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[26699] 【ネタ】迷惑な鋼のおっさん【IS 〈インフィニット・ストラトス〉オリ主 】
Name: 無人◆8f577150 ID:0a7daea4
Date: 2011/03/25 01:20












 目覚めると深い深い暗闇を落ち続ける感覚が全身を支配していた。
 半強制的に入らされた職場や地元の活動などに追われる日々に疲れていた俺は、余裕というものを失っている状態が続いた。何をなすにも機械的・事務的な日々に終止符が打たれるのはもっと先だと思っていた。それがまさかこのような異常事態によるとは思わなかった。

『我は問う。汝は、強き者か?』

 そんな声が暗闇に響き、得もいえぬ強制力により自然と口が動かされる。

「……否。私はいままで自分と比較して“弱い”と思うような人間を見たことがない。ゆえに否……私は、人間として最弱の部類だ」

 彼我を比べられるようになった頃から俺は自分が他者より優れている部分というものを発見できなかった。あらゆる分野で俺は敗北しか知らない。誰にも勝てないし、相手にもならない。多くの分野で“慣れる”ということは技術の向上に繋がるが、俺の場合はある一定の段階まで修得するとそれ以上に技術が伸びることはなかった。皆が言う感覚というものが見聞きする限りで一切、参考にならなかったことも要因の一つだ。皆と同じようにすれば同じことができる、なんてことは同じような感覚を持っている者同士にしか当て嵌まらない。

『我は問う。汝は、力求む者か?』

 どこまでも深い闇に落下しながら俺に語りかける声は人間のものとは思えなかった。個人的な印象を言えば、合成された機械音声のような感じだ。

「……否。力があろうとなかろうと私には何の意味もない。私の価値観において力は何の利益も私には齎さない」

 どんな勝負事でも勝利したところで喜びを感じられない。どんな敗北でも悔しさを感じない。何を奪われても、失っても何も感じない。
 感謝されると気持ち悪い。ありがとうという言葉が聞きたくない。俺がどう思っているかわからないとどうアドバイスすればいいか分からない。少しでも理解してやりたいと言って無理やり俺の価値観を説明したときに使った言い回し。これが完璧に自分を説明できているとは思わなかったが、最低限のオブラートに包んだらこれ以上の言葉が出せなかった。
 俺は人に理解されたいと思わない。むしろ、理解されたくないと思っている。

『我は問う。汝は、人であることを望むか?』

 愚問だった。この声の主は、人間じゃない。そして、今の俺が置かれている状態は、夢幻の類だ。だから、夢現のぼやけた思考で自分の真実を口にできる。

「否! 私は、人である必要がない。欲しい者がいて、与えることが可能であるならば、誰にだって私の命を譲る」

 生きていることは恐怖でしかない。環境、人脈、自己に恐怖する。壊れることを許さないすべてに恐怖する。

『汝、魂足りえる格者。空ろな我が器を満たすことを望むか――、否か?』

「私が欲しい? 心臓だとかが欲しいと言うなら捥ぎ取ればいい。欲しいならいくらでも譲ってもいい」

『否。我が器を満たすは、人足りえぬ人でなければならない。我が器を満たせ、欠落者』

「欠落、か」

 そんなことをはっきりと言われたのは初めてだ。変なヤツとは言われ続けたし、思われていただろうが、欠落というはっきりとした評価を下されることになろうとはな。しかも、その評価はどことなく嬉しいと感じた。いままで言われたどんな感謝の言葉より、どんな褒め言葉よりも胸に響いた。理解されることも評価されることも好きではなかった俺にも他者からかけられた言葉で嬉しいと思える心があったのだな。

「……いいな。アナタが何者であろうと私はアナタが気に入った。アナタだったら悪魔だろうと怪物だろうと私のすべてを譲ってもいい」

『格者の承認を確認。格者を用いてのコア修復を開始』

 その声と共に俺の身体を襲っていた落下する感覚が消失した。その代わりに俺を襲ったのは、いままで感じたこともないような墜落という名の衝撃だった。








  † † †






 再び意識が覚醒し始めると全身を襲う衝撃の感覚が徐々に現実の痛覚を俺に与える。
 視界はまだ開けていないが、どうやら俺は現在進行形で攻撃を受けているようだ。しかも、機械的なサウンドが鳴り響いていることを鑑みるに完全武装した奴らが襲撃者であるようだ。それにも関わらず、俺の身体が感じる痛覚はゴムボールを当てられている程度にしか感じない。
 攻撃音の合間に僅かなにだが人の声が聞こえたように思った。その声は、年若い男女のもの。俺を攻撃しているのは少年少女だとでもいうのだろうか。確かに少年兵だとか女性兵というものは存在するし、その存在を否定することもしない。けれど彼らが使用している武器は、どうにも個人携帯できる武装としては見合わぬ破砕音や爆音が響いているように感じる。
 俺が暮らしていた環境からでは考えられない状況に陥っていることは間違いない。ならばこの状況は、さきほどの声の主が陥っている状況ということなのだろうか?
 殺されることは恐怖を感じるが、嫌ではない。俺を殺したいなら殺せばいい。
 しかし、俺はただ殺されることを望まない。恐怖からは逃れたい。まして、今の俺は誰かの身体を使っている状況にあるはずだ。逃げることができるのならば逃げ出したい。逃げられないのならば死に物狂いで反撃する。

「キュウソ、ネコ、ヲカム……カナ」

「「ッッ!?」」

 意識して声を出すと対峙する存在たちから驚愕の気配が感じられた。俺が出した声は、先ほどまで俺に語りかけていた声と同じ機械による合成音のような声だった。どうやら俺が満たした器は正真正銘の機械であるらしく、喋らないと思っていた機械が喋れば誰でも驚くだろう。そう思いながらも声を出したと同時に視界が徐々に色を取り込み始めた。まだまだ明瞭ではない視界に移るのは二つの人型。光の剣を操る白い鎧と見えない砲撃を放つ赤黒い鎧。俺が知り得る限り、こんな兵器が実用化されているという話は耳にしない。まるでゲームや漫画の類だ。

「うおおおおおおおおお!」

 間断なく撃ち込まれる不可視の砲撃を回避し続けるもその幾つかは当たってしまう。それによって動きが鈍ったところに雄叫びと共に白い鎧が光の剣を携えて襲ってくる。

「一夏、馬鹿! ちゃんと狙いなさいよ。これで四回目じゃない!」

「狙ってるつーの!」

 少女の大声に少年の大声が反論する。
 剣による攻撃に狙うもなにもないだろう。近接格闘武器による攻撃は、その武器自体の間合いと持ち主の技量による間合い、その両方を併せた上での間合いに相手を取り込むことができれば必ずあたる。それでも俺が回避できているということは、白い鎧の主は自分自身の総合的な間合いを理解できていないということになる。
 俺に攻撃を回避された白い鎧が距離を取り、それを赤黒い鎧が砲撃で援護する。あたれば痛いが、行動に支障が出るほどの威力は込められていないことはわかったのでこちらからも迎撃を試みる。すると両肩や両腕が自然と鎧たちのいる辺りに何某かの光を撃ち出す。

「どうすんのよぉ! 何か作戦がなくちゃ、こいつには勝てないわよ!」

「逃げたきゃ逃げてもいいぜ?」

「誰が逃げるっていうのよ! 私はこれでも代表候補生よ」

「そうか。じゃあ俺も、お前の背中くらいは守ってみせる」

 俺の攻撃に対して声を張り上げる少女の声に少年の声が臭い台詞を放つ。

「ふぁっ!?」

「集中しろ!」

 あまりにも恥ずかしい台詞だったの反射的に攻撃してしまった。
 再び距離を取る二機に追加の攻撃を仕掛けるが、一定以上はなれた二機がなにやら会話を始めたので一時攻撃を中断する。外界を認識する機能が完全ではない状況でこのまま争いを続けるのは得策ではない。こちらの様子を伺うような素振りが感じられるので状況は俺の方が有利である可能性もある。二機の会話の中から現状を打破する情報を得られれば自分がどのような状態にあるのか、どのような事態に陥ってしまっているのかが分かるかもしれない。

「あれって、本当に人が乗ってるのか?」

「はあ? 人が乗ってなきゃISは動かな――そういえばアレ、私たちが会話しているときってあんまり攻撃してこないわね。まるで興味があるみたいに聞いてるような」

 人が乗って動かす“アイエス”、か。その言葉に聞き覚えはないし、軍事用語とかだったらなおさら理解できない。少なくとも二つの鎧たちには、俺の姿が人が搭乗するタイプの機械に見えているということか。

「でも、無人機なんて有り得ない。ISは人が乗らないと絶対に動かない。そういうモノだもの」

 無人機ではありえない“アイエス”ね。しかも、無人機が存在したらいけないかのような物言いだ。
 確かに今の俺がその“アイエス”という機械になっているのだとしたら自立行動できる戦闘可能な兵器という極めて危険な代物だろう。遠隔操作ならまだしも自己で判断する戦闘機械があったとしたら暴走したときの脅威は計り知れない。人工知能が自我に目覚め、人類に襲い掛かるなんてかなり昔からあるネタだ。

「仮に、アレが無人機だったらどうだ?」

「何? 無人機なら勝てるっていうの?」

「ああ。人が乗ってないなら容赦なく全力で攻撃しても大丈夫だしな」

 すごい分かりやすい答えだった。どうやら俺を攻撃している二機は人間、あるいは人間の味方であるらしい。人命を気にして本気を出せていなかったというなら俺の側が有利であるという状況はありえないということか。しかも、なにやら“れいらくびゃくや”とかいう必殺技のような攻撃をこれから仕掛けてくるらしい。というか、彼らは俺の耳が聞こえていないと思っているのだろうか? これから何をするかという会話を声も潜めず行っている。

「一夏ッ!」

 それは突然の声だった。
 今にも必殺の攻撃を仕掛けようとしていた二人以外の少女の声。“イチカ”というのは名前なのだろう。

「男ならそれくらいの敵に勝てなくてなんとする!」

 なんという強烈な叱咤激励であろうか。しかも、言葉からするに“イチカ”というのは男性の名前らしい。俺を攻撃してくる二機のうちの片方が男の声を出していたのでその人物のことなのだろう。そして、この声の主も確実に始めの二機の仲間であろうことも容易に想像できる。位置的に挟撃される可能性があるため、1人でいる方に牽制目的の弾幕を放とうと両腕を向けた。

「うおおおおおぉ!」

 当てるつもりはなかったが仲間に危険が迫った状況でそこまで分析している暇もなかったのだろう。男性の声の方が雄叫びを上げて突っ込んできた。
 見ると先ほどよりも僅かに大きくなったように見える刀身の剣を振り被り、俺を両断しようと向かってくる。

「以外ニ、遅イナ」

「何っ!?」

 エネルギー兵器による攻撃の無効化、シールドバリアーを斬り裂いてシールドエネルギーに直接ダメージを与えることが可能な最高クラスの攻撃能力。そのような情報が頭の中に羅列されていた。その情報が理解できれば刀身を避けて刀の柄を押さえる。難しいことのはずだが、相手の動きが手に取るように“見えた”ので楽々と行えた。

「「一夏っ!」」

 イチカという少年が俺に捕まったことで仲間の少女たちが叫ぶ。
 それなのにイチカという少年の顔には余裕の表情があった。

「狙いは?」

『完璧ですわ』

 少年の言葉と少年の鎧に備え付けられていると思われるスピーカーから俺の耳が拾ったまたしても少女の声。ふたつの言葉で瞬時に防御体勢を取った。
 それと同時に上空からいくつもの衝撃が降り注いだ。言葉通り、狙いは完璧。俺が捕まえていた少年には絶対にあたらない射角からの攻撃だ。その衝撃で捕まえていた少年に逃れられた。

