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[26763] 【ネタ】スクライア一の超天才にして、超問題児(リリカルなのは×遊戯王)
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2012/01/27 10:11


夜。辺りが暗闇に閉ざされ、明かりもないとある一画に複数の人影が集まっていた。

「……うぅ………」

「くぅ……げっほ、げっほ……み、皆…だ、大丈夫か?」

「あ……あぁ………なんとか………」

傷つき、体中が埃まみれになった人達が地面へと座っている。

「とはいっても……」

一人の男性が辺りを見渡す。

「俺達以外は、少しばかり洒落にならないな……」

視線の先には同じように傷つき、倒れている人達。
皆、男と同じような服装をしていた。

「ああ、そうだな」

その意見には賛成だ。
自分を含め、他数名は怪我を負っているとはいえ動けないほどではない。
しかし、倒れている皆には、今持っている治療具では心もとない。
リーダー格の男は立ち上がり、動ける他数人へと指令を出す。

「リック!ガッツ!二人とも、急いでキャンプ地に戻って救援を呼んできてくれ!残った皆は怪我人の応急処置だ!」

任せておけ。
呼ばれた男性達は胸を叩き、急いで救援を呼びに行った。
残った人達。比較的軽症な人は怪我人を運び、怪我の治療などに廻る。

「それにしても、酷いな。これは」

「ああ……全く!この遺跡に、こんなトラップがあるなんて聞いてないぞ!」

忌々しそうに口を歪めた男性の後ろには、ある建物がそびえ建っていた。
城の様に高く天を貫く建物。
壁の表面に描かれた訳の解らない文字の羅列。今ではほとんど見られない石で出来た外観。
古代遺跡。その言葉が良く似合う。

「仕方ないだろ。遺跡発掘には事故はつきものだっての」

どーどー、と怒り狂うを仲間を静める。が、そんな事でこの怒りを収まりそうにない。

「んな事言ってもよぉ!今回の発掘は新顔達に経験を積ませる意味で、比較的安全で調査済みの遺跡を選んだはずだろ!なのに、あんな……」

怒る男性の瞳には、一部分だけが明らかに不自然に陥没した個所が映った。
今回の発掘には、そこまで成果を期待してなかった。
新しく入ったメンバー達に、実際に遺跡とはどんなものか。それを教えるために、既にほとんど調査された遺跡を選んだからだ。
それがまさか、こんな大怪我を負うトラップがあるとは男は考えもしなかった。
が、これは仕方ない。
遺跡というのは過去の人物達が残した遺物。
中には安全な物もあるが、意外なトラップが隠されている物も存在するのは事実。
今回もそう。
既に調査されていたとはいえ、その意外なトラップに運悪く引っ掛かっただけ。
だけなのだが、男性は納得がいかないようにイラついていた。
矛先をぶつけたいのに、そのぶつける物が無い。
男性のイライラはますます高まっていく。

(まぁ、仕方ないか)

いくら遺跡発掘に不慮の事故が付き物とはいえ、感情まで制御は出来るものではない。
しかも今回は、比較的安全と事前に聞いていた。
男性が怒るのも頷ける。

「ぼやくな、ぼやくな。皆が無事だっただけ、良かったじゃねぇか」

これだけの大事故。怪我人が居るとはいえ、死者は出ていない。
それだけでも喜ぼう。
怪我人の応急措置も終わり、メンバーの中に安心が生まれた。
先程まで指揮していたリーダー格の男も、緊張の糸が切れたように地面へと座る。
後は救援を待つだけだ。それまで皆の安全を確保しなくては。
リーダー格の男は体を休めながらも、周りに気を張っていた。

「あ、あの……」

「うん?ああ、アルスか。どうした?」

声をかけてきたのは、一人の子供だった。
まだ幼く、10歳前後の子供。体も未発達で、小さく弱弱しい。
彼もまた、今回の遺跡発掘のメンバーに加わった者だ。
とはいっても、まだまだ経験が足らないので精々お手伝い程度だったが。

「どうしたんだ?何か用か?」

リーダー格の男は問いかけるが、アルスは答えない。
あっちへキョロキョロ、こっちへキョロキョロ、と視線を動かしている。
何か隠している。
言いたいのに、言いだせない。口を開いても、すぐさま閉じてしまう。
このままでは埒が明かないと察し、リーダー格の男は少し強い口調で問い詰めた。

「うぅ……じ、実は……」

観念し、アルスは面を下げながら白状し始めた。

「その……足りないんです。……一人だけ………一人だけ足りないんです!!」

一人だけ足りない。この言葉の意味を、リーダー格の男は直ぐ理解した。
焦りながら、急いでメンバーの確認をする。
一人、二人、三人、と数えていくが、メンバーは全員この場に揃っていた。
可笑しい。
アルスの発言を信じるならば、誰か一人が居ない事になる。
先程の救援に呼びに行かせた二人を除いても、この場にいるメンバーと事前に確認したメンバーの数は合っている。
遺跡発掘前に散々確認した自分が言うのだ。間違いない。

「アルス、安心しろ。皆無事だ」

初めて不足な事態に陥って混乱したものだと思い、リーダー格の男性はアルスを安心させようと優しく頭を撫で始めた。
だが、間違っているのはリーダー格の男性だった。
確かに正式なメンバーは、全員無事だった。正式なメンバーは。

