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[26232] To Haruhi(涼宮ハルヒの憂鬱×To Heart)
Name: 壱◆567cd54f ID:dffefc41
Date: 2011/12/09 03:15
本作をお読み頂く上では、以下の点にご注意下さい。



・この小説は、「涼宮ハルヒの憂鬱」と「To Heart」(以下「ハルヒ」「東鳩」)のクロスオーバー作品です。

・作品の舞台は関東圏(「東鳩」の高校)であり、「ハルヒ」側のキャラクターたちも関東在住です。

・「To Heart2」のキャラクターが登場する予定は、今のところありません。

・「東鳩」は基本的にPS版の設定準拠ですが、一部アニメ版の設定を使用しています。

・一部キャラクターの設定が本作独自のものに変更されています。

・某キョンの出番は少なめの予定です。



初心者のため、お見苦しい点が多々存在すると思いますが、どうかご容赦のほどよろしくお願いします。




12/8 こっそりいろいろ修正中。



[26232] 1 涼宮ハルヒの始動
Name: 壱◆567cd54f ID:dffefc41
Date: 2011/12/08 00:35



 その日、オレは涼宮ハルヒと出会った。

 今にして思えば、それがオレの運命のターニングポイントだった。





 ………なんてことは思わないが、しかしある種のきっかけになったというのは、恐らく間違いないんだろう。

 あの出会いがあったからこそ、ここに『神様』なんて呼ばれる彼女がいて。

 オレたちの近くには、未来人や宇宙人、超能力者や魔法使いその他、いろいろな奴らがいてくれて。






 そして………そいつらを集めたのは、間違いなく涼宮ハルヒだったんだから。













「藤田浩之ってのはどいつ?」


 ゴールデンウイークも過ぎ去った五月の半ば。

 勢いよくドアを開けて、そいつはいきなりやって来た。




 ホームルームが終わったばかりの二年生の教室に物怖じせず踏み込んでくる、ショートの黒髪に黄色いカチューシャの女の子……まだどこか着慣れていなさそうな比較的新しい制服からして多分一年生だろうか。

 顔立ちは、恐らくとびきりの美少女と言っていい、と思う。

 何故『恐らく』なのかというと……彼女はまるで世界のすべてにケンカ売ってます、とでも言うかのように目つきを鋭くして、周りをジロリと睥睨していたからだった。はっきり言って美少女が台なしだ。


「……浩之ちゃん、呼ばれてるよ?」


 返事をしないオレを見て、そう声を掛ける幼なじみのあかり。

 ふむ、確かに呼ばれてるな。


「浩之ちゃんのこと、探してるんじゃないのかな」


 しかしオレは、あの女の子からはなんとなく我が悪友・志保と同じ匂い――強引で、人の話を聞かなそうな雰囲気――がした。もしその通りなら、オレとは反りが合わないタイプかも知れない。
(志保と悪友、あるいはケンカ友達なのは、あいつが決定的に馬鹿で、どんだけムカついてもなんだかんだ言って憎めないからだ。もちろん本人にはこんなこと絶対に言わないが)

 ……とは言え、初対面の相手、しかも後輩(多分)の女の子に対してそう決め付けるのはいくらなんでも失礼だろう。というわけで、あの子の話を聞くだけ聞いてみるとしようか。


「オレがその藤田だけど、君は?」

「あんたが超能力者の姫川琴音と知り合いって聞いたけど、その情報を教えなさい」


 うむ、やっぱり聞きゃしねぇ。

 こちらの問い掛けを見事にスルーして、自分の要求というか命令をぶつけてくる。どうやらさっきのオレの勘は当たっていたようだった。

 人の話は聞け!……と、昔のオレならそう怒鳴っていただろう。

 しかしこういう手合いへの対処は志保で学習済みだ。


「名前も名乗らない相手に答える義理はねぇな」

「……それもそうね」


 強気で勝ち気そうな雰囲気からもうちょっと食い下がるかと思ったが、意外と素直に応じてきた。

 まぁ、不機嫌そうな様子はそのまんまだが。


「一年C組、涼宮ハルヒ。それで、さっきの答えはどうなの?」


 簡潔にクラスと名前だけを名乗って、再度質問してくる。

 これ以上無駄な話をさせるな、と言外に告げているようにも見える。っていうか多分そう言ってる。

 これが志保なら、無駄口を散々叩きまくって自分のペースにこちらを巻き込む(話が脱線しまくるために中々本題に入らず、こちらが合わせざるを得なくなる)という展開になるのだが……この涼宮という女の子はどうやら、自分にとって必要な情報以外は言うのも聞くのも拒否して自分のペースを固持する、というタイプのようだ。ある意味、志保とは逆だな。


 それにしても、さっきの……琴音ちゃんがどうとか言っていたが……。


「……仮にオレがその超能力者と知り合いだとして、その人に何か用でもあんのか?」

「答える義理は無いわ」

「じゃあこっちも教えられねーな」

「何でよ?」


 ジロリと睨んでくる涼宮。

 意外と迫力はあったが、その程度じゃオレは怯まない。


「名前しか知らないような初対面の相手に、知り合いの情報を何でも教えると思うか?」


 彼女に関することは、おいそれと触れ回っていいことじゃない。少なくともオレにとっては、彼女のことを何も知らない相手に話すことなど有り得ない。


「じゃあどうしろってのよ?」

「まずは用件を言え。それ次第だな」


 オレがそう言うと、少し考え込むようなそぶりを見せて、


「……ちょっと来て」


 何か言いづらいことでもあるのか、オレをどこかへ連れていくつもりのようだ。

 まぁ、話くらいは聞いてやるか。


「そういうわけだから、ちょっと行ってくるわ」


 オレはあかりにそう言い残し、涼宮の後を追っていった。













 しかし涼宮ハルヒって名前、どこかで聞いたような気がするな。


 ……思い出した。確か志保の奴が、いつものように噂話で「今年の一年にとんでもない変人がいるわ!」とか言って(ちなみにオレはすかさず「おめー以上の変人はいねーから安心しろ」と言ってやった)この涼宮の名前を挙げたんだ。

 何でも志保曰く、
「中学時代に校庭に巨大な落書きを描いたり、校舎のそこらじゅうにお札を貼付けたりした」
「数え切れない人数の男と取っ替え引っ替え付き合ってた」
「ありとあらゆる部活に入部して、すべて一日で辞めた」
「宇宙人や超能力者の存在を本気で信じている」
……とまあ、とにかくめちゃくちゃな言動の変人だという話だった。あまりに支離滅裂な内容だったので本気にはしてなかったが……今目の前にいるこの子が、その噂の当人なのだろうか?













 涼宮の後ろをついていってたどり着いたのは屋上だった。

 放課後のここには滅多に人が来ることは無く、今もオレたち以外は誰もいない。


「不思議なことを探してるのよ」


 開口一番、涼宮はそう言い放つ。

 その眼は、意外なほど真剣だった。


「不思議なことって?」

「とにかく、普通じゃないもの。いわゆる超常現象とか異世界とか、宇宙人だとか」

「………」


 普通なら、本気には取り合わない話。

 大抵の奴は鼻で笑い飛ばすのだろう、空想のお話。

 でも、涼宮のあまりにまっすぐな眼を見たオレには、それはできなかった。

 少なくとも、単なる興味本位だとか、超能力者を何かに利用するだの危害を加えようだのする感じではなさそうに見えるが……。


「何で探すんだ?」

「面白いからよ」


 そう言いながらも、やっぱり不機嫌そうな顔の涼宮。

 しかし、その眼はどこまでも真剣だった。


「面白いだぁ?」

「そうよ。あんたはどうなの? 実際に超能力者と知り合って」

「………」


 そりゃ、大概の奴は子供の頃一度は思うだろう。

 超能力者みたいなすごい奴がいたら。

 あるいは、自分がそういう力を使えたら。

 もしかしたら涼宮は、今もそう思っているのかも知れない。

 それこそ、子供みたいに純粋に。




 だけど、オレは知っている。




「悪いが、オレには共感できねぇな」

「……何でよ?」

「超能力なんか持っていたって、それを本人が望まない限り楽しくはないってことだ」


 オレの知っている超能力者――後輩の姫川琴音ちゃん――は、その力のせいで苦しんでいた。

 本人にも制御できなかったその力は、彼女から多くのものを失わせた。

 今はもう琴音ちゃん自身も力を受け入れて、失った代わりに多くの掛け替えのないものを得たようだが……。


「……姫川琴音って、どんな子なの?」

「言っただろ、話すことは何もねぇよ」


 少なくとも、『楽しそう』というだけでは(例えそれが本人にとってどれだけ重要でも)話すことはできない。

 彼女本人は、今はもう気にしないと言うかも知れないが、単なる興味本位で近付かれたら迷惑には変わりないだろう。


「っていうか、名前知ってんなら本人と話でもすりゃいいじゃねぇかよ。何でオレに聞くんだ」

「……そんなの、とっくにやったわよ」


 そう言うと、涼宮は悔しそうに俯く。

 ……まあ、なんとなく予想はつくけどな。


「どうせズカズカと遠慮なしに近付いて、さっきみたいに睨みつけて話し掛けたんだろ」

「睨みつけてなんかないわよっ!!」


 眉を釣り上げて激昂する。

 どうでもいいが、叫ぶな。鼓膜が痛い。


「ちゃんとフレンドリーに『お話しましょう』って話し掛けたわよ!」

「相手の肩を掴んで逃げられないようにして、か?」

「………」


 どうやら図星だったらしく、沈黙する涼宮。

 あの人見知りする琴音ちゃんにそんな風に詰め寄ったら、そりゃ失敗するわな。

 っていうか、こいつにフレンドリーとか似合わなさすぎる。


「で、それ以来避けられっぱなしで、オレに頼らざるを得なくなったと」

「うるさいっ!!」


 だから叫ぶな。

 しかし、こいつ意外とリアクション面白いな。

 周囲に壁作ってそうな感じからして、こんな風にからかわれた経験がないのかも知れない。

 とりあえず、悪い奴じゃなさそうだ。


「もういいわっ! あんたなんかを頼ったあたしがバカだった!」


 涼宮はそう言い残すと、オレを置いて屋上から去っていってしまった。

 ご丁寧に、校舎に続く扉を『バンッ!!』と勢いよく閉めて。










 これが、オレと涼宮ハルヒのファーストコンタクトだった。










 次の日の昼休み。

 オレは昨日涼宮と話した屋上で昼メシを食べていた。

 うちの高校は高台の上に建っており、そのため屋上からの見晴らしは中々のもので、オレを含めここを好む奴は多い。

 実際、今も周りには昼メシを食べに来ている連中が結構いる。


「いい天気だなぁ……」

「陽射しも風も気持ちいいです。今日の練習が楽しみですね」


 購買で買ったパンの袋を破りながらしみじみと呟くオレの隣では、葵ちゃんが眩しそうに目を細めて空を見上げていた。



 後輩で一年生の松原葵ちゃんは、オレが所属する格闘技のクラブの部長にして創始者、そしてオレの格闘技の師匠でもある。

 「エクストリーム」という異種格闘技の同好会をたった一人で始めて、日々練習に汗を流すという行動力溢れる少女で、小学生の頃から空手を習っていたというその実力は高く、うちの高校の女子空手部(結構な強豪)ともいい勝負ができるほど。まだ格闘技暦一ヶ月のオレなど、彼女との組み手ではまったく手も足も出ない。

 しかしそんな経歴とは裏腹に、見た目は陽に透けると青く輝くショートカットの髪に、ぱっと見て中学生のように小柄な身体を持った、可愛らしい女の子である。

 いつも元気一杯の彼女は、オレにとっては大事な妹のような存在だ。



「そうだな。けど、オレはこう暖かいとつい眠くなっちまうぜ」

「もう、先輩ってば……でも確かに、今日はお昼寝したら気持ちよさそうですね」


 他愛ない会話を続けながら、一緒に昼メシを食べるオレたち。

 なんかこうしてると恋人同士みたく見えないこともないが、オレたちは別にそういうわけでもない。

 今日はたまたま屋上で出会って、じゃあせっかくだから一緒に食べるか、となっただけである。





「ホントにいい天気ね。UFOの一つや二つくらい飛んでそう」





 ………。


「どっからわいて出て来た、涼宮」

「失礼ね。人を虫みたいに言わないでよ」


 いつの間にやって来たのか、葵ちゃんとは反対側の隣に涼宮ハルヒがいた。


「ったく、昨日の今日で来るたぁな。よっぽどヒマなのかお前」

「冗談言わないで。あたしが行った先にたまたまあんたがいたのよ」

「で、何でここで食べ始めるんだ」

「別にどこだっていいじゃない。葵もいるんだし」

「葵ちゃんとお前を一緒にすんな。…………ん?」


 あれ、今なんか……

 と、そこで今まで静かだった葵ちゃんがおずおずと口を開いて。


「先輩とハルちゃん、知り合いだったんですか?」

「いや、つい昨日初めて会っただけ………ハルちゃん?」

「はい、私の幼なじみの涼宮ハルヒさん、ハルちゃんです」


 なんと、世間は狭いもんだなぁ……。

 っていうか、ハルちゃん?うーむ、似合わねぇ。


「それにしても、最近葵がやけに先輩先輩言ってたけど……まさかこいつのことだったなんてね」

「あ?」

「は、ハルちゃん!?」


 なぜか慌ててハルちゃん――もとい涼宮の言葉を遮る葵ちゃん。

 何だ、オレがどうかしたのか?


「そ、そんなことよりハルちゃん、先輩にこいつとか言っちゃダメだよ!」

「ふん、いいのよ。葵に手を出すような不届き者はこいつで充分」

「わぁぁぁっ!? 何言ってるの!?」

「葵ちゃんに手を出した覚えはないんだが……」

「なにあんた、ホモ?」

「なんでそうなるっ!?」


 そもそも葵ちゃんはオレの妹みたいなものだし、この子にヘタなことしたらあの二人がブチ切れそう……って、そんなことはどうでもいい。

 閑話休題。

 オレは昨日のことを聞いてみた。


「ところで涼宮、昨日のアレから進展はあったのか?」

「………うるさいわね。あんたには関係ないでしょ」


 どうやらまたダメだったらしい。

 まぁ、自業自得だが。


「進展……って何がですか?」

「葵は気にしなくていいわ……」

「こいつ、琴音ちゃんと仲良くなりたいんだと」

「ってちょっとあんた!?」

「琴音ちゃんと……?」

「なんでも超能力者とお近付きになりたいらしい」

「あぁ、そういうことですか」


 ぽん、と手を合わせる葵ちゃん。

 流石は幼なじみ、理解が早くて助かる。


「やっぱ昔からこうなのか、涼宮は?」

「そうですね、昔から超能力とか宇宙人とか好きみたいです。なるほど、だから琴音ちゃんに……」

「………ちょっと待って」


 ジト目でこちらを見る涼宮。

 やっぱり知らなかったのか。


「まさか葵、姫川琴音のこと知ってるの……?」

「うん。知ってるもなにも、うちのクラブのマネージャーだし」

「っていうかそれ以前に、二人は親友だしな」

「………うそ」

「そもそも、幼なじみなのに葵ちゃんの交遊関係知らなかったのかお前は」


 葵ちゃんと幼なじみなのにオレを頼りに来た、というあたりで察しはついていたが。


「………うぅぅ」


 ガックリとうなだれる涼宮。

 よほどのショックだったらしい。


「は、ハルちゃんどうしたの!?」

「ほっといて大丈夫だぞ葵ちゃん」


 単なる自己嫌悪だ。


「まさかこんな身近に……盲点だったわ。こんなことなら葵のクラブにもっと協力してやってれば……」

「打算がダダ漏れだぞ涼宮」

「あはは……」


 呆れるオレに苦笑する葵ちゃん。

 そこで涼宮は、意を決したようにガバッとこちらに向き直る。


「こうなったら、手段を選ぶのはやめよ。葵!」

「なに?」

「今日の放課後、あんたたちのクラブを見学させてもらうわ!」

「見学だぁ?」

「そうよ! こうなったら何がなんでも超能力者と友達になってやるんだから!」


 涼宮のバックで炎がメラメラと燃えていた。暑苦しい奴だ。

 こっちの都合を聞く気は無いようだ。

 オレはやれやれと溜め息をつく。


「ったく、しょうがねぇな。葵ちゃん、今日は琴音ちゃん来るんだっけか?」

「はい、来ますけど……」

「涼宮が暴走しそうになったら、オレたちが止めるぞ」

「あ、やっぱり……」


 今度は葵ちゃんがうなだれる。

 どうやら昔から涼宮に振り回されてるっぽかった。

 ………がんばれ。





「首を洗って待ってなさい姫川琴音ーーーーーっ!!」


 涼宮ハルヒの見当違いな絶叫が、皐月の空に響き渡ったのだった。








[26232] 2 姫川琴音の邂逅
Name: 壱◆567cd54f ID:dffefc41
Date: 2011/12/08 02:37




 昼休みの屋上で、涼宮ハルヒが無意味に叫んだ日の放課後。

 オレは一人、クラブの活動場所へ向かっていた。





 葵ちゃんが主宰し、オレの所属する格闘技のクラブ――名前は『エクストリーム倶楽部』(琴音ちゃん命名)――は、実はまだ学校非公認の同好会だったりする。というのも、この高校では部員が五人以上いないと同好会としての設立が認められないためだ。

 部員さえ揃えば、部費の申請が通ったり、部室や校内の施設の利用許可が降りるのだが……いかんせん、うちは部長の葵ちゃんに初心者のオレ、そしてマネージャーの琴音ちゃんの三人しかいない。

 誰か知り合いに名前だけ借りる……というのも考えたことはあるが、ちゃんと真剣に格闘技に打ち込んでくれる部員が欲しいという葵ちゃんの意向により却下となった。

 このため未だ部室も存在しない我がクラブは、学校の裏山にある寂れた神社――今や管理する者もない忘れられた場所だ――の境内に間借りして活動しているのだった。





「よっと……」


 長い石段を登り、いつもの神社にたどり着く。

 境内には二人の人影があった。

 片方は葵ちゃん、そしてもう一人は……。



「遅かったじゃない、待ちくたびれたわよ」

「何で当然のようにいるんだてめーは」


 腕を組んで、偉そうに仁王立ちしている涼宮ハルヒだった。

 ちなみに二人とも既に体操服姿だ。



「言ったでしょ、見学するって。あんたの耳は飾りなの?」

「わかったわかった。邪魔だけはすんじゃねーぞ」


 ふんぞり返る涼宮と、少し困ったような苦笑いの葵ちゃんを残して、社の裏手に向かう。

 こんな場所では当然更衣室なども無いので、こういう物陰や茂みに隠れて着替えるしかないからだ。

 ……覗き放題?馬鹿言え。葵ちゃんの鉄拳と琴音ちゃんの超能力でお仕置きされるのがオチだ。妹みたいな存在である二人から軽蔑でもされたら、オレはもう首を吊るしかない。

 第一、男がオレしかいない状況で彼女たちに嫌われでもしたら、オレはこのクラブにいられなくなる。最近は格闘技を習うのも楽しくなってきたオレにとって、ここの居場所を失うなんて考えたくないことだった。



 着替え終わったオレは、社の縁の下からあるものを引きずり出す。

 涼宮はそれを訝しげに見ていた。


「なにそれ?」

「見りゃわかんだろ。サンドバッグだ」


 葵ちゃんが近所の格闘技のジムから、古いサンドバッグを譲り受けたものらしい。彼女はお父さんに協力してもらって、これをここまで運び込んだそうだ。

 サンドバッグを持ち上げ、いつもの木の枝に吊す。40kgもあるこれを用意するのは、男であるオレの仕事だ。


「ふ〜ん……」


 何が面白いのか、しげしげとその様子を眺める涼宮。


「なんだよ?」

「葵には優しいのね。わざわざやってあげるなんて」

「……別にそんなんじゃねー。筋トレにもなるから丁度いいんだよ」


 実際、オレが入部するまでは葵ちゃんが自分でやってたんだ。

 ……まぁ、見学した時に大変そうな葵ちゃんを見て(流石にいくら鍛えてても、小柄な彼女に40kgはキツい)つい代わってやってしまったのは確かだが。


「ま、そーゆーことにしといてあげるわ」


 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべてくる。

 ……ったく。オレは内心で舌打ちをするしかなかった。





 オレたちが準備運動をしていると(涼宮はボーッとそれを眺めてた)石段を登ってくる細身な人影が現れた。


「すみません、遅くなりました」


 そう言ってやって来たのはこのクラブ三人目の仲間。他でもない琴音ちゃんだった。





 姫川琴音ちゃん……そう、昨日涼宮が聞いてきた、超能力少女その人である。

 色素の薄いロングヘアーや肌の色と華奢な体格、儚げな雰囲気はまるでどこぞのお嬢様のような、まさに美少女という表現が似合う。

 そんな彼女に、超能力――サイコキネシス、いわゆる念動力――が発現したのは、今から三年ほど前のことらしい。まったく制御できなかったその力は、彼女の周囲を見境なく傷付け、彼女の心を凍らせた。

 しかし、この高校に入学してオレや葵ちゃん、あかりたちと出会い、力を制御する練習に付き合ううちに、徐々にオレたちに心を開いていってくれた。今では練習の甲斐あって、かつてほど力に振り回されることはなくなり、葵ちゃんとは無二の親友である。





「それじゃ、私も着替えてきます……ね……?」


 そこで琴音ちゃんの表情が固まる。

 その視線の先には………満面の笑みを浮かべた涼宮がいた。

 ……なんだろう、嫌な予感しかしない。


「す、涼宮、さん……?」


 強張ったままの琴音ちゃんが後ずさる。そこまで苦手なのか。

 あの様子からして、多分涼宮が琴音ちゃんに接触したのは『あの頃』なんだろう。

 それなら、あれだけ避けられても仕方がない。





 オレたちと出会う前の琴音ちゃんは、はっきり言って人間不信の一歩手前だった。

 なんでも、中学生の彼女が超能力を暴走させてしまった時に「これは悪霊のしわざだ」みたいなことを噂した馬鹿がいたらしく、その噂に尾ヒレがつきまくった結果、彼女自身が悪霊扱いされてしまってイジメ同然の状態だったらしい。

 高校に入った後も力の暴走は起こり、また同じような状況になるのに時間はかからなかった。そんな折に、ブレーキ知らずの暴走特急(もちろん涼宮だ)なんぞが接触してきたら、そりゃ避けたくもなる。

 涼宮自身に悪気は無かったのだろうが、タイミングの悪さと涼宮の遠慮の無さが最悪な方向に重なった結果が、今のこの二人の距離なのだった。





「会いたかったわよ、姫川さん……」

「ひっ……!?」


 じりじりと笑顔でにじり寄る涼宮。

 それに対し、琴音ちゃんは青い顔で小刻みに震えている。

 涼宮のその異様さに、オレと葵ちゃんも完全にドン引きしていた。

 ……笑顔って、人を怯えさせることもできるんだな。


「今日こそは、仲良くなりましょう……うふふ……」


 恍惚とした表情で、両手をわきわきさせる。

 おい、なんかキャラ変わってないか!?

