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[25915]  †ネトゲの姫が開幕爆死した件† 【SAO二次】(旧題:†ネトゲの姫にはよくあること†)
Name: かずと◆50eab45e ID:3f0dd04b
Date: 2024/03/30 04:37
一発ネタっぽいけど、実は真面目に長編だったんだよ!
な、なんだってー!

タイトルはこんなですが、どうぞよろしく。
SAOにおいて、あってしかるべきなんだけど、作中では描写がうすい「あるもの」についてのおはなしなんだぜ。

なお
【黒歴史編】第一話~第十話  完全コメディなのり。
【漆黒の歴史編】第十一話~  徐々にシリアスへ
と、そういう構成になってます。

―――――SAOのシステムについて――――――――――――――――――――――――――――――――
SAOのシステムですが、基本的にはWeb版ではなく、書籍版依存です。
ただそのままだと不明確なシステムもありますので、その際は改変して話を構築しています。
その時は、話の最後に注釈をいれることで説明していきます。
「この物語のSAO」では、そーいうシステムだと言う事で、受け取ってもらえればと思います。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

※2013/12/31 10月末に年内にできたらいいなといったがすまない。無理だった。更新を諦めたわけではないので、また改めて書きためます。わざわざ応援書き込みとまってくれたかたありがとう。

感想は随時大歓迎しています。
自分自身、感想に関しては筆不精なので、マメに書いてくれる人は本当に凄い。マジ感謝です。
一応原作未読の方にも通じるように書いてるつもりなので、
未読の方で通じない部分があったら言ってくれると非常に嬉しいです。
作品自体のバレはできませんが、作者個人としては欝とかは苦手です。

ここには投稿日時や一言などを書いていこうかと思います。
文章最適化や誤字修正などで細かい改稿は頻繁にやっていますが、それは告知しません。
話そのものが変わるような大きい改稿は告知します。感想板にも履歴残します。


※なんかエタってすいません。お仕事と頑張って並立させたいなあと思ってます。
完結は常にさせたいし、忘れたことはありません。全部リアル事情です。


2024/03/17   いつ消えるとも知れないため、保存のためハーメルンに移転。詳しくはあちらにて。
2012/02/26   二十話投稿。
2012/02/19   十九話投稿。
2011/08/07   十八話投稿。
2011/08/02   十七話投稿。
2011/07/30   過去話の一部を修正。
2011/03/26  十六話投稿。
2011/03/11   十五話投稿
2011/03/08   十四話投稿
2011/03/05   十三話投稿。
2011/03/04   十二話投稿
2011/03/02    十一話投稿
2011/02/27   八、九話完全改稿。
2011/02/25   第十話投稿
2011/02/22   第九話投稿。八話一部改稿
2011/02/21   13:30。第八話を完全差し替え。
2011/02/21   11:30。第八話投稿。第七話ラストを少々修正
2011/02/18   第七話投稿
2011/02/16   第六話投稿。
2011/02/14   第五話投稿。1話と2話を微修正。
2011/02/13   第四話投稿
2011/02/12   第三話投稿
2011/02/11   第二話投稿
2011/02/10   第一話を一部改稿。
2011/02/09   第一話投稿。

※パス確認しただけ。



[25915] 第一話 「始まった二つのデスゲーム」
Name: 数門◆50eab45e ID:3f0dd04b
Date: 2011/08/07 19:42

君に、黒歴史はあるか……?

俺には、ある。

あの日……猫姫が、死んだ。
俺の『†愛舞天使猫姫†』たんが消失してしまった。
しかも、開幕即死だ。大虐殺……そう、虐殺に巻き込まれたんだ。



いや、正確に死んだとみなさない人もいるかも知れない。
むしろ、大概の人は生きていると言うだろう。確かに……生きてるといえば生きてる。

だけど、俺は、周りが、どういおうと、†愛舞天使猫姫†は死んだとしか思えなかった。

彼女の分まで生きる?よしてくれ、そういう言い方は。
彼女を立派なキャラにするって誓ったのに!なんでこんなことになってしまったんだ。




頼む、夢であってくれ。いや、きっと夢にちがいない。
眼を瞑れば、あのころの楽しい想い出が脳裏に様々とよみがえ……うわああああああ!

だ……駄目だ、既に俺の中では拭いがたい痛烈な記憶に……。

男なら誰が見ても一瞬でとりこになるであろうあの愛くるしい笑顔が、聞いてるだけで癒されるほんわかボイスが、
小動物のような細々とした動きが、今となっては俺を責める記憶となる。

でも現実は残酷だ。俺の脳裏に見えるのは、その子が永久に失われた瞬間。
そして、驚愕に染められた表情だけだ。

誰のせいだ。……茅場。そうだ、茅場が、茅場のせいだ!

誰がこんなことを予想する?誰が!


……それとも、やはり俺のせいなのか。

なんでこんなことになったんだ。



あの時は、まだ全てが順調だったのに。

であった頃に想いを馳せる。今でもありありと想い出せる。

そう、あれは……あのソフト、いや、この世界というべきか。


      「ソードアートオンライン」


あの、五感全てをもってゲーム世界にダイブできる夢のゲーム。

かの超期待作の公式サービスが開始された日のことだった。



そして、俺の黒歴史が始まった日の事でもある……。




――――――――――――――――――――――――――――――
     第一話 「始まった二つのデスゲーム」
――――――――――――――――――――――――――――――







ゲーム開始日、ゲーム内の天気は、清々しいまでに快晴だった。

皆、ログインして興奮さめやらぬテンションで、あるものは狩りに走り出し
あるものは、会話に興じ、ゲーム世界を早速満喫しようとしていた。

彼女も、そのうちの一人だ。



「ねえ、お兄さん。ちょっといいですかー?」


その声に反応して男――アイレスが振り向くと、そこには可愛らしい少女がこちらを見上げていた。


「ん、なんだよ!……っとと、何か用かな?」


その少女が非常に愛くるしい容姿をしていることに気づいて、慌てて言い直す。

ネコミミのような髪型。愛らしいクリクリとした瞳。小さくて丸い顔。
ぱっと見て、まるで子猫のようだと、男はそう思った。
羽織った白いフードコートがより愛くるしさをいやましている。

簡易ステータス欄にて名前を交換すると『†愛舞天使猫姫†』となっている。

……名前は人それぞれだ。それに、確かに似合ってるしね。アイレスはそう考え、話を続ける.


「えっとですね?このゲームのこと、色々教えてもらえたらなあって思いまして。お兄さん、ベータテストやった人でしょ?」

「そうだけど……よく分かったね」

「いやーこれでも私、ネットゲームはそこそこやってますし♪
 街の様子既に知ってるみたいに、うろうろせずに一直線にお店向かっていってたので、そうじゃないかなーっと」

「なるほど……愛舞天使猫姫さんは「猫姫ちゃんでいいよー」……えっと、猫姫ちゃんはじゃあテスターではないんだ」

「えっとですね、どうしてもやりたくて、お父さんにお願いして並んでもらったんですよ。
 でも、やっぱり最初は知ってる人に聞いた方がいいかなーって思いまして」

「そっかー。でも、変わった名前つけるんだね」

「えー良くないです?これ凄いんですねー。ダイブしてもリアルと同じ顔のまんまだったからびっくりしたんですよー。
 で、よく猫っぽいって言われるから、名前もそうしちゃったんですよー」

(うそ!これが素顔!マジで?超LVたけえ!)

「え?顔デザインしてないの!」

「?あんまりデザインの仕方がそもそも分からなかったので……。えへへ……」

「ダメダメですね……」とちょっと凹む彼女を尻目に、アイレスの脳裏に様々な計算が走る。
色々な情報+色々な欲望+カワイイ女の子=らぶぷらす。

結論がでた。

「んーと、ね、それでさ、私に色々教えてもらっても……いい?」

(こ、これは結構美味しいチャンスなんでは?いや、少なくとも仲良くして損はするまい)

「う、うん。いいよ。うん。教える。色々教える。色々。たくさん。うん。組もう。PT組もう。うん」

「え、えっと……お手柔らかにね?」

ネコミミちっくな愛くるしい少女は、ちょっと困ったように、でもとても魅力的な笑顔でそう返したのだった。




      ……この時は、よし!うまくいった!って単純に考えてたなあ。




「ここが武器屋で……。これがいいかな。あ、お、俺が出してあげるよ!」

「ありがとうございますぅ!おおこの武器は……ふむふむぅ……なるほどですね」

(うーん、悩んでる姿もかわいいなあ)



      ……

『†愛舞天使猫姫† より PT加入申請 を受けました。 許可しますか? 』

→OK
  CANCEL


「おおっ!初めてにしては全然うまいよ!いい槍さばきだよ!猫姫ちゃんすごいよ!」

「本当ですか? きっと、アイレスの教え方が上手いからですよ!あ、呼び捨て……はまずいですかね?」

「え?いいよ。うん。全然いいよ!うん」

「良かったです。もっと教えてくれます?」

「え?うん。うん。へへ……楽しいなあSAO!」

「そうですねぇ。すっごく面白いです!いきなり友達もできたですし!楽しいです!」

(……て、照れるなあ……)




     ……楽しかったなあほんとに。




「凄いなあ。うん。凄いよ。猫姫ちゃん。うん。戦うお姫様って感じ。スジいいよ」

「んーそうですかねえ。きっと、アイレスの教え方がいいからですよ」

「そ、そんなことないって……」

「その上強いし」

「そ、そうかな」

「そうですよ!しかも色々知ってるし……尊敬します!」

「あ、ありがとう……」

(これフラグたってね?来てる……?もしかして!俺の時代!)



     ……浮かれてた。そう、何もかもうまくいくとこの時には既に信じてたんだ。
        でも、絶望にいたる道。その一歩目はすぐに訪れた。


――――――

――――

――


『私の名は茅場明彦』

『諸君らは、二度とこのゲームからログアウトすることはできない』

『HPが0になった瞬間、諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』

『解放条件はただ一つ。ゲームをクリアすること』


急に最初の街に転移させられる全プレイヤー。

ゲーム製作者から、唐突に言い渡される告知。

そして、手鏡が渡される。作られたアバターが粉砕し、代わりに現実と同じ顔が映るその手鏡をみて。

そこで、彼は、もしくは彼女は知ることになった。現実でない、現実を。

このゲームから、逃れられないことを。文字通り、ネットゲームの住人になったことを。



――
――――
――――――


「か、顔が戻ってる!こ、これは俺だ!猫姫ちゃんはどうなっ……あれ?
 どこ?あれ?猫姫ちゃーん!?あ……」


――――――
――――
――






猫姫が『居なくなった』ことに、気づいてからの、俺の行動は……はっきりいって、遅かった。

一刻も早く、移動しないといけない。

そうしないと、大変な事になる……そんな予感が、あった。
だけど、色んなことが同時に起こって、何も考えれなかったんだ。
予感だけは、凄く嫌な予感だけはあったけど、結局のところ、俺は何一つ動けなかった。

だから無慈悲にも、その予感は、すぐに現実のものとなった。












あの時に起こったもの、それはつまり。


映ってはならないものが映っている手鏡。

あの、あってはならないものを見るような、アイレスの眼。

「ゲェッ」という、およそ女の子に向けるには不適切な声。

その直後の、凄く可哀想なものを見る眼。

そして周りの「うわあ……」という声。

どん引きしてる顔。

何かおぞましいものをみてしまったという表情。

嫌悪感と侮蔑感まるだしの空気。

そして、数十人のそれらの感情すべてを含んだ視線。



それをうけたとき、俺の中の何かが壊れ、慟哭を上げた。






「アレ」が起こったときの、俺の感情は、一言で言い表せる……。

あの時、俺は慟哭とともに、震える叫び声とともにこう思った。

叫んで、全力で走りながらこう思った。

心から、本当に心の底から、こう思ったのだ。














   い っ そ 殺 し て く れ   ……と。















「う、うわああああああああああああああ!!!!
 あああああああああああああああああああああああああ!!」









死ぬ!死んでしまう!

視線で死んでしまう!

いや、いっそ殺してくれ!

頼むから!




もう、ね……。

もう、なんつうか、なんといいますか……。



いやーもう!マジでもう!うわああああああああああ!もう!ああ!うわあああああ!!

終わったああああ!!!!!!!!!!!!



ちくそう!何してくれてんだよ茅場のアホが!

本気で何考えてんだあいつは!

手鏡とか!せっかく作ったキャラ元の姿に戻すとか!なんとか!もう!うあああ!



茅場ァ!!!!!  性別も元に戻すならさあ!



最初から 異 性 キャ ラ 選 択 禁 止 にしとけっつーの!!!!!!!!







 俺 み た い な ネ カ マ が 苦 労 す る だ ろ ー が ! !







ボケが!

なんのために異性キャラ選択機能があるし!嫌がらせか!嫌がらせだろ!

ネカマにトラウマでもあんのか!姫に絞られた挙句捨てられたか?

どーすんだよこの名前!


 †愛舞天使猫姫† ってどうすんだよ!


俺バリバリの男で、オタで、見た目もイケメンでもなんでもないのに!

こんなの、こんな名前で人前でれねえよ!

ああ!もう出たんだった!うわああ!

「あの見た目で姫(笑)」とか絶対言われるし!というか聞こえた気がする!

あの場所からは叫びながらガンダッシュで逃げてきたけど、どう考えても手遅れだ!

うわああああああ!

死ねる!いっそ死ぬ!

ああー誰も覚えてませんように!ませんように!

無理だよな!覚えてるよな!俺だったら忘れられない!

うあああ!

これはネカマに向けた虐殺だ!大量虐殺だ!

生き地獄だ!




ああー現実から仮想現実に逃げてきたらこれだよ!


スッゴイ可愛いキャラできたと思ったのに!

立派なネカマになろうと……





立派に色々キャッキャされるキャラにするって誓ったのに!

何故何どーしておねーさん!

一体何でこんなことに!











誰のせいだ!

茅場か、茅場のせいなのか!?

それとも俺のせいなのか?








だが、ひとつだけ、はっきりしていることがある。







 も う 、 一 生  真 の ソ ロ プ レ イ ヤ ー だ ……。






戦闘中どころか、街の中でも一人、いや、そもそも街にいれれない……。

とにかく、誰にも出会わず、誰にも見つからないように生きないと……。

全くワクワクしないかわりに、ウジウジだけは盛りだくさん♪
違う意味でハラハラドキドキする大冒険の始まりだよ!

おお勇者(笑)よ!そんな名前とはマジ勇者!本気で情けない!そんな声が聞こえてきます!

お願いだから冒険の書を消してくれ!呪いの音楽大歓迎だ!


デスゲームですかあ?

生命のデスゲームに加えて社会的デスゲームですかあ?




ちっっくしょおおおおおおおおおおお!!

























……これだから文庫版は!





――――――――――――――――――――――――――――――
第一話 「始まった二つのデスゲーム」 終わり
第二話 「好奇心は"猫"を殺す」    に続く
――――――――――――――――――――――――――――――
※原作ではプレイヤー名がローマ字もしくはカタカナ名だけで、かな漢字はギルド名だけですが、
  当作ではギルド名と同様に、いまどきのMMOよろしく、かなや漢字も名前に使えるものとします。
※原作ではトレード時に相手の名前が出ない事になってますが、当作では出るとします。
  相手が不明なトレードとか流石に不便すぎると思うので。



[25915] 第二話 「好奇心は”猫”を殺す」
Name: 数門◆50eab45e ID:3f0dd04b
Date: 2011/08/07 19:43
猫姫は犠牲になったのだ、犠牲の犠牲にな……
茅場ェ……

と思ったのも今は昔。



……あれからもう大分たった。



あの最初に出会ったプレーヤー……名前なんだっけか。黒歴史だから名前ごと忘れちまった。
奴には隠していたが、俺自身もテスターだ。ま、今ではビーターっていうらしいけどな。

はあ、なんか知ったかしたり、無理にカッコつけようとするプレーヤーを眺めて
某掲示板の話のネタにしようと思ったのになあ。

俺はあの後、まず速攻で防具屋でマントやフードを購入した。

そして、

ひたすらに先を求めた。

ひたすらに強さを求めた。

ひたすらに敵と戦い続けた。

ただひたすらに……。



――――――――――――――――――――――――――――――
     第二話 「好奇心は”猫”を殺す」
――――――――――――――――――――――――――――――



何故そこまで戦うのか。



何でも、話を盗み聞いた限りでは、テストの時はなかった石碑みてーなのが街の中央にたつようになったらしい。

まあ、ここは夜中に確認にいったから間違いない。

そして、この石碑には……このゲームで、ひいては現実世界でも……死んだ奴の名前と、死因が出ていた。



それを見た時の俺の衝撃を察して欲しい。


うおおお、冗談じゃねーぞ!


名前と死因がでるとか、冗談じゃねーぞ!


こ、これで俺がもし死んだら「名前(笑)」だけならともかく、
「ああ、名前を気にして死んだのね(笑)」とか思われるじゃねーか!ふざけんな!


しかもあながち的外れとも言い切れないのが、余計に性質が悪い。


こんなの死んでも死に切れない。
もし死んで誰かがゲームクリアしたあと、親が友人がみたらどう思われるか。
あと、もしかしてだけどニュースで犠牲者一覧とかで報道されたりとか。

--犠牲者一覧……「†愛舞天使猫姫†」、本名は……。とか。

俺の葬式に、知り合いや親戚が集って、猫姫という名前でプレイして死んだとか……。
女装癖があったの?とか、変態だったの?とかもし噂されようもんなら……。

ぎゃあああああああ!

想像しただけで死ぬ!
あんぎゃああああす!
たとえ死んでてもゴジラに匹敵する叫び声をあげ、その場で放射能怪物として覚醒する自信がある!

あ、違うんですよ!ちょっと気になってた隣のクラスのY子ちゃん。
俺はそんな人間じゃない!信じて!

たった7文字打ち込んだだけでこんなにも破滅するなんて!
そんな目で故人をみないで!

死ねる。

死んだのにもう一回死ねる。いっそ殺せ。死んでるけど。


その時、俺は理解したのだ。


 俺 は 絶 対 に 死 ね な い こ と を ……


元から死にたくなかったが、今後何があろうとも死ねなくなった。絶対に回避するのだ。








そして、なんとしてもゲームクリアを……



 と い う わ け に も い か な い 。



テストをやったからわかっているが、このゲームのボスは一人で倒せるようなシロモノじゃない。

何十人が、何時間もかけて倒すものだ。

ネトゲーにありがちで、SAOのボスも非常に固く、強く、理不尽で、こっちの与えるダメは1000なのに
あっちのHPは10万や100万、そのくせボスの攻撃でワンチャンスで即死なんてざらだ。

つまり、クリアを目指すには、人の中に紛れ込むことが必須。

そして、PTとは信用だ。名前どころか顔も声も隠してと言うままにはいかないだろう。
どうやっても聞かれるだろう、名前は。

そして、続けてこう聞かれるはずだ。


「何故、その名前なのか……」


大人数のトッププレーヤーの前で。
名前の、理由を説明する。

それ、なんて羞恥プレイ?

いや、そんなことしたら俺は社会的に死ぬ。

いや、察してくれるかもしれないが、それはそれで気まずくて死ぬ。

顔バレしたガチネカマとか。

そんな奴が元気に活動してるネトゲなんて見たこと無いぞ。
単に女キャラ使ってる男ってだけならともかく。
姫プレイ(※)してる奴がとか。
                               ※男に貢がせるプレイ

もしくは、万一聞かれないかもしれない。

でも名前は流石に分かるからな。


見事にゲームクリア!

MVPは†愛舞天使猫姫†!

みんなが猫姫ちゃんを称える。


猫姫ちゃん、ありがとう!ありがとう!

うおー猫姫ちゃーん!


その先に仁王立ちするは、完全無欠なTHE・オタク。


リアルに戻っても質問攻めだ。

「ゲームをクリアした、†愛舞天使猫姫†というのは君ですか?」
「†愛舞天使猫姫†って名前でプレイしてたってマジ?」
「姫(笑)どんなお気持ちでw」
「是非表彰を……」
「インタビューを……」

その視線の先にあるのはやはり、紛う方無きTHE・オタク。


「フヒヒッ、サーセンwww」


いやないな。うん、やっぱりないよ。
何をどう考えても表彰攻めはないよ。死ぬよ。
いや、オレはフヒヒって笑ったこと無いけど。
っていうか、見たこともないけど。


そういうわけで、ゲームクリアには協力出来ない。









絶対に死ねない。かといってゲームクリアに協力も出来ない。

じゃあ、街にこもるか。

そういうわけにもいかない。

いつまでも隠れ切れるわけもない。同じ場所にはとどまれない。

大体、狭いコミュニティ。

そんな中でずっと人目につかず生きていくなんて不可能だ。
ただ生きるのですら、最低限の収入や食事で外にでる必要はあるのだ。

俺はベータテストのなかで、それをよく理解していた。



つまり、外にでるしかないのだ。
魔物の跋扈する外に。
しかし、外にでるためには、強さが必須だ。

戦わねばならない。



SAOには『隠蔽スキル』というものがある。

名の通り、これが高いと人の視線から隠れやすくなるのだ。

今の俺には必須だ。


しかし『索敵スキル』が高いものには看破されてしまう。

テスターやっていたからしってるが、索敵スキルは、対人というより
対モンスターで効率良くモンスターを探すためにも非常に便利なスキルだ。

高LV者は、戦闘スキルよりは流石に優先しないとはいえ、
そこそこには上げてくるだろう。



なんとしても、『隠蔽スキル』を上げるのだ。

『索敵スキル』もだ。人を先に見つけて逃げられれば、見つけられることも無い。

この2つを徹底して上げるのだ。


とはいえ、それを上げるためにはLVや経験値も必要だ。

つまり、強さもある程度持っていないと上げれない。

あと……そうだな「聞き耳」スキルも欲しい。
情報収集はもっぱら盗み聞きに頼ってるしな。索敵の代わりにもなるし。

そう、やるべきことは決まった。


誰にも見つからず、ひっそりと、そして、ただひたすらに狩り続けるのだ。

幸い俺にはテスターの知識がある。

SAOのフィールドは広大だ。

第一線級の狩場で独占を!とか目指さず、二線級の狩場でもいいならいくらでもある。
ベータテスターの利点、ここで生かさずどこでいかすというのか。

誰にも見つからないように戦うのはそう難しくないはず。
フィールド自体が不人気ってのもいくつか心あたりがある。
ゾンビフィールドとかな。匂いがきついんだよ。あと見た目。食欲なくすぜ。
虫もかな。巨大Gが体験版でいなかったのは制作者の僅かな良心か、それとも後々ボスとかで出すつもりなのか。

……ま、なんにせよ一番美味しいような狩場は譲らざるをえないが。

そこはまあプレイ時間や時間帯で補えばいいことだ。



そして、俺の戦闘漬けの日々が始まった。



ミスれば死ぬ。

だが、街にはどうせ戻れない。


バレたくない。そんなもん、死ぬのと同じだ。


誰よりも、誰よりも、強く。そして、誰にも見つからずに、過ごす。




だから、俺は戦った。


ひたすらにLVUPを求め

ひたすらに敵を求め

ひたすらに戦った。

ひたすらに孤独に。











――――――

――――

――






そして半年ぐらいが経過して、今ってわけだ。














……そこには、見違えるほどの強さをえた、猫姫の姿が!


どんぐらいだろうね。
人と比較しないし、情報交換も掲示板を見るぐらいだから良く解らん。
前線にきてる奴らより、勝負にならないほど劣るということはないと思うが……。
隠れて見てての推測だから、まあ大した根拠はないが。


街へは宿屋と道具屋にたまによる程度。

活動時間はもっぱら深夜。つーか一日中。

とにかく人は避ける。逃げる。人気ですぎて、待ち時間がでるような狩場なんて論外。
1日に数人みかけるかどうかっていうような狩場が俺の住処。

多少効率が悪くても、俺はずっとずっと戦った。
1時間たとうが3時間たとうが8時間たとうが16時間たとうが20時間たとうがおかまいなしだ。
リアル体力なんてどうせ関係ない。脳が大丈夫なら大丈夫だ。

モンスターとの戦いの連続の日々は、そこまで怖くなかった。

奴らと戦ってるときだけは、それに集中できた。

街にいて、誰かにであうんじゃないか、見つかるんじゃないかって思う方が、
よっぽど怖かった。
隠蔽スキルの意味がない、街のほうが、ずっと恐怖で精神を蝕むのだ。

なんかの拍子でシステムメッセージが流れて
「†愛舞天使猫姫†さんが○○しました」とか流れちゃった日には死ねるからな。
それが周り一帯に流れるシステムメッセージだったら最悪だ。




そんなわけで、今日もまた一人で戦っていた。
チラリとマップを見る。レーダーには魔物の姿こそあれ、誰も写っていない。

……うん。やっぱり、魔物と戦っているほうがなんか……楽でいいな。

何も隠さなくて良いし。





今戦っている狩場……森フィールドは、正直そこまで美味しくはない。
敵の湧きはそこそこだが、EXPの割に強い。そして、落とす金も少ない。レアもへぼ。
なにより、湧きはそこそこでも、見通しが悪くて敵を探しにくいうえ、
遭遇時に奇襲され率が高いのだ。

だが、それでいい。
おいしすぎる狩場は人が多いからだ。

さらに今の時間は深夜。
深夜の森マップは視界が悪いってLVではない。
索敵LVをかなり上げてないと、不意打ちを食らいまくるだろう。


「ま、だからこそ、索敵あげまくってる俺が独占できるわけだが……ッと」


突進してくる猪型の2体の敵。
それにあわせ、両手に構えていた、槍を突き出す。

既に1割程に体力を減らしていた猪型の敵を貫き、敵の体力を0にする。
破砕音とともに、敵のオブジェクトが、安めのドロップアイテムとともに
破裂するように消えてなくなる。

まずは一体。

さらにその後ろから突進してくる猪をかわし、その交錯する刹那、
側面から敵の心臓部を狙い、貫く。
先程同様に、破砕音とともに、敵オブジェクトが消滅する。

……ふう。

「そろそろ、一休みしとくかな」

通しで12時間ぐらいはやってるし。
猪に猿、熊に鹿、鳥に兎……ここの森は動物型モンスターの宝庫だ。
まあ、兎は逃げるだけの敵だけど。
普段は毛皮だが、極稀にそこそこ食べれる肉を落としてとても美味しい。

もう今日は大分稼いだ。
もう少しすると、昼も近くなる。
夜の森はその視界の悪さから、超絶不人気だが、昼は多少はいる。
敵の強さはほぼ同じで視界だけ悪いんだから、そりゃ皆昼に来るって話。
でも奇襲も、単に最初の一撃を被弾するだけ。
ポット代がクソ余分にかかるだけと思えば割り切れるし。
ま、それでも一級狩場ほどの効率はでないから、基本的に過疎狩場ですけどね。
マップの広さも一つの小山程度はあるし。

愛槍ゲイボルグを持ち直すと、ひとりごちる。

黒曜石の槍。黒光りも美しい、見事な槍だ。
敵のレアドロップだが、殺傷力も高く、非常に気に入っている。
ちなみにゲイボルグというのは俺の勝手な命名だ。
……なんだよ、文句あんのか。
戦争中の兵士も銃に名前つけるだろ、映画でみたぞ。

そう、俺はメイン武器に槍を選択した。

……はっきりいって、不人気な装備だが。

基本的に、どの武器がずば抜けて強いということは無い。
ベータテストでもそうだったし、その頃のまともだった運営もそういっていた。
ここ半年の感触でも、最終的な優劣はない気もする。
一長一短。長所があるし、短所がある。

だがそのなかでも、槍は特にピーキーだ。
リーチは随一なんだけど、要求されるテクと、汎用性がなあ……。
特に懐にはいられた時の弱さと言ったらねえ?
思わず遠くでチクチクしてマジ調子こいてました!っていいたくなるぜ。


槍を説明すると、長所はそのリーチ。先制をとりやすいし、場合によっては一方的に攻撃出来る。

短所は、やはりそのリーチだ。

MMOという特性上、集団戦も非常に多い。
その時、複数に懐まで潜り込まれると、非常に小回りが効きにくいのだ。
密着した敵を突き刺すというのはかなり技術がいる。
特に槍は穂先以外の火力がかなり落ちるしな。
さらに、両手武器なんだが、片手で持った時の威力の減衰っぷりも大きい。
他の両手剣やカタナ、両手斧に比べてもかなりひどい。
相当STRがないと、ろくなダメージも与えられない。
懐に入られてからの弱さや、混戦での弱さが嫌われる理由だ。
そしてMMOでは、上記は頻繁に発生する。

その上、プレイヤースキルもかなり要求する。
何しろ、敵は人型だけではない。骨とか、植物とか、虫とかゴーストとか訳の解らんのもいる。
基本的に突きが一番威力が高いんだが……
動く骨や虫、ようするに細かったり小さかったりするターゲットにピンポイントで突きを当てるのがとってもムズイ。
レイピアもそうだが、あれより長い分もっと難しい。

あと、携帯性が低いのも一因か。すぐ使える状態=常に持ってる状態だからな……。面倒くさい。
背中にかついだところでカタナみたいに抜いたりできないし。


しかし、メリットも大きい。

なんといっても、射程の長さにつきる。
長い武器は強い。当たり前のことだ。

剣道三倍段という言葉が現実ではある。
素手で剣道有段者にかつには、剣道の段位の三倍の段位の実力が必要だということだ。
また、剣道の高段者が、薙刀をもった初段に手も足もでずやられたという話もある。

つまりリーチの差ってのは圧倒的ってことだな。
槍はSAOでは最長の武器だ。
モンスター相手では槍より長い射程の奴なんざたくさんいるんでイマイチ強さが出にくいが
対人では圧倒的なアドバンテージになるだろう。恐らく最強武器だな。
戦闘時間の99.999%はモンスター相手だから、だからどうしたというLVだが……。
いいじゃんかべつに。

また、槍は火力も非常にでかい。ピンポイントで急所を貫いた時の強さは両手斧すら凌駕する。
確かに多数には弱いが……。
そこはそれ、ソロの特権。どこまでも逃げながら戦えるからな。PTじゃ無理だ。
自由に位置取りして、1vs1を極力心がければいい話だ。

テクニックも、ある程度はシステムがアシストするし、半年も使えばいい加減慣れるというもの。

ま、一番はしっくりきたってことなんだけどな。
正直、ピーキーな武器なんだが、そのマニアックさが俺を虜にしてやまないぜ……。

砥石を取り出すと、愛槍を磨く。
鍛冶屋が使えないから、こういう細かい手入れを自分でしないとな……。
鍛冶スキルは低いから、砥石の消耗も激しい。この意味でも金が無駄にかかる……。
また、オーダーメイド装備を手に入れられないデメリットもある。
こういうとこもソロのきつさだ。
でもその分愛着もわくってもんだが。

「よし、と」

一通り磨き終えると、周囲を静かに観察し、敵……そして人がいないかの気配を探る。

まあこんな時間のこんな場所にいるはずもないが……。
念のためだ。
半年間通じ、もはや気配を探るのは習慣になっている。
いつもどおり、何も無いだろうと思いつつ行ったその行動は
違和感とともに破られることになった。


(……いる。北西の方向……少し遠いが……。人の音……。5,6人か?
 なにか、えらく騒いでいるようだが……。
 こっちに向かってきているな)


どうする?
避けて通っても構わないんだが……。
いや、自分の行動スタンスからすると、そうすべきだろう。


しかし、何の変化もなく毎日を過ごすことに飽きていたのかも知れない。
何しろ半年だ。長かった。

結局、俺は好奇心に抗えず、気配のある場所に突き進むことにした。



(なに、覗き見るだけだ。見るだけ……)











しかし、それをきっかけに、俺は驚愕の体験をしていくことになる。



あとにして思えば、これが全ての始まりだった。

俺という人間の変質の、全ての始まり。


俺は忘れていたかもしれない。


そう、「SAO」は「デス・ゲーム」であるということを……。


――――――――――――――――――――――――――――――
第二話 「好奇心は”猫”を殺す」 終わり
第三話 「吾友は病気である」   へ続く
――――――――――――――――――――――――――――――
※原作では石碑では強制ローマ字のようですが、当作では名前の通りの表記になるとします



[25915] 第三話 「吾友は病気である」
Name: 数門◆50eab45e ID:3f0dd04b
Date: 2011/08/07 19:43
そこに向かったとき、あちらからも近づいてきた。
人数は4人。

俺は木の影に潜み、暗褐色のマントを覆う。
深夜の森マップにおいて、自分の隠蔽スキルの高さもあり
すぐとなりを通ってもまず気づかれまい。

そして潜むこと数分。

そうとは知らず、6人のプレイヤーが会話しながら横を通り抜けていく。

こいつら……DQNだな。間違いない。

「いやあ、アレはやばかったな」
「俺らは別にヤバくねーだろ、あいつは知らねーけど」
「おいおい、ヤバかったんじゃなくて、ヤバくしたんだろーが」
「まーな!」

茶髪長髪のリーダーっぽい奴を筆頭に、4人は
ギャハハ!と下品な笑いをたてながら通りすぎていく。



……嫌な予感がする。

俺の嫌な予感は当たるんだよな……。

別に正義漢を気取るつもりはないが……。
何があったかを見るぐらいは構うまい。

俺は、即座に彼らが現れた方向にかけ出していった。




――――――――――――――――――――――――――――――
     第三話 「吾友は病気である」
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間一髪。




その状況を単語で表すならそうなるだろう。

俺は見事に、その瞬間に間に合った。

そう、人が死ぬ瞬間に。


俺がたどりついたとき、その黒ずくめのやつは
5体ものモンスターに追われていて今にも背後から最後の一撃をくらわんとするところだった。

あれはヤバイ!

(――あのままだと死ぬ!)

俺は人にバレてはいけない、という自らの縛りを瞬時に忘れてその渦中に飛び込んだ。

「伏せろ!」

声をかける。
そいつが伏せるのと、その頭上を俺の槍が通過し、モンスターを粉砕するのは同時だった。
これで残り4体か。

「そんな瀕死で何やってる!回復はどうした!」
「モッテナイ!」
「……!」

(ありえんだろ!)

そう思いながらも、体は冷静に反応。
俺はアイテム欄から素早く操作を行うと、複数の回復POTを相手に投げ渡す。

「飲め!そんで退いてろ!」

「助カル!」

ん?
そこで違和感をやっと感じ、チラッとそいつを見る。
外国人?
いや、間違いない。この風貌はそうだ。一体どこの……

ヴォン!

ちょっと考えに沈んだ俺に、敵の攻撃が額をかすめる。考え事はあとだな。

ざっと敵をみる。ある程度は敵もHPが減ってるようだ。こいつも頑張ったということか。
しかし、多対一の鉄則は、均等に削っていくのではなく一人ずつ確実に仕留めていくことだ。
やり方を誤ったな。

しかし、逆にここまで減ってるなら、俺一人でもなんとかなるな。

逃走から、殲滅へと選択肢を切り替える。

立ち止まった俺に、突っ込む勢いもそのままにクマ型のモンスター2体が手を振りかぶって攻撃してくる。
火力が高くても、こういうリーチの短い奴らは、槍のカモだ。
彼らの切り裂きのはるか手前から、額に向けて槍を突き出す。

「トライズゲイル!」

喉・人中・額の3つ急所を攻撃する神速の三段突き。余りに速すぎて同時に見えるそれは、
さる有名な幕末志士が得意としたという。剣でだけど。

このゲームでは人型や哺乳類モンスターに特効だ。目の前のクマとか。
クリティカルヒット。まだレッドゾーンの体力ではなかったが、一撃で粉砕。

すぐ槍を引く。もう一体のクマも槍の射程内。だが、あえてそいつは無視する。

猿型のモンスターが頭上から襲いかかってきたからだ。敵の攻撃が俺の肩にヒットする。

「ぬ」

チッ、攻撃を被弾してしまった。すぐさま距離を取る。
この猿型は攻撃力も低く、単体の性能は余り高くないが、中々狡猾なAIをもっていて
奇襲や陽動をよく使ったり、群れできたりする。

いやまてよ、陽動……?確か、もう一体モンスターがいたはずだ。そいつは今?

嫌な予感に、すぐ後ろを振り返る。すると、案の定、背後のプレイヤーに、頭上から猿が襲いかかっていた。

まずい。

「おい、上だ!」

だが、心配は無用だったらしい。俺が叫ぶのと、頭上から振りかかる猿が切り裂かれる音がするのは、同時だった。

「タイマンなら、大丈夫ネ」

……そこそこの強さはあるということか。安心した。体力もレッドゾーンは抜けだしたようだ。

「じゃあ、まかせるぜ?」
「OK!」

さて、あとはじゃあ、猿とクマか。2体程度なら、普通の狩りとなんら変わらないな。

俺達は危なげ無く、残るモンスターも撃破した。


――――――
――――
――


「アリガトーネ!助かった-ヨ!あなた生命の断つ人ネ!」

「いや、いいよいいよ。危なかったな。あと、恩人ね。イントネーションもちょっとなんか違う気がするし」

「お礼、するネ!お財布ギャランドウだけど、それ以外ならなんでもいってネ!」

「いやいいって。そういうの目当てでもないし。
 あと、がらんどうね。そんな毛深そうな財布はいらない」

「本当?あなた、すっごくいー人ネ!お名前教えてもらえるかヨ?」

ビシィッ

俺の表情が凍りつく。
そーきたか。まあ、そーくるわな。
うん……。

「あ……ええと……だな。俺の名前は……だな」

「あ、ちなみに拙者の名前はこうヨ!」

人に振っといて、話飛ばすな。俺の名前聞けよ。いや、聞かなくていいけど。

奴はステータスウィンドウを開き、俺に自分の名前欄を見せる。

いいねえ、気軽に名前見せれる奴は。俺なんて……。って!

ううッ、こ、この名前は……ッ。

「で、名前教えてほしーヨ」

そっちも忘れてなかったのか……。

……どうする?絶対に見せたくは無かったが……。
もしかすると『こいつなら』平気かもしれん。

いやッ、男は度胸。こいつも、公開したんだ。俺も……。

ステータスウィンドウを開き、俺の名前を開示する。
嘘の名前を教えてもいいが……その後にシステムメッセージで
本名が流れたら嫌すぎる。素直にみせるとしよう。

「んーコレ、なんて読むの?あいまいてん……」

「ま、まーまー!名前なんてフルで呼ばなくていいじゃないか。
 あだ名で!そう、愛称で!あと、俺の名前は絶対に人にはいわないでくれ。
 っていうか、存在を言わないでくれ。いいな」

「別によいけどヨ。でもナンデ??雪女ナノ?」

「違えよ!よくそんな民族伝承しってるね!日本人でもきょうび知らないのに!
 女の名前で、俺がそれ言いふらされたら、凍っちゃう、って部分はあってるけどな!
 って何言わせんだ!単に超恥ずかしいからだよ!」

雪女の民族伝承とは、紆余曲折あって自分の事を言いふらしたらダメ、という女と一緒に住んだはいいけど
バラしちゃって結局凍らされたという話だ。

「……コホン。テンションあげすぎた。まあ、お前も同類だろうから、分かってくれ」

「セッシャの名前、別に恥ずかしくナイヨ」

「ねーよ!」

とっさに口にだしてしまった。ああッ、俺のクールキャラ(笑)が崩壊していく。

いや、その名前でそれはないだろ。

こいつのステータスウィンドウを再度注視する。



【漆黒闇聖闘士†炎の吹雪(FireSnow)】




色々LV高すぎだろ。流石の俺も引くわ。

漆黒と闇ってかぶってるんじゃないのとか。
闇と聖が同時に名前にあるのってどうなのとか。
それがいいんだろうとか言われそうだけど、ないから。
何、聖なる力をもちつつ闇にも見込まれたとかそういう両方欲しいみたいな設定なの?
あと、闘士ってのも地味にポイント(なんの?)高いよね。
あえて剣士や騎士じゃなくて、闘士。
こいつはカタナ使いなのに闘士。
これはポイント高いよ。

さらに「†」。
俺が言うのもなんだけど、厨ニ御用達。
名前被りでもないのに、記号が入ってるのは強い。
しかも記号の中で最強(多分)とされる【†】ですからね。
単体でどうこうではないが、一気に何かのポイントが倍になるクセモノだ。

次いでセカンドネームというか、称号というか。
ていうか、これどっちが名前でどっちが称号なんだよ。
つか名前がねえんだけど。
しかも炎の吹雪って。
そのとりあえず正反対をあわせ持つ俺カコイイみたいなのやめようよ。
大体、対比は2つにしとけよ。4つは多いよ。結局、光と闇と炎と氷どれなんだよ。
全部、とかいいそうだけど。
さらに【(FireSnow)】ですよ。これって読み方でしょ?
普通ここってカタカナが入るんじゃないの。さらに英語とかワケ分からん。
それに炎のファイアはともかく、吹雪ならブリザードじゃないのか。

大体長すぎだろ。一々これ全部読むのかよ。
ファイアスノウはどこまでかかってるんだよ。
そもそも素でここまでなるか?なったとしたら重症すぎる。
わざとじゃないんだろうか?

でも、俺の勘が告げる。こいつは素だと。
素でやってる。

それにさ。なによりもさ。

これでイケメンなら華になるけどさ。

どうみてもイケメンじゃないし。

んーあれだな。外人だからって美形とは限らんよね。
なんつーか、まあ普通?南米っぽい感じ。なんとなくだけど。

それに、なんかオタっぽい。見ただけで分かる。

そうだな。まずその指穴あきグローブはやめよう。そんなのSAOにあったんだな。
ついでに、全身真っ黒なのも!肌も黒めだからって服までそうしなくても!
えっ?どっかのMMO小説の主人公も黒い?あれはイケメンだからいいんだよ。

丸メガネも四角のほうがいいんじゃないかな。
っていうか、何故SAO内でメガネ。視力関係ないぞこのゲーム。知的クールキャラ?

そういうのはちょっと君には似合わないから!そういうのはイケメン限定な。全般的に。
メガネに注目した途端、クイッって中指であげるし。
ウゼエ。

いやいいんだけどね。外見に関しては。俺自身も、オタっぽいと思うし。
この世界では、みんなオタというかコスプレイヤーっぽいから余り浮かないけども。
俺も、実は目隠しのマスクとかあるし……。
あ、いや、カッコイイからとかじゃなくて、あくまで外見を隠すためだかんね!


まあ、あれだよ、普通だったら俺もそんなに外見に突っ込まないけどさ。名前と人種の相乗効果というか。
名前の破壊力がありすぎて、狙ってやってるようにしか(ある意味狙ってるだろうが)見えないんだよな。

なんか仕草もさ、なんか知的キャラ?っていうか。ダークキャラというか。
それを意識してる感じだが……どうにも見た目からして浮いている。
そこはかとなく感じる生来の陽気さや脳天気さが全てをダメにしているというか……。

どうやったら、一行の名前だけでここまで突っ込みどころを増やせるんだ?

つうか重症すぎだろ。思わずブラックジャックによろしくしちゃうぜ。


「先生……うちの息子が、病気なんです。中学二年を過ぎても治らなくて。どのお医者さんもさじを投げて……」
「ふむ……確かに手遅れですな。私以外では直せないでしょう」
「先生!じゃあ……ッ!」
「ただし、治療費に三千万。貴方にそれが払えますかな?」
「先生、よく考えたら私にこんな息子はいなかった気がしますの」
「その言葉が聞きたかった……」


ああっ俺の脳内医師が敗北を!
「その言葉が聞きたかった……」じゃねえよ!見捨てる気満々だ!
なんという強敵……。

まあ、あっちも俺の名前と風貌に関して同じことを思ってる可能性も低くない。
突っ込んでもいいが、わざわざバトルを誘発することもないだろう。

お互いに傷つけあい、勝利者のいない戦いになること請け合いだ。
俺は明らかに恥を自覚してるが、あっちはどうだか分からないという違いはあるが……。

いや、この名前で恥ずかしくないのはダメだろ。
突っ切りすぎて逆にカッコイイとか?いや、ないな。
やっぱり、ねーよ。というわけで俺はただしい。

……ここまで0.5秒ぐらいで考えた。

まあ、こいつの名前がこんなんだから、俺もさらけ出したというのはあるが……。



「まあ、突っ込み度合いはおいておいて……事情を聞いてもいいか?」

「ジョウジ?」

「あんた外国の人だろ?なんでやってるか理由聞いてもいいか?
 それとこっちのほうが重要なんだけど……なんであんな危険な状態になった?
 あと、ジジョウね。逆にすると一気にホモくさくなるからやめようね」

片言とはいえ、やたら日本語ペラペラだし。
一応、リアルのこと聞くのはどうかと思うけど、聞いてみよう。

それに、何故あんな死にそうな目にあったかははっきりしとく必要がある。

こいつはソロじゃない。9割型、あの4人と関わりがあるはずだ。

しかも会話の内容からすると……ある種意図的な。


そして、彼の口から語られた内容は、それを裏付けるものだった。


――――――
――――
――

なるほどな……。

まず、なんでプレイしてるかだけど、まあ要するにこいつは重度のゲームやアニオタだってことだな。
日本語も、アニメや漫画をみながら覚えたらしいし。
こいつの話し言葉がさっきからやたら突っ込みどころ満載なのはそのせいか。

この名前も、漫画とかでかっこいいと思ったもの全部くっつけたそうで、本人はとても満足してるらしい。
……ノーコメントで俺は行こう。

彼個人は、中国人とアメリカ人のハーフで、アメリカで育ったらしい。
さらに祖父が日本人で祖母が南米系らしいな。色々まざってんなー。
それで、まあ生活のうちに、漫画とかにドはまりしたと。
そして、日本好きが高じてってわけでもないが祖父を頼って中三からこっちにきたらしい。
一応勉強のためという名目で。それでSAOやってれば世話はないが……。
まあこうなるって分からないもんな。しかし、どうでもいいけど俺より年下なんだな。

そんで、肝心のさっきのピンチについてだが……結論からいうと、やはりというべきか、どうもハメられたようだ。

元PTのやつらとは、一応半年前……ログイン時からの付き合いらしい。
まあ普通にPTプレイしてたところに、事件が起きたと。

ただ、問題はその後だ。どうも話を聞く限りだと、
こいつが、世間知らずで人が良いのをいいことに元PTの奴らは、かなり良いように扱ってたようだな。
PTでの役割を聞いたが酷いもんだ。囮として放りだされるわ、壁役として立たされるわ。
そのくせ戦利品は取り上げられ、EXPもほとんど吸わせられず、PT収入も分担されない。
そんな感じで、やってきたらしいな。
ただ、そんなばっかだと、当然LV差が開く。

それでこいつは、LV差を埋めるために、深夜に一人で狩りに出かけてを
繰り返していたんだが最近バレたらしくて、ついてこられたと。
そしたら、LV上げに協力してやるという名目で、アイテムに頼ったら強くなれねえだろというお題目の元、
回復POTや転移クリスタルを取り上げられ、さらに経験値が欲しいだろうとのことで、
モンスターをたくさんひきつられてこれたという。

そして、俺との出会いにつながるというわけだ。

長い長い話だったし、片言で話す上にしょっちゅう話がそれるうえに聞き取りづらかったがようやく終わった。


まあ彼は自身ではそういう、酷い扱いをうけていたという自覚は余り無いようだが……。


しかし……それをさしひいても。


胸糞悪い話だな。


はっきりいって、他人事ながら気に入らん。日本人の恥だ。
死ねばいいのにとまではいわんが、HP0になってポリゴンがパリンッってなればいいのに。


お題目はどうあれ、これはイジメっ子による、イジメの極地。
れっきとしたMPK……PK(プレイヤーキラー)だ。
オレンジネームにならない分さらにたちが悪い。

やってるほうはイタズラ気分かもしれんが、クソが。

あいつらは見た目からしてDQNだったが、聞いたら超DQNだったな。

まあコイツのこの名前に自業自得的な部分があるとはいわんが……。
でも責められることではないだろう?
俺も責める気にもなれん。楽しみ方はひとそれぞれ。別に犯罪でもないし。
だが、奴らがやったのは紛れもなく犯罪だ。ここに法律はないがな。


「嫌な話だな。それは明らかにPKだぞ。復讐したいとか思わないのか」

「復讐ッテ?」

「決まってる。PKされそうになったんだ。PKやり返すってことだよ」

「イヤ……しないヨー。殺すのはよくないネ」

「しかし……殺されそうになったんだぞ?」

「そんなのワカンナイヨ。今のボクは生きてますヨ。
 それにやっぱり、殺すのとかはイヤネー。
 ルフィも不殺(ころさず)が大事だといってたヨ」

「殺しの意志があったのは明白だと思うけどな……。
 あと、言ってたのは剣心だからね?」

確かにゴムゴムのほうでも人死なないけども。
不殺が大事っていってるのとは違う気が……。

ま、殺しまではイヤか。当たり前かもしれんが、そこまで割り切れないか。

俺も、胸糞悪いからといって、じゃあコイツの代わりに俺が殺しにいってやろう、とかそういう気は全然おきないしな……。

冷たいかもしれんが、所詮は他人事。
死にそうになったからと言って、じゃあ俺が殺すというほど義憤するほど、血に飢えてないぜ。
君子危うきに近寄らず、が基本だしな。


「じゃあどうすんだ。まさかもどるのか。また同じことになるぞ」

「フム。ユーは戻るの反対ナノ?」

「ああ、まあね。聞く限りじゃ、そんなこと繰り返してたら、いつか死ぬぜ。
 ゲームクリアは100層。今は最前線が23層ぐらいだからあと75層近くもあるんだぞ?
 こんな早いうちから生き死にをしてて、持つはずがない」

「ジャー、ドスレバ、イイノ?」

「……PT抜けて、ソロになったらどうだ?」

「ソロ?ソロは危険が危ないって聞イタヨ。デッド率高いッテ」

……。突っ込まないぞ。

「まあ、確かにな。危険といやあ危険だけど。でも、そのPTよりは安全だと思うわ。
 無理ってわけでもないしな。現に俺は、もう半年以上ソロずっとやってるし」

そういうと、奴は大仰に飛び跳ねて、こっちをなにやら輝いた眼で見始めた。

「ウワオ!ソレ凄イネ!一人で生き残るセンシ!カコイイネー!忍者プレイ?」

ちげーよ!