「ち、違うんです。俺が言ってるのは、そうじゃなくて……」

不安げに瞳を揺らし続けるアルス。
幾らなんてもこれは様子が可笑しすぎる。
他のメンバーもその事を察知したのか、周りに集まってきた。

「ユーノが……ユーノが居ないんです!何処を探しても、居ないんです!」

口から発せられた言葉は、空気を伝わり周りの大人達にその意味を正確に伝えた。

「ユーノって……ユーーーーノぉ!!」

驚愕の声でリーダー格の男が叫んだと同時に、周りの大人達も一斉にざわつき始めた。

「何であいつが……確か、あいつはまだ4歳だぞ!それが何で!?」

彼らの一族は遺跡などの古代文明の遺跡などの発掘を生業としているが、流石に4歳児を現場に連れてこようとは思わない。
それが何故、こんな所に居るのか。
疑問を抱きながらも、大人達はざわついていた。

「俺が……俺がいけないんです」

混乱している大人達に、アルスは事情を説明し始めた。
懺悔するかのように、唇を強く噛みながら。

「あいつ、ずっと勉強していて……早く発掘に加わりたいからって……ずっとずっと勉強していて……」

声は何時のまにか涙声になっていた。

「頑張りたいからって……ひっぐ…皆の役にたちたいから…えっぐ、頑張って……今回の発掘についてきたいって……安全だから…あっぐっぐっ……だから、だから俺」

途中からほとんど泣いていて、上手く言葉が伝わらなかった。
が、もう十分だ。
リーダー格の男は再びアルスの頭を優しく撫で始めた。

「男が泣くな。泣いていたって、何も変わらんぞ」

強く、でも確かな優しさを込めて話しかける。

「アルス、ユーノは今回の発掘についてきたいと言った。そして、お前がコッソリと連れてきた。そうだな?」

コクン、と頷くアルス。

「俺達が避難した場所にユーノの姿が無い。そうだな?」

再びコクン、とアルスは頷いた。
自分の責任を感じているのか、目からは大粒の涙が流れ出ている。
安心しろ。そう伝えるように、リーダー格の男は強く頭を撫で続けた。
同時に、周りの他のメンバーに目で伝える。
今回の発掘は途中までは本当に安全だった。遺跡内の地図も、皆が持っている。
迷子になった可能性は限りなく低い。
と、なるとユーノが居なくなった原因は一つしかない。
トラップに巻き込まれた時、皆から逸れた。
急いでお互いの状態と、今所持している装備の確認をする。

「どうだ?そっちは?」

「ダメだ。水や救急箱はあるけど、これじゃあ……そっちは?」

「こっちもダメだ。魔力も使えるほど残ってないし、怪我してる奴らにこれ以上無理をさせる訳にもいかない」

動ける大人全員が確認するが、あまり乏しくない。
装備も、遺跡の罠に巻き込まれた時にほとんど失ってしまった。
魔力自体も、逃げる時や怪我人の治療でほとんど0に近い。

(ダメだな、こりゃ。こんな状態でもう一回遺跡の中に入っても、二次災害の恐れがある。救援部隊が来るまで、待つしかないか)

今の状態では、それが正しい判断だ。下手に助けに行っても、此方が遭難してしまったら本末転倒。
救援が来るまで待つしかない。
けれど、今あそこに自分達の一族の子供が、たった一人で取り残されている。
食料も水も無く、頼れる大人が一人も居ないあの暗く閉鎖された場所で。
直ぐ助けに行きたい衝動を抑えて、リーダー格の男は遺跡を睨みつけていた。
その時、自分の右手から微かな振動が伝わってきた事に気付いた。

「……ぅ……あぁ」

気になり見てみると、アルスが震えていた。
顔を青くし、瞳は不安そうに揺れ続けている。
子供は時として、場の空気を敏感に感じ取る。
アルスもまた、この不安が漂っている空気を感じ取ったのだろう。
しかも、その原因はユーノを連れてきた自分にある。

(俺の……俺のせいで。俺がユーノ連れてきたせいで!)

罪悪感は、ますますアルスを追いつめていき、深い深い底なしの水の中に引きずり込もうとするが――

「心配すんじゃねぇ」

その声によって、引っ張り上げられた。

「え?」

力強く、此方を安心させる様な優しい声。
声に導かれ、アルスが視線をあげていく。
笑っていた。
自分の頭を撫でながら、リーダー格の男は不安など一切感じさせない笑顔を浮かべていた。

「ユーノは大丈夫だ。お前と同じ、スクライアの一族なんだから」

アルスの目線に合わせ、彼の不安を吹き飛ばす。

「安心しろ、ユーノは俺達が必ず助け出して見せる!それとも、俺が信じられないか?」

「ち、違います!でも、ユーノは俺のせいで……」

「あははははっ……まぁ確かに、今回の事は褒められた事じゃないけど、それは俺も同じだ。
族長に今回の指揮を任せられながら、皆を危険な目に合わせちまったんだからな。
でもな、ここで泣きごとを言っても何も始まらない。今は自分に出来る事をするんだ!俺も、お前もな」