 今や涼宮は、完全にアブない人になっていた。


「せ、せんぱい……」


 葵ちゃんも、幼なじみの豹変に動揺を隠せないようだ。

 何故かハンターのような雰囲気の涼宮に、今にも泣きそうな琴音ちゃん。

 オレは何が起こってもいいように身構える。

 そのまましばらく睨み合いが続いた。

 ………そして。





「さあ!今日こそ友達にぃぃぃぃぃ!!」

「い…………いやああああああああああああああああああああっ!!!」

「ぎゃわー!?」


 痺れを切らして飛び掛かろうとした涼宮だったが、恐怖が限界に達した琴音ちゃんの念動力(なんか紫色のオーラが見えた)によってあっさり地面に叩き伏せられる。


「「…………」」

「はぁ……はぁ……」

「………きゅう」


 呆然とするオレと葵ちゃん。涙目で息を吐く琴音ちゃん。完全に目を回した涼宮。

 なんともマヌケな結末だった。










「あはは、ゴメンゴメン!つい興奮しちゃったわ!」


 すぐに目を覚ました涼宮は、そう言って豪快に笑い飛ばした。

 すっかり怯えてしまった琴音ちゃんは、葵ちゃんの後ろに隠れている。 


「やれやれ……あー、琴音ちゃん?そんなに怖がらなくて大丈夫だよ」

「……本当ですか?」

「ああ。腹減ってなきゃ襲われはしないから」

「猛獣かあたしはっ!?」


 うがあっ、と本当に猛獣のように吼える涼宮。

 琴音ちゃんはまたビクッと震えてしまう。

 それを見た葵ちゃんは、苦笑と共にオレに『あんまりからかっちゃダメですよ』という視線を向けた。


「だ、大丈夫だよ琴音ちゃん。ハルちゃんは悪い子じゃないから」

「そうそう。それに、葵ちゃんの幼なじみらしいしな」

「葵ちゃんの……?」


 うんうんと大きく頷く涼宮。

 それに対して琴音ちゃんは、恐る恐るといった風に涼宮を見る。

 どうやら、まだ警戒を解くことはできないようだ。

 ……やれやれ、しょうがねぇな。

 ここは後輩のために、一肌脱ぐとしよう。


「おい涼宮、ちょっと来い」

「なによ?」


 オレは涼宮を連れて琴音ちゃんから少し離れ、小声で話し掛ける。


「琴音ちゃんと友達になりたいんだよな?」

「ええ」


 何を今更、といった風な表情の涼宮。


「それは何でだ?」

「何でって……なによいきなり」

「超能力者ってだけじゃないんだろ?」

「………」


 やっぱりな。素直じゃねーったら。





 先程の通り、以前の琴音ちゃんは周囲から避けられて、一人ぼっちだった。

 涼宮がその頃の彼女に接触したのなら、当然見ているはずだ……琴音ちゃんの悲しい表情を。周りの連中の冷たい瞳を。

 良くも悪くも直情径行型のこいつが、そんな状況を放っておけるとは思えない。むしろ、それを放置できるような奴は、どこまでも真っ直ぐな葵ちゃんの幼なじみなんて名乗れやしない。

 放っておけなかったからこそ、こいつは琴音ちゃんに何が何でも近付きたかったんだろう。例え、彼女本人からどれだけ避けられても。初対面で上級生のオレに頼ってでも。





「いいか、まずはちゃんと今までのこと謝れよ」

「……わかってるわよ、そんなこと」


 一応、反省はしているようだ。

 これなら大丈夫かね。


「それと、もうひとつ。琴音ちゃんと友達になりたいんなら、超能力云々は一度忘れろ」

「どういうこと?」

「琴音ちゃんは普通の女の子だ。ただ、たまたま超能力を持ってしまっただけの、な」


 超能力者だからどうとか、そんな色眼鏡で見られるのは彼女にとって迷惑でしかない。

 ましてや、友達相手ならな。


「……確かにね。あんたの言う通りだわ」


 うんうんと頷く涼宮。どうやら、オレが昨日言ったことは覚えているようだ。

 まぁこいつも一応葵ちゃんの幼なじみなんだから、人となりについてはオレも心配はしていない。

 ちゃんと落ち着いて言葉を交わせば、内気な琴音ちゃんと強気で豪快な涼宮はバランスのいい関係を築けるだろう。


「なんかあんたが初めて先輩っぽく見えたわ」


 感心したように頷く。

 ……誉めてるのか、それは。


「ったく。おい涼宮……」

「ハルヒでいいわよ、浩之」

「呼び捨てかよ」

「いいじゃない、別に。あんたなら気にしないでしょ?」


 ……まぁな。


「さて、それじゃ行ってくるわ」

「おう」


 そう言って、涼宮……ハルヒは、琴音ちゃんに歩み寄っていった。

 オレはその隣の葵ちゃんに視線を送る。

 葵ちゃんはオレと目を合わせ、ひとつ頷く。

 ハルヒを見て、また逃げ腰になる琴音ちゃんを、葵ちゃんが押し止める。


「大丈夫だよ、琴音ちゃん」

「えっ……?」

「琴音ちゃんとハルちゃんなら、きっといい友達になれるから」


 そう言って微笑む葵ちゃん。さすがは師匠、オレの意思をバッチリ読み取ってくれた。



 そして、ハルヒが口を開き――





 この日、お節介焼きの暴君と、引っ込み思案な超能力少女は、めでたく友達になったのだった。








[26232] 3 長門有希の対話
Name: 壱◆567cd54f ID:dffefc41
Date: 2011/12/08 02:46




「部活よ!」


 いきなり何の話だ。










 ある日の昼休み。


「浩之っ!!」


 唐突にオレのクラスに飛び込んできた涼宮ハルヒこと局地的台風は、


「今すぐ行動開始よっ!!」


 昼メシ中だったオレを確保すると、


「さぁ、善は急げ!!」


 そのまま強引にオレを教室から連れ出した。





「……なんだったんだろう、今の」

「さぁ……?」


 後には、オレの食いかけの昼メシと、呆然とする幼なじみ二人が残された。





「………で、一体なんなんだお前は」


 引っ張られるままやって来たのは校舎の北棟。

 各学年の教室がある南棟から渡り廊下を隔てた先にあり、特別教室や文科系のクラブハウスが並ぶ場所だ。

 授業か部活動でしか生徒は使わない場所が多いため、昼休みの今はほとんどひとけがない。


「だから、部活よ」

「何の」

「あたしの」


 ………まるで意味がわからない。


「あー、なんだ、つまり……お前がどこの部活に入るのか、ってことか?」

「違うわ」


 ニヤリと笑って、チチチと指を振るハルヒ。

 とりあえず、ちょっとムカついた。


「てい」

「痛ったー!?」


 なのでデコピン一発(もちろん手加減して)。

 うし、ちょっとスッキリした。


「で、一体何がしたいんだよ」

「……だから、部活だってば」


 デコをさすりながら言うハルヒ。

 大して痛くはないだろうに(多分びっくりしたんだろうが)大袈裟な。


「もうちょっと具体的に説明しろ」

「はいはい、わかったわよ」


 わざとらしく溜め息をつく。

 勿体振らずに早く言え。





 ハルヒの話を要約するとこうだ。


 この高校に入学してから、運動系・文科系問わずほぼ全部のクラブに入ってみたが、どれも普通過ぎて(ここでいう普通は、世間でいうところの『真っ当』である)面白みがなく、自分の入るべきクラブが見つからなかった。

 じゃあ、自分で作ってしまえばいい。

 あるクラスメートとの会話でそれを思い立ったハルヒは、そのための協力者としてオレを拉致した……ということだった。





 …………おい。


「お前はそんなことのためにオレを連れてきたのか?」

「そんなこととは何よ!」

「ったく、貴重な昼休みを無駄にさせやがって……」


 昼メシ後から授業が始まるまでは貴重な昼寝タイムだというのに。っていうか昼メシすらまだ食いかけだ。

 恨むぜ、あるクラスメートとやら。



 ……しかし、『ほぼ』全部ね。



「ハルヒ、オカルト研究会にも入ったのか?」

「オカルト……あぁ、あそこ? 部室を覗いてみたけど、いつも誰もいないのよ。いろいろ面白そうなグッズは置いてあったけど」


 ……やっぱりな。

 オカルト研究会には、オレの知り合いの先輩がいつもいるはずなんだが……その人はあまり存在感は強くなく、また部室は基本的にいつも暗くしてあるので、ハルヒはその人がいることに気付かなかったんだろう。

 その人は、まぁ、何と言うか……いろいろ特殊な人なので、もしハルヒがその存在に気付いていたら、間違いなくそこに入部していただろうからな。

 ここでそれを教えてやってもいいが……うーん、あの先輩はどちらかと言えば静かな方を好むタイプで、ハルヒとは反りが合わないかも知れない。先輩には何かと世話になっているので、面倒はかけない方がいいか。

 うん、黙っていよう。


「で、自分で作るっていうのはいいが……」

「まずは部室、それから部員の確保ね」


 気の早い奴だ。


「ハルヒ、うちの高校はまず部員五人を集めないと部室はもらえないぞ」

「知ってるわよ。目星はつけてあるわ」

「目星?」

「調べてみたら、部員のほとんどが卒業して人のいなくなったクラブがあったのよ。そこを乗っ取ればいいのよ」

「お前は山賊か」


 だがまぁ、少ない人数で集まって合同クラブを作るっていうのは悪くない。

 実際、その手段を使って部員を確保している同好会は多い。


「その部の人には、もう話をつけてあるわ。で、もしよかったらあんたたちとも合同にしようかと思って」

「うちのクラブと?」

「そうよ。お互い人数足りないんだし」

「……悪くない提案だが、それを決めるのはオレじゃない。部長は葵ちゃんだからな」


 そこまで話したところで、昼休み終了のチャイムが鳴った。

 続きは放課後に、葵ちゃんと琴音ちゃん、そしてハルヒの告げた『目星』のクラブの人も交えて話をすることにした。

 ……昼メシは結局食いそびれた。










「……で、ここか」


 その日の放課後、ハルヒの案内でオレたちは、件の部室までやって来た。

 入口には『文芸部』の札が掛かっている。


「あの、藤田先輩……」


 困惑した表情の葵ちゃんがオレを呼ぶ。


「合同クラブなんて、本当にやるんですか?」

「いや、やるって決めたわけじゃないけどさ。それなりのメリットもあるから、とりあえず話だけでも聞いた方がいいかと思ってな」

「そうですか……でも……」


 彼女がいまいち否定的なのも無理ない話ではある。



 合同クラブを作る上で最大の問題は、そのクラブの主目的をどこに置くかにある。

 元々目的の異なる複数の集団が合併するのだから、当然それぞれがやりたいことも違ってくる。だからといって各々が好き勝手に動くようでは集団として成り立たない。その運営を円滑に行うために互いに妥協し、協力しなければならないのだ。

 わかりやすく言えば、格闘技と文芸とあと得体の知れない何か、どうやったら共存できるのかってことだ。


「失礼しまーすっ!」


 ハルヒが文芸部室のドアを、バタンッ!と豪快に開け放って中に入る。

 オレたちエクストリーム倶楽部もそれに続いた。





 オレも初めて入る文芸部室は……まぁ、一言で言えば殺風景だった。

 いくつかの長机とパイプ椅子、そしてスチール製の本棚だけ。部屋が意外と広く見えるのも、単に物が少ないせいだろう。

 部室の隅の窓際には、部員とおぼしき女の子が一人。こちらには見向きもせず、静かに本を読み続けており、その希薄な存在感はまるで彼女自身がこの部の備品のようだった。


「彼女がこの文芸部の唯一の部員よ」


 そう言って、女の子を指差すハルヒ。

 紹介された彼女は少しだけ視線をこちらに向けて、


「長門有希」


 短くそれだけ言って、また読書に戻ってしまった。

 ううむ、なんかとっつきにくい子だな。

 サラサラのショートボブに小柄な体格。眼鏡をかけていて表情は読みにくいが、見た感じでは感情を表に出さないタイプのようだ。顔立ちは整っており、その指先は機械のように規則正しく本のページをめくっている。まるで精巧に作られた人形のような、一流の美術品を思わせる雰囲気を持った不思議な女の子だった。


「彼女には合同クラブの許可はもうもらってるわ。本を読めれば問題無いそうよ」


 そう言ってパイプ椅子に腰を下ろすハルヒ。

 ということは、つまり。


「あとはあんたたち次第よ」


 そういうことなのだった。

 しかし、まだオレたちは肝心なことを聞いていない。


「で、ハルヒ。お前が作ろうとしてるクラブってのは、一体何をする部活なんだ?」


 そう、オレたちはまだこいつのクラブに関して、名前も活動目的も聞いていない。

 合同クラブを発足させるなら、互いの活動をある程度共同で実行する必要がある。しかしそのせいでオレたち――というより、葵ちゃんの鍛練の時間を削るわけにはいかない。彼女には秋の全国大会という目標があるのだから。

 しかしオレがその旨を伝えると、ハルヒは自信ありげに、


「心配しなくていいわ。そっちは今まで通りの活動を続けてちょうだい」

「え?」

「あたしのクラブが、そっちの活動を阻害することはないわ。文芸部にしたって今のところ、読書が目的みたいなものだし」


 そう言って、壁の花ならぬ窓際の花と化している長門有希ちゃんに視線を向ける。彼女は相変わらず本に没頭していた。


「この部室は文科系クラブ用だから、申請は文芸部かあたしのクラブ名義で提出することになるけどね。あんたたちはそれとエクストリーム倶楽部の掛け持ちってことで」

「……それ、合同クラブっていうのか?」

「別にいいのよ、所詮は建前なんだから。まぁ、こっちが手伝ってほしい時は呼ぶし、そっちの手伝いも進んでさせてもらうわ」


 つまり、こういうことか?

 文芸部とハルヒは、オレたちという人数を確保してクラブ設立の許可を得る。オレたちはそちらにマネージャーなり何なりで手伝ってもらうことができる。そして互いに懐が痛むことは無い………ふむ、よくもまあこんな上手いことを思い付くもんだ。


「葵ちゃん、琴音ちゃん、それでいいかい?」

「えっ、は、はい?」


 急に話題を振られたためか、きょとんとなる葵ちゃん。

 一方の琴音ちゃんは少し考えるようなそぶりを見せてから口を開く。


「……そうですね、私は問題ないと思います。いいわよね、葵ちゃん?」

「あっ……うん、わかった」

「よし、これで決まりね!」


 ハルヒは嬉しそうにそう言うと、おもむろに立ち上がって宣言する。





「SOS団、活動開始よっ!!」





 …………………………。

 なんだって?


「あー、ハルヒ、今なんて?」

「SOS団」

「なんだそりゃ」

「このクラブの名前よ。『世界を・大いに盛り上げるための・涼宮ハルヒの団』略してSOS団」

「……………………」


 そのとんでもないネーミングセンスに、オレたちはもう何も言えなかった。

 唯一有希ちゃんだけは、我関せずといった体でページをめくっている。


「何よ、気に入らないの? だったらあんたたちは『世界一の・王者を目指す・正統派格闘技団体』略してSOS団でもいいけど」


 SOS団は確定なのかよ……。





 こうして、オレたちの合同クラブ――SOS団は発足したのだった。










 翌日の放課後。

 今日はエクストリーム倶楽部は定休日なので、文芸部の方に顔を出すことにした。

 オレはそんなに本は読まないが、せっかくの合同クラブなのだからそちらの活動も積極的に行うべきだろう。

 部室のドア(入口には早くも『SOS団』の張り紙があった)を開けて中に入る。


「よーす……っと、有希ちゃんだけか?」

「……」


 こちらを一瞥すると、こくりとほんの僅かに首肯して再び本に向き直る。

 相変わらずの淡泊ぶりだった。



 無口で無表情、下手したら無機質とさえ捉えられそうな女の子。それが彼女、長門有希ちゃんに対する印象だった。

 こちらにまったく関心がないように見える彼女だが、せっかく一緒のクラブに属しているんだから仲良くしないのは損である。

 というわけで、オレは彼女とのコミュニケーションに挑戦することにした。


「何読んでるんだ?」

「……」


 無言で本を傾け、背表紙を見せる有希ちゃん。


「それ、面白い?」

「ユニーク」


 抑揚の無い声で答える。


「どんなジャンルの本が好きなんだ?」

「特にない」

「いろいろ読むってことか?」

「……」


 頷いて肯定する。

 ふむふむ、んじゃ次は……。


「琴音ちゃんと同じクラスなんだって?」


 こくりと頷く。


「仲良くなれそう?」

「嫌いではない」

「読書以外ではどんなことが好きなんだ?」

「特にない」

「運動とかは?」

「苦手ではない」

「この高校はどうだ?」

「悪くない」


 なるほどな……

 ……ってオレ、彼女の読書の邪魔してるだけじゃねーか。


「あー、ゴメンな。うるさかっただろ?」

「……」


 首を横に振る……別に邪魔ではなかった、ってことか?


「……」


 気付くと、彼女は本から目を離してこちらを見つめている。

 その怜悧な瞳は、どこまでも澄んでいた。


「次の質問は?」

「……えっ?」


 それはつまり……。


「まだ話を続けていいってことか?」


 こくりと首肯する。


「……そっか。じゃあ……」





 こうして他のメンバーが来るまで、オレたちは他愛ないおしゃべりを続けたのだった。










 しばらくして葵ちゃん、琴音ちゃんも部室に現れ、そして……


「お待たせーっ!!」


 我等が団長が、相変わらずの無駄に元気な姿を見せた。

 小脇に女の子を抱えて。




 ……………。

 待て。


「おいハルヒ、そいつはなんだ」

「あ、これ? 可愛いから連れてきちゃった」


 完全に誘拐犯の思考だった。


「ふぇぇ、ここどこですか、何でわたし連れて来られたんですか〜」

「あー、大丈夫だから落ち着け朝比奈」

「な、何でわたしの名前知ってるんですか〜………あれ? 藤田くん?」

「おう、藤田浩之くんだ」


 ハルヒが拉致してきたのは、オレと同じクラスの朝比奈みくるだった。



 朝比奈みくるは、掛値なしの美少女である。

 小柄で華奢な体格、童顔にクリクリとした大きな瞳、綺麗な栗色のウェーブヘアを持ち、下手したら葵ちゃんよりもさらに年下に見える彼女だが、ある部分に関してはかなり大人っぽい………ぶっちゃけて言うと胸がデカい。

 加えて性格の方もおっとりしていて優しく、それでいてやや天然でちょっとドジという非常に微笑ましいもので、同性の友達からは可愛がられるタイプだ。

 そのアンバランスな魅力に溢れた造形と、つい守ってあげたくなる小動物的な雰囲気が相まって、男子ども(及び、一部の女子)の人気を一身に集めている。

 どこの漫画のキャラだ、と言いたくなるような美少女の中の美少女、それが朝比奈だった。



「なによ、知り合いだったの?」


 イタズラに失敗した小学生のような顔をするハルヒ。

 いいから朝比奈を解放してやれ。


「だ、大丈夫ですか?」

「はぅぅ、ありがとうございます……」


 よろよろとへたりこむ朝比奈に駆け寄る葵ちゃん。


「……で、なんで朝比奈を?」

「可愛いから」

「理由になってねえ」

「こういう萌えキャラっていろいろな事件によく巻き込まれるじゃない」

「萌えキャラってなんだ、萌えキャラって」

「可愛いマスコットキャラって重要でしょ?」


 ………頭が痛くなってきた。

 あと、既に可愛いどころが揃いまくっているここに、更に朝比奈を入れたりしたら、オレはそのうち刺されるかも知れない。


「ところでみくるちゃん、あなた他のクラブには何か所属してる?」

「え、あの、書道部に……」

「じゃあそれ辞めてこっちに」

「いい加減にしろ」

「わっふう!?」


 オレはデコピン(昨日より強め)をハルヒに喰らわせる。


「えっ、あ、あの、大丈夫なんですか?」


 誘拐されて来たにもかかわらず、朝比奈は犯人を心配していた。


「ハルちゃん、流石にフォローできないよ……」

「自業自得ですね」

「うぬぬ……」


 葵ちゃん、琴音ちゃんにも呆れられ、涙目で悔しがるハルヒ。


「あのなぁ、オレたちは掛け持ちなのに、なんで朝比奈は今のクラブを辞めなきゃなんねえんだ」

「うぅ……だって……」

「あ、あの、いいんですよ藤田くん」


 朝比奈、あんまり甘やかすな。


「えっと、わたし別に書道部に思い入れがあるわけじゃないから……」

「じゃあこっちに入ってくれるの!?」


 途端に嬉しそうにするハルヒ。

 現金な奴だ。


「え、ええ……でも、文芸部って何するところなのかよくわからないけど……」

「文芸部じゃないわ、SOS団よ!」

「え、えすおーえすだん……???」


 顔に山ほど疑問符を浮かべまくる朝比奈。

 気持ちはよくわかる。


「あ、あの、それって結局どんなクラブなんですか?」

「………オレも知らん」





 こうして、謎の合同クラブSOS団は着々とその規模を広げていくのだった………あぁ、頭いてぇ。








[26232] 4 藤田浩之の憂鬱
Name: 壱◆567cd54f ID:dffefc41
Date: 2011/12/09 03:13




 朝比奈みくるがSOS団に入部(入団?)し、しばらくしたある日のこと。

 オレは頭痛に悩まされていた。










「ふぁ〜あ……眠いぜ……」


 オレは窓際にある自分の席に突っ伏してあくびする。

 自慢じゃねーが朝は苦手だ。……ホントに自慢にならねーな。


「ふふ、眠そうだね浩之ちゃん」

「相変わらずだね、浩之」


 そんなオレを見て、何が面白いのか顔をほころばせる幼なじみたち。



 こいつら、神岸あかりと佐藤雅史は、オレの物心つく前からの付き合いの幼なじみだ。


 あかりは、赤みがかったショートヘアのてっぺんに黄色いリボンがトレードマーク。オレから見たら「ザ・普通」のこれといって特徴のない奴だが、少々どんくさいながらも真面目な性格で根っからのお人よしかつお節介のためか、意外と男子にファンがいる……らしい(志保・談)。

 オレとしては、そのお節介で現在一人暮らし中のオレの生活の世話を何かと焼きたがるので、時々「お前はオレの母さんか!」と言いたくなるが。

 あと、『浩之ちゃん』はいい加減やめろ。


 一方の雅史は、女の子と間違えられることもある可愛い顔立ち(本人は嫌がるが)を持つ美少年である。

 爽やかで人当たりのいい性格で誰とでも分け隔てなく接し、おまけに将来を嘱望されるサッカー部のエースというおいしい肩書きまで併せ持つこいつは、先輩後輩同級生問わずまぁモテまくる。それでいながら非常に鈍感で、本人にその自覚はまったく無いのが困りものだが……。


 そんなオレたち三人はガキの頃から兄弟同然に付き合ってきて、今後もその関係は変わらないんだろう。



「うっせー。オレは夜型なんだよ」


 ジト目で二人を見やるオレ。

 しかしあかりはそんなオレに苦笑して、


「もっと早起きできたらきっと葵ちゃんも喜ぶよ?」

「…………」


 痛いところを突いてくるのだった。





 帰宅部のあかりは、部活で忙しい雅史と違って放課後はヒマなことが多いため、時々オレのエクストリーム倶楽部に顔を出す。

 そのたびに手作りのお菓子やらスポーツドリンクやらを差し入れとして持って来るので、葵ちゃんたちからは両手を挙げて歓迎されている。あかりもオレ同様、彼女たちのことは妹のように可愛がっているようだ。

 以下は、そんな彼女たちとのある日の会話である。


あかり『へ〜、葵ちゃんは朝も練習してるんだ』

葵ちゃん『はい。ランニングとか、筋力トレーニングとか』

琴音ちゃん『藤田さんはしてないんですか?』

オレ『へっ?いや、オレは……』

葵ちゃん『あっ、そうですよ、先輩も一緒にしましょう!きっと、もっと強くなれますよ!』

オレ『い、いや、オレは朝苦手だから……』

葵ちゃん『……ダメ、ですか……?』

オレ『うっ……』

あかり『まずは朝寝坊をなんとかしないとね』


 あの時の葵ちゃんの寂しそうな瞳ったら……。





「………ど、努力はする」

「もう、しょうがないんだから」


 やれやれ、とでも言いたそうな顔のあかり。

 雅史もオレの寝坊グセは知っているので、苦笑いを浮かべている。










 ………とまあ、そんな平和な朝の風景を、





「 ヒぃーーーーロぉーーーーっ!!! 」





 ぶち壊すのは、いつもコイツの役目なのだった。










「朝っぱらからうっせーぞ、志保」


 教室のドアを蹴破らんばかりの勢いでやって来た腐れ縁の悪友を、オレはうんざりした表情で睨む。

 もちろんそんなものを意に介す志保ではない。


「聞いたわよ! あんた、あの涼宮ハルヒと手を組んで何を始める気なのよ!?」


 こいつの言葉で、オレはあの時ハルヒからもたらされた頭痛をまたも感じたのだった。



 長岡志保は……コイツの説明なんかいらねーか?
「どーゆーイミよっ!?」
 モノローグにツッコむな。

 志保は、中学時代からのあかりの親友で……まぁ、何と言うか……オブラートに包んで言うなら、ムードメーカー兼トラブルメーカーである。ゴシップネタが三度のメシより大好きで、独自の情報網でキャッチした噂話を『志保ちゃん情報』と称して吹聴するのをライフワークとしている。

 しかしまぁ、その信憑性たるや……ちなみにあだ名は『歩く東〇ポ』(オレ命名)。

 内跳ねショートボブの茶髪に整った顔立ち、ボディラインも出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでいる(密かにあかりのコンプレックスだったりするが)……と見た目は悪くないのだが、どうにも勝ち気すぎる性格で台なしになっている。

 オレとは口ゲンカの絶えない腐れ縁である。



「で、どうなのよ? 我が校が誇る二大変人が結託して、何を企んでるワケ?」


 ハルヒはともかく、オレを変人扱いすんじゃねえ。


「あ、そういえば、みくるちゃんから聞いたよ。SOS団……だっけ?」

「なんですって!? みくるまで巻き込むなんて……ヒロ、あんたがそんな極悪人だったなんて……」


 あかりの言葉に、わざとらしく嘆いてみせる志保。

 どんくさい者同士で通じ合ったのか、あかりと朝比奈は一年の頃から仲が良い。

 その朝比奈は、申し訳なさそうな顔をして離れた席からこちらをチラチラと窺っていた。


「……ったく……」


 仕方がないので、オレはその時の事を大雑把に説明する。





「ふーん、合同クラブねぇ……んで? そのSOS団とやらは、一体何をする集団なのよ?」

「オレも知らん」


 ハルヒは何故かそれについては口を割らず、「必要なメンバーが揃ってから発表するわ」としか教えなかった。


「まったく……あんた、そんな正体不明な集まりに、みくるや後輩たちを巻き込んでいいと思ってんの?」

「別に大丈夫だっての。ハルヒに取って喰われるわけじゃなし」


 それに今オレたちエクストリーム倶楽部がSOS団を離れたら、ハルヒの暴走の被害を受けるのは主に有希ちゃんと朝比奈だ。そのストッパーぐらいはしてやらなきゃならん。


「はぁ〜……あんたは結局相変わらずね」

「何の話だ」


 やれやれ、と大仰に肩を竦めてみせる志保。


「どうせ合同クラブの話も、長門さんとかいう文芸部の子や、松原さんのために受けたんでしょ? 相変わらず後輩には甘いんだから」

「……別にそんなんじゃねー」


 何だかんだいってコイツとの付き合いも長い。何も言わなくても察せられたようで、オレは目を逸らして舌打ちをする。


「っていうか、松原さんに姫川さん、みくるに文芸部の子に涼宮ハルヒ。どんなハーレムよこれ」

「…………」


 その時一部の男子から殺気が放たれた気がしたが、オレは気付かなかったことにした。










 今日はエクストリーム倶楽部の活動日。

 いつもはオレたち三人だけなのだが(ハルヒたちSOS団は手伝いが必要な時以外、こちらの活動に干渉しないことにしている)今日はそうはならなかった。


「ふ、ふぇぇ……」





 シュパァンッ!という衝撃音と共に、葵ちゃんの拳がガードしたオレの腕に突き刺さる。


「くっ……」


 オレは一旦距離を取ろうとして腕を振るが、そのパンチはことごとくスウェーでかわされる。

 葵ちゃんは至近距離から離れない。オレに自分の間合いを取らせないためだ。

 女の子の中でも小柄な方である葵ちゃんと、高校男子の平均より背の高いオレでは、当然得意な間合いは違う。こうして懐に入られると、葵ちゃんより小回りの利かないオレでは手を出しづらくなる。

 攻めあぐねるオレに対し、彼女は至近から手技中心のラッシュを仕掛ける。
 オレは身を屈めてガードに徹するが、そのあまりのスピードに反撃の糸口が掴めない。

 やがてラッシュが終わり、距離を取って間合いを測り直す葵ちゃん。オレはチャンスとばかり、反撃に転じようとして――


「はっ!!」――――ズバァァァンッ!!


