

「そですか」

 そうだ。

「なぁ、月詠?」

「はい~?」

 桜咲と一緒に、キッチンの隅で喋ってた月詠に声を掛ける。

「小太郎って玉ねぎ大丈夫かって、知ってるか?」

「お犬ですか? んー、どうでしょ?」

 だよなぁ。

「あ、犬って……でもせんせ、それって小太郎君に失礼やないですか?」

 そ、そうかな?
 でも、食べて駄目だったらなぁ。

「心配だからなぁ」

「まぁ、中ったら中ったで~……」

「そう言う訳にもか無いだろ」

 まったく。

「なら、もう一品何か作ります?」

「ああ。何作る?」

「あ、うちやりますから……」

「そう言う訳にもいかないだろ」

 一応、俺がいちばん大人なんだから。
 ……多分、いちばん料理出来ないけど。

「ちょっと冷蔵庫見させてもらってええですか?」

「ん? ああ」

 っと。
 そんな事を話していたら、再度呼び鈴が鳴る。
 次は誰だ?

「見てきますね~」

「すまないな」

「いえいえ~」

 そう言って部屋から出ていく月詠。

「桜咲も、座ってテレビでも見てたらどうだ?」

「い、いえ。何か手伝います」

「ええよ、せっちゃん。うちがやるから」

「そ、そう?」

「おー、月詠の相手をしててくれ」

 にしても、小太郎のヤツ遅いなー。
 流石に桜咲に起こしてもらう訳にもいかないし……ま、弁当と朝食の準備が終わったら起こすか。
 そんな事を考えていたら、冷蔵庫を開けていた近衛がこっちに来る、

「ウインナーとアスパラ使わせてもらいますねー」

「ああ」

「これをですね、縦に切ります」

 ん? 教えてくれるんだ。
 近衛が用意したのは、未開封のウインナーと、昨日の残りの数本のアスパラ。

「これじゃどっちが先生だか判らないな」

「えへへ……そ、そですねー」

 その手元を、近づき過ぎない程度の距離から覗き込む。
 縦に切ったウインナーを数本用意。
 切る時は少し深く切ってるのか。
 同数のアスパラも縦に切る。こっちは完全に切ってしまうのか
 ウインナーの間にアスパラを挟み、それを爪楊枝で固定する。

「これを焼けば、一品完成です」

「おー」

 なるほどなぁ。
 これなら小太郎も大丈夫だな、昨日何も言ってこなかったし。
 好き嫌いは……そう言えば、聞いて無かった。
 肉が好きだってしか。

「おはようございます、先生」

「おはよう、絡繰、マクダウェル」

「……おはよう、先生。ふぁ……」

 やっぱりお前達か、と。

「御迷惑、だったでしょうか……?」

「んー……ま、それは後で話すか」

「……はい」

 やっぱり、ここは一つ、しっかり言っておくべきだろう。
 それがきっと、お互いの為だ。うん。

「しかし、相変わらず眠そうだな、マクダウェル」

「朝は苦手なんだよ」

 吸血鬼だしなぁ、と。
 苦笑し、

「テレビでも見て、目を覚ましてくれ」

「そーさせてもらうよ……ふぁ」

「顔洗ってきたらどうだ?」

 めちゃくちゃ眠そうだな、お前。

「昨日遅かったのか?」

 フライパンに油を引きながら、テーブルの前に座るマクダウェルの背に声を掛ける。

「ああ。少し探し物をしててな」

「探し物?」

 何だろう?

「先生、私は何をしましょうか?」

「……えっと、マクダウェルと一緒にゆっくりしてるって選択肢は?」

「先生?」

 まったく同じ調子で呼ばれた。
 どうやら、ゆっくりするという選択肢は無いらしい。
 でもなぁ……俺が焼いて近衛が切るなら、もうする事が無いのだ。
 包丁も一本しかないし。

「んー」

「それなら茶々丸さん、お味噌汁をお願いしてえですか?」

 そう考えていたら、近衛から助け舟。
 ああ、それがあった。

「……お願いして良いか?」

「かしこまりました」

 しかしまぁ……まさか、女の子に囲まれて料理をする日が来るとは。
 想像もした事無かった。
 まぁ、多分今日だけだろうけど。
 やっぱり、こう言うのはどうにも抵抗がある。
 感謝してもらってる――とは、思ってる。
 でも、好意を寄せてもらってる、とは自惚れきれないのだ。
 そこは、やっぱり教師だし。

「せんせ」

「ん?」

 そんな事を考えていたら、近衛から声を掛けられた。

「どうした?」

「今日は、おにぎりは握りませんの?」

 おにぎり?

「食べたいなら、握って良いぞ?」

 ご飯は、少し多めに炊いてるし。

「うぅ……」

「?」

 違うー、と小声で言われてしまった。
 昨日、月詠の弁当でも見たんだろうか?
 おにぎりねぇ。

「俺が握ったって、丸だぞ? 近衛が握った方が上手だろ」

「それがよろしいのです」

 とは絡繰。
 なんで? 形悪いのに。
 結局、また月詠も混ぜて四人で握ったけど。
 今度は小太郎抜きで。
 つまり、丸おにぎりは俺だけだ……恥ずかしい。
 しかし――ちゃんと月詠の真似してるんだけどなぁ。
 難しい。
 おにぎりって奥が深い……。

「…………………」

「せんせ、形が変ですよー」

「判ってるよ……」

 はぁ。

「くく……」

「ぷっ」

 笑うなよ、マクダウェル、月詠。
 ちなみに、小太郎は舟を漕ぎながらもちゃんと朝食を食べていた。
 器用な奴だなぁ。







 昼休み、学園長室に呼ばれたので来たら。

「やあ、先生」

「タカミチ?」

 最近学園で見掛けなかった、高畑先生がそこに居た。

「高畑先生。お久しぶりです」

「うん。大変だったみたいだね、2人とも」

 大変?
 ……って。
 勧められるままにソファに腰を下ろしながら、考えてしまう。
 えっと……そう言われるって事は。

「あれ? 高畑先生も……えっと」

「はは。僕の事は話してないんですか、学園長?」

「うむ。どこまで話すべきか、測りかねておっての」

 あ、やっぱりそうなんだ。
 高畑先生も魔法使いなんだ、と。
 何処か納得したような、そんな気分。
 だって、高畑先生ってなんか何でも出来そうなイメージがある。
 飄々としてて。

「大変なんてものか。死に掛けたんだからな」

「は、はは」

 その死に掛けた方としては、どう応えたものか悩んでしまう。
 首に手を当てると、もうずいぶん薄れたが――まだ、あの感触が残ってる。

「ま、それは後で話すとして。ワシらを集めて何をする気じゃ、エヴァ?」

 マクダウェル?
 俺を呼んだのも、マクダウェルなのか?
 そう視線を向けると、一つ頷かれた。

「ぼーや、先生。相坂さよを知っているか?」

「相坂?」

 相坂って……。

「いや、何と言うか……」

「ああ、いい。ちゃんと知ってるみたいだな」

「相坂さんですか?」

「ええ。ウチのクラスの、出席番号一番の」

「あ、いえ。そこは知ってるんですけど……そう言えば、今まで一度も」

 あー……どう言えば、良いかな。
 もうずいぶんも前に無くなっているらしい。
 らしい、と言うのはそうキチンと情報が残っているのに、何故かウチのクラス名簿に名前が載っているからだ。
 それがどういう意味かは判らないが。

「あー、まぁ、それでマクダウェル? 相坂……が、どうしたんだ?」

「ふん。そう難しく捉えなくて良いよ、先生」

「……どう言う事なんだい、エヴァ?」

 そうだよな、高畑先生も知ってるよな……相坂が、亡くなってるって。
 しかし、それを話題に出してどうするんだろう?

「いやなに、あの幽霊娘に身体でも、と思ってな」

 と、何事も無いようにそう言った。

「幽霊、じゃと?」

「ゆうれい?」

 あ。

「ゆ、幽霊って……ゴースト?」

「お前もあのアホガモと同じ思考回路か……」

 そう言って頭を抱えるマクダウェル。
 どう言う事だ?
 幽霊って……。

「幽霊なんて、居るのか?」

「ああ。毎日毎日、自分の席に座ってちゃんと授業を受けているよ」

「そ、そうなのか……?」

 幽霊が授業をちゃんと受けてるって……ど、どうなんだろう?
 というか、本当に居るのかどうかすら確認できないんだが。
 見えないし。

「ふん。今、目の前で話してる私は何者だ?」

「う……そりゃ、まぁ」

 吸血鬼だけどさ。
 ……吸血鬼に、幽霊か。
 頭が痛くなってきたので、指で目頭を押さえる。
 うーむ。
 でもまぁ、狼男も居るんだしな……幽霊も、まぁ。

「でも、エヴァ? 身体をって、どうする気だい?」

「一応、昨夜のうちにチャチャゼロの予備のボディを探しておいた」

 チャチャゼロ?
 ……チャチャゼロって、あの、マクダウェルが作ったって言う人形?
 えーっと……頭が痛いんですが。
 何かその言い方だと、あの人形にも秘密か?

「エヴァ、先生が困っとるぞ?」

「む……」

「あー、いや。大丈夫……じゃないけど、ちょっと頭が追い付かないんで話を進めてくれ」

 どうにも、理解の範疇と言うか、それを超えている。
 いや、吸血鬼が居る時点で俺の知ってる常識は殆ど無いんだけどさ。
 こうなってくると、やっぱり魔法の世界と俺の今までの常識は全然違うんだな、と。、

「……エヴァ、相坂がまだこの世におると言うのは本当か?」

「どうしたじじい? やけに乗ってきたな」

「……昔の同級生じゃからな」

「……本当か?」

「うむ」

 それもまた、初耳です。
 それはマクダウェルも同じらしく、驚いた顔。
 と言うか、まぁきっと知る機会なんて無かったでしょうけど。

「そこで、一応その事も報告しておいた方が良いだろう?」

「それはまぁ、そうじゃが……」

「今夜、その事を伝えるよ」

「そ、そうか」

 うーむ。
 まったく話が判らない。
 相坂が幽霊で、チャチャゼロが何か秘密があって、今夜マクダウェルが相坂に身体を与えるらしい。
 ……合ってる?

「問題はあるか?」

「え、エヴァンジェリンさん? 相坂さんに身体って……そんな事をして大丈夫なんですか?」

「本人があまりに寂しそうだからな。見ていて気分が良いモノじゃない」

「寂しそう?」

「ああ。やはり、見てもらえないのは寂しいものだからな」

 そういって、小さく笑うマクダウェル。
 それは――もしかして、相坂に自分を重ねているのだろうか?
 やっぱり、そう言うのを気にするんだろうな……。
 見てもらえない、か。
 それは、どんな気持ちなんだろうか?
 幽霊。
 そこに居るのに、誰にも見てもらえない。
 ちゃんと居るのに、誰にも気付いてもらえない。
 それは……どれだけ、辛い事だろう?
 もしかしたら、俺も何度か話しかけられてたりしたんだろうか?
 ずっと授業を受けてたって言ってたし、質問とかもしてたんだろうか?
 そう考えてしまうとキリが無い。
 その気持ちなんて――。

「なぁ、マクダウェル?」

「どうした、先生?」

「その、相坂に身体? って、喋れるようになるのか?」

「ああ。自分で動く事もな。まぁ、人形の身体だから、そう大っぴらには行動出来んだろうが」

 そうか、と。

「それがどうした?」

「いや……それなら、話し相手くらいにはなれるかな、って」

 ん? と、驚いたと言うか、なんというか。
 ネギ先生を除く全員から、変な目で見られた。
 う……少し、驚いてしまう。
 でも、俺に出来る事なんてそれくらいだし。

「……そうだな、先生に出来る事は、それくらいだな」

「そうはっきり言われてもなぁ」

 少し悲しくなってくる。
 でも――やっぱり、自分に出来ない事を言うのには抵抗がある。
 嘘を吐きたくない、と言うか。

「良いんじゃないかな? まぁ、相坂さんが何を望んでるかは、聞いてみないと判らないしね」

「ふむ、その時はワシも立ち会おうかの」

「学園長? どうして僕がここに居ると?」

「う……そ、そうじゃったな」

 ん?

「学園長、どうかなされたのですか?」

「いや、この後用事で学園を開ける事になっておってな」

「そうですか……」

 同級生だって言ってたし、残念なんだろうな。
 肩落ちてるし。
 でも、流石に学園長の用事をどうこうは出来ないしなぁ。

「ま、すぐに話せるようになるようじゃし、良いじゃろ」

「相変わらず、前向きですね学園長」

「ふぉふぉ。そうでなければ、木乃香にお見合いの話など出来んわい」

 ……元気だなぁ。
 きっと、この人が学園長だから、ウチのクラスの生徒はあんなに元気なんだろう、と。
 それとも、ウチのクラスが特別なのか……。
 出来れば、前者であって欲しいもんだなぁ。

「その事は、エヴァに一任するからの?」

「判った」

 でも、どうしてマクダウェルは、その事を俺に話したんだろう?
 副担任だから?
 魔法使いの中に、一人だけの一般人。
 この話を聞かせたからって、何かを出来るようになる訳じゃない。
 なのにどうして、と。
 まぁ、それも後で聞けば良いか。

「私からの話はそれだけだ」

「うむ。なら、後は頼む」

 と言う事らしい。
 ふぅ……最近、学園長室に呼ばれる頻度増えてきてないかな?
 それが良い事か悪い事かは……まぁ、アレだけど。
 事情を知らない先生方や生徒達から見られると、俺ってどう思われてるんだろう?
 こうも学園長室に呼ばれると……うぅむ。

「それでは学園長、タカミチ。失礼します」

「うむ、ネギ君も教師の仕事、頑張ってな?」

「はいっ」

 ネギ先生も元気だなぁ。
 真面目だし、きっと相坂の力にもなってくれるだろう。
 俺に出来る事は少ないけど、魔法使いのネギ先生なら……と思ってしまう。
 他力本願だな、と思ってしまう。
 それでも、俺に出来る事は――本当に、話をするくらいしかないのだ。
 でも、タカミチなんて呼んだら駄目ですからね?
 後で注意しないと。

「ほら先生、行くぞ?」

「あ、ああ」

 そうだな、とソファから立ち上がる。

「それでは、失礼します」

「ああ、先生も大変だろうけど頑張って」

「いえ」

 大変だなんて。

「そうじゃ、先生?」

「はい?」

 あ、マクダウェルのヤツ何も言わずに出ていった……こっちも、後で注意しないと。
 まったく、こういう所は本当に治らないな。

「最近の木乃香はどうじゃ?」

「近衛ですか?」

 ……うーん。
 今朝、弁当の手伝いをしてもらいました、なんて言えないよなぁ。

「ええ……まぁ、えっと――頑張ってるみたいですよ?」

「? そうか、なら良いが」

 言えないよなぁ。
 そう返し、苦笑するしかなかった。





――――――エヴァンジェリン

 相坂さよの人形への魂の定着は、思いのほか上手くいった。

「調子はどうだ?」

「うわーうわーっ、凄いですよエヴァンジェリンさんっ」

「そうかそうか。ふふん、人形遣いの私の作品だからな、スペック的には十分だろう?」

 隣で人形が動いてる、とか呟いてる先生が面白い。
 まさか、こんな顔が見れる日が来るとはな。

「相坂さん、はじめまして」

「初めまして、ネギ先生っ」

 茶々丸よりも外見を相坂さよに似せているので、その子供のようにはしゃぐ行動が、どこか可愛らしい。
 アレは、可愛らしさなんて欠片も無いからなぁ……まぁ、私がそんな風に造ったんだが。

「それと先生。初めまして」

 そう言って、深々とお辞儀をする相坂さよ。
 それに応えるように、先生も頭を下げる。
 傍から見ると、人形に頭を下げる滑稽な図ではあるが……それを笑う気にはなれなかった。
 きっと、この人なりに一生懸命考えての行動なのだろう。
 ……ただの人間なのに、自分なりにそれを受け止めようとしている。
 どうして昼休み、先生を呼んだのか。
 どうして、私は先生を呼ぶ事を考えたのか。
 本当なら、呼ばずに、私達魔法使いだけで解決するべき問題だ。
 いや――幽霊には関わらずに、そっとしておいた方が良かったのかもしれない。
 何せ、おそらくこの学園で、相坂さよの事を知っていたのは、私だけだったから。
 だが……それはきっと、違うんだろう。

「エヴァンジェリンさんも、本当にありがとうございますっ」

「気にするな。私一人で見えていたら、私が変に思われるからな」

「だったら、誰にも話さない方が……」

「ぼーやは、自分の生徒の事を知らない方が良かったのか?」

「う、そう言う意味ではですね……」

「ふん」

 まぁ、判ってはいるがな。
 だが――。

「相坂は、これからどうなるんだ?」

「私の家に連れていく。魂を人形に移しはしたが、これからどうなるかはまだ判らないからな」

「そうなんですか?」

「ああ。しばらく様子を見て、学園祭までには一人前に動けるように特訓してやる」

「お、おおーーーーっ」

 いきなりテンション上がったな。
 そんなに学園祭が……まぁ、嬉しいだろうな。

「でも、麻帆良祭で……大丈夫なのか?」

「今時喋る人形は珍しくないだろ。まぁ、流石に動きは制限されるだろうが」

「じゅ、十分ですよっ」

 らしい。

「うわーうわー。今年はなんて良い年でしょうかっ」

「良かったなぁ、相坂」

 そういって、まるで子供にするかのようにその頭を優しく叩く様に撫でる先生。

「はいっ」

「あ、でも」

 そこで一旦言い淀み、

「どうしました?」

「相坂さん、の方が良いのかな?」

 知らんよ。
 私に聞くな、私に。
 そう苦笑してしまう。

「気にしなくて良いですよー、先生は皆さんを名字で読んでるじゃないですか」

「おー、それは良かった」

 そして、もう一度撫でる。
 この人にとって、幽霊も、魔法使いも、吸血鬼も――きっと、同じなんだろうな。
 そう思える。
 相坂さよも、ぼーやも、私も……この人にとっては。
 そう考えると、可笑しくなってくる。
 だってそうじゃないか。

「どうしたんですか?」

「いや、気にするな、ぼーや」

「?」

 どれだけ長生きしてようが、どれだけ強かろうが――私は、この人にとってはただの“生徒”でしかないのだ。
 それを不満に思った事もあった。
 人と見下した事もあった。
 ――だが、それでも……特別に見られない事の大切さを、知っている。
 それは、もうはるか昔に失くした事だから。
 判るか、先生?
 貴方がどれだけ、特別な事をしているか。
 貴方のその当たり前と言う事が、私や相坂さよにとっては、どれだけ特別か。
 笑ってしまう。
 可笑しくて、楽しくて。
 相坂さよと楽しそうに話しているその横顔を、少し離れた位置から眺める。
 ……話し相手、か。
 先生?
 きっと、幽霊や吸血鬼相手に簡単に話相手を出来るのは――そうは居ないよ?
 ほら。魔法使いのぼーやだって、尻込みしてるじゃないか。

「なぁ、マクダウェル?」

 そんな事を考えていたら、声。
 私をそう呼ぶのは……一人だけ。

「どうした、先生?」

 その腕には、相坂さよ。
 ?

「ほら、相坂?」

「い、良いんでしょうか?」

「どうした? 言ってみろ」

 どうかしたんだろうか?
 不備があった、とは思わないが。

「いえ、そのですね?」

「ああ」

 ぼーやも、楽しそうに見てるし。
 ん?

「お洋服をですね、一着作ってほしいなぁ、って」

「服?」

「ああ、いえ。やっぱり忘れて下さいっ。この身体をご用意していただいただけでも十分過ぎますしっ」

 いや、服くらいなら別に良いが……。

「ほら、ウチのクラス。今年はメイド喫茶だろ?」

 それがどうしたんだ?

「あ、ああ……相坂さよ、それでどんな服が欲しいんだ?」

 いまは、相坂さよの生前の姿だった黒のセーラー服姿。
 やっぱり今時風の服が良いんだろうか?
 まぁ、サイズがサイズだから少し手間だが、作ってみたいとも思っていたから問題は無い。
 チャチャゼロは、まぁ……アイツ、服装とかまったく興味無いからな。
 どうしてあんなに可愛げがないのか……。
 よし、これからは相坂さよを可愛がろう。
 沢山服も作ってやるのも良いな――私の趣味でもあるし。

「そうじゃなくてな。クラスの出し物、メイド服を一緒に着たいんだとさ」

「なに?」

 メイド服?
 ……そう言えば、雪広あやかが用意したのは、デザインが違ったな。
 ふむ、それも面白いか。

「しかし、面白くないな」

「う」

「もっと他の洋服とかは着たくないか?」

「え?」

 黒のセーラー服も珍しくはあったが、やはり作るとしたら、可愛い服が良い。
 茶々丸に着せるようなのも悪くないな。
 ……お揃いと言うのもアリか?

「他にも、ですか?」

「ああ。今時の可愛い服とかどうだ?」

「……ああ、修学旅行前に神楽坂と近衛に敬遠されてた奴か」

 うるさい。
 良いじゃないか、私はああいうのが好きなんだから。

「うわー……い、良いんですか?」

「もちろんだ。ウチのチャチャゼロ……あ、お前の姉みたいなのになるんだが、そいつは可愛験が無くてな」

「そ、そうですか……」

「そう言えば、人形の服ってエヴァンジェリンさんが作ってるんですよね」

「ああ」

 器用ですねぇ、と。
 糸でお前を絞め落とした器用さは伊達じゃないさ。

「宜しくお願いします、エヴァンジェリンさん」

「ああ」

 そう言うと、その右手が差し出された。
 その身体は先生に抱えられてて、きっとぼーやから見ると先生が人形の手を差し出してるように見えるかもしれない。
 そう思いながら、その手を握るべきか考え……。

「お、お友達になってくれますか?」

 ――はは。

「良かったじゃないか、マクダウェル」

 ――そう言ってくれたのは、お前が2人目だよ、さよ。
 そう思いながら、差し出された手を握る。

「ま、まぁ。気が向いたらな」

「はいっ。今日からお友達ですねっ。よろしくお願いします、エヴァンジェリンさん」

 ……私の事を、友達だと呼んでくれたのは、2人目。
 でも――私には、何人の友達が居るのだろうか?
 友達と呼んで良い人は、何人だろうか?

「茶々丸も……アイツは、妹になるのか? 宜しくしてやってくれ」

「茶々丸さんですか? はいっ」

 さて、帰るか、と。
 そう言った時、

「絡繰?」

「ああ。あいつもさよと同じ……気付いて無かったのか?」

 そう首を傾げる先生に説明する。
 もしかして、今まで気付いて無かったのだろうか?
 流石は認識阻害結界、とでも言っておくか。

「え? ……本当にか?」

「ああ。明日、本人に聞いてみたらどうだ?」

「先生、気付いて無かったんですか?」

「だ、え? 人間じゃ……」

 ふむ――あのじじい、面倒臭がって、先生の結界干渉の契約をほったらかしたな。
 まぁ、忘れてたか、もしかしたら結界干渉が無効化になってるとでも勘違いしたんだろうが。
 認識は出来ないが、一度認識してしまったらソレを異常と感じるからな。
 吸血鬼を認識したから、大丈夫とでも踏んだんだろう。
 相変わらず詰めの甘い事だ。

「……世界は不思議に満ちてるなぁ」

「何です、それ?」

 腕の中のさよに笑われていた。
 まったくだな。何だそれは?
 私とぼーやも笑ってやった。
 ――私達にとっては、一番不思議なのは先生だよ?
 ……どうして、そうも簡単に私達を受け入れてくれるのか。
 危険なのに。
 命すら危うくなるのに。
 まったく。
 お人好しだなぁ。
 




――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「むっ」

「ドーシタ?」

 この感覚はっ!?

「……オレっちの立場が危ういっ」

「イキナリ壊レヤガッタヨ……」

 感じる、感じるぞっ。
 危うい。
 このオレっちの立場を揺るがす存在だっ。

「若い芽は早いうちに潰さねぇと」

「物騒ダナ、オイ」

 ふ、ふふふ…………。



[25786] 普通の先生が頑張ります 47話
Name: ソーイ◆10de5e54 ID:052e1609
Date: 2011/03/28 00:29

 昨日少し強く言ったからか、今日は絡繰も近衛も朝は来なかった。
 せっかく来てもらったのに、と罪悪感はあったけど、やっぱりあー言うのは良くない。
 生徒と教師、という枠を出てしまってると思うのだ。 
 うん。
 という訳で、今日は俺一人で弁当を用意して、朝食も済ませてしまったと言う訳だ。
 ……小太郎からは非難の嵐だったが。
 どうやら、早速餌付けされかけてるらしい。
 そう言われてもなぁ、と苦笑するしかない。
 今日の登校時は、小太郎のご機嫌取りで忙しかった。

「あのなぁ、小太郎? あんまり近衛達に迷惑掛ける訳にはいかないだろ?」

「そやけどなぁ……美味い飯は惜しいもんなんや」

 自分に正直だなぁ、と。
 こっちは苦笑するばかりである。
 でも、小太郎の言う通り、絡繰と近衛が居た昨日一昨日と比べると、やっぱり今朝は少し味気なかった。
 それは人数的にも、である。
 やっぱり、ご飯は大人数で、喋りながら食べるのが美味い。
 礼儀作法、というのも考えた方が良いんだろうけど、そう言うのはまだ早いだろうし。この年頃には。
 あの大きな部屋に3人だけの朝食というのは、少し寂しかった。
 それが当たり前で、当然の事だったとしても。
 それでも……絡繰とマクダウェル。近衛と桜咲。
 この4人が居た朝食を覚えてしまった。
 最大7人の朝食。
 ……小太郎ではないが、結構楽しかったと俺も思ってる。
 でもまぁ、それをそう簡単に――とはいかないのだ。俺は先生だから。
 苦笑し、俺の隣でブツブツ言っている小太郎の頭に手を乗せる。

「今晩は小太郎の好きなの作るから、機嫌を直してくれよ?」

「マジか!?」

「おー、今晩何食う?」

 ……これだけで機嫌が直るんだ。
 自分で言っておいてなんだが、お前単純だなぁ。

「さすが犬……」

 そうボソッと言うなよ。折角機嫌直ったんだから。
 月詠の、その言葉にも苦笑するしかない。
 小太郎には厳しいよなぁ。
 どうしてだろう? まぁ、お姉さん然としている、とも言えるのだが。
 そう思うと、本当にこの2人が姉弟のように思えてくる。
 それに、何だかんだ言って、小太郎も月詠から言われた事はちゃんと聞いてるみたいだし。
 本当、どういう関係なんだろう?

「お犬ばっかり、ズルイですわ~」

「ん?」

 そんな事を考えていたら、小太郎とは反対側から声。
 月詠もまた、さっきとは違い、少し拗ねていた。

「ウチも美味しいゴハンを食べたいですえ~」

「……うーん」

「食べたいですえ~」

 返答に困っていたら、2回言われた。
 大事な事らしい。

「ははは、残念やな。今日はワイの番やっ」

「なら明日は、ウチがお願いしますわ~」

「あのなぁ……」

 まったく。
 元気というか、明るいと言うか。
 子供特有の天真爛漫さ、とでも言えば良いのか?
 どうにも、この2人がマクダウェル達が言うような特別とは思えない。
 それは、小太郎と月詠があまりに年相応に見えるからだろう。
 とても強くて凄い、とはどうしてもなぁ、と。
 そう言うのが判らない俺は、苦笑するしかない。

「好き嫌いだけはするなよ?」

「大丈夫や、兄ちゃん」

「ウチ、嫌いなのあんまりありませんから~」

 本当か? と。

「小太郎、お前、あんまり野菜食わないじゃないか」

「う……ま、まぁ、苦手なだけや」

「大きくならないぞ、それだと」

「今成長期やから大丈夫や……多分」

 自分で多分とか言うなよ、まったく。
 こういう所は、本当に子供だなぁ。

「月詠は、食べれないのとかは?」

「うーん、今までは特に無かったですね~」

「そうか?」

 それは凄いな。

「まぁ、あんまし身体に悪いのがいっぱい入ってるのは勘弁ですわ~」

「身体に悪いの?」

 というと……なんだろう?
 化学薬品とかかな? その辺りは良く判らないけど。

「調味料? とかですかね~」

「ん、わかった」

 やっぱり、そう言うのか。
 ……そうなると、どう言うのが良いんだろう?
 今度、源先生とかに聞いてみようかな?
 自分で弁当作って来られてるし。
 でも、化学薬品無しって……どうなるんだろう?
 自分で最初からってなるのかな……。
 この初心者に、なんて難題だ。

「兄ちゃん? 難しい顔して、どないしたんや?」

「いや……それより、夜は何食べる?」

 小太郎とは学校が違うから、ここで聞いとかないとな。
 ……流石に、一人で買い物をさせると色々買ってきそうだし。
 まだそこは……うーむ。
 一回させてみるのも良いか?
 でも、俺が作れないのを買って来られてもな困るしな。

「ハンバーグ?」

「無理」

「即答!?」

 おま、なんて難易度の料理を!?
 そんなのまだ作れないって。

「もう少し簡単なので」

「兄ちゃん、何作れるん?」

「むぅ」

 そう言われると、どうにもなぁ。
 俺が作れるの?

「簡単なヤツ」

「……判り易い答えですな~」

 お前達だってあんまり変わらないだろうが。
 でも、俺が一番年上なんだよなぁ。

「まぁ、頑張ってみるよ」

「へ?」

「ハンバーグ」

 何とかしてみるか……何とかなるか判らないけど。

「先に謝っとく。失敗したらスマン」

「後ろ向き過ぎる!?」

「……はぁ」

 月詠からは、呆れた溜息をいただいた。
 しょうがないだろ、料理なんて今までしてこなかったんだから。
 難しいなぁ、誰かと一緒に暮らすって。

「ま、頑張って下さい~」

「……そこで手伝うと言う選択肢は無しか?」

「え~」

 えー、じゃありません。
 助け合いという精神は無いのか、まったく。
 ……まぁ、それはまだ難しいか。

「ま、何とか頑張ってみるよ」

「はい~、期待してますえ~」

「はぁ」

 帰り、買い出しして帰らないとな。
 そう話していたら、通学路の先に見慣れた姿があった。

「おはようございます、せんせ」

「……おはようございます」

 近衛と桜咲である。

「おはよう、2人とも」

「おはようさん」

「おはようございます、お嬢様、先輩~」

 もしかして、待ってたんだろうか?
 そうは思いながらも、極力気にしないように近衛達と一緒に学園に向かって歩き出す。

「神楽坂は一緒じゃないのか?」

「明日菜なら、エヴァちゃんと一緒にもう行きましたえ」

「そうか」

 通学はいつも一緒だと思ってたから、少し驚いた。

「近衛は一緒に行かなかったのか?」

「へ? あ、ええ……はは」

 なんか、曖昧な顔で返された。
 うーむ……まぁ、なぁ。

「それよりせんせ、今日はちゃんとお弁当は出来ましたか?」

「ん? まぁ、なんとか……」

「えー」

 なんか不満そうな声を上げた小太郎の頭を手で押さえる。
 まったく。
 そう言うなら少しは手伝えと言うに。

「ふぎゃ」

「お犬も少しは手伝いなさい」

「……いやー、最近天気良いし」

「寝坊助め……」

 本当、起きれないよなぁお前。
 まぁ悪くは思わないけど。
 学生なんてそんなもんだ。

「……楽しそーですえ」

「そうか?」

 楽しそう、か?
 まぁ、月詠と小太郎は楽しそうだな。
 やっぱり仲良いよ、この2人。
 言い争う……と言うよりも、言い合う2人を見る。

「まぁ、賑やかではあるなぁ」

 あと、退屈はしないな、と。
 うん――こういうのは、結構悪くない。
 今まで一人暮らしだったからか、こうも賑やかだと、確かに楽しいな。

「小太郎。お前はこっちじゃないだろ?」

「あ、そやった」

 小太郎の学校への分岐道に到着すると、夢中で言い合っていた2人が止まる。

「んじゃ、行ってくるわ」

「ちゃんと勉強してこいよ?」

「……はーい」

 気の抜けた声だなぁ。
 まぁ、学校が楽しいならそれでいいかな、と。
 勉強は二の次……とまではいかないが、やはり楽しんでほしいと思う。
 そう言えば、この2人はいつまで麻帆良に居られるんだろう?
 そこも、今度学園長に聞くべきだろうな。

「判らない所があったらちゃんと教えるから、ちゃんとしてくるように。良いな?」

「はーい」

 まったく。
 苦笑してしまう。
 勉強は苦手なんだろうなぁ、と。
 その背を目で追い、ある程度離れた所で、学園に向かって足を進める。

「せんせ、楽しそうですね」

「ん?」

 そうかな、と。
 心配、とは、ちょっと違う……のかな?
 どうだろう。
 楽しい、か。

「そうかもなぁ」

 この2人と、俺は何時まで居られるんだろうか?
 出来れば、月詠が卒業するまでは……と思ってしまう。
 ……今度、学園長に聞いてみよう。うん。








「おはよー、皆」

「おはようございます、皆さん」

「おはようございます、先生っ」

 うん、相変わらず元気だなぁ。
 俺にも少し分けてほしいもんだ、と。
 毎度の事を思いながら、ネギ先生は教卓へ、俺は教師用の机へ向かう。
 しかし……。

「んー……」

 視線は、何と言うか――絡繰へ。
 マクダウェルが言うには、絡繰は人形らしい。
 ……確かに、良く見ると関節部分が、何と言うか。
 あんなに判り易いのに、なんで今まで気付かなかったんだろう?
 まぁ、だからと言ってそれがどうなんだ、と言われたらどうにも言わないんだが。
 結局の所、今まで通りと変わらないし。
 吸血鬼や狼男や幽霊が居るんだ。
 ……と言う訳にもいかないか。
 やっぱり気になってしまうよなぁ……どうしよう?
 聞いたら、傷付けてしまうだろうか?
 そう言うのって、気にするだろうし。
 でも、凄いなぁ。
 ちゃんと感情もあって、受け答えもするし、自分で考えている。
 子供や動物に好かれる性格だし、教師からの受けも良い。
 人間よりも、何というか人間らしいと言うか……。
 うーむ。

「……先生?」

「……はい?」

「どうしたんですか?」

 うわ、考え事してて気付かなかった。
 いかんいかん。

「すいません」

「いえ、それで、先生からは何かお話はありますか?」

 えっと……。

「自分からは、特には」

「そうですか? では、皆さん。今日も一日頑張りましょうっ」

「はーいっ」

 はぁ、やってしまった。
 少し自己険悪。
 こういう考え事は職員室で、って思ってたんだが……どうにも。
 それに、やっぱりこういうのは絡繰に失礼だろうし。
 内心で絡繰に頭を下げながら、そのまま教室の外へ。
 一時間目は授業は無かったから、そこでゆっくり――ともいかないか。
 まぁ、気にしないように、と。
 絡繰が何者であれ、生徒であることは変わりないんだし。
 なら、俺が出来る事なんてきっと他の先生達と変わらない。
 勉強を教える事。
 俺に出来る事なんて、それくらいだし。
 後はまぁ、偶に相談に乗るくらいで。
 マクダウェルや相坂と同じだ。
 吸血鬼だろうと幽霊だろうと、人形だろうと。
 うん。
 そう言えば、今日は相坂は来てるんだろうか?
 昨日の人形は居なかったけど、もしかしたら幽霊としてきてるかも。
 ……見えないって、不便だなぁ。
 時間があったら、マクダウェルに後で聞いてみるか。

「よし」

 そう一つ気合を入れて、職員室へ向かう。
 やめやめ。
 特別扱いなんて器用な事、俺は多分出来ないし。
 でも、いつか絡繰から話して欲しいなぁ、とは思ってしまう。
 それだと嬉しいし。
 ……マクダウェルが俺に教えたって言ってるだろうけど。

「さて、と」

 職員室に戻り、自分の机に座りながら、次の時間で使う小テストを纏める。
 次に使うのは、これと教科書くらいか。
 やっぱり、部屋に帰って作ってると楽だなぁ……最近のパソコンは便利になったもんだ。
 睡眠時間は結構削られてるけど。
 今度の日曜日は、絶対昼まで寝よう。
 そう内心で決めながら、後は何するかなぁ、と。
 そう言えば、放課後からは麻帆良祭の準備だから、放課後は使えないのか。
 今のうちに、明日の準備を……少し早いかな?

「どうかしたんですか、先生?」

「あ、源先生。源先生も、一時間目は空いてるんですか?」

「ええ。御一緒にお茶でもどうですか?」

「いいんですか?」

「ええ」

 それじゃ、お言葉に甘えて、と。
 やっぱり、お茶に誘われると嬉しいし。
 隣の席に座りながら、両手に持っていたお茶の片方をこちらに差し出される。
 ……どうやら、最初から誘われる事になってたらしい。

「もうすぐ麻帆良祭ですねー」

「そうですね。先生のクラスは、出し物は決まったんですか?」

「はは。昨日やっと……喫茶店です」

「あら、大変そうですね。準備は間に合いそうですか?」

「どうでしょうか? 多分、大丈夫でしょうけど」

 あの子達、こう言った祭事は相当強いですから、と。
 祭事と言うか、楽しい事が、とも思うけど。
 きっと、どんな事も全力で楽しんでるんだろうなぁ。
 羨ましい限りだ。
 俺にもそんな時期があったのかな?

「生徒達が楽しんでますと、羨ましく思えますね」

「そうですね。私達もあれくらい楽しめると良いんですけど」

「ですねぇ」

 何と言うか、なぁ。
 大人と言うのは、不便だ。
 楽しい事ばかりを考える事が出来ない。
 失敗するかもとか、お金の事とか。
 そんな事を頭の何処かで考えてしまう。

「今年は特に忙しくなりそうですし」

「そうなんですか?」

 何かあったかな?
 去年とそう変わらないと思うけど……。
 まぁ、俺は今年は小太郎と月詠――も、きっとクラスの子達が一緒だろうし。
 小太郎はどうかはまだ判らないけど、月詠は何だかんだで馴染んでるし。
 そう言えば、小太郎の麻帆良祭の出し物って何なんだろう?
 今夜聞いてみよう。

「ええ。学園長が頭を悩ませてましたよ」

「学園長が?」

 なんだろう?
 ……まぁ、学園長が絡んでるからって、魔法関係とは限らないんだけど。
 それでも、思い付いてしまうのは――やっぱり、あの、雨の夜。
 少し嫌だなぁ、この感じ。
 俺の魔法の第一印象は、最悪だろうな。
 そう苦笑し、それを気付かれないように茶を啜って誤魔化す。

「それに、この時期は、まぁ……中高生にとっては、ちょっとしたイベントですしね」

「はは、そうですね」

 学園祭。
 それは、まぁ……一つの、いわゆるデートスポットな訳だ。
 遊園地しかり、水族館しかり、動物園しかり。
 そう言うわけだから、まぁ、教員は何時もよりこの時期忙しい。
 新田先生なんて、放課後はずっと見回りしてるし。
 学生達はそこまで、とも思うんだろうが、やはり人様の子供を預かる場所だ。
 何か間違いがあっては、とも思ってしまう訳だ。
 若いと言うのは、色々と不安定だし。

「でも、きっとそれも良い思い出になりますよ」

「あの時先生に追いかけられたとか、捕まったとか、ですね」

「そうそう」

 それも含めて、やっぱり学園祭と言うのは特別なんだと思う。
 月詠と小太郎も、楽しんでくれると良いんだけど。
 そう言えば、相坂も喋れるんだっけ?
 そうなると、マクダウェルが相手をしてあげるのかな?
 ……今年は、きっと去年より楽しくなるだろうなぁ。

「楽しみですか?」

「え?」

「いえ、楽しそうでしたから」

 そうですか? と。
 でも。

「ええ……こういうお祭りは結構好きなんですよね」

「ふふ、私もです」

 楽しくなると良いですねぇ、と。
 2人で小さく笑いながら、ゆっくりと時間は流れていった。







 その日の放課後、作業をするクラスの子達を監督していた。
 手伝おうか、とも思ったが、こう言うのはクラスでやるから意味があるんだと思いなおす。
 俺が手伝っても、あまり意味は無いだろう。
 それに、何だかんだ言って、何でもでそれなりに危うく無く出来てるし。
 雪広と那波は皆の採寸を。
 ……なんか、数人は特別に別の服を用意するらしい。
 なんか凝ってるなぁ。まぁ、間に合えば問題無いんだけどさ。
 桜咲やマクダウェル、神楽坂の班は木材がまだ届いていないので、葉加瀬と一緒に作成する机の設計図を考えている。
 食材は、また後日四葉と一緒に交渉に行くらしいし。
 食器類は長谷川に任せている。
 まぁ、一番不安なのはまだ木材が届いていない事か。
 こればっかりはなぁ。

「先生」

「ん?」

 机に座って、小テストの採点をしながら横目でクラスの中を見ていたら、そう声を掛けられた。
 すぐ傍に立っていたのは、絡繰。
 採点していたテストが見られないように脇に退け、椅子ごと向き直る。

「どうした?」

「いえ……」

 そう言って、また黙ってしまう。
 どうしたんだろう?

「……………」

「……………」

 ど、どうしたんだ?
 そう黙られると、こっちも困るんだが。
 えっと……。
 困ってしまって周囲に視線を向けると、作業が一段落した子達は思い思いに喋っていた。
 自由時間、と言ったところか?
 まぁ、根を詰め過ぎても良い仕事は出来ないだろうしな。
 時間は少ないけど、そこは生徒の自主性に任せると言う事で。

「絡繰?」

「……先生」

 いや、そう言われてもな。
 いつもの無表情――の中に、小さな困惑。
 そう感じられる絡繰の表情に、首を傾げてしまう。

「……どうした?」

 何か言いたいんだろうか?
 ――それとも、何か聞きたいのか。
 絡繰は机作成の班だから、仕事が無いと言えば無いんだが。
 うーむ。

「何かあったか?」

「いえ……昨日」

 昨日?
 ……何かしたっけ?
 そう首を傾げると、

「マスターから、私の事をお聞きになられたと……」

「ん? ああ」

 それは、今朝俺が悩んでいた事だった。
 絡繰の事。
 でも、

「一応、少しな」

 あまり、ここでは話す事じゃないだろう。

「それで……」

「……んー」

 どう、言えば良いかな。
 こう周りに人が居るんだが……絡繰なら、こう言う所で聞くような事じゃないって判ると思うんだがなぁ。

「先生は、どう思われますか?」

「絡繰の事か?」

「……はい」

 絡繰の事、か。
 人形。
 人の形を模したもの。
 動物に好かれやすくて、子供にも好かれてる。
 人間よりも、どこか人間らしい女の子。
 ……吸血鬼やら幽霊やらと会ったのに、人間大の人形を特別視なんて――まぁ、特別って言えば特別なんだろうけどさ。
 今の技術で人間大の喋る人形だなんて、きっと凄いんだろうな。
 その辺りの知識は無いから、それくらいしか言えないけど。
 けど、その辺りを差し引いても、まぁ

「この学園の生徒だよ」

 俺に言えるのは、それくらいだ。
 もっと気の利いた事が言えたら良いんだが――残念ながら、俺はそう言った事は無縁だからなぁ。
 アドリブとか結構苦手だし。
 もっと特別な力とかがあったら、きっと気の利いた言葉の一つも出るんだろうけど。
 魔法も使えないし、特別な力も無い。
 なら――せめて今まで通りに、って思う。
 俺に出来るのは、それくらいしかないし。

「それだけですか?」

「ああ、それだけだよ?」

 苦笑してしまう。
 初めて――絡繰の驚いた顔を見た。

「そんなに驚く事か?」

「……………え?」

 ん?
 なんか変な事言ったかな?

「驚いてますか?」

「そう聞かれてもな」

 苦笑してしまう。
 流石に、絡繰の事を俺が判る筈は無いんだがな。

「だって、驚いた顔をしてるじゃないか」

「え?」

 多分。
 俺から見たら、驚いた顔なんだがな。
 違ったか?

「ですが……私は」

「ん?」

 どうかしたんだろうか?
 別に変な事は……言ってないよな。

「まぁ、何か困った事があったら言ってくれ」

 出来るだけ、力になるぞ、と。
 ……俺に出来る事なんて、殆ど無いだろうけど。
 頼られたら、何とかして応えるさ。

「……どうして、そう言っていただけるのでしょうか?」

「どうしてって……」

 そう言われてもな。

「先生だからなぁ」

 そして、絡繰は生徒だからな、と。

「…………………」

「そう笑うなよ」

 だって、俺は今日までそうやってきたんだ。
 そしてこれからもこうやって生きたいと思う。
 それが……俺が目指す“先生”だから。
 吸血鬼だって、幽霊だって、信じていたいのだ。
 ……先生として、頼られているなら。

「――ああ」

 その細い指が、胸に添えられる。
 どうしたんだろうか?

「どうした?」

「いえ……」

 また、笑う。
 やっぱり凄いなぁ。
 感情豊かな絡繰が、本当の人間のようで。

「どうだった、茶々丸さん?」

「おー、神楽坂。調子はどうだ?」

「えっと……まぁまぁ?」

 何だそれは、と笑ってしまう。
 そして視線を戻すと、

「明日菜さんの考える机は、前衛的過ぎるかと」

「う……」

「どんな机を考えたんだ?」

「あ、あはは……」

 視線を戻すと、そこにはいつもの無表情な絡繰。
 勿体無い。
 笑ってる方が良いのに。
 そうは思うが、言いはしない。
 きっとそれは、教師の領分を越えてると思うから。

「ほら、絡繰も戻って仕事をしてこい」

「……はい」

「な、なんかお邪魔だった?」

「何の話だ?」

 まったく。
 どうしてこの年頃は、こうもまぁ……ま、いいか。




――――――エヴァンジェリン

「……中々難しいな、コレ」

「そうかな?」

 いや、そんな思い付きみたいな感覚で図面を書けるのはお前くらいだよ、葉加瀬。
 どうしてそうスラスラ書けるんだ?
 やはり慣れだろうか?
 むぅ。

「材木が届くのは明後日らしいし、それまでに書き上げれば良いんだろ?」

「そうですね。それまでに書いて、私に見せて下さい」

「はーい」

 真名と葉加瀬の3人で机の図面を書き上げながら、溜息を一つ。
 結構難しいな。

『大丈夫ですか?』

『ああ――ま、なんとかなるだろ』

 多分、と内心で付け加える。
 自信はあまり無い。
 やはり、専門外の事にはどうにもなぁ。
 しかしまぁ、

『さよから話しかけれる日が来るとはぁ』

『そうですねぇ』

 そう言うさよは、いつもの黒いセーラー服姿で空中にふわふわと浮いている。
 後で真名にも教えないとな。
 コイツの眼は特別らしいし、もしかしたら見えるようになるかもしれない。
 そうなったら、きっとさよももう少し楽しくなるだろう。

「あ」

 と、葉加瀬の声。
 その声に頭を上げると、その視線は別の方へ。

「どうした?」

 その視線の方へ向くと……茶々丸が、先生と話していた。
 む……朝から少し機嫌が悪いみたいだったが、大丈夫だろうか?
 ま、まぁ、その理由が理由なだけに、少し罪悪感と言うか、何と言うか。
 まさか、茶々丸の事を先生に話す事を、あんなに気にするとは……。
 悪い事をしたかもなぁ。

「茶々丸が笑ってる」

「…………なに?」

 そんな馬鹿な、と一笑してしまう。
 それに、ここからじゃ茶々丸の顔は陰になって見えない。
 何を勘違いしてるんだか。

「気のせいじゃないか?」

「え? あれ?」

 なんかブツブツ言い始めるし。
 疲れてるんだろうか?

「感情なんて、そう簡単に育つはず無いんだけどなぁ」

「そうか?」

「いくら人工知能だからって、学習スピードは人と同じか、きっとそれ以下のはずですし」

 どうだろうなぁ。
 感情なんて、それこそ人それぞれだろうし。
 特に茶々丸は――環境に恵まれてるしな。

「うーん。これは一度本格的に調べるべきかな……」

「そうだな。そして、データから私を早起きさせると言うのを消してくれ」

「……なんて小さな御主人様だ」

 うるさいぞ、真名。
 私は吸血鬼なんだ。早起きは苦手なんだよ。

「それはどうでも良いですけど」

「あっさり却下されたよ?」

「……うるさい」

 ふん。
 別に、最初から期待してないさ。
 それに、今の生活もそう嫌いじゃないしな…………ふん。
 そんな事を話していたら、茶々丸が明日菜に連れられて戻ってきた。

「茶々丸ー、さっき笑ってなかった?」

「どうでしょうか?」

 まぁ、鏡でもないなら、自分が笑ってたなんて判らないよな。
 首を傾げる茶々丸を見ながら、そう思ってしまう。

『茶々丸さんも女の子ですねー』

『なんだそれは?』

 まったく。
 まぁ、確かに先生に関わってから感情豊かに……とは思うが。
 それが恋か、と言われたら……どうだろうな、と。
 ……愛や恋など、他人に判るような事でもないか。

「うーん。茶々丸、久々に貴女を点検整備したいから、学校が終わったら研究室に来てくれない?」

「は……はい。了解しました」

 ふむ。
 まぁ、結構間が空いてたしな、それに学園祭前だしちょうど良いだろう。

「て、点検整備って……穏やかじゃないわねー」

「そう?」

 しかし、やはり少し浮世離れと言うかなんというか……ズレてるな、葉加瀬。
 お前、そんな事他の生徒に聞かれたらどうするんだ?
 気を配るこっちの身にもなってくれ……まったく。
 何でこんな事に私が魔法を使わなければならないんだ。
 周りに聞こえないようにするのも、面倒なんだぞ? 難しくは無いけど。

「それじゃ、後でねー。あ、ちょっとトイレ行ってくる」

「……マイペースねぇ、相変わらず」

「葉加瀬らしいじゃないか」

 ま、そうだがな。

「……どうした、茶々丸?」

「いえ」

 そう首を振り、近くの席に座る。
 ? 朝より機嫌が良いと言うか、なんか、雰囲気が違うと言うか。
 こう言うのも、成長って言うんだろうか?

「何かあったのか、明日菜?」

「え? あー、うん。どうだろう?」

 何かあったんだな。
 ……隠し事下手だよなぁ、お前。

「さ、ここに座れ」

 隣の空いていた席を叩く。

「何でそんな尋問風!?」

「良いじゃないか、ほら」

「真名まで!?」

 良い暇潰しが出来そうだ。
 どーせ、先生から何か言われたんだろうけど。
 判り易いよな、本当。






――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「オーイ、生キテルカー?」

「寒い、寒いよ姐さん……」

「駄目ダ、コリャ」

 何があったかはあえて言うまい。
 けど、一つだけ判った事があるんだ。
 きっと姐さんの中じゃ
 小夜の嬢ちゃん>チャチャゼロさん>越えられない壁>オレっちらしい。
 ……泣けるぜ。
 オレっちと姐さんの絆は、そんなもんだったんスかっ。
 オレっちは――オレっちはっ。

「う、ふぐっ……う、ぇ」

「マジ泣キカヨ」

 だって……。

「次から、オレっちのマスコットな位置に、別のヤツが行くかもしれないってのに――」

「知ラネーヨ」

 冷たいっす、チャチャゼロさん。
 ぐすん。




[25786] 普通の先生が頑張ります 48話
Name: ソーイ◆10de5e54 ID:052e1609
Date: 2011/03/28 23:24
――――――エヴァンジェリン

 しかしまぁ、

「久しぶりに来たが、相変わらずだなぁ」

 なんとまぁ、物がゴロゴロしていると言うか、部屋が汚れていると言うか。
 ……茶々丸が居なかったら、私の家もこうなのかもな、と思うと少し嫌である。
 そう言えば、以前の先生の部屋も、こんな感じだったなぁ、と。
 教育者とか、頭が良いヤツは掃除をしないんだろうか?

「それじゃ茶々丸、そっちに座って」

「はい」

 麻帆良大学の工学部の一室に、葉加瀬の私室はある。 
 その頭脳を買われての待遇だろうが、ここまで汚されるとは大学の教授も思ってなかっただろうなぁ。
 もしくは、それ以上に葉加瀬の知識が凄いのか。
 どうにも科学と言うのは難しくてかなわん。
 まぁ、科学者からしたら、魔法の方が理解できない、と言いそうだが。

「しかし、良かったのか? 木乃香達も連れて来て」

「構いませんよー。見られて困るのはありませんから」

 そう言う問題か?
 あいつら、無遠慮にベタベタ触ってるぞ?
 ……まぁ、私の物じゃないからまぁ良いか。
 木乃香、刹那、真名に明日菜……真名はまぁ、慎重に触ってるが、他は結構危なっかしい。
 特に明日菜。
 やっぱりお前は目を話すと怖いな……。

「うっわー、何か色々あるわねー」

「そうですか?」

 まぁ、お前にとっては見慣れたものだろうが……明日菜や木乃香、私達にしたら、物珍しもんだ。
 日常で使う機会なんて、ここまで見た目凄くないからな。
 何と言うか、本当に実用的な機械達で溢れている一室。
 そのほとんどが葉加瀬が発明したものだ。

「これは何ですか?」

「それは脳波を測定して、対象の心情を把握する……まぁ、嘘発見器ですね」

「これが?」

 刹那が手に取ったのは、何か……どう表現すれば良いのか。
 頭に被るモノ、と言うのは判るんだが――何と言うか、帽子ではなく、その骨組だけと言うか。
 そんな細いので大丈夫なんだろうか?
 しかも、細いからすぐ壊れそうだし。

「あ、それと龍宮さん。それかなり高価ですから気を付けて」

「……あ、ああ」

 真名が手に取っていたのは、良く判らない棒状のもの。
 それを静かに直しながら、明日菜と2人でそれから離れる。

「あまりそうベタベタ触るなよ?」

「はぁい」

「まぁ、別に良いですけどね? 壊れたら直せば良いだけですから」

 ……大物と言うか、何と言うか。
 まず壊れる前提で話しているようだ、とは思わないでおこう。
 乱暴に扱いそうなの居るもんなぁ。

「それで、今日はどんな事するの?」

「今日ですか? そうですね……とりあえず、適当に座って下さい」

 そう言い、適当に――物を片付けてから、椅子探してから座る。
 流石に、物の上に座る気にはなれない。

「さて。茶々丸、最近変わった事は無い?」

「いえ、ありません」

 まずは質問から、と言う事らしい。
 葉加瀬からの質問に淡々と答えていく茶々丸。
 何があったか、何をしたか。
 そんな簡単な質問を二三し、

「やっぱり、聞いた限りだとそう変わった事はしてないのね」

「はい」

 それは、私達が聞いても、普通の茶々丸の行動だった。
 猫の世話をしたり、子供の相手をしたり、超包子でバイトしたり、学校で勉強したり、私の家で家事をしたり。
 そんな今までと変わらない事。
 茶々丸から聞いた事を一つずつパソコンに打ち込みながら、首を傾げる葉加瀬。

「どないかしたん?」

「うーん。特にこう、茶々丸が変わる原因が……」

 判らない、とまた首を傾げる。

「本来、茶々丸には感情の元になるのが無いから、私が気付かないうちに急に変化する――って無いと思うんだけどなぁ」

「そうなのかい?」

「はい。やはり変化するには、その元となる材料が――」

 そこから先は、専門的な言葉が多すぎて、半分も理解できなかった。
 と言うか、判ったのは茶々丸が葉加瀬の予想以上の速さで成長した、と言う事。
 それくらいだ。
 隣の明日菜と刹那にいたっては、いつ頭から煙を出してもおかしくない状態だ。

「……大丈夫か?」

「…………………」

「…………………」

 返事は無かった。
 木乃香が小さく笑いながら、刹那の頭を軽く撫でている。
 ……子供をあやすんじゃないんだから。

「何が起点になったんだろう? 茶々丸、予想は?」

「判りません」

「そうなの? 何時から貴女は感情を感じ始めたの?」

「……いつ感情、と言うのを感じ始めたのかは――どうでしょうか」

 ふむ。

「おそらく、修学旅行の時からだと」

「修学旅行? 京都の?」

「はい」

 京都で、何か特別な事でもあったか?
 思い付くのは色々あるが――戦闘などは、麻帆良に居た時の方が激しかっただろう。
 なら別の方向からか。
 思い付くのはいくつあるが……。
 うーむ。
 しかし、それなら茶々丸があの人に必要以上に懐いているのも説明がつく。
 だがそうなると……。

「ですが、何が起点になったか、と言われると確実な答えは……」

「京都に居た時、どんな事を感じたの?」

「……『寂しい』と」

「寂しい?」

 それはまた……何と言うか。

「茶々丸さん、楽しいとか嬉しいとかじゃなかったん?」

「はい。私が最初に教えてもらったのは『寂しい』でした」

 きっと、木乃香も気付いているのだろう。
 というか、葉加瀬以外は気付いている。
 しかし――どうして、最初が『寂しい』だろうか。
 普通なら、と言うか――今の茶々丸を見る限り、そう言ったマイナスな感情よりもプラスの感情が、と思ってしまう。

「教えてもらった?」

「はい」

「いつ、誰から?」

「修学旅行の最後の夕方に、先生からです」

「先生?」

 やっぱりか、と思う。
 確かにあの時はまだ魔法の事は知らず、生徒達を巻き込まないように茶々丸をクラスメイトの方に混ぜていたが。
 まったく、言われた事をせずに何をやっていたんだか。
 そう苦笑してしまう。
 ……私の知らない所で、茶々丸はちゃんと成長していたんだな、と。
 嬉しいのか、寂しいのか――喜ばしいのか。
 それか、その全部が混ざってしまった様な感情。
 それでも、その茶々丸の変化……成長は、素直に嬉しい。
 これではもう、ただの人形とは言えないな。

「なに。茶々丸、良く先生と喋ってるの?」

「どうでしょうか? それほどでもないかと」

「いや、十分喋ってるんじゃないかな?」

 とは刹那。
 それに木乃香と明日菜も苦笑しながら頷く。

「そうでしょうか?」

 茶々丸本人はそうは思っていないのか、首を傾げている。
 ……私も、茶々丸はあの人と良く喋っていると思う。
 どんな内容か、までは把握できてないが。

「どんな事を話してるの?」

「どんな事、ですか?」

「うん。先生と2人の時」

 ピク、と木乃香の方が動いた。
 ……判り易いよなぁ、本当。
 まぁ、私も多少は興味があるが。

「猫さんの事や、マスターの事です」

「わ、私の事か……?」

「はい。以前話した時は、遅くまで寝ておられる事や、遅くまで起きてられる事など……」

「……お前、もう二度と先生と喋れなくしてやろうか?」

「どうどう」

 えぇい、離せ真名っ。
 その頭を一発叩いてやるっ。

「落ち着きなさいよ、寝坊助さん」

「なに勝ち誇った顔してるんだ、明日菜っ」

「そんな事無いって」

 だったら撫でるな、バカっ。
 くそぅ……。

「ふぅん、そんなこと話してるの?」

「はい」

 ……後で、じっくり言い聞かせておこう。
 はぁ。

「ふむ。それじゃ、次はちょっと服を脱いでもらって良い?」

「はい」

 そう言われるまま、上着に手を掛ける茶々丸。

「うわー、茶々丸さんって、ほんまにロボットやったんやなぁ」

「そう言えば、木乃香達には見せた事は無かったか?」

「うん」

「はい」

 真名は……以前、仕事を一緒にした時に見た事があったか?
 そう驚いてないし、きっとそうなんだろう。

「ふふふ。動力部にはエヴァさんから教えていただいた魔法の力を、そして肉体に当たる骨格、駆動系、フレーム――」

 そこから先は、また良く判らない専門用語が並んでいるので、話半分で聞いておく。
 とにかく、葉加瀬が言いたいのは魔法と科学の結晶がこの茶々丸、と言う事らしい。
 もっと簡単に言えば良いのにな。
 どうして科学者と言うのは、物事を詳しく言い過ぎるのか……。
 素人に説明しても半分も理解できないのに。

「ふむ。駆動系の回転数が少し上がってるね」

「そうですか?」

「うん。今どんな感じ?」

「……恥ずかしい、のかと」

 そこは自分でも自信が持てないのか、そう控えめに言う。

「恥ずかしい? やっぱり……人工知能が感情を把握してるのかな?」

「どうでしょうか? 今の私の状態を表すなら、その表現が一番妥当だと判断いたしました」

「感情かぁ。うーん……これは予想外だわ」

「そうなん?」

 その木乃香の声に、私達も心中で同意する。
 確かに茶々丸が感情を、と思うとアレだが……別にそう問題でもない、と思う。
 人工知能がどういうものかは知らないが、人を模した者なら、いずれはこうなったのではないか、と思うし。

「はい。やはり、感情と言うのは善し悪しですから。人体みたいに柔軟な対応を茶々丸の身体ができるか……」

「でも、感情やろ? 普通は持ってるもんと違うん?」

「人間なら、ですね」

 少し悪い言い方ですが、と先に一言置き。

「茶々丸はガイノイドですから。感情……怒りとかだと、刹那さんなら暴れたりした時、余分な力を使うでしょう?」

「え? あ、ああ」

 いきなり話を振られた刹那が、戸惑いつつ答える。
 ああ、そう言う事か。

「茶々丸の身体は、その余分な力に耐えられるか判らない、と言う事です」

「そうなのかい?」

「はい。感情は未知の領域です。それがどれほどのものかは、エヴァンジェリンさんなら良く判るかと」

「……ま、そうだな」

 しかしまぁ。
 茶々丸も、何と言うか……そう言われると、以前より随分人間らしくなったんだな。
 最初の頃は、確かに言われた事に応えるだけ。
 悩んだりはしてなかった気がする。

「でも、どうしていきなり感情なんて?」

「いきなりでもないんじゃない? だって、いつからそう感じてたかって判らないんでしょ?」

「ですが明日菜さん。茶々丸はまだ起動し始めて2年と少しなんです。こんな短期間にここまで成長するとは予想外です」

「2年!?」

 あ、そう言えば言ってなかった……かな?

「はい。ふむ……製作者の予想以上の成長ですか」

 何が引き金だったんだろう、と。
 うわ、少し怖い顔だぞ、葉加瀬。

「マッドだわ。マッドサイエンティスト」

「だね」

「ですね」

 失礼だな、お前達……。

「そう? 判り易いと思うけどなぁ」

 とは木乃香。
 
「え? 判るんですか?」

「うん」

 そう、あっさりと木乃香は頷く。
 はぁ、と。
 何を言い出すか判る分、こっちは苦笑するしかない。

「だって、茶々丸さん、せんせの事、好きやもん」

「……は?」

 何と言うか、判ってはいたが……聞いてるこっちまで、なんか恥ずかしくなってくるな。

「いや、それは有り得ないですよっ!」

「なんで?」

「なんで、って……エヴァさんの人形みたいに完全に魔法の人形ならともかく、科学の粋を集めた茶々丸が――」

 あーだこーだと何か喚いてる葉加瀬を器用に無視し、木乃香が茶々丸に笑いかける。

「ね?」

「そ、そんなはずは……」

 それに、若干慌てたように応える茶々丸。
 ……お前も、そんな反応が出来るようになったんだなぁ。

「そうなん? 茶々丸さんは、せんせの事好きと違うん?」

「あ、いえ――あ、あの……」

「そう茶々丸を困らせるなよ、木乃香」

「えー。別に困らせてる訳やないんけどなぁ」

 はぁ、と。
 自分の感情すら判ってないんだぞ?
 いきなり好いた恋たなどと、理解も出来ないだろう。
 それに、その想いが本物かも判らないだろうし。

「ロボットが恋をするなんて、ロマンティックやない」

 魔法があって、ロボットが恋出来ないなんて、不公平やん、と。
 何が不公平なんだか。
 まぁ、良く判らんが、どうやら私と葉加瀬以外は、木乃香に同意らしい。

「恋……恋」

 なんか、気付いたら葉加瀬の目付きが凄い事になっていた。
 ……何と言うか、怖いと言うよりも、物騒と言うか。
 うーむ。
 流石科学者。

「判りました。実験しましょう」

 とりあえず、そう言いだした葉加瀬に近づき、その頭を一発叩く。

「まずは、茶々丸の感情の波を実験で測定するのが第一ですっ」

 無視か。
 まったく……茶々丸は、私の家族でもあるんだから、実験などとはあまり言ってほしくないんだが。
 だが、

「えっと、これとこれと――」

「聞いてないね」

「はぁ……」

 整備とかはどうなったんだか……。







 超包子の近くの広場に、小さな人の輪が出来ていた。
 そして、その中心には――

「あ、あの……葉加瀬……」

 何処か困惑したような、茶々丸の声。
 その服装は、先ほどまでの制服姿ではなく――黒い肌の露出の少ない洋服姿。
 茶々丸が今までは着ていなかった雰囲気の服だ。
 
「うわー、茶々丸さんめっちゃ可愛いわー」

「ふふふ。普段着ないようなオシャレな服で恥ずかしい状況を作り出し、モーターの回転数が感情に左右されるかの実験ですっ」

 つまり、そのモーターとやらが、人で言う所の鼓動、と言う事だろうか?
 恥ずかしい状況で鼓動が速くなるか、と言ったところか?
 ……もっと、私達に判るように言えば良いのに。

「葉加瀬?」

「ふむ、若干の上昇ですか……でも、思ってたほどじゃないですね」

「あの、私にこう言う服は」

「そう? 茶々丸さん、凄く可愛いわよ?」

「は、はぁ……ありがとうございます、明日菜さん」

 でも、あんまり恥ずかしがっては……いるようだが、そう目立った風でも無いな。
 やはり、こう言う所はまだ感情が不足してるんだろうか?
 これではいつもの茶々丸とあまり変わらない。

「なら次はこっちの服で」

「おっけー」

「……真名、お前も結構乗り気だな」

「ま、茶々丸さんともそれなりに付き合いあるからね。結構楽しいさ」

 そうか?
 なんだか、悪乗りしてるように見えるんだが……。
 そう深く考えないでおくか。
 きっと、この後また機嫌を損ねるだろうから、それをどうやり過ごすか考えておこう。
 ……最近は、本当感情豊かになったもんだ。
 葉加瀬? お前は頭は良いんだろうが、まだまだだなぁ。
 色々と試行錯誤しているその背に、苦笑を向ける。
 だが、頭が良いからソレを数値で見ようとするんだろうなぁ。
 難儀だな、お前も。
 そんな事を考えていたら、茶々丸を着替えに連れて行っていた真名が戻ってくる。
 ちなみに、着替える場所は少し離れた位置に、即席で着替えが見えないように作ってある。
 葉加瀬……お前ほど、科学の無駄遣いをしてる人間は居ないだろうよ……。

「あの、葉加瀬? 私はロボットですから、こう、肌の露出が多い服は……」

 茶々丸が次に着てきたのは、肩から先が完全に露出した白い服。
 ……そう言えば、以前は似たようなのを着ていたのに、今はあまり肌が露出する服は着てなかったな。
 それは何時からだったか?
 ふむ……私が思っている以上に、茶々丸の変化は判り易かったのかもしれない。
 本当、何時からお前はあの人を意識し始めたんだ?
 ――まるで、本当に恋する少女じゃないか。
 だって、

「関節部分も目立ちますし……」

 特別な人に、自分の見られたくない部分を隠す。
 それは、人間の――女の思考じゃないか。

「はは。良く似合ってるぞ、茶々丸?」

「マスターまで……」

「そうですよ、茶々丸さん」

「……ありがとうございます、刹那さん」

 そう言い、律義に一礼する茶々丸。
 そんな所は、相変わらずだなぁ。

「さ、そこで笑ってみて、茶々丸」

「葉加瀬。私は笑えません」

「へ?」

 そう、気の抜けた声は葉加瀬と木乃香から。

「そうなん?」

「で、でも。今日笑ってたじゃない、茶々丸」

 葉加瀬にそう尋ねる木乃香に、葉加瀬が茶々丸に聞く。
 そう言えば、そんな事言ってたな。

「私がですか?」

「うん」

「…………」

 そして、その細い指を胸に当て――小さく、首を傾げる。

「……先生からもそう言われましたが。私は笑えません」

「う、確かにそうだけど……」

「葉加瀬、笑うにはどうすればいいのでしょうか?」

「え!? え、えっと……どうすればいいんだっけ?」

「え、ええ!? そ、その……楽しい事を考える?」

 木乃香に聞くなよ、まったく。
 まぁ確かに、普段は笑う時どう考えてるなんて深く考えないよなぁ。

「う、うーん……そっか」

「難しいのねぇ、笑うのって」

 ……お前は能天気過ぎるがな、と。
 そう言ったら、頭に手を乗せ、押えられた。

「や、め、ろっ」

「エヴァだってあんまり変わらないじゃない」

「お前よりはマシだっ」

「そうかな、真名?」

「……どっちもどっちじゃないかい?」

 そんな訳あるかっ。
 まったくっ。

「と、とにかく。茶々丸、何か楽しい事考えてみて」

「はぁ」

 数分待つが、変化は無し。
 まぁ、そう簡単に笑えるようになったら苦労しないか。

「うーむ。鼓動も安定してしまってますね」

「そやなぁ」

 そこで手詰まりなのか、進展が無いまま更に十数分。

「ここは、茶々丸の最近の記憶ドライブを検索――」

「それは止めときなって」

 ペチン、と良い音を葉加瀬の頭が出す。
 真名がそのデコを叩いたのだ。

「それはやりすぎだろ」

「う、ですが科学の進歩の前には――」

 ペチン、スパン。
 今度は真菜と明日菜にデコと頭を叩かれていた。
 ……まぁ、当たり前だよな。
 よく判らないが、それって記憶を覗こうとしたんだろう?
 真名達が動かなかったら、私が叩いてる所だ。

「………………」

 あ。

「やはり、私には感情は……」

「う、うーん……でも、確実に成長してるよ、茶々丸?」

「そうでしょうか?」

 ……確かに、以前のお前なら、落ち込んだりもしなかっただろうな。
 表情は変わらない。なのに、ハッキリと落ち込んでいると判る。
 ちゃんと成長しているよ、と。
 そう声を掛けるべきなのか?
 だが、きっと茶々丸が望んでいる答えは、少し違うんだろう。
 成長している。
 きっとそれではなく――。

「いきなり全部、ってわけにもいかないか」

 そう先に切りだしたのは葉加瀬。
 
「もう少し様子を見る事にします」

「よろしい」

「うん」

 ……何時の間に、明日菜と真名が葉加瀬より上位になったんだろう?
 腕組んで立つなよ。

「葉加瀬、先に帰ります」

「あ、うん……」

 うーむ。
 やはり機嫌が悪くなったか……。
 葉加瀬も、ばつが悪そうに頷く。

「ウチ、悪い事言ったかも」

「そうか?」

 歩いて去っていく茶々丸を目で追いながら、そう木乃香が言う。

「別に悪い事じゃないさ。アイツも、いつかは直面する事だ」

 成長するのなら、と。
 肉体の成長ではなく、精神の成長。
 ――いつかはきっと、誰かが言わなければならなかった事だ。
 アレは何も知らない子供だ。
 好きも、嫌いも。
 愛も、恋も。
 でもそれを教えてくれた人が居た。
 きっと、木乃香の言う好きとは、少し違うのかもしれない。
 それとも、そうなのかもしれない。
 それはこれからの茶々丸次第だ。
 だが――きっと、いつかは誰かが、言わなければならなかった事。
 茶々丸。お前は、感情がある、って。
 だから、木乃香。お前は悪くないんだ。

「あ、茶々丸の荷物はエヴァさんに渡しときますね」

 しかし――主人である私に荷物持ちをさせる日が来るとは……。
 本当、成長したよなぁ、と溜息を吐くしかないな。





――――――

 ハンバーグの作り方を葛葉先生に聞いていたら、帰るのが少し遅くなってしまった。
 それに葛葉先生にも悪い事をしたなぁ。
 明日、何かお礼しないとな。お茶でも淹れるか?
 そんな事を考えながら買い物を済ませ、部屋への帰路につく。
 ちなみに、月詠は先に帰っている。
 どうにも、葛葉先生が苦手らしい。
 京都で何かあったらしいけど、何があったんだろう?
 葛葉先生も魔法使いだし、そっち関係だと思うけど……。
 それに、護衛とが学園長には言われてたけど、そこまで難しく考えなくても良いだろうし。
 ここ街中だし。
 まぁ、その辺りもそのうち教えてもらえるかな? と考えながら、一人で晩飯の買い出しである。
 そのついでに、最近行ってなかった猫の居る広場へ向かう。
 よく考えたら、この場所も結構近くなったよな。
 これなら毎週通えるかもしれない。

「おー、絡繰」

 相変わらず、猫に囲まれている絡繰が居た。
 一回家に帰ったのか、服も制服ではなく、可愛らしい洋服である。
 そう言えば、今までこんな肌の出ている服は着てなかったなぁ。
 少し新鮮である。
 しかし、むぅ……羨ましい。
 俺もいつか、こう猫に囲まれてみたいもんだ。

「相変わらずだなぁ」

「…………先生?」

「ん? どうした?」

 何か元気無いな、と。
 その向かいに腰を下ろし、手を伸ばす。
 ……やっぱり逃げるのな。
 半分判ってはいたが、少しショックである。

「先生。私はどのように人とは違うのでしょうか?」

「……またいきなりだな」

 どうしたんだろう?
 今日は神楽坂達と一緒に帰ってたみたいだけど……何か言われたんだろうか?
 そんな事を言うような奴らじゃないと思うし、そしたらどうして、と。
 むぅ。

「何かあったのか?」

「いえ……」

 何かあったのか。
 絡繰も、判り易いよなぁ。
 とても人形だとは思えない。
 感情の起伏と言うか、何と言うか。
 本当に、人間らしいその在り方に、悪いとは思うが笑ってしまう。

「どうかしましたか?」

「いや、何に悩んでるんだ?」

「悩み……ですか?」

「違うのか?」

 てっきりまた相談事か、と思ったんだが。
 猫に逃げられながら、そう声を掛ける。

「いえ。どうでしょうか?」

 そう聞かれてもな。
 俺は絡繰じゃないから、何に悩んでるか判らないんだが。
 そう苦笑し、さて、どうするか、と。
 ここで帰るのもアレだしな。

「先生」

「ん?」

 どんな話を振るかな、と考えていたら、声。

「私は、やはり、人とは違うのでしょうか?」

「……えっと」

 まぁ、答えを聞かれるなら、そう、と。
 絡繰は人形で、人間ではない。
 でも、そう簡単にも応えられる事でもない。

「どうしてそう聞くんだ?」

 その答えは、きっと一つじゃない。
 人とは違う。
 それがどういう意味なのか。
 人間と人形と言う事か。
 それとも、考え方の事なのか。
 またはもっと別の事か。
 人間同士だって、人とは違う、と言う表現は使うのだ。
 
「葉加瀬は、私が感情を持つ事を調べようとしました」

「……博士?」

「はい。私を作り上げたのは、葉加瀬です」

「…………え? 葉加瀬って、ウチのクラスの?」

「はい」

 中学生で、絡繰みたいな凄い人形作ったのか?
 そりゃ、大学に部屋持ってるくらい凄い生徒ではあるんだが……そこまでとは。
 それに、これは科学の分野で魔法とは違うんだろう?
 ……世の中、まだまだ広いなぁ。
 ここまで来ると、軽く現実逃避したくなってくるな。

「えっと、その葉加瀬がなんだって?」

 感情がどうとか……。

「私は、笑えません」

「そうなのか?」

「はい」

 そうなんだろうか?
 ソレには首を傾げてしまう。
 だって、

「でも、何度か笑ってただろ?」

「……そうなのですか?」

 気付いてなかった、って事か?
 まぁ確かに、人間だって意識して笑ったりは……そうしないからなぁ。
 白い子猫が、小さく鳴く。
 それを優しく持ち上げながら、絡繰は、少し困ったように首を傾げた。

「私は、笑い方が判りません」

「それは……どうにもな」

 笑い方、か。

「嬉しかったり、楽しかったり。そんな時は良く笑うなぁ」

 俺は、だけど。

「……嬉しい」

 そう小さく呟き――また、首を傾げる。

「それは知っています」

「ん?」

 そして――笑う。
 なんだ、やっぱり笑えるじゃないか。
 何で悩んでたんだろう?
 学園でも笑ってたし、今だって――笑ってる。
 こっちとしても、首を傾げるしかない。

「どうぞ」

 その手の中に居た子猫が、差し出される。
 撫でて良いと、以前にもあったこと。

「おー、ありがとうな」

「はい」

 その手から小さな白い子猫を受け取り、その頭を優しく撫でる。
 暖かくて柔らかくて、可愛いなぁ。

「先生」

「ん?」

「私は、今、嬉しいです」

「そうか?」

「はい」

 そう、まるで大切な事を紡ぐように、一言一言を静かに区切って言う。
 そう言えば、前にも似たような事があったな……確か。

「前は、寂しいって言って笑ってたな」

「……きっと、そうだと思います」

 その笑みが、深まる。
 
「先生」

「ん?」

 その手が、細い指が、その胸に添えられる。

「私は……こうやって話せる事が、私は嬉しいです」

「……あー、っと」

 それは、何と言うか、だな。
 いや、絡繰には、きっと他意は無いのだ。
 話せる事が、会話が嬉しいと。
 きっと、ただそれだけなのだろう。
 でも、だ。
 でも俺も男な訳で――こうもまっすぐに言われると、何と言うか……照れるのだ。
 それを極力顔に出さないように努め、落ち着く様に子猫を優しく撫でる。

「絡繰? 今度からは、もう少し言い方を考えてくれないか?」

「――どのように、でしょうか?」

 また、嬉しそうに笑う。
 うーむ。
 どんな風に、か。

「……今まで通りに?」

「判りました」

 でも、その笑顔は別れる時まで崩れなかった。
 笑い方が判らないって、どうなんだろう?
 ……笑ってたよなぁ。
 帰路につきながら、頭を掻いて苦笑する。

「人形、ねぇ」

 感情のある人形と人間の違いってなんだろう?
 きっとなにも違わないんだろうなぁ、と。
 それなら――絡繰の悩みって?
 感情がどうとか、笑い方とか……うーむ。
 と言うよりも、だ。
 悩みがある時点で、感情があるって事じゃないんだろうか?
 ……難しいなぁ。






――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「ただいま帰りました」

「おー、お帰り茶々丸の嬢ちゃん」

「お帰りなさい、茶々丸さん」

「オカエリ」

 お、なんだなんだ?
 姐さんが言ってたほど、機嫌悪くなさそうじゃねーか。
 心配して損したぜ。
 新顔のさよ嬢ちゃんの移動練習の相手をしながら、そう一人ごちる。
 まだうまく歩けねぇみてぇだし、しばらくはオレっちが練習相手って訳だ。
 まぁそんな事はさて置き。

「帰ったか、茶々丸?」

「はい。夕食はもうしばらくお待ちください、マスター」

 そう言ってキッチンに消えていく茶々丸の嬢ちゃん。
 代わりに2階から姐さんが下りてくる。

「それでチャチャゼロ、考えたんだが」

「……マダ、ンナ事デ悩ンデタノカヨ」

「だがなぁ」

 ん?

「笑ウ事ナンテ気付イタラデキルモンダロウガヨ」

「それが出来ないみたいだから、悩んでるんだろうが」

 ああ、茶々丸の嬢ちゃんの事ね。

「大変ですねぇ」

「だなぁ」

 本当、エヴァの姐さんも丸くなって、まぁ。

「んじゃ、次はこっちまで歩いてきな」

「はぁい」

 こっちはこっちで、のんびりやるかね。




[25786] 普通の先生が頑張ります 49話
Name: ソーイ◆10de5e54 ID:052e1609
Date: 2011/03/30 00:25
 その日の昼休み、自作の弁当を食べた後、喫煙所(休憩室)で食後のお茶を楽しんでた所。
 何とは無しに生徒達が出版している新聞に目を通していたら、面白い記事があった。
 学園祭の最終日に、世界中の下で告白の確率、去年は86%だったらしい。
 凄いな、学園祭……と言うか、祭りの影響って。
 あー言う雰囲気の時に告白ってベタだとは思うけど、やっぱり結構バカに出来ないんだなぁ。
 なんというかまぁ、年頃だなぁ、と。
 あのデカイ木の下で告白か。
 確かに、学園祭中はイルミネーションも凄いし、雰囲気も出るんだろうな。
 生徒達も告白の雰囲気作りを、よく考えてるもんだ。
 ……それをどうやって調べたのか、と言うのも気になるが。
 胡散臭い、と言う思いもあるが、こう言うのはそんなもんだ。
 きっとこの数値は結構適当なのだろう。
 調べるとしたら、学園祭の参加者全員に聞いて回らないといけないし。
 もしくは、告白時に張り込んでいるか。
 ……どっちにしても無理だろう。
 86%、か。
 高いが、あながち無いとも言えない数値を出してるなぁ。
 こうやって告白を煽って、今年もこのネタで盛り上がるのだろう。

 世界樹伝説、ねぇ。
 一体誰が考えたんだか。
 教師としては苦笑するしかないが、今年も見回りはやり易いなぁ。
 世界樹周りをウロウロしているとしよう。



「どうしたんですか、先生?」

「ああ、源先生」

 これです、と。
 ちょうど通りかかった源先生に、今見ていた記事を見せる。

「どうやって調べたのかな、と」

「また夢の無い事を……」

 苦笑されてしまった。

「はは。こういう数字を出されると、どうやって出したのか気になりまして」

「数学の先生ですからね」

「そう言う事です」

 2人して、小さく笑う。
 どうにも職業柄、数値には少しうるさい……のかな?
 というか、この告白、と言うのが気になった。
 去年も一応、こう言うのは見回ったんだが、いつの間に告白してたんだか。
 若いって良いなぁ、と。
 妙に年寄りじみた考えになるのはなんでだろう?

「源先生は、今年は誰かと回られるんですか?」

「いえ、今はそう言う相手も居ませんので」

「そうなんですか?」

 意外だった。
 源先生なら、そう言う相手が居るとばっかり。
 簡単に話題を振りはしたが、ちょっと失敗したかな?

「そう言う先生こそ、誰かと回られるのでは?」

「自分ですか? はは、自分もそう言う相手に恵まれてませんので」

 そう考えていたら、軽く返される。
 よかった、どうやら彼氏無しと言うのを重くは考えてなかったようだ。
 それか、本当は居るけど隠しているのか。
 まぁどちらにせよ、詮索するのもアレだし。

「あら、意外ですね」

「そうですか?」

「ええ、クラスの誰かと回られるのかと」

 ぐっ……。
 それは、恋人が居ないと断言されたのか。
 そりゃ居ないけですけどね。
 しかし、学園祭の相手がクラスの子達だなんて……教師としては嬉しいけど、何か寂しいなぁ。
 どう応えるべきか悩み、とりあえず苦笑しておく。

「ふふ、失礼しますね?」

 先にそう一言断り、俺の対面に座る源先生。
 その手には2人分のコーヒー。

「どうぞ」

「あ、良いんですか?」

「ええ。その代り、話し相手になって下さいね?」

 はは。

「喜んで」

 コーヒーの為でしたら、と。

「あら、私はコーヒーが無かったらそんなに魅力がありませんか?」

「いえいえ。俺なんかじゃ源先生は荷が重すぎますからね。いただきます」

 そう断り、淹れてもらったコーヒーを一口飲む。
 うーむ、やっぱり俺が淹れたのより美味いなぁ。
 何が違うんだろう?
 月詠と言い、女の人と言うのは、こう料理関係が生まれ付き上手なんだろうか?
 そんな馬鹿な事を考えながら、新聞をたたむ。

「そう言えば、先生は今従姉弟の方と生活してるんですよね?」

「あ、はい。今は何とか、3人で生活してます」

 本当に“何とか”なので、苦笑してしまう。
 どうにも、食事面が問題なのだ。
 ……小太郎の舌が肥えてしまってる。
 今度、自分で料理させてみるかな?

「あら、何か問題でも?」

 その苦笑をどう思われたのか、心配されてしまった。

「いえ。料理を今までしてこなかったツケが出てきたと言いますか……」

「あー、なるほど」

「ははは……ま、そっちは何とかやっていきます」

「大変ですね」

 それほどでもないです、と。
 毎日楽しいし。
 楽しいと言うか、賑やか、かな?
 一人暮らしが長かったからか、今の生活は賑やかで、楽しい。
 だから、大変、だなんて事はない。

「そうですか?」

「ええ」

「……ふふ」

 そう答えたら、静かに笑われた。
 う……なんか変な事言ったかな?

「何か困った事があったら、言って下さいね?」

「そうですか?」

「はい――こういう時は、助け合いですよ?」

「……そうですね」

 そうなると、今度は俺が源先生が困った時に助けないといけないのか……。
 うーむ、全然役に立てる気がしないな。

「どうしたんですか?」

「いえ、源先生への恩返しはどうしようかなぁ、と」

「あら、期待して良いのかしら?」

「……まぁ、困った事があったら言って下さい」

「そうさせてもらいますね」

 そうすぐに応えきれないのって、格好悪いよなぁ。
 
「でも以外ですね」

 ん?

「何がですか?」

「先生でしたら、学園祭の相手はもう居られると思ってました」

「そうですか?」

 どうしてそう思われるのか。
 ……最近、近衛達と良く喋ってるからか?
 それはそれで、何と言うか、複雑な気分だなぁ。
 そんな事を話していたら、

「失礼します、よ」

「あ、新田先生」

 昼食を食べた後、午後からの授業の準備を、と言って席を外していた新田先生が戻ってきた。
 授業の準備は終わられましたか、と。
 そう聞くと苦笑。

「お邪魔だったかな?」

「……いきなり何を言ってるんですか」

 苦笑してしまう。
 そう言う関係じゃないのに。

「ふふ。振られてしまいました」

「おや、勿体無い」

「……そんな話、一度も出てこなかったですよね?」

「そうでしたか?」

 そんなにからかわないで下さいよ、と。
 コーヒーを一口啜り、新田先生に先ほどの新聞を差し出す。

「おや、どうしたんですか?」

「今年は見回りが楽そうですよ」

「ふむ」

 そう言うと、生徒が作った新聞に目を通しはじめる。
 書いてあるのは、先ほど話していた世界樹伝説の事である。

「……なるほど」

「今年は、世界樹周りを見回りしてれば大分楽だと思いませんか?」

「はぁ……毎年の事とはいえ、今年もこの時期が来ましたか」

「ですねぇ」

 新田先生と、2人して苦笑しながら溜息。
 だって、こちらがどれだけ目を光らせても、どうやっても告白しようとする生徒は居るのだ。
 それは俺がここに赴任するようになってからも、ずっとである。
 その気合をもう少し授業に、とも思うが……学生ってのはそう言うものかな、とも思う。
 多分、俺もあんな感じだったんだろうなぁ、と妙に歳を取った感じになるのはなぁ。
 そんな事を考えていたら、源先生が静かに笑う。

「先生も、まだ若いでしょうに」

「生徒達からしたら、もうおじさんも良い所でしょうし」

 四捨五入して30ですからねぇ。

「そうなると、私はもうお爺さんですな」

「私は…………まだ、お姉さんで居たいですね」

「源先生は、まだまだお若いですよ」

 ここでお綺麗ですよ、と言えればいいんだが。
 残念ながら、それは俺のキャラじゃないだろう。
 と言うか、そんな勇気が無いです。

「あら、嬉しい」

「ははは」

 しかし、今年の学園祭はどうなる事やら……。

「先生に、コーヒーのおかわりをお淹れしようかしら?」

「そ、そんなつもりで言ったんじゃないんですけど」

「ふふ、良いんですよ」

 う、うーむ。
 本当に、そんなつもりじゃなかったんだが……。
 俺からカップを受け取り、給湯室に行く源先生の背を目で追う。

「仲良いのかい?」

「どうでしょうか?」

 まぁ、良く喋る……のかな?
 でもそれも、職員室だけだし。
 こう言うのが仕事上の関係、と言う奴だろう。
 うん。

「……私にも、お茶を入れて来てくれると思うかい?」

「ど、どうでしょうか」

 それは、どうにも。
 は、はは……。







 その日の放課後、仕事を終わらせて帰ろうと校舎を出た所で。

「うぅ……私って本当にダメね……」

 なんか、神楽坂が物凄い落ち込んでた……。
 夕日も半分沈みかけているので、余計に落ち込んで見える。

「おー、神楽坂。どうしたー?」

「……あ、先生か」

 うわ、これは本格的に落ち込んでるなぁ。

「大丈夫か?」

「はぃー」

「……どうしたんだ、本当に」

 いつもの元気と言うか、明るさが無いぞ。
 暗い暗い。

「うぅ……先生、私ずっとこのままなのかなぁ?」

「すまん。まったく話が見えないんだ」

 どう答えろと?

「あ、せんせー!」

「ん?」

 落ち込んでいる神楽坂をどう慰めたもんか、と悩んでいたら、遠くから声。
 あれは……近衛と、桜咲か。

「はぁ、はぁ――明日菜、足早過ぎるえ……」

「あ、ごめん」

「先生はどうしたんですか?」

「ああ、今から帰る所だったんだが……」

 神楽坂が居たから、話してた、と。

「どうしたんだ?」

「あー……ちょっと、ありまして」

「?」

 そう言い淀む桜咲と、その神楽坂を慰めている近衛。
 どうしたんだろう?
 俺に言えないような事かな?

「というか、2人はその格好はどうしたんだ?」

 近衛と桜咲は……ああ、そうか。

「あ、部活か」

「はい。ちょうどこのちゃんと話してましたら、明日菜さんが走っていくのが見えましたので」

「なるほど」

 それで追いかけてきた、と。
 仲良いなぁ。
 ここは任せて大丈夫かな? 俺には話せない事みたいだし。

「そうか? なら、神楽坂は任せて大丈夫か?」

「あ、はい」

「ちょっと待ったっ」

 うおぅ。

「どうした、近衛?」

「ウチすぐ帰る準備してきますから、ちょっと明日菜の相手してもらっててえですか?」

「ん? ああ、いいが……神楽坂は、大丈夫か?」

 めちゃくちゃ暗いんだが……。

「はぃー」

 直ってないし。
 本当、何があったんだ?
 ここまで来ると、逆に気になるが……聞いて良いような事か判らないしなぁ。

「それじゃ、せんせ。少し待ってて下さいー」

「……元気だなぁ」

「は、はは。それでは、私も着替えてきますので」

「おー。まぁ、忘れ物しないようにな?」

「はい」

 うーむ。

「どうしたんだ、神楽坂?」

「はい?」

「いや、何かあったみたいだから……言い辛い事か?」

「ぅ」

 どうやら、言い辛い事らしい。
 夕焼け色の中で、暗い神楽坂。

「ねー、先生?」

「ん?」

 どうしたものか、と悩んでいたら神楽坂から声を掛けられた。

「私って子供っぽいかなぁ?」

「は?」

 どう言う事だろう?
 子供っぽい、か。

「あー、まぁ。どうだろうな?」

 どう答えたもんかな、と。
 性格と言うか、まぁ。
 ……子供っぽいよなぁ。
 そう内心で苦笑してしまうが、本気で悩んでるみたいだしなぁ。

「ねぇ先生」

「どうした?」

「今年の麻帆良祭、一緒に回りません?」

「……は?」

 いきなりどうした、と。
 そう聞くと、ひどく肩を落とされた。
 なんなんだ?

「どうして簡単に言えるんだろう?」

「あー、神楽坂? こっちは全く話が見えないんだが?」

 まぁ、さっきのは冗談……なんだろうな。この調子だと。
 だとしたら、どう言う事だろう?

「うぅ……私の意気地無しー」

「??」

 もう意味が判らない……が、どうやら、麻帆良祭に誰かを誘えなかったらしい。
 ……神楽坂が誘いたくて、誘えない相手なんて一人だけか。
 そう言う事、なのかな?
 そう間違ってない答えに行きつき、溜息を一つ。
 こればっかりは、どうにもなぁ。

「高畑先生は元気そうだったか?」

「あ、はい――え!?」

「どうした?」

「へ!? いや……あれ? 先生に言ったっけ?」

「……誰だって判るから」

 溜息を、もう一つ。
 判り易いよなぁ、本当。

「ぅ」

「なるほど、高畑先生を誘えなかった訳か」

「うぅ」

 まぁ、こればっかりは力にはなれないからなぁ。
 応援もしないし、力も貸さない。
 そのかわり、こうやって見て見ぬふりをする。
 ……きっと、間違っているんだろう。
 頭ごなしにこの子の恋を終わらせるのは簡単だけど、でも、そうはしたくはなかった。
 高畑先生なら大丈夫、きっと間違いも起こさないだろうって思う。
 だから、

「先生、どうしたらいいかなぁ?」

「さぁなぁ」

 そう苦笑する。
 苦笑して、この子の恋を楽しむ。

「そこは自分で考えないとな」

「……ぅぅ、そうだよねぇ」

 そう言って、また肩を落とす。
 判り易いよなぁ、本当。
 マクダウェルと仲良くなった理由が、良く判る。
 裏表が無い。
 きっと神楽坂にとっては、その全部が本心で、真実なんだろう。
 子供っぽい、か。
 でもそれは――きっと、神楽坂の“良い所”だと思う。

「ま、学園祭まで後一週間あるし、そう落ち込まなくても良いんじゃないか?」

 明日は休みだけど。
 まぁ、喫茶店の準備も間に合いそうだし、休日出勤はしなくて済みそうだ。
 そんな事を考えながら、欠伸を一つ。
 明日はゆっくりしよう。

「そ、そうかな?」

「……まぁ、神楽坂次第だけどな」

「うぅ」

 また落ち込むし。
 面白いなぁ、本当に。
 喜怒哀楽が激しいのは、きっと神楽坂の長所だな、と。
 そう思えるのは、この子の人柄だろうなぁ。

「せんせー」

「お待たせしました」

 そんな事を考えていたら、近衛達がこっちに走ってくる。
 ……そんな急いで、こけたら危ないのに。

「そんなに急がなくても良かったのに」

「まったくだ」

「ぅー」

 何を鳴いてるんだか。
 最近、近衛もなんだか……何と言うか。
 少し気を許してもらってると言うか。

「それじゃ、途中まで一緒に帰るか?」

「はいっ」

 こっちは神楽坂とは逆に、明るいなぁ。
 ……こうも明るいと、少し困ってしまう。
 頬を掻き、どうしたもんかなぁ、と。
 そう悪く思われていない、と言うのは判る。
 でも、それ以上か、それだけなのか。
 そこが判らない。
 困ったなぁ。

「せんせ、明日は予定は?」

「明日?」

 んー。

「別にないなぁ。多分……」

 部屋でゴロゴロしてる、と言おうとして、止める。
 流石にそれは、教師としてどうだろう、と。

「……散歩か、部屋で本読むかな?」

 とりあえず、無難な事を言っておく。
 まぁ、多分間違いじゃないし。
 あとは月詠と小太郎次第だろう。
 そう言えば、あの2人と初めての休日だな。
 何かしようかな?
 そう考えると、色々と思ってしまう。
 ふむ。
 帰ったら聞いてみるかな?
 いや、まずは予定を聞かないとな。

「どないしました?」

「ん? いや……近衛達は明日は?」

「んー。どないしましょう?」

「……こっちに聞かれてもな」

 近衛の隣を歩く桜咲に視線を向ける。
 苦笑を返された。
 神楽坂は相変わらず、肩を落として歩いている。
 そんなに高畑先生を誘えなかったのが堪えたんだろうか?
 それくらいなら、いつもの事だと思うんだがなぁ。

「大丈夫か、神楽坂?」

「うぅ……」

 やっぱり、私って駄目だわ、と。
 まだ言ってるのか……。

「いつも勇敢な明日菜さんらしくないですよ」

「……勇敢かな?」

「エヴァンジェリンさんの事を知って、それでも普通に話せるだけでも、十分勇敢かと」

「でも、刹那さん。ここで必要な勇敢さに比べたら、エヴァなんて可愛いもんよ」

 言うよな、お前も。
 まぁ、そうだろうけどさ。
 苦笑してしまう。
 吸血鬼って、本当は怖くなかったんだなぁ、と。

「うん。私ずっと片思いで良いかも……」

 達観してるなぁ。
 ま、明日になったらまた、いつもの神楽坂だろうけど。
 




――――――エヴァンジェリン

「で?」

「何か良い方法無いかな?」

 ……そんな事の為に、わざわざウチまで来たのか?
 もう晩飯時なんだが……まぁいいか。

「茶々丸。明日菜達の分の晩飯も用意してやれ」

「かしこまりました」

「ありがとー。茶々丸さん」

「いえ」

 しかし、タカミチ、ねぇ。

「アイツは相当朴念仁だからなぁ、真正面から言うしかないんじゃないか?」

「無理」

 即答か。
 ……ま、お前の性格ならそうだろうなぁ。
 しかし、そうなるとなぁ。

「なんかええ方法あります?」

「どうでしょうか、エヴァンジェリンさん?」

「あー……まぁ、まずは昔のアイツの話でもしてやろうか?」

「え? 高畑先生の昔?」

 ふむ、そこは興味あるのか。

「ああ。同級生だった事もあるしな」

「うそ!?」

「そうだなぁ」

 まず何から話してやるかな……。

「ねぇ、エヴァ? 高畑先生ってさ、学生時代って……」

「モテてたぞ」

「う……やっぱり」

「物凄く」

「そこまで言わなくて良いじゃないっ」

 いや、事実だからちゃんと言っておいた方が良いかな、と。

「ケケ、ソウ苛メテヤルナヨ」

「む……そんなつもりじゃないが」

 膝の上のチャチャゼロの声に、少しバツが悪くなる。
 そんなつもりじゃなかったんだが……。
 明日菜は反応が面白いからなぁ。

「ねぇ、チャチャゼロさん? 私って、脈無し?」

「ドウダロウナァ」

「高畑先生が、明日菜さんをどう思ってるか、ですよね」

「ソレモアル。ト言ウカ、絶対生徒以上ニハ見ラレテネーダロウナ」

「うぅ」

「チャチャゼロ、そう明日菜を苛めるなよ」

「御主人ニダケハ言ワレタクネーヨ」

 な、なんだと?