涙を拭いさり、アルスは答えを伝える。

「……んっぐ……はい!」

力強い声に目。もはや先程まで不安のどん底にいた少年の姿は、何処にも無かった。
よし!、とリーダー格の男はアルスの頭を髪が崩れるぐらい強く撫でた。
子供の自分でも、何か役に立つ事が出来るはずだ。
アルスは自分に言い聞かせ、自分から率先して手伝えることを探し始めた。

「しかしもまぁ、お前がユーノを連れてくるなんてな。こんな事をするのは、もう一人の兄貴分かと思ったが」

彼らスクライア一族の中には捨て子など、親が居ない子供も居る。
無論、そんな事でその子を蔑にする輩は一族の中には居ない。
皆家族。
今日生まれた赤ん坊も、アルスも、族長も、この場に居る全員が自分にとっての親兄弟。
蔑にするわけが無い。
行方不明になっているユーノもそうだ。
特に彼を可愛がっていたのは目の前のアルスだ。その関係は普通の兄弟と言っても過言ではない。
そう、“アルス”は。
問題なのはもう一人の兄貴分。こいつは正直普通ではない。
確かに一族の子供達には何気に好かれたりしてるが、自分の目から見てると変な影響を受けないか心配である。
一族のほとんどの大人がそう思うほど、問題児なのだ。

「あはははは……あいつの場合、張り付けにしてでも置いてくると思いますよ。基本的に団体行動よりも、一人で動く方が好きですから。
連れてきたらきたで、真っ先に放って何処かに向かうじゃないんですかね」

アルスもリーダー格の男の心情を察したのか、苦笑いを浮かべた。

「いや、流石にそれは無いだろ」

「……普段のあいつを見てもですか?」

「……………すまん。リアルに想像できた」

本当に直ぐ想像できた。高笑いをあげながら、去っていくあいつの姿が。
呆れながらも、その想像を消すため頭を振る。
子供。
今の性格は仕方ないとして、もう少し普通の子供になってもらいたいものだ。
淡い希望を抱くが、それも無理だろう。
あいつが普通の子供になる場面など、想像できない。
はぁ~、と溜め息を吐きながらリーダー格の男性は歩き出した。
残ったアルスは一人考える。
先程も話題にあがった“あいつ”。
自分の幼馴染で、よく小さい頃は振り回された。というより、振り回された思い出しかない。
子供らしい遊びなど一切した記憶は無かった。
傲慢で、強引で、自由奔放。今だって一族のキャンプ地には居ない。
またどこかでに一人で旅してるのだろう。
そんなちょっと……いや、かなり性格に問題があるが、正直こういう時は是非とも居てほしい。
特にこんなトラップが隠されている遺跡の探索の時には。

「早く帰ってこいよ。俺達の弟分のピンチだぞ」

空へと問いかけるが、こんな事をしても無駄だ。
無い物を強請っても仕方ない。
アルスは歩き出し、怪我人の様子を窺おうとした。

――シャリ

突然、後ろから何か音が聞こえた。
野生の動物だろうか。
アルスは気になり、歩を止め耳を澄ます。
シャリ、シャリ、と軽快な音が鳴り響く。よくよく聞いてみれば、何かを咀嚼する音まで聞こえた。
誰かが何かを食べている。しかし、一体誰が。
今この場に居るメンバーは全員自分の視界に映っている。
救援部隊だろうか。いや、それも無い。
いくらなんでも早すぎるし、仲間の危機だというのに呑気に物を食べている奴なんか一族には居ない。
では、この音の正体は何なのか。
警戒しながら、アルスは一気に振り向き音の正体を確かめた。


暗いせいで良く見えないが、誰かが此方に歩いてくる。
アルスは目を凝らしながら、その影の正体を確かめようとした。
此方に近付いてくるたびに、土や草を踏み締める音が鳴り響く。
徐々に、その影の姿が見えてきた。
後ろに居たのは、一人の子供だった。
その手に持っている果物。先程の音の正体はこれだったのだろう。
同年代の子供よりも高い身長。
遺跡発掘で鍛えられた自分などよりも、より鍛えられた肉体。
碌な手入れをしていない、ボサボサに跳ね上がった白髪の髪の毛。
まだ少しだけ肌寒いというのに、限りなく軽装に近く、自分達の一族では先ず見る事が無い赤いジャケット姿。
そして何より、あの目。
凶悪なまでに釣り上がり、自分に出来ない事など無い絶対の自信を含んだ目。
こんな子供、自分の知る限りではたった一人しか居ない。

「よぉ、どうしたアルス?しけた面しやがってぇ」

この声に、このふてぶてしい態度。
まだ顔はハッキリと見えていないが、既にこの時点でアルスにはこの人物が誰か解った。
月明かりに照らされ、その子供の顔が暗闇の中に浮かぶ。
同時にアルスはその子供の名を叫んだ。

「お前は、バクラ!!」

月明かりに照らされた暗闇の中。
自分の幼馴染――バクラ・スクライアが笑っていた。







ちょっと息抜きに書いてみました。



[26763] スクライアの異端児!その名はバクラ!
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/04/03 10:19




閉鎖。
この場所を一言で表すならば、その言葉が一番適した表現である。
空も、雲も、太陽の光も、届かない。
吹きぬける爽やかな風も感じない。
土や若葉、生命の鼓動を一切感じさせない。
暗闇に閉ざされ、一点の光すらも届かない。
感じるのは、埃にまみれた空気だけ。