「忍者じゃねーよ!そんな職はない!あったら人気だっただろうけど!
 とりあえずいいたいのは、ソロでも大丈夫ってことだ!まあ、不安があるなら多少なら色々教えるよ。
 人には絶対俺のことをしゃべらないならな」

「オー、貴方親切ネー!デモ、もっといい案あるヨ!ジッチャンの名にぶっカケテ!」

「……なんか嫌な予感がしないでもないが、なんだよ。
 あと、「ぶっ」はいらないし、お前の爺ちゃんは知らない」

「ユーがセッシャとPT組んであげるネ。これ最強ネ。プリキュアなれるヨ」

「お前は本気で誘う気があるのか?」

やる気あってもやる気なくすぞ。
もっと下手にでろよ。
男同士でとか、どう考えてもハートキャッチプリキュアどころか、ハートリリースプリキュアだろ。


まあいい。そういう予感はしていた。どうするかな。

一緒にいくか、いかないか。
戻すという選択肢はないし。目覚めが悪そうだ。
じゃあ放置……も、少し無責任か。どうせ、少しなら教えるっていったしな。
まあ、合わなかったらその時に別れれば義理は果たしてるだろ。

「うーん……じゃあしばらく一緒にくるか?そっちの強さにもよるが」

余り離れすぎてたら、逆にお互いのためにならん。

「LVはいくつだ?あと装備とか教えてくれ」

聞いてみたら、意外にLVはあった。ずっと深夜も戦いどおしというのは嘘じゃないようだな。
装備は……まあ普通かな。いくら邪険にしてるといっても、壁役こなす以上そこそこはないと困るってか。
ま、俺のサブレアを与えればそこそこよくなるだろ。
NPCに売るのももったいないし、けど使わないしってのがいくつかあるからな。

総合としては、このLVなら、俺ほどのLVではないにせよ、
そこらの平均的なPTよりは強そうだし。足手まといになることもないだろう。

「問題なさそうだな。その強さならここらでもやってけるし」

「ジャア……!」

「おっと、一つ警告する。言っとくが、俺はそこまで人に気を使うタイプじゃない。
 もしあんたが負担になったら、その時点で解散させてもらうがいいか?」

「イーヨイーヨ!ソレマデよろしくーネ!」

軽いヤツだ。俺と対照的だな。彼が、手を伸ばしてくる。

「ああ。ただし、何度もいうが、俺の事は絶対誰にも言うなよ。特に名前。未来永劫な。
 ま、抜けたきゃいつでも抜けていいぜ」

俺はそれに、握手で答えた。

奴も、それに笑顔で答える。









「ヨロシクお願いスルネ!

      愛   舞  天  使   猫  姫
 『 ら ぶ り ー まいえ ん じぇ る にゃ あ こ 』たん!」

「やめて!」






バリバリバリバリ。








フルネームだけはマジ勘弁。

つうか隠された真の名(俺による裏設定)を、なんで呼べるんだよこの野郎!

おめー最初は、あいまいてんしって読みかけてたじゃねえか!

ぎゃーす!











……ま、こうして、俺はPTを、実に半年ぶりに組んだのだった。










あ、そうそう。
ちなみに、奴の名前は、【漆黒】と呼べばいいそうです。

……そっちが名前だったのか。

――――――――――――――――――――――――――――――
第三話 「吾友は病気である」     終わり
第四話 「職人の朝は遅い」      へ続く



[25915] 第四話 「職人の朝は遅い」
Name: 数門◆50eab45e ID:3f0dd04b
Date: 2011/08/07 19:44
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第四話 「職人の朝は遅い」
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あれから1ヶ月がたった。


猫姫の朝は遅い。


19時前後に猫姫は起きる。一般的には夜である。
周りを見渡して、ハイディングの敵がいないかをチェック。

猫姫は、狩場そのものに、簡易ベッドやテントを立て、野宿することも非常に多い。
勿論モンスターにも見つからない、それどころか人にも見つかりにくいハイディング機能つきの高級ベッドだ。
「宿屋のほうが人との遭遇率高かったりするからね」
質問に、猫姫はそう答える。
長年の経験で得た答えということだろうか。

「でも、漆黒がきてから、楽になったよ」

そう猫姫は続ける。
「前は一人で寝てても中々安心できなかったけど、
 今は交代で見張れば安心できるからね」
そういって、ベッドに掛かっている、対人間用の迷彩を取り除くと
入り口までいって、今まで狩りを続けていた漆黒と交代する。

狩場そのものに寝所をはることにより、驚異的な滞在時間を実現する。
勿論、ただどこでもやるわけではない。
場所のチョイスには職人の熟練の知略が光る。
「どこでもいいってわけじゃないんだよ。
 同じことを考える奴はいるからさ。
 その点、やっぱりこういう墓場マップとかは最高だね。特に夜は。
 ここで寝泊りする奴はまずいないよ。寝泊まりしなくてもいないけどね」

ただ、不満もある。
最近はいいレアアイテムがでないと、口をこぼした。
「うん……まあ、出すぎても困るんだけどね。眼をつけられちゃうし。
 その点では美味しくなくて当たり前だけど、もう少し欲しいなあ」

その後も狩り続け、途中で起きてきた漆黒と、今度は2人で数時間狩り続ける。
そして、アイテムなどが持ちきれないほど狩りつくすと、夜中のうちに街へと帰還する。
ベッドはそのまま狩場においてくる。販売を終えたら、すぐもどってくるためだ。
そしてNPC相手にドロップ販売を行い、またすぐダンジョンに戻り、狩りを続けるのだ。

誰にでもできることではない。と?
「そりゃあね。敵の湧く場所、動き、全て同じ日なんて一日とてないよ。
 特に、ここのゴースト系モンスターは非常に嫌われていてね。
 何も考えず戦ってる奴の天敵さ」
ま、そこをなんとかするのが腕だけどね、と続ける職人。

しかし、ここまできついと、後継者は育つのだろうか?
「うん……。真似する人はいないだろうな。
 街を回避する必要性がないしね。PT組んだほうが安全だし。
 正直言うと、自分も最初は好きではいったわけでもないからね。
 あ、でも漆黒のスジはいいかな。彼は屋外ひきこもりの適正があるよ。
 これは彼には秘密だけどね」

ニッコリ笑う職人。普段の漆黒の名前をみる生暖かい目線からは想像できない笑顔である。
そういいいながらも、彼は2体のモンスターを撃破。
素晴らしい集中力だ。

おっと、そんなことをはなしてるうちに、珍しくここに他プレイヤーがきたようだ。
それを悟った瞬間、職人は一直線に撤退し、すぐハイディング状態に。
万一フィールドの隅のベッドまで彼らがくるようなら、漆黒を起こして即逃げ。
こなければよし、というところか。今回のプレイヤーはどうだろうか。
「あれはダメだね。見ただけで分かるよ」
職人は語る。
「6人いるけど、ここは数で来たって無意味だ。バカが一人いるだけでパニックになる。
 ほら、ゴーストに対処できてない。あいつは攻撃の瞬間まで実体化しないからね。
 カウンター以外で倒せないんだけど……
 全然タイミングあってないね。避けと攻撃が同時にできないとダメなんだよ。
 しかも、他のハイディングモンスターに気づいてない。
 あーあ、地中からゾンビモグラがきてるのに……。
 あ、ほら見事にパニック起こしてるだろ。
 あれはすぐ撤退するな。何、死にはしないだろ。
 ここらの敵は移動力はそこまで高くないからね。
 逃げれば追いつけないさ」

彼の予見どおり、そのPTは30分も持たずに撤退した。
「もうね、夜で墓場、っていうだけで、そもそも冷静さを保てない奴が多いんだよね……。
 そこにああいう敵だろ?冷静さがないとダメなんだけど、嫌らしい配置だよ。
 彼らはもうこないんじゃないかな。
 ゴーストはEXP的にも美味しくもないし。アイテムドロップ率低いしね。
 そのうえカウンター専門だから、集中力いるし、かといって多人数でくるほど湧きは良くない。
 夜は視界もきかないし。奇襲モンスターおおいしね。パワーアップするしね。
 かといって昼は湧きが弱いんだけど。
 まあ他にもっといい狩場があるさ……ってことだ。
 それが、平均的な結論だよ」
だからこそ、俺たちにとって格好の場所なんだけどね――
職人の眼は、そう語ってるように聞こえた。



寝て、すぐ狩りを行ない、街に戻り、すぐ狩場へ、
そして狩場で寝て、またおきて狩りをして、また寝る。
アイテムがいっぱいになるその時まで。

これが、†愛舞天使猫姫†氏の代表的な一日である。

辛くはないのか?漆黒のその質問に、匠はこう答える。
「そりゃ辛いこともあるさ。
 でも、自分で選んだ道だからね。後悔はないよ」
そう答える匠の顔には、一種の晴れ晴れしさがあった。


彼は今日もまた、一仕事を終えて眠りにつく。
ネカマ職人の朝は遅い。
きたるべく次の戦いに備え、戦場の傍らで、一時の休息にまどろむのであった。
















――――――
――――
――




「……じゃねえよ!」

……ハッ!
俺はいま、何に叫んだのだろうか。
自分の寝言で自分が起きるとは……。

いや、今、何かとてつもなくふざけた夢をみたような……。


……まあ、こんな場所で何度も寝泊りしてれば、いい加減変な夢もみるか。

墓場で起床した俺は、あたりを見渡してそうごちる。
なんてたって墓場だもんな。
最初の頃は、如何に俺といえど戦うのすら躊躇したもんよ。

だが、背に腹は変えられない。
そこしかあいてなければ、そこでやるしかないし、
そこで泊まるしかないなら、そこで泊まるしかないのだ。

でも、今日みたいな夢をみるってことは、地味にストレスうけてたんかなー。
とも思わなくもない。詳しい内容は忘れてしまったが……。


漆黒の奴も、最初こそビビってたものの、1ヶ月も経つと流石に慣れたようにみえたけど
あいつも本当は内心ビビってたりすんのかねー。

あ、そうそう。
結局、自分を読んでもらうときは「猫」って読んでもらうようにしたよ。
漆黒は「猫サン」って読んでくるけどね。
正直猫も余り好きな呼び名でないけど、まあ仕方ないかな。
愛だの天使だの姫だのよりは。真名なんて論外だ。呼んだら殺す。
あれは俺の記憶の中だけに永久封印しておくべきものだ。
消去法だ。やむをえない。


PTサーチで漆黒の位置を確認し、敵を切り払いながら進む。

……いた。
丁度ゴーストと1vs1だな。

カタナをもって、居合い抜きの……いや、アバンストラッシュ的なポーズを取り、
ゴーストの攻撃をステップできわどく横に回避、そのまま
「アロー!」とかいいながら切り裂き敵を破砕する。

……いや、いいんだけどね?

でもシステムにアシストされた居合い抜きと違って、別に威力なんか上がらないし。
素直に居合い抜きでいいんじゃないかな?
それか、普通にカウンターで避けざまに斬り合ったほうが安定してると思うんだけど。

いや分かってますよ。
アバンストラッシュは男のロマンだし。
それぐらいでどうこういいません。
ただ、そのあと、剣を血糊を払うようにして、鞘に収める様子さえなければ。
血糊なんてねーだろ。ゴーストだぞ。
ゴーストじゃなくてもねーけど。データだから。
しかも抜くときはアバンストラッシュのポーズで、しまうときは居合のポーズかよ。

いや、分かってますよ。
こいつが重度の患者だってことは。
よく分かってた。
いいじゃないか、別に迷惑でもないし。
戦いの中に遊び心を取り入れるぐらいは。

うん。問題ない。

そう心の問題を結論づけると、声をかける。

「おーい、漆黒~~。もういいぜ。調子は?」

「ア、らぶりーまいえんじぇるにゃあ……」
「おいやめろ馬鹿、早くもこのPTは終了ですね」

俺に殺気をださせてくれる訓練か?

「ね……猫サン、おはよーだよ。ボチボチでんがナ」

片手でやれやれのポーズをしつつ、首をふりつつ、残った手の
ビシッと尖った中指だけで、メガネの中ほどを持ち上げながら、発言する漆黒。
……突っ込むのは心の中だけにしよう。

「そうか。レアはないか」

あと、俺がコイツを凄いと思うのは、こういう言い様や
ああいうところを見つけられても全く恥ずかしそうにしないことだ。
吹っ切ってるのか、それとも素でカッコいいと思ってるので
ずっと自分の世界に浸ってるのか……。
後者な気がするが……。

なんども言うが、イケメン痩身とかならともかく、
メガネのオタ顔だからなあ……。

外見差別はよくないが……。

俺にもこういう図々しさが必要なんだろうか。
でもこうなりたいかというと全然なりたくない。


「じゃ、こっからは普通に狩りするか」

「アイヨー旦那」

いつもの共同狩り作業が始まった


――――――
――――
――


……そして数時間後。

「猫サン」

「言うな」

「姫サン」

「そういう意味じゃない」

「……とにかくヨー」

「言うな」

「まだ何も言ってないヨー」

「想像はつく。だからいうな」

「狩りを手伝って欲しいヨー」

「そんな暇があるようにみえるか?」

「メチャ見えますネ……」

く、漆黒め。
所詮は外人か。
この真剣勝負が分からないのか。

「だって、モウ3時間ダヨ?
 どんだけそのゴーストがLOVEなんだヨー」

だからメガネを中指であげながらいうなし!

そう、共同狩りをはじめてすぐ、妙なゴーストが湧いてきたのだ。
俺は何故かピンときた。

こいつは一味違うと。

だって、こいつ、俺を見た途端実体化したからな。
いや、攻撃の瞬間だけだろいつも。
なんで最初からやってんだ。

そして、だが俺はそいつを攻撃しなかった。
そいつの攻撃を待つために、槍を構えた。
いつでも最大必殺を放てるように。
場合によっては、回避せず直で放つつもりだった。

「しかもセッシャが攻撃シヨーとしたら怒るしサ」

「当たり前だ。あれは俺の敵だ」

ゴーストに対しては、カウンターで。
はっきりいって、おそらくSAOで随一の数をKILLしてるであろう
ゴーストキラーとしての俺の矜持のようなものが発動したのだろう。

そのまま、一心不乱にその時を待ち続けた。

それが、3時間前である。

「ダカラサ……もう倒しちゃえばいいジャン」

「いや、こいつは放置すると危険が危ない。俺の勘が告げてる。
 大体、迎撃はしてるからいいだろ」

そう、別に戦闘に参加してないわけではない。
この俺とゴーストの間に割って入る阿呆はすぐ仕留めている。
だが、それでも目の前の奴からは、意識をそらさない。
そらした瞬間、何かが飛んでくるに違いない。

「単になんかバグってるだけじゃないのカヨー」

「そんなことはない」

「だって、そいつ、ビクンビクンとも動かないヨ。ラメェ」

「いや、そう見えるだけだ。無心の状態だ。
 あと、ピクリとも動かないだ。ラメェもいらん」

「エット、凄い怪しいんだけどヨー」

「……いいだろう、そこまでいうなら武装解除してやる」

「エエ!それはアブいヨー!モシ攻撃されたら!」

「いや、もう決めた。あいつはバグじゃない。
 動かないなら、動かさすまでだ」

武装解除してみる。
これで、こっちの防御力はかなりヤバイことに。
ここらへんのモンスターの火力なら装備0じゃ即昇天できる。
すると、初めて敵に反応があった。

ゆらり。

「!」

……しかし、そこで止まった。
ふむ……。今は微妙に反応があった。
あれか?まだ足りないか?
そう思い、今度は武器も外してみる。

すると。

「……!」

なんと、一歩踏み出してきた。
いや、宙に浮いてるから一歩分てとこだけど。
そして、右手を付き出してくる。
ただし、非常にゆっっくりと。

……俺はおそるおそる、しかし、知らず知らずのうちに
相手と全く同じ動きをしていた。
ゆっくり右拳を突き出す。
互いに拳がクロスしてぶつかろうとする。
相手の拳が開き、パーの形になる。
こっちの拳も開き、同じ形をつくりあげる。

そのままゆっくりと進み合い、手と手がクロスする。
ひんやりした感触。

その瞬間、相手の手に力がギュッと入った。
こちらの手も、同様に力が入る。

この構図、これはまさに……ッ!!!!



「……ゴーストって握手するんデスゾ?」

「俺も今知ったよ」























この日、俺はゴーストテイマーになった。


彼の名前はゴーくんに決定。


……あれ?なんかテイマーになるために
伝え聞いた条件と違う気がするけど……まあいいや。


――――――――――――――――――――――――――――――
第四話 「職人の朝は遅い」      終わり
第五話 「ちーとはじめました」    へ続く



[25915] 第五話 「ちーとはじめました」
Name: 数門◆50eab45e ID:3f0dd04b
Date: 2011/08/07 19:45
さて、よく分からないイベントにて、ゴーくんと相方になった俺だが。


おかしいな。確か前に、夜中に情報交換掲示板とかを盗み見た感じでは
テイマーの条件ってのは、その種族を一切KILLしないこととか合った気がするが……。

久々に入った宿屋の一室で、議論を俺達はかわしていた。


――――――――――――――――――――――――――――――
     第五話 「ちーとはじめました」
――――――――――――――――――――――――――――――



「エート……あれじゃないんですかヨー。
 ゴースト、普通ノモンスターと違ッテ、イキナリから死んでルシ。
 デッドのモーションも変だしヨ?」

「そういやそうだな。
 普通の奴は死ぬときパリーンって感じだが、ゴーストはなんつうか、上に消えてくからな」

「ソソ。ほら、アレダヨ、アレ。ヘヴン状態ダヨ」

「なるほど。死んでもさまようゴーストにとっては、消滅こそが救いか……
 あと、それ昇天っていうんだからね」 

「ソダヨ!キット種族的コーカン度みたいなのがあるとスルと、
 ぶっ殺死すればするホドに、上昇していくのがゴーストなんだヨ!
 それがたった一つの真実だヨ!バーロー!」

「その考え方は一理ありそうだな。あと、そのバーローの使い方は違うからね」

こいつが前のPTで殺されそうになった理由が若干分かりかけてきた気がせんでもない。
オタ以外に今のネタいったら、普通に殺意をもたれるんじゃないのか?


普通の獣は、死こそが終わりなので、殺すほどに恨み値みたいなのがたまり
仲間にできにくいが、ゴーストにとっては生は苦痛であり、消滅こそが解放だとしたら……。
そういう考え方もありか。

「でもそれだと、誰かやったら、簡単に真似できそうだけどな。テイマーだらけになるぞ」

「ウーン。キット数値がたくさんナンダヨー。
 姫……じゃなくテ、猫サン並に虐殺しないとダメだとするトー、ほとんどいないと思うヨー」

姫といいかけたとこで、ギロリと睨んだ俺に反応して言い直す漆黒。いい子だね。
最初から言わなければもっといい子だけど。

「虐殺って……そんなもんかな」

「ダッテ、どの程度ゴースト犠牲にしたんダッテバヨ?」

ゴーストは犠牲になったのだ……。俺の犠牲にな……。俺ェ……。
じゃねえよ。最近、スルーできるようになってる気がする。良いことなんだろうか……。

「……まあ色違いやLV違いとかを気にしなければ、数千……かな。そろそろ万ぐらいかも」

日によっては一日中狩ってたし、それがヶ月単位だったしな。

それに、他のプレイヤーは普通PTだし……。一人当たりの狩り数は分散されてさらに減るか。

「ダロウヨー。さらに、ゴースト、普段でも人気ナイヨー。
 10週目にして巻末にあるぐらいの位置ダヨー。そんなクソ漫画、好きなの猫さんぐらいヨ。
 間違いなく、猫サン並に、ゴーストバスターしてるヒトいないヨー」

その例えは言いすぎじゃないか……?打ち切り漫画にだって、信者はいるんだ!
○ケットに突き抜けろだって、ツギハ○漂流作家にだって、好きな人はいたはずだ!俺は違うけど。
あ、でも「嫌いな物より、好きな物で自分を語れよ!」って台詞だけは超好きよ。

「そういわれると、そういう気もしてきたな」

「まだあるヨ。例えば、最後の条件は多分だけド、全裸でのスキンシップネ」

「武装解除しての握手ね。その言い方は危険だと思うよ」

「デモ、そのぐらいゴーストをKILLしてたら、見ただけで3枚にオロシチャウヨー。
 PTの未熟者が切っちゃうカモしれないシ。
 とすると、なおさら他のトレーナーがポケモンゲット出来る可能性は低いと思ウネ」

他にも、墓場で寝るとか。一ヶ月過ごすとか、そういう条件もあるかもと付け加える漆黒。
墓場で寝るはあるかもしれんなー。やる奴いないってのもあるし。
あと、ポケモンいうなし。トレーナーでもないし。モンスターテイマーだから。

というか、俺の突っ込み全般的に聞けし。


「なるほど……。なんとなく説得力がある気がする。
 ゴーくん。そこらへんどうよ」

一通り話おえたあと、何も無い虚空へと視線を移動させる。

すると、そこにゆっくりと人型の幽霊が姿を表してきた。
……現れただけだったが。

言葉に反応はするみたいだけど、まだ肯定とか否定とかはしてくれない。
感情を表すのも少ない。というかあるのかな。あると思うけど。表情はないからわからん。

ゴーストというが、見た目は「お化け」といったほうが早いかもしれない。
ほら、白くておたまじゃくしに手がはえたような感じで、のっぺらぼうなあれ。一応目だけあるけど。
アレの透明でもやがかかってる感じだ。

いつもなんかフワフワしてるので正確な形は俺も知らない。
普段は地面に潜ってたり透明になったりで消えてることも多いし。

「何か言ってるカヨ?」

「さっぱりわからん」

「飼い主なのに、心の伝達ができてないヨー。
 それじゃあ、もしゴーくんが、アニメみたいって言っても何もできないヨー。
 GS美神のアニメを見たいって言ってきたらどうすんだヨ」

「飼い主じゃない。パートナーだ。
 あと、自殺願望でもあるんじゃないかなと思う」

「ゴーストがもっと人に近かったらネー。美少女とか。湿気もでたのにヨー」

「そんなんだったら狩場大人気で俺が行けるわけ無いだろ……。
 あと、潤いね。湿気だと一気に汗かきデブになるから」

「デモ、結局はラッキーしたよネ。サザエにフネだヨ」

「全くだ。あと、渡りに船な。その2人そろっても別に何も起こらないから」

こいつはいつ俺の突っ込みを汲みとってくれるんだろうか?
凄く不毛な気がしてくる。

それはさておき……。
ゴーくんの能力というのは非常に便利なものがある。

戦闘能力というのは余りないのだが……。火力もあまり高くないし。
攻撃の瞬間だけ実体化といっても、1,2発で落ちる敵はともかく
何十発もやりあうような敵、それも複数相手だと常時攻撃中と変わらない。
それはつまり、常時実体化と同じような意味で、はっきりいって紙装甲のゴースト属にさせられる仕事じゃない。
テイマーできる種族でも、直接戦闘補佐という意味では最も使えない種族かもしれん。

だが、サブの能力が超便利なのだ。特に俺にとって。

まず、自在に姿が消せる。姿を出しても、モノをすり抜けたり非実体化ができる。
そして、空を飛べる。勿論、ゴーくんだけがだけど。
ゴーストだからあたりまえだが、ここからが重要だ。

なんと、俺が眼をつむったときに、彼の視界を共有することが出来るのだ!

通称視界ジャック!

これはマジつえーっすよ。ゴーストの視界っていうのは、はっきりいって暗い。暗闇の世界だ。
無機物は殆ど見えない。感知できない。
だが、代わりに生きてる者は、人でも魔物でも見える。まあデータの中で生きてるってのも変だが。
オーラ的な何かが。暗闇の世界にともされたろうそくのように、強くオーラが見えるのだ。
これがゴーストから見えてる世界なのね。
生命の灯火に吸い寄せられるのもやむなしだな。

つまり、外にでて空高くゴーくんを飛ばして、視界ジャックするとかなり広い域の魔物や人の位置がまるわかりなのだ。
地面の中にいようが、ハイディングしてようがお構いなし。生きてる(?)奴に限りだけど。
物質透過とあわせれば、本人に気付かれないようにストークしたり、観察したりするなんて楽勝だ。
意外かもしれないが、街中でも使えるんだぜ。そう私生活を丸覗きとかも……。

丸覗きしたところで、真っ暗な中でなにやら人型の炎がうごめいてるようにしか見えないけどな!
座ってるか立ってるかぐらいしかよく分からんから、全く覗きには使えん。
顔も当然分からんから、人探しとかもちょっと難しい。
だから、いやらしい事には使えません。使えると妄想した人は腹筋20回するように。
決して、俺のがっかり感を皆にも味わって欲しいというわけではない。

でも、オーラの量や色で、強い弱いはわかるし、一度これが誰のオーラって覚えればなんとなくは覚えれる。
簡単にいえば、LV高い奴は量が多いし、瀕死の奴は光弱いし、背の高い低いとかぐらいは分かるし。
色もあるしね。人間は青みがかかった色で、モンスターは種類により差があるが赤系だ。
と、そんな感じ。


しかし、この尋常ならざる索敵能力はなんといっても狩りに膨大な変化をもたらした。

なんといっても、魔物の位置がわかるのはでかい。
例えば、単体のEXPは高くても、湧きがバラつきすぎて、
索敵で時間とるために結果として時間あたりの効率が悪い、なんて敵は格好の餌だ。
ノーコストのボスやレア敵サーチスキルといえば、ネトゲーマーにはどれだけヤバイかわかろうもんだ。

常時ゴーくんに探してもらえばいいのだから。人を避けるのも簡単だ。
自分でも探せるし、ゴーくんに任せきりでもいい。
寝るのも楽になった。ゴーくんは眠らないから、寝てる間の監視はお手の物だ。

戦闘に参加させることは滅多にないというか、無い。余りにも紙なので。ワンチャンスで十分に死にかねない。
これが唯一の欠点だな。


が、そんなことしなくても、戦闘はとてつもなく楽になった。
なんせ、奇襲がない。逆に、奇襲し放題。
投剣スキル&槍スキルという、優秀な長距離攻撃スキルを鍛えている俺にとっては
非常に先制のチャンスがふえた。無傷で殺すこともな。
俺はいろんな事情から、奇襲されることも多く、懐に飛び込まれてからの戦闘開始とか、
槍の実力を存分にだせてるとはいいがたかった。
だが今は違う。本来は先制奇襲をかける事こそ槍が一番輝く時なのだ。
その射程もあいまって、被弾までに複数回先制攻撃ができる。

常に魔物をサーチし続けれるのも強い。
レアポップモンスターだって問題ないぜ。

特に、廃人化するほど、索敵時間のロスを嫌がり、
敵が勝手に群がってくるような大量湧き狩場を重視する傾向にあるからな。
俺のスタイルは全く逆なんで、競争相手も非常に少ないってわけだ。

もっとも美味しすぎるレアとかは、狩場全体ごと大手ギルドが封殺してたりするけどな。

でもまあ、大手の人員を繰り出す程でもないけど……みたいな狩場はよくあるもんで、
ちょっと前まで攻略組の下の下ぐらいの強さだった俺は、このペースでいけば、そう遠くないうちに
攻略組と比較しても、なんら劣らないぐらいの強さになるのではないかと想像している。
そのぐらいの速さで今は成長しているのだ。

なんというチート。

ちなみに漆黒はLVUP作業はさほど興味ないらしく、サボってることも多いのでLVは俺が上だ。
南米気質というか……最低限やってりゃOK?みたいな感じ?
空いた時間はゴロゴロしてたり妄想の研究に余念がないようである。
日本人が働きすぎなのかな?でもあんまり離れすぎると置いてくぞ。

そうなれば、上にいくほど人は少なく、出会いも少ないからな。
俺の逃避行も楽になるはずだ。


――
――――
――――――



そんなこんなで狩りをする俺たち。

「よしっ!あそこにレアモンスターの気配!いくぞ!」

「リョーかいだよ。デモ、それどういう風にみえてるノ?」

「いや、単にトカゲ型で、大きい炎だからな。他に似た形いないし、
 このフロアの平均の敵よりも大きいからな。まあそんなことより輝き方が段違いだからな。
 多分レア敵だ。すげー目立つよ、すぐ分かる」

ウォーリーが光り輝いてるからな。なんてこともない。

「便利ダネー。マップもケッコー広いのに」

「いやあ想像してるほど難しくはないぜ。俺はこういうの得意だしな……っと、待った。
 ダメだ。別の方向からそこにくるやついるわ」

あれは確か、えーと風林なんとかっていうギルドだったかな、多分。
リーダーがカタナ使いだってことは覚えてる。
人型の強いオーラが、それよりちょっと弱い人型を6人ぐらいつれている。
ちょっと弱いといっても、先頭の奴より弱いっていう意味で、
一般プレイヤーからすると超強い。間違いなくあのオーラ量は攻略組クラス。
この7人PTぐらいの規模でこのぐらいのLVっていうと風なんとかぐらいしか知らん。
ぐらいしかしらんといっても、そもそも俺の知ってるギルドなんて超少数だがな!

まあ、もっと大手が7人だけ派遣してるっていう線もあるけど。
その場合、近くにさらにもうひとかたまりあったりするし、多分1PTだろう。

「彼らの到着より先に倒すのは多分無理だな。
 彼らが倒して、リポップするのをまとう。このままいくと鉢合わせだ」

「分かったヨ。コーユーとき、ユーのソロスタイルは不便ダネ。
 本来なら、先に戦闘してれば優先権あるのにネ」

「そりゃ、しょうがないな。
 そういう普通にやってたら、そもそも見つける力すら無いから考えないことだな……。
 ま、抜けたかったらいつでも抜けていいぜ」

肩をすくめる。

「しないヨー。まだ恩返ししてないからネ。それに、ヌケニンは惨殺されちゃうヨ」

「しねーよ!お前、カタナ使いじゃなかったのかよ。いつ忍者になったんだ。
 それより、2時の方向に普通に敵の微妙な群れだ。
 今なら囲まれずに撃破できる。倒してこようぜ」

「学研承知のスケだネ!」

こうして大地を蹴る、フード男と、オタメガネ。
俺達はこうして、地味に超廃人並の効率を得るのだった。

最近は、レアモンスターをたくさん狩れてるおかげで、ドロップアイテムも良い。
回廊結晶(使い捨てのどこでも往復装置)とかステータス上昇アイテムも手にはいったり。

なんせゴーストはアイテムをほとんどドロップしないせいで、非常に金銭効率が悪かった。
倒しても武器耐久度は減らないから、多少メンテ代が安いのが安心だが……。

だが、その頃のお釣りとばかりに、最近はレアも手に入ってきている。

槍も2回ほど代替えした(命名:神槍グングニル)。

もし、この調子でレアが集まるなら、誰も知らない山奥の家を買ったりできるほどお金が貯まるかも知れない。

今までは正直、買ってはなくなるという、貯金?なにそれのループだったからなあ。
NPC売りしか資金調達なけりゃそうもなる。

そう俺は未来に希望をはせると、ひたすらに狩りを続けた。

それは、ただひたすらに引きこもるために。



俺はまだ落ち始めたばかりだからな……この長いひきこもり坂をよ!




――――――――――――――――――――――――――――――
最終話 「俺達の戦いはこれからだ!」  完

愛舞天使猫姫(らぶりーまいえんじぇるにゃあこ)たんの次回作にご期待ください!





















……って、終わんねえからね!

俺達の冒険は、本当に残念なことにまだまだ続く!

まだ語ってない話がたくさんあるんだ。

そう、あの『悪夢』のような話とかな……。
次は、それに触れようじゃないか……。

早く誰かクリアして終わらせてくれないかなほんと……。

――――――――――――――――――――――――――――――
第五話 「ちーとはじめました」 終わり
第六話 「○○充は爆発しろ」  へ続く



[25915] 第六話 「○○充は爆発しろ」
Name: 数門◆50eab45e ID:3f0dd04b
Date: 2011/02/16 13:43
「ついに、ラスボスか……」
「長かったな……」
「ああ、よろしく頼むぜ、キリト。彼女さんもな」
「ええ、よろしくね。……らぶりーえんじぇる……ププッ」
「お、おい。失礼だろ、いくらこいつの名前が、らぶりー……プ――ッ。
 せめてあいてんしのほうで読んで……プッ。だ、だめだ、一旦意識しちまうと……ブハッ」
「姫(笑)さんチーッス!天使のような顔、もっかい見せて下さいよwwwあーはいはい、ちょっといい顔みてみたいーww」
「あれ?今日は女装しないんすかwww?ネカマの癖にwwwwこの顔でwwwにゃあwwウケるwww」

「…………え、え、え」

「「「「え?」」」」

「エンダアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!
 イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」











――ガバッ






ハッ……。ゆ、夢か……。

夢……だよな……?

ベッドからとびおきたものの、落ち着いて、あたりを見回す。普通の戦闘フィールド……。
そして、漆黒の驚いた顔以外は何も見当たらない。

「だ……大丈夫ヨ?猫サン?」

「ああ……なんでもない。ちょっとした夢を……ええと……」

そう、確か、なんかラスボス直前までいって、感動の「ついにここまできたな」呼び合いで……

「う、うわああああああ!!!!」

あれはァ――あの夢はァ――ッ!!!

「お、落ち着くヨ!猫サン!猫サン!?オイ姫!」

「うおおおおおおおお!!!」

黒歴史が襲ってくるゥ――!!
眼をとじろ!耳をふさげ!思考を停止しろ!全てをリセットするんだ――ッ!

……。
…………。
………………。

……フゥ。波は行ったか?

「ハァハァ……。いや……もう大丈夫だ……。なあに、よくある発作だ。ソロの時もしょっちゅうだったし」

黒歴史……恐ろしい敵だ。どんなに封印したつもりでも、ふとした拍子にフラッシュバックとなってよみがえる。
半年はもうたつのに、まだこれか……。本当に恐ろしいぜ……。

「猫サンは恐れすぎだとおもうヨー。なんで普段はそれなりに冷静なのに名前絡むと発狂しちゃうノ?
 考えすぎて肥ツボにはまってないかヨ?」

俺はお前が考えなさすぎるんだと思うが……。

「く、でもここ最近……お前とPT組んだあたりからはなかったのになあ。
 久しぶりにきたぜ。やっぱ、あんなのみたせいだな……。
 あとドツボな。まあそれでもある意味間違ってないぐらい俺にとっては嫌なものだが……」

「あー……。あのあれかヨー」

そう、あれだ。数日前のことを、俺は思い出していた。あれは苦い記憶……。



――――――
――――
――





――――――――――――――――――――――――――――――
     第六話 「○○充は爆発しろ」
――――――――――――――――――――――――――――――





「おい見たまえよ漆黒」

いつものゴーくんを使っての、サーチ&ですとろーいの作業中のことである。

「度しがたいの?姫……」

ギロリ

「……猫サン」

「ゴーくんでサーチしてたら、やたら敵消滅が早いとこをみつけてな。見てみたら……。
 珍しいもの……いや、人をみつけたぜ。
 ほら、望遠鏡渡すから見てみな。
 あと、そこは、どうしたの?だからね」

「hm……」

度し難いのはお前の頭だ。
いつもどおりの漆黒をあしらって、正面をみやる。





そのレンズの先には、全身黒衣の少年。だが、それが珍しいものではない。
そんな厨ニ服装、となりの奴だってやっている。顔のLVは大きく差があるが。

「あ、見るときはレンズに光が反射しないように気をつけろ。あと、可能なかぎりこっそりだ。
 あいつ、なんか知らんがこのクソ離れた距離でも妙に勘がいい。1,2回こっち向いたからな」

あれはびっくりしたぜ。だが、俺の隠密スキルも相当なもんだし、
草むらを通じてるし、何より距離が相当ある。分からないはずだ。分かったら人間やめてる。

その黒衣の少年は、凄まじい勢いで敵を屠っていく。
とんでもない速度だ。いや、恐ろしいのは回避のほうか。とんでもないね。人間かあいつは。

「おーすげーカッチョイイよ!まるで女王のように舞ってるネ!」

「ああ、まるで舞うような戦いだ。だがその表現はやめろ。ムチで高笑いが聞こえてくるぜ。
 しかし、片手剣でよくやるぜ……」

片手剣は、基本的には初心者向きだ。オーソドックスな剣技が揃ってるし、なにより盾を持てる。
盾持ちじゃない、両手槍や両手斧なんてのは基本的に、武器で弾くか避けるか……
それか受けるかしなきゃいけないから、それなりの度胸とプレイヤースキルがいる。
そこを盾で安心して防げるんだから、安定感は高い。

だがその分火力はイマイチだがな……。
しかし、あのプレイヤーには関係ないようだ。本人のプレイヤースキルが尋常じゃない。
時に弾き、時に切り裂き、完全に剣を我がものとしている。

「……今までいくつか前線の奴らをみたが、そのなかでも一番殲滅力が高いな。
 片手剣で……信じられん……LV差か?」

……LV差であってほしいというのが偽りない感想だ。
誰だって、プレイヤースキルで劣るなんて考えたくないさ。
あいつと俺が戦ったらどうなるだろうか。対人では最長のリーチを誇る槍。
普通の武器には負けないが、だが盾持ちは別だ。弾かれたときの隙が絶大だからな。
……ってあれ?

「ん?そういやあいつはなんで盾をもたないんだ?
 あ、漆黒。か盾落ちダヨ!片手だけニ!とかいったらぶっ飛ばすから」

「……」

おいなんかいわないか。俺がボケ潰ししたならいいが、もし違ったなら
俺が凄く寒いギャグを思いついただけで終わってしまう!

「マー単に必要ナイからじゃないノ?」

結局スルーされた……。ひどくない?俺はいつも突っ込んでるのに……。
しかしなんつー傲慢な答えだ。いらないから使わない。
このデスゲームにおいて、これほど傲慢な答えもないな。
だが、その言葉が真実を言い当ててる気もした。あの動きをみればそうも思う。
……実行できないぜ普通は。やろうとしても。
喰らわなきゃいいってもんじゃねーだろ。リーチがある槍や、身の軽さがある細剣じゃないんだから。

そんなことを考えながら、観察を続ける。

「まーその線が一番強いか……。
 うは、見ろよあの速度。なんだあれ。
 凶悪すぎだろ火力……あいつ一人でボス倒せんじゃねーのかよ……。ってあれ?」

「ドした?」

「いや……急に殲滅速度が落ちた……なんだろな」

うーん、もうちょっとあの芸術的な動きを見ていたかったが。お……?

「お、なんか人と合流したっぽい。
 ん?でもあれ女かな?女だな。うーん、なんか仲よさげだな……。つーか、かわいいねえあの子」

「おーマジで美人サンだよ。劣化美人ダヨ」

「でも女のほうは余りLV高くないな。顔的な意味でなくて。
 プレイヤースキルも今一か……。あと月下美人だからな。その覚え方、いつか殺されるぞ」

む……。明らかに女がトリガーとなって、殲滅速度が落ちた。男の方は完全に手加減してるな。
高LVを隠してるのかな?あんまりそんなメリットも無いと思うけど。

「はあ、いいなあ。かわいい女の子とか。癒されるぜ。俺は名前の事情もあるし、女とは縁ができそうにないからなあ」

「そ、そんなことないヨー!」

おお、漆黒が珍しくねぎらってくれる。なんか、おだてな気もするけど、悪い気はしないな。

「猫サンは、名前に関係なく縁がないと思うヨ!」

「お前は本当にブレないな」

期待した俺がバカだったよ。

「しかし、あいつらくっつきすぎじゃない?磁石かヨー?」

「いいたとえだ。漆黒もたまには的確な事をいう」

「猫サンは女と同じ極なんだよネ」

「お前的確なら何でも許されると思うなよ?」

ネカマだからってのが一つと、女と縁がない(くっつけない)って意味が一つの、見事なダブルミーニングだなおい。
もしくはこのドMな縛りプレイ中のM極もかねたトリプルミーニングか?
つかマジいい加減にしとけよ。

「ま、待って!ほら、彼ら動くみたいヨ?」

俺の本気の殺気を読み取ったのか、漆黒が慌てて話題を変える。

「何……」

チッ。確かに。おのれ、上手くごまかしたな。
遠くだからよく分からないが……。こっちに来るな。

「こっちに来るみたいだ。これは……」

「オー。ソーデスカ。ジャアここはいつもどおり……」

「うむ」

「逃げる」

「うむ」

「と見せかけて、覗きデスネ?」

「フッ、君は実によくわかってるな」

「フッ、伊達に覗きゲーのメタルギアで訓練されてませんヨ。
 覗きならお任せアレ。これデモ、ベノム兵並の注意力と向こうでいわれてたぐらいデス」

それはむしろバカにされてんじゃないのか?
あいつらは、背後から絞め落として、気絶から復活したあとも「気のせいか……」で済ます奴らだぞ。
何が気のせいなんだよ。

「こっちに向かってるな……よし、先回りして隠れるぞ。あのひらけた中庭に来る気がする。
 装備も能力値より、隠蔽値重視で換装しとけよ」

「試してガッテンの助ダヨ!」

ツッコまないぞ。


――――――
――――
――



そして15分後。

予想通り、ひらけた場所で彼らは立ち止まる。


ここらへんは敵の湧きもない。休憩所というところだ。マップにはこういうところも幾箇所かあったりする。
外でも全てが全て敵エリアではないからな。

そして俺達は、その中庭の外側の茂みの中に、迷彩を施しまくって、むしろ地面に潜るぐらいの勢いで潜んでいた。



俺は余り世間には疎いからこいつらが有名かどうかまではよく知らん。
しかし、実力者であることは、ゴーくんのオーラを通じて分かる。まあ、さっきの動きでも十分分かるけどね。

しかし問題はそれより……。


(超いい雰囲気だヨ、猫サン)

(くっ……。なんだこの悔しさは……)

小声というかwisメッセージ※で漆黒と会話する。
                              ※1:1専用会話。当人以外には漏れない

なんか黒衣の奴が、女に声をかける。それをうけて、女の雰囲気がやわらぎ、二人揃って隣に座る。
しばらく会話が続いたと思ったら、男が寝転びゴロゴロしだす。
このくっつくよーなくっつかないよーな甘酸っぱい雰囲気!なんなんだよ!



くそう……。
リアルでも格好いい奴らが、VRの中でも格好いいとかなんだよ!
リアルでもモテそうな奴らが、VRの中でもモテそうとかどういうことだよ!
間違ってるだろ!
ああ、間違ってる!
誰がなんと言おうとそんなの間違ってる!
久々に茅場への怒りが有頂天だぜ!何故リアル準拠にしたし……ッ!

くそ、リア充は爆発しろ。いや、リアルじゃないか。VR充は爆発しろ。
たすけてかーさん!

『現実を見ろ。お前には仮想現実しかない』

という言葉がきこえてきて、仮想現実に逃げたら、そこでも格差があったよ!

『仮想現実を見ろ。お前にはなんにもない』

そんな言葉が聞こえてくるよ!
逃げ場すら壊されていく!


お前、超凄腕のゲーマーがイケメンかつ彼女もちとか……そういうのは、ダメなんだぞ?
だって、リアル捨ててゲームに打ち込んでる人が、立つ瀬なくて自殺しちゃうからな。
俺とか。
まあ俺はリアルに加えて、ゲーム内立場も捨てそうなんですけども。
捨てるものがもうない。

くそう……。

そんな俺の内心の嫉妬心をものともせず、彼らはなんか、耳を澄ませばフィールドを構築していく。
言ってる意味が分からない人は、ジブリの映画をひと通り見てくるんだ。

(ねえ猫サン)

(なんだよ)

(彼らはなんテ話してるノ?猫サンなら聞き耳スキル高いから聞こえるんじゃないノ?)

(聞こえるけど……後悔すんなよ?)

(しないヨー)

(女はな、男に向かって「キリト……」って言ってる)

(デ?)

(男はな、女に向かって「サチ……」って言ってる)

(デ?)

(あとは寄り添ってる)

(デ?)

(それだけだ……)

(……マジデス?)

(マジだ)

(……聞かなきゃ良かったデース)

(俺も答えなきゃ良かったと思っている)

なんて不毛なんだろう。面白くもなんとも無いどころか、この空気。

(なあ漆黒)

(なんだヨ?)

(帰っていい?)

(この姿勢で動けるわけねーヨ)

(だって、俺はこんなにもソロをつづけてきたのに、何故見せつけられなければいけないの?)

(文章的に全く繋がってないけど、言いたいことは分かるヨー)

(俺は真面目に生きてきたのに、どうしてこんな仕打ちを受けないといけないんだ)

(どっか一部分が不真面目だったんじゃないカナ。具体的には名前トカ)

(そもそもさ、おかしくね?普通、主人公がさ、異世界で強くてなんたらでとかなったら
 開幕1話でヒロインと出会って3話以内に落とすのがお約束だろ。未だに影も形もないとかなんだよ)

(猫サンも第1話の半分ぐらいまではいたじゃないかヨ)

(おいメタなネタはやめろ。世界観がおかしくなるだろ。そして自分が嫁とかおかしいだろ)

確かにそのヒロインは1話で出たし、3話どころか1話で落ちたよ。出落ち的な意味でな。

(猫サンが先に出したくせに酷いヨー)

(こんな時代もあったなあとVR充になった猫姫は、後にかたるのであった)

(現実……ジャナカタ。VR逃避はやめようヨー)

(むしろ、普通に考えればお前が美少女であるべきじゃない?そうじゃない?ピンチを救う的に考えて)

(変更するとしたらむしろ猫サンだと思うヨー。名前的に考えテ)

グハッ反論できねえ……。

(ゴーくん使って驚かせよっかなー……)

(切り裂かれて、キャー彼氏カッコイーってフラグが見えるヨー)

……。ありえる……。そうなったら、いろんな意味でゴーくんも浮かばれない。

そんな漫才してるうちに、ああ、彼らがさらに近寄ってく……。

(……俺、もう寝てもいいかな)

(あいつらも寝るみたいだし、いいんじゃないかヨ)

片や、友達以上恋人未満と甘酸っぱい空間での隣り合ってのお昼寝。
片や、何故か男2人で迷彩服で土の中で土葬チック雑魚寝……。

……。

(なあ漆黒)

(なんだヨ)

(覗きは良くないな!)

(ソダネ!)




――
――――
――――――



あの後、彼らは意外と早くエリアを移動した。
良かった。日没まで眺めるような拷問でなくて。



しかし、本当に凄いソードスキル&プレイヤースキル&フラグスキルの持ち主だったな。
キリトと呼ばれてたっけか……頭文字からSPFとでもあだ名つけてやろうかな。

俺が思うに、リアルとゲーム内充実度は反比例すべきだと思うんだ。
茅場は間違ってたよ。
朝起きたら勇者で異世界でした。それはいい。中二の夢だ。
でも、朝起きたらブサメンで異世界でした。これはダメでしょ?
ロマンがないよね、うん。

やっぱり、仮想世界へはさ、新しい自分を求めてきてると思う。
リアルじゃダメダメな感じの僕も、ゲームの中では大変身!
進研ゼミの主人公ぐらいに大化けです!みたいなね?

頑張った自分へのご褒美、欲しいじゃない?

だからさ、今からでも遅くないからさ。

名前を戻させてくれ、お願いします……。





冒頭みたいな悪夢を回避するためにもさ。


そうすれば、あんな事にもならなかったんだ。

でも、あれに比べればこんなもの、悪夢でもなんでもなかった。

この世界はやっぱりぶっ壊れてる。
俺はそれをこの先、再度体験することになった。

――――――――――――――――――――――――――――――
第六話 「○○充は爆発しろ」      終わり
第七話 「たまによくあるこんな一日」 へ続く



[25915] 第七話 「たまによくあるこんな一日」
Name: 数門◆50eab45e ID:3f0dd04b
Date: 2011/08/07 19:46
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     第七話 「たまによくあるこんな一日」
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――――――――――――――――――――――――――――――
こんなラストバトルは嫌だ
――――――――――――――――――――――――――――――

――あれから、大分時が過ぎた。





「ついに、ラスボスか……」

そう、ついに俺達はきたのだ。

この、全100層からなる浮遊城の最上階まで。
数ヶ月で数千人が脱落し、2年で3000人近くが脱落したこのデス・ゲームも、もう終わりだ……。


「フヒッ……おぬしのおかげで、ここまでこれたですぞ。らぶりーえんじぇるにゃあこどの……」
「俺もお前には助けられたぜ。礼には及ばないさ、魔法少女☆彡萌え萌えみんとちゃん……」
この40手前のおっさんも、大分貫禄がついてきたな……。

「おっと、俺も忘れちゃ困るな」
「忘れるわけねーだろ、フサフサ妖怪さん……」
ちびで若ハゲだが、その強さはホンモノだ。この頭が光り輝く人に、どれだけ助けられたことか。

「ハァハァ……とにかく、これで最後ってわけだ……ハァハァ……」
「美しきロリハンター加藤陽一……。伝説とよばれるアンタに出会わなかったら俺はどうなってたか……」
ネタ名と本名の融合。伝説の戦士加藤。ヒョロメガネながらムードメーカーでもあり、実力者でもある。
引きこもってた彼を仲間に引き入れられたのは、幸運だった。

「「「あとはあいつもいれば……」」」
「……あいつは、俺たちがここにくるためにその身を犠牲にした。
 報いるためにも、絶対に俺達がラスボスを倒すんだ!
 天国で俺たちを見守ってくれ……漆黒闇……えっと、闇なんちゃら…ッ」



「「「「さあ!行くぜ!」」」」


ギィィ……。最後の扉がひらく。


そこに、ラスボスが現れる。
奴らは一人ではない。複数の集団なのだ。あいつらに、どれだけの猛者がケチらされたことか……。
たくさんの仲間が、奴らの前に血の涙を流し、散っていった。


「今度こそ……倒させてもらうぞ!フラグ王……キリト!!!」


奴が姿を現す。その身に、3人の女を纏って。

「「「グッハァッ!!」」」

ああッ早速味方があれをみただけで吐血を!

「アスナ……結婚しよう……」
「うん……キリト君、私をお嫁さんにしてください……」
ロング髪の正統派美少女が彼を抱きしめる。

「ゲボラァッ!!」
「あっ、一瞬で魔法少女☆彡萌え萌えみんとちゃんのHPが空に!
 大丈夫か!おい!40みえても諦めるな!学校の青春が二度と取り戻せなくても諦めるなーッ!!」
「フヒィ……安西先生……それがし……逆に諦めたほうが……グハッ」
「みんとちゃ――んッ!!」
くっ、なんてひどいことを!
みんとちゃん(デブオタ)は、40の年で異性と未だに手をつないだこともないというのに!

「キリト……一緒に寝てくれる?服なんていらない……それよりも肌のぬくもりが欲しいの」
「リズベット……俺でよければ……」
「キリトの髪サラサラ……気持ちイイね……」
ショートの健康的美少女が彼に寄り添う。

「ヒギィ!!」
「アアッ、次はフサフサ妖怪さんが!
 こらえろ!こらえるんだ!まだまだ増毛キャンペーンは実施中!今なら3割引ですーッ!!」
「親とじいちゃんを見たときから、嫌な予感は……ガハッ」
「フサフサ妖怪――――――ッ!!」
許さねえ……ッ。フサフサ妖怪は、25という若さでもう前が死滅して、無理やり横からバーコードをしてるぐらいなのに……ッ!
茅場に戻されたときの衝撃がお前らにわかるとでもいうのか!

