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[26613] 【ネタ】銀の戦姫(IS×おとボク2+AC、ガンダム他)
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2013/01/21 11:41
 私立藍越学園への試験会場を目指していた筈が建物内で迷子になった一夏の目の前に、信じられないほど美しい少女がいる。

 神秘的な菫色の瞳に、流麗な銀糸の髪。
 顔や手などの露出した肌は、ありえないほどにきめ細やかな絹のよう。
 どことなく不機嫌そうな表情を浮かべている可憐な顔には、凛とした佇まいとあどけなさが同居している。
 あまり胸はないようだが、それにさえ目を瞑れば彼女のプロポーションは女性の理想と言って良い。
 どういうわけか、着ている服は男物のようだ。
 年のころは恐らく一夏と同じ位。

 初めて出会う少女。
 テレビや雑誌でもこの少女を見かけた事はない。
 いくら朴念仁だの唐変木だのと言われている一夏でも、この少女を一目見て忘れる事などありえない。

 しかし一夏は、この少女を見たことがあった。

 と、少女が口を開く。

「あなたはどこに行くつもりですか?
 この先は女子校の試験会場ですよ。
 あまり面倒な事にならないうちに退散してください。」
「え゛? そうなのか……っと、ちょっとまって。
 俺、君に渡す物があるんだ。」
「へ? え、と、僕に……渡す物……ですか?」

 今朝、郵便受けの中にあった、この少女の写真。
 その裏には見覚えのある筆跡で、
「この子へのプレゼントがあるから、ここに連れて来て♪」
と書かれたメッセージと手書きの簡素な地図が書かれていた。

 今朝、写真の裏のメッセージを読んだ時の一夏は
「一体何を考えてるんだ、束さんは……」
と、思ったのと同時に、ごく親しい人間以外には極端なほど冷淡な彼女が自分の知らない少女にプレゼントなど用意するものだろうか、と不審に思う。

 束の考える事など自分に分かる筈もないと結論付けた一夏は、ひとまず写真をカバンの中に入れて受験会場へと急いだのだった。
 見ず知らずの少女とうまく遭遇する可能性など低いのに、彼女は一体何を考えているのかと思いながら。

 そして受験会場で道に迷い。
 ものの見事に写真の少女と遭遇して冒頭のシーンとなる。

 なお既に試験開始の時間は過ぎており、現時点で一夏が落ちるのは確定している。

 一夏はそこまでの説明を少女にして、彼女自身の写真を手渡した。

「ほ、本当に僕の写真だ……でも、なんで?
 僕は彼女とは会った事も無いのに……」
「……いや、そりゃありえないだろ?
 あの人の他人に対する拒絶反応ってハンパじゃない筈だぞ?
 それが見ず知らずの相手にプレゼントだなんて。」

 君が驚くも分かるが、俺だって同じ位驚いているよ。
 写真を手にして驚愕する少女を見て、一夏は内心そうごちる。

「……行ってみるか? この建物内みたいだし。」
「建物の中というか、屋上みたいですね。この地図の示す先は。」

 迷子などと言うしょうもない理由で受験勉強を棒に振った一夏は、もうこれ以上失うものはないだろうという気持ちで少女に話しかける。
 藍越学園に入れなくなった以上は、もはや姉に止められた中卒採用で社会に出る以外の道は選べない。
 より学費の高い高校に行って、中学生の年齢の頃から女手一つで育ててくれた姉にこれ以上の負担をかけるわけには行かないからだ。

 なのですでに若干やけを起こしている。

 一方、少女は逡巡しているようだった。





=============





「……あの、貴女大丈夫!?」

 銀糸の髪と神秘的な輝きの瞳を持つ非常に美しい少女は、気が付くと見たことのない街角でベンチに横たわっていた。
 その少女を、通りすがりの少女が揺り起こす。

「え、ええ。」
「それなら良いけれど、最近の女尊男卑の世の中で鬱屈した男が性犯罪に走るって話がよくワイドショーに出てるから、こんな所で寝るなんて止めた方がいいわよ。
 特に貴女はものすっごく綺麗なんだから、もっと警戒心持たなきゃダメ。」
「は?」

 女尊男卑という言葉を聞いた銀の少女の目が点になる。
 世の中が女尊男卑になっている。
 銀の少女にとって、そんな事はあるはずがなかった事だからだ。

「え、と、女尊男卑!?」
「へ? ほら、白騎士事件で女性しか使えないISがダントツで世界最強の座に君臨してから、世の中そんな感じになっちゃったじゃない。10年も前の話よ。」
「しろき……ISって、インフィニットストラトス!?」

 銀の少女の目は驚愕に見開いた。
 白騎士事件の事は少女も知っている。
 IS……インフィニットストラトスがどのような物かも、まあ大体は知っている。
 しかし……ありえる筈がなかった。

「何よ、こんなの赤ちゃんでも知ってるくらいの一般常識じゃない。
 貴女もIS学園の試験を受けに来たんでしょ?
 そんなんで大丈夫なの?」

 銀の少女にとって、それらは物語の中にしか存在しないものだったから。

「あ……すみません、僕違うんです。
 IS学園なんか受けませんよ。」
「そうなんだ。まあ、すんごい難関校だもんねぇ。
 じゃあ大丈夫そうだし、あたしもう行かなきゃ。」

 銀の少女は起こしてくれた少女の後姿を見送ると、そっと呟いた。

「っていうか、根本的に入れるわけないじゃないか。
 僕は男で、ISが反応するわけないんだから。」

 少女……否、少年の名は御門 千早と言った。





「さて、これからどうしようか?」

 マトモな方法で帰ることは最早諦めている。
 何しろ先ほどの少女が嘘をついているのでない限り、ここはインフィニットストラトスの世界、小説の世界なのだ。
 確認の為ゴミ箱の中にあった新聞を広げてみると、そこにはIS関連の記事がデカデカと載っており、またISとその装着者もイラストなどではなく実写だった。
 イタズラ好きの親族がドッキリを仕掛けている可能性もあるが、ここまで手が込んだドッキリと言うのも考え辛い為、少女の話は嘘ではないと考えてよい。

 となると、彼の家とは根本的に世界が違う為、マトモな移動手段で家に帰れるはずがない。

「となると……」

 帰る為にはマトモではない移動、平行世界間を移動する手段が必要になる。
 家には守りたい……守りたいけれどもそのためにどうすれば良いのか分からない母と、妹のように思っている少女が待っている。帰らない、帰るのを諦めるという選択肢はない。今後も絶対に。

 そしてインフィニットストラトスの世界で平行世界移動が可能そうな人物といえばただ1人、篠ノ之 束しかおらず、千早が帰る為には彼女を何とかして探し出して頼る他ない。

 だが彼女は妹の箒、親友の織斑 千冬とその弟にしてインフィニットストラトスの主人公である一夏以外の人間をマトモに認識できず、極端に冷淡な態度で拒絶する問題人物。
 ハッキリ言って交渉が成り立つ相手ではない。
 となると、箒・千冬・一夏のうち誰かに渡りをつけねばならない。

 思案する事0.1秒。

「……一夏1択だな。他の2人は接触自体が難しすぎる。
 でも3人のうち1人だけ彼女との連絡手段を持ってないんだよなぁ……」

 と、ココまで言って気付く。
 さっき起こしてくれた少女は何と言った?
 あなた『も』IS学園の試験を受けに来たんでしょ?

「……彼女はIS学園の受験者で、今日がIS学園の試験日。
 という事は、今日がISの冒頭のシーン……なのか!?」

 インフィニットストラトス。
 千早は読んだ事はなかったが、断片的なあらすじ程度の概要ならば把握している。
 確か一見ハーレム物のように見えても、相当シビアな裏側が設定されていた筈だ。
 その一環で主人公一夏が、世界で唯一の男性IS装着者という立場のせいで政治的に危うい立場に立たされてしまい、時に命を狙われたりもしていた場面もあったと思う。

「小説だったから助かってたみたいだけど、実際にずぶの素人があの立場に立ったら何度か死んでいるような……」

 千早は知っている限りのインフィニットストラトスのストーリーを思い起こす。
 結論として、一夏の存在がどうしても解決に必要な問題は一切なかったはずだ。
 シャルルの件が微妙に当てはまる気がしないでもないが、彼女の件はそもそも一夏さえいなければ発生していない。

 となると……一夏はIS学園に入学するべきではない。

 誘拐事件の事を考えると自衛手段としてISを持っていた方が良いかも知れないが、一夏の戦闘力はISに登場する全専用機持ちの中でもダントツで最弱。
 その底辺という地位が、6巻時点まで全く小揺るぎもしない。

 それはそうだ。
 一夏はちょっと前までISやそれに伴う軍隊教育・専門知識とは全く無縁だったド素人。
 天才的な素質を持っているらしいが、どれ程凄まじい素質を持っていようともつい最近まで民間人だった男が、軍事教育でみっちり鍛え上げられたヒロインたちの領域までそう簡単に辿り着ける筈が無い。
 何しろ彼女達は素手でマシンガンやショットガンを持った男を制圧できる人外レベルの戦闘力を有し、演算能力・反射速度なども明らかに人類の範疇を超えている超人兵士・代表候補生なのだ。
 唯一そうでないヒロインであり、他のヒロイン達に絶対的なほど劣る実力の箒でさえ、女子中学生剣道日本一。生身同士ならば一夏を一方的に蹂躙でき、専用機同士でも以下同文。
 そしてモブの少女達も厳しい倍率のIS学園入試を掻い潜ったエリート達で、その中には軍事訓練を受けるなどして箒と比較しても遜色ない実力を身につけるに至った少女も決して少なくない筈。軍関係者がヒロイン達だけという事も考え辛いからだ。それはつまり、モブですら機体性能差を考慮せず本人の実力だけを見れば、一夏を超える者が多いという事。
 あげく、一夏の姉である千冬にいたっては地上最強の生物ときたものだ。

 この状況下で、本来なら瞬殺される以外有り得ない戦闘においてそれなりの見せ場がある時点で、主人公補正がかなり効いていると言わざるを得ない。

 とはいえ、最弱は最弱。
 身柄を押さえようとしたり殺害しようとして襲い掛かってくる刺客に対抗するには、あまりにも頼りない。
 そう考えると、最弱の力などないのと同じ。
 そんな役立たずな最弱の戦闘力を得るためのリスクとしては、政治的に非常に危うい立場になるというリスクは余りにも巨大すぎた。


「IS学園入試会場の場所、聞いておけば良かったかな。」


 かくして千早はIS学園入試会場へと急ぐ。一夏がISに触れる事を防ぐ為に。

 そして……その一夏から自分の写真を手渡されるという、全く予期しない展開に目を回したのだった。




===============






 だから一夏と出会った少女は、千早は逡巡する。
 このまま一夏を伴って屋上へ行っても良いものかと。

 そして。

「まってください。これは僕宛の贈り物のようです。
 これに関してはあなたは関係ないようなので、屋上へは僕1人で行きます。
 あなたはもう帰った方が良いんじゃないんですか?
 これからまだ受験を受け付けている学校とか、中卒採用をしている企業とか、色々と探さないといけないでしょう?」

 束はISの発明者。その彼女からの贈り物なのだから、IS関連の物である可能性が高い。
 千早はそう判断する。
 何故男性である千早にそんな物を贈るのかが分からなかったが、千早は一夏をISから遠ざけるべく彼を帰らせる事にした。

「そりゃそうだけど、見るだけなら別に良いんじゃないか?
 そもそも君を『連れて来い』って書いてあるって事は、俺がその場にいること前提じゃないか。」
「それは、そうですけど……」

 千早は一夏の同行を断る適当な理由を探そうとするが、どうにも思い浮かばない。
 結局、千早は折れた。




 屋上への鍵は開いていた……否、一夏がドアノブに触れる直前まで閉ざされていたのだが、二人はその事に気付かない。

「で、このドでかいダンボールがその贈り物なのか?」

 扉を開けた先に見えたのは外の風景ではなく、間近に迫るダンボールの壁。

「そうなんじゃないんですか?」
「でもこれじゃあ、開けて中を確かめるどころかどかす事もできないぞ。」

 一夏がそう言いながら、何気なくダンボールに触れる。

 すると突然ダンボールを突き破って出現した刺又のような物が2人に襲い掛かり、拘束するとそのままダンボールの向こう側に引き寄せる。
 突然の事に、一夏は勿論、千早も反応し切れなかった。

 そして2人が引き寄せられた先には……




===============




「……何をしているんだ、お前は。」

 いきなり屋上に未確認のISの反応が2つも発生したとのことで、試験用ISを装着した千冬がIS学園入試会場から急行してみると、彼女の弟である一夏と見知らぬ少女が拘束された状態で屋上に転がっており、その2人の傍らにはそれぞれ見たことのないISが起動状態になって佇んでいた。
 動けなくなっている2人は、丁度傍らのISに触れた状態になっている。

 他に人の姿がなく、素直に見れば……少女と、そして男性である弟が触れた事によってISが起動した、という状況に見える。

「いや、俺にも何がなんだか……なんか頭に情報が流れ込んでくるってーか、そもそもなんで男の俺が触ってISが動いてんだ!?」
「それ……僕の台詞ですよ……」

 一夏は勿論、少女にとっても想定外の状況のようだ。
 そして少女の方も一夏と似た状況のように見受けられる。

「何が原因で、どういう経緯でこの状況になった?
 答えろ、一夏。」
「いや、ちょっと待って、千冬姉。
 問答無用で流れ込んで無理やり分からされてる情報が多くて、ちょっと他の事に頭が回んねえ。」
「……お前は?」
「僕もです……」

 と、千冬のプライベートチャンネル……IS装着者間で行える、互いの脳内に直接声を伝える通信機能……で、屋上の様子を尋ねるIS学園教員の声が聞こえてくる。

『こちらも状況が見えん。
 どうもあの馬鹿がまたぞろロクでもない事をしてくれたという事と、未確認ISが起動状態のまま誰にも装着されていない事、起動させている連中が装着したくても出来ない状況下にある事しか現時点では分からん。』

 千冬はプライベートチャンネルでそう返答する。
 一夏がISを起動した事実は伏せたい。そんな彼女の心境が反映された返答だった。

 だがそれも意味のない配慮だったようだ。

「織斑せんせーい、私も応援に来ちゃいました……って、ええ!?
 なんで男の子がISを起動させてるの!?」

 最悪のタイミングでやって来た後輩の姿に、千冬は思わず頭を抱え込んでしまったのだった。

 その後、一夏と少女の様子が落ち着くまで要した時間は2時間ほど。
 それほど膨大な量の情報が、ISから2人の脳内に流れ込んでいた。 





===============




 千冬は御門 千早と名乗った銀の少女から、その身に起こったという話を聞いていた。
 千冬にとって、千早の話は信じ難いものだった。

 一夏が主人公の小説「インフィニットストラトス」の存在。
 6巻まで刊行されているが、一夏は主人公であり才能に恵まれていながら全くのド素人という出自の為、他のキャラとの差を少しずつ詰めてはいるものの最弱の座から一歩も動く事ができないでいる。
 そんな最弱の力を得るのと引き換えにしたのは、かけがえのないなんでもない日常。
 いかに弱くとも、「世界唯一の男性IS装着者」という立場は恐ろしいほど巨大な政治的意味を持ち、一夏は単なる民間人として生を全うする事が不可能になってしまったのだ。
 そして「世界唯一の男性IS装着者」という立場は、時に暗殺という形で一夏を押し潰してしまおうとする。
 物語の中の一夏は専用機を持つ他のあらゆる登場人物より弱いものの主人公補正のお陰でなんとか生き延び、時には主人公補正のお陰でそれなりの見せ場を得たりもしているが、今ここにいる一夏が同じく主人公補正に守られているとは限らない。

 その小説で言えば冒頭の場面に当たるIS学園入試に出くわした千早は、主人公一夏の運命を狂わせた「迷い込んだIS学園入試会場でうっかりISに触ったら何故か起動してしまった」という事件を防ぐ為、IS学園入試会場へとやって来たのだという。
 そして、小説とは全く別の形、彼女自身の写真を餌にしたトラップに引っかかり、あの状態に陥ったらしい。

 全く、正気を疑うに充分なほど荒唐無稽な証言である。
 しかし……

「それ以上に、お前が男だという事の方がはるかに信じ難いんだが。」
「はるかに……ですか……」

 可憐という言葉を具現化すればこうなるであろうという容姿の銀の少女は、ガックリという擬音が明確に聞こえるようにうつむいてしまった。
 だってそうだろう。この少女が男だというのであれば、この世から女などという人種は消滅してしまう。
 千冬は本気でそう思った。

「あの、小説「インフィニットストラトス」の事よりも、僕が男だって事の方が信じ難いんですか?」
「ああ、何しろ束の事だからな。
 私達の事が描かれた小説が存在する平行世界に行く、その程度の無茶はやりかねん。
 そもそもアイツに常識を当てはめるほうが無理なんだ。
 ISからして非常識にも程がある代物だからな。
 だが……お前が男だというのには、束は関係ない。だから信じられん。」
「……そうですか……」

 そうだ、束だ。
 もし仮に千早の証言が本当であるとするなら、束が「インフィニットストラトス」を読んでいる可能性は高い。
 束が一夏に千早の写真を持たせた事とその後の出来事を見るに、千早を元の世界からこのインフィニットストラトスの世界に連れて来た下手人は間違いなく束だからだ。
 世界中から追われ、直接会いに行くことは不可能だが、何故か千冬からのコンタクトには高確率で応じてくれる友人。

 千冬にしては間の抜けた話だが、彼女自身が自分が束にコンタクトを取る事が出来る事に気付いた丁度その時、千冬の携帯電話が鳴り出した。
 画面を見れば、そこに示された名前は『メタルウサミミ』。

 千冬は千早に「ちょっとまて」と言ってから電話に出た。

『やーやーやー、そろそろ私からの連絡が欲しくなったかなー、と思って電話してみたよ。』
「……お前、この状況をどっかから監視してるだろ!?」
『うん、まー白式と銀華にちょっと盗聴器なんかを。』
「ほう。」

 千冬の額にビキビキと怒りマークが現れたように見えてしまう千早。
 なお、白式と銀華は先の未確認ISの事で、白式は一夏専用機、銀華は千早専用機となっている。

「で、今回のこれは一体何のつもりなんだ?」
『いやーねー、「インフィニットストラトス」あたしも読んだんだけどねー。
 ぶっちゃけあのお話でいっくんが弱いのって、ライバルキャラがいないからかなーなんて思っちゃったりなんかしちゃったりして。』
「…………それで一夏のライバルとして、御門を連れて来た、と。」

 千冬の声のトーンが一気に下がる。
 地上最強の生物がドスを効かせた声で、電話の向こうの天災科学者に話した。

 ああそうだった。人の迷惑顧みないというか、織斑姉弟と箒以外の人間はマトモに認識する事が出来ないという社会不適合者に、人様の立場や家族などを思いやる気持ちなど芽生えよう筈がないのだ。

 分かっていた筈だったが、今回束がしでかした事は千早に対する誘拐である。
 かつて誘拐の被害にあいそうになった彼女としては、到底看過できる所業ではない。

 だが馬耳東風とは良く言ったもので、束はそんな千冬の怒気など意に介さない。

『そーそー。
 だってねー、同じIS初心者で同じ男性IS装着者で同じ高機動型接近戦用機。
 それで生身だったらいっくんよりつよーーーい。
 もう見事なまでにライバルに相応しくってぇ、つい♪』
「つい♪ じゃないだろう、この誘拐魔がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
 って、同じ男性IS装着者!?」
『うん、わたしももんのすっごくビックリしたよー。もう口から心臓が出ちゃいそうな勢いで。
 すっごいよねー、女の子として完璧な容姿を持った男の子なんて千早君見るまで想像もしてなかったよー。』

 先ほどの怒りはどこへやら。
 千冬は自分の耳から血が噴出したような感覚に囚われ、ハタから見ていた千早も彼女の耳から血が噴出する幻覚を見たような気がした。
 そのお陰で一瞬ビクッとする千早。

「念のため聞くが、どうやって調べた?
 本当に御門は男なのか!?」
『えーとねー、おふr』
「いや、いい。止めておこう。」

 なにやら不穏当な返答をしようとする束に対して不吉な予感を感じた千冬は、彼女の返答を遮った。

『ぶ~~~。
 ……本当はね、千早君をそっちに送ったのって、ちーちゃんを精神的に追い詰める為だったんだ。』
「は?」
『千早君の世界にはISは存在しない。あるのは小説「インフィニットストラトス」。
 だから千早君の世界にいっくんを送ってしまえば、いっくんは暗殺されたり誘拐されたりする心配がなくなる。
 それをちーちゃんが自分で考え付くか千早君が提案するかして、そのお別れが刻一刻と迫る、その焦燥感をちーちゃんに感じて欲しかったの。』

 突然のトンでもない束の告白に戸惑う千冬。
 電話の向こうの束の声は、普段とは比べ物にならない真剣なトーンが感じられる。

「ちょっとまて、そんなもの私に感じさせてどうするつもりなんだ!?」
『だってちーちゃん、いっくんをISに関わらせない事で守ろうとしたんでしょ?
 でもそれって、ISに関わらないって事は「織斑千冬」にも関わらないってことだよ。
 実際、ちーちゃんってば月に2,3回しかいっくんと一緒に過ごせてないじゃない。
 その路線の行き着く先は、ちーちゃんといっくんの永遠の別れ。それでいいの?』
「…………」

 束の指摘に押し黙る千冬。
 今指摘された事は、以前から自分でも分かっていた事だった。
 一夏が誘拐された時も、その原因は一夏が自分の、「織斑千冬」の弟だった事だ。
 ISに関わる事は危険かも知れないが、一夏は千冬というこれ以上ないほどのISとの接点を持っており、ISとの関わりを絶つのであれば、千冬との関わりを絶たねばならない。
 ……分かっていた事だった。

『それに「インフィニットストラトス」でいっくんが誰よりも素質があるって言われてるのに弱っちいのは、ISと関わるのをずっとちーちゃんに妨害されてたからなんだよ。
 もっと前からISと関わっていたら、女の子達とそんなに変わらない訓練を受けれた筈だもん。それなら、一番才能があるいっくんが一番弱いなんてありえないもの。
 そんなちーちゃんのせいで弱虫になっちゃったいっくんが、自分の弱さに苦労させられる「インフィニットストラトス」を読んじゃったらさ、ちーちゃんを責めないわけにはいかなくて。』
「……全ては私の勝手だったという事か?」
『少なくとも私はそう思ったよ。』

 千冬は押し黙る。そうせざるを得ない。

『なんだったら、今度会った時にいっくんを千早君の世界に送っちゃう?』
「っ!! やめろっ!!!!!!!」

 ほとんど反射的に千冬は叫ぶ。ほとんど、否、完全に悲鳴だった。

『だよねぇ~~。いっくんがいない人生なんて、ちーちゃんにとっては死んじゃったのと同じだもんねぇ。』
「…………」

 千冬は黙るしかない。
 会話のイニシアティブを完全に持って行かれた事も自覚せざるを得なかった。

『いっくんと千早君に関しては、あたしからの要請でIS学園に入れてもらうよ。』
「……お前に言われずとも、男性IS装着者である一夏は強制的に入学させられる。
 御門については……お前に押し付けられた専用機があるからな。こいつの方も強制入学だろう。」
『うんうん。そーそー。
 千早君に関しては親御さんに説明求められちゃってねー、とりあえず無事を伝えたら、結構あっさりIS学園入学を認めてくれたよ。』
「……そうか。よく怒り出さなかったな。」
『なんかねー千早君、自分の殻に閉じこもったっきりで人との付き合いが出来なくて、おかーさん心配してたんだって。
 それで全寮制の学校なら人との関わりも出来るだろうって。』

 お前がそれを言うか。
 思わず口をついて出てきそうになるその台詞を、千冬は飲み込んだ。
 今更言ったところで直るものでもない。








 後にして思えばこれが、織斑 一夏と御門 千早のIS学園入学が決まった瞬間だったのかもしれない。
 千冬がそんな風に考えられる余裕を取り戻したのは、この1ヶ月以上後の話だった。



==第一話FIN==


 自分じゃ書けないと思ったので、雑談の「こんなネタ」スレに書き込んだネタですが、一向におとボク×ISを見かけないので書いてみました。
 そんなわけでその他板の恋楯クロスには期待しています。

 本当は束が言っていたような展開で話を進め、3巻で終わりという形を考えていたんですが、流石に親友相手にそこまでねちっこくは出来ないだろうという事で、この辺で手打ちにしました。
 まあぶっちゃけ異世界への移動で一夏の安全を確保するのであれば、IS学園入試以前の段階で拉致った方が良いわけで。
 3巻で終了という道筋を既に絶ってしまったため、完結はあまり期待しないで下さい。


しかし、ちーちゃんの男の子口調がよー分からん。
たぶん史相手に話した時の口調なんだろうけどうまく書けない……
基本、男の子モードで話を進めなきゃいけないのに。



[26613] IS世界の女尊男卑って、こーゆーとこからも来てると思うんだ(短いです)
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/03/21 23:20
 一夏と千早はIS学園入試の3日後にIS学園にやって来た。
 千早から「インフィニットストラトス」の冒頭部分で一夏のニュースが連日連夜報道されていたという話を聞いた織斑姉弟が、マスコミの大攻勢が始まる前にIS学園に引き篭もってしまったほうが良いと判断した為だ。

 だが、たった2,3日でIS学園への入学を捻り込む事など出来ない。
 よって正式な手続きはまだしておらず、一夏と千早は寮に入る事ができない。

 なので、当面は千冬の部屋に居候という形になる。
 しかし2人は、正式な手続きが済んだ後でも寮に入るつもりはなかった。

 何故なら2人は

「千冬姉。俺達、夜寝る時にIS着て寝たいんだけど、どうにかなんないかな?」
「……一夏、お前一度死んで見るか?」

ISを着込んだ状態で就寝したいと思っていたからだ。
 千冬はその発想に呆れ果て、氷のように冷たく強烈なツッコミを入れる。

「べ、別に何の根拠もなくIS着て寝たいって言ってるわけじゃないぜ。
 一応根拠があるんだよ。」
「ずぶのド素人の思いつきに根拠も何もあるものか。
 大体何なんだ、その根拠と言うのは。」

 何だかんだいって弟には甘い千冬である。
 本来なら切って捨てて聞く耳持たない素人の思い付きにも、相手が弟であれば多少聞く耳を持つ。

「えーとな、ほら夜寝てる時の脳の活動って、色んな情報を頭ん中で整理してるって話があるじゃないか。
 だから寝ている時にIS着けてれば、ISの操作方法込みで脳内の情報を整理できて、より早くより自然に直感的にISを操縦できるようになるんじゃないかな~~、なんて思ったんだよ。」
「……そんなものIS無しでやれ。」

 と斬って捨ててはみたものの、確かに一夏の言い分にもそれなりの理はありそうである。
 それに「ISを着用して就寝する」という発想は非常に新鮮であり、それでいてその操作方法が脳の活動と直結しているISが睡眠中の脳の活動と無関係という事も考え辛い。
 男性IS装着者という特殊ケースでデータ取りというのも考え物ではあったが、それでもISを装着したまま眠った時のデータは取ってみる価値がありそうだった。

「……男女が同じ寮で生活するのは好ましくないとして、お前達がアリーナ辺りで寝泊りできるかどうか上の方に打診してみよう。
 アリーナならば、ISを制限なく使えたはずだからな。
 だが……あまり期待するなよ?」

 やはり弟には甘い千冬であった。

「ああ、後、その電話帳の中身は4月になる前に全部憶えておけよ。
 それ全部がISに関する基礎知識で、ウチの授業についていく為には全てが必須だからな。」

 ただし締める所は締める。

 一夏は「電話帳」と揶揄されるソレを見てゲッソリする。
 こんなものの中身を完全に把握するなど、何年がかりになるか知れたものではない。
 一方の千早も同様だったが、彼に関しては一夏とは違う懸念も抱いていた。

(IS学園の入試倍率から考えて、女の子はこの電話帳の中身をある程度把握しているのが当たり前で、完全に把握している子も少なくない。
 その一方で、男の方は全く知らない分からないのが当たり前……普通ならISなんて動かせないんだから当然か。
 分野的な偏りはあるけれど……この世界って、男女間で知的水準にかなり大きな差が出来ているのかも知れない。
 ……なんだか、そっちのほうが地味に女尊男卑よりも深刻な問題のような気がするな……)

 とはいえ、それを千早がどうにかする事も出来ないので、千早は大人しく一夏と共に電話帳を前にして苦悶する事にした。





===============






 一夏と千早は電話帳とノートを前にして突っ伏していた。
 電話帳のページは全体の40分の1もめくられてはいない。

「あ、頭が割れる……」
「確かに……これはキツイですね……」

 一夏は単なるバイト中学生だった身である。
 専門知識が山盛りにされている電話帳の中身に、脳がショートしてしまうのは当然である。

 だが……彼のかつての同級生たちのうち、女子達は全員がこの内容を最低でも半分程度は理解していたのだ。
 女の子ならば誰しもがIS学園に入学する事を夢見て、この電話帳と何年にも渡って格闘するからだ。
 なので彼女達は電話帳に記載されている専門的かつ複雑な計算式にも平然と対応できる。
 一方、一夏を含むIS学園に入る事などありえない男子生徒達の計算能力は、千早の世界の一般的な中学生とほぼ同レベル。
 数学的能力だけを切り出せば、大学生をも遥かに凌駕する女子と中学生レベルの男子と言う構図となる。
 勉強のさなかにその話を一夏から聞いた千早は、やはりかなり深刻なレベルで男女間の知的水準に差が出来ている事を実感した。

 一方、千早の知的レベルは元の世界の水準に当てはめれば恐ろしいほど高い。
 ハッキリ言って、彼に比べれば一夏など問題外と言って良いレベルである。
 ……のだが、彼はISが実在しない世界の住人であり、ISに関する専門知識など全く持ち合わせていない。
 勉強といえば一を聞いて十を知るばかりであった千早にとって、訳の分からない専門知識の塊を相手に苦闘すると言うのは全く未知の体験だった。
 ゆえに理解度は一夏よりも高いものの、疲労の色も一夏より濃い。

「休んでいる暇はないんだけどな……洒落になんないだろコレ。
 なんで女子連中はこんなもん把握できてたんだ……」
「小学校時代からの積み重ね……裏を返せば、その時点で既に男子よりも段違いにハイレベルな教育を受けていたという事なんでしょうね。
 はあ、僕も疲れましたよ。」

 千早は頭を抱えながら仰向けに寝転がり、ため息をついた。

 2人の前途は、暗かった。
 まあ2人いるという事と、電話帳を捨てずに入学前から勉強し始めている時点で「インフィニットストラトス」の一夏よりは恵まれているかも知れないが、彼には主人公補正がついている。
 ソレを思えば、どちらがマシな境遇といえるか微妙な所であった。





===============


 一方その頃。

「……まさかアリーナでの寝泊りが普通に許可されるとは思わなかったな。」

 などと千冬が言っている横で、一夏と千早の入学手続きが今まさに完了しようとしていた。

 これによりアリーナを使用できるようになった一夏と千早が、鬱憤晴らしの為にひたすら飛びまわり続けた事は言うまでもない。


==第二話FIN==



 ホントは一夏VSちーちゃんという模擬戦をやりたかったんだけど、タイミング的に合わず。

 ちなみにこの世界では、一夏の代わりに弾がマスコミに追い回されて偉い事になっています。一夏本人にインタビューできないなら、その親友でいいやという理由で。

 しっかしこれだけ男女間の知的水準に差があると、もう学術研究の世界も女性に制圧されそうですねえIS世界。そしてそっちの意味でも男性の価値が地に落ちると。
 少なくともヒロイン連中の演算能力は人外レベルなのが確定してるからなぁ……



[26613] この人は男嫌い設定持ちです
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/03/28 18:12
「まったく、毎日毎日毎日毎日、よくもまあ飽きもせずに一夏の事ばかり報道してくれるものだ。」
「仕方がないですよ先輩。
 男の子がISを動かしたっていう事は、ソレくらいの大事件なんですから。」

 千冬は後輩の山田と共に、職員室でテレビを見ていた。
 報道される内容は、あいも変わらず「男性IS装着者出現」つまり一夏の事ばかり。
 その状況がもう半月も続いて、千冬はもうウンザリしていた。

 ちなみに千早については、ほとんど報道されていない。
 何しろ彼は見た目がアレである。
 男というよりも御伽噺のお姫様といった方が遥かに納得できる容姿をしている為、千早が男性IS装着者として報道される事はない。
 もし仮にそういった報道がされた場合を想定してみても……

「あいつを見せられて「これが男性IS装着者です」等と言われて、信用する奴などいるものか。」

 という結論に達してしまう。

 現状、千早が男性であるという事を知っているのは千冬と一夏、束の3人のみ。
 一夏は始めて千早と出会った日の帰りに、千早と共に公園のトイレに行き、千早が男性用トイレで用を足す所を見て、彼が男である事を知ったという。
 その後、織斑姉弟はショックの余り丸一日寝込み、それを見た千早が自分が男だという事はそこまでショックな事なのかとへこんでいたのだが、そんな事は最早過ぎたことでありどうでもいい。

 千早が男性である事を知る者はごく少数だが、別に千早が男性であるという事は機密でもなんでもない。
 初対面の時の千冬と同じように、正直に白状したところで相手が信用してくれないだけである。

 千冬は弟だけでなく千早のためにも男性用の制服やISスーツを用意しようとしているが、業者の方が何故に千早に男物が必要なのかと首を捻るばかり。
 千冬としてもその気持ちは痛いほど分かるのだが、千早は散々女の子に間違われてきた……というか実際には男として認識してもらった頻度の方が遥かに少ないくらいだったせいか、女物を身につける事にはかなりの拒絶反応を示している。
 いかに男物より似合っていようと、本人にしてみれば女装である。確かに苦痛ではあるだろう。

 千早曰く、

「何故にまりや姉さんがいない所でも女装させられなきゃならないんだ……」

との事らしい。

 千冬が「まりや」なる女性について千早に尋ねた所、自分と又従兄弟の瑞穂を好んで女装させてくるパワフルかつ傍迷惑な従姉妹なのだという返答が返ってきた。
 なお、千早と同じようにまりやの被害に遭っている又従兄弟の瑞穂の方も千早と変わらない位女性として美しいらしく、まりやは

「なんで女のあたしより、男の従兄弟2人の方が可愛くて綺麗で女らしいのか。」

と、よく愚痴っていたという。

 ……千冬は同じ女として、まりやという女性の気持ちが痛いほど理解できた。
 なのだが、どうも当の従兄弟2人には彼女の慟哭が余り届いていないらしい。
 いかに見た目が美少女でも、一応彼らは男性である、という事なのだろう。



 その千早の男性的な側面を最近ようやく目にするようになった。
 いや、ある意味では容姿よりも更に女性的な側面か。

 ISが使用できるようになってから、度々千早は一夏に攻撃的な態度を示すようになった。
 それまでは「一夏という人命を保護すべし」という立場から一夏の味方として振舞っていた千早であったが、彼は自分自身が男であるにもかかわらず、かなりの男嫌いだったのだ。






===============






 事の発端は、一夏が

「いずれは千冬姉の事を守れるくらいにはなりたいよな。」

とのたまったのに対して

「そんな事は一生かかっても不可能ですよ。」

と、千早が冷たく反応した事だった。
 少なくとも千冬はそう聞いている。

 二人は口論を始める。
 誰かを守れるくらい強くありたい、強くなりたいという一夏に対して、千早は誰にも勝てない最弱の力で誰かを守る事など出来はしないと斬り捨てる。
 そして続ける。
 そもそも出会った当初から一夏がIS学園に来るのは反対であり、一夏はどう足掻こうとも誰かに一方的に守られる弱者という立場から一生一歩も動く事は出来ない、と。

 それからはもう売り言葉に買い言葉。
 そして丁度ISを身につけているのだから模擬戦で決着をつけようという事になり……一夏の凄惨な惨敗で決着した。

 惨劇は模擬戦の終盤、一夏が白式に装備されたIS用の刀、雪片弐型を振り下ろした時に始まった。

 振り下ろされる雪片弐式のスピードは人間の斬撃とほぼ等速。振り下ろす腕の付け根が人間のものなのだから、当然といえば当然である。そして千早のIS、銀華のスピードはそれを上回っていた。
 振り下ろされる雪片弐式を潜るように避けた千早は、振り下ろされている途中の一夏の右腕を掴み、振り下ろしの勢いを利用して無理に1回転させる。
 これによって一夏の右肩が破壊される。

 その激痛に動きが鈍った一夏の足に素早く取り付いた千早は、高速でスピンして足を思い切りねじり挙げる。それを2回。
 これにより一夏は両足を持って行かれた。

 四肢の内、一夏に残されたのは左腕のみ。そして他の四肢を奪われた時の激痛は引く気配を見せない。
 その状態で千早と銀華を討ち果たす事は不可能であり、最終的には首を捻りあげられて絶対防御が発動し、シールドエネルギーを根こそぎ持っていかれてしまった。

 辛うじて意識が残っていた一夏に、千早はこう告げる。

「同じずぶの素人相手にこの体たらくで、誰かに勝てるつもりなんですか。
 素人相手にこれじゃあ、誰にも勝てない。
 まして誰かを守る事なんて出来るはずがない。」

 それでも一夏は、これから強くなれば良いと食い下がるが、それさえも千早は

「既に僕たちより遥かに強い人達も、もっと強くなる為に軍事訓練を受けていて僕達以上の速度で強くなっていっているんです。
 アキレスと亀みたいなものですよ。
 スタート時点が遅れた僕達は、彼女達に追いつく事なんてけっして出来ないんです。後から来た女の子達に追い抜かれることはあっても、です。」

と斬り捨てた。
 後になって一夏は、この時の自分の弱さをなじる言葉も、半分くらいは千早自身に向けていたようにも感じた、と千冬に話した。
 その時点で、既に千冬はそれが事実である事を知っていたのだが、それはまた別の話である。


 そしてこの決着の直後、2人のISの一次移行が終了する。


 白式は何故か中身、一夏ごと修復され、工業機械然とした角ばった様相から流線型のフォルムを得る。
 とはいえ、白式自体のダメージは軽微だった為、修復されたのは一夏だけと言って良い。白式に起こった事は修復ではなく変化だった。
 通常ISの腕や足というのは人間のソレより大きな物で、とりわけ脚部パーツが本物の足よりはるかに大きくなっているのだが、白式のそれは人間用の篭手や脛当のサイズまでダウンサイジングされる。しかしソレは小さく弱くなったというよりも、洗練された力が凝縮された、むしろ力強い印象を見る者に与える。
 翼はやや小ぶりになったものの、しかしその力強さはより大型だった以前とは比べ物にならない。
 そして小さくなった分、数が増え、推進力が飛躍的に増大した事は疑う余地が無い。
 かくして大きな手足に本物の手足を突っ込み、背中に巨大な羽根を背負うISに共通する筈のフォルムは、小さく整理され、しかし小さく纏まるのではなく力をより凝縮させたというイメージを見る者に与え、そして事実その通りだった。
 凝縮されたエネルギーは、より強大な力を示す。
 その身に秘めたるあふれんばかりの力を凝縮し、更なる力とした白き鎧武者、それが一次移行を経た白式の姿だった。

 同様に銀華も一次移行によりダウンサイジングされる。
 白式の手が篭手ならば、銀華の手は長手袋。
 白式の足が脛当+甲懸ならば、銀華の足はブーツ。
 腰部装甲の横にはアンロックユニットのスラスターが追加され、頭部パーツはティアラのよう。
 胸を覆う胸部装甲は、しかし動きの邪魔にならないことは明白だった。
 小さくなりながらもかつてより力強さを感じさせる白式に対して、一次移行によって変貌した銀華はどこまでも軽やかだった。









===============







「対ISの関節技なんて初めて見ましたよ、先輩。
 でも御門さんって綺麗な顔してキツい事しますね。」

 二人の模擬戦が行われた日、千冬は一夏の四肢が破壊されたと聞いて愕然とし、なぜそんな事になったのかと、一夏対千早の模擬戦の記録映像を見る事にした。
 他にも束謹製の専用機同士の戦いを見たいと、山田をはじめ多くの生徒や職員がやってきている。
 初心者同士の戦いで操縦技術的には見るべきものなど無いと思いながらも、やはり束謹製の専用機というのは興味がそそられるものらしい。

 そして目にする、IS戦で行われる装着者の関節への攻撃。
 ソレを見たものは皆、物珍しさに目を剥いた。
 しかし同時に、なぜ千早がそんな事をしたのか、千冬のみならず多くの人間が首を捻る。

 そこで一同は、千早と一夏がISを使えない間に行われた二人のISについての調査データを閲覧する事にした。機密に関わる部分以外は、たとえば装備の概要などはそれで分かる筈だった。

 そうして判明する驚愕の事実。
 その二機のISはあまりにも軽装だった。
 白式の武装は刀一本のみ。
 そして銀華の武装は……全く無し。拡張領域すら存在しないため、武装の追加も不可能だった。

「……つまりISの馬力に物を言わせた関節技だけが、御門の攻撃手段だったという事か。」

 理解は出来る。しかし納得は出来なかった。
 生まれて始めてのISでの戦闘で、四肢を破壊される。
 IS同士の戦闘を甘く見ている初心者に現実を見せる為の処置としては、あまりに苛烈で過酷な処置であると思った。
 彼女が弟に甘い事を考慮しても、この感想は妥当であろう。

 だからその場の全員が驚いた。
 両足を破壊されたはずの一夏が、千早を伴って自分の足で部屋に入ってきた事に。











「なんでか分かんないんだけどさ、初期化と最適化が済んだ時に治っちまったんだ。
 損傷したISが一次移行や二次移行を迎えると修復されるって話が電話帳にあったけど、多分丁度そんな感じ。」

 何故動けると訊ねる千冬に、一夏はそう答えた。

「いや、普通そんな事は起こらないんだが……まあ、お前が無事なら何よりだ。」
「いや無事じゃ無かったって。
 肩とかぶっ壊されて、とんでもなく痛いのなんのって。
 ISでの戦闘って、あんなに痛いモンなんだな。」
「むう、まあモンド・グロッソに出場するような奴の中には、骨折でも眉一つ動かさんようなのもいたがな。
 普通は今回のお前ほど痛い思いはせんぞ。
 まあ、被弾時にはそれなりに痛い思いをするが、関節をあんなに乱暴に破壊されるほどの激痛は稀だ。」

 と、千冬は千早に向き直る。

「……お前に、他の攻撃手段がなかったのは分かっている。
 だが感情の部分では割り切りきれん。」
「……でしょうね。」
「それが分かっていながら私の前に姿を見せるか。」

 千冬と千早の間に重い空気が流れる。

「場所を変えるぞ。いいか?」
「はい。」

 千早は頷く。

「じゃあ一夏は1人で記録映像を見ていてよ。
 感想戦は後にしよう。」
「ん、ああ。」

 一夏はそういうと、千早を見送った。
 彼は気付かない。

 今この場にいる人間の中で唯一の同性を退出させてしまった事に。
 また、それと同時に、この場に居る大勢の女性に対する歯止めもまた行ってしまった事に。

 かくして千冬と千早が出て行った直後、一夏は女ばかりで出会いもへったくれも無いIS学園の娘さん達に詰め寄られ、結局二人が戻ってくるまで記録映像を見る事が出来なくなってしまったのだが、それは関係の無い話なので割愛する。



 一方、廊下に出た千冬と千早は、人気の無い一角で話を始めた。

「そもそも今回の模擬戦、お前が一夏に喧嘩を売った事が原因らしいな。
 関節技しか攻撃手段がなかったことを装着者であるお前が知らん筈が無い。
 ……最初から一夏の関節を破壊するつもりだったな。
 何のつもりだったのか、教えてもらおうか。」

 千冬が千早を威圧する。

「……八つ当たりだったのかもしれません。
 出来もしない守りたいという願いを持つ一夏が、母を守りたいと思ってそしてそれができない自分と重なって、どうしようもなく嫌になったんです。
 どうする事も出来ないくせに、守ってもらう側のくせに、守るだなんて妄言を言う一夏が許せなかった。
 知っていた筈なんですけどね、「織斑一夏」という人がそういう人だっていう事は。
 でも、我慢できなかった。
 それだけです。」
「つまり一夏の中に見たくない自分を見て、八つ当たりで痛めつけたと。」

 千早は黙って頷く。

「許容できませんか?」
「したくはないな。
 だが、一夏がああして復活している以上、そして一夏本人がああしてお前を許容している以上、今更お前を痛めつけた所で何も始まらん。」
「本当に、彼の事を大切に思っているんですね。」
「……一夏はお前にとっても友人だと思っていたんだがな。」

 千冬のその台詞に、千早はこう応じた。

「まあ今までは彼の命や生活がかかっていたり、電話帳に圧倒されたりしていて、嫌悪の感情を見せる余裕すらありませんでしたからね。
 ……実は僕、自分自身男の癖に男嫌いなんですよ。」
「……は?」

 千冬の目が点になる。

「はは、まあ驚きますよね。男の男嫌いなんて。
 最初は、そう一番最初は自己嫌悪と家庭を顧みない父への反発だったんです。
 それが今では、嫌悪の対象が父と自分自身だけではなくて、男性全般に及ぶようになってしまいました。
 荒療治の為に男子校に入学しようと思ってたんですけど、この世界に拉致されてそれも出来なくなりました。」
「お前が……男子校……だ、と……?」

 いや、鏡を見ろ鏡を。
 男子校に行くなどと、お前は正気なのか。
 もっと自分を大事にしろ。
 ヤケッぱちで自分を投げ捨てるような真似をするな。
 心に大きな傷がつくからやめろ。

 そんな、千早に叩き付けたいフレーズが千冬の中で乱舞し、お陰でそれらが上手く口をついて出て行かない。
 そして束に内心謝罪をする。

(束、この間は誘拐魔などと呼んで悪かった。
 お前がこの世界に連れてこなければ、千早の人生には拭いがたい傷がついてしまう所だった。)

 千冬は男子校の内情など知りよう筈が無いが、周り中思春期の男しかいない環境下に千早を放り込んだ結果など悲惨なものしか想像できない。
 千早の男子校入学がお流れになった事は喜ぶべき事だ、と千冬は思った。 

 それにしても。

「自己嫌悪か……御門、お前は自分が嫌いなのか?」
「ええ嫌いです。
 全てを上から見ているように見下す自分も、周りとの壁を作る自分も、何も出来ていないくせに母様の傍にいるだけで彼女を守れているつもりになっている無力な自分も、浅はかな判断でその母様を病ませてしまった自分も、嫌いです。
 ココに来た事で、上から目線の自分が以前より嫌いになりましたね。
 ……「インフィニットストラトス」の事がありますから。」
「……そうか。
 お前は嫌いな自分を許せるか?
 それとも自分の嫌な部分を直せるか?」
「どちらも、そう簡単に行けば苦労は無いでしょう。」
「違いない。だが私は一応教師で、お前はこの4月からここの生徒だ。
 多少は頼ってもらいたいな。」

 この時千冬は、千早に対して、教師としての本文を全うする必要性を感じたのだった。












「千冬姉、千早、早く帰ってきてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」





==第3話FIN==

ちーちゃんドSモードは男の子が基本なのに、女の子仕様の口調の方が合うような……うーん。
 Sっ気タップリにする為に、わざと丁寧口調にしてみました。一応、一夏と話す時は男の子口調でも話してますが、なんかまぜこぜ。過渡期か何かだと思ってください。(言い訳)
 白式もなんか原作と違いますが、まあ銀華の一次移行に引っ張られたとでも。初戦の相手自体がブルーティアーズと銀華と、全然違うISですしね。

 あと、同じ初心者同士なのにちーちゃんの方が圧倒的に強かったのは、中の人の性能差がモロに出たのと、ISの相性です。
 おとボク主人公は真ヒロインであると同時にかなりのチートキャラなんで、初期一夏に攻略できるほどヤワではありません。流石に人外の戦闘力を持つISヒロイン達には負けますが、例えば瑞穂ちゃんは100m6秒台と言われるほどの脅威の身体能力を持ち、瑞穂ちゃんに劣るというちーちゃんでも塀をジャンプで乗り越える事が出来ます。
 それとISの相性ですが、ちーちゃんの銀華はPICを極めた運動性特化機。同じく運動性を重視しながらも火力の方にも気を使っている白式では、戦いの展開が運動性比べになってしまいより運動性に特化した銀華に負けてしまいます。
 一方で、防御の硬いISと戦う際には、一撃必殺の火力と充分な運動性を持つ白式の方が有利という感じになります。

 またちーちゃんが一夏の関節を破壊した件ですが、おとボク1で瑞穂ちゃんが暴漢の骨をへし折る描写があるため、その親族であるちーちゃんも必要性を感じたら躊躇無く相手の骨をへし折れるものと解釈しました。まあ今回は八つ当たりですが。

 ……しっかし、ちーちゃんの態度の変貌がちと急すぎたかも。

 なお、一夏の関節を破壊する怖いちーちゃんを忘れてちーちゃんに萌えたい方は、銀華装着状態のちーちゃんを妄想してみてください。
 どこのお姫様だと言いたくなるような仕様になってます。



[26613] こーゆー設定資料的なことはやんないほうが良いと分かっているんだが……
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/03/21 17:44
 前回の話で、これからちーちゃんが関節技一本のプリンセス金剛拳な戦い方をするのではないかと懸念される方も居られるかと思いますので、銀華(とこの話での白式)の設定を書こうと思います。

 ちなみにちーちゃんの関節技は前回のみです。
 それ以降の関節技の使用は、もう1人のちーちゃんこと千冬さんに使用を止められています。
 まあ一夏以外の相手にやったら、女の子の関節を無慈悲に破壊していく話になっちゃいますからね……


NAME:銀華<ギンカ>
 PIC及び空間制御を極限まで極めた運動性特化機。
 あまりに特化しすぎた為、白式にすら存在する拡張領域を全く持たない、火器管制システムがないなどの欠陥を抱えている。
 展開装甲もついておらず、第四世代とも言いがたい。
 拡張領域もなく固定武装も無いので、一般的な意味での武装を全く持たないトンでもない代物である。

 しかしその代償として得た運動性という名の力はとてつもなく強大。
 最高速度・加速/減速性能は他の追従を許さず、しかもそのスピードで極めて鋭角的なターンが可能。
 どのくらい鋭角的かというと、瞬間的かつ全くスピードを落とさずに180度近く進行方向を変更できるという、とんでもない代物である。
 使用者の反応速度次第では、狭いアリーナ内でも凄まじいスピードで連続鋭角ターンを繰り返しながら敵を強襲することすら可能である……そのためには、常人とは比較にならない超反射神経が要求されてしまうのだが。
 この運動性は、同じく運動性重視の白式ですら真似できるものではない。

 また銀華には正規の武装は無いものの、極めて高度かつ簡便に操作できる空間制御システムを搭載している。
 このシステムは運動性を高める目的で搭載されているものだが、簡単な応用で空間を歪めその歪みが解消される時に発生する衝撃に指向性を持たせる簡易衝撃砲として使用する事が出来る。
 あくまで本来攻撃用でないシステムを応用した簡易衝撃砲である為、射程に問題があるものの、威力自体は甲竜の衝撃砲に劣らない。
 千早は、この簡易衝撃砲の発射台として銀華の手足を用いる衝撃拳を主な攻撃手段とする事になる。

 運動性という特性を反映させる為、通常のISよりも素直なマンマシンインタフェースとなっており、一次移行でダウンサイジングしてしまったのもその為。
 見た目的には、もはやお姫様以外の何者でもない代物になってしまっているのだが、(本人にとっては幸いな事に)千早はISはISであるとしており、彼が銀華のデザインに気を取られている様子は無い。



NAME:白式
 出自的には原作の物と全く同じはずなのだが、一次移行の前に戦った相手がブルーティアーズではなく銀華であった為に、その機体特性に変化が見られている。
 銀華の圧倒的運動性に対応する為、銀華と同じくダウンサイジングしている事もその一つで、これにより運動性が原作の物より上昇。
 また素直なマンマシンインターフェースも共通である。
 かといって他の面で原作の白式に劣るわけではなく、運動性の分原作よりも高性能と考えてよい。

 銀華には劣るとはいえ、やはり束謹製の運動性重視型ISである事には変わりなく、その運動性は中身の技量さえ伴えば脅威の一言に尽きる。
 そして一発がとにかく大きい雪片弐式。
 身につけているのが最弱の一夏でなければとんでもない事になる極悪性能のISである。



[26613] ちーちゃんって、理想的なツンデレヒロインだと思うんだ(短いです)
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/03/21 20:38
「うう……またやってしまった……」

 千早は銀華を着た状態で膝を抱えてうつむく。
 どうにも一夏に憎まれ口を叩く事が止められない。
 そして今回の模擬戦も、その暴言がきっかけに始まったものだった。

 少し離れた所には、シールドエネルギーを切らした白式を着た一夏が何事かと様子を窺っている。
 初めての模擬戦の時と異なり、千早は空間操作を応用した衝撃拳で戦っている為、一夏は関節を破壊されるほどの激痛を与えられる事無く敗北している。
 千早に散々なじられ、ボコられてもへこたれず、ましてその千早の様子を心配そうに見つめているのは、彼の人の良さや精神的強さの証拠か。

 千早は一夏がやたらモテる理由が分かったような気がした。
 それにひきかえ、千早自身ときたら……

「おい、大丈夫か?」
「負けた方が勝った方に言う台詞じゃないですよ、それ。
 はあ。
 自分の性格の悪さがいつになく嫌になる……」

 千早はそう自己嫌悪しつつ、ため息をついた。

「直せば良いんじゃないか?」
「性格なんてそうそう直る物じゃないでしょうに……はあ。」

 千早の精神状態は余りよろしくないようだ。
 一夏はそう判断して、千早に何か話題を振る事にした。
 そうだ、千早の自己嫌悪といえば。

「そうだ、千冬姉に聞いたけど、お前って男の癖に男嫌いなんだよな?
 でも俺を助けようとしてくれたよな?」
「いや、あれは人命救助ですから。
 流石に男なんて皆死んでしまえとか、そこまで男嫌いじゃないですよ。」

 千早の声は沈んだトーンのままだった。

「でも、なんで男なのに男嫌いなんて難儀な事になったんだ?
 それじゃあ自分の事も嫌になってこないか?」
「いや、それは順番が逆ですよ。僕は男嫌いになる前から自分が嫌いです。
 それと家庭を顧みなくなった父への反発が合わさって、範囲が広がって男嫌いになったんです。」
「……本気で難儀だな、お前……」

 一夏は膝を抱える千早の陰鬱なフィールドが、薄闇になって具現化する幻覚が見えたような気がした。

「ああ……もうこんな女の子だらけのところで、助け合わなきゃいけない唯一の同性に対して弱虫だのなんだの……
 孤立するのも当たり前だよ、僕は……」
「おーい、千早ー、帰ってこーい。」

 どんどんどんどんネガティブ思考になっていく千早に対して、一夏は気遣いの声をかける。

 一夏にとっても、唯一の同性である千早と分かれて女性ばかりのIS学園で孤立するという事態は避けたい。
 なんというか、強烈な物量の好奇の視線の圧力が凄すぎる。
 だが、千早といるとその好奇の視線が心なしか分散するのだ。彼の事を男と知った女性が幾らかいるのかもしれない、と一夏は考えている。

 それに千早といると精神的にも本当に楽になる。
 何しろIS学園で異性として気を使う必要がない相手は千早しかいないのだから。

 「インフィニットストラトス」の一夏を、一夏は尊敬する。
 あんた、千早がいないこの孤立状態どうやって乗り切ったんだよ、と。
 ちなみに一夏は、「インフィニットストラトス」がハーレム物のライトノベルだという事を知らなかったりする。

 さらに一夏が知らない方が良い情報が一つ。
 千早はIS学園のほぼ全ての人間から女性と思われており、その千早と一夏が常時共に行動している為……千早は一夏の恋人だと思われている。
 これは、一夏以上に千早にとって知らない方が良い情報であった。

「おい千早、お前さ、なんで自分が嫌いになったんだ?」

 何でも良いから千早と話さないと、と思った一夏が思わず出した話題が千早の自己嫌悪について。
 これを訊ねた瞬間、一夏は「やっちまった」と心の底から思った。

「え? ええと……僕の双子の姉が死んでしまったのが切欠だったのかな。」

 千早は一夏の質問に反応し、応えた。

「は?」
「……家族が死んでしまったというのに、父は仕事ばかり。
 母様は悲嘆にくれて、僕はその悲しみをどうにか紛らわせないかと思って……
 ほんと馬鹿な事をしたものです。
 僕は娘を失った母様の悲しみを紛らわせる為に、姉の服を使って女装したんですよ。
 姉と僕はとてもよく似てましたから。」
「な……」

 女装を嫌がり、女の子に間違えられてへこむ千早が、自分から女装?
 一夏は耳を疑った。

「最初は効果があったと思いました。
 でも……母様の精神を、僕は歪めてしまっていたんです。
 母様はいつしか姉と僕を混同するようになって……今では自分の娘である姉の事を忘れ、しかもほんの少しですけれど精神を病んでしまった。
 そんなふうに母様を歪めたのは……僕なんですよ。
 確か、これが僕が自分の事を嫌いになった切欠だったと思います。」
「そ、そうか……話し辛い事、話させちまったな。」

 千早自身の精神を更に鬱にさせるような重い話を千早から引き出してしまい、一夏は後悔した。

「人の世話を焼きたがるのは良いですけれど、大きなお世話にはならないように注意してくださいね。」
「……善処します。」

 千早の言葉に、一夏はそう応えるしかない。
 一夏は別の話題を探す事にした。

 共通の話題が中々見つからない。
 そもそも好きなアニメやゲームなどの話をしようにも、千早は異世界の住人だったのだ。
 同じ作品についての話題で盛り上がる事が出来ない。
 一応、向こうにもこちらにもある作品はあるらしいのだが、自分が挙げる作品がソレに該当するかどうかは分からなかった。

 いや……これなら確実だ。

「なあ千早、「インフィニットストラトス」の俺ってどんな奴なんだ?」
「え? いや、基本的にあなたと同じと思って良いと思いますけど……」
「いやそういうなよ。なんかあるだろ?」
「まあ、ああいうお話の主人公の常として、素質はあるみたいな事は言われているみたいでしたよ。
 ただ、昔から鍛え続けているヒロインたちとの差が大きすぎて、いくら素質に恵まれているといっても、そう簡単には追いつけない。
 彼女達との差は確かに縮まってはいるけれど、並んだり追い抜いたりするにはまだまだ長い時間が必要って感じだったと思いましたけど……違ったかな?」
「へえ、なるほど。」

 一夏は気付かない。
 千早が「ヒロイン達」と言っていても、「インフィニットストラトス」がハーレム物である可能性に考えがいかない。
 ヒロインといっても、そもそも一夏でないIS装着者という時点で女性なのだ。
 一夏はそう思って違和感を全く感じなかった。

 その代わりに一夏は、千早のテンションがひとまず回復してくれた事には気付いた。
 千早はあまり「インフィニットストラトス」について一夏が知るのはあまり良くないと思うとして、「インフィニットストラトス」についての話題はここで打ち切った。
 しかし……

「そういえば「インフィニットストラトス」の織斑一夏は、家事能力の無い千冬さんに代わって料理洗濯掃除といった家事が出来るとあった筈ですが……」
「ああ、千冬姉はそんな感じだし、俺も家事全般が得意だぜ。」
「そうですか。僕も料理は多少心得があって……」

 料理という共通の話題に繋がっていったのだった。



==FIN==

 千早お姉さまに比べるとあまりに脆いちーちゃんですが、まあ3年と1年の違いとでも思っといてください。本編中でもエルダーとして成長してますし。
 この2人は主に模擬戦の他に、機体の高機動性についていく為の訓練をしています。具体的に言うと反射神経・反応速度の強化。
 そもそも常人が使う事を全く無視した玄人仕様ですからね、白式にしろ銀華にしろ。

 ちなみに、まだ4月じゃなかったりします……幼馴染ヒロイン二名とちーちゃんの遭遇が怖いな……



[26613] ハードモード入りました(短いです)
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/03/22 22:07
「お2人さん、ちょっとご一緒させてもらっても良いかしら?」
「え? ええ、どうぞ。」

 一夏と千早が昼食を取っていると、彼らの先輩に当たるであろう女生徒がトレイを持ってやってきた。

 食事をしている一夏と千早に女生徒が声をかけ、同席の許可を求める光景は珍しい物ではない。
 何しろ一夏は世界唯一の男性IS装着者として、今や全世界規模の有名人。
 IS学園の生徒達は、超人的な知性の持ち主達とはいえ十代の少女達であるため、ミーハーな者がかなり多い。
 その彼女達が、超有名人である一夏に群がってくるのは当たり前だった。

 しかもその彼女達にとって、一夏とマトモに接触できるのは食事時のみ。
 食事以外では一夏はずっとアリーナで千早と共に訓練を行っており、そこにやってきて話しかけても指導を請われるだけで、他の話は訓練中の雑談が精々なのだ。
 また一夏達はISと自分を馴染ませる事にも熱心で、座学に関してもIS装着状態で行い、くつろぐ時もISを装着したまま、就寝すらIS装着状態で行っているという徹底振り。
 その為、本当に食事以外では滅多にIS装着自由のアリーナから出てこない。
 ある少女が「疲れない?」と尋ねた所、「ISを装着して寝ても普通に疲れが取れるようになる位には慣れてますんで、大丈夫」という返事が帰ってきたという。

 その為、食事時には必ず誰かしらIS学園の少女が一夏達に話しかけ、一緒に食事を取ろうするのである。

 一夏がこんな訓練漬けの生活を送っているのには、圧倒的に足りていない経験値を少しでもマシな状態に持っていく為という理由もあるのだが、ミーハー根性丸出しで突貫してくる女生徒達をかわす為、という理由もまた一夏の中では大きかったりする。
 千早のほうは何故自分が男性IS装着者として報道されないのか釈然としない物を感じながらも、自分がもう1人の男性IS装着者と広く知れ渡った時に降りかかってくるであろう火の粉にも対処できるよう少しでも強くなっておきたいと思い、一夏の訓練漬けの生活に付き合っている。

 女の園の中心で、もう1人の男と訓練漬けの灰色の青春を送る男、織斑 一夏。
 本人は
「こんな所にいるけれど、俺は色恋沙汰と無縁の灰色で訓練漬けの高校生活を送る事になるんだろうな」
と本当に真面目に考えている。

 彼とて思春期男子である。異性との恋愛に興味が無いわけではない。

 だが、彼の前には電話帳の姿をした絶望と、いくら素質に恵まれ誰よりも強くなる速度が速くても、そもそものスタートが遅れすぎたために誰にも追いつけないもう1人の自分、「インフィニットストラトス」の主人公「織斑 一夏」という懸念材料が存在する。
 オマケにあてがわれた専用IS:白式は、燃費は悪いわ、接近戦しかできないわ、千冬のような人外でなければ不可能な高機動での運用を前提としてるわと、玄人仕様にも程がある代物。
 それなのに非常に高性能で、白式を使っていながら勝てないのは中の人の責任、つまり一夏の責任というのが明白だからタチが悪い。

 そんなこんなで、一夏には
「これからの3年間を色恋沙汰と無縁の訓練漬けの毎日にしなければ、俺は本気で千早がなじっているような役立たずに成り下がってしまいかねない。」
という危機感がある。

 その為には、訓練以外のお誘いなどには反応してはならないと、一夏は思っている。
 勿論彼とて娯楽は欲しいが、デートで一日が潰れるのはちょっと勿体無いと思うのである。恋人が欲しいと思うのは思春期男子として当然の欲求だったが、デートにも応じられない以上は、当面は無理だろうと考えていた。
 娯楽なら漫画などのインドア系やスポーツ、あるいはちょっと趣向を変えて料理などで充分だった。
 これはつまり、「インフィニットストラトス」劇中でヒロイン達が度々行い、今ここにいる彼に対しても行われるであろうデートの誘いは確実に失敗すると、既に確定しているという事。
 千早との出会いは、一夏の朴念仁レベルを少し上げてしまったのだ。

 そのため、一方で彼はこう思っていた。
「みんな物珍しさで俺に声をかけているだけで、俺がモテるなんて事は無いだろう」
 と。

 彼の親友、五反田 弾が知ればこう言うだろう。
「それはひょっとしてギャグで言っているのか?」
 と。

 そんな彼だから、自分は色恋沙汰とは全く無縁だと本気で思っている一夏だから気付かない。
 自分と千早が何時も一緒に行動しているというのは、御伽噺のお姫様のように見える千早と唯一の男性IS装着者と思われている自分が常時行動を共にしているというのは、外から見るとどう見えるのかという事に。

「にしても毎日毎日、いつも一緒でアツアツよねあなた達。
 ほんっとうに羨ましいなぁ。」

 だから、同席した少女にこう言われた時、彼女が何を言っているのかサッパリ分からなかった。
 ちなみに彼女が何を言っているのかサッパリ分かっていないのは、千早も同様である。

「「へ?」」
「あら~~、驚く声もハモるなんてもう身も心も一緒って感じかしら?」
「あ、あの~~、何の話でしょうか、先輩?」
「いや~~、もうすっとぼけちゃってぇ。
 初々しい恋人同士ってこういうものなのかしらねぇ??」

 コ イ ビ ト ド ウ シ

 2人の脳は一瞬フリーズ状態になる。
 千早は20秒経っても復帰しない。
 一方、一夏は5秒ほどで復帰し、千早との初対面を思い出す。

 あの時、自分は千早をどう思っていたのか。
 見た事も無いほど美しい、銀の少女。

 そこまで思い出して一夏は真っ青になった。

「あれ? もしもーし。」
「え、ええ!?
 ええええええええぇぇぇぇぇえぇええええええぇぇぇえぇえ!?
 お、俺達そんな風に見られてたんですか!?」

 突然一夏が叫び、女生徒は耳を塞ぎ、千早はフリーズ状態から復帰する。
 だが。

「こ、こいびとどうし、こいびとどうしって、こい、こ、あ、あはははは……」

 まだ帰ってきてはいなかった。

「え、だってあんなにいつもいつも一緒にいるのに、違うの?」
「あの……俺、生まれて始めてのISでの模擬戦で、コイツに肩の関節とか色々ぶっ壊されて死ぬほど痛い思いをしたんですよ?
 それなのに、なんで恋人だなんて思ったんですか?
 それともなんですか。
 IS装着者っていうのは、自分の男の関節を壊すモンなんですか?」

 そうだったら、あんなに美人の千冬姉に男がいないのも納得だよな。
 そんな事を思う一夏。

「う~~ん、あたし男の人とお付き合いした事無いから分からないけど、多分違うわよ。」

 何故、そこで考え込むんだろう。
 何故、普通に否定しないんだろう。
 何故、「多分」をつける必要があるんだろう。

 一夏の中に、IS装着者というカテゴリーに入る女性達への小さな警戒心が埋め込まれた。

「って、僕が一夏の恋人って、一体どういう事なんですか!?」

 ここでようやく千早が復帰した。
 いかに見た目は完璧美少女であっても、彼の中身は多少女性的な側面があるにせよ普通に男なのだ。
 同性と恋人呼ばわりされて気分が良い筈がない。

「違うの!?」
「違います!!」

 ここで力いっぱい否定するのは、かえって下手な肯定よりも肯定的な意味を持つのだが、現在の千早の精神状態ではそのことに気付く事は出来ない。
 とにかく否定したい気持ちで一杯の千早は、力いっぱい否定してしまった。

「ふぅぅぅ~~~~~ん?」

 女生徒の目がニヤついている。
 彼女は確信してしまったようだ。
 千早は一夏の恋人であると。

 不幸にも千早はその事に気付いてしまった。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……
 な、なんか根本的に勘違いしてませんか?
 例えば僕の性別とか。」
「性別?
 いや、こんなビックリするくらい綺麗な女の子を男に見間違えるわけないじゃない。」
「……いや、それが間違いなんですが。
 僕は男ですよ。」
「まったまた~~♪
 彼氏に嫉妬してるのかしら?
 世界唯一の男性IS装着者だもんね。
 自分もそうだって言いたいのかしら?」
「いや、だから、その唯一っていうのが間違いで、僕も男性IS装着者なんですけど。」
「うんうん、分かる分かる。
 自分だけの物だと思ってた一夏君がドンドン有名になっちゃって、置いてかれちゃうような気がしてるんでしょ?
 それで、自分も男性IS装着者だって嘘ついて、同じステージに立ちたいんでしょう?
 で・も・貴女が男の子なんて無理がありすぎよ♪」

 最早取り付く島も無かった。
 しかも千早は

「僕が男だっていうのが、無理ありすぎって……」

 テーブルに突っ伏して復活する兆しを見せない。
 トドメを刺されたようだった。

「あ、あの~~、先輩。
 信じられない気持ちは本当に痛いほど分かるし、俺も初めて知った時には寝込むほどショックを受けましたけど、こいつ本当に男ですよ。」

 選手交代。今度は一夏が、千早は男だと言う情報開示を試みる。

「ああ、あなたも大変ね。
 そんな見え見えの嘘につき合わされちゃうなんて。
 まあ可愛らしい嘘だもんね。」
「いや、本当ですから。
 嘘をつくならもっとマシな嘘をつきますって。」

 偽らざる一夏の本心だった。
 この場で嘘をつくのなら、一夏は
「おっしゃるとおりですよ。
 千早が男なわけないじゃないですか。」
と言うだろう。

「ふぅぅうん。
 じゃあこの女の子だらけのIS学園で、女の子には目もくれずその男の子の御門さんとばかり一緒にいるのはどうして?」
「周り中女子しかいないって言うのは、結構重圧がかかってくるんですよ。
 あと、性別が違うってことで色々と気を使わないといけない事もありますし。
 そういう気遣い不要の相手が、同性が、ここには千早しかいないんですよ。」

 一夏は正直に話すが……かえって逆効果だった。

「そんな風に心を開けるほどアツアツなんだ。」
「……人の話聞いてましたか、先輩?」

 この後、一夏と千早は自爆を繰り返しながらドンドン泥沼にはまっていき、挙句「千早は男嫌い」という情報を開示してしまったが為に……

「他の男はダメでも、一夏君だけは大丈夫っていう事よね♪」

 より取り返しがつかない事になってしまったのだった。


==FIN==



 ヒロイン達にとってはハードモードな一夏になっちゃいました。
 なお、モブ子達は「一夏には千早という恋人が既にいる」と思っているので、彼にアプローチを書けることはありません。

 アリーナでの引き篭もり生活はやりすぎだったかもしれませんが……まあ、そもそもマスコミの襲撃を警戒してIS学園に引き篭もってる身ですからねぇ。
 しかしこれでは他の生徒との交流がマトモに出来ない事も事実。
 妙子さん(ちーちゃんのママ)の思惑が空振りに終わってしまいますので、どうしようかと思案中。
 まあ授業が始まれば、強制的にアリーナから引っ張り出されますけどねぇ。

 ちなみに今回話しかけてきた先輩はモブ生徒です。
 学年が上ですので、モブでも箒より強いかも。



[26613] ハードモード挑戦者1号
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/04/29 22:59
 ここは複数存在するIS学園のアリーナの1つ。
 一夏と千早が住んでいる場所である。

 もうIS学園に引き篭もってから1ヶ月以上が経過し、4月も目前に迫ってきたある日、ここではその2人が激しい訓練を行っていた。
 ある程度ISの動かし方に慣れてからほぼ毎日行うようになった訓練で、高機動での運用を前提とした白式・銀華の性能を一夏・千早が充分引き出せるようになる目的で行われるようになった訓練だった。

 2人の様子を見に来た少女達が目にしているのは、引っ切り無しに出現と消滅を繰り返しながらホログラム製模擬弾をばら撒く数十個のホログラムターゲットの間を高速で駆け巡る2機のIS。ホログラムターゲットには青、赤、黄色の3種が存在した。

 白も銀も、目まぐるしくその速度を変えながら、可能な限り己の最大速度、850kmオーバーと940kmオーバーを維持し続ける。
 白の軌道は絡まりあった縫い糸のように複雑怪奇で、銀の軌道は慣性も何もあったものではない鋭角的なありえない代物。
 両者とも連続的にイグニッションブーストを使ってその速度を確保しているらしく、本来の最高速はもっと低速だった。それでも他のISとは比べようも無いほど高速だったが。

 白と銀が飛びまわり始めて既に4時間に達しようかという頃。
 2人は速度こそ維持し続け複雑な軌道で飛び回ってはいるものの、動きが大分雑になっており、決して早くないホログラム製模擬弾によく被弾するようになっていた。
 そして本当に4時間が経過した時点で、ターゲットは一斉に消滅。
 2人は降下して、グッタリとぶっ倒れてしまった。

 息はしているが明らかに荒過ぎる。
 消耗がかなり激しいようだった。
 無論、2人とも汗まみれだ。

 美少女ばかりのIS学園の中でもトップクラスの美貌をもつ銀の少女の苦しげな呼吸も、グッタリとした様子も、全身の汗も、それはそれで彼女の儚げな美しさを演出する小道具となっていた。
 ……実際には男性である千早にとってははなはだ不本意な評価であるのだが、この消耗状態ではそんな事を気にする事は出来ず、またそもそもそのように見られている事にも気付いていない。

「お、おい、大丈夫か?」

 一番長く二人の訓練を見守っていた長い黒髪のポニーテールの少女が、白、一夏の方に話しかける。

「だ、大丈夫に……見え、るか……」

 一夏は呻くように応じた。否、実際にうめき声だった。

「や、やっと……機体性能に…………追い、つけて、来たんだが…………
 4時、間、ぶっ通し……ってのは、ま、まだ無謀……だった、か…………」
「な、何を当たり前な事を言っているんだお前は!!」

 少女は一夏にツッコミを入れる。
 ISというのは使ってみると、あれで中々疲れる代物なのだ。
 ISを着込んで就寝等の普通の生活を送ろうと目論む一夏と千早が異常なのである。

 その疲れるISを身につけての高速ランダム機動を行い続けて4時間。
 息切れの早い白式や銀華を用いての訓練である為、実際にはエネルギーが底を尽く度に補給に行き、その時に多少中身も休めていたとはいえ、正気の人間の時間設定ではない。
 最後の30分ほどは、明らかに精彩を欠く動きをしていたが、一夏と千早の消耗の度合いを考えれば当たり前の話だった。それでも最高速を頑なに維持していたのは大したものだったが。

 と、一夏が話題を変える。

「……つか、お前…………ここ、に、入るの、か……箒…………
 何、年振り……に、なるか……な…………」
「!? 一夏? 私の事を憶えているのか?」
「ちょっとまて。そこの半死人は休ませてやれ。」
「っ! ……分かりました、千冬さん。」
「プライベートならばその呼び方でも構わんがな、今は織斑先生と呼べ。」

 一夏が自分の事を憶えていてくれた事を喜び、彼と話しこもうとする少女、篠ノ之 箒を突然現れた千冬が止める。
 箒は一瞬不満に思ったが、千冬の言う事ももっともだったので引き下がる。

「まったく、ド素人どもが無駄な動きが多すぎたぞ。
 充分な技量があれば、お前等とそう変わらん体力でもそこまで消耗せん。
 一気に4時間と言うのも無謀だ。お前等のような素人が手を出していい設定ではないぞ。
 被弾率も高すぎる。
 飛んでくる弾体よりも早い機体で一体何をしているんだ。」

 千冬は厳しく一夏を叱責した後、

「まあいい。今は休んでおけ。
 ……さて、お前等もここまでしろとは言わんが、自主練の一つ位したらどうだ。
 ここはISを動かす為のアリーナなんだぞ。
 さあ、分かったら散った散った。」

 と少女達を追い払い、

「しっかり休めよ、一夏。」

 と、言い残して去っていった。










===============










「一夏の奴、女といちゃついていると聞いていたんだがな……」

 箒がIS学園に来たのはつい先日。

 実の所、女性である彼女も、一夏や千早のように無理やりIS学園に入学させられたクチである。
 理由は簡単。彼女が篠ノ之 束の妹でなおかつ束にキチンと認識されている貴重な人間という重要人物である為、野放しにしておくと何時彼女の身柄を狙う輩に誘拐されてしまうか分からず、性質上厳重な警備体制が敷かれているIS学園に入学させねばあまりにも危険な立場にいるからである。
 この危惧を抱いて箒のIS学園入学の為に動いた者達の中に、束がいたことは言うまでも無い。

 もっとも、彼女は一夏や千早とは違って彼女は電話帳と揶揄されるISの参考書の中身を完全に把握しており、座学・実技ともにIS学園に入学するのに充分な成績を収めての入学を決めている。
 縁故で入学したと言われる事を嫌った彼女が、ほんの数ヶ月の努力で成し遂げたものである。
 電話帳を前に悶絶している一夏がそれを知ればこう思うであろう。
「あの姉にしてこの妹あり。束さんの妹なだけに頭の良さが尋常じゃないのな。」
と。

 元々彼女はISの存在自体を非常に嫌っていたので、IS学園などとは関わりたくなかったのだが、前述の理由でやむにやまれずIS学園に入学する事になってしまった。
 だがここ最近は一夏が男性IS装着者として世間で持て囃されていたので、IS学園に行けば幼い頃に別れたきりの彼と6年振りに会えると胸を躍らせていた事も事実。

 だから烈火の如く怒ったのだ。
 一夏には、御門 千早という恋人がいて何時も一緒にいる、という話を聞いた時には。

 聞けばその少女は神秘的な菫色の瞳と流麗な銀糸の髪を持ち、さらに少女のあどけなさと凛とした佇まいが同居する美貌に、上質のシルクのようなキメ細やかな肌、胸元が多少寂しいことを除けば女性の理想とも言えるプロポーションを持つという。
 アイドル養成校かと思うほど右も左も見目麗しい少女しかいないIS学園において、その中においてさえ最上位の美しさを持つ銀の少女、それが一夏の恋人たる御門 千早だというのだ。

 相手がどれ程美しかろうが負けないと思った。
 ようやく会えたのだ。
 先に再開を果たしていた千冬が言うには、一夏は剣道を止めてしまい他の事でも鍛えていない為、今は千早と共に鍛えなおしている最中であると聞いた。
 私なら一夏を鍛えなおしてやれると、そう思った。
 今、彼女のいるポジションにいるべきなのは、自分だと思った。
 だから彼女には負けない、負けてなるものかと思った。

 何故か御門 千早は自分は男性であると主張しており、同性の人間同士が行動を共にしやすいのは当たり前、まして周り中異性ばかりのIS学園ではなおの事、という愚にもつかない主張を繰り返しているらしいが、それもどうでも良かった。

 2人はアリーナに篭って四六時中訓練に明け暮れ、ISを装着して就寝する為に寮ではなくアリーナに住み着いているという話も聞いた。
 何を考えてISを装着したまま寝ようと思ったのか知らないが、何たる勝手か。
 箒はそうも思った。


 そこで二人が住んでいて訓練も行っているというアリーナに行き……激しい訓練を数時間に渡って行っている一夏と千早の姿を目にしたのだ。

 その訓練後、息も絶え絶えの一夏が自分の事を憶えていてくれたのは嬉しかったが……彼女は同時に戦慄していた。
 一夏とともに倒れた、銀の少女の儚げな美しさに。

 千早の容貌は下馬評通り、否それすらも超え、妖精か何かのようにすら見えるほど美しかった。
 汗さえも宝石のように煌びやかに彼女の美しさを演出していた。
 勝てない。
 単純に容姿だけの勝負ならば話にもならない。
 それは圧倒的な敗北感だった。

 彼女は何故か「自分は男である」と主張しているのだという。
 一体何の冗談なんだろうか。
 もしあれが男なのであれば、女性としての美しさで千早に劣る自分や友人達、世の女性達は一体なんだというのだ。

 千早が聞けば彼のテンションが奈落の底に落ちるような事を、箒は思い浮かべていた。

 と、そこで彼女は思った。
 そういえば、あの訓練は一体どのようなものだったのだろうかと。
 確かに恋人と言われている千早と共に行っていたが、ぬるい訓練を行いつついちゃついているものとばかり思っていたのに、余りにも苛烈な内容だった。
 2人とも恐ろしいスピードで飛び回っていた為、外野からでは一体何をしていたのかも良く分からない。
 確かターゲットが消滅する時には、必ず一夏か千早がその傍らを通過していたような気がするのだが、なにぶん2人とも非常に速かったので判然としない。

 一夏には聞けない。
 今の彼は、泥のように眠らなければ復活できないだろう。

 そこで箒が周囲を見渡すと、千冬の後姿が目に入ってきた。
 箒達を解散させた後、自分もアリーナを後にしたらしい。
 彼女ならば、訓練の詳細を知っていると思った。
 織斑先生と呼べ、と言っていたので、話し方も他人行儀の方が良いかも知れない。
 そう思って箒は千冬に話しかけた。

「あの、織斑先生。少しよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「一夏達が行っていた訓練の詳細を知りたいのですが、教えていただけませんか?」

 その箒の一言に、周囲の少女達も反応する。
 彼女達も一夏達が行っていた訓練には興味があるらしい。

「ああ、あれか。
 あれは訓練というよりゲームなんだがな。」
「ゲーム?」

 そして、千冬は一夏達が行っていたゲームのルールを説明する。

・一夏や千早がターゲットに攻撃すると、そのターゲットが消滅し、新たに別の場所に別の色のターゲットが発生する。
 一夏が赤いターゲットを攻撃すれば黄色いターゲットが、黄色いターゲットを攻撃すれば青いターゲットが発生する。
 逆に千早が青いターゲットを攻撃すれば黄色いターゲットが、黄色いターゲットを攻撃すれば赤いターゲットが発生する。
・一秒ごとに青いターゲットの総数と赤いターゲットの総数を集計し、それぞれを一夏と千早の得点に加算する。
 無論、青いターゲットの数が一夏の得点となり、赤いターゲットの数が千早の得点となる。
・各ターゲットは色に関係なく一夏・千早の区別なく模擬弾による攻撃を行い、模擬弾に被弾すると1発につき100~1000点減点。
・一旦ゲームを離れてエネルギーを補給している際には、被弾による減点は無し。
・相手を攻撃してその機動を妨害しても良い。

 このような基本ルールの下、自由に時間設定やターゲットの総数、ターゲットからの攻撃の激しさ、被弾時の減点幅などを設定できるという。
 ちなみに今回の設定は、時間設定が4時間、ターゲット総数が50、攻撃の激しさは0.1~0.5秒毎に時速10~700km模擬弾を同時に3発発射程度、被弾時減点が500点という設定になっていた。
 2人とも減点が響いて碌な点数になっていないが、千早の方が高得点だったらしい。

「なにぶんあの2人のISは高機動タイプで、奴等はその速度を使いこなせるようになる事を望んでいるからな。
 高機動ISの装着者が互いに競い合いながら互いを伸ばすのであれば、このゲームは訓練としてそれなりに使えるんだ。」

 箒を含める女生徒達がなるほど、とうなづく。
 そしてそのうちの1人がこう言った。

「流石に篠ノ之博士謹製の高機動ISですわね、織斑先生。
 あの2人、確か初めてISに触ってから1ヶ月ほどだと聞いておりますが、そんな素人にもあんな高速で複雑な機動が可能だなんてとても高性能ですわ。」

 それを聞いた箒は、幾つかの理由でカチンときた。

 一夏は分かる。
 しかし、自分は御門 千早と言う少女を知らない。
 なぜ、姉がそんな少女にISを渡したのか。

 妹の私にはどうした。
 そんな考えも一瞬浮かぶが、頭を振り払う。
 実力もなしに縁故だけでISを手に入れるなど許される話ではない。
 確かにISは絶大な力ではあるが、同時に自分の家族を崩壊させ自分と一夏も引き離した代物でもある。
 一瞬浮かんだ考えは、甘美な誘惑でもあったが同時に酷い悪夢でもあった。

 また、あの2機のIS、白式と銀華というらしいが、通常のISより小型の、ISとしては特徴的なフォルムを持っている。
 それが、何だか2人だけの、一夏と千早だけのおそろいのスタイルという感じがしてしまう。

 そして、全てはISの性能であるとする物言いにも腹が立った。
 だが、これには千冬のフォローが入った。

「その高性能に中身がついていくための訓練だ。
 いくら速くても、その速さを使いこなせなければ何にもならんからな。
 考えてもみろ。
 代表候補生やそれ以上の連中でもなければ、あの2機の最高速を出した途端、壁に激突するぞ。」

 ぐっ、と白式・銀華の高性能を誉めそやした少女のみならず、何人かの少女がたじろぐ。
 彼女達も一夏達が高性能ISにオンブにダッコされているだけ、と内心では思っていたらしい。

「元々、超音速飛行が可能なISの速度をデチューンする必要があるのは、あの狭いアリーナでそんな速度を出せば壁にぶつかるしかなくなるからだ。
 そしてあの2機はデチューンされてなお、壁にぶつかりかねないあの速さで機動する。
 オマケに両方ともその高速機動がなければ、タダの欠陥機としか言いようのない代物ときている。
 だからあの2機を使っていく為には、その高速についていくための訓練に明け暮れなければどうしようもないんだ。」

 千冬の話で、少女達は一夏達が高性能ISを貰って調子に乗っている素人という評価を改めざるを得なくなった。
 既に白式・銀華が接近戦しか出来ない欠陥機である事は知れ渡っていたからだ。

「アイツは精進しているんだな。
 それに引き換え、私は……」

 千冬の話を聞いた箒は思った。
 一夏もまた専用機持ちとして相応しい実力を身につけつつあるのだな、と。
 ……本人が聞けば全否定するだろう。

 彼が千早と共に死に物狂いで目指している先、そこはスタートラインに過ぎない。
 他ならぬ一夏自身がそう思っている。
 2人はようやくIS装着者としてのスタートラインにたどり着けたかどうか、と自己評価しているのだ。









===============










 一夏が目を覚ます。いつの間にか眠っていたらしい。
 訓練を行っていたのは午後1時から5時まで。
 つまり5時に力尽きて倒れ、そのまま眠って5時間経過した事になる。
 今は10時だった。

「う、く……汗くせぇよな、やっぱり。
 シャワーまだ使えっかなぁ。」

 一夏はそんな事を言いながら、千早を起こし、手を貸して立たせる。

「おい、大丈夫か?」

 ISを着ていると何故か傷の治りが早い一夏と違い、千早に関してはそんな事はない。
 なので一夏は、訓練直後の消耗度が同じ程度でも、千早の方が回復しきれていないのでは? という危惧を抱いてしまう。

「ん、ああ。
 なんとか、ね。」

 出会って1ヶ月以上。
 その間に、千早は少しずつ素の口調を見せてくれるようになった。
 丁寧語だったのは、織斑姉弟を他人と判断していたかららしい。
 つまり、それなりに良いとこのご令息だったらしい千早は、言葉遣いも躾けられていたわけである。
 その彼が素の口調で話すという事は、一夏を親しい相手としてとりあえずは認めてくれたという事らしい。

「でも丁度良い具合に女の子達との会話を避ける事が出来た。
 あんなに消耗している所で彼女達に振り回されたくはなかったから、千冬さんには感謝しないと。
 それにしても。はあ、一夏の恋人か……
 なんで皆して僕の話を聞いてくれないんだ。
 大体、女の子を演じるつもりだったら、もう少し声色や立ち居振る舞いに気を使うんだけど……」
「……今のまんまの声でも充分女に誤認されると思うけどな、俺は。」

 一夏のツッコミが言葉のナイフとなって千早に刺さる。
 千早の声は多少低くはある物の、十二分に女の子の声として通用するというか、男の声には到底聞こえない代物である。

「でも、ここまでではないと思うのだけれど。」
「ッ!!! なんだ、今のは!?」
「……僕が出せる女の子声。
 これ以上女の子に間違えられたくないから、ここではもう出したくないけれどね。」

 そりゃ確かにそんな声聞かされたら、男の声だなんて思えないだろう。
 明るく澄んだ、鈴を転がすような千早の声に一夏はドキリとさせられた。
 初めて聞いた、女の子以外の何者でもない千早の声だった。

「それにしても、ようやく。か。」

 そう、ようやくスタートラインに立てた。
 一夏はそう呟き、千早が頷く。


 ISを「使う」、ISを「身につける」のではなく、ISを文字通りの意味で自分の体の延長にするという事。
 ISにできる事をあたかも歩くように、コップを持ってその中身を飲むかのように、「当たり前に行う」という事。
 一夏と千早がこれからIS装着者としてやっていく上で、そのスタートラインと定めた水準にようやく達したのだ。

 一夏には「インフィニットストラトスの主人公たる、織斑 一夏」が持っているような凄まじい才能は無い。
 一夏と千早はこう考えている。
 ひょっとしたらあるかもしれないが、そんな有るかどうか分からない物の上に胡坐をかくほど危険な事は無い。

 だから2人は、一夏には才能が無いという前提で訓練に明け暮れていた。
 その目指す先はタダ一つ。
 ISにできる事を「当たり前に行う」事。

 イグニッションブーストなどを一々複雑な演算をして意識的に行うのではなく、あたかも普通に走るようにアッサリと行う事。
 ISの動作には複雑な演算が必要不可欠であるとされている事は重々承知しているが、正味な話、白式や銀華が行うような高速機動中に一々高度な演算などやっていられない。
 だから、ISにできるあらゆる事を、特に意識して演算せずとも出来るよう、徹底的にISに馴染む事。
 それが一夏と千早が目指したもので、ISを装着して就寝するという事もその一環だった。

 そして……2人はそこまで出来て、ようやくIS装着者としてのスタートラインに立てた事になる、と考えている。

 まだまだ代表候補生には敵わない。
 否、物語の主人公たる「織斑 一夏」ならばともかく、一夏では生涯彼女達には敵わないと考えたほうがいい。
 一夏と千早はISという身体を十二分に動かせるようになっただけ。
 他方、代表候補生はISという身体を使った戦闘術に、一国の代表の候補生とされるほどに長けているのだ。
 つまりとりあえず動けるだけの民間人/一般人と、その肉体を凶器とする術を身につけている格闘家や軍人の差が、一夏・千早と代表候補生の間にあるという事だった。

 だから、国家が威信をかけて育成した超人兵士である代表候補生に混じって、最弱ではあるもののそれなりに戦えているような、「織斑 一夏」のような真似は決して出来ないだろう。
 一夏と千早はそう思っていた。

 「織斑 一夏」がどの程度強いのかは知らない。
 小説「インフィニットストラトス」が存在する世界の住人である千早にしても自分では読んだ事が無く、またネットなどで話題に上るのも3巻までの話が多く、新しい巻の物語は把握し切れていないからだ。
 まして、一夏が「織斑 一夏」の強さに見当をつけることなどできはしない。

 だが、代表候補生などという人間兵器の中に混じったせいで最弱のそしりを受ける事になったとはいえ、天才と持て囃されていた位だ。
 恐らく6巻時点の「一夏」が相手ならば、2人がかりでも歯が立つまい。
 それどころか1巻終了時の「一夏」が相手でも危うい。

 それが、一夏と千早の自己評価だった。

 その「一夏」が巻き込まれ、代表候補生さえも単独では切り抜けられないような騒動に「一夏」ほどの才能を持たない自分達が対応するには、ISをとっさに、反射的に動かせるようにならねば話にならない。
 戦闘技術の修得も考えないではなかったが、まずはISを何不自由なく動かせるようになってからでなければ、半身不随で空手を習うような無理が出ると考え、後回しにした。

 そして、走る際に地面を蹴るようなノリでイグニッションブーストを自在に扱える位にまではなんとか漕ぎ着けた。
 やっと、戦闘術の修得に移る事が出来る。
 自分達の体力を根こそぎにした4時間の訓練で、そう確信できる手応えを一夏と千早は感じたのだった。

「やっとスタートライン。
 僕達が男性IS装着者に降り掛かる火の粉に対処できるよう鍛えるのは、ここからが本番だ。」
「ああ……で、誰に戦闘術教えてもらうんだ?
 千冬姉は、俺達が独り占めできる相手じゃないぞ。」
「う~~ん、どうしようか…………
 そうだ、こんな学校なんだから……」




 翌日、2人は千冬に
「古流剣術部とか柔術部とか古武術部とかシステマ部とかCQC部とか、実戦を前提とした戦闘技術の部活動はないのか?」
 を訊ね、彼女に張り倒される事になるのだが、それは完全に余談である。


==FIN==


 ちーと強くしすぎたかも知れませんが、2人で互いに高めあってた結果とでも思ってください。
 2人は早く複雑な機動が出来るだけで、一応シャルやラウラなんかが相手だと多分沈みますんで。
 ……戦闘技術系の部活動、ひょっとしたらあるかもしれないな、IS学園……

 ホログラムターゲットとホログラム模擬弾は……まー一々物質のターゲットなんて用意して射撃訓練したら、ターゲット代だけでも割かし洒落にならないだろうなという事と、この位のホログラムを作る技術くらいはIS学園にならあるだろうという事で。
 実際に模擬戦をやらせると息切れの早いIS同士の短期決戦になってしまう為、長時間最高速度近くかつ複雑な軌道で飛び回らねばならない理由付けがなされた訓練を行えないと、一夏とちーちゃんの反応速度が強化できないなあ、なんて考えてこんなゲームを考えてみました。

 箒さん、完全にちーちゃんを女の子と誤認してますw
 まーちーちゃんは、おとボク2の全ヒロイン中一番綺麗だと公式で設定されていたはずですんで、しょうがないっちゃしょうがないんですが。
 ……容姿で男のちーちゃんに負けたことは恥ではないです。ちーちゃんの綺麗さが異常なんですから。

 ……ちーちゃんの男の子口調、こんなんで良かったかな?
 内心のモノローグとか、わりと砕けていたと思うし……おとボク2で改めて確認しないといけないかも。
 ちなみにちーちゃん、丁寧語を使ってましたけど声色自体は男の子モードでした。IS世界で女の子声を出したのは今回が初です。



[26613] 世の中の不条理を噛み締める
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/03/25 20:54
 遂にやって来た4月の入学式。

 大勢の少女達に混じって式の席順を眺めていた千早は、難しい表情を浮かべる。
 席順はクラス割表も兼ねているようで、4列ほどの列のまとまりがそのまま1クラスの編成を意味するようになっていた。

「……やっぱり「インフィニットストラトス」とは違うか。」
「どうしたんだ、千早?」

 と、隣にやって来た一夏が千早に尋ねる。
 一夏と千早のみが男性用の制服を着ており、さらに見た目は少女である千早と違って一夏は普通に男性であるため、少女ばかりのこの場では非常に目立った。
 その為、千早は自分の真意をこの場で話す事を躊躇う。

「……後で話す。」
「?? そうか?」
「行こう。もうクラスは確認したよ。
 同じ1-1……あの辺りだ。」

 2人は体育館内に用意された入学式用の自分達の席へと移動する。

 しかし分かっていた事ではあるが、ここは女子校。
 男性である一夏と千早にとっては非常に場違いで居心地が悪い。
 今まではアリーナに篭って訓練漬けの毎日を送る事でやり過ごす事も出来ていたのだが、これから授業が始まるとなるとそうもいかない。
 移動中も、周囲からの視線が痛かった。
 一夏には女子校に男性という物珍しさからの好奇の視線、千早にはその美貌への羨望の視線と一夏の恋人と言う噂に基くやはり好奇の視線が突き刺さる。
 たまったものではなかった。

 だから、千早は意識を他に向けることで視線の重圧をやり過ごそうとした。

(そういえば「インフィニットストラトス」でのIS学園の入学式や始業式って、どんな描写だったんだろう?)

 元の世界でなら本屋に行って「インフィニットストラトス」を買ってきて確かめる事もできたが、ここではそういうわけにもいかない。
 千早は考えるだけ無駄かと、その疑問を切り捨てる事にした。

 しかしそうすると視線の重圧が襲ってくる。
 一夏と話をしようにも「『お』りむら」と「『み』かど」である。
 ここでの席順は50音順らしく、千早と一夏は引き離されてしまった。

 ひたすら視線が痛く、また壇上に立つお偉いさんにも、ISド素人の一夏や異世界人である千早には、それがどこの誰でその話がどれほどありがたいお言葉なのか分からず、話は右の耳から入って左の耳から出て行くばかり。
 かろうじて、千冬が前に立って何かしらの話をした事だけは分かった。

(……「インフィニットストラトス」の冒頭部分の話題で、入学式が話題に上らないのって、こういう事なのか……「織斑 一夏」が入学式の様子を憶えていないんだ……)

 千早はそんな事を思いながら、これからクラスメイトになるであろう少女達についていって1-1にやって来た。
 見れば一夏も同様の状態らしい。
 男2人の脳内ではドナドナが流れていた。

 教室に入った所で限界に達した一夏が、千早の手を引いて彼を教室の隅に連れて行く。

「……きっつい…………」
「その一言に尽きるね……」

 一夏と千早はげんなりした表情を浮かべる。

「まあ、それはそれとして……さっきの席順見た時の、後で話すって言ってた事。
 あれってなんなんだ?」

 そう訊ねられた千早は周囲を見渡す。
 少女達は遠巻きに千早達の方をうかがっているだけのようだ。
 そこで、千早は小声でなら話しても良いかと判断する。

「……今日の時点でもう、状況が「インフィニットストラトス」と明らかに違ってきている。
 具体的には、「インフィニットストラトス」では転校生として途中から登場していた代表候補生達が、今日の時点でもうIS学園にいるんだ。」

 ドイツの代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒ。
 フランスの代表候補生、シャルル・デュノア。
 中国の代表候補生にして一夏の幼馴染、鳳 鈴音

 この3人は「インフィニットストラトス」では転校生として物語の途中でIS学園にやってきている。
 そして前者2名に関しては、1組所属のクラスメイトとなる。
 鈴音は「インフィニットストラトス」と変わらず2組でありクラスメイトではないものの、やはり「インフィニットストラトス」よりも早い時期にIS学園に入学している。

「……何でそんな違いが出てるんだ?」
「さあ?
 でも僕は、何でもかんでもお話の通りに行ったら、そっちの方が不気味だと思うけれど。」
「……まあ、そりゃそうだが。」

 もっとも千早にはあまり考えたくない可能性が思い浮かんでいる。
 千早にとっては嫌な事に、それなりに可能性は高そうだった。

 男性IS装着者は希少だ。
 そしてその遺伝子にも価値を見出す輩は必ずいる。
 ぶっちゃけた話、一夏の子どもであれば男性でもISを使えるのではないかと考える者や、一夏の遺伝子を調査してISを使う為の因子を探すなんて事を考える輩がいてもおかしくは無い。

 そうした考えの者が、一夏の遺伝子を代表候補生に回収させようと目論む。
 幸いな事に彼女達の容姿は非常に美しく、一夏を誑し込み、その遺伝子を回収するには充分な代物と言える。
 「インフィニットストラトス」で、やたら1組にだけ代表候補生が集中していたのは、こうした背景があるのだろうと千早はあたりをつけていた。
 また、鈴音だけはクラスが違うが、彼女には一夏の幼馴染というアドバンテージがあったため、他の代表候補生のように同じクラスに入れる事に固執する必要性が低かったと考えられる。
 「インフィニットストラトス」では代表候補生達の方が「一夏」にほれ込み、自発的にアプローチしていたが、それすらも遺伝子を回収したい連中が「一夏」は異常にモテるという情報を得ていてそれを計算に組み込んだと見るべきだった。

 だが、今この場では問題が発生している。
 織斑 一夏の恋人、御門 千早の存在だ。
 一夏に彼女がいたなら、その彼を誑し込むのは非常に困難になる。
 その為、多少無理してでも代表候補生を4月当初からIS学園に入学させて、少しでも多く一夏と接触させ、彼女達が一夏を誑し込みやすくしなければならなくなったのだ。

(……外れていて欲しいな、この考え。)

 千早は自分の考えにゲンナリさせられてしまった。

 と、そこで副担任だという山田先生が教室に入ってきて、席につくようにと一夏や千早を含む生徒達に声をかけた。
 教室での席は、一夏と千早にとっては幸いな事に隣同士のようだった。

 そして山田先生に促されて、生徒達が1人ずつ自己紹介を行っていく。
 千早が存在する為「インフィニットストラトス」の「織斑 一夏」よりも精神的余裕があるのか、一夏もぼうっとして自分の順番に気付かないという事は無かった。
 ……この相違点には、千早も気付かなかったが。
 彼は「インフィニットストラトス」をキチンと全て読んでいるわけではなく、把握していない箇所も多く存在するのだ。
 ちなみに、一夏の自己紹介は非常に簡潔な代物で、もう少し面白い自己紹介は出来ないのかなどの野次が飛んだのだが、彼が受けていたプレッシャーを考えれば酷というものだろう。

 そしてシャルルの番の事。
 男物の制服を着ただけの愛らしいブロンド美少女が、史上二人目の男性IS装着者だと自己紹介すると、ものの見事に少女達は

「きゃー、美少年よ美少年!!」
「やーん、守ってあげたい男の子~~!!」

 と黄色い声を上げる。
 そこに性別詐称を疑う声は全く無い。

 そこへ入ってきた千冬は、この黄色い声にゲンナリした。

「ま、毎年毎年……今年はとりわけ酷いのが来てるのか!?」

 黄色い声は更にヒートアップ。
 千冬お姉さまのためなら死ねます、などという危ない台詞を口走る者もいる始末だった。

 しかし、千冬に向けられた黄色い声は、千早には聞こえない。
 何やら千早の様子がおかしい事に気付いた一夏は、彼に声をかける。

「お。おい? どうしたんだ?」
「ほ、ほっといて……
 ど、どうして僕の話は全然聞いてくれないのに……」
「ちょっと戻って来い千早。」

 と、一夏に肩をつかまれ揺らされた事で、千早は多少正気を戻す。

「い、いや……僕がいくら男だって言っても誰も信じてくれないのに、シャルルさんは……」
「あー……まあ、その、なんだ。
 強く生きろよ。」

 一夏は「シャルルは女の子」と言う情報を千早から聞いていない為、千早の苦悩を理解する事は出来なかった。
 千早は「インフィニットストラトス」については多くは語らない。
 今回の代表候補生転校前倒しのように、「インフィニットストラトス」とは違う出来事が起きる可能性があり、人々が抱える事情もまた「インフィニットストラトス」とは違っている可能性もあるからだ。

(っていうか誰か気付いてよ。
 どう見てもシャルルさんは女の子じゃないか!!)

 千早は自分の事を棚に上げて、そんな事を思っていた。


 そして千早の番が回ってきた。
 彼が前に出た途端、教室が静まりかえる。
 その静寂に、千早は一瞬怯んでしまう。

(え? 何? 僕、今、何かした?)
(うっわ、なにあのサラサラで綺麗な銀髪……)
(肌の質感とかがあたしなんかとはまるで違う……)
(もう綺麗過ぎて人間じゃないみたい……)

 少女達は千早の美貌に息を飲んでいた為、静まり返っていたのだが、千早はその事に気付かなかった。
 千早はいつまでも怯んでいるわけにも行かず、自己紹介を始める。

「はじめまして皆さん。
 僕の名前は御門 千早と言います。

 僕に関して根も葉もない噂を耳にされた方も多いと思いますが、それらは間違いです。

 何故なら、僕は織斑 一夏と同時に発見された男性IS装着者だからです。
 その証拠に僕の専用ISである銀華は一夏の白式と同様、男性でありながらISを使えるレアケースだからという理由で与えられた代物で、通常の専用気持ちとは事情が異なります。

 ですから、僕が女の子であるとか、まして一夏の恋人であるとかいう噂は事実誤認も甚だしく、僕が彼と行動を共にする事が多いのは同性同士の気兼ねの無さの為なのです。」

 千早はこの際だから、自分にかけられた「女の子である」「一夏の恋人である」という誤解をこの場で解こうと試みる。
 その為に、今回は銀華の存在を利用する事にした。

 だが。

「あれが例の噂の御門 千早さん!?」
「信じられないほど綺麗な人だって聞いてるけど、正直想像以上だわ!!」
「自称男だっていう話も聞いてたけど……まさか本気で信じてもらえると思っているのかしら!?
 あんな綺麗な人が男だなんて、無茶苦茶な妄言だわ!!」
「男? 嘘でしょ!?
 なんで彼女は自分の事を男だって頑なに信じているの!?」

 少女達は千早が非常に無理のある性別詐称をしているとして、誰一人「自分は男である」という千早の主張を聞き入れない。

(……シャルルさんと僕の、この扱いの差は何?)

 千早は少女達の反応に打ちひしがれてしまう。
 ふと一夏の方に目をやると、彼の目は「……強く、生きろよ。」と雄弁に語っていた。

「あ、あの御門さん、嘘の自己紹介は先生良くないと思うの。
 ねえ、何か特技とかは無いのかしら?」

 挙句の果てには、山田先生にもこう言われてしまう始末。
 彼の恨みがましい視線が千冬に刺さる。
 その瞬間、千早と千冬は目と目で分かり合った。

(千冬さん、山田先生には僕が男だっていう事くらい教えておいてくれても良かったじゃないですか!!)
(お前が男だと言う話な、誰に何度話しても一向に信じてもらえないんだ。
 仕方が無いだろう。)
「あの、御門さん?
 織斑先生の方じゃなくて、皆さんの方を向いて自己紹介の続きをお願いしますね。」

 二人のアイコンタクトは山田先生の介入によって中断させられてしまう。
 もっとも、あれ以上続けたところで、不毛な結論しか出ないのは明白だった。

「ハア……」

 千早はため息をついてから生徒達の方に向き直る。

「特技ですか。
 そうですね、料理には多少自信があります。」

 ありとあらゆる技能において千早を凌ぐと言われ、よく千早の比較対照として引き合いに出されていた又従兄弟の瑞穂に対して、千早が打ち勝てる分野。
 それが料理である為、千早は特技として料理を挙げる事にした。

「へえ、一体どんな料理なんですか?」
「和風、洋風どちらもそれなりには出来るつもりですよ。
 もっともこの学校にはとても美味しい学食がありますから、披露する機会には余り恵まれないでしょうけれど。」

 千早の自己紹介はこれで良しとされたらしく、彼は自分の席に戻っていった。
 ふうやれやれ、という気持ちが強かった為に彼は気付かない。
 自分の口調が優しげな女性のようになっていて、自分の声がいつぞや一夏に聞かせた女の子声になっていた事に。
 低身長で愛らしい容貌の山田先生に千早の母性本能がくすぐられた為だったのだが、おかげで彼の自分は男だという主張がより聞き入れられなくなってしまった事に、彼は気付いていない。

「はあ、蕩けるほど優しいお姉様ボイス……」
「普段のハスキーボイスも素敵だけれど、あんな風に優しく何かを言われてみたい……」

 気付かない方が幸せな事実であった。


 そして小柄な少女の姿をしたドイツ軍人、ラウラの番が巡ってきた。
 本来なら愛らしいと形容される容姿でありながら、見る者に冷たく苛烈な印象を与える銀髪の少女。
 そんなラウラは千冬を「教官」と呼び、無力な一夏が彼女の弟であることなど認めない、最強の戦闘力と同じ遺伝子を持ちながら誘拐されるという失態を演じて彼女のモンドグロッソ2連覇を潰した一夏は許さないなどと、一夏を敵視する発言を連発した。

「軍人として厳しい訓練に耐えた貴女が、民間人である一夏より強い事は当然でしょう。
 その強さを傘に来て無力な相手に凄むのでは、貴女の強さが泣きますよ。
 あまりみっともない事をさせないで欲しいと。」

 そのラウラに対して物言いを入れたのは千早だった。

「なんだと?」
「仮にも戦闘力の高さで国家の代表を目指す者が、その戦闘力を民間人を脅す事に使う事は、あまり格好の良くない事だと言っているんです。
 一夏が弱いことだって……」

 と、そこへ千冬が乱入し、ラウラの相手という千早の立場を奪う。

「そいつの戦闘力が低いのは私の責任だ、ボーデヴィッヒ。
 今にして思えばモンドグロッソで誘拐された後にドイツへ連れて行って、民間人の身でお前と同じ訓練を受けるという地獄を見せるべきだったと後悔している。」
「!? 教官!! 何を言っているのですか!?
 教官がこのような弱輩を庇う必要など……」
「弱いからこそ庇う必要があるんだ。
 忘れたのか?
 お前たち軍人というのは、民間人を守る事が本来の役目の筈なんだぞ。」
「ぐっ……」

 千冬の正論に怯むラウラ。

「それが分からん奴は、どれほど戦闘力が高かろうと強いとは言えん。
 それは前にも言った筈だ。
 確かに戦闘を行えば勝つのはお前だが、そんな事ではお前と一夏では一夏の方が強いと言わざるを得んぞ。」

 そのやり取りを見ていた一夏はこう思った。
「千冬姉、庇ってくれてるのはすげえ嬉しいんだけど、こんな所でそんなブラコン発言は止めて欲しいんだ。
 俺、そんな強くねえって。」
と。

 クラスメイトの好奇の視線が、ラウラの自己紹介の時から更に強烈になっているのを一夏は感じていた。
 大方、「織斑 千冬の弟」という有り難い肩書きがラウラの自己紹介によって一夏にくっついたせいだろうと思い、事実その通りだった。
 憧れのお姉様の、実際の弟。
 羨ましい、代わって貰いたいという羨望の眼差しも、好奇の視線に混ざるようになっていた。

 一方、ラウラも相手が尊敬する千冬では分が悪いようで、おとなしく引き下がっていたようだった。

 そんなこんなで、自己紹介も一通り済み、入学式が行われた今日から早速始めの授業が行われたのだった。
 ……なお、電話帳の中身を10分の1も理解していなかった一夏と千早は、ISを動かす際の感覚的なものを頼りに危なっかしく授業についていく事になった。
 とにかくISを使えるようになる事を優先し、高機動に対応する為に論理よりも感覚・直感を優先した結果だった。
 実技の為に座学を犠牲にしたとも言う。

 おかげで
「なぜこれが分からんのにイグニッションブーストをあんなに自在に操れるんだ、こいつ等……」
 などと千冬が頭を抱える事になるのだが、それはまた別の話。


==FIN==


 まーぶっちゃけちーちゃんとシャルの対比をしたかっただけなんですがねw
 ハードモードなので、途中参加と言うハンデはなしにしました。



[26613] ハードモードには情けも容赦もありません
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/04/29 23:00
 一夏が千早と昼食を取り、午後にはクラス代表決めがあるという話をしていると、ツインテールの少女が一夏に話しかけてきた。

「一夏!! 久しぶり!
 一年振りね。」
「? 鈴、か?
 そういやあの表、お前の名前も載ってたっけな。」
「うんうん。クラスは違っちゃったけどね。」

 彼女の名前は鳳 鈴音。
 僅か1年で代表候補生にまで上り詰めた、「織斑 一夏」の存在さえ考慮に入れなければ最上級の才能の持ち主だった。

 千早が「インフィニットストラトス」において素手の代表候補生達がショットガンやマシンガンで武装した素人を事も無げに制圧したというエピソードが話題に上っている所を見た事があると言い、千冬に代表候補生には実際にその程度の戦闘力がある事を確認して以来、一夏の中では代表候補生とは「少女の外見に恐ろしい戦闘力を詰め込んだ怪物」という認識になっている。

 その為、代表候補生というだけで
「見た目に惑わされてはいけない!!」
という警告音が一夏の中で鳴り響くようになってしまっているのである。

 ゆえに、鈴音は気付いていないのだが

「私ね、中国の代表候補生になったの!
 凄いでしょ!!」

この鈴音本人の一言が、彼女のフラグを潰す結果を招いているのである。
 知らない方が良い現実の、ささやかな一例であった。


 彼女が代表候補生である事は予め千早から聞いていた一夏だったが、それは「インフィニットストラトス」の「鳳 鈴音」の話であって、自分の知る鈴音はそうとは限らないと思っていた。
 しかし今、一夏の前に彼女は確かに代表候補生であるという事実が突きつけられた。

「おお、すげーな。
 たった一年で代表候補生になったってー事は、そんな短期間で単なる女の子から千冬姉を頂点とする人外の戦闘力を持つ怪物達の仲間入りを果たしたって事だろ?
 とんでもねーな。
 凄い才能ともっと凄い努力がなけりゃ、出来ない芸当だぜ。」

 一夏は心の底から鈴音の努力を賞賛した。
 なじみの女の子が、もはや単なる人類では太刀打ちできない怪物に、ただの人間に過ぎない自分の手の届かない領域の存在になってしまったのだという郷愁も含めて。

 だが。

「ちょっと一夏、あんたそれどーゆー意味!?」

 怪物と呼ばれて喜ぶ少女など存在しない。
 鈴音もまた例外ではなかった。

「へ? ちょっと待てよ。俺はお前を褒めたんだぞ。
 強い事が求められるIS装着者、しかも代表候補生が、その強さを人間離れした怪物じみた領域に達してるって言われてんだぞ?
 そこは喜ぶ所じゃないのか?」
「あ、あああ、あああああああ、あんたねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 激昂した鈴音が瞬時に自らのISを部分展開させる。
 それをすかさず千冬が止めた。

「鳳、無許可のISの展開は禁じられているぞ。
 ……そこの女心の分からん阿呆には私から制裁を加えておく。
 引き下がれ。」
「……はい。」

 以前から千冬が苦手だった鈴音は素直に引き下がる。
 彼女の制裁の方が、自分の制裁よりも苛烈だろうという考えもあってのことだった。

 そして一夏を見た千冬は、あらん限りの殺気を一夏に叩き付ける。

「一夏。貴様、女が怪物呼ばわりされて喜ぶと本当に思ったのか!?」
「い、いや、で、でも、鈴は代表候補生なんだから強いって言われたほうが喜ぶだろうと思って……」
「そうだとしても、今のは流石に無いと思うけど。」

 千早とて女心が分かる方ではないのだが、今回は流石にジト目で一夏を見る。

「うぐっ……」
「織斑。」

 千冬が地獄の底から響き渡るような声で死刑宣告を行う。

「ISコアを外した打鉄を身につけてグランド2周だ。
 返事はどうした?」
「は、はい……」

 そして姉に首根っこ捕まれて連れ去られていく弟の姿を見送った千早と鈴音の脳裏には、ドナドナが流れていた事は言うまでも無い。
 ちなみに、小型の白式や銀華以外のISはかなりの重量物である。
 ISコアを失い、単なる錘となった打鉄を身につけたら片足を持ち上げる事も非常に困難なのだが、その状態でグランドを2周しろというのが、千冬の制裁のようだ。
 怪物達の頭領みたいな言われ方をしたのが、えらく腹が立ったらしい。
 弟には甘い彼女からは考えづらい、苛烈きわまる制裁であった。

「……ここ、確かグランドが一周5Kmもあったと思うんだけど。」
「重たい錘にしかならないISを身につけているとはいえ、たった10Kmの道程、貴女方代表候補生ならば容易い事ではないのですか?」
「いや、代表候補生って普通に人間だから。
 さっきの一夏もそうだけど貴女も大げさすぎよ。
 って、貴女は?」

 と、そこで鈴音は千早に意識を向ける。
 見たことも無いほど美しい銀の少女だった。
 流麗な銀の髪も神秘的な菫色の瞳も、どう見ても日本人には見えないが、ここには自分自身も含めて多くの外国人が入学している。
 鈴音は千早もその1人だろうと思っていた。

「ああ、始めまして。
 一夏や千冬さんと同じ1組の御門 千早と言います。」
「へ? 日本……人……?」

 予想外の返答に鈴音は驚く。
 千早は、まあこれが普通の反応だろうなと思いながら話を進める。
 ちなみにこれまでの千早の自己紹介は、自分は男であると主張して相手に否定される展開ばかりであった。

「まあ、よく言われますよ。髪の色が理由で虐められたこともあります。」
「あー、貴女も苦労しているのね。」

 千早は鈴が言った「あなた」が漢字表記では「貴女」になっている事に気付かなかった。

「あたしも日本に住んでたんだけど、やっぱり外国人ってことで風当たりが強くて。」
「まあ、僕の方も似たような事情ですね。」
「でも日本人なのに、なんで銀髪なの?」
「僕はクオーターなんですよ。
 母方の祖母が北欧の方で、隔世遺伝というもので僕が彼女の銀髪を受け継いだんです。
 ハーフの筈の母は、普通に日本人の外見をしているんですけどね。」

 そんな話をしていたら、昼休みが終わりそうになったので、千早と鈴音はそれぞれの教室へと戻っていった。

(にしてもすんごい綺麗な人だったけど……そういえば一夏と食事していたような。
 一夏と一体どういう関係なんだろう!?)