「……ぅ………んぅ」

外との繋がりを遮断されたその空間で、彼――ユーノ・スクライアは目を覚ました。




目を開けたと言うのに、光は瞳に入らない。
何処までも続く暗闇が広がっていた。

「ぼ、僕……」

不安げに辺りを見渡すユーノ。
地面に手をつき、立ち上がろうとした時に自分の体の異変に気付いた。
痛い。体中が重い鈍器にでも殴られてたような衝撃が走った。
耐えきれず、顔を顰めて地面に倒れてまま悶えてしまう。
息がつまりそうな激痛に耐え続ける。
そうして痛みに耐えていると、徐々にだが痛みが引いてきた。
まだ完全に引いたわけではないが、少し動くには問題ない。
目もだんだんと暗闇に慣れてきた。
体の痛みに耐えながら、ユーノは立ち上がり改めて辺りを見渡す。
暗くてよく見えないが、向こうには散乱した瓦礫の山が見えた。
後ろを振り向いて見るが、後ろも同じように瓦礫が散乱している。
右も左も同じ。
空気の中に感じる埃っぽさが、物凄く嫌だった。
何故自分がこんなとこ所に居るのだろうか。
自分自身に問いかけるが、思い出せない。
それ以前にまともな思考能力が、今の彼にはなかった。
目が覚めたら周りは瓦礫の山に囲まれた暗闇の中。体中に走る強烈な痛み。
まだ幼子であるユーノの心に恐怖を植え付け、思考能力を奪うには十分すぎた。
しかし、そんな彼でもたった一つだけ理解できる物があった。
この暗闇の中には誰も居ない。
何時も助けてくれる人も、遊んでくれる人も、勉強を教えてくれた人も。
誰も居ない。たった一人ぼっちでこの暗闇の中に取り残された。

「……うっぐ」

悲しみと孤独。それら全てに耐えられるほど幼いユーノの心は強くなかった。
泣いてはいけない。
奥歯を強く噛みしめ、必死で涙を流さないように我慢する。
が、それは所詮やせ我慢だった。
目の前に広がる闇。響くのは自分の声だけ。誰も居ない孤独感。
恐怖はさらに巨大な波となり、遂にはユーノの目から大きな粒が流れ始めた。

「ひっぐあぁ……すんぅ……あ…だ、誰かぁ……助けて……あっぐぅ」

助けを求めるが、変化はない。自分の声が狭い空間に反響しだんだんと小さくなって消えた。
悲痛に染まった声と助けを求める声。
閉鎖された暗闇に、暫く反響していた。
それがますますユーノの恐怖を増大さる。
恐怖から肉体を守るように体を丸め、地面に座り込みながら涙を流し続けた。

――……ン

「……え?」

暗闇の中、自分の啜り泣く声だけが聞こえていたが、その音の中に別の音が混じった。
気のせい。いや、気のせいじゃない。
確かに聞こえる。
何かを削り取る様な、鈍い音が自分の耳を鳴らしていた。

「な、何?……」

ユーノは震えながら辺りを警戒する。
音は段々と大きく、ハッキリと聞こえてきた。
怖い。
行き成り暗闇の中に響いた、正体不明の音に恐怖を覚えるユーノ。
しかも、その音は自分へと近付いてくる。
逃げなきゃ。怪我を負い、満足に動かせない体を必死に使い此処から離れようとする。
が、こんな閉鎖された場所で遠くに行けるはずも無く、直ぐ瓦礫の壁に阻まれてしまった。
ドーン、ドーン、と音は絶え間なく聞こえ、もう嫌でも聞こえるほど近くに来た。
そして、爆発音と共に砂煙が舞い瓦礫の山の一角が崩れ去った。
襲い掛かる砂煙が目に入らないよう腕で防ぐ。
瞬間、視界が塞がれた自分の耳に聞き慣れた声が聞こえてきた。

「中々えげつねぇトラップだ。外見は此処以外特に変化は見られないってのに、中はほとんどが陥没。
部屋も通路もほとんどが瓦礫の山とかし、ご丁寧にも退路を防ぐようにして造られている。
レオンの野郎が指揮官じゃなかったら、今頃スクライアの発掘隊は全滅してたかもな」

この声。ずっと慣れ親しんできた声。
ユーノは信じられなかった。
声の持ち主は、一週間前に一族から旅だったばかり。
こんな所に居るはずが無い。
でも、それじゃあこの声は誰だ。
砂煙が晴れたのを見計らって、ユーノはその人物を見つめた。

「しっかしもまぁ、此処までメチャクチャにするとは。
城ってのは王の権力を象徴する物だが、どうやらここの王様は、余程敵国に自分の権力を踏みにじられたくなかったようだ。
へっ!敵に奪われるぐらいなら自分もろとも心中する、と言った所か」

瞳に映った人物。
自分とは違う褐色肌。
子供にしては鍛えこまれた肉体。
ボサボサに跳ね上がった白い髪の毛。
マントの様に体を覆う赤いジャケット。
砂煙が完全に晴れ、その人物の顔も明らかになった。

「よぉ、ユーノ。生きてるか?」

この顔――間違いないこの人は!

