私立藍越学園への試験会場を目指していた筈が建物内で迷子になった一夏の目の前に、信じられないほど美しい少女がいる。
神秘的な菫色の瞳に、流麗な銀糸の髪。
顔や手などの露出した肌は、ありえないほどにきめ細やかな絹のよう。
どことなく不機嫌そうな表情を浮かべている可憐な顔には、凛とした佇まいとあどけなさが同居している。
あまり胸はないようだが、それにさえ目を瞑れば彼女のプロポーションは女性の理想と言って良い。
どういうわけか、着ている服は男物のようだ。
年のころは恐らく一夏と同じ位。
初めて出会う少女。
テレビや雑誌でもこの少女を見かけた事はない。
いくら朴念仁だの唐変木だのと言われている一夏でも、この少女を一目見て忘れる事などありえない。
しかし一夏は、この少女を見たことがあった。
と、少女が口を開く。
「あなたはどこに行くつもりですか?
この先は女子校の試験会場ですよ。
あまり面倒な事にならないうちに退散してください。」
「え゛? そうなのか……っと、ちょっとまって。
俺、君に渡す物があるんだ。」
「へ? え、と、僕に……渡す物……ですか?」
今朝、郵便受けの中にあった、この少女の写真。
その裏には見覚えのある筆跡で、
「この子へのプレゼントがあるから、ここに連れて来て♪」
と書かれたメッセージと手書きの簡素な地図が書かれていた。
今朝、写真の裏のメッセージを読んだ時の一夏は
「一体何を考えてるんだ、束さんは……」
と、思ったのと同時に、ごく親しい人間以外には極端なほど冷淡な彼女が自分の知らない少女にプレゼントなど用意するものだろうか、と不審に思う。
束の考える事など自分に分かる筈もないと結論付けた一夏は、ひとまず写真をカバンの中に入れて受験会場へと急いだのだった。
見ず知らずの少女とうまく遭遇する可能性など低いのに、彼女は一体何を考えているのかと思いながら。
そして受験会場で道に迷い。
ものの見事に写真の少女と遭遇して冒頭のシーンとなる。
なお既に試験開始の時間は過ぎており、現時点で一夏が落ちるのは確定している。
一夏はそこまでの説明を少女にして、彼女自身の写真を手渡した。
「ほ、本当に僕の写真だ……でも、なんで?
僕は彼女とは会った事も無いのに……」
「……いや、そりゃありえないだろ?
あの人の他人に対する拒絶反応ってハンパじゃない筈だぞ?
それが見ず知らずの相手にプレゼントだなんて。」
君が驚くも分かるが、俺だって同じ位驚いているよ。
写真を手にして驚愕する少女を見て、一夏は内心そうごちる。
「……行ってみるか? この建物内みたいだし。」
「建物の中というか、屋上みたいですね。この地図の示す先は。」
迷子などと言うしょうもない理由で受験勉強を棒に振った一夏は、もうこれ以上失うものはないだろうという気持ちで少女に話しかける。
藍越学園に入れなくなった以上は、もはや姉に止められた中卒採用で社会に出る以外の道は選べない。
より学費の高い高校に行って、中学生の年齢の頃から女手一つで育ててくれた姉にこれ以上の負担をかけるわけには行かないからだ。
なのですでに若干やけを起こしている。
一方、少女は逡巡しているようだった。
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「……あの、貴女大丈夫!?」
銀糸の髪と神秘的な輝きの瞳を持つ非常に美しい少女は、気が付くと見たことのない街角でベンチに横たわっていた。
その少女を、通りすがりの少女が揺り起こす。
「え、ええ。」
「それなら良いけれど、最近の女尊男卑の世の中で鬱屈した男が性犯罪に走るって話がよくワイドショーに出てるから、こんな所で寝るなんて止めた方がいいわよ。
特に貴女はものすっごく綺麗なんだから、もっと警戒心持たなきゃダメ。」
「は?」
女尊男卑という言葉を聞いた銀の少女の目が点になる。
世の中が女尊男卑になっている。
銀の少女にとって、そんな事はあるはずがなかった事だからだ。
「え、と、女尊男卑!?」
「へ? ほら、白騎士事件で女性しか使えないISがダントツで世界最強の座に君臨してから、世の中そんな感じになっちゃったじゃない。10年も前の話よ。」
「しろき……ISって、インフィニットストラトス!?」
銀の少女の目は驚愕に見開いた。
白騎士事件の事は少女も知っている。
IS……インフィニットストラトスがどのような物かも、まあ大体は知っている。
しかし……ありえる筈がなかった。
「何よ、こんなの赤ちゃんでも知ってるくらいの一般常識じゃない。
貴女もIS学園の試験を受けに来たんでしょ?
