一定感覚で、電子音が響く。
心電図と呼ばれるそれは、黒いモニターに歪な光の線を生み出していた。
だが、それも徐々に弱くなっていって………。
振れ幅が少しずつ狭まり、その機械に繋がれている1人の命が消えかけていることを伝えていた。
(何てこった……怖すぎて笑いがこみ上げてくるなんて)
初めての経験に、男は戸惑いながらも状況を受け入れる。
―――いや、受け入れざるをえなかった。
どこにでも居るような男だった。
一人っ子ではあったが、父親と母親の愛情で甘やかされながらも元気に育ち、小中高校と、中の下の成績で終業。
大学には魅力を感じず、これといってやりたい事もなかったので、好きなものの延長線上にあった消防士………には成れずに、その関係である防災設備の会社に就職。
女性関係は見事に全滅。
顔も身長も並み以下で、若干の上がり症という事も相まって、今現在でもフラグの1つすら見出せていない。
友人も多くは無いが、1~2週間に1度、3~4人で集まっては、他愛のない会話や遊びで、笑ったり怒ったりを繰り返していた。
しかし、それも、もうすぐ終わる。
仕事中、廃屋となった工場から、リサイクル回収の為に運んでいた消火器が破裂。
長年の雨風で腐食した外壁が限界を迎えていて、それが運悪く彼の運んでいた時に臨界点を超えたのだった。
爆散するでなく、ロケット弾のように彼の体に当たったそれは、心臓と、続いて脳内に深刻なダメージを与えてしまった。
それから3ヶ月。
段々と弱くなる鼓動。それと連動するように微弱になる脳波。
心肺機能のみなら機械で代用出来るが、頭はそうはいかず。
原因不明の症状に、物珍しさもあったのか、治療費は国が出す代わりに、モルモットのような状況が続く。
見舞いに来る知人、友人、親戚。そして、足しげく通う両親。
男はその事が堪らなく嬉しく、そしてそれ以上に、悲しみと恐怖が溢れて出てきていた。
時刻は夕方頃だろうか。窓から差し込み、沈んでゆく夕日が、まるで自分の命を表現しているかのような印象を、男に与える。
何か特別なイベントの日でもない、誰もが普通に過ごす1日。
そんな日に、男は両親に片方ずつ手を握られ、今まさに消えようとしていた。
もはや、誰も一言も喋らない。ただ、握られた手が小刻みに震え、両親と、そして男の心を表していた。
怖い、悲しい、悔しい。
元気になりたい、助かりたい、生きたい。
大声で泣き出したくなり………けれど薄れていく意識はそれすらも不可能で。
どうせ死ぬのだから、と、アニメや漫画を元に格好良いセリフを考えてはみるが、すぐさま不安で打ち消される。
(俺は、ヒーローの真似事すら出来ないのか………)
男の目から悔しさから涙が溢れる。けれど、最後なのだからと、全力で意識を強く保つ。
カッコいいセリフではないけれど、今の自分の気持ちを、せめて、この両親にだけは。
だから、もっと気力を。もっと意識を。もっと感情を。もっと―――命を。
一言で良い。
それだけで良いんだ。
もうそれしか出来ないのだから。
いや、まだそれだけは出来るのだから。
今だけは、今この時だけは―――
いままで ありがとう ございました
20××年○月×日 18;01
世界でまた1つ。命の火が消えた。
……一体なんだこれ。
俺は今、白いもやもやの列の1つと化していた。
幽霊? 霊魂? 人魂?
次々に疑問が浮かんでは消える。
しかし、それを解決しようにも体は動かず、言葉も出せない。
今さっき死んで、気が付いたら雲の上っぽいトコにいて、そしたらチャリに乗ったスーツ着た30台のリーマンに案内されて……
あの世っては、存外俗物くさいところなのかもしれないな。
案内してくれた人も、どこにでも居そうなおっちゃんだったし。
「次の方、どうぞ~」
事務的な男の声が響く。
もうこの際、日本語だとか鬼の角とか天使の輪は無いんだとか、もう諸々の考えは捨てよう、うん。
ここはあの世。まさに世界が違うのだ。常識なんて、あってないようのものだろう。
「では、以上の事に相違ありませんね」
2人きり。どこぞの面接部屋のような、広すぎず狭すぎず『これがオフィスです』と言わんばかりの素っ気の無い一屋。
そんな中で俺の履歴を読みあげた面接官のおっちゃん(仮名)は、こちらに確認を促してきた。
喋れはしないが意思は相手に伝わるようで、肯定の意を送ると、面接官はこちらに向かって1枚の紙を――
(うぉ!? 紙、浮いてる!)