 ………トドメの上段回し蹴りで意識を刈り取られるのだった。










「3分37秒。だいぶ保つようになりましたね」


 すぐに意識を取り戻したオレに、ストップウォッチを持った琴音ちゃんが告げる。


「あ、ああ………痛つつ………」

「だ、大丈夫ですか、先輩!?」


 頭を押さえて呻くオレを心配そうに覗き込む葵ちゃん。

 まったく、これがさっきの恐ろしい対戦相手と同一人物なんだよな……。


「どうぞ、藤田さん」

「おう、サンキュー」


 琴音ちゃんが濡らしたタオルを渡してくれる。

 熱くなった打撃痕をそれで冷やす。


「つ、強いんですね、松原さん……」


 おずおずと声をかける朝比奈だが、その目はちょっと怯えている。……怖がらせるつもりはなかったのだが……。

 今日は、せっかく仲間になったのだからと、エクストリーム倶楽部の見学に来てくれたのだ。

 そんな彼女へのデモンストレーションとして、オレと葵ちゃんは組み手を披露して……結果は見ての通り。


「ああ、この子は強いぜ。なんせオレは最初、たったの一撃でKOされてたからな」

「い、一撃!?」

「あ、あれはたまたまですよ先輩……」


 オレが格闘技を習い始めたばかりの頃、物は試しと葵ちゃんに組み手をお願いしたのだが……彼女のカウンターがビックリするくらい綺麗に決まって、開始2秒で沈められたのだ。

 なので今は、さっきの琴音ちゃんの言うように『だいぶ保つようになった』というわけだ。


「そうなんだ……」

「朝比奈さんも習ってみますか?」

「えっ、わ、わたしが!?」


 いきなり勧誘を始める琴音ちゃん。まあ、冗談っぽいが。

 朝比奈ははっきり言ってドジっ娘であり、よく何も無いところで転んでいる。

 葵ちゃんに師事して運動神経が良くなれば、せめて転ぶ回数くらいは減らせるかも知れないが……。


「え、遠慮します……格闘技とかはちょっと……」


 ま、朝比奈の性格じゃ荒事にはまったく向かなそうだしな。


「でも藤田くんもがんばってるんですね。あんなに痛そうなのに……」

「いや、まだまださ。せめて葵ちゃんの相手ぐらいは務められるようにならなきゃな」

「……えっ……それって?」


 不思議そうな表情をする朝比奈。


「オレがもっと強くなりゃ、葵ちゃんとの組み手ももっとハイレベルにできるからな。そしたら、葵ちゃんもオレももっと強くなれる。葵ちゃんは今よりもっともっと強くなることを望んでるんだから、オレもそれについていかなきゃな」


 最初よりは強くなっているオレだが、組み手では精々『動くサンドバッグ』程度でしかない。

 朝比奈は『痛そうなのにがんばってる』と言ったが、それは今のオレが彼女のために頑張れることがそれしかないからに過ぎない。


「でも、先輩だって最初よりずっと上達してますよ。たった一ヶ月でこれだけできるんですから、わたしの相手をするくらい、すぐにできるようになりますよ!」


 眩しい笑顔で宣言してくれる葵ちゃん。

 オレもその期待に応えられるようにしなきゃな。


「そ、そうなんですか……強く、なれるといいですね」

「おう、きっとなってやるさ」

「そうです、ね……わたしも、そう思います」


 朝比奈は何故かちょっと困ったような笑みを浮かべていた。










 また別のある日のこと。

 すっかりSOS団の根城と化した文芸部室に入ると、そこには四人のメイドがいた。





 ……………。

 えーと………。


「あら、遅かったわね」


“一人だけ”いつもの制服(腕に『団長』の腕章付き)を着ているハルヒが言う。彼女はどこかの教室からパクってきた机(こちらにも『団長』と書かれた三角錐が立っている)にふんぞり返っていた。



 ハルヒがSOS団を設立して以来、この部室には物がどんどん増えていた。

 元々はいくつかの長机とパイプ椅子、本棚ぐらいだったのが……今ハルヒが座っている『団長机』、移動式のハンガーラックに用途不明のコスプレ衣装の数々、やや旧型のCDラジカセ、給湯ポットに急須に人数分の湯呑み、カセットコンロに土鍋にヤカンに食器……挙げ句の果てには小さな冷蔵庫まである。
(ちなみにエクストリーム倶楽部で使う物も置かせてもらっているが、そちらは僅かでしかない)

 食材さえあればここで暮らすことすらできそうだった。



「あ、藤田くん。今お茶を淹れますね」

 部屋の片隅に設置されたポットの前でお茶の用意をしていた朝比奈が振り向く。

「こんにちは、藤田さん」

 琴音ちゃんはノートに何やら書き物をしていた。

「せ、せんぱい……」

 縮こまって恥ずかしそうにしている葵ちゃん。

「……」

 有希ちゃんはいつも通り読書中。





 全員メイド服だった。















「…………………………………はっ!?」


 あまりの事態に飛んでいた意識が覚醒する。

 目が覚めてもやっぱりそこにはメイドたちがいた。………夢じゃなかったようだ。


「どうしたのよ、ボーッとしちゃって」

「………なんなんだ、これは」


 ハルヒの問いを無視して聞いてみる。


「メイド服よ」

「見りゃわかる。そうじゃなくて、何で着てるんだよ」

「可愛いからよ」

「………」


 頭痛がひどくなった気がした。


「藤田くん、お茶どうぞ」


 オレの席に、笑顔で湯呑みを置いてくれる朝比奈。

 仕方なく腰掛けてそれを飲む。


「初めて着てみましたけど、案外着心地いいんですね」


 裾をつまみながら琴音ちゃんが言う。

 四人ともお揃いの、濃紺と白で彩られた長袖ロングスカートの清楚なエプロンドレス。ご丁寧にホワイトブリム(頭に着けるアレ)も装着している。

 このメイド服はコスプレ用の安物ではなく、実際に仕事着として使われている本物らしい。

 こんなもんどこから調達したんだ。


「あたしと葵の知り合いに金持ちのお嬢様がいるのよ。来栖川っていう」


 来栖川……まさかあいつか。


「綾香のヤロー……」


 オレは頭を抱えて溜め息を吐く。

 脳裏に、オレの友人でもあるそいつの顔(満面の笑顔でサムズアップ)が浮かんだ。

 確かに葵ちゃんの幼なじみであるハルヒが、綾香――葵ちゃんの格闘技の先輩にして憧れの目標、そして最大のライバル――と知り合いでもおかしくはなかった。


「そう、その来栖川綾香。彼女の家で余った使用人の制服をもらったの」

「あ、あの、先輩、綾香さんも善意でくれた物ですから……」


 葵ちゃんは必死に綾香をフォローしていた。

 いや、あいつは確実に悪ノリしてやったはずだ。

 ハルヒからメイド服について聞かれた瞬間にこれを思いついたに違いない。


「で、どうなのよ」

「………何がだ」

「四人のメイドに囲まれた感想は」

「…………」





 はっきり言うなら、四人ともめちゃくちゃ似合っていた。

 が、しかし。そんなことを正直に告げれば、ハルヒはますます調子に乗るだろう。

 万一、志保の耳にでも入った日には、オレは『メイドフェチ野郎』の烙印を押されて社会的に抹殺されるかも知れない。





「……あのな、オレは」

「に、似合わないですよね、やっぱり……」

「………………」


 はにかんで自信なさげに言う葵ちゃん。………ハルヒは思いっ切りニヤニヤしてやがった。

 そんな姿を見て何かを言わないわけにはいかず………















 ……………ちなみに、かなり後にだがこれが志保にバレて、オレは非常に死にたくなった。








[26232] 5 古泉一樹の驚愕
Name: 壱◆567cd54f ID:dffefc41
Date: 2011/12/09 03:24




「ねぇ浩之」

「何だよ」

「超能力者と知り合いだったんだから、次は宇宙人の友達とかいないの?」

「いねーな」

「未来人の同級生とか」

「それもいない」

「じゃあ異世界人の幼なじみ」

「聞いたこともないな」

「魔法使いの先輩」

「いないこともない」

「そっかー、いないこともないかー………えっ?」

「あ?」

「いるの?」

「あ゙」











 ある日の放課後。

 オレは北棟校舎の、文科系クラブの部室がならぶ一角に来ていた。

 ただし今日の行き先は文芸部室ではない。


「ちわーす」


 その目的地、『オカルト研究会』と書かれたドアを開いて中に入る。

 窓はブ厚い暗幕で閉ざされており、室内は非常に暗い。

 点々と灯っているロウソクの明かりを頼りにあたりを見回すと……


「お、いたいた。センパイ、こんちは」

「・・・・・」


 小さな声で、こんにちは、と挨拶を返してくれる芹香センパイがいた。



 センパイこと来栖川芹香さんは、このオカルト研究会に所属するオレの1コ上の先輩だ。

 日本有数の大企業・来栖川グループの会長の孫娘という生粋のお嬢様だが、嫌味なところは一切なく、むしろオレのような後輩の世話を何かと見てくれる優しいお姉さん的存在である。

 艶々と輝く長い黒髪、染みひとつない白い肌、おまけに顔立ちもプロポーションも完璧という超がつくほどの美人さんだが、いつものんびりおっとりした雰囲気があるため、むしろ可愛いという印象を受ける不思議な人だったりする。


 ………そして、冒頭で語った『魔法使い』その人でもある。



「センパイ、ちょっといいかな? 相談したいことがあってさ」

「・・・」

「聞いてくれる? サンキュー、それじゃ…」


 オレは芹香センパイに、ハルヒ及びSOS団について大雑把に説明する。





「……ってわけでさ。あいつ、センパイを連れて来いってうるさくて」

「・・・・・・・・・・・・」

「え? こちらの部活で手一杯だから、SOS団には入部できない? そりゃそうだよな」


 ちょっと申し訳なさそうにしているセンパイ。



 芹香センパイは、箱入り娘として育てられたせいなのか、大きな声で喋ったり表情を作ったり、といった感情表現がちょっと苦手なところがある。
(といっても表に出すのが苦手なだけで、感情の動き自体は意外とストレートだったりするが)

 口数や表情の動きが少ないというのは有希ちゃんと似ているが、もしかしたらあっちもどこかのお嬢様だったりしてな。




「センパイが気にするこたぁないよ。ハルヒのワガママなんだからさ」

「・・・・・・・・・」

「え? ……そうじゃないって、どういうことだ?」


 どこか思案顔のセンパイ。

 ……何か気になることでもあるのか?


「・・・・・・・・・・・・・」

「え? 私の代わりに、SOS団にふさわしい人材を紹介します……だって?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「それって……」










「………で、今からその人材が来るのね?」

「ああ」


 翌日の放課後。

 センパイの話によると、そいつらには既に話を通してあるそうで、来るのを楽しみにしててくださいとのこと。

 その言葉に従い、文芸部室で新人の到着を待つオレたちだった。


「藤田さんは誰が来るのかもう聞いているんですか?」

「謎の転校生と不思議なメイドロボだそうだ」

「メイドロボって、もしかして……」

「たぶん琴音ちゃんの想像通りだな」


 メイドロボというのは、簡単に言えば軽作業用の汎用女性型アンドロイド(いや、女性型だからガイノイドか)のことだ。

 家庭での家事や介護、オフィスの事務仕事などで人間の手伝いをするのが主な役割のために『メイド』ロボと呼ばれている。


「メイドロボ……まさかD組の?」


 ハルヒも察しがついたようだ。


「そのまさかだ。芹香センパイの紹介だしな」


 うちの高校は私立校で、芹香センパイが通っているためか来栖川グループから多額の出資を受けている。

 そのため、いろいろ融通が利くようで、現在も来栖川の傘下の企業が開発したメイドロボの試作機が一人、性能テストの名目で生徒として通っているのだ。


「で、あんたはそいつとも知り合いなのね……ホント、どんだけ顔広いのよ」

「オレだけじゃねーぞ。葵ちゃんと琴音ちゃんも友達だ」


 感心というより呆れたようにハルヒが言う。

 まぁオレとしては、片方でも知り合いが来てくれるのでホッとしている。


「謎の転校生っていうのは?」

「同じく1年D組で、昨日付けで転入してきたらしい」

「まだ入学して二ヶ月経ってないのに? なるほど、それは確かに謎がありそうね」


 ハルヒの目が怪しく光る。


「お家の人の転勤とかでしょうか。朝比奈先輩はどう思います?」

「う〜ん……わたしにはよくわからないけど、こんな中途半端な時期じゃあ、いろいろ大変そうですねえ」


 葵ちゃんと朝比奈は、転校生について意見を交わし合っていた。

 なんか和む。


「……」


 有希ちゃんは今日もいつも通りだった。





 しばらくすると、こんこん、とドアがノックされる。


「すみませ〜ん、どなたかいらっしゃいますか〜?」


 来たみたいだな。オレはドアを開けて、件の新人たちを招き入れる。


「失礼します〜……あ、浩之さん!」

「よう、マルチ」

「こんにちは、マルチちゃん」

「いらっしゃい」

「葵さんと琴音さんも、こんにちはです」


 嬉しそうに声を弾ませて、ぺこりとお辞儀するマルチ。

 今日もこいつは元気だな。



 家庭用汎用作業補助機【ホームメイドロボ】試作型第12号。型式番号HMX―12。通称『マルチ』だ。

 メイドロボ業界のパイオニア・来栖川エレクトロニクスで開発された最新機種のひとつ(一人)で、新機能として『感情回路』が搭載されている。これにより、まるで人間のような……いや、人間以上に感情豊かになっているのが最大の特徴である。

 嬉しいときは喜び、悲しいときには号泣し、そのほか笑ったり照れたり感動したり落ち込んだり、挙げ句の果てにはちょっとしたワガママなんてものまで発露したこともあり……お前ホントにロボットかと言いたくなる。メイドロボ故か、性格はとにかく献身的で優しく、そして泣き虫でドジだが、いつでも元気一杯。いつも周りに笑顔を振りまいてくれている。

 明るい緑髪のショートヘアに小学生のようなちっこい身体、そして耳には感覚補助センサー(一部が後ろに突き出たヘッドホンのような形状をしている)を持つ。センサーが無かったら見た目も人間そのものだ。

 人間以上に人間らしい、人間の最高のパートナー。それがマルチに対するオレの印象である。





「とりあえず、自己紹介してちょうだい」


 ハルヒに促され、まずはマルチが声をあげる。


「はいっ、わたしはHMX―12型といいます。マルチとお呼びください」


 笑顔でハキハキと自己紹介するマルチ。そして……


「初めまして。昨日からこの高校で勉強させていただいております、1年D組の古泉一樹と申します」


 マルチと一緒にやって来た、謎の転校生とやらもその名を明かした。


 顔立ちは、美形といっていいだろう。柔和そうな目元に爽やかな微笑みを湛えており、雅史とはまた違ったタイプの美少年である。これで性格も良いなら、女子からの人気も集まりそうだ。

 だが、オレは何故か、彼のその笑顔にどこか胡散臭さを感じていた。

 何でそう思ったのかは、自分でもわからないが……しかし、芹香センパイからの紹介なんだから、怪しい人間ではないだろう。オレはそう思うことにした。

 ……それにしても、彼はセンパイとはどういう知り合いなんだろうか?


「マルチに古泉くん、歓迎するわ。我がSOS団にようこそ。仲良くやっていきましょう!」


 いつもの団長机に腰掛けて、笑顔のハルヒ。


「あの、ひとつよろしいでしょうか」


 そこで、謎の転校生改め古泉一樹少年が手を挙げる。


「入部するのはいいんですが、ここは一体何をするクラブなのですか?」


 疑問は最もだ。っていうかオレも『いい加減教えろこの野郎』と思う。

 するとハルヒは腕組みしてふんぞり返り、


「そうね、いい機会だから教えてあげましょう」


 どこまでも偉そうに言う。

 葵ちゃんに琴音ちゃん、朝比奈にマルチも彼女に注目する。

 有希ちゃんだけはやっぱり平常通り。…………が、しかし。


「SOS団の目的、それは……」


 次の瞬間にそれは崩された。










「宇宙人や未来人や異世界人を探し出して一緒に遊ぶことよ!!」










 オレはこれを聞いて、何故か納得してしまった。





 有希ちゃんは本から顔を上げ、わずかに瞠目していた。

 ……どうやら、かなり驚いている……のか?


 朝比奈は完全に固まっている。有希ちゃんとは違い、こちらは一目でその驚きようがわかるほどに目を見開いている。

 琴音ちゃんは……優しげな微笑みを浮かべていた。既に一緒に遊んだことのある超能力者は、その真意を知っているようだ。

 葵ちゃんも同じく笑っている。なんとなく『ああ、やっぱり』とでも言いたげな顔だ。

 マルチは、キラキラした瞳で「おぉ〜」と歓声をあげている。





 そして古泉一樹は、何か複雑そうな顔をしていた。



 微笑とも苦笑ともとれないぎこちない笑みを浮かべている。その内側には、驚きや悔しさ、哀しみや喜びなど、様々な感情が渦巻いているように思えた。


「……どうした、一年坊主」

「えっ、あ……い、いえ、なんでもありません」


 我に返った一樹は、また先程の爽やかな微笑みを浮かべた。それは、まるで仮面のようだった。

 ……さっき感じた胡散臭さはこれか。


「流石は……涼宮さんですね。わかりました、今後ともよろしくお願いします」


 何だかよくわからない評価を述べて頭を下げる一樹。


「わたし、感動しました! よろしくお願いします、ハルヒさん、みなさん!」


 同じく大きくお辞儀するマルチ。……感動する要素あったっけ?


「ええ、一緒に頑張っていきまっしょー!!」


 気勢を上げるハルヒ。

 苦笑する葵ちゃんと琴音ちゃん、やや呆れるオレ。まだ固まったままの朝比奈。

 有希ちゃんはもう元に戻っていた。





 こうして、SOS団は総勢八人となったのだった。










 その日は今後の大まかな活動予定を話し合ったり、エクストリーム倶楽部について質問されたりするうちに下校時刻となった。


「それじゃあみんな、また明日!」


 ハルヒはそう言い残して、弾丸のように帰っていった。

 他の皆も銘々に帰り支度をしている。

 オレもさっさと帰りますか。


 ……と、その時誰かに袖を引っ張られる。


「……」


 有希ちゃんだった。


「ん、どうした?」

「これ」


 そう言って、彼女は一冊のハードカバーを差し出す。


「貸すから」


 なんとも唐突だった。


「えっと、オレに?」


 こくり。頷く有希ちゃん。


「あ……ありがとう……?」


 とりあえず礼を言うが、彼女はもうオレに用は無いと言わんばかりにさっさと部室を出て行ってしまった。

 うーむ。

 何がしたいのかさっぱりわからないが、口下手な彼女なりにコミュニケーションを図ろうとしたのかも知れない。

 本を貸したってことは、これをオレに読んでほしいってことか?

 同じ本を読んで感想を言い合う……とかは、確かに文芸部っぽいかも知れないが。

 ま、たまには読書もいいだろう。



 ………ん?


「どうかしたか?」


 気付くと、今度は一樹がこちらを見据えていた。

 今はその顔から例の笑顔が消えている。


「あなたは……」

「?」

「……いえ、なんでもありません。失礼しました」

「そうか……ならいいが」


 気にはなったが、言いにくいだろうことを無理に聞き出す趣味はない。

 オレはみんなに別れを告げて、部室を後にした。









「………彼が………鍵、なのか………?」















 暗い夜道の中、オレは必死に自転車を走らせていた。

 酸素を求めて悲鳴を上げる肺、うるさいくらいに早鐘を打つ心臓。それでも、ペダルを漕ぐ足は止まらなかった。





 午後11時頃。寝る前に、有希ちゃんに貸してもらったあの本(海外のSF小説だった)をちょっと読んでおこうかと思い、ページをめくった。

 慣れない活字だらけの内容に苦戦しながらしばらく読み進めると、一枚の栞が挟んであったのに気付いた。

 明るい配色の花が描かれた意外にも可愛らしいそれを見て、ああやっぱり有希ちゃんも女の子なんだなと微笑ましい気持ちになり、何の気無しに裏側も見てみる。



『午後7時 西音寺公園にて待つ』



 絶句した。





 住宅の明かりは半分以上が消えている。

 もうとっくに日付は変わっていた。指定された時刻から既に5時間以上過ぎていたが、有希ちゃんがもう帰ったという確証はない。

 通行人のいない路地を全力で走り抜けていく。










 僅かな外灯に照らされた公園のベンチ。

 そこに彼女は腰掛けて、こちらをじっと見つめていた。


「…………ぜぇ、ぜぇ…………い、いて、くれたか…………」


 自転車を降りて、何とか息を整える。

 脚はガクガク震えていた。情けない。

 やっぱり朝練やって体力つけないと……などと脱線しかけた思考を引き締める。

 そうこうしてるうちに、どうにか呼吸も落ち着いた。


「はぁ……ごめんな、有希ちゃん。寒かったろ」

「……」


 ふるふると首を振る彼女。

 家に帰らずにずっとここにいたのか、まだ制服姿だった。


「大丈夫」


 そうは言っても……。

 そろそろ暖かくなってきたとはいえ、まだ夏と呼ぶには早い五月。

 ましてや、何があるかわからない夜中である。

 その夜空の下で女の子を長時間待ちぼうけさせてしまったオレは、罪悪感でいっぱいだった。


「ちょっと待ってな、今何かあったかいものでも買ってくるから」

「必要ない」


 すぐ近くの自販機に向かおうとしたオレを引き留める有希ちゃん。



「お茶ならわたしが淹れるから」



 ………はい?


「こっち」


 呆然とするオレを先導するように歩き出す。

 その後を、彼女の言葉の真意もよくわからないままついていった。










「ここ」


 やがてたどり着いたのは、公園にほど近い分譲のマンション。

 有希ちゃんは慣れた手つきでエントランスのガラス戸を解錠し、中に入っていく。

 …………いやいやいや。

 まさかの考えが頭を過ぎるがそれを振り払う。

 とりあえず自転車を適当な場所に止めて彼女に向き直った。


「どこに行くんだ?」

「わたしの家」





 ……………いやいやいやいや。


 自分の耳と、それから正気を疑いつつもう一度聞いてみる。


「ごめん、どこだって?」

「わたしの家」



 オレは頭を抱えたくなった。



「大丈夫」


 ……何がかな。


「誰もいないから」


 ………………………。





 結局、思考停止したオレは、有希ちゃんに手を引っ張られるまま(何故か逆らえなかった)エレベーターに乗せられてしまった。










「入って」


 708号室。


「中へ」


 ドアを開けてオレを招く有希ちゃん。

 オレはここに至って、ようやく正気を取り戻した。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。有希ちゃんはオレに用事があったんだよな?」


 こくりと頷く。


「それはこの部屋の中じゃないとダメなのか?」


 再び、こくり。


「…………」


 こんな真夜中に、他に誰もいない女の子の家に。

 状況だけを考えたらあまりにヤバ過ぎる。

 ……とはいえ、彼女を5時間以上待たせてしまったオレに『このまま帰る』なんて選択肢は無いわけで。

 それだけの時間をずっと待っていてくれたのだから、大事なことなんだろう。

 とりあえず、話を聞くしかないか……。

 覚悟を決めたオレは、ようやく敷居を跨いだ。





 3LDKほどはありそうな広い部屋。

 しかし、生活臭はまったくと言っていいほど無かった。

 玄関の靴は彼女が履いてた1足のみ、他にまったく物が置かれていない。

 彼女に案内された広いリビングにもコタツ机がひとつあるだけで、テレビもカーペットも、カーテンすらも無かった。


「座ってて」


 そう言い残してキッチンへ向かう有希ちゃん。

 オレは居心地の悪さを感じながらテーブルの脇にあぐらをかいた。



 ほどなくして戻ってきた彼女(まだ制服のままだ)は、先程の宣言通りお茶を淹れてくれた。


「飲んで」


 オレはありがたくそれを飲む。ほうじ茶だった。

 疲れた身体と頭が、ようやく一息つけた気がした。


「おいしい?」

「ああ。ありがとな」


 すぐに飲み干すと、お代わりを注いでくれる。 

 今度はちびちびと口をつけながら、気になったことを聞いてみる。


「家の人は?」

「いない」

「一人暮らしなのか?」


 こくり。


「そっか。オレと同じだな」


 高そうなマンションに、高校生の身で一人暮らし。

 何か事情がありそうだが、もちろんそれを聞くような野暮はしない。


「それで、用事ってのは何だ?」


 もしかしたら、一人暮らし仲間として何か相談とか……いや、男を家に上げる理由にはならないか。



 すると有希ちゃんは少しだけ逡巡を見せた。

 テーブルの上の湯呑みに視線を注いで、わずかに数瞬。

 やがて意を決したようにオレを見据えて。


「あなたに教えておくべきことがある」


 静かにそう告げた。


「教えておくべきこと?」


 彼女はこくりと頷きながらも、その瞳はどこか躊躇っているようにも見えた。

 まるで、何か取り返しのつかないことをしようとしているかのような。

 あるいは、誰かを――オレを、それに巻き込むことを恐れるような。





 数秒の静寂の後、彼女は口を開く。










 それは、オレの日常を破壊するひとつめのキーワード。

 『進化の可能性』。

 鍵。

 彼女の正体。










「うまく言語化できない。情報の伝達に齟齬が発生するかも知れない。でも、聞いて」








[26232] 6 朝比奈みくるの困惑
Name: 壱◆567cd54f ID:dffefc41
Date: 2017/09/02 06:29



「――――それが、わたしがここにいる理由。あなたがここにいる理由」

「…………」


 一通りの話を終えた有希ちゃんは、そこで初めて自分の湯呑みに口をつけた。


「…………」

「……」


 長門家のリビングを静寂が支配する。

 オレは混乱して声も出せなかった。





 有希ちゃんは最初にこう語った。

『この銀河を統括する情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。それが、わたし』

 情報統合思念体とは、超高度な知性を持ち、肉体を持たない情報生命体。全宇宙に広がる情報系の海から生まれ、情報を寄り合わせて意識を生み出し、情報を取り込むことで進化してきた……という。

 早い話が、目に見えない宇宙人である。

 それによって造られた……ということは有希ちゃんはロボットなのか? と尋ねたら、彼女の身体は地球人と同様の有機物で構成されている、とのこと。

 つまり、有希ちゃんもまた宇宙人なのだという。

 しかも実はまだ3歳だってさ。





 次に彼女はこう言った。

『統合思念体は地球に発生した人類にカテゴライズされる生命体に興味を持った。もしかしたら自分たちが陥っている自律進化の閉塞状態を打開する可能性があるかも知れなかったから』

 なんでも、全宇宙の歴史を見てきた情報統合思念体からすると、地球人類の進化するスピードは、有機生命体の中では過去に例を見ないほどであり、またここまで高次の知性を持った例は宇宙唯一なのだとか。

 そのため情報統合思念体は、人類を注意深く観測していたという。そして三年前……





「三年前にこの地方から発生した情報爆発。その中心にいたのが彼女」

「…………」

「彼女は自律進化の可能性を秘めている。おそらく彼女には自分の都合の良いように周囲の環境情報を操作する力がある。それが、わたしがここにいる理由。あなたがここにいる理由」