そんなんで大丈夫なの?」
銀の少女にとって、それらは物語の中にしか存在しないものだったから。
「あ……すみません、僕違うんです。
IS学園なんか受けませんよ。」
「そうなんだ。まあ、すんごい難関校だもんねぇ。
じゃあ大丈夫そうだし、あたしもう行かなきゃ。」
銀の少女は起こしてくれた少女の後姿を見送ると、そっと呟いた。
「っていうか、根本的に入れるわけないじゃないか。
僕は男で、ISが反応するわけないんだから。」
少女……否、少年の名は御門 千早と言った。
「さて、これからどうしようか?」
マトモな方法で帰ることは最早諦めている。
何しろ先ほどの少女が嘘をついているのでない限り、ここはインフィニットストラトスの世界、小説の世界なのだ。
確認の為ゴミ箱の中にあった新聞を広げてみると、そこにはIS関連の記事がデカデカと載っており、またISとその装着者もイラストなどではなく実写だった。
イタズラ好きの親族がドッキリを仕掛けている可能性もあるが、ここまで手が込んだドッキリと言うのも考え辛い為、少女の話は嘘ではないと考えてよい。
となると、彼の家とは根本的に世界が違う為、マトモな移動手段で家に帰れるはずがない。
「となると……」
帰る為にはマトモではない移動、平行世界間を移動する手段が必要になる。
家には守りたい……守りたいけれどもそのためにどうすれば良いのか分からない母と、妹のように思っている少女が待っている。帰らない、帰るのを諦めるという選択肢はない。今後も絶対に。
そしてインフィニットストラトスの世界で平行世界移動が可能そうな人物といえばただ1人、篠ノ之 束しかおらず、千早が帰る為には彼女を何とかして探し出して頼る他ない。
だが彼女は妹の箒、親友の織斑 千冬とその弟にしてインフィニットストラトスの主人公である一夏以外の人間をマトモに認識できず、極端に冷淡な態度で拒絶する問題人物。
ハッキリ言って交渉が成り立つ相手ではない。
となると、箒・千冬・一夏のうち誰かに渡りをつけねばならない。
思案する事0.1秒。
「……一夏1択だな。他の2人は接触自体が難しすぎる。
でも3人のうち1人だけ彼女との連絡手段を持ってないんだよなぁ……」
と、ココまで言って気付く。
さっき起こしてくれた少女は何と言った?
あなた『も』IS学園の試験を受けに来たんでしょ?