念力でも使ってるのか、滑るように空中を移動してきたそれは、俺の目の前で、見やすい位置にピタリと固定。
モヤモヤを見たり雲の平原を歩いたりしてきたが、やっぱり今までの常識から外れたものを見たら驚くわ。
読め………ってことだよな。
どうやって浮いてるんだろ。
疑問は尽きないが、とりあえずその紙に目を通す。
そこは空欄だが、以下の文字が見て取れた。
名前………技能………身体数値………?
なにこれ?
「現在、冥界では霊魂受け入れ枠の削減を図っております」
あの世だってのに変なトコ世知辛いですね。
「死後の世界は天国なら極楽だ、とか誰が言ったか分かりませんが、あんなの宗教家や死に不安を持つ他所の方の幻想です。かといって地獄という訳でもありませんけれどね」
さいですか。
「こっちも色々と苦労あるんですよ。もう上司とかが………おほんっ。―――それでですね、ここ冥界は収容する霊魂の管理が追いつかなくなっておりまして」
………え、まさか俺、消滅とかですか?
「いえいえ。結論だけ言いますと、霊魂の管理体制が整うまで、外で時間を潰しておいて欲しいんですよ」
よ、良かった。2連続も死ぬような体験しなくて。
「失礼しました。思慮が致しませんでした」
あ、えと、お気になさらず………。
「感謝します。長年やってますと、どうもこの仕事を事務的にこなす癖がついてしまって………」
分かります。俺が今ここにいるのもそれが原因みたいなものですし。
ま、それで死んでちゃ情け無い限りですが。
「ははは………心にとどめておきます」
嫌味のつもりは無かったんだが、ブラック風味な指摘になってしまった。
この面接官さんが言うのをまとめると、
①外で時間潰してきて
②出来る限りのサポートはするよ
③外の場所はこちらで決定します
④冥界へ戻るタイミングはそっちで決めて良いよ
⑤最低1億年は外に居てね。
ってことらしい。
⑤なんて条件出されたら人格消滅するわと思ったが、それは②で何とかしてくれるんだとか。
で、この②の意味が広義過ぎるので聞いてみると、ようは転生や憑依もののテンプレである、『1つだけ好きな能力を与えよう』ってことらしい。
ただ、それらの案には多少のデメリットは付随させるそうだ。
けれど、誰もが1度は思う『ぼくのかんがえた、さいきょうのうりょく』。
いよいよここで使う時が来たか!! と思って取得したい能力を言った。
物語の設定なら兎も角として、実際に生きていくのなら弱点とか要らない。
最強テンプレばっちこい! って感じだ。
ところが、
「ええと、その能力の保持者は既に居ますね」
………つまりあれですか。オンラインゲームとかでパスワードやらキャラ名が被ってはいけません的な?
「そう考えて頂いて問題ありません」
これはやばいかと思いながら、他にも考えていた能力を次々と提案する。
しかしそのどれもが既出。
やばい………まじヤヴァイ………これでも自分だけのオリジナル能力だと思って色々と考えていたんだが、そのどれもがアウト。
先に案出したお前らパねぇッス。
なんて悩んでいる俺を見かねたのか、アイディアの提案につながれば、と既出の能力例を読み上げてくれる面接官。
無限の剣製―――進化し続ける―――スキマを操る―――存在を司る―――神を召喚―――思い通りに事象を―――etc,etc
流石流石と言いたくなる先人達の能力。
自分で考えたオリジナルの技や魔法を使うってのもあったが、これは二次、三次問わず、既出のものと被ってはいけないってことだったので、きっと効果薄そうだ。
………ん? 神の召喚?
そういうのもアリなんですか?
「ええ。過去にお亡くなりになった方達を、アニメ漫画やドラマの主人公を。といった方もいらっしゃいましたね」
まじか!じゃ、じゃあ二次元のキャラを召k
「それは既にいらっしゃいます」
orz
「同じ能力ではいけませんが、その能力を広義、狭義的に解釈して登録することは出来ますよ」
ん? どういうことですか?