 有希ちゃんはもう一度繰り返した。

 オレにゆっくりと言い聞かせるように。





 どれだけ進化を遂げたとしても、有機生命体である以上、人類が扱える情報には限界がある。しかし、その常識(情報統合思念体にとっての、だが)は、三年前に打ち破られた。

 彼らをもってしても分析不可能なそれは、今も間歇的に続いているという。

 その調査のため、そして人類ひいては彼女とのコミュニケーションを図るために創造されたのが有希ちゃんだった。





「…………あー」


 どうしたもんかね。

 正直、さっぱりわけがわかりません。


「……」


 有希ちゃんは少しだけお茶を飲んだあと、じっとオレを見つめていた。


「……信じて」


 彼女は悲痛なほどに真摯な顔をしていた。


「言語で伝えられる情報には限りがある。わたしは単なる端末、対人間用の有機インターフェースに過ぎない。統合思念体の思考を完全に伝達するにはわたしの処理能力ではまかなえない。理解して欲しい」





 …………そんな顔されちゃあ、なあ……。

 可愛い後輩に『信じて』って言われて簡単に突っぱねるわけにもいかねーし。

 しょーがねぇなぁ。


「……わかった。信じるよ」


 オレがそう告げると、


「ありがとう」


 いつもの無表情に、ほんの少しだけ喜びの色が見えた気がした。

 もしこれが単なるホラでも、この顔が見れただけでもよしとするか。


 まあ、超能力者や魔法使いが実在するんだから、この上に宇宙人くらいいたって不自然でも何でもない。

 オレはごく自然に彼女の話を受け入れた。

 ……オレもハルヒに毒されてきたか? まあいいや。


「でも、なんでこの話をオレに聞かせたんだ?」

「まず一点。あなたならこの話を不用意に他言しないと思ったから」


 それは信頼されてるってことなんだろうか。

 まあ、何も知らない他人に話したところで、頭のおかしい奴って見られるだろうけど。


「そしてもう一点。情報統合思念体が地球に置いているインターフェースはわたし一つではない。統合思念体には積極的な動きを起こして情報の変動を観測しようという動きもある。あなたは彼女にとっての鍵。危機が迫るとしたらまずあなた」

「一枚岩の連中じゃないから気をつけろってことか?」


 こくりと首肯する。


「そっか、気をつけるよ。ありがとな」

「別にいい」


 いつもの無表情に戻っての物言いに、オレは苦笑した。










 話が終わって長門家をおいとました時、既に午前3時を回っていた。

 明日の午前中は居眠りを覚悟しよう。















 またある日のこと。

 文芸部室に入ると、6人のバニーガールがいた。

























「……………………………………………………………………………………………………………はっ!?」

「先輩、先輩!しっかりしてください!」

「はわわわ、浩之さ〜ん!?」


 気付くと、目の前に葵ちゃんとマルチの心配そうな顔があった。

 二人ともバニーだった。



 いや、待て。なんだこれは。


「…………ハルヒ、これは一体どういうことだ」


 元凶とおぼしき存在を睨みつけ……ようとして、できなかった。

 ちなみに今気付いたが、オレは立ったまま気絶していたらしい。


「ふふーん、流石のあんたも驚いたようね」


 今回はハルヒもコスプレしていた。

 っていうかオレ以外バニーしかいなかった。

 一樹がまだ来ていないことに何故かホッとする。



 それぞれ色違いのワンウェイストレッチにウサギの耳、網タイツ、白いカラーに蝶ネクタイ、カフス及び白い丸シッポ。

 まごうかたなきバニーガールだった。


 ハルヒ(黒バニー)は偉そうにふんぞり返っていた(胸が強調されてオレは直視できなかった)。

 朝比奈(赤バニー)は恥ずかしそうに真っ赤な顔をして、両腕で胸元を覆っている(もちろん隠しきれてない)。

 琴音ちゃん(紫バニー)は何故か平然として微笑んでいた(その格好で笑顔とかオレの心臓が保ちません)。前回のメイドといい、意外とコスプレにハマったのか?

 葵ちゃん(青バニー)とマルチ(黄色バニー)はオレのすぐ目の前で心配そうにしている。オレを心配してくれるあまり、羞恥心を忘れているようだ(二人とも、なんだ、その……ボディラインは慎ましやかなんだが、そのせいで、胸元に……覗いてはいけないスキマががが)。

 有希ちゃん(白バニー)はいつも通り……だったが、流石に少しは恥ずかしいのか(無表情だけど)、いつもの窓際にはいなかった。本から目を離してオレを見上げている(上目遣いとかマジヤバい)。





 ……………オレは今日死ぬかも知れない(興奮で心臓破裂的な意味、及び社会的に抹殺な意味で)。



 目のやり場に困ったオレは身体ごと後ろを向く。

 まあ、その、アレだ。

 オレだって健全な男子高校生なわけで。

 ……これ以上はオレの名誉のために伏せさせてもらう。


 顔は見えないが、ハルヒがこれ以上ないほどニタニタしているのが痛いほどわかった。


「………で、なんなんだこれは」

「バニーよ」

「そうじゃねえっ!」


 流石に今回は余裕なんてまったく無かった。

 焦るオレの様子がそんなにおかしいのか、ハルヒはくくくと笑って、


「わかってるわよ。マルチ、あれを」

「はい。浩之さん、どうぞ」


 マルチは何かの紙切れをオレに手渡した(オレは全力で彼女の身体から視線を逸らす)。

 それには手書き文字でこう書かれていた。










『SOS団結団に伴う所信表明。

 我がSOS団はこの世の不思議を広く募集しています。過去に不思議な経験をしたことのある人、今現在とても不思議な現象や謎に直面している人、遠からず不思議な体験をする予定の人、そういう人がいたら我々に相談すると良いです。たちどころに解決に導きます。確実です。ただし普通の不思議さではダメです。我々が驚くまでに不思議なことじゃないといけません。注意して下さい。

 メールアドレスは……』










 今までで一番ひどい頭痛を感じた。


「我がSOS団の名を知らしめるために作ったチラシよ。印刷室に忍び込んで200枚ほど刷ってきたわ」


 ハルヒは得意そうにして(もちろん顔は見えないが)言った。


「……ところでこのアドレスはなんだ」


 チラシの一番下には、知らないメールアドレスとホームページアドレスがあった。


「パソコンが手に入ったから作ってみたの。我がSOS団のホームページをね」


 そう言って何かをバシバシ叩くハルヒ。多分そこにパソコンがあるのだろう。


「いつの間にそんなものを買ったんだよ……」

「買ってないわ。いらないのをタダでもらったのよ」

「…………また綾香か」

「Exactly.(その通り)」


 ウザいからやめろ。


 しかし、綾香……あんのヤロー……。

 どうせバニー衣装も綾香の提供なんだろう。

 芹香センパイの妹のクセに、なんで顔以外は似ても似つかないあんな破天荒娘なんだよ。


「で、このチラシをどうするんだ」

「配るのよ」

「誰が」

「あたしたちが」

「いつ」

「今から。まだ下校してない連中も多いからね」

「どこで」

「校門で」

「その格好でか」

「Exactly.」


 だからやめろと言うとろうが。


「………琴音ちゃん」

「何でしょう?」

「やっちまえ」

「了解しました♪」

「はぎゅうっ!?」


 琴音ちゃんのサイコキネシスで沈黙させられるハルヒ。

 どうにかSOS団の悪名を広めるのは阻止できたようだ。










 ………後で聞いた話だが、それぞれがバニーを着てたのは、


 朝比奈→無理矢理着替えさせられた

 葵ちゃん→ハルヒに言いくるめられた

 マルチ→そもそもよくわかってなかった

 有希ちゃん→特に賛成も反対もしてなかった

 琴音ちゃん→ノリで。


 ということだったらしい。




 ちなみに一樹は急なバイトが入ってしまい来れなかったとのこと。

 この話をしたらまた複雑そうな顔をしたが、以前よりは少し楽しそうな苦笑に見えた。















 また別のある日。

 土曜日、つまり休日である(うちの高校は私立だが土曜は休みである)。

 オレは……いや、SOS団は駅前で待ち合わせをしていた。





『果報は寝て待て。昔の人は言いました。でももうそんな時代じゃないのです。草の根を分けてでも、地面を掘り起こしてでも、果報は探し出すものなのです。だから探しに行きましょう!』

『……念のために聞くが、何をだ』

『この世の不思議をよ!市内をくまなく探索したら、一つくらいは謎のような現象が転がっているに違いないわ!』

『もうオレにはお前が一番不思議だよ』

『次の土曜日!朝9時に駅前の北口広場に集合!遅れないように。来なかった者は死刑だから!』

『スルーかよ』

『はわわわ、浩之さん、死刑なんてイヤですぅ〜!』

『だ、大丈夫だよマルチちゃん。ハルちゃんの冗談だから……たぶん』

『断言できないのがハルヒちゃんなのよね』





 とまあ、割とグダグダなミーティングにより、SOS団主催・第1回市内不思議探索パトロールが行われることになったのだった。


「まさかあんたが2番目に来るとは思わなかったわ」


 オレは定刻の20分前にここに到着した。

 こう見えて、オレは待ち合わせ時間はキッチリ守る男なのだ。

 それに女の子を待たせるのはオレの趣味じゃない。


「……オレとしては、30分前から一人で待ってたお前の方がビックリだけどな」


 そう、一番乗りしたと思っていたオレはハルヒが先に来ていたことに非常に驚いた。

 てっきり重役出勤してくると思っていたからだ。


「遅刻なんてしたら、その時起こっていた不思議を見逃すかも知れないじゃない。そんなの本末転倒よ」


 そう言うハルヒは、ずっと周りをキョロキョロしている。

 既に一人で探索を始めているらしい。



 そうこうしているうちに葵ちゃんと琴音ちゃん、有希ちゃん、一樹、朝比奈の順でメンバーが集まってくる。

 最後にマルチが、バスに乗ってギリギリでやって来た。


「す、すみませ〜ん!」


 寝坊して危うくバスに乗り遅れるところだったらしく、ペコペコと頭を下げている。

 ロボットなのに朝寝坊とか常識外れもいいところだが、いとも簡単にその常識をブチ壊すのがマルチだった。


「可愛いから許す!」


 そんなハルヒの鶴の一声でマルチもお咎め無しとなり、オレたちは揃って近くの喫茶店に移動した。





 四人掛けのテーブルを二つくっつけて席を確保したオレたちは、銘々に飲み物を注文する(飲み食いできないマルチを除く)。


 ハルヒはカジュアルなデニムジャケット、葵ちゃんは空色のパーカーを着ている。二人ともパンツルックで動きやすい格好だ。

 琴音ちゃんは清楚なスミレ色のワンピース、朝比奈はブラウンのカーディガンに白のロングスカートという格好でいつもより大人っぽく見える。

 マルチは可愛らしいピンク地のプリントTシャツに赤いホットパンツ。たぶん来栖川の研究所の人たちが選んだのだろう(マルチの開発者たちは、揃いも揃って親バカである)。

 一樹はワイシャツにカーキ色のジャケットスーツ、紺色のネクタイを締めている。美形と相まって、モデルのように決まっていた。

 有希ちゃんだけは何故かいつものセーラー服姿だった。





 ハルヒによると、今回のパトロールの流れは以下の通り。

 まず3・3・2の3グループに分かれて、それぞれ市内を練り歩く。なにがしかの謎や不思議な現象を見つけたら、携帯電話で連絡を取り合いつつ状況を維持。後に落ち合って、反省点と今後の展望について意見交換。

 ……見つからなかったらただの散歩だな、こりゃ。


「じゃ、クジ引きね」


 ハルヒはテーブル隅にある容器から爪楊枝を8本取り出し、店員から借りたペンで2種類のマーク(便宜上A・Bとする)をそれぞれ3本ずつに書き込む。つまり、A・B・無印の3グループに別れるわけだ。

 今回のグループ分けはこんな感じになった。


 A→ハルヒ・葵ちゃん・一樹

 B→琴音ちゃん・有希ちゃん・マルチ

 無印→オレ・朝比奈



「ふむ、この組み合わせね……」


 ハルヒはオレと朝比奈を交互に見やり、沈痛な面持ちで朝比奈に告げる。


「いい、みくるちゃん。浩之に襲われそうになったら大声で助けを呼ぶのよ」

「オレは性犯罪者かっ!」


 朝比奈は「あはは……」と苦笑いしながらミルクティーを一口。

 隣のマルチはよくわかっていないのか頭に『?』を浮かべている。


「それで、具体的には何を探せばいいのかしら?」


 と、アイスティーのグラスを掻き回しながら琴音ちゃん。

 その隣の葵ちゃんはゆっくりとカフェオレ(ちなみにオレと同じ)を飲みながら同意するように頷く。

 ハルヒはアイスコーヒーを勢いよく飲み干して(ストローがズゴゴゴとやかましい音を立てる)、


「とにかく不思議なもの、不可解な現象、謎っぽい人間。そうね、次元の狭間とか、人間に化けたエイリアンとかを発見できたら上出来ってところかしら」


 カフェオレ吹くかと思った。

 何故か向かいの朝比奈もオレと似たような顔になっている。

 有希ちゃんは我関せずとばかりアプリコットをちびちび飲んでいた。


「……なるほど」


 今ので納得できたのか一樹よ。

 彼は、どこか楽しそうに――懐かしむように?――ブラックコーヒーのカップを握って語る。


「要するに宇宙人や未来人、異世界人本人や、彼らがこの地上に残した痕跡やその残滓などを探せばいいのですね」

「その通りよ古泉くん。あなたのように物分かりのいい新人が入ってくれて頼もしいわ」


 ハルヒは彼の言葉に気をよくしたようで、オレに「あんたも見習いなさい」とのたまうのだった。

 ……やれやれ。










 喫茶店を辞したオレたちはハルヒの号令のもと、先程のクジ引きの通りに別れる。

 ハルヒ率いるAチームは駅から東側を、琴音ちゃんたちBチームは北側、そしてオレと朝比奈の無印チームは西側を探索することになった。


「いい?これは遊びじゃないのよ。目を皿のようにして真剣に探しなさい!」

「は、はいっ!」


 一生懸命に真剣な表情をして敬礼するマルチが微笑ましく、みんなで和んでしまう。

 そんな何故か和やかな雰囲気の中、探索はスタートしたのだった。





「さて、そんじゃ行くか」

「あ、はい」


 朝比奈と連れ立って二人で歩く。ぱっと見はデートっぽいか。

 学校の朝比奈ファンの連中に見られたら恐ろしいことになりそうだ。


「どこか行きたい場所とかあるか?」

「うーん……わたし、あんまりこのあたり知らなくて」

「じゃあ適当にブラつくか」

「はい」


 二人並んで、つかず離れずてくてくと歩く。



「…………」



 あかりと友達である朝比奈だが、オレとは特別に親しいわけではない。

 オレは柄にもなく少し緊張していた。

 向こうも同じなのか、しばらくは会話も無いまま歩き続けた。





 駅から西方向に少し進むと、やがて近くを流れる川の河川敷にたどり着く。

 川縁の桜並木が四月には見事に咲き誇り、花見客で賑わっていたが、今は花も散って静かな雰囲気を漂わせている。

 のどかな土手の道を歩いていく。

 散歩に訪れた家族連れや高齢者のほか、デート中のカップルともすれ違う。

 オレたちもあんなふうに見られてるんだろうか。



「わたし、こんなふうに出歩くのって初めてだなぁ」


 穏やかに流れる川面を眺めながら朝比奈が呟く。


「こんなふうに?」

「……その……男の子と、二人でっていうのが」

「彼氏とかいなかったのか?」

「いないですよ、そんなの……」

「ふーん……」


 あれだけモテる割に、ちょっと意外……でもないか。

 確かに朝比奈は、男への免疫があまりあるようには見えない。


「けど、告白されたりとかは結構あったろ。ちょっと付き合ってみようかな、とか思ったりはしないのか?」

「それは……ダメなの」


 少し恥ずかしそうに俯く。


「ダメなの。わたしは、誰とも付き合ったり、好きになったりしちゃいけない。少なくとも……」


 そこで言葉を切り、立ち止まって川向かいをじっと見つめる。

 そのまま黙ってしまう朝比奈。

 しばらく時が流れた。



「…………」



 やがて、その可愛らしい顔を精一杯引き締めて。


「藤田くん、お話ししたいことがあります」


 オレの目を真っ直ぐ見つめてそう告げた。





 ……しかし、そこでまた迷ったように続ける。


「その……わたし、話下手だから、ちょっと意味がわからないかも知れないけど……」

「………」

「どこから話せばいいかな……えっと……」

「………」

「ええとね、信じてもらえないかも知れないけど……」


 ……あぁ、これは、もしかして。

 オレは何となく、朝比奈が言わんとしていることに察しがついた。

 つい最近、あるマンションの一室で似たような表情をした宇宙人の顔が浮かぶ。















「わたしはこの時代の人間ではありません。もっと、未来から来ました」

「ふーん」


 やっぱりな。















 ……………………。





「え、あ、あの、それだけ……?」

「それだけって?」

「ほら、もうちょっと『嘘だろ』とか『信じられない』とか……」

「いや、何となく予想ついちまったしなぁ」


 超能力者、宇宙人と来たからそろそろ未来人あたりも来るかなぁ、と。


「…………えぇぇ〜……」








[26232] 7 藤田浩之の選択
Name: 壱◆567cd54f ID:dffefc41
Date: 2011/12/11 02:55




「いつ、どの時間平面からここに来たのかは言えません。言いたくても言えないんです。………、航時機に乗る前に精神操作を受けて強制暗示にかからなくてはなりませんから。………」
「時間というものは連続性のある流れのようなものでなく、………」
「………、パラパラマンガみたいなものと言った方が解りやすいかな」
「………、限りなくゼロに近い断絶だけど、………、時間と時間には、………、連続性がない」
「時間移動は、………、時間平面を三次元方向に移動すること。………、わたしは、………、パラパラマンガの途中に描かれた余計な絵みたいなもの」
「………、仮にわたしがこの時代で歴史を改変しようとしても、未来にそれは反映されません。………」
「時間は、………、アナログじゃないの。………、デジタルな現象なの。解ってくれたかな?」

「…………」

「……藤田くん?」

「…………ぐー」

「ちょ、藤田くん!?」

「……ん、あぁ………ふぁ〜あ………終わった?」

「…………しくしくしく」


 河川敷のベンチに腰掛けて、朝比奈から時間と時間の関係性やら未来とは何なのかやらの講釈を受けていたが……。



 長過ぎたので寝てました。




「うぅぅ……」


 地面にのの字を書いていじける朝比奈。

 いや、だって、なぁ……要点まとめたらアレ(↑)で済む話を、実際はこの五倍は説明されたわけで。


「だから、わたし話ヘタだって言ったじゃないですかぁ……」


 うるうると涙目で睨んでくるが、残念ながら迫力なんてまるでない。

 ……ったく、しょーがねぇな。


「わかったわかった。オレが悪かったから、もう泣くな」


 ぽんぽん、と子供をあやすように頭を撫でてやる。


「あっ……あ、あうぅ……」


 はにかんで俯いてしまった。

 そのまま落ち着くまで撫でてやることにした。










「あ、あの、もういいです………」

「ん?そうか?」

「は、はい……」


 手を離して向き直る。

 朝比奈は俯いたまま「あー」とか「うー」とか言ってる。


「……ホントに大丈夫か?」


 なんならもうちょっと撫でてやっても……


「だ、大丈夫ですからっ!?」

「……そうか」


 本人が大丈夫っていうなら、まぁいいか。


「それで?お前が未来人ってのはわかったが、本題はなんなんだ?」


 そこでようやく真面目な表情を取り戻す。


「……お話しします。わたしがこの時間平面に来た理由は……」










「………というわけで、わたしは監視係みたいなものなの」

「…………」


 まぁ、なんというか……話の荒唐無稽さでは、有希ちゃんといい勝負なわけだが。





 三年前(『現在』から三年前だ)に検出された時間震動。

 それ以来、未来人たちはその『三年前』以上の過去に行けなくなってしまった。



「その原因、時間の歪みの真ん中に彼女がいたの。どうしてそれが解ったのかは、禁則事項なんだけど……」

「三年前……か」


 有希ちゃんも同じことを言っていた。

 そして、もう一人。










 琴音ちゃんだ。





 本人から聞いた話では、彼女に超能力が発現したのもまた、三年前だったという。

 一体その時、何が起こったのか……。










「………でも、何でオレにそんなことを話したんだ?」

「あなたが彼女に選ばれた人だから」

「………」


 これまた有希ちゃんと同じことを言う。


「それに、長門さんも」

「えっ?」

「彼女はわたしと極めて近い存在です。まさか涼宮さんがこれだけ的確に我々を集めてしまうとは思わなかったけど」


 …………。


「朝比奈は彼女が何者か知っているのか?」

「禁則事項です」

「このまま放っておいたらどうなるんだ」

「禁則事項です」

「っていうか、未来人ならこの先を知ってるんじゃないのか?」

「禁則事項です」

「…………」

「ごめんなさい、言えないの。今のわたしにはそんな権限が無いから」


 朝比奈は、心の底から申し訳なさそうに言った。


「本当にごめんなさい。でも、あなたは知らないままではいけないの」

「………また、それか」


 それも有希ちゃんに言われたな。


「もう既にあなたは巻き込まれてしまった。わたしにできるのは、せめてわたしが知る情報をあなたに教えることだけ」





 ……………。

 巻き込まれた、ね。



 確かに、思い当たるフシがないではない。

 思えば初めて会った時も、最初にアクションを起こしたのは向こうで、オレはそれについて行った。

 その後も、オレたちが一緒に行動する時は、オレは基本的に追従する形だった。



 それらすべてが、オレの意思に関係ない……いや、オレの意思を彼女がねじ曲げてしまった結果だというのか。





 考えたくもなかった。





 有希ちゃんの話を、オレは信じると言った。

 しかし、今のオレはその話を信じたくない気持ちでいっぱいだった。

 自分の思うように周囲の環境を操作する……つまり、願いを叶える力。

 オレはその力のせいでおかしくなった?










 ――――ふざけるなっ!!










「あ、あの、藤田くん……」


 朝比奈はおろおろと狼狽していた。


「す、すみません、あなたが怒るのも無理ないです……ごめんなさい……」


 俯いて、ぽろぽろと泣き出してしまう。

 ……オレはそんなに怖い顔になっていたのか。


「悪い。朝比奈のせいじゃねーのにな……」

「………」


 オレはまた、朝比奈が泣き止むまで頭を撫で続けた。










「あの、大丈夫ですよ……」


 おずおずと声を上げる朝比奈。目が赤い。


「彼女の力は、飽くまでも周囲の環境を操作することだと推測されます。その規模がどの程度なのかは、正直見当もつきませんけど……」

「………?」

「例えそれが、世界をまるごと作り替える、神様みたいなものだとしても……藤田くんの心を作ることだけは、絶対にできません」

「!」


 どうやら、何でオレが怒り出したのかバレバレだったらしい。


「彼女が世界を作れても、世界は心を作れません。それに……」

「……それに?」

「彼女自身はそれを望んでいないはずです。そんな、人の心を作り替えるなんて、卑怯なことを」

「…………」


 ったく……。

 オレはとんだ大バカ野郎だったな。

 朝比奈の言う通り、まったく有り得ないことでグダグダと悩み過ぎだぜ。


「ありがとよ、朝比奈。目ぇ覚めたぜ」

「はい」


 彼女は、ようやく笑ってくれた。










 その後、適当に街をブラついて遊ぶことにした。

 不思議を探索に来たオレたちだったが、今だけはそれを忘れることにして。

 朝比奈も、笑顔でオレに付き合ってくれた。





 買い食いやウインドウショッピングで時間を潰し、もう普通にデートみたいなことをして過ごしていると、携帯が鳴った。

 発信元は……ハルヒだった。


『12時にいったん集合ね。場所はさっきの駅前のとこ』


 時間は……まぁ間に合うか。オレは了解して通話を切った。


「集合だとさ」

「そっかぁ。じゃあ急ごうっ」

「へっ?……おわっ」


 朝比奈はオレの手を取って走り出す。





 集合場所に着く前に手を離したが………なんつーか、非常に照れくさかった。










「あ、浩之さ〜ん、みくるさ〜ん!」


 オレたちの姿を見つけたマルチが手を挙げる。

 どうやらオレたちが最後のようだ。


「遅いわよあんたたち……あれ?みくるちゃんどうしたの?」

「ふぇっ?」


 げっ、しまった。

 朝比奈の目はまだ充分赤かった。


「…………浩之…………あんた、まさかホントに…………」


 静かな怒りを滲ませてハルヒが言う。

 めちゃくちゃ怖ぇ。


「あっ、ち、違いますよ涼宮さん、これは目にゴミが入って、擦っちゃっただけです」

「………ホントに?」

「は、はい」

「……ふーん……」


 あの目は信じてなさそうだ。

 しかし、原因はどうあれ朝比奈を泣かせたのは事実なわけで……。





 と、その時。





「……申し訳ありません涼宮さん。少しいいですか」


 ハルヒの肩を叩いたのは一樹だった。


「ん?どうしたの古泉くん」

「僕のバイト先から今メールがあって、急にヘルプを頼まれまして。僕はここで失礼してもよろしいでしょうか?」

「えぇっ?……んー、わかった。しょうがないわね」

「すみません。この埋め合わせはいずれさせて頂きますので、それでは」


 そう言い残して立ち去っていく一樹。

 しかし去り際、オレとすれ違うと、





「あまり涼宮さんを悲しませないでください」





 そう耳打ちしていった。

 オレがその真意を問い質す前に、その姿は見えなくなってしまった。





 ………“ハルヒを”悲しませるな………?