「……彼女はIS学園の受験者で、今日がIS学園の試験日。
という事は、今日がISの冒頭のシーン……なのか!?」
インフィニットストラトス。
千早は読んだ事はなかったが、断片的なあらすじ程度の概要ならば把握している。
確か一見ハーレム物のように見えても、相当シビアな裏側が設定されていた筈だ。
その一環で主人公一夏が、世界で唯一の男性IS装着者という立場のせいで政治的に危うい立場に立たされてしまい、時に命を狙われたりもしていた場面もあったと思う。
「小説だったから助かってたみたいだけど、実際にずぶの素人があの立場に立ったら何度か死んでいるような……」
千早は知っている限りのインフィニットストラトスのストーリーを思い起こす。
結論として、一夏の存在がどうしても解決に必要な問題は一切なかったはずだ。
シャルルの件が微妙に当てはまる気がしないでもないが、彼女の件はそもそも一夏さえいなければ発生していない。
となると……一夏はIS学園に入学するべきではない。
誘拐事件の事を考えると自衛手段としてISを持っていた方が良いかも知れないが、一夏の戦闘力はISに登場する全専用機持ちの中でもダントツで最弱。
その底辺という地位が、6巻時点まで全く小揺るぎもしない。
それはそうだ。
一夏はちょっと前までISやそれに伴う軍隊教育・専門知識とは全く無縁だったド素人。
天才的な素質を持っているらしいが、どれ程凄まじい素質を持っていようともつい最近まで民間人だった男が、軍事教育でみっちり鍛え上げられたヒロインたちの領域までそう簡単に辿り着ける筈が無い。
何しろ彼女達は素手でマシンガンやショットガンを持った男を制圧できる人外レベルの戦闘力を有し、演算能力・反射速度なども明らかに人類の範疇を超えている超人兵士・代表候補生なのだ。
唯一そうでないヒロインであり、他のヒロイン達に絶対的なほど劣る実力の箒でさえ、女子中学生剣道日本一。生身同士ならば一夏を一方的に蹂躙でき、専用機同士でも以下同文。
そしてモブの少女達も厳しい倍率のIS学園入試を掻い潜ったエリート達で、その中には軍事訓練を受けるなどして箒と比較しても遜色ない実力を身につけるに至った少女も決して少なくない筈。軍関係者がヒロイン達だけという事も考え辛いからだ。それはつまり、モブですら機体性能差を考慮せず本人の実力だけを見れば、一夏を超える者が多いという事。
あげく、一夏の姉である千冬にいたっては地上最強の生物ときたものだ。
この状況下で、本来なら瞬殺される以外有り得ない戦闘においてそれなりの見せ場がある時点で、主人公補正がかなり効いていると言わざるを得ない。
とはいえ、最弱は最弱。
身柄を押さえようとしたり殺害しようとして襲い掛かってくる刺客に対抗するには、あまりにも頼りない。
そう考えると、最弱の力などないのと同じ。
そんな役立たずな最弱の戦闘力を得るためのリスクとしては、政治的に非常に危うい立場になるというリスクは余りにも巨大すぎた。
「IS学園入試会場の場所、聞いておけば良かったかな。」
かくして千早はIS学園入試会場へと急ぐ。一夏がISに触れる事を防ぐ為に。
そして……その一夏から自分の写真を手渡されるという、全く予期しない展開に目を回したのだった。
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だから一夏と出会った少女は、千早は逡巡する。
このまま一夏を伴って屋上へ行っても良いものかと。
そして。
「まってください。これは僕宛の贈り物のようです。
これに関してはあなたは関係ないようなので、屋上へは僕1人で行きます。
あなたはもう帰った方が良いんじゃないんですか?
これからまだ受験を受け付けている学校とか、中卒採用をしている企業とか、色々と探さないといけないでしょう?」
束はISの発明者。その彼女からの贈り物なのだから、IS関連の物である可能性が高い。
千早はそう判断する。
何故男性である千早にそんな物を贈るのかが分からなかったが、千早は一夏をISから遠ざけるべく彼を帰らせる事にした。
「そりゃそうだけど、見るだけなら別に良いんじゃないか?
そもそも君を『連れて来い』って書いてあるって事は、俺がその場にいること前提じゃないか。」
「それは、そうですけど……」
千早は一夏の同行を断る適当な理由を探そうとするが、どうにも思い浮かばない。
結局、千早は折れた。
屋上への鍵は開いていた……否、一夏がドアノブに触れる直前まで閉ざされていたのだが、二人はその事に気付かない。
「で、このドでかいダンボールがその贈り物なのか?」
扉を開けた先に見えたのは外の風景ではなく、間近に迫るダンボールの壁。
「そうなんじゃないんですか?」
「でもこれじゃあ、開けて中を確かめるどころかどかす事もできないぞ。」
一夏がそう言いながら、何気なくダンボールに触れる。
すると突然ダンボールを突き破って出現した刺又のような物が2人に襲い掛かり、拘束するとそのままダンボールの向こう側に引き寄せる。
突然の事に、一夏は勿論、千早も反応し切れなかった。
そして2人が引き寄せられた先には……
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「……何をしているんだ、お前は。」
いきなり屋上に未確認のISの反応が2つも発生したとのことで、試験用ISを装着した千冬がIS学園入試会場から急行してみると、彼女の弟である一夏と見知らぬ少女が拘束された状態で屋上に転がっており、その2人の傍らにはそれぞれ見たことのないISが起動状態になって佇んでいた。
動けなくなっている2人は、丁度傍らのISに触れた状態になっている。
他に人の姿がなく、素直に見れば……少女と、そして男性である弟が触れた事によってISが起動した、という状況に見える。
「いや、俺にも何がなんだか……なんか頭に情報が流れ込んでくるってーか、そもそもなんで男の俺が触ってISが動いてんだ!?」
「それ……僕の台詞ですよ……」
一夏は勿論、少女にとっても想定外の状況のようだ。
そして少女の方も一夏と似た状況のように見受けられる。
「何が原因で、どういう経緯でこの状況になった?