「ば、バクラ兄さん!」

瓦礫の山を突き破って現れたのは同じスクライアの一族。
アルスと同様に幼いころから自分の兄貴分だった人――バクラ・スクライアだった。

「うぅっぐ……バクラ兄さーーん!!」

孤独感と絶望感から解放された歓喜に、ユーノは嬉し涙を流しながらバクラに飛びついた。
今正に兄と弟の美しい兄弟図が完成――

「よっと」

「ぶばわっ!」

することはなかった。
ユーノの感激の飛びつきを、バクラは受け止める事は愚か自分から避けた。
それはもう盛大に。掠りもさせず。一切の戸惑いすらも見せずに。
自然の法則に従い、そのまま瓦礫の山に突っ込むユーノ。しかも、顔面から。
痛い。
硬い岩の塊というのもあるが、それ以上にブレーキも受けみも取れずに突っ込んだのは耐えきれなかった。
地面に蹲り、顔を抑えながら涙を流すユーノ。
子供らしい柔肌が、今は赤く腫れてとても痛々しい物になっていた。

「涙と鼻水でクシャクシャになった顔で飛びつくな。服が汚れちまうだろう」

てめー本当に兄貴分か!
この場の現状を見て、100人中100人が思う感想だろう。
自分を頼って飛びついてきた弟の期待を裏切るだけでなく、この薄情な態度。
何処からどう見ても兄と弟の構図には見えない。

「うぅ~~……に、兄さん~…わっぷ!」

痛みに耐えながら兄貴分の方を振り返ったら、行き成り柔らかい何かを押し付けられた。
何だろう。
疑問に思い、その柔らかい何かを顔から剥がし確認してみると、普通のハンカチだった。
別に特別な物ではなく、市販で売られている様な極々普通のハンカチ。

「とりあえず、それで顔でも拭け。男が何時までも泣きじゃくんじゃねぇ」

少しだけ……いや、かなり粗暴だが確かに目の前で泣いている小さな男の子を気遣う態度が見えた。

「う、うん」

言われた通りに涙と鼻水を拭うユーノ。
ハンカチを返そうとするが、洗ってから返せ、というバクラの言い分に従い懐にしまった。
頭に何かが置かれる。
ゴツゴツとした、でも暗闇の中では感じる事が無い暖かい。

「バクラ兄さん……」

見てみると、バクラが自分の頭に手を置いていた。

「頑張ったじゃねぇか、ユーノ」

先程までと同じく粗暴な態度だが、その表情には確かに優しさが込められていた。




古代遺跡。歴史を物語り、後世に伝えていく建造物。
しかし、今はその面影はほとんど見えず無残な瓦礫の山に変わり果てていた。
ユーノを背中に背負い、その中を歩いていくバクラ。

「チッ!足場が悪いったらありはしねぇぜ」

瓦礫の上を通路代わりにして外を目指すが、やはり大小の岩が滅茶苦茶に散乱した上は歩きにくかった。
怪我を負った背中のユーノになるべく衝撃を与えず、静かに迅速に出口を目指す。
その背中で、ユーノは一人安心感を得ていた。
暖かい。
一人で暗闇の中に取り残されるよりも、他人が居るだけでこんなにも胸が安らぐんだ。
兄の肩に置いた手には自然と力が入っていた。まるで幼子が父親に背中に甘えるように。
が、それはユーノに安心という光を与えると同時に闇を与えた。
役立たず。
考える力が戻ってきたおかげで、色々と思い出してきた。
もう一人の兄貴分であるアルスに、無理言って今回の発掘に連れてきてもらった事を。
彼、ユーノ・スクライアには本当の両親というものが居ない。
偶然聞いてしまった事実。だが、特にそれを気にしていた訳ではない。
全くショックではないと言えば嘘になるが、生みの親よりも育ての親。
会ってみたいと考えた事はあったが、ユーノにとって家族とはスクライアの一族だった。
だからこそ、早く役に立ちたかった。
本当の子供ではない自分に此処まで優しくしてくれた一族の皆のために。
必死に勉強して、早く収入を得て、少しでも皆に楽してもらいたい。
頑張って、頑張って、頑張った。
そんな時である、今回の発掘の話しを聞いたのは。
古代遺跡の発掘。それも既にほとんどが調査された古代遺跡。
これだと思った。
幼いとはいえ、これなら自分にも何か出来ると思った。
早速、今回の現場指揮官であるレオンに頼み込んだが、結果はNo。
それならばと、族長にも頼み込んだが、やはりダメだった。
薄々とだが感じていた。
まだ幼い自分には安全とはいえ遺跡に発掘に連れてってもらえるわけがない事を。
そして、一族の皆は自分の心配するからこそダメだと言ってるのだと言う事を。
とても幼子とは思えない頭を持つ彼には解っていた。
でも、それでも我慢できなかった。
今まで必死に勉強してきたのだ!自分にだって何か出来るはず!
注意されて、はいそうですか、と納得できるほどユーノの想いは弱くなかった。

『アルス兄さん!お願いします、僕も連れてって下さい!』

『連れてって……あの遺跡の発掘にか?』

『はい!』

『いや、そんな事言っても………』

『お願いします!僕、絶対足手まといにはなりませんから!』

『うぅ……』

『アルス兄さん……』

『うぅぅーー……あーもう!解った!解ったからそんな泣きそうな顔するな!』

『本当ですか!?』

『ああ。けれど、今回は見学だけだ!解ったな!』

今思い出せば笑える話だ。
自分の兄貴分であるアルスに無理言って内緒に連れてきてもらったというのに、その結果がこれ。
手伝いが出来なかった事自体は、立場上仕方ない。
が、ただ見学してただけだと言うのに遺跡の中に取り残された。
足手まとい。
散々自分で言っておきながら、一族のために何かする事は愚か、自分の身を守る事すらも出来なかった。
ギリッ。自然とユーノは口元を歪ませていた。
一体自分は何をしていた!折角無理言って連れてきた貰ったのに、ただ迷惑をかけただけじゃないか!
ユーノは自分で自分を責め続けた。