 その後、クラスメイトから千早は一夏の恋人であると聞かされて、鈴音が奈落の底に落とされるまで、あと数分であった。



「か、勝てない……あんなのどーしろと…………」










===============








 一方、1組では一夏不在の状況下で、クラス代表決めが行われていた。

 世界初の男性IS装着者である一夏をクラス代表に推す声も多数見られるが、代表候補生の人数が1人から3人に増えた事、「男性IS装着者」というプロフィールの持ち主が一夏以外にもいる事から、票は上手い具合にばらけており、一夏が問答無用でクラス代表にさせられるような雰囲気は見られない。

(まあ、欠席裁判でクラス代表にされても気の毒だしな。)

 そんな事を考えながらふと外を見ると、打鉄の巨大な足を自分の足の力で何とか持ち上げ、四苦八苦しながらグランドを歩いている一夏の姿が見えた。

「あら、彼氏の心配かしら?」
「いえ、そういう訳ではないですよ。
 一夏は罰を受けて当然の事をしてしまっていますから。」

 千早は自分を一夏の恋人として扱うクラスメイトの声掛けにゲンナリした。

「そういえば、貴女も専用機持ちよね?」
「へ?」

 千早に話しかけた少女は勢い良く手を挙げる。

「先生!! 私は御門さんを推薦します!!」
「ちょ、ちょっと!!」

 不本意だが男性IS装着者としても扱われておらず、また代表候補生ではない千早は、完全に自分は蚊帳の外にいると思って油断していた。
 その為、まさかクラス代表決めに巻き込まれるとは夢にも思っていなかった。
 千早にとっては青天の霹靂だった。

 だから、千早は立ち上がって訴えた。

「ちょっと待ってください!
 一夏もそうですが、僕もつい先日までISの参考書に触れた事すらないド素人なんですよ?
 年単位で軍事訓練を受けた、国家が威信をかけて育成した代表候補生に混じって何かを競うほどの実力はありません!!」
「辞退は却下だぞ、御門。」

 にべもなく千冬に斬って捨てられる千早。
 じゃあなんで「インフィニットストラトス」では「セシリア・オルコット」の辞退が認められたのだろう?
 そんな不満を抱きつつ、千早は席に座る。

 だが、千早の発言は続いた。

「ですが、辞退を認めなければ埒が明きませんよ。
 現在名前が上がっている人間は5人、クラス代表枠は1人だけ。
 何らかの方法で5人を1人に絞らなければなりません。」

 そこまで言った後、千早は少し考え込んで再度発言する。

「ですから、僕から提案があります。
 代表候補生のお三方の内、誰が一番強いのかを模擬戦で決めてもらいます。
 1対1が3回でも、バトルロイヤルが1回でも構いません。
 戦ってみて、一番強かった人がクラス代表になるべきだと思います。」
「却下しま~~す。」

 千早の提言は、のんびりとした口調で却下された。

「それだとおりむーとちーちゃんが自動的に除外されちゃってます。
 私は、今名前が挙がっている5人で優劣を決めたほうが良いと思いまーす。」
「あの、先程の僕の話聞いていましたか、本音さん。」

 千早がなおも食い下がり、代表候補生のみでクラス代表決めを行わせようと試みるが、

「……決まりだな。」

 千冬の鶴の一声で、千早と一夏もクラス代表選考戦に参加させられる事になってしまった。
 代表候補生達は、どちらかといえば千早の案の方が良かったという様子を見せていたが、ただ1人、ラウラのみは早速一夏を叩き潰すチャンスが来たと喜んでいた。

「だが、人数が人数だ。
 試合後の機体の修理もある。
 今日のうちから試合を始めてしまわねば、クラス対抗戦には間に合わんぞ。」
「まあ、そこはシンプルにグーとチーで分かれましょで良いんじゃないんでしょうか?
 丁度織斑君がいなくて、残り四人だけですから綺麗に分かれますよ。」

 と言う訳で、千早達は前に出てきて第一回戦第二回戦の組み合わせを決めることになった。

「ふん、あの男を始末する前に、奴の女である貴様を痛めつけるのも悪くは無いな。」
「あの、ラウラさん。
 僕は男だって自己紹介したはずですが。」

「御門さん、性能だけがIS戦闘の勝敗を決める決め手にはならない事を教えてあげるよ。」
「いや、それは知ってますから。多分、充分なくらいには。
 ……僕としては、男性でありながら代表候補生になれるほど長いことISについての訓練をしているっていう、貴女のプロフィールの方が気になるんですけどね。
 ねえ、シャルルさん。」
「っ!!」

「よりにもよってこのIS学園で男の恋人を作り、あまつさえ四六時中ともに過ごしているなどと破廉恥な真似をしているような方には、私、負けませんわよ。」
「……あの、僕の自己紹介…………」
「貴女が男だという妄言など、聞き入れる必要性を感じませんわ。」
「…………」
(今の彼女に「インフィニットストラトス」を読ませたら、どうなってしまうんだろう……
 見たいような見てみたくないような……)

 そして決まった組み合わせは……

・第一回戦 御門 千早 VS シャルル・デュノア
・第二回戦 セシリア・オルコット VS ラウラ・ボーデヴィッヒ

 そういうわけで、早速この日の放課後に、一夏と千早が生活しているアリーナでこの2回の模擬戦が行われる事になったのだった。












 ちなみに、一夏が2周グランドを走り終えた時、もうとっぷりと日が暮れて、既に11時を回ろうかという時間だった。
 その為、彼はこの日の午後のクラス活動には、一切ノータッチであり、クラス代表選考戦に知らないうちに組み込まれていた事に愕然とするのだった。


==FIN==

 代表候補生になったばかりに一夏に化け物呼ばわり(褒め言葉)されてしまう鈴と、クラス代表決めで一夏と関われない1組の代表候補生達。
 情け容赦ないハードモード具合です。

 初期の部分展開で悪く言われている事が多い鈴ですが、今回は流石に彼女に正義がありますw



[26613] ちーちゃんは代表候補生を強く想定しすぎたみたいです。(設定変更)
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/03/28 18:18
・第一回戦 御門 千早 VS シャルル・デュノア
・第二回戦 セシリア・オルコット VS ラウラ・ボーデヴィッヒ

 「インフィニットストラトス」とほぼ同程度の実力差があったためか、セシリアVSラウラは一方的な蹂躙劇となり、描写の必要がなかった。
 セシリアにとっては幸いな事に、ラウラにとって彼女を必要以上に痛めつける動機は無く、単純にシールドエネルギーを削り切られての敗北となった為、損傷は自己修復だけでも翌日には問題なくなる程度の軽度のものだった。

「わ、わたくしともあろうものが……」
「そーは言うがな、正直お前のブルーティアーズは実験機的要素が強すぎる。
 同格かそれ以上を相手にするのは辛いぞ。」
「……ハッキリ言いますわね織斑先生。」

 一方で、その前に行われた千早VSシャルルは白熱した内容となった。










===============










(……御門さんは僕の正体に気付いている。
 それに……)

 彼女、シャルル・デュノアはある使命を帯びている。

(銀華/白式のデータを奪取する事、か……
 その持ち主の2人に近づく為に男の子に偽装させられたけど、こうもあっさり見破られたら近寄りようが無いよね。)

 シャルルはため息をつくと、気持ちを切り替えた。
 千早はあんな事を言ってはいたが、時速900Kmというとんでもないスピードを物にしている強敵なのだ。
 他の事に気を取られていて勝てる相手ではなかった。









===============










 一方、千早もシャルル攻略法を考え中だった。
 代表候補生と多少の武術の心得がある素人。
 マトモにやっては勝ち目が無い。千早はそう考えていた。

「向こうは標準的なIS。本物の足を大きな脚部ユニットに接続し、腕に接続する腕部ユニットもそれなりに大きい。
 こちらは僕と一夏だけの小型IS。篭手状の腕パーツとレガース状の足パーツからなり、生身の人間と変わらないスタイル。
 ……何とかして懐なり足元なりに入れば……腕の差はある程度カバーできるかな。」

 もっとも、元より彼には接近戦しかない。
 やるしかなかった。










===============










 アリーナの中央で向き合う銀華とラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。
 ISなのでごつい手足を少女に取り付けた外見をしているラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡに対して、銀華はプリンセスドレスのように優美な外見をしており、中身が可憐な少女と言う通常のIS以上に戦場には場違いな外見をしていた。
 しかしその優美さの中に、運動性と言う名の凶悪極まりない力が秘められている事を、シャルルは事前に知らされている。
 油断など出来ようはずがない。

 その間合いは15m。
 ISにとってはあまり大きな間合いとは言えず、まして銀華にとっては無きに等しい距離だった。

 装着者は千早の方が長身だったが、何しろ銀華や白式とそれ以外のISでは大きさが違いすぎる。

 銀華の場合、背中のアンロックユニットの翼のみが、ISのパーツとして相応しい大きさを維持し、それ以外が千早本人の身体の大きさに合わせて小さくなっている。

 その為、今は、長身の筈の千早の方がシャルルを見上げるような感じになっていた。
 当の2人には、それがそのまま自分達の力量差のようにも感じられた。

 2人は何も話さない。
 今日であったばかりである上に、こんな場所でなければ話せないような話題もなかったからだ。

 そして試合開始の瞬間。
 ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは一瞬で出現したアサルトライフル2丁を発砲し、銀華の姿が一瞬で消え去った。

 と、次の瞬間にラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの手元にあったのはIS用の接近戦用ブレードであり、それがまた次の瞬間にはショットガンに化け、更に次の瞬間にはミサイルランチャーに化けて異常なスピードで飛び回る銀華にミサイルを発射する。
 その後もラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの武装は目まぐるしく変化し、しかしその攻撃が中断される事は無かった。
 攻撃しつつ、武装がいつの間にか変更されているのだ。
 それがシャルル・デュノアの高難度技、ラピット・スイッチだ。

「っ!!? な、何?
 今、何が起こったの!?」

 多くの生徒が一瞬の攻防を理解しきれず混乱する。
 辛うじて

「ふん、何がずぶの素人だ。
 あんな代物をあそこまで使いこなしておいてよくも言う。」
「あ、あんな機動で動けたり、対応できたりする奴が……代表候補生なのか!?」
「あー、でもちーちゃんは代表候補生じゃないよ。」

 代表候補生と本音、そしてかろうじて箒。
 生徒達の中で、彼女達だけが一瞬で何が起こったのかを把握できていた。


 模擬戦開始直後、静止状態からイグニッションブーストを使って瞬間的にとんでもない速度まで加速した銀華は、姿勢を低くし、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの足元に潜り込もうとする。
 最初はアサルトライフルを使用していたラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは、足元に迫る銀華をカウンターで迎撃しようとブレードを展開して足元を切り払う。
 ブレードの展開に気付いた銀華は、その斬撃から逃れる為に軌道を曲げ、足元への侵入に失敗する。
 なおも背後に回り込もうとする銀華に対し、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは銀華に合わせて旋回しながらショトガンを発砲し、銀華を引き剥がす事に成功。

 その結果、距離が開いた所へラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡが様々な武器を叩き込む。

 それがあの一瞬の攻防だった。

 その一方で、戦況は目まぐるしく変わる。

(御門さんの銀華、運動性特化型とは聞いていたけど……なんなの、このわけの分からない鋭角機動!!)
(時速900Kmオーバーでこれだけ動き回っているのに、こんなにも当てて来るなんて……さすが人間兵器、代表候補生……っ!!
 さっきのブレードの速さから考えても、関節の稼動速度なんかも人間やめてる領域みたいだし……僕や一夏みたいな民間人とは違いすぎるっ!!)

 戦っている本人達は、2人して相手の強さに舌を巻く。

 しかし、今のままでは銀華のシールドエネルギーが底を尽いて、シャルルの勝利となる。
 嵐のように襲い掛かってくる弾丸やミサイルが、少しずつではあるが銀華に命中してシールドエネルギーを削っているからだ。
 千早としてはこのままではジリ貧である。

(だから……そろそろ動く筈!!)

 千早の始めてのISでの戦闘は、白式を纏った一夏を関節技で葬り去ったというものだった、とシャルルは聞いている。
 ならば、千早は人体の構造をISの戦闘に反映させてくるはず。
 いくらISが360度の視界を持とうと、やはり正面の方が背面よりも攻撃し易いのだ。
 なので、シャルルは千早が自分に接近するのであれば、背後、頭上、足元といった腕の稼動範囲の死角になりやすい方向からの突撃と辺りをつけていた。
 そして……

(来た!! ドンピシャ!!)

 ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは斜め後方から襲ってくる銀華に急旋回して対応し、銀華の移動する先に自身の最強の武器、シールド付きパイルバンカー「グレースケール」の先を用意する。

(これでカウンター!!)

 だが、いくら代表候補生といっても、運動性特化の銀華にパイルバンカーを打ち込もうというのは、虫が良すぎる話だったらしい。
 千早は差し出されたパイルバンカーに沿うようにして、その先にいるシャルルに接近していく。

 ISの装備は非常に大きな物が多く、ショートレンジに対応できる敵ISが懐に入ってきた時にはその多くが役に立たなくなってしまう。
 しかも銀華は、現在稼動が確認されている全てのISの中で最速。
 とても対応しきれる相手ではない。

 そして、シャルルが最後に目にしたのは、千早の美しい顔だった。










===============










 ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡのシールドエネルギーはまだ全然残っている。
 当たり前だ。
 銀華の攻撃は1発しか命中していないのだから。

 それでも、勝利したのは千早だった。

 理由は簡単。
 彼が衝撃砲を叩き込んだ箇所が、シャルルの顎だったからだ。

 ISは絶対的な防御力を持ってはいるものの、受けた攻撃の衝撃はある程度装着者に与えるようになっている。
 かくして千早の攻撃の衝撃はシャルルの顎にピンポイントで打ち込まれ、彼女を脳を揺さぶってその意識を刈り取ったのだ。

 銀華がショートレンジ戦闘に対応しているISだったからこその芸当だった。

「なんとか、勝てた……か。」

 千早はシャルルを助け起こして、彼女に敗北を宣告したのだった。

「あの、御門さん、僕は……」

 千早はプライベートチャンネルでシャルルに応える。

『貴女の正体については、後にしましょう。』
『……やっぱり、気付いていたんですか?』
『ちょっとした種があるんですけどね……それが無かったとしても、バレバレでしたよ。』

 そこでシャルルとの会話を打ち切った千早は、アリーナをセシリアとラウラに明け渡したのだった。










===============


 セシリアVSラウラが終わった後、翌日の試合が組まれた。
 最も損傷の激しい銀華は除外し、代わりに一夏の白式を補充する形だ。
 勿論、一夏は打鉄を身につけてランニング中であり、この試合組みには関与しない所か、試合の存在自体を知らない。

 一夏の代わりに千早が代表候補生達とグーとチーで分かれましょを行い

・第一回戦 セシリア VS 一夏
・第二回戦 ラウラ VS シャルル

という組み合わせが決定したのだった。




==FIN==






 戦闘描写でした。
 まー、あんな高速機動出来る奴が弱い筈が無く、まして千早ならなおの事という事で。
 本当はこんな時期に、ここまで代表候補生、しかもシャルル相手に戦えちゃいけないはずなんですがね……チート乙とか言われそう。
 でもおとボク主人公なんだから、チートは許して!!

 ……ダメ?

※ISの腕部パーツの設定を少し大きめにしすぎていたので、修正。
この世界のISは大体TVアニメ版に近いデザインで、白式・銀華は上半身のみ小説挿絵版に近く脚部パーツが上半身同様本物の足にフィットする感じになってます。
 ちなみに束さんは小説挿絵版・TVアニメ版・漫画版でそれぞれデザインの違うISを見て、他にも色々見て、色々漲っています。



[26613] お忘れですか? 一夏のフラグ体質
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/03/26 09:42
 入学式の翌日。
 1年1組で専用機同士が合い争うクラス代表選考戦が行われている事が、既に学校中に広まっていた。
 代表候補生が戦う様子が見られるとあって、希少価値でしかない男性IS装着者の事は既に半ば忘れ去られているようだった。

「落ち着いてくれたか。
 まーこっちの方が気楽だわな。」
「「インフィニットストラトス」では割かし長い期間凄かったらしいけど、そうならないですんで一先ずは安心か。」

 何がどの程度凄いのか。
 間違っても体験したくは無い千早と一夏だった。

「んで、俺も出んのかよ。
 思いっきり事後承諾じゃないか。」
「……それでもこの時の「インフィニットストラトス」の「織斑 一夏」に比べればマシな待遇だと思うよ。」
「どんな状況だったんだよ……主役補正の代償ってか?
 物語の主人公って奴は楽じゃねえのな。」

 と、そこへ2人の少女が言い争いながらやって来る。
 巨乳のポニーテールと貧乳のツインテール。箒と鈴音だ。
 一夏は妙な組み合わせだと思った。
 彼の知る限り、この二人に面識は無かった筈だからだ。

 一夏達の所へやって来た彼女達は、凄い剣幕で一夏に詰め寄る。

「「一夏!!」」
「な、何だよお前等!?」
「この女は何者だ!
 お前の幼馴染だとほざいているが、私は知らんぞ!!」
「こっちの箒っていう子こそ何者なのよ!!」

 2人とも、IS学園に入学するまで存在すら知らなかったお互いが、一夏の幼馴染である事に納得がいっていないらしい。

「……あのな、言っとくけど、お前等両方とも俺の幼馴染だぞ?」
「は?」「へ?」
「ほら、箒、お前子どもの頃に引っ越しただろ?
 その後、入れ替わりで鈴がやってきて、去年まで一緒だったんだよ。」

 一夏の説明に、それなら自分が会った事のない少女でも一夏の幼馴染であってもおかしくは無い、と納得する。

「ええと、話はそれだけか?」
「いや、もう一つお前に聞きたい事がある。
 そこの御門 千早という女は何者なんだ?」

 一夏は遂に来たかと思った。
 いつかはされるだろうと想定していた質問だったからだ。

「あー、コイツが男だっていう話よりも信じられない荒唐無稽な話になるぞ。
 多分正直に話しても信じられないと思う。」
「ほう、どんな話なんだ?」
「……俺が、いや「織斑 一夏」が主人公の「インフィニットストラトス」っていう小説がある世界から、束さんの手でこの世界に拉致されてきた異世界人だ。」
「……一夏、あんたあんな事させられたから疲れてるのよ。」

 この鈴音の反応は正常なものだろう。
 しかし、束を直接知っている人間の反応は違った。

「いや……あの女の、姉の行動パターンと能力から言って、その位はやりかねんな。」
「え゛?」
「少なくとも御門が男だという妄言よりは、はるかに信用できる話だ。」

 驚愕する鈴音の隣で、千早が女の子座りで座り込んで床に手をつけて落ち込んでしまう。

「まあ確かに御門さんが男って言うのよりは、御門さんが異世界人って言うほうが納得いくけどさ。」

 鈴音が千早に追い討ちをかける。

「そ、そんなに信じられないのか……僕が男だっていう事は…………」

 そんな風に落ち込む千早を余所に、箒が一夏に質問する。

「なあ一夏。
 何故、御門は拉致されなければならなかったんだ?」
「さあ?
 千冬姉の話じゃ、束さんはコイツを俺のライバルとしてあてがいたかったって言ってたみたいだけど。」
「ライバル?」
「ああ、束さんが言うには「インフィニットストラトス」には「織斑 一夏」とお互いに高めあうライバルが足りないんだと。
 周り中格上ばっかで、高め合うって関係が成り立ってないらしいんだ。」

 まあ、当然っちゃ当然だけどな。
 そう、一夏は続けた。

「た、たったそれだけの事で?」

 箒は唖然とする。
 昔から人の迷惑を顧みない姉ではあったが、そんな訳の分からない理由で人一人を拉致したのかと。

「……まあ何しろあの人だからな。
 「織斑 一夏」って奴はお話の主人公らしく素質にゃ死ぬほど恵まれていたらしいけど、そもそものスタートが遅すぎて結構続いている話の主人公なのに未だに誰よりも弱いんだと。
 んで、一緒になって競い合い高めあうライバルがいればその状況も多少はマシになる、って束さんは考えたらしいんだ。
 ……そんな話、現実の俺に当てはめるのもどうかと思うんだけどな。」
「そこで白羽の矢がたったのが御門さん……と。」
「……大変なんですよ。男の身で女子校に放り込まれるっていうのは。」

 千早が弱弱しい口調で訴える。

「いや、その物言い物凄い違和感あるから。」

 それを鈴音は斬って捨てた。

「でも今の話が本当だとすると、もしかして彼女があんたといつも一緒にいるのって、彼女があんた達姉弟の保護下にあるから?」
「まあ、そんなとこかな?
 俺達っつーよか、千冬姉だけど。」
「なら、お前と恋人同士という話も間違いか?」
「……俺としては、逆になんでそういう話になったのかが詳しく聞かせてもらいたいんだが。」

 その一夏の一言に、少女達は安堵のため息をつく。
 一夏争奪戦において、彼女は余りにも強敵過ぎる。
 戦線に参加していないのなら、それに越した事は無かった。

「話は変わるけどさ、今1組じゃ面白そうな事やってるみたいじゃない。
 ウチは代表候補生があたししかいなかったから、クラス代表がすんなり決まっちゃったけど。」
「……こっちも代表候補生がクラス代表になりゃあ良いと思うんだけどな。」
「……そーいやアンタ、代表候補生を妙な目で見てたっけ。」
「昨日のことは思い出させないでくれ。マジで地獄だったんだぞアレは。」

 一夏は昨日の制裁を思い出すだけで、ゲッソリしてしまう。

「乙女にあんな事いう奴には似合いの末路だったけどね。」
「……昨日のグランド2周の発端は私も聞いているぞ。
 いかに強い事が良い事とされるIS装着者に対して言った事とはいえ、お前年頃の娘に怪物は無いだろう怪物は。」
「……褒めたんだけどなあ……」
「言葉を選べ、言葉を。」

 箒はあきれ返った口調で言った。

「全くアンタって。
 そんな様子じゃ、あたしとの約束も忘れてるんじゃないの?」
「え?
 ええと、お前との約束って酢豚を作る腕が上がったら、毎日酢豚をおごってくれるっていうアレか?」

 その一言に鈴音は凍り付き、箒はその真相を瞬時に察する。
 恐らく鈴音は「毎日お味噌汁」と同じノリの告白として、毎日一夏に酢豚を作ると言ったのだろう。
 それがこう返されては報われなかった。
 その箒の洞察は正確な洞察だった。
 だが。

「そ、そうよね。あんたそういう奴だったわよね……」

 鈴音は気持ちを切り替えた。
 一夏にこの告白が通じる位であれば、彼は今頃何股かけているか分からない。
 それが、未だに彼女がいないという事は、彼女の告白が通じるわけが無いのだ。
 昨年まで一緒だった鈴音は、一夏の生態を学校の誰よりも把握していた。

 そのあたりの事情は大体理解できる。出来てしまっている。
 だが、感情では到底納得のいくものではなかった。

「ど、どうしたんだ、鈴?」
「なんでもないわよ。
 あんたがどういう奴だったのかって、思い出してただけだから。」

 血の涙でも流しそうな様子で、鈴音は一夏に返答した。

 何故かは知らないが、鈴音が落ち込んでしまっているらしい。
 そう察した一夏はこう言った。

「なあ鈴。昨日の分の模擬戦じゃどのISも損害が軽微で、今日もクラス代表選考戦をやるんだってよ。
 今日は俺も出るから応援しに来てくれないか?」
「ふぇ? い、良いわよ。応援に行ってあげるから。」

 どうせ、元より見に行くつもりだったのだ。

「まあ俺と千早じゃ千早の方が強いから、昨日の方が見ごたえがあったと思うけどな。」
「良いの良いの。あたしはあんたを応援しに行くんだから。」

 と、そこで箒が一夏の耳を引っ張る。

「いて、何すんだよ箒。」
「鼻の下が伸びているんじゃないのか、一夏。」


 そうして始まるラブコメ展開。
 千早は男として羨ましいような、そうでないような気持ちを抱きながらそれを眺めていた。











===============










 そして放課後。
 学校中から専用機同士の戦いを見学するべく、多くの生徒が集まっていた。
 1組の人間しかいなかった昨日とは偉い違いだ。

 一夏は思う。
 なんだか場違いな晴れの舞台のような気もするが。
 男がどうの、何時も恋人と一緒にいて破廉恥だのとのたまっている目の前の金髪は、どれほど格上だろうとぶちのめさなければならなかった。

 性別など生まれた時に勝手に決まる物。
 そんな自分で決められない範囲の物事で、そこまで貶められたら堪らない。

 それに貶められている事には腹は立つが、感慨は無い。
 彼女はとりわけ酷い部類ではあるが、彼女の同類にはこれまでにも何度か出会った事がある。
 不快な記憶ではあるが、多少は慣れた。

 個人的には姉や箒、鈴音や弾などの親しい人間を糾弾されるほうが、男だからと蔑まれるより腹が立つ性分だ。
 その一夏にとって、彼女の、セシリア・オルコットの物言いなど、安い挑発に過ぎない。

 千早と一緒にいることが、恋人同士のいちゃつきと思われる事も心外だった。
 一応、一夏は千早を男性と認識しているのだ。

「まったく、さっきから聞いてりゃ男だから弱い?
 素人だから弱いんだよ、俺は。
 アンタと俺の差は男と女の差じゃない、熟練者と素人の差だ。」
「あなたが素人なのも、あなたが男だからではなくて?
 所詮は、IS装着者たれと英才教育を受けられる女と、ほとんどがISを動かす事も出来ず、動かせる者も経験不足で常に女より弱い男では勝負にもなりませんわ。」

 この台詞を聞いた時、一夏はある決意をする。
 ああ、俺は「織斑 一夏」みたいに長々と最弱の座にいちゃいけないな、と。
 何故ならば「織斑 一夏」こそは、最強の才能を持ちながら経験値不足のせいで最弱になっている「織斑 一夏」こそは、まさに今セシリアが言った経験不足で常に女より弱い男そのものだったからだ。
 だから一夏がいかに才能で「織斑 一夏」に負けていようとも、彼のようにはなってはならなかった。
 一刻も早く「織斑 一夏」よりも、そして彼よりも強い代表候補生達のうち、さしあたっては最も弱い者よりも強くならねばならない。
 幸い、そのための味方として、千早がいてくれる。心強かった。

 それに男が女より弱いという前提は、既に一夏の中で崩れている。
 男性でありながら代表候補生であるシャルルと、そのシャルルを打ち倒した千早がいるからだ。
 後は、自分が目の前の女を倒すだけだった。

「国家の代表の座を目指す代表候補生様の割に良く回る口だ。
 そんな大物だったら、もっとドッシリ構えろよ。
 そして、そんなに強いだ弱いだってのも口で言うもんじゃないぜ。
 黙って俺が弱っちい男でお前がお強い女だって事、証明してみせろよ。」
「そうさせて頂きますわ。」

 それが試合開始の合図だった。










===============










 セシリアが何故か銃口を横に、あさっての方向に向けた状態でレーザーライフル・スターライトmkⅢを出現させ、銃口を一夏に向けようとしたその時には、一夏の刺突がセシリアの目前に迫っていた。
 一夏がレーザーライフルの出現位置を察し、改めて銃口を一夏へ向けるまでを付け入るのに充分な隙と判断し、突っ込んだ為だった。

「っ!!!」

 セシリアは首をずらして切っ先を避けるが、次の瞬間、その刃は進行方向を変えて彼女の首に襲い掛かる。
 その斬撃によって、ブルーティアーズは一気に弾き飛ばされるように飛んでいった。
 白式のIS離れした小さな体躯からは想像も出来ない強力な馬力と、少しでもダメージを軽減させようと身体を引くブルーティアーズの機動が合わった為だ。

 首を襲った激痛に耐えながらシールドエネルギー残量を確認するセシリアはギョッとした。
 たった一撃でシールドエネルギーがほとんど持っていかれていたのだ。
 いくら当たり所が悪かったからといっても、白式が手にしている刃渡り2mほどの刀が、ただのIS用ブレードでない事は明白だった。

 一夏を単なるザコから倒すべき敵と認識する為の授業料としては、いささか高すぎた。

「くっ、いきなさい! ブルーティアーズ!!」

 セシリアは機体名の由来となった特殊兵装・ブルーティアーズを射出する。
 浮遊砲台であるブルーティアーズによる多角攻撃ならば、銀華ほどではなくとも高速がウリの白式の動きも封じる事が出来るだろうという目算だった。

 一夏の動きは早いが、動く速度はその最高速である850Km近辺ばかり。
 銀華のような異常な鋭角機動をする事もなく、中身の一夏は所詮素人である為、代表候補生であるセシリアならばその動きを読むことは不可能ではない。
 よってセシリアが一夏にレーザーを当てる事は困難ではあったが出来ない相談ではなかった。
 何しろレーザー。弾速が光速なのだ。
 引き金を引いた瞬間、銃口の先に一夏がいさえすれば、すなわち照準が合いさえすれば一夏に避ける術はない。
 それでもカス当たりが多いのが気になったが、カス当たりでもシールドエネルギーは削れている筈だった。

(突然の事で泡を食ってしまいましたが、このまま距離を詰めさせなければ勝てますわね。)

 しかし、その余裕も次第に消える。
 一夏の動きに緩急が生まれ、狙い辛くなっただけではない。
 明らかにセシリアが攻撃しようと思った瞬間に突然白式の進行方向が変わり、照準から外れてしまう事が多くなったのだ。

「何がっ!!」
「いくら中身が代表候補生なんて化け物じみた代物でも、機体の方がこんな欠陥品なら俺の勝ちだ!!」
「わたくしのブルーティアーズを愚弄するつもりですか!
 欠陥品は接近戦しかできないあなたの方でしょう!!」
「コツさえ掴めば発砲のタイミングが分かっちまう射撃武装よりかはマシだろ!!」

 セシリアは、今なんと言われたのかが分からなかった。
 その一瞬の動揺を衝かれて、白式に距離を詰められてしまう。

「くっ!!」

 セシリアは手元に残しておいた2機のミサイル搭載型ブルーティアーズからのミサイルで、白式を迎撃しようとする。
 今まで速くはあっても直線的なレーザーばかりを相手にしていた所へミサイルを撃ち込まれれば多少は泡を食う筈だった。

 だが、一夏は時速900Kmオーバーを叩き出し、悪夢じみた鋭角機動を行う最速のISと共に訓練に明け暮れた身。
 ブルーティアーズに搭載できるたかが知れた量のミサイルに対応できない筈も無い。

 ミサイルは避けられ、あるいは……

「なっ!!」

 白式がブルーティアーズの陰に隠れ、ブルーティアーズを盾にする事で防がれる。
 自ら放ったミサイルに体勢を崩されるブルーティアーズ。
 その隙を一夏が逃す筈もなかった。

「ブルーティアーズ、シールド残量0。
 勝者、白式。」










「なんで、こんな……」

 そう呟くセシリアに、プライベートチャンネルで一夏が話しかける。

『あんたのビットな、あれ動かしてる時、あんた自身の動きが止まってただろ。
 相手が接近戦しか出来ない俺だから良かったようなものの、あれじゃ射撃武器持ってる奴には七面鳥撃ちしてくれって言ってるようなもんだぜ。
 それとレーザーライフル。いくらなんでも白式みたいな高速機相手にあんなデカブツ、中身がド素人の俺でも当てるのは難儀しただろ?
 もうちょっと装備を考え直してもらうんだな。』
『……アドバイス痛み入りますわ。』

(さて、何とか勝てたけど、今回は最初の奇襲がでかかったな。
 アレが無ければ多分……)

 自分は負けていた。
 そう思う一夏であった。











===============











 機体性能が物を言った一夏VSセシリアとは打って変わり、シャルルVSラウラは中身が技量の限りを尽くす名人戦となった。
 シャルルは遠距離でのラウラの攻撃手段がレールガンのみと判断して、距離を保ちながら射撃。
 そのシャルルにラウラが追いすがるという展開である。

「あれ、昨日あんなに速かった御門さんに当てていたシャルルさんが、大分外してますね。
 ラウラさんはあんなデタラメな速さじゃないのに。」
「ああ、あの2人は相手の照準をひきつけて避けているんだ。
 相手が発砲するその直前に合わせて回避行動を取る事で、弾丸を避ける。
 それができてこその代表候補生。
 だから、連中の回避能力が、銀華を持つ御門とさして変わらんのも当たり前なんだ。
 逆に御門のように速さに任せて照準を振り切るのは、ISでの戦闘では限界がある。
 ……まあ銀華はその限界を突破しかねない代物だがな。」

 そう千冬は生徒に説明する。

「つまり、相手の射撃のタイミングを見切ることが重要と?」
「まあ、弾丸を出しっぱなしにするガトリングガンやアサルトライフルもあるから、一概には言えんがな。」

 ちなみに弾丸をばら撒くそういった系統の火器には、銀華のように高速で飛び回るのが最善である。

 シャルルVSラウラは結局ラウラの勝利となった。
 相手の動きを封じられるAICの存在はやはり大きかったらしい。

 AICの範囲に入るまいと逃げ回っていたシャルルではあったが、狭いアリーナの中では早々逃げ続ける事も出来ず、追い詰められての敗退となった。











===============








 今回は昨日と異なり、どの機体も損傷具合が大きい為、次の試合は来週に回される事になった。
 そして組み合わせは……

・第一回戦 シャルル VS セシリア
・第二回戦 一夏 VS 千早

 と決まったのだった。








==FIN==

 一応、一夏の方もちーちゃんと渡り合えるくらい強い為、セシリアには普通に勝てちゃいました。
 うん、やっぱちょっと強くしすぎたような。

 本人は勝てた理由はビギナーズラックだと思っています。
 そして次回のクラス代表選考戦は、主人公対決となります。



[26613] ハードモード挑戦者3人目入りました……あれ?
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/03/27 13:49
「はあ……」

 金の髪の、見事なプロポーションの少女がシャワーを浴びながらため息をついた。
 白人女性としてはやや小ぶりの胸をしていたが、その事がかえって全体のバランスを整えている。

 彼女の名はセシリア・オルコット。
 1組所属の代表候補生の1人である。

「織斑……一夏……」

 彼女は今日の一夏との模擬戦と、その後一夏に言われた事を反芻する。

 一夏に言われた事はこれまで些細な問題として捨て置いた物だったが、一夏は的確にそこを衝く事で、自分との技量の差を見事に埋めてみせた。
 ……いや。
 技量はさして高くないのは確かなのに、どういうわけか原理上不可能な筈の連続瞬時加速などというとんでもない芸当を当たり前にやってのける人間だ。
 それによる圧倒的な優速。
 性別が男だからという、ただそれだけで侮ってよい相手ではない。
 侮ってよい相手ではないのに侮り、その為、順当に負けた。
 それが今日の模擬戦の全てだった。

 既に黒星が二つ。
 これ以上は負けられないが、残る対戦相手はどちらもかなりの強敵だ。
 十中八九負けは決まっていたが、戦う前から諦めたくは無かった。

 シャルルの方は、技量の面で自分より上だと認めざるを得ない。
 一夏が語った欠点を的確に突き、彼の言った通りセシリアを七面鳥撃ちするだろう。

 そして千早。
 まだISを触って1ヶ月ほどだというが、銀華などという危険物をああも使いこなしている時点で、ド素人と侮れる相手ではない。
 もし仮に、あの悪夢のような高速鋭角機動を前にしてブルーティアーズ制御の為に動きを止めようものなら、次の瞬間にはシャルルと同様一撃の下に意識を刈り取られてしまう。
 そして、その悪夢の運動性を前に、大型のレーザーライフルなどどれほど役に立つか疑問であった。

 どちらも厳しい相手だった。

 そして、千早に関してはもう一つ思う所があった。

「御門……千早……」

 彼女は一夏に常に寄り添う銀の少女。
 2人のISは、まるで騎士とそれに守られる姫君のように見えた。

 セシリアは千早の事を、「男を立てる女」などというこのIS学園には似つかわしくない生き方をしている少女だと思っていた。
 だが……

「女として……わたくしは……」

 彼女に何かで絶対的に負けている。
 容姿でまるで勝ち目が無いのは確かだが、それ以外にも何かで女として自分は彼女に圧倒的に負けている。
 セシリアはそう感じていた。

 一夏にも惹かれるものはある。
 今のご時世、あんなにも強い意志を瞳に宿した男など殆どいない。

 男といえば父のように、何かを諦めた陰鬱な瞳をしている者や考える事をやめてしまった愚鈍な瞳をしている者ばかりで、例外的に瞳に力強い意思を感じさせる者も薄汚い野心や碌でもない欲望を優先させる不快な光ばかりを放っている事が多かった。
 だから男は嫌いだった。

 しかしそんな薄汚い欲望の光とは異なる、一夏の瞳の意思の光。
 セシリアは、その意志の光に強く惹きつけられる自分を感じていた。
 もしかしたら初恋なのかも知れなかった。
 ……が。

 彼に常に寄り添う銀の少女に、自分は女として全く敵わない。
 彼女と互角とは言わないまでも、彼女に少しでも近づくべく女を磨かなければならない。
 そうしなければ、自分が一夏の眼鏡にかなう事は無いだろう。
 そうセシリアは感じていたが、そのための努力はとても困難な道のりのように思えた。

「わたくしは……何でどれほど貴女に劣っているのでしょうね……」

 千早が聞けば奈落の底に落ちるほど落ち込むような悩み事を、セシリアは抱いていた。











===============









 翌日。
 セシリアは明らかに前より気落ちした雰囲気を身に纏っていた。

「なんだアイツ、俺に負けたのがあんなにショックだったのか?」

 そんな口調ではあるが、一夏は心配そうな視線をセシリアに送っている。

 ……少し耳をそばだてると、「いい気味」という台詞が僅かながら聞こえてくる。
 女尊男卑の今の世の中の基準に照らし合わせても、彼女の男に対する暴言に対して不快感を覚える少女は多かったらしい。
 彼女達にも父親がおり、また兄や弟がいる少女も多いのだ。
 男を見下す心は彼女達の中にもあるのだろうが、それでも男を全て、つまり彼女達の父親や兄弟までも全否定するかのようなセシリアの物言いを、良しとしない者がいるのは当然だった。

 あのまま男に対する傲慢な態度を改める機会に恵まれなければ、彼女は本格的にクラスで孤立していたのかも知れない。
 それを思えば、一夏に負けた事は良い機会だったかもしれなかった。

 そんな事を話題に一夏と千早が話し込んでいた。

「にしても、IS学園なんていう女尊男卑の総本山みたいな女子校で孤立するほどの男嫌いって相当だよな……
 男のくせに男嫌いって奴と良い勝負だぜ。」

 と言いながら、一夏は千早を見る。
 そこで、一夏は気付いたかのように言った。

「なあ千早。
 男嫌い同士ウマが合うかも知れないから、セシリアに話しかけてやれよ。
 いい気味だって言ってる奴もいる以上、このままじゃアイツ、クラスで孤立するぞ。」

 かつて鈴音がクラス内で孤立していた事を思い出した一夏は、そう千早に提案した。
 一夏と同じくセシリアを孤立させるのは良くないと思った千早は、快く彼の提案に乗ってセシリアに話しかける。

「セシリアさん、今日はどうしたんですか?」
「……御門さん?」
「名前でも構いませんよ。」
「……千早さん。
 わたくしは……」

 セシリアは一旦言葉を切り、うつむくと意を決したかのような顔で千早を見る。

「千早さん。
 わたくしを女性として鍛えてはくれませんか!?」
「……は?」

 千早はセシリアが何を口走ったのか理解できなかった。
 目が点になる千早を余所に、セシリアは続ける。

「わたくし、正直貴女のような「男を立てる女」などというものは時代遅れの代物だと思っておりました。
 ですが、何か……わたくしは貴女に女として何かが絶対的に劣っているのです!!
 貴女ならそれが分かるような気がして……あの、どうかしましたか、千早さん?」

 千早はセシリアの今の台詞によって、奈落の底に叩き落されていた。

「……あの……セシリアさん。
 僕の性別は……男なんですが……」
「あの……千早さん、大丈夫ですか?
 ご自分の性別まで間違えてしまわれるなんて、酷く錯乱しているみたいですけれど。」

 と、そこで今日の授業が始まるのだった。










===============










 昼休み。
 一夏と千早は珍しく別々に食事を取っていた。
 一夏は箒や鈴音と、千早はセシリアと食事を取っている。

 とはいえ、一夏も箒も鈴音も、耳をそばだてて千早とセシリアの会話を一字一句逃すまいとしていた。
 一夏は男嫌い同士でどのような話をするのか気になっていたから、箒と鈴音は千早がセシリアに伝授するであろう女らしさの極意のような物を聞き逃すまいと思っていたからだ。

 と、千早がセシリアに話を切り出す。
「セシリアさん。今朝の話なんですが……」
「何か教えてくださるのですか!?」

 セシリアと、そして箒と鈴音が身を乗り出すように話を聞こうとする。

「……貴女が僕に劣っていると感じているものは多分内面的なものですので、それについてアドバイスする為には、貴女の背景や人格についてある程度知る必要があります。
 幼少時の頃の話や代表候補生になった経緯など、あなたの過去を話してはいただけませんか?」
「っ!! ……分かりましたわ。」

 そうして始まったセシリアの身の上話は、千早が知っている「インフィニットストラトス」の「セシリア・オルコット」のプロフィールと大体一致していた。

 元々良家の娘であり女尊男卑になる前から家を守ってきた一家の大黒柱だった母親と、彼女に養ってもらっていた婿養子の父親。
 元々やや度の過ぎたカカア天下だったその夫婦関係のバランスが、IS登場による女尊男卑思想の台頭で振り切った針のように狂ってしまう。
 また、女尊男卑思想が浸透していくにつれて、父親を始めとする周囲の男性の瞳が卑屈に濁っていくのを、彼女は感じていた。

 セシリアの脳裏には強い母に逆らえない父の姿がインプットされ、また、もともと母が忙しくしていた為に、碌に一家団欒を過ごす事が出来なかった寂しさも彼女の中に植え付けられた。
 彼女はヘコヘコと母に従う情けない父親が嫌いで、そしてその父親の名誉回復の機会は母親と同時の事故死によって永遠に失われてしまった。
 両親は愛し合っているようには感じられなかったのに、何故最期の時だけ一緒だったのだろうという疑問もまた、父へのわだかまりと共にセシリアの中に残った。

 両親の死後、セシリアの周囲には彼女の母が残した遺産を狙うハイエナが寄り付くようになり、彼女は彼等から母の遺産を守る為にIS装着者への道を選ぶ。
 そして実力をつけることによって、代表候補生まで上り詰める事によって、周囲に自分を認めさせてきたのだった。

「ああ、そりゃ初めてIS装着して2ヶ月経ってねえ俺に負けたら、へこむはな。」

 聞き耳を立てていた一夏が、ポツリとそう呟いた。

「……話しましたわ。」
「すみません、辛い話をさせてしまって。」
「いえ、わたくしが貴女に聞いて頂く必要があると思って話した事ですわ。
 お気になさらないで下さい。」

 そして、セシリアは真剣な表情で千早を見つめる。

「それにしても父親が嫌いで、それが高じて男嫌いですか。
 僕と一緒ですね。」
「へ?」
「僕も……父が嫌いなんです。生きてますけどね。
 それに僕の父はどちらかというと貴女のお母さんに近い人で、仕事人間。
 情けない所なんて見たことが無いですけど、その代わりに家庭を顧みるという事をしない人で……だから嫌いなんです。
 そして僕は……自分自身も嫌いなんです。」
「ちょっ、ま、ほ、本当なのですか!?」
「……ええ。
 それで、僕自身と父だけが嫌悪の対象だったのに、今じゃ男性全般がダメで……
 おかしいですよね。
 自分自身が男のくせに男嫌いだなんて。」

 千早は寂しげに微笑む。

「……なぜご自分が男性という前提でお話されるのですか?
 男性の男嫌いなど、非常に無理のある話だと思うのですが。」
「……セシリアさん…………僕、今までに何回男だって言いましたっけ?
 いい加減信じてください。」

 シリアスな空気が台無しになった。

「そんな男嫌いの貴女でも、織斑……一夏さんとは何時もご一緒しておりますわよね。
 男嫌いの貴女にとっても、不快ではない相手なのですね。」
「……まあ彼は父のように家族を大切にしない人の対極ですし、人の性別間違えてナンパしてくる人達のような不愉快な人でもないですからね。
 場所が場所だからとはいえ、僕のような捻くれ者の友人もしてくれていますし。」

 その千早の台詞に、箒と鈴音、そして他ならぬセシリアに動揺が走る。
 特に箒と鈴音は「やっぱり千早にも、しっかりフラグを立てているではないか!!」と異口同音に心の中で叫んでいた。

「まあ、一夏についてはその位にしておきましょう。
 今は貴女について、です。」
「……分かりましたわ。」

 そこですかさず聞き耳の感度を高める箒と鈴音。

「まず、僕の印象としては……貴女自身も世間の女尊男卑思想の犠牲者のように感じました。
 下手したら、男の人達と同じ位の。」
「え……
 いえ、そうかも知れませんわね。」

 両親の立場のバランスを歪になったのは、女尊男卑思想のせいだった事は覚えていた。
 だから、セシリアは千早の指摘を肯定した。

「女尊男卑に苦しめられながら、自分もまたあそこまで女尊男卑に染まってしまっていた。
 貴女自身が僕に劣っていると感じているのは、この事に由来する歪みなのではないでしょうか?」

 歪み、か……
 千早は自分で言っていて思う。
 自分もまた歪んでいる。
 その自分が、セシリアの歪みをどうこうする事が出来るのか。
 それ以前に彼女にこんな指摘ができるほど自分は大層な人間なのかと。

 しかし、セシリアの相談には乗らなければならなかった。

「……歪み…………」
「元々、女尊男卑思想は「ISは男性には使用できない」という事が原因で発生したものです。
 ですが、世の中にはIS装着者以外にも職業があって、その職業に誇りと情熱を傾けている人達が沢山います。
 例えば、この校舎を建てる建設業者の方々がいなければ、僕達はこの校舎で学ぶ事ができません。
 そしてその建設業者の皆さんも、建築物を建てるには材料や機材を必要としていて、その為の建機や資材を売る業者がいて……
 そんな風にして、お金のやり取りをしながら皆で助け合っているのが世の中なんです。」

 千早は今、自分の口をついて出てきた言葉に驚いた。
 IS学園は閉鎖環境とはいえ殻に閉じこもりがちな千早にとって新鮮な場所で、ここに来たことが彼の殻を破り、視野を多少広げる事に繋がっていたらしい。
 本人でも気付かなかった事だった。

「……その中で、男性はIS装着者という道だけは選べないっていう、それだけなんですよ。本当は。
 それに母親が一家の大黒柱としてバリバリ働いていた貴女には分かり辛いかも知れませんが、昔ながらの女性の役割、育児や家事を行い家を守るという事も、とても大切な仕事なんです。」

 この千早の台詞の最後の部分で、セシリアは悟った。
 自分に何が足りないのかを。

「あの、千早さん。
 わたくし分かりましたわ。
 何がわたくしに致命的に欠けていたのかが。」

 母の事は尊敬している。
 けれども、彼女は「母親」という役目を充分果たしていただろうか?
 答えは、否。

 だから、自分には

「わたくしには母性が足りないのですね。」

 母親に「母親」として接してもらう機会が少なすぎた為に、自分はそれを母から学ぶ事が出来なかった。
 セシリアはそう結論付けた。

「……全てはあなた自身の内面の話です。
 心理学を欠片も齧っていない僕には、貴女のその結論が正解かどうかを判断する術はありません。」
「いえ、わたくしの不躾な相談に乗っていただいて、本当にありがとうございました。」

 しかし母性など、どこでどう学べばよいのだろう?
 ふとそう思ったセシリアだったが、目の前に母性の塊と思える女性がいた。
 彼女を参考にすればよかった。

 トコトン千早のSAN値を削るような思考をしているセシリアだった。

 ちなみにセシリアの相談に乗っていた時の千早の声は途中から女の子声になっていたのだが、本人はその事に全く気付いていなかった。










===============










「母性ねえ。確かにアイツ、家事万能みたいだけど。」
「そうなのか!?」
「いっぺんアイツの料理を食った事あったけど、マジで美味かったぞ。
 お前等も今度食わせてもらえよ。」

 セシリアが千早を母性の塊と感じたのは正解だった。
 しかしその事実は後々判明する事実であり、この時点ではIS学園でもっとも千早と親しい一夏ですら知らない事だった。










==FIN==

 いや、一夏にフラグは立っちゃいるんですよ、セシリア。
 でもちーちゃんがいるので、将を射んとすればまず馬から、という事でターゲットとなりました……違うか。

 でもちーちゃんは母性的で世話好きで優しいと思います。
 あの外見でそんな面を丸出ししたら、ますます男だと信じてもらえなくなる事請け合いですがw



[26613] 織斑先生の激辛授業と御門先生の蜂蜜課外授業
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/03/28 18:40
 帰りのショートホームルームにおいて、千冬は生徒達に向かってこう切り出した。


「さて、昨日までの段階で、クラス代表選考戦参加者が一通り戦い終えたわけだが……」
「いやあ、予想外に皆さんハイレベルで、先生達ビックリしました。」

 千冬の話に、山田先生が合いの手を打つ。

「超高難度技能である個別連続瞬時加速……ですよね、あれ?
 ともかくとっても難しい筈の連続瞬時加速を当たり前のように使いこなせてしまう織斑君と御門さんに、その猛スピード相手に攻撃を当てられたデュノア君とオルコットさん、そしてそのデュノア君やオルコットさんを下したボーデヴィッヒさん。
 現時点の段階でも1組の評価は非常に高い物と言って良いでしょう。」
「……とはいえ、それは1年生の1学期の頭にしては、という話だ。
 この5人より強い生徒など、上級生にはゴロゴロいる。
 それに、それぞれに反省点が無いわけではない。」

 そうして千冬が各人に対して論評を始める。


「まず織斑と御門。
 お前達、あのスピードを出せていながら何故被弾する? 錬度が低すぎるぞ。
 まだISを始めて身に着けて一ヶ月の初心者だから錬度が低いと言うのは分かるが、だからといってISアリーナにはそんな事を気にして加減してくれるようなマヌケなどおらん。
 相手の攻撃を読んで回避しろ。
 ISは敵のロックオンやエネルギー充填に合わせて警告を発するから、出来ん話ではないはずだ。

 それと、もし接近さえすれば勝てるなどという間抜けな考えを持っているなら捨てろ。
 確かにお前達のISは接近戦しか出来ないが、接近戦しか出来んからといって接近戦では強いと考える事は間違いだ。
 白式や銀華自体の接近戦能力は非常に高いが、実際には中身のド素人共に足を引っ張られるから、マトモにやっては砲撃戦用装備の量産機にも普通に負けるぞ。

 ならば特訓して少しでも相手の技量に追いつければ、などという甘い考えも捨てろ。
 ド素人のお前達と代表候補生やそれ以上の間には、埋める事など事実上不可能なくらいの差がある。

 ……だが差が埋まらんと言っても、訓練しなければその埋められん差が広がっていき、お前達の勝ち目が無くなっていくばかりだ。
 だから訓練は絶対に怠るな。」
「あの……接近戦しか出来ないのにその接近戦でも技量差のせいで負け濃厚で、特訓しても追いつけないじゃあ、俺達にどうやって勝てと?」
「自分で考えろ馬鹿者。」


「続いてオルコットとデュノア。
 先ほどの織斑や御門に対する話と矛盾するようだが……

 お前達、連続瞬時加速が出来る織斑や御門に辛うじて攻撃を当てる事が出来て、それで奴等を遠距離に縫い付けていられたつもりになっていたようだが、奴等が被弾上等で突っ込んできた場合、対応しきれたと自分でも思っているのか?
 奴等自身にはその自覚が無かったようだが、攻撃回避の体の良い練習台にされていただけで、お前達が奴等の動きを拘束できた瞬間などほとんど無かったぞ。

 それに相手は接近戦仕様とはいえ、中身はド素人だ。
 代表候補生のお前達なら接近戦に持ち込まれても、迎え撃って勝ってみせろ。
 代表候補生としての訓練に耐えてきたお前達になら可能な筈だ。
 もし出来ないというのであれば、じきに来るデュノア対織斑戦、オルコット対御門戦でも、またド素人相手の敗北という恥を曝す事になるぞ。」

「それとオルコットに関してはもう一点。
 なんだあのレーザーライフルの展開の仕方は。
 ちゃんと敵に銃口を向けた状態で展開しろ。
 一夏がブレードの威力を抑えていたから良かったようなものの、そうでなければ展開の隙をついた最初の一撃で全てが終わっていたぞ。」
「え?」

 セシリアが間の抜けた声をあげる。
 千冬はそのセシリアの様子を見て、咳払いをして話を続ける。

「……白式に装備されている近接戦用ブレードは『雪片弐型』と言ってな、かつて私が使っていたブレード『雪片』の後継で似たような機能を有している。
 両者とも展開中は使用者のシールドエネルギーを削っていく性質を持っているんだが、その分高威力だ。
 お前とやりあった時、織斑はシールドエネルギー減少という性質を嫌って『雪片弐型』の機能を制限していたんだが、そのせいでせっかくの『雪片弐型』が単なるIS用ブレードに成り下がってしまってな。
 攻撃力がかなり低下してしまっていたんだ。

 ……つまりお前は、本当ならあんな癖一つで、初心者に瞬殺されていた所だったんだぞ。
 直せ。」
「あの、それでは一撃でシールドエネルギーを殆ど失ってしまったのは、一体どういう事なのでしょうか?」
「絶対防御が発動したからに決まっているだろうが。
 どこをやられたのか忘れたのか? 首だぞ首。」


「最後にボーデヴィッヒだが。
 お前のシュヴァルツェア・レーゲンのAICが強力な事は分かったから、もう必要な時以外には使用するな。
 敵を静止させられるというのは確かに強力だが、それに頼り過ぎると技量の低下を招くぞ。
 実際、前より攻撃精度が落ちていないか?」
「……了解しました教官。」


「さて、こんな所か。」
「……辛過ぎますよ、織斑先生。」
「私は事実を言っただけだ。」

 悪びれもなく、そうのたまう千冬。
 一方、生徒達は非常に辛口の、特に一夏、千早、セシリアに対する有り得ない辛さの辛口批評に絶句していた。

 しかし一部の強者は。

「はあ、千冬お姉様にあんな風に罵ってもらいたい……」

などと、危ない妄想に思いを馳せていた。










===============










「と、いう事があってな。」
「な、情け容赦もへったくれも無いわね、千冬さん。」
「そりゃまあ、ちょっと訓練した位で素手でマシンガンやショットガンを制圧できるような奴等相手にガップリ四つで勝てるわけが無いって事ぁ分かってたけどさ、ああもハッキリと言われるとなあ。」

 放課後、一夏と鈴音はそんな話をしていた。

「ところで一夏。」
「ん? どうした千早?」
「僕は何でこんな所に連行されてきているのかな?」

 2人は、否、もっと多くの生徒達は、千早を調理室へと連行していた。
 半軍学校と言ってよいIS学園ではあるが一応は女子校である為、このような設備も存在し料理研究部の類も存在する。

「ああ、いや、昼飯の時、箒と鈴にお前の料理が美味いって言ったら、誰かがそれを聞きつけたらしくてよ。
 是非食わせてくれ、だってさ。」
「そうなんだ……」

 まあ、千早も料理をするのは好きな方である。
 しかし「誰かの為に」というモチベーションがあったほうが、千早にとっては好ましいのだ。
 彼には世話好きの母性的な一面が存在するからである。

 と、周りの女生徒達から、是非料理を教えて欲しい、調理している所を見せて欲しいというリクエストが千早の元に殺到する。

 まだ入学式が行われて間もないとはいえ、一夏と千早がIS学園に来て1ヶ月以上経過しているのだ。
 唯一の男性IS装着者とされていた一夏は勿論の事、千早の御伽噺のお姫様のような美貌もIS学園内では有名であり、憧れる者も多い。
 その美貌の少女が料理にも長けているというのであれば、是非指導してもらいたいと思う少女がそれなりにいるのは当然と言えた。

 また、料理を教えてくれとやってきている女生徒の中にはセシリアやシャルルの姿もある。
 箒もその中には加わらなかったが、調理室には来ているようだ。

 彼女達のリクエストに答えるのも、悪くは無かった。










===============










 千早は流れるような手つきで調理を進めていく。
 その手際の良さは、料理のプロである食堂のおばさん達にも匹敵し、彼女達を除けばIS学園内で千早に並ぶ者は無い。

 千早は、料理を教えて欲しいと言ってきた少女達に優しい女の子声で、柔らかな物言いで、しかし正確・的確な解説をしながら手を止める事無く調理を進める。

 それでいて。
「さて皆さん。クッキーは結構色々な物でトッピングできるんですよ。
 例えば……そうですね、何が使えると思います?」
 などと、女生徒との会話をも挟んでいた。

 その姿は紛れも無くお料理教室の先生であり、まだ少女といって良い外見なのにお母さんと呼ぶに相応しい雰囲気を纏っていた。
 しかしまだ千早は高校一年生。
 お母さんと呼ぶのは躊躇われ、あえて呼ぶのであればお姉さまであった。


 そしてほどなくして。
 千早はクッキーを中心にすえた、家庭で作れるお菓子類を完成させた。

 それを口にした生徒達からは、
「うう……部長としての自信を無くすわ……
 お料理も指導も無茶苦茶上手いじゃないの……」
「何これ。
 こんなに美味しいクッキー今まで食べた事無いわ!!」
「こっちのマフィンの美味しさもただ事じゃないんだけど……」
 などなどの大絶賛が寄せられた。

 勿論その中には一夏や箒、鈴音もいて
「な、俺が言った通り美味いだろ?
 ん? どうしたんだ鈴?」
「う、ううん……何でもない……」
(す、酢豚だけで敵う相手じゃない……)
「しかしあの声、あの物腰、あの口調。
 元々どうして彼女が男性を自称するのかさっぱり分からないというのに、余計に分からなくなるな。
 アレで男と言うのであれば、私など一体なんだと言うのだ。」
「ああー、それ本人の前では言わないでやってくれないか?
 死ぬほどへこむから。」
「そうは言うが、彼女ほど女らしい女性を私は見た事が無いぞ。」

 そんな風にワイワイと食事をしていると、何故だかシャルルの目から涙がポロポロと溢れ出していた。
 一夏と千早はそんな彼女に同時に気付く。

「おい」「あの」

 一夏と千早は同時に二人に話しかけようとしてしまい、言葉を切ってしまう。
 アイコンタクトの結果、シャルルには千早が話しかける事に決まった。

「あの、シャルルさん。どうかしたんですか?」

 千早は女の子声で優しくシャルルに尋ねた。

「あ、あの……なんだか、料理している御門さんを見ていたら……料理してくれている亡くなったお母さんの後姿を思い出して…………
 出来たお菓子も、お母さんが昔作ってくれたもので……
 美味しくて……その…………
 お母さんがお菓子を作ってくれた……事を、思い出して……」

 シャルルは涙ながらにそう答えた。

「そう……亡くなったお母さんを思い出させてしまうなんて、辛い思いをさせてしまったかな?」
「い、いえ……お母さんが生きていた頃の…………
 思い出を思い出して、悲しいけれど幸せで……」
「……そう。」

 シャルルに向ける千早の眼差しは、とても優しい物だった。

 そんな千早とシャルルの様子を見ていたセシリアは

「これがいわゆるお袋の味というものなのですね……
 確かに愛情が篭っていて素晴らしい味わいですわ。」

 と、千早の料理に舌鼓を打ちながら感動していた。
 そして

「はあ、あんなに綺麗なのにこんなに母性的なんて反則よね。」

 という女生徒の声を聞いて

「やはり千早さんが母性的な方だというわたくしの見立ては正しいものでしたわ。
 今日の彼女のような、内面の優しさがにじみ出るような柔らかな振る舞い。
 困難ですけれど、修得に挑戦する価値はありますわ。」

 と、千早の母性を見習おうと決意を新たにしたのだった。





==FIN==

 料理の描写はもっと詳しい方がいいんだろうが、おとボク2本編レベルなんて俺には無理だ……

 ちなみにこれで一夏はシャルルの母親が死亡していることを知りましたが、未だに彼女のことを男の子だと思っています。

 もうたった1人で女子寮に放り込まれて、色々な意味で大変なんだろうな。
 それをおくびにも出さないなんて、見た目によらずタフなんだな。
 と思っています。
 実際には彼女自身女の子なんで、全然平気なだけですがw

 そして千早と2人でアリーナでIS着込んで寝ている一夏に「一夏」のようなラッキースケベイベントは起こり辛く、その意味でもヒロイン達にとってはハードモードですw



[26613] 自重? 奴の前ではそれほど虚しい言葉もないぞ。(クロス先増大)流石に自重しなさ過ぎました。
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/03/31 06:27
 金曜日の夜、そう遅くない時間。

 一夏の家から一夏の携帯電話に電話がかかってきた。
 一夏は不審に思う。
 今、自分達の家は無人の筈だからだ。

 彼はとりあえず電話に出てみた。

「も、もしもし?
 どちら様で?」
「はい、私、御門家の侍女の度會 史と申します。
 あなたは、千早様のご学友である織斑 一夏様ですね?」
「え、と、そうだけどって……御門家って千早ん家の!?」

 一夏は聞き覚えのない平坦な口調の少女の名乗りにギョッとする。
 この世界で千早の素性を正確に知る者は束しかいない。
 一夏や千冬は千早からの自己申告しか知らず、それ以外では精々箒と鈴音が「小説「インフィニットストラトス」が存在する異世界の住人」と聞かされているくらいである。
 彼の家の人間を名乗る人物からの電話など、一夏は予想だにしていなかった。

 そしてそれは当の千早も同様で。

「えっ? 僕の家?
 一夏、一体誰からなんだ!!」
「え、いや、お前ん家の侍女の度會 史って名乗っている女の子なんだけど……」
「史!?」

 千早は一夏から携帯電話をひったくる。
 ……ちなみに2人とも、ISを装着している状態である。
 ここ最近就寝時には必ずISを身につけている2人にとって、ISとは寝巻きでもあったがやはり世界最強の戦闘力を誇るパワードスーツである事には変わりない。
 強力なパワードスーツであるISを身につけていながら携帯電話を破壊せずにひったくったのは、名人芸と言って良かった。

「史? 史なのかい!?」
「あ……千早様……
 ご無事なのは分かっておりましたが、こうしてお声を聞ける日は何時になるかと思っておりました……」
「僕もだよ、史。
 とても心配をかけてしまったね。」

 史の声は震えながら小さくなっていく。
 間違いなく、本物の彼女だった。

 何故なら……千早はこの世界で彼女の名前を口にした事がなかったからだ。
 いや、彼女だけではなく、家族や使用人の個人名は一切出していない。
 彼が持つIS「銀華」を狙う輩にその名前を利用される恐れがあり、そういった者達がどこで聞き耳を立てているか分からない、と千冬に警告されていたからである。
 その為、彼の近辺の人間の個人名を知っているのは、この世界でも直接千早の世界に行った事がある束のみの筈であった。

 それに……長いこと家族同然で過ごしていた少女の声を、千早が聞き間違える筈がなかった。

 一方、一夏は確かに声は男モードではあるが、優しい口調の千早という割と珍しい物を見ていた。

「でもなんで一夏の家なんかにいるんだい、史?
 まさか史もコッチの世界に連れて来られたとか!?」

 千早は最悪の事態を想定して背筋を凍らせる。

「いえ、そういうわけではありません。
 篠ノ之 束様が此方の世界との行き来を容易にしたい言い出され、移動先固定のどこでもドアをお作りになって御門家にある千早様のお部屋と織斑家の居間を繋げられたのです。」
「…………は?」
「束様が一晩でやってくれました。」

 余りにも予想外の返答に、頭が真っ白になる千早。
 ちなみにこの「一晩でやってくれました」ネタ、このインフィニットストラトス世界には元ネタが存在しない為、千早にしか分からないのだが、今は電話中なので関係ない。

「……じゃ、じゃあ一夏や千冬さんの家に行けば、僕はいつでも帰れるって事?」
「はい。
 ただ、奥様が千早様の中退は希望なさらないようですので、卒業までの3年間はIS学園に通っていただく事になるかと思いますが……」
「それでもいつでも家に帰れるのは心強いよ。」

 何しろ帰る家がこの地球上のどこにもないという状況が続いていたのである。
 全寮制(千早達は寮ではなくアリーナで寝泊りしているが)のIS学園に入学した為、住環境は揃っているとはいえ、やはり非常に心細かったのだ。

「そうですか。
 それでは、千早様。一つ良いでしょうか?」
「なんだい、史。」
「束様から千冬様への言伝を、千早様か一夏様にお願いするよう言われました。」
「千冬さんへの伝言?」
「はい。『み な ぎ っ て き た !!』だそうです。」

 多分感嘆符が付くのだろうが、史は平坦ないつもの口調で言った。

「は、はあ……
 ま、まあこうして連絡できてよかったよ。史。
 お母様やまさ路さん、使用人の人達にもよろしく言っておいて。」
「はい。史は久しぶりに千早様のお声を聞けてとても嬉しかったです。
 それでは。」

 史の口調は平坦ないつもの口調であったが、付き合いの長い千冬はそこに確かな喜色を見て取った。

 ……その後、千早から束の伝言を聞いた千冬がどのような反応を示したのか。
 それは言うまでもないことなので省略する。
 ただ、その時、千冬の部屋から怒声が聞こえて来たという事だけを記しておく。


 ともあれ、翌日の土曜日に、千冬は一夏を伴って一度家に帰る事にした。
 また、家に帰る唯一の手段であるどこでもドアの確認をするため、千早もそれに同行する事となった。










===============










 五反田 弾という少年がいる。
 彼は一夏の親友であり、それが原因で雲隠れした一夏の代わりにマスコミの大攻勢に曝された不幸な男である。
 その彼が偶然久方ぶりに出会った親友にこう言った。

「あの超絶美少女が男とか、お前頭わいてんのか!?」

 流麗な銀糸の髪を持ち、お姫様としか言いようの無い可憐な美貌を持ち、胸が多少寂しい事を除けば女性の理想と言って良いプロポーションを持つどこからどう見ても少女にしか見えない人物を男と紹介されれば、この反応は当然であった。

「いや、俺も本当に男だって知った時にはマジで寝込むほどショックを受けたんだけどな。
 つか、あの千冬姉ですら寝込むほどのショックを……」
「嫌な事思い出させないで。
 だいたい僕が男だって言うのが、何でそこまでショックなのさ。」

 銀の少女が不可思議な事を口走っていた。

 性同一性障害という自分の事を異性のようにしか思えない病気があるそうだが、彼女はその患者なのだろうか?
 もしそうなら一夏は自分を男としか思えない少女すら落とすのか、と弾は親友のフラグ体質に恐怖した。

「すまないが私達は家を一度見ておきたいんだ。
 大分留守にしているからな。」

 と、千冬が弾と一夏の間に割って入る。

「あ、そうか。悪い弾。
 ちょっと急いでいるから、また今度な。」
「ん、ああ。」

 ちなみにこの時弾が携帯で撮った写真を見た彼の妹が、信じがたいほどの美少女が織斑姉弟と親しげにしているという写真に絶望するのはまた別の話である。










===============










「ここが……君達の家?
 思ったより普通なんだね。」
「今にして思えば、この普通さも俺をISから遠ざけよう! って思った千冬姉の偽装工作だったんだろうけどな。」

 千冬、一夏、千早の3人は、織斑姉弟の家にやってきていた。

「おい、グズグズしていないで居間に行くぞ。」

 親友と言うよりは腐れ縁。
 一体何をしでかすのか分からない束が、よりにもよって
「 み な ぎ っ て き た !!」
などと口走っている状況に強い危機感を感じていた千冬は、一刻も早くその束がいるであろう御門家に行こうと気が逸っていた。

 織斑姉弟の家の中は、1ヶ月以上放置していた家では有り得ないほど掃除が行き届き、綺麗にされていた。
 少なくとも昨日の時点で史がこの家にいたらしかったので、彼女をはじめとする御門家の使用人達が掃除してくれたようだった。

 そんな織斑姉弟の家の居間には、何の脈絡もなくドアが置かれていた。
 一応邪魔にならないよう端に寄せられているが、如何せん物が物だけにやはりかなり邪魔である。

「これがどこでもドア、かな?」

 千早がどこでもドアを開けてみると、そこには見慣れた、けれども1ヶ月以上見る事のなかった自室が、何の脈絡もなく目に入ってきた。
 立体映像かと思ったがリアリティがありすぎる。
 なにより、扉の後ろには壁しかない筈なのに……千早の部屋の中に入っていけた。

「……とことん何でもアリだな、あの人…………」
「十代半ばの小娘の頃に、ISなんぞという非常識にも程がある危険物を生み出した奴だからな。
 今更と言えば今更だが……
 ……とはいえ、これは流石に…………」

 どこでもドアの驚愕の性能に唖然とする姉弟。
 ともあれ3人は千早の部屋に……千早の家に入っていった。

「……ほんの一ヶ月半ぶりの筈なのに懐かしいや。」

 そう千早が述懐する彼の部屋は、彼が男性である事を主張するかのように女の子らしいおしゃれなどとは無縁の代物であった。
 そんな彼の部屋を見回している織斑姉弟を余所に千早が廊下の様子を窺おうとすると、彼の部屋の前にスタンバイしていたのであろう母と史に出迎えられた。
 千冬が束から
「 み な ぎ っ て き た !!」
と聞かされた場合に予測される彼女の行動パターンと、不可能に思えていた帰還ができると知らされた千早が取り得る行動を照らし合わせ、今日彼が千冬達姉弟を伴って帰ってくる事を予測していたらしい。

「母さん?」
「千早ちゃん!!
 会えて良かったわ!!」

 千早の母の妙子が、息子をしっかりと抱き締める。
 彼女の目にはうっすらと涙が滲んでいる。

「「千早……『ちゃん』!?」」

 と織斑姉弟は妙子の千早の呼び方に一瞬と惑い、まさか肉親であるにもかかわらず千早の性別を勘違いしているのか? と一瞬思ってしまう。
 しかし、母親が息子をちゃん付けで呼ぶ事は珍しくはあるがない話ではない。
 2人はそう結論付け、自分を落ち着かせた。

 落ち着いた姉弟は、親子の抱擁をしげしげと眺めてみる。
 千早がクオーターで、その母親はハーフだが、母親の方は普通に日本人の外見をしている。
 そう聞かされていたのだが、確かに妙子は艶やかな黒髪が良く似合う日本人女性以外の何者でもない外見をしていた。
 千早の母親という事はそれなりの年齢には達している筈であったがまだまだ艶やかで美しく、またどこか箱入り娘のお嬢様という印象を憶えさせた。
 一夏などは、正直はるかに年下の筈の姉の方が大人の女性として成熟しているのではないかと思えている。

「しっかし、結構美人だよな。流石千早の母親……」

 その一夏の一言を聞いた千冬が、やや不機嫌そうに眉を顰める。

「お前、年上趣味があったのか?」
「いや、そういうわけじゃないし、それにあの人よりかは千冬姉の方が成熟した大人って感じがする。」
「それは、私が年増で老けていると言いたいのか?」
「違う違う、千冬姉の方が大人のお姉さんって感じがするって事。
 なんとなく危なっかしい感じがしなくないか、あの人?」
「……大人のお姉さんだと? 大人をからかうな若輩者が。」

 千冬はプイと、一夏から顔を逸らす。
 その頬が僅かに赤みを帯びていた事に、一夏は気付かなかった。

 しかしこのまま親子の抱擁を眺めていても埒が明かない。
 千冬は妙子に話しかけてみた。

「親子の対面中、失礼ですがよろしいですか?」
「はい。」

 妙子は千早を抱きかかえながら、千冬に応じる。

「千早ちゃんのクラスの担任の織斑先生ですね。
 何のご用でしょうか?」
「……篠ノ之 束という女性がこの家にいるはずなのです。
 会わせてはくれませんか?」

 千冬が千早の担任である事を妙子が知っている。
 充分過ぎるほどの状況証拠だった。

 あの人嫌いが見ず知らずの人の家に押し入って居座るという事は考え辛い事ではあったが、よくよく考えれば束はこちらの世界においては無一文。
 また千早がインフィニットストラトスの世界に連れ去られている事は、この家の人間に対しては人質として使う事が出来る。
 住環境確保の為にも、御門家に押し入って無理やり居候していると考えた方が納得がいった。
 いつもとやや厚顔無恥の方向性が違っているような気もしたが、それでも元々ああだった彼女だ。
 不自然ではなかった。

「はい。こちらになります。」

 妙子は千早を放して、千冬達を先導するように歩いていった。

「ご子息を誘拐された心中はお察しいたします。
 これまではあんな女でも友人だと思っていたのですが、今回の御門誘拐は流石に……」
「確かに千早ちゃんを連れて行かれた時のショックは今でも思い出せます。
 でも千早ちゃんの学校での様子は度々見せてもらっていましたから、今では落ち着いています。
 なんでもIS学園の監視カメラにハッキングを仕掛けたとか……」

 IS学園に戻ったらセキュリティを強化してもらおう。
 束が相手ではどのようなセキュリティも紙同然な事は分かっていたが、それでも千冬はそんな事を考えずにはいられなかった。

「それに、千早ちゃんが家にお友達を連れてくるだなんて、今日が初めてですもの。」

 妙子がそう言いながら、一夏に振り返る。

「虐められてからに閉じこもりがちだった千早ちゃんが良い方向に変わってくれて、その点では全寮制のIS学園に入れてくれた事に感謝しなければならないかも知れませんね。」
「……そのIS学園が強力な軍人を作るための軍学校だとしてもですか?」

 IS学園の人間の能力は、常人とは隔絶している。
 彼女達はISを乗りこなす為の人外の計算能力を始めとする高度な知能は言うに及ばず、生身でも強靭な戦闘力を有しており、美しい少女の容貌ですらハニートラップの道具として活用する事が出来る。
 つまり彼女達は、工作員として育てるには極めて優秀な素体であった。

 その為、IS学園卒業生は工作員の卵として引く手数多であり、千冬を始めとするIS学園教師達はそういった魔の手から自分達の後輩である卒業生達を可能な限り守ろうとしているが、取りこぼしがいる事も事実であった。
 IS学園が彼女達を保護できるのは、所詮卒業までの3年間でしかなく、卒業後までカバーしきるのは困難だからだ。
 その為、IS学園は卒業生を可能な限りIS関連の産業に関わらせる進路指導方針を採っている。ISに関わっていれば、IS学園から彼女達の所在や普段の行動を探る事が出来るからだ。

 また、裏社会に関しては、生徒会の面々のように入学以前の段階から既に工作員人生を送っている人間も少なくない。
 理由は簡単で、普通の受験生よりも工作員の受験生の方がはるかに優秀でIS学園に入学しやすいからである。

 恐らくは、「亡国企業」を名乗る、ISを強奪して自分達の活動に活用している組織のエージェントも、千冬達が守りきれなかったIS学園卒業生の成れの果て達なのだろう。
 IS学園入学当初は単なる千冬のおっかけだった少女が、卒業数年後に擬装用の偽りの感情しか持たない冷徹無比な工作員と化していて呆然とした事が、千冬には何度かあった。

 一応はそういった事態を避ける為に、IS学園は卒業生の動向を逐一チェックするなどの対策は行っているのだが、年々その対策が洗練され、被害が少なくなっているとはいえ裏社会に引きずり込まれる卒業生はまだそれなりにいるのである。

 所詮、どう言い繕ったとしてもISとは軍事兵器であり、それを操るIS学園生は軍人、否、IS装着者というISのコントロールを司るパーツなのだ。
 彼女が無理を承知で一夏をISと関わらせたくないと思っていたのは、彼の安全確保の意味もあったが、少女達をIS装着者という工作員にも転用可能な兵器にしたてあげているという自分の暗部を彼に見せたくなかったからでもあった。
 正直な話、出来る事なら今すぐにでも一夏をIS学園などという裏社会や軍事の世界の入り口からつまみ出したいのだ。

 そんなIS学園をエリート校として世間で持て囃す事を辞めさせようとも思っていた時期が千冬にもあったが、地上最強の生物である彼女ですら世間の風潮という更なるモンスターに対しては余りにも無力だった。
 そして今年も、工作員にされる危険性が潜んでいる事も知らずに多数の一般家庭の少女達が入学してしまっている。
 心苦しいなどというぬるいレベルの問題ではなかった。

「……それは、卒業時に此方の世界に帰ってしまえば良いことですから。」

 そうだった。
 千早にはそれがあったのだ。

「っておい、千冬姉。
 IS学園が軍学校ってどういう事だよ?」
「代表候補生を指して怪物と言ったお前がそういう事を言うか?」

 そうして、千冬が一夏にIS学園に入学してそのカリキュラムをこなすという事は、代表候補生やさらにその上にいる怪物を目指して、少女達が自らをその怪物に仕立てるべく努力する事である事を伝える。
 そして、彼女達の戦闘能力そのものに、国家の威信がかかっていることも。

「というか、その位の事は始めから分かっていただろう。」
「そりゃそうだけどさ。」

 まあ改めて考えれば当たり前だった。
 目の前に居る姉は、見目麗しい女性ではあるが同時に世界最強の生物として恐れられている大怪獣なのだ。
 その彼女を目指す少女達が、自らを人外の怪物に変える事に躊躇する筈がなかった。

 そんな事を一夏が考えていると

「一夏、今度はグランド5周が良いか?」
「いえなんでもありませんお姉様……」

 彼の心中を察したのか、千冬が一夏に殺気を叩きつけてきたのだった。


 そんな話をしている間に、目的地に到着したらしい。
 御門家の広い庭に、でっかい金属製のニンジンが突き刺さっていた。

「あれか。」「あれだな。」

 織斑姉弟は同時に言った。

「……あれなんですか?」

 後れて千早が言う。

 そしてニンジンのハッチが開くと、何やらアニメの設定資料らしきものを手にした見事なスタイルの美人が出てきた。
 何故かウサミミをつけている彼女の名前は篠ノ之 束と言った。

「はろはろーー、やーちーちゃんひっさしっぶりぃぃっ!!
 いっくんはー、もっと久しぶりぃぃぃぃぃっ!!」

 束は陽気に織斑姉弟に手を振る。
 思えばここ最近は束の方から千冬の元に襲来するばかりで、こうして千冬の方から会いに行く事は無かった。
 一夏にいたっては、彼女と会う所か声を聞くことすら、彼女が雲隠れして以来である。
 その為、一夏は呆然としていたが、千冬はそうでもなかった。

「あれれ~~、反応薄いねぇぇぇ?
 ちーちゃん、今日は私に会いにきてくれたんだよね? なのになんで?」
「いや……少し思う所があってな。
 主にウチの生徒達の進路についてな。」

 一夏には語らなかったとはいえ、千冬達が守りきれずに裏社会に飲み込まれた少女達のことを思うと、彼女等とISの接点の源、ISの生みの親である束に対して思う所がないでもなかった。

「え~~そんなのどーでもいーじゃん。
 極端な話、私はちーちゃんといっくんと箒ちゃんが生きていれば、向こうの世界の全人類が滅亡したって構わないんだし。」
「私達が構うわっ!!!
 まったく、ここの家の人間と多少コミュニケーションが取れるようになっていたと思ったらこれか!!」

 千冬は、相変わらずの束の思考回路に強烈な頭痛が襲われた。

「いや~~、だってこっちに比べて、向こうの世界の連中ってつまんないんだもん。
 いくら私が作ったISが凄いっていっても、何もお話の中にまでIS最強女万歳なんて持ち込む事はないと思わない?
 おかげで、アニメも漫画もゲームも、こっちと比べてつまんないったらありゃしない。
 その発想力のなさが学術や開発の世界にも行ってて、たまー学会の発表調べてみても、束さんもうとってもつまんないったら。
 束さんを驚かせるのはだーれもいないんだもん。
 もう世界が束さんとちーちゃんと箒ちゃんといっくんだけでも良いって思っちゃうよ、これじゃあ。」
「お前な……
 全部お前のISのせいじゃないのか、それは?」
「ええー違うよーー。
 私がIS作った時みたいなバイタリティのある人が全ッ然いないんだもん。
 人類は60億もいるっていうんだから、一人くらい私と同じくらいの頭と情熱持ったのが居ても良いんじゃないの?
 っていうか私がIS作って11年だよ11年。
 1人くらい ISのせいで女尊男卑になって俺たち男の肩身は狭い!! ISなんて俺達男が超えてやる!!
 って位生きの良い人出てこないの?
 せめて男でも使えるISモドキを作ってやるとか。
 私がIS作った時だって、世間には見向きもされなかったんだよ?
 それが皆してうつむいちゃって、発想力もしぼんじゃってさ。
 だから私のISのせいじゃありませーーん。
 私が可能性の枝を全部切っちゃったみたいなこと言いながら何にもしない奴等や、ISを褒めながらIS使えるだけで威張ってる奴等なんて、有象無象でいいじゃない。」

 千冬の頭痛は治まる気配を見せなかった。
 このままでは埒が明かない。
 正直な話、目の前の女に説得など無意味である事は分かっていた。

 その為、千冬は今日の本題に入る事にした。

「……それで、漲ってきたとかぬかしていたそうだが、お前は一体何をしているんだ?」
「ああそうそう。
 こっちの世界のアニメとかゲームって面白くてねーー、私もそれに出てくるものを作りたいなって気にさせてくれるの。
 いやあもう漲る漲る。
 それで今ね、この純正太陽炉っていうのを目指して色々試している所。
 面白いよ、これが出てくる「機動戦士ガンダム00」って。いっくんにオススメかな?」
「ぶっ!!!」

 純正太陽炉。恐ろしい危険物の名前を聞いて思わず噴出してしまう千早。

「ああー、女の子じゃ恥じらいがあって出来ないよね、今の反応。
 やっぱり男の子なんだね。」
「は、はあ……やっぱりって何ですかやっぱりって。
 まるで再確認しているようじゃないですか。」
「へ? 再確認だけど?」

 そんな一言で削られる千早のSAN値に、更なる追い討ちを描ける束。

「ホントはねー、いっくんの白式用に中の人繋がりでNT-Dを取り付けようかと思ったんだけど、それは流石の束さんにもお手上げでしたーーーっ!!
 っていうか、ニュータイプがいませーん。
 うーんでも後でじっくり取り組んでみたいな~~~♪」
「な、中の人?」

 中の人繋がりという妙な単語に反応しきれない一夏。
 そこへ史がやってきて、中の人繋がりという言葉の解説をする。

「一夏様。此方の世界では「インフィニットストラトス」という物語が存在する事はご存知ですね。」
「え、ああ。」
「その「インフィニットストラトス」はテレビアニメにされています。
 その為、この世界には「織斑 一夏」を演じられている声優の方がいらっしゃいます。」
「「織斑 一夏」役の声優、ねえ。」

 一夏はどうにもむずがゆいようなそうでないような、妙な感覚を覚えてしまう。
 自分と「インフィニットストラトス」の「織斑 一夏」は非常に近い存在なのだ。
 それを声優として演じている人間がいるというのは、妙な気分であった。

「その「織斑 一夏」役をされている内山 昂輝という方は、別のアニメ「機動戦士ガンダムUC」という話では「バナージ・リンクス」という方の役を演じられております。
 その「バナージ・リンクス」が操るMS「ユニコーンガンダム」についている強力な特殊装備がNT-Dと呼ばれるシステムなのです。」
「……「織斑 一夏」と「バナージ・リンクス」が同じ人に演じられているから、中の人繋がりって訳か。」
「はい。そういう事になります。」

 平坦な口調で頷く少女。
 一応、付き合いの長い千早には彼女の感情の機微が分かるらしいのだが、初対面の一夏にはサッパリであった。

「ところで、もびるすーつって何?」
「……え?」

 ISの台頭により男性が戦闘で活躍する話は否定されてしまったIS世界。
 その為、ガンダムの歴史は一夏が幼い頃に終焉を迎えており、昔の事をあまり憶えていない彼はモビルスーツという単語を理解する事が出来なかった。

「まーまーそれは、ガンダム見れば分かるから。」

 束はそう言いながら、一夏に「機動戦士ガンダム00」のDVDを手渡した。
 第一期、第二期、劇場版まで全てである。

「んじゃあ、私は作業に戻るね。
 太陽炉の研究開発にも力を注ぎたいけど、一応白式と銀華の追加装備も作ってる最中だから。」
「は、はあ……」
「箒ちゃん用にはまだ本体である紅椿も渡してないからね、私としては心苦しいけれど追加武装の開発は後回しかな。」
「そんなもんまで作ってるのか、お前は。」
「うん、もう完成していてあとは箒ちゃんに渡すだけ。
 タイミングはどうしようかな~~、「インフィニットストラトス」と同じじゃ芸がないし……
 授業中に押し入って無理やり渡しちゃおうか?」
「やめろド阿呆。」

 束の傍若無人さに、千冬の頭痛は最後まで治まらなかった。
 束はニンジンの中に戻っていった。
 あのニンジンの中にどうやってそんなスペースを作っているのかが謎であったが、あの中にISのパーツや太陽炉を研究開発する為の設備が整っているらしかった。


 その後、千早は久しぶりに彼に会う事が出来た使用人たちに挨拶をして回り、それに織斑姉弟もつきあう。
 そして彼らは千早の家の住人たちと、IS学園に戻る時間が来るまで会話を楽しんだのだった。

 その時の話題は
「千早はスキンケアを一切せずにあの玉のお肌である。」
「千早は髪の手入れも一般的な男性と同程度にしか行っていない。」
「女らしさで千早に挑むほど無謀な事はない。
 一応女らしさで千早に対抗可能な女性の存在も確認されてはいるが、世の女性達の殆どはそんな超絶美少女にはなれない。」
「千早の又従兄弟である瑞穂にしても同様。
 しかし、彼の身近には女らしさで彼に匹敵するほどの女性がおり、彼女の名前を十条 紫苑という。」
「瑞穂は大学進学先で紫苑ともう1人、厳島 貴子という女性と行動を共にする事が多い。
 しかし「両手に花だな」と言ってくれる相手はごく少数で、まだ大学に行き始めてさほど経っていないにもかかわらず、彼は行動を共にする2人の女性と一まとめにされて翔大名物美少女トリオと呼ばれているらしい。」
「瑞穂は可愛らしいという方向性の美少女である。」
「とてつもなく高レベルの美少女でありながら男性である千早と共に過ごしていると、慣れないうちは女のプライドがズタズタになっていく苦痛を伴う。
 対瑞穂の場合も同様。」
「千早は捻くれ者を自称しているが、本来は母性的で世話好きな優しい性格。
 その為、うかうかしていると史から侍女の仕事を悉く奪い去ってしまう。」
などなど、多岐にわたった。











===============










 その後。

「武力による戦争根絶ね……なあ千冬姉、これって白騎士事件とISじゃないのか?」
「……確かに似てるな。
 シンパシーでも感じたのか、アイツ?」

 織斑姉弟は、IS学園にてガンダム00を視聴し、一期のソレスタルビーイングの姿にかつての白騎士事件を重ねたのだった。


==FIN==

 自重?
 ISの基本設定の時点で、そんなもん彼女に求める事がいかに虚しい事かは皆さん承知の上なのでは?

 ……とはいえ、太陽炉を既に使えて白式と銀華の追加装備に使用できるのは流石にやりすぎました。太陽炉自体を開発中に修正します。
 流石に「インフィニットストラトス」を読んだ後では、白式の燃費対策は立てないわけにはいかないんですが、太陽炉装備は……どうなんだろう?
 擬似炉は問題ありとして使えないとしても、太陽炉研究中に色々副産物が得られていて、3巻には太陽炉本体が間に合わなくて、副産物を使った追加装備を取り付ける感じになるかと思います。

 まー中身の性能なら一夏を圧倒的できる代表候補生がタダでさえ何人もいるのに、最強キャラと明言されている生徒会長や(中身の性能差は他に比べてマシとはいえ)中身の性能のみならず機体性能まで主人公を凌駕する紅椿+箒とかが跋扈し始める5巻以降なら……ダメ?

 しかしそれでもツインドライブシステムに走るのがマッド束クオリティ。
 彼女は他にも「コジマ粒子」「時流エンジン」「量子波動エンジン」「ブラックホールエンジン」「縮退炉」「ディス・レヴ」「ラプラスデモンコンピュータ」「ゼロシステム」「次元連結システム」「ゲッター線」「螺旋力」などなど、不穏当な発言を繰り返しておりましたので、むしろ割と無難なところに落ち着いた感じです。
 ちなみに束が現在研究中の太陽炉は、モノとしては00ガンダム劇中でソレスタルビーイングが使用していた純正太陽炉と同じものですが、IS用とMS用のサイズ差から馬力などで劣ります。

 そしてこの話ではちーちゃん誘拐犯という側面もある束。
 その辺考えると、束さんマジ鬼畜ですね……

 まあ鬼畜な面に直面しなければ面白いお姉さんではあるので(また、話に書いた理由でおとボク世界の人間に対しては、インフィニットストラトス世界の人間よりも態度が柔らかいです)、御門家の人達もある程度は情にほだされています……まあ千早拉致の件については散々やりあってお互いに感情の折り合いをつけたんでしょうけど。



[26613] とりあえずここの束はこういう人です。
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/04/03 17:10
「ちーちゃんに授業中に押し入って無理やり渡すのは止められちゃったんで、日曜日にやってきてみましたぁぁぁぁ~~~~っ!!」
「……帰ってください。」
「もう箒ちゃんのいけずぅぅぅぅっ!!」

「一夏、あれ……何?」

 アリーナ上空から襲来し、アリーナのど真ん中に突き刺さった金属製の巨大ニンジンから出てきた姉に、冷たく応対する妹。

 その光景を見て、鈴音は唖然としつつ一夏に訊ねた。
 見れば千早や自主錬の為にアリーナに来ていた他の女生徒達も、鈴音と同じように唖然としている。

「あー、箒の姉の束さんだよ。
 IS作った篠ノ之 束博士っつった方が通りが良いかな?」
「……へ?」
「……迂闊に話しかけるなよ。噛み付かれるぞ。」
「いっくーん、人の事、猛獣みたいに言うのやめて~~っ!!」
「……だったら俺達姉弟と箒以外の人への攻撃的な態度を止めて下さい。」

 一夏は頭を押さえながら束に応じた。

「いやあ、他にも大丈夫な人増えたって。」
「……それで「渡しに来た」ってアレですか?
 昨日言ってた紅椿でしたっけ?」
「うんうんそうそう。」
「紅椿?」

 箒は怪訝そうにその名前を復唱する。

「箒ちゃん専用ISとして、束さんが丹精込めてこさえた「紅椿」の事だよ~~!!
 束さん謹製第3世代IS「銀華」、3.5世代IS「白式」を経て完成した、世界初の第4世代ISなのだっ!!」

 この時、千早が「あれ? 確か白式も第4世代じゃなかったっけ。」と思った直後、上空から何かが落下してくる音が聞こえてくる。
 皆が上空に目をやり、「それ」が轟音と共に落着する。

 それは箱のようであり、こちらに向けた面にはハッチがあって、半開きになってる。
 そのハッチから見えるのは……

「IS……?」
「まだ一次移行もしてないけどね。」

 赤いISであった。

「ささ、それじゃあ箒ちゃん、ずずいぃぃっと……」
「いりません!!」
「ええ~~なんで~~?」
「あなたの妹だからと言う縁故のみで、専用ISを手に入れて良い訳がないでしょう!!」
「不平等とか思ってんの?
 箒ちゃん、世の中平等だった事なんて、有史以来一瞬たりともないんだよ?
 いーじゃん、箒ちゃんのおねーさんはISコアを自力で作れる私なんだから、私が箒ちゃんにISあげたいって思っただけでISもらったって。」
「納得いきません!!」

 箒は束の態度に憤りを感じているらしかった。

 周囲の女生徒も「いいなあ」「ずるいわよね」「貰える物なら貰っちゃえば良いじゃない」といった事を口々に言っている。
 ちなみに鈴音は、「貰える物なら貰ってしまえば良い」派であった。

「う~~ん、でも今更持って帰れって言われても、女の子の私にISを起動させないで持って帰るのは重たくて出来ないよぉぉぅ。
 ちーちゃんにでも引き取ってもらおうかなぁ?」
「ええそうしてください。
 私ごとき未熟者より、千冬さんの方が専用ISを持つに相応しいのは、火を見るより明らかです。」
「う~~~ん、でも紅椿って燃費最悪の白式のエネルギー事情をサポートしてあげる、白式のパートナーとしても作ったんだけどなぁ。」
「「……へ?」」

 束の一言に、一夏と箒の目が点になる。

 一夏は白式の使用感を思い出してみる。
 雪片弐型を使用している最中に勝手にシールドエネルギーが消耗していき、雪片弐型を展開させてビームソードの刃を発生させる零落白夜を使用中には更に消耗が激しくなる事は知っている。
 特に零落白夜は手加減してもシールドエネルギーを根こそぎにし、フルパワーならば相手の全エネルギーを削り尽くす一撃必殺の攻撃ではあるが、シールドエネルギーの消耗が激しすぎるため、使い所がハッキリ言って無い。

 ちなみに、予め雪片弐型に零落白夜を放つ為の展開機構が組み込まれていた為、一夏は白式の零落白夜を単一仕様機能と思っておらず、かつての千冬のIS暮桜の単一仕様機能:零落白夜を解析して雪片弐型に機構として組み込んだ物だと思っている。
 複数のISが同じ単一仕様機能を持つ事は、たとえ同一のISコアが使用されていたとしても通常では考えられないからだ。
 閑話休題。

 ただ雪片弐型や零落白夜の燃費が悪いのであれば、零落白夜を使用せず、雪片弐型の機能も制限して普通のIS用ブレードとして使えば、大幅な攻撃力低下と引き換えにそれなりの燃費は確保できる。
 いくら攻撃力が下がると言っても、今は格上相手に四苦八苦している状況である。
 ただでさえ強敵揃いだというのに、相手が何もしないでもシールドエネルギーが勝手に減っていくなど、冗談ではない。
 もう雪片弐型の通常使用や零落白夜など、切羽詰った状況の破れかぶれでもなければ使用できるものではなかった。
(それか、一瞬だけ発動させるかだけど、意識が一瞬でも零落白夜に向いちまったら、普通に斬るのも難しい格上連中や銀華相手に当たる訳ないよなぁ……)
 一夏は内心ごちる。

 また、これは一夏や千早の使い方が悪いのだが、常に瞬時加速状態で戦闘を行っている為、白式や銀華はブーストの枯渇も早かった。

「……確かに白式の燃費は悪いけど。」
「でしょでしょ?
 それを紅椿の単一機能、エネルギーを増幅させる『絢爛舞踏』でばっちりサポート!!
 紅椿自身もあんまり燃費は良くないけど、それは自分でエネルギーを増幅できるから問題無し!!」
「単一機能って、予め設定できるモンでしたっけ?」

 そんな一夏と束のやり取りを聞きながら、箒はふと気付く。
 ……姉の思惑に。

「……つまり燃費劣悪と言う白式の、一夏の弱みに付け込めと?」

 箒の目が完全に据わっていた。
 姉が何を考えて、白式と紅椿をそのような仕様にしたのか。
 箒が幼い頃から一夏に対して抱いていた恋心を知る姉が、何を考えてその仕様を採用したのか。

 箒は悟ってしまった。

 彼女は一夏の隣で箒が戦う、という図を作りたいのだ。
 そうする事で2人の仲が深まり、箒の恋が成就すると。
 最悪だった。

「あなたは私を、男の弱みに付け込んで取り入る最悪のクソ女に仕立て上げたいのですね!!」
「あ、あれ?
 箒ちゃん?」

 妹の怒気が強くなり、また方向性が変わった事に反応する束。
 千冬の怒気すら受け流す彼女にしては、珍しい光景だった。

「私は!! あなたの玩具じゃない!!
 一夏も!! この世界も、全部!!
 それなのにあなたは、いつもいつも人の話も聞かずに、人の気も知らないで何もかもを無茶苦茶にして!!」
「箒ちゃん、泣いてるの!?
 私が泣かせちゃった??」
「え……?」

 箒は束に指摘されて、初めて自分が泣いている事に気が付いた。










===============










 箒が泣いてしまった為、巨大ニンジンを、彼女達姉妹を遠巻きに見ていた少女達はバツが悪そうに散開している。
 そのうちの何人かは紅椿に興味を惹かれたらしく、紅椿を見にコンテナの周辺に集まっていた。
 束がいる今の状況で迂闊に紅椿に触ると、どういう事になるかは未知数であるため、自らを身に纏うはずの箒を待って佇んでいる紅椿を眺めるだけで済ませている。

 一方、ニンジンの周囲には篠ノ之姉妹と一夏、千早、鈴音だけが残っていた。

「箒ちゃん、機嫌直してよ。」

 束がそう言うも、箒からの返事はない。
 その代わり箒が発したのは、涙声の独白だった。

「なんで、なんで姉さんは全部台無しにするんだ?
 ISにしてもそうだ。
 そもそもこんなものがなければ、世の中がこんなにおかしくなったりはしなかった。
 私が一夏と別れなければならなくなる事も、あなたの居場所を良く知らん連中に連日聞かれることも、女尊男卑だか何だか知らないが身の回りの全ての人間の態度が日に日に歪んでいく事もなかった……
 あなたは、私に何の恨みがあってISを作った?
 自分の家族を全世界ごとISで無茶苦茶にして、何が楽しかった!?」
「……楽しくなんて無かったよ。」

 箒は思わぬ姉の言葉に絶句する。
 鈴音は意外な気がした。
 ISを作り、世界の様相を一変させた篠ノ之 束。
 その彼女自身が、世界の変容を否定するとは思わなかったからだ。

「私は箒ちゃんとちーちゃんといっくん以外はどうでもいい。
 それ以外は見分けさえ難しいの……千早君は流石に、物凄い美少女なのに男の子っていうインパクトがあったから認識できたけど。」

 平時であれば、その一言にガックリと項垂れる千早であるが、今は真面目な話の最中である。
 それにいい加減もう慣れた。
 男扱いしてくれる発言であるだけマシであった。
 箒と鈴音は、一瞬ギョッとした表情で千早を見るが、その直後、束の話を聞こうと顔の向きを束に向ける。

「でもね、昔は多分そうじゃなかった。
 ISを作って発表した時に相手にされなくって、カチンときた事を覚えてるの。
 それはISを作ったばかりの頃の私には、世間から認めてもらいたいっていう気持ちがあったっていう事……一応、他人もキチンと認識できてたんだね、あの頃の私。」
「姉さん?」

 姉らしからぬ殊勝な言葉に耳を疑う箒。

「白騎士事件の時なんかは痛快だった。
 その後の私の身柄を拘束しようと躍起になってた連中との追いかけっこも今思えば面白かった。まーこっちはまだ継続中で、もういい加減飽きてきたけどね。
 でも、ふと立ち止まって周りを見てみたら、世の中がおかしくなってた。

 ISには女性しかっていう使えない欠陥がある。
 その欠陥が、私の知らないうちにいつの間にか仕様になってたの。」

 そこで束は一息おく。

「欠陥なんだから放置しておくのも良くないと思って、私はおいおい直すつもりだったんだけど、その研究をしていたら世間の人達が女性しかISを使えないんだから、男より女の方が偉いって言い出したの。

 研究開発の分野じゃIS関連ばかりに研究費用が集中するようになって、しかもその研究成果が全部私の後追いやトンでもない勘違いばかりだった。
 お話の中ですら、ISを使う女の子が活躍するお話ばかりになって、昔ながらのロボット物やヒーロー、バトル漫画がみんな否定されてしまっていた。
 魔法少女でもIS着せられてるくらいだもの。

 そうやって気が付くと世の中の人達の発想力が死んじゃってた。
 みんな自分で新しい物が考えられなくなっちゃってた。
 私の考えた、私が研究した範囲の中に、皆が閉じこもって出て来なくなっちゃった。
 私は未知の研究成果にも、想像もしない設定の物語にも出会えなくなっちゃってた。

 私はそんなつもりでISを作ったわけじゃないのに、IS以外の研究は下火になって、お話の中ですら「ヒーローよりISの方が強い」みたいな事になって、まるでISっていう神様を信仰する宗教みたいになっちゃてた。
 そう、宗教じゃないあんなの。もう研究でも創作でもないっ!!」

 それは意図せずに世界を変えてしまった女性の悲鳴だった。

「そして女の人はISなんて私からの借り物の力でしかないのに、まるで自分の力みたいに言って偉ぶる人ばかりになっちゃった。
 だから女の人なんてどうでもよくなっちゃった。
 もっとも箒ちゃんは一番大切な妹だから違うし、ちーちゃんも違うけどね。

 男の人はISは男には使えないんだからと、どこか無気力になっている人ばかりになっちゃってた。
 思えば女尊男卑なんて言われるようになってから、女の子を守ろうなんて事考えてた男の子って、私の知る限りじゃいっくんくらいしか居なかったかも知れない。
 だからいっくん以外の男の子なんてどうでも良くなっちゃった。

 そしてちーちゃんがいっくんをISに関わらせたくないって言ったから、いっくん以外の男の人なんてどうでも良い私は男の人も使えるISの研究をやめちゃった。いっくんがISを使わないなら、男の人にも使えるISなんて必要ないんだもん。

 私のせいで世界がおかしくなったって怒鳴ってくる人も、ISより凄い物を開発しようって気概が無いのに文句だけ言う下らない人に見えた。だからどうでもよかった。

 どうでも良い人達ばっかりのどうでも良い世界。
 こんな世界にいたら、身近な人しか認識できなくなるのは当たり前でしょ?」

 束の瞳に浮かんでいるのは狂気の光だった。

「そう思っていたら、気付いたら平行世界っていうか別の世界に行く為の理論を書いてて、そして完成させちゃってた。
 折角だから行ってみたんだけど、私達の世界とあんまり変わんなかった。
 此方の世界と違っちゃってたのは、ISが存在しない事と、世間の人達の発想力が消え失せていない事。
 発想力が生きている事が、私にはバラ色に見えたの。

 学術雑誌を読めば色んな分野で色んな研究者が成果を競っていた。
 研究内容自体はISほど凄い物は確かに無かったけれど、みんなそれぞれの研究に誇りを持っていて、ISがないから当たり前だったけど他の研究をIS研究の添え物扱いなんかにしていなかった。
 研究開発が宗教になってなかった。学問のままでいられていた。

 お話の世界も無事だった。
 見た事も無いロボット物に、想像もしないような設定の動力源や特殊機能。
 私の研究意欲を刺激して、現物を作りたいとか、ああすればひょっとして実現できちゃうかも、とかって思わせる物だって出てきていた。
 そんなの、もう体験できないと思っていたから、涙が出ちゃった。

 ……そしてアレを見つけたの。」
「あれ……?」
「……「インフィニットストラトス」。580円のライトノベル。
 その登場人物としての、箒ちゃんやちーちゃん。
 そして主人公のいっくん。
 ……既刊は一通り読んだけど、いっくん主人公なのに弱かったなぁ。」

 少女達は絶句する。
 予め「インフィニットストラトス」の存在は聞かされていたが、やはりこうして改めて聞いてみると衝撃的である。

「もうね、周りの女の子がみーんな自分よりずっと強くって、あれこれ教えてもらって鍛えてもらって、それでも誰かを守りたいって言ってて。」
「俺も人の事言えねえけど、改めて聞くと情けなさ過ぎるな「織斑 一夏」……」

 一夏がそう言いながら肩を落とす。

「まあ決める時は決めてたし、女の子達がメロメロなのも納得の男前だったけどね。」
「そりゃ「織斑 一夏」はお話の主人公だからでしょう。
 俺には主人公補正なんてありません。
 実力以上の事は出来ない上に弱っちいから決める時は決めるなんてできないし、そんな風に女の子にモテるなんて事もあり得ませんよ。」
「そうかな?
 あれ、どうしたの箒ちゃん。」

 それはひょっとしてギャグで言っているのか?

 少女達の脳裏は、その一言で埋まっていた。
 「インフィニットストラトス」の内容を多少把握している為、その2人の様子を見て苦笑いを浮かべる千早。

「まあ、それはそれとして。
 ……私だって、この世界はもう逃げ出しちゃいたい位嫌いなの。」

 その一言に、箒の怒りが再燃する。

「嫌いだと? 全ての歪みの根本はあなた自身だ。
 ISなんて作って、白騎士事件など起こしたからいけないんだ!!
 いつもあなたは、自分のする事がどういう影響を及ぼすのか考えない!!」
「私はISを作っただけ、ISの凄さを知って欲しかっただけだよ。」
「その凄さを知ったから世界は歪んだんだ!!」
「じゃあどうすれば良いの?
 男の子でも使えるISを作れば良いの?
 昔、研究を途中で中断しちゃったお陰で、千早君くらい女の子らしい男の子じゃないとISが使えない中途半端な状態なんだよ?」
「え゛!?」

 いきなり自分が話題にのぼって絶句する千早。

「……意味あんのか、それ?
 普通いないだろ、こんな奴……」

 一夏も衝撃を受けているらしく、千早に向かってそう言う。
 その一言に、鈴音も苦笑いを浮かべる。

「ええと、その、それってどういう原理なんですか?」

 鈴音がおずおずとたずねる。
 本来なら満足な反応を得られない認識外の存在からの質問ではあったが、束は箒や一夏に説明しておきたいと思い、鈴音の質問に答える。

「……簡単に言うとISコアに「この人は女性です」って誤認させるの。
 だからあんまり女の子とかけ離れているともう無理で、千早君位じゃないと使えない方法なんだけどね。
 ちなみに手術とかでそう見せかけてるだけなのはダメ。あの子達見抜いちゃうから。」
「……それ本当に何か意味あるんですか?
 こんな奴、普通いませんよ?」

 一夏がジト目で束を見る。

「他にも色々方法論は試していたけど、今の時点で一番楽に実用化できるのがコレだったの。
 千早君をいっくんのライバルに宛がおうと思っていたから、この方法がちょうど良かったし。
 もう完全に馴染んじゃってるみたいだし、もう男の子バレしても銀華は千早君を見捨てないわよ。」
「つまり僕は……ISコアにまで性別を誤認されていたと……」

 千早は女の子座りでガックリと項垂れてしまった。

「……それで誤魔化したつもりですか姉さん。」

 箒の刺すような視線が束に向かう。

「世界はあなたが歪めたんだ。」
「……だったら、男の子でも使えるISを発表してみる?
 そんな事したって、ISはISよ。
 女尊男卑は無くなるかも知れないけれど、私の知っているISの枠から出る研究成果を見る事ができない現状は変わらない。
 それともISと同じ位凄い別物を世間に発表する?
 そしたら、またISの時の焼き直し、またみんな私の知っている事ばかりを得意げに研究発表しあうようになるよ。」
「……あなたでもどうにもならないと言いたいんですか?」

 自信家の筈の束が力なく頷く。
 討つべき敵の名は風潮。
 地球最強の生命体、織斑 千冬ですらどうする事も出来ない圧倒的な存在である。
 束ですら、対抗する方法が思いつかない。
 白騎士事件のようなセンセーションは、今回は逆効果なのだ。
 それが封じられると、彼女個人にはどうする事もできない。

「……それなら話を変えます。
 あの紅椿とかいうISは何のつもりですか?」
「本当なら、箒ちゃんがいっくんの隣にいられるため……だったんだけどね。
 今はもう単純に箒ちゃん用に用意したってだけだよ。
 流石に「インフィニットストラトス」での白式・雪羅の惨状を見ると、いつも紅椿が一緒にいる事が前提の極悪燃費っていうのは可哀想過ぎるから改良しないわけには行かなくて、そうすると必ずしも紅椿と一緒じゃなくても良くなっちゃうから。」
「白式・雪羅?」
「「インフィニットストラトス」3巻以降に出てくる、白式の第二形態だよ。」

 束は白式・雪羅の特徴を一夏達に説明する。

・メインの武装は変わらず、雪片弐型。
・零落白夜を様々な形で応用することにより、通常のビームソードのほか、クロー、飛び道具、対エネルギーシールドとしても使用可能。当然、シールドエネルギーを大量消費する。
・強力だが悪燃費の荷電粒子砲を装備。
・非常に高性能ではあるが、息切れがひたすら速い。

 結論。
 非常に強力な火力と、エネルギー補給が出来ない状況なんて考えたくない悪夢のような最悪燃費。
 それが白式・雪羅の特徴であった。

「……なんですか、その嫌がらせレベルの欠陥機。
 「織斑 一夏」が弱いのって、腕の差関係無くないですか!?」

 なにしろほっといても凄い勢いで自滅するだけなのである。
 代表候補生など、逃げに徹するだけで簡単に勝ててしまうだろう。
 全ての攻撃が一撃必殺と言われても、大量のシールドエネルギーと引き換えの一撃必殺しかないのでは、取り回しが効かないにも程があった。

「いやあ、そうは言ってもIS装着者としてもいっくんが一番弱かったから……」
「もっと救いようが無いじゃないですか!!」
「これ……紅椿を背中に背負って戦うくらいしないと、マトモに戦えないんじゃ……」

 一夏と千早は零落白夜の燃費の悪さを知っている。
 その零落白夜を様々な形・様々な場面で活用するなど、正気の沙汰とは思えない。

 流石にコレは無い。紅椿と一緒の運用が前提であっても、コレは無い。
 2人の正直な気持ちであった。

「まあ、「インフィニットストラトス」を読んでその惨状を知っちゃった身としては、白式用に燃費対策は立てないといけないから……」
「いや、もう、マジでお願いします。
 こんなに極端に燃費が悪くなくても、エネルギーを補給してくれる相方ってーのはありがたいですから。
 だから、こんな洒落にならない悪燃費とか、マジで勘弁してください。」

 自分の白式が、「インフィニットストラトス」に出てくる「白式・雪羅」になる可能性は100%ではない。
 その事が分かっている一夏であったが、燃費の改良は本当に切実にやって欲しかったので、必死に束を拝み倒したのだった。

「それじゃあ、私はこの辺で。
 箒ちゃん、またね。」
「へ? ちょ、ちょっと待ってください!!
 紅椿を持って帰って……っ!!」

 箒が皆まで言う前に、束はニンジンの中に戻り、ニンジンは空の彼方へ飛んでいくのだった。

「……で、どーすんのあれ?
 私は貰っちゃったほうが良いと思うんだけど。」
「…………」

 紅椿は、どうも既に箒のパーソナルデータが打ち込まれ、彼女でなければ動かせないようにされているらしかった。
 これでは千冬を連れて来ても動かせまい。

「やたら高性能で誰の物にもなってないISなんて危険だよ。
 所有権ハッキリさせないと。」

 箒には鈴音の声がどこか遠く聞こえる。
 だが、彼女の話にも一理あった。

「……今度あの人に会ったら突き返す。
 それまで、私預かりだ。」

 箒はそう言いながら、紅椿を装着した。











 その後、箒は学校からは何も言われなかった。
 事前に束からの話が行っていたらしい。

 そして迎える月曜日。
 三度やって来た、クラス代表選考戦の日であった。



==FIN==


 ここの束さんはロボ好きです。
 まーメカが好きでなければISなんていうメカメカしい物なんて作らないでしょうから、原作の彼女もロボ好きな可能性はありますが。
 その為、ISのせいでロボット物が滅亡という所で、悲しみと共に女尊男卑の世間への違和感を感じ始めたって感じです。
 ま、あくまでもここの束さんなので、原作でもこんな感じかどうかは不明ですが。



[26613] 銀の戦姫
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/04/03 00:40
 束が去った後の、日曜日のアリーナ。
 束の話は箒と鈴音にとって色々と衝撃的過ぎた。

 何よりも、彼女自身がこの女尊男卑の世界に閉塞感を感じ、絶望している事が意外だった。
 ならば男性用ISの研究を完成させろと言いたい所だったが、それでは女尊男卑がなくなろうとも彼女がそれ以上に嫌っている閉塞感がなくならない。
 彼女が認識できる男性である一夏と千早が現状でもISを動かせてしまっている以上、束にとって男性用ISの研究は優先度が低くなってしまっているようだった。

 ……そうだ、千早だ。
 束の話に思いを巡らせていた2人は、束の話の中で無意識のうちに考えないようにしておいた、千早についての話をつい思い浮かべてしまった。

「「……あれで、男…………!?」」

 あらゆる面で自分達よりも女性として美しく、気品に満ちて、更に母性的な優しさに満ち溢れた、IS学園でも最上位の美貌を持つ銀の少女が、実は男だという。
 それなりに自分の容姿には自信があった2人には、あまりにも絶望的な話だった。
 正直何かの間違いだと思いたかったが、束の話し振りは千早を完全に男性扱いするものであり、彼女が千早の性別に関して嘘をつく理由が思い浮かばなかった。

「……あ、あれで男だというなら、肌のきめ細やかさなど、あれはどういう事なんだ!?
 男だというのにもかかわらず、何故ああも手入れが行き届いているんだ!?」
「いや、スキンケアってした事ないらしいぞ。」

 一夏の返答に、紅椿を身につけた箒が衝撃と絶望のあまり、IS初心者のごとく突っ伏して倒れてしまう。

「顔つきとか、髪の毛とか、ボディラインとか……」
「……どれも単なる生まれつきです。」

 千早の返答に、甲龍を身につけた鈴音が衝撃と絶望のあまり、IS初心者のごとく突っ伏して倒れてしまう。

 そして。

「「あは、あはは、あははははははっはははっはははっははっはっはははははっはっははっははっははははっははあはははははははハハハハハハはハハハハハハはハハハハハハはハアはああアはああはははあはハアはハハハハハハハはははあハアハアはハハハハハハハはハハハハハハハはあはハハハハハハハはハアは八ははははあハア八はアッははははあはハハハハハハハアははははあははははあははハアハハハハハハハアはハハハハハハはアはああはははあはハアはハハハハハハハはははあハアハアはハハハハハハハはハハハハハハハはあはハハハハハハハはハアは八ははははあハア八はアッははははあはハハハハハハハアははははあははははあははハアハハハハハハハアはハハハハハハハハアッハアははははははははははあははっはあはははははははあはアッはハハハハハハハはハハハハハハハはははははははははあははっはあはははははははあはアッはハハハハハハハはハハハハハハハ八はああはははあはハアはハハハハハハハはははあハアハアはハハハハハハハははハハハハハハ八はアッハハハハハハはハアはハハハハハハハハハハアッハアはハハハハハハハアハハハハハハハハハハハハはアッハアはアはハアははハハハハハハハはハハハハハハハはハハハハハハはハハハハハハはハハハハハハハアアッハアはハハハハハハハアハハハハハハハハハハハハはアッハアははははははははははあははっはあはははははははあはアッはハハハハハハハはハハハハハハハはははははははははあははっはあはははははははあはアッはハハハハハハハはハハハハハハハ八はああはははあはハアはハハハハハハハはははあハアハアはハハハハハハハははハハハハハハ八はアッハハハハハハはハアはハハハハハハハはハアははああははああはははあはあははははあはははははははははははははははははははは………………」」

 二人して死んだ瞳の虚ろな笑顔で、壊れた笑いを始めてしまった。

「……お、おい、大丈夫か!?」

 心配そうに話しかける一夏。
 当然だが、それしきの事で二人の笑いが止まる筈がない。

 周囲の女生徒達も代表候補生がいきなり突っ伏すという異常事態に何事かと思い、続いて聞こえて来た壊れた笑いに更なる異常を感じていた。

 そして元凶は。

「一夏の時もそうだったけど、僕が男だって言うのはそんなにショックな事なのか…………?」

 二人が壊れてしまった事に対して、ショックを受け、女の子座りで手を地面につけていた。
 通常、ISを身につけてこのポーズをとる事は困難なのだが、脚部パーツが足にフィットする大きさの銀華は無理なくこのポーズを実現させていた。

「返してくれ……」

 箒が突然か細く呟く。
「へ?」

 千早が戸惑い声をあげる間もあればこそ。
 箒はISの飛行能力を利用して、体勢を立て直しつつ千早に詰め寄った。

「私に、女としてのプライドを返してくれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「そ、そんな事言われても、僕にはどうすることも出来ませんよ!!」
「ははっはははは、あ、ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない…………」
「……鈴の方が重症だな、これは。」

 きっと箒の方は他にもショックな話を聞かされていたから、鈴と違って千早が男だって事に対するショックはある程度相殺されてんだろうな。
 一夏はそう当たりをつけた。

「そ、それに貴女達IS学園の女性にとっての女のプライドというのは、僕達男性には本来使えないISを使えるという戦闘力の優越性の事ではないんですか?」

 千早はそう口走ってしまった。
 IS学園生の関心事は、どこの誰がどれほど強いか。
 「インフィニットストラトス」についての話題である程度は知っていたとはいえ、IS学園で生活していてその事を強く実感した千早はそう思っていた。

 ……いかに最上の美少女に見えようとも、彼は男性である。
 女心が分からない時もあった。

「なっ……生憎だが、私はさほど強いほうではない!!
 それにっ、それとこれとは話が別だ!!」
「お、女らしさなんて女尊男卑の今の世の中じゃ……」
「それ以上言うな千早。
 火に油を注ぐだけだ。」

 通常、火に油を注ぐ側に立つ筈の一夏すらも千早を止め、箒と鈴音を宥めに入る。
 その間に千早は、何事かとやって来た女生徒達に対して律儀に束の話を話して聞かせ……少女達の多くは千早が男性であるとする箇所は誤情報であるとして、相手にしなかった。
 いかに天才・篠ノ之 束といえども見栄があり、未だ成果の上がらないISを男性に使用させる研究について見栄を張る為、千早の事を男性とする苦しい嘘をついたのだと。
 その事が箒と鈴音の耳にも入る。

 そして、彼女達もそう思う事によって、精神の均衡が図られたのだった。

「ちょっとまって。何、そのオチ……」
「そう言うな。
 大体、束さんの研究が未完成で実用化には程遠いにも程があるのは事実じゃないか。
 お前みたいな奴にしか動かせないんじゃ、結局意味無いぞ。」
「僕くらい女の子にしか見えない男の子ねえ、はあ……」

 非常に納得がいかない千早であった。










===============










 翌日月曜日の朝のSHR。
 千冬に、箒がいきなり専用機持ちになったと聞かされた1組の生徒達は騒然となった。

「文句がある奴がいるのは重々承知だ。
 だが、あの阿呆が紅椿なるISを置いていった以上、その紅椿を所有者無しの状態で放置することは余りにも危険だ。
 それに……このIS学園内で代表候補生等の国家や企業に所属する者の手に篠ノ之 束製のISが渡るというのは、IS学園が掲げている中立性を著しく毀損させてしまう。
 所詮建前に過ぎないとはいえ、IS学園から中立性がなくなると大変な国際問題に発展する。
 そう考えると、束の妹であり、束から紅椿の所有者と指名され、代表候補生のような国や企業との関わりを持たない篠ノ之というのは妥当な人選だったんだ。」
「一個人にISなどという強大なものを渡すと?」
「その一個人の上に全てが成り立っているのが、IS業界だぞ。
 忘れたのか?
 篠ノ之の姉である束が作った、奴にしか作れんと言われているISコア。
 その上に全てが成り立っているのがIS業界なんだ。
 それを思えば、一個人云々など今さらだぞ。」
「それはそうですが……」

 少女の声が小さくしぼむ。

「でも一個人が最新鋭ISを所有するなんて、国際的に問題になってしまうのでは?」
「どこかの国や企業と密接に関係している代表候補生に、あんなもの渡す方が国際問題になるわ。
 それに……ISコアを作れない連中が貴重品として扱うから国際問題がどうのという話になるのであって、自力で作れてしまう奴に関しては話が違ってくるだろう。
 あの馬鹿者は自力でISコアを作れてしまう上に、その辺の事を全く考えられない迷惑極まりない性格をしている。
 正直、今回のような事はいつかはやると思っていたぞ。」

 千冬も頭を押さえている。

「文句の言いたい奴は言えばいい。
 篠ノ之、文句は言われるだろうが、そういう奴等には言い返すな。
 専用機持ちに相応しいくらい強くなる事で見返せ。
 いいな。」
「……はい。」
「では、紅椿の件についてはこの辺にしておくぞ。」

 そして千冬は話を切り替える。

 束が男性にもISを使えるよう研究していたという話は、その影響力の大きさがあまりに大きすぎ慎重に扱わねばならない事柄なので、迂闊にこの場で話す事は出来ない。
 ちなみに、束がその研究を中断させた理由が自分にあると知った千冬は、女尊男卑のゆがみを大きくしてしまったという自責の念に駆られた。
 彼女は一夏を一般人と考えていた為、「一夏をISに関わらせたくない」という希望が、そんなにも大きく世の中に影響するとは思わなかったからだった。

 千冬がその代わりに出した話題は、今日のクラス代表選考戦の事だった。

「さて、憶えていると思うが、今日はクラス代表選考戦の3戦目がある。
 特に御門と織斑。
 気心が知れている相手だとは思うが、手加減などはするなよ。」
「「はい。」」

 2人とも、それはむしろ望むところだった。
 何しろ、戦う事を生業にしている代表候補生という超人兵士とはいえ、戦闘行為において圧倒的に格上の相手だとはいえ、見目麗しい少女相手に刃を突き立て拳を振るうよりも、男同士でそうした方が気が楽で非常にやりやすいのだ。
 もっとも、一夏対セシリア戦、千早対シャルル戦で、そういった気遣いをした憶えは2人ともないのだが。

「それとオルコットとデュノア。
 分かっていると思うが、ここで敗れれば3敗目だ。
 後が無いと思え。」
「「はい。」」

 一方で、少女達の方も真剣である。

 ラウラについてはある程度は仕方がない。
 彼女のAICは1対1では正に無敵である。

 しかしもう一つの黒星は、ド素人相手にとった不覚である。
 ここで更なる醜態を曝すわけにはいかなかった。










===============








 放課後、例によって大勢の生徒達がアリーナに集まっている。
 1回戦目はシャルル絶対有利の下馬評が動かず、みなの興味は2回戦目、最強の運動性を誇る高機動機同士の戦いに向いていた。

「なんか、今日の僕たちって添え物状態ですね。」
「まあ仕方がないですわね。
 あの2人のアリーナで行われているなどとても信じられないという高機動戦闘、確かにわたくしも興味がありますもの。」

 セシリアはシャルルの呼びかけに応じる。
 彼女は今日の自分に対する扱いに憤りを感じていたが、シャルル相手に勝ち目が薄い事も分かっていた。
 何しろ彼は、あらゆる距離で戦う事が出来るのだ。

 距離を詰められたらどうしようもない自分では、かなり難しい相手だった。

 セシリアは前回の反省を踏まえ、戦闘開始前からレーザーライフル・スターライトmkⅢを出している。
 未だに千冬に指摘された癖を直せていないため、少しでも隙を少なくする為だった。

(こうして考えてみると、ラピットスイッチとはとんでもない代物ですわね。)

 シャルルの修得している高難度技術、ラピットスイッチの難度を思うと、自分が彼より格下なのは明らかなように見えた。

 セシリアは目の前にいるシャルルの、少女のような可憐な少年のどこにそこまで凄まじい修練の跡が潜んでいるのだろうと思った。
 が。

(今、そんな事を考えていては負けますわね。)

 本日の第一試合、セシリア対シャルルが開始された。

「っ!!」

 二人は中距離での撃ち合いを始める。
 やはり射撃戦専業であり、第三世代機を使用しているセシリアの方がやや優勢ではある。
 だが。

「レーザーライフルはチャージが分かりやすくて避けやすいですよ!!」
「くっ!!」

 発砲を事前に察知される為、一夏のように素直に当たってはくれない。
 彼は代表候補生なのだ、発砲のタイミングさえ見切ればレーザーをも避ける。その訓練は受けている筈だった。
 回避能力において彼は、素人の一夏とではあまりにもモノが違った。

 他方、シャルルの射撃精度も高く、得意の中距離で優勢に戦えているとはいえブルーティアーズのシールドエネルギーも無傷ではいられなかった。

 と、シャルルが一気に距離を詰めてくる。

「瞬時加速!? ここで?」

 代表候補生なのだから、その位使えて当たり前だ。
 驚きを一瞬で制したセシリアは判断するが、その一瞬の間にかなり詰められてしまった。

 あまりに距離を詰められすぎると、勝ち目のない接近戦に持ち込まれてしまう。
 セシリアはスターライトmkⅢだけでは手数が足りないと判断し、リスクを承知でブルーティアーズを展開させたその瞬間。

「っ!!!!」

 正確な狙撃のように、アサルトライフルの弾丸がブルーティアーズ制御の為に動けないセシリア目掛けて襲い掛かってくる。
 通常の狙撃と違う所は、単発ではなく、夥しい数の弾丸による物であるという事だった。

 シールドエネルギーが一気に削られた。
 一夏が指摘したブルーティアーズの弱点。
 シャルルのそれを見切っていると思うべきであり、一夏以上に容赦なくその弱点をついてくると思うべきだった。

 射撃戦での命中精度はセシリアの方が上とはいえ、シャルルの射撃によって彼女のシールドエネルギーも確実に削られていく。
 また徐々に苦手な接近戦に持ち込まれ、そこから逆転する術をセシリアは持ち合わせていない。

 彼女達の戦いは、下馬評通りの結末を迎えた。










===============

 第二試合開始前。
 初めて銀華装備状態の千早を見る女生徒達が、その美しさにため息をつく。
 既に見た事がある者も、彼女達にその美しさを説かれ、改めてその美しさに気付く。

 銀糸の髪を棚引かせる、その美貌に神秘的な輝きの瞳を持つ銀の少女。
 その瑞々しく均整の取れた、女性的な柔らかさを持った肉体を覆うのは、銀の装甲。

 通常のISより小さな腕部パーツは気品ある長手袋のように、二の腕半ばまでを覆い、大きなユニットではなくブーツのように足にフィットした脚部パーツは太股半ばまでを覆う。
 そこから覗く白い太股は、女性ならば誰もが憧れるような優雅な脚線美を持ち、視線を上に向けると腰部装甲と胸部装甲が目に入る。
 腰部装甲の脇に控える非固定浮遊部位のスラスターは優雅なスカートのような八の字を描き、胸部装甲はしかし動きの邪魔になっていない事は明白。
 背中には唯一ISに相応しい大きさを留める大きな非固定浮遊部位のウィングスラスター。
 そして頭部パーツはまるでティアラのように見えた。

 ため息をするほど美しい、それは戦場に立った銀の姫君だった。
 しかし、その機動を見たものは皆、その美しさの中に秘められた運動性という力がいかに凄まじいかを知っている。
 それはか弱くたおやかな姫君ではなく、戦場に立つに相応しい力を秘めた美姫であった。

 相対するは白き鎧武者。
 同じく小さな腕部パーツと脚部パーツは銀華に比べて、力強く無骨。
 非固定浮遊部位の各種スラスターは、まるで背に無数の武具を背負っているかのよう。
 しかして、この白武者の獲物が、たった一振りの刀でしかない事は周知の事実であった。
 胴体部の装甲も、ISの標準よりは多いようだった。

「噂には聞いていたけど、本当にお姫様みたい……」

 誰かがそんな事を言う。
 千早にとっては知らないほうがいい事である。

(男だなんてありえるはずないよねぇ……)

 昨日の束の話でアイデンティティが崩壊しかけた鈴音は、そう呟いたクラスメイトの隣で、向かい合う想い人と銀の少女に目をやった。

 これから行われるのは、闘争という名の銀と白の超高速の舞踊だった。



 試合開始の合図の直後。
 代表候補生など一部戦闘力が非常に高い生徒を除いて、殆どの生徒が一夏と千早の姿を見失う。
 彼女達の目には、二人が忽然と消えたように見えた。
 やがて聞こえてくる衝撃砲の音に、二人が確かに戦っている事を悟った彼女達が二人を探すと、2機のISが信じられない超高速でアリーナ中を縦横無尽に飛びまわりながら切り結んでいる事に気付く事が出来た。

 一方、当初から目で二人の動きを追い、理解できた生徒達もその凄まじいスピードに舌を巻く。
 何しろ時速850kmと時速940km。
 いかに地上最強の兵器であるISと言えども、直径400m程しかないアリーナの中で出せて良いスピードではない。

 白い850kmの曲線的な機動と銀の940kmの鋭角的な機動が、時に並行するように、時に正面からぶつかるようにして複雑な軌道を描きながらランデブーを重ねる。
 その一瞬のランデブーの度に、千早が雪片弐型の斬撃を避けつつ簡易衝撃砲を一夏に打ち込んだり、突っ込んでくる千早に対し忽然と一夏の手に現れた雪片弐型がカウンター気味に突き出され、千早が辛うじてそれを避けるといった攻防が繰り返される。
 その攻防の内容を把握できる生徒など、それこそ代表候補生や生徒会といったごく一部に限られていた。

 そして終局。

「白式 シールドエネルギー0。
 勝者 銀華。」

 一般の生徒でその宣言に気付けた者が果たしてどれほどいただろうか。
 戦闘自体が凄まじいスピードで行われているのだから、その終結もまた早いのは当然。
 分かってはいたが、あまりにもあっけなかった。

(2人とも穴がないわけじゃない。
 あたしみたいな代表候補生なら、なんとかあの2人のIS相手でも戦える。
 ……けど、初めてISに触って2ヶ月経ってないのにコレはないわよね。)

 鈴音はそう胸の中で呟く。
 かつて一夏は、彼女の事を凄い才能の持ち主だと言っていた。
 だが、彼女には一夏と千早の方がチートじみた才能の持ち主のように思えた。

 何故だか剣技などの戦闘技術の面に関してはさほどのものではないように見えたが、それにしたところであの馬鹿げた超高速である。
 敵として戦う事を想定してみた場合、馬鹿に出来た相手ではなかった。

 勝負が終わり、高速機動を止めた2人の息は荒い。
 流石にあれだけの高機動戦闘、消耗がないはずがなかった。

 しかし、流れ落ちる汗さえも、千早の美貌を宝石のように引き立たせていたのだから、反則だった。
 鈴音は、近くの誰かがこう呟いたのを聞いた。

「戦うお姫さまってとこかしら?」

 その彼女が一夏と共にいる。
 絵になる所が悔しかった。

「戦うお姫さまね、それイタダキ!!」
「へ?」

 ふと鈴音が声のしたほうを見ると、慌しく立ち上がった少女が携帯電話をかけながら走り去っていく様子を見る事ができた。
 その瞬間、千早が言い知れぬ悪寒を感じた事など、鈴音が知る由もない。








 その後、木曜日に第四戦、あくる月曜日に第5戦が行われる事となった。
 月曜日といえばもうクラス対抗戦と同じ週になってしまうが、ISの修復などは充分間に合うという目算であった。
 そして第4戦の組み合わせは……

第一回戦 一夏 対 シャルル
第二回戦 千早 対 ラウラ

 という組み合わせに決定したのだった。


===============










「いっくんには燃費対策の強化をしてあげるとして、千早君には切り払いができるようにしてあげよっかな?」

 一夏と千早の戦いをIS学園にハッキングして見ていた束は、そんな事を呟いていた。
 彼女はその高速戦闘を見て取る事が出来、またその気になれば自由に映像をスロー再生させる事も出来たため、ジックリ見る事ができた。

 ……彼女の呟きを千早が聞けば、
「そんな事を言う位なら最初からIS用ブレードの一つくらい持たせてください」
と抗議する事請け合いである。
 今回の対白式戦でも、千早は雪片弐型を避ける他なく、機動力で銀華に負けている一夏とはまた違った苦労を背負っていたのだ。
 所詮彼の武器は衝撃「拳」でしかなく、刃物とは打ち合う事が出来ず避けるしかない。

 しかし、単なるブレードを銀華に持たせるつもりは、束には毛頭なかった。
 銀華には通常とは少し趣の異なる物を持たせようと構想している。

「にしても、ほんっとうに女の子にしか見えないなあ千早君。
 もーちーちゃんってよんじゃおっかな?
 あーでもちーちゃんはちーちゃんだから、千早君はちーちゃん2号ってとこ?」

 ちなみに、この時の映像は御門家の人々にも提供された。
 千早の無事を知らせ、彼の近況を知らせる事が、御門家滞在の条件だったからである。










===============










 翌日、千早は校内新聞を見て悶絶した。

 その校内新聞の見出しにはこうあった。
『女神の美貌を持つ銀の戦姫、神速の激闘を制する。』

「な、何だこれーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 『銀の戦姫』という二つ名がIS学園新聞部から千早に贈られた瞬間であった。


==FIN==


 時期的に見ると、この時点で対セシリア戦の筈なんだよな……
 ちなみに白式が銀華に負けたのは相性の問題です。
 中の人の性能も、対代表候補生よりかはマシな差とはいえ銀華の方が上ですし。

 ちーちゃんと一夏が大分強そうに見えますが、実の所そうでもないです。

 何しろここの一夏、実は単純な剣技に関しては2巻や3巻時点の「一夏」に劣ります。
 理由は、4月~6、7月までの長期に渡る、箒による剣道指導がないため。

 一夏と千早はISをごく自然に扱えるようになる事を最優先し、剣技などのISを使って戦う為の戦闘技術が後回しにしてしまっています。
 その為、ISの操縦で一見凄そうに見えても、戦闘技術の差が大きく代表候補生に負けます。

 前の話で千冬が言っていた
 「接近戦しか出来ないのに、その接近戦で技術差で敗北する」
 というお寒い状況がこの2人なわけです。

 とはいえ、やっぱり少し強くしすぎたかな?