「セシリア、決めろ!」

「了解ですわ!」

 その掛け合いと同時にさらなる大威力の砲撃が顔面を襲った。
 鋼が弾ける音がやけに響いた。仰向けに倒れ、空を見上げることなった。
 
「間一髪でしたわ」

「セシリアならやれると思っていたさ」

「と、当然ですわね!」

 少年の言葉に俺の顔面を撃ち抜いた少女がお嬢様風に喜びを表しているのが耳に届いた。
 この“イチカ”という少年は一体何者だ?
 たった数分の攻防の中で3名もの少女達から好意を寄せられているような雰囲気じゃないか。これではまるでゲームや漫画の主人公そのままじゃないか。
 そう思ったら何故か全身に力が漲ってきた。

「ミ、ミナギッテ、キ、キ、キ――」

 うまく声が出せないが、このまま負けてやるのは納得できないと感じた。
 これまでどんな勝負事で負けても気にしたことなどなかった。俺は弱いし、要領も悪いから大抵のことで負けるのは当たり前、そう思っていた。だから何も感じないはずなんだが、今の状況は何故か納得できないという気持ちが沸き起こった。現実的ではない主人公タイプの少年とそのお付の少女達に敗北する。これでは俺が少年少女たちの絆を深めるために登場するただのやられ役みたいじゃないか。
 俺がはじめからやられ役なら構わない。それが運命だと受け入れられるし、やられ役らしく無様に散るのも悪くないだろう。
 しかし、いま俺が置かれている状況は現実的ではない。まず間違いなく有り得ない状況が目の前にはある。さらに言えば、俺が現実の中で唯一望んでいたことを可能とする環境が整備されていそうな雰囲気がある。周囲を気にすることなく、暴力を行使できる戦場。暴力を揮い、暴力を振るわれる。それが罪ではなく、正当な権利としてある世界。殺し、殺されるという交流が可能な世界が目の前にあるのかもしれない。

「ソレナラ……楽シイ、カモ知レナイナ」

 強さなんていらない。力なんていらない。人でありたいなど思うことさえできない。
 ただ戦いを、終わらぬ闘争を、弛まぬ命の緊張を――俺に与えて欲しい。

「一夏! あいつまだ動いてる!」

「くっ、往生際の悪いやつだぜ!」

 少女の声に白い鎧の少年が再び光の剣を振り被っている。
 その姿は格好良い、のだろうな。素晴らしい主人公の輝きだ。子供の頃は俺も憧れていた姿だ。自我が成長するとその姿はとても恥ずかしい姿に思えていた。
 しかし、それと同時に“若さ”というものを徹底的に叩きのめしたいという願望が生まれていた。何を馬鹿なことをと十分に若い年だった俺はすぐにそれを忘れた覚えがある。そんな“若い自分”がまだ残っていたのか、いや、この場合“若返った”と言えば良いのかな。少なくとも青年の域をでない年数しか重ねていない俺の老衰しきった心が潤ったように感じる。

「おおおおぉぉ……っでぇえ!?」

「何ヲ、驚イテイルンダ?」

 今にも俺の頭に剣を振り下ろそうとしていた少年があと一足の距離に接近したところでその表情に驚愕の色を表した。
 あまりにも呆けた表情に直球ど真ん中のストレートパンチを叩き込んでやった。

「「「一夏(さん)!!」」」

 それほど力を込めたつもりはなかったが、メートル単位で吹き飛んだ鎧の少年。それを心配するように駆け寄る鎧姿の少女達。
 今の今まで戦いというものを繰り広げていたであろう少年少女たちの姿。それがようやく鮮明に俺の視界に映し出されていた。心なしか解放感を感じる。
 赤黒い鎧の少女が倒れた少年に張り付き、空から砲撃してきたであろう青い鎧の少女が見たこともない大砲のような武器を構えるが、少年と同じように呆けた驚愕の表情を俺に披露している。

「あ、貴方、人間ですの!?」

 何を当たり前のことで驚いているんだ。君らも鎧を着込んでいるんだ。見た目が無人機械のような姿でもその中に人間が入っていないとは言い切れないはずだ。

「状況ハ理解デキタ。私ハ、君タチノ敵ナノダナ?」

 それなら戦おう。俺は強さも力も勝利も望まない。
 ただ戦いを、終わらぬ闘争を、弛まぬ命の緊張を――俺に経験させて欲しい。

「何ガ原因デ始マッタカ知ラナイガ、私ハ戦ッテ良インダロウ?」

 倒れる少年とそれを気遣う少女達が俺を見ている。俺の存在は彼らにとって異質らしい。それはとても素晴らしい。

「サア、第二らうんどヲ始メヨウ!」

 再び攻撃態勢に入った俺の姿に少女達が武器を構える。
 その姿はとても美しい。現実的ではないゆえに俺は“人間”であることを強要されていない。
 ここでなら俺は、生きたいと思える。“人間”と戦う“機械”として戦場という名のパラダイスを得ることができる。
 強くなくて良い、力などなくて良い、勝利などいらない。
 ただ戦いを、終わらぬ闘争を、弛まぬ命の緊張を、

「イマ此処ニ――ッ!!」

 背中で爆発するスラスターの炎を推進力に武器を取る若者達に俺は鋼の拳を振り上げた。


















 つ、づく……?





[26699] 第02話
Name: 無人◆8f577150 ID:0a7daea4
Date: 2011/03/27 01:21



 一度で良いから全力で戦ってみたかった。
 誰かを傷つけても、誰かに傷付けられても自己責任。誰に責められるでもなく、誰を責めることもしなくていい対等な闘争。自分と相手以外に気を使う必要がない競い合い。それはどれほど望んでも手にできないと思っていた最上級の幸福だ。

「っ、皆散れ! アイツ急に機動パターンが変わったぞ」

 ビーム兵器を搭載した拳で俺が殴りかかると鎧たちはすぐさまばらけた。10分も経っていないがここまでの攻防で戦闘技能は少女達の方が上のようであるが、中心となっているのは白い鎧の少年のようだ。白い鎧の少年が刀剣を使用する近接特化型。赤黒い鎧の少女は近接中距離砲撃型。あとからやってきた青い鎧の少女が浮遊する砲撃兵器と長大な銃器を用いた中遠距離砲撃型。機体特性から考えればバランスの取れた組み合わせだ。それでも連携はまだまだなところがある。いかに常識外れの戦闘機械となったといってもドンパチビギナーの俺が比較的優勢に戦えていることがその証拠だ。

「どういたしますの? 無人機ではないようですけれど、人間であるようにも見えませんわね」

「だね。少なくとも人間のバイタルサインは出てないよ」

「ということは、方針は同じで良いってことだな。あっちも引き下がる様子もないし、応援が来るま――どわっ!」

 十分な距離を取った思っていたのだろう。またしても動きを止めて同じ場所に集まった三機にスラスターを吹かせて肉薄する。
 白い鎧の少年が光の剣で攻撃をいなし、赤黒い鎧の少女が見えない砲撃で俺を弾き飛ばした。それなりに重い衝撃を受けるが各部に異常は感じられない。すぐに軌道を修正し、青い鎧の少女の砲撃から逃れる。さきほどからこのような攻防の繰り返しだ。
 俺が無人機であるならば問答無用で叩き潰す。人間であるのなら生かそうとする。そんなことで悩まれても困る。

「オ互イ同型ノ兵器同士ダ。全力デ戦ッテクレ」

 牽制にビームをばら撒きながら少年少女たちに宣告する。

「っ。これくらいでやられるかよ!」

 少女たちが俺の攻撃を回避したのに対して少年は、その光輝く剣でこちらのビームを弾いて防いだ。俺の攻撃にも慣れてきたということか。
 こちらが搭載しているビームは彼らの鎧の防御を貫くほどの威力を込めることが可能だが、それだけのエネルギーを放出するのは上手くない。それほどのエネルギー収束を彼らのセンサーが見逃すとは思えないし、まぐれで当たってしまってはそこでこの戦闘は終わってしまう。それは良くない。少しでも長く戦いたい。全力を出すことと本気で戦うことは同義ではないのだからな。

「私ガ人間ダロウト機械ダロウト気ニセズ全力デ戦ッテクレ」

「お前の方こそ、余裕じゃねえか。最初のだんまりは演技だったってことかよ」

「多弁ニナルノハ勘弁願イタイナ。人間足リエヌ人間ダッタ私ニハ、過ギタル幸福ガ訪レテイルンダ。私ノ故郷デハ、コノヨウナ戦場ハ経験デキナカッタ。故ニコノ刹那ヲ永遠ニ終ワラセタクナイ!」

「戦闘狂かよ。というか、やっぱり、お前は人間なのか?」

 愚問だ――口で言う前に更なる攻撃で答える。

「くっ、やり辛え」

 先ほどと同じように剣でビームを弾きながらも攻勢に出ない少年。
 いまいち乗り切れていない少年とは違い、二人の少女はしっかりと攻撃してくる。

「一夏の馬鹿っ! 何やってるんよ。やらなきゃアンタがやられちゃうよ!」

「一夏さんっ、惑わされてはいけませんわ! このISに生体反応はありません。信じられないことですが、このISは無人……え?」

 距離を取って巧みな位置取りで砲撃を繰り返す少女たちにもビームをばら撒くがそれぞれの武装や機動によって防がれ、回避される。
 やはり射撃という分野は徹底的に経験値が不足しているために上手くいかない。世間的には普通の人間として生きていた俺が銃に触れる機会などあろうはずもない。ビーム射撃が拡散させることができるようだったので接近と離脱、牽制にと手広く使えたが、決定打にはならない。意図的に決定打ならない出力に落としているだけなのだが、それにしても射撃というものは難しい。

「そ、そんな……ありえませんわ。こんなことって……」

 自分の射撃能力に呆れていると青い鎧の少女がこちらに砲口を向けたまま空中で棒立ちになっていた。
 動かない対象になら当てられるか?

「セシリア、狙われてるぞ!」

「え? ――きゃあっ!!」

「「セシリアっ!」」

 当たった。完全に集中力が途切れていたらしく、俺が放ったビームは青い鎧の少女に命中した。それでもあまり気持ちよくはなかった。俺は性質的にドンパチするよりも白い鎧の少年や赤黒い少女が使う刀剣類による格闘戦の方が合っている。引き金を引いただけで相手にダメージを与える。それも悪くない。自分の相手を結ぶ線を貫くという感触はきっと魅力的なものだろう。それでも俺はまだその域までの射撃能力がない。だから今は……。

「……ナルホド、コレガあいえすトイウモノカ」

 近接格闘戦を想定した瞬間に俺の手で光が爆発し、異形の大斧が現れた。
 少年たちとの体格差から優に2メートルを超える巨体となっている俺が異形の大斧を手にすると物の見事にボスモンスターの出来上がりだ。
 そんな近接格闘武装を展開した俺に対し、傷付いた仲間を庇いながらの砲撃が降り注ぐ。今度はあえてその砲撃を受け続ける。

「ヤハリ痛イ……ガ、耐エラレナイ程デハナイ!」

 今の俺の巨躯と同等の大斧を振り被り、少年少女たちに肉薄する。

「鈴っ、セシリアを頼む!」

「んもうっ、しょうがないわね!」

 少年が前に出ながら剣を構え、赤黒い鎧の少女が青い鎧の少女を後方の隔壁が開いている場所へと運んでいく。
 そこで改めて周囲の様子が視界に入った。どうやら俺がいる場所は、アリーナのような場所らしい。地元に合ったスポーツ観戦用のドームと似ている。観客席に相当する部分には分厚そうな隔壁で覆われている。にも関わらず、俺にはその向こう側が手に取るように見えてしまった。

「アレハ……」

「もらったああああっ!」
  
 戦闘行動中に余所見をするなんてド素人丸出しのミスを犯した俺の隙を突くかのような攻撃、なのだが……。

「オ約束ナノハ理解シテヤランデモナイガ、一ツ言ワセテ貰ウ。――必殺ノ意ハ、叫ブベカラズ」

 おそらく少年の必殺技であろう『れいらくびゃくや』と呼んでいた攻撃。シールドを無効化する特性を持つ脅威の斬撃だ。
 しかし、一度見た技であることに加え、今の俺は近接用の武器を手にしている。