「つまりですね、例えばその、二次元のキャラを召喚する能力。これを広義に解釈した方の例ですと、あらゆる存在を召喚する能力、逆に狭義に解釈した方ですと、クトゥルフの神々を召喚、といった具合です」
神話も二次元範囲内ですか………
召喚系か。確かに汎用性高そうだし、良いかもしれんなぁ。呼び出したキャラで自分も強化してもらえば一石二鳥以上の効果も得られるだろう。
でも神系はまず全部抑えられてるだろうし、二次元キャラもどこまで通用するかどうか………
実在した偉人や英傑は俺が殆ど知らないのと、やはり神や二次元に比べて能力が低いのでパス。
と思って、知ってる範囲での二次元作品をあらかた聞きまくる。
スターウォーズは?
「おりますね」
エックスメン!
「おります」
ポケモン!
「1000人を超える方がそれを望まれましたね」
多いな。じゃあロボ系好きだからそれの作品全b
「おります」
めげないよ! 俺ファイト! ならば狭義解釈でスーパーロボッt
「おります」
なんの!セイント………
「以下同文です」
あうち。
しかし参った。良い感じのものが思いつかない。
召喚ものは数あれど、多岐に渡って役立つもの、となると知識がどんどん限られてしまう。
召喚ものってもしかしてもう打ち止め系なのだろうか。
………いやまて。まだ召喚ものの、日本最大クラスのが残っているじゃないか。しかもカードゲームだから、まさに召喚してくれと言わんばかりのものが。
決まったぞ!遊g
「おります」
orz
がっくりし過ぎだ俺。
あー、でもそういえば、遊戯王ってやったことねぇや、ははは……
じゃあ広義でカードゲームで出てくるキャラや呪文は?
「同文です」
まーじーかーよー。じゃあマジック・ザ・ギャザリングは?
「―――問題ありません。提案者ゼロです」
これもか。他に何か応用効く作品あったかな………ん?
いないの?
「はい、いませんね」
―――やった、助かった俺。しかもギャザ。これは神の啓示に違いない。
他のカードゲームは殆ど知らないが、このマジック・ザ・ギャザリングは何年もプレイし続けた、思い入れの強い作品のうちの1つだ。
何をするにしても、かなり無理がきく作品だろう。チート的な意味で。
マジック・ザ・ギャザリング(以下 MTG or ギャザ)
アメリカのゲームデザイナーで数学博士の称号を持つ男が開発。
全てのトレーディングカードゲームの始祖。
日本ではあまり馴染みは無いが、高い戦略性と豊富なカードの種類で一躍全米を震撼させたホビーゲームである。
じゃあ、その能力でお願います。
「分かりました。では能力名は『集められた魔法を扱う能力』とします」
なるほど。ギャザの和名ってことですね。
ん? でも召喚や使用にデメリットを伴う呪文はどうなるんだ? カードの枚数制限とか召喚コストも。というか、カードルール全般。
「あるにはありますが多少は無視です。遊戯王のアニメ、見たことありませんか?」
あぁ、ご都合主義万歳ってことですね。で、俺もその万歳の仲間入り、と。
「万能ではありませんので。もしお嫌でしたら、デメリット、多めに付属させましょうか?」
いえいえ、主観になるのならウェルカムです。ご都合主義最高!!
「ははは。割り切りもココまで来ると清々しい印象を受けますね」
結構欲望には忠実なんで。
「その欲望は周りに害の無い限り、尊ぶべきものです。では、その他の設定を行います」
………迷惑かけんなってことですね。分かります。
「既存の作品であるマジック・ザ・ギャザリングを使う能力への条件として、以下のデメリットが付属されます。覚えておいて下さい」
・1ターンは1日(24時間)。
・カードは1日に、1種類につき1枚を1回のみ使用可能。
・召喚や現存し続けるカードには維持費(体力)が掛かる。
・マナを増加、あるいは減少させるカードは効果を発揮しない。使うことは出来る。
・カードの効果が必ずその性能を全て発揮する訳ではない。
・これらは全て『原則』である。経験値を積むことで、これら制限や上限の開放が可能。
「といった内容が原則です。その他詳細なルールはご自身でお確かめ下さい。何かご質問は」
RPGみたく、敵倒してレベルアップして使えるカードの枠を広げていくって考えで良いんですか?