 そしてちーちゃんについては合掌w

※訂正 流石に2,3巻の「一夏」に負けるほど見下げ果てた強さではないですね。
 一夏にはちーちゃんがついていて、訓練密度が濃い事を忘れてました。
 とはいえ、代表候補生は年単位で地獄の底で強さのみを追い求める毎日を過ごしている筈なので、やはりただのチート一般人に過ぎないちーちゃんや一夏では到底彼女達には歯が立ちません。
 後回し云々を抜きにしても、範馬さんちのバキ君とその辺の腕利きの喧嘩屋くらいの巨大な差が、代表候補生とちーちゃん・一夏の間に横たわっています。
 そして更にどうしようもない代表候補生と千冬姉の壁があるわけですが……もうこの人、範馬さんちの勇次郎さんくらい強いだろ、生身でも。

 やっぱり
一夏;千冬=抗核エネルギーバクテリア:ゴジラ
ってー印象は結構適正なような……これは良い過ぎにしても
一夏:千冬=げっ歯類:ゴジラ
くらいはあるような気がする……



[26613] (短い番外編)本当に瞬時加速より速かったら、こうなるのは当然の帰結な訳で……
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/04/03 07:50
 さて、前回ラストの火曜日朝から時間を巻戻し、月曜日クラス代表選考戦終了直後。

 本日のメインイベントである超高機動戦闘が終わりはしたものの、まだ少女達の大半はアリーナの観客席に留まっている。
 今日はクラス代表選考戦以外にもイベントがあったからだ。

 世界唯一の第四世代IS『紅椿』のお披露目である。

 生身の千冬と箒がアリーナ中央に立ち、千冬が箒に紅椿を出すよう指示する。
 箒が紅椿を渡されたのはつい昨日の話である為、専用機の展開には慣れておらず少し手間取ってしまった。

 空間が歪み、紅のISが少女の身に纏われる。
 兄弟機と見られる『銀華』や『白式』と違い、大きな脚部パーツを有する標準的なスタイルのISである。
 ……なぜ、千早が一夏とおそろいの小型スタイルで、自分はそうではない標準スタイルなのか、多少納得できないものを感じる箒。
 一瞬、千早を男呼ばわりした姉の話を思い出し、「もしかしたら二人は男性だから女性とは異なるスタイルになっているのかもしれない」と、ふと思ってしまうが、精神衛生上非常によろしくない為、脳内から削除する。

 実際には運動性を重視した為特異なフォルムを得るに至った白式や銀華と、万能型故に標準スタイルに落ち着いた紅椿の差なのだが、その事に箒は気づかなかった。

「さて、機体と同封されていた簡単な説明書には、紅椿の特徴は『あらゆる面で既存の全てのISを凌駕するけど、その代わり燃費が少し厳しい万能型。』とあった。
 にわかには信じがたいが、何しろあの束が作った代物だからな。

 とりあえず加速性能と減速性能、最高速度辺りから測定するぞ。
 篠ノ之、私が合図をしたら最大速力で飛べ。」
「分かりました。」

 そして千冬が合図した直後、轟音が響き渡る。
 紅椿が壁に激突した音だった。

「……は?」

 千冬の、否、その場にいた殆どの人間の目が点になる。

 この時測定された紅椿の速度は、時速870km。
 白式が連続瞬時加速を駆使して実現させている、本来の最大速度を大きく上回る戦闘速度、時速850kmさえも凌ぐ速度だった。
 そんな速度を何の予備知識もなく直径400mしかないアリーナ内で出せばどうなるのか、考えるまでもない。

 紅椿が壁に激突したのは当然の帰結だった。

「な、何が……」

 壁にぶつかってもそこはIS。
 紅椿は無傷であり、箒も平気だった。
 とはいえ、あっという間の出来事であった為、彼女も呆然としている。

「篠ノ之、瞬時加速を使った覚えは無いか?」
「ありませんが。」

 つまり、紅椿は素でこの高速を叩き出せるという事だった。

「という事は、紅椿は連続瞬時加速を使わずとも、白式対銀華のような高速機動戦闘にも対応できるという事か。
 だが、中身が追いついていないな。」

 とはいえ、コレにいきなり対応しろというのは、千冬の基準においても洒落にならないほど酷である。

「篠ノ之、とりあえず速度を落として運用しろ。
 白式や銀華のあんな馬鹿げた高速戦闘の事は一旦忘れて、訓練を繰り返して速度を少しずつ上げながら紅椿のスピードに自分を慣らせ。」
「分かりました。」

 千冬はそう指示するほかなく、箒も素直に応じるしかない。

「続いては運動性能と言いたい所だが、最大速度も迂闊に出せんとなると測定が難しいな。」

 とはいえ……銀華が存在するこの世界の紅椿は、「インフィニットストラトス」の「紅椿」にはない銀華のデータもフィードバックされてるんだろうな。
 千早はそんな事を思いながら、一夏と共にアリーナの様子を眺めている。
 傍にはセシリアやシャルルの姿もあった。

「瞬時加速なしであれって、すんごいスピードだな、おい……」
「でも中身の箒さんが追いつけていない。
 何だか、銀華や白式のスピードについていくのに苦労したのを思い出すね……」
「ああ……」

 一夏と千早が遠い目をして、自分達のISの性能に振り回されていた3月上旬頃の事を思い出していた。

「僕に言わせればあんな短期間で、あの超高機動で戦えるようになっている一夏たちの方がおかしいと思うけど。」

 シャルルが、代表候補生になるまでの過酷な訓練の日々を思い出しながら、ジト目で一夏と千早を見る。

「まあ俺は小学生の頃、千冬姉とかおじさん……箒の親父さんとかに鍛えられてたからな。
 もうすっかりなまっちまって、今の俺と小学生の俺とで勝負したら間違いなく今の俺の方が負けちまうけど……千早と訓練漬けになってたおかげで昔の勘が少し戻ってきてるから、それでなんとか白式の機動について行けてるって感じだな。」
「……どのような小学生でしたのかしら?」

 セシリアが呆れた様子で言う。

「いくら高校生対小学生のガタイの差があるって言っても、バイトに明け暮れて全然鍛えてなくて、鍛えていたのはここ1ヵ月半でしかない高校生と、千冬姉とかにバリバリ鍛えられて剣道の全国大会優勝も余裕だった箒を一方的に蹂躙できる小学生だからな。
 そりゃ小学生の方が強いに決まってるだろ?」
「そ、そうなんだ……」

 千早はそういえばと、「インフィニットストラトス」において、「一夏」が「箒」に小学生の頃より格段に弱くなっているとなじられるシーンがあった事を思い出す。
 どうやら、一夏自身も「箒」と同様の評価を自身に下しているらしい。

「それで御門さんの方は?」
「ああ、こいつの方は素の身体能力が馬鹿高くて、反射神経の方も元々その身体能力に鍛えられてたみたいなんだ。
 俺と違ってキチンと武術を修めていて、全然なまってもいなかったし、俺より先に高速機動に順応してった感じだったな。」
「それにした所で、白式より100km近く速くて鋭角機動をする銀華についていくのは大変だったけどね。」

 と、そこまで話した所で、

「篠ノ之さんが武装を『展開』しましたわよ。」

 セシリアの台詞で、千早達は再び箒と紅椿に注目する。

「へえ、二刀流か。」

 一夏の言う通り、箒の、紅椿の手には二振りの刀が握られている。
 IS用の武装の常として、刃渡りがかなり長い。

 千冬が説明書の記述を読む。
 ちなみに説明書部分は棒読みである。

「篠ノ之、その二振りにはそれぞれ違う機能が割り振られているようだ。
 右の『雨月』は『対単一仕様の武装で打突に合わせて刃部分からエネルギー刃を放出、連続して敵を蜂の巣に!』とあるな。
 射程はアサルトライフルと同程度とある。
 では篠ノ之、上空に向け雨月での打突を繰り出せ。」
「分かりました。」

 箒は地面に背を向けた仰向けの状態になると、上空、真正面に向かって突きを繰り出す。
 それと同時に雨月周辺の空間にレーザー光が幾つも出現し、現れた順に光の弾丸となって空の彼方に飛んでいく。
 この時射程の測定が行われ、そして実際にIS用アサルトライフルと同程度の射程である事が確認された。
 威力の方も、連射系の武器とは思えないほど強大な破壊力を有しているようだ。

「ふむ、一動作が居るのが面倒だが、流石の高威力だな。
 通常のアサルトライフルでは真似できん。
 束が第四世代と大口を叩くだけの事はあるか。」

 その威力を見て、千冬はそう漏らす。

「さて、次は左側の『空裂』だ。
 こちらは『斬撃に合わせて帯状の攻性エネルギーをぶつけるんだよー。振った範囲に自動で展開するから超便利』とあるな。
 篠ノ之、振ってみろ。」
「はい。」

 先ほどと同じく、上空に向けて空裂を一閃する箒。
 その斬光がそのまま飛び道具になったかのようなエネルギー刃が空に向かって飛んでいった。
 こちらの方も攻撃力は凄まじいようだ。

 だが……

「これだけ高威力の武装だと燃費がどうしても悪くなるようです。」
「それは仕方がないな。
 飛び道具がある分、織斑や御門よりマシだと思え。」

 どうしても燃費が問題になる。

 『絢爛舞踏』によってその燃費の悪さをカバーするというコンセプトのようだが、単一仕様機能に依存する事が前提と言うのはコンセプトとしてどうかと千冬は思う。
 使いこなせれば最強。
 そんな物を初心者とさして変わらない箒に渡してどうする。
 白式や銀華の時もそうだったが、紅椿に対しても同じ感想を抱く千冬だった。

「ああ、そうだ。
 その二振りを通常のIS用ブレードとしても使えるかどうかも試してみろ。
 接近戦をしているつもりが振り回すたびに飛び道具として暴発していては、エネルギー管理が難しくなるからな。」
「分かりました。」

 箒が雨月を突き出し、空裂を振るう。
 今度はどちらも攻性エネルギーを発することはなく、普通に振るわれていた。

「二振りとも、通常のIS用ブレードとして使用可能なようです。」
「そうか。」

 続いて、束的にはメインとなる新機軸装備『展開装甲』についてであった。

「……どうも装甲各部が展開するように出来ていて、展開した隙間からエネルギーを放出する事により、そのエネルギーを攻撃・防御・機動に使用することができる、という代物のようだ。
 ……どう考えても燃費に問題があるな。」

 そう言った後、とりあえず右腕部パーツの装甲を展開し防御用に使ってみるよう箒に指示する千冬。
 すると紅椿の右腕部パーツの装甲のつなぎ目がパックリと開き、そこから金色のエネルギーが放出され、そのエネルギーが右腕に纏わり付く。
 防御用エネルギーフィールドという事らしい。

「ふむ、この機構が全身にあるわけか。」

 今度は左腕で攻撃用と試すと、金色のエネルギーがビームソード状になったり、光弾となって飛んで行ったりした。

「……全身がああなのか、紅椿って…………」
「ハリネズミかなんかか、アレは……」

 紅椿の攻撃能力を想像してゾッとする1組専用機持ち達。
 さらにその運動性がとてつもなく高い事を思い出した一夏は、更に寒い気分に浸ることになった。
 恐らくは銀華に迫るかそれすらも凌駕する運動性を持つ機体が、強力な火器としても使える二振りの刀を持ち、全身に武器であり盾でありブースターであるという展開装甲がついている。
 今はまだ中身である箒が機体に振り回されているようだが、完璧に使いこなせれば文字通り最強であった。

 一方で、千早達とは別の所から見ていたラウラのみが、自分なら中身の性能差で勝つ事が出来ると思っていた。










==FIN==

 番外編ですが、本編中であった出来事です。
 まあ、ほぼ3巻の紅椿初登場時のコピペと思っていただいて構いませんけど、銀華のデータも使われている為、運動性能もチートになってます。

 一夏ですが、おとボク主人公であるちーちゃんとマンツーマンで鍛えてますのでそれなりには強くなっていますが、年単位で恐らくは地獄のように厳しい軍事訓練を受ける事によって強くなっている代表候補生達には及びません。

 代表候補生達が入学前に積み上げた努力はどう考えても尋常ならざるものでなければおかしいので、いかにチートの代名詞おとボク主人公であり若い衆を数人纏めてなぎ払えるちーちゃんといえども、彼女達とガチれるほどではありません。

 IS学園入学前の彼女達の生活は地上最強の生物・織斑 千冬を目指してとにもかくにも強くなる事だけに人生の全てを捧げ尽くした日々だった筈なので、その地獄のような日々を潜り抜けた代表候補生達に一夏やちーちゃんが追いつく事は、普通に考えれば主人公補正込みで考えても不可能に近いと思います。
 実際、「インフィニットストラトス」の「織斑 一夏」はチートそのものの尋常ならざる才能を持っていながら追いつけていません。

 ……その割に代表候補生達の感性が割と普通の少女なのが謎なんですが。

 まあそれはおいとくとして。

 主人公補正を持たないただの剣道少女である箒が、代表候補生などという強くなる事だけが存在意義の戦闘民族に混じって戦うには、紅椿くらいのチート機がなければどうしようもないでしょう。
 「インフィニットストラトス」での「箒」の惨状は、恐らくは他のヒロイン達との絶対に覆しようのない差から来ているのではないでしょうか? 

 ……代表候補生を強く見積もりすぎでしょうかね?



[26613] まあこの位は当然の備えな訳で
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/04/03 12:26
「な、何だこれーーーーーーーーっ!!」

『女神の美貌を持つ銀の戦姫、神速の激闘を制する』

 その学校新聞を見て絶叫し、呆然とした千早。
 それを聞き付け、周囲の女生徒達や一夏は何事かと千早の元に、学校新聞が貼り出されている所にやってくる。

 その見出しを見た女生徒達は見事な比喩表現と言い、一夏は腹を抱えて笑い出し、呼吸困難に陥る。

「ちょっと一夏、そんなに笑う所!?」
「い、いや、だってな……」

 笑いが止まらないので、千早にマトモに応じる事が出来ない一夏。

「いやですねえ。
 自分の恋人の事をこんなにも褒められているのに、それをそんな風に笑うなんて……」
「いや、だから最初の自己紹介の時に僕は男だと……」

 千早はクラスメイトの少女に、IS学園に来てから何度繰り返したか分からない、そしてその度に否定された主張を繰り返す。
 そして、今回も聞き入れられる事は無かった。

 やがて呼吸困難が収まった一夏に、そのクラスメイトの少女はある質問を投げかける。

「織斑くん、恋人の女の子を笑いものにするなんて、彼女に負けた事が悔しいんですか?」
「いや、元々対千早での勝率が低いのは分かってた事だし、んなこと言ったら俺どころか全世界で誰一人ステゴロで勝てる男がいない千冬姉とかどうなるんだよ。」
「……それ以前に僕は男!!
 もう、一夏は知ってるじゃないか!!」

 千早は益々不機嫌になってしまう。
 ……頬を膨らませるその様子が、微笑ましく恋人に対して不機嫌になっている少女に見える事など、本人は知る由もなかった。
 キラキラと朝日に輝く銀糸の髪と抜けるように白くキメ細やかな肌の可憐な顔を見て、彼を男性だと思う少女は皆無であった。

 世の中、知らない方が良い事もあるのである。










===============










「いやあ、笑った笑った。」
「笑い事じゃないって……」

 クラス代表選考戦により、男性IS装着者という視線からは解放された筈なのに、似たような視線が千早を中心に2人に降り注ぐ。
 一夏の方は以前に騒がれた時の免疫が機能してくれているようだが、千早の方はそうでもなく、とてつもない居心地の悪さを感じていた。
 何しろ視線の質が以前とは全く違う。
 『銀の戦姫』という、強く可憐なヒロインを見る目なのだ。
 一応男性である千早にとってはたまったものではない。

「お、お姫様って……」
「いや、でも銀華のデザインは、どーみてもお姫様ルックだろ?」
「い、今まで考えないようにしてたんだけど、それ……」

 千早は今まで目を逸ら続けていた事実に直面し、頭を抱える。

 と、そこにシャルルがやってくる。
 何かを思い詰めたような、中々踏ん切りがつかなかった事の踏ん切りを無理につけてきたような、真剣な顔をしている。

「ん? シャルルか。
 どうしたんだ、そんな顔して?」

 そういう一夏を見て、シャルルの顔に迷いが浮かぶ。
 しばし逡巡した彼女は意を決して

「今日の放課後、時間もらえるかな。
 大切な話があるんだ。」
「え、別に良いけど、後で訓練指導してくれよな。
 んで、どこで話をするんだ?」
「……寮の、僕の部屋で。」











===============










「……そーいやここに住み着いて1ヶ月以上になるけど、寮ってほとんど寄り付いてないよな、俺達。」
「……普通はそういう訳には行かない筈なんだけどね。」

 普段アリーナなどという非常識なところで寝泊りしている2人は、寮に入るなり、思春期の少女特有の甘酸っぱい匂いを感じてしまう。
 冷静に考えれば学校中、どこへ行ってもこの匂いが充満している筈なのだが、やはり住環境とそれ以外とでは密度が違う。

 寮入り口からシャルルの部屋までの道中、少女特有の匂いについての話を一夏にした千早が

「……でもその匂いって、お前からも出てないか?」

 と返されてへこむ一幕も見られた。
 ……ちなみに、一夏が言う通り、この少女の匂いは千早自身からも出ているのだが、本人は気付いていない。
 まして千早の匂いがその中でも非常に香り高い部類に入る等、知ってしまえば彼のSAN値を大きく削る事請け合いであった。

「にしても、すっげえ視線を感じるな……まだこっちに戻ってる奴少ない筈なのに。
 シャルルの奴、こんな所で一人で住んでて、良く参らないな……」

 そりゃあ彼女は女の子だからねぇ。
 口には出さず、胸の内で沿う呟く千早。
 どうやら今日まで、一夏はシャルルが女の子である事に気付いていないようだった。

 ふと、千早は全然違う話題が気になった。

「そういや千冬さん、束さんが男性でもISを使えるようにするっていう研究をしている事は広めちゃ拙いみたいな事言ってたけど、それにしては特に緘口令敷いてなかったみたいだね。」

 日曜日、千早が少女達に話した束の話は、すっかり学園中に広まってしまっていた。
 もっとも、束が異世界に行ける事や、千早が束によって拉致されてきた異世界人といった所は、流石に非現実的過ぎる為はしょっている。
 同様の理由で「インフィニットストラトス」についても話さなかった。
 千早が話さなかった部分については噂に上っていなかったため、それらは一夏、千早、箒、鈴音の4人しか聞いていないと考えて良いようだった。

「千冬姉に聞いたんだけど、下手に緘口令なんか敷いたりしたら、それが裏づけになっちまってやぶ蛇なんだってよ。
 だから、放っておいて単なる噂話として扱うんだと。
 ま、こんな所だから噂話なんて腐るほどあるし、その中に紛れ込ませるのも欺瞞工作のうちなんだとさ。」
「木を隠すには森の中。
 真実を噂に見せかけ、より多くの噂の中に紛れ込ませれば、確かにその理屈は使える、か……」
「だろ?」

 そんな事を話しているうちに、2人はシャルルの部屋に到着した。
 シャルルは男性としてこの寮に来ているため、男女が同じ部屋で寝泊りするのは良くないとの事で、彼女の部屋は個室になっている。

「ここか……」

 中に入ると、女の子のような可愛らしい私物が散見できる部屋が広がっていた。
 そこにあるベッドの上に、枕を抱いたシャルルが座っている。
 そして……この部屋にも少女特有の甘酸っぱい匂いがしているのだが、既に嗅覚が慣れてしまっているのか、一夏はその事に気付かなかった。

「なあ、話って何なんだ?」

 暗い顔つきでうつむいていたシャルルは、意を決したかのように顔を上げる。

「あのね……御門さんから聞いていると思うけど、僕、本当は…………女の子なんだ。」
「ちょっ……おい、女の……子…………?」
「へ?」

 シャルルは一夏の意外な反応に戸惑う。

「いや、千早みたいなのがいるし、束さんがどーみても女の子にしか見えない奴なら男でもIS使えるようにできたとか言ってたし、てっきりお前もそのクチだと思ってたんだが?」
「……御門さんから聞いてないの?」
「ん? ああ。
 ってか、千早、お前シャルルが女の子だって気付いて……あ。」

 そこで一夏は気付く。
 彼には「インフィニットストラトス」という情報源がある事に。
 一夏がその事に気付いた事を、千早も察したが、何も言わなかった。

 シャルルは一夏の反応が気になったが、ともあれ、以前から千早には性別を見抜かれていたのだ。
 そしてその話が一夏にも行っていると思って、一夏にも告白してしまった。

 この2人に素性や男の子の振りをしている理由を話さない訳には行かなかった。

「僕が男の子の振りをしていた理由、聞いてくれる?」

 一夏と千早は頷く。
 そしてシャルルは話し始めた。

「僕の本当の名前、お母さんが付けてくれた名前は、シャルロット……」

 シャルル、否、シャルロットの話は続く。
 2年前母親が亡くなった時に父親に拾われ、IS装着者としての過酷な訓練を課せられた事。
 愛人の娘という立場から来る、針のムシロのような家庭内での立場。
 そして、第三世代ISの開発に梃子摺っているデュノア社の為に、白式・銀華のデータを得る為、一夏達に近づきデータを奪取する事を命じられた事。
 女の園の中で針のムシロのような状況にいるはずの一夏に効率よく近づく為に、男装させられ、世界で二人目の男性IS装着者を名乗らされた事。
 一夏に千早という恋人がいなければ色仕掛けでデータをせしめるプランもあったらしいが、それだとライバルが腐るほど大量にいる事と、千早という壁があまりに鉄壁である事から、男装プラン一本になったこと。
 そして……少女とバレ、一夏と千早がアリーナで暮らすという非常識な事をしていたためデータ奪取の目処も立てようがない状況になってしまっていた以上、自分は良くて一生幽閉という状況である事。
 男性IS装着者と偽った咎も、おそらくは自分に押し付けられるであろう事。

 シャルロットの素性は、一部「インフィニットストラトス」の「シャルロット・デュノア」と違う所も見られたが、大体千早が知っている通りの素性であった。
 そう、一部違う所。

「っていうか、僕、鉄壁の壁なんだ。」

 そこで、自分がどうも取り返しのつかないレベルで女の子扱いされている事実に気付かされてしまった千早は、女の子座りでガックリと項垂れてしまった。
 しかし項垂れてばかりもいられない。
 千早が気を取り直すと、一夏が指を掌に食い込ませんばかりの勢いで拳を握っている。
 彼女の立場、スケープゴートとして地獄行きになる運命に憤っているらしい。

 だから、彼は普段絶対に口にしない事を言った。

「……千早、「織斑 一夏」はこの時どうしたんだ!?
 何かアクションを起こしていたよな!?」

 先の事を知ることに対する忌避感。
 先入観による落とし穴。

 それらの為に、織斑姉弟は積極的には「インフィニットストラトス」の話を千早に聞こうとはしない。
 しかし、一夏はその禁を破った。
 それほど彼は怒り心頭だった。

「フランスに帰ろうとしている彼女を引き止めて、それで……問題を先送りしていたよ。
 ここに在学中の3年間は大丈夫だって。」

 しかし、千早は非情な真実を話さざるを得ない。
 これは完全に政治の話なのだ。
 いかに主人公補正の塊である「織斑 一夏」であろうとも、その彼が主人公として活躍する物語の中の話であっても、一介の高校生に過ぎない彼にどうにかできる話ではない。
 一夏は目の前が真っ暗になったような気がしたが、シャルロットが抱いている絶望を思えば、これしきの事で怯むわけにも行かなかった。

 じゃあどうすればいい。どうすればシャルルを救える。
 一夏の頭はこの一言に占領され、彼はアレコレと考えを巡らせ始める。
 素人の考えなど休むにも等しいが、それでも何も考えないよりはマシに思えた。

「え、と、何? 今の話?」

 一夏が「織斑 一夏」とまるで他人のように話すなど、今の一夏と千早のやり取りは、事情を知らない彼女にとっては不可解極まりない物だった。
 その彼女の様子を見た千早はどうしたものかと考えるが、彼女は勇気を出して自分たちに素性を話してくれたのだ。

「僕の素性に関係ある話ですよ。
 とても荒唐無稽で信じられないような話になりますけれど……」

 そうして始まる千早の身の上話に、シャルロットの目が点になる。

「なっ、それじゃあ、僕の事も最初から!?」
「……最初から事情の全てを知っていた、というのは語弊があります。
 お話では貴女やラウラさんがここに来るのはもっと先の話でしたし、それ以外にも束さんが僕の世界と行き来できるという相違点があります。
 ……束さんの性格も、話に聞いていたものとは少し違うようにも思えました。
 だから他の事でも色々違ってくるでしょうし、貴女の事情がその中に入っている可能性だってあったんです。
 実際、貴女の事情に関しても、「インフィニットストラトス」には出てこない銀華のデータも奪取するよう言われている、という相違点がありました。」
「…………」
「それに、僕は直接「インフィニットストラトス」を読んだ事がありませんから、知っているつもりで不正確な情報を持っている可能性だって大いにあります。
 それに、いずれ新刊よりも此方の時間経過の方が先になる時がやってきます。
 「インフィニットストラトス」の事を未来のことを予め知ることが出来るアドバンテージ、などとは考えないほうが無難だと思っていますよ。」
「……そうなんだ。」

 自分が意を決して話した内容を、よもやその相談相手がこんな形で予め把握していたと告白されるとは思わず、シャルロットは絶句してしまう。
 シャルロットはとても信じられない気持ちだった。

 千早の話を。
 そして、それが真実だった場合の千早を。

 母のような人だと思っていた。
 それなのに、どこか裏切られたような感じがした。

 と、そこで。

「そうだっ!!!!」

 突然一夏が叫んだかと思うと、彼は大急ぎでシャルロットの部屋から飛び出していったのだった。
 千早とシャルロットは不審に思う。
 一体彼は何を思いついたのかと。



 暫く後、何故だか上機嫌の千冬と、逆に何かの迷いを振り払うように一心不乱に素振りを繰り返す一夏が別々に目撃されたのだが……その時、2人のその様子に関連性がある事を知っていた者は殆どいなかった。









===============










「……千冬さん、一夏からシャルルさんの事について相談されましたね?」

 シャルロットの部屋を出た千早は、よくよく考えればこんな政治絡みの話で一夏が相談できるような相手は千冬しかいない事を思い出し、彼女との接触を試みた。
 行く先々の生徒達の目撃情報を元に、千早は職員室近くの廊下で千冬と遭遇する事が出来た。

「ん? ああ。
 私に頼る癖が付いても奴の為にならんから、「私には何も出来んぞ」と言ってやったら、鬼でも見るような顔で私を見て走り去っていったがな。
 それより御門、今は織斑先生と呼べ。」
「私に頼る癖が付くと困ると言いながら、頼られて嬉しいんじゃないんですか?
 皆さん、「織斑先生が何時になく上機嫌だった」と口を揃えていましたよ。」
「ぐっ……」

 千冬は図星を衝かれて押し黙る。

「それでどうするんですか、今回のシャルルさんの一件。」
「ん? ああ、珍しい話ではないし、対処も容易だ。
 一年生の4月に知れた事だから、時間的にも余裕がある。
 ここまでの好条件でデュノアを救い損ねるようでは、IS学園の卒業生のうち半分は今頃どこぞの工作員に仕立て上げられているわ。」
「へ?」

 存外に大丈夫そうな返事に、千早は拍子抜けする。
 「困難だがやってみよう」くらいの返事を想像していたからだ。
 その千早の様子を見て苦笑する千冬。

「あのな、今回のデュノアのようにIS装着者に違法行為を強要するなどという行為が横行してみろ。
 私達IS装着者という人種は、とても枕を高くして寝れんぞ。」
「そ、それはそうですけど……」
「それに話は変わるようだが、一夏を誘拐した奴等が、一夏の身柄で何をしようとしていたと思う?」
「へ? え、と、千冬さんに何かを……っ!!」

 そこまで言った所で、千早は目を見開き、千冬は頷く。

「そうだ。
 あの時のような事件で『IS装着者に言う事を聞かせたければ人質をとることが一番』などという考えが広まってみろ。」
「……家族が心配でとても寝れたもんじゃないですね。」
「だから私はあの事件の後、『IS装着者に対して人質をとって違法行為を強要する輩に対しては、IS業界全体でしかるべき対処を行うべし』という不文律を各国代表達と一緒に作ったんだ。
 時期的に丁度モンドグロッソがあった時で各国代表達を集めるのは楽だったし、それに連中にとっても他人事ではないからな。
 それが、今では単に『IS装着者に違法行為を強要する輩に対して、IS業界全体でしかるべき対処を行う』という話になっているんだ。
 今回は、まあ軽くジャブとしてデュノア社に対する不買運動でも進めてみるか。」
「そ、そうなんですか……」
「デュノアのような自分で溜め込みやすい奴が工作員に仕立てられやすくてな、だが嫌な話だがそのお陰でああいう奴を救う為の適切な対応のノウハウも蓄積されている。
 ……デュノアの人生を破滅させたりなどせんよ。
 ここは学校で、デュノアは生徒だからな。」

 まあ考えてみれば当然の備えではあった。

「でも織斑先生、一夏にはフォローを忘れない方が良いですよ。
 今回のような言い方をしたら、嫌われてしまいます。
 彼の気質は、姉弟の貴女が一番知っているはずですよ?
 あんなシャルルさんを見捨てるような言い方で斬って捨てたら、一夏が貴女の事を嫌うようになってしまいますよ。」

 その千早の一言に千冬の顔色が面白いように変わり、彼女は一夏がいるであろうアリーナの方に走っていった。
 それでも表情だけは堅守していたのが、流石ではあったがシュールでもあった。

「……素直じゃないのは女心って奴なのかな?」

 千冬が強烈なブラコンである事を「インフィニットストラトス」についての話題で知っていて、またこの1ヵ月半の生活で実感していた千早は、そう呟いたのだった。







==FIN==

 というわけで。
 千冬さんはこの位の備えをしているのは当然だと思うのですが、どうでしょう?
 ……原作でシャル関係のお家騒動が話題に上らないのって、もうこんな風に一夏の知らないところで全部決着が着いちゃってるからかも……

 んでもって、シャルに関してはちーちゃんに不穏なフラグが経ちましたが、まあ許容でしょうの位。
 一夏に関してはこれでフラグオンです。
 ハードモード挑戦者4人目が入りました。



[26613] 対ラウラ戦(クラス代表選考戦最終戦)下準備回
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/04/10 00:25
 木曜日の放課後。
 クラス代表選考戦4戦目直前。

 シャルロットは千早に対して未だ煮え切らない気持ち、端的に言えば信じたいのにどうしても不信感が拭いきれない気持ちを振り切れないでいた。
 「インフィニットストラトス」なる小説の存在を信じられないこともある。
 だが、その小説の実在を認めた場合、今度は千早自身の事を、シャルロットは信じたいのに信じられなくなってしまう。
 小説の話など嘘と思いたかったが、どうせ嘘をつくのであればもう少しバレ難い嘘をつくはずだった。

 一方で、彼女は一夏に対しても思う所があった。
 「織斑 一夏」などという言い方をした以上、彼は「インフィニットストラトス」の存在を疑ってはいないようだった。
 ならば何故一夏は、自分が主人公の物語の概要を知る千早を、どうして自分の傍に置き、ましてや恋人などにしているのだろうか。
 シャルロットには、そんな自分の先の人生を知っていそうな相手と共にいるのは、まるで物語を間近で見る傍観者の視点で眺められているようで、あまり気持ちの良いものではないように思えた。

 一夏には千早とは違い、純粋に感謝の念を感じている。
 シャルロットの偽らざる本心である。
 彼が千冬にかけあってくれた結果、千冬自身を始めとするIS業界全体が総出で彼女を守ってくれるという話になったのだ。
 それというのも、かつて一夏が誘拐された折、「IS装着者にいう事を聞かせたければ人質をとればよい、などという風潮が生まれては、全世界の全てのIS装着者にとって計り知れないほど大きな不利益となる。」という話になって、IS装着者に違法行為を強要する輩にはIS業界が一丸となって制裁を加えるという決定がなされたらしい。
 今回は、それに基いてシャルロットをデュノア社から保護するという話になり、シャルロットの身の安全は保障されたというのだ。

 今回、一夏はただ単に千冬に話を持って行っただけである。
 だが、その「だけ」があるとないとでは大違いであり、千冬も
「まず悲鳴を、SOSを出してもらわねば、こちらとしても助けるのが困難になる。
 まず、拙い状況にあることすら、知らずに済ませてしまう恐れがあるからな。」
と言っており、千早と一夏に相談したのは間違いでなかったと思っている。

(でも、御門さんは……最初から僕の窮状を知っていて、それなのに…………)

 確かに彼女の言う通り、自分の人生の何もかもが「インフィニットストラトス」の通りではない。
 もしそうであったなら、そう思うとゾッとする。
 本当に何もかもを把握されているという事なのだから。
 だが……大筋では違っておらず、彼女はもっと以前の段階で自分に手を差し伸べる事も出来たのではないか……
 もう既に千冬に救われている身で何を今更と思ってしまうが、どうしても千早に対してはこの疑念を捨てきれない。

 だが、彼女が作ってくれたお菓子を作っている様子に、台所に立つ母の後姿を思い出し、お菓子の味に、かつて母が作ってくれたお菓子を思い出した事もまた事実。
 確かに彼女は愛情を込めてお菓子作りをしていたのだ。
 その愛情込めたお菓子作りは、IS学園、否、この世界にいる自分以外の全ての人間を虚構の存在と思っている冷たい人間には、到底不可能な芸当のように思えた。

「……っと、気持ちを切り替えないと。
 銀華には敵わないって言っても、白式だっておかしい位の高機動機なんだから。」

 今は一夏との戦いにだけ向き合おう。
 そうシャルロットは気持ちを切り替える。
 いくら感謝してもし切れない相手とはいえ、勝負には関係ない。
 むしろ手心を加えたほうが怒るような相手だった。










===============










 一夏VSシャルロットは、下馬評の通り、シャルロットのワンサイドゲームで終了した。

 いくら白式が高速で飛びまわり狙いを付け辛いと言っても、その白式には射撃が出来ないのだ。
 距離が開いていれば、それだけでシャルロットには非常に有利だった。

 その上、一夏が接近戦をするために突っ込んで来た所に合わせてショットガンを撃ち込むだけで、白式の速度分だけショットガンの威力が強化され、大幅にシールドエネルギーを削る事ができる。
 ショットガンが間に合わないなら、非固定浮遊部位のシールドを前面に出せば、一夏の突貫を牽制する事が出来る。
 彼女のラファールリヴァイヴカスタムⅡには、そのシールドが4枚装備されており、死角を突くのは困難を極める。
 根本的な技量においてもシャルロットの方が一夏を凌いでいたため、焦る事無く迎撃に徹していれば彼女に負ける要素は無かった。

「いや、やっぱ強ぇわ、お前。」
「まあこの位は出来て当然だよ、一夏。
 接近戦しかできない相手限定だけど、迎撃に徹していればその相手が織斑先生や更識先輩のような国家代表みたいな、すっごい格上でもなければどうとでもなっちゃうもの。
 寄ってきた所を、良く狙わないでも当たるショットガンで迎撃すれば良いだけだからね。」

 むしろずぶの素人のハズなのに、倒す為には待ちに徹しなければ困難だった一夏。
 シャルロットから攻める素振りを見せれば、白式の高速機動に振り回されてしまうし、零落白夜のまぐれ当たりが当たる余地も大きくなる。それでも五分以上の勝率ではあっただろうが、敗北の可能性がより大きかったのは事実だった。
 無論、これは高機動を実現させる白式の高性能による部分が大きいものの、それにした所でその性能を十全に引き出すのは中身の方にも相応の能力が要求される。

(そう考えると、あの姉にして、この弟ありっていう事なのかな?)

 シャルロットは胸の内でそう呟いた。










===============










 続いて、千早VSラウラ。
 銀色に輝く髪を持つ者同士の対決である。

 一見小柄な少女にしか見えないラウラだが、その実態は正真正銘の生物兵器。
 強力な兵器であれと生まれた頃から望まれ、地上最強の生物である千冬に憧れ、彼女に習い地上最強の兵器でありたいと望んでいる少女だった。
 その為、15歳の現時点で既に常人ならば一生届かないであろう程の戦闘力を有する。

(……流石に銀華相手に片目を塞いでいるのは愚の骨頂か。)

 千早は超高速機動戦闘を得意としている。
 ならば。

(この忌々しい金の瞳も、今が使い所という事か。)

 ラウラの瞳に埋め込まれた、彼女の動体視力を引き上げる為の擬似ハイパーセンサー、ヴォーダン・オージェ。
 しかしそれは彼女の肉体に適合せず、彼女の左目を金色に染めたばかりでなく、制御不能になり、彼女は暴走する動体視力の為に思うように動けなくなり、訓練で遅れをとるようになった。
 試験管の中で兵器であれと望まれて生まれ、兵器としての有用性を訓練で示すことこそを存在意義としてきた彼女にとって、ヴォーダン・オージェにまつわる過去は忌まわしい記憶であり、この金の瞳はその烙印。

 だが……常軌を逸する機動を見せる銀華の動きを捉える為になら、この出来損ないの瞳も役に立つはずだった。
 ラウラは普段左目を隠している眼帯を取り去る。

「前に宣言したはずだったな、御門 千早。
 織斑 一夏を血祭りに挙げる前に、奴の女である貴様を始末しておくのも悪くは無いと。」
「……軍人がド素人を挑発するのはみっともないですよ。
 後で相応の振る舞いというものを習得しておいてください。」

 銀華を使いこなしている奴の言う台詞か。
 ラウラはそう思ったが、口に出すのは躊躇われた。
 彼女の力を認めているような発言は、この場ではしたくなかったからだ。
 今は、自分の優位を示す時だった。


 ほどなくして、千早VSラウラの戦いの火蓋が切って落とされる。
 最高の高速と、1組の中でも最優の技量の対決。

 結論から言えば、最優の技量の勝利。

 やはり先のシャルロット同様、待ちに徹した事とAICの威力がモノを言ったのだ。
 まして彼女の技量はそのシャルロットさえも凌ぐ。
 また、ヴォーダン・オージェの存在も大きかった。
 その鋭敏過ぎる動体視力から見ても千早の機動は規格外であったが、それでもヴォーダン・オージェがなかった場合との差は歴然としていた。

 さらに言えば、AICは銀華にとっては一発でも致命的だった。
 何故ならば……


「ぐっ!!」
「ふん、いい格好だな、御門千早。」

 AICを受けて動けない千早に対し、銀華の短射程衝撃砲の届かない程度に近づいたラウラはワイヤーブレードを射出し、そのワイヤーを千早に巻きつけて拘束する。

 こうして千早は翼をもがれた鳥同然の状態になってしまう。
 AICが解除されれば飛行そのものは出来るだろうが、銀華は何しろ運動性全振りというコンセプトで作られたIS。
 馬力でシュヴァルツェア・レーゲンに敵うはずがなく、ワイヤーの拘束から逃れる術もない。
 となると、千早にできる事はこのまま拘束された状態で接近戦を挑む事のみだが、何をどうすれば身体がマトモに動かない状態で、格上とのがっぷり四つの接近戦が可能だというのだろう。

 この時点で千早の敗北は確定しており、千冬がそれを理由に試合終了を宣言しようとしたその直前、ラウラは射出させずに残しておいたワイヤーブレードを射出・操作し、千早を拘束するワイヤーに絡ませて左右に引っ張っていった。
 千早を締め付けるワイヤーは左右に引っ張られ、千早自身をも左右に引き裂こうとその締め付けを瞬間的に強くする。

「っ!!!!!」

 千早は気丈にも悲鳴をあげずに激痛に耐えるものの、その表情は苦悶そのもの。
 すぐさま千冬がラウラを制止させたおかげで大事には至らなかったものの、この時千早に刻み込まれたダメージは決して小さくはない。
 千早はピットまでは自力で戻ったが、そこから先は担架で保健室へと運ばれていった。


 ……このクラス代表選考戦は全校生徒の前で行われていた。
 その為、1年生を中心に、多くの生徒がこのラウラの凶行に引き、戦慄したのだった。










===============










 一夏は保健室のベッドに寝かされている千早と話し込んでいた。

 見れば保険医であろう女性が、中空を虚ろな瞳で眺めながらブツブツと独り言をしていたが、今は千早の心配をしていたかったので後回しにした。
 ちなみにこの女性「ありえないありえないありえない」「あれが男? 嘘よ嘘。嘘に決まっているわ」「なんでどうして……」などの言葉をランダムに口走っており、どうも千早の容態を確認し治療する過程で千早が男性である証拠を目にしてしまったらしい。
 一夏としては、こういう状態の女性に対処する術が分からなかったので、放置を決め込むしかなく、千早の容態の心配をするほか無かった。

「お前、あちこちの骨にヒビが入ってるんだってな。」
「まあ、僕は前に一夏の関節を壊してしまったから、その時の報いだと思えば……くぅっ!!」

 迂闊に身体を起こしたせいで痛めた箇所に激痛が走ったのか、千早は苦悶の表情を浮かべ、アバラを抑える。

「おいおい、寝てろよ。
 いくら活性化治療があるったって、治療中に痛めれば長引いちまうぞ。」

 一夏は千早の身体をベッドに寝かせ、布団をかけなおしてやった。

「……活性化治療か。
 本当ならISと同じ位注目されていたっておかしくない筈の技術なのに……」

 何しろ、今回の千早程度の負傷であれば、完治までに一週間もいらないのだ。
 この技術の存在で助かった人間の数など、それこそゴマンといる。
 そして、今も研究している者がおり、洗練と進歩を繰り返しているのだ。
 活性化治療の人類に対する貢献度では、いかに強力ではあっても一軍事兵器でしかなく、しかも厳しい数量制限が科せられているISなど比較にもならない。

 このように医療分野においても、千早が元いた世界を大きく上回っているインフィニットストラトス世界。
 だがここでは、他の如何なる分野でどのような発表が行われようとも、ISが話題の全てをさらっていってしまう。
 それは女尊男卑と同じ、ISによってもたらされた世界の歪みだった。

「……他でどんな技術が生まれようとISが注目を全部持ってっちまう、それが束さんの嫌がってたこの世界の歪み、の一部か。
 あの人が太陽炉を作りたいって言ってたのは、そんな歪みをガンダムに断ち切ってもらいたいとか、そんな思いが込められているのかね。」
「文字通りの快刀乱麻、世界の歪みを断ち切る剣としての太陽炉搭載機……00世界の、ガンダム。
 この場合、彼女自身が断ち切られるべき歪みの根源なのが皮肉だけれど……確かにそうなのかも知れないな。」

 と、一夏が思い出したかのようにDVDを取り出す。
 今、千早との話題に上った「機動戦士ガンダム00」の物だった。

「腕一本動かすのもキツいんなら、電話帳も持てないだろうし、しばらくヒマだろ?
 これでも見てろよ。」
「すまない。気が効くな。
 でも、とりあえずは劇場版だけで大丈夫だ。」

 千早がそういうと、一夏は劇場版のみを残して、他をしまう。

「それにしても、お前も結構人気者なんだな。」

 一夏は千早の枕元に大量に置かれた見舞いの品々を眺める。
 定番の花束やリンゴなどの果物から、ケープなど変わった物も見受けられる。
 その総量は、どう見てもクラスメイト達からだけのお見舞いでは到底集まらないような量だった。
 千早は苦笑して応じる。

「……あの時の校内新聞のせいだよ。
 僕としては、あんまり強くも無いのにああも持ち上げられるとむず痒くて仕方がないんだけど……」
「まあ、独り歩きを始めちまった情報なんつーのは、ものによっちゃあ千冬姉や束さんですらどうにもできない代物だからな。
 その辺はある程度割り切るしかねーんじゃないか?」
「はは……」

 千早は乾いた笑いで応じるしかない。

「まあ箒さんや鈴さん、あとセシリアさんは、僕じゃなくて「僕を見舞いに来るであろう一夏」が目当てだったように見えたけどね。」
「お前いくらひねてるからって、見舞いに来てくれた奴にそれはないだろ?
 それに俺は「織斑 一夏」じゃないんだ。
 そんな無茶なモテ方するかよ。」

 一夏は自らを、少女達ごと一刀の下に斬り伏せた。
 その一夏の物言いに苦笑いを浮かべた千早は、しばらく一夏と談笑した後、一夏の背中を見送った。










===============










 千早との談笑を切り上げ、廊下に出た一夏は保健室の前で膝を抱えているシャルロットに出くわした。
 ……実は一夏は、保健室に入る前にもこうしているシャルロットの姿を見ている。
 一夏には彼女がそうしている理由が分からず、一緒に見舞いに行こうかと誘っても応じなかったので、仕方がなく一人で千早の見舞いに行っていた。

「シャルロット、お前何時までそうしているんだ?」
「……」

 シャルロットは返事をせず、うつむいたまま。
 一夏は質問を変えた。

「お前は何で……千早のことが心配なのに、千早との接触を避けているんだ?」
「っ!!?!」

 シャルロットはその質問に、搾り出すように訴えた。
 千早と小説「インフィニットストラトス」に対して抱いていた、葛藤と疑念を。
 そして彼女は逆に一夏に問う。
 小説「インフィニットストラトス」の内容を把握している人間を傍らに置く事に抵抗は無いのかと。

「それは……」

 一夏は千早と初めて出会った時の出来事を思い出す。
 あの時、千早は間違いなく一夏と「織斑 一夏」を同一視していた。
 そうでなければ男性である一夏と出会う為に、女子校であるIS学園の入試試験会場になど行く筈がないからだ。
 その行為と動機は一夏を助けようというものであっても、そこに一夏を物語の登場人物と捉える冷たい視点がそ存在していた事実は誤魔化しようがない。

「……そういや、なんでなんだろうな。
 考えた事もなかった。」

 だが、それでも一夏はこの件に関して千早に悪い感情を持っていない。
 彼が千早に対して恨みつらみを言うのであれば、お互い一次移行も済ませてない段階での模擬戦において、右腕と両足を持っていかれた時の激痛に関するものくらいだった。

「考えた事もなかったって……」

 シャルロットは絶句する。

「多分、この一ヵ月半くらいの間、ずっと俺と一緒だったから、俺の事を「織斑 一夏」なんていう虚構の存在じゃない生身の人間なんだって確信してくれたのかもな。
 いや、多分俺1人だけじゃない。
 この学校にいる、小説なんかじゃモブで済まされる先輩方一人一人も、それぞれの人生を背負った人生の主役だって思えたのかもしれない。」

 シャルロットには一夏の話が、単なる千早擁護に聞こえない。

「それに、「インフィニットストラトス」云々を別にすれば、アイツほど信頼できる奴はそういないと思うぜ。
 実際、お前だってアイツの事、信じたくてしょうがないんだろ?」
「……」

 シャルロットは多少逡巡した後、頷いた。

「なら、俺はそれでいいと思うぜ。
 お前が四月の今の時点でここにいる以上、もう小説通りにも行く筈がないしな。
 ……って、どうした?」
「いや、そんな風に恋人の一夏に信じてもらえている御門さんがとても羨ましく思えて……」

 その後、一夏はその誤解を解くべくシャルロットへの説明を小一時間繰り返し、どうにか恋人であるという誤解だけは解く事が出来た。
 この時、シャルロットは
「一夏に彼女がいないんなら、僕がそうなってもいいよね?」
 などと思ったのだった。





==FIN==

 とりあえずシャルロットプッシュしてみました。
 ちーちゃんと一夏ですが、現時点ではこれが精一杯です。
 戦闘描写、手抜きですみません。

 しかし……緊縛されたちーちゃんハアハア。
 見た目がお姫様だからなのか、こういうポジションも栄えますな、ちーちゃん。



[26613] 束さんはちーちゃんの事をちはちゃんと呼ぶ事にしたようです
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/04/17 08:16
 木曜日の放課後、一夏……ついでシャルロットの次に千早の元を訪れたのは、彼と同じく銀の髪を持つ少女、彼を医務室送りにした少女のラウラだった。

「貴女がここに来るだなんて、一体どういう風の吹き回しですか?」

 これまでのラウラの態度から、自発的に医務室に来たとは考え辛い。
 よって、千早は怪訝そうにラウラに訊ねた。

「……教官から貴様宛の言付けを預かった。
 今回の私との試合、私の反則負けで貴様の勝ちだそうだ。」

 ISによる戦闘は、建前に過ぎないとはいえ一応スポーツのような競技という扱いになっている。
 当然といえば当然の話で、ISの他の兵器とは隔絶した超戦闘能力を無制限に振り回せば、恐ろしい事態に発展する。
 その為、競技としてのISによる戦闘は、最強のIS装着者を決める大会であるモンドグロッソでも採用されているルールが厳密に適用される。
 今回はラウラが「エネルギーシールドではなく敵IS装着者の肉体を破壊目標とする攻撃を禁ずる」というルールに抵触した為、彼女の敗北となった。

 ラウラには不満の色が見られるが、ことIS戦闘においてルールは絶対である。
 兵器を用いて行われるルール無用の戦闘は、通常は殺し合いと呼ばれるものだからだ。

 その話を聞いた千早は辛辣な表情を浮かべて言う。

「そうですか。それは良かった。
 いくら実力差を考えれば当然の事だったとはいえ、貴女のような甘ちゃんに負けてしまう事は屈辱でしたからね。」
「なっ……私が、甘ちゃんだと!?」

 まさか自分にああも痛めつけられた相手から「甘ちゃん」呼ばわりされるとは思ってみなかったラウラは仰天する。

「ええ、貴女は兵士としてあまりに甘すぎます。」
「ほう、ならばあのまま引き裂いてやっといた方が良かったか?」
「……僕が言っているのはそういう問題じゃありませんよ。」
「……どういう意味だ。」

 千早は軽く息を吐いてから、ラウラの質問に答える。

「貴女には協調性というものがまるで見られません。
 大方クラスメイト達のような素人などとは馴れ合うつもりはないと言った所なのでしょうけれど、より低難度の馴れ合いすら出来ない人に軍隊に求められる高度なチームプレーをこなす事は不可能なのではないんですか?」
「チームプレーだと?」

 ラウラは鼻で笑う。

「そこで小馬鹿にした笑いが出てしまう所を甘いと言っているんです。
 古来より、軍隊の歴史とはチームプレーの歴史です。
 15歳という若年でプロの、しかもベテランの兵士をしている貴女ならば、英才軍事教育を受けて育っている筈。
 ですからこの位の事は、貴女にとって自明の筈ですよ。
 それなのに、あの見下げ果てた協調性。
 貴女はこれまで、一体何を学んでいたんですか?」

 千早の舌鋒は鋭い。
 かつて一夏に見た一面とは違う、別の見たくない自分をラウラに見てしまっているからだ。

 協調性がなく、他人を見下す自分が嫌い。
 ラウラは、まさしくそんな千早自身の一面を鏡に映したかのような少女だった。

「はっ、何を言い出すかと思えば下らん。
 私は兵士ではない。兵器だ。
 最強の戦力たれと生産され、トライアルを潜り抜け、最大の戦果を挙げるべくあらゆる軍事技術を投入された。」
「……分かっていませんね。
 貴女が兵士だろうが兵器だろうが関係ないんですよ。
 いずれにせよ、貴女が軍隊組織に所属する一戦闘単位である事に変わりは無いんですから。
 それに兵器だって、他の兵器や運用する兵士達との連携を考えて運用しなければタダの無用の長物です。
 単機で高い戦果を上げてしまえるISが幅を利かせているこのご時世でさえ、前衛に守られてこそ光るブルーティアーズのようなISが存在するというのに、貴女は言うに事欠いてミーハーな素人とは馴れ合えないとでも言うつもりなんですか?
 常に味方戦力のえり好みが出来るだなんて、ご大層なご身分な事で。」

 千早は皮肉に笑う。
 そこには普段の妖精のような神秘的な美しさではなく、妖艶で蟲惑的な魅力が溢れていた。

「ふん、負け犬の遠吠えだな。」
「その負け犬に余計な事をしたせいで反則負けにされてしまった方よりはマシかと。」
「ほざけ。」

 しかしラウラは千早の美しさの質など気にも留めない。
 彼女にとって、戦闘力の高低こそが最も重要な価値基準であり、容姿の美醜を気にしたなど事など全くない。
 彼女にとっては千早の美貌など、千早個人を識別する為の記号に過ぎない。

 この辺り、束にも通じる所があるラウラだった。

 そんなラウラでも唯一千冬のみは、気高く美しい存在であると認識している。
 だが、それとても千冬の地上最強の生物とさえ言われる圧倒的戦闘能力と内面の精神性によるものであり、ラウラが千冬の美貌を気に留めた事など過去に一度もなかった。

「まあ貴様には言わせておいてやろう。
 貴様の次は、本番だ。
 貴様の男、織斑一夏を血祭りにあげてやる。
 来週月曜日が奴の命日だ。」











===============











 保健室を後にした一夏は、銀華の様子を見る為ISハンガーに来ていた。
 聞けば中身の千早ほどには手酷くやられていないという話で、修復には一週間もかからないと聞いているが、やはり千早が命を預けるISなのだから気にはなる。

 しかし、ハンガーに着いた一夏は意外な相手に出会った。

 千冬はまあいい。
 既に存在していた欠陥機に束が手を加えた物である白式とは違い、銀華は紅椿同様、純粋に束の個人製作。
 たとえ第三世代ISに過ぎなくても、銀華から得られるデータには彼女でなくとも注目するだろう。
 恐らくは同様の理由で、箒や鈴音、セシリアやシャルロットもやって来ている。
 代表候補生達に関しては、銀華について知り得た情報を報告するようにも言われているのだろう。
 今回の修理は絶好の機会という訳だ。

 見れば他にも野次馬はかなりいるようだ。
 が、彼女達もIS学園の人間である。
 整備課の2,3年生の姿も見られるし、別におかしい話ではない。

 一夏が驚いたのは、今まさに銀華を整備している人間が、よりにもよって……

「なんで束さんと史ちゃんがいるんだ!?」

 篠ノ之 束と度會 史。
 全世界から指名手配されている女性と、そもそもこの世界には居ない筈の異世界人。

 束の方はまだ分かる。
 彼女がここにいる理由はどうあれ、ISを扱わせて彼女の右に出る者は存在しない。

 しかし、史は千早の家に仕える侍女。つまり千早と同じ異世界人である。
 一応、束という世界で最もISについて熟知している人間との継続的な接触を持っているものの、彼女はISが存在しない異世界の住人だ。
 そうおいそれとISについての知識を身につける事などできないはずだった。

 にもかかわらず、彼女は束と共に銀華を弄り、それを束が拒絶している様子も見られない。
 束との共同作業ができていると見るべきだった。

 と、作業がひと段落着いたようで、銀華に取り付いていた2人は作業の手を止め、辺りを見渡す。

 そして。

「ああ~~、いっくん見っけ!!」

 束はそう言って一夏に飛びつき、彼女の後ろで史がぺこりと頭を下げたのだった。

「って、俺ですか!?
 箒でも千冬姉でもなくて?」
「いや、ちょっといっくんには白式用の追加装備についてお話しとこうって思ってたから。」
「それと千早様と一夏様には、私からお渡しする物もあります。
 ……今回の千早様のように、お怪我をする事を防ぐための物です。」

 史の表情を読み取ることは難しいが、彼女が暗くなっていて、そして怒りを感じている事に一夏は気付いた。

「あ……」
「何もおっしゃらないで下さい。
 このような学校ですので、私どもも千早様がお怪我をされる事もあると思っておりました。
 それに千早様はああ見えて、武術を修めておいでです。
 その為、鍛錬中や組み手中にお体を傷めてしまう事は以前にもありました。
 ですから、そこまでお気になさらないで下さい。」
「……その割に史ちゃん、大分怒ってない?」

 史の視線は思いのほか痛い。
 やはり千早が負傷したという事実は、彼女にとってかなりの苦痛であるようだ。
 その苦痛が、史の視線を通して一夏にも伝わってくる。
 そんな痛みに耐える一夏に対して助け舟を出したのは千冬だった。

「それで束、白式の追加装備と言っていたが、それは一体どのようなものなんだ?」
「あ、えーと……ちーちゃん人払いお願いできない?」











===============











 千冬の人払いにより、ハンガーに残った人影は千冬、一夏、束、箒、史の5人のみとなった。
 盗聴器の類も残されていない事を確認した束は、おもむろに白式の追加装備について話し始めた。

「んで、白式の追加装備の話だったよね。
 今、作っている白式の追加装備の名前は、非固定浮遊部位型追加スラスター『銀月』。
 名前の通り銀華のデータをフィードバックしてるから速度が速くなるだけじゃなくて、白式でも鋭角機動が出来るようにするものなのだよ♪
 銀華みたいに設計段階から組み込まれているものじゃないから、角度は最大150度くらいで、178度ターンが出来る銀華には敵わないけれど、まあ運動性が大幅アップ! ってことには変わりないから。
 しかもしかも、太陽炉へのステップその1として開発した試作型量子波動エンジンを搭載しているから、白式の燃費問題も解決してくれるのだっ!!
 ……ちょっと問題があって、いっくんが『量子波動エンジンさん、動いて!!』って思っている間しか動かないんだけどね。」
「量子波動エンジンって……っ!?
 ちょっと待ってください姉さん、ステップその1って……太陽炉?」
「……あー、そーいやお前ガンダム00見てないんだっけ?」
「は?」

 このIS世界でガンダム00を視聴したければ、織斑姉弟が束から渡されたDVDを見るほかない。
 そしてそのDVDは千冬の部屋にある。
 まさかアニメを見るために鬼教官と恐れられてもいる千冬の部屋に行く者がいるはずもなく、IS世界の人間でガンダム00を見た事があるのは束と織斑姉弟だけのはずだった。

「私がちーちゃんといっくんにあげたDVDじゃないと見れない、超レアでお姉さんイチオシのアニメだよ!
 後で見せてもらってね♪」
「は、はあ……それと一夏の追加装備と、どんな関係が?」
「……この阿呆はそのガンダム00に出てくるガジェットである純正太陽炉とやらを作りたいらしい。
 その手始めが、今回の量子波動エンジン……という事だな。」
「さっすがちーちゃんってばご明察!」
「あ、アニメに出てくる動力炉ですか……」
「そういうな。ISの時点で大概だろうが。」
「それはそうですが……」

 箒は呆然としてしまった。

「量子に関しては元々ISでも色々利用してたから、量子波動エンジンの理論構築は結構楽だったよ。
 太陽炉に辿りつく為の取っ掛かりとしても良い感じぃ♪」

 一方、束の中では既に太陽炉実用化までの道筋が見えているようであった。
 しかしあれはGN粒子なる粒子を発生させ、エネルギーや武器に転用するもの。
 千冬は量子波動エンジンからどうやって太陽炉に辿りつくつもりなのかが、良く見えなかった。

 ともあれ、これで白式の追加装備『銀月』についての話は終了した。

「それで銀華用にも追加装備を作ってたんだけど、こっちは目新しい技術なんて全く使ってないから片手間で作ってたのにすぐ出来上がっちゃって、それで今回の銀華破損でしょ?
 だから今日は、本当ならふーちゃんの作ったシミュレータを渡すだけのつもりだったんだけど、せっかくだから修理がてらその追加装備を銀華にくっつけてみたの。
 あ、ちなみに今回ふーちゃんは私の助手って事で連れて来てるから。」
「あの、ふーちゃんはお止め下さい。」

 史は自己主張の控えめな反論をする。

「? 銀華用の追加装備は良いとして……史ちゃんが作ったシミュレータ?」
「うん、ちょっと凄いよふーちゃん。
 私がISについてちょこちょこ教えただけで、ソフトウェア方面に限っては世間一般に知られていることくらい完璧に近くなっちゃったから。」
「いっ!?」「なっ!!」

 その一言に、織斑姉弟は絶句する。
 彼女はISが存在しない世界の人間であり、ISについての知識を身につけるための時間など無きに等しい筈だった。
 束から直接教えを受けたとしても、尋常ではない。

「……私が胸を張って千早様に勝っているといえるのは、コンピュータ関係の取り扱いだけですから。
 それ以外の、本来の侍女としての仕事は掃除も洗濯も料理も全て千早様の方がはるかに上で、ふと気が付けば全ての仕事を千早様が片付けてしまわれている事も珍しい話ではなく……」
「……世話好きのご主人様ってーのは、考え物かもしれないなぁ。」

 一夏は史のため息を幻視したような気がした。

「それでね、ふーちゃんってばちはちゃんのお役に立ちたいっ!! ってね、一生懸命ISについて勉強して、こんなの作ってきたんだよ。」

 ちはちゃんって、千早の事なんだろうな。
 などと思いながら、一夏は束が持ってきたバイザーを受け取る。

「これが、史ちゃんの作ったシミュレータ?」
「はい。それはISの一般的な追加装備であるハイスピードバイザーを改造した物で、テレビゲームで言えばコントローラー兼モニターに相当する子機になります。
 本体はこちらになります。」

 そう言って史が指差した物体は、一見して大きめのゲーム機のように見えた。

「……ゲーム機?」
「はい、その通りです。
 ゲームに出てくるロボットや戦闘機とISで戦う事が出来る、そういうシミュレータです。」

 史はあっさりと肯定した。

「つまりコレでゲームをしろと?」
「ISを動かしての擬似戦闘になりますので、戦闘訓練にはなるかと思いますが。」

 ちなみにバイザーを介してゲーム上の敵機の映像がハイパーセンサーに送られ、本体が敵機と使用者の機動や被弾時の挙動を計算して両者の位置関係を割り出しリアルタイムで反映、被弾判定を受けた際にはエネルギーシールドが内側に向かってはじけて衝撃を受けるらしい。
 その際エネルギーシールドは二重になり外側のエネルギーシールドがはじける為、機体を損傷したり中身が大怪我をする事はないが、ハッキリ言って相当痛いことが向こうの世界でテストを行った千早の又従兄弟の鏑木瑞穂の証言で判明している。
 また、攻撃の際にもエネルギーシールドが刃に負荷をかけ、手応えを再現しているそうだ。
 ちなみに零落白夜の一撃必殺は反映されず、「少し強力なビームソード」として扱われるらしい。
 駆け引きを憶える為には、一撃必殺で話が終わってしまったら元も子もないからだ。

 ……ちなみに瑞穂は何故女の子にしか使えないはずの物のテストに自分が駆り出されたのかと、非常に納得のいかないものを感じていたらしいが、彼は女性に痛い思いをさせるという事が出来ない人であった為、結局自分でテストする事にしたらしい。

 また、このシミュレータは使用者の戦闘データを蓄積し、15戦ごとにその戦闘データを反映した使用者のISを敵機として出してくるらしい。
 それによって敵の立場から自分(の戦闘データ)と向き合い自分の癖や隙を実感しやすくし、その修正に役立てる事が出来るのだという。
 使用者の戦闘データは15戦ごとにリセットされ、常に最新のデータが反映されるようにもなっている。

「ちなみに、現在入っている戦闘データはこのようになっております。」

ナインボールオニキス(ゲームそのままの戦闘データ。機体の大きさは人間大に縮小。)
ナインボール(同上)
ナインボールセラフ(同上)
プロトタイプネクスト(同上)
ナインボールオニキス+(中身が史の知り合いのACシリーズ上級者の戦闘データ)
ナインボール+(同上)
ナインボールセラフ+(同上)
プロトタイプネクスト+(同上)
首輪付きVer1~9(同上。また、ヴァージョンによってアセンブリと戦術が異なる)
ラストレイブンVer1~9(同上)
nemoVer1~9(中身が史の知り合いのエースコンバットシリーズの上級者の戦闘データ。機体は1mほどに小型化。ヴァージョンによって使用機体が異なる。)
ブレイズVer1~9(同上)
メビウス1Ver1~9(同上)
円卓の鬼神Ver1~9(同上)
凶星Ver1~9(同上)
ジェフティ(最高難易度をノーダメージでクリアできる上級者の戦闘データ。機体は人間大に縮小)
ネイキッドジェフティ(同上)
アヌビス(ゲームそのままの戦闘データ)
アヌビス+(最高難易度をノーダメージでクリアできる上級者の戦闘データ。機体は人間大に縮小)
アーマーンアヌビス(同上)

「シミュレータに過ぎないとはいえ、それなりに歯ごたえがあると思います。」
「とはいえ……所詮はゲーマーの強さ、それもタダのデータだな。
 現実で身体を張って戦う高レベルのIS装着者に及ぶ強さだとは思えないが。」

 箒が口を挟む。
 ちなみにこちらの世界にはアーマードコアシリーズもエースコンバットシリーズもZ.O.Eも存在しない。
 もっとも存在していたとしても、箒がそれらの事を知っているかどうかは疑わしかったが。

「だけど、相手を探さなくてもいつでも訓練できるってーのはありがたいぜ?
 機体や身体を壊さない為の手加減も完備みたいだし。」

 何時も一緒に訓練している相方である千早が寝込んでしまっている一夏にとっては、このシミュレータはありがたかった。
 それに……

「千早の奴からは、いっつも読み易いって言われてばっかだし、自分の戦闘データと戦えてその読み易さを客観的に見れるってーのは結構ありがたいと思うぜ?」
「ほう、分かっているじゃないか。」

 珍しく純粋に褒める口調で千冬が言う。

「だがきちんとした評価は、後で実際に試してみてからにしておけよ。」
「分かってるよ、千冬姉。」

 しかしこの場でシミュレータを試すわけにも行かない。
 史の説明によれば、このシミュレータはISを実際に動かして使う物だからだ。

「やっぱり向こうとこっちとじゃ発想力が違うよねぇ。
 今回のシミュレータだって、公開情報の範囲内で充分作れる物なのにこっちじゃ全然見ないし。」
「……お前が知らんだけかも知れんぞ?」
「そうかな?
 私に知られないほどの機密にする必要なんてなさそうだけど。」

 束の台詞には頷かざるを得ない。
 確かにたかだか戦闘シミュレータの存在を束ですら察知できないほどの機密情報にする必要などどこにもない。
 まして……束は自らの発想を超える他者に餓えている。
 こちらの世界で今回の発想の戦闘シミュレータが作られたなら、彼女がそれを察知しない訳がなかった。

「ところで束さん、銀華にも追加装備があるんですよね?」
「え、うんそうだよ。
 銀華って接近戦仕様なのに斬り払いとかできないでしょ?
 だから束さん特性のブレードを持たせてあげたの。」

 そう言う束が銀華を指差すと、その腕にIS用ブレードが取り付けられているのが見えた。
 刃渡りは1mにも達しておらず、IS用ブレードとしては多少小ぶりである。

「非固定浮遊部位として腕の周りで自由に動かせるアンロックブレード『銀氷』。
 これはこれで銀華のパーツの一つだから、拡張領域は要らないって寸法なのだよ。
 柄に当たる部分を基点に自由な角度で回転させる事も出来るから、通常のブレードとは比べ物にならないくらいフレキシブルに振るう事が出来るのだー。」

 完全に既知の技術しか用いられていないが、類型の装備は見られない。
 なるほど、束ならば思いついたその場でほんの数時間足らずでも作ることが出来るものだろう。

 しかし銀華の恐ろしさを誰よりも知っている一夏ならば分かる。
 この単純なブレードがどれだけ銀華の戦闘力を跳ね上げてしまうのかを。

 そもそも、今回の対ラウラ戦における千早の敗因は、熟練度の差も確かにあっただろうが、装備の差も同様に大きかったのだ。
 ワイヤーブレードやプラズマ手刀を切り払えない。
 この一点がどれほど千早の動きを制限し、AICを当て易くしたのか想像も出来ない。
 プラズマ手刀に関しては千早とラウラの戦闘技量の差も反映されてしまう為、『銀氷』が存在していたとしても気休めにしかならないかもしれなかったが、その気休めが勝負の分かれ目になることもあるのだ。

 そして普段の一夏との模擬戦や前回の対一夏戦においても、千早は雪片弐型を避ける他なかった。
 それでも千早の方が勝率が上だったのだ。
 斬り払いという選択肢を新たに得た銀華の戦闘力は、接近戦において正に無敵とさえ思えた。

「ま、まあ使いこなすまでには時間が掛かりそうだし……」
「お前が銀月を使いこなすまでにもな。」

 結局、お互い追加装備が追加された後でも、その直後は現在とさほど変わらぬ強さに落ち着くようであった。












===============











 ハンガーを出てアリーナに向かう一夏の隣には、千冬の姿がある。
 今は束が1人で銀華の整備を行い、史は束から護衛を頼まれた箒と共に千早の見舞いに行っていた。

「さて、織斑。
 今回のクラス代表選考戦だが、既に御門とデュノア、オルコットが脱落している。
 よって、次のお前対ボーデヴィッヒが事実上の、代表決定戦となる。」
「へ? なんでシャルル……じゃなかったシャルロットが?」

 負傷して戦えない千早や3敗を喫したセシリアはまだ分かるが、シャルロットが脱落せねばならない理由はないはずだ。
 彼女の勝ち点は2。
 非常に低確率ながらも、次の対ラウラ戦で一夏が勝てば、ラウラと一夏は彼女と並ぶ。
 脱落せねばならない理由はないはずだった。

「学籍をシャルル=デュノアからシャルロット=デュノアに変更する手続きが存外に面倒でな。
 クラス対抗戦に間に合わんのだ。」
「そんな理由でかよ。
 強ぇのになんかもったいないような気がするな。」

 とはいえ合点がいく話ではあった。

「それで織斑。
 無理を承知でお前に頼みたい事がある。」

 千冬が真っ直ぐに一夏を見る。
 思えば、姉を頼るばかりであった自分が、こうして彼女に頼み事をされたのは初めてだったかもしれない。
 それほど経験のない状況だったので、一夏は呆然と千冬の顔を見返す。
 彼女の表情は真剣なものだった。

「な、なんだよ千冬姉、俺なんかに頼み事なんて。」
「……お前の勝ち目が薄い事は百も承知だが……ボーデヴィッヒに勝て。
 あれに今一番必要なのは、格下相手の敗北だ。
 そして今の状況でそれができるのはお前しかいない。」

 千冬は真っ直ぐ一夏を見据えて続ける。

「あれは軍人だ。そこが他の代表候補生とは違う。
 だが……今のアイツは周りに自分より低レベルの者が多い環境下で、調子に乗ってしまっている。
 調子に乗った軍人など……足元をすくわれた時の被害を思えばこれほど危うい者もいない。
 ましてアイツは部下を抱えている身だ。
 下手をすればその部下達にまで累が及ぶ。」
「だから今、俺で比較的安全に転んでおけと?」
「そういう事だ。
 万全のボーデヴィッヒが相手ならばお前には万に一つも勝ち目はないが、幸い今の奴は油断と慢心で本来の半分以下の実力しか出せておらん。
 それでも勝ち目は少ないが……決して0ではない。
 だからその勝ちを手繰り寄せて見せろ。」
「お、おう。」

 絶対的にラウラの方が強いと認識しているのにもかかわらず、一夏に勝てという千冬。
 相変わらずの無茶振りだなと思いながらも、一夏は頷くしかなかった。

「まったく、挫折と敗北を知っているはずの奴が、こんな所で調子付く等というマヌケをさらすとは……
 ボーデヴィッヒにも世話が焼ける。」

 そう言う千冬の横顔は、純粋に姉として相手を心配している顔だった。
 そういえばラウラは1年間、千冬に鍛えられていたという話だ。
 その1年の間に、千冬の方も情が移ったのだろう。

 一夏はとても馴染み深く、それでいて初めて目にする気もする千冬の表情にそんな事を思ったのだった。
 ともあれ、他ならぬ姉の頼み、しかも常ならば自分ごときに頼み事など絶対にするはずのない千冬の頼みである。
 達成できる確率は低くとも、なんとか千冬の願いに応えたいと思う一夏だった。











 その後、一夏はアリーナでシミュレータを使用し
「仮想ラウラならば、同じく相手の動きを止められるジェフティかアヌビスが良い」
という史のアドバイスに従ってアヌビスやジェフティを対戦相手に選び続け……

「な、なんで戦闘プログラムがこっちの動きを読んでるんだぁぁぁぁっ!!」

 ひたすらボコられ続ける羽目になった。
 いくらAI制御とはいえ、上級者の戦闘データである。ISの素人である一夏には流石に厳しい相手であった。
 しかもシミュレータ上の機体の運動性や反応速度は、白式や銀華に合わせて非常に高く設定されている。
 その為、時速850kmの優速にも平然と対応されてしまい、むしろそれ以下のスピードを出した時に速さで圧倒される有様。
 トドメにジェフティとアヌビスは共にゼロシフトというワープ能力さえ持っていた。
 上級者から得られた戦闘データによって操られるジェフティとアヌビス。初心者にとっては文字通りの無理ゲーである。

 その後、自分の戦闘データとの対戦で、あまりにも隙がなさすぎたアヌビスやジェフティとの対比で隙の塊のように見えた敵白式の姿に、一夏は非常に落ち込んだ。

 アヌビスやジェフティの挙動そのものはゲーム上の見栄えを重視したもので、それ自体は隙だらけである。
 だが回避・攻撃・防御などの行動を起こすタイミングが非常に巧みで、回避を許さぬタイミングでの攻撃や必殺の間合いを軽やかに避ける回避などを繰り返されてどうしようもない。
 その後、一夏は体力が尽きて眠りに落ちるまでひたすらシミュレータのジェフティとアヌビスにボコられ続けるのであった。











===============











 一方、史達が保健室に着いた時、千早はすやすやと眠っていた。
 夕日に照らされて銀糸の髪が輝き、その輝きに勝るとも劣らぬ美貌はまさに姫君と言った所だった。

「……千早様。」

 道すがら史の素性を聞いていた箒は、史の声色に千早を気遣う物が含まれているようにも思えた。

「まったく我が姉ながら、あの人のする事は無茶苦茶だ。
 千早さんもISが存在しない世界に帰れると分かったなら、姉さんなどに付き合ってIS学園に留まる事もなかったろうに。
 そうすればこんな怪我もせずにすんだんだ。」
「ですが千早様は……ああ見えて男性的な矜持をお持ちです。
 女性にばかりこのような怪我をする恐れのある事をさせ、自分は安全な所でそ知らぬ顔をするという事は、性格上出来ないものと思われます。」

 思えば、彼が「母さんを守る」と言い始めたのは何時の頃だっただろう。
 彼が「女性は守るべきもの」と考えているのは確かだった。

「男性的な矜持……か。」
「女性にしか使えないISの圧倒的戦闘力による女尊男卑が罷り通るこちらでは、もう廃れてしまっている考えかも知れません。」
「ああ、実際廃れているよ。
 それを持ち続けている男は、私は一夏しか知らない。」

 地上最強の生物とまで呼ばれる女性を姉に持ちながら、そして実際彼女には遠く及ばない戦闘力しかもっていないのに、よくもまあそんな考えを持ち続けることが出来るものだ。
 箒は、それだからこそ一夏に惹かれている自分を意識した。

「史……かい?」

 千早の顔がいつの間にかこちらを向いていて、その神秘的な双眸が開かれている。
 史達が話している間に目を覚ましていたようだ。

「千早様……」
「なんでIS学園なんかに?」
「千早様がお怪我をなさらぬよう、訓練用のシミュレータを作って束様に連れて来て頂いたのです。」
「そう……少しタイミングが悪かったみたいだね。
 でも嬉しいよ。僕が強くなれるよう作ってくれたんだろう?」
「千早様……史にはコレくらいしか出来ません……」
「そう落ち込まないでくれないかい。こんな所だから、怪我もすぐに治るしね。」

 千早の役に立ちたいというオーラがありありと見える史と、その史を優しく受け止める千早。
 まるで優しい姉と姉思いの妹という姉妹の図に見える光景であった。

 その後、史からシミュレータの詳細を聞かされた千早は、戦闘データのあまりといえばあまりのラインナップに絶句し、1人でボコボコにされ続けているであろう一夏の無事を願わずにはいられなかった。










==FIN==


 ちなみにこのシミュレータ、代表候補生辺りでも問答無用でボコられる強さですww
 対銀華用に鬼反応仕様にしてありますので。
 そんなもんを素人にぶつけた史ちゃんってば鬼畜☆

 一応戦闘訓練を生徒会長や千冬にやらせてみるというのも考えたんですが、彼女達は彼女達で忙しい立場だろうという事でスルーしました。
 ある程度自力で強くならなければ、彼女達の指導についていく事さえ困難でしょうし。

 そして束さんのちーちゃんへの呼称ですが、「ちはちゃん」に決定しました。

 しかし……ラウラはちょっと極端にしすぎちゃったかな?



[26613] 女尊男卑の仕掛け人!?(劇場版ガンダム00のネタバレあり)
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/04/24 16:41
 緑の蘇った中東の小高い丘にある、花畑に囲まれた小さな家。
 そこには金属で出来た肉体を持つ青年が佇んでいた。

「すまない。
 こんなにも、遅くなってしまった。」

 彼は人である事を捨て、そうでありながら誰よりも人間だった。
 偽りの神を盲信したが為に両親を手にかけ、借り物の理想の為に平和を切望しながらテロリストに身をやつし、己が信念の為にテロリストの汚名を背負いながらも情報操作を行う悪政に立ち向かい、そして人が生きるために人としての己を捨て、永い旅路を覚悟し人が生きる世界を捨てて対話の為に旅立った彼。
 疲れきったようにも見える。
 彼のこの50年にも渡る旅路の長さや人として生きていた頃に味わった苦汁を思えば当然のように思えるが、そこには生きる事に疲れた様子は無い。
 それは成すべき事をやり遂げ、ようやく今安らかに羽根を休める事が出来るという、安らかで心地よい疲労感だった。

 彼は万感を込めて、迎えてくれた女性に言う。

「君が、正しかった。」

 彼を迎える女性は、老いさらばえた老婆。
 しかし彼女を見た人は、誰もがため息と共にこう思うことだろう。
 人は、こんなにも美しく老いる事が出来るのか、と。
 確かに彼女は皺だらけである。
 だがそれは、青年が少年だった頃には幼い少女のように無力だった彼女が、長らく中東を支配していた憎悪と戦乱、貧困と悲劇の連鎖を断ち切れるほどに成長するまでの年月を刻んだもの。
 醜いはずがなかった。
 彼女はどこまでも清廉で優しく、そして優雅だった。

 長らく、そう50年も生存の生存を当然のごとく信じて待ち続けた彼女は、同じく万感を込めて彼にこう応じた。

「貴方も、間違ってなかった。」

 その2人が、人であった時に惹かれた女性に、若かりし日に出会った少年に、50年もの時を超えてようやく巡り会えた。
 相手が老いさらばえている事も、人ではなくなっている事も、2人には関係の無い話。
 2人は思いを込めて、抱き締めあう。

「俺達は」「私達は」
「分かりあえた。」

 2人が抱き合うその小さな家の外には、十数メートルはあろうかというロボットが佇む。
 それは兵器に属する物で、実際に凄まじい戦闘力を持ちながら、平和を祈念して対話の為に作られた、『ガンダム』。それが異星体との融合で変異した物。
 青年と共に50年間旅をしてきた、彼の愛機であった。
 偽装の為か、その装甲は瞬く間に花に覆われる。
 兵器の偽装にすぎないはずのそれは、まるで彼が、彼女が、望んでやまなかった平和の訪れを告げるかのような、優しげな光景だった……











===============











「こんな話が好きだなんて、御門さんって随分ロマンチストなのね。」

 保健医が千早の見ていたアニメを脇から覗き込んでそう言った。
 彼女は基本的に保健室で待機している身なので、書類の整理などをしながらも、いつでも急患を受け入れられるようフリーの状態を保っている。
 裏を返せば、何か緊急にしなければならない事を抱えていない状況を保つ事も彼女の業務内容の一つであり、その為比較的暇な立場にある。
 なので……書類整理もソコソコに、千早が見ているアニメを横から見る位の余裕があったのだ。

 ちなみに彼女は、昨日の事はあまりよく憶えていないらしい。
 ショッキングな出来事を心の中に封印してしまって思い出せなくなるという、心因性健忘症というものらしかった。
 その為彼女は……決定的なものを見てしまったはずなのに、未だに千早の事を女性と思っていた。
 その事を知った千早は奈落の底まで落ち込み、千冬にも「忘れたままでいさせてやれ」と言われてしまっているのだが、それは完全に余談である。

「先生。
 これは長い話のラストエピソードですよ。
 ここだけ見たって面白さは半減してしまいますから、見ない方が良いと言った筈です。」

 それに千早が見ていたアニメ「機動戦士ガンダム00」という物語は、基本的に男性が戦闘要員の話である。
 ISの絶対的戦闘力に由来する女尊男卑が罷り通るIS世界で、この話のノリを受け入れられる女性がそうそういるわけがないと、千早は思っていた。

「見てしまった物はしょうがないでしょ?
 はあ、あんな風に何十年経ってもまるで色あせない、文字通りの百年の恋。
 私もしてみたいなぁ。」

 保健医は夢見る表情でそう言った。

「男性の地位向上がないと難しいですよ、それ。
 今の男の人って、過度に卑屈な人が多いようですから。」

 まあ、そうでなくともガンダム00の主人公:刹那のような男性などそこらに転がっているわけもなく、またヒロイン:マリナのような女性も同様だろう。
 千早はそう思うが、女尊男卑がタダでさえ絶望的な可能性をさらに小さくしているのは確実だった。

「はうっ、現実に引き戻さないでくれないかしら?」
「ははっ……」

 千早と保健医は苦笑いを浮かべた。

 と、そこへ一夏が入ってくる。
 そういえば先ほどチャイムがなっていた。
 授業が終わり放課後になったようだ。

「ちわっす。」
「あら、織斑君いらっしゃい。」

 と、保健医が千早の顔を見てニヤリと笑う。

「それじゃ、私はお邪魔みたいだから、あっちで書類片付けてるわね。」
「……先生、僕が一夏の恋人だって噂は事実無根だって言ってるじゃないですか。」

 千早はため息をつきながら、机の方に戻る保険医の背中を見送った。
 ちなみに、劇場版ガンダム00を鑑賞する千早の姿を見た彼女の為に「千早はロマンチックな女の子」という噂が全校に広まってしまう事になるだが、そんな未来の事など千早は知る由もなかった。

 一夏は千早と保健医の一幕を見ながら、苦笑いを浮かべた。
 が、ほどなくして、彼は千早に向き直る。

「よう、千早。調子はどうだ?」
「たった一日で随分回復しているけどね、流石にまだベッドから動く事は無理かな。」
「そっか。」
「所で一夏、こんな所で油売ってても良いのかい?
 次はラウラさんと戦うんだろ?」
「いや、それが『毎日毎日アリーナを使ってるんじゃない!』って追い出されちまってな。
 考えてみたら先輩方とか代表候補生とかもアリーナ使いたかったんだよなぁ。」
「はあ、つまり僕達はずっとアリーナの一つを毎日使ってたから、結構顰蹙買ってたわけね……」
「まあ俺達はアリーナに住んでる強みで夜寝る直前まで訓練できるから、昼間くらいは譲れるっちゃ譲れるけどな。」

 考えてみれば当たり前の話だった。
 ちなみにこの2人、夕食後、シャワーを浴びた後は激しい訓練で自分達の体力を根こそぎにし、尽きた体力の求めるままに就寝するという生活を送っている。
 そして翌朝目が覚めた時に再度シャワーを浴びて、昨夜の訓練の汗を流すのである。
 今回の場合、一夏はシミュレータで体力を使い果たし、ぶっ倒れてそのまま就寝している。

 そんな生活を送っていながら上質の絹よりもキメ細かい白磁の肌を保っている千早は、まさしく女の敵である。
 もし仮にIS学園の女性達が誤解しているように千早の性別が女性だったとしても、この点は変わらないだろう。

「それとだな……史ちゃんのシミュレータな、アレちょっと容赦なさすぎじゃないか?」
「……一番弱いデータがナインボールって時点で破綻してるよ、アレは……
 で、大丈夫だった?」
「いや、全然。
 アヌビスもジェフティもあり得ない位強いんだけど……」
「……基本的に人間のデータが入っているのとは戦わない方が良いよ。
 技量差が隔絶しすぎている。
 僕達はおろか、多分ラウラさんでも一方的に蹂躙されるくらい強いから。」
「あ、ああ。」

 一夏はシミュレータのラインナップを思い出す。
 人のデータが入っていない相手だけ、という縛りならば……

・ナインボール
・ナインボールオニキス
・ナインボールセラフ
・プロトタイプネクスト
・アヌビス

 というラインナップになる。

「つーか、ナインボールとかアヌビスとかって、ロボの名前なんだろうけど馴染みがないんだよな。」
「こっちの世界にはアーマードコアやZ.O.Eとかってないのかい?
 アーマードコアは10年以上続いているシリーズだった筈だから、白騎士事件の時には既に発売されていると思うんだけど……」
「多分ISの台頭でシリーズが続かなくなってんだな。
 ゲームならそこそこやってる俺が知らないっていう事は、多分そういう事なんじゃないか?
 それかIS関係無しに、元々こっちの世界にシリーズがないとか。」
「う~~ん。」

 千早が一夏の発言を吟味していると、一夏が千早にこうたずねてきた。

「でさ、千早。
 とりあえずジェフティとアヌビスには今の段階じゃどう頑張っても勝てないから、一番弱い奴から順番にステップアップしていきたいんだが……どいつがいいんだ?
 昨日はひたすらジェフティとアヌビスとばかり戦ってたから、他の奴の強さが分からないんだ。」
「……いや他の機体とも戦いなよ。いきなりその2機は無理だって。
 それで、その中で一番弱い機体って言うと……ナインボールかプロトタイプネクストかな?
 オニキスは堅い上に攻撃が激しいし、セラフは単純にナインボール2機分以上の強さだから後回しにした方が良い。
 ナインボールは鬼パルスがきついけれど、オニキスのようなタフネスやセラフほどの強さはないから、まだ何とかなる。
 それとプロトタイプネクストは射撃の精度が悪くて接近戦用の武器もないから、馬鹿みたいに速いクイックブーストさえ見切れれば何とかなる筈だよ。」
「速い敵ならお前で馴れてる。
 そういう事ならプロトタイプネクストと戦ってみるわ。」
「うん、いきなりジェフティとか無理すぎだからね。」

 何しろジェフティには人間のデータしかない上に性能的にも最強格。
 一夏が勝てる相手ではなかった。
 と、千早はある事を思い出す。

「あ、プロトタイプネクストにも接近戦用のアサルトアーマーがあるんだった……」
「? あさるとあーまー?」
「プライマルアーマーっていうバリアを暴走させて大爆発みたいにして、接近している敵を吹っ飛ばす近距離攻撃だよ。
 まあ、放つ時に止まる必要があったと思ったけど……どうだったかな?」

 とはいえ、攻撃の隙ならば鬼パルスを備えたナインボールよりプロトタイプネクストの方が大きい事は確か。
 やはり、一夏がまず始めに挑戦する相手はプロトタイプネクストという事になったのだった。











===============











 さて、そのプロトタイプネクストなのだが。
 現在、プレイヤーデータ入りの状態でシャルロットとセシリアを蹂躙していた。

 何しろ上級プレイヤーの戦闘データがプロトタイプネクストの性能をフルに生かすべく、異常加速のクイックブーストを駆使してさらに多段ブーストさえ使いこなして動き回っているのだ。
 高速機動ならば銀華を身につけた千早もしているのだが、上級プレイヤーの戦技と千早のそれではかなりの差がある。
 ましてこのシミュレータは対銀華を考慮し、機動力や反応速度が強化されている高速戦闘仕様である。
 その為2人はまるでプロトタイプネクストの姿を捉える事が出来ず、あらゆる方向から襲い掛かってくるバルカンに蜂の巣にされ、あるいは不意に接近したプロトタイプネクストのアサルトアーマーで吹っ飛ばされてしまっていた。

 シミュレータの仕様上、シールドエネルギーが尽きた所に味方の流れ弾が飛んでくると非常に危険な為、二人以上で使用する場合、1人のシールドエネルギーが尽きた時点で敗北となる。
 が、今回の場合はアサルトアーマーで2人纏めて吹っ飛ばされてしまった為、その辺りの設定は関係なかった。

「ちょ、ちょっとまって、何このシミュレータ……」
「つ、強すぎですわ……」

 横たわった二人の傍には、アサルトライフルとレーザーライフルが転がっている。
 アサルトアーマーで吹き飛ばされた拍子に手放してしまったものらしかった。

「凄いね……一夏って、このプロトタイプネクストっていうのより強いのと戦ってたんでしょ?」
「手も足も出なかったらしいがな……」
「当然ですわね……」

 シャルロットとセシリアのみならず、箒も大分消耗した様子だ。
 箒には「所詮は戦闘機、ISに敵う筈がない」とメビウス1に挑んで返り討ちにされた時の消耗がまだ残っている。
 プレイヤーデータ入りの戦闘データと戦う事は、いくら機体側の隙が大きなプロトタイプネクストや戦闘機が相手でも無謀という事だったらしい。

「……で、貴女はやらないのですか?」
「ふん。そのシミュレータは使用者の戦闘データも採取してしまうのだろう?
 ならば、織斑一夏に手の内を曝した上に、戦い方もジックリ研究されるなどというマヌケな話にもなりかねん真似などできん。」

 プロトタイプネクストによる代表候補生蹂躙劇を観戦していたラウラはそう答えた。
 とはいえ、それもクラス代表選考戦が終わるまでの間の話。
 それ以降ならば、自分が一夏達以上に有効活用してやれると思っていた。
 見る限り戦闘データのレベルも高く、訓練には丁度良い代物のようなので、時期が来ればむしろ使い倒してやろうとも考えている。

 ちなみにラウラの観戦は、シミュレータ本体とハイパーセンサーを接続する事によって行われており、そうでなければシャルロットとセシリアが見えない何かと戦い吹き飛ばされたように見える事だろう。
 ラウラはシミュレータとの接続によって、シミュレーション上のプロトタイプネクストがあたかもそこにいるかのように見る事ができていたのである。

 彼女以外にも、箒や2年生の更識楯無など、他の専用機持ち達やISを貸し出された上級生達も同様に観戦している。
 ちなみにIS学園生徒最強とされ、国家代表の1人ですらある楯無もまたこのシミュレータを使用、「最強と呼ばれる私なんだから、最強のデータと戦わないとね」と言ってネイキッドジェフティに挑み、手も足も出ずに敗北している。

「……そういえば、このシミュレータって昨日使ってた一夏の戦闘データも入っているんだよね?
 なら、ロボットや戦闘機だけじゃなくて、一夏のデータとも戦えるのかな?」

 何気なくシャルロットがそう言いながら立ち上がり、対戦相手のラインナップをスクロールしてみたり、コンフィグ画面を出してみたりする。
 するとコンフィグ画面の中に「蓄積戦闘データとの戦闘」との項目があり、それがOFFに設定されているのを見つけたので、ONにしてみる。

 そして再び対戦相手のラインナップを確認してみると、ロボットや戦闘機のデータはなく、一夏の白式のデータのみが確認できた。
 対戦相手のラインナップを予め用意されていた戦闘データにするか、シミュレータを使用したIS装着者の戦闘データにするかを切り替える設定だったようだ。

「なるほどね。
 他の設定を弄るとどうなるのかな?」

 シャルロットはコンフィグ画面に戻って、改めて設定のラインナップを確認する。
 そこには

・戦闘前口上     OFF
・戦闘後口上     OFF
・BGM       OFF
・蓄積データとの戦闘 ON
・敵機サイズ     標準
・敵機機動性     ハイスピード
・敵機モーション   コンパクト
・敵機自動斬り払い  ON
・データデリート   OFF

 といった設定が並んでいる。
 試しに敵機サイズを変更してみると、「標準」から「設定ママ」に表示が変わった。
 どうやらサイズを人間大にするか、元々のゲーム上の設定に合わせるか、という点を切り替える設定らしい。

 他の設定についても弄ってみようとシャルロットが操作していると、

「各設定についての説明がポップアップしますわよ。」

 とセシリアが言い出した。
 そのポップアップの説明によると

・戦闘前口上
 ONにすると、元のゲームで行われていた戦闘前の前置きが行われるようになる。
・戦闘後口上
 ONにすると、元ゲームで戦闘終了後に行われたイベントが行われるようになる。
・BGM
 ONにすると、元のゲームで流れていた戦闘BGMがシミュレータでの模擬戦中に流れるようになる。
 またミュージックセレクトにより、任意の曲を流す事も可能となる。
・蓄積データとの戦闘
 ONにすると、自分や他のシミュレータ使用者の戦闘データと戦う事が出来る。
・敵機サイズ
 標準にすると敵機サイズが人間大に、設定ママにするとゲーム中で設定されたサイズになる。
・敵機機動性
 対高機動型IS用の「ハイスピード」モードと、それ以外のIS用の「標準」モードを切り替える。
・敵機モーション
 標準にするとゲーム中とほぼ同じモーションで攻撃を行い、コンパクトにすると攻撃の隙が小さくなり、場合によっては射撃の精度も向上する。
・敵機自動斬り払い
 ONに設定すると、刀剣類を装備した機体に限り、無理のない範囲で使用者の斬撃を自動で切り払うようになる。
・データデリート
 ONにした状態でIS装着者の戦闘データを選択すると、そのデータを削除する事ができる。

 といった事らしい。

「……つまり、元々こっちで設定できる設定でも結構強めにされてたわけね。」

 何しろ難易度を高める為の設定が全てONになっていたのだ。
 全てOFFの場合に比べてかなり強くなっていたのは疑い得なかった。


 結局、少女達は非常に高レベルな上級プレイヤーデータに挑む事を断念し、ゲーム本編での戦闘データ相手に戦闘訓練を行う事にしたのであった。
 また、ラウラも戦闘データを削除できると分かった以上はシミュレータを使用しない理由はなく、他の少女達と同様にシミュレータを使用する事にしたのだった。











===============











「邪魔するぞ。」
「? 千冬姉?」

 一夏が千早と話し込んでいると、保健室に千冬が入ってきた。

「いや何、仕事中の一服、という奴さ。
 所で織斑、私の事は織斑先生と呼べと言ったはずだが?」

 千冬はそう言いながら、大きく伸びをする。
 豊かな胸を始めとして女性的なラインを保ちながらも鍛え上げられ引き締まっている、ただ美しいだけではなく獰猛な戦闘力の高さを感じさせる美しさだった。
 たとえるならば、ネコ科の猛獣といった所か。

「それとシミュレータについてお前と少し話がしたいというのもあったな。」
「へ? 何で俺と話をするためにこんな所に?」
「アリーナとシミュレータを取られたお前の行き先はここだろうと、当たりがついたからだ。」

 千冬はそう言いながら、一夏の隣に座る。

「シミュレータって……ああ、なんでまた今日になっていきなりアリーナを追い出されたんだろうって思ってたら、そういう事だったんだ……」

 一夏は朝のSHR後に、千冬からシミュレータの使用感について訊ねられた時の事を思い出した。
 場所は廊下で、人通りは少なくない。
 そんな所でシミュレータの使用感を絶賛してしまったのだから、シミュレータの存在が学校中に知れ渡り、自分もシミュレータを使いたいと思う少女達が現れるのは必定であった。

「でも、あれは千冬姉があんな所で聞いてくるのが悪いと思うん……だけ……ど…………」
「ほう、この私を相手に口答えとは、良い度胸だ。」
「それで、史のシミュレータを使っている女生徒達の様子はどうなんですか?」

 そこに千早が姉弟の会話に入ってくる。

「所詮はゲーマーの強さと侮って上級プレイヤーデータに挑んで返り討ちにあっていたな。
 まあ、相手を侮るという事がどれ程危険な事かが良く分かっただろうから、ISこそ最強、自分達こそトップエリートなどと思っているような連中には良い薬だ。
 今は流石に反省して、ゲーム中の戦闘データ相手の訓練をしているようだが……それでも苦戦はしているようだ。
 もっとも、上級プレイヤーデータに比べれば格段に弱く、勝ててはいるようだがな。」
「……勝てる人いるんですか。」

 千早は情け容赦ないシミュレータの対戦ラインナップを思い浮かべて苦笑いを浮かべた。

「ああ、特に上空からの攻撃に弱く射撃武装の命中精度が低いプロトタイプネクストには、な。
 瞬間移動さえも織り交ぜた高速戦闘を行うアヌビスには、2年の更識が勝った位だ。
 そういえば、この2機は上級プレイヤーデータとゲームデータとの戦力差が特に激しいようだったな。」
「? ナインボールに勝った人はいないんですか?」

 千早はそう訊ねる。
 アーマードコアシリーズのプレイヤーにとっては恐怖の代名詞であるナインボールだが、あのラインナップの中では下位の実力だった筈だ。

「ナインボール……ああ、あれか。
 上級生の連中なら勝率が低いなりに何とか勝っていたが……1年生はボーデヴィッヒ以外全滅だったな。」
「そ、そうですか……」

 と、そこでラウラの名前が出てきた事で、千早は「インフィニットストラトス」の一場面を思い出す。
 ラウラが千冬に対し、何故日本なんぞで教師などしているのかと詰め寄る場面だ。
 千早がその場面の事を話すと、確かに数日前に実際に同じ出来事があったという。
 また、同時に千早は全く違う場面の事も思い出していた。

「そういえば「インフィニットストラトス」の6巻だか7巻だかに、IS学園の学園祭の出し物として爆弾処理が出されてて、一夏が何の疑問もなくごく当たり前のように解体作業に入ったって場面があるって聞いた事があるんですけど……
 IS学園ってそんな事まで教えるんですか?」
「ん? ああ、今は見る影もないが、IS学園は元来純粋な軍学校だったからな。
 昔のIS学園には世界中から軍所属の女性パイロットや女性整備士が集まって、ISについて学んでいたんだ。
 その辺のISと直接には関係ない軍事教育は、その頃の名残といった所だな。」
「……こんな事を教えられてたら、立派な工作員予備軍になりませんか?」
「……私だって問題がないとは思っておらん。
 だが、私は一教師に過ぎない。
 その辺りのカリキュラムの内容にまで口出しをする権限がないんだ。」

 2人のやり取りを眺めていた一夏は、初めてのSHRでの事を思い浮かべる。

「お姉様の為なら死ねます!!」
「もっと叱って、罵って!!」
「でも時には優しくして!!」
「そしてつけあげらないように躾をして!!」

 ……彼女達に爆発物の処理をさせる。
 少なくとも一夏には、そんな度胸はなかった。

「な、なんかラウラの気持ちが分かるような気がするな……
 女性士官ぐらいまだまだ沢山いるだろうに、なんでよりにもよってミーハーな女子高生集めてISについて教え込まなきゃいけないんだ……」
「言うな一夏。
 お前やボーデヴィッヒに今更同情された位では、事態は好転せん……」

 千冬も一夏と同じ場面を思い浮かべてしまったのだろう、片手を額に当てて沈痛な面持ちで項垂れていた。

「千冬姉、もしかして元々の軍学校時代、生徒の方が自分より年上だった頃が懐かしいとか?」
「人の心を読むな。」

 正直な話、千冬自身にとっても現在の、単なる女子校の皮を被った軍学校というIS学園のありようは気分の良いものではない。
 ごく普通の少女がただのエリート女子高のつもりで入学した学校で、世界最強の兵器を扱う兵士として軍事教育を受けるというありようは、何をどう考えても余りに歪み果てている。
 入学前から軍関係者だという者しか学内におらず、自分が数少ない例外だったあの頃が本当に懐かしかった。

「でも、何故、IS学園は現在の形に変貌してしまったんですか?」
「極めて高度に政治的な話、という奴らしい。
 私は現在の形になってしまう事には反対だったんだが、腕っ節が強いだけの小娘に過ぎん私では政治力というものがまるで足りなくてな。
 どうする事も出来なかったんだ。」
「? でもなんでまた、政治家のおっさん連中がそんな事を?」
「真相は知らんが、まあある程度予測はつく。
 あの古狸どもは女尊男卑の傾向を強めたいのさ。」

 男性である政治家達が女尊男卑の傾向を強めたいと思っている。
 その千冬の物言いに、一夏と千早はギョッとした。
 異世界人である千早はともかく、一夏は元々この世界の住人であり女尊男卑に基いて女性が尊大に、男性が卑屈になっていく様を目の当たりにしている。
 男性が女尊男卑を推し進めているなど、到底信じられなかった。
 一方、千早はいち早く立ち直り、政治家達が女尊男卑を推し進めるその理由について考察し……

「世の中の男性の殆どが卑屈になれば、政府の決定に反抗する意欲が消えうせ、政治の世界に踏み込んでこようとも思わなくなる。
 それに何かフラストレーションを溜めさせても、その矛先を女性に誘導できるようになるから、多少過酷な扱いをしても政治家達に文句を言う事が少なくなる。
 一方で女性はおだて挙げて特権階級扱いすれば、自分達を特権階級扱いしてくれる政治家達の方針に異を唱える事が少なくなる……そんな所ですか?」
「ああ、少なくとも私は大方そんな所だろうと踏んでいる。
 しかも女性に対する反発心を男性に植え付ければ、女性政治家は男性から支持されにくくなり、女性の政界進出も難しくなる。
 なんだかんだいって、世の中の人間の半分は男なのだからな。
 そいつらが「女だから」という理由で反発するようになれば、政治の世界に出て行く事など出来るはずがない。
 一方で、女尊男卑で虐げられ続けてきた男には、政治の世界で一旗上げるなどという野心は出てこないだろう。
 だから政治家達は自分達で育てた後継者にだけ後を引き継がせ、新たに政治の世界に入ってこようと思う連中をシャットアウトする事ができるようになる。
 ……女尊男卑というのは、政治家連中にとって実に都合が良いんだ。」

 各国が率先して女性優遇政策を打ち出しているのも、恐らくはこういった思惑に基く女尊男卑推進工作なのだろう。
 千冬はその事も付け加えた。

「んじゃあ、軍学校だったIS学園の女子高化も?」
「ああ。
 世の中の女性の多くが人生の極めて早い時期からIS学園に入学する為の高度な学習をすれば、ISが使えるだけではなく知力体力戦闘技術といった能力面でも平均値で男性を上回るようになる。
 そうなればISの数が少なかろうと、女尊男卑は磐石になるという寸法だ。
 その為には、IS学園の立ち位置が女子高であるのが一番手頃だったらしい。
 大学では従来の軍学校と時期が被ってしまうし、中学校、ましてや小学校では時期があまりに早すぎるという事で、な。」
「うへぇ……」
「やっぱりか……」

 千冬の話に、頭を抱える男2人。
 確かに戦闘のエリートとしての本格的な軍事訓練を受けた少女達の高い戦闘力は、2人とも実感している。
 彼女達がトップグループに属する例外的な存在だとしても、世の中の少女の多くがIS学園に入学するべく電話帳の中身を頭に叩き込み、武術や軍事技術を身につけ、心身を徹底的に鍛えている。
 その現状を思えば、ISの強力さを述べる有名なたとえ話である「男性対女性の戦争が起きれば、男性側は3日持たない」という話は、若年層に限れば素手同士の殴り合いのみでも3日以内に男性側の全滅で決着するように思えた。
 何しろ女性と男性では鍛え方が全く違うのだ。
 十年以上強くなる為だけに人生を捧げ尽くした者が少なくなく、そうでない者もかなり鍛え上げられている女性。
 ISのない時代と変わらない、勉強をして遊びをして部活をして、という生活をしている者が殆どを占める男性。
 これでは勝負になるはずがない。

「……なあ2人とも。
 こんな所でこんな気が滅入る話をするのはもう止めにしないか?
 どの道、男性用ISでも作られなければこの歪みはどうしようもない。
 私達では何も出来んぞ。」
「……そうだな。」
「自分達ではどうする事も出来ない事で気を滅入らせてもしょうがないですからね……」

 3人は一斉にため息をつき、織斑姉弟は保健室を後にしたのだった。











===============











 一夏が夕食を終え、寝る為にアリーナに戻ると、ラウラが1人で飛び回り、レールガンやワイヤーブレードを飛ばしていた。
 まるで見えない何かと戦っているようだった。

 良く見ると彼女の顔にはバイザーがついている。
 シミュレータで何かのデータと戦っているらしい。

 と、シミュレータがラウラの勝利で終わったらしく、彼女は戦闘の緊張を解く。

「すげえな、お前ソイツに入ってるデータに勝てるのか。」

 その一言に、今更のように一夏の存在に気付くラウラ。

「貴様……」
「俺の事なんか置いとけよ。
 とっととメシ食いに行ったほうが良いぞ。
 軍人なら、メシがどんだけ大切なのかも知ってんだろ。」

 一夏の言う事ももっともなので、ラウラはバイザーを外してアリーナを後にしようとする。
 だが、出て行く直前に一夏の方に向き直る。

「今日、私に突っかかってこなかったな。
 私は貴様の女である御門 千早をああも痛めつけたんだぞ?」
「場外での心理戦術のつもりか?
 そんなん、お前との決着は明々後日に嫌でも着ける事になるからな。
 千早の件は……その時に落とし前をつけてもらうさ。
 格下相手の無様な負けって形でな。」
「ホザいたな。
 貴様の方こそ血祭りにあげてやるから覚悟しておけ。」

 そう言い残して、ラウラはアリーナを後にした。

 一夏が来るまで戦っていた彼自身のデータに、本来は一撃必殺である零落白夜を何回か当てられてしまった事に対する苦い思いを胸に秘めながら。











==FIN==

 箒が初登場した時に一夏とちーちゃんが行っていた訓練を思い浮かべてください。
 2人は毎日あんな感じで力尽きて就寝してます。

 さて1巻が終わる前に始まった2巻の話も佳境ですが、ラウラ対一夏って真面目に考えたら勝負にならない……
 どういう決着にするかは考え中です。
 とりあえず一夏を変に強くしすぎない為
・一夏がラウラに斬りかかっても確実に避けられる
・一夏対ラウラで接近戦になったら、一夏が一方的に負ける
・ラウラは一夏が攻撃を仕掛けてくるタイミングを完全に把握できる
・ラウラは一夏を見失ったりしない
 以上の4点を厳守して書きたいと思うのですが……上手くいかなかったら曲げますw

 ちなみにラストのラウラですが、ちゃんと自分のデータを消して帰ってます。
 一夏に自分の戦闘機動を研究させてあげるほどお人よしではないので。

 そして女尊男卑ですが……社会風潮をどうこうするというのは政治家やマスゴミの専門です。
 殴り合いの専門家である千冬さんに束さんが殴りかかっても歯が立たないように
 研究開発の専門家である束さんに、技術研究で千冬さんが挑んでも到底敵わないように
 彼女達2人では世論をどうこうという争いで政治家に勝てる勝ち筋がありません。
 まして女尊男卑推進に関してはほぼ全世界の有力政治家達が一丸となっている様子なんで、へたすりゃ男性対女性よりも酷い戦力差……

 これをひっくり返すには男性用ISくらいしかないんですが……



[26613] 無理ゲー攻略作戦
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/04/29 22:56
 ラウラは一夏の蓄積データ相手に訓練を行い、対一夏戦の予行演習を繰り返していた。
 一夏がその事を知った時、傍らにいた千冬は

「一夏、自分のISのデータを守る事も専用機持ちの重要な仕事だぞ。
 それを怠った報いだ、反省しろ。」

 という辛辣なコメントを述べた。

 考えてみれば、IS学園内でのみISに関する情報を機密として公開しなくても良い事になっているのだ。
 そのIS学園において、自分のISの情報を可能な限り秘匿する事は、専用機持ちに科せられた当然かつ重要な責務なのである。
 よって、戦闘データを利用されてしまう事など言語道断。
 一夏はこの話を聞いて、自分の迂闊さを呪うのであった。

 それはそれとして、ラウラは油断しきっているとはいえ、千冬には忠実である。
 敵を知り己を知れば百戦危うからず。
 その千冬の教えを忠実に守った彼女は、一夏の戦い方を癖レベルまで分析していた。
 そもそもの技量差が大きい事もあり、これで一夏がいくら刀を振るってもラウラに命中する事は天地がひっくり返っても有り得ない話になってしまった。

 それでもなお、一夏は勝ち筋を模索しつつ訓練に明け暮れる。
 土日でも昼間はラウラを含めた女生徒達にシミュレータを取られてしまう為、その間は少しでも昔日の勘を取り戻すべく無心に素振りに励む。

 とはいえ、鍛錬していた期間より長期に渡って放置された為に錆付いたを通り越して、完全に朽ち果ててしまっている一夏の腕を復旧させる事など不可能である。
 かつては小学生でありながら女子中学生剣道日本一である現在の箒さえも凌駕する稀代の名刀だった一夏の武術は、今や単なる錆の山。
 千早との訓練で多少は感覚が戻ってはいるものの、そこまで回復した事自体が奇跡だった。
 その事を、一夏は痛いほど実感している。

「ここにいるのがガキの頃の俺なら、ラウラ相手でもそれなりに良い勝負が出来たんだろうけどなぁ……」

 とはいえ、失われてしまいもう戻ってはこない力に思いを馳せても、タダの無い物ねだりでしかない。
 その為一夏は新たに鍛えなおさねばならないが、小学生時代の強さを取り戻すためには最低でも10年はかかるだろうと、一夏は踏んでいる。
 伸び盛りの小学生と、もう成長しきる直前である高校生では伸びシロや成長速度があまりに違いすぎるからだ。
 指導者がいない事も非常に痛い。
 千冬に頼み込めば可能かもしれなかったが、彼女の立場と忙しさを思えば到底頼めるものではない。
 そもそも家族とはいえ、彼女と一夏では身分が違いすぎる。
 世界唯一の男性IS装着者とされる以前は単なる一般人に過ぎなかった一夏にとって、千冬は家族と言いながらも雲の上の人間である。
 いや……現在でも男性という性別さえ度外視すれば、一夏はただのザコIS装着者にすぎない。

(ただの凡人の俺と、最強の戦士・ブリュンヒルデとして全世界規模で支持を集めている千冬姉。
 ……普通、家族として成り立たねぇよな、こんな組み合わせ。
 ……ラウラがあんな事を言いたくなる気持ちは、痛いほど分かるんだよな。)

 それに仮に当時の実力を取り戻せたところで、他の代表候補生よりも本格的な軍事訓練を受けているラウラの前では文字通りの児戯にすぎないだろう。
 現在の非力なド素人に成り下がった一夏よりは良い勝負になるだろうが、それでも地力はラウラの方が上だと思えた。

 それが一夏の自分自身に対する評価だった。

 また、一夏には自分の戦闘能力に対してもう一つ懸念がある。
 シミュレータにある上級プレイヤーの戦闘データと言う比較対照に触れる機会があるせいだろう。
 自分の、正確には自分の戦闘データのあらゆる動きが、上級プレイヤーの戦闘データが操るACやOFのそれに比べて余りにも読み易いのだ。
 言うなれば渾身のストレートから牽制用のジャブに至るまで、全てのパンチがテレフォンパンチという状態でボクシングをしているような物。
 「これから攻撃に移る」という気配が丸見えなのだ。
 これではいくら速かろうが、ラウラが被弾する筈がなかった。

 かつて小学校時代の一夏は、武術の奥義である「無拍子」や、その更に上を行く「零拍子」をも使いこなせていた。
 現在のド素人に変わり果てた一夏には不可能な芸当である。
 しかし、仮に現在の一夏にもこれらの技を使えたとしても、ただの曲芸の域を出ないだろう。
 唐突に、何の脈絡もなく打ち込まれる攻撃だからこそ、「無拍子」や「零拍子」は強力な奥義とされているのだ。
 もし今の一夏がこれらの技を使えた所で、放つ直前に「今から攻撃するぞ」という気配が丸見えでは、これらの技の強みが完全に消滅してしまう。
 早い話、今の一夏にこれらの奥義が使えた所で何の意味もないのだ。

「ホント、色々歴然としすぎていて嫌になるな……」

 とはいえ……千早を無為に傷つけたラウラを放置する事など出来ない。
 また、ここで一夏に負けた方がラウラの為でもある。

 それに、一夏の助けなど必要ないはずの千冬がラウラを救う為にと、一夏にラウラ打倒を頼んできたのだ。

 いくら洒落にならないほど格上の相手だと分かっていても、勝つ事を諦めるわけには行かなかった。

 一夏は対ラウラの作戦として様々な状況を想定した策を何パターンも考えたり、シミュレータでの訓練を繰り返すなど、出来る限りの事をして月曜日を迎えたのだった。












===============











 月曜日には、千早の容態もベッドから立ち歩ける程度までに回復した。
 もっとも、ISを使っての戦闘行為をするとなるとまだ厳しく、水曜日を待たねばならないらしいのだが。

 そういうわけで千早は、一夏対ラウラを観戦する為にアリーナに来ていた。

 と、1年1組の少女達が集まっている辺りに千早が姿を表すと、少女達は次々と千早の元に駆け寄ってくる。

「御門さん、もう大丈夫なの?」
「ええ、おかげさまで。
 もっとも、ISを使うのは水曜日に治療が完了するまで無理ですけどね。」

 そう答える千早が周囲を見渡すと、専用機持ち達の姿が見当たらない事に気付いた。

「あれ、箒さんやセシリアさん、シャルロットさんはどうしたんですか?」
「……シャルロットって、誰?」
「へ?」

 どうもシャルロットの学籍は未だに「シャルル・デュノア」のままだったようだ。
 自分が寝込んでいる間に彼女の学籍の修正は終わっているだろうと思っていた千早は、自分の迂闊さに気付いた。

「あー、それは、その……」

 思わぬ少女の反応に千早が口ごもると、千冬が助け舟を出した。

「デュノアの本名だ。
 事情があって偽名を名乗らされていたらしい。」
「シャルロットって……本当は女の子だったっていう事ですか?」
「まあそういう事だな。
 水曜日辺りのSHRで正式に話す。」

 と、その千冬の言葉を聞いた少女達はニヤついた笑みを千早に向ける。

「へ? あ、あの、皆さん?
 今の話が僕と何の関係があるんですか?」
「いや、シャルル「君」がシャルロット「ちゃん」になったんだから、次は千早「君」が千早「さん」になる番なんだよねって。」

 その彼女の一言に周囲の少女達が一斉に頷く。
 千早はそれを見てガックリと項垂れてしまったのだった。












===============











 千早が気にしていた1組の専用機持ち達は、他の生徒とは違う場所、ピットで待機していた。
 ラウラは一夏に対して過度に攻撃的な態度を取っており、また先日の千早の一件もあった事から、不測の事態に備えてピットで待機しているよう千冬に指示されたからだ。

 そのピットから、今まさに一夏が出撃しようとしている。

「おい、大丈夫か? 一夏。」

 箒が心配そうに話しかける。
 「インフィニットストラトス」での「織斑 一夏」対「セシリア=オルコット」の時のクラスメイト達の、女尊男卑による「男は弱い」という先入観に基く心配ではない。
 ラウラの方が一夏より圧倒的に強いという厳然たる事実に基く心配だった。

「無理だと思うなら引け。
 先日の千早さんの二の舞、あるいは……」

 箒はそこから先を言う事を躊躇う。

「いや、マトモにやったら勝ち目がないのは重々承知だよ。
 でも、千冬姉はここにきて棄権だなんて真似を許してくれるようなタマじゃないからな。」
「だがっ!」
「そんな道理、私の無理でこじ開けるってな。
 まあ何とかしてみるさ。
 じゃ、行って来る。」
「……ああ、行って来い。」

 箒は素直に一夏を行かせる他なかった。

「一夏、大丈夫なのかな……?」
「一夏さん……」

 ラウラと一夏の隔絶した実力差を身をもって体験しているセシリアとシャルロットは、ラウラの勝利を疑う事が出来ない。
 ただ、一夏の無事の帰還を祈るのみだった。











===============











 ラウラはシミュレータでの一夏の動きを反芻しながら、試合開始の合図を待っている。
 一夏の基本的な戦闘方針から癖に至るまで、ほぼ完全に把握出来ているはずだった。

 一夏が繰り出しうる攻撃は全て把握でき、それらに対する対策も全て立てている。
 そもそもの実力からして自分の方が圧倒的に上であり、なおかつ対策・攻略法も万全を期している。
 一応念のため眼帯も外しておき、白式の高速にも問題なく対応できるようにしている。
 負ける筈がなかった。

「勝てるはずがないと分かっていながら向かってくるか。
 その度胸だけは褒めてやるぞ、織斑 一夏。」
「だが、貴様のような軟弱者が教官の弟などという事を認めるつもりはない、ってか。
 今更ドヤ顔で言われなくったって、こちとら物心ついた頃からそんなモン百も承知なんだよ。
 ……とっとと始めようぜ。」
「ああ、そうしよう。」

 そして試合が始まり……観客は予想していなかった展開に目を疑った。
 一夏の方が待ちに入ったのだ。
 もっとも、ラウラという強敵を相手に迂闊に突っかかるわけには行かないという事情を考えれば、納得のいく行為ではある。

 ラウラがレールガンを撃ち込んでみるが、一夏は千早と最大相対速度1790Kmにも及ぶ高速近接戦闘を度々行っている身。
 単発のレールガンの弾速など見切れて当然であり、当たる筈がない。

(やはり当たらんか。)

 シミュレータでもレールガンは当然のように避けられていた。
 そしてレールガンの避け方もシミュレータと同じ。
 かなり忠実に一夏の挙動を再現しているシミュレータだったようだ。

 なら……予習済みの一夏の機動、戦い方、攻撃方法、そして癖についての情報はアテにして良い。
 ラウラはそう判断した。

(つまり、貴様がいついかなるタイミングで私を攻撃しようと、私にはそのタイミングが全て完全に把握できるという事だ。
 だから……後5秒から10秒後に貴様が動く事も分かる!!)