「私は楽しんでるから良いんだよ」

「なお悪いわよっ」

「む……」

 怒られてしまった。
 だが、お前の反応は毎回面白いからなぁ。
 コホン、と一つ咳払い

「それより、まず何が問題だと思う?」

「やっぱり、高畑先生の前やと、喋れない事やない?」

「ダナ」

「……あれはもう、条件反射と言うか……」

 どれだけヘタレなんだ、お前は。
 たかが喋るだけだろうが……。

「結局、喋リ慣レテネーダケダロ?」

「う……」

 そう言うものか?
 ……そう言うものなのかもなぁ。
 私も、ナギと喋る時は……最初の頃は、どう話して良いか判らなくて好き勝手に言ったもんだ。
 ――ぅ、思い出したら少し恥ずかしくなってきたな。
 どうしてあんな拗ねた子供のような事を私は言ってたんだか……。
 ああ、過去の自分を、一回殴ってやりたいな。
 右手で顔を覆うように隠し、深呼吸を一つ。

「それで、結局どうすればいいと思う?」

 顔を隠したまま、膝のチャチャゼロに聞く。
 私としては、このまま手を貸さずに楽しみたくもあるんだが。

「慣レバ良インジャネーノ?」

「慣れるって……もう一週間しかないのにっ」

 毎日高畑先生と話すとか、きっと私死ぬわ、と。
 どんだけ心臓弱いんだよ、お前。
 ……はぁ。

「ジャア、ドウスルヨ?」

「そうだな……」

 どうしたもんかなぁ。
 タカミチねぇ。

「どこが良いんだ? あの朴念仁魔法使いの」

「……高畑先生泣きますよ? その呼び方……」

 別に良いだろ、現に明日菜を困らせてるし。
 と言うか、アイツ特定の好きな相手っているのか?
 気にした事も無かったな。
 今度、それとなく聞いてみるか?
 ……そこまでは、お節介が過ぎるか。

「ふむ」

 そうだな。

「ぼーやで練習してみるか?」

「へ? 何でそこでネギが出てくるのよ?」

「ちょっと待ってろ」

 っと……どこに置いてたかな?
 別荘の中に治してはなかったはずだが……。
 立ち上がり、チャチャゼロを明日菜に渡すと、二階に上がる。
 えーっと。
 前に遊び半分で作った魔法アイテムがあったはずだが……どこに置いたかなぁ。
 ふむ。

「茶々丸ー」

「どうかなさいましたか、マスター?」

 二階から声を掛けると、茶々丸は下に居た。
 夕食の準備が出来たらしい。
 そんなに話しこんでいたか?

「あの、年取る魔法アイテムどこに置いたか判るか?」

「はい。危険でしたので、物置の方に」

「む、そうか」

 なら、後で探すか。
 まずは晩飯を食うか。
 一回に降りると、ぽかん、と明日菜達がこっちを見る。

「なに、年取る薬って?」

「そのままだ。ぼーやをおっさんにすれば、それなりに慣れれるだろ?」

「……なに、その神アイテム」

 お前はなに暴走してるんだ。

「少し前に流行ってな、試しに同じのを作ってみたんだ」

「そんな簡単に言えるような事でしょうか……」

 ふふん、私だからな。
 夕食の席に着きながら、そう言う。

「ま、幻術の類だから安心しろ。それに、中毒性も無いしな」

「うんうん。それをネギに飲ませれば良いのね?」

「……判ってるとは思うが、ぼーやはタカミチじゃないからな?」

「判ってる判ってる。うわー、楽しみねぇ」

 ネギがおじ様かぁ……あの子供が、どう変わるかなぁ、と。
 …………主旨、変わってないか?
 ま、まぁいいか。
 楽しみなら。
 というか、本当にぼーやを男として見てないんだな。
 普通はもっと抵抗があるもんじゃないんだろうか?
 ……我が友人ながら、先が心配だぞ、本当に。

「それって、ウチらも使えるん?」

「ん? ああ。まとめて作ったからな、数はあるぞ?」

「後で試してみよーっと」

「……ま、いいか」

 害は無いし。

「木乃香さん?」

「ん? どないしたん、茶々丸さん?」

「…………いえ」

 どうしたんだろうか?

「どうした、茶々丸?」

「いえ」

 少し、と。
 ? お前が言い淀むなんて、珍しいな。
 まぁ、言わないと言う事は大事じゃないと言う事だろう。

「とりあえず、夕食を食べたら試してみるか」

「うんうん」

「うわー、楽しみやなぁ」

「こ、このちゃん……」

 ……しかし、木乃香の珍しい物好きも相当だな。
 ま、大丈夫だろう。私も居るし。





――――――オコジョとさよちゃん――――――

「つ、疲れましたー」

「んじゃ、少し休憩しようぜ」

 しっかし、本当便利だねぇ、この別荘って。
 石塔の頂の広場で、のんびりとさよちゃんと喋る。

「もう歩くのは完璧みてーだな」

「はいっ。付き合ってもらってありがとうございますっ」

「いいって事よ」

 妹分の面倒をみるのは、兄貴分の役目だしな。
 別荘の中での一日をさよ嬢ちゃんの練習に使い、オレっちはのんびりとそれを見守る。
 ……ああ、なんて平和なんだ。
 オレっち、もうあの女子寮で生活出来ねぇよ。
 怖いもん。あの双子とか。中国娘とか。
 何でオレっちで遊ぶの?
 何でオレっち戦わないといけないの?
 ふ……。

「どうしたんですか?」

「いや。オレっちって本当はこうやって暮らしかったのかもな、って」

「? 変なカモさんですねぇ」

 よせよ、撫でるなって。
 くすぐってーじゃねぇか。




[25786] 普通の先生が頑張ります 50話
Name: ソーイ◆10de5e54 ID:052e1609
Date: 2011/03/31 00:03

 くぁ、と欠伸を一つしてベッドから起き上がる。
 ねむ……。
 そう言えば、月詠達って何時くらいに起きるんだろう?
 聞くの忘れてたな……失敗した。
 ただいま午前8時少し過ぎ。
 どうしよう? とりあえず朝食の準備……していいのかな?
 どうしたもんかな、と少しの間固まり、

「テレビでも見るか」

 ご飯は炊いてるし、朝食の準備だけなら簡単な料理で良いだろうし。
 起きて来てから考えよう。
 うん。
 久し振りの休みだからな。
 そう考え、起き出してテレビの電源を入れる。

「んー……」

 ここ数日ハードだったからなぁ、少しくらいゆっくりして良いだろう。
 欠伸をしながら、チャンネルを適当に回す。
 この時間帯だと、面白いのやってないのな。
 しかし、アニメやら戦隊物やら……懐かしいと言うか、何と言うか。
 うーむ、全然知らないけど、やってるのは似てるんだな。
 人気あるんだろうか?
 こう言うの、クーは好きそうだな。あと長瀬と鳴滝姉妹。
 もしかして見てたりして、と苦笑し、チャンネルはそのままに適当に着替えを見繕って着替える。
 月詠が起き出してくると、ここじゃ着替えられないだろうし。
 その前に着替えてしまっておくか。

「おはよー、兄ちゃん」

「おー、おはよう小太郎。朝飯どうする?」

「食べる」

 着替えが丁度終わる頃、先に起き出してきたのは小太郎だった。
 いつもどおり眠そうに目を擦りながら、リビングの床にすわり、テレビに顔を向ける。

「何か見たいのあるか?」

「んー、なんかやってる?」

「さぁな」

 俺、ニュースとかしかあんまり見ないし。
 それとバラエティ番組。
 朝から何をやってるかって、あんまり知らないんだよな。
 チャンネルを小太郎に回し、床に腰を下ろす。

「月詠が何時くらいに起きるかって、判るか?」

「んー……もう起きてる思うで」

「あ、そうなのか?」

「うん。気配がちゃんとしてる」

 気配?
 その辺りは良く判らないが、起きてるって事で良いのかな?
 ふむ。

「ちょっと月詠に声掛けてくる」

「ふぁい」

 欠伸交じりの返事に苦笑し、月詠の部屋へ。
 ドアを軽くノックすると、返事はすぐにきた。

「月詠ー、起きてるかー?」

「はい~。どないかしましたか~」

 あ、ちゃんと起きてたか。

「あー、朝食どうする? 小太郎も起きてきたから、一緒に食べるか?」

「はい~、すぐ行きます~」

「おー」

 それだけ聞くと、キッチンへ。
 そうなると、朝食の準備か……。
 何作ろう?
 まぁ、適当にあり合わせで良いか。
 ……もうすでに小太郎の舌が肥えてるからなぁ。
 それなりに手の込んだの作らないと、こう、アイツのテンションがなぁ。
 むぅ。

「ま、頑張りますかね」

 そう少しだけ気合を入れ、冷蔵庫を開ける。
 こうやって、今までとは少しだけ違う休日の朝が始まる。







「それで月詠、小太郎。今日なんか予定あるか?」

「んー、ウチは無いですね~」

「俺もや。一応、この辺りを一回見て回ろうか思っとるけど」

「ん、そうか」

 朝食の片付けも終わり、今日の予定を聞く事にする。
 ……昨日、何かしようと思ったけど、結局動く気力が無かった。
 いや、疲れてるんだよ、俺も。

「どないかしましたか~?」

「いや、お前ら携帯とかも持ってないから、そう言うのも必要だろ?」

「へ? でも、金持ってへんで?」

「それくらい出すよ」

 そこは心配しなくて良いから、と。
 学園長からも、少しお金をいただいてるし。
 子供がお金の心配なんかしなくて良いんだ、と苦笑してしまう。

「ついでに、この辺りも見て回るか?」

「楽しそうですな~」

「それじゃ、どうする? 昼くらいから出るか?」

「ん~、そこはお兄さんにお任せしますわ~」

 そうか? と。
 でも、する事無いからなぁ。
 流石に、朝から仕事をする気にはならない。
 この2人を放っておいてネット、と言うのも気が引けるし。

「なら、今から出るか? ちょうど、携帯揃えて、少し見て回ったら昼になるだろうし」

 のんびりしていたからか、今はもう9時を少し回った所。
 小太郎達が着替えて、出掛けるとなると10時近くだろう。
 そう考えていると、玄関の呼び鈴が鳴った。

「……誰だ?」

「んー、変な匂いやなぁ」

「匂い?」

「おう」

 そう言って、小さく鼻を鳴らす小太郎。
 ……そう言えば、狼男だったっけ?
 と言う事は、匂いで誰か判断してるんだろうか?
 ――凄いな。

「もしかして、誰か判るのか?」

「判り易い匂いのヤツやったら」

「犬やなぁ……」

「ふん。ま、俺が見てくるわ」

「大丈夫か?」

 そう立ち上がる小太郎に続く様に、俺も腰を上げる。

「一緒に行くよ」

「ええって。俺らが何のために居るんか、判らんくなるやんか」

 むぅ。
 そう言われると、まぁ、ここは小太郎の言う事を聞く方が良いか。
 子供に、とは思わない方が良いだろう。
 この中じゃ、俺がきっと一番弱いんだろうし。
 そう考えて、腰を下ろす。

「行ってらっしゃい~」

「うわ……手伝う気無しかい」

「うち、女の子ですから~」

「へいへい」

 しかし、そう言いつつも月詠はさっきまでいた場所から、ドアに近い位置に動く。
 もしかして、結構危ないんだろうか?
 こういう経験が、まぁ一度だけあるけど、もしかしたらあの時って俺が思ってる以上に危険だったんだろうか?
 ……危なかったのかもしれないな。
 そうこう考えていたら、再度呼び鈴が鳴らされる。

「はいはい。今行くわー」

「大丈夫なのか?」

 玄関に向かった小太郎が出ていったドアを見ながら、無意識に呟いてしまう。

「ま、こんな昼間からは無いでしょうし」

「……そうか」

 でも。

「もしかして、こう言うの慣れてるのか?」

「はい。本業ですから~」

 本業、か。
 それは、何と言うか……少し、寂しかった。
 約一週間一緒に暮らして、少しは仲良くなれたと思う。
 でも――まだまだ、俺とこの2人の間は……。
 そう考えてしまう。
 折角の共同生活。
 ――俺は、この2人に何をしてやれるんだろうか?
 もしかしたら、そう思う事すら、悪い事なんだろうか?
 そう、思ってしまった。
 この2人と生活し始めて、偶にある“違い”。
 一般人の俺と、そうではない2人の“違い”。
 それを感じてしまうと、どうしても……悪い方向に考えてしまう。

「どうしました~?」

「いや……」

 首を振る。
 俺に出来る事をやろう。
 弁当作って、学校に行かせて、勉強を見て。
 今までと同じように、これからも。
 それ以外に俺に出来る事が見つかったら、その時はそれをやれば良い。
 身の丈に合わない事は、きっとこの2人の足手纏いになる。

「麻帆良祭が終わったら試験だけど、自信はどうだ?」

「はい? 試験ですか~」

 そう、なるだけ話題を逸らす。
 試験、と何処か他人事のように呟き、

「まー……多分、せんせーに御迷惑を掛けるかと~」

「なるほどなぁ」

 まぁ、ここ数日見て、そうだとは思ってたけど。
 月詠は、まぁ……勉強が出来ない。
 苦手ではないのだ。
 出来ない――多分、今までこういった教育を受けてなかったのだろう。
 国語と数学は少しは出来るが、それも中学3年のレベルではない。

「夏休みは、用事はあるのか?」

「どうでしょう~」

「なら、折角一緒に暮らしてるんだし、勉強でもするか?」

「それも良いかもしれませんね~。お勉強も、思ってた以上に楽しいですし~」

「そうか?」

 はい~、と。
 いつものような少し間延びした返事。
 この話し方にも、もうずいぶん慣れたもんだ。
 そう思い、苦笑する。

「お兄さんは、ええ人ですね~」

「……どうだろうなぁ」

「ふふ、それとも、悪い人でしょうか~」

 どうだろう?
 でも、良い人、と言うのには抵抗があった。
 どうして?
 ――きっと、今はこの子達に出来る事が無いからだろう。

「兄ちゃん、客上げてええ?」

「客?」

 休日に?
 そう思ってしまうが、

「ああ。上げてくれ」

「おっけー」

 茶を用意しようと立ち上がる。
 誰だろう?
 と言うか、知り合いだろうか?
 そんな事を考えながらキッチンに向かい、茶を用意する事にする。
 と言っても、そんな手の込んでないのだが。
 月詠が日本茶好きらしいので揃えた急須と茶葉を用意して、

「せんせ、おはようございますっ」

「おはようございます、先生」

「おはよ、先生」

「……おはようございます」

「――――――ふぁ」

 なんか、いつもの面子の中に、知らない顔が一つあった。
 誰だろう?

「どうしたんだ? 折角の休みに」

「は、はは……いえ」

 桜咲からは目を逸らされた。
 どうしたんだろう?

「えっと、初めまして」

「えへへ」

 そして、その隣にいた女性に挨拶をすると、笑顔を返された。
 あれ? 何処かで会ったかな?

「えっと……」

「木乃香、困ってるぞ?」

 ……なに?

「近衛?」

 あれ?
 近衛って……目の前の女性を見る。
 確かに――似ていると言えば、似ている。
 顔立ちやら、雰囲気と言うか、何と言うか。
 しかし……。

「いや、近衛ってもっと小さかったじゃないか」

「……せんせ、ウチの事そう見てたん?」

 あ。
 ……笑顔が怖いんだが。

「えーっと」

「エヴァちゃん、何でそんなすぐ教えるんよー」

「嘘吐いても後でバラし辛くなるだけだろうが」

 え? 何、本当に近衛なのか?
 龍宮に視線を向けると、にやにやと楽しそうに笑っている。
 桜咲は困ったように苦笑し、絡繰はいつもの無表情。
 ……うーん。

「本当に?」

「はいー。近衛木乃香ですよー」

「……まったく。何を考えてるかと思えば……」

 あ、マクダウェルが呆れてる。
 何だ? どう言う事?

「とりあえず、茶でも飲むか……?」

「はーい」

 そして、若干ご機嫌斜めな近衛。
 もしかしてアレか? 俺を騙して楽しもうとしてた?
 いやまぁ、確かに騙されると言うか……えぇ。
 いまだに信じられず、もう一度近衛だと言う女性に視線を向ける。
 長い黒髪に、二十歳ほどだろう、女性にしては高い身長と、なんだ――メリハリのある肢体。
 しかも、服装も――身体のラインが判り易いのである。
 正直、何と言うか……だ。
 むぅ。

「どないしました?」

「本当に近衛?」

「……あ、あんまそう見られると――恥ずかしいですえ」

「あ、すまん」

 うーむ、しかし信じられない。
 どう言う事だろう?
 ……もしかして、これが魔法か?

「あら、お嬢様~……お綺麗になられましたね~」

「月詠は、この人が近衛だって判るのか?」

「? はい~。人間、そう簡単には変われませんから~」

 変われない、と言うのが少し引っかかったが、どうやら近衛だと言うのは本当……らしい。
 むぅ。
 床に腰を下ろし、人数分の茶を入れる。
 しかし……。

「どうしたんだ?」

 そんなに……変わって、と。
 昨日見た時は普通、と言うかいつも通りだったのに。

「昔遊び半分で作った魔法薬……まぁ、年齢を誤魔化すヤツなんだが。それを気に入ってな」

 そう、口を開いたのはマクダウェル。
 なんだそれ?
 年齢を誤魔化すって……。

「そんなのがあるのか?」

「そうみたいだね。実物を見たのは、私も初めてだけど」

 そう答えたのは龍宮。
 ……本当にあるのか、そんなの?
 なんか、皆にからかわれてるような気もしないでもないが……まぁ、違うんだろうなぁ。
 えー……本当に近衛なのか?
 もう何度そう思ったか判らないが、また思ってしまう。

「本当は幻で、歳を取った風に見せてるだけだから、中身は木乃香のままだぞ?」

「あー、そうなのか?」

 もう、何がなんだか。
 何でもアリだな、魔法って。
 驚きと言うか、何と言うか。

「どう? 綺麗になりましたやろ?」

 そう、嬉しそうに手を広げる近衛。
 うーむ。本当に、近衛なのか。
 なんか、そう言われてるとそう思えてくるが……何と言えば良いのか。
 確かに綺麗だ、と思う。
 なのに――この女性が近衛なら、そう言ってはならないのだ。
 きっと、多分。
 茶を一口啜り、どうにか考えを纏める。
 この女性は近衛で、魔法で大きくなったらしい。
 それで、それを俺に見せに来た、と。
 そう言う事か?

「大きくなったなぁ」

「えへへ」

 また、笑う。
 その笑顔は、確かにそう言われると近衛に似ている。
 本当に嬉しそうで、楽しそうに笑う。
 こういう所は、確かに近衛だ。

「はー……本当に、魔法ってのはあるんだなぁ」

「吸血鬼や狼男、幽霊が居るんだぞ?」

「いや、判って入るけどな……やっぱり、見てみると驚くもんだ」

 こう言う魔法もあるんだなぁ。
 本当、漫画や映画の世界だ。
 歳をとる魔法か……。

「今日は、それを見せに来たのか?」

「はいっ」

 ……折角の休日に、何をしてるんだか。
 そう思い、苦笑してしまう。
 何だかんだと大きくなっても、そう言う所は近衛だなぁ、と。

「凄いな、魔法って」

「そうか? こんなの、ほんの序の口だ」

「は……本当に凄そうだな」

 これで序の口って。
 これでも相当凄いと思うんだがなぁ。
 本格的な魔法って、どんなのだろう?
 少し興味はあるが……まぁ、俺とは縁が無いだろうな、と。
 苦笑してしまう。

「それじゃ兄ちゃん、ちょっと着替えてくるわ」

「おー。月詠も着替えてこい」

「はい~」

 さて、と。

「これから出掛ける予定なんだが、どうする?」

「へ?」

「いや、出掛けるんだが」

 そう意外そうな顔をされてもなぁ。

「月詠達にも携帯とか必要だし……」

 どう言ったものか。
 生徒相手に一緒に来るか? というのも、なんか違う気がするし。
 そう悩んでると、マクダウェル達が笑ってる。
 ……楽しんでるなぁ。
 ああ、そうだよ。
 ちょっと近衛の扱いに困ってるよ。
 だって、まさか成長してくるなんて思いもしなかったからな。
 反則だろ。
 …………とは、顔には極力出さないようにする。
 きっと、もっと喜ばせるだけだろうし。
 くそぅ……。
 どうにも、いつも近衛に話すように、気軽に喋れない。

「その、なんだ……買い物、付き合うか?」

「は、はい」

「ぷっ。木乃香、そこまで照れなくても」

「ま、真名ぁ。そんなん今言わんでもっ」

 はぁ。
 なんだかなぁ……。
 どうにも、年下の子に弱いなぁ。
 ま、月詠達には丁度良いか。
 俺と居るより、よっぽど楽しいだろう。
 ……そう、思っておく。

「先生」

「んー? どうした、絡繰ー」

 精神的に疲れたので、なんか気の抜けた声が出た。

「楽しいですか?」

「そう見えるか?」

「…………」

 応えてくれないのかよ。
 ちょっと寂しいぞ、先生は……はぁ。

「くく……」

「楽しんでるなぁ」

「もちろんだとも」

 むぅ。
 どうやら、今日の休日も、賑やかになるらしい。
 ……良い事なんだけどさ。
 どうにも喜べないと言うか、もう少しゆっくりしたいと言うか。
 再度、視線を近衛に。

「良かったじゃないか、木乃香」

「うー、真名ぁ」

 ……うん、大きくなっても、近衛は近衛だな。
 そう思っとこう。
 しかし、何でまた大きくなったんだ?
 まぁ、幻みたいなもんだってマクダウェルは言ってたけど。
 便利なもんだ。

「せんせ、どうかしました?」

「んー……別に」

「木乃香に見とれてたんじゃない?」

「真名っ」

「おや、まんざらでも……」

「まぁなぁー」

 はぁ。
 賑やかだなぁ。
 女三人寄れば喧しいとは言うが……四人だと、どう言えば良いんだろうな?







 困った、と言うのが本音。
 どうにも、近衛との距離を測りかねると言うか……近衛だとは判っても、やはりその外見が違うと、どうにも。
 頬を掻き、小さく溜息を吐く。
 いつもと同じ……なんだろう。
 けど、いつもと違う。
 外見一つで、こうも印象が変わるもんなんだな。

「大丈夫ですか?」

「おー」

 携帯を買い、昼食を摂り終えて、帰路に着く中、そう絡繰から声を掛けられる。
 昼時を少し過ぎた時間帯、やはり麻帆良の街は活気がある。
 祭りが近いからか、いつも以上にそう感じてしまう。
 少し先を歩く小太郎と月詠、龍宮と桜咲の四人。
 2人に携帯の使い方を教えているらしい。
 まぁ、どっちも使えるだろうから、番号の交換とかをしてるんだろう。
 そして……。

「せんせ、疲れました?」

「いや、そうじゃないんだが」

 そして、俺の隣には成長した近衛。
 ずっとこの調子である。
 いや、確かに登校の時もこんな調子だったんだが……今は少し違うのだ。
 顔が近い。
 絡繰と挟まれてるからか、余計に意識してしまう。
 顔をどっちに向けても、両方のすぐ傍に顔があるのだ。
 片方は生徒の、片方は女性の。
 ……うむ、今までなかった事だから、正直凄く居心地が悪い。
 どうしてこうなったんだろう、と考えるくらいは良いだろうか?

「くく、楽しそうじゃないか?」

「マクダウェルほどじゃないさ」

 絶対この中の誰よりも、お前が楽しんでるだろ。
 楽しそうに笑いながら、先を歩くマクダウェルにそう言う。
 時折振り返りこちらを確認してるもんだから、余計に性質が悪い。
 龍宮達みたいに、見て見ぬふりをして完全に先に行けば良いのに……それはそれで寂しいか。
 月詠ー、小太郎ー、同居人は凄く困ってるぞー。
 ……俺より、携帯が大事か。
 ちょっとショックである。

「ねぇ、せんせ?」

「んー?」

「今日は楽しかったですか?」

「……おー、楽しかったぞ」

 そこは本当なので……本当だけど、どう言ったものか一瞬考えて、いつも通りに答える。
 うーむ。
 改めて、もう一度近衛に視線を向ける。
 横目で、チラリと。
 これが近衛の将来の姿か。
 それとも、本人の希望も混じってるのか。
 まぁどちらにしても、だ。
 ……うーむ。
 反応に困るなぁ。
 視線を前に向け、どうしたもんかと苦笑してしまう。

「いきなり来て、迷惑でした?」

「ん?」

 ふむ……。

「まぁ、少し困ったな。大きくなられると、どうして良いか判らなくなるし」

「えへへ。驚きました?」

「ああ」

 主に、外見的な意味で。
 いきなり成長されたら、こっちはもう、本当にどう反応すれば良いのか。どう対応すれば良いのか。
 生徒だとは判るけど……歳が近いのだ。
 きっと、5つも離れてないだろう。
 なのに、教師と生徒の関係。
 何処かバランスが狂ってしまってて、けれども俺たちは教師と生徒なのだ。
 少し先を歩くマクダウェルや、隣に居る絡繰とは違う。
 ――生徒なのに、今の近衛は生徒には見えない。
 困ったなぁ。
 もう一度、隣を見る。
 楽しそうに笑いながら、スキップでも踏みそうな軽い足取りの女性。
 ……美人だよなぁ。
 そう思い、苦笑。
 生徒に何を思ってるんだか。
 ――と。

「どうした、絡繰?」

「いえ」

 隣から視線を感じ向くと、絡繰と目があった。
 う、そんなに近衛の方を見てたかな?
 いかんいかん。

「ん?」

 視線を先に戻すと、見知った姿がこちらに向かって歩いて来ていた。

「あれ……神楽坂か?」

「え?」

 姿は神楽坂だろう。
 特徴的な髪形で、その髪を飾る鈴には見覚えがある。
 でも――。

「……相手、誰だか知ってるか?」

「あ、あはは」

「……………」

 ……知ってるな、2人とも。
 もしかしたら、俺が知ってる人かもしれないな。
 この近衛の状態からすると。
 伸びた栗色の髪に、俺よりも少し高い身長。
 そして――高畑先生と同じくらいの年齢の男性。
 家族の方だろうか?
 向こうもこっちに気がついたのか、頭を下げてきたので、こちらも一礼する。

「こんにちは、神楽坂」

「あ、は、はは……せ、先生……」

「こ、こ……こんにちは、先生」

 どうしてそこで、そこまでどもるんだ?
 何か悪いことしたかな?
 ……見て見ぬふりをした方が良かったのかもしれないな。
 悪いことしたなぁ。
 と言うか、どうしてそちらの男性まで?
 本当に俺の知ってる人だったり?

「木乃香さんも先生と?」

「うんー。そっちも楽しそうやねぇ」

「そう? いつもとあんまし変わらないわよ?」

「……やっぱり、根本的に問題があるみたいだな」

「まぁ、良い暇潰しにはなってるから良いけどね……」

「は、はは」

 その男性の乾いた笑いを聞きながら、こっちは首を傾げてしまう。
 
「先生。このオッサンが誰だか判るか?」

「失礼だろうが」

 そんな事を言うマクダウェルの頭を押さえ、少し力を入れて下げさせる。

「すいません……」

「い、いえ――凄いんですね、先生」

「はい?」

 凄い?
 そう思った時には、手を払われた。

「くっ――このっ、わ、私にこんな事を……」

「まったく。年上は敬えと、あれほど……」

「誰がぼーやに頭を下げるかっ」

 …………ん?

「ぼーや?」

「あ」

 そして、しまったと言うかのように口元を手で隠すマクダウェル。
 マクダウェルがそう呼ぶ人って……男性に、もう一度視線を向ける。
 ……いや、ここまで歳違うと、見ても判らないから。

「失礼ですが……あの、ネギ先生?」

「はは。当たりです」

「……………………」

 何と言うか、まぁ……何してるんですか? と。
 そう言いたい所を、なんとか我慢する。

「ちっ」

「ネギ先生も、近衛と同じ?」

「はい。明日菜さんが面白がって……」

 神楽坂、お前ってやつは……。
 そう視線を向けると、慌てて逸らされた。

「……あ、あはは」

「学園祭が近いからって、あんまり羽目を外し過ぎるなよ?」

「は、はぁい」

「ふふ、明日菜ったら」

「近衛もだからな?」

「は、はぁい」

 2人して似たような返事で答える。
 まったく。
 なるほどなぁ。
 面白そうだから遊んだだけか。
 はぁ、それに人を巻き込むのはどうかと思うが……。
 ま、祭りの前でテンションが上がってた、って所か。

「しっかし……本当にネギ先生ですか?」

「は、はは。かなり飲まされましたからね……やっぱり気付きませんか?」

「いや、無理ですよ」

 だって、年齢が一回りってレベルじゃないくらい違いますからね。
 30代半ば、つまり20歳以上歳とってると思いますし。
 まったくの別人ですよ。
 ここまで違うと、正解できる人の方がおかしいと思う。

「はぁ。僕も、いきなりこうも歳をとる事になるとは……」

「でも、戻れるんですよね?」

 そうネギ先生に聞き、視線を隣に向ける。
 近衛は、楽しそうに笑いながら一つ頷く。

「あと3時間くらいですか?」

 あ、それくらいなんだ。

「え!? ホントに!?」

 そして、その答えに慌てたのは神楽坂。
 どうしたんだろう?

「急ぐわよ、ネギっ」

「え? え?」

「まだ回りたい所、全部回ってないもの」

 らしい。
 ……元気だなぁ。
 その手を引きながら、足早に去っていき

「それじゃ先生、また明日ー」

「おー。前見て歩かないと危ないぞー」

「はいー」

 その背に、ネギ先生と呼べよー、と声を掛けそうになり、まぁ今呼んだらいろいろ変か、と思い直す。
 だって、本当のネギ先生は10歳だしな。

「ありゃ駄目だな」

「みたいやなぁ」

 ん?

「何が駄目なんだ?」

「まぁ、色々と……強いて言うなら、明日菜の運命はきっと変わらない」

「……よく判らんが。残酷だな、マクダウェル」

「はぁ。明日菜、骨は海捨ててやるからな……」

 本当に友達か、お前達?
 隣からも、溜息。

「近衛?」

「んー……明日菜の事は、ウチも言えへんかなぁ」

 そう言われても、こっちは首を傾げるしかない。
 どうしていきなり歳をとったのか、理由が判らないから。
 本当に面白がってだけなのか、それとも……。
 そう悩んでいると、視線を感じた。

「絡繰?」

「………………」

「ん?」

「いえ……」

 もう、本当に何が何やら。
 俺も、龍宮達に混ぜてもらおうかなぁ。





――――――エヴァンジェリン

 うーむ。
 やはり、ぼーやにタカミチの変わりは無理だったか。
 まぁ判ってはいた事か。
 昨日の反応からして、もうなんか駄目っぽかったからなぁ。
 なにせ、全然意識していない。
 あれじゃ、本当にただ楽しんでるだけじゃないか。
 きっと、本番になるとまた喋れなくなるぞ。
 ……はぁ。

「どうしたんだい、エヴァ?」

「いや、さっき明日菜と会った」

「え? 全然気付きませんでした……」

「刹那……お前はもう少し周囲に気を配っていろ」

 いくら平時とはいえ、少しは気にしろ。
 まったく。

「それがどないかしたんですか~」

「いや。予想通りだったから、どうにもなぁ」

「どう言う事や?」

「……まぁ、なんだ。骨は拾ってやらんといかんようだ」

「……まだそうと決まった訳では……」

 いや、まぁ、そうだがなぁ。
 真名と刹那と三人で、頭を抱えると言うか、何と言うか。
 うーむ。
 難しいなぁ。

「あ、そや」

「ん?」

 そうしていたら、月詠から声を掛けられた。

「エヴァンジェリンさん、携帯の番号教えて下さい~」

「あ、俺も」

 む。
 ば、番号か?

「いいが……」

 どこに直していたかな。
 携帯を探し、取り出す。
 チリン、と乾いた音が耳に届く。

「おや、可愛い飾りですな~」

「そうだろう? 中々気に言っているお守りだ」

「ほほぅ」

「何だ、真名?」

「べつにー」

 ふん……さて。
 番号は、っと。

「赤外線って便利ですな~」

「そうだな。ほら、やるぞ」

 月詠、小太郎と順に携帯の情報を交換する。
 ふぅ……。

「その携帯、先生の番号は入ってるのかい?」

「ん?」

 先生の?
 ……そう言えば、先生の番号は知らないな。

「ついでだし、頼んで登録してもらったら?」

「……別に、必要無いだろう」

 教師の携帯番号だなんて。
 とも思うが、何だかんだで良く喋るからな。
 登録するだけならタダだしな。

「先生」

「ん?」

 茶々丸と木乃香に囲まれ、困っている先生に声を掛ける。
 しかし、驚きはしたが、そう変化はなかったな。
 面白くない。
 もっと楽しい反応を期待したと言うのに……。

「携帯の番号、登録してくれ」

「なに?」

「月詠達と交換したからな、ついでだ」

「ああ。そう言う事な……あとで、月詠達のも登録しないとな」

 ほら、と差し出される携帯。
 それに自分のを合わせるように、互いに登録し合う。
 登録されたのは、彼の名前。
 ――それを、数瞬眺める。

「ちゃんと出来たか?」

「……ああ」

 そう小さく返し、携帯を閉じる。
 チリン、と鈴の音。

「まだつけてくれてたのか」

「ん?」

「もっといいストラップがあるだろうに」

「……そうかもな」

 だが、他のを探すのも面倒だしな、と。
 それに、このお守りは結構御利益がある。
 中々に惜しいものなのだ。

「茶々丸も聞いていたらどうだ?」

 そう、言う。
 ついでに、と。
 しかし、

「いえ、私はすでに登録していただいています」

「なに?」

 初耳だった。

「いつの間にだ?」

「2年の頃に、です」

 そんなに早くか?
 ……お前、本当に私の知らない所で先生と会ってたんだなぁ。
 隣の木乃香も驚いた顔で茶々丸を見ている。

「どうかなさいましたか、木乃香さん?」

「へ? あ、いやぁ……うん。別に?」

 動揺し過ぎだろうに。まったく。
 本当に楽しいなぁ、お前達は。

「それじゃ、帰るかー」

「そうだな」

 その疲れた声に、小さく相槌を打つ。
 大変だな、と思う。
 けど、最近は結構こんなこの人を見ているのも楽しい。
 ……楽しいのだ。

「せんせ、晩ご飯何にします?」

「いや、もう帰りなさい……」

「……………………」

 くく――大変だな、先生。
 そう小さく笑うと、小さな溜息。

「楽しそうだなぁ、マクダウェル」

「ああ、もちろんだ」

 きっと、今年の麻帆良祭は今までにないくらい楽しいだろうな。
 ――なるほど。
 確かにお前が言った通りだな、明日菜。
 “友達”が多いと、確かに楽しいよ。




――――――チャチャゼロさんとさよちゃんとオコジョ――――――

「姐さん達、今日はお楽しみですかねぇ」

「ダロウナァ」

 くぁ、と揃って小さく欠伸をする。
 ……人形に欠伸が必要なのかは判らないっすけど。

「うぅ、私も行きたかったです」

「しょーがねーって、さよ嬢ちゃん。お祭りまで我慢しな」

「はーい」

 こうやってお話しできるのも、楽しいですし、と。
 うぅ、嬉しい事言ってくれるなぁ。
 姐さん家の軒先で三人並んで日向ぼっこしながら、もう一度欠伸。

「眠そうですね、カモさん」

「天気良いからなぁ」

「はいはい」

 撫でるなよぅ、眠くなるだろ。

「悩ミナサソウダヨナァ、オ前ラ」

「そんな事無いっすよ?」

「ふふ」

 くぁ。






[25786] 普通の先生が頑張ります 閑話
Name: ソーイ◆10de5e54 ID:052e1609
Date: 2011/04/01 00:36
――――――エヴァンジェリン

 朝、目が覚める。
 それはいつもと同じ一日で、そしてきっと、明日も同じ一日。
 ふぁ……。

「おはようございます、マスター」

「ああ、おはよう茶々丸」

 ベッドから上半身だけを起こした状態で、欠伸を一つ。
 起こしに来た茶々丸にそう応え、下がる様に言う。
 窓から差し込む光が、今日も快晴だと教えてくれる。
 ……吸血鬼なのに、何をやってるんだか。
 こんな朝早くに目を覚まし、夜もそう遅くない時間に眠りにつく。
 そんな生活。
 そんな生活が、ここ数カ月で当たり前になっていた。
 朝早く起き、朝食をしっかり食べ、学校へ行き、帰って来てからは弟子の面倒を見て、遅くならないうちに寝る。
 その繰り返し。
 当たり前のように過ぎていく時間。
 在り来たりな日々。
 どうしようもないほどに退屈な毎日。
 そして……とても、暖かな日常。
 それが、私はそれなりに気に入っている。
 まるで、窓から差し込む陽光のよう。
 眩しくて、暖かくて……吸血鬼の、対極。
 私には手の届かないものだと思っていた。
 でも、案外簡単に――簡単でもない、か。
 苦笑し、着替える為にベッドから抜け出す。

「着替える。朝食の用意をしておけ」

「かしこまりました」

 茶々丸を下げ、制服に着替える。
 そう言えば――もう随分と長く、授業をサボっていない。
 まぁ、今はサボる必要が無いからだが。
 それでも、これだけでも随分とした変化のようにも思う。
 そう言えば、私は以前は、どうして学園に行くのをああまで嫌がっていたんだったか……。
 思い出せない思考に苦笑してしまう。
 なんだったかなぁ。
 だがきっと、下らない事だろうな。
 じじいが気に入らなかったとか、多分そんな所だろう。
 この学園に来た最初の頃は、そんな事は無かったんだがなぁ。
 ああ、そうだ。
 そろそろ『登校地獄』の呪いが面倒になってきたからだ。
 そうだそうだ。
 そして――。

「……はは」

 ――そして私は、副担任の先生に“目を付けられた”のだ。
 そこは覚えている。
 あの日。
 サボリ魔の私を迎えに来た先生を。
 そして。
 何も知らないくせに、私をちゃんと卒業させると言った事を。
 バカだな、と。
 そう笑ってしまう。
 何も知らなかったくせに、と。
 何も知らないくせに、当たり前の事を当たり前にしようとする。
 その事が、たまらなく――。
 着替えが終わり、最後に鏡の前で身嗜みを軽く整える。
 ……うん。

「茶々丸、用意は出来ているか?」

「はい」

 二階から降りると、鼻孔を擽る暖かな香り。
 それが食欲をそそり、少し足早に席に着く。

「腕を上げたか?」

 その温かな料理を一口食べ、一言。

「そうでしょうか? レシピ通りに作っただけですが」

「ふふ……まだまだだな、お前も」

「申し訳ありません」

「怒っている訳ではないさ」

 苦笑する。
 まだまだだな、と。
 料理は確かに美味くなった。
 よく覚えてはいないが、きっと数か月前より格段に美味しくなっていると思う。
 ……あの頃は、特にそう言うのは気にしていなかったからな。
 用意されていたのものを、食べていただけ。
 きっと、言葉にするなら私の毎日はそんなものだった。
 そこの意味は無く、永遠のうちの一日として、その日を生きていた。
 その積み重ねたものが、どれだけ薄っぺらかも気にせずに。
 また一口、料理を食べる。
 うん……美味い。

「美味いぞ、茶々丸」

「……………………」

 返事は、無い。
 どうしたんだろうか、と振り返ると……その見慣れた無表情の中に、微かな驚き。
 そうと判るのは、きっと私が茶々丸と一番長い時間を過ごしているからだろう。
 そして――最近は感情と言うモノが、確かに育っている事を知っているからか。

「どうした?」

「いえ。そう言っていただけたのは初めてでしたので」

「……そうだったか?」

「はい」

 そうだったかな?
 確かに言った覚えは無い、な。
 ふむ。

「気紛れだ、気にするな」

「はい」

 そう言う事にしておく。
 そう。ただの気紛れだ。
 ……だが、私は茶々丸にそんな事も言っていなかったのか、と。
 簡単な挨拶だけの関係。
 会話と呼ぶには事務的過ぎる話。
 確かに。
 そんな生活では育つものも育つ訳は無いか。
 そう思い、苦笑する。
 ならどうして、茶々丸がここまで成長できたのか。
 判っている。
 茶々丸を育てたのは私ではない。
 だが、それをそう悪くは思わない。

「まだあるか?」

「はい、お注ぎしてきます」

 空になった味噌汁の器を渡し、小さく一息入れる。
 こうまで静かな朝は、初めてのような気がする。
 だからだろうか? こうも色々と考えてしまうのは。
 静かで、ゆっくりな時間。
 最近はこんな時間が多いと思うが……今朝は特別そう感じる。
 茶々丸が居ない部屋で、秒針が時を刻む音が耳に届く。
 そして少し遠くでは、料理を用意する茶々丸の気配。
 チャチャゼロとさよは、昨日は遅くまで起きていたのか、物置に籠っているのだろう。
 まぁ、あのオコジョ妖精が来たら出てくるだろう。
 何だかんだ言って、仲良くやっているみたいだしな。

「おはよーございますー」

「オウ、今日モ早イナ御主人」

 そんな事を考えていたら、件の2人……2体か? が部屋に入ってきた。

「おはようチャチャゼロ、さよ。珍しいな、朝から起きてくるなんて」

「御主人ニダケハ言ワレタクネーヨ」

「くく、そうだな」

 早起きする吸血鬼には言われたくないだろうな。

「さよ、その身体には慣れたか?」

「はいっ。ここずっとカモさんにお相手をしていただいてましたから」

「そうか。それは良かったな」

「えへ。ありがとうございます」

 チャチャゼロに似た、だが細部ではさよ本人に似せた人形が小さく笑う。
 うん。そう笑ってもらえるなら、その身体を用意した甲斐があったというものだ。
 しかし、カモ?
 あのオコジョ妖精、さよにまた変な事を吹き込んでないだろうな……。
 今度一度、問い詰めておくか。

「エヴァさん?」

「ん? ああ、なんでもない」

 そんな事を考えていたら、低い位置からさよがこちらを見上げて来ていた。
 いかんいかん。
 さよとあのオコジョ妖精は最近仲が良いみたいだからな。
 気付かれでもしたら、何か気まずくなりそうだ。
 そんなことを考えていたら、茶々丸がおかわりを持ってきた。

「どうかなさいましたか? 姉さん、さよさん、おはようございます」

「オー、今日モ調子ハ良イイミテーダナ」

「はい。私はいつも通りです」

「……ケケケ、ソリャ良カッタゼ」

「?」

 チャチャゼロ、それだときっと、茶々丸はまだ判らんだろ。
 ……まぁ、それも含めて、楽しんでいるんだろうけど。
 茶々丸が持ってきた味噌汁を啜りながら、一人ごちる。
 そう言えば、チャチャゼロってこんなに喋る奴だったかな?
 確かに、退屈しないように造ったんだが……もう、その辺りも思い出せない。
 判っているのは、チャチャゼロもまた、今のこの時を楽しんでいると言う事。
 きっと、私と同じくらいに。
 私と同じように長い時間を生きてきた。
 そんなコイツだからこそ、この時間がどれほどのものか、私と同じくらいに理解しているだろう。

「ドウシタヨ?」

「いや……楽しそうだな、とな」

「オウ。ココ最近ハ、暇ダガナ」

「良い事じゃないか」

「まったくだ」

 2人して小さく笑い、食べ終わった朝食を置く。

「美味かった。今晩も期待している」

「かしこまりました」

 そう言って、一礼。
 ……礼儀正しいヤツだ。
 もう少し砕けても……まぁ、それはまだ難しいか。
 差し出された紅茶を受け取りながら、もう一度苦笑。

「それじゃ、少し早いが行くか」

「はい。用意してまいります」

 ふぅ、と。
 食後のお茶を口に含みながら、内心で小さく溜息。
 こうものんびりとした時間を過ごしていると、まるで人間に慣れたかのように錯覚してしまいそう。
 そう思えるほどに、穏やかで、暖かで、満たされて、少しだけ退屈な時間。
 それが悪いとは思わない。
 手の届かないモノだと思っていた。
 見ている事しか出来ないと思っていた。
 だが、こうして私は、そのただ中で――生きている。
 そのことを実感しながら、紅茶を一口。

「エヴァさん、何か良い事でもありました?」

「ん? どうした、さよ?」

 どうしてそう思う? と聞いてみる。
 良い事?
 どうだろうか。
 確かに、良い事なのかもな。
 こんな静かな時間を、感じられると言うのは。

「んー……どうしてでしょう?」

「朝カラ笑ッテルカラジャネーノ?」

「……失礼だな、お前」

 私だって、朝から笑うさ。
 ……気分が良ければな。
 朝は弱いから、そんな気分には到底なれないが。
 今日は特別だ。

「ソウイウ風ニ造ッタノハ御主人ダケドナ」

「ふん。お前のその生意気な物言いは、聞いていて飽きないからな」

 と言うか、きっとどこかで魔法式を間違えたんだと思うが。
 今となっては、それで良かったとも思う。
 長年一緒に生きてきたからか、愛着もあるしな。
 そう言うと、小さく笑われた。

「仲が良いんですね、2人とも」

「マ、付キ合イ長イカラナ」

「そうだな」

 もうどれくらいか……。

「マスター、登校の準備できました」

「そうか」

 では、今日も退屈な授業を受けに行くとするか。
 そう思い席を立つ。

「行ってくる」

「行ってきます、姐さん」

「オウ。楽シンデ来イ」

「行ってらっしゃい、2人ともー」

 さよ、お前は後から来るだろうが。
 そう苦笑しながら、家を出る。

「そうだ、茶々丸」

「なんでしょうか?」

 ふと、朝食の事を思い出す。

「洋風の朝食に味噌汁はどうかと思うぞ?」

「……そうでしょうか?」

「ま、いいか」

 そして、今日も1日が始まる。
 明日からは、麻帆良祭だ。
 きっと――楽しくなるだろうなぁ。

「茶々丸」

「はい」

「……最近は、楽しいか?」

 チャチャゼロも、さよも、楽しそうだったから。
 だから、そう聞いてしまった。
 その感情を、茶々丸は、キチンと理解しているのか。

「はい。……私は、きっと毎日が楽しいです」

「……そうか」

 それは良かったな、と。
 本心から、そう言えた。







 くぁ。

「ま、じ、め、にっ」

「……判ってるよ」

「やる気の無い声ですわねぇ」

 誰が好き好んでメイドの真似事なんかしたがるか……。
 そうは思うが、これがクラスの出し物なのだからしょうがない。
 くそう……やっぱり抵抗があるぞ、コレは。
 教室で、他の連中は内装やらの準備をしているのに私と明日菜、刹那は居残りで演技練習をしていた。

「そんなに嫌ですか?」

「う……」

 雪広あやか?
 お前、ちょっと笑顔が怖いぞ……。

「ですが、明日までには完全にマスターしていただきます」

 エヴァンジェリンさんだけなんですからね、と。
 うぅ、判ってるよ、そんな事は。
 だがなぁ。

「雪広あやか? ほら、人には得手不得手と言うものがあってだな……」

「はいはい、その言い訳は聞き飽きましたわ」

「…………はぁ」

「いま、溜息吐きました?」

「まさか」

 どうして私は、厨房担当に回してもらえなかったんだろうか?
 そこだけはどうしても納得がいかん。
 そして、雪広あやか? お前、本当に笑顔が怖いぞ?

「別に良いだろうが……私一人くらい」

「いけませんっ」

「むぅ」

 だがなぁ、他人に御主人様など……言えるか。
 この私がだぞ?
 滑稽以外の何物でもないだろうに。
 ……魔法関係者に見られでもしたら、私は首を吊るな。絶対に。
 そう内心で達観しながら、再度……溜息を吐こうとして、止める。
 いかんいかん、溜息なんか吐いたら、何を言われるか判ったものじゃないからな。

「ネギ先生の御迷惑になるじゃないですかっ」

「やっぱりそっちか、このショタコンっ」

「ショタコンではありませんっ」

 じゃあ何だと言うんだ、このショタコン。
 なーにがぼーやの迷惑だ。
 結局そっちじゃないか。
 まったく。
 ……まぁ、何となく判ってはいたがな。
 雪広あやかの後ろに控えていた明日菜と刹那が苦笑していた。
 くそ……良いよな、お前らは。
 あの下らん三文芝居で合格が出て。
 何であの棒読みが合格で、私は不合格なんだ? 理解が出来ない。

「あちらは諦めてますから」

「私も諦めろよ……」

「それはそれでショックなんだけど?」

「うぅ……」

 うるさい、外野は黙れ。
 何故だ?
 もはや、最初の頃のように怒る気すら失せるな、コレだと。

「いいえ、エヴァンジェリンさんなら立派なメイドになれると思いますっ」

「誰も立派なメイドになんかなりたくはないっ」

 好き好んで人に仕えようとは思わん。
 まったく……。

「ネギ先生も言っておられましたよ? エヴァンジェリンさんは頑張れば出来ると」

 ヤツか。
 この前の年齢詐称薬に対する嫌がらせか?
 ……今晩の修行は覚悟しとけよ……。
 とりあえず、絶対泣かす。
 そう心に決めながら、溜息を一つ。

「む」

「よし。雪広あやか、一つ取引しないか?」

「……断ります。私は雪広財閥の一人娘として――」

「ぼーやの事なんだが」

「なんですか?」

「変わり身早っ!?」

「エヴァンジェリンさん? その、流石に本人不在で取引とかは……」

 おい、外野うるさいぞ。

「見逃してくれるなら……」

「なら……?」

「何を言ってるんだ」

 そこまで言って、頭を軽く叩かれた。
 くっ。

「まったく。雪広? お前もこんな裏取引に応じるんじゃない」

「ぅ、い、いえっ。一応……聞くだけ聞こうかなぁ、とか」

 ウソだろ。
 お前絶対最後まで聞いて、私を見逃してただろ。
 後ろの2人も同意見だったらしく、疑わしい視線を雪広あやかに向けていた。

「な、何ですかその目はっ」

「はぁ。わかりやすいわねー」

「明日菜さんにだけは言われたくありませんっ」

「はいはい」

「くっ……屈辱ですわ」

「そこまで言わなくても良いでしょ!?」

 仲良いよなぁ、お前ら。

「ま、それより急いで準備終わらせろよ?」

「はぁい」

「判ってますわ」

「はい」

 一応放課後も準備できるらしいが、遅くまでは何かと物騒だしな。
 しないで済むなら、それに越した事はないだろう。

「マクダウェルも、本番ならちゃんとするだろう?」

「ふん……」

 また軽く、頭を叩かれる。
 ……くそ。

「判ってるさ、ちゃんとやる」

「と言う訳だ。とにかく、まずは準備を終わらせてしまおう」

「判りましたわ」

 そう言って、我先に駆けていく雪広あやか。
 生き先は……まぁ、判ってはいるが、何となく目で追う。
 その先には、宮崎のどかの代わりに思いものを持っているぼーやが居た。
 あー……まぁ、なんだ。

「あれは大変ねぇ」

「お前も他人事じゃないだろうが……」

「う」

 はぁ。
 そう溜息を吐く。

「はいはい。喋ってないで手を動かすように」

「……判ったよ」

 まぁ、あの変な練習から解放されただけマシか。
 ……はぁ。
 まさか、こんなにメイドの真似事が面倒だとは思わなかった。
 そう思っていると、先生が教室の外に出ていくのが見えた。
 どこに行くんだろうか?

「どないかしましたか、エヴァンジェリンさん~」

「月詠か」

 ――お前、バランス感覚良いな。
 まぁ気で強化してるんだろうけど。
 器用に右手に食器の山、左手に水の入ったペットボトルを持っている。
 ……私が言うのもなんだが、どうやってバランス取ってるんだ?
 あんまり気にしないでおくか……。

「いや、先生が外に出ていったんだが、何か聞いてるか?」

「あー。なんや、忘れ物あったみたいで、それ取りに行かれるみたいですよ~」

「ふぅん」

「量多いみたいですから、お手伝いにでも行かれます~?」

 どうして私が、とも思い視線を周囲に向ける。
 木乃香は、荷物持ちは得意じゃないだろうな。
 茶々丸はすでにクラスの連中と作業をしている。
 明日菜と刹那は……どっか行った。
 多分どこかで手伝ってるんだろう。
 むぅ。

「ま、いいか」

 どうせ、私が居ても手伝える事なんて他と大差無いだろう。
 それに……あっちの方が楽そうだ。

「それでは、いいんちょさんにはそう伝えときますね~」

「ああ、頼んだ」

 教室から出て、小さく溜息。
 そう言えば、服装がコレだった。
 しまったな……だが、一度出た手前、何か中に戻るのも気が引けると言うか……。
 雪広あやかが用意したメイド服のスカートを軽くつまみ、どうするかな、と。
 コレで職員室に?
 ……無理だ。
 瀬流彦やら葛葉刀子に会ってみろ。
 ……考えるだけでも恐ろしい。
 今まで作ってきた私のイメージが崩れてしまう。

「――まぁ、いいか」

 少し、屋上で時間でも潰してこよう。
 この時間なら、誰も居ないだろうし。
 大体、こんな狭い教室で作業するのがいけないんだ。
 狭いんだよ。
 雪広あやかと宮崎のどかの周りは面倒だし。
 あんなぼーやのどこが良いんだか……。
 まぁ、ナギの息子なんだし、将来はそれなりに期待は出来るが。
 そんな事を考えながら、屋上へ。
 ドアを開けると、夕日が眩しい。
 ……はぁ。
 そう言えば、一人で屋上に来るのは、随分久し振りだな。
 ここ最近は、ずっと誰かが一緒だった。
 だからだろう、一人の屋上と言うのが――酷く、寂しく思えた。
 苦笑する。
 今まではずっと孤独だったのに、今はもう賑やかなのに慣れてしまっている。
 すぐ傍の石畳に腰を下ろし、その夕日をぼんやりと眺める。
 あと1時間ほどで、今日が終わる。
 明日は、学園祭だ。
 ……もう飽きたはずの麻帆良祭が、今はこんなにも待ち遠しい。
 そう思うのは、変だろうか?
 きっと、殆ど変わらない。
 出し物も、イベントも、きっと去年とそう大差無い。
 なのに、今はこんなにも楽しみだ。
 ……そう思うのは、変かな?

「はは」

 きっと、変なんだろうな。
 私は変だ。
 ここ最近、きっと……変なんだ。
 明日菜が居て、木乃香が居て、真名が居て……気の許せる連中が居る。
 茶々丸も、チャチャゼロも楽しそうだ。
 ……そして、私も、楽しい。
 今見ているのが夕日だからだろうか?
 妙に感傷的な思考に、笑ってしまう。
 口元を隠し、肩を振わせ……笑う。
 この私が、随分丸くなったものだ。
 寂しい、のかもしれない。
 あの賑やかさに慣れなくて。

「……本当に居たよ」

「ん?」

 屋上のドアが開く音と一緒に、声。

「……先生か」

「あのなぁ。何を堂々とサボってるんだ……」

「いいだろ。偶には感傷的にもなる」

 一瞬の間。
 しかし、

「誰かから聞いたのか?」

「ん?」

「私がここに居ると」

 さっき、そんな事言ってたみたいだしな。
 大方、月詠か……後は、勘が鋭いのは明日菜か?

「ああ。絡繰からな」

「……そっちか」

 どうしてそんな事を先生に言ったのかは判らんが、ま、いいか。
 隣をポンポン、と小さく叩く。

「何かあったのか?」

 そして、その意図を察してくれて、そこに座る先生。
 膝を立て、そこに顎を乗せるように座っている私の隣に座る先生の顔を、見上げる。
 少し、遠いなぁ。
 慎重さもあるし、座った距離もある。
 ……少し、遠い。

「なぁ、先生?」

「どうした?」

 どうして、私の問いかけに、そう簡単に応えてくれる?
 私は吸血鬼で、先生は人間。
 話を聞いてくれる、今まで通りに接してくれる。
 でも、そこまでする必要はないんじゃないだろうか?
 教師だから、と。
 そこまでしなくても、十分に教師としての職務は全うしていると思うんだが。

「……先生」

「どうした、マクダウェル?」

 トクン、と。
 小さく、ココロが鳴る。
 マクダウェル。
 そう私を呼ぶのは、この人だけだ。
 私が人とは違うと判っても、それでも変わらない――この人だけの、私の呼び名。
 その声が、耳朶を擽る。

「うん」

「……?」

 変わらない事が、こんなにも嬉しい。
 変わりたいと思う私が、変わらない事を喜ぶのは変だろうか?
 でも、今くらいは良いだろう。
 夕日が眩しい。
 その眩しさに目を細め、小さく笑う。

「どうしたんだ、先生? 準備はまだ終わってないだろう?」

「お前なぁ……」

 そして、呆れたように、その大きな手が私の頭に乗せられる。
 大きな手だ。本当に。
 それとも――私が小さいだけか。

「先生、どうしてここに来たんだ?」

「お前がサボってるからだろうがっ」

 そう言い、その大きな手が、撫でるように、私の頭を揺らす。

「まったく。他の皆は頑張ってるってのに」

「少しくらい良いだろ」

「駄目に決まってるだろうが」

 融通が聞かない先生だなぁ。
 そう苦笑するが、腰は上げない。
 もう少しだけ、このままで。

「先生だって座ってるじゃないか」

「お前が……ま、いいか」

 はぁ、と隣から小さな溜息。

「あと5分な?」

「細かいな」

 ま、それで良いか。
 あと5分だけの、この時間。
 どう使うかな……。
 トクン、トクン、と。
 小さく、淡く、でも確かに高鳴る鼓動が心地良い。
 よく茶々丸と2人で居た屋上に、今は先生と2人。

「なぁ、先生」

「ん?」

「血を吸って良いか?」

「…………は?」

「くく」

 どうしてそんな事を聞いたのか。
 自分でも良く判らないが……その気の抜けた声に、笑ってしまう。
 でも、私からは離れないんだな。

「血だよ。先生の血」

「大丈夫なのか?」

「ん?」

「いや……何と言うか、だな」

 ああ。

「冗談だよ。それに、血を吸うだけじゃ吸血鬼になったりしない」

「あ、そうなのか?」

「血を吸い、私の血を分ければ吸血鬼になる……ま、擬似的なモノだけどな」

「……ふぅん」

 よく判ってないような声。
 それがまた、可笑しい。

「楽しそうだな」

「……ああ。楽しいよ」

 そりゃ良かった、と。
 そう言い、その大きな手が、退けられる。

「んじゃ、5分経ったし戻るか」

「もうか?」

「はぁ……マクダウェル?」

 判った判った。
 そう言い、立ち上がろうとして……その手が、差し出された。

「ほら」

「……はは」

 その手を見ながら、悪いとは思ったが笑ってしまった。

「どうした?」

「いや……」

 その手を握り、立ち上がる。
 ナギの時のような力強さは無い。
 でも、確かな感触が、この手に在る。
 その事が――嬉しい。
 ……ああ……。

「先生」

「ん?」

 一瞬、言い淀み、

「迎えに来てくれて。ありがとう」

「礼を言うくらいなら、まずサボるなよ」

 この私が礼を言ったと言うのに、この人は私を注意する。
 ……今まで通りの在り方。
 それはきっと、これから先も変わらないのだろう。
 私の事を知っても、変わらなかったように。

「先生の血は不味そうだな」

「そりゃ良かった」

 ……そうだな。
 でもな。

「それじゃ、教室に戻るか」

「ああ」

 その背を追いながら、思う。
 ……トクン、と小さく、でも、確かに――ココロの内に、在るソレ。
 渇望とも言えるのかもしれない。

「早く終わらせて帰ろう。明日からは学園祭だしな」

「判ってるよ」

 ――でも、我慢しなければならない。
 知ってるか、先生?
 こうまで誰かの血を吸いたいと思ったのは、貴方が初めてなんだ。






[25786] 普通の先生が頑張ります 51話
Name: ソーイ◆10de5e54 ID:052e1609
Date: 2011/04/01 23:50

「できたー!!!」

 と言う声と共に、クラスに居た皆が腰を落としたり、てに持っていた道具を頭上に掲げたり。
 それぞれの方法で喜びを表現する。
 何が出来たかと言うと、それは今年の麻帆良祭の出し物――メイド喫茶である。
 クラスの入り口から、内装まで。
 その全部が手作りという手の込みようだ。

「喜ぶのは良いが、明日から本番だからなー?」

「うぅ、先生が虐める……」

「苛めてないだろ」

 そう泣き真似をする朝倉に苦笑し、さて、と。

「でもまぁ、明日が本番なんだから、ハメを外し過ぎて怪我なんかするなよ?」

「判ってるって」

 そう言って親指を立てる姿を見ると……不安になる。
 いやもう、こう言う時が一番危ないからなぁ。

「ま、これから前夜祭もあるんだし、早く片付け終わらせよう」

「はい、先生も遅くまで付き合わせてしまいまして、申し訳ありません」

「そこは気にしなくていいが……」

 そう苦笑し、金槌やらを適当に纏める。
 コレを返して、生徒をちゃんと帰せば、俺の今日の仕事もお終いだ。
 後は明日。
 本番は、明日。
 そう思うと、感慨深いものがあるなぁ。
 たった二週間だったけど、それでも皆で頑張ったんだ……上手く行くと良いな。

「あ、先生」

「ん?」

 そう考えていたら、絡繰から声を掛けられた。

「どうした?」

「いえ。お荷物を持ちましょうか?」

「?」

 荷物……って、コレか?
 金槌やら、余った釘やらが入った荷物に視線を向ける。

「危ないし、重いからいいよ」

 それに、こういうのを生徒に運ばせるのは気が引ける。
 そう思い、それなりの重量がある荷物を抱え直す。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫」

 そうまで細く見られるのかな?
 心配してくれるのは嬉しいが、俺だって男なのだ。
 これくらいなら問題無い。

「絡繰も早く帰って、明日の準備をしなさい」

 ただでさえ、マクダウェルの準備も一緒にしないといけないんだろうし。
 それに、折角の祭りの前日なんだ。
 こういう細かいのはやってあげたいとも思う。
 明日からも、この子達が頑張る番だ。
 手伝ってあげれるのは、きっとこれくらいしかないし。

「雪広達も帰る準備してるし……」

「お手伝いします」

「ん……」

 そう強く言われてもな。
 どうやって断るかな、と悩んでいると、小さな影。

「せんせー」

「どうした、月詠?」

 月詠は、ちゃんと学園では先生、部屋では兄と呼び方を使い分けてくれる。
 この辺りは本当に小太郎にも見習ってほしいものだ。
 アイツはどこでも変わらないからなぁ。
 ま、それもアイツの良い所なんだが。

「どないしました~?」

「ああ、いや」

 顔に出ていたのか、月詠の心配した声。
 それに何でもないと応える。

「それで、どうした?」

「いえ、学園長さんにお呼ばれしまして~」

「学園長?」

「はい~」

 どうしたんだろうか?
 月詠を、と言う事は……まぁ、きっとそう言う事だろう。
 ん、と。

「判った。それじゃ先に……晩ご飯はどうする?」

「多分、そこまで遅くなりませんと思いますえ」

「そうか。小太郎もか判るか?」

「多分一緒だと思います~」

 なら、晩飯はいつも通りか。
 明日からは忙しいだろうし、焼き肉でもするかなぁ。
 小太郎喜ぶし、楽だし。

「判った」

「それで、宜しければ~」

 そう言って、その視線を隣……絡繰に向ける。

「判りました」

「よろしくお願いします~」

「ん?」

 そこで、2人で納得されてもな。
 一人首を傾げると、月詠が絡繰に頭を下げてくる。

「それでは、お兄さんをお願いします~」

「かしこまりました」

「……えっと」

 どういうことかな?
 出来れば、俺にも判るように教えてほしいんだが……?

「それでは先生、行きましょう」

「いや、だからな?」

「せんせー」

「ん?」

 そして、今度はこっちに頭を下げてくる。
 どうしたんだろう?

「今は色々、ゴタゴタして危ないですから茶々丸さんとエヴァさんと一緒に帰ってもらえますか~」

「……へ?」

「申し訳ありません~」

 いや、そう楽しそうに言われてもな?
 一応絡繰の方を見ると……いつもと変わらない表情。
 むぅ。

「いや、そこまでしてもらわなくても」

 一応大人だから、自分の身くらいは……と言えたら良いのだが。
 そう思い頬を掻こうとして、両手が荷物で塞がっている事を思い出す。

「あー……迷惑だろ?」

「いえ」

 ……そう。
 どう断るかな、と思うがどうにも断れそうにない雰囲気でもある。
 困ったな。

「それでは」

 そう悩んでいたら、その手が荷物を受け取ろうとこちらに差し出される。

「いや、こっちは持つから」

「……そうですか?」

「おー」

 それくらいは、と。
 しかし……良いのかなぁ。
 教室から出ると、日ももうすぐ沈もうという時間帯。
 他に生徒も良無くて、絡繰と2人で廊下を歩く。

「良かったのか? 他にやる事もあるだろうし……」

「大丈夫です」

「そうか?」

「はい」

 うぅむ。
 まぁ、絡繰が言うなら……と言う訳にもいかないだろ。

「こっちは何とかするから、先に帰って良いぞ?」

 そうそう、あんな物騒なのも……居ないと思うし。
 あの雨の日を思い出すと、少し息苦しい。
 ……本当に、月詠達は危ない世界に生きているんだと、理解してしまう。
 そう思うと、あの子の言う事を無碍にするのもな、と思う。

「いえ」

「そうか」

 まぁ、今後ああ言った人が来なければ、大丈夫だろう。
 今はまだ、言う事を聞いていないといけないか。

「なら、今日は一緒に帰るか」

「――はい」

 そう言うと、小さく笑う。
 ふむ。

「笑えるじゃないか」

「え?」

「いや、この前は笑えないって言ってたから……」

 今は簡単に笑えるじゃないか、と。
 そう言うと、驚いた顔。

「どうした?」

「……いえ」

 そうしてまた嬉しそうに笑い、その顔が伏せられる。
 少し、言い回しがアレだったかな……。
 心中で反省し、どうしたもんかな、と。
 とりあえず、今後はあんまりこう言う事は言わないでおこう。うん。

「先生」

「ん?」

 そのまま無言で歩き、職員室に道具を返した帰り、絡繰から声を掛けられた。

「どうした?」

「あの、こちらを」

 そう言って差し出されたのは、二枚のチケット。

「?」

 なんだろう?
 それを受け取り、眺める。

「マスターの囲碁大会の招待状です」

「……囲碁?」

「はい。囲碁です」

 それはまた……なんというか。
 そう言えば、マクダウェルは囲碁部と茶道部の兼用だったな。
 となると、こっちの茶道部のなんとかって書いてあるのは、茶道部用のか。

「こっちは?」

「そちらは……」

 学園祭中の茶道部の出し物って……なんだろう?
 思い付くのはやっぱりお茶だよな。
 それを振舞うのだろうか?

「……茶道部の、野点の、招待状です」

「野点?」

 って、えーっと……。

「屋外でのお茶会……のようなものです」

「へー」

 そう言うのも――そう言えば、偶にテレビでやってたような?

「でも、作法とか判らないぞ?」

「問題ありません。野点では、細かな作法は簡略化されております」

「というと?」

「以前よりはお気軽に、楽しめるかと」

「なるほどなぁ」

 それは良い。
 一度ネットで作法なんか調べたが、全く判らなかったからな。
 それなら俺でも何とかなるだろう。

「折角誘ってもらったからな、何とか時間作って行かせてもらうよ」

「はい。お待ちいたしております」

 お茶かぁ。
 本格的なお茶なんて、以前絡繰に点ててもらって以来だな。
 いつも飲むみたいなのじゃなくて、本格的なのはそう簡単に飲めないからな。
 コレは行かないとな。

「お待ちいたしております」

「時間とか書いてないけど、何時来た方が良い、ってあるか?」

「……あ」

 ん?

「先生の都合が良いお時間は、何時でしょうか?」

「俺?」

 んー……。

「学園祭期間中は、見回りばっかりしてるからなぁ。何時でも良いけど?」

「そうですか」

 まぁ、見回りの合間にクラスの出し物とかに顔を出すつもりだけど。
 他にも、いくつか見ておきたいのもある。
 だからまぁ、どっちかと言うと時間を指定してくれると助かる。
 こっちが合わせやすいから。

「それでは――」

 マクダウェルの囲碁大会の方は時間が決まっているので、絡繰の野点の時間を聞いて、携帯のアラームに時間登録しておく。
 学園祭は忙しいから、メモ帳に書いてても開くのを忘れるかもしれないし。
 アラームで鳴らせば、忘れる事は無いだろう。

「お待ちいたしております」

「さっきから、そればっかりだなぁ」

 苦笑してしまう。
 そんなに待たれると、何と言うか。
 こっちは初心者にもなれないような素人なんだから、そう期待されてもなぁ。

「そうでしょうか?」

「ま、絶対行くよ」

 折角誘ってもらったしな。
 眼前で2枚のチケットをヒラヒラと揺らす。
 そう言えば、こうやって生徒から誘われるのって初めてだなぁ。
 うん――こう言うのは、本当に嬉しい。

「……はい」

「絡繰のお茶は美味かったからなぁ」

 うん。
 楽しみだ。

「――お待ちいたしております」

「また言ったな」

「……そうみたいです」

 そう言って、笑う。
 嬉しそうに、楽しそうに。
 うん。
 やっぱり、こうやって笑ってる方が良い。
 クラスの皆の前でも、笑えば良いのに。
 そうすればもっと、皆と仲良くなれるだろうに。
 まぁ、そこは俺が言うような事じゃないか。
 そう言えば、囲碁のルールも判らないなぁ。
 後で調べるか。







「へ?」

 最初に漏れたのは、そんな気の抜けた声だった。

「世界樹伝説って……アレ?」

「ああ。この前新聞に載って無かったか?」

 ……やっぱりアレか。
 少し頭痛を感じるのは、きっと気の所為なんかじゃない。

「え? あれって本当なのか?」

「まぁ、普通は信じられんだろうなぁ」

 まさか、本当に願い事が叶うなんてお呪いがあるなんてなぁ。
 魔法って、結構身近にあるもんなんだな。
 帰り道、マクダウェルから告げられるのは――世界樹伝説、それが本当だと言う事だった。
 いや、さすが魔法。
 そんな事まで出来るのか……教師としては、頭が痛いばかりである。

「そう言う訳だから、くれぐれも告白されないようにな?」

「それは大丈夫だが……見回りが大変そうだな」

 今までは少し簡単に考えていたけど、コレは少し骨が折れそうだ。
 告白したら、その成功率は100%。
 呪いにも似たものらしい。
 ……どうしてそんな魔法なんか作ったんだろう?
 そう聞くと、マクダウェルは呆れたような溜息を吐き、一言。

「魔法使いは馬鹿が多いんだよ」

 らしい。
 お前も魔法使いじゃないのか、とは言わないようにした。
 きっと、魔法使いにも色々居ると言う事だろう。

「まぁ、その辺りはじ……学園長の方からも話が来たから、きっと麻帆良の魔法使い総出でどうにかするだろうよ」

「へぇ……魔法使いって、そんなに多いのか?」

 それは初耳だった。
 知ってる魔法使いって、ネギ先生にマクダウェル、近衛に瀬流彦先生と葛葉先生くらいだし。
 後桜咲と月詠と小太郎か。
 きっと、まだまだ居るんだろうなぁ。

「興味があるのか?」

「……んー」

 どうだろう?
 魔法使いに興味がある、って聞かれたらあるけど……多分マクダウェルが聞きたいのは、別。
 魔法使いではなく、魔法。
 見上げてくるその視線が、厳しい。
 う、と思わず少し怯んでしまう。

「あんまり、そう言うのは?」

「ああ。関わらないでほしい」

「そうか」

 なら、もう聞かないようにしよう。
 それが無くても、出来る事は……少しだけどあるんだし。

「んじゃ、どうする? これから晩のおかず買って帰るけど?」

「……ふん。月詠に頼まれたからな」

 付き合うさ、と。

「そうか? アレなら……」

「付き合うと言っただろうがっ」

 ……少し、気まずい。
 魔法、か。
 こうやって一度関わってみると、それがどれだけ身近にあったのかが判ってしまう。
 世界には不思議が満ちている。
 あの老人は、俺が最初に出逢った……魔法使い、と言えるのかもしれない。
 そして、2人目は。

「どうした?」

「いや」

 本当に、違う。
 悪魔と吸血鬼、なんだよな。
 見た目は本当に人間なのに。

「ウチで食べていくか?」

 どうして、そう言ったのか。
 多分、少し――不安になったからだろう。
 マクダウェルとの距離。
 吸血鬼と人間。
 生徒と教師。
 それが、ひどく脆いものに感じてしまったから。
 なんの力も無い人間が、凄い魔法使いに出来る事が――。

「良いのですか?」

 応えたのは絡繰。
 それに苦笑し。

「付き合ってもらったからな。晩は焼き肉にでもしようかなって思ってるんだが……」

「お作りいたします」

「いい、いい。客に晩ご飯を作ってもらう訳にも……」

「いえ」

 そのまま、何度か問答を繰り返していると、

「良いから、茶々丸に任せておけ」

「……だがなぁ」

「どうせ、マトモな料理はまだまだ苦手なんだろう?」

「う……」

 いやまぁ、そうなんだがな?
 それでも少しは、こう、大人の見栄と言うか……。

「なら、言い方を変えよう。茶々丸に手伝わせてやってくれ」

 珍しく、マクダウェルからそう言われてしまった。
 いや、珍しくと言うか……初めて?
 まぁどちらにせよ――だ。

「ぐ……楽しそうだな」

「勿論だとも」

 そんなに俺が困る所を見るのが楽しいか。

「……よろしく頼む」

「かしこまりました」

 そう言った時だった、

「先生」

 そう、絡繰から後ろに引き倒された。




――――――エヴァンジェリン

「超、どうした?」

 いきなりこちらに倒れ込んできたのは、知った顔だった。
 超鈴音。
 クラスメイトであり、色々と――。

「おや、エヴァンジェリンに先生。丁度良い所に」

「丁度って……」

 そう言った瞬間、

「マスター」

 黒い影が、10体ほど。
 おいおい……いくら人通りが少ないからって、いきなりか?
 というか、これだけの数に囲まれるとアレだな……あの台所の黒いのに見えてくるな。
 かなり気持ち悪い。

「ちっ」

 コレだからこの学園の魔法使いは……。

「私、怪しいヤツに追われてるネ」

「嘘付け」

 まったく。
 この“影”は知っているぞ?

「そう言う事は、ぼーやにでも言った方が良かっただろうな」

 あっちは、この影の事は知らないだろうしな。
 ……知っていても、この外見だ。
 “敵”と勘違いされても、あの女も文句は言えんだろうが。
 何だこれは?
 黒いマントに漆黒の体躯を隠し、白い仮面で顔を覆っている異形。
 まさに“悪魔”そのものじゃないか。

「げ、エヴァンジェリン。この影の事知ってるカ?」

「当たり前だ」

 はぁ。

「え、っと……」

 っと。

「茶々丸、警戒を解け」

「よろしいのですか?」

「構わん。…………味方だ」

 味方、と言うのは少し違うだろうが。
 そうあながち間違い、と言うものでもないだろう。
 少なくとも、この学園都市に居る間は。
 しかし……。

「先生、怪我は?」

「あ、ああ。無いけど……コレ、何だ?」

「気にするな」

「……いや、これはちょっと……」

 だよなぁ。
 だが、その驚いた顔は少し新鮮だ。
 悪いとは思うが、小さく笑ってしまう。

「安心しろ、こんなの1000体居ても、私の敵じゃない」

「それは頼もしいネ」

「……いきなりこっちを巻き込んだお前を、助ける義理も無いがな」

「冷たいネ」

 そうか?
 いきなり首を刎ねないだけでも、随分と温情ある扱いだと思うがな。

「超、大丈夫か?」

「はい。先生は優しいネ」

「はぁ……お前も魔法使いなのか?」

「ううん、私は……秘密の多い女ネ」

 なんだそれは? まったく。
 まぁ、超の事は後で良いか。

「茶々丸、誰がこっちに来ている?」

「ガンドルフィーニ先生と、高音さんです」

 ……また、頭の固いのが……。
 こっちは頭が痛くなってしまう。
 一体何やらかしたんだ、コイツは?

「ガンドルフィーニ先生?」

 あ……。
 しまったな。

「茶々丸、先生を連れて先に買い物に――」

「いえ、もう遅いかと……」

 しまった。
 右手で顔を覆うように隠し、溜息を一つ。
 くそ――少し、浮かれていたかな。
 はぁ。

「む……」

「よう……」

 互いに引き攣った声が出た。
 そりゃそうだろう。
 以前は、水と油みたいな関係だったんだ。
 それが顔を合わせて……しかも、厄介事の最中だ。

「一人か?」

「いや……しかし、どうして“闇の福音”が超鈴音と?」

「――人前で、その名を呼ぶな」

「……すまなかった」

 ふん。
 やはり、お前達魔法使いのそう言う所は嫌いだ。
 危機感が無く、人前で平気に魔法を使う。
 ……記憶を消さばいいと、そんな甘い考えなんだろう。

「この影をさっさとひっこめろ。仮装で隠せるか怪しいぞ?」

「ぅ……それもそうだな」

 まったく。

「あの影使いの娘は?」

「もうすぐ……来た」

 そう言って来たのは……2体の黒い影人形を従えた女。

「おい、影使い。人前で魔法を使うなっ」

「う……コレは護衛にですね」

「そんな言い訳があるかっ」

 何を堂々と使ってるんだ、このアホは。
 そこにはガンドルフィーニも同意らしく、頭を抱えていた。

「グッドマン?」

「へ?」

 なに?

「……先生。こんな所で何を?」

「いや、帰ってた途中なんだが……」

「お2人は、知り合いなのですか?」

 ああ。
 それは知らなかったぞ。
 そう視線を向けると、

「ああ、この前――」

「わ、わーっ、そ、それは今は良いんじゃないでしょうかっ」

 …………怪しい。

「何を話したんだ?」

「ん? ……ま、まぁ、グッドマンも嫌そうだし……」

 む。

「……後で教えてもらうぞ?」

「いいではないですかっ、別にっ」

「まぁまぁ。それより、まずは高音君?」

「あ、はい」

 そう言うと、私達を囲んでいたゴ……黒い影が、その自身の影に沈んで消える。
 ……だから、目立つ事をするなと。
 まぁ、こんな事だろうから、この街の認識阻害の結界があるんだろうが。
 はぁ。

「それで、何があったんだ、超?」

 そう切り出したのは、先生。
 慣れたと言うか、危険が無いならそう気にしないのだろうか?
 そう言う所は、本当肝が据わってるな。

「彼女が問題児、要注意人物からですよ、先生」

「要注意?」

 そう言えば、そうだったな。
 でも、麻帆良に来てからこれまで、行動らしい行動もしてなかったしな……。
 ついに何かしたのだろうか?

「先ほども、私達の話を盗み聞きしていたみたいだしね」

「う」

「……何をやってるんだ、お前は」

 はぁ、と。
 小さく溜息を吐いて、その頭を軽く――触れる様に叩く。

「先生、彼女を渡してもらえるかな?」

「どうしても、でしょうか?」

「……聞いていなかったのかい?」

「先生」

 その袖を、軽く引く。
 止めておいた方が良い、と。
 分が悪い、と。

「超、どうしてお前は盗み聞きなんかしたんだ?」

「興味本位ネ」

「よくもまぁ、そう言えるもんだね」

 だな。
 今回ばかりは、私も同意見だ。
 目が付けられているのに、そう言った行動に出たのだ。
 きっとリスク以上に何か目的があったんだろうが……。
 茶々丸に視線を向ける。
 ……どうやら、何も知らないらしく、首を小さく横に振られた。

「超、本当にただの興味本位なのか?」

 そう言い、再度質問。
 しかし、

「そうネ」

「そうか、判った」

 先生は、相変わらず“先生”だった。
 はぁ……。
 これからこの人が何を言い出すか判っているだけに、こっちは頭を抱えるしかない。
 まったく。
 良いのか? 苦労する事になるぞ?

「えーっと、今回は……自分からきつく言っときますから、見逃しては――」

「駄目だ」

 ですよねぇ、と。
 はぁ。
 ま、今更か。
 そしてそれは――きっと、私も同じだ。

「私も見張っているよ」

 そう思った時は、声を出していた。

「なに?」

「先生と私と茶々丸と、あと先生の所の居候二人。この後怒って、学園祭中は目を光らせとく。それでどうだ?」

「……本気で言っているのか?」

「ああ。それに、学園祭中は何かと忙しいんじゃないか? 今年は特に」

「む……」

 今年は確か、じじいが何とかって言ってたからな。
 その事で、魔法使い連中は忙しいはずだ。
 超一人に割く時間は無いだろう。

「だが」

「偶には信じろよ」

「――――――」

 そ、そこまで驚かれると、怒るどころか、逆に笑えてくるんだが?
 はぁ……まぁ、今までが今までだったからな。

「頼む」

「……一応、学園長に、その事は伝えるからな」

「ああ」

 そうしてくれ、と。
 逆に助かるよ。こっちから言いに行かずに済むしな。

「――――本当に、良いんだな?」

「ああ」

「判った」

 そう言い、向け歩み去ろうとするその背に

「すまないな」

「――――」

 はは……。

「見てみろ先生、手と足の動きが変だぞ」

「……そう言うのは、言わないの」

 ポン、と、撫でるように頭を叩かれる。
 ふふ。
 確かにこれは――楽しいな。

「これで……」

「ん?」

「いや」

 少しは――役に立てただろうか?
 だが、問題はこれからか。
 はぁ……今年の麻帆良祭は、本当に……楽しくなりそうだなぁ。

「お前も帰れ、影使い」

「……エヴァンジェリンさん」

「なんだ?」

 そして、何かを言い淀むように、その右手で口元を隠す。

「あ、いえ」

「言いたい事があるなら、言え」

 今までは、言いたい事は言ってただろうが……陰から、だったが。
 それはそれで問題なんだが、今は良い。

「ほら、待っててやるから」

「う……」

 まるで明日菜にするように、待つ。
 静かに、のんびりと。

「え、えっと……ですね」

「ああ、なんだ?」

 ――――そして、勢い良く頭を下げた。
 な、なんだ?
 驚いて、一歩後ろに下がってしまう。

「すみませんでしたっ」

「は?」

「これからは、私も――エヴァンジェリンさんを……」

「私を?」

 ……そこまで言うと、何を思ったのか、逃げだした。
 何なんだ、一体?
 そりゃ、言いたい事を言えとは言ったが……意味不明なのは困るんだが?

「何を笑ってるんだ?」

「あーいや……うん」

 そう言えば、

「どうして、あの影使いと知り合いなんだ?」

「……う、思い出したか」

「ふん。後で聞かせてもらうからな?」

「うへ」

 ……ふん。
 まぁいい。
 まずは、

「先生も魔法使いだったカ?」

「へ? いや……」

 はは、この人が魔法使いか。

「魔法は一つも使えないがな」

「……しょうがないだろ」

 そうだな。
 しょうがない。
 でも、魔法が使えないのに、魔法使いの問題に首を突っ込むのはどうかと思うがな。
 ――しょうがないか。
 “先生”だもんな。

「ま、もう庇えないと思うからもう問題は起こさないでくれよ?」

「判ったヨ」

「おー」

 はぁ。

「超。お前のお陰で、私達は仕事が一つ増えたんだが?」

「それは悪いと思ってるネ」

 本当か?
 疑わしいもんだ。

「でも、今は何も返せる物が無いネ」

「気にするな。ま、だれにも迷惑掛けずに学園祭を楽しんでくれればそれで良いよ」

「……難しいかもしれないネ」

「……そこは、同意してくれよ」

 まったくだな。
 元気に走り去っていく背に、先生と2人で溜息を一つ。

「晩飯、買いに行くか」

「そうだな」

 先生の提案に同意し、歩き出す。
 はぁ、疲れた……。

「そう言えば先生は、前夜祭にはいかないのか?」

「前夜祭? ああ、世界樹前広場の……」

 んー、と悩む事数瞬。

「小太郎達が帰ってきたら、考えるよ」

「そうか」

 ま、

「行くなら、一緒に行くか?」

「そうだな」

 しかし、超のヤツ……何をする気なんだか。
 魔法使いと敵対でもする気か?
 はぁ。
 今年の麻帆良祭は、先生ではないが……苦労する事になりそうだな。

「先生。今晩は何を食べたいですか?」

「マクダウェルは、何食べる?」

「……悩みなさそうだな、2人とも」

「まさか」

 そうか?
 さっきの超の事、どうする気なんだか。

「しょうがないだろ。先生なんだから」

「そうだな」

 先生だからな、貴方は。
 クツ、と。
 小さく笑うと、先生も釣られたように笑う。

「ありがとうな、マクダウェル」

 それは、さっき口を挟んだ事だろうか?
 それに苦笑し、

「……気にしなくていい」

 これは、私の為でもあるのだから。






――――――チャチャゼロさんとさよちゃんとオコジョ――――――

「祭りだぜ、さよ嬢ちゃんっ」

「そうですねっ」

「テンション高イナァ、オ前ラ」

「祭りでテンション低かったらどうするんすかっ」

「まったくですっ」

「ソーカイ」

 うわぁ。

「テンション低いっすね」

「人混ミ嫌イダシ」

「そうなんですか?」

「マ、俺ハ俺デ楽シムサ」

「うっす」

「今日は早く寝ますよー」

「睡眠必要無インダガナ、俺タチハ」

 あー、早く明日にならないかなぁっ





[25786] 普通の先生が頑張ります 52話
Name: ソーイ◆10de5e54 ID:052e1609
Date: 2011/04/03 00:22
 何処か遠くで、花火が上がる音がする。

「僕、こんなに大きなお祭りだとは思ってませんでした」

「はは、確かに。麻帆良の全学園共通のイベントとはいえ、学生達主体のイベントの規模じゃないですからね」

「はいっ。それに――」

 その視線はあっちへ行ったり、こっちへ向いたり。
 落ち着きなく動く視線の席は、何かしらのイベントが行われている。
 ヒーローショーに何処かの遊園地のような着ぐるみのパレード等々。
 中には、自作飛行機の飛行ショーから、大学航空部の飛行演習まで。
 本当に何でもアリ、と言えるほどのイベントである。
 これが三日間続くのだ。

「凄いですねっ」

「ですねぇ」

 こっちも教師生活4年目。
 それ以前もここに住んでいたので、もう何度目になるか判らないが――いまだにこの祭りにはワクワクする。
 毎年出し物は違うし、それに皆が楽しそうだし。
 こう言うイベントは、本当に好きだ。
 歩いてるだけでも嬉しい気分になれる。
 そんな人混みの中を、ネギ先生と歩きながらのんびりと出店を冷やかしたりしてる。

「これ、夜も続きますからねぇ。イルミネーションも凄いですよ?」

「ほ、本当ですかっ!?」

「ええ。三日三晩、昼夜を問わずに、って言うのがピッタリなくらい騒ぎますからね」

「お、おぉ……」

 そんな、目を輝かせて驚いてもらえると、教えるこっちも楽しくなってくる。

「ネギ先生、今日の予定はありますか?」

「予定ですか?」

「ええ。きっと、回りたい所を全部回れないでしょうから、考えて行動した方が良いですよ?」

「え?」

 そして、驚いた顔。

「イベント、出し物の数が凄いですからね。半分回れれば良い方だと思います」

「そんなにですか!?」

「はい。ちなみに、自分も去年は半分くらいしか回れませんでした」

「……は、はは」

「人混みもありますしね。怪我をしないように気を付けて下さい」

 ただでさえ、学園祭の初日は皆テンションが高いのだ。
 そう言う時は、誰も周りには注意が向かないものだし。

「そうですね」

「見回りの仕事の合間にでも、息抜きに見て回って下さい」

 そう言って、麻帆良祭のガイドマップを差し出す。

「これは?」

「ガイドマップです。これがあれば、少しは動きやすいと思いますから」

「あ、ありがとうございます」

 そう言い、ポケットにガイドマップを仕舞い、代わりに一つの懐中時計を取り出すネギ先生。
 へぇ。

「なんか、凄い時計ですね」

 何と言うか、年代物と言うか、どう言えば良いか。
 懐中時計は使った事は無いけど、こう言うのって格好良いよなぁ。

「あ、これ……昨日超さんから貰ったんです」

「超?」

 ――って、超だよな。
 一瞬思い浮かんだのは、昨日の事。
 ガンドルフィーニ先生とグッドマンに追われていた彼女。

「そんな高価そうなのをですか?」

「は、はい。断ったんですけど……」

「……今度、返した方が良いんじゃないですか?」

「やっぱりそう思いますか?」

「それ、絶対高いですって」

「ですよね……」

 しかし、それをタダでやるだなんて……。
 ……まぁ、考え過ぎか。
 ガンドルフィーニ先生の話を聞いた後だからか、少し悪いように考えてしまうのは、駄目だなぁ。
 そう言った所で、見知った三人組がこちらに歩いてくるのが見えた
 黒いローブ姿の三人――宮崎、綾瀬、早乙女である。
 どうやら、宮崎の顔を見る限り……お目当ては決まっているようだ。
 ま、お祭りだしなぁ。
 そう思い、内心で苦笑して低い位置にあるその顔に視線を向ける。

「どうかしましたか?」

「いえ。宮崎達がこっちに来てますよ?」

「のどかさんですか?」

 そう言えば、宮崎とはどうなったんだろう?
 まぁ、

「ね、ネギ先生……おはようございます」

 2人に背を押されながら、頬を染めて挨拶をする姿を見れば、何となく判るけど。
 どうやら、俺には挨拶は無いらしい。

「おはよう、三人とも」

 そう苦笑しながらこっちから挨拶をする。

「へ!? あ、あ……おはようございます、先生」

「おー。おはよう、宮崎」

 そう挨拶をする俺の内心を知ってか、他の2人は人の悪いような笑顔で、挨拶をしてくる。
 まったく。
 友達だろうに……ま、友達だから、宮崎の反応が面白いんだろう。

「おはようございます、先生」

「おっはよー、先生」

「おはようございます、のどかさん、夕映さん、ハルナさん」

 そして、そんな俺たちに気付かず元気よく挨拶をするネギ先生。

「お、おはようございます、ネギ先生」

 また挨拶してるし。
 微笑ましいと言うか、何と言うか。

「気合入ってるなぁ」

 それに気付かないように、気になっていた事を口にする。

「何かの仮装か?」

「はい、最近の人気の漫画らしいです」

「どう先生? 可愛い?」

 どうやら、綾瀬はその漫画の事は知らないらしい。
 代わりに早乙女がまるで私を見ろ、とばかりに胸を逸らす。

「おー。でも、折角ネギ先生を誘うならもっと明るい服の方が……」

「え、ええ!?」

 微笑ましいなぁ。

「やはりそう思うですか?」

「ちっちっ、判ってないなぁ2人とも」

 そんな話に盛り上がるふりをして、宮崎とネギ先生から離れる。

「あんまり羽目は外すなよ?」

「判ってるって」

 そう言って親指を立てる早乙女。
 うん。
 全然信用ならないからな?

「頼んだぞ、綾瀬?」

「任せて下さいです」

「酷いっ!?」

 だってなぁ。
 お前悪乗りすると、止まらないじゃないか。
 特に、友人間では。

「まぁいいや」

 いいんだ。

「それで? 先生は今日はどうする予定?」

「俺?」

「だって、最近先生の周りって賑やかでしょ?」

 そうかな?
 まぁ、そう言われると確かにそうかも、とも思う。
 ふむ。

「いや、一応出店系を回りながら見回りの予定だが?」

「うわ、つまんない」

 バッサリ言うなぁ。
 そう苦笑するが、こればっかりはどうしようもない。
 ああ。

「昼からは喫茶店の方に顔出すからな?」

「うげ、私のシフトじゃん」

「女の子がそう言う声を出さない」

「はーい」

 そうか、昼からは早乙女が喫茶店には居るのか……。
 そう言えば、結局シフト関係は教えてもらえなかったなぁ。
 俺とネギ先生には内緒だとか。
 まぁ、それはそれで行く楽しみがあるから良いんだけど。

「これからどうするんだ?」

「それはのどか次第です」

 それもそうか。
 視線を件の2人に向けると、宮崎は頬を染め、ネギ先生は楽しそうに話している。
 うーむ……。

「ねぇ、先生?」

「ん?」

 どうするかなぁ、と内心で唸っていると、早乙女からの声。

「ネギ先生借りて良い?」

「そうだなぁ……」

 一応、教師と生徒、と言うのもあるんだがなぁ。
 どうしたものか、と。

「お願いっ」

「お願いします」

「……問題を起こさないなら、と言う条件がつくぞ?」

「おっけー」

「わかりました」

 おお、即答か。
 2人とも、宮崎が本当に好きなんだなぁ。

「それと、ネギ先生の用事があったらそっち優先な?」

「はい。そこはのどかにも言っておきますです」

「ん」

 ま、今日くらいは大目に見るか。
 何せ、祭りの日なのだから。
 楽しい思い出を作ってあげたい、そう思うくらいは教師でも良いだろう。

「ネギ先生」

 そうと決め、宮崎と話していたネギ先生に声を掛ける。

「あ、すいません。のどかさん、それじゃまた」

「は、はい……」

 うわぁ、落ち込むなぁ。

「あ、ネギ先生。すいませんけど、宮崎達と少し回ってもらって良いですか?」

「へ? 良いんですか?」

「すいません。これから人と会う用事がありまして」

「そうなんですか?」

「はい。それで、宮崎達なら麻帆良祭に慣れてますしけど、女の子ばかりですから……」

「あ、はいっ。判りましたっ」

 少し、騙してるみたいで心苦しいなぁ。
 そう苦笑し、もう一度軽く頭を下げる。

「それじゃネギ先生、三人をよろしくお願いします」

「はいっ、任せて下さいっ」

「すいません。それじゃ三人とも、ネギ先生の言う事を良く聞くんだぞ?」

「はーい」

「わかってるです」

「は、はいっ」

 はぁ。
 俺も甘いなぁ。
 そんな4人と別れて、どこを回るかなぁ、と悩んだ時だった。

「あ」

「ん?」

 おー。

「おはよう、マクダウェル」

「お、おはよう、先生」

 声を掛けてきたのは、マクダウェルだった。
 そのマクダウェルと丁度向き合う形で、挨拶を交わす。
 しかし、

「マクダウェルも仮装か?」

「ん?」

「いや、さっき早乙女達とも会ったんだが」

「……ふん」

 あれ?
 何かご機嫌斜め?