答えろ、一夏。」
「いや、ちょっと待って、千冬姉。
問答無用で流れ込んで無理やり分からされてる情報が多くて、ちょっと他の事に頭が回んねえ。」
「……お前は?」
「僕もです……」
と、千冬のプライベートチャンネル……IS装着者間で行える、互いの脳内に直接声を伝える通信機能……で、屋上の様子を尋ねるIS学園教員の声が聞こえてくる。
『こちらも状況が見えん。
どうもあの馬鹿がまたぞろロクでもない事をしてくれたという事と、未確認ISが起動状態のまま誰にも装着されていない事、起動させている連中が装着したくても出来ない状況下にある事しか現時点では分からん。』
千冬はプライベートチャンネルでそう返答する。
一夏がISを起動した事実は伏せたい。そんな彼女の心境が反映された返答だった。
だがそれも意味のない配慮だったようだ。
「織斑せんせーい、私も応援に来ちゃいました……って、ええ!?
なんで男の子がISを起動させてるの!?」
最悪のタイミングでやって来た後輩の姿に、千冬は思わず頭を抱え込んでしまったのだった。
その後、一夏と少女の様子が落ち着くまで要した時間は2時間ほど。
それほど膨大な量の情報が、ISから2人の脳内に流れ込んでいた。
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千冬は御門 千早と名乗った銀の少女から、その身に起こったという話を聞いていた。
千冬にとって、千早の話は信じ難いものだった。
一夏が主人公の小説「インフィニットストラトス」の存在。
6巻まで刊行されているが、一夏は主人公であり才能に恵まれていながら全くのド素人という出自の為、他のキャラとの差を少しずつ詰めてはいるものの最弱の座から一歩も動く事ができないでいる。
そんな最弱の力を得るのと引き換えにしたのは、かけがえのないなんでもない日常。
いかに弱くとも、「世界唯一の男性IS装着者」という立場は恐ろしいほど巨大な政治的意味を持ち、一夏は単なる民間人として生を全うする事が不可能になってしまったのだ。
そして「世界唯一の男性IS装着者」という立場は、時に暗殺という形で一夏を押し潰してしまおうとする。
物語の中の一夏は専用機を持つ他のあらゆる登場人物より弱いものの主人公補正のお陰でなんとか生き延び、時には主人公補正のお陰でそれなりの見せ場を得たりもしているが、今ここにいる一夏が同じく主人公補正に守られているとは限らない。
その小説で言えば冒頭の場面に当たるIS学園入試に出くわした千早は、主人公一夏の運命を狂わせた「迷い込んだIS学園入試会場でうっかりISに触ったら何故か起動してしまった」という事件を防ぐ為、IS学園入試会場へとやって来たのだという。
そして、小説とは全く別の形、彼女自身の写真を餌にしたトラップに引っかかり、あの状態に陥ったらしい。
全く、正気を疑うに充分なほど荒唐無稽な証言である。
しかし……
「それ以上に、お前が男だという事の方がはるかに信じ難いんだが。」
「はるかに……ですか……」
可憐という言葉を具現化すればこうなるであろうという容姿の銀の少女は、ガックリという擬音が明確に聞こえるようにうつむいてしまった。
だってそうだろう。この少女が男だというのであれば、この世から女などという人種は消滅してしまう。
千冬は本気でそう思った。
「あの、小説「インフィニットストラトス」の事よりも、僕が男だって事の方が信じ難いんですか?」
「ああ、何しろ束の事だからな。
私達の事が描かれた小説が存在する平行世界に行く、その程度の無茶はやりかねん。
そもそもアイツに常識を当てはめるほうが無理なんだ。
ISからして非常識にも程がある代物だからな。
だが……お前が男だというのには、束は関係ない。だから信じられん。」
「……そうですか……」
そうだ、束だ。
もし仮に千早の証言が本当であるとするなら、束が「インフィニットストラトス」を読んでいる可能性は高い。