 そうラウラが思った7秒後に一夏が動く。

(機動も予想の範囲を出ないな。
 このまま私が動かなければ私の頭上を通り、上斜め後方から強襲する筈だ。)

 正に一夏がその通りに動き、ラウラは一夏が頭上を通り過ぎて方向転換した瞬間を見計らって反転し、一夏が突っ込んでくるであろう範囲目掛けてワイヤーブレードを大量射出する。
 ワイヤーブレードで作ったキルゾーン直前で一夏は一瞬止まる筈なので、そこにAICをお見舞いするつもりだった。

 しかし、一夏はキルゾーンの僅かに外側を通って、ワイヤーブレードのワイヤーを数本切ってあさっての方向へと飛んでいった。

(流石に何もかもシミュレータのまま、というわけではないという事か。)

 ここからはラウラの方も動く事にした。
 いずれにせよラウラはただでさえ読み易い一夏の攻撃を、癖を含めて全て把握しているのだ。
 何をどうされたところで、ラウラが被弾する恐れは皆無に近かった。 


(しっかり予習されてるのか、それとも動き含めて何もかもが読みやすいのか……後者だろうな。)

 自分のやる事なす事全てを把握されているようで、やり辛い。
 一夏はそう思った。
 そもそもの実力からしてもラウラの方が圧倒的に上なのだ。
 正面からぶつかって勝つことは不可能だった。

 いや……正面からラウラを倒す方法はないでもない。

 「インフィニットストラトス」では時折、「織斑 一夏」がその最弱の戦闘力からは考えられない戦いぶりを見せる事があるという。
 一夏はその話を最初に聞いた時は単なる主人公補正だろうと思っていたが、どうもISとの同調具合が平時よりも高いような描写もされており、何らかの理由が存在することは確実だという。

 ならば、と一夏はこう思う。
 ド素人にすぎない「織斑 一夏」を、一時的に歴戦の勇士と同等の戦士に変える力。
 恐らくは、それこそが白式の本当の単一仕様機能なのだと。

 展開装甲により再現された雪片弐型の零落白夜など、千冬のIS:暮桜のそれを真似て作ったまがい物の単一仕様機能。
 本物の零落白夜を解析し、普通に雪片弐型に搭載した機能に過ぎないのだろう。
 零落白夜を単一仕様機能とするISは世界にたった一機、暮桜だけだからだ。

 一夏はそう思っている。

 この考えが真実ならば白式の真の単一仕様機能さえ発現させる事が出来れば、ラウラとの隔絶した実力差は埋まり、真正面からでも彼女と戦えるようになるだろう。
 だが……

(それじゃ、俺じゃなくて白式が戦ってるようなもんだよなぁ。)

 ここでそんな物を使う事は、互いの実力を比べあうこの場で、自分よりも圧倒的に強い代打に戦ってもらうようなものだ。
 どんなに卑劣な手段でも、これ以上に卑怯な真似はそうそうない。

 その為、仮に使えた所で、使うわけにはいかなかった。

(だけど……まあラウラの方も、俺の戦闘データほどじゃないにしろ、攻撃の気配を見つけ易いな。
 上級プレイヤーデータのACと比べてみると、やっぱ隙が大分ある。
 嫌っている俺との戦いで気が立ってるのと、俺との実力差で油断してるせいだな。)

 そのお陰で、レールガンとワイヤーブレードがすこぶる避け易い。
 しかし懐に入ろうにもAICの存在を思えば出来たものではないし、接近戦を挑めばこちらの方がプラズマ手刀で一方的に蹂躙される事は必定。

 ならば……さし当たっては接近戦を挑まねば良い。
 一夏はワイヤーブレードのワイヤーを斬り続けて機を待つ。

(くっ、コイツ最初からワイヤーブレードが狙いか!!)

 ラウラは一夏が自分自身ではなくワイヤーブレードを攻撃目標としている事に気付き、ワイヤーブレードをあまり出さないようにする。

(……気付かれたか。)

 ラウラがワイヤーブレードの使用を控えるようになって、こちらの思惑の少なくとも半分を見抜かれたことに舌打ちをする一夏。
 だが……

(これだけのワイヤーブレードがあればっ!!)

 一夏は飛び回りながらワイヤーブレードをいくつか拾い上げる。
 そしてラウラ目掛けて突っ込んでいく。

「馬鹿が!!」

 ラウラはAICで一夏を迎撃しようとする。

(やっぱり切り札を使うって意識があるんだな。
 「コレで決めてやる」っていう気配がプンプンするぜ。
 おまけにこちとら千早のお陰で、見えない攻撃に対しては勝手知ったるなんとやらってなっ!!)

 ラウラがAICを使うタイミングを一夏が見切り、AICの力場を零落白夜で切り裂く……ワイヤーブレードから手を離して。

(ちっ、こんな三下に見切られるとは、AICを見せすぎたか。
 だが……大方ワイヤーブレードで私の注意を引き、自分は私の足元を通りながらすれ違いザマに零落白夜で斬るつもりなのだろうが、そうはいかん。)

 一夏が手放したワイヤーブレードは時速850Kmのままラウラに向かっていくが、ラウラは容易くワイヤーブレードを叩き落す。

 その途中、唐突に彼女の前方数十cmに斜めになった光の刃が出現し、ラウラは道を明けるようにその進行方向から身体を逸らせる。
 その光の刃は従来の零落白夜よりも長く、全長3mほど。
 一夏が零落白夜がビームソードである事に着目し、その長さを調節できないかと試行錯誤した結果だった。
 エネルギー消費効率の事を考え、刃の太さはかなり抑え目にされている。

(冗談じゃねえ、これを避けるってか!!
 この様子じゃプランBも通用してくれねえかっ!!)

 一夏は時速850Kmの速度と進行方向はそのままに、身体の向きだけをラウラに向ける。
 その手元には先ほどのワイヤーブレードに繋がるワイヤーが巻き付けられている為、先ほどのワイヤーブレードが一夏の動きと連動し後ろからラウラに襲い掛かろうとする。
 が、ワイヤーは完全に伸びきる前にプラズマ手刀で切断されてしまった。

(やっぱりかよっ!!)
(所詮は素人の浅知恵、プロとの違いを思い知れ!!)











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 両者の実力差は歴然。
 だが、一夏は離れてさえいればラウラの攻撃をどうとでも捌ける為、距離を保って粘る。
 ISの速度からして一夏に追いつけないラウラも、無理責めをするそぶりは見せていない。

 戦局は膠着していた。

 しかしそれは仮初の膠着だ。
 実際には今現在でも、ワイヤーブレードと言う手札を確保しておきたい一夏と、そうはさせじとレールガンで転がっているワイヤーブレードを破壊したり、一夏がワイヤーブレードを拾う隙を突いてAICなりレールガンなりを撃ち込もうとするラウラの見え辛い攻防が繰り広げられているのだから。

 また、状況が拮抗しているように見えているのも仮初にすぎない。
 一夏は接近戦しか出来ず、その接近戦においてラウラの方が絶対的に強く、一夏の零落白夜が当たる事などありえないのだから。
 ラウラの絶対的優位は微動だにしていない。

 一応一夏は接近せずともラウラを攻撃できるようにとワイヤーブレードを拾い、振り回してみたりしているが、有効打にはなっていない。
 逆にラウラ側のワイヤーブレードに絡めとられて、引き寄せてAICにひっかけられそうになっていたりもした。

「織斑君、粘りますね。
 こんな勝ち筋が全く見えない状況で……」
「ああ。
 普通なら、最初のAICを破った直後の零落白夜が通用しなかった時点で絶望していても良い位なんだがな。」

 あそこでもしラウラがAICを破られた事に対して少しでも動揺していれば、間違いなく零落白夜を被弾して敗北していた筈だ。
 だが、彼女は容易く反応して避けて見せた。
 「どんな特殊機能も、何度も使えば対策を立てられて通用し辛くなってしまう。」
 かつてラウラにそう教えたのは千冬だ。
 千冬を敬愛しているラウラは、いくら油断していても千冬の教えを忘れてはいないという事らしい。
 だから、AICを破られてもいささかも動揺せずに対処する事が出来たのだろう。

「一夏の目は……死んでいないか。
 まだ、打つ手は考えておいてあるのか?」

 とはいえ、AICを破った直後の零落白夜以上の良策は千冬でもそうそう思い浮かばない。
 だが、千冬は一夏が見据えているであろう僅かな勝機を信じて、見守る他なかった。

(しかし「だが、貴様のような軟弱者が教官の弟などという事を認めるつもりはない、ってか。
 今更ドヤ顔で言われなくったって、こちとら物心ついた頃からそんなモン百も承知なんだよ」か……
 それなのに私は……我ながら度し難いな……)











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 一夏は攻めあぐねていた。
 ワイヤーブレードが全て破壊され、残っているのは手元にある一つのみ。
 迂闊に使うわけには行かず、だが雪片弐型や零落白夜による接近戦を挑めばプラズマ手刀で確実に迎撃される。
 既に二度ほどそのプラズマ手刀の強烈な一撃で剣戟攻撃を潰され、その事実を確認している。

 そして、既に一夏が対ラウラ用に用意していた攻略プランは1つしか残っていない。
 だがそれは、余りに分が悪い賭けであった。
 しかし、他には勝ち目が全くない真っ向勝負しか選択肢がない状況である。
 賭けるしかなかった。


 一方でラウラの方も焦れている。
 圧倒的に有利な状況下でありながら、ISの速力で大きく劣っている為攻めあぐねているからだ。
 また白式の速度と一夏の反射速度が余りに速い為、連射のきかないレールガンでは一夏に命中させる事は不可能。
 だが距離を開けられると、そのレールガンしか使えなくなる。
 接近戦しか出来ない一夏に距離をとって慎重に構えられると、向こうから攻撃が飛んでこない事もあってふと気が抜けたり、気が緩んでしまいそうになる。
 一夏がそれを狙っている事が明白である以上、ラウラにとって有利な距離であると悠長に構える事は出来なかった。
 対千早に比べればマシとはいえ、一夏が距離を詰めて零落白夜を振るう為に必要な時間は、1秒もないのだ。
 またエネルギー自体を削ぎとり枯渇させてしまう零落白夜だけではなく、雪片弐型にもエネルギーシールド無効化による絶対防御誘発がある。
 まぐれ当たりがトコトン恐ろしい相手である以上、格下ではあってもそうおいそれと気を抜く事など出来る相手ではない。
 とはいえ時折、一夏からの接近を誘って迎撃する為に、わざと気を抜いたそぶりを見せてみたりもしているのだが、一夏は誘いと見抜いているのか思うように乗ってこない。

 自然、絶対的なほど有利な立場にある筈のラウラの神経も、徐々にすり減らされて行ってしまう。

「ええい、じれったい!!」

 と、ラウラが吐き捨てた瞬間に一夏が仕掛けてきた。

(やっとかかったか!)

 しかし、このラウラの苛立ちもまた、一夏を誘い出す仕掛けだった。
 半分以上本気であったお陰で、一夏もすっかり本気にして突っ込んできたという事らしい。

(後は突っかかってきた奴にプラズマ手刀を何発かぶち込んでやれば私の勝ちだ!!)

 と、一夏に牽制としてAICを使い、案の定切り裂かれた所にワイヤーブレードを飛ばしつつプラズマ手刀を構えて突っ込む。
 ワイヤーブレードは弾かれ、プラズマ手刀は一夏が受けに使おうとしたワイヤーブレードをすり抜けて一夏の眼前に迫る。

「!?」

 と、プラズマ手刀が一夏の顔面に命中する直前、ラウラはその身を一夏から離す。
 見れば一夏のわき腹辺りに雪片弐型が出現していた。
 ラピットスイッチを応用して握っていた雪片弐型を「格納」し、改めて掌ではなくわき腹に雪片弐型を「展開」し直すという事を瞬時に行ったようだ。
 あのままプラズマ手刀を振るっていれば、雪片弐型は柄を一夏に、刃をラウラに押し付ける形で「展開」し、ラウラはその一撃必殺の刃をその身に受ける事になっていただろう。

(そんな小技で!!)

 雪片弐型は一夏に握られていない状態でそこにあった。
 ラウラは一夏が「格納」する前に雪片弐型の刃を掴み、雪片弐型を奪い取ってしまう。

「くっ!!」

 悔しそうな顔をする一夏。

「これで手詰まりだな、織斑 一夏!!」

 ラウラは勝ち誇った笑みを浮かべ、雪片弐型を構えて一夏に猛然と襲い掛かる。

(くっ、こうなったら一か八か、零拍子を打ち込む!!)

 一夏は観念したのか、それとも自棄を起こしたのか、距離をとらずに攻撃に転じる「そぶりを見せた」。

(馬鹿が、見え見えだ!!)

 自然、ラウラの太刀筋はその迎撃のための物となり……

(こないっ!?)

 ラウラが「攻撃が来る」と思ったタイミングから一瞬後れて一夏が動く。

(なんてなっ!!
 零拍子なんて高等技術、全くのド素人に成り下がった俺に使えるわけねえだろう!!)

 ラウラが振り下ろした雪片弐型のすぐ傍をすり抜けるように一夏が瞬時加速でラウラを強襲する。
 ラウラが雪片弐型を手放し、プラズマ手刀を展開して一夏を払いのける直前、一夏が構えたワイヤーブレードがラウラの咽喉元に突き入れられる。

「ッ!!!」

 時速850Kmにも達する超高速の刃で咽喉を衝かれた事による、衝撃と激痛がラウラを襲う。
 彼女は一瞬意識を手放し、その為プラズマ手刀が不発に終わってしまった。

(コレが俺の最後の勝ち筋だ!!
 このままっ、一気に決める!!)

 一夏の最後の一手。
 それは……わざとラウラに雪片弐型を奪わせた後、一夏の攻撃が全て読まれている事を逆用して攻撃するそぶりだけをフェイントとしてラウラに先手を打たせて後の先を取り、彼女の咽喉にワイヤーブレードを叩き込む事。
 実行する為には、いかに自然に雪片弐型をラウラに奪わせるかと、どれだけラウラの意識からAICの存在を消すかにかかっており、またフェイントにラウラが引っかからなければその時点でアウト。

 AICについては何度も見切ったり切り裂いたりしていた為、ラウラにとって切り札ではなくなり、ある程度はラウラの意識から除外する事が出来た。
 雪片弐型については、ラウラ攻略の搦め手に見せかけて、ラウラに疑問を持たせず奪わせる事に成功した。
 また、雪片弐型を奪い取らせた事で、ラウラからそれなりの油断を引き出す事にも成功した。
 AICを使う事を思いつかず、また雪片弐型を手に入れた、熱烈な千冬のファンであるラウラならば、千冬の太刀筋を真似た剣を振るう筈。この点についても案の定だった。
 零拍子を放とうとするだけ、というフェイントにも見事に引っかかってくれた。

 こんな薄氷を踏むような、一つでも負ければその時点で一夏の敗北が確定する幾つもの賭けに全て勝てたからこその、最後の一撃にして最初のクリーンヒット。
 一夏は、この貴重な一撃を、一瞬で終わらせるつもりはなかった。

 一夏はワイヤーブレードをラウラの首に押し付けたまま、瞬時加速を使ってワイヤーブレードにかける力を斜め下に向け、ラウラを首と頭から地面に引き倒す。
 そしてなおも斜め下に向かっての瞬時加速を繰り返してワイヤーブレードにかける力のみでラウラを引き摺り倒して、頭から壁に激突させ、なおも瞬時加速を使い続けてラウラを壁に押しつけ続ける。

(くそっ、これだけやっても絶対防御が発動しないのかよ!
 コイツのエネルギーシールドって、どんだけ頑丈なんだ!!)











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 一夏がラウラに対して決定的な一撃を打ち込んだ瞬間、千冬の顔に明確な喜色が浮かぶ。
 だが……次第に喜色は、困惑の色にとってかわられて行った。

(? どういう事だ?)

 千冬はこの最終局面に疑問を持つ。
 ラウラの咽喉笛にワイヤーブレードがねじ込まれ、そのブレードへの力のみで引き倒され、地面とブレードで首をサンドイッチされた状態で100m以上引き摺られ、壁に当たった後でもしつこくブレードを咽喉に押し付けられている。
 普通ならばとっくの昔に絶対防御が何度も発動され、ラウラの敗北が決定している筈の攻撃である。

 にもかかわらず、ラウラの敗北が未だに宣言されていない。
 何らかの不具合により、ラウラのシールドエネルギーが完全に枯渇したにもかかわらず、彼女の敗北を告げる宣言がなされないという可能性も皆無。
 あまり考えたくない話ではあるが、もしそうであるならば一夏がラウラの首を切断してしまっている筈だからだ。

 と、唐突に一夏がラウラから弾き飛ばされるようにして彼女から離れる。
 彼女が、否、アリーナ中の人間が固唾を呑んで見守っていると、ラウラのISがグネグネと粘土のように歪みながらラウラの身体を覆い尽くしてフルスキンISに変貌しようとし……その途中で雪片弐型を回収した一夏の零落白夜を押し付けられて変異途中で止まってしまった。

「一体何が起こったというんだ!?」

 アリーナにいる人間の殆どがそんな感想を抱く中、唯一千早のみが事の真相を悟っていた。

(VTシステムによる変異を完了前に潰すなんて、なんて身も蓋もない……)

 千早は心の中だけでそう呟いた。 
 身も蓋もないと評したとはいえ、一夏は既にラウラとの戦闘で消耗しきっている。
 VTシステムなどとマトモに事を構えない事は、判断としてはこれ以上なく正しいと思えた。











===============











 ラウラは夢を見ていた。
 夢の中で、彼女は一夏だった。

 凡人の一夏。平凡な少年の一夏。
 世界最強の生物として恐れられ、そしてブリュンヒルデというヒロインとして全世界で尊敬され、畏怖される千冬の身内と言うには余りにも平凡すぎる一夏。
 自分が姉と釣り合いが取れていないことなど、物心ついた頃から百も承知だった。

 幼い頃は、鍛えれば姉と同じ階梯にいけるかもしれない、と思った時もあった。
 しかし、指導してくれていた箒や束の父親と別れねばならなくなった時、その望みは絶たれた。
 いや……ISという女性にしか使えない絶対的な力がこの世に存在する時点で、男の一夏が千冬の弟として相応しくなる事は不可能だったのかも知れない。
 それでも一夏は足掻いていた。
 鍛える事を止めた後でさえ、一夏は男としての矜持は持ち続けた。

 だが……月に数日しか千冬と過ごす事が出来ないという事実が、どうしようもなく一夏にある一つの現実を突きつけてくる。
 一夏と千冬では根本的に住む世界が違う、という現実を。

 全く違う世界に住む二人が、家族として一緒に暮らす。
 それは不可能だった。
 姉は出来ているつもりだったかも知れないが、それならばどうして月に数日しか会えないのだろう。
 一夏が男で、そもそもISと関わりようがないはずなのに、千冬が頑なに一夏をISから遠ざけている事も気がかりだった。
 そんなにも、千冬が暮らすISの世界に一夏を踏み込ませたくないのか。
 ……やはり、姉と自分では生きる世界が違うのだと、そう思った。
 姉が自分の事を大切に思ってくれている事は百も承知だったが、そうして愛情を注いでくれている姉が暮らす世界に近寄る事さえ禁じられ、彼女と自分が切り離されていると強く感じてしまう。

 ならば、凡人は凡人らしく、平凡な人生を送り、千冬のような雲上人の世界とは別の生活を送ろう。
 千冬と離れ離れになる事は辛いが、今の関係も半ば破綻しているようなものだ。
 仕事について一人立ちするという形をとるのであれば、あのブラコンの千冬も文句はないだろう。
 中卒で仕事につく事は止められてしまったが、彼女と家族でいるのは、家族でいられるのは藍越学園を卒業するまでだ。

 そんな思いを胸に、一夏は藍越学園の入試会場へと出かけて行った……











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 ラウラが目を覚ますと、彼女は保健室のベッドに横たわっていた。
 どうやら一夏との試合は、彼女の敗北で決着が着いたようだった。

 と、ふと傍らを見ると、パイプ椅子に座ってラウラのベッドを覗き込む一夏の姿があった。
 それを見て、ラウラはボソリと呟く。

「……夢を見ていた。」
「夢?」

 いぶかしげに返す一夏に、ラウラは応える。

「ああ、夢だ。
 夢の中で私は、お前だった。
 ……教官の弟と言う立場に、お前は相応しくない。
 私に言われるまでもなく、お前にとっては自明の事だったんだな。」

 そのラウラの言葉に、一夏が応じる。

「……俺も、お前になった夢を見たよ。
 俺の話をする千冬姉が、とても優しそうで、とても幸せそうだった。
 俺の事、とても大切にしてくれているのが良く分かった。
 一人立ちって言や聞こえは良いんだろうけどよ、俺は俺と千冬姉を見比べるなんてちっぽけな事を理由に、あんなにも好いてくれている千冬姉との縁を切ろうとしていたんだなって思ったら、どうしようもなく申し訳ない気持ちがしたよ。」
「……そうか。」

 2人とも、何故か自分が見た夢は互いの身に実際に起きた出来事だと確信していた。

「俺達、2人して千冬姉の事を大切に思っているくせに」
「2人とも教官の意思を無視して、教官を悲しませようとしていた、という事か……」

 2人は同時にため息をついた。

「もう少し、相手の気持ちが分かるようにならなきゃいけないんだろうな、俺達。」
「ああ……今回のように、相手のためと思ってかえって傷つけるなど、マヌケも良い所だからな。」
「まあ、とりあえずお前は休んでいろよ。」
「……ああ。」

 そう応えるラウラからは、それまでの人を遠ざける雰囲気は見られなかった。

「もう一つ、夢を見て気付いた事がある。」
「? なんだ?」
「私は最強の兵士というコンセプトで試作された兵器だ。
 だから、地上最強の生物と呼ばれる教官になりたいと思っていた。
 だが……私は私で、教官は教官。
 それぞれ別の存在で、私が教官になる事など不可能だ。
 それが分かった。」
「……そうか。」

 一夏はラウラを残して、保健室を後にした。











==FIN==

 うまく一夏のマグレ勝ちって感じが出てると良いんですが、いかがでしたでしょうか?
 戦闘描写はあんまり上手い方ではないので、そっちの意味でも心配です。

 へ? ここまで気合入れて相手のことを研究したり、切り札を破られた事に対してノーリアクションの奴のどこが油断まみれだって?
 絶対勝てる、待ちに徹した接近戦をしていない所が油断です。
 もしラウラが油断してなかったら、ガチで一夏の勝率は0%で、一夏勝利は絶対に有り得ないという話になってました。

 一応、
 「ラウラ=ボーデヴィッヒ」>>(恐らく「インフィニットストラトス」完結まで埋まらないであろう経験の差の壁)>>「織斑 一夏」
 なんて壁がある以上、そう簡単に一夏をラウラに勝たせるわけには行かないんで。
(というか最近、「織斑 一夏」って、最後の最後まで最弱のままのような気がしてきてます。
 今回一夏が存在するかも知れないと思い浮かべていた白式の本当の単一仕様機能、仮称「真VT」がもし「インフィニットストラトス」本編に存在していれば、「織斑 一夏」自身がどれほど弱くても「織斑 千冬」を打倒してしまうような強敵にさえ勝ててしまいますから。)

 だから今回のラウラの敗因は、全て油断の一言に帰結します。
 油断ってーのは怖いですよ。
 G3ガンダムに乗ったアムロですら、不意に飛んできたリックドムのバズーカでアッサリ死んじゃったりしますから。

 話は変わって……前回の生徒会長CPUアヌビス撃破は彼女の別格振りを表現するにしてもやりすぎだったかも知れません。
 一応彼女は水でバリアを張る事でホーミングショット・ノーマルショットを防げる為、他のキャラに比べて対アヌビスでの勝ち目が大きいんです。
 なので距離を開けてショットを防ぎつつ、ゼロシフトのタイミングを掴んで迎撃し、その後急速離脱してバーストショットを避けるという事を繰り返して勝ってます。
 アヌビス側のモーションと生徒会長の武術の技量、そして彼女の武器が水である事による、接近戦における絶対的優位があった事も大きいです。
 まあ自分のISは高機動型ではないと、素直にハイスピードモードを止めてた事が一番大きな勝因でしたけど。

 ちなみに代表候補生達の対一夏・対千早の相性ですが……

ラウラ
対一夏 ○ プラズマ手刀以外の攻撃が単発では全く通用せずIS同士の相性は最悪だが、唯一通用するプラズマ手刀だけで一夏を蹂躙可能なので全く問題ない。
対千早 ◎ 速いだけ。AICで動きを止めれば全く怖くない。

シャルロット
対一夏 ◎ クラス代表選考戦と同じ戦法を取っていれば負ける要素無し。
対千早 ○ 基本的に対一夏と同じ対応でOKなのだが、衝撃拳でショットガンを相殺される恐れがある上、一夏よりも機動性が高い為、対一夏ほど簡単にはいかない。

セシリア
対一夏 △ 「インフィニットストラトス」とほぼ同様。ラウラほどではないにしろ、IS同士の相性がかなり悪い。
対千早 × もう飛び道具の使用を諦めたほうが良いレベル。マトモに戦うよりインターセプターで待ちに徹したほうがまだ勝ち目がある。

鈴音
対一夏 △ 衝撃砲がサッパリ通用しないものの、肝心の接近戦では鈴音の方が強い。だが一夏対ラウラほどの技量差がない為、マグレ当たりが怖い。
対千早 ○ 衝撃砲が通用せず、接近戦では鈴音の方が強い事は対一夏と同様。千早の一撃必殺攻撃である顎への衝撃拳は一夏の一撃必殺より条件が厳しい為、その分一夏より怖くない。

番外:箒
対一夏 ○ あらゆる面で代表候補生達に劣るとはいえ、IS学園入試の為に世の女の子の多くが無茶苦茶鍛えるので女子の方が男子よりハイレベルなこの世界での女子中学生剣道日本一。加えて紅椿の鬼性能。ずぶの素人に成り下がった一夏が接近戦で勝てる相手ではない。とはいえ、鈴音と同じ理由でまぐれ当たりが怖い。
対千早 △ 代表候補生ほどISを用いた三次元戦闘に馴れてはいない為、銀華ほど強烈な運動性を持ち出されると普通にかく乱されてしまう。ちなみにこの話の代表候補生達は、高運動性だけではかく乱不可能という事になっている。

とまあ、こんな感じになります。



[26613] 女心の分からない奴
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/04/30 12:27
 月曜日の夜、千冬は千早にプライベートチャンネルで話しかけた。
 誰かに聞かれたら面倒極まりない内容だったからだ。

『御門、お前シュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていたVTシステムの事を知っていたな?』
『ええ。「インフィニットストラトス」についての話じゃ、結構話題に上りやすいものでしたから。
 でもあの時点で打てる対策は全て千冬さんが打ってくれてまし、あの場で迂闊な事を言うわけにもいきませんでしたから、黙ってましたけど。
 それにVTシステムが仕掛けられていなかったり、全く別物のシステムが搭載されている可能性もありましたから、あまり迂闊な事も言えませんしね。』
『そうか。』

 VTシステム。
 総合優勝者たる「ブリュンヒルデ」を含めた、モンドグロッソの部門優勝者「ヴァルキリー」達の戦闘データを解析し、それをトレースする事によって彼女達の戦闘能力を再現しようというシステム。
 中身の戦闘能力がモロに反映されるISにとっては、まさに究極といって良いほど凄まじい威力が期待できるシステムではあるのだが、あまりにも強力すぎる為か研究開発所持その他諸々を禁止されているご禁制品でもある。

 そのご禁制品が何故かシュヴァルツェア・レーゲンに仕込まれており、中身とISの破損状況と中身の感情の触れ幅が大きくなった時、それに呼応して起動するように仕掛けられていた様子だった。
 千冬もラウラに尋ねてみたが、どうも彼女はVTシステムが自分のISに仕込まれている事など知らなかったようだ。

 零落白夜にエネルギーを食い尽くされた、という形で倒されたシュヴァルツェア・レーゲンの破損状況はそう酷くなく、その為こういったシステム周りの調査は比較的楽に済んでいる。

『でも、なんであんな変異をする必要があるのかは、お話の中でも分かりませんでしたけどね。
 単純に貴女の真似をするのなら、武装を雪片と同型のブレードに作り変えるだけで良いでしょうし。』
『そこら辺の描写は無かったわけか。
 その辺は、こっちの実際の調査でも分からず終いでな。』

 その変異のお陰で一夏が付け入る隙が生まれたのは助かったが、逆の立場から見れば変異という隙があったためにマトモに運用する事が出来ず、よりにもよって消耗しきったド素人に潰されるという失態を演じたという事でもある。
 明らかに欠陥品だった。

『解析してみたが、あのVTには他にも欠陥が見つかった。
 モーションパターンのみが私をトレースしていて、他がサッパリだったんだ。』
『機械的な読み易いモーションばかりでありながら、戦い方でその隙を悉く潰しているAC上級プレイヤーの戦闘データの真逆、っていう所ですか?』
『ああ、そんな所だ。
 あれではたとえマトモに一夏と戦えた所で、下手したら敗北していたかもしれん。
 少なくとも素のボーデヴィッヒより弱い事は確実だ。』

 もっとも、機械ならではの油断の無さもあったがな。
 千冬はそう付け加えた。

『……それにしても、今日やるんですか?
 クラス代表決定記念パーティー?』
『私も明日か明後日にでもなると思っていたんだがな……』











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 時々、十代の少女のパワーには圧倒させられてしまう。
 かつては自分自身がそうだったというのに、千冬は彼女達のどこにこんなパワフルな勢いが沸いて出るのかが分からなくなる時がある。

 既にパーティーの準備は整えられ、
「織斑くん、クラス代表決定おめでとう!!」
と書かれた横断幕さえぶら下がっていた。

「仕事……早いですね、彼女達……」
「普段からこう動けていれば良いんだがな……」

 教員二人は呆れた様子で、すっかり出来上がったパーティー会場と化した食堂を見渡した。
 彼女達の傍らには、今日戦った二人がいる。
 ラウラは先日の千早のようは大げさな負傷をしていなかった為、今日の内に動けるようになり、この場に来ている。

「ところで千冬姉。
 俺達の勝ち点って、2人とも勝ち2負け2で並んでるだろ?
 それなのに、なんで俺って決まっちまってるんだ?
 今日の試合だって、あれ見りゃラウラの方が俺なんかよりずっと強いのは誰にでも分かる話じゃないか。」

 一夏は釈然としない様子で首を捻る。

「織斑先生と呼べと何度言えば……まあいい。今は半分プライベートのようなものか。
 それはな一夏。直接対決で勝ったのがお前だからだ。」

 と、千冬は一夏の頭を抱き寄せ、その耳元に唇を近づける。
 そして小声で囁いた。

「よくやってくれた……いや、ありがとう、一夏。
 単独でボーデヴィッヒを倒せなどと、我ながら相当な無理難題だと思ったんだが、よく応えてくれた。」
「あ、ああ……」

 一夏は思わぬ千冬の行動にドギマギしてしまう。
 姉とはいえ、飛び切り美しい年頃の女性である事には違いなく、このように抱き寄せられると甘い芳香や耳元への吐息、不可抗力で触ってしまう大きくて整っていて柔らかいもので胸が高鳴ってしまう。

「あの、教官?
 私を倒せとは一体どのようなつもりでおっしゃったのですか?」
「って、てててててって、ていうか、姉弟で不潔ですよっ!!」

 キョトンとして純粋な疑問を口にするラウラと、顔を真っ赤にして慌てた様子の山田先生の様子に対して、一夏は真っ赤な顔をして千冬から離れる。
 千冬の方も恥らうように、そっぽをむく。

「あの……教官?」
「え? いや、ああ、何故一夏にお前を倒せといったのか、という話だったな。」

 千冬は慌てて話を変えるかのように、かつて一夏に話した内容、即ちラウラが調子に乗って大きな失敗をしてしまわないうちに、格下である一夏相手の敗北を味合わせて大きな被害を未然に防ぐ、という話をした。

「調子に……確かにAICに頼り過ぎていたようには感じていますし、以前御門千早から受けた協調性が無さ過ぎるという忠告も今なら分かります。
 そんな事は分かりきっていた筈なのですが……環境が変わったせいか、平静を保つ事ができず、忘れてしまっていたようです。」
「……環境の変化か…………
 まあ、ここまで激変してしまっては、戸惑い混乱するのも無理は無いか。」

 何しろ生まれた頃から軍隊に所属していたラウラである。
 来る日も来る日も、腕立て伏せ1日中、古今東西の戦史研究講義に部隊運用訓練、10Kmダッシュ走や20Km走、地雷原走破訓練、拷問耐久訓練、爆発物処理訓練、百人組み手などの白兵戦・銃撃戦・IS戦訓練etcetc、挙句の果てにはサバイバル訓練の一環としてナイフ一本と調理器具だけを持たされて餓えた熊と同じ檻に入れられ
「今夜は熊鍋だ。」
と突き放されるような地獄の訓練漬けの生活を幼い頃から送っており(流石に熊鍋は最近の話だが)、もはやそれこそが彼女にとってのごく普通の日常なのである。

 その彼女にとってキャピキャピした女の園への戸惑いは、ハッキリ言って一夏や千早のそれすらも上回っていた。
 彼女にとって、ミーハーなIS学園生など理解不能な異次元の生命体である。
 そのIS学園のOGが多いためIS学園生と似たようなメンタリティを持っていた部下達と、ラウラの折り合いが悪いのも当然であった。

「軍人としては、この程度の環境の変化についてこれないとは……トンでもない失態です。」
「……いや、この環境の変化は洒落にならん。
 流石に多少の混乱は許容範囲だ。
 私が言いたいのは他の事だ。」
「他の事?」
「あまり弱い者や非戦闘員を舐めるな。
 戦闘要員だけでは世の中は回らんし、お前自身新兵や訓練生の頃は誰しもが弱い事など百も承知だろう。
 それを忘れかけていたんだぞ、お前は。」
「……」

 ラウラはうつむいてしまった。
 彼女自身、分かってしまっているのだろう。
 しかし彼女は、非戦闘員については良く分かっていない自分も感じていた。

 ラウラが今まで暮らしていた環境は、軍事兵器のトライアルそのものであり、戦闘力の高低など軍事関係のスキルや能力以外、一切が評価対象にならない環境である。
 その為、頭では建築業者や畜産農家など、軍人以外の職種がいなければ世の中が回らないと分かっていても、イマイチ実感が沸かないのである。
 しかし千冬は戦闘力の低い者を守る事が軍人の本分であると言った。
 ならば、非戦闘員についても多少は理解を深める必要があるのだろう。
 軍事能力のみを追い求めた生き方を今更改める事は出来ないと思っているが、それでも千冬の今の言葉には忠実でいたかった。

「まーまー先生、今はお説教はいいっこ無し!!」
「みんなでパアッと楽しんじゃいましょう!!」

 女生徒達はそう言って一夏とラウラの手を引いていき、壇上に連れて行かれてしまった。
 壇上には千早、セシリア、シャルロットの三人が既に並べられており、クラス代表選考戦参加者の音頭で乾杯をするという事になっているらしい。

「まあ細々とした前置きはなしにしましょー!!
 打ち合わせしてないから、どうせグダグダになっちゃうのが目に見えてますし!!
 それじゃあ、皆さんご一緒に!!」
「「「「「かんぱーい!!」」」」」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「かんぱーい!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 パーティーが始まった。
 血も凍るような惨劇の舞台になるとは、誰も知らずに。











===============










 事の発端は、女生徒達の間で千早の美貌が話題に上った事だった。

「流麗な銀糸の髪、菫色の神秘的な瞳、抜けるように白くて硝子のように透き通った絹のようにキメ細やかな肌……もう同じ人間じゃないみたいに綺麗よね……」

 そう振られた箒は頷かざるを得ない。
 容姿の優劣で彼女が対抗できる相手ではないのだ、千早は。

「しかも聞いた? お料理が得意って尋常じゃないレベルなんですって!!」
「うん、そうだよ。
 僕も食べさせてもらったけど、千早さんの作ってくれたお菓子って無茶苦茶美味しいんだ。」

 シャルロットがうっとりした表情で応じる。

「ええぇぇっ、本当!?
 食べてみたいなぁ。」
「千早さんは、そのクッキーを作りながら作り方を解説していたんだが、これが懇切丁寧でな……」

 箒はその時の様子を思い浮かべて、シャルロットの話を補足する。

「その上、親しみ易いにもかかわらず上品かつ優雅な物言いでしたわ。」

 今度は箒の台詞にセシリアが続いた。

「はあ……女らしさではどう足掻いても歯が立たんな……」
「あれで本人は自分は男だって言い張ってるのがシュールだよね……」

 少女達は同時にため息をついた。
 そんな話の中に、キョトンとした表情のラウラが入ってきた。

「は? 貴様等何を訳の分からない事を言っているんだ?
 女らしさならば、教官が最も女らしいだろう?」
「「「「「「「「「「「「「「「「へ?」」」」」」」」」」」」」」」」

 少女達は目を丸くする。
 確かに千冬は美しいが、そのベクトルはかっこ良いという方向に大分向いている。
 女らしくないとは口が裂けても言うつもりはないが、女らしさで千早と見比べたら見劣りがしてしまう感があるのは否めなかった。

「? なんだその反応は。
 いいか、貴様等。
 教官は強い。御門千早などとは比べ物にならないくらいにな。
 女性であることがIS装着者の前提であり、IS装着者は他の何より戦闘力が高い事を求められているのであれば、私達IS装着者にとって女らしさとは戦闘力の高さのことだ。
 故にこの学校で最も女らしい女性とは、教官を置いて他には無い!!」

 と、目ざとい少女がある異変に気付くが、それに気付いてしまったが為に足がすくんで動かなくなってしまう。

「容姿が優れている?
 料理が出来る?
 上品で優雅?
 そんな物は犬にでも食わせておけ。
 私だって御門千早に女らしさで劣っているつもりは無い。
 何しろ私の方が奴より強いからだ。
 貴様等も料理だの上品さだの優雅さだのといった下らんものの事は忘れて、教官を見習って」
「私の何をどう見習えと言うんだ?」

 そうして、千冬は凄まじい殺気を放ちながらラウラの首根っこを掴んでパーティー会場から出て行ったのだった。
 その殺気をモロに浴びてしまった少女達は、例外なくこう述懐した。

「生きた心地がしなかった。」

 と。











===============










 翌日。

「何故だっ!!
 何故あそこで教官はあんなにも怒り狂ってしまったんだ!!
 分からない。私にはサッパリ分からない!!」
「……なあラウラ、それってマジで言ってんのか?」

 などと、やつれた様子のラウラが、震えながら一夏に愚痴っている様子が見られたという。










==FIN==


 原作のラウラより女の子的側面がちょっと弱いラウラさんです。
 彼女にとって自分が女の子であるという事は、ISが使えるため男性の同類よりも優れた兵器として扱われるようになった要素でしかありません。

 さて、原作の話では公式にラウラ<<山田先生となるらしいんですが、戦闘訓練受けた時間はラウラの方が長いはずなんですけどねぇ……素質の面で山田先生の方が上という話なんですかね?
 経験の差っつったって、その経験でラウラの方が上でしょうに。

 普通に考えれば、楯無のようなラウラと同じガチの生物兵器か、彼女と同じような地獄の訓練を4,5年以上受けた軍人IS装着者、あるいは瑞穂ちゃんや千冬のような人類の規格外でなければ彼女より強くなりようが無いと思うんですが……




[26613] 兵器少女ラウラ=ボーデヴィッヒ(短いです)
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/05/01 23:01
 火曜日の昼休み。
 五反田 弾は親友からの電話で、血も凍るような内容の相談を受けた。

 ラウラ=ボーデヴィッヒという少女が昨日やらかした事。
 その少女が、何故自分が千冬に怒られたのかサッパリ分かっていないという事。

 そして彼女が千冬が怒った理由をクラスメイトを始めとする女生徒や教員に訊ねて回っているが
「貴女自身、女の子なんだからそんなの分かりきってる筈じゃない。」
 と返されて要領を得る事ができず、それならばと男性である一夏に相談してきたとの事。

『と言うわけでだ、弾。
 ラウラの奴になんつったら納得してもらえると思う?』

 普段の一夏の女性がらみのトラブルならば、いつものごとくにべも無く突っぱねていただろう。
 だが、今回ばかりはラウラという少女のみならず、一夏の命にも関わりかねない。
 千冬が担任を務めるクラスで、千冬を激怒させかねない爆弾がクラスメイトというのは恐ろしく胃に悪いからだ。

「ははははは、この野郎、怪談にゃあまだ早えぞ。」

 弾は既に汗びっしょりになっている。
 怖い。
 冷や汗が止まらない。

『そう言うな。
 マジで死活問題なんだ。』
「つか、なんで俺に相談してんだよ!?」
『ラウラの奴が、この件に関しては女は頼りにならんっつってな。
 千早に相談しようかとも思ったんだが、ラウラはアイツの事女の子だと思っててさ。』
「……男でも役に立たんわっ!!」
『分かってるよ、そんな事。
 だけどな、今、俺のすぐ傍でそのラウラが正座して、俺達の結論待ってるんだ。』

 弾と一夏は電話越しに、同時に頭を抱える。
 心なしか、頭が痛い。

「ええと、一夏。確認良いか?」
『? なんだ?』
「そのラウラって娘、もしかして無茶苦茶世間知らずか?」
『ああ。
 なんでも赤ん坊の頃から「戦闘力が高い」とか「指揮能力が高い」とかっていう軍事に関係する能力だけが評価対象って環境で生活していて、それ以外の価値観がサッパリ分からないんだと。
 辛うじてお金と食料品なんかの価値は分かるそうだが、それにしたって食えなきゃ戦えないとか、お金がないと物資の補給や拠点建設、新兵器開発や兵員への給与支払いが出来ないとかって、軍事に結び付けて考えてるし。』
「ずいぶんミリタリーな箱入り娘だな、おい……」

 光明は見えたような気がするが、頭痛はかえって酷くなった。

「つまりだ、その世間知らずが問題なんだろ?
 IS装着者にとっては「女らしさ=強さ」なんだから一般的な意味での女らしさなんてどうでも良い、なんておっそろしい事を平然と言えたのは、彼女には一般的な意味の女らしさが世の中の女性にどれだけ重視されているかっていうのがサッパリ分かってなかったからだろ?
 つまり常識が無いわけだ。」
『そこまでは俺も分かってるんだよ。』
「社会勉強でもさせるか?
 IS学園から連れ出してバイトでもさせてみるとか。」
『俺が提案したらお目付け役やらされるぞ。
 休日が潰れちまうから、それだけは勘弁だ。
 大体お前、俺とラウラ達代表候補生とでどんだけ差があると思ってやがる。
 オリンピックの強化選手とそこらの小学生くらいの差、いやそれ以上の差があるんだぞ。
 こちとら休日返上どころか夏休みとかの長期休暇返上で訓練漬けにならなきゃどうしようもねえんだよ。』
「でも鈴は一年でそのオリンピックの強化選手になったって聞いてるぞ。
 ずぶの素人からたった一年でなれるくらいなんだから、お前が言うほど凄くないんじゃないか?」
『そりゃ、鈴の才能が化け物じみてただけだ。
 一年で代表候補生になっちまうような奴を、俺達常人の基準に当てはめるな。
 大体代表候補生っていうのは、熊鍋食う為にナイフ一本持たされて腹すかした熊と同じ檻に入れられる連中なんだぞ。
 ただの女の子からたった一年でそうなっちまったアイツの才能が化け物だっていうだけの話だよ。』
「……マジか?」

 ちなみに熊鍋の話はラウラから聞かされた話である。
 一夏は他の代表候補生、つまりセシリアや鈴、シャルロットも当然同程度の訓練を受けているものと思っている。
 実際には、そこまでやっている者はラウラや更識楯無などの、生まれた頃から人間ではなく兵器として育てられた正真正銘の生物兵器達くらいのものなのだが。

『大体だ、お前、あいつ等がどこの誰を目指してるのか分かってるのか?
 地上最強の生物、千冬姉だぞ。
 一年で人間止めた強さになれる位でないと…………』

 と、唐突に一夏の声が遠のく。
 そして電話の相手が一夏ではなくなった。

『弾、一夏借りるわよ。
 あと、熊鍋がどうのだなんて与太話真に受けたら、今度あった時には三枚に下ろすから。』
「いや……そのまんま持ってっちゃってくれ。
 後、そんなもん真に受けないから安心しろ。」

 弾には、鈴音に首根っこ捕まれて連行されているであろう親友の冥福を祈る事しか出来なかった。











===============










「はあ、あんた何考えてんのよ。
 もう一回ISコア無しのISつけてグラウンド走りたいわけ?」

 鈴音はジト目で一夏を睨む。
 彼女もまたラウラから相談された一人だった。

 ……実に返答に困る相談だったので、マトモに応じる事が出来なかったのだが。
 そして千早が一夏に首尾を訊ねる。

「で、一夏。どうだったんだ?」
「ああ、弾の奴も俺らと同じ結論までは行ったんだが、そっから先がな……」
「き、貴様等、この私を世間知らずの箱入り娘みたいに言いおって……」
「ミリタリーの世界の事しか分からないくせに何言ってやがる。
 世の中軍事一色じゃねえんだぞ。」

 一夏は頭を抱えながらラウラに反論する。

「まるで狼少女だね。」

 千早は力なく笑いながらそう言う。

「狼少女?」
「教育学や文化人類学の話になるんだけどね……」

 千早は狼少女についての話を語る。
 それは人間ではなく狼に育てられた為に、狼の常識に従い4つ足で歩き、人間としての常識を持たなかった為に言語能力など人間の能力を得られなかった2人の少女の物語。

「彼女達は普通の人間の文化の代わりに、狼の文化を学んでしまったから、狼の振る舞いや価値観を持つようになったんだ。
 ラウラさんの場合、狼じゃなくて兵器の文化を学んだから、兵器としての価値観が身について、それが人間の価値観とどうしてもずれる、っていう所なんだろうね。」
「……えらくムズい話を…………」
「そうかい?
 僕は雑学の範疇だと思うんだけどね。」

 千早は優雅に話を区切る。

「んで、そのぶんかじんるいがくの話ってー事は……何? どういうわけ?」
「……超エリートの貴女でも専門外の事には弱いんですね。
 つまり狼少女達に対して行われたような、人間としての再教育がラウラさんには必要だという話になるんですが……これ、年単位の非常に根気のいる作業になるんですよ。」
「「…………」」

 千早の話を聞いて頭を抱える一夏と鈴音。
 話した方の千早も大きくため息をつく。

「「ね、ねんたんい……」」
「ちょっとまて、教官を怒らせてしまった理由を理解する為に、なんでそこまで長期に渡る再教育など必要なんだ?」
「ある文化圏に所属する人が別の文化圏について学び、別の文化の価値観を実感として理解する為には結構な時間が必要なんですよ。
 まして貴女の場合、人間とは異質な兵器としての文化、兵器としての価値観が根付いてしまってますから、もっと時間がかかります。
 知識として教える事は可能でも、今回の場合実感を伴った価値観の理解じゃないと拙いですからね。」
「むぅ……しかしだな……」

 ラウラが搾り出すように呟く。

「千冬お姉様のためなら死ねますとか、もっと叱って罵ってとか、でも時には優しくしてとか、そして付け上がらないように躾をしてとか……それが」
「それは価値観に狂いが生じている人たちですから、参考にしないで下さい。」

 とんでもない連中を基準にものを考えようとするラウラを制止する千早。
 マンガチックな表現をするのであれば、彼の後頭部には巨大な水滴状の汗がついていた事だろう。
 するとラウラに安堵の表情が浮かぶ。
 流石にあれを自分より正常だとは思いたくなかったらしい。

「で、具体的にはどうするのよ?」
「社会勉強が一番良いんでしょうけれど……
 ラウラさんと同じような生物兵器は他にも何人かIS学園にいるようですが、彼女達はラウラさんと違って人間の文化に馴染んでいるようです。
 そんな彼女達に、人間としての生き方を教えてもらうというのはどうでしょうか?」
「私のような生物兵器?」
「ええ。何しろこんな学校ですからね。
 本当なら、僕や一夏みたいな単なる民間人の方こそが異分子であるべきなんですよ。」
「……何気に私をハブかないでくれない?」
「……代表候補生は単なる民間人とは言いがたいでしょう、この場合。」
「だが具体的に言って、どこのドイツが生物兵器なんだ?」
「2年の更識生徒会長なんてどうですか?
 僕達と変わらない年齢であるにもかかわらず国家代表である彼女は、何をどう考えても生物兵器です。」

 「インフィニットストラトス」では「一夏」絡みで折り合いは悪かった「ラウラ」と「楯無」だが、ラウラは一夏に恋愛感情を持っている様子は見られないので、良好な関係を築く事が出来るだろう。
 千早はそう判断した。

「お目が高いと言いたい所だが……あの女、相当な危険物だぞ。
 迂闊には近寄れん。」

 しかしラウラは彼女の事を警戒してしまっている。

「まあ、確かに国家代表ですからね。
 僕達1組の専用機持ちが束になってかかっても、30秒以内に壊滅させられてしまうくらい強いみたいですし。」
「そういう意味ではないんだが……まあいい。」

 何しろゲーム本編版とはいえアヌビスを撃墜する危険人物である。
 万が一寝首をかかれようものならひとたまりも無く、しかも彼女は寝首をかくことも仕事の一部という暗部に属する人間なのだ。
 本物の軍人であり、暗部の事情もある程度聞かされているであろうラウラが警戒するのも無理は無い。

「……学園最強じゃないと生徒会長になれないっていうのは知ってたけれど、あれを30秒以内に壊滅可能って…………」
「IS学園の性質上仕方が無いとは言え、バイオレンスな校則だよなぁ……」

 素人である一夏、千早にあんな不覚を取っている1組の専用機持ちでは、正真正銘の国家代表には瞬殺される他ない。
 分かってはいた事ではある。

「でもそうすると更識生徒会長って線は無しになりますよね。
 じゃあ本音さん辺りにしますか?
 彼女は昔から更識生徒会長と家ぐるみのお付き合いをしているそうですから、彼女も生物兵器である可能性が高いですよ。」
「は? あの女、運動神経もIS戦闘能力もあまり高くなかった筈だが?」
「猫被り……偽装なんて、兵器の基本中の基本ではありませんか?」
「ふむ……」

 千早のあずかり知らない事ではあるが、この一言によってラウラの中では「自分より本音の方が、完璧な偽装など細やかな所に手が届く完成度が高い兵器である」という図式が出来上がってしまった。
 その為……

「そういう事ならば、奴が就寝時に身につける着ぐるみの中には、様々な武器が仕込まれているに違いない。
 いや、それか着ぐるみ自体が着ぐるみに偽装したISだな。
 なるほど、常在戦場の精神か。
 見習わねばならんな。」
「……何を馬鹿な事をほざいているんだ、お前は。」

 千冬の出席簿の角の強襲を受ける事になってしまった。


 そしてその夜、ラウラの突貫を受けた本音が、千冬に泣きを入れたのは言うまでも無い。











==FIN==

 へ? ラウラの再教育ならクラリッサ出せ?
 一応、ちーちゃんは彼女の存在を知らない事になってるんで(言ったら軍人であるラウラに「インフィニットストラトス」の事まで話す羽目になって、話がこんがらがる)、彼女の名前は出しませんでした。
 原作みたいに愉快な魔改造されても困りますしね。

 ちなみに本音さんの泣きが入った為、彼女にラウラの再教育をしてもらうという話は流れました。


 しかしラウラより経験が少ない山田先生がラウラより強い理由……
 彼女が千冬さんの直弟子ってーのは忘れてましたね。そりゃあラウラより強い筈です。
 ひこさん、ご指摘ありがとうございました。



[26613] 2巻終了後に1巻ラストって
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/05/01 22:23
 ラウラの再教育について頭を抱えているクラスメイトなどの関係者に助け舟を出したのは、なんとラウラが所属するドイツ軍だった。

 学園に居る人間だとどうしてもラウラが激怒させてしまった千冬に対する恐怖が先に立ってしまうという事で、ラウラの部隊の副隊長であるクラリッサ=ハルフォーフが遠方のドイツからラウラに真っ当な価値観を再教育する……という話なのだが、その実態はラウラ絡みの騒動をどこからか聞きつけたドイツ軍の策略だったりする。
 その経緯は下記の通り。











===============











 ドイツ某所。
 ここは、ラウラが所属する部隊「シュヴァルツェア・ハーゼ」が詰めている駐屯地である。
 女性にしか扱えないISを運用する為の部隊である為、その全員が女性であり、また近年設立されたIS学園のOGばかりなので平均年齢も恐ろしく若い。
 15歳のラウラより若年の者は流石にいないが。

 その部隊の最年長者であるクラリッサは激怒していた。

「くっ、隊長を真っ当な女の子に仕立て上げて、織斑 一夏に接近させろだと!?
 上の連中め、隊長をハニートラップ要員か何かだと思っているのか!!」

 思えば、最初からその兆候はあったのだ。
 ラウラを含め、1組にだけ代表候補生がやけに集まっているという事実。
 それがラウラ達代表候補生を一夏に近づけ、あわよくば彼女達の肉体で一夏を誑し込もうという考えに基いている事は、少し考えれば誰にでも分かる事だった。
 ラウラにしても、男嫌いの英国代表候補生セシリア=オルコットにしても、その性根を考えれば男を誑し込む餌には向かないはずだが、それは一夏自身の異常なモテ方でカバー可能という目算のようだった。
 実際クラリッサは、セシリア=オルコットが一夏に敗れた直後から態度を軟化させ、一夏に積極的に絡もうとするようになったという話を聞いている。

 しかしそうなると、ラウラの兵器として染み付いた独特の価値観が一夏争奪戦においてハンディキャップとなる。
 不用意な発言によって千冬を激怒させるという危険行為の元になった事もあり、上層部は今回の指令を彼女達に下してきたのだろう。

 クラリッサにとって、「シュヴァルツェア・ハーゼ」の隊員は、隊長であるラウラを含めて全員が妹のようなものである。
 今回の指令は敬愛する上司であると同時に末の妹でもあるラウラを男を誑し込むための道具にされているようで、非常に不快だった。

「しかし副隊長、自分は隊長のあの「可愛いというのは何なんだ? それは美味いという事なのか?」という台詞が耳に張り付いて離れません!
 さすがにあのままでは問題があると愚考いたします!!」
「むう、確かに隊長は素材は最高だが、価値観で台無しになっているところがあるのは否定できんからな……」

 クラリッサは一理あると唸る。

「むしろ今回は良い機会なのでは?
 隊長を真っ当な女の子に仕立て上げるのは、我が部隊の悲願でもあったはず!!
 隊長の可愛らしさを今以上に輝かせる良いチャンスです!!」
「……うむっ!!」

 クラリッサは部下の進言を受けて顔を上げる。

「まずは敵戦力の分析から入る!!
 現時点で判明している織斑 一夏についての情報を資料にまとめて人数分用意しろ!!」

 そして彼女達はあまりの戦力差に絶望する事になる。
 彼女達の手元の資料には、一夏の恋人として千早の事が写真込みで書かれていたのだ。

「ふ、副隊長……これは、いくらこちらの戦力が隊長という素晴らしい素材でも……か、勝ち目が…………」
「て……敵戦力、圧倒的ですっ……!!
 これは…………」
「う、うろたえるな!!
 ドイツ軍人はうろたえない!!」

 重苦しい空気が辺りを支配する。

 ちなみに今のクラリッサの台詞の元ネタは、ほぼ男性キャラばかりが活躍するマンガであった為、IS台頭時に女尊男卑に押しつぶされる形で無理やりマイナー漫画扱いされるようになってしまっている。
 とはいえ中身の面白さは折り紙つきである事に変わりなく、IS台頭による日本語の公用語化によって日本で販売されている日本語版を遠く海外のファンが通販で購入するという事も頻繁に行われている。
 まあ、それは他の日本の創作作品においても同じ事がいえるのだが。

「と、とりあえず隊長に、可愛いとはどういう事かとか、一般的に言われている女らしさとはどういったものかとかを教えるところから始めるべきでは?
 織斑 一夏攻略は上からの命令に過ぎず、我々の悲願はあくまで隊長をマトモな女の子にする事ですから。」
「……確かにな。」
「むしろここまで女らしい女性が織斑 一夏の身近にいるというのなら、彼女を通して女らしさとはいかなるものなのかを学んでいただくというのはどうでしょうか?」
「なるほど。
 それならば織斑 一夏に接近しろという命令にも従っている形にもなるな。
 それで行くか。」











===============











「……という訳で、今日一日、貴様に張り付いていたわけなんだが。」
「そのクラリッサさんという人と小一時間ほど話をさせてはもらえませんか、ラウラさん。」

 千早は頭を抱えながらラウラに言った。
 「インフィニットストラトス」において、「ラウラ=ボーデヴィッヒ」を愉快に魔改造していく女性「クラリッサ=ハルフォーフ」。
 いつか出てくるだろうとは思っていたが、まさかこんな風に自分に絡むとは思ってもみなかった。

「っていうか、男の僕に女らしさを学んで来いって……」

 千早はガックリと項垂れてしまった。

「2人とも漫才はその辺にしておけ。
 一夏達の試合が始まるぞ。」

 千早とラウラは箒に促されて、アリーナにいる一夏と鈴音に注目する。

 そう、今日はクラス対抗戦。
 第一試合は、一夏対鈴音だった。











===============











 「インフィニットストラトス」では、酢豚に関する告白を巡って一悶着あった場面なのだが、この2人の間にそのような確執は無い。
 純粋に戦闘を行う為だけに、アリーナに立っている。

 観客席は満員御礼。
 普段からIS学園にいる生徒職員たちだけではなく、外部からIS関連企業やIS国家代表チームなどといったISの関係者達が視察に来ているからだ。

(アイツ、クラス代表選考戦でAIC見切ってたわよね……
 ひょっとして衝撃砲とか、事前に射線見切られちゃう?)
(衝撃砲はまあ千早に散々撃たれてるから、多分打つタイミングとか射線とかは分かると思うんだけど……
 接近戦がなぁ……所詮ずぶの素人ってーのがモロに出るからなぁ……)

 方や飛び道具というアドバンテージがマトモに機能しない事に頭を抱え、もう一方は接近戦しか出来ないのにその接近戦でまるで勝ち目が無いという事実に頭を抱える。

 かつて修得していた武術は錆付いたを通り越して完全に朽ち果てており、今の一夏は正真正銘の未経験者より多少マシ程度。
 千早との訓練やシミュレータで奇跡的に僅かながら復旧できたとは言え、かつてのそれに比べると見る影もなく劣化している。
 喩えるなら、小学生の一夏を数打ちではない職人の心血が注がれた太刀とした場合、今の一夏はそこらに転がっているペーパーナイフにすぎない。
 そんな事で、たった1年で代表候補生にのし上がった大天才である鈴音に敵う筈が無い。
 それが一夏の自分への見立てである。
 一夏は散々千早に無力をなじられてきたせいか、「一夏」のような実力が伴わない大口叩きを極力避け、自分の実力を正当に判断しようとする。
 そうして下した「正当な評価」がこれであった。

 一方で鈴音は、自分より明らかに格上のラウラを下した一夏に対して油断をするなどという間抜けな真似はしない。
 もし仮に、自分の武器でもAICを切り裂けると仮定しても、一夏のようにラウラに打ち勝てる自信は全く無かった。
 それなのに油断などできよう筈が無い。

(ラウラみたいに油断してくれてりゃ何とかなると思うんだが……あんな大金星挙げちまった直後に油断してもらえるとか、ねえよなぁ。)
(接近戦ならひょっとしたら勝てるんだろうけど、一発でもウッカリ貰えば零落白夜や絶対防御強制発動で一撃必殺とかないでしょ!?
 マグレ当たり一発でサヨーナラなんて反則じゃない!!)

 2人の苦悩を余所に、無常にも試合が開始されたのだった。

 鈴音は動かない、否、動けない。
 何しろ一発が怖い接近戦オンリーで一夏を下さねばならないのだ。
 待ちに徹して、一夏側の攻撃の隙を突くしかなかった。

 一方で一夏の方も動けない。
 何が悲しくて待ちに徹している格上の懐に、自分から突っ込んでいかねばならないのだ。
 いくら完全なド素人に成り下がったとはいえ、100%確実に撃墜されると分かっていて無為に突っ込むほど馬鹿になった憶えはない。

「男らしくないわね。
 さっさとかかって来なさいよ!!
 どうせアンタってば接近戦しか出来ないんだから!!」

 鈴音はそう言いながら衝撃砲を連発する。
 案の定完全に見切られており、アサルトライフルのような連射がきかない事もあって当たる気がしない。

(距離をとられるとジリ貧よね……当たる気がしないっていうか、飛び道具の類はガトリングガンやアサルトライフルの乱射じゃないと当たんないんじゃないの、コレ?)

「何が悲しくて待ちに徹している格上の懐に突っ込まなきゃなんねえんだよ!
 何をどう考えても、突っ込んだ回数だけカウンター貰うだけじゃねえか!!」

 甲龍の手の中で、凶悪な大きさでありながらバトンのようにクルクル回転している二振りの自称青龍刀を見ながら、一夏はそう答えた。

「シャルロットと戦ってた時はやってたじゃない!」
「そりゃ逃げ回っててもジリ貧だったからだよ!!
 大体、突っ込んで負けてたじゃねえか、俺!!」

 鈴音はいっその事自分から突っ込もうかと考えるが、頭を振る。
 白式の方が圧倒的に早いのだ。
 突っ込んだところで再度引き離されるだけで、待ちが完璧ではなくなるというリスクの方が遥かに大きい。

 と、唐突に白式が動く。
 得意の連続瞬時加速でない事が気がかりだったが、鈴音はようやく仕掛けて来てくれるのかと、白式迎撃の為に神経を集中させる。

 と、白式が時折瞬時加速を行うようになる。

(うっわ、キチンと反応してるわ……
 やっぱスピードでかく乱って言うのは無理があるってことだよなぁ。
 しかもコイツはプロトタイプネクストとも何度かやってるから、目の前で瞬時加速かましても見失うなんてマヌケは曝してくれないだろうし。
 手詰まりだなあ……
 やれるとするなら……後の先をとれた場合かな?)
(コイツ自分の速度に私がついてってるのか見てるみたいね……
 うう、ついていけてない振りでもしとけば良かったかなぁ。)

 と、白式は連続瞬時加速を使い時速850Kmでの複雑な機動で鈴音の甲龍に迫る。

(よっしゃ、来た!!)

 鈴音は背後斜め下から迫る白式を気付かない振りをしながら引き付けてから、白式目掛けて得物を振るう。
 だがその直前、白式が瞬時加速で逆噴射してほんの少しバックした為、青龍刀は空を切る。

(へ? っ!!)

 一瞬惚けた鈴音は先日の一夏対ラウラの顛末を思い出し、もう一方の青龍刀で瞬時加速で突っ込んできた一夏を迎撃する。
 だが、惚けた一瞬が余りにも痛かった。

「あっぶねぇなぁ……一瞬惚けて隙が出来てたってぇのに、もう少しで迎撃される所だったぞ。」
「そ、そうね。も、もう私には、二度とこんなの通用しないわよ。」

 鈴音の腹部には容赦なく雪片弐型が打ち込まれ、発動した絶対防御は甲龍のシールドエネルギーをごっぞり削り取っていった。
 鈴音は腹部の激痛に耐えながら一夏に対する迎撃体制を瞬時に再建させる。

 と、衝撃が二人を襲う。
 その方向に意識を向けてみると、そこには全身装甲型の……











===============











「……どういう事なの?」

 束はIS学園にハッキングして一夏達の試合を観戦していた。

 「インフィニットストラトス」の7巻に、「束にしか無人機を作る事は出来ない」と明言されていたのに、自分が送り込んだ覚えの無い無人機が一夏達を襲っている。
 さらに言えば、作った覚えの無いデザインの無人機だった。
 一夏は対戦相手の少女を庇いながら戦っており、随分戦い辛そうにしている。
 程なくして、無人機からの妨害電波で束からもアリーナの様子を見る事ができなくなってしまった。

 束はその展開に戸惑う。

 確かに彼女の世界と「インフィニットストラトス」で描かれた物語とでは、相違点が存在する。
 何もかもが物語通りではない以上、彼女の世界には、彼女以外にも無人機を作ってしまえる人材がいてもおかしくは無い。
 だが……その事が分かっていてもなお、無人機の存在は束の不安を掻き立てる。

「「インフィニットストラトス」を成立させようとしている誰かがいるの……?
 ダメ、「インフィニットストラトス」を、いっくんが一番弱くて女の子に助けてもらって成り立つお話なんか、いっくんが主人公で箒ちゃんがヒロインのお話なんか成立させちゃダメッ!!
 破綻させなきゃ、「インフィニットストラトス」を破綻させなきゃっ……」

 束は自分の世界にある一つの危惧を持っている。
 それは世界そのものが物語に類似しているという事は、物語上のお約束がある程度適用されるという事。

 たとえば、今は見る影もなく衰えているとはいえ、かつての一夏は本当に強かった。
 つまり、主人公補正による強烈な武術の素質が彼には存在していた。
 現在でも見られる一夏の強烈なモテッぷりにしてもそうだ。

 千早は「そのような有利な補正は、存在しないかも知れない」という危惧を持っている。
 だが、束の危惧はその真逆。
 物語の中にしか存在しないような不都合な『お約束』が、自分達の世界にあるかもしれないという危惧。
 だから彼女は物語を破壊したい。
 「インフィニットストラトス」を破綻させたい。
 そうすれば、物語上の『お約束』が起きないかも知れないから。

 一夏をIS学園に入れなければ彼は再び誘拐され、今度こそ取り返しのつかない事態になってしまうと考えられた為、一夏のIS学園入学を取りやめる事は出来なかった。
 だが、色恋沙汰において誰も勝てない無敵のヒロインという立場によりにもよって男である千早がいれば、ラブコメとしての「インフィニットストラトス」はぶち壊しになるはずだ。
 それに「インフィニットストラトス」に本来存在しない千早が、全てを滅茶苦茶にしてくれるかも知れない。
 千早との猛特訓やシミュレータによる特訓を続けて一夏が一番弱くなくなれば、弱い一夏を女の子達が守り、何かにつけてISについて教えるという「インフィニットストラトス」の基本ラインを否定する事ができる。

 だから彼女は千早をIS学園に放り込んだのだ。

 一番大切な妹の長年にわたる思いをサポートする事を諦めてでも、彼女は「インフィニットストラトス」を破綻させて……

「ちーちゃんが、ちーちゃんが死んじゃう…………っ!!」

 千冬が抱える「主人公の家族であり保護者であると同時に世界最強」という特大の死亡フラグをへし折りたい一心で。

 いくら彼女にとって箒の方が千冬より大切であっても、流石に箒の恋愛と千冬の生命では後者の方が重い。
 しかし、脳裏に焼きつく無人機が暴れている光景は、物語上の「篠ノ之 束」の役割をボイコットしている自分の代役が用意されているようで、彼女から不安を際限なく引き出してくる。

 不安の余り恐慌状態直前にまでなってしまう束。
 それは、彼女の世界の人間には到底想像もつかない……ごく普通の人間としての束だった。











===============











「ちょっと一夏、私だって素人に庇われるほど落ちちゃいないわよ。
 庇ってくれなくても大丈夫だから!!」
「シールドエネルギーがねえんじゃ腕の差なんて関係ねえだろっ!!」

 とはいアリーナの遮蔽シールドをぶち抜いた全身装甲機のビームは、エネルギーシールドをぶち敗れる代物。
 原理的にアリーナの遮蔽シールドとISのシールドは同じ物だからだ。
 直撃を受ければ、エネルギーが残っている一夏の方もタダではすまない。
 とはいえ、シールドエネルギーが枯渇寸前の鈴音よりもマシである事は確かだった。

 しかし、射撃用の武装が無い白式では、ビームを防ぐ楯として零落白夜を射線上に置く事が精一杯。
 距離を離せばとても戦えたものではなく、さりとて接近しようにも鈴音を庇いながらでは近づけない。

 一応鈴音も衝撃砲を放っているのだが、空間の歪みを見切られてしまうのか避けられてしまう事が多く、また命中弾も大したダメージになっている様子はない。
 防御力が非常に高いようだった。

 このままではジリ貧である。

 と、2人に通信が入る。
 プライベートチャンネルではなく、オープンチャンネルで、発信者は千早だった。

『2人とも、零落白夜か敵のビームで遮蔽シールドに穴を開けて一旦外に出て!!
 僕が入れ替わりで中に入って敵機を引き付けておくから、その間に白式のエネルギー補給を済ませて専用機持ちを集めるんだ!!』
『それでどうするんだよ!!』

 一夏もオープンチャンネルで答える。
 周囲で通信を聞いている者達に話の内容を分からせる為だ。

『零落白夜で突入口を開いて、そこから専用機持ち達に突入してもらう!!
 彼女達は全員僕達2人より強い筈だから、人数が揃えばアイツにも勝てる!!』
『分かった!!』

 その通信を聞いていた専用機持ちの少女達の動きは早かった。
 お互いに探しあい、スムーズに一夏と合流できるよう一塊になっていく。

 一方、一夏は敵機直上付近でワザとビームを撃たせて遮蔽シールドに穴を空け、そこから鈴音を抱えて瞬時加速で脱出し、入れ替わりに千早がアリーナの中へと突入する。
 無人機はなおも一夏達を狙おうとするが、千早の衝撃拳で体勢を崩されてしまう。

『千早っ、お前病み上がりなんだから無理すんなよっ!!』
『分かってる!
 こちらに注意をひきつける最低限の攻撃以外は逃げに徹する!!』

 プライベートチャンネルで互いに声を掛け合い、そうして自分のやるべき事に向かう二人。

(さて1巻の無人機か……
 逃げに徹すれば当たらないだろうけど……コイツが一夏狙いだった場合は、そうも言ってられないな。)

 千早は銀華のMaxスピードである940Kmで鋭角機動を行いながら無人機に迫る。
 無人機は長大な腕を振り回すラリアットで応じるが、いくらなんでもそこまで大雑把な攻撃が異常な運動性を誇る銀華に当たる筈もなく、逆にすれ違いザマにアンロックブレード『銀氷』で斬りつけられる。

(くっ、やっぱり堅いっ!!)

 銀華はISとしては非力な部類に入る。
 そのためか、時速940Kmの運動エネルギーを乗せた刃という暴虐の塊の筈の攻撃は、決定打には程遠いダメージしか与えられなかった。

(僕だけじゃあ火力不足かっ!)

 千早は内心そうこぼす。
 しかし、無人機の注意はひきつけておかねばならなかった。

 一方、一夏も困っていた。
 エネルギーを補給するアテが無いのだ。

 いつもはピットに戻ってエネルギーを補給していたが、今は観客席にしかいけない。
 あの機体のしわざなのだろうか、アリーナ中の遮蔽シールドがLv4に再設定され、アリーナ中の扉が全てロックされてしまっている。
 この状況では、エネルギー補給もママなら無い。

「くそっ、これじゃあ零落白夜が使えないぞ!!」
「あたしもこのまんまじゃ格好がつかないんだけど……」

 と、そこへ紅椿を身につけた箒がやってくる。

「箒?」
「紅椿の絢爛舞踏ならエネルギー補給が出来ると思ってな。
 もっとも、本来ならそうおいそれとは使えない単一仕様機能だ。
 実際、今まで何度も試してみたが、使えたためしが無い。
 ……まあ使えなかったら使えなかったで、紅椿のエネルギーをそのままお前にやる。」
「え? ああ。助かる。」
「でもコアエネルギーを融通しあうなんて、そんな簡単に出来るの?」
「普通のISならコアエネルギーを融通しあうのは難しいだろうが、紅椿は絢爛舞踏による自機及び僚機へのエネルギー補給を前提に開発されたISだ。
 やってやれん事は無いと思うが……」
「……補給用の割にトンでもない強さだよな。」

 戦闘機より強い空中給油機のようなものだった。

「いくぞ、一夏。」

 箒は「絢爛舞踏」という字面だけを頼りに、紅椿から絢爛舞踏の使い方を引き出し、実行しようとする。
 ……だが、仮にも単一仕様機能である。
 そう簡単に使えるものではなかったらしい。

「くっ、やはりやり方が分からんかっ!!」
「じゃあ、紅椿のエネルギーを直接白式に移すのか?
 そっちの方もやり方が分からないんじゃないか?」
「だが、単一仕様機能である絢爛舞踏よりは出来る可能性が高い。
 それに……お前の役に立たせてくれ。」

 箒がそう言って一夏の手をとる。

「展開装甲の応用範囲の広さなら……エネルギーの受け渡しぐらいやってみせろ……っ!!」

 紅椿の全身の装甲が展開し、光の流れが白式の中へと流れ込む。

「おっ、すげぇ、シールドエネルギーが本当に回復してきてるぞ。」
「よし、満タンになったら言え。
 こっちは消耗が激しい。
 どうも今のはあまり効率の良い方法ではないようだ。」


 と、その時、無人機が一夏達に狙いを定めてビームを放とうとして千早に阻止される。
 そしてエネルギーを満タンにしてもらった一夏は、他の専用機持ち達の所へ行き、彼女達が突入する為の遮蔽シールドの穴を零落白夜で切り開いた。


 ……その後は詳しく描写する必要がないほど、一方的な展開となった。
 一夏が空けた穴から突入した専用機持ち達の猛攻に、たった一機の無人機が耐えられる筈もなかったからだ。











===============












「無人機……か。」

 千冬はそうごちる。
 今回、アリーナを襲撃してきたISは、本来なら有り得ない無人のISだった。
 破損部分からナノマシン入りの水を入れてかき回す更識楯無の内部破壊によって、外装こそ無事ではあるものの中身はグシャグシャになっていた。

 が、ISコアは無事だった。

「467個のISコアに該当しないISコア……か。」

 実の所、銀華と紅椿のISコアも467個に入らない新造品なのだが、これらはISコアを自力で作ることが出来る束の手によって作られたISであり、さして不自然ではない。
 しかし無人機に関しては……

(「インフィニットストラトス」7巻には、無人機は『篠ノ之 束』にしか作れないと書いてあったのに、私が作った覚えの無い無人機がアリーナを襲った……か。)

 束の自己申告である為、真に受けるのはどうかと思ったが、確かに彼女にあんな真似をする理由は千冬には思いつかない。
 それに今の彼女は純正太陽炉やら男性用ISやらの研究でそれなりに忙しい筈だった。
 わざわざ無人機を作って、どこかからの刺客のように振舞わせるヒマはないはずだった。

(ふん、友人の弱みと言う奴か。
 なんだかんだ言いながら、奴を信じたい私がいる。)

 何にせよ、無人機の主を放置しておく事は危険なように感じたが、打てる手立てがない事も事実だった。

「歯がゆいな……」

 千冬は一言だけ、そうこぼしたのだった。











==FIN==

 さて、セシリアさんに続き、新たにちーちゃんを参考に女らしさを磨こうという女の子が出現しましたw
 まー、例えばまりやとちーちゃん並べて、どっちが淑女に見えますか、どっちを見習ったほうが淑女になれますかって言ったら……
 ちーちゃんの女子力はハンパ無いですからねww

 一方の束さんですが……こういう情報って小出しにした方がいいんでしょうけどねぇ。
 プロットほぼ無しの書きっぱなし品なので複線として回収できる自信も無く、ここで一気に大放出させてみました。
 一応この束さんの心情を知っているのは、ISキャラでは彼女一人です。
 おとボクキャラも、少なくともちーちゃんは知りません。

 しかし、絢爛舞踏なしでもこの人は電池ですか……



[26613] ちょっくらハードル上げてみよっか
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/05/05 19:40
 クラス代表選考戦とクラス対抗戦があった週の週末。

「思えば今週も結構盛り沢山だったよね。」
「ああ……」

 できれば休日には午前3時間、昼食後3~5時間、夕食後4~5時間訓練をしたいと思い(午前と午後はどちらかが訓練で無く座学になるが、それにしたところで7時間以上)、実際シミュレータ導入前まではそんな感じの生活をしていた一夏と千早だったのだが

「オーバーワークという言葉を知ってるか、お前等。」

 という千冬のありがたいお言葉と、シミュレータ導入後に来るようになった「アリーナを占領し続けるな」というIS学園からのお達しに阻まれ、そこまで充実した訓練はできない状態にある。
 千早に対しては「病み上がりでそこまで飛ばすな」という意味もあるのだろう。

 まして今日はシミュレータの設定修正及びアップデートの為に史が来ている為、なおさら訓練は出来ない状況にあった。
 ちなみに彼女はシミュレータの開発者として、その調整をしに来ているという名目でIS学園に来ており、今回は束と一緒ではない。
 シミュレータの有用性や彼女が代表候補生でない専用機持ちである千早の身内であり、また名目上とはいえ束の助手でもある事を考えれば単独行動は危険である為、束謹製の移動用巨大ニンジンで直接IS学園に乗り込んで来ており、IS学園到着後は事前に束から話を聞かされている箒が彼女の護衛についている。

 そんな史と箒の為に、千早は

「~~♪ ~~♪」

 鼻歌交じりに、実に楽しそうに料理を作っていた。
 主人である筈の千早が使用人の史の為に料理を作るというのは不自然なようではあるが、千早にとっては当たり前の事だった。
 まして、今、彼女は千早と一夏の為にシミュレータに手を加えてくれているのだ。
 そもそも千早は自分の性根がねじくれていると言い、実際男性でありながら男嫌いなど捻じ曲がった部分がある事は確かだが、彼の根本的な性格は世話好きで母性的なのだ。
 自分の為に頑張ってくれている史の労をねぎらう為に料理を振舞うというのは、千早にとっては当たり前の行為だった。

「随分楽しそうだな。」
「まあ料理をする事は好きですからね。」

 見た目幼いラウラに、微笑みながら惚けるほど優しい口調と声色で応える千早。
 その姿は妹に話しかける姉、あるいは娘に語りかける母親を連想させる。

 千早本人は苦笑のつもりなのだろうが、その微笑みは魅力的で銀糸の髪にも負けないほどの輝きを放っている。
 千早が男性である事を知っている一夏以外の男性であれば、一発で魅了されてしまうであろうほど銀の少女の微笑みの破壊力は凄まじい。
 見れば女性でありながら千早の女性的な魅力にやられ、見惚れてしまっている女生徒の姿が何人も見られる。
 その中には千早の背中に母親を見ているシャルロットや、母性を見出しているセシリアの姿もある。
 そんな女生徒達、そしてラウラと一夏の姿を見て、優雅に微笑みながら千早はこう付け足した。

「どうも史や箒さんの分だけではなく、貴女や一夏、それに彼女達の分も作る必要があるみたいですね。」
「私の分まで作るのか?
 お前は私を嫌っていたと思ったのだが。」
「あれは貴女の態度に問題があったからですよ。
 今はあの時の僕の忠告も聞き入れてくれているようですし、そう何時までもグチグチ言う趣味はありません。」
「ちょっとこの人数分をお前一人じゃ辛いだろ。
 俺も料理が出来ないわけじゃないし、手伝うぜ。」
「ん、すまないね一夏。」

 そうして一夏が千早の手伝いに入る。
 一緒に料理をする一夏と千早、そしてその2人の様子を見ているラウラという図は、夫婦で料理している両親の姿を眺めている娘を連想させた。
 千早とラウラの髪が共に銀髪である為、なおさらだった。

 トントントントン……と軽快な包丁の音が聞こえてくる中、2人は実に楽しそうに料理をしていた。
 そんな事をしているとますます恋人疑惑が強くなってしまう、という事にも気付かずに。











===============










「史、シミュレータのアップデートありがとう。
 久しぶりに史に食べてもらいたくて作ってみたんだ。」
「あ、ありがとうございます、千早様。」

 シミュレータのアップデート作業が済み、千早から予め話を聞いていた箒が史を調理室に案内した所で、千早は史に料理を振舞った。
 箒や一夏、ラウラなどもご相伴に与かる。

「史、召し上がれ。」
「頂きます。」

 そうして皆で千早と一夏の料理を食べ始めたのだが、やはり……

「……やっぱ千早と俺じゃあ料理の腕に大分差があるな。
 千早が作って奴の方が、俺のより大分美味いぞ。」
「……どれも私が作った場合より美味いんだが……」

 箒にも千早と一夏の差が分かる。
 味の差で千早が担当した料理なのか、一夏が担当した料理なのかが分かるほどだ。
 しかし……一夏が作ったであろう料理の方も、明らかに箒が作れる料理よりも美味だった。

「ん~~、まあ俺の場合は料理できない千冬姉との二人暮らし……まあ千冬姉って滅多に帰ってこないから、実質俺の一人暮らしだったからな。
 自炊の一つくらい、嫌でも身につくって。」
「……そうか。」

 箒はため息をついた。

「所で一夏、少し良いか?」
「ん、なんだラウラ?」

 一夏はラウラの方を向く。
 彼女の皿は既に空っぽで、今まで黙々と食べていたようだった。
 ラウラはお喋りに興じる性格でもないが、今まで一言も発しなかったのは料理がそれだけ美味かったのかも知れない。

「あの御門千早の振る舞い、女らしいのか?」
「ああー……」

 一夏にとっては大分コメントに困る質問である。
 史の食事を微笑みながら見守る千早を女らしくないといえば、この世から女らしい女性などいなくなってしまう。
 しかし、千早が女性と誤解されてへこんでいる事を知っている一夏には、素直に言うには躊躇われる事実だった。
 だが……

「……何を言っているんだ。
 あの千早さんが女らしくなければ、どこに女らしい人がいるというんだ。」

 箒が一夏に代わってラウラに返答してしまった。

「ふむ……」

 ラウラは興味が無いなりに命令だからといった雰囲気で、千早と史の微笑ましい光景を注意深く観察していた。

「所で史、今回のアップデートは何をしていたんだい?」

 と、千早が史に尋ねた瞬間、ラウラが身を乗り出す。
 やはりラウラは、女らしさよりシミュレータの方に強い興味を抱くようだ。

「はい。
 ここIS学園ではIS、とりわけ専用機のデータが非常にデリケートに扱われるという事でしたので、シミュレータの使用者のデータと任意で戦えるように設定できる箇所を無くしました。
 また、シミュレータ使用者が力尽きるまで、指定範囲の機体が次々と敵増援として出現し続ける荒野乱戦モードを追加しました。
 他には、新しいデータの追加ですね。」

 そう言って、史は新たに追加したデータを羅列する。
 例によって、巨大ロボットの類は人間大に縮小されているようだ。

・アナトリアの傭兵Ver1~9(史の知り合いのACシリーズ上級者の戦闘データ。ヴァージョンによりアセンブリが異なる。)
・ISを身につけた瑞穂の戦闘データ
・A.C.E.R版ナインボールセラフ改(演出過多の必殺技を隙が極小の通常技にアレンジし、ミサイルの単一目標に対する多重ロックオンが可能になった所が「改」。その代わりステルスをオミット。ゲーム本編ハードモード仕様と上級プレイヤーデータモードの2種あり)
・青パルヴァライザー(ゲーム本編仕様と上級プレイヤーデータモードの2種。)
・人類種の天敵討伐部隊(同上)
・ラストジナイーダ(ゲーム本編仕様のみ。)
・ラインの乙女 各種バリエーション
・ラインブレイカー(ラインの乙女を撃破できる最上級プレイヤー達)の戦闘データ
・(自称)粗製リンクス(最高難易度でのゲームクリアは可能だが、上級プレイヤーほどではない実力のプレイヤーデータのネクストAC。)
・(自称)ゴミナント(最高難易度でのゲームクリアは可能だが、上級プレイヤーほどではない実力のプレイヤーデータのAC。)
・雑魚オービタルフレーム各種(ゲーム中で最も強い戦闘プログラム。荒野乱戦専用。)

「……相変わらず容赦ないね。」
「千早様や一夏様がお強くなる為には必要かと思いましたので。」

 相変わらずの鬼ラインナップだった。
 比較的楽な部類に入るであろう雑魚オービタルフレームでも、荒野乱戦専用、つまり多勢で押し寄せてくる事と中身がゲーム中最上級の強さのAIである事を考えれば、あのジェフティの驚異的戦闘力を持ってしても、生半可な腕では瞬く間に撃墜されかねないほどの大戦力である。
 粗製リンクスやゴミナントにしても、上級プレイヤー達に劣る腕とはいえゲームをクリア可能、つまりナインボールセラフやプロトタイプネクストに打ち勝てる者ばかりなのだ。
 また、こういう自称をするプレイヤーが、実際その通りに弱いというのも考え辛い。実力者だと見るべきだった。

 そんな中で一番マシといえそうなのが……

「瑞穂さんの戦闘データ、ね。
 確かに瑞穂さんがこのシミュレータのテストをしていたんだから、そのデータも蓄積されているんだろうけど。」
「束様によると瑞穂様にお渡ししたISは第一世代に分類されるとかで、全て枯れた技術のみで作成している為、何をどう研究されても痛くも痒くもないそうです。」
「第一世代?」
「アルトアイゼンを参考に作ったとおっしゃっておりました。」
「ああ、成る程。」

 それならば拡張領域に武装をしまいこむ第二世代以降の特徴を持たせてしまう事は、再現度を落とす好ましくない行為となってしまうだろう。
 さりとて、第三世代のイメージインターフェースはアルトアイゼンには似つかわしくない。
 千早は納得した。

「それとお気をつけ下さい。
 瑞穂様はゲーム本編版のナインボールセラフに勝っておいでです。
 全くの素人と侮ってしまわれると、勝てなくなってしまう位にはお強いですよ。」

 その一言に千早は凍りつく。
 瑞穂がISに触れていられた時間は自分よりもはるかに短い筈だ。
 それなのに、そんなにも強くなれるものなのか。

「あ、相変わらず人間以外の何かみたいだね、あの人は……
 なんであんな異常スペックであんなに気弱に振舞えるんだ……」
「さあ、史には分かりかねます。
 ただ千早様、いくら100mを6秒台で走ってしまわれる方相手でも、人間以外の何かという言い方はどうかと思いますが。」
「あ……ごめん、史。
 って、100m6秒台!?」

 その会話を聞いた一夏は、内心こうこぼす。

(異常スペックって、お前自身充分異常スペックじゃないか!
 そのお前から見て人間以外の何かって、一体何者なんだ!?
 それに100m6秒台って何なんだ100m6秒台って。
 千冬姉じゃねえんだぞ!!)

 一夏は千早のスペックの片鱗を知っている。

 自分を過大評価しない千早自身の口から、茶道、華道からピアノにダンス、さらにはフェンシングまで嗜んでいる事を聞かされ、また家事をやらせれば家事のプロである筈の史を凌ぐと千早の家の人間のほぼ全員から聞かされ、しかも学力の高さがハンパではない上に知識の幅も広く、そして武術の腕も非常に強力な事を、一夏は身をもって知っている。
 ここ最近は代表候補生という軍人と同等の強力な腕を持つ少女達が比較対照であった為に、ド素人の一夏とほぼ同様の扱いを受けていたとはいえ、千早とて素手同士ならその辺の黒服やヤのつく自営業の若い衆を数人纏めて戦闘不能にする程度の実力はあるのだ。
 文武両道にも程があった。

 その千早をして「人間以外の何か」と言わしめるほどの、彼の又従兄弟の瑞穂。
 千冬並みの規格外としか思えなかった。

 と、千早はとりあえず話を変えた。

「と、ところで史、このラインの乙女ってなんだい?」
「ネクストAC用戦闘AIです。
 バージョンにもよりますが、上級プレイヤー7人を同時に相手どって勝ってしまえるほどの戦闘力を有しております。」

 その一言に、シミュレータでプロトタイプネクストや首輪付きと戦った事のある者達が一斉に凍りつく。
 千早自身も例外ではない。

「ふ、史……今、なんて……」
「はい、ですから上級プレイヤー7人がかりでも負けてしまうほどの強さの戦闘AIと言いました。」

 やはり聞き間違いではないらしい。

「ちなみにラインブレイカーとは、単独でそのラインの乙女に勝ててしまえるほどの最上級プレイヤーの方々の事です。」
「そ、そうなんだ……」

 そんな千冬さんじゃないとどうしようもないデータなんて用意してどうするつもりなんだい。
 千早は心の底からそう思った。

「所で千早様。
 千早様と一夏様にはオーバーワークが目立つとお聞きしました。
 他の方々もシミュレータを使いたがっているご様子ですし、この後の訓練はお身体に負担をかけないような運動にされた方が良いかと思います。」
「身体に負担のかからない運動……ね。」

 そこで一部の少女達の目が光る。
 この後、一夏と千早を自分達の部活動に引っ張って行ってしまおうと。

 ……彼女達の所属は、水泳部だった。
 











===============










 千早は全力で抵抗しているが、多勢に無勢だった。

 既に上半身は半脱ぎの状態にされており、少女達にとっては唯一女らしさで千早に勝てるポイントである胸の大きさが露になっている。
 ……まあ千早は男性なので、まっ平らなのは当然なのだが。
 ちなみに白く透き通った肌は胴体部分も例外ではなく、千早の身体のラインは女性らしい柔らかなラインを描いている為、この期に及んでさえ、彼を男性と判別している少女は一人もいない。

 千早が抵抗している理由。
 それは一夏には海水パンツが用意されたが、彼にはスクール水着が用意された為だ。
 千早としては、男としての、というより人としての尊厳が破壊されつくす今回の暴挙を受け入れる訳にはいかないのだが、味方になってくれるはずの一夏とは引き離されている。

 ちなみに一夏は別の場所で着替えを済ませており、また千早の方にも海水パンツが支給されていると思い、

「あいつ、あの上半身さらすつもりなんかね……」

 などと、のんきに構えていた。
 千早の方の惨事など知る由も無い。
 千早の事を男性と思えばこその、気の利かなさだった。

「な、何を考えているんですか皆さん!!
 男にこんなもの着せようとしないでくださいよ!!」

 少女以外の何者でもない顔で本気で泣きながら、千早は叫ぶ。
 その姿はいままさに陵辱されようとしている少女が、恐怖に震えながらも声を上げて気丈に振舞おうとする姿そのものだった。
 ……ただし今回の場合、その陵辱者も少女なのだが。

「まったまた、御門さんったら。
 それじゃあ海水パンツでプールを泳ぐつもりだったの?」
「当たり前じゃないですか!!」

 その一言に辺りが凍りつく。
 千早が一夏と共に海水パンツ一丁で、上半身をさらして一緒に泳ぐ姿を思い浮かべてみる。
 ……明らかにアウトだった。

「へ? あ、あの、皆さん?」

 凍りついた少女達の様子に、自分まで呆然としてしまう千早。
 ここで呆然としてしまった為、彼の脱出の最後の機会が失われてしまった。

「なっ、なななっ、な、何考えてるのよ!!
 お、おと、男の人がいるのよ!?」
「いや、だから僕自身が男だから大丈夫なんですってっ!!」

 とはいえ……千早は中学校以降、何故かプールの時の着替えを他の男子と別にされたり、バスタオルを終始羽織っているよう先生に指示されたりしていた事を思い出す。
 だが以前の学校では、千早の事はキチンと男性と認識していた筈だった。

 しかし少女達の方は収まりが付かない。

 断じて千早を海水パンツ姿で泳がせてはならない。
 そんな無防備極まりない真似を、お姫様のように見える千早にさせてはならない。
 使命感のような物が彼女達の中で燃え上がる。

 千早はそれを「なんとしてでもスクール水着を千早に着せる」という彼女達の決意のように感じて、コレまで以上の抵抗と脱出を試みるが、多勢に無勢であり、覚悟完了の少女達はコレまで以上に手強かった。

「だ、誰か助けてぇぇぇぇぇぇっ!!」
『うんいいよ、ちーちゃん。』

 千早に救いの手を差し伸べたのは、千早にとって聞き覚えのある……そしてもう二度と生では聞く事ができないはずの、幼い少女の声だった。











===============










 暇だったので準備運動をしながら千早を待ち、その準備運動も終わってしまってどうしたものかと暇を持て余していた一夏の前に、ようやく千早が姿を表した。

「よう遅かったじゃないか、ちは……や?」

 プールサイドにようやく姿を表した千早に声をかけようとした一夏の声に戸惑いが混じる。
 姿を表した千早の格好がスクール水着で、しかも……

「胸……パッド、じゃないよ、な?」
「いや……それが、私達にもどうしてか分かんないんだけど……私達の目の前で見る見るうちに大きくなったのよ。」
「へ?」

 その少女が言うには千早にスクール水着を着せようとした所、千早が物凄い勢いで嫌がったという。
 さらには海水パンツで泳ぐなどと言い出した為、無理にでもスクール水着を着せようとした所、突然千早の胸が大きく、そして整った形の美乳に変貌し、その後は素直にスクール水着を自分から身につけたのだという。
 しかも、胸がまっ平らだった時と胸が大きくなった後とでは、性格の方もまるで異なり、今の千早の性格は朗らかで天真爛漫なのだ、というのだ。

「は、はあ……」

 あまりに有り得なさ過ぎる話に、一夏は呆然としてしまう。
 それはラウラ他、一夏と共に千早を待っていた少女達にとっても同様である。

 千早の事を女性だと固く信じているIS学園の少女達も、千早の胸が平らである事は知っている。
 銀華の胸部装甲と千早の胸の間には隙間があり、そこから平らな胸を見る事ができるからだ。
 また銀華なしのISスーツ姿も、頻度は少ないながらも目撃されている。
 ちなみに男性である千早には学校指定のISスーツを着せる事はできない為、彼のISスーツは男性用の特注品である。
 一夏の物に比べて肌の露出が多く、下はサポーター付き半ズボン、上は丈がやや足りないタンクトップといった出で立ちである。

 その為、胸がある千早という図は彼女達にとっても有り得ない筈だった。
 それが目の前にいる。

 唯一のウィークポイントである胸元が完璧となり、千早のスタイルはまさしく世の女性全てが憧れるようなパーフェクトプロポーションと化している。
 ……まあ、胸が大きくなった以外はサッパリ変わっていないのだが。

「まあまあ、とにかく泳ご?」
「あ、ああ。」

 千早は上目遣いで、一夏の手をとる。
 その完璧なプロポーションの、本来なら男性であるはずの少女の、普段とはまるで違う表情と言動に、一夏の戸惑いは止まらない。
 とにかく、2人とももう準備運動は済んでいるという事で、一夏は千早のはずの少女に、プールの中へと引きずり込まれてしまった。



「それで……はじめまして、かな?
 私の名前は、御門 千歳って言います。」
「御門……千歳?」
「うん、ちーちゃんから聞いてるでしょ?
 小さい頃、双子のお姉さんが死んじゃったって。
 それが私。
 今ね、ちーちゃんに乗り移ってるの。」
「…………」

 どう見ても女の子の物としか思えない身体……は元からにしても、男性ではありえない胸の膨らみや誤魔化しようが無い筈の股間の膨らみが全く無いという事実、また普段の千早とは明らかに全く違う無邪気な笑顔や性格に、彼女は千早ではないと確信した一夏がその正体を問い詰めると、彼女はアッサリ白状した。
 とはいえ、到底信じられる話ではない。

「いや……乗り移ってるったって、それじゃあその身体そのものは千早の物なんだろ?」
「うん。
 どうしてだかは分かんないんだけど、私が乗り移るとちーちゃんの身体って女の子の身体になっちゃうの。
 それでここのおねーさん達にこの水着を着せられそうになったちーちゃんが、男の僕がスクール水着を着るわけにはいかないってすっごい勢いで嫌がってたから、私が乗り移ってあげたの。
 私が乗り移って女の子の体になっちゃえば、女物の水着も着れちゃうからね。」

 ニッコリと輝くような笑顔で言う千歳。
 一方、一夏は頭を抱える。
 彼女の話が本当だと仮定した場合、この善意のお陰でますます千早が男性であるという事実が少女達に信じられなくなってしまうからだ。

「ふむ……亡霊とは非常識な。
 いや、確かに性格はともかく体格まで変貌するとなると、常識では考えられん何かが関わっている事も考えねばならんか……?」

 そんな事を呟くラウラはしばらく考え込んだ後、千歳にこう切り出す。

「千歳と言ったな。聞きたい事がある。」
「ん? なあに?」
「貴様、千早以外の人間に乗り移る事は可能か?
 もし可能なら、後で私に乗り移ってみてはもらえないだろうか?」
「ふぇ?」

 千歳はずっと千早に取り憑いていたとかで、彼の身辺の出来事や人間関係は大体把握している。
 その為、ラウラが千早を見て女らしさとは何かを学び取ろうとしているらしい事は知っていた。

「貴様の立ち居振る舞い……千早のものとは異質ではあるとはいえ、それもまた女らしい振る舞いと考えて良いのだろう?
 だから中身がお前の私の振る舞いを映像として記録し、私の目指す目標としたいのだが。」
「……なるほど。」
「うん。そういう事なら引き受けても良いよ。
 ちーちゃんと直接お話したいけど、ちーちゃんに乗り移っちゃってるとそれも出来ないし。」

 どうも今、千早の意識はないようだった。
 ……本人にとっては幸運な事に。











===============










「と、いうわけで、こうやってお話しするのは何年ぶりかな?
 ちーちゃん。」
「本当に……千歳さん、なんだね?」
「うん、そうだよ。
 死んじゃった後、ずっとちーちゃんに取り憑いて、ずっと見守ってたんだよ。」

 幼い外見相応の言葉遣いをするラウラを、千早は懐かしい物を見るかのように見る。
 ラウラの素の性格は知っている。
 いくら工作用の演技だとしても、ラウラがここまで千歳を再現するのは不可能だ。
 ましてや「千早が意識を失っている間、千歳が彼に乗り移ってその肉体を女性の物にしていた」という話も、証拠映像つきで突きつけられている。

 今のラウラの中身は千歳である。
 その事を、千早は事実として受け止める他なかった。

「僕があんまり心配をかけてしまったから、今まで成仏できなかったんですか?」
「そんな事無いよ。」
「じゃあ、ずっと病弱で、動けなかったから?」
「それはあるかも。
 さっきちーちゃんの身体で思いっきり泳いだら、すっごく気持ち良かったんだ。」
「だったらっ!!」

 千早はラウラの、千歳の身体をギュッと抱き締める。

「僕の身体なんて何時だって好きなように使ってくれても良かったじゃないか!!
 それで、生きてた時には出来なかった事が、思いっきり身体を動かすっていう事が出来るようになるんだから……っ!!」

 千早の菫色の目に涙が浮かぶ。
 千歳はラウラの身体で抱き返した。

「そんな事言わないで。
 私はもう死んじゃってて、今生きているのはちーちゃんなんだから。」
「でも……」
「それにね……実はちーちゃんが寝ちゃった後で、ちーちゃんに乗り移ってみた事があるの。
 そうでなかったら、私が乗り移るとちーちゃんの身体が女の子の身体になっちゃうなんて、私が知ってるはず無いでしょ?」
「へ?」

 言われてみればその通り。
 幽霊とはいえ、元は人間なのだ。
 当然、常識も人間のそれと大差なく、その為、乗り移った男を女性の身体に出来るなどという非常識な事を自明の如く知っている筈が無い。
 千早に乗り移るとその肉体が女性の物になるという事は、以前に乗り移ってみた結果、判明した事実であるとした方が自然であった。

「いやあ、私もビックリしちゃったけどね。
 あれ? ちーちゃんって女の子に見えるけど男の子のはずだったよね、って。」
「そうなんだ……」
「だから、そんなに思い詰めないでね、ちーちゃん。」

 ラウラの顔で千歳が優しく微笑む。

「まったく、千歳さんには敵わないなぁ。」
「だって私はちーちゃんのお姉さんだもん。」

 千早もまた優しい笑顔で千歳に応えるのだった。










 後日。
 千早は千歳に乗り移られて女体化するメカニズムを銀華のISコアに解析されてしまい、千早を女性に変える機能がいつの間にか銀華に追加されている事に気付いて愕然とするのだが、それはまた別の話。



==FIN==

 1巻2巻も終わった事なので、ちょっくらヒロイン達のハードルを上げてみました。
 へ? ちょっと所じゃない?

 ちなみに銀華のちーちゃん女体化機能ですが、これを使うと使わないとでは千歳さんがちーちゃんに乗り移った時の負担が違います。
 元からちーちゃんの身体が女の子の方が、千歳さんの負担が軽くなるという寸法です。
 一応可逆変化なので、ちーちゃんも一安心。
 まーそれでもちーちゃんのジェンダーアイデンティティを崩壊させかねない代物である事には違いないんですがw

 ちなみに銀華の胸部装甲とちーちゃんの胸板の間にある隙間ですが、ちーちゃんが女体化するとピッタリ埋まります。

 話は変わって、史ちゃんですがメシ食った後はとっとと帰ってます。
 一応、彼女には御門家での仕事もありますし、IS世界での彼女の立ち位置って結構危険ですので。



[26613] 比べてみよう! ノーマルモードとハードモード
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/05/10 23:05
 箒、鈴音、セシリア、シャルロットの4人は2冊のライトノベルを回し読みしていた。
 そのタイトルは「IS インフィニットストラトス」、その1巻と2巻である。

 シミュレータのアップデートをしにやって来た史が、箒達に手渡した物だった。
 史は3巻以降も持って来ていたのだが、箒達はこの先起きるであろう出来事に対して先入観を持つ事は良くないとして、既に起きてしまった範囲の事件しか出てこない2巻までしか受け取っていない。
 実際、箒達の懸念は当たっているようで、既に「インフィニットストラトス」とは深刻なほど大きな相違点が見られるという話だった。

 そして4人全員が「インフィニットストラトス」を読了した時、彼女達の心は一つになった。

「万が一、一夏に「インフィニットストラトス」を読まれてしまったなら、彼を殺して自分達も死ぬ他ない」と。

 何しろ「インフィニットストラトス」には、彼女達の恋する乙女としての悶絶が事細かに記されているのだ。
 とても意中の男性、すなわち一夏に見せられるものではない。

 一方で、千早の世界ではこの「インフィニットストラトス」が二束三文で売られているという事実も、彼女達のSAN値を大いに削る事実だった。
 何しろ彼女達の悶絶が数万単位の人間に知れ渡っているという事なのだから。
 いくら読者達にとって彼女達は架空の存在、お話の中のキャラクターにすぎないと言っても、気分の良い話ではなかった。

 しかしそれ以上に感じる事は、「インフィニットストラトス」に登場している自分達に対する羨ましさだ。
 何しろ彼女達の前には、御門 千早というどうしようもないほどの鉄壁の壁が存在しない上に、一夏がちゃんと寮に住んでいる為、好きなだけアプローチをかける事が出来るのだ。
 しかも箒やシャルロットに関しては、シャワーからバスタオル姿で出て来た所を目撃されるなど、恥ずかしくはあるものの一夏に異性としての自分をアピールできるイベントも発生している。

 その代わり、ラウラが明確なライバルとして一夏争奪戦に参加しているが、それすらも裏を返せば彼女がマトモな女の子をしているという事である。
 それはつまり、先日のパーティーの時のような千冬の逆鱗に触れる発言をする恐れが無いという事でもあった。

  色恋沙汰に関して、自分達より圧倒的に有利な、もう一人の自分達が心底羨ましい限りだった。

 ……ただ、千早がいないことによる影響か「一夏」が余りにも弱すぎる事と、クライマックスなどで見られる「一夏」と「白式」の繋がりが普段より強くなったように描写される場面において、「一夏」がISの操作のみならず戦闘技術の面でも明らかに実力以上の力を発揮している点が、とても気になった。

「……白式にはVTシステムでも積んであるのか?」

 箒はそう呟いた。
 総合優勝者・千冬を始めとするモンドグロッソ各部門優勝者達「ヴァルキリー」の戦闘力を再現させるVTシステムはご禁制とされている代物であるが、束の性格からしてその辺りのルールを素直に遵守しているとは考え辛い。
 ISの操作のみならず、一夏自身の戦闘技術さえも一時的に達人級に引き上げるなど、VTシステム以外には考え辛かった。
 しかし、本当にVTシステムとするなら、シュヴァルツェア・レーゲンに搭載されていたVTシステムと余りにも様子が違う点が気になった。
 「一夏」が自分の技量が明確かつ不自然に急上昇していた事に関して、全く無頓着である事も気がかりである。

「そういえば、小学生の頃の一夏さんというのは、今の一夏さんはおろか、全国女子中学生剣道日本一とかいう貴女より更にお強い、という話でしたわね?」
「ああ。
 あの頃の一夏ならば、私など瞬殺出来る。」
「……それって、あたしが始めて一夏と出会った頃の話よね?
 あの頃は洒落にならないほど強かったのに、それがたった数年でド素人同然のレベルまで落ちるもんなの、普通?」

 いくら比較対照が代表候補生という戦闘のエリート達とはいえ、かつては現在の箒さえ問題にならないほど強かったとは思えない「インフィニットストラトス」の「一夏」の惨状を思い浮かべて、そう言う鈴音。
 箒の話が真実であれば、一夏が鈴音と共に過ごしていたまさにその期間の間に、一夏がドンドン弱くなっていったという話になる筈なのだが、鈴音から見て一夏がそんな健常者から半身不随になるような洒落にならないレベルでの弱体化を果たしていたようには見えなかった。
 だが、幼い頃から武の道にドップリ浸かっていた者の見解は厳しい。

「お前が一夏の弱体化に気付かなかったのは、その頃のお前がタダのド素人だったからだろう。
 その時点で代表候補生だったなら、一夏の強さが衰えていく様子が手に取るように分かった筈だぞ。」
「そ、そんなもんなの?」
「ああ。
 何しろアイツときたら鍛えていた期間より、その鍛えた腕を放置していた期間の方が長い位なんだぞ。
 俗に剣の道は3日欠かせば7日失うという。
 それなのに鍛えていた期間より長く剣から離れていては、いかな天才、あるいは達人であろうとも完全なド素人に成り下がるのは当たり前だ。
 最近は千早さんと鍛えて多少は復旧できているようだが、普通ならここまで綺麗サッパリ失ってしまった物を復旧する事など不可能だ。
 2ヶ月足らずでああも取り戻せているのは奇跡に近い、というか奇跡そのものだぞ。
 ましてや、これに書かれている「一夏」のようなヌルいスタンスでは、小学生の頃の一夏の領域には一生かかっても到底辿り着かんわ。」
「き、厳しいね……」

 シャルロットが苦笑いを浮かべて箒に突っ込む。
 と、ここでセシリアは「白式」のVTシステムに話を戻した。

「それで、「白式」のVTシステムなのですが……現実の白式にも搭載されているのでしょうか?」
「まあ、搭載されていると見て間違いないんじゃない?
 他のISについては、無人機も含めてみんな現実に近い性能だったし、白式だけ別物って事はないと思うよ。」

 シャルロットはそうセシリアに応じる。
 実際には、束が「インフィニットストラトス」には登場していないIS、銀華を開発し、そのデータを白式にもフィードバックさせている為、運動性の面でかなり優秀になっているのだが、「インフィニットストラトス」に登場する「白式」も高機動型ISには違いないのでシャルロットは2機の白式の相違点には気付かなかった。
 「白式」が白式に比べて随分遅いように描写されているのは、単純に低技量の「一夏」が、「白式」の能力を充分に使いこなせていないだけだと考えている。

「だが……一夏は少なくとも先日の対ラウラ戦ではVTシステムを使ってはいなかったようだな。
 もし、こんなにも不自然に一夏の動きが良くなっていれば、ラウラがそれに気付かない筈が無い。」
「……つまりアイツは、VTシステムに頼らなくても、あたしがセシリアだっけ? そこの金髪と組んでも敵わない相手に、1体1で勝ったって事ね……」

 鈴音のその一言に、一夏の強さが馬鹿にできた物ではないことを再確認する4人。
 彼女達は一夏に対する「ド素人」という戦力評価を改めざるを得なかった。
 もっとも、そんな事はもう大分前から分かっていたことだ。

「そういえば一夏って、お話の中の「一夏」とは大分違うよね。
 お話の中の「一夏」より全然強いのに、自己評価が大分低いみたいだし……」

 それに対して「インフィニットストラトス」の「一夏」には、実力以上のビッグマウスが目立つ。
 基本的な部分が全く同じなだけに、この違いが余計に大きく目立ってしまう。

「それこそ千早さんの影響ではないのか?
 私は好ましい変化だと思うぞ。
 己の弱さを認められる謙虚な気持ちがあるとないとでは、伸び方がまるで違う筈だからな。」

 うんうんと頷く箒の隣で、鈴音はなんとも微妙な表情を浮かべる。

「でもそれって良し悪しなんじゃないの?
 アイツ、代表候補生は強いってキチンと認めているのはいいんだけど、過大評価でトンでもないイメージを持っているわよ。」
「ああ、あの怪物発言か……」
「……女性に言うべき台詞ではありませんわね……」

 少女達は一様にげんなりした表情を浮かべた。
 流石に代表候補生=少女の外見に恐ろしい戦闘力を詰め込んだ怪物、という一夏の評価は、年頃の少女でもある彼女達にとっては許容し難い代物である。

「しかもこの間なんか、私達代表候補生の事を、熊鍋食べる為にナイフ一本持たされて空腹の熊と同じ檻に入れられる連中だとか言ってたし……」
「いやいやいや」

 苦笑いを浮かべているシャルロットが、鈴音の発言、正しくは彼女が発した一夏の台詞に突っ込む。
 見れば、セシリアも、そして代表候補生でない箒も、シャルロットと同じ表情をしていた。

 実の所、熊鍋云々についてはラウラからそのような訓練を受けていたと聞いた一夏が、他の代表候補生も当然同程度の過酷な訓練を受けているに違いないと思って発した台詞なのだが、箒達はこの事実を知る由もない。

「とりあえず熊鍋の話は脇に置いておくとして……
 他にもあたし達の一夏と違う所ってあるわよね?
 割かし簡単にデートの誘いに応じてくれたりしてるし。」

 鈴音は強引に話題を変える。
 それにシャルロットが続く。

「そうそう。
 「箒さん」や「僕」との絡みが多いし、「僕」にも随分構ってくれているしね。」
「それこそ千早さんの影響だろう。」

 と、鈴音がため息混じりに「インフィニットストラトス」での「一夏」と「鈴音」の絡みを眺めながら発言する。

「にしてもこんなに簡単に一夏がデートの約束に応じてくれるなんて……
 あたし、この間一夏に「一緒に買い物に行かない?」って言ったら、アイツ
 「お前らと俺とでどんだけ差がついてると思ってんだ?
  下手すりゃ小学生とオリンピックの強化選手くらい違うんだぞ?
  それなのに、女連れで買い物なんてしてる余裕なんか、あるわけねえだろうが。」
 なんて言われて、にべも無く断られたちゃったし……」

 鈴音以外の3人は、鈴音が抜け駆けした事についての怒りよりも、一夏とのデートが事実上不可能であるという現実に打ちのめされる。

 と、唐突に箒が思い出したかのように言う。


「あ、アイツがお前達の強さに追いつければいいんじゃないか?」
「あの自己評価が低い一夏が……ですか?」
「何にせよ、あたし達どころか生徒会長とマトモに渡り合えるくらいにならないと、アイツ自分が強くなった事にすら気付かなそうだし……今年度中は無理みたいね。」

 鈴音は自分の発言内容に頭を抱える。

「しかも僕たちって強くなる為の努力を欠かしちゃいけないから……
 1年で追いつけるもんなの?」
「「「…………」」」

 重い沈黙が辺りを支配する。

「で、デート以外なら……そうだ、手料理!」
「千早さんがいるのにか?」
 
 彼女達の前に立ち塞がる「御門 千早」という壁は、あまりにも分厚く、そして天高くそびえていた。

「そうですわ。
 わたくしの方が料理を作っていただくというのは……」
「千早さんの手料理だっていうオチがつくだけだな。」

 それはそれで美味なのだろうが、一夏攻略に結びつくような物ではない。

 また、一夏は「一夏」より更に鈍感なトウヘンボクのようだった。
 何しろ千早という超絶美少女を男性として扱っているのだ。桁が違った。

「……これ、本格的にどうしようもなくない?」

 少女達に、鈴音の一言を否定する気力は全く見られなかった……










==FIN==





 箒さんは思い出補正で、小学生の頃の一夏を実際より少し強く見積もってます。
 そして彼女達が想定している千早はまな板のちーちゃん。
 千歳さんや銀華のTSシステムにより、彼女達の絶望がより深まったりしますw

 眠いんで、とりあえずここまで。
 あとがきを追記するかも知れません。



[26613] ちょっとまってよ銀華さん 副題:ちーちゃん無残 あるいは祝・心因性健忘症快癒
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/05/15 17:15
 月曜日の朝。
 世間一般がゴールデンウィークにわくこの時期にも情け容赦なく授業があるのが、IS学園クオリティである。
 何しろ世界各国から生徒が集まり、名目上は日本国ではない事になっているのだ。
 日本ローカルの休日密集地帯に過ぎないゴールデンウィークなど、ここでは何の意味も無い。

 そんなわけで、IS学園の生徒達は今週来週もみっちり授業を受ける事になる。
 寮ではなくアリーナに寝泊りしている男子生徒2名も、当然例外ではない。

「うう……ん、朝か……」

 昨日の夜、雑魚オービタルフレームの群れとの荒野乱戦で力尽き、そのまま意識を手放していた千早が、何やら身体に違和感を感じながら目覚める。
 どうにも胸が重い。

 アリーナに転がっていた筈の千早がピットに移されている所を見ると、千早がダウンした後も、一夏が一人でシミュレータを使って訓練していたようだ。

「一夏より先にダウンするなんてな。
 やっぱり、まだまだ病み上がりってことか。」

 千早は一人、そうごちる。

 ともあれ、早急にシャワーを浴びて昨日の訓練の汗を流さねば、そのまま今日の授業を受ける事になってしまう。
 女性ばかりのIS学園で、数少ない男である自分や一夏が汗臭いのは良くないだろうと、千早はアリーナに転がっている一夏を起こして一緒にシャワーを浴びる事にした。

 この時、一夏は千早に対して何らかの違和感を感じたのだが……
 奇妙な言い方だが、余りにも違和感が無さ過ぎる違和感だったので、鈍感な一夏にはその正体が分からなかった。

 そんな一夏と別れ、着脱スペースの時点から個室になっているシャワールームで服を脱いだ時、ようやく千早は自分の身に起きている異変に気が付いた。

「む、胸があるぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」
「なんだなんだ?
 人間の身体に胸があるのは当たり前だろ?」

 この時、2人が発した「胸」という言葉の意味には齟齬があった。
 一夏の言った「胸」とは、純粋に胸部の事。
 そして千早が言った「胸」とは……乳房のことだった。

 そんなわけで、千早の声を聞いて千早の元にやって来た一夏が見た物は、千早の胸にある文句の付けようの無いほど美しく整った巨乳であったわけで……

「って、ち、千歳ちゃんか!?」

 一夏は思わずそっぽを向く。
 千早の身体は先日のプールの時と同様、完全に女の子の身体と化していた。
 このような非常識な事が起きる理由など、以前千早に憑依して千早の肉体を女性の物に変えてみせた幽霊、千早の双子の姉である千歳以外には考えられなかった。

「ち、違う……僕だよ、一夏……
 って、何で男の上半身なんか見て顔を赤くしてそっぽ向いてるんだ!?
 変な反応しないでよ!!」
「お、お前、そんな立派なもん胸につけといて、言う事はそれかよ……
 鈴あたりに聞かれたら張っ倒されっぞ……」

 というか、今の千早を見て何の反応も示さないようであれば、それこそ男色の気を疑われてしまうだろう。
 今の千早は正真正銘の美少女。
 ガラスのように透き通った肌の文句のつけようが無い完璧なプロポーションを持つ、流麗な銀糸の髪と菫色の瞳が神秘的な可憐にして気品のある美貌を備えた少女の、美の女神の渾身の傑作とも言える上半身を見た健全な15歳男子に「全く反応するな」というのは、余りにも無理すぎる相談である。
 千早のアイアンクローを食らいながら、一夏はそんな事を考えていた。

 ちなみに千早はもう一方の手で重たい胸を支えているのだが、ハタから見ると一夏の視線から胸を守っているようにも見える。
 もっとも、この場には千早と一夏しかいないのだが。

「ま、まあ、何でお前が女の子になっちまってるのかは分からないけど、今はとっととシャワーを済ませちまった方が良くないか?
 早朝とはいえ、朝には違いないからあんま時間無いぜ?」
「むう……分かったよ。」

 千早は一夏を個室から追い出した後、一人でシャワーを浴びる。

「うう……胸が重くて肩に来る……
 アレが無いのに気付いたら、すっごく違和感あるし……」

 千早はゲンナリした表情でシャワーを済ませる。

 なお、千早本人及び一夏が千早の性転換に気付かなかったのは、胸以外さっぱり変わらないスタイルと、銀華の胸部装甲に千早の乳房がジャストフィットしていて全く違和感が無かったからなのだが、千早はその事に気付かなかった。










===============










 シャワーから上がり、とりあえずISスーツを着直した千早が一言、こうこぼす。

「ともかく、このまんまじゃ学校に行けないよ。
 胸がきつくて、制服が着れない……」
「じゃあ、銀華のバイタルログでも確認してみたらどうだ?
 性転換なんて豪快な変化なんだから、絶対何か変わった点が見つかる筈だぜ?」

 千早はそんな、一夏にしては冴えているアドバイスに従って、銀華を展開させ、昨夜の自分のバイタルの記録を確認しようとして……唐突に固まった。

「ん? どうしたんだ、千早?」

 訝しげにそう千早に尋ねる一夏。

「……な、なんか、銀華に変な機能がついてる……」

 千早がそういうなり、千早の胸は見る見る小さくなって、遂にはまな板になってしまった。

「……男に……戻れたみたい……
 何でISに、性転換機能なんてついてるんだ……」

 いや……動機はともかく、下手人ならば分かっている。
 篠ノ之 束。
 ISの生みの親である彼女以外に、このような機能をISにつけるなどという芸当は不可能だ。
 しかも愉快犯的な彼女の性格が、性転換などというハタ迷惑なだけの機能に実にマッチしていた。










===============










「……と言う訳で、束さんに苦情を言いたいので、彼女に電話をしてもらえませんか?
 箒さん。」

 朝のSHR前の時間。
 千早は箒にそう言いながら頭を下げていた。
 千早は束との連絡手段を持たない為、このような場合には千冬か箒に頼んでみる他無い。

 しかし、千早の相談を受けた箒はキョトンとしてしまう。

「いや、性転換も何も、千早さんは元々女性なのでは……
 はっ! まさか男性に変えられたのか!?」
「僕は元から男です!!」

 千早は思わず声を張り上げ、次いでガックリと項垂れてしまう。

「まあ何にせよ、千早さんは銀華のことで姉さんと話がしたいのだろう?
 なら、姉さんとの取次ぎは引き受けさせてもらおう。」
「……ありがとうございます。」
「だがそろそろSHRだ。
 姉さんとの話は後にして欲しい。」
「分かりました。」

 さて、この2人の会話は、SHR前の教室で交わされたものである。
 その為、多くのクラスメイト達が2人の会話を聞いている。

 そして彼女達は箒と同じ誤解を抱き、その誤解は瞬く間にIS学園中に広まっていったのだった。










===============










 この日の1・2組合同IS実働訓練は、「インフィニットストラトス」2巻にあった山田先生と代表候補生達の模擬戦と、初歩的な戦闘訓練だった。
 千早の記憶が確かであれば、5月の中ごろだか6月だかの時期にあるはずの授業なのだが……

(まあ、入学して1ヶ月以上経ってから歩行訓練っていうのも、ある筈が無いか……)

 確かこの時の「一夏」は指導するよう言われて割り振られてきた少女達に、歩行の指導をしていた筈だが、千早は流石にそれはないだろうとかぶりを振る。

「それにしても……毎度の事ながら目のやり場に困るなぁ……」

 レオタード状の、まるで水着のようなISスーツに身を包む少女達を変に意識しないよう、体育座りでうつむく千早。
 一夏も千早と同様の心境のようで、明らかに挙動不振に陥っている。

 一方の少女達はといえば。

「千早さんの肌って、本当に透き通って見えるようね。
 はぁ、一体どんなスキンケアをすればああなれるのかしら?」
「うう、あの脚線美……出来る事なら私の大根と交換して欲しい……」

 と、千早を羨んだり、

「弱い弱いって言われてるけど、やっぱりカッコいいわよね。織斑君って。」
「足りない所を私達が助けてあげられるっていうか、そんな風に役に立ってあげられる所もポイントじゃないかしら?
 完全無欠な千冬お姉様には無い魅力だわ。」
「ああ、これで売約済みでなかったら良かったのに……」

 と、一夏を見てため息をついていた。










===============










 山田先生は皆の目の前でラファール・リヴァイヴを身につけ、まずラファール・リヴァイヴについての解説から始まり、その標準装備の一つ一つを「展開」して解説しては「収納」する事を繰り返す。
 当然「インフィニットストラトス」にて発生していた、彼女が一夏の元に突っ込んでその柔らかい肢体を一夏に密着させる、などというラッキースケベな出来事は起こらない。
 ……この差異だが、実は「インフィニットストラトス」を読んだ千冬の差し金によるものである。
 「インフィニットストラトス」を読んだ箒達はなんとなくその事を察したのだが、口には出さない。
 しかし、心の中では異口同音に叫んでいた。

((((しまったっ!!
 織斑先生、この人も一夏争奪戦のライバルなんだった!!!
 千早さんにばかり気を取られすぎたっ!!))))