「キリトさん……お兄ちゃんって呼んでいい?家族なら、ずっと傍にいれるよね……」
「シリカ……ああ、辛いことがあったら、いつでも頼っていいんだぞ」
なんとも可愛らしい美幼……美少女が脚にまとう。

「カハッ……」
「美しきロリハンター加藤陽一ィィイイ!!歴戦のお前が一撃で!
 生きろ!お前にはまだ二次元がきっと残ってるぞおおおおおお!!……あ、ここも二次元だった」
「ゲホッ!」
うああ、今のでHPが0に!誰がこんなひどいことを!
「ハァハァ……ね、ネタでちょっとやって、すぐキャラつくり直すつもりが……ガクッ」
「美しきロリハンター加藤陽一ィィイイ――ッ!」
ここまでやるか……?
加藤はなあ、顔もそうだし素でもハァハァいってて変質者っぽいのに、名前までこんなんだから全く希望がもてないのに!
その上、本名だから現実世界に戻っても社会死亡はほぼ確定だ!


「許さない……許さないぞキリト……」
「いや……俺に言われてもな……」
キリトが困ったように、頭をポリポリとかく。
おのれ!この惨状をみてもまだいうか!誰がどうみてもお前のせいじゃないけどお前が原因だろうが!
無自覚な悪……!俺が断ち切らねば。

「いくぞッ……」
「ああ、来るなら受けて立つぜ。らぶりーまいえんじぇるにゃあこたん♪」
「読み方変えてるんだね、姫さん♪」「愛舞天使だってー♪」「変な名前ですッ♪」
「ぎゃあああー!」

一瞬で壁まで弾き飛ばされる。集団攻撃とは卑怯な……。だが、これで終わりではない。俺には、皆の想いがつのってるんだ!

感じるぞ……皆の、絶望を!皆の黒歴史が!みんなのトラウマが!集まってくる!
ククク……お前も不幸な過去を持ってるようだが、俺が本当の真の不幸な過去を見せてやる!

真の不幸な過去…… 『何にもなかった過去』 を見るがいい!それとも何もないから見れないか!?

クククどうだこのイベントのなさは!本気で何もないまま終わってしまったぞ!!どうしてくれよう!
この頃を思い出すだけで……うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
力が……力と涙があふれてくるッ……。
変身せよ……俺の体ッ!

「アンギャアアアアアアアアアアアアアアアアス!!!!」

そして顕現する、黒き怪物。

俺はゴジラだ……ゴジラになるんだ!この咆哮……慟哭を食らえ!
俺達は叫ぶことしかできないが、叫ぶことなら誰にも、お前にだって負けない!
いや……負けるはずがない!!!積み重ねた歴史が違うんだよキリトォ!!

俺達の黒歴史ごと粉砕されるがいい!さらばだ、キリト!
これが、俺達の心の叫びだ!!リア充は爆発しろ!!

「エンダアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
 イヤアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

爆発の光が、当たりを包み、そして……







――ガバッ









……。





…………。





………………。



「あれ?猫サン今日は狩りしないノ?」




「うん……今日は丸一日休むわ……。そういえば7ヶ月間、一度も休んだこと無いし……」

疲れてるな、うん……。

俺、基本的には他人の不幸を願う人間じゃないと思うんだけど……。
あと同じ境遇の奴ら集めれるかとかちょっと考えたけど、やっぱ無い方向でいこっかな……。
どんなに胸を張っても所詮は虚勢、リア充の前には砕け散るしかないんだ……。


っていうかアスナとかリズベットとかフサフサ妖怪とか誰なの……俺誰一人知らないんだけど……。
ナーヴギアがバグって、なんか他人のデータでも俺の脳に転送したんだろうか……。

とにかく、今日は休もう、うん……。きっと疲れてるんだ。

一応、地味にこれ以後、この手の夢をみることは減った。

ストレス解消にはなったということだろうか……。








――――――――――――――――――――――――――――――
お気に入りの模索
――――――――――――――――――――――――――――――

……こいつはNPCの店の中で何やってんだ?


「こうかヨ……」

ビシッ

「いや、違う。コウ……?」

ビシィッ!

「こういうのもアリかモ……」

シャキーン!


(……そろそろ声かけようかな)

「……なあ漆黒、鏡の前で何やってんの?」

「あっ、猫サン……!い、いつからみてたヨ?」

「シュババババッ!あたりから」

「ほとんど最初じゃないかヨー!いるなら……!」


いるなら、言えとか?
流石に勝利ポーズ練習を覗かれるのは恥ずかしいのか。


「一緒にやろうヨ!2人だとグッとバリエーションも増えるネ!」

「誰がやるか!」


こいつは本当にブレないな。

俺が甘かったよ。

「さらにゴーくんも加えればもっとバリエーション増えるヨ!」

「もうわかったから!」



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こっそり
――――――――――――――――――――――――――――――

深夜、闇の中に影が一つ……。

「こいッ……ゴーくん!」

俺の背後に、ゴーくんが出現する。

「憑依……!オーバーソウル!」

俺にゴーくんが重なり、未知なる力が引き出される!

……気がする!

「合体ッ!」

……。

…………。

………………。



シーン……。



――――――
――――
――



「アレ?猫サン、何やってたノ?」

「いや、もう寝るとこ」


やっぱないか……



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何気ない会話「決め台詞」
――――――――――――――――――――――――――――――

「やっぱり、『つまらぬものですが切ってしまいました……』ダヨー」

「『悪・即・斬!』も捨てがたいと思うんだが……
 あと、つまらぬものを切ってしまった、だろ。お歳暮かよ」

「『我が剣に……切れぬものなし』もイイヨー」

「分かってるねえ……。
 槍だと『我が槍に貫けぬものなし』だなー」

「異性のハートは貫けないのにかヨー」

「今思いだしたんだが『てめーは俺を怒らせた』……というセリフもいいよな」

「こ、こんな部屋にはいられないヨー!先に帰らせてもらうヨー!」

……それは死にたいとうけとっていいんだよな?
ミステリーな死亡フラグ的に。




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なんでもない会話「決まる格好」
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「オリジナルスキル欲しいヨー。『九頭竜閃!』と叫んで、何度もぶった切った後に
 カタナを収めて、チンっっていう音と共に敵が粉砕……しびれるヨー」

「カタナは主人公武器が多くて優遇されてるよなー。
 やっぱ納刀ってのがいいね。槍は、そういうモーションがないし」

「だしっパで、片手にもちっぱだもんネー。邪魔にならないかヨ?」

「正直、超邪魔です。ずっと片手ふさがりは不便だし。外にいるからいいけど、街中の奴はどうしてんだろ」

「アイテム欄にしまってるのかもヨー」

「無手ってのもそれはそれで格好つかねーな……
 斜めに担いだこともあるんだけどさ……
 全然とっさのときに構えにいけないんだよな」

「Oh・・・」

斧使いもそうだけど、皆どうしてるんだろね?
マジで謎。






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どうでもいい会話「ifの未来」
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「まあ、その意味では、このゲーム、魔法がなくてよかったよ」

「何故ヨ?」

「そうだな。もし魔法があったら……例えば、それは杖とかからでるだろう」

「そーだネ」

「そしたら当然『スターライトブレイカー!』とか『ふたりは~プリキュア!』とかやりたがる奴もでるわけだ」

「hm」

「そしたら、当然、衣装や名前も……、う、うわああああああ!」

「ああッ、また猫サンのトラウマスイッチが!」

やめろおおおお!
魔法少女になれるなんて事前情報が流れてたら、
今とは比較にならない阿鼻叫喚率にいいいい!




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ソロ指導
――――――――――――――――――――――――――――――

「さて、引き続き問題だ。あそこに宝箱があるな。漆黒一人ならどうする?」

「当然空けるヨー。ダンジョン最奥の光り輝く宝箱!きっとレアだヨー」

「大外れだ。ああいう宝箱は無視しろ。ソロじゃ死ぬぞ」

「も、勿体なくないカヨ?」

「今のお前のLVじゃ、ここの敵を同時に10体相手は無理だ。ということは罠があったら一発。
 どんな宝でも生命のリスクと引換にはできん。全く勿体無くない」

「デモ、もしレアだったら……宝箱光り輝いてるシー」

「あけれない宝箱にもしも糞もない。いいか、この宝箱、考えうる最悪の配置なんだ。
 まず行き止まりに配置。出入口は狭く、その上部屋。つまり脱出しにくく囲まれやすい最悪の形。
 次に今の手持ち。ダンジョンの最奥まできたせいで回復剤が減ってるはず。コレも一つ。
 で最悪なのが、結晶無効化空間だ。これが一番ダメだ。これ一つで諦めるほどな。緊急離脱や緊急回復が効かない。
 これで麻痺や睡眠トラップ+偶然に敵が大量ポップとか、瀕死ダメージトラップ+敵湧きや
 アラーム系や敵召喚トラップだったら、お前十分に死ねるぞ」

「Oh……」

「ソロの鉄則は、各個撃破。逆に四面楚歌は絶対に回避。宝箱といえどこれが基本だ。
 あと退路はどんな時でも確保。できないときは退路があるとこまで退避。
 それでも空けたい時は、ゴミ結晶アイテムを使用して有効かどうか判断。無効時は絶対手を出さない。
 付近のモンスターは殲滅させておいて、なんかあったら即出口までダッシュできるようにして、やっとあける。
 そんなとこだ」

「覚えること多いネ~」

「これでも語り足りないぐらいだがな……。特に、結晶無効化空間かどうかは、普段も常に把握しとけよ。
 何でもなさそうなところが普通に無効だったりするからな。ソロの天敵だ。
 そうだなあ、基本的に、そこのフロアの奴が10体同時に周りに集まってもなんとかできる自信があるならまあいいかな。
 回復もちやバステもちは複数になるといきなり強さ変わるから、それも勘定にいれろよ。
 そこらへんがラインだ」

「じゃあ、この宝箱は実際どうするノ?」

「まあ、今回は俺もいるし、20体ぐらいまでなら平気だろ。ソロだったら絶対無視しろよ。
 低層のレアより中層の通常ドロップだからな。
 だから、空ける……けどちょっとまった!まだ空けるな!」

「ど、どうしたヨ」

「色々準備があんだよ。周りの敵は殲滅したから問題ないな。地図は覚えたか?
 もし囲まれたら脱出するルートだ。あそこの通路通って右に抜けてワープするぞ、いいな。
 次、耐麻痺POTと、耐毒POTと耐睡眠POT飲んどけ。あと、HP満タンだが全快POT飲んどけ。
 あと俺が空ける……5分後に」

「どうしてヨ?」

「ダメージトラップや瀕死罠だった場合、一瞬で回復する結晶が使えないからな。回復POTの効果は5分後だ。
 その効果発動時間直前に回復するように時間合わせて空ける。
 ……罠の中には無効化空間にするのもあるから、全部この対応でもいいぞ」

……そして4分半が経過する。

「よし、空けるぞ……グアッ!」

開けた瞬間、中から何かが飛んできて体力を削られ、その直後、ポリゴンの粉砕音が響く。
……宝箱が粉砕した音だが。俺のHPはPOT効果で既に回復している。
ダメージ&アラームトラップか。もう終わったけど。

「アラームの対処は、宝箱そのものの破壊だ……っていうか、宝箱は基本的に開けたら即破壊していい。
 アラームならとまるし、他のだとしても弾かれるだけでペナルティはない。
 それより、敵がくるぞ。すぐ粉砕したからそれほどでもないようだけどな」

……敵の数は8匹か。入り口塞がれてるが、まあ余裕だな。

「よし、いこうか、漆黒」

「おうヨ!猫サンのお尻は任せるネ!」

「背中だからね?人前で間違っても間違うなよ?」

あと、別に二正面からきてるわけでもないのに、後ろ守る必要あるのか?


しかし、無意識にやってる対策が色々あるな。
ソロのイロハを教えきれるのはいつになることやら。

ちなみに中身は、そこそこのレア度の……『胸防具』だった。
やったーといいたいが……とっくに持ってるんだよなこれ……。

気合入れて買ったカードゲームのパックのレアが、全部ダブりだった気分だ……。
こういうのがあるから、あんまり空けるのにこだわってもしょうがないんだよな。







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皆やるとおもう
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ゴクリ……俺は、俺は、今、人生最大の葛藤に直面していた。

成功すれば、それは無限の富……。
だが失敗すれば、地獄へ一直線……。

ちょっとだけ踏み込む、という手はない。

やるか、やらないか。

0か、100かなのだ。

俺のLVは十分だろうか。挑戦は一度きりだ。
今回は低かったからもう一回。はできない。
失敗したら、未来永劫挑戦権はない。

あたりを見渡す。

誰かはいる……。街中だから仕方ない。
ここにこないことを祈るのみだ。
幸い、近くにはいない……。

ゴクリ……。

そして、手を……。


出せない……ッ!


くそっ!

こういうとき!ソロじゃなければ!
ソロじゃなければ、俺は救われてるのに!
たった一つの情報でいい!俺はそれだけでいいんだ!

でもソロじゃその情報を手に入れるのに生命をかけなきゃいけない!
ソロじゃなければ、まず手に入ってる情報なのに……。

一人になってから、おそらく一番、後悔したかもしれない。
もしこれがクリアできるなら、街中に恥と引換に残っても良いと思うほど。


い……けない!

くそ、俺はこんなにもチキンだったのか……。


葛藤すること、30分……。

ついに、ここに……店の中に、人が入ってきてしまった。

とっさに外にでて、隠れる。くそう……俺は、俺はチキンだ……。
窓の外から、こっそりと中を伺う。

だが、店に入ってきたそいつは、何も買う様子がない。
そして、やたらと周りを気にしている。明らかに挙動不審。
これから怪しいことをしますよといわんばかりだ。

まさか、こいつ……。

俺の想像をなぞるように、そいつは行動を起こす。

そろり、そろり……。
ギリギリまで、安全圏のギリギリまで、近づく。

そして、本当にギリギリまできたとき、ついに行動に移した!

(!!……早い!!)

俺の眼にもとまらないほどの速さで、奴の手が動く。
なんという高LV……しかも間違いなく敏捷極振りだろう。
超俊敏に、超高速で、神速の手が目標物に到達する。

そして、その手ががっしりと目標物をつかみ、すぐさま離れようとしたとき!

【警告を無視。ハラスメントフラグが立ちました。強制的に黒鉄宮へ転送します】

アラート音。そして、システムメッセージのあと、

        ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
NPC店員のおっぱいをつかんだ男は、華麗に転送されていった。


SAOにおいて、NPCは基本的にさわっても大丈夫なのだが、
そうすると変態はいるもので、いつまでも触りたいという奴もでてくる。
SAOは発散場所ないからね……。

だがそんな変態のためのシステムも万全。
長く触り続けるとアラートがでて体が不快な衝撃と共に吹き飛ばされる。
移動制限もあって、一定以上の距離を移動すると元の場所に戻ってしまう。
お持ち帰りしたいだの一緒に寝たいだの言う奴のための対策だな。


しかしさらなる変態もいる。何度吹き飛ばされてもいいから、触りたいという奴だ。
もしくはシステムの穴をつく。触る→離すを繰り返すのだ。アラーム中に離せば問題ないのだ。
ま、個人的には好きにしろと思ってるが……。

だが、何事にも例外はある。それが胸と尻だ。

ちょっと揉む→すぐはなす→を繰り返せば永久に揉めるのではと考えるのだが……。
この部位だけは、警告でるのが超早い。そして、対処も吹き飛ばしではない。
黒鉄宮にいきなりすっとばすのだ。恐ろしい。俺がいったら詰みだ。

警告→転送がどのくらい早いかというと今みたぐらい早いようだ。
つか今の速度だと、事故で転送されてしまわないか?
だが、事故で触ったときは大丈夫なのだ。何でAIは区別してるのだろう?
純粋に接触時間?奴もそう考えたのだろうか。
それは失敗したようだ。胸は異常に時間が短いのか。それとも即OUTなのか。


今の状況をみるに、ソロ以外の人らでも、NPC攻略はまだできていないらしい。
事故と故意をみわけているのだろうか。どうやって……?


それにしても、今の奴の空気は、歴戦の戦士がまとうソレだった。

もしかすると、NPCの服を突き破ってしまうのではないか?そんな迫力すら感じさせた。

奴は再び舞い戻り、また挑戦するのだろう。
AIである以上、必ず何かの隙はある……。



トライ&エラーを、奴は……いや、奴らは、それまで繰り返すのだろうか。


ふっ、俺ごときの情報力やLVじゃ、あいつには太刀打ちできないな……。
何の情報ももたない俺が攻略しようなんて、思い上がってたな。

身の程を知ったぜ……。


俺は誰もいない店の中を再度振り返り、いっそ清々しい気分で立ち去った。

これは、ある漢たちの戦いの記録。
それは誰にも記されることはない……。


イイハナシダナー?





――――――――――――――――――――――――――――――
暇な時間
――――――――――――――――――――――――――――――

「じゃ姫……もとい、猫サン、拙者は今日は上がるヨー」

「あいよー。俺はまだ狩ってくんでなー。あと次に姫って呼んだら殺す」

そして数時間後……。

――――――
――――
――


「……ふう」

今日もたくさん狩った。狩りも狩ったり連続12時間っと。
しかし……漆黒は俺が狩りしてる間、暇にならんのかね。

あいつはLVあげはそこそこついてくるけど、スキルとかは結構放置してるからなー。
正直俺のペースのほうが異常だから、別に好きなペースでやりゃいいとは思うが、
実際暇になると思うんだけどな。
俺と違ってあいつは街にいくけど、俺のいいつけどおり、あんま長居しないはずなんだけどな
(……あいつを長く街で買い物されると、余りにも簡単にカモにされそうでな……)。

あんまりあいつが暇を持て余すようなら、解散してもいいんだが……。
もうソロでやってけるはずだし。
漆黒がそれを言い出したことは一度もない。

……ふむ。今日はあれだな。
ちょっと狩りを中止して、漆黒を追いかけてみるか。
いつもはメッセージを送って、狩り終了を知らせているが、こっそり近づいてみよう。


キャンプ張ってあるところから、ちょっと移動したところでなんかやってるな……。

……さてさて。

――――――
――――
――

「ハァー!!牙突ゼロスタイルーッ」

「グハッ……コレホドマデトハ……」

「フッ……拙者の飛天三刀流に挑むには一昨日早いネ……。
 顔を磨いて腕を洗って出直してくるヨ」

「グヌヌ……だが、それがしのアバン流デンプシーロールが破られたわけでは無いネ!
 いつかお主の横っ面にカエルの小便を叩くヨ!」

「ヨカロー!だが、拙者はまだ3人分の変態を残してる事、忘れちゃダメネ!
 メイド喫茶のお土産に見ていくといいヨ!」

なんて嫌な残し方なんだ……。そう言いながら漆黒は懐からアイテムをとりだし、地面に叩きつける。
煙幕アイテム。数秒ほど、漆黒が煙でみえなくなり……。

「ヘシン!!」

今の間に装備をつけかえたらしい、漆黒が、コスチュームも新たに立っていた。

「コレで……私の戦争力は53万人分ヨ!人類は滅びるヨ!!」

「な……ナンダッテー!!!ノストラダムス!!!」

それを形容詞のように使うのはおかしい。名詞だぞ、何故か間違ってない気もするけど。

「まだ俺のターンは続くゼ!ドロー!パチモンスターカード!ビカチュウを召喚!ビ、ビガアア!アゥア!」

おいやめろ、それはいろんな意味で危ない。しかもそのパチモン、なんかヤク中はいってないか。

「甘いネ!モンスターボール!よっしゃア!バケモンゲットダゼ!」

おいバカ真実をつくな。確かに半分ぐらいはバケモンの域だけども!



……ハッ

気づいたら突っ込みを……いけない、このままでは声に出てしまう。

……俺はそっとその場を後にした。

――
――――
――――――


……うん。

まあ、いいんじゃないかな。
突っ込みどころが山を集めてさらに山をつくりましたぐらいあったけど、まあいいんじゃないかな。
あのままずっとみてたら、一つ以上の山脈ができてたね。まあいいけどね。

気づいたら突っ込んでたし。
毎度思うがあいつの間違い方は紙一重すぎる。ある意味間違ってないというかなんというか。
せめて声まででなかった俺を褒めてくれ。

既に分かってると思うが、上の掛け合いは全て漆黒の一人芝居だ。
うん、でも、まあ、俺が言うことじゃないよね。

あ、でもああいう変身ネタとかあるんだな……いやいや。見られたら恥ず過ぎだろ。

……でもあいつ、俺との修行差分の時間はトータルすると
何十時間も何百時間もあると思うが全部あんなことやってたのか……。

何百時間分もの一人漆黒ショー。

よく飽きないな……。いや、飽きないから漆黒なのか……。

あんなもん、もし人に見られたらどん引きされるぞ……。
でもあそこまで突き抜けてると、逆にずっとみたいような……みたくないような……。



少なくとももしずっと現場にいたら俺は突っ込みだけで喉が死滅するのは確かだろうな。

まあ、休みに何をやってるかの謎は解けた。うん、解けたけどさ……。

金田一のじっちゃん……謎は全て解けても、スッキリするとは限らないんだね……。
















でも、ストレス解消には結構よさそ……いやいや、ちっとも思ってないかんね。

――――――――――――――――――――――――――――――
第七話 「たまによくあるこんな一日」   終わり
第八話 「危うく死ぬところだった(猫視点)」 へ続く




[25915] 第八話 「危うく死ぬところだった」
Name: 数門◆50eab45e ID:3f0dd04b
Date: 2011/08/02 05:50
その日も、俺は悪夢を見た。


「ここが最終ボスか……いくぞ!みんな!」
(中略)
「エンダアアアアアアイヤアアアアア!」


――ガバッ


……夢か。
俺はいつこの悪夢から解放されるんだ……。

こういう時は狩りだ。狩りで気を紛らわそう……。







……ふう。

今日も半分ぐらいはノルマ終わったな。よしよし。
やはり気分転換には狩りに限る。

いつもどおり、レアモンスターを狩り、ひと通り周りの敵を掃除したら、
空に飛ばしたゴーくんの視界ジャックを行い、マップをサーチ。

「さて、レアモンスターはそろそろポップしてないかな……」

眼下に広がる真っ暗な闇。その中に、いろんな形のモンスターが存在する。
ここは高い木や岩に囲まれた荒野のマップ。
モンスターは自然動物タイプだが、象やキリン、サイやカバなど中型が多い。
うん、あいつらは中型になる。
ドラゴンとかがいる世界だから。大型ってのはああいうサイズ。

このマップの特徴は、とにかく広さだ。バカっぴろい。嫌になるほど広大。
SAOの広いマップは小山ぐらいあるのもあるしね。
レアモンスターがいるものの、遭遇するのは至難の業。
いや、レアに限らない。普通のモンスターも無駄に大移動するため、
モンスター自体は報酬高いにも関わらず、遭遇時間を考慮すると狩り効率が悪いマップなのだ。
ちなみにレアはもぐら型モンスター。DQでいうとメタル的なアレに相当する。
が、普通にさがすと見つけるのはかなり至難だ。地面に潜ってるし。
遭遇率はWeb小説で全く無条件で小説を読んでみたら、偶然神作品だった、ぐらいの率だ。
絶望的。

しかしそれも俺にとっては独占できる条件にしかならない。

真っ暗な視界のなか、オーラの形を読み取り、人を避け、モンスターをチェックしていく。
すると、奇妙なものが目に止まった。

(ん……?)

「どしたよ?猫サン」

一緒に狩りをしている漆黒が話かけてくる。

「いや……なんか、弱ってる人がちょっと離れたところにいる」

人……?
ここから少し遠い距離だが、人が戦っている。
いや、それ自体は問題ない。
問題は、その人物が全く場所を移動していないことだ。
ここのモンスターは突進型が多く、移動しないで戦うのは無謀。
なにより、オーラの光り方が弱い。
そして、ゾウ型モンスターのオーラと重なり、さらに弱くなった。
……しかも、周りにはさらにモンスターが集まっている。

もしかして……だが。

「これやばいかも……死にそう、かもしれん。麻痺とか」

「マジかヨ?どーすんだヨ?」

なんらかの事情で動けないとか。
確かにここに麻痺型モンスターはでる。
極稀に、木にハチ型モンスターが巣を作っているのだ。

周りが結構大きめの敵が多いだけに、つい見落としてしまうんだよな。

……ってそれどころじゃない。

本当に死にそうなら、決断しないといけない。

見捨てるか、助けにいくか。

どうする。見捨てても、デメリットはない。
助けに行った場合、名前を晒す可能性がある。
助けに行って心を傷つかせるなんて洒落にならん。

……って悩んでる場合じゃねえ。
人死なんて見過ごすほうがよっぽど精神にクリティカルだ。

「いや、いくぞ。細かいことは走りながら考えよう」

「アイアイサー!」

俺たちは既に駈け出していた。

漆黒だけいかせるという手もあるが……俺のほうが敏捷値は高いし。
時間的に見て、俺しか届かないということは充分にありえる。

……一応対策はあるしな!

名前を見せずに助ける方法を俺は既に、考案したのだ。
漆黒の事件からね。学習する男と呼んでほしい。


オーラの位置を確認し、爆速で走り抜ける。
一応、今のうちに対麻痺瓶も飲んでおこう。
漆黒にも注意しておかないと。

「あ、分かってると思うけど、くれぐれも言っておくけど、俺の名前と存在は絶対に出すなよ!
 ていうかお前自身もあんまだすな」

「えー……まあ、分かったけどヨー」

漆黒が意外そうにかつしぶしぶと頷く。

意外そうな顔してんじゃねーよ!言っといてよかったぜ全く。





――――――――――――――――――――――――――――――
     第八話 「危うく死ぬところだった」
――――――――――――――――――――――――――――――





瀕死のプレイヤーが視界に入る。

視界にフォーカスされたことで、標的の体力が映しだされる。

「おい漆黒。俺はモンスター始末してくるわ。お前はプレイヤーの保護と説明を頼むぜ。
 麻痺はとかなくてもいい。下手に追われても面倒だからな。
 回復させて適当に安全になったら、麻痺切れる前に切り上げて帰るのがベストだな」

「任せとけヨー!」

本当に大丈夫かな……。ちょっと高難易度な指示をだした気がする。
素直に回復させて即逃げしろのほうが……。

いや、悩んでても他に代案を指示する時間がない。
プレイヤーはかなりヤバイ、体力がレッドゾーンだ。
明らかにソロ。その上予想通りに麻痺。麻痺状態を示すカーソル点滅。

……ここからは、迅速さ、そしてコンビネーションが要求される。
漆黒に説明を任せるのは不安だが、万一を考えると俺自身がやるわけにもいかない。
俺はバレたら外こもり加速するが、漆黒自身はあいつはバレても気にしないしな。
俺の役目はモンスター排除……。

まずは……あのゾウもどきの排除だ!

プレイヤーのほうは、あと、1,2発で死んでしまう!

フードを深く被り、俺も突進する。

間に合えよおおおおおおお!


(うおおおおおおおおお!)


「アクセラレイド・パニッシュ!」

ドッカァアアア!!

十分な加速をつけた、槍の一撃が横腹から突き刺さる。
速度が上がるほどに威力が増すそれは、高いLVもあいまり、耐久度だけは高いここのモンスターであろうとおかまいなしに
モンスターごと体力を一気に全部吹き飛ばし、当座の危機を救う。
フッ、加速しながらもピンポイントで一点を貫かないと効果が薄いから結構難しいんだぜと自画自賛。

だが、周りにはまだたくさんのモンスターがいる!
プレイヤーからは絶対に顔を見られないよう、背中を向け雑魚を掃除しはじめる。
ま、プレイヤーを守ろうとすれば自然とこういう配置になるけどね。

サイが数体か……ゾウすら一撃で粉砕する俺の火力の前では甘い。
大体、モグラを狩りにきてるんであって、俺の適正LVはここをはるかに超える。


戦いはすぐ終わった。


よし……あとは俺がダッシュで立ち去って、漆黒の説明と帰還を待つだけだな。

待つだけなんだが……。

チラリと漆黒を見る。俺より敏捷値の遅いあいつは、ようやくこの場に追いついたらしい。
プレイヤーも漆黒のほうに視線を移したようだ。

……気になる。

立ち去る振りして、ちょっと話を聞きに行くか……。

俺は木に寄りかかってるプレイヤーの後ろの方へ交差するようにダッシュで立ち去る……とみせかけ
隠蔽スキルを最大限にいかし、こっそりと再び彼らの近くの茂みまで戻る。

あっちからは隠蔽スキル&茂みで見えず、音も結構届かないはずだ。
逆にこっちは聞き耳スキルのおかげで割と届く。

しかし、俺とフレンド扱いになってる漆黒が早速俺に気づく。
フレンドは同じエリアにいればマーカーでるからね……。

「あれ?猫サン、帰るはずジャ……」

(うわ!バカ!やめろ!お前がちゃんと保護するか見にきただけだ!
 俺には一切話かけるな!視線も飛ばすな!)

焦ってWisメッセージを飛ばす。

「猫?」

うわ、この声……。女プレイヤーか。俺の位置からじゃ顔みえないんだよな。
男装……というわけでもないけどズボン系装備だから気づかなかったぜ。
最悪だ。もし俺の存在がバレたら、男以上に俺を拒否し、蔑んだ目でみるだろう。
嫌だ……俺にM属性はないぞ。

「いや、何でもないヨー」

「そうか……いや、ありがとう。危うく生命を落とすところだったよ」

「いえいえ、どういたしましてだヨー」

「本当に助かったよ。さっきの彼も君のPTメンバーか?」

「そんなのいなかったヨー」

「いや、君の目の前にいたプレイヤーだが……」

「きっと幽霊だヨ」

「いや、現にモンスターが彼によって倒されてるんだが……」

(おい、存在を言うなってそういう意味じゃねーよ!
 明らかに見えてるものをいないっておかしいだろ。訂正しとくんだ漆黒)

「ゴメン、やっぱ生き返ってたヨ。その人は実在したヨ!」

そういう訂正じゃねぇ……。
でもこれ伝えたら、またやっぱり死んだヨとかいいそうだからやめておこう。

「……まあいい。彼の名前はなんていうんだ?」

「そ、それは言えないヨー」

あ、バカ。

「言えない……知らないんじゃなくてか?やはり知り合いなんじゃないか?」

やっぱり突っ込まれてるし……。この女バカじゃないな。

「そ、そういえばどう呼べばいいか聞いてなかったヨー。どういうんだヨ?」

その場で声をあげるな!くそ、確かに代替名を伝えなかったのは俺のミスだったか。
しかしWisで声を届けるオンリーというのもややこしいな。

「……ふむ、浅い仲なのか」

あ、でも勘違いしてくれたかも。ラッキー。
でも、絶対何らかの関係があることはもう確定してるだろな……。隠すだけ無駄か……。

「で、なんという名前なんだ彼は」

(漆黒、もういいから、なんか適当に名前あげとけ。
 ありえない名前なら……いや、ありえない名前のほうがいいから。
 俺が絶対に選びそうにないやつな!)

「え、えっと……『漆黒闇聖闘士†炎の吹雪(FireSnow)』だヨ!超カッチョイイていってたネ!」

「ブハッ」

このタイミングで吹くのをこらえた俺はマジ奇跡。俺の腹筋が危うく死ぬところだった。
ちなみに上の吹いたのは女のほうだから!

つーかおい、ふざけんな!
確かに俺が絶対に選びそうにない名前だし、おもいっきり
「ありえない」ともいった前科がある名前だけどそういう意味じゃねーよ!

しかも超カッコイイと思ってるという設定まで付属されてしまったぞ。
俺の黒歴史が勝手に追加されていく。

(おい、漆黒、その名前だけはやめろ。おかしいだろ!)

「サイコーなのに……」

(お前にとってそうでも俺に取っては違う!)
「そ、それは本気なのか……」

「勿論だヨ!すげーカッチョイイヨ!本気だヨ!」
(そっちの本気をきいてるんじゃないから。というか意味合い的には正気かという意味だ)
「そ、そうか……変わってるな……」
(おい、女が納得しかけてるぞ!今なら間に合う、その名前を訂正するんだ)
「いや、そういえば『†』は前と後ろにもついてた気がするヨーそっちのほうがさらにかっこいいカモ?っていってたかモ」
(そういう訂正じゃない!お前の名前付けの装飾はあれで充分だ!)
「いや……私にはちょっと……なんだそのセンス……」
(ほらどん引きしてんじゃねーか。
 つか女もそこは食い下がれ!諦めるなよそこで!
 なんかなしくずしに確定してしまったじゃないか!
 あ、でも間違ってはいないのか?)
「ちなみに……君の名前はなんというのだ?」

「ちょ、ちょっと色々しゃべりすぎヨー!セッシャは阿修羅じゃないヨー。切っちゃうネ!」

(あ!おい!そこは聖徳太子だろ!)

阿修羅も確かに顔三つあるし、似たようなことできるだろうけどさ!
つかやべ、Wis拒否モードに入りやがった。確かに二重音声で会話なんて無理か。しまった。
やばい……漆黒がコントロール不可能になってしまった。大丈夫だろうか。

「そんなに畳み掛けたか……すまなかったな」

「いやいや、気にしないデいーヨ」

「で、あらためてきくが……君の名前は?」

「お尋ねモノは自分から名乗るのがマナーネ!」

そんな便利なお尋ね者がいたら、警察も楽でしょうがないな。

「……私はお尋ね者ではないが、まあいい。
 私の名前は、桜花(おうか)という」

桜花(おうか)ねえ……聞いたことある気が……あるような、ないような。うーん、やっぱ知らないな。
多分漆黒も知らねえだろうな。

「おうか……ならば……貴様らに名乗る名はナイネ!」

……漆黒。それは、悪人相手の名乗りだ……。
その上、相手は一人だ……。
もう一つ突っ込むなら、自分の名を隠すぐらいなら、俺の名を隠して欲しかった……。
いや、隠れてるといえば隠れてるけど。

「……私の事を知ってるのか?」

「答える義務はないヨ」

女、良い事を教えてあげよう。
漆黒は「ならば」といったが、意味なんて絶対無い。
本気で知らないと思うぞ。

「いや、お礼もあるし、是非教えて欲しいのだが」

「フッ……もう二度とあわない者にかヨ?」

おい、言い方が物騒なんだが。
確かに二度と会うつもりはないけど。その言い方は誤解を招く!
女が今にも死にそうなだけに。
ていうか、回復してあげろよ。俺も指示がのびのびになってたけどさ。

「……。私に、何かするつもりか?」

ほら、なんか空気が剣呑になったぞ。無理も無いけど。
女も、現在進行形で麻痺中でしかもHPがレッドゾーンということを思い出したらしい。
俺はこめかみを片手で押さえる。なんか頭が痛くなってきた。

「フフ、当然ネ。しびれて動けヌ女性を男が見かけたら、することは一つネ」

先生!頭痛が痛いです!クラクラしてきた。誰か俺を助けてくれ。
ああ、間違ってない。確かに間違ってないが、間違ってる。
きっと漆黒はヒーロー的意味でいってる。でも日本語は難しいんだ!

「ほう……どうする気かな?」

「もちろん、すぐ楽にしてやるネ。天国いっちゃうかもヨー」

誰か通訳を!
漆黒の日本語を日本語に通訳する人を呼んでください!
どうみても変態的意味にしか聞こえない。
ヤバイ。空気が重すぎる。ただ回復して保護するだけなのになんでこんなことに。

「知らないのか、私に触れればハラスメント警告がでる。
 いくら麻痺といえど、手首ぐらいは動くぞ」

「出ないようにする方法なんて、いくらでもあるヨ。
 抵抗は無駄だヨー。諦めるヨー」

そうだ、こいつへの抵抗は無駄だぞ。いろんな意味で!

「……くッ。おのれ……変態め……」

「変態じゃないヨ!仮にそうだとしても、紳士でもあるヨー」

つまり、変態と言う名の紳士だな。間違いない。
いや、漆黒がやろうとしてるのは間違いなく普通の紳士的行為だが。

「そういや、どうして自力で回復しないんだヨ?」

ほう、漆黒にしては良い事を聞く。確かに気になるところだ。

「マゾか何かかヨー」

所詮は漆黒か。見直した俺がバカだった。
いいか漆黒、マゾは褒め言葉じゃないぞ。あとで教えてやる。

「まあそういう人は慣れてるけどヨー」

いや今教えよう。コイツを殺すことで。
「誰で」慣れてると言いたいんだおい。

「それこそ、私が答える義務は……」
「あ、分かった!あの遠くにあるアイテム袋だヨ!きっと使おうとして吹っ飛ばされたとみたヨ!」
「くッ……」

うお、こういうときだけなんて無駄に勘のイイヤツ。
おそらくそれで正解だ。
女のほうは知られたくなかっただろうなあ。命綱が……。

漆黒は、そのアイテム袋を拾いに行き、拾って戻ってきた。

「フッフッフ、これで謎は全て解けたネ。じゃあ、お待ちかねの時間ヨー」

「もう少しで、私のギルメンがくるぞ……」

女が脅す。だが漆黒は気にしない。俺は気にする。

「関係ないヨー」

サクリ、サクリ。
漆黒がゆっくり歩いて近づいてくる。
女が、なんとか手を伸ばして触ろうとするが……。

「邪魔しちゃダメヨー」

漆黒はするりとかわし、女の胸元へ手を伸ばす。
そして。

「ヒール!!」

回復結晶を使った。……ふう。やっと使ってくれたか。
もとより危険は排除しおわってたけど、これでとりあえず一安心だな。

「……え?」

「はい、これ袋だヨー。もう落としちゃダメネ。誰かのようにきつく縛りプレイしないトー」

「……は、あ、どうも……」

女はポカーンとしていたが、ようやく状況をつかめたらしい。

自分のHPバーやアイテムを見比べる。
HPは全快。麻痺も回復。アイテム袋も手元に。
っておい、漆黒の奴、全回復結晶を使ったのかよ!麻痺も治ってるし!
麻痺だけはどうせもうすぐ直るし残しておいても問題ないのに。逃げやすいから。

「……あー。助けて、くれたのか」

「拙者は武士だからネ!」

親指をたてて返す漆黒。
それはいいが、さっき紳士ゆーてなかったか。

「あーなんだ……。いわれてみれば、ああ……。
 そういうことか……」

「頭おさえてどうかしたヨ?頭悪いかヨ?頭おかしい?頭大丈夫かヨ?」

「……」

悪いのはお前の頭で、おかしいのはお前の日本語で、色々大丈夫ではない。

あ、なんか女のほうから、こいつは真面目に相手するだけ無駄かも、っていうオーラを感じる!
その直感は正しいぞ。
できればもっと早く気づくべきだった!


「……まあ、いい。うん。ありがとう。お礼をせねばな」
 
「ハッハー見返り美人カヨ?そんなの武士の情け無用ネ!」

見返り美人はそういう意味じゃないぞ、漆黒……。

「そうか……。さっきの彼も同じということかね?
 漆黒闇聖なにやらという名前ということだが……」

「シャイなんだヨー」

おい。まあ間違ってない……のか?

「美人の女の子には特に弱いんだヨー」

確かに弱い。弱いの意味が違うけど。蔑み的な意味で。
というかあの女の子は美人なのか。俺の茂みからじゃほぼ真横だし遠いしで見えないが。

「ほう……おだてても何もでないぞ。
 人前にでれない理由ならいくつか想像つくが……
 まさか、良く見えなかったがオレンジ(犯罪者カラー)かい?」

「まだ違うヨー」

おい、『まだ』はいらないだろ。未来永劫ねえよ。
お前を殴ってなる可能性以外。

「彼は名前の通り闇に生きて闇に死ぬ定めなんだヨー。
 ミステリアスな拙者と同様、何も聞かないでほしいヨ」


俺がどんどん痛い子になっていく。
いやこの場合、漆黒が痛い子になっていくのか?女視点的には。
まあそれならいつものことか。

「ふむ……まあいいか。それより、少し話し相手になってくれないか?
 私もソロでね。ちょっと退屈していたんだ」

「おー……?
 うーん……。まあちょっとならいいけどヨー」

……え?
あれ、そういやさっき、ギルメンくるとかなんとかいってなかったか。
ちっとゴーくんで周りを見てみるか……。脅しだとおもってたが……。

ゲ。

なんか4人ぐらい固まってきてるぞ。こっちに見事に一直線に。
これギルメンじゃね?これだと後……数分で到着するな。
まずい。漆黒を4,5人もに囲ませたら、いや、このまましゃべり続けるだけでボロをだしかねんぞ。


なんだかんだで用件も済んだし、撤収させるか。

……女は、未だに木によりかかってるな。

よし。

俺はダッシュで木の後ろに素早く、かつ迅速に位置取る。
同時に、ロープをポーチから引きずり出し、女を木に縛り上げる。

「!」

女がびっくりしてるうちに、次はスカーフだ。
目隠しするように、頭に巻き付ける。
女がもがく。ほんの少しの時間で縄が耐久度を使いきりちぎれるだろうが、それで充分だ。

「あ、ねこ……えーと、超カッコイイ漆黒さ……」
「黙ってろマジで。去るぞ」

漆黒の腕をつかみ、全力で爆走。
来たときと同じように、俺達は一瞬でその場を離れた。


――――――
――――
――



……むう。

私は後悔していた。

「逃がしたか……。まさかまだ近くにいたとはな」

縄を引きちぎり、スカーフを取り外す。
1分程度で終わったが……。

だが、余りにも致命的な一分だった。
何か彼らが会話したと思ったら、そのまま足音が遠ざかり……。
そして、自由になったとき、視界には何もなかった。


油断した……。そう黄昏る私に、また新たな足音が響く。
それと、温かい声と。

「おーい、無事かー!」
「桜花サーン!無事でしたかー!?」
「桜花ちゃーん!」
「桜花……!」

「リーダー……、みんな……ああ、無事だ」

「もう、メールも全然返事ないしー心配したんですよ?」
「ほんとだっつーの」

「悪い……。実際、本当に危ないところだったよ。人に助けてもらわなければどうなっていたか」

「マジかよ。あぶねーなあ」

「ああ。ただ、その人達はろくに名も告げず何も受け取らず去ってしまってな。
 相当高LVというぐらいしか分からない。だが私としては、是非捕まえて礼をしたい」

「何、そういう時のための、俺らだろ。それに、大事な嫁のためじゃん?頑張るのは当然よ」
「そうです!そういう人にはお礼しないと!そのための私たちのギルドですよ!」
「そうだよ。桜花ちゃん、私もさがすよー」
「探す……」

「すまんな。でも、リーダー。こんな時ぐらい、気を抜いてもいいんだぞ」

リーダーにはいつも負担をかけるな。我々全員がもっとしっかりしてればいいんだろうが。
こんな死の危険を感じるようでは全くダメだな。

「違ーよ、こういう時だからこそじゃん。いざというときは、普段がものをいうのさ。だから嫁さんよろしく頼むぜ」

「分かったよ。我らが旦那様、じゃあ、是非協力を」
「ふふ……頑張りましょう、桜花さん。旦那様」
「旦那様……と」

「おう、我ら『情報ギルド』<<ヴァルキリア・ナイツ>>の権威にかけて!探してやるじゃんよ!」


何、あれを一撃で倒す強さとなると、攻略組クラスに限られる。しかも上位層。
さらに両手の長槍使いとカタナ使いのコンビとなれば、もうほぼ特定といっていいはず。
一応片方の名前も聞いたしな。身長も両方大体分かった。
その上、あの妙なウザさだ。きっと目立つ。

そう難しい仕事にはならないだろう。

情報ギルドは貸しを作ることは好きでも、借りを作る事は好まない。早めに精算しておこう。
それが、私たちの生き方なのだから。





――――――
――――
――


「ヘックシッ!」

「ど、どうしたヨー」

「いや、なんか悪寒が……」

「ホームシックかヨー」

「ちげーよ!そのおかんじゃねえ。いや、おかんはきっと噂してると思うけど。
 それで悪寒は覚えねえよ」

そーいや、家はどうなってんのかな。
頼むから、ゲームネームが現時点で分かってるとか無しでお願いします。
そんなんが伝わってたら、家に帰ってからもデスゲームが継続されてしまう。

「ちょっとあんた、おはなしがあるんだけど……」


い、嫌だ!名前について家族会議なんて死んでしまう!
はっ、さっきの悪寒はもしやこれか!?
ああッ、忘れたいのに勝手に黒歴史が色々追加されていく!

あーまた悪夢の種類が増えるナリィ……。
誰か助けてくれ……。



――――――――――――――――――――――――――――――
第八話 「危うく死ぬところだった」 終わり
第九話 「目と目があう瞬間」    へ続く



[25915] 第九話 「目と目が合う瞬間」
Name: 数門◆50eab45e ID:3f0dd04b
Date: 2011/08/02 05:50
「おらっ、出てこいよ!!」

ガンガンッ!

ロッカーを蹴り飛ばす音があたりに響く。

イジメっ子ってのはいつの時代にもいる。
そいつはいつも弱者を探してる。

ロッカーに隠れた、いじめられっ子を外から蹴飛ばして脅すなんてなんでもない。

他の人は見て見ぬふり。

だってロッカーの中にだれもいないかも知れないし、
誰かいたとしても、それを邪魔すればターゲットは自分に来る。

だから蹴り上げはずっと続く。

ヒドイ話だ。

俺は、今の事態を振り返って、そういう事を思い出していた。







――――――――――――――――――――――――――――――
     第九話 「目と目が合う瞬間」
―――――――――――――――――――――――――――――





人間、どんなに願っていても、誰しも完璧になんて動けない。

判断ミスは誰にでもあるし……気が抜ける時もある。

不運が当たるときもある。

そして、両者はここぞってときにタッグマッチを組んで、襲ってくるんだ。

俺はまさにそれを思い知った。




ひと通りの戦闘を終わり、準備をこらしてから宝箱を空ける。


「んー強くなったから降りてきてみたが……あまりいいもん無いな」

「ホントだネー。関東の味噌汁のようにショッパイヨー」

全くだ。西育ちの俺からするとしょっぱすぎる……。それはいいとして。

「所詮は低層か。なんとなくわかってはいたが、低層で宝箱あらすより
 上位でモンスターのレア素材狙ったほうがいいな」

「せっかくダンジョンきたのに残念だネ」

「この階層にしてはいいものが拾えたけどな。来るのが遅すぎた感はいなめんね」

「まー数だけはたくさん拾えたから、お金にはなるヨー。
 それよりもう拙者も猫サンのおかげで中がパンパンヨー。そろそろスッキリしにいこうヨ」

「まさに荒らしたって感じだな。あとそのホモ臭い表現はやめろ」

一応いっとくが、アイテム袋がいっぱいだから売りに行こうという意味である。
俺は断じてノーマルだ。漆黒もだと思うが……。

「さて、帰るか……って、げっ。面倒くせーな」

「どしたヨ?」

「……。正面から別PTがくる。かなり飛ばしてる。俺らがモンスター倒しすぎたせいかな……。
 阻むもんがないぞ。こいつら罠警戒とかしねーのかよ」

罠も解除済みだけどさ。クソ。

「じゃあなおさらさっさと帰ろうヨ。『転移!ミッドガルド!』だヨ!……あれ?」

「あれじゃねーよ。さっきここは結晶無効化空間だって確認しただろ。転移結晶はつかえん。
 どーすっかな。行き止まりの大広間だし……しょうがない。
 通路は多分普通の空間だからそこまで移動して使うぞ」

「合戦装置の助ヨ!」

なんてはた迷惑な装置だ。





「ここまで来れば多分安心ネ」

「おう。あいつら、もうすぐそこまできてる。とっとと行こうか」

『転移!ミッドガルド!』

漆黒がワープしたな。よし、じゃ俺も……。

その時だった。俺を地獄に引きずり込むアクシデントが起きたのは。


はっきりといおう。
この瞬間。俺は気を抜いていたことを認めざるを得ない。
ゴーくんで迫り来る人間PTばかりみてて、
ソレ以外の事ははっきりいって、頭の外だったのだ。
ゴーくんの視界ジャックを行うときは、眼をつむるから
本体の周りの観察に関してはおろそかになるという弱点がある。
それが、今牙を向いたのだ。


俺が結晶を取り出した瞬間、その瞬間と、
俺に触手のようなものが絡まる瞬間は同時だった。

「うおッ!」
                                ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
そう叫ぶのと同時、からまった触手が一気に俺を……部屋の中に引き戻す。

「ゲェッ!」

しまった!そういえばこのエリア、そういうタイプの触手型モンスターが……!
蔦自体の拘束力はさほど強くない。
俺の筋力パラメータをもてば……ほらこのとおり、すぐ引きちぎれる。

そしてその返す槍で、俺を引き戻してくれた阿呆触手を瞬殺する。
雑魚が。

男の触手プレイなんて、一行すらも描写することを許されないんだよ。

しかしヤバイ……部屋の中にポップしたモンスターを完全に無視していたぜ。
どうしようか。今からだと多分通路に戻るのは間に合わん。


状況を整理しろ。

ここはだだっ広い真っ白な部屋。
遮蔽物は何一つなく隠れづらい。
俺と漆黒が開けたでかい宝箱が6個。
通路にいくには間に合わない。
通路自体も狭くてすれ違えない。
転移結晶は、結晶無効化空間で使えない。
6人だかそこらかのPTはもう今すぐにもくる。
俺はどうしても見つかりたくない……。

冷や汗が背中を伝う。ヤバイ。
悪夢が現実となるのか?

彼らの到着まで後11秒……10秒……9秒……。

どうする……。

7秒……

どうする?