「ねぇ、バクラ兄さん。僕って、やっぱりダメなのかな……」

瓦礫が散乱した遺跡の中、踏み締める音を聞きながらユーノはそっと胸の内を吐きだした。

「早く皆の役に立ちたいと思ったのに……優しくしてくれた皆の手伝いをしたかったのに……」

子供だから仕方ない。確かにその通りだ。
体も経験も未熟なのだ。皆の役に立てなくても、誰も責めたりはしない。
でも、ユーノには我慢できなかった。

「僕ぅ………僕ぅ……」

暗闇の中に響く声は、何時の間にか涙声になっていた。

「早くアルス兄さんやバクラ兄さんみたく……ぐぅ…すん…早く…皆の……」

アルス・スクライアとバクラ・スクライア。
二人とも年の近い兄弟で、特に親しかった人物。
同時に、自分とは違いスクライアの皆のために働いていた人物。
アルスはまだまだ荒い所はあるが、同年代にしては筋も良くかなり優秀な部類に入る。
知識も申し分なく、後は経験を積ませれば立派な一人前になるだろう。
そして、もう一人の兄貴分。バクラ。
この人は正直凄いとしか言えない。
僅か7歳にして未開の遺跡を制覇しただけでなく、次々と難攻不落の遺跡を発掘してスクライアの一族に貢献した。
どちらも昔から自分の側に居てくれた親しい人。でも、自分とは違い一族のために働いていた人。
凄いと尊敬の念を抱くのと同時に、悔しかった。早くこの人達に追い付きたいと思った。

「迷惑をかけたくなかったのにぅ……僕、どうすれば……ぅ」

自分は一族のために働けるのだろうか。
今日みたいに迷惑をかけないように出来るのだろうか。
果たして自分が一人前になる日は来るのだろうか。
心の中に存在する不安全てを吐露したユーノ。
こんな事を言ったのは、もしかしたら答えが欲しかったのかもしれない。
心の不安を吹き飛ばしてくれる答えが。
ユーノは静かに涙を流しながら、自分の兄の答えを待った。
答えを待つ……待つ……待つ……待って待って待ち続ける。

「?」

何時まで経っても兄から答えは返って来ない。それだけでなく、揺り籠の様に揺れていた体も今は止まっている。
怪訝に思い、ユーノはバクラの様子を確認すると――

「あの場所、何か変だな」

(ぜ、全然聞いてない!)

ガーーーン!!
盛大にショックを受けるユーノ。
自分の兄は話しなど聞いておらず、遺跡のある一角をジッと見つめてた。
先程の自分の独白は何だったのだろうか。悲しみとは別の意味での涙が流れ始めた。
そんな弟の心情などお構いなしに、この凶悪な兄は怪我を負っている弟を放り出し遺跡の壁を調べ始めた。
唯一の救いは負担をかけないよう静かに下ろした事だろう。
腐っても兄。何気にユーノを気遣うバクラだった。

(一体どう言う事だ?)

バクラが調べている遺跡の壁。
他の所は陥没し、滅茶苦茶になっていると言うのに此処だけが綺麗な状態で残っていた。
足元には小さな石が転がっているが、周りから零れ落ちた石だろう。
この場所自体には何の被害も無い。
可笑しい。これだけの大惨事なのに何も被害が無いのは変だ。
より注意して、バクラは調べる。

(……この壁、他の所とは少しだけ違うな。使っている石その物が違うのか?)

懐からナイフを取り出し、壁の一部を抉り取ったバクラはその違和感に気付いた。

(やはりな。見た目はほとんど変わらないが、使われている石は他の所よりも遥かに脆い)

砕けた石の欠片を見て笑みを浮かべるバクラ。
続いて小型の探査機を取り出してある事を調べ始める。

(見た目はただの岩だってのに、此処を調べ始めた途端に機械がバグっちまいやがった。
ただの壁……って訳じゃなさそうだな)

「あの……バクラ兄さん?」

壁を見つめたまま動かないバクラを気にかけ、声をかけるユーノ。
次の瞬間、ビックリ仰天の光景が目に入ってきた。

「ふんッ!」

「って、バクラ兄さーーーーーーーーーん!」

気合の籠った声と共に、バクラは目の前の壁を殴り壊した。
ガラガラと呆気なく崩れさる壁。

「何してるんですか!?遺跡を壊しちゃダメだよ!」

「うるせぇー!どうせもう壊れちまったんだから、この程度別に問題ねぇ!」

あ、確かにそうかも。と一瞬でも思ってしまった自分が恨めしい。

「おら!さっさと行くぞ!」

「い、行くって……何処に?」

「いいから黙ってついてこい」

有無を言わさずに再びバクラの背中に背負われるユーノ。
そのまま先程壊した壁の元へと来た。

(あ、階段)