「大まかには。ただレベルアップは『経験値』の蓄積の結果です。討伐のみや何か1つ特化での『経験値』では一定以上の効果は見込めません」
色々やれってことですね。
「はい。ですが、戦闘関係で得られる経験値のウェイトは大きいですので、先程のお言葉どおりの考えでも問題はないかと」
分かりました。続きをお願いします。
全ての設定が終わり、巨大で、やけに和風な門の前に俺は来た。
結局、身体的特徴は生前とあまり変わらず、けれど『こうであって欲しかった』箇所の修正をした。
身長165→175 体重60→70 細? マッチョ体系で黒髪の、日本ではどこにでもいるような顔。ただし眼光だけは意識すれば鋭くなる。
うん、一部だけカッコイイとか良いね。
完全イケメンとかでも良かったのだが、何せ両親に貰った体だ。
思い入れも強く、自分が許す限り特徴を引き継ぐ。
そして、最低1億年はやっていかなければならない事への配慮として『倦怠』感情の制御と、何でも食べて栄養に出来る能力に、当然ながらの寿命の無効化。そして、記憶容量の増大化。
最初の3つは当然として、 最後の1つは人間の記憶容量は140~150年と、どこぞのラノベで言ってたので、納得の配慮だった。
そして生前と同じように、少しずつではあるが成長はするということ。
体を鍛えれば体力が、勉強すれば知識が、精神力を高める努力をすれば、胡散臭い気孔くらいは習得出来るらしい。
なるほど、それがレベル上げって意味か。
良かった、俺って元がスタミナ低いから、持久戦な場面になったら不安だったんだ。
ただ、普通に死ぬし、死んだらまたここに戻ってくる羽目になるので、気をつけるようにとのこと。
セーブなしのRPGとかマジ鬼畜、って印象を受けるのだけれど、好きな能力貰っておいて、さらにその事への配慮まで望むのは我が侭だろうか………。
「これで全ての過程を終了します。お疲れ様でした」
「こちらこそ、色々とありがとうございました」
そう言うと、この面接官のおっちゃん。言葉には出さないが、口元が笑みの形になる。
(事務的だけど優しかったなぁ)
若干視線の高くなった、五体満足の体。
けれど今までの肉体とさほど違いが分からずに、違和感の無さを喜ぶべきか、はたまた違う自分を実感する為に金髪碧眼にでもするべきだったかと馬鹿な考えに思いを巡らせた。
「これからあなたが向かう先は、―――あるPCゲームの世界です」
いきなりゲームか。しかもPC。あー、原作知識あると良いんだけどなぁ………エロゲだったらウハウハしたいな。
「名前は………東方プロジェクト。人間が支配する地球で、その存在を忘れられた者達が集う場所が主な舞台です」
って結構大御所が来たね。
やばい、俺ゲームとか1回もプレイしたことないぞ。知識はそれなりにあるが。
「以上です。何かご質問はありますか?」
「………いえ、何もないです」
俺とおっちゃんが話をしていた建物の奥(中?)には、転送装置っぽい門が幾つも並んでいた。
なるほど、ここからそれぞれ決められた世界へと送られていくのだろう。
そう考えながら、先頭を歩くおっちゃんにそれにつられて俺も移動する。
そうして、見計らったかのようにビルの4~5階はあろうかという巨大な門は開いていった。
溢れ出る光。
まるで前は見えないが、これから異世界へ行きます、的な雰囲気が、実に俺を興奮させる。
期待を胸に、それへと足を進めて出した時、
「あなたが無事、成し得たい事を遂げられますよう、この場のみではありますが、応援させていただきます―――がんばれよ、坊主」
光に溶け込む寸前。
事務的な優しさでしかなかったおっちゃんのその声は、本心のような気がした。
最後だけ優しくなりやがって………男として惚れてまうやろ!
「―――はい! いってきます!!」
返した声は、とても澄んでいたと思う。
両親に申し訳ないと思う気持ちは多々あるが、今はそれよりも未知への第一歩を踏み出せるのだという興奮が上回っている。
したいこと、しなければいけないこと、やってはいけないこと。
色々な思いを馳せながら、俺は人外魔境の地へと踏み込んでいった。
あれ、何か忘れてるような………?