 千冬はそんな彼女達の心情を見て取ったのだろう。
 彼女は「インフィニットストラトス」同様、山田先生を彼女達にけしかけてきた。
 相違点は……2対1ではなく、4対1である事。

 千冬は鈴音とセシリアのみにならず、箒とシャルロットも加えた4人に、山田先生をぶつけてきたのだった。











===============










「や……山田先生って、あんなに強かったんだ……」

 ぽつりと呟いた少女の一言に、1組2組のほぼ全員が頷く。
 例外は上空で今まさに山田先生と戦っている4人のみで、自信家のラウラや予めこの模擬戦の事が分かっていた筈の千早ですら例外ではない。

「何を驚いている。
 山田君は私が現役の日本代表だった頃の代表候補生、私から見て直接の後輩に当たる者の一人だ。
 つまり……この私じきじきに模擬戦のアグレッサーとしてほぼ毎日ボロ雑巾にしてやるなど、徹底的に鍛えに鍛えた当時の日本代表候補生という訳だ。
 あんな小娘共とはモノが違うぞ。」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 深い、余りに深い沈黙が辺りを包む。
 その上空では、性能・数ともに圧倒されている筈なのに、互角以上に戦う山田先生の勇姿があったのだった……










===============










「うう……」
「大丈夫か、鈴?」
「流石に量産型の第二世代機1機で、第四世代機を含めた専用機4機が相手では、手加減がしきれませんでしたね。
 鳳さん、大丈夫ですか?」

 今回の模擬戦は、山田先生の勝利に終わった。
 しかし、少女達に怪我をさせぬよう手加減や配慮をしつつ戦うには、対する少女達の戦力がいささか高すぎたようだ。
 結果、鈴音が腹部を押さえて呻いている。
 とはいえ、残りの3人がそれほど痛めつけられていないという事実が、山田先生の強さを物語っていた。

(い、痛ひ……
 で、でもコレで一夏に保健室に連れてってもらえるわよね……
 おんぶかな? 抱っこかな? もしかしてお姫様抱っこ?)

 鈴音が痛みに耐えつつそんな妄想をしていると、千冬がそんな妄想を打ち砕くように言った。

「御門、鳳を保健室まで運んでやれ。」
「え゛?
 で、でもこういう力仕事は男の役目なんじゃないんですか?
 千早さんは女の子だし、ここは男の一夏の方が……」

 そう抗議する鈴音に、千冬が囁く。

「……アレは私のだ。やらんぞ。」
(み、見透かされてるっ!!)

 こうして、鈴音は、千早によって保健室に運ばれる事になったのだった。










===============










「まあ、ここじゃそう珍しくも無い、打撲と軽い内出血よ。」

 保健医は「唾でもつけておけば治る」とでもいう感じで、軽く言った。

「そ、そうですか……」
「ま、ちゃんと直してあげるから心配しないで。
 女の子なんだから、跡が残っても可哀想だものね。」

 保健医はそう言いながら、テキパキと治療の準備を進める。

「それじゃあ先生。
 僕はこの辺で授業に戻りますね。」
「ああ、ちょっと待って御門さん。」

 鈴音を置いて退散しようとする千早を、保健医が呼び止める。

「? 何ですか?」
「専用機に変な機能を付けられるなんて手の込んだ悪質なイタズラをされて迷惑しているのは分かるけど、貴女自身がその機能を使ってイタズラするのは感心しないわよ?」
「…………は?」

 千早の目が点になる。

「全く、貴女みたいな信じられないくらいの美少女にあんな物がついてるのを見ちゃったら、下手したらショック死モノよ?
 男性に性転換するなんて、あんな大怪我した状況で何を考えていたのよ?」

 その瞬間、ただでさえ白い千早が更に真っ白になって硬直する。

「……は? ……え、と……あの……」

 千早はなんとか声を絞り出そうとするが、鈴音がそれを遮る。

「ああ、銀華に性転換機能がついてるって話で学校中が持ちきりですもんね、先生。
 そういえば昨日、水泳部の子から「千早さんの胸が見る見るうちに大きくなった」って話を聞きましたけど、それって何かの拍子で化けの皮がはがれたって事かも。」

 そして千早は認めたくないことに気付いてしまう。
 この2人は、千早の事を「性転換機能を使って男性に成りすました女性」とみなしている事に。

 なお悪い事には、本当はこの認識でもまだ甘く、鈴音と保健医は、否、IS学園のほぼ全ての女性は千早の事を「性転換機能を使ってさえ男に成りすます事が出来ていなかった少女」とみなしていた。

「……あの……僕の素の性別は、男なんですが……」
「いや、男に化けていた筈なのに、それでもあんなすっごい美少女だったのに、そんな事を言われても、先生としてもリアクションに困っちゃうわ。」

 至極当然の事ながら、鈴音と保健医の2人に千早の主張が届く事は無かった。










 ちなみに、女子更衣室にてこのような会話がなされていた事を、千早は知らない。

「しかし姉さんは、一体何を考えてISに性転換機能などつけたのだろう?」
「たぶん、「インフィニットストラトス」2巻を読んで、「僕」の正体が一夏にバレるくだりで「どうせやるんだったら、ここまで徹底させないと!」って思って作ってみたんじゃないかな?
 どうしてよりにもよって、千早さんみたいな凄い美少女を男の人にしちゃおうなんて考えたのかは分からないけど。」
「……なるほど。」
「それにしても男性になられた千早さんというのは、一体どのようなものなのでしょうか?
 わたくしにはちょっと想像がつきませんわ。」

 ……この会話を知らないことは、せめてもの救いだった。
 とはいえ、焼け石に水だったが。










===============










 放課後。
 千早は束宛の電話をかけてもらうべく、箒の元にやってきていた。
 もはやIS学園中に誤解が広がっており、本格的に取り返しがつかなくなっている事については、千早は強引に無視する事にした。
 気にした所でジェンダーアイデンティティが脅かされるだけで、良い事など一つも無い。

 とはいえ、元凶に文句の一つも言わねば気が治まらなかった。

「千早さん、姉さんに繋がったぞ。」
「ありがとうございます。」

 千早はひったくるようにして箒の手から、携帯電話を受け取って怒鳴る。

「束さん!! 一体何を考えているんですか!!
 ISにあんな変な機能をつけているだなんて!!」
『わー、ちょっといきなりおっきな声出さないで~~っ!!
 束さん、びっくりしちゃうよ。』
「いや、落ち着けって言われても無理ですから……っ!!
 大体、今回の一件で追い詰められてるのは僕だけじゃなくて、千冬さんもなんですよ!?」
「は?」

 千冬が追い詰められている。
 その状況を想像できずに目が点になる箒。

「百合っ気のある女の子達から「お姉様のおしべで妊娠させて」とか言われて、もう一杯一杯で一夏に泣きつきているんですよ!!
 あの千冬さんがっ!! あの一夏にっ!!」
「『……わぁ……』」

 姉妹でその状況を想像し、千冬の味わった恐怖に思いを馳せる箒と束。
 女所帯のIS学園に長い事在籍し、そういった輩の相手をする羽目になった事も少なからずある千冬にとってさえ、未知の恐怖だったらしい。

『いっくんに泣きつくちーちゃんかー。
 ちーちゃんが監視カメラの位置を把握してるのか、こっちじゃモニターできないんだよね。
 くぅっ、激レア映像なのにっ!!』
「ちなみに彼女は僕より怒ってますよ?
 何か言い訳はありませんか?」
『あう…………』

 怒り心頭の千冬というのは、流石の束にとってもかなり怖い物のようだ。

『で、でも、あの性転換っていうか、ちはちゃんを女の子に変える機能は束さんが作ったんじゃないよ?』
「へ…………?」

 思わぬ束の台詞に、キョトンとしてしまう千早。

『ほら、ちはちゃんってお姉さんの幽霊に乗り移られると女の子になっちゃうでしょ?
 そこで束さんは「女の子でないからISに乗れないっていうなら、女の子にしちゃえば良いんだ」って思って、その時のデータをコアネットワークを使って銀華から引っ張ってきたんだけど……』
「は、はあ……」
『そしたら銀華のISコアが、機能として再現させちゃってね。
 だから、強いて言えば銀華が女の子化機能の開発者……かな?』

 思わぬ真相に開いた口が塞がらない千早。

「……それ、千冬さんに言って納得してくれると思っていますか?」
『無理……かな……?
 ど、どうしようか……』

 らしくもなく動揺している様子の束に、千早は言うべき言葉を見つけられなかった……











==FIN==

 祝・保健医の先生完全復活!!
 へ? 違う?

 ええと、ちーちゃんですが、もはやおとボク2で全校規模で男バレしたかのような惨状となっておりますw
 もはやリカバリーは不可能かと。
 TSできちゃえる時点で、ちーちゃんは女の子っていうIS学園の生徒・職員たちの認識もあながち間違いじゃなくなっちゃってますしね。

 それにしても……ちーちゃんのヒロイン力があまりに強すぎて、書いててビビッてますww
 元々おとボクってーのは「主人公がヒロインを落とす」従来のギャルゲー・エロゲーと異なり、「ヒロインが真・ヒロインである主人公を落とす」ゲームなのは分かっていたんですが……

・日本人離れした美貌
・男性嫌い(まー本来の設定は男性不信……らしいんですが)
・その原因が父親との軋轢
・お母さん想いで妹(史)想い
・昔亡くしたお姉さんの死が影を落としている
・自分嫌い
・家事万能 特に料理が大得意
・文武両道で教養も完備というハイスペックぶり

 ……ええと、どこのツンデレヒロインなんでしょうか、この人は(汗
 TSで女の子になりうるちーちゃんというのが、ここまで恐ろしい物だっただなんて……
 ハードモードからベリーハード位のつもりでハードルあげてみたんですが、こりゃデスレーベル2周目だって言う人がいるのも分かります……



[26613] マリア様……これは褒め言葉? それとも失礼な事なのですか? ←失礼に決まってます
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/06/11 11:56
 夕方、アリーナに戻ってきた一夏と千早、そして一夏の方を離そうとしない千冬の前に、青い髪の美しい少女が立っていた。
 ……どことなく切羽詰っているような、丁度今の千冬に近い雰囲気を発している。

 少女は開口一番にこう言い放った。

「始めましてかしら?
 今日からこのお姉さんが、お話にならないくらい弱い貴方達を鍛えてあげるわ。」
「え、ええと……どちら様で?」

 一夏はその少女に見覚えがなかった為、少女に何者なのかを尋ねる。

「……2年の更識だ、織斑。」

 そんな一夏に彼女の素性を告げる千冬。

 更識 楯無。

 2年にして生徒会長、即ちIS学園の全生徒の中で最強の戦闘能力の持ち主であり、その若年からは想像もつかぬほど熟練した武術の達人であり、さらには世界に数十人しかいない国家代表、即ち「ブリュンヒルデ=地上最強の生物」の候補の一人である。
 これでIS学園内でも千早に次ぐほどの美貌を誇り、知能程度も恐ろしいほど高く、さらには料理などの通常の女の子スキルも高いのだから反則も良い所。
 また、裏の顔として対暗部用暗部「更識家」の当主という、10代後半どころか40代でも若すぎてありえないような肩書きを有する。

 チートの塊のように見える千早ですら霞んで見えるパーフェクトレディ、それが彼女、更識 楯無であった。

(更識 楯無ね。
 確か、彼女の事をあまりにもチートすぎるって言って嫌ってた人達がいたような気がしたけど……気のせいだったかな?)

 実物の楯無を目の当たりにしながら、そんな事を思う千早。
 とはいえ、彼女は彼女で血の滲むような、それこそ第一空挺団のような、およそ人類に科せられるべきではない程の地獄すら生ぬるい鍛錬の果てにその驚異的戦闘能力を獲得したのだろう。
 彼女にしてみれば、その努力を外野にとやかく言われる筋合いはないはずだった。

 とはいえ、彼女を指してチートと言われれば否定しようが無いのも事実ではある。

 そんな超絶ハイスペックを、一夏は最悪の例で例えてしまった。

「え、と……ああ、まだ十代なのに地上最強の生物の候補・国家代表に上り詰めたっていう正真正銘の大怪獣で、うちの生徒会長だっていう更識楯無先輩か。
 先輩、噂はかねが……げふっ!!」

 千冬が流れるような動きで瞬時に一夏を羽交い絞めにした瞬間、楯無の鉄扇が吸い込まれるようにして一夏の咽喉元に突き刺さる。

「な、なんで……お、俺は褒めたのに……」
「女性に対する褒め言葉に怪獣なんて使うからだ。
 そんなんじゃあラウラさんの事をとやかく言えないよ。」

 千早はため息混じりで一夏にツッコミを入れた。

「全くこの馬鹿者が、実の姉である私を一体なんだと思っているんだ。」
「いで、いででででででっ!!
 ち、千冬姉、痛いっ、痛いって!!」

 千冬が羽交い絞めに力を込めて、なお一夏を攻め立てる。

「ね? これで貴方がお話にならないくらい弱い事が分かったでしょ?」
「ふ、不意打ちで、しかも大怪獣2体がかりで、か弱い常人をボコっといて言う事はそれッスか……」
「誰が怪獣だ、誰が!!」
「痛い痛い痛い痛いいた、ヒデブッ!!」

 千冬は再び羽交い絞めに力を込め直す。
 そこに飛んできた楯無の鉄扇が、今度は一夏のミゾウチを抉った。

「とりあえず怪獣は褒め言葉じゃないって事は憶えておいてね。」

 その光景を見て、これではラウラの事を言えないと千早は頭を抱える。

「まったくコイツは……
 それとだ、更識。」
「? なにかしら、織斑先生?」
「コイツを鍛えるのは私がやるから、お前は寮に戻れ。」

 その千冬の台詞を聞いた楯無は、顔色をその頭髪のように青くさせる。

「そ、そんな、素人を一から鍛え直すなんて世界最強のブリュンヒルデの手を煩わせるような事ではないわ!!」
「ああ、国家代表などという大物がわざわざ出向いてする事ではないな。
 ここはコイツの姉である私に任せて」
「先生には教員としての仕事が」
「なに、私は楽隠居の身だ。
 現役の国家代表で、他にも生徒会の運営や実家の家業もせねばならんお前ほどではないさ。」

 と、一夏を鍛えるのは自分の役目だと言い合って、互いに譲ろうとしない千冬と楯無。
 2人とも、何やら切羽詰った焦っている様子を見せている。

 そこに千冬に羽交い絞めにされたままの一夏が割って入ってくる。
 何やら思うところがあるようだ。

「そういや千冬姉って、昼間に妙な事を口走っている女の子達を怖がってたけど……
 ひょっとして彼女達が怖くって寮で寝れないとか?
 それで、俺達を鍛えるって名目で、ここに泊まろうとかって思ってる?」

 一夏の一言に、千冬と楯無は同時に動きを止める。
 どうやら千冬のみならず、楯無にとっても図星だったらしい。

「……図星?」
「……みたいだね。
 一夏にしちゃ冴えているんじゃないか?」
「俺にしちゃって、どういう意味だよ。」

 一夏は羽交い絞めにされた状態で千早をジト目で睨んだ。
 千早は一夏の視線を意に介さず、彼と同じように千冬と楯無に話しかけた。

「千冬さん、先輩、怖い思いをしたのは分かりますけど、アリーナに泊まりたいならまず学校の上層部なんかと掛け合った方が良いんじゃないんですか?
 『鍛えてあげるから泊めて欲しい』って言われても、何の権限も無い僕達にはどうする事も出来ませんよ?」

 ……どうもあまりに精神的に追い詰められていた彼女達は、今しがた千早から指摘された点に思い至らなかったらしい。
 彼女達は普段の振る舞いからは信じられないことに、愕然とした表情で崩れるようにして膝を突いてしまったのだった。











===============











「……ってー事があってな。
 やっぱ千冬姉と更識先輩を泊めてやるべきだったかな、って思ってるんだけど……」
「昨日は2人して顔面蒼白で帰っていたからね……
 箒さん、鈴音さん、どう思います?」
「「…………」」

 朝食時、一夏と千早に話を振られた箒と鈴音は返答に窮した。

(千冬さん達の精神衛生を思えば、泊めてやるのが良いんだろうが……)
(私達の心情からすると千冬さんが有利になる上に、生徒会長にまで一夏がフラグ建てちゃいそうな事態は避けたいわよね。)
(それに千早さんの指摘ももっともだしな。)

 2人の少女がそんな風に考えていると、銀髪の少女が話に乱入してきた。

「それにしても解せんな。
 なぜ教官達は、怪獣と呼ばれて激昂してしまったんだ?
 IS装着者、しかも誉れ高いブリュンヒルデと国家代表なのだから、怪獣と呼ばれるのはむしろ喜ばしい事だと思うんだが?」

 幼い風貌の銀髪の少女、ラウラはそう言いながら小首を捻る。

「……怪獣呼ばわりされて喜ぶ奴なんて、あんただけだって。」

 鈴音はジト目でラウラを睨む。
 千冬の精神状態が不安定な現在、彼女を不用意に怒らせるラウラの発言には最大限注意したい所だった。

「大体、あんたも代表候補生って事は、グラビア写真の一枚くらい撮った事があるはずじゃない。
 なんで怪獣がどうのなんてズレた事言ってるのよ。」
「いや、だからそういった写真は怪獣ブロマイドのような物だと思っていたんだが……
 ……おい、どうした?」

 ガックリと突っ伏した鈴音は、ワナワナと震えてからこう叫んだ。

「どっ、どこの世界に怪獣に水着着せて喜ぶハードコアな趣味の連中がいるのよっ!!」
「ああ、そういえばああいう写真を撮られる時に薄着をさせられたり、水着を着せられたりするのは何故なんだろうな?」

 代表候補生は全員が全員見目麗しい容貌の持ち主である。
 理由は簡単で、「美しい他国の代表VS醜い、あるいは並み程度の容姿の自国代表」という状況はどこの国も避けたいと思っているからだ。
 故に、その代表を選ぶ際の候補となる代表候補生達も、若く美しい少女ないしは女性で固められている。
 また、どういうわけかIS適正が高い者は容姿的にも優れている傾向がある、という事情もある。

 その為、代表候補生達はアイドル的な扱いを受ける事も多く、写真撮影もまたそういったアイドル活動の一環なのであるが……
 それをラウラに説明したところで、ラウラがきちんと理解できるとは、鈴音には思えなかった。

 何しろ彼女は「インフィニットストラトス」を2巻まで読んだ後、

「なるほど、何かにつけて織斑一夏に当り散らすのが女らしいという事なのか。」

 とのたまった問題人物なのである。
 余談だが、ラウラがこの発言をした直後

「そんなわけあるか、この馬鹿者が。」

 と千冬からのツッコミが入り、ラウラの中に芽生えた誤った認識はその場で正されていた。

 そんなラウラなので、女性の水着姿を好む輩がいるらしいという事も、想像の範囲外に違いなかった。
 箒と鈴音はそんなラウラに頭を抱えてため息をつく。

「それにしても、お前怪獣は分かるのか?
 あれってミリタリーじゃないだろう?」

 ミリタリーに関わる事しか知らない・分からないはずのラウラから、「怪獣ブロマイド」などという単語が出てきた事を訝しく思った一夏は、そうラウラに訊ねる。

「ん? ああ、かつて教官を我がドイツ軍に招くにあたって、多少は教官の母国である日本について調べておいた方が良いという話があってな。
 それと同時期に、我がドイツはかつて映画大国だったという話も聞いていたから、日本の映画にも目を通していたんだ。
 それで怪獣映画は日本で盛んに撮られていたものだから、怪獣映画を見れば日本に対する理解が深まると思って、他の映画より怪獣映画を優先して見ていたんだ。」

「「「「…………」」」」

 ラウラの斜め上を行く発言に、言葉が出ない4人。

「今思えば、確かに単一のジャンル……というのか?
 一種類の映画に偏っていては、日本に対する見方も偏ってしまうと反省してはいるのだが……ん? どうした?」
「……い、いや、なんでもない。」

 一夏は苦笑いを浮かべて生返事をした。

「そうか。
 しかし、怪獣映画は素晴らしいな。
 怪獣の圧倒的戦闘力といったらどうだ。
 既存の兵器など気にも留めず、怪獣を討てる者は怪獣のみ。
 動きが鈍重な点が少し気になるが、あれこそまさしくIS装着者の、白騎士事件で全世界の兵器を圧倒した白騎s……むぐっ!!」

 非常に不穏当な発言をしそうになったラウラの口を、真っ青な顔をした箒が塞ぐ。
 今まで話に入って来れなかった為にノーマークだったのが幸いしたらしく、ラウラの発言をキチンと遮る事ができた。

「そ、その辺にして黙れ!!
 また千冬さんの逆鱗に触れたいのか!!」

 箒の一言に、まだ納得のいかないラウラではあったのだが

「……この続きを言うと教官の怒りに触れてしまうというのか?」
「でなきゃ昨日、一夏がボコられてるわけないでしょ……」

 ジト目の鈴音のフォローにより、渋々納得したのだった。











===============











 その日の授業は、何やら追い詰められている様子の、寝不足気味な様子も見せている千冬によって行われた。

「……千冬姉、大丈夫か?」

 放課後、一夏が心配そうに千冬に話しかける。

「ふ、ふふふ、はははっはははははははははははははは……
 な、なんというかな、山ほど肉食獣が入っている檻の中に入れられた草食獣のような気分だったぞ、昨日は。」
(千冬姉なら、草食獣ったって、草食性の怪獣だと思うんだけどなぁ。)

 流石に昨日の今日である為、そんな事を思ってはいてもおくびにも出さない一夏。
 それはそれとして、やはり昨晩の千冬は相当怖い一夜を過ごしたようだった。

「正直な話、身が持たん。」

 千冬はそう言ってガックリと項垂れてしまった。

「つっても……束さんからの説明がIS学園に来てるんじゃなかったのか?
 銀華の機能じゃ男を女にするかそれを元に戻すしかできなくて、生粋の女性を男にする事は出来ないって。」
「御門の事を女だと固く信じている連中が、その説明で納得すると思うか?」
「……」

 一夏は首を横に振らざるを得ない。

 一応、束の方でも銀華に付いてしまった機能を再現して試してみたらしいのだが、性別を変える事が出来たのは瑞穂のみであり、女性を男性に変える事は出来なかったらしい。
 瑞穂以外の男性にいたっては、そもそもISが使えないから論外という話になってしまっていた。
 性別を変える機能はISの機能である為、ISを動かさなければ作動させる事が出来ないのだ。

「いやあ、ISコアが男の子を拒否するなら、男の子を女の子にしちゃえば良いじゃないって思ったんだけど、世の中そんなに甘く無かったよ~~」

 とは束の弁である。
 一夏としては言外に「IS動かせる男の子なら行けるんじゃないか? つまり一夏でもいけるんじゃないか?」と言外に言われているようで、非常に心臓に悪い物言いである。

「とりあえず今週の土曜には、束の奴にあんな機能が出来てしまった下地を作った苦情を言いに行くとしてだな……」

 千冬の目が据わっていた為、ストッパーとして着いて行かねば拙いと思う一夏。
 束がいるのは千早の家なので、千早も連れて行かねば拙いだろう。
 それに千早に関しては、ボチボチもう一度家族に会いに行かせてやるべきだとも思っていた。

「さっきも言ったが、このままでは私の身が持たん。
 寮監には私の代わりに山田君に入ってもらって、私はお前達のアリーナに泊まるぞ。
 今度はきちんと上の方の許可をとってあるから大丈夫だ……今週限りと言う期限付きなんだがな。」

 千冬はうつむいてため息をついてしまった。
 おまけに山田先生の書類仕事をある程度肩代わりするのが、彼女に寮監を代わってもらう条件だった為、一夏を彼女直々に鍛える為の充分な余裕は確保できそうにない。
 その為……

「私が今日から貴方達の専属コーチとしてミッチリ鍛えてあげるわ!!」

 楯無が一夏達を鍛える千冬の補佐としてアリーナに避難する余地が生まれたのだった。
 まあ、現在の状況で楯無に寮暮らしを強いるのも酷というものである。

 男女が一緒に暮らすのはどうかとも思ったのだが、幸いにしてアリーナには多数の部屋が存在するので、千冬と楯無にはそちらで寝泊りしてもらえれば問題は無い。

 一夏と千早は、こころよく楯無をコーチとして迎え入れてあげたのだった。











===============











「それじゃあとりあえず今日は、普段の練習風景から見せてもらおうかしら。」

 そう言った楯無の目の前で、一夏と千早はISを装着して柔軟を行った後、ウォーミングアップとしてホログラムターゲットの訓練ゲームを1時間ほど行う。
 その動きは小刻みかつ複雑であり、箒が始めてこの訓練を目の当たりにした頃に比べて、二人の動きは明らかに洗練・高度化している。
 それでいて個別連続瞬時加速の常時使用により850Kmと940Kmという高速を維持し続けているのだから、二人の長足の進歩が見て取れる。
 その為、2人の被弾率は大幅に低下しており、またターゲットの色の変化もかつてより明らかに目まぐるしくなっていた。

 ウォーミングアップを終えた二人は、今度はシミュレータで戦う事の出来る強敵達に戦いを挑む。
 一方が休んでいるという状況を好まなかった2人は、2人がかりでやっと勝負になる強敵に挑んだり、ザコオービタルフレームやナインボールが延々と沸いてくる荒野乱戦を骨身を削りながら戦い続けたりしている。
 一方が力尽きて動けないときにのみ、彼らは一人でシミュレータに挑んでいた。
 ACシリーズをした事のある者にとっては「ナインボールが延々と沸き続ける」という光景は悪夢以外の何者でもないのだが、それでもこのシミュレータでは脅威度が下位なのだから恐ろしい。
 やろうと思えば、ラインの乙女とラインブレイカーが大挙して押し寄せてくるという人知を越えた悪夢さえ現出させる事が出来るのが、このシミュレータの恐ろしさだった。
 ……さすがにそこまで無謀な事は一夏達もしていないが。

 そんな狂気染みた訓練が行われる事4時間、一夏と千早は全ての体力を使い尽くしてその場に倒れ伏してしまったのだった。

「……いや、こんなに気合を入れた訓練をしろだなんて、お姉さん言った憶えは無いんだけど……」

 しかし、一夏は毎日こんな具合なのだと息も絶え絶えに言った後、そのまま意識を手放してしまった……ISを身につけたままで。

 一応自分も同じ位過酷な訓練を毎日のように受け続けた経験があるとはいえ、流石にちょっと信じられない楯無。
 彼女は対暗部用暗部としての圧倒的な戦闘力を生まれた瞬間から求められ、人間ではなく強靭な生物兵器として育て上げられたのに対して、一夏達はIS学園に来るまで一般の民間人だったのだ。
 ここまで過酷な、それこそ彼女自身のような生物兵器用の訓練が、少し前まで一般人だった彼らの常態とは考え辛かった。

 そこで楯無はアリーナに残されている映像記録を確認し、一夏が話した事が真実である事を確認する。

「……これからビシバシ鍛えようと思ってたのに、これ以上過酷な鍛錬ってどんなのよ……」

 一夏を鍛え続ける事で一週間といわず、その後もずっと卒業までアリーナに居座り続け、女の自分に孕ませてほしいなどと言う理解不能な事を口走る連中から身を守ろう、という彼女のプランが出だしで頓挫したような気がした。
 ISについて鍛えるのは、とりあえずIS用火器を引っ張り出して射撃訓練をさせるくらいしか思いつかない。

 シミュレータがある以上アグレッサーとして二人を鍛えるのは論外だった。
 「動きがパターン化されていない、より強い敵との勝負でレベルを上げさせる」という名目でアグレッサーをするのであれば、ラインの乙女やラインブレイカー以上の戦闘力が要求されてしまう……少なくとも現時点の彼女ではお話にならない。
 さらによりレベルの低い、彼らのレベルに合わせたアグレッサーというのであれば、多少下限が高すぎるような気がするとはいえ様々なレベルの敵と対戦できるシミュレータの方が、一人しかいない楯無よりも良好な相手であるのは明らかだった。

 マニューバについての訓練も考えないではなかった。
 というか、当初は素人という事もあり、アリーナ内を高速で飛びまわれるとはいえ大雑把な所も見られた一夏達のマニューバを重点的に鍛えようと思っていた。
 素人がISを使うに当たって、第一の障壁となるのがマニューバであるからだ。
 しかし、2人はクラス代表選考戦の時よりも複雑化した機動を平然と行っていた。
 流石にあんな真似ができる相手にマニューバに関する指導を行うのは、釈迦に説法も良いところだった。

「できるとしたら、生身での指導かしらね……」

 まあ、それでもあの反射神経がある以上、滅多な相手には負けないんだろうけど。
 楯無は、内心そうこぼした。

 と、ふと、楯無はあることに気付く。
 一夏「達」は、毎日このように体力を使い尽くして眠っている……つまり一夏と「千早」は、毎日シャワーも浴びずに倒れ吹いて眠っているという事になる。

「……毎晩汗まみれで眠っていて、それであの美肌……!?」

 楯無は信じられない気持ちを抱き、ありえないと思いながらも千早の様子を確認しに行く。
 向かった先に倒れ伏していた千早は、ISを装着したまま、汗まみれで意識を手放していたのだった。

「…………」

 その瑞々しい肢体を濡らす玉の汗は、汗であるにもかかわらずまるで宝石のように煌びやかに銀の少女の美しさを演出している。

「……嘘……よね……?」
「……あまり御門について深く考えん方がいいぞ。
 頭の出来で束の阿呆に挑むようなものだからな。」

 そう言われて振り向いた楯無の背後には、タオルを手にした千冬が立っていた。
 彼女の背後には、千早と同じくISを身につけたまま倒れた一夏の姿がある。
 どうも、一夏の身体を拭いてやった直後のようだった。

 千冬は、手にしたタオルで千早の身体を拭き始める。
 そんな千冬に、楯無はこう言った。

「そうは言うけれど先生、毎日この生活を送っていてそのお肌っていうのは」
「五月蝿い黙れ。
 私だって葛藤しているんだぞ。」

 千冬と楯無は示し合わせたかのようにため息をついた。

「大体、お前だって人の事を言えた義理か。
 生まれてこの方ずっとコイツ等並みかそれ以上に過酷な訓練漬けになっているお前がその肌だという事も、十二分に驚異的なことだと思うんだがな。」

 千冬はジト目で楯無を睨む。

「その容姿と地上最強の称号を併せ持つ人がそういう事言う?」

 楯無からもカウンターが飛ぶ。

 しかし、そんな彼女達も基本的に寝る前は綺麗に汗を流していた筈だった。

「……IS着けて寝るのって、お肌の美容に良いのかしら?」
「……試してみるか?
 こいつ等の話によると、寝違えたらエラい事になるらしいがな。」

 と、その時。

「う……ん…………」

 と、千早が寝返りを打つ。
 その寝顔もまた、輝くほどに美しかった。

「「…………」」

 もはやため息も出ない。

「……今日は私もISつけて寝ようかしら……?」

 楯無がそう思って実行に移したのは当然の帰結と言えた。
 ……しかし人体とは、ISの脚部などという巨大な高下駄を履いて眠るようには設計されていない。



 翌朝、楯無は足を寝違えて立てなくなってしまっていたのだった。

 楯無より明らかに錬度が低い筈の一夏や千早が眠れていたのは、単純に「ISを装着した状態での睡眠」については楯無よりも彼らの方が慣れていたこと以上に、2人のISが小型軽量である事が大きいらしく、小型ISでない≪霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)≫を専用機とする楯無ではISを身に着けて寝る事は難しいようだった。
 その事を楯無が知ったのは、マッサージで彼女の足を復旧させてくれている一夏からその話を聞かされた時の事だった。

「ぐっ、そ、それでもお姉さんは貴女のような玉のお肌を諦め切れないの……」
「貴女みたいな凄い美人が、一体何を言ってるんですか。」

 こんな痛い思いをしてまでも美肌を得ようとするなんて。
 男性である一夏と千早は、女性の美しさへの執念を垣間見たような気がしたのだった。











==FIN==







 え? こんなん生徒会長違う? 彼女はもっと泰然としている筈だって?
 百合(と書いて「捕食者」と読む)の恐怖に怯え震えるお姉様(と書いて「被捕食者」と読む)に泰然としていろというのは酷な話なのでは……?

 まあそれはともかく。
 彼女のような暗部の人間はちーちゃんが男の子だって言うのは一目見て気付いていました。
 が……

第1段階
「へ? あれで男? いや男だって自分で見抜いていてなんだけど……」

第2段階
「は、はははっははは、あらゆる面で女の子として男に劣る私達って一体何なのかな……」

第3段階
「なーんだ、女の子が妙な機能で男に化けてただけだったんだ。」

 という経過を辿っていまして、彼女たちですらちーちゃんの事を女の子だと思っているという惨状になっていますw


 え? 瑞穂ちゃんですか?
 皆さんご想像の通りの目に遭ってますが何か?
 ただでさえ紫苑さまがいらっしゃるというのに、まだまりやが日本にいますからね……



[26613] おとボク2の人達、すんなりちーちゃんの性別受け入れすぎ
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/07/12 00:18
 金曜から土曜にかけての夜、千冬は夢を見ていた。

 夢の中で、彼女は自分とよく似た幼い少女と遊んであげていた。
 と、そこに一夏がやってくると、少女は一夏を「お父さん」と呼び、彼の元へと駆けて行った。

「千夏、ちゃんと千冬姉と仲良くしていたか?」
「うんっ!!」

 少女は元気良く一夏の問いに応じた。
 千冬はもしかしたら、この千夏と言う少女は自分と一夏の間に生まれた子どもなのではないかと思う。
 千冬の「千」と一夏の「夏」を組み合わせた名前だったからだ。

 だが……

「千冬姉、千夏を預かってくれてありがとうな。」
(…………は?)

 一夏は一時的に少女を千冬に預けていただけらしい。
 そして。

「千夏、今日の晩御飯は千早の手料理だぞ。」
「やったーっ!!
 私、お母さんのお料理だーいすき♪」












「…………ちょっとまてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 千冬はこの時の、自分の絶叫で目を覚ましたのだった。











===============










 一夏は夢を見ていた。

 夢の中で、一夏は……世界唯一の女性IS装着者だった。
 その夢の中では、ISとは「男性にしか使えない兵器」だったのだ。

 男共の視線が体中に絡みつく。
 むさ苦しい男所帯の中に一人放り込まれた少女である一夏に、熱い視線が集中する。

 嫌悪感の余りに挙げた自分の叫び声によって、一夏は目を覚ましたのだった。











===============











「ってな夢を見てな。」
「なんでそんなけったいな夢をみたんだ。」
(昨日意識を失う直前に、「お前が当初の予定通り男子校に通ってたらどんな目に遭ってたんだろう?」って思ったらこんな夢を見た、だなんて本人に言えるわけがねえ……)

 項垂れる一夏に、千早はなんとも言えない視線を送っていた。

「それににしても夢、ね……」
「そういやお前の夢も前に見たな。
 なんかお前と一緒にいたお前ソックリのちっちゃな女の子に「お父さんって言ったら普通は男の人なのに、何で私のお父さんは女の人なの?」って聞かれる夢なんだが……」
「いや、流石にそれは無いから。
 ありえないから。」

 一夏は今でこそ千早の事を男性と認識しているとはいえ、初対面の時には千早の事を少女と認識していた。
 ならば、このような夢を見る事もあるだろう。

 とはいえ、千早にとっては受け入れがたい話ではある。

 と、そこに千冬がやってくる。
 彼女は一夏と千早が談笑している様子を見て、微妙な表情を浮かべる。

「? どうしたんだ千冬姉?」
「……一夏。
 私は男の妹などいらんからな。」
「…………は?」

 一夏は小首をかしげる。
 千冬がなんでそんな事を口走ったのか、全く分からなかったからだ。

(いくら御門が女になれるからといってアレは……
 正夢にならん事を祈るのみだな……)

 千冬の脳裏には今朝方見た夢の様子がくっきりと浮かんでいたのだった。

「まあとにかく千冬姉も来た事だし、行こうぜ。」
「ああ。」
「まったくあの阿呆は……」

 千冬は銀華の機能のおかげで、これまでの人生でも指折りの恐怖体験をする羽目になったのだ。
 いくら銀華が勝手に作った機能だと説明されても、やはり元凶は束という事で、束に文句の一つくらいは言いたかった。
 そういうわけで、彼女は一夏と千早と共に、束がいるであろう千早の家に向かったのだった。










===============











 自宅の最寄り駅で降りた織斑姉弟と千早は、思わぬ相手に遭遇した。

「ん? 弾に……鈴?
 妙な組み合わせ……でもないか。」
「ふぇ、い、一夏?
 あ、あんた一体なんでこんな所に来てるのよ?」
「いや、そりゃこっちの台詞だって。」

 と、そこで千冬が話に入ってきた。

「私達姉弟は少しこちらで用事があってな。」
「あ、そうなんですか。
 あたしはこっちにいた頃の友達の所に顔出しておこうと思って来たんですよ。」
「それで、出迎えに来れたのが俺一人だったんです。
 基本みんなヒマ人なんですけど、今はゴールデンウィーク中ですんでちょっと間が悪かったみたいで。」
「ふむ。」

 そういう事であれば、この2人が一緒なのは納得できる。
 と、そこへ箒がやってくる。
 どうも一夏達と同じ電車の大分離れた車両に乗っていたらしい。

「一夏に千冬さん、千早さん、こんな所で会うなんて奇遇ですね。
 ……? お前は……?」
「? な、何よ。
 あたしの顔なんてマジマジと見て。」

 箒は鈴音が一夏でない少年と並んで一夏と相対していた事を見て、内心喜びながらこう言った。

「なんだ。お前にはもう恋人がいるというわけか。
 なら一夏の事は……」
「あのね、コイツは単なる友達よ。
 五反田 弾って言って、あたしと一夏の中学時代の友達なの。」

 鈴音は「あたしと一夏の中学時代の」という部分に力を込めて言う。
 中学時代、一切一夏との接触が無かった箒に対する彼女のアドバンテージを示した形だ。

 なにやら張り合おうとしている少女達だが、一夏には彼女達が何で張り合おうと思っているのかが分からなかった。
 無論、千冬、千早、弾には彼女達が一夏の取り合いをしているのは丸分かりだったが。

 そして今まさにヒートアップの第一歩に踏み出そうとしている少女2人に、弾が冷や水を浴びせた。

「いや……でも、コイツの彼女ってその銀髪の……千早さんだっけ? 彼女じゃないのか?」

 その弾の一言で、2人の少女は思い出したかのように愕然とし、千早は女の子座りで項垂れてしまい、一夏が千早の肩に手を置いて彼を慰めた。

「弾……前にもコイツは男だって言っただろ?
 女の子に間違われまくってて、ISコアにすら間違えられてコンプレックスになってんだから、そのコンプレックス抉るような真似すんなよ。」

 一夏が千早の肩に手を置いた状態で弾にそういうと、弾は唖然とした表情でこういった。

「……お前、それ、マジで言ってんのか?」

 その弾の一言で、千早はさらに沈み込んでしまう。

「……なんでみんな信じてくれないんだ……はぁ……」

 千早が弱弱しくため息をついた。


 しばらく後。
 愕然としていた少女達2人は、弾と共に彼の家である五反田食堂へと向かう事になった。
 鈴音の場合は、元々彼女の元クラスメイト達と五反田食堂で会う事になっていたので予定通りだったが、かつて住んでいたこの町そのものを訪ねてきた箒にとっては予定外である。
 しかし、鈴音や一夏の元クラスメイト達の中には箒の小学生時代の友人もいくらかは含まれていた為、彼女も鈴音と共に五反田食堂に行こうという話になったのだ。

 一夏も五反田食堂に行きたそうなそぶりを見せると、千早はクスリと笑って言った。

「千冬さんのストッパーは僕がやっておくから、一夏も一緒に行って来たらいいんじゃないか?」
「ん……でも、千冬姉をお前と二人きりにするって言うのは……」

 千早は「このシスコンは……」と頭を押さえる。
 どうも一夏は千冬を自分以外の男、つまり千早と二人きりにする事に抵抗を覚えているようだ。

「大丈夫だって。
 大体、僕なんかが千冬さんに手を出そうものなら、命が幾つあったって足りやしないさ。」
「むう、まあそれもそうか。
 じゃあ弾、俺もそっち行くわ……って、どうしたんだ3人とも。」

 一夏が弾達の方を見ると、彼は箒と鈴音と共に呆けた表情をしていた。

「一夏……お前にはマジで今の笑顔が男の笑い顔に見えんのか……?」
「「……勝てない……」」

 どうも今の千早の笑顔に3人してやられてしまったようである。

「おい、一夏、御門。」
「ん? なんだ千冬姉?」
「私の方の用事もそれほど急ぎではないからな、私も五反田食堂に行くぞ。」
「は?」

 一夏と千早の目が点になる。

(……そーいえば、この人もブラコンなんだっけ…………)

 千早はそう思いながら千冬と箒や鈴音を見比べる。
 また弾の妹である蘭という少女も実物にはあった事が無いが、「インフィニットストラトス」においてはかなりの美少女として描写されていた筈だ。
 千冬が警戒するのも無理は無い。

「ええと、千冬さん、用事って何ですか?」

 いつの間にかショックから立ち直ったらしい箒が恐る恐る訊ねる。

「いや何、私達の家の方でちょっとな。」

 流石に束にお礼参りしに行くなどと素直に言うわけも行かず、千冬はお茶を濁す。
 まあ、束がいる千早の世界へは、彼女達姉弟の家からでなければ行けないので、嘘ではない。

「? 掃除か何かですか?」
「まあ、そんな所だ。」

 こうなると千早の方も一人で織斑姉弟の家に入るわけにも行かないので、結局全員で五反田食堂に向かう事になったのだった。











===============











「「「「「「…………」」」」」」
「「「「…………」」」」

 一夏達が五反田食堂に入ると、そこにはメカニカルなウサミミをつけた女性が定食を食べていた。
 見ると表情の乏しいヘッドドレスをつけた少女と、活発そうな少女、そして長い亜麻色の髪を持つ長身の少女が彼女とテーブルを共にしていた。
 その中で織斑姉弟や箒、鈴音が見たことのない相手は活発そうな少女だけである。
 長身の少女とは面識は無いが、別の所でその顔を知る機会があった。

 そのウサミミの女性と千冬が呆然とした表情で見つめあい、そして

「ち、ちーちゃんごめんなさいっ!!!」

 ウサミミの女性、束は立ち直るや否や額をかち割らん限りの勢いで土下座を始め、更には五体投地に移行していく。

「ね、姉さんの五体投地なんて、想像した事すらなかった……」
「まあ、傍若無人っつー言葉が服来てうろついてるような人だからな……」

 そんな束でも地上最強の生物と恐れられる千冬の逆鱗に触れるのは流石に恐ろしいらしい。
 今回の一件、銀華に付いてしまった性転換機能によってIS学園の百合趣味の少女達が暴走した責任は間違いなく束にもあるからだ。

 とはいえ、このような束の姿を想像した事のある人間など、この世界には存在しない。
 彼女の傍若無人さと、それに見合う天才科学者としての能力とそれに裏打ちされた圧倒的武力を知らぬ者はいないからだ。
 ISという圧倒的にして絶大な力の源たる篠ノ之 束という女性は、最早人間扱いされておらず、天災、人の皮を被った災害といった扱いになっている。
 その彼女が他人に土下座をする様子など、IS世界の住人には想像だにしない光景である。

 千冬や箒、一夏にしても、人間としての束の実態を知っているので彼女を災害扱いする事は無いとはいえ、逆に人間・篠ノ之束の事を知りすぎているが故に彼女の傍若無人さがハンパでは無い事を誰よりも良く知っている。
 なのでこんなにも素直に束が頭を下げるとは思っておらず、毒気を抜かれて呆気にとられてしまう結果となった。

 そんな光景を横目に見つつ、千早は束と共に食事をしていた少女達の方を見やる。
 ヘッドドレスの少女は彼の侍女である度會 史。
 彼女は何度かこちらの世界に来た事がある為、五反田食堂に居たからといってさして驚く相手ではない。
 しかし……

「まりや従姉さんに、瑞穂さん!?」
「やっほー、久しぶりぃっ!!」

 従姉妹である御門 まりやと、又従兄弟である鏑木 瑞穂まで一緒にいるのは完全に想定外であった。
 ともあれ、千早があげた素っ頓狂な声によって、千冬を除く千早と共に五反田食堂に入店してきた面々が一斉に千早の方に注目する。

「まりや……姉さん?
 千早さん、貴女にはお姉さんがいたわけ?」
「……いや、彼女は僕の従姉妹ですよ。」

 鈴音の質問に千早が応える。
 その千早の返答を踏まえてマジマジとまりやと呼ばれた女性を観察する鈴音。

 身長は余り高いほうではないようだが、活発でボーイッシュな印象を受けるエネルギーに満ち溢れた女性だ。
 悔しいがスタイルの方も大分良いほうだ。
 流石に箒ほどの巨乳ではないようだが、充分ナイスバディだと言える。
 確かに女性としても美しくはあるが、流石に千早には及ばないようである。
 髪型は千早の流麗なゆるふわウェーブとは対照的な、ショートカットである。

「……まあ確かに姉妹って言うにはちょっと似てないか。」

 そう言った鈴音は、残る一人、長身の少女に目をやる。
 まりやとは対照的な大人しい雰囲気の女性で、上背の割には愛らしい印象を受ける。
 鈴音はその美貌をISの戦闘シミュレータのデータで知っていた。

「あれ? 彼女って、あのやたら突進力のあるISの装着者よね?」
「……ああ見えても男の人ですよ、一応。」

 千早はため息混じりに訂正するが、

「……は?
 いや、そんな事ある訳ないでしょ。
 あんなに綺麗なのに。」

 鈴音はサッパリ信じない。
 その様子を見て

「そんな事ある訳ないって……」

 長身の女性、鏑木 瑞穂はがっくりと項垂れてしまったのだった。

「ん~~~、でもまあ信じたくない気持ちは痛いほど分かるけどねぇ~~。」
「どういう意味だよ、まりや。」
「そりゃ、女らしさと綺麗さと可愛らしさで男の子の瑞穂ちゃんに負けちゃったら、女としてのプライドはズタズタになっちゃうじゃない。
 長年、女の自分自身より従兄弟の男2人の方が綺麗で可愛くて女らしいって立場にいたあたしじゃないんだからね、彼女は。
 …………はぁ、自分で言ってて虚しくなってきたわ。」
「まりや様、自傷行為はそこまでにされた方がよろしいかと思いますが。」
「…………そうね。」

 瑞穂の落ち込み具合はさらに悪化し、まりやの方もどんよりと影を背負ってしまった。

「……従兄弟の男2人ってのは、お前とそこの瑞穂さんって事か?」
「認めたくないけれど、そういう事なんじゃないか……はぁ。」
「……いや、千早さんが男だなんてあり得ないでしょ。ねえ2人とも。」
「ああ。
 こんな美少女が男だなんて言ったら、俺は明日から何を信じて生きていきゃ良いんだよ。」
「全くだ。
 千早さんが男だなどと言われたら、私達など一体何だと言うんだ。」
「お前らいい加減信じてやれよ……ほら、へこんで膝ついちまったぞ千早の奴。」

 一方、束の五体投地に唖然としていた千冬はようやく再起動を果たし、改めて束に話しかけた。

「なあ束、何でお前がこんな所にいるんだ?」
「へ? いや、ちょっとあの2人がこっちの世界を見てみたいって言ったから、案内……」
「お前はそんなタマじゃないだろう。」
「え、ええとね、あのまんまちはちゃん家にいると、もんの凄く怒ってるちーちゃんがやって来そうで……」
「つまり私から逃げる為に御門の家から出ていった先がここだった、と。」
「あう……ご、ごめんなさい…………」

 束は再び千冬に土下座した。

「まあ、反省の色は嫌と言うほど見せてもらったから、後は女の私に孕ませて欲しいなどと訳の分からない事をほざく連中を黙らせてくれれば、私としては文句は無いぞ。」

 流石に十二分に誠意と反省を見せてもらった千冬は、それ以上束を追い詰めない事にした。

「ううっ、じゃ、じゃあ銀華の機能で性別が変わっちゃうのは、男の子なのにISが使えるのと同じ位の希少価値って事にして、私名義で発表すれば良いと思うよ、ちーちゃん。」
「まー、嘘じゃないもんね。
 瑞穂ちゃんや千早君みたいな男の子なんて、そうそういるわけないし。」

 まりやが束の台詞に合いの手を打つ。
 確かに瑞穂や千早のような男性があと何人もいるとは思えない。
 こちらの世界に一人も存在していないとしてもそれは当然であり、千早達の世界にさえ彼ら2人以外には存在していなくてもおかしくは無かった。

「まあそういう事なら良いだろう。
 御門の事を女だと固く信じて疑わん連中も、その説明ならあんな訳の分からん発言を引っ込めてくれるだろう。」

 千冬はそう納得した。

「……あの。」

 と、箒がまりやに声をかける。

「? 何かしら。」
「貴女や姉さん、それに千冬さんは、なんで千早さんやそこの……瑞穂さんでしたか、彼女の事を男の子だなどと言っているんですか?」
「ああ……まあ信じられないって言うより、信じたくないわよねぇ、自分より綺麗で可愛くて女らしい男の子がいるだなんて。」
「こ、この二ヶ月、口をすっぱくして僕は男だって言い続けたのに、信じてくれたのが一夏と千冬さんの2人だけだったからね……」

 千早は呻くように吐き捨てた。

「信じられないお気持ちは痛いほど理解できますが、千早様と瑞穂様はお2人とも男性です。
 銀華の性転換機能も、その後の調査で、正確には性転換ではなく女性化機能だと判明しております。
 その為、銀華の機能によって元から女性の方を男性にするという事は原理的に不可能な事が分かっています。」
「「「……へ?」」」

 史の言葉で、箒と鈴音、そして弾の目が点になる。
 そして弾以外の2人の脳裏に悪夢が蘇った。

「あ、あれ? 箒ちゃん、もしかしてお姉ちゃんのお話信じてくれてなかったの!?」
「いや……だって、千早さんが男性だなんてありえる筈が……」
「ありえる筈が無いからお姉さんビックリして、ちはちゃんの事気になっちゃったんだよ。」

 確かにそうだ。
 束は妹の自分と親友である千冬、そしてその弟である一夏以外の人間をまともに認識できない筈。
 両親ですらかなり怪しいくらいだ。

 その束が千早には特別注意を向けている、という事はいかにも不自然である。
 圧倒的なほどの美少女にもかかわらず、実は男。
 その位のインパクトが無ければ姉に個人として認識されるはずがないという、その理屈は頭では分かってはいた。

 しかし……

「へ? え、と……姉さん?
 そ、それじゃあ、女らしさや女性としての容姿で千早さんに劣る私は一体なんだと言うんですか……」

 段々箒の動きがぎこちなくなっていく。
 その彼女の隣では

「おい、しっかりしろ鈴!!」
「あ、あは、あははははあはははははははははああ…………
 あ、あああ、あああああああああっーーーーーーーーーーーー!!!!」
「だ、大丈夫かよ! おい弾、おじさん呼んで来い!!」
「え、あ、う、嘘だ、嘘だろ……何、あんな超絶美少女がおと、お、おと、おと、お、お、お、おぅわあああああああああーーーーーーーー!!!」
「お前もかーーーーーーーーーーーっ!!」

 弾と鈴音が一足先にゲシュタルト崩壊を起こし、一夏が2人への対応に追われていたのだった。
 箒の精神の均衡が崩れる数秒前の出来事であった。











===============











 平和な定食屋で阿鼻叫喚の地獄絵図を展開した一団は、五反田食堂から叩き出されてしまった。
 あのまま放置していれば、客足が遠のいていたのは確実なので、適切な判断ではある。

 ケタケタと虚ろな笑い声を発している弾を背負った一夏と、同じく虚ろな笑顔を浮かべている箒を背負った束と、同様に壊れ果てた様子の鈴音を背負った千冬は、千早、史、瑞穂、まりやとともに織斑姉弟の家に向かっていた。
 弾・箒・鈴音の様子が落ち着くまで、織斑姉弟の家で寝かせておくのが良いという話になったからだ。
 通常、人一人背負うなどという力仕事は男性の役割なのだが、千冬は地上最強の生物なので力仕事を任せてもなんら問題が無く、束は率先して箒を背負った為、瑞穂と千早には少女達を背負う役目は回ってこなかった。

 家に着く直前、一夏はこうこぼす。

「鈴に会いに来た連中には、後で詫び入れておかないとな。
 俺や千冬姉も丸一日寝込んだんだし、こいつ等もその位経たないと持ち直さないだろ。」
「うう……箒ちゃん、戻ってきてぇぇぇぇ。」

 そんな束の願いも虚しく、箒は未だに壊れていた。

「さて、久しぶりの我が家……なんだが、この状態のこいつ等を背負っていると思うとくつろぐ気になれんな……」

 はぁ。と千冬はため息をつく。
 ため息をつく癖を千早に伝染されたのかも知れない。
 彼女はそんな事を考えていた。

 とはいえ、玄関の前で嘆いていても始まらない。
 一同は織斑姉弟の家に入って行った。











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 壊れた三人は織斑家の居間から千早の部屋を経由して、御門家に連れて行かされる。
 元々2人暮らしで余分な布団や部屋が少ない織斑家より豪邸の部類に入る御門家の方がスペース的に余裕がある事と、どこでもドアなどという非常識な物を目の当たりにする事で、千早と瑞穂が男だったというショックを少しでも中和できないかという話になったためだ。

 しかし現実は無情である。
 3人ともほぼノーリアクションで、壊れたままだった。

 一行は和室に向かい、布団を敷いて3人を寝かせる。
 なお、千早が一夏達を伴って帰って来た事を妙子や使用人達に知らせる為、史は別行動となっていた。

「……一夏と千冬さんの時もそうだったけど、僕が男だっていうのはこんな風に寝込むほどショックな事なのか!?」

 元凶その一がしかめっ面でそう呟く。

「御門、鏡を見ろ。」

 千冬は非情にその呟きを斬って捨てる。

「ま、まー、ちはちゃんは銀華やコレ使えば女の子になれちゃうから、箒ちゃん達には女の子って事にしておいてあげてても良かったかも……」
「僕のジェンダーアイデンティティ全否定ですか。」
「瑞穂ちゃんと並んで、ただそこにいるだけでフルオートで女のプライドを粉砕する女の敵が何言ってんのよ。」
「私もまりや様と同感です。」

 女性陣はさらに追撃を加えてくる。
 一夏はそんな様子を苦笑いを浮かべて眺めていたが、ふと束が取り出した物が気になった。
 どうやら腕輪のように見えるが、なにやらメカメカしい。
 束はISの発明者なので、ISの待機状態と思うのが普通なのだが……

「? 束さん、それ何ですか?」
「へ? ああコレ?
 いっくん、ちょっと触って見て。」

 というや否や、一夏の手をとった束がその手を腕輪に押し付ける。
 しかし何も起こらない。

「うん、やっぱりいっくん相手じゃ普通の男の人と同じで何にも起きないか。
 どことなくあたしが作った対ISコア用性別偽装システムに似た感じがしてたから、ちはちゃんとかみーちゃん相手じゃないと効果ないみたいだね、女体化システム。」
「…………は?」
「んふふっ、いっくんコレが何だか知りたい?」

 一夏は非常に嫌な予感に襲われた為、正直知りたくなかったのだが、束はそのまま捲くし立てる。

「じゃーーーん、束さんが銀華の機能を解析して、それだけを切り出してみた女体化の腕輪だよ!!
 使い方もゆーざーふれんどりーにも触るだけで効果を発揮と超簡単!!
 どう?」
「………………な、何人の事性転換させようとしてんですかああぁぁぁああぁぁぁああああっ!!」

 一夏が叫び声を上げ、何事かと史がやってくる。

「一体どうされたのですか、一夏様。」
「へ、い、いや、ただの気付けだよ気付け。
 こいつら正気の戻す為のさ。」

 一夏はとっさにそう言う。

「はあ、そういう事でしたか。
 ですがあまり大きなお声を出されると、奥様が酷く驚かれてしまいますので、ご遠慮していただけませんか?」
「あ……ごめんなさい。」

 一夏は史に頭を下げた。

(そういや千早のお母さんって、精神的にキてんだっけか。
 驚かして良い相手じゃないよなぁ。)

「う、うん……」
「こ、ここは……」
「うう……」
「3人とも気が付いたのか?」

 今の一夏の叫び声が丁度良いショック療法になったのか、壊れていた3人が壊れていた状態から復帰する。

「な……姉さん!?
 いや、何か悪い夢を見ていたような気がするんですが……」
「あたし、何時の間に寝てたんだろう……なんか、千早さんが男だって言われてショック受ける夢みちゃった……」
「奇遇だな、俺もだ……」
「あたし達どーかしてるわよね、あんな美人が男の筈ないのに……」
「「……僕達のジェンダーアイデンティティは」」
「何も言うな。話をややこしくするな。」

 どうやら3人とも五反田食堂での出来事を夢だと思い込んでいるらしい。
 それほど千早の性別が男性であると知らされたショックは大きかったのだろう。

 その様子に、元凶その1と元凶その2は部屋の隅っこで落ち込んでしまったのだった。

「一夏、こいつらは暫くそっとしておいた方が良いだろう。
 後、そこで落ち込んでいる奴等とも離した方が良い。」
「そうだな千冬姉。その間の世話は……史ちゃん、頼める?」
「はい、承りました。」
「私も残って箒ちゃんの看病するね。」

 織斑姉弟はそう言った史と束を残し、千早と瑞穂を引っ張って和室から出て行く。
 行き先は千早の部屋にした。
 姉弟と千早、瑞穂、まりやの5人で入るには少し狭いようにも思えたが、まあ問題は無い筈だった。

 そして千早の部屋に着くなり、まりやが腹を抱えて笑い出した。

「あっはっはっはっはっはっはっは!!
 いやぁ、千早君がすんごい美少女なのは分かってたけど、ああまでして信じたくないって、あんた向こうじゃドンだけ女の子として振舞ってたのよ。」
「まりや従姉さん、笑いすぎ。
 それに僕は別に女の子として振舞った覚えなんて無いから。」

 千早はそう言いながら頭を抱える。
 しかし千冬はそんな千早を見て

(それはひょっとしてギャグで言っているのか?)

 と内心叫んでいた。

「いや……でも、向こうってISが実在している世界なんだよね?
 ISは女の人の物っていう意識があるんだから、それを使えちゃってたから僕達が女の子扱いされるなんていうのは……」
「そうだ、それだ、瑞穂さん!!
 だからあんなに口をすっぱくして僕は男だって言っても」
「「ないな。」」「決め手じゃないわね。」

 織斑姉弟とまりやは瑞穂と千早が縋りついた可能性を斬り捨てる。

「そもそもそのゆるふわウェーブがなぁ。」
「もっと根本的には骨格からして女そのものだろう、2人とも。」
「っていうか瑞穂ちゃんってば、亡くなったおば様に似すぎ。
 こないだなんかまるでクローンだって、アルバム見てた貴子や紫苑様が仰天してたわよ。」

 言葉のナイフが次々と瑞穂と千早に突き刺さる。

「ああでも千早君の場合、ISのせいで女の子に見られるって言うのは確かにあるかも。
 千早君のISのデザインってば、完全にお姫様ルックだもんねぇ。」
「え゛、まりや、ひょっとしてアレを見せる気!?」
「アレ?」

 瑞穂の台詞に、千早が不吉な予感を感じつつも怪訝に思って聞き返す。

「ああ、向こうの本屋で買ったISの雑誌よ。
 はいコレ。」
「lkす@たhy921お1h1@!!!」

 雑誌を手渡された千早がショックの余り、言葉にならない声を上げる。
 雑誌の拍子には、デカデカと千早の写真が載っていたのだ。

 織斑姉弟は千早の様子に驚き、千早の両サイドから雑誌の拍子を覗き込む。

「……そーいや、前に鈴が代表候補生には写真撮影の仕事があるみたいな事言ってたっけな。」
「……ぼ、僕、代表候補生でもなんでもないタダのド素人なんだけど…………
 何だコレ……」 

 愕然としている千早に千冬が非情な宣告をする。

「新聞部の連中に目を付けられたのが運の尽きだったな。
 IS学園に所属して生徒や学園での出来事を収集し、校内新聞にするあいつ等は、対象となる生徒や職員がIS関係者という事もあって独自の影響力を持っているんだ。」
「なんで高校の一新聞部がそんな力を持ってんですか……」
「まあ、IS学園に在籍中はIS関連技術の公開をしなくて良いとされてはいても、学園に所属する以上はどう足掻いても生徒職員の目に触れるからな。
 その機能で何が出来るか位は、どう頑張っても生徒達を通して各国のIS関連会社や関連機関にバレてしまうんだ。
 だから外に出る情報を制限する体制はあまり強固ではないぞ。」
「あの……肖像権の侵害とか……」
「IS学園は建前上日本ではないからな。
 それに一夏の件を見ても分かるだろうが、IS関係で一度話題になれば肖像権なんぞあってないような物だぞ。」

 千早はガックリと項垂れてしまった。

「ま、まあ、俺の他にお前って言う第2の男性IS装着者が見つかりましたっていう特集かも知れないじゃないか。」

 一夏はそう言うが、表紙には

『特集記事:神秘のベールに身を包む銀のISと銀の少女』

 と書かれていた。
 現実は非情である。

「あああ、ああああ、こ、こんな写真見られたら、僕のこと男だって見抜く人が沢山いる……っ!!
 男の癖にこんなお姫様ルックに身を包んでいる写真を全世界規模でばら撒かれたら、僕は、女装変態だって全世界に、は、はは、う、うわああああああああっ!!」
「千早の奴、普段とキャラが違うような気がすんだが……」
「あの3人から不安定な精神状態でも伝染されたんだろう。」
「千早君、こんな写真だけで見抜くマニアックな奴なんて殆どいないから安心しなさいよ。
 そいつがどんなに周囲に千早君は男だって広めようとしたって、だーれも信用しないんだから。」
「そ、それはそれでジェンダーアイデンティティがズタズタになるんだけど、従姉さん。」

 ちなみに千早のあずかり知らない事ではあるのだが、千早を一目で男だと見抜ける人間の多くは裏社会の住人であり、裏社会には銀華の性転換システムの情報が既に流れている為、彼らは写真の千早を男だと見抜いた上で「男に性転換している美少女」と認識している。
 ……世の中、知らない方が良い事もあるのである。 

 この数時間後、束が千早に

「ちはちゃん、束さんがとってもいい言葉を教えてあげるね。
 昔の人は言いました。旅の恥はかき捨て☆」

 と言った時、千早は遠い目をしたのだった。









==FIN==

 ええと、千夏ちゃんが千冬さんに似ているのは、一夏経由で千冬と同じ遺伝子が流れ込んでいるからです。
 まー所詮は夢の中の登場人物なんで、細かい設定は不要なんですが、まんまちっちゃいちーちゃんだとすぐに千冬さんにネタが割れてしまうんでw

 一方、一夏の夢の方に出てきた方の子どもは、PC版おとボク2で実際に見る事が出来ます。
 ……母親のDNA混じってるんだろうか、あの子って……

 で、ちーちゃんが男だという事を受け容れられない人々ですが……
 何の予備知識もない人にちーちゃんの抱き枕カバーや裸Yシャツちーちゃんを見せた後、
「ちーちゃんは男の子なんだよ。」
 と言った時の相手のリアクションを想像して見てください。
 まして、箒達の目の前にはリアルにちーちゃんがいるわけです。

 ……正直、一目で見抜いた順一さんを始めとする自力で見抜いたおとボク2キャラ達は只者ではありません。
 他の人たちもすんなり受け入れすぎ。
 少しオーバーすぎるような気はしますが、今回の箒達の反応の方が正常な反応だと思います。



[26613] 目まぐるしく駆け足な一日
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/07/30 21:44
「千早ちゃん、帰って来ていたのね。」

 千早達が彼の部屋で話をしていると、千早の母親である妙子が部屋に入ってきた。

「あ、母さん、すみません。
 帰宅の挨拶も碌にせず、こんなにバタバタと騒がしくしてしま……って……」

 千早は妙子が持っている物体を見て硬直してしまう。
 なにやらフリフリの装飾が施してある衣服のようで、どうみても女物である。

「か、母さん、僕ちょっと学校でやる事思い出しましたから……っ!!」
「もう千早ちゃんったら、何も逃げようとする事はないんじゃないかしら?」

 反転してどこでもドアから離脱しようとした千早の腕を、妙子が握る。
 どこでもドアの前にまりやがおり、彼女が邪魔でどこでもドアに直行する事が出来なかった為、運動能力で大きく千早に劣る筈の妙子から逃げ切れなかったのだ。

 その千早の様子を見て、瑞穂も慌てだす。

「そ、それじゃ、僕もう失礼しますねっ!」
「はいはい、瑞穂ちゃんも逃げないの。」

 予め瑞穂の反応を予期していたまりやが瑞穂の首根っこを捕まえてしまう。

「せっかく千早ちゃんと瑞穂ちゃんが揃ったんですもの。
 とっても素敵なお洋服を用意しましたからね。」
「ちょっ、まっ、母さんっ!!
 一夏っ、千冬さんっ、たす、助けてっ!!」

 そう言われても、まさか妙子に手をあげるわけにも行かず、また彼女に対して説得は不可能であることを他ならぬ千早本人から聞かされている織斑姉弟は、黙って妙子とまりやに連行されていく千早と瑞穂を見送ることしか出来ない。
 彼ら姉弟の脳裏にドナドナが流れた事は言うまでもない。

「……そういえば千早や瑞穂さんを女装させるのが好きなんだっけか、あのまりやさんって人。
 妙子さんも同類ってことか……」

 以前、千早からまりやについて聞いた事のある一夏はそう呟いた。

「ま、まああの2人の場合、素材の良さが異常だからな。
 気持ちは分からんではないが……」
「……で、どうするよ? 千冬姉。」
「うーむ……」

 千冬は暫く唸った後、

「久しぶりに家でくつろぐか。
 あの3人はまだ精神的に不安定だろうから、様子を見に行くにしてもしばらく経ってからだな。」
「んじゃあ、久しぶりにマッサージでも行ってみるか、千冬姉。
 ここんところ精神的にきつかったみたいだから、疲れも相当溜まってるだろうし。」
「ん、ああ、頼む。」











===============











 2時間後。

 そろそろ頃合かと思った織斑姉弟は、妙子達に連れ去られた千早や瑞穂とショックで寝込んでいる3人の様子を見に御門家に戻ってきた。
 千早達と箒達はそれぞれ別の所に居るので、二手に分かれて千冬は箒達の方に行き、一夏は千早達の様子を見に行く。

「あっ、ちーちゃん。」
「束、箒達の様子はどうだ?」

 千早が和室に入ると束が一人で箒達の様子を見守っており、史の姿が見当たらない。
 トイレか何かで席を外しているようだ。

「んーとね、起きてお話できるけど、まだ頭がグワングワンって言ってるみたいな感じ。」
「……そうか。」

 見ると一様に頭を押さえている3人の姿があった。

「あれで男……うぅっ……あ、有り得ない……」
「3人とも、随分ショックを受けているようだな。」

 そう言う千冬だが、彼女達姉弟も丸一日寝込んだのである。
 あまり人の事は言えなかった。

 また、千早が男性である事に衝撃を受けたのは束も同様だったらしく、こんな相槌を打ってきた。

「束さんも、ちはちゃんが男の子だって始めて知った時には口から心臓が飛び出るかと思う位びっくりしちゃったもんね。」
「……そもそもお前はどうやって御門が男だと知ったんだ?」

 千冬にそう訊ねられた束は小首を傾げると、当時の状況を思い返しながら答えた。

「んーとね、私がこっちの世界で歩いているとね、ふーちゃんを連れたちはちゃんとすれ違ったの。
 周り中黒髪ばっかりなのに一人だけ銀髪だから、何だか目立っててね。」

 いくら千冬・箒・一夏・両親以外の他者を認識できない問題人物とされている束でも、別に視力が低くて他者を認識できないわけではない。
 目が悪いわけではないので、当然他の人々についての視覚情報もキチンと知覚出来ているのである。
 ただ、彼女にとってはそれらの人々が路傍の石と同程度の価値しかない、というだけの話なのである。
 また束が自分の世界の人間をマトモに認識できないのは、女性しか使えないISに完全に屈服して抵抗しようとする素振りさえ見せない男性諸氏と、彼女からの借り物の力でしかないはずのISの力でもって威張り散らしている女性諸氏が彼女から見て下らない存在だと感じられてしまったからであって、彼女がISを発表していないこちらの世界の人間は対象外である。

 もっとも、束がこちらの世界の人間に対しても同程度に辛辣であったとしても、千早の事を認識できた事は間違いない。
 全く同じ色の石ばかりがある所に、一つだけ全く別の石が混ざっていれば酷く目立つ。
 それと同じ理屈で、ただでさえ輝かんばかりの美貌を備えている上に黒目黒髪の者ばかりの日本で銀髪と菫色の瞳を持つ千早の存在もまた目立ち、他者を路傍の石としか認識できない者でも千早の事を他の人々とは区別して認識する事が出来るからだ。

「それで、ふーちゃんがね、ちはちゃんが男子校に入るのにはちょっと抵抗を感じてるみたいな事話しててね。」

 その一言で布団の中の3人が凍りついた。

「……はい?」
「…………千早さんが……」
「……男……子…………校!?」

 新たなる衝撃に目をむいた3人がギョッとした表情で束の顔を見る。

「そうそう、こんな感じにギョッとしちゃったんだよね。」
「……お前、もうちょっとリアクション見せても良いんじゃないか……」
「今の箒ちゃんと違って偶然ちはちゃんとすれ違った時の事で、ちはちゃんが男の子だって聞かされてなかったからムッチャクチャビックリしたよ。
 それで何かの聞き間違いだろうと思ったんだけど、私と同じようにギョッとしている人が沢山いて、聞き間違いじゃない事が分かってね……
 いやあ、この時の衝撃ったらなかったなぁ。」

 束が達観した表情で遠くを見る。
 千早が男性であるという事実は、彼女にとっても相当な衝撃だったようだ。

「それでね、箒ちゃんみたいにどうしてもちはちゃんが男の子だって受け入れられなかった私は、否定する材料が欲しくて手を尽くしてちはちゃんの性別を確かめたんだよ。
 ……完全に逆効果だったんだけどね。
 動かぬ証拠を見ちゃった時には、口から心臓が飛び出すかと思ったよ~~。」
「ね、姉さんがそこまでショックを受けるなら、私など普通にショック死しかねないのですが……」
「……お前は、自分の姉を一体なんだと思っているんだ。」

 千冬はこめかみを押さえながら、ジト目で箒を睨む。

「……姉さんが千早さんの事を認識できるのは、その時のショックが原因ですか。」

 とはいえ自分の姉ほど異常な存在もないと思っている箒は、そんな千冬の視線を受け流した。

「まーそーかな?」
「それにしても千早さんが男子校って……」

 鈴音が呻くように呟く。

「御門は自分自身が男性でありながら男嫌い、というより男性不信らしいからな。
 男子校入学はそれを直すための荒療治のつもりだったらしい。」
「……男性不信って、千早さんは本当に男なんですか?」
「あまり深く考えるな。」

 実の所、千冬は千早が束によって彼女達の世界に拉致されて良かったと思っている。
 何しろ千早を男子校に入れた時に起こる事態など、千冬には悲惨な出来事しか想定できないからだ。

 そんな中、弾は一人で何かを考え込んでいた。

「あの、千冬さん……」
「? どうした?」
「いや、さっき女体化がどうのとか言ってたような気がするんですけど。」

 その弾の言葉に反応したのは千冬ではなく、鈴音だった。

「……ああ。
 何故だかは知らないけど、千早さんのISである銀華には性転換機能がついてるって話よ。」
「うんうん、それをこの天才・束お姉さんがその機能だけを抜き取って再現してみたのがこの女体化の腕輪なのだよ~~。
 ……もっともちはちゃんとかみーちゃんとか、元から女の子同然の相手にしか効果がないんだけどね。」

 研究者のサガか、自分の開発した物についての自慢をする束。
 こういう時には、「身内しか認識できない」という事は障害にはならないらしい。

「……何を考えてそんな機能を開発したんですか、姉さん。」
「いや、これは銀華に偶然くっついた機能で、お姉ちゃんが開発したわけじゃないから。」

 その束の言葉を聞いて、弾がさらに唸りだす。

「それがどうしたというんだ?」

 千冬が怪訝そうに弾に訊ねる。

「いや……それってつまり、その機能を使っている最中は中身はどうあれ生物的には女の子って事ですよね?」
「まあ、そうなるな。」

 とはいえ、千早は元からあの外見である。
 千早の任意で元に戻れる可逆変化である事もあり、千冬には取り立てて大きな変化だとは思えなかった……次の弾の言葉を聞くまでは。

「だが、それが一体何だと言うんだ?」
「……いや、一夏の奴って理不尽な位モテますよね……女の子を惹き付ける妙なフェロモンでも出してるんじゃないかっていう位の勢いで…………」

 その弾の言葉は、まるで雷撃だった。
 少なくとも千冬、箒、鈴音にはそう感じられた。

 しばし箒や鈴音と共に硬直していた千冬は搾り出すようにして弾に言う。

「……あまり怖い事を言ってくれるな。」
「……はい。」

 その短いやり取りで、弾と千冬は分かり合ったのだった。

「結局、千早さんがとんでもない強敵だって言うのは変わんない訳ね……」











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「……それでずっと千冬さんの事、マッサージしてたんだ……」

 千早は一夏に恨みがましい視線を送り、一夏はバツが悪そうに視線を逸らす。

「いや、まさかここまでの惨状になっているとは思ってなくてよ……」

 一夏の言う惨状とは……
 バニーガール姿の瑞穂とビキニの水着を着た千早の事である。
 当然2人は女性の身体になっており、その胸元にはたわわに実った大きく美しい乳房があった。
 露出度の大きい服のために良く見えてしまう2人の素肌は瑞々しくきめ細かい。
 顔の造詣など言わずもがな。
 本当は男だと思わなければ、そこにいるのはあられもない姿の絶世の美少女2人である。
 千早達を着せ替え人形にして遊んでいる女性達も、相当な美貌の持ち主ばかりだ。

 その事も、一夏がバツが悪そうにしている理由だった。

「いやあ、あの機能のお陰で瑞穂ちゃんや千早君を女装させる時にパレオやスカートで誤魔化さなくても良くなったんだもの。
 フル活用しなくっちゃ、ねえ叔母様。」
「まりやちゃんの言う通りね。
 ささ、写真にとっておきましょうね。」
「ですがまりやさん、スカートにはスカートの趣がありますわ。
 ですから、次はイブニングドレスなんてどうでしょう?」
「おっ、流石紫苑さま。良いチョイスじゃないですか。
 って、貴子、あんた何時まで鼻血出してぶっ倒れてんのよ。」
「……きゅう。」

 何やら千早と瑞穂を着せ替え人形にして遊んでいるメンバーの中に、一夏の知らない女性が混じっている。
 妙子やまりやと一緒になって千早達を着せ替え人形にして遊んでいる大柄で長い黒髪が印象的な女性の名前は紫苑、鼻血を出して倒れている女性の名前は貴子というらしい事は、まりやの台詞から分かった。
 一夏は、この2人の名前を以前聞いた事があり、紫苑に関しては瑞穂や千早にも劣らぬ美貌の持ち主と聞いていた。
 確かに彼女の美貌は千早、瑞穂と並ぶ、一夏がコレまで見た事のある女性達の中でも最上位の美しさだ。
 瑞穂が優しい印象で愛らしい、千早が神秘的で可憐という方向性の美少女ならば、紫苑は優雅にして高貴という方向性の美しさを持つ女性だった。
 ……もっとも、妙子やまりやと共に千早達を着せ替え人形にして遊んでいるという行為が、その印象を完全に裏切っていたのだが。

 と、俯いていた瑞穂がハタとある事を思いつく。
 彼にはそれがとてつもないナイスアイデアのように思え、その実行の為に一夏に話しかける。

「ね、ねえ一夏君で良いんだっけ。
 君って強くなる為に鍛えてるんだよね?」
「え? ああ、確かにIS学園に来てからは鍛えてますよ。
 まあ鍛えてるったって、周りの連中と比べると隔絶して見劣りしますけどね。」

 一夏は遠い目をする。

 IS学園の生徒は無理やり入らされた一夏と、彼とほぼ同じ事情の千早を除いて、全員が全員1万倍とも言われる入試倍率を潜り抜けたエリート中のエリート達なのだ。
 鈴音やラウラのような代表候補生達にいたっては、地上最強の生物ブリュンヒルデになり得る各国の国家代表を選定する際の候補に挙げられる実力者達である。
 いうなればオリンピックの強化選手といった所である。
 しかも彼女達が行うのはパワードスーツであるISによる戦闘行為である為、彼女達は生身でも恐ろしく強い。
 何しろ素手でマシンガンやショットガンを征圧し、ナイフ一本で熊殺しをやってのけるほどだ。

 まして、地上最強の生物とされる千冬や「候補生」とつかない正真正銘の国家代表たる楯無など、人間ではなく「人の皮を被った大怪獣」という評価が適正だろう。
 所詮は常人に過ぎない一夏と彼女達では、生物としての格が違いすぎる。

 また、IS学園で習う内容がISによる戦闘である事を思えば、他の女生徒達も非力な女の子である筈がなかった。
 例外なく幼い頃から強くなる為の血の滲むような努力を積み重ねてきた事は、想像に難くない。
 一人かつ生身で百人規模の暴走族を全滅させられる生徒も、そう珍しくはないと考えられる。
 より小規模な暴走族を壊滅させられる、という所までハードルを下げれば、ほぼ全校生徒が該当するに違いない。
 一夏の前でそんな素振りを見せないのは、「可愛らしく思われたい」という女の子としての見栄による猫被りなのだろう。

 対して一夏は、小学生の頃こそその若年からは想像も出来ないほど強かったとはいえ、IS学園入学直前の時点では長らく放置していた腕は錆付いたを通り越して完全に朽ち果ててしまっており、ほぼ完全なド素人と化していた。
 現在は流石にIS学園入学当初に比べればいくらかはマシな状態になったとはいえ、それでも所詮はド素人から「ド」が取れた程度の上達に過ぎない。
 僅か2ヶ月足らずでそれ以上の上達をする、などというムシの良い話などあるはずがないからだ。
 まして、将来千冬と同等の超生物の称号たるブリュンヒルデを手にするかもしれない代表候補生相手に、マトモな戦闘が成り立つ筈がなかった。
 達人の領域にいるであろう彼女達に武術で追いつくには、キチンとした師による指導を継続的に受けられたとしても10年、そうでなければ2、30年はかかると考えられる。
 一夏は、化け物じみた才能と主人公補正により、彼女達に追いつく将来が約束されている「インフィニットストラトス」の主人公「織斑 一夏」ではないのだから。
 しかし、彼はそれでも足掻かねばならない。

 その割にISでの戦闘でそこそこ代表候補生相手に戦えているのは、ひとえに一夏のISである白式が彼女達の物とは比較にならないほど高性能だからだろう。
 一夏は白式や銀華と代表候補生達が持っている第三世代ISの性能差を、大体「太陽炉搭載型MS対ヘリオン、あるいはリアルド」程度と考えている。
 たとえがガンダム00なのは、ISの台頭によってロボット物が駆逐されてしまっているIS世界の住人である一夏にとって、初めて見た千早の世界のロボットアニメであるガンダム00はインパクトが強く、印象もまた強いからだ。

 これが一夏の認識である。
 僅かながら復旧した武術家としての目から見てみると、IS学園の少女達はここまで強くはないのだが、それでも一夏は
「偽装技術高いな、おい。」
としか思っておらず、猫被りをしているだけだと考えている。

「でも、それが何か?」

 一夏は瑞穂との話を続ける。

「ん?
 いや、僕も少しは武術を齧っているから、鍛えているって言うならどの程度やるのか見せてもらいたいなって思ったんだけど、どうかな。」
「いやでも、俺って本当にド素人同然ですよ。
 俺の実力なんか見たって参考にならないと思いますけどね。」
「そんな事言わずに今すぐ胴着なり防具なりを着て……」
「ふぅん、一夏君との訓練にかこつけて、女装を止めるつもりなんだ、瑞穂ちゃん。」
「はうっ。」

 瑞穂の目論みは、まりやによって看破されてしまった。

「まあ一夏君と稽古なりなんなりするのは良いけど、本気で一夏君蹴っ飛ばしたらダメよ。
 瑞穂ちゃんの脚力って尋常じゃないんだから。」

 それを聞いた一夏は、かつて瑞穂が100mを6秒台で走ったという話を思い出す。

「そういや前に瑞穂さんは100m6秒台で走れるって聞いた事があるんですけど……あれ、マジですか?」
「大マジよ。
 100mリレーでね、女の子とはいえ陸上部にトラック半周、つまり50m先行された状態でスタートして追いついちゃった事もあるんだから。」

 100m走で50m先行されている。
 相手が女子とはいえ陸上部という事を考えれば、彼女の足が遅いなどという事は考えられない。
 しかも100m走で50mを既に走っている走者はスピードに乗っており、かつ全力疾走中なのだ。
 スタート地点、つまり速力0から彼女以上に加速し、向こうが残り50mを走る間に100mを走り切る。

 確かに6秒台を叩き出せなければ不可能な芸当である。

「あんたも直接瑞穂ちゃんと組み手するのは止めたほうが良いわよ。
 瑞穂ちゃん相手に戦ったら、この強靭すぎる足腰を発射台にしたパンチやキックが容赦なく飛んでくるから。」
「……骨の1、2本、簡単にへし折られそうですね……
 でも、実際に見てみないと、瑞穂さんが6秒台で100m走れるなんて信じられませんよ。
 100mの世界記録って、9秒台なんですよ。
 それとも、こっちじゃ6秒とか5秒とかになってるんですか?」
「いや、こっちでも9秒台だけど……」
「じゃあ実際に100m走って見せてあげるよ。
 運動できる服に着替えてくるね。」

 そこで着替えにかこつけて女装を止められると嬉しがる瑞穂。
 そんな瑞穂に紫苑が話しかけてきた。

「勿論ブルマですわよね、瑞穂さん。」

 そんな彼女の隣には、ブルマを手にニコニコと笑っている妙子の姿があった。

「……違うに決まってるじゃないですか……」
「はあ、残念ですわ。」

 妙子と紫苑は本当に残念そうにした。
 瑞穂の経験上、ここでまりやが妙な助け舟を出して結局瑞穂を女装させてしまうのが分かっていたので、瑞穂は先手を打った。

「そうだまりや、着替える前に男に戻してよ。
 走っている時に胸がなんか邪魔になりそうで……って、まりや?」

 怨念の篭ったまりやの視線が瑞穂に突き刺さる。

「瑞穂ちゃん、男の子の癖にあたしよりリッパなもんくっつけといて、邪魔って何よ邪魔って。」
「……いや、まりやさんもスタイルは良い方だと思いますよ、俺。」
「ただ、比較対照が瑞穂ちゃんだものねぇ。」

 一夏のフォローを妙子が台無しにする。
 一方、千早もまた瑞穂に便乗して着替えようと画策する。

「母さん、まりや従姉さん、紫苑さん、僕も運動できる服に着替えようと思うんですが」
「わかったわ千早ちゃん。
 それならブルマは千早ちゃんに着けて貰うという事で、良いわね?」
「へ、か、母さん!?」

 妙子はまりや、紫苑と協力して千早を取り押さえる。

「はいはい、一夏君はちょっと出てってね。
 一応、今の千早君は女の子だから、男の子に生着替えを見せるのはちょっとね。」

 まりやにそう言われると、一夏は慌てて部屋から出て行った。












===============











「とまあ、向こうはそんな感じだったぞ、千冬姉。」

 一夏は千早達の様子を千冬に話す為、和室で千冬達と合流した。

「……そうか。」

 千冬としては一夏が女性と化した千早の色香に迷ってはいないか、女性にされた千早が女性としての性質に引っ張られて一夏に魅力を感じてはいないかと気が気ではない。
 何しろああなってしまっている千早は、千冬の知る限り最も美しい少女なので、千冬の不安は止まらない。

「いやいや、なんともカオスだねぇ~~。」
「……姉さんがそういう事言いますか。」

 箒はジト目で束を見る。

「だが、あいつ等もそこまで嫌なら何故抵抗しなかったんだ?」

 そんな千冬の疑問に戻ってきていた史が答える。

「千早様と瑞穂様は、『男子たる者、か弱い女性に手をあげる事などあってはならない』と言われながら育てられております。
 その為、お2人とも非戦闘員の女性に対しては物理的に抵抗する事が出来ないのです。」
「俺らんとこの女尊男卑とは真逆の理屈なのか……」

 そして一夏の報告を聞いた箒達3人は、ようやく気付く。

「ねえ一夏、ここって千早さん家なわけ?」
「ああ。」
「という事は……私達の世界では、ない?」
「箒ちゃん、気付くの遅いよ~~。」
「……へ? 俺達の世界じゃないって?」

 「インフィニットストラトス」を読んだ事のある箒と鈴音はすんなりと「千早の家なのだから異世界である」と認識する事が出来たが、千早が異世界人であるという話を聞いた事のない弾は箒の台詞でキョトンとしてしまう。

「ああ、そういやお前にゃまだ話してないっけ。
 千早の奴はな、俺達の世界の人間じゃないんだよ。」
「……は?」

 目が点になっている弾に、千早の素性を説明する一夏。
 トドメとして史が「インフィニットストラトス」を証拠として持ってきて弾に手渡す。

「……一夏、鈴、お前らコレ読んで納得したわけか。」
「あたしの方はね。
 だってそれに出てくる「鳳 鈴音」や「織斑 一夏」とかって本当にあたし達そのまんまだったし、起きた出来事もまあ大体同じだったんだもの。
 そりゃあ納得するしかないわよ。
 でも、一夏はそれ読んだ事ない筈よ。」

 まあ、「インフィニットストラトス」は到底一夏に読ませられる内容ではない事は、パラパラとページをめくっただけで弾にも理解できた。
 「一夏」の一人称で書かれている箇所はまあ良い。
 だが、鈴や他の少女の視点のページを一夏に読まれてしまったら、それは恋する乙女としての彼女達の悶絶を想い人たる一夏に読まれてしまう事に他ならない。
 何が何でも一夏の目に触れる事態だけは避けなくてはならない代物だった。

「しかし一夏、なんで私達は異世界などに……」

 と箒が言いかけたところで、彼女は束の方に視線を向ける。

「……姉さんがいる以上、今更か。」

 そもそも千早が彼女達の世界にいる原因こそが束なのである。
 彼女がいる以上、自由に行き来が出来ると考えるべきだった。

「お前らこっちに来た時の事は……憶えてないみたいだな。」
「そりゃあちはちゃんのことですっごいショック受けてたからねぇ。」
「私達姉弟が丸一日寝込んでいた事を考えれば、これでも回復はかなり早いと考えて良いんだがな。」

 と、そこに瑞穂がやって来た。

「お待たせ。
 それじゃあ100m走って見せてあげたいんだけど、場所はどこが良いかな?」

 千早の家は豪邸と呼んで良い代物だが、流石に100m走用のトラックに類するものはない。
 また、この家の周辺の地理には、一夏も千冬も全くお手上げである。

 一応ここに住み着いているはずの束なら問題ない筈なのだが、研究三昧の毎日を送っている彼女もあまり詳しくはないはずだ。

「いっその事俺ん家の方に戻るか?
 あの辺で100m走のタイムを計るのに良さげな所も結構あったと思うし。」
「お前ん家の方ね……あっ、そういや鈴に会いに俺ん家にみんな集まるんだっけか。」
「お前らがぶっ倒れてから2時間以上経ってるけどな。」
「いや、それなら丁度時間じゃないかしら?
 あたし、かなり早くに行ったから。」

 それに、そろそろ食事時でもあった。

「ん~~、あんな騒ぎ起こしてすぐだから気が引けるけど、それじゃあ弾ん家行くか。」
「ああ、五反田食堂か。結構美味しかったものね、あそこって。」

 瑞穂がそう相槌を打つ。

「それじゃあ戻ろうぜ。」

 そう言った一夏が扉を開けると、ブルマを着用した千早からの恨みがましい視線が一夏に突き刺さった。

「僕をまりや従姉さんや母さんの餌食にしたまま戻るつもりなのか?」
「……悪い。
 てか、お前逃げてこれたのか?」
「そんな訳ないじゃない。」

 とまりやが答える。
 千早から見ると隣にいるのだが、まだ廊下に出ていない一夏から見ると彼女の立ち位置は死角になっていた。

「……おかげで、僕はまだ女装させられてるよ。」
「そ、そうなのか……」

 そんな千早の可憐な姿を見て、箒達は改めて混乱してしまう。

「一夏……やはり千早さんは女性なのではないのか?」
「いや、あの妙な機能で女の子にされてんだよ。」

 そう言われて合点が行く箒。
 確かに良く見れば、千早の胸は普段のまな板ぶりが嘘のように盛り上がっている。

「それじゃあ早速、皆で向こうの世界に行きましょうか。」
「その前に着替えさせてくれないかな、まりや従姉さん。」

 まあ、どの道一夏達のIS世界に行く為には千早の部屋にあるどこでもドアを使わなければならない。
 その為、千早は自分の部屋で着替えの服を調達する事が出来た。

 どこでもドアという非常識な物を見た箒達は酷く驚き、

「あのなお前ら、千早ん家に来る時にコレ通って来たんだぞ。」

 という一夏の追撃により絶句してしまった。

 そしてどこでもドアに驚いたのは箒達3人だけではなかった。

「本当にどこでもドアですのね。
 まさか実物をこの目で見る事になるなんて、わたくし想像もしていませんでしたわ。」
「まあそうでしょうね。」
「でも、とても素敵だと思いますわ。」
「紫苑さま、初めてコレ見る割に動じてませんね……」

 瑞穂やまりやの友人だという厳島 貴子という女性もまた、どこでもドアを見て酷く驚いていた。
 この中でももっとも「お嬢様」という印象が強い女性だ。
 そんな彼女が自分の家、厳島家を成り上がり者と嫌い、由緒正しい家柄のまりやに対してコンプレックスのような感情を抱いていたというのだから、世の中分からないものである。


 そんなこんなで、五反田食堂に戻ってきた一行は、鈴音や一夏の元クラスメイト達からの視線の集中砲火を浴びる。
 まあ総勢12人中10人が見目麗しい女性であり、中には絶世の美少女と呼んで差し支えない千早や紫苑、瑞穂もいるので、当然と言えた。
 残りの一夏と弾には怨念の篭った視線が送られる。
 これだけの人数の女性、しかも全員残らず非常に美しいという中に、男が2人だけなのだ。
 羨ましがられ、恨めしがられるのも当然であった。

 ……やはりというか当然というか、千早と瑞穂を男だと認識したものは皆無だった。











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 一夏や鈴音にIS学園での生活についての質問が次々と出され、箒は久方ぶりに会う旧友と親交を深める。
 瑞穂や紫苑、貴子や千早に声をかけようとするも、あまりにも高嶺の花過ぎて出来ない男性陣。
 同じメンバーにスキンケアや化粧の仕方、スタイル維持の秘訣を習おうと声をかける女性陣。
 そして、千早達に声をかけられなかったのでまりやに流れていって、まりやからツッコミを食らう男性陣。

 そんな様子を千冬と束が少しはなれた席から見ており、史は給仕をしようとして「客なんだから、給仕は店の人間に任せておけ」と弾の父に止められていた。

 そんな風にして宴もたけなわとなってきた頃、一夏は瑞穂に100mを走っている所を見せてもらい、そのタイムを計るという約束を思い出す。
 丁度、「誰か出し物をやれ」という雰囲気になっていたので、一夏は瑞穂に100m6秒で走るのを一発芸として披露して欲しいと依頼し、瑞穂はそれを快諾する。

 勿論五反田食堂の中で100m走など不可能である為、一同は問題なく100mを走れる場所へと移動する事になった。

 その移動のさなか、千冬は束が俯いている事に気が付いた。

「どうした束?
 らしくないな。」
「……ちーちゃん。
 あのね、箒ちゃんにもお友達がいるんだなって。」
「? アイツにだって友人の1人や2人はいて当たり前だろう。
 お前にさえ私がいるんだぞ?」
「私にはその箒ちゃんの友達と、どこかの見ず知らずの人が全く同じに思えるの。
 全然価値がないように思えるんだけど、箒ちゃんにとってはそうじゃないんだよね。」
「まあその辺りは気にするな。
 人間が路傍の石同然に見えるお前の場合は確かに極端だが、別にお前でなくとも兄弟の交友関係が良く分からんと言うのは普通にある話だからな。」
「うん……」

 それでも、束には自分にとっては道端の石のような存在が妹と親しげに話し、その妹も楽しげにしていたという事実には複雑な感情を抱いてしまう。
 正直に言えば箒の友人達を拒絶したいのだが、そんな事をすれば間違いなく箒に嫌われる事は、いくら彼女でも容易に想像できる。
 彼女自身、友人である千冬を悪く言われれば怒るのだから、「友達を拒絶された箒が怒らない筈がない」と想像する事が出来るからだ。

 それに箒だけが知りえている美点が、その友達にあるのかもしれなかった。

「と、そろそろだな。
 鏑木、ここで良いか?」

 まだ未熟だった頃の千冬や小学生の頃の一夏が走り込みに使っていたコースの一部。
 人通りも少なく、車も来ない長い直線。
 100mのタイムを計測するにはもってこいの場所である。

 そして、まず前準備として100mの長さを測る。
 何故かあった100m計測可能な大型メジャーのおかげで手間が少なかった。

「じゃあ瑞穂ちゃん、こっからあっちの貴子がいる辺りまでが100mよ。
 準備は良いかしら?」
「うん、良いよ。」

 クラウチングスタートの体勢をとっている瑞穂がまりやの問いに答える。

「それじゃあ張り切って行ってみよっかああ!!
 位置について、用意、スタートっ!!」

 まりやがそう叫びながら腕を振り下ろした瞬間、瑞穂が走り出し、周囲の人間がストップウォッチや時計のストップウォッチ機能をスタートさせる。
 瑞穂は信じられないほどの健脚を見せ、あっという間に貴子の傍らを走り抜けていった。

 その間、僅か6秒いくつか。
 コンマ数秒となると計測者によってタイムにばらつきが出てしまっていたものの、7秒に達するタイムを計測しているものは一人もいなかった。

「……ほんっとうに6秒台なんですね。」

 あまりのタイムに唖然とする一夏。
 周囲にいる彼の友人達もこの脅威のタイムに驚きを隠せず大騒ぎをしており、IS学園の人間である箒や鈴音でさえ例外ではない。

「まー、チートの塊だからね、瑞穂ちゃんは。」

 まりやはしみじみと言った。

「でも千冬さん辺りは僕より足速いんじゃないかな?」
「確かに、5秒台どころか3秒台を叩き出してもおかしかないですね。」
「……お前は自分の姉を一体なんだと思っているんだ?」
「へ? 地上最強の生物ブリュンヒルデに決まってるじゃないかよ、千冬ね、いて、いてててて、痛い痛い痛いっ!!」
「つまり私は怪獣だ、とでも言いたいのかお前はああああっ!!」

 そうして姉から弟に対して行われる折檻を見て、周囲の人間の殆どが「キジも鳴かずば撃たれまい」と思ったのは言うまでもなかった。











==FIN==











 妙子さんって瑞穂ちゃんの事どう呼んでるんでしょうかね?
 とりあえずこのお話の中では「瑞穂ちゃん」としましたが。

 今回はちょっとお話がとっちらかっちゃいましたが、次からは焦点を絞ったお話に……出来たら良いなと思います。

 ちなみに瑞穂ちゃんですが、自分より千冬のほうが身体能力が高いと思っています。
 ……実際の所はどうなんでしょうね。
 100m6秒台を叩き出し、自分とほぼ同程度の体格の紫苑さまをお姫様抱っこした状態で1m近くの高さから飛び降りてそのまま走り去れる瑞穂ちゃんVS生身でISのブレードを振るいISの斬撃を受け止める事が出来る千冬。
 う~~ん、やっぱ千冬の方が身体能力上ですかね?
 どちらも人間止めてる芸当ですが。



[26613] 専用機同士のタッグって、運営側からすりゃ大迷惑だろうな(短いです)
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/08/27 09:52
 唐突だが。

 先日のクラス対抗戦が無人機の乱入によって中止された事に伴い、学年別タッグマッチトーナメントが例年よりやや前倒しで行われる事になった。
 その為、全校生徒に対して、もうタッグマッチトーナメント参加申請が可能である事が月曜朝のSHRで通達される。
 また、同時に「自分が誰と組んでいるかはみだりに話してはならない」という通達もなされた。

 何故、タッグの相手を秘密にせねばならないかと言うと……

「あんまり無体な組み合わせのタッグがいると、他の生徒の戦意を削いじゃうのよねぇ。」

 楯無は生徒会室でため息混じりに言った。

 彼女もIS学園にある「インフィニットストラトス」の1・2巻を読んでいる。
 楯無は史から「インフィニットストラトス」を渡された訳ではないのだが、「インフィニットストラトス」なるライトノベルがIS学園内に存在するという事を知り、それを読みに行く事など更識家の人間である彼女にとっては造作も無い。

 「インフィニットストラトス」を読み、「織斑 一夏」と代表候補生達の間に横たわる絶望的なまでの差を文章として読んだ楯無だが、彼女にとってその差は目新しい物ではない。
 別に「織斑 一夏」でなくとも、ほとんどの生徒にとって、生まれて初めてISに触れるのはIS学園の入試の時なのだ。
 ゆえに経験値の差に基づく代表候補生達との絶望的な差は、別に「織斑 一夏」特有のものではない。
 そんな彼女達は生身での戦闘訓練によって差を補おうとするが、やはり生身での格闘戦や白兵戦とIS戦闘では大きな差が存在する為、IS学園に入学するまでまるで鍛えていなかった「織斑 一夏」に比べれば格段にマシとはいえ代表候補生に打ち勝つ事など絶対に不可能であり、その差は正に絶望の一語である。

 しかも、半日かかって書類を書いてようやくISを借りる事ができる一般生徒達は、専用機を持つ「織斑 一夏」よりさらに獲得できる経験値が少ない。
 その為、最低でも「織斑 一夏」を凌ぐ才能の上に過酷な鍛錬を積み重ねなければ、専用機を持たない一般生徒がIS学園で芽を出す事は無い。
 裏を返せば、元一般生徒でありながら代表候補生にのし上がった者は、IS学園に入る前から代表候補生だった者達とは比べ物にならないほどの才女であると同時に尋常ならざる努力家である事がほとんどなのだ。
 そういう少女は専用ISを手に入れた途端、とんでもない勢いで伸びる。
 そんな少女は滅多に出現しないが、だからこそIS学園の行事の度に世界中からスカウトが集結し、目を光らせるのである。

 惜しくも代表候補生になれなかった者も、例えばラウラの部下達のように軍属でIS装着者としてやっていける者達は、皆恐るべき才能と努力を苦にしない気質の持ち主達なのだ。
 そんな部下達を率いる立場にあるラウラは、生物兵器としての生い立ちも相まって、他の代表候補生と比較しても高い実力を持っている。

 ちなみに「インフィニットストラトス」を読んだ時の楯無の感想は、
「あんなぬるい事をしてたら、どれだけ才能があったって芽が出るわけ無いじゃない。
 この作者、主人公がダントツで弱いまま最後まで書くつもりかしら?」
 であった。
 もし楯無が、先の巻にある「更識 楯無」が「織斑 一夏」の才能を絶賛している箇所を読んでも、彼女はそれを惚れた弱みによる誤認としか判断しないだろう。

 閑話休題。

 ともかくも、普段はISに触れる事さえ一苦労の一般生徒達が大手を振ってISを使い倒せる貴重な機会であると同時に、彼女達の技量を高める為の貴重な機会が、タッグマッチトーナメントに代表される学校行事としてのIS戦闘なのである。(クラス代表戦は、性質上1クラスにつき1名しか出られないので除外)
 ゆえに、生徒会としては全校生徒に参加を強制したいくらいなのだが、代表候補生があまりに無体な組み合わせでタッグを組んでしまうと、一般生徒達が怖気づいて参加しようとしなくなってしまう。
 その為、楯無は誰とタッグを組んでいるのかを口外してはならない、というルールを新規に設けたのだ。

「もっとも、専用機持ちは全員1人で参加、ってした方が戦力バランスが取れると思うんだけれどねぇ……」

 楯無は、ボツにされた自分の案への未練にため息をついた。

「しょうがないですよ。
 一人で参加では、タッグマッチではなくなってしまうでしょう。」

 生徒会のメンバーの一人である布仏 虚が楯無に相槌を入れる。
 彼女は一夏たちのクラスメイトである布仏 本音、通称「のほほんさん」の姉に当たる少女である。
 三つ編みの髪型に、眼鏡をかけた、妹とは対照的にやや堅い印象を見る者に与える少女であった。

「確かにそう言われたら反論のしようが無いわね。
 でも専用機持ち一人って、一般生徒3人より強いわよ。特に1年生は。」
「1年の一般生徒って、ISに触らせてもらうだけで一苦労ですからねぇ~~。」

 生徒会に駆り出された本音が、姉同様に楯無に対して相槌を打つ。

「ま、過ぎた事はしょうがないわね。」
「そうですね。」
「それで今の所、どんなタッグが申請されているのかしら?
 一年生から言って頂戴。」

 楯無は気を取り直して、既に申請されているタッグについて本音に訊ねる。

「え~とですねー、いの一番に申請してきたのがおりむーとちーちゃん……ああ、織斑君と御門さんで~す。」

 本音はクラスメイトでない虚と楯無に向かって愛称で一夏達の名前を言っても通じないだろうと、慌てて2人の名前を言い直した。

「……いきなりヘビーな組み合わせが来たわね。」
「そうですか?」

 虚が怪訝そうに聞き返す。
 虚が知る限り、この2人は専用機持ちとはいえ、IS学園に来てから鍛えているにわか仕込みである筈。
 驚異的な機動力は確かに恐ろしいが、一般生徒達にとっては代表候補生達との実力差の方がより脅威度が高いように思える。

 だが、楯無はこの2人を訓練するという名目で、ほんの数日ではあるが一夏達が住んでいるアリーナに寝泊りしていたのだ。
 よって、2人が日頃どんな訓練をしているのかを間近で見ている。
 ちなみに寮が安全になってアリーナから戻っても大丈夫になった時、彼女は思わず涙ぐんだのだが、それはまた別の話である。

「いや、その2人ね、例のシミュレータで訓練するのに、片方だけが使ってもう片方は休んでいるのは効率が悪いって言って、いつも2人で使ってるのよ。
 それが毎日、最低3時間……
 おかげで物凄く息が合うのよ、その2人。」
「「……………………」」

 弾丸のようなハイスピードで奇天烈な軌道を描きながら縦横無尽に飛び回りつつ、楯無をして物凄く息が合うと言わしめるコンビネーションを見せる一夏と千早。
 しかも一夏には絶対防御強制発動の雪片弐型とエネルギーを枯渇させる零落白夜があり、そのような一撃必殺を持たない筈の銀華を使う千早も、かつてシャルロットの意識を一撃の下に刈り取っている。

 以上の2点を考えると……いくら一夏と千早が共に技量で代表候補生に劣ると言われても、代表候補生2人の方がまだマシに思えてしまう極悪な組み合わせであった。

「……他には?」
「一般生徒同士の組み合わせがチラホラ~。
 それと、むぅ、これは……」

 本音が唸ってから挙げた名前に、楯無と虚は目を丸くした。

 一方は箒、もう一方は……楯無の妹、更識 簪だったからだ。
 生徒会一同は、接点が特に見られない2人によるタッグに、首を捻るばかりだった。











===============










「あの」
「なんですか?」

 眼鏡をかけた青い髪の少女が、遠慮しがちに箒に話しかける。
 彼女の名前は更識 簪、楯無の妹で日本の代表候補生である。

「本当に、篠ノ之博士に協力を仰ぐんですか?」
「ええ。
 聞けば貴女の打鉄弐式が未完成なのは姉さんの影響が大きいようですから、本人にその責任を取らせると思って気にしないでください。」
「それは、そうですけど……」
「それに、生徒会長はご自分でISを作ったと言われていますが、ISを一人で1から組むなど、それこそ姉さんでも無ければ無理な話です。
 生徒会長もロシアの開発チームの協力を得て作っていたんでしょうし、それなら貴女が姉さんの力を借りても良いではないですか。」

 それでも簪は、妹である箒と織斑兄弟以外の人間をマトモに認識できないと言われる束の気質に怖気づいているが、箒は束の認識対象である自分が交渉に当たれば大丈夫だと考えている。
 そもそも箒が簪とタッグを組もうと思い立った理由自体が、束によるものなのである。

 土曜日の集まりの後、箒は束から「4組の代表候補生」こと「更識 簪」は、「インフィニットストラトス」の最新巻7巻まで名前も出ていないという話を聞かされた。
 簪は日本の代表候補生。
 千冬の後継者候補でもある日本の代表候補生ともなれば、それなり以上に目立つ筈。
 それなのに同学年にもかかわらず、そんなにも長い間「更識 簪」が「織斑 一夏」に知られていないのはどうした事か、と疑問に思った箒が束に訊ねた所、返って来た答えは「倉持技研が「白式」の解析に夢中になる余り、自分達が開発していた「更識 簪」の専用機である「打鉄弐式」を放置し、未完成のままにしてしまっていたから」であった。
 聞けば「インフィニットストラトス」での「更識 簪」は、見捨てられた未完成機である「打鉄弐式」を自分一人で完成させようと奮闘していたのだが、流石にそれは無謀だったらしく、7巻の時点でようやく完成を見たという。

(そしてあの後調べてみれば、現実の彼女もほぼ同じ状況。
 しかも「インフィニットストラトス」での「更識 簪」の話を私に聞かせた張本人が姉さん自身。
 ならば、打鉄弐式に関して姉さんに協力を仰いでも、断られる心配は無い筈だ。
 姉さんのコネを私自身の為だけに使うのは少々拙いと思うが、今回の場合は更識さんの為の、いわば人助けだから問題は無いだろう。)

 箒がそんな事を考えていると、簪が再び箒に話しかけてきた。

「それにしても、貴女とはほとんど初対面みたいなものなのに、どうしてそこまでしてくれるんですか?」
「それは……まあ、似てると思ったんですよ。
 恐ろしく能力の高い姉にコンプレックスを抱く妹、という立場は、私も同じですから。」

 楯無の驚異的なハイスペックは有名である。
 国家代表が務まるほどの戦闘能力は言うに及ばず、自分の専用機を自分で組んだと言われるほどのISについての知識の深さと知性の高さ、ピアノや華道・茶道といった教養から、料理などの家庭的なスキルに至るまで、およそできない事は何もないのではないかと言うほど幅広いスキルを習得している楯無。
 彼女同様に「ミスパーフェクト」と呼ばれる千早にさえ、戦闘能力やISに関する知識いう穴が存在する。
 無論、千早とて大の男を数人まとめて無力化するには充分な腕を持ってはいるのだが、流石に国家代表たる楯無には遠く及ばない。

 いくら日本の代表候補生である簪といえど、千早の完璧ぶりをさらに強化したような楯無と同じ家に生まれ、彼女との年齢差が僅か1歳というのは非常に辛い境遇である。
 あらゆる分野でどう足掻いても絶対に敵わない姉と事ある毎に比較される日常。
 いっそ研究開発にしか役に立たないとされている束の妹という、箒の方がまだマシでは無いかと思うような過酷な日常が容易に想像できた。
 もっとも、箒は箒でまた違った苦労があるのだが。

 なので、簪が楯無に対してコンプレックスを抱いていない方がおかしかった。

「貴女はまだマシです……
 相手は一点豪華主義じゃないですか。
 こっちはありとあらゆる分野で姉さんに勝ち目が無いんですよ……」
「確かにそうなんでしょうね。
 ただ、その一点豪華主義がどこまでも突き抜けているのは、貴女も知っているはずだ。」
「…………」

 姉に対する複雑な感情によって、難しい顔をしてしまう簪。
 箒もまた、そんな彼女に対してどう対処するべきか、と頭を悩ませてしまう。

 と、そこに一夏が通りかかった。

「ん? 一夏か?」
「ああ。
 箒、その子、誰なんだ?
 なんか俺の事睨んでいるけど。」

 一夏にそう言われた箒が簪の方を見ると、確かに簪は一夏の事を睨みつけていた。
 思えば彼女の打鉄弐式が未完成である直接の原因は、一夏の専用機である白式なのだ。
 一夏に対して思う所があるのは当然だった。

 そこで箒は一夏に、簪の素性について一通り説明する。
 説明を受けた一夏は、簪に対してこんな印象を抱き、口に出した。

「すげーじゃないか、それって。」
「どこが凄いって言うのよっ!!」

 一夏の言葉に過剰反応してしまう簪。
 彼女にしてみれば、あらゆる事で姉に劣る自分の劣等感を刺激する、神経を逆なでする物言いだったからだ。

「いや、だってさ、更識さんって、あの更識先輩にコンプレックスを抱けてるんだろ?
 なら、更識先輩の比較対照になる位にはレベルが高いって事じゃないか。
 俺なんか見てみろよ。
 俺と千冬姉の差っつったら、ごく普通の一般人と地上最強の大怪獣の差だぜ?
 比べるのも馬鹿らしすぎて、コンプレックスを抱く事すらできないっての。」
「…………それはそうですけど、でも私は何をしたって姉さんには……」
「そりゃ、わざわざ難儀な比較対照を選んでいるだけだって。
 そんな事言い出したら、最終的には「千冬姉より弱いから、私は弱い」ってとこまで行き着いちまうぞ。
 下ばっか見るのは良くない事だと思うし、上を目指すのは良い事だとも思うけど、今の時点でも結構強いって、自分の事を認めてやっても良いんじゃないか?
 他の国の代表候補生と違って、日本の代表候補生って事は、千冬姉の後継者候補って事なんだぜ?
 それになれている奴が只者の筈ないって。」
「そんなものでしょうか?」

 簪が気弱そうに言う。

「ん~~、まあ少なくとも私達2人より貴女の方が強いのは確実でしょう。」
「それに、良く分かんないけど、更識家ってなんかヤバい家系だって聞いた事あるぜ。
 なら、そこで英才教育を受けている更識さんが、弱いなんて事ある筈ないじゃないか。」

 簪はさらっと更識家について言及する一夏にギョッとするが、よくよく考えてみれば一夏には「インフィニットストラトス」という情報源が存在するし、もしかしたら「インフィニットストラトス」の存在を知って更識家について一夏に隠す必要性を感じなくなった本音ないしは楯無が一夏に口を滑らせた可能性もある。
 それを思えば、むしろ一夏が更識家に関して無知である事の方が不自然だった。

「2人とも、元気付けようとしてくれてありがとう……
 篠ノ之さん、篠ノ之博士への取次ぎ、宜しくお願いします。」
「名前で呼んでください。
 姉さんも私も『篠ノ之』では紛らわしいですからね。」
「分かりました。
 よろしくお願いしますね、箒さん。」

 こうして箒・簪ペアによるタッグが誕生したのであった。











===============











「ん~~、ごめんね箒ちゃん。
 「インフィニットストラトス」をぶち壊しにするには、箒ちゃんをメインヒロインのままにしておく訳には行かないんだ~♪」

 箒と簪、そして一夏の様子をモニターしている束は、軽い調子でそう呟いた。

「所でいっくん、なーんの迷いも無くちはちゃんと組んだけど、まーちゃんっていっくんになんて言ったの?」

 束がそう言って振り向いた先には、千早の従姉妹である御門 まりやが立っていた。

「へ?
 ああ、『これから先、タッグを組む行事があると思うけど、女の子と組むのは角が立つから止めといた方が良いわよ』って言ったわ。」
「……女の子じゃない相手って、ちはちゃんしかいないね。」
「うんうん。
 本人は微妙に良く分かってなかったようだけど、「インフィニットストラトス」で女の子達が「織斑 一夏」の取り合いをしている所をちょこっと読ませたら納得してたわよ。」
「へ? いっくんに「インフィニットストラトス」を見せたの?」
「全部じゃないわよ。ほんの数ページだけ。
 本人、あんまり「インフィニットストラトス」を当てにするのは良くないって思ってるみたいだったし、全部は見せないわよ。」

 ニヤニヤした笑みを浮かべながら、そんな会話を交わす束とまりや。
 時空の壁を隔てた先にいる千早が悪寒を覚えるのも、当然であった。











===============











 後日の生徒会室。

「なんで毎年毎年、代表候補生同士が組みたがるのかしら……」
「言ってもしょうがないですよ。」

 生徒会の面々は新たに申請された「ラウラ+シャルロット」や「鈴音+セシリア」といった代表候補生同士の組み合わせに、頭を抱えるのだった。











==FIN==











 まあ、「インフィニットストラトス」の現物がIS学園内にある以上、更識家の人が読んでないとは考え辛いんで。
 にしても、本当に一般生徒には厳しいですよね、IS学園……

 「インフィニットストラトス」ではしれっと専用機同士で組んでいる事が多いんですが、運営側としてはあんなの大迷惑なんじゃないかと思います。
 なんせ、機体性能以上に中身の性能差が酷い事になってますからね……

 ラストの束ですが、この話の束は箒にとっては恋の障害だったりしますw
 彼女には「インフィニットストラトスをぶち壊しにして、千冬の死亡フラグをへし折る」という目的がありますんで。

 それにしても、一夏+千早組、ちょっと強すぎたかな?