「どうかしたか?」

「別に」

 変なヤツだなぁ。
 昨日は結構麻帆良祭を楽しみにしてたみたいだったんだが……。
 人混みが苦手なんだろうか?
 何かそんな感じではあるなぁ。

「ヨー。オハヨウ、センセイ」

「……………………」

「何カ言エヨ」

「おはようございます、先生」

「…………あ、ああ。おはよう……相坂、と……チャチャゼロ?」

「ケケ。良イ反応ジャネーカ」

 ……喋ってるよ。
 いや、相坂が喋ってる時点で……まぁ、アレだけどさ。
 やっぱり、人形が喋るっていうのは――何と言うか、凄いと言うか、うん。
 しかも歩いてるし。
 マクダウェルの腰より少し低い位置に、二体の人形。
 黒と白。
 チャチャゼロと相坂。
 ……うーむ。

「本当に喋るんだな」

「驚イタカ?」

「あ、ああ。……凄く」

「ソリャ良カッタゼ」

 そう言って、表情は変わらないが楽しそうに笑うチャチャゼロ。
 ……うん、何かマクダウェルに似てるな。
 ふとそう思った。口には出さないけど。

「先生は、これからどこか回るんですか?」

「俺?」

 その相坂の声に、少しだけ救われる。
 いや、なに話して良いか判らないし。
 絡繰とか相坂が居るんだから、そう驚くのも失礼なんだろうけどさ。
 やっぱり、こう初対面だと……しかも、マクダウェルの家族だろ?
 緊張すると言うか、何と言うか。
 ちょっと違うけどさ。

「いや、これからどうするか悩んでた」

「そうなんですかー」

「相坂は、これからどうするんだ?」

「私は、エヴァンジェリンさんと一緒にお祭りを見て回りますー」

 お昼からは、メイドもしますー、と。
 早速祭りを楽しんでるなぁ。

「相坂は昼からなのか。なら、見に行かないとな」

「待ってますー」

 嬉しそうで良い事だ。うん。
 と言うか、本当に相坂用のメイド服作ったのか……。
 服作りがどう言う物かは良く判らないが、こんな短期間でよく作れたな。

「そう言えば、絡繰は?」

「茶々丸か? 茶々丸なら、今はクラスの喫茶店の方に行ってるぞ」

 あ、そうなのか。
 てっきり、マクダウェルと一緒のシフトだと思ってた。

「ソウイヤ、センセイ。最近妹トドウヨ?」

「妹?」

 だれ? マクダウェルの事か?
 そうマクダウェルに視線を向けると、若干不機嫌そうに首を横に振る。

「私じゃなくて茶々丸だ」

「あー……」

「先生? 今どう思った?」

「絡繰とは、まぁ、仲良くさせてもらってるよ」

「……フン」

 これは、少し後が怖いかもしれん。
 内心で肩を落としながら、マクダウェルにでは無くチャチャゼロに答える。
 だって……なぁ?
 どうやらマクダウェルはチャチャゼロの妹じゃないみたいだし。
 ……と言うか、良く考えたら当たり前か。

「ソウカイ。ドウシタ御主人?」

「ふん」

「アリャリャ、ヘソ曲ゲチマッタカ」

「誰がだっ」

 あーあー、折角のお祭りだって言うのに。
 肩を怒らせながら、一人先に行ってしまう。

「待って下さいー」

 そして、その後を追いかける相坂。
 どうやら、仲良くやってるみたいだなぁ。
 そう苦笑はするが、どうしたらいいか少し迷ってしまう。
 流石に、食べ物で釣ったら余計に怒られそうだ。

「オイ、センセイ」

「ん?」

 そう悩んでいたら、下から声。
 歩きだしたマクダウェルについて行く相坂ではなく、俺と一緒に居たチャチャゼロだ。

「チョット抱キ上ゲテクレ」

「あ、ああ」

 そう言われるまま、抱き上げると――その口が、耳元に寄せられる。

「服ヲ褒メテヤッテクレヨ」

「服?」

「オウ。ソレト、俺ガ言ッタッテノハ内緒ナ?」

 服、ねぇ。
 そう言うのは苦手なんだがなぁ。
 チャチャゼロを抱え直し、空いた左手で頬を掻く。

「世話ノ焼ケル御主人デスマネーナ」

「それがマクダウェルの良い所だと思うけど?」

「ケケ、良ク判ッテルミテーダナァ」

 そうか。
 そうして、2人して小さく笑ってしまう。
 きっとこの中の誰よりも長生きなのに、誰よりも目の離せない吸血鬼に。

「何を笑ってるっ」

「オイオイ、ソウ怒ルナヨ」

「ふん……折角の祭りの日だと言うのに、気分が台無しだっ」

 う、そりゃ悪かった。
 しかし、何でそんなに機嫌が悪いんだ?
 そう内心で首を傾げてしまう。
 ……でも、先に歩いてたのにこっちを待ってるんだな。
 そう言う所は、本当にマクダウェルらしいと言うか……。

「なぁ、マクダウェル?」

「なんだ?」

「チャチャゼロの服って、マクダウェルが作ったのか?」

 さて、それでは、一勝負。
 慣れない事だから、上手くいかなくても怒らないでくれると嬉しいな。

「ん? ああ。さよのも……家に在る人形のは、殆ど私が作ったな」

「……殆ど?」

「ああ。暇な時にな」

 そりゃ凄いな。
 思い出すのは、マクダウェル宅にある人形群。
 あの殆どか……本当、プロ並みだな。

「凄いな」

「ふん」

 さて、と。

「マクダウェルのその服も? なんか、相坂のに似てるけど」

「さよのが、私の服に似てるんだ。……まぁ、似せて作ったんだがな」

 やっぱりか。
 ……器用だなぁ。
 俺には無理だな。不器用だし。

「よく似合ってるな。うん」

「……ふん」

「人形みたいに可愛いぞ」

 そう言い、低い位置にあるその頭を、手を乗せるようにポン、と軽く撫でる。
 うん。ごめん。
 似合わないって思ってる。
 もういっそ笑ってくれ……。

「ケケケ」

 いや、笑われるのも辛いな。
 耳元からのチャチャゼロの笑い声が、まるで心をえぐる様だ。
 穴があったら入りたいとは、こう言う事か……。
 しかも無言だし。
 せめて駄目出しでもしてくれたら、会話が続くと言うのに。
 そうして、どうしたものかと視線を彷徨わせてると。

「あれ?」

 少し離れた位置に、さっき別れたはずのネギ先生が居た。
 あれ? さっき別れたから……ん?

「桜咲、ネギ先生」

「あ、先生……と、エヴァンジェリンさん」

「こんばんは、先生」

 しかも、一緒に居るのは宮崎達ではなく桜咲。
 もう宮崎達とは別れたんだろうか?
 あの調子だったから、半日は一緒に居ると思ったんだが……。
 しかも、クルクル回ってて、やけに嬉しそうだし。
 何があったんだろう?

「こんばんは?」

「あ、あああ、いえ。おはようございますっ」

「いや、さっき挨拶しましたけど……」

 なに慌ててるんですか?
 マクダウェルから手を退け、ネギ先生に歩み寄る。


「どうしたんですか?」

「え?」

「いや、さっき……宮崎達は?」

「あ、ああ」

 ?
 さっきから、やけに慌ててるなぁ。

「何をクルクルはしゃいでるんだ、ぼーや?」

「ひぃ!?」

 いや、その驚き方はあんまりでしょう……。
 ただでさえ、今機嫌悪いのに。

「あ、エヴァンジェリンさんも仮装ですか?」

「ん?」

「お人形見たいでカワイイですねー」

 ……うん。
 きっと羞恥で死にたい時って、こんな気分なんだろうな。

「ケケケ、イヤ、楽シイネ、ウン」

「勘弁してくれ」

 左手で顔を覆い、視線をどこか違う方に向ける。
 ネギ先生、それじゃ駄目ですよ?
 俺と同じ事ですから……同じ事言ってますから。

「ふん。ガキの世辞などいらん」

 しかし、思っていたよりマクダウェルの機嫌は直っていた。
 あれ?
 もう少しドライな反応だと思ったんだが。
 思っていた以上に柔らかな返事だった。
 まぁそれでも、いつもみたいに呆れ交じりの声だけど。

「それよりぼーや? 面白そうなモノを持っているな」

「えっ!? いえ、これは、そのっ」

 でも、ネギ先生は苛めるのな……。

「ほら、ネギ先生にそう絡まない」

「う……」

 マクダウェルの調子が戻ったからか、
 ポン、と。
 いつもの調子で、その頭に手を乗せる。

「それに、ネギ先生、だろ?」

「……ちっ」

 その隙に、走って逃げだすネギ先生と桜咲。
 ?

「どうしたんだろう?」

「さぁな」

 んー……。
 ま、今度会ったらそれとなく聞いてみるか。

「それより、さっさと手を退けろ」

「ん? あ、すまん」

 さて、と。
 それじゃ見回りに戻るかね。

「マクダウェル」

 抱えていたチャチャゼロを差し出す。

「ケケケ、良カッタジャネーカ、御主人」

「……ふん。どうせお前の差し金だろうが」

 いや、そこでこっちを見られても。
 ……何かしたか?
 さっきの服褒めた事か?
 ――駄目出しが欲しい。
 そう内心で悩んでいると、相坂から救いの声が出た。

「エヴァンジェリンさん、早く出し物を見に行きましょうっ」

「ああ、そうだな」

 俺の手からチャチャゼロを受け取り、相坂の手を引くマクダウェル。
 ……しかし、人形が歩いていても、誰も気にしないんだな。
 この人混みだからか?
 それもと、コレも先日マクダウェルが言っていた認識阻害とか言う結界の力なのか。

「それじゃ、俺は見回り続けるから」

「ああ」

 昼前には、瀬流彦先生と合流する予定になってるし。

「オイ、センセイ」

「ん?」

 そう思い足を出した時、後ろから声。

「女ノ前デ、他ノ女ノ服装ノ話ナンテ、マイナスダゼ?」

「こ、のっ、バカ人形っ」

 なるほど。

「今度からは気を付けるよ」

「そんな事気にしなくて良いっ」

 確かに、いつもと違う服装だし、そう言った事は気にするのかもな。
 難しいもんだ。

「それじゃ、マクダウェル、相坂、チャチャゼロ。羽目を外し過ぎるなよー」

「……ふん」

「はーい」

「センセイコソナー」

 それじゃ、どこ行くかなー。





――――――エヴァンジェリン

 まったく。

「いらん気を回すな……」

「イイジャネーカ、減ルモンジャナシ」

「――ふん」

 まだ、少し心臓が熱い。
 ……まったく。
 ぼーやとまったく同じ事を言うなんて……いや、ぼーやが同じ事を言ったのか。
 まぁ、そんな少し外れた事を考えて、思考を冷ます。

「言い慣れて無い世辞なんぞ、別にどうとでもない」

「ソウカイソウカイ」

 ちっ。
 ……相変わらず、癪に障る笑い声だ。
 そう作ったのは私なんだが……はぁ。
 チャチャゼロを抱き直し、さよと別れないようにその手を掴む。

「言い慣れてないから良いんじゃないでしょうか?」

「さよ、お前もかっ」

「へへへ」

 はぁ……まったく、何なんだ?
 折角の祭りだって言うのに、幸先が……良いのか、悪いのか。
 むぅ。

「イヤハヤ、良イ男ジャネーカ」

「……そうか?」

 どこにでも居るような、普通の男だぞ、と。

「ダカラ良イ男ナンジャネーカ」

「……ふん」

 ま、そうだな。
 なんの力も無いのに、私に以前と変わらず話しかけてくれる。
 そう言う人は、貴重だ。
 ――そう言う事に、しておく。うん。
 それ以上だと、ちょっと……まぁ、うん。
 祭りの雰囲気だろう。
 この高揚した気分は。

「シカシ、午後カラガ楽シミダネェ」

「……何かあったか?」

 特に、大きなイベントは無かったはずだが……。
 チャチャゼロが喜びそうな武闘大会は明日だし。

「ダッテ、御主人ハ喫茶店ハ午後ノシフトナンダロ?」

「ん? ああ」

 それがどうした? と。
 確かに少し恥ずかしくはあるが……まぁ、クラスの連中にそう迷惑もかけられんしな。
 それが楽しみなんだろうか?
 まぁ、普段の私らしくないとは思うが……。

「ダッテ、先生ハ御主人ノ居ル時間帯ニ来ルゼ?」

 ……………………は?

「いや、どうしてだ?」

「ダッテ、サヨヲ見ニ行クッテ言ッテタジャネーカ」

 …………あ。

「イヤー、楽シミダゼ」

「……ふん。私が相手をするなんて限らんだろ」

「ケケケ」

 ――気に障る笑い方だ、まったく。
 ふん。大丈夫、同じシフトに明日菜も居るしな。
 いざとなったら丸投げするさ。
 うん、問題無いな。

「楽しみですねー」

「……私は憂鬱だがな」

 しかし……あの、魔法使い達に恐れられた“闇の福音”がメイドか……。
 世の中、どうなるか判るもんじゃないなぁ。




――――――今日のオコジョ――――――

「忙しいアルねー」

「そうでござるな」

「そう言いながら、何で2人とも息切らしてないんだよ……」

「まったくアル」

「長谷川さんも超さんも働いて下さい……」

「判ってるって、四葉」

「大丈夫ヨ、さつき」

 …………早く姉御達こないかなぁ。
 しかし、なんだってあの変な喋りの嬢ちゃんを見てないといけないんだろう?
 暇だなぁ……。
 このケージの中って、狭いんだよなぁ





[25786] 普通の先生が頑張ります 53話
Name: ソーイ◆10de5e54 ID:052e1609
Date: 2011/04/04 23:45
「いらっしゃいませー!」

 おお、繁盛してるなぁ。
 見た感じ、席も全部埋まってるし。
 入り口の写真一枚300円の張り紙は需要があるのかは気にしないでおくけど。
 学祭の生徒と写真なんて、誰か撮るんだろうか?
 ……撮るんだろうなぁ。
 きっと、俺の学生時代もこんなもんだったんだろう。
 そう思うと、余計に恥ずかしくなってくるな。

「あ、センセー」

「よー、繁盛してるみたいだな、月詠」

「はい~。客入り良くて、てんてこ舞いですわ~」

「なるほどなぁ」

 そりゃ良かったな。
 学園祭の出し物の売り上げって、プラスになったら生徒の小遣いになるしな。
 まぁ、どこまでプラスになるかはこの子達次第だろう。

「うわ、これはまた凄いね」

「あ、瀬流彦先生~」

「2人だけど、大丈夫か?」

「え~……合い席で良いでしょうか~?」

 だよなぁ。
 だって、席全部埋まってるもんな。

「瀬流彦先生、大丈夫ですか?」

 そう言うのは少し苦手だが、出来るなら売り上げに貢献しておきたいし。

「僕は構わないよ」

「そうですか? それじゃ月詠、案内してもらえるか?」

「はい~。2名様入りますえ~」

 そこはいつものお前と変わらないんだなぁ。
 と言うか、服装だけ違って、あんまり変わらないのか。
 メイドって言うから、言葉遣いから変わるんだと思ってた。
 それに、練習してたし。
 というか、

「あれ? 月詠、なんか服装違わないか?」

 以前来てたのは、皆と同じ服だったのに……今日のは、なんか違う。
 何が違うのか、と聞かれたら少し困るが。
 細部が違う……のか?
 うん、何か言葉で説明しにくい。
 大体、メイド服の善し悪しなんて判らないし。

「あ~、あやかさんが用意してくれはったんですよ~」

「雪広が?」

「はい~」

 へぇ……って、アイツはメイド服を何種類持ってるんだ?
 普通、一家に一種類だろ。
 ……まぁ、普通の家庭には無いけどさ。

「よく似合ってるね」

「ありがとですえ、瀬流彦先生~」

 あ、先に言われた。

「良かったな、月詠。良く似合ってるぞ」

「はい~。ありがとうございます、お兄さん~」

 ……俺はその呼び方なのか。
 なんだかなぁ。
 やっぱり、こういう場所でも、月詠は相変わらずだなぁ。
 折角練習したんだろうに。
 まぁ、自分から御主人様と呼んでほしい訳でもないけど。

「コレ、和風に造ってあるんで着やすいんですよ~」

「へぇ、良く出来てるねぇ」

 ああ、そうか。
 何が違うって、首元が開いてると言うか、着物みたいになってるのか。
 はー……凝ってるなぁ、雪広家。
 ……こう言うのが好きなんだろうか?
 考えないでおこう。うん。

「エヴァンジェリンさ~ん、センセーが来ましたえ~」

「一々呼ぶなっ」

 うーむ。マクダウェルも随分クラスに馴染んでるなぁ。
 声は聞こえるが姿は教室内には見えない。
 多分、厨房の方に引いてるんだろう。

「……エヴァンジェリンも居るの?」

「? ええ、そうみたいですね」

 隣から、少し強張った声。
 隣を見ると、笑顔が引き攣った瀬流彦先生が居た。
 どうしてそこで、そうまで……ああ、そうか。
 瀬流彦先生はマクダウェルが吸血鬼だって知ってるのか。
 そりゃ、吸血鬼がメイドだなんて……驚くよなぁ。

「それではセンセー方、こっちですえ~」

「おー」

「はは、どんなのが出てくるか……楽しみだなぁ」

 だから、笑顔が引き攣ってますって。
 そう言って月詠に案内された席に居たのは……。

「おや」

「ほほ、先生達も昼かの?」

 高畑先生と、学園長だった。
 ……何と言うタイミングだ。
 うーむ。

「御主人様方~。申し訳ありませんが、相席よろしいでしょうか~?」

「うむ、かまわんよ」

「申し訳ございません」

 というか、ちゃんと学園長と高畑先生にはそう言うのな。
 むぅ……何と言うか、むぅ。
 先生はちょっと寂しい。
 そう思いながら、月詠に引かれた席に腰を下ろす。
 そして、瀬流彦先生も。

「すみません、学園長、高畑先生」

「構わん構わん。食事は大勢と食べるに限るからの」

 そう言ってもらえると助かります。
 そう頭を下げ、どうするかな、と。
 とりあえずメニューを開く。
 内容は喫茶店としてはオーソドックスなスパゲティが数種とサンドイッチ、紅茶とコーヒーに……最後に何故かおにぎりがあった。
 ……なんで?
 浮いてるなぁ。
 とりあえず、食べる物を決め、瀬流彦先生にも確認をとる。

「注文、決まりましたか?」

「うん」

「それじゃ、呼びますね」

 注文を言おうと、傍を通った那波に声を掛ける。

「注文良いか?」

「勿論でございます、御主人様」

 ……似合ってるなぁ。
 なんというか……うん。

「なんでございましょうか?」

 目が怖いぞ、那波。
 いや、年齢的な事は考えてないからな?

「それじゃ――」

 自分の分と瀬流彦先生の分の注文を伝え、ふぅ、と一息。
 どうして那波は、あんなに気にするかなぁ。
 しかも、妙に鋭いし。
 本当に中学生か?
 ……やめとこう。後が怖い。

「ほほ、このクラスは皆楽しそうじゃな、先生」

「そうですか?」

 そう言ってもらえると嬉しいです、と。
 やっぱり、折角の学園祭だし、楽しそうだと言われると、嬉しいもんだ。

「皆、頑張った様じゃの」

「はい。準備にも気合が入ってましたし」

「それは楽しみだね」

 とは高畑先生。
 あ、そう言えばまだ料理が来て無かったのか。
 丁度同じ時間に来たみたいだな。

「先生、最近は調子はどうだい?」

「……はは、なんとか頑張ってます」

 本当に、何とか、ではあるけれど。
 そんな事を話していたら――厨房の方が、少し騒がしくなった。
 どうしたんだろう?

「何か問題があったのかな?」

「どうでしょう?」

 そう瀬流彦先生に言われ、見にいった方が良いかな、と少し腰を浮かし、再度下ろす。
 こう言うのは生徒で、と思った事もある。
 確かに、少しだけそう思った。
 けど――うん。

「明日菜君は、相変わらず元気みたいだね」

「そうですね……」

 なんだ。
 神楽坂もこの時間帯のシフトだったのか。
 何と言うか、うん。
 何で騒いでるのか良く判った気がする。
 ……クラス全員知ってるもんなぁ。
 はぁ。

「なるほど、賑やかなのは明日菜君か」

「ぅ……スイマセン、学園長」

「よいよい。こう言うのも、祭りの醍醐味じゃ」

 うぅ。
 どうやら、料理が届くのはもう少し遅くなりそうである。




――――――エヴァンジェリン

「エヴァちゃーん、先生来たよー」

「それどころじゃないっ」

 ああ、まったく。
 さっきから早乙女ハルナが声を掛けてくる。
 内容は、まぁ、なんだ。
 うん。
 絶対勘違いしてるからな、お前?
 まぁ、それは置いておいて。

「さっさと持って行け、明日菜」

「うぅ……」

 何を躊躇ってるんだか。
 誰だって同じ事をやってるんだ、お前だけが特別じゃないんだ。

「だってぇ」

「タカミチをカボチャか人参か、なんか野菜かに例えて見ておけば大丈夫だろ」

「高畑先生を野菜になんて見れる訳無いでしょ!? 罰が当たるわ」

「当たるか、バカ」

 ……さっきからこの調子である。
 はぁ。
 厨房の隅で蹲ってるバカをどうしたものか。
 というか、誰も変わりに持っていかないしな。
 ……私もだが。

「じじいも待ってるんだぞ?」

「うー……誰よ、メイド喫茶なんて言ったの」

「お前も面白がって一票入れてただろうが……」

 何を言ってるんだ、お前は。

「ううー」

「タカミチも腹を空かせてるぞ?」

「ぁぅー」

 鳴き方が変わったし。
 それに、せっかく作ったサツキの料理が冷めるのも面白くない。
 どうしたものか……。
 そんな時、ポニーテルに纏めていた髪を軽く引っ張られた。。
 ……私の髪は、呼び鈴代わりじゃないんだが?
 誰だ? こんな非常識な奴は。

「なんだ? ……どうした、早乙女ハルナ?」

「はい、これ」

 差し出されたのは、別の料理の載ったトレイだった。
 ……う。

「4番テーブルいってらっしゃーい」

「はぁ……って、4番ってタカミチ達じゃなかったか?」

 明日菜の手に在るトレイを見る。
 うん、4番って書いてある紙がちゃんとあるな。
 私の手のトレイを見る……紙には4番と書いてある。

「あ、先生と高畑先生達って合い席だから」

「なるほどなぁ」

 ふむ。

「ほら明日菜、先生のついでに持っていけば、言い訳も立つだろ?」

「違うでしょーがっ」

 うわ、バカっ。
 いきなり肩を組むなっ。
 落とすだろうがっ。

「見本よ、見本」

「なに?」

 後、何で耳元に口を近付ける?
 気持ち悪いぞ。

「こう、エヴァちゃんがお手本を見せてあげれば明日菜だってできるでしょう?」

「うん」

 即答したよ、このバカ。
 後で頭の形が変わるくらい叩いてやろうか?

「それより、先生のついでにタカミチに持っていった方が……」

 楽だろ、と言い終る前に、背を押される。
 むぅ。

「面倒だ」

「仕事なので、多少の面倒は我慢するよーに」

「……くそ」

「ちゃんと練習したでしょー?」

「……楽しそうだな」

「まぁねー」

 あー、ムカツクな、その笑顔。
 これが男なら、その頬を殴り飛ばしてる所だ。

「お前が持っていけば良いだろうが……」

「やぁよ。面白くない」

「……仕事に面白さを求めるなよ」

「面白くない仕事じゃ長続きしないからねー」

 ああ言えばこう言う。
 はぁ……コイツ苦手だ。

「判った判った。ほら明日菜、行くぞ?」

「うん。判った……え?」

 今度はなんだ?

「一緒に行くの?」

「当たり前だろうが……これ以上、タカミチを待たせる気か?」

 この際、もうじじいはどうでも良い。
 どうせ、明日菜が困ってるのはタカミチの事だし。
 ……まったく。
 そんなに好いた男の前に出るのが嫌なんだろうか?
 ……まぁ、こんな姿を見せるのは少し抵抗があるのだろうけど。

「なら、一人で行くんだな」

「わーわーっ、待ってよー」

 結局付いてくるし。
 まったく、世話の焼ける奴だな。
 さて、と。

「ようこそ、先生」

「おー。よく似合ってるなぁ」

「世辞は良い」

 …………まったく。
 チャチャゼロの奴め、要らん事を言うから、まったく。
 ふん。
 あー、まったく。
 朝と同じような褒め方じゃないか。
 そんなんじゃ、全然駄目だ。
 まったく。
 ……本当に、褒め慣れてないんだなぁ

「注文の品を置いて行くぞ」

「……もーすこし、愛想良くは出来んのか?」

「ふん」

 それは無理と言うものだ。うん。
 流石にそれは……何と言うか、うん。
 そして、

「瀬流彦、お前もこう言うのは――」

 好きだったなのか、と聞く前に

「高畑先生っ」

「な、なんだい? アスナ君?」

 やたら気合の入った声でタカミチを呼ぶ明日菜。
 ……何をやってるんだか。

「これっ、どうぞっ」

 あーあー……そんな力一杯突き出さなくても。
 見ているこっちが心配になってくるぞ……。

「そ、そう? ありがとうね?」

「はいっ、一生懸命作りましたっ」

 サツキがな。
 言っておくが、お前は何も作って無いからな?
 ……まぁ、そんな事は言わないが。

「そうなのかい? ありがたくいただくよ」

「はいっ。いただいて下さいっ」

「落ち着け」

 ペシ、と少し背伸びしてその頭を叩く。
 まったく。
 大声で喋り過ぎだ……恥ずかしいヤツだな。

「あ、あわ……」

 今度はなんだ?
 内心で若干面白がりながら、その顔を見ると――。

「し、失礼しましたーーーっ」

 走って厨房に消えていった。
 …………耐えきれなくなって、逃げたか。
 はぁ。

「元気じゃのぅ」

「アレより元気なのはそうは居ないだろ」

「そうだなぁ」

 どうしてもらえて嬉しいよ、先生。
 そう言って2人で笑う。
 はぁ、賑やかなヤツだ。本当に。

「楽しそうじゃのぅ」

「退屈はしないさ。……あーまで賑やかな奴は、他に知らないしな」

「そうかい?」

「ああ」

 ま、賑やか過ぎるのも考え物だがな。
 それもまぁ、一つの楽しみか。

「そうか……アスナ君も楽しんでるみたいだね」

「……そこは、どうだろうな」

 楽しんでるか?
 ……それどころじゃないと思うんだが。
 コイツの目も、相変わらず節穴だなぁ。

「エヴァ、アスナ君と仲良くしてやってくれ」

「ふん」

 別に……まぁ、なんだ。
 言われるような事じゃないさ。
 ……ふん。

「じゃあな。追加で注文があったら、誰かに言ってくれ」

「マクダウェル」

 そう、呼び止められた。
 なんだ、と振り返る。

「相坂は?」

「さよなら、あそこだ」

 窓際、造花で飾られた一角にチャチャゼロと並んで、メイド服に着替えたさよが座っている。
 流石に動き回る事は出来ないが、あそこからなら教室全体が見えるし、この忙しさだ。
 少し動いたくらいじゃそう不信がられないだろう。

「判った」

「少し話でもしてやってくれ」

「おー」

 ふぅ、このままもう戻るか。
 そう思い、今度こそ背を向け。

「あ、そうだ」

 なんだ、まだ何かあるのか?

「もー少し、愛想良くな?」

「…………う」

 出来るか、と言ってやりたかった。
 だって、なぁ?
 私は吸血鬼だぞ?
 悪い悪い魔法使い。
 そして、魔法使いが恐れる魔法使いなのだ。
 そんな私が、だ。
 ……言えるか、と。

「ま、3日あるんだし。最終日に期待してるぞ?」

「……ふん」

 まったく。
 ああ、まったくっ。
 あーもう。
 ……なんだかなぁ。
 足早に厨房に逃げ込み、内心で溜息を吐きながら、平静を装う。
 そんな時、肩を軽く叩かれた。

「なんだ?」

 叩いたのは、やっぱりと言うか、早乙女ハルナ。
 その顔は……うん。
 お前が男なら、私はきっと殴ってるな。

「いやー、さっきのは駄目だわ」

「アレよりマシだろ」

 駄目出しは、まぁ良い。
 だが、そこだけは譲れなかったのでまた厨房の隅で影を背負ってるバカを指差す。

「どっちもどっちでしょうが」

 ふん。そんな訳あるか。

「はん。ろくに喋れなかった奴よりはマシだろ」

「先生にちょっと褒められただけでニヤニヤしてた子供よりマシよっ」

「誰がニヤニヤしてたっ」

 そんな事はないっ。
 くそ、変な事を言うなっ。

「そう? 私が見てた限り、ずーっと先生の方ばっかり気にしてた様だったけどねっ」

「お前なんか、料理突き出しただけで逃げだしただろうがっ」

 それに、別に気にしてないっ。

「どうどう」

「「私は馬かっ」」

「……そんな所は仲良いのね」

 ……ふん。
 まぁいい。
 コレで厄介なのは終わったんだ。
 後は適当に頑張って仕事を終わらせよう。
 うん。
 そんなこんなでシフト交代の時……。

「あら、お疲れですね二人とも」

「げ、あやか」

「女性がそのような物言いはどうかと思いますわ」

 まぁそうだな。
 更衣室代わりの空き教室ですれ違ったのは昼過ぎからのシフトだった雪広あやかと……。

「誰だ?」

「ネギ先生ですわ」

 …………?

「うぅぅ……」

 …………?

「何か言って下さいよぅ、明日菜さん、エヴァンジェリンさん」

 …………あー、なんだ。

「……そんな趣味があったの、ネギ?」

「それは流石に……」

 メイド服着る趣味があったのか、ぼーや。

「よくお似合いですわ、ネギ先生」

「嬉しくないですよっ!!」

 だろうなぁ。
 ……あー。

「まぁ、なんだ」

「少しでも皆さんのお手伝いを、と思ったのに……」

 そして女装か。

「鬼だな、雪広あやか」

「何か言いましたか? エヴァンジェリンさん?」

「いや、なにも……」

 とりあえず、見なかった事にして空き教室に入る。
 …………………。

「似合ってたわね」

「そうだな」

 …………災難だな、ぼーや。
 それしか思い浮かばない。
 そんな事を考えながら着替え、

「次のシフト。あやかを止めれるのって誰かいたっけ?」

「……次のシフトの面子が判らん」

「私もだわ」

 …………本当に、災難だな、ぼーや。
 あとで、チャチャゼロとさよを迎えに行く時に様子を見に行ってやるか。




――――――

「あ」

「あ」

 午後からも特に目的地を持たず、のんびりと見回りを行っている途中、丁度、近いうちに会いに行こうと思っていた少女とばったりと出くわした。
 高音=D=グッドマン。
 つい昨日会ったばかりの聖ウルスラ女子高等学校の2年生……らしい。
 直接の授業は受け持った事が無いから、人伝に聞いただけだけど。
 そして、以前そのグッドマンを姉と呼んでいた佐倉も一緒に居た。

「おはよう、グッドマン、佐倉」

「おはようございます先生」

「お、おはようございます」

 えーっと。
 会いに行こう、とは思っていたがこうばったりと会うとは思っていなかったので、まず何から話そうかな、と。
 そう思い、心中で何から話すか考えていた所、先にグッドマンから話を振られた。

「先生。昨日はお見苦しい所をお見せしました」

「ん?」

 なにが?
 と、聞く前に頭を下げられた。
 ……何かしたっけ?
 昨日って言ったら、昨日は……アレか。
 グッドマンの魔法を見た。
 それと、超の事だろう。
 でも、頭を下げられる……事かも知れない。
 昨日のマクダウェルを見ていると。
 それに、やっぱり人前で魔法は、どうかとも思うし。

「えっと……佐倉は?」

「はい。愛衣は私の従者です」

「……従者?」

 佐倉も魔法使いなのか、という意味で聞いたんだけど、また聞き慣れない言葉が。
 従者って言うと……どうにも、メイドなんかを想像してしまうのは、まぁ、クラスの出し物がアレだからだろう。
 そう内心で苦笑しながら首を捻っていると、

「ど、どうも……」

 佐倉から頭を下げられた。
 ?

「どうした?」

 いつもはもっと砕けた調子で話すのに。
 どうしてか、今は堅くなってしまっている。

「い、いえ……先生の事、聞きました」

「俺の事?」

 …………?
 いや、本当に訳が判らないんだが?
 何か、畏まられるような事したかな?

「何の事だ?」

「へ? あ、いえ……」

 しかも、敬語だし。
 いや、生徒が教師に敬語を使うのは正しいんだろうけど……いつもは、本当に砕けた調子で話しかけてくるからな。
 まぁ、それほど話す訳じゃないんだけど。
 どうしたんだろう?

「グッドマン、佐倉はどうしたんだ?」

 判らないので、とりあえず第三者であるグッドマンに聞いてみる。
 そのグッドマンもまた、苦笑している。

「いえ……先生の事を少し話しましたら」

「……俺の事を?」

 だから、どうして俺の事を話したら敬語になるんだ?
 言っちゃなんだが、そんないきなり態度を変えられるような事はしてないんだけど。
 何かしたかな?

「なに話したんだ?」

「いえ、エヴァンジェリンさんの事を」

「マクダウェル?」

 どうしてそこでマクダウェルが?
 マクダウェルって言えば……吸血鬼?
 グッドマンも魔法使いだったし、その関係だろうか?

「それがどうかしたのか?」

「どうかしたのか? じゃないですよっ」

 あ、戻った。

「あ、いえ、そうじゃなくてですね」

「いや、そんないきなり畏まられても困るんだが」

 そう苦笑してしまう。
 佐倉の方も言葉遣いに使い慣れてないみたいだし。
 聞いてる分には微笑ましいんだけど、どうにもむず痒い。

「先生。エヴァンジェリンさんの事って、どう思ってるんですか?」

「マクダウェルの事?」

「はいっ」

 ……マクダウェルの事なー。
 そう改めて聞かれると、どう答えたものかな、と思ってしまう。
 ふむ。

「今から時間あるか?」

「へ?」

 佐倉にそう言い、グッドマンに顔を向ける。

「立ち話するような事じゃないし、どこかで話さないか?」

「それも……そうですわね」

 魔法やら何やらは、あんまり周りには聞かれない方が良いだろうし。
 いくら認識阻害、だっけ? の魔法があっても、気を付けた方が良いんだろう。
 ……まぁ、この人混みだ。どこで話しても、そう変わらないのかもしれないけど。
 それでも、少しは気を付けるべきだろう。

「それでは、どこか話せる場所へ」

 そうだな、と。
 しかし、そうなるとどこで話すかな?
 人があまり居なくて、それでいてゆっくり話せる場所……うん、ちょっと思いつかない。

「それじゃ、何処で話そうか?」

「あの……今更聞くのも失礼ですけど、宜しかったのですか?」

「ん?」

「待ち合わせとかは……」

 ああ。
 人並に攫われないように少し近づいて、そう聞いてくる。
 しかしながら、残念な事にこう言った所で誘ってくれる相手は居ないのだ。
 そう内心で思い、苦笑する。

「いい、いい。今日は一日、見回りするつもりだったから」

 イベントに誘われてはいるが、それは今日じゃないし。

「そうなのですか?」

「おー」

 残念ながら、学園祭を一緒に回る、と誘ってくれる相手に恵まれてる訳でもないし。
 ……彼女欲しいなぁ。
 まぁ、そうは思うけど仕事が忙しいからそれどころじゃないんだけど。
 出来ても、彼女との時間を作れるかちょっと判らないし。
 ちょっと悲しくなってくる。
 こう言うのって、どうなんだろう?
 最近は葛葉先生の彼氏話をよく聞かされるから特にそう思ってしまう。
 ……以前は、彼氏が居ないと言ってたのに、あの変わり様である。
 思い出しただけで、冷や汗と言うか、何と言うか。
 真面目な人ほど一途になるんだって、昔の人は上手い事を言ったもんだ。

「それじゃ、えーっと……何か飲むか?」

 こう言う話って、喫茶店みたいな所で良いのかな?
 よくドラマとかマンガじゃそんな所で話してるけど。
 ああいうのって、結構危ないのかな?

「そうですね……愛衣、何かお勧めのお店はありますか?」

「わ、私ですかっ!?」

 まぁ、確かに俺も女の子にお勧めできる喫茶店とかは詳しくないしな。
 特に何も言われないし、そんな所で大丈夫なんだろう。
 ここはグッドマンに倣って、佐倉に任せるか。

「そ、それじゃ……」

 佐倉のお勧めの店は、割と遠かった。
 というか、聞いた事も無い名前なんだけど?
 場所を聞いてなんとなく、あの辺りか、と判る。
 ケーキと紅茶がとても美味しいらしい。
 どっちともそう縁がある訳じゃないので、そうなのかぁ、と相槌を打っておく。
 そして、目的地も一応決まった所で、歩く事になった訳だが……。

「どうしたんだ? そんなにキョロキョロして?」

 なんというか、佐倉とグッドマンは妙に周囲を気にしていた。
 特に、佐倉は何か変な機械を片手に持って、それもよく見ている。
 ……傍から見ていると、とても危なっかしいぞ。
 何度か人にぶつかってるし。

「ちゃんと前見て歩かないと、危ないぞ?」

 この注意も何度目か。
 それでもこの2人は、あっちを向いたりこっちを向いたり。
 グッドマンは真面目なサイトだって聞いてたけど、こう言う所もあるのかな?

「すみません」

「は、はは……ごめんなさい」

 そんなに何か珍しい出し物なんて、あったかな?
 とくに、そう目を引くようなのって無いと思ったけど……。

「何か面白いのでもあったか?」

「いえ……先生は、世界樹伝説は御存じでしょうか?」

 世界樹伝説?
 そう言えば、昨日マクダウェルが言ってたな。
 その事だろうか?

「最終日に告白したら、100%成功するって言うヤツか?」

「ええ、それです」

 うーむ……やっぱり本当だったのか。
 いや、マクダウェルが魔法関係で嘘吐くとは思って無いけど……やっぱり、そう言う魔法ってあるんだなぁ、と。
 なんというか……うーむ、である。
 良いのか悪いのか。
 凄い、と言えるのかもしれないけど、何だかなぁ、と思う所もある。
 魔法と言うのがどう言うのか判らないが……。

「何と言うか、困った魔法だな」

「まったくです」

 俺と佐倉は苦笑し、グッドマンは深く溜息を吐く。

「まぁ、実際には少し違うのですが」

「そうなのか?」

「はい。実際は世界樹の力で願い事が叶うのです」

「願い事が?」

 ……それはまた、何と言うか。
 
「それが人の手で実現可能なら、ですが」

「へぇ」

 凄いなぁ、と。
 だから、告白……相手に好きになってほしいって願い事がかなうのか。
 なんとも迷惑な魔法だなぁ、と。
 そんな事を話していた時、佐倉の手に会った機械が警告だろうか?
 少し高い音を鳴らした。

「お姉様っ」

「ええ、急ぎましょうっ」

 へ?

「先生、少々お待ち下さいっ」

 え、えっと?
 いきなり走りだしたグッドマンと佐倉を目で追い……。
 置いていかれて、どうするか数瞬悩む。

「どうしたんだ?」

 悩んで、とりあえず追う事にする。
 いや、学生が慌てて走っていった訳だし。
 その後を追い、その背が本屋に入ったので後を追うと

「ね、ネギ先生? 宮崎?」

 なんか、ネギ先生が宮崎に押し倒されていた。
 その2人を茫然と見下ろしていたグッドマンと佐倉の後ろから、声を掛ける。

「せ、せせせ、先生っ!?」

「ええええ!?」

 ……はぁ。

「い、いえ。これは、あのッ」

「いま、ちょっと転んじゃいましてっ」

 グッドマンと佐倉の背を軽く押しのけ、まずは倒れている2人に手を差し出す。

「ほら、立って下さい。お店の人に迷惑ですよ?」

「あ、ああ、はいっ」

「す、すすいませんっ」

「いいですから」

 苦笑してしまう。
 いや、確かにこの2人に時間を、と思ったのは俺だけど。
 まさかこう言う事になっているとは。
 さて、早乙女達は……と。
 周囲を見渡すが、それらしい姿は無い。
 きっと少し離れた位置から見ているのだろう。
 まったく。

「ネギ先生?」

「は、はいっ」

 その名前を呼ぶと、緊張したように身体を強張らせる。
 うーむ。

「別に怒るつもりは無いですから、そう緊張しないで下さい」

 苦笑し、その頭を軽く、叩く様に、小さく撫でる。

「でも、注意はさせてもらいますね?」

「ぅ」

 ふぅ、と小さく息を吐く。

「宮崎達と一緒に回って良い、とは言いましたけど、教師の仕事を蔑にして良い、とは言ってませんよね?」

「……は、はい」

「私服に着替えてどうしたんですか? ちゃんと仕事をするなら、どうしなければならないか、って判るでしょう?」

「はい……」

 別に怒ってる訳じゃないですから、そう縮こまらないで下さい、と。
 はぁ。
 こう言う所は、本当にまだ10歳の子供なんだな、と思わせられる。
 いくら仕事が出来ても、やはり楽しい事の前には……と言う事か。
 それが悪い事――とは、言いたくは無いんだけれど。
 少し悪い気もするが、やはりここは言っておくべきだろう。

「ちゃんと仕事をして、そして学園祭を楽しむ分には誰も、何も言わないんですから」

 まぁ、羽目を外し過ぎるのはどうかと思いますけどね? と。
 最後は少し茶化した風に言っておく。
 最初から最後まで難しく話すと、気まずいし。

「す、すみません。私が――」

「宮崎は生徒だから、楽しむのが当たり前なんだ。で、ネギ先生は?」

「……僕は、教師です」

「はい、そう言う事です」

 本当なら、俺ももっと遊んでほしいとは思う。
 でも、ネギ先生は教師なのだ。
 なら、仕事はちゃんとしてもらわないといけない。
 それが、“仕事”なのだ。

「仕事をして、羽目を外し過ぎないなら、誰も何も言いませんから」

 もう一度、言う。
 ちゃんとして、その上で楽しむのなら、問題は無いですから……と。

「はい」

「それじゃ、着替えて見回りをお願いしますね?」

「判りましたっ」

 うん、良い返事です。
 
「すまないな、グッドマン、佐倉。少し待っててくれ」

 床に散らばった本を拾い上げ、本棚に直していく。
 しかし、どうやってあんな状況になったんだろうか?
 こんな人目がある所で押し倒すとか……しかも宮崎が。
 これからは、少し注意した方が良いんだろうなぁ。
 もしかしたら、神楽坂や雪広よりも積極的なのかもしれない。
 ……神楽坂はともかく、雪広よりはマシか、うん。

「はぁ」

 何と言うか、我がクラスながら……いや、止めとこう、うん。
 きっと雪広もそのうち落ち着くさ、うん。

「先生、どうぞ」

「あ、すまん」

 結局、5人で散らばった本を片付けて本屋を出る。

「それじゃ、ネギ先生」

「……すみませんでした」

「いいですから。楽しんでも良いですけど?」

「はい。仕事もちゃんとします」

 よろしい、と。
 そう笑い、その頭に軽く手を乗せる。

「今日から3日間、頑張りましょうね?」

「はいっ」

 うん、やっぱり元気な方がネギ先生らしい。
 それに、これだけ言ってたら宮崎もそう……大丈夫だろう。

「待たせてすまないな、グッドマン、佐倉」

「いえ」

「それでは、行きましょうお姉様、先生」

 そうだな。







 どう話を切り出したものかな、と。
 頼んだコーヒーを一口啜り、気を落ち着ける。

「えっと、それで……佐倉には俺の事、どう話したんだ?」

 確かそんな話だったよな。
 なんか、いきなり敬語使われて……まぁ、悪い事じゃないんだけど。

「そうでした」

 忘れてたのか。
 ……まぁ、少しインパクトのある事あったからなぁ。
 3人でオープンカフェの丸テーブルを囲みながら、小さく溜息。

「愛衣には、先生の事はエヴァンジェリンさんを……そうですね、先生はエヴァンジェリンさんの事をどこまで知ってられますか?」

「マクダウェルの事?」

「はい」

 そうだなぁ。

「あ、ちゃんと簡略ではありますが結界張ってますから大丈夫です、先生」

「そうなのか?」

 全然気付かなかった。
 そう言うのって、簡単に出来る事なんだろうか?
 佐倉に軽く礼を言い、どう話すかな、と。
 まぁ、俺が知ってる事なんて殆ど無いんだけど。

「あの子が吸血鬼で……それで、結構悪い事をしてる、って事くらいだな」

「悪い事、ですか?」

「ああ、グッドマンは知ってるのか? マクダウェルの事」

 人を殺した、というのは、言い出せなかった。
 それは、きっと俺みたいな第三者が簡単に口にして良い事じゃないと思うから。
 だから言葉を濁し、先にグッドマンに話を振る。

「そうですね――人伝に聞いた話ばかりですが」

「そうなのか?」

「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――魔法使いで知らない人が居ないくらい、悪名高い魔法使いです」

 ……そんなに?
 少し驚いてしまう。

「子供から老人まで、きっと魔法使いで知らない人は居ません」

「そんなにか?」

「魔法使いの大人は、悪い事をした子供に何と言うか判りますか?」

 子供に?
 それは、どう言う意味だろう?
 叱ったりする事、だろうか?

「『闇の福音』が攫いに来るぞ――そう、子供を叱りつけるんです」

「?」

 そう言えば、昨日ガンドルフィーニ先生がなんかそんな風にマクダウェルを呼んでたな。
 ……しかし、攫いに来るって……。

「『闇の福音』って、どう言う意味なんだ?」

「そのままです。エヴァンジェリンさんの魔法界での呼び名。そうやって、子供はエヴァンジェリンさんを怖がって育つのです」

「……なんだ、それ?」

 どう言えば良いか……。
 何と言うか、気持ちが悪い、と。
 そう、思った。
 人を悪く言って子供を叱りつけるのか、魔法使いは?

「私も、愛衣も、そう言われて育ちました……そこまで極端では無かった、と思いますが」

「魔法使いって言うのは、そういう教育なのか?」

「古い魔法使いはそうですね。少なくとも、私やガンドルフィーニ先生は古い魔法使いかと」

 ガンドルフィーニ先生?
 コーヒーを一口飲む。
 それに合わせてグッドマンと佐倉も紅茶を飲み、喉を潤す。

「彼女は恐ろしい存在です」

「………………」

「私と愛衣は……きっと、ガンドルフィーニ先生や、他の魔法使いの方もそう言われて育ったと思います」

「そうなのか?」

「は、はい」

 ふむ……。
 まぁ、その辺りは、また今度――マクダウェルから話してもらおう。
 そう言うのは、きっと本人から聞くべきだろうし。
 ……いや、話を振ったのは俺なんだけどさ。
 こうまで重い話だとは、思って無かったのだ。
 これは俺の失敗だ。

「えっと……それで、どうして佐倉が俺に敬語を話すんだ?」

 多少無理矢理だが、話題を逸らす。
 しかし、マクダウェルってそんなに有名なのか……。
 有名、と言うのが正しいかはどうか、とも思うが。

「いえ。だって、エヴァンジェリンさん……最近丸くなったじゃないですか」

「ん?」

 それがどうしたんだろうか?
 ……いや、確かにそんなに言われてたマクダウェルが丸くなったら、驚く……のかな?
 流石に、そんな存在を知らないので何とも言えないが……いや。
 うん。
 あの雨の日に会った老人が人の良い老人に変わったら、確かに驚くな。

「でも、それは俺は何もしてないぞ?」

「……え?」

「俺がした事なんて、ちゃんと登校するように言っただけだぞ?」

 それは、多分以前グッドマンに言った事と同じ……だと思う。
 結構前の事なので、うろ覚えだけど。
 けど、きっと言ってる事はそう変わらない。
 ――俺があの子の為にした事なんて、きっとそのくらいの事だ。
 後は、

「マクダウェルが変わりたいと思ったから……変われたんだと思うけど」

 誰だって、そうだ。
 変わりたいと思わないなら、どんなに行動しても変わらない。
 変わりたいと思ったから、マクダウェルは行動したのだ。
 それがきっと、昨日超を庇った事だったり、神楽坂以外にも友達を作ろうとした事だった。
 そう言い、もう一度コーヒーを啜る。

「俺がした事なんて、殆ど無いと思うぞ?」

「……そうでしょうか?」

「うん?」

 そう言い終り返って来たのは、グッドマンの……どこか嬉しそうな、含み笑いだった。
 うーむ。
 何か勘違いされてる?

「俺は魔法使いでも何でもないんだ。出来る事なんて殆ど無いだろ?」

「そうですね」

 そう、静かに笑われる。
 でも、そうなのだ。
 それこそ、俺が出来るのは教師として接してやる事だけだ。
 それ以上は、きっと俺の身に余る。荷が勝ちすぎる。

「……本当に、それだけの事だったんですよね」

「…………」

 その一言に、どれだけの意味が込められていたのか。
 ただ、ひどく――悲しそうだ、と思った。
 それがどうしてかは、判らないが。

「お姉様?」

「いえ、何でも無いわ、愛衣」

 見なかった事にし、コーヒーを啜る。
 あ、空になった。

「そうだ」

 そうそう、俺もグッドマンに言う事があったんだった。
 忘れる所だった。

「昨日はありがとうな?」

「……昨日、ですか?」

「ああ。マクダウェルの事、信じてくれて」

「――ぅ」

 さっき、マクダウェルが変わったって言ったけど、きっとグッドマンも変わったんだと思う。
 ……そう言うと、今以上に顔を赤くしそうだから言わないけど。
 それでも、礼は言っておきたかった。
 グッドマンが言った事は本当なのだろう。
 マクダウェルと怖い、と。
 だからこそ――マクダウェルの事を、少しだけでも、信じてくれたのが嬉しかった。

「それじゃ、そろそろ見回りに戻るか」

「そ、そうですね」

 フッドマンと佐倉も紅茶を飲み終わり、席から立つ。
 ついでに、伝票を受け取る。

「あ」

「奢るよ」

 流石に、生徒とこう言った所で割り勘、と言うのは格好悪いし。

「申し訳ありません」

「ありがとうございます、先生」

 さて、と。
 そう言えば、小太郎が武術大会の予選に出るとか言ってたなぁ。
 もう少ししたら見に行くか。
 それに、魔法使わないように釘さしとかないと。
 熱くなったら周り見えなくなりそうだし。
 そんな事を考えながら、会計を済ませる。

「先生」

「ん?」

 その声に振り返る。

「どうした?」

「いえ――私の話を聞いても、エヴァンジェリンさんと距離を置いたりはされないんですよね?」

「距離?」

 いや、距離って言うほど親しい……のかな?
 まぁ……秘密、みたいなのを知ってるからそう言えるのかな?
 そう内心で苦笑する。

「今まで通りだと思うぞ?」

 そればっかりは、なぁ。
 そう約束したのだから。
 アイツが変わりたいと、そう思ってる限り――と。

「先生は、本当にエヴァンジェリンさんが変われると……そう思ってるんですか?」

 そう聞いてきたのは佐倉。

「ああ」

 それに、間髪いれず答える。

「マクダウェルって、吸血鬼なんだろ?」

「はい」

「なら、きっと長生きなんだろ?」

「そうですね」

 うん、と。

「佐倉はさ、長く生きるなら楽しく生きたいだろ?」

「楽しく……?」

「ああ。皆に嫌われて一人で生きるより、友達に囲まれて笑って生きたいだろ?」

 そう言う事だよ、と。
 きっと誰だってそうだと思う。
 誰かと一緒に、楽しく生きたいって。
 マクダウェルだって、そうだと思う。
 だからこそ――変わりたいと、そう思ったのだと。
 だからこそ――俺はマクダウェルを信じれるのだ。

「なるほど」

 そう言ったのはグッドマン。
 何か得心がいったように、小さく頷く。

「確かに、私もそう生きたいですね」

「お姉様?」

「判り易いだろ?」

 マクダウェルを怖い、とグッドマンは言った。
 でも、今はとてもそう怖がってるように見えない。

「吸血鬼も案外、判り易いのかもしれませんね」

「そうだなぁ」

 きっと、吸血鬼も魔法使いも人間ももしかしたらそう変わらないのかもしれない。
 そう思えるのは、きっとマクダウェルのお陰だろうな。




――――――チャチャゼロさんとさよちゃんとオコジョ――――――

「えへへー、先生に褒めてもらいましたー」

「おー、良かったじゃねぇか」

 さっきから、本当に嬉しそうにそう言うなぁ。
 そんなにその“先生”ってのは良い男なのかねぇ。

「何拗ネテンダ?」

「別に拗ねてませんよ」

 ふん。
 空き教室の片隅で、木乃香嬢ちゃんの仕事が終わるのを待っている。
 エヴァの姐さんは、明日菜の姉御と一緒に行っちまったし……ま、友達と遊びたいってのも判るしな。
 ここはこっちが折れたって訳だ。
 しょうがねぇ。
 人形や動物が一緒じゃ、色々と気を使っちまうだろうしな。

「おまたせー」

「おー、木乃香の嬢ちゃん」

「待ッタゼ。早ク遊ビニ行コウヤ」

「おっけー。すぐ着替えるから待っててー」

 って。

「カモさん、見ちゃ駄目ですよっ」

 ……さよ嬢ちゃん。
 見えねぇよ……グスン。

「何ヤッテンダカ」






[25786] 普通の先生が頑張ります 54話
Name: ソーイ◆10de5e54 ID:052e1609
Date: 2011/04/05 23:24

――――――エヴァンジェリン

「待ってよー」

「はぁ、急げよ? 学祭で遊べる時間なんて、すぐに終わるんだからな?」

「そんな事無いってぇ。急いでたらコケるわよー」

「子供扱いするなっ」

 まったく。
 教会の屋根上への階段を登りながら、小さく溜息を吐く。
 はぁ。

「さっさと真名を誘って、遊びに行くぞ」

「はいはい。判ってるって」

 本当か?
 ただでさえ今日は時間を使ってるからな。
 早くしないと、もうすぐ夕方だ。
 その後は武闘大会の予選を見に行くんだからな。
 その前に回れるだけ回らないといけないのだ。

「おーい、真名ー」

 そう考えながら、教会の上――鐘が置かれている場所に到着する。
 どうしてこんな高い所から見張るのか……。
 まぁ、見晴らしが良いから、と言う事だろうが。
 そう真名を呼ぶ明日菜の声に苦笑しながら、私も目的の相手を探す。

「おや、明日菜にエヴァ。もうそんな時間?」

「うん。遊びに行くわよー」

「判った判った」

 そう苦笑いし、自身の得物を直そうとするその陰に、見慣れた姿があった。
 白いドレスのような服を着た、真名と。

「ぼーや?」

「あ、エヴァンジェリンさん」

 私服のぼーやだ。
 まぁ、見回りの途中で真名と会ったとかそう言った所だろうが……
 そこで、一つの違和感が頭をよぎる。
 ……それが何なのか、微かに記憶に引っかかるが、判らずに首を傾げてしまう。
 なんだったか?

「どうしたんだ、こんな所で?」

「いえ、龍宮さんのお仕事を一緒に……」

 ま、やっぱりそんな所か。

「ぼーやじゃたいして役に立てないだろうが」

「う」

 言ってはなんだが、どちらも遠距離型だ。
 しかも、ぼーやの場合は目立ち過ぎる、
 こんな祭りの中では、人混みに紛れてどうこうする方がまだ役に立てるだろう。

「そうでもないよ。一人じゃ暇だからね」

「それはそれで、どうかと思うがな……」

 それは仕事の手伝いじゃなくて、話し相手ではないか。
 まったく。
 ま、いい。

「そんな事より、早く行くぞ」

「そうそう。お仕事の時間は終わりよー」

「はいはい」

 これから回る所は多いんだからな。

「真名は昼は食べたのか?」

「ああ、適当に。軽くだけど食べたよ」

「そう? なら、色々食べ歩きしましょ、食べ歩き」

「……ま、それも偶には悪くないか」

 本当、そう言う所は子供っぽいなぁ。
 タカミチに見向きもしてもらえなくても知らないぞ?
 まぁ、実際現状は……言わないでおこう。
 そんな事で落ち込まれても、時間が勿体無いしな。

「それじゃネギ先生、見回り頑張って下さい」

「はい。龍宮さんもお祭りを楽しんで下さいっ」

 しっかし。

「ぼーや、仕事するんなら、その服装はどうかした方が良いんじゃないか?」

 私服で見回り、と言ってもなぁ。
 私服警官じゃあるまいし、そんなんじゃ誰も話を聞いてくれないだろうに。
 子供だから、余計に服装だけでもしっかりしておいた方が良いと思うが……。

「う。は、はは……この後、まだ少し用事がありまして」

「ふぅん」

 ま、どうでも良いか。
 私がそこまで気にする事でも……ないだろうしな。
 うん。子供の世話は、他の魔法使いにでも任せよう。
 私は学園祭を楽しむ事で今は精一杯だからな。

「行くぞ、真名、明日菜」

「はいよ」

「おっけー」

 さて、それじゃまずは適当に出店を回って、面白い物でも見て回るか。
 そう言ってその場を後にする。
 真名も、商売道具を大きなギターケースに直して、ソレを背負って来る。

「それにしても、真名ってあんな所から見てて、見回りなんて出来るの?」

「そりゃね。私の本業は、目が勝負だからね」

「目?」

 そう言って、少し面白気に自身の右目を指差す真名。
 ……はぁ。

「あんまり明日菜の好奇心を刺激してくれるなよ?」

「な、なんでよっ」

「……お前、興味本位で首をつっこみそうだからな」

「ぅ」

 ふん。
 まぁ……そこがお前の良い所なのかもしれないがな。
 そう思うと、私を明日菜と挟むようにして歩いていた真名が、小さく笑う。

「なんだ?」

「いやいや」

 ……ふん。

「言いたい事があるなら、ちゃんと言え」

「別に、言わなくても良いかなぁ、と」

「……気に障るヤツだ」

「そりゃ悪かった」

 そう言い、とてもそう思ってないように肩を竦める真名。
 ふん。

「どったの?」

「どうもしないっ」

「な、何で怒るのよー」

「なんとなくだ」

「……そ、それは流石に酷くない?」

 ふん。お前の所為だ。まったく。
 そう思いながら教会から出ると、その人混みに溜息が出てしまう。

「うへぇ」

「なんて声出してるんだい、明日菜」

「いやー……この人数は、毎年の事ながらちょっとねぇ」

「ま、確かにねぇ」

「まったくだな」

 こうも多いと、確かに気が滅入ってくるな。
 どこを見ても人ばかり。
 そう思って溜息を吐こうとして――手を握られた。

「何の真似だ?」

 そして、握った本人――明日菜を見上げる。

「いや、迷子になるでしょ?」

「子供か私はっ」

「………ほら、時間も無いし急ぐわよー」

「おいこら明日菜っ」

 こっちを見ろこのバカっ。
 お前絶対私を今子供扱いしただろ!?
 そう言ってもその足は止まらず、私を引っ張っていく。
 くっ、このっ。

「いやはや、仲良いねぇ」

「そう見えるか!? 本当にそう見えるか!?」

「うん」

「眼科に行けっ」

 くそっ。
 この私を、子供扱いして……。
 しかし、

「お前の手は小さいなぁ」

「……エヴァよりは大きいでしょ」

「ま、そうだがな」

 ――ま、比べるのが間違いか。
 それが何なのかを、そう深くも考えずに、そう思う。
 この喧騒の中、明日菜に……真名にも気付かれないように、小さく笑う。
 しかし、中々――こう言うのも、そう悪くないかもな。

「何食べよっか?」

「ふん……適当に見て回るぞ」

「おっけ。真名もそれで良い?」

「ああ」

 ちっ。

「楽しそうだな?」

「2人ほどじゃないさ」

「……ふん」

 そうやって、何軒か店を回った所だった。
 真名の持っていた魔法具が音を鳴らした。

「どうした?」

「ん? あー、ちょっと仕事」

 そう言い、持っていた携帯の様な魔法具を懐にしまう。
 ……しかし、明日菜?
 いい加減この手は離してもらえんか?
 やはり、色々と……まぁ、言っても離さないんだがな。
 はぁ。

「なにそれ?」

「あー……」

 そう明日菜から聞かれ、こっちに視線を向ける真名。
 ……まぁ、今回くらいなら良いか。
 それに、少し暗い説明しておいた方が何かと良いだろう。

「明日菜、世界樹伝説を知ってるだろう?」

「へ? あ、あー……うん、少し?」

「ふん。別にそう気にするな……お前くらいの年頃だと、そう言うのは好きそうだしな」

「あー、あはは」

 どーせ、それに乗じてタカミチとでも――とも考えたんだろうなぁ。
 まぁ、判らなくもないが。
 そう言ったのに便乗する、と言うのも悪いとは思わないし。

「ま、実はそれが問題でな」

「……へ?」

 そう変な顔をするなよ。

「実はね、明日菜。その世界樹伝説って言うのが、結構バカに出来ないんだよ」

「へ?」

「……ま、普通はそんな顔になるか」

 だなぁ。
 特に、コイツはこう言った話は人一倍好きそうだからなぁ。

「ま、細かい所は省くが」

 今年はその世界樹伝説が本当になるんだ、と。
 そう言った時の明日菜の顔は、見ものだった。
 何と言うか……うん。

「どうしてそんなに落ち込むんだ……?」

 こんな往来の真中で落ち込まれると、結構……何と言うか、気まずいんだがな。
 その理由がどうしてか判らなかったので、真名に視線を向ける。
 首を横に振られた。
 どうやら、真名も理由は判らないらしい。
 いや、そりゃ告白が絶対成功するとかはアレだとは思うがな……。
 そこまで落ち込む事か?

「うぅ」

「だ、大丈夫か?」

 心配になったので、そう声を掛ける。
 握られたままの手を引き、とりあえず人通りの無い道の脇に連れていく。

「どうしたんだい、明日菜?」

「ああ。そこまで落ち込む事か?」

「だってさぁ」

 ん?

「どうしたんだ?」

「うー」

 ……ふむ。

「真名、何か飲み物を買ってきてくれるか?」

「りょーかい。なに飲む?」

「適当に何かジュースを……私は、炭酸じゃないのでな」

「私はオレンジジュースー」

「はいはい」

 金は後で払うか。
 内心で礼を言い、その背が人混みに紛れたのを見計らってから、明日菜に声を掛ける。

「それで、どうしたんだ?」

「う……別にどうもしないわよ?」

「こっちを見てそう言ってみろ」

 目の前を通り過ぎていく人混みから視線を逸らし、明日菜を見上げる。
 案の定、その視線はどこか違う所を見ていた。
 まったく……そんな調子なら、バレバレだと言うのに。

「あのね、エヴァ」

「うん」

 なんだ、と。
 なるだけ優しく声を掛けると、幾分落ち着いたように握られた手が柔らかく握られる。

「……笑わない?」

「ああ」

 まぁ、その内容があんまり馬鹿らしかったら判らんがな。
 ……一応、笑わないでおいてやるさ。

「えっとね?」

「ああ」

 そこでまた、言葉が途切れる。
 はぁ……こんな所は、どうしてそうも臆病なのか。
 簡単に人の事には踏み込んでくる癖に。
 まったく。
 ……本当に、良く判らないヤツだ。

「早くしないと、真名が戻ってくるぞ?」

 真名にも聞かせたいのなら、別に良いがな、と。

「う」

 どうやら、真名には聞かせたくないらしい。
 そうしてまた言葉に詰まり、

「あのね……」

 そうして、少しずつ、本当に少しずつ、ぽつぽつと言葉を紡いでいく。
 何と言うか……。

「タカミチにかぁ」

「うん」

 告白しようとしていたらしい。
 そうか、と。
 う、む……これは笑えんよなぁ。

「でもさ、その伝説が本当になるのはさ……魔法なんだよね?」

「ああ」

 どう、説明するかな。
 明日菜に判り易く……と言うのが難しい。
 こいつ、本当にバカだからなぁ。

「心を操る魔法、とでも言うかな」

「……なんか、怖い魔法ね」

「そうだな」

 確かに、そうだな。
 告白成功率100%なんて可愛く言うが、本当は厄介な事この上ない。
 人の心を縛るのだから。
 しかも今年のは、世界中の魔力が満ちるらしいからな――その影響がどれほどのものか。
 一時的なものか。
 それとも……永続なのか。

「はぁ」

「そう溜息なんか吐くなよ」

「だってぇ」

 まるで、泣き出しそうな声だな、と思った。
 まぁ、タカミチが関わったら、いつもこんな感じなんだが。

「間が悪いなぁ」

「いつもの事だろうが」

「……酷いわねぇ、アンタって」

「悪い魔法使いだからな」

 ここで優しく慰めるなんて、私のキャラじゃないしな。
 そう言うのは、木乃香とかが得意だろう。

「別に、その伝説に便乗しても良いんじゃないか?」

「それに、意地悪だわ」

「ふふ」

 でも、そうはしないんだな。
 2人して、肩を振わせる。
 しょうがないだろう? 私は悪い魔法使いだからなぁ。

「そんなんじゃ、本当に好きになってもらえる訳じゃないしね」

「――そうだな」

 良く判ってるじゃないか。
 きっと、それじゃ何時か――怖くなる。
 本当に、好きなのか。
 愛してもらっているのか。
 ……きっと、判らなくなる。
 だから――。

「はぁ、もう高畑先生誘ったんだけど?」

「ほー。今回はちゃんと出来てたんだなぁ」

 あんなに喫茶店では焦っていたのに。
 ちゃんと誘えたんだろうか?
 そう考えると笑えて来て、小さく肩を振わせる。

「笑わないでよー」

「すまんすまん」

 だって、なぁ?
 顔を合わせただけであんなに焦るお前が、ちゃんと告白なんか出来るのか?
 そう思ってしまうのも当然だろう?

「笑わないって言ったじゃないー」

「いや、ここは笑う所だろう」

 お前、ちゃんと告白なんて出来るのか、と。
 それに言葉に詰まり……今度は、2人で笑う。

「ま、しょうがないか」

「ん?」

 いや、と。

「明日菜、特別だ」

「何が?」

「今晩はウチに泊りに来い」

「へ?」

 女子寮の方には、私から言っておこう。
 いや、木乃香や刹那を誘うのも良いかもな……うん。
 後で真名にも聞いてみるか。

「なんでよ?」

「明日菜、こう言う時は大人は色々と呑んで忘れるもんなんだよ」

「どう言う事?」

「ま、これでも一応は600年くらいは生きてるからな」

 こんなナリでも人生経験は結構あるんだよ、と。

「なにそれ?」

「お前にもそろそろ、大人の味を教えてやるよ」

「?」

 ま、ここは私に任せておけ。
 今夜は賑やかになりそうだな。
 後で茶々丸に連絡を入れて、晩の買い出しは量を買わせないとな。

「あーっ、どうしてこうもツいてないのかなぁ」

「もしかしたら、卒業までこの調子かもな」

「……それだけは勘弁してほしいわ」

「そうか?」

 それはそれで楽しそうだがなぁ。
 そう言うと、小さく怒られた。

「うぅ、何時になったら言えるかなぁ?」

「そりゃ……本人を前にして逃げなくなったら言えるんじゃないか?」

「……はぁ」

 そこで溜息を吐くなよ。
 まったく。
 ――お前らしいと言うか、何と言うか。

「おや、話は終わったかい?」

 そんな話をしていたら、人込みを掻き分けて、見慣れた姿が視界に入る。

「あ、真名」

「ほら、コレで良いかい?」

 そう言って、買ってきたジュースを差し出す真名。
 お前も、何と言うか……。

「悪趣味だな」

「空気を読めると言ってほしいね」

 ふん。
 私も買って来てもらったジュースを受け取り、それを飲む。
 はぁ。

「なぁ、真名?」

「あ、もちろん私も泊りに行くよ?」

 ……やっぱりか。
 盗み聞きはどうかと思うぞ?




――――――

「よー、小太郎。少し待ったか?」

「いんや、全然」

 そうか、それは良かった。
 あまりの人の量に、少し流されたからな。
 やはり、こう人入りが良いと、少し大きなイベントがあるとすぐ人の波が出来るからなぁ。
 携帯で待ち合わせしていた場所には、もうすでに小太郎が来ていた。
 うーむ、待たせてしまったなぁ。
 というか、だ。

「綾瀬と一緒だったのか」

「なんや兄ちゃん。この女と知り合いかなんか?」

「お前はもう少し言葉遣いを直せ……まったく」

 コツ、と優しくその頭にゲンコツを落とす。
 はぁ。

「年上には敬語……くらいはどうにかならんか?」

「へ?」

 ん?

「どうした?」

「年上?」

「先生、この子供とはどう言った関係なのでしょうか?」

 あー……うん。
 小太郎? お前はもう少し考えて物を喋ろう。
 ……綾瀬って、結構こう言った事は気にするのなぁ。

「月詠の弟だよ」

「――そこはまだ納得いかへんけどなー」

「はいはい」

 そこはいい加減諦めろよ。
 学園長が決めたんだから、俺たちじゃどうしようもないんだし。

「なんだ、自己紹介もしてないのか?」

「う」

「はいです」

 それでよく話してたなぁ……。
 まぁ、綾瀬はともかく、小太郎は結構すぐ誰とでも仲良くなるからなぁ。
 学校の方でも、人気らしいし。
 やっぱり、こう元気の良い子は誰からも好かれるんだろうな。

「それで、どうして2人が一緒なんだ?」

 月詠の弟だって知らないなら、余計に判らなくなる。
 接点がそれくらいだからなぁ。

「いえ、少し……」

「さっきまでネギと一緒や――」

 ゴツ、と。
 少しだけ強くゲンコツを落とす。

「ネギ先生、な?」

「……はい」

 よろしい。

「それで、ネギ先生がどうしたんだ?」

「それが――」

「え、えっとな……少しこの姉ちゃんと言い争ってたんや」

 ……あからさまに話逸らしたなぁ。
 しかも、目まで逸らされた。
 ふむ。

「とりあえず、小太郎の予選はまだ時間があるだろう?」

「へ? あ、うん」

 ま、それは後で良いか。
 本当に大事な事なら、ちゃんと話してくれるだろうし。
 しかしネギ先生……小太郎と一緒に何してたんだろう?

「それなら、どこかで少しゆっくりしないか?」

 その言い争い、って言うのにも興味があるし。
 ふむ。

「綾瀬は、紅茶は好きか?」

「紅茶ですか? はい」

 なら大丈夫か。
 目に付いた、オープンカフェを指差す。
 今まで見た事無かったから、多分ここも祭りの間だけの出店なんだろう。

「少しお茶に付き合ってもらえるか? 小太郎の相手をしてもらったみたいだしな」

「え、えっと……」

「ちゃんと奢るぞ?」

 本音は、お前と小太郎がどんな関係なのか気になるんだが。
 ま、“そんな関係”じゃないっていうのは見ただけで判るけど。

「そ、それでは」

「えー」

「お前の方が嫌がるのか……」

 まったく。
 小さく溜息を吐き、その頭に手を乗せる。

「これから武闘大会の予選なんだろ?」

「へ?」

「景気付けに何か食うか?」

「お、マジで?」

「おー。そのかわり、頑張れよ?」

「もっちろん! 絶対優勝するわ」

 それはどうかなぁ。
 だって高校生とかも出るんだろう?
 大丈夫かなぁ。

「大丈夫か?」

「素人に負けるかって」

「そりゃ心強い」

 でもまぁ、出来ればあんまり無茶しないでほしいなぁ、と思ってしまう。
 怪我とかも怖いしな。

「武闘大会に出るのですか?」

「そうらしい」

 やんちゃなんだよ、と。
 そう苦笑すると、綾瀬も釣られて小さく笑う。

「でも、麻帆良祭のは学園統一のような大きな大会では無かったと思いますが」

「へ?」

 そして、まさに予想外、と言った風に固まる小太郎。
 どうしたんだ?

「どうした?」

「麻帆良中の強いヤツが出るんと違うんか?」

「体育祭の時期に行われる大格闘大会ならそうですけど、麻帆良祭のは……」

 そう言って、麻帆良祭のパンフレットを開く綾瀬。
 そして、それを後ろから覗き込む俺。
 なになに?

「ほら、先生。賞金も10万程度です」

「いや、10万でも小遣いには十分過ぎるけどな?」

「それはそうですけど」

 まぁ、体育祭のはもっと高額だからなぁ。
 その辺りはどうかとも思うが、まぁ学園側主催だからな。

「えー。どう言う事や?」

「あまり、参加者のレベルは期待しない方が良いと思うです」

「ええーーーっ」

 でも、これでも十分だと思うがなぁ。
 ま、それは今は良いか。

「ほら、何か食べないか?」

「食欲無くしたー」

「失礼な奴だなぁ、お前は」

 まったく。
 喜怒哀楽が激しいと言うか、何と言うか。
 そう苦笑し、メニューを開く。
 ふむ、結構揃ってるなぁ。

「綾瀬は何か食べるか?」

「いえ……」

「遠慮しなくて良いぞ? 小太郎が世話になったみたいだしな」

「誰も世話になんかなってへんっ」

 はいはい。
 お前は結構周りが見えないからなぁ。

「それでは――」

 綾瀬と小太郎の分、そして俺のコーヒーを注文して、少しの沈黙。

「それで、なに話してたんだ、小太郎?」

「あ、そやった」

 そこで、気分を直す小太郎。
 ……本当、喜怒哀楽が激しいなぁ。
 そこがコイツの良い所か。

「なぁ兄ちゃん」

「強いってなんですか?」

 ……なに?
 
「また……いきなり、唐突だな」

 何と言うか……うーむ。
 どうしてそんな話になったんだ?
 小太郎はともかく、綾瀬は……そう言うのとは無縁と言うか、ちょっと違うと言うか。

「どうしたんだ?」

「だってさ、この姉ちゃん俺が絶対“強さ”を手に入れられへんって言うんや」

 なんだそれは?
 そう思い視線を綾瀬に向けると、恥ずかしそうに逸らされた。

「哲学者だったおじい様の言葉です」

「お爺さん?」

 哲学者って……綾瀬って、学者の孫なのか?
 だから考え方が、結構堅いと言うか……中学生らしくないと言うか。
 まぁ、それが綾瀬らしい所でもあるんだが。

「愛を知らぬ者が、本当の強さを手にする事は永遠にないだろう、と」

 それはまた……。

「愛なんて無くても、誰よりも強くなれるっ」

「無理ですっ。恋愛をバカにしてはいけませんっ」

 ……あー。
 うん。
 丁度その時、注文していた品が運ばれてきた。
 助かった……。
 流石に、その問答は少し恥ずかしい。
 特に大人には。

「せやかて、強なかったら愛する人かて守れへんやろ! 男やったら、まず“強さ”が先やっ」

「それで“強さ”を求め続けてどうするです? 終わりはどうなるですっ」

「終わりなんかないっ、男やったらどこまで自分がいけるか試したいもんやっ」

 ……はぁ。

「仲良いなぁ」

「どこがやっ」

「どこがですかっ」

「とりあえず、飲み物飲んで落ち着いたらどうだ?」

 小太郎はともかく、綾瀬も結構こう言う所は子供っぽいなぁ。
 祭りだからだろうか? こうも――はしゃいでいるのは。

「強さ、なぁ」

 俺とは無縁の言葉だから、どう答えたものか。
 しかし、

「綾瀬のおじいさんは、良い事を言うなぁ」

「ふふん」

「そうかぁ? 学者なんて、頭堅いだけやん」

 お前は何と言う事を言うんだ……まったく。

「すまないな、綾瀬」

「……ふん」

 あーあー。
 なんか目が怖いんだけど。
 スイッチ入った?

「“強さ”を求めると言う事は、弱さを知ると言う事です」

「う」

「己の“弱さ”を見つめぬ“強さ”はハリボテ同様。単なる力比べの勝負ごっこなど、子供の背比べと同じなのです」

「うぅ……」

 可哀想になぁ。
 料理にも手を付けないで、固まってしまう小太郎。
 きっと頭の中ではどう言い返すか、とか考えてるんだろうなぁ。

「し、しまった……年下の子に、べらべらと偉そうに……大人げない」

「はは。ま、ケーキでも食べて、落ち着いたらどうだ?」

「は、はい……おじい様からも、悪い癖だと忠告されて、注意していたのですが……」

 そうなのか、と。
 綾瀬は紅茶と一緒に注文したケーキをフォークで突きながら、そう一人ごちる。
 でもまぁ、癖って言うのはそう簡単には直らないだろうしなぁ。
 それに、小太郎にも良い薬だろう。
 何だかんだで、口より先に手が出るタイプだからなぁ。
 コレで少しは考えるようになってくれるかは……小太郎次第だが。

「小太郎も、早く食べないと冷めるぞ?」

「……はぁい」

「こっぴどくやられたなぁ」

「う、も、申し訳ありません……」

「いい、いい。気にしなくて」

 そうだな、と。
 コーヒーを一口啜り、どう言うかな、と。

「“強い”って言うのがどう言う事か、って言ってたな」

「え? あ、はい」

 綾瀬は思いの強さ、小太郎は力の強さ。
 確かにこの2人の考え方は反対なのかもしれない。

「それがどう言う事なのか、って言うのは……多分、誰にも判らないと思うぞ?」

「へ?」

「なんでや? “強い”ってのは、誰よりも“一番”ってことやろ?」

 そうかな、と。

「小太郎と綾瀬の“強い”が違うみたいに、俺の中の“強い”も、2人とは違うんだ」

 俺は――多分、“強い”に求めるものは……なんだろうな?
 今まで意識した事無かったからアレだけど。
 多分、俺は“繋がり”を求める。

「人は一人で出来る事なんて限られてるって思うよ。だから友達とか、知り合いとか、繋がりをたくさん作って、困ってる時は助け、困った時は助けてもらう」

 そうして、一人ではなく“皆”で生きていく。

「どっちかって言うと、綾瀬に近いかな?」

 ……俺の中の“強さ”って言うのは、多分そういうものだ。
 言葉にするのは、すごく恥ずかしいけど。

「でも、小太郎の考えが間違ってるとは思わない」

「そうですか?」

「一人でどこまで強くなれるか……それを求めるのも“強さ”の一つの形だと思うし」

 結局は、だ。

「“強い”なんて言葉は、人の数だけあるもんだ」

 価値観、と言っても良いのかもしれない。
 “強い”。
 たった一言だけど、それを認めてもらう為に誰だって頑張るのだ。
 ただ“皆”に認めてもらう為に。

「と、俺は思う訳だ」

「………………」

「………………」

 えー……っと。

「すまん、忘れてくれ」

 もう、なんだ?
 朝から今日は滑りまくりだなぁ……。
 今日はもうあんまり喋らないでおこう、うん。







「そろそろ、予選の時間ではないのですか?」

「あ、そやった」

「大丈夫か?」

 なんか、今朝よりテンションが凄い下がってるんだが?
 席から立ち上がり、伝票を受け取る。
 しかし、流石は祭り。
 出費が凄いなぁ。

「先生、自分の分は……」

「いい、いい。生徒がこう言うのを気にするな」

 ま、変な事を言った詫びと言う事で、と。

「い、いえ……」

「それと、少しでも早く忘れてくれたら助かる」

 いや、本当に。
 はぁ……。

「兄ちゃん、俺頑張るわ」

「ん?」

 喫茶店での会計をすませ、店の外に出ると、空はもう結構暗くなっていた。
 これから予選かぁ。

「大丈夫か? 無茶して、怪我とかあんまりするなよ?」

「う……まるでオカンみたいな事言うなぁ」

「保護者だからなぁ」

 と言うか、オカンとか……失礼過ぎるだろうが、お前は。
 その頭に優しくゲンコツを落とす。
 まったく。

「それじゃ、先に行ってるで」

「おー。無茶するなよー?」

「問題あらへんって」

 お前のそう言う所が心配なんだがなぁ……。
 そう言って元気に掛けていくその背を見送り、小さく溜息。

「手の掛る子供ですね、まるで」

「まったくだ」

 そう2人で苦笑する。
 本当に、子供。
 でも、きっとそれは小太郎の“良い所”だ。

「良ければ、これからも仲良くしてやってくれ」

「え?」

「あんな性格だからなぁ。綾瀬みたいに言い含めてくれる相手が居ると、安心だ」

「……ぅ」

 よろしく頼む、と。
 そう言うと、顔を伏せられた。
 でも、耳が若干赤いのは……きっと俺の気のせいだろう。
 そう言う事にしておく。
 綾瀬は、結構プライドが高いからなぁ。

「一緒にアイツの予選でも見に行くか?」

「…………………」

 数瞬の間。
 そして、

「………………はい」

 そう小さく応える。
 それに俺も、気付かれないように小さく笑う。
 何だかんだで仲良いよな、この2人も。
 もしかしたら小太郎って、女の子にモテるんだろうか?
 月詠に綾瀬に……まぁ、月詠は違うかな?
 そう考えながら、綾瀬と2人で予選会場に向かう。




――――――さよちゃんとオコジョ――――――

「迷っちゃいましたねぇ」

「いやー、ここまで人が多いとはなぁ」

 ちょっと木乃香の嬢ちゃんから目を離したすきにだもんなぁ。
 人混みを舐めてたぜ。
 ま、目的地は判ってるんだし大丈夫か。
 あんまし人目に付くのも問題だから、店を見回りながら行けないってのはいただけねぇが。

「賑やかですねー」

「だなぁ。こんなにデカイ祭りは、オレっちも初めてだぜ」

「私は毎年見てましたよー」

 おお、そう言えばさよ嬢ちゃんはずっとここに居たんだったな。

「今年からは、話す事も出来るしな」

「……はい、そうです」

 よっしゃ。

「んじゃ、早く姐さん達と合流しようぜ」

 そうすりゃ、人混みから離れて隠れて話す必要もねぇしな、と。

「……そうですねー」

 ……あれ?
 オレっち、なんか変な事言った?

「早く行きましょう、カモさんっ」

「お、おー」

 ??



[25786] 普通の先生が頑張ります 55話
Name: ソーイ◆10de5e54 ID:052e1609
Date: 2011/04/06 22:31

「まほら武闘会・予選会場変更のお知らせ、か」

 どう言う事だろう?
 予定より、参加者の数が多かったのだろうか?
 小太郎が話していた武闘大会の予選会場の場所に綾瀬と行くと、ホワイトボードの前で小太郎が固まっていた。
 どうしたんだろう、とそのホワイトボードを覗いてみたら、そんな張り紙があった訳だが。

「ふむ」

「おや」

 綾瀬と2人、何と言うか……首を傾げてしまう。
 言ってはなんだが、この予選会場だってそれなりの広さだ。
 それが会場変更となると……。

「なー、兄ちゃん? これどう言う事やと思う?」

「あー」

 しかも、場所が場所である。
 ……小太郎が、少し不安そうに聞いてくる。
 まぁ、判らなくもない。
 だってお前、結構楽しみにしてたもんなぁ。

「ここは龍宮神社の場所ですね」

「だなぁ」

 確かにあそこは場所があるが……格闘大会を開くような場所でもない。
 つまり、だ。

「……もしかして、人が揃わんかったとか?」

「あー……どうだろうなぁ?」

 そう、悪いとは思ったが視線を逸らしてしまう。
 人数が多すぎて、会場変更か。
 ……もしくは、人数が少なすぎて、会場を別のイベントに取られたか。
 この場合だと、後者の方が可能性が高いだろうなぁ……。

「うぅ……俺のやる気は何処へ……」

「勉強に向けたらどうですか?」

 おっ。

「それより身体動かしてる方が楽しいわっ」

 はぁ。
 折角の綾瀬の嬉しい言葉も、一蹴されてしまった。
 お前と言う奴は……まぁ、それが小太郎らしいか。
 気付かれないように小さく溜息を吐き、その頭に手を乗せる。

「教師の前で言うセリフじゃないなぁ」

「兄ちゃんやめてっ!? 抑えられたら背が縮むっ」

「……はぁ」

 まったく。

「お前と言う奴は……」

「へへ。すまんすまん、兄ちゃん」

「学園祭が終わったら少しは勉強しろよ? テスト近いんだからな?」

「うへ」

 ま、これ以上は言わないでおこう。
 折角の学園祭だし、これからは予選なんだし。

「とりあえず、移動しませんですか?」

「そうだな」

「おう。ちと遠そうやしな」

 ここからだと、龍宮神社に歩いてじゃ……間に合わないよな。
 電車かバスか……。

「とりあえず、駅に行ってみるか」

「へ? 歩くんやないの?」

「お前なぁ。歩いてたら開始時間に間に合わないぞ?」

「……そんなに遠いの?」

 もう一度、張り紙の簡易地図を見る小太郎。
 まぁ、まだ麻帆良に来て長くないからな。
 龍宮神社の場所は知らないか。
 それにしても……地図くらいは読めろよな。

「コタローさん、この辺りの土地勘無いですか?」

「ぅ……まだ、こっち来たばっかりやしな」

「そう言えば、月詠さんも来て一月と経ってないのですね」

「そうだな」

 綾瀬に改めて言われると、そうだったなぁ、と思わせられる。
 もう結構長い間一緒に居るような――そんな感じがしていたから。
 そうだったな、まだ一月も一緒じゃないのか……。
 そりゃ、龍宮神社の場所も判らなくて当然か。
 何と言うか――俺の生活の一部になってるよな、もう。

「どないかしたか?」

「いや」

 そう苦笑し、首を振る。
 なんか、妙に感傷的になってしまった。
 どうしてだろう?
 ……まぁ、それは今は良いか。

「それじゃ、電車で行くか」

「おっけー」

「はいです」

 ここから一番近い駅は……と。
 記憶を掘り返しながら、駅の方に向かって歩き出す。
 ……いや、この辺りってあんまり来ないからなぁ。
 小太郎にあんまり偉い事言えないなぁ、コレだと。
 そう内心で冷や汗を流しながら、率先して駅に向かう。

「そう言えば、先生は今は三人暮らしなのですか?」

「ん?」

 不意に、そう声を掛けられ……。

「せんせっ!」

 それと同時に、聞き慣れた明るい声が耳に届く。
 綾瀬には悪いが、その声の方に振り返ると、こっちに向かって歩いてくる近衛の姿が視界に入る。
 白い、いかにも魔法使い、と言った格好……ローブととんがり帽子姿である。
 そして何故か、反対の手にはチャチャゼロが抱えられていた。

「おー。どうした、近衛?」

「いえっ、せんせの姿が見えたんで」

「そうか?」

 そう言い、それとなく周囲を見るが誰も居ない。
 ?

「一人なのか?」

「はい。さっきまでは……えっと」

 そこまで言うと、俺の隣に居た綾瀬に視線を向ける。
 どうしたんだろうか?

「どうかしましたか?」

「あ、あはは……せんせ、ちょう耳貸して」

「ん?」

 耳?
 そう思った時には、背伸びするように踵を上げ、こちらに口を近付けてくる近衛。
 なんだろう?
 そう思い、こっちも軽く腰を曲げと小声で。

「さよちゃんとカモくんが一緒やったんですけど、迷子になってもぅてですね」

「相坂?」

 と、カモくん?
 男の子だろうか?
 その子とはぐれてしまったのか。
 確かに、相坂の事ってなると、綾瀬には聞かせられないよなぁ。
 それに、相坂の事を知ってるって事はその人も魔法使いなんだろうし。
 そこまで考えた時、慌てて俺から離れる近衛。

「おいおい、後ろぶつかるぞ?」

「あ、あわわ……す、すいませんっ」

 そう注意すると、頬を赤くして周囲に頭を下げる近衛。
 どうしたんだろう?
 そんな慌てなくても、とは思うが。

「せんせ、こ、この後何処に行かれるんです?」

「ん、俺?」

 そして、まだ若干頬を赤くしたまま、そう聞いてくる。
 この後か。

「小太郎が武闘大会の予選に出るから、龍宮神社に行く所だけど」

「あ、やっぱし」

 ん?
 そして、嬉しそうに笑い。

「ウチもそっちに行くつもりやったんですよ」

「なんや、木乃香の姉ちゃんも予選に出るんか?」

「い、いや……ウチはそう言うのは苦手やから」

「コタローさん、木乃香さんに何を言ってるですか」

 そんな事を言った小太郎に、呆れたように溜息を返す綾瀬。
 はは。

「確かに、女の子に言うような事じゃないな」

「まったくです」

「う」

 はは、まぁいいさ。
 その辺りは、小太郎にはまだまだ早いだろうし。
 拗ねたように顔を逸らす小太郎に小さく笑ってしまい、内心で反省。
 いかんいかん。

「それじゃ、近衛とチャチャゼロも一緒に行くか?」

「ええんですか?」

「おー。人数多い方が賑やかだしな」

 でも、カモくん? その男の子の方は大丈夫なのか?
 そう小声でたずねる、綾瀬に聞かれないように。

「はい。場所は判ってるはずですし」

 そうなのか。
 まぁ、近衛がそう言うなら大丈夫だとは思うけど……。

「そう言えば、刹那さんはどうしたのですか?」

 あ、そう言えばそうだ。
 いつも一緒に居る桜咲の姿も無いんだ。

「せっちゃんは、今日はネギ君と一緒に回ってるらしいんですよ」

 ネギ先生?
 どう言う事だろう?

「……そうなのか?」

「はい。携帯に、そうメールが来ましたから」

「ふぅん」

 でも、ネギ先生は宮崎と……どう言う事だろう?
 あの場の何処かに隠れていたんだろうか?
 思い出すのは昼過ぎにグッドマン達と一緒に見回りをした時。
 うーむ。
 あの子も、ああいったイベントは結構好きなのかもなぁ。
 早乙女も居ないし、きっと一緒だったんだろう。
 まったく……ま、祭りだし仕方が無いのかもな。

「兄ちゃん? はよ行かんと間に合わんで?」

「あ、そうだったな」

 その“引っ掛かり”が何なのか考えてた時、小太郎からの声。
 そうだった。
 まずは龍宮神社に行かないとな。

「それじゃ、一緒に行くか?」

「はいっ」

 相変わらず元気だなぁ。
 そう元気良く頷く姿に、苦笑してしまう。

「ほら」

「あ」

 そして、ずれてしまった帽子を軽く直してやり、歩き出す。

「元気なのは良いけど、身嗜みには注意しないとな?」

「えへへ……」

 そう言うと、チャチャゼロを抱えていない、空いた方の手で帽子を押さえる近衛。
 まぁ、そこまで注意しなくても、そんな大きな帽子なら落ちないだろうけど。

「木乃香さん、楽しそうですね」

「ゆえ~」

 楽しそうだなぁ。
 綾瀬も、近衛とは楽しそうに話すんだな……そう言えば、同じ部活でもあったんだっけ。

「それにしても木乃香さん、その人形はどうしたですか?」

「え? チャチャゼロさん?」

「チャチャゼロと言うのですか?」

 そう言えば、どうして近衛がチャチャゼロと一緒に居るんだろう?
 しかも、相手は魔法使いではない綾瀬なので、喋れないだろうし。
 ふと思った。
 京都の時もそうだったんだろうけど……もしかしたら、気付いてなかっただけで、今までもこうやって結構傍に居たんだろうか?
 ……考え過ぎかな?

「ソレ、エヴァの姉ちゃんのやろ? なんで木乃香の姉ちゃんが一緒なんや?」

「あー、うん。ほら、最近エヴァちゃんって明日菜と仲良いやろ?」

「明日菜さんですか? ……そう言えば、そうだったような」

「今日も一緒に回ってるんよ」

 あ、そうなのか。
 マクダウェルも、この学園祭を楽しんでるみたいだなぁ。
 良かった良かった。
 そんな事を考えながら、しばらく歩いていると、駅が見えてくる。

「龍宮神社って、何駅先か判るか?」

 流石に、電車はあんまり使わないからなぁ。
 そこまでは判らない。

「あ、ここからやと3駅先ですえ」

「すまないな」

 そう近衛に礼を言い、切符を人数分買う事にする。

「ほら」

「お。兄ちゃん、ありがとなっ」

「いいのですか?」

「おー。これくらいは気にしなくて良いからな」

 そして、近衛にも。

「ええんですか?」

「おー。それに……まぁ、色々助けてもらったしな」

 弁当とか、色々。
 まぁ、これくらいでその恩が返せるなんて思ってないけどさ。

「ありがとうございますー」

「ああ。それより、少し急ぐぞ」

 発車の時間、近かったし。
 そう歩き出した時、

「ケケケ、良カッタジャネーカ」

 そう、小さな声が聞こえた。

「まったく」

 その声の方に視線を向けると、素知らぬ顔で人形が笑っていた。
 はぁ。
 そう、苦笑してしまう。
 そう簡単に人前で、とも思ってしまうが……そう言えば、朝も結構喋ってたな、と。
 良いんだろうか?
 ま、そこはチャチャゼロに任せるか。
 俺よりその辺の線引きは確かだろうし。

「近衛? ちゃんと注意してろよ?」

「はぁい」

 まぁ、別に怒っては無いけどな?
 近衛の方もそうは感じていないらしく、笑顔である。

「兄ちゃん、置いてくでー」

「お前、切符買ってやったのに置いて行くのか」

 なんて薄情なヤツだ。
 そんなやり取りをしていたら、小太郎と綾瀬は、もう先に行ってしまってるし。
 ま、それがあの2人らしいか。
 マイペースと言うか、何と言うか。
 案外良いコンビなのかもしれない。

「小太郎君と夕映が一緒だなんて、驚きましたえ」

 その2人を追う様に、近衛と並んで歩きだす。
 そう言えば、こうやって並んで歩くのはあの時――近衛が成長した幻覚をしてた時以来だな。
 ……いかんいかん。
 変な事を思い出した頭を軽く振り、苦笑。

「なんか、ネギ先生経由で知り合ったみたいだ」

「へー……あの夕映が、男の子とかぁ」

「そりゃ、綾瀬だって女の子だからなぁ」

 まぁ、そう言う関係か、と聞かれたら違う、と答えるんだが。
 それでも、まぁ、なぁ、と。
 少し先、人混みで見失いそうになる2人の背中を目で追う。

「どうした?」

 隣から、小さな笑い声。
 この喧騒の中で聞き逃しそうになりそうな小さな声に、視線を向ける。

「だ、だって……」

 そんなに変な事言ったかな?
 肩を小さく震わせて、声を抑えるように、でも抑えきれない声で笑う近衛に、釣られて笑ってしまう。
 口元を手で隠して笑うその仕草に、この子はやっぱり何と言うか……上品な子だなぁ、と。
 そう場違いにも思ってしまった。

「せんせが女の子って言うと、何か可笑しいですえ」

「……それはそれで、何か傷つくな」

 なんというか。
 うん。
 まぁ、別にそんなに気にしないけどさ。

「でも、せんせらしいって思います」

「……褒められてるのか?」

 どうにも、なんというか。
 そう頬を掻き、視線を笑顔の近衛から逸らす。
 なんというか……少し気恥ずかしい。
 なんか、今日は本当に恥ずかしい事ばっかりだな。
 朝はマクダウェルを褒めたり、さっきは小太郎達にらしくない事を言ったり。
 ……今は、近衛に笑われてるし。

「もちろんですえ」

「あんまり素直に喜べないのはなんでだろう?」

「ソリャ、先生ガ“大人”ダカラダロ」

「ごもっとも」

 はぁ。
 そう小さく肩を落とすと、また笑われる。
 今度は2人から。
 そんなに喋っていいのかなぁ。

「うち、そんな先生やから――」

「嬢チャン、2人ハ今何処ダイ?」

 っと。
 そうだった。

「近衛、少し急ぐぞ」

「――はい」

 危ない危ない。
 小太郎達を見失う所だった。

「マッタク」

「ごめんなさい……」

 ん?

「どうしたんだ、近衛?」

「いいえー、別にー」

 ……何でそんな、少し怒ってるんだ?
 何かしたか?

「ケケケ」

 内心でそう思い、首を傾げると、チャチャゼロから笑われた。







 龍宮神社に着いた時、正直目を疑った。
 物凄い数の出場者……と思われる人達が居たのだ。
 こりゃ凄い。

「おかしいですね」

「おいおい、ホンマにここか? 場所間違ってへんのか?」

 やっぱりデカイ大会やったやんか、と。
 小太郎の声を聞きながら、首を傾げてしまう。

「あれ? せんせ、去年ってこんな大きな大会でしたっけ?」

「どうだろう?」

 流石に一年前の事何でそんな詳しくは覚えてないが……ここまで人は居なかったと思う。
 言っては悪いが、優勝賞金10万と言うのは、秋の大武闘大会の賞金に比べたら……と言う事で、出場を見合わせる人が多いのだ。
 怪我や、手の内を、と考えるらしいけど。
 しかしこの人数は……秋の大会と変わらないくらい居るんじゃないだろうか?
 この中から予選?

「小太郎、大丈夫なのか?」

「ん? 大丈夫大丈夫、余裕やって」

 いや、俺はそっちの心配じゃないんだが……怪我とかしないだろうな?
 心配だなぁ。

「あそこの人が集まってますね」

 そう言う綾瀬の視線を目で追うと、確かに予選街と思われる人達以外の人が、掲示板の前に集まっていた。
 あそこに何か書いてあるんだろう。
 そっちに行くと……。

「…………………」

「…………………」

「…………………」

「うぉ……ゼロがいっぱいやんか」

 ……は?
 いち、にー……なな!?
 ゼロが7個!?

「ど、どーゆーこと?」

「ど、どう言う事だろうな?」

 はぁ?
 誰だよ、ただの格闘大会で、こんな法外な賞金出したの?
 ……近衛じゃないけど、どう言う事だ?