5秒……



――――――
――――
――




「うお……もう最後かよ」

「ねえリーダー、このダンジョンおかしくない?」

「確かに……。モンスターが少なすぎるし、罠もないし」

「まあそれならそれでいいじゃん。とにかく探索終わらせようぜ」

「おお、宝箱6個もあるじゃん」

彼らが部屋に到着したようだ。
ろくに戦闘もなかったのか、気の抜けた会話が聞こえる。

俺は自分の隠れたところがバレないように、ひっそりと気配を消しつつ周りを探る。

「ねーちょっと提案があるんだけどさ」

「なんだよ」

「この宝箱、丁度6個あるじゃん?で、俺たちも6人。
 ここは運試しもかねて、一人一つって担当にしねえ?
 でてきた宝がそいつのものってことで」

「ほー面白そうだな」
「でも危なくない?」
「ここ今まで全部の宝罠なかったじゃん。平気でしょ」
「俺は乗った」

馬鹿かこいつら。それは俺らが解除してきたからで、罠はあったぞ。
そしてしょぼい中身なのは、アイテム持ち過ぎてて、
とらなかったりいらないのから入れ替えておいたからだ。

てゆーか帰れ!
あけずにそのまま帰れ!
そういいたいが、まあ無駄だよな……。

「でもでもさ、その分ここだけ凶悪なトラップあるかもしれないぜ?
 元々LV上げにきたはずだし、あけずに帰るという手も……」

そうだ!いいこといったぞ誰か知らないけど!
万一を考える。デスゲームではとっても重要だぞ。
万一を考えなくて、色々今ピンチになってる俺がいうから間違いない。

「む……じゃあ、お前はそーすればいいじゃん。俺はあの右端をもらう」
「俺は真ん中だな。王道で」
「俺も真ん中で。右目の奴」
「裏をかいて一番左」
「左から二番目で」
「う……じゃあ、俺も右から二番目でいいよ」

おい負けるなよあっさり!これが数の暴力か……。

「よし、じゃせーので開けるぜ」

馬鹿かこいつら。せめて全員で警戒しながら1つ1つ開けろよ。
いや、そんな場合じゃねえ。

「「「「「せーの!」」」」」

ガパパパパっ

「空だ……」
「カラです」
「なんもねー」
「空っぽだ」
「同じく」
「なんだよ全員空かよ。荒らされた後か……」

「いや、全員じゃない。俺はあかねえ……」

「え?」

彼らから見て、おそらく右端の奴だけが違うことをいう。


「なんだこの宝箱。取っ手を掴んでんだけど、くそッ!全然あがらねえ!
 俺結構筋力パラあるはずなのに!」

「鍵開けてねえとかいう落ちじゃねえの?」

「バカ、どーみても鍵部分なんてねえだろ。普通の宝箱だよ。つか、一瞬は浮きそうなんだけど……ッ」

ふぬぬ、と声がでそうなほど歯ぎしりして蓋を持ち上げようとする男。
残念だが、その宝箱は君では開けられないし、あけられるわけにはいかない。
なぜなら……。


俺が中から押さえつけているからな!


むぐぐ……。と言いたいのはこちらのほうだ。
中から抑えるのは大変なんだぞ!

やはり宝箱に飛び込んだのは判断ミスだったのか!
でもでも、あの状況ではここしか隠れる場所なかったんだ!

「だ、駄目だ……重い……」
「本当かよ……。じゃあここは斧使いの俺が……と、ふんッ!!」

ふぬぬ。あけさせんぞ……。

「き、きちぃー!無理だってこれ!」

「まじかよ……。でもさ、ここまでかたいってことはさ。
 もしかして、中身は超レアなんじゃね?」

超レアなのは間違いない。俺は少なくともみたことない。

「そうだよ、なんとしても開けようぜ!」
「他の宝がしょぼいのは、この宝があるからだっつー感?」

全部しょぼかったよ!俺からみてだけど。

「よし、じゃあ次は二人がかりでやろうぜ」

おいやめろバカ。1:1で負ける自信はないが、複数はヤバイ。

「オッケー。じゃあいくぜ」
「あいよー!」

やだーやめろー!

「「ぬぬあああああ!!!」」
(ふおおお!!!!)

「び、びくともしねえ……」

はぁはぁ……。良かった低LVで。そうだ。びくともしないから諦めろ。

「もしかして、どっかにスイッチとかあるんじゃねえの?」

その発想いいぞ!はやくこっちから立ち去れ!

「でもそれっぽいもんねーし……。とりあえず、全員でトライしてみねえ?
 そっから考えようぜ。何、力づくでやれば大丈夫だって」

クソ脳筋が!その筋肉でなんとでもなる考えをやめろ!
いくらこいつらが低LVといえど、全員は流石にやばいから。

「OK、全員だな。よしいくぜ、せーの!」

「「「「「「ぬりゃああああ!!!!」」」」」」
(ふおおおああああ!)

ミシミシ……と力が衝突しあう音が響き、蓋が、無残にもちょっとだけ上がっていく。
ヤバイ!ヤバいですよ孝則さん!
漆黒ー!助けてくれー!でもきっとアイツのことだから、寝てる気がする!

このままいくと、皆の超期待の視線が集まる中のオタク降臨となってしまう!
嫌だ!俺が考えてたバレるパターンの中に、こんなに酷いパターンはなかった!
超合金ガンダムの箱をあけたら、コレジャナイロボがあった時を超える衝撃!

「コレジャナイ……」 今から周りの方々の視線が予想できる!

負けるわけには……いかない!

そう思った時だった。

ちょっと開いた隙間を見ていたら、丁度、あちらにも眼が出現した。

「うあああああ!!」

バタン!

蓋が閉じる。
……。嫌な予感が。

「おい、急に離すなよ!」
「そうだよ、開きかけてたのに!」

「ち、違う……違うんだ……」
「何がだよ」

「中に……中に、なんかいた!」

「なにそれこわい」

俺も怖い。

「見間違えじゃねえの?お宝だろ?」
「いや……間違いなくいた。眼が……眼が合ったんだ!
 あれはきっと……」

ヤバい。その推理をやめろ!もし推理できたらそのまま事情を察して立ち去れ!

「あれはきっと……妖精だ!」

……は?

「きっと、閉じ込められてるんだよ。宝の妖精が。それで、救出を待ってるんだ」
 
おい、なんだその発想は。

「いやいや、なんだよそれ。普通に考えりゃ、モンスターじゃねえの?ミミックとか」
「それだったら、夢も救いもねーだろこのダンジョン。きっと妖精、そして助けて大財宝だって。このゲームはそういうところはきっちりしてるって」
「モンスターがでて、それを倒せば財宝ってパターンじゃねえの」
「それだったら、簡単に開くだろ。開かないってことは閉じ込められてんだよ」
「いやーそれでもさー」
「俺は見たって。一瞬だけど、あれは俺に何かを訴えかけてたって!」

それは帰れ!って訴えたんだよ!

開けてくれなんてメッセージは何一つこめてないぞ!
くそ……これがストーカーの論理か。
目と目があっても意識が通じるとは限らないな。

「開けりゃはっきりするだろ。とりあえず、戦闘には移れるようにしとけよ。
 さっきのペースなら、全員が気をぬかなければ開くはずだ」

「リーダー……。確かにそうだな。開ければいいんだ」

良くない。帰れ。開けるな。

「俺は妖精を信じるぜ。きっと姫のように美人だって」

妖精じゃねえ。姫だけはあってるが。不本意ながら。

「俺はモンスターにかける。当然ミミックタイプだろ」

ある意味モンスターで間違いない。哀しさを背負ったタイプ。


って突っ込んでる場合じゃねえ!

どーする、どーする、さっきの調子だとあいちゃうぞ。
流石に6人分の筋力パラを上回るのは無理だった。

あいつらの言ってる振りするか?
ミミックにみせて、攻撃しはじめてどさくさで逃げるとか……。
でもこんな事が理由で襲いかかるとか……。
しかし、妖精というのは……いや、しかし……。


「よし、開けるぜ。武装の準備はいいか!」

良くない!
駄目だ。もう、時間がない、かくなる上は……ッ!

カチャカチャ……と整える音が聞こえる。
そして……。

「いいぜ。リーダー」
「よし、じゃあ開けるぜ……。せーのッ!!!」


「「「「「「ちぇりゃあああああああ!!」」」」」」」」
(エンダアアアアアアアアアイヤアアアアアアアア!!!!)

だ、駄目だ……少しずつあいていく……。
さながらホラー物で押入れに隠れた人のところをゆっくりあけるよーに扉が開いていくッ!
やるしかない、あれをやるしかないッ!


そして……!



カパッ


――――――――――――――――――――――――――――――



「あ、開い……」


ジャララララッ!

色々な装備品やアイテムの中から、立ち上がる音。

その中に立つのは……顔をスカーフで覆い、全身を羽つきの純白の鎧で包んだ者。
皆が、敵か味方か迷う矢先、そいつが先に口を開いた。

「私は宝の妖精……解放してくれてありがとう。
 そこにあるものは、謝礼です」

ポカーンとしてる皆をよそ目に、その妖精は、恐ろしい跳躍で一気にPTの頭上を飛び越えていく。

「私をおってはいけません……では」

そういうと、凄まじい速度で、そいつは駈け出して部屋から出て行った。

三拍ほど遅れて我を取り戻した隊員があとを追ったが……
通路にはもはや影も形もいなかったという。

だが……。

「あ、これ!見てくださいよリーダー!中身!」
「うお、これすっげえ!レアとアイテムづくしじゃん!すげー!すげーよこの財宝!!超超超超当たりっすよ!」
「ほらいったじゃんって!俺の言うとおりあれは妖精だって!」
「あれ妖精なのか……?なんか可憐って風ではなかったが……鎧だぞ……」
「ソードアートだぞ!?むし鎧で当然だろ!じゃなきゃ、このレアアイテムの山をどう見るよ!」
「それに自分でそうだっていってたじゃん」
「ううむ……確かに……」
「すげー!すげーよ!こんなレアイベント聞いたことねえ!きっと俺たちが初めてだぜ!」

「うーん、まあいっか。じゃ、今日はこれで帰ろうぜ!打ち上げだ!」
「ヒャッホー!きたぜー!今日は派手に使おうぜ!」
「あー俺ら超ラッキーだな!周りの奴らくやしがるぜー!」

「おう……感謝しようぜ!宝の妖精に!」


――――――――――――――――――――――――――――――


その頃……。

俺は、一人、ある場所に佇んでいた。


ひどかった。いろんな意味で。
色々精神にダメージを負ったし、財産も大ダメージを受けた。
漆黒は寝てた。

なんでこうなっちまったんだ。
きっと、このSAOにログインしてから数多の人が思ったであろう感想を、
俺は再度噛み締めることになった。

でも、あそこはああするしか無かったと思う。PKなんて論外だし。
かといって、事情説明も哀れみの視線も死んでも嫌だ。
そのまま逃走したって、結局プレイヤーだと思われるのは変わらない。
あの妖精設定になりきるために、俺の持ってる、あのダンジョン以外で得たレアも大分置くはめになってしまった。
おかげで赤字どころじゃ済まない被害だ。


まさに○的ビフォーアフター。
匠の手にかかれば、空っぽのゴミのような宝箱もご覧のとおり。
レアドロップの山と化すのです!


さらに匠の手腕は続きます。

匠にかかれば、ロッカー(宝箱)に引きこもったオタ人間がご覧のとおり。

なんということでしょう。

羽を持つ純白の鎧に身をつつんだ、宝の妖精(笑)に!


……あの装備、もう二度とつかえねえな……。天使っぽくて綺麗だしサブとしてたまに着てたんだけど。


あれが成功したのか、失敗したのか、その結末を知るすべは俺にはない。
知りたいとも思わない。


ただ一つ確かなのは、俺にまた新たな黒歴史が一つ、増えたってことだけだ。


ああ、それにしても。



ここは良い。

精神が癒される。

モンスター以外、滅多に誰もいない。

静かで、暗くて……なんて落ち着く場所なんだ。


この……墓場フィールドは。


……うむ。かなり長い間ここにいたからな。

俺の原点というべき場所だ。

相当長い時間、ここで人目を隠れてたからな。信頼と実績の墓場。


癒される……。


人として間違った方向に行ってる気がするが……。

今はこの、人生終わった人こんにちわ的な空気が。
この寂寥感が、孤独感が、俺を逆に癒してくれる。


長く辛い戦いだった……。



どんなときも油断してはならない。


俺は、大切な何かと引換に、それを覚えたのだった。

なんということでしょう……。










――――――
――――
――




一方。ある開発者の話。

(……。そんなもの設計したかな……?)

宝の妖精なるものがでて、低層PTが上層レアをしこたまゲットしたらしい。
そんな噂に盛り上がる自分のギルメンをみて、
彼は一人、そう記憶を探るのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――
第九話 「目と目が合う瞬間」      終わり
第十話 「ゲームはクリアされました」  へ続く



[25915] 第十話 「ゲームはクリアされました」
Name: 数門◆50eab45e ID:3f0dd04b
Date: 2012/02/27 14:39
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ぐだぐだな会話:名乗り
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「やっぱりヨー。『天が呼ぶ地が呼ぶ人が呼ぶ悪を倒せと俺を呼ぶ』じゃないかヨ?」

「長いな。『どうやら死にたいらしいな……』とかはどうなんだ?」

「格ゲーかヨ。だったら『生命が惜しくないようだな……』がいいヨー」

「PK用って感じだな。普通に対人だと『いざ尋常に勝負!』とかか?」

「でも名乗りというからには、名前が入ってるといいヨー。
 『こっから先は一方通行ダ!後戻りは出来ないゼ!?』みたいなネ」

「俺はどうやっても無理なんだが……」

「『悪党に名乗る名はない』っていえば良いヨー」

「おー。それっぽいな」

「まー善人にも名乗れないんだけどヨ。名乗ったら『ぶっちゃけありえな~い』とかいわれ」

「『どうやら死にたいらしいな……』」

なんで同じような痛々しい名前なのに、こいつはこんなに平気なのだろうか。


――――――――――――――――――――――――――――――
実は特撮ファンだった
――――――――――――――――――――――――――――――

場所はOKだ……。採掘場だ。等身大の鏡ももってきた。

アイテム欄の準備は……OK!

全ての配置は完璧……。

あとはただこれを、順番に押していくだけ……。出来る限り、高速に。


「行くぜっ!」

「変……身……ッ!」

ベルトをなぞり、腕を回転させ、ポーズを決め……

アイテム、煙玉を使用!

即座に、

アイテムの装備欄を高速で連打アアアアアッ!
装備OK!装備OK!装備OK!


カシャカシャカシャカシャカシャッ!


そして、数秒で煙が薄れたとき……。


「仮面ライダーブラックRX……参上!」


カカッ!


そこには、一瞬の間に何かを彷彿とさせる黒系の虫型装備に身を包んだ男が一人。
彼の眼には、雷光がみえたという……。

(き、決まったぜ……!)


――――――――――――――――――――――――――――――


(次はこれだな……)


アイテムを整理しなおして……。


「ペーガサスファンタジー!」

シャキーン!

【アイテム:銀製の足掛けを装備しました】

「そうさゆーめーだーけは~!」

ピキーン!

【アイテム:銀製の小手を装備しました】

「誰も~奪え~ない こ~ころの~翼だ~か~ら~!」

カシャーン!

【アイテム:銀製の腰掛けを装備しました】

「聖闘士星矢――――――――ッ!」

シャキーン!

【アイテム:銀製の兜を装備しました】

「しょう~ねんは~……」

それにしてもこの漢、ノリノリである。

――――――
――――
――

「次はトランスフォームだな。機械系の装備はこれとこれと……」

――――――
――――
――

「俺が……俺がガンダムだ!」

――――――
――――
――

「あ、ヒーローも捨てがたいな。一人で5人分の変身……いけるか?
 いやいや……流石に……。うーん、でも頑張れば……」

――――――
――――
――


今日も夜は更けていく。











――――――
――――
――





……なんだよ!

誰にも非難されるいわれはないぞ!

俺だってストレス解消が必要なんだよ!


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何事もない会話
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「『アバンストラッシュ』はやっぱりイイヨー。システムアシストあるべきでショ?」

「100%同意しよう。『ブラッディスクライド』もないし。やっぱあれなのかな。版権料とか。
 茅場も、どうせここまでするならそこらへんもはっちゃければいいと思うんだが」

「名前変えれば、別にそこらも金かかんないと思うケドナー」

「きっとあいつは、漫画を読んで育たなかったんだろうな……」

「ああ、昔のゲームともリンクしたいヨー。
 DQデショ?FFデショ?ロマサガデショ?テイルズデショ?
 サムスピにギルティ、スターオーシャンに、ヴァルキリー……
 漫画も、剣心や武装錬金、ナルトに……」

「あーやめてやめて。お願いだから。聞くだけで禁断症状がでる。
 それだと、ある意味おまえ、ここに封印されてて良かったかもよ?」

「なんで?」

「お前、現実と交互に、もしくはナーヴギアにいながらにして、ニヤニヤ動画とか見てみろ……。
 もしそこら辺の奴のゲームコンボMADなんか見た日にゃあ、今日のお前みたいなのが量産されるぞ」

「ム、心配されなくとも、次は上手くやるヨー!」

「いや、上手くやれという意味じゃないから。心臓に悪いからやめて」

流石にグランドクルス※の実践はやりすぎだと思うんだ。デス・ゲームだぞ今。

                          ※ダイの大冒険の技。瀕死時によく使われる奥義



 



――――――――――――――――――――――――――――――
よーるは墓場で運動会♪
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「こいッ!ゴーくん!」

ゴーくんが彼方で実体化し、こっちにまっすぐ向かってくる。

これはタイミングが重要だ。

ゴーくんが前傾姿勢でこっちにぶつかろうとしたその瞬間!

「いくぞ、一旦木綿!」

掛け声とともに、ゴーくんの背中を狙ってジャンプ!

当たり判定があるなら、きっと乗ることだって出来る……。

そして……着地ッ!






地面に。


……ま、そんなもんだよな。

いや、期待なんかしてなかったよ。本当。


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つかもうぜ!○○ボール!
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そういやあ、SAOって敏捷パラメーターをあげると、飛ぶような速度で走れるんだよな……。

じゃあ、アレ、もできるんじゃないか?


1:乗りやすそうな丸太っぽいのを用意します。軽いとなおいい。
2:だだっぴろい土地を用意します
3:丸太を出来る限り遠くにぶん投げます
4:爆速で追いかけます
5:追いついたら、飛び乗ります

この、筋斗雲以上に少年を魅了した、桃白白飛びがもしかしたら……?

思いついた自分の才能が怖い。

フフフ……昔の人がみたら歯ぎしりしてくやしがるんちゃうんか。

クハハ

行くぜ……ッ!

丸太を抱えて……全力をこめってええええ!!!

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
 でりゃあああああああああああとばねえええええ!!!!!」

ダメだ……移動速度はともかく、筋力パラがかなりあっても投げる方は相当きつい……。
思えば丸太とかかるがる何百メートルも投げれたら、投擲武器がぱねえことになるもんな……。
そもそも丸太を一人で投げれること自体がもう限界だ。
筋力と敏捷が結構あって、やっとナイフごときが凄い速い勢いで飛んでく!って感じなのに。
とてもじゃないけど丸太なんて無理だ。実現できたらマルタアートオンラインになってしまう。


くそう。


俺は久々に本気で凹んだ

移動速度はいけるのに……







――――――――――――――――――――――――――――――
さらなる別の戦い
――――――――――――――――――――――――――――――

カツーン……。カツーン……。

たまに深夜の宿屋にいると、どこからともなく聞こえてくるこの音……。
なんの音かいつも不思議だった。
決まって過疎の街でしかおこらないんだが……。なんなんだろうか。

だが、ある日俺はその答えをつかむ。

なるほど、こういうことだったのか……。




話はそこからさらに遡る。

俺は、あらたなる挑戦をしようとしていた。

一番重要なのは、角度だ。

だが、目標は手ごわい。

こちらがどんなに限界まで頑張ろうとも、届かない。
恐ろしいほどの計算されつくした角度で、攻撃を防ぐ。

あとちょっと。本当にあとちょっとなんだが……。

最初は、サッと済ますつもりだった。
目立ちたくないし、余りかっこいい行為でもないからね。

しかし、その簡単な行為すら失敗に終わった。

こうなると、逆に燃えるのが常である。



どうやるか……。


どうやれば、この……『女NPCのスカートの中』を覗けるのだろうか……。



最もオーソドックスな手段……スカートめくりは不可視のフィールドによって防がれる。
触るならいいが、『つかむ』をした瞬間に、ハラスフラグがでてそれも無視すると吹き飛ばされる。

じゃあと風を送ってみる。槍の風車スキル……剣のそれを上回る回転度だ。
恐ろしい風が起こるが、しかしスカートはビクともしない。
はためくが……はためくだけだ。おかしい!上下にぶわっとなるはずなのに。
おい!NPCの動きや服は物理演算じゃないのかよ!
他がリアルなのに何故ここはダメなわけ?理解出来ない。

次なる手段は鏡だ。
手鏡をもってきて、下に差し込もうと……くっ、下すらフィールドで保護されている!
足元一体が侵入不可エリアで保護されているぞ!
こ、これでは差し込めないではないか。

が、よく考えればもし侵入不可エリアでなければ、スカートの下にふとんを敷いて寝始める奴が
既に出てるはずだ。チッ我ながら推理力が足りない。

……最後の手段だ。

人の気配を確認し、誰もいないことをチェック。
そして、俺は地面に寝転んだ……仰向けに。

これで……これで完璧なはず……ッ!




……が、ダメッ!



届かない。あと一歩。角度がたりないのだ。
あとちょっとで届きそうだが、ふともものギリギリのとこまでしか見えない。
くそう、ここまできて……!

正直、ここで冷静に、なんでそこまでするの?と聞かれたら答えられない。
だって、別にモロ動画ぐらいいくらでもこのご時世みれるもんな。当然俺も例にもれない。
なのになんでたかが布。しかもデータにここまで固執するのか……。
俺にも分からない。ただ、スカートめくりや覗きは理屈を超えるというだけだ。

だが、結局は完璧な角度計算と、ギリギリのフィールド不可侵領域によって阻まれる。

つかなんでこんな完璧にギリギリ届かないの?
茅場は自分で試したの?
くっ、真実はいつもおぞましい。


一体どうすればいい。これ以上、奥深く、もしくは下から覗くためには……。
相手は動かせないし……。


ハッそうだ!

……よし、最終手段を持ち出してやろうじゃないか。
流石に人がいるときはこれはダメだ。目立ちすぎるが……。




そして、時間変わって深夜。

俺はスコップを手にしていた。

そう、これで、地面を掘るんだ!
相手が動かせないなら!自分がより下にいけばいいじゃない!

いくぜ!

そして、石畳に音が響く。


カツーン……。カツーン……。








――なるほど。






これは、同志達の戦いの音だったのか……。



あ、ちなみに地面ですけど普通に一定以上は破壊不可でした。


――――――――――――――――――――――――――――――
こうして人類は絶滅した
――――――――――――――――――――――――――――――

「外の世界ってサ」

「なんだよ」

「SAO以外のこの手のゲーム、でてるのカナ」

「んー難しいな。事件がなければ今頃タケノコのように……だろうけど」

「もし、自由にゲームでてたらサー」

「ん」

「きっと、出生率は大幅減少するよネ」

「間違いないな……」


どう考えても、◆◆(ピー)で●●(ピー)が■■(ピー)なゲームが大盛況するだろ。
タブーがないんだぞ。被害者が居ないんだぞ。
理想の嫁がいるんだぞ。
俺だったら死ぬまで帰ってこない自信があるわ!

そして、ゲーム内でこういうのだ。

――ハハッ、リア充は負け組!

きっと、今までのような負け惜しみでない、心のそこから言えるだろう。
そして、俺の遺伝子はそこで潰える。
そんな奴が洒落にならないぐらい出るんだろうな……。

この絶滅の序曲を止める方法が思いつかないのが恐ろしい。
禁止されようと、必ず第二第三の茅場が勝手に開発し、勝手に流すだろう。
そしてそれを人は望んでいるのだ。
今ならどっかの悪役に「人類自身が、破滅を望んでいるのだよ!」と言われても反論できない気がする。

真実の愛がどうこうとか、生のコミュニケーションがとか何の歯止めにもなるまい。
三次元が、二次元以上に優しい保証なんてどこにあるんだ。ただ二次元には触れないデメリットがある。

だがナーヴギアはそれをとっぱらった。二次元に触れたら、もうおしまいだ。


「人類絶滅のきっかけって、意外なトコにあるもんだネ……」

「そうだね……危険なゲームだね……」


だから茅場は色街ぐらいつくっておくべき。
そんなんがあればきっとPKもなくなるよ。
攻略も止まるかもしれんが。









――――――――――――――――――――――――――――――
終わり。次回作にご期待ください
――――――――――――――――――――――――――――――

「ついに……ラスボスか」

……ここにくるまでに、仲間は皆死に、俺一人になってしまった。
だが、皆の思い、無駄にはしない!
こんな馬鹿げたデス・ゲームに終止符をうち、脱出してやる!

ギィィイイ

扉が開き、ラスボスが姿を現す。

……ついにきたな!茅場!

「よくぞきた。何の特徴もない、君が来るとは思わなかったよ。二刀流の彼かと思ったんだがね。
 ……まあいい。それもネットゲームの醍醐味かな」

「茅場……ゲームだと?貴様……一体何のためにこんなことをしたッ!」

「フフフ……想像はついてるんじゃないのかね?」

「……やはり、あのためか。あんな事のために……」

「私にとっては大事なことなのだよ……。そう!君たちのような……

 ……ネ カ マ へ の 復 讐 はッ !!」

「やはり……。わざわざ性別変更可能にしておいて、元に戻す……知っててやってるとしか思えなかったが」

「君たちには分かるまい。姫にリアルマネーをたくさんつぎ込んだ挙句!
 ハッキングして本人住所を確認したら、男性だったときの私の絶望感を!」

「いや、そこまでいれこむのはどうかと……。俺はこれが世界一のプログラマーということに絶望しそうだ」

「だから私は作ったのだ。この世界を!そこまで徹底したいなら、その名の通りに世界を生きさせてやろうとな!!」

「俺が言うのもなんだけど、普通、会話してて男ってわかんない?
 男のツボをつきすぎてる奴は逆におかしいよ?」

「その目論見はほぼ10割成功した……。あるものは大恥をかいてひきこもり、
 あるものはリア充に嫉妬するだけの日々になり、あるものは全てをあきらめ精神に異常をきたし……
 君が作ったネカマギルドの猛者たちも、結局はここにくるまでに脱落していった……」

「なんというとばっちり……」

「……だが、まだ完全な10割ではない。……そう、君がいる。
 君を排除することで!私の復讐は完遂を遂げる!
 かかってくるがいい……変身!!!」

茅場の姿が光り輝き……そしてそこに現れたのは!

「そ、その姿は……!!」

「そう、在りし日……初日の君なのですぅ。どうですぅ、かかってこれます?」

「お前……もういい年したオッサンが恥ずかしくないのか……」

「なにをいうんですぅ。これは君自身の姿にゃん。君はこう言うことをやろうとしてたはずなのですにゃん♪」

「ぐ、ぐはぁっ……た、たしかに……ッ」

俺のHPバーが大きく現象する。あっという間にイエローゾーンだ。このままでは……ッ。

「私の名前はぁ、実は「あいまいてんしねこひめ」は仮の名前でぇ、本当は『らぶりーまいえんじぇるにゃあこ』っていうんですにゃーん♪
 にゃあこたんって呼んでにゃん♪」

「ぎゃああああ!」

HPが……0に!か、身体が砕け散る……ッ!だが、まだだ、まだ俺の手は動く……!
これが逆転の一手だ、うけろ茅場!
お前に一番最初に譲り受けたものを!

「ふっふーん♪私の勝ちにゃ……ん♪ゲボァ!ギィエエエ!」

手鏡……それを向けた瞬間、茅場の外装が剥がれ、そこには猫招きのポーズをとった
むさくるしいオッサンが一人佇んでいた……。
とてもじゃないけど「にゃあ」なんていう言葉は、たとえ死んでいたとしてもに合わない。

奴は、それを鏡の中に直視してしまった。自分の真の姿を……。
ふっ最初の武器こそがラスボスを倒すキーアイテム……しかもラスボス自身が作った物……
なんともRPGらしいじゃないか……。




絵面はともかく。




パリーン……ッ!

……奴のHPバーも、一瞬で、しかし静かに0になり、そして、砕け散った……。


これでいい……。これで……。全ては終わったんだ……。
それをしめす、システムアナウンスを聞きながら、俺の意識は闇に沈んでいった……。



「ゲームがクリアされました」……
「ゲームがクリアされました」……
「ゲームがクリアされました」……


俺は……やったんだ……決して誰の記憶にも残らないが、やりとげた……これでいい……これで……。

俺は……やっと、勇者になったんだ……。名前的な勇者でなくて……。
本当の勇者に……。


SAO二次作品「†ネトゲの姫が開幕爆死した件†」  
               
                 完         ご愛読ありがとうございました。





































……。

…………。

………………。

……………………ん?

「ここは……」

「目覚めたか……いや、最後に挨拶をしておきたくてね。安心したまえ、他のプレイヤーは全員ログアウトが終了した」

「茅場……」

「ああ、君の最後の姿、最後の行動……凄かった。本当に心のそこから君は……」

一拍おいて、奴は続ける。

「キモい」

「お前に言われたくない」

何自分をさしおいていってやがんだこの変態は。

「黙りたまえ。残ったプレイヤーが、何を話していたか知ってるかね?
 たった一人で突入し、私との戦いに勝利した君に対して、
 どんな荘厳な会話がかわされたのか、どんな重厚な立会いだったのか、持ちきりだったのだよ。
 耐え切れなくて、つい君を召喚してしまった」

「良かったな。自分の痛い行動が自覚できるということは厨二卒業の証だ……でも俺を巻き込むな。俺はそんなのみたくない」

「いや、みたまえ。ほら、全部動画に記録してある。ほらほら、こんなに賞賛してるぞ。知らないって素晴らしいではないか」

「やめろ!いたたまれない……真実を知ってるだけに!
 俺はそんなに格好よくないんだ。褒め讃えないでくれ!」

謙遜なしに本ッ当ーに格好良くないから困る。

「それでないと巻き添えにしたかいがない。是非このタイミングで真相を公開したい」

「おいやめろバカ。なんでクリアーしたのにご褒美が名誉じゃなくて不名誉なの?
 俺は一体いつになったら、綺麗に死ねるの?
 つか俺このゲームできっと一番努力が報われてない人な気がするの」

「これだけの膨大な事件……きっと歴史に残るぞ。名前が。とても名誉ではないか」

「茅場……させてたまるかあ!やはり決着をつけてやる!」

「助かった命を……愚かな!我が最強攻撃を喰らえ!
 その名もズバリ……『種(ザ・シード)』!今までの君の痛々しい行動がノンストップ動画で流れ続けるのだ!
 そして、この動画は種となり、世界中に拡散し続ける……

 ――永遠に!」

う、うあああああああああああああああああ!やめろおおおおおおおおお!!!

「エンダアアアアアアアアアアアアアア!!!!!イヤアアアアアアアアアアアアア!!!!」





























――ガバッ





………………。

…………。

……。



「こんなゲームクリアは嫌だ……」


種ってなんだ……。

俺のナーヴギアはきっとバグってるんだ、そうだ……。


――――――――――――――――――――――――――――――
第10話 「ゲームはクリアされました」 終わり



[25915] あとがきというか、なかがきというか
Name: 数門◆50eab45e ID:3f0dd04b
Date: 2011/08/03 05:00
どうも!数門です!
「ゲームはクリアされました」この話のラストが、あのノリで最後まで突っ切ったときのENDINGです。
これをもって、一つの区切りとさせていただきます。

……とはいえ、あれはあれで一つの終わりですが、実はまだおはなしには続きがあります。
というより、次からの話こそが表で、今までの話がむしろサブでした。
一発ネタが長編化したのではなく、長編に一発ネタをくっつけたというわけですね。
後付なのはむしろネカマネタのほう、というのが話を作った順番としては正しいです。


ただ、次回以降は話の空気が変わってきますので、一応のENDとこのように中書きを用意しました。
富士見F文庫でいう短編のノリを期待する人に、長編を無言提供するのは申し訳ないというか、そんな気分で。
変わるといっても、完全ギャグでなくなるというだけで別に欝作品になったりはしませんがね。
完全ギャグの話を思いついた場合は、外伝としてちょこちょこ追加してこうかな。
完結までのプロットはありますので、最後までお付き合いいただければ幸いです。

追記:これ以降のいくつかのタイトルは、かなり『含み』をもたせたタイトルとなっています。次どんな展開するか、ちょっとタイトルから予想してみながら読むと、少し面白くなるかもしれません。



[25915] 第十一話 「そういえばデスゲームだった」
Name: 数門◆50eab45e ID:3f0dd04b
Date: 2012/02/19 22:50
「お願いします!助けてください!お礼は……お礼は十分にします!」


そういってきたのはNPCの女性。

何でも、あるモンスタ-が、この村を恐怖に陥れているらしい。

(よくある討伐クエストか……)

狩場をあさりつつ、中層にきたら見かけないNPCに捕まった。
最初はそういう風に、よくある討伐クエだと思ってたけど……。
だが、よく聞くとさらに興味深い事実が。

なんと、このイベント。

「まだ誰ひとりとして」クリアしてない、らしいのだ。

(マジか……?)

疑問に思ったが、先に漆黒が口を開いた。

「デモ、レアもらえるデショ?
 誰もクリアしてナイってことは、オンリーワンね。
 そんなんだと、連日大人気じゃないかヨ?
 ホモの洗い場状態は猫サンが行けないヨー」

「そうだよ、凄く混んでないのか?
 あと、芋の洗い場だからね」 

そんなの、俺でなくても行きたくないだろう。
というか、お前は行けるのかよ。


「いえ、それが……かなり前は、ある程度いらっしゃったんですが。
 今では全く、誰一人として姿を見せませぬ」

どういうことだ……?

このクエストの受ける条件が特殊なのと関係あるんだろうか。

このクエストに挑める条件は4つ
・2人以上のPTであること
・PT内LV差が10以内
・オレンジネームなどでないこと
・PTの誰かが死んだ時点でクエスト失敗するということ

オレンジネームだと受けられないという条件は初めて見たが……。
しかし、そこまで変な条件にも見えない。基本ソロの奴のほうが少ないし、
普通にやってりゃグリーンネームだし、PTは普通、そもそもがLVは近いからだ。
誰かが死んだ時点でクエ失敗も、別に縛りでもなんでもない。
わざわざ条件になくても、デス・ゲームとなってる今じゃ死亡は皆回避する。

一体何があるんだろうか。

うーん、こういう時に、ソロは不便だな。クエ情報に疎くなる。


「うーん、どうすっかな」

「猫サンは考えすぎダヨー。それに低層ダヨ?
 危なかったらでればいいんだしヨ。単なるバグかもヨ?危険なんてないと思うヨー。
 この場で、帰ったら幼なじみと結婚する想い出を語りだしてもいいネ」

「おいやめろ馬鹿」

んーでもコイツの言うとおりか。
この層は18層。言っちゃ悪いが、下層すぎる。危険度は低いだろう。
報酬といってもたかがしれてるが……。

「よし、うけてみるか、漆黒」

「ハッテン承知のスケだね!」

だからホモネタはやめろ。





――――――――――――――――――――――――――――――
     第十一話 「そういえばデスゲームだった」
――――――――――――――――――――――――――――――



ギィィィィ


いかにも何かある洋館です。みたいな重厚な屋敷に足を踏み入れる。

一体何があるのか……。

俺と漆黒は、辺りを警戒しつつゆっくりと屋敷を探索する。

俺が前衛、漆黒が後衛だ。武器のリーチ的には普通逆だが。
俺のほうが耐久高くて奇襲を処理するのが上手いので。

中はやたらと細長い通路と、曲がり角が多い。
コウモリだのゾンビっぽいのだのが襲ってくるが、雑魚すぎるので瞬殺連続。

確かに迷路っぽくて面倒だが、何が難しいイベントなのか分からん……。

そこまで考えた時だった。

      ・ ・ ・ ・ ・ ・
正面に、漆黒が現れた。


「えッ!?」

い、いつのまに前に?

そして後ろを振り向く。
すると。

       ・ ・ ・ ・ ・
そこにも、漆黒がいた。

「うおお!!セッシャがいるヨー!」


なんだと。
前を見る。漆黒がいる。後ろを見る。アホがいる。

これは一体……。

そんな風に悩んでいると、前の漆黒が襲いかかってくる。

「うおッ!え、こいつ、もしかしなくても敵か!」

くっ、驚いてて一撃もらっちまった。
結構いてえ。普通に漆黒から一撃もらうのと同じぐらい減ったぞ……。

「猫サン!こいつ敵だヨー!倒すヨ!」

漆黒が叫び、その敵に斬りかかる。
た、倒していいのか本当に……。なんか気がひけるんだが。

だが、そう考えてる間に、前の漆黒はろくな抵抗もなく、HPを空にし消え去った。
パリン、というポリゴン破砕ではなく、まるで影が地に溶けるように。

「えーと……お前は、本物だよな……?」

「当然だヨー。本物はいつも一つネ!」

ちょっと使い方が違う気がするが、まあいい。

どういうクエストなんだこれ……まさか……。



『そのまさかだな』


……!

今度は、俺の姿をした奴が正面に……。

「うおお、猫サンが二人いるヨー。声も同じヨー」

やはり声もか……。そんな気はしていたが。


『俺の名はドッペルゲンガーだ。一応よろしく。最ももう会わないかもしれないが』


「野郎……ッ」

こいつ……喋り方まで真似てやがる。
俺の姿をしたそいつは、言葉を続ける。

『最深部まで来れるといいな。じゃあな』

そのまま影が消え、その声だけが響いた。


くそ、なんてクエストだ。

なんでクリアされないか、なんとなく分かった気がするぜ。

まさか……




――――――
――――
――







そのまさかだった。

あの後、俺にそっくりな奴(俺が撃破した)。
そして再度、漆黒にそっくりな奴(俺が撃破した)。
その後またまた、漆黒にそっくりな奴×2(俺が撃破した)。

が出てきた。

段々、進むごとに棒立ちからキレのある動きに敵AIが変わってきている。

だが、おそらくここまではマジで前座だろう。

「これヤバいな……。あんなに似た偽物が出てくるってことは……」

「やっぱそういうクエストかヨ?」

おー漆黒もバカでないな。まあ大体想像つくか。


廊下を進み、ドアをあけ、中を確認してドアをくぐりつつ話す。

「おい、漆黒……離れるなよ。思うに、この館では、はぐれたらかなりヤバい」

そういいながら、後ろを見る。


    いねえ。


ていうか、今進んできた道がねえ。

いつのまにか壁しかないぞ。

さっきのドア、ワープポイントか……。



……メッセージ機能も使えないか。予想はしてたけどな。

しかし、強制的にはぐれ状態にされてしまった。
こいつは良くないな……。

さっきのAI、口調すら真似てきた。

開発者が頑張ったのか、SAOの会話アルゴリズムはめちゃくちゃいい。
人と変わらないぐらいの働きをする。
人とAIを会話で区別するのは結構難しいぐらいLVが高い。
戦闘のAIは結構規則的なのに……。

悪意を持って真似されたら、とてもじゃないがかなわんぞ。
最悪の場合、あっちは過去ログや身体データは勿論、
脳内スキャンだってしてるかもしれないんだからな。

だけど、俺は予想する。


これはきっと『そういうクエスト』なのだと。

なんつう性悪な……。

むしろ、だからこそ誰も挑戦しないんだろうが。



おそらく、一人になってからが本番。

多分、そろそろだ……。通路を歩いて、雑魚を処分しながら考える。

そう考える俺の目の前に、足音が響き、何者かが姿をあらわした。


ああ、やっぱりきたな。


目の前の人影をみて、そう思う。


「あ、猫サン!どこいってたヨー!」

「……」

さて、こいつはどうかな……。
ここで素直に、おお、巡り合えたなというのは簡単だが……。


「漆黒。合言葉を言ってもらおうか……。……山!」

「あ、合言葉かヨ?うーん………………川かまぼこ!」


……なんとも、答えとしては非常に漆黒らしいな。
まあいい。


「よし、いくぞ。ここは分かってると思うが、俺達と同じ姿の敵がでる。
 味方の振りして襲いかかってくるだろうからな。はぐれたら用心しろよ」

「OKヨ!でもそれ本当かヨ?」

「そんぐらい凶悪じゃないと、誰もクリアしてないという現状の説明にならんからな。
 多分間違いないだろ。前半の、揃ってる時に襲ってきたのは、
 まあサービスとかルール説明みたいなもんだ」

「なるほドー。じゃあ、別れたらあんま気を許しちゃダメかヨー」

「ああ。相手に確信もてるまではな。じゃないと、背中から切られて昇天するぜ」

「分かったヨー……。こんな風に、かヨ?」

シャキンッ!
スラッ!
ドガッ!!!

その言葉と同時に響く、武器が抜き放たれる音。
そして、続いて武器が急所を貫く音が辺りに木霊する。

「ゲャッ!!」

漆黒の叫び声と共に。

「バレてるんだぜ。偽物」

それは、背中越しに貫通攻撃を放つ俺の槍攻撃が、偽漆黒にヒットした音だった。
続けて連撃を放ち、相手の体力を減少させる。

「さっきの返答までの長い時間はどうだったのかな?過去の会話ログでも漁ってたのか。
 合言葉なんて決めてないから、見つからなかったと思うが、
 それとも、『向こう』で俺の振りして漆黒に尋ねたのか」

この手段をとられると、たとえ合言葉を決めてたとしても万全の信頼は出来ない。
だが俺は確信をもって、追撃を放つ。

「何故ヨ……」

「話す義務はないね」

「らぶりーまいえんじぇるにゃあ」

「よし、死ね」

結局、『正解』だったようで、とどめをさすと、奴はポリゴン破砕ではなく、影となり立ち消えた。
でもCPUに言われると、死ぬほどイラッ☆彡とするのは何故だろうか。


「しかし本気で性質の悪いクエストだな……」


今のが最後の選択ってわけでもないし、これが何回もくるのか……。
万一を考えるとクリアを諦めて帰りたくもなるな。

もっとも、俺には通用しないようだけどね。

問題は漆黒のほうだな。

つーかなんで、CPUがあの名前知ってんだよ。あっちで漆黒がしゃべったのか。

まったく、漆黒のほうは大丈夫なんだろうか。
全部ぶっ殺してくれてると安心なんだが。
偽物に殺されてくれるなよ本当。

でも、あの名前本当にいってたら、俺が殺そう。

――――――――――――――――――――――――――――――


「よう漆黒」

「ああッ、猫サン!急にどこ消えてたヨ!」

「待て……合言葉だ。山」

「川カマボコダヨ!」

「……よし、本物みたいだな。いくぞ」

「本物?……うーん」

「……どうした?」

「まあいいかヨー。いくネ、らぶりーまいえんじぇるにゃあこたん」

「……誰だそれ」

「貴様こそ飛脚を表すヨー!何者だヨ!」

「いや、俺は本物……」

「あれを言われっぱなしにしとくなんて、そんなの猫サンと違うヨ!電柱するネ!」

「グアア!」



――――――
――――
――


とかがあったんではないだろうな。

偽物を倒した俺は、一本道の通路を突き進む。

すると、通路からまた新たな漆黒が現れた。


「あ、漆黒か……ふむ、どうやら本物らしいな」

「ど、どーして断言できるヨ!?にゃあこたんこそ本……」

「『どうやら死にたいらしいな……』」

槍の穂先を漆黒に向ける。
お前マジでそれで判別してたのか。
なんだかとっても、相手を偽物と断定したい気分になってきたぞ。

「ちなみにこの館だとプレイヤーをぶった切ってもオレンジ扱いにならないらしいぞ、漆黒君……。
 あ、いや偽物だっけか」

「ネ、猫サン!猫サンの間違いヨ!拙者はモノホンヨー!
 ちゅーごく4000年の歴史あるいわくつきヨー!パチもん違うヨ! 」

「お前は南米生まれだろ……」

言えば言うほど怪しいんだが……。
まあいい。本物なのは分かってたし。どうせ他に識別も思いつかなかったんだろう。

「ふう……その殺気。間違いなく本物の猫サンみたいヨー」

「お前な……いっとくけどな、次からはその判別方法も恐らく使えんぞ。
 そういう風に一個一個潰してくるだろうからな」

「じゃあ、どーやって判別すんだヨー。たった一つの真実見抜く邪眼にでも目覚めたかヨー」

「まあにたようなもんかな。別に邪眼じゃねーけど。その少年探偵も邪眼じゃねーけど」

行く先行く先で人が死んでるから、あながち間違いでもないかもしれんが。

まあ種明かしをしようか。じゃないと、うわ、ついに邪眼いいだしたヨみたいな目でみつめてくる漆黒が鬱陶しい。

ま、そういっても、別に俺は難しい事をしているわけではない。

パチンと指を鳴らして、呼び寄せる。
そう、ゴーくんを。

「あー……。そういえば、見かけてなかったから忘れてたヨ」

「俺の相方を……まあ普段はずっと消してたり潜ませてたりするからね……」

つまり、種はそういうわけだ。
ゴーくんの眼を通すと、プレイヤーとCPUじゃオーラの色が違う。
プレイヤーは基本的に青系で、敵は赤系だ。
だから今までのダンジョンでも人型の敵とは楽に見分けれたし、ここでもそうだというだけだな。

「だから俺がお前を間違うことは絶対ないし……お前もゴーくんを見れば、俺が分かるはずだ。
 まあ面倒なら、お前は全員切って構わんぞ」

俺はお前よりLV上だしな。多少うけても問題ない。

「おお!久々にちーとっぽい感じだヨ!」

全く同感だ。ゴーくんには大分助けられるな。


「よし、じゃあいくぜ。はぐれるなといっても、強制的にはぐれるだろうがな。
 とにかく絶対戦闘じゃ気をぬくなよ?戦闘AIは低層LVみたいだから、真面目にやりゃ負けないはずだ。
 もしくは無視して逃げれ」

「大丈夫、拙者が今まで帰ってこなかったことがあったかヨ?」

おい、やめろ。その言い方は次こそついに帰ってこないフラグだ。

うーん……任せるしかないんだけどさ……。

はあ、まあ人事でもない。
俺も出来るだけ戦闘は避けていこう。

万一ということもあるしな。

最も、はぐれないのが一番良いんだが……。







――――――
――――
――



「……ってそう上手くもいかねーよな!」



迫り来るカタナの攻撃をかわしつつ、逃走を計る。
結局はぐれた。

逃げるに限ると言いたいんだが……。

「漆黒も結構面倒くせえな……」

ヲタの外見からは想像もできない速さだ。
最もこの世界の速さは見た目ではなく、単なる数値基準だからあたりまえだが。

「猫サン、逃げちゃダメヨー!敵前逃亡はダメヨー!」

「アホが!逃げるに決まってるだろうが!」

迫り来る漆黒の、カタナを弾き落としながら答える。
やはり、背後をみせるのは危険過ぎる。

立ち止まり、敵を……漆黒の姿をしたそいつを振り返る。

俺が逃げないと踏んだのか、そいつも今度は迎撃の構えに移る。


「猫サンのお祈り……頂戴するネ……。
 さあ……部屋の隅でお祈りするヨ……」

「……居合の構えか。
 あと、お前に言ってもいろんな意味で無駄だが、お命だからね。混ざってっぞ」

抜刀術か。

構えをとるとほとんど大きく動けず、ブレスなど範囲攻撃に弱くなる。
また、出し切った直後の硬直も大きい。
そのかわり、おそらく、全剣技の中でも最速の出の速さを誇る技。

その範囲内に入った瞬間、一瞬にして切り裁かれるだろう。

その上、この構え中は見切り性能が抜群に上がる。
いくら射程で上回る槍といえど、下手に突きを放てば
ギリギリで避けられて、その硬直中に被弾する可能性も低くはない。

だが、俺は躊躇なく攻撃した。

……投擲ナイフで。

高い敏捷値とスキルに支えられたそれは、体幹……もっとも避けづらい部分に
一直線に吸い込まれていく。

あたったところで、致命傷には程遠い。

だが、それが刺さるより先に、カタナが閃く。

抜刀術の発動。

一瞬のキラメキの後、空中にナイフが舞う。
投擲ナイフは失敗したのだ。

……だが。

「ここらへんがAIの悲しさだな」

人だったら、多少無理してでもよけて、態勢を立て直しただろう。
もっと豪胆なら、踏み込んでくる。
このゲームの投擲系攻撃は牽制にはともかく、
命のやりとりの決め手になるような火力なんかない。
食らってもカスリ傷ですむ。
そもそも、この状況で居合を選択しないか。
この硬直を俺が見逃すはずもない。

「トライズゲイル!」

漆黒の姿をした偽漆黒にその技を叩き込む。
1HIT,2HIT、3HIT!
全てが特攻。クリティカルになり、敵のヒットポイントは、あっという間に0になり消滅。
破砕音と共に、オブジェクトが崩壊し、消え去った。


……しかし、あいつは俺のドッペル相手にも、今みたいな意味不明セリフをいつもどおり乱発してんのか?
してるんだろうな、多分……。
その際、俺のドッペルがどう返してるか微妙に興味あるな……。










だがそれにしても、本当に性格の悪いイベントだ。


とにかく入れ替わりも多い。

曲がり角を曲がった途端、入れ替わりが起こり前を進んでいたはずの
メンバーに「やあ」と言いながら斬りかかられるなんてのもあったし、
逆に、後ろについてきた仲間が、いつのまにかドッペルさんで、
雑魚モンスターとの戦闘中に、まとめて斬られるなんてことも珍しくない。

曲がり角だったり、落とし穴だったり、真っ暗になったり、ワープ装置だったり。
とにかく分断したり見失ったりする仕掛けが多すぎる。


あれからも何回別れて、何回切り飛ばしたか分からん。


「敵のHPが低くて殺しやすいのがまだ楽だな……」

AIも戦闘に限っては素直だし。


デスゲームでなければな。本来なら死んでも復活できるし
「ひでーwww見分けつけろよww」とかいいながらじゃれあえるんだろうが……。

この状況下では、最悪の相性だ。

会話に関しては無駄によく出来てるNPCのAIが憎たらしい。

やれやれ。


――――――――――――――――――――――――――――――




そんなことを考えていると、ようやっと、本物の漆黒に出会えた。

あっちも無事のようだな。すげー疲れるこのイベント。

今までの情報を交換する。特にあっちでも見分けは苦労しない……というか全部斬ってきたようだ。
ゴーくん無しは確定で、ある奴は全員ゴーくんごと襲ってきたらしい。
本当に戦闘AIは別種で素直だな。俺は一切ゴーくんを戦闘で使わないんだけど。

「ところで偽物の俺に苦戦しなかった?」

「苦戦したヨ-!猫サンつおいヨー。でも、猫サンに教えてもらったとおり、
 物投げつけて踏み込んでしまえば、こっちのもんだったヨ。お茶の子粉砕ダヨ」


……。
なんだろうこの気持ち。攻略法教えた上でいうのもなんだが、もっと苦戦して欲しかった気もする。
いや、別に死んでほしいとかそういう意味ではなくて。

「……まあ、槍の接近戦は、一番プレイヤースキルが問われるからな。
 AIに真似されちゃ立つ瀬ねーよ。
 あと、お茶の子さいさいね。そのままでも意味は通りそうだけど」

「ところで、ここの報酬なんなんだローね」

スルーですよね。分かってたよ。でもそれでも言わずにいられない。

「さあな。低層アイテムだし、受ける条件もゆるい。ほぼ万人が受けれる。
 本来なら何回もトライすればそのうち絶対入手できるはずだ。
 こんな状況じゃなければな。
 だから実はそこまで良い報酬とは思ってないぜ」

「hm……」

「それより、今度こそなるべく離れるなよ。
 俺たちならまず間違わないとはいえ、何かと面倒臭いからな」

「まかせとけヨ!」


グッと、親指をつきたてつつ、眼鏡を中指で押し上げてポーズを決める漆黒。
それ、カッコいいのか?
無駄に爽やかな笑顔が逆にむかつくな。


とそのポージングと同時に。


カチッ


漆黒が明らかに色違いのパネルを踏む。
光が舞い降りる。
漆黒が光に包まれる。
ポーズした笑顔のままいなくなる。
どうみてもワープトラップです本当に糞野郎。


またさがすのか……。
何時間かかってるんだほんと……。


居なくなった空間に目を向け、しみじみと黄昏る俺だった。











その後も、分離と再開を繰り返し、ついにボスっぽい部屋の前までくる。

長かった……。無駄に。
あれからも切りかかってくる漆黒を何回切り飛ばしたか分からん。

正直いってちょっと気持よかったのは内緒だ。

このクエスト、繰り返し受けれるならストレス解消に……いやいや、貯まるほうが大きそうだ。

首を振り、扉を開けようとする。
その前にゴーくんで視認。
……これは。



「おい、中にかなりたくさんいるぞ。漆黒、準備はいいか?」

「準備簡単だヨ!」

「万端な。よし、いくぜ」




ギィィ……。

音を立てて扉をあける。中に見えるは、たくさんの漆黒……そして、俺。


『よくぞここまで来た……我らが最後の洗礼をうけるがいい』


「……これ全部倒せってか?今度は乱戦での誤爆を狙う気か」

「うおおー!これは……これはヤバイ、ヤバイよ猫サン……ッ!」


む、漆黒がいつになく真剣モードだ。
こんなに真剣な漆黒は初めてみるかもしれん。
確かに下手をすれば死ぬ可能性もある……。
気合いれるか。


「拙者がこんなにもたくさんいるヨー!動いてるヨー!カッコイイヨー!」
「「「「カッコイイヨー」」」」」

そっちか。
しかもマジだったのか。やっぱり。
薄々思ってたけど、気づいてたけど、やっぱり素で思ってたのか。
本当にコイツは一切ブレないな。

俺はあえて自分の容姿に触れないようにしてたのに、一瞬で触れにいきやがった!