[26613] きゃー千早お姉さまー(短いです)
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/09/20 20:26
 ある日の休み時間、席に座ったままの千早にセシリアが話しかけてきた。

「千早さん。
 わたくし、千早さんに一つお願いしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「? 僕に頼みたい事ですか?
 僕にできる事で良ければ承りますけど、一体何を頼みたいんですか?」
「それでは」

 と、セシリアが何かを言いかけた瞬間

「ああっ!! セシリアさん、抜け駆けはズルい!!」

 何人もの女生徒がそんな事を言いながら千早とセシリアを取り囲んだ。
 その中には

「僕だって、千早さんの事を『お姉さま』って呼びたいのに!!」

 シャルロットの姿もあった。

「……は?」

 シャルロットが口走った「お姉さま」というフレーズに、脳がフリーズを起こしてしまう千早。
 良く分からない、理解したくない言葉を聞いたような気がする。

「あ、あの、皆さん、話が見えないんですが。
 オネエサマってなんですか?」

 千早はとりあえずそう言って、少女達を宥めようと試みる。

「あ、はい。それではわたくしが説明いたしますわ。
 事の発端は篠ノ之博士の助手をされている度會 史さんです。
 聞けば彼女は、幼い頃から千早さんに仕えており、千早さんにとっては妹のようなものだとか。」
「あ゛。」

 そう言われた瞬間、千早は硬直する。
 この世界において、史が「千早に仕えている」「千早にとって妹同然」の「束の助手」、という認識をされている事に今更ながら気付いたからだ。
 篠ノ之 束という女性を恐ろしいほど重要視するIS世界の人間がこのような認識を持っているという事は、千早自身の身柄も国家規模の争奪戦の対象になり得るという事である。

 自分の立場が強烈に危うい事と、それに気付いたタイミングが余りに遅かった事に、千早の冷や汗は止まらない。

「? 千早さん、お加減が悪いのですか?」
「い、いえ、そういう訳ではありませんよ、セシリアさん。
 話を続けてください。
 それで、史が何だって言うんですか?」
「え、はい。それでですね。
 千早さんというとてもお美しいお姉さまにあんなに優しくしていただいているだなんて、あの史さんという方はなんて羨ましいのでしょう、という話になりまして。」
「はあ。」

 いい加減男と認識して欲しい千早は生返事をする。
 すぐ傍に千早の事を男だと知っている筈の箒(一夏はトイレに行ったのでいない)がいて、この話を聞いている様子だというのに、彼女はこの話の展開に違和感を覚えているような素振りを見せていない。

「それで、わたくし達も気分だけでも千早さんの妹という立場になってみたいという話になりまして、その為に千早さんの事を『お姉さま』と呼ばせていただこうという話になったのです。」

 セシリアの話が終わると同時に、少女達は憧憬を主成分とするキラキラとした視線を千早に向けてくる。
 千早はその視線に怯んでしまう。

「あ、あのですね……皆さん…………」
「何でしょう、千早お姉さまっ!!」

 女生徒の一人がそう口走る。
 そして

「ああ……『千早お姉さま』って、なんて甘美な響きなんでしょう。」

 口走った少女はそう言って悦に入ってしまった。

「あああ、あの、そ、そもそも、僕は男なんですよっ!!」
「ああ、あの変な機能で男の方になる事が出来たんですわよね。」
「いや、そうじゃなくて素の性別が男なんですが……」

 当然の事ながら、女性として最上級の美しさを持つ女神のような千早がいくら自分は男であると主張した所で、そんな寝言同然の話など聞き入れられる筈もない。
 ましてやここは、超エリート校とはいえお嬢様学校ではなく、生徒達が女子高ノリで突っ走って行ってしまう女子校である。

 ……見た目はどうあれ、男の千早は無力であった。

「じょ、女尊男卑にISなんていらない…………」

 突っ伏した千早はそう呟いたのだった。











===============










 昼休み。
 事の顛末を千早から聞いた一夏は、腹を抱えて大笑いをし、呼吸困難を起こしていた。

「一夏、そこまで笑う事ないじゃないか。」
「いやだってな……って、耳持つな耳!!」
「ったく。」

 千早は蹲る一夏の耳を摘み、持ち上げる事で一夏を立たせると箒の方に向き直る。

「箒さんも、あの話を聞いていたら助けてくれても良かったじゃないですか。
 貴女は僕が男だって、ちゃんと認識していた筈ですよ。」
「いや、しかし、その……余りにも違和感がなさ過ぎたんだ。」
「違和感がないって……」
「千早さんがお姉さまと呼ばれる事が、あたかも当然のように思えてしまって。」
「ちょっと、僕は男だって分かってますよね!?」
「そ、そうは言われても……」

 千早の家に行って以来、一応「千早は男性である」という事を知識の上では得た物の、イマイチその認識を持つことが出来ずにいる箒であった。

「……千早さんは、私より綺麗で、その千早さんが男なら私は一体……
 そんな考えが、未だに頭にこびりついているのです。」
「いや、箒さんは凄い美人だと思いますよ、僕は。」
「すみません千早さん。
本心から言ってくれているのかも知れませんが、私には嫌味に感じてしまいます。」
「い、嫌味って、ぼ、僕の男としてのプライドは」

 ガックリと俯こうとする千早を、一夏が無理やり制する。

「肩落とすな。多分もっと嫌味になるから。」
「そ、そんな事言われても……納得いかない……」











===============










 その後、千早は一年生の殆どから「お姉さま」とつけて呼ばれるようになり、一夏にこうこぼしたという。

「僕だって男だ……女の子にちやほやされてみたいなんて思った事がない、って言ったらウソになるよ……
 でも……コレ違う…………」
「まあなんだ。強く生きろよ。」










==FIN==

 いい加減このネタで引っ張るのは止めにした方が良いかもな~~、と思いながらも頼ってしまう自分がいます。

 まあ、男だとキチンと認識できている筈の織斑姉弟や箒、鈴音でも、千早がお姉さまって呼ばれることに違和感を覚えることが出来ていない状況なんですけどねw
 千早を未だに女の子だと思っている連中にいたっては言わずもがなです。

 一応、お料理教室と史を見る時の目が原因という設定なんですが、まあそれがなくともちーちゃんですから、ねえw



[26613] 悪夢再び(ただしちーちゃん限定)
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:0055e01a
Date: 2011/09/29 22:28
 日曜日。

「どう、美味しい?」

 千早は束と共に打鉄弐式の開発を手伝う為にIS学園にやって来た史に対して、手製の朝食を食べさせ、その感想を聞く。

「美味しいです、千早様。」
「そう、それは良かった。」

 千早は史の感想を聞いて優雅に微笑む。

「ですが……」
「どうかしたんだい?」
「……わざわざ史の朝食の為に千早様のお手を煩わせてしまっては、史の侍女としての立場がありません。」
「ん~~、でもこれは僕が好きでしていることだからね。
 それとも史は、僕の料理を食べるのが嫌なのかな?」
「いえ、そんな事はありませんが……」
「だったら、召し上がれ。」
「……はい。」

 そんな主従のやり取りを、一夏や束、他に箒や鈴音、簪といったIS学園の女生徒達が遠巻きに見守っている。

「うわぁ、ホントに素敵なお姉さまね、御門さんって。」
「二年のあたし等はお姉さまって呼べないけどね。」
「一年生の間で彼女の事を「お姉さま」って呼ぶのが流行っているのも分かるわ~~。」

 彼女達は千早達のやり取りを見ながら、そんな感想を抱いていた。

「ですが千早様、史はもっと千早様のお世話をしたいのです。」
「そう。
 でも、史が作ってくれたシミュレータのおかげで随分助かってるんだけど、それだけじゃダメなのかい?」

 史は小さく頷く。

「そう。
 それじゃあ……ちょっと僕の相談に乗ってくれないか?」
「はい、千早様の相談ですか。承ります。」

 と、千早はそれまでの優雅な空気を一変させて史にこう切り出した。

「みんな、何度「僕は男だ」って言っても全然信じないんだ。
 一体どうすれば良いのかな?
 史、何か良い知恵はあるかい?」

 その瞬間、その場にいた千早を除く全員がバランスを崩し、倒れてしまう者も多い大惨事が発生した。
 突然の事に千早の目が点になる。

「へ?」
「ち、ちはちゃんってば……あんなにキラキラお姉さまオーラを出力全開で放出しといて、言う事それ……?」
「ちょ、ちょっと束さん!?
 何ですか、そのキラキラお姉さまオーラって!!?」
「すみません千早様。史も束様と全く同意見です。」
「史まで!?」











===============










 食後、千早は一緒に食器を洗う一夏にこうこぼした。

「一夏。僕、何か変な事言ったっけ?」
「いや、俺も束さんや史ちゃんと同意見だけどな。」
「……そもそも、なんで皆、僕が男だって思わないの?」
「まあ、まず見た目が、なあ?
 それにこっちの世界じゃ『ISは女の物』って言う意識がどうしても強いから、IS使える時点で男と思われにくくなってるんじゃないか?」

 そこに、千冬がやって来て会話に加わる。

「それと、普段の振る舞いでも、どうにも男を連想させる部分が少ないような気がするな。」
「? 千冬姉?」
「って、千冬さん、男を連想させる部分が少ないって……」
「他にも四六時中コイツと一緒にいるのもあるな。
 お前一人がIS学園に入っていれば、お前と他の生徒との対比で何となくお前が男だっていう事が分かりやすくなるのだろうが……一夏がそばにいるせいで、比較対照が普通に男の一夏になってしまっているのが拙い。」
「あの……僕も普通に男なんですが。」

 千冬は千早の寝言を黙殺した。

「ところで千冬姉、何でここに?」
「お前達に伝えておく事があってな。
 この後第一アリーナに行って来い。
 専用機持ちとしての仕事が待っているぞ。」
「……仕事?」

 千早は怪訝そうに返す。

「行けば分かる。」
「でも僕達、あまり強くはありませんよ?」
「別に強さは関係ない仕事だから問題はない。」
「はあ。」

 千早は何となく納得の行かない物を感じつつも、生返事で応じる他なかった。

「くれぐれもボイコットはするなよ。」

 千冬はそう言い残して去っていき、少し離れた所にいた鈴音やラウラにも同様の話をしたのだった。











===============










 どのような用件にしろ、千冬から言い渡された仕事をボイコットするのは拙い。
 一夏と千早はそう判断して第一アリーナに行くと、そこには

「ようこそっ、一年生の専用機持ちの皆さん!!」
「私達は、IS学園写真部でーすっ!!」

 デジタルカメラから一眼レフまで、種々雑多なカメラを持った女生徒達が立っていた。
 中には巨大な鏡や照明器具を持っている少女もいる。

「へ?」

 少女達のテンションに気圧されて、千早の目が点になる。

「写真部……?
 ひょっとして千冬姉が言っていた仕事って、俺達に被写体になれって事か?」
「そうよ、織斑君。」

 一夏の疑問に、写真部の一人が答える。3年生のようだ。

「知っての通り、外部の人がIS学園の敷地内に入るのはとても大変だわ。
 そして、IS学園のアリーナみたいなISの使用を前提とした場所以外の場所でISを身につけるのも、書類やら何やらの関係でとっても大変。
 だからISを身につけたIS装着者の写真を撮りたかったら、IS学園の写真部である私達が、IS学園のアリーナで撮るのが一番良いのよ。
 まあ、次点で各国にあるIS装着者訓練施設に写真家を呼ぶって手もあるけどね。」
「なるほど。」

 と、一夏は納得する。
 以前鈴音やラウラが話していたIS装着者のブロマイドを撮るという話なのだろう。

 しかし、一方で千早は納得しかねていた。

「あの……それって代表候補生や国家代表が被写体になるんじゃないんですか?
 僕達、違いますよ。
 おまけに僕にしろ一夏にしろ、彼女達とは比較にならないほど弱いのに、そんな僕達の写真なんか撮ってどうしようって言うんですか。」

 白式や銀華の超高性能によって辛うじて遥かに格上の代表候補生と戦えている、という意識が強い千早は、そう写真部の少女達に尋ねる。

「へ? 貴女達ってそんなに弱かったかしら?
 でも貴女達の写真の需要も物凄いのよ。
 需要があれば撮るのが私達よ。」
「はあ。」
「何しろ織斑君は世界唯一の男性IS装着者。
 1年生のIS装着者の中では、文句なしに注目度ナンバーワンだわ。」
「……僕も男性IS装着者なんですが……」
「そして御門さんは、謎のヴェールに包まれたIS学園で一番の美少女。
 謎めいたお姫様って事で、代表候補生の女の子達よりずっと注目されているの。」
「……お姫様って…………」

 千早は御伽噺のお姫様か妖精のような可憐な美貌にゲンナリとした表情を浮かべて項垂れてしまったのだった。

 そうこうしているうちに、専用機がまだ完成していない簪を除いた1年の専用機持ちが勢揃いする。
 代表候補生達はこれまでにも写真撮影の経験がある為慣れたもので、そうでない筈の箒も素直に写真部の指示に従う。

 こうしてIS学園1年生専用機持ちの写真撮影会が始まったのだった。











===============










「んで、何をやらされるかと思えば、単にISを身につけた状態で写真を撮られるだけか。」
「でもアンタ、表情とかポージングとかで大分注文付けられてたみたいじゃない。」
「しょうがないだろ。
 こういうのは初めてなんだから。」

 一夏と鈴音はそんな事を話しながら休憩し、用意されていた麦茶を飲んでいた。
 鈴音はISスーツだけになっているが、一夏は白式を身につけたまま休んでいる。

「でも、向こう見なさいよ。」

 鈴音が箒の方を指差す。

「同じ初めてでも、アンタよりずっと順応してるじゃない。」
「まあアイツは一応、女子中学生剣道日本一だからな。
 ISとは関係が薄くっても、写真を撮られる事にはある程度場慣れしてんじゃないか?」

 その一方で。

「千早の奴、散々ダメ出し食らってるな。
 表情が硬いって言われまくってるみたいだ。」

 千早の方は一夏以上に順応できていないようだった。

「なんていうか……可憐さを前面に押し出せっていう指示は……出したくなる気持ちは物凄く良く分かるんだけど……」
「でも千早の奴が感じている抵抗感も良く分かるな、俺。
 あいつ一応男だし。」

 とはいえ、この場で一番可憐なのが千早である事は動かす事が出来ない事実である。

「あ、性転換機能使わされたな、あいつ。
 胸が大きくなった。」
「……千早さんって男なのよね…………?
 なんかあたしより立派な物がついているように見えるのは気のせいかしら?」

 複雑な表情を浮かべる鈴音に続きの撮影の準備が出来たとお呼びがかかったのは、その直後の事だった。











===============











「じゃあ、今度はプールに場所を移して水着で写真撮影しますので、専用機持ちの皆さんは自分の水着を持ってきて下さい。」

 ISを身につけての写真撮影が一通り終わり、写真部の少女がそう言った直後、専用機持ちの少女達は寮へ、一夏と千早は普段自分達が使っているアリーナへと向かった。

「ああ、ボイコットしたい……」
「千冬姉にボコられたいんなら、ボイコットしても良いんじゃないか?」
「やっぱり?」

 千早は憂鬱そうな表情でため息をつく。

「でも、考えようによっては僕が男だっていう事を証明する良い機会か。
 海パン姿を見せれば、流石にこれ以上女の子呼ばわりされる事もないさ。」
「……う~~ん、そうかあ?」

 上半身裸の千早の姿を思い浮かべてみた一夏は、どうしてもそれを見た少女達が千早を男と認識する図を想像する事が出来ない。
 それどころか、少女達が千早に「一体こんな無防備な格好をしてどうするつもりなのか」と異口同音に言いながら、千早に女性用水着を着せようとする図が、あまりにもリアルに思い描けてしまった。

 ……そして実際その通りになったのだった。











===============










「…………」

 真っ白になった千早が体育座りで遠くを眺めていた。

「ま、まあ、千歳ちゃんがまた助けてくれたんだから、最悪の事態は避けられたって事で、納得しないか?
 男の身体のまんまであんなの着たら、それこそ大惨事だったんだからさ。」

 一夏が千早に声をかけるが、文字通りの馬耳東風。
 千早には全く聞こえていないようだった。

 海水パンツで写真撮影に臨んだ千早は、その場で上半身にタオルをかけられ、そのまま更衣室に連行されて女性用水着に強引に着替えさせられそうになった。
 ちなみに千早のために用意された女性用水着は、南国の植物の柄のビキニである。

 当然の如く必死に抵抗する千早を、数の暴力で圧殺しようとする写真部一同。
 その結果、以前水泳部の少女達にむりやり女性用水着を着させられそうになった時と同様、千歳によるフォローが入ったのだった。

 千早の顔で愛らしく笑う千歳は、写真部にとって絶好の被写体であった。
 その結果、余りにも可愛らしい表情の、ビキニの水着を身につけた女性の身体の千早の写真が大量生産される事になり……

 より、取り返しのつかない事になってしまったのだった。

「ちーちゃん、そんなに落ち込まないでよね。
 女の子に間違われるなんて、今に始まった事じゃないんだから。」
「千歳ちゃん、それ追い討ち……」

 ラウラにとり憑いた千歳が千早を慰めようとして逆に追い討ちをかけている所に、一夏のツッコミが飛んだのだった。











==FIN==










 IS学園にいる専用機持ちのブロマイドを撮影しようと思ったら、IS学園の写真部に委託するのが一番だと思って書いてみました。
 実際、外部からプロのカメラマンを呼ぶのは大分難儀しますからね、IS学園って。

 写真撮影はそう頻繁にあるイベントではないと思いますが、「束曰く最強のISである紅椿」「世界唯一の男性IS装着者」「神秘のヴェールに包まれた最上の美少女」というネタが転がっている現状、ブロマイド撮影をする連中がそれを放置するとも思えませんでしたので、ここで撮影話を入れて見ました。

 そしてちーちゃんですが……そもそもちーちゃんって、キャラ造詣そのものからして女の子なんですよねぇ。
 男らしいところもあるっちゃありますけど、そもそも男性キャラに男性不信なんて設定、普通はつけませんし。

 正直言って、おとボク2で優雨ちゃんに世話を焼いてあげている情景を見て「お父さんの目だ」って言ってるヒロインの眼力って一体なんですかアレ……
 香織理さんの「最良の女性を演じている」というのも、そもそもちーちゃんのハイスペックで女の振りをしようと思ったら自然にそうなっちゃったっていう感がありますし……

 おまけにこの話では、いつも一夏と一緒。
 皆さん、話を分かりやすくする為に、おとボク2でいつも順一さんと一緒にいるちーちゃんとか想像して見てください。
 ……香織理さんとかでも、ちーちゃんの性別を見抜けなくなるような気がするのは俺だけでしょうか?



[26613] 千歳の憂鬱
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:ff05419c
Date: 2011/11/28 20:49
「あっ、いっくんちはちゃん、いたいた♪」

 束が、燃え尽きている千早とそれを遠巻きに見ていた一夏やラウラ(千歳入り)の元に駆け寄ってきた。
 どうも一夏と千早の事を探していたらしい。

「ん? どうしたんですか、束さん?」

 一夏がそう訊ねると

「んーとね、箒ちゃんに頼まれていた打鉄弐型の開発が一段落着いてその後の目処も立ったんで、今度は前から言ってた白式の追加スラスターを取り付けようと思って、いっくんを探してたのっ。
 後、銀華用にも追加スラスター作ってきたから、それもね。」
「はあ。
 あれ、でも銀華って現状でも無茶苦茶早いし燃費だって白式ほど悲惨じゃない筈じゃ……」
「いやぁ、白式って攻撃力も重視してるISでしょ?
 銀華は運動性特化機なんだから、白式の運動性を上げたなら、銀華の運動性も上げて運動性面の優位を保っておかないとバランス悪いじゃない。
 一応ちはちゃんにはいっくんのライバルをしてもらう為にIS学園に入ってもらってるんだから、いっくんがパワーアップするならちはちゃんもパワ―アップしないと。」
「なるほど。」

 束の話に納得する一夏。

「そんじゃあ、って、あれ?
 ちはちゃんどうしたの?」
「……遅いですよ、束さん…………」

 束はすっかり燃え尽きている千早の様子にようやく気が付いた。

「じゃあちーちゃんの事は私に任せて、一夏君は先に改造してもらえば良いんじゃない?」
「ん~~、そうだな。
 じゃあ千歳ちゃん、千早の事頼んだぜ。」
「うんっ。」

 こうして、一夏は束と共にハンガーへと向かって行ったのだった。











===============










 IS学園のハンガーの一角。

「んで、今くっつけてるのがこないだ言ってた追加スラスターですか?」
「ん? ああ、あれ?
 ごめん、あの時言ってた『銀月』はお蔵入り。」
「は?」

 白式に追加スラスターを装備させる作業をしている束の意外な返答に、一夏は素っ頓狂な声を上げてしまう。

「いやあ、量子波動エンジンの欠陥を直せないかって弄っている内に、次のステップに移る目処が立っちゃってね。
 私が作りたいのは量子波動エンジンじゃなくて太陽炉だったから、太陽炉へのステップ2に早々に取り掛かっちゃったの。
 まあ、欠陥品をそのままにしておく趣味はないから、太陽炉が出来た後に量子波動エンジンの続きをやるつもりだけど。」
「はあ。」
「んで、今つけている追加スラスターについているのが、太陽炉へのステップ2、重力量子エンジンね。
 量子波動エンジンを取っ掛かりにして理論構築して作ったんだけど、ま、作り自体は全然別物なのだよ。
 でね、パワー自体はちょっと量子波動エンジンより弱くなっちゃったんだけど、その分「エンジンさん動いて!!」って思う必要がなくなったから、使いやすくなってると思うよ。」
「いや、俺、量子波動エンジン使った事ないんで、そう言われても……」

 やはり自分の研究の成果物の話となると、束の口は非常に饒舌になるようだ。

「それで、この重力量子エンジンがどうなれば太陽炉になるって言うんですか?」
「ん? んーとねぇ、ガンダム00の設定で、純正太陽炉を作る為には木星の高重力とトポロジカル・ディフェクトが必要ってされててね、多分それってあってると思うの。
 それで重力量子エンジンとモノポールエンジンのデータを取れば、太陽炉に行き着くんじゃないかなー、なんてね。」
「はぁ……」

 流石にISというぶっ飛んだ代物を作った女性である。
 思考回路が普通ではない。

(……ロボアニメの設定を真に受けてどうすんですか、って俺如きがこの人に言ったってなぁ……
 大体、そんな事言い出したら、そもそもISがおかしすぎる代物だし……)

「ま、そういうわけで、白式の追加スラスターは、銀華の追加スラスターと対になってるんだよ。
 こっちは重力量子エンジン搭載の『半月・上弦』、銀華用のはモノポールエンジン搭載の『半月・下弦』だよ。」
「へぇ~~、じゃあ作りも?」
「うん、大体一緒。
 もっとも上弦の方にだけは、鋭角機動が出来るようにする細工をしておいたけどね。」

 ちなみに銀華の方は最初から鋭角機動が出来るため、束が言った「細工」を必要としていない。
 その為、半月・下弦からは、その機能が削られていた。

「そうなんですか。」
「でねでね、いっくん。
 この半月には、銀月にはなかった新要素がっ!!」
「いやだから、俺、その銀月ってーの使った事ないですから。」
「まあ良いじゃない。
 いっくん、半月・上弦のスラスターノズルを見てみてっ!!」

 そう言われて一夏がスラスターを見てみると、複数のスラスターノズルが円形に配置されているのが見て取れた。

「これは?」
「個別連続瞬時加速の使用を前提としたリボルバースラスターっ!!
 なーんて、ダウンサイジングして複数くっつけただけなんだけどね。
 まあ、本当に個別連続瞬時加速はやりやすくなるから、いっくんやちはちゃんには嬉しいんじゃない?」
「個別連続瞬時加速がやりやすくなるって、どう確かめたんですか?」
「ん? みーちゃんにテストしてもらったよ。
 みーちゃんのIS『古鉄』のスラスターをリボルバースラスターに改造して、みーちゃんにテストしてもらったんだよ。」

 一夏は瑞穂の愛らしい顔を思い浮かべる。

(100m6秒台とか、こんなもんのテストとか、本当に無茶苦茶な人なんだな、あの瑞穂って人……
 本気で千冬姉並みの規格外じゃないかよ……)

 一夏は瑞穂のチート具合に戦慄したのだった。











===============










 一方。

「ちーちゃん大丈夫?」
「え、ええ、大丈夫ですよ、千歳さん。」

 千早はショックが抜け切らない頭を振ってから、千歳に微笑んで応える。

「ねえちーちゃん、わたしが今日した事……迷惑だった?」

 上目遣いでそう千早に聞いてくる千歳。
 発言途中に何に気付いたのか、間を空けて訊ねる。

 そんな姉の姿に千早は苦笑する。

「いいですよ、別にそんな風に考えなくても。
 どの道あの状況じゃあ、無理やりにでも女物の水着を着せられてしまっていたと思いますし、それなら千歳さんに乗り移ってもらった方が被害が少ないってものですから。」
「う、うん、ありがとうね。」

 と、千早は千歳の態度に違和感を覚える。

「……あの、千歳さん?」
「なんだ?」
「へ? ……ラウラさん?」
「そうだが?
 どうも今まで、御門 千歳に乗り移られていたようだな。
 奴がどうしたんだ?」
「……いえ、なんでもありません。」

 直接千歳に問いただしたい気分だった千早は、ラウラにはそう言う他なかった。
 と、千早の元にプライベートチャンネルで通信が来る。
 一夏から、束製の追加スラスターについての件だった。

 千早は、千歳がラウラに乗り移っていない以上、彼女と話す事は無理だと判断し、ハンガーへと向かった。

 ……道中、こんな事を思いながら。

(やっぱり、今日の千歳さんは少し様子がおかしかった。
 あんなにも唐突にラウラさんから離れてしまうなんて、どうしたんだろう。
 まさか、亡霊の自分が何時までもここに居てはいけないとか考えていた?
 でもそれだったら死んでしまってからもう大分立ってるから今更だし、成仏するにしたってあんな様子じゃ……)











===============










「そっかあ、あの明るい千歳ちゃんがなあ。」

 銀華にも追加スラスターを取り付けた束が打鉄弐式の作業に戻った後、千早から千歳の話を聞いた一夏はそうコメントした。

「僕も意外だったけど、考えてみれば千歳さんは成仏せずに化けて出ているんだ。
 何かしら鬱屈した感情があるのは当たり前なのかもしれない。」
「……明るいだけの子じゃないって事か。」

 一夏の一言に、千早は辛そうに頷く。

「千歳さんに乗り移られたラウラさんを始めて見た時、僕は千歳さんは自由に走り回ることが出来なかった事が未練になって化けて出てきたと思っていたんだ。
 何しろ、生前の千歳さんは病弱でベッドからマトモに動く事もできなかったからね。」
「でも、今は他の何かなんじゃないかって思ってるのか?」
「……ああ。」

 千早は小さく頷く。

「でも今は、死んだ後の事が原因で落ち込んでいるようにも見えた。」
「確かに、さっきまではあんなにもハツラツとしていたもんな。
 ……とはいえ、お前やラウラに乗り移ってない千歳ちゃんと話をするのは難しいだろ?」
「……今は、千歳さんが気持ちを整理して話をしてくれるのを待つしかない、か。」

 これ以上千歳の話をしていても何の進展も得られないと判断した二人は、追加スラスターの慣らし運転をする為にアリーナへと戻っていった。










 そして。










「「き、機動力についていけないィィィィィィぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」」

 一夏と千早は3月頭以来久しぶりに、2人して機体の機動性能についていけなくなってしまっていた。

 ちなみに一夏の方は今回初めて鋭角機動が出来るようになった為、以前から鋭角機動を使い、馴れていた千早よりも苦労の度合いは上であった。

 ちなみに現在の白式の最高速は1020Km/h、銀華の最高速は1100Km/h(共に個別連続瞬時加速アリ・競技用制限アリ)となっている。
 普通ここまで来るとハイスピードバイザーや高感度ハイパーセンサーの出番なのだが、一夏と千早は普通のハイパーセンサーを使用している。
 その為……実は一般的な意味でのISによる高速戦闘というものを、一夏と千早は知らなかったりするのであった。










==FIN==

 お久しぶりです。
 時系列的には前回ラスト直後です。

 んで今回は、千歳ちゃんはやっぱり幽霊、いずれは成仏してお別れをしなければならない事をちーちゃんが意識する話でした。
 まあその前に、彼女には彼女の未練があるわけですが。

 もっとも今回の千歳ちゃんは、弟のちーちゃんに盛大に迷惑をかけているのではないかと思い、それを引け目に感じているだけなんですけどね。
 誤解したまんまだとIS学園でのちーちゃんの立場が物語るようにドンドン状況が悪化してしまうので、一夏とラウラには早急な対応が求められます……まあ、ラウラ以外のヒロインが絡んでも良いんですけどね、一応。



[26613] 銀華誕生秘話……まあ銀華の話はチョイ役ですが。
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:ff05419c
Date: 2011/12/03 20:54
「ん~~~っ!!
 一仕事した後は気分が良いなあ。」

 打鉄弐式について、今日予定していた分の作業を終えた束が一人で伸びをしていると、千冬がやってきて彼女に話しかけてきた。

「束、今日の作業はもう良いのか?」
「あ、ちーちゃん。
 うん、もう目処はついちゃってるから、ぶっちゃけ私やふーちゃんがいなくても、あの更識妹さんだっけ? だけでも完成させられると思うよ。」
「……その辺のお前の見通しは正直信用できん。
 手を貸してやった以上、一応最後まで付き合ってやれ。」
「? そう?
 私の見通しってそんなに信用できない?」
「……白式と銀華のことを考えると、なぁ。
 お前、よくもまあド素人相手に、あんなクセの塊みたいな代物を渡せたものだな。
 紅椿にしても、あんなもん完全に扱いきれるような奴は最低でも代表候補生レベルだぞ。
 どう考えても箒の手に負える代物ではない。
 もう少し相手の力量とか考えろ。」

 千冬はこめかみを押さえながら、束にそう言う。

「う~~ん、マンマシンインターフェース的には普通のISより扱い易い筈なんだけどなあ、白式と銀華って。」
「そうだとしても、あのコンセプトはないだろう。
 白式は接近戦しか出来んくせに燃費が最悪、銀華に至っては、お前がブレードを後付けするまでマトモな武装がなかったんだぞ。」
「でも燃費は、ある程度はいっくんとちはちゃんの責任だよ?
 戦闘中ぶっ続けで個別連続瞬時加速なんてやってるから、エネルギーの枯渇が早いんだって。」
「……手にしているだけでシールドエネルギーがドンドン減っていく雪片弐型についてはどう言い訳するつもりだ、お前は。」

 ため息交じりの千冬の質問に、束は千冬が想定していなかった返答を返した。

「いやでも、いっくんにはまぐれ当たり一発で敵がやられてくれる武器が絶対必要だよ。
 マトモにしか戦えなかったら、周りや刺客との実力差がモロに出て早晩詰んじゃうもの。
 だって、いっくんが使っている白式って、『インフィニットストラトス』の『白式』と違ってVTシステムが搭載されてないんだよ?」
「……は?
 ちょっとまて、一夏の白式にはVTシステムがないのか?
 てっきり、対ボーデヴィッヒ戦で一夏がトドメの一撃を放った時には、あの白式のVTシステムが作動していたものとばかり思ってたんだが……」

 まったくのド素人に成り下がった筈の一夏では、何をどうした所で幼少の頃から生物兵器として育てられたラウラに攻撃をクリーンヒットさせる事など不可能。
 ましてや、あの時のラウラは事前に一夏の戦い方を分析してきた上で戦っていたのだ。
 その為、いくら一夏がラウラから最大限の油断を引き出すためにワザと雪片弐型を彼女に奪わせたといっても、その後の一夏の攻撃にラウラが対応できない事など有り得ない。

 その有り得ない事が起きた原因は、白式のVTシステムにある、とばかり思っていた千冬は、今の束の話は衝撃だった。
 一応の真相、「攻撃しようと思った時点で攻撃が読まれてるようだったので、攻撃しようと思うだけ、というフェイントを行った」という事を一夏から説明されてはいるものの、そんな高度な駆け引きで生物兵器を引っ掛けるという高等技術を、全くのド素人であった一夏に可能だとはとても思えなかったからだ。

 その事を千冬が束に話すと、束はこう応えた。

「う~~ん、まあ小学生の頃のいっくんは無茶苦茶強かったからねえ。
 今は見る影もないって言っても、どっかで当時の強さがこびりついてたんじゃないの?」
「そう考えるには、あまりに一夏の劣化が激しいんだが……
 まあいい。
 ところで束、白式にVTシステムが搭載されていないというのはどういう事だ?」

 千冬は話題を一夏から白式に切り替えた。

「う~~ん、話すと長くなるんだけど……
 まあ、VTシステムに関する部分だけを言うと、私ってばVTシステムを開発しようとすると、どうにも調子が崩れちゃうんだよねえ。」
「調子が崩れる、とはどのくらいだ?」
「……出来上がったVTシステムが、ドイツのISに載ってたVTシステムに向かって偉そうな事が言えない位の不良品だったくらい。」
「……それは確かに無理だな。」

 束の異常なハイスペックを考えると異常事態といって良いほど質が悪い物しか作れないのなら、VTシステムに手をつける事自体を取り止めにするのもむべなるかな。
 千冬はそう考えた。

「っていうか、VTシステムって『いっくんに必要だ』って慌てて作ってたから、駄目な奴しかできなかったのかなぁ?
 いっくんをIS学園に入れようって考えた事自体、そんなに前の話じゃないし。」
「どういう事だ?」

 千冬は怪訝そうにして束に訊ねる。

「んーとね、そもそも、束さんがいっくんをIS学園に入れようと思ったのってね、実は『インフィニットストラトス』を読んだのが原因だったんだよ。」
「…………は?」

 千冬の目が点になる。

「いや、いっくんはちーちゃんに守られているから安心安心って、私も思ってたんだけど、いっくん誘拐事件が起きちゃったじゃない?
 だからアレ以降は「いっくんには自衛用の何かが必要だな」って思ってはいたんだけど、ISをあげるっていう発想はなかったんだ。
 だって男の子のいっくんじゃ、ISなんて動かせないじゃない。
 ……『インフィニットストラトス』を読むまでは、そう思ってたんだ。」
「……ちょっとまて、あれはどう考えても『お前』の陰謀なんじゃないのか?」
「お話の中じゃあ、そーなってるみたいだね~~。」

 束は他人事のように言う。

「でも、7巻まで読んだけど、ハッキリ言って私と『インフィニットストラトス』の『篠ノ之 束』は別人だよ。
 あんな完璧なVTシステムを白式に搭載できたり、諜報戦で有り得ない程強かったりで、なんていうか上位互換?
 それに銀華を作った様子も無いし、白式だって小型に作ってなかったし……『いっくん』や『箒ちゃん』を危ない目にあわせたりもしてたし。」
「? 『一夏』はともかく、『箒』にも、か?」
「うん。7巻の話になるんだけど……ちーちゃん聞く?」

 千冬はわずかに逡巡するが……頷いた。

「ああ、聞かせてもらおう。」

 と、その返答に合わせて束が話し出す。

「『インフィニットストラトス』7巻は、今度やるようなタッグマッチの話だったんだけど……
 『篠ノ之 束』はね、その試合中にシールドと絶対防御を無効化する武器を使う無人機を乱入させて、『いっくん』や『箒ちゃん』、あと一緒に試合に出ていた『更識さん達』を襲わせてたの。」
「な、んだ……と?」

 『インフィニットストラトス』の登場人物達は、自分や身近な人間達に非常に近い存在だと認識していた千冬には、『束』が『箒』に危害を加えたという話は衝撃的だった。
 まして、絶対防御が効かないISの攻撃が飛んでくるという事は、直撃すれば生身でアンチマテリアルライフルを遥かに上回る破壊力をモロに浴びるという事だ。
 下手をすれば原型すら残らない。

「一応、『いっくん』や『箒ちゃん』を鍛える為に、無人機を放り込んだみたいなんだけど……」
「一歩間違えれば死体も残らんような洒落にならん真似をしておいて、「鍛える為」だと!?
 無人機を乱入させる形でそんな事をしたいんだったら、無人機に絶対防御が通用する武装を載せておけ。」
「いや、そんなこと私に言われても……
 さっきも言ったけど、『インフィニットストラトス』の『篠ノ之 束』は、『いっくん』や『ちーちゃん』みたいな他の登場人物と違って、完全に私と別人なんだよ?」

 千冬は釈然としないが、確かに束ならば『篠ノ之 束』のように箒に危害を加える事は考え辛い。

「それに、なんていうか『篠ノ之 束』って、たかをくくっていた様子だったよ。
 VTシステムが搭載されている『白式』は絶対無敵なんだから、たかをくくりたくなる気持ちも分からなくはないけど。」
「まあ、確かにあんなにも違和感を与える事なく中身の技量を急上昇させられるなら、絶対無敵というのも言いすぎではない……か。
 『一夏』はその『白式』に守られているから、何があっても絶対死なん、というわけだな。」

 ISによる戦闘では、機体性能の差よりも中身の技量差の方が大きい。
 性能差で圧倒的に劣るラファール=リヴァイヴで、高性能な専用機4機を沈めて見せた山田先生などは、その好例だろう。
 その為、一時的に中身の技量を最強に出来るVTシステムはまさに無敵であり、それゆえご禁制品とされたのだ。

「でも『紅椿』の方にはVTシステムないみたいだったけどね。」
「……」
「で、何の話だったっけ?」
「白式には、『インフィニットストラトス』の『白式』と違って、VTシステムが搭載されておらんという話だ。」
「ああ、そうだったそうだった。」

 2人は脱線した話を元に戻す。

「んで、まあ『インフィニットストラトス』を読んでね、ひょっとしたらいっくんもこれに出てくる『織斑 一夏』みたいにISを動かせんじゃないかな? って思って、こっそりちーちゃん家に侵入して検査してみたんだ。」
「……」

 千冬は無言で束の顔をわしづかみする。
 いわゆるアイアンクローだ。

「……ちーちゃん、愛が痛いよ。」
「やかましい。」

 昔から思うが、束の遵法意識の欠落は何とかならない物かと、ため息を吐きつつアイアンクローを継続させる千冬。

「は、話の続きがあるから放して、ちーちゃん。」
「……まったくお前は。 それで、一夏を検査してみてどうなったんだ?」
「それで、結果はまあ適正Bで普通に動かせるって出たんだけど……ちょっとまずい事に気付いちゃったんだよね。」
「まずい事?」
「うん、いっくんを誘拐した犯人達も、私みたいにいっくんのことを検査したかも知れない、っていう事。
 私がエコヒイキすれば、男の子でもISを使えるように出来るんじゃないかとか、そんな事考えて検査してみても全然不思議じゃないからね。
 もしそうだった場合、いわゆる裏の世界って所じゃあいっくんが男の子なのにIS適性を持っているのが知れ渡ってる筈だよ。
 誘拐してからちーちゃんのカチコミ受けるまで、結構時間的な余裕はあった筈だからね。」
「ふむ、少し考えすぎな気がせんでもないが……確かに最悪を想定したほうが良い状況ではあるな。」

 改めて一夏の『千冬の弟』という立場が非常に危険なものである事を再認識する千冬。
 やはりISから引き離す方向で一夏を守りたいと思ったなら、以前束が指摘したように一夏と千冬の縁を完全消滅させる他なさそうだった。

「それでいっくんが『インフィニットストラトス』と同じ状況になってもやっていけるように、白式にVTシステムを搭載させようとして上手く行かなくって……
 もう手遅れな位よわよわになっちゃってるいっくんだけど、VTシステムに頼れない以上、少しでもいっくんの素の強さを高めておかないと物凄く拙い、って事でちはちゃんを連れてきていっくんのライバルになってもらったの。
 周りとの差が滅茶苦茶開いているのに女の子と遊んじゃうようないっくんだと、間違いなくIS学園卒業前に死んじゃうもの。
 自分が弱いって事を謙虚に受け止めて、ちはちゃんと同じ男の子同士で初心者同士、互いに競い合いながら精進するっていう生活態度にならないと……ね?」
「う~~む。
 だが、一夏の奴は真面目に訓練しているから、御門がいなくとも『インフィニットストラトス』の『一夏』と違って、謙虚かつ真摯に自分を鍛えていると思うんだがなぁ。」
「でもいっくんの滅茶苦茶なもてっぷりはちーちゃんも知ってるでしょ?」
「……まあな。」

 となると、やはり千早は良い虫除けでもあったようだ。
 それに一人だけ周りから見て圧倒的に格下という状況よりは、身近に同レベルの者がいたほうが鍛錬の張り合いがある。
 そういった近いレベルの者と抜きつ抜かれつ、という状況は、千早がいなければ成立しない。

 ならば、やはり千早のいるいないで、一夏の伸び方は大きく違っていたのは間違いないだろう。

「それでね、VTシステムが上手くいかないなら白式の基本性能を高めておこうと思って、ISの運動性能を極限まで追求した試作機を作って、そのデータを白式にフィードバックさせたの。
 その試作機が銀華なんだよ。」
「……通りでマトモな武装がないと思った。
 だが、衝撃砲に使われていた空間制御システムは何故積んであったんだ?」
「え? ああ、運動性強化の足しにしようと思ってつけたんだよ。
 一応歪めた空間を使って『近道』したりとか、色々考えてたんだ。」
「ふぅむ。
 だが、なあ。
 やはり白式も銀華も、素人に扱わせてよい類のISではないと思うぞ?」
「う~~ん、そうかなぁ?
 マンマシンインターフェースだってかなり素直な仕様に改良してあるし、白式や銀華の動かしやすさって、他のISとは比較にならないほどなんだけど。」
「そうだとしても、やはりコンセプトに問題がある。
 それに「生兵法は大怪我の元」という言葉もある。
 いくら『インフィニットストラトス』と違ってVTシステムに頼りきりになれないという事情があったとしても、万が一一夏の奴が自分の力を過大評価すれば取り返しがつかないことになりかねん。
 それを考えると、全く話にもならん弱さのままだった方が、結果論的には良かったという事にもなりかねん。」
「う~~ん、その辺はちーちゃんの方から釘を沢山打っとけば大丈夫じゃない?
 大体、確かにちーちゃんは最強かも知れないけど、その最強のちーちゃんを出し抜いていっくんを誘拐した誘拐犯だっているんだよ?
 いっくん本人にも、最低限工作員に狙われても一目散に逃げ切れるくらいの強さは必要だって。」
「そんな高レベルに達するには時間が足りん。」
「その時間を削ったのはちーちゃんだよ。」
「ぐっ。」

 束に痛い所を衝かれ、千冬は言葉に詰まった。
 と、ここまで白式と銀華関係の話をしていた千冬は、ある事に気がつく。

「と、ところで束、お前、打鉄弐式を白式や銀華のように妙な仕様にするような真似はしなかっただろうな?」
「へ? いやいや、白式や銀華をあんな尖がった仕様にしたのは、女の子達から見て圧倒的に格下のいっくん達が一芸特化で食い下がっていけるようにする為だよ。
 だからそうじゃない代表候補生の彼女用には、バランスが良い機体にするに決まってるじゃない。
 …………流石に『インフィニットストラトス』丸写しじゃ芸がないから、本人とも相談しながら色々弄ったけど。」
「……そのバランスが良いという言葉、信じて良いんだな?
 なにやら妙な事も口走っているようだが、バランスが良いという言葉は信じて良いんだな!?」

 千冬は心底簪を心配する表情で、束に問い詰める。
 そして束と一緒に帰る為に史が束を呼びに来るまで、何度も何度も問い詰め続けたのであった。










==FIN==




 まーそんなわけで、一巻対セシリア戦のような真VTS作動というのは、この話ではありえないことになりました。
 千早をIS学園に放り込んだ理由は千冬の死亡フラグをへし折るのが第一なんですが、開発できなかったVTシステムの補完という今回の理由も本当です。
 ま、千冬の死亡フラグ云々を千冬当人に話すわけにもいきませんしね。

 なんで束にVTシステムが作れないのかは追々書くつもりです。

 あと原作の束のスタンスを、ここの束は「白式に真VTSがあるので、たかをくくっている」と解釈していましたが……実際どうなんでしょうね?
 セシリア戦がああいう描写だった以上、白式に真VTSないしはそれに類するものが存在するのは疑う余地がありませんが……

 ちなみに一夏とちーちゃんですが、現時点でもまだ7巻時点の『一夏』より自分たちの方が弱いと思ってますw
 まあ、一応向こうの方が正規の訓練を受けてる感じですからねぁ。



[26613] 10年ひと昔と人は言う 前書いた話と設定が矛盾したんで削除します
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:ff05419c
Date: 2011/12/17 22:58
「10年ひと昔と人は言う」というタイトルで話を書いたんですが、以前書いた話「女尊男卑の仕掛け人!?」と設定が矛盾したんで削除します。
手直ししようにも、話の根幹が矛盾した箇所なんで、再投稿はありません。

ちなみに「10年ひと昔と人は言う」に出てきた
「一夏は「弾には瓦割りは無理だろうけど、蘭なら10枚はいける」と思っている」
「箒のクラスメイトの女子が、力比べで男子を圧倒した結果ゴリラ呼ばわりされた」
「箒が交流試合に行った学校では、女子剣道部の方が男子剣道部より人数が多くレベルも高い」
といった設定はいつかボツにならない話で活用しようかと思います。



[26613] 劇物につき取り扱い注意
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:ff05419c
Date: 2012/01/05 00:12
 束と史がIS学園を後にした後のハンガーにて。

「束の奴め、何のつもりなんだ?」

 千冬が漫画の単行本を手にして首をかしげている。
 どうやら束に渡されたものらしい。

「どうしたんですか、千冬さん。」
「いや、束の奴がな、帰る前に向こうの世界からの土産だと言って、これを置いていったんだ。」

 千冬はそう言って、箒に手に持っている漫画を見せる。

 タイトルは「魔法少女 プリティ☆ベル」。
 表紙には魔法少女らしき女の子の絵が描かれていた。
 どうやら彼女が「魔法少女 プリティ☆ベル」らしい。

「……まあ、姉さんが好きそうな気がしないでもないですが。」
「まあ、好きそうではあるな。」

 ちなみに千冬が受け取ったのは4巻までである。
 中身はまだ見ていない。

「それでだ。どうする?」
「どうすると言われても……」

 見た所、普通の魔法少女物のようである。
 だが、2人とも束の愉快犯的な性格を嫌と言うほど知っている。

「……千冬さんはコレがマトモな代物だと思いますか?」
「う~~~ん、何しろ束の奴が置いていった代物だからな……個人的には怖いな。」
「……やっぱりそう思いますか。」

 なんとなく。
 本当になんとなくなのだが、ページをめくるのが怖い。
 見た所、可愛い女の子が活躍する魔法少女物である。
 だというのに、何故自分達はこんなに不安になるのだろう。
 考えるまでもない。束が絡んでいるからだ。

 こんな風に二人が考える辺り、束の人望の程が窺える。

 とはいえ、何時までも警戒していて中身を読まないのでは何も始まらない。

「ま、まあ死にはせんだろう。」

 千冬は意を決して、ページをめくり始めたのだった。















「あ、アイツは何を考えているんだあああああああああああああああああっ!!!!!」











===============










「な、千冬姉、どうしたんだ?」

 千冬の絶叫を聞きつけた一夏と千早、簪が彼女の元にやってくる。

「い、いや何。
 今度あの阿呆が来た時に小一時間ほど問い詰めたい事が増えただけだ。」
「……何されたって言うんですか。」
「いや、そのだな……うん、思い出させるな。
 一刻も早く記憶から削除したいんだ。」

 千冬はそう言って有無を言わさない。

「ところで、先生が持っているソレ、何ですか?
 見た所、魔法少女物の漫画本みたいですけれど。」
「うん、これか。魔法少女か……ん……魔法、少、女?」

 一夏達が見守る前で、見る見るうちに千冬の身体に蕁麻疹が浮かんでくる。

「……箒、これは束からの土産だからお前が持っておけ。」
「ちょっ、待ってください千冬さんっ!!」

 千冬は一刻も早くその漫画本を手放したいと言う感情を隠しもせずに、箒に手渡す。
 さしもの箒も、よりにもよって千冬をあんな風に絶叫させた内容を確かめるつもりにはなれない。

「な、何が描いてあったんですか、千冬さん。」
「箒。知らん方が良いと思うが、見たいなら私は止めんぞ。」
「…………
 姉さん、一体何を考えているんですか……」
「いや本当に、今回ばかりは私もそう思う……」

 千冬は頭を抱えだしてしまった。

「千冬姉があんな精神的ダメージを食らうなんて……」

 普段からは想像し辛い千冬の様子に呆然とする一夏達。
 と、その時。

「一夏。コレを読んでくれないか?」
「俺かよっ!!」

 正直言って怖い。
 見た目、愛らしい小学生くらいの魔法少女が描かれている表紙と、千冬に大きな精神的ダメージを与えたという事実のギャップが、内容を知る事への躊躇いと恐怖を生んでいる。

「良いから読めっ!!
 千冬さんをこんな風にした代物を、まさか千早さんや簪さんに見せるわけにもいかんだろう!
 お前も男なら腹をくくれ!!」
「……あの、箒さん。
 その理屈はこっちの世界じゃ通用しないと思うんですけど……」

 千早がため息交じりで、男性の立場から箒に突っ込む。

 このIS世界では「ISがあるので女の方が男より強い」とされて女尊男卑になっている。
 そして千早と一夏はIS学園に来る事で、ISを使う為の最長10年の鍛錬の蓄積を持つ女性とそうでない男性の差を、普段の授業や武道を嗜む者としての皮膚感覚などを通して、嫌と言うほど思い知らされている。
 IS学園がエリートしかいない特殊な環境である事を考慮しても、IS学園の入試倍率が1万倍という話が本当であるのなら、入学を果たした一握りの少女も含めて100万人以上の少女が入試に臨んだ事になる。
 それは、幅がわずか12ヶ月という狭い範囲の年齢層に、100万人もの鍛えに鍛えた少女が含まれる、という事だ。
 いくら母集団が全世界の少女達だと言っても、年齢層の幅の狭さを思えば、100万という数字は驚異的である。しかもそれが毎年。
 これでは「女の子を見たら、その子は長期間に渡る鍛錬の日々を隠し持っていると思え」などという風に考えても、さほど間違いではあるまい。

 つまり最長なら10年にも渡る鍛錬の有無により、単純にIS抜きでの戦闘力においても女性の方が男性より、というより少女の方が少年よりはるかに強いのがこのIS世界なのだ。

 にもかかわらず、こんな時にだけ「男なら腹をくくれ」と言われても納得が行かない。

 とはいえ、一夏の価値基準は「女性は守るべき者」というものである。
 このIS世界においては明らかに異常な価値観であるのだが、ここにいる一夏にも『インフィニットストラトス』の『織斑 一夏』にも共通する価値観らしい。
 その一夏が箒にああ言われてしまったのなら、「魔法少女 プリティ☆ベル」のページをめくらない訳にはいかなかった。

 千冬の犠牲を目の当たりにしたのがプラスに作用したのだろう。
 一夏はかなり身構えた心境で読み進め始めた為、千冬のように途中で絶叫してギブアップする事無く最後まで読み終えたのだった。

「うん……まあ、あれは強烈だったな。
 千冬姉があーなるわけだ……」

 一夏は遠い目をして1巻を閉じた。

「な、なんだったんですか?」

 簪がおずおずと一夏に訊ねる。

「う~~ん、とな。
 ぶっちゃけた話、物凄い勢いの表紙詐欺なんだよこの漫画。
 表紙の女の子は確かに出てくるけど、魔法少女姿になったりしないし。」
「……あの、それで魔法少女物になるんですか?」

 怪訝に思った簪が、なおも一夏に訊ねる。

「あー、そのだな。これに出てくる魔法少女ってな……
 35歳の独身男性で職業がボディビルダーなんだ。」
「「「…………は?」」」

 千早、箒、簪の声が綺麗にハモる。
 魔法少女という言葉と、「35歳」「独身男性」「ボディビルダー」というプロフィールがあまりにも一致しなさ過ぎる。

「まあ予備知識無しに直で絵で見ちまったら、今の千冬姉みたいに軽くトラウマになるのも無理ないわなぁ……
 筋骨隆々のおっさんが、魔法少女ルックに身を包んだり、あまつさえ変身シーンが……」

 と一夏が言いかけた所で、千冬が彼の背中に圧し掛かる。

「だから、思い出させてくれるなと言っただろうが……っ!」
「千冬さんがそうなってしまうくらい強烈な代物だと言うんだな……」
「ああ……あんま想像もしないほうが良いと思うぞ。」
「しないしない。」

 千早はそう一夏に返した後、素朴な疑問を一夏にぶつける。

「大体、なんでボディビルダーが魔法少女になるんだよ。
 男の人が魔法少女名乗るって、全然「少女」じゃないじゃないか。」
「う~~ん、役職名が「魔法少女」っていう役職についちゃったからしょうがなく……っていう事みたいだったぞ。
 「男の中の男じゃないか」ってつっこまれてたし。」
「…………」
「まあ千冬姉がこんなんなっちまったのは予備知識無しで読んじまったからだし、もう気構えが出来てるお前なら読めるんじゃないか、これ?」

 一夏はそう言って、「魔法少女 プリティ☆ベル」を千早に渡す。

「へ!?」
「そもそもこれって束さんが持ってきたお土産なんだから、お前の世界の漫画じゃないか。
 こっちの世界じゃ絶対出てこないぞ、こんな発想。」
「……いや、そんなんばっかりじゃないからね、一夏。
 そんな変化球じゃない普通の魔法少女もあるから。」
「もしかして千早さんの世界って……」
「念のために言っておきますけど、ISで歪む前までのこちらの世界とあまり変わりませんからね。」

 千早は変な勘違いをされないよう、即座に箒の物言いに反応した。

「ああ、そういえば保健室の先生が、見た事のないロボット物のロマンチックな話を千早さんが見ていたって言っていましたね。
 「あんな話が好きだなんて、千早さんはとってもロマンチストなのね」って言ってました。」

 千早の言葉に簪が反応する。

「ああ、ガンダム00ですか。
 あれも戦闘要員に女性が少なくて、こっちの世界で作られた話じゃないのがモロに分かりますよね。」

 千早はコレ幸いにと、ガンダム00を例にとって誤解されないように努める。

「……しかしお前ら、更識の前でよく異世界がらみの話が出来るな。」
「いやだって千冬姉、更識さんってあの更識先輩と同じ更識家の人間なんだぜ?
 千早が異世界人だなんて事は、とっくの昔に調べがついてると思うけど。」
「……お前、本当にそこまで考えて話していたのか?」

 どうも千冬のほうも調子を取り戻した様子なので、一夏達は一安心した。

「でもさ千冬姉、これってイカついおっさんが魔法少女になるって言う一発ネタだけの話じゃないみたいだったぜ。
 なんか魔王っぽいのと第一話で和解したり、話し合いで解決しようとしたりしてたし。」
「魔王と第一話で和解……って、どうやって話が続くんだ!?
 ここに4巻まであるんだぞ??」

 ここで千早が名乗りを上げてみた。

「ふむ……じゃあ、僕がちょっと読んでみますね。」
「千早さんが!?」
「いや……僕、一応男ですからね、箒さん。
 多分女の子よりは耐性があると思いますから、大丈夫ですよ。」

 しかし……ネタが割れているものの、流石に変身シーンのインパクトはこたえた様子だった。
 千早はそのショックを乗り越えて、漫画の内容を吟味する。

「……これは、確かに一発ネタだけの漫画じゃないみたいですね。
 2巻以降を読まないとなんとも言えないんですけれど、ただ出てきた敵を倒したりするだけの話じゃないみたいです。」
「んじゃあ、次の巻読んでみろよ。」
「ああ。」

 読み進めていく内に馴れてきたのか、千早は段々と主人公・高田厚志のインパクトに負けずに読み進めていけるようになっていく。

「……「何もしないためにいるのよ、軍隊と魔法少女はね」って…………」
「……一体どんな話なんですか、それは。」

 千早はこめかみを押さえながら言う。

「ネタでカムフラージュされてますけど、この話、交渉と平和的解決の模索の話みたいですよ。
 第一話でネタで戦闘行為を破壊するとか、対立関係にある魔族達の力関係を利用して魔族達が迂闊に軍事行動が取れないように軍事同盟で縛るとか、そんなかんじのかなり理知的な話みたいです。」
「……あれが、か?」
「あれが、です。」

 千冬は心底信じられないような表情で、千早はその千冬の心情が痛いほど分かると言った表情で言葉を交わす。

「こんな悪質な表紙詐欺が……か?」
「……悪質過ぎますけどね……」
「悪質すぎるな…………」

 意を決して「魔法少女 プリティ☆ベル」を読んでみた3人が、口々にそういう。
 その様子に残る2人はどんな内容なのだろうといぶかしむが、読む勇気が沸かない。

「しかしそういう事なら、このIS学園に腐るほどいる脳筋女どもに読ませて回るのも良いかも知れんな。
 世の中、腕力だけではないという事が連中にも良く分かるだろう。」
「……千冬姉が言うとすげー違和感がががががががががががががっ!!」
「……なんでお前とラウラさんは、そうやってわざわざ地雷を踏みに行くんだ……」

 千冬からヘッドロックを食らっている一夏の姿に、箒は頭を抱える。

「あの、千冬さん。
 流石に予備知識無しでこれを読ませるのはちょっと問題あると思いますよ。
 千冬さん自身、大分精神的ダメージが大きかったじゃないですか。」
「……それは、まあ、確かにそうだが……」

 そんな風に千早が千冬を突っ込んでいると、話に一夏が根本的な問題を持ち出してきた。

「ところでさ。」
「ん? どうしたんだ?」
「この漫画の形をした劇物、どこに置いておくんだ?」
「「「「…………」」」」

 流石に迂闊な場所においておくわけにはいかない。
 さりとて自分の部屋には間違っても置きたくない。
 しかも束からの贈り物である為、処分などしようものならどう祟られる事やら。

 千冬、箒、簪は一斉に一夏と千早の方を見る。

「あの、俺達って個室がないぞ。」
「衣類等の私物もアリーナのロッカーに入れてますしね……」
「漫画4冊分の隙間くらいなんとかなるだろう。
 というよりな、女の身でおっさんボディビルダー魔法少女なんぞという訳の分からんネタの漫画など部屋に置きたくないんだ!!」

 元より千冬に逆らえる力も立場もない2人だったが、流石に切羽詰った様子の千冬の姿に、ここは引き受けなくてはいけないな、と思うのであった。










===============










 その後、アリーナへの帰り道にて。

「ところでさ、千早。」
「ん?」
「ISって女じゃないと動かせない物なんだから、男のIS装着者である俺達も男の魔法少女みたいなもんだよな。」
「まあ、ISは普通は女性にしか仕えないって事を考えると、銀華のデザインがああでなくても女装って事になるんだろうね……
 って、嫌な事を考えさせないで。」
「わりい、俺の方もスカートはいてる俺とか想像しちまった……
 嫌過ぎる……」











==FIN==




 千冬さんテンパリ話はやっぱ魅力的なネタだったんで、プリベルネタで行ってみました。

 束の愉快犯的な性格を考えると、予備知識無しで読ませること自体が犯罪と言ってよいプリベルは、さぞかし魅力的なイタズラアイテムに見えた事と思いますw

 しっかし、ボツ話の時にも書きましたけど、やっぱり変ですよね、一夏の考え方って。
 ただの思い上がりにしても様子がおかしいですし、やはりボツ話で考察したようにIS学園に押し込められた箱入り娘の千冬に育てられた影響でああなっちゃったような気がします。
 多分、彼女は束+箒の父親の薫陶に基いて一夏を育ててみた結果、出来上がったのが女尊男卑の世の中に適合しない事甚だしい「最弱の癖して、自分よりはるかに格上の女の子に対して「守る」という言葉を使ってしまう一夏」という代物だったのではないかと。
 千冬はIS学園とか外界とは隔離された環境に缶詰にされる事も多かったでしょうし、世間一般の状況を生で見る機会が普通の人に比べて著しく制限されてて彼女自身がズレていたというのも充分に考えられると思います。

 ここの一夏とラウラがああなのは、ひょっとしたら千冬の影響なのかも……



[26613] マトモな出番は久しぶりかも
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:ff05419c
Date: 2011/12/31 21:48
 それは1時限目が終了した直後の事。
 一夏は、千早と箒の顔色が悪い事に気がついた。

「ん? どうしたんだ箒、千早。
 お前ら、なんか顔色悪いぞ。」
「い、いや、なんだかさっきから悪寒がして……」
「私もだ。」
「お、おい、大丈夫か?」

 心配したクラスメイトや山田先生が千早と箒の方に寄ってくる。

「風邪、ですかね?」
「いえ、篠ノ之さんはともかくとして、御門さんの方は夜眠る時にISを身につけて眠ってますから、体調不良は考えられないですよ。」

 そうはいうものの、千早は明らかに寒そうにしている。

 そんな中、セシリアとシャルロットだけは冷静だった。

「あれ、かあ……」
「あれ、ですわね……」
「ん? なんだ、2人とも。
 私達のこの悪寒に何か心当たりでもあるのか?」

 箒はセシリアとシャルロットにそうたずねる。
 すると帰ってきた返答は……

「箒さん、世の中には知らない事が良い事も沢山ありましてよ。」
「……うん、あれは知らない方が良い……」

 セシリアは何かを諦めたような表情でそう言い、シャルロットもゲンナリした表情で彼女に続く。
 千早も箒も、先日の『魔法少女プリティ☆ベル』の一件で、世の中には知らない方が良いこともあるのだと思い知っている。
 そしてセシリアとシャルロットの反応を見る限り、彼女達は本当に知らない方が良い事だと思っているようだ。
 なので無理には聞けなかったのだった。

 とはいえ、気になってしまうのが人情と言う物である。
 そこで……











===============










「っつーわけで、セシリアとシャルロットは箒と千早の悪寒の正体を知ってるっぽいんだ。
 あの2人の共通点は代表候補生って事だから、同じ代表候補生のお前なら心当たりがあるんじゃないか?」

 昼休み、千早と箒から依頼を請けた一夏は、鈴音にこんな質問を投げかけた。
 すると彼女も苦笑いを浮かべ、なんとも話し辛そうにし始める。

 そして周囲を見渡した後。

「まあ、その2人がこの場にいないみたいだし、何ともなかったあんたになら話しても良いか。
 でも、これって本当に本人にとっては知らない方が良い事よ。
 あたしも知っちゃった後、ものすっごく後悔したし。」
「……そうなのか?」
「うん、個人的にはコレよりショックだった事って、最近じゃあ千早さんが男だって事くらいだもの。」
「……それなら千早当人はともかく、箒は大丈夫じゃねーの?
 なんだかんだ言って、箒ってお前や弾と一緒にそのショックを乗り越えただろ?」
「駄目よ、怖気がハンパじゃないんだから。」
「はあ……んで、具体的にはなんなんだ? あいつらの悪寒の正体って?」

 一夏は脱線した話を本題に戻す。

「ああ……その2人が感じている悪寒ってね、不特定多数の男ドモの妄想の対象になってる事による悪寒よ。」
「……は?」
「まあ普通はそういう反応よね。
 そんな風に妄想されたって、普通ならそんな悪寒は感じない筈だもの。
 でもね、IS装着者のブロマイドって全世界規模でばら撒かれる代物だから、妙な妄想のネタにする男の数が半端ないのよ。
 しかも、枠としてはスポーツ選手のカードみたいな扱いで、いかがわしいって言う扱いじゃないから、表立って買い易いのが出回りやすさに拍車かけててね……」
「……でもあれって、撮ってからまだ一週間経ってねえんじゃないか?」
「あの手のブロマイドって、ISに関しては商品化されるのがすっごく早いのよ……」
「……」
「あ、あたしだってね、こんなん知った時には自殺しようかと思うくらい気持ち悪かったわよ!!
 こんなの……こんなの知らないですむなら、そっちの方が良いじゃない!!」

 鈴音は最早涙目だった。
 大方、この悪寒を始めて感じた時の事と、その原因を知ってしまった時の事を思い出してしまっていたのだろう。

「あ、ああ、そりゃあ確かに知らない方が良いわな。
 一応男の千早なんざ、マジで自殺モノだ。」
「……でしょ?」
「でもな、鈴音……」
「何よ?」

 今度は一夏の方が酷く言い辛そうに言った。

「実はな……そこの柱の反対側に箒と千早がいるんだ……」
「へ?」

 2人が恐る恐る一夏が言った柱の反対側を除いてみると……

「「…………」」

 気の毒なほど真っ白に燃え尽きた千早と箒の姿があった。
 と、同時に再起動を果たした二人は

「「う、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアああア!!!!!!!!!!!!!!!!」」

 2人して絶叫したのだった。











===============










「……だから知らない方が良いって言ったのに。」

 保健室のベッドでうなされている千早と箒を見て、シャルロットはそうこぼす。

「そ、そうはいうがな……」
「まあ、わたくし達も初めてブロマイドが出回った時には、貴女やお姉さまのような反応でしたわ。」

 セシリアは箒に対して相槌を打つ。

「でも千早さん、雑誌であれだけ写真が出回ったのに、その時にはこんな怖気は感じなかったの?」
「……た、ただのド素人の僕を特集する雑誌なんて、想像もしてませんでしたから……」

 千早は呻くように鈴音に返す。

「なるほどね。それである程度鈍感になれていた、と。
 今回は出回るのが前提のブロマイドだものねえ……」
「まあ、これはある意味通過儀礼みたいなものだから。」
「そういえば、私も少し調子が下がった事があったな。」
「……ラウラさん、よくその程度の被害で……って、何を読んでいるの?」

 シャルロットはラウラに、彼女が読んでいる漫画らしき物についてたずねる。
 生物兵器としての傾向が強すぎる彼女が漫画を読むなど、あまりにミスマッチなため、シャルロットのみならずセシリアや鈴音も気になってしまった。

 タイトルは『魔法少女 プリティ☆ベル』。
 どうやら魔法少女物のようだ。

「ん? ああ、これか?
 これは『インフィニットストラトス』同様、異世界で書かれた物らしい。
 中々興味深い内容でな。」
「へえ、アンタが軍事以外の事に対して興味深いっていうなんて、珍しいじゃない。」

 とはいえ、彼女が魔法少女物に興味を示す事は良い傾向だろう。
 「よく言われるんだが、可愛いとは一体どういう事なんだ?」などと真顔で言う少女よりは、魔法少女に興味を示す少女の方が真人間だと言えるからだ。
 鈴音のみならず、セシリアもシャルロットもそう思う。

「ふむ、『厚志さんはバリア付きミサイル付きのエアボーンレーザーです』か……
 なるほど、おそらく白騎士事件の時にも、教官はこの高田 厚志のように戦ったのだろう。
 強靭な肉体に技巧派の戦闘力、そして理知的な頭脳、確かに教官のような男だ。」

 ラウラがそこまで言った時点で、一気に保健室の体感気温が氷点下まで下がった。
 一同がガタガタ震えながら保健室の入り口の方を見やると、そこには35歳男性ボディビルダーと一緒にされた怒りを露にしたうら若き女性の姿があったのだった。











===============










「ふ、ふっふっふっふっふっふっふ…………
 一夏にしろ、ボーデヴィッヒにしろ、あいつら一体何を考えているんだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!」
「そ、それについてなんですが、織斑先生…………
 織斑君とボーデヴィッヒさんの教育方針について、ちょっとお伺いしたいのですが……」
「へ?」

 その日の職員会議は
「女の子を怪獣呼ばわりするなど、無神経な発言を改めない織斑 一夏及びラウラ=ボーデヴィッヒの教育方針について」
と題し、二人の人格形成に多大な影響を与えた千冬に対してあれこれ問い詰める内容になったという……











==FIN==










 厚志さんは男の中の男です。
 あの格好でも、やっている事だけを切り取ってみれば凄くかっこいいんです。

 でも流石に女の子が厚志さんと一緒にされたら怒りますww
 ラウラさんは今日も元気に地雷を踏み抜いてしまいましたww
 っつーか地雷原のタップダンサーっていう一夏とラウラのキャラ付けも、そろそろ修正した方が良いかも……
 そうはいっても、2人にとって千冬≒ゴジラなのは、彼女が紛れも泣く世界最強である以上どうしようもないんですがねwww



[26613] 異界の書物を読んでSAN値チェック→SAN値直葬
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:ff05419c
Date: 2012/01/04 22:56
 放課後の保健室。
 凄まじい殺気を放つ千冬がラウラの首根っこを掴んで彼女を連れ出してから暫く。

「え、えっと、そうだ、さっきラウラさんが読んでた漫画って、異世界の漫画なんだよね?
 「インフィニットストラトス」と一緒で。」
「あ、ああ、そうらしいな。」

 シャルロットは慌てて話題を振り、箒が応じる。
 先ほどの恐怖を忘れたいらしい。

「ああ、でも4巻はこっちの世界の人には合わないかも知れませんよ?
 主に男性キャラが活躍する巻ですし、「婦女子を戦場に送り込むなど言語道断」なんて言っちゃう人もいますから。」
「…………本当にこちらの世界とは異質なのですね。」

 バトル要素があり女尊男卑が反映されていない作品は、IS世界では壊滅している為、セシリアは意外そうに言う。
 無論IS台頭よりも以前の小説や漫画、アニメなどならば男性が活躍している物もあるのだが、ラウラが読んでいた「魔法少女 プリティ☆ベル」はそんなに昔の漫画には見えない。
 単行本が明らかに新しいからだ。

「でもこっちの世界じゃISがあるから、男の方こそ引っ込んでろって感じよね。
 ほとんど同じ世界の「インフィニットストラトス」の「一夏」なんて、空回りの仕方が凄かったわよ?
 よくもまあ、あれだけ回りに強さで引き離されてるっていうのに、その格上相手に「守る」だなんて口走れるもんよね。」
「……あの、鈴音さん。
 一応「一夏」のその言い分にも、それなりの筋は通ってるんですよ?」
「「「「へ?」」」」

 少女達には、千早がこんな風に「一夏」を肯定する事は想定外だったので、素っ頓狂な声を上げてしまった。

「いやだって、周りに比べて全然格下なのに、格上相手に守るだなんて、ナンセンスも良いところじゃない?」
「わたくしも鳳さんと同意見ですわ。」
「千早さん、何故筋が通っているのか、詳しく説明してもらえませんか?」
「ええ、良いですよ。」

 そうして、千早は「一夏」の言い分の正当性について解説する。

「まずは……そうですね、少し話は飛ぶようですが、第一次世界大戦の話をさせてください。」
「へ? 第一次世界大戦?」
「ええ。
 かの大戦では夥しい数の兵士が犠牲になり、参加国は戦後、労働力不足に喘ぐ事になりました。
 働き手である男性の多くが戦死してしまったからです。
 ……ですが、もしここで戦っていた兵士の性別が女性で、彼女達が戦死していたとしたらどうでしょう?」
「へ?
 え、と、男の人が沢山死んでしまって働き手がいなくなったんだから、その問題が無くなった、ですか?」

 シャルロットは千早の発言に基いて、とっさにそう答える。
 千早はその答えを受けて、首を横に振ってこう続けた。

「……子どもを生んでくれる女性がいなくなり、とんでもない勢いの少子化が起きるんですよ。
 子どもを生むという事は、僕達男には逆立ちしたって真似できない、女性にしか出来ない事なんですからね。
 更にもう一歩進めれば、確実に少子高齢化になります。
 母親となりうる女性ばかりが少なくなっているという事は、それだけその世代の人数に対して非常に少ない人数の子孫しか残せなくなっているっていう事なんですから。
 そして、年をとるのは数少ない女性と彼女達の夫ばかりではなく、あぶれてしまった男の人達もそうですから、この少子高齢化は相当な物になります。」
「……いや、千早さんなら子どもを生む事は出来るのでは?」

 千早を女体化させる機能が銀華についているので、箒はそう千早に突っ込む。
 しかしそういった余裕があるのは箒だけであり、彼女以外の面々は口を開けて呆然としてしまっている。
 呆然としている代表候補生達を見回した千早は、ジト目でこう言った。

「あの……皆さん、まさか女性には可能で男性には不可能な事って、ISの操縦しか思い浮かばないようになってませんでしたか?」

 千早がそういうと、少女達はビクッと一瞬だけ動いた。
 ……図星だったらしい。
 千早はソレを見てため息をつく。

「ISを動かせるのなんて、ハッキリ言ってオマケもいいところだと思いますよ?
 何しろISなんて、10年前まで影も形も無かった物なんですから。」
「いや、そう言われるとそうなんだけど。」
「……IS装着者として精進する事は良い事だとは思いますけど、あまり兵器になりきりすぎてしまうようなら、ラウラさんのことを笑えませんよ。」
「……肝に銘じておきますわ。」

 千早は彼女達の反省する姿を見て、話を元に戻す事にした。

「まあそんなわけで、本来女性を戦場で戦わせる事は、あまり好ましい事ではないんですよ。
 そこで、たとえ相手が自分より圧倒的に強かろうと女の子である以上、男である自分が守らなければならない、という「一夏」の理屈や、『婦女子を戦場に送り込むなど言語道断』というプリティ☆ベルの理屈が出てくるわけです。」
「……なんか、男尊女卑でも男の命の方が軽くない?」
「立場や状況にもよりますけど、第一次世界大戦のような戦争中であれば、確かに男性の命の方が軽いんでしょうね。
 それに女性は男性と違って子どもを生む事が出来る分、どうしても子どもの養育が男性よりもついて周りやすいですから、その意味でも男性に比べて死ねないと思います。
 俗に母は強しと言いますけれど、その強さは我が子を守っていく為の強さですからね。」
「「…………」」

 千早の言葉に、それぞれ亡き母に違った思いを抱いているセシリアとシャルロットが神妙になる。

「……とまあ、これがトコトン弱い「インフィニットストラトス」の「織斑 一夏」がはるか格上の女の子相手に守るって言ってしまう、その考え方の筋、というより正当性ですね。
 「一夏」本人がきちんとソレと意識して言っているかどうかは「インフィニットストラトス」をちゃんと読んでない僕には断言しかねますが、彼がそういう考え方を持つに至ったバックボーンはこの理屈で間違いないと思います。」
「なるほど。タダの身の程知らずで「守る」って言ってたわけじゃないんだ。」

 そういう鈴音は、千早が見る限り心なしかホッとしているように見えた。

(「鳳 鈴音」も、威勢が良いだけの身の程知らずを好きになってる訳じゃないんだ。
 「一夏」の身の程の知らなさって、ちょっとドン引きモンだったもんね……
 ちゃんとした理由があって「一夏」がああ言ってるのが分かって、良かった良かった。)

 鈴音は心の中でそうこぼしたのだった。

「ところで、これ、随分可愛い絵柄みたいだけど、もしかして千早さんの私物?」

 シャルロットが「魔法少女 プリティ☆ベル」4巻を手にとってそう言う。

「いや、姉さんが土産だと言って置いていった物だ。」
「ふ~~ん。」

 シャルロットはそう言いながら、パラパラとページをめくった。
 ソレを見た途端、焦りだす千早と箒。

「ちょっ」

 だが、遅かった。











===============










 軍服に身を包んだ男達は、裂帛の気迫を込めてこう叫んだ。
「パンツじゃないから恥ずかしくないもん!!」

 その下半身は、何故かブリーフだけだった。











===============










 シャルロットは呆然とする。
 そして慌てて表紙のタイトルとその表紙に隠された中表紙にあるタイトルを見比べようとして……

「い、嫌ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアああああああああああああああああアッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 今、新たに一人の少女に深刻なトラウマが刻み込まれてしまったのだった。

 何事かと鈴音とセシリアがシャルロットに駆け寄る。
 シャルロットは最早失神寸前であり、深刻な精神的ショックを受けているのは一目瞭然だった。

 一方の千早と箒は、シャルロットが何にショックを受けたのか粗方予想がついた。

「予備知識無しで読んで、タダで済むものではなかったんだが……今更遅いか。」

 箒がそう呟く暇もあればこそ、千早がこれ以上被害が拡大しないよう「魔法少女 プリティ☆ベル」4巻とその表紙を回収する。
 その際中表紙を確認し、

「……シャルロットさんが失神寸前になるわけだ…………」

 そのおぞましい絵柄に恐怖したのだった。

「え、ええと、何?
 今、何が起こったの!?」
「……予備知識なしに見てはいけない物を、予備知識無しで見てしまったんだ。
 千冬さんも予備知識なしで読んでしまって、相当なショックを受けていたからな。」
「……どんな内容なのよ…………」

 箒が「予備知識無しに見てはいけない物」と言っている物が「魔法少女 プリティ☆ベル」である事は、鈴音やセシリアにも分かった。
 しかし、ここまでのショックを受ける内容が、あの表紙からはどうしても想像できない。

「……あの、この漫画はですね、35歳男性のボディビルダーが魔法少女になる話なんですよ……」
「「…………はい?」」

 あまりにも魔法少女という言葉からかけ離れた単語を並べた千早に、目が点になってしまう鈴音とセシリア。

 一方、シャルロットは「ボディビルダー」「筋骨隆々」といった言葉に反応してビクッと動いた後

「あ、ああ、ああ、あ、あ、あ、ああ、ああああああああああああああっ!!!!」

 涙を流しながら頭を抱えてイヤイヤと頭を横に降り始めてしまった。
 それを見て、千早はこれ以上シャルロットがいる場で説明するのは拙い、と判断する。
 一方の鈴音とセシリアも同様の結論に達したようだ。

「ど、どうもシャルロットさんの調子が余りよろしくないようなので、あちらで先生に相談してみますわ。」

 セシリアはそういうと、鈴音と一緒になってシャルロットを保健医の所に連れて行こうとする。
 それを見た箒は

「恐らく心理的な物で調子を崩しているだろうから、スクールカウンセラーの方に行ったほうが良いと思うぞ。」

 と、鈴音達にアドバイスをし、鈴音達はそのアドバイスに従ったのだった。










 そして、彼女達が行ってしまったのを見送った千早はこうこぼした。

「やっぱり、劇物でしたね、これ。」
「ラウラさんが平然と読んでいたから油断したな……てっきり1巻ほどショッキングな内容ではないから平然としていたと思ってたんだが。」

 対する箒は千早にこう応えたのだった。















==FIN==


 戦争は民間人の悲哀や兵士の横暴っていうのがクローズアップされがちですが、いの一番に死んでいくのは最前線に行ってわざわざ自分達を殺そうとする敵の所に行ってくる兵士達なんですよね。

 また、男がハーレムを組んで複数の女性に子どもを生ませるのは可能でも、その逆は不可能、という意味でも男の命は女性に比べて軽いです。
 千早にもこの辺の事を言及してもらおうかなと思ったんですが、よくよく考えると千早のキャラじゃないと思って削除しました。

 しかしプリベル……ホント劇物ですよね。
 予備知識の無い人がうっかり表紙を取ってしまったらどうなってしまうのか……まあSAN値チェックは必要そうですねぇ……
 今回のシャルロットはSAN値チェックで豪快に失敗しまった感じです。
 そういやプリベルの敵って……



[26613] タッグマッチトーナメント1回戦
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:ff05419c
Date: 2012/04/04 23:46
 日曜日。
 簪と束は調整を終えた打鉄弐式のお披露目をしていた。

「ほう、これが完成した打鉄弐式か。」
「うん。
 『インフィニットストラトス』だと精密手動誘導が可能なミサイルを同時に複数操作するのが持ち味だったんだけど、そのカーボンコピーだと芸が無いからミサイルの代わりにマニュピレーターを飛ばしてみましたっ!!
 これで沢山の手に色んな種類の武器を持ってオールレンジ攻撃が」

 束がそこまで言うや否や、千冬のネックハングツリーが彼女に炸裂する。

「お、お前は、ピーキーな方向に走るなとあれほど言っただろうがああああっ!!!」
「い、いやでも、彼女は代表候補生だから、ちょっと位無理したって……」
「オールレンジ攻撃がちょっとの無理で済む代物かっ!!!」
「って、いうか、ちーちゃん、ギブギブっ!!」

 束にそう言われた千冬は、彼女を下ろす。

「けほっ、な、なんかちーちゃん怒りっぽくなってない?」
「おかげさまで最近お前のせいで散々追い詰められているからな。
 だいたい何なんだ、あの『魔法少女プリティ☆ベル』というのは。少女でもなければプリティでもないじゃないか!」
「あう……」

 とはいうものの、千冬の心配を余所に当の簪からは意外にも好評であり、彼女の打鉄弐式はこの仕様で行く事と相成った。

「それにしてもギリギリ間に合ったな。」
「? ちーちゃん、どういう事?」

 束が小首をかしげていると、千冬は彼女に答える。

「いや何、この打鉄弐式を使うタッグマッチトーナメントなんだがな、明後日開始なんだ。
 それを知らんとは、私の知らん間に情報を山ほど仕入れてくるお前にしては、珍しい話だな。」
「そりゃ、だって私、ずっとちはちゃん家に居たんだよ?
 物理的に別の世界に居るのに、こっちの世界の事情に詳しくなれるはずないじゃない。」
「確かにそう言われればそうなんだろうがな。
 だが別段隠していた情報ではないんだぞ?
 お前ほどの事情通がソレを知らんというのは、やはり違和感があるな。」
「まあ、やる事っていうかやりたい研究が沢山あったからねえ。
 私の分かっている事しか研究しないこっちの世界の情報なんて、集める気も起きなかったし。」
「ふむ。
 まあ確かにお前の本職は研究者や技術者であって、工作員や情報屋ではないからな。
 こういう事もあるか。」

 千冬は、そう言って自分が口にした疑問に対して納得した。

「所でちーちゃん、話は変わるんだけど。」
「何だ?」
「ちょっとちーちゃんに渡しておきたい物があって…………」










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 そして、とうとうやって来たタッグマッチトーナメント初日。
 「初日」というのは、流石に全試合を一日で消化する事は無理であるためだ。

「『初日』か……」
「ん? どうしたんだ千早?」

 感慨深げに呟く千早に、一夏が声をかける。

「いや何、『インフィニットストラトス』だとこの手のイベントはマトモに進行しないらしい、って話を聞いてるものでね。」

 千早がそう話すと、千早の言葉に応じるようにして、箒が話に加わってきた。
 彼女は千早と違い、実際に『インフィニットストラトス』を読んだ事がある為、具体例を挙げて話をする事が出来た。

「ああ、確かに千早さんの言う通り、1巻のクラス代表戦と2巻のタッグマッチトーナメントは、どちらも最初の試合でぶち壊しにされて終わっていたな。」
「……おいおい、大丈夫なのかよ…………」

 一夏が心配そうに言う。
 その彼に、箒はこう答えた。

「そう心配するな。少なくとも今回のタッグマッチトーナメントでは、『インフィニットストラトス』と同じ状況になる事は無い。
 2巻で起きたトラブルは、もう済んでしまったVTシステムの暴走だったからな。」
「へ? そうなのか?
 それじゃあ、同じ事は起きないってことか。」
「……それで恙無くトーナメントが進行するとも限らないけれどね。」

 千早はそう言って、束が送り込んだ覚えが無いと言っていた無人ISの事を思い浮かべる。

「それにしても、今回のトーナメントって、試合直前までトーナメント表に誰と誰のタッグなのか出さないんだな。」
「何らかの配慮があってやっていることなんだろう。」
「箒さん、少なくとも『次はどこの誰が出てくるんだろう』って思わせる効果はありますよ。
 ショーマンシップ的な観点から見れば、そう悪くは無い手法だと思います。」

 一夏、箒、千早がそんな事を言っている間に、一年生の部第一試合がまさに始まろうとしていたのだった。










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 所変わって、織斑家。
 ここでは、束がIS学園をハッキングして得たタッグマッチトーナメントのリアルタイム映像を束や妙子、史といった御門家の人々が固唾を呑んで見守っていた。

「……あれ? 第一試合はいっくん達の試合じゃないんだ?」

 束が拍子抜けした調子でそう言う。
 必ずといって良いほど最初の試合に『織斑 一夏』が出ている『インフィニットストラトス』を読んでいた束には、この展開は少々意外だった。

「ま、いっか。トーナメントにエントリーしている以上、どーせいつかはいっくん達が出てくるわけだし。」
「……それにしましても…………」
「ん? どーしたのふーちゃん。」

 史はやや辛そうな顔をして呟く。

「IS学園というのは、やはり軍学校なのですね。
 皆様、お互いにご友人の筈ですのに、いくらシールドバリアに守られているとはいえ、そのご友人に向かって高い殺傷力を持った実銃を発砲してしまえるなんて……」
「むー、そこなんだよねえ。
 昔は職業軍人の人が生徒としてやってきてたから、その辺の事も軍事訓練だってちーちゃん納得してたけど、今の女子高化しちゃったIS学園でだと、ちーちゃんにも思う所があるみたい。」
「そうなのですか……」

 『IS学園とは、戦闘技術を身につけるための学校だ』と頭で分かっていても、やはりこのように代表候補生ではない普通の少女に見える一般生徒達が戦闘行為を行っている様子を見るのは、彼女達が少年兵……というより少女兵に仕立て上げられている様子を見るようで、あまり気分の良い物ではない。
 勿論、彼女達が兵士になると言う強固な意志の下、IS学園への進学を決めたと言うならば妙子や史にも文句は無いのだが、そう考えるにはIS学園生は余りにも普通の女子高生過ぎている。
 世界最高のエリート校という餌で釣り上げた少女達を兵士に仕立てている、その訓練風景を見ているようで、ISがステータスシンボルではない世界の住人である妙子や史にはいたたまれない光景のように見えてしまっていた。

 そんな学校に千早を放り込んだ束にも思う所は無いでもないが、それ以上にIS学園で兵士へと変貌してしまい、その事に全く疑問を感じていないであろう少女達の事が気の毒でならなかった。

 そして……結局一夏と千早が出てきたのは、トーナメントの最後の最後であった。










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 一夏と千早の試合……の直前に、箒達の試合があった。
 そのカードは「箒+簪 VS 鈴音+セシリア」。
 結果は……箒達の勝利であった。

 単純に簪が4人の中で最強だった事に加え、逆に最弱の箒が分をわきまえてサポートに徹したのが上手くはまった形だった。
 逆にお互いの技量が近い鈴音とセシリアは互いに我が強すぎ、機体特性が見事に前衛向きと後衛向きとに分かれていたにもかかわらず、上手い具合に連携する事が出来ずに敗北してしまったのである。

 もっとも、打鉄弐型のマニュピレータによるオールレンジ攻撃がブルーティアーズのソレの上位互換であったり、紅椿の性能が他の機体を圧倒していた点も敗因ではあるのだが。

「くうっ、わたくしがBT兵器を使いこなし、レーザーを屈折させる事ができてさえいれば……っ!!」
「そんな面倒な演算しながらあのオールレンジ攻撃を避けるつもりか、お前は。」
「はぅ……」

 とはいえ、光の速さのレーザーによる曲射が可能になれば回避は事実上不可能だろう。
 そう考えれば確かにブルーティアーズは強いのだが……如何せん、標準的な火力のレーザーライフルを一々複雑な演算をしながら発砲していては、打鉄弐型相手ではどうしても手数で押し潰されてしまう。
 機体同士の相性は最悪に近かった。

「まあ技量的には、お前達の方が篠ノ之よりも圧倒的に上なんだ。
 いち早く篠ノ之を倒して2対1に持ち込めれば、お前達から見て格上の更識が相手でも勝ち目はあった。
 お前達がもう少し連携できていれば、出来ない話ではなかった筈だぞ。
 もう少し協調性という奴を身につけておくんだったな。」
「「はい……」」

 鈴音とセシリアは同時に頷いた。

「さて、次が1回戦最終試合か……」

 カードは「一夏+千早 VS ラウラ+シャルロット」

「単純に力量差を考えれば、ボーデヴィッヒ達の勝ちだが……」
「いや、一夏達のあの高機動で連携なんかされたら、彼女達でもどうしようもなくないですか?」
「まあ、そうとも考えられるか。」

 どう転ぶか分からないと言う意味では、好カードと言って良かった。










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『さて、いきなり面倒な連中にぶつかったものだな。』
『1対1なら確かに僕達の方が強いと思うけど、タッグマッチだからねぇ。』

 無論、準軍人である代表候補生のシャルロットとベテラン軍人であるラウラは、連携の為に必要な訓練を充分以上に受けている。
 だが、IS戦闘を前提として、特定の相手との連携に特化したかのような訓練を日夜繰り返している一夏達を相手に、IS戦闘で連携能力を競うというのであれば、相手の土俵で戦う事になると認識せざるを得ない。

『分かっていると思うが、連中の高機動を連携と組み合わされては、こちらのアドバンテージである技量差が埋められてしまいかねん。
 間違っても奴等を格下などとは思うな。』
『思わない思わない。』

 そう話しているラウラとシャルロットの前に、一夏と千早が出てくる。
 体格的には一夏達の方が大柄なはずなのだが、ISのサイズが違いすぎる為、ラウラやシャルロットの方が大きく見える。
 これは、以前のクラス代表選考戦でも同様だった。

 一方の一夏+千早組も、対戦相手であるラウラ達を警戒している。
 マトモに技量を見比べれば、代表候補生として訓練と言う名の生き地獄を年単位で味わっているであろう彼女達と、ほんの数ヶ月までは一般人であった自分達の差は、比較するのも馬鹿らしいほど大きい筈だからだ。
 実際、2人ともクラス代表選考戦でその実力差の片鱗を味わっている。

『まったく、2人とも他の一年生達よりずっと強いのに良くやるよ……』
『そういう事言っても仕方が無いだろ。
 それにラウラの奴なんて、いつでもどこでもガチで勝ちに行く気質だろうし、それなら強いパートナーを誘って磐石の戦力を整えようとするだろうよ。』
『まあ、そうだろうね。
 で、どうするんだい、一夏。』
『そりゃ各個撃破しかねーだろ?
 マトモに2対2で戦ったりしたら、俺達なんてなす術なく惨敗するしかなくなるぞ。』
『だよねえ……問題は、向こうもソレを十二分に分かってるって事だけど……』
『こないだみたいな作戦は、即興じゃ無理だぞ。』
『……大体、二度も引っかかってくれないって。
 これはなるようにしかならないかもね。』

 千早は息を整えてラウラ達と対峙し、一夏もそれに習う。
 そうして、試合が始まった。

 その瞬間、ラウラとシャルロットは一夏達目掛けて弾幕を張る。
 ラウラはシャルロットから貸し出されたらしいアサルトライフルをレールガンとともに発砲し、シャルロットも広い範囲をカバーするべく誘導式ミサイルランチャーを使用している。
 勿論、2人ともこれで一夏達が被弾するとは思っていない。
 この弾幕は、一夏対ラウラ戦の時のように、一夏達に待ちをさせないための物だ。

『冗談じゃねえ。
 どんなに複雑怪奇に機動して見せても、あいつ等2人とも俺達2人の動きを完全に把握してやがる。
 やっぱり俺達みたいな常人と、シャルロット達代表候補生やラウラみたいな生物兵器じゃモノが違うみたいだな。』
『分かってたつもりだったけど、やっぱり高機動によるかく乱は不可能って事か……』

 防戦一方の一夏達は、機動力によるかく乱が全く通用しないラウラ達相手に攻めあぐねる。
 一方で、攻勢に出ているラウラ達にも焦りはある。

『こいつ等、前より速くなったとは聞いていたがここまでとはな。』
『2人ともこっちが撃ってる弾丸より速く動いてるから、偏差射撃しているつもりなのにロクに当たらないよ。』
『それより連中に接近された時のカウンターが、僅かだが難しくなっている方が厄介だな。
 それだけで向こうの勝ち筋が大分大きくなっているぞ。』
『出来れば早いうちに各個撃破したいよね。
 今はまだ向こうの動きを何とか把握できているけど、こんなのずっと続けてたら、こっちの神経が持たないよ。』
『そうだな……』

 恐らく一夏達の攻撃は、2人同時に自分達のうち片方に襲いかかり、ほんの僅かにタイミングをずらして命中率を上げる時間差攻撃だろう。
 ラウラ達はそうあたりをつける。
 ならば、その時にAICで片方の動きを止めて、その瞬間にしとめてしまうのが良いだろう。

 その場合、狙うべきは……

『雪片弐型が厄介な織斑一夏を仕留めるぞ。って普通に考えればそうなるよな。』
『そこで更に裏をかいて僕を狙うんじゃないか、っていうのかい?』
『ああ。何だかんだ言って、俺には前にAICを見切られちまった事があるからな。
 勿論、シャルロットのサポートやら何やらがあれば、俺をAICにひっかけるなんざラウラにとっちゃ朝飯前なんだろうけどよ。』
『とはいえ、片方をAICで止めた瞬間に、もう片方からの攻撃は必ず受ける。
 そう考えるなら、甘んじて攻撃を受けても一撃必殺で倒れてしまわない僕の方を残すんじゃないか?』
『んじゃあ、やっぱり狙われるのは俺の方か?』
『可能性が高いのはね。』

 一夏達はラウラ達の偏差射撃の嵐をなんとか掻い潜りながら、彼女達の戦術を予測し、その攻略法について話しあう。
 距離をとっている現状はラウラ達に圧倒的に有利な状況だが、被弾率の低下を考えれば一夏達にとってもそう悲観すべき状況ではない。
 いくら一夏達には接近戦しか出来ないとはいえ、その接近戦においてラウラやシャルロットの方が一夏達より圧倒的に強いのだ。
 よほどしっかりした戦術を組み立てた上でなければ、迂闊に接近するのは自殺行為だった。

 そしてそれはラウラ側も承知の上である。

『自分達が凄く弱いって思い込んでるからだろうけど、一夏達の戦い方って随分慎重だね。』
『ああ。その分打って出た時には、必ずその裏に必勝の策を潜ませている筈だ。
 対応を誤れば、即敗北に繋がるだろうな。』

 ラウラはかつての敗北を思い浮かべてシャルロットに応じる。

『まったく面倒な奴だ。
 弱いくせに自信過剰な『織斑 一夏』とは、ここだけは似ても似つかないな。』
『うんうん。で、どうするの?』
『こちらからは打って出ようが無いだろう。連中のスピードで逃げられたらソレまでだ。』

 その為、ラウラ達は常に迎撃を強いられる。
 技量差では埋める事が出来ない、超高機動型ISを使用している一夏側の大きなアドバンテージだ。

 とはいえ、打って出た瞬間に迎撃されてはソレまでである。
 一夏達はラウラ達が充分過ぎるほどの迎撃の用意を整えていると考えているのか、一方的に撃たれる遠距離から距離を縮めようとしていない。

『だが近いうちに連中の方から仕掛けてくるな。』
『どうして? 僕、もう2人同時に動きを把握するのが大分辛くなってきてるんだけど……』
『連中はそう考えないだろう。
 おそらく、平然と自分達の動きを把握されていると思っているはずだ。
 連中は代表候補生というものを、私のような生物兵器か強靭な超人兵士だと考えているようだからな。』
『だから消耗狙いは無いってこと?』
『ああ。スタミナ勝負に持ち込まれたら自分達の方が不利だと考えている筈だ。』

 この辺りのラウラの読みは、完全に正解である。
 だが、一夏達はラウラの読みに薄々気付いた上で、代表候補生への過大評価ゆえに動かざるを得なかった。

 それは刹那の交錯だった。実時間にして1秒にも満たない間の攻防。

 一夏と千早は、一夏の方が先行する形で時間差攻撃をラウラに対して仕掛けると見せかけておいてから、先に千早がラウラに仕掛ける。
 とっさにラウラは対一夏用に準備しておいたAICで千早を拘束、その瞬間を狙ってシャルロットが千早に向かってバズーカ砲を発砲。
 それよりほんの僅か前にAICで静止させられた筈の千早からの衝撃拳がラウラに炸裂、虚を衝かれたラウラは体勢を崩し、後からやって来た一夏にその隙を衝かれてしまう。
 絶対防御強制発動により一気にシールドエネルギーを削がれてしまったラウラは、体勢を立て直す間もなく畳み込まれて戦線離脱。
 後には2対1という構図だけが残されたのだった。










 結局、シャルロット一人では一夏達相手には分が悪く、そのまま彼女達は敗北し、一夏達の二回戦進出が決まったのだった。










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 試合後、戦っていた4人は顔をつき合わせて反省会を開いていた。

「すまん、私の判断ミスだ。」
「いや、そっちにショットガン渡してなかった僕の方にも非があるよ。」

 終わってみて改めてあの攻防を思い返すと、千早は明らかに「AICで拘束される」という状況を狙っていた。
 AICで動きを拘束している間は、拘束された側にとってもラウラは止まっている。
 四肢を動かさずに攻撃する方法があるのなら、むしろラウラを狙い撃ちにし易い状況であるとも言える。
 もっとも、『インフィニットストラトス』においては、『ラウラ』がAICで拘束された『甲龍』の衝撃砲を未然に防いでいた。
 しかし、それは『甲龍』の衝撃砲があまり速射性に優れていない為だ。
 高機動戦闘に使用される銀華の衝撃拳が、速射性に優れた代物である事は、考えるまでも無かった。

 だが、前回千早と戦った時には充分な距離を置いてAICで拘束できた事と、銀華にアンロックブレード・銀氷が追加装備された事もあって、ラウラの意識内での衝撃拳の影が薄くなり、警戒心が弱くなってしまっていた。
 それでも対戦相手が千早一人であれば前回同様に充分な距離を置いた上での拘束ができたのであろうが、今回は千早にばかり神経を向ける訳にも行かず衝撃拳の射程内に入ってしまったタイミングで千早をAICで止める事になってしまったのだ。

「いやあ、でも賭けだったんだぜ?
 もう少し離れた場所で千早を拘束されちまったら、シャルロットじゃなくて俺の方が数的不利を抱えて戦う羽目になってただろうからな。」
「シャルロットさんのバズーカだって、凄く早かったじゃないですか。
 もう少しで、衝撃拳を放つ暇も無くやられてましたよ。」

 一夏と千早は勝ってなお、ラウラ達の方が自分達より強いと実感して、そう言った。
 ちなみにシャルロットのバズーカは千早に直撃しており、千早のシールドエネルギーの大半を削り取っていた。
 その為、先ほどのタッグマッチでは、千早もまた撃墜判定を受けている。
 もっとも、千早は撃墜判定と引き換えに一夏がシャルロットに付け入るチャンスを作り、それが勝負の決め手になっていたのだが。

「それにしても……」
「? どうしたんだ、ラウラ。」
「いや、何も起きんな、とな。」
「『インフィニットストラトス』の事か?」
「ああ。『インフィニットストラトス』では、この手のイベントは必ずといって良いほど緒戦で潰されると聞いていたからな。」
「じゃあ、やっぱり何も起きないのかな?」
「……だと良いんだがな。」

 そう呟くラウラの脳裏には、タッグマッチトーナメント開始直前の千早同様、束が作った覚えが無いと言っていたらしい無人ISの姿があったのだった。










==FIN==

 ええと、長らくお待たせしてすいませんでした。
 いよいよタッグマッチトーナメントの開始です……もう一回戦が全部消化されちゃいましたが。

 ちなみに専用機持ちが最後の方で戦っていたのは、専用機持ちの出番を遅らせる事で一般生徒が実力差の前に萎縮してしまう時間を少しでも短くする為の処置です。
 対戦相手カードをギリギリまで秘密にするのも同様の理由から。まー、ちーちゃんが言っていた理由もないわけじゃないんですが。
 また、専用機持ちをトーナメント表の端っこに纏めて潰し合わせる事で、一般生徒達が専用気持ちに瞬殺されてしまう頻度を抑える目的もあります。

 ちなみに、今回は一夏+千早の方が、ラウラ+シャルロットに勝ってますが、この4人の実力差は
 一夏<千早<<<<シャルロット<ラウラ
 ってな具合で、ラウラやシャルロットの方が大分強い筈です。
 一夏と千早は毎日タッグマッチ用の訓練をしているようなものでしたので、連携能力の差で技量差を埋めた形での勝利でした。

 次回は2回戦になります。



[26613] ルート確定 ヒロインの皆様、再チャレンジをお待ちしております(前)
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:ff05419c
Date: 2012/06/02 22:29
 火曜日は月曜日に使用したISの整備が行われた為、タッグマッチトーナメントは行われず、その代わりに座学の授業が行われた。
 そしてタッグマッチトーナメント2日目となる水曜日。
 この日は、2年と3年の1回戦が行われていた。

 1年生で芽が出なかった生徒は2年に上がると同時に整備科に回されてしまう為、2年と3年は1年に比べてタッグマッチトーナメントに出場する者の人数が著しく少なく、2学年まとめて試合を行っても1年生と同程度の試合数となる。
 その為、2学年合同で1回戦を行っても、1日で全試合を消化できるのである。
 なお、整備科には芽が出なかった生徒ばかりではなく、あえて整備科を選択した生徒もいたりする。

 1年生達は、部活や代表候補生仲間の先輩など、思い思いの相手を応援しながら、全体的に1年よりも高レベルな上級生達の試合を観戦していた。




 そんな中、一人の女生徒がある懸念を抱いて呟く。

「今の所は『インフィニットストラトス』の1巻や2巻のようなトラブルは起きていないけれど……本当にこのまますんなり終わってくれるのかしらね……」

 彼女の名前は更識楯無。
 17歳にして国家代表の一角、しかもロシアという大国の国家代表を任されている才女である。
 国家代表だけあってその戦闘能力は凄まじく、彼女相手に勝ち目があるのは、教員の中でも極少数。
 彼女と同じ2年生達では全くお話にならない為、彼女は今回のタッグマッチトーナメントには出場していない。
 そんな彼女は、外部から各国のIS関係者が集まっている学園内での警備に駆り出されていた。

「? 何か言ったかね?」
「いえ、単なる独り言です。お気になさらずに」

 楯無は今回の護衛対象であるIS関係者の一人にそう応え、気持ちを切り替えて、試合を観戦する彼等の警備に神経を集中させる事にした。

 その為……この日にあった異変に対し、彼女の対応は非常に遅れてしまう事になったのだった。











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 事の発端は、一夏と千早がIS学園の敷地のはずれにある男子用トイレに向かった帰りの事だった。

「まったく、普段は俺達しかいないとはいえ、今回のタッグマッチトーナメントみたいな時には外部から男が沢山やってくるんだから、もう少し男子用トイレを増やしてくれてもいいじゃないかよ」

 一夏はそう言ってため息をつく。

 基本的に女子校であるIS学園には、男性用トイレが非常に少ない。
 しかもその数少ないトイレには、外部からの男性来賓によって長蛇の列が出来上がっていた。
 一夏達はIS学園の広すぎる敷地内を、使える男性トイレを探して歩き続け、ようやくアリーナから一番遠いトイレで用が足せるようになった時にはかなり切羽詰っていた。
 その為、もっと男性トイレが欲しいという一夏の一言には、普段よりも更に重い実感が込められていた。

「まあ、ここは基本女子校だからねえ……」
「それにしたって、こりゃねーだろ。
 別にトイレに行きたかった訳じゃないお前にだって、俺が結構ピンチなのは分かってただろ?」
「う~ん、まあそれはそうだけどね」
「……大体千早。お前、何でこんな時にもわざわざ俺に付き合ってくれるんだ?」

 一夏はふと脳裏を掠めた疑問を千早に投げかける。

「僕達男性IS装着者の単独行動は危険だ、と思ったからだよ。
 特に、今日や一昨日は、外部から沢山人がやってきているから、なおさらだ」
「……確かに男性IS装着者ってのは、相当な珍獣だもんな。
 工作員を使ってでも手に入れたい、って考える奴がいてしかるべきか。
 んでもって、もし女生徒の中にどっかの工作員でも混じってたりしたら、俺達の実力じゃそいつに襲われた時点で詰みだわな。
 でも2人で行動してれば、どっちかが襲われてももう一人がISで対応できるって訳か」
「そういう事」

 工作員の強さを非常に強大に想定している一夏達は、自分達の実力と工作員の実力差をウサギ対ヒグマ程度に考えている。
 その為、たとえ工作員が10歳にも満たない幼い少年であろうとも、何かをされる前にISを出して有無を言わさず叩き殺さなければ、自分達の敗北はまず動かないと想定している。
 もっとも、それを全く躊躇無く実行できるかどうかと言われると、かなり怪しいと本人達も思っているのだが。

 この一夏や千早の想定は、いくらかは考えすぎの部分もある。
 しかし、これだけ用心深く構えている一夏だからこそ……

 キィィィィ……ン

 どこからともなく一夏目掛けて飛んできた狙撃銃用麻酔弾を、部分展開の要領で展開しておいたシールドバリアによって弾き返す事ができたと言える。

「「っ!!!」」

 シールドバリアが麻酔弾を防いだ瞬間、一夏達はISを展開し、弾が飛んできた方向に注意を向ける。
 ハイパーセンサーによって強化された二人の視覚は、その先にいる狙撃銃を構えていた女性の姿を明確に捉えた。
 顔は狙撃銃に阻まれてよく見えない。

(女の人の工作員!)
(……ってぇ事は、ISを持っていると考えて良い訳か)
(マトモにやりあえば、二人がかりでも勝ち目は薄い)
((となると、ここは……逃げの一手だ!!))
 
 一瞬の内にそこまで判断した一夏達の周囲の空間が歪む。
 そして、二人は忽然と姿を消してしまったのだった。




 一方、一夏を狙撃した女性は嘲るような笑みを浮かべていた。

「あの女が作った、ISの展開に反応して空間を歪めるトラップ……か。
 まさか、こうもアッサリ嵌める事が出来るとはな。
 人間が路傍の石に見えるコミュニケーション障害者に行動パターンを把握されるとは、とんだマヌケもいたものだ」

 彼女はそう呟くと、赤いISを展開させて自ら空間の歪みの中へと消えていったのだった。











===============









「なっ、ここは……って、呆けている場合じゃないか!!」

 一瞬前までIS学園にいたはずの一夏と千早は、地面も太陽も存在しない中空にいた。
 何もないかのように見える空間の中、はるか遠方に見える人影は、驚いた事に一夏と千早自身のようだった。

 明らかにただ事ではないこの事態、タイミングから言って先程狙撃した女性か、彼女とつながりのある敵の差金であることは明白だった。
 一夏はその事に気づいて、気を取り直す。
 千早の方は、いきなり見知らぬ場所に連れ去られた事はこれが初めてではない為、一夏より早く神経を研ぎ澄ませている。

 そして。

「一夏っ!!」
「つっ!!!」

 忽然と姿を現したISを身につけた女性から放たれた光弾に反応して、咄嗟に避ける。
 最初は直進していた光弾は突然ホーミングして一夏達を追い回したが、全て振り切られて着弾することなく自然消滅した。
 当面の攻撃を凌ぎ切って、敵の姿を確認した一夏達は絶句した。

「アイツか……って、なっ!?」
「ISネーム『紅椿』? それにあの顔はっ!!!」

 二人の前に現れた敵。
 それは『紅椿』を身に纏った、千冬に瓜二つの女性だった。
 一夏の記憶の中にある高校生時代の千冬が、まさに今回の襲撃者と全く同じ顔である。

 驚く二人に、襲撃者は『紅椿』の展開装甲からの光弾や雨月からのレーザー光、空裂からのエネルギー刃を浴びせかけてきた。
 我に返った一夏達は回避機動を再開させる。
 しかし直進、不規則なカーブ、ホーミングと多様な軌道を描く光弾による濃密な弾幕は、一夏達の技量ではとても避けきれるものではない。
 その事が分かっている襲撃者は、弾幕によってシールドエネルギーを根こそぎにされ、戦闘不能になる一夏達の姿を想像して嗜虐的な笑みを浮かべた。

 だが。

 千早は小刻みに広範囲かつ短射程の衝撃拳を連発する事で光弾の群れを相殺し、一夏がその影に隠れる事で攻撃を凌いでいた。

「お前、こんな隠し球があったのかよ?」
「アニメとかじゃあ、空間制御は防御に使うのがお約束だったからね。
 一人で訓練している時に試してみてはいたよ。
 とはいえ、今の状況はぶっつけ本番に近いけどね」
「一昨日のラウラ達との戦いに使わなかったのはどうしてだ?」
「衝撃拳が攻撃に使えなくなるし、やる事が増えるから、どうしても機動が甘くなるんだ……って、向こうにそれを感づかれたか!」

 『紅椿』を身につけた刺客はふとした瞬間に砲撃をやめたかと思うと、銀華もかくやという高速かつ異様な機動で一夏達に迫って来た。
 よく見ると、展開装甲をブースターの代わりにしているようだ。

 一夏と千早は全速で彼女から離れようとするが、そこへ空裂のエネルギー刃や雨月からのレーザー光が襲いかかり、直進的にバックする事ができないよう牽制されてしまった。
 ならばと、襲撃者に向かって接近戦を挑もう、という考えが一夏の脳裏をかすめるが、彼我の実力差から言って、そんな事をしようものなら鎧袖一触にされてしまう事は目に見えている。
 もし万が一、襲撃者の実力が自分達と同程度の極めて低い水準だったとしても、全身の展開装甲から放たれる光弾の群れが、まるで至近距離からのショットガンのように避けようがない弾丸の壁となって襲いかかってくるのは必定だった。

(くそっ、このままじゃマジでジリ貧だ!)
(何か、打開策はないのか!?)

 決め手を欠き焦れる二人を、襲撃者はじわりじわりと追い詰めていく。
 膨大なエネルギーを消費するはずの光弾の弾幕を放ち続けているにもかかわらず、全くエネルギーが逼迫している様子がない所を見ると、この襲撃者は『紅椿』の単一仕様機能である絢爛舞踏を使いこなしていると見るべきだった。
 つまり……彼女が身に纏っている『紅椿』には、エネルギー切れが存在しないと考えられる、という事だ。

 襲撃者は余裕の笑みを浮かべながら、一瞬たりとも攻撃を途絶えさせるような事はしない。
 そして夥しい数の光の弾丸によって、一夏達から襲撃者の姿が見えなくなった頃。

「!! 千早っ、正面!!」
「前からも弾幕!? まさか空間がループしているのか!!」

 千早は背後の襲撃者からの弾幕を防ぎつつ、新たに正面から襲ってきた弾幕を衝撃で相殺する。
 その次の瞬間、背後にいたはずの襲撃者が光弾の群れに紛れて正面から肉薄し、凶刃を振るう。

「「っ!!!」」

 ただでさえ彼我の実力差がある上、不意をつかれた事もあって、一夏は襲撃者が振るった空裂を雪片弐型で受ける事ができずに直撃を喰らい、返す刀で千早も斬って捨てられてしまった。

 IS装着中という事もあって、二人は絶対防御により一命を取り留めるが、この時の衝撃から立ち直る余裕を襲撃者が与えるはずもない。
 襲撃者は二人を斬った瞬間に、ホーミングする光弾の弾幕を全身の展開装甲から際限なく吐き出して追撃に使った。
 いかに普段、最大相対速度が時速2000Kmを超える事もある模擬戦も行っている一夏や千早であっても、これには反応しきれるはずがない。

「「う、うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」」

 白式と銀華は、なす術もなくシールドエネルギーを全て削り尽くされてしまった。

 ……そのハズだった。


「さて、こんなものか」

 一夏達二人を蹂躙した襲撃者は、今しがた戦闘不能にした一夏を小脇に抱えると、微かな殺気に気付いて一夏を放り捨てた。
 それと同時に、彼女と一夏の間に雪片弐型が忽然と姿を現す。
 あのまま一夏を抱えていたなら、柄を一夏に、刃を彼女に押し付ける形で雪片弐型が出現し、『紅椿』の絶対防御が発動していた所だった。
 一夏はこの一撃のために、ほんのわずかなシールドエネルギーを一時的に別のエネルギーとしてプールしておいたのだが、襲撃者の方が一枚上手だったようだ。

「くっ!!」
「浅知恵を!!」

 もはやマトモにエネルギーが残っていない一夏にダメ押しの光弾を浴びせる襲撃者。
 その瞬間、白式は一夏の体から弾かれるように吹き飛んでしまった。
 自らと引き換えに一夏を守ったということらしい。

 襲撃者は、完全に抗う力を失った一夏の頭を、『紅椿』のマニュピレーターで鷲掴みにする。

「さて、私と一緒に来てもらうぞ」
「ど、ド畜生……俺ってば、また誘拐されちまうのかよっ!」

 かつての誘拐事件で千冬を心底心配させた事を思い出し、忌々しそうにそう吐き捨てる一夏。
 その一夏に、襲撃者は意外な言葉を投げかけた。

「いいや、貴様が誘拐されるのは、これが初めてのはずだ」
「なっ!?」

 驚愕する一夏に対して、襲撃者は話を続ける。

「貴様は一度誘拐された、と思い込まされているだけだ。
 これから連れて行く先で忌まわしい真実を、お前の呪われた出自を知って絶望の中で死んでいけ。
 私のクライアントは、それがお望みだそうだ」
「じょ、冗談じゃねえ……」
「今更そんなことを言っても遅い。
 死ぬのが嫌だったなら、今の戦闘で私に勝つんだったな」

 しかし、だからといって「はいそうですか」と納得する者などいない。
 一夏は、何か逆転の目はないかと考える。

 それは、シールドエネルギーを全て失い、浮遊しているのが精一杯の状態で、一夏と襲撃者のやりとりを聞いていた千早も同様だった。

 すると、以前にも感じた覚えのある感覚、否それに近いが違う感覚が一夏と千早を包む。
 ISとの繋がりが極端に強かった初めて白式や銀華に触れた時の感覚と、一次移行の時の感覚を足して2で割ったような感覚。
 白式や銀華から、一夏や千早に向かって語りかけてくるような感覚。

 力尽きたはずの白式や銀華が、蘇り再び力を貸してくれようとしているのが分かる感覚。

 そして、それに気づいたのは、一夏達だけではなかった。

「ここに来て、二人揃って二次移行だと?
 だが、そんなものを待ってやるほど、私はお人好しではないぞ」

 銀華が変貌しつつ修復され、吹き飛んだはずの白式が全く新しい姿に再構築される中、襲撃者は再び全身から光弾を発砲しようとする。

「させるか!!」

 そう言って突っ込んできた千早に対して、襲撃者は一夏を盾にする。
 結果、千早は再構築されつつある白式を身に纏った一夏に体当たりする形になってしまう。

 ……が、それが転機となった。

 変貌を遂げた半月・上弦と半月・下弦が、同調するように大量の光の粒子を吐き出して、一夏、千早、襲撃者の意識を光に満ちた空間へと誘ったのだ。














====================













「「「っ!!!!!」」」

 三人の意識が戻った時には、もう既に白式と銀華の二次移行は完了していた。
 一夏と千早も、光に満ちた空間の作用によりISと深く同調していた為、新たな白式と銀華、否、白式朧月と銀氷銀華の新しい力とその使い方を、頭でなく魂で理解している。

「太陽炉っ! まさか本当に実現できるなんて……っ!!」
「いいからトランザムが発動している間にケリをつけるぞ、千早!!
 多分もう、長くは持たない!!」

 何故半月・上弦と半月・下弦が太陽炉に変貌したのか、ましてや量子空間を形成したのかは分からない。
 特に量子空間の形成は、もし機動戦士ガンダム00の設定通りだと考えるならば、ツインドライブ用に作られた機体に太陽炉を2基載せなければ発生しない現象のはず。
 別々の機体に載せられた太陽炉が同調して量子空間形成を行う事など、ないはずである。

 しかし今はそれを考えている時間はない。
 既に白式朧月と銀氷銀華は、トランザムの赤い粒子を身に纏っている。
 トランザムは制限時間付きのパワーアップである上、時間切れによって今度はパワーダウンをもたらしてしまう。
 その為、トランザムが時間切れになる前に襲撃者を、織斑マドカを打倒できなければ、再び彼女に敗北してしまうのは目に見えていた。

 考えるのは後回しにして、マドカ打倒を優先するべきだった。

「ちぃっ、息を吹き返したところで、雑魚は雑魚!
 もう一度始末するだけだ!!」

 マドカは気を取り直して、再び一夏と千早を戦闘不能にしてしまおうと、弾幕を張りながら一夏達に襲いかかる。
 しかし、白式朧月の腕部、脚部、両肩から剥離して展開されたGNプラネイトディフェンサー「朧月」と、銀氷銀華のより簡便に使用できるようになった空間制御能力による湾曲空間障壁が、弾幕を難なく弾き返す。

「何!?」

 そして二次移行によるスペックアップとトランザムにより、ただでさえ非常識だった白式と銀華の機動力がさらにとんでもない事になってしまっている。
 具体的に言えば、時速10Km~マッハ3前後の範囲で速度を乱高下させつつ、小刻みな鋭角機動を行っているのだ。

「馬鹿な! 有り得るのか、こんな機動が!!」

 驚愕するマドカに、一夏と千早の息の合ったコンビネーション攻撃が迫る。
 マドカは一夏が振るった雪片弐型と千早が繰り出した大型のアンロックブレードを両手の刀で受けつつ、様々な角度から襲い来る5つもの千早のアンロックブレードを展開装甲から展開した防御用エネルギーフィールドで受け止めた。

 その瞬間、反撃に転じようとしたマドカに対して、千早からの追撃の衝撃砲が直撃し、彼女は一瞬だが怯んでしまう。

「しまっ……!!」

 その一瞬の怯みさえあれば、一夏にとっては充分。
 一夏は零落白夜で彼女を斬り、『紅椿』のエネルギーを完全に枯渇させてしまった。

 零落白夜による刀傷から、それなりの量の血を流すマドカ。
 今すぐ命に別状があるほどの深手ではなかったものの、決して放置して良い軽い怪我ではない。
 彼女の戦闘能力を喪失させるには、充分な傷であった。

「さっきお前が言った通り、生きるために勝たせてもらったぜ」
「ぐっ……」

 一夏&千早対マドカ、2度目の戦いを制したのは一夏たちのほうだった。
 そして、一瞬の勝利の高揚から冷めるのに合わせるかのように、白式朧月と銀氷銀華のトランザムも時間切れを迎える。

 二次移行とトランザムによって命拾いをしたはずの一夏と千早。
 しかし戦闘終了後の二人の顔色は優れない。
 一夏の場合は、自分の手で襲ってきた敵とはいえ、千冬にそっくりな血の繋がった女性に刀傷を負わせてしまった事によるショックもある。
 だがそれよりも、太陽炉によって発生した量子空間によって、マドカの言っていた「忌まわしい真実」の一部を垣間見てしまった衝撃の方が大きかった。

「しっかしよ……さっき見ちまったのが、お前が言ってた忌まわしい真実ってやつかよ。
 俺は、偽物の織斑一夏って…………クソが……
 通りでガキの頃に比べて、今の俺がクソ弱いわけだよ……ガキの頃の俺と今の俺は根本的に別人ってことなら、そりゃ強さの齟齬ぐらいあるわな……
 しかも、本物があんな事になっちまって……俺の、せいかよ……」
「…………一夏……」

 自分は本物の織斑一夏ではない、という現実に打ちのめされている一夏を、千早は見守る他なかったのだった。
 一夏に対して何一つしてやれることのない千早は、もう一人いる人物に話しかけた。

「……マドカさんでしたっけ。
 その怪我を抱えたまま、この空間に居続けるわけにもいかないでしょう。
 脱出方法を教えてください」

 マドカはわずかに逡巡するが、今すぐ死んでしまうほどではないとは言え、彼女が負っている刀傷は決して小さな切り傷などではない。
 長時間の放置は非常に危険だ。
 なので、彼女は素直に白状する事にした。

「……この空間には、綻びがある。
 その綻びを通じて、外にある空間を歪める装置に『紅椿』から指示を出す事ができる。
 完全には私の事が信用できんのなら、貴様のISにある空間制御システムを使えばいい。
 その場合でも、問題なく脱出は可能だろう。
 綻びの場所は、私が指示する」
「分かりました。
 ……行こう、一夏」
「……ああ」

 千早は口で一夏に話しかけた直後、プライベートチャンネルで一夏に続きを話す。

『それと、脱出できたら、そのまま千冬さんの所に直行しよう。
 彼女の後詰めがいる可能性も高い。
 トランザムが終わった直後の僕達じゃ……多分、彼女の後詰めに対して、ろくな抵抗も出来ない』
『…………分かった』

 しかし、この千早の配慮は全くの無駄に終わる。


 一夏と千早は、通常空間に戻ってきた直後、見えていても分かっていても避けられない斬撃に襲われ、なす術もなく倒れ伏したからだ。

 『無拍子』

 それが、二人を襲った攻撃の名だった。













===================













「ま、まさか、私の後詰めが貴様とはな……」
「コードネーム『M』の負傷と、IS『紅椿』の破損を確認。
 作戦目標との交戦によるものと判断」

 傷口を手で押さえているマドカは、一夏達を鎧袖一触にした張本人を見上げる。

 全身装甲型のISに身を包んだ彼の言う『M』とは、マドカのコードネームだ。
 一夏の誘拐を企てたマドカ達にとって、IS学園は敵地そのもの。
 どこに敵の耳があるのか分からない場所なのだ。

 迂闊に『織斑 マドカ』などという個人名を言える訳がない。

 そう、敵は……

「貴様ら、そこで何をしている。
 分かっていると思うが、そこに転がっている連中は渡せんぞ」

 いつマドカ達を迎撃しに来てもおかしくはないのだ。

「やれやれ、こんな体であんな化物に出くわすとはな。
 普通だったら絶望している所だが……」

 マドカは、自分ソックリの顔をした敵の方に目をやる。

 織斑 千冬。
 ブリュンヒルデ、地上最強の戦闘力の持ち主とされる女性だ。
 もう一人、千冬が担任を務める1年1組の副担任である山田麻耶も、ラファールリヴァイヴを身につけて千冬に随伴していた。

 千冬が身につけているISは、彼女のISとして有名な暮桜ではないが、彼女ほどの実力者に低性能なISをあてがうとは考えられない。
 相当強力な機体だと考えるべきだったが、刀傷による苦痛に歪むマドカの顔には、余裕が浮かんでいた。

 と、マドカが気づいた時には、全身装甲に身を包んだ後詰めが彼女を小脇に抱え、右腕だけで千冬と鍔迫り合いをしていた。
 マドカを抱えているのは、千冬と戦っている間にマドカの身柄をIS学園側に確保されないようにする為のようだ。













==================













「回避推奨対象と遭遇、戦闘状態に突入。
 当該目標の無力化を試行」
「荷物を抱えた状態で、この私を無力化だと?
 面白い冗談だ!! やってみろ!!」

 そう言いながら、全身装甲のISと互角の斬り合いを演じる千冬。
 ……そう、「互角」だ。

 一夏や箒は言うに及ばず、彼らとは次元が違う強さを誇る国家代表の中でも、千冬を相手に真正面からの斬り合いを演じる事ができる者など少数派だ。
 それを、この襲撃者は片腕で、しかももう一方の腕に人一人を抱えながら行っているのだ。

 無論、世界最強と呼ばれる千冬と渡り合う剣戟が、凡百のものである事など有り得ない。
 今この場で行われている剣舞は、一見どうという事のない普通の斬り合いに見えても、その裏には微かな気配や筋肉、眼球の動きさえフェイントにして、本命の攻撃を読み違えればその瞬間に敗北してしまうような、人知を超越した高等技術の応酬が隠されている。
 片腕で荷物を抱えたまま、そんなマネができてしまう全身装甲の襲撃者。
 只者であるはずがない。

 あまりにもハイレベルな戦いに、山田先生は迂闊な手出しが出来ず、一夏と千早の救出に向かう他なかった。

(じょ、冗談ではない!
 コイツ、少なくとも剣の腕ならば、私よりも数段上だ!!)