「戦力が減っちゃったけど、しょうがないわ。お昼ご飯食べたら、組み合わせ変えて午後の部ね」


 まだやるのか。










 ファストフード店で昼メシを済ませると、ハルヒはポケットから何かを取り出す。見ると、それは喫茶店で使った爪楊枝製のクジだった。持ってきてたのかよ。

 一樹の分を外し、7本になったそれを引く。

 午後の部のチーム分けはこうなった。


 A→ハルヒ・朝比奈・マルチ

 B→葵ちゃん・琴音ちゃん

 無印→オレ・有希ちゃん



「いい、有希?本当に、本っ当〜〜〜〜に、気をつけるのよ」

「わかった」


 ハルヒはまだオレを疑っているらしかった。

 隣を見ると、葵ちゃんと琴音ちゃんも視線が若干冷たかった。

 ……なんかもう帰りたい。


「あぅぅ、涼宮さん、誤解なんですよぉ〜……」


 朝比奈の必死の弁護でどうにか執り成してもらい、オレたちはまた解散する。


「4時にまた駅前で落ち合いましょう。今度こそ何かを見つけてきてよね!」










 今度は駅の南口側を探すことになり、オレたち無印チームはそこから東方面を担当。去り際にマルチが笑顔で手を振ってくれた。ちょっと癒された。

 昼下がりで賑わう駅前。オレと有希ちゃんは並んで立ち尽くす。


「それじゃ、行こうか」

「……」


 歩き出すと、無言ながらついて来てくれる。

 なんか雛鳥みたいで、オレは微笑ましくなった。


「なあ、有希ちゃん」

「なに」

「えっとだな……」


 オレは午前中の朝比奈との話の一部――オレの心を作り替えること――について聞いてみた。


「……断言はできない。彼女の力については、未だ不明瞭な点が多い」

「そっか……」

「でも」


 そこで彼女は言葉を切ると、立ち止まってオレの顔をじっと見つめる。


「選んできたのはあなた。そして、これから選ぶのもあなた」

「…………」


 有希ちゃんはこう言っているのだ。『これからも彼女と一緒にいるかどうか、自分で決めろ』と。

 世界の意思とか、神様の力なんか関係なく、今のオレの心で。


「……」


 吸い込まれそうな黒い瞳。

 けれどその闇色に、オレは優しさを感じた。


「……そっか。ありがとな」

「いい」


 そしてまた歩き出す。


「そういや、有希ちゃん私服は?」

「必要ない」

「そんなことないと思うけどな。休みの日くらい着飾ってもバチは当たらないぜ?」

「……」

「休みの日っていつも何してる?やっぱ読書?」

「(こくり)」

「今日みたいのはどうだ?楽しいか?」

「……」


 そんなふうに、またおしゃべりしながら歩き続けた。










 そうしてたどり着いたのは小さな図書館。こちらは分館で、もっと大きな本館が郊外にある。

 読書家の有希ちゃんにはちょうどいいだろうと思い、オレたちはここで時間を潰すことにした。

 既に超能力者と魔法使いと宇宙人(暫定)と未来人(暫定)と進化の可能性兼時空の歪み(?)、さらに非常識なメイドロボと正体不明な転校生までいるのだ。もうこれ以上探してもしょうがないだろ。

 …………あれ?実は、一番不思議なのってオレの周囲?



 館内に入ると、有希ちゃんは本棚に向かってトコトコ歩き出した。心なしか、いつもよりほんの少しだけ足取りが軽い……かな?

 オレも何か適当に探すか。





 館内には、ゆっくり座って読むためのソファが設置してある。ちょうどそこが空いたので、オレは立ち読み中の有希ちゃんに声をかけた。


「ほら、読むならあそこに座って読もうぜ。疲れるし、他の人の邪魔になっちゃいけないからな」

「……(こくり)」


 その後は待ち合わせ時間まで、静かに読書をして過ごした。

 ま、たまにはいいだろう。

 帰り際に有希ちゃんの貸し出しカードを作ってあげたら、早速重そうなハードカバーばかり三冊も借りていた。















 不思議探索(という名目の散策)も終わり、合流したオレたち。

 そのまま最初の喫茶店で反省会と相成ったが、どのチームも特に何かを発見できたわけではなく、この日は本当にただの散歩で終了した。


「う〜〜………」


 成果が上がらなかったことで、不機嫌な顔のハルヒ。


「まあ、こんなもんだろ。一朝一夕で見つかったら苦労はしないって」

「……それもそうね……はぁ」


 実際にはこの場のメンバーだけでとんでもないことになってるわけだが、当然そんなことは言わない。

 オレは一人一人の顔をこっそり窺ってみる。





 葵ちゃんと琴音ちゃんは楽しそうにおしゃべり中。ペットショップではあの動物が可愛かったとか、どこそこの店のぬいぐるみを今度買いに行きたいとか。実に女の子らしくて良い。


 マルチは朝比奈に、今日あった出来事を一生懸命に話している。ひとつひとつの事柄を宝物のように話すマルチと、それを微笑んで聞き役に徹する朝比奈はまるで姉妹、もしくは親子のようだった。性格も似てるし、まさにピッタリだな。


 有希ちゃんはさっき借りた本を早速読んでいた。いつも通りだな、うん。





 ………この中に一般人が二人(オレ含む)しかいないことに今更気付いて、ちょっと頭を抱えたくなったのは余談である。



「しょうがないわね……それじゃ、今日はここまで!」


 そのハルヒの一言で、今日は解散となる。


「また来週の休み、駅前に9時集合!来なかったら死刑っ!」


 ……今後も続けるのか。

 最も、誰も反対なんかしなかったけどな。








[26232] 8 宮内レミィの襲撃(前編)
Name: 壱◆567cd54f ID:dffefc41
Date: 2011/03/05 21:17





「逃げないノ、ヒロユキ?」

「そうだな。下手に動く方がヤバそうだ」

「ダイジョーブ、痛くしないかラ♪」

「女に言わせるセリフじゃねーな……」















 放課後。

 今日はエクストリーム倶楽部の日だ。

 今日は琴音ちゃんは用事があって来れないそうなので、オレと葵ちゃんだけで神社へ向かうことにしたんだが………



「…………」

「…………」



 …………………空気が重い。

 さっきから葵ちゃんが口を聞いてくれないのだ。



 原因として思い当たるのは、多分こないだの不思議探索。

 オレが朝比奈を泣かせてしまったことだ。

 ハルヒには完全に勘違いされたしな……。



「…………」

「…………」



 朝比奈は弁護してくれたが、オレへの不信感を完全に払拭できてはいなかったようだ。

 ましてや、真面目っ子の葵ちゃんだ。

 この件について何も言わないオレを、不審に思うのは当然のこと。



 ………けどなぁ。

 まさか未来人云々を言うわけにはいかねーし……

 それにオレが朝比奈を泣かせたのは事実だし……

 下手に言い訳なんかしたって、ボロが出るのがオチだ。



「…………」

「…………」



 そんなわけで何も言う言葉が見つからず、気まずい沈黙が続いたまま校舎を出る。

 そして、校門に差し掛かったとき……


「・・・・」

「……えっ?」


 オレに呼び掛ける小さな声。

 この声は……


「……芹香センパイ?」

「・・・・・」

「えっ、こんにちは?あ、うん、こんちは」


 他でもない、来栖川芹香センパイだった。


「こんにちは、芹香さん」

「・・・・・」


 葵ちゃんも挨拶を返す。

 この二人は綾香つながりで面識があった。


「・・・・・・・・・」

「これから部活か、って?そうだよ」

「・・・・・・・・・」

「頑張って下さい?うん、ありがとな」


 センパイと言葉を交わす。

 しかし、葵ちゃんは口を挟んでこない。

 うーむ……


「・・・・・・・・・?」

「えっ、何かあったのか、って?あー……」

「・・・・・・・・・」

「ケンカはダメ?あっ、違う違う、そんなんじゃなくて……えーと……」

「…………」


 参ったな、何て言えばいいんだ?

 オレは答えに詰まり、葵ちゃんも無言のまま立ち尽くす。


 ………と。


「えっ、あ、あの、芹香さん……?」

「・・・・・・」


 ……なでなで。

 センパイが葵ちゃんの頭を撫でていた。


「・・・・・・」

「そ、それは、その、えっと……」

「・・・・・・?」

「す、すみません……」

「・・・・・・」

「あぅ……で、でも」

「・・・・・・」

「…………はい」


 センパイは葵ちゃんに対して、姉が妹に優しく言い聞かせるように説得していた。

 実際、芹香センパイは葵ちゃんを妹みたいに可愛がっている。

 実の妹である綾香のヤツは手がかからないタイプだから、こんなふうに可愛がれるのが嬉しいのだろう。



 葵ちゃんはオレの方に向き直る。


「……すみませんでした、先輩」


 そして、大きく頭を下げてくる。


「えっ、あ……いや、いいよ。言い訳しなかったオレの方が悪い。だから、こっちこそゴメン」

「でも、先輩がそんな、朝比奈先輩に何かするような不誠実な人じゃないって、わかってたのに、わたし……」


 とまあ、謝り合うオレたちだったが。


「・・・・」

「あ、あの、センパイ……?」

「芹香さん……」


 芹香センパイに二人して頭を撫でられてしまった。

 センパイからしたら、オレも出来の悪い弟みたいなものなのかも知れない。

 ……ホント、この人にはかなわねーな。










「ところで、センパイはいつものお迎え待ちか?」

「・・・・」


 こくん、と頷くセンパイ。

 大富豪のお嬢様である芹香センパイには、いつも車での登下校の送り迎えがある。

 それもでっけーリムジンだ。

 センパイお付きの執事のジーさんが運転手をしてるんだが……このジーさんがまたクセ者なんだよな。



 ……噂をすればなんとやら。そのリムジンがこちらへ走ってくる。

 ホント、地獄耳だぜあのジジイ。

 やがてセンパイの前で停車して、運転席のドアが開く。

 ……しかし。


「芹香お嬢様、只今お迎えに上がりました」

「あ、あれ……?」


 現れたのは、“セバスチャン”こといつものジーさんではなかった。

 いや、ジーさんはジーさんなんだが……まったくの別人だった。

 共通点といったら、白い髪とヒゲくらい。

 馬面のセバスチャンとは似ても似つかない、ぶっちゃけ美形といっていい。

 立ち居振る舞いもスキが無く、『理想の執事』というものがあるならまさにこの人、というくらい完璧な執事さんだった。


「お嬢様のご学友の方ですな。いつもお世話になっております」

「あ、ああ……」


 オレと葵ちゃんに挨拶する謎の執事さん。

 まったく文句のつけようの無い、綺麗なお辞儀だった。


「あ、あの、セバスのジーさん……じゃなかった、セバスチャンさんは?」

「セバスチャン……?ああ、執事長の長瀬のことでしょうか?」

「そう、その長瀬さん」


 セバスチャンの本名は長瀬源四郎という。

 これは芹香センパイがつけた『愛のニックネーム(セバス・談)』らしい。


「長瀬は本日、綾香お嬢様のお供をしております。申し遅れました、私はその代理として、芹香お嬢様のお迎えに上がりました新川と申します」

「あ、こりゃご丁寧にどうも……ええと、後輩の藤田です。こっちは綾香の後輩の松原葵ちゃん」

「は、はじめまして」


 謎の執事改め新川さんに挨拶を返すオレたち。

 なんか、相手がカッコよすぎて緊張するな。



 ちなみに綾香のお供っていうのは、ぶっちゃけ隠語である。

 新川さんの言葉を訳すと『綾香が習い事を(また)サボって逃げたからセバスチャンが捕まえに行った』となる。

 あいつも毎度毎度、よくやるよ。

 まあ、おてんばを絵に描いたようなあいつに日舞とかお茶とか習わせようってのが初めから無茶なんだけど。



「・・・・・・・・・」

「ああ、さよならだなセンパイ。また明日」

「さようなら、芹香さん」


 エスコートされながら、後部座席に乗り込むセンパイ。

 最後に新川さんが一礼して運転席に乗り、リムジンは静かに走り去って行った。















 何事もなく部活を終えた、その日の帰り道。

 ちょっと帰りが遅くなってしまったため、オレは葵ちゃんを家まで送っていた。

 その途中の商店街でのこと。


「あっ……?先輩、あれって……」

「ん?おお、一樹じゃねーか」


 葵ちゃんの示す方を見ると、そこにはSOS団の後輩にして謎の転校生、古泉一樹がいた。

 そして……その隣には一人の女性の姿が。

 長い黒髪を後頭部で二つに束ねている、結構な美人さんだ。

 オレたちと同年代にも、年上にも見える。


「古泉くんのお姉さんとかでしょうか?」

「いや、案外彼女とかだったりしてな」


 どちらにせよ、あいつも隅におけねーな。

 ちょっと声をかけて冷やかしてやろうか。





 ………なんて考えていたため、オレは背後から忍び寄るヤツに気付かなかった………。










「ヒロユキーっ♪」


「どわあっ!?」










 背中から体当たりされ、見事に押し倒されるオレ。


「あたた……」

「エっヘヘー♪ヒロユキ、グーゼンだね♪」


 オレの知り合いでこんなことするヤツは一人しかいない。


「くぉらっ、レミィ!体当たりで挨拶するなと何回言ったらわかるんだ!?」

「いーじゃナイ、これも運命だヨ♪」

「お前の運命にオレを巻き込むなっ!」


 なんとか立ち上がり、首を後ろに向ける。

 案の定、オレの背中にしがみつく宮内レミィがいた。





 宮内レミィ、フルネームは……忘れた。

 日本人の母親と、日米ハーフの父親を持つクォーターだが、見た目は金髪碧眼で顔立ちも体つきもアメリカ人にしか見えない(志保によるとバスト90はあるらしい)。アメリカ系ならではの舌を噛みそうな長ったらしい本名を持つが、日本では一般的でないためシンプルな名前を名乗っているらしい。

 オレとは一年生の時にクラスメートで、アメリカ気質ゆえかよくスキンシップを図ってきていた。別に彼女でもなんでもなかったので、オレは戸惑うことしきりだったが……。
(何故かこの当時、志保から『鈍感』と言われまくった。なんで?)

 中学まではアメリカの学校に通っていたが本人の希望で来日したらしく、はっきり言って日本オタク。特に日本ならではのことわざが大好き。部活まで和風重視で弓道部という徹底ぶりだ。





 見た目だけなら金髪美人に抱き着かれるオレ。外聞が悪すぎる。

 実際、さっきから通行人の目が痛い。


「いい加減に離れろ、レミィ!」

「ヤダよ〜、エヘヘ♪」

「こ、こいつは……」


 振りほどきたいのだが、こう見えてレミィは力が強い。

 ……オレの背中にさっきから当たっている感触が名残惜しいわけではない。決して。


「み、宮内先輩、やめてくださいっ!」


 そんなオレに助け舟を出してくれる葵ちゃん。


「なんで?別にいーじゃナイ」

「ダメです、藤田先輩が迷惑してますっ!」

「えー?そんなことないよネー、ヒロユキ♪」


 しかしその抗議もどこ吹く風なレミィだった。

 いいからさっさと離れてくれ。

 ……葵ちゃんの目もなんか怖いんだよ。


「……ははーん、ナルホド♪」


 何を思い付いたのか、ニヤニヤするレミィ。

 嫌な予感しかしない。


「ゴメンネ、アオイ。アナタも一緒にヒロユキにくっつきたかったんだネ♪」

「え、えぇっ!?」

「ホラホラ、遠慮しないで♪」

「ちょ、ちょっと……きゃっ!?」


 葵ちゃんの腕を引っ張り、オレの背中に押し付ける。

 オレの意思は無視ですか。そうですか。


「うんうん、仲良きことは美しきカナ♪」

「あ、あぅぅ……」


 オレの背中に抱き着く二人の美少女。

 通行人の視線(主に男性から)の中に、殺気が混じり始める。

 最近こんなのばかりで、そろそろストレスがヤバい。

 大丈夫か、オレの寿命。


「さて、それじゃアタシ行くね〜Bye-bye、ヒロユキ♪」

「いいからさっさと帰れ」

「アオイと仲良くね〜それじゃ、See you later♪」


 そう言い残し、金色のポニーテールを翻して走り去っていく。

 ホント、嵐のようなヤツだ。





 一樹と謎の女性の姿は、もうどこにも無かった。















「あぅぅ……」

「…………」


 ちなみに、葵ちゃんは我に返るまでずっとそのままでした。

 翌日、朝に志保、放課後にハルヒから散々からかわれた。















 ある朝。

 いつものようにあかりと登校したオレは、自分の下駄箱を開ける。

 中には、一通の手紙があった。


「…………これは」

「どうしたの、浩之ちゃん?」

「うぉっ!?い、いや、なんでもねー」


 つい、とっさに隠してしまった。

 別に見られても問題ないんだが、まぁいいか。





「さて……」


 男子トイレの個室で手紙を開封する。

 教室だと志保がやって来る可能性が高いからだ。

 あいつはクラスが違うクセに、毎日オレかあかりのところに来るからな。



 手紙には、綺麗な印刷文字でこうある。





『放課後誰もいなくなったら、2年C組の教室に来て下さい』





 ……うーむ。

 文面だけならラブレターっぽい。

 しかし、C組?

 オレのクラスではない。

 2−Cの女子で知り合いっつったら、レミィくらいしかいない。

 しかしレミィがこんな手紙で呼び出すとは思えないし……誰かのイタズラか、こりゃ?

 手書きじゃないってのがいかにも怪しい。志保あたりのやりそうなことだ。

 ………そう思い付いたところで、一気にその考えに信憑性が出てきた。


「……やれやれ」


 無視してもいいんだが、悪巧みに失敗して悔しがるアイツの顔というのも見物かも知れない。

 適当な時間に行って笑ってやるとするか。















 放課後すぐに教室に行っても仕方ないので、オレは部活に先に行くことにした。

 今日はSOS団だ。


「あ、浩之さん!」

「ようマルチ」


 出迎えてくれたマルチに挨拶を返す。

 部室を見渡すと、ハルヒだけいなかった。


「団長はどうした?」

「ハルヒちゃんなら、用事があるって先に帰っちゃいました」

「ふーん」


 葵ちゃんの勉強を監督しながら、琴音ちゃんが教えてくれた。

 朝比奈はみんなにお茶を淹れている。マルチはその隣で、彼女の手際を見ながらいろいろ教わっているようだ。

 有希ちゃんはいつもの定位置で読書中。

 一樹はそれらを眺めて微笑んでいた。


 せっかくなので、唯一ヒマそうな一樹にこないだのことを聞いてみるか。


「よう。こないだは商店街でデートだったのか?」

「え?ああ……参ったな、見られていましたか」


 困ったように頬をかく。いちいち様になるのだから、美形って得だよな。


「あの美人さんは彼女か?」

「まさか。バイト先の先輩ですよ。あの時は……たまたまバイトに行く途中に出会って、一緒に向かっていたんです」


 あんな美人のいる職場とは羨ましいヤツめ。


「そういや、何のバイトなんだ?」

「ええと……そうですね、ちょっとしたお屋敷のお手伝い、といったところでしょうか」

「屋敷の手伝い?ってことはあの人はメイドか何かか?」

「そんなところです」


 なるほどな。そうすると、こいつも執事の真似事とかしてるのかね。

 それも似合う気はするが。

 執事っつーと、こないだ会った新川さんを思い出すが。


「で、お前は彼女とかいないのか?結構モテるだろ」

「それこそまさか、ですよ。正直、今はバイトも忙しいですから」

「おーおー、言う言う」

「藤田さんこそどうなんですか?」

「あ?オレ?」


 と、そこで一樹はこちらに身を乗り出して耳打ちする。


「この部活の誰が本命なのか、ということですよ」

「………はぁ?」

「それとも、やはり幼なじみの方でしょうか?」

「何故あかりの名前が……って、何で知ってる」

「わからないのですか?」


 やれやれ、と大袈裟に肩を竦める。


「あなたは有名人なんですよ。転校したばかりの僕でも噂を聞くぐらいに」

「……ちなみにどんな噂だ」


 あまり聞きたくない気もするが。


「さて、それを僕の口から言うのはどうでしょうね。噂など当てにならないものですから」

「…………」


 くすくすと微笑む一樹。

 少しムカついたが、何故かその笑みはいつもより自然な感じがした。




















 部活も終了した5時半。

 オレは手紙で指定された2−Cの教室へ向かう。

 流石にもう誰もいないだろ。もしかしたら、待ちぼうけを喰らってイライラしている犯人はいるかも知れないが。





 しかし。










「遅いヨ、ヒロユキ」

「………あれ?」


 夕暮れに染まる教室。そこにいたのは宮内レミィだった。


 まさかの人物に、呆然と立ち尽くすオレ。


「ホラ、入ったら?」

「あ、ああ……」


 レミィに促され、教室の真ん中で向かい合うオレたち。


「……あの手紙はお前か?」

「そーだヨ。意外だった?」

「かなりな」


 何がおかしいのか、クスクスと笑うレミィ。

 いつもと雰囲気が違う気がした。


「で、わざわざ何の用だ?手紙なんて使って、大事な話なのか」

「うーん……用はあるんだけどネ、その前に訊きたいことがあるのヨ」

「訊きたいこと?」

「Yes.」


 こちらに一歩近付く。


「人間、よく『やらなくて後悔するよりも、やって後悔した方がいい』って言うじゃない。これってどう思うかナ」

「……さあな。言葉通りなんじゃねーか」

「I see.For instance...例えばなんだケド、現状を維持するままでジリ貧になることはわかってるんだケド、どうすれば良い方向に向かうのかわからないとき。ヒロユキならどうする?」

「悪いが、さっぱり意味がわからん。お前の家庭の話か?」


 レミィの両親は新婚みたいに仲良しのはずだけどな。


「何でもいいから変えてやろうって思わない?どうせこのままじゃなんにも変わらないカラ」

「はぁ……ま、確かにな」

「デショ?」


 我が意を得たり、とばかりに微笑むレミィ。


「でもネ、上の方の連中は頭が固くて、急な変化にはついていけないノ。でも現場はそんなこと言ってられない。このままじゃどんどん良くないことになりそうなのヨ。だったらもうコッチの独断で変革を進めちゃう方がいいよネ?」


 さっきからレミィが何を言ってるのかが理解できない。

 志保の考えたシナリオにしては言い回しが小難し過ぎる気がする。


「何も変化しない観察対象に、アタシはもう疲れちゃったノ。だから……」


 よくわからないオレは、とりあえず元凶だろう志保の姿を探そうとして、




















 教室に轟音が鳴り響いた。




















「…………は?」


 オレの頬を何かが掠めたらしく、血が流れ出す。










 レミィの手には、硝煙を上げる馬鹿デカい拳銃。

 あれだけの銃声の後にもかかわらず、オレの耳は正常に次の言葉を聞き取った。















「アナタを殺して、松原アオイの出方を見る。Are you ready?」













[26232] 9 宮内レミィの襲撃(中編)【残虐表現注意】
Name: 壱◆567cd54f ID:dffefc41
Date: 2011/03/07 21:18



『松原葵とわたしは普通の人間じゃない』

『性格に普遍的な性質を持っていないという意味ではなく、文字通り純粋な意味で、彼女とわたしはあなたのような大多数の人間と同じとは言えない』

『わたしの仕事は松原葵を観察して、入手した情報を統合思念体に報告すること』

『生み出されてから三年間、わたしはずっとそうやって過ごしてきた。この三年間は特別な不確定要素がなく、いたって平穏。でも、最近になって無視できないイレギュラー因子が松原葵の周囲に現れた』

『それが、あなた』















『三年前。大きな時間震動が検出されたの。あぁうん、今の時間から数えて三年前ね。藤田くんが中学二年生、松原さんが一年生になった頃の時代。調査するために過去に飛んだ我々は驚いた。どうやってもそれ以上の過去に遡ることができなかったから』

『時間の歪みの真ん中に彼女がいたの。過去への道を閉ざしたのは松原さんなのよ』

『本当のこと言えば、一人の人間が時間平面に干渉できるなんて未だに解明できていないの。謎なんです。松原さんも自分がそんなことしてるなんて全然自覚してない。わたしは松原さんの近くで新しい時間の変異が起きないかどうかを監視するために送られた』

『松原さんの力に作用されたとは言え――まさか涼宮さんが、これだけ的確に我々を集めてしまうとは思わなかったけど』

























「ヒロユキ、怖い?」


 世間話でもするかのように、にこやかに聞いてくるレミィ。

 たった今オレを殺しかけた女の表情には見えなかった。


「…………」


 銃弾が掠めた頬を手の甲で拭うと、血がベッタリとついた。

 ホンモノだ。

 シャレになってねぇ。


「死ぬのってイヤ?殺されたくナイ?アタシには有機生命体の死の概念ってよくわからないケドね」


 彼女の右手の銃が、夕日を浴びて光る。

 あの銃は何かの映画で見たことがある。

 確か、デザートイーグルとかいう世界最強の拳銃だったか。


「………レミィ、冗談が過ぎるぜ」

「Sad to say...ザンネンながら、本気なのヨ」


 一縷の望みを懸けて聞いてみたが、彼女が銃を構え直す時間を与えただけだった。


「アナタが死ねば、必ず松原アオイは何らかのActionを起こす。多分、大きな情報爆発がネ。こんなのは二度とないChanceヨ」


 気付くと、教室は窓もドアも無くなり、灰色の空間に閉ざされていた。


「ねぇ、ヒロユキ」

「…………」

「アタシ、動かない的って好きじゃないノ」

「…………」

「生きている獲物を仕留める瞬間って、とってもThrillingでExcitingだと思わナイ?」

「…………」

「だから、ヒロユキ」





「 精一杯がんばって逃げ回って楽しませてネ♪ 」










「その必要はない」










 誰かが、灰色の天井を突き破って降りてくる。



「一つ一つのプログラムが甘い」



 レミィの銃から、オレを守るようにその身を立ちはだからせて。



「天井部分の空間閉鎖も、情報も甘い。だからわたしに気付かれる。侵入を許す」



 いつもと変わらない平坦な有希ちゃんの声が、今はとても頼もしかった。





 しかし。










「トーゼンだヨ。だってワザと“そうした”んだから」










 有希ちゃんの姿を見て、一層嬉しそうにレミィが言う。


「ヒロユキだけじゃHuntingの甲斐が無いからネ♪」


 そう言って拳銃をブッ放す。

 その凶弾は有希ちゃんの頬を掠め、髪を何本か飛ばした。


「……あなたはわたしの護衛役のはず」

「だから?」

「独断専行は許可されていない。わたしに従うべき」

「Noって言ったら?」

「情報結合を解除する」

「Go ahead.やってみなヨ」

「情報結合の解除を申せ……ぐっ」


 一瞬で間合いを詰めたレミィが、有希ちゃんを蹴り飛ばす。

 彼女の身体が木の葉のように吹き飛ばされた。


「忘れたノ?ユキ、アナタは対人Contact用。アタシは対人戦闘用。そんな悠長に構えてちゃダメだヨ」

「……」


 のそりと起き上がる有希ちゃん。口元には血がついていた。


「戦闘用……?」

「ヒロユキ、ユキのこと何て聞いてる?」

「……確か、対有機生命体……何だっけか」

「対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース」

「I'm sure.で、アタシは対有機生命体戦闘用Humanoid Interfaceってワケ。すべての有機生命体が友好的とは限らないからネ。イザという時にユキを守るためのKnightだったのヨ」

「……じゃあ、レミィも……」

「That's right.ウチュージンだヨ」


 もう何が何だかわからなかった。

 戦闘用の宇宙人?そんなのと一年以上も同級生やってたのか?