「何があったのですか?」

 近衛、小太郎と3人で固まっていたら、いち早く回復した綾瀬が近くの人に何か聞いていた。
 けど、まぁ、正直頭が凍ってて動かない。
 だって、なぁ?
 今まで生きてきて、こんな法外な値段、テレビの中以外で見たの初めてだぞ。
 一千万円……うーむ。
 これ、学園長知ってるのかな?
 ……問題起きなければ良いけど。

「どうやら、誰かがM&Aしたらしいです」

「M&A? ……って、なに?」

「あー……っと」

 確か、

「mergers and acquisitions。企業の合併――まぁ、誰かが麻帆良祭での格闘大会の権利を買い取って、一つに纏めた、って所か?」

「どう言う事や?」

「つまり、複数の大会を一つに纏めたから、出場者が出鱈目に増えたと言う事です」

 そう言う事だ、と。
 綾瀬に助けてもらいながら、そう言う。

「そしてこの優勝賞金です。きっと、秋大会に出る予定の“大物”も出てるはずです」

「マジか!?」

 ……テンション上がったなぁ、やっぱり。
 うおー、とか叫んでるし。

「……元気です」

「やねぇ」

 はは。
 こっちとしては、笑うしかない。
 ――大きな怪我とかしないと良いけど。

「誰が吠えてるかと思ったら、お犬でしたか~」

「……げ」

「そんな声を出されると、お姉ちゃんは傷つきますえ~」

「だ、誰が姉ちゃんや!?」

 お。

「おー、月詠。今日は楽しかったか?」

「お仕事ばっかりでしたけど、それなりには~」

「む、そうか」

「明日は何とか時間作れそうですから、命一杯楽しみますわ~」

 そっか。
 楽しめると良いな。
 ……何か手伝える事があると良いんだけど。

「それより、お犬はどうしたんですか、お嬢様?」

「あーっとな、なんや、大会が思ってたより大きくてなぁ」

「テンションが上がり過ぎてこうなった」

「なるほど~」

 まぁ、前から楽しみにしてたみたいだし……なぁ。
 そう思い頬を掻くが、どうにも。

「お犬でしたら、そうそう素人には負けませんでしょ~」

「そうか?」

「はい~」

 ……それでもなぁ。
 うーむ。

「せんせ、心配ですか?」

「そりゃなぁ」

 俺よりはずっと強いんだろうけどさ、やっぱり心配だろう。
 ……俺が知ってる小太郎は、やっぱり普通の子供の小太郎だし。

「大きな怪我だけはしてくれないでくれよ?」

「へっ、怪我が怖くて喧嘩が出来るかい」

「……はぁ」

 まったく。
 こんなんだから、心配なんだよなぁ。

「それじゃ、受付に行ってくるわっ」

「おー」

 はぁ。

「心配性ですね、先生」

「まぁなぁ……」

 大丈夫かなぁ。
 まぁ、大会って言うくらいだし、ルールはちゃんとしてるんだろうけどさ。
 しかし……周りを見渡してみると、社会人まで混じってるんじゃないか?
 明らかに俺より年上の人も居るんだが……。

「おや、先生」

「ん?」

 この声は、

「龍宮か?」

「お、正解」

 ……しかし、どうして俺の後ろに立つ?
 お前も葛葉先生と同じで、俺が驚くのを楽しんでいるのか?
 振り返ると、そこには巫女装束を纏った龍宮が居た。

「どうしたんだ……って、ここは」

「そ、私の家だけど」

「え、真名さんって神社の家の人なん!?」

 そこで驚くのか?
 って言うか、知らなかったのか。
 そう思い龍宮に視線を向けると、小さく頷かれた。
 教えてなかったのか。

「ようこそ、木乃香。後で茶の一杯でも飲んでいくかい?」

「ええの?」

「ああ。場所を提供したお陰で、懐が温かいからね」

 それは家族のお金だろうに……。
 ま、そこは俺がどうこう言えるような事じゃないか。

「おーい、真名ー。何遊んでん――」

「……神楽坂?」

「何で先生がここにっ!?」

「そりゃ、俺だって祭りのイベントには興味があるからだが……どう言った状況なんだ?」

 なんで、龍宮はともかく……神楽坂まで巫女装束姿なんだ?
 首を傾げて、その姿を眺めてしまう。
 いや、似合ってるんだけど――何と言うか。
 自分の生徒の巫女装束姿とか、新鮮通り越して驚くしかないな。

「うわー、明日菜可愛いわぁ」

「良くお似合いですえ、明日菜さん~」

「う、あ、ありがと、木乃香、月詠……」

 褒められて照れてるし。

「あんまり人入りが良くてね、少し手伝ってもらってたんですよ」

「そうなのか?」

「う、うん」

 だったらどうして、そんなに焦ってるんだ?
 ふむ……。

「バイトか?」

「う」

 やっぱりか……まぁ、神楽坂がこの状況で焦る理由なんてそのくらいなんだが。
 しかし、こんな時も――龍宮の手伝い、何だろうな。
 友達なんだろうし。
 そう思い、苦笑してしまう。

「折角の祭りなんだから、ちゃんと楽しめよ?」

「は、はぁい」

 学園じゃ、本当はバイトはあまり良い顔されないんだけど。
 ま、今回は見なかった事にするか。

「あ、ちょっと待ってて先生」

「ん?」

 そんな事を考えていたら、そう言い残して駆けていく神楽坂。
 ……元気なヤツだなぁ。

「あ、ちょ、明日菜っ!?」

 そして、それを慌てて追いかけていく龍宮。
 ?

「どうしたんやろ?」

「どうしたんでしょうか?」

「……さぁなぁ」

 まぁ、いつも元気なのは良い事だ。
 そう言う事にして置いて……どうするかな、と。
 神楽坂は待ってろって言ってたから……。

「可愛い服でしたえ~」

「なんだ? 月詠も興味あるのか?」

「それは女の子ですから~」

 そう言うもんか?
 そう思って近衛に視線を向けると……何か知らないが、顔を赤く染めて逸らされた。
 なんで?

「どうした?」

「せ、せんせは巫女さんが好きなんですか?」

「……どうしてそうなる?」

 別に、そうまで好きって訳じゃないけど、と。
 
「そうなんですか?」

「服は、本人が似合ってるかどうかだって思うしなぁ」

 大切なのはそこだろう、と。
 しかし……そこまで何か、あからさまだったか?
 何か、目茶苦茶安心されてるんだけど?
 ……ちょっと傷付くなぁ。
 そんな事を話していたら、向こうから神楽坂と龍宮が戻ってきた。
 忙しいって言ってたけど、大丈夫なんだろうか?

「ほら先生、見て見てー」

「お、ま、えっ――その頬を引きちぎって……こらっ、離せッ」

 そして、その背を押されてきたのは、マクダウェルだった。
 …………うーむ。

「どう言う事だ?」

「いやー、人入りが良くてね、少し手伝ってもらってたんですよ」

 それはさっきも聞いたよ。
 俺が聞きたいのは……どーして、マクダウェルまで巫女装束を着ているのか、と言う事だ。
 ……まぁ、理由は神楽坂と一緒なんだろうけどさ。
 吸血鬼が神職とは。
 ん? 巫女って神職なのかな? どうだろう。
 俺の中の吸血鬼像が、マクダウェルの事を知ってから崩れていくなぁ。
 そう苦笑してしまう。

「笑うなっ」

「すまんすまん」

 いやいや、これは予想外だった。
 うん。

「良くお似合いです、エヴァンジェリンさん」

「綾瀬夕映!? 何でお前まで居るんだ!?」

「それは……まぁ、成り行きでです?」

「そうだなぁ」

 しかし。
 金髪の巫女さんなんて、初めて見たなぁ。
 コレはコレで、中々似合うんだな。

「な、なんだ?」

「いや、似合うもんだな、と」

「ほらー、だから言ったじゃない」

「そんな問題じゃないだろ!? まったく……何で私まで、こんな恰好を……」

 あ、マクダウェルは着せられたのか。
 まぁ、自分から巫女装束なんて……とは俺も想像つかないしな。

「でも、バイトはあんまり良い顔されないから、注意しろよ?」

「は、はぁい」

「判ってるよ」

 だと良いけどな。
 ま、祭りを楽しんでるみたいだし、良いか。

「さっさと離せっ、このバカっ」

「えー。だって逃げるじゃん」

「逃げるってなんだ? 私は仕事を早く終わらせたいだけだっ」

「はいはい。仲が良いのは判ったから、仕事に戻るよー」

 その後も何か言い合いながら人混みに消えていく3人を目で追う。
 ……思わぬ物を見てしまった。
 うーむ。

「エヴァちゃん、似合ってましたねー」

「ああ。予想外だったな」

 まさか、マクダウェルが巫女装束とはなぁ。
 いつもフリルが多い私服だったから、ああいう簡素なのは初めて見た気がする。
 やっぱり、元が良いとなんでも似合うもんだなぁ。

「――――――」

「ケケケ」

「……お兄さん~」

 何でか月詠に呆れられていた。

「先生……それは無いです」

「なにが?」

 訂正、月詠と綾瀬とチャチャゼロに呆れられていた。
 ……マクダウェル、似合ってたと思うんだがなぁ。
 教師だって、服の善し悪しくらい褒めても良いと思うんだが?






――――――エヴァンジェリン

 くっそ。

「どう言う事だ、明日菜っ」

「いいじゃないー、減るもんじゃなしー」

「減るっ。主に、私のやる気がっ」

「面倒臭いわねー」

 お、っま……。

「面倒臭い!? 今面倒臭いって言ったか!?」

「はいはい。仲良いのは本当に理解したから、仕事しなよ」

「あ、そうだったわ」

「まだ話は終わって無いぞ、明日菜っ」

 ……くっ、逃げられたか。
 何であのバカは、この人混みの中でもすいすい進んでいくんだ?
 何の武術もしてないはずなんだがなぁ。
 私とじゃ歩幅が違うから、逃げられてしまう。
 くそ。……まぁいい。
 後で嫌でも顔を合わせるんだからな。
 ……覚えてろよ。

「じゃあはい。出場者の名前、コレに書いておいて」

 私に回された仕事は、出場者の名前登録だった。
 ちなみに、私は手書き、真名はパソコンへの打ち込みである。
 一応見逃しが無いように、と2人作業になっている。
 はぁ、まさか真名がこんなに忙しいとはな。
 誘った手前、置いて行くのもアレだし。
 どうせ、木乃香も予選が終わるまではここに居るだろうしな。
 丁度良いか。
 用意されていた椅子に腰を下ろし、さっきまで選手登録をしていた巫女と交代する。
 さて、それじゃ少しだけ頑張るか。

「ほら、次ー」

「……何してんの、エヴァの姉ちゃん?」

「………げ」

 また顔見知りか……。
 今日は厄日か?
 折角の祭りの日だと言うのに。

「何だ、犬。お前も出るのか?」

「犬言うなっ……まぁ、そうや」

「そうか。ま、頑張って生き残れよ」

「そんなに物騒なんか!?」

 どうだろうなぁ。
 まぁ、お前なんかどうでも良いんだよ。
 名簿に犬と書き、真名にそう伝える。
 どうせ予選落ちだろうし、別に良いだろう。

「ほら、後ろがつかえてるんだから、名前を言ったら控室に行け」

 向こう、明日菜がプラカードを持ってる所だ、と。
 少し離れた場所では、巫女装束の明日菜が『選手控室』と書かれたプラカードを持って立っている。

「おっけー」

「ま、怪我するなよ?」

「……エヴァの姉ちゃんも、兄ちゃんとおんなじこと言うんやなー」

「……………………」

 ……ふん。

「おやおや」

「手が止まってるぞ、真名」

「エヴァもね?」

 そんな事は無いさ。

「次ー」

「おや、エヴァンジェリン殿。中々可愛らしい恰好でござるな」

 ……本当に、今日は厄日だな。
 くそ……。
 何で仕事着が巫女装束なんだ?
 普通に私服で良いだろうが……。

「長瀬楓でござる」

「……長瀬かえでだな」

「……エヴァンジェリン殿? 出来れば漢字で……」

「別に良いだろ、呼ばれる時はカエデなんだから」

「中々に酷いでござるなぁ」

 ……漢字が難し過ぎるんだよ。
 ふん。私は悪くないぞ?

「ま、それもそうでござるし……今度はちゃんとお願いするでござるよ?」

「……が、頑張るよ」

「にんにん」

 はぁ。

「なんだ、漢字は苦手なのかい?」

「読めれば良いだろ、読めれば」

「……なるほどねぇ」

 ……ふん。

「つぎー」

「お、真名にエヴァアルか」

 …………またか?
 くそ、誰かの悪戯じゃないだろうな?

「クーフェイだな」

「エヴァ、漢字で書くアル」

「お前っ、さっきの遣り取り聞いてただろっ」

「クフフ……それじゃ、控室に行くアルー」

 ちっ。
 賑やかなヤツだな……。
 そう元気に駆けていく背中に、溜息を一つ吐く。

「しかし……この長さはどうにかならないものか」

「まったくだね」

 まだまだ人が居るんだが?
 ……コレ、本当に時間通りに予選始まるのか?
 大丈夫だろうな?
 その後も何人か出場者の名前を書いていき……。

「……今度はぼーやか?」

「う」

 ここまで来ると、何やら運命的なものを感じるな……。
 何故こうも顔見知りと会う?
 嫌がらせか?
 喧嘩売ってるのか?
 買うぞ。

「ど、どうしたんですかエヴァンジェリンさん?」

「気にしないでやってくれ、ネギ先生」

 ふん。
 嫌がらせにNegi Springfieldと名前を書いてやる。
 読めない奴が司会をする事を祈ろう。
 ……流石に、そんな奴が司会をする筈はないか。
 つまらん。

「出るのは構わんが、自重しろよ?」

「わ、判ってますっ」

 そう、目を逸らして言う。
 ……ふーん。

「お前、何隠してる?」

「ええ!?」

 ……まったく。
 たった一言でそこまで驚かれると、こっちも張り合いが無いんだが?
 もう少し隠す努力をだな……まったく。

「まぁいい。気を付けろよ?」

「は、はい」

 あとで聞き出すか。
 後ろにはまだまだ人が居るしな。

「師匠として、何か優しい事でも言ってやったら良かったのに」

「自分の力量も判らんヤツに、言う言葉は無いさ」

 本当に。
 あの犬と違って、肉弾戦なんかできないだろうに。
 どう言うつもりなんだか。
 ……どうにも、何かが引っ掛かってる。
 なんだろうか?
 この違和感が――妙に、気持ち悪い。

「次のやつー」

 ぼーや、お前……何を隠している?






―――――――さよちゃんとオコジョ――――――

「やっと着いたぜ」

「ですねー」

 いやー、遠かった。
 やっぱり移動手段が無いと辛いねぇ。

「それじゃ、早くチャチャゼロさんと合流しましょう」

「だな」

 んで、ゆっくりしよう。
 もう歩き付かれたよ……それに、こんな所を魔法関係者に見られたら……うぅ。
 今は姐さん所で厄介になってるから何も言われないけど、そうじゃないなら――考えるだけでも恐ろしいぜ。

「どうしたんですか?」

「いやいやなんでも? 急ぐぜ、さよ嬢ちゃん」

「?」

 うぅ、まだまだ男は辞めたくねーぜ。

『只今より、予選会を始めますっ!』

 げ。

「急ぎましょう、カモさん」

「おうっ」

 姐さんどこだー!?



[25786] 普通の先生が頑張ります 56話(修正前
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/27 22:46
『ようこそ、麻帆良生徒及び部外者の皆さまっ!』

 うーん。
 予選会場の客席の片隅で、頭を抱えてしまう。
 痛い。頭が痛い。
 目頭を指で軽く揉みながら、どうしたものか、と。

『優勝賞金一千万円! 伝統ある大会優勝の栄誉とこの賞金、見事その手に掴んで下さい!!』

「朝倉さん、生き生きしてますね~」

「……何をやってるんだ、アイツは……」

 コレが終わったら一言言ってやろうか。
 まったく。
 せめて、そう言うのは係の人に……って、学生主体のイベントか、コレ。
 でもきっと、何かおかしいと思う。うん。
 しかもなんて格好だ。
 女子中学生はもう少し慎みを、というのは言って良いと思う。

「あ、せっちゃんや」

「ん?」

 何やら武闘大会の司会を務めている朝倉に頭を悩ませていたら、近衛の声に頭を上げる。
 桜咲?
 そう言えば、ネギ先生と一緒に居たんだったっけ?
 近衛の視線の先を向くと、客席の人混みの中から、確かに桜咲がこちらに向かってくるのが見えた。
 ……何でセーラー服なんだろう?
 何かのコスプレか?

「このちゃん、先生に綾瀬さん……月詠とも一緒だったか」

「おー、桜咲。そんなに慌ててどうしたんだ?」

 小走りにこちらに駆けてくる桜咲は、いつもより少し慌てた様子だった。
 何かあったんだろうか?
 それに、ネギ先生と一緒じゃないし。

「なんか、ウチだけ呼ばれ方が違う気がします~」

「気のせいだ」

 一応、そこは律義に返すのな。
 しかし、そんなに慌ててどうしたんだろう?

「せっちゃんは出ぇへんの?」

「あ、いえ。今回は遠慮しておきます」

「そうなのですか? 桜咲さんなら、良い所まで頑張れると思うのですが」

「少し用事が……先生、ネギ先生を見ませんでしたか?」

「ネギ先生?」

 首を傾げてしまう。
 いや、桜咲が一緒に居たんじゃないのか?
 そう聞いてたんだが……隣の近衛に視線を向けると、こちらも首を傾げていた。
 てっきり、近衛がああ言ってたから、魔法使いの仕事の方をしているとばかり思っていた。

「どないかしたん、せっちゃん?」

「あ……ちょっと、ここでは……」

 そう言って、綾瀬に気付かれないようにだろう、少しだけそちらへ視線を向ける。
 綾瀬に聞かれたらまずい事、ってなると。

「ちょっと、桜咲と一緒にネギ先生を探してくるから、綾瀬と近衛を頼んで良いか?」

 そう、月詠に言う。
 多分魔法関係の事……なのかな?
 ネギ先生の事なら、多分月詠よりも俺の方が役に立てるだろう。
 無理そうだったら、また戻ってくればいいだけだし。

「ウチも先輩と一緒に行きたいですわ~」

「今度何か言う事聞くから、今は勘弁してくれ」

「しょうがありませんね~。お兄さん、貸し一ですですわ~」

「後が怖いなぁ」

 ま、しょうがない。
 その貸しがどうなるかは判らないが、今は桜咲の用事の方を聞こう。

「それじゃ、探しに行くか、桜咲」

「は、はい。すいません、気を使ってもらって……」

 最後の方は、小声で謝られてしまった。
 それに苦笑する。

「いい、いい。急ぎなのか?」

「このイベントの事なのですが……」

 このイベント?
 近衛達から離れ、人混みに紛れると、そう言って来た。
 この武闘大会がどうかしたんだろうか?

「はい。このイベントが当初予定していたものより大きくなってしまっていると言うのは……」

「ああ。それは気付いてるけど……それが?」

「……実は、このイベントを買収した人物なのですが……」

 丁度、そこまで言った時だった。

『では、今大会の主催者より、開会のあいさつをっ』

 会場の奥で開会の言葉を言っていた朝倉が、主催者の紹介に移る。
 ソレに何気なく視線を移動させると……。

『学園屋台【超包子】オーナー、超鈴音!』

 …………は?
 その言葉と、その姿を見た瞬間、桜咲と一緒に足が止まってしまう。
 どういう事だ?
 そう思い、視線を隣……何か知っているであろう、桜咲に視線を向ける。
 何か、苦虫を潰したような顔をしていた。

「……どうなってるんだ?」

「やはり……」

 桜咲、お前何を知ってるんだ?
 超と言えば、クラスじゃ目立たない――と言うよりも、少し一歩引いた所がある生徒だ。
 こんな大それた事をする性格じゃないって思ってたんだが……。
 それに賞金なんて大金、どこから?
 色々と、思考がまとまらない。
 だって、あそこに居るのは、良く知った生徒なのだ。
 そして――昨日、ガンドルフィーニ先生に追われていた。
 ……どう言う、ことなんだ?
 そう言うより先に、

『私が、この大会を買収して復活させた理由はただ一つネ』

 ――理由?
 その続きに耳を傾ける。
 隣の桜咲にまで思考を割く余裕が無い。

『表の世界、裏の世界を問わず、この学園の最強を見たい――それだけネ』

 …………裏の世界?
 それは……もしかして。
 嫌な予感が、頭をよぎる。
 だって、それは……。
 周囲のざわめきが、大きくなる。
 それはそうだろう。
 あんな女の子が一千万なんて大金を用意しただけではなく、いきなりそんな事を言い出したのだ。
 きっと、この場に居るのは殆どの人が裏の世界、と言うのを知らない参加者達なんだろう。

『二十数年前まで、この大会は元々裏の世界の者達が力を競う――伝統的大会だたヨ』

 ……二十数年前?
 どうして、超がそんな事を知ってるんだ?
 調べた、にしてもどこか不自然と言うか……。
 その後も、なにか色々と言っているが。

「桜咲、お前この事を知っていたな?」

 それは、殆ど確信だった。
 そう言うと、驚いたような顔を向けられた。
 ……そんな悔しそうな顔をされれば、誰だって判るって。

「はい」

「そうか」

 しかし、どう言う事だ?
 何でこんな――危ない事を?

『私はここに、最盛期の【まほら武道会】を復活させるネ』

 裏の世界……それはきっと、魔法使いの事だろう。
 もしくは、それ以外にもあるのかもしれないけど。
 でも――どうしてこんな危ない事をする?
 その必要性が判らずに、眉を潜めてしまう。
 それに、こんな大きな事を一人で、とは考えにくいし。

『飛び道具及び刃物の使用は禁止――そして、呪文詠唱の禁止! この二点を守れば、いかなる技を使用してもOKネ』

「……」

 耳を疑った。
 いま、何と言った?
 俺の聞き間違いじゃないなら……。

「あいつ……一般人の前でなんて事をっ」

 やっぱり、聞き間違いじゃなかったか。
 今確かに、呪文詠唱の禁止、と言った。
 それは多分――魔法の事を指したのだろう。
 しかし、

「なぁ、桜咲?」

「……何でしょうか、先生」

 色々と疑問はあるが、まず一番最初に聞いておきたい事があった。

「超は、魔法使いなのか?」

「……いえ。少なくとも今まで一緒に居て魔力を感じた事はありません」

 そうか、と。
 他の人達に聞かれないように、なるだけ小声でやり取りをしながら、内心で首を傾げてしまう。
 だったらどうして、魔法使いの事を知っているんだろう?
 確か認識阻害の結界とかで、そう言った事は気付きにくい、って話だったけど。
 それとも、その結界の効果以上に、魔法の事を知ってしまったんだろうか?
 俺みたいに、巻き込まれたのか……。
 それにしても、どうしてこんな事を?

「この事は、学園長は……」

「恐らく、まだ知られてないかと」

「そうか」

 まぁ、そうだろうな。
 学園長ならこうなる前に、イベント自体を起こさせないだろうし。
 しかしそうなると、だ。

「……他の魔法使いの人達は、この事を知らない……んだよな」

「そうですね。それに、」

 魔法の事をどうにかした方が良いのか? と悩んでいると、桜咲がそこで言葉を切る。
 それに?

「あの女。ネギ先生に手を出してきました」

「……クラスメイトをあの女なんて言ったら駄目だろ?」

 う、と。言葉を詰まらせる桜咲。
 まったく。
 頭に血が上ると、少し暴力的になるのかな?
 そう注意する。

「落ち着こう。まだ、全部知られた訳じゃないんだし」

「は、はい……」

 まぁでも、これからどうなるかなんて予想もつかないけど。
 ……困ったな。
 学園祭中、超の様子を見ておくってガンドルフィーニ先生に言ってた手前……なぁ。
 小さく溜息を吐き、これからどうするべきか考える。
 でも、俺と桜咲の2人で出来る事なんて無いんだよな。
 超の演説を聞きながら、足を動かす。
 止まっていても、あまり良い事もなさそうだし。
 それより先に、ネギ先生か、他の魔法使いの人を見つけた方が良いだろう。

「桜咲は、まずはネギ先生を探すのか?」

「はい。……嫌な予感がしますので」

 そうか。
 そう言えば、

「さっき、超がネギ先生に手を出してきたって……」

「そ、そうでした」

 どう言う事だ?
 まぁ、変な意味じゃないだろうけど。

「それが……あまりに突拍子も無い話なんですが」

「ああ」

「……タイムマシン、って信じますか?」

「……なに?」

 タイムマシン?
 それはまた……。

「そんな魔法まであるのか?」

 魔法って言うのは、本当に凄いな、と感心してしまう。

「い、いえ……時間跳躍術は、魔法世界でも実現は不可能とされています」

「……ん?」

 いまいち良く判らない単語が出てきたが、多分それがタイムマシンみたいな効果のある魔法の名前なんだろう。
 でも、魔法でも実現が不可能な事?
 だったら何で、いきなりタイムマシンなんて言葉が出てくるんだ?
 そう思い首を傾げると、たどたどしく説明が入る。
 桜咲が言うには、それを可能にする機械を超からネギ先生が受け取った、と。
 どうしてそんなのを超が持ってるんだろうか?
 話を聞けば聞くほど、判らない事が増えてくる。
 この格闘大会の事と言い、そのタイムマシンの事と言い。
 本当に、どういう事なんだろうか?
 まぁ、魔法の事なんて何も判らない俺じゃ、そっちの事じゃ役に立てないか。

「それ、使ったのか?」

「はい……」

 なるほどなぁ、と。
 それがどれほど重要なのかは、今は判らない。
 でも、タイムマシン……なぁ。
 夢があって良いとは思うけど、現実には……と思ってしまう。
 事故とかあったら、どうなるか想像もつかないからなぁ。

「それで、ネギ先生はどうしたんだ?」

「……それが、今日はスケジュールが詰まっていたらしくて」

 そう言えば、クラスの連中から良く聞かれてたな。
 まぁ、ネギ先生は人気があるからなぁ、とは思っていたが……。

「それを使って、スケジュールを全部こなした訳か」

「はい」

 はぁ、と。
 小さく溜息。
 判らなくはない。
 そう言うのには俺も憧れるし、使えるなら使ってみたいとも思う。
 でも、そういうのは――何か、違うと思う。
 何がと言われたら、上手く答えきれないけど。
 ……その事は、今度会った時にネギ先生と話してみよう。
 その事を、ネギ先生はどう思っているのか。
 まぁ、それは今度として、だ。

「桜咲は月詠と一緒にネギ先生を探してくれ」

「はい。先生は?」

「マクダウェルと龍宮の場所を知ってるから」

「判りました」

 確か、受付の手伝いしてるって言ってたからな。
 そっちに行ってみよう。
 俺と桜咲よりも、何か良い対策出してくれそうだし。
 それに、もう知ってるだろうし。

「マクダウェル達にもこの事を話したら、携帯に連絡を入れるように言うから」

「よろしくお願いします」

 そう言って、頭を下げてくる桜咲に、苦笑してしまう。
 良いんだよ。
 俺に出来る事なんて、動き回る事くらいなんだから。

「急いでも、魔法は使わないようにな?」

「先生も、なにがあるか判りませんので、お気を付けて」

「おー」

 まぁ、俺なんて魔法も使えないしな。
 知ってはいるけど使えない。
 結構もどかしいもんだな。
 でもまぁ、しょうがない。
 今は出来る事をやるべきだろう。
 ……問題を起こしたのが、自分の生徒なら尚更だ。
 それに、超を見ておく、って言ったのは俺達なんだから。

「それじゃ、桜咲。また後でな」

「はい」

 ――俺に、何か出来る事があるんだろうか?
 魔法使いでもない俺に。
 ……それで悩むのは、今じゃないか、と小さく頭を振る。
 でも、こんな形で魔法が周囲に知られるのは良い事じゃないってのは判る。
 こんな形じゃなくて、もっと、ちゃんとした形じゃないと……って。
 桜咲と別れて、人混みに揉まれながら、足早に歩く。
 最後にもう一度、参加者の前に立つ超に視線を向ける。

『裏の世界の者は、その力を存分に奮うがヨロシ』

 ……聞けば、答えてくれるんだろうか?
 少し近づいて声を掛ければすぐに届く距離なのに――とても遠い。
 何を考えてるんだろう?
 どうしてこんな事をしたんだろう?
 何か目的があるんだろうけど。
 超。
 ――俺がお前にしてやれる事は、なにも無いのかな?
 魔法の事を知っているから何か出来る。魔法の事を知らないから何も出来ない。
 それは……少し嫌なだ、と。
 



――――――エヴァンジェリン

 やられた、と。
 最初に思った事はそれだった。
 受付で見ていたテレビから聞こえる声に、眉を潜めてしまう。
 そのテレビに映る相手には見覚えがあるなんてものじゃない。
 超鈴音……クラスメイトで、昨日、色々と問題を起こしたヤツだ。
 茶々丸の事でも色々と世話になってはいたが……。

「ちょ、ちょっと。これってマズいんじゃないの?」

「ああ。それも、凄くね」

 だな。
 真名の言葉に無言で頷き、唇を噛む。
 こんな大勢の前で、ああも堂々と言われてしまっては手が出せない。
 力ずくで潰してしまえば、きっとまだ向こうに策があるだろう。
 こうまで大胆に行動したのだから。
 まったく――。

「だ、大丈夫なの?」

「少し落ち着け。大丈夫だ」

 あまりに明日菜が慌てるから、逆にこっちが落ち着いてしまう。
 口から、デマカセが出るくらいには。
 はぁ。
 そう、デマカセだ。
 どうするかな……これは、また魔法使い連中から睨まれるな。
 あの女は私が見ている、と言ったのだから。
 ……くそ。
 どうしてこうも、上手くいかないのか。
 どうして……と。
 折角、神社の仕事も終わって、これから帰る所だったと言うのに……とんだ厄介事を。
 ただ静かに生きる事も――難しいのか?
 友達と喋って、笑って、楽しんで……それすら、私には許されないのか?
 超……どうして?

「どうする、エヴァ?」

「どうしたものかな……」

 しかし、今はその事は置いておこう。
 まずは超をどうにかしないとな。
 あごに指を添え、これからどうするか考える。
 まずは、だ。

「なにが狙いだと思う?」

「……さっき言ってた事じゃないの? 最強を知りたいって」

「バカ。そんな訳あるか」

「う」

 それだけなら、どれだけ楽か。
 しかしまぁ……狙いがいまいち判らないから、その線もあるのか。
 ……限りなく低いだろうが。

「一番は、魔法を知る事……じゃないかな」

「そうだな」

 もしくは、魔法を知らせる事か。
 超鈴音は魔法使いではない。
 それは私も知っているし、真名も同じだろう。
 しかし、それだけでは腑に落ちない。
 テレビの中に居る超鈴音を睨みつける。

「魔法を皆に知ってもらう為とか?」

「その利点が無いだろうが」

 その考えもある。
 が……利点が無い。
 超にプラスになる事が、一つも無いのだ。

「ぅ」

 魔法を世間に知らせてどうする?
 いたずらに混乱させるだけだ。
 下手したら、世界から魔法使いが消えるか――戦争だ。
 ……そんな事は、超も判っているはずだ。
 理由が判らない。
 どうして、こんな事をするのか。

「マクダウェルっ」

 ――――。
 その声、その呼び方をするのは。

「先生」

「龍宮と神楽坂も一緒だったのか」

 そう言いながら、人波に引っ掛かりながらもこっちに向かってくるのは……見慣れた顔。
 どうしたんだろうか?
 とも思うが……まぁ、あの場に居たなら、理由は一つか。

「先生も、超の演説を聞いたのかい?」

「ああ。それと、桜咲から少し話を聞いた」

 刹那?
 どうしてそこで、刹那の名前が出てくるんだ?

「えっと……」

 そこまで言うと、周囲を見渡す先生。
 ああ。

「真名、話せる場所はあるか?」

「ああ。こっちに――それで先生、刹那達は?」

 真名に案内してもらい、従業員が泊まり込む時に使う一室に案内してもらう。
 結構広いし、冷蔵庫とかも完備か……。
 なにか……神社にテレビとかは、風情が無いと思うのは私だけか?

「ネギ先生を探してる」

 ぼーや?

「ぼーやなら、予選に出てるぞ?」

「は?」

 む、そこまで予想外だったか?
 ……まぁ、確かにそうだろうな。
 こんな大会、教師が出るようなものでもないしな。

「……むぅ」

 しかし、私の予想以上に考え込んでしまう。
 どうしたんだ?

「どうした、先生?」

「いや……超がな? 今朝ネギ先生と……まぁ、それは月詠達を呼んでから話した方が良いか」

 俺より、桜咲が詳しいし、と。
 なんだ、月詠も一緒なのか……なら、木乃香もか。

「木乃香は……」

「綾瀬の相手をしてもらってる。いきなり全員居なくなったら、変に思われるかな、って」

「そうだな」

 ……この人、よっぽど魔法使いより周りに気を使ってないか?
 そう思い、小さく笑ってしまう。

「どうした?」

「いや」

 気を回すのは、性分なのかもしれないな。
 それがこの人らしくて、でも、少し危ないな、と。
 この人には魔法の事には関わってほしくない。
 でも――魔法の事を知っているこの人は、関わってしまいそう。
 それは明日菜も一緒。
 知っているから、見て見ぬ振りを出来ない――なんというか。
 きっと、不器用なんだろう。
 自分に不利な事なのに、危ないと判っているのに、それでも関わろうと進んでくる事は。
 私から見たら……ひどく、不器用な生き方に見える。
 危ないから、危険だから……自分には関係ないから。
 そう思う事は無いんだろうか?
 どうだろうな。
 まぁ、それは今考える事じゃないか。
 とりあえず、私は今――この不器用な人達を、危険から遠ざけないとな。

「これからは私達の時間だ。先生と明日菜は……私達から、少し離れていた方が良い」

「そうか?」

「う……やっぱり」

 ふん。
 先生と違って、お前は本当に危ないからなぁ。
 そういう意味では、あまり目を離したくはないが……進んで関わらせる気も無い。
 まぁ。魔法が本当に危険だ、というのは理解して入るみたいだが。
 だからと言って、それで退くような性格にも思えない。

「真名、刹那を呼んでくれ」

「ん、判った」

 そう言い、私も携帯を取り出す。
 電話先はじじい。
 これからどうするか、相談する必要があるだろうし。
 勝手に動いてこれ以上睨まれるのも面白くないしな。

「気を付けてな」

 そんな事を考えていたら、そう言われた。
 むぅ。
 別に、今回の件は政治的な問題はあるが、そう危険がある訳でもない……と思う。
 そこにどんな罠があれ、私なら問題は無い。
 吸血鬼で、知らない人がいない様な魔法使いでもある訳だから。
 だから――そう、心配される必要も無いのだ。うん。

「ふん。超ごときに後れはとらないさ」

「うわー。相変わらず強気ねぇ」

 うるさい。
 ……まったく。
 お前が居ると、焦るのも馬鹿らしくなるな。

「すまないな、明日菜」

「へ?」

 いや、と。

「今晩の事なんだが……な。ほら、私から言った事だろう?」

 さすがに、今晩は少し忙しくなるだろう。
 そうなるとだな、と。

「あ、ああっ。まー、いいわよ」

「……そうか?」

 もう一度、すまないな、と。
 私から言い出した事なんだが、こっちの用事で反故にしてしまうのも――。
 気にしない気にしない、と。
 そう言って手をひらひらと揺らす明日菜に、苦笑してしまう。

「学園祭の終わったらさ、祝勝会気分でパーっとやりましょ」

「それは良いね」

「はぁ」

 お前という奴は……。
 祝勝会、か。
 まだ問題は解決していないと言うか、問題に着手すらしていない状態なんだが……。
 気が早い、というより能天気だな、と。
 ……まぁ、それが明日菜らしいか。
 お前が告白できなかった事の為なのに、祝勝会とは。
 お祝いの為に言った訳じゃないんだがなぁ。

「そうだな。さっさと終わらせるから、あんまり落ち込むなよ?」

「そこまでヘコんでないわよっ」

 ふん。
 まったく。コイツという奴は……。
 そこまで話し、携帯でじじいの連絡先を呼び出す。
 呼び出し音を右耳で聞きながら、左手を小さく振る。

「じゃあな……先生も、何も無いと思うが……」

「おー。それじゃ、気を付けてな?」

「ああ。ま、そう事が大きくなる前に終わらせるさ」

 流石に、それは魔法使い側も望んじゃいない。
 麻帆良の魔法使い総出で、事に当たる事になるかもな。
 そうなると、見回りは先生達だけになって……少し忙しくなるかもな。
 それが判っているのか、いないのか。

「何か手伝える事があったら言ってくれて良いからな?」

「……そうだな。その時は、声を掛けるよ」

 はぁ。先生もこれから大変になると思うんだがな。
 きっと……それでも、文句一つないんだろうな。
 少なくとも、言葉にはしないのだろう。

「それじゃ、エヴァ。私帰るけど……気を付けてね?」

「ふん。――お前に心配されるほど、私は弱くない」

「そう? 真名、エヴァをよろしくね?」

「大丈夫だって言ってるだろうがっ」

 何故そこで真名に振るっ。
 ……まったく。
 真名っ、お前も笑うなっ。

「相変わらず仲良いね」

「……眼科に行け」

 ふんっ。
 そんな事を話していたら、呼び鈴が止まる。

『エヴァか?』

「出るまで時間掛ったな」

『色々と忙しくての』

 そうか。
 携帯が繋がったのが判ったのだろう、先生と明日菜が小さく手を振って歩き去っていく。
 ……大丈夫。
 これ以上、巻き込んだりしないからな。
 あ。

「明日菜っ、木乃香がチャチャゼロと一緒に居るから、お前が一緒に居てくれ」

「へ?」

「お前一人じゃ何するか判らないからな」

「……そこまで信用ないの、私?」

 ああ。
 目の届かない所に居ると、お前は何するか予想もつかないからな。
 チャチャゼロが居れば、一応安心できる。
 ついでに、さよとあのオコジョも面倒を頼む、と。

『エヴァ?』

「あ、ああ……それでじじい、どこまで把握している?」

『ふむ。今何処に居る?』

 私の質問に、質問で返すな。
 その事に小さく呆れ、まぁ、ここでそれを言って時間を無駄にするのもアレか。

「龍宮神社だ」

『そうか』

「ぼーやは、超鈴音主催の大会に出場してるぞ」

『……は?』

 まぁ、普通は驚くよなぁ。
 まさか、裏がどうこう言ってるような大会に魔法使いが出場するなんてなぁ。
 魔法を隠匿するという理念に反する行為。
 それを、英雄の息子が、である。
 じじいは、コレをどう処理するんだろうか?
 それは今は良いか。

「もしかしたら、コレも超鈴音の策の一つなのかもな」

『どうかの……まぁ、それは今は置いておこう』

「ああ。それで、私はどうしたらいい?」

『ん?』

 いや、そこで止まられてもな。
 私は、お前の指示を待ってるんだが……。

「どうした? 私は、今は待機していればいいのか?」

『あ、ああ。いや――お主からそう言われるとはのぅ』

 そうか?
 別にそう珍しくは……どうだろうか?
 今まで、じじいに何か言う事はあっても、じじいに指示を仰ぐのは初めてかもしれない。
 どうだろう。
 その辺りは、考えた事が無かったなぁ。

『……そうじゃな。大会の方は、ネギ君に任せるとするかの』

「大丈夫か?」

『どうじゃろうな……だが、そう言ってもこれ以上魔法使いを大会に出すのも……』

 そうだな。
 いくら超が裏が、魔法が、と言おうが、それを証明できなければ意味が無い。
 ぼーや。
 それと先生の所の犬っころ。
 この2人が“力”を使わないなら、言い訳は……まぁ、それもどうにも難しいだろうが。
 だからといって、これ以上魔法使いを試合に出しても良い方には働かないだろう。
 魔法使い側としては、まずは“魔法を知られない”事が重要だしな。
 そこは私も同意だ。
 ならどうするか……となると、私としては、様子を見るしかないと言うか。
 今はそれくらいしか思い浮かばない。
 ……私が出て、大会を優勝すると言うのも悪くは無いが……。
 裏があると、動きにくそうだしなぁ。

「そう言えば、刹那が何か知ってるらしいが……私達がそっちに行くか?」

『そうか? ふむ』

 そこで、数瞬。
 考え込むじじいの声に耳を傾けながら、視線は備え付けのテレビへ。
 映るのは、予選の第一回戦。
 20人1グループで、最後の2人になるまでのサバイバル形式。
 ぼーやは……写っていない。
 おそらく、このグループではないのだろう。

「真名、ぼーやに釘を刺してきてもらって良いか?」

「ああ、判った」

 すまないな、と。
 そう言うと苦笑された。
 む……。

「いやいや、エヴァからそんな言葉を聞けるとはねぇ」

「ふん。急いで行け……ぼーやの試合が始まるぞ」

「はいはい」

 ……ふん。

『まずは、情報の整理といこうかの』

「そうだな。それで、どうする?」

 まぁ、妥当だな。
 超の目的が何なのか予想も出来ない現状では、動きようが無い。
 この大会を潰すにしても、だ。

『それとエヴァ、お主今暇か?』

「ん?」

 ……まぁ、予定は無くなったが。

『暇なら、お主。やはり、今から大会に出てもらえんか?』

「――なに?」

 どういう事だ?
 大会に魔法使いを出したら、もしかしたら超の思惑通りなんじゃないのか?
 ……じじいの考えがいまいち判らず、もう一度聞き直す。
 予選に出るのは問題無い。
 予選終了までにエントリーすれば、誰でも参加できるからだ。
 予選は今、やっと第三試合。
 第八試合まであるらしいから、まだまだ余裕はある。

『いや。こちらで把握しておる限り、魔法使いで大会に出ているのはネギ君だけじゃ』

「それと、先生の所の犬も出てるぞ」

『……はぁ』

 まぁ、溜息を吐きたい気持ちは判る。
 私も、何も知らないで魔法の事を世間に知らせようとしている大会に知った顔が出ていたら、きっと溜息を吐いている。
 というか、私も溜息を吐きたい。
 折角の祭りなのに、こんなにも頭を悩ませなければならないとはな。
 超に小言の一つでも言わないと、気が済まない。

『その2人では、何かあった時に対応できんじゃろ』

 こっちの言う事にすぐ反応するのものぅ、と。
 まぁなぁ。
 感情的だからな、あの2人は。

「だが、魔法使いをこれ以上増やしても……」

『お主なら、魔法無しでもそれなりに戦えるし、機転もきく。危険が無いと判れば勝手に負けても構わん』

 ……まぁ、そうだが。
 ぼーやよりは、私の方が安全ではあるか。
 ぼーやは戦えないのに出てるからな……。
 どうしたものか。

『小太郎君の実力もワシは良く理解しておらんからの。その点、お主なら安心じゃ』

「アレはアレで、それなりには戦えるんだがな」

 特に、こういった事ならぼーやじゃ手も足も出せないだろう……魔法無しだと。
 どうしてぼーやがこんな大会に出たのか判らないが、出る事に――勝つことに意味があるのかもしれない。
 なら、もしかしたら魔法を使うかもしれない。
 バレないように。
 そうなったら最悪だ。
 英雄の息子だとしても、教師という肩書があっても、まだまだ子供だからな。
 あの犬っころもそうだ。
 冷静に戦えるほど、アレも成長している訳じゃない。
 クーフェイや長瀬楓が出場しているのだ。
 強い相手に全力で――と考えかねん。
 はぁ。

「私が大会に出るとして、だ。それを他の魔法使い達は……」

『ワシからの言葉と言っておくよ』

「そうか」

 ……どうするかな。
 今回は、私が悪いんだよな……超から目を離して、こうなったわけだし。
 まぁ、こんな大掛かりなイベントだ。
 私が気付く前から準備はしていたんだろうが。
 はぁ。
 どうしてこうなるんだか。
 純粋に祭りを楽しむのも、一苦労だな。

「判った」

『すまんの。タカミチ君も今少し離れた場所におっての』

「気にするな。それに……まぁ、ぼーや達二人を落とすなり、さっさと優勝すれば良いだけの話だしな」

 私が目を離したから、と言おうとして、止める。
 それはきっと、私らしくないだろうから。

『ほっほ。簡単に言うのぅ』

「簡単だからな」

 それより問題は、クーフェイや長瀬楓である。
 あの2人と当たったら、少し面倒だな。
 別格も良い所だからな……ほぼ独学で、ああもまぁ……規格外になれるものだ。
 今回ばかりは、少し厄介である。
 出来れば、序盤でぼーや達2人と当たりたいものだ。
 まぁ、ぼーやなら予選すら危ないだろうが。
 そう思いながら、まずはどうするかな、と。
 真名が戻ってくるまで待つか、それとも動くか。

『それではの、エヴァ』

「ああ。じじい、そっちも気を付けろよ」

『ほほ――お主に心配してもらえるとはのぅ』

「……ふん」

 まったく。
 流石に、今回の事は悪いと思っているさ。
 そうは言わず、電話を切る。
 そうして数分待つと、真名が刹那達と一緒に戻ってきた。
 真名の後ろには、刹那、木乃香、月詠の三人。

「どうなった、エヴァ?」
 
「刹那と木乃香は、じじいの所に行け。仕事で、学園長室に居るはずだ」

「判りました……超の事を話せば?」

「ああ。私は、後でまとめてじじいから聞く」

 刹那の説明を聞くより、そっちの方が効率は良いだろう。
 私は、やる事が出来たしな。

「月詠は、もう帰って良いぞ」

「え~」

「えー、じゃない。お前は何のために麻帆良に居るんだ?」

 まったく。
 まぁ、そう急いで帰らなくても問題は無い……とは思うが。
 こうなると、なにがどうなるか判らないからな。
 明日菜にはチャチャゼロが居るが、先生は一人だからな。
 危険は無いと思うが、保険は掛けておくべきだろう。

「はーい。お姉さんの言うことには従っておきますわ~」

「ふん。誰がお姉さんだ」

 見た目だけなら、お前の方が年上なんだがな。
 まぁいい。

「私は?」

「ん?」

「私」

 真名か?
 ……別に、コレといってないな。
 大体、コレは魔法使いの問題だ。
 傭兵の真名は関係無いだろう。

「祭りを楽しんで良いぞ?」

「ここまで来て、それは無いんじゃないかな?」

 む。

「だが、コレは魔法使いの問題だからな」

 巻き込むのは……本意じゃない。
 京都の時みたいに、人手が無くて切羽詰まった状況でもないしな。
 それに――なんというか。
 ……金で雇う、というのが、な。
 うん。

「魔法使いの問題には、巻き込めないしな」

 それに、厄介事は嫌いだろう? と。
 我ながら――どうかしていると思う。
 以前なら、こういう時は迷わず使える手は全部使う、そう生きてきたんだがなぁ。
 どうしたんだか……はぁ。

「ふむ。なるほどね」

 それをどう思ったのか、顎に指を当てて、少し考え込む真名。
 まぁ、戦力は随分と下がるが、真名に頼るのは、最後の最後だろう。
 その方が良い。

「エヴァちゃんは、これからどうするん?」

「私は大会に出て、ぼーやと犬っころを退場させる」

「……酷ない?」

「しょうがないだろ。普通の大会なら問題は無いが」

 これはもう、普通の大会じゃないからな。
 それに、流石に一般人に負ける、というのはあの2人にはキツイものがあるだろう。
 特に犬っころには。
 妙に、その辺りにはプライドがあるしな。
 弱いくせに。

「ふぅん」

「真名? 今回の問題は魔法使い側の事だからな……今の所は」

 今後はどうなるかは判らないが、今は魔法使いの問題だ。
 部外者――と言えば聞こえは悪いが、その真名を巻き込むのは、あまり良くないだろう。
 きっと、そう言うのは誰も気にしないのだろうけど。
 私はあまり、巻き込みたくは無い。

「刹那」

「はい?」

「超の事、じじいの所で話を纏めたら、後で私に教えに来い」

 この予選が終わったら、家に居るから、と。
 刹那が居れば、とりあえず木乃香も問題が無いだろう。
 この予選が怒っている間は、超もそう大きく動けないだろうし。
 そう言い残し、予選会場へ足を向ける……。

「……真名?」

「ん?」

 どうして一緒に来るんだ、と。
 そういう意味を込めて、隣を歩く真名を見上げる。
 ……しかし、身長あるよなぁ。

「私は今から、忙しいんだが?」

「うん、知ってる」

 いや、知ってるなら何故ついてくる?
 お前って、そう言うキャラだったか?

「面倒だぞ?」

「いやいや、私は優勝賞金に興味があるだけだよ?」

「そうか?」

「ああ。それに、ネギ先生が出て――当たれたら、一勝分浮くからね」

 そうか?
 一応、飛び道具抜きだと危なくないか?
 まぁ……ぼーや程度にどうこうできるレベルじゃないだろうが。

「……すまないな」

「何の事やら」

 ――ふん。
 ま、いい。
 コレで少しは楽が出来る……かな?
 まぁ、私一人でも問題無いんだがな。







 予選会場は……何というか、人ばかりだった。

「これはまた、凄い数だね」

「だな」

 どうしたものかな。
 予選くらいは、真名と同じグループでも問題無い……のだろうか?
 トーナメントの組み合わせが同じグループの勝者からだと、効率悪いな。
 ふむ……。

「どうする真名? グループ分けるか?」

「そうだね」

 同じ事を考えていたんだろう、真名からも異論は上がらない。
 そうなると――周囲を見渡す。
 今は第5グループまで終わったのか。
 8組から勝者2人ずつの計16人が本戦出場だから、後6人か……。
 ぼーやは、と。
 探してみるが、そう簡単に見つからないか。
 はぁ、面倒だな。
 あわよくば予選で落としてやろうと思ったが。

「それじゃ、エヴァ。予選で落ちないようにね?」

「あのなぁ……私を誰だと思ってるんだ?」

「同級生」

 そう言って、人混みに紛れていく真名。
 …………まったく。
 私は真祖の吸血鬼なんだがなぁ。
 そう頬を掻き、私もどこか空いたグループに混ざるか、と歩き出す。

「あ、エヴァーっ」

 ……は?
 それは、どこかで聞いた事のある様な……というか、さっき聞いた事のある声だった。
 その声の主を、捜す。
 何処だ?

「こっちこっちー」

「……あのバカ」

 声は、客席の方から。
 手を振るな、手を。
 恥ずかしいヤツだな。
 その左腕にチャチャゼロを抱き、右手を大きく振っている明日菜。
 そして、その隣には苦笑している先生と綾瀬夕映の2人。
 ……は、恥ずかしいヤツだな。
 右手で顔を覆うように隠し、どう怒ろうか思考する。
 はぁ。

「何やってるんだ?」

「いや、応援だけど?」

 なんで、何言ってるの? みたいな顔で私を見る?
 私は早く帰れ、と言ったつもりだったんだが……はぁ。
 どうしてこうなってるんだ?
 客席に近づき、溜息交じりに、視線を明日菜へ向ける。
 客席と言っても、試合用に造られた台から少し離れた場所に、適当に立札があるだけなんだが。

「しっかし、あんた。その格好で出場するの?」

「ん? 何か問題あるか?」

 そう言われて、自身の格好を見る。
 ……問題あるか?
 着ているのは、明日菜に無理やり着せられた巫女装束である。
 着替えるのが面倒だったからこのまま来たが……。

「真名もだぞ?」

「うは。いい宣伝になるわね」

「そうか?」

 巫女装束なんて、そう珍しい物でもないだろう。
 神社に行けば、何時でも見れるんだし。
 というか、着せたのお前じゃないか。
 そこは忘れないからな?
 まったく。
 そんな事を話していたら、隣から小さな笑い声。
 ……む。

「話してていいのか? 予選が終わりそうだぞ?」

「あ」

 そうだったな。
 予選会場に視線を向けると、第6グループには真名の姿があった。
 それと、クーフェイ。
 ……あそこは、もう勝ち残るのが決まったなぁ。
 他の参加者には悪いが、あの2人に勝てるのはそういないだろう。

「エヴァンジェリンさん」

「ん?」

 そう考えていたら、綾瀬夕映からの声。
 ……そう言えば、コイツから話しかけられたのは、図書館島の一件以来のような気がする。

「貴女は、このようなイベントは、あまり好きではないと思っていました」

 そういう言葉は、お前に返したいな。
 お前こそ、こういうイベントには興味なさそうなのに、何で居るんだ?
 そこをぜひ聞きたいものだ。

「そう? エヴァって結構賑やかなの好きだよ?」

「何でお前が答えるんだっ」

 はぁ。
 私はこー……うん。
 もう少し、物静かというか、謎があると言うか。
 そういうキャラだったと思う。
 きっと綾瀬夕映が正しい。
 だから明日菜? お前少し黙れ。
 好き勝手に喋るな。
 私は、あまり人と慣れ合うのは嫌いなんだ。
 だからな?

「明日菜、後で覚えてろよ?」

「なんで!?」

 綾瀬夕映に、我がもの顔で好き勝手に喋る明日菜にそう言う。
 このバカ。
 私はカエルは食べたと言ったが、虫は食べた事無いっ。
 勝手に私の過去を捏造するなっ。

「仲良いなぁ、お前ら」

「でしょ?」

「どこがだっ」

 まったくっ。
 ……明日菜、お前と居ると……色々と疲れるなぁ。
 はぁ。

「それじゃ、行ってくる」

「おー、頑張れよー」

「……ああ」

 ま、少し頑張るか。
 目立たない程度に。





――――――

 しっかし、マクダウェルのこういう事は初めて見たが……。

「強いんだなぁ」

 まぁ、吸血鬼って言うくらいだからな。
 でも魔法を使ってないんだよな……だとしたら、あの投げ飛ばしてるのって、合気道とか、そう言ったものだろうか?
 なんか、マクダウェルに触れた途端、人が宙を舞うのは見ていた見ていて爽快だ。
 なんというか、テレビで見る舞踏みたいだな。

「そりゃそうよ。生意気だけど、こういう事で嘘吐かないし」

「はは」

 そうだな。
 ならきっと、この問題も、マクダウェルが言うみたいに簡単に終わるかもな。
 隣で、マクダウェルの活躍を自分の事のように喜ぶ神楽坂に釣られるように笑ってしまう。
 本当に仲良くなったよなぁ。

「エヴァンジェリンさんって、強かったですね」

「だなぁ」

 俺も初めて見たよ、と。
 隣の綾瀬と同じように、顔には出さずに驚いてしまう。
 なにせ、綾瀬とあまり変わらない身長なのに、俺と同じくらいの身長の男を投げ飛ばしてるのだ。
 凄いなぁ、と。

「なんか、なんとかって有名な人から習ったらしいし」

「誰だよ……」

 一番大事な名前が判らないんだが……。
 そう言い、綾瀬と2人で笑ってしまう。
 っと。

「ちょっと……神楽坂、予選終わったらどうする?」

「はい? 私は帰りますけど」

「そっか。まぁ……」

 チャチャゼロが居るから大丈夫か。
 まぁ、まだ終わりそうにないしな。

「ちょっと席外すな?」

「はい。でも、エヴァンジェリンさんのあの調子だと、すぐ終わりそうですので、早く戻ってきて下さい」

「ああ」

 トイレトイレ、と。
 どこだろう? って、立て看板あったし。
 その指示に従って生き、用をたす。
 そのまま、人混みに紛れ……ふと、視線を感じた。

「?」

 その視線の方に顔を向けるが、人混みばかりで誰だか判らない。
 と言うか、気のせいか?

「ん?」

 そんな事を考えていたら、肩を叩かれた。

「こんばんは、ネ」

「……超?」

 そこには、見慣れた顔。
 先ほどまで龍宮神社で武闘大会の主催者席に居たはずの超鈴音が、そこに居た。
 どうして? と。
 一瞬思考が止まってしまう。

「あれ? 主催者がこんな所に居て大丈夫なのか?」

「……いやいやいや。先生が聞きたいのはそんな事ではないはずヨ?」

「あー……うん」

 そう言えば、そうだった。
 あまりに自然に現れたんで、こっちもいつも通りに反応してしまった。
 そうだそうだ、そうじゃない。

「お前、一千万なんて大金どうやって用意したんだ?」

「そっちカ……」

 そう言い、肩を落とす超。
 いや、だってなぁ?
 魔法の事なんて、こんな人通りの多い所で聞けないし。
 というか、そこで肩を落とすって事は……俺が魔法の事を知ってるって、バレてるのだろうか?
 うーん。どう切り出したものか。
 ……俺一人で相手にして良いのかも、判らないんだけど。
 内心で汗を流し……どうするかな、と。

「超、どこか人の少ない所ってあるか?」

「フフ。ちゃんと用意してあるヨ」

 ちゃんと?
 ……何か変な言い方だな。
 普通は、そんな言い方はしないんだが……。
 まぁ、いいか。
 とにかく、まずは話を聞くか。
 どうするにしても、まずはそれだろうし。

「予選ももう終るネ」

 超の案内についていくと、そう言われた。
 そう言えば、もう終るのか……思ったより早かったな。
 というか、予選が終わるまでに戻れなかったな。
 マクダウェルに言った方が良いんだろうけど……きっと、ここで携帯を取り出したら、超とは話せないんだろうな。
 そう思いながら、その背を追いながら、その言葉にどう返すか考える。

「先生は、この大会をどう思うネ?」

「んー……まぁ、まだ良く判らないな」

「ふむ。そうかね?」

 ああ、と。
 この大会の理由。
 どうして魔法の事をあえて仄めかしたのか。
 何故あんな大金を用意できたのか。
 ……超は、一人でこの舞台を用意したのか。
 判らない事ばかりで、どうとも言えないのが現状だ。
 意味があるのか、それすらも判らない。
 そうすると、魔法使い達を刺激するって判るだろうに。
 それ以降は喋る事も無く、誰も居ない選手控室へ。
 誰も居ないと広いもんだ。

「さ、聞きたい事を聞いて下さい」

 そして、頭を小さく下げられた。
 聞きたい事を……?

「……うーん」

 いざそう言われると、困るなぁ。
 聞きたい事が多すぎて、どれから聞いたものか。
 そう思い、苦笑してしまう。

「超は、魔法使いなのか?」

 それは、桜咲にも聞いた事だった。
 魔法使いなのか。
 いきなり「魔法の事を知らせる気か」と聞くのは躊躇われた。
 だから、最初はその辺りの事から聞いていく事にする。

「どうだろうネ?」

「……聞いては良いけど、答えてはくれないのな」

「そう簡単に全部が判ったら、世の中面白くないネ」

「そりゃそうだ」

 一本取られた、と。
 ふむ。
 そうなると、なに聞くかなぁ。
 もしかしたら、重要な事だけしか答えない気なのか。
 それとも、他に聞かれたい事があるのか。

「なぁ、超」

 控室に転がっていた椅子の一つに腰を下ろす。
 しかし、こうも広い所に2人っきりだと落ち着かないと言うか。

「お前は、俺の事をどこまで知っているんだ?」

「ん?」

「どうして、俺にこんな事を言ってきたんだ?」

「それは――先生の事を、私は知らないからネ」

 俺の事を知らない?
 どういう事だろう。
 ……俺の事なんて授業に出ている超なら知っていると思うんだが。

「どういう事だ?」

「先生。刹那サンから、なにを聞いたカ?」

「桜咲から?」

 聞いた事って言えば……。

「タイムマシン?」

「それだけ?」

「ああ……あと、ネギ先生にちょっかい出したって」

「……はぁ。私は伝言役を間違えたようだネ」

 そう言うと、明らかな落胆。
 どうしたんだろう?
 何か……俺が聞き逃した事があったんだろうか?
 もしくは、桜咲が何か言っていないのか。

「先生。タイムマシンをどう思うネ?」

「タイムマシンを?」

 俺の対面に椅子を持ってきて、それに座りながらそう聞いてくる。
 うーん。
 難しいなぁ。

「まぁ、夢があって良いんじゃないかな?」

 というか、現実味が無くて良く判らないと言うのが本音だが。
 いきなりそう言われてもなぁ……。
 さすが魔法と言うべきか。

「……夢、ネ」

「超は、タイムマシンをどう思うんだ?」

 そう聞くと、小さく驚いた顔を返された。
 どうしてそこで、驚く?
 変な事聞いたかな?

「便利な道具ヨ」

 そう言った超は――なんというか。
 本心、なのだろう。
 でも……何と言うか。

「道具。“カシオペア”も、この世界も――ただの“道具”ヨ」

「カシオペア?」

「先生の言うタイムマシンの名前ネ」

 ふぅん、そんな名前だったのか。

「しかし、タイムマシンと世界を同じに考えてるのか?」

「ふむ……先生は、頭が柔らかいね」

 ……それは褒められてるのか?
 素直には喜べないと言うか……。
 そう苦笑すると、超から笑われてしまった。

「先生。刹那サンは先生に言っていない事があるネ」

「言っていない事?」

 それがさっき言っていた“伝言”というものか?
 桜咲が伝言役の間違いだった、と。

「刹那サンは堅物だけど、良い子ネ。それに、今後はもっと周囲に気を許していくヨ」

「ん?」

「綾瀬サンは特別な事に興味深々で、それがあったから、将来は素晴らしい魔法使いになれるネ」

 ――――何か、おかしい。
 なにが、と聞かれたら答えきれないが……微かな違和感。
 些細な……でも、なにが?
 そう内心で首を傾げるが、超の言葉は止まらない。
 そのまま、3-Aのクラスの皆の名前がその口から紡がれていく。

「いいんちょサンも、夏休みが終わる頃には、一端のネギ先生の理解者になるね。これは他のクラスの皆にも言える事ヨ」

 ……ん?
 そこからも、止まらない。
 でも……理解者?
 それって。

「茶々丸も、夏休みには完全な感情を手に入れて、もう人形とはいえなくなるヨ」

 そこで、気付いた。
 何がおかしいのか。
 ……まるで。

「でも、エヴァンジェリンはそう変わらなかった」

 まるで、これから先のクラスの連中の事を話しているかのような言い方。
 予想ではない。
 確信の籠った声。
 それが、さっきから感じていた、違和感の正体か。
 けど、これが桜咲が伝え忘れた事?
 ――何か、違うような気がする。

「そして、明日菜サンも……もうすぐ危険になるネ」

 …………危険?

「これが、私が今言える精一杯の情報ヨ」

「どういう事だ?」

「判らないカ?」

 ……えっと。
 予想は、ある。
 タイムマシン、そして……確信の籠った、クラスの皆の“これから”の紹介。
 でも、だ。
 ちょっと待ってほしい。
 そりゃ、魔法使いは居た。
 うん。
 魔法使い。吸血鬼。悪魔。狼男。
 ……でも、だ。
 ちょっと待て。
 それは、あんまりじゃないか?
 いくらなんでも――。

「気付いてるはずヨ……貴方なら」

「へ?」

「エヴァンジェリンを受け入れた貴方なら、私を否定しないでくれるカナ?」

 ……それは。その言い方は。
 まるで、超自身もまた……マクダウェルと同じように“特別”だと言う事……?

「先生」

「あ、ああ」

 判っていると言えば、判っている。
 それでも、思考が追い付かない。
 認めきれない、と言う所もある。
 だって、それだと――。

「先生は、何者カ?」

 でも、超の次の言葉は、俺の予想外過ぎた。
 そこで俺?

「俺?」

「そうヨ。先生……どうして先生が、3-Aに居るネ?」

 どういう事?
 俺が3-Aにって……。

「そりゃ、俺が3-Aの副担任だからな」

「そうネ。何で先生が私達の副担任なんだイ?」

 ……そりゃ、なぁ。
 どうしてって聞かれても。
 俺だって教師なわけだから、担任か副担任かは……。

「たったそれだけの違いヨ」

「は、はぁ」

 超が言いたい事が、判らない。
 というか、お前。
 俺に質問させようとしてたのに、お前の質問になってるぞ。
 まぁ、良いんだけどさ。
 こうやって話さないと、まったく今回の騒動の意味が判らないし。
 ……今でも、全然判らないけど。

「俺が副担任なのが、何か問題だったのか?」

「そこまで最初は気にしてなかったヨ……というか、ネギ坊主が来るまでは、学園に興味なんて無かったですシ」

 ネギ先生なー、と小声で注意するが、やっぱり無視された。
 ……まぁ、そんな雰囲気じゃないよなぁ、と。
 なんか、笑顔なのに怖いんだけど。
 ――1人で来たの、失敗だったかな?
 でも、誰と来ても揉めそうだよな、この話し方だと。
 要領を得ないと言うか。
 結局何を言いたいんだ?

「はぁ」

 しかも、溜息吐かれたし。
 もうなにがなんだか……。
 顔を落として良く判らないが、とにかく落ち込んでいるらしい。
 何でさ。
 俺が悪いのか?

「超? 大丈夫か?」

「……先生」

「ん?」

 そう声を掛けると、顔を上げて――こちらを見てくる超。
 そこには、先ほどまでと同じ笑顔。

「貴方は私の敵カ?」

「は?」

 また、いきなりだな。
 敵かって聞かれたら……。

「違うけど……」

「ま、貴方ならそういうカ」

 何でそこで呆れられるんだ?
 あのなぁ。

「超? もう少し判り易く言ってもらって良いか?」

「判り易く言ったら、答えが判ってしまうネ」

「……いや、教えてくれよ」

 それじゃ面白くないネ、と。
 そうか。
 なんだかなぁ。

「先生のお陰で、私の計画は問題だらけネ」

「……俺?」

 何かしたか?
 まったく思い浮かばないんだが……。

「エヴァンジェリンは魔法使い側につき、真名サンにもフられてしまったネ」

「は、はぁ」

 すまん。
 まったく話が読めん。
 というか、一番大事な部分の話が、聞けてない気がする。
 どうして俺が、魔法使いの問題に関係してるのかが、判らない。

「全部、先生の所為ね」

「……えっと、スマン?」

 一応、謝っておく。
 悪い事したとは思ってないけど。
 そう言うと、また笑われてしまう。
 今度は、心底から楽しそうに。

「この世界を見ていると、まるで私がバカみたいネ」

 どういう事だろう?
 まるで、その言い方は――何と言うか。
 そう、まるで第三者からの言葉のよう。
 どうしてそう思ったのか、良く判らないんだけど。

「ま、それでも、私のやる事は変わらないがネ」

 そう言って、立ち上がる。
 って。

「超」

「お客さんヨ」

 客?
 そう思った瞬間、控室のドアが開く。

「……高畑先生?」

 そこに居たのは、見知った顔だった。
 高畑先生。
 どうしてそう超を睨んでいるのかは……まぁ、武闘大会の話を聞いたら、そうなるか。

「どうしてこんな事をしたんだい、超君」

「しょうがないヨ。それが、私の役割ね」

 そう言って、こっちに視線を向けてくる。

「先生のお陰で、その意味も随分と薄れてしまったようだがネ」

 また、俺?
 その言葉に釣られるように、高畑先生の視線もこちらに向く。
 いや、そんな顔で見られても……。
 判りません、と言うように首を横に振る。

「ふふ……最終日には判るヨ」

 へ?
 その声を聞いた時には――超はもうそこには居なかった。
 あれ?
 これも魔法だろうか?

「……はぁ」

 その溜息は、高畑先生から。
 は、はは。

「……怒ってます?」

「そう見えるかい?」

 いやぁ……笑顔ですねぇ。
 立ち上がり、歩き出した高畑先生の背を追う様に、ついていく。

「まぁ、お説教は学園長室でしようか?」

「……はい」

 怒ってますね。
 まぁ、そうですよね。
 普通なら、誰かを呼ぶのが良いんだろうし。
 というか、学園長室か……最近、行く回数増えたなぁ。
 それが良い事か悪い事か。

「ま、無事で良かったよ」

 手を出すつもりも無かったみたいだけど、と。
 ですね。
 でも――。

「……そうですね」

 俺があの子に何かしたんだろうか?
 それとも、もっと他の所で、俺が何かに関係したのか。
 思い付くのは“魔法”の事だけど……それはつい最近の事のはずだ。
 超は言った。
 “ネギ先生が来るまでは、学園に興味は無かった”って。
 ――どういう事だろう?
 その言い方だと、ネギ先生が来る前に何かあったと言う事だ。
 むぅ。

「何か判ったかい?」

「……やっぱり、俺一人じゃ何も判らないと言う事が、良く判りました」

「ふむ。それは良い事に気付けたね」

 ……怒ってますね、絶対。
 しかし――なんでまた、超は俺に話しかけてきたんだろう?
 そこが、判らない。




[25786] 普通の先生が頑張ります 57話(修正前
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/27 22:47
 くぁ、と。
 欠伸を一つして伸びをする。
 良い天気だなぁ、と。
 あまり良く寝れてない頭でそう考えて、起きてから暫く経つが、それでも窓際でぼんやりと外を眺める。
 快晴の空。
 良い祭り日和である。
 きっと、昨日と同じように皆が学園祭を楽しむんだろう。
 だろうけど――うーん、と。
 どうしたものか。
 問題が多すぎて……いや、問題なのかも判らない事が多すぎて、困る。
 武闘大会。超の事。魔法の事。
 どうすればいいのか。
 どうにかできるのか、判らなくて困ってしまう。

「はぁ」

 溜息を、一つ。
 超は言った。
 俺の所為だと。
 超の計画が狂ったのも、超の計画が問題だらけなのも。
 ……何をしたんだろうか?
 一晩考えたが、まったく思い浮かばない。
 魔法に関わったのは、約半月前。
 そして、俺に知らされた超鈴音の情報は、ほんの少しだけ。
 魔法使いではない、ただの教師は巻き込めないから、と。

「どうするかなぁ」

 今日何をするかも、聞いていない。
 そして、副担だからとその理由で掲示された情報は――ほんの少しだけ。
 超がこの麻帆良に越して来た2年前、麻帆良中に入学してくる以前の事はなにも判っていないという事。
 絡繰の製造――というと聞こえは悪いが、まぁ、その情報は超からだという事。
 そして、未来から来ていると言う事。
 あとは昨日、超本人から聞いた事くらい。
 これくらいだ。
 まだ信じきれない所もあるけど、一晩経ったら何となく受け入れる事が……できなくもない。
 吸血鬼とかも居るんだ。
 未来人が一人居ても問題無い……だろう。うん。
 もう本当、非現実的というか、なんというか。
 世界は不思議に満ちているな、と。
 そう思いながら、窓の外を見上げていた顔を落として、溜息を一つ。
 うーん。
 仕事に手がつかない。
 起動させたノートパソコンの画面は、変わらず仕事用のファイルを開いたまま。
 クラスでの出し物の報告書やら、見回りの報告書やら、月詠と小太郎の報告書やら。
 やらなきゃならない事はあるのだが、手につかない。
 むぅ。
 これは拙い。
 提出は麻帆良祭終了から一週間後だが、こういうのは早いうちにしておかないと忘れてしまうのだ。
 それはこれまでの経験上判っているんだけど……はぁ。

「はぁ」

 殆ど寝ていない頭で、考える。
 一応眠りはしたが、起きたのは朝の5時だ。
 何で、と思ったが起きてしまったのはしょうがない。
 しかも妙に目が冴えてたし。
 寝たのも日付変わった時間だったのに、である。
 やっぱり、人間物事を深く考えるのはあんまり良くないな。
 覚えてないけど、もしかしたら夢にも見ているのかもしれない。
 パソコンの隅に表示されるのは、午前6時を少し過ぎた時間。
 うん。
 どうしよう?
 一時間、仕事も手につかず、超の事ばかり考えてた。
 ちなみに、昨日はマクダウェルと高畑先生からもあの後怒られた。
 ……笑顔で。
 アレは怖いな、うん。
 怒鳴られるよりも、よっぽど来るものがある。
 きっと、寝起きが良かった理由の2割くらいはあの笑顔だ。
 もう二度とマクダウェルと高畑先生は怒らせまいと心に誓った瞬間でもある。
 多分また怒らせるけど。
 しょうがない。
 俺が何か関係してるみたいだし。

「おはよーございます~」

 もう一度溜息を吐いた時、ちょうど月詠が起きてきた。
 ドアを開けて、こちらに挨拶してくる仕草は何時も通りで、もしかしたら全部俺の勘違いか?
 と思ってしまいそうだが、そうじゃないんだよなぁ。

「おはよう、月詠。顔洗ってきたか?」

「はい~。でも、眠いですえ~」

 こうしていると、魔法使いも普通の女の子みたいなんだがなぁ。
 眠そうに、口元を手で隠しながら欠伸を一つする月詠を小さく笑ってしまう。
 俺が物事を難しく考え過ぎているのだろうか?

「はは。コーヒーでも飲むか?」

「あっついお茶がええですわ~」

「ん、判った。座って待ってろ」

 そう答え、立ち上がる。
 うん、一人で考えると、なにも良い考えが浮かばない。
 それは昨日も判っていた事だ。
 俺一人じゃ、なにも判らない。
 はぁ。
 判ってはいるけど、考えてしまうのはどうしたものか。
 そう苦笑して、月詠と自分用のお茶を用意する。
 俺も、眼は冴えてるけど疲れてるし。
 あっついお茶を飲んで、目を覚まそう。

「お兄さん、今日はどうしますか~?」

「今日?」

 キッチンでお茶を用意していたら、月詠からの声。
 ふむ、今日か。

「昨日とあんまり変わらないかな? 見回りばっかり」

「なら、今日はウチと回りませんか~」

「ん? 俺とか?」

 そのお誘いは予想外だったので、驚いた声を返してしまう。
 だって、今日は時間取れそうと言ってたから、祭りを楽しむと思っていたのだ。

「俺と居ても、あんまり楽しくないぞ?」

「そうですか~?」

「クラスの連中とも、あんまり喋れないだろうし」

 それより、雪広達に混ぜてもらって回った方が良いぞ、と。
 そう言いながら、用意したお茶を持ってリビングへ。

「折角の麻帆良祭なんだから、楽しんでこい」

「んー。でも、お兄さん危ないですよ~」

「危ない?」

 何が、と聞きかけて……ああ、と。
 そう言えば、超は要注意人物の一人なんだったっけ。
 昨日の夜、学園長室で高畑先生に言われた事。
 あの武闘大会の開幕をもって、超を魔法使い側の要注意人物として見る、と。
 そして、俺はネギ先生と同じく、超側から接触してきた教師だ、と。

「まー、超さんはそう危険やないとは思いますけど~」

「そうか?」

「はい~。ウチ、その辺りの事は鼻が聞きますから~」

「ふぅん」

 鼻が利くって。
 女の子がそう言うのはどうかなぁ、と苦笑しながら、床に腰を下ろしてお茶を啜る。
 ふぅ、落ち着くなぁ。
 ……しかし、俺も一端にお茶淹れがそれなりに板についたもんだ。

「それより、今日の事ですえ~」

「ん?」

 今日?
 ああ、俺と回るって事か。

「お姉さんから、お兄さんからは目を離すなー、って言われてますから~」

「……誰?」

 お姉さん?
 葛葉先生かな?
 桜咲……の事は先輩って呼ぶし。

「エヴァさんです~」

「マクダウェル?」

「はい~」

 何でマクダウェルがお姉さんなんだ?
 吸血鬼だからだろうか?
 というか、早速お目付役が出来てしまったか……。
 流石に、超と2人っきりで会ったのは色々と拙かったのかもなぁ。
 危なくは無い――とは思うけど。
 ……そう言えば、

「なぁ、月詠?」

「なんですか~?」

「マクダウェルって、お前がお姉さんって言うくらい歳とった吸血鬼なのか?」

「……知らないんですか~?」

 うん、と。
 そういえば、以前聞いたのは――いつだったか。
 一回聞いたような気がするけど、答えてもらった記憶が無い。
 覚えていない、って訳でもないから多分聞いていないんだろう。

「女の子のお歳は、ウチの口からは言えませんわ~」

「そりゃそうか」

 まぁ、気になっただけだから、別に良いけど。
 そのうち、マクダウェルに聞いてみよう。
 ……怒られそうだけど。

「お兄さんは、ウチとお祭り回るのは嫌ですか~?」

「ん? そうじゃないけど。折角の祭りなんだから、楽しい方が良いだろう?」

「はい~」

 なら、クラスの皆と回るのもきっと楽しいぞ、と。
 そう言うと……笑われてしまった。
 小さく、でもはっきりと。

「お兄さんは、もう少しご自分の事をお考えになった方がええですよ~」

「そうか?」

 でも、さっきお前も超はそう危険じゃない、って言ってただろ、と。
 そう言うと、また笑われる。

「赤の他人でしかないウチの言葉を、そう真に受けられると困りますえ~」

「……むぅ」

 そう言われると、何と言い返すべきか考えてしまう。
 違う、というのは簡単だけど。
 きっとそれじゃ、納得はしてもらえないだろう。
 家族と言えるほどの時間を過ごした訳じゃない。
 でも、赤の他人と言うほどに知らない仲じゃない。
 ……ふむ。

「そうだなぁ」

 そう、一言置いて考える。
 改めて考えると――俺と、月詠と、小太郎の関係は何なのだろう?
 ただの同居人、とは違うと思う。
 友達というには歳が離れているし、知人というような仲じゃない。
 家族ではないし……何なのだろう?
 血の繋がりは無いのに、こうやって一緒に暮らしてる。
 これは、周りから見たらどういう風に見えるんだろう?

「どないしました~?」

「ん? ああ……まぁ、なぁ」

「?」

 答えがまとまっていないので、どう答えるかな、と。
 そう考え、口からは意味にならない言葉が漏れる。
 俺と月詠と小太郎の関係か……。

「俺たちの関係って、何なのかなぁ、と」

「関係ですか~?」

「そ。赤の他人じゃ、寂しいからなぁ」

「………………はぁ」

 思いっきり深い溜息を吐かれてしまった。
 むぅ。

「お兄さん? ウチらはいつか、お別れするもんですえ」

「そうだな」

 それがいつかはまだ判らないけど、いつかきっと、その時が来る。
 出来ればそれは、卒業の後が良いとは思うけど――そればっかりは、俺には決めようがない。
 学園長が、もしくはこの2人が決める事だ。

「なら、赤の他人の方がええですよ」

「そうか?」

「はい。きっと、そうですえ」

 妙に、真面目な声だった。
 でも――それと同じくらい、何と言うか……。
 いつもの独特な喋り方じゃない、月詠の声は新鮮で。
 それが……どうしてか、寂しかった。
 だから、

「なんで笑うんですか~」

「いや、な。月詠の真面目な声って、初めて聞いたから」

「え~。ウチが折角、格好良く言ったのに~」

 ……それが、きっとこの子の“本当”の事なんだな、と。
 それが酷く寂しくて、笑ってしまう。
 赤の他人の方が良いとか。
 はじめて言われたけど……これは、厳しいな。うん。
 お茶を啜り、ソレを紛らわす。
 俺が思っている以上に、月詠達と、俺との間の距離は、遠いのだろう。

「それよりも、今日の事ですえ~」

「そうだな」

 うん。

「今日は、一緒に回るか?」

「ええんですか~?」

「そうしないと、マクダウェルから怒られるんじゃないのか?」

「はい~」

 怒ると、すっごい怖いんですよ~、と。
 うん、それは判る。
 怖いもんなぁ、アイツ。
 そう言うと、今度は2人で小さく笑う。
 ――こうやって笑い合えるのに、赤の他人なんだろうか?
 人と人の関係というのは、言葉にするのが本当に難しい。

「それじゃ、朝食の準備をするかね」

 そう言い、立ち上がる。
 さて、こうやって難しい事を考えていてもはじまらない。
 俺は俺の出来る事をやろう。
 そう無駄に気合を入れて、キッチンに向かう。

「で? どうして着いてくる?」

「お手伝いですえ~」

 いや、嬉しいけどさ。
 あと助かるけど……。

「なら、サラダ作ってもらって良いか?」

「はい~」

 切るのは任せて下さい~、と。
 その声を聞きながら、内心で首を傾げてしまう。
 赤の他人がいい、と月詠は言った。
 なのに、こうやって手伝ってくれる。
 これは、違うのだろうか?
 ……この子にとって、赤の他人って何なんだろう?
 朝食用の鮭をグリルに入れながら、横目で月詠を見る。
 ――難しいなぁ。
 超の事も、月詠の事も。

「なぁ、月詠」

「はい~?」

 でも、やっぱりなぁ。
 嫌だよな、こういうのは。
 うん。

「……昼は何食べる?」

「そうですね~……おにぎり握って、外で食べませんか~」

「本当、お前はおにぎり好きだなぁ」

「はい~」

 赤の他人とか、寂しいし。
 自分の生徒の事は知りたいし。
 それは人間として、当然の事だと思う。
 なら、俺が出来る事は――うん。
 ちゃんとある。
 そうやってきた。
 そうしてきた。

「お兄さんもおにぎり握って下さいね~」

「……丸いぞ?」

「ええやないですか~。面白いですよ~」

「食べ物を面白がるのもどうかと思うぞー」

 よし、と。
 声に出して気合を入れる。

「小太郎と三人で、昼は一緒に弁当食べるか」

 ご飯足りるかな?
 足らなかったら、もう一度炊けば良いか。
 便利な早炊きという機能もある事だし。

「でも、お犬は武闘大会がありますえ~」

「あ、そうだったな……」

 むぅ。

「まぁ、一回戦か二回戦で負ければ食べれるかと~」

「流石に、いきなり負けるのを願うっていうのも可哀想過ぎるだろ……」

 そうなると、昼は小太郎は抜きかぁ。
 ……また今度誘うか。
 小太郎には今日を頑張ってほしいし。

「ま、お犬ならもう少し頑張れる……かも?」

 だなぁ。
 でも、昨日のマクダウェルとか見てると……厳しいのかもな、と思ってしまう。
 そういえば、

「小太郎の今日の相手って誰なんだ?」

「誰でしたっけ? 知らん人ですえ~」

「……なら、大丈夫かな?」

「どうでしょ? ここ、妙に強い人多いですからね~」

 そ、そうなのか……。
 月詠が言うくらいだから、本当に強い人が多いんだろうなぁ。
 うーむ。

「勝てると良いなぁ」

「ですね~」

 ……はぁ。

「どないしました~?」

「ん? いや」

 何だかんだ言っても、ちゃんと小太郎が勝てれば良いって思ってるのな。
 なんというか。

「本当に小太郎と、知り合った時間って短いのか?」

「はい~。まだ半年も無いですね~」

 それがどうかしましたか~、と。
 いや、と首を振り、小さく笑ってしまう。

「変なお兄さんですね~」

「すまんすまん」

 でもなぁ。
 赤の他人が、と言う割には、小太郎の事は悪く言ったり、心配したり。
 そう言うところは、結構仲が深そうに見える。
 どういう事なんだろうな?
 何と言うか、アンバランス。
 赤の他人が良いと言ったのに、こうやって朝食を手伝ってくれる。
 お犬と小馬鹿にした風に呼んだかと思ったら、小太郎の事を心配したり。
 本当に、この子の中の“赤の他人”というのは、どういう事なんだろうか?

「それじゃ、一緒におにぎりでも握るか?」

「はい~」

 そう返事をし、楽しそうに笑う月詠。
 この子の本当の“顔”は、どんな顔なんだろう?
 笑顔なのか、それとも……。

「……ぅ」

「相変わらず、丸いですね~」

「判ってただろうに……笑うなよ」

「すいません~」

 そんな事を考えながらおにぎりを握っていたら、見事な丸が出来ていた。
 うん。
 相変わらず丸いな、俺のおにぎり。
 ……判ってたけどさ。
 なんでだろう?

「どないかしましたか~?」

「いや……うーん」

 握り方は真似てるつもりなんだがなぁ。
 何が悪いんだろう?
 さっぱり判らない。

「お兄さんは不器用ですねぇ」

「良いんだよ。楽しければ」

「……そうですね~」

 料理というのはそういうものだと思うのだ。
 まぁ、綺麗に美味く出来た方が、もっと楽しいとは思うんだけどなぁ。

「……むぅ」

「不器用ですね~」

 はぁ。







「それじゃ小太郎、頑張れよー」

「おー。優勝賞金は小遣いに貰う約束やし」

「お前は本当に強気だなぁ」

 そこがお前らしいと言うか。
 『まほら武道会・本戦会場』と書かれた場所で、そう自信満々に豪語する小太郎。
 その頭に手を乗せて、軽く叩くように撫でる。
 しっかし、人通り凄いな。
 ま、二日目のメインイベントに近い人気ではあるよなぁ。

「勝ったら一割くらいは割けてくれよ?」

「へへ。判ってるって」

「……お犬は悩みが無さそうやなぁ」

 そう言ってやるなよ。
 朝は少し心配してたくせに。

「ふん。優勝しても、お前には一円もやらんからなっ」

「セコいな~、相変わらず」

「なんやとっ」

「はいはい」

 ぱん、と手を叩いて言い合いになった2人を止める。
 最近は、このやり取りにも慣れたなぁ。

「頑張ってマクダウェルにも勝てよー」

「へっ。言うとるやんか、優勝するって」

 その言葉が嬉しくて、苦笑してしまう。
 お前は前向きだなぁ。
 そういう所は、本当に羨ましいよ。
 うん。

「それと、」

「あー、はいはい。特別な事は、なんもせぇへんからな?」

 まったく。
 はいは一回、とその頭に手を乗せる。

「よし。それじゃ、頑張ってくれ」

 一応、そこはマクダウェル達との約束だからな。
 出場する代わりに、魔法は使わない。
 何があっても、だ。
 それが出場の条件。
 それに、本選出場者がいきなり欠場したら、それも問題になるだろうし。
 ここまで人気なら、それも判らなくもない。
 大変なんだな、イベントの運営っていうのも。

「月詠、今日は兄ちゃんを頼むで」

「……はぁ」

「へへ。明日はワイが面倒見たるからな?」

 自分より年下に面倒を見られると言うのもなぁ。
 そう内心で思い、苦笑してしまう。
 というかマクダウェル?
 お前この2人になんて言ったの?
 そこをぜひ聞いておきたい。

「ん、そろそろ開幕だろ?」

「おー。んじゃ、行ってくるっ」

 そう元気良く駆けていく背を目で追う。
 何と言うか――本当に、元気だなぁ、と。
 見ていてこっちまで元気になってくると言うか。

「ま、あの調子ならそう簡単には負けませんやろ」

「だなぁ」

 そう2人で苦笑し、踵を返す。
 さて、と。
 どうするかなぁ。

「どこ回る?」

「お兄さんにお任せしますわ~」

 そうか?
 そういう月詠は、マクダウェルが着ているような服の白いのを着て、その左手には竹刀袋が二つ。
 そして、少し大きめの弁当箱入りのバッグを持っている。
 ……まぁ、あんまり聞かなくても判るけど、な。
 白いフリルの多い服に、竹刀袋……なんというか、なぁ。
 それに、麦わら帽子をかぶってるので、見ようによってはどこかのお嬢様に見えなくもない。
 竹刀袋が無ければ。
 うーむ。しかし……女の子って、服装で化けるなぁ。

「なら、世界樹周りの店を冷やかしながら、見て回るか」

「ええんですか?」

「折角の麻帆良祭だし、店を見て回らないと勿体無いだろ?」

 それに、月詠は初めてなんだし、と。
 俺としても楽しいんでもらいたいし。
 そのルートだと、結構楽だしなぁ。

「それは嬉しいですわ~」

「そりゃよかった」

 んじゃ、行くか、と。
 それに、昼はおにぎりを握りはしたけど、おかずは無いからなぁ。
 なんか適当なの買わないと。
 その辺りも、店を冷やかす時にいくつか買えば良いだろう。

「でもお兄さん、ええんですか~?」

「ん?」

 歩き出して少しして、そう月詠から言われた。
 何が?
 竹刀袋を胸に抱く様に持って歩きながら、見上げてくるその視線を、こちらからも見る。

「お姉さんも、ネギせんせーも出場しますのに」

 見に行かなくて、と。
 あー。

「まぁ、興味はあるけどなぁ」

 でも、仕事をしない訳にもいかないだろう。
 こっちは教師なんだし。
 そういう意味では、一度ネギ先生と話したいんだけど……昨日から捕まらないんだよなぁ。
 何と言うか、間が悪い。
 うん。

「真面目ですね~」

「それで給料貰ってるからなぁ」

「なるほど~」

 でもまぁ、それもしょうがないのかな。
 あの年齢だし。
 それに、マクダウェルが言うには何か意味があるらしいし。
 超が関係しているとか。
 それに、良い機会だからとか言ってたし。
 まぁそっちはマクダウェルに任せる事になってる。
 魔法使いの問題らしいから。
 ……そう言われると、こっちは何も言えないしなぁ。
 うーむ。

「なぁ、月詠?」

「はい~?」

「月詠なら、超と会う事は出来るか?」

「超さんとですか~?」

 ああ。
 ふと、気になったので聞いてみた。
 月詠も、魔法使いの一人なんだし。

「まぁ、居場所が判れば……どうでしょう~? その時になってみませんと判りませんね~」

「そうなのか?」

「はい~。ウチは荒事専門ですから~」

 荒事って……この前みたいな事だよな。
 むぅ。
 それだとあんまり無理は言えないよな。
 やっぱり、そういうのをしてほしくない、って思う。
 はぁ――難しいなぁ。
 俺って、本当に一人じゃ何も出来ない。
 生徒に会う事にだって、こんなにも苦労してるしなぁ。
 こう思うくらいなら、朝から女子寮にでも顔出せば良かった。
 明日はそうしようかなぁ。

「超さんに会いたいんですか~?」

「ああ」

 判らない事ばかりで、本当に頭が痛くなりそうだ。
 超の事。
 魔法使いの事。
 どうすれば良いのかすら判らない。
 何が正解なのか。
 そもそも、正解があるのかすら怪しいんだけど。

「聞きたい事ばっかりだからなぁ」

 それ全部に答えてくれるか、となったらまぁ、首を傾げるしかないけど。
 アイツも大概、マイペースだからなぁ。
 っと。

「何か食べるか?」

「ええんですか~?」

「あんまり小遣いもやって無いからなぁ、今日くらいは奢るぞ」

 というか、この年頃ってどれくらいの小遣いなんだろう、と悩んでたりする。
 こういうのを聞ける人が居ないからなぁ。
 とりあえず、要る時に言うようには言ってるけど。

「なら、アイス食べたいですわ~」

「そりゃいい。今日は暑いからなぁ」

 しかし、学生が作ったアイスか……ちょっと勇気がいるな。
 美味いんだろうか? という意味で。
 こういうのって、結構遊んでる所もあるからなぁ。

「中々美味しいですね~」

「……そりゃ良かった」

 うーむ。
 やはり基本のバニラは外れ無しか。
 むぅ。

「お兄さんの方は外れのようですね~」

「うむ。トマトは無いな、やっぱり」

 というか、何でトマトだよ。
 イチゴで良いだろうに……身体には良さそうだけどさ。
 妙になま臭いと言うか、あのトマト独特の味がすると言うか……甘いから、余計に性質が悪い。
 店側からしたら、頼む方も頼む方だろうけど。
 やっぱり、こういうのは挑戦したくなるのが男と言うか。
 客の心理を良く掴んだ商売してるなぁ、と。

「ねぇ、せんせー?」

「ん?」

 あれ、と思った。
 ……ああ、呼び方が違うのか。

「どうした?」

「どうして超さんと関わるんですか?」

 ん?

「何でそんな事を?」

「だって、関わってもええ事あんまりありませんえ?」

「そうか?」

「魔法使いの皆さんにも睨まれますし、見返りだってありませんやろ?」

 む……確かに、言われるとそうなのかもなぁ。
 というか、魔法使いの人達に睨まれるって……ちょっとアレだな。
 勇気が必要というか。

「普通は、そういうのは見て見ぬ振りをするもんですえ」

 あー、まぁ、そうなんだろうな。
 きっと、それが賢い生き方なのかもしれないなぁ、と。
 超がどういう立場なのか、俺はきっと理解出来ていない。
 それでも、俺はあの子の先生なのだ。
 なら――超の立場を少しでも、理解したい。
 もしかしたら、俺にも出来る事が少しはあるかもしれないし。
 それに。

「超が言ったんだ――俺の所為だって」

「……お兄さんの?」

「意味が判らないからなぁ。そう言われたら、気になるもんだ」

 俺が何をしたのか。
 その事で、超を傷付けたのかもしれない。
 だからそれを知りたい。
 謝って許されるのか。
 それとも赦されないのか。
 それすらも判らないのは……うん。気分が悪い。

「ふぁ」

 あんまり寝れてないし。
 この調子じゃ、明日も寝不足になってしまう。
 それに仕事も進まないしなぁ。
 精神衛生上良くない。

「おかげで、昨日はあんまり寝れなかった……今日か」

 まぁ、どっちでも良いけど。
 ふむ――口にすると、結構すっきりするもんだ。
 というか、覚悟が決まったと言うか。
 うん。
 見回りが一段落したら会いに行こう。
 武道大会が終わるくらいなら、超も時間が出来るだろうし。
 ……会えるかは判らないけど。

「お兄さん~?」

「ん?」

 そんな事を考えていたら、月詠から声。

「死ぬかもしれませんよ?」

「――――――」

 そうだな、と。
 うん。
 俺にはなんの力も無い。
 死なないなんて思って無い。
 自分が特別なんて、思った事も無い。
 死ぬのは怖い。
 それは、骨身に染みて判ってる。
 あの雨の日。
 老人に問われた事。
 死ぬのが怖くないのか。
 自分が死なないと勘違いしているのか。
 ――そんな事は無い。
 俺はただの人間なんだから。
 それでも……謎掛けみたいだった超との会話だったけど。
 判ってる事がある。

「しょうがない。先生だからなぁ」

 それで、超は生徒だからな、と。
 しょうがない、で済ませられる問題じゃないんだろうけどさ。
 あの雨の日と同じだ。
 魔法使いの皆があの子を要注意人物として見ていたとしても。
 先生なら、生徒を信じるもんだ。
 うん。
 裏切られるかもしれないけど、それでも信じないとな。
 それに――まぁ、なんだ。
 超は危険じゃない、って言った月詠の言葉もあるし。

「はぁ」

 隣から、盛大な溜息。
 ……う。

「呆れますね~」

「う」

 むぅ。
 まぁ、そう言われると反論のしようが無い。
 だってなぁ……。
 普通は、きっとここまで生徒に踏み込もうとしないだろうし。

「ま、お昼を食べたら大会の会場の方へ行ってみましょうか~」

「へ?」

「会えるかもしれませんしね~」

 そう言って、歩き出した月詠の後を慌てて追う。

「良いのか?」

「会いたいんやないんですか~?」

 いや、そうだけど……。
 マクダウェルから何か言われてるんじゃないのか?
 そう聞いてみた。

「お兄さんを見ているように、とは言われましたが~」

「そっか」

 あと、絶対無茶するからな~、と。
 うーむ……マクダウェルにどう思われてるんだろうか?
 あまり聞きたくないような、一度聞いてみたいような。
 ……やめよう。
 きっとヘコむ事になりそうだ。

「お兄さん~?」

「ん?」

 そう考え、とりあえずマクダウェルの事は置いておこう、と思考の中で落ち着いた所で隣の月詠からの声。
 その声に視線を月詠に向け、その視線は一つの出店へ。
 焼きそばか……祭りの定番だなぁ。

「なんだ、食べるのか?」

「ええんですか~?」

「そんなの気にしなくて良いから。食べたいのを食べれば良い」

 でも、食べ過ぎには注意しろよ、と。
 一応釘は刺しておく。
 こう見えて、月詠って結構食うからなぁ。
 この細い身体のどこに入るんだか。

「んふふ~」

 月詠に焼きそばを、俺は何となくたこ焼きを買って食べながら歩く。
 ……さっきから外ればっかりだなぁ。
 というか、学生のタコ焼きなら、この可能性は高かったか……俺が甘かった。
 生地が、うん。ねばねばというか、何と言うか。

「美味しいですか~?」

「あー、ウルスラのタコ焼きは厳しいなぁ」

 タコがデカイのは良いけど。
 さすがお嬢様学校。そこは抜かりないなぁ。
 ……お嬢様がたこ焼き屋とかどうかと思うけどさ。
 まぁ、そこはクラスの自由だな、うん。
 客がそこそこ多かったから騙されたが、アレは出会い目的の男だったか。

「焼きそばはどうだ?」

「中々ですね~」

「むぅ……良いな、まだ外れが無くて」

 こっちは外れの連続だと言うのに……。
 まぁ、アイスは自業自得と言われたらそれまでだけど。
 やはり、良く考えるとトマトは無いよなぁ。
 ……しかし、キュウリも捨てがたかった。
 というか、どうやって作ったんだろう?
 アレか? 磨り潰して、アイスに混ぜ込んだんだろうか?
 良くやるよなぁ。インパクトは十分過ぎる。
 明日買ってみるかな。





――――――エヴァンジェリン

 うーむ。

「どうしたんだい、エヴァ?」

「いや……知らない名前ばかりだ、とな」

 先ほど超から発表されたトーナメント票を睨みながら、一言。
 まぁ、真名とは反対側だから良いか。
 最後まで残るにしても、当たるなら決勝か。
 ……そこまで、この茶番に付き合う気も無いが。
 それに、一千万と言われてもなぁ。
 チラリ、と隣に視線を向ける。

「ん?」

「一千万、欲しいのか?」

 とりあえず、聞いてみた。

「そりゃね。遊びで一千万なら、良い小遣いになるし」

「……一千万は小遣いの範疇を超えてると思うぞ?」

 どうでも良いけどな。
 ま、少しは真名に楽をさせてやるのも良いか。
 こっち側でそれなりに強そうなのは……。
 誰だ?
 あんまり、こういうのは詳しくないからな。

「なぁ、真名。私と戦いそうな奴で、強いのって誰だ?」

「んー……多分、エヴァの相手になるのって居ないと思うよ?」

「そうか?」

 一回戦は名前を知らないヤツ、上手くいけば、二回戦はぼーやとだ。
 そうなると、私が参加するのは二回戦までなんだが……ふむ。
 しかし、真名の方がなぁ。
 クーフェイに長瀬楓に、小太郎の連続である。

「そっちは大変そうだなぁ」

「まぁねぇ……」

 そう言って、一つ溜息。
 一回戦からクーフェイだもんな。

「勝ち残れそうか?」

「厳しそう」

 だなぁ。
 武器禁止だし。
 何でもアリなら、お前だって勝ち目があるだろうけど。
 クーフェイと長瀬楓はこういった大会なら反則気味だからなぁ。
 無手で強い。
 そう言うのは、武器使いの真名には荷が重いだろう。
 小太郎は……まぁ、まだまだ甘い所があるからなぁ。
 クーフェイみたいにまっすぐでも、まだ付け入る隙がある。

「そういえば、素手で行くのか?」

「まさか。そんな馬鹿正直じゃ、それこそ優勝なんて無理だよ」

「……一応、優勝は狙ってるんだな」

「勝負を投げるには、少しばかり一千万は景気が良すぎる」

 そうか。
 ふむ。

「それに、三回戦までは勝ち残らないとね」

 ……そうか。
 三回戦は、小太郎。
 そこまで残れば――まぁ、うん。
 チラリ、と。
 問題の2人を見る。
 小太郎の方は、まぁ問題無いだろう……と思う。
 私からも、先生からも言ったから。
 これで“気”を使うなら、どうしてやろうかとも思うが。
 まぁ大丈夫だろう。
 何だかんだで、先生の言う事は正直に聞いてるからな。
 問題は、だ。

「おい、ぼーや」

「ぅ……は、はい?」

 ……お前は。
 教師なんだから、もう少し胸を張れんのか?
 どうして私に怯える?
 まったく。

「何でこの大会に出場したんだ?」

「そ、それは……その」

 はぁ。
 相変わらずのだんまりか。
 そう目を逸らして、気弱そうに話す姿は――まるで、麻帆良に来た当初のよう。
 最近はもう少しマシだと思っていたんだが。
 さて、この大会にそれほどの“何か”があるのか。
 超から何か言われたらしいが、じじいに聞かれても答えなかったからなぁ。
 よっぽどの理由なのか。
 ……あのじじいも、本当甘いな。
 まぁ流石に、あの懐中時計を模したタイムマシンはじじいが取り上げたが。
 アレは危険すぎるからなぁ。
 過去を変えられるとか……未来がどうなるか判ったものじゃないだろうに。
 大体、時間を弄るなど。
 人の出来る範疇を超えている。
 超の目的が何なのか。
 この大会で少しでも判れば良いんだが。
 ま、それは今はどうしようもないか。

「今のままじゃ、一回戦も危ないぞ?」

 まぁ、私としてはそっちでも助かるがな。
 魔法無しのぼーやじゃ、きっと格闘を齧った一般人と五分五分といった所だろう。

「そうとも限らないと思いますよ?」

 と。
 その声は、私の後ろ。

「――――――」

 な――。
 私と真名が振り返るのは同時。
 ……まったく気配が……。
 そこに居たのは、白のローブに身を包んだ男。
 今対峙しても、その気配は希薄で――まるで、目の前に居るのは幻影のよう。
 なのに――。

「こんにちは、古き友よ」

 その男は、私を友と呼んだ。
 それは、私を知っていると言う事。
 私を――。

「貴様ッ」

 一人、知っている。
 私が居場所を把握していないで、それで私を友と呼ぶ――馬鹿を。
 思い出すと、確かに。
 この魔力の質は…。

「何故ここに居る!? 私は、お前の事も探していたんだぞ!」

「ええ、知っています」

 んなっ。
 あ、あっさり言ったな、この男……。

「知ってたら顔くらい出せ、このッ」

「ははは。私のこの性格は、流石に十数年じゃ直りませんでしたね」

「他人事みたいに言うなっ」

 くそっ。
 なんで――。

「いやー、面白そうなお祭りでしたので」

 つい出てきてしまいました、と。

「つい、じゃないだろ!?」

 笑いながら言う事か!?
 違うだろっ。

「あと、貴女が楽しそうなのに、私が参加できないのは寂しくて」

「……は?」

 楽しそう?
 私が?