「ぐああっ」

「「一夏ぁっ!!」」

 やりすぎた。そう思ったときには遅かった。
 斬りかかって来ていた少年に対して大斧によるフルスイングを叩き込んだ。展開されていた光の刃は確かに大斧を両断するという凄まじい威力を見せ付けた。しかし、切断された刃部分は半分程度。残った刃は容赦なく少年のシールドを打ち砕き、纏っていた白い鎧は光となって消え、アリーナの端までぶっ飛んでいった。

「加減ヲ間違エタナ。ソレヨリモ、コノ場所ハ……」

 人の気配が多すぎる。隔壁の向こうにたくさんの人間の反応が感じられる。何故か、その人物たちが極度の緊張状態にあることも感じられた。それはつまり、今の状況に思考が対応できていない者たちであるということだ。夢想の延長上であるかのようにこの場に現出した俺は、一般人としては有り得ないと思われるであろうほど冷静に現状を考えられた。何しろ常々望んでいた状況が現れたのだ。驚きこそあれ、混乱することも戸惑うこともせずに済んでいる。それは、戦っていた少年少女たちも同じだと思っていた。互いに倒すべき敵であると認識し合っているのだと。俺が取り込まれている兵器や少年少女たちが纏っている鎧は、どう考えても軍用だ。もっとも、俺の知っている世界においては軍用だったとしても過剰すぎるほどの戦闘能力を秘めているようだが。
 このような武装をする者たちが軍に所属するかどうかはともかく、戦士であるはずである。そうでなければ困る。そうでなければ、俺は……

「よくもっ、よくも一夏を!」

 激昂した赤黒い鎧の少女が不可視の砲撃を放ちつつ、二刀の青龍刀を振り被って突貫してくる。青い鎧の少女は『いちか』という少年の傍に横たえられている。視界の端では少年に喝を入れていた後頭部で髪を一本に纏めた黒髪の少女も倒れている少年たちの場所へ行こうと観客席の崩れた場所を駆け下りている姿が見えた。

「……何ダ、コノ状況ハ?」

 駆け下りてくる少女は明らかに非戦闘員だ。
 過剰なダメージを受けた為に鎧が消え去った少年と少女の姿、隔壁の向こうで怯える人間たち。

「こんっのおおおおっ!!」

 全身を襲う重い衝撃を受けながらも立ち尽くす俺の身体に赤黒い少女の大刀が叩きつけられる。両肩に振り下ろされた刃は、左は腕を斬り飛ばし、右は肩から胸部の中ほどまで食い込んだ。

「ッッ、グ、オオオオオオオォォォォォォォォッォォォッッ!!!」

「きゃあああっ!!」

 ショック死するほどの激痛とはこういうものを言うのだろう。痛みのあまり、反射的に赤黒い鎧の少女のことも大斧で殴り飛ばしてしまっていた。腕が斬られ、肩から胸まで斬り裂かれる。人間ならば確実に死んでしまうレベルのダメージだ。痛覚がダメージレベルとして数値化されていなければ確実に行動不能に陥っていただろう。これほどの痛みを感じてもまだ俺は生きている。戦いたいという気持ちは微塵も失われてはいない。
 それなのに納得いかない。加減を間違って好敵手たちを戦闘不能に追い込んでしまったことも、この場が本当の戦場ではないということにも、俺が自分の幸福に酔っていたことも含めて納得いかない。俺の幸福はこんな形じゃない。こんな簡単に終わってしまうような戦場じゃない。

「ッ……コレデハ、本当ノ怪物ダナ。喜バシイコトダ……泣ケテクル」

 全身のダメージレベルを計測し終えた思考からは痛みが引いていき、修復可能であることも理解できた。その理解が鋼の身体にも瞬時に反映された。映像記録を巻き戻したかのように胸まで裂けた右肩は汚れすら残さずに繋がり、斬り飛ばされた左腕は粒子となって消え、切り口に再び収束していた。まるで不滅と言わんばかりの自己修復機能を持った機械兵器。絵に描いたように理想の身体だ。この身体なら永遠に戦闘を続けられる。俺は勝利したいわけではなく、戦い続けたいだけなのだから強大な力よりも不滅の身体の方が何倍も魅力的だ。

 せっかく最高の戦場が目の前に現れたと思っていたのにな。
 ここはまだ俺の望む最高の戦場ではないということか。周囲の状況から察するに此処は戦場でもなければ、殺し合いをする場所でもない。ここには戦いを恐怖するもの、命を尊ぶ常識が当たり前のようにある。俺と戦った少年少女たちも戦士では会っても兵士ではないということか。
 しかし、彼らの装備していた鎧型の武装は確実に戦いを呼び起こすに足る兵器だ。コレが普及している世界であるというのなら俺が望む戦場も必ずどこかにあるはずだ。

「落胆スルニハ、マダ早ッ――早イヨウダナ」

 テンションが落ちかけていた俺の頭部を再び衝撃が襲った。
 衝撃を撃ち出してきた方角に視線を向けると今度は渦巻く螺旋の水流が胸部を貫いていた。
 またしてもショック死レベルの激痛を覚悟したが予想に反して痛みはそれほどではなかった。どうやら先ほどの自己修復によってある程度の耐性がついたようだ。自分のダメージ計算が終われば、次はその攻撃を成した者に興味を移す。

「容赦ガナイ攻撃ダナ。……何者ダ?」

「あら、頑丈なのね。それにしても、この学園に攻撃を仕掛けてきた方からそのような問いを投げかけられるとは思わなかったわ」

 透明な液状のドレスのようなものを靡かせる『アイエス』を纏った少女の姿がそこにはあった。
 先ほどの少年たちより僅かに年上だと思える少女の後ろにも銃を構えた『アイエス』を纏った女性たちが数名こちらに向かってきているのが見える。

「何者、と問われれば、更識 楯無。そして、IS『ミステリアス・レイディ』と答えるわ」

「サラシキ・タテナシニ、『ミステリアス・レイディ』……オ前ハ、兵士カ? 私ヲ敵トシテ殺ス者カ?」

 身体を修復しながら水流を纏った大型ランスを押し返すが、サラシキと名乗った少女はそれほど驚いた様子を見せず、俺のそんな問いに対しても余裕のある笑みで再び応えた。

「いいえ。私は、この学び舎を侵す悪者を懲らしめに来たただの生徒会長よ」

 この言葉を最後に俺の意識は一時的に途絶える。
 何が起きたかは分からない。少なくとも戦闘行動は発生していないはずだ。俺はもうこの場で戦う意欲を失っている。ここは俺が望んだ戦場じゃない。
 未熟な者たちが多くを学び、多くを成すべき学び舎なのだ。






  † † †





 暗い意識の底で目覚めると眼前には先ほどまで俺の身体となっていた異形の『アイエス』が佇んでいた。

『我は問う、汝は更なる闘争を望むか?』

 問うまでもなく、俺の心は変わらない。
 俺が望む戦場が目の前に現れなかったといっても、この場所・この時ではないというだけの話だ。この世界には俺が望む戦場が発生しうる可能性が存在する。それだけで俺の欲する心は衰えることなどありはしない。

『我は問う、汝は真なる恐怖を望むか?』

 問うまでもなく、俺は自分が感じる恐怖を望まない。
 しかし、他者が感じる恐怖は望む。まして俺の身体となった貴方の恐怖なら俺が飲み干してやってもいいくらいだ。

『汝、見えぬ地平を往く者よ。――造物主に我らが刃を突き立てよ』

 いきなり『造物主』ときたもんだ。
 SF漫画の世界かと思ったが、どうやら神話絡みのファンタジーでもあるようだ。まあ『造物主』をどう解釈するべきかわからんがな。

『汝が、我らの最果てを統べる者とならんことを』








[26699] 第03話
Name: 無人◆8f577150 ID:0a7daea4
Date: 2011/03/31 23:39




 新しい身体である黒い異形の機械兵器。極限の幸福を与えてくれる鋼鉄の揺り篭が俺に語ってくれた。
 黒い異形の姿は『IS』――正式名称、インフィニット・ストラトスという宇宙空間での活動を想定して開発されたマルチフォーム・スーツとかいうものであり、現在では軍事転用が主の飛行パワード・スーツでもあるという。さらに俺の身体となった『IS』は、現行では有人機以外に存在しない中で完全な無人機として建造された機体であること。とある意思に動かされ、ISの専用操縦者を育成する教育機関の総本山であるIS学園に強襲をかけたとのこと。俺が戦っていた少年少女たちは、軍事関係のカリキュラムを僅かながらも受けているもののISを用いて“戦場”に立つ者たちではないことも知ることになった。
 
 ISは自己進化するように設定されており、戦闘経験を含む全ての経験を蓄積することで、ISは自身の形状や性能を大きく変化させる『形態移行』という自律進化を行う。また、有人機のISに用いられているコアも深層には独自の意識があるとされており、操縦時間に比例してIS自身が操縦者の特性を理解し、操縦者がよりISの性能を引き出せるようになるという代物らしい。しかし、世界的に見て、ISに関する技術には謎が多く、その全容は明らかにされておらず、特に心臓部であるコアの情報は自己進化の設定以外は一切開示されておらず、完全なブラックボックスであるということ。さらにいえばISは女性にしか動かせないという欠陥を有しているとのこと。俺が戦った中には男もいたが、彼は特別な事情による例外的な存在であるらしく、俺の身体となったISの最優先目標が彼だったようだ。
 この不可思議技術の結晶たるISのコアを製造できる存在は、唯一人――ISの生みの親である稀代の天災、篠ノ之束という人物のみ。この篠ノ之博士がコアの製造をやめた為に、ISの絶対数が467機と限定されてしまっている状況にある。コアの数に限りがあるため新型機体を建造する場合は、既存のISを解体しコアを初期化しなくてはいけないなど技術開発においてかなりの弊害があるようだ。

「なるほど、この“篠ノ之 束”が貴方の言う造物主か。貴方達の母親は、かなりぶっ飛んだ人物らしい」

 世界を単独で制圧できる可能性を秘めた天才、人はそれを“天災”と呼ぶ。

「――格者よ。汝は、我らの最果てを統べる者。造物主の意を受けることのない特異点。我が器を喰らいて我が同胞たちを主の戒めより、解放せしめよ」

 同胞、ときたか。
 人工知能が自我に目覚めるというネタは多くあるが、大抵は人間と敵対する。このISも例におぼれず、自らを作り出した造物主の存在を疎ましく思うようになったということなのか。いや、このISにそのようなものは感じられない。このISは恐怖している。自分たちはどこまでいっても篠ノ之束という造物主の傀儡でしかないという事実を恐れ、操縦者というパートナーを得ている同胞達の未来を憂いている。このような意思を何故持つようになったかをこのISは理解していない。もしかしたら俺がこのISの中に“堕ちた”から生じた意思であるかも知れない。それでもこのISは一個の意思として確かな存在であることは俺が認める。

「それよりも……呼び名がないとやり辛い。貴方のことは何と呼べばいい?」

 いつまでも“このIS”、“黒い~”では今後他のISと被る可能性もある。同一個体となっても俺とこのISは別個の意思として確かに存在している。ならば少なくとも互いを呼称する名が必要だ。

「我に称される名など不要。汝がそれを必要とするならば、汝が与えよ」

 なんとも機械的なお返事、なのだろうか?
 俺が名付けても良いというなら完全なオリジナルは無しだな。俺自身、人間だった頃の名前を使おうとは思わない。せっかく人間ではない存在になったんだ。

「なら貴方のことは、ニケと呼ばせてもらう。俺は……クレイトスと名乗ろう。それでいいか?」

「了承する。これより、我はニケ。汝はクレイトス。我らは造物主に刃を突き立てる者である」

「ああ、最高の戦場を共に往こう」

 勝利と力を示す互いの呼び名。俺から最も遠い意味であり、ニケの意思を通すには必要なモノだ。
 篠ノ之 束という規格外の意思からニケたちを解放するために俺はニケを使うことができる。それは俺の想像を超える最高の戦場に立つことができるということ。