「「「「「……」」」」」

俺の方の分身は一切無言のようだ。うん、気持ちはよくわかる。

「……全員倒すぞ。俺は俺に来る奴だけを倒す。
 お前は間違っても俺に斬りかかるなよ!」

まあ、あそこまで自分大好きなのは、それはそれで幸せそうで羨ましいかもしれん……
毒されてるかな?





―――――――――――
――――――
――

30分後……



「ベヒモス・インパクト!」


ズシュッ

ダイヤのごとき硬度を持つ槍が、敵の頭部を貫き、HPを0にする。
粉砕される敵オブジェクト。
何も無い空間から、槍を引きぬくように手元に戻す。

……今ので最後かな?

「ふう。これで終りか。流石にステータスは今までと違って低層クラスだったな。
 見た目だけ似せただけの雑魚敵だ」

「疲れたヨー」

「ともかくこれで、次の……おっと、早速きたな」

「おおっ宝箱が出てきたよ!きっとクリアーダヨ!」

「みたいだな。同時に出口へのワープも出現したし……早速開けようぜ」

「楽しみネ!そう、さながら好きな子が同じクラスにいるときの席替え発表の瞬間のゴトク!」

「そういや漆黒は中学生だったか……」

まああの頃の席替えはロマン度高いよね。
そんなやり取りをしながら、宝箱を開く。
すると出てきたのは……。

”真っ黒に”彩られた、シンプルな腕輪がそれぞれの手におさまった。

「『信頼の腕輪』……?
 効果は……何々。
 『プレイヤーキャラに致死量のダメージを与えたとしても、必ずHP1を残す。
  また、同装備同士が戦った場合、オレンジ判定を受けない』……ね。
 ……ほう、これは最高にジョークが効いてるな」

「どういうことだヨ?」

「つまり、この腕輪を装備している限り、どんだけ人を殺そうと思っても
 絶対にHP1が相手に残るっていうわけだな。
 あと、この腕輪を装備してる奴ら同士では、
 攻撃しあってもオレンジネーム(犯罪者判定)にならんということだ」

「おお!面白い効果ダヨー。
 良いアイテムじゃないかヨ?
 この腕輪付けてれば、こういうダンジョンでも全く怖くないヨー。
 普通のダンジョンの乱戦でも怖くないし、
 他にも、決闘しても万が一も起こらないヨ?
 PK誘発イベントの先に、PKを防ぐアイテムとは凄い配置ダヨ」

楽しそうに黒色に染まった腕輪を眺める漆黒。
だが俺はそれに危機感を抱かずにいられない。
体中を冷や汗が伝っていく感覚。
この恐怖感はデジタルではない。

「これが、PKを防ぐアイテムだって?
 ……冗談だろ漆黒。

  ・ ・ ・ ・ ・ ・
 逆だぜこれは。

 恐ろしいアイテムもあるもんだ。危険きわまりないぞこいつは」


もしかすると、漆黒が普通で、アイテムも普通なのかもしれない。
こんな発想をする俺が危険なのかもしれない。
俺が異端なんだろうか?いや普通の発想……だと思う。


「漆黒。この情報は決して外に流すな。
 このクエストのことも、このアイテムのこともだ。
 お前がソロをやめて、PTになることがあっても、可能なかぎり墓まで持って行くんだ。
 出来る限り見せず、説明は一切しないことだ。
 このクエストのクリア者や挑戦者がいないのは、本当に幸運だぞこれは」

「ど、どうしたんだヨ?猫サン」

「トレード不可アイテムになってるのが、せめてもの親切設計だな……。
 クエに挑み、クリアしない限り手に入らないか。
 この館自体といい、報酬といい、作った奴はとんでもなく性格悪いな。
 いや、作ったのは茅場だったか。
 もしデス・ゲームを見越して置いたなら、悪魔的底意地の悪さだ」

「さっきから猫サンが何言ってるか分からないんだけどヨー……」

「……分からないなら、それでいい。分からないほうが、人として正しいんだろう。
 だがコレに関しては沈黙を守るということだけ、約束してくれないか」

「おー。なんかわかんないけど、約束するヨ!
 信頼してくれヨー!
 『信頼の腕輪』っていう名前ダケに!!」

「ありがとうよ。漆黒。まあ適当に埋め合わせはするよ。
 しかし『信頼の腕輪』ね……。
 これ以上無いぐらいに、クソ適切な名前だね。
 今までみてきた名前の中でもぶっちぎりだよ」
 
「猫サン……なんか怖いヨー。なんかスルーされた気がするし……」

「ん……そうかもしれんな。すまん。
 まあ、プラスに考えれば俺らしか持ってないんだから、気にしなくてもいいか。
 挑戦者も最近いないみたいだし、基本的にそういうのは減り始めたら減る一方だしな。
 ……じゃあ帰りますか」

「そうだヨー。考えすぎダヨ色々トー」

そして、漆黒と館を後にした。
NPCの女性にも会いに行き、幾許かのお金をまた別の報酬としてもらい、それでこの件は完全に終了した。





表向きは。
だけど、俺の中では、俺の何かに火をつけたクエストになった。

そうだな、1年ぶりぐらいか。もうゲーム開始からはそれぐらい経つか。

それぐらいぶりに、製作者……茅場への直接の怒りを感じたぜ。
ふざけた真似をする……。
そんなに人が無意味に殺し合うところがみたいのか?

クソが。
ふん、でも俺はこれを使う気はない。
人間が皆そこまで腐ってると思ったら大間違いって奴だぜ。
俺は性善説なんだよ。

だけど、それにしても……。
茅場……一体あいつは、今、何をやってるんだろうな。

こんなクエストや報酬を作った上でデス・ゲーム化するぐらい、性格のひねた奴。

そうだな、もし、俺が茅場なら……。

俺が奴の立場だとしたら……今頃、何をするかな。




――――――――――――――――――――――――――――――



ちなみに、後々知ったことだが……


実際に、ここで殺害事件が起きたらしい。
事故じゃない。事件な。意図的ってわけだ。

あるギルドの、リーダーを邪魔に思った副リーダーが、ここに誘ってどさくさ紛れに殺したという話だ。
その副リーダーのほうも、既に今となっては「いない」みたいだが。

とにかく、その事件があって以来、ここに誘う=PK目的、という風潮が出来上がってしまい、
余計に誰もいかなくなったようだ。たとえリーダーと副リーダーのような密な関係でも……だ。
低層というのも拍車をかけた。
俺もそう考えたように、皆大したことのないアイテムのはずだ、と思い込んだわけだ。
酸っぱいブドウって奴だな。
ま、確かに狩りに限れば全く大したアイテムではない、それは事実だけどね……。

世事に全く疎かった俺たちが入ったのは、まさしく世事に疎かったからに他ならない。
もし世間のそういう噂の只中にいたら、とてもじゃないけど漆黒を誘えなかっただろう。
誘うという行為事態が、相当冷たい目でみられるからな。
校舎裏に呼び出す差と、伝説の樹の下に呼び出す差だな。


ガチソロだったことが、あの館への挑戦でも、なんなく受け入れられたんだ。
世の中、何がどう幸運につながるか、分からんもんだね。


そう、幸運だった。
まさしく。
このPK誘発クエストに参加したのは、不幸ではなく、幸運だった。

俺は後々、この幸運に凄まじく感謝をすることになる。
この黒に彩られた腕輪に。
それが本意だったか、不本意だったかは、後々でも判断がつかなかったけれどね。


――――――――――――――――――――――――――――――
第十一話 「そういえばデスゲームだった」 終わり
第十二話 「虐殺の日」          へ続く




[25915] 第十二話 「虐殺の日」
Name: 数門◆50eab45e ID:3f0dd04b
Date: 2011/03/04 11:49

ゲーム開始から一年以上がすぎ、漆黒とのやりとりも日常化したある日のこと……。

ゲーム内でも、新年のイベントを前に、騒ぎが訪れていた。


「嘘だ。そんなアイテムが存在するはずがない」

                   ・ ・ ・ ・ ・
その情報を聞いたとき。余りの都合の良さに、瞬時にそう返してしまった。

「デモ、実際NPCはそういってるし。信じたらドウヨ?」

「確かに言ってる……。
 でもありえん。MMOじゃ『存在してはいけない』アイテムだぞそれは。
 あったらカオスってLVじゃない。特にこんなPK許可のゲームではな。
 いくらイベント限定でも限度がある。根本を破壊するぞ」

「でも、ずっと欲しかったんじゃないのかヨ?」

「確かに、それは事実だけど……。
 でも、それはライダー変身ベルトがほしいとかそういう意味合いだぞ。
 実際にあるはずがない」


「そういってもヨー。ないアイテムを言わないと思うヨ。
 このゲームそういうところはきっちりしてるヨー」

確かにそうだ。
俺も、理性の半分はそう言ってる。
だが、だからといって……。

「だからといって……

 『名前を変更できるアイテム』

 だぞ?いくらなんでも、おかしいだろ」


「バレンタインデーダシ。粋なプレゼントかも知れないヨ?」


なんだっていうんだ。ちくしょう。
今更そんなのアリかよ。

とんだ「告白イベント」だぜ。
新しい名前とお付き合いよろしくってか?

確かに名前変更アイテムはほしい。
ずっと欲しかった。心のそこから。

だけど、本当にあるのか。

MMORPGやネットゲームにおいて、名前というのは『身分証明書』に等しい。
重複した名前は普通取れない。オンリーワンだ。
SAOでもそれは変わらない。
そいつの築きあげた現在と、過去の全ては、名前にひもづけられる。

名前を変えるというのは、過去を捨てる、チャラにするってことだ。
友人も、名誉も、やり直し。全てを白紙にしてしまう。
……逆に言えば、敵も、汚名も、全てを白紙に出来る。

もしそれができてしまったら、どんな悪事でも働きほうだいだ。
やりたいだけやって、名前を変えてしまえば、もうたどる手段なんかない。
顔がリアル準拠だから、他のゲームほどかぶらないけど、
それでもマスク系のアイテムはあるし、痕跡を消すなんて容易すぎる。

だから、信じられん。

それらの事を漆黒に説明する。


「ん~それは分かったけどヨー。
 じゃあ、一切未参加で諦めるのかヨ?」

「うっ……」

「絶対ありえ無いとは言い切れないヨ?
 本当にいらないノカ?
 あるかないかは別にして、欲しい欲しくないで言ったらドッチなんだヨ?」

「そ、それは……」


欲しい。

欲しいに決まってる。


だって、それがあれば、今頃俺は街で生活してたと思う。


生命をすり減らすような狩りもしなくていい。
モンスターを警戒して眠れないような夜を過ごさなくていい。
苦しい時、助けてもらえるかも知れない。
馬鹿話をして、盛り上がれるかもしれない。
オークションも交換も、今よりずっと利用できる。
お金だって今よりずっと苦労しない。
装備だってもっといいのが効率良く手に入る。
LVアップもそうだ。狩場だって。
食事もスキル高い奴を頼ることができる。
状況が状況だけに、生命を預けれる仲間もできたかもしれない。
皆に頼られたり、頼ったり。
このペースでやってたら本当にトップ層の強さになってて、注目されて。
彼女だって出来ていたかも
           「彼女はどのみち無理だと思うヨー」

漆黒の横槍が入る。
漆黒君……正直は美徳じゃないって知ってたか?俺は今知った。
大体なんで突っ込めるんだよ。

「声にでてたヨー」

「……」

それでも訂正早すぎね?別に流してもイイトコだと俺は思います。

夢をみる権利ぐらい俺にもあるべき!



いや、まあいい……。

どのみち、虚しい考えだな。時間は取り戻せない。
今持ってないし、過去もそうだった。
今この現実が全てだ。


でも、これからは違うかも知れない。


今からでも遅くない。
自慢じゃないが強さには今となっては自信がある。
受け入れてくれるところは多いんじゃないかと思う。

それを考えると……やっぱり欲しい。

欲しい。

とても欲しい。

そう、口に出した。

「やっぱりそデショ?
 それに、批判しようがあったならもう取り消せないんダシヨ。
 それなら参加したほうがいいヨ。
 猫サン、みるみる阿呆になっちゃうヨ?」

「確かにそうか……今更俺がどう思おうと仕様が変わるわけじゃないしな。
 あと、見るが一個多いからね」

「それにさー、我らがとれば万事オーライね。ノープロブレムヨ」

「それもそうだな……よし、参加するか。ありがとよ漆黒。なんか吹っ切れたぜ」

「HaHa。猫サンは考えすぎなんダヨー。
 もっとシンプルがいいヨー」

「かもな……。
 じゃあ漆黒、協力してくれるか?
 おそらく、恐ろしい人数が参加するはずだから、
 プレイヤー同士でもかなりの激戦が予想される。
 その合間を縫うとすると、相当ヘビーなクエストになると思うが」

「答えるまでもないネ!合戦承知の助ヨ!」

……合ってる、のかな。最近こいつの発言訂正に自信がなくなってきた。

「よし!なんとしても、名前変更してみせるッ!行くぜっ」



――――――――――――――――――――――――――――――
     第十二話 「虐殺の日」
――――――――――――――――――――――――――――――




















そうして、バレンタインデー当日を迎える。



「きたな……じゃ、早速だが、行動を開始しますか」

「Yes!リーダーの名前を変えるタメに!」

ありがたいこといってくれるじゃないの。








今回のイベント階層は50層。
年と共に、階層も一区切りってわけだ。

クリスマスイベントと新年のイベント以来だな。
そういやクリスマスでは、なんか人が生き返るアイテム落とすボスがでるとかなんとかNPCが話していたが……。
俺は生き返らせたい奴もいないから放置していたけど。

実際どうなったんだろうな。
あれもこのゲームを根本から覆すアイテムだと思うけど。

大体、死んでも生き返るってどういうことなんだ?
リアルで死んだら、流石にポッドなり救急ベッドなりから引き離されてお葬式だろう。
そっから生き返れるとは思わないが……。

それとも、ここでの死は、単なる眠りなんだろうか?
その場合は、クリア時は全員復活とかあるのかね。
それだったら希望の持てる話なんだが。

……分からん。まあ、変に希望は持たないでおこう。
ま、本当に生き返るなら、俺のような完全ソロにすら聞こえてきそうなもんだね。
本気でこのシステムを作った奴は何を考えてんだか……。


さて、今回のイベントだが、やっぱりというべきか、討伐クエみたいだな。
だが、超強力なボスってわけじゃない。
おそらくこのゲームの中にいる奴ら全員にチャンスがある討伐クエだ。

2/14になると同時、50層までの全エリアに、トータルで214匹のうさぎがフィールドに出現。
なお、うさぎの強さは各階層に見合ったものらしい。

兎ねえ……ホワイトチョコとでもいいたいのか?
214匹ってのは、間違いなく月日にあわせたんだろうな。

とにかく、そのなかの、たった1匹が、そのレアアイテムを所持してるようだ。

まあ平均すると、各階層に4匹程度だな。
実際そう配置されてるかは知らねーが。

とにかく、皆にチャンスがある。

ま、これはいいイベントっぽいね。
全員チャンスってのもそうだし。
なにより入手しても多分目立たないのがいい。
1ボスだとどうやっても目立つが。
50階層を全て見張るなんて不可能だ。
それはつまり、やっかみもそうだけど……。
PKとかで奪おうっていう阿呆も牽制できるからね。

しかし冒頭では、参加するしないの議論をしたが、無駄だったかもな。
正直、このイベントだとあらゆる階層が隅々まで探られる。
人目から隠れたい俺としては、参加しないとしても、
結局人を監視し、注目し、いろんな階層を逃げ渡る必要があっただろう。

そこまで労力さくとほとんど参加と変わらん。
いっそさっさと自分で見つけて終わらせたほうが得だ。

……ま、ここSAOの中にはゆーても数千人の人がいる。
誰でもが倒せる強さみたいだし……結構すぐ決まっちゃうんじゃねーの?



















……って思ってたんだけどね。









1日目は、ほぼ収穫なしで終わろうとしている。

「全然見つからないネー。全く見ごたえないヨ」

「確かに、探しても全然いないな。でもないのは手応えだから」

「兎自体は噛みごたえないからいいけどヨー」

「雑魚LVだったな。あと歯ごたえだからね」

とりあえず上層を探してみたが、全くダメだ。
やっぱレアといえば強いモンスターだろ?って思っていったけど、
考えることはみんな同じで、上層は大手ギルドが人放ちまくり。
モンスターをさがすより、人から避けるのがクソ大変だった。

そんで、兎モンスター自体も結構きつい。
強さは、それほどじゃない。
つうか雑魚そのものだ。強さは。見かけも雑魚そのものだけど。

とにかく、逃げる。

半端ない速度で、見つけた途端に逃げる。背中を向けてガンダッシュ。
これはLVどうこうじゃない。
本当に目の前に奇襲できるチャンスを掴めるかどうかの、運試しだ。
とんだプレゼントだな。

逃げるおかげで、人も動くわ動くわ。

本当に気疲れしたよ。


俺はサーチ能力持ってるから、1匹は見つけて仕留めれたけど(なお、はずれだった)。
でもレア扱いじゃないらしく輝いてもいないし目立たないし、小さいし見つけづらいし疲れた。
正直、人の多いところはもうこりごりだ。
大手ギルドが入手する分には、目立つ分、悪い使い方もしにくいだろうし、もういいや。
あっちはあっちで任せよう。


しかし……ゲームやって、ソロになってからは初めてかもしれんね。

あんなに、人の大勢いるところに紛れ込んだのは……。


気づいたことがたくさんあったよ。

大手ギルドや中小ギルドをたくさん見かけたし、ソロや攻略組とかも色々見つけたけど……。

俺が想像したよりも、意外に……


「猫サーン?引きこもってないで出ておいデー?おかーさんは悲しいヨー?」


おっと、漆黒が呼んでるな。

そろそろ見張りを交代の時間か。ついでに漆黒を抹殺しておこう。

あとは次の休憩中に考えるとするかな。
今日はもう休もうか……。











次の日。



「むむっ……賢しき兎のオーラを感じます……ッ。
 これは……昨日狩られた兎は【188匹】……!
 本体が何も無かったため、また本日【214匹】に戻りまする。
 今日の出来事は、また明日きてくだされ……ッ」


随所に配置された、イベント用の占い師のNPCに話しかけて情報を得る。

まだクエストはクリアされていないようだ。

そして、昨日のうちに188匹が殺されたみたい。
で、1日に本体狩れない場合は、また214匹に増える……と。

半端無い兎虐殺イベントだな。
そんだけ殺されたら、どっかの中身に入っててもおかしくないんだけどな。
確率的にいうとね。

ふむ……。






そして、また1日が経過した。




俺たちは2匹を仕留め、はずれだった。
各ギルドが昨日よりもかなり気合をいれている。

「またはずれか……。想像以上に疲れるなこのイベント」

「きっと猫サンの気合がたりないんだヨ!もっと高めるヨ!超サイヤ人のゴトク!」

「お前はやらねーのかよ」

「え~、だってぇ~セッシャはそこまで欲しくないしぃ~、ダルいでごっざるう~って感じィ~?」

「そういえば、超サイヤ人は、相方が死んだことで覚醒したんだよな……」

最近、デュエルで1:1の稽古をつけてなかったし、いい機会だな……。

「や、やっぱり超サイヤ人になると、話インフレしすぎてすぐ終わるからやめたほうがいいネ!」

無駄に殺気の出し入れが上手くなってる気がする今日この頃でござる。
調子のいいやつめ。




さらにその次の日の朝。





「むむっ……賢しき兎のオーラを感じます……ッ。
 これは……昨日狩られた兎は【205匹】……!
 本体が何も無かったため、また本日【214匹】に戻りまする。
 今日の出来事は、また明日きてくだされ……ッ」


また失敗だと……?

おかしい。たった1回なら、偶然もある。
だが、200匹近くも2回も狩って、何も無しとは……。


「おい、本当に『ランダムに』本体の兎がまぎれてるのか?
 まさか、214匹目の兎以外は、ノーカウントとかないよな?」

「倒す順番や倒した数は無関係……ッ!
 フィールドを駆け巡る214の兎どものどれかが賢しき本体であり……ッ!
 その兎が、かのアイテムを持っておりまする……ッ!」



ふむ……なるほど。

今まで、俺はこれをラッキーゲームかと考えていたが……。

案外、頭脳ゲームかもしれんな。

一つ、思い浮かんだことがある。今日はそれを試してみようか。



俺の想像があたってるなら、これまでの情報を総合すると
きっとこの方法があたってる気がする。



……まずは、あの場所にいこうか。
前も行ったことのある、あの場所に。

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第十二話 「虐殺の日」              終わり
第十三話 「信頼は裏切られるためにある」 へ続く

更新情報は第0話にて。



[25915] 第十三話 「信頼は裏切られるためにある」
Name: 数門◆50eab45e ID:3f0dd04b
Date: 2011/03/08 10:05
「で、ここに来たわけだが。漆黒、どう思う?」

「どう思うって何がだヨ?」

「こんだけ狩られてるのに、アイテムがでない理由だ」

「うーん、セッシャはわかんないヨー。
 猫さんはアタリノウサギニココラアタリニココロアタリアッタリシタリ?」

「日本語でおk」

「なんか根拠あるんデショ?」

「ああ。ちょっと考えてみたんだ。
 昨日も今日も、全体の9割の兎が狩られている。
 なのに、レアアイテムは出ない。
 これはな、正直いって確率からいうとおかしいんだ」

「あれれーッ!おっかしいゾー!?」

ドガッ

奴の顔の側を、俺の槍が通化し、背後の木を貫く。
どこの薬物中毒少年探偵だよ。コナン君も怒るぞ。

「ぶ、武器を持ち出すのは、よ、良くないヨー」

「すまん、なんか流石にイラッと……。
 でだ。もしランダムに本体が配置されてるならな。
 数値に出すと、今の現状が起こる可能性は、1%近くだ。
 もし今日もそうなるなら、0.1%にまでなる。
 実際そうなってるとはいえ、かなり考えにくい確率なんだ」



NPCの発言を思い返す。
(『むむっ……賢しき兎のオーラを感じます……ッ。
 これは……昨日狩られた兎は【205匹】……!
 本体が何も無かったため、また本日【214匹】に戻りまする。
 今日の出来事は、また明日きてくだされ……ッ)
(『倒す順番や倒した数は無関係……ッ!
 フィールドを駆け巡る214の兎どものどれかが賢しき本体であり、
 その兎が、かのアイテムを持っておりまする……ッ!』)


「つまり、こういう可能性がでてくるんだ。
 『ランダム』配置じゃないという可能性だ。
 実際、NPCはランダムに配置されてるとは一言もいってない。
 『214匹のどれかに本体がいる』というだけだ。
 最初は順番制かと思ったが、NPCは倒した数は無関係だという。
 つうことは残る可能性は……だ」


「固定配置。物凄く見つけにくい場所にそいつはいる。
 そいつを殺さない限り終わらない。
 だから、200匹を何回狩っても無駄なんだ。
 一度でない奴からは、何度狩ってもでない。
 出る奴は決まってるんだ」


「固定配置って……。でもどこにいるんだヨ?
 正直、この50階層の中から見つけるのは大変じゃないかヨー?
 隠れられたらお手上げだヨ」

「そこもヒントがある。
 NPCが『兎はフィールドを駆けている』といっただろう。
 おそらく、移動しまくってるんだ。そいつは。
 ダンジョンの中でも、街の中でもない。普通の敵フィールドをな。
 実際、俺達が狩った兎も隠れてはいなかっただろう。逃げてはいたが」

「そこでな、思いついたことがある。俺達は今まで3回ほどあの兎を狩ったが……。
 見てどう思った?」

「どうっテ……。普通の兎だったヨ」

「そうだ。普通の雑魚の兎と、なんら変わらなかった」

「ソダネ。あっ、本体兎は、そいつらと違うトカ?」

「いや、違う。一緒だと思うぜ。じゃなきゃあ目立ちすぎてとっくに狩られてる」

「じゃあ一体……」

「その答えは、今いる場所だよ」




そう、恐らくここが答えだ。そういって、正面に広がるフィールドをみやる。


そこには、森が広がっていた。







「ここって……セッシャが猫サンの中に入った森じゃないかヨ」

「おいやめろ馬鹿。『中に』の前に『PTの』をつけろ。危険な意味になるだろ!
 ……じゃねえよ、あーゴホン。言いたいことはそれじゃない。
 つまりだ、ここの敵を覚えてるか?クマや猪、猿他の動物、

 そして……兎だ」

漆黒と出会った頃か、もう9か10ヶ月ぐらい前になるかな。
あの頃はここの敵を狩りまくってた。具体的には2話目ぐらい。

「Oh……」

「そう、俺たちが別の階層で狩った兎は、ここの兎と見た目が変わらん。
 もし、兎が本当にフィールドを移動しまくってるなら、
 本来兎の出ないフィールドではクソったれに目立つ。狩られないわけがない。
 今まで狩られてないのはおかしい。

 ……となると、答えは一つ。

 『移動しても目立たない場所に、本体はいる』

 木を隠すなら、森の中。
 この、兎の雑魚敵であふれたこのフィールドが、大本命だ」

「おぉ……」

「始めるぞ漆黒。いくぞゴーくん。徹底的に、狩りつくすぞ。見つけ次第、全力だ」





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     第十三話 「信頼は裏切られるためにある」
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そして、数時間後。

うーさぎーおーいしーかーのーやーまー

あの歌さ、美味しい兎って思った人は俺だけじゃないよね。

そんな歌を歌いながら狩ったかは定かではないが。



(そっちにいったぞ!お前のやや南西方角だ!
 大体3秒後に飛び出てくるぞ!)


漆黒にメッセージを飛ばす。
基本的に、一人は追い立てる役。もう一人は仕留める役だ。
兎の逃走AIは結構シンプルで、見つけた奴と真反対に逃げる。
見事なまでに一直線に。
誘導は簡単だ。
投擲ナイフでもいいが、距離があるからこの方向なら漆黒にまかせたほうがいい。

漆黒に連絡をし、返答を待つ。

ゴーくんの視界により、兎のオーラが消滅したことが分かる。

(仕留めたヨー!)

(Niceだ!)

(ハズレだケドー!)

(またか……)



漆黒のところまで足を延ばす。

「しかも今回も、ハズレでもない、普通の雑魚か……。
 わかっちゃいたが、こっから絞るのがさらに難儀だな。
 ……おい!漆黒!後ろ!」

俺の声に反応して、漆黒が後ろを振り向く。
そこには兎が飛び出してきて、すぐ反転して逃げていた。
それを2人で追いかけ、分散してまた仕留める。
遠目に兎をみつけるが、遠すぎる。あれは後回しだ。
その兎も俺たちをみてすぐ背中を向けてにげだしたし。

その倒したあとにも、また視界を横切ろうとして、
尻をみせながらすぐ逃げる別の兎がいたので、
これもまた追いかけて倒す。

その直後、また兎が目の前を横切って逃げていく。
数分後には、別の兎が視界に入ったと思うと、背を向ける。
またそのしばらく後に、別の兎が上から落ちてきて、猛ダッシュで真っ直ぐかなたへ逃げていく。

……んん??今……。

「多いネーどんだけ倒したんだヨー。
 って、あっ!猫サン後ろ!またいるヨー!」

んー何考えてたっけ。
まあいいか。休み時だな。

「……いや、いい」

「追いかけないのかヨ?」

「ああ。ちょっと休憩しよう……どうも良くない流れだ。
 漆黒、俺達は何匹倒した?」

「もう軽く50はいくとおもうヨー」

「どんだけ逃がした?」

「その3倍はかたいヨっていうか数え切れない」

「だな。明らかに、兎の出現数がおかしい。前はこんなんじゃなかった。
 間違いなく調整が入ってる。このイベントのせいでほぼ決まりだろう」

「この調子でいけばいけるかヨ?」

「……いや、無理だ。数が多いし、殺した先からすぐ別の場所に沸いてるようだ。
 この調子で狩ってたら、いくら時間があっても足りん。
 そこで……だ」

「また分散して狩るかヨ?ソロ×2の形で」

「それはあんま効率変わらなかっただろ」

「じゃあどーするんだヨ?」

「簡単に兎に出会えるうえ、レアっぽい光が見えなかったんで余り使ってなかったが、ゴーくんを飛ばしてみようと思う」

「おーそれはいい案だヨ。煙が紙一重で高いところが好きというヨ」

「うむ。ちょっと待ってくれ……。
 あと、煙じゃなくて馬鹿だからな馬鹿。
 そしてゴーくんは賢いからな。馬鹿じゃないぞ。煙でもないぞ」

「猫サンは親ばかだけどネ」

上手いこといったつもりかよ。
いつかどついたろか。
こいつには肉体言語のほうがいい気がしてきた。


ゴーくんを上空に飛ばす。目をつむり、そして、視界ジャックをする。
すると、世界は暗闇につつまれ、オーラに包まれた、モンスターや人だけが浮かび上がってくる。

む、人も結構多いな……。ただ考えなしにいるのか、俺以外にも同じ考えのやつがいるのか……。
モンスターは……。猿に猪に熊に……相変わらず兎の数が凄い。しかも動きまくりだな。
待っていても飛び出てきそうだ。
他の奴らをみても、同じように苦労してそうだな。
見た瞬間に反転して一直線に逃げるから、逃走ルートだけは分かりやすいが。

お、あれは兎の塊か。誰かが中心にダイブしたな。
ハハッ、きれーに点が広がるように真っ直ぐちってくなーおい。おもしれー。
まるで、水の中に投げた石が波紋を起こすような形だったな今の。
あれは直接みたら面白そうだ……。

……って、えっ?
 
・  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
今、俺は何を思った?

・ ・
何か……。

何か、ひっかかる……。

何かを見落としてるぞ……。


……。


もしかして……。

……。

……思い出せ。

……一つ、一つを、たぐっていくんだ。

今手元にある情報は確か。

――『賢しい本体』
――『シンプルな逃亡AI』
――『見かけると、一直線に逃げる』
――『目の前を横切……』

その時、俺の頭を雷光がよぎるように、閃きが舞い降りた。


「あ、ああッ!あああああッ!!!!」

カッと眼を見開いて、視界ジャックを終了する。

「ウワッ!」

仰け反る漆黒。どうした、何をそんなに驚いている。
俺のほうがもっと驚いてるというのに。

「分かった!分かったぞ漆黒!!」

「な、何がどーしたヨ!落ち着くヨ!」

「俺達は、既に、見つけてたんだ!本体を!」

「え、えエッ?と、とりあえず頭大丈夫かヨ?」

「……」

……コホン。漆黒に言われるとは……。なんか一気に冷めたぜ……。

興奮しすぎたな。
まだ実際に捕らえたわけじゃない。冷静にいかないと……。

「いいか、漆黒。この兎のAIがかなりシンプルなのは分かるよな。
 具体的にいうと、出会ったら必ず背中を向けて、一直線に逃げる。
 いいか、どんな時でもだ。
 正面からきても横から来ても後ろから来ても、必ず背中を見せて逃げる」

「んーそだネ」

「だから追い詰めるのも簡単だ。
 とても賢いとは言えないな。
 だが、NPCの言葉を思い出すんだ。

 『賢しき兎のオーラを感じます……ッ』
 
 あえて、賢いといっていた。
 しかし、実際は賢いとは全く見えない……」

「それジャ、ダメダメじゃないかヨ?」

「それで終わればな。
 だがさっき、俺達の前に現れたにも関わらず、
 そのまま横切って通り過ぎた兎がいたのを覚えてるか?」

「……いたっケ?」

「いたよ!そこは覚えておけよ!ここ、同意して手を叩く場面だろ!?
 違う!俺の手を叩こうとするな!」

このやろう。テンポ悪くなったじゃないか。

「つまりだ。あの既存のAIじゃない、ワンランク上のAIを積んだ奴こそが、本体なんだよ!」

「オオッ……さっすが猫サンだヨ!無駄に良く考えてるヨ!もっとリラックスしていいヨ!」

「ふッ……そう褒めないでくれ」

「で、具材的にどうすんだヨ?」

ガクッ

「おまえなあ……。だからさ、あとはぶらついてりゃいいよ。
 ずっと動きまわってるみたいだから、そのうちさっきみたいにあっちからでてくるだろ。
 真っ直ぐ逃げる奴は無視しろ。そうじゃない奴をいたら、追いかけるんだ。
 ただし、その後は気合いれろよ。
 まず間違い無く、投擲系はよほど上手く狙わないと避けられるだろうし、
 追い立てても真っ直ぐ逃げてくれないから、追い込むのもかなり難しいはずだ。
 方法は一つ。
 全速で追いついて仕留める。
 途中の雑魚は一切無視しろ。ポット飲みながらかいくぐれ。
 あと、具材的じゃなくて具体的な。おでんの注文じゃないんだから。
 OKか?」

「OK!タイタニックにのったつもりで安心してくれヨ!」

「お前は俺を安心させるつもりがあるのか?」

いつものやりとりを返す。

「とりあえず、別々でいいだろう。
 本体をみつけたら連絡をくれ。
 もしくは見つけたら連絡をよこすわ」

さて、それじゃあ、気合いれていきますかねっと。










そして、30分後、ついに、待ち望んだ連絡がきた。






(猫サン!見つけたーヨ!本当にジグザグに逃げてるネ!
 全然動きが読めないヨー!なんか周りの熊もやたら好戦的に襲ってくるヨー!)

(でかした!絶対に見失うな!俺もすぐにいく!周りはそれでも無視だ!立ち止まるな!)


漆黒の位置は……あそこか。
よし、ゴーくんの視界ジャックも使わせてもらおう。
うお……2人……いや、1人と1匹……いや、2匹とも凄い速さで移動してるな。
妨害もあるし、あれは、本体と知って執拗に追いかけないとすぐ巻かれるな。

んーほとんど同等ぐらいか?速さは。

漆黒であれなら、俺ならまず追いつけるな。

よし、ついにきたな、この時が……。




名前変更カード……。
どんな名前にしようか……。

いやいや、まだはやい。
全ては手に入れてからだぜ。




(もうすぐつく!よし、いくぜ!漆黒!)

(あ、猫サン、仕留めたヨー。間違いない、コイツがイベントモンスターだヨー!)

(……よ、よし!よくやったぜ!もうすぐ着くぜ)

気合入れた矢先にコレかよ。
いや、いいんだけどさ。
引っ張った割に、結末はあっさりだな。



しかし……ついにきたか。

この瞬間が。





俺の名前が、変わるその時が。



ついにきたんだ。





「フフフフ……ハッッハッハッハハハ!!!!」




俺はかなりのテンションになりながら、森の中を走り飛ばした。












――――――
――――
――







「よお、漆黒、やったじゃん!!!!」

「猫サン……」

「で、どうだった!?名前変更カードは……あったのか?」

「あったヨー……」

よし!素晴らしい!いいぞ!

「あったか!よっしゃ!これで勝つる!
 この長い人避けの生活とも、おさらばだ!」

「……」

って……。あれ?

なんか……漆黒にしちゃ、妙にテンション低いな。
さっきまで、いつもどおりに無駄に高かったのに。

……嫌な予感がする。

「まあいっか、じゃあそれを譲ってくれないか。
 あ、トレードでもいいぜ。物でも金銭でも」

漆黒は使わないし、さて、どんな名前にしよっかな……。
普通の名前がいいな。すっごい普通の。田中太郎とか。いや逆に変だな。
とにかく、今度こそ慎重に……


「……断るヨー」

「……え?」

今、なんか聞こえてはいけない言葉が聞こえたような。
聞き間違いか?

「な、なんだって?ちょっとはっきり聞こえなかったぜ、漆黒」

「だから、お断りだヨー。何を積まれても、このリネームカードを渡すつもりはないヨー」

な、何をいってるんだ?漆黒?

「……なん、だって?
 もう一回、言ってみて、くれない、か……?」

……マジか?

……頭が、くらくらしてきた。重い。
手足が鈍い。
視界が暗くなったかのようだ。
一体、どうしちまったんだ。
俺は。
いや、お前は。

「……猫サン。だから、これは渡せないヨー」

「漆黒。な、何を言っている……?」

「PTも抜けさせてもらいますネ。猫サンとは、ここでオサラバするヨ」

「……な、な」

<<『漆黒闇聖闘士†炎の吹雪(FireSnow)】さんが、PTを離脱しました>>

PT解除のシステムメッセージが、俺の衝撃を無視して届く。

……正直、俺は想像もしていなかった。


まさか、漆黒がここにきて”裏切る”とは。

こいつは、自分の名前に納得してたと思った。
今まで、特に確認はしなかったけど。


でも、俺は最初こいつの名前を見てどう思った?

『ありえない』、そう思ったんだった。

もしかして、こいつ自身も、ずっと……。







――――――
――――
――




……後々になって思う。

この時の俺は、本当にまだまだ甘ちゃんだった。

人の悪意ってモノを本当の意味で知らず。
善人性ってモノを、無意味に信じてた。

……いや、それも正確じゃない。

俺は、他人事だと思ってたんだ。
悪意が世界のどこかにはあっても、俺の周りには無いと思ってた。

ただ、それだけだったんだ。





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第十三話 「信頼は裏切られるためにある」 終わり
第十四話 「ハッピーエンドを君に」      へ続く

※更新情報、予定情報や一言は0話にて



[25915] 第十四話 「ハッピーエンドを君に」
Name: 数門◆50eab45e ID:3f0dd04b
Date: 2011/03/09 15:16
「……漆黒、一体、急になぜだ。何故……」

問いかける。

漆黒は一拍置いた後、静かに口を開いた。

「……猫サン。拙者、今まで猫サンのいないとき、街にいったりもしてたヨ。
 多少だけど、いろんな人と喋ったし、いろんな人と見たネ」

「……何がいいたい?」

そんなことは知っている。俺と違い、漆黒は街にもいく。最もそんなに長居せずにすぐに帰ってくるが。

「男なのに、女の名前した人、そこそこいたヨー。
 でも、楽しく溶けこんでやってる人もいたネ。
 きっと、よくある事なんだヨー」

「……だから、俺には必要ないってのか?」

「ソウダヨ」

それがどうしたというんだ。そんな奴が”多少は”いることぐらいは想像している。

「……漆黒。確かにそうかもしれん。だけどな、そう諦めがつくのは、この手にカードが無いときだけだ。
 お前が持っているから、全然話は違うんだよ。
 それに、バレても楽しくやってる人もいるだろう……でも、やってない人もいる……だろ?
 つまはじきものにされる奴だってかなりいるはずだ。見えないだけで。
 俺がその後者に入らない保証がどこにある?万が一がないと、何故いえる?
 いや、俺はきっと後者だよ。
 だから……」

槍を抜き、構える。

「渡してもらうぞ漆黒……。力づくでもな」

そして、相手に分かるように『信頼の腕輪』を装備する。

「ここまでの付き合いだ……。生命まではとらない。
 だが、決着がついた場合、大人しく負けを認めて渡してもらおうか」

「……」

「構えろ。漆黒。逃げた場合は、『腕輪を外して』追いかけるぞ。俺の追跡スキルから逃げ切れると思うか?」

これは警告であり意思表示。腕輪を外すとはつまり、
そちらがそこまで逃げるなら、最悪のケースも有るぞという脅し。
……本当に逃げたらどうしようか。追うのは言うほど簡単じゃない、それに、俺に漆黒を傷つける事ができるのか。
正直な話、傷つけることはできても、トドメをさせる気は全くしない。
受けてくれないと……本気で詰む。

そもそも漆黒が裏切るということ自体が……信じられない。どこか現実味のない夢のようだ。
この10ヶ月ほど、少なからず命と名前を預け、信頼を感じてたのは俺だけだったのか。
夢なのか?それとも。
現実感がない。衝撃が大きすぎて、逆に感情が固まったかのようだ。

「本気デスか……。らぶりーえんじぇるにゃあこたん……」

「……」

「スルーとは……本気なんですネ……」

お前の俺の本気判定はそこかよ。こういうやりとりも最後かもしれんが……。
最後……本当に最後なのか。

「分かりましタ。お相手いたしまショウ」

漆黒が、やはり分かるように『信頼の腕輪』を装備し、カタナを抜き放つ。
正直ホッとした。ソレを表には出さないが、心の底から。
逃げられた場合、俺は追いかけたとしても、何も出来る事がない気がしたから。

「そのかわり……拙者が勝った場合は、引いてもらいマスネ」

「いいだろう。最も負けないがね。お前こそ約束を守れよ」

「来な」と促し、モンスターの邪魔が入らず、人目もない中原まで移動する。

しかし……そうは言っても、怖いもんだな。問題はまだある。
『信頼の腕輪』とはよく言った物。
もし、相手がとどめの瞬間に外したら……俺は死ぬ。
勿論相手にとっても同様だ。俺がその瞬間に外せば、漆黒は死ぬ。
お互いに相手に絶大な信頼がないと、このデュエルは成立しない。
そしてそれは、最後の最後まで分からないんだ。

裏切った相手に信頼とは変な事態だがな……。
だが、俺は何故か漆黒が外す気はしなかった。
あっちはあっちで、不安に思ってることだろう。

「そういえば、お前と出会ったのもこの森だったな……」

「……そうですネ」

出会った頃を思い返す。
こいつをMPKから救った俺が、いまPK紛いの決闘をしようとしている。
……不思議なもんだ。

「……行くぜ」

「……カカッテ来るね」

槍を構える。
真剣勝負の空気……嫌いじゃない。
この空気がすきだから、俺は戦いづくしの日々でもやってこれたのだろう。
裏切られたダメージはあるが、この緊張感に比例するように、
うけたショックと逆に感情は凍てつき頭は冴えていく。

……もう言葉はいらん。

漆黒と俺が、同時に言葉を紡ぐ。

こういう時は、こういうと決まっている。




「「いざ、尋常に……」」


「「勝負!!」」



一陣の風が、俺達の間を通り抜けた。










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     第十四話 「ハッピーエンドを君に」
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……お互いに大きく動かない。

風にゆらぐ草の音すら響く。
ヒリつくような空気。

漆黒は居合の構え。
……いつか、コピーが同じことをしてたな。
だが、前と同じ手は使えない。

第一は距離の問題。以前よりずっと近い。投げるモーションの間に近寄られる。
第二は広さ。館の中で左右に動きづらい前回と違い、自在に動ける広い草原だ。
第三にHP。牽制にはなっても、致命傷には絶対にならん。俺なら回避に専念しない。投擲は所詮牽制にすぎん。
第四に……奴は人間だ。AIほど馬鹿正直じゃない。

ちっ開始距離を縮めすぎたな。

このままじっとしててもいいが……。

いや、よく見ると、じわり、じわりと間合いを詰めてきている。

……いい手だ。

1:1の槍に対してはさらに遠距離から攻撃するか、さもなくば懐に飛び込むのが定石……。
追い詰めて、狩る気か。

そうさせるわけにはいかない。やはり、俺から手をだすしかないようだな。

「ハッ!」

烈火の気合とともに、横薙ぎに槍を繰り出す。
突きでは身のひねりでかわされる可能性がある!
サイドステップでは避けられまい!
ガードしても俺の筋力値のほうが上、よろけるのは漆黒!
つまり、どうしても下がる必要がある。
そして距離があくほどに俺に有利となる!

「シッ」

だが、それに対して漆黒は、カタナに収めた鞘ごと槍に対して
やや斜め向きの垂直に掲げる。

「何ッ」

ガインッ!
筋力値で上回る俺が、漆黒の体勢をやや崩すが、槍が鞘を上滑りし、
虚空にそれていく。完全に体勢が崩れた、正面ががら空きだ!まずい!

漆黒はそれに対し、よろめきながらも無理やりこちらに突っ込んでくる。
居合にはならないが、そのまま掲げた鞘から上段抜き打ちで斬りかかるつもりだ。
俺の槍はまだ中空を向いたまま。このままなら無防備でくらってしまう!
だが……

「甘い!」

俺は上滑りして言った槍を無理に戻そうとせず、そのままの勢いに合わせむしろ体の回転を加速させる。
軸足でしっかりと大地を踏みしめ、そのまま回し蹴りを放つ。

漆黒はまさかここで蹴りがくるとは想像してなかったようで、
モロに胸に攻撃をくらい、弾き飛ばされる。
そう、俺は体術スキルもあげている。

……俺と漆黒の違いが、出始めた。

「ヤッ!」

蹴りとともに戻ってきた槍の穂先を漆黒に向け、
バランスを崩した漆黒の足元を狙い、片手を伸ばし、槍を突き刺す。
漆黒が慌てて避けるが、真の狙いはそこじゃない。

「スカイスラッシュ!」

突き立てた槍をしならせ、棒高跳びのように加速値をつけ天に飛ぶ。
そして、絶対に反撃のない、はるか上からの一撃を振り下ろす。

避けきれないと判断した漆黒は、剣を横にガードに回る。
だが加速度を加えて振り下ろされた一撃は強烈。
ガードの上からも体力を削り、漆黒の態勢を大きく崩す。
だが真の狙いはさらにある。着地後、今度は点での打突。

「ビリヤードスタンプ!」

態勢を崩した漆黒は避けることもできない。
最も見切りにくい点での攻撃は、それでもガードしようとした漆黒のカタナをかいくぐり、胸にあたる。
ダメージはゆるい。なぜならこれは吹き飛ばす攻撃だからだ。
ヒットした漆黒は、技特性もあり、完全に宙を舞って吹き飛ばされる。

……詰みだな。

吹き飛んだことがではない。槍相手にここまで引き離されたことがだ。加えて主導権は俺にある。
ダッシュで着地地点を追いかけ、未だ起き上がる途中の漆黒に攻撃を加える。
もはや漆黒は為す術もない。

槍の圧倒的な強み……。それは対人戦の強さ。
どの時代でも、戦いの最も優れたるものは、敵の射程外からの一方的な攻撃だ。
拳よりカタナ、カタナより槍、槍より長槍。長槍より弓。リーチはいつだって強さだった。
ここゲームでも、システム的なアシストや、漫画的な技のいくつかはあるとはいえその根本は変わらない。
でかいモンスター相手じゃ「最長武器」というメリットは霞むが、対人じゃ別だ。
カタナがどのような行動をとろうとしても、常に槍の行動が先にヒットし、行動を阻害される。

つまりリーチの差ってのは圧倒的ってことだな。

さらに、俺と漆黒ではステータス差も大きい。
まずLVが違う。LVが違えば根本的な強さが違うのがこのゲームだ。
LVだけでいえば、漆黒もそこらの前線メンバーぐらいの強さはある。
が、漆黒のように休憩を挟まず、ひたすら戦闘ジャンキーと化してきた俺のLVは、それをさらに上回る。

つけくわれば、LVが仮に同等だとしても、先程の体術のように、戦闘スキルの習得率が全く違う。
体術スキル。隠蔽スキル。観察スキル。識別スキル。追跡スキル。索敵スキル。
戦闘用ではなくとも、目や耳、見た目、数多の補助スキルが奴の挙動の情報を読み取り、こちらの情報を隠す。
武器が違う。
LVが違う。
スキルが違う。
そしてはっきりいえば、戦闘そのものの熟練度すら、俺のほうが上だ。
伊達に何ヶ月もゴースト相手にずっとカウンターやってたわけではないし、ソロづくしではない。
ステータスに頼らない、攻撃そのものを見切り、避け、かわしながら反撃する強さが。
アシストシステムに頼らない、腕の振り、足の捌きが、いわば脳に刻まれた強さが、俺にはある。

……終わったな。

怒涛の攻撃が漆黒にヒットする。
漆黒の攻撃は、結局あの最初のワンチャンスだけだった。
それすらも失敗し、俺は一太刀も浴びてないまま終わった。
あとは一方的な蹂躙。傷どころかチャンスすらない。パーフェクトゲームだな。

最後に破れかぶれに漆黒が攻撃しようと、カタナを振り被るが
俺は冷静に攻撃を見切り、痛烈な一撃を武器の根元に加え……
――武器破壊を引き起こした。

そして、そのまま漆黒に最後の攻撃がヒットする。

結局、漆黒に「一か八か」の行動すら与えるチャンスもなく。
徹底的に行動を封じ。
無感動に、奴のHPバーが空っぽになった。












勿論、HP1を残して。





「……終わりだ、漆黒」

倒れて動かない漆黒に近寄ると、回復結晶を使う。
これで全快するだろ。
まあ、万一モンスターの奇襲があっても嫌だしな……。

そんな事を考えてると、漆黒が、ガバッと起き上がって
いきなりこちらを羽交い締めにしてきた。

……まずい!

油断しすぎたか?

また、俺は裏切られるのか?