「楽しいわけあるかっ。こんな面倒事で、折角の祭りの時間を潰されて――」

「楽しそうじゃないか」

「真名、お前は黙ってろっ」

「むぅ」

 楽しくなんかあるかっ。
 面倒なだけだ、と。
 まったく――。

「相変わらず怒りっぽいですねぇ」

「誰が怒らせてるんだっ」

 くそ……はぁ。
 相変わらずだな、コイツは。

「え、エヴァンジェリンさん?」

「ん? なんだ、ぼーや?」

 私は今、非っ常に機嫌が悪いぞ?
 そう視線を向けると、真名の後ろに隠れられた。
 ……ぬぅ。
 その反応はそれで、ムカツクな。

「はっはっは、フられましたねぇ」

「五月蠅い」

 ちっ。

「それより貴様、今までどこで油を売っていた?」

「それは内緒です」

 一発殴ってやろうか、この男。
 はぁ……。

「初めまして、ネギ君」

「は、はい? 僕の事……」

「ええ、よく知ってますよ」

 そうだろうよ。
 ――だからこそ、どうして今まで現れなかったのかが気になる。
 この男にとっては、ぼーやは、ナギの息子は……。

「クウネル・サンダースと言います」

「あ、御丁寧に。ネギ・スプリングフィールドです」

「誰だ、ソレ!?」

「私の名前ですよ? ほら」

 そう言って指差したのは、トーナメント表。
 はぁ?
 ――って、本当にあるし。
 何考えてるんだ、コイツ?

「アホだろ、お前?」

「心外な。結構会心の名前だと思うんですが……」

「なんか、どこかのファーストフード店みたいな名前だね」

 言ってやるな、そこは。
 なんか満足みたいなんだし、触れてやらないのが優しさだろうよ。

「ええ。いつもお世話に――」

「……まんまか」

 はぁ……コイツの相手は、疲れる。 
 本当に。
 なんかぼーやに言おうとしてたはずなんだが、忘れてしまった。
 なんだったかな。

「それで、エヴァ? この人は誰なんだい?」

「あー……」

 どうする、と視線を向ける。
 本名ばらして良いのか?

「キティの古い友ですよ」

「その名前を呼ぶなっ」

 殴るぞ、本気でっ。

「キティ?」

「聞くなっ」

 そう真名に釘を刺し、アホの腹に一発拳を叩きこむ。
 ……ちっ。
 丁寧にローブに防御魔法を仕込んでるのか。
 相変わらず、この手の事は得意だな。

「どうしたんですか、キティ?」

「その顔を殴ってやろうか……?」

「おー、怖い怖い」

 何がだ。
 本気で怖がってないだろうが……くそ。
 あー、まったくっ。

「……何しに来たんだ、お前?」

「おや、お疲れですか?」

 誰の所為だ、誰の。
 はぁ。

「いえいえ。友の息子の晴れ姿を特等席ででも、と」

「はぁ?」

 ぼーやのか?
 ……当の本人は、きょとんとしてこっちを見てるけどな。
 まぁ、説明してないから訳が判らないのは判るが……もー少しマシな顔は出来んのか?

「見る価値あるか?」

「仮にも、貴女の弟子でしょうに……」

「弟子というには、足らないものが多すぎるがな」

 自覚とか、そういうのが。
 自分の力量も判らずにこんな大会に出るくらいだしなぁ。

「まぁ、決勝までは無理そうですが――貴女との勝負は見れそうですしね」

 今はそれで満足しておきます、と。
 ふん。
 お前、ぼーやと戦う気だったのか。
 まぁ――判らなくもないが。
 初めは私もそうだったからなぁ。
 ま、いい。

「……流石に、時期尚早といった感じですしねぇ」

「何の話だ?」

「いえいえ。こちらの事です」

 はぁ。
 お前、それ言いに来ただけか?
 本当に暇人だな……。
 相変わらず掴みどころが無いというか。

「ネギ君」

「はい?」

 そう溜息を吐く私を置いて、ぼーやに近づくアルビレオ・イマ。
 時期尚早、か。
 どうにも――気に入らないな。

「大きくなりましたね」

 そう言って、ぼーやの頭を撫でる様は、本当に――親子か、歳の離れた兄弟のよう。
 それを遠目に眺めながら、溜息を一つ。
 ――コイツが出てきたという事は、だ。
 厄介な事が起こるのかもな。
 今まで身を隠して、私にも見付からないようにしていたんだし。
 はぁ。

「疲れてるね?」

「まぁな……アイツとは相性が悪いんだ」

 あの性格はなぁ。
 実力は折り紙つきなのだが、どうにもなぁ。

「そうだ、キティ」

「だからその名を呼ぶなっ」

 本気でその横っ面殴るぞ。グーで。

「む……この綺麗な顔に傷は、あまりいただけませんね」

「自分で言ってるよ」

 そこには触れるな、真名。
 アイツの話に一々反応していたら、疲れるだけだ。
 自分の顎を指で撫でながら、では、と。

「マクダウェル」

「よし。そこを動くな。顔の形を変えてやる」

「どうどう」

 離せ真名っ。
 アイツを殴らせろっ。

「え、エヴァンジェリンさん、落ち着いて下さいっ」

「ははは。楽しそうですねぇ、エヴァンジェリン」

「お前が言うなっ」

 楽しくなんかあるかっ。
 くそっ。

「それでは、エヴァンジェリンを押さえていて下さい、ご友人」

「おっけー」

「離せーっ」

「話が進まないから」

 進まなくても良いから殴らせろっ。
 一発、一発で良いから。

「絶対一発じゃ済まさないだろう?」

「当たり前だ」

 最低二桁は殴る。
 絶対。
 最悪、コイツが出場出来なくなっても別に構わないし。

「じゃあ離さない」

「ちっ」

「流石に、友達に流血沙汰は、ちょっと……」

 ……ふん。

「それではマクダウェル」

「お前がそう呼ぶなっ」

「おやおや、それは失礼。――それでは、エヴァンジェリン」

 くそっ。
 ……疲れた。

「あ、力尽きた」

 後ろから腕を抱えられる様にして、真名に支えてもらいながら、溜息を吐く。
 もうぼーや放っておこうかな。
 なんかもう、全部面倒になってきた。

「それでは一回戦始めますので、選手の方は会場の方へ――」

「あ、僕だ」

 む、もうそんな時間か。
 そう言って朝倉についていくぼーや。
 ……というか、今日の審判は朝倉なのか?
 昨日といい。
 何やってるんだ、アイツ?
 あと、もう離して良いぞ、真名。
 殴る気力も無くなったから……。

「ふむ、それでは貴女の弟子がどれほどのものか見せてもらいましょうかねぇ」

「だから、今は弟子と言えるようなものじゃないがな」

 肩を落として、そう言う。
 それなりに、戦い方は教えているが。
 こういった一対一の戦い方なんて、教えて無いぞ。
 そこまでの技術も無いし。
 アレは多対一、多対多で本領を発揮するタイプだ。
 ナギとは違うんだからな。

「そうだ、エヴァンジェリン」

「なんだ?」

 もう、何言われても反応しないからな?
 これ以上疲れたら、それこそもう、試合なんてする気も起きないし。

「賭けをしませんか?」

「賭け?」

「はい。ネギ君が一回戦を通過できるかどうか」

 ……ふむ。

「面白そうですね」

「でしょう?」

 ……何故お前が乗る、真名。
 まぁ、別に良いが。
 どうでもいいし。

「私は、ネギ君が勝つ方に」

「む――まず、賭けるモノを話しましょう」

「ふふ。私は、この一葉の写真をある人へ渡そうかと思います」

 …………写真?
 また、何というか……突然だな。
 というか、それ賭けか?
 私も真名も関係ないじゃないか。
 そう言ってローブの袖から一葉の写真を取り出すアルビレオ・イマ。

「これです」

 ――――――。

「乗った」

「乗るなっ」

 そ、それっ。
 昨日の予選の時のじゃないかっ。

「何でお前がそんなのを持ってるんだっ!?」

「いえいえ、心優しい人から――」

「朝倉だね」

 何でそこに確信が持てるんだ、お前?
 まぁ、私も十中八九そう思うけど。
 というか、何でその写真なんだっ。
 その写真には……何と言うか、巫女装束姿の私が映っていた。
 しかも、丁度予選終了直後なんだろう。
 なんというか、うん。
 汗かいてたり、少し服が乱れたりしてた。

「――買いました」

「貰ったじゃない所が、余計に朝倉らしい」

「納得する所か!?」

 あと、それ寄越せっ。

「おっと」

「ちっ」

 ぬぐぐ――その写真を持った手を、高く上げるアルビレオ・イマ。
 あーっ、ムカツクな、コイツっ。
 あまりに腹が立ったので、無駄だと思いつつもその足を全力で踏み付ける。
 が、全然痛くないのだろう。その笑顔は崩れない。
 やはり、靴の方にも何か細工しているのだろう。

「それでは会場の方へ行きましょうか――」

「龍宮真名だ。真名で良いよ、クウネルさん」

「そうですか、真名さん」

 何で意気投合してるんだ、お前ら?
 なんか違わないか?

「って、私との賭けじゃないから、私の写真は寄越せっ」

「私が賭けを振ったのは貴方ですよ? 乗ったのは真名さんですが」

「すまないエヴァ。……どうにも、私の本能が」

「そんな本能、捨ててしまえッ」

「相変わらず手厳しいね」

 あー、まったく。
 ぼーやから大会に出た理由を聞きだそうと思っていたのに、それどころじゃない。
 何なんだ、一体。
 くそ。
 ……あーっ。
 ぼーやの相手誰だっ!?

「田中?」

 トーナメント表には、田中という名字だけ書いてあった。
 また、地味な名前だなー。
 ……こりゃ駄目か?
 いやいや、諦められんだろ。うん。
 何せ相手はぼーやだ。
 田中にだって勝ち目はあるさ。




――――――チャチャゼロさんとさよちゃんとオコジョ――――――

「ふぃー……まさか、会場がペット禁止とはなぁ」

「はいー。予想外でしたねぇ」

 いやはや、木乃香の嬢ちゃんには悪い事をしたなぁ。
 折角連れて来てもらったのに、オレっちが入れないなんて。
 なので、会場の屋根の方にチャチャゼロさんとさよ嬢ちゃんと一緒に登って鑑賞する事にしてる。
 いいね。
 周りに誰も居ないから喋り放題だぜ。

「イイケドヨ、一試合目カラ、オ前ノ御主人様ジャネーカ」

「へ? おー、ネギの兄貴ー!!」

 頑張って勝って下さいよーっ。
 何か相手、筋肉ダルマっすけど……。

「ネギ先生、大丈夫でしょうか?」

「魔法抜キダカラナァ。“戦イノ歌”ガアルトシテモ、五分五分ジャネ?」

「うーっ。頑張って応援しましょう、カモさんっ」

「おうよっ」

 がんばれーっ、兄貴ーっ。
 きっとこれに勝てたら、姐さんも褒めてくれますよーっ。
 ……いつも苛められてるんですから、ここで少しでも良い所をーっ。




[25786] 普通の先生が頑張ります 58話(修正前
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/27 22:47
――――――エヴァンジェリン

 うーむ。
 なんというか、まぁ、うん。
 ぼーや……あー、えーっと。

「いやはや、近頃は化学もバカになりませんねぇ」

「……そんなレベルか?」

 何と言うべきか迷い、とりあえずそう答える。
 うん。

「駄目だろ。科学部」

「科学部じゃなくて、工学部ですよー」

 ……問題はそこじゃないだろ、葉加瀬。
 私の隣に立つ葉加瀬が、律義にそう返してくる。
 麻帆良武道大会の第一試合。
 ぼーやと、田中とか言う奴の勝負だったのだが……だ。
 むぅ。
 空いた口が塞がらないと言うか、溜息も出ないと言うか。
 顎に手を添え、とりあえずコメントは控えておく。
 もう、なんだ。
 色々酷いと思う。
 あと茶々丸? お前後でお仕置きな?
 なに暢気に大会の解説なんてやってるんだ。
 そりゃ、お前に何をしたらいけない、とは言ってないが……。
 流石に、こういった大きな大会に関係する事をするなら、一言言ってくれ。

「うっわ、すっげぇ!? 姉ちゃん、ロケットパンチやでっ」

「そ、そうだな」

 その葉加瀬の隣では、小太郎が年相応の子供のようにはしゃいでいた。
 そして、会場の約半分であろう――男連中のテンションも、上がってきている。
 なんでだろう?
 そんなにロケットパンチが良いのか?
 あんなの、効率的じゃないだろうに。
 一回使ったら回収しないといけないんだぞ?
 田中のは有線だから、線切られたら多分もう使えないんじゃないのか?
 実際、一発撃ったら線を巻いているのだろう。連射は出来ていない。
 不便じゃないか。
 ……そう言ったら、物凄く怒られた。
 …………納得がいかん。
 が、面倒なので反論はしないでおく。
 ちなみに真名は長瀬楓の激励に、控室へ行っている。
 このテンションの連中の中に置いていかれると、こう、なんだな。

「エヴァンジェリンさんには、浪漫が無いです」

「まったくや」

 …………物凄く、納得がいかない。
 私が悪いのか?
 だって有線だぞ?
 明らかに効率悪いじゃないか。
 まだ手に火薬仕込んで、単発のミサイルパンチにした方が便利だと思うんだがなぁ。
 ……言わないけど。
 さっき葉加瀬に怒られた時、少し目が血走ってたから。
 あとクソ犬? お前、この私に良くもそんな口が聞けるなぁ。

「ロケットパンチとドリルは男の浪漫ってヤツや」

「そ、そーか」

 そういうものなのか?
 ……良く判らん。

「杭打ち機は流石に許可が下りませんでしたが……」

「……死ぬだろ、ソレ」

 というか、ロケットパンチはともかく、ドリルと杭打ち機は殺傷能力が高過ぎるだろう。
 レーザーもあまり言えないだろうが。
 あれって熱線だろう?
 ルールに引っかからないんだろうか?
 まぁ、朝倉も何も言わないし、良いんだろうなぁ。
 というか、何気にアイツ、反射神経良いよな。
 上手い具合に田中のレーザーやらロケットパンチやら避けてるし。
 半泣きだけど。
 ざまぁみろ。
 しかしまぁアルの奴も子供みたいにはしゃいで……こういうのが好きなんだろうか?

「なぁ、アル?」

 私を挟んで、葉加瀬の反対側に立つあるを見上げながら、声を掛ける。
 ……お前、もう結構良い歳だよな?
 あんな非効率的なのを見て、どうにも思わないのか?

「なんですか、エヴァンジェリン?」

「……こー言うのが、お前好きなのか?」

「男なら、田中さんの可能性に胸を躍らせない人はいないでしょう」

「…………そ、そうか」

 そういうものなのか。
 男というのは、良く判らんのが好きなんだなぁ。
 あんな筋肉ダルマの、どこが良いんだか。

「エヴァンジェリンには、まだ男の浪漫は早かったようですね」

「……はぁ」

 なんだ。
 言い返す気力も無い。
 とりあえず、頑張れ田中。
 私の為に。
 ……そう応援する事すら、なんか嫌だ。
 視線の先。
 特設リングでは、ロケットパンチやら、レーザーやらを避けるぼーやが頑張っている。
 何でだ?
 ロケットパンチは連射出来ないんだから、その合間に攻めればいいじゃないか。
 そう言ったら、また怒られた。
 ……何故怒られたのか、全く判らない。
 私か? 私が悪いのか?
 むぅ。

「まぁ、良いか」

 このまま、ぼーやがあの田中とかいうロボットに負ければ、仕事が一つ減るし。
 後は、反対側のトーナメント表の小太郎が負ければ、私がこの大会に出る理由も……。
 ……あー。

「なぁ、アル?」

「なんですか、古き友よ? 今少し忙しいんですが」

 何もやってないだろうが。
 まったく。

「田中さん、頑張って下さい」

 応援し始めてるよ。
 お前、ぼーやが勝つのにか賭けてるんじゃないのか?
 ……相変わらず良く判らんヤツだ。
 楽出来るから、別に問題は無いが。
 というか、だ。
 お前、今まで隠れて生活してたんだろうに、そうやって声出して応援して良いのか?
 まぁ、これだけ回りも応援してるならそう目立たないだろうが。
 なんか良く判らん“男の浪漫”とやらで田中を応援する男連中と、
 見た目可愛らしい子供であるぼーやを応援する女連中。
 どっちもどっちと言うか……格闘技の事は、誰も楽しんでないよなぁ。
 ふぁ……賑やかな連中に囲まれながら、欠伸を一つ。
 なんだかなぁ。
 なんといか……。

「暢気なもんだ」

 それは私の事か、私の周りで騒ぐこいつ等の事か――両方か。
 超鈴音の事もある。
 それでも……それを判っているからこそ、暢気だな、と。
 どうしてだろうか?
 昨日はああも慌てたが、今日はそう慌ててはいない。
 そりゃ、超の目的が判らないから、というのもある。
 どう行動するかも予想できないしな。
 じじいからは、魔法先生はこの事に当てると言われている。
 超の行動への対応へと。
 タカミチも、超のマークについているはずだ。
 その代り、魔法生徒は見回りを、と。
 魔法生徒の件は聞いていなかったが、律義に真面目な魔法生徒が報告しに来たしな。
 ……はぁ。
 そりゃ、私も魔法使いの一人だ。
 そうやって言ってもらえると助かるが……なぁ。
 やはり、何と言うか……そうやって言ってもらえると、何かと助かる訳だ。
 いろいろと。今まではそんな事は、こっちで調べるか、無視してた訳だし。

「おや、エヴァンジェリン。楽しんでないようですね」

「考える事が多いんでな」

「おやおや、そうですかそうですか」

 ……ムカツクなぁ。
 誰かこいつを、一回黙らせてはくれないものか。
 物理的にでも良いから。

「しかし良いのか? このままじゃ、ぼーや負けるんじゃないのか?」

 明らかに、劣勢だし。
 これが魔法有りなら、ぼーやの勝利は揺るがないだろう。
 ロケットパンチやらを確実に避けれる距離から、魔法で攻撃すれば良いだけだから。
 だが今は違う。
 “戦いの歌”で肉体を強化して避けてはいるが、そこまでだ。
 そこから先――近付いてからの攻撃が無い。
 それはそうだろう。
 私は、ぼーやを砲台として教育してきたのだから。
 それはぼーやも判っているはずだ。
 一人では戦えない。
 勝負以前の問題だ。戦闘になりはしない。
 近付かれたら何も出来ない、典型的な魔法使い。
 それが今のぼーやだ。
 しかも、逃げ道の無いリングの上。
 それでも、何か策があるのか、とも思っていたが。
 ……あの調子じゃ、なにも無いんだろうなぁ。
 田中の攻撃を無様に避ける姿を見ながら、小さく溜息。

「あの子も、必死なんですよ」

「ん?」

「ナギの事です。手掛かりを求めてこの大会に出場したんだと思います」

 ナギ?
 ……まぁ、そうかもな。
 15年前は、この麻帆良に居たわけだし。
 それに、日本にもいくつか隠れ家を持ってるみたいだし。
 京都然り、である。
 だが、それと今回のが何か関係あるのか?

「以前。この大会にナギが参加した事があるんですよ」

「……は?」

 なんだそれは?
 初耳なんだが。
 というかじじい、お前知ってて何で黙ってるんだ?
 まぁ、こっちは知らなかったから、聞いていないんだが。

「知らなかったのですか?」

「ああ。本当なのか?」

「ええ」

 そう言い、楽しそうに笑う。
 それは本当に――楽しそうに。

「子供が親を求めて、ああやって頑張ってるんです」

「ふぅん」

 なるほどなぁ。
 しかし、こんな大会に出ても、ナギの情報なんて何もないだろうに。
 親を求めて、か。
 はぁ。

「馬鹿だな」

「貴女から見たら、そう見えるかもしれませんね」

 ふん。
 それじゃまるで、私以外には別のように映っていると言うのか。
 だがまぁ、ナギ、か。

「アル。お前の仮契約カードを見せてくれ」

「嫌ですよ」

 む。

「答えが簡単に判ったら、面白くないじゃないですか」

「……ならせめて、それをぼーやに見せてやれ」

 そうすれば、もうこんな馬鹿な事はしないだろう。
 少なくとも麻帆良に居る間は。
 アルビレオ・イマはナギ・スプリングフィールドの友人であり、従者。
 それは、魔法界側の一部では良く知られている事だ。
 そして仮契約カードは、ある意味で最も有効な生存確認に使える。
 生死でカードの模様が変わるからだ。

「言ったでしょう? 時期尚早だと」

「どういう事だ?」

「あの子が私を納得させられるだけの“力”を付けたら、教えましょう」

「……別に、そこに“力”が必要か?」

「ええ」

 聞くだけで“力”が必要か?
 まぁ、試練と言えば、聞こえはいいが。
 お前はムカツク奴だが、そんな意地悪はしないと思っていたんだが。

「だってあの子。ナギが今どういう状況か知ったら、きっと何もかも捨てて行動しますよ?」

「……あー」

 否定は出来んなぁ。
 現に、今は勝手に動いた結果が、この大会の、この状況な訳だし。
 アルが言う“力”は、私が考えていたのとは、少し違うのか。
 まぁ確かに。
 それだと“力”は必要だな。
 毎回こんな行動をされていたら、じじいの首がいくつあっても足らないだろうし。

「そういう訳です」

「そこは気長に待つしかないなぁ」

 地道な毎日が一番の近道とは……きっと、ぼーやには思いもしないだろうな。
 だがまぁ……それを教えてやるほど、私も、世界も優しくはないが。
 何時それに気付くのか。
 それとも気付かぬまま、麻帆良での任期を終えるのか。
 そこはぼーや次第か。

「それに、英雄の息子なら確かな“力”が必要なのも事実です」

 手を抜いた私を下せる程度の、と。
 それはどうだ?
 10歳の子供にそこまで求めるのは……まぁ、世界は求めるんだろうが。
 そう考えると、ぼーやも可哀想だな。

「今のままじゃ、他人も自分も守れません」

 そうだな、と。
 それどころか、自分から危険に飛び込んでるしな。
 戦う力と、把握する力。
 そのどちらも欠けている。

「貴女は、ナギの事は聞かないのですか?」

「ん?」

 ナギの事か……。

「生きているんだろう?」

「……どうでしょうか?」

 ふん。
 お前の態度を見れば判るよ。
 それに、仮契約カードを見せない所も……きっと。
 以前ぼーやが言ったのは本当だったのか。
 ナギが生きている――か。

「それが判れば、十分だ」

「おや?」

 ふん……なんだ、そんなに驚いて。
 そんなに変な事を言ったか?

「以前の貴方なら、一も二も無く飛びつくと思ったんですが」

「――どうだろうな」

 そうなのかもな。
 それとも、そうじゃないのか。
 今となっては、もう判らない。
 確かに私は、ナギが好きだ。
 うん。
 ……好きなのだ。

「生きているのが判れば良いさ。探しに行けば良いだけだしな」

 登校地獄の呪いの目処も立っている。
 来年にでも良いし、高校くらいまではここに居ても良い。
 それか……。
 ま、先の事はまだ判らないか。

「ふむ――貴女にしては、やけに殊勝ですね」

「お前にだけは言われたくないがな……」

 本気で顔の形を変えてやろうか。
 まったく。
 試合の方は、ぼーやが劣勢。
 このまま負けるかな?
 それはそれで楽ではあるが……。

「む」

「賭けは私の勝ちのようだな」

 流石に、もうそろそろ疲労もピークだろう。
 それなりに体力強化の修行もしたが、実践と訓練じゃまた度合いが違う。
 特にぼーやは、こんなに大勢の前で戦うのは初めてだろうし。
 開き直れるような性格でもないしな。
 魔力はまだあるだろうが、体力が先に底をついたか。
 ま、これで自分がどれほどのものか良く理解できただろう。

「ふん。さっさと写真を寄越せ」

「――――――」

 そう言うと、無反応。
 このまま賭けを反故にするつもりか、と思いアルの方を向くと、

「お前、何やってるっ」

「何の事ですか?」

 なにしれっと――。

「いま――」

「試合がありますからね、少し瞑想していただけですが?」

「――んな」

 わけあるかっ。

「今お前――ッ」

「なんですか? 私が何かをしていましたか? 目を瞑っていただけですが?」

 ――い、言えるかっ。
 と言うかお前、私の前でよくも堂々とっ。
 慌ててぼーやの方を向く。
 すると、視線がこちらを向いていた。
 いや、正確には私ではなく私の方……。 
 隣を見る。
 ……口笛なんか吹いてた。

「反則だろ、それはっ」

「何の事ですか?」

 とぼけるなっ。
 今お前、念話――あの時か!?
 控室でぼーやの頭撫でた時っ!
 こ、こいつ……。

「そこまでして勝ちたいかっ」

「何の事か、さっぱりですねぇ」

「嘘吐けっ」

 な、な、な……。

「田中ぁっ、勝てっ!!」

「おお、エヴァンジェリンさんも、やっとタナカの良さに――」

 そんなんじゃないわっ。
 くっ――まだだ。
 ぼーやの体力は底をついている。
 なら後は……。

「さぁ、ここです」

「――――」

 アルのその言葉は無視。
 田中のロケットパンチを、今までのように大きくではなく、最低限の動きで避ける。
 その際に、間合いを間違えて左の二の腕を軽く裂き――そのまま駆ける。
 そこは、今まで通り。
 ここからだ。
 ここから先の武器を、ぼーやは持っていない。
 それをどうアドバイスしたのか――。
 “戦いの歌”で強化した脚力で一気に間合いを詰め、その懐へ――。
 潜り込む前に、田中の口が開く。
 レーザー。
 それを判っても、その足は止まらない。
 いや、更に加速し、一気に懐に潜り込む。
 さっきまでのぼーやには無い、思い切りの良さ。
 おそらく、自分で考えたのではなく――誰かのアドバイス。
 その誰かの足を踏みながら、右の親指の爪を噛む。
 田中、勝て。
 まだやれるだろうが。
 ――ただの一撃くらい耐えてみろ。
 しかし、

『おぉっと!? 田中選手……選手? まぁいいや。子供先生のボディへの一撃でダウンっ』

「立てーっ!!」

「田中さん、立って下さいっ」

「タナカーっ」

『この大声援に答える事が出来るか、田中選手っ』

 ……やけに人気あるなぁ、田中。
 なんでだ?
 私としては、確かに勝ってほしいんだが……どこが良いんだ?
 さっぱりだ。
 それよりも、だ。

「遅延呪文か」

「まぁ、動きながらは慣れてないようで、一矢だけですが」

「……やはりアドバイスしたんじゃないか」

「いえいえ。見てただけですよ?」

 嘘吐けっ。
 このっ、このっ。

「ははは、キティ? そんなに足を踏んでも、痛くありませんよ?」

「五月蝿いっ」

 反則じゃないかそんなの。
 賭けは無効だっ。

「しかし、賭けたネギ君が勝ったとはいえ……田中さんには、もっと頑張ってほしかったですね」

「……いや、賭けは無効だろ? 反則だろ? さっさと写真寄越せよ」

「何を言ってるんですか?」

 お前こそ何を言ってるんだ?
 殴るぞ、本気で。

「私は真名さんと勝負しましたからねぇ」

「だったら代わりに、私がその写真を貰うっ」

「駄目ですよ、賭けは賭けなんですから」

「五月蠅いっ! 良いから寄越せっ!」

 あんな写真、誰それに見せられるかっ。
 ……ああ、どうして私は、昨日あんな格好で予選に出たんだか。
 面倒臭がった罰か……はぁ。

「それでは」

「あ、ちょ――待てっ」

 そう一瞬油断した時、その隙にアルは気配を消した。
 ……器用だな、アイツ。
 と、妙に感心してしまったが、そうじゃない。

「おい、犬」

「……その呼び方、いい加減にやめへん?」

「今はそんな事はどうでも良い」

「良くないって!?」

 ふん。

「先生は何処に居るか判るか?」

「兄ちゃん?」

「ああ」

 あのアルの性格だ。
 絶対あの写真を――。

「麻帆良のどっかにおると思うけど……」

「役に立たないな」

「酷いっ」

 何がだ。
 まったく……しかし、どうしたものか。
 ああ、そうだ。
 携帯があったな、そう言えば。
 そう思い出して取り出そうとし……。
 そう言えば、控室に置いてきたんだった。







――――――

「まだ食べるのか?」

「甘いのは別腹ですえ~」

 なんか、前にも同じようなこと誰からか聞いたような気がする。
 まぁ、残さないなら別に良いか。
 それにしても、今日は告白しようってカップルはあんまり居ないなぁ。
 お陰で仕事は楽だけど。
 そうやってカップルを探す俺の隣には、チョコバナナを食べている月詠。
 ちなみに、アイスから始まって、コレで四種類目である。
 昼前なのに……まぁ、本人は昼はちゃんと食べるって言ってるから、良いけど。

「良く入るなぁ」

「ですねぇ。自分でも不思議ですわ~」

 いや、自分で不思議がるなよ、と笑ってしまう。
 しっかし、その小さな体のどこに、そんなに入るのか。
 確かに不思議だな。

「誰も告白してませんね~」

「まぁ、昼間だしな。それに、こんなに人通りが多いんじゃ、したくても出来ないんだろ」

 お陰で、こうやって食べ歩きが出来るんだが。
 ……夕方とか、忙しくなりそうだなぁ。
 昨日は歩き回ってたら瀬流彦先生とかと良くすれ違ったんだけど、今日は全然会わないし。
 多分、超の事で忙しいんだろうな。
 ……うーむ。
 俺に何かできる事があれば良いんだけど。

「どないします? どっか、別の所に行きますか~?」

「ん? そうだな。行きたい所とかあるか?」

「んー、ウチはお祭りは初心者ですので~」

 そうか、と。
 でもなぁ。俺もそう詳しい訳じゃないからなぁ。
 とりあえず、麻帆良祭のパンフレットを開き――。

「なら、図書館島にでも行ってみるか」

「図書館島ですか~?」

「島一つが図書館なんだ。行った事あるか? それに、景色も良いし」

 行った事無いなら、行ってみないか、と。

「ええですね~。話には聞いた事ありますけど、まだ行った事は無いですわ~」

「そうかそうか。湖に囲まれててな、良い所だぞ」

 まぁ、遠いのがアレだけど。
 学園からは結構近いからな。

「それはええですね~」

「んじゃ、図書館島で良いか?」

「はい~」

 そういったのは良いんだが……。

「コスプレ?」

「わ~」

 うーむ。
 こんなイベントは聞いてないんだがなぁ。
 企画打ち合わせの時の話を思い出すが、やっぱり聞いた覚えは無い。
 書類にも、こういうのは書いて無かったはずだし。
 ミスコンはあったが、それは三日目のラストの目玉だったからなぁ。
 それに、コスプレとミスコンは、また違うだろうし。

「綺麗なお姉さん達ばっかりですね~」

「んー、そうだなぁ」

 しかし、やっぱりこういうのに出るっていうのは、綺麗な子が多いなぁ。
 麻帆良祭だし、出てるのって全員学生なんだろうか?
 ……化粧とかすると、本当もう学生に見えないよな。
 月詠じゃないけど、お姉さんばっかりだ。

「見ていくか?」

「ええんですか~?」

「ああ」

 楽しそうだし、とは心中で。
 流石に、こうも楽しまれたらなぁ。
 祭りを楽しんでいる、と言えばいいのか。
 本当に、こんな調子だと何言われても断れないと言うか……。

「まさか、こっちに居るとは思いませんでしたよ」

「はい? ………えっと…自分ですか?」

 不意に、その人混みの中から白ローブの男性から声を掛けられた。
 誰だろう?
 会った事は――無いよな。

「どちら様ですか~?」

「これはまた、元気なお子さんですね」

 ――声を掛けられた時には、その男性と月詠を挟む形になっていた。
 何時の間に?
 さっきはあんなに楽しそうに、ステージの方を見てたのに。
 いくら世界樹の近くじゃないからって、ここはイベント会場なのだ。
 人は多いのに、この人混みの中、それでも月詠はこのローブの男性と対峙する。

「いえいえ、私はエヴァンジェリンの友人ですよ」

 マクダウェル?
 と言う事は、この人も魔法使いなんだろうか?
 ローブ着てるし。
 その名前を聞いて安心してしまうのは、少し不用心なのかな?

「エヴァさんですか~?」

「はい。渡し物を持ってきました」

 渡し物?
 そう言えば、今日はマクダウェルは武闘大会に出てるんだったな。
 ……だからって、友人の方を使うのはどうかと思うが。

「すみません」

「いえいえ。私から言い出した事ですから」

 ん?
 どういう事なんだろう?

「これです」

 そう言って、そのローブの袖から出されたのは……写真?
 なんだろう?

「どうぞ」

「あ、すいません」

 それを両手で受け取り、眺める。
 はて?

「マクダウェル?」

「はい。可愛いでしょう?」

「は、はぁ……」

 そこの写っていたのは、昨日のマクダウェルだった。
 巫女装束の。
 恐らく予選が終わった時のなんだろうけど。
 どうしてマクダウェルの写真?
 裏には……何も書いてないな。
 どういう事だ?
 なんかの謎掛けか?

「む……」

 しかも、目の前のローブの男性からは、なんというか。
 確認するよう、とでも言うのか。
 そんな感じで見られるし。

「え、えっと……?」

「これは失礼」

 謝られてしまった。
 いや、別にそう気にしては無いですけど。

「それで、この写真がどうかしたんでしょうか?」

「せんせー、見せてもらってええですか~?」

「ん? あー……」

「構いません。どうぞ、見て感想を下さい」

 あ、別に見せて良いのか。
 そう思い、その写真を月詠に渡す。

「おや、可愛いですね~」

「でしょう? 私のお気に入りの一枚です」

 ?

「その写真、貴方の持ち物なんですか?」

「はい」

 どういうこと?
 俺……この人から写真貰うような事したかな?
 と言うか、初めて会ったはずだよな……ローブで顔は見えないけど、この独特の雰囲気はな。

「先生も、可愛いと思いませんか?」

「はぁ……そうですね」

 可愛いと思います、と。
 とりあえず、良く判らないので相槌を打っておく。
 まぁ、可愛いと聞かれれば、可愛いと思うし。

「それは良かったです」

 と言うか、この人は誰なんだろうか?
 月詠は、あんまり喋らなくなったし……結構危ない人?
 マクダウェルの知り合いって言ってたけど、信用ならないのかな?
 結構良い人そうだけど……。
 っと。

「すいません、少し失礼します」

 そんな事を考えていたら、携帯が鳴る。
 誰だろう?
 ……高畑先生だったりして。
 あ。
 マクダウェルだ。

『先生か?』

「マクダウェルか?」

「おや、キティ。こっちに来なかったのですか」

 キティ?
 マクダウェルの事か……って、マクダウェルのミドルネームだったな。そういえば。
 結構仲良いのかな?

『やっぱりそっちに居たのかっ』

 うわっ!?
 いきなり大声を出すなよ、耳が痛い……。
 驚いて、携帯を耳から離してしまう。

「おやおや、そんなに大声だと、先生も耳が痛いようですよ?」

『あ、すまん』

「いや、良いんだが……こちらの方と、知り合いなのか?」

 そう聞くと、ローブの男性は、小さく頷く。
 まぁ、友人だって言ってたしなぁ。
 
『知り合い? 違うな。赤の他人だ』

「そ、そうなのか?」

「それはあんまりでしょう、キティ」

『そう呼ぶなっ』

 だからっ、大声出すなって。
 耳が痛いから。
 というか、良く携帯からの声が聞こえるな、この人。
 耳が良いのかな?

「ほらほら、先生が困ってますよ? 落ち着きなさい、キティ」

「仲良いんですね~」

 だなぁ。
 月詠の言葉に頷き、携帯越しに話す二人に苦笑する。
 ……というか、俺が携帯持ってる意味無いよね?

「あ、マクダウェルと話しますか?」

「いえいえ。2人の逢瀬を邪魔するつもりは無いですよ」

『黙れっ』

 逢瀬って……会う時に使う言葉じゃなかったかな?
 携帯越しに逢瀬って、言うのかな?
 どうだろう、考えた事も無かった。

「おや、怒られてしまいましたか……」

『いいから戻ってこいっ。殴ってやるから』

 いや、殴るなよ。
 そう内心で言ってしまうのは、きっとこんなマクダウェルに慣れてるからだろうなぁ、と。
 それはそれで、どうかと思うけど。

「はいはい。寂しがって、しょうがないですねぇ」

『誰がだっ』

 仲良いなぁ。
 ……言ったら怒られそうだから言わないけど。
 この人、本当にマクダウェルとの会話を楽しんでる。
 そんな感じがする。

「それでは先生、こんな形ではありますが――また」

 そう言って、こちらが何か言葉を返す前に……そのローブの男の人は消える。
 文字通り、ふっ、と消えたのだ。
 ……凄いな。
 魔法って、こんな事も出来るのか。
 瞬間移動、ってヤツなのかな?

『む……アル?』

「ん? さっきの人なら、多分そっちに行ったと思うぞ?」

『そ、そうか……それより先生、あの、な?』

「ん?」

 珍しいな、マクダウェルが言い淀むなんて、と。
 そう言うと怒られた。
 すまん。

『コホン、そうじゃなくてだな……その、あのバカ、何か渡さなかったか?』

「ああ、写真を渡されたけど」

 あと、人をバカって言うもんじゃないぞ、と。

『捨ててくれ』

 綺麗に無視された。
 しかし、またいきなりだなぁ。
 理由くらい話してくれても良いだろうに。
 まぁ、恥ずかしいとか……かな?
 昨日も、この服装の時は恥ずかしがってたし。

「勿体無い。折角良く似合ってるのに」

 それに、麻帆良祭の記念に飾る……と言うのは言い過ぎか。
 でも、捨てるのは勿体無いと思うぞ、と。
 そう言うが、反応が無い。

「マクダウェル?」

 そう言うと、切られた。
 なんなんだ?
 そう思い、切られた携帯を眺めながら、首を傾げてしまう。

「どないしましたか~?」

「いきなり切られた」

「ま~、お姉さんがいきなりなのはいつもの事ですよ~」

 それはそれで、ちょっとアレだけど……まぁ、そうだな、と。
 しかし、写真なぁ。
 どうしよう?
 今は月詠の手にある写真に視線を向ける。

「お姉さん、何か言ってましたか~?」

「んー……写真捨ててくれって」

「恥ずかしがってますね~」

 だなぁ。
 似合ってるのに、勿体無い。

『それではエントリーナンバー18番、ちうさんですっ』

 あ、次の人が出てきた。

「あ~、千雨さんですえ~」

「……へ? ウチのクラスの?」

「はい~」

 へぇ。
 アイツ、こんな趣味があったのか。
 クラスでは目立たないけど、うん。
 楽しそうだなぁ。
 良かった良かった。
 楽しめる趣味があるっていうのは良いもんだしな。




――――――チャチャゼロさんとさよちゃんとオコジョ――――――

「なー、姐さん? どうしたんスか?」

「なんでもない」

 いや、姐さん? 姐さんの試合終わってから、ずっと屋根の上で体育座りじゃないっすか。
 なにがあったんスか?
 誰だって判りますって。
 次は兄貴との試合だって言うのに、大丈夫なのかな?

「しっかし、さっきの試合は見事っすね。相手が一撃で前のめりに倒れるなんて、テレビの中だけだったっすよ」

「うー」

 ……聞いてないっすね。

「唸ッテルシ」

 っすねぇ。
 さよ嬢ちゃん抱きしめてるから、もう本当。
 吸血鬼に見えませんぜ?

「これも全部、ぼーやの所為だ」

 兄貴っすか?
 ……また何かして、姐さん怒らせたのかな?
 懲りないなぁ。
 まぁ、そこが兄貴らしいと言うか。

「エヴァさん、何かあったんですか?」

「いや……別に」

 だから、誰が見ても何かあったって判りますって。
 まぁ、深刻そうじゃないし、良いのかな?
 チャチャゼロさんも、何も言わないし。
 と言うか、楽しんでません?

「ケケケ」

「うるさい」

「エヴァさーん?」

「うー」




[25786] 普通の先生が頑張ります 59話(修正前
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/27 22:47
―――――――エヴァンジェリン

 さて、と。
 試合を次に控え、選手控室で息を一つ吐く。
 はぁ。
 魔法勝負なら、いい経験になるんだろうが――魔法無しでぼーやとか。
 面白味も無いよなぁ。
 ま、さっさと片付けて、その後どうするかは、その時考えよう。
 うん。
 そう自分に言い聞かせる。

「落ち着いたかい?」

「別にどうもしていない」

 ふん……まぁ、そりゃさっきの試合は無様だったと認めるさ。
 ああ、アレは酷かった。
 最初は目立たないようにあれこれ考えていたんだが……むぅ。
 ま、過ぎてしまった事はしょうがないさ、うん。
 問題は次だ、次。
 ぼーやとの試合。
 今度こそさっさと、目立たないように終わらせてしまおう。
 ぼーやとの試合さえ終われば、目ぼしい選手はもう決勝まで居ないからな。
 真名が本当に一千万を狙うと言うのなら手伝っても良いし、そうじゃないなら、そこでこの茶番からも切り上げよう。

「というか、お前も結構疲れてるんだろう? 少し休んでた方が良いんじゃないか?」

「はは、エヴァから心配してもらえるとはねぇ」

 む。
 そうおどけたように言い、肩を竦める真名を見上げるように、軽く睨む。
 折角私が心配したと言うのに、こいつは。
 まぁ、クーフェイが相手だったからな。
 それなりに心配はするさ。

「おお、怖い怖い」

「ふん。本気で怖がってないだろう、お前」

「いやいや、怖いよ? うん」

 ……ふん。
 だったら笑うな。
 まったく。
 真名といい、明日菜といい……どうしてこうも、私に馴れ馴れしいのか。
 さっきの試合、応援なんかしてやらなければ良かった。

「さっきの試合はヤバかったからねぇ」

「そうだったな」

 真名とクーフェイの試合は、真名の勝利だった。
 羅漢銭で近付けないように試合運びをしたが、結局接近されたしな。
 ……本当、魔法使いでもないのに、よくやるよ。
 特にクーフェイ。
 アイツ、もう一般人じゃないよなぁ。
 まぁ、真名もプロの意地があったのだろう。
 最後は危なかったが、何とか勝利を拾っていた。

「いやぁ、エヴァの応援が無かったら危なかったよ」

 あーっ、ったく。
 肩を叩くな、馴れ馴れしい。
 ……はぁ。

「負けられたら、最悪決勝まで進まないといけないからな」

「はいはい」

 っち。
 本当だぞ? 面倒だから応援しただけだからな?
 そう言うが、まったく相手にしてもらえない。
 はぁ。

「というか、出費が凄いんじゃないのか?」

「う」

 五百円玉ばっかり使ってたようだし、と。
 もっと十円とかで頑張れば良かったのに。
 そう言うと、十円じゃ威力不足らしい。
 ……値段?

「質量の問題だよ、質量の」

「ああ、そっちか」

「……一応、次は十円でいくつもりだけどね」

 そうか。
 次は……誰だったかな?
 まぁ、名前も知らないような奴なら問題無いだろう。
 その次は長瀬楓かアルだろうけど。
 ……どっちも厳しいだろうなぁ。
 しかし、犬っころの一回戦の相手がアルだとはなぁ。
 その時になるまで、まったく気にしてなかったが。
 少し、同情してしまう。
 と、そんな事を話していたら、歓声が控室まで届く。

「終わったようだな」

「いやいや、流石に開始5分ももたないなんて事は……ないんじゃないかな?」

 あの少年も、それなりにやるんだろう? と。
 いや、無理だろ。
 相手はアルだぞ?
 あの犬っころが“気”の力も無しに勝てるか、と問われたら答えは否だ。
 というか、本気でも無理だろ。
 遊ばれるのがオチだ。
 アイツ、無詠唱でも肉体強化でそこらの魔法使いよりよっぽど規格外だからな。
 おそらく、麻帆良の中じゃ私も危ない。うん。
 ……そう言えば、真名はアルがどういう存在か知らないんだったか。
 教え……ない方が良いんだろうな。
 今まで隠れてたみたいだし。

「ま、どっちにしろ終わったら誰か呼びに来るだろ」

 役員が。
 それまではのんびりしとくか。
 そう言おうとした所で、

「エヴァー?」

「おじゃましまーす」

「…………………」

「おや? どうしたんだい、明日菜、木乃香?」

 何しに来たんだ?
 何故か役員が呼びにくるのではなく、明日菜と木乃香が選手控室に来た。
 本当に、どうしたんだ?

「何かあったのか?」

「いんや? 応援に」

「帰れ」

「さらっと酷い事言うわね!?」

 大体、ここは選手控室だぞ?
 普通は選手以外は来ないものだ。
 まったく。

「見付かったら怒られるぞ?」

「う」

「大丈夫大丈夫」

「何故お前が答える、真名っ」

 はぁ。

「ねぇねぇ、エヴァと真名の2人だけ?」

「ああ。他の参加者は試合の観戦してるはずだよ」

「そうなんかー。ネギ君応援しよ思たんに……」

 む。

「あ、ちゃうよ? 明日菜がエヴァちゃんの応援で、ウチがネギ君の応援に決まっただけやから」

 じゃんけんで、と。
 ……うーむ。
 なんだろう? 少し虚しい気持ちになってくるなぁ。

「でも、役員の人ってあんまり居ないんだね」

「超の主催だからね。そこまで人員の確保が出来なかったんじゃないかな?」

 まぁ、だからこそ明日菜達がここまでこれたんだろうけどな。
 流石に、参加者でもないヤツが控室には、色々問題があるだろうし。
 不正とかの問題もあるだろうしな。
 優勝賞金の額が、額なだけに。

「試合はどうだった? あの犬っころは善戦したか?」

「まだ終わってないんだけど……」

 もう少し信じてあげなよ、と。
 ふん。
 あの犬っころがどうなろうが、別になぁ。
 まぁ、勝ち上がれるなら見直してやる所だが。
 アルも興味本位での出場だし、勝ちを狙うなら一気に攻めるしかないだろうが。

「なんか頑張ってるみたいよ? クウネルって人、手も足も出ないみたいだし」

「ほぅ」

 手数で攻めてるのだろうか?
 まぁ、私と話していたからな、正体は知らなくてもそれなりに注意しているのだろう。
 中々どうして、警戒心の強いヤツだ。
 真名も少し見直したのか、ほう、と小さく息を吐く。

「それより、こんな所に来てどうしたんだ?」

「? 別にどうもしないけど?」

「……何しに来たんだ?」

 まったく。本当に話に来ただけか?
 昨日のゴタゴタもあるんだ、木乃香は兎も角、明日菜はあんまりこういう所にはなぁ。
 何があるか判らないし。

「あ、あはは……いやぁ、一回戦あんなだったから何かあったのかなぁ、って」

「何も無いっ」

 お前もそういうのか。
 別に何も無かったと言うのに。
 そう言うと、何故か真名が肩を竦めていた。
 ……いや、本当に何も無いからな?

「そ、そんなに全力で否定しなくても……」
 
「そこは察してあげなよ、明日菜」

「何をだっ」

「さて?」

 ちっ。

「機嫌悪いわねー」

「照れてる――」

「違うっ」

 おー怖い怖い、と明日菜の後ろに隠れる真名。
 ……身長差で全然隠れてないからな?
 はぁ。

「何があったん、真名?」

「聞くなっ」

「えー。仲間外れは酷ない?」

「ははは。別に言っても良いだろうに」

「……何も言う事なんか無い」

 うん。
 無いな。
 そう頷き、目を閉じて顔を背ける。

「荒れてるわねぇ」

「というより照れ――」

「ち、が、う、と言ってるだろうがっ」

 まだ言うかっ。

「はいはい」

 そう気の無い返事をし、降参とばかりに両手を上げる真名。
 ふん。
 ……大体、お前がアルと訳の判らない賭けをするからじゃないか。
 そう考えると、こう。
 アルを一発殴りたくなってくるな。
 後で、どうにかして殴れないだろうか?
 いや、そもそも。
 今回のこのゴタゴタはぼーやの所為じゃないか。
 うん。
 次の試合は、ぼーや……覚悟しておけよ?

「ねー、ネギに勝てそう?」

「……私が負けると思うのか?」

「うんにゃ」

 なら聞くな。
 負ける気も無いし、見せ場を作る気も無い。
 さっさと無難に勝つさ。

「でも、一応担任やし」

「担任だからと、負けてやる義理は無いがな」

 大体、勝利というのは自分で手に入れるモノだ。
 義理などで得ても、それには何の価値も無い。
 メッキですらない、路傍のゴミに等しいものだろう。
 そんなので優勝など――ナギを追うと言うのなら、それほどの侮辱も無いだろう。

「ま、一勝出来たんだ。ぼーやも満足だろうよ」

「厳しい師匠ねぇ」

「ふん。あんなのは弟子とは言わん」

 自分の力量も把握できてないヤツはな。
 まったく。
 こんな茶番に付き合わされるこっちの身にもなってみろと。
 お陰で、半日は潰れたからなぁ。
 この後は部活の方の出し物もあると言うのに……。

「そう言えば、ネギって結構強いのね」

「ん?」

「田中さんに勝ったし」

 ふむ。
 というか、何であの試合の後から、皆あのロボットにさん付けなのだろうか?
 ……やはり、男の浪漫というのは判らないな。
 明日菜と木乃香にいたっては女だし。
 アンナののどこが良いんだか。

「ネギ君は頑張り屋さんやからなー」

「それでも、やって良い事と悪い事があるがな」

 とは、2人に聞こえないように言う。
 流石に今回のはなぁ。
 じじいか先生に灸を据えてもらう必要があるだろう。
 はぁ。こんな騒動に巻き込まれて……。
 ま、判らなくもない、のかもしれない。
 ナギを追う。
 その背を追う。
 それは、きっと――子供にしたら、当たり前の事なのだろう。
 魔法使いとしてじゃない。英雄の息子としてじゃない。
 一人の子供として。
 だが、そうするには……ぼーやは背負っている物が違い過ぎる。
 そして、それを自覚していない。
 自分が、どういう立場で、どこに居るのか。
 ……まったく。世話の焼ける。

「ま、あの調子ならまだ負け知らずだろうしな」

「ん?」

「頭でっかちのガキだと言う事だ」

「……それは言い過ぎじゃない?」

 先生に言うわよー、と。
 ……ふん。
 言いたければ言えばいいさ、ああ。
 私がそう言った事は事実だからな。

「負けた事が無いんだろうよ」

「? どういう事よ?」

「負けた事が無いから、自分の行動の意味を考えた事が無いんだよ、ネギ先生は」

 私に続けるようにしてそう言うのは、真名。
 なんだ、お前もそう思ってたのか。

「負けたらどうなるか、自分の行動がどう見られるか、自分がどんな立場か……それを考えきれてない、って事さ」

「それは木乃香も言える事だからな?」

「うち?」

「魔法使いがどんな立場か、その力にどんな意味があるのか。それは自分で学ぶしかない」

 それは、教えられる事ではない。
 いや、魔法学校で教えられはするのだろうが――それは、ほんの一部。
 魔法使いの一般常識など、“こちら側”では意味が無いのだから。
 ここは魔法使いの世界じゃない。
 魔法の無い世界で、魔法使いが生活するには“ルール”を守らなければならないのだ。
 今回のぼーやは、そのルールを破りかけた。
 あの田中にも、気付かれなかったとはいえ、魔法を使ったのだから。
 気付かれでもしたら……どうなるか判ったものじゃない。
 オコジョ刑でも生温いだろう。

「魔法がどれだけ危険か。そして、魔法使いがどうやって生きていくか」

 そういう意味では、真名も近いのだろう。
 傭兵。
 それでも、こうやって日常に生きている。
 日常に紛れるではなく、生きている。
 この違いの差。
 それが、魔法使いには足らない。
 この世界に紛れて生活するのか。
 この世界に生きていくのか。
 ――そのどちらが、魔法使いの正しい未来なのか。

「木乃香。お前は魔法使いだ。それはきっと、これから先、ずっと付きまとう」

 きっと、京都での事を後悔する時が来る。
 知らなかったら良かったと。

「だから、これからは自分の行動に気を付けろ」

 ま、いつも言っている事だから、今更と思うかもしれないが。
 良い機会なので、ここでももう一度言っておく。

「……はい」

「良い返事だ」

 でも、お前ならもしかしたら。
 もしかしたら、刹那の為に、何度も同じ選択をするのかもしれないな。
 刹那の為に魔法使いである事を選び続ける。
 ――羨ましい、と思う。
 私にはそういう存在が居ないから。
 だからこそ、こうやって教えているのかもしれない。
 ま、今はそれはいいか。

「魔法使いっていうのも、結構難しいのね」

「そりゃなぁ」

 楽して生きられたら、それが一番良いと思うがな、と。
 こんな小難しい事を考えず、毎日笑って生きられたら。
 それこそが、一番だろう。

「お前みたいに、能天気に生きられたらいいんだがなぁ」

「それって酷くない!?」

「褒めてるんだぞ?」

「絶対嘘でしょ!?」

 そうか?
 私としては、褒め言葉だと思うがな。
 お前は能天気だからこそ、神楽坂明日菜だと思うよ。

「なんだ?」

「いや、別に?」

 別に、というくらいなら笑うな、まったく。
 小さく肩を振わせる真名を睨むが、どこ吹く風とばかりにその震えは止まらない。
 ふん。

「仲ええなぁ」

「……今回ばかりは、素直に喜べないわ」

 それは良かった。







 しかし、だ。

「いやー、強いなおっちゃん」

「誰がおっちゃんですか。私はまだ若いです」

 ……なんで仲良くなってるんだ、お前達?
 接点無いだろ。 
 試合が終わり、会場からこちらへ向かってくるアルと小太郎は笑顔。
 しかも、やたら仲が良さそうだし。
 アレか? 拳を合わせた仲だから、とか言うのか?
 脳筋どもめ……。

「それではエヴァ、残りをお願いしますね?」

「ふん。ま、そこには礼を言っておくさ」

 アルと小太郎の勝負は、当然のごとくアルの勝利だった。
 というよりも、勝負にもならなかっただろう。
 なのにこうも仲良くなっているのは、アルの服についた一撃の跡だろう。
 うーむ。
 本調子じゃないとはいえ、身体能力だけで一撃入れるとはな。
 流石にそれは予想外だった。
 何も出来ずに終わると思っていたからなぁ。

「中々どうして、若い方も侮れませんねぇ」

「何を言ってるんだ、お前は……」

 まぁ、それだけその犬っころに懐かれたのが嬉しいのか。
 それとも、単純に強い奴と戦えて嬉しいのか。
 ま、私はどっちでも良いがな。

「エヴァー。頑張ってねー」

 元気だな、相変わらず。
 客席からでも、その声ははっきりとこちらに届いた。
 ……手を振ってるし。
 恥ずかしくないんだろうか?

「ふむ」

 ん?
 何故か、明日菜の声援にアルが反応する。

「どうした?」

「いえいえ。仲のよろしいお友達ですね、と」

「ふん……別に、そんなんじゃないさ」

 まったく。
 私はのんびりと、静かに暮したいのだ。
 あー言う元気が良過ぎるのは、どうかと思うがな。

「これからも、あの子を大事にした方が良いですよ?」

「なに?」

「お兄さんからの助言です」

「そんなに、あの犬におっさん呼ばわり――」

「お兄さんです」

 ……ま、どっちでも良いがな。
 私にとっては、どちらもそう変わらないし。

「それではエヴァ、御武運を」

「負けんよ」

 あんな“ぼーや”にはな。
 そう言い、リングに上がる。
 耳が割れそうなほどの歓声、とその向こうにはこちらを見るぼーやの姿。
 まったく。
 あんなに入れ込んで……まともに動けるのか?
 田中との疲れもあるだろうに。

「エヴァンジェリンさん」

「どうした、ぼーや? 怖くなったか?」

 ま、そうではないみたいだな。
 その眼には、確かに力がある。
 もしかしたら、アルから助言でもされてるのかもな。
 それでも構わないか、と苦笑する。
 私がやる事は変わらない。

「いえ……その……」

「なんだ? 言いたい事があるなら、ちゃんと言え」

 まったく。
 もじもじと、そうされるとまるで、こっちが虐めているように見えるじゃないか。
 ……こうも人目があると、流石に私もそんな気は起きないんだが?

「……怒ってますか?」

「どったの、ネギ君?」

「なんでもない。朝倉和美、さっさと始めろ」

 いきなり話に入ってくるな、とも思ったが、ここは大会会場の真ん中だったな。
 マイクを切ってあるだけ、まだマシか。

「ん? なんか話す事あるんじゃないの?」

「別にないさ。本人も、少しは自覚があるようだしな」

「ぅ……」

 ふん。
 ぼーやが何を思っているかは知らないし、その行動がぼーやにとってどれほどのものかも判らない。
 だが、一つ判っている事がある。
 ぼーや。
 お前は少し頭を冷やす時間が必要だ。

「お前がどれだけ注目されてるか知ってるし、それに応えようとしているのも知っている」

 それは、見ていたからな。
 だが、その心の内は――声にしないから判らない。
 まったく。
 お前はあの人から何を学んだんだ?

「だが、まだ駄目だな」

 お前を勝たせる訳にはいかない。
 アルの言葉じゃないが、お前が勝つのは、まだ早い。
 お前は勝つ前に、まだまだ学ぶ事が多過ぎるようだ。

『それでは第二回戦、第一試合――開始ですっ』

「来いよ、ぼーや」

 腕をだらりと下げ、待つ。
 来い。
 頭でっかちのぼーや。
 頭で考えて行動はしているが、自分が見えていないぼーや。
 天才で、英雄の息子で、誰からも将来を有望視されてるぼーや。
 大変だと思うよ。
 そして、可哀想だとも。
 だから、来い。
 私が、お前に“負け”を教えてやろう。

「行きますっ」

 それは、田中と戦ったの時のように“戦いの歌”を使ってからの直進。
 確かにこれは、一度見て判っていても早いな。
 だが――。

『おおーっと、子供先生倒れたー!? 何が起こった!?』

 殴りかかって来たその腕をとり、その勢いのままバランスを崩させ足を払う。
 ふむ、やはり単調だな。
 初見の機械相手なら良いだろうが、それじゃ少し格闘技を齧った者には通じない。
 おそらく、クーフェイや長瀬楓……この大会の予選を抜けた者には、厳しいレベルだ。
 まぁ、それでも――私に向かってくる気迫だけは、及第点か。

「くっ――」

「立て」

 倒れたぼーやに追撃はせず、また少し間合いを開けて、待つ。
 田中と戦った時に、アルから聞いたのはこれだけか?
 まだあるんじゃないのか?

「アルから何か聞いたんじゃないのか?」

「……アル?」

 ああ、そう言えば、偽名使ってたんだったか。
 面倒なヤツだな、あいつも。
 額に手を当て、溜息を一つ。
 何で私が、アイツの為に気を使わなければならないのか……。

「クウネルだ」

「あ……気付いてたんですか?」

 いや、気付かない方がおかしいから。
 魔法使いとしては。
 ま、いいか。
 ……というか、やっぱりお前反則してるじゃないか。
 後で文句……今更言ってもか。
 はぁ。

「そういえばぼーや、ウェールズの方で誰かと争った事はあるのか?」

「え?」

「勝負した事だよ」

 しかし、魔力を使えないっていうのは結構不便だな。 
 向こうは使ってるし。
 うーむ。これは中々、スリルがあるな。

「いえ、そういうのは僕は苦手で……」

「だろうな」

 やはり、私と真名の考えは正しかったか。
 負け知らず。
 それは聞こえは良いだろうが、あまり良い事ではない。
 負けから学ぶ事もある。
 そして、それはきっと――とても大切な事だ。
 あの京都で、それを感じたはずなんだがな。
 それとも、私の思い違いだったのか。
 あの戦いでぼーやが学んだ事は何なのか。
 今の生活で、ぼーやが学んだ事は何なのか。

「来い」

 私が勝つ。
 それは、ぼーやが負けると言う事。
 歓声が遠い。
 ぼーやを見ながら、小さく笑う。
 勝つことしか考えていない眼。
 その眼が、私を見ている。
 顔は何処となく、ナギに似ているな、と。
 うん。その力のある瞳は、ナギに似ているな。
 成長したら、もっと似るかもしれない。
 だが、アイツほど強いと言う訳ではない。
 ぼーや。
 お前の強さはなんだ?
 ナギのような、人を引っ張っていく“力”じゃない。
 ぼーやの強さは、なんだ?
 それが判ったはずだから、私はお前を鍛えたんだがなぁ。
 最短の距離を、最速の動きで詰めてくる。。
 だが、直線的な動きは、どれだけ速かろうが単調だ。
 その直進を読み、今度は――。

『こ、コレは痛いっ! 子供先生、今度は背中から叩きつけられたーっ』

 合気の要領で、その勢いのままリングに叩き付ける。
 それで、終わり。
 今のぼーやの、個人の力量なんてこんなものだ。
 私とは勝負にすらなりはしない。
 そこに魔法があろうが、無かろうが、だ。
 しかし――今度は躊躇無く魔法を使ってきたな。
 さっきの一撃、拳に無詠唱で発現した魔法の矢を纏わせてたのか。
 受けた右の掌が、焼けるように痛む。
 おそらく火傷したのだろう。
 ……ま、この程度ならすぐに治るか。
 そう思いリングを去ろうとして――。

『おーっと、立てるか、子供先生っ!』

 そう朝倉が言うように、フラフラではあるが、立ち上がろうとするぼーや。
 ふむ。
 背中から落としたから、体中が痛いはずだがな。
 ……気合で無視しているとでも言うのか。
 まるで先生の所の犬みたいだな。
 そう思い、小さく笑ってしまう。
 なるほど……こんな所くらいは、半人前程度はあるようだな。
 だが。

『エヴァンジェリン選手、子供先生の立ち上がりを狙った一撃っ』

 それだけだ。
 立ち上がるのが限界だったのだろう。
 右の掌打で顎を狩り、脳を揺らす。
 それで、終わり。
 気を失ったぼーやを見下ろしながら、小さく溜息。
 気合以外は、半人前の半分も無いな。
 はぁ。

『勝負ありっ! エヴァンジェリン選手。一回戦に続き、二回戦も危なげなく勝利しましたー』

 これで、この大会に出場する意味も、一応は無くなったか。
 この私に、その小さな体躯で向かってきた勇気は褒めるが、まだまだだな。
 それではアルも私もじじいも納得は出来ん。
 ――本当に、まだまだだな。
 殴り合いなんて、麻帆良に来るまでした事が無いと言っていた。
 英雄の息子と喧嘩なんて、してくれる奴も居なかったんだろう。
 だが、ぼーや。
 それが今のお前の限界だ。
 喧嘩をした事が無い。それは言い訳にもなりはしない。
 勝負する以上、負けたら終わりなのだから。
 ま、今度は負けない勝負をするんだな。
 ……もしくは、どうやって勝つか。どうしたら勝てるか。自分で勝負できるのは何か。
 医務室でゆっくり考えると良い。

「いやはや、相変わらず容赦が無いですね」

 リングから降りると、そう言いながらあるが寄って来た。

「手加減した方が良かったか?」

「貴女がそうしたいのでしたら」

 なら問題無いだろ。
 大体、手加減すると言うのは性に合わないしな。
 それに、ああいうのは、一度こうやって鼻を折ってやるのが良いんだよ。

「ナギを追うなら、こんなのじゃなくて、もっとしっかりとしたのを追えば良かったんだ」

「ほう? 貴女はそれは、なんだと思うんですか?」

「……こんな所で教師なんかしなくて、ナギと同じ事をして追えば良かったんだよ」

 アイツだって、魔法学園中退じゃないか。
 ナギを目指すと言うのなら、真面目に学生をするなんて事……まず、そこからが間違いなのだ。
 だと言うのに。まったく。

「まぁ、流石に父親が学校中退というのは知らされてないんじゃないですか?」

「……そうなのか?」

「恐らくですが」

 なるほど。
 ……だったら、ぼーやの中のナギ像は一体どうなっているんだろうか?
 やはり、清廉潔白な物語の英雄なのだろうか?
 ――ふむ、結構笑えるな。
 あのナギが?
 呪文詠唱すらカンペ用意してたようなヤツが?
 私との勝負に、事前に罠仕掛けてたようなヤツが?
 無いな。

「おーい、エヴァ」

 そんな事を考えながら、控室に向かって歩いていたら、私を呼ぶ声。
 考えを中止して、それに応えるように振り返る。

「どうした、真名?」

「ん? いや、怪我の調子はどうだい?」

「怪我?」

 別に、殴られてはいないがな。
 怪我らしい怪我も……。

「コレか?」

 そういえば、右手を火傷していたな。
 ぼーやにも困ったものだ、
 いくら吸血鬼とはいえ、生きてる奴に魔法とは。
 ――その思い切りの良さは、まぁ……長所なのかもしれないが。
 その、右の掌を真名に見せるように翳す。

「うわ……結構ひどいね」

 そうか?
 そう言われると、結構痛いな。
 人目があったからあまり気にしないようにしていたんだが……真名に見せた後、今度は自分で見る。
 ……うわ。

「これはまた……」

 ぼーや、一体どれだけの魔力を込めたんだ?
 流石にこれはやり過ぎだろう。
 手のひら全体の皮膚が焼けて、軽くだが出血までしてる。
 うーむ。
 これは治るのに、少し時間が掛りそうだなぁ。
 ……まぁ、一般人相手にこれをしなかっただけ、良しとしておくか。
 流石に、コレはなぁ。

「医務室に行く?」

「遠慮しておくよ」

 今から行くと、ぼーやも居るだろうしな。
 流石に、試合に勝った手前、いきなり会うのも気が引ける。
 というよりも、私が説教してしまいそうで会いたくない。
 それは私の仕事じゃないしな。

「控室で時間潰してれば……血は止まるだろうさ」

 傷は――まぁ、手の平だしな。
 そう目立つような事をしない限り、気付かれるような事は無いだろう。

「ん、判ったよ」

 さて、と。
 真名は気付いたが、明日菜達は流石に気付いていないだろうな。
 それなら良いか、と。
 そのまま真名も一緒に控室にでも、と言うと。

「あ、ちょっと医務室に寄ってくるよ」

「ん? そうか、判った」

 そう言って医務室の方へ歩いていく真名の背を、目で追う。
 まぁ、担任だしな。
 そう酷くはしてないとは判っているだろうが、心配――という事か?
 ふぅん。あれで中々、人望はあるのかもな。

「フられてしまいましたね」

「そんなんじゃないだろ」

 何を言い出すかと思えば。
 そう言うんじゃないだろ。
 心配だからとか、きっとそんな感じ。
 ぼーやも、中々人に好かられる性格だからなぁ。
 ……性格と容姿か。

「どうします? 傷、治しましょうか?」

「別に良いさ。この程度の事で、お前に借りを作るのもな」

「お気になさらず。私を楽しませてくれればそれで十分ですから」

 それが嫌なんだよ。
 何で私が、お前を楽しませなければならないんだ? まったく。

「そう言うのはじじいに――って、お前の事、じじいは知ってるのか?」

「さぁ? どうでしょうか」

 ふん。
 ま、自分の事はそう喋らないと言う事か。
 いいさ。
 お前が生きていた、とりあえずされが判れば十分だ。
 どれだけ探しても足取りが判らなかったというのに、いきなり人の前に出てきて。
 ……何も無いと良いんだが。
 控室につき、適当な所の椅子に腰を下ろす。
 そのまま、手の平の怪我を見つめる。

「どうしたんですか?」

「いや。コレを口実に棄権するかな、と」

 迷うなぁ。
 そう考えた時だった。

「エヴァー? 怪我したんだって?」

「エヴァちゃん、大丈夫?」

 救急箱片手に、明日菜達が来た。
 その後ろには苦笑いしている真名。
 ……お前、喋ったな?





―――――――

 図書館島から世界樹広場まで戻ってきた頃には、丁度昼近くの時間だった。
 なので、昼でも食べるか、という事になったので桜通りの方まで足を運んで来ていた。
 この辺りはイベントが無いので、少しゆっくりしても、誰の迷惑にもならないだろう。
 ベンチに並んで座りながら、用意していた弁当と屋台で買ったおかずを膝に広げる。
 これが春くらいなら、桜が満開で綺麗なんだがなぁ。

「ねぇ、お兄さん? 毎日は楽しいですか~?」

 その一言に、どんな意味があったんだろう?
 月詠が握ったおにぎりを食べながら、どうしたんだ、と視線を向ける。
 ちなみに、その月詠は俺が握った丸おにぎりを食べている。
 食べていたご飯を呑みこみ、

「どういう事だ?」
 
「いえ、楽しいのかな~、と」

 いや、だからよく判らないんだが?
 いきなりそう聞かれてもなぁ。
 屋台で買った焼き鳥を齧り、どう答えたもんか、と悩んでしまう。

「……んぐ。まぁ、楽しいけど?」

「そうですか~」

 そう言って、またおにぎりに取り掛かる月詠。
 そこで終わりか。
 ……一体なんなんだ?
 そう首を傾げるが、喋ってくれないので判りはしない。
 うーむ、こいつもマイペースだからなぁ。

「月詠は楽しいか?」

 なので、こちらから話を振ってみる。

「はい~」

 そりゃ良かった、と。
 そこで会話終了。
 ……どうしたものか。
 これは流石になぁ。
 おにぎりを食べながら、困ったなぁ、と。
 月詠がマイペースなのはいつもの事だけど、今は輪を掛けてマイペースだなぁ。

「今日は楽しいか?」

「そうですね~」

「昨日と今日、どっちが楽しい?」

「今日の方が楽しいですよ~」

 色々と見て回れますから~、と
 そうか。

「なら、明日はもっと楽しいと良いな」

「はい~、そうですねぇ」

 何をどう話せば良いのか判らないので、とりあえず思った事を口にする。
 しっかし、月詠はおにぎり上手いなぁ。

「そうですか~?」

「どうやったら、三角に握れるんだ?」

「……普通に握ってるだけなんですが~」

 だよなぁ。
 特別何かしてるわけじゃないみたいだもんな。
 となると、やっぱり俺の握り方が悪いわけだ。
 ……何が駄目なんだろうか?
 やはり、折角握るなら三角を握りたいし。

「お兄さんは、本当に不器用ですね~」

「そう言うなら、おにぎりは月詠に任せるか?」

「それは面白くありませんから~」

 ……そうかい。
 まったく。
 そう楽しそうに言われるとなぁ。

「ま、おにぎりくらいならいつでも握れるか」

「そうですよ~」

 握っていれば、いつか上手になりますよ~、と。
 だと良いがなぁ。
 月詠風に言うなら、俺は不器用だからなぁ。
 そうなると、何だかずっとこのままな気がしないでもない。
 ……嫌だなぁ。 

「どないしました~?」

「いや、このままずっと丸おにぎりだったらどうしようかと」

「別にええやないですか~」

 いや、良くないだろ。
 流石にそれはなぁ。

「お兄さんらしいと思いますえ~」

 そう言って、最後の丸おにぎりに手を伸ばす。
 結局、全部食べるのな。

「あれだけ食べて、よく入るなぁ」

「ふふふ。食べれる時に食べるのが、生き残る秘訣ですえ~」

「……そっか。なら、焼き鳥食うか?」

「流石に、そろそろ限界ですわ~」

 はは。
 月詠の胃も、流石に限界か。
 そう小さく笑い、買っていたお茶を月詠に差し出す。

「ありがとうございます~」

「それ食べたら、少しゆっくりするかー」

 朝から歩きっぱなしだしなぁ。
 これから超にも会いに行かないといけないし。
 会えると良いけど。

「ええんですか?」

「ん?」

「超さんに、早く会いたいんやないですか~?」

 あー……まぁ、そうだけど。
 どう言えば良いかな。

「まー、うん。そうだけどな」

 疲れてるんじゃないか? と。
 そう言うと、

「ウチの心配なんかええですよ~?」

 そう返された。
 むぅ。
 そうは言ってもなぁ。
 月詠が凄いと言うのは、何と無くではあるけど判ってる。
 それでも生徒であり、居候のようなものでもあるのだ。
 何より、年下だし。
 ……やはり、そう見られるのは嫌なんだろうか?
 そういうと、何と言うか――驚かれた。凄く。
 嫌がられるとか、怒られるじゃないから……まぁ、マシ……なんだろうか?

「お兄さんより、ウチの方が体力ありますよ~」

「そ、そうだな」

 それはそれで、こう。傷付く物があるな。
 何と言うか、プライドとか、そんなのが。
 ……あんまり無いけどさ。

「せやから、あんまりウチの心配はせんでええですからね?」

「ん?」

「…………はぁ」

 そこでそう深く溜息を吐かれてもなぁ。
 いや、俺が心配する必要なんて無いのかもしれないけどさ。
 やっぱりなぁ。
 そう言う性分なのだ。しょうがない。

「お兄さんを守るためにおりますのに、お兄さんに心配されたら本末転倒ですわ~」

「……そこまで言うか?」

「はい~」

 そ、そうか。
 そう即答されると、何も言えないな。

「お兄さんは弱いんですから~」

 そこまで言わなくても……その通りだけどさ。
 しかし、一回で良いから守るとか言ってみたいもんだな。
 何と言うか、男として。
 ……俺の周りって、皆俺より強いんだよなぁ。
 というより、何から守るんだよ、と。
 そう聞かれると何も言えないけど。
 男の願望なんて、そんな曖昧なもんだ。

「はぁ」

「どないかしましたか~?」

「いや、別に」

 そう何とか答え、傷付いた心をいやすために、買っていた缶コーヒーを開ける。
 あー、最近職員室での源先生のコーヒーに慣れたせいか、少し香りが物足りないなぁ。
 まさか、こんな所でも舌が……というか、今度は鼻が肥えたと言うべきか。
 ……だんだんと、金が掛る身体になってきてるような気がする。
 気のせいだろうけど。
 気のせいだと良いなぁ。

「疲れてますか~?」

「どうだろうなぁ」

 別に、体力的にはまだまだだけど。
 何と言うか、精神的に?
 これから超と会うのに、大丈夫なんだろうか?
 そのあと、また少しだけ話して――唐突に、2人して無言になってしまう。
 というよりも、話す事が無くなったと言うか、話題が無くなったと言うか。
 そんなで、2人してのんびりと、食後の時間を使う。

「なぁ、月詠?」

「なんですか~?」

 そしてしばらくして――不意に、聞きたくなった。

「麻帆良は好きか?」

「……どうでしょうか~」

 少しの間の後、そう言葉にする。
 帰ってきた答えは、好きでも嫌いでもなかった。

「毎日が楽しいですよ~」

「そうか」

 そう笑顔で言う。
 本当に、楽しそうに。

「――そろそろ行くかぁ」

「はい~」

 なんだろう?
 この微妙に気になるのは。
 それはまるで、朝“赤の他人”と言われた時のような感じ。
 俺の事を赤の他人というのに、朝食の準備をしてくれる。
 そして……好きかと聞いたのに、楽しいと答える。
 なんだろう?
 何と言うか――アンバランス。
 何が、と聞かれたら困るが。
 何かが吊り合っていない。
 そう感じるのは……俺の考え過ぎなのかな?





――――――チャチャゼロさんとさよちゃんとオコジョ――――――

 うーむ。
 結局優勝は、あのクウネルってオッサンかぁ。
 あの小太郎をなん無く退けただけはあったなぁ。
 しっかし、姐さんは何でまた棄権なんかしたんだろうか?
 折角だから、優勝して賞金貰えば良いのに。

「これからどうしましょうか?」

「だなぁ」

 本当なら、あの超って嬢ちゃんを探さないといけないんだが……どこにいるか判んねぇしなぁ。
 そうなると、この麻帆良中を探さないといけないわけだ。
 ……考えるだけで憂鬱だぜ。

「マァ、目立タネェヨウニ探スシカネェダロウナァ」

「っすね」

 はぁ。
 姐さんも、無理言うよなぁ。
 ま、魔法使いの方も動いてるらしいし、見付からなくてもそう怒られねぇだろ。
 そう考えるとまだ少し気が楽だな。

「それじゃ行きましょう、カモさん」

「んあ? そう急がなくても……」

「駄目ですよー。お祭りは後一日と半分しかないんですから」

 どうせ屋台を冷やかすしか出来ないってのに。
 まぁ、そう楽しそうだとこっちも楽しくなるけどな。

「んじゃ、行きましょうかチャチャゼロさん」

「オー」

 ……こっちは対照的に、やる気無いっすねぇ。




[25786] 普通の先生が頑張ります 60話(修正前
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/27 22:47
 大会も終わったようで、会場から出ようとする観客の人達とは逆に、会場に向かって歩く。
 しかし――どれだけの数の客数なんだろうか?
 まさに人波といった感じなんだが。

「大丈夫ですか~」

「月詠こそ大丈夫かー」

 俺より小さいんだから、と。
 ……まぁ、余計なお節介なのかもしれないけどさ。
 というよりも、すいすい進んでいってるみたいだし。
 時々見える小さな頭が、何とか月詠の今居る場所を教えてくれる。

「こっちは大丈夫ですよ~」

「お、すまん」

 ついで、人の流れが少し緩い方向を教えてくれる。
 そのまま、月詠の誘導に救われながら人波を何とか抜ける。
 ……抜けた時には、少し息が上がってしまってたけど。

「はー……疲れたぁ」

「まだ会ってもいませんのに~」

 だなぁ、と。
 まったくもってその通り。
 さて、と。

「急いで探すか」

「ですね~」

 まだ会場の方に残っている人が居るのだろう、少し向こうが騒がしい。
 また人波に揉まれたら、今度は攫われてしまいそうだし。
 とりあえず、人が少ない所に行くか。
 というより、役員室を探した方が良いのかな?

「どの辺りに居そう、っていうのは……」

「あー、すみません~」

「だよなぁ。ま、一通り見て回るか」

「はい~」

 しっかし、これだけ広いんだ。
 どれだけ時間が掛るかなぁ、と。
 ま、大体はこういう時は裏方だから、奥の方だよな、と。
 適当に目星を付けて、それっぽい方に足を向ける。

「勝手に入って良いのかな?」

「今更ですえ~」

 確かに、入ってしまってから聞く様な事じゃないよな。
 一応、土足は大丈夫という事だけは確認しておく。
 最低限の礼儀というか、最後の良心というか。
 ……まぁ、最悪。
 役員の方に見つかっても、教師だからという言い訳があるんだが。
 あんまりそう言うのは好きじゃないので、できればその前に超を見つけたい所だ。
 2人ならんで、誰も居ない渡り廊下……みたいな所を歩く。
 しかし、良い景色だなぁ。
 こんな風景を眺めながら時間を潰せたら、きっと良い休日になるんだろうなぁ、と。
 そんな事を考えていた時だった。

「おヤ、先生?」

「おー、丁度良かった」

 丁度、前を超が歩いてきた。
 良かった良かった。
 他の人に会う前に会えて

「丁度良かった?」

「ああ。昨日の続きを話したくて、探してた所だった」

「……あー」

 そう言うと、困ったように視線を逸らされてしまった。
 あ、何か都合悪かったかな?

「時間、忙しいか?」

「んー……そうではないがネ」

 何かあったのかな?
 少し歯切れが悪いと言うか、周りを気にしてるのかキョロキョロと見ているし。

「お兄さん、少し場所を変えた方がええですよ」

 そう、小声で月詠から言われた。
 あ、そうか。
 ここだと誰が通るか判らないもんな。
 いかんいかん。気を付けないとな。

「超、どこか話せる所はあるか?」

「あー。良いのかな、先生?」

「ん?」

 何が?
 そう聞くと、溜息を返された。
 ……なんか変な事言ったかな?
 俺は、超から話を聞きたいだけなんだけどなぁ。

「いや。私の事を聞いているんじゃないのかナ?」

「ああ」

 未来人だ、って事だよな。
 聞いてる、と。
 そう答えると、また溜息。
 ついで、右手で顔を隠すように押さえる。

「先生。私は今――麻帆良の魔法使いを敵に回そうとしてるんだがネ?」

「その事を聞こうかと思ってるんだけど……」

 やっぱり教師だし、そう言うのは言い辛いか? と。
 そう聞くと、また溜息。

「確かに、先生と話しの場を設けるのはやぶさかではないが、だ」

 その視線が、俺から逸れ、隣へ。
 月詠?

「月詠さんは危険すぎるネ」

「そうか?」

 何もしないぞ、と。
 そう言うと、小さく笑われた。
 手で口元を隠すようにして。

「そうかナ?」

「はい~。今は無害ですよ~」

「ほら」

 まぁ、その手には二本の竹刀袋が握られてるけど。
 それだって、自衛用だし。
 袋から出さなければ、そう危険でもないと思う。

「はぁ。ま、いいか」

 そして、また溜息。
 今度のは、小さな苦笑交じり。

「こっちネ。まだ、誰にも聞かれたくない事だしネ」

 そう言って、こちらに背を向ける。
 その背を追うように歩き出し、その隣に並ぶ。

「なぁ、超?」

「どうかしたかい、先生?」

 んー……。
 何と言えば良いだろうか?
 大体、こういった事は人生初めてだからなぁ。

「今日の大会、どうだった?」

「…………判ってて、聞いてるのカ?」

 無難な所を聞いてみたが、小さく睨まれてしまった。
 あれ? なんか変な事聞いた?
 いや、そんな事無いと思うけど……と自問自答。

「優勝は、良く判らない魔法使いだたヨ」

「魔法使い?」

 超が良く判らない、って。
 麻帆良の外から来た魔法使いかな?
 ……麻帆良の外に、魔法使いが居るかは知らないけど。
 これだけ大きなイベントを起こして、魔法使いを巻き込んだんだし。
 麻帆良の魔法使いは、ある程度知ってるような気がしてたんだけど。

「白いローブで顔を隠した、ネ」

「あー」

 もしかして、図書館島で会った人かな?
 思い浮かぶのは、マクダウェルの友人だと名乗ったあの男の人。
 マクダウェルやネギ先生も出場してたんだし、もしかしたら、あの人物凄く強いのだろうか?
 見た目、そんな感じしなかったんだけど。
 ……人は見掛けによらないもんだ、としみじみ思ってしまう。
 まぁ、それを言ったら超と月詠もだけど。

「知ってるのカ?」

「図書館島で話した……人だと思う」

「ふぅん。どんな事を話したのかナ?」

 ん?

「いや、マクダウェルの写真を渡された」

「エヴァンジェリンの?」

 ああ、と。
 まぁ、流石に見せるのはあまり良くないだろうから、見せないけど。
 そう言えば、あの写真どうするかな。
 後で絡繰に渡すか。
 マクダウェルに渡したら、あの照れ具合から、本気で捨ててしまいそうだし。
 ……少し時間が経ってから、渡してもらうように言っておこう。

「そう言えば、先生。エヴァンジェリン達とはどの程度交流があるのかナ?」

「交流って……別に、そうないと思うが」

 どうだろうか。
 弁当を一回と、朝食の世話をしてもらったのは……うーむ。
 アレはあまり思い出したくないなぁ。
 いや、嬉しい事だけどさ。
 だけど、やっぱり教師としては、素直に喜べないと言うか。
 教師だから、喜べない、というか。

「どうかしたかイ?」

「んー……まぁ、絡繰には、良く世話になってるなぁ、と」

「そういえば、そうだたネ」

 そういえば?
 あれ、話したっけ?
 ……してないよなぁ。

「絡繰から聞いたのか?」

「そんな所ネ」

 そう聞くと、肩を竦めて答える超。

「よくもまぁ、あそこまで育ててくれたネ」

「……ん?」

 育てて?
 そういう言い方は、普通しないよな。

「さ、ついたネ」

 そう言って一つの部屋の前で立ち止まる超。
 ……何の立札もないから、ただの空き部屋かな?

「ここから、私の秘密基地に行けるヨ」

 そう言って、ドアを開ける。
 秘密基地?
 その部屋の中は、何と言うか……物置部屋、と言うべきか。
 乱雑に置かれた物は、どれもそれなりに埃を被っている。

「埃っぽいですよ~」

「我慢するネ」

 月詠の講義を、一言で切り捨て、そのまま部屋に入る超。
 それを追って、俺と月詠も部屋へ入る。

「ほら。口元に当ててろ」

「ありがとうございます~」

 ハンカチを月詠に渡す。
 まぁ、無いより少しはマシだろう。
 しかし、月詠じゃないけど埃っぽい。
 
「……はぁ」

 また、超から小さな溜息。

「私が言うのもなんだガ――もう少し警戒してくれると、やり易いんだがネ?」

 これでも、私は悪人なんだが、と。
 そう言われてもなぁ。

「今日は話し合いに来たんだしなぁ」

 それで警戒すると言うのも……まぁ、正しいのかな?
 一応、超は魔法使いの敵らしいし。
 ……でも、俺は魔法使いじゃないのか。
 そんな事を考えていたら、乱雑に置かれていた物の一角を、超が崩す。
 ソコには。

「床下?」

「そ。ここから地下に続いてるネ」

 ……うーむ。
 さすが秘密基地と言うだけの事はあるなぁ。
 まさか地下とは。
 板張りの床に、さらに四角の切れ込みが入った場所があった。
 そこだけほこりが積もって無いので、恐らく最近よく使っているのだろう。
 子供の頃、そう言ったのに憧れた記憶はあるが――地下とは考えなかったなぁ。
 そして、一つボタンのついた機械を取り出し、そのボタンを押す。
 そうすると、切れ込みがせり上がり……地下に続く梯子が現れる。

「むぅ」

「怖気づいたカ?」
 
 ん? いや、そんな事は無いけど……無いけど。

「いや、生徒が地下に秘密基地とかってなぁ……」

 何と言うか。
 非常に複雑な気分だ。

「はぁ……先生の相手は疲れるネ」

「まったくですね~」

 ……非常に、複雑な気分だ。
 何故に超だけじゃなくて、月詠からも溜息を吐かれなければならないのか。
 そんなに変な事言ったか?
 普通驚くだろ、秘密基地。
 それともアレか?
 俺が超を警戒してないからか?

「お兄さん? 普通は、もっと驚く所ですえ~」

「……それも少し違うヨ」

 2人して、超から駄目出しされてしまった。
 うーむ。

「2人とも、もっと私を警戒した方が良い」

「ふむ」

 でも、本当に怪しい人っていうのは、そう言う事言わないんじゃないかな?
 まぁ、そこまで怪しい人には――会ったのは、あの雨の日の老人くらいか。
 あの人は、まぁ……うん。
 何と言うべきか。
 存在自体が怪しかったからなぁ。
 黒ずくめで、雨でびしょ濡れだったし。

「ま、いいカ」

 本当にやり難いネ、と。
 そう一言呟いて、梯子を下りていく超。
 続いて月詠、最後が俺。
 さて、この下に何があるんだろうか?







 なぜ魔法使いは、その存在を世界に対して隠しているのか。
 梯子を下りた先で、そう問われた。
 ……しっかし、下水道か。
 初めて入ったけど、結構匂わないのな。

「まぁ、危ないからじゃないか?」

 魔法。
 それはまだ見た事無いが……悪魔がどういうものかは、知っている。
 無意識に首元を撫でながら、そう言う。

「そうネ。強大な力を持つ個人が存在する。でも、それを秘密にしておく事は人間社会にとって危険ではないカ?」

 そう言われると、どう返しようもないな。
 確かに、魔法使いというのは、あの悪魔を倒せるほど強いのだろう。
 それは、俺のような個人が持てる力を超えている。

「それが知られる事になったら、どうなると思うかな、先生?」

 魔法使いの存在が知られたら?
 それは、今回の武闘大会の事か。
 魔法の事を仄めかして、魔法使いの人達に睨まれる事になったきっかけ。
 まぁ、以前から目を付けられていたのも原因の一つだろうけど。

「……まぁ、世の中が混乱するんじゃないか?」

 政治然り、情勢然り。
 世界に魔法使いが何人居るか判らないけど、こうやって麻帆良という街があるくらいだ。
 10人20人という訳じゃないだろう。
 そうなると、だ。
 やっぱり――人は警戒すると思う。
 いきなり隣人が魔法という“力”を持っていたと知ったら。
 “力”を持たない側は、どうしようもないのだし。

「この大会も、本当はもう1年……時間を掛けて、万全の状態で挑む予定だたネ」

「……1年?」

「そう。1年ヨ」

 コツコツと、音を響かせながら下水道を歩く。

「でも、やはり“予想通り”に進んでしまうネ」

「どういうことでしょうか~?」

 そう聞こうとした俺より先に、月詠が聞く。
 確かに、どう言う事だろう?
 1年時間を掛けて準備をする、を言ったのに、次は予定通りに進んだと。
 ……予定通りなのに、準備が間に合わなかった?
 それは、変じゃないだろうか?

「何度試しても……計算上は、世界樹の大発光は来年ネ」

「大発光?」

 って、なんだ?
 そう思い月詠に視線を向けるが、首を横に振られてしまった。
 そうだよな。いくら魔法使いでも、麻帆良に居る時間は俺の方が長いもんな。
 そりゃ知らないか。

「あの巨大な木――正式な名称は『蟠桃』というのだガ……ソレが22年周期で一度、魔力を外に放出するネ」

 その後も、細かな説明がされていくが……すまん、よく判らん。
 一応、世界樹の名前が『蟠桃』といって、超の予定していた大発光というのが来年の予定だった。
 というのは理解したけど、その仕組みまでは全く判らなかった。
 ……魔力とか何とか言われてもなぁ。
 折角説明してくれたのに、すまん。

「とにかく。その異常気象を計算に入れても――それでも、予定では大発光は来年のはずだたネ」

「なのに、どう言う理由か今年になってしまった、と」

「“予想通り”ではあるがネ」

 一応の戦力は揃えていて良かたヨ、と。
 だから、そこが良く判らない。
 予定は外れているのに、予想通りと。
 どう言う事だろう?

「なぁ、超?」

「何か判らない所があったかイ?」

「予定では、来年のはずなんだよな。その大発光って」

 なのに、何で予想通りって言うんだ、と。
 そう聞くと、口元を隠すようにして笑われる。

「それは私が未来から来てるからネ」

「なるほど」

 つまり、今年起こるっていう事は知っていたのか。
 でも機械かなんかで測定した数値は、来年。
 だから、予定と予想が違うのか。

「未来を知っていると言うのは、便利ですね~」

「そうでもないネ」

 そうか?
 こうやって、不測の事態も判っていれば便利だと思うがなぁ。

「不測の事態には、目を背けてしまう事もあるヨ」

「そうなのか?」

「……そんなものヨ」

 ? 何か変な事言ったか?
 急に機嫌が悪くなったんだけど……。

「お陰で、私の計画は問題だらけネ」

 それは、どこかで……そう、昨日聞いた言葉だ。
 俺の所為で、と。
 ……俺の所為で?

「なぁ、超?」

「着いたネ」

 その声を無視するように、超が立ち止まる。
 超を見ながら話していたから、前をあんまり見てなかったんだが……超の視線の先には、下水道には似合わない、機械のようなドアがあった。
 …………は?

「ここが秘密基地か?」

「そうネ」

 そう言って、そのドアに向かい……自動ドアか。
 凄いな……。
 もしかしたら、大会の優勝賞金とかも……自腹?
 ――コレは流石に驚いた。

「ここなら、まだ魔法使いの連中には気付かれてないネ」

 下水道一帯にはジャミングを掛けてあるし、と。
 そう言う単語の意味は良く判らないが、秘密基地の存在は魔法使いにはまだ気付かれてないらしい。
 しっかし……なぁ。

「凄いな」

 中は本当に、秘密基地だった。
 そう、基地なのだ。
 子供が遊びで作るようなのじゃない。
 本物の、映画で見るような。
 その中を三人で歩く。

「かなりの額を掛けたからネ」

 その辺りは、あまり聞かない方が良いだろう。
 その方が胃の為だ。

「それで、先生は何を聞きたいのかナ?」

「ん?」

「……私に話があったから、探していたのではないのかナ?」

 あ、ああ。
 そうだった。
 秘密基地を見せられて、そっちをすっかり忘れていた。

「なんであんな、魔法使いの人達に目を付けられるような事をしたんだ?」

 武闘大会とか、と。
 気付いたら、大きな広場のような場所に立っていた。
 周りは機械だらけ、明かりも最低限なので視界もあまり良いわけではない。
 遠くは闇に隠れて見えないので、それなりの広さはあるようだ。

「そうだネ……大したコトではないネ」

 そう一言置いて、立ち止まる。
 そして、振りかえり、

「先生。魔法使いが居るのに、知られていない世界は“変”だと思わないかイ?」

「ん?」

「世界には、人以上の力を持っているのに、その存在を知られていない魔法使いが居るネ」

 そうだな、と。
 ……そうなると。

「魔法使いの事を、世界に知らせる?」

「そうネ」

 それに、どんな意味があるんだろうか?
 しかも……未来から来てまで。
 この時代は、超の居た時間とは違う。
 その超の行動は――何というか。

「“歴史”を変える。私はその為にここに“居る”ネ」

 ――そう言われても、何というか。
 ピンとこないと言うか。
 そんな事を言われても……それは、大丈夫、何だろうか?
 過去を変える。
 そうしたら、

「私は先生にとっての未来。私にとっての過去を――“歴史”を変える為にここに来た」

 この時代の麻帆良に、と。
 
「過去を変えたら、未来はどうなるんだ?」

「さぁ?」

 そう、あっさりと。
 ――あっさりと、言った。

「だって、超。おまえ、未来の人間なんだろう?」

「そうヨ」

「自分が居た時代がどうなるか判らないのに、過去を変えるのか?」

「……そうネ」

 その眼を見て問い、見返されて答えられる。
 それは、

「なんで?」

「ン?」

「お前……それじゃ、これからどうするんだ?」

 帰れないんじゃないのか?
 自分の居場所に。
 居た世界に。
 家族の所に。

「覚悟の上ネ」

 ……お前、それ……何か間違ってるぞ。
 何が、とかはまだ言えないけど。
 そう言いきれる自信がある。
 間違ってる。
 それは、そんな風に笑いながら言う事じゃないぞ。

「間違っている、と言いたそうネ?」

「……ああ」

「しょうがないネ。それが私の役割ヨ」

 役割?
 そういえば……。

「昨日も、そんな事を言ってたな」

「……良く覚えてるネ」

 驚いた顔をされた。
 まぁ、昨日少し話したくらいだったしなぁ。

「一晩悩んだからなぁ。お陰で、少し寝不足だ」

 そう言うと、小さく苦笑。
 目を細め――まるで、その眼の奥で品定めされてるかのよう。
 あまり、その目で見られるのは気分が良い物じゃないと言うか……。

「吸血鬼を誑かしたわりには、繊細なんだネ」

「た、誑かしたって……」

 人聞き悪いなぁ、と。

「でも、その通りですえ~」

「いや、違うから」

 そんな事してないっての。
 月詠? お前は喋ったかと思ったら何を言ってるんだ?
 まったく。

「なるほどなるほど」

 クス、と。
 そう、楽しそうに笑う姿は、年相応なのに。
 なのに――この子はもう、もしかしたら家族にも会えないのだ。
 それがお門違いなんだと判っている。
 でも。
 ……それは酷く、悲しいものに見えてしまう。
 覚悟したと言った。
 きっと、相当の決意の上での事なのだろう。
 考えて、考えて……考え抜いての行動なのだろう。
 たかだか14歳で、それだけの思いの上に、過去に来た。
 ……でも、世界っていうのは、14歳の少女に背負えるほど、小さなものじゃないと思う。
 たとえ未来が、どうなる運命だからって――それを変えるのが、超である必要が無い。
 そう思う事は、間違っているのだろうか?