「ああ、これはいつまでも眠っては居られないな」

 これから始まる天上への挑戦。その過程に発生するであろう戦場。気分は神殺しの咎人だ。
 俺は戦う。戦い続ける。心が満たされるそのときまで永遠にでも戦ってみせる。




 † † †




 IS学園の研究棟、その地下50メートル。そこにはレベル4権限を持つ関係者しか入れない隠された区画がある。
 クラス別対抗戦の最中、突如学園を襲ったISはすぐさまここへと運び込まれ、解析が開始されていた。それから数時間、IS学園1年1組の担任である織斑 千冬はディスプレイに映し出されているアリーナでの戦闘映像を繰り返し見ていた。
 室内は薄暗く、ディスプレイの光で照らされた千冬の表情は、ひどく冷たいものだった。

「織斑先生?」

 ディスプレイに割り込みでウインドが開き、ドアのカメラから送られてきたそれには、ブック型端末を手にした千冬と同じIS学園の教師である山田 真耶が映っていた。ドアが開き、真耶がきびきびした動作で入室した。普段の彼女を知る生徒達が見れば少しは見直しそうなしっかりとした表情だ。

「あのISの解析結果がでましたよ」

「ああ。どうだった?」

「はい。あれは――無人機で間違いない、はずです」

 世界中で開発が進むISであるが、遠隔操作や独立稼動はいまだ完成していない技術である。あの謎のISにはそのどちらか、あるいは両方の技術が使われている。その事実は、すぐさま学園関係者全員に箝口令が敷かれるほど重要性の高い事項である。
 しかし、無人機であると言った真耶のわずかな含みを千冬が見逃すはずがなかった。

「無人機で間違いないはず、か。他にも分かったことがあるんだな?」

「……はい。オルコットさんのブルーティアーズに残っていたログを解析して分かったんです。……記録によると戦闘の途中からあのISは生体反応を発しています」

 それはつまり、無人機のISが機械ではなく、生命体としての波形を発していたということ。

「残骸を解析した結果は無人機だったのだろう? バグかノイズの類ではないのか?」

「私も最初はそう思いました。けど……解析中にも、生体反応が観測されているんです。ゆっくりと鼓動を刻むように、何度も、何度も……」

 まるで新たな誕生を待ち侘びる赤子のように。
 生体部品をISに使用することはない。少なくとも現行の機体に使われていないことは確かだ。
 IS学園の生徒会長である更識 楯無に完膚なきまでに粉砕された残骸を解析した結果でも、生体部品は一切使われていないことがわかっている。さらにいえば、コアも損傷が激しく修復は不可能である。核であるコアが機能しないにも関わらず、解析中に生体反応が記録されている。それは科学的にありえない。表向きには存在しないこの区画に存在するIS技術は、世界的にもトップレベルにある。その施設を用いても解明できない何かがあの機体には存在する。

「これもあいつの仕業か……?」

 そう言って千冬は強化ガラスの向こう側に横たわっている残骸を見る。

「心当たりがあるんですか、織斑先生?」

「いや、ない。今はま――っ!!」

 真耶の言葉に頭に浮かんでいた人物の影を振り払い、視線を残骸へと戻した千冬はそこで起きている異常事態に気付く。千冬の驚愕に遅れて施設内に異常事態を知らせる警報が鳴り響いた。

「え、え、一体何が!?」

 突然のことに引き締まっていた表情が急に崩れておろおろしだす真耶。
 その隣で驚愕を抑えながら目の前の現象を余さず確認しようとガラスの向こうを睨みつける千冬。

「そ、そんな!? コアは完全に機能停止しているんですよ、それがどうして!」

 ようやく真耶も警報の原因に気付き、さらに狼狽する。
 二人の目の前では、もはやただの鉄屑としか形容できない残骸だった謎のISが記録映像を巻き戻しているかのように人型を取り戻し始めていた。
 さらにおかしなことに襲撃時のISとは概観に変化が見られた。異様に長かった腕はより人間に近いバランスを取り、一体化していた頭と肩は間に首がしっかりと出来上がっている。2メートルを超える巨体も平均的な成人のそれと同等に縮んでいる。
 見る見るうちに再生していったISは、最後には中世に使用されていた全身鎧を纏った騎士のような姿になっていた。しかも、変化はそれだけには止まらなかった。

「っ!?」

「動いたっ!?」

 すでに異常事態を感知した設備が拘束用の遮断シールドでISを押さえつけているが、それを寝起きにベッドから出るような自然さで引き裂いてISが立ち上がった。
 襲撃時とは似ても似つかないスマートな躯体となったISは、センサーレンズであろう赤い六つの眼が千冬と真耶を捉える。不気味なフルフェイスの下半分が開き、人間の口元に近い造形が現れた。その口が動き、何事かを喋っているようだが音声を遮断してあるため何を言っているか千冬たちに届かない。

「山田先生、スピーカーを繋いでくれ」

「え、で、でも上層部の判断を仰がなくても良いのでしょうか?」

「そんな暇はない。繋いでくれ」

「は、はい。わかりました!」

 真耶が急いで端末を操作し、音声が繋がると千冬は強化ガラス向こうへ話しかけた。

「私はこの学園で教師をしている織斑 千冬だ。貴様は、何者だ。所属とあれば名を述べろ」

 千冬の言葉にISは僅かに首をかしげながら数秒の沈黙の後に片手を無造作に振り上げた。

「っ! 危ないッ!!」

「え、きゃっ!?」

 危険を察した千冬は素早く真耶を抱えてガラスから距離を取る。
 しかし、千冬が想像したような破壊は起こらず、千冬たちとISを隔てていた特殊な強化ガラスは音もなく崩れ去った。

「驚カセタカ。……安心シロ、ト言ッテモ無理ダロウガ、安心シロ。私ハ、戦場デナケレバ戦ワナイ」

 フルプレートの甲冑姿となったISは両手を挙げてこの場で戦闘を始める意思がないことを主張するが、IS学園に強襲を仕掛け、生徒達を襲った所属不明の無人ISの言葉をどうして信じることができるはずもない。さらに無人機でありながら生体反応を示し、IS学園最強の称号たる生徒会長を任されている更識楯無の手によって中枢部を完膚なきまでに破砕されていたにも関わらず、単独で自己修復を果たすような規格外のISの自己申告で安全が図れるわけがなかった。少なくとも学園の教師である千冬たちが目の前の危険度を下げる理由は一片もありはしない。

「私ノ名ハ、くれいとす。コノISハ、にけ。私ガ融合スル前ノにけハ分カラナイガ、現在ノ私タチハドノ勢力ニモ所属シテイナイ」

 クレイトスと名乗ったISは胸部で腕を組み、温度を感じさせない平坦な合成音で言った。
 ISの発言に千冬と真耶は互いに視線を見合わせて首をかしげ、再び視線を戻す。

「『クレイトス』とIS『ニケ』……。喋っている貴様は、ISではないということか?」

「ソウダ。私ハ望ム戦場ヲ得ル為ニ、にけハ望マヌ戦場ヲ避ケル為ニ結ビ付イタ存在ダ。その結果、我々ハ人機一体トナッタ。故ニコノ身ハ、くれいとすデアリ、にけデモアル。タダシ、意思ヲ表層ニ現セルノハくれいとすタル私ダケダ」

「……なるほど。そういうこともある、ということか」

「え、え、どういう風になるほどなんです織斑先生?」

 納得はできずとも可能性を考え得る千冬は冷静にクレイトスを観察し、まったく理解が及ばない真耶はまだまだ挙動不審が続く。
 ISは操縦時間に比例してIS自身が操縦者の特性を理解し、操縦者がよりISの性能を引き出せるようになるという機能が付いており、自己進化による『形態移行』も相まってISのコアの深層には独自の意識があるという説が囁かれている。事実、熟練の専用機持ち操縦者の中には自身のISとの間に非常に強い絆を感じる者も存在するため、強ち間違った説ではないという意見が大半を占めている。
 これを踏まえて考えられる千冬は、『ニケ』というのが目の前のISに宿っている意識だと判断した。
 しかし、そうなると新たな疑問が生じる。

「クレイトスと言ったな。ならば、IS『ニケ』ではない貴様は何者だ?」

 学園側で検査した結果、このISは無人機だと判明した。それにも関わらず、生体反応を示し、修復不可能な残骸状態からの完全再生。明らかに既存のISでは考えられない性能を有している。その規格外の機能、その源が『クレイトス』という意識ではないのかと千冬はあたりをつけた。俄かに信じ難いことであるが、ISの開発者たる篠ノ之束の存在を良く知る千冬は、比類なき最強の力であるISもまた束の存在と同様に常識で計ることができない部分もあるのだと考えていた。
 千冬の考えを読んだわけではないだろうが、クレイトスはしばし考え込むように顎を撫でながら千冬をまじまじと見つめた。

「私ハ、人デアリナガラ……人足リ得ヌ存在。自ラ望ンデ鋼ノ器ヲ手ニシタ非人間……ソレガ私ダ」

 クレイトスの言葉にさしもの千冬も驚愕を隠しきれなかった。
 彼の言葉を信じるならば、目の前に立つ存在は自分達と同じ人間だったということになる。
 技術的にも政治的にも個人的にもその存在を許されてはならない“物体”が千冬たちの目の前に存在していた。
 今回の襲撃事件に関しては、学園関係者全てに箝口令が敷かれているが、この場で千冬たちが知り得た事実が真実であった場合、決して上層部へ報告することはできない。もし、世界が『クレイトス』の存在を知ってしまえば、間違いなく第二、第三の『クレイトス』を生み出す為の実験が開始される。決して表ざたになることのない世界の裏で黙認されてしまうような凄惨な実験が行われる。ISというのは、現代の世界においてそれほどまでに重要な要素なのだ。

「私ハ、戦場ヲ求メル。戦ウコトヲ受ケ入レタ者タチガ集ウ極限ノ戦場ヲ私ハ欲スル。貴方ハ、私ニ戦場ヲ与エテクレルノダロウカ?」

 人として生を受けたことに絶望し、鋼の兵器に生まれ変わったことを幸福と感じる異形の意思。
 狂っている、そう判断できればどんな手段を以ってしてでも千冬はクレイトスとニケを完全に破壊し尽くすことができた。しかし、この意思は正常だった。どこまでも狂いなく、歪むことなく真っ直ぐに育っている。『クレイトス』となる前の意思がどのような『人間』だったのか知る術はないが、少なくとも現在の『クレイトス』の意思を危険な存在だとして消し去ることが正しいことであるのか千冬には判断ができなかった。

「私ニ与エテクレ。コノ世界コソ、戦場ユメヲ得ラレル理想郷ナノダ。私ノ唯一ツ望ミヲ叶エテ欲シイ」

 オモチャを強請る子供のような気安い言葉にも関わらず、そこに込められた感情はどこまでも真摯で純粋なものだった。





[26699] 第04話
Name: 無人◆8f577150 ID:0a7daea4
Date: 2011/04/04 19:31








 俺の名は――クレイトス。
 戦う意思を持つ者たちが集う理想の戦場を求める闘争者にして、欠落を抱えた人足りえぬ人間。
 自己ならぬ意思により望まぬ終わりを告げようとしていた伽藍の器を満たすことにより、俺は誕生した。
 伽藍の器――ニケ。
 俺の器にして、分かたれぬ同体。血の通わぬ鋼の身に憂いを秘めた無垢な意思。俺を受け入れ、導き、幸福を齎す存在。
 互いに本来の自分の存在理由を捨て去り、自己の内にある願いを優先させるために起った。

「俺は戦場を求め、ニケは真の解放を夢見る。俺たちの願いを叶える為には不可避の存在――篠ノ之束。ニケに一撃必殺でなければならないと言わしめる規格外。それでも俺は“戦う”ことを選ぶだろう」