そう思って振りほどこうとすると。


「ウウ……猫サン、アリガトヨー……」



なんか泣いてた。





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――――
――






「なんだかな……ほら、いいから渡せよ」

なんか、シリアスな空気がブチ壊しに……。

「……分かったヨー。渡すヨー……」

「……」

なんだってんだ、一体……。
不信に思いながらも、アイテムを受け取る。
そして、ワクワクしながらチェック。

だが、そこに書いてあるものは、俺を三度絶望に突き落とした。

「……こ、これは!」



『リネームカード
 ・装備品のみ、名称を自由に変えることができる(性能は変化しません)
 ・名称変更中のアイテムはトレード・売却・廃棄不可
 ・名称変更中のアイテムがある場合、このアイテムのトレード・売却・廃棄不可
 ・使用回数制限無し』 



装備品『のみ』
のみ
のみ
のみ

……

馬鹿な……。

人名は、含まれないのか……。


「……なんて、こった」

「猫サン……」

「漆黒……お前が急に渡せないっていったのは、これが理由か……?」

「そだヨ~……。
 きっと、猫サンみたらがっくりすると思ったネ。
 デモ、それだけじゃないヨ」

「さっきも言ったケド、女っぽい名前の人、たくさんいたネ。きっと、猫サンも紛れても問題ないと思ったヨ。
 だけど猫サン、ボクとPT組んでる間は、解散しないと思ったヨ。デモ、それ良くないヨー!
 猫サン、街に戻るべきだヨー。もっとたくさんの人の中に、入れる人だと思うヨー」

「……漆黒。お前ってやつは……お前ってやつは」

俺のことを考えてくれてたのか……。そんなことを……。

俺のことを考えて……。クッ。

バキィ!

槍を振り落として叩く。

「イタッ!遺体!猫サン!セッシャのHPがまた空になっていク!遺体遺体しちゃうヨ!」

「やかましい……ッ!グスッ、クソッ、無駄に人間に絶望しかけたじゃねーかッ……!グスッ、ボケッ」

くそ、目から液体が止まらねえ。しまらねえ。なんでそんなもん流れてるんだ。
哀しみかそれとも喜びか。
泣くから悲しいんだっていう名言があったから、きっと悲しさだな、うん。

「最初にいったろーが!リネームとか!こんなもんありえないから期待してないって!考えすぎなんだよテメーは!」

「それいつもボクが猫サンに言ってることネ……」

「うっせ-、グスッ、バーカ!浅知恵野郎!」

危うく人間不信になりかけただろう。はた迷惑な。

「……最初から、言やあ良かったんだよ。どっちがいいかなんて、お前が決めることじゃねえ。
 俺が決めることだろ。俺の決める道は、俺が決めたから、どんな道であろうとそれでいいんだ」

「猫サン……」

「大体だな。今更だろ、もうこういう生活も1年3ヶ月も続けてきたし、お前と組んでももう10ヶ月だ。
 お前とわかれるのとカードなら、PT続けるよ」

「ね、猫サン……ウワアァンダヨー!!ゴメンヨー!!」

泣くな……キモイから。漆黒には悪いが絵面的にはキモイ……。
これが美少女ならフラグなのに……。
それに……ちょっとかっこ良くいったけど、戻って成功する率が100%じゃない以上、
取り返し効かないとこに踏み切れないというチキンな理由もあったり……。これは黙っとこう。

「とりあえず、謝れ。俺に、色々と」

「ウン……。ごめんなさいだヨー」

「やれやれ……」

「カード……返すヨー。本当ゴメンダヨー」

「いや、いいよ。それはお前が持っておけ」

「イイノ……?ダッテ、今回凄い迷惑かけたノニ……」

「2人で倒したんだから、どっちのアイテムでもあるだろ。俺がいいっつってるから、いいんだよ。
 お前のほうがカード使いこなしそうだし……そうだな、信頼の証とでも思っとけ」

「猫サン……ウワアアン!アリガトウ!本当、お世話してるヨー」

「そこは……まあいいか。ほんっと……やれやれだぜ……」

お世話になってる、が正しいと言いかけてやめた。
ま、訂正しなくてもいいか……。
なんだかんだいって正直な話、俺はこいつの底抜けのお気楽さとポジティブシンキングに、大分助けられてきたと思う。
もしあのままずーっとソロで、人間不信生活続けてたら、今頃心は荒みきって自殺してたかもな。
まあだからこそ、さっきは相当衝撃ではあったが……。

漆黒はまだわめいている。こいつが興奮しすぎるせいで、逆に俺が冷めていく気がしてならない。

しかし、そこまで感動しなくていいだろう……。俺も泣けてくるじゃねーか。








ま、色々言いたいことはあるけど……とりあえずハッピーエンドってことで……いいか。









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――――
――






「そういえバ。ちょっと話戻るケドヨー」

「ん?」

「PTから離れていいかヨ?」

「んー?……さっきの理由か?俺が街に戻ったほうがいいとかなんとか……
 まあ、あそこまでいうなら、嫌だけど考えなくもないけど……すげえ嫌だけど……死ぬほど嫌だけど……」

「No。それもあるけど、そうじゃなくテ……、今回の探索中に、前のPTに出会ったんだヨ」

「前の……?ああ、お前を置いてった奴らか」

そんな奴らもいたな。10ヶ月も前だから忘れちまった。

「Yes。そしたら、なんか前のことは謝りたいっていってきてサ。そんで、おはなし色々シヨってさ。
 1日2日でいいから、一度PTに戻ってくれないかっテ」

「ふーん……」

「どうかヨ?まあどのみちすぐ戻ってくるヨー」

「俺はさっき言ったとおりのスタンスさ。お前の道だろ。他人がどうこういっても、迷惑になるだけよ。
 選ぶのはお前。好きにしな」

俺だったらもどらんけどな。どの面下げてって奴だ。でもまあ、真摯に謝られたら……うーん。
そいつらの人となりを詳しく知らんしなんともいえんな。

「そうかヨー。じゃあ、ちょっくら戻ってくるヨー」

「おう……楽しんでこいよ。ちなみに、そいつらの名前、なんつうの?」

「オーいい忘れてたヨ。ギルド<<チャレンジャー>>っていうヨ」

「なるほどね。ああ、何度も何度も何度も念を押すけど、俺の名前は言うなよ。ていうか存在をだすな」

「大丈夫ネ。このカタナに賭けても黙ってるヨ!」

「さっき俺が砕いたばかりなんだが……」

不安にしかならん。
ちなみに今は同等の予備があったので、漆黒はそれを装備している。
まーいい。なんだかんだで実力は一線級だし、どこいっても大丈夫だろ。

その後も適当に会話したが、結局送り出すことにした。

「じゃあなー」

「アイヨー」

やれやれ、騒がしいのが行ったな。まあ久々に羽を伸ばさせてもらいますか。

結局、出会ったここで再び別れることになっちまったな。
まあ、すぐ戻ってくるんだが。

あの頃は、こいつがPKされかけても所詮他人事、なんて薄情なことを思ってたもんだが。
なのに今は、本気でいないとなると、なんか寂しささえ感じる。人は変わるもんだな。

奴がいないと静かだねなんとも……。
よく昔の俺は半年間もソロに耐えれたね。










……この時、今になっても考える。何が正解だったんだろう?俺は何ができたんだろう?
結果論からいえば、やることはあった。
でも、この時の俺は、まさに人を信じることを、取り戻した直後だった。
俺にその選択肢は、取れなかったと思う。

それでもやっぱり、結果論からいえば、こういうことだった。

俺は……甘ちゃんだったのだ。

また裏切られるなんて、とてもとても。考えもしなかったんだ。





















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――――
――


















漆黒を送って次の日の朝。

俺は起きると、寝ぼけ眼に漆黒に久々の邂逅はどうだったか聞くべく、Wメッセージを送ろうとした。
あー眠い。昨日は体力的にも精神的にも疲れたからな……。
む……フレンドリストが灰色じゃん。使えないのか。しょうがない、手打ちで送るか……。

ポチポチと……。あいつの名前は無駄に長くて打つのが面倒くさい……。眠いし……。
よっと、送信と……。

<ピロン>

即座にメッセージが返ってきた。

返ってきたメッセージは以下のようなものだった。


『 システムエラー

 【漆黒闇聖闘士†炎の吹雪(FireSnow)】への、メッセージは、失敗しました 』


………………。


失敗?何故……?

あ、あれかな?名前が長いから、打ち間違えたとか……。

はは……寝起きで寝ぼけてたし……。

……間違えたんだよな?

……嫌な、予感がする。








空が、曇ってきた。





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第十四話 「ハッピーエンドを君に」     終わり
第十五話 「しかし石碑は事実を告げる」 へ続く
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[25915] 第十五話 「しかし石碑は事実を告げる」
Name: 数門◆50eab45e ID:3f0dd04b
Date: 2011/03/11 06:59
メッセージが届かない。
何故。
何故だ。
何度やっても。
何度やってもだ!

何度も送る。
ログからコピーして送る。
手打ちで送る。
大文字と小文字を変えて送る。調整して送る。
半角と全角を変える。
記号を変える。
†を両端に追加してみる。

だが、全てダメだ。全く送れない。
返ってくるのは全部同じ。「メッセージの送信に失敗しました」だ。

……名前が変わったとか!?

そうだ、あいつにはリネームカードを渡していた。
あのアイテムが、何らかのVerUpによって、プレイヤーネームも変更できるようになったとか……。
街中にいる奴らのほうが、情報力があるのは確かだろうし。
俺の把握してない何かに関連づけたのかも。
そうだよ、パワーアップしたリネームカードによるプレイヤー名変更だ。


……いや、それも変だ。漆黒なら、連絡よこす気がする。いや、絶対によこす。


そもそもだ。寝ぼけていたが、なんでフレンドリストからメッセージが送れないんだ?
フレンドリストは、連絡不可状態を示す灰色……。



「……あッ!!!」



思い出した。そういや、別ダンジョンに入ってる間はメッセージ送信ができないんだっけ。

俺も本当に寝ぼけてたな。漆黒とメッセージでのやりとりができない環境にいること自体が久々だから。
すっかり忘れていたぜ。

しかし恥ずかしい。

あーもう、バカか俺は。

ここまで真剣に悩んでいたのが馬鹿みたいだ。
思わせぶりなシステムメッセージに振り回されすぎたわ!

いや俺が悪いんだけど……。

とりあえず、近くの木を、ていていと殴って憂さ晴らしする。


ふう。落ち着いた。


しかし、朝からダンジョンに潜るかね。他の奴らは俺と違って朝起きて昼戦って夜寝るみたいな生活してると思ったが。
意外に廃生活でもしてんのか。

まあいい。漆黒のLVならそこらのダンジョンで何かあることがありえん。
ましてや、戻るPTは攻略組でもなんでもない低中層のPTだ。
意外に漆黒の強さに頼り切って、ダンジョンに長くいるだけかもしれんしな。

さて、俺の方は久々の完全なソロだ。
自由気侭に狩りを楽しむとしよう。











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    第十五話 「しかし石碑は事実を告げる」
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……おかしい。

次の日の朝、何事もなく前日の狩りを終えた俺は、一人考えていた。

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
未だにメッセージを送れない。

昨日の早朝、朝、昼、昼過ぎ、夕方、夜、深夜、そして今。一度も送れていない。
確かにダンジョンで夜を明けることはある。

だが、それはかなり廃人の話だし……既に2日目なんだぞ?
俺みたいな外こもりでもあるまいし……。
あいつらのLVは聞いた話、かなり低いようだった。勿論俺たち最前線LVからみてということだが。
彼らが挑むようなダンジョンで、そう長くかかるだろうか。漆黒もいるのに。


胸騒ぎがする。


まさか……。

いや、ありえん。漆黒はソロでもやっていける腕がある。
あるとすればトラップ?凶悪なトラップとか。
しかし、あいつは戦闘スキル重視の俺と違い、鍵開けスキルは俺以上にあげていたはず。
それに危険管理の鉄則は何度も教えている。
よほど高難度ダンジョンじゃないとそれもありえん。
あいつは馬鹿だがゲームの腕はヘタじゃない。自滅するような真似はしない。

いや、まさか高難度ダンジョンにいったのか?
漆黒の腕の強さを過信して。
だが今の最前線は51層。おりしも廃ギルドの主力が凄まじいダメージを受けたあとだと新聞で読んだ。
今の空気としては攻略はかなり慎重になっているはず……。



……念のためだ。念のため。気のせいだろう。




だが、俺は思う。『ここにいくこと』……それ自体が、不安の証。
何かの予兆を感じてる証拠なんだろうと。


不安に思ってない奴が、此処に来るはずがないんだ。


湧き上がる不安や警鐘を無視して、俺はその場所に足を運んでいた。


   あの、絶望が刻まれる場所に。


足取りは、重い。敏捷パラメータが最低値に落ちたかのような錯覚だ。
筋力パラメータもだ。体が重い。武器や装備が重い。
顔が重い。その場所に、たどり着いても、顔を上げるのに凄く力が必要になった。




まさかだ。


いや、そんな馬鹿な。


ありえないし……あってはいけない。




ありえないでくれ。頼む。



そして、始まりの街、その中央に立つ、石碑の前で……



死者の名前が刻まれる”それ”を、ゆっくりと見上げた。






そして、それをみた。






そこに記されている文字は、



たった1つの、




動かせない真実を俺に突きつけた。






漆黒は







漆黒の名前に横線が……











無かった。






奴は、







無事だった。









「……ふう」


どっと疲れた。……考えすぎたか。
とすると、本当に未だにダンジョンにいるのか。

念のため、昨日漆黒に聞いた<<チャレンジャー>>ギルド全員の名前を確認する。
えーっと……。

ほっとした。良かったぜ。こちらも全員無事なようだ。
てことは、全員で夜通しダンジョンか。2夜連続で。
意図的にこもってんのか……。

ま、どれであろうと高難度ダンジョンなら、漆黒はともかく他に犠牲者が出るだろうし。
閉じ込めるゆーても、5,6人いて脱出アイテム誰一人ないなんてないだろ。
低層でこもってる線が一番高いかな。やれやれ。
疑心暗鬼になりすぎだったか……。

なんかもう最近、テンションの上下が無駄に激しくて困る。
裏切ったと思ったら裏切ってないし、死んだと思って死んでないし。

つうか、このオチはなんだよ。無駄にハラハラさせやがって。
俺の一人相撲伝説がまた一つ追加されてしまったし。

全く、マジで疲れた。

付き合う方の身にもなれといいたい。






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――











「さて、どうしようかな……」

せっかく久々に始まりの街にきたんだ。

長居なんて死んでもしたくはないが、掲示板見るのと新聞だけ買って帰るか。

下層の情報もちょっとは知っておいていいだろうしな。
やれやれ……。

フードを深くかぶって顔を隠し、新聞を買うと人気のない適当なベンチに座って読み始める。

『今日の最前線情報!』
『街をでてみよう!初心者でも倒せる雑魚10傑』
『アイングラッドちょっといい話』
『今週の非マナープレイヤー!』
『定期情報:確認済みのオレンジギルド一覧』
『今週の注目プレイヤー』

……相変わらず怖い記事が並んでるな。非マナープレイヤーとかは低層荒らしか。
漆黒とかのってないといいけど……。

注目キャラクターとか。やめてほしい。こういうのがあるから、万一を考えて街にいれないんだ。
ネカマ特集とかあったら死ぬぞ。とりあえず、記事作った奴を殺してから。
まあ、基本的にポジティブな内容のようだが……。
ゴシップ新聞だってあるんだからな。


そう思いながら読んでいると、ある一つの記事にぶち当たった。


『注目のオークション!今回の目玉は?』


オークションか……。当然のように名前必須だから俺には全く縁がないが、
こういうところで実用アイテムや有名アイテムの情報を得るのは大事だね。


『今回の注目オークションは、なんと一品物!?
 今まで誰の目にも出たことがないアイテムでーす!
 もしかすると二度とは出ないこのアイテム、高いと言ってもお金で買えるうちが花かもよ?』

へーこんだけやってて、一度も出たことのないアイテムね……。

一体なんだろ……う……
 

「な、なんだと!!!!」


人気のないところでよかった。
それでも、その叫びは想像以上に響き、遠くにいた人がこちらをチラ見する。
だが俺はそれどころではない。
なぜなら、その記事に書かれたアイテム、それは……。


         【リネームカード】

だったからだ。


『なんと!このカード、名前の通り、名前を変更できるんです!
 最も、変えれるのは装備品のみ。
 ですが、これがあれば、本当の意味での「あなただけのオンリーワン」が作れてしまいます!
 装備品一式をまるごと自分色に染め上げれちゃう!
 カッコイイ名前でもいいし、恋人の名前でも、自分の名前だっていいんです!
 記者もとっても欲しい!愛着ある装備には是非これを!
 そんなアイテムを幸運にも入手できたのは【チャレンジャー】さん。
 先日の兎狩イベントで、偶然入手できたそうです!
 あの低確率の中でゲットって、どんだけレアな確率なんでしょう!羨ましい!
 みなさんもこの幸運にあやかってはいかがでしょう?
 気になるオークション掲示板のナンバーはこちら!』


「馬鹿な……!」


あのアイテムが【チャレンジャー】のドロップだと!?

ふざけるな!!

あのアイテムは間違いなくオンリーワン!
俺たちの入手と共に他の兎は掻き消えたし、イベントは終了した!
俺たち……いや、漆黒以外に、アレを持っている奴がいるはずがない!

そして……
 (それはお前が持っておけ)
 (そうだな、信頼の証とでも思っとけ)
あいつが、売るはずがない!絶対にだ!

何故彼らがこのカードを持っている?
何故こんな掲示板に出品されている?
何故漆黒の名前が一言もない?
何故こいつらが倒したことになっている?
何故漆黒から連絡がない?
何故こいつらは、ダンジョンからもどってきている?漆黒が帰ってないのに!


「くっ……」


何があった……。確実に何かがあった!
俺はベンチを破壊せんばかりの勢いで、片手を振り下ろす。
一体何だ?
このたった2日の間に、何が起こった?

オークション掲示板をチェック。
流石オンリーワンアイテムだ。取引額が凄まじく高騰している。
あの馬鹿高い回廊結晶二個分はあるか……?終了までには3,4個分かそれ以上ぐらいになってるかもな。
取引終了日は一週間後か。
だがそんなことはどうでもいい。

出品者は……やはり、漆黒ではない。確か【チャレンジャー】のギルドリーダーか。
出品時刻は今日の朝。
他には……。

「……!これは……ッ!」

馬鹿な……。
チャレンジャーのメンバー……リーダーではないが……は、他にもアイテムを出品していた。
特に装備……中には結構なレアものもある。
だが、俺にはそれはレアでもなんでもない、見慣れたものだった。

それもそのはず。

なぜなら、それは【漆黒の装備品】だったから。
奴の兜、奴の鎧、奴の具足、全てが揃っている。

「嘘だろ……!」

事ここにいたり、俺も、出来るだけ考えないようにしていた可能性を考えなければいけなくなった。
漆黒の身に、何かあった。
漆黒がチャレンジャーにプレゼントしたなんてことを考えるほど、俺はお花畑ではない。

考えたくはない。考えたくはない。
だが、俺の理性が感情とは無関係に、与えられた情報から勝手にそう結論を出す。
俺の理性が恨めしい。気付きたくなかった。
そう、漆黒が。

「死……?」

あの殺しても死なないような奴が?
あの糞馬鹿脳天気で、最も死とは無縁そうな奴が?
あのいつでも笑ってるような奴が?
もう笑わない?
くだらない言い回しも、もう二度と口開くことはないのか?

……いや、落ち着け。石碑にはない。だから死んではいない。
だが、だからといって全く楽観などはしていなかった。
それに近い状況が起こってるはずなのだ。じゃなければこの状況はありえない。

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
何が起こっているのか。

      ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
そして、何故そうなったのか。

異常。何もかもが異常だ。

……いや、シンプルかもしれない。考えたくないだけで……。

今度も、そうあって欲しくはないという感情と裏腹に、やはり理性は冷徹に結論を出す。
【チャレンジャー】……すべての鍵は、奴らが握っている。
まずは、情報だ。より正確な、多くの情報を。

熱くなる心と反比例するように、頭は冷えていく。

……これをやるとすると、踏み越えなければいけない。
1年以上も回避した、あの一線を。
どうする……?心の天秤が揺らぐ。

片方の天秤には漆黒の情報……片方の天秤には1年守り通した羞恥心。



だが、結局のところ……躊躇は一瞬だった。





俺の決断は早く、そして行動はそれ以上に速かった。

俺は、静かに掲示板に、装備品のほうのオークションに【即落札金額】を入力した。
おそらくは相場より圧倒的に上。多分、だした方も売れたらOK。売れなきゃ自分で使うぐらいの気持ちだろう。
だが俺は躊躇せず買った。家用にためた、ここしばらくで貯金した金の大半が吹き飛ぶが、買えるだけまあいい。



実に……俺の名前が、1年と3ヶ月ぶりに、公の場にでた瞬間だった。



もっとも、それが劇的なことだと知ってるのは、誰もいないだろうけど。

……もし、これで。もしもだ。

          ・ ・ ・ ・
真実がもしも、想像通りなら……。

          ・ ・ ・ ・
俺は、決して、甘くないぞ……。


俺の心を、黒き情念が埋め尽くしだした。それはまるで漆黒の闇のように。













空から、雨が降り始めた。

――――――――――――――――――――――――――――――
第十五話 「しかし石碑は事実を告げる」  終わり
第十六話 「そして彼も罠にかかった」    へ続く

※更新情報、一言などは第0話にて



[25915] 第十六話 「そして彼も罠にかかった」
Name: 数門◆50eab45e ID:dc144833
Date: 2011/08/07 19:49
俺達は――そう、調子にのっていた。

何もかも、とは言わないが、かなりいー感じだったからな。

風が吹いてるって奴よ。
楽して大儲け、一度味わったらやめられねえぜ。
クソ真面目に毎日頑張るなんてバカのすること。
賢い奴ってのは、俺たちみたいなプレイをいうのさ。

ほんっとSAOってのは最高のゲームだぜ。


俺達は、全てが上手くいっていた。
そう、何もかもがな……。





「おーう。リーダー!いるか?」

俺は、宿屋の一室……俺自身が副リーダーを務める、チャレンジャーの野郎どもがいる部屋の
ドアを蹴破るようにあけ、そこに駄べってるはずの仲間と、リーダーに声をかけた。

「あー?なんだよグリフィス」

仲間の一人が顔をあげて返す。
リーダーだ。相変わらずだるそうな奴だ。
ちったあ命令ばっかせずに、自分で動きやがれってんだが。
動くのはほとんどこの副リーダーの俺ばかりだ。いずれ乗っ取ってやろうか。
まー今は気分がいいから黙っててやるが。

「いやあそれがよー。装備一式だけど早速売れたぜぇ!
 しかも即決!これだけで回廊結晶分は余裕で黒字だろー!」

「おいおいマジかよ。へっ、来てんじゃん?」
「げ、あの馬鹿高い値段で売れたのかよ。クソ、賭けに負けたじゃねーかボケが」
「買った奴バカじゃねーの?(笑)」
「だからいったろ?こういうのはとりあえずだしてみろって」
「うぜー」
「あの一財産分ある回廊結晶をカバーするかよ……」

仲間が勝手にはやしたてる。
まー俺もあの値段で売れるとはまさか思わなかったからな。

「もう来まくりだろコレは。俺らの時代?   ・ ・ ・
 んでさー早速だけど取引いってくっから、あいつの装備もらってくぜー」

「あーいーぜ。さっさとすましてきてくれ。ちょろまかすなよ」

「わーってるって。しねーし、額なんて掲示板みりゃ一発だろ」

チッ、一々ケチ臭い奴だぜ。
だが、まー甘いな。
今回は掲示板じゃ見えねえ金があるんだよ。

さっき、落札直後に届いたメッセージを、俺は眺める。
それには、こう書かれていた。

『初めましてー。私、落札させてもらった†愛舞天使猫姫†と言いますー。
早速ですが、落札物の取引に入らせてもらってもいいでしょうかー。
あとスイマセン><
実はオネガイが一つあるのです。
落札した私の事は、出来る限り秘密にし、お一人できてください。
もし秘密にしてもらえるなら、料金は1割増しでおはらいしますので。
では取引場所についてですが……』

それをみて、ニヤリと笑う。
たった1割といえど、元の額が額だ。
黙ってるだけ。それだけで大金が俺だけもらえるんだからなんとも美味しい話だ。

それに、黙っててという理由もなんとなく想像はつく。

(もしかすると女かもしれねーし……)

それだとさらに美味しい話だ。名前は痛めだが。
SAOの中に女性キャラクターは数少ない。
勿論だからこそネカマもいるが、顔が割れてるSAOでは逆に完全にネカマプレイしてる奴はごくわずか。

女だとすると、黙っててくれっていうのも理由がつくし。
さらに美人ならなおいい。今後楽しめるかもしれん。

(これは本当に流れきてるっぽくね?最近はツキまくってんなー俺)

「さて、じゃあ取引場所にいってくっかね……」

当たり前だが、PKの可能性がある安全エリアの圏外で取引をするバカはいない。
街の中で取引するのが一般だった。

あっちからの連絡だと、取引場所は始まりの街の外れを指定している。
自分の拠点からも遠いエリアだし、問題はない。OKの返事を送る。

早速『分かりましたー。すぐいきますねー><』という返事があり、俺の心は楽しい予感でみたされた。

さてさて、いってきますかね……。








――――――――――――――――――――――――――――――
     第十六話 「そして彼も罠にかかった・表」
――――――――――――――――――――――――――――――









それからしばらく後、俺は指定の場所に立っていた。
相手も来たようだ。

街中での指定した場所に現れたのは、全身コートにフードを深くかぶった奴だった。
目まで覆うような仮面もしている。

そいつは、何故か声をださず、空中のホログラムキーボードでメッセージを打ち込んでくる。
……珍しい奴だ。

『どうもです~グリフィスさんですか?。†愛舞天使猫姫†ですー><。では早速取引でいいですか?』

「グリフィスだ。いいけどよ……。なんで声ださないんだ?メッセージは面倒だぜ」

『スイマセン……。声を出せない事情があるんです~』

「ふーん……、あんた、女か?」

『いいえいえ、男ですよおおお』

そう聞くと、やたら焦ったように、身振りでも激しく拒否してくる。タイプミスってるぞ。
男だと?男って思わせたいならもっと楽な方法あんだろうが。

「じゃあ、声を聞かせてくれよ。そしたら納得するからよー」

『そ、それはちょっと……。姉に声は隠せと言われてるので~。それも含めて秘匿事項です~!
 これ以上聞くようなら、1割増の件はなしにしますが』

姉に隠せって「言われている」って……。なんて抜けた野郎……いや、女かね。
女なら、それを隠す理由は分かる。なるほどね、だから1割増しか。
今のSAOは色々と”物騒”だしな……。ククク、俺がいうのもおかしいが。

「あーいやいや。そういうつもりはねーよ。じゃあ取引と行こうか」

だが今は取引が優先だ。こいつをつけたい気持ちはあるが、
金をもって帰還が遅いと、あいつらが何いうかわかったもんじゃねえ。
まあ、名前が分かってれば連絡はいつでもとれる。なら追跡はいつでもできるさ……。


右手を軽く振り、メニュー画面を空中に出現させ、さらにトレードウィンドウを開く。
装備品をトレード画面にいれていき、相手の金額を確認。確かに1割増しになっている。

『念のため繰り返しますが、私のことは誰にも秘密にしてくださいね。
 余り人に知られたくないので……。知り合いもほとんどいませんし。
もし秘密にしてくれるなら、今後ともひいきにさせてもらいますから』

「ああ、まかせとけって。俺はこうみえても約束は守るからよ」

適当にいって、相手を安心させる。
まあ、今後とも金をもらえるんなら、あえてバラす必要性はさらにない。
俺だけ1割の上乗せを独占したのを、仲間に知られても面倒くせーしな。
バラすときは、お楽しみの時だな……。

「そういやあ、今後ともっていうなら、どうだ?フレンドにならねえか?
 こんな物騒な時代だ。仲間は多いほうがいいだろう?」

「えッ?」

甲高い声が漏れる。……これは確定か?ククク。

『す、すいません。え、いいんですか!?あ、でもえーと、そうですね。今すぐはちょっと答えられないです~。
 仲間にも聞いてからにしますので……。また連絡しますってことで、いいですか?』

「ああ、いいぜぇ。じゃあ、連絡待ってるからよ。頼りにしてくれていいぜ」

『わかりましたーありがとうございます^ー^  ではではっ』

「おう、気をつけな」

仲間ね……ククク、中々いいコネができたぜ……。こいつは美味しそうだ。

さて、帰るか。

あんまり長引くと、上乗せ交渉してたんじゃねえかとか、
あいつらがいらねえ想像をしかねないからな……。






――
――――
――――――





「うーっす。戻ったぜえ」

「グリフィスか……。おう、ちょろまかしてねえだろうな」

俺が扉を開けると、早速リーダーが声をかけてくる。
チッ、ねぎらいもせずにいきなりいちゃもんつけかよ。いけ好かねえ奴だぜ……
ま、実際してるけどな。

だがそんなことは勿論悟らせない。

「してねーよ。落札金額があれだから……、一人あたりこれでいいだろ」

チッこいつら誰一人狩りにもいかずダラダラ待ってたのかよ。
よっぽど金が待ちどしかったようだな。仲間に正確に1/6ずつ金をトレードしていく。
ギルドメンバーが俺いれて5人と、残りはギルド資金だから、一人あたり1/6ってわけだ。
売り払ったのは上層レアの装備一式。全員の装備が一新されるほどの金額だしな。

まあこいつらが喜ぶのも分かる。
なんといっても額が額だからな。
興奮してきたのか、各々勝手にしゃべりだす。

「いやー、すげー実入りだな。初めてだろこの額はよ」

「たったあれだけでこんだけだろ。マジぱねえな」

「しかしちょれーもんだな。本気のオレンジってのは毎回こんなに稼いでんのかあ?
 ちまちまやってる俺らがバカみてーじゃん」

「そのかわりグリーンを維持できてるだろ。だから今までも楽しめたんじゃねえか」

「でもさー。やっぱそれだとスカッとはしても、美味しくはねえじゃん。
 それによ、オレンジだから何かされるってわけでもねーみてえじゃん。増える一方じゃん」

「前みたいな"黒いの”に使った手を使えばいいじゃん。
 ああすれば、始末出来る上にグリーンのままアイテム取れるっしょ」

前みたいな手ね。アホかこいつ。
あんなもんが何度も出来ると思ってんのか。
大体あれはそこに座ってるアギトが一回きりっていってた奴だろ。

「ふん。俺だってやりたいのはやまやまだけどな。
 そう簡単にできたら苦労しねーんだよ。金も手間もな。
 アイテム取れたのは、俺の作戦が良かったのと、あの”黒いの”が馬鹿だったからでそうそううまくいくか」

案の定、アギトが反論する。

「でもアギトのいう手間ってさー、逃げ帰ってきただけじゃん」

「はっ。てめーらだったら即死してたと思うがな」

「馬鹿しか掛からない作戦を何自慢してんだ」

「それすら思いつかない馬鹿もいるようだがな」

「んだとコラ……」

「あん……?」

チッ、アギトは入ってきたばかりのせいか、どうも喧嘩をよく起こすな。

「おいやめとけ。どのみちあれはもうできねーんだろ?仕込みもさ。
 それに、あれは”黒いの”が高LVだったから直接は避けたいって、アギトの提案があったからやったんだろ。
 ”あの方法”にこだわりたくてやったわけじゃねえ」

険悪な雰囲気になりそうだった場を、リーダーが納める。
頭わりいくせに一々面倒くせーやつらだって思ってんだろうな、こいつのことだから。

「けっ……大体よ、あの”黒いの”まだ死んだと確定してるわけでもねーんだろうが。アギトがそういうだけで」

「はっ、何度も言わせんな。だからこそおもしれえんだろが」

「そりゃ何度も聞いたけどよ、実際死んでねえじゃん」

「『今』はな。だがいずれは確実だね。ああいう状況に陥った奴の末路は悲惨だぜぇ?
 気が狂うか自殺するか特攻死するか……キヒヒ、目の前で見れねえのが残念なぐらいだ。
 今も、あの”黒いの”無駄に苦しんだり悩んだりしてるかと思うと、俺は楽しくてたまらねえぜ」

「お前の言ってる状況が本当なら、そりゃ楽しみだが……」

「マジだっつってんだろ。キヒヒ、あー楽しみだ!早く乗らねえかなあ、名前。早い奴はそろそろなんだがよ」

こいつら何度も同じ話題を……。アギトも頭悪い奴らばっかだぜ。
アギトも新入りのくせにやたら口挟んでくバカもいるしよ。

「へっでもアギトよー。直接やっても”黒いの”やれただろ。所詮ソロだぜ?」

「……ふん、あの装備ならLV低くねえよ。グリーン維持できてアイテム奪えるならってお前らが同意したんだろうが」

「けっ、オレンジがこんなに美味しいと知ってりゃ、同意しなかったぜ」

「じゃあ今度から直接奪うのか?そうすっと、グリーン捨てることになっけどよ」

「別にいいんじゃねえの。それに『あそこから眼をつけられてる』んだろ?
 グリーンの振りするのも限界じゃねえの」
「俺もそれでー。今更”タダ働き”とかやってられんわ」
「全くだぜ。直接奪えば、前みたいなのよりさらに取れるんだろ?むしろさっさとやっときゃ良かったぜ」

「まあそれは同感だけどよ。グリーンはどうすんだよ」

「そんなもん、オク用とトレード用に一人だけ残しときゃいいだろ」

「オレンジでも悪くて黒鉄だろ。所詮ゲームだし、楽しんだもん勝ちじゃん」

「そーそー。真面目ちゃんは他にまかせてよ、美味しいとこもってくのが、賢いやり方だろ」

「法律なんてねーところで、まともにやるほうがバカって感じ?
 つかこんなクソゲーで真面目プレイしてられっかよ」

「それにさー知ってるか?オレンジになって好き勝手いたぶれるってことはよー。
 女の手とか切り飛ばしてさ……」

へえ、そんな方法もあるか。なるほどな。そりゃグリーンじゃできねえな。

「あひっ、それマジかよ。てらやべえじゃん俺ら。もういくしかねーだろそれは」

「最も、美人なんてSAOにほとんどいねーけどな」

ギャハハちげーねえ、と下卑た笑い声が響く。
その後は、如何に女を見つくろうか、襲うかという話にシフトしていった。

しばらくして。

「おい、グリフィス!おめーもなんか女の情報だせよ。なんか上玉の情報ねーのかよ」

「あーん?つっても大概でただろ。閃光アスナだろ、軍の秘書だろ。あと鍛冶屋の奴と……」

「そいつらは、脇もかたいし本人も相当やべーって話だろ。そうじゃなくて、もっと手頃なのとかよ。
 隠れた奴とかいねーのかよ。いくらすくねーつっても、まだ女も1000人以上はいるはずだからよ」

「そーそー。あと出来れば、あの”黒いの”みたいに完ソロな。仲間いると面倒だからよ」

隠れた女ねえ……。あー、そういや一人いたな。ついさっき。ただソロじゃねえだろうけど。
だがソロよりもさらにいい、女ギルドかもしれねえ。女は群れたがるからな……ククク。

「あー……。知ってるような知らねえような……忘れた。思い出したらいうわ」

ククク。そうだよ、最初に俺が試せばいいんじゃねえか。
まあ、さんざ楽しんだ後なら教えてやってもいいかもな。
が、この場は黙っておくか。

その後、会話もグダグダになっていき、一人がせっかく金を持ったしパーッと使いにいこうぜと提案する。

そうだな、確かに欲しいもんはいくらでも……。ん?

バンッ!

扉にサッと近寄り、開け放つ。ここに隠れる場所はないし、俺の索敵スキルはそこそこある。

……誰もいない。階下に逃げたような気配もない。

「何やってんだグリフィス」

「ああ?何でもねえよ。誰かいる気がしただけだ」

「で、誰もいませんでしたってか?チキンは大変だな」

アギトが挑発してくる。このタコが……。

「あー俺よりLV低いひよこがなんか言ってるなあ~」

「てめーら面倒くせーことしてんじゃねーよ。グリフィスも気にしすぎだ。じゃあさっさとでるぞ」

チッしゃーねー。
本当イラつく奴ばかりだ。

だが、なんだかんだいって今日一番美味しい思いをしてるのはこの俺だ。
今後もせいぜい出し抜かさせてもらうぜ……。
そんでギルドリーダーの座も、いつか奪わせてもらおう。
実質的な行動は俺が全部やってんのに、いつまでも副リーダーでいられるかってんだ。
そんでリーダーになったら、うっとうしい新入りアギトもなんとかしねーとな。
あの黒いのをハメた立役者だからって、いつまでも口出ししてきやがって。

俺はそう考えながら、さてどんな風に金を使うか、いかに獲物を探して楽しもうかと、心踊らせていた。




だから俺は、気付かなかった。最後まで。





                ・ ・ ・
この時、話を聞いていた、6人目が、本当はいたことに……。


俺が感じた、誰かいるような気配は、実は当たっていたことに……。






――――――
――――
――






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     第十六話 「そして彼も罠にかかった・裏」
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『わかりましたーありがとうございます^ー^  ではではっ』

「おう、気をつけな」


そういって、男は立ち去る。



……問題なく終わったかな。


奴は人目につかないところで、転移結晶を使って拠点エリアにいくつもりだろう。

俺はそれを、最初こそ黙って見送った。

だがグリフィスが通路の角を曲がり、視界から消えた瞬間、俺は猛然と、しかし静かに追いかける。
幸い俺の追跡スキルは高く、隠蔽していないたどった足あともはっきり見える。

さとられず、見失わず。その距離を維持し、俺はグリフィスを追う。

追いながら今回の取引を振り返る。

まずまず悪くなかった。いい出だしだ。名前も何も言われなかったし。
あっちがこっちを女かネカマか、どう思ったかは判断できないが、正直な話どっちでもいい。
要は『ナメられれば』いいのだ。警戒されたら次に連絡した時、会いづらくなる。
大事なのは獲物だと認識されること。勿論女と思ってもらえば最上級だ。


そのために、久しぶりにネカマごっこをするはめになったが……。


『男のふりをしている女のふりをする』という、ややこしい反面、
一旦ひっかかるとまず抜け出せないという、やや高度なネカマテク。
相手の自己申告を信じない、疑い深い奴にこそ効果が高い。
しかし、隠しているとは言え、素顔でやるというのはなかなかに精神ダメージが大きい……。
はわわ的に体をクネらせるのは……練習風景は誰にも見せられない……。
最悪の場合にそなえ、裏声練習もしてたりしたのは秘密だ。

だがまあ、万一のために今後に繋がることをほのめかしたら、あっちからフレンド要請してきたし。
上手くいったというべきか。当然却下するが、これでかなり次の連絡が取りやすくなったな。
最も、言わなかったらこっちからそういう風に持ち出したけどね。


ここまでするのは訳がある。

俺は、彼らをかなり警戒していた。

率直に言えば、善人の可能性は低いと思っていた。

あの状況から善人を推察するほど俺はのーみそお花畑ではない。


正面から強引にいくのはスマートではない。万一逃げられた場合相当きつい。
このSAO、一旦逃げられると本気で身を隠した奴を追うのはかなり難しい。
俺は自分自身の経験から、それをよく知っていた。

出来る限り意識されず、出来る限り警戒されず、出来る限り調子に乗らせ。
彼ら自身が狙われてると気づかぬ間に、全てを終わらせよう。
歴史の1ページにすら、自身を出すつもりはない。全ては闇から闇へ。それが理想だ。




そう考えてる間に、グリフィスは、ようやく路地裏にたどりついたらしい。
そして俺は、男が発する言葉を聞き取る。これが大事なんだ。

『転移!スラムエッジ!』

スラムエッジ……。低層の、ごった煮という言葉が似合うような、館というより家だらけの街だ。
人もそこそこ多い。宿屋も空室も多く、通路は入り組み、迷路の様子をかもしだしている。人を巻くにはうってつけだ。
安い穴場の宿屋があったりするので、ここを拠点にしてる奴も多いと聞く。

面倒な街に飛んだな、とは思わない。確かに巻くには有利だが、追跡自体を悟られにくいという点もある。
探知・追跡に自信をもつ俺にとって、むしろ好都合というべきだった。
まず、このエリアを知るのが第一段階だった。ここが最難関といってもいい。クリアできてほっとする。

すぐに追うべきだ。だが、やることもある。
万一見とがめられないよう、俺は装備を全て変更し、マントもフードも解除し一般人……別人のように姿を整える。
そしてグリフィスの転移から数秒後、自分も転移した。



街に転移した後は、素早く辺りを確認する。中央広場なのでやや人がいる。
全神経を集中、すぐに見つかる。というかのらのらとゆったり歩いていた。
せっかくゴーストで形や明るさ大きさをしっかりと脳に焼き付けたのに、残念ではある。
が、楽にこしたことはない。
2重テレポートはしなかったようだ。唯一の警戒要素。まあ普通しないものだが。


転移を行わないなら、ここがどれだけ複雑であろうと見失うことはない。
確実に、アジトを突き止める。まずはそこからだ。

グリフィスは後ろを一度も確認せず、長々と歩いた後、ある宿屋に入っていく。
他の家同様、周りも木造の建物に囲まれたスラムの一区画。
ここから先は、追う必要はない。
地図にマーカーをつけて場所をしっかりと把握。
その後ゴーストを使い、中身をじっくり確認する。ここは一組のグループしか泊まっていないようだ。
2階の一つの大部屋に、4人ほどが居座っている。グリフィスを足せば5人か。
事前に、漆黒に聞いた情報と一致する。
全員の形、オーラ量、色をしっかりと覚える。オーラから推定されるLVもだ。中層程度といったところか。

おそらく、グリフィスはあの部屋に入るのだろう。階段を登ってるのがオーラとして見える。
聞き耳スキルの出番だ。きっと、品についての会話があるはず。それと、情報が漏れてないかの確認だ。
ここから必要なのは何よりも幸運、そしてそれを待つ慎重さと忍耐深さだ。
ここまでは中々幸運だった。これからもそうだといいが……。

ただし、オークションの期限がある。あれは人に譲りたくはない。万一流れたら取り戻す労力は絶大だ。
そこまでには情報を掴みたいものだ。



              ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
さて、情報収集だが、どっちからいくかな……。


俺が考えたのは一瞬。すぐに、移動を開始した。




――――――
――――
――






奴らの会話が響く。聞き耳スキルにより、壁越しでもしっかりと聞こえる。


……中の会話は、中々に胸糞悪い内容で溢れている。
こいつら、全くプレイヤーキラーに罪悪感を感じてねえ。

……考えるのは後だ。今は聞くだけに努めよう。

そして会話は進み、そろそろ聞くこともなくなり立ち去ろうと思ったその時だった。

急に、チャレンジャーの副リーダー、グリフィスが、何かいる気配がする、とドアを開いた。

……無論、そこに俺はいないが。


危ない。やはり、家の中から聞くのは外れだったか。

だが、彼らはすぐに部屋からでてくるだろう。ここも立ち去らないとな。
聞きたいことは、充分に聞けた。ツイている。
これ以上は、普通の会話の中では出てくるまい。

さて、次は先回りしてあいつら全員の顔を覚えないとな。
こっちのほうはそう難しくはないだろう。

            ・ ・ ・ ・
部屋の……いや、建物の外。2階の雨どいから張り付いていた俺は、ひらりと身をよじり、無音で地面に着地する。

そう、壁越しに会話を聞くといえど、扉越しだけとは限らない。外から聞くという方法もある。今俺がやったように。

周りが家という遮蔽物に囲まれたスラム街であることと、
ずっと出っ張りをつかみ続け、細い足場に立ち続ける必要性から
かなりの筋力値や敏捷値を要求することとかはあるけどな。





しかし、おかげで色々な情報を掴むことができた。









奴らが漆黒を何かしらの罠にかけたこと……、もはや疑いない。






情報はたくさんあった。幸運は続いているらしい。
漆黒を罠にかけた奴は新入りらしいな。アギトという名前。それでちょっと軋轢があるっぽい。
それは、どうも、非常に金がかかり、かつ手間がかかるらしい。そしてアイテム入手はおまけとも。

金がかかり、アイテム回収は難しく、だが同時に人に危害を加えているにも関わらずグリーンを維持出来る方法。

……心当たりはある。

他にも色々話していたな。装備を変えるだの、家だの女だの……。




いや、一番重要な情報があった。

これを警戒して、正面からはいかなかったが正解だった。

奴らは……漆黒が”初めて”ではないようだ。そして、最後でもないだろう。














ほぼ間違いない……<<チャレンジャー>>は……





犯罪者集団……つまり『オレンジギルド』だったのだ……!









そして……奴らは……奴らは!



間違いなく!


漆黒を!


殺そうとしやがった!


いや……それどころか既に死地に……!






俺の心を、暗雲が満たし、雷鳴のように内なる声が轟く。

あいつら……ッ!!!!!!

許せん……。

オレンジを目の前にする恐怖よりも、怒りが体を駆け巡る。



殺す。



だが、優先順位は忘れない。今一番大事なのは、奴ら自身の処遇ではない。

一番大事なのは漆黒の安否。
そして、おそらく自力ではなんともできない状況に陥っている漆黒の、救出のための情報だ。

”漆黒がハマった罠”の実態はなんとなく想像がつく。
俺の想像通りなら、恐らく、救出はそう難しくないはずだ。
そう、難しくない……今の俺にいけないダンジョンはなく、倒せない敵はいない。

あと少しの、情報さえ有れば。


……だが、奴らが偽グリーンであり、オレンジという本質が知れた以上、正面からノコノコでかけて
「漆黒の行方を教えてください」なんて聞きに行くのはバカの極みだ。
「私を消してください」というのに等しい。勿論真実なんて教えてくれるはずがない。


勿論だからといって諦めたりは絶対しない。オレンジ相手には、オレンジなりの方法がある。
それを実行するだけだ。

今の俺にはツキがある。いけるはずだ。









待っていろ漆黒。




俺が、必ず助ける。











そしてチャレンジャー共。

必ず、後悔させてやる。

人を呪わば穴二つ。業には報いを。罠には罠を。

             ・ ・ ・
お前たちは既に……罠の中だ。















――――――――――――――――――――――――――――――
第十六話 「そして彼も罠にかかった」 終わり
第十七話 「開かれる漆黒への道」   へ続く
――――――――――――――――――――――――――――――



[25915] 第十七話 「開かれるは漆黒への道」
Name: 数門◆50eab45e ID:1fe6a54f
Date: 2011/08/07 19:49
「えっ?お、おい!なにやってる!た、助けてくれ!!」

俺はそう叫び、振り返る。

今は狩りの最中。
行きずりのPT。やや多めの敵の群れとの戦闘。

とはいえ、普通に交代交代で戦っていけば、難なく倒せるはずだった。
だが、どうにも交代の一手が入ってこない。
焦りに押され、俺は半ば悲鳴をあげつつ戦闘のさなか後ろを振り向いた。

「おいッ!交代はどうし……ッ!」

だが、俺がみたのは、まさかのさらなる大量の敵と……。
それを連れてきた「チャレンジャー」ギルド達の、表情だった。

そして、奴ら「チャレンジャー」の表情をみた瞬間……
俺は、全てを理解した、理解、できてしまった。


「て、てめえら……ぐはッ!」

モンスターに横殴りに飛ばされる。

MPK……モンスタープレイヤーキラーの罠が、完成していた。
囲いという漢字のまさにそのまま。俺の四方はモンスターだらけ。
行くことも、戻ることも、回復アイテムを使う暇すら無い。

体力が、尽きていく。

そのHPゲージを見ながら、様々な考えが走馬灯のように頭をよぎる。

――何故?
――俺が、何をしたんだ?
――こんな、こんなことで死ぬのか。

モンスターの手ではなく、開発者の手によるものでもなく、トラップでもなく。
同じ、同じ脱出を目指すはずの、人の手で……。

体がもう一度吹き飛ばされる。体が、別のモンスターに当たってノックバックが止まる。
そのモンスターからの追撃。
HPが、さらに減少する。体力が半分をきり、イエローゾーンに踏み込んだ。完全なるBOX状態。


「ん~聞こえなかったぞ。もう一度言ってくれよ」
「ハハッ!しゃべれる状態じゃねえの見えてるだろリーダーよぉ!」
「悲鳴ぐらいなら聞こえるだろ」

この狂騒の遠くで、ギルドリーダーが笑い飛ばす。
続くように、他の奴らも笑っている。
声を抑えきれなくなったものもいたようだ。グリフィスとかいったか。

何故笑える。何がおかしい。
俺が死ぬことが、そんなにも面白いのか。
許せねえ……ッ。俺達は、同じこのゲームの被害者、仲間じゃないのか!

「てめえらあああああああああああ!!!!!!!!!!!」

俺は破れかぶれに、奴らに飛びかかろうとする突進した。
だが。

「おっと、こええこええ。こっちみてていいのかい?」

「グアッ」

彼らの発言どおり、横からのモンスターの攻撃に、引き戻される。

ちきしょうめが……ッ!

さらなる他のモンスターの攻撃。もうダメだ。HPが尽きる。

HPバーがさらに刻まれる。レッドゾーンに突入した。


死ぬ――もう、避けられない……


ここで死ぬのか、ここで、終わるのか。
まさか、人の手で……ッ!
なんで俺が死んで、こいつらが生き残るんだ。なんでだ、なんでだ。なんでだ。
あっていいのか、こんなことが!
この非常時に……仲間を食い物にするだと!それも恐らく……「遊び」で!

――許せねえ、何があっても、許せねえ!

こいつらは、ここで処理しなきゃダメだ。

「殺す……殺してやる……ッ!」

再度、身の危険を省みず、モンスターをかき分けるように突進を試みる。

「のけッ!」

だが

バキィ!
ドカァッ!

「ぐっ!」

横っ面に、攻撃を叩き込まれる。さらに、追撃も。


そして、無情にも0になった、HPバーが砕け散る様が、俺の視界に入った。

「ハッハッハ、残念だったなあおい」
「おいおい、モンスター集めて死ぬなよ。トレインはノーマナーだぜ?」
「足手まといがいると、PTが迷惑するな。全く、俺達はいい『被害者』だ」
「化けて出てきそうないい面だな。バッチリ記録しておいたから安心していけよ」
「怖いこというなよ。おー怖い怖い」


(ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……ッ!!!)


ふざけやがって。ふざけやがって……!
殺してやる……殺してやりたい……。
なのに!

体が欠けていくのが分かる。視界が、闇に染まっていく。

動け……動け!