 じっとりと嫌な汗をかく千冬だが、とりあえず襲撃者から一夏達の身柄を奪還する事には成功する。
 遅ればせながら、他の教員達や楯無といった応援もISを身につけて駆けつけてくれているのが、彼女達のISの反応から分かった。

 彼女達と力を合わせれば、この襲撃者ともなんとか戦えそうだ、と千冬が考えた直後。

「敵増援多数。
 現状のまま戦闘行動の継続は危険と判断。
 目標の早期無力化のため、システムを起動」
「っ!!!!」

 千冬の全身の毛穴から汗が噴出し、一瞬だが呼吸が止まる。
 見れば襲撃者は隙だらけだったが、彼女の剣士としての本能が告げていた。
 地表の人類に地球の巨大さが今ひとつ実感し辛いように、あまりに凄まじい実力差のために感覚が麻痺しているだけだと。

 蛇に睨まれたカエルのようになり、棒立ちになってしまった千冬だったが、襲撃者はそのまま千冬を攻撃する事はなかった。

「……了解、システムを解除。
 現時点で作戦を放棄、帰投開始」
「へ……?」

 襲撃者はそう言うや否や、千冬に背を向けて悠々と飛び去っていった。
 本来ならば追いすがりたい所ではあるのだが、行けば間違いなく返り討ちにされてしまう。
 深追いをするべきではなく、むしろ絶望的なほどの格上から一夏と千早という防衛目標を守り通せた事を喜ぶべきだった。

 そう、絶望的なほどの格上。

 千冬は、じっとりとかいた嫌な汗を拭いながら呟く。

「……何が、地上最強…………
 私は、井の中の蛙か……っ!!」

 そう吐き捨てた千冬は、改めて今回の襲撃者について思いを馳せる。

「奴が小脇に抱えていた私に似た女……あの女のISネーム、『紅椿』だったな。
 そして奴は……『白式雪羅』か」

 そして全身装甲の襲撃者が言っていた『システムを起動』という言葉。
 出てくる答えは一つだった。

「……VT、システム…………」













==FIN==












 おひさです。
 一夏を襲うのにわざわざ衆人環視な試合中のアリーナに突っ込むばかりじゃアレだよな、という事で、ふっつーに狙いやすいタイミングで襲撃者の方々にご登場願いました。

 え? タイトルの意味?
 それは次回のお楽しみ。
 現時点で言える事は
「ヒロインの皆様、残念でした。またのチャレンジをお待ちしております」
だけです。

 んで、今回の話ですが……
「一夏が偽物とか、何、その超展開?」
っておっしゃる方が相当数いそうな感じですが、ちょっと言い訳させてください。

 そもそも、「一夏が偽物」という設定は、この話にちーちゃんを出すと決める前から決まってました。
 なんせ「小学生の分際で、無拍子のさらに上位に位置する零拍子を自在に操る小学生一夏」の数年後の姿が、「周り中エリートしかいないとは言え、見るも無残なほど弱い雑魚キャラな高校生一夏」だとは、私にはどーしても思えなかったもので。

 1年前までズブの素人だった相手に、「至極読みやすい」と言われるような攻撃しかできない輩が、数年前まで無拍子の使い手だった、なんて誰が信じますか。
 生身とISでの戦闘では話が違うという意見もありますが、そもそもISはパワードスーツのはずです。
 生身の時の感覚が全く通用しないパワードスーツとか、誰得ですか。パワードスーツの利点が完全に失われてしまうじゃないですか。

 確かに腕が鈍って以前より弱くなる事はあるでしょう。
 でも一夏の場合、現在のレベルに比べて元のレベルがあまりにも高すぎるんです。
 無拍子が使える小学生一夏ほどの達人が高校生一夏のレベルまで落ちぶれるのに必要な時間は、10年程度では到底足りないと思います。

 なので、主人公である高校生一夏は、小学生一夏とは別人である、としか思えなかったんです。
 おおかた、高校生一夏は小学生一夏のクローンなのでしょう。
 一応、原作中でもMことマドカがいる事ですし、オリ設定を持ち込まずとも有り得ない話ではありません。
 「一夏は誘拐されたことがある」という設定も、非常におあつらえ向きです。
 誘拐されている間に、二人の一夏は入れ替わってしまえますから。

 なので、銀の戦姫では「一夏は二人いて、主人公のほうが偽物で弱い」という事にしたんです。

 んで、その場合の落としどころを考えた時、太陽炉による量子空間ともう一つの世界という要素が必要な展開が思い浮かび、太陽炉に執着する束と異世界人ちーちゃんが登場する事になったわけです。
 ……今にして思えば、もっと別の結末というか解決策があったのかも知れませんが、もう今想定している結末を前提として銀の戦姫をここまで書いちゃったので、変更は効かないと思います。

 そんだけ弱い一夏が、なんでチートなちーちゃんと互角に近いのかは、また今度。
 ……へ? 異世界人なら他にも色々選択肢はいただろって?
 「IS学園で一番の美少女が男」って、腕っ節の強さで調子に乗っているIS世界の女性にはピッタリの皮肉だと思った瞬間、他の人選が浮かばなくなってつい……

 ちなみに今回の戦いは事実上のラストバトルですので、「太陽炉はチートすぎる」という人も安心です。
 トランザム無双なんて、今回だけです。
 なんせラスボスこと白式雪羅がこの強さなんで、一瞬でも戦闘が成立したらその時点で詰みなんですよ。
 「インフィニットストラトス」が超兵器ISの活躍を描く話である以上、そのラスボスはISでどうにかできる存在であるはずなので、単純な戦闘力ではこの白式雪羅よりも弱いはずです。
 その位、コイツはどーしようもありません。
 一応、「インフィニットストラトス」の白式雪羅と同性能という設定ではありますが……

 じゃあ、そのどーしようもない奴をどうするか。
 流石にそれは話の結末そのものなんで、ここでは話せませんが……まあ、答えは書いちゃってるようなもんですけどね。

 それでは、また。



[26613] ルート確定 ヒロインの皆様、再チャレンジをお待ちしております(後)
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:ff05419c
Date: 2012/06/23 08:42
 金曜日。


 カリカリカリカリ……
 カリカリカリカリカリ…………
 カリカリカリカリカリカリカリカリ………………

 一夏と千早は、膨大な量の書類をひたすら書き続けていた。

「長い……先が見えない…………」
「いくら正当防衛でも……無許可のISフル展開には、このくらいの代償が必要ってことか…………」

 そんな疲労の色が濃い二人をよそに、他の生徒達はタッグマッチトーナメント3日目、1年生の第2回戦+第3回戦に出場していたり、それを観戦していたりしていた。

 なお、この二人と2回戦で当たる予定だった箒+簪タッグは、一夏達が書類処理に追われて出場不可能になったため、不戦勝で3回戦に上がっている。

「流石に、お前達も疲れてきたな」
「こ、こんな無茶な量の書類を書かされたら、当然ですよ…………」

 千早はそう言って、傍で自分達を見守っている千冬に恨みがましい視線を向ける。
 彼女はマドカ達に襲われた一夏と千早の身辺を警護すべく、一昨日の襲撃以降ずっと楯無と交代で一夏と千早に張り付いている。
 ……とはいえ、もう一回同じ相手に来られたなら、千冬や楯無の腕でも一夏達を守り通す事は不可能だ。
 それほど、『白式雪羅』と彼女達の実力差は大きいかった。

 千冬は『白式雪羅』との圧倒的実力差を思い起こすと同時に、軽く嘆息した。

(何がブリュンヒルデ……
 自分より格上の存在を全く想定しないようになっているとは、我ながら見事なまでの天狗具合だな……クソッ!
 今回の襲撃事件、他の何より自分自身の思い上がりに腹が立つ!!)
「……千冬姉、どうしたんだ?」

 書類を書き続けて千冬の方を一顧だにしていなかったはずの一夏が、そう千冬に尋ねる。

「いやなに、自分の馬鹿さ加減に少し嫌気が差してな」

 と、千冬はここで何かを思い出したように言う。

「ああ、そうだ。
 お前達、書類処理が終わったらアリーナに来い。
 二次移行を果たした白式と銀華を見せろ、と各方面からせっつかれているからな」
「各方面って……今回の襲撃事件と白式や銀華の二次移行って、もうそんなに知れ渡っているのか…………」

 千早が呆然と呟くと、千冬はその言葉に答える。

「まあ、どのみちお前達のISは、普段の授業でも使うからな。
 二次移行した事などすぐバレる」
「そりゃ、まあそうですけどね……」










=====================================










 アリーナ。
 少女達によるタッグマッチトーナメントが終了しているにもかかわらず、そこは未だに満員御礼だった。
 みな、二次移行を果たした白式と銀華を見るために残っているのだ。

 と、生身の一夏、千早、千冬、山田先生がアリーナに姿を現す。
 山田先生のみラファールリヴァイヴⅡを身につけており、残りの三人は生身だ。

「さて。
 ではさっそく白式から行こうか。一夏」
「ああ」

 千冬の呼びかけに応えて、一夏が白式朧月を展開させる。

「ふむ、ISネーム『白式朧月』か……
 こうして改めて見てみると、思ったほどにはゴテゴテしていないな」

 白式朧月は、かつての白式と同様、小型機となっている。
 生身が露出している部分は胴体を中心に僅かだが減少しており、より鎧武者という印象が強くなっている。
 スラスター関連は純正太陽炉と化した『半月・上弦』を中心に、すっきりとしたレイアイトになっていた。

 そして目を引くのが、いかにも「私、着脱可能です」と言わんばかりの円盤状のパーツが両肩、両腕、両足にくっついている点だ。
 細々としたデザインの違いに目をつぶれば、この点と『半月・上弦』が太陽炉化している点以外は、白式と大差ないように見える。

 もっとも、太陽炉から発せられるGN粒子のおかげで、印象はだいぶ違っているのだが。

「さて、まずは運動性能を見せてもらおうか……と言いたい所だが、紅椿の時点で「速すぎて訳が分からん」というクレームがあってな。
 明らかにその紅椿より速いであろう白式と銀華の運動性に関しては、もう後で数字だけの資料を配布する予定だから、飛ばすぞ」
「あ、そうなんですか……」

 そんな千早の呟きに、千冬が答える。

「今回は紅椿の時とは違う。
 白式と銀華は全くの新造機という訳ではないから、極端な話、基本性能のお披露目は必要ない。
 傾向はそのままに、全体的に強化されているのは分かりきっているからな。
 だから、二次移行による変更点や追加武装が分かればいいんだ」

 と、千冬は一夏に視線を戻す。

「そういう訳で、だ。一夏。
 白式の新しい武装があれば、それを見せてくれ」
「ああ」

 一夏は千冬にそう応えると、両腕、両肩、両足から円盤状のパーツを剥離させて展開する。

「ふむ、これがGNプラネイトディフェンサー『朧月』か。
 高効率かつ高強度のGNフィールドの展開を助けると共に、刃上に展開したGN粒子を纏わせて攻撃にも転用可能。
 さらにはGN粒子を溜め込むGNコンデンサー、つまり予備バッテリーとしても機能する、と。
 GNコンデンサーとしての機能は、ちょっとここでは検証できんな。
 まあいい。まずはGNフィールドがどれほどのものか、見せてもらおうか」
「ところで織斑先生。
 GN粒子って何ですか?」

 と、ガンダム00を見ていない山田先生が、会場中の人々の気持ちを代弁する。
 彼女達は、GN粒子なる単語を知らないからだ。
 すると千冬が、彼女の疑問に答えた。 

「白式の追加スラスターから光の粒子が出ているでしょう。あれですよ。
 多様な使い道のある特殊粒子という話ですが、その源であるGNドライブは束でも難儀するような代物なので、詳細は不明です」
「そうなんですか。
 すみません、織斑先生、話の腰を折ってしまって」
「いえ、私の方も説明不足でした」

 山田先生への説明を終えた千冬は、改めて一夏の方に向き直る。

「それでは本題に戻るか。
 一夏。
 これから山田先生がお前に向かってアサルトライフルを発砲するから、それをGNフィールドで防いで見せてくれ」
「分かった。
 んじゃあ山田先生、やってください」
「分かりました。
 行きますよ、織斑君」

 山田先生は、いつの間にか手に持っていたアサルトライフルの照準を一夏に合わせると、おもむろに発砲した。
 が、GN粒子の膜がアサルトライフルの弾丸をことごとく弾き返し、一夏にはさっぱり届かない。

「ふむ、シールドエネルギーが全く減っていないな。
 一夏自身にも着弾によるよろめきが見られない。
 太陽炉が生産するGN粒子を、そのまま防御に転用しているからか?」
「性質的には、シールドバリアに比べて「ごく普通のバリア」って感じだと思うぜ?
 シールドバリアの絶対防御みたいな特殊な性質を持たない、単なる防御障壁って所みたいだ」
「何を根拠に……と言いたい所だが、過度の期待を排する考えならば大目に見るべきか。
 さて、次は攻撃に転用した場合だ。
 これから山田先生がターゲットドローンを多数射出するから、それをGNプラネイトディフェンサーで迎撃しろ」
「了解」
「それでは山田先生、お願いします」
「分かりました」

 千冬に促された山田先生が、拡張領域からターゲットドローンを多数取り出して一夏にけしかける。
 それを、一夏はGN粒子の刃を縁取るように発生させた朧月で、危なげなく迎撃する。

「ふむ、最大射程5mといった所か。
 非固定浮遊部位にしては異様なほど広範囲で自由に動かせるようだが……
 おい、それは本当に非固定浮遊部位なんだろうな?
 ビットとかではないんだな?」
「ああ、そうだけど?
 ビットなわけねーだろ?
 あれ制御するには、専用の訓練積んだ代表候補生であるセシリアでも負担なのに、そんなもんド素人の俺の手に負えるわけがねー」
「まあ、それはそうだがな」

 一応、簪ならば無線誘導制御と自分自身の戦闘を両立させる事ができるのだが、彼女は対暗部用暗部である更識家の人間。
 つまりは、生まれついての生物兵器。
 一般人であった過去を持つセシリアや一夏の比較対象としては、不適切もいいところだ。

 トランザムについては秘密にする方針であったので、一夏の出番はここまでであった。




「さて、次は御門。お前の番だ」
「はい」

 千冬に促された千早は、頷いて銀氷銀華を展開させる。
 その瞬間、アリーナの空気が凍りついたように一変した。

「へ? え?
 な、何? 何なんですか?」

 千早が一人、戸惑いを見せる中、アリーナ中の人間が彼の美しさに息を飲む。

 銀華からさらに洗練されたデザインは、あいも変わらずお姫様のよう。
 追加された大型のアンロックブレードは、背中に待機しており、一見すると翼のようにも見える。
 そして純正太陽炉と化した半月・下弦から発せられるGN粒子が、神秘的な輝きとなって千早を包み込んでいた。
 そこに、銀糸の髪と菫色の瞳を備えた千早の美貌と有り得ないほどきめ細かい白い肌、平坦な胸以外は女性の理想といってよいプロポーションが加わるのである。

 もはや、人間である事すら疑わしいほどの、妖精、あるいは女神のような美しさがそこにはあったのだ。

「御門さん、綺麗……」

 山田先生がうっとりとした表情でそう呟く。

「へ? せ、先生……?」

 その呟きにギョッとした千早が、辺りを見渡す。
 千早にとっては不運なことに、ハイパーセンサーの恩恵によって、観客席にいる生徒や教師、IS関係者達の表情がそれで確認できてしまった。
 彼女らの大多数が、目の前の山田先生とほぼ同じ表情をしているのを、ハッキリと判別できてしまったのだ。

「えっと、その、あの、えーと……
 あ、あの、先生。
 僕、一応、男なんですけど…………」

 千早がそんな説得力皆無の一言を発したのとほぼ同時に、凍りついたアリーナの空気が解凍されていく。

「きゃぁぁぁぁっ、素敵です、素敵すぎますっ、千早お姉さま~~~~」
「あ~~~ん、もう憧れちゃうわ~~」
「まるで天使、ううん、女神様?」
「神秘的な佇まいが素敵すぎるぅぅぅぅ~~~」
「まるで妖精、妖精のお姫様だわっ!!」

 アリーナが、千早の神秘的な美しさに憧憬の念を覚えた少女たちの黄色い声で埋まる。
 当然だが、誰ひとりとして千早の事を男と扱っている少女はいない。

 その事実に愕然とした千早は、停止した思考を無理やり再起動させる。

(あ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛…………
 そ、そうだっ、箒さんと鈴音さんだっ!
 彼女達は、僕のことを男だって分かってくれてるんだから……っ!!)

 そんな事を考えて千早は箒と鈴音を探す。
 するとそこには、今にも首でも吊りかねないほどの絶望的な表情をした箒と鈴音の姿があった。

(へ? ええ?
 何? 何がそんなにショックなんだ、二人共!?)

 当然、女らしさで男である千早に絶望的なほどの大差をつけられた事に対するショックなのだが、千早にはそれが分からない。

「御門、もういいか?」
「は、へ?
 あああ、ああ、はい」

 千早は千冬に話しかけられたことで、周囲の人間の自分に対する反応を意識の外に追いやることができた。

「さて、では二次移行によって銀華、いや今は『銀氷銀華』か、に追加された装備のお披露目をしてもらおうか」
「そうですね……プラネイトディフェンサーがない分、白式のものよりもかなり性能が低くなっていますけど、銀華の方にも一応GNフィールドがついているようです。
 それと、空間制御能力がだいぶ使いやすくなっていますね」
「……第三者には分かり辛い改良点だな……
 いや、空間制御の性能の方なら、衝撃砲で確認可能か」

 千冬はそういうと、山田先生に向き直る。

「山田先生、スモークディスチャージャーはありますか?」

 いきなり千冬に話しかけられた山田先生は、千早の美しさに惚けていたのですぐには反応できず、間を置いて慌てて返事をする。

「ふぇ? え、あっ。はい、持ってきていますよ」
「それなら、煙を出してください。それで銀氷銀華の衝撃砲を可視化します。
 また、それとは別に、衝撃砲の射程の観測もお願いします」
「分かりました」

 そして、千冬は再び千早の方に向き直る。

「そういうわけでだ、御門。
 スモークディスチャージャーの煙の中で衝撃砲を発射してみてくれ」
「分かりました」

 千早は千冬の指示通り、スモークディスチャージャーで焚かれた煙の中で衝撃砲を放つ。
 煙は爆発音と共に、千早が伸ばした手の延長線上だけ一瞬で吹き飛ばされてしまった。

「ふむ、収束率の方も上がっているのか?
 山田先生、射程の測定は出来ましたか?」
「はい。すごく短いですよ。
 大体7mほどのようですね」
「7mって、倍以上に伸びてたのか……」

 山田先生が言った「7m」という射程に対して、千早がそんな事を呟く。

「……ちょっとまて。
 お前、今までの銀華の衝撃砲の射程はどれくらいだったんだ?」

 千早の一言に、千冬がそんなツッコミを入れる。

「へ? 3m程ですけど……知りませんでしたか?」
「いや、極端に射程が短いとしか聞いとらんぞ。
 それにしても、お前、よくそんな短射程の衝撃砲で戦えたものだな」
「いや……得物がコレしかなかったものですから……」

 千早は、そう言って肩を落とす。

「…………そう言えばそうだったな。
 次だ、次に行くぞ御門」

 千冬は気を取り直して、千早に次の装備を見せるよう促した。

「はい」

 そう言って、千早は背中に待機していたアンロックブレードを動かす。

「新型のアンロックブレードか。
 小さい方がアンロックGNロングブレード『銀氷・氷柱』、大きい方がアンロックGNラージブレード『銀氷・吹雪』……と。
 ……ん?」
「? どうしたんですか?」
「いや、元からあった『銀氷』の方も、何やら名前が変わっているな。
 アンロックGNショートブレード『銀氷・改』か」

 そう言われた千早は、銀氷・改を動かしてみる。

「でも使用感は以前のものと全く変わってませんよ?
 単純に二次移行とGN粒子のおかげで性能が上がっているようですから、名前も変わったんじゃないんですかね?」
「ふむ。確かに『改』とあるしな。
 そんな所か。
 それでは御門、残りの『銀氷・氷柱』と『銀氷・吹雪』のテストを行うぞ」
「分かりました」
「では山田先生。先程の一夏の時と同じように、ターゲットドローンの射出をお願いします」
「はい、分かりました」

 そういうわけで、千早もまた一夏と同じようにアンロックブレードでターゲットドローンを迎撃していく。

「こちらも一夏のプラネイトディフェンサー同様、最大射程は5mほどか。
 どちらも非固定浮遊部位とは思えん操作範囲だな」
「ええ」

 千早の方もトランザムを秘匿する方針なので、新装備のお披露目はここまでだった。

「さて、時間も少し余っているようだ。
 織斑、御門、軽く模擬戦をしてみてくれ。
 それをもって、総合性能のお披露目とする」
「分かりました」
「分かった。
 んじゃあ、千冬姉は山田先生と退避しててくれ」
「ああ」
「それでは行きましょうか、織斑先生」



 その模擬戦は、白式VS銀華の戦いの常で、非常に高い機動性能を駆使した戦いとなった。
 一夏と千早の間合いが極端に広くなったせいか、これまでほど両者が最接近する頻度は高くない。
 おかげで、待ちに徹する戦い方が通用しなくなっている事も如実に伝わってきていた。

「二人共、今日のタッグマッチトーナメントで敵として戦っていたかも知れない、と考えると、かなりめんどくさい相手になったな……
 少なくとも私では、まるで戦力にならず、更識さんの足を引っ張ってしまうことは確実だ」
「いや、そうなってたら私だって勝ち目がありませんよ。
 二次移行前のありえない機動だって驚異なのに、あんなにリーチが伸びて手数も増えた挙句、機動性能もさらに上がってて……
 待ち戦法が通用しなくなっているのも、確かに敵として想定してみると厳しいですね」

 観客席の箒と簪は、そんな事を言いながら模擬戦を見守っている。
 箒は紅椿の機動性に対応すべく反応速度を高めようと訓練しているため、簪は『更識家の人間』という生物兵器として育て上げられているため、模擬戦の様子を把握する事ができている。
 とはいえ、箒の方はかろうじて把握できる、といった程度だ。
 さらに、ほとんどの1年生やIS関係者は、あまりにも早すぎて、まためまぐるしすぎて、全く内容を把握できていない様子だった。
 流石に2年、3年と学年が上がるとともに、内容を把握できている生徒の数は増えていっているようであるが。

「しかし『ド素人』か……全く、どの口で言っているんだ、あいつは」

 自分がついていけない超高速で展開する模擬戦を見ながら、その模擬戦を繰り広げている一夏が先ほど言った一言に対して、箒は呆れの混じった否定の言葉を口にするのだった。













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「ふぃぃ、終わった終わった」

 模擬戦に敗れ、アリーナから戻った一夏は、そう言いながら『白式・朧月』を待機状態にした。
 元々銀華相手には相性的に分が悪い白式なのだが、その力関係は二次移行を果たした現在でも健在のようだ。

 そして勝者のはずの千早は、部屋の隅っこで膝を抱えていた。

「……僕だって男さ…………
 だから、女の子達にあんなにキャーキャー言われたら、そんなに悪い気はしない、ハズなのに…………
 何かが、何かが違う…………」
「いや、もう今更だろ、ソレ」

 苦悩する千早に、氷のようなツッコミを入れる一夏。
 千早は深いため息をつくと、一夏の顔を見上げる。

「……まあ、もういいけどね」

 いい加減、このIS学園では自分のジェンダーアイデンティティなど無きに等しい事を学習している千早は、諦めの色を多分に含んだセリフを吐いた。

 しかし、千早の浮かべる憂いの表情は、さらに影を深くしている。
 千早が選んだ次の話題が、非常に気が重くなるようなものだったからだ。

「ん? どうしたんだ?」

 怪訝そうな一夏に、千早はプライベートチャンネルで応えた。

『いや……一夏、本当に本物の織斑一夏と一人で戦うつもりなのか?』

 話題が話題だけに、一夏もプライベートチャンネルで応じる。

『……しょうがねーだろ。
 事情が事情とは言え、千冬姉すら巻き込めねえんだぞ?
 絶対逃げられない俺だけで事に当たるしかねーだろ』

 とはいうものの、一夏の顔にも苦悶の表情が浮かぶ。
 何故なら……

『まず間違いなく殺される上に、奇跡的に助かったとしてももうこの世界にはいられなくなるのに、その上誰にも頼るつもりがない?
 痩せ我慢も、そこまでいくと思い上がりだ』
『いや、事が済んだらお前の世界に移住するつもりだから、束さんには頼るさ。
 それに本物との戦いじゃ、誰かに頼った所でどうしようもねえだろ?
 本物はVTシステムのおかげで絶対無敵、しかも素の状態でも馬鹿げて強ぇみてぇなんだぞ。
 ……おまけに、俺が偽物である事を承知で味方する奴がいたら、そいつまで俺と同じ抹殺対象になりかねない。
 それなのに、お前含めて、誰かを巻き込めるわけがないじゃないか』

 本物の織斑一夏と敵として対峙するということは、非常に高い確率で死に直結してしまうからだ。
 おまけに

『それに、俺と本物の入れ替わりを千冬姉に悟られるわけには行かない。
 偽物の織斑一夏なんていない。最初っからずっと本物が千冬姉のそばにいた。
 そういう事にする為には、俺が偽物だっていう事や、本物と俺が入れ替わったっていう事を知ってる奴が少ない方が良いんだ』

 一夏は、自分と本物の織斑一夏を入れ替えようと考えていた。
 つまり、たとえ奇跡的に生き延びたとしても、彼は「織斑一夏」という社会的立場を失うのである。
 それはIS学園の生徒でなくなるばかりか、千冬の弟でも、箒や弾、鈴音らの幼馴染でもなくなるという事でもある。
 そうなったなら、恐らくは本物と同一の遺伝子を持つ一夏にとって、IS世界は生存不可能なだけの危険地帯でしかない。
 その為、知り合いが千早の家族しかいない千早の世界に移住しなければ、一夏は間違いなく遠からず死んでしまう。

 家族もなく、住む惑星すら生まれ育った星ではないという、完全な天涯孤独。

 一夏は、自分をその状態にしてしまおうと思っているのだが、死の恐怖と孤独への恐怖はまだまだ彼を苛んでいる。

「ええと、恋人同士の甘いひと時を邪魔しちゃったかしら?」
「「っ!!!!」」

 唐突に聞こえてきた第三者の声。
 一夏と千早がその声の方に顔を向けると、そこには楯無の姿があった。
 どうやら、千冬と交代して一夏の護衛に入った様子である。

「さ、さ、更識先輩!?」
「ちょ、こ、恋人ってどういうことですか!?」

 突然の楯無の登場と、彼女の爆弾発言に動転する二人。
 その二人に対して、縦無は軽い調子で応えた。

「へ? 違うのかしら?
 あんまり真剣な顔をして見つめ合っているから、恋人同士としてあーんな事やこーんな事を」
「するわけないでしょう。
 っていうか、大体あなただったら、僕が男だっていう事くらい分かってるはずじゃないですか。
 からかわないでください」

 千早本人はそう言っているものの、先程の憂いを浮かべた彼の美貌は、彼を女性にしか見えなくさせていた。
 また、楯無は千早の事を「性転換機能で男性化している美少女」と認識している為、この千早のセリフを軽く流す。

(まー性同一性障害って奴なんだろうし、彼女を弄るのはこの辺にしておいた方がいいわね)

 千早が聞いたら肩を落とす事間違いなしな事を考えた楯無は、本題に入ることにした。

「それで今の貴女達の内緒話は、織斑君が偽物だっていう事と関係あるのかしらね?」
「「っ!!!」」

 楯無の思わぬ一言に、一夏と千早は絶句してしまう。

「な、なんでその事を……!?」
「図星って奴みたいね。
 もし良かったら、詳しい話を聞かせてくれないかしら?」
「…………はい。
 ただ、千冬姉の耳には絶対入れないで下さいね」
「…………となると、ちょっと場所が悪いわね。
 二人共、ちょっと付き合ってくれるかしら?」
「ええ、いいっすよ」













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 IS学園敷地内にある遊歩道から、いくらか外れた一角。
 木々が生い茂り、遊歩道側からは様子が伺えなくなっている空間。
 楯無は、そんな場所に一夏と千早を連れてきた。

「さて、ここなら監視カメラや盗聴器の類の心配はないわ」
「先輩のお墨付きなら安心ですね。
 ……先輩に俺達をハメる気がなければ、ですけど」
「信用ないわね」
「いや、先輩って一応暗部のお偉いさんですよね?
 俺達みたいな一般人じゃ、いくら警戒しても意味ないっつっても、やっぱり、ねぇ?」
「確かに、それを言われると弱るけど。
 まあいいわ。本題に入りましょう」

 一夏と千早、楯無の表情が同時に、いつになく真剣になる。

「んじゃあ先に質問して良いですか?
 先輩はなんで、俺が偽物だって知ってるんですか?」

 重い空気の中、先に口を開いたのは一夏だった。

「今回の襲撃犯がどんな相手なのかを知るために、白式と銀華の戦闘ログを調べてたら、あなた自身がそう言った記録が出てきたのよ」
「「……あ」」

 確かに襲撃犯に遭遇した者のISは、襲撃犯の情報を得るために戦闘ログを調べられるのが当然である。
 間の抜けた話だが、あの時の一夏はその事を失念していたようだった。

「それで、あなた達はあのクアンタムバースト……で良かったのかしら?
 アレで何を見たの?」

 と、今度は楯無から一夏の方に質問をする。

「いや、あれはトランザムバーストで、クアンタムバーストってのはその強化版ですから。
 っていうか、もしかして映画版しか見てませんか?」
「ええ、1年間続いたアニメを端から端までなんて、確認する余裕なんてなかったから、とりあえず映画版だけで済ませたわよ。
 ま、あの現象の名前は今はどうでもいいわ。
 問題は、アレであなた達が何を見たのか、よ」
「確かに、そうですね」
「で、何を見たのかしら」

 楯無の顔に真剣さと同時に好奇心が宿る。
 彼女にとっては必要だから聞いている事ではあるが、純粋に知りたいという欲求もあるのだ。

「……『紅椿』を身につけた襲撃者、織斑マドカの過去が断片的に、って所です。
 とはいえ、結構色んな事が分かりましたけどね」
「へえ……って、織斑!?」

 マドカの苗字に強く反応してしまう楯無。
 織斑は非常に珍しい姓だ。
 その姓を持つ女性が『紅椿』を身につける。

 とても千冬・一夏の織斑姉弟と無関係とは思えなかった。

「コードネームみたいなもんです。
 彼女は俺と同じで、本物の織斑一夏のクローンなんですよ。
 俺と違って戦闘用なんで、ISを使えるように、って女として作られたみたいです。
 ……後で本物や俺がIS使えちまう事が分かったんで、無用の配慮みたいでしたけど」
「なるほど。それで織斑先生にソックリな訳ね」

 とはいえ、少し似すぎのような気がしないでもないが。

「それで、あなたは戦闘用じゃない、と?」
「はい。
 俺と織斑マドカを生産した連中って、本物を誘拐した誘拐犯なんですけど、俺の事は本物の代わりに千冬姉に救出させる為に作ったみたいなんです。
 ガチで使うマドカと違って、俺の方は、ほんのちょっとの間だけ千冬姉を騙せれば良かったみたいなんで、相当いい加減に作られてるはずですよ」
「そう……それじゃあ、本物のあなたはどうしているのかしら?」

 そこで、一夏の表情に陰が表れる。

「……本物の俺って、小学生の時点で無拍子のさらに先とされる、零拍子と呼ばれる奥義が使えた化物なんです。
 その非常識な強さに目をつけた連中が誘拐した後、人格を完全に破壊して、感情と人格を持たない工作員に仕立て上げたんですよ。
 千冬姉に対する人質としての価値なら、本物の記憶を転写したクローンの俺で十分でしたけど、戦力としては恐ろしい程の強さと、その強さを持つに至った積み重ねを持つ本物の俺は得難い人材で、クローンでは代用できませんから」
「え、人格を、破壊?」
「へ? 裏の世界じゃ普通にあることじゃないんですか?」

 楯無の戦慄が意外に感じた一夏は、そう尋ねる。

「ん~~、まあ確かにあることはあるけれど、そう大した頻度じゃないわよ?
 大体、感情と人格を持たない工作員って、育成に手間がかかる割に下っ端仕事しかさせられなくて、効率が悪いのよ。
 裏切りを考えないのが利点だ、なんていう連中もいるけれど、そんなの忠誠心を持ってもらう努力を怠る3流以下の寝言よ。
 大体、命令者が誰なのかっていうのを書き換えられたら、あっという間に裏切られてしまうじゃない」
「あー、まさに本物がそんな感じになってたみたいですね」
「ん? でもちょっと待って」
「へ? どうしたんですか?」

 楯無はもう一つ、今の話で不可解なポイントがある事に気づく。

「今の話だと、本物のあなたは、無拍子のさらにその上が使える達人なのよね?」
「はい」
「それがド素人のあなたと入れ替わった、と…………」

 楯無は、IS学園に来たばかりの頃の一夏の強さを思い起こしてみる。
 思えばあの頃、楯無も任務以前に結構なミーハー根性を出して一夏との接触を試みた記憶があった。
 諸事情により、結局接触は果たせなかったものの、一夏達の訓練風景を生で見る事は度々あった。
 楯無は、その時の記憶を掘り起こす。

 数年前までは、無拍子のさらにその先が使えていた元達人。
 そう思うには、あまりにも一夏は弱すぎた。

 確かに人間、いくら武芸を修めていても、鍛えず放置していれば鈍るのは当然である。
 しかし、無拍子のさらに上と呼ばれる奥義を使えるほどの達人が、あの頃の一夏のレベルまで鈍ってしまうのに要する時間は、恐らくだがこれまでの楯無の人生よりも長い。
 いや、そもそもそこまで鍛えていた人間が、老化も伴わずにあのレベルまで鈍ってしまうこと自体ありえる話なのだろうか?

 今までの楯無は、「一夏は小学生の時点で無拍子はおろか、その更に上とされる奥義・零拍子が使えた」という情報を耳にしていなかった為、この一夏の弱さは大して気に留めていなかった。
 しかし、知ってしまった今ならば、話は別である。

 ありえないのだ。
 千冬ほどの達人が、化物級の本物がド素人の偽物と入れ替わった事に気付かないという事は。

「なんで、織斑先生は、本物があなたと入れ替わった事に気づいていないの……?」
「俺、いや俺も本物も、千冬姉とは結構疎遠だったんですよ。
 ほら、千冬姉ってすげー忙しいですし」
「それにしたって……っ!!」

 救出した時点で気づくはずなのだ。
 達人と素人では、ただ歩くだけで違いが出るものなのだから。

「俺、死ぬほど心配した弟をやっと救出できたって事で、むちゃくちゃホッとしている千冬姉の事をよく覚えています。
 多分……なんかバイアスっていうんですか?
 そういうので、俺のことを偽物だと思えなくなったんだと思います」

 一夏は痛ましそうにそう言った。
 楯無もその説明に納得する。
 多分、千冬の脳裏にも、「自分が助け出したのは、本当に本物の一夏なのか?」という疑問が浮かばなかったわけではない。
 浮かんだとしても、それが表面化する前に無意識下で打ち消していたのだろう。
 ……その問の正解に行き着いた彼女自身の反応を、彼女自身が無意識に恐れて。

 だからこそ、一夏の痛ましい表情にも納得がいった。

「……ちょっと話し辛い事を立て続けに聞いちゃったみたいね」
「いえ、別に、どうせ話す内容ですから」
「じゃあ、トランザムバーストとかいうので分かった事を、時系列順に話してくれないかしら?」
「はい。
 そもそもの始まりは、本物の俺が誘拐された時の事です」

 そうして、一夏はトランザムバーストで知り得た、マドカが知っていた情報を時系列順に話しだした。
 トランザムバーストで知り得た情報は一夏と千早で少しずつ違っていたので、一夏が知る事ができなかった箇所を千早が補完する。





 本物の一夏を誘拐した犯人達は、その遺伝子から偽物の一夏とマドカを作成。
 偽物の一夏を本物の身代わりとして千冬に救出させる一方で、本物の一夏から人格と感情を奪い、工作員に仕立て上げる。
 マドカは最初から工作員という生物兵器として生を受けたはずなのだが、その生まれの割には非常に反抗的な性格をしていた。
 その為、マドカを作った組織は、彼女の体内に埋め込んだ爆弾で彼女を脅して使っていた。

 その後、その組織が、マドカや本物の一夏といった工作員に工作活動をさせていたある日。
 組織の破局を告げる出来事が起こった。
 束が「本物の一夏が人格と感情を持たない工作員にされている」という事実を嗅ぎつけてきたのである。
 そして束は、本物の一夏の奪還を決意する。

 束はまず手始めに、マドカから爆弾を除去する事で彼女に恩を売り、内通者とした。
 また、多数のISを所持していたその組織をそれなりに危険であると感じた束は、箒や千冬を巻き込まぬよう、他の追っ手に対するデコイも兼ねて、人間偽装型無人IS、つまりは自律型アンドロイドを作成して野に放つ。
 それが千早の家に出入りしている束のようだ。
 そう、彼女もまた、一夏同様偽物だったのである。

 その後、技術者であるはずなのに諜報戦において無類の強さを発揮した束は、組織をほぼ全壊させ、本物の一夏の奪還及び命令権の奪取に成功する。

 しかし、その後どれほど束が努力しようとも、本物の一夏にマトモな感情や元の人格が戻る事はなかった。
 そんな中、「世界初の男性IS装着者」として、偽物の一夏の事が連日報道されるようになる。
 本物が人格を奪われ工作員として後暗いことをやらされていたのに、のうのうと織斑一夏として平穏な生活を送る偽物。
 束は偽物の一夏の報道を見て、彼に殺意を抱くと同時に、彼の事を「織斑一夏のバックアップ」と考えるようになる。

 本物の一夏が過ごすはずだった平穏で幸せな日常。
 その記憶を偽物の一夏から、本物の一夏に転写する。
 そうすれば、本物の一夏も人格を持たない工作員から、人格も感情も持った一人の人間に戻ることができるだろう。
 そして用済みになった偽物の一夏は、束にとって恨み骨髄の相手であるので、彼女はそのまま彼を殺処分してしまうつもりでいた。

 もっとも……楯無にこの話を話している偽物の一夏自身、最後に自分が殺されるという一点を除いては、この束の考えに全面的に賛成している。

「……とまあ、こんな感じですかね」
「それじゃあ、篠ノ之博士にしか作れないはずの無人機が襲ってきたのは、本物の方の篠ノ之博士の差金って事かしら?」
「そこら辺は見れませんでしたけど、多分、そうだと思います」

 千早の家にいるのは、偽物の束である。
 だから、本物の束がした事を感知していなくても不思議ではない。

 そうして、楯無は一夏から得られた情報を黙って吟味する。

(篠ノ之博士が諜報戦で圧倒的な強さを持っているのは、『インフィニットストラトス』と同じ。
 むしろ異世界に脱出してしまって、こちらの世界の世事に疎い千早さん家の篠ノ之博士の方が『篠ノ之束』からかけ離れている)
(私を含めて、この世界とこの世界の人間が、『インフィニットストラトス』の登場人物達に似過ぎているのは解っていた。
 けれども物語の『篠ノ之束』とはかけ離れていた篠ノ之博士の存在が、「やはり現実と物語は違う」という論拠となっていた。
 ……そして、その論拠が崩された。
 彼女は篠ノ之束ではなく、本来の篠ノ之束は『インフィニットストラトス』の『篠ノ之束』に類似しているのが確認されてしまったから)
(となると、劇中の登場人物としての『私達』が、物語の文法上どういう立場にあるのか、今までよりも真剣に考えないといけないのかも知れない)

 そこまで考えを進めた瞬間、楯無はとんでもない事に気づく。
 『織斑千冬』は死亡フラグの塊であるということに。
 その次の瞬間から、楯無の脳は勝手に連想を進めてしまう。

(死亡フラグの回収は、あっけない場合も多いけれども、劇的に、そう悲劇的に力のこもった演出がなされる事がとても多い。
 ……親友の差金で動く実の弟と、それとは知らずに戦い殺される。

 …………充分すぎるほど劇的だわ)

 となれば、次に本物の一夏と、白式雪羅と戦う時が千冬の最期と考えて良いかもしれない。
 死亡フラグ回収にはあまりにも相応しすぎる状況だからだ。

 無論、異常なほどの事情通である本物の束なら『インフィニットストラトス』の事は承知しているだろう。
 つまり彼女もまた、千冬の死亡フラグ回収を恐れていると考えて良い。
 今回の襲撃で本物の一夏が千冬を「回避推奨対象」と呼んでいたのは、千冬の死亡フラグを回収させないようにするための本物の束の配慮の表れなのだろう。

 とはいえ……先方が、いずれ偽物の一夏を本物と入れ替えた上で殺害するつもりである以上、遠からず本物の一夏は偽物の一夏の前に立ちはだかる。
 その時、偽物の方を自分の弟と認識している千冬が近くにいたなら……




 同じような懸念は、一夏や千早も抱いていた。
 しかもこの二人の場合は、より深刻である。
 何故ならば、マドカとの戦闘において、主人公補正の存在を確認してしまったからだ。

 普通に考えて、あんなに都合の良いタイミングで二機ものISが同時に二次移行する事など考えられない。
 ましてや、偽物とは言え自力でISコアを作る事ができるほどの能力を持った束ですら、未だ製造に成功していない純正太陽炉を備えた姿となり、トランザムバーストまで起こすなど、よく考えなくとも100%ありえない事態なのだ。
 しかし、物語の中の主人公の逆転劇としてみるなら類型的ではある。
 すなわち、白式と銀華の二次移行そのものが、主人公補正が存在するという動かぬ証拠なのだ。

 そして、物語の舞台装置であるはずの主人公補正が実在してしまった以上、同じく物語の舞台装置である死亡フラグもまた、実在しているかもしれないと疑う必要がある。
 そう考えると、千冬が死亡フラグの塊にしか見えなくなってしまったのである。

 無論、主人公補正は存在しているが死亡フラグは存在していない、という可能性もなくはない。
 しかし、死亡フラグは主人公補正とは違う。
 その存在が確認された時点で手遅れである。
 であるならば、「死亡フラグは存在している」という前提で、モノを考えるべきだった。

 だが、こちらはこちらで、死亡フラグ回避のための具体的な方策がある。
 主人公補正は一夏に働いているようなので、一夏が本物を差し置いて主人公扱いされていると考えられる、というのがポイントなのだ。
 その主人公をこの世界から排除してしまえば、そこで『インフィニットストラトス』は破綻し、終了する。
 つまり、一夏が本物の一夏と戦って入れ替わり、殺害されるなり千早の世界へ移住するなりして、この世界からいなくなれば千冬の死亡フラグをへし折る事ができる。

 万が一、それでも千冬の死亡フラグが生き残っていたとしても、その時に千冬の弟として彼女の傍にいるのは、圧倒的な強さを持ち、工作員として経験によって暗殺の手口にも精通しているであろう本物の一夏である。
 彼でもどうにもならないのなら、どのみちか弱い素人である偽物の一夏や千早がいた所で何の役にも立たない。

 だからこそ、一夏は本物と入れ替わってしまいたいのだ。





 楯無も非常に頭の良い少女である。
 なので、熟考の末、偽物の一夏が考えている事にも行き着く事ができた。

「織斑君……もしかして、織斑先生には死亡フラグがあって、主人公補正のある自分がいなくなる事で、その死亡フラグを折る事ができる、って思ってるの?」
「……はい」

 当然だが、一夏にとっても非常に辛い決断である。
 正直に言って、実行するのがとても怖い。
 一夏の体は、その恐怖に震え、その表情は苦痛に満ちている。

 もっとも普段からそんな様子をあらわにしていれば、千冬に勘ぐられてしまう。
 なので、普段は何事もないかのように振舞っているし、千早にもその旨口裏合わせをしてもらっている。
 とはいえ、自分が偽物である事が絡んだ話題を話す時となると、やはり震えを抑える事ができない。
 自分の事ではない千早にしても、平常通りの振る舞いは難しいようだ。

「どういうわけか、本物じゃなくて俺の方に主人公補正があるのも、考えようによっては幸運かもしれません。
 俺と本物が入れ替わった後、本物の方に主人公補正があれば千冬姉の死亡フラグも生き残ってしまいます。
 でも、俺の方が主人公だったなら、俺がいなくなった時点で『インフィニットストラトス』が破綻して、千冬姉は死亡フラグに脅かされる事なく、本物の俺と恙無く暮らしていく事ができます。
 本物に主人公補正がある場合よりも、物事が丸く収まってくれるんですよ」
「そんな、「自分が死ねば全てが丸く収まる」みたいな事言わないで!!」

 楯無は思わずそう叫んでしまう。

「そりゃ俺だって死にたかないですよ。
 でも……そう遠くない将来、もう一度本物の俺と戦う羽目になるのは、動かしがたい事実です」

 その一言に、千早と楯無は辛そうに押し黙る。

「俺は、本物の俺との戦いから逃げるわけには、まして千冬姉の陰に隠れて逃げるわけにはいかないんですよ。
 それやっちまったら……マジでぶっ殺されても文句が言えない、最低のクズ野郎になっちまいますから……」
「助けて欲しいとか、自分が死んだら誰かが悲しむとかは考えないのね」
「……俺が偽物で、本物と入れ代わる必要がある、って事を知っちまった先輩や千早には、申し訳ないと思ってます。
 でも、それを知らずにいた奴にとっては、俺と本物の入れ替わりは「ある日突然俺が強くなった」って、それだけの話になります。
 だから……頼みます。
 千冬姉には……俺が偽者だっていう事は、絶対に言わないでください。
 偽物の織斑一夏なんていない、織斑千冬はずっと本物の織斑一夏と暮らしていた。
 俺は……そういう事にしたいんです」
「…………あなたはそれでいいのね?」
「ええ……無自覚だったとは言え、俺はずっと千冬姉を騙してきたんです。
 これがせめてもの償いになるなら……構いません」

 と、ここまでほぼ黙って一夏と楯無のやり取りを眺めていた千早が、口を開く。

「……やっぱり、何もできずに眺めているのは、辛いな。
 千歳さんが弱っていくのを、何もできずに眺めているしかなかった時の事を思い出すよ」
「あー、千歳ちゃんか……そういやお前にゃ、そんな事もあったんだっけな」
「千歳って……貴女のお姉さんの幽霊とかいう、妙に明るく振舞っている時の貴女やラウラさん?」

 流石に幽霊という存在は楯無としても受け入れ難く、妙な言い回しになってしまう。
 だが、幽霊というからには……その千歳という少女は、故人のはずなのだ。
 つまりその千歳を姉に持つ千早は、姉と死に別れた経験を持つという事になる。

「まあ、そういう風にも見えますよね。
 僕だって、千歳さん以外には誰かが化けて出たのを見た事なんてありませんし、ちょっと信じられないのは分かりますけど」
「……辛かった?」

 楯無は「もし簪に死なれてしまったら」と我が身に置き換えて考えつつ、千早に尋ねる。
 そして、そのシミュレートの内容に震えながら、千早からの返答を聞く。 

「それはもう……家中の誰も彼もが悲しんで……
 そして、これは僕の対処が悪かったせいでもあるんですが、母さんはごく軽度ですけれど精神を病んでしまって、僕と千歳さんを混同して千歳さんの存在そのものを忘れてしまいました。
 ……最初からいなかった事にしないと耐えられないほど……姉を、千歳さんを失った悲しみは大きかったんです」

 ちなみに、千歳の存在を忘れてしまっているのは、妙子のみならず史も同様である。

「……でもよ、だからっつって今回俺に手を貸して、お前までぶっ殺されたらどうすんだよ。
 お前、もう一度同じ悲しみを家族に味あわせるつもりか?」

 そう言われた千早は、言葉に詰まる。

「千早、お前にゃ感謝してるぜ。
 『インフィニットストラトス』の話を聞く限り、お前がいなけりゃ、ひたすら弱いくせに思い上がりも甚だしい、とんだ勘違い野郎に成り下がってたみたいだからな。
 そいつを防いでくれたお前にゃ、感謝してもし足りない。
 でも……お前は『俺が強くなるためのライバル』だ。
 ヤバい橋まで、一緒に渡る事はない」
「でも、だったらたった一人で本物の一夏に、どう対処するつもりなんだ!
 まさか唯々諾々と殺されるつもりなのか!?」

 楯無もそれが聞きたいとばかりに一夏に視線を送る。
 どう考えても、現時点で開示されている範囲の情報では、一夏が殺害される以外の結論には達しないのだ。

「……トランザムバーストを使う。
 GNプラネイトディフェンサー『朧月』は、GNコンデンサーにもなるみたいだから、俺一人でもやってやれない事はないはずだ。
 確か、劇場版のダブルオーライザーが、コンデンサーでトランザムバーストを発動させていたはずだからな」
「トランザムバーストで何をするのかしら?」
「本物の俺に、俺の記憶を転写します。
 ここまでなら本物の束さんも同じ事をしようとしているんですから、彼女からの妨害がない可能性が高いです。
 そしたら、俺の記憶をコピーされた本物が味方してくれる事を祈りつつ、全力でトンズラして千早の家に行って、もう二度とこの世界の土を踏みません。
 その後、使用しているISから入れ替わりがバレないように、俺の白式を千早経由で本物に渡して終了です。
 それで、俺がこの世界から排除された事になるはずです」
「結局、あなたがいなくなる事に変わりはないのね」
「そりゃあ、「織斑一夏」が二人いる事による政治的混乱、って奴がありますから。
 俺はぼんやりと「なんかヤバそうだな」としか思ってませんけど、先輩なら具体的にどんだけヤバいか分かりますよね?」

 そう言われると、楯無もグウの音が出ない。
 確かに一夏の指摘通り、ヘタをすれば世界規模の大混乱が起こりかねないからだ。

「実のところ、いつ奴と入れ替わるのか、ってのも決めてあるんです」
「「え?」」

 楯無ばかりではなく、千早まで一夏に聞き返す。

「7月にある臨海学校なんですけど、アレって期末で赤点食らった奴はいけないみたいなんですよ。
 んでもって、千冬姉は引率で臨海学校に行く事が決まってるみたいなんです。
 だから、期末でわざと赤点を取ってIS学園に残ります」

 これはプランの形を借りた、千早の助力に対する拒絶でもある。
 一夏は赤点をとっても不思議ではない成績なのだが、千早は成績上位で赤点をとることがほぼ考えられない。
 その為、千早が赤点を取ってしまえば何らかの勘ぐりを受ける事になり、動き辛くなってしまう。
 そう、千早は一夏と同じ手段でIS学園に残る事ができないのだ。

 そんな側面もある一夏のプランに、楯無が疑問を呈する。

「そんな誘いに乗ってくれるかしらね?」
「俺の方が圧倒的に格下ですから、誘いである事を承知で俺の事を舐めてくれて動いてくれると思ってます。
 本物の束さんにしても一刻も早く、千冬姉に感知されない形で俺と本物を入れ替えたいと思ってるでしょうから、千冬姉と俺が遠く離れている最速のタイミングを逃すとは思えません」
「……そう」




 一夏は未だ恐怖に震えているものの、その決意は硬い。
 どんな形であれ、本物と入れ替わってしまおうとするその決意は、恐らく何人たりとも覆す事ができない。

 楯無は一夏と話していて、そう感じざるを得なかった。












==FIN==












 メタ発言満載なお話になってしまった(汗)

 ……というわけで、一夏はおとボク世界に移住するか殺されるかの二者択一。
 IS世界では生存不可能になるので、IS世界の住人であるヒロインズを恋人にする余地がなくなりました。
 どーせすぐ別れる羽目になりますし。

 そういうわけで、ヒロインの皆様ご愁傷さま、という感じのタイトルになりました。
 入れ替わった後の本物を相手に、再チャレンジしてください…………元「感情が欠落した工作員」という結構な難物ですが。

 それにしても、言い訳めいた前回の後書きのおかげで、感想欄の荒れること荒れること。
 言い訳って、こんな凄い勢いで嫌われるものなんですね。
 今後は反省して、なるだけ言い訳をせずに済むよう、言い訳をしないようにやって行きたいと思います……できるかなぁ?



[26613] ちーちゃんルートじゃないよ! ホントウダヨ!!
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:ff05419c
Date: 2012/07/14 16:41
 土曜日。
 御門家に訪れた千冬は、束の姿を見るや、問答無用で彼女にネックハングツリーを仕掛けた。

「ちょっ、なっ、ち、ちーちゃんっ、な、ん、なんなの一体?」
「それはこっちのセリフだっ!!
 お前、水曜日のアレは一体全体、どういうつもりだったんだ!!」
「い、いや、あれは、私関係ない、から……っ!!」
「『紅椿』にVTシステム搭載型の『白式雪羅』、挙げ句の果てには白式と銀華の2機同時二次移行!!
 ここまで揃ってて、一体お前以外の誰を疑えと言うんだーーーーーーーーっ!!!」
「千冬姉、ブレイクブレイク」

 千冬とともに御門家に来ていた一夏は、同行者である千早や楯無とともに、千冬をなだめようと試みる。
 3人とも束が無実である事を知っているので、無実の彼女を問い質しても何も進展しないと分かっているからだ。

 とはいえ、束が無実である事を千冬に説明する為には、彼女が偽物である事を千冬に話さなければならない。
 一夏は、自分が偽物である事を伏せながら、千冬に束が偽物である事を説明しようと試みる。

「あ、あのさ、千冬姉。
 俺、二次移行の時のトランザムバーストで、侵入者の黒幕がどこのどいつか見たんだよ」
「何!?
 初耳だぞ?」
「ちょっと待って、一夏!?
 その話は、今はマズい!!」

 一夏の一言に、千早が慌てる。
 束が偽物であり、本物は他にいるなど、束本人の目の前で話すべき話題ではない、と感じたからだ。

「御門、黙っててくれ。
 一夏、話を聞こう。
 襲撃者の黒幕はどこの誰だったんだ?」
「ええと、本物の束さん」
「「…………」」

 ネックハングツリーを仕掛けている者と食らっている者が、同時に沈黙する。
 そして。

「やっぱりコイツじゃないかっ!!」
「い、いっくん、た、束さんは無実だよぉぉぉっ!!」

 千冬は束の体を振り回し始め、束は一夏に抗議する。
 その様子に慌てた一夏は、さらに説明を追加した。

「い、いや、だから、その束さんは本物の束さんが作った偽物なんだよ!!」
「「へ?」って、痛っ!!」

 突拍子もない一夏の発言によって千冬と束は同時に呆けてしまう。
 その際に千冬のネックハングツリーが解けた為、束は尻餅をついてしまった。

「って、ええ、あの、いっくん、どゆこと?」

 今の一夏の発言が信じ難く、お尻をさすりながら問い質す束。

「いや、この間俺や鈴を襲った無人ISっていたじゃないですか。
 アレと同じような無人ISに人間の外観の偽装を施して、本物の束さんの記憶を移植したのがあなたなんですよ」

 その一夏の言葉に呆然とする束。

「あ、あれ?」
「い、いやだなあ。いっくんったら、冗談ばっかし。
 もし本当に束さんが無人ISなら、体のどこかにメンテナンスハッチがあるはずだって。
 例えばこことか……あれ? 何?
 なんで私の腕がパカッて開いて、中にいろんな配線があるの?」

 束は自分の腕のメンテナンスハッチを見て、見る見る生気を失っていってしまう。

「た、束さん?」
「……だから待って、って言ったのに。
 「自分が偽者で本物が別にいる」だなんて話、アイデンティティクライシスになってもおかしくないくらいショックな話じゃないか」
「え゛、マジ?」

 一夏は自分が偽物である事をすんなりと受け入れる事ができたので、束も同様に受け入れる事ができるだろうとタカをくくっていた。
 だが、一夏と束の境遇は、実のところ全く異なる。

 一夏の場合は、小学生時点での強さと現時点での強さに大きな齟齬があり、本人も不自然に感じていたのだ。
 その為、「自分が偽物である」という事はその不自然さに対する証明となり、大きな驚きとともに「なるほど、そういう事情だったのか」という納得を彼にもたらした。
 その納得のおかげで、一夏は「自分が偽物である」という事実をすんなりと認める事ができたのである。

 翻って束の場合、ISコアさえ自力で生産できるほどの優秀さを持っていた為、一夏のような記憶の中の自分と比較して話にならぬほど劣っている点が存在していない。
 せいぜいが諜報戦能力が大幅に劣るくらいだが、それでも束はデコイ目的で生産された無人ISである。
 諜報戦において全く無力というわけではない。
 厳密に見比べれば、開発者としての能力も本物に劣っているのかもしれないが、ISコア及びIS本体を自力で生産できる以上は、十分すぎる能力の持ち主と言ってよい。
 その為、彼女には一夏のような納得が存在せず、「自分が偽物である」という事実はモロに彼女のアイデンティティを崩壊させようと襲い来るショックとなってしまったのだ。












========================================












 千冬達は、束をひとまず寝かしつける事にした。
 そこで、千早が男である事を知ってショックを受けた時の弾達と同様に、和室に布団を用意して束を寝かせる。

「……ちょっと無神経だったみたいね。
 あと、思慮にも欠いていたわ」

 一夏をジト目で見ながら酷評する楯無。

「はい、反省してます」
「よろしい」

 とはいえ、一夏も束と同じく、「自分は偽者」という非情な事実に直面した者である。
 しかも、彼はこの後、驚異的な強さを持つ本物の一夏を相手に、たった一人で戦いを挑まねばならない立場にある。
 その為、普段はうまく隠せているものの、内心は相当追い詰められている、と考えて良い。
 その一夏なら、思慮を欠いた発言をウッカリ発してしまってもおかしくはないだろう。

 楯無はそう考えたため、一夏の反省を一言だけで許したのだった。

「ううっ、こん、こんなショック、ちはちゃんが男の子だって知った時以来…………」
「あの…………そこまでショックだったんですか…………」

 束の呻きにガックリと頭を垂れる千早。

「しかし参ったな。
 こいつを締め上げれば話が片付くと思ってたんだが、まさかこういう形で肩透かしを食らうとは」

 千冬は腕組みをして一人ごちる。
 そんな彼女に、束が震える声で話しかける。

「ね、ねえ、ちーちゃん……
 一つお願いしたいんだけど、いい?」
「ん……ああ。
 お前を濡れ衣で手荒に扱ってしまった上、お前に寝込むほどショッキングな話を聞かせる原因にもなってしまったからな。
 その侘びも込めて、私に出来る範囲なら応じようと思うが……何だ?」
「……『白式雪羅』とは、もう二度と戦わないで。
 見かけたら全力で逃げて。絶対逃げて。
 お願い」
「なん……だと?
 何故そうしなければならん?」

 いきなり一夏達の護衛及びIS学園警備責任者としての責務を否定されるような事を言われ、束に聞き返す千冬。

「い、いや……万が一の事があったら、すっごく危ないから。
 もし……もしもだよ?
 もしも、ちーちゃんが『白式雪羅』と戦って戦死しちゃったら……わたしは、そんなの嫌」
「……お互いISを使っているんだ。
 そう滅多な事では死なんさ」
「だからもしもって言ったじゃない!!」

 束を心配させまいと、千冬は彼女にしては見通しが甘い言葉を放つ。
 しかし、束は何かに怯えた時の悲鳴のような大声でそれに応じる。
 否、それは確かに悲鳴だった。

 突然の大声に驚き絶句する千冬に向かって、束はさらに続ける。

「……それに」
「? それに?」
「……もしちーちゃんが死んじゃったら……本物の私のせいで、ちーちゃんが死んじゃったら…………本物の私が、どう暴走するのか……考えるだけでも怖いよ…………」
「「「「……………………」」」」

 束の懸念があまりにももっとも過ぎる為に、言葉が出ない4人。

「……分かった。善処しよう」
「本当? 約束だよ?」

 束は不安と安堵が入り混じった表情で千冬を見上げる。
 それを見た一夏、千早、楯無の3人は、束の看病を千冬に任せる事に決め、和室を後にしたのだった。










========================================












「それにしてもさっきの束さんさ、あの怯え方ってちょっと普通じゃなかったよな?」
「ああ。
 ……多分、千冬さんの死亡フラグの事、本当にあるんじゃないかって、ずっと怯えてたんだろうね」

 一夏の言葉に返答する千早は浮かない顔をしている。
 束にとっての千冬ほどではないにしろ、彼にとっての一夏ももう友人と言って良い相手なのだ。
 その友人にほぼ確実な死が迫っていて、自分にはそれをどうする事もできない。
 そんな千早は、束の気持ちが僅かだが理解できた。僅かであっても、痛いほど理解できた。
 その痛いほどの理解が、千早の美貌を苦痛と悲しみに染める。

 そんな様子を見かけた妙子が、千早に話しかけてきた。

「あら千早ちゃん、随分浮かない顔をしているわね」
「あ、母さん……」
「どうかしたの?
 千早ちゃんがそこまで暗い顔をしているのを見たのは、何時以来かしら?
 あれは確か……」

 そう言って、自分の記憶をたどる妙子。
 すると、彼女の顔は徐々に青ざめていき、彼女の体は震え始める。
 妙子の異変にいち早く気付いた楯無は、妙子に声をかけてみた。

「あの、どうかされたんですか?」

 そんな楯無の声が聞こえないかのように、妙子は独り言を口走った。

「あ、ああ、あ、ちと、いえ、千早ちゃんがし、あ、ううん、千早ちゃんはここにいるじゃない。
 ええと、千早ちゃんじゃなくて、ちと、ちと、ちと……せ?
 あああああああっ、ああっ!!」

 頭を抱え、明らかに常軌を逸している様子を見せる妙子。
 なんらかの精神的ショックを受けているようだが、そのショックの強さは先程の束やかつての弾達の比ではない。

「か、母さん!?」

 突然の妙子の錯乱に、取り乱してしまう千早。
 一夏も、この場面で何をどうすれば良いのか思いつけず、凍りつく。

 そんな二人とは違い、楯無は冷静さを失っていなかった。
 妙子とは今日が初対面である上、暗部の人間なので感情制御能力が非常に優れていたからだ。

 楯無は妙子の部屋がどこにあるのかを千早に聞き、そこに妙子を運び込んで寝かしつける。
 しかし、いかに彼女がケタ違いのハイスペックを誇るといっても、勝手の分からない初めて来た家で人一人運ぶ、というのは時間がかかる。
 また、妙子を運ぶ途中で史達、御門家の使用人達にも見られ、彼等に何があったのか説明する為の時間も必要だった。

 その時間のうちに、まず一夏が、ついで千早が落ち着きを取り戻す。

「さて、それじゃあ後の事は、御門さんやこの家の使用人の人達に任せましょうか」
「そうっすね」

 楯無は寝かしつけた妙子を千早と使用人達に任せ、一夏を連れて妙子の部屋から出る。

「にしても、さっきの妙子さん、どうしていきなり錯乱しちまったんでしょうね?」
「さあ?
 そもそも、私は彼女については「御門さんのお母さん」ってくらいしか知らないから、ちょっと判断材料がなさすぎるわ」
「あー、そういやそうでしたっけ?」
「あなたの方はどうなの?
 何か心当たりはないかしら?」

 楯無にそう言われた一夏は、千早や妙子について、今現在自分が知っている情報を思い起こす。

(そーいや、千早の話じゃ軽い心の病気なんだっけな、妙子さんって。
 確か千早と千歳ちゃんを混同したり、無駄に頑固で説得できなかったりっていう症状で、そうなっちまった原因は、千歳ちゃんが死んでしまった時の千早の……っ!!)

「あー、もしかしてコレ……か?」
「心当たりがあったの?」

 楯無の言葉に、一夏は頷く。

「はい、多分これで合ってると思うんですけど……
 先輩、一つ聞いていいですか?」
「何かしら?」
「さっきの千早って、お通夜みたいな辛気臭い顔してませんでした?」
「へ? ああ、確かにそんな顔をしていたわね」
「……じゃあ、決まりですかね」
「御門さんが原因なのかしら?」
「ええ。
 先輩も千歳ちゃんの事は少しは知ってますよね?
 多分、さっきの千早の様子を見た妙子さんは、千歳ちゃんの事を中途半端に思い出しちゃったと思うんですよ」
「いや、自分の娘の事なんだから、思い出すも何も忘れたりしないんじゃない?」

 妙子の病気を知らない楯無は、そう一夏に聞き返す。

「あ゛、そういや先輩知らないんでしたっけ?」

 一夏はそう言ってから、楯無に妙子の病状とその原因を話す。

「……つまり、実の娘の存在を無かった事にするため、彼女をもう一人の娘と混同するようになったわけね」
「いや、千早の奴は男なんで、もう一人の娘じゃなくて息子なんですが…………」

 その一夏の補足を聞いた楯無は、
(性同一性障害の相手を、あくまで本人の認識上の性別として扱ってあげてるなんて、付き合い良いわよね、織斑君も)
などと考えていた。

「それでも、彼女は千歳さんだったかしら? お姉さんの死を悼む御門さんを見ていたはず。
 さっきの御門さんを見てその記憶を思い出した妙子さんは、御門さんと千歳さんを混同して考える事が出来なくなってしまった。
 死んでしまった人の死を、その当人が悼むなんて事はできないから」

 そして、千歳を失った時の妙子の悲しみは、千歳の存在を忘れ去らねばならないほど大きな物だった。

「……んで、千歳ちゃんが死んじまった時の悲しみを思い出して、ああなったんじゃないかと思うんですけど」
「なるほど。確かにその線が一番有力そうね。
 でも、そうなると私達にできる事は何も無いわ」
「確かにそうですけど、俺達自身には出来る事が無くても……
 先輩、俺、ちょっと千早のこと呼んで来ます」












===============================












「……っつーわけでだ。
 なあ千早、こんな言い方なんだけどよ、妙子さんが錯乱しちまったのはいい機会なんじゃないか?
 千歳ちゃんの事、ちゃんと妙子さんに話そうぜ?」
「確かに頃合なのかもしれない。けど……」

 一夏に妙子の側から連れ出された千早は、難しい顔をして俯いている。

「けど……どうしたのかしら」
「いえ、あんなに危険な相手と一人で戦おうっていう奴の前でこんな事言うのもなんですけど、なんていうか、怖くて踏ん切りがつかないんですよ。
 男らしくないというか、女々しいというか、情けない話ですけれどね」
「でもよ、妙子さんが千歳ちゃんの事を忘れちまった経緯から考えて、妙子さんが千歳ちゃんの事をとても大切に思っていたのは間違いないだろ?
 なら……忘れっぱなしで良い訳ねえと思うんだ」
「それは……分かってるさ」

 とはいえ、中途半端に千歳の事を思い出しただけで妙子は寝込んでしまっている。
 千早としては、千歳の事を妙子に話して聞かせるのが、彼女へのトドメになってしまいそうな気がして、ためらってしまう。

「でも……母さんの苦しみを終わらせるのに、他に方法がないのも事実……か。
 一夏、先輩。
 僕、母さんに千歳さんの事、話してみようと思う」

 千早はそう言って、一夏や楯無に背中を向けた直後、しばらく動きを止める。

「? どうしたんだ、千早?」
「ふぇ? え、と、あの。
 と、トイレ!!
 うん、そうそう、トイレ行ってこようかなって」
「そうか?
 まあ、そういう事なら行っといた方がいいな」
「う、うん、じゃあ私はこれで!!」

 そう言って駆け出す千早に、一夏は違和感を覚える。
 その一方で、楯無は千早の身に起きた身体的な変化に気づいた。

「あれ?
 御門さん、いつの間に男性化を解いたのかしら?」
「いや、銀華の機能は女体化で……って、女になってました!?」
「? ええ。
 胸がまな板から巨乳になってたわよ」

 その一言で一夏は違和感の正体に気づく。
 千早の一人称は「僕」のはずなのに、さっきの千早は「私」と言っていたのだ。

「まさか千歳ちゃんか!?」

 一夏はそう言うやいなや、千早、否、千歳の後を追い、楯無もそれに続く。
 千歳の方も一夏に気付かれた事を察したのか、スピードを上げるが、いくら肉体的には千早のものであっても元は病弱少女だった彼女では楯無を振り切ることは不可能であり、玄関先で捕まってしまった。

「きゃっ、離してっ!!」
「そういう訳にも行かないわ。
 御門さん、ああいう話の流れで、どうして外に行こうとするのよ」
「そ、それは……」
「あー、先輩。彼女は、千早じゃないっすよ。
 千歳ちゃんの幽霊が千早に乗り移って、千早の体を使ってるんです」
「え゛」

 まさか幽霊などという単語を聞く事になるとは思わなかった楯無は、一瞬硬直する。
 それでも千歳を解放しなかったのは流石ではあるが。

 とはいえ、よくよく見てみれば、明らかに彼女の立ち居振る舞いは、千早のそれとは別物である。
 少なくとも演技で千早の身のこなしと、今の彼女の身のこなしを使い分けるには、役者、あるいは工作員として相当な訓練を積む必要がある。
 楯無から見て、千早にそんな訓練を受けた形跡は見られない。
 確かに今現在の彼女は千早ではない、と判断せざるを得なかった。

「それで千歳ちゃん。
 なんでいきなり逃げようとしたのかな?」
「それは……
 私が死んじゃった時、お母さんは今みたいに凄く取り乱してたから。
 普通、自分の娘のことなんて忘れるはずないのに、私のこと忘れちゃわないといけないくらい、悲しんでたから……
 だから……ちーちゃんと一緒で、私のことをお母さんに話すのって、怖いんだ……」
「でもよ……」
「分かってるよ……いつかはちゃんとお話しないといけないって。
 だから今、お母さんはあんな風になってるんだって。
 でも……でも、それを自分をいなかった事にしようとしてる一夏くんには言われたくない……」
「ぐっ……」

 一夏は図星を突かれてグゥの音が出ない。
 なので、今度は楯無が千歳に話しかけた。

「それで千歳さんって呼べばいいのかしら?
 ここから逃げて、何処へ行くつもりだったの?」
「それは……」

 楯無は言葉に詰まった千歳の身柄を解放する。

「え? どうして離してくれたの?」
「ここで貴女を問い詰めても、何にもならなそうだったからよ。
 気持ちの整理ってのをしたかったのよね?
 だったら散歩でもしてきて、じっくりと悩んだ方がいいわ」

 楯無はそう言って、一夏を引っ張っていく。

「ちょっ、先輩、良いんですか?」
「良いも悪いも、今の彼女には心の整理が必要なのは確かでしょ?」
「そりゃ、まあそうですけど……」

 そんな会話を交わしながら、家の中へと戻っていく一夏と楯無。
 玄関には千歳だけが残されたのだった。












===============================












「はぁ……」

 千歳はため息をつきながら、御門家の近所をトボトボと歩いていた。

「気持ちの整理、か……ちーちゃん、私どうしたら良いんだろう?」

 その千歳の呟きに対する千早の返答はない。
 千歳にのりうつられている間は、千早の意識がないからだ。

「ねえ、そこの君?」
「ふぇ?」

 不意に声をかけられた千歳は、その声が聞こえてきた方に顔を向ける。
 するとそこには、いかにも軽薄そうな男性が立っていた。

「ヒュウ、すっげえ美少女っ!!」
「あ、あの、何の用ですか?」

 千歳はおずおずと男に尋ねる。

「いや、君があんまり可愛いものでさ、一緒にお茶なんてどうかなって」
「はあ……」

 一応知識としてはナンパというものがある事は知っているものの、自分がその対象になるとは思っていない千歳は生返事を男に返す。
 千歳は思わぬ状況にキョトンとしてしまっているのだ。

 そんな千歳に延々とナンパの定型句のような言葉を浴びせ掛ける男。
 千歳はそんな彼の言葉にどう応じれば良いのかさっぱり分からず、困惑し続けている。

「それで、どう?
 俺、良い店知ってるんだけどさ、一緒に来ない?」
「えっと、あの、その……
 し、知らない人にはついてっちゃダメ、なんだと思うんだけど……」

 ようやく千歳はおずおずと拒絶の言葉を口にする。
 流石に本来は男性である千早の肉体で、男性相手にデートじみた事をするのはいかがなものかと思ったからだ。

 すると男の態度が威嚇的なものに豹変する。

「はぁ? そんな子どもみたいな理屈こいてんじゃねーよ。
 どこかいいとこのお嬢様なのかな?
 だから、俺みたいな庶民なんざ相手にしてらんねー、ってか?」
「え? え? え?」

 男の豹変に、ビクつきながら驚いてしまう千歳。
 そんな彼女に、男がじわじわとにじり寄ってくる。

「あ、あの……」
「いいから、俺とイイことしようぜぇ~~」
「あ、あ、あ……」

 涙目になった千歳が後ずさり、背後の電柱に当たったその時、

「待ちなさい!!
 嫌がっているじゃないですか!!」

 少女のものらしき声が男を制止する。
 千歳と男がその声がした方を見ると……

「……なんだ、このちんちくりんは?」

 大きな大きなリボンをつけた、小さな小さな少女が立っていた。
 年の頃は小学生位のように見える。

「ほら、小学生のガキは関係ねーだろ。
 あっちいった、シッシッ」
「しょ、小学生は酷いのですよ!!
 私はれっきとした高校生です!!」
「はあ……あのなあ」

 と、男が少女に凄もうとしたその時、彼の肩に手がかかる。

「……奏お姉さまに何をするつもりなのかしら?」
「なんだテメェは?」

 男が振り向くと、長身の少女が彼の肩に手を置いており、もう一方の手には握り拳を作っていた。

「ちっ」

 体勢的に不利を感じた男は、舌打ちして何処かへと歩いて行ってしまったのだった。

「あ、あの、えっと……あ、ありがとうございました」

 男が去った後、千歳は二人の少女に頭を下げた。
 すると、小柄な方の少女が応えて言った。

「いえ、当然の事をしたまでです」

 その返答を聞いた長身の少女は、片手をコメカミに当てて小柄な少女に話しかける。

「……いや、奏お姉さま、あんまり無茶はしないでくださいよ。
 体格的な不利はあるんですから」
「はあ、やっぱり私が薫子ちゃんの真似をするのは、ちょっと無理がありましたか?」
「……お姉さま?」

 「普通逆じゃないの?」とか「姉妹にしては似てない」といった事が、千歳の脳裏をよぎる。

「え?
 ああ、うちの学校はちょっと変わっててね、先輩の事を『お姉さま』って呼ぶんだ」
「へえ……それじゃあ、あの子は学校の先輩なんだ?」
「うん。
 私は高校1年、奏お姉さまは2年生なんだ」
「ふぇぇ」
「ああ、やっぱり私と薫子ちゃんが並んで歩くと、年齢逆に見えてしまいますよねえ」

 奏と言うらしい小さな少女が、そう呟く。
 確かに薫子という少女と彼女とでは、身長差が頭二つ分以上ある。
 これで1歳差とはいえ、小柄な彼女の方が年上だと初見で見抜くのは難しいだろう。
 奏の容姿が可愛らしく、薫子が精悍なイメージの容貌を持っているので、なおさらである。

「それで……あなた、名前は?」

 薫子が突然、千歳に名前を聞いてくる。

「え? 御門、千歳だよ」
「そう、千歳さんって言うんだ。
 じゃあ、これからは気をつけなよ。
 貴女、とっても可愛いんだから、ボサっとしてたらさっきのみたいな奴が寄ってきちゃうわよ。
 それじゃあ、奏お姉さま、行きましょうか」

 薫子はそう言って、奏を連れて立ち去ろうとする。
 しかし。

「あ、薫子ちゃん、先に行っててくれますか?
 私、ちょっと千歳さんと内緒話をして行きたいんです」
「? 私に内緒の話を、ですか?
 なら、少し距離を置きますけど……でも、私の視界から出ないで下さいね」

 薫子はそう言って、千歳や奏から離れた所で腰を下ろす。
 その様子を見届けた奏は、千歳にこう切り出した。

「喉が渇いているでしょうから、まずお話する前に、ジュースか何かを飲みましょうか。
 ちょうど自動販売機がありますしね」
「あ、うん」

 奏がそう言って、自分のおごりで千歳に缶ジュースを飲ませる。

「それで……なんのお話をするの?
 なんで初めて会った私と、内緒のお話をするの?」
「それはですね……私は千歳さんを見て、去年出会った一子ちゃんっていう子の事を思い出したんです。
 一子ちゃんと貴女は全然似ていないのに、雰囲気だけが妙に似ているから、もしかしたら貴女も彼女と同じかもって思ったんですよ」
「同じ?」
「はい。
 ……千歳さんも、一子ちゃんと同じ幽霊なのかも知れないって、そう思ったんです」
「っ!!!」

 思わぬ図星を突かれて絶句する千歳。
 その千歳の様子を見て、自分の考えに間違いがない事を確信する奏。

「その様子だと、図星のようですね」
「……うん…………今は私の弟のちーちゃんの体に乗り移ってるの」

 そう言われて奏は千歳の体をマジマジと見つめるが、何をどう見ても女の子、しかも超特級の美少女にしか見えない。
 バストサイズなど、スレンダーな体型の奏や薫子にとっては羨ましい限りの代物である。

 しかし、女性の幽霊に乗り移られた男性の肉体が女体化するという前例は、奏もよく知っている。
 ……ただ、その男性は元から女性同然、というかとびっきりの美少女の風貌の持ち主であり、女体化したからといって外見的にはほとんど変化は見られなかった。
 その事例を見る限り、目の前の千歳の弟もまた、千歳に乗り移られる前の素の容姿が、まさしくこの通りの代物なのだろう。

 この時、奏が「神様は意地悪なのですよ……」と心の中で呟いたとして、誰が彼女を責められるだろうか。

 と、奏は脇道に逸れてしまった思考を元に戻して、話を続ける。

「このお話が内緒なのは、薫子ちゃんは一子ちゃんに会った事がないからです。
 流石に幽霊が関わってくる話は、知らない人には胡散臭く聞こえてしまいますからね」

 この辺の事情は千歳も重々承知なので、黙ってうなずく。

「それで本題に入りますけれど……
 千歳さんは幽霊なんですから、何か未練がありますよね?
 それは一体何なのですか?
 一子ちゃんの事もありましたし、私に出来ることなら幽霊の人の力になりたいのです。
 単純に話すだけでも気が楽になるかもしれませんから、話してみてくれませんか?」

 奏は真摯に千歳を心配する表情で、彼女の顔を伺う。
 彼女は昨年、憑依のしすぎで一子が消耗してしまった様子を見ている。
 その為、今まさに自分の弟に憑依している千歳のことが心配になっているのである。

 千歳にも奏が本気で自分の力になりたい、と言っているのが伝わる。
 それに、千歳に今必要なものは気持ちの整理であるから、奏に事情を話して楽になるのも良いかもしれなかった。
 千歳は妙子の病気や錯乱にまつわる話を奏に話す事にした。












===============================












「なるほど、話はわかりました」

 ひとしきり、千歳の話を聞いた奏。

「……本当は自分でも分かってるんだ。
 お母さんには、私のこと、きちんと話さなきゃって事くらい。
 でも……やっぱり私が死んじゃった時のお母さんや、お母さんが私のことを忘れちゃった時のことを考えると、やっぱり怖くて…………」
「そうなんですか」

 と、それまで聞き役に徹していた奏は少し何かを考えるような素振りを見せた後、千歳にこう切り出した。

「あの千歳さん。
 私は、貴女のお母さんがひどいショックを受けている理由って、千歳さんが死んでしまった時のショックを思い出しただけじゃないと思います」
「……え?」
「多分ですけど……
 とても大切に思っていた千歳さんの事を忘れてしまっていた事に、罪悪感を感じていたのではないでしょうか?」
「……罪悪感…………」

 奏にそう言われた千歳は、黙りこくってしまう。

「もしそうだとしたら、千歳さんが今、こうやって化けて出ているのは幸運な事だと思います」
「そう、かな?」
「普通に考えれば、死んでしまった人は生きている人に話しかける事ができません。
 ですから、生きている人が死んでいる人に許してもらう、というのは普通なら無理です。
 でも、今、千歳さんは私とお話していますよね?
 だから千歳さんなら、お母さんが自分のことを忘れていたっていう事を許してあげられます。
 そうすればきっと、お母さんの罪悪感が弱くなって、ショックも小さくなりますよ」
「私がお母さんを許してあげるなんて、そんなっ!
 私の方こそ、あんなにすぐに死んじゃってごめんなさいって、謝りたいくらいなのに」
「なら、お母さんとお話をしてみたらどうですか?」

 ここまで奏と話したことによって、千歳は自分の気持ちに整理がついた事に気づく。
 やはり、話を人に聞いてもらう、というのは、気持ちを整理する上で有用な行為のようだ。

「うん……お母さんと話してみる……」
「上手く行くといいですね。
 それでは、私はこの辺で薫子ちゃんと行きますよ」
「うん、お話を聞いてくれて、ありがとう」

 そう言って、千歳と奏は別れたのだった。












===============================












 千歳が御門家に戻ってくると、一夏と楯無が玄関先で彼女を待っていた。

「戻ってきたな」
「気持ちの整理は付いたようね」
「うん……
 一夏くん、楯無さん……お母さんの部屋にいこ?」

 千歳の呼びかけに、一夏と楯無は同時に頷いて、千歳とともに妙子の部屋に向かう。
 妙子の部屋では、使用人達に看病されている妙子が、ベッドの上で頭を抱えて呻いていた。

「あ、あ、ご、ごめんなさい千早ちゃ、ううっ、ちと、とせ……ああっ!!
 私は、私はああああっ!!」
「……お母さん」

 その妙子の状態を悲しそうに見つめる千歳は、僅かな逡巡の後、彼女に話しかけた。

「ああ、ああ……あ、貴女は……」
「ごめんなさい、お母さん。
 私、ずっとちーちゃんに取り付いてた。
 死んじゃった後でも、お母さんとお話しようと思えば、今みたいにちーちゃんや他の誰かに取り付いてお話できた。
 なのに、私、私……」

 千歳はボロボロと涙を流して妙子に抱きついた。

「千歳ちゃん?」

 その直後、妙に落ち着いた妙子の声が、千歳の名前を呼ぶ。

「うん……うんっ…………千歳だよ、お母さん…………」

 その千歳の返答に、妙子は千歳を抱き返して、感極まったような声で彼女に詫び始めた。

「ご、ごめんなさい、ごめんなさいねっ。
 お母さん、お母さん、貴女のことをっ!!」
「私は、お母さんに忘れられてても良かった。
 私の事忘れちゃっても、それでお母さんが立ち直るならそれで良いって思ってた。
 ……だから、今日もお母さんに話しかけるのが怖かった……でも、それもお母さんを苦しめちゃってたんだね」
「千歳ちゃん……」
「お母さん……」

 母を思いやるあまりにすれ違いを続けていた娘が、何年かぶりに母と抱き合う。
 その二人の抱擁に、場違いなものを感じた一夏は、そっと妙子の部屋を後にした。












===============================












「家族ってのは、良いもんなんだな」
「そうね」

 一夏は一人で妙子の部屋を出たはずなのに、一夏の呟きにいつの間にか彼の隣にいた楯無が応える。

「先輩」
「どうして、あなたはあそこで部屋を出たのかしら?」
「……俺は場違いでしたからね。
 俺は所詮、織斑一夏じゃないですから」
「……そう」

 クローンである一夏には、家族は存在しない。
 千冬は本物の一夏の姉であって、彼の姉ではないのだ。
 彼女に限らず、IS世界にある一夏絡みの人間関係の一切合切は、いずれ本物の一夏に返さねばならないものである。

 ……その為、千歳と妙子の抱擁は、一夏には少し眩し過ぎた。
 楯無も暗部の人間として、その一夏の孤独をある程度理解しているため、小さな返事を返すに留めたのだった。











==FIN==



 え? ちーちゃんルートに見える?
 ははは、何を馬鹿な。

 一応ちーちゃんというキャラを起用している関係上、千歳と妙子の話はいずれ消化しないといけないので、今回はその話。
 奏と薫子の逆転姉妹も出てきて、おとボク色が強い話になりました。

 しかし、奏ちゃんにはおとボク2冒頭の薫子の真似はやはり無理だったか……

 そして束さん撃沈。
 まー、ちーちゃんが男の子だというショックを乗り越えた彼女ならば、すぐに回復できるでしょう。

 それはそれとして、もうルート確定しちゃってますから、一気に時系列が進んでしまいますが、もうボチボチ決戦編をやって終了させちゃおうかなあ、と思ってます。
 どうしましょうかね? まあ、少なくとも次回は日常回ですが。



[26613] はい、みなさんご一緒に「恋楯でやれ」
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:ff05419c
Date: 2012/08/30 14:55
 妙子の部屋を後にした一夏と楯無は、千冬や束のいる和室に戻ってきた。

「ん? ああ、お前らか。
 どうした?」

 千冬は部屋に入ってきた二人にそう尋ねる。

「いや、用ってワケじゃないけどさ」
「そうか」

 と、そこで一拍置いて、千冬はこう続けた。

「ああそうだ、一夏。
 言い忘れていたんだが、今日はここに泊めてもらうからな。
 IS学園からの外泊許可と、ここの家の人達の了解は得ているから大丈夫だ」
「……はい?」

 突然、思いがけない方向に話がすっ飛んでしまい、キョトンとしてしまう一夏。

「ええと、なんで?」
「ふむ、どこから話したものかな……
 一夏。実はIS学園の上の方も、『インフィニットストラトス』の存在は知っている。
 それが市販されている、この異世界の存在もな。
 それで、その異世界に護衛対象を放り込んでしまえば、私達の世界の工作員は手出しができなくなる、という目算が以前からあったんだ。
 今回は、そのテストケースといったところだな。
 特に今回のお前や御門の場合、この私よりも強い上に本物の束なんぞという危険物がバックについている白式雪羅に襲われているから、こうでもしないと安全を確保できん」
「なるほど……でも、ここにはどこでもドアで結構簡単に来れちゃうんじゃないか?」

 そこで束が話に入ってくる。
 束の調子は元に戻りつつあるようだ。

「ああ、それなら心配いらないよ、いっくん。
 あのどこでもドアは私とちーちゃんといっくん、それにこっちの世界の人じゃないと使えないよう設定してあるから。
 だからそれ以外の人、例えば箒ちゃんとか、こないだ箒ちゃんと一緒に寝込んでたのとかがどこでもドアを開けても、ここには来れないようになってるんだよ」

 その説明を聞いて、今ひとつ安心できない一夏。
 どういうシステムで本人確認をしているのかは分からないが、仮に遺伝子絡みのシステムであった場合、もっとも危険な白式雪羅こと本物の一夏が完全に素通りできてしまうからだ。

「ん? 箒が入ってないだと?
 お前がアイツを対象外にするとは意外だな」
「いやだって、一応ちーちゃん家に設置したものだから、ちーちゃん達姉弟以外の人がフリーパスっていうのは問題かなー、って思ったから。
 しかも開けた先がこのちはちゃん家だもん、なおさらだよ」
「まあ、確かにな。
 モノがモノだけに、お前としても迂闊な所には置きたくないだろうから、そういう事になるか」

 と、ここまで束の話を聞いた一夏、千冬、楯無の3人の脳裏にある疑問が浮かぶ。
 その疑問を口にしたのは、楯無だった。

「あの……対象外である私があのどこでもドアを開けると、どうなるんですか?」

 束の噂を良く知っているので、おずおずと尋ねる楯無。
 しかし、束は予想外に友好的、というよりは「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりの表情を浮かべる。

「んふふぅ~~、知りたい?
 んじゃあ、試しに開けてみる?」

 そういうわけで4人は、束が寝ていた布団を片付けてから、千早の部屋に向かった。








========================================









 そこには、千早に代わってその部屋の主にでもなったかのように、どこでもドアが鎮座している。

 どこでもドアの前に立つ楯無。

「ささ、それじゃあぐぐいぃっと、開けてみて」

 その楯無に対して、束が扉を開くよう促す。
 織斑姉弟が固唾を飲んで見守る中、楯無は恐る恐るドアノブを掴んで回し、慎重に扉を開く。

 するとその先は織斑家の居間ではなく……

「海?」

 眼下に海の水面が見え、遥か彼方の水平線まで水以外の何も見当たらない。

「うん、私達の世界の太平洋のど真ん中、上空20mだよ。
 ちーちゃん達が留守にしている間にやってきて、このどこでもドアを無断で開けようとする不埒者は、海の中にどぼーーーーーん!!」
「なるほど。
 これなら、確かにこちら側の世界は安全ということか」
「まあ、こっちにはこっちで裏の世界とかあるみたいだけど、そんなのは異世界人である私には関係ないし、そもそもちはちゃん家のセキュリティで十分な相手だから、大丈夫♪」
「へえ。
 束さんの事だから、俺達の世界とはまた別の『インフィニットストラトス』の世界とか、色々無茶な行き先にしてるんじゃないか、って思っちゃいましたよ」

 一夏がそんな事を言うと、束の肩がビクッと一瞬震える。

「……やろうとしたのか?」
「うん……ちょっと太陽炉の片手間には難しかったから、なんていうか座標が分かりやすい私達の世界でお茶を濁したんだよね……」
「いや、実際にアクセスできたとしても、実行するな。
 帰れなくなった工作員の始末とか、どうするつもりなんだお前は」
「あう」

 とはいえ、千冬から見て、束がどこでもドアに用意したこのセキュリティは万全であるように見えた。
 彼女は一夏と違い、白式雪羅の正体を知らないからである。

「まあ、お前が鉄壁のセキュリティを敷いてくれて、こっちの世界は安全と考えていいのは事実だ。
 おかげでこちらにいる間は、私も更識も思いっきり羽根を伸ばす事が出来そうだ。
 礼を言わせてもらうぞ」
「てへへぇ~、照れるよちーちゃん」
「束さんも、すっかりあのショックから立ち直ったみたいですね」

 自分が偽者である事を知った時の、尋常ではないショックを受けていた様子の束の姿を思い起こしながら、一夏はそんな事を言った。
 と、そこで話が一段落着いた所で、楯無が新しい話題を振ってきた。

「あ、そうだ。
 織斑君、ちょっといいかしら」
「? 何ですか、先輩」
「私と織斑先生から、ちょっと織斑君に頼みたい事があるの」
「へ?」

 常人でしかない自分に、驚異のハイスペックを誇る二人が何を頼むというのだろう?
 一夏はそんなことを思い浮かべながら、怪訝な顔をする。

「……戦闘能力とか関係ない話だから、そんな怪訝な顔しないでちょうだい」
「あ? 顔に出てました?
 それで先輩、頼みたい事って何ですか?」
「簡単なことよ。
 明日、この近所で私と先生が買い物をするから、付き合って欲しいの」
「買い物?」
「あ、私も追加ね」
「束さんもですか」

 と、ここで一夏が首をひねる。

「……なんでわざわざ、異世界に来てまで買い物なんてするんですか?」
「私達の世界だと、私達をマークしている工作員の視線や、私達自身の任務が鬱陶しくてたまらないの。
 先生は子どもの頃に普通の買い物をしているでしょうからまだしも、私なんか生まれた時から工作員よ?
 だから一度でいいから普通の買い物、普通に街を歩くっていうのをやってみたかったのよ」
「……そういう本音は、建前を話してからオブラートにくるんで話せ」

 千冬はそう楯無に言ってから、一夏に向き直る。

「一夏。
 一応、建前上はお前や御門の護衛だ。
 だから、御門にも付き合ってもらう」
「はあ」

 まあ一夏としても、千冬の買い物に付き合う事は度々あったことだ。
 楯無の境遇が不憫だとも思うので、ここで買い物を断るつもりにはなれなかった。

 ところが。








========================================










 それは、千早の元に明日の買い物の話を持って行った時の事だった。

 千歳が妙子共々泣き疲れて眠ってしまったため、現在千早の体の主導権を握っているのは、千早本人である。
 その千早から、楯無に向かって思わぬツッコミが飛んだ。

「あの……先輩。
 こっちの世界には、先輩みたいな青い自毛の人っていませんよ?
 多分相当悪目立ちしますから、こっちの世界の街を歩くのであれば、カツラか帽子を被ってもらえませんか?」
「……え?」

 そんな事を言われても、楯無としては生まれてこのかた、ずっとこの色の髪の毛である。
 なので、自分の髪の色にそんなツッコミが飛んでくるとは思わなかった。

「何? そうなのか?」
「へぇ~~」
「そう言えばちーちゃん。
 こっちの世界って、髪の毛の色のバリエーションが私達の世界より少ないみたいだよ」
「…………やっぱり異世界人なんですね、皆さん……」

 特に楯無の髪の色に疑問を持っている様子を見せない反応を示す織斑姉弟と束の姿を見て、そんな事を呟く千早。
 分かっていた事とはいえ、天然で青い髪が有りうるIS世界の人間からすると、黒や茶色、亜麻色に白髪の髪ばかりのこちらの世界の日本は、なんともカラーバリエーションが乏しく見えるのだろう。

「う~~ん、カツラかぁ。
 まさか、こんな形で必要になるなんて思わなかったわ」
「それじゃあ帽子にしますか?」
「そうね。
 カツラなんて、そうそう置いてないだろうし」

 今から自分達の世界でカツラを調達するのは、非常に面倒だ。
 そう考えた楯無は、とりあえず帽子で簡単に誤魔化すことにしたのだった。

「しっかし、悪目立ち、ね。
 目立たない事が第一の任務が多い暗部の人間としては、結構屈辱よね」
「……お前、それはギャグで言っているのか?」
「織斑先生、なんでジト目?」











=================================================












 翌朝。

「んん~~~~っ!!
 なんの、何のしがらみもなく街中を歩けるなんて、まるで夢のよう……」
「そんなささいなことで、感涙しないでくださいよ……」

 他の面々よりも先に外出の準備を終えた一夏と楯無は、残る3人、千早、千冬、束を待って御門家の玄関前に立っていた。

「でも、なんで男のはずの千早が先輩よりも準備に手間取ってるんでしょうね?
 こういうのって、男の方が準備が簡単に済むはずなんですけど……」
「ん? ちはちゃんね、お母さんに女装させられそうになって抵抗してたよ」
「……さいですか」

 一夏は唐突に傍らに現れた束に返事をした。
 神出鬼没なのは彼女の常なので、いちいち反応しても始まらないからだ。
 もっとも、神出鬼没なのは本来本物の方の束のハズなのだが、この点も再現できなければ到底デコイとしての役割は果たせないという事なのだろう。

 その後、一夏達がしばらく待っていると、千冬が千早を伴って玄関から出てきた。
 千早の格好はパンツルックで一見するとそうとは分からないが、上から下まで見事なまでに女性物で固められている。
 しかしファッションに疎い千早には、「彼に合う男性物のズボンなどそもそも存在せず、今履いているズボンは女性物である」等の事情が分からないらしく、何の抵抗もなく女性物のカジュアルパンツルックを着こなしているようだった。
 知らぬが仏、とはまさにこの事である。 

 一方、ズボンを履く事が多い千冬の服を日常的に洗濯していた一夏には、千早が履いているズボンが女性物である事が一目で分かってしまった。

「……おい千早。
 お前、そのズボンはどうしたんだ?」
「え? これ?
 去年だか一昨年だかに誕生日プレゼントで貰った奴だけど……どうかしたのか?」
「いや……」

 今ひとつ分かっていない様子の千早に、敢えてショッキングな真実を教える事もないだろう。
 一夏はそう考えて、口をつぐむ。

「? 変な奴だな。
 なんでか知らないけど、こういう人から貰ったズボンって、自分で買った奴より履きやすいんだ。
 自分で買おうとすると、どうも腰が緩かったりして、上手く入らないズボンばかりでさ」
「……そーなのか」

 そりゃ、お前、男性物のズボンでお前に合う奴なんかねーからだろ。
 一夏は思わず言いそうになったその一言を、なんとか飲み込んだ。

 周囲を見ると、千冬と束も一夏と同じようなことを考えているようだ。
 ただ一人、千早が女性物の服を着ることに対して全く疑問を感じていない楯無は、キョトンとしている。

 一夏は、これ以上千早と話していると、千早にいらない事を悟らせてしまう、と判断。
 話題を今日の本題に移す事にした。

「そうだ、千冬姉。
 今日の買い物って、何を買うつもりなんだ?」
「今日は、今度の臨海学校で使う水着を買おうと思ってな」
「? 束さんや更識先輩は臨海学校には行かないのに?」
「だとしてもこの季節だ。
 新しい水着を買っても良いと思うが?」
「まあ、そりゃそうだけどさ」
「まあまあいっくん、買うのは水着だけじゃないからね」
「女の子の買い物はいろいろあるんだから。
 今日は気張ってよ、荷物持ちさん♪」
「はあ」

 こういう時には、ISなどなくとも男は女性に弱い。
 ともあれ、これで買い物の身支度は整ったのだ。
 5人は買い物に出かけていったのだった。












=================================================












 さて。
 買い物に出かけた面々は、一夏、千早、千冬、束、楯無の5人である。
 しかも何のつもりか、千冬、束、楯無はめかしこんだ格好をしている。

 千冬はオシャレに気を遣いつつもパンツルックをスポーティに着こなし、束は設定年齢的に厳しいはずのフリルだらけの乙女チックな服装を完璧に着こなし、楯無は急遽かぶる事になったはずの麦わら帽子と完璧に調和した清楚なワンピースを見事に着こなしている。
 そこに千早が加わるのである。
 4人が4人とも、凡百のアイドルなど話にならないほどの美女、美少女達だ。

 当然の帰結として

「な、なんかさっきから視線が痛い……」

 通行人から5人中唯一の男性だと思われている一夏には、刺すような殺気が滲んだ嫉妬の視線が山ほど突き刺さる。
 気分はハリネズミ、あるいは蜂の巣だ。

「やっぱり、これだけ美人ばっかり連れてりゃねえ」
「そうですか?
 僕も男ですけど、そんな嫉妬の視線なんて感じませんよ?」

 千早は楯無の一言に対して、キョトンとした様子でそんな事を言う。
 そんな千早を、織斑姉弟がジト目で睨む。

((お前、その女同然の面構えでこの15年生きてきたんだろうに、未だにそんな事を言っているのか!?))
「え? 何?
 千冬さん、僕の顔に何か付いてますか? 一夏もどうしたんだ」
「「いや、別に」」

 声がハモった事により、自分たちの気持ちが一つになっていたことに気づく一夏と千冬だった。

「……なあ千冬姉。
 コイツ、こっちでどうやって暮らしてたんだろうな」
「私に振るな」
「「はあ」」
「さっきから姉弟でどうしたんだよ」

 自分の事で織斑姉弟がため息をついている事にさっぱり気付いていない千早が、そんな事を言い

「「いや、別に」」

 先程と全く同じ返答を受けるのだった。




 さて、そんな話をしながら歩く事しばし。
 唐突に楯無が歩みを止め、千冬、束がそれに倣う。
 一夏と千早も、3人のただならぬ部分を知っている為、何かがある事を悟る。

 そしてまず、楯無が口を開く。

「……先生」
「なんだ」
「……ここ、私達の世界じゃないですよね?」
「まあ、こっちはこっちで、工作員の類がいないわけじゃないらしいからな。
 街中で見かけるのは、珍しくはあっても無い話ではないだろう」
「はぁ……羽根を伸ばせると思ったのに……」
「無視するという手もあるし、大体程度が底辺、いやそれ以下かも知れん。
 お前にとっては蟻同然の代物だろう?」
「それは確かにそうですけど……はぁ、関わりますか」

 楯無は生まれて初めての一般人としての平穏に拘泥たる思いを抱きながらも、見過ごせないものを感じたので、渋々自分が感じ取った気配の方に歩いていくのだった。












=================================================












 楯無が気配を感じたその先にある路地裏。
 そこでは、褐色の肌の少女が男達に追い詰められていた。

 男達はチンピラを装ってはいるが、よくよく見ると日本人ではない。
 私達は単なるチンピラです、と偽装する為にチンピラ風にしているようだが、そうでないのはバレバレである。
 どうも日本という国に対する下調べが不十分なようだ。

「さて、姫君。
 観念して頂けましたかな?」

 このセリフもまた、日本語ではない。
 対する姫と呼ばれた褐色の少女は、追い詰められている状況にもかかわらず、余裕を見せていた。

「まさか。
 そもそも、何のアテもなしに君らのような三下が襲えるような無防備な所なんか見せないよ」
「ほう、護衛の方でも伏せているのですかな?」
「ふっ、実は占いでね、今日ここで君らのような輩に襲われると良い縁に巡り会える、と出たんだ」
「……は? 占い?」

 少女の一言に、目が点になる男達。

「私の占いは良く当たるんだ。
 こんな出会いでなければ、君らの為に占うのもやぶさかではないけれど」
「ふざけへぶっ!!!」

 ドサっ、と男が倒れる音を、褐色の少女と男の意識を刈り取った下手人以外には、誰も聞いていなかった。
 他の男達は既に意識を手放し、彼が最後の生き残りだったからである。
 それはまるで通行人がそれと知らずに蟻を踏み殺してしまうような、無造作にも程がある凶行だったので、男は自分の番がきた瞬間でさえ下手人の存在に気付く事ができずに意識を手放してしまっていた。

 下手人の少女と男達の実力差は文字通り人間対蟻並……とまでは行かずとも、およそ同種の生物では有り得ない程の差ではあったので、この結末は当然の帰結であった。
 裏の世界の人間同士とはいえ、頂点付近の少女と底辺にさえ達するかどうかというの男達では、もはや完全に別の生き物である。

「本物のチンピラ並……何、この手応えのなさ…………」

 男の意識を刈り取った少女、楯無は、敵のあまりの弱さに呆然とした。
 とはいえ、今回相手にした男達が裏の世界における底辺、あるいはそれ以下である事は最初から分かっていた事ではある。

 気を取り直した楯無に褐色の少女が話しかけてきた。

「やあ、随分強いね。
 ありがとう。
 おかげで助かったよ」
「狙われる心当たりがあるのなら、こんな路地裏に来ないでもらいたいわね。
 しかも占いって、貴女……はぁ」

 楯無はげんなりした表情で、少女に返答した。

「君が助けてくれた今となっては過ぎた事だね。
 まあ、反省はさせてもらおう」
「……反省って言葉の意味、キチンと分かって言ってる?」

 楯無はジト目で少女を睨む。
 だが少女はそれを軽く受け流した。

「そんな目をしないでもらいたいな。
 さて、助けてもらった事だから、自己紹介でもしようか」

 褐色の少女はそこまで言うと、楯無に向かって優雅にこうべを垂れてから自己紹介を始めた。

「私の名前はケイリ。ケイリ・グランセリウス。
 夜に在り、数多星々を司る星の女王だ」
「……は?」

 ケイリの自己紹介の内容のあり得なさに、楯無の目が点になる。
 一瞬、頭が可哀想な娘なのか、とも失礼ながら思ったりもしたのだが、楯無の足元に転がっている物証が、目の前のケイリという少女が普通の民間人でない事を雄弁に語っている。

「ふっ、まあ『夜に在り、数多星々を司る星の女王だ』という所は忘れてもらっても構わないよ。
 それは、私が自己紹介の時に必ず言う事にしている常套句(クリシェ)なんだ」
(ど、どうもペースを乱されるわね……)

 楯無はケイリの相手をする事に疲れ始めていた。

「とはいえ、単なる不思議ちゃんじゃなさそうね」
「ああ。
 実は私は滅びてしまった国の、最後の国王の孫娘なんだ。
 それで、彼らは軍事クーデターで祖父を追い出した現政権の跳ねっ返り、そのまた下っ端の下っ端だよ。
 今日は、どうも勝手に暴走したみたいだね」
「……それもどこまで信じれば良いのやら……」

 とはいえ、どこぞのエージェント……というにはいささか程度が低すぎる輩に彼女が襲われていたのは事実である。
 楯無がそんな事を考えていると、ケイリは手馴れた様子で携帯電話を取り出して110番通報をしたのだった。

「? 警察なんて呼んでどうするつもり?」
「こんな彼らにも、役に立ってくれる面はあるって事さ。
 今日彼らが襲ってきてくれたおかげで、またもうしばらくは日本の警察が私や家族を警護してくれるようになる」

 ケイリはそう言うと、男達が逃げ出せないよう、手錠で彼らを拘束していく。
 聞けば玩具の手錠だそうだが、男達が意識を取り戻しても警察が来るまで逃げられないようにする程度であれば充分なようだ。

「……この手の跳ねっ返りって、味方にとっては面倒よね」
「ふふっ、確かにそうかもしれないね。
 でも見方を変えれば、跳ねっ返りを無闇に粛清しない程度には軍事政権の方も分別、というか度量があるってことなんじゃないか?
 祖父だって、祖国に粛清の嵐が吹き荒れているなら、今頃なんとかして国を奪い返してやろうとしているよ」

 どこまでケイリの脳内設定なのか分からない楯無は、ため息混じりにケイリのことを見ている事しかできなかった。












=================================================












「んで、彼女も買い物に連れて行くんですか、先輩?」
「……しょうがないでしょう。
 まさかあの手の連中に襲われた直後に、一人で家に帰すわけにもいかないんだし」

 一夏達の目の前には、楯無が連れてきた褐色の少女が立っている。
 正直なところ、一夏達IS世界の人間も大概不審人物なのだが、一応彼らには千早という身元保証人がいる。
 少なくとも、ケイリを一人にしてしまうよりかは安全という事なのだろう。

 なお、ケイリを襲った男達は、既に警察に引渡し済みである。

「どうもよろしく」

 少女は優雅に頭を下げる。
 その立ち居振る舞いの気品には、確かに王族と言われればそうかもしれない、と思わせる何かがあった。
 束とはまた方向性が異なるエキセントリックさで楯無の体力をだいぶ削ったという話なのだが、一夏には普通にお姫様のようにしか見えなかった。
 聞けば一夏や千早より1歳下、つまり史と同い年だというのだが、その高身長とナイスバディを兼ね備えた肢体や、紫苑とはやや方向性が異なるものの気品と優雅さに満ちた美貌は、到底中学生には見えない。
 史が小柄なせいでもあるのだが、とても彼女と同い年のようには見えなかった。

「う~~ん、こういう亡国のお姫様っていうのは、どっちかっていうとライトノベルの内容に準じた向こうの世界の方にこそ居そうな感じなんですけど……」
「……死んだお姉さんの亡霊にとりつかれた旧華族のお嬢様が何を言っているのかしら?
 貴女自身、世が世ならお姫様じゃないの」

 千早の一言を、楯無が無情にも真っ二つにする。

「って、僕は男ですってば、先輩……」
「「う~~ん、そうは言うけどねぇ」」
「ちょっ、束さんまで唸らないで下さいよ」

 千早はそう抗議するものの、千早の性別を正しく認識している束にしても、千早には深窓の令嬢という印象がある。
 その為、世が世ならお姫様、という楯無の意見にも完全に同感だったりする。

 一方、一夏は難しい顔をしていた。

「にしても、彼女、美人だよなあ」
「そういうなら、お前はなんでそんなゲンナリした表情をしているんだ」

 千冬は怪訝そうに一夏に話しかける。

「いや、今でさえキツイ嫉妬の視線が、より強烈に……」
「は?
 お前、今更何を言っているんだ。
 嫉妬の視線なら、『世界唯一の男性IS装着者』というプロフィールがついてまわる向こうの世界での方が強烈だろうが」 

 やれやれ、といった口調で、千冬は一夏の訴えを流したのだった。



 さて。
 今ここには、IS世界の事など知りもしないはずのケイリがいる。
 にもかかわらず、IS世界絡みの発言を千早や千冬が発している理由は……信じられない超高精度の占いをしてみせたケイリ相手には、マトモに隠し事が出来る気がしなかった為、既に事情を話しているからだ。
 どの道、彼女がいくら吹聴しようが、有り得なさすぎる話なので誰もマトモに取り合わないという目算もある。
 ケイリ自身が裏の世界の住人であり、これは罠である可能性もチラリと楯無の脳裏をかすめたのだが、今日の彼女のやり口で異世界の住人である楯無をハメる、というのはいくらなんでも非現実的であり、その可能性は完全に0であるという結論に達したのだった。

「それにしても小説に描かれた世界とほぼ同様の異世界、ね。
 確かに青い自毛というのはこっちの世界では見られないものだし、占いで出た『縁』は奇縁だと出ていたから、有り得ないなんて切り捨てる気にはなれないな。
 私はその話を信じるよ」

 説明を聞かされた時、ケイリはこう答えたのだった。

 どうも楯無に助けられた時、目ざとく彼女の青い髪がこちらの世界では有り得ない青い自毛である事を見抜いていたようだ。
 彼女もまた、紫苑同様、ただならぬ眼力の持ち主らしかった。












=================================================












 水着を買うために訪れたデパートの水着売り場手前で、ケイリは一夏に話しかけてきた。

「さて、君達は水着を買いに来たのだろう?
 なら、彼女達が水着を買っている間、君はどうしているつもりなんだい?」
「う~~ん、手持ち無沙汰に待ってるだけ、かな?」

 ケイリの問いかけに、一夏はそう返答する。
 すると、

「では、少し申し訳ない事をしたかもしれないね。
 私も便乗して水着を買おうと思うから、君の待ち時間を人一人分長くしてしまうようだ」
「いや、俺ひとりじゃなくて、千早の奴も一緒に待つから、それほど心配しなくていいよ」

 そう。
 一見すると男は一夏一人に見える一行だが、実際にはもう一人、千早という男性がいる……ハズだった。
 だが。

「? あの千早さんという人かい?
 彼、いや彼女なら、どういう理屈かは知らないけれど、束さんという人に女の子にされて水着売り場に引きずり込まれてしまっていたよ」
「…………何時の間に……」

 恐らくは束の神出鬼没スキルによるものなのだろうが、それを察知したケイリも只者ではなかった。
 やはり、彼女の眼力は相当な代物であるようだ。

 ケイリの話を踏まえた上で水着売り場の様子を伺うと、束と店員らしき複数の女性の包囲網が、千早の逃亡を防ぎつつ千早用の女性用水着の物色をしていた。

「……強く生きろよ」

 迂闊に女性用水着売り場に足を踏み入れる事のできない一夏は、千早に向かってそう呟く。
 妙に束達の表情が生き生きしているのを遠目に見た一夏は、かつて千早や瑞穂を着せ替え人形にしていた妙子達の表情がまさに今の彼女達そのままだった事を思い出し、見なかった事にした。

「まったく、アイツは自分の水着は買わんつもりか」
「千冬姉」

 千冬は、同じデザインの白い水着と黒い水着を持って、一夏の元に戻っていた。
 水着のデザインは、かなり際どいビキニのようだ。

「まあ、向こうは放っておくか」
「放っておくって、千冬姉……」

 とはいえ、千冬一人で千早をいじり倒している束達の暴走を止める自信はなく、一夏に至っては売り場に足を踏み入れることさえままならない。
 確かに千早の方は放置する他なさそうだった。

「それで一夏、お前はどっちが私に似合うと思う?」

 千冬は持ってきた2着の水着を、一夏の前に掲げる。
 それを見た一夏は、それらの水着を身につけた千冬の姿を想像し、ひとしきり唸る。

(う~~ん、どっちかってーと黒の方が千冬姉が色っぽく見えて似合う、かな?
 ……でもそれを見た男どもが千冬姉に寄って来るんじゃないか?
 今度の臨海学校は女の子ばっかりにしても、この水着はその後でだって使うはずだし、その時に千冬姉が近くにいる男どもにやらしい目で見られるってぇのは、なあ。
 それに俺が千冬姉の弟でいられるのは7月までで、それ以降の事には責任を持てない以上、相対的に似合わなくてもより安全な白の方を選んだ方がいいな)
「うん、白の方が似合うんじゃないかな?」
「よし、黒だな」

 千冬は、一夏の答えを聞くなり、真逆の選択をする。

「ちょっ」
「ふん、お前の思考回路ぐらいお見通しだ。
 お前は黒の方が似合うと思っただろう、先に黒の方をよく見ていたぞ。
 その上で、何かいらん事を考えて白と言ったんだろう」
「うぐっ」

 何を持って「いらん事」とするかは一夏と千冬とで見解の相違があるのだろうが、確かに黒が似合うと思った上で熟考し、白にした方が良いと思ったのは事実だった。

「そういう訳で、私は黒を買うぞ」
「それじゃあ、今度は私の水着を選んで来ようか」

 と、一夏の隣にいたケイリが、水着売り場の中へと入っていく。
 一応ケイリの警護をしておこうと思った千冬が、彼女に付き添い、一夏は一人、千早を含めた女性陣の水着選びが終わるのを待ち続けることになったのだった。

 次に一夏に水着を見せに来たのは、楯無だった。

「織斑君、ちょっといいかしら?」
「? どうしたんですか、先輩」
「どっちが私に似合うと思う?」

 楯無は先程の千冬のように、一夏に向かって2着の水着を提示する。
 一夏は先ほどと同じように水着をシゲシゲ見ようとして……大慌てでそっぽを向いた。
 そんな一夏を、楯無はニヤニヤ笑いながら見ていた。

「ちょっ、ちょっ、な、先輩、それっ、それっ……!!」
「ふふっ、やっぱり紐同然の水着や、極細チューブトップなんかは、ちょこっと刺激が強すぎたかしら?」

 そう。
 彼女が持ってきた水着は、際どいというラインを飛び越えているような代物だったのだ。
 かたや水着というよりは紐と言った方が良いような自称ビキニ。
 かたや下はTバック、上は太さ1cmほどのチューブトップという代物。
 両者とも全裸よりエロいのではないかという、思春期の少年には刺激が強すぎる代物であった。