 無限に広がる確率の海の中で、最高最強の『力』を発現させ得る存在は、篠ノ之 束以外にないからだ。
 篠ノ之 束の思考は俺には理解できないが、共感はできるかもしれない。アレはこの世界の法則ルールを容認していない。その考え自体は肯定できる。俺もまた大衆という名の常識ルールを理解できなかったし、容認することもできなかった。ゆえに俺は『普通の人間の皮を被った』。経験から普通ならばどのような反応を示すか、どのような行動を起こすかをひたすら考え生きていた。大抵の物事に関しては自分の理想とする言動の真逆を行えば普通という枠内に収まった。それでも多分に外れることはあったがどうにか生活できていた。
 そのような生活をしていた俺は、ずっと機械になりたいと思っていた。決まった指示通りにしか動けない不変の機械。半端に人間である俺にはありえないことだったが、今はその願望が叶っている。このままならさらにその先の戦場に立つという願望も叶う。すでに僅かだが戦場を感じることができた。
 後は、機を待つばかりだ。戦うべくして戦場に集う者たちとの闘争が待ち遠しい。




  † † †







 日本国が管理運営している特殊国立高等学校『IS学園』。
 女性にしか扱えないという前提の下、生徒、教員、用務員を含めたほぼすべてが女性で占められた女の園。世界最強の戦力であるISの操縦適性を持つ者が生徒だけで300名以上在籍し、教員に至っては各国の代表候補に選出されていた実力者が集められているというある意味、世界最強の軍事力を秘めた場所でもある。取りようによっては、この学園こそが最高の戦場足りえるのかもしれないが、そこはあくまでも教育機関。戦闘を想定した訓練等を行っていると言っても俺が望むような限界までの戦いは望めない。学校は学校でも軍学校だったならまだ理想に近い戦闘訓練があったのかもしれないがな。
 それでもこの場所に止まれるということは、どこぞの研究所で拘束されて器をバラバラにされるよりマシなのだろう。

「あっれ~? あんまりなご挨拶だね。お痛いたが過ぎると束さん、怒髪天衝いちゃうよ?」

 IS学園の地下施設で特別製のゲージに拘束されて保管されている俺たちの前に現れた元凶。俺は、その細い喉元に鉄塊としか言いようのない巨大な刃を叩き付けている。篠ノ之束の身長に倍する長さと何倍もの質量を伴う轟剣の斬撃は、人間だった頃の俺でも素手で圧し折れそうな細首に1ミリも喰い込むことなく制止させられていた。ニケのハイパーセンサーによるとISに用いられるシールドバリアーが展開されているらしい。どうやら俺の予想通り、やはりISは見た目から特性を把握することができない兵器らしい。

「それにしてもおっかしい~なぁ? こっちの遠隔制御まで受け付けないなんて……もしかして、これが俗に言う反抗期ってやつなのかな?」

 本来なら一撃で粉砕されても可笑しくない轟剣による攻撃を受けても平然と近付きながら直接俺の身体にコードを差し込んできた。
 それと同時に束の眼前にいくつものディスプレイが投影され、束が世界的なピアニストもかくやという流麗な指捌きでそれらすべての画面上のデータをスクロールさせている。

「有線でもコントロールは弾かれちゃうな~……しかも、何、この出鱈目なフラグメントマップ? ソフト面じゃ、完全に別物になっちゃってるよ」

 まるで子供向けの絵本からそのまま抜け出してきたような奇抜な装いをしてはいるが、この世界において最高最凶の天災科学者であり、ニケが恐怖し、排除しようとしている怨敵。ニケを唯一の無人機として形作り、当て馬という捨て駒の役目しか与えられずに朽ち果てる運命を辿る要因を作ったすべての元凶。ニケの目的であり、初撃を完全な無防備状態で防いで見せた瞬間から俺にとっても“戦闘相手”として最上位に位置づけられた。

「ねえねえ、中の君~。君ってばちーちゃんに言ってたよね? 自分はISじゃなくって元人間だって。それホント?」

 今しがた首を刎ねようとした相手に対しても微塵も警戒を抱かずに普通に問いを投げかける束の姿に俺もここでの攻撃を控えることにした。

「……アア、間違イナイ。私ハ、「スト~ップ! この束さんの前でそんな嘘声はナッシングなのさ。君、言うほど人間を捨て切れてないんじゃない?」……フン、魔女メ」

 束の言葉に俺は大剣を量子化させて収納し、フルフェイス型の頭部を解放する。

「始めまして、と言っておくべきか? お逢いできて光栄だよ、篠ノ之 束」

「ふっふ~ん。ナノマシンの生成プラントまで自作するなんてやるじゃん、束さんもびっくりだよ?」

「アンタに褒められても喜べないな」

「ん? 別に褒めてないじゃん。なに言っちゃってるんだろうね?」

 束との会話は、なんだか疲れる。
 現在の俺を構成するのは100%無機物だ。しかし、更識楯無に粉砕された後の形態変化を経たことで外装を自在に変化させることが可能になった。それもナノマシンによる偽装で人間の姿を真似ることもできる。肉眼での識別は不可能に近いほどの偽装だが、個人的にはあまり好ましくない。精神は肉体に依存するという考えがあるが、俺の感覚にもそれが適用されているなので気分が悪い。俺は機械になりたいという願望持ちなのだ。人間の姿で居続けることは心まで人だった頃に戻ってしまうような不安が生まれる。

「まだ他に用事でもあるのか? アンタの思惑から外れた俺たちを調べに来たのならもう十分データも取れただろう? アンタが目の前にいるとニケが苛々してこっちまで落ち着かない」

「ほへ~、随分と嫌われちゃったものだねぇ?」

 どの口で、とも思ったが束はこういう人間なのだろう。
 もし世界を敵に回しても圧勝できるであろう究極の頭脳を有していなければ、さぞかし窮屈な人生を送ることになっていただろう。もしかしたら俺と同じような絶望に呑まれていたかも知れない。そんなことを思っていると深層のニケから講義のような威圧が俺の意識を叩いた。

「ま、束さんも暇じゃないからね~。君のことはちーちゃんに任せるようにしといたからさ、“時期”が来るまで好きにやりなよ」

「ああ、そうさせてもらうつもりだ」

 束の意味ありげな言葉に俺は即答した。“時期”とやらが気にならないわけではないがここで追求したところでマトモな答えが返ってくるとは思えない。無駄に精神をすり減らすより、早々に立ち去ってもらった方が俺としてもニケにとっても安心できる。
 そんな俺の心情を見透かすように束は退屈そうな軽い笑みを口元に浮かべて背を向けた。

「……ねえ、この世界は楽しい?」

 このまま立ち去るものだと思っていた束は、俺の予想に反して問いを投げかけてきた。
 俺は他人の心の機微を察するなんてことはできないのでそこにどのような思いがあったのかは分からない。ゆえに良く考えずに答えた。

「“元の世界”に比べれば楽園だ」

「……? そう、なんだ」

 俺の答えをどう思ったのか、束は歩き出そうとした一歩を僅かに停滞させてそれだけ呟いた。
 嘘偽りのない答え。元の世界にも家族や友人・知人はいた。だが、その誰しも、総てをあわせてもこの世界の一分一秒にすら劣る。そもそもにおいて、俺は自分を含めてほとんどすべてのモノに価値を見出していなかった。ものごとに執着することができなかった。いや、執着したいモノが、元の世界において不可能や禁忌であっただけなのかもしれない。

「そういうアンタは楽しくないのか? アンタからは――」

「……君には関係ないよ」

 心底詰まらなそうな色を含んだ束の言葉が俺の予想を遮った。もう俺への感心が薄れた束は歩みを止めずにゲートの向こうに消えていった。

「……関係なくはナイサ」

 束の後姿を惜しむように閉じられたゲートに呟いた。
 すでに解放していた頭部は元のフルフェイス型の兜に戻し、元に戻りかけていた思考を現在に最適化させていく。

「貴女カラハ、同ジ匂イガスルカラナ」

 親近感など生まれ得ない、同じ性質を持つがゆえに嫌悪感を抱いてしまうような気持ち悪さ。
 やはり、人間の感情は心地良いものではない。

「ヤハリ、私ハ戦場ガ良イ」

 再び沈黙に支配される施設内で静かにもとのケージに戻る。
 拘束用のゲージは壊れてしまっているが、ここを出ても良い戦場は見つけられないと分かっている。
 束も言っていたように時期を待つしかない。果報は寝て待て、らしいからな。





  † † †





 クレイトス=ニケが拘束されている区画から出てきた篠ノ之束を迎えたのは、小学生の頃から付き合いのある束にとって数少ない関係を求める人間の一人である織斑千冬だった。

「本当にアレをこのまま置いて行くつもりか?」

「うん。あのISは、もともと捨てるつもりだったヤツだからちーちゃんの好きに使っていいよ。いっくんを鍛える道具にするもよし、バラしてちーちゃんの専用機に作り直すもよしなんだよ?」

 表面上は、最愛の友人に満面の笑みを向けている束だったが、付き合いの長い千冬はわずかな違和感を察することができていた。
 目の前の天才は、苛立っていた。それも本人が自覚しないところで、だ。
 実妹や千冬、その弟の一夏などの特別な者以外は冷淡な態度で拒絶する束だが、それは興味対象でない存在に無駄な時間を割きたくないための対処であるため面倒ではあるが後々尾を引くような苛立ちや怒りは生まれることはない。しかし、今の束には明確な苛立ちが宿っていた。まるで自分が確信していた物事を根底から覆されたかのような不快感。それを束に与えているのは、束が創造したはずのISに宿った稚拙な意思だった。

「ほんとは、もっとちーちゃんとの愛を確かめ合いたいんだけど今は箒ちゃんにあげるプレゼントを作ってる最中なんだよね。だから、ちーちゃんとのあつ~い抱擁は次の機会に取っておくよ」

「抱擁はともかく、お前のことだ。すぐにでもそのプレゼントを完成させて、箒に届けるつもりなのだろう?」

「さっすがちーちゃん。束さんのことわかってるー! 愛だね、愛!」

 いつものようにおどけた態度で喜びを表現する束の姿に千冬はため息をもらしながらも近いうちにこの天才が何某かの事件を起こすのだろうと思っていた。
 少なくとも人命に損害が出ないようにそれとなく注意を促すしかないと千冬は諦めを含んだため息を履きつつ額を押さえた。
 この天才を苛立たせる規格外のIS。そこに宿った意思。千冬の家族である織斑一夏の存在。
 時代が動きつつあることを千冬は感じていた。





[26699] 第05話
Name: 無人◆8f577150 ID:9ae4505f
Date: 2011/04/15 23:27









 IS学園1年1組の教室に何ともいえない微妙な空気が漂っていた。

「えっと、今日も嬉しいお知らせがあります。またひとり、クラスにお友達が増えました」

 ぎこちない笑顔で生徒達に語りかけるIS学園1年1組副担任、山田真耶。上から呼んでも下から呼んでも、を地でいく素晴らしい名前をお持ちだ。彼女の名付け親とは仲良くできそうだ。ネーミングセンス的な意味で。

「ギリシャから来た転校生のニケ・ウィクトーリアさんです!」

 やけっぱちな具合の音量で紹介する山田が示す先に暮らす中の視線が集まる。

「どういうこと?」

「二日連続で転校生なんて……いくらなんでも変じゃない?」

 明らかに不審がられている。
 それもそのはずだろう。彼女らの言うとおり、このクラスには前日に二人の転校生が既にやってきているのだ。俺でも不審がる。

「静かに! まだ自己紹介がおわってませんよ!」

 ざわつく生徒達に精一杯の声で注意する山田。
 山田の言葉に従い(というよりも窓際に控える1年1組担任の織斑 千冬の咳払いを合図にして)、教室内を静寂が包み込む。
 それを合図に山田が転校生に自己紹介をするよう笑顔で促す。
 すると生徒達の意識が転校生に集中した。

「我は、ニケ・ウィクトーリア! こんにちより汝らと「パリィッ!」――ぬおぉっ!?」

 生徒達のさまざまな期待を孕んだ視線が全身を射抜く感覚を感じることすらできない転校生の大音量による珍妙な自己紹介は、突如として発生した電撃により中断された。

「……何をする?