バクラの影になって気付かなかったけど、壁の先には石で造られた階段が地下に続いていた。
暗くて先は見えない。どうやらそれなりに深いようだ。
明かりをつけようと、バクラはジャケットの中からライトを取り出すが、肝心の明かりがつかない。
カチ、カチ、とどんなにスイッチを入れても全くの反応なし。

(チッ!探査機だけでなく、電気を使った物は全部おじゃんか)

ならば仕方ない。少々原始的な方法だが、やはり遺跡にはこの方法が一番だ。
バクラはライトを仕舞い、代わりに松明を取り出して火をつけた。
赤く揺らめく光が暗闇に閉ざされた階段を照らす。

「行くぞ、ユーノ」

「う、うん」

言われるがままにユーノはおとなしくバクラの肩を攫み、地下へと潜っていった。




「ねぇ、バクラ兄さん。この階段って、一体何処に続いているのかな?」

何処までも続く階段。暗闇に閉ざされたその場所は、まるで生き物が大きな口を開いているようだった。

「ユーノ。お前、この遺跡が何なのかは知ってるな?」

自分の問いには答えず、逆に問いかけられた。

「う、うん。この世界に昔栄えたクルカ王朝の王様が住んでいた城でしょう?」

「なら、そのクルカ王朝の特徴を言えるか?」

「えっと……確か、小国で魔法文明は低かったけど、周りは自然に囲まれた豊かな国で、自分達に恵みを与えてくれる自然が敵国の侵攻を防ぐ防壁にもなっていた国でしょう。
でも、次第に戦火が広がる中で600年前に滅んだ王朝。
最大の特徴は、その並外れた技術力。特に物を造る事に関しては今でも通用するほどの比較的高い技術力を持っていた国……で、合ってるよね?」

「ああ、やるじゃねぇか」

褒められ照れるユーノだが、バクラはお世辞で言ってるわけではない。
4歳。そんな幼い年で此処まで知識がついているなら大したものだ。

「それで、それがどうしたの?バクラ兄さん?」

先程の問いに何か意味があったのだろうか。
ユーノは気になり、答えを聞いた。
一呼吸置いて、バクラの口が開かれる。

「ユーノ、もしお前が王様だったら国を動かすのに権力と人材。後は何が必要だ?」

バクラの口から発せられたのは、答えではなくまたもや問いだった。

「え~~と……」

何故そんな事を聞くのか気になったが、とりあえず答えようとユーノは答えを模索する。
自分が王様だったら、権力と人材と後に必要なのは……

「う~ん…っと……食べ物?」

「……プッ……クククッ…ハハハハハハッ!!」

自分なりに考えた答えだったが、どうやら違ったようで笑われてしまった。
そんなに笑わなくてもいいじゃないか、と頬を膨らませバクラの肩を強く攫む。

「フフフッ……怒んな、怒んな。お前の考えも、あながち間違ってるわけじゃあねぇんだからよぉ」

どんな人間でも、生きていく限りは食料が必要だ。
ユーノの答えも、完全に間違ってるとは言い切れない。
しかし、国を動かすという点ではそれ以上に必要な物がある。

「何なの、それって?」

知的好奇心が刺激され、声を弾ませるユーノ。

「まぁ、待ってろ。答えはもう直ぐ解る。クククッ、俺様の感が告げてるぜ。この先に答えがある、ってな」

バクラはその問いには答えず、只管地下へと潜っていった。




――途中に立っていた何体もの石造の目が妖しく光った事に気付かずに……




階段を下りて行った先に待っていたのは、酷くヒンヤリトした地下室だった。
木箱。
丁寧に左右の台に収納された物が、薄暗い中でも確認できるだけでかなりの数がある。
隠されてるように壁の中にあった階段、その先にあった地下室に謎の木箱。
ユーノの好奇心の色はますます強くなっていく。
待っていろ。
バクラは適当な場所にユーノを降ろし、近くの木箱に近付いていった。

「ユーノ、よーく見てな!これがさっきの答えだ!」

足を振り上げ、一気に振り下ろし木箱を打ち壊した。
ジャラジャラ。
甲高い音が響き、木箱の中から小さな物が幾つも流れ落ちてきた。
何だろう。気になる、目を細めてその小さな物の正体を確かめようとするユーノ。
暗いから見えないけど、小さくて丸い。円形状の何か。
その内の一枚が地面を転がり、自分の足元に転がってきた。
拾い上げ、バクラの松明の光を頼りに正体を確かめる。

「これって……」

翼が生えた獣の様な生き物が彫られた丸いコイン。
こんな玩具みたいな物が何で隠されるようにして。
疑問に思うが、近くで見てその正体の重要性に気がついた。

「……もしかして、ゴールド!」

古い遺跡などを探索してると時々意外な宝物が見つかる。
金塊や宝石、その他の貴重品など。
見間違いかと思ったが、確かに昔スクライアの人達に見せてもらった金塊と目の前のコインはそっくりだった。