「後悔しないのか? 親にも、友達にももう会えないかもしれないんだろ?」

「後悔はしたネ。涙も沢山流したヨ」

 でも、誰かがやらないといけない、と。
 どういう事だろう?
 過去を変えないといけないほど、超の居た時代は……危ないのだろうか?
 でもさ、超?
 どうしてその誰かの枠に、お前が居なきゃならないんだ?
 どうして――。

「先生、月詠さん。手を組まないかイ?」

「……へ?」

「あら?」

 ま、またいきなりだな……。
 そう笑顔で右手を差し出してくる超を、マジマジと見てしまう。
 ――笑顔だなぁ。

「私のやり方が、もっとも混乱とリスクが少ないヨ」

「超のやり方?」

「そうネ。そして、未来を変える」

 でも、笑顔でも言ってる事は……なぁ。
 手を組む、か。

「超……俺ってなんかの役に立つのか?」

「うん?」

 だって、魔法使いでもなければ、特別な力を持ってる訳でもない。
 物語の勇者でも英雄でもないのだ。
 ――なのに、昨日話して、今日もこうやって誘ってくる。
 俺の所為で、計画が狂ったと言った。
 ……その答えは、何なのだろう?

「そうネ……エヴァンジェリンへの牽制にはなるヨ」

 月詠さんは、他の方達への、と。

「マクダウェル達?」

「現状での、麻帆良最強の魔法使い。彼女ばかりは、私でも骨が折れるネ」

 いや、この時代では彼女達、と言うべきか、と。
 まぁその辺りは良く判らないが……。

「先生。昨日私が話した事、覚えてるカ?」

「昨日?」

「クラスの皆の“未来”ネ」

 ああ。

「なら、私が先生を誘う理由は――ソレね」

 生徒の未来が、俺を誘う理由?
 ……いや、余計に判らないんだけど。

「超? もー少しだけで良いから、判り易く……」

「いいのかイ?」

 ん?

「本当に、知りたいのかイ?」

「そりゃなぁ」

 そう言い、頭を掻く。
 とりあえず、そこを聞かないとどうにも。

「本当なら、私の計画に――知る過去に、月詠さんは居ないはずだったね」

「私ですか~?」

 ……そう言えば、昨日の話。
 月詠の未来は言ってなかった……かな?
 うん。

「そして――先生、貴方もダ」

「俺も?」

「――先生。貴方ほど、この世界で特異な存在は居ないのだヨ」

 ……は?
 俺が?
 正直……。

「お兄さんがですか~?」

 何の力もありませんよ~、と。
 うん。そうだよなぁ。
 そりゃ、月詠達みたいに、凄い力とかあれば……まぁ、想像できないんだけどさ。
 その考えが顔に出たのか、笑われてしまった。

「先生。世界に魔法使いは何人居ると思うネ?」

「魔法使い……?」

「そう。月詠さんは判るかナ?」

 何人居るんだ?
 そう言えば、考えてみなかった事だな、と。
 そう思い月詠に視線を向けると、首を傾げていた。
 判らないのか。
 まぁ、日本の総人口を、といきなり聞かれても細かな人数は出ないだろうしな。

「西洋魔術師さんですか~……」

「ヒント、東京圏の人口の2倍」

 東京の?
 えーっと……東京圏って、どれくらいの人口だったっけ。

「6千万人くらい? ……そんなに居るのか?」

 多いなぁ。
 もしかしたら、本当に映画みたいに、魔法使いの国があるのかもしれない。
 そう思ってしまう。
 それが顔に出たのか、笑われてしまった。

「魔法使いの総人口は、約6千7百万人。その人口は華僑の人口よりも多いヨ」

 華僑って言うと……中国外に住む、中国国籍を持つ人だったかな?
 たしか、それ以外にもあった様な気がするけど、そう間違ってないはずだ。
 ……そう考えると、確かに相当な人数だ。

「彼らは我々の世界とは僅かに位相を異にする“異界”と呼ばれる場所に、いくつかの“国”を持っている」

 はぁ……それは凄い。
 という事は、魔法使いというのは、確かに“国家”をもってその国を維持していると言う事だろう。
 それは今のこの俺たちの世界と、なんら変わらないと言う事じゃないだろうか?
 もしくは、俺たちの世界よりも進んだ世界なのかもしれない。
 スケールが大き過ぎて、どうにも感動が追い付いてこないが。
 なんとなく、超が言いたい事は判る……ような気がする。

「その存在を、全世界に対して公表する。それに伴って起こりうる政治的な混乱も私が監視するヨ」

 ……だから、と。
 どうして。
 どうして超は、そんな事を、一人でしようと考えているんだろう?
 私達ではなく、私。
 そこが、どれだけ大きく違うか……それが、どれだけ違うか。
 一人で出来る事なんて――。

「その為の技術と財力は、この時代に来てから用意したよ」

 ――ああ、そうだ。

「なぁ、超?」

 一つ良いか、と。
 判り易い説明……と言って良いのかは判らないが、何となく判る話を中断させ、一つ、聞きたい事があった。

「超は、2年前くらいから、麻帆良に居るんだよな?」

「おや、そこも知っていたカ」

 ああ。
 だとすると、だ。
 その間に、その財力やら技術やらを用意したんだろうけど。

「お前、一人で全部用意した……訳じゃないんだよな?」

「そうネ。技術の方は、ハカセや――科学、工学部の連中にお願いしたネ」

 茶々丸も、その一つネ、と。
 絡繰? そう言えば、絡繰の技術もって学園長室で言われたな。
 なるほど、確かに今の時代の技術で人型、しかも感情を持つロボットなんて聞かないもんな。
 ……そう考えると、未来の技術って言うのが、どれほどのものか良く判る。
 きっと、今の時代では誰も手の届かない物なんだろう。
 絡繰然り、タイムマシン然り。

「なら、もう一つ聞いて良いか?」

「ん? なんだネ、先生?」

 だったら、と。

「葉加瀬達は、超の計画の事は知ってるのか?」

 過去を変え、世界を、未来を救う。
 その、大き過ぎる計画の事を。

「葉加瀬には話しているネ」

 その答えは……だとすると、科学部や工学部の連中は知らないと言う事か。
 葉加瀬には、と。
 超の信頼を得た人は、超が居た2年の中で――葉加瀬一人なのか。

「もう一つ」

「うン?」

「……本当に、やれると思うのか?」

「私は、うまくやる」

 過去を変える。世界を変える。
 きっと、今までもそう思った人は居たはずだ。
 武力で、財力で、科学で。
 でも、どこかしろで破綻していった。
 歴史がそれを証明している。
 世界を統べた人は居ないのだから。
 ……そのうえで、超はそう言ったのだろう。
 私は、と。
 でもそれは……その言い方は、まるで自分に言い聞かせてるように感じた。
 自分なら、と。

「この世界の不正と歪みと不均衡を正すには、私のようなやり方しかないヨ」

 信じてほしい、と。そう最後に言われた。
 正しいのかもしれない、と思った。
 俺が気付いてないだけで、知らないだけで、もしかしたら……超が言うほど、世界は歪んでるのかもしれない。
 そして……きっと無理だ、とも。
 そう、思った。
 確信にも似た思い。
 それは、無理な事だ。不可能な事だ。

「最後に良いか?」

「どうぞ」

 すぅ、と息を小さく吸う。
 そして吐いて、落ち着く。
 難しい事は理解出来てないけど、超がやろうとしている事は、何と無くだろうけど判ってる。
 そして、それが――個人の領分を越えている事を。

「何で学園長とか、誰かを頼らないんだ?」

「……………………」

 そう。
 どうして、頼らないんだろう?
 信じてもらえないから?
 だからと言って……そんな、世界を変えるなんて。
 超と葉加瀬の二人で出来る事じゃないと思う。
 どうして大人を頼らないんだろう?
 どうして魔法使いの人を頼らないんだろう?
 二年間、二人でそんな事を考えていたんだろうか?

「魔法使いの存在を世界に知らせる、って言うのは判るけどさ……それだと、魔法使いの人達は納得できるのか?」

 超の言い方だと、まるで魔法使いの事を見ていないような気がした。
 それだと、魔法を使えない人と、魔法使いの間に問題が起きるんじゃないだろうか?
 それこそ――個人ではどうしようもないような。

「先生の言いたい事は、判るネ」

「ん?」

「でもね――先生のやり方では間に合わない」

 俺のやり方?
 それに、間に合わないって……。

「先生、貴方は私の味方カ?」

「ん? いや……」

 どうだろうな、と。
 敵か味方か、と聞かれたら……敵ではない。
 けど、超が聞いてるのはそう言う事じゃない、と思う。

「……貴方が味方なら、心強いんだがネ」

 ……どうして、俺をそう思うんだろう?
 俺には何も無い。
 本当に。
 どこにでもいる、普通の人間だ。
 魔法を使えるわけでも、特別な何かを持ってるわけでもない。
 なのに、何故、と。
 そう言うと、笑われてしまった。

「貴方は、私の同志となってくれないカ?」

 そして、笑顔のまま――その右手が差し出される。
 同志。
 それは……一緒に、と言う事だろうか?

「貴方の存在を塗り潰すのは、惜しい」

 どう言う事だ?
 そう、口にする前に――すぐ傍で、光が溢れた。

「月詠っ!?」

「……機械は苦手ですわ~」

 な、何だ?
 いきなり、月詠が床から溢れた光の檻と言えるようなものに囚われていた。
 ……しかし、お前。
 そんな状態になっても、その口調なのか。
 そんなに危ない状態じゃない、のか?

「同志になってもらえないなら、イレギュラーにはしばらくの間だけ退場してもらうネ」

「……超?」


 




――――――エヴァンジェリン

 茶々丸の淹れた茶を飲み、小さく息を吐く。
 うん。

「にが……」

「そう言う事は口にするな……」

 まったく。
 だから最初に言っただろうが、お前には合わないと。
 だからこそ、意地になって飲んでるんだろうが。
 まぁ、私の言い方も悪かったよ。うん。

「あ、でも。後味は良いのねぇ」

「まったくだ。私もこういった茶は初めてだけど、美味いもんだ」

「ありがとうございます」

 そう言い、律義に頭を下げる茶々丸。
 しかし……。

「どうかしたの、茶々丸さん?」

「いえ……」

 そうは言うが、心ここに非ずといった感じでチラリ、と視線を逸らす。
 それはその時々で違い、まるで……。

「誰か探してるのかい?」

「そういう訳では……」

 そうは言うが、しばらくしたらまた、その視線はどこかへ向けられる。
 どうしたんだろうか?
 そうは思うが、別段聞きはしない。
 ……まぁ、コイツがこういう行動をするという事は、だ。

「でも、茶々丸さんのお茶って飲みやすいわねー」

「いえ、誰が淹れても同じかと……」

「そんな事無いって」

 そういって、用意されていた茶菓子に手を伸ばす。
 マイペースだなぁ、相変わらず。
 真名と2人で苦笑しながら、私ももう一口茶を啜る。
 うん、美味い。

「でも、茶々丸さんって着物も似合うのねぇ」

「そうでしょうか?」

 まぁ、そこは私も思うがな。
 身長もあるし、身体の関節部も隠れるからな。
 だからこそ、茶々丸は着物が良く似合うと思う。
 以前は髪もまとめていたが、今は葉加瀬に止められてるから首筋も隠れている。
 こう見ると、確かに人形には見えない。
 そうやって誰かを探している様子は、本当に……一人の人間のようだ。

「明日菜さんと真名さんも、よく似合われると思います」

「そ、そうかな?」

「明日菜は似合うだろうね」

「真名も十分似合うと思うぞ?」

 身長あるし、髪も長いし。
 明日菜も髪形を変えたら、十分似合うだろう。
 それに何といっても……なぁ。

「なんだい?」

「いや、別に?」

 そう小さく笑い、また茶を啜る。
 どうにも中学生に見えないからなぁ、お前は。
 真名と那波千鶴と雪広あやかは特にそうだろう。
 あれは……うん。
 どうかと思う。

「着てみますか?」

「へ?」

「着付けは出来ますが」

 ふむ。

「着てみたらどうだ、明日菜?」

「うえ!?」

 ……お前。
 驚いたら驚いたで、もー少しマシな声は出ないのか?
 流石にそれはどうだ?
 そりゃ、タカミチでも引くぞ……。

「えー……でも、似合わないわよ?」

「そのような事は無いかと」

 だな。
 明日菜は身長もあるし、顔もそう悪くはない。
 髪も長いから、纏めてみるのも面白そうだ。

「明日菜さんなら、よくお似合いになるかと」

「ちゃ、茶々丸さんみたいに、私お淑やかじゃないし……」

「安心しろ。性格はともかく、顔はそう悪くない」

「褒めてないでしょ!?」

 褒めてるだろうがっ。
 後最近、何でお前は頭を押さえるんだっ。
 ぐっ。

「仲良いねぇ」

「でしょ?」

「どこがだっ」

 頭押さえながら、何で誇らしげなんだよ、お前はっ。
 こ、このっ。

「マスター、明日菜さん?」

「ご、ごめんなさい……」

「す、すまん……」

 ……そして、最近は茶々丸も感情を良く出すようになったもんだ。
 うん。
 決して怖いわけじゃないからな?

「そして、茶々丸さんには頭が上がらない、と」

 お前も人の事言えんだろうがっ。
 ちっ、一人だけのんびりと茶を飲んで……。

「お二人とも、お茶を飲む時はお静かにお願いします」

「「はい……」」

 むぅ。
 私は悪くないと思うんだがなぁ。

「マスター?」

「いや、なんでもない……」

 まぁ、ここは大人しくしておこう。
 そうして、三人で茶々丸の淹れたお茶を飲んでいると、茶々丸の視線がまたどこかへ向く。

「どうしたんだい、茶々丸さん?」

「いえ」

 そうは言っても、そうあからさまだとなぁ。
 明日菜は判ってないようだが、真名は何か感じたのか、茶を飲んで口元を隠している。
 恐らく、内心では楽しそうに笑っているのだろう。
 私も人の事は言えないのだが。
 まったく。
 本当に――。

「でも、この時間って誰も居ないの?」

「はい?」

「だって、茶々丸さんだけじゃない。茶道部」

「……私も一応、茶道部なんだが?」

「着物着てないじゃない」

 ……それもそうだがな。
 ま、だからと言って、誰彼に茶を振舞うつもないが。

「今は、皆さん休憩に行かれてますので」

「そうなの?」

「はい。私には、休憩は必要ありませんので」

 ま、お前にはそれ以外の意味もあるんだろうがな。
 しかし……来ないな。
 そう思っていると、また茶々丸の視線がどこかへ向く。
 そんなに熱心に探さなくても、どうせそのうち来るだろうに。

「茶々丸さん、もう少し落ち着いた方が良いんじゃないかな?」

「……何の事でしょうか?」

 本当に判っていないのか、それとも判っているが気付いていないのか。
 ――まだ知らないのか。
 きっと、知らないのかもしれないな。
 そう思うとまた、茶々丸のその行動が、可愛らしく思えてくる。
 まったく。

「真名、何か知ってるの?」

「さぁ?」

 そう言い、また楽しそうに笑い、茶菓子を摘む真名。
 お前も大概、意地が悪いと言うか、何というか。
 楽しんでるなぁ。

「どうかしましたか、真名さん?」

「いやいや。茶々丸さんを見ていると楽しいなぁ、と」

「?」

 そう言われ、首を傾げる茶々丸。
 まぁ、そうだろうな。
 私も、こんな茶々丸が見れる日が来るとは思ってなかったしな。
 これはこれで、中々見ていて楽しいものだ。

「マスター?」

「ん?」

「……いえ」

 怒った、とは少し違うのだろう。
 だが、不機嫌――なのかもしれない。
 そしてまた、視線はどこかへ。
 ……お前のそういう所は、本当に、何というかなぁ。

「なんか、私だけ仲間はずれな気がするっ」

「気のせいだろ」

「気のせいだよ」

 しかし、遅いなぁ。
 待っているこっちも、そろそろどこか他の所を見て回りたいんだが……。
 ま、いいか。
 偶にはこんな、のんびりした茶会も。

「茶々丸さん、なにがあったのー?」

「いえ、特には何も」

 でも結局、それから暫く待ったが、先生は来なかった。
 



[25786] 普通の先生が頑張ります 61話(修正前
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/27 22:48
「大丈夫か、月詠?」

「はい~」

 そうは言うが、月詠は相変わらず、何か光の檻? に捕まったままだった。
 超が言うには人体には無害らしいし、月詠も特に何も感じていないらしい。
 ……力尽くで出るには、機械にあまり強くないので危ないから嫌らしい。
 まぁ、そうだよな。
 無理矢理出ようとして、壊したりして爆発でもしたら怖いしな。
 それに、特に何かをされる訳でもないみたいだし。
 月詠と二人、何も無い広い部屋に置いていかれたけど……一人じゃ、戻れないよなぁ。
 下水道の、来た道も覚えてないし。
 それにしても、もう結構な時間が立ったような気がする。

「ごめんなさい~」

「ん?」

「捕まってしまいました~」

 いや、こっちこそ危ない目に付き合わせてしまってごめん、と。
 そう言うと、笑われてしまった。

「いやですわ~。こういうのは慣れっこですから、お気になさらず~」

「そういう訳にもいかないだろ」

 俺が超に会いたいって、無理言ったんだし。
 きっと、こうならないように月詠が居たのに、俺の都合で危ない目に合わせてしまった。
 ……はぁ。
 鉄造りの床に腰を下ろし、溜息を一つ。
 どうしたものか。
 超は、どっか行ってしまったし。
 晩飯は期待していて、と言っていたから、どうも帰す気は無いらしい。
 本格的に困ったなぁ。

「携帯電話は通じますか~?」

「あ、そうだった」

 そう言えば、そういう便利なものが……って。

「圏外だ」

「あら~」

 まぁ、下水道に造ってある所だからなぁ。
 電波は届かないか。
 時計を見ると、もう夜に差し掛かる時間だ。
 はぁ……心配されてないと良いけど。
 無理だよなぁ。
 ……あ。

「しまった」

「? どうしました~?」

「ん? ああ、いや……なんでもないよ」

 しまったなぁ。
 絡繰との約束があったんだった。
 ……怒ってるかな? 怒ってるだろうなぁ。
 折角誘ってくれたのに。
 ……はぁ、まぁ、過ぎてしまった事は、どうしようもないか。
 今度会ったら、謝ろう。
 許してもらえなかったら……その時は、その時だ。
 今はまず、これからどうするか考えないと。

「それよりお兄さん? お1人で帰れそうですか~?」

「いや、どうだろう?」

 この部屋から出るだけなら問題無い。
 ドアには鍵も掛って無かったし、少し見て回ったけど超以外に誰か居るような感じもなかった。
 出る事は出来るが……だからといって、迷わずに戻れるか、と聞かれたら首を傾げるしかない。
 帰り道が判らないし。
 それに、月詠を置いていくというのも、どうかと思うし。

「そうですか~」

「まぁ、少しの間は、じっとしとくか」

「ええんですか~?」

「ん?」

「危ないですよ~」

 ……そう、かもしれないな。
 こうやって、いきなり月詠を拘束? したんだし。
 でも。

「俺一人じゃ、超に見つかったら逃げきれないしな」

 それに、本当に危害を加える気があるなら、こうやって放っておかないだろう。
 俺は拘束もなにもされてない。
 それは、俺が魔法使いではない――戦う力が無いからだろう。
 超は言っていた。
 イレギュラーには退場してもらうと。
 さっき話していた事を思い出す。
 超が語る未来の中に、俺と月詠は居なかった。
 そして、俺の事を“特異”だと。
 ……それは、俺が超の知っている未来にとって、何か意味があるという事だろう。
 そう言えば、俺のやり方では間に合わない、とも言っていた。

「なぁ、月詠?」

「なんですか~?」

「さっき超が言っていた、俺のやり方じゃ間に合わない、って……どういう意味か判るか?」

 どういう意味だろうか?
 俺のやり方……って言われても、そう何かした覚えは無い。
 こんな時に言われるんだから魔法関係の事だろうけど。
 ……俺は、魔法使いではないのだ。
 何が出来る、と言われても困るわけだ。

「そうですねぇ……」

 月詠は、そう言って光の中に捕まっているのに、器用に首を傾げて悩みだす。
 こんな所は、マイペースと言うか。
 ……慣れてる、というのはあまり考えたくは無いけど。

「多分、お姉さんなら面白い答えを言ってくれるかと~」

「お姉さん? ……ああ、マクダウェルか」

 そういえば、そう呼んでたな。
 でも、マクダウェルが?
 どうしてそこでその名前が、と思ってしまう。
 そう言えば、吸血鬼を、とも言っていたなぁ。
 誑かしたとか。
 それは流石に、あまり聞きたくない単語ではあったけど……マクダウェルに、何かしたかなぁ。
 した事と言えば、やはり思い浮かぶのは――二年の最後に、迎えに行った事。
 それくらいだろう。
 それが、超が言うほど特別な事だろうか?

「マクダウェルかぁ」

 まぁ、今度会った時に聞いてみるか。
 ……あまり、聞きやすい質問じゃないけど。
 というか、どう聞けばいいんだろうか?
 誑かしたとか言われたけど、マクダウェルに何かしたか? とか?
 …………無理だな。
 流石に、それを聞いたら殺すと言われるだけじゃなく、実力行使に出られる。

「どないかしましたか~?」

「い、いや……」

 ま、まぁ、それはまたその時考えるか。
 流石にこれは、無理だな。
 うん。

「だとすると、俺が何かしたかっていうのは……今は難しいなぁ」

「ですね~。うちじゃ、まだ良い答えが出せませんので~」

「そうかぁ」

 そうなると、だ。
 さっき話した内容を思い出す。
 魔法使いの事。
 超の目的。
 そして、超の事情。
 魔法を世界に知らせる。
 それは、別に反対ではないのだ。
 ただ――その方法が、と。
 どうして超は、一人でソレを成そうとしているんだろう?
 葉加瀬という協力者は居るんだろうけど、でも、超は“私は”うまくやると言った。
 ……どうして、と。
 学園長……いや、マクダウェルでもネギ先生でも良い。
 どうして他の魔法使いに相談しないのだろう?
 世界を変える。
 それは、一人で出来る領分を越えてしまっている。
 きっと何処かで破綻する。
 人か、魔法使いか、それとも両方か。
 そのどこかで。

「お兄さんは、超さんをどうしたいんですか~?」

「ん?」

 そんな事を考えてたら、月詠からそう聞かれた。
 どうしたい、か。
 ……難しいな。
 俺は、超のこの問題をどうしたいんだろう?

「どうしたい、って訳じゃないんだ」

「はい?」

「ただ、どうして一人でこんな事をするんだろうな、って」

 そう。
 どうして、と。
 超が今回の事の準備に使ったのは、二年くらいだろう。
 その二年で、協力者は葉加瀬だけ。
 ……どうしてその二年で、学園長に相談するなりしなかったのだろう?
 一人で抱え込んで。
 はぁ、と。

「お兄さんの考えは、甘いと思うんですよ~」

「ん?」

 甘い?
 そう言われ、光の檻に囚われた月詠を見る。

「多分、超さんはウチの考えに近いと思いますわ~」

「月詠の?」

「はい~」

 どういう事だろう?
 でも、そうなると。

「生きてきた環境の違いはどうであれ――きっと、超さんは誰も信用できないんでしょうね~」

「信用できない?」

 それは――今回のような事を相談する事の出来るような人が居ない、という事か?
 そう聞くと、頷かれる。

「人が人を信頼するのは、難しい事ですえ」

「そうだな」

 口で言うのは簡単だ。
 信用している、と。
 でも、それを信じてもらうのも、信じ続けるのも――本当に、難しい。
 それは、身をもってい知っている。
 俺だって、誰彼から信用してほしいとは思うけど、信じる事だって難しいのだ。
 今回みたいに超の事を、って思っていても……どこかで、不安になっている。
 超の事を疑ってる。
 何も出来る事は無いのだから、と思ってる。
 でも、それを出さずに、こうやってバカみたいに考えてる。
 どうにかしたい、と思う事すら――間違っているかもしれない、と思ってる。
 信じてもらう。
 信じ続ける。
 それはきっと、とてもとても難しい事だ。

「月詠は、そうなんだな……」

「はい~」

 そうか、と。
 こんな状況だけど、月詠の心境を聞けた事に、少しだけ胸を下ろす。
 そうか……月詠は、そうなのか。

「人の心は難しいものですえ」

「だなぁ」

 まるで他人事のように、二人でそういう。
 難しい、本当に。
 少しだけ、気を落ち着けるように、深呼吸を一回。
 でも。

「でも――人は一人じゃ生きていけないよ」

「そうですね~」

 一人で出来る事なんて、本当に少しだ。
 俺だって、俺一人で出来る事なんて殆ど無い。
 毎日を生きていく事だって難しい。
 月詠が居て、小太郎が居て、同僚の皆が居て、クラスの連中が居て。
 俺は皆が居るから、こうやって毎日を生きていける。
 形だけの信頼かもしれない。
 でも、その皆を疑って生きるのは……きっと、続かない。
 なら、超が成そうとしている事は?
 魔法使いの事を、世界に知らせる。
 それは、人が魔法の事を知るという事。
 そこに信頼はあるのだろうか?
 それに、魔法使いはその事をどう思うだろうか?
 一方的に自分達の存在を知らされる事を。
 ……答えは決まっている。
 反発するだろう。
 超が言うには、魔法使いは“国”を持っているらしい。
 なら、そこに皆帰るのか――それとも、国同士で……。

「人間と魔法使いも、信頼が無いと……長続きしないと思うんだ」

「ですね~」

 うん。
 その信頼をどうやって成すかはまだ分からないけど、それはきっと俺一人じゃ判らない事だろう。
 そして、超一人にも。
 判ったとしても、きっと何処かに穴がある。
 でも、俺たちは一人じゃないのだ。
 学園長が居て、マクダウェルが居て、ネギ先生や高畑先生、他の魔法使いの人達も居る。
 皆で考える事って出来ないのかな?
 マクダウェルが神楽坂や龍宮と仲良くなったみたいに、って思うのは甘いのか?
 甘いんだろう。
 世界はそんなに、甘くはないんだと――世の中の政治やらを少しでも知ってるなら、そう判っている。
 でも、表面だけでも、形だけでも、その信頼が必要なんだと思う。

「なぁ、月詠?」

「なんですか~?」

「……いや、どうにかしてここから戻らないとな」

「そうですね~」

 俺は、甘いと思う。
 こうやって、超を信用して、月詠を危険な目に遭わせてしまった。
 そして、こんな目に遭っても、まだ超をどうにかしないとって思ってる。
 間違っているんだろうか?
 でも、生徒を信じたいと思う。
 ……生徒を危険な目に合わせても、生徒を信じるのは、間違っているんだろうか?
 はぁ。

「せんせー」

「ん?」

「せんせーは、せんせーのままでええと思いますよ~」

「……そうか?」

 俺のまま、ってどんなのだろう?
 今までの俺って、どうやってたかな?
 ……もしかして、超の言っていた“俺のやり方”っていうのは、こういう事なのかな?
 そんな事を考えながら、もう一度溜息。
 動かないから、何も出来ないから、何か思考が嵌ってるような気がする。

「少し離れてて下さい~」

「ん?」

 どう言う事だ?
 そうは思うが、言われた通りに月詠から離れた位置に移動する。
 こういう所は、月詠の言う通りにした方が良いだろう。

「この機械を壊します~」

「…………は?」

 いや、ちょっと待った。
 爆発とかしたらどうするんだ?
 そう思う間にも――月詠はその手に持った刀を抜いて、足元に何度も突き立てる。
 そうしていると、次の瞬間には月詠を捕えていた光は消えてしまった。

「爆発しなくて良かったですわ~」

「……いや、危ないから今後は止めような?」

「覚えておきますわ~」

 その言い方だと、止めるとは言ってないよな?
 ……はぁ。

「怪我とかしたらどうするんだ?」

「しょうがありません、それがウチの仕事ですから~」

「あのなぁ」

 あんまりそう言うのは――と。
 そう言おうとしたら、こっちの眼を覗き込むように月詠が、その顔を近付けてくる。
 ……?

「それがウチの仕事です」

 だから、せんせーに色々言われるのは心外です、と。
 そう、ハッキリと言われてしまう。
 そして、その目の力の強さに押されて――首は縦に振らなかったが、

「あ、ああ……」

 そう、同意してしまった。
 そして。

「せんせーはいつもみたいにしてればええんですよ」

「……いつもみたいに?」

 って?

「はぁ……お姉さんがウチをせんせーに付けた意味が良く判りますわ」

 呆れたように、でもどこか楽しそうに、溜息を吐かれた。
 ……何で?

「どうしてせんせーは、超さんに関わるんですか?」

 それは……。

「関わってもええ事ありませんやろ? 魔法使いの皆さんからも睨まれますし、見返りもありません」

 ……………………。

「死ぬかもしれませんよ?」

 それは、今日、月詠から言われた事だった。
 関わってどうする?
 何も無い。
 むしろマイナスかもしれない。
 でも、と。
 月詠から覗きこまれるように見られているせいか――まるで心中を見透かされているよう。

「しょうがない、先生だからなぁ」

 あの子は俺の生徒だ。
 なら、どうにかして力になってやりたい。
 過去を変えて、未来を救う?
 だったら、何の役にも立たないだろうけど一緒に考えよう。
 俺一人じゃない。
 話をすれば、キチンと知らせれば、マクダウェルだってそう悪い顔はしないはずだ。
 学園長も、高畑先生も、他の魔法使いの人達だって。
 世界を一人で背負うなんて、無理だけど。
 皆で考えれば、一人で全部考えるよりきっと良い考えが浮かぶ。
 なにせ――魔法使いなんだから。
 ……他力本願だと笑われるだろうか?

「はぁ……呆れますね~」

 う。

「お兄さんは、甘いと思うんですよ~」

「そ、そうか……」

 甘いか……。
 でも、それ以外に考えが無いからしょうがない。
 一人で考えたって、そんな甘い考えしか浮かばないもんだよ。うん。
 だから、まず戻ったら……マクダウェルに頭を下げる事になるのか、それとも学園長か。
 はたまた絡繰に謝るのか。
 ……頭下げてばっかりだな、俺。
 はぁ。
 でも、誰かに助けを求めよう。
 もっと良い方法を、超を納得させれるような方法を探せるように。

「しょうがありませんね~」

「スマン」

 そう頭を下げると、小さく溜息を吐かれる。
 だがなぁ、と。
 そう言い訳をしようとしたら、ついで笑い声。
 それは今まで聞いた事の無い、明るい声ではなく、何と言えば良いのか。
 上手い言葉が浮かばない、そんな、笑い声。
 初めて聞いた、月詠の笑い声。

「しょうがないなぁ」

 また、そう言い……背を向けて歩き出す。
 向かうのは出口。

「そう言う約束で、ここに居ますからねぇ」

「なにが?」

 その背を追い、並んで歩く。
 その両手に持った刀を収め、竹刀袋から出したまま、胸に抱えるように歩く月詠の横顔を見る。

「お兄さんを――ま~、守るために麻帆良に置いてもらってますから~」

 …………そういえば、そういう話だった……ような気がする。
 すっかり忘れてた。
 何も無い部屋から出ると、無人の廊下が伸びている。
 さて、出口はどっちだろうか?

「でも、今までだってそうだっただろ?」

 休みの日とか、来客の時とか。
 何で今、そういう事を言うんだろう?
 別に、俺はそんなつもりで一緒に暮らしている訳でもないのに。
 少し悩んで、月詠が進みだしたので、そっちについていく事にする。

「せんせーは、せんせ―の好きなようにすればええんです」

「ん?」

「しょうがないんでしょう?」

 ……ぅ。
 もしかして、呆れてる?
 そう言いながら、どこか楽しそうに笑う月詠から小さく視線を逸らす。
 うーむ。
 もう少し考えて動いた方が良いのかなぁ。
 ……いや、考えて動かないと駄目か。
 はぁ。

「ええんですよ?」

「いや、そういう訳にもなぁ……」

 やっぱり、今回のは駄目だろ。
 月詠を危険に晒してしまった。
 それに、俺一人だったら、どうにもできない状況だったし。

「お姉さんが肩入れする理由が、何となく判りますわ~」

「マクダウェル?」

「はい~」

 ……うーむ。
 あまり思い出したくないが、誑かしたって……俺何したのかな?
 聞きたくないが、判らないので聞かないといけないというか。

「お兄さんは面白いですね~」

「……褒められてる気がしない」

 本当に。
 それに、一回り以上も歳の離れた子に、遊ばれてるような気がする。
 なんだかなぁ。

「褒めてませんから~」

「……はぁ」

 だろうなぁ。
 そう溜息を吐いた時、月詠の足が止まる。

「…………なに?」

 四本足の、蜘蛛のような――機械?
 なんだアレ?
 ソレが、曲がり角の向こうから、現れた。

「これはまた――斬り甲斐のありそうな~」

 えーっと……。
 もしかして……。

「それじゃお兄さん、どっかに隠れといて下さい~」

「……月詠?」

「大丈夫ですえ~」

 いやいやいや、全然大丈夫に思えないんだが!?
 なんだアレ!?
 映画の中でしか見ないような機械なんだが!?

「今この時は、ウチが護りますから~」






――――――エヴァンジェリン

 はぁ、と。
 今日何度目かの溜息を吐き、もう日の落ちかけた空を見上げる。
 祭りの明かりが強いせいか、星は良く見えない。
 だが曇りというわけではない。
 空気の匂いが、夜空の天気を教えてくれる。

「どこに居るんだ?」

 茶々丸との約束をすっぽかした。
 私の囲碁大会の会場にも現れなかった。
 そして……携帯も通じなかった。
 つまりは、だ。
 あの人はまた、厄介事に首を突っ込んだのだ。
 ……まったく。
 内心の焦りを隠すように、心中でそう呟く。
 真名や、他の魔法先生達も探しているが、見つからない。
 恐らく……超の所に居るんだろうが。
 明日菜は木乃香とチャチャゼロ達に送らせたから、多分大丈夫だろう。
 アイツも、アレだけ強くいっていれば……まぁ、大丈夫だと思いたい。
 しかし、

「なにをやってるんだか」

 そう、溜息を吐く。
 本当に――何をやってるんだか。
 相手は魔法使いの存在を知らせようとしているんだぞ?
 昨日の説教じゃ足らなかったか。
 だから月詠に一緒に居るように言ったんだが……はぁ。
 今晩は、もっと言ってやらないといけないようだな。
 ……あの人のお節介にも、困ったものだ。
 誰彼構わず手を差し伸べて――こっちの身にもなってみろというんだ。
 と。

「クーフェイか?」

「ム。エヴァンジェリンか……どうかしたアルか?」

 丁度視界の先、人通りの無い所に、その姿はあった。
 一人で肉まんなんか食べて、どうしたんだろうか?
 いつもは誰かと一緒に居るように覚えているんだが。

「元気が無いな?」

「エヴァンジェリンほどじゃないネ」

 そうか?
 ……そんなに落ち込んでなんか無いからな?
 少し探索に行き詰って、疲れただけだ。

「そうだ。クーフェイ、超鈴音を見かけなかったか?」

「超アルか?」

「ああ」

 魔法使いが探しても見つからないなら、それ以外の前には姿を現しているかもしれない。
 そう思って、駄目元で言ってみたのだが。

「……エヴァンジェリンは、超の事を知ってたアルか?」

「超の事?」

 それは、魔法の事を言ってるんだろうか?
 ――こいつ、馬鹿だが変な所は鋭いからな。
 そんな事を考えていたら、一枚の封筒が差し出される。

「……なに?」

 クーフェイから差し出された封筒には、

「退学届?」

「さっき渡されたアル」

 どう言う事だ?
 ……何故、学園を辞める……まぁ、ここまでしてしまったら、居られないか。
 いや、それよりも。

「何処で会った!?」

「? 向こうの、パレードやってる所アルよ」

 ちっ。
 人混みに紛れたのか……?
 急い駆けだす。
 これだけの人数だ、人混みに紛れられたら……。

「クーフェイ、退学の理由は聞いたか!?」

 慌てて足を止めて、そう声を上げて聞く。
 あー、まったく。
 元気しか取り柄の無いお前が、そんなに落ち込んでどうするんだ、と。
 こんな時でも、それを気にしてしまう自分の性格が恨めしくもある。

「……聞いてないアル」

「だったら、今度会った時に無理やりにでも聞けっ。お前はそっちが落ち込むより得意だろうがっ」

 まったく。
 らしくない。
 元気しか取り柄が無いくせに、落ち込んで肉まんなんか食べてるなんて。
 本当に、お前らしくないだろうが、バカイエロー。
 退学?
 理由は何であれ、そう簡単に逃がすものか。
 今回の騒動の理由も、何も聞いていないのだ。
 そんなので逃げられて、納得が出来るか。
 走りながら携帯を取り出し、真名の番号を呼び出す。
 一回の呼び出しで、すぐに繋がった。

『どうした?』

「パレードの周りだっ。人混みに紛れてるかもしれないっ」

『了解。こっちからも見て探すよ』

 恐らく、どこか高い位置からライフルスコープを使って探しているのだろう。
 こういう時は、魔法使いよりも真名の方が心強い。
 なにせ、アイツの“眼”は特別だからな。
 そんな事を考えながらも、視線は周囲を探す。
 超鈴音――あの人は、私達は、お前を逃がさないぞ。




――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「先生にも困ったもんねー」

 そう思うでしょ、チャチャゼロさん、と。
 ……姉御。
 もー少し、心配と化した方が良いんじゃねーの?
 だってその先生って、普通の人間なんだろ?

「ダナァ。ウチノ御主人モ大概ダケドナー」

 いや、チャチャゼロさんも……。
 なに? その人何か特別な武術とかやってんの?
 木乃香の嬢ちゃんの方に乗りながら、そう一人ごちる。
 ちなみに、木乃香の嬢ちゃんはどうにも、その先生さんを探しに行きたいらしいが、

「うー……ウチも何か役に立つかもしれへんのにぃ」

「危ないから駄目って、エヴァに言われたでしょ?」

「……はぁ」

 というわけだ。
 姐さんも、結構か保護だよなぁ。
 まぁ、木乃香の嬢ちゃんは戦えないから心配だけどよ。
 でも一緒に居たら、刹那の嬢ちゃんも動き難いだろうしな。

「嬢チャンガ役ニ立ツ時ハ、先生ガ手遅レナ時ダロウケドナ」

「チャチャゼロさんっ」

「スマンスマン」

 いや、全然悪びれてないでしょ?

「さよちゃんも、幽霊になって探してくれてるんだから、大丈夫だって」

「うー……」

 大丈夫かな、その先生さんとやらは。



[25786] 普通の先生が頑張ります 62話(修正前
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/27 22:48
――――――エヴァンジェリン

「……超鈴音」

「ん? おや、エヴァンジェリン」

 はぁ、と。
 やっと見つけたと思ったら、あまり慌ててはいないんだな。
 一応お前は、魔法使い側からは追われてる立場なんだが。
 噴水のある広場で、葉加瀬と2人で居る所を見つける。
 まったく――これだけ麻帆良を騒がせておいて、こういう所は何と言うか……。
 会うなら、もう少し人目を気にしたらどうだ?
 ……探している方は、楽で良いんだが。
 だが、どうにもな。
 ――この身の奥の熱を、鎮めるのに苦労する。

「どうかしたかナ?」

「どうしたもこうしたも……先生は何処だ?」

 あと、なんだ? 退学届って。
 お前、この騒動の後は行方をくらませる気か?
 これだけの騒動を起こしておいて……。
 それに――。

「あー、エヴァンジェリン? 一つずつ言ってもらって良いかナ?」

 ちっ。

「先生は?」

「こっちで預かってるヨ」

 ……はぁ。
 やっぱりか。
 あの人はまったく……これじゃ、月詠を付けた意味が無いじゃないか。
 月詠も月詠だ。
 まぁ、あの人に引っ張られたのかもしれないが……。
 もしかしたら、明日菜よりあの人の方が厄介かもしれないなぁ。
 その事に溜息を吐き、後で説教してやる、と内心で思う。
 昨日の夜に言ったばかりだというのに……これじゃ、本当に目を話せないんじゃないのか?
 はぁ。

「あ、怪我はさせてないから安心して良イ」

「当たり前だ……」

 額に手を当てて、溜息を一つ。
 その時は、ただで済ませる気は無い。
 月詠が居るし、荒事ならばそう心配はしていないが。
 そうなったら、超の方も無事では済まないだろうしな。
 この女が、そんなリスクを負うとも思えない。

「おやおや、ズイブンと御執心ネ」

「そんなのじゃない……」

 あの人は魔法も使えないくせに、何でもしようとするからな、と。
 そこだけは、どうにかしてほしいものだ。
 具体的には……出来れば、私か誰かに一言言ってほしい。
 あの悪魔に攫われたというのに、そういう所は全く無防備なのだから……困った人だ。

「エヴァンジェリンさん、こんばんは……」

「葉加瀬か。お前も超の仲間だったんだな」

「そうだヨ」

 そこは予想外だったが、なるほど。
 じじいがあの武闘大会を事前に知る事が出来なかったのは、葉加瀬が絡んでいたからか。
 まぁ、個人でこの騒動を起こしたとは思っていなかったが。
 まさか葉加瀬とはなぁ。
 葉加瀬は機械に強いし、な。

「しかし……退学届を出したんだって?」

「ああ。その事カ……そうヨ」

「どうして?」

 これだけの騒動を起こしたんだ、麻帆良には居られないだろう、とは思う。
 だが、それでもキチンとした理由を、一度聞いておきたかった。
 そうでなければ納得できない。
 これだけ魔法使い達を騒がせたんだ。
 それくらいの権利が、こっちにはあるだろう。
 それに、私の一日も潰されたわけだし。

「しょうがないヨ。それだけの事を、私は成そうとしてるからネ」

「ふぅん。お前の目的と言うのは、麻帆良に居ては出来ないのか?」

「……そう言えば、エヴァンジェリンには言ってなかたか」

 ふん。
 私には、か。
 と言う事は――先生には言ったのか。

「聞かせろ」

 噴水の淵に腰を下ろし、そう言う。

「理由も判らずにお前を殴るのも、気が引ける」

 知らない仲でもないしな、と。
 茶々丸の件もある。
 そう言う意味では、お前の事はそれなりに信用はしている。
 こんな事をしたんだ。
 ……どんな理由があるんだか。

「それは言えないネ」

「おい?」

 お前に拒否権は無いんだが?

「言え。超鈴音」

「どうしてそんな事を聞く?」

 なんだと?
 それは、どう言う意味だ?

「以前の貴女なら、そんな事は聞かなかったヨ」

「…………ふん」

 それもそうだな。
 ああ、聞かなかっただろうな。
 それに――今回の事も、そう気にしなかったかもしれない。

「エヴァンジェリンさん、超さんは……」

「お前は黙っていろ、葉加瀬聡美」

 私は超に聞いているんだ。
 それに、この女から直接聞かなければ――誰も納得できないだろう。

「ここには私だけだ。一応真名も見ているが、声は聞こえていない」

「……貴女は甘いネ、エヴァンジェリン」

「なんとでも言え。何も知らないままお前を殴っても、意味が無いからな」

「それは怖いネ」

 ふん。
 お前が何をするつもりかは知らんが、まずはそれを知らない事にはな。
 殴るのはその後だ。

「どうして、先生を巻き込んだ?」

 お前なら、それこそ相手にもせずに行動を起こせたはずだ。
 月詠も、荒事は得意だが、搦め手にはそう強くないしな。
 そういう意味では、あの2人ではお前には会う事も出来なかっただろうに。
 どうして会ったのか。
 それは、昨晩も思った事だ。
 何故あの人に会ったのか。
 そこに、どんな意味があるのか。

「こちらに引き込みたかったヨ」

「ふぅん」

「……結果は、エヴァンジェリンの思う通りだがネ」

 フられてしまったヨ、と。
 なんだその言い方は……相変わらずふざけた物言いというか。
 私だって、何でも知っている訳ではない。
 お前だって、私の全部を知ってる訳ではないだろうに。
 ……まぁ、いいが。
 その言い方だと、先生は超の目的には賛同しなかったのか。
 それがどんな事かは判らないが……あの人は、まったく。
 あれだけ魔法使いの事に首を突っ込むなと言ったのに……。
 はぁ。

「何の力も無いだろうに……」

 あの人を引き込んでどうするというんだか。
 ……というか、あの悪魔の時と言い。
 良く巻き込まれるな、先生。

「そうでもないネ。この世界で、あの人ほど特異な人は居ないヨ――エヴァンジェリン」

「なに……?」

 先生が?
 確かに魔法の事を知ってはいるが……特異と言うほどではないだろう。
 それならば、世界に一人だけの吸血鬼である私や、サウザンドマスターを超える魔力保持者である木乃香の方が、特異と言える。
 あの人の特異性。
 ……それは、超しか知らない事だろう。

「だから、一時の間……自由を奪わせてもらったネ」

「お前――先生の何をそんなに……」

 危険視しているんだ?
 言ってはなんだが、あの人は特別ではない。
 お人好しではあるが――それは、超にとっては恐れるような事ではないだろう。
 口は立つが、何かを成せるほどの力は無い。
 だったら、なにを。

「エヴァンジェリン。私が未来から来たという事は、聞いているダロ?」

「……ん?」

 そう超が言った時、小さな振動音が響いた。

「む……」

「誰からだ?」

「……ネギ坊主からネ」

 ぼーや?
 そう言えば、武闘大会の後から会っていないが……。
 まぁ、ぼーやの方は他の大人連中に任せるが。

「ふむ――良い機会ね。エヴァンジェリンの疑問にも、少しは答えられるかもしれないヨ」

 ん?

「ネギ坊主からの、デートのお誘いネ」

「……ほぅ」

 麻帆良祭の最終日前に、粋な事をするもんだ。
 子供だと思っていたが、中々どうして。

「私からの質問には答えずに、ぼーやの質問には答えるのか?」

「しょうがないヨ。担任だからネ」

「なるほどな」

 だから、お前の目的と言うのを先生も聞いているのか。
 そう言う意味では、私がこう聞くのも無粋なのかもな。
 確かに――“先生”としては、真っ当な事をしているのかもな。
 心配ばかりかけさせられてるが。
 ……それが良い事かどうかは、別として。

「葉加瀬は先に戻っていると良いネ」

「そ、そうですか?」

「荒事は苦手だろウ?」

 ……はぁ。
 それは結局のところ、私への宣戦布告となるんだろうか?







 ぼーやが指定した場所に行くと、ぼーやと……茶々丸が一緒に居た。
 ……どうしてお前も居るんだ?
 まぁ、別に良いんだが。

「ネギ坊主、お話とは何かナ?」

 進路相談カ、と。
 相変わらずのマイペース振りに小さく溜息を吐いてしまう。
 ぼーやが指定したのは、世界樹が良く見える休憩所だった。
 しかもここは、パレードからは離れた場所なので、人も居ない。

「どうしてエヴァンジェリンさんが?」

「気にするな、ぼーやと同じ理由だ」

 超から見せられたぼーやからのメールには、特に理由は書いてなかった、
 会って話がしたい、と。
 だが、タイミングがタイミングだ。
 恐らくクーフェイ辺りから超が退学すると……麻帆良を去ると、聞いたのだろう。

「それより、どうしてそっちに茶々丸が居るんだ?」

 それこそ、聞きたいんだが?
 正直、その組み合わせは中々見ないからな。

「超には聞きたい事がありますので」

「はぁ――ずいぶんとAIが育ったものネ」

 ん?

「あの人には本当に、頭が上がらないネ」

「どう言う意味だ?」

「こっちの事ヨ」

 頭が上がらない、と言うのは先生の事か?
 茶々丸のAIが育った、か。
 確かになぁ。
 ……超がそう言うのなら、きっと誰も気付かないうちに育てたんだろうな。
 葉加瀬も知らなかったしな。
 凄いのか、そうじゃないのか。
 本当に良く判らない人だ。
 ま、その人には後でキツイ灸を据えてやるとしてだ。

「ぼーや、聞きたい事があるんだろう?」

 さっさと聞いてくれ、と。
 私が聞いても、コイツは答えないからな。
 担任が聞いたら答える……そこに、どんな違いがあるかは知らないが。
 超本人が言っているんだ、さっさと教えてくれ。
 ……お前の目的を。
 そう私が言うと、ぽつぽつと、ぼーやがその口を開く。
 控えめに、静かに。

「超さん……困っている僕にタイムマシンを貸してくれて、とても感謝しています」

 でも、と。

「教えて下さい。何で突然退学届なんかを? 何で……悪い事をするんですか?」

 ……悪い事?
 武闘大会の事か?
 たしかに、魔法どうこうは言ったが……お前もソレに参加しただろうに。
 その事に、小さく首を傾げてしまう。

「悪い事、ネ。魔法先生達に、私の話を聞いたカ?」

 ああ、なるほど。
 武闘大会、麻帆良祭以前の事を言っているのか。
 何だかんだで、頭が固いからな、ウチの魔法先生達は。
 そういう意味では、あまり良い情報源とは言えないのかもしれない。
 まぁ、正しい情報でも受け取る方次第なんだが。

「でも、まだ先生達から話を聞いただけですっ。僕は、先生として――超さん自身から」

 話を聞くまでは、信じません、と。
 ふむ――言う事は立派だな。
 さて。

「もしそれが本当だとしたら、どうするネ?」

「理由を教えて下さいっ」

 そうだな。
 そこだ。
 私も聞きたいのは。
 ……お前の今回の行動の理由はなんだ?
 これではまるで、敵を作るだけにしか思えない。

「理由は言えない、と言たら?」

「教えて下さいっ。なにか――僕達に手伝える事があるかもしれないじゃないですかっ」

「―――――――」

 ……ふぅん。
 なかなか、面白い事を言うじゃないか、ぼーや。
 その一言で、超の顔色が変わる。
 まるで――驚いたかのように。

「まったく。調子が狂うネ……」

 そして、そう疲れたように呟く。

「まるで、誰かに言われたような言い方だな」

「……さて、何の事やら」

 なるほどな。
 ――お前、その目的とやらを、一人でやるつもりだったのか。
 はぁ……あのお人好しのお節介焼きめ。
 あとで説教追加だ。

「私がこれからやる事は、魔法使いにとっては“悪”だろウ」

 そして、その理由は教えない、と。
 まったく……厄介なヤツだな、お前も。
 その目的が何なのかは判らないが――どうやっても、それを一人でやる気らしい。
 難儀な性格だな、お前も。

「超」

「どうしたネ、茶々丸?」

「ネギ先生の言う通りです」

「……だろうネ」

 そう茶々丸に言われた時の顔は――とても、本当にとても……寂しそうだった。
 まるで、諦めにも似た表情。
 たかだか14年程度の年月で、そんな表情が出来るものなのか。
 この私が、そう思えるほどに。

「茶々丸、お前――超の目的を知っているのか?」

「はい」

 ……しかし、意外な落とし穴だ。
 と言うよりも、今回の騒動は茶々丸も知っていたはずだが、言い出さなかったからな。
 完全に失念していた……私の落ち度か。
 これは流石に――私もバツが悪い。
 隣の超も笑っているし。

「ですが、口外する事は禁止されています」

「そ、そうか……」

 それが唯一の救いか……はぁ。

「エヴァンジェリン。貴方も随分と丸くなたネ」

 うるさい。
 まったく……お前が喋ること喋れば問題無いんだよ。

「それで、どうするネ? 私は喋る気はないヨ?」

 それはまるで、現状を楽しんでいるような気がした。
 だが――今、茶々丸は言った。
 ぼーやの言うとおりだ、と。
 ぼーやは何と言った?
 手伝える事があるかもしれない、と。
 そう言った。
 なら……超の目的は、一人では難しい事?
 それも、茶々丸がそう言うのだ。信憑性は高いだろう。
 となると、だ。
 そこまで考えた時――。

「世界樹が!?」

「ほぅ」

 ……話には聞いていたが、これほどとは。
 淡い、と言うにはあまりにも強い輝きに目を細める。
 世界樹の大発光。
 22年に一度しかないその現象は――あまりにも、綺麗だった。
 今回は異常気象の関係で21年らしいが。

「これで、私を止める事は――かなり難しくなたネ」

「……何?」

「マスターッ」

 茶々丸の声と同時、いやそれより速く超から離れる。
 今――。

「超さん、あなたは魔法を使えないんじゃ――!?」

 何をした……?
 一瞬。
 いや、一瞬よりも早く――私の後ろに立った?
 気付いたら後ろを取られていた。
 そうとしか表現の出来ない動きだった。
 この私が、後ろを取られるまで反応が出来なかったのだから――。

「ネギ坊主。現実が一つの物語と仮定して――君は、自分を正義だと思うカ?」

「え?」

 なに?

「自分の事を、悪者ではないか、と思った事は?」

「超さん?」

 英雄の息子。
 そうして育てられてきたぼーやだからこそ、その意味は判らないのかもしれない。
 それとも、その考えに至れないほどに若いか。
 それは――誰だって、いつかは思う事だ。
 自分は正しいのか。
 間違っていないか。
 そう、不安になる。
 そして、私のように悪と呼ばれるようになるのか――ナギのように英雄となるのか。
 だがそれは、結局は他人が決める事だ。
 自身の正義。
 その確かなものが……ぼーやにはまだ無い。
 思う所はあるのだろう。
 京都から帰って来た時に、その片鱗は見せてもらった。
 だが、それはまだ心の内に在るだけで、形を成していない。

「世に正義も悪もなく、ただ百の正義があるのみ……ネギ坊主。貴方の正義はどんな形かナ?」

「…………」

 しん……と。
 遠くのパレードと、騒ぎの音が耳に届く静寂。
 その中で、ぼーやと超が対峙している。
 世界中の発光が――それを彩る。
 ひどく美しい空間なのに……。

「超、お前の正義はどんな形なんだ?」

「それは、明日……いや、数年後にお見せするネ」

 数年後?
 ……お前の目的は、本当になんなんだ?
 はぁ。

「あ」

 そんな時だった。
 その場違いな声が、この静寂を破ったのは。

「……おや?」

「……マクダウェルに、ネギ先生?」

 絡繰も、どうしたんだ、と。
 ――――――。
 うん。
 私は怒って良いと思う。
 近くの建物から、ひょっこりと出てきたのは、行方不明になっていた先生と月詠。
 しかも、

「先生こそ、こんな所で何をしてるんだ? ……って」

 なんで先生の上着を月詠が着ているんだ?
 それに、月詠の服はボロボロだし。
 近付くと、月詠は酷い有様だった。
 服はボロボロ、しかも汚れてるし……今までどこに居たんだ?
 というか、そんな危ない所に居たのか?
 超、お前は――。

「何かあったのか?」

「あー……」

 こっちを見て話せ。
 まったく。
 私は怒ってるんだからな?

「昨日言った事を覚えているか? ん?」

「……怒ってるか?」

「怒ってないとでも思ったか?」

 月詠、お前もお前だ。
 まったく。

「先生を見ていろと言っただろうが」

「はい~、見てましたよ~」

 ……そうか。
 私の言い方が悪かったのか。
 それは悪かったなっ。

「怪我はしてませんし~」

「……はぁ」

 その溜息は、後ろ。
 あ。

「本当に、調子が狂うネ」

「超」

「良く出れたネ」

 月詠さんを少し甘く見てヨ、と。
 そう言って、消える。

「―――――――」

「明日、答えは出るヨ」

 次に現れたのは、ぼーやのすぐ隣。
 ……どう言う動きだ?
 あれではまるで、瞬間移動だ。
 動きが目で追えないどころか、判らない。
 あの動きでは、また後ろを取られたとしても気付かないだろう。
 ぽん、と。
 ぼーやの肩を叩き、そう言う。

「どうするね、ネギ坊主?」

「――」

 動きについていけない。
 魔法どうこうじゃない。
 ――現状、私達では勝負にならない。

「と、止めます。超さんの先生として……僕達で」

「……なるほどネ」

 また、消える。
 それと同時に、一瞬の気配を追ってそこに無詠唱の氷の矢を一矢放つ。
 が、それも避けられる。
 ――まったく。
 デタラメだな。

「どういう仕掛けだ?」

 飄々と立つ超に、そう声を掛ける。
 通路の桟に立ち、世界樹を背にしながら……笑いながら、こちらを見てくる。
 本当に――楽しそうに笑いながら。

「火星人の企業秘密ネ」

「――ふん」

 面白い冗談だ、と。
 さて、どうしたものか。
 魔力が封じられた私と、満身創痍の月詠の2人では……勝負にならないか?
 いや、一太刀は入れれるだろうが――先生が居る。
 それは得策ではないだろう。
 先生を後ろに庇うように、月詠と並んで立つ。
 ……まったく。
 私の平穏は本当に遠いようだ。

「それでは――」

「超っ」

「―――――――先生の話は、もう聞かないネ」

 ……何?
 どう言う事だ?
 庇うようにしていた先生が声を掛けると、超がそれを否定する。
 そういえば、先生は超の目的を知っているんだったな……。
 また何か言ったな、この人。
 はぁ。
 呆れるというか、何と言うか。

「2年――いや、それ以上の時間を、費やしたヨ。手放したものも、捨てたものも――多すぎる」

「……超」

 まるで、胸の内を吐露するかのように、言う。
 私達と今まで話していた時の超ではない。
 それは――。

「私の仲間ではないのなら、口は出させないヨ」

「だがな、超? ……お前――」

「今更、言葉で止まれないネ」

 そう言って、今度こそ消えた。
 ――どう言う事だ?
 残された私達は、本当に訳が判らないんだが?
 2年? 仲間?
 はぁ、

「せんせい?」

「あー……」

「こっちを見て、話してもらおうか?」

「……判ってるよ」

 ……そ、そんなに怖いか、私は?
 まぁ、怒ってるんだから、別に良いんだが……。







 なるほどな、と。
 先生から話を聞いた後、そう一言。
 ベンチにぼーやと月詠と私の4人で座りながら、どうしたものかな、と。
 茶々丸は、座らずに私の隣に控えている。
 しかし……未来、か。
 過去を変えて、未来を救う。
 なんて――。

「聞いた限りでは、難しいだろうな」

「だよなぁ」

 世界樹の輝きで薄れてしまった星を見るように、夜空を見上げる。
 瞬く大発光の輝きと、パレードの光。
 そして騒音。
 その世界の中で、超の目的は――なんというか。
 難しいだろうな、と。
 そのやり方では、反発しか出ないだろう。
 ……恐らく、明日。
 世界樹の魔力が溢れる時。
 その時に何かしら動きがあるだろうが。
 それが超の本命か。
 それは先生に言わず、後でじじいに言おうと思う。
 ……この人、それを教えたら、絶対また動くだろうし。

「でも、このままじゃ未来も危ない……と思うんだ」

「そうみたいだな」

 どうしたものか。
 目的は判った。
 後はその手段だが……それを知っているのは、茶々丸か。

「茶々丸」

「申し訳ありません……」

「そうか」

 言えない、と。
 おそらく、超か葉加瀬にそうプログラムされているのだろう。
 まぁ、こちら側に居るだけでも助かるのだが。
 ……明日は、茶々丸を先生に付けるかな。
 超が絡んでいる以上、茶々丸もどうなるか判らない。
 それに、そっちの方がこの人も大人しくなりそうだし。

「それで、先生はどうするつもりなんだ?」

「俺?」

「超のやり方では、難しいというのは判るんだろう? なら、先生は良い案ないのか?」

「……あー」

 無いのか。
 まぁ、そうだよな。
 こういう事をいきなり言われても、答えなんて出ないか。
 超が言っていた2年以上をかけた計画……言葉では止まれない、か。
 確かにそうだな。
 それだけの時間を使って、考えに考えたんだろう。
 ……一人で。

「すまん。まだ何も思い浮かばないんだ……」

「いいさ。そんなのすぐに思い浮かぶようなら、聖人になれるだろうよ」

「は、はは……」

 なんだぼーや?
 そんなに私は変な事を言ったか?
 まったく。

「でも……何とかして、超を説得しないと」

「はぁ」

「ん?」

 まったく、この人は。

「危ない目に遭ったんだろう? それでも――」

「う……」

 ……それでも、貴方は超に手を差し伸べるのか。
 先生らしい、と言えるだろうが――。

「誰彼に手を伸ばしても、いつかきっと取り零す時が来る」

 人の手は、全部に伸ばせるわけではない。
 手は2本。
 指は10本。
 掴めなかった手は落ち。
 掬えなかった物は指から零れる。
 先生の在り方は、まるで全部に手を伸ばしてる。
 ……その手を掴めなかった時、どうするんだろうか?
 そう心配してしまいそうなほどに。

「でも、さ。だったらどうすれば良い?」

「……ふん」

 そんなの、決まっている。
 掴めなかった分は諦めるしかない。
 ――それが、正しい生き方だろうよ。

「立派だと思うんだ。一人で世界を救おうとしてる」

「そうですね……」

 そう同意するぼーや。
 そうだな。
 立派だよ。
 でも――。

「でも、世界を一人で背負う必要はないと思う――超が、どんな立場であっても」

「未来から、その為に来ているのに?」

「ああ」

 そうか、と。
 そうだな、と。

「14歳の女の子なのに、そんな難しい事……って、不謹慎だとは思うけど」

 そこで、一息。

「それでも、学園長やマクダウェル、ネギ先生に他の魔法使いの人達も居るんだ」

 超一人じゃないんだし、と。
 はぁ――この人は、相変わらずと言うか。
 魔法使いを、ちっとも恐れていない。
 ……今度一度、魔法を見せた方が良いのかもしれないな。
 またこんな事をされたら――。

「私は、吸血鬼なんだがな」

 そうは思いながらも、口ではそう訂正する。
 いや、大事なことだし。

「吸血鬼だって、人助けをしないって訳じゃないだろ?」

 ……ふん。
 そう、先を促す。

「超が一方的にじゃなくて、学園長達と話し合って、魔法使いの人達と一緒に魔法を知らせる事って……難しいかな?」

「難しいだろうな」

 魔法使いの、魔法秘匿は異常とも取れる。
 最悪、魔法に関わった記憶を消してしまうのだから……。

「だが――超の情報があれば、話は変わるかもな」

「へ?」

「世界の為に、魔法使いを動かす――それなら、難しくはあるが、無理ではないだろうな」

 何だかんだ言っても、世界の為に。
 それは魔法使いも同じだ。
 超が知る未来。
 それがどういうものか判れば……。

「ま、そこは私達の仕事だ」

 先生は、ここから先は駄目だ、と。
 超と話すのも禁止だからな、とも釘を刺しておく。

「……ぅ」

「そうですよ~」

「月詠もか……」

 当たり前だ。
 どれだけ――まぁ、いい。

「ぼーや、今聞いた事をじじいに伝えてこい」

「え?」

「……私は、説教してから行く」

「…………は、はぃ」

 さて、と。




―――――――

「えーっと……」

「さて、先生?」

「なんだ、マクダウェル?」

 横目でマクダウェルを見ながら、どう言ったものか、と。
 ちなみに、ネギ先生と月詠は学園長の所へ。
 月詠は今度はネギ先生の護衛らしい……俺の所為で疲れてる時に、スマン。
 今度、なんか埋め合わせするからな。

「私が昨日、どれだけ注意したか覚えてるか?」

「……ああ」

 それでも、今日みたいな事をしたんだな、と。
 はい、しました、と頭を下げる。

「今度は気を付ける」

「……本当だろうな?」

「ああ」

 今度は、危ない事になる前になんとかするよ、と。
 そう言うと、溜息を吐かれてしまった。

「……今度がある時は、せめて一言言ってくれ」

「あ、ああ」

 生徒に怒られる。
 と言うのは、結構恥ずかしいというか、精神的に来るというか。
 ああ、心配掛けてしまったんだな、と。
 そう判ってしまう。
 ……マクダウェルが、本気で怒ってるし。

「心配掛けて悪かったな……」

 本当に、と。
 麻帆良祭が終わったら、何か考えた方が良いかもなぁ。
 と言っても、教師が生徒に出来る事なんて……勉強教えるくらい?
 逆に嫌がられそうだな。
 うーむ。

「……心配していない。怒ってるんだっ」

「そ、そうか……」

 そうはっきり言われるのも、結構効くな。
 まぁ、そう耳まで赤くされると、どう怒っているのか気にもなるんだが。
 さっきまでこっちを見ていた視線を前に向け、誰も歩いていない道をじっと見ている。
 ぽん、と。
 いつもみたいに、その頭を優しく叩くように、小さくその髪を撫でる。

「次は気を付けるよ」

「……次が無いのが、一番良いんだがな」

「それもそうだな」

 こういうのは、少しばかり俺には荷が重い。
 魔法も使えないし、月詠みたいに剣が使えるわけでもない。
 足ばっかり引っ張ってる。

「絡繰も、今日は折角誘ってもらったのに……行けなくて悪かった」

 マクダウェルから手を話し、そう絡繰に言う。
 本当に、申し訳ない気持ちになる。
 折角誘ってくれたのに。

「いえ――御無事でしたら、それで」

「すまないな。また今度、誘ってくれ」

「はい。是非――」

 はぁ、と。
 世界樹を見る。
 これが超が言っていた、大発光か。
 凄いもんだ。

「超に、何か役に立てることがあると良いんだけどな……」

 超が言う特異、とはどういう事なんだろう?
 俺には何の力もない。
 きっと、超を止める事は、俺には出来ない。
 言葉では止まらない、と言った。
 そしてマクダウェルも――ここから先は、私達の仕事だと。
 そこに俺の出来る事なんか、何も無い。
 それこそ、足を引っ張らないように、静かにしてるくらいだ。

「あるさ」

「ん?」

「……何も出来ないなんて、そんな事は、きっと無い」

「…………そうか」

「ふん」

 励まして、くれたんだろうか?
 はは。
 あのマクダウェルがだ。

「ん、頑張るよ」

 何が出来るか、まだ全然判らないけど。
 うん。
 頑張ろう。
 何とか、誰にも迷惑を掛けないように。
 超が無茶をしようとしてるなら、何とか力になろう。

「…………頑張られると、困るんだが」

「ん?」

「……何でもない」

 はぁ、と。
 その溜息は、今日一番深い気がする。



――――――今日のオコジョ――――――

「ぐぅ」

 姉御っ!?
 重いっ、重いって!?
 偶にこうやって寝てくれるのは嬉しいけど、オレっちが潰れるっ!?

「うーん」

「ぐぇ」

 ね、寝返りで首がっ!?
 し――死ぬ!?
 オレっち、こんな所でっ!?



[25786] 普通の先生が頑張ります 56話(修正版
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/28 23:46
『ようこそ、麻帆良生徒及び部外者の皆さまっ!』

 うーん。
 予選会場の客席の片隅で、頭を抱えてしまう。
 痛い。頭が痛い。
 目頭を指で軽く揉みながら、どうしたものか、と。

『優勝賞金一千万円! 伝統ある大会優勝の栄誉とこの賞金、見事その手に掴んで下さい!!』

「朝倉さん、生き生きしてますね~」

「……何をやってるんだ、アイツは……」

 コレが終わったら一言言ってやろうか。
 まったく。
 せめて、そう言うのは係の人に……って、学生主体のイベントか、コレ。
 でもきっと、何かおかしいと思う。うん。
 しかもなんて格好だ。
 女子中学生はもう少し慎みを、というのは言って良いと思う。

「あ、せっちゃんや」

「ん?」

 何やら武闘大会の司会を務めている朝倉に頭を悩ませていたら、近衛の声に頭を上げる。
 桜咲?
 そう言えば、ネギ先生と一緒に居たんだったっけ?
 近衛の視線の先を向くと、客席の人混みの中から、確かに桜咲がこちらに向かってくるのが見えた。
 ……何でセーラー服なんだろう?
 何かのコスプレか?

「このちゃん、先生に綾瀬さん……月詠とも一緒だったか」

「おー、桜咲。そんなに慌ててどうしたんだ?」

 小走りにこちらに駆けてくる桜咲は、いつもより少し慌てた様子だった。
 何かあったんだろうか?
 それに、ネギ先生と一緒じゃないし。

「なんか、ウチだけ呼ばれ方が違う気がします~」

「気のせいだ」

 一応、そこは律義に返すのな。
 しかし、そんなに慌ててどうしたんだろう?

「せっちゃんは出ぇへんの?」

「あ、いえ。今回は遠慮しておきます」

「そうなのですか? 桜咲さんなら、良い所まで頑張れると思うのですが」

「少し用事が……先生、ネギ先生を見ませんでしたか?」

「ネギ先生?」

 首を傾げてしまう。
 いや、桜咲が一緒に居たんじゃないのか?
 そう聞いてたんだが……隣の近衛に視線を向けると、こちらも首を傾げていた。
 てっきり、近衛がああ言ってたから、魔法使いの仕事の方をしているとばかり思っていた。

「どないかしたん、せっちゃん?」

「あ……ちょっと、ここでは……」

 そう言って、綾瀬に気付かれないようにだろう、少しだけそちらへ視線を向ける。
 綾瀬に聞かれたらまずい事、ってなると。

「ちょっと、桜咲と一緒にネギ先生を探してくるから、綾瀬と近衛を頼んで良いか?」

 そう、月詠に言う。
 多分魔法関係の事……なのかな?
 ネギ先生の事なら、多分月詠よりも俺の方が役に立てるだろう。
 無理そうだったら、また戻ってくればいいだけだし。

「ウチも先輩と一緒に行きたいですわ~」

「今度何か言う事聞くから、今は勘弁してくれ」

「しょうがありませんね~。お兄さん、貸し一ですですわ~」

「後が怖いなぁ」

 ま、しょうがない。
 その貸しがどうなるかは判らないが、今は桜咲の用事の方を聞こう。

「それじゃ、探しに行くか、桜咲」

「は、はい。すいません、気を使ってもらって……」

 最後の方は、小声で謝られてしまった。
 それに苦笑する。

「いい、いい。急ぎなのか?」

「このイベントの事なのですが……」

 このイベント?
 近衛達から離れ、人混みに紛れると、そう言って来た。
 この武闘大会がどうかしたんだろうか?

「はい。このイベントが当初予定していたものより大きくなってしまっていると言うのは……」

「ああ。それは気付いてるけど……それが?」

「……実は、このイベントを買収した人物なのですが……」

 丁度、そこまで言った時だった。

『では、今大会の主催者より、開会のあいさつをっ』

 会場の奥で開会の言葉を言っていた朝倉が、主催者の紹介に移る。
 ソレに何気なく視線を移動させると……。

『学園屋台【超包子】オーナー、超鈴音!』

 …………は?
 その言葉と、その姿を見た瞬間、桜咲と一緒に足が止まってしまう。
 どういう事だ?
 そう思い、視線を隣……何か知っているであろう、桜咲に視線を向ける。
 何か、苦虫を潰したような顔をしていた。

「……どうなってるんだ?」

「やはり……」

 桜咲、お前何を知ってるんだ?
 超と言えば、クラスじゃ目立たない――と言うよりも、少し一歩引いた所がある生徒だ。
 こんな大それた事をする性格じゃないって思ってたんだが……。
 それに賞金なんて大金、どこから?
 色々と、思考がまとまらない。
 だって、あそこに居るのは、良く知った生徒なのだ。
 そして――昨日、ガンドルフィーニ先生に追われていた。
 ……どう言う、ことなんだ?
 そう言うより先に、

『私が、この大会を買収して復活させた理由はただ一つネ』

 ――理由?
 その続きに耳を傾ける。
 隣の桜咲にまで思考を割く余裕が無い。

『表の世界、裏の世界を問わず、この学園の最強を見たい――それだけネ』

 …………裏の世界?
 それは……もしかして。
 嫌な予感が、頭をよぎる。
 だって、それは……。
 周囲のざわめきが、大きくなる。
 それはそうだろう。
 あんな女の子が一千万なんて大金を用意しただけではなく、いきなりそんな事を言い出したのだ。
 きっと、この場に居るのは殆どの人が裏の世界、と言うのを知らない参加者達なんだろう。

『二十数年前まで、この大会は元々裏の世界の者達が力を競う――伝統的大会だたヨ』

 ……二十数年前?
 どうして、超がそんな事を知ってるんだ?
 調べた、にしてもどこか不自然と言うか……。
 その後も、なにか色々と言っているが。

「桜咲、お前この事を知っていたな?」

 それは、殆ど確信だった。
 そう言うと、驚いたような顔を向けられた。
 ……そんな悔しそうな顔をされれば、誰だって判るって。

「はい」

「そうか」

 しかし、どう言う事だ?
 何でこんな――危ない事を?

『私はここに、最盛期の【まほら武道会】を復活させるネ』

 裏の世界……それはきっと、魔法使いの事だろう。
 もしくは、それ以外にもあるのかもしれないけど。
 でも――どうしてこんな危ない事をする?
 その必要性が判らずに、眉を潜めてしまう。
 それに、こんな大きな事を一人で、とは考えにくいし。

『飛び道具及び刃物の使用は禁止――そして、呪文詠唱の禁止! この二点を守れば、いかなる技を使用してもOKネ』

「……」

 耳を疑った。
 いま、何と言った?
 俺の聞き間違いじゃないなら……。

「あいつ……一般人の前でなんて事をっ」

 やっぱり、聞き間違いじゃなかったか。
 今確かに、呪文詠唱の禁止、と言った。
 それは多分――魔法の事を指したのだろう。
 しかし、

「なぁ、桜咲?」

「……何でしょうか、先生」

 色々と疑問はあるが、まず一番最初に聞いておきたい事があった。

「超は、魔法使いなのか?」

「……いえ。少なくとも今まで一緒に居て魔力を感じた事はありません」

 そうか、と。
 他の人達に聞かれないように、なるだけ小声でやり取りをしながら、内心で首を傾げてしまう。
 だったらどうして、魔法使いの事を知っているんだろう?
 確か認識阻害の結界とかで、そう言った事は気付きにくい、って話だったけど。
 それとも、その結界の効果以上に、魔法の事を知ってしまったんだろうか?
 俺みたいに、巻き込まれたのか……。
 それにしても、どうしてこんな事を?

「この事は、学園長は……」

「恐らく、まだ知られてないかと」

「そうか」

 まぁ、そうだろうな。
 学園長ならこうなる前に、イベント自体を起こさせないだろうし。
 しかしそうなると、だ。

「……他の魔法使いの人達は、この事を知らない……んだよな」

「そうですね。それに、」

 魔法の事をどうにかした方が良いのか? と悩んでいると、桜咲がそこで言葉を切る。
 それに?

「あの女。ネギ先生に手を出してきました」

「……クラスメイトをあの女なんて言ったら駄目だろ?」

 う、と。言葉を詰まらせる桜咲。
 まったく。
 頭に血が上ると、少し暴力的になるのかな?
 そう注意する。

「落ち着こう。まだ、全部知られた訳じゃないんだし」

「は、はい……」

 まぁでも、これからどうなるかなんて予想もつかないけど。
 ……困ったな。
 学園祭中、超の様子を見ておくってガンドルフィーニ先生に言ってた手前……なぁ。
 小さく溜息を吐き、これからどうするべきか考える。
 でも、俺と桜咲の2人で出来る事なんて無いんだよな。
 超の演説を聞きながら、足を動かす。
 止まっていても、あまり良い事もなさそうだし。
 それより先に、ネギ先生か、他の魔法使いの人を見つけた方が良いだろう。

「桜咲は、まずはネギ先生を探すのか?」

「はい。……嫌な予感がしますので」

 そうか。
 そう言えば、

「さっき、超がネギ先生に手を出してきたって……」

「そ、そうでした」

 どう言う事だ?
 まぁ、変な意味じゃないだろうけど。

「それが……あまりに突拍子も無い話なんですが」

「ああ」

「……タイムマシン、って信じますか?」

「……なに?」

 タイムマシン?
 それはまた……。

「そんな魔法まであるのか?」

 魔法って言うのは、本当に凄いな、と感心してしまう。

「い、いえ……時間跳躍術は、魔法世界でも実現は不可能とされています」

「……ん?」

 いまいち良く判らない単語が出てきたが、多分それがタイムマシンみたいな効果のある魔法の名前なんだろう。
 でも、魔法でも実現が不可能な事?
 だったら何で、いきなりタイムマシンなんて言葉が出てくるんだ?
 そう思い首を傾げると、たどたどしく説明が入る。
 桜咲が言うには、それを可能にする機械を超からネギ先生が受け取った、と。
 どうしてそんなのを超が持ってるんだろうか?
 話を聞けば聞くほど、判らない事が増えてくる。
 この格闘大会の事と言い、そのタイムマシンの事と言い。
 本当に、どういう事なんだろうか?
 まぁ、魔法の事なんて何も判らない俺じゃ、そっちの事じゃ役に立てないか。

「それ、使ったのか?」

「はい……」

 なるほどなぁ、と。
 それがどれほど重要なのかは、今は判らない。
 でも、タイムマシン……なぁ。
 夢があって良いとは思うけど、現実には……と思ってしまう。
 事故とかあったら、どうなるか想像もつかないからなぁ。

「それで、ネギ先生はどうしたんだ?」

「……それが、今日はスケジュールが詰まっていたらしくて」

 そう言えば、クラスの連中から良く聞かれてたな。
 まぁ、ネギ先生は人気があるからなぁ、とは思っていたが……。

「それを使って、スケジュールを全部こなした訳か」

「はい」

 はぁ、と。
 小さく溜息。
 判らなくはない。
 そう言うのには俺も憧れるし、使えるなら使ってみたいとも思う。
 でも、そういうのは――何か、違うと思う。
 何がと言われたら、上手く答えきれないけど。
 ……その事は、今度会った時にネギ先生と話してみよう。
 その事を、ネギ先生はどう思っているのか。
 まぁ、それは今度として、だ。

「桜咲は月詠と一緒にネギ先生を探してくれ」

「はい。先生は?」

「マクダウェルと龍宮の場所を知ってるから」

「判りました」

 確か、受付の手伝いしてるって言ってたからな。
 そっちに行ってみよう。
 俺と桜咲よりも、何か良い対策出してくれそうだし。
 それに、もう知ってるだろうし。

「マクダウェル達にもこの事を話したら、携帯に連絡を入れるように言うから」

「よろしくお願いします」

 そう言って、頭を下げてくる桜咲に、苦笑してしまう。
 良いんだよ。
 俺に出来る事なんて、動き回る事くらいなんだから。

「急いでも、魔法は使わないようにな?」

「先生も、なにがあるか判りませんので、お気を付けて」

「おー」

 まぁ、俺なんて魔法も使えないしな。
 知ってはいるけど使えない。
 結構もどかしいもんだな。
 でもまぁ、しょうがない。
 今は出来る事をやるべきだろう。
 ……問題を起こしたのが、自分の生徒なら尚更だ。
 それに、超を見ておく、って言ったのは俺達なんだから。

「それじゃ、桜咲。また後でな」

「はい」

 ――俺に、何か出来る事があるんだろうか?
 魔法使いでもない俺に。
 ……それで悩むのは、今じゃないか、と小さく頭を振る。
 でも、こんな形で魔法が周囲に知られるのは良い事じゃないってのは判る。
 こんな形じゃなくて、もっと、ちゃんとした形じゃないと……って。
 桜咲と別れて、人混みに揉まれながら、足早に歩く。
 最後にもう一度、参加者の前に立つ超に視線を向ける。

『裏の世界の者は、その力を存分に奮うがヨロシ』

 ……聞けば、答えてくれるんだろうか?
 少し近づいて声を掛ければすぐに届く距離なのに――とても遠い。
 何を考えてるんだろう?
 どうしてこんな事をしたんだろう?
 何か目的があるんだろうけど。
 超。
 ――俺がお前にしてやれる事は、なにも無いのかな?
 魔法の事を知っているから何か出来る。魔法の事を知らないから何も出来ない。
 それは……少し嫌なだ、と。
 



――――――エヴァンジェリン

 やられた、と。
 最初に思った事はそれだった。
 受付で見ていたテレビから聞こえる声に、眉を潜めてしまう。
 そのテレビに映る相手には見覚えがあるなんてものじゃない。
 超鈴音……クラスメイトで、昨日、色々と問題を起こしたヤツだ。
 茶々丸の事でも色々と世話になってはいたが……。

「ちょ、ちょっと。これってマズいんじゃないの?」

「ああ。それも、凄くね」

 だな。
 真名の言葉に無言で頷き、唇を噛む。
 こんな大勢の前で、ああも堂々と言われてしまっては手が出せない。
 力ずくで潰してしまえば、きっとまだ向こうに策があるだろう。
 こうまで大胆に行動したのだから。
 まったく――。

「だ、大丈夫なの?」

「少し落ち着け。大丈夫だ」

 あまりに明日菜が慌てるから、逆にこっちが落ち着いてしまう。
 口から、デマカセが出るくらいには。
 はぁ。
 そう、デマカセだ。
 どうするかな……これは、また魔法使い連中から睨まれるな。
 あの女は私が見ている、と言ったのだから。
 ……くそ。
 どうしてこうも、上手くいかないのか。
 どうして……と。
 折角、神社の仕事も終わって、これから帰る所だったと言うのに……とんだ厄介事を。
 ただ静かに生きる事も――難しいのか?
 友達と喋って、笑って、楽しんで……それすら、私には許されないのか?
 超……どうして?

「どうする、エヴァ?」

「どうしたものかな……」

 しかし、今はその事は置いておこう。
 まずは超をどうにかしないとな。
 あごに指を添え、これからどうするか考える。
 まずは、だ。

「なにが狙いだと思う?」

「……さっき言ってた事じゃないの? 最強を知りたいって」

「バカ。そんな訳あるか」

「う」

 それだけなら、どれだけ楽か。
 しかしまぁ……狙いがいまいち判らないから、その線もあるのか。
 ……限りなく低いだろうが。

「一番は、魔法を知る事……じゃないかな」

「そうだな」

 もしくは、魔法を知らせる事か。
 超鈴音は魔法使いではない。
 それは私も知っているし、真名も同じだろう。
 しかし、それだけでは腑に落ちない。
 テレビの中に居る超鈴音を睨みつける。

「魔法を皆に知ってもらう為とか?」

「その利点が無いだろうが」

 その考えもある。
 が……利点が無い。
 超にプラスになる事が、一つも無いのだ。

「ぅ」

 魔法を世間に知らせてどうする?
 いたずらに混乱させるだけだ。
 下手したら、世界から魔法使いが消えるか――戦争だ。
 ……そんな事は、超も判っているはずだ。
 理由が判らない。
 どうして、こんな事をするのか。

「マクダウェルっ」

 ――――。
 その声、その呼び方をするのは。

「先生」

「龍宮と神楽坂も一緒だったのか」

 そう言いながら、人波に引っ掛かりながらもこっちに向かってくるのは……見慣れた顔。
 どうしたんだろうか?
 とも思うが……まぁ、あの場に居たなら、理由は一つか。

「先生も、超の演説を聞いたのかい?」

「ああ。それと、桜咲から少し話を聞いた」

 刹那?
 どうしてそこで、刹那の名前が出てくるんだ?

「えっと……」

 そこまで言うと、周囲を見渡す先生。
 ああ。

「真名、話せる場所はあるか?」

「ああ。こっちに――それで先生、刹那達は?」

 真名に案内してもらい、従業員が泊まり込む時に使う一室に案内してもらう。
 結構広いし、冷蔵庫とかも完備か……。
 なにか……神社にテレビとかは、風情が無いと思うのは私だけか?

「ネギ先生を探してる」

 ぼーや?

「ぼーやなら、予選に出てるぞ?」

「は?」

 む、そこまで予想外だったか?
 ……まぁ、確かにそうだろうな。
 こんな大会、教師が出るようなものでもないしな。

「……むぅ」

 しかし、私の予想以上に考え込んでしまう。
 どうしたんだ?

「どうした、先生?」

「いや……超がな? 今朝ネギ先生と……まぁ、それは月詠達を呼んでから話した方が良いか」

 俺より、桜咲が詳しいし、と。
 なんだ、月詠も一緒なのか……なら、木乃香もか。

「木乃香は……」

「綾瀬の相手をしてもらってる。いきなり全員居なくなったら、変に思われるかな、って」

「そうだな」

 ……この人、よっぽど魔法使いより周りに気を使ってないか?
 そう思い、小さく笑ってしまう。

「どうした?」

「いや」

 気を回すのは、性分なのかもしれないな。
 それがこの人らしくて、でも、少し危ないな、と。
 この人には魔法の事には関わってほしくない。
 でも――魔法の事を知っているこの人は、関わってしまいそう。
 それは明日菜も一緒。
 知っているから、見て見ぬ振りを出来ない――なんというか。
 きっと、不器用なんだろう。
 自分に不利な事なのに、危ないと判っているのに、それでも関わろうと進んでくる事は。
 私から見たら……ひどく、不器用な生き方に見える。
 危ないから、危険だから……自分には関係ないから。
 そう思う事は無いんだろうか?
 どうだろうな。
 まぁ、それは今考える事じゃないか。
 とりあえず、私は今――この不器用な人達を、危険から遠ざけないとな。

「これからは私達の時間だ。先生と明日菜は……私達から、少し離れていた方が良い」

「そうか?」

「う……やっぱり」

 ふん。
 先生と違って、お前は本当に危ないからなぁ。
 そういう意味では、あまり目を離したくはないが……進んで関わらせる気も無い。
 まぁ。魔法が本当に危険だ、というのは理解して入るみたいだが。
 だからと言って、それで退くような性格にも思えない。

「真名、刹那を呼んでくれ」

「ん、判った」

 そう言い、私も携帯を取り出す。
 電話先はじじい。
 これからどうするか、相談する必要があるだろうし。
 勝手に動いてこれ以上睨まれるのも面白くないしな。

「気を付けてな」

 そんな事を考えていたら、そう言われた。
 むぅ。
 別に、今回の件は政治的な問題はあるが、そう危険がある訳でもない……と思う。
 そこにどんな罠があれ、私なら問題は無い。
 吸血鬼で、知らない人がいない様な魔法使いでもある訳だから。
 だから――そう、心配される必要も無いのだ。うん。

「ふん。超ごときに後れはとらないさ」

「うわー。相変わらず強気ねぇ」

 うるさい。
 ……まったく。
 お前が居ると、焦るのも馬鹿らしくなるな。

「すまないな、明日菜」

「へ?」

 いや、と。

「今晩の事なんだが……な。ほら、私から言った事だろう?」

 さすがに、今晩は少し忙しくなるだろう。
 そうなるとだな、と。

「あ、ああっ。まー、いいわよ」

「……そうか?」

 もう一度、すまないな、と。
 私から言い出した事なんだが、こっちの用事で反故にしてしまうのも――。
 気にしない気にしない、と。
 そう言って手をひらひらと揺らす明日菜に、苦笑してしまう。

「学園祭の終わったらさ、祝勝会気分でパーっとやりましょ」

「それは良いね」

「はぁ」

 お前という奴は……。
 祝勝会、か。
 まだ問題は解決していないと言うか、問題に着手すらしていない状態なんだが……。
 気が早い、というより能天気だな、と。
 ……まぁ、それが明日菜らしいか。
 お前が告白できなかった事の為なのに、祝勝会とは。
 お祝いの為に言った訳じゃないんだがなぁ。

「そうだな。さっさと終わらせるから、あんまり落ち込むなよ?」

「そこまでヘコんでないわよっ」

 ふん。
 まったく。コイツという奴は……。
 そこまで話し、携帯でじじいの連絡先を呼び出す。
 呼び出し音を右耳で聞きながら、左手を小さく振る。

「じゃあな……先生も、何も無いと思うが……」

「おー。それじゃ、気を付けてな?」

「ああ。ま、そう事が大きくなる前に終わらせるさ」

 流石に、それは魔法使い側も望んじゃいない。
 麻帆良の魔法使い総出で、事に当たる事になるかもな。
 そうなると、見回りは先生達だけになって……少し忙しくなるかもな。
 それが判っているのか、いないのか。

「何か手伝える事があったら言ってくれて良いからな?」

「……そうだな。その時は、声を掛けるよ」

 はぁ。先生もこれから大変になると思うんだがな。
 きっと……それでも、文句一つないんだろうな。
 少なくとも、言葉にはしないのだろう。

「それじゃ、エヴァ。私帰るけど……気を付けてね?」

「ふん。――お前に心配されるほど、私は弱くない」

「そう? 真名、エヴァをよろしくね?」

「大丈夫だって言ってるだろうがっ」

 何故そこで真名に振るっ。
 ……まったく。
 真名っ、お前も笑うなっ。

「相変わらず仲良いね」

「……眼科に行け」

 ふんっ。
 そんな事を話していたら、呼び鈴が止まる。

『エヴァか?』

「出るまで時間掛ったな」

『色々と忙しくての』

 そうか。
 携帯が繋がったのが判ったのだろう、先生と明日菜が小さく手を振って歩き去っていく。
 ……大丈夫。
 これ以上、巻き込んだりしないからな。
 あ。

「明日菜っ、木乃香がチャチャゼロと一緒に居るから、お前が一緒に居てくれ」

「へ?」

「お前一人じゃ何するか判らないからな」

「……そこまで信用ないの、私?」

 ああ。
 目の届かない所に居ると、お前は何するか予想もつかないからな。
 チャチャゼロが居れば、一応安心できる。
 ついでに、さよとあのオコジョも面倒を頼む、と。

『エヴァ?』

「あ、ああ……それでじじい、どこまで把握している?」

『ふむ。今何処に居る?』

 私の質問に、質問で返すな。
 その事に小さく呆れ、まぁ、ここでそれを言って時間を無駄にするのもアレか。

「龍宮神社だ」

『そうか』

「ぼーやは、超鈴音主催の大会に出場してるぞ」

『……は?』

 まぁ、普通は驚くよなぁ。
 まさか、裏がどうこう言ってるような大会に魔法使いが出場するなんてなぁ。
 魔法を隠匿するという理念に反する行為。
 それを、英雄の息子が、である。
 じじいは、コレをどう処理するんだろうか?
 それは今は良いか。

「もしかしたら、コレも超鈴音の策の一つなのかもな」

『どうかの……まぁ、それは今は置いておこう』

「ああ。それで、私はどうしたらいい?」

『ん?』

 いや、そこで止まられてもな。
 私は、お前の指示を待ってるんだが……。

「どうした? 私は、今は待機していればいいのか?」

『あ、ああ。いや――お主からそう言われるとはのぅ』

 そうか?
 別にそう珍しくは……どうだろうか?
 今まで、じじいに何か言う事はあっても、じじいに指示を仰ぐのは初めてかもしれない。
 どうだろう。
 その辺りは、考えた事が無かったなぁ。

『……そうじゃな。大会の方は、ネギ君に任せるとするかの』

「大丈夫か?」

『どうじゃろうな……だが、そう言ってもこれ以上魔法使いを大会に出すのも……』

 そうだな。
 いくら超が裏が、魔法が、と言おうが、それを証明できなければ意味が無い。
 ぼーや。
 それと先生の所の犬っころ。
 この2人が“力”を使わないなら、言い訳は……まぁ、それもどうにも難しいだろうが。
 だからといって、これ以上魔法使いを試合に出しても良い方には働かないだろう。
 魔法使い側としては、まずは“魔法を知られない”事が重要だしな。
 そこは私も同意だ。
 ならどうするか……となると、私としては、様子を見るしかないと言うか。
 今はそれくらいしか思い浮かばない。
 ……私が出て、大会を優勝すると言うのも悪くは無いが……。
 裏があると、動きにくそうだしなぁ。

「そう言えば、刹那が何か知ってるらしいが……私達がそっちに行くか?」

『そうか? ふむ』

 そこで、数瞬。
 考え込むじじいの声に耳を傾けながら、視線は備え付けのテレビへ。
 映るのは、予選の第一回戦。
 20人1グループで、最後の2人になるまでのサバイバル形式。
 ぼーやは……写っていない。
 おそらく、このグループではないのだろう。

「真名、ぼーやに釘を刺してきてもらって良いか?」

「ああ、判った」

 すまないな、と。
 そう言うと苦笑された。
 む……。

「いやいや、エヴァからそんな言葉を聞けるとはねぇ」

「ふん。急いで行け……ぼーやの試合が始まるぞ」

「はいはい」

 ……ふん。

『まずは、情報の整理といこうかの』

「そうだな。それで、どうする?」

 まぁ、妥当だな。
 超の目的が何なのか予想も出来ない現状では、動きようが無い。
 この大会を潰すにしても、だ。

『それとエヴァ、お主今暇か?』

「ん?」

 ……まぁ、予定は無くなったが。

『暇なら、お主。やはり、今から大会に出てもらえんか?』

「――なに?」

 どういう事だ?
 大会に魔法使いを出したら、もしかしたら超の思惑通りなんじゃないのか?
 ……じじいの考えがいまいち判らず、もう一度聞き直す。
 予選に出るのは問題無い。
 予選終了までにエントリーすれば、誰でも参加できるからだ。
 予選は今、やっと第三試合。
 第八試合まであるらしいから、まだまだ余裕はある。

『いや。こちらで把握しておる限り、魔法使いで大会に出ているのはネギ君だけじゃ』

「それと、先生の所の犬も出てるぞ」

『……はぁ』

 まぁ、溜息を吐きたい気持ちは判る。
 私も、何も知らないで魔法の事を世間に知らせようとしている大会に知った顔が出ていたら、きっと溜息を吐いている。
 というか、私も溜息を吐きたい。
 折角の祭りなのに、こんなにも頭を悩ませなければならないとはな。
 超に小言の一つでも言わないと、気が済まない。

『その2人では、何かあった時に対応できんじゃろ』

 こっちの言う事にすぐ反応するのものぅ、と。
 まぁなぁ。
 感情的だからな、あの2人は。

「だが、魔法使いをこれ以上増やしても……」

『お主なら、魔法無しでもそれなりに戦えるし、機転もきく。危険が無いと判れば勝手に負けても構わん』

 ……まぁ、そうだが。
 ぼーやよりは、私の方が安全ではあるか。
 ぼーやは戦えないのに出てるからな……。
 どうしたものか。

『小太郎君の実力もワシは良く理解しておらんからの。その点、お主なら安心じゃ』

「アレはアレで、それなりには戦えるんだがな」

 特に、こういった事ならぼーやじゃ手も足も出せないだろう……魔法無しだと。
 どうしてぼーやがこんな大会に出たのか判らないが、出る事に――勝つことに意味があるのかもしれない。
 なら、もしかしたら魔法を使うかもしれない。
 バレないように。
 そうなったら最悪だ。
 英雄の息子だとしても、教師という肩書があっても、まだまだ子供だからな。
 あの犬っころもそうだ。
 冷静に戦えるほど、アレも成長している訳じゃない。
 クーフェイや長瀬楓が出場しているのだ。
 強い相手に全力で――と考えかねん。
 はぁ。

「私が大会に出るとして、だ。それを他の魔法使い達は……」

『ワシからの言葉と言っておくよ』

「そうか」

 ……どうするかな。
 今回は、私が悪いんだよな……超から目を離して、こうなったわけだし。
 まぁ、こんな大掛かりなイベントだ。
 私が気付く前から準備はしていたんだろうが。
 はぁ。
 どうしてこうなるんだか。
 純粋に祭りを楽しむのも、一苦労だな。

「判った」

『すまんの。タカミチ君も今少し離れた場所におっての』

「気にするな。それに……まぁ、ぼーや達二人を落とすなり、さっさと優勝すれば良いだけの話だしな」

 私が目を離したから、と言おうとして、止める。
 それはきっと、私らしくないだろうから。

『ほっほ。簡単に言うのぅ』

「簡単だからな」

 それより問題は、クーフェイや長瀬楓である。
 あの2人と当たったら、少し面倒だな。
 別格も良い所だからな……ほぼ独学で、ああもまぁ……規格外になれるものだ。
 今回ばかりは、少し厄介である。
 出来れば、序盤でぼーや達2人と当たりたいものだ。
 まぁ、ぼーやなら予選すら危ないだろうが。
 そう思いながら、まずはどうするかな、と。
 真名が戻ってくるまで待つか、それとも動くか。

『それではの、エヴァ』

「ああ。じじい、そっちも気を付けろよ」

『ほほ――お主に心配してもらえるとはのぅ』

「……ふん」

 まったく。
 流石に、今回の事は悪いと思っているさ。
 そうは言わず、電話を切る。
 そうして数分待つと、真名が刹那達と一緒に戻ってきた。
 真名の後ろには、刹那、木乃香、月詠の三人。

「どうなった、エヴァ?」
 
「刹那と木乃香は、じじいの所に行け。仕事で、学園長室に居るはずだ」

「判りました……超の事を話せば?」

「ああ。私は、後でまとめてじじいから聞く」

 刹那の説明を聞くより、そっちの方が効率は良いだろう。
 私は、やる事が出来たしな。

「月詠は、もう帰って良いぞ」

「え~」

「えー、じゃない。お前は何のために麻帆良に居るんだ?」

 まったく。
 まぁ、そう急いで帰らなくても問題は無い……とは思うが。
 こうなると、なにがどうなるか判らないからな。
 明日菜にはチャチャゼロが居るが、先生は一人だからな。
 危険は無いと思うが、保険は掛けておくべきだろう。

「はーい。お姉さんの言うことには従っておきますわ~」

「ふん。誰がお姉さんだ」

 見た目だけなら、お前の方が年上なんだがな。
 まぁいい。

「私は?」

「ん?」

「私」

 真名か?
 ……別に、コレといってないな。
 大体、コレは魔法使いの問題だ。
 傭兵の真名は関係無いだろう。

「祭りを楽しんで良いぞ?」

「ここまで来て、それは無いんじゃないかな?」

 む。

「だが、コレは魔法使いの問題だからな」

 巻き込むのは……本意じゃない。
 京都の時みたいに、人手が無くて切羽詰まった状況でもないしな。
 それに――なんというか。
 ……金で雇う、というのが、な。
 うん。

「魔法使いの問題には、巻き込めないしな」

 それに、厄介事は嫌いだろう? と。
 我ながら――どうかしていると思う。
 以前なら、こういう時は迷わず使える手は全部使う、そう生きてきたんだがなぁ。
 どうしたんだか……はぁ。

「ふむ。なるほどね」

 それをどう思ったのか、顎に指を当てて、少し考え込む真名。
 まぁ、戦力は随分と下がるが、真名に頼るのは、最後の最後だろう。
 その方が良い。

「エヴァちゃんは、これからどうするん?」

「私は大会に出て、ぼーやと犬っころを退場させる」

「……酷ない?」

「しょうがないだろ。普通の大会なら問題は無いが」

 これはもう、普通の大会じゃないからな。
 それに、流石に一般人に負ける、というのはあの2人にはキツイものがあるだろう。
 特に犬っころには。
 妙に、その辺りにはプライドがあるしな。
 弱いくせに。

「ふぅん」

「真名? 今回の問題は魔法使い側の事だからな……今の所は」

 今後はどうなるかは判らないが、今は魔法使いの問題だ。
 部外者――と言えば聞こえは悪いが、その真名を巻き込むのは、あまり良くないだろう。
 きっと、そう言うのは誰も気にしないのだろうけど。
 私はあまり、巻き込みたくは無い。

「刹那」

「はい?」

「超の事、じじいの所で話を纏めたら、後で私に教えに来い」

 この予選が終わったら、家に居るから、と。
 刹那が居れば、とりあえず木乃香も問題が無いだろう。
 この予選がおこっている間は、超もそう大きく動けないだろうし。
 そう言い残し、予選会場へ足を向ける……。

「……真名?」

「ん?」

 どうして一緒に来るんだ、と。
 そういう意味を込めて、隣を歩く真名を見上げる。
 ……しかし、身長あるよなぁ。

「私は今から、忙しいんだが?」

「うん、知ってる」

 いや、知ってるなら何故ついてくる?
 お前って、そう言うキャラだったか?