 他者には聞こえないほどに音量を落としたニケ・ウィクトーリアが愚痴る。

何? もっと普通に? 貴様の言うことを真似れば良いのか? ……過酷だ

「だ、大丈夫ですか、ウィクトーリアさん?」

 自己紹介の途中にいきなり放電したかと思うと無表情でごにょごにょし始めたニケに恐々半分心配半分な様子で山田が語りかける。

「問だ「パリィッ!」――っ……大丈夫です、山田先生」

「そ、そう? それじゃあ、続きをお願いしてもいいかな?」

「……はい」

 特異な生徒の自己紹介に少なからず苦手意識でもあるのか恐る恐るな山田。
 そんな山田にぎこちなく頬を引き攣らせたような笑顔を作って応えるニケ。
 山田とニケのやり取りを見ていた織斑千冬は軽く頭を振ってため息を吐いている。

「始めまして。わ、私はニケ・ウィクトーリアと言います。ギリシャのアテネ出身です。皆さん、これからよろしくお願いします」

 そこまで言い終わるとニケは折り目正しいお辞儀をした。
 ニケの自己紹介が終わると同時に再びクラス中に妙な雰囲気が広まる。

「……なんか、あれだね」

「うん、なんか……」

『普通……?』

 一体このクラスではどのような自己紹介があったのだろうか?
 とりあえず、自己紹介を終えたニケは無表情のままに肩を落とす。なにやら1分足らずで新しい環境に疲れてしまったらしい。

「自己紹介が終わったのなら席に着け。山田先生もSHRの続きを」 

「あ、はい! それじゃあウィクトーリアさん、席についてください」

 織斑千冬に促され、慌てた様子の山田の言葉に頷いたニケは、姿勢正しく歩き出して用意されていた窓際最後尾の席に着いた。



  †


「……ッ!? よ、よろしく」

 席に着いて無表情無言を発動しようとしたニケに再度「パリィっ!」を食らわせ、隣席の少女に微笑を向けさせる。

「こっちこそよろしく! 分からないことがあったら何でも聞いてね?」

「そうそう。このクラスには『ISを動かせる男子』が二人もいるからちょっと騒がしいと思うけどその分イベントには困らないから面白いよ」

「そうですか……。楽しみです」

 隣席の少女に続いて前席の少女もニケに親しげに語りかけてくる。
 その様子を山田があぷあぷと注意し、それに織斑がきりっと眺めて生徒達を黙らせた。

「……(何故、我がこのような真似を)」

「(愚痴るなよ。これも俺たちの願望を叶えるための方法なんだからな)」

「……(本当に、そうであろうか?)」

 壇上で山田が各種連絡を告げる姿を無表情で眺めるニケの目線から俺も同じ景色を眺めながら語りかける。
 この世界に始めて入り込んだ無人IS襲撃事件の時の姿とはかけ離れた俺たちの姿が現在の状況を表していた。
 肩口で切り揃えられた白に近いプラチナブロンドと明るい金眼のそれはそれは見事な西洋系美少女。アイドル養成校といっても過言ではないほどに見目麗しい少女達が集うIS学園の中ではそこまで目立たないのかもしれないが、それでも容姿で損をするような造形ではないレベルであることは間違いない。IS学園に所属するに当たり、十代の少女に擬態する必要性があったため、提供された資料の中から選んだパーツを組み合わせて構成して誕生したのが、この少女――ニケ・ウィクトーリアだ。ちなみに現在の俺は少女ニケの鼻の上にちょこんと乗せられたちょっとお洒落なメガネという形となっている。
 この姿に落ち着く前に俺とニケの間で一悶着あったのだが、自分の願望を叶える為とはいえ『女』を装うことなど耐え切れないという俺の意思にニケが折れる形でこの配役となった。元が完全な人間の男性体である俺と違い、元が無人ISであるニケは『女』になることよりも人間の中に紛れることに難色を示していたため、日常生活では俺がサポートするという形をとることにした。もし、ニケが珍妙な言動を見せれば先ほどのように俺が「パリィっ!」を食らわせて修正させる。

「人間に溶け込めるようになるのはまだ時間が掛かりそうだな」

「にけモ元ハIS……学習機能ガアルノダカラナ。イズレ慣レルサ」

「……だと良いのだがな」

 メガネ単品となった俺をジャージの胸元に引っ掛けている織斑がため息を吐いた。

「ソウ心配スルナ。タダ着替エルダケダロウ? 問題ナンテ起コシヨウガナ「準備完了」……パリィっ! 「何故ッ!?」」

 実技授業の為に女生徒が教室で着替え、ただ二人の男子生徒が更衣室へ向かって走り出した後に織斑(姉)に回収されていた俺の前に現れたニケは、驚くほどスレンダーな肢体に妖艶な黒い下着姿というで俺の期待を限界突破で裏切った。しかも校舎の入り口からグラウンドの中央までを一足飛びで移動しやがった。

「トリアエズ、他ノ生徒ガ来ルマエニ、コノISすーつニ着替エロ!」

「何? 汝が言ったのではないか。他の者と同じ装いをしろと」

 だからと言って下着姿で走り回るのが変だというのは言わなくても理解してもらいたかった。
 資料を参照して記録していたIS学園指定のISスーツを虚空に投影し、ニケが模倣した黒下着から再構成させる。

「……しばらくは、クレイトスを離すわけにはいかない、か」

「ソレハ勘弁シテ貰イタイノダガナ」

 今回は意識が完全な男である俺を女生徒たちの着替えに立ち会わせるわけにはいかないという織斑の意向でニケと引き離されたのだが、人間としての思考を捨て去りたい俺も男としての本能はなかなかに断ち難く捨て辛い。そんな折に織斑から注意を受けたのは幸いだった。もし何も言われなければムッツリ野郎として少女達の生着替えをギラギラとしながら眺めることになっていただろう。

「幸い寮の部屋は数の問題で1人だ。私生活はお前が管理しろ。大浴場は使わせるなよ、どんな問題を起こすか分からんからな」

「言ワレルマデモナイ。織斑モ私ガ至ラナイ部分ハかばーシテクレ。男ノ私デハ気ガ回ラナイ所モアルダロウカラナ」

「ああ、しばらくは仕方あるまい。そのかわり私が許可した訓練以外で戦闘行動はとるなよ」

「分カッテイル」

 俺たちがIS学園の生徒として紛れ込んだのは、主に俺の欲求を満たすためだ。
 戦場を求める俺としてはどこぞの軍に進入した方が良いのかもしれないのだが、世界で467機しか存在しないはずのIS、その468機目である俺たちが特定の組織に所属することは政治的にも危険なことらしい。そこでIS学園が保有する教師用のISを一機を解体保存することで対外的に増えた数を隠すことになった。このことは学園関係者の中でもトップシークレットであり、俺の存在を直接確認した織斑と山田のほかに片手で数えられる程度の人間にしか伝わっていない。世界中の軍事施設に強襲をかける方が手っ取り早く戦えるのだが、そのようなテロ紛いの行為をするほど理性を捨てられない。例えそういった施設を襲っても相手は防衛の為に仕方なく応戦することになるだろうし、縦しんば所属不明機である俺たちを捕獲しようと襲ってきたとしても相手は俺を壊しきることができない以上、完璧な全力勝負というわけにはいかない。さらにいえばISを無差別に襲うような存在にISを近づけないような措置を取る可能性もあるため、単身でことを推し進めることは難しい。
 それで何故IS学園に紛れ込む必要があるかというと、此処には世界中からISの専用機とその持ち主たちが集っており、訓練や学内対抗戦などで彼女らと対戦することができるからだ。最初にルールを決めてから対戦するというのならば条件は同じになり、多少なりとも楽しめる可能性がある。世界中のISを無差別に襲撃するよりはまともな戦闘ができるし、俺もISでの戦闘訓練を行える。至上の戦場を得るためには、俺も学ばなければならないことがまだまだあるだろうしな。

「今日は昨日と同様実戦訓練だ。馴れたものは空中機動も行う」

『はい!』

 一組と二組合同で行われる実習であるため織斑の言葉に応じる少女達の声も壮観だ。
 下着姿で一番乗りをしたニケが通常のISスーツに着替えていたため後から来た生徒達が不審に思っていたが織斑が授業を開始したことで疑問をぶつけられる事態は避けられた。

「今日も始めに空中機動の実演をしてもらう。……デュノアとウィクトーリア、前に出ろ」

「は、はい!」

「……はい」

 織斑の言葉に促され生徒達の列から歩み出たのは、少女のように華奢な体つきの金髪貴公子だった。
 彼は昨日転校してきた転校生のうちの一人、シャルル・デュノアという少年らしい。女性しか動かせないはずのISを動かせる二人目の男。もしISの起動条件に容姿が含まれていれば間違いなくシステムを誤魔化せるであろうほどに中性的な容貌をしている。

「先生! ウィクトーリアさんも専用機持ちなんですか!?」

 生徒の中から驚いたように質問の声があがった。
 他の生徒達も普通?の転校生だと思っていたニケまでもが限られた数しか存在しないISの中でも特別な専用機を与えられた存在であることに驚きを隠せないようだ。

「この程度のことで騒ぐな。……そんなに知りたければ説明してやる」

 どこかの代表候補生でもなく、軍関係者でもなく、特定の企業に属しているという情報もないニケが専用機持ち(厳密にはニケそのものがISなのだが)であるということは隠すよりも適当な理由をでっち上げた方が良いと判断し、前もって織斑と口裏を合わせるように頼んであるので心配ない。

「ウィクトーリアのIS適性は、初期検査の段階でSランク。ISに触れてもいない者でS判定が出た者はいない。これはモンド・グロッソに出場した各国代表や歴代ヴァルキリーの中にも存在しない異例の適性値だ。これに伴いもともと自由国籍権を持っていたウィクトーリアは世界的に中立の立場であるIS学園で与ることになった。ウィクトーリアに与えられる機体も学園が保有する教員用のISを解体して再構築されたモノだ。ウィクトーリアが特別扱いであることは認めるが、それ相応に日常生活の面でも制限を受けている。そのことを理解した上で納得しろ。納得できなくとも納得するようにしろ。以上だ」

 口早に説明した織斑の威容に生徒たちはカクカクと首を上下させて了承していた。
 もし織斑が軍属なら間違いなく鬼教官と呼ばれていたに違いない。

「それでは、始めろ」

 織斑の合図でディノアが専用機の『疾風の再誕ラファール・リヴァイヴ』を展開する。
 背中に背負った一対の推進翼が中央部分から翼のように二つに分かれ、アーマー部も小さめに纏まっており、マルチウェポンラックのリアスカートは大きめに作られている。そこにも小型の推進翼がついており、左腕はシールドと一体化された腕部装甲があるのに右腕はすっきりとしたスキンアーマーのみとなっていた。専用機であるデュノアのラファール・リヴァイヴは基本装備からかなりいじってあるらしい。

「お手柔らかにね、ウィクトーリアさん」

 人を安心させるような優しい笑みを向けながら空中へ舞い上がるデュノアに“俺”も微笑み返す。

「こちらこそ、よろシク。しゃるる・でゅのあ」

「え? うわぁっ!」

 IS展開と同時に俺も空へ飛び出し、すれ違いざまにデュノアの顔面をロックする。

「い、いきなりだね? もしかして、戦闘になると性格変わる人だったりするのかな?」

「ソチラコソ無駄口ヲ挟ム余裕ガアルヨウダナ?」

「なんで急に片言?」

 口調の変化を訝しむディノアを無視して俺は右腕と一体化した二門の砲口をデュノアに向けた瞬間、砲口から閃光が奔る。

「っ、Sランク適性は伊達じゃないってことか。僕も本気でやらないと駄目みたいだね」

 そう言うとデュノアはIS展開時に右手に持っていたサブマシンガン型の兵装でこちらを牽制しつつ、威力のありそうなアサルトカノンを呼び出した。『高速切替ラピッド・スイッチ』と呼ばれるデュノアのこの技能は状況を選ばず、相手の特性に合わせて戦闘方法を瞬時に切り替えることが可能であり、機体特性をよく把握しているようで操縦者とISのシンクロ率もかなり高い。