束が一夏に千早の写真を持たせた事とその後の出来事を見るに、千早を元の世界からこのインフィニットストラトスの世界に連れて来た下手人は間違いなく束だからだ。
世界中から追われ、直接会いに行くことは不可能だが、何故か千冬からのコンタクトには高確率で応じてくれる友人。
千冬にしては間の抜けた話だが、彼女自身が自分が束にコンタクトを取る事が出来る事に気付いた丁度その時、千冬の携帯電話が鳴り出した。
画面を見れば、そこに示された名前は『メタルウサミミ』。
千冬は千早に「ちょっとまて」と言ってから電話に出た。
『やーやーやー、そろそろ私からの連絡が欲しくなったかなー、と思って電話してみたよ。』
「……お前、この状況をどっかから監視してるだろ!?」
『うん、まー白式と銀華にちょっと盗聴器なんかを。』
「ほう。」
千冬の額にビキビキと怒りマークが現れたように見えてしまう千早。
なお、白式と銀華は先の未確認ISの事で、白式は一夏専用機、銀華は千早専用機となっている。
「で、今回のこれは一体何のつもりなんだ?」
『いやーねー、「インフィニットストラトス」あたしも読んだんだけどねー。
ぶっちゃけあのお話でいっくんが弱いのって、ライバルキャラがいないからかなーなんて思っちゃったりなんかしちゃったりして。』
「…………それで一夏のライバルとして、御門を連れて来た、と。」
千冬の声のトーンが一気に下がる。
地上最強の生物がドスを効かせた声で、電話の向こうの天災科学者に話した。
ああそうだった。人の迷惑顧みないというか、織斑姉弟と箒以外の人間はマトモに認識する事が出来ないという社会不適合者に、人様の立場や家族などを思いやる気持ちなど芽生えよう筈がないのだ。
分かっていた筈だったが、今回束がしでかした事は千早に対する誘拐である。
かつて誘拐の被害にあいそうになった彼女としては、到底看過できる所業ではない。
だが馬耳東風とは良く言ったもので、束はそんな千冬の怒気など意に介さない。
『そーそー。
だってねー、同じIS初心者で同じ男性IS装着者で同じ高機動型接近戦用機。
それで生身だったらいっくんよりつよーーーい。
もう見事なまでにライバルに相応しくってぇ、つい♪』
「つい♪ じゃないだろう、この誘拐魔がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
って、同じ男性IS装着者!?」
『うん、わたしももんのすっごくビックリしたよー。もう口から心臓が出ちゃいそうな勢いで。
すっごいよねー、女の子として完璧な容姿を持った男の子なんて千早君見るまで想像もしてなかったよー。』
先ほどの怒りはどこへやら。
千冬は自分の耳から血が噴出したような感覚に囚われ、ハタから見ていた千早も彼女の耳から血が噴出する幻覚を見たような気がした。
そのお陰で一瞬ビクッとする千早。
「念のため聞くが、どうやって調べた?
本当に御門は男なのか!?」
『えーとねー、おふr』
「いや、いい。止めておこう。」
なにやら不穏当な返答をしようとする束に対して不吉な予感を感じた千冬は、彼女の返答を遮った。
『ぶ~~~。
……本当はね、千早君をそっちに送ったのって、ちーちゃんを精神的に追い詰める為だったんだ。』
「は?」
『千早君の世界にはISは存在しない。あるのは小説「インフィニットストラトス」。
だから千早君の世界にいっくんを送ってしまえば、いっくんは暗殺されたり誘拐されたりする心配がなくなる。
それをちーちゃんが自分で考え付くか千早君が提案するかして、そのお別れが刻一刻と迫る、その焦燥感をちーちゃんに感じて欲しかったの。』
突然のトンでもない束の告白に戸惑う千冬。
電話の向こうの束の声は、普段とは比べ物にならない真剣なトーンが感じられる。
「ちょっとまて、そんなもの私に感じさせてどうするつもりなんだ!?」
『だってちーちゃん、いっくんをISに関わらせない事で守ろうとしたんでしょ?