「面倒だぞ?」

「いやいや、私は優勝賞金に興味があるだけだよ?」

「そうか?」

「ああ。それに、ネギ先生が出て――当たれたら、一勝分浮くからね」

 そうか?
 一応、飛び道具抜きだと危なくないか?
 まぁ……ぼーや程度にどうこうできるレベルじゃないだろうが。

「……すまないな」

「何の事やら」

 ――ふん。
 ま、いい。
 コレで少しは楽が出来る……かな?
 まぁ、私一人でも問題無いんだがな。







 予選会場は……何というか、人ばかりだった。

「これはまた、凄い数だね」

「だな」

 どうしたものかな。
 予選くらいは、真名と同じグループでも問題無い……のだろうか?
 トーナメントの組み合わせが同じグループの勝者からだと、効率悪いな。
 ふむ……。

「どうする真名? グループ分けるか?」

「そうだね」

 同じ事を考えていたんだろう、真名からも異論は上がらない。
 そうなると――周囲を見渡す。
 今は第5グループまで終わったのか。
 8組から勝者2人ずつの計16人が本戦出場だから、後6人か……。
 ぼーやは、と。
 探してみるが、そう簡単に見つからないか。
 はぁ、面倒だな。
 あわよくば予選で落としてやろうと思ったが。

「それじゃ、エヴァ。予選で落ちないようにね?」

「あのなぁ……私を誰だと思ってるんだ?」

「同級生」

 そう言って、人混みに紛れていく真名。
 …………まったく。
 私は真祖の吸血鬼なんだがなぁ。
 そう頬を掻き、私もどこか空いたグループに混ざるか、と歩き出す。

「あ、エヴァーっ」

 ……は?
 それは、どこかで聞いた事のある様な……というか、さっき聞いた事のある声だった。
 その声の主を、捜す。
 何処だ?

「こっちこっちー」

「……あのバカ」

 声は、客席の方から。
 手を振るな、手を。
 恥ずかしいヤツだな。
 その左腕にチャチャゼロを抱き、右手を大きく振っている明日菜。
 そして、その隣には苦笑している先生と綾瀬夕映の2人。
 ……は、恥ずかしいヤツだな。
 右手で顔を覆うように隠し、どう怒ろうか思考する。
 はぁ。

「何やってるんだ?」

「いや、応援だけど?」

 なんで、何言ってるの? みたいな顔で私を見る?
 私は早く帰れ、と言ったつもりだったんだが……はぁ。
 どうしてこうなってるんだ?
 客席に近づき、溜息交じりに、視線を明日菜へ向ける。
 客席と言っても、試合用に造られた台から少し離れた場所に、適当に立札があるだけなんだが。

「しっかし、あんた。その格好で出場するの?」

「ん? 何か問題あるか?」

 そう言われて、自身の格好を見る。
 ……問題あるか?
 着ているのは、明日菜に無理やり着せられた巫女装束である。
 着替えるのが面倒だったからこのまま来たが……。

「真名もだぞ?」

「うは。いい宣伝になるわね」

「そうか?」

 巫女装束なんて、そう珍しい物でもないだろう。
 神社に行けば、何時でも見れるんだし。
 というか、着せたのお前じゃないか。
 そこは忘れないからな?
 まったく。
 そんな事を話していたら、隣から小さな笑い声。
 ……む。

「話してていいのか? 予選が終わりそうだぞ?」

「あ」

 そうだったな。
 予選会場に視線を向けると、第6グループには真名の姿があった。
 それと、クーフェイ。
 ……あそこは、もう勝ち残るのが決まったなぁ。
 他の参加者には悪いが、あの2人に勝てるのはそういないだろう。

「エヴァンジェリンさん」

「ん?」

 そう考えていたら、綾瀬夕映からの声。
 ……そう言えば、コイツから話しかけられたのは、図書館島の一件以来のような気がする。

「貴女は、このようなイベントは、あまり好きではないと思っていました」

 そういう言葉は、お前に返したいな。
 お前こそ、こういうイベントには興味なさそうなのに、何で居るんだ?
 そこをぜひ聞きたいものだ。

「そう? エヴァって結構賑やかなの好きだよ?」

「何でお前が答えるんだっ」

 はぁ。
 私はこー……うん。
 もう少し、物静かというか、謎があると言うか。
 そういうキャラだったと思う。
 きっと綾瀬夕映が正しい。
 だから明日菜? お前少し黙れ。
 好き勝手に喋るな。
 私は、あまり人と慣れ合うのは嫌いなんだ。
 だからな?

「明日菜、後で覚えてろよ?」

「なんで!?」

 綾瀬夕映に、我がもの顔で好き勝手に喋る明日菜にそう言う。
 このバカ。
 私はカエルは食べたと言ったが、虫は食べた事無いっ。
 勝手に私の過去を捏造するなっ。

「仲良いなぁ、お前ら」

「でしょ?」

「どこがだっ」

 まったくっ。
 ……明日菜、お前と居ると……色々と疲れるなぁ。
 はぁ。

「それじゃ、行ってくる」

「おー、頑張れよー」

「……ああ」

 ま、少し頑張るか。
 目立たない程度に。





――――――

 しっかし、マクダウェルのこういう事は初めて見たが……。

「強いんだなぁ」

 まぁ、吸血鬼って言うくらいだからな。
 でも魔法を使ってないんだよな……だとしたら、あの投げ飛ばしてるのって、合気道とか、そう言ったものだろうか?
 なんか、マクダウェルに触れた途端、人が宙を舞うのは見ていた見ていて爽快だ。
 なんというか、テレビで見る舞踏みたいだな。

「そりゃそうよ。生意気だけど、こういう事で嘘吐かないし」

「はは」

 そうだな。
 ならきっと、この問題も、マクダウェルが言うみたいに簡単に終わるかもな。
 隣で、マクダウェルの活躍を自分の事のように喜ぶ神楽坂に釣られるように笑ってしまう。
 本当に仲良くなったよなぁ。

「エヴァンジェリンさんって、強かったですね」

「だなぁ」

 俺も初めて見たよ、と。
 隣の綾瀬と同じように、顔には出さずに驚いてしまう。
 なにせ、綾瀬とあまり変わらない身長なのに、俺と同じくらいの身長の男を投げ飛ばしてるのだ。
 凄いなぁ、と。

「なんか、なんとかって有名な人から習ったらしいし」

「誰だよ……」

 一番大事な名前が判らないんだが……。
 そう言い、綾瀬と2人で笑ってしまう。
 っと。

「ちょっと……神楽坂、予選終わったらどうする?」

「はい? 私は帰りますけど」

「そっか。まぁ……」

 チャチャゼロが居るから大丈夫か。
 まぁ、まだ終わりそうにないしな。

「ちょっと席外すな?」

「はい。でも、エヴァンジェリンさんのあの調子だと、すぐ終わりそうですので、早く戻ってきて下さい」

「ああ」

 トイレトイレ、と。
 どこだろう? って、立て看板あったし。
 その指示に従って生き、用をたす。
 そのまま、人混みに紛れ……ふと、視線を感じた。

「?」

 その視線の方に顔を向けるが、人混みばかりで誰だか判らない。
 と言うか、気のせいか?
 足を止め、首を傾げる。

「きゃっ」

「――っと」

 足を止めていたので、後ろから歩いてきた人とぶつかってしまった。
 慌てて振り返り、頭を下げ――。

「源先生?」

「あら、先生」

 こんばんは、と。
 そう言われ、こっちも慌てて頭を再度下げる。
 すぐ後ろに居たのは、よく知った顔だった。
 しかし、こう言ったら怒られるかもしれないけど……予想外だ。
 こういったのは苦手なイメージと言うか。
 まぁ、人の趣味はそれぞれなんだろうけど。

「すいません、少し余所見をしてまして……」

「いえ、こちらも同じですから」

 そう頭を下げなくてもよろしいですよ、と。
 うぅ、すいません。

「先生もこういうのは好きなんですか?」

「自分も、ですか?」

 となると……。

「源先生も、格闘技とか好きなんですか?」

「いえ、私はそうではないんですけど」

 葛葉先生が、と。
 へぇ……って。
 でも、

「葛葉先生も、確か剣道……剣術? 確か、何か習ってるんじゃなかったですっけ?」

「あら、先生も御存知だったんですか?」

 ええ、と。
 確かそんな事を……何時聞いたんだったか?
 聞いた覚えがあるんだが、それが何時だったか思い出せない。
 まぁ、それは今は良いか。

「ですから毎回、こういったイベントにはあの人も目が無くて」

 困ったものです、と。
 そう苦笑して、口元をその手で隠して肩を振わせる。

「へぇ」

 あの葛葉先生がなぁ。
 脳裏に浮かぶのは、いつも難しい顔ばかりしている葛葉先生。
 いや、本当はそんな事はないんだけど。
 でもイメージと言うか、なんというか。
 俺の中では、新田先生以上に……。

「何考えているか、当ててあげましょうか?」

「……あー、すいません」

「ふふ」

 そう謝って頭を下げると、また小さく笑われてしまう。
 うむぅ。

「先生は、お1人ですか?」

「あ、いえ。小太郎……従姉弟が出場してるんですよ」

「あら、そうなんですか?」

 その予選の応援に、と。
 本当ならこの時間帯こそ見回りをしないといけないので、少し気まずくて頬を掻く。
 
「源先生は?」

 さっきの言い方だと、葛葉先生と一緒なのかな?
 しかし、そう思って周囲を軽く見まわしてみるけど葛葉先生の姿はない。
 何だかんだで、あの人は目立つから、こういった所でも見つけれると思うんだけど。
 ちなみに、容姿的な意味で。
 そう言った意味では源先生もだが、まぁそれはいい。

「葛葉先生に振られてしまいまして」

「振られた?」

 どう言う事だろう?

「なにか急用が出来たとかで、学園長から呼び出しが」

「……ああ」

 そう言えば、葛葉先生も……そうなると、その呼び出しの内容も思い付いてしまう。
 超、か。
 うーむ。
 しかしまさか、超がなぁ。
 何を考えているんだろうか、と少し心配になってしまう。
 やっぱり、魔法の事とかは危ないと思うし。

「どうかしましたか?」

「あ、いえ」

 っと、いかんいかん。
 話してる途中で考え込んでしまった頭を、軽く振る。
 流石に、超の今回の事は魔法使いの問題だろうしなぁ。
 俺に何かできる事があるとは、とても思えないしな。

「そうだ」

「はい?」

 考え込んでいた事を謝ろうとしたら、何か思いついたらしく、掌を叩く源先生。
 しかも、顔はやたらと嬉しそうだし。
 どうしたんだろうか、下げようとした頭を傾げてしまう。

「先生、明日はお暇ですか?」

「自分ですか?」

 暇か、と聞かれたら暇だけど……。

「一応、暇ですけど」

 見回りがありますけど、と。
 そう言うと、また笑われてしまう。

「真面目ですね」

「はは。まぁ、あんまり真面目とも言えないと思いますけど」

 見回り半分、出店の冷やかし半分ですから、と。

「それでしたら、明日は一緒に回りませんか?」

「……はい?」

 はて?
 俺は今、誘われてるんだろうか?
 ……俺が?

「は、はぁ……」

「葛葉先生に振られてしまって、明日は暇なんですよ」

 ですから、付き合って下さい、と。
 まさか、そう言われるとは思ってなかったので、どう応えるかな、と。
 いや、断る理由はないんだけど。

「それじゃ、どこで待ち合わせしましょうか?」

「良いんですか?」

「ええ」

 自分も、明日は一人で暇ですから、と。 
 ……そう言えば、午後からは絡繰と約束があったな。
 忘れないようにしないと。
 一応、携帯のアラームをセットしてるから大丈夫だと思うけど。

「午後から少し用事がありますけど、良いですか?」

「あら? 誰からか誘われてるんですか?」

「はい、少し」

 生徒からですけど、と。

「……そういう関係ですか?」

「違いますよ……」

 何言ってるんですか、と。
 そういう話題って、生徒も教師も変わらないのかもなぁ。
 女性は恋話が好きというか。
 まぁ、悪いとは思わないけど、自分がネタにされるのはなぁ。
 そう思い、苦笑してしまう。

「それでは、また明日」

「ふふ。はい、それでは」

 そう言って別れて……はぁ、と小さく溜息。
 ……絡繰と?
 無いと思うなぁ。
 相手は生徒だし、そういう対象とはなぁ……。
 見れないというと、少し失礼かもしれないけど。
 そう首を振り、武闘大会の予選会場に戻る。

「遅かったですね、先生」

「すまんすまん」

 そんなに遅かったかな?
 神楽坂にそう返すと……予選は終わっていた。

「……マクダウェル、どうだった?」

「ん? エヴァンジェリンならさっきこっちに顔出しに来たです」

 怒ってましたよ、と。
 そう綾瀬から言われ、小さく溜息を……気付かれないように吐く。
 うーむ。
 着替えてくるらしいです、という声に頷き、どう言い訳するかな、と。
 まぁ、源先生と会ったから話してたってだけだけど。
 やはり、生徒が頑張ってる所は見ておくべきだったか。
 
「先生、遅かったけど何してたの?」

「ん? 源先生と会ったから、話してた」

「……あー」

 ん?

「先生って、源先生の事好きなの?」

「……どうしてそうなるんだ」

 そう言って、溜息。
 本当、どうしてこの年頃の子は、こういう話に持っていくのか。

「明日の見回りの事で話してただけだよ」

「なーんだ」

「ご期待に添えなくてすまんなぁ」

 まったく。
 まぁ、そういうのは今に始まった事じゃないから慣れてるけどなぁ。

「先生、これからどうするです?」

「ん?」

「私達は、もう帰りますが」

 そうだな……。

「こっちも、もう帰るよ」

 晩ご飯はどうするかなぁ。
 あ、そういえば。

「小太郎はどうだった?」

「小太郎さんなら、」

「ばっちりっ」

 綾瀬の言葉を遮り、答えたのは神楽坂。
 親指を立てて、そう教えてくれる。
 ふむ、勝ったのか。
 なら晩ご飯は、少し豪勢に外食でもするかなぁ。

「そうか」

 良かった、って言って良いのかな?
 あんまり危ない事は、って思うけど。
 でも、やっぱりここは喜ぶ所だろうな。

「そりゃ良かった」

「危ないですけどね」

「はは」

 そんな事を話していたら、人混みの向こうからマクダウェルと龍宮、それに小太郎がこっちに歩いてくる。
 さて、と。

「それじゃ、帰るか」

「はいです」

 そう言った時には、神楽坂はもうマクダウェルの所へ。
 相変わらず、元気だなぁ。
 その後ろ姿に、綾瀬と2人で苦笑してしまう。

「元気です」

 お前も同い年なんだがなぁ、と。
 その言葉は口にせず、神楽坂についていくように、俺もマクダウェル達の所へ。

「よーし。それじゃ、帰るかー」





――――――さよちゃんとオコジョ――――――

 うーむ。
 結局、姐さんとは会えなかったなぁ。
 ……後が怖いぜ。

「どうかしたんですか、カモさん?」

 人混みから隠れるように、木陰で一休みしていたら、隣に座ってるさよ嬢ちゃんがそう聞いてくる。

「いやー、姐さんと会えなかったなぁ、と」

「そんなに会いたかったんですか?」

 と言うか、後が怖い……。
 言った通りにならないと、偶に子供みたいに怒るからなぁ。
 まぁ、さよ嬢ちゃんも居るし、大丈夫だとは……思いたい。

「ま、いいか」

「?」

 こっちの事だよ、と。
 そう呟き、欠伸を一つ。
 ……あとで、学園長にちゃんと言ってもらえるように、さよ嬢ちゃんからもお願いしてもらうか。
 主に、オレっちの未来の為に。

「ふふ、眠そうですねぇ」

「いやぁ」

 はしゃぎ過ぎた、と。
 まぁ、折角の祭りだし、楽しまなきゃ損だしな。

「もう少し人が落ち着くまで、隠れてましょうね」

「おぅ」

 ま、もう少し二人でのんびりしとくかぁ。



[25786] 普通の先生が頑張ります 57話(修正版
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/28 23:27

 くぁ、と。
 欠伸を一つして伸びをする。
 良い天気だなぁ、と。
 あまり良く寝れてない頭でそう考えて、起きてから暫く経つが、それでも窓際でぼんやりと外を眺める。
 快晴の空。
 良い祭り日和である。
 さて、と。
 ベッドの上で、もう一度伸びをしてこれからどうするか考える。
 まずは朝食の準備もしないといけないし、それより先に着替えか。
 ま、服装はいつも通りのスーツで良いだろ。
 麻帆良祭期間中って言っても、仕事だし。
 しかし……源先生と一緒に周る事になるとはなぁ。
 世の中どうなるか判らないもんだ。
 今まで学園で話す程度だったので、余計にどうしたものかと考えてしまう。
 ……まぁ、いつも通りで良いんだろうけど。
 月詠達が起きてくる前に着替えてしまうか。

「おはよーございます~」

 着替え終わり、今日の予定は何があったかな、と。
 そんな事を考えていた時、ちょうど月詠が起きてきた。
 ドアを開けて、こちらに挨拶してくる仕草は何時も通り。

「おはよう、月詠」

「はい~」

「良く眠れたか?」

「少し寝足りませんわ~」

 こうしていると、魔法使いも普通の女の子みたいなんだがなぁ。
 眠そうに、口元を手で隠しながら欠伸を一つする月詠を小さく笑ってしまう。

「はは。コーヒーでも飲むか?」

「あっついお茶がええですわ~」

「ん、判った。座って待ってろ」

 そう苦笑して、月詠と自分用のお茶を用意する。
 俺もまだ少し眠いし。
 あっついお茶を飲んで、目を覚まそう。

「お兄さん、今日はどうしますか~?」

「今日?」

 キッチンでお茶を用意していたら、月詠からの声。
 ふむ、今日か。

「昨日とあんまり変わらないかな? 見回りばっかり」

 ああ、違う違う。

「一応、源先生と回る事になってるな」

 午後からは絡繰と会う約束があるし、その後はマクダウェルの囲碁大会だろ。
 時間があったら小太郎の出る武闘大会も見に行きたいし、他にも、生徒達の出し物も見て回りたい。
 やる事はあんまり変わらないけど、やりたい事は一杯あるなぁ。

「お忙しいみたいですね~」

「そうか? 麻帆良祭とか、イベントの時はこんなものだよ」

「は~……そうなんですかぁ」

 それに、俺はまだ良い方だと思う。
 顧問をやってる部活とかも無いし。
 そうだ、クラスの出し物も見に行かないとなぁ。
 昨日は昼から行ったから、今日は……夕方に行くか。
 午前中は源先生と回る事になってるし。

「月詠は、今日は何処回るか決めてるのか」

「ウチも、今日は少しだけ忙しいですね~」

 そうなのか?
 お茶を準備していた手を止め、視線を月詠に向ける。
 その月詠は、テレビも点けずにぼーっと眠そうにこちらを見ていた。

「お姉さんから、色々とお仕事を振られましたから~」

「……お姉さん?」

 お姉さん?
 桜咲……の事は先輩って呼ぶし。

「エヴァさんです~」

「マクダウェル?」

「はい~」

 何でマクダウェルがお姉さんなんだ?
 吸血鬼だからだろうか?

「なぁ、月詠?」

「なんですか~?」

「マクダウェルって、お前がお姉さんって言うくらい歳とった吸血鬼なのか?」

「……知らないんですか~?」

 ああ、と。
 そういえば、以前聞いたのは――いつだったか。
 一回聞いたような気がするけど、答えてもらった記憶が無い。
 覚えていない、って訳でもないから多分聞いていないんだろう。

「女の子のお歳は、ウチの口からは言えませんわ~」

「そりゃそうか」

 まぁ、気になっただけだから、別に良いけど。
 そのうち、マクダウェルに聞いてみよう。
 ……怒られそうだけど。
 それにしても、マクダウェルから仕事、か。
 あんまり聞かない方が良いんだろうな。

「何か手伝える事があったら、言ってくれ」

「ええんですか~?」

「ああ。あんまり役に立てないけどなぁ」

 そう言うと、小さく肩を震わせて、笑われてしまう。

「お兄さんには、荒事は期待してませんよ~」

「そう言い切られるのもなぁ」

 それはそれで、悲しい物があるけどなぁ。
 そう思いはするけど、言い返せなくて苦笑してしまう。
 確かに、月詠が言うような荒事なんかした事無いしなぁ。
 それって、アレだろ? この前の、雨の日に在った老人……あの時みたいな事だろ?
 それは確かに無理だな、と。
 しかし……俺が、月詠達の役に立てること、かぁ。
 っと。

「ほら、眠気覚ましのあっついお茶だ」

「ありがとうございます~」

 淹れたお茶を月詠に渡し、自分の分は手に持って床に座る。

「晩ご飯、何食べる?」

「……はい?」

 暇なので、テレビを付けながら、そう聞く。

「いや、俺に出来るのそれくらいかなぁ、と」

「……面白い人ですねぇ」

 いや、何が?
 うーん、天気は今週はずっと晴れかぁ。
 最近雨少ないなぁ、水不足とかならないと良いけど……。

「面白い、か?」

「普通、ウチにここまで構いませんえ~」

「構う?」

 ……って言うと?
 お茶を両手で持ち、静かに啜りながら……そう言われてしまう。

「何でもありません~」

「そうか。それで、晩は何食べる?」

「んー……まー、それはお兄さんに期待してますわ~」

 それはそれで困るんだが。
 ふむぅ。
 チャンネルを回し、ニュースに変える。
 しかし、晩ご飯か……何するかなぁ。
 というか、まさかこういう事に悩む日が来るとはなぁ。
 一月前には考えられなかった事だ。
 まぁ、小太郎が起きてきたら、三人で考えるか。
 そう考え、俺も月詠に倣って茶を啜る。
 ふぅ……我ながら、今回は中々上手く淹れる事が出来たな。

「お兄さんは、お節介ですね~」

「そうか?」

「はい~」

 そう言われたのは……何か、前にも言われたような気がするなぁ。
 誰に言われたんだったかな……?
 そんな事を考えながら、お茶をもう一啜り。

「きっと、お兄さんみたいな人がお節介って言われるんでしょうね~」

「なんだそりゃ?」

「……さぁ?」

 いや、言ったの月詠なんだけど?
 ま、いいや。

「おはよー、兄ちゃん」

 そんな事を話していたら、今度は小太郎が起きてくる。
 こっちも、月詠と同じように寝惚け眼を擦りながら。

「おはよう、小太郎。顔洗ってこい」

「んー」

 しっかし、アイツは朝弱いなぁ。
 子供って言うのは、朝は早いと思ったんだがなぁ。

「小太郎が朝弱いのって、前からなのか?」

「どうでしょう? 前一緒に仕事してた時は、そう無かったんですけどね~」

 ふぅん。
 だとしたら、元から朝が弱いって訳じゃないんだな。
 麻帆良祭が終わったら、ちょっと言った方が良いかな 

「それじゃ、そろそろ朝食の準備をするかね」

 そう言い、立ち上がる。
 さて、朝食は何作るかなぁ。
 確か塩焼き用の鯵があったから、それと味噌汁とサラダで良いか……。

「で? どうして着いてくる?」

「お手伝いですえ~」

 いや、嬉しいけどさ。
 あと助かるけど……。

「なら、サラダ作ってもらって良いか?」

「はい~」

 切るのは任せて下さい~、と。
 その声を聞きながら、内心で首を傾げてしまう。
 珍しいな、と。
 何かあったんだろうか?
 今日はマクダウェルの用事だって言ってたし……。
 朝食用の鮭をグリルに入れながら、横目で月詠を見る。
 ――難しいなぁ。
 小太郎の事も、月詠の事も。

「なぁ、月詠」

「はい~?」

 どうしたんだ、と。
 珍しく朝食の準備なんか手伝って。
 まぁ、小太郎よりは手伝ってくれるんだけどさ。

「気紛れですえ~」

「いや、そこは自分で言うなよ……」

 俺よりも器用な包丁さばきを横目に、味噌汁を作る事にする。
 具は……豆腐とわかめで良いか。

「それと、ごはんはおにぎりにしてええですか~?」

「……本当、お前はおにぎり好きだなぁ」

「はい~」

 そう言えば、月詠がいつも朝食とかの手伝いをする時は、おにぎりにしてるような気がするな……。
 もしかしたら、おにぎりが食べたいから手伝ってくれてるんだろうか?
 ……間違って無いような気がするのは、何でだろう?

「お兄さんもおにぎり握って下さいね~」

 しかも、俺もか……。
 おにぎりはあまり得意じゃないんだけどなぁ。
 その考えが顔に出たのか、隣の月詠に小さく笑われてしまう。

「……丸いぞ?」

「ええやないですか~。面白いですよ~」

「食べ物で面白がるのもどうかと思うぞー」

 よし、と。
 声に出して気合を入れる。

「小太郎と三人で、また握るか」

 俺一人で笑われるのも癪だし。
 アイツも、俺と同じで丸にしか握れないからな。

「ええですね~」

「そうだろう?」

 我ながら、良い考えだ。
 うん。

「そう言えば、小太郎の今日の相手って誰なんだ?」

 武闘大会には出るんだろう? と。
 月詠は見に……は行かないのかな?
 マクダウェルから用事頼まれたって言ってたし。

「誰でしたっけ? 知らん人ですえ~」

「……なら、勝てると思うか?」

「どうでしょ? ここ、妙に強い人多いですからね~」

 そ、そうなのか……。
 月詠が言うくらいだから、本当に強い人が多いんだろうなぁ。
 うーむ。

「勝てると良いなぁ」

「どうでしょ? お犬は、詰めが甘いですからね~」

「そ、そうなのか……」

 勝てると良いなぁ、と思ってしまう。
 優勝はできなくても、一回くらい勝てたら良い思い出になるんだろうなぁ、と。
 あれだけ楽しみにしてるんだし。

「どないしました~?」

「ん? いや」

 いかんいかん、手が止まってた。
 思い出したように朝食の準備を再開。

「小太郎が勝てたら、晩飯は少し豪勢に外で食うか?」

「ええですね~」

 そう2人で笑い、勝てたら良いなぁ、と。
 月詠もそれに頷いて答えてくる。
 何だかんだ言っても、ちゃんと小太郎が勝てれば良いって思ってるのな。
 なんというか。

「本当に小太郎と、知り合った時間って短いのか?」

「はい~。まだ半年も無いですね~」

 それがどうかしましたか~、と。
 いや、と首を振り、小さく笑ってしまう。

「変なお兄さんですね~」

「すまんすまん」

 でもなぁ。
 犬とか言い、小太郎の事を悪く言ったり、心配したり。
 そう言うところは、結構仲が深そうに見える。
 どういう事なんだろうな?
 何と言うか、アンバランス。
 お犬と小馬鹿にした風に呼んだかと思ったら、小太郎の事を心配したり。
 こうやって朝食を手伝ってくれたりするけど、俺には何も期待してないと一線を引いたふうに言う。
 ……アンバランスというか、何と言うか。
 パズルのピースが合ってないような。
 どこか、ちぐはぐな月詠と言う少女に苦笑してしまう。
 いつか、その事を話せる日が来るのかな、と。
 今はまだ無理だろうけど、そんな日が来たら良いなと。
 なんの“特別”もない俺だから、きっと力にはなれないんだろうけど……。

「それじゃ、一緒におにぎりでも握るか?」

「はい~」

 そう返事をし、楽しそうに笑う月詠。
 この子の本当の“顔”は、どんな顔なんだろう?
 笑顔なのか、それとも……。

「……ぅ」

「相変わらず、丸いですね~」

「判ってただろうに……笑うなよ」

「すいません~」

 そんな事を考えながらおにぎりを握っていたら、見事な丸が出来ていた。
 うん。
 相変わらず丸いな、俺のおにぎり。
 ……判ってたけどさ。
 なんでだろう?

「どないかしましたか~?」

「いや……うーん」

 握り方は真似てるつもりなんだがなぁ。
 何が悪いんだろう?
 さっぱり判らない。

「お兄さんは不器用ですねぇ」

「良いんだよ。楽しければ」

「……そうですね~」

 料理というのはそういうものだと思うのだ。
 まぁ、綺麗に美味く出来た方が、もっと楽しいとは思うんだけどなぁ。

「……むぅ」

「不器用ですね~」

 はぁ。







「それじゃ小太郎、頑張れよー」

「おー。優勝賞金は小遣いに貰う約束やし」

「お前は本当に強気だなぁ」

 そこがお前らしいと言うか。
 『まほら武道会・本戦会場』と書かれた場所で、そう自信満々に豪語する小太郎。
 その頭に手を乗せて、軽く叩くように撫でる。
 しっかし、人通り凄いな。
 ま、二日目のメインイベントに近い人気ではあるよなぁ。

「勝ったら一割くらいは割けてくれよ?」

「へへ。判ってるって」

「……お犬は悩みが無さそうやなぁ」

 そう言ってやるなよ。
 朝は少し心配してたくせに。

「ふん。優勝しても、お前には一円もやらんからなっ」

「セコいな~、相変わらず」

「なんやとっ」

「はいはい」

 ぱん、と手を叩いて言い合いになった2人を止める。
 最近は、このやり取りにも慣れたなぁ。

「頑張ってマクダウェルにも勝てよー」

「へっ。言うとるやんか、優勝するって」

 その言葉が嬉しくて、苦笑してしまう。
 お前は前向きだなぁ。
 そういう所は、本当に羨ましいよ。
 うん。

「それと、」

「あー、はいはい。特別な事は、なんもせぇへんからな?」

 まったく。
 はいは一回、とその頭に手を乗せる。

「よし。それじゃ、頑張ってくれ」

 一勝でも多く出来ると良いな、と。
 後無理はするなよ、と言ってその背中を押す。
 まぁ、怪我だけはしないでくれるとありがたい。
 会場に向かって歩いていく背中を、もう一度見て、俺と月詠も人混みに紛れるように歩き出す。

「月詠は、誰かと待ち合わせとかしてるのか?」

「いえ~、まだそこまで親しい人もおりませんので~」

「……そうか」

 マクダウェルが月詠にどんな事を言ったのかは判らないけど、一人で大丈夫なんだろうか?
 まぁ、だからと言って、俺に手伝える事でもないから……少し歯痒くもあるが。

「それではお兄さんも、お祭りを楽しんで下さい~」

「月詠もな?」

「……ウチは、ウチなりに楽しみますよ~」

 それは良かった、と。
 そう言うと、笑って頷いて返してくる。

「お兄さんは、お祭りは楽しいですか~?」

「もちろん。月詠は?」

「楽しいですえ~。お祭りを楽しむのは、初めてですから~」

 そうか、と。
 ……けど、楽しむのは初めて、か。
 そこにどんな意味があるのか。
 何となく、その言い回しが気になってしまう。

「明日は、ゴタゴタは無しで、楽しめると良いな」

「はい~」

 それでは、と。
 今度は嬉しそうに笑い、月詠も人混みに紛れるようにして去っていく。
 うーん。
 いきなり一人になると、寂しいなぁ。
 それは、ここ最近の三人での生活に慣れてしまったからか。
 いつも近くに人がいるから、ずっと喋れてるというか。
 だからか、久し振りの一人の時間が、少しだけ……何と言うか。
 そう思い、苦笑してしまう。
 子供じゃあるまいし。
 さて、源先生との待ち合わせ時間も近いし、少し急ぐか。
 待たせるのも悪いし。
 こういう時は、男が先、の方が良いだろうし。

「しかし、毎年の事ながら……」

 この人混みは、慣れる慣れないの問題じゃないよな。
 人混みに揉まれながら歩くと、すぐに疲れてしまう。
 ふぅ、運動不足かなぁ。
 やっぱり、今度なんか運動でもやるかねぇ。

「でもなぁ」

 月詠とか小太郎に教わるというのも、少し恥ずかしいというか。
 あと、誰かこういうのに詳しい人って居るかなぁ。
 葛葉先生は……まぁ。
 剣術とかは物騒だしなぁ。
 そんな事を考えていたら、気付いたら世界樹広場前まで来てしまっていた。
 いかんいかん。
 考え事をすると、周りが見えなくなるのは悪い癖だなぁ。
 まぁ、そこまで深く考えても……多分、無いと思うけど。
 そのまま携帯を取り出し――待ち合わせ時間の20分前。
 ま、これだけ早く着たら大丈夫だろ。
 携帯をポケットに入れ、どうするかな、と。
 とりあえず、なんか飲むか。
 近くの自販機で缶コーヒーを一本買い、それを飲みながら近くにあったベンチに腰を下ろす。

「ふぅ」

 今日はどの辺りを見回るかなぁ。
 ま、そこは源先生と相談して決めるか。
 世界樹周りなら、出店も多いし、見回りも一緒に出来るし。それなりに楽しめるだろう。
 朝からは特にイベントもやって無かったしな……。
 今日のメインは、夜間にこの世界樹広場であるライブだったかな?
 それと、パレードも一緒にやる予定だったな。
 時間が出来るなら、月詠と小太郎を誘うのも良いかもな。

「先生、おはようございます」

「へ?」

 と、

「あ、源先生」

 気付いたら、俺の前には源先生が立っていた。
 ……う。
 考え事してて、気付かなかったかな?

「おはようございます」

「はい。何時気付いてくれるかと思ってたんですが」

「う……す、すいません」

 そう言い、美味い言い訳が思い浮かばず、コーヒーを持つのとは逆の手で頬を掻く。

「少し、考え事をしてまして……」

「真面目ですねぇ」

 そう言う訳ではないんですけど、と。
 俺の隣に腰を下ろしてくる源先生に苦笑しながら、そう答える。
 考えてたの、仕事の事じゃないしなぁ。

「これから、どこを回りましょうか?」

「そこは、先生にお任せしますよ」

「……そうですか?」

 それは難問ですねぇ、と。
 一応、昨日この辺りは一通り回ったけど、源先生とか。
 ……どこをどう回れば良いんだろう?
 困ったな。

「それじゃ、色々見て回りましょうか?」

「あら、ノープランですか?」

「お祭りですからね。歩いて良い店探すのも楽しいですよ、きっと」

 生徒達のお店ですからね、と。
 きっと、失敗だらけの店でも、良い店は沢山あると思う。
 折角のお祭りなんだし、楽しみを探しましょうか、と。
 本音を言いますと、源先生がどういう店が好きか知らないので、迂闊な事は言いたくないな、と。
 そういえば、趣味とかそう言うのも全然知らないんだよなぁ。

「見回りもしないといけませんしね」

「ふふ、そうですね」

 それでは、行きましょうか、と。
 でも、あんまり歩き回るのもアレだろうしなぁ。
 ……難しいなぁ。
 とりあえず、まずはこの辺りの出店を冷やかして回るか。


――――――エヴァンジェリン

 うーむ。

「どうしたんだい、エヴァ?」

「いや……知らない名前ばかりだ、とな」

 先ほど超から発表されたトーナメント票を睨みながら、一言。
 まぁ、真名とは反対側だから良いか。
 最後まで残るにしても、当たるなら決勝か。
 ……そこまで、この茶番に付き合う気も無いが。
 それに、一千万と言われてもなぁ。
 チラリ、と隣に視線を向ける。

「ん?」

「一千万、欲しいのか?」

 とりあえず、聞いてみた。

「そりゃね。遊びで一千万なら、良い小遣いになるし」

「……一千万は小遣いの範疇を超えてると思うぞ?」

 どうでも良いけどな。
 ま、少しは真名に楽をさせてやるのも良いか。
 こっち側でそれなりに強そうなのは……。
 誰だ?
 あんまり、こういうのは詳しくないからな。

「なぁ、真名。私と戦いそうな奴で、強いのって誰だ?」

「んー……多分、エヴァの相手になるのって居ないと思うよ?」

「そうか?」

 一回戦は名前を知らないヤツ、上手くいけば、二回戦はぼーやとだ。
 そうなると、私が参加するのは二回戦までなんだが……ふむ。
 しかし、真名の方がなぁ。
 クーフェイに長瀬楓に、小太郎の連続である。

「そっちは大変そうだなぁ」

「まぁねぇ……」

 そう言って、一つ溜息。
 一回戦からクーフェイだもんな。

「勝ち残れそうか?」

「厳しそう」

 だなぁ。
 武器禁止だし。
 何でもアリなら、お前だって勝ち目があるだろうけど。
 クーフェイと長瀬楓はこういった大会なら反則気味だからなぁ。
 無手で強い。
 そう言うのは、武器使いの真名には荷が重いだろう。
 小太郎は……まぁ、まだまだ甘い所があるからなぁ。
 クーフェイみたいにまっすぐでも、まだ付け入る隙がある。

「そういえば、素手で行くのか?」

「まさか。そんな馬鹿正直じゃ、それこそ優勝なんて無理だよ」

「……一応、優勝は狙ってるんだな」

「勝負を投げるには、少しばかり一千万は景気が良すぎる」

 そうか。
 ふむ。

「それに、三回戦までは勝ち残らないとね」

 ……そうか。
 三回戦は、小太郎。
 そこまで残れば――まぁ、うん。
 チラリ、と。
 問題の2人を見る。
 小太郎の方は、まぁ問題無いだろう……と思う。
 私からも、先生からも言ったから。
 これで“気”を使うなら、どうしてやろうかとも思うが。
 まぁ大丈夫だろう。
 何だかんだで、先生の言う事は正直に聞いてるからな。
 問題は、だ。

「おい、ぼーや」

「ぅ……は、はい?」

 ……お前は。
 教師なんだから、もう少し胸を張れんのか?
 どうして私に怯える?
 まったく。

「何でこの大会に出場したんだ?」

「そ、それは……その」

 はぁ。
 相変わらずのだんまりか。
 そう目を逸らして、気弱そうに話す姿は――まるで、麻帆良に来た当初のよう。
 最近はもう少しマシだと思っていたんだが。
 さて、この大会にそれほどの“何か”があるのか。
 超から何か言われたらしいが、じじいに聞かれても答えなかったからなぁ。
 よっぽどの理由なのか。
 ……あのじじいも、本当甘いな。
 まぁ流石に、あの懐中時計を模したタイムマシンはじじいが取り上げたが。
 アレは危険すぎるからなぁ。
 過去を変えられるとか……未来がどうなるか判ったものじゃないだろうに。
 大体、時間を弄るなど。
 人の出来る範疇を超えている。
 超の目的が何なのか。
 この大会で少しでも判れば良いんだが。
 ま、それは今はどうしようもないか。

「今のままじゃ、一回戦も危ないぞ?」

 まぁ、私としてはそっちでも助かるがな。
 魔法無しのぼーやじゃ、きっと格闘を齧った一般人と五分五分といった所だろう。

「そうとも限らないと思いますよ?」

 と。
 その声は、私の後ろ。

「――――――」

 な――。
 私と真名が振り返るのは同時。
 ……まったく気配が……。
 そこに居たのは、白のローブに身を包んだ男。
 今対峙しても、その気配は希薄で――まるで、目の前に居るのは幻影のよう。
 なのに――。

「こんにちは、古き友よ」

 その男は、私を友と呼んだ。
 それは、私を知っていると言う事。
 私を――。

「貴様ッ」

 一人、知っている。
 私が居場所を把握していないで、それで私を友と呼ぶ――馬鹿を。
 思い出すと、確かに。
 この魔力の質は…。

「何故ここに居る!? 私は、お前の事も探していたんだぞ!」

「ええ、知っています」

 んなっ。
 あ、あっさり言ったな、この男……。

「知ってたら顔くらい出せ、このッ」

「ははは。私のこの性格は、流石に十数年じゃ直りませんでしたね」

「他人事みたいに言うなっ」

 くそっ。
 なんで――。

「いやー、面白そうなお祭りでしたので」

 つい出てきてしまいました、と。

「つい、じゃないだろ!?」

 笑いながら言う事か!?
 違うだろっ。

「あと、貴女が楽しそうなのに、私が参加できないのは寂しくて」

「……は?」

 楽しそう?
 私が?

「楽しいわけあるかっ。こんな面倒事で、折角の祭りの時間を潰されて――」

「楽しそうじゃないか」

「真名、お前は黙ってろっ」

「むぅ」

 楽しくなんかあるかっ。
 面倒なだけだ、と。
 まったく――。

「相変わらず怒りっぽいですねぇ」

「誰が怒らせてるんだっ」

 くそ……はぁ。
 相変わらずだな、コイツは。

「え、エヴァンジェリンさん?」

「ん? なんだ、ぼーや?」

 私は今、非っ常に機嫌が悪いぞ?
 そう視線を向けると、真名の後ろに隠れられた。
 ……ぬぅ。
 その反応はそれで、ムカツクな。

「はっはっは、フられましたねぇ」

「五月蠅い」

 ちっ。

「それより貴様、今までどこで油を売っていた?」

「それは内緒です」

 一発殴ってやろうか、この男。
 はぁ……。

「初めまして、ネギ君」

「は、はい? 僕の事……」

「ええ、よく知ってますよ」

 そうだろうよ。
 ――だからこそ、どうして今まで現れなかったのかが気になる。
 この男にとっては、ぼーやは、ナギの息子は……。

「クウネル・サンダースと言います」

「あ、御丁寧に。ネギ・スプリングフィールドです」

「誰だ、ソレ!?」

「私の名前ですよ? ほら」

 そう言って指差したのは、トーナメント表。
 はぁ?
 ――って、本当にあるし。
 何考えてるんだ、コイツ?

「アホだろ、お前?」

「心外な。結構会心の名前だと思うんですが……」

「なんか、どこかのファーストフード店みたいな名前だね」

 言ってやるな、そこは。
 なんか満足みたいなんだし、触れてやらないのが優しさだろうよ。

「ええ。いつもお世話に――」

「……まんまか」

 はぁ……コイツの相手は、疲れる。 
 本当に。
 なんかぼーやに言おうとしてたはずなんだが、忘れてしまった。
 なんだったかな。

「それで、エヴァ? この人は誰なんだい?」

「あー……」

 どうする、と視線を向ける。
 本名ばらして良いのか?

「キティの古い友ですよ」

「その名前を呼ぶなっ」

 殴るぞ、本気でっ。

「キティ?」

「聞くなっ」

 そう真名に釘を刺し、アホの腹に一発拳を叩きこむ。
 ……ちっ。
 丁寧にローブに防御魔法を仕込んでるのか。
 相変わらず、この手の事は得意だな。

「どうしたんですか、キティ?」

「その顔を殴ってやろうか……?」

「おー、怖い怖い」

 何がだ。
 本気で怖がってないだろうが……くそ。
 あー、まったくっ。

「……何しに来たんだ、お前?」

「おや、お疲れですか?」

 誰の所為だ、誰の。
 はぁ。

「いえいえ。友の息子の晴れ姿を特等席ででも、と」

「はぁ?」

 ぼーやのか?
 ……当の本人は、きょとんとしてこっちを見てるけどな。
 まぁ、説明してないから訳が判らないのは判るが……もー少しマシな顔は出来んのか?

「見る価値あるか?」

「仮にも、貴女の弟子でしょうに……」

「弟子というには、足らないものが多すぎるがな」

 自覚とか、そういうのが。
 自分の力量も判らずにこんな大会に出るくらいだしなぁ。

「まぁ、決勝までは無理そうですが――貴女との勝負は見れそうですしね」

 今はそれで満足しておきます、と。
 ふん。
 お前、ぼーやと戦う気だったのか。
 まぁ――判らなくもないが。
 初めは私もそうだったからなぁ。
 ま、いい。

「……流石に、時期尚早といった感じですしねぇ」

「何の話だ?」

「いえいえ。こちらの事です」

 はぁ。
 お前、それ言いに来ただけか?
 本当に暇人だな……。
 相変わらず掴みどころが無いというか。

「ネギ君」

「はい?」

 そう溜息を吐く私を置いて、ぼーやに近づくアルビレオ・イマ。
 時期尚早、か。
 どうにも――気に入らないな。

「大きくなりましたね」

 そう言って、ぼーやの頭を撫でる様は、本当に――親子か、歳の離れた兄弟のよう。
 それを遠目に眺めながら、溜息を一つ。
 ――コイツが出てきたという事は、だ。
 厄介な事が起こるのかもな。
 今まで身を隠して、私にも見付からないようにしていたんだし。
 はぁ。

「疲れてるね?」

「まぁな……アイツとは相性が悪いんだ」

 あの性格はなぁ。
 実力は折り紙つきなのだが、どうにもなぁ。

「そうだ、キティ」

「だからその名を呼ぶなっ」

 本気でその横っ面殴るぞ。グーで。

「む……この綺麗な顔に傷は、あまりいただけませんね」

「自分で言ってるよ」

 そこには触れるな、真名。
 アイツの話に一々反応していたら、疲れるだけだ。
 自分の顎を指で撫でながら、では、と。

「マクダウェル」

「よし。そこを動くな。顔の形を変えてやる」

「どうどう」

 離せ真名っ。
 アイツを殴らせろっ。

「え、エヴァンジェリンさん、落ち着いて下さいっ」

「ははは。楽しそうですねぇ、エヴァンジェリン」

「お前が言うなっ」

 楽しくなんかあるかっ。
 くそっ。

「それでは、エヴァンジェリンを押さえていて下さい、ご友人」

「おっけー」

「離せーっ」

「話が進まないから」

 進まなくても良いから殴らせろっ。
 一発、一発で良いから。

「絶対一発じゃ済まさないだろう?」

「当たり前だ」

 最低二桁は殴る。
 絶対。
 最悪、コイツが出場出来なくなっても別に構わないし。

「じゃあ離さない」

「ちっ」

「流石に、友達に流血沙汰は、ちょっと……」

 ……ふん。

「それではマクダウェル」

「お前がそう呼ぶなっ」

「おやおや、それは失礼。――それでは、エヴァンジェリン」

 くそっ。
 ……疲れた。

「あ、力尽きた」

 後ろから腕を抱えられる様にして、真名に支えてもらいながら、溜息を吐く。
 もうぼーや放っておこうかな。
 なんかもう、全部面倒になってきた。

「それでは一回戦始めますので、選手の方は会場の方へ――」

「あ、僕だ」

 む、もうそんな時間か。
 そう言って朝倉についていくぼーや。
 ……というか、今日の審判は朝倉なのか?
 昨日といい。
 何やってるんだ、アイツ?
 あと、もう離して良いぞ、真名。
 殴る気力も無くなったから……。

「ふむ、それでは貴女の弟子がどれほどのものか見せてもらいましょうかねぇ」

「だから、今は弟子と言えるようなものじゃないがな」

 肩を落として、そう言う。
 それなりに、戦い方は教えているが。
 こういった一対一の戦い方なんて、教えて無いぞ。
 そこまでの技術も無いし。
 アレは多対一、多対多で本領を発揮するタイプだ。
 ナギとは違うんだからな。

「そうだ、エヴァンジェリン」

「なんだ?」

 もう、何言われても反応しないからな?
 これ以上疲れたら、それこそもう、試合なんてする気も起きないし。

「賭けをしませんか?」

「賭け?」

「はい。ネギ君が一回戦を通過できるかどうか」

 ……ふむ。

「面白そうですね」

「でしょう?」

 ……何故お前が乗る、真名。
 まぁ、別に良いが。
 どうでもいいし。

「私は、ネギ君が勝つ方に」

「む――まず、賭けるモノを話しましょう」

「ふふ。私は、この一葉の写真をある人へ渡そうかと思います」

 …………写真?
 また、何というか……突然だな。
 というか、それ賭けか?
 私も真名も関係ないじゃないか。
 そう言ってローブの袖から一葉の写真を取り出すアルビレオ・イマ。

「これです」

 ――――――。

「乗った」

「乗るなっ」

 そ、それっ。
 昨日の予選の時のじゃないかっ。

「何でお前がそんなのを持ってるんだっ!?」

「いえいえ、心優しい人から――」

「朝倉だね」

 何でそこに確信が持てるんだ、お前?
 まぁ、私も十中八九そう思うけど。
 というか、何でその写真なんだっ。
 その写真には……何と言うか、巫女装束姿の私が映っていた。
 しかも、丁度予選終了直後なんだろう。
 なんというか、うん。
 汗かいてたり、少し服が乱れたりしてた。

「――買いました」

「貰ったじゃない所が、余計に朝倉らしい」

「納得する所か!?」

 あと、それ寄越せっ。

「おっと」

「ちっ」

 ぬぐぐ――その写真を持った手を、高く上げるアルビレオ・イマ。
 あーっ、ムカツクな、コイツっ。
 あまりに腹が立ったので、無駄だと思いつつもその足を全力で踏み付ける。
 が、全然痛くないのだろう。その笑顔は崩れない。
 やはり、靴の方にも何か細工しているのだろう。

「それでは会場の方へ行きましょうか――」

「龍宮真名だ。真名で良いよ、クウネルさん」

「そうですか、真名さん」

 何で意気投合してるんだ、お前ら?
 なんか違わないか?

「って、私との賭けじゃないから、私の写真は寄越せっ」

「私が賭けを振ったのは貴方ですよ? 乗ったのは真名さんですが」

「すまないエヴァ。……どうにも、私の本能が」

「そんな本能、捨ててしまえッ」

「相変わらず手厳しいね」

 あー、まったく。
 ぼーやから大会に出た理由を聞きだそうと思っていたのに、それどころじゃない。
 何なんだ、一体。
 くそ。
 ……あーっ。
 ぼーやの相手誰だっ!?

「田中?」

 トーナメント表には、田中という名字だけ書いてあった。
 また、地味な名前だなー。
 ……こりゃ駄目か?
 いやいや、諦められんだろ。うん。
 何せ相手はぼーやだ。
 田中にだって勝ち目はあるさ。




――――――チャチャゼロさんとさよちゃんとオコジョ――――――

「ふぃー……まさか、会場がペット禁止とはなぁ」

「はいー。予想外でしたねぇ」

 いやはや、木乃香の嬢ちゃんには悪い事をしたなぁ。
 折角連れて来てもらったのに、オレっちが入れないなんて。
 なので、会場の屋根の方にチャチャゼロさんとさよ嬢ちゃんと一緒に登って鑑賞する事にしてる。
 いいね。
 周りに誰も居ないから喋り放題だぜ。

「イイケドヨ、一試合目カラ、オ前ノ御主人様ジャネーカ」

「へ? おー、ネギの兄貴ー!!」

 頑張って勝って下さいよーっ。
 何か相手、筋肉ダルマっすけど……。

「ネギ先生、大丈夫でしょうか?」

「魔法抜キダカラナァ。“戦イノ歌”ガアルトシテモ、五分五分ジャネ?」

「うーっ。頑張って応援しましょう、カモさんっ」

「おうよっ」

 がんばれーっ、兄貴ーっ。
 きっとこれに勝てたら、姐さんも褒めてくれますよーっ。
 ……いつも苛められてるんですから、ここで少しでも良い所をーっ。






[25786] 普通の先生が頑張ります 58話(修正版
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/30 22:52

 うーむ。
 なんというか、まぁ、うん。
 ぼーや……あー、えーっと。

「いやはや、近頃は化学もバカになりませんねぇ」

「……そんなレベルか?」

 何と言うべきか迷い、とりあえずそう答える。
 うん。

「駄目だろ。科学部」

「科学部じゃなくて、工学部ですよー」

 ……問題はそこじゃないだろ、葉加瀬。
 私の隣に立つ葉加瀬が、律義にそう返してくる。
 麻帆良武道大会の第一試合。
 ぼーやと、田中とか言う奴の勝負だったのだが……だ。
 むぅ。
 空いた口が塞がらないと言うか、溜息も出ないと言うか。
 顎に手を添え、とりあえずコメントは控えておく。
 もう、なんだ。
 色々酷いと思う。
 あと茶々丸? お前後でお仕置きな?
 なに暢気に大会の解説なんてやってるんだ。
 そりゃ、お前に何をしたらいけない、とは言ってないが……。
 流石に、こういった大きな大会に関係する事をするなら、一言言ってくれ。

「うっわ、すっげぇ!? 姉ちゃん、ロケットパンチやでっ」

「そ、そうだな」

 その葉加瀬の隣では、小太郎が年相応の子供のようにはしゃいでいた。
 そして、会場の約半分であろう――男連中のテンションも、上がってきている。
 なんでだろう?
 そんなにロケットパンチが良いのか?
 あんなの、効率的じゃないだろうに。
 一回使ったら回収しないといけないんだぞ?
 田中のは有線だから、線切られたら多分もう使えないんじゃないのか?
 実際、一発撃ったら線を巻いているのだろう。連射は出来ていない。
 不便じゃないか。
 ……そう言ったら、物凄く怒られた。
 …………納得がいかん。
 が、面倒なので反論はしないでおく。
 ちなみに真名は長瀬楓の激励に、控室へ行っている。
 このテンションの連中の中に置いていかれると、こう、なんだな。

「エヴァンジェリンさんには、浪漫が無いです」

「まったくや」

 …………物凄く、納得がいかない。
 私が悪いのか?
 だって有線だぞ?
 明らかに効率悪いじゃないか。
 まだ手に火薬仕込んで、単発のミサイルパンチにした方が便利だと思うんだがなぁ。
 ……言わないけど。
 さっき葉加瀬に怒られた時、少し目が血走ってたから。
 あとクソ犬? お前、この私に良くもそんな口が聞けるなぁ。

「ロケットパンチとドリルは男の浪漫ってヤツや」

「そ、そーか」

 そういうものなのか?
 ……良く判らん。

「杭打ち機は流石に許可が下りませんでしたが……」

「……死ぬだろ、ソレ」

 というか、ロケットパンチはともかく、ドリルと杭打ち機は殺傷能力が高過ぎるだろう。
 レーザーもあまり言えないだろうが。
 あれって熱線だろう?
 ルールに引っかからないんだろうか?
 まぁ、朝倉も何も言わないし、良いんだろうなぁ。
 というか、何気にアイツ、反射神経良いよな。
 上手い具合に田中のレーザーやらロケットパンチやら避けてるし。
 半泣きだけど。
 ざまぁみろ。
 しかしまぁアルの奴も子供みたいにはしゃいで……こういうのが好きなんだろうか?

「なぁ、アル?」

 私を挟んで、葉加瀬の反対側に立つあるを見上げながら、声を掛ける。
 ……お前、もう結構良い歳だよな?
 あんな非効率的なのを見て、どうにも思わないのか?

「なんですか、エヴァンジェリン?」

「……こー言うのが、お前好きなのか?」

「男なら、田中さんの可能性に胸を躍らせない人はいないでしょう」

「…………そ、そうか」

 そういうものなのか。
 男というのは、良く判らんのが好きなんだなぁ。
 あんな筋肉ダルマの、どこが良いんだか。

「エヴァンジェリンには、まだ男の浪漫は早かったようですね」

「……はぁ」

 なんだ。
 言い返す気力も無い。
 とりあえず、頑張れ田中。
 私の為に。
 ……そう応援する事すら、なんか嫌だ。
 視線の先。
 特設リングでは、ロケットパンチやら、レーザーやらを避けるぼーやが頑張っている。
 何でだ?
 ロケットパンチは連射出来ないんだから、その合間に攻めればいいじゃないか。
 そう言ったら、また怒られた。
 ……何故怒られたのか、全く判らない。
 私か? 私が悪いのか?
 むぅ。

「まぁ、良いか」

 このまま、ぼーやがあの田中とかいうロボットに負ければ、仕事が一つ減るし。
 後は、反対側のトーナメント表の小太郎が負ければ、私がこの大会に出る理由も……。
 ……あー。

「なぁ、アル?」

「なんですか、古き友よ? 今少し忙しいんですが」

 何もやってないだろうが。
 まったく。

「田中さん、頑張って下さい」

 応援し始めてるよ。
 お前、ぼーやが勝つのにか賭けてるんじゃないのか?
 ……相変わらず良く判らんヤツだ。
 楽出来るから、別に問題は無いが。
 というか、だ。
 お前、今まで隠れて生活してたんだろうに、そうやって声出して応援して良いのか?
 まぁ、これだけ回りも応援してるならそう目立たないだろうが。
 なんか良く判らん“男の浪漫”とやらで田中を応援する男連中と、見た目可愛らしい子供であるぼーやを応援する女連中。
 どっちもどっちと言うか……格闘技の事は、誰も楽しんでないよなぁ。
 ふぁ……賑やかな連中に囲まれながら、欠伸を一つ。
 なんだかなぁ。
 なんといか……。

「暢気なもんだ」

 それは私の事か、私の周りで騒ぐこいつ等の事か――両方か。
 超鈴音の事もある。
 それでも……それを判っているからこそ、暢気だな、と。
 どうしてだろうか?
 昨日はああも慌てたが、今日はそう慌ててはいない。
 そりゃ、超の目的が判らないから、というのもある。
 どう行動するかも予想できないしな。
 じじいからは、魔法先生はこの事に当てると言われている。
 超の行動への対応へと。
 タカミチも、超のマークについているはずだ。
 その代り、魔法生徒は見回りを、と。
 魔法生徒の件は聞いていなかったが、律義に真面目な魔法生徒が報告しに来たしな。
 ……はぁ。
 そりゃ、私も魔法使いの一人だ。
 そうやって言ってもらえると助かるが……なぁ。
 やはり、何と言うか……そうやって言ってもらえると、何かと助かる訳だ。
 いろいろと。今まではそんな事は、こっちで調べるか、無視してた訳だし。

「おや、エヴァンジェリン。楽しんでないようですね」

「考える事が多いんでな」

「おやおや、そうですかそうですか」

 ……ムカツクなぁ。
 誰かこいつを、一回黙らせてはくれないものか。
 物理的にでも良いから。

「しかし良いのか? このままじゃ、ぼーや負けるんじゃないのか?」

 明らかに、劣勢だし。
 これが魔法有りなら、ぼーやの勝利は揺るがないだろう。
 ロケットパンチやらを確実に避けれる距離から、魔法で攻撃すれば良いだけだから。
 だが今は違う。
 “戦いの歌”で肉体を強化して避けてはいるが、そこまでだ。
 そこから先――近付いてからの攻撃が無い。
 それはそうだろう。
 私は、ぼーやを砲台として教育してきたのだから。
 それはぼーやも判っているはずだ。
 一人では戦えない。
 勝負以前の問題だ。戦闘になりはしない。
 近付かれたら何も出来ない、典型的な魔法使い。
 それが今のぼーやだ。
 しかも、逃げ道の無いリングの上。
 それでも、何か策があるのか、とも思っていたが。
 ……あの調子じゃ、なにも無いんだろうなぁ。
 田中の攻撃を無様に避ける姿を見ながら、小さく溜息。

「あの子も、必死なんですよ」

「ん?」

「ナギの事です。手掛かりを求めてこの大会に出場したんだと思います」

 ナギ?
 ……まぁ、そうかもな。
 15年前は、この麻帆良に居たわけだし。
 それに、日本にもいくつか隠れ家を持ってるみたいだし。
 京都然り、である。
 だが、それと今回のが何か関係あるのか?

「以前。この大会にナギが参加した事があるんですよ」

「……は?」

 なんだそれは?
 初耳なんだが。
 というかじじい、お前知ってて何で黙ってるんだ?
 まぁ、こっちは知らなかったから、聞いていないんだが。

「知らなかったのですか?」

「ああ。本当なのか?」

「ええ」

 そう言い、楽しそうに笑う。
 それは本当に――楽しそうに。

「子供が親を求めて、ああやって頑張ってるんです」

「ふぅん」

 なるほどなぁ。
 しかし、こんな大会に出ても、ナギの情報なんて何もないだろうに。
 親を求めて、か。
 はぁ。

「馬鹿だな」

「貴女から見たら、そう見えるかもしれませんね」

 ふん。
 それじゃまるで、私以外には別のように映っていると言うのか。
 だがまぁ、ナギ、か。

「アル。お前の仮契約カードを見せてくれ」

「嫌ですよ」

 む。

「答えが簡単に判ったら、面白くないじゃないですか」

「……ならせめて、それをぼーやに見せてやれ」

 そうすれば、もうこんな馬鹿な事はしないだろう。
 少なくとも麻帆良に居る間は。
 アルビレオ・イマはナギ・スプリングフィールドの友人であり、従者。
 それは、魔法界側の一部では良く知られている事だ。
 そして仮契約カードは、ある意味で最も有効な生存確認に使える。
 生死でカードの模様が変わるからだ。

「言ったでしょう? 時期尚早だと」

「どういう事だ?」

「あの子が私を納得させられるだけの“力”を身に付けたら、教えましょう」

「……別に、そこに“力”が必要か?」

 教えるだけならタダだと思うがな。
 まぁ、私も無料で教えてやるほどお人好しではないしな。

「ええ」

 聞くだけで“力”が必要か?
 まぁ、試練と言えば、聞こえはいいが。
 お前はムカツク奴だが、そんな意地悪はしないと思っていたんだが。

「だってあの子。ナギが今どういう状況か知ったら、きっと何もかも捨てて行動しますよ?」

「……あー」

 否定は出来んなぁ。
 現に、今は勝手に動いた結果が、この大会の、この状況な訳だし。
 アルが言う“力”は、私が考えていたのとは、少し違うのか。
 まぁ確かに。
 それだと“力”は必要だな。
 毎回こんな行動をされていたら、じじいの首がいくつあっても足らないだろうし。

「そういう訳です」

「そこは気長に待つしかないなぁ」

 地道な毎日が一番の近道とは……きっと、ぼーやには思いもしないだろうな。
 だがまぁ……それを教えてやるほど、私も、世界も優しくはないが。
 何時それに気付くのか。
 それとも気付かぬまま、麻帆良での任期を終えるのか。
 そこはぼーや次第か。

「それに、英雄の息子なら確かな“力”が必要なのも事実です」

 手を抜いた私を下せる程度の、と。
 それはどうだ?
 10歳の子供にそこまで求めるのは……まぁ、世界は求めるんだろうが。
 そう考えると、ぼーやも可哀想だな。
 人並の子供の幸せ、か。
 それがどんなものかは私も忘れてしまったが、少なくともぼーやには縁遠いものなのだろう。

「今のままじゃ、他人も自分も守れません」

 そうだな、と。
 可哀想に。
 そう思うのも間違いなんだろうが、そう思ってしまう。
 あの年頃なら、まだ誰かに守ってもらう立場だろうに。
 それは魔法使いでも、そうでなくても変わらない当たり前の事。
 ……ぼーやには、その“当たり前”すら遠いのだ。
 英雄の息子である故に。

「ですから、私が口を挟むのは、あの子が自分を守れるようになってからです」

 そうか、と。
 それは何時になる事やら。
 英雄を特別視する世の悪意、それはぼーやには荷が重すぎると思うがな。
 ま、今はそれにすら気付いていないだろうが。

「貴女は、ナギの事は聞かないのですか?」

「ん?」

 ついで聞かれたのは、私に対しての、ナギの事。
 ナギの事、か。

「生きているんだろう?」

「……どうでしょうか?」

 ふん。
 お前の態度を見れば判るよ。
 それに、仮契約カードを見せない所も……きっと。
 以前ぼーやが言ったのは本当だったのか。
 ナギが生きている――か。

「それが判れば、十分だ」

「おや?」

 ふん……なんだ、そんなに驚いて。
 そんなに変な事を言ったか?

「以前の貴方なら、一も二も無く飛びつくと思ったんですが」

「――どうだろうな」

 そうなのかもな。
 それとも、そうじゃないのか。
 今となっては、もう判らない。
 15年前の私が、今この時……どんな行動を起こしたのか。
 確かに私は、ナギが好きだ。
 うん。
 ……好きなのだ。
 死んだと聞いた時は泣いたし、生きていると聞いた時は嬉しかった。
 そして今も、アルとの会話で生きていると確信し――嬉しいのだ。
 胸に手を添え、そこにある想いの感触を確かめる。
 確かにここに在るのだ。
 ナギへの想いは。

「生きているのが判れば良いさ。探しに行けば良いだけだしな」

 登校地獄の呪いの目処も立っている。
 来年にでも良いし、高校くらいまではここに居ても良い。
 それか……まだ少し待つのか。
 ま、先の事はまだ判らないか。

「ふむ――貴女にしては、やけに殊勝ですね」

「お前にだけは言われたくないがな……」

 本気で顔の形を変えてやろうか。
 まったく。

「ですが……」

 ん?

「エヴァンジェリン。あなたが――貴方の求めた彼と再び会える日は、来ないかもしれません」

「……お前の、下らん予言か?」

「そうかもしれません」

 ――そうか、と。
 私の求めるナギ、か。
 それと会える日は来ないかもしれない、と。
 そう言われ……空を見上げる。
 空は高い。
 きっと、あのバカも、こんな青い空をどこかで見ているのだろう。
 この世界か、それとも別の世界かは判らないが。
 生きて、空を見ているのだろう。

「どうだろうな?」

「はい?」

「……なんでもない」

 願って、叶わない事が多いのは知っている。
 世界とはそういうものだ。
 どうしようもなく残酷で、平等だ。
 それは、誰よりもきっと――私が知っている。
 叶わない想いもあるだろう。
 報われない願いもあるだろう。
 だがきっと――届かない言葉は無い。
 目を閉じ、息を深く吸う。
 ナギ。
 ナギ=スプリングフィールド。
 息を吐きながら、心中でその名を呼ぶ。
 それでも。
 それでも私は、この名前を呼び続けよう。

「私が何者かは、お前も良く知ってるだろう?」

「ふむ……」

 私は吸血鬼、永遠を生きる存在だ。
 そしてナギは生きている。
 なら、後は簡単だ。

「アイツが死ぬ前に探し当てるさ」

「貴女らしい答えですね」

「ふん――いつか必ず、どこかで会えるさ」

 それがどんな形であれ、どんな場所であれ。
 私は必ず、またナギと出逢うさ。
 私がそう望む限り。

「強くなりましたね」

「……お前に言われると、無性にムカツクのはなんでだろうな?」

「なんででしょうね?」

 ちっ。
 お前が、私をまるで――吸血鬼として扱わないからだろうが。
 詠春を少しは見習えというのだ。まったく。
 そう思いながら、視線を試合会場に移す。
 試合の方は、ぼーやが劣勢。
 このまま負けるかな?
 それはそれで楽ではあるが……。

「む」

「賭けは私の勝ちのようだな」

 流石に、もうそろそろ疲労もピークだろう。
 それなりに体力強化の修行もしたが、実践と訓練じゃまた疲労の度合いが違う。
 特にぼーやは、こんなに大勢の前で戦うのは初めてだろうし。
 開き直れるような性格でもないしな。
 魔力はまだあるだろうが、体力が先に底をついたか。
 ま、これで自分がどれほどのものか良く理解できただろう。

「ふん。さっさと写真を寄越せ」

「――――――」

 そう言うと、無反応。
 このまま賭けを反故にするつもりか、と思いアルの方を向くと、

「お前、何やってるっ」

「何の事ですか?」

 なにしれっと――。

「いま――」

「試合がありますからね、少し瞑想していただけですが?」

「――んな」

 わけあるかっ。

「今お前――ッ」

「なんですか? 私が何かをしていましたか? 目を瞑っていただけですが?」

 ――い、言えるかっ。
 と言うかお前、私の前でよくも堂々とっ。
 慌ててぼーやの方を向く。
 すると、視線がこちらを向いていた。
 いや、正確には私ではなく私の方……。 
 隣を見る。
 ……口笛なんか吹いてた。

「反則だろ、それはっ」

「何の事ですか?」

 とぼけるなっ。
 今お前、念話――あの時か!?
 控室でぼーやの頭撫でた時っ!
 こ、こいつ……。

「そこまでして勝ちたいかっ」

「何の事か、さっぱりですねぇ」

「嘘吐けっ」

 な、な、な……。

「田中ぁっ、勝てっ!!」

「おお、エヴァンジェリンさんも、やっとタナカの良さに――」

 そんなんじゃないわっ。
 くっ――まだだ。
 ぼーやの体力は底をついている。
 なら後は……。

「さぁ、ここです」

「――――」

 アルのその言葉は無視。
 田中のロケットパンチを、今までのように大きくではなく、最低限の動きで避ける。
 その際に、間合いを間違えて左の二の腕を軽く裂き――そのまま駆ける。
 そこは、今まで通り。
 ここからだ。
 ここから先の武器を、ぼーやは持っていない。
 それをどうアドバイスしたのか――。
 “戦いの歌”で強化した脚力で一気に間合いを詰め、その懐へ――。
 潜り込む前に、田中の口が開く。
 レーザー。
 それを判っても、その足は止まらない。
 いや、更に加速し、一気に懐に潜り込む。
 さっきまでのぼーやには無い、思い切りの良さ。
 おそらく、自分で考えたのではなく――誰かのアドバイス。
 その誰かの足を踏みながら、右の親指の爪を噛む。
 田中、勝て。
 まだやれるだろうが。
 ――ただの一撃くらい耐えてみろ。
 しかし、

『おぉっと!? 田中選手……選手? まぁいいや。子供先生のボディへの一撃でダウンっ』

「立てーっ!!」

「田中さん、立って下さいっ」

「タナカーっ」

『この大声援に答える事が出来るか、田中選手っ』

 ……やけに人気あるなぁ、田中。
 なんでだ?
 私としては、確かに勝ってほしいんだが……どこが良いんだ?
 さっぱりだ。
 それよりも、だ。

「遅延呪文か」

 しかも、使ったのは魔法の矢・光の一矢。
 雷属性のソレなら、機械の田中は耐えられないか……。

「まぁ、動きながらは慣れてないようで、一矢だけですが」

「……やはりアドバイスしたんじゃないか」

「いえいえ。見てただけですよ?」

 嘘吐けっ。
 このっ、このっ。
 さっきまでのぼーやが、そこまで頭を回して戦えるかっ。
 ただでさえ、戦場を見る目も育ってないというのにっ。

「ははは、キティ? そんなに足を踏んでも、痛くありませんよ?」

「五月蝿いっ」

 反則じゃないかそんなの。
 賭けは無効だっ。
 あとキティと呼ぶなっ。

「しかし、賭けたネギ君が勝ったとはいえ……田中さんには、もっと頑張ってほしかったですね」

「……いや、賭けは無効だろ? 反則だろ? さっさと写真寄越せよ」

「何を言ってるんですか?」

 お前こそ何を言ってるんだ?
 殴るぞ、本気で。

「私は真名さんと勝負しましたからねぇ」

「だったら代わりに、私がその写真を貰うっ」

「駄目ですよ、賭けは賭けなんですから」

「五月蠅いっ! いいから寄越せっ!」

 あんな写真、誰それに見せられるかっ。
 ……ああ、どうして私は、昨日あんな格好で予選に出たんだか。
 面倒臭がった罰か……はぁ。

「それでは」

「あ、ちょ――待てっ」

 そう一瞬油断した時、その隙にアルは気配を消した。
 ……器用だな、アイツ。
 魔法使いなのに、並みの気の使い手以上に気配の消し方上手いし。
 まるで本当に、目の前から消えたように錯覚してしまいそうである。
 と、妙に感心してしまったが、そうじゃない。

「おい、犬」

「……その呼び方、いい加減にやめへん?」

「今はそんな事はどうでも良い」

「良くないって!?」

 ふん。

「先生は何処に居るか判るか?」

「兄ちゃん?」

「ああ」

 あのアルの性格だ。
 絶対あの写真を――。

「麻帆良のどっかにおると思うけど……」

「役に立たないな」

「酷いっ」

 何がだ。
 まったく……しかし、どうしたものか。
 ああ、そうだ。
 携帯があったな、そう言えば。
 そう思い出して取り出そうとし……。
 そう言えば、控室に置いてきたんだった。







――――――

 うーむ。

「先生、そちらは美味しいですか?」

「中々ですよ?」

 源先生と二人、並んで歩きながら、同じように右手にアイスを持って見回りを続ける。
 しかし、熱いなぁ。
 人が多いから、余計にそう感じてしまう。
 と言うか、人並に攫われそうで……。

「源先生、大丈夫ですか?」

「え、ええ……でも、毎年ですけど、この人混みには慣れませんね」

「で、ですね」

 何と言うか、近い。
 うん。
 はぐれない様に、離れないように、というのは判るんだ。
 というか、俺も源先生も意図してこう近づいてるわけじゃないんだが……それでも、少し近い。

「今年は、特に多く感じますね」

「なんでも、何年かに一度の現象が見られるとか……」

 葛葉先生が、と。
 ああ、そういえば。
 マクダウェルも何か言ってたな。
 世界樹がどうとか……なんだったかな?
 思い出せない、というか、なんか隣の源先生が近くて頭が回らないというか。

「それ目当ての人も多いんでしょうね」

「なるほど」

 それもあるのかもなぁ。
 しかし。

「これじゃ、前に進むだけで疲れますね」

「ふふ、お若いでしょうに」

 ははは、と。
 そう乾いた笑いを洩らし、足を進める。
 しかし、実際問題。
 これじゃ見回りどころじゃないな。
 昨日はここまで人は多く……あったか。
 昨日は瀬流彦先生と回ってたからなぁ、隣を気にしなくて良かったもんな。
 今日は……。

「ふぅ」

「だ、大丈夫ですか?」

「……え、ええ」

 そろそろ、どこかで休憩した方が良いか。
 もう結構な時間、歩いてるし。
 さて、と。
 そうなると、だ。
 どこで休むかな……この辺りに、良い喫茶店とかあったかな?
 …………いや、源先生に聞けば早いんだけどさ。
 何と言うか、男の見栄と言うか。
 うん、すまん。
 そんな不純な事を考えながら……俺って、そういう店はあんまり知らないよなぁ。
 そう内心で溜息を吐いてしまう。
 今度散歩する時は、店を回ってみるかなぁ。

「そうだ」

「はい?」

 そうだそうだ。
 そう言えば良い店があったんだった。

「あ、いえ。源先生、あんみつは好きですか?」

「あんみつですか?」

「はい。この先にあんみつの美味い店があるんですけど、休憩にどうです?」

 以前近衛に教えてもらった店が、近かったはずだ。
 あれ以来行ってないけど、場所は覚えている。
 ……まぁ、源先生があんみつが好きかは知らないんだけど。

「いいですね。少し休憩しましょう」

 ほっ。
 そう嫌いじゃなかった……のかな?
 この人混みに疲れただけかもしれないけど。
 店はすぐ近くなので、歩いてもそう時間は掛らない。
 源先生とはぐれないように注意しながら、その店の方向に歩いていく。

「ふぅ」

「疲れましたねぇ」

 二人で案内された席に座り、そう一息吐く。
 本当に疲れた。
 二日目でこれなら、明日はもっと大変だろうなぁ。
 たしか、マクダウェルの話だと、明日が世界樹の何とかは本番らしいし。
 なんだったかな、と思いだそうとするが思い出せない。
 ま、今は良いか。
 とりあえず、店員に冷たいお茶と、源先生があんみつを頼む。

「良いお店ですね」

「ええ、以前教えてもらったんですよ」

 生徒にですけど、と。
 そういうと、小さく笑われてしまう。

「先生は、生徒の皆さんと仲が良いんですね」

「そうでしょうか?」

 結構嫌われてると思いますよ、と。
 小言も多いですし。

「ふふ、私はそうは思いませんけど」

「そう言ってもらえると……」

 言ってもらえると、なんだろう?
 嬉しいか、それとも、また違うのか。
 不意にそう思い――苦笑する。
 教師は嫌われる仕事だとは判っているけど、それでも、仲が良いと言われるのは嬉しいものだ。

「どうかしましたか?」

「いえ。それより、自分よりは源先生が生徒達とは仲が良いんじゃないですか?」

 女子校ですし、と。
 やはり男の教師より、女性の教師の方が色々と相談もしやすいだろう。
 それに、男には判らない悩みもあるだろうし。

「そうでしょうか?」

「自分から見たら、そう思いますけど?」

 自分なんて、まだまだです、と。
 仲が良い、と言えるのだろうか?
 確かに1年の頃よりは生徒達とも良く喋る様になったとは思うけど……。
 まぁ、高畑先生やネギ先生みたいな“仲が良い”は、また少し違うんだろう。
 俺や源先生の“仲が良い”は。

「でも、私は先生みたいに……相談事、というのはまだされた事は無いんですけどね?」

「…………はい?」

 相談事、ですか?
 って。

「……何か、見ました?」

「ふふ」

 そう小さく笑い、視線を逸らされる。
 あれ?
 相談事?
 ……さて、その相談事と言うのは……何の事なのか。
 小さく、それは楽しそうに、口元を隠して肩を振わせる源先生に、引き攣った笑顔を返す。
 えーっと……。

「一人の生徒に肩入れするのは、あまり良くないと思いますよ?」

「な、何の事でしょうか?」

 一人の生徒?
 相談事……と言うと、だ。

「近衛さんですよ」

「近衛ですか?」

「以前、学園で二人で話してませんでした?」

「あ、あれっ。見てたんですか?」

 多分、源先生が言っているのは修学旅行の時の事だろう。
 近衛から桜咲の事で相談を受けた時。
 うわ……見られてたのか。

「でも、近衛だけって訳でも……」

「そうなんですか?」

「当たり前です」

 そう。別に、近衛だけを特別に、と思った事は無い。
 丁度運ばれてきた、冷たいお茶を一口飲み、喉を潤す。
 うはぁ、生き返るとはこういう事を言うのかもなぁ。

「生徒を特別扱いはできませんよ」

「あら、真面目ですね」

「しょうがないですよ。先生ですからね」

 それが仕事ですし、と。
 そう言うと、また笑われてしまう。

「先生は、生徒に好かれようとはしないんですか?」

「好かれよう、ですか?」

 ?

「自分だって、生徒達から好かれたいですけど?」

「いえ、そうじゃなくて……うーん」

 いや、そこで悩まれても。
 もしかしたら個人的に好かれる、という事を言いたかったのだろうか?
 それはちょっとなぁ。
 この歳で職を失くしたくはないしなぁ。

「相手は中学生ですよ?」

「あら? 高畑先生だって、先生のクラスの……」

「あー……それ以上は、ちょっと」

 ……神楽坂?
 お前、どれだけの人に知られてるんだ?
 学園長の耳に入ったらどうするんだか……いや、新田先生の時点でアウトか。

「折角、学園祭期間中は面白い“伝説”がありますのに」

「はは……それこそ、自分には無関係ですよ」

 生徒達から告白されても。
 まぁ確かに、嬉しくはありますけど……どちらかと言うと、困ると言った方が大きいですし。
 流石に、生徒に手を出す訳にもいかないですしね、と。

「折角の麻帆良祭なんですから、もう少し羽目を外しても良いと思いますけど?」

「それはせめて、歳の近い人にして下さい」

 何が悲しくて、一回り以上年下の子に羽目を外さないといけないんですか、と。
 そう言うと、また楽しそうに笑われてしまう。
 うーむ。
 源先生、こういう話が好きなんだなぁ。
 そう言えば、昨日もこんな話をしたような気がするし。

「源先生は、そう言う相手は居ないんですか?」

「私ですか?」

「ええ。自分には居ませんからね」

 また話を振られる前に、先に言っておく。
 ……いや、自分で言うのも情けないんだけどさ。
 そりゃ、恋人欲しいよ?
 けど、仕事が忙しくてそれどころじゃないって言うのもあるしなぁ。

「私も、今は仕事が恋人で……」

「は、はは」

 それは失礼な事を聞きました。
 そう言い、源先生はあんみつ攻略に取り掛かる。

「あら、美味しいですね」

「そうでしょう? 近衛もここのあんみつはよく食べてまして」

 あの時は、どれくらい食べただろうか?
 相当量食べてたのは覚えてるが……。

「近衛さん?」

「ええ、ここは……」

 あれ?
 ここは近衛に教えてもらったって、言ってなかったっけ?
 ……言ってない気がするなぁ。

「本当に、ただの教師と生徒の関係なんでしょうか?」

「本当に、ただの教師と生徒の関係です」

 さっきの話が話だからなぁ。
 でも、源先生は笑ってるからそう気にしては居ないのかな?
 だと良いなぁ。

「怪しいですね」

「はは。近衛に聞いてもらっても良いですよ?」

「ふふ、そんな事はしませんよ」

 先生の事は信頼してますから、と。
 ぅ……。
 そう笑顔で言われ、頬を掻きながら視線を逸らす。
 むぅ、そう返されるとは予想してなかった。

「もうすぐお昼ですけど、どこかで食べますか?」

 良いお店聞いてますか、と。
 知っている、じゃなくて聞いているという所が、何というか。
 信頼されているのかそれともまた少し、違うのか。
 判断に迷うような聞き方だなぁ。

「どこか、美味しいお店知ってますか?」

「ふふ――女性をエスコートするのは、男性のマナーですよ」

「それは手厳しい」

 お茶を一口啜り、どこで食べるかなぁ、と。
 この辺りの店って、あんまり知らないんだよな。
 それこそ、近衛の方が良く知ってるだろうけど……聞く訳にもいかないだろ。
 どうするかなぁ。

「源先生は、和洋中どれが好きですか?」

「洋食……を良く食べますね」

 ……あんみつに誘ったの、失敗だったかな?
 そう思わなくはないが、今更どうしようも無いので、それは置いておく。
 ファミレスのパフェでも誘った方が良かったかもしれない。

「そういえば。先生、最近は料理の方はどうですか?」

「さっぱりです」

 思い出した、と手を小さく叩いてそう聞いてきた源先生に、即答で答える。
 言ってて情けないが、料理の腕は相変わらずなので、他に答えようも無い。

「料理の本片手に、毎日頑張ってますよ」

「あらあら。楽しそうで羨ましいですね」

「そうですか?」

 同居人には、不安がられてますけど、と。
 特に小太郎。
 文句言うなら、少しは手伝えと。
 月詠を見習え、月詠を。
 あいつは、今朝みたいに偶に手伝ってくれるからなぁ。

「最初は皆そうですよ」

「そうですか?」

 なんか、源先生は最初から簡単に作ってそうなイメージなんですけど。
 雰囲気的にというか、何と言いますか。

「私だって、最初は……まぁ、アレですよ。ええ」

「そうなんですか?」

「誰だってそうですよ」

 まぁ、そうは思いますけど……やっぱり、うん。
 なんだろう?
 源先生は、家事炊事は人並以上に最初から出来てるようなイメージがある。

「私をどう言う風に見てるんですか……」

「……えーっと」

「まぁ、そう言う風に見られるのはそう悪い気はしないんですけどね?」

 それは良かった、と胸を小さく下ろす。
 
「でも、そのうち先生もそう言う風に見られるかもしれませんね」

「はい?」

 自分がですか?

「仕事は真面目で、料理が出来る、って」

「料理出来ませんよ?」

「自分で作るようになりましたら、大丈夫ですよ」

「……そういうものですか?」

「そういうものです」

 そういうものなのかな?
 作っているこっちとしては、何というか。
 料理は難しいと思うし……正直、そう言われても自信が無い。
 それが顔に出たのか、小さく肩を震わせる源先生。

「今度、御馳走してもらおうかしら?」

「……勘弁して下さい」

 とても人様に出せるレベルじゃないです、と。
 そう言うと、今度は声を押し殺すみたいに笑われてしまう。
 むぅ。
 そんなに面白い事を言った覚えは無いんですけど。
 と、

「すいません、失礼します」

 その時、携帯が鳴る。
 誰だろうか?
 一言断りを入れて、携帯を取り出し……って。

「どうした、マクダウェル?」

『先生か?』

 ん?
 何をそんなに慌ててるんだ?

『そっちに変人が行ってないか?』

「あのなぁ、人をそんな風に言うもんじゃないぞ?」

 何回も言ってるけど、本当に直らないなぁ。
 最近は少しは大丈夫だと思ってたんだけど。

『ぅ……い、いや。それより、そっちにローブ姿の男は来なかったか?』

「いや、来てないけど……」

 一応周りを見回すが、それらしい人は居ない。
 ローブ姿って言うくらいだし、相当目立つだろうけど……。

「うん、そんな人は居ないな」

『そ、そうか……あ、あーっとな……』

「ん?」

 いや、電話口で口籠られてもだな……。

「マクダウェル? 良く聞こえないんだけど?」

『……とにかくっ、そいつから何か渡されたら、捨ててくれっ』

「?」

 いや、何が?
 って。

「……そこで切られてもなぁ」

 何の事だ?
 まったく話が判らないんだが?
 しばらく携帯を眺め……ま、そのローブ姿の人が来たら、聞けば良いか。

「大丈夫だったんですか?」

「どうでしょうか? 人が来たらとか言ってましたから、その人と会ったら聞く事にします」

 何を、とかは俺も判らないけど。
 なんだったんだろうか?
 今度会ったら聞くか。
 ……うーむ、しかし、見事に会話が切れたな。
 どうするかな。

「さて、と。それじゃ、見回りを再開しましょうか?」

「あ、大丈夫ですか?」

「ええ。これでも体力には自信がありますから」

 そうですか?

「あまり、無理はしないで下さいね?」

「ふふ――大丈夫ですよ」

 それに、その時はちゃんと言いますから、と。
 なら良いですけど……まぁ、そこまで俺が言う事でもないだろう。
 源先生なら、ちゃんと自分の事は判るだろうし。

「それでは、行きましょうか」

 そう言って、伝票を受け取り、会計を揃えて済ませてしまう。
 こういう時は、と。
 やっぱり、女性に出させるのはアレだし。

「すいません」

「いいですって。こっちこそ、いつも助けてもらってますから」

 今回くらいは奢らせて下さい、と。
 まぁ、小さな男の自尊心と言いますか。
 そう言って笑うと、苦笑を返される。

「それでは、今度は思いっきり美味しいお茶でも入れてあげますね」

「……それだと、また今度奢らないといけないですね」

「それじゃ意味が無いじゃないですか」

「確かに」

 堂々巡りですね、と。
 近衛お勧めの店から出て、小さく笑い合う。

「それでは、もう一頑張りしましょうか」

「そうですね」

 ……しかし、この人混みは気が滅入るなぁ。
 ま、源先生と2人だし、気分だけでも楽しく行くかぁ。




――――――チャチャゼロさんとさよちゃんとオコジョ――――――

「こんにちは、カモくん」

「ん?」

 誰だ? この白ローブの旦那は?

「ナンダ、御主人ト話シテタンジャネェノカ?」

「ええ、そうだったんですが」

 ? チャチャゼロさんの知ってる人?
 ってことは、姐さんの知り合いかな?

「どちらさまですか?」

「おや、可愛らしい妹さんですね」

「ツイ最近ニナ。ソレヨリ、何デコンナ所ニアンタが居ルンダ?」

「いえ、コレをある人に渡してもらおうかと」

 そう言って、オレっちに一枚の写真を……って。

「姐さんじゃねぇっすか」

「ええ、先ほど、それを渡しに行ったのですが……」

 私も、馬には蹴られたくありませんので、と。
 なんだそりゃ?

「うわー、エヴァさん可愛いですねぇ」

「そうでしょうそうでしょう」

 んで、なんでそんなに嬉しそうなんだ?
 良く判らん人だなぁ。
 その写真をさよ嬢ちゃんから受け取り

「で、誰に渡せば――」

 …………さ、殺気!?

「それでは」

 って、消えたし!?

「誰に渡せば――ぶぎゅ」

 踏まれた。
 ……姐さん、オレっち何かしたかい……?



[25786] 普通の先生が頑張ります 59話(修正版
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/05/18 23:24
―――――――エヴァンジェリン

 さて、と。
 試合を次に控え、選手控室で息を一つ吐く。
 はぁ。
 魔法勝負なら、いい経験になるんだろうが――魔法無しでぼーやとか。
 面白味も無いよなぁ。
 ま、さっさと片付けて、その後どうするかは、その時考えよう。
 うん。
 そう自分に言い聞かせる。

「落ち着いたかい?」

「別にどうもしていない」

 ふん……まぁ、そりゃさっきの試合は無様だったと認めるさ。
 ああ、アレは酷かった。
 最初は目立たないようにあれこれ考えていたんだが……むぅ。
 ま、過ぎてしまった事はしょうがないさ、うん。
 問題は次だ、次。
 ぼーやとの試合。
 今度こそさっさと、目立たないように終わらせてしまおう。
 ぼーやとの試合さえ終われば、目ぼしい選手はもう決勝まで居ないからな。
 真名が本当に一千万を狙うと言うのなら手伝っても良いし、そうじゃないなら、そこでこの茶番からも切り上げよう。

「というか、お前も結構疲れてるんだろう? 少し休んでた方が良いんじゃないか?」

「はは、エヴァから心配してもらえるとはねぇ」

 む。
 そうおどけたように言い、肩を竦める真名を見上げるように、軽く睨む。
 折角私が心配したと言うのに、こいつは。
 まぁ、クーフェイが相手だったからな。
 それなりに心配はするさ。

「おお、怖い怖い」

「ふん。本気で怖がってないだろう、お前」

「いやいや、怖いよ? うん」

 ……ふん。
 だったら笑うな。
 まったく。
 真名といい、明日菜といい……どうしてこうも、私に馴れ馴れしいのか。
 さっきの試合、応援なんかしてやらなければ良かった。

「さっきの試合はヤバかったからねぇ」

「そうだったな」

 真名とクーフェイの試合は、真名の勝利だった。
 羅漢銭で近付けないように試合運びをしたが、結局接近されたしな。
 ……本当、魔法使いでもないのに、よくやるよ。
 特にクーフェイ。
 アイツ、もう一般人じゃないよなぁ。
 まぁ、真名もプロの意地があったのだろう。
 最後は危なかったが、何とか勝利を拾っていた。

「いやぁ、エヴァの応援が無かったら危なかったよ」

 あーっ、ったく。
 肩を叩くな、馴れ馴れしい。
 ……はぁ。

「負けられたら、最悪決勝まで進まないといけないからな」

「はいはい」

 っち。
 本当だぞ? 面倒だから応援しただけだからな?
 そう言うが、まったく相手にしてもらえない。
 はぁ。

「というか、出費が凄いんじゃないのか?」

「う」

 五百円玉ばっかり使ってたようだし、と。
 もっと十円とかで頑張れば良かったのに。
 そう言うと、十円じゃ威力不足らしい。
 ……値段?

「質量の問題だよ、質量の」

「ああ、そっちか」

「……一応、次は十円でいくつもりだけどね」

 そうか。
 次は……誰だったかな?
 まぁ、名前も知らないような奴なら問題無いだろう。
 その次は長瀬楓かアルだろうけど。
 ……どっちも厳しいだろうなぁ。
 しかし、犬っころの一回戦の相手がアルだとはなぁ。
 その時になるまで、まったく気にしてなかったが。
 少し、同情してしまう。
 と、そんな事を話していたら、歓声が控室まで届く。

「終わったようだな」

「いやいや、流石に開始5分ももたないなんて事は……ないんじゃないかな?」

 あの少年も、それなりにやるんだろう? と。
 いや、無理だろ。
 相手はアルだぞ?
 あの犬っころが“気”の力も無しに勝てるか、と問われたら答えは否だ。
 というか、本気でも無理だろ。
 遊ばれるのがオチだ。
 アイツ、無詠唱でも肉体強化でそこらの魔法使いよりよっぽど規格外だからな。
 おそらく、麻帆良の中じゃ私も危ない。うん。
 ……そう言えば、真名はアルがどういう存在か知らないんだったか。
 教え……ない方が良いんだろうな。
 今まで隠れてたみたいだし。

「ま、どっちにしろ終わったら誰か呼びに来るだろ」

 役員が。
 それまではのんびりしとくか。
 そう言おうとした所で、

「エヴァー?」

「おじゃましまーす」

「…………………」

「おや? どうしたんだい、明日菜、木乃香?」

 何しに来たんだ?
 何故か役員が呼びにくるのではなく、明日菜と木乃香が選手控室に来た。
 本当に、どうしたんだ?

「何かあったのか?」

「いんや? 応援に」

「帰れ」

「さらっと酷い事言うわね!?」

 大体、ここは選手控室だぞ?
 普通は選手以外は来ないものだ。
 まったく。

「見付かったら怒られるぞ?」

「う」

「大丈夫大丈夫」

「何故お前が答える、真名っ」

 はぁ。

「ねぇねぇ、エヴァと真名の2人だけ?」

「ああ。他の参加者は試合の観戦してるはずだよ」

「そうなんかー。ネギ君応援しよ思たんに……」

 む。

「あ、ちゃうよ? 明日菜がエヴァちゃんの応援で、ウチがネギ君の応援に決まっただけやから」

 じゃんけんで、と。
 ……うーむ。
 なんだろう? 少し虚しい気持ちになってくるなぁ。

「でも、役員の人ってあんまり居ないんだね」

「超の主催だからね。そこまで人員の確保が出来なかったんじゃないかな?」

 まぁ、だからこそ明日菜達がここまでこれたんだろうけどな。
 流石に、参加者でもないヤツが控室には、色々問題があるだろうし。
 不正とかの問題もあるだろうしな。
 優勝賞金の額が、額なだけに。

「試合はどうだった? あの犬っころは善戦したか?」

「まだ終わってないんだけど……」

 もう少し信じてあげなよ、と。
 ふん。
 あの犬っころがどうなろうが、別になぁ。
 まぁ、勝ち上がれるなら見直してやる所だが。
 アルも興味本位での出場だし、勝ちを狙うなら一気に攻めるしかないだろうが。

「なんか頑張ってるみたいよ? クウネルって人、手も足も出ないみたいだし」

「ほぅ」

 手数で攻めてるのだろうか?
 まぁ、私と話していたからな、正体は知らなくてもそれなりに注意しているのだろう。
 中々どうして、警戒心の強いヤツだ。
 真名も少し見直したのか、ほう、と小さく息を吐く。

「それより、こんな所に来てどうしたんだ?」

「? 別にどうもしないけど?」

「……何しに来たんだ?」

 まったく。本当に話に来ただけか?
 昨日のゴタゴタもあるんだ、木乃香は兎も角、明日菜はあんまりこういう所にはなぁ。
 何があるか判らないし。

「あ、あはは……いやぁ、一回戦あんなだったから何かあったのかなぁ、って」

「何も無いっ」

 お前もそういうのか。
 別に何も無かったと言うのに。
 そう言うと、何故か真名が肩を竦めていた。
 ……いや、本当に何も無いからな?

「そ、そんなに全力で否定しなくても……」
 
「そこは察してあげなよ、明日菜」

「何をだっ」

「さて?」

 ちっ。

「機嫌悪いわねー」

「照れてる――」

「違うっ」

 おー怖い怖い、と明日菜の後ろに隠れる真名。
 ……身長差で全然隠れてないからな?
 はぁ。

「何があったん、真名?」

「聞くなっ」

「えー。仲間外れは酷ない?」

「ははは。別に言っても良いだろうに」

「……何も言う事なんか無い」

 うん。
 無いな。
 そう頷き、目を閉じて顔を背ける。

「荒れてるわねぇ」

「というより照れ――」

「ち、が、う、と言ってるだろうがっ」

 まだ言うかっ。

「はいはい」

 そう気の無い返事をし、降参とばかりに両手を上げる真名。
 ふん。
 ……大体、お前がアルと訳の判らない賭けをするからじゃないか。
 そう考えると、こう。
 アルを一発殴りたくなってくるな。
 後で、どうにかして殴れないだろうか?
 いや、そもそも。
 今回のこのゴタゴタはぼーやの所為じゃないか。
 うん。
 次の試合は、ぼーや……覚悟しておけよ?