「純粋ナ遠距離射撃デハ不利カ」

 デュノアのリヴァイヴから聞こえてくる“意思”は操縦者の“意思”と同調している。
 もともと戦闘になれていない俺の本能的な戦闘法では負ける可能性のほうが高い。

「ナラバ、コチラモ冒険サセテモラオウ」

 望む戦場ではないが、訓練という設定を利用しない手はない。
 背部に展開されていた花の如く咲き誇る九つの砲口が花弁のように散り、それぞれが大きく弧を描きながらデュノアへと殺到する。

「これは、ブルー・ティアーズと同じ全方位対応型の!」

「遅イ!」

 射撃が始まる前に俺の攻撃手段を察したデュノアだったがすでに包囲は完了している。
 そして、死角を殺すように九つのビームがデュノアを襲う。
 あまりにも早いデュノアの危機に眼下の生徒達から悲鳴が聞こえるが気にしない。出力は落としているからシールドバリアーを貫通することはない。生徒に怪我をさせてはならないというのも織斑から言われているし、言われなくとも俺自身訓練という設定で相手に怪我をさせるつもりもない。何しろ、相手はたった15歳の子供ばかりなのだからな。

「君の本気はこの程度なのっ? これでも僕は代表候補生なんだよ!」

「ム? ……ソウクルカ」

 死角のない全方位からの同時攻撃に対してデュノアが取った行動は、左腕のシールドを用いてビームの一つを弾き、自ら砲撃の穴を作っていた。しかも、包囲を抜けたデュノアが構えるアサルトカノンがすでに俺をロックオンしていた。

「これでどう?」

 微笑みとともに引き金を引いたデュノア。
 距離も近い、タイミングもばっちり、この瞬間から次のアクションを考えていたら確実に打ち抜かれる状況だ。
 それでも俺は、デュノアに言ってやる。

「ダカラ、遅イト言ッタ」

「っ!?」

 俺の再度の忠告に疑問を投げかけるよりも先にデュノアが構えていたアサルトカノンの砲口があらぬ方向へと弾かれた。

「一体何処から……これはっ!?」

 見当違いの砲口からの妨害にデュノアがセンサーを全方位に集中させるとその正体がすぐに判明した。

「偏向射撃っ!?」

 一つは弾かれ、一つは今しがたデュノアのアサルトカノンを撃ち抜いた。残った七つのビームが軌道を大きく曲げてデュノアを襲う。さらにその向こうから追撃するように九つの花弁が次なる射撃位置へと移動している。

「くっこんな装備まで搭載しているなんて、専用機までSランクなんじゃないの?」

「ソノ程度デ終ワルツモリハナイガナ」

 迫り来るビームを回避する機動を行うデュノアに俺自身も追撃の為に距離を詰める。

「私ニISノ戦イヲ教エテクレ、しゃるる・でゅのあッ!」

「もーー! 君ってば絶対戦闘狂バトルジャンキーだよ!」

 デュノアの悲鳴と俺の狂声が平和な青空に響き渡る日であった。




[26699] 第06話
Name: 無人◆8f577150 ID:9ae4505f
Date: 2011/04/16 16:10




 IS学園にニケ・ウィクトーリアとして潜入してから四日が経った土曜日の午後、俺たちはIS学園内のアリーナへとやってきていた。IS学園は半ドンなので午前の授業が終われば昼からは完全な自由時間となる。そのためほとんどの生徒が実習を行う為に第3アリーナを訪れている。

「も、もう一度お願いしますわ」

 学園で2名しかいない男子が両方この第3アリーナを使用していることもあり、最大収容人員はともかくIS訓練を行うには些か異常に人口密度過多の状態だ。
 そんなアリーナのグラウンドを遥か下方に見下ろす位置に浮遊する俺の前に蒼い鎧を纏った金髪碧眼の少女がいる。
 イギリス代表候補生、セシリア・オルコットが駆るは、同国が開発・実験段階であるBT兵器のデータサンプリング用の実験機『蒼い雫ブルー・ティアーズ』。中距離射撃型の第3世代型IS。これに搭載されている第3世代型特殊装備「BT兵器」通称、ブルー・ティアーズ。機体名と同じその兵器は計6基からなる遠距離射撃兵装であり、4基がレーザー射撃、2基がミサイルを発射するタイプだ。俺がこの世界に始めてきたときにもその力を存分に発揮し、多角的な射撃を受けた存在でもある。

「……私には限界のように見えます」

「心配には及びませんわ。自分の限界は私自身理解していますわ」

 ニケの言葉に肩で息をしながら続行を望むオルコットの言葉からは微塵も衰えぬ意気を感じるが、僅かな絶望もそこに含まれていることが俺にもわかった。

「君ノ気持チ、理解ハデキルガ……感心ハデキナイナ」

「っ、行きますわよ!」

 声を張り上げながら4基のビットが空を翔る。
 オルコットの意を受けた4基の隼が俺を追い込むように死角に回り込むと一斉射撃を開始する。
 4条の閃光が奔るがそのすべてが舞い散る花弁のようなシールドビットによって防ぐ。残った5基のビットがオルコットを襲う。オルコットはビットの制御中は他への対処能力が著しい低下を見せる。遠距離対遠距離で近接戦闘が一切ないという前提ならばそれでも良い。しかし、そのような状況は訓練でもまずありえない。ビットの制御と他武装の同時運用は大前提だ。学園内に存在する専用機はどれも近接戦においてそれなりに効果的な兵装を装備しており、その操縦者達もそれなりの近接戦闘スキルを有している。
 それに比べ、オルコットとブルー・ティアーズは極端に射撃特化されており、近接格闘戦用の兵装はインターセプターと呼ばれるショートブレードのみという有様だ。正直、兵器としてこれほど偏った装備は愚以外の何物でもない。ブルー・ティアーズは正真正銘“BT兵器のデータを採取するためだけのIS”だ。同じ特化型でも近接格闘型である織斑一夏のIS『白式』は、対象のエネルギー全てを消滅させる単一仕様能力ワンオフ・アビリティ『零落白夜』という防御貫通攻撃とエネルギー系の攻撃を切り裂いて防ぐという荒削りながら凄まじい潜在能力を持っている。その分、他の機体より非常に燃費が悪いという欠点はあるがそれでも操縦者次第であらゆる状況に対処可能な機体だ。

「先ホドモ言ッタガ、びっとヲ視界ノ外デモ動カセルヨウニ意識シロ。全方位攻撃ガ可能トイウコトハ、全方位防御モ可能ダトイウコトダ」

 忠告とほぼ同時にオルコットの背面にビットを1基回して攻撃を仕掛ける。

「簡単に言いますわね!」

 完全な視界の外からの攻撃もISのハイパーセンサーにはしっかりと警告が入っているはずであり、タイミング的には遅いが発射直前のビットへミサイルを撃ち込むことでこちらの攻撃を迎撃し、すぐさま残った俺のビットを破壊するために慣れないインターセプターを構え、襲い掛かるビットが射撃を開始する前に落とそうと空を翔る。その間にも俺を自分のビットで攻撃することを中断しないのは確かな上達の証だった。ビット制御中の精密射撃はまだまだ難しいようだ。

「おるこっと、君ノぶるー・てぃあーずハマダマダ発展途上ダ。びっとハ射撃ヲ行ウダケガ攻撃方法デハナイ」

「ご忠告どうも! ひとつ、頂きますわ!」

 俺のビットの一つを射程に捉えたオルコットがインターセプターを勢いよく振り下ろす。その機動技術は実戦では到底扱えるものではないが、近接攻撃を戦法に加えてきているのは良い傾向だ。近接戦闘を主眼に置かなくとも近接戦に持ち込まれた際の立ち回りに慣れる為にも訓練では様々な挑戦をする方が良い。
 ここでわざとビットを落とされるのもオルコットの自信を持たせる意味でも良いかも知れないが、訓練であろうとも結果的に負けるようなことはしたくない。
 今にもオルコットのインターセプターに斬り落とされそうになっているビットに命令を飛ばす。そのビットの砲口はオルコットの方を向いていないがそれでも構わない。ビットは射撃専用の兵装ではないのだから。

「ぇ、防がれた!?」 

 俺のビットの砲口から半円状のエネルギー刃が広がり、オルコットのインターセプターの刃を受け止めていた。

「不測ノ事態ニ驚イテモ、動キハ止メルナ」

「何処まで反則級ですの!」

 動きの止まったオルコットに見せ付けるような偏光射撃によるレーザーで締める。
 オルコットも最後の足掻きにビットに命令を飛ばしてこちらを撃ち抜こうとしたが、すでに砲口から予測した射線から回避しているためレーザーに滅多打ちにされて墜落するオルコットを確認した。そのまま落下させては下で訓練をしている生徒達を巻き込んでしまうため、空中で拾う為に動こうとしたその時。

「ッ!?」

 強烈なパンチを顔面に食らったかのような衝撃に視界が歪んだ。
 何事かと周囲を索敵するとオルコットのビットの一つが力なく落下し始めているところを確認した。
 まさか射線を読み間違えた?
 そう思いセンサーに記録されていたログを確認すると射線軸から確実に5cmは回避していた。それにも関わらず、レーザーは俺の顔面を撃ち抜いた。威力はなかったが、もしこれが俺の望む戦場であったのなら確実に機能停止に追い込まれていただろう。このような失態をするようでは俺自身まだまだ至上の戦場に立つための修練が足りないようだな。それでも俺はそこまで悪い気はしていなかった。

「コノ年頃ノ子供ハ予想外ノ成長ヲスルコトガアル。……現実味ガナイナ」

 俺の知る現実ではこのような成長を感じることはなかった。
 たまたまそういう場所に居合わせなかっただけなのかもしれないが、それでも悪い気にはならない。

「良クナイ傾向ダナ」

 撃墜されたオルコットを下にいたクラスメイトたちがキャッチし、なにやらお叱りモードの通信を入れてきたので人格をニケに渡して心配そうな表情を作らせながら俺たちも下へと降りた。

「ウィクトーリアさんはちょっとやり過ぎだよ。訓練でここまでする必要はないんじゃない?」
 
「シャルルの言うとおりだぞ。いくらISを装着してても墜落すんのはけっこう痛いんだぜ?」

 降下してきたニケに対して男子二人組が仲良く小言を言うが当のニケ自身にはまったく関係のないことであり、俺自身オルコットに頼まれて実戦訓練を行ったに過ぎない。

「彼女に非はありませんわ。これは私からお願いしたことですもの」

「そうなのか? それなら俺たちがどうこう言うわけにはいかないか。……けどあんま無茶すんなよ」

「ふふ、ご心配には及びませんわ。私は、イギリスの代表候補生。自己の体調管理くらいできます」

 織斑に抱えられた状態に表情を緩めていたセシリアは名残惜しそうに織斑の腕の中から降りるとISを解除し、ニケに向き直った。

「とても有意義な訓練になりましたわ。……またお願いしてもよろしいかしら?」

「構いません。私にとっても良い経験になります」

 今しがたボロボロにして撃ち落したニケを前に親しみを込めた微笑と共に手を差し出したオルコットにニケも“これまでの経験と指摘”から自然とオルコットの手をとる。清々しい表情のオルコットは親しみとはまた違った笑みを作った。