……。






駄目だ……ちきしょう…………ここ、まで、か…………。



クソ……が……こんな……奴らのせいで……。

ちきしょう、こんなの、許していいわけが、ねえ……。


ちきしょう、みてろ。








絶対――やる


絶対――してやる


絶対――なってでも――してやる――


絶対――幽霊になってでも――してやる








絶対――幽霊になってでも、こいつらを――







――殺してやる


















――――――――――――――――――――――――――――――
     第十七話 「開かれるは漆黒への道」
――――――――――――――――――――――――――――――







(さあて……あの女に、どうアクセスすっかね……)

……”彼女”と取引をおえ、別れた次の日のことだ。

さて、どうやって”彼女”に連絡しようかと考えていたが、意外にもあっちから連絡が来た。

『こんにちは、グリフィスさん。
 †愛舞天使猫姫†です~。
 前のフレンドの件ですが、姉2人に相談したところ、一度お会いしてからならと言う事になりました。
 それで、よろしければですが、みんなで一緒に狩りを行いませんか?
 私たちのLVは30付近ですので、23層の洞穴フロアあたりでご一緒出来ればと思います><
 グリフィスさんのほうも、たくさんのメンバーで来てくれればと思います。
 時間の方はお任せしますね。すぐでも大丈夫です。
 
 PS:私も前回同様、メッセージにて会話させてもらいたいと思いますので、
    事前にお仲間さんに伝えてもらえればと思います。
    色々とすいません>< お返事お待ちしています』


これは……美味しいが、ちっとどーすっかな。

俺はしばらく、一人で”独占”するメリットと、それのデメリットを考える。
LV30か。一人でいってもいいんだが……3人。負けはしないが、逃げられると面倒だな。
この洞窟は確かいったことがある。罠があったような。かかるようなマヌケじゃねーがね。

うーん……チッ、しゃーねえ。たくさん来いって言ってるし、素直に連れてくか。

そしてそうだな……ついでに、ギルドを実質的に俺のもんにしちまうのもいいな。
そうだ、それがいい。こいつあ、またとないチャンスじゃねえか?

そうと決まれば、あっちの気が変わらねえうちにさっさと決行にうつした方がいい。
善は急げってな、ククク。




俺は、そのメッセージを何気なくしまうと、いつものたまり場でたむろってるメンバーに声をかける。

「おい、前のオレンジの話だがな。ちっと獲物をみつくろってこようと思うんだがよ。誰かこいよ」

だが、仲間はだるそうな顔を隠しもしない。獲物を見繕う段階が、一番面倒くせーからな。

「あー俺はいいや」
「俺は……ちょっと休むか」

真っ先にリーダーとアギトがパス。こいつらリーダーと新入のくせに……
だがこいつらがこう逃げるのは想定済みだ。
今まではイライラしてたが、今だけは逆にありがてえ。

「あー俺はグリフィスがいくなら行くけど……」
「俺はどっちでもいいが……ついてくか」

ついてくるのはタゴンとガルシェだけか。休むのはリーダーとアギト。
まあ大体想定通りだな。

2人を連れて外に出る。そして、メッセージを打つ。
すると、しばらくして、アギトが追いかけてきた。
これで部屋に残るはリーダー1人だな……。

「あれ?お前、休むんじゃなかったのかよ」

「グリフィスに呼び出されてな。なんだ一体」
「さっき呼んでこなかったばっかだろうがお前」

「あー俺が呼んだんだよ。メッセージでな」

「どういうこと?」

「アギトにはメッセで軽く説明したが……。
 いいか、お前らだけに教えてやるぜ。女の”当て”があんだよ~」

「「「ま、マジか?」」」

アギト、タゴン、ガルシェの3人がハモる。

「嘘いわねえよ。おらよ、ちょいと見せてやる」

手元でメニューウィンドウを呼び出し、周りの奴らにも見えるモードに変更。
さっきの†愛舞天使猫姫†からのメッセージを呼び出し、仲間3人に見せる。

さらに、見せながら昨日であったときのいきさつを(1割の報酬上乗せ部分は省いて)説明。

「どうだ?ちょうどいいだろ?”次の獲物”によ」

「女で間違いないのか?」

「男っていうにはどうみても怪しいだろ。それに、一人ならともかく残り2人いるってある。流石に3人は偽装きついだろ」

「なるほどな。でもなんで昨日いわなかった?独り占めするつもりだったとかじゃねえよな」

アギトがつっかかってくる。チッ一々鬱陶しいな。

「あー、昨日の段階では確信も持てなかったからだよ。連絡もとれるかわかんなかったからな。
 今日はあっちから連絡きたぐらいだし、他に女2人いる感じだし、状況変わったんだよ」

「要するに3人相手だからビビったってか?」

アギトがまたも続ける。本気で鬱陶しい奴だ。

「嫌なら、帰ってもらうぜ。俺たちがお楽しみしてる間、そこらで見てろ。
 お前らもいかねえのか?」

「いやいや、俺らは行くって。リーダーと一緒にすんなよ」
「右に同じ」
「おい!いかねーとはいってねえだろ!まあLV30なら4人いりゃいけるしな」

チッ。お調子ものが……。

「でも狩っても大丈夫なんだろうな。どっかとつながりあったりとか……」

「ギルド名はだしてねえからな。これから本格オレンジになるんだ。
 どうせ潜むんだし、どってこたねえだろ」

「それもそうか」
                 ・ ・ ・ ・ ・ ・
アギトが返してくる。ふん、こいつにだけは本当の理由は言わねえ。
その時に知るがいいさ。

「そういやよ、グリフィス。なんでリーダーは呼ばねえんだ?」

いいタイミングで聞いてくれたぜ。
ここは見せどころだな。

「ああそれか……いい加減面倒になったからな。
 いつも思わねえか?あの面倒くさがりは、指示だけはいっちょ前だが、全く動かねえ。
 いつも動くのは俺達だ。しかもギルド資金を地味に使い込んでやがる。だよな?」

「あ、ああ……」

「だからよう、俺をリーダーにするのにお前ら協力しろ。
 もし嫌だっていったら、今回のとこには連れていかねえし、俺もいかねえ。
 俺がいかない限り、女は絶対こっちのギルドに会わないだろうしな」

「ふーん……」
「へえ……」

「そのかわり、協力してくれるっつうなら、いい目を見せてやる。
 分け前も今より増やしてやる。ギルド資金の分な。
 さらに、今回の女、お前らが先に喰ってもいいんだぜ」

「おいおい、いいのかよ」

「何度もいうが、協力しないっていうなら、ナシだけどな……。
 あくまで協力してくれるなら……だ」

「お、俺はグリフィスに乗るぜ!」
「右に同じ。大体グリフィスが一番強いしな」
「まー……俺もいいだろ」

よしよし。これでアギト・タゴン・ガルシェの3人の同意が得られた。
今回の旅はかなり実りあるものになりそうだぜ、ククク。







――――――
――――
――



……ふん、グリフィスの奴も、何を企んでるんだかな。
タゴンこと俺はグリフィスの案に同意はしたものの、
まだ何か裏があるんじゃないかと勘ぐりながらついていった。


「ああ、そうだ。お前ら、さっきも説明したけど、女はメッセージ会話かもしれねえからな。
 そんときは俺が間にたつから、気をつけておけよ」

「でもよ、グリフィス」

俺は気になることがあり、グリフィスに声をかける。

「あんだよタゴン」

「肝心の、取り押さえるのはどうなんだ?大丈夫なのか?」

「相変わらず気がよえーなお前は……。
 あいつらのLV聞いただろ。30だぞ。俺のLV知ってるだろ。敵じゃねえよ」

慎重といえよ。まあ、確かにグリフィスがいりゃなんともなるか……。

「でも、逃げられたりしねーのか?」

「ククク。これが都合がよくてよ。狩り場所に指定されたダンジョンな。
 あれ、別名一方通行の洞穴ってよばれててよ。
 進むたびに退路が閉じられてな、一番奥のスイッチを押さない限り退路が開かねえんだよ。
 で、さらに一番奥は結晶無効化空間ってわけよ」

なるほど、そこまでいえば分かる。
一番奥においつめて狩る気か。

「なるほど、じゃあスイッチさえ触らせなきゃあ逃げる手段もねえか」

「そーいうこった。あーあと、途中に罠も多いからかかるなよ、面倒だからな」

「んな間抜けなことはしねーよ」

俺は慎重なんだよ。

「まータゴンならそうかもな。アギトらも気を付けとけよ」

他2人が、問題ねーよと返す。罠にかかるなんざ、馬鹿だけさ。

そんな会話をしながら、待ち合わせの場所にたどりついた。









「よう、愛舞天使猫姫ちゃんか?……他二人はどうしたんだ?」

待ち合わせ場所にいた、全身フードコートの女にグリフィスが声をかける。
……確かに、一人しか見当たらない。
女の顔は目元のマスクもあり、うかがい知れない。
装備はコートに隠されているが、細身の鎧のようだ。

女は、こちらに向かって一礼すると、ホログラムキーボードを呼び出し、
凄い勢いでメッセージを打ち始めた。

「ちょっと他の用事ができて、姉2人は遅れる……と。
 先にいっててくれて構わないって言われてるってか。
 ふむ……」

グリフィスが考え込む。

「どうする?お前ら。彼女は、まず一人でも行く気らしいが?」

俺達に目配せをしてきた。一人ずつやるか?ということか。
それでいいだろ。
待つのも面倒だ。楽しみは速いほうがいいし、
固まってるよりバラでやったほうが抵抗がない。
助けを求めたりするメッセージも、ダンジョン内からじゃ外に飛ばせないしな。

俺たち三人は、うなずいて返す。

「おし、じゃあ、行こうか……。殿がいい?そうか、じゃあ前は俺達にまかせな」

グリフィスが促し、俺達は後に続いた。
彼女は一番最後に位置どった。









そして洞穴内を進む。

いきなり、8つの分かれ道だ。

「一応確認しとくか。この8つのうち1つを選んで進むことになるからなー。
 猫姫ちゃんはここの特性は知ってる?」

甘い声でグリフィスが声かける。笑えてくるな。

まあそれとして、さっきの説明どおり、この8つ穴のうち1つを選ぶ。
そして、それぞれ進んだが最後、一度最奥地までいって仕掛けを起動させない限り帰る道は閉ざされてしまう。

モンスターがいなければ、一番短い穴で大体飛ばして片道10~15分ぐらいとのことだった。
長い穴は数時間や半日かかるのもあるそうだ。
勿論敏捷値が高ければもっと早いだろうが……。
中には落とし穴などのトラップが結構あり、気を付けないと落ちるという。

他のメンバーを待つこともあり、そこからまず行こうという話に落ち着く。


グリフィスの顔をチラとみる。ニヤリと笑い返してきた。
間違いない、この最奥で仕掛けるつもりだ。
そんで、拘束なりなんなりしてから次をってことだな。
アラームなんて手を切り飛ばせばいいしな。
3vs1で負けるはずがねえ。楽しくなってきたぜ……。



何も問題ない。

そう思って、洞穴を進んだ最初のエリアのことだった。

まず、先頭を歩く、グリフィスがさらに次のエリアにいくために前に進む。
直後に、アギトともう一人ガルシェが続く。
その後すぐに、この俺タゴン……そして、彼女が続く、と思った瞬間だった。

あいつらがエリアチェンジした瞬間、いきなり後ろに引き寄せられた。


「なっ!」


それが、襟首を掴まれて引き倒されたのだと気づいたのは後の事。

訳もわからないままに、俺は、今避けたばかりの大きな落とし穴……
奈落の底へ、何者かと一緒に落下していった。


「う、うわあああああああああああ!!!!!」


――死ぬ!のか?


こ、こんなところで……馬鹿な……う、嘘だ……!!!!



嘘だ――。










――――――
――――
――







ドサッ






大きな音。そして、体を打ち付けた音がする

しかし、地面にたたきつけられた感触はない。

……?

分けがわからず、あたりを見回す。

すると、そこには、マントフードを脱いだ、一人の男が、佇んでいた。



「よう、状況はつかめたかい?タゴンさん」

「な……一体、ここは……お前は……」

「……まだ混乱してるのか?
 ここは落とし穴だよ。俺が引きずり込んだんだ。
 ああ、心配するな。危害を加えようっていうんじゃねえ。
 それどころか、クッションになってあげたんだから、感謝してほしいな。
 危害加えるつもりなら、そんなことするわけないだろ」

そうしゃべって、男は一息つく。見た目は普通の……男だ。
……誰だ?一体……。そ、それに女はどこいった?

「話がしたくてな。俺が誰だってのは、話す必要はないだろう」

「て、てめえまさか……さっきの……」

女……!

「そのまさかかな。そもそも、俺は男だって言ったけどね。
 最も、誤解を訂正しなかったのも確かだが」

「てめえ……なんのつもりだ」

怪しい、怪しすぎる。こいつの目的が読めない。
なんのために、わざわざ女のふりを?そして隔離する?
俺に危害を加える?いや、それは確かにおかしい。
さっきの落とし穴で助ける道理がない。

「まあまあ落ち着いてくれ……悪い話をしようってんじゃないんだから。
 やっと二人きりになれたことだし。他のお仲間が戻ってくるまで、
 どんだけ急いでも15分か20分はかかるだろ。
 この落とし穴は結晶無効化空間だ。ゆっくりしようぜ」

「無理やり落としておいて……ふざけてんのか?」

相手を睨みつける。だが、それを気にした風もなく、男はしゃべり続ける。

「まあ、話というのは他でもない。ちょっと、あんたらがオークションでだしてるアイテムに関して、話があるんだよ」

「アイテム……リネームカードのことか?
 話すことなんてなんもねえよ。アレは俺達がとったんだ」

そういうと、男は苦笑した。

「まだなんもいってねえだろ。そんなんじゃ、やましいと言ってるようなもんだぜ」

「……何がしたいんだてめえさっから」

「いやいや……率直に言うぜ。漆黒を殺ったのはあんたらだろ?
 あのリネームカードは元々あの漆黒のものだよな?
 あんたらはそれを横取りした」

「な、何を言うんだ!!」

「いやいや。でさ、それはいいんだ」

「だ、だからしてねえって!」

な、何故断定できる……?そして、何がいいたい?い、意味がわからねえ。

「なんで分かるかっていうとさ。俺も狙ってたんだよ、あの漆黒はな。俺もあんたらと同じ……裏オレンジだ」

「な、なんだと……」

……繋がった気がした。あの油断を誘う名前。仕草。グリーン。
こういうタイプのオレンジもいたのか……。
なるほど、それなら色々と行動に納得もいく。
いやまて、もしオレンジだとすると……!まさか。

「ああ、あんたらに手をだそうってんじゃない。
 さっきも言ったとおり、俺のLVは30ぐらいだしな。取引をしたいんだ」

「取引?」

「ああ。で、だ。話の続きだが、俺も奴は狙ってた。
 だから、リネームカードをあの黒いのが手に入れたのも知ってたし……あんたが奪ったのも知ってた。
 あんたらには先をこされたってわけだ。ま、それはいい」

コツコツと、落とし穴の中、歩く音が響く。
男は歩きながら話しを続ける。

「だが気になるのは、グリーンのまま、カードも装備も手に入れた方法だ。それが分からない。
 で、今後の参考に、ソレの方法を教えて欲しくてな。勿論ただとはいわない」

そこで、区切ると、ドサドサと、男はアイテムを地面に投げ捨てる。
これは……俺らが売りさばいた装備一式……。

「質問に答えてくれる事に、一つずつ譲ってもいいぜ。ただし、あんた一人の胸に収めとくならな」

マジか!そうすると、俺はほぼ倍以上の金を手に入れることになる。

「ほ、本当か!?……で、でも何故俺一人に」

「グループ全体だと費用がかかりすぎるんでな……あんた一人に集中したほうが、情報代として安上がりなのさ。
 勿論、これから先の付き合いも含めて前払いって意味でもある。
 あとあんたの副リーダーはちょっと欲深そうでな。
 あんたはその点、頭が良さそうだ。落とし所ってとこを、分かってそうな気がしたのさ。
 ……とはいえ、あんたが拒否るようなら、ほかの奴に話を持ちかけるけどね」

ほう、まあ、確かにグリフィスの野郎は欲深だし、アギトも同様だ。ガルシェの奴もな。
俺に眼をつけたのは、中々頭がいいと言えるだろう。

ギルメンからは、俺の慎重っぷりをチキンだのなんだの言われることもあったが、
だからこそ今の俺は、こういう話を持ちかけられている。
ざまあみろってんだ。
ちょっと機嫌を良くした俺は、男に逆に問いかける。

「一応、程度によるぞ……。ギルドの情報を全部売ることはできねえからな」

「売るってほどじゃない。あんたらの内実はいいよ。今回の手法だけ知りたいってだけだ。
 別にバラしても問題ないだろう?それに、俺の情報も全部嘘じゃない……。
 女2人が仲間にいるのは事実さ。これをつけてもいい」

「ど、どういうことだよ」

すると、男が近寄って、耳にささやいてきた。

「色々と、夜の世話もできるってことだよ。あんただけにな……」

ゴクリ。自分がつばを飲み込む音が聞こえた。
マジか……?
下の世話は、SAO内のやつならみんな苦労してるところだ。
金をくれるってことに加えて、この提案……。
 
「どうだい、いいパートナーになれると思わないか?勿論、俺の持ってるやり方も教えてもいい。
 別にあんたにデメリットはないし、ギルドに対する裏切りにもならねえはずだ」

そういや、こいつもかなりの金を持ってた。あっちの稼ぎ方も教えてくれるってことか。

「よ、よし……取引成立だ」

これは裏切りじゃねえ。俺個人の、交友関係って奴だからな。

「……OKだ。じゃあ早速だが、殺した方法はなんだ?ポータルPKか?」

ポータルPKとは……。ワープポータル(ワープする穴)を使うのをポータルといったりするんだが。
回廊結晶という、記録した位置にいつでも道を開くことのできる、使い捨てのどこでもドアみたいなアイテムがある。
便利なアイテムだが、この出現場所を、最前線のモンスターのたまり場にしておいたらどうだろう。
送り込んだ奴の強さが足りなきゃ、転送した瞬間に死ぬ、なんてこともあり得る。MPKの一種だ。
勿論、直接キルするわけじゃねーから相手のアイテムは奪えないし、不確実性もややある。
そのうえ、回廊結晶の値段は馬鹿高い。中層プレイヤーの一財産分ぐらいある。
ただし、そのかわり一切手は汚れずグリーンを維持できるし、自分より格上の相手だって始末できる。

これが、通称『ポータルPK』と呼ばれる手法だ。

「なんだ、知ってるのか。そうさ、わざわざ糞高い回廊結晶使ったんだよ。アギトの提案でな。
 今思うと、グリーンにそんなにメリットもねえし、直接キルっときゃよかったと思うけど……おい?大丈夫か?」

何か、奴の表情が何かをこらえてるような表情になった。
……すぐ無表情にもどったが。

「……ああ。気にしないでくれ。なるほどな。まあ、グリーン維持するPKなんて大概MPKだからな。
 奴のLVは高かったから、ポータルPKの可能性もかなりあるだろうと推理したまでだ」

「へっ、そんなもんかね。5vs1なら余裕だろーが」

俺も慎重派を気取ってるが、こいつも中々のチキンかもしんねえな。
そういや、普段女の格好をしてるんだっけか。俺ならいくら慎重気取ってもできねえな。
恥ずかしくてよ。

「……ま、それについて議論するつもりはない。でも、死んでないのはどういうことだ?見誤ったのか?」

「ああそれか。アギトがポータル提案したのは、別にグリーン維持だけが目的じゃねえぜ。
           ・ ・ ・ ・ ・
 奴が言うには、最も楽しいPKだからだそうだ」

「楽しいPK……?」

「おうよ!あんたさあ、このゲームで水食料を食べ続けないとどうなるか知ってっか?」

「……いや、知らん。腹は減るが……。
!!!!まさか餓死か!」

「違うね。もっとえげつないぜぇ。答えはな、【飢え続ける】だ。
 実際に死にはしねえ。反面、ずっとずっと飢えの苦しみが続くんだ。
 食べない限り何日も、何日も……何ヶ月も、何年も続くんだと。気が狂うぜ。
 いっそ死にたいぐらいにな」

「そんな事が……」

絶句してるようだな。気づいたか。この恐ろしさに。

「そこで高LVダンジョンの安全エリアに飛ばすとどうなる?
 いずれ手持ち食料は尽きる。
 後は……ずっと、苦しむか。それとも自分から死ぬかだ。
 苦しんで苦しんで……最後に自殺!
 送った奴の苦しみ悩む気持ちを想像するだけで、飯が美味い!
 さらにしばらくして、石碑に名前が刻まれた日にゃあ、もう最高!!

 ……っていうのがアギトの話だ……って、おわっ」

ドガッ!

話し終えた瞬間、奴が急に壁を殴った。
パラパラと、壁から小石が落ちるエフェクト。

「な、なんだよ……」

俺がそういうと、男はしかめ面から、急速に平静な顔に戻る。

「いや……そんな手があったとは思いつかなくてな。
 自分のオレンジとしての発想負けに、イラついてたとこだ」

「なんだよ……驚いたじゃねえか……」

「……まあいい。ありがとうよ。とりあえずは約束の一つ目の報酬だ」

装備品の一つを取り出し、投げ渡してくる。

うほっ、気前のいいこった。有り難く貰っておくか。

「だが……そのダンジョンってなんなんだ?
 【誰もいけない】のが前提だろ?最前線でもそんなの存在するか……?」

「あーそれなんだがな。普通はメンバーで擬似的に封鎖して作るらしいんだが……。
 アギトしか知らないぜ。だが、絶対に死ぬって自信満々だ。
 例え……このSAOのゲームで、今生きてる7000人ぐらいの頂点っていわれる、
 ヒースクリフだろうが、絶対に、100%殺せるってな」

「頂点でも100%……!?そんなダンジョンがあるのか?」

奴は装備をさらに追加してわたしてくれた。ありがてえ。
とはいっても。

「あー受け取っておいて悪いけどよ、これは本当にアギトしか知らねえんだ」

「なんでだ?あんたらはずっと一緒に行動してるPTかとおもったが」

「アギト以外はな。あいつはそもそも新入りなんだよ。元々の所属は『軍』だ」

「『軍』……。あの巨大ギルドか」

「そ。あの自治とかにご熱心な、偉そうなクソギルドだよ。
 だけど、なんか上がミスって、責任を引き受ける……スクープゴートっつーの?
 ああいう形で出てきたみたいだぜ」

「スケープだ。へえ、軍の上層部がミスね……」

「ああ、でもまあ、そのくせ偉そうなのなんなの。
 俺達のところにいれろだの入ってやるだの、うるせえんだこれが。
 何度たたっころしてやろうかと思ったか」

「それで良くギルドにいれたな」

「しょうがねえだろ!入れなきゃ俺たちをオレンジだと言いふらすっていうんだからよ。
 別に入れたくなんてなかったっつの。今でもいらねえと思ってるよ。
 ただ軍は一応は口だけでもねえみてえでな。オレンジっぽいギルドは目星をつけてるらしい。
 そういうリストもあるらしいぜ。そっから、俺たちを見つけてきたんだ。
 一応ダンジョンの回廊結晶も手土産にもってきてたしな」

「なるほどね。そのクソ新入りとやらが入った経緯は分かったよ。
 でも、100%殺せるって理由を聞いてないぞまだ」

「……識別スキルがよー」

「識別スキル……?敵のHPとかが分かるあれか」

「そう……アギトは、それだけはずば抜けてるんだけどよ。それで、いうんだよ。
 MAX近くにあげてる俺でもそのボスはHP見えなかった……と。
 だから、その結晶は、90層以上クラスのボスがいるダンジョンにつながってるって」

「きゅ、90層以上!?……ば、馬鹿な、今は……最前線が51層だぞ」

男の顔が一気に青ざめる。「俺に行けないダンジョン……?」とか呟いてる。
まあ、LV30程度なら、夢の世界だからな。
つか俺にとってもだけど。90層の、しかも雑魚じゃなくて、ボスクラスっていうんだからな。
今は、最前線ですら50層前後なんだから。10層違うだけで格差がとんでもないってのに。

「雑魚ですら、今の最前線より何倍も強いっつってたぜ。ボスは間違いないとさ。
 本当に、自信満々だった。であって死にかけたと。
 そこの安全エリアに送ったと」

「そんなダンジョンがあれば話題にならないのか……?」

「そう思うよな……。でも、そこは絶対に曲げねえんだ。絶対に死ぬと。
 そのダンジョンをマークしたときは、命からがら寸前逃げ帰ったらしいぜ。
 まあ、確かに”黒いの”はあれきりダンジョンから出た様子はねえ。なにしろ……もう3日だぜ。
 それに、フカシで使い捨てるほど回廊結晶は安くねえ」

「…………確かに、最前線のダンジョンなら攻略組がいるし、とっくに救出されてておかしくないな」

かといって、低層なら、自力で帰ってくるはず。だがどっちでもないのが、現状の裏付けだ。
そして、確かに嘘なのに回廊結晶なんて使わないだろう。高すぎる。

「ダンジョンから出てこないのが事実という以上、信じるしか無い……か」

「そーゆーこった」

「………………そうか。何度も聞くが、そのダンジョンは本当に知らないのか?」

「知ってたらアイテム欲しいし言うけどな。本気で知らねえ。
 アギトも、それは一番言えない情報だって、絶対教えねえんだ。言ったら元々の上に殺されるって。
 あるとしたら、バグか何かか……。それとも部分的に90層まで繋がる道……『ショートカット』があるのか……
 それすらもわからねえ」

「……もしだが、助けにいったらどうなるんだ?『ショートカット』は本当にないのか?」

「そのボスに瞬殺されるか、そもそもどうやってもいけねえだろ。アギトしか知らないし、言わないし。
 あいつ自身も、二度と近寄れねえみたいにいってたしな。
 他のギルドでも、情報屋でも、一切きいたことねえしな。
 もしも90層への『ショートカット』なら、バグかもしれんし。だとしたら今は直ってるかもしれねえ。バグは自動で直されるらしいしな。
 そうすっと、90層に自力でいくしかねえ。
 どうやっても間に合わねえよ。気が狂うか自殺するか、どっちかさ」

今、SAOが開始されてからおよそ1年と少し。それで51層というペースだしな。
ほとんどこの倍ぐらいの階層となると……。しかも攻略ペースは落ちているらしいからな。
まあどうでもいいけど。

「………………そう、だな。間に合い、そうにない……。『ショートカット』を、見つけない限り……」

「俺は、特攻自殺に賭けてんだけどよ。ハハハ。
 アギトも良く解らん奴だぜ。PKなんて死に様見てこそだと思わねえか?」

「……俺は自殺しない方に賭けるぜ。
 あとそうだな。死に様はどうでもいいが、無駄に見逃して生きてましたとかは勘弁願いたいね。

 ……殺すと決めたら、しっかり達成まで確認しないとな」


男の声が一段と低くなった。なんか寒気が……殺気?
なんか不気味だな。こいつ、本当は結構場数踏んだオレンジなんじゃ……。

……とおもったら、ふっと殺気が消える。


「いや、参考になったぜ。あとはアギトって奴に聞くか、自分で調べないと無理そうだ」

「あ、ああ……」


「……だが、装備品はどうした?あれを剥ぎ取るのはPKじゃきついだろうよ」

男はさらに装備品を一つ投げ渡してくれながら、俺に問いかけてくる。
さっきまでの殺気が嘘のようだ。まあ儲かってるからいいが……。

「ああ、そりゃ簡単だ。俺が多少の鍛冶師スキル持ってるからな。
 修理代タダでいいから、詫びのためにメンテさせてくれっていって、巻き上げたのさ。
 一度あいつとはPT組んでて、追い出した経緯があるんでな。
 すぐ返す予定……というふうにいったせいか、かなりあっさり信じやがったぜ。
 あいつだけじゃなくて、全員の装備を集めたしな」

「なるほどな。鍛冶スキルか。
 方法も上手い。なるほど。全員だしてるなら、そのムードで拒否するのは難しい……。
 確かに盲点だな。俺も鍛えておこうか」

「あーよせよせ。戦闘と両立は中々きついぜ。専門にコネもったほうがいい」

「……実に上手い手、だな」

「じゃあ、肝心のアイテムを聞くか。リネームカードはどうした?
 あれはあいつも、そう簡単には手放さないんじゃないのか」

「ああ、あれはかなり結構面倒くせーことをした。本気で直接殺るべきだったぜ」

「ほう……実に……興味深いな……。是非聞きたいものだ」

奴の言葉が、非常にゆっくりになる。
また真剣味が増したな。なんかプレッシャーを感じるほどだぜ。
そんなに興味があるのか。

「再開した後に、あの黒いのと会話したんだけどよ。リネームカードが装備品しか使えないって話題で、
 あいつが、『本当はキャラクターネームに使えたら良かったのにヨー』とか言い出したんだよ」

「まあ、確かにイベント前はみんなそういうアイテムだと思ってたからな」

「そうそう、で、だ。そこでうちのリーダーがひらめいた。こういう時だけ仕事するんだが」

「へえ、リーダーが、ね……。こういう時だけ、ね……。主犯はリーダーか……」

「ああ、殺すとかを決定すんのはな。大体リーダーだ。時々副リーダーだ。
 でだ、リネームカードを、パワーアップさせて、キャラネーム変更できるようになるイベントがあるっていいだしたんだな」

「なんだと!?ほ、本当か!?」

おお?食いつくな。まあ、キャラネーム変更はとんでもねえ効果だからな。だが……。

「おい落ち着けよ。勿論、そんなものはねえ。でっちあげさ」

「でっちあげ……?」

「ああ、本当にねえよ。でもありそうだろ?」

「……なるほどな。確かに、俺も今信じそうになった」

「ま、つまりそういうことだ。奴は信じた。いやーあれはすごかったぜ。
 とにかく食いつきっぷりが半端じゃなかった。余程名前変えたかったんだなありゃあ。
 ハハッ知ってるかもしれねえが、あいつの名前はクソ恥ずかしい名前してっからよ」

「…………。……そうか、そんなに、変えたがっていたか」

「ああ。ありゃ傑作だったね。あとはさあ、24層のとこに、祭壇っぽいの置いてある教会あるだろ?
 まああとは、適当に理屈付けて、リネームカードをその祭壇において祈れば、
 パワーアップするだのなんだの吹き込んだわけよ。
 あと、転移結晶ももっちゃいけねえとかなんとかいってな」

「……。なるほどな。納得いったぜ。4,5人全員で言われれば、そんなのあったかという気にもなるだろう……。
 それに、あいつは人の言う事をすぐ信じるからな……」

「おうよ。まあ失敗したところでダメ元だしな。で、後は祈ってるあいつに、
 直接回廊結晶の出入口を重ねてテレポでドーン!おしまいってわけだ。
 あいつは消えて、祭壇の上のカードは俺達がゲット。これで全部さ」

回廊結晶は、使用者の前方2Mぐらいにワープ用ゲートを作る。
それさえ分かってりゃあ位置調整は簡単。直接人を狙うことができる。動かないなら尚更な。

「なるほど……よく分かった。オークションを見たが……相当金になりそうじゃないか」

「おうよ!ありゃあ上層組でもそうそうもってない財産になるぜえ?
 今まではさあ、やっぱ単なる殺しだったけど、やっぱダメだねそれじゃ。俺たちゃ謙虚だったよ。
 今までも4人ぐらいやったけど、正直もったいなかったな。
 あいつらの死に様はまさにザマァ!って感じだったけど、殺るだけだもの。
 どうせやるなら、実入りもないと。中途半端はよくねえ、あんたもそう思うだろ?」

「……ああ。良くないね。全く……同感だ」

静かに、情報を反芻するように、噛み締める男。
同時に、装備をさし出してくれる。ありがたいね。
よほどいい手だと思ったのかね。
まあ、我ながらいい手だと思うけどよ。

「しかし4人……か。結構殺ってるじゃないか。思った以上だ」

「単なるMPKさ。まー面白くはあるけどよ。やっぱ直接のほうがもっと面白そうだよなあ!
 あんたもグリーンってことは、直接下してはいないんだろ?直接殺りたくねーかい?」

「そうだな……直接殺りたくてうずうずしてる時もあるな。まあ事情があって我慢してるんだが」

「我慢は体に良くないぜ?ハハハ」

「……ありがとうよ」

4人やった、と伝えたとき、奴の体が震えた気がしたが……
あいつはそれ以下で、悔しさにでも身を震わしたか?

しかし我慢してる、ね……。まあ、ソロだと面倒くさそうだな。

……そうだ!

「なあなあ、それならよ。いっそ一緒にPTとか組まねえか?
 俺達も直接やりたいと思ってた頃だし、戦力は多いほうがいいからよ。
 何、いつも一緒にいようっていうんじゃねえ。組めるときだけでいいんだ。
 あんたにとってもメリットあるだろ?」

そう声をかける。

「へえ……いいのか」

男はなんの気もなさそうに返してくる。

俺は気づくべきだった。
ここが最終ラインだと。
いや、もっと前に気づくべきだった。

だが、誰が気づくっていうんだ。

ここまでOKだったんだ。

次もOKだって思うだろ?

少なくとも俺はそう思ったし。

だから、俺はそれを口にしたんだ。


それが、運命を決定的に決定づける決定的瞬間だとも思わずに。


「おう、いいぜいいぜ!何、ちょっといって気晴らしに殺すとかでもいいしよ。
 あ、そうだ!なんなら、アギトにもっと働きかけてよ。
 例の高LVダンジョンになんとかしていってよ。
 あの”黒いの”のやつのとこにいって、助けにきた……


 とみせかけて殺す!!!


 とかどうよ?面白くね?」





そう言った瞬間だった。




俺は、何かの線が、切れる音を聞いた。












そして……声が響いた。









「やっぱ無理だわ」








――――――
――――
――















無理だな。





ああ……やっぱ無理だわ。




こいつらオレンジの同類の振りなんて。



必要だからやってみたが、無理だった。



もう限界だ。



何もかもが。


奴は……いや、奴らは、触れてはいけないものに触れた。


もう限界だ。



――プツン



俺の中の、何かが切れた音を、俺は聞いた。








最初は女の振りをした。

次はオレンジの振りをした。

だが、それももういらない。


情報は集まった。

もう、コイツの役目は終わった。





俺は、発声とともに、こっそり麻痺毒を塗っていた短剣を、おもむろに構えた。

正面の奴は、キョトンとしている。

パニックの中のようだ。

攻撃する時間は充分。






黒き意思が俺を動かす。


この道を進めば、俺はもう戻れない。

                       ・ ・ ・ ・
それは真っ当な人間からは外れる、漆黒の道。

疑念と悪意で塗りたくられた、闇への道筋。

だが、俺は踏み込んだ。





チャレンジャーは思い出すだろう。

俺が、思い出させてやろう。

自分の参加してるゲームの真理を。



いいだろう。


望みどおり、なってやろう。

忠告通り、我慢を解き放ってやろう。



オレンジの「振り」はもういらない。



もうしない。





何故ならここからは――













ここからは――正真正銘の、オレンジとなるのだから。





――――――――――――――――――――――――――――――
第17話 「開かれるは漆黒への道」 終わり
第18話 「好奇心を”猫”は殺す」 へ続く

※漆黒が『どこ』にいるのか。原作読んでる人はピンとくるかもですね。

※飢え永久は外伝より設定。キリトが大食い満腹状態であんなに苦しそうにしてたので、
多分逆の飢え状態も同じぐらい現実感溢れる苦しみだと推察。
本来は強制ログアウトだろうけど。

ええとあと……なんか凄く間があいてすいません。
今も結構忙しいので、これからも間があくとは思いますが、そこらへんは0話のとこで追記していきたいと思います。
せめて週1ぐらいで書いていけたらいいけど。




[25915] 第十八話 「好奇心を”猫”は殺す」
Name: 数門◆50eab45e ID:1fe6a54f
Date: 2013/11/20 12:16
「やっぱ無理だわ」


いつの間に構えていたんだ?

そう言い放ったその時には、マントフードの男は既に短剣をかざし、俺の真正面にたっていた。

速すぎる!奇襲の安全距離は保っていたはずなのに……。

唖然とする俺を尻目に、フードの男は短剣を振りかぶる。

短剣は鮮やかな軌道を描き、避けようとした俺の喉を切り裂いた。

「グハッ」

クリティカル判定。

短剣及びノースキルなので、ダメージこそ大したことはない。
だが……。

「このッ……」

やりやがって!

反撃しようと、腰の剣をぬこうとする。

が、体が動かない。

(!……麻痺状態!)

体力ゲージが状態異常が発生した事を示す色になっていた。
あの短剣、麻痺属性を持つか、それか、麻痺の毒液を
既にたっぷりぬられていたらしい。

そして、斬ったあの野郎は、HPバーがグリーンから、オレンジ(犯罪者カラー)に変異する。
これで男はシステム上の犯罪者であり、人に殺されても相手には何のペナも発生しない存在となった。
最も、殺害ではなく傷つけただけなので、数日すれば解除される軽オレンジではあるが……
今この場において危険であるのは間違いない。

しかし、それを気にしたふうもなく斬った男は言葉を続ける。


「やっぱり無理だな……。うん、無理だ。
 万一ちょっとは事情あるかも誤解かもなんて考えてたが、論外だったな」

「てっ、てめえ……」

とにかくこの麻痺を解除しないと……!

俺は麻痺しながらも、道具袋に手を伸ばした……が。

その手はちょっと動いたその瞬間に、またも短剣で切り裂かれる。
先ほどのダメージとあわせ、残り6割ほどに減る。

「うあッ」

「考えてみれば当たり前だよな。
 こんな異常事態だろうと、積極的に人殺すような奴らだし。
 いやいや、やっぱりないわ」

「一体何をするつもりだ……!」

「何をって……。この状況で言わせるなよ。
 オレンジが麻痺った相手を目の前にして、他に何をするっていうんだ?」

マントフードの男がさらに斬りつける。
スキル【ダブルアタック】発動。

2重の刃がきらめき、タゴンのHPバーが3割消し飛ぶ。
これで残り3割。あっという間にイエローゾーンにHPが突入する。

こ、こいつまさか、本気で俺を殺すつもりじゃ……。

「だ、騙したのか!!」

「あんたらってさ。騙すことは考えてても、
 自分らが被害者になるかもっていう事、全然考えないよな。すごいよ。
 きっと、やり返されるかもって考えたこともないんだろうな」


「なんだ一体……て、てめえになんかした覚えなんて……」


「……確かに何もされてないね。俺には」


マントフードの男は再度武器を構える。



「……なんせ、何かされた奴は、実質死んでるらしいからな」








――ゾクリ。



俺は、男の、眼を見た。

その瞬間、俺の体を、恐ろしい殺意が寒気となって吹き抜ける。

明確な死のイメージ。

コイツはヤバい……。

まさか……死ぬ?
この俺がか?


「ま!待て!!話せば分かる!!!」

「もう十分話したじゃないか。とてもよく分かってるぞ。
 貴様らを生かしておけば、誰かが死ぬということがな」

奴は、俺のセリフにも、全く耳をかそうとしない。
そのまま短剣を振りかぶり……振り下ろす。

「ま、待て!ぐああああああ!」

HPバー、残り1割。体力がレッドゾーンに突入する。
もはや、何を食らっても死ぬ状態……。

死ぬ?まさか、バカな!

……嫌だ!

「ま、待て!待ってくれ!死にたくねえ!
 殺さないでくれ!な、なんでもする……なんでもするから!」

「……」

ピタリ。それを聞いて、男の手が止まる。

イケる!

それに……。今ちらっとマップウィンドウを見た。
あとちょっとでいい。ちょっとだけでも引き伸ばせば……。
なんとかなるはずだぜ!

「……本当か?」

「へ、へへ……ほ、本当だ!もう何もしねえ!あ、あんたの言うことには全部従うから!」

ここは正念場だ。
あとちょっとだけでも、時間を稼げば……。

『仲間がくる』

もう逃げれない。
そうすれば、俺を殺した瞬間コイツも死ぬ。
それを理解させれば、助かる可能性は大だ。
その時は見てやがれよ……。

奴は俺と違って、仲間が近づいてる事がわからないはず。
だから、後は俺がちょっと大声で叫んで、場所を伝えればいいだけ。
奴に気づかれないように。
そうすれば、仲間が奇襲してくれるはず。


「……信用できないな」

「ほ、本当だ!頼むぜ!!!!」

あえて、かなりの大声で返事をする。
特に頼むの部分を強調して。

よし!これであとは仲間の奇襲を待つだけだ。

仲間は、もう、すぐそこまで来ている。
いや、既に上にいる。
あっちも俺の場所や状況には気づいてるはず。

ここは落とし穴。
高さは、やや高いが、死ぬほどの高さじゃない。

上からは、俺と奴が見えるはずだ。
グリフィスら3人が飛び降り攻撃をすれば、やつを仕留めるには十分……。

「……」

奴はまだ考え中のようだ。

あと少し……。あと少しだ!
頼むぞ……グリフィス。



「頼む!!」



それが、合図だった。










――――――――――――――――――――――――――――――

第18話「好奇心を”猫”は殺す」

――――――――――――――――――――――――――――――









タゴンのやつからの言葉。

それが、俺たちが飛び降りる合図になった。
あらゆる準備は万端。
アギトや、ガルシェに先立ち、俺が真っ先に飛び降りる。
2人もすぐそれに続いた。


「死ね!」
「ヒャハッ!」
「オラァ!」


ガシィーン!!!!


斧が、片手剣が、細剣が……凄まじいヒット音を叩き出した。



……地面に対して。


「「「「!」」」」


避けた!?

俺たち4人の顔が驚愕にゆがむ。

そこに声が響く。

「助けてといった直後にこれか……
 何をするのかと思っていたが……」

一斉に振り向くと、奴が槍を構えながら立っていた。

……見えなかった。一瞬であの場所まで?

……まさかな。

しかも、俺たちに奇襲前から気づいていたようなセリフだ。
奴が上をみた素振りは何一つなかったはずだ。

……ま、いい。


だが、奴をタゴンから引き離すことには成功した。

瀕死……おまけに麻痺か。

ガルシェが回復を行おうとする……が失敗する。
チッ、結晶無効化空間か。
それをみて、慌ててPOTでの回復に切り替える。
まあ、全快にはまだかかるがこれでタゴンはなんとかなるだろう。
こんなバカでも盾ぐらいにはなるしな。

「おいタゴン、戻ってきてみたら……こいつぁどういうことだ?」

「グリフィス……。ハメられた……あの野郎、ネカマだったんだ!
 復讐者で!お前らと別れたあと、急に……落とし穴に引きずり込まれて!」

「へっ、ネカマかよ。変態かぁ?」

そこに、フードの男から声がかかる。

「その変態に釣られたバカもいたようだがな。
 さんざ笑わせてもらったぜ。グリフィスさん」

ブチッ

「この野郎……」

ふざけやがって……。
俺は斧を構え、攻撃の体制に移る。

「てめえ……今の状況分かってんのか?
 結晶無効化空間。狭い広場。4vs1。
 てめえに逃げ場はねえ。
 しかも、てめえはおあつらえ向きにオレンジときた。
 てめえを殺しても俺たちはグリーンのままだ。
 
 ククク……命乞いも通じねえぜ。
 最も、悲鳴ならいくらあげてもいいけどなあ!」

俺の声を合図に、他のメンバーも武器を構える。

「そういえば、直接手をだすのは初めてじゃん。楽しそうだぜ」
「せいぜい叫んでくれよな……」
「さっきは良くも調子にのってくれたなコラ。倍にして返してやる……」


じわりじわり。4人で1人を囲むような陣形に変化していく。


だが、奴は全く怯える素振りをみせはしない。


「それはこっちの台詞だと言いたいが……まあいい。
 俺も言いたいことがある。
 ……なぜ貴様ら、人を殺す真似ができる?
 攻略者が減れば、それだけクリアも遠のくんだぞ?
 ……いや、それ以前に、なぜ殺せる?」

その質問に……俺たちは思わず笑ってしまった。
こいつ状況分かってんのか?
はっ、何を言い出すかと思えば……クリアときたよ。


「はっ、バカじゃねーの?
 雑魚一人殺したぐれーで、上に影響なんかねーよ。
 大体、これはゲームだろ。
 ゲームを、楽しんでるだけだぜ俺らは」
「そうそう、ゲームを楽しくして何がわりいんだよ」
「殺しがダメなら、システム禁止すりゃいい。それがないってことは、殺していいってことなんだよ。
 そんなこともわかんねーのか?」

バカかこいつ。こんなあまちゃんが今まで生き残ってたなんてな。
まあそれも今日で終わりだが。

「大体さー、死ぬ時人はどうなるのかとか、どんな表情するのかとか、興味ないのか?
 ええおい!?こんなチャンス二度と無いぜ?
 ”好奇心”だよ”好奇心”。俺たちは知識の探求者なわけだよ」
「ハハハ!いいこと言うじゃんグリフィス!クックック」

ハッ!こんな、やりたい放題の世界なんて、二度とチャンスはないぜ。
自重するほうがバカだろーがよ!


「好奇心だと……?その程度、その程度のことで……漆黒を……」


漆黒……?
漆黒って……。あのバカのことか?

「へえ……てめえ、あのバカの知り合いか。なるほどな。それでたどってきたのか」
「は!そういやあいつの名前もアレだったが、てめえの名前もアレだったな!
 もう思いだせねーけど」
「愛……なんだっけ?姫だっけ?クハハ」


……そこまで笑った時だった。

急に、割って入る声があった


「……猫姫だ」

「は?」

「知り合いじゃねえ。改めて名乗ってやる。
 俺の名は、愛舞天使猫姫だ。          
 そして、漆黒の……てめえらが殺そうとした、

 漆黒の……

  ・ ・ ・
 親友だ!」 


「!」


奴が、槍をもって襲ってくる。

……速い!

だが、奴がまず向かったのは、片手剣……つまり、もう片方に盾装備をしているガルシェ。
槍と盾は盾が圧倒的に優位。矛先さえそらせばダメージは大幅に軽減できるからな。

ガルシェも同じ考えのようで、ふてぶてしい笑みを保ったまま、盾を真正面に突き出す。

そこに槍が突き出される。ぶつかる槍と盾。当然槍が盾に弾かれて、
奴は体制を崩す……はずだった。

なのに。

俺たちが眼にした光景は、ガルシェの盾を弾き飛ばし、
そのままの勢いで胸まで貫かれている、ガルシェの姿だった。

HPも、今の一撃で残り2割まで減少している。
バカな!盾で軽減はされてるはずなのに、たった一撃で!?

「ガルシェ!その槍を掴め!」

胸に刺さったままだと継続ダメージはあるが許容範囲だ。
抜けずに動けない隙に、すぐさま叩きのめしてくれる!
ガルシェはすぐ反応して、槍を掴んだ。

よし!気合をこめ、斧を振り下ろす。
タゴン、アギトも同じく剣で襲いかかる。
死ね!

だが、奴はなんと、槍を掴んだガルシェごと、
槍を持ち上げ、横に振り回した!

ギュオッ!先端に人が刺さってるとは思えない速度で、
さながら巨大なハンマーと化した奴の槍が俺たちに襲いかかる。

「くッ」

ガルシェをたたきつけられ、3人とも体制を崩す。
ガルシェのHPが、空になったのが目に入った。

「ぐああああッ」

横目に、一番攻撃をマトモに食らって体制を崩したタゴンが、
攻撃されているのが目に入る。
タゴンも剣で応戦するが、奴は避けるそぶりすらせず、攻撃を叩き込んだ。
相打ち……お互いの剣と槍が、お互いに刺さる。だが奴は剣が刺さっても気にしたふうもない。
逆に奴の槍はタゴンの頭に、槍がとてつもなく鋭い勢いで突き刺さり、貫通した。

タゴンの、回復しつつ合ったHPが、一瞬で空になった。

バカな!

なんだあの威力は!いくら急所といえど……。

一突きでガルシェを仕留めたあいつは、さらに返す槍で、
アギトを狙う。ヤバい、あいつはこの中で一番軽装の細剣使いだ。
だが、俺の態勢も戻った。奴がアギトを攻撃するその時は、奴も隙だらけになるはず。

「バカが、俺を無視するんじゃ……」

ねえ。そう言おうと思った瞬間。

ザスッ。何故か背後から攻撃を食らった感触。

「!?」

何ッ!誰もいなかったはずだ!

振り向く、やはり誰もいない。壁があるのみだ。
バカな。ダメージこそ浅いが、確かに斬られた。
間違いなくHPゲージも減少している。
今のは……。

「ぎゃああああッ!」

絶叫がこだまする。しまった!

振り向くと、アギトが細剣を弾き飛ばされ、地面に倒されたまま
何度も体に突きをくらいあっという間にHPを空にしていた。

こんな……一体……。
4vs1だったんだぞ……。

「バカな……こんな一瞬で……」

そんな呟いた瞬間に、槍が飛んで来る。
くそッ!
がむしゃらに振り回した斧が、偶然槍を弾く。

だが、相手の体制を崩すまでには至らない。


その隙に、距離をとり離れる。

お見合い状態。


あっという間に3人が……。もしかしてこいつ俺より……。
いや、そんなはずはねえ。
あいつらはLVが低いからな。
たまたまクリティカルが続いたのかもしれん。
俺だって、あいつらを殺そうと思えば、同じことやれる。
俺だけあいつの攻撃を防げたのがその証拠。格が違う。
そうだ、このギルドの『最強』はこの俺なのだ……。

「く……くく……やるじゃ、ねえか……。
 だが、こいつら倒していきがってんじゃねえぞ……。
 こいつらのLVはせいぜい30中盤かそこら。
 だが俺は違う。
 
 教えてやるぜ。

 俺のLVは……51だ!」


「……」

ククク……かたまったか?
なんせ、このSAOでは、階層=本来の適性LVとなっている。
そして、今の最上層は51層。
つまり、LV51というのは、最上層LVの強さということだ。
まあ、正確には60ぐらいが安全マージンを考えると適正だが……。
まあいい。

このゲーム、そのように、LVが10違えば『安全』なのだ。
圧倒的な差を見出すことができる。

こいつの自己申告はたしか30だったか……。それがフカしとして、多少高く見積もっても、
40程度だろう。であれば、俺が勝つ。
多少槍の武器性能はいいようだが……他のステータス差を武器一つで補えはしない。


「どうだ!おい……泣いて土下座するなら……八つ裂き程度にしてやるぜ?」

「……それがどうかしたか」

なんだと……!このタコが。
全くビビった様子をみせない、奴に対し、
胸の中にイラつきがこみ上げてきた。

「……てめえ、虚勢はってんじゃねーぞ!51だ!最上層クラスだぞ!
 この中層LVじゃもったいないほどの……」

「俺のLVは『71』だ」

「!」


……!

……い、今、なんていった?


「ハ……ハッタリいってんじゃねえぞ……」

「ハッタリかどうか……身を持って知れ」

奴の言葉が、頭に響く。

71。

七十一。

ななじゅういち。

LV71だと!!

ハッタリに決まってる。

だが……俺の頭を情報がよぎる。
最初、奇襲した時のあの一瞬の移動。見えなかった。
その後の、盾ごとガルシェを貫いた火力。
ガルシェごとぶん回した筋力。
そういえば、タゴンの剣と相打ちになったはずなのに、HPが欠片も減っていない。
そしていくら軽装のアギトでも、満タンからああも即死するだろうか。

……冷や汗が流れる。

まさか本当に……いや……。

そ、そんなはずはねえ……。
攻略組ですら、そんなにないはずなんだ!