「さて、ユキ?もうちょっと気合い入れナイと危ないヨ?」

「……」


 有希ちゃんは手で血を拭い、何かを高速で詠唱する。


「SELECTシリアルコードFROMデータベースWHEREコードデータORDER BY攻性情報戦闘HAVINGターミネートモード。パーソナルネーム・レミィ=クリストファー=ヘレン=宮内を敵性と……」

「遅いヨ」


 響いた銃声は三回。

 それぞれ、有希ちゃんの左腕、右脇腹、左大腿に血の華を咲かせた。

 彼女は音もなくその場に倒れる。


「――有希ちゃんっ!!」


 我に返ったオレは、脇目も振らず彼女のそばに駆け寄る。

 有希ちゃんはオレの顔を、やはり無表情に見上げていた。


「……こちらに来てはだめ」

「バカやろうっ!!そんなこと……」

「そーだヨ、ヒロユキ」


 笑顔で銃を突き付けるレミィ。


「やっぱり獲物はバラバラに逃げてくれた方が狩り甲斐があるからネ。そんなふうに一箇所にいたら、すぐ終わっちゃうヨ?」

「……レミィ……」


 その笑顔が心底恐ろしかった。


「で、どーするノ?そのままユキと心中する?それとも一人で逃げて少しでも延命する?」

「ぐっ……」

「もしかしたら、ヒロユキが生きて逃げてるあいだは、ユキが狙われないで済むかもネ♪」

「わたしなら大丈夫」


 そう言って立ち上がる有希ちゃん。


「……有希ちゃん、怪我は……?」

「問題ない。すぐに修復する」


 事もなげに告げる。

 実際に、まるでビデオの逆再生のように、ゆっくりと傷が塞がり始めていた。



 ああ、本当に人間じゃないんだな。

 オレはぼんやりとそんなことを考えていた。





 いつの間にか、周りの空間が歪曲しておかしなことになっている。

 ありとあらゆる色をブチまけて掻き混ぜたような空が広がるここは、まるで世界の終末のような、あるいは始まりのような光景だった。

 そんな時間の狭間のような場所で、二人の少女が殺し合う。

 もはやオレは見ていることしかできなかった。





 有希ちゃんは自分の周囲に数え切れないほどの光球を形成し、それを放って弾幕を張った。

 レミィはその光の雨の中をかい潜る。


「……」


 目も眩むほどの光の洪水。

 しかしレミィはそれらを避け、弾き返し、耐え切ってみせる。


「Ho・Ho・Hooooooo―――!!」


 弾丸のように突っ込んでくるレミィ。

 有希ちゃんはそれを半透明のシールドのようなもので足止めする。


「……」


 レミィの体当たりでシールドが砕け散る。

 しかし、そこには既に誰の姿もない。

 動きの止まったレミィ目掛けて、遥か上空から光の槍が降り注ぐ。


「Shit...!」


 そのうちの何本かがレミィの身体を切り裂き、鮮血が飛び散った。

 有希ちゃんは槍と共に急降下しながら追い打ちのキックを見舞う。


「……!」


 しかし、レミィの方が反応が早い!


「Shoooooooooo――――――t!!」


 デザートイーグルが火を吹く。

 有希ちゃんは間一髪、空中でそれを回避する。


「Yaaaa……Haaaaaaaaa―――――!!」


 レミィは更に追撃。

 大きく飛び上がりながらのアッパーカット。

 シールドは間に合わない!


「……っ」


 更なる上空へと打ち上げられる小さな身体。

 舞った血飛沫がオレの顔にまで降り注ぐ。

 レミィは既に着地して銃を構えていた。

 その狙いは、有希ちゃんの落下地点。





 オレは全力で走り出した。

 どうするのかなんて考えてない。

 とにかく、彼女を死なせたくなかった。



 あと10メートル。





 あと5メートル。










 あと1メートル。

 ……レミィがトリガーを引いた。










 轟音。



 有希ちゃんの身体は、更に遠くへ弾き飛ばされた。










「有希ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」










 地面を何度もバウンドし、ピクリとも動かなくなった彼女のもとへ駆け寄る。

 その周りには血の池ができていた。


「有希ちゃん!しっかりしろ、有希ちゃんっ!!」


 ボロボロの彼女を抱き上げる。

 夥しい量の血液がオレの制服を汚すが、そんなのはどうでもよかった。


「… … …」


 うっすらと目を開ける有希ちゃん。

 撃ち抜かれた右胸からの出血が酷い。

 それどころか、回復し始めていたはずの最初に撃たれた三箇所の傷まで開いていた。


「……肉体の損傷甚大。戦闘行為の続行は……ごふっ……」

「やめろ、もう喋るな!」


 言葉と共に大量の血を吐く。

 いかに宇宙人と言えど、これだけの傷で助かるのかわからない。

 どうすりゃいいんだ……!!





「アタシ相手によくガンバったね、ユキ」


 無表情のレミィ――初めて見た――が銃口を向ける。


「そのゴホービに、せめてもう苦しまないように逝かせてアゲル」


 もはや万事休すだった。





「……もう少し」





 オレの腕の中で有希ちゃんがポツリと言った。


「何がだ……?」

「あと1分で援軍が到着する」

「何だって?」

「だから、まだ戦う必要がある……けほっ」

「や、やめろ!もうこれ以上は……!」


 咳込み、また血を吐く有希ちゃん。

 でも援軍?どうやって?

 その会話を聞いていたレミィは再び笑顔になり、楽しそうに言う。


「もしかしてリョーコも来るノ?それともエミリーの方かナ?」


 知らない名前だった。


「OK.じゃあ1分待ってあげるヨ。その方が楽しめそうだからネ♪」


 銃を下ろすレミィ。

 もう有希ちゃんが撃たれなくて済むと思うと、オレはそれだけでホッとしてしまった。











「………そろそろ1分だネ」


 ポツリとレミィが言った。

 オレには死刑宣告にしか聞こえなかった。


「ま、待ってくれ!もう少しだけ……」


 有希ちゃんの出血は治まる気配がなかった。

 あの銃には、対宇宙人用の毒の弾丸でも込められているのかも知れない。


「ゴメンネ、ヒロユキ。アタシ、もう一年以上も待ち続けて疲れちゃったノ。これ以上はムリ」


 そう言って、再び銃口をこちらに向けるレミィ。

 オレは自分の身体を盾にするように、まだ立ち上がれない有希ちゃんを強く抱きしめた。

 せめてこの子だけでも………!!





「じゃあね、ユキ、ヒロユキ。Hasta La Vista Baby.(地獄で会いましょう)」










「うん、それ無理」














[26232] 10 宮内レミィの襲撃(後編)
Name: 壱◆567cd54f ID:dffefc41
Date: 2011/03/09 21:01





 壁を突き破って突入してきた誰かが、レミィの銃を弾き飛ばす。

 綺麗な長い黒髪に、意志の強そうな眉毛が印象的な女の子だった。

 その手には、これまた馬鹿デカいサバイバルナイフが握られている。


「朝倉涼子」


 有希ちゃんがその名を教えてくれた。


「彼女も宇宙人なのか?」

「そう。わたしのバックアップ」


 一体この学校だけで何人いるんだよ……。


「……遅刻だヨ、リョーコ」

「おあいにくさま。もう下校時刻よ」


 デザートイーグルを失い、徒手になったレミィと対峙する朝倉涼子ちゃん。

 その頼もしい後ろ姿にオレは安堵する。


「……苦しい」

「えっ、あ、ご、ゴメン」


 そういえば、ずっと抱きしめたままだったな。

 オレは腕の力を緩めるが、有希ちゃんの怪我はまだ治る気配がない。


「……修復の進行速度が上がらない。このままでは戦闘への復帰は困難」

「ど、どうすりゃいいんだ?」


 彼女はオレの問いには答えず、涼子ちゃんの方に視線を向ける。


「朝倉涼子」

「はいはい。何秒稼げばいいのかしら?」

「1分」

「……30秒じゃダメ?」

「1分」

「うぅ……わかったわよ」


 溜め息をついてナイフを構え直す涼子ちゃん。

 って、彼女でも時間稼ぎしかできないのかよ!?


「アタシ相手に1分?ホントにダイジョーブ、リョーコ?」

「……無茶でもなんでも、やるしかないでしょう」


 対するレミィは、両手を腰に当ててまったくスキだらけの格好だ。

 それほど余裕があるんだろう。


「ふーん……それじゃ、楽しませてネ、リョーコ♪」

「っ……!!」


 狩りが始まった。











「アハハハハハハハハッ!!いいヨ、その調子だヨ、リョーコ!!」

「くううっ……!?」


 レミィの拳が、蹴りが嵐のように襲いかかる。それをナイフで何とか捌き続ける涼子ちゃん。

 戦闘用というだけあって、やはりレミィの方が上手なようだった。

 恐らくは遊んでいるのだろう。

 1分後を指定した有希ちゃんの策を待つために。


「有希ちゃん、まだか!?このままじゃ……!」

「もう少し」

「くそっ……何かオレにもできることはないのかよ!?」

「無い。……ここにいて」


 オレは自分が情けなかった。

 有希ちゃんはオレを守るために傷付いた。

 涼子ちゃんも必死に戦ってる。

 オレだけが何もしていない。何もできない!!


「ちくしょう……!!」


 拳を強く握り締める。

 何が『鍵』だ。

 こんな時に何もできない。





「……大丈夫」





 血がにじむほどきつく握ったオレの拳を、有希ちゃんが両手で包み込む。

 まだ動くのもつらいだろうに。





「あなたは死なない」





 いつもの静かな声で告げる。

 何も心配はいらないと。





「あなたは一人じゃない。わたしがいる。朝倉涼子もいる」





 オレを守るために、その小さな身体で。

 オレを勇気付けるために、その小さな掌で。

 全力で戦うからと。





「あなたは何もする必要は無い………まだ」


「……!?」


「もう少し、待って。あなたも一緒に戦うために」


「……有希ちゃん」


「だから、ここにいて」










(人が死に物狂いで戦ってるのに何イチャついてるのよあいつらはぁぁぁぁぁっ!?)

(ア、アレ?急にリョーコがちょっと強くなったヨ?)










 ――――そして、1分が経過した。










「きゃあああっ!?」


 涼子ちゃんが大きく吹き飛ばされる。

 有希ちゃんはまだ起き上がれない。


「フゥ……(ごにょごにょ)ちょっと危なかったヨ……」


 パンパンと手を払うレミィ。

 未だにその余裕は崩れていないように見える。


「さて、ユキ。次はどーするのカナ?」

「……」

「有希ちゃん……」


 オレは彼女の身体を抱く腕に力を込めた。

 せめて、その策が為るまではオレが彼女の盾になってやるために。


「また援軍?それとも身体を治す目処がついたカナ?どっちにしてももうムリだと思うけどネ」


 レミィがこちらに一歩近付く。










 そこで、世界が崩れ始めた。










「No kidding......!?(ウソでしょ)」


 さっきまでの歪んでねじくれた空間が、上の方から崩壊していく。

 レミィも驚きに目を見開いている。





 ……そして。










「お待たせしました、藤田さん」





 最強最後の援軍が現れた。










「琴音……ちゃん……!?」

「はい」


 そう、そこに現れたのは我らが超能力少女、姫川琴音ちゃんだった。


「………コトネ」

「ここまでです、宮内さん」


 レミィの眼が鋭く尖る。

 対する琴音ちゃんは至って冷静だった。


「まさか、こっちの空間閉鎖を無理矢理こじ開けるなんてネ……」

「私だけの力じゃありません。有希ちゃんのおかげです」

「ユキの……!?」


 そこで、有希ちゃんがオレの肩に掴まってよろよろと立ち上がろうとしていた。

 オレは慌てて彼女の身体を支えて立たせてやる。

 まだつらそうだけど、オレは止めなかった。


「あなたは非常に優秀。だからこの空間にプログラムを割り込ませるのに時間がかかった。崩壊因子を組み込んでも、朝倉涼子一人を通すのがやっとだった」

「………そうして作った綻びを、コトネのPsychic powerで広げたってわけネ」


 頷く有希ちゃん。


「でも、どうして琴音ちゃんがここに?」

「実は部活の後、有希ちゃんと一緒に藤田さんの後を追ってたんです」

「えっ!?」

「あなたが朝、レミィ=クリストファー=ヘレン=宮内からの手紙を受け取った時からこの事態を予測はしていた。しかし確証がなかったため、後手に回らざるを得なかった。そのせいであなたを不要な危険に晒してしまった。ごめんなさい」

「…………」


 まあ、レミィがオレを殺そうとしてるから会うな、なんて言われても信じられなかっただろうけどな。


「それで?次はコトネがお相手してくれるのカナ?」

「はい」

「それじゃあ……行くヨ!」


 そう言って飛び掛かろうとするレミィ。

 ……しかし。





「残念ながら、もう終わりです」





「ぐぅぅッ……!?」


 レミィの身体に、紫色に光るオーラがまとわり付く。

 琴音ちゃんのサイコキネシスだ。

 あのレミィまで止められるのか。………スゴいな琴音ちゃん。


「違いますよ藤田さん」

「えっ?」

「私一人じゃ、力を使う間もなく宮内さんに殺されてます。これも有希ちゃんと朝倉さんのお陰です」

「Pardon...!?」

「姫川琴音はこの空間に入る前から力を展開させていた。わたしや朝倉涼子に気を取られていたあなたはそれに気付かなかった。言わば、わたしは最初から囮に過ぎない」


 なるほどな……。

 琴音ちゃんと一緒にオレの後を尾けてたってことは、始めから有希ちゃんはこの瞬間を狙ってたのか。


「……といっても、実は全力使ってやっと宮内さんの動きを止めてるだけなんですけど」

「なにぃっ!?」


 実はそんなに有利になってるわけでもなかったらしい。


「なにボーッと見てるのよ。ほら」

「えっ?」


 いつの間にか涼子ちゃんがオレの傍らに立っていた。

 その手にレミィの落としたデザートイーグルを持っている。


「それには対インターフェース処分用の弾丸が込められているわ。彼女に撃てば全部終わりよ」

「終わり、って……」

「それで射殺しなさい」

「んなっ………!?」


 殺せ……ってのか!?レミィを、オレが!?


「わたしと朝倉涼子にはそれを撃つための体力がもう無い。姫川琴音はレミィ=クリストファー=ヘレン=宮内の動きを止めるので精一杯。あなたにしかできない」


 淡々と有希ちゃんが告げる。


「この先も彼女のような敵性存在が現れないとも限らない」

「…………」

「その処分を、あなたが決めて」


 有希ちゃんがオレの目を真っ直ぐ見つめて告げる。

 ………これが、一緒に戦うってことなのか?


「ほら早く。彼女もそろそろ限界よ?」


 涼子ちゃんの言う通り、琴音ちゃんの顔には脂汗が浮いている。

 確かにもう時間はなさそうだった。

 オレは有希ちゃんを彼女に預け、その手から銃を受け取る。





 オレはレミィに近付いて、銃を構えた。


「ヒロユキ」

「………なんだ」

「気にしなくていいヨ。言ったでしょ?アタシは死っていう概念がよくわからない。物を処分するのと同じだヨ」

「…………」

「ホラ、早くしなヨ。コトネの力が切れたら、もうアタシ止められないヨ」

「…………」

「アタシはまだヒロユキのこと殺そうとしてるから。撃たなきゃ死ぬヨ」

「…………」

「Good-by,ヒロユキ。アオイとお幸せにネ」




















 …………………。





「有希ちゃん」

「……なに」




















「レミィを殺さずに処理できるようになるまであとどのくらいだ?」




















 有希ちゃんは今までにないくらい目を見開いていた。

 そんなに驚いてくれるとはね。


「……どうして気付いた?」

「へっ、あんまりオレを舐めない方がいいぜ?」


 有希ちゃんは、オレに『処分を決めろ』と言った。

 『殺せ』とは一言も言ってない。

 殺すのも処分の方法の一つだろうが、あの言い方だと他の方法もあるってことになる。



 彼女は溜め息をひとつ吐く。

 うんうん、だんだん表情豊かになってきて先輩は嬉しいぞ。


「……あと5分。肉体の損傷が酷過ぎるので、先にそれを修復しないと無理」

「そうか。琴音ちゃん、どのくらい持ちそう?」

「……精々、1分ですね」

「わかった」


 つまり、本来なら殺すのが一番確実かつ安全な処分方法ってことではある。

 ……だがしかし。

 オレは銃を置いて、レミィの顔を見据える。


「じゃあレミィ、あと5分ぐらい動かないでくれ」

「…………ヒロユキ、本気?」

「おう、本気だ。お前だって死ぬよりかは生き続ける方がいいだろ?」

「アタシが言うこと聞くと思ってるノ?すぐ殺すヨ?」

「よく言うぜ。初めっからそんな気なかったクセに」





 今度はオレ以外全員ビックリしてた。

 わははは、いい気味だ。





「………まさか全部お見通しなんてネ。さすがヒロユキ」


 そう言って諦めたように苦笑するレミィ。


「あれで気付かない方がおかしいぜ」


 思えば、レミィがオレに攻撃を加えたのは最初の一発だけで、それ以降は一切手を出してこなかった。

 チャンスなんざそれこそ山ほどあったのに、だ。

 そもそも最初のだって明らかにわざと外してたしな。

 大方、『鍵』として今後も危険に晒されそうなオレを思っての、鍛えるなり覚悟させるなりのための行動だったのだろう。

 なんだかんだ言ってレミィとも一年以上の付き合いだ、だいたいわかる。


「ちょ、ちょっと待ってよ!私あんだけボコボコにされたわよ!?」

「そりゃそうヨ。ヒロユキ以外は本気で殺す気だったからネ♪」

「んなっ!?」

「大丈夫。朝倉涼子」


 そこで有希ちゃんが涼子ちゃんの肩を叩く。










「死ななきゃ安い」



 その通りだ。



「えぇぇ……」










 そうこうしてるうちに5分経過。


「はぁ。まったく、こんな甘い奴が『鍵』で大丈夫かしら……」

「失礼な」

「甘いのはアタシも同意見だけどネ。ヒロユキ、そのうち死ぬヨ?」

「心配ない」


 静かに、しかし力強く断言する有希ちゃん。

 彼女はこの場にいる琴音ちゃん、レミィ、涼子ちゃん、そして自分を順に指差して宣言する。





「わたしたちが守るから」





 その言葉に涼子ちゃんは呆れ、レミィはにこやかに笑い、琴音ちゃんは優しく微笑むのだった。











「ありがとな、有希ちゃん」

「……別に、いい」








[26232] 幕間 ???の日常
Name: 壱◆567cd54f ID:dffefc41
Date: 2011/04/01 02:37





「……やれやれ、まいったねこりゃ」


 ある日曜日。

 せっかくの休みだからと自室でゴロゴロしていた俺だったが、『ヒマなら妹の相手ぐらいしてあげなさい』という母親のありがたい言によって家を追い出されてしまった。

 まあたまにはいいだろうと、妹と飼い猫のシャミセンを伴って近所の公園まで繰り出して来たのだが……


「シャミ〜、おりてきてよ〜!」

「………」


 あの三毛猫め、普段はこれでもかってくらいに怠惰を貪っている癖に、この公園に着いた途端に何のスイッチが入ったのか急に走り出して、園内の背の高い木の枝に登っていってしまい、それきり降りて来やしない。

 自分で登ったのだから、自力で降りられないなんてことはないと思うのだが……どちらにせよそろそろ昼時なのだから、妹を連れて帰宅せねばならない。あいつも元野良猫なのだから、しばらく放っておいたところで問題は無いと思うのだが、妹は奴が心配だからと帰りたがらないから困ってしまった。

 平均的な高校生男子の体格しか持たない俺では、あの高さには歯が立たない。小学五年生とは思えないほど小柄で幼い妹など論外だ。流石にこの歳になって妹を肩車するなどと恥ずかし過ぎて出来やしないが、例え肩車をもってしてもあの枝には届かなさそうである。

 では何か長めの棒状のものでも使ってシャミセンをあそこから追い払おうかなんて思うも、万一間違って叩いたりしてしまっては流石のあいつも可哀相だろう。ましてや、あいにく近くにそんな都合よく目当ての物が落ちていたりもしなかった。

 木を揺らしてみればあいつもビックリして降りてくるかと試してみたが、この木はかなりどっしりした構えを見せており、俺程度の力ではまったく効果が無いことが実証されただけであった。

 誰か救援を頼もうにも、昼前という時間帯のせいでほとんどの人間は既にこの公園から消えてしまっている。

 さていよいよ万事休す、完全にお手上げ状態な俺だった。


「どうしたもんか……」

「ねぇ、手伝ってあげよっか?」


 と、誰かに呼びかけられる。振り向くと、そこにいたのは二人の少女だった。

 年の頃は、多分俺と同じくらい。二人ともえらく美人さんだ。


「あの猫を助けるんでしょ?」


 俺に声をかけたのは黒髪の少女。手に食べかけのアイスクリームを持っている。活発そうな瞳が印象的だった。


「_……」


 もう一人の明るい髪色の少女は対照的に無表情で物静かなタイプ。よく見ると、耳に何かの機械のような物を装着している。変わったヘッドホンか何かか?


「お嬢ちゃん、ちょっとこれ持っててね」


 黒髪の方は俺の妹にアイスを手渡す。ああこら妹よ、物欲しそうな目で見るな。わかったわかった、後で買ってやるから。


「じゃ、あなたが下ね」

「は?」

「は?じゃないでしょ。あなたが踏み台になってくれないと届かないわよ」


 少女が言わんとしているのはつまり、普通に肩車しても届かないから、俺の両肩の上に彼女が立てばいいだろうということだった。


「あ、ああ、そういうこと……」

「わかった?じゃ、ちょっとしゃがんでね」


 言われるままに、木の根元に屈む。彼女は靴と靴下を脱ぎ(流石に土足のまま肩に乗るなんて暴挙はされなかった)、木を支えにしながら俺の両肩に足の裏を載せる。ぐ、女の子とは言え流石に人ひとりの体重はちょっときつい。


「いいわよ。そのままゆっくり立って。あ、上見たらわかってるわよね?」


 少女はミニスカートを身に着けている。言われずともわかってるさ。俺だってわざわざ助けに来てくれた親切な相手に狼藉を働こうとは思わん。

 俺は木に掴まりながらそろそろと立ち上がる。


「そのままそのまま……うん、いいわよ。もうちょっと頑張ってて」


 彼女はどうやら猫のいる場所まで届いたようだ。


「よしよし、おいで……いい子だね。うん、下ろしていいわよ」


 シャミセンの野郎、俺が呼んでもサッパリ来ない癖に、彼女の呼びかけには一発で反応したようだ。所詮は畜生か。それとも雄の性ゆえか。

 俺は立つ時と同じようにゆっくりと身を屈める。少女はもう一人に猫を手渡し、彼女は俺の妹に預けていたアイスと猫を交換した。


「_どうぞ」

「わぁ、ありがとうお姉さん!」


 妹が嬉しそうな声で礼を告げる。黒髪の少女はやっと俺の肩から降りてくれたので、俺も立ち上がった。やれやれ、疲れたぜ。


「はい、ご苦労様」

「すまんな、わざわざ手伝ってくれて」

「気にしない気にしない。困った時はお互い様よ」


 彼女は何でもないことのように告げる。その清々しさに、俺は大いに好感を持った。


「それじゃ、私たちはこれで。じゃね〜」

「_失礼します」

「お姉さんたち、またね〜!」


 黒髪の方はひらひら手を振りながら、もう一人は非常に丁寧なお辞儀を残して去っていった。俺と妹もそれに挨拶を返す。

 あ、しまった。互いに名前も知らないままだ。まぁいいか、次に会う機会があればその時に改めて話でもすれば良かろう。

 俺は妹と猫を連れて帰宅の途に着いたのだった。










 ある平日の学校、6限目の終了時。


「さあ葵、今日も今日とて部活動よっ!」

「ちょ、ちょっと待ってハルちゃん、まだホームルームが……」

「そんなの待ってられないわっ!」

「いや、そのくらいは我慢しようよ……」


 我が1年C組……いや、我が高校全体で見てもトップクラスの変人である涼宮ハルヒは、今日も今日とて暴走特急だった。

 入学直後の四月、最初の自己紹介からしてこいつはぶっ飛んでいた。



『東中出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上』



 一見とびきりの美少女が、俺の真後ろの席でこんな妄言をぶちまけたのだから、思わず振り向かずにはいられなかった。この自己紹介は校内の上級生の間でも語り草になっているらしく、俺も当分は忘れられそうにないね。


「もう、楽しみなのはわかるけど、そんなに焦らなくても……」


 困ったように苦笑するのは、そんな涼宮ハルヒの幼なじみであるせいで我が校一の苦労人として認知されてしまった松原葵だ。

 見た目からはまったく想像できないが、エクストリームという異種格闘技の選手だという彼女は、たった一人でその同好会を立ち上げたのだが(その行動力と情熱は俺も素直に尊敬する)、何でもハルヒが作ったSOS団なる怪しげなクラブに、同好会及び集めた部員ごと組み込まれてしまったらしい。