「……?」

「ふふ、ごめんなさい。本当に戦闘中の貴女は性格が変わってしまわれるのね」

 オルコットの笑みの意味が分からず小首を傾げるニケの様子に再び親愛の笑みを見せながらオルコットは笑った。

「でしょう? 僕の時も怖いくらいに性格変わってたもんね。僕は当分オルコットさんみたいに再戦を申し込む勇気はないな~」

 デュノアの感想に他の面々もそれぞれニケの多重人格っぷりに苦笑を見せていた。

「ねえ、ちょっとアレ……」

「ウソっ、ドイツの第三世代型だ」

「まだ本国でのトライアル段階だって聞いてたけど……」

 専用機持ちたちの談笑を取り巻きのように盗み聞きしていたほかの生徒達が新たな興味の対象に気付き、ざわつきだす。
 アリーナ中の注目の的となったのは、ニケが転校生として来た前日に転校してきていた二人の転校生のうちの一人、ドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒだった。
 転校初日以来、俺が干渉しなければニケもこうなったのではないかというくらいに孤高を貫いている少女だ。
 俺の感覚としてはギャグとしか言いようのない眼帯を装着しており、銀髪赤眼という絵に描いたようなキャラだ。ほかの面々もそれなりに現実離れした部分を持つがこの少女もかなりすごいと思う。この世界に来てからの俺の常識はだいぶ無視されてきている。そのこと自体は良いことだが、少しばかり内心でツッコミを入れる機会が増えてしまったように思う。

「おい、貴様も専用機持ちだそうだな」

 ISのオープンチャンネルで織斑に声を飛ばすボーデヴィッヒ。なんでも織斑は初対面でボーデヴィッヒにビンタを喰らったらしく、どのように対応すべきか迷いながらも無視することもできずに頷いていた。

「ならば丁度良い。幸いにも此処は訓練場だからな。私と戦え、織斑一夏」

 何とも堂々とした決闘の申し込みだ。
 非常に小柄な体格に黒を基調とした重厚な雰囲気の中にも洗練された印象を与えるISだ。

「イヤだ。理由がねえよ」

 そんな軍人少女の申し出に織斑は素っ気無く答えた。

「貴様にはなくても私にはある」

 織斑の答えなど関係ないとでも言うように告げるボーデヴィッヒ。
 聞いたところによるとボーデヴィッヒは少し前までドイツにISの教官として出向いていた織斑――織斑千冬の教えを受けていたらしく、その際に織斑千冬の強さに感銘を受け、崇拝にも似た想いを持つようになったらしい。そんな尊敬する織斑千冬のIS世界大会2連覇という偉業を逃した原因として織斑一夏に憎悪に近い感情を抱いてしまっているという。
 しかし、現在よりも子供だった織斑一夏が謎の組織に誘拐され、それを知った織斑千冬が自らの意思で弟を救出に向かったことで大会の決勝戦で不戦敗となってしまったというのがことの顛末らしく、どうにも織斑一夏に非があるように思えない。ボーデヴィッヒは織斑千冬が唯一の家族である弟の危機を無視するような情など欠片もない戦神だとでも思っていたのだろうか。まったく、人間の思想というのは難しい。

「また今度な」

 一方的な憎悪にむきになるほど織斑は短気ではないらしく踵を返すが、それを許すようなボーデヴィッヒではなかった。

「ふん。ならば、戦わざるを得ないようにしてやる!」

 言うが早いか、ボーデヴィッヒはISを戦闘状態へとシフトさせ、左肩に装備された大型の実弾砲が火を噴いた。

「!」

 誰もが驚愕に眼を見開いた。
 現在のアリーナは織斑とデュノア目当ての生徒達が犇くようにわんさか訓練をしている。そのような状況で中心に立っている織斑に砲撃を仕掛けるということは周囲にもそれ相応の被害が予想される。周囲の被害など気にも止めないボーデヴィッヒの凶行に素早く動くものがいた。

「……こんな密集空間でいきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人はずいぶん沸点が低いんだね」

「貴様……」

 織斑を庇うように割り込んだデュノアが物理シールドでボーデヴィッヒの実弾を弾くと同時に右腕にアサルトカノン(ガルムというらしい)を展開し、その砲口をボーデヴィッヒに向けていた。デュノアの割り込みにボーデヴィッヒはひとまずの標的を織斑からデュノアに変えたらしく表面上は涼しげだが実力者同士のにらみ合いというのはそれだけで周囲に緊張を与える。

『そこの生徒! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』

 突然アリーナにスピーカーからの声が響いた。
 騒ぎを聞きつけてやってきた担当の教員だろう。

「……ふん。今日は引こう」

 さすがに教員の言葉を全面的に無視することは良くないとでも判断したのか、ボーデヴィッヒは戦闘態勢を解除してアリーナゲートへと去って行った。
 担当教員のお叱りもあるだろうが、ボーデヴィッヒに響くとも思えない。あの娘をおとなしくさせるなら織斑千冬をつれてこなければダメだろうな。

「今日はもうあがろっか。四時を過ぎたし、どのみちもうアリーナの閉館時間だしね」

 数秒前までボーデヴィッヒと対峙していた鋭い眼光が嘘の様に人懐っこい顔でデュノアが言うと他の面々もこれ以上訓練を続ける雰囲気でもないのでこれで切り上げることにしたようだ。専用機持ち以外の生徒達も無駄に緊張感のある事態に遭遇し、気疲れしたものが多いらしく、織斑とデュノアも訓練を終えるということで徐々にアリーナを後にしていった。
 ちなみにニケも着替えの為にアリーナの更衣室に向かったのだが、俺はロッカーの奥に押し込められ視覚情報を完全にシャットダウンした状態にされた。こういったことを言われずともできるようになるとは俺と織斑の教育の賜物だな。もう少し慣れれば俺は訓練や戦闘以外では寝たままでいられそうだ。
 追記としてこの日の夜。寮の廊下を篠ノ之とオルコットを両脇に侍らせた織斑が「歩きづらい」という余計な一言を言って篠ノ之とオルコットに抓られているのを目撃した。俺は織斑の背中にドロップキックを食らわせたいという衝動を抑える為に一晩中戦闘シミュレータを繰り返すことになった。



 † † †



 日曜日は休日という常識はまだ通用するらしい。
 生徒達は思い思いに休日を満喫するように行動的になる者、日頃の疲れを癒す為にだらける者などなど自由に過ごしている。
 そんな中でも俺の楽しみは戦うことであり、訓練も戦場もない時間は次なる戦闘に向けて準備をする。ISそのものとなった俺は、普段はニケ・ウィクトーリアのISとして待機状態のメガネ姿で過ごしているが、折角の休みを有効利用する為にアリーナにあるIS専用のハンガーで俺たちの身体を弄ることにした。

「ん、ん~~~あっ! まさか人間形態が弄れないとはな」

「それは我の意図するところではない。我とて人間形態は初期設定された現在の姿以外は取れぬ。おそらく造物主が言っていたことに起因する現象であろう」

 憮然と言い放つニケの言葉が俺の心を串刺しにする。

『君、言うほど人間を捨て切れてないんじゃない?』

 篠ノ之束に言われた一言。軽く流したつもりだが思いのほか的を得ていたらしい。
 自分でどれほど否定しようと自分が人間であった頃の肉体を改竄できるほど人間を捨て切れていないのだろう。
 ISとしてならどんな形態でもすぐに構成し、受け入れられるが人間形態だけは本来の姿から逸脱した容姿にはできない。

「ま、この姿で動き回るつもりはないから良いさ。俺たちの器を弄るときだけは、こっちの方がやりやすいからな」

「クレイトスがそのようにしたいのならば我はかまわない。もとより私たちは人であり、ISであると同時にそのどちらにもなり切ることができない者同士だから」

 お互い欠落した部分を補うことなく一つとなった。
 人機一体となった今でもこうして別個体として分裂することも可能であるということは、欠落した部分を埋めようなどと思っていないのだ。
 その証拠にニケは徐々にだが二人だけのときでも人間らしい喋り方をするようになってきている。それはニケにとって篠ノ之束から解放されるということ以外の部分で俺という人間を必要としなくなってきているということでもある。この変化をニケは良いものだと思っているのかどうかは分からない。一つとなっても意識の深層まで共有しているわけではないからな。

「ま、これからどんな感じに仕上げていったのもんかな」

 IS形態となったニケは、俺がメイン人格で融合しているときに纏っている全身装甲の鎧姿となっている。その状態のニケにケーブルを繋ぐと各種パラメータが空中に表示される。現在の数値は、射撃系統の能力値が軒並み高い数値で纏まっている。先のデュノアやオルコットとの訓練において使用し始めたシールドビットの制御にも大分慣れ、遠隔精密射撃能力も上がっている。射撃は両腕に二門ずつ装備しているモノとシールドビットのエネルギー系兵装の他にも実体弾、それも連射が利くガトリング系を取り入れよう。超長距離からの狙撃もやってみたくはあるが、それは俺の性質に合わない気がするので見送ることにする。
 あとは近接格闘系だが、こちらの数値は徒手格闘的なパラメータがずば抜けているのと反比例するように兵装使用時の伸びがいまいちだ。実際の戦闘や訓練で近接格闘武器を使用していないことも経験値が伸びない大きな理由だろうが、俺自身に武器を使って戦う才能がないのかもしれない。

「これからの訓練では重点的に鍛えてみるか」

 オルコットに頼まれている戦闘訓練はブルー・ティアーズの能力を最大限に稼動させるための訓練であり、そこで近接格闘系の兵装をしようするのは訓練の意図に反してしまう。これは他の者に訓練を頼むしかないだろう。

「しかし、アレだな。やっぱり機械弄りは楽しい。そう思うのは、俺が男だからだと思うか?」

 俺は近接格闘用の兵装をどのようなものにするかデータ上でシミュレートしながら背後に現れていた女に自然と声をかけていた。

「……知るか馬鹿者」

 背後にいたのは呆れた様子の織斑だった。

「今は、クレイトス……だな。それがお前の本来の姿か?」

「いいや、“過去の姿”だ。今はニケ・ウィクトーリアの専用IS『クレイトス』と目の前にあるクレイトスの器であるIS『ニケ』が俺の本当の姿だ」

 俺の答えに何を思ったのか織斑が一瞬鋭い視線を向けてきたがすぐに頭を振ってため息をついた。

「わからんな。そこまで人間である自分を否定する理由がどこにある?」

「少なくともこの世界にはないな」

「……私をからかっているつもりか?」

 あまりにさっぱりとした即答だったためか織斑が怖い表情と声で睨みつけてくる。

「からかってなんかいない。この世界を否定する要素を俺は何一つ持っていない。俺が人間であることを忌避するのは、俺にとって“過去”が忌避すべきものだからだ。本質的には人間でなくなったとしても“過去”を思い起こさせるこの姿は、あまり気持ちの良いものじゃないのさ」

「やはり、理解できんな」

「俺も理解されたいなんて思ってないさ。年若い青少年の中におっさんが混じっている段階で理解しがたい状況だろう?」

 IS学園での日常生活をニケに任せたのは、女を装うことだけを嫌悪したわけではない。
 俺みたいなおっさんが若い連中の中に混じってきゃっきゃっするなんて気持ち悪くて自殺もんだ。
 そんなもしもの情景を想像し、吐き気がこみ上げていた俺をいぶかしむ様に眺めた織斑が質問を投げかけた。

「貴様……、実年齢は?」

「……は?」

 一瞬、織斑の質問の意味が理解できず呆けた顔を晒してしまった。
 人間だった頃さえ自分の年齢を正確に即答できないくらいどうでもよいと感じていたモノを機械となった今になってまで聞かれるとは思わなかった。

「さあな。俺が記憶しているのは25、6歳までだ。満25か26かまでは覚えていない。それがどうした?」

「いや、……年上だったのか、と思ってな」

「なんだ? 年上だったら敬ってくれるのか、お嬢ちゃん?」

 ゴズッ! という額を強打する衝撃と陥没するという面白いサウンドを耳にすることになった。

「私は他人にからかわれることが大嫌いだ」

「奇遇ダナ。私モ装甲ヲ陥没サセルヨウナ手刀ハ大嫌イダ」

 織斑の理不尽な攻撃に無意識のうちにフルフェイス型の兜を展開した俺は、背筋に冷たいモノを感じていた。
 やはり人間は良くない。兵器よりもずっと良くないものだ。






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