「ま、私の家のことは知ってるでしょ?
 色仕掛けも私にとっては立派な仕事なんだから、織斑君はえっちだと思った方を選んでくれればいいのよ」
「い、いや、そんな事を言われても」

 そうして、楯無はひとしきり一夏をからかって楽しんだ後、結局両方共レジへと持っていったのだった。

「そーいや、千冬姉にしろ先輩にしろ、こっちの世界のお金は持ってないはずなのに、どっから今日の資金を調達したんだろう?」
「えっとね、ちはちゃん女装用の水着を見繕って買ってくるのと引き換えっていうことで、ちはちゃんのお母さんからいくらか軍資金をもらってきてあるから、そこら辺は大丈夫だよ」

 束はすっかり憔悴した様子の千早を連れて、数着の水着を持って一夏に話しかけた。
 唐突な出現ではあるものの、束に関して言えばよくあることだ。

「さいですか」

 言われてみると、束が持っている水着のうちいくつかには、パレオが付いているのが見て取れた。
 千早を女体化させずとも着せられる、という観点からパレオつきの物を選んでいるらしい。
 また、束が持っている水着は千早用のものばかりではなく、束本人用に買う物も含まれているようだった。

「んじゃあ、いっくん。
 ちはちゃんの事、よろしくね☆」

 束はそう言って、千早を一夏の傍らにおいてレジに向かう。
 抱えていた水着を買うためらしい。

「な、なんで店員さんは、僕のこと女の子だって……」
「いや、今のお前は女の子だろ。
 女体化させられてんだろ?」

 大体、千早は女体化させられずとも、絶世だの傾城だのという枕詞をつけて良いほどの美少女なのだ。
 正直な話、千早の性別を一回会っただけで見破れという方が無理がある、と一夏は思っている。
 それについては、千早の家族を始めとする、千早の性別を知っている者の大半が同意見だったりする。

 知らぬは当人ばかりであった。

 と、そこに袋を持ったケイリが、千冬を伴ってやって来る。
 どうも水着を一夏に見せずに買ったようだ。
 そのケイリの姿に気づいた千早は、ショックからの復帰の意味も込めてケイリに話しかけてみた。

「? ケイリさんは買い物を済ませたんですか?」
「さっきもそういう口調だったけど、私のほうが年下だろう?
 もっと砕けた話し方でいいよ」

 ケイリはクスッと笑いながら、千早にそう言った。

「ん、確かにそうだね。
 これでいいかい?」
「ああ」

 そこで一夏が会話に加わった。

「それでケイリちゃんはどんな奴を買ったんだ?」
「ちゃん付け、というのもむずがゆいな。
 まあ、いいか。
 私が買った水着は、ワンピースタイプの物だよ。
 競泳水着っぽいのも良かったんだけど……少し色っぽい感じかな」

 そうはいうものの、彼女が買った水着は既に包装紙でラッピングされてしまっている。
 どんなデザインの物なのか、うかがい知ることは難しそうだった。

 一夏がそんな事を考えていると、ケイリは袋の中からパンフレットを取り出し、パンフレットにある写真の一つを指差した。

「具体的には、この水着だよ」
「「うっ」」

 ケイリの言葉を受けて、パンフレットの写真を見た一夏と千早は真っ赤になって絶句する。
 二人の様子を見た千冬は、はぁ、とため息をついてこんな事を言った。

「際どすぎるから、私は反対したんだがな……」
「まあ、更識さんだっけ? あと束さんっていう人も。
 彼女たちに触発されてしまってね、少し大胆な奴を選びたくなったんだ」
「これは少しじゃないだろう。
 中学生には早すぎるわ」

 そう。
 ケイリの水着も楯無ほどではないにしろ、かなり際どい代物だったのだ。
 具体的には布面積の大部分が左右に集中してしまっており、前と後ろは限界までくり抜かれているような、そんな水着である。

「確かに際どすぎて、買ってみたはいいけれど、着る場所がないかもしれないね」
「今すぐ返品して、マトモな水着に取り替えてもらって来い……全く…………」

 そんなこんなで女性陣は全員水着を買い、当初の目的は果たされたのだった。

 ……が。
 年頃の女性の買い物が、ただそれだけで終わるはずがない。
 千冬達、とりわけ楯無は思う存分ウィンドウショッピングを楽しみ、その途中で購入した物品は、何故か一夏が持つ事になったのだった。












=================================================












「あー、重たかった」
「後で変わるよ」

 荷物を足元に下ろした一夏に、千早はそう話しかける。
 とはいえ、千早の事を未だに女性と信じている楯無は元より、千早の性別に勘づいている様子を見せているケイリや、普通に知っているはずの千冬、束も「荷物持ちは男の仕事」と言いつつ千早に荷物持ちをさせようとはしないばかりか、千早が荷物持ちをしようとするのを止めたりもしていた。
 その為、実際には千早が荷物持ちを変わることは、全くとはいかずとも有り得ない話だった。

 さて、今、一夏と千早がいるのは、大きな古本屋である。
 IS世界に持ち込むこちらの世界のお土産になりうる物として、IS世界では記されえないような物語を思いついた千冬や楯無の判断により、立ち寄る事に決まった場所だった。

 現在は、一夏に対するガイド役として千早、千冬に対するガイド役として束、楯無に対するガイド役としてケイリが割り振られ、2人1組になって古本屋のあちこちに散らばっている。
 無論、後で落ち合う時間と場所を決めた上で、だ。

 そして、一夏と千早がいるのは漫画のコーナーだった。
 そこで一夏は何気ない動作で目に付いた漫画の1巻を手にとって、それを立ち読みしている。
 その横で、千早はオススメできそうな漫画作品を物色していた。

「ところで一夏、さっきから何を読んでいるんだ?」
「ん? 『インフィニットストラトス』漫画版1巻だけど」

 一夏の返答に、千早は石化したかのように動きを止める。
 ピシッという効果音が聞こえそうな勢いだった。

「……は?」
「いや、別にもういいだろ?
 粗悪品のクローンの俺は本物の『織斑 一夏』じゃないんだから、もう俺にはこんなの関係ねーもん」
「いや、関係あるって……」

 大体、『織斑 一夏』は確かめるまでもなく本物の一夏よりは、いま一緒にいる偽物の一夏に近い人物であるはずだ。
 『織斑 一夏』は他の登場人物達から見て、全く話にならないただの雑魚だからだ。
 才能はあると言われ続けていても、スタートがあまりにも遅すぎた関係で結局他の登場人物の実力には遠く及ばず、VTシステムや相性によるハメなしでは、ほとんどの相手に一方的に蹂躙されるのが現状である。
 そのあまりの非力さは、千冬さえも凌駕する実力を持った白式雪羅こと本物の一夏とは似ても似つかない。

 だから、千早には『インフィニットストラトス』がもう一夏とは全く関係ない、とは思えなかった。
 そんな千早の心情を知ってか知らずか、一夏は漫画版『インフィニットストラトス』を読み進める。

「うっわ、話には聞いてたけど、マジで『セシリア』相手に大口叩いてるんだな。
 こんなの、ついこのあいだ生まれて初めて竹刀を握った奴が、剣道場で剣道初段だか二段だかに喧嘩を売るようなもんなのに、よく出来るな」

 セシリアが血のにじむような努力の末に代表候補生という地位を勝ち取った事を知っている一夏は、ISに触った回数すら数えるほどでしかなく、小学生の頃よりも弱くなり軍事訓練の類とも無縁であるにもかかわらず、『セシリア』に向かって大口を叩く『織斑 一夏』の姿に呆れ返ってしまった。
 ……だが。

「……でも、大口叩きも、ここまでくれば立派な芸、か…………」
「…………一夏?」

 しみじみと呟く一夏に対し、千早は怪訝な顔をして、訊ねるように話しかける。

「……いや…………俺は、実力以上の大口なんて叩かないようにしてきた。
 IS学園に入ったばかりの頃に、お前に戒められて、な。
 でもさ……それも自分の弱さを認めない大口叩きと同じ、逃げだったのかもな……」
「一夏…………」
「大口を叩いたらさ、できなくてもやらなきゃいけなくなる。
 そういう意味では、大口を叩かず、実力不足でできないものはできない、っていう俺よりも茨の道なんだよな」
「…………」
「こいつ、この『織斑 一夏』って奴さ、自分が話にならない単なる雑魚だって思い知っているはずの2巻以降もビッグマウスが治らないんだってな」
「……ああ」
「それって、見方を変えればすげえのかもな。
 だって、周り中みんな、ちょっとやそっとじゃ追いつけないすんげー格上なんだぜ?
 それが分かっているのに「守る」って言っちまえるのは、自分が弱いからって理由で「守る」なんておこがましくて言えない俺より……どこかが強いんだろうな」
「そんな事ないさ。
 IS同士の荒事は危険なんだ。
 そんな時に実力をわきまえない素人がいたら、周りにとってはいい迷惑だ」
「かも知れないけどな」

 一夏はそう言いながら、漫画版『インフィニットストラトス』を本棚に戻す。

「でも、出来る出来ないで物事諦めちまう奴より、やるやらないで無理を押し通す奴の方が、なんつーか壁を突破する力、って言えば良いのかな、そういうのが強ぇ気がするんだ。
 特に俺が今度やらなきゃいけないのは、千冬姉より強い本物の俺、っていう大怪獣との1対1。
 出来る出来ないっていう考え方なら、まずやってみようだなんて思う事さえできない無謀だ。
 だから、俺は気持ちを、考え方を、出来る出来ないから、やるやらないに切り替える必要があるんだと思う。
 敵も味方も一人残らず自分とは次元違いで強くても、守るって決めたから「守る」って言ってしまえる、ビッグマウス野郎の『織斑 一夏』みたいに、な」
「……一夏…………」
 
 千早が一夏の顔をよく見てみると、彼の瞳には決意の色が浮かんでいた。

「……俺には、「守る」なんて言う資格は無いと思っていた。
 いや……実際、俺にはそんな資格はないんだろうな。
 けど俺は……それでも、分不相応の大口を叩きたいんだ。
 ……俺は、千冬姉を死亡フラグから守る。命と引き換えにしてでも、な」
「……そこまでの覚悟があるなら、資格はあるさ。
 多分、僕なんかより、ずっと」
「……そう、か」

 千早はただでさえ折れる事などなさそうだった一夏の決意が、より強固になった事を感じとった。
 それは、一夏が本物の一夏との対決、という自殺にも等しい戦いに赴く事を、誰も止められなくなった事を意味していた。

 千早は身近な人間の死を再び味わう事になるであろう近い未来に絶望にも似た感情を感じながら、一夏とともに漫画を物色する事しかできないでいた。







 もっとも。

「死神の逆位置、か。
 『織斑 一夏』という立場は相当危険だと思うのだけれど、存外しぶといみたいだね」

 ライトノベル版の『インフィニットストラトス』を立ち読みして一夏の将来に興味を覚えたケイリが、ワンカードスプレッドで簡単に占った所、「死神の逆位置」という到底死ななそうなカードが出てきたのだが。
 彼女の占いは異常な精度を誇ることを今日身を持って知った楯無は、たかが占いだと思いつつも、自分の中に芽生えた安堵を止めることができなかった。







==FIN==


 というわけで、水着回でした。
 もうちょっと早めに投下したかったんですけどね。遅筆化が激しいです。

 何故異世界に来てまで買い物? と思う方もおられるでしょうが、彼女たちの立場を考えれば、のほほんと買い物をする為には異世界に来るとかしないと無理でしょう、正味な話。
 なので、せっかくおとボク世界という異世界に来れる、という状況をフル活用する事になりました。

 後、髪の毛ネタですが、おとボクキャラ達はみんな現実でありえる色の髪の持ち主という設定になっています。
 有り得ない色の髪の毛の持ち主は、両親ともに日本人なのに金髪碧眼の淡雪一人だったりします。
 なので、おとボク世界では青い自毛の日本人である楯無は悪目立ちする、という話になりました。

 そして今回は、ミス「恋楯でやれ」ことケイリ=グランセリウスとの遭遇編でもあります。
 おとボクキャラの中では、工作員だのなんやのが絡む話と親和性が高いのは、彼女くらいかもしれませんね。
 一応、やるき箱の貴子編もそれっぽい感じではありますけれど。
 おとボクキャラとしては異質な感じもする(それこそ一子、千歳の幽霊コンビよりも)彼女は、だからこそインフィニットストラトスとの橋渡しもできるかもしれない、と思って今回登板してもらう事になりました。

 そして、マトモな方法では生存フラグを立てられない一夏に、死神の逆位置という生存フラグをもたらしてくれましたが……さて。

 それでは近いうちに会いましょう……会えるといいな(汗

※ケイリの水着の所をちょこっと修正 あんなん、競泳水着とは似ても似つきませんわな



[26613] さあ、もっと取り返しがつかなくなってまいりました
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:ff05419c
Date: 2013/01/21 09:45
 さて、千早の家からIS学園に戻った一夏と千早は、自発的にトランザムバーストを行えるかどうかを確かめるための実験をアリーナで行っていた。

「「トランザム……バーストっ!!!」」

 一夏と女体化した千早が両手の指を絡ませてそう叫ぶと、白式朧月と銀氷銀華の太陽炉が共鳴し合い、量子空間を形成する。
 何故千早が女体化しているかというと、白式と銀華が二次移行と同時にトランザムバースト現象を起こした際、千早の肉体が女性になっていた為、その時のトランザムバーストを再現するには千早の肉体が女性になっていた方が良い、と判断されたからだ。
 また、先ほど千早が本来の性別である男性のままトランザムバーストを行おうとした所、どういうわけか上手くいかなかったという事情もある。

 光り輝く粒子に包まれた空間の中、一夏と千早、そして巻き込まれた楯無は一糸まとわぬ姿で対峙する。
 当然、一夏は粒子のおかげでよく見えないとはいえ裸体をさらしている楯無や女性の身体になった千早から目をそらす。

「一夏……その反応止めてくれないか?
 僕には男色のケはないんだけど」

 千早はそう言いながら、ジト目で一夏を睨む。

「いや、そーはいうけどな……」

 正真正銘の美少女と化した千早のパーフェクトボディに反応するな、という方がノンケの思春期男子にとっては無理な相談である。
 千早自身、本来は男性の筈なのにこの辺りの機微には疎い。
 自分は本来男性である、という意識が強いためだろう。

「それにしても……御門さん、男の子ってホントだったんだ……」

 量子空間によって千早の過去を断片的に知った楯無は、魂が口から抜け出たような呆然とした様子でそんな一言を呟く。

「……あの、先輩?
 それじゃあ今まで僕の性別は一体何だと思ってたんですか?」
「へ?
 えーと……性同一性障害なんじゃないかって」
「はあ……」

 と、千早は楯無の返答にため息をつく。

「それじゃあ千早、トランザムバーストはこの辺にしとこうぜ」
「……ん、ああ。
 今回はトランザムバーストが僕達の任意で行えるのか、それを試しただけだからね」

 一夏と千早はそういうと、トランザムバーストを終了させた。
 すると、周囲の光景は光の粒子に満ちた量子空間から、IS学園のアリーナへと変貌する。
 例によって楯無がかつての弾や箒、鈴音と同じような虚ろな笑みを浮かべているが、千早はそれを強引に無視した。

「にしても、どうして性転換機能を使ったら上手くいくようになったんだろう?」
「さあな。
 ま、本番の時にはお前はいないんだから、その辺は気にしてもしょうがないだろ。
 それより、今回の経験を参考にして、何とか俺一人でトランザムバーストを使えるようにしなくちゃな」

 GNドライブではなくGNコンデンサーを用いたトランザムバーストならば、一夏の白式朧月だけでも可能なはず。
 一夏はそう踏んでいた。
 もっとも、それが出来なくとも自分が殺されるだけで、本物の一夏との入れ替わりだけは達成できる。
 どちらにしたところで目的自体は達成できるのが確定しているようなものだ。
 とはいえ、流石に一夏も積極的に死にたいとは思っていないため、GNコンデンサーによる自分一人でのトランザムバーストができるようにもっていきたいと思っている。

(だけど……あの千冬姉より強い野郎とのタイマンだからなぁ。
 生存確率が全くの0から0.00……って0が何個も付いた後に1とか2とかっていう位になる程度なんだろうけど、まあやらないよりかはマシか。
 万が一、奴との戦いで生き延びれた場合に千早の世界に移住できるよう、こっちに戻ってくる前に束さんや妙子さん……はまだショックを引きずってたから、史ちゃんの曾祖母さんのまさ路さんにも話は通しておいたし、後は俺次第……だな)















==================================













 タッグマッチトーナメントの翌週月曜。
 と言ってもまだ試合が残っているのだが、試合数がぼちぼち少なくなってきている為、授業は再開されている。

 千早も一夏も、周囲に一夏の行く末を悟られぬよう気を付けてはいるものの、やはり来る本物の一夏との決戦に対する不安はそうそう隠しきれるものではない。
 そして、先にその不安を隠しきれずに周囲に悟らせてしまったのは、千早の方だった。

「あら、千早お姉さまったら、どうされたのでしょうか?」

 セシリアは暗い表情の千早を見て、怪訝そうに言う。
 その彼女の一言にクラスメイト達が反応して、千早の様子をうかがう。

「本当だ。どうしたんだろう?」
「はぁ、でも物憂げな千早お姉さまというのも良いわぁ。
 なんというか、一枚の絵のようで」

 確かに彼女の言う通り、物憂げな表情の千早というのは確かに名画のごとく絵になる情景だった。
 集まっていたクラスメイト達は、セシリアも含めて一様に首を縦に振る。

「それもそうですが……やはり心配ですわね」

 セシリアはそう言うと、千早に話しかけてみる事にした。

「あの、千早お姉さま、よろしいでしょうか?」
「? セシリアさん、どうかしましたか?」

 と、千早はここで気づく。

「って、あの……お姉さまって、僕は男ですよ。
 お姉さまはやめてください、お姉さまは」

 千早はそう言ってため息をつく。
 とはいえ、銀華の女体化機能がある以上、もはやセシリアたちを説得するのは不可能であった。

 もっとも、千早の抗議も全く効果がなかったわけでもない。
 流石に千早と共に学校生活を過ごして早数か月、いい加減「千早が女の子呼ばわりされる事に抵抗を覚えているらしい」という事は、徐々にではあるが周囲の少女達に知れ渡り始めていたのだ。
 ……もっとも、彼女達はまさか千早が本当に男だなどとは夢にも思わず、せいぜいが性同一性障害かもしれない、と考えている程度なのだが。

 セシリアは面と向かって千早をお姉さまと呼べない事を残念に思いながらも、彼に対する呼び名を改める。

「はぁ……お姉さまとお呼びできないのでしたら、千早さんと呼ばせて頂きますわ」

 とはいえ、セシリアは何とも納得がいかない様子を隠せずにいた。
 そんなセシリアの様子を見て、千早はまたため息を漏らす。

「それでセシリアさん、僕にどのような話があったのですか?」

 その千早の一言で、セシリアは本題に戻ることにした。

「いえ、先ほど千早おね、千早さんが浮かない顔をされておりましたので、それがなぜなのか、お話を伺いたいのですがよろしいでしょうか?
 差し出がましいかもしれませんが、私で良ければ相談に乗らせていただきたいのです」

 そのセシリアの返答を聞き、千早は一夏同士の戦いに対する不安をこんな所で露わにしてしまった自分の迂闊さを呪った。
 そして、如何にしてセシリアに対する誤魔化しをするのかを思案する。

(とはいえ、流石に一夏同士の戦いが近いうちにあるだとか、そのうち僕達の知っている一夏の方が偽物だとか、っていうのは、たとえ説明したくても難しいけど……)

 そうしてしばらく思案した千早は、自分の不安を感じているのは白状するとして、その不安の原因を偽る事にした。

「浮かない顔ですか……確かに不安がないと言えば嘘になりますね。
 超エリート校であるこのIS学園の期末テストに、ISに対する学習の下積みが全くない僕がどこまでついていけるのか、というのは大きな不安の原因になりますよ。
 少し気が早いかもしれませんけどね」

 千早はセシリアに対してそう答えた。

「期末テスト……ですか?
 ですが、千早さんは先日の中間テストでは上位の成績を残されていたではありませんか」

 ちなみに一夏の中間テストでの成績は赤点ギリギリである。

「そうはいいますけれど、やはりこのIS学園に入学するため、中学校に入る以前から何年も努力して1万倍もの倍率をかいくぐってきた皆さんに比べると、やはり積み重ねた物が少なくて。
 一夏もそうですけれど、事情があってIS学園に入らされてしまった僕では、下積みの質と量でどうしても皆さんに劣ってしまうんですよ」

 千早はたおやかな苦笑を浮かべて、そうセシリアに話した。

「なるほど……分かりましたわ。
 私、てっきりもっと深刻なお話かと思ってしまったのですが、そうではなくて、ホッとしたやら肩すかしだったやら……」
「ふふっ、でも大事なんてないに越した事はありませんよ」

 千早の優雅なしぐさに、見惚れてしまうセシリアであった。












=====================================













『ふうやれやれ。
 今朝のセシリアさんにはヒヤリとさせられたなぁ』
『俺が言っても説得力ねえんだろうけど、気をつけろよ千早』
『ああ』

 一夏と千早はそんな会話をプライベートチャンネルで交わしながら、昼食をとりに食堂へとやってきていた。

「それにしても、僕って皆から見られてるよなあ。
 今朝のセシリアさんみたいな事がなければ、自意識過剰で済ませている所なんだけど」
「それはそうだよ。
 千早さんは僕達の憧れなんだもの」
「? シャルロットか」

 一夏達が振り向くと、そこにはシャルロットとラウラがいた。

「妙な組み合わせ……でもないか?
 どうしたんだ二人とも」
「ちょっと、この間の僕達の試合の感想戦をもう少し掘り下げてみようと思ってね。
 そしたら、千早さんがあんな事を言ってたから」
「あんな事って……」

 千早は納得できていなさそうな表情を浮かべる。

「あんな事も何も、千早さんって一夏にも負けない位の注目の的だよ?
 千早さんって言えば、IS学園で一番きれいで頭脳明晰、優雅で優しくて多芸、しかもIS学園に来てからISに触れたのにもう僕達代表候補生と戦える才能まで備えたミスパーフェクトなんだもん。
 僕達IS学園の生徒だけじゃなくて、もう色んな国が千早さんに注目していて、どうやって千早さんをスカウトしようか、って考えているはずだよ」
「……そんな大事になっているんですか…………」
「ああ、そう言えば何故だか軍の上の方から、『女らしさを磨くためのコーチとして御門千早をブラックラビットに引きずり込め』などと訳の分からない命令が来ていたんだが、それはそういう事だったのか」
「うっわ、狙われてんだな、千早。
 ……って、ラウラ、それ話してよかったのか?」
「別に機密指定はされていない任務だ。
それに内容から考えて御門千早の耳に入れておかねばならない話でもあるから、大丈夫だろう」

 千早はシャルロットとラウラの言葉を聞いてため息をつく。
 恐らくはシャルロットの言っている理由は建前で、各国の思惑としては束の助手たる史との関わりが深い千早の身柄を確保しておきたい、というのが本当の所なのだろう。
 自分がもろに政治的なゴタゴタに巻き込まれかけている事に、千早はげんなりしてしまった。

「まったく。
 大体、僕や一夏のIS装着者としての才能は、そう大した事のないものですよ?
 少なくとも鈴音さん辺りには大きく劣る筈です。
 いくら僕達が貴女達と戦えると言っても、それには『白式や銀華に特有の、ものすごく素直なマンマシンインターフェース』っていうからくりがあるんです。
 多分、普通のISを装着したら、僕達なんかまともに身動きが取れないと思いますよ」

 千早は妙な過大評価を改めるべく、自らの見解を口にする。

「何? そうなのか?」

 ラウラは千早の言葉に驚き、一夏に尋ねる。

「ん? ああ。
 ほら、白式や銀華ってとんでもない高機動戦闘ができなきゃ単なる欠陥機じゃないか。
 そんな高機動戦闘中に、一つの動作を行うたびにいちいち複雑な計算を5個も10個も処理するなんて芸当、それこそ千冬姉や更識先輩みたいな大怪獣でもなけりゃ絶対無理だろ?
少なくとも俺みたいな常人には一生不可能だ。
 流石の束さんもそこには気が付いてたみたいでさ、なるべく感覚的になんとなくで動かせるようマンマシンインターフェースを改良してくれたんだってよ。
 そのかわり、普通のISとは違って機械じみた正確な動作ってのは、できなくなってんだけどな」
「ふむ、ということはセミオート操作しかできないマンマシンインターフェースなのか?」
「いや、主に脳の運動を司る所から俺達がどう動きたいのかを受け取って、それをIS側にほぼダイレクトに伝えるマンマシンインターフェースで、むしろフルマニュアル入力しかないらしいぜ。
 オートっぽい所は、IS側の処理じゃなくて俺や千早自身の反射をISが受け取って実行しているって話だし。
だから、まあ、確かに白式や銀華以外のISを使わされたら、マンマシンインターフェースの違いのおかげでマトモに動けなくなっちまうと思う」
「なるほど」
「でも白式や銀華のハイパーセンサーって、高感度ハイパーセンサーじゃない普通のハイパーセンサーって聞いてるよ?
 それであの高機動戦闘ができるのは凄いと思うんだけど」
「そんな、ちょっとくらい人より反射神経が鋭い程度で戦えるほど、IS戦闘は甘くないのは、僕達以上に貴女達の方が良く知っているでしょうに」

 千早は苦笑しながらシャルロットに突っ込んだ後、話を続ける。

「それにもう一点。
 僕はこの世界の住人じゃないんですよ。
 いずれは僕が元いた世界に帰るのですから、スカウトなんて出来ませんよ」
「「……あっ」」

 千早の一言によって、とても珍しいことに全く性格が異なるラウラとシャルロットの声がハモった。
 彼女達は「インフィニットストラトス」の存在を知っており、また読んだ事があるので、千早が異世界人であることもまた知っており、千早の一言でその事を思い出したからだ。

「でも、偉い人達って政治力が」
「異世界人である僕には関係ありませんよ。
 帰ってしまえば、彼らからの干渉を一切受けずに生活できますからね」
「じゃあ、政治力で千早さんをどうこうしようと思っても、何もできないんだ」
「そうなりますね。
彼らの組織力を駆使すれば、たとえば人質を取るだなんて選択肢もあるかもしれませんけれど、この世界での僕の係累といえば束さんやの千冬さんやのですよ?
 どう考えても僕本人を狙った方が簡単ですけど、それにした所で、僕のISである銀華は機動性能だけなら最強です。
だから、格上相手でも十分逃げられる余地がありますよ」
「だが、それならコイツを狙えば済む話では?」

 ラウラはそう言って一夏を指さす。

「……いやラウラ。
 そりゃ確かに俺はただの雑魚だけど、俺に手ぇ出したら千冬姉を敵に回すぞ。
 そればっかりは流石に拙いだろ」
「……確かにそのリスクはとてつもないな」
「それを考えると、前に一夏を誘拐したっていう誘拐犯の人達って、ものすごいチャレンジャーだよね……」

 シャルロットの一言に、一夏と千早の表情がかすかに曇る。
 実際には本物の織斑一夏は誘拐されたきり戻ってきておらず、ここにいる一夏が替え玉として送り込まれているからだ。
 一夏は無自覚だったとはいえ、千冬をはじめとする周囲の人間達を年単位の長期間にわたって騙し続けてしまってきた罪悪感を感じずにはいられない。
 シャルロットの一言は、その罪悪感を刺激する一言だった。

 とはいえ、この表情、動揺を読まれるのは拙い。
 千早はそう判断して、優しげな笑顔を浮かべてシャルロットやラウラに話を振った。

「さ、二人とも立ち話はこの辺にしておきましょう。
 早くしないと食堂の席の確保も難しくなりますよ」
「それもそうだね」
「あ、ああ、そうだな。
 お前らも一緒に食うか?」
「ああ、元々お前らとこの間の試合の感想戦をするつもりだったからな。
 一緒に行かせてもらおう」

 そうして一夏達4人は連れだって昼食をとる事にしたのだった。















=======================================














 さて、そんな4人が食事をしている所を、他の生徒達が遠巻きに見ていた。
 一夏が世界唯一の男性IS装着者である事もその注目の一因ではあるのだが、やはり生徒達が女性として御門千早という少女に対して抱いている憧憬の念の方が大きい。

 いくら強い事が良い事だとされているIS装着者とはいえ、彼女達も女性なのだ。
 ラウラのように「可愛いとは一体何の事なんだろう?」と真顔で言う感性の持ち主ではない以上、ミスパーフェクトとも呼ばれる千早に対して憧れを抱いてしまうのは当然であった。

 そんな少女達の中には、千早の性別を知っている筈の箒や鈴音もいた。

「ラウラさんのほっぺたにくっついたご飯粒を取ってあげてる千早さんって、もう完全にお姉ちゃんよね」
「まあ、あの二人はそろって銀髪だからな……」

 難しい表情を浮かべて一夏達の食事風景を眺めていた箒と鈴音は、そろってため息をついた。

「「…………あれで、男って………………」」

 女らしさ。
 そんな、男に対して絶対に負けるわけにはいかない分野で、話にならないほど男性である千早に劣っている我が身を振り返った箒と鈴音は、ため息をついて突っ伏してしまった。

「本当よね。
 あんな素敵な女の子が男だなんて、千早お姉さまもそんな妄言を信じてもらえるなんて本気で思っているのかしら?」
「いえ、千早お姉さまは性同一性障害かもしれない、って話もあるわ。
 障害で自分の事を本気で男だと思い込んでしまっているのなら、ない話じゃないんじゃないの?」
「い、いくら障害のせいとはいえ、あんな素敵な女の子を男と誤認する千早さんの認識って、どうなっているのかしら……?」
「さ、さあ?」

 その一方、他の女生徒達は千早が聞けば奈落の底まで落ち込むような話をしていた。

 とはいえ、全員が全員そのような話をしているわけでもない。
 セシリアら、今朝の千早の物憂げな様子に気付いた少女達は、別の話題を話していた。

「それにしても、千早お姉さまが異世界人って、そりゃ男の人だっていう話よりはずっと説得力があるけどそれにしたって……」

 シャルロットやラウラとの立ち話の途中から様子をうかがっていた彼女達は、千早が異世界人であるというくだりも聞いてしまっていた。
 戸惑う少女達に対して、千早の世界に行った事のある鈴音が重たげに頭を上げながら話しかける。

「ああ、あたしも最初は信じられなかったんだけどね、どうも本当みたいよ。
 篠ノ之博士が作った変なドアを使って異世界に行き来できるのよ」
「し、篠ノ之博士ですか……確かに彼女ならばできそうな話ですけれど」

 鈴音の話に、少女達はうろたえながらも納得した。
 そこで、鈴音と同じように頭を上げた箒が話に加わってきた。

「セキュリティの関係上、一夏達姉弟と姉さん以外のこちらの世界の人間には、その扉の使用権はないらしいんだがな」

 箒は以前、弾と共に千早の家で寝込んだ時に束から聞かされたどこでもドアのセキュリティについて少女達に話す。
 その厳重なセキュリティが、話により一層の真実味を与える。

「それじゃあ、本当に千早お姉さまは異世界人?」
「ああ」
「そ、それじゃあ千早さんの世界には妖精とか、メルヘンチックな生き物がいたりして?」
「いや、ISが存在せず全体的な技術レベルがこちらより僅かに低い以外は、あまりこちらと変わらないようだ」
「そうなの。残念」

 と、ここでセシリア達は今朝の物憂げな表情の千早の様子を思い出す。

「もしかしたら……」
「ん? どうしたのよ?」

 考え込む表情を見せたセシリアに対して、怪訝そうな表情を浮かべる箒と鈴音。

「いえ、皆さんは今朝の千早お姉さまの物憂げな様子は憶えていますわよね?」
「え? 千早さんが、そんな顔を?
 なんかあったのかしら?」

 セシリアの言葉に吃驚する鈴音。
 その隣では、箒が鈴音と同じように目を丸くしている。

「ええ。
本人は、私達より少ない下積みで期末テストに臨まねばならない不安、とおっしゃっておりましたが、それにしては少し表情が深刻すぎるような気がしていたのです」
「ふむ……」

 セシリアから伝え聞く千早の様子に、箒と鈴音も先ほどのセシリアのように考え込む。

「それで、もしかしたら、と思うのですが……」
「何よ。
 もったいぶらずに本題に入りなさいよ」

 鈴音の一言に、周囲の少女達も頷く。
 それに促されるように、セシリアは話を続ける。

「もしかしたら、千早お姉さまが物憂げな顔をしてらしたのは、期末テストが原因などではなく、異世界人である為にいずれはこちらの世界の住人である一夏さんと別れねばならない事を儚んでおられたからではないのでしょうか?」
「「「「「「なるほど」」」」」」

 セシリアの話に、他の少女達はもとより千早の性別を知っているはずの箒や鈴音までもが納得してしまう。
 いくら千早が本来は男性だと言っても、銀華には女体化機能がついており、さらに箒と鈴音は弾が口にしたあまりにも不吉すぎる一言を聞いた事があるからだ。

『……いや、一夏の奴って理不尽な位モテますよね……女の子を惹き付ける妙なフェロモンでも出してるんじゃないかっていう位の勢いで…………』

((や、やっぱり有り得ないほど強敵ぃぃぃぃぃいいぃっ!!))

 そんな風に箒と鈴音が衝撃を受けているのを横目に、少女達は

「ああ……なんて悲しくてロマンチックなのかしら……」

 と陶酔していたり

「千早お姉さまったら一人で抱え込まずに、私達に相談してくれても良かったのに……」
「でもあんな事情じゃ、相談するにできなかったのかもしれないわ」
「千早お姉さまが織斑君のそばを離れたがらないのも、一緒にいられるうちに少しでも一緒にいようとしているのかしら……」

 と、見当違いに千早の心情を慮ったりしていた。
 様々な反応を見せる少女達であったが、彼女達に共通していたのは、これ以降千早を見る彼女達の視線に、優しさが多く混入するようになった事だった。



















====================================
















「ん? どうしたんだ、千早?」
「いや、何かが取り返しのつかない事になったような気がして……
 命には別条ないのは妙に確信できるんだけど……」
「命に別条がないなら、別にいいんじゃねーのか?」
「う~~~ん」












==FIN==







 ええ、遅くなりました。
 前回の後すぐに最終決戦を書こうと思ったんですけど、上手くつながってくれなかったので、今回はつなぎの話。
 遅筆化が激しい上に一からの書き直しもしたので、もっと遅くなってしまいました。

 そして、より本格的に取り返しがつかなくなってしまったちーちゃんですが、もうすぐお役御免ですので傷は広がらないでしょう……本人には。
(千早は一夏を強くするためのパートナーですので、その一夏が史上最強の本物の一夏に入れ替わった時点で、IS世界にいる理由がなくなります。
 妙子も千歳の問題が解決したこともあって、説得不可能が癒えてきていますので、千早は問題なく元の世界に戻れます)

 自分がいなくなった後のIS世界などというものを想像しないよう、千早には強く勧めたい所ですねww
 もしうっかり想像してしまったなら、SAN値がガリガリ削れる所でしょう。

 さて、今回は思いもかけずラブコメパートをする事になりましたが、次こそは最終決戦に入ると思います。
 最強対最弱、まるで上条さん対一方通行みたいな触れ込みですが、実際問題似たような戦力差ですので、マトモなバトルパートにはなりませんけどね。



[26613] 夏だ! 海だ! 臨海学校だ!! ……のB面
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:ff05419c
Date: 2013/05/08 22:29
 代表候補生達と箒は、アリーナに集まってシミュレータで一夏と千早のデータと対戦していた。
 本人達は、GNドライブの機能確認をするため、アリーナの別の場所で色々と試しているらしい。

 少女達は一人脱落で敗北が決まってしまうとはいえ、6対2という数的優位を確保していながら、格下であるはずの一夏と千早のデータを相手に連敗を重ねていた。

「つ、強い……」
「二次移行した後の白式と銀華の性能は、他のISとはまるで別次元だ。
 例えるなら、レシプロ機に対するジェット機といったところか。
 お前達のISとの性能差が激しすぎて、今のお前達の実力では正直言ってどうにもならんぞ」

 呻く箒に、千冬が答える。

 一夏と千早のデータは、二次移行の時についた追加装備を巧みに操り、手数を生かした擬似的なオールレンジ攻撃を引っかかる事すら困難な極めて微かなフェイントや、0.03秒以下の一人時間差などと併用して行ってくる。
 おまけに全ての、とはいかずともほとんどの攻撃が、慎重に慎重を重ね、いくつもの布石を打った上で行われているため、例え単純な戦闘能力で少女達の方が圧倒的に格上であるとされていても、一夏達の攻撃を凌ぐ事は不可能に近い。
さらに言えば、彼女達が運用している飛び道具の多くよりも白式や銀華の機動の方が速く、また慣性も何もあったものではない異次元機動に磨きがかかっていては、捕捉し続ける事だけでもかなりの労力を要求されてしまう。
 しかも普段から二人でシミュレータを使用している事から、二人の息の合い方も尋常ではない。
 これでは、数的有利を確保した上で中身の性能差で勝っていても、対抗のしようがなかった。

 実のところ、少女達が対戦しているデータは実機よりもスピードが抑えられており、速度はもとより反応速度も落とされ、さらなる異常機動を実現するトランザムも封印されていたのだが、彼女達はそれを知る由もない。
 ちなみに千冬はどうかと言えば、シミュレータよりも手強い本人達二人を相手取って、ブレードだけで一方的に蹂躙する事が可能である。
 白式雪羅には後れを取ったとはいえ、それでも公的には彼女は世界最強とされているのだ。
 ISでの戦闘は、中身の実力の影響が戦闘機での戦闘よりもはるかに大きい為、千冬の実力をもってすればレシプロ機とジェット機程度の性能差を覆すことなど赤子の手を捻るよりも簡単である。

「それにしても……織斑先生、本当に白式と銀華には高感度ハイパーセンサーやハイスピードバイザーの類は装備されていないんですか?」
「ああ。
 私もそう思って何度も確かめたのだがな、確かにあの二機に装備されているのは通常仕様のハイパーセンサーだけだったぞ」
「どういう反射神経……」
「本人達は、その反射神経でお前達に劣っていると考えているらしいがな」
「……怪物呼ばわりされた時も思ったけど、アイツも千早さんも代表候補生の事を買いかぶりすぎだって」
「まったくだ。
 代表候補生ごときで人間を辞めた強さだなどと、大袈裟も良い所だ。
それに、私だって別に人間を辞めたつもりはないんだぞ」

 千冬や少女達は知る由もない事なのだが、実際には人間を辞めているのは一夏の方で、一夏はトランザムバーストのやりすぎでGN粒子の影響を大きく受けてしまい、ガンダム00では「イノベイター」と呼ばれていた高い身体能力と反射速度、脳量子波と呼ばれる特殊能力を持った新人類に変貌してしまっている。
 とはいえ、それでもなお一夏の戦闘力は、千冬はおろかラウラや簪といった生物兵器として育成されただけの少女達にも劣っているのだが。
 ちなみに、千早も女体化している時に限り、イノベイターとなっている。

 イノベイターは常人よりも長寿とされる為、妙な軋轢が心配されるが、千早は男性の状態では常人であるし、粗悪品のクローンである一夏は元々の寿命が非常に短いと考えられるため、イノベイター化してようやく人並といった所である。

 それはともかく、そんな事を言う千冬に、ラウラを除く代表候補生達と箒の視線が突き刺さる。

「ん? どうした、お前ら」
「「「「「いえ、別に……」」」」」

 公式世界最強。
 千冬の圧倒的な戦闘力は、人外の領域に足を踏み入れているように思えてならない少女達だった。














========================================




















 一方の一夏達はというと、トランザムバーストに関する実験・検証・練習を行っていた。
 とはいえ、実際にそれを行っているのは一夏一人で、千早は隅の方で膝を抱えてうずくまっていたのだが。

「ど、どうして女性化してないと一夏とトランザムバーストが出来ないんだろう、と思っていたら……2基のGNドライブを同調する対のGNドライブにする為には、ISの中身の性別まで対じゃないといけないとか、なんだそれ…………
 い、いくらISは機動兵器であるMSよりも中身の占める割合が大きいパワードスーツだって言ったって……あんまりだ……」
「……声がかけ辛いわね…………」

 一夏と千早の護衛として二人と一緒にいる楯無は、どんよりと影を背負った千早の様子を見守る事しかできないでいた。

「ま、まあソイツも一応男ですからね。
 流石にその理屈は嫌でしょうよ」
「……一応、ってどういう意味だ?」

 千早はジト目で一夏を睨む。
 どう見ても銀髪碧眼の可憐な美少女が、ほほえましく不機嫌になっているようにしか見えない。
 すると、一夏は千早に向かって話し始めた。

「へこんでいるお前にゃ悪いとは思うけどよ、それがとっかかりになって俺一人のトランザムバーストが出来るようになったんだから、良しとしてくれないか?
 おかげで本当なら100%確実に叩き殺される所を、少しは生き延びられる芽が出たんだからさ」

 一夏が「叩き殺される」と言った所で、千早と楯無の表情が曇る。

 一夏が生き延びる為には、本物の一夏との戦闘中にトランザムバーストを起こして本物の一夏の人格を回復させた上で、見逃してもらう以外に方法はない。
 その為、トランザムバーストが使えなければ、一夏の死亡は確定事項と言ってよかった。
 とはいえ、トランザムバーストが使えてもなお、千冬をも大きく凌駕する本物の一夏との戦いで助かる見込みは、0.01%以下、文字通り万に一つもないと考えて良い。
 一夏の主人公補正が実際に確認され、千冬ですら本物の一夏に及ばず、また千冬には死亡フラグが存在する疑いがあるのを考えれば、それでもなお一夏が自分で戦った方が千冬が戦うよりも勝算と勝率があるのだが。

「そんなに心配すんなよ。
俺には主人公補正がついているんだ。
だから、ほんの少しでも助かる見込みがあれば大丈夫だって」
「「始めからそんなモノに頼らないで欲しい(な)(わね)」」
「あう」

 公式世界最強さえ凌ぐ達人VSド素人という戦力差がある以上、一夏自身の実力など誤差にすらならない。
とはいえ、最初から補正頼みというのは問題があると、千早と楯無は同時に釘を刺す。
 流石にそう言われてしまうと、一夏も二の句を上げる事が出来ない。
 なので、一夏は補正に関する発言をここで打ち切った。

「そ、それに千歳ちゃんのおかげで少なくとも死後の世界があるって事は分かっているからさ、死んだらそれまでって思っている奴よりかは気が楽だよ」
「……でも、千歳さんは化けて出てきたのであって、生き返ってきたわけじゃない」
「それに彼女本人も、いずれ成仏する必要があると感じているみたいよ。
 やっぱり、生きている人間と幽霊は違うわ」

 一夏が死ぬ事に対してタカをくくっていると思った千早と楯無は、そう言って再び一夏に釘を刺す。
 一夏も今の自分の発言には問題があると気付いたのか、恥ずかしそうに後頭部を掻いた。

「そりゃそうですけどね」
「とはいえ、相手はあのブリュンヒルデ・織斑千冬さえ圧倒する超強敵。
 死んだ所で何とかなる、くらいの気持ちじゃないと戦えなくなってしまうのかも知れないわね」

 楯無は一夏の立場を省みて、単純に一夏がタカをくくっているわけではない事に理解を示した。
 その彼女の反応を見て、ホッと一息つく一夏。

「それで話は変わりますけど、臨海学校って今週末からでしたっけ?」
「そういう事は、別学年の私に聞かないでもらいたいわね。
 まあ、確かにそうだったはずだけど」
「じゃあ、どのみち俺がIS学園に……いや、この世界にいられるのもあと少し、っていう事ですね……」

 そう呟く一夏の胸には、名残惜しいという思いが去来していたのだった。


















========================================














 一夏がそんな事を呟いた一方で。
 臨海学校を機に一夏との距離を縮めようと考えた箒や鈴音が、千冬に
「アイツはこの間の期末試験で赤点を食らったから、IS学園に居残りだぞ」
 と言われ、愕然としたのは完全に余談である。



















========================================












 そして、その臨海学校当日。
 IS学園の1年生達は、唯一赤点を取って居残る事になった一夏に見送られて、バスで海へと向かって行った。

「あ゛、あ゛あ゛ああああ…………」
「ほらほら、いつまでそうしているんですか、箒さん。
 頭を上げてくださいって」

 出発したバスの中では。
 箒と近い席になった千早が、一夏との距離を縮められるはずのイベントが流れてしまったというショックを引き摺っている彼女をなだめていた。
 何故か千早の体は女性化している。

「ええい、鬱陶しい。
 御門、そいつはもう放置しておけ。
 あの馬鹿者が赤点食らって臨海学校に行けなくなったことは、もう何日も前から分っていた事ではないか」
「は、ははは……それは、まあ確かにそうですけど」
(もっとも……僕は期末試験よりずっと前から分ってましたけどね)

 千早達の席は比較的前にあるせいか、教員である千冬や山田先生との距離も近い。
 これは先日襲撃された千早や束の妹である箒が何者かに狙われても、技量の高い教員で対処できるように、と配慮された結果の席順であった。

「それで、御門さん海で泳ぐのは大丈夫ですか?
 水着を着るのを嫌がる御門さんの話を何度か聞きましたから、その辺りが心配なんですけど」
「ああ、それなら大丈夫ですよ。
 海水浴の時には、姉に代わってもらいますから」
「…………へ?」

 山田先生は思いもよらない千早の返答に目を丸くさせた。

「ああ、確か死んだ姉の亡霊に取りつかれているのだったな」
「へ? ボーデヴィッヒさんまで何を言い始めているんですか?」

 近くにいたラウラまでトンデモナイ事を言い始め、山田先生のみならず千冬や周囲の少女達まで吃驚する。
 ギョッとしたショックにより、箒も復活する。

「いえ、本当にコイツには亡霊が憑いています。
 実際に、その亡霊が私に憑依した時の映像も残っていますよ」

 ラウラはそういうと、手持ちのハンディビデオカメラで、千歳に憑依されている自分の映像を一同に見せる。
 天真爛漫な笑顔を振りまくその姿は、普段の軍人然とした振る舞いよりもはるかにラウラの外見にマッチしていた。
しかし、ラウラの性格から言って、それがラウラ本人の振る舞いとしてはあり得ない代物である事は全員が良く分かっている。
演技だとしても、ここまでハイクオリティの演技はラウラには不可能。
確かにその映像は、ラウラの姿をした別人の映像であった。

その映像を見て、箒は思い出したように千早に話しかけた。

「……もしや、千早さんに水着を着せようとしたら千早さんの性格がいきなり変わったという話も…………」
「ええ、姉に乗り移られてたらしいんですよ。
 本人は僕に対する助け舟のつもりのようでしたけど」
「「「「「…………」」」」」

 一同絶句。

「今日、僕が女体化しているのも、僕に憑依する姉の負担を軽くするためなんですよ」
「いや、女体化って、御門さんは元々女の子なんじゃ」
「……僕の素の性別は男ですよ、山田先生」
「そうは言いますけど、胸元以外は普段と全く変わりありませんよ」
「…………」

 その後、そこから話が発展するようにしてガールズトークが展開される。
 本来は男性である千早には彼女達についていく事が出来ず、窓から車外を眺めながら一夏の無事を無言で祈る事にしたのだった。
















========================================




















 そんな風に和気あいあいと臨海学校が行われている裏では、一年生の中で唯一IS学園に残った一夏が補講と追試を受けていた。
 当然、護衛役の楯無も一緒である。

 だが、楯無は一夏との事前の打ち合わせにより、もし襲撃者が来たとして、それが白式雪羅=本物の一夏だった場合、一切手を出さない事にしていた。

(……とはいえ、片腕がふさがった状態で織斑先生と互角に打ち合う化け物なんて、私じゃ手を出した所で鎧袖一触にされてしまうんでしょうけれどね)

 楯無は内心そう呟いて、己の無力を嘆く。
 そんな楯無に、一夏が話しかけてきた。

「更識先輩、今日の分の補講と追試が終わりました。
 それで、ちょっと勉強を見てもらえませんかね?
 そっちの方が更識先輩も護衛しやすいでしょうし」
「……そうね、そうしましょうか」

 そうして、一夏と楯無は二人して普段一夏と千早が生活しているアリーナの一室に向かう。
 その途中、二人はプライベートチャンネルで何時白式雪羅の襲撃があるのかを話し合っていた。

(それで先輩、臨海学校のうちに襲撃があるっていう俺の目算通りに行ってくれますかね?)
(ここにきてそんな事を言い始めないで欲しいわね。
 でも、まあ本物の篠ノ之博士にしても、本物の貴方と織斑先生の姉弟対決は避けたいと思っているでしょうし、狙うとしたら織斑先生が不在の今が一番なのは確かね)
(じゃあ問題は、「今」の何時なのか、ですね。
 今日中なのか、明日以降なのか、昼なのか夜なのか)
(セオリーとしては夜ね。
 『インフィニットストラトス』での襲撃は昼間に集中していたようだけど、あれらは多分にパフォーマンス的な要素が強いように思うわ。
 翻って今回は、なるべく貴方と本物との入れ替わりを隠密裏に進めたいでしょうから、ああ派手には来ないでしょうね。
 だとすると、やはり夜かしら。
 正確に判断するには、少し判断材料が少ないけどね)
(そういや、前回の襲撃も派手なアピール的な要素がありませんでしたね)

 そしてその夜、楯無が言った通りに白式雪羅が襲撃してきた。

 事の発端は、一夏が一通り楯無に勉強を見てもらった後、普段通りに訓練を行おうとISを装着した事に始まる。
 一夏がISを装着した途端、護衛をしていた楯無の目の前で一夏の姿が一瞬揺らいだかと思うと、忽然と姿を消してしまったのだ。

 ISを装着した途端に通常の空間から消える。
 それは前回のマドカの襲撃と全く同じシチュエーションだった。
 その事から、今回の襲撃もマドカと同じクチ、すなわち本物の束の差し金であると考えられた為、楯無は一夏との打ち合わせの通りに、祈るような思いで静観をする事になった。

(……織斑君、どうか無事で…………)

















========================================



















 一夏は二度目となる湾曲空間の中で周囲を見渡した。
 すると、白い全身装甲型のISが悠然と飛んでいる姿が目に入ってきた。
 表示されるISネームは「白式雪羅」。

 それは、本物の織斑一夏だった。

(良かった。姿を確認させてくれたか。
 実力差を考えれば、殺された事に気付く事すらできず、いつの間にかあの世にいたって可能性の方が高かったからな。
 生き延びる為の第一関門はクリア、って所か)

 一夏がそんな事を考えていると、本物の一夏が機械のような無機質な口調で彼に話しかけてきた。

「捕獲目標及びデータ収集対象を確認。
 データ収集の為、本機との戦闘行為を要請する」
「んなっ、実力差考えろ実力差!!」

 彼我の戦力差を考えればあまりに無体な事を言われ、一夏は狼狽する。
 とはいえ、先方がデータ収集を目的としている以上は、圧倒的な実力差に物を言わされて、一瞬で叩き殺される可能性だけは低いという事。

(つまりは……トランザムバーストに巻き込みやすい!!)

 一夏はそう判断すると、トランザムシステムを起動させる。

 と、唐突に一夏の体に激痛が走ったかと思うと、凄まじい衝撃で吹っ飛ばされてしまった。

 一夏が先ほど自分がいた場所を確認すると、そこには本物の一夏がブレードを片手に佇んでいた。

(ちょっ、なっ、今、何がっ!!)

 戸惑う一夏を尻目に、一夏に認識できない猛攻が襲い掛かる。
 避けるも何も、あらゆる攻撃が何の前兆もなしに唐突に一夏に命中し、一夏にクリーンヒットしたという結果だけを残して消えていく。
 白式雪羅の速度は銀華とは比較にならないほど遅いにもかかわらず、一夏にはその動きを捕捉し続ける事が全くできない。いつの間にか一夏の傍にいて、一夏に気付かれる事なく斬撃を浴びせてくるのである。
 それならば、と動き回ろうとしても、正確無比な偏差射撃による荷電粒子砲は確実に一夏を捉え、プラネイトディフェンサーによるGNフィールドでそれを防げば、何故か全く見当違いの方向から、絶対避けられない斬撃がGNフィールドを切り裂いて襲い掛かってくる。
 絶望的な実力差は、あらゆる攻撃、防御、回避を全く無意味化させていた。
 トランザムバーストを発動させる余裕など、あろうはずもない、

 データ収集を目的としている、という宣言通りなのか、白式雪羅は攻撃力を極端に抑えながら戦っている。
 そうでなければ一夏は、この数分間だけで何十回殺されたか知れたものではない。

 そして、一夏が何もできないまま時間だけが過ぎていき、トランザムシステムの機動限界は刻一刻と迫ってくる。

(やばい、トランザムが終わっちまったら、本物の俺がそれ以上データ収集できないっ!!
 そしたら、奴に三味線弾いている理由がなくなっちまう!!
 そうでなくてもトランザムバーストが発動できなくなりゃ、確実にお陀仏だ!!)

 そこで一夏は、一か八かで本物の一夏の攻撃を敢えて無防備に受けつつトランザムバーストを行う事を試みる。

「トランザムっ……バーストぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 一夏は無数の斬撃、砲撃を浴びつつも、全身を襲う激痛に耐えつつなんとかトランザムバーストを敢行する事に成功。
 しかし……形成された量子空間の中に、本物の一夏の姿は見られない。
 トランザムバーストを攻撃の一種と判断した本物の一夏が、その間合いを見切って回避した、という事らしかった。

(じょ、冗談じゃねえぞ。
 こんなやってる本人もどこまで届くかわからない、広範囲に影響するトランザムバーストを見切るとか、どんだけなんだよ!?
 つーか、トランザムバーストを発動させる直前に俺は奴に斬られたはずだぞ?
 なんでそれで巻き込まれずに済ませられるんだ!!)

 そして、不発に終わったトランザムバーストの量子空間が消えると同時に、白式朧月のトランザムも終了する。

(まいったな……ここで詰みかよ)

 一夏は打つ手を無くし、観念して悠然と佇む白式雪羅に目を向ける。
 白式雪羅は、本物の織斑一夏は、絶対的強者として一夏を睥睨していた。

 と、そこで白式雪羅に変化が見られた。

「データ収集終了。
 これより……?」
「?」
「白式雪羅の三次移行を確認。
 戦闘行為を一時中断、三次移行終了まで待機」

 そう、白式雪羅は三次移行によって新たな姿へと新生しようとしていたのだ。

「おいおい……今の時点で無敵じゃねえかよ。
 さらに強くなってどうするつもりなんだ」

 と、一夏はそこで白式雪羅が見覚えのある粒子を大量に放出している事に気付く。

(こいつは……まさかGN粒子か!?
 なら、今、奴はトランザムバースト状態なのか?)

 となれば、やるべきことはただ一つ。

(トランザムバーストになってない可能性もあるけど、それは今は考えないっ!
ここで奴に接近して、奴が形成している量子空間に突っ込む事が出来れば……っ!!)

 一夏は白式雪羅めがけて突っ込む事にした。
















========================================



















 そこは、一夏にとって見覚えのある、否、ここ最近は毎日のように見ていた光の粒子に満ちた空間だった。

「よしっ、やっぱりトランザムバースト中だったか。
 後は、奴の意識を見つけて……ん?」

 一夏の視線の先には、一人の少女が佇んでいた。
 この戦場には二人の一夏しかいなかったはずなのに、である。
 と、少女は怪訝そうにしている一夏の姿に気付いて近づいてきた。

「……君は?」
「……私の声は、本物の貴方には届かなかった。
 けれど、貴方には届いているみたい」

 少女は一夏の質問に答えず、自分の言いたい事だけを言ってきた。
 それどころか、少女の方が一夏に質問を投げかけてくる。

「貴方は何をしにここに来たの?」
「へ? 俺は……」

 こんな質問をされる状況など全く想定していなかった一夏は、少し言いよどむ。
 とはいえ、量子空間内では隠し事もできないだろうと、一夏は素直に白状することにした。

「本物の俺に、奴が本来満喫するはずだった、俺が奴から取り上げてしまった平凡な日常を、記憶だけでもくれてやるためだよ。
 俺の記憶を、本物の俺に移植するんだ。
 人間としてマトモな、日常の記憶が手に入れば、今の人格が完全に失われた本物の俺の状態もいくらかはマシになると思ってさ」
「……本物の貴方を、貴方のカーボンコピーにしてしまうつもり?」
「……確かにそういう事なのかもしれない
 けど、それでも人格を持たない工作員なんてのよりはマシな状態なはずだ。
 それがとっかかりになって、後は『織斑一夏』ってえ立場を取り戻せば、後は千冬姉や箒、弾や鈴音なんかとの生活で、奴自身の人格が再構築されてくれるさ」

 一夏の返答を聞いた少女は、さびしげに微笑む。

「……貴方は、本物の貴方の事を本気で思いやってあげているのね。
 自分自身が犠牲になっても構わないほどに」
「いや、そもそも俺が『織斑一夏』をやっている事自体がおかしいのさ。
 それを正すだけだよ」
「そう……分かったわ」

 少女は改めて一夏に向き直ると、こう宣言した。

「貴方に協力するわ。
この空間も可能な限り維持するし、他にもサポートするから、その間に貴方の記憶で本物の貴方の人格を取り戻して」

 少女はそう言い残すと、掻き消えるようにして消えてしまった。

「ちょっ……
 なんだったんだ、今の子は?」
 
 とはいえ、本当にトランザムバーストの時間を引き延ばしてくれるというのならば、一夏としてはありがたい話である。
 一夏は気を取り直して、本物の一夏を探そうとして……光の粒子に満ちたこの空間内で、あからさまに「虚ろ」な場所が存在している事に気付いた。
 見れば、そこには一夏と全く同じ容姿の少年がいる。

「アイツか」

 量子空間内だからこそ分かる。
 その少年、本物の一夏にはおよそ人格などの「内面」と呼べる代物が全く存在しない事が。
 一体、何をされればそんな状態になり果てるのか。
 一夏は、本物の一夏が受けたであろう工作員としての「教育」に恐怖した。

「こいつにも、誘拐される前までの思い出だってあったはずだろうに。
 それまでの思い出や、形成された人格が完全消滅しちまうなんて、ホント何されたんだよ」

 とはいえ、それは今回の本題ではない。
 一夏は、自分の記憶を本物の一夏に転写する事にした。
 この転写もぶっつけ本番ではあったものの、先ほどの少女がサポートしてくれているのか、思いのほかはかどる。

「俺の記憶を得た所で、人格って呼べるもんが構築されてくれる保証はどこにもないんだよな」

 何しろ、本物の束すらも匙を投げなければならないほどに、徹底的に人格を破壊されているのである。
 たかだか数年の記憶ごときで回復できるとは、到底思えなかった。

「となると……俺の人格の転写、か。
 できればやりたくない最終手段だけど、それも、奴が回復の兆しを見せてくれなかった場合の話だな」



…………そうして、一夏は量子空間内で可能な作業をすべて終えた。

 そして通常空間に復帰した一夏に待っていたのは、回避不能の斬撃とそれに伴う意識の喪失だった。









==FIN==





 お久しぶりです。
 最近マインクラフトにハマってしまって執筆が遅れに遅れた平成ウルトラマン退院軍団(仮)です。

 こんな終わり方ですが、一応まだ続きます。
 しかし……彼我の実力差がありすぎるせいで、ホントにマトモなバトルパートになりませんでしたねww
 まあ、世界最強クラスVSど素人ですから、こんなもんでしょう。

 翻って、普通に臨海学校に行っている連中との温度差がすごいことになってます、
 まあ、一夏は一人で戦っているのは、彼女達を巻き込まないためですから、仕方がないんですけどね。

 千早達、臨海学校に普通に行った面々の話は次回にしようかと思っています。

 それでは、また。



[26613] いや実際、一夏じゃ生きてけないでしょIS世界って
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:ff05419c
Date: 2013/10/04 21:06
 さて、一夏をIS学園に残して出発したバスは、無事に海へとたどり着いた。
 今日は宿へと手持ちの荷物を運びこんだ後、夕食の時間まで自由時間となる。
 丁度海へとやって来ているのだから、少女達が水着に着替えて海岸に繰り出すのはごく当然の流れであった。
 ……が。










 抜けるような青空。
 白い砂浜。
 寄せては返す波音を背景に、少女達の楽しそうな声が飛び交う。

 そんな周囲の光景に似つかわしくない、暗くよどんだ空気が流れる海岸の一角で。

「おい、お前達。
 何を荒んだ表情で膝を抱えて座っているんだ」

 千冬は、体育座りで影を背負っている箒と鈴音に対して声をかけた。

「いや、だって、だって……水着を着ても、見せる一夏がいないし……」
「それなら、一夏を恨むんだな」
「それに、それに……千早さんが、千早さんが……」
「ち、千早さんの……千早さんのあのプロポーション、あの肌……
 本当にあの人は本来なら男なんですか……」

 涙をためて二人が視線を送るその先には、千早……否、千早に憑依した千歳の姿がある。
 当然、女性物の水着に身を包み、美しく整った巨乳以外は男性時とまったく変わらないにもかかわらず、女性の理想といって良いプロポーションとガラスのような素肌をさらしている状態である。
 そう、銀糸の髪と菫色の瞳に彩られた神秘的な美貌も、魅惑的な脚線美も、そこからのマーメイドラインも、色気のあるうなじから背中にかけてのラインも、まろみのある体つきも、男性時と変わらないのだ。

 中身は千早ではなく千歳である為、女性物の水着を恥ずかしがる様子はなく、眩しいくらいの笑顔で水遊びを楽しんでいた。

「……二人とも、アイツについてはあまり深く考えるな。
 頭の出来で、あそこにいる阿呆と張り合うようなものだぞ」
「「ふぇ?」」

 千冬が指さした方向に2人が視線を向けると、その先には束に手を噛まれようとしているセシリアの姿があった。
 当然だが、噛みつかれたセシリアは悲鳴を上げる。

「……は? 姉さん?」
「……なんでセシリアに噛みついてんのよ、あの人?」
「偽物ほど真人間じゃないからな、アイツは」
「へ?」

 千冬はそういうと、束に噛みつきを止めさせるべく束とセシリアの方に走って行った。

「いた、痛い、痛いですわっ!!
 ちょ、私が一体何をしたって言うんですか!?」
「馴れ馴れしく私に話しかけるんじゃないよ。
 束さんには毛唐の知り合いなんかいないんだから」
「オルコット、また噛まれたくないなら距離をとっておけ」

 千冬はそう言いながら、手を押さえているセシリアを背中に庇うようにして、束とセシリアの間に割って入る。

「まったくお前は、久しぶりに顔を見せたと思ったら、私の生徒に危害を加えおって」
「いやあ、だって馴れ馴れしかったんだもん」
「は?」
「ええと、久しぶりって程じゃないはずよね?
 だってこの間、IS学園に来ていたし」

 千冬と束のやり取りに困惑する周囲の女生徒達。
 束が度々IS学園に来ている所を見た事があるので、千冬の「久しぶり」という言葉に戸惑ったのだ。

「……最近IS学園に出入りしているのは、コイツが製造したアンドロイド、偽物だ。
 この間、自分が偽物だという事を知ってしまったショックで寝込んでいたぞ」

 思いもよらない千冬の言葉に、しばし唖然としてしまう一同。
 ややあってから、鈴音が絞り出すような声でツッコミを入れた。

「……アンドロイドって、ショックで寝込むんですか……」
「って、偽物って……確かあの姉さん、ISコアを作ってませんでしたか?」
「ええ~~~? 箒ちゃん、ISコアを作れなかったらこの天才科学者、束さんじゃないよ?
 偽物でもISコアが作れなかったら、すぐに偽物だってバレちゃうじゃない」
「い、いや、確かにそうかも知れませんけど……」

 箒は若干引き気味な様子で束に受け答えをする。
 言われてみれば、目の前にいる束はここ最近の彼女に比べて、刺々しい以前の彼女に近い。
 彼女が認識できる相手は、織斑姉弟と自分のみ、両親すら認識できているのか怪しいとまで言われているのが以前の束なのだ。
 それを思えば、千早の家に居候し、史との仲も悪くないここ最近の束の方がおかしかったのかもしれない。
 ……とはいえ、流石に偽物だとは思わなかったが。

「いやあ、でもねえ。
 正直言って失敗作なんだよね、アレ。
 デコイの癖に異世界に逃亡とか、一体何考えてるのやら。
 束さんが作る物は全て完璧っ、ぱーふぇくとだったのに、あんなのがあったんじゃ汚点なんだよねえ」
「その偽物なんだがな、お前が怖くてこちらの世界に帰れないそうだぞ。
 もう二度とこちらの世界の土を踏む気になれんそうだ」
「ええ~~、ノコノコ戻って来た所を廃棄処分にしようと思ってたのに」
「……だから怖がられるんだろうが」

 そんな千冬と束のやり取りの横では。

「セシリアさん大丈夫?
 私がね、いたいのいたいのとんでけーしてあげるね!
 いたいのいたいのー……とんでけーっ!!」

 とセシリアの手についた束の歯型にいたいのいたいのとんでけをする千歳と、そんな彼女の姿に萌えるセシリア他女生徒たちの姿があったのだった。










 その後、しばらく千冬と不毛なやり取りをしていた束は、話が一段落した所で箒の手を引っ張って海へと駈け出して行った。

「へ? ちょ、ちょっと姉さん!?」
「ちーちゃんとの積もる話もいいけど、せっかく海に来てるんだから、一緒に遊ぼうよ。
 ほーら、ちーちゃんも一緒にーーーっ!!」

 束はそう言いながら、千冬に向かって大きく手を振る。

「……どうするんですか、織斑先生?」
「篠ノ之もついているとはいえ、またオルコットのような被害者を出すわけにもいかないでしょう。
 私は向こうで束を見張っていますから、山田先生には他の生徒達の事をお願いします」

 千冬はそう言って、山田先生など他の教員に後の事を任せて束と共に過ごす事にした。

 箒は「束が最近真人間になってきたと思ったら、それが偽物で本物は相変わらずだった」という現実に直面した直後という事もあり、束を災厄の源のように感じていた。
 ……なのだが、強引な形にせよ束とごく普通の姉妹としての水遊びをする事になり、やはり彼女もまた家族を必要とする一人の人間なのだと再認識する事となった。
 これについては、千冬も似たようなものである。

 そして自由時間終了後、束はしれっと宿にもついてきた。
 どうも一緒に宿泊するつもりらしい。
 本来なら部外者としてつまみ出すのが筋なのだが、「束の所在は分かっていた方が安全だ」という判断から、本来なら一夏に割り振られるはずだった部屋を束の部屋にする事になった。











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 夜。
 夕食も入浴も済んでしまい、消灯時間も少し先というフリーの時間。
 千冬は宿の廊下を歩いていた千早に声をかけた。

「御門」
「? なんですか、千冬さん?」
「……少し話がある」
「話、ですか?」
「ああ……お前と、束にな」
「……え?」

 千早にとっては意外な組み合わせである。
 そもそも千早は本物の束とは今日が初対面で、碌に話もしていないのだ。

 それを知ってか知らずか、千冬は千早を連れて束の部屋を訪ねる。

「邪魔するぞ、束」
「ん~~? ちーちゃん?」

 束は千冬を歓迎しようとするが、千早を見て露骨に顔をしかめる。
 千早が彼女の認識対象ではないからだ。

「……相変わらずだな。
 だが御門には同席してもらう……私はお前達二人に話があるからな」
「……私と、このオカマに話?」
「……オカマって……」

 千早は男性扱いされてうれしいやら、変態呼ばわりされて悲しいやらと微妙な心境になってしまう。

「それで、話ってなあに?」
「……束、お前は何を考えて本物の一夏に偽の一夏を襲わせたんだ?」
「っ!!」「え? 何の事?」
「ふん、お前がとぼけて見せても、御門の方は図星を衝かれて反応していたぞ」

 千冬がそういうと、束は恨みがましいジト目で千早を睨みつける。
 千冬はその視線を無視して、千早に話の続きをした。

「……御門、お前も知っていたな?」
「千冬さん、なんで……」

 千冬は千早の呻きに応える。

「一番最初のきっかけは『インフィニットストラトス』だ。
 アレを読んで、自分の滑稽さに気付かされたんだ」

 千冬は自嘲気味にそう吐き捨てる。

「ちーちゃんが……滑稽?」
「ああ滑稽だ。
 『インフィニットストラトス』の『織斑 千冬』は、箸にも棒にもかからない単なる雑魚の『織斑 一夏』が決して勝てるはずのない絶対的な格上の『セシリア=オルコット』相手に不自然なほど善戦している場面で、「流石私の弟だ」などという過大評価をしていた。
 正直はじめは目が点になったよ。
 この私と同じ名前の女は、一体何を言っているんだ、とな」
「「……」」
「だが、一夏が雑魚ではなく、あんなにも強かった小学生の頃の一夏の延長と考えれば、確かに過大評価でもないな……そう思った瞬間に、私も同じくらい滑稽な真似をしている事に気付いたんだ。
 自分は今の弱い一夏と昔の強かった一夏を分けて考えていた。
それなのに、その二人の一夏を混同していたんだ……その二人が同一人物ではない、という現実を直視したくないばっかりにな」
「……千冬さん……」
「私は、本当はずっと前から気付いていたんだろうな……だが怖くて気付いていない振りをしていたんだ……
 だから、白式雪羅と、本物の一夏と戦うまでは気のせいだと思い込もうとしていた。
 だが、小学生の頃に比べて上達こそすれ癖がほとんど変わってないアイツと剣を交えては、もう誤魔化しがきかん……」
「そっか……ちーちゃんだもんね、そこで分かっちゃうよね」

 束は感慨深げにそう言う。
 千冬も本物の一夏には及ばないにしろ、それでも剣聖と言って差支えない次元違いの達人なのだ。
 指紋で個人判別をするように、太刀筋で個人判別する事も彼女のレベルならば造作もない。

「でも、それじゃあ話は簡単だよねっ。
 安心してちーちゃん。
 あーーんなできそこないの偽物、ちょちょいのちょいでぶっ殺して、本物のいっくんをちーちゃんに返してあげるよ」
「……それで私には、本物の一夏に続いて、偽物の一夏まで守れなかったふがいない姉になれ、とでも言うつもりか?」
「……え?」

 千冬から感謝の言葉が来るとばかり思っていた束は、思いもよらぬ返答に呆けてしまう。

「お前に言っても無駄かも知れんがな、世の中には『情が移る』という言葉があるんだ。
 ……あいつは、何年も私の弟だったんだぞ。
 しかもあの悲惨な弱さからして、工作員としてマトモに教育されている様子もない。
 本当に、自分の事を私の弟だと思い込んでいたんだ……
 それなのに、偽物だからと叩き殺すつもりになど到底なれんわ……」
「でも、でもずっとちーちゃんの事を騙してたんだよ?
 許せないし許しちゃいけないよ!!
 それにあんな偽物がいたら、本当のいっくんが帰って来れないんだよ!?」
「…………」

 本当の一夏が帰って来れない。
 その言葉に、千冬は辛そうに押し黙った。
 そこに千早が追い打ちをかける。

「それに、そもそも偽物の一夏では、この世界で生きていく事は不可能です。
 ド素人の僕や頭脳労働が専門の束さんよりも、貴女が一番良く分かっているんじゃないんですか?
 偽物の一夏は、そもそも鍛え始めたスタートラインが致命的なほど遅すぎて、もう『こちらの世界で織斑一夏として暮らしていくために最低限必要な自衛能力』を手にする事が出来なくなっているっていう事は」

 英才教育、幼少の頃からのたゆまぬ鍛錬は、実力以上に伸びシロ、あるいは才能を伸ばす。
 英才教育の効果は分野によって程度に差があるのだが、フィギアスケートなどの顕著な例の場合だと、幼少時から努力していた者はある程度以上の年齢になってから始めた者では到底到達できない高みに至る。
 そしてISの操縦については、英才教育を受けていない男性諸氏から見ると狂気じみた計算能力が要求される。
そのため、根本的な数学能力の土台自体を学習能力の高い幼少時を利用して高めておかねば、IS操縦技術の習得は困難を極める。
15歳で初めてIS及びISにまつわる専門知識に触れたにも拘らず、他の登場人物達とは比較にならないほど弱いとはいえ一応ISを不自由なく動かす事ができる『インフィニットストラトス』の『織斑一夏』は、紛う事なき天才なのだ。
 その割に千早や偽の一夏が自在に飛び回れているのは、銀華と白式のマンマシンインターフェースが極めて素直な特殊仕様だからに過ぎず、それでも自分の運動エネルギーを加味しての弾道計算をはじめとした複数の高度な計算を一瞬で処理する事を一射ごとに要求される射撃戦闘などとても出来たものではない。
 またIS戦闘では計算能力のみならず戦闘技術なども要求され、戦闘技術の熟成にかける時間は長ければ長いほど良いのだ。
 その為、IS戦闘はフィギアスケートなどと同様、英才教育の効果が非常に顕著な例だと考えて良い。

 それを思えば、幼少時からIS装着者になるべく血のにじむような努力を重ね、1万倍もの倍率を乗り越えてIS学園に入学してきた少女達や、その彼女達を実力のみならず才能の面でも圧倒する千冬をはじめとする各国代表や元国家代表、軍人IS装着者達や工作員達の領域に、15歳の肉体で初めてISとそれに関連する専門知識や訓練、その他軍事訓練に触れたド素人である偽の一夏や千早が辿り着く事は困難を極めるか、あるいは完全に不可能だと考えられる。

 そんな中で偽の一夏や千早がある程度マトモに戦えているのは、二人のISが他のISでは比較にもならない次元違いの超高性能機だからにすぎず、少女達の腕が上がって性能差による誤魔化しがきかなくなったり、IS同士の性能差が小さくなったりすれば、たちまち二人は一方的に蹂躙されてしまうようになり、二度とマトモに戦う事は出来なくなる。
この事は、他の誰より当人達が一番良く理解していた。
模擬戦などを通じて肌で実感している事であり、IS同士の性能差が小さい格上との戦闘である対マドカ戦で実際に身をもって体験している事でもある。

一時は努力すればいずれは代表候補生達に追いつけるかもしれない、と思っていた千早と偽の一夏だが、今ではそれが彼女達の積み重ねてきた夥しい量の努力を侮辱した高慢な妄想にすぎない事をよく理解している。
それに、もし仮に、主人公補正の助けによって10年程度の年月をかければ現時点の少女達に追いつける可能性があるとしても、そんなに長い時間をかけてしまえば、それだけ千冬の死亡フラグが回収されてしまう可能性が高まる。
よって、そんな長期間にわたる鍛錬など、既にこの世界から去る事を決めている偽の一夏にとっては無いも同然の選択肢である。

 そして、この世界で工作員の襲撃をものともせずに織斑一夏が生きていくために要求される戦闘力の最低ラインは、偽の一夏が決して到達し得ない高みの更に遥か上に位置する。
 また、戦闘力の他に諜報戦能力についても、束や楯無といった世界最高峰レベルとはいかずとも、それなりの能力を備えている必要がある。

 つまり、非力な偽の一夏にとって、このIS世界とは生存不可能な危険地帯に他ならないのだ。
 にも関わらず今もって彼が生きているのは、ひとえに主人公補正によって厳重に守られているからにすぎない。
 無論、偽の一夏を陰から守っている護衛もいるにはいるのだが、偽の一夏の身柄や遺伝子、命を狙う輩はそれこそ山のように存在するので、彼らが少し刺客の数を増やせばたやすく護衛の対処能力を超えてしまう。
 その為、護衛達が未だに偽の一夏を守り切れている事もまた、主人公補正の恩恵と断言できるのである。

 千早や偽の一夏、楯無に本物と偽物の二人の束はこれらの事をハッキリと理解しているし、千冬も薄々だが感づいている。
 そして、前回のマドカの襲撃によって主人公補正の実在がハッキリと確認されている以上、別の舞台装置、例えば死亡フラグの実在も想定せねばならず、そして死亡フラグは実際に確認されてしまっては手遅れなのだ。
 その死亡フラグをへし折る為にも、偽の一夏はたった一人で本物の一夏という絶望的な相手に立ち向かわなければならない。
 勿論、偽の一夏に勝ち目は皆無に近いのだが、敗北して殺されてしまっても千冬の死亡フラグ破棄という目的自体は達成できるのが、救いと言えば救いである。

「そうはいうが、一般的な兵士は国にもよるが大体15~18辺りで軍学校や兵学校に入学して鍛え始めるんだ。
 アイツはまだ15歳、いやクローンか何かだったらもっと若いかもしれん。
これからだぞ?」
「……織斑一夏という立場は、そんな悠長な事を言っていられる立場ではありませんよ。
 それに今の世の中、軍事英才教育を受けている女性がとても多くて、そんな時期になってから急に鍛え始めた男の軍人では、生身同士でだって同じくらいのキャリアの女性軍人には敵わないんでしょう?」
「……お前、よくそんな裏事情を知っているな。
 ボーデヴィッヒか更識辺りから聞いたのか?」

 千早がこの事を理解しているのは、彼が以前からある事を感じていたからだ。
 千早はそれを千冬に話して聞かせる。

「いえ、いくつかの判断材料からの、簡単な推測ですよ。
 「インフィニットストラトス」のような戦闘要員の大半が女性という物語では、往々にして男性は女性の引き立て役として、戦闘能力をはじめとしてあらゆる面で女性に劣る存在として描かれるケースが多いんですよ。
 なら、その「インフィニットストラトス」の舞台とほとんど同じこの世界でも、事情は似たようなものでしょう。
実際、10代の女性であるにもかかわらず対暗部用暗部更識家の当主となっている更識先輩や、いくら素人相手とはいえショットガンやサブマシンガンで武装した男性を素手で問題なく制圧できてしまう代表候補生の皆さんなんて実例もありますからね。
 ……そして偽の一夏や僕は、そういった女性達より非力な男性です。
本物の一夏のような例外ではないんですよ」
「……ちーちゃん、いつまでそのオカマと話し込んでるの?」

 束は憮然とした表情で千冬に話しかけてきた。

「束……」
「そんな奴に同意するのは正直シャクなんだけど、ちーちゃんの弟でなおかつ世界中でたった一人のISが使える男の子、っていう立場は、それこそちーちゃん並の強さじゃないと務まらないよ?
 あんな虫けらには到底無理だって」
「なら、何故アイツは現時点でまだ生きているんだ?
 お前達の言う通りなら、とっくの昔に死んでしまっているはずだぞ!!」

 千冬は声を荒げる。
 それを、束は冷静に返した。

「そんなの主人公補正に決まってるじゃん。
 なんであんな偽物が本物のいっくんを差し置いて主人公扱いされているのか分からないけど、もし主人公補正がなかったら3日も生きられないよ、あんなの」

 千早はその美貌を曇らせながら、束に同意する。

「……でしょうね。
 それに主人公補正が一生ついて回ってくれるとも限りませんし、やはりこちらの世界は偽の一夏にとっては生存不可能な危険地帯だと思った方がいいですよ」
「主人公補正だと?
 ばかばかしい、そんなものが実際にあってたまるか。
それに偽物の方の一夏があまりに弱すぎるというのなら、誰かがアイツの事を守っていればいいだけの話じゃないか」
「……世界最強の実力者である貴女が、偽物よりも遥かに高い自衛能力を持っていた本物の一夏を守りきれなかったのに、ですか?」
「…………っ!!」

 千早の切り返しに反論できない千冬。

「分かって下さい。
 貴女の弟だっていう時点で、もうそれだけ危険なんです。
正直、偽の一夏では織斑一夏は務まりません」
「…………」
「大体、あの時点で「いっくんもISが使えますよ」って分かってたら、そもそも本物のいっくんが誘拐されるなんて馬鹿な事にはなんなかったと思うよ?
 本物のいっくんって、小学生の時点でもムッチャクチャ強いもん。
 絶対、「襲われたいっくんがISで誘拐犯を返り討ちにして終了っ!!」って、身も蓋もない事になってるって」
「……つまりあれか?
 一夏をIS業界から遠ざける事で奴を守れていたと思っていた私がマヌケで、全ての元凶だったという訳か……?」

 千冬の打ちひしがれた様子に怯む束。
 彼女としては事実を述べたまでだったのだが、それが結果的に千冬を責める内容になってしまっているのに気付けなかったからだ。
 この辺りは、彼女のコミュニケーション障害が祟ったと言える。

「……まあいい。
 そういえば以前、偽物の方のお前にも指摘されたな。
 「私のせいで弱虫になった一夏が自分の弱さに苦労させられる「インフィニットストラトス」を読んでしまった以上、私を責めないわけにはいかない」か……
 確かにな…………気付くのが、年単位で遅かったが…………」
「あのポンコツ、そんな事ちーちゃんに言ってたの?
 やっぱり解体処分……」
「するなするな。
 奴の指摘は、そしてお前の指摘は正しかったんだ。
 一夏に関しては、私が、全ての元凶だった……」

 千冬の脳裏には自虐的な考えがとめどなく浮かび、いやがおうにも彼女を消沈させてしまう。
 千早は、そんな千冬の思考を他に向けさせようと、彼女に話しかける。

「それで千冬さん。
 僕にも話があると言っていましたよね?
 それは、どんな話なんですか」
「ん……ああ。
 お前、いやお前達は、なんのつもりで私と一夏を、偽の一夏を引き離した?
 今回のアイツの赤点がわざとなのは、分かっているんだぞ」

 今回一夏がIS学園に残った理由は、本来なら千冬に隠すはずの情報である。
しかし、ここまで千冬本人に感づかれていては隠しておく意味がない。
 その為、千早は素直に白状した。

「……本物の一夏が、貴女に介入される事なくもう一度襲撃できるようにする為です。
 偽の一夏も、自分が本物と入れ替わる必要があると思っていましたから」
「なんだと?」
「さっきも言った通り、この世界自体、偽の一夏にとっては生存不可能な危険地帯なんですよ。
 だから、これ以上偽の一夏が織斑一夏であり続ける事はできません。
 それに無自覚であったとしても、貴女を騙し続けてきた罪悪感もあります」
「ふざけるな!!
 だからといって、ド素人があれほどの達人の襲撃を敢えて受けるというのか!?
 助けの一つも」
「その助けとして貴女が来る事が一番拙いんですよ。
 先ほども言った通り、一夏は主人公補正で守られています。
 それなら、別の舞台装置……死亡フラグもある筈ですから」

 鎮痛に呟くように言う千早に、千冬は若干興奮気味に応じる。

「主人公補正に死亡フラグだと?
 さっきも言ったが、そんなものが現実にあってたまるか!!」
「では、何故この間の襲撃で、僕と一夏はこの束さんが作った紅椿に勝てたんですか?
 2機同時二次移行やGNドライブの生成、トランザムバーストも含めて、いくらなんでも都合が良すぎて、主人公補正の介入以外の可能性は考えられないんです。
 主人公補正が実在していなければ、あの日あの時、とっくに一夏は殺されてしまって本物と入れ替わっていましたよ」
「そんな事はない。
 この間、偽の束から聞いたぞ。
お前の銀華と偽の一夏の白式の単一仕様機能は、経験値の共有と二重取りだ。
 お前達が同じペースで強くなっていき、どちらか一方がもう一方を引き離す事がなかったのはこの単一仕様機能のおかげだ。
 だから、白式と銀華が2機同時二次移行をしたのは、むしろ当然の結果なんだぞ」
「……あんな、ご都合なタイミングで、ですか?」
「二次移行は強敵に追い詰められたり、敗北を喫したりした時にこそ起こりやすい現象だ。
 あのタイミングの二次移行がご都合主義なものか」

 と、そこで束が千早と千冬の会話に入ってきた。

「ん~~、でもちーちゃん。
 どう考えてもあの時点での二次移行は不自然だよ。
 あの二機のISの蓄積データって二次移行に必要な分揃って無い筈だし、それにあのGNドライブだっけ? あんなのが唐突に出来上がっちゃうのもご都合主義極まりないよ?」
「……それは蓄積データの二重取りで、互いに重力量子エンジンとモノポールエンジンのデータを共有していたから、それらの発展形として出来上がったんじゃないのか?」
「う~~ん、それを加味しても、GNドライブは流石に主人公補正によるご都合主義じゃないと有り得ないよ」
「それらのデータが他に転用されるにしても、融合してGNドライブになるより、重力量子やモノポールを使った追加兵装になる方が自然ですしね」
「…………お前達は主人公補正が実際に存在すると思っているんだな?」

 千冬は、確認するように束と千早に言う。
 すると、問いかけられた二人は同時に頷いた。

「はい。そう考えないと不自然な事が多すぎます。
 その中でも一番不自然なのは、ああも弱い偽の一夏が『織斑一夏』と名乗って通用してしまっている事です。
 織斑一夏という立場に対して、偽の一夏はあまりに弱すぎるんですよ」
「ふん、私の弟だというだけで強くなれれば苦労はないわ」
「そうは言いますけれど、例えば更識先輩のあの立場で、戦闘力や諜報戦能力が一般人と変わらないとしたら、こんなに不自然な事はありませんよね?
 程度の差はあるかもしれませんが、一夏の方もそれと事情は同じなんですよ。
 小学生の時点で零拍子という奥義を体得している神童の数年後の姿が、箸にも棒にもかからない完全なド素人、というのは、いくら何年間も鍛えていないと言っても有り得なさすぎます」
「そうそう。
 大体、あーんなに弱っちい偽物を、なーんでみんなして小学生の時点で零拍子が使える本物のいっくんと見間違えるんだか。
 正直、束さんには不思議でしょうがないよ。
 多分、それも主人公補正なんだね」
「……」

 千冬は、本物と偽物の二人の一夏を区別するようになってからずっと不思議に思っていた事を千早と束に言われ、言葉を返す事が出来なくなってしまった。

「…………分かった。
 100歩譲って「主人公補正が実在する」という話は受け入れよう。
 だが、主人公補正は確認されていても、死亡フラグは確認されていないのだろう?」
「死亡フラグに関しては、確認されてしまっては手遅れだからですよ。
 死んでしまった人を生き返らせるなんて出来ませんからね。
 ですから、主人公補正が実在しているのが確認されている以上、死亡フラグも実在すると考えて対策を立てなければならないんです」

 千冬はここまでの話で、そういえば、と偽の束が異様なまでに自分と白式雪羅、つまり本物の一夏が戦う事を恐れていた事を思い出す。
 彼女もまた、千冬の死亡フラグ回収を恐れていた、という事なのだろう。

「……それで、偽の一夏には私の身代わりになって死ね、と?」
「……本人の意思ですよ。
とはいえ、確かに貴女の死亡フラグ回収を阻止する為に死地に赴く以上、そういう事になるんでしょうけどね」
「そして私には動くな、と言いたい訳か」
「ええ。
 これは最初で最後の、貴女を守るための一夏の戦いです。
 貴女にだけは邪魔をさせるわけにはいきません。
 それに忘れたんですか?
 この間、偽の束さんと交わした約束とその理由を」
「ぐっ……」

 これを言われると、千冬もぐうの音も出なくなる。
 千冬は死亡フラグの存在自体は信じてはいないものの、本物の一夏が容易ならざる相手である事は十分承知している。
 そして本物の一夏が感情と人格を持たない工作員と化しているのは、前回剣を交えた時に確認してしまった。
 本物の一夏が感情と人格を持たない工作員と化している以上、千冬が本物の一夏に敗れた場合、勢い余って殺されてしまう可能性も皆無ではないのだ。
 そんな事になればどうなるか。
 目の前にいる天災がどう暴走するのかは分からないが、その結果は考えるまでもなく碌でもない代物になる事だけは断言できる。
 こと、ここに至っては、千冬は動く事ができないのだ。

 と、ここで千冬は現在の本物の一夏が人格を失っている事に思い至る。

「おい束。
 この間の本物の一夏の対応、あれを見る限りアイツは……人格を失っているのか?」
「……うん。
 束さんも手を尽くしてみたんだけど、いっくんの人格は根こそぎ破壊され尽くしていて治しようがなかったんだよ」

 そこで千冬と束は一様に辛そうに顔を歪める。
 否、実際に二人は辛い思いをしている。

「人格を失った一夏を、どうやって偽物と入れ替えるつもりなんだ?
 まさか感情と人格を持たない工作員のまま、偽の一夏と入れ替える訳ではないだろうな」
「ん、それは偽物をバックアップに見立てて、偽物の記憶をいっくんに移植してみるつもり。
 平和な世界でマトモに生活していた偽物の記憶があれば、工作員としての『教育』で消滅させられたいっくんの人格もきっと再構築されてくれるよ。
 そしたら、偽物はお役御免で殺処分っと。
 いっくんを差し置いてちーちゃんの弟としてのほほんと暮らしていたんだから、そのくらいの報いは当たり前だよね」
「偽の一夏も、最後に自分が殺されるという点を除いては、大体彼女と同じ方針ですよ。
 トランザムバーストを使って、記憶の移植以外にも手を尽くす予定です……もっとも、本物がトランザムバーストに引っかかってくれるかどうかは、成功率1%どころかその100分の1にも満たない分の悪すぎる賭けなんですけどね。
 ですが、偽の一夏が生き延びる為には、他に手がありません」
「……文字通りの万に一つ、というわけか」
「とはいえ、主人公補正の事を考えれば、そう馬鹿に出来た確率ではありませんよ。
 それでも……たとえ助かったとしても、一夏はもうこの世界にはいられませんけどね。
 貴女の死亡フラグをへし折る為には、主人公である一夏を排除して、この世界で小説の中と同じように物語として進行している「インフィニットストラトス」そのものをぶち壊しにする位しか思いつけませんでしたから」

 その一言に、千冬は目をむく。

「一夏を排除する……だと?」
「ええ。本物と入れ替わった後に僕の世界に移住させ、偽の束さんにどこでもドアを破棄してもらうんです。
 もちろん、僕もどこでもドアを破棄してもらう前には帰りますよ。
 それ以降、偽の一夏や束さんは、もう二度とこちらの世界に戻らないようにします」
「結局……奴が居なくなる事には変わりないのか」

 千冬は消沈した様子でうなだれる。
 そして千冬がふと視線を動かすと、その先には束がいた。

「束……お前の狙いも同じなのか?」
「うん。
 ちーちゃんだって、「インフィニットストラトス」の「織斑千冬」が死亡フラグの塊なのは分かっているでしょ?
 それと同じ死亡フラグが、現実のちーちゃんにもあるかもしれないんだよ?
 だったら頑張って死亡フラグをへし折んなきゃ。
 それで、あそこまでごん太の死亡フラグをへし折るためには、お話自体を打ち切りにする以外にないよ。
 そしてそのお話の主人公は、私にとってはむしろぶっ殺しちゃいたい相手。
 だったらちーちゃんを守るための方法は、主人公排除一択しかないじゃない」

 その返答を受け、千冬は今の状況をまとめた。

「そう、か……
 つまり今、私が一夏、偽の一夏と引き離され、私の手が届かない所で一夏同士が戦うのは、お前達が敵同士でありながら共通の目的のために共謀した結果、というわけか」
「ええ。そうなりますね」
「だって正直、ちーちゃんにはいっくんが偽物から本物に入れ替わった事になんて気付いて欲しくなかったし、ましてやこないだみたいにちーちゃんを巻き込むなんて論外だったんだもの。
 だから誘いだって分かっていても、こんなチャンス見逃すわけにはいかなかったんだ。
 それで臨海学校から戻ってきたちーちゃんには、いきなりいっくんが強くなってたけど、流石私の弟!! って流して欲しかったんだよねえ」
「……それはお前、いくらなんでも私の事を馬鹿にしすぎだ。
 あんなド素人とあれほどの達人が入れ替わっていたら、流石に気付くわ。
 安堵と直前までの焦りで正常な判断能力を失っていた、誘拐事件の時の私ではないんだぞ」
「「あー……」」
「御門、お前もか……」
「そこはVTシステムの暴走で、VTシステムが起動しっぱなしでOFFにできない、って言って言い訳する予定だったんですよ。
 もっとも、一番ばれてはいけない貴女にここまでばれている以上、半ば以上意味を失った偽装なんですけどね」
「なるほどな……」

 とはいえ、何にしろIS学園に戻った時に千冬達を出迎える一夏は、偽物から本物に入れ替わっている事が既に確定している。
 もう偽の一夏は、この世界の住人である事を辞めてしまっているのだ。

(……結局、私はアイツにとって良い姉だったのか?)

 千冬は自分が生まれ落ちた世界に住む事が出来ず、異世界へと移住しようとしている偽りの弟の事を思い浮かべ、そう自問するのだった。













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「さて、流石に千冬さんにあそこまで把握されてしまっていたとは思わなかったけど」

 おかげで彼女に秘密にしておくはずだった話を、洗いざらい彼女に話してしまった。
 束の部屋を後にした千早は、果たしてそれで良かったのか、秘密に出来る範囲の事は秘密にしておくべきではなかったのか、と思いながら廊下を歩いていた。

 すると、千早の部屋の前でラウラ……否、ラウラに憑依した千歳に出くわす。

「何をしているんですか、千歳さん」
「あれ? 見ただけで分かっちゃうの、ちーちゃん?」
「ええ。いくら見た目がラウラさんのままでも、中身が千歳さんに変わっていては、雰囲気が全然違いますから」
「……そうなんだ」

 と、そこまで言った千歳は、何事かを考え込む。

「? どうしたんですか?」
「ふぇ?
 ええとね、だったら一夏君が本物の一夏君と入れ替わったら、雰囲気でみんな分かっちゃうんじゃないかな、なんてね」
「……そうかも知れませんね」

 それは千早も楯無も、そして一夏当人も懸念していた事だ。
 とはいえ、こればっかりはどうしようもない。
 入れ替わった後の方が本物である以上、この手の話で定番の「本物を出せ」という話にはならないだろう、と強引に楽観視する他なかったのである。

「それでどうしたんですか?」
「ん? ちょっと千冬さんとお姉さん同士のお話ししようかなって、思って」
「?」

 千早は姉の物言いに、小首をかしげる。

「千冬さんってば、私はいいお姉さんだったのかな? なんて悩んでいるようだったから、同じお姉さんの立場で……ね?」
「そうですか……」

 思えば、千歳は千早に取り憑いていると言って良い状態なのだ。
 当然、彼女だって一夏が半ば死ぬつもりで本物の一夏に挑んでいる事も、そこに至るまでの経緯も全て把握している。

 それなのに彼女が今日、千早に乗り移った状態で天真爛漫に振る舞っていたのは、彼女なりに一夏の覚悟を受け入れていたからだ。

「私ね、一夏君からは千冬さんが落ち込まないように、あんまり暗くならないで、むしろ明るく振る舞って、って頼まれていたんだ。
 でも、流石に最初から千冬さんにああいうふうにバレていたら、誤魔化しきれないよ。
 だからそれを千冬さんと話して、ちょっとでも取り戻そうと思うの」
「それで昼間の千歳さんは明るく振る舞っていたんですね……」

 千早は一夏の想いを汲んだ姉の精いっぱいの演技を、人づてに聞いているだけだ。
 何しろ、その演技をしている時、千歳は千早の肉体に憑依しており、千早はその間の事を認識できないのだ。
だが、その演技に彼女が幼いだけではない、人の事を思いやれる少女である事を改めて再認識する千早だった。

(千歳さんの振る舞いが幼かったから僕はすっかり千歳さんの保護者気取りだったけど、よくよく考えれば千歳さんの方が姉で僕が弟なんだよな。
 それに、母さんと向き合えた事で一皮剥けたのかも知れない。
 ……本当なら、ほんの少しだけ僕より大人のはずなんだよな)

 千早は感慨深げに姉の振る舞いを眺める。

「それでちーちゃん、私もちーちゃん達のお話を聞いてたけど、その後ラウラさんに乗り移りに行っちゃったから、千冬さんがどこにいるのか分からないの。
 ちーちゃん知ってる?」
「いえ、正確には。
 でもそれなら、僕と千冬さんが一緒にいる時点で僕に乗り移れば良かったんじゃないんですか?」
「あー、それはちーちゃんともちょっとお話をしたかったから」
「僕にも、ですか?」

 いぶかしげに尋ねる千早に、千歳が答える。

「うん。
 私ね、お母さんも立ち直ってくれたし、生きてた頃からの夢だった外で思いっきり遊ぶ事もできたから、私たちの世界に帰ったら成仏しようと思うんだ」
「……っ!!」

 姉の一言に、絶句し、沈うつな表情になってしまう千早。

「……やっぱり、お別れは辛い?」
「ええ……頭では千歳さんは成仏するべきだと分かってはいるんですけどね……」
「うん、そう言ってくれるのは嬉しいよ?
 でもこれ以上こうしていたら……私、多分幸せすぎて、その幸せを手放したくなくなって成仏できなくなっちゃうから……」
「そう、ですか……」

 千早は千歳に悲しげな視線を送る。
 見れば、千歳の方も千早と似たような表情をしていた。

「ちーちゃん……」
「千歳さん……僕は、『織斑一夏』の同類でした。
 そんな力もないくせに、母さんを、史を、そして千歳さんを守る、守るんだって思って、結局何もできないで……
 一夏に辛く当たった時だって、一夏にはそんな僕や『織斑一夏』と同じになって欲しくなかったから、っていう気持ちもあったんです。
 千歳さん……僕は、千歳さんを守れなかった僕は、千歳さんに何かをする事が出来たんですか?」

 千早とて、千歳の死因が不治の難病であり、当時小学生だった自分にどうにかできるものではない事は十二分に承知している。
 だが、そんな理屈では到底納得できるものではなかった。

 そんな千早に、千歳は微笑みながら応じた。

「そう思ってくれるだけで十分だよ、ちーちゃん。
 だから、自分を許してあげて」
「千歳さん……」

 千歳は小柄なラウラの体で千早を抱きしめ、千早はそれを抱き返した。
 そして千早は、自分と同じ銀の髪に顔をうずめて嗚咽する。

 どのくらいそうしていたのだろうか。
 千早が落ち着くのを見計らって、千歳は千早に千冬の居場所の心当たりを尋ねた。

「それでちーちゃん。
 話は戻るけど、千冬さんって今どこにいるのかな?」
「そうですね……まだ束さんの部屋にいるか、そうでなければ千冬さんに割り当てられた部屋だと思いますよ。
 確かしおりには教員の部屋割も記載されていましたから、それを見れば分かると思います」

 千早はそういうと、自分の荷物からしおりを取り出し、千歳に渡す。
 千歳は千冬の部屋がどこにあるのかを確認すると、千早に一言言い残して去って行った。

「それじゃあ、千冬さんの所に行ってくるよ、ちーちゃん」
「ええ。いってらっしゃい、千歳さん」

 千早は千歳の後姿を見送ると、その視線を窓の外の星空に向けた。

(……僕は、千歳さんにも一夏にも何もできなかった。
 でも……生き延びろよ、一夏…………)

 千早は、一夏の無事を祈るしかない自分の無力さに歯噛みするのだった。

 ……なお、千冬は千歳との話ではなく、千歳が放つ癒しオーラによって落ち着いたことをここに記載しておく。












FIN



 ええと、遅くなりました。前回の話のB面です。
 一夏の安否は引っ張ります。

 本当はこの夜が明けた後、千冬のISの紹介でもやろうかと思ったんですが、そのIS紹介で話が終わりそうで、ちょっとすわりが悪いかな~~とオミットしました。
 結局、彼女がどんなISを持っているかが話に全く関係なくなっちゃいましたんで。

 ちなみに千冬のISはこんなんでした。(ほぼ没ネタですがw)
ISネーム:GPコンプリート
 機動戦士ガンダム0083のGPシリーズをモチーフにした「拡張領域特化型IS」。分類的には第二世代ISとなる。
 ここ最近拡張領域を犠牲にしたISを多く生産していた束(偽)が、ここらで拡張領域に目をむけようと思ったところ、ちょうど彼女がその当時見ていたのが0083だった為に出来上がったISである。
 本来ならパクリを嫌う束(偽)だが、それでもこのようなISを作った理由としては、あまりに女性偏重になっているIS世界に男臭さを持ち込んで欲しかったから、とのこと。(瑞穂ちゃんが使用しているアルトアイゼンも同様の理由で制作)
 建前上は換装によって全領域制覇をして第四世代と同等となる、をコンセプトにしているものの、誰が見てもそんなモノはただの言い訳だと分かるほど偏った換装システムを有する。
 素体となるすっぴん形態「ゼフィランス」に、拡張領域内にしまってある装備パックを装備させる事で鋭角機動が可能な「フルバーニアン」、面制圧能力特化な「MLRSサイサリス」「バズーカサイサリス」、ドでかいブースター兼ウェポンラックで圧倒的突撃力を実現する「デンドロビウム」の4形態を適宜付け替える事が可能。
 ちなみに千冬は他の形態があまりにとんがりすぎている為、フルバーニアン以外の装備は全く使用しない。



 さてこれからの事なんですが、もうIS世界でやるべき事は全部やっちゃったので、次で最終回にしようかと思います。
 正直、ここまで更新ペースを落としている身としては、後4~5話でもかなり読者の皆様を待たせてしまうと思いますので。
 ここから最終回に流せる状態にはなっていると思いますので、以前のように次にやろうと思っていた回の前にもう一つ別の話を入れなければならなくなる、という事はないと思います。

 それでは、まだ読んでくださっている方には感謝を。
 そして、最終話投稿まで今しばらくお待ちください。



[26613] 長らくお待たせしました。コレにて終了です。
Name: 平成ウルトラマン隊員軍団(仮)◆ae4f8ebe ID:4aa30b70
Date: 2015/05/05 00:16
 「3年か。
 経ってしまえば早いもんだよな」

 一夏はそう言いながら、千早の部屋でくつろいでいた。

 本物の一夏との死闘……と呼ぶにはあまりに一方的な蹂躙劇から3年。否、2年半。
 自我を取り戻した本物の一夏に見逃してもらう、という判定勝ちを辛うじてもぎ取った一夏は、千早の世界に移住していた。

 当初、千早は一夏を束同様、家に居候させるつもりでいたが、家長である父・邦秀の猛反対を受け、やむなく一夏を一人暮らしさせる事になった。
 この際、邦秀の
「ウチの娘に近寄るな、この馬の骨が!!」
という一言を聞いてしまって、父親にすら性別を誤認されたショックに自失状態に陥った千早は、その隙を狙った母・妙子や従姉妹のまりやの暗躍によって彼女らの母校である聖應女学院に放り込まれてしまうのだが、それは余談である。
 なおこの性別誤認は、邦秀が千歳の死やそれに伴い精神を病んでしまった妙子と向き合うことが出来ず、仕事に逃げてしまっていた結果、家族と疎遠になってしまったがために起きてしまった事態であり、ある意味では父親とマトモに向き合おうとしてこなかった千早の自業自得とも言える。

 一方の一夏は、こちらの世界の翔陽大附属高校をこの3月で卒業し、春休みがあけてからは翔陽大学に通う事になっていた。

 そして、今。4月1日。
 一夏が千早の部屋に来ているのは、2年半ぶりにどこでもドアを起動させ、IS世界を覗いて無事千冬の死亡フラグを回避できたのかを確認する為だった。

「3年って過ごしてみれば短いけど、『インフィニット・ストラトス』みたいな高校生活を描いたお話にとっては3年で何もかもが終わり。
 3年が全部なんだよ」
「まあ、そうですけどね」

 どこでもドアの調整をしている偽の束が、一夏の言葉に一言添える。
 彼女もまた、元のIS世界にいては本物の束に破壊されてしまう恐れがあった為、こちらの世界に移住している。
 平行世界間移動は偽の束自身が開発した技術であり、完全上位互換であるはずの本物ですらおいそれとは真似出来ない代物だ。
 そうでなければ、恐らく一夏も彼女も本物の束に殺害されてしまっている。

「でも、決着がついてしまっているから、様子を見に行けるってもんですよね」
「まーね」

 さて、何故一夏や束が今日IS世界を覗こうと思ったのか。
 それは『インフィニット・ストラトス』が高校生を主役にしている話である以上、高校卒業時に終了していると考えられるからだ。
 つまり、『インフィニット・ストラトス』という物語が終わってしまえば、その舞台装置である主人公補正や死亡フラグも役割を終え、消えてしまうだろうと予想されたのである。

 実際、少なくとも一夏の主人公補正は、こちらの世界に移住した時に消滅しているのが確認されている。
 IS世界での彼の生活を考えれば信じられないほどに、女性との縁がまったく出来なくなってしまったのだ。

「にしてもちはちゃん、悪いね。
 お部屋の中に、こんなでっかいものをでーんと置いちゃってて」
「今更良いですよ、そんな事は。
 どの道、こっちに戻ってきてからの高校生活も、ずっと寮生活でしたしね」

 女子校に通い、しかも寮生活をする羽目になっていた千早は遠い目をする。
 幸い女体化のおかげで性別がバレずに……すまなかったが、それでも何とか卒業までは漕ぎ着けた千早は完全に達観していた。

「ま、まあ、綺麗な彼女も出来たんだから良いんじゃないか?」
「確かに香織理さんは美人だけれどね」
「にしても、すっごいよねー。
 女体化していたちはちゃんの正体を見破るなんて、束さんの想像を絶する眼力の持ち主だよ」
「うん、それは俺もそう思う。
 彼女以外にも千早の性別を見破ってる人がいるとか、想像できねえ……」
「ほっといてよ」

 束や一夏の言葉にすねる千早は、相変わらず美しい少女以外の何者にも見えない。

 ちなみに、今千早が名前を挙げた神近香織理は、千早の聖應女学院でのクラスメートでもあり、1年から3年までずっと同じクラスだった。
 他にも、クラスが一緒になった事こそなかったものの同じ寮に住み、仲の良かった皆瀬初音や、後輩の柏木優雨、クラスメートである七原薫子の兄貴分である竜造寺順一といった面々が、千早の性別を見破っている。
 中でも順一は、環境が環境である為に同性の友人に恵まれなかった千早にとっては、得がたい友人でもあった……喫茶店で薫子の話をしている光景は、どうみてもデートだったのだが、本人達はソレに気づいていない。

「……と、いっくん、ちはちゃん。
 ようやく、あたし達が元いた世界とのリンクに成功したよ」
「これで向こうの様子を見に行く事が出来るんですね」
「うん、そういう事!!」
「じゃあ早速……」

 と、どこでもドアが起動し、一夏がドアを開けようとした瞬間。
 一夏は反射的に白式朧月を身に纏い、雪片弐型を出現させ、構える。

「ちぇすtぶべらあっ!!」

 次の瞬間、ISを身につけたもう一人の束がドアを切り裂いて一夏に切りかかってきた。
……が、その斬撃を雪片弐型の刀身で受け流した一夏によって、雪片弐型の柄頭を顔面にねじりこまれるというカウンターを受け、一瞬にして轟沈する。

「ぐ、ぐぐぐ、よわっちい偽者の分際で……」
「いやあ、それが異常に強い本物の俺と戦ったおかげで、『敵とのレベル差があると入る経験値が多くなる』って言う、たまにRPGに出てくる現象が実際に俺の身に起きたみたいで……
それより、俺達がそっちの様子を覗きに行くタイミングが分かってたんですか……」
「『インフィニット・ストラトス』が終了したと考えられるこの4月にこっちの様子を見に来るなんて、ちょっと考えれば誰にだって分かるよ!」
「確かに」

 どこでもドアを切り裂いて出現したもう一人の束は、本物の方の篠ノ之束だ。
 彼女がここにいるという事は、無事どこでもドアはIS世界につながったという事らしい。

「しかしいきなり斬りかかってくるなんて……俺の一番の被害者である本物が俺の事を見逃してくれたんですから、束さんだって見逃してくれたっていいでしょうに」
「ぐぐぐぐぐ、そ、そんな理屈……」
「つーか、まだ痛いんですか……」

 一夏と本物の束の会話に、千早が割って入る。

「どうでもいいですけれど、束さん、ISを仕舞ってくれませんか?」
「やだ、偽者をぶっ殺してやるんだから!!」

 千早はその返答を聞いて、ため息をつく。

「うわあ、3年も経っているのにこの反応。
 やっぱり帰らなくて正解だったなあ」

 自分と瓜二つの束のかたくなな反応に、偽の束もまた千早同様ため息をつく。

「だってねえ……あんた達のおかげで、あんた達のおかげで、ちーちゃんが、ちーちゃんが……っ!!」
「ちーちゃんが!?」
「千冬姉がどうしたって言うんだ!?」
「赤の他人がちーちゃんを姉なんて呼ぶな!!
 あんた達のせいでちーちゃんが死んじゃったんd……ぶっ!!」
「……勝手に殺すな」

 倒れたままの体勢で一夏に凄んでいた束を、彼女に続いてどこでもドアから出てきた千冬が踏みつける。

「ひ、酷いよちーちゃん。
 いーじゃん、4月1日なんだし」
「エイプリルフールのネタとしては悪質すぎるわっ!!」
「あ、ちーちゃん生きてたんだ」
「当たり前だ。
 そもそも死亡フラグなんぞ、コイツとお前達の妄想なんじゃないのか?」
「あー、でも俺に主人公補正があったのは確かだし、やっぱり念のため俺と本物の俺が戦う必要はあったと思うぜ?」
「どーでもいいけど、ちーちゃんどいて」
「分かったから、お前もそのIS仕舞え」

 束の抗議を受けて、千冬は彼女の上からどいて、千早のベッドに腰掛ける。
 と同時に束は装着していたISを仕舞い、一夏もそれに習う。

「それにしても久しぶりだな、3人とも」
「はい、千冬さんもお元気そうで何よりです」
「それじゃあ千冬姉の無事も確認できた事だし、もうどこでもドアを閉じちゃいましょうか」
「いや駄目だっていっくん。
 ちーちゃんと本物の私を向こうに帰してからじゃないと」
「まあそう急ぐな、一夏。
 束ほどではないにしろ、私にだってお前に言いたい事の一つもあるんだからな」

 その千冬の一言に、一夏の表情が神妙になる。
 自覚が無かったとはいえ千冬を年単位で騙し続け、本物の一夏を救出しようという気を起こさせなかったのは、間違いなく彼だからだ。

「俺に、言いたい事、か……
 本物の俺に関する事、なんだよな」
「ああ」

 その千冬の返答に、よりいっそう表情を硬くする一夏。
 そして千冬は重々しく口を開く。

「一夏……貴様、本物の一夏に何をした?
 お前達がいなくなった後、アイツがどういう事になったのか、知っているのか?」
「……へ?」

 一夏は予想しない形での千冬の糾弾にキョトンとしてしまう。
 当然ながら、自分達がいなくなった後の事など、一夏が知るはずも無い。

「えーと、本物の俺ってどうなったんだ?
 人格が回復して、俺の記憶も転写されたんだから、問題なく織斑一夏として社会復帰できたと思ってたんだけど」
「……それがな、『織斑一夏が平穏に生活する為には、恋愛感情や性欲など不要。だから切り捨てた』とかほざいてな……」
「……え?」
「早い話が自発的にEDになったんだよ、アイツは。
 元々人格を根こそぎ破壊され尽くした経験があるから、不必要な感情を切り離して抹消する事は簡単だといっていたぞ」
「いや、それって俺のせい?
いや俺のせいではあるんだろうけれど、主犯は誘拐犯じゃないのか?」
「更識が工作員としての名誉に掛けてあらゆる手練手管を駆使して、アイツのEDを治そうとしてくれたんだがな……」

 千冬はそこまで言うと、ため息と共に手のひらで顔全体を覆う。

「『何をやっても全く反応しなかった』と女の魅力を全否定された絶望に泣き崩れる更識と、その隣でサムズアップするあの馬鹿者の姿を見た時の私の心境が貴様に分かるか!?」
「それは……その……」
「うわあ……そんな事になってたんだ……」
「しかも私が『分かったから、その自発EDをとっとと止めろ』と言ったら、あの阿呆はなんて答えたと思う?」

 そこで千冬は一呼吸おく。
 その一呼吸が、感情の篭った叫びの前兆である事は明白だった。

「『一度切り離した感情は、もう元には戻らないからそれは無理。
大体、俺の人生には異性間交遊なんて不必要なものだから問題ない』だぞ?」
「ええと……」
「お前のせいか?
 お前が『織斑一夏として生きていくには、女など不要』とかって、記憶と共にアイツに吹き込んだのか?」

 つかみ掛かる千冬に、ろくな抵抗も出来ない一夏。
 確かに言われてみれば、一夏にも思い当たる節はあった。
 一夏は千早から『インフィニット・ストラトス』の存在を知らされて以降、「織斑一夏」という立場の危険性をよく意識するようになっていたからだ。
 そうして自分で出来る範囲の危機回避術として、ハニートラップ対策の為に唯一の同性である千早と行動を共にするよう心がけていた。

 どうもそれが、少なからず本物の一夏のこの極端な反応に関係していそうだった。

「えーと、ちーちゃん。
 もしかして本物のいっくんって、男色に走っちゃった?」
「そんな訳ないだろう。
 あの馬鹿、『男色向けの男性ハニートラップだっているはずだから、男にも興味ないよ』とかぬかしていたからな」
「あらー……」

 想像もしていなかった本物の一夏の惨状に、一夏は言葉も出ない。

「あ、あのー、とりあえず「織斑一夏」という立場がそれだけ危険な立場である事は事実ですから、本物の一夏一人をどうこうしようとしても、根本的な解決にはならないと思いますよ?」
「うーむ……」

 千早の一言に、千冬は頭を抱える。
 確かに「織斑一夏」という立場が、非常に危険なものである事は事実だからだ。

 本物の一夏の圧倒的な実力を持ってすれば、降りかかる火の粉を振り払う事も出来るだろうが、その彼には非力な偽の一夏の記憶が転写させられている。
 よって、危機管理の大前提として「自分は無力である」というのが無意識に設定されてしまっており、それによって「君子危うきに近寄らず」という方針になってしまうのだろう。
 千早はこれらの事を、千冬に話して聞かせた。

「うーむ、やはりコイツのせいか」
「いえ、一夏に「織斑一夏」という立場の危険性を吹き込んだのは僕ですから、そもそもの元凶は僕ですよ。
 もっと言ってしまえば、「織斑一夏」という立場を危険な立場たらしめているそちらの世界の状況こそが根本原因とも言えます」

 「世界そのものを変えない限り、本物の一夏に嫁を取らせる事は不可能」
 千冬はそう宣告されたように感じ、がっくりと頭をたれてしまった。

「あー、やっぱり女尊男卑のままなんだ……」
「ああ。その辺は、男性用ISでもないと本当にどうしようもないからな」
「えー? いいじゃん、女尊男卑。
 いっくんの事だって、変なのが寄って来ないようになって箒ちゃんが独り占めできるようになってるんだし」
「……その箒も恋愛対象外になっているんだぞ」
「あ……うーん、箒ちゃんには「いっくんはお友達」って事で我慢してもらおうかなあ」

 「絶対、箒は納得しないだろう」
 本物の束以外の4人の心は、この瞬間一つになった。

「それで千冬姉、俺と本物の入れ替わりに気付いていた奴っているのか?」
「私が把握している範囲では箒と鳳、五反田兄妹くらいのものだな。
 お前の記憶を転写されているせいもあって、異常に強いのと恋愛感情が欠落している以外はお前とほとんど変わらないから、付き合いの短い奴には見破られていないみたいだったぞ」
「裏を返せば、高校に上がる前から付き合いのあった奴にはバレちまってたのか……」
「色々と騒動もあったんだぞ。
 お前にしてみれば、本物と入れ替わってこちらの世界とオサラバした時点でメデタシメデタシだったんだろうが、こっちの方はそうも行かなかったんだからな」
「ああ……それは分かってるよ」

 とはいえ、一夏としてはああする以外になかったのも事実である。

「一応、もう三人とも今の一夏の方が本物で、お前のことは偽者だったと納得しているがな」
「そっちの方がいいよ。
 俺が偽者なのは事実なんだ」

 もはや自分が「織斑一夏」として、向こうの世界で生きていく余地はない。
 千冬の一言でその事を確認した一夏は、僅かに残っていたIS世界への未練を完全に断ち切った。

「それで、とりあえず一夏の恋愛感情をどうにかしたいんだが、お前のトランザムバーストとかいうのでなんとかならないのか?」
「うーん、3年前のはアイツにマトモな人格が残ってなかったからこそ出来た強硬手段みたいな所もあるし、今の人格を弄るような真似はしたくないな」
「うーむ、それならやはり無理か……」
「でもまあ、一応治療効果のある現象でもあるみたいですし、そっちでも白式でトランザムバーストを使って試してみてはどうですか?」
「そうだな。そうしよう」

 千冬は頭を抱えながらも、千早の提案に従うことにした。





















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「いやあ、嵐のようだったねえ」
「束さんがそんな事を言っても、説得力ないですよ」

 あの後、千冬は本物の束の首根っこをつかんで、元の世界に戻っていった。
 偽者の一夏と束との別れもそれなりに惜しんでくれてはいたものの、やはり彼女にとっては偽者よりも本物の方が良いようだ。
 そして偽者二人も、ソレで良いと思っている。
 やはり本物と偽者がいるのであれば、本物の方が在るべき所にいるべきなのだ。

 それにそもそも、身を守りきる為の最低限の戦闘力を持たない一夏にとって、IS世界は生存不可能な危険地帯でしかないし、束にしても「本物の束より捕縛しやすいISコア製造能力保持者」という非常に危険な立場にあり、IS世界で暮らすのは不可能に近い。
 二人ともIS世界では生きられない以上、いずれは千冬と今生の別れを告げなければならない身なのだ。
 それが、今日だったと言うだけの話である。

 束は千冬達が帰った後、どこでもドアを解体し、IS世界へ行く為の座標データを抹消した。
 これで、平行世界間移動が出来ない本物の束はもとより、彼女自身もまたIS世界へ移動する事ができなくなったが、束にとってはソレで良い。
 彼女の唯一の心残りであった千冬の無事が確認できた以上、もうどこでもドアの役目は終わりだからだ。

 IS「白式朧月」は、今もまだ一夏の手元にある。
 IS「銀氷銀華」もまた、千早とともにある。
 そして束は未だにISを製造する能力を保持している。

 しかし、その3人が暮らしているのはISが活躍する「インフィニット・ストラトス」の世界ではない。
 一夏の主人公補正ももう失われて久しい。
 これからの3人の人生は「インフィニットストラトス」などという筋書きとは無関係の、それぞれの物語なのだ。




==銀の戦姫 FIN==










あとがき
 お待ちしていた方がもしいらっしゃいましたら……遅れまくってごめんなさい。
 本当はおとぼく2ヒロイン達も出演させようかとも思ったんですが、最終話でいきなり新キャラがわらわら出てくる、という話になって話がまとまらなくなる上面倒になるので、さっくり削除しました。
 一応、おとぼくヒロインズの中でも千早の事を男だと知っている面子は、一夏や束とも面識があります。
 あと、千早が女体化できる関係上、順一(及び薫子)へのバレイベントの内容が原作と異なっており、それに伴って薫子が正ヒロインの座から転落しています。ファンの人ごめんなさい。
 代わってヒロインの座を射止めたのが、千早の挙動から性別を言い当てた神近香織理さん。なので、このちーちゃんは香織理ルートになってます。

 本来ならば、こんな会話だけの話で最終話を済ませるのは良くないとは思うんですが、正直「インフィニット・ストラトス」としては前回で終了していますんで……
 今回は完全にエピローグです。

 尻切れトンボになってしまいましたが、数話に跨るお話を終わらせたのは実はコレが初めてだったりします。
 ……物語の終わらせ方って、本当に大事で難しいものなんだなあと、コレ書いてて痛感しています。
 なるほど、こりゃあエタる話が多いわけだわ……SS界隈どころか商業作家の方にもいらっしゃいますからね、話がエタる人って……

 それでは、長らくのお目汚し、失礼いたしました。
 銀の戦姫はこれにて終了です。

 もし、もっとISを身につけた千早の活躍を見たいという方は……新規投稿のボタンを押してちーちゃんの活躍を打ち込んでみてください。
 それでは、またいずれ。


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