混乱しかかる俺に、さらに混乱させる情報が襲いかかった。

「グ、グリフィス……」
「うう……」
「ぐ……」

「!……お前ら!」

生きてる?

そういえば、気にしてなかったが、こいつら、砕け散らずに倒れたままだった。
こいつらはなんで生きてるんだ?
HPは確実にゼロに……いや、1ドット残っている?なぜ?幸運?

「グリフィス……た、助けてくれ……」

アギトらが呼びかけてくる。
くそ……。
この役立たず共がもうちょっと動けてれば……。
ちくしょうが。

その時、壁が眼に入る。

いや……そうだ、閃いたぜ!

「……おい!あ……あんた!」

「……なんだ」

俺の呼びかけに反応し、男が攻撃姿勢は維持してるものの、声を返す。
よし、まだ話を聞く気はある。いけるか?

「こ、降参だ!降参する!
 武器も装備も道具も金も、全部やる!
 いや……

 俺の命もやる!

 だから……だからこいつらの命は助けてくれ!」

「……何?」

明らかに意表をつかれた顔で、奴が返してくる。
よしよし、それでいい。

「ああ……。こ、殺しの計画は俺とリーダーが大半たてたんだ。
 お前の目的は復讐だろう……?
 だ、だから……俺は死んでもいい。だが、こいつらは見逃してくれ!」

「グ、グリフィス……」
「お前……」

3人が、何か感動したように、倒れながらもこっちに寄ってくる。

「……本気か」

奴が、俺を睨んでくる。戸惑っているようだ。
攻撃の意思が、衰えているのを感じる。

やはり、コイツは甘い。思ったとおりだ。
タゴンを瀕死に追い詰めながらトドメていなかったから、そうだろうとは思っていた。

奴の位置を見る。
周りの位置を見る。
3人の位置をみる。
アイテムも確認。

よし、完璧だ。

「ああ……ほら、装備をまず解除するから……
 金もアイテムも全部渡す!

 この……アイテムを……

 オラぁッ!!!!!」

アイテムを渡すふりをして、袋からあるもの……煙玉を取り出し、

そのまま、地面に煙玉を叩きつける。

「何ッ!」

奴が叫ぶが無視。

そしてすぐ……俺は武器を振り回す。

          ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
近くにいた……3人に向かって。


「グアッ」「ギャッ」「アガッ」

手応えアリ。
そして、何かが砕け散る音が後に響いた。

俺はそのまま、背後を振り向くと猛ダッシュで壁にかけより……。
そのまま壁をスピードの限り垂直にかけあがり……。

降りてきたときに、仕掛けておいたロープへ捕まる。
最初飛び降りる直前、戻るために準備しておいた脱出用ロープ。

そして、ロープを掴むと、そのまま足元より下のロープを、ナイフで断ち切る。

ここまでわずか数秒。

フハハ……完璧だ!!

完璧な展開!

のぼりつつ、もう一度足元からロープを切り落としながら
アイテム欄を確認する。

今殺した、アギト・ガルシェ・タゴンら3人の装備品やドロップアイテムが、
ぎっしりそこにはつまっていた。

「クククク……ハッハッハ!ハーッハッハッハ!!」

やったぜ!

なんで3人が瀕死で止まってたかしらねえが、奴らを見て、
ロープを降ろしていたのを思い出したときに閃いた。

やれやれ。本来はアギトだけぶっ殺す予定だったんだがよ……。
ま、仕方ねえな。これでも十分だ。計画は臨機応変にいかねえとな。
ギルドは抜けねえといけねえが、まあいい。
リーダーは俺を逃した分の、あいつの恨みを受けるだろうし。
まあソロはソロでやりやすい。どうせオレンジになっちまったしな。
適当に雑魚を殺して楽しむか……。<<ラフィン・コフィン>>とかにいくのもいいな。
しかし、あいつらも多少は使える奴だったが……、まあアイテムと金は有効に使ってやろう。

そこまで考えて、下を見る。
やっと、煙が晴れてきたようだ。

下に、俺を見上げる、あの槍使いが見える。

だが、ロープは既に断ち切られ、登るすべはない。
なんか腕輪なんぞ外してるようだが、何をしようが手遅れだ。
攻撃かって、この高さじゃ届かない。投擲系で死ぬほどひ弱じゃない。
例え鈎縄などの脱出アイテムを試そうが、
もはや俺の脱出には追いつけん。


ハッハッハ!!!最後に勝つのは、頭の良い奴なんだよ。


登り口まで、あと少しだ。

そう思い、崖登りを続け、ロープをたぐる手に力を入れた時だった。

フッと、何か、白い影が見えた気がした。

「ん?」

そう思ったのもつかの間。



――ブツン



……え?



何かの、切れる、音がした。

……いや、俺の目の前で、ロープが斬れた。



……何?

なぜ?

すべては、うまく、いっていたはず……。


だが、現実を受け入れられない俺の考えに反するように、

俺の体は、ゆっくりと、落下していった。



ドサッ!

「ぐうッ!」


なんで……また下に……。

しかも受身を取らずに岩に叩きつけられたせいで、HPが大幅に減少する。


クソッ。


だが、愚痴もそこまでだった。


ザッ……。


足音が、近づく。

ギギギギ……。

俺のクビが、油が切れたブリキの人形のように
ゆっくりと、その方向を向いた。

「よう……また会ったな」

ヒュンヒュンと音が奴の手から鳴り響く。
槍使いの槍が、高速で回転し、その眼は俺を捉えている。

「ゴーくんがいて……本当に良かったというところか」

ゴーくん……?何いってんだ?そ、それよりあれは

(アレは……『スパイラル・チャージ』……)

回せば回すほど威力が上がる超火力の槍の技。
ただし、出はバカみたいに遅く、その場から動くことも何かを防御することも一切できなくなるが……。

だが、既に準備は整っているようだ。

動けば、刺さる。

先ほど頭を貫かれた、あいつらの映像が脳裏に浮かぶ。

あ、アレを食らったら……死、死んじまう!

「お前らは……俺が甘いということを何回も教えてくれる……」

(俺が、死ぬ……?嘘だ!嘘だ!)

「ま、待ってくれ!こ、殺しは、もうしねえ!だから!」

「……だから?」

「た、助けてくれ!頼む!命だけは!」

「さっきも聞いた……貴様らに更生は二度と……絶対に!何があろうと期待しない。
 求めるのはただひとつ……」

男は一拍おいて、口をつむぐ。

「償いだけだ」

「あ、あれは……こ、今度こそほんとだ!助けてくれ!」

「そうか……。じゃあ一つだけ聞いていいか?」

「な、なんだ?」

「お前、お前がさっき殺した奴に、なんて言われた?」


さっき?さっきって……

              ・   ・ ・ ・ ・ ・
(――「グリフィス……た、助けてくれ……!!」)



「あ、あ……!!」


                  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・   ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「死ねとは言わない。これは単なるゲームなんだろう?あちら側でまた会おうじゃないか」

「ま、待て!まってく――」





















     「さよなら」


























ある洞窟の。



暗い穴の底。




ポリゴンの、破砕音が、静かに響いた。


























この日、一人の男がPKK(プレイヤーキラーキラー)として、目覚めた。


だが、世間がそれを知るのは、まだしばらく後のことになる。




――――――――――――――――――――――――――――――
第18話「好奇心を”猫”は殺す」 終わり
第19話「それは見てはいけないもの」  へ続く


※なおこの頃のキリトさんもLV71~73の間と推測。時期的にはクリスマスイベントでの2ヶ月後&51層あたりです。またキリトさんは、原作を読む限り、大体最前線の層+20LVぐらいを維持してるようです。
※傷つけただけだと1,2日でオレンジ解除というのは、2巻のキリトの発言によるものです。
  ただ、当作品は今後公式の刊行によるオレンジ設定塗り替えで全崩壊しかねない危険性を常にはらんでいます。ご了承くだしあ。



[25915] 第十九話「それは見てはいけないもの」
Name: 数門◆50eab45e ID:6364cde8
Date: 2012/02/19 23:54
パリーン……。


ポリゴンの破砕音が響く。



誰もいなくなった空間で、男は一人佇んでいた。


何回、助けてくれとか、もうしないって聞いたっけな……。
人を信じる心が砕けちりそうだ。

人間あんなに胸糞悪くなれるもんなんだな……。

ぶちキレたつもりでも、俺はほとほと甘かったようだ。



もし俺ぐらいの強さがなかったら、どうなっていただろう。

もし奴らが逃げおおせれたら、どうなっていただろう。


(恐らく、俺か、俺でなくば誰かが……死体が増えていただろう)

もっともこの世界では死んでも砕け散るだけだが……リアルで。


………………。


まあいい。

まだ終わってはいない。

自分のアイテム欄を見る。

彼らは『持っていない』ようだった。

……取り返さないといけない。

それに……ダンジョンの情報。90層クラスのボスがいるという。
……本当にあるのだろうか。いや、無いとこの状況。説明がつかない。

ダンジョンはある。それは信頼していい。
だが、問題は『どこの』か……。


俺はゴーくんを得てからというもの、フィールドはあらかたチェックした。
今の最前線は51層だが、それを含めても全てだ。
隠しダンジョンの類なんてのはまず見落とさない自信がある。
モンスターがいればなおさらだ。

だが、それでも、現在の最上層を超える雑魚がうろつき
90層クラスのボスがいる場所なんてのは……全く心当たりがなかった。

つまり……51層以下にはない可能性が高い。あれば見つけてる。
何か……『ショートカット』があるんだろう。90層以上への。もしくは『あった』か。

……もし、バグで90層にたまたまつながったなら。このゲームでは、バグは自動で直される。
今頃は、既に道は防がれて……。唯一その90層ダンジョンへの道を知るアギトも、殺されてしまった。
……そんな一足飛びにダンジョンにいける場所……。心当たりがない。完全に、ゼロだ。

……いや、まだだ、まだ諦めるのは早い。『ショートカット』がなくなったとは限らない。
それに90層への道がないなら……90層まで、攻略すればいい……。
たとえわずかでも、可能性があるならば……。


それに、しなきゃいけない始末もある。


まだ一人、残っているのだ。





そう、償いは……


まだまだ、これからだ……。





男はそうつぶやくと、闇の中に姿を消していった。










――――――――――――――――――――――――――――――

第19話「それは見てはいけないもの」

――――――――――――――――――――――――――――――










気づいたのは、もう夜になってからだった。

<<チャレンジャー>>のリーダーは一人、部屋で腕を組んで唸っていた。


「……」

「……遅い」


(あいつら……獲物(バカ)を物色しにいったんじゃなかったのかよ。
 なんでこんなにかかってんだ?)


メッセージリストは灰色のまま。
連絡不能。
基本的には、これはダンジョンに入ったことを示す。

どっかのPTでも見つけて、LVでも確かめに追跡に入ってるのだろうか?

獲物の下調べは重要だ。それは分かってる。
数日時間をかけることも、別になくはないし、悪いわけじゃない。

だが、それでもずっと連絡できないってことは
そんなにねえはず……。

 
「……チッ。隠れてなんかしてんじゃねえだろうな」


まあいい。

遅くても朝には連絡とれるだろう
それを、待つだけだ。

今日はなんか胸騒ぎがしてイラついて仕方ない。

ちょっと前にリネームカード手に入れたし、
昨日は装備が売れてグリフィスが回収してきた。
調子よく行ってるはずなんだが……。

……今日は休むか。














……だが、その考えは裏切られる。




仲間は、次の日も、連絡はなかった。

そして、その次の日も――。



事ここにいたり、リーダーは「待ち」をやめた。






――――――
――――
――





――そして。さらに次の日。







「な、なんだと……!!」


リーダーは、石碑の前に立ち尽くしていた。

あまりにも戻ってこないから、まさかとは思った。

思ったが……。

それが、事実とは……。


リーダーの見あげる先。

そこには

「グリフィス
 タゴン
 ガルシェ
 アギト」

達の……「線で塗りつぶされた名前」があった。


それが示すのは、ただ一つ。


『死』






ギルドメンバーは、リーダーを残して一人、全員が死亡していた。







視界が揺れる。

自分がフラついたのだと気づいたのは、その直後だった。

(あいつらが……死んだ?)

勿論自殺なわけはない。そんなタマか。
また、狩りにいったわけでもあるまい。
いや、ないとは言わないが……考えにくい。
物色メインで、リターンもないのにモンスター相手に無茶するだろうか……。
狩なら俺も呼ぶと思うし。

……とすると、考えられるのは一つ。
   

    殺された?


……しかし、一体、誰に……どうやって……。

(獲物を物色しにいって……返り討ち?)

しかし、ターゲット選定だけのはず。
まさかいきなり仕掛けにいったわけでもあるまいし。
これもやはり、仕掛けるなら俺もいたほうが断然安全なはずだからな。

そうリーダーは考える。


もっとも、事実は違う。
リーダーがそれを知る由もないが……。
裏切ることが平気な人間でも、
自分が裏切られることは中々想定しないものだ。


となると……。
なんだ?
まさか……PK……いや、PKKか?

だが、基本的に俺たちはソロを狙ってたはず。
報復が面倒だから、そうしてたのだ。ありえるだろうか。

じゃあどっかの正義バカ?
いや、見た目はグリーンだ……。
そうそう断定できないはず。
それに、もしそうなら俺が生きてるのはなぜだ。
何もバラバラじゃなくても、全員で動いたところを狙えばいいじゃないか。
1人ずつ狩るならともかく、5人を4人にしたところで
危険度や労力なんて変わるまいに……。


……。


わからん。



だが、あいつらが死んだのは事実。


事故か、事件か。

事故ならばまあ、どうでもいい。

だがもし事件なら俺も何か手を打つ必要があるが……。
しかし、あいつらが死、ね……。

リーダーは考えにはまる。

だが、彼らの死を悼んでるわけではない。

(しかし、どうせ死ぬなら、金の分配とか次の日に回しときゃ良かったな。
 チッ、そうすりゃあのオークションの金丸々俺のだったのに……)

メンバーが死んだことで、疑問はあっても、悲しみなどは一切ない。
彼らにとって、結局のところ、メンバーは単なる利害関係の一致した
他人にすぎず、お互いにどうでもいい存在なのである。


(そうだ。あいつらの命はどうでもいい。問題は……)


問題は、俺も危険かどうか、だ……。



不安が徐々に精神を侵食していく。


事故かもしれない。
だが、もしかすると事件かも……。

そして、事件なら、PKなら、不用意に町の外には出れない……。
その時最も可能性が高いのは、復讐だからだ。
そう考える。

その場合、ずっと町の中にいる必要もでてくる。
街中でPKを食らうことはないからな……。

悩んでる時は、リスクのないほうを取る。
それがリーダーの行動規準だった。

やはり事件なのか?

しかし、完全ソロを狙ってきたはずだ。
だから、復讐の線はかなり薄いはずなんだ。
そのためのソロ狙いなんだから。
だから、狩りやダンジョン攻略の失敗が最も考えられるが……。


……だが、それでも、殺された線を捨て切れない。
PKに対する報復もしくは反撃……どうしてもその考えが頭をよぎる。



それに、なんとなくだが、そう考えると
見られているような気もしないではない……。

軽く辺りを見回す。


「……」


特に……。そう、特に不思議な奴はいない。
始まりの場所だからそれなりに人はいるが、俺にことさら
視線を集中してるようにも見えない。

考え過ぎかとも思う。

しかし、ずっと街中に……いてもいいが、真相は早めに追求しないといけない。
オークションの期日も迫ってくるし……。
どうせ一人になったし、色々出品しようか。

そう考え、石碑の前にたたずむリーダー。

結論は、いずれださないといけない。


事故か、それとも……。




そんなことを考え、
思考の無限ループにリーダーが入りそうになったとき
横から声がかかった。


「あの……大丈夫ですか?」

「あ?うん?」

驚いて、生返事を返す。
相手は、それにかぶさるように声を重ねてきた。

「いえ……何か、衝撃を受けてるようでしたので……。
 もしかして、誰か知り合いを亡くしたのではと思ったのですよ」

「え、ああ……まあ、そーかね」

そういやあ、ここはそういう場所か。
今まではそんなヤツらを見つけては高笑いしてたが、
流石に今それをやるのは不味いか。
悲しんだ振りでもしておこう。

「ちょっと……メンバーが……ね」


一体何の用件だ?
そう考え、声のしたほうを見やる。


「そうですか……それは、お悔やみもうしあげます」


そこには、マントフードを被った男がいた。







――――――
――――
――




「……実は、私も知人を亡くしましてね」

「そっすか……」

「ええ、まあまだ生きてる可能性もありますが……
 どちらにせよ、死ぬほどの苦しい思いをしてるには違いないと思うとね。
 こちらに、何かの間違いじゃないかと、確認にきてしまうのですよ」

「ふーん……」

一々堅苦しい喋り方をするやつだ。切りてえ。

「そういえば……知ってます?
 風のうわさで聞いたんですけどね。
 最近、オレンジギルドの間に、奇妙な現象が起こってるらしいんですよ」

「……奇妙な現象?」

……ちょっと気になるな。うちもオレンジといえばオレンジだし。

「ええ……何でも、何も問題なかったメンバーが、
 いきなり死んでいると言うことが、あるらしいです」

「!!!」

それは……まさに、うちのギルドのことじゃないか?

「そ、その話……詳しくは!?」

「ちょ、ちょっと落ち着いてください。
 ……もしかして、亡くなった方はオレンジギルドが原因で?」

「え?あ、いや……。ああ!そう。そうなんだ」

危ねえ……。
つい、ぼろがでるとこだった。
オレンジだから聞きたいなんて見られたら、大変なことになるとこだった。
こいつが勝手に勘違いしてくれて、いやいや……危なかったぜ。

ほっとして、一息ついた。……が、その時、男がニヤリと笑った気がした。
……気のせいか?

「……じゃあ、あっちで話しましょうか。ここは邪魔になりますし」







噴水の前までくると、俺たちはベンチに腰掛けた。

すると、男が語りだした。

「そうですね……私も詳しくは知らないんですがね。それでもいいですか?」

「別にいいぜ」

「先に言ってしまうとね……このゲーム、出る、らしいですよ」

「出る……?」

「だから……幽霊ですよ。幽霊。怨霊。ゴースト。みんなの恨み」

「はぁ?幽霊……!?」

何いってやがるんだ?こいつは。

「ええ……。幽霊、です。このゲーム、PKありますよね」

「あ、ああ……」

「でも、PKを取り締まるシステムはない。
 まあ、街に入りにくいとかのペナルティはありますけど。
 別にそれだけです。PKが自動的に減ってくようなシステムはない。
 結果、オレンジギルドがあっても、活動しっぱなしです」

「ああ」

「だから、それですよ。自分は殺されたのに、相手はのうのうと生きている……。
 復讐したい、殺したい、道連れにしたい……そんな思いをね。
 顕現した存在があると……」

男はそこで一息つく。

「……それで、あったらしいんですよ。あるオレンジギルドがね。
 メンバーが、一人、一人……気づいたら消えていったらしいんです。
 朝であったときにはなんともない。
 なのに、なんでもないふうに別れて……気づいたら、連絡取れなくなってる。
 そして……石碑を見に行くと……





 ワッ!」






「うおおおッ!」

「はは、ごめんなさい。……死んでる、らしいですよ」

「ビ、ビビらせんじゃねえよ……。でも、それは単にPKKじゃ……?」

「勿論、普通はそう思いますよね。
 でも、違うんです。実際に、見たらしいんですよ」

「見た……」

「ええ……。いなくなる人間のいくつかが、同じ事を言うらしいですよ。
 『幽霊を見た』……と。
 そして、それを発言した人間が……数日後、いつの間にか……。
 まあ、そうなってるらしいです」

「……へ、へぇ。でも、それだけじゃな。モンスターかPKKのほうがそれでも
 話としては……」

「それがね……それを否定する理由があるんですよ。
 何故なら、死んだ彼らの一部は……【街中】でも死んでるという話だからです」

「なっ……ば、バカな……。ありえない」

「ええ、そうですね。ありえない。だから、幽霊だと言われてるんです」

「……い、いや。それでも、ば、バカバカしいぜ。幽霊だと?ここは全部データの世界だぞ?」


そうだ。現実なら100歩譲ってもいい。
だが、ここはデータの世界。
如何にオカルトがあろうが、定義してないものが存在などありえない。
幽霊とは、最もかけ離れた世界のはずだ。


だが、男はその意見もあっさりと否定する。

                        ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「……違いますよ。逆ですよ逆。むしろ、データだからこそ、ありえるんですよ」

「な、なんでだよ……」

「いいですか。この世界で、思考や感情を司ってるのは、ナーヴギアです。
 脳の全てを操っている。脳が右手を動かしたいと思えば、データの右手を動かしてくれるし。
 喋りたいと思えば、喋らせてくれます。思考をスキャンしてるんですよ。

 つまり、【誰かに対し殺意があればそれを読み取れるし、反映だってできる】んですよ。
 
 ここで、さっきの話に戻ります。今まで、PKに対するシステムは無いと思われてました。
 でも、本当は、あったんじゃないか?……もしくは、増えるオレンジに対し、
 このままではゲームが成り立たないと途中から作られたんじゃないか……
 という説が成り立ちます。私は途中説を推しますが、まあそれはおいといて。

 誰かが死ぬ。殺される。そこで、強烈な恨みの感情を抱く。
 すると、システムがそれを発見する。それを、PK処理システムに送る。
 そしたら、システムがゴーストを生み出し、恨みの対象となったギルドにとりつかせる。
 【それ】は街中でも活動でき、取りつかれたら最後……システムによって、殺される……」

「ば、バカな!そんな話……!」

嘘だ。確かに、それなら、ありえる。
だが……!認めるわけにいくか!

「聞いたこともねえぞ!」

「でも、筋は通ってるでしょう?データだからこそ、ありうるということが。
 それに、それで実際に消えた人がいるらしいんですから」

「だ、だけどよ……」

「ハハハ……まあ、まだ噂の段階ですよ。
 それに、当然ながらオレンジ……いや、レッドギルドしか今のところ被害ないみたいですから。
 グリーンのあなたには関係ない話でしょう」

「ま、まあそうだよな。噂の段階だよな。俺は関係ないし信じねえが……」

そうだ。ありうるはずがない。

「……それに、これも噂の段階ですけど。
 幽霊に狙われても、助かる方法、あるらしいですよ」

「な、なにィ!」
 
「うわ。驚かさないでくださいよ」

「い、いやわりぃ。……でも本当か?その助かる方法があるって」

「まあ一応……。でも、必要になるのはオレンジだけですよ?」

「い、いやあそうは言ってもよ。所詮システムだぜ?なんか、あるかもだろ?バグとか」

「……確かにそうですね。例えば、誰かがモンスターに襲われて殺されても、
 たまたまそこに人が通りかかって恨まれる、とかはあるかもしれません。とばっちりで」

「だ、だろ?だったら、他人事じゃないぜ」

「そうですね……。じゃあちょっと、私はこれ、もっと調べてみましょう。
 ……もし何か分かったら、貴方にもお伝えしたほうがいいですか?」

「お、おお!じゃあ、頼むぜ……!」

ラッキーだ。
もしそんなシステムがあるなら、対処法を知っておくにこしたことはない。
まあ……本当に幽霊とかがいての話だけどな。

もしかして、あいつらも……。もしそうなら、俺も……。

……いやいや。早すぎるぜ。所詮噂だ、まだ。

「じゃあ……連絡先を教えてもらってもいいですか?」

「あ、ああ……」

自分の名前を渡す。そして、相手のをも受け取る。

†愛舞天使猫姫†? ……クソふざけた名前だな。

しかめ面が顔に出ていたのか、男から声が入る。


「どうかしましたか?であったことでもありましたかね」


……ちょっと考える。あるような、ないような。
……知らん。顔も見覚えねえし。あんまみえねえが。
大体人の名前覚えるのは面倒くせえんだ。
だから全部交渉事とかも、グリフィスにまかしてたんだが。

「……いや、ないと思うぜ」

「……。そうですか。ふむ……お名前は【サカザキ】さんというのですね。
 ちなみに、今はどちらにお泊りに」

「ん?ああ……。いや、根城は適当に変えてるんだ。気分次第だ……なんでだ?」

ホームを教える必要はねえな。

「……いえ。なんでもその幽霊と出会ったら……アイテムを使ってはいけない……。
 そんな話を聞きましてね。それだと、転移とかもし辛いじゃないですか」

「……ほ、本当かよ」

「さあ……噂ですから、すべて。なんせ確認した人は……」

「……あ、ああ。そうだったな」

「まあ、根も葉もない話かもしれませんし……じゃあ、なにかあったらまた連絡しますね」

「おう……期待してるぜ」

「はは……大丈夫ですよ。復讐されるようなこと、しなければいいんですから……ね」

「……」

そういうと、男は笑みを浮かべ、立ち去っていった。

ちっ、他人事だと思って気楽なやつめ。

復讐されるようなこと……。

……いや。気にしないでおこう。

……。しかし、こんなことになるとは。
ちと身の回りの物を整理して、動きやすいようにしておくか……。
ギルドBOXのアイテムとか、全部回収しておこう。
拠点移動するかもしれねえしな……。



ま、妙な話を聞いちまったが……。

まあでも、まだ噂の話だ……。
PKKとかの話のほうが、よっぽど信憑性高いだろ。
今更システムとか。

ましてや幽霊なんか、いてたまるか。


見たらそいつは数日後に死ぬ……。


……。


馬鹿馬鹿しい。


よく考えたら、そんなことあってたまるか。
1年以上やってて、今まで聞いたこともねえのに。

くだらねえ。

気にすることはないな。

……ほっとこう。






















……俺はその日、そのまま帰って、床に付いた。












そんなこと、ありえるわけないと……。



そう思って。








――でも。








――なのに













――なのに、見てしまった。





―― あ れ は


――――――――――――――――――――――――――――――
第19話「それは見てはいけないもの」 終わり
第20話「その日、幽霊(ゴースト)が生まれた」へ続く


原作より、オレンジは軽いのと重いのがあり
傷つけるだけなら1、2日でグリーンに復帰する。
との事で、それに準拠して、数日で猫姫はグリーン復帰してるとします。
(グリフィスをアレした分は、グリフィスが既にオレンジになっていたのでノーカンです)

余談ですが、もしこの2日の間にリーダーが街の外にでてたら、猫姫に始末されてた可能性はかなり高いです。
続きは完成してるので、また近日中に。



[25915] 第二十話「その日、幽霊(ゴースト)が生まれた」
Name: 数門◆50eab45e ID:6364cde8
Date: 2012/03/05 12:25
……心臓が止まったかと思った。

その時、<<チャレンジャー>>のリーダー【サカザキ】は、夜闇の中、
ホームの宿屋のところで眠りをとろうとしていたのだが……。

見てしまった。

(い、今……。か、壁に……)

きっかけは何だったか。

夜中【ドンドン!】と、どこかの壁から強い音がしたのがきっかけだ。

それで、眼を覚ました。

その途端、音はやんで、なんだったんだと思ったのだが……。

まあいい。

寝直そう……。

そう思った時だった。



ふと、壁を見たんだ。

そしたら……。見ちまった。


一瞬、白い、何かが……。


ビクッ!

い、今……。

誰かの言葉が頭をよぎる。

(「このゲーム、出る、らしいですよ……」)

いや……気のせいだ。
そ、そんなの、い、いるわけがねえ……。

また壁を見る。

すると、今度ははっきりと、人型の白いのが見え……
そしてまた壁に消えた。

(ひ、人型!?)

ガバッ!

上半身を起こす。

い、今のは……。


ドクン。

心臓の鼓動が聞こえる。

データの鼓動が。


昼の会話が、思い起こされる。


(「幽霊を見ると……数日後に、死ぬらしいですよ……」)


頭を振る。

いや……噂だ。きっと……今のも……見間違いだ。

だが、壁から眼が離せない。


……。


そして、じっと見据えること数分……いや、数十分だったかもしれない。

(や、やはり気のせいか……?)

何も起こらない。
静かなままだ。


(……夢か?それとも、見間違い?)


……。昼の話を意識しすぎたか……。
おそらく、最初飛び起きてからもう大分長くたつ。
その間、何事も起きていない。

何も起きないな……。

俺はそう結論づけると、ベッドの上、壁を見つめながら横になる。


(考え過ぎか……)

そう、ふっと気を緩めた瞬間だった。

壁から眼をはなし、反対側に寝返りをうった……そのとき。


目の前に、


布団の中に



それはいた。



真っ白の、人の形をした何か。

ベッドも壁も突き抜けた、半透明の、明らかに人ならざる存在。

それが、布団の中、すぐとなり、目の前に――










「drvgbhんjmkvgびんjもkcvbhんjmk――!!!!!!」









夜闇を切り裂き、悲鳴が響き渡った。














――――――――――――――――――――――――――――――

第20話「その日、幽霊(ゴースト)が生まれた」

――――――――――――――――――――――――――――――









その日、俺はいつもどおり夜晩をしてた。

ここは、スラム街のとある酒場。


ここのゲームじゃ珍しく、人間による24時間営業、なんてのをやっている。

ギルドメンバーの持ち回りだ。

このゲーム長くやってるとそれなりに人恋しくなる。
ソロの奴でも、たまには活気に触れたくなるもんだ。

冒険者の宿り木としての存在。
そういう応援の仕方もあると思う。

俺たちはそういう奴らのために、24時間制の酒場を開いている。
騒いでもいいし、静かに飲んでも良い。
ダラダラしてもいいし、気合をいれてもいい。

潰れた奴のために、宿屋だって兼業している。

そんな店だ。


……というのは建前で、
単なる酒好き料理好き騒ぎ好きのオッサンが集まっただけだがな!


とはいえ、それでも深夜はやっぱり人がすくねえがな。
何人か常連はいるが……。今日はきてないようだ。

まあ、静かなのもいい。

料理の研究でもするか。
SAOの料理は奥が深い。
システムに登録されてる料理は簡単だ。
だが、そうじゃない、システムにない料理を再現する場合……
素材が少ないから、一つ料理を再現するのだけでも凄まじい根気がいる。

もちろん、再現したい料理は1つじゃねえ。いくつも、いくつも、いくつもいくつもある。
時間は、いくらあっても足りねえんだ。

かといって、客がいるときは難しいからな。
こういう一人の時が、貴重な研究時間というわけだ……。

そんな風に、思っていたときだった。



バタン!



「う、うあああああああああああああああああああああ!!!」


「なんだよ、うるせーなあ」


扉をかちやぶるように開き、何か、よくわからん喚いてる奴が飛び込んできた。

ってこいつ、何かのギルドのリーダーじゃなかったっけか。
なんだっけか。【チャレンジャー】の【サカザキ】だっけか。
マナーが良くないんであんま歓迎はしてねえが……。
まあ堅苦しいこといわねえのがモットーだしな。

だが、今日のこいつは、なんなんだ……。

「ゆ、ゆゆゆゆゆゆゆゆうれいが……」

「はあ?」

「出たんだ!助けてくれ!幽霊が!俺の家に!布団が!ゴーストが!」

「はあ……」

なにいってんだ?
そんな目で、俺はそいつを見やる。

「お、俺は……俺は!」

「何いってんかわかんねーけど、とりあえず落ち着けよ小僧。
 何もいねーじゃねーか」

ポン、と肩を叩いて、注意を促す。
そこでやっと、飛び込んできた奴は一息つく気になったらしい。
辺りを見回し、何もいないのを確認すると、大きく息を吐き出した。

「はあ……はあ……そ、そうか……」

そいつはおっかなびっくり、周りを見渡す。

「ふう……」

「なんだ一体どうした」

「いや……何でもねえ」

「はあ?あんだけ騒いでか。意味わかんねえな」

「……」

「なんだよ」

「あんた……幽霊って……信じるかい。
 モンスターじゃなくて……ほ、本物の、を……」

「はあ?このSAOでの話か?モンスターじゃなくて?
 いるわけねーだろそりゃあ」

「お、俺を疑うのか!?お、俺は聞いたんだ。そいつを見ると、死ぬ、と……」

「はあ……」

「そ、そして、俺は見た!見たんだ!いたんだ!」

「お、おい?」

「ほ、本当に、聞いたこと無いのか?
 あんた、色々情報も知ってるはずだろ?対処法とかさ……!なあ!おい!知ってんだろ!言えよ!」

「ちょ、ちょっとなんだよ。んなこと言われてもな……。
 大体、何の話してるかもさっぱりわかんねえよ」

「なんで知らねえんだよ!死ね!
 ゴーストが殺しに来るんだ!見たら終わりって……!俺が!俺を!あいつらも!」

「はあ……?」

全然何いってるんかわからねえ。
しまいにゃ逆切れしやがった。
しおらしかったり強気になったりなんだこの情緒不安定野郎は。

「なあ!本当にいねーのか?俺だけか?俺一人だけか?
 ふ、振りきれねえんだ……!どこにいっても、先回りするように……!
 転移も、できねえし……。……おい!聞いてんのか?

 いいか!今日だけでいい。ここに……ここに泊めさせるんだ!」

「あー……まあ、うちは宿屋もやってるから、別にいいけどよ……」

「よし、じゃあ借りるぞ!金はこれでいいか!
 あと……俺の部屋には、誰も入れさせんな!入れさせたら、こ、殺すぞ!」

いいな!と念をおすと、いうがいなや、部屋の鍵を
ひったくるように受け取ると、ダッシュで去ってしまった。

……なんだありゃ。







あれか。

このクソッタレなゲームの中に閉じ込められて、気でも狂ったのか。

……そう考えると、評判悪い奴とはいえ、不憫かもな。

まだわかんねーが……。

単に酔っ払って錯乱してるだけかもしれねえし……。


まあいい。ああいうわけわかんねえ奴なんざ酒場やってりゃいくらでも当たるわな。

それより、あいつがなぎ倒していったテーブルや椅子を元に戻さねえと……。


「しょーがねえな……」


そうぼやきつつ、再び俺は片付けをしはじめた。





すると、ギィ……と、扉が開く音がして……。



再度の来客が、訪れた。



女……いや、男?

その客は、マントフードをかぶっていた。




――――――

――――

――





「しかし……珍しいな」

「何がですか?」



軽い食事でオススメを、というマントフードのヤツに対し、
シチュースープを並々注ぎながら俺は答える。

ギルドメンバーたちで料理スキルを地道に研究して、
完成した、結構な自信作だ。
肉が中々手に入らないのがネックだが、スープとしてみれば充分な美味しさだ。
湯気と香り立つそれを、運びつつ語る。

しかし、見た目は顔もみえねえし男か女か分からんかったが、
声の質からすると、どうも男のようだな……。


「こんな時間にソロプレイヤーが来るってのがな……
 いや、来るのはいいんだが、つい最近も、変なソロがいたもんでな」


俺たちは冒険自体はできないが、冒険者の話を聞く事自体は非常に好きだ。
特に俺は。
まだ35歳だってのに、隠居っぽいかねぇ。
もし、現実に戻れたら、なんか酒場のマスターとかやりてえなあ。

「へえ……私の他にもいたんですか」

「ああ、ついさっきだ。聞こえなかったか?
 かなり大きい声で叫んでたんだがな」

「残念ながら……」

「そうか……いやあ、変な奴だったぜ。
 ていうか、変なこと口走ってたぜ」

なんだったんだろうなありゃあ。

そりゃゴーストっていう敵がいるのは聞いたことあるけどよ。
でも、それだけだぜ。
なんであいつがあんなにパニックになってたのやら。

「ふむ……誰ですかその人。知ってる人かもしれませんね」

「ああ……なんつったかな。時々うちにくるギルドなんだが……。
 そういや最近揃ったのみねえなあ……。
 確か……【チャレンジャー】って名前だったかな。それのリーダーだぜ」

「んー……どこかで聞いたような……。いや、ちょっと今は思い出せませんね」

「ふーん……そうだ。なあ、お前さん知ってるか?
 なんでも、幽霊だか、ゴーストだかがいるとかなんとか……」

ものはついでと、そいつの話を振ってみる。
まあ、冒険者の話をたくさん聞く俺ですら、よく分からん話だ。
正面の……多分男は知らないだろうと思いつつも、話の種に軽く振る。


「ああ……あの話かな」


「おお?知ってるのか?」


こいつは意外だ。
何の期待もしてなかったが、知ってるとなると俄然興味をかきたてられる。


「ええ……うわさ話ですけどね。
 好きですか?うわさ話」

「よもやま話が嫌いでマスターなんてやれねえよ」

「なるほど。では、話しましょうか。
 いえ、私も噂でしか知らない話なんですけどね……」



そして、フードの男は語りだす。

PKK幽霊という「システム」の話を。



俺はそれを熱心に聞いた。

そう長くもない話だったしな。



ふうむ。

中々面白い考察……そして話だ。
PKKの幽霊ね……。

だけど、まあ結局はうわさ話だろう。

やっぱり、そんな話を聞いたことがない。

オレンジギルドは増える一方だと聞く。
警察がないから当たり前だが。
基本的に【放って置いて減ることはない】のだから。
それは増える一方だろう。

そんなもんがあったら、それに歯止めがかかってておかしくないだろう。

俺はそう考え、話を男に振り返そうとした。


なあ、あんたはそれ、信じてるのかい?と、聞こうと。


「なあ――」



……その直後だった。


あの「声」……いや「叫び」が響いたのは。







――――――

――――

――



一方……。






ダガダガガガガガッ!

ギイッ!

バタン!

ガチャン!!!


「はあッ……はあッ……」


部屋に駆け上がったリーダーは、一息に扉をあけ、閉め、
鍵をかけると、ようやく一息をつく。

「ふぅ……ふぅ……」


辺りを見回す……。

いない。

振り切ったのだろうか?

それとも、人がいるとこではでないのか?

とにかく、さっきまでは、視界の端々にすこーし見えてた気がするのに。

今は、全く見えない。


(ふぅー……)


心を、落ち着ける。

そうだ、まずは落ち着かないと。

冷静に……冷静に考えよう。

あれは……なんだ?


あの……白い……人型の……。

い、いや!

あ、あんなの……いるわけねえ……!

ここはデータの世界だ、いるわけねえんだ!

そうだ、冷静になれ。

冷静に……!

いるわけない……。いない……。絶対いない……。


……。


……。


よし……!


お、落ち着いたぜ……。

そうだ、いるわけねえんだ、あんなの。よく考えれば。


きっと、見間違いかなんかだ。
大体、システムが生み出すっていうなら、逃さないだろうし。
逃げ切れる事自体おかしいんだ。
だから、あれはシステムじゃない。

システムじゃないなら、ここはデータの中だから、当然幽霊もいるわけない。

そ、そもそも。俺らがなんで死ななきゃいけねえんだ。
ただゲームを「楽しく」プレイしただけじゃねえか。
俺達は被害者なんだ。悪いのは閉じ込めた野郎じゃねえか。

そうだ。俺は何も悪いことなんかしちゃいねえ。

そうだ。だから、報復される理由がねえ。

そうだ。だからあれはなんかの見間違いだ。

ビビリすぎて、きっと夢かなんかでみたのと、勘違いしたんだ。

そうだ、それならベッド以外でほとんど見てないのも、今いないのも説明がつく。

そうだ。あれは夢だ。夢の中で隣で見て、そのあと飛び起きたんだ。そうだ。

そうだ、あんなの、実際はいな……



【ドンドンッ!】



「ハウッ」



急に、うしろの壁がノックされた。かなり強く……。

い、一体……。

しっとり、耳をすます。


……何も、聞こえない。



「だ、誰だッ!?ま、マスターか?」


声をかける。

……返事はない。誰かがいる気配もしない。

な、なぜ……。

これは、さっきの……?

さ、さっきはこの音のあと、確か……か、壁をみたら……。


ま、まさかまた……。


い……いや、いねえ。いねえはずなんだ!


ゆっくり……ゆっくりと壁を見る。




そして……みた。




……何もない、壁を。





「……」


辺りを見回す。

何もない……。


……。


だ、大丈夫か……。


とりあえず、もう寝よう。

何があっても、おきるまい……。


……布団の中は、いないよな?

恐る恐る、めくる。

ゆっくりと……ゆっくりと……。

い、いないはずだ……。いないんだ!


ガバッ!


……。


……。


……。



いない……。


……。

ふう。



やっぱり、さっきのは夢か……?

……とりあえずは、寝よう。

本当は起きてたいが、でも。

マスターと話して、なんで怯えるのかつっこまれたら
オレンジだとバレるかもしれねえ。
それはそれでダメだ。

そしたら軍だ。一章監獄。受け入れられるわけがねえ。

なにより……疲れた、本当に疲れた。




考えるのは、明日からだ。



とにかく……だ。



壁にもいなかった。布団にもいない。

再度辺りを見回すが、何もいない。



ふう……これで、ようやく一息つけるな。


そうおもって、仰向けに寝っ転がる。



そして、見た。




天井を。











そしたら







そこに




天井に



張り付くように


完全な


人型が


こっちを、睨む、ように……







――

――――

――――――











「ヒィィアアアアアア!!!!!で、出たあ!出たああ!!!」








二階から、大声が響き渡る。

マントフードの男に、話を振り直そうとしてた宿屋の主人は、驚いて階段をみた。

さっきの叫んでた奴か?

今度は一体?

なんにせよ、尋常ではなさそうだ。

声にすぐ反応し、主人は階段を駆け上がる。


「なんだってんだ、一体……。どうしたんだ?お客さん。ちょいと騒ぎすぎなんだがね!」


階段を駆け上がり、さっきの彼の部屋の扉をノックし、入ろうとする。


だが、中は鍵がかかっていてはいれない。そういうシステムだ。

どんな人であれ、一切部屋主の許可無くして扉の鍵をあけることはできない。

なのに、中から何かが「でた」という。

どうする?と彼が悩むも一瞬。

扉を蹴飛ばし、先ほどのテンパった男が飛び出てきた。


「出たんだ!あいつが、あいつが復讐にきたんだぁ!たす、助けろ!俺を助けろ!」

「ちょっと待ってくれよ、誰もいねえじゃねえか?あいつって誰だ?」

「出たんだ!あれが!あいつの怨霊が!」

「おいおい、落ち着けよ。そんなの、いるはずねえだろう」

「う、嘘じゃない、嘘じゃないんだ!!
 げ、現に他の奴は、死んじまった!
 の、呪いだ!
 怨霊だ!俺は見たんだ!
 このゲームには、怨霊がいるんだ!
 さっきも天井に、ゆ、ゆう……」


幽霊が!と続けようとしたとき、その宿屋の主人の後ろに。

リーダーは見てしまった。

白い……幽霊の姿を。ゆっくりと迫る怨霊を。


「ヒィイアアアア!!!」


駄目だ、この宿屋はもう駄目だ!
逃げないと、他のところに逃げないと!
どこかへ!
どこかへ!


宿屋の主人を押しのけ、階段を飛び降り

・ ・ ・ ・ ・
誰もいない1階の酒場フロアーを駆け抜け、

【チャレンジャー】のリーダーは店を飛び出した。




そして、丁度そのとき、メッセージが届いた。




サカザキにとっては救いでもあり……。

そして、地獄へ誘うメッセージが。











ピロン








……着信音が、響く。




焦る中、一旦無視しようと思ったが、件名と差出人をみて
サカザキはその封を開く。


そこには、こう書いてあった。



【ゴーストの解呪方法発見セリ 
 スラムエッジの、街の外、一本杉で会いましょウ †愛舞天使猫姫†】




「!」



き、きた!よくこのタイミングできた!

一本杉……あそこか!あの、超大きい奴の!

早く……早くいかないと!
さもないと……後ろが!後ろから!


彼は恐怖にかられ、目指す場所に走りだす。


そして、走る最中にも、メッセージが届きだす。

彼は走りながら、導かれるように、救いを求め、開いていく。

だが、それは救うどころか、さらに混乱に突き落とすメッセージ。



【私も、呪いにかかっタ】

!!!

な、なんだと……。

息を切らし、目的地に向かいながらそれを見る。

ピロン

着信音と共に、またメッセージが届く。


【既についてます。まってます】

ピロン

【もうひとりもマッテます】

も、もう一人……、もうヒトリってなんだ!

ピロン

【知ってますカ?】

なにをだ!

ピロン

【のろいをとくホウホウってヒトツしかないんですよ】


なんだ……なんだ一体!

でもとにかく……とにかく、いくしか!

あとちょっと……あとちょっとなんだ!



「ハァ……ッ!ハァッ…………」


必死の想いで指定の場所にたどり着く。


すると、木の根元。



ヒトリの、男が、うつむせに、倒れていた。



マントフードの男。


あの時会った日の服装。


だが、異様だった。


倒れている事も。

そして、何よりも。

               ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
その倒れた背中には、槍が突き刺されていたからだ。


「……!!!」



声にならない声が、サカザキを襲う。


(なんだ、一体、なんなんだよぉ!
 なんだよこれは!)


ピロン


さらに、同時に、メッセージが届く。


 【 シ ネ バ ト ケ ル
   オ マ エ モ シ ネ 】



「ヒッ……あ、アアアア」





そして、倒れた男のすぐとなり。

サカザキの目の前に、白い人型が、現れた。

何度もみた、あの忌まわしき死の宣告が。




サカザキの、限界が訪れた。








「ヒイイゥイァイァ!アゥアアウァアァアイァ!アイア!!!」







もはや何を言ってるのか自分でもわからない。
頭の中にあるのは、ここを離れなければという想い。

転移結晶を取り出す。

……が!

結晶は何も答えない。


――結晶禁止空間!


もど……早く、もど、戻らないと!

街へ……今度は街へ!

走る。

ただひたすらに。

街へ向かって。

木にぶつかり、草に足をとられ、岩を回りこみながらも
がむしゃらに街を目指す。

だが……。


ズバッ!


何かに貫かれたような痛み。
同時に、急に足がとまり、盛大に転ぶ。


「ヒィア!アア?」


……足が、麻痺している。

一歩も動けない。

そこに、ずさり、ずさりと近寄る音。






そこには、先ほど倒れていたはずの、マントフードの男の姿があった。

だが、腹を貫通していたはずの槍を片手に持ち。

そして……。



隣に、ゴーストを従えている。



「彼ら」は、無言で近寄ってくる。

ずざり。

ずざり……。


「あ、あ、あ」


まるでキョンシーのように、ゾンビのように近寄る男の姿。
そこによりそうように姿を現す霊。

もう、メッセージではなく、声が直接語りかけてくる。


【コ ロ ス …… コ ロ ス ……】


「ヒィ……」


もう、サカザキには、誰かの霊が猫姫の死体にとりつき、姿を表したようにしか見えなかった。
このゲームに死体がある事自体おかしいが、それに気づく心の余裕は一切無い。
いや、そもそもおかしいからこそ、余計にパニックになっている。

足が、動かない。

奴が、目の前まで、きた。



「ちちちいち、ち、近寄るなあああああああ!!!!!!!」


何がなんだかわからない。

腰を抜かしたまま、がむしゃらに剣を振り回す。
スキルでもなんでもない。
たんなる振り回し攻撃。

相手に当たる。
だが、全く効いてる様子はない。
何度も何度も攻撃があたるが、 相手のHPバーは微動だにしない。
ありえない状況。

地味にこの時、自分のHPバーの色が変化したが、
全くそれに気づく余裕は、リーダーには無かった。


【 ユルサナイ …… ユルサナイ …… 】


そういいながら、「男」が槍を構える。


「た、たひゅけてくりぇぃええええ!ち、違うんだ!
 アレは俺じゃない!あいつらが、そうあいつらが決めたんだ!
 どうせゲームだからって……。お、俺じゃない!」


【カエセ ・・・・ ウバッタモノ …… カセイダモノ …… カネ、ソウビ、アイテム、カエセ ……】


「返す!返す!全部渡すよ!おいてくから!だから、助けてくれえ!」

金も装備も、全部を地面に投げ出していく。もう必死の想いだ。

【マダ カエセ マダ タリナイ】

ゆらり。
マントフードの人物が、また一歩近づいてくる。

「も、もうないよ!これで全部だよおお!な、何があるってんだよお!」




【 イ ノ チ ヲ カ エ セ 】





「ヒィッ……」



リーダーの顔が、恐怖で大きく歪む。

そして、マントフードの影が槍を振りかぶり、振り下ろしたとき。

破砕音が響き……

静寂なる闇が、そこに広がるだけだった。





マントの男が、フードを取り去り、顔を出して空を見上げる。

今日は満月。空には、真っ黒な闇と明るい月だけが、静寂のなか佇んでいた。







「……ふん」




(落とし前はつけた。だが……)


男は、拳を握りしめ、歯をきしり、体を震わせる。


(だが、まだ、何も。
 何も、終わっちゃいねえ……。
 何も……)



男は月が浮かぶ闇の中、空を見上げ、言葉を紡ぎ出す。

「ヤツ」が最後にばらまいたアイテム。

【リネームカード】を手に拾いながら。

その言葉に、千の思い、万の感情を込めて。

空を見上げる。




「漆黒…………!」










全てはまだ、ここからだ。











――――――
――――
――


数日後。



「そういやあ……あいつは、一体どうなったんだ?」



酒場のマスターは、そう考えてひとりごちる。

あの夜……。

【サカザキ】だったかが、飛び出していった後。

気づいたら、なんだっけか。そういや名前聞いてねえな。
地味な格好した男もいなくなっていた。

騒がしいから出ていったのかも知れないが……。



あれ以後、サカザキを見かけたことはない。
別に数日みないぐらい、どってことはないが……。

それでも気になった。


あるルートで、彼らがどうもレッドギルドらしいという
話をきいたからである。


すると、思い出されるのはその時の、マントフードの男との会話。

そう、幽霊の……。




(へっまさか、な……)


(でも……)


たまたま、始まりの街にくる用事があった彼は考える。


(始まりの石碑、に名前みにいくぐらい……
 別にいいか。
 ちょろっといって、あいつの名前を見るだけだからな)

(せっかくここまで来たんだし)

(まあ、まさかだろ、まさか……。
 この世界に幽霊なんて、いるわけねえんだ……)



そして、彼は石碑に足を運び。



「あの日の結果」を、知ることになる。









もう時に埋もれ、今となっては誰も知ることはないが、
SAOプレイヤーの中で、一つの【噂】が広まったのは、この時を境にしてである。



ゴーストの噂……。


PKに関わるなら、誰でも聞いたことがあるという噂……。











【PKをすると……殺しに来る】







【PKK(プレイヤーキラーキラー)のゴーストが、殺しに来る】












この日。人々の中に、幽霊が生まれた。










――――――――――――――――――――――――――――――

第20話「その日、幽霊(ゴースト)が生まれた」 終わり
第21話「もしもここで出会わなければ」 へ続く

※ゴーくんは、プレイヤー同様、街中での直接攻撃はできません。弾かれます。


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