 とことんハルヒに苦労をかけられるその姿を哀れに思った俺は、彼女にちょっと助け舟を出すことにした。


「おいこらハルヒ。あんまり松原に世話を焼かせるなよ」

「なによ、なんか文句でもあるの?」


 俺と松原の二人から諌められ、不機嫌な顔になるハルヒ。そのアヒル口はやめとけ。


「いいのよ、葵だって楽しみにしてるのは同じなんだから。なんたって愛しの『先輩』がいるんだからね」

「ちょちょちょちょちょっとハルちゃん!?」


 いきなり真っ赤になってうろたえる松原。ほう、そいつは初耳だな。

 ちなみに、今や周りの連中(主に女子)もこちらに聞き耳を立てている。確かに健全なる高校生なら、他人の色恋話に興味が湧くのはわからんでもない。


「なんだと!?俺的ランクAプラスの松原葵に既に彼氏が……!?」


 ……一部違う興味の男子もいるようだが。


「ちちち違う違うっ!!そんなんじゃない、彼氏なんかじゃないからっ!!」

「そうなのよねぇ。さっさと告っちゃえばいいのに」


 はぁ、と溜め息をつくハルヒ。つまりまだ片思い中ってことか。

 まあいかにも純情そうな松原には、自分から告白なんてハードルは高いだろう。


「そんなことないわよ。こないだなんて、人通りの多い商店街の真ん中で、あいつの背中にぎゅーって抱き着いてたのにねえ」

「あ、あうあう……」


 ニヤニヤと意地悪く笑いながら親友の恥ずかしい話を暴露するハルヒ。松原はもう耳まで真っ赤に染まっている。

 なるほど、格闘技なんてやっててもちゃんと女の子してるってわけだ。青春だねえ。


「もう、涼宮さん。松原さんをいじめるのもそのへんにしたら?」


 そう声をかけてきたのは、クラス委員長の朝倉涼子だった。


「あ、朝倉さん……」

「それで、松原さんとその彼の馴れ初めってどんな感じなのかしら?」

「朝倉さん!?」


 どうやら朝倉も面白がっているようだ。諦めろ松原、いいリアクションをしちまうお前が悪い。


「葵のクラブの初めて入った部員で、二年の男なんだけどさ。藤田浩之って知ってるでしょ?」

「えっ!?『あの』藤田浩之かよ!?」


 谷口、お前はお呼びでない。


「その藤田浩之よ。最初は、どうせ葵目当ての不埒な輩かと思ったんだけどね。噂と違って意外に誠実だし、手のかかる葵の面倒もちゃんと見てるみたいだし。案外頼りになるヤツよ」

「松原さん、結構ドジっ娘だしね」


 本人目の前で言いたい放題だなお前ら。あとハルヒ、手のかかるのはむしろお前の方だ。


「あと、これは琴音から聞いたんだけど……葵、言っていい?」

「ど、どの話?」

「『葵ちゃんは強い!』って……」

「わあああああああああっ!?ダメダメ、絶っ対にダメっ!!」


 実にわかりやすく狼狽する松原。なんだなんだ、そんなに恥ずかしい話なのか。


「ううう、なんで言っちゃうの琴音ちゃん……」


 俺はそいつのことは知らんが、多分お前がそうリアクションするのを面白がるためなんじゃないかね。


「ところで涼宮さん、琴音っていうのはもしかしてB組の姫川琴音さん?」


 そう問うのは、俺と同じ中学出身の国木田。


「そうよ。葵の親友で同好会のマネージャー、今はあたしとも友達でSOS団の一員」

「俺的ランクAAプラスの姫川琴音まで……くそう、俺も入ろうかなあ」

「あんたはダメ」

「確かに谷口はダメだよね。動機が不純すぎるもの」


 可愛い顔して友達にも辛辣な国木田だった。

 まあ俺も同意見だけどな。


「ときにハルヒよ、その姫川琴音が超能力者っていう噂は本当なのか?」

「ホントよ。あたしも見せてもらったけど、種も仕掛けもない正真正銘のエスパーだったわ」


 自慢げに述べるハルヒ。

 不思議大好きのハルヒが作ったSOS団に、本物の超能力者がねぇ。そりゃお前もはしゃぐわな……なんて思ってたら。


「けどね、そんなのはどうでもいいのよ。琴音は琴音、超能力者じゃなくてもあたしの友達よ」


 と、実ににこやかな笑顔で語るのだった。

 ただの人間には興味なかったはずのこいつが……ねぇ。俺は、そのSOS団が如何にしてハルヒを変えたのか興味が出てきたのだった。





「あうあうあう………」

 ちなみに松原はホームルーム終わるまで真っ赤なままだった。










「……ってな感じらしいですよ」

「なるほどねぇ……ヒロ争奪戦は、松原さんが一歩リードってところかしら」


 ホームルームが終わった俺は、校舎の北棟にある新聞部の部室に訪れていた。

 といっても、俺自身は別に新聞部に所属しているわけでもない。


「やっぱりアンタに目をつけたのは正解だったわ。流石は志保ちゃん、この慧眼が自分でも恐ろしいわっ!」


 俺は目の前にいるこの人、二年生の長岡志保さん――
「志保ちゃん先輩とお呼びっ!」
 ……志保ちゃん先輩によって、ハルヒと近しいこと(といっても教室での座席が前後で至近のためによく会話するってだけだが)に目をつけられ、ここに呼ばれたのだ。

 なにしろあのハルヒ、良くも悪くも話題に事欠かないあいつは、新聞部(と言うより志保ちゃん先輩個人)にとっては捨て置けない存在である。その情報ソースとしてこの俺が召喚されたわけだ。


「まさかヒロや姫川さんまで彼女に関わって、SOS団なんてものまで作るとは思わなかったけどね。おかげでアンタ経由でヒロたちの情報まで入って来るから、嬉しい誤算だわ♪」


 と、上機嫌な志保ちゃん先輩。

 実際、あの正体不明なクラブに集う人材は何故か校内の有名人ばかりで、ハルヒの他にも超能力者の姫川琴音、D組の試作型メイドロボ、二年生のアイドル朝比奈みくるさん、そして『あの』藤田浩之氏。

 ここまで来るともはや誰かの陰謀で集められたんじゃないかと勘繰りたくなるが……まさかね。


「何が陰謀よ、アンタだってその立役者じゃないの」

「いや、俺をそんな黒幕みたいに言わないでくださいよ」

「よく言うわ。涼宮ハルヒがSOS団を作ったのってアンタの差し金みたいなもんでしょ?」


 ニヤニヤとイタズラっぽく笑う先輩。人聞きの悪い。

 確かにある日、ロクな部活がないと嘆くあいつに『じゃあ自分で作ればいいじゃないか』と冗談半分に言ってしまったのは他でもない俺なわけだが……まさかそのせいで松原のクラブが半ば吸収合併されてしまうなどとは露ほども思わなかったわけで。


「アンタが余計なこと言ったせいで、松原さんはヒロとのラブラブ部活タイムを奪われてしまったワケよね。あぁっ、かわいそうな松原さん!」


 芝居がかった口調で大袈裟にのたまう。

 いや、元々あのクラブには姫川琴音嬢もいたでしょうが。


「それにしても、争奪戦ですか……藤田氏に想いを寄せる女生徒ってのは、どんだけいるんですか?」


 藤田浩之氏は有名人である。何が有名なのかと言うと、校内でこれまた名の知れた美少女と片っ端から何らかの繋がりがあるのである。谷口が独断と偏見でつけたランキングによると、その全員がAランク以上、中にはAAAだのSだのといった極上の美人までいるとか。


「ん?そうね〜……まず、あかりと松原さんは確実として。他に有力なのはレミィと来栖川先輩、あとマルチと、最近はみくるも怪しいわね。それからダークホースっぽいのが姫川さんね。松原さんを応援してるっぽいけど、本心はどうなのかしら」


 SOS団ほぼ全員だった。俺の知らない名前もあったが、志保ちゃん先輩によるといずれ劣らぬ魅力的な女性らしい。


「あとは……ちょっとわからないのが、SOS団と合併したっていう文芸部の子。長門さんだったかしら?ああいう友達いなさそうなタイプは、確実にヒロに心を解かされるから」

「……藤田氏っていうのはそんなに女の扱いがうまいんですか?」


 もしそうなら女たらしっていうレベルじゃないが。

 しかし志保ちゃん先輩は少し考え込むような仕草を見せて言う。


「そういうワケじゃないのよ。むしろ、女の子からのそういう気持ちには全っ然気付かない鈍感ヤローよ。本人は女の子といい仲になろうとか、カッコつけようとかあんまり考えてないっぽいし」


 じゃあ何でそんなに大量の美少女を陥落させているんですか。一目惚れされるような超絶美形とか?


「それもないわ。目つきは悪いし、口調もぶっきらぼうだし。身長は高いけど、逆に威圧感が増してるだけだしね。実際、ヒロをよく知らない女の子からはむしろ怖がられてる方が多いくらいよ」


 別に不良ってワケじゃないんだけどね、と先輩。

 むしろ、類い稀なるお人よしであるそうだ。


「あいつの凄いのは、その洞察力と才能……いえ、『可能性』って呼んだ方がいいのかしら」

「洞察力と可能性……?」

「例えば、何か悩みを抱えている相手……ああ、男女関係なくね。そういう相手がいたら、あいつはそれを見抜いて、しかもそれの解決のために何のためらいもなく動いて、そして解決するのよ。『解決しようとする』じゃなくてね」


 解決する、までも確実に実行するってことですか……そんなの有り得るのか?


「それが有り得るのがヒロなのよ。例えどんな困難な状況でも、あいつは諦めない。そしてすべてをやってのける。どんなことでもできる『可能性』を持つあいつは、ね」


 その可能性ってのがよくわからんのですが。


「言葉通りよ。あいつは、やる気になりさえすれば、多分できないことなんてない。最も、本人にそんな自覚ないし、普段の性格はむしろズボラでやる気になること自体があんまりないけどね」


 それでちょうどいいバランスなのだと志保ちゃん先輩は語る。

 にわかには信じられない話だが……。


「それでも、そうやって救われた相手が何人もいるのは事実よ。何せヒロったら、滅多に見せないやる気を発揮するのが、そういう困ってる他人のためっていう場合ばっかりだから。そうやってあいつに救われた女の子たちだから、あいつに惚れてしまいやすいワケよ」

「はぁ……」

「アンタもヒロと付き合えばわかるわ」


 苦笑しながらも、どことなく自慢げに語る先輩。


「多分近いうちに、アンタもあいつと関わる気がするわ」

「……そんなマンガの主人公みたいな人物とはあまり関わりたくないんですが」

「ムリね。あたしのカンはよく当たるのよ」


 目つきを鋭く――しかし、どこか楽しそうに、俺に宣告する彼女。





「その時、アンタはあいつのどんな可能性を見るのかしらね――?」













[26232] 11 古泉一樹の世界(前編)
Name: 壱◆567cd54f ID:dffefc41
Date: 2011/04/04 06:37





 あの不思議探索の日から、ひとつ気になっていることがある

 あの時、朝比奈はこう言った。

 葵ちゃんの力の作用を受けたハルヒによって、自分たちは集められたと。



 ハルヒはSOS団のメンバーを前にこう宣言した。

 宇宙人・未来人・異世界人を探し出して一緒に遊ぶ。

 恐らくは、それがハルヒの願い。

 親友の純粋な願いを、葵ちゃんが叶えてしまったのだろう。



 宇宙人として有希ちゃん、未来人として朝比奈が現れた。

 では異世界人もどこかにいるのだろうか?










「……ふっ!」


 気合いを込めてサンドバッグを打つ。

 拳を固く握り、弾丸のようにブチ抜く。

 脚を振り上げ、斬撃のように叩き込む。

 体力の限りひたすら連打。


「……3……2……1、フィニッシュ!」


 合図と共に、最後の一撃。

 サンドバッグが大きく揺れる。


「はぁ……はぁ……」

「お疲れ様です。それでは、1分休憩したら、もう1本」

「……おう……」


 琴音ちゃんからタオルを受け取り、木陰に座り込む。

 手足を伸ばし、ゆっくり深呼吸。


「はぁぁ……」


 今日はエクストリーム倶楽部の活動日。

 オレはいつにも増して練習に打ち込んでいた。



 原因は言うまでもなく、こないだのレミィの襲撃である。



 オレはあの時、何もできなかった。

 有希ちゃんたちに最後まで守られたまま。

 今後もあんなことが無いとは限らない。



 身体を鍛えたところで、あんな人外バトルをどうこうできるとは思わない。

 だけど、何もしないわけにはいかない。

 オレは強くなりたかった。



「先輩、今日はいつもより気合い入ってますね」

「ん……まあな」


 葵ちゃんもシャドートレーニングを切り上げ、オレの隣に座った。

 オレがやる気になっているのが嬉しいようで、笑顔を見せてくれる。


「このままいけば、先輩も秋の大会でいい成績を……」

「ちょっと待った」

「え?」


 彼女の言葉を途中で遮る。


「期待してくれるのは嬉しいけどな、オレはまだまだシロートだよ。大会なんて考えるのはまだ早い」

「えっ、でも……」

「いいから、師匠は何も言わずどっしり構えててくれよ。不肖の弟子がゆっくり成長するのを待ちながらさ」

「……先輩」


 有希ちゃん曰く、葵ちゃんには周囲の環境を操作し、願望を実現してしまう力があるという。

 彼女が願った……願ってしまったことは、その善し悪しに拘わらず叶ってしまう可能性がある。

 だから、オレはその力をなるべく使わせたくなかった。

 例えどんな小さなことでも。


「藤田さん、もう1本いきますよ」

「よっしゃあっ!!」


 オレは、オレの願いで強くなってやる。










 ……とまあ、そんなふうに気負いすぎていたせいだろうか。





「う、うぉっ!?」


 見事に足を滑らせて転んだ。

 しかも受け身を取り損ねてしまう。


「あてて……」

「せ、先輩!?大丈夫ですか!?」

「藤田さんっ!」


 二人が心配して駆け寄ってくる。


「あはは、大丈夫……じゃ、ないか」


 どうやら少し足をひねったようだ。

 あちゃー……カッコ悪りぃ。


「藤田さん、足を見せてください」


 常備している湿布薬を琴音ちゃんに貼ってもらう。

 葵ちゃんは不安そうな視線をこちらに向けている。


「……ん〜、やっぱりまだまだ未熟だな、オレは」


 わはは、と笑い飛ばす。

 これでごまかすつもりだったが……ううむ、二人の表情は晴れないままだ。


「……とりあえず、今日の部活はここまでですね」


 と、琴音ちゃん。


「え?いや、確かにオレは切り上げるけど、葵ちゃんは……」

「藤田さんが怪我したままでマトモに練習できると思いますか?」

「…………」


 思わない。大方、『自分がちゃんと監督してなかったから』とかって気に病みそう。


「そういうわけだから葵ちゃん、もう着替えて片付けちゃっていいわ」

「あ……うん、わかった」


 琴音ちゃんに促され、林の中へ着替えに行く葵ちゃん。

 彼女の姿が見えなくなったところで、琴音ちゃんがオレに声をかける。


「あの時のことを気にするのもわかりますけど、焦っても仕方ありませんよ?」

「………面目ねぇ」

「有希ちゃんも言ってたでしょう。藤田さんは一人じゃないんですから、もっと私たちを頼ってください」

「…………」

「言っておきますけど、藤田さんが男だからとか先輩としてだとか、そういうのは余計なお世話ですからね?」


 ……全部お見通しですか。

 年下に完璧に見抜かれてるオレって……。


「私たちにできることは、私たちがやります。藤田さんは藤田さんにしかできないことをお願いします」

「オレにしかできないことねぇ……何かあるか?」

「差し当たっては、“藤田さんのせいで”気に病んで落ち込んでいる葵ちゃんのケアですね」

「うっ……」


 もしかして、琴音ちゃん怒ってる?


「ハルヒちゃんに告げ口しないだけありがたいと思ってください」

「そ、それは……」


 いかにも後が怖そうだ。



 その後、帰り道にてオレは(琴音ちゃんに脅されて)二人にジュースを奢るハメになった。……とほほ。










 翌日。

 SOS団での部活動中。

 オレと一樹はオセロ(オレが家から持ってきた。現在三連勝中)に興じていたのだが……


「あれ、一樹?それどうした」


 一樹の制服の袖から覗く手首に、痛々しい包帯が巻かれていた。


「あ、これは……昨日のバイト中、少しミスをしてしまいまして」

「そんな大怪我するってどんなドジだよ……」


 マルチだってそこまではしないぞ。


「ちょっと大袈裟に処置されただけですよ。大したことはありません」

「そのバイト始めてどのくらいなんだ?」

「かれこれ三年になりますね」

「そんな長くやってて……っていうか、三年前じゃお前中1だろ」


 中学生にバイトってOKだったっけ?

 それに、学生にそんな危険な仕事させる職場ってなんなんだよ……。


「少し事情がありましてね……住み込みで働かせて頂いているんですよ。今回の怪我はたまたまです」

「じゃあ、居候みたいなもんなのか?」

「ええ」


 ……確か、お屋敷の手伝いだっけか。

 何か複雑な事情でもあるんだろうか……ん?


「ちょっと待て。お前、確かこないだ転校してきたばかりだろ。三年間同じところに居候してるなら、引っ越したわけじゃないのになんで……」

「………事情があるんですよ」

「…………」


 例の微笑の仮面で感情を隠す。

 どうやら今のは、こいつにとって失態だったようだ。


「はぁ……ったく。無理には聞かねーけどよ。なんかあったらオレなり芹香センパイなりに言えよ?」

「ええ、わかっています」


 話したくないことをわざわざ訊くような真似はしない。

 ここでこの話は終わりにした。










 後日オレは、無理矢理にでもこの時に聞き出すべきだったと後悔することになる。










 またある日の放課後、文芸部室。

 今日は本来ならエクストリーム倶楽部の日だが、あいにく雨なのでSOS団の方に参加していた。


「今日は練習できなくて残念ですね……」


 窓の外を見つめながら葵ちゃんが憂鬱そうな表情で呟く。

 空は厚い雲に覆われ、地面に向かって冷たい雫を落とし続けている。天気予報によると今週一杯、このまま降り続けるらしい。


「ま、しょーがないさ。こんな日もある」

「でも、最近は先輩もあんなに一生懸命やってるんですから、あんまり雨続きなのは……」

「…………」


 いやまあ、空回りっぽかったりするんだけどな。

 心配してくれるのはいいんだが、葵ちゃんの能力が発動して一転晴れ続き……とかになると、あんまりよくない影響が出そうな気もする。

 ちょっと釘を刺しておくか。


「大丈夫だよ、オレは。それにSOS団の活動だって大事だろ?雨だってイヤなことばかりじゃないさ」

「先輩……」


 SOS団が普段、部活らしい部活をしていないというのは、この際無視しておく。


「あんまり根詰めすぎてもよくないしな」

「…………」


 根詰めてたのはお前だろ、という正論も無視。

 ……琴音ちゃんから『お前が言うな』的なツッコミ視線を感じたがこれも無視。


「……あの、先輩」

「なんだ?」

「……その……」


 葵ちゃんは何かを言いかけたところで口を噤んでしまう。

 その表情は俯いていてよくわからない。


「……やっぱり、何でもないです」

「そうか?」

「はい……」


 結局、彼女が何を言おうとしたのかはわからないままだった。

 この日は一樹がバイトに行くと言って早抜けし、そのまま解散となった。










 その翌日。

 オレは芹香センパイから『大事な話があるので放課後に校門へ』と呼び出された。


「ってわけで、今日は部活休むわ」

「どんなわけよ……」


 部室に行くとまだハルヒしかいなかったので、彼女に欠席の報告を済ませる。

 ハルヒはジト目でこちらを睨んできたが、やがて溜め息ひとつ。


「わかったわよ、あんたも欠席なのね」

「あんたもって?」

「古泉くんもなのよ。今日は学校を休んだらしいわ」

「一樹が……?」


 こないだ、バイト中に怪我したというあいつの顔が浮かぶ。

 今度は学校に来れないほどの重傷とか……まさかな。


「……まぁいいか。そーゆーわけなんで今日はもう帰るわ」

「あ、ちょっと待って!」


 踵を返そうとしたオレをハルヒが呼び止めた。

 不審そうな視線でオレの顔を見つめる。


「なんだ?」

「……あんた、最近葵と何かあった?」

「へっ?」


 葵ちゃんがどうかしたのか?


「葵、ここんとこ何かふさぎ込んでるのよ。聞いてみても何も話してくれないし、心配でさ」

「……それで、何でオレが関係してると?」

「あんたがみくるちゃんの時と同じことでもしたんじゃないかと思って」

「だからありゃ誤解だって言ってるだろ!?」


 いつまで引っ張る気だそれを!


「まぁいいわ。とにかくあんたも知らないのね?」

「ああ」

「じゃあそんだけだから。もう行っていいわ」


 それとなく気をつけてあげるように、と釘を刺されて話を終わらせる。

 葵ちゃんが……昨日言いかけたのはそれか?










 校門前には既にセンパイが待っていた。


「お待たせセンパイ。遅くなってゴメンな」

「・・・・・・・・」

「私も今来たところです、って?」

「(こくん)」

「それでセンパイ、用事ってのは……え?今から来る?」


 と、そこでいつものリムジンがやって来た。

 オレたちの目の前に静かに停車する。


「お待たせ致しましたお嬢様、藤田様」


 運転席から降りてきたのは、いつぞやの代理執事こと新川さんだった。

 セバスのジジイじゃないってことは、また綾香が脱走したのかね。


「・・・・・・・」

「え、どうぞって……オレも乗るの?」

「(こくん)」

「話があるんじゃあ……えっ、ここじゃできない話だから屋敷でする?」


 わざわざ来栖川の屋敷で?

 一体どんな話なんだ……?


「藤田様、こちらへどうぞ」

「は、はぁ……」


 オレは促されるままリムジンの後部席へ乗り込む。

 センパイもその隣に乗車し、リムジンは新川さんの運転で屋敷へ向けて出発する。

 初めて乗った超高級車は、騒音も振動もほとんど無かった。










「お帰りなさいませ、芹香お嬢様。お待ちしておりました、藤田様」


 来栖川家の敷地に到着したオレたちを、一人のメイドさんが出迎えた。

 あれ、この人どっかで……。


「私は本日藤田様のお世話を仰せ付かりました、当家の家政婦の森園生と申します」


 そう言って深々とお辞儀するメイドの森さん。


 うーん……あっ、思い出した!

 こないだ商店街で一樹と一緒にいた人だ。

 確かバイト先の先輩っつってたっけ。


 ……え、じゃあ一樹の住み込みバイト先ってここ?

 芹香センパイと知り合いだったのってそういうことなのか?

 居候でバイトの身分とは言え、センパイと同じ家で……もしそうなら羨ましい話だぜ。


「それでは藤田様、こちらへ」

「あ、ああ……」


 森さんの後を、センパイと並んで歩く。

 その後ろを新川さんがついて来る。隙の無いその様子は、まるで護衛のようだった。





 案内されたのは屋敷ではなく、広大な庭の一角にある小さな離れだった。

 小さいといっても屋敷と比べてであって、実際にはここだけでオレの家くらいはあるが……。

 その中のある一室のドアを森さんがノックする。


「古泉、入りますよ」


 …………ホントにここに住んでるのかよ。

 ってことは、ここは使用人用の住居か?