「ねー、ネギに勝てそう?」

「……私が負けると思うのか?」

「うんにゃ」

 なら聞くな。
 負ける気も無いし、見せ場を作る気も無い。
 さっさと無難に勝つさ。

「でも、一応担任やし」

「担任だからと、負けてやる義理は無いがな」

 大体、勝利というのは自分で手に入れるモノだ。
 義理などで得ても、それには何の価値も無い。
 メッキですらない、路傍のゴミに等しいものだろう。
 そんなので優勝など――ナギを追うと言うのなら、それほどの侮辱も無いだろう。

「ま、一勝出来たんだ。ぼーやも満足だろうよ」

「厳しい師匠ねぇ」

「ふん。あんなのは弟子とは言わん」

 自分の力量も把握できてないヤツはな。
 まったく。
 こんな茶番に付き合わされるこっちの身にもなってみろと。
 お陰で、半日は潰れたからなぁ。
 この後は部活の方の出し物もあると言うのに……。

「そう言えば、ネギって結構強いのね」

「ん?」

「田中さんに勝ったし」

 ふむ。
 というか、何であの試合の後から、皆あのロボットにさん付けなのだろうか?
 ……やはり、男の浪漫というのは判らないな。
 明日菜と木乃香にいたっては女だし。
 アンナののどこが良いんだか。

「ネギ君は頑張り屋さんやからなー」

「それでも、やって良い事と悪い事があるがな」

 とは、2人に聞こえないように言う。
 流石に今回のはなぁ。
 じじいか先生に灸を据えてもらう必要があるだろう。
 はぁ。こんな騒動に巻き込まれて……。
 ま、判らなくもない、のかもしれない。
 ナギを追う。
 その背を追う。
 それは、きっと――子供にしたら、当たり前の事なのだろう。
 魔法使いとしてじゃない。英雄の息子としてじゃない。
 一人の子供として。
 だが、そうするには……ぼーやは背負っている物が違い過ぎる。
 そして、それを自覚していない。
 自分が、どういう立場で、どこに居るのか。
 ……まったく。世話の焼ける。

「ま、あの調子ならまだ負け知らずだろうしな」

「ん?」

「頭でっかちのガキだと言う事だ」

「……それは言い過ぎじゃない?」

 先生に言うわよー、と。
 ……ふん。
 言いたければ言えばいいさ、ああ。
 私がそう言った事は事実だからな。

「負けた事が無いんだろうよ」

「? どういう事よ?」

「負けた事が無いから、自分の行動の意味を考えた事が無いんだよ、ネギ先生は」

 私に続けるようにしてそう言うのは、真名。
 なんだ、お前もそう思ってたのか。

「負けたらどうなるか、自分の行動がどう見られるか、自分がどんな立場か……それを考えきれてない、って事さ」

「それは木乃香も言える事だからな?」

「うち?」

「魔法使いがどんな立場か、その力にどんな意味があるのか。それは自分で学ぶしかない」

 それは、教えられる事ではない。
 いや、魔法学校で教えられはするのだろうが――それは、ほんの一部。
 魔法使いの一般常識など、“こちら側”では意味が無いのだから。
 ここは魔法使いの世界じゃない。
 魔法の無い世界で、魔法使いが生活するには“ルール”を守らなければならないのだ。
 今回のぼーやは、そのルールを破りかけた。
 あの田中にも、気付かれなかったとはいえ、魔法を使ったのだから。
 気付かれでもしたら……どうなるか判ったものじゃない。
 オコジョ刑でも生温いだろう。

「魔法がどれだけ危険か。そして、魔法使いがどうやって生きていくか」

 そういう意味では、真名も近いのだろう。
 傭兵。
 それでも、こうやって日常に生きている。
 日常に紛れるではなく、生きている。
 この違いの差。
 それが、魔法使いには足らない。
 この世界に紛れて生活するのか。
 この世界に生きていくのか。
 ――そのどちらが、魔法使いの正しい未来なのか。

「木乃香。お前は魔法使いだ。それはきっと、これから先、ずっと付きまとう」

 きっと、京都での事を後悔する時が来る。
 知らなかったら良かったと。

「だから、これからは自分の行動に気を付けろ」

 ま、いつも言っている事だから、今更と思うかもしれないが。
 良い機会なので、ここでももう一度言っておく。

「……はい」

「良い返事だ」

 でも、お前ならもしかしたら。
 もしかしたら、刹那の為に、何度も同じ選択をするのかもしれないな。
 刹那の為に魔法使いである事を選び続ける。
 ――羨ましい、と思う。
 私にはそういう存在が居ないから。
 だからこそ、こうやって教えているのかもしれない。
 ま、今はそれはいいか。

「魔法使いっていうのも、結構難しいのね」

「そりゃなぁ」

 楽して生きられたら、それが一番良いと思うがな、と。
 こんな小難しい事を考えず、毎日笑って生きられたら。
 それこそが、一番だろう。

「お前みたいに、能天気に生きられたらいいんだがなぁ」

「それって酷くない!?」

「褒めてるんだぞ?」

「絶対嘘でしょ!?」

 そうか?
 私としては、褒め言葉だと思うがな。
 お前は能天気だからこそ、神楽坂明日菜だと思うよ。

「なんだ?」

「いや、別に?」

 別に、というくらいなら笑うな、まったく。
 小さく肩を振わせる真名を睨むが、どこ吹く風とばかりにその震えは止まらない。
 ふん。

「仲ええなぁ」

「……今回ばかりは、素直に喜べないわ」

 それは良かった。







 しかし、だ。

「いやー、強いなおっちゃん」

「誰がおっちゃんですか。私はまだ若いです」

 ……なんで仲良くなってるんだ、お前達?
 接点無いだろ。 
 試合が終わり、会場からこちらへ向かってくるアルと小太郎は笑顔。
 しかも、やたら仲が良さそうだし。
 アレか? 拳を合わせた仲だから、とか言うのか?
 脳筋どもめ……。

「それではエヴァ、残りをお願いしますね?」

「ふん。ま、そこには礼を言っておくさ」

 アルと小太郎の勝負は、当然のごとくアルの勝利だった。
 というよりも、勝負にもならなかっただろう。
 なのにこうも仲良くなっているのは、アルの服についた一撃の跡だろう。
 うーむ。
 本調子じゃないとはいえ、身体能力だけで一撃入れるとはな。
 流石にそれは予想外だった。
 何も出来ずに終わると思っていたからなぁ。

「中々どうして、若い方も侮れませんねぇ」

「何を言ってるんだ、お前は……」

 まぁ、それだけその犬っころに懐かれたのが嬉しいのか。
 それとも、単純に強い奴と戦えて嬉しいのか。
 ま、私はどっちでも良いがな。

「エヴァー。頑張ってねー」

 元気だな、相変わらず。
 客席からでも、その声ははっきりとこちらに届いた。
 ……手を振ってるし。
 恥ずかしくないんだろうか?

「ふむ」

 ん?
 何故か、明日菜の声援にアルが反応する。

「どうした?」

「いえいえ。仲のよろしいお友達ですね、と」

「ふん……別に、そんなんじゃないさ」

 まったく。
 私はのんびりと、静かに暮したいのだ。
 あー言う元気が良過ぎるのは、どうかと思うがな。

「これからも、あの子を大事にした方が良いですよ?」

「なに?」

「お兄さんからの助言です」

「そんなに、あの犬におっさん呼ばわり――」

「お兄さんです」

 ……ま、どっちでも良いがな。
 私にとっては、どちらもそう変わらないし。

「それではエヴァ、御武運を」

「負けんよ」

 あんな“ぼーや”にはな。
 そう言い、リングに上がる。
 耳が割れそうなほどの歓声、とその向こうにはこちらを見るぼーやの姿。
 まったく。
 あんなに入れ込んで……まともに動けるのか?
 田中との疲れもあるだろうに。

「エヴァンジェリンさん」

「どうした、ぼーや? 怖くなったか?」

 ま、そうではないみたいだな。
 その眼には、確かに力がある。
 もしかしたら、アルから助言でもされてるのかもな。
 それでも構わないか、と苦笑する。
 私がやる事は変わらない。

「いえ……その……」

「なんだ? 言いたい事があるなら、ちゃんと言え」

 まったく。
 もじもじと、そうされるとまるで、こっちが虐めているように見えるじゃないか。
 ……こうも人目があると、流石に私もそんな気は起きないんだが?

「……怒ってますか?」

「どったの、ネギ君?」

「なんでもない。朝倉和美、さっさと始めろ」

 いきなり話に入ってくるな、とも思ったが、ここは大会会場の真ん中だったな。
 マイクを切ってあるだけ、まだマシか。

「ん? なんか話す事あるんじゃないの?」

「別にないさ。本人も、少しは自覚があるようだしな」

「ぅ……」

 ふん。
 ぼーやが何を思っているかは知らないし、その行動がぼーやにとってどれほどのものかも判らない。
 だが、一つ判っている事がある。
 ぼーや。
 お前は少し頭を冷やす時間が必要だ。

「お前がどれだけ注目されてるか知ってるし、それに応えようとしているのも知っている」

 それは、見ていたからな。
 だが、その心の内は――声にしないから判らない。
 まったく。
 お前はあの人から何を学んだんだ?

「だが、まだ駄目だな」

 お前を勝たせる訳にはいかない。
 アルの言葉じゃないが、お前が勝つのは、まだ早い。
 お前は勝つ前に、まだまだ学ぶ事が多過ぎるようだ。

『それでは第二回戦、第一試合――開始ですっ』

「来いよ、ぼーや」

 腕をだらりと下げ、待つ。
 来い。
 頭でっかちのぼーや。
 頭で考えて行動はしているが、自分が見えていないぼーや。
 天才で、英雄の息子で、誰からも将来を有望視されてるぼーや。
 大変だと思うよ。
 そして、可哀想だとも。
 だから、来い。
 私が、お前に“負け”を教えてやろう。

「行きますっ」

 それは、田中と戦ったの時のように“戦いの歌”を使ってからの直進。
 確かにこれは、一度見て判っていても早いな。
 だが――。

『おおーっと、子供先生倒れたー!? 何が起こった!?』

 殴りかかって来たその腕をとり、その勢いのままバランスを崩させ足を払う。
 ふむ、やはり単調だな。
 初見の機械相手なら良いだろうが、それじゃ少し格闘技を齧った者には通じない。
 おそらく、クーフェイや長瀬楓……この大会の予選を抜けた者には、厳しいレベルだ。
 まぁ、それでも――私に向かってくる気迫だけは、及第点か。

「くっ――」

「立て」

 倒れたぼーやに追撃はせず、また少し間合いを開けて、待つ。
 田中と戦った時に、アルから聞いたのはこれだけか?
 まだあるんじゃないのか?

「アルから何か聞いたんじゃないのか?」

「……アル?」

 ああ、そう言えば、偽名使ってたんだったか。
 面倒なヤツだな、あいつも。
 額に手を当て、溜息を一つ。
 何で私が、アイツの為に気を使わなければならないのか……。

「クウネルだ」

「あ……気付いてたんですか?」

 いや、気付かない方がおかしいから。
 魔法使いとしては。
 ま、いいか。
 ……というか、やっぱりお前反則してるじゃないか。
 後で文句……今更言ってもか。
 はぁ。

「そういえばぼーや、ウェールズの方で誰かと争った事はあるのか?」

「え?」

「勝負した事だよ」

 しかし、魔力を使えないっていうのは結構不便だな。 
 向こうは使ってるし。
 うーむ。これは中々、スリルがあるな。

「いえ、そういうのは僕は苦手で……」

「だろうな」

 やはり、私と真名の考えは正しかったか。
 負け知らず。
 それは聞こえは良いだろうが、あまり良い事ではない。
 負けから学ぶ事もある。
 そして、それはきっと――とても大切な事だ。
 あの京都で、それを感じたはずなんだがな。
 それとも、私の思い違いだったのか。
 あの戦いでぼーやが学んだ事は何なのか。
 今の生活で、ぼーやが学んだ事は何なのか。

「来い」

 私が勝つ。
 それは、ぼーやが負けると言う事。
 歓声が遠い。
 ぼーやを見ながら、小さく笑う。
 勝つことしか考えていない眼。
 その眼が、私を見ている。
 顔は何処となく、ナギに似ているな、と。
 うん。その力のある瞳は、ナギに似ているな。
 成長したら、もっと似るかもしれない。
 だが、アイツほど強いと言う訳ではない。
 ぼーや。
 お前の強さはなんだ?
 ナギのような、人を引っ張っていく“力”じゃない。
 ぼーやの強さは、なんだ?
 それが判ったはずだから、私はお前を鍛えたんだがなぁ。
 最短の距離を、最速の動きで詰めてくる。。
 だが、直線的な動きは、どれだけ速かろうが単調だ。
 その直進を読み、今度は――。

『こ、コレは痛いっ! 子供先生、今度は背中から叩きつけられたーっ』

 合気の要領で、その勢いのままリングに叩き付ける。
 それで、終わり。
 今のぼーやの、個人の力量なんてこんなものだ。
 私とは勝負にすらなりはしない。
 そこに魔法があろうが、無かろうが、だ。
 しかし――今度は躊躇無く魔法を使ってきたな。
 さっきの一撃、拳に無詠唱で発現した魔法の矢を纏わせてたのか。
 受けた右の掌が、焼けるように痛む。
 おそらく火傷したのだろう。
 ……ま、この程度ならすぐに治るか。
 そう思いリングを去ろうとして――。

『おーっと、立てるか、子供先生っ!』

 そう朝倉が言うように、フラフラではあるが、立ち上がろうとするぼーや。
 ふむ。
 背中から落としたから、体中が痛いはずだがな。
 ……気合で無視しているとでも言うのか。
 まるで先生の所の犬みたいだな。
 そう思い、小さく笑ってしまう。
 なるほど……こんな所くらいは、半人前程度はあるようだな。
 だが。

『エヴァンジェリン選手、子供先生の立ち上がりを狙った一撃っ』

 それだけだ。
 立ち上がるのが限界だったのだろう。
 右の掌打で顎を狩り、脳を揺らす。
 それで、終わり。
 気を失ったぼーやを見下ろしながら、小さく溜息。
 気合以外は、半人前の半分も無いな。
 はぁ。

『勝負ありっ! エヴァンジェリン選手。一回戦に続き、二回戦も危なげなく勝利しましたー』

 これで、この大会に出場する意味も、一応は無くなったか。
 この私に、その小さな体躯で向かってきた勇気は褒めるが、まだまだだな。
 それではアルも私もじじいも納得は出来ん。
 ――本当に、まだまだだな。
 殴り合いなんて、麻帆良に来るまでした事が無いと言っていた。
 英雄の息子と喧嘩なんて、してくれる奴も居なかったんだろう。
 だが、ぼーや。
 それが今のお前の限界だ。
 喧嘩をした事が無い。それは言い訳にもなりはしない。
 勝負する以上、負けたら終わりなのだから。
 ま、今度は負けない勝負をするんだな。
 ……もしくは、どうやって勝つか。どうしたら勝てるか。自分で勝負できるのは何か。
 医務室でゆっくり考えると良い。

「いやはや、相変わらず容赦が無いですね」

 リングから降りると、そう言いながらあるが寄って来た。

「手加減した方が良かったか?」

「貴女がそうしたいのでしたら」

 なら問題無いだろ。
 大体、手加減すると言うのは性に合わないしな。
 それに、ああいうのは、一度こうやって鼻を折ってやるのが良いんだよ。

「ナギを追うなら、こんなのじゃなくて、もっとしっかりとしたのを追えば良かったんだ」

「ほう? 貴女はそれは、なんだと思うんですか?」

「……こんな所で教師なんかしなくて、ナギと同じ事をして追えば良かったんだよ」

 アイツだって、魔法学園中退じゃないか。
 ナギを目指すと言うのなら、真面目に学生をするなんて事……まず、そこからが間違いなのだ。
 だと言うのに。まったく。

「まぁ、流石に父親が学校中退というのは知らされてないんじゃないですか?」

「……そうなのか?」

「恐らくですが」

 なるほど。
 ……だったら、ぼーやの中のナギ像は一体どうなっているんだろうか?
 やはり、清廉潔白な物語の英雄なのだろうか?
 ――ふむ、結構笑えるな。
 あのナギが?
 呪文詠唱すらカンペ用意してたようなヤツが?
 私との勝負に、事前に罠仕掛けてたようなヤツが?
 無いな。

「おーい、エヴァ」

 そんな事を考えながら、控室に向かって歩いていたら、私を呼ぶ声。
 考えを中止して、それに応えるように振り返る。

「どうした、真名?」

「ん? いや、怪我の調子はどうだい?」

「怪我?」

 別に、殴られてはいないがな。
 怪我らしい怪我も……。

「コレか?」

 そういえば、右手を火傷していたな。
 ぼーやにも困ったものだ、
 いくら吸血鬼とはいえ、生きてる奴に魔法とは。
 ――その思い切りの良さは、まぁ……長所なのかもしれないが。
 その、右の掌を真名に見せるように翳す。

「うわ……結構ひどいね」

 そうか?
 そう言われると、結構痛いな。
 人目があったからあまり気にしないようにしていたんだが……真名に見せた後、今度は自分で見る。
 ……うわ。

「これはまた……」

 ぼーや、一体どれだけの魔力を込めたんだ?
 流石にこれはやり過ぎだろう。
 手のひら全体の皮膚が焼けて、軽くだが出血までしてる。
 うーむ。
 これは治るのに、少し時間が掛りそうだなぁ。
 ……まぁ、一般人相手にこれをしなかっただけ、良しとしておくか。
 流石に、コレはなぁ。

「医務室に行く?」

「遠慮しておくよ」

 今から行くと、ぼーやも居るだろうしな。
 流石に、試合に勝った手前、いきなり会うのも気が引ける。
 というよりも、私が説教してしまいそうで会いたくない。
 それは私の仕事じゃないしな。

「控室で時間潰してれば……血は止まるだろうさ」

 傷は――まぁ、手の平だしな。
 そう目立つような事をしない限り、気付かれるような事は無いだろう。

「ん、判ったよ」

 さて、と。
 真名は気付いたが、明日菜達は流石に気付いていないだろうな。
 それなら良いか、と。
 そのまま真名も一緒に控室にでも、と言うと。

「あ、ちょっと医務室に寄ってくるよ」

「ん? そうか、判った」

 そう言って医務室の方へ歩いていく真名の背を、目で追う。
 まぁ、担任だしな。
 そう酷くはしてないとは判っているだろうが、心配――という事か?
 ふぅん。あれで中々、人望はあるのかもな。

「フられてしまいましたね」

「そんなんじゃないだろ」

 何を言い出すかと思えば。
 そう言うんじゃないだろ。
 心配だからとか、きっとそんな感じ。
 ぼーやも、中々人に好かられる性格だからなぁ。
 ……性格と容姿か。

「どうします? 傷、治しましょうか?」

「別に良いさ。この程度の事で、お前に借りを作るのもな」

「お気になさらず。私を楽しませてくれればそれで十分ですから」

 それが嫌なんだよ。
 何で私が、お前を楽しませなければならないんだ? まったく。

「そう言うのはじじいに――って、お前の事、じじいは知ってるのか?」

「さぁ? どうでしょうか」

 ふん。
 ま、自分の事はそう喋らないと言う事か。
 いいさ。
 お前が生きていた、とりあえずされが判れば十分だ。
 どれだけ探しても足取りが判らなかったというのに、いきなり人の前に出てきて。
 ……何も無いと良いんだが。
 控室につき、適当な所の椅子に腰を下ろす。
 そのまま、手の平の怪我を見つめる。

「どうしたんですか?」

「いや。コレを口実に棄権するかな、と」

 迷うなぁ。
 そう考えた時だった。

「エヴァー? 怪我したんだって?」

「エヴァちゃん、大丈夫?」

 救急箱片手に、明日菜達が来た。
 その後ろには苦笑いしている真名。
 ……お前、喋ったな?







 やる事はやったので、武闘大会の会場を抜け出し、暇潰しを兼ねて茶道部の野点会場に。
 昼時だからか、他の部員も昼食やら休憩やらで誰も居ない。
 実質の貸し切り状態である。
 そんな中で茶々丸の淹れた茶を飲み、小さく息を吐く。
 うん。

「にが……」

「そう言う事は口にするな……」

 まったく。
 だから最初に言っただろうが、お前には合わないと。
 だからこそ、意地になって飲んでるんだろうが。
 まぁ、私の言い方も悪かったよ。うん。
 しかし、負けん気が強いというかなんというか。
 ま、それも明日菜の良い所か、と。
 心中でそう納得し、もう一口、茶を啜る。
 しかし、木乃香と刹那は残念だったな。
 昼からクラスの方の出し物に回らないといけないとは。
 今度、茶道部の方に誘ってやるかなぁ。
 真名の方も、あの後アルの奴に負けてしまったし。
 アイツも、少しは手加減くらいしろ、と。
 大人げないというか。
 ま、こんな場で考えるのもバカらしいか。

「あ、でも。後味は良いのねぇ」

「まったくだ。私もこういったお茶は初めてだけど、美味いもんだね」

「ありがとうございます」

 そう言い、律義に頭を下げる茶々丸。
 しかし……。

「どうかしたの、茶々丸さん?」

「いえ……」

 そうは言うが、心ここに非ずといった感じでチラリ、と視線を逸らす。
 それはその時々で違い、部室の方であったり、日除けの傘の方であったり。
 まるで誰かを探すかのよう――というより、探しているのか。
 そう苦笑してしまう。
 表情はいつも通り、変化は無いんだがなぁ。

「誰か探してるのかい?」

「そういう訳では……」

 そうは言うが、しばらくしたらまた、その視線はどこかへ向けられる。
 誰を探しているんだ?
 そう聞きたくはあるが、まぁ、そこは聞かないでおいてやる事にする。
 かわりに真名が聞くが、その質問への答えは曖昧なもの。
 もしかしたら、本人すら、誰かを探しているという感覚ではないのかもしれない。
 無意識に、とでも言うか。

「でも、茶々丸さんのお茶って飲みやすいわねー」

「いえ、誰が淹れても同じかと……」

「そんな事無いって」

 そう言って、用意されていた茶菓子に手を伸ばす。
 マイペースだなぁ、相変わらず。
 真名と2人で苦笑しながら、私ももう一口茶を啜る。
 うん、美味い。
 午前中は身体を動かしたからか、やけにゆっくりとした時間に感じてしまう。
 ……ああ、のんびりしてしまっているな、と。
 やる事は多いんだが、そのほとんどは他の魔法先生達に手伝ってもらっている。
 超を探すこと、そして、今回の騒動の目的。
 魔法使い側としての行動。
 だからこその、この、小さな自由な時間。
 その事に頬を緩め、茶をもう一啜り。

「でも、茶々丸さんって着物も似合うのねぇ」

「そうでしょうか?」

 まぁ、そこは私も思うがな。
 身長もあるし、身体の関節部も隠れる。
 だからこそ、茶々丸は着物が良く似合うと思う。
 以前は髪も完全に纏めていたが、今は葉加瀬に止められてるから少し纏めているだけで首筋が少し覗いている。
 でも、認識阻害の結界の中でなら、そう目立つようなものでもないだろう。
 こう見ると、確かに人形には見えない。
 そうやって誰かを探している様子は、本当に……一人の人間のようだ。
 感情豊か、とは言えないのかもしれない。
 でも、感情が無いとは言えないその仕草は、確かに茶々丸が生きているのだと、そう思わせる。

「明日菜さんと真名さんも、よく似合われると思います」

「そ、そうかな?」

 そうだな。
 明日菜も真名も、確かに似合いそうだ。

「明日菜は似合うだろうね」

「真名も十分似合うと思うぞ?」

 身長あるし、髪も長いし。
 明日菜も髪形を変えたら、十分似合うだろう。
 それに何といっても……なぁ。

「なんだい?」

「いや、別に?」

 そう小さく笑い、また茶を啜る。
 どうにも中学生に見えないからなぁ、お前は。
 真名と那波千鶴と雪広あやかは特にそうだろう。
 あれは……うん。
 どうかと思う。

「着てみますか?」

「へ?」

「着付けは出来ますが」

 ふむ。

「着てみたらどうだ、明日菜?」

「うえ!?」

 ……お前。
 驚いたら驚いたで、もー少しマシな声は出ないのか?
 流石にそれはどうだ?
 そりゃ、タカミチでも引くぞ……。

「えー……でも、似合わないわよ?」

「そのような事は無いかと」

 だな。
 身長もあるし、顔もそう悪くはない。
 髪も長いから、纏めてみるのも面白そうだ。
 それか、いっその事飾り付けて見るのも悪くないかもしれない。
 うん。
 想像の中ではだが、中々どうして、結構似合いそうじゃないか。

「明日菜さんなら、よくお似合いになるかと」

「ちゃ、茶々丸さんみたいに、私お淑やかじゃないし……」

「安心しろ。性格はともかく、顔はそう悪くない」

「褒めてないでしょ!?」

 褒めてるだろうがっ。
 後最近、何でお前は頭を押さえるんだっ。
 ぐっ。

「仲良いねぇ」

「でしょ?」

「どこがだっ」

 頭押さえながら、何で誇らしげなんだよ、お前はっ。
 こ、このっ。

「マスター、明日菜さん?」

「ご、ごめんなさい……」

「す、すまん……」

 ……しかし、最近は茶々丸も感情を良く出すようになったもんだ。
 うん。
 決して怖いわけじゃないからな?
 私が主人だし、立場は上だし。
 しかしこー……なんというか。

「最近、茶々丸さんって言うようになったわねー」

「だなぁ」

「なにか?」

「いえ、なんでも……」

「いや、なにも……」

 何というか、なぁ?
 まぁ、良い事、なんだとは思うが。
 以前の一歩引いた感じの茶々丸は何処に行ったのやら。

「そして、茶々丸さんには頭が上がらない、と」

 お前も人の事言えんだろうがっ。
 まったく、一人だけのんびりと茶を飲んで……。

「お二人とも、お茶を飲む時はお静かにお願いします」

「「はい……」」

 むぅ。
 私は悪くないと思うんだがなぁ。

「マスター?」

「いや、なんでもない……」

 まぁ、ここは大人しくしておこう。
 そうして、三人で茶々丸の淹れたお茶を飲んでいると、茶々丸の視線がまたどこかへ向く。

「どうしたんだい、茶々丸さん?」

「いえ」

 そうは言っても、そうあからさまだとなぁ。
 明日菜は判ってないようだが、真名は何か感じたのか、茶を飲んで口元を隠している。
 というか、きっと判っているんだろう。
 こいつは、こういうのは敏感だからなぁ。
 恐らく、内心では楽しそうに笑っているのだろう。
 私も人の事は言えないのだが。
 まったく。
 本当に――どう言えば良いのか。
 人間らしい、と言うのか、人形らしくないというか。
 喜ばしい事ではあるがな。

「でも、この時間って誰も居ないの?」

「はい?」

「だって、茶々丸さんだけじゃない。茶道部」

「……私も一応、茶道部なんだが?」

「着物着てないじゃない」

 ……それもそうだがな。
 ま、だからと言って、誰彼に茶を振舞うつもないが。

「今は、皆さん休憩に行かれてますので」

「そうなの?」

「はい。私には、休憩は必要ありませんので」

 ま、お前にはそれ以外の意味もあるんだろうがな。
 しかし……来ないな。
 そう思っていると、また茶々丸の視線がどこかへ向く。
 そんなに熱心に探さなくても、どうせそのうち来るだろうに。

「茶々丸さん、もう少し落ち着いた方が良いんじゃないかな?」

「……何の事でしょうか?」

 本当に判っていないのか、それとも判っているが気付いていないのか。
 ――それとも、まだ知らないのか。
 きっと、知らないのかもしれないな。
 そう思うとまた、茶々丸のその行動が、可愛らしく思えてくる。
 まったく。
 まるで……親を探す、迷子の子供のよう。
 きょろきょろ、きょろきょろ。
 あっちを探したり、こっちを探したり。
 落ち着きが無いというか、何と言うか。
 本当に、変わったなぁ。
 いや、この場合は成長した、と言うべきか。

「真名、何か知ってるの?」

「さぁ?」

 明日菜の質問にそう答え、また楽しそうに笑って茶菓子を摘む真名。
 お前も大概、意地が悪いと言うか、何というか。
 楽しんでるなぁ。

「どうかしましたか、真名さん?」

「いやいや。茶々丸さんを見ていると楽しいなぁ、と」

「?」

 そう言われ、首を傾げる茶々丸。
 まぁ、そうだろうな。
 私も、こんな茶々丸が見れる日が来るとは思ってなかったしな。
 これはこれで、中々見ていて楽しいものだ。
 明日菜とは違ったものがあるな、うん。

「マスター?」

「ん?」

「……いえ」

 怒った、とは少し違うのだろう。
 だが、不機嫌――なのかもしれない。
 からかわれて怒ったのか、それとも、自分の中の変化が判らなくて怒ったのか。
 それともその両方か、または、全然違う変化なのか。
 ここまで来ると、もしかしたら、茶々丸の中の感情は、茶々丸以外には判らないのかもしれないな。
 そしてまた、視線はどこかへ。
 ……お前のそういう所は、本当に、何というかなぁ。

「なんか、私だけ仲間はずれな気がするっ」

「気のせいだろ」

「気のせいだよ」

 明日菜の物言いに真名と同時に答え、茶菓子を一摘み。
 しかし、待ち合わせは何時だったんだろうか?
 ……ま、いいか。
 偶にはこんな、のんびりした茶会も。
 以前は部活の連中や、茶々丸と二人だけだったお茶会。
 なのに今は、そこに明日菜と真名が居る。
 超の件、麻帆良祭期間中じゃなかったら、木乃香達も誘っても良いかもしれないな。
 ……私の周りにも、人が増えたもんだな。
 そうしみじみと思ってしまう。
 はぁ。

「茶々丸さん、なにがあったのー?」

「いえ、特には何も」

「明日菜、もう少し行儀良く出来ないのか?」

「う……」

 まったく。
 まぁ、私が言えるような事でもないんだがな。
 とりあえず、物を口の中に入れて喋るな。

「まるで母親だね」

「勘弁してくれ」

 こんな落ち着きの無い娘は要らん、と。
 そういうと、また手で頭を押さえられた。
 こ、この……っ。

「マスター、楽しそう」

「どこがだっ」

 まったく。

「笑うな、真名っ」

「笑ってないよ?」

 目茶苦茶顔がにやけてるだろうがっ。
 はぁ。

「あ」

「ん?」

 そうやってしばらくすると、茶々丸の視線が、一点で止まる。
 来たか?
 その声に反応して、茶々丸が見ている方に視線を向けると、

「おー、マクダウェル達も居たのか」

「遅かったじゃないか」

 待ち人、で間違っていないのかな?
 片手を上げて、のんびりとこちらへ歩いてくる先生に視線を向け、小さく笑ってしまう。
 何と言うか、なぁ?

「そんなに遅かったか?」

 そう言って、携帯で時間を確認し、

「というか、他に誰か居ないのか?」

「どうしてでしょうか?」

「いや……」

 そこまで言って、周囲に視線を向ける先生。
 まぁ、そうだよな。
 流石に、生徒に囲まれてお茶会、と言うのもくすぐったいものがあるんだろう。

「先生、こちらに」

 そう言い、空いていた自分の隣に先生を誘う茶々丸。
 うーむ、これは……。

「あー、良いのか?」

「? ……構いませんが」

 はぁ。
 こういう、何というか……男の機微には、疎いなぁ。
 ま、それも茶々丸らしいか。
 茶々丸の近く、真名の隣に腰を下ろした先生に向けて、小さく笑う。

「そう笑わないでくれよ、マクダウェル、龍宮」

「いえいえ、外野は気にせずに」

「誰が外野だ。まったく……ちゃんと麻帆良祭は楽しんでるか、四人とも?」

「ばっちりっ」

「そりゃ良かった」

 相変わらず元気だなぁ、明日菜は。
 その物言いに真名と2人で苦笑し、先生は満足そうに一つ頷く。

「それにしても……茶道部の、他の部員はどうしたんだ?」

「今は休憩中です。お昼も近いですので」

「……何か悪いな、そんな時間に来て」

 もう少し早く来れば良かったな、と。
 別に、そういう事は……ないと思うんだがなぁ。
 というか、そういう時間に誘ったんだろうけど。

「いえ、私がお誘いしましたので」

「でも、マクダウェル達の相手だけで手一杯だろう?」

「そのような事は……」

 そこまで遠慮しなくても……と言うのは難しいかな、この人の性格なら。
 何だかんだで、自分より生徒を優先するからなぁ。
 そこがこの人らしいと言えるんだが。
 先生の茶を新しく用意している茶々丸を見ながら、小さく笑ってしまう。
 ……なんというか、うん。
 一生懸命、だな、と。
 見ていて微笑ましいというか。

「そういえば、マクダウェルも茶道部だったな」

「私は茶を点てないからな?」

「そこでそうはっきりと否定しなくても……」

「今日は茶々丸の茶を飲んでやってくれ」

「まぁ、そのつもりだけどさ」

 絡繰から誘われたしな、と。
 そういうと、一瞬だけ――微かに、茶々丸の手元が震える。
 はあ。

「少しは手伝ってやれよ、マクダウェル?」

「もう少ししたらな」

 もう少しっていつだ、と言う声を聞きながら、茶を一啜り。
 うん、美味い。

「先生、どうぞ」

「お、すまないな」





――――――

 絡繰が点ててくれた茶を口に含むと、以前飲んだのよりも、若干香りの強いその味が口内に広がる。
 へぇ、これは美味いなぁ。

「……どうでしょうか?」

「ん? ああ、美味いよ。前飲んだ時のよりも、こっちの方が飲みやすい」

 うん。
 こっちの方が、俺は好きになれそうだ。

「そうですか……良かったです」

 前のは前ので美味かったけどな、と。
 そう言うと、茶菓子を差し出される。
 それを一口齧り、また茶を一啜り。

「こういうお茶って、部費で買ってるのか?」

「ああ。大体は顧問か部長が選んだヤツだな」

「へぇ。じゃあ、部費でこんな美味いお茶飲んでるのか」

 羨ましいな、と。
 うーむ。
 俺も来年度は、どこかの部の顧問とかやってみたいな。
 出来れば食べ物系で。
 調理部とか……まぁ、もう顧問居るんだけどさ。

「でしたら、また飲みに来られても……」

「流石に、そこまでは出来ないだろ」

 誘われたならまだしも、自分から飲みに行くのはなぁ。
 それに、作法もそう詳しいわけでもないし。

「こうやって、誘われた時に飲めれば十分だ」

 それに、これ以上舌が肥えたらなぁ。

「そうですか……」

「ま、先生にも体面があるからな」

「マクダウェルに言われるとなぁ」

「別に誰が言っても同じだと思うがな」

 そりゃそうだけどさ。
 流石に、生徒の部活にお邪魔して茶を飲みに行く、って言うのもな。
 色々と恥ずかしいのだ。うん。

「ならまた、お誘いしても……?」

「まぁ、また何かあったらなぁ」

 俺にも仕事があるからな、と一言断りを入れておく。
 生徒にそう誘われるのも、こう、色々とあるしなぁ。
 まったく、難しい職業である、教師と言うのは。
 好意、と言うよりも善意か。
 それを受けるにも、一つ考えないといけないのだから。

「それでは、またお誘いいたします」

「……お手柔らかに」

「?」

 マクダウェル達が笑い、俺は苦笑してしまう。
 絡繰だけ首を傾げるが……まぁ、なぁ。
 もしかしたら、こうやって誘うのも初めてなんだろうか?
 なのかもなぁ。
 今までの感じから。

「大変だね、先生」

「他人事みたいに言わないでくれよ、龍宮」

 こういうのは、あんまり良くないんだからな。
 ……嬉しいんだけどさ。
 やっぱり俺も教師だし。
 生徒から誘われるのは嬉しいもんだ。
 しかし、それを直接受ける事が出来ないというか、何と言うか。

「先生、午前中は何をしてたの?」
 
「ん?」

「いや、話題話題」

 ああ。
 うーん……午前中、なぁ。

「見回りしてたな」

「相変わらず、真面目だな」

「それが仕事だからなぁ」

 真面目とか、それ以前の問題だ。
 これでも教師なんでな、仕事をしないと給料が貰えないんだよ。

「まぁ、息抜き混じりだけどな」

「不良教師だな」

「折角の麻帆良祭なんだ、楽しまないと損だろう?」

「それもそうだな」

 こういう時は、楽しんだ者勝ちだと思うね。
 適度に働いて、適度に楽しむ。
 そうしないと、パンクしてしまいそうだ。

「一人で?」

「いや、源先生と2人でだけど?」

「……それは意外な組み合わせだね」

 そうか?
 まぁ、確かにそうかもなぁ。
 源先生と俺じゃ、釣り合わないというか、何と言うか。
 うん。無いな。

「源先生と、お2人でですか?」

「ん? ああ」

 別に何も無かったけどな、と。
 そう言うと、絡繰を除く三人から笑われてしまう。
 まぁ、だよなぁ。
 残念ながら、あんな美人と釣り合うほどに良い男、と言うわけでもないし。
 今日のは本当に運が良かったとか、そういった所だろう。

「ま、源先生は、先生には荷が重いだろうね」

「ハッキリ言うなぁ」

 まぁ、本人が一番良く判ってるけどさ。
 やっぱりそう言われると、何と言うか、さ。
 ま、こっちもそう期待してないから別に良いけど。

「でも、先生って源先生と仲良いの?」

「職員室で話すくらいだよ」

 そう言い、茶を一口啜る。
 あれ? 何でこんな話になってるんだ?
 そう首を傾げるが、

「先生って、彼女居ないの?」

「……神楽坂。そう言う話を、教師に振るなよ?」

「えー」

 なんか、変な火が神楽坂に灯っていた。
 なんなんだか……。
 何と言うか、本当にこの子は年相応と言うか。
 はぁ。
 他人の事より、自分の事を気にした方が良いと思うのは……まぁ、思うだけなら良いよな。
 口に出すのは、教師としてアウトだろうけど。
 
「茶々丸さんも、興味あるよね?」

「……どうでしょうか?」

「いや、そこで聞き返されるとこっちも困るんだけど!?」

 神楽坂、落ち着け。
 そう視線を向けるが、気付いてもらえない。
 なので、ストッパーのマクダウェルに視線を向けると、こちらはこの現状を楽しんでいるらしい。
 うーむ。
 龍宮は……龍宮もか。
 本当、この年頃はこういう話題が好きだなぁ。
 そんなに楽しいか? 恥ずかしいだけなんだがなぁ。
 言う方も、聞く方も。

「マクダウェルは、誰か好きな人とかは居るのか?」

「――なに?」

「あ、それ気になるかもっ」

 お、食いついたな。
 良かった良かった。
 ……そう睨まないでくれよ、マクダウェル。
 俺だって、悪いとは思ってるんだぞ? 一応。
 まぁ、マクダウェルなら神楽坂みたいに教師が好き、と言うのは無いだろうし。
 と言うよりも、居ないだろうし。
 神楽坂の話題を逸らせれば、それで良いわけだし。
 そう内心で言い訳を並べながら、茶菓子を食べる。
 うん、美味い。

「別に――私の事は、良いだろ。別に……」

 あれ?

「あ、ああ……」

 何と言うか、うん。
 予想していた反応と、全然違った。
 居る居ない、じゃない。
 どう言えば良いのか……うん。
 そう恥ずかしがられるとは思わなかった。
 それは神楽坂も同じだったんだろう。固まってるし。

「すまん」

 無神経だった、と。
 そう謝り……この微妙な空気はなんだ、と内心で溜息を吐いてしまう。
 えーっと。
 俺が悪い、よなぁ。
 祭りで気が緩んでたとは言え、無神経すぎた。
 マクダウェルだって吸血鬼だけど、女の子なんだなぁ、と。
 しかし、マクダウェルがねぇ。
 誰だろう、と興味がわいてしまうのも事実。
 ……流石に、そこまで聞かないけどさ。

「……ふ、ん。それより先生、これから何かするのか?」

「ん?」

 俺?

「いや、特には……」

 えーっと……うん。
 特にする事は無いなぁ。

「午後からも見回りすると思う」

 魔法先生達は、超とか、世界樹の問題とかで忙しいらしいし。
 そうなると、魔法使いじゃないこっちが見回りは頑張らないといけないしな。
 まぁ、

「夕方にはクラスの出し物見に行くから、シフトが入ってたらちゃんとしてろよー」

「う……」

 それに反応したのは龍宮。
 なんだ、龍宮は夕方からか。

「マクダウェル達は、これからどうするんだ?」

「とりあえず、どこかしら見て回るつもりだ」

「そうか」

 しかしなぁ。
 以前は絡繰だけだったマクダウェルの周りも、随分と賑やかになったもんだ。

「近衛達は一緒じゃないのか?」

「木乃香と刹那さんは、いま教室の方」

「なるほどなぁ」

 なら、一緒には回れないか。
 もしかしたら、時間が合ったらこの四人の中に近衛と桜咲……それに、月詠も一緒なのかもな。
 本当に、賑やかになったもんだ。
 前は2人だけだったのに。
 今じゃ7人……もしかしたら、それ以上か。
 本当に――変わったなぁ、マクダウェル。

「どうした?」

「いや、楽しそうだなぁ、と」

「……ふん」

 俺の考えている事が判ったのか、龍宮も笑ってる。
 うーむ。
 そんなに顔に出るかなぁ?
 自分じゃそんなつもりは無いんだけどな。

「それじゃ、そろそろお暇させてもらうよ」

「……もうですか?」

「ああ。見回る所も、まだまだあるしなぁ」

 これでも結構忙しいんだよ、と冗談めかして言う。
 この後は……どうするかな。
 まぁ、それは動きながら考えるか。
 立ち上がり、伸びを一つ。
 あー……大分、ゆっくりしたなぁ。

「そうですか……」

「……えーっと」

 落ち込んでる? 表情変わらないけど。
 もしかして、もう少し……って言うのは考え過ぎか。

「それじゃ、またなー」

「ああ、また夕方に」

「先生も、お仕事がんばってー」

「おー」

 龍宮と神楽坂の声を聞きながら、野点の会場を後にする。
 しかし……うーむ。
 何と言うか、なぁ。
 あの時。あの雨の日から……ちょっと、マクダウェル達との距離感が曖昧と言うか。
 前からそんな所があったけど、なぁ。
 少し考えないとなぁ。
 そんな事を考えながら、頭を掻く。
 ただの教師と生徒の関係、か。
 源先生から言われた言葉が、頭をよぎる。
 ……問題、だよなぁ。
 いかんいかん。
 俺達にそのつもりは無くても、周囲がそう見ないって事はあるんだし。
 気を付けよう、本当に。
 とりあえず、見回りをちゃんとするか。
 それが仕事だし。
 野点に誘われたからって、浮かれてる場合じゃないぞ、と。
 自分にそう言い聞かせる事にする。

「はぁ」

 ……俺って、勘違いしやすいタイプなのかもなぁ。
 いかんいかん。



――――――チャチャゼロさんとさよちゃんとオコジョ――――――

 うーむ。
 結局優勝は、あのクウネルってオッサンかぁ。
 あの小太郎をなん無く退けただけはあったなぁ。
 しっかし、姐さんは何でまた棄権なんかしたんだろうか?
 折角だから、優勝して賞金貰えば良いのに。

「これからどうしましょうか?」

「だなぁ」

 本当なら、あの超って嬢ちゃんを探さないといけないんだが……どこにいるか判んねぇしなぁ。
 そうなると、この麻帆良中を探さないといけないわけだ。
 ……考えるだけで憂鬱だぜ。

「マァ、目立タネェヨウニ探スシカネェダロウナァ」

「っすね」

 はぁ。
 姐さんも、無理言うよなぁ。
 ま、魔法使いの方も動いてるらしいし、見付からなくてもそう怒られねぇだろ。
 そう考えるとまだ少し気が楽だな。

「それじゃ行きましょう、カモさん」

「んあ? そう急がなくても……」

「駄目ですよー。お祭りは後一日と半分しかないんですから」

 どうせ屋台を冷やかすしか出来ないってのに。
 まぁ、そう楽しそうだとこっちも楽しくなるけどな。

「んじゃ、行きましょうかチャチャゼロさん」

「オー」

 ……こっちは対照的に、やる気無いっすねぇ。




[25786] 普通の先生が頑張ります 短編 【茶々丸】 
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/05/23 23:47

「大丈夫ですか?」

 その声が、遠い。
 のんびりと、ゆっくりと。
 優しく肩を揺らされながら、酔った頭を微かに動かす。

「おー……」

「先生、お水を飲んで下さい」

 差し出された水を受け取らず、もう一度、顔を伏せる。
 う、飲み過ぎた。
 吐き気は無いが、動く気力も無い。
 と言うか、眠い。
 絡繰の声には答えているが、その言葉は頭に残らない。
 ……のんびりと、ゆっくりと。
 静かに、程よく酔った頭が、微睡む。
 どうしてマクダウェル宅で酒を飲んだのか。
 どうしてこうまで酔っているのか。
 その理由を思い出せず、だからこそもうどうでも良いや、と目を閉じそうになる。

「先生」

「おー……」

 何でこんなに飲んだんだっけ?
 そんな事を考えながら、微かに頭を上げる。
 テーブルの上には数本の酒瓶と、十数の空の缶ビールが転がっている。
 絡繰が作ってくれたつまみも食い散らかされ、テーブルの上は酷い有様だ。
 というか、床もだろう。
 明日の朝は片付け手伝わないとなぁ、と。
 頭の片隅でそんな事を考えるが、きっと覚えていないだろう。
 と言うか、起きれるかどうかも怪しいし。

「……お休みになるなら、ベッドへ……」

「うんー」

 でも、動く気力が無い。
 疲れている、とも言う。
 と言うか、酔ってる。
 ぁぅー。

「からくりー、マクダウェルはー?」

「マスターなら、部屋へ戻られました」

 そうかー、と。
 聞いた意味は無い。
 何となく気になったとか、そんな感じだろう。
 ……完全に酔ってるなぁ。
 まるで、自分が自分じゃないみたいだ。

「絡繰も早く寝ろよー」

「先生? 私には睡眠は必要ありません」

「ふぅん……」

 そうなのか? と。
 そうだったかな、と頭で考え、どうだったかなぁ、と陽気に笑ってしまう。
 うん。
 まぁ、眠らないなら、寝る必要はないなぁ、と。

「先生、風邪をひいてしまいます」

「もうだいぶん暖かいから、大丈夫だろ……」

「いえ……体調を、崩してしまいます」

「大丈夫……だと思う」

 うん。
 良い感じに、酒で温まってるし。
 ……だからこそ、風邪をひくんだろうけど。

「先生」

「……うぅ」

 眠い。
 目を閉じて寝たい。
 でも、肩を揺らされて、微睡みはするが、眠りに落ちる事は無い。
 何と言うか、中途半端。
 物足りないというか、寝たいのに寝れないと言うか。
 うん。
 絡繰の手が、俺の眠りの邪魔をする。
 優しく俺を揺らすその手が、今はひどく――何と言うか、うん。
 優しく揺らされるのは気持ちが良いけど、眠れないのはいただけない。

「先生?」

「……んー?」

 顔は抵抗でもするかのように伏せたまま。
 でもまだ起きていて、それを教えるように、絡繰の声に反応する。
 眠い。
 でも寝れない。
 そんな、中途半端。
 俺を優しく揺らす手が、俺を眠らせてくれない。

「先生」

「……眠ぃ」

「お休みになられるなら、ベッドへ――」

 優しく、揺らす。
 ゆらゆらと。
 まるで、子守歌のよう。
 暖かく、ゆっくりと、穏やかに。
 俺を、揺らす。
 でも――眠れない。
 揺れるから。

「絡繰ぃ」

「なんでしょうか?」

 最後の力を振り絞って、絡繰の方を向く。
 向くと言っても、もう限界はとうに超えているので、顔を向ける程度だが。
 そして、確認。

「……揺らされると、寝れない」

 その手を、取る。
 俺を揺らす、眠りを妨げる、その、細くて柔らかな手を。
 片手で握りこむ様に掴み、もう揺らされないようにする。
 うん……。
 そうすると、揺れない。
 目を閉じると――ひどく暖かな感じになる。
 香るのは強い酒の香り。
 鳴るのは小さく、時を刻む時計の秒針。
 そして――。

「――――――」

 ――俺を呼ぶ声は無い。
 うん。
 寝て良いって事だな。
 ……そしてすぐ、眠りに落ちる。
 だって、睡魔にはもう負けてたんだし。



――――――茶々丸

 そう言えば、と。
 私の中の記憶ドライブを何度か検索するが――手を握られたのは初めてだな、と。
 そう認識しながら、目の前で眠りに落ちていく先生を……眺める。
 起こす事も出来ず。
 声を掛ける事も出来ず。
 ただ……眠りに落ちていく先生を、見ている。
 どうしようもなく。
 動かない身体を不思議に思いながら。

「――――――」

 握られた手を、強く意識しながら。
 暖かいではなく、熱い。
 暖かいではなく、大きい。
 その手に包まれた自分の手を、少し動かす。
 解くのは簡単だ。
 起こさないように解く事だって、造作も無い。
 なのに解く事が出来ず――ついに、先生は眠りに落ちた。
 規則正しい吐息。
 落ち着いた心音。
 そのデータは、先生が眠りに落ちた事を教えてくれる。
 教えてくれる……が。

「先生?」

 そう、声を掛ける。
 何故?
 意味は無い。
 もう眠っているのだ。
 しかも、相当量のアルコールを摂取されて。
 きっと、明日の朝まで起きる事は無いだろう。
 どうしよう、と思考する。
 ベッドまで運ぶべきだろう。
 電気も消さないといけない。
 このままじゃ、風邪をひいてしまうかもしれない。
 この体勢じゃ、身体を痛めてしまうだろう。
 こんな汚れた場所で寝られては、心苦しい。
 ちゃんとしたベッドも、用意している。
 きちんと、今日来られると判っていたので、干していた。
 明日の朝は、胃に優しい朝食が良いだろう。
 そこまで考えて、
 ベッドまで運ぶべきだろう。
 人工知能が一周して、また振り出しに戻る。
 いや、判っている。
 起こすべきだ。
 それが出来ないなら、起こさないように寝室まで運ぶべきだ。
 なのに、それが出来ない。
 無言で、ただ――その場に立つ。
 先生に、手を握られたまま。
 時を刻む時計の音と、先生の寝息。
 それだけがある、静かな夜。
 私なら出来る。
 起こさないように、この握られた手を解く事が。
 そして、そのまま寝室に運ぶ事が。

「んぅ……」

「…………」

 かすかな寝息。
 それと共に、寝返りをうち――顔をこちらに向けられる。
 酒精で赤くなった顔。
 それを見るのは、これで2度目。
 それも、ちゃんと記憶している。
 でも、その時よりも、赤みが強い。
 その時よりも多くアルコールを摂取したからだ。

「先生? 風邪をひいてしまいます」

 起こさないように、小さく声を掛ける。

「……?」

 何か、おかしいと思った。
 だがそれが何なのか、判らない。
 首を傾げ――その反動で、少しだけ握られた手が動いてしまう。

「…………ん、ぅ」

 起きられなかった。
 ……良かった。
 そう思い、どうしたらいいか考える。
 起こした方が良いだろう。
 でも、手を握られてるから起こせない。
 どうしたら良いだろうか?
 こちらに向けられた寝顔を眺めながら、自問を繰り返す。
 どうやって起こすべきか。
 それとも、眠ってもらったまま、ベッドへ運ぶか。
 でも、手を握られてるから動けない。

「…………………」

 その隣の席へ、腰を下ろす。
 静かに、起こさないように、ゆっくりと。
 そして、その隣の席に座り、先ほどよりも近い位置で、その寝顔を眺める。
 どうしたら良いでしょうか?
 聞こえないように、起こさないように――そう、小さく呟く。

「……先生」

 もう一度、呟く。
 そして、掴まれていた手を、小さく動かす。
 まずは人差し指。
 起きない。
 次に中指。
 起きない。
 薬指。
 ――軽く、身じろぎ。
 指の動きを止め、そのまま数瞬。
 起きない事を確認して、次は小指。
 大丈夫だ。
 それを確認して――私も、先生の手を掴み返す。
 いや、握り返す。
 静かに、でもはっきりと。
 大きな手。
 偶に、私を撫でてくれる手。
 でも、今は何時もより体温が高い。
 ……手の平も、熱い。
 いつもは暖かな手が、今は熱い。
 それを体感しながら、どうすべきか考える。
 起こすべきだろう。
 このままじゃ風邪をひいてしまう。
 それでないなら、ベッドまで運ぶべきだ。
 でも、手を握られてるから起こせないし運べない。
 どうしようもない。
 手を握り合ったまま、数瞬。
 秒針が何度回ったか。
 長針が、どれほど動いたか。
 もしかしたら、短針も少し動いたかもしれない時間、ただ――手を握り、その寝顔を眺める。

「せんせい」

 静かに、ゆっくりと――起こさないように、囁く。
 ついで、その髪を……偶にしてもらう様に、空いた手で撫でる。
 梳く様に、優しく、撫でるように。
 ――あたたかい。
 そう、認識した。
 それは、先生から“感情”を教えてもらう時に感じるモノ。
 この胸に宿る“ぬくもり”は、どんな名前の“感情”なのだろうか?
 いくつもの“感情”を教えてくれた貴方なら、この“ぬくもり”の名前を知っているのでしょうか?
 この暖かさも、いつか教えてくれるのでしょうか?

「……せんせい」

 もう一度呼ぶ。
 起こさないように、小さく、静かな声で。
 その髪を解いていた手を戻し――胸に添える。
 確かにある温もりを感じる為に。
 ここにある暖かさを感じる為に。
 胸に添えた手、その指からは何も伝わらない。
 なのに、確かにここにあるモノ。
 コレは一体何なのでしょうか?
 これもまた、感情なのでしょうか?
 だとしたらコレは一体、どんな名前なのか……。
 先生と居る時。
 楽しい時。
 嬉しい時。
 ……きっと、笑っている時。
 このぬくもりが、冷たい機械仕掛けの身体に、熱をくれる。
 それがとても安心できる。
 それは、この人と一緒に居る時に起きる現象。
 貴方なら、この答えを知っていますか?

「――起きないと、風邪をひいてしまいます」

 そして私は、また――起こさないように、静かに、声を掛ける。
 その寝顔に向けて。
 電気を消し忘れ、その眩しさにこの人が目を覚ますまで――ずっと。



[25786] 普通の先生が頑張ります 短編 【エヴァンジェリン】 
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/05/23 23:42

 前回同様、時系列はあんまり気にしないで下さいorz
 夏休みくらい、と言う事でw


―――――――――――――

 壁に背を預けるようにして座りながら、くあ、と欠伸を一つすると、隣に座るマクダウェルに小さく笑われた。

「どうした?」

 視線の先、休日の俺の部屋には、同居人の2人のほかに何故か、近衛や神楽坂、桜咲に月詠
 それにマクダウェルと言う、いつもの面子が部屋に居た。
 と言うよりも、一緒になってゲームで遊んでいた。
 ちなみに、ゲーム機本体はマクダウェルが用意した物だったりする。

「いや、どうしてこうなったのかな、と」

「暇だったからな」

 暇だったからと言って、教師の部屋に来るのはどうかと思うぞ。
 しかも、勉強とかならともかく、遊びにである。
 注意するべきかな、とも思ったけが、まぁ今回だけ、と言う事で許可した俺も俺だけど。
 まぁ、折角月詠の友達が遊びに来てくれたのだから、今回くらいは大目に見よう。
 それに、これで小太郎の付き合いも少し広がれば嬉しいしな。

「ま、いいか」

 4人対戦のレーシングゲームで、神楽坂、桜咲、小太郎、月詠の4人が対戦中。
 近衛と絡繰は観戦中らしい。
 そして、どうやら今の一位は神楽坂のようだ。
 しかし、白熱してるなぁ。
 隣の部屋から苦情が来ないと良いけど……この部屋って、防音なのかな?
 そんな事を考えながら、読みかけていた本のページを捲る。

「マクダウェルは、勝負しないのか?」

「そのうちな」

 そうか、と。

「先生は、ゲームは苦手なのか?」

「そうだな……大学の頃までは、結構やってたなぁ」

「……そうなのか?」

 まぁ、それ以降はあんまりやってないけど。

「でも、良くやってたのはRPGとか、そういうのばっかりだったな」

「ふぅん……」

「ん?」

 なんか変な事言ったかな?
 また、マクダウェルは、面白そうに、肩を震わせる。

「脳トレとか、そういうゲームが得意だと思ってた」

「そうか?」

 なんでそうなる?
 教師だからだろうか?

「マクダウェルは、どんなゲームが得意なんだ?」

「ん? まんべんなく、何でもやるな」

 ふぅん。

「ま、ゲームはほどほどに、勉強もしっかりな?」

「…………気が向いたらな」

「……前向きに頑張ってくれ」

 はぁ。
 やれば出来ると思うんだけどなぁ。
 勿体無い、とは思うが無理強いも出来ないしなぁ。
 ページをめくり、テーブルの上に置いた煎餅に手を伸ばす。

「勝ったーっ」

「くそっ」

 どうやら、勝負がついたらしい。
 勝者は神楽坂。
 敗者は、小太郎か。
 でも2位でも凄いと思うけどな。
 3位は龍宮、最後は桜咲か。
 桜咲は、ゲームが苦手そうだしなぁ。

「エヴァー、次勝負しよー」

「だって」

 誘われてるぞ、と言うと、少し疲れたように一つ息を吐き、

「さっきから何度もやって疲れたんだ、少し休ませてくれ」

「うー、勝ち逃げは駄目だからねっ」

「判った判った」

 そう断るマクダウェルを横目で見、視線を本に戻す。

「折角誘われたのに」

「疲れてるんだよ」

 そうか、と。
 そう言うと、そうだ、と答えが返ってくる。
 まったく。

「もっと前向きに楽しめば良いのに」

「楽しんでるさ、これでも」

 ま、そりゃ見てる俺は判るけどさ。
 見てない神楽坂達は判らないと思うぞ?
 ……そこまで言うと、お節介だと言われそうだから言わないけど。

「じゃあ、先生勝負しません?」

「遠慮しとくよ。俺じゃ勝負になりそうにないし」

「うー」

「それより明日菜のねーちゃん、もう一勝負っ」

「オッケー」

 しかし、小太郎もこの面子の中に馴染んでるなぁ。
 女の子ばかりの中に、男が一人。
 今度、小太郎の学校生活の事を聞いてみようかな。
 小太郎の男の友達関係が気になるし。
 そんな事を考えていたら、隣のマクダウェルから声を掛けられる。

「先生こそ、折角誘われたのに、勿体無いんじゃないか?」

「流石に、生徒に混じってゲームって言うのもな」

 そう苦笑してしまう。

「そういうもんか?」

「そういうもんだ」

 そしてまた、ページを捲る。
 騒がしいのに、どこかゆったりとした時間。
 こういう時間は、結構好きだ。
 ここ最近は特に。
 マクダウェルの事、魔法の事を知ってから――小太郎と月詠と一緒に暮らし始めてから、特にそう思う。
 一人暮らしじゃなくなったからか。
 それとも別の理由か。

「なぁ、先生?」

「ん?」

 そして、少しの間。
 勝負に騒いでいる神楽坂達とは逆に、どこか落ち着いた感じのマクダウェルが――言い淀む。
 どうしたんだろうか?

「どうした?」

 本から視線を上げ、マクダウェルを向く。
 その視線は、まっすぐに神楽坂達の方を向いていた。

「……楽しそうだな」

「? そうだな」

 楽しそう、と。
 そう言いながら、マクダウェルは嬉しそう……いや、楽しそうに、小さく笑う。
 俺から見たら、お前もずいぶん楽しそうだけどな。
 そう思い、俺も釣られて笑ってしまう。

「どうした?」

「いや、楽しそうだな、と」

「……そうか?」

「ああ」

 でも、マクダウェルはそうやって笑われるのはあんまり好きじゃないだろうから、視線を本に戻す。
 しかし、何時まで居るんだろう?
 そろそろ夕方なんだけどなぁ。
 ……晩飯の用意、どうしよう?

「先生」

「んー?」

 今晩、何食べるかなぁ。
 昨日は魚だったから……肉食いたいな。
 もし皆食べていくなら、焼き肉でもいいかな。

「偶に思うんだ」

「なにを?」

「……私は、人間じゃない、と」

 ――――――。

「いつまで、皆と一緒に居られるんだろうか、って」

「…………」

 本を閉じ、視線をマクダウェルに向ける。
 でも、予想していたより、マクダウェルの表情は……何と言うか、静かだった。
 嬉しそうでも、楽しそうでもなく。
 ――そう、満足そう、と言うのか。
 どう表現すれば良いのか判らない、そんな表情。
 そんな表情で、静かに笑っていた。

「先生」

「……ん?」

「先生は、何時まで私と一緒に居てくれる?」

 ――そうだな、と。
 ずっと、と。
 そう言うのは簡単だろう。
 でもきっと……その答えじゃ、マクダウェルは満足しないんだろうな。
 何時まで、か。
 俺は、何時までマクダウェル達と……マクダウェルと一緒に居られるんだろうか?
 学校を卒業するまで?
 それとも、麻帆良を去る時まで?
 ――もっと居られるのか。
 もっと短いのか。
 そればっかりは、どうも言えないよな。

「マクダウェルが麻帆良を出るまでは、一緒に居られると思うよ」

「思う、か」

「しょうがないだろ? マクダウェルが将来どんな道に進むかも判らないのに」

「……それもそうだな」

 俺が言えるのは、これくらいしかないのだ。
 もっと気の利いた事、格好の良い事を……それこそ、RPGの主人公みたいな事を言えればいいんだけどさ。
 流石に、そんな言葉じゃマクダウェルも満足してくれないだろう。
 なにせ、言葉にする事は出来ても、物語の主人公のように行動に移す事は出来ないのだ。
 だから俺は、俺が出来る事だけを口にする。
 マクダウェルが学園を……麻帆良を卒業するまでは、と。

「私は、何時まで一緒に居られるのかな……」

 そしてまた、そう呟く。
 何時まで、か。






――――――エヴァンジェリン

 どうしてそう思ったのか。
 どうしてこれほど弱気、とも取れるような感情を抱いたのか。
 何時まで一緒に居られるのか。
 私は人間ではない。
 吸血鬼だ。
 人より長生きで、そう簡単に死にはしない。
 そして――死んでも、蘇る事が出来る。
 そんな私と、何時まで明日菜達は一緒に居てくれるだろうか?
 …………そう思う事すら、馬鹿らしいとは思う。
 でも、そう思ってしまった。

「私は、いつか皆を置いていくんだろうな」

「……そうだな」

 吸血鬼。
 どうして、私は吸血鬼なんだろう?
 どうして、私は人間じゃないんだろう?
 でも、と。
 吸血鬼だったからこそ、私は明日菜達と――先生と逢えた。
 それもまた、間違いではないのだ。
 人として生きた時間。
 そして、吸血鬼として生きてきた時間。
 そのどちらも――。

「吸血鬼って、どれくらい長生きなんだ?」

「どうだろうな? 私も、私以外の吸血鬼に会った事は無いからなぁ」

「そうなのか?」

「ああ。ちなみに、私も相当長生きだぞ?」

 そうか、と。
 別にそれを悲観している訳ではない……と思うが、そう口にする。

「マクダウェルは、神楽坂達の事は好きか?」

「嫌いじゃないよ……あんな連中は」

 一緒に居て、楽しいしな、と。
 楽しいし、賑やかだ。
 私の“今まで”に無かった時間だ。
 嫌いじゃない。
 ああ……嫌いじゃない。
 だからこそ、こんな事を思ってしまったんだろう。
 ナギと一緒に居た時ですら、こんな事を考えた事は無かった。
 置いていく、何時まで居られる。
 そんな事、今まで考えた事も無かった。
 私は一人で生きてきた。
 そして、ずっと一人だと思っていた。
 それが“私”の当たり前だったのだから。

「お前はずっと、見送る側なんだよな」

「ああ」

 だから、そう思ってしまったんだろう。
 私は、

「神楽坂達が好きなら、今のままで良いと思うよ」

「ん?」

「何時まで、とか、悩んでていいと思う」

「……私としては、悩みの答えが欲しいんだが?」

「それは自分で見付けないといけないだろ」

 と言うよりも、俺じゃ答えきれない問題だし、と。
 ……それもそうか。
 先生は人間だもんな。
 それに、なんでも聞くのは……私が、この人に頼っているからか。

「マクダウェルは、ずっと見送る側で、きっと俺達の方が先に死んでしまう」

 そうだな、と。
 それはまだ先の事だけど、いつか必ず来る別れ。
 私よりも、皆先に老いていく。

「でも、それでも、神楽咲達の事が好きなら、尚更、向き合って考えていくべきだと思う」

 うん、と。

「いつか別れが来ても、時々でも思い出して、懐かしんでくれれば、それで――」

 ……それで、の先を、一旦区切り

「俺は良いと思うかな?」

「……そこまで言って、それか?」

「だって、俺。誰かを見送った事無いし」

「……そこはもっと、こう、な? 格好良い事の一つでも言えないのか?」

「無理だなぁ」

 ……はぁ。
 情けないというか、何と言うか。
 この人らしいけど、私としては……今だけは、もう少し格好付けても良いんじゃないかって思ってしまう。
 別に、他意は無いがな。
 そう思うと、その視線を明日菜達に向ける。
 釣られ、私も視線を前へ、

「今が楽しいなら、とりあえず、今を見て居れば良いんじゃないか?」

「…………」

「道に綺麗な花が咲いてるってする」

 ん?

「でも、枯れる姿を見たくないからって、その綺麗な花から視線を逸らして見ようとしないっていうのは……勿体無い事だと思うよ」

「……そうだな」

 明日菜達は、花、か。
 そう、だな。
 綺麗な――本当に、綺麗な花だ。
 花はいつか枯れる。
 でも、今は綺麗な花を眺めて楽しもう。

「楽しい思い出の方が、きっと、ずっと長く生きても、思い出せると思うし」

「……ああ」

 きっと、そうだ。
 忘れても思い出せる。
 そんな思い出、か。

「それに、きっといつか――マクダウェルも、ずっと忘れられない人と出逢えるさ」

「ん?」

「別に、結婚とかしない訳じゃないんだろ?」

「……何で、そんな話になるんだ?」

「いや、そういった話でもしないと、真面目な話をし過ぎて恥ずかしいし」

 なんだそれは?
 まったく……。

「私の親にでもなったつもりか? はぁ……」

「親、か」

 そして、そう一言呟き、

「だったら、今だけの親から一言」

「ん?」

 そう言い、その手が、私の頭に置かれる。
 いつもように、ぽん、と。
 軽く叩くように――。

「俺はな、マクダウェル。お前はもっと普通に生きて良いと思う。
 普通に生きて、普通に人と触れ合って良いと思う。
 変に肩肘張らずにな?」

 ――――――。

「吸血鬼だろうが、死なない身体だろうが、なんだろうが。
 神楽坂達と、友達と一緒に普通に生きて、悪い訳が無いさ」

 ぽかん、と。
 そう表現できる、そんな心情。
 何と言うか。

「少しは親らしかったか?」

「…………全然駄目だな」

 視線を逸らし、下を向く。
 ……下を向く。

「ま、まぁ、あんまり悩んでも、今はどうしようもないんだしさ」

 ……はぁ。
 とくん、とくん、と。
 ココロが、静かに鳴り、暖かくなる。
 その胸に手を静かに添え、一つ、深呼吸をする。

「先生」

「ん?」

 こういう時は、何と言うんだったか。
 そう、

「ありがとう」

「どういたしまして」

 そしてまた、ぽん、と頭を優しく撫でられる。
 それが嬉しくて、少し恥ずかしい。
 もう少しで、またゲームの勝負が終わる。
 ……次は、私も一緒に楽しもう。
 友達と一緒に、普通に、休日を楽しもう。

 



[25786] 普通の先生が頑張ります 短編 【エヴァンジェリン】 2
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/05/25 23:21

 パチン、と。
 纏めたプリントをホチキスで固定し、それを机にしまう。
 ふぅ。
 これでやっと、今日の仕事も終わりか、と一つ息を吐いて背を伸ばす。
 あー、今日も一日頑張ったなぁ。

「ふふ、お疲れ様です」

「っと」

 そんな所を見られていたのだろう、すぐ後ろに居た源先生に、小さく笑われてしまう。
 う、仕事が終わったからって、少し油断したなぁ。
 その笑い声に苦笑で返し、伸ばしていた背を戻して振り返る。

「お疲れ様です、源先生」

「そうみたいですね、先生?」

「……う」

 少し恥ずかしくて視線を逸らすと、その先に俺が職員室に置いている湯呑みが差し出される。

「息抜きにどうですか?」

「すみません、気を使ってもらって……」

 その事に礼を言い、その湯呑みを受け取る。
 程良く冷えた麦茶を一息で飲み、息を吐く。
 はぁ、生き返るなぁ。
 冷房は点けてなく、窓を開けて風で熱を逃がしているせいか、今日はやけに蒸し暑い。
 だからだろう、いつもより余計に麦茶が美味しく感じられる。

「これからお帰りですか?」

「ええ」

 源先生は? と、そう聞くと、笑顔で首を横に振られる。

「私はまだ、少しやる事が残ってまして……」

「そうですか」

 まぁ、帰る時間が一緒だからと言って、一緒に帰る訳じゃないんだけど。
 それでも少し残念に感じてしまう所も少しあったりするのは……まぁ、なぁ。

「夕方でも、まだまだ暑いですから気を付けて下さいね?」

「はは、大丈夫ですよ」

 自己管理には……まぁ、それなりに?
 風邪だって、まぁここ最近は……いや、そういえば、麻帆良祭前に一回こじらせたな。
 ……あの時は、色々あったからな、うん。大丈夫大丈夫。

「丈夫なだけが取り柄ですから」

「それは頼もしいですね」

 そして、源先生に笑われながら、席を立つ。

「あ、いいですよ。湯呑み、私が洗っておきますから」

「いえ、そこまでは……」

「良いですから」

 そう言い、俺の湯呑みを取られてしまう。
 むぅ。

「……すみません」

 なにからなにまで、と。

「気にしなくて良いですから」

 いや、そういう訳にも、いかないですって。
 うーむ。
 今度は、俺が茶を淹れるかなぁ。

「ここ最近は色々と疲れてるみたいですし、偶には早く帰ってゆっくりした方が良いですよ?」

「ぅ」

 ここ最近暑いからだろうか、多分そう言われるくらいには疲れが溜まってるんだろう。
 暑さにはそんなに弱くは無いと思うんだけど、どうにもなぁ。
 夏バテ、なのかもな。

「そういう訳で、どうぞお帰り下さい」

「……それだと、追い出されるみたいな感じですね」

「う……そうでしょうか?」

 そう返すと、今度は源先生が少し恥ずかしそうに、はにかんで小さく笑う。

「それでは、お言葉に甘えまして」

 えっと……別に、持って帰ってやる仕事も無いよな。
 うん、急ぎは無いな。

「お疲れ様です」

「はい、それではまた明日」

 職員室から出、もう一度伸びをする。
 気を、使われたんだろうなぁ。
 はぁ。
 いかんなぁ。
 そう息を吐き、首をコキ、と一度鳴らす。
 ……凝ってるなぁ。
 そう、苦笑してしまう。

「晩飯は、なんか良いの食うかなぁ」

 と言っても、何も思い浮かばないけど。
 何が良いかな。
 そんな事を考えながら校門を出ると……見知った小さな姿があった。

「おー、マクダウェル」

「ん?」

 その小さな背に声を掛けると、長く豊かな髪を靡かせて、振り返る。
 夕焼け、と言うにはまだ明るい時間だが、暑い日差しで髪を輝かせるその姿は、どうにも……。
 日本人離れしている、と言うか、人間離れしているというか。
 いや、マクダウェルは日本人でも、人間でもないんだけどさ。
 どこか西洋人形みたいな綺麗さがある。

「先生か」

「どうしたんだ?」

 こんなところで、と。
 まぁ、生徒なんだからおかしくはないけど。
 でも、一人で居るような所じゃないよなぁ、校門は。

「いや……何もする事が無くてな」

「?」

 だったら帰れば良いのに、と。
 まぁ、帰っても暇だからここに居るんだろうけどさ。

「神楽坂達は?」

「今日は部活だと」

「そりゃ残念だったなぁ」

 うーむ。

「絡繰は?」

「超包子の方だ」

「……帰って勉強という考えは?」

「……気が向いたらな」

 ま、だろうなぁ。
 俺だって、帰って勉強なんて考え、学生時代は無かったと思うし。

「それで、神楽坂達を待ってるのか?」

「いや……ただなんとなく、ここで時間を潰していただけだ」

 もうすぐ帰るよ、と。
 何と言うか、勿体無い時間の潰し方だなぁ、と。
 まぁ、マクダウェルらしい……って言えるのかな?
 そう思いながら、小さく笑ってしまう。

「あんまり遅くなるなよ?」

「……別に、私なら何があっても大丈夫だよ」

「あのなぁ」

 そう言うんじゃないんだよ、と。

「判ってるよ。心配性だなぁ」

「お前は特にな」

 心配にもなるわ。
 なんか、すぐ危ない事してそうだし。
 吸血鬼だからって、生徒である事に変わりは無いんだよ。

「……何で私は特になんだ?」

「だって、そんな雰囲気だし?」

「どんな雰囲気だというんだ? まったく……」

 そう言うと、小さく溜息を吐かれてしまう。
 むぅ。

「それで、先生は何時までここに居るんだ?」

「ん? んー……それもそうだな」

 一緒に居ても、特に話す事も無いよなぁ。
 それに、教師と一緒っていうのもあんまり良い気分じゃないだろうし。

「それじゃ、また明日な?」

「ああ」

 そこまで言って背を向け、一歩を踏み出し……振り返る。

「途中まで、一緒に帰るか?」







 まぁ、一緒に帰るからと言って、別に特別な事なんて何もないんだけどさ。
 というか、何であんな事を言ったんだか。
 ……いや、判ってる。
 冗談半分だって、自分でよく判ってる。
 問題は、だ。
 その冗談と判りきった冗談に、マクダウェルが乗ってくるとは思わなかった、と言う事だ。
 むぅ。
 からかわれた、んだろうなぁ。
 ……絶対俺、マクダウェルに教師らしく見られてない気がする。
 いまだにタメ口だし。

「でも、珍しいな」

「何がだ?」

「いや、マクダウェルが一人で居るのって」

「……そうか?」

 ああ、と。
 何だかんだで、今までだって……。

「私は今まで、ずっと一人だったよ」

「……そうだったか?」

 そう言われると、そうだったような?
 いや、何時も絡繰と一緒に居たんだったよな。
 そうだ。
 絡繰と2人。
 ずっと、そうだった。
 でも今は違う。
 友達に囲まれてる。
 だからこそ、そう思ってしまった。
 珍しい、と。
 マクダウェルが、一人で居るのが。

「そうだよ、先生」

「茶々丸も、少し前までは……本当に、人形みたいだったからな」

「……そうだっけ?」

 そう聞くと、小さく……口元を手で隠して、肩を震わせる。
 いや、そこ笑う所か?

「ああ。だから私は、去年の今頃は……一人だったんだ」

「……自分で言ってて、寂しくないか?」

「まったくだ」

 そう言い、今度は、嬉しそうに笑う。
 寂しいか。
 それもきっと、去年のマクダウェルからは聞く事が出来ない言葉なんだろうな。
 あの頃は――なぁ。
 今よりもっとツンケンしてたもんなぁ。
 いやはや、中々どうして……。

「どうした?」

「いや……」

 あの頃は、想像もできなかったな。
 こうもマクダウェルが明るくなるなんて。

「変わったなぁ、と」

「私がか?」

「ああ」

 そう言うと、少しだけ憮然とした表情で、前を向く。
 怒った、というよりも拗ねた、といった感じで、まるで見た目相応の少女のよう。
 でも、俺よりも長生きなんだよなぁ。
 ……年齢は聞いても教えてくれないけど。

「変わったというのは、茶々丸みたいなのを言うんだよ」

 今はもう、全然人形らしくないしな、と。

「そうか?」

 人形、と。
 絡繰の事をマクダウェルは偶に言う。
 本心ではそう思ってないんだろうけど、それは本当の事。
 機械仕掛けの生徒。
 でも、感情はちゃんと合って、喜怒哀楽が判り易い。
 以前はもっと人形らしかった――らしい。
 どうだったかな?
 俺としては、以前から人間らしかったと思うんだけどな。
 猫の事で困って、マクダウェルのちょっとした事で喜んで。
 俺にとって絡繰は、そんな生徒だ。

「前から、今みたいな感じだったと思うけどなぁ」

「……本当、先生の前では、アイツはどんな感じだったんだ?」

「ん?」

「先生から聞いてるのと、私が知ってる茶々丸が違い過ぎてな」

 なんだそりゃ?

「俺より、マクダウェルの方が、絡繰の事は知ってるんじゃないのか?」

「知ってるのとは、ちょっと違うんだがな」

 ?

「アイツは……まぁ、それは今はいいか」

「そこで切るのか……」

「知りたかったら、茶々丸から聞いてくれ」

 ふぅん。
 まぁ、別に良いけど。

「それよりマクダウェル、進路はどうするんだ?」

「なに?」

「進路だよ」

 夏休み明けたら、進路相談するぞ、と。
 そう言うと、何と言うか――驚いた、というか、どう表現すれば良いのか……。
 とりあえず、初めてそんなマクダウェルの顔見たなぁ、と。

「どうせ、まだ考えてなかったんだろ?」

「……ふん」

 図星だからって拗ねるなよ、と。
 そんな所は、本当に子供っぽいよなぁ。
 これで俺より年上で、長生きしてるっていうんだからな。
 まったくもって信じられないよ。

「なんだ?」

「いや、なにも?」

 鋭いな、と内心で苦笑して、肩をすくめてその視線を避ける。

「ま、夏休みにでも、ゆっくり考えてくれ」

「……今言う事じゃないだろ?」

「何度も言わないと、忘れて考えないだろ?」

「……そんな事は無い」

 はいはい、と。
 本当、進路はどうする気なんだか。
 神楽坂達と一緒に、麻帆良の女子校に通うんだろうか?
 それとも、専門的な高校かな?
 学力的には、どっちでも大丈夫そうではあるんだよな。
 本格的に勉強すれば、ウルスラにだって手が届くかもしれない。
 不真面目ではあるが、頭は良いからなぁ。

「もっと真面目に勉強してくれると、こんな事も言わなくて良いんだがなぁ」

「……はぁ」

 む。

「小言が多いのは、年取った証拠らしいぞ?」

「それが仕事だから、しょうがない」

「……ちっ」

 教師に向かって舌打ちするなよ、まったく。
 ――そういえば、面接とかも練習しないといけないんだよなぁ。
 はぁ。

「なぁ、先生?」

「ん?」

 二学期からも大変だな、と。
 ちょっと内心で溜息を吐いていたら、マクダウェルからの声。
 マクダウェルの方を向くと、気付いたら俺を見上げてきていた。

「なんだ?」

「先生はどうして、教師になったんだ?」

「教師になりたかったから」

 そう答えると、何故か溜息を吐かれた。
 あれ? なんで?

「先生はどうして、教師になりたいと思ったんだ?」

「……いや、聞いてどうするんだ?」

「参考までにな」

 ……むぅ。

「そんな事聞いても、楽しい事なんか無いぞ?」

「良いだろ、別に」

 そう言われてもなぁ……俺にだって、こう、黙秘権的な?
 そんなのもあると思うんだ。

「恥ずかしいから、パス」

「全然恥ずかしそうに見えないんだが?」

「これでも、内心はドキドキしてるんだよ」

 というよりも、生徒に自分の身の上なんか話してもなぁ。
 
「なんだ。マクダウェルは教師に興味があるのか?」

「……別に、そう言う訳じゃない」

 なら良いだろ、と。
 言えないよなぁ。
 俺が教師を目指した理由なんて……本当、在り来たりな理由だし。
 こういうのは、秘密にしておくに限る。うん。

「それに、私の学力じゃ、教師は無理だろ?」

「なんで?」

 そんな事は無いと思うけど。

「誰だって、本気で頑張れば、出来ない事なんてあんまり無いと思うぞ?」

「……そうか?」

「ああ」

 マクダウェルだって、頑張れば教師になれるよ、と。
 それに、マクダウェルみたいな教師、っていうのにも興味がある……っていえば怒られそうだな。
 でも、見てみたくもある。
 サボリの常習犯だったマクダウェルが教師か……。
 想像して、小さく笑ってしまう。

「……やはり、似合わないと思ってるんだろう?」

「そんな事は無いさ」

 うん。
 きっと、似合うと思う。

「きっと……俺なんかより、よっぽどいい先生になれると思うぞ?」

「……ふん」

 それは本心なんだけど、また拗ねたように視線を逸らされてしまう。
 笑ったのは拙かったかなぁ。

「どうせ、変だとでも思ってるんだろう?」

「思ってないって」

 そんな姿が、マクダウェルらしくなくて、また笑ってしまう。
 でも、きっとこんな姿が本当のマクダウェルなのかもしれないな。
 外見相応に子供っぽい。
 拗ねてしまってるその姿は、人間の少女そのものだ。
 とても吸血鬼なんだって、信じられない。

「応援するから、そう拗ねるなよ」

「拗ねてないっ」

 はいはい、と。
 困ったなぁ、と苦笑し、周囲を見渡し……。

「何か飲むか?」

 奢るぞ、と。

「……ふん。ジュース一本で、許してなんかやらん」

「いや、俺が喉乾いただけだ」

「………………なんか適当に。炭酸以外で」

「ああ」





――――――エヴァンジェリン

 手渡されたオレンジジュースを一口飲み、喉を潤わせる。

「なぁ、先生?」

「んー?」

 先生は、いつものように缶コーヒーを飲みながら、私の隣をのんびりと歩いている。
 まったく。
 いきなり進路の事やら話したと思ったら……結局はいつも通りじゃないか。

「私は、どんな事が出来ると思う?」

「……どんな事?」

 そうだな。

「私は……まぁ、普通とは違うだろう?」

「ああ」

 そこまで言うと、得心したように一つ頷き、

「別に、何だって出来るだろ?」

「……あっさり言うんだな」

「むしろ、俺より出来る事は多いんじゃないのか?」

 先生より?
 ……想像がつかないな。
 私に出来る事……と言ったら、得意な事なんて、数えるくらいしかない。
 人形作りと、魔法。
 私が本当に得意と言えるのは、それくらいだ。
 少なくとも、一般社会で使えるスキルとは、とても言えない。

「それこそ、何だって出来るだろうけど」

「……とても、そうは思えないな」

「お前、変な所で弱気なんだな」

 ……悪かったな、変な所だけ弱気で。

「そう拗ねるなよ」

「別に、拗ねてない」

 ふん。

「もし、だ」

「ん?」

「もし私が……そうだな、いつか――本気で教師になりたいと言ったら……」

 手伝ってくれるか、と。
 そこまでは言えず、口を噤む。
 私は、自分で言うのもアレだが……性格が良い方じゃないと思う。
 それに、人の為に、というのもイマイチ得意じゃない。
 今まで自分勝手に生きてきた。
 変わりたいと思うし、明日菜達と一緒に行きたいとも思う。
 だが、そう簡単に変われるほど、私が生きてきた時間は短くない。
 私の中で造られた“私”は、私が思っている以上に頑固だと思う。
 そして、頑固な私は、そんな事は言えず……。

「……笑わないか?」

 こんな、バカな事を聞いてしまう。
 聞いて、何と言うか……自分で自分を殴りたくなった。
 いや、こんなのは私のキャラじゃないだろ。

「もちろん」

 でも、この人は相変わらず……あっさりと、肯定してくれた。

「教師だろうが、宇宙飛行士だろうが、パン屋だろうが。本気でなりたいんなら、笑ったりしないよ」

「……ふん」

 私の将来、か。
 考えた事も無かったな。
 今までずっと、その日を精一杯生きてきた。
 明日がどうなるかなんて、考えた事も無かった。
 いや――最近は、少し考えるようになった。
 将来への、漠然とした不安。
 私のソレは、きっと普通の人とは少し違うのかもしれない。
 でも……。

「パン屋ってなんだ、それに宇宙飛行士って」

 繋がりが無さ過ぎだろ、それは。

「いや、小学生とか、将来なりたいものってそんな感じじゃなかったか?」

「………………」

 しょうがくせい?
 ……そ、そうか……子供扱いか、この私を。

「……あー、マクダウェル?」

「なんだ?」

 自分でも、驚くほど静かな声だと思う。
 というか、私もこんな声が出せたんだな……うん、忘れてたよ。

「すまん」

「ふん」

 謝ったって……。

「小学生扱いは、流石に悪かった」

「そこじゃないっ」

「え?」

 いや、確かにそこも問題だがっ。

「本気で不思議そうにするなっ」

 このっ――私をなんだと思ってるんだ?
 この吸血鬼、エヴァンジェリンを……なんだと。
 まったくっ。
 夕焼け色の街を、並んで歩きながら、肩を怒らせる。
 今まで何度かあったが、こうもあからさまに子供扱いか!?

「じゃあなっ、先生っ」

「あ、ああ……それじゃあ、気を付けてな?」

「子供扱いするなっ」

「……こ、今度から気を付けるよ」

 ふんっ。
 そのまま別れ、帰路につこうとして……また、声を掛けられた。

「マクダウェルー」

「……なんだ?」

「そう怒るなよ」

 怒ってないっ。

「何かあったら、相談してくれな?」

「……気が向いたらな」

「ああ。それで良いよ」

 …………ふん。
 きっと、笑ってるんだろうな。
 貴方はそんな人だって知ってるから……だからこそ、振り返れずに、足を進める。
 判ってる。
 こんな所が子供っぽいんだって。
 怒りやすい。短気。背もこんなに低いし、体つきだって貧相だ。
 そんな私が子供扱いされるのは……別に、今に始まった事じゃない。
 あの人だってそうだ。
 話すようになってからこれまで、何度もそんな所はあった。
 でも――だ。
 しょうがないじゃないか。
 ……子供扱いされるのは、嫌なんだから。

「はぁ」

 そう思う所が、きっと子供なんだろう。
 溜息を吐いてしまう。
 もし。
 もし、だ。
 私が将来、教師になったと仮定する。
 そう仮定して、だ。
 ……あの人と一緒に、教卓に立ったなら。

「――――――」

 その時は、その時こそは……子供扱いしないでくれるだろうか?



 きっと、夕日に焼けたからだろう。
 ――頬が、少し熱い。




[25786] 普通の先生が頑張ります 短編 【月詠】 
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/06/08 23:06

―――――月詠

 ふわふわと。
 まるで波間に漂うように。
 今まで生きてきた中で、この数カ月は――とても落ち着いた眠りに堕ちている。







「おはようございます~」

 そう朝の挨拶をすると、

「おー。おはよう、月詠」

 そう返ってくる。
 それがどれだけの意味を持つのか……それに、どれだけの意味があるのか。
 今までの生活には無かった事。
 でも、今はすぐ身近にある事。

「ん? どうかしたか?」

「……いえ~」

 そう首を振って否定し、机を挟んで、お兄さんの正面に腰を下ろす。
 テレビを見ていたんだろう、邪魔にならないように少し避けて。

「いつも、朝はお早いですね~」

「そうか?」

「はい~。御迷惑をおかけします~」

 そう思うなら少しは手伝いの努力をしてくれ、という声を聞きながら、机の上の急須から、お茶を注ぐ。
 その声は、事の他優しくて、耳に残る。
 お人好しの善人。
 だが、誰よりも弱いお兄さんを見ながら、注いだ茶を一口啜る。

「それより、学園の方には慣れたか?」

「あ~……まぁ、それなりには……」

 そこは、少し歯切れが悪くなってしまう。
 どう接すれば良いのか判らない、というか。
 どこまで接して良いのか判らない。

「珍しく、歯切れが悪いな」

「そうでしょうか~?」

「いつもは、もっと駄目なら駄目ではっきり言うだろう?」

 そうだろうか?
 ――そうなのかもしれないな、と心中で呟き、茶を啜る。

「そうでしたか~?」

「まぁ、俺がそう思っただけなんだけどな」

 気を悪くしたらすまん、と一言謝り、その視線は私を向く。
 私の眼を見ながら、このお兄さんは話す。
 どんな些細な事でもだ。
 私の眼を見て、私に話しかけてくる。
 それが、少しだけ――何と言うか、心地良い。
 今まで、そうやって話してくれた人が何人居ただろうか、と考えなくても判る事を考えながら、意識を逸らす。
 ――そうやって見られると、何もかもを知られそうで。
 実際は、そんな事はお兄さんには出来ないのだけれど。

「友達は出来たか?」

「……良くお話をするような人なら~」

「そうかそうか」

 そりゃよかった、と。

「ま、ここの手伝いより、学園生活を楽しんでくれれば、それで良いか」

「……ええんですか?」

「それが学生の仕事だからな」

 良く判りません、と呟きお茶請けの煎餅を袋から一枚取り出し、齧る。

「朝食前にお菓子を食べるのは止めるように」

「……はぁい」

 早くあの犬は起きてこないのか。
 最近は本当に、朝が遅くなったと思う。
 いや、ちゃんと気は張ってるんだろうが――気が緩んでいる。
 それも、ここが麻帆良……一人じゃないからか。
 そう思うと、小さく溜息が出てしまう。
 ……何時までも、ここに居られるわけでもないのに。

「今日の朝はなんですか~?」

「それは、小太郎が起きてきてからのお楽しみだ」

 残念です~、と呟き……手持無沙汰に、床に落ちていた本を一冊手に取る。
 ……何かの教材何でしょうけど、何の教材なのかは判らない。

「どうかしたか?」

「……数学、じゃありませんよね?」

「…………科学だよ」

「はー」

 科学ですか~、と。
 ……お兄さん、数学の先生ですよね?

「何で科学の教科書なんて持ってるんですか~?」

「そりゃ、お前も小太郎も、勉強が全然だからなぁ」

「? どうして、ウチと小太郎さんの名前がそこで出てくるんでしょうか~?」

 そう首を傾げると、小さく溜息。
 ……変な事は………言ってない、と。
 そう心中で呟くが、続いてお兄さんに小さく笑われて、むっとしてしまう。

「そりゃ、俺は教師で、お前達二人の保護者みたいなもんだからな」

「?」

「今まで勉強なんてしてこなかったんだろ?」

「……はぁ」

 必要ありませんでしたから~、と。
 学校での勉強なんて、役に立たない世界で生きてきた。
 足し算引き算、そしてある程度の語学力。
 生きていくのに必要最低限だけの知識は、生きているうちに、何とか手に入れた。
 それを教えてくれた師は、もう居ない。
 ウチを斬ろうとしたから、私が斬った。
 小太郎さんが、知識というものをどうやって身につけたのかは知らない。
 もしかしたら親が居るのか。
 それとも、ウチみたいに誰かに教わったのか。

「折角一緒に暮らしてるんだからな」

「なるほど~」

「……迷惑か?」

 そう聞くくらいなら、最初に聞けば良いのに、と思うのは変だろうか?
 それとも、ただ単に、いま思いついただけなのか。
 まぁ、そのどちらでも――そう変わらないか。

「ウチは別に構いませんえ~」

「そうか?」

「はい~。クラスの皆さんと一緒に居るのは楽しいですし~」

 勉強が出来るなら、もう少しは楽しくなるでしょうし、と。
 そう言うと、嬉しそうに笑われてしまう。
 ……お兄さんは、こういう所は――何と言うか、大人らしくない。
 そう思う。
 子供っぽいとは思わないが、大人らしくない。
 ウチが知ってる大人とは違う。
 そんな感じ。
 汚くて、自己中心的で、腹ん中が真っ黒な人ら。
 それがウチが知ってる大人。
 そんな大人ばっかりやないとは判っているが、少なくとも、今までウチの周りに居た大人は皆そないな人達。
 だから、お兄さんはお兄さんで。
 だから、お兄さんは大人らしくない。

「でも、ええんですか~?」

「ん?」

「お仕事、大変なんやないんですか?」

 そう言うと――また、嬉しそうに笑う。

「大変なんかじゃないから、気にしなくて良いよ」

「そうですか~?」

「そんなの気にしなくて良いんだよ」

 そう簡単に言いますが、お仕事大変なんやないですか?
 帰ってくるのも生徒のウチらより遅いですし。
 夜は遅くまで起きてますし。
 朝は早いですし。
 そのうえでウチらの勉強を見る?

「勉強できないと、補習とかで居残りもあるだろうし」

「居残りは嫌ですね~」

「だろ?」

 お姉さんの別荘で修行が出来なくなりますし。
 それは小太郎さんも嫌だろう。
 何だかんだで、口は悪いが、お姉さんは一級の魔法使い。
 学ぶ事は多い。
 麻帆良に来て良かったと思える事の一つだ。

「という訳で、今夜からでも、少し勉強するか?」

「今夜、ですか?」

「晩ご飯の後に、少しずつな」

 なるほど、と。
 それならそう時間を取られずに済む、と内心で頷く。

「ウチは構いませんえ~」

「そりゃ良かった」

 後は小太郎か、と。
 その呟きを聞きながら、

「疲れません?」

 ふと、そんな事を聞いてしまった。

「ん?」

 無意識にか。
 それとも心底からそう思ったのか。

「ウチらの相手、疲れません?」

「この生活がか?」

「この生活も、です」

 生活も、付き合いも。
 家族と呼ぶには遠く、
 他人とも――今はもう、呼べないような、曖昧な関係。
 この関係を聞かれるなら……第三者からは、どう見えるのか。
 だが、そう聞くのも変だろう。
 だから、この“変な関係”は――。

「月詠、マクダウェルか、女子寮か……別に暮らすか?」

「……どうして、そないな答えが出るんですか?」

「いや、やっぱり男と共同生活は嫌なのかな、と」

 ……その答えに溜息を吐き、冷めかけたお茶を一口啜る。

「ウチの事やなくて、お兄さんの事ですえ?」

「俺?」

「……ウチや小太郎さんみたいな物騒な子供と一緒で、気が疲れません?」

「ああ」

 そこでやっと、得心が言ったように一つ頷き、

「そこは、月詠と小太郎を信用してるからな」

「……はぁ」

 そう、一つ息を吐き、

「信用するにも、限度があるでしょうに」

 ――そう言い、視線をお兄さんに向ける。
 そこには……お茶を飲みながら、少し考え込むお兄さん。
 言い過ぎたやろか、と。
 だが、言わずに居られなかったのでしょうがないと言い聞かせ、視線をお兄さんに向けたまま、次の言葉を待つ。
 しかし、そこにあまり慌てた様子が無いのが――。
 ウチも、小太郎さんも。
 十二分に怪しいと思う。
 この共同生活が始まって、それなりの時間が過ぎたが……いまだに、殆ど自分らの事は喋って無いし。

「なぁ、月詠」

「なんですか?」

「……信用する、信用しないは人それぞれの自由だと思うんだ」

「はぁ」

 そうですね、と。

「だから、まぁ。これは俺の考えなんだが」

 そこで言ったん言葉を切り、

「信用する事に限度なんかあるのか?」

「―――――どうでしょうか?」

 信用する。
 その事に限度があるかどうか、と。
 普通の人は、信用するのは一度だけだろう。
 二度目は無い。
 ――それが、きっと当たり前だ。
 それか、一度も、誰も信用しないのか。

「信用してもらえないなら、信用してもらえるようになれば良い」

「……極論ですえ」

 裏切るような大人なんか、世に溢れているというのに。
 裏切ろうと、信用を得ようと、嘘で固まった大人が多いのに。

「裏切られたらどないするんですか?」

「そこは、俺の人を見る目次第だなぁ」

 そう、またウチの眼を見ながら。

「……お兄さんの目が、節穴じゃない事を祈っときますわ」

 ウチらは、お兄さんを信用しきれていない。
 そして、お兄さんはウチらから信用してもらおうとしている。
 それだけの事。
 ――なんだと思う。

「そうしてくれ」

 その声を聞きながら、冷えてしまったお茶を一口啜る。
 信用の限度。
 それは、どれほどなのか。
 どれほど――お兄さんは、ウチらを信用してくれるのだろうか。
 嘘だらけの大人。
 嘘の無い子供。
 ――そのどちらでもない“お兄さん”。

「……小太郎の奴、全然起きてこないなぁ」

「まったくですね~」

 ウチは、いつかお兄さんを裏切るんだろうか?
 ……馬鹿らしい、と一笑する。

「起こしてきましょうか~」

「んー?」

 その視線が、時計に向き、

「もう少し時間には余裕があるけど、腹減った?」

「女の子にそんな事を聞くのはマナー違反ですえ~」

「そりゃ失敬」

 そう言って、立ち上がるお兄さん。
 そのまま小太郎さんの部屋の方へ歩いていくから、起こしに行くんだろう。 
 その背に視線を向けながら、ぼんやりと――。

「お兄さん」

「ん?」

 どうしてそう呼んだのか。
 ……きっと、無意味な事だ。
 そう。
 意味の無い、呼びかけ。
 でも、その呼びかけには、確かに返ってくる“声”がある。

「何でもありません~」

「? とりあえず、小太郎を起こしてくるぞ?」

「お願いします~」

 お兄さんが信用できるか、出来ないか。
 今はまだ、判らない。
 でも――。

「……おはよー」

「相変わらずネボスケやねぇ、お犬は」

「うるへ……挨拶くらい返せんのか?」

「はいはい」

 起き出した小太郎さんの後ろで、苦笑いのお兄さん。

「おはようございます、小太郎さん」

「……おー」

 こうやって挨拶のある毎日。
 今はまだ、この毎日があるならそれで良いか、と。
 そう思う。



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