でもそれって、ISに関わらないって事は「織斑千冬」にも関わらないってことだよ。
実際、ちーちゃんってば月に2,3回しかいっくんと一緒に過ごせてないじゃない。
その路線の行き着く先は、ちーちゃんといっくんの永遠の別れ。それでいいの?』
「…………」
束の指摘に押し黙る千冬。
今指摘された事は、以前から自分でも分かっていた事だった。
一夏が誘拐された時も、その原因は一夏が自分の、「織斑千冬」の弟だった事だ。
ISに関わる事は危険かも知れないが、一夏は千冬というこれ以上ないほどのISとの接点を持っており、ISとの関わりを絶つのであれば、千冬との関わりを絶たねばならない。
……分かっていた事だった。
『それに「インフィニットストラトス」でいっくんが誰よりも素質があるって言われてるのに弱っちいのは、ISと関わるのをずっとちーちゃんに妨害されてたからなんだよ。
もっと前からISと関わっていたら、女の子達とそんなに変わらない訓練を受けれた筈だもん。それなら、一番才能があるいっくんが一番弱いなんてありえないもの。
そんなちーちゃんのせいで弱虫になっちゃったいっくんが、自分の弱さに苦労させられる「インフィニットストラトス」を読んじゃったらさ、ちーちゃんを責めないわけにはいかなくて。』
「……全ては私の勝手だったという事か?」
『少なくとも私はそう思ったよ。』
千冬は押し黙る。そうせざるを得ない。
『なんだったら、今度会った時にいっくんを千早君の世界に送っちゃう?』
「っ!! やめろっ!!!!!!!」
ほとんど反射的に千冬は叫ぶ。ほとんど、否、完全に悲鳴だった。
『だよねぇ~~。いっくんがいない人生なんて、ちーちゃんにとっては死んじゃったのと同じだもんねぇ。』
「…………」
千冬は黙るしかない。
会話のイニシアティブを完全に持って行かれた事も自覚せざるを得なかった。
『いっくんと千早君に関しては、あたしからの要請でIS学園に入れてもらうよ。』
「……お前に言われずとも、男性IS装着者である一夏は強制的に入学させられる。
御門については……お前に押し付けられた専用機があるからな。こいつの方も強制入学だろう。」
『うんうん。そーそー。
千早君に関しては親御さんに説明求められちゃってねー、とりあえず無事を伝えたら、結構あっさりIS学園入学を認めてくれたよ。』
「……そうか。よく怒り出さなかったな。」
『なんかねー千早君、自分の殻に閉じこもったっきりで人との付き合いが出来なくて、おかーさん心配してたんだって。
それで全寮制の学校なら人との関わりも出来るだろうって。』
お前がそれを言うか。
思わず口をついて出てきそうになるその台詞を、千冬は飲み込んだ。
今更言ったところで直るものでもない。
後にして思えばこれが、織斑 一夏と御門 千早のIS学園入学が決まった瞬間だったのかもしれない。
千冬がそんな風に考えられる余裕を取り戻したのは、この1ヶ月以上後の話だった。
==第一話FIN==
自分じゃ書けないと思ったので、雑談の「こんなネタ」スレに書き込んだネタですが、一向におとボク×ISを見かけないので書いてみました。
そんなわけでその他板の恋楯クロスには期待しています。
本当は束が言っていたような展開で話を進め、3巻で終わりという形を考えていたんですが、流石に親友相手にそこまでねちっこくは出来ないだろうという事で、この辺で手打ちにしました。
まあぶっちゃけ異世界への移動で一夏の安全を確保するのであれば、IS学園入試以前の段階で拉致った方が良いわけで。
3巻で終了という道筋を既に絶ってしまったため、完結はあまり期待しないで下さい。
しかし、ちーちゃんの男の子口調がよー分からん。
たぶん史相手に話した時の口調なんだろうけどうまく書けない……
基本、男の子モードで話を進めなきゃいけないのに。