 森さんに促されて中に入ると、ベッドの上に一樹が腰掛けていた。

 その身体のあちこちに包帯が巻かれている。


「どうも、藤田さん」

「一樹……お前、それは……」


 どう見てもその様子は只事ではなかった。

 一樹自身は平然としていたが、心なしか顔色も少し悪いような気がする。

 いつもの仮面の微笑も、今日は疲労や苦悩の色が濃いように見えた。


「僕としては、貴方に話すつもりは無かったのですがね」

「話すって……」


 まさか、こいつもか。


 ここまで聞いて合点がいった。

 最近、いろんな奴から聞いた数々のトンデモ話。

 そして、こいつ自身が昨日言っていたこと。





 『三年前』からバイトしている、と。





「お察しの通り、松原さんに関してですよ」

「……その怪我もか?」

「ええ」


 肩を竦めて、微笑を苦笑に変える一樹。

 まるで、自嘲するように。


「……教えろ。お前のことと、その怪我と葵ちゃんに何の関係があるのか」

「ええ、ここまで来たらそのつもりです。……お二人もよろしいですね?」


 一樹はオレではなく、その後ろに立つ新川さんと森さんに問い掛けた。

 真剣な顔で頷く二人。

 芹香センパイは心配そうな顔でオレと一樹を交互に見つめている。


「とは言え、どこからどう話したものか……そうですね、まずはわかりやすくいきましょうか」










「僕は異世界人です」













[26232] 12 古泉一樹の世界(中編)
Name: 壱◆567cd54f ID:dffefc41
Date: 2011/04/16 03:42





 松原葵ちゃんは、オレの後輩である。


 松原葵ちゃんは、オレの格闘技の師匠である。


 松原葵ちゃんは、涼宮ハルヒの幼なじみである。





 松原葵ちゃんは、有希ちゃん曰く『自律進化の可能性』である。



 松原葵ちゃんは、朝比奈曰く『時間の歪みの源』である。










 そして松原葵ちゃんは、『神様』である……らしい。










「異世界……」


 とうとう来たか、というのがオレの抱いた感想だった。

 超能力者、宇宙人、未来人に続いてハルヒが求め、そして葵ちゃんが集めてしまった最後の一ピース。


「ええ。僕と……そちらの森さんと新川さんの三人は、この世界の出身ではありません……多分ね」

「多分?」

「実を言うと、僕たちにも確証がないのですよ」


 そう言って、困ったように笑う。

 どこか悲痛な顔に見えた。


「それで、僕たちの………おや」

「どうかしたか?」

「いえ……」


 溜め息をつきながら、ベッドから立ち上げる一樹。


「ちょうどいいですね。藤田さん、あなたに見せたいものがあります」

「見せたいもの?」

「古泉……!」


 メイドの森さんが心配そうな声を上げる。


「大丈夫ですよ、森さん。それに、僕たちがやらなければ」

「………」


 悔しそうに、あるいは悲しそうに俯く森さん。

 一樹は新川さんと真剣な顔で頷き合い、オレの方に向き直る。


「藤田さん、僕たちと一緒に来て下さい」










 来栖川邸からオレたち五人を乗せて出発したリムジンは、駅前で停車した。


「こちらへ」


 車を降りて、交通量の多い交差点の横断歩道へ。

 夕暮れ時なだけあって、雨天とは言え人も車も少なくない。

 雨の降る中、傘の花を咲かせる人混みを掻き分けていく。


「すみませんが、僕らの手に掴まって目を閉じて下さい」


 言われるまま、オレは一樹の、芹香センパイは森さんの手を取って目をつぶる。

 彼らに手を引かれるままほんの数歩進む。


「いいですよ、目を開けて大丈夫です」


 その言葉に従って目を開けると、










 世界が緑一面に染まっていた。










 緑……といっても毒々しい色合いは無く、生い茂る森の木々の深緑のような、あるいは宝石の翡翠のような、優しく落ち着くイメージの色だった。

 ただ、ところどころ少しだけ、暗く沈んだような暗緑色が見えるのが気になった。

 空も、やはり同色の雲……いや、あれは雲なのか?一面の緑だ。たった今まで降っていた雨もどこかへ消えている。

 まるで地球全体が森の中に飲み込まれてしまったような光景だった。


「こいつぁ……一体……」


 辺りからは人の姿が消え失せ、オレたち五人だけが立ち尽くしている。

 緑に閉ざされた視界の中で唯一、本来の色を保っていた信号機が赤から青に変わる。しかし車――これもすべて緑色――は一台も動かない。

 耳を劈く騒音も、鼻につく排気ガスの臭いも失せて、ただ優しく、暖かく、暗く、冷たい翡翠の光だけが世界を支配していた。


「ここは次元の狭間、世界とは隔絶された場所。我々はここを『閉鎖空間』と呼んでいます」


 一樹はオレたちの背後に手を伸ばし、その腕が空中で止まる。


「ちょうどここに『壁』があって、これが次元を隔てているのです。触ってみて下さい」


 その言葉を受けて試してみると、確かに何も無いはずの宙空で何かに触れる感触がした。冷たく弾力のある見えない壁がオレの手を押し返す。


「僕たちは今、半径およそ5kmほどのドーム状の空間の中にいます。物理的な手段ではここに出入りすることは不可能です」

「……これが、お前の言う異世界なのか?」

「いいえ、違います」


 そう言うと一樹はどこかに向かって歩き出す。


「歩きながら説明します。ついて来て下さい」










「ここは確かに本来の世界とは違う場所ですが、僕たちはここで生まれたわけではありません。僕たちはただ、この閉鎖空間に入る力を持っているというだけです」

「異世界人ってのは皆そんな力を持ってるのか?」

「それも違います。僕たちの生まれた世界でも、このような力の持ち主は地球全土で十人いるかいないかぐらいでしたね」


 どこかの雑居ビルの階段を登りながら話を続ける。やはり人の、いや、動くものの姿は全く無い。


「ここは、ある人物の心象風景とでも言いましょうか。厳密にはそれも違うのですが」


 明かりの灯っていない階段は薄暗く、油断すると足を取られそうだったが、一樹たちは臆することなく歩を進める。


「この閉鎖空間は、世界のどこかにランダムに発生します。場所も時間もバラバラで、一日おきのこともあれば何ヶ月も現れないこともあります」


 四階建ての屋上への扉を開け放って外へ。エメラルド色の空の下に踊り出る。


「ただひとつ明らかなのは、松原さんの精神が不安定になるとこの空間ができるということ」


 高い場所から見下ろしても、風ひとつ吹いてすらいなかった。





「閉鎖空間が現出したとき、その発生を僕たちは探知することができます。ただ、ここへの入り方も含めて、何故そんな力があるのかは僕たちにもわかりませんが」


 オレたちは屋上の手摺りにもたれて空を見上げた。


「この、閉鎖空間?があるってことは、今現在葵ちゃんの精神が不安定ってことなのか」

「そうなります。最近はほぼ毎日ですけどね。何か心当たりでも?」

「…………」


 ハルヒが、最近葵ちゃんがふさぎ込んでいると言っていたのを思い出す。

 オレにはその原因はわからなかったが。


「……それで、オレに見せたいものってのはこれなのか?」

「いいえ、もうひとつあります。そろそろ来ますかね」


 一樹は辺りの風景を見渡しながら言った。


「僕たちの能力はもうひとつあります。それは、この空間に発生する、世界の破壊者を退治すること」





 その時、遠くの背の高い建物の陰から何かが現れた。

 それは、青く光る巨人の姿をしていた。





「僕たちはそれを『神人』と呼んでいます」










「な、なんなんだ、ありゃあ……!?」


 そいつは三十階建てはありそうな高層ビルより更に大きく、全身からぼんやりとコバルトブルーの光を放っている。輪郭ははっきりしておらず、ただ目と口にあたる場所に暗い穴が空いているだけだった。

 その巨人はゆっくりと手を振り上げて、すぐ近くのビルに振り下ろす。

 たったそれだけで頑丈そうなコンクリートの塊がバラバラに破壊された。


「松原さんの心の葛藤が具現化したものだと思われます。あのような破壊行為でストレスを発散させているのでしょう。もちろん現実空間であんなものを生み出せばそれだけで大惨事ですから、そのために閉鎖空間を発生させて、その内部で破壊活動を行っているようです」


 目の前の光景に、オレは自分の中の常識を完膚無きまでに粉砕された。

 葵ちゃんの力は、あんなものまで作り出すのか……!?

 巨人はこちらには目もくれず、ひたすら周りの建物を破壊し、踏み潰し続けている。


「『神人』にはどんな理屈も常識も通用しません。あれは松原さんの超常の力によって生み出されたもの。例えこの場に軍隊を用意できたとしても、あれの前には紙屑のように薙ぎ払われるでしょうね」

「じゃあどうすんだ。あのまま暴れっ放しかよ」

「いいえ。先程も言いましたが、あれを狩るための力が僕たちにはあります」


 一樹がそう言うと、オレの後ろに光が生まれた。

 振り向いてみると、森さんと新川さんの全身から赤い光が迸っていた。


「なっ……」

「・・・・」


 みるみるうちに二人の身体が赤光によって完全に包まれ、大きな光の玉に変化する。

 芹香センパイは既に知っていたのか動じていないが、オレは驚きのあまり言葉を失っていた。

 二つの光は何かを合図するように少し明滅した後、そのまま浮き上がって巨人目掛けて一直線に飛んでいく。


「さて、それでは僕も行ってきます。お二人はここでご覧下さい」


 一樹もまたその身を光と化して、戦いの中に飛び込んでいくのだった。










 三つの赤い光の玉が、『神人』の周囲を飛び回る。

 その巨体に比べてあまりにも小さいためか、『神人』は彼らには目もくれずに破壊活動を続けていた。

 一樹たちはその振り回される豪腕を回避しながら、巨人目掛けて突撃すると、まるで雲を突き抜けるようにあっさりと貫通する。

 傷が小さ過ぎてダメージが無いのか、それとも『神人』にはそもそも痛覚が無いのかはわからないが、奴らは相変わらず蹂躙を続けている。



 形勢が変わったのは、光の玉の一つが巨人の片腕にピタリと張り付いた時だった。

 肘の辺りに密着したそれ――三人のうち誰かかはわからないが――は、腕の表面に沿ってぐるりと一周した。すると、そこを切り口にして巨腕がスパッと切断されてしまった。

 腕はそのまま地面に落下するかと思いきや、空中で粒子のように細かく砕け散って消えていく。傷口からはその身体と同じく青い、煙のようなものが湧き出していた。

 光の玉たちはその後も同じように攻撃を続け、『神人』の身体から顔の半分が、肩が、脚が、次々と切り離されていく。

 やがて全身の半分以上を失うと流石に力尽きたようで、あれだけの巨体が見る間に崩壊し、粉々になって消滅した。










 戦いを終えた三人がこちらに戻ってくる。

 オレとセンパイのいるビルの屋上に着地すると、その赤光を徐々に弱めて、やがてもとの人間の形を取り戻した。


「お待たせしました」


 こともなげに一樹が言う。三人とも息ひとつ乱れていない。


「……あの戦いが、お前の怪我の原因か?」

「そうです……が、少し違います。『神人』にやられた傷というわけではありません」


 一樹がそう言うと、森さんがまたさっきの心配そうな顔になる。


「前回の戦いで『神人』が破壊した瓦礫に運悪く当たってしまったのですよ。先程も言いましたが、ここのところ毎日のように連戦でして、疲れが溜まっていたのかも知れません。かわしきれませんでした」

「それはそれでシャレになってねーぞ……」


 よく生きてたな、ホント。


「さて……最後にもう一つ、面白いものが観られますよ。お二人とも、空をご覧下さい」


 その言葉に従い、未だ翠緑に光る遥かな天空を見上げるオレとセンパイ。

 すると……。


「お、おお……?」

「・・・・」


 ちょうど『神人』がいた辺りの上空に、黒いヒビ割れが走っていた。まるで銃弾が撃ち込まれた硝子のように、そこを頂点にして亀裂が広がっていく。


「『神人』の消滅に伴って、この閉鎖空間も消滅します。ちょっとしたスペクタクルですよ」


 一樹のどことなく楽しそうな説明が終わらないうちに、そのヒビは緑の空一面に広がる。網の目状に渡ったヒビの中に、切り取られた空が無数の宝石のように見えた。



 その直後、音もなく空が崩壊した。



 緑の空のかけらが雨のように降り注ぐと見えた刹那、その頂点から一気に明るい光が広がる。円形に爆発したそれは一瞬にして世界を覆い尽くし、街には元の喧噪が戻ってきた。

 いつの間にか、雨は止んでいた。


















「いかがでしたか?」


 帰りの車の中で一樹が問う。いつもの微笑に、ほんの僅かに真剣な眼差しを乗せて。


「……正直サッパリだよ」

「・・・・・」


 こないだの宇宙人大決戦に匹敵するほどの非常識事態だってのは確かだが。

 隣の芹香センパイはオカルト好きの血が騒ぐのか、(無表情ながら)ちょっと興奮してるように見える。


「既にお話しした通り、『神人』は松原さんの精神活動と連動しています。そして僕たちもまた同様です」

「葵ちゃんがあの空間を作った時にしか力が発揮されないってことか」

「そういうことです」


 どこか遠くを見つめながら一樹は続ける。


「どうして僕たちにこんな力があるのかは誰も知りません。ただ、僕たちの生まれた世界の中の何人かがこうして目覚めてしまった。それが幸運なのか不運なのかは誰にもわかりません」


 自嘲するような笑みを浮かべる。

 一樹自身はどちらだと思っているのか、オレにはわからなかった。


「『神人』の活動を放置することはできません。何故なら、『神人』の破壊活動が続くことによって、閉鎖空間がどんどん拡大してしまうためです」

「さっきのアレが日本中を覆うってのか」

「それどころか世界中ですね。そうなったが最後、あの空間がこちらの世界に取って代わってしまいます」

「なんでそんなことが……」


 解るんだ?と言いかけて気付く。

 まさか、この三人がいた世界というのは。

 いつもの仮面を被った一樹がオレの言葉の後を継ぐ。


「お察しの通り」










「僕たちの生まれた世界は既に滅びていると推測されます」













[26232] 13 古泉一樹の世界(後編)
Name: 壱◆567cd54f ID:dffefc41
Date: 2011/05/05 03:22





 来栖川邸に戻って来たオレたちに、一樹が説明を始めた。


「簡単に言えば、僕たち三人はこの世界の平行世界、パラレルワールドの出身だと推測しています」

「パラレルワールド?」

「はい。この世界とそっくりで、しかしどこかが違っている世界……もしかしたら、この世界の有り得たかも知れない可能性。分岐した歴史のIF。僕たちがいたのは、そんな世界ではないかと思われます」


 どうにも曖昧な表現ばかりだな。

 はっきりとわからないのは何か理由があるのか?


「仕方ありません。僕たちもこの世界に来ようとして来たわけではありませんからね」

「どういうことだ?」

「僕たちはある存在によって、この世界へと『送られた』んです」


 送られた?


「そいつは……」

「僕たちは、その存在を『神』と呼んでいました」

「『神』だぁ?」

「また、ある集団は『自律進化の可能性』と呼び、また別の集団からは『時間の歪み』とされていましたが」

「……どこかで聞いた話だな」

「つまり、僕たちの世界にもいたわけです。こちらでの松原さんのような力を持つ、別の人物が」


 『神』と来たか。

 葵ちゃんが神様……ねぇ。


「そいつが、お前らをこっちの世界に送ったってのか」

「そういうことです」


 葵ちゃんではないヤツが、そんな力を……それは、考えようによっては恐ろしいことなのかも知れない。

 そいつが、葵ちゃんのような優しい性格ではなく、もっと独善的な人物だったりしたら、その世界に何が起こるかわかったもんじゃない。


「……で、そいつの目的は何だ?何故お前らを送ってきた?」

「それは僕らにはわかりません。なにしろ、僕らの世界の『神』はもういませんから」

「……さっきのアレか」

「ええ」


 葵ちゃんと、そいつ……願望を実現する力の持ち主の精神が不安定になった時に生じる、閉鎖空間。そして『神人』。


「僕たちと同じ能力の持ち主とその支援者たちは、元の世界で『機関』という組織を結成し、“彼女”の監視を行っていました。世界の維持のために閉鎖空間を処理しつつ」


 遠い目をしながら淡々と語る。

 何でも、かなりの資金力を持つスポンサーがいたらしく、『機関』は裏の世界でかなりの規模を誇る組織であったそうだ。

 つまり、それだけ多くの連中が、葵ちゃんと同じ力を持つそいつに注目してたってわけか。


「その『機関』とやらの目的は何だったんだ?」

「様々でしたね。何しろ、相手は『神』でしたから」


 神という存在が人によって様々な捉え方をなされるように、『機関』のメンバーもそれぞれに思惑があったらしい。


「上層部の多くは『神』が機嫌を損ねて世界を終わらせてしまうことを恐れて、現状維持を望んでいました。しかし中には“彼女”の願望実現能力を求めて参加した打算的な者や、あろうことか“彼女”の力を強引な方法で解析しようとする強硬派もいましたね」

「強引な方法?」

「非人道的な実験ですよ。解りやすく言えば、拷問や投薬、果ては解剖なんて意見までありました」

「………ッ!」

「誤解しないで下さい。そんなのは極々一部でしたよ。ましてや今は『機関』そのものが存在しませんから」


 苦々しい顔で言う。一樹自身もそんな考えは受け入れられないのだろう。


「しかしそんなデカい組織があったのに、何でそっちの世界は滅びたんだ?」

「簡単な話です。『機関』の力ではどうしようもないほどの閉鎖空間が発生したからですよ」


 一樹の話によると、その閉鎖空間は発生した段階で全世界規模の大きさになっていた上、彼ら能力の持ち主ですら容易には入れなかったのだという。


「恐らく“彼女”はこう思ったのでしょう。『こんな世界なんて無くなってしまえ』と、衝動的に」

「なっ……!?」


 たったそれだけで世界を滅ぼしてしまったっていうのか!?


「もちろん、“彼女”が本当に世界の滅亡を望んでいたわけではないでしょう。ただ、そう思っても仕方がないほどに大きな絶望を抱えていただけです」

「……そいつは、どんなヤツだったんだ?」

「普通の少女でしたよ。松原さんと同じように、自分にそんな力があることなど知らない普通の女の子でした」


 懐かしむように遠くを見る。その瞳には様々な感情が浮かんでいた。


「ちょっと変わったところがあるとすれば、“彼女”は不思議なことを探求しており、宇宙人や未来人や超能力者を探そうとしていました」

「……!?」


 どこかで聞いたような人物像。

 そいつは、まるで……。


「そして“彼女”に集められたのが長門さんと朝比奈さん、そして僕でした」

「有希ちゃんと朝比奈が……?」

「この世界と同じ、宇宙人と未来人でしたよ。“彼女”は最期まで知ることはありませんでしたが」

「そこではお前が超能力者ポジションだったわけか」

「そうなります。こちらでは姫川さんは現れませんでしたから」


 なるほど、パラレルワールドってのはそういうことか。

 葵ちゃんではないヤツが中心となり、琴音ちゃんではない超能力者がいたSOS団。

 その世界では、その二人も普通の女の子として生きていたのかも知れない。


「そいつもこの世界のどこかにいるのかも知んねーな」

「いますよ。というか、藤田さんも知る人です」

「………は?」


 オレも知ってるヤツ?

 知り合いの中でさっきの一樹の説明に当て嵌まるのなんて、一人ぐらいしかいないぞ……ってまさか!?


「“彼女”の名は、涼宮ハルヒといいました」

「マジかよ……」










「涼宮さんは、こちらの世界と同じように不思議を追い求めていました。この世界では松原さんがその願いを叶えましたが、僕たちの方では自力で実現させていました」


 そっちのハルヒが集めたのは、宇宙人の有希ちゃん、未来人の朝比奈、そして一樹と……もう一人。


「僕たちのSOS団には、こちらの世界にはいない団員が一人いました。その少年こそが、涼宮さんにとっての『鍵』だったのです。松原さんにとってあなたがいるように」


 そいつは何の変哲も無い、普通の一般人の少年だったという。


「涼宮さんにとって、“彼”は最高の理解者でした。涼宮さんのバイタリティに振り回されながらも、彼女のために尽力していました。口では『やれやれ』と溜め息をつきながら……ふむ、そういう点は少し藤田さんに似ているかも知れませんね」

「……そいつは、さぞや苦労人だったんだろうな」


 オレは顔も名前も知らないそいつに心から同情を送った。


「僕たち五人はSOS団として様々な活動を行っていました。映画を撮影したり、野球大会に出場したり……バンドの助っ人に借り出されたなんてこともありましたね」

「まるで一貫性が無いな」

「SOS団の名を世界に轟かせるための活動だったそうです」


 思い出を振り返り、陰のある微笑みを浮かべる一樹。

 なるほど、確かにハルヒらしい。ってことは、オレたちもいずれそういう活動をすることになるのかもな。


「僕や長門さん、朝比奈さんは彼女を監視しつつも、そんなふうに充実した学校生活を送っていたのですが……ある時、それを阻害する“敵”が現れたのです」

「……穏やかじゃねーな」

「実際、物騒でしたよ。殺し合い……とまではいきませんでしたが、いつそうなってもおかしくないような危険な状況が何度かありました」

「………」


 オレはこないだのレミィとの戦いを思い出していた。

 有希ちゃんはあの時、『また別の敵が来るかも知れない』と言っていたが……。


「その敵ってのはどんな連中だったんだ?」

「僕たちと同じでしたね」

「同じ?」

「宇宙人、未来人、超能力者です。僕たちSOS団側とはそれぞれ対立する別組織のね」

「……そんなに大勢いるのかよ」


 不思議のバーゲンセールだな。

 そいつらもハルヒが集めたんだろうか?


「そいつらの目的は何だったんだ?」

「それは僕にはわかりません。涼宮さん絡みなのは間違いないでしょうけど」

「ハルヒは敵については?」

「もちろん知らせないままでした。敵もそれについては同意見だったようです」


 それは賢明な判断だったのか、それとも悪手だったのか。

 一樹の世界が滅びた今は……いや、悪手だったから滅びることになっちまったのか?


「僕たちにとっては、それが最大の失敗だったのかも知れませんがね」


 オレの考えを読んだわけではないだろうが、一樹がそんなことを呟いた。


「僕たちの世界での『鍵』だった“彼”には、ある一つの切り札がありました」

「切り札?」

「涼宮さんが超常の力を持っている、そのことを彼女自身に信じさせるための証拠……というところですかね」

「証拠なんて要るのか?」


 不思議好きのあいつなら、自分がそうだなんて聞いただけで大喜びして信じそうだが。


「涼宮さんはあれで意外と常識的な思考の持ち主なんですよ。自分自身が普通の人間だと思っているからこそ、不思議なものに憧れているんです」

「ふーん……で、その証拠ってのは?」

「具体的には僕も知りませんでしたが、“彼”が涼宮さんに関わって色々と不思議なことに巻き込まれるうちに手に入れたそうです。そのうち貴方も同じ道を辿るかも知れませんね」

「………」


 正直そんなのに巻き込まれるのはゴメンなんだが……今更か。


「“彼”の持つ切り札は、最後の一手でした。最悪の状況に陥ったときに涼宮さんの力で逆転するための、一度きりの最後の手段……しかし、その考えが一番の間違いだったのです」

「どういうことだ?」

「“彼”や僕たちが考えていた最悪の状況よりも、さらに絶望的な状態が存在したということです」


 何かを躊躇っているのか、ハッキリと語ろうとしない一樹。


「敵にとっての最悪は、“彼”がその切り札を使うことです。ならば、奴らがそれを回避するためにはどうするのか?僕たちはそれを真っ先に考えるべきでした」

「つまり、そいつが切り札を使えなくなるってのがお前らにとっての本当の最悪だったわけか」

「ええ。そして、その状況が引き起こされる最も簡潔な事態が何なのか……わかりますか?」

「……っつっても、その切り札が何かわからないんじゃ推測もできねーだろ」

「簡単ですよ。切り札に限らず、“彼”が一切何もできなくなればいいんです。……絶対に」


 絶対に何もできなくなる……?










「“彼”が死ぬことです」










「………は?」

「“彼”は死んでしまった。当然、切り札も使えません」


 淡々と無表情に語る。しかし、一樹の拳は固く握られて血がにじんでいた。


「……殺された、のか?」

「わかりません。敵に“彼”を殺すつもりがあったのかは知り得ませんし、もしかしたら全く偶然の事故だったのかも知れない。しかし結果として“彼”は命を落としました…………涼宮さんの目の前で」

「なんだと……!?」

「僕たちの世界が滅んだのは、その数時間後のことです」


 ここでようやく話が繋がった。



 『鍵』であり、ハルヒにとって大事な存在だったそいつの死。

 それを目の当たりにしたハルヒの絶望――そいつのいなくなった世界と、もしかしたら自分自身に。

 言ってみれば、壮大な自殺だ。世界がそれに巻き込まれた……。




「先程も述べたように、涼宮さんは常識的な思考の持ち主です。“彼”が死んだと伝え聞いただけなら、それを信じられないと思うことで彼女の力が発動していたのかも知れませんが……」

「なまじ目の前でその瞬間を見ただけに、死を理解しちまったわけか」

「そういうことです」


 大事な人が目の前で命を落とす。オレにはそんな経験は無いが、そうなったら誰でも世界すべてに絶望したくなるのかも知れない。

 葵ちゃんはどう思うのだろうか。そして、ハルヒは。


「そうして世界は巨大な閉鎖空間に飲み込まれました……その後のことはわかりません。新しい世界が創造されたのか、それともそのまま消滅してしまったのか……ただ、気付いたら僕たち三人だけがこの世界にいました。それが三年前のこと……どういうわけか、三年分ほど若返った姿で」















「はぁ……」


 一樹の長い話を聞き終え、オレは溜め息を吐いた。

 森さんの淹れてくれた紅茶を飲みながら窓の外を見る。

 さっき止んだ雨がまた降り出していた。


「センパイはこのことを知ってたのか?」


 オレの隣でずっと黙って話を聴いていた芹香センパイに訊いてみる。


「・・・」


 こくり、と頷くセンパイ。


 一樹たちは三年前、まだ中学生だった頃のセンパイの目の前に突如として出現したらしい。

 あまりに急過ぎる異世界への移動に混乱していた三人を落ち着かせて、彼等の素性や能力、抱える事情などを聞き出したのだそうだ。

 閉鎖空間に入ったのも今回が初めてではないとのこと。


「・・・・・・・・・・・」

「最初は葵ちゃんが神様だって聞いてびっくりしたって?……そりゃそうだ」


 芹香センパイと葵ちゃんは、その頃から既に綾香を通して面識があったらしい。妹の後輩がそんなとんでもない存在だなんて知って、驚かない方がおかしい。

 まぁ普通は信じられないって思うのが先だろうが、センパイはオカルトに精通している上に懐も深いからな。


「でも何で、一樹たちは葵ちゃんが力の持ち主だって知ってるんだ?前の世界ではハルヒがそうだったんなら、先にあいつを疑うんじゃないか?」

「それは僕たちにもわかりません。何故か、気付いたら松原さんがそうであるという知識が頭にあったんです」


 わかるからわかってしまうとしか言えない、ということらしい。


 その後はセンパイに援助してもらいながら、閉鎖空間を処理しつつ葵ちゃんについて調査を重ねていたということだった。


「うちの高校に入ったのも葵ちゃんに近付くためか」

「ええ。芹香お嬢様と同じ学校というのはまったくの偶然ですけれど」

「・・・・・・・・・」


 これにはセンパイも、綾香から聞いてびっくりしたそうだ。

 にしても『芹香お嬢様』かよ。すっかり使用人だな。


「だからわざわざ今の時期に転校してきたのか」

「それについては、もう一つの理由がありますけどね」

「どんな理由だよ」

「涼宮さんの興味を引くためです」


 葵ちゃんについて調べるうちに、彼女とハルヒが親しいことを知ったのだという。


「かつての世界において、僕は中途半端な時期に転入した『謎の転校生』として涼宮さんの目に留まりました。ここでもそれを踏襲することで涼宮さん、ひいては松原さんに接近できるかと思いましてね」


 確かに、転校生というキーワードはあいつの興味を引いていたが。

 オレは既にぬるくなった紅茶を一息に飲み干した。


「……経緯はわかった」

「おや、信じてもらえるのですか?」

「へっ、今さらだろーがよ」


 大仰に肩を竦める一樹。

 異世界人が三人くらい増えたところでもはや驚くには値しねーな。


「センパイはお前らのことを信用してるしな。それにお前はSOS団の一員だ。だったらオレが疑う理由は無ぇよ」


 芹香センパイとハルヒの両方を騙し仰せる悪人なんざ、異世界まで含めても存在するとは思えなかった。


 ……まあ、それはそれとして、だ。


「で、話すつもりのなかったことをわざわざオレに話した理由は何なんだ?」

「簡単なことですよ」


 そう言って微笑む――いや、苦笑する一樹。


「松原さんのご機嫌取りをお願いします」

「……は?」

「ほら、言いましたでしょう?最近は連戦続きだと」


 確かに言っていた。こいつのケガのその疲れが原因だろうとも。

 あの閉鎖空間ができるのは葵ちゃんの精神が不安定になったからっていう話だから、ご機嫌取りってのもわからんではないが……。


「僕は構わなかったのですが、流石にこの怪我で芹香お嬢様や森さんに心配されてしまいましてね。この際藤田さんにも協力してもらおうかと」

「いや、協力は構わねーけど……なんでオレがその役目を」

「……まさか、自覚が無いのですか?」

「何の話だよ」

「……これはこれは」

「・・・・」


 はあ、とこれみよがしに溜め息をつく一樹と芹香センパイ。

 え、ちょっと、センパイまで何なんだよ?


「……まぁいいでしょう。とにかく、お願いします」

「えーと……」


 正直、葵ちゃんの機嫌を直す方法なんて見当もつかないんだが。


「世界を滅ぼしたくなければ頑張ってください」

「重っ!?」


 こうしてワケのわからないまま無理難題を押し付けられるオレだった……。










「せ、センパイ、何かヒントを……」

「・・・・・(馬に蹴られるのは遠慮したいので)」


 いや、マジでどーしろと?







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