「ほぉ、流石スクライアの一族だ。ガキとはいえ、見分ける目を持っているな」

「バクラ兄さん、答えって……これ?」

「ああそうさ。国を動かすのに大事な物。それは権力と人材。そして、最後の一つが金……財力だ」

零れ落ちる金のコインの山を見ながら、バクラはポツリポツリと語り始めた。

「そもそもこの遺跡の話しを聞いた時から可笑しいとは思っていたんだ。
絶対の権力者である王の城だってぇのに、明らかに見つかる金銀財宝のお宝が少なすぎる。
見つかるのは、古い文献や昔の人間が使っていた生活用品ばかり。
敵国が攻め入る前に王族がお宝全部を持ち逃げしたなら、話しは別だが……戦乱の中、そんな時間があったとは思えねぇ」

コインが積み重なり山となった中から一枚のコインを持ちあげる。

「こいつに刻まれている生き物……確か、ドルクガとかいう昔この世界に居た生き物だ。
その他の生物を圧倒する力と大空を駆け抜ける姿からついた別名が――大空の支配者。
よくある話だが、王様ってのは街が見下ろせるぐらい高ぇ城を建てる。そうする事で自分の絶対権力を示すためだ。
この広い次元世界でも、その考えは基本的に変わんねぇのか、こいつみたいに空や太陽などに関係する物を家の紋章などの刻む奴らも決して少なくはねぇ。
恐らく、クルカ王朝の王様もこの大空の支配者と恐れられたドルクガの姿を自分の財宝に刻む事で、自らの権力を誇示したかったんだろうよぉ」

器用に手でコインを弄り回しながら、口元を釣りあげるバクラ。
宝を手に入れられた事を純粋に喜んでいた。
一方のユーノは純粋の驚いていた。
それは金貨を発見した事もあるが、目の前の人がそれを見つけた事にだ。
凄い。
こんな大惨事の中で新しい発見をした自分の兄貴分を尊敬の眼差しで見つめていた。
自分が放り出された事など忘れて。
やはりスクライア。発掘に関しては彼にもその血が立派に流れているようだ。

(なるほど。敵から宝物を守るために此処に隠したのか……あれ?)

ふとある疑問が浮かび上がってきた。
この遺跡はほとんど調査された遺跡。部屋も通路も、調べ尽くした。
可笑しい。
罠は仕方ないとして、この部屋が今まで発見されなかったのには納得がいかない。
600年前。壁に隠されていたとはいえ、今では技術も進んで探索も随分と楽になった。
おまけに自分達には魔法がある。
遺跡発掘を生業とするスクライア一族。探索用の魔法を使わせれば右に出る者は居ない。
進んだ技術力と精錬された魔法。
隠し部屋の一つや二つ発見するのは簡単なはず。
一体何故今まで発見されなかったのか。
興味が沸き、ユーノはバクラへと問いかけた。

「こいつを見てみろ」

その問いに対し、バクラは小型の探査機を投げ渡した。
慌てて受け取るユーノ。変化には直ぐ気付いた。
画面が乱れている。
ナビ機能も全てがダメ。どの機能も完全に狂っていた。

「言っておくが、それは故障じゃないぜ。一応俺もスクライアの定期検査は受けてるんでね」

「え?……それじゃあ、なんで?」

「その答えは……周りを見てみな」

急いで辺りを見渡すユーノ
地下室。
現代の様な特殊な材料では造られておらず、普通の石で造られていた。
見た目だけは。
疑惑の色を強くしているユーノに、バクラは辺りの壁を松明で照らしながら謎解きを始めた。

「四方八方を囲む壁、地下へと続く階段、そしてこの部屋を隠していた壁。
見た目だけは周りに使われている石と似ているが、中身は全くの別物だ」

壁に手を当て、その事実を伝える。

「ユーノ。てめぇなら知ってるよな、自然の中には大気中の魔力素を大量に含んだ鉱物ができる事を」

「う、うん。自然界の中には本当に極希だけど、そういった鉱物はできるよ。
見た目は普通の岩の物もあれば、綺麗な宝石の様な物もある貴重品で、昔はその鉱物を王様の献上品にした国もあったって前に本で読んだ事ある……ッ!!」

自分で言ってる途中に、ある事に気付いたユーノは目を見開いた。

「もしかして、これ全部が!!?」

彼に答えるようにバクラはさらに口元を釣りあげた。

「そうさ、この地下室全てがその鉱物で造られているのさ!」

壁から手を離し、ユーノの方に近付きながら謎解きの続きを話しだす。

「とはいっても、かなり出来は悪いみたいだがな。
その手の市場に出しても、二束三文にはならねぇ粗悪品だ。
だが、数は力なり。これだけの量でお宝を隠しちまえば、鉱物が放つ微弱は魔力の波が探索魔法を乱してお宝を守ってくれるというわけだ」

ユーノから小型の探査機を受け取るバクラ。

「機械が狂っちまいやがったのは、その微弱な波が機械にも影響を与えたからだろうよぉ。
もっとも、これは偶然の産物だろうがな。
まさかクルカ王朝の奴らも未来に造られる最新の探査機まで誤魔化せるとは思ってもいなかっただろうよぉ。
偶然にも鉱物が放つ波が微弱な妨害電波となり、この探査機までも狂わしたおかげで今日まで発見されなかった。
差し詰め幻のお宝、と言った所か」

空いた口が塞がらないとは、この事を言うのだろう。
凄い、凄すぎる!
今まで発見されなかった重要な遺物を見つけただけでも凄いのに、その謎まで解明するなんて。
しかも、それを見つけたのが自分と同じ一族で兄貴分。
自分の事の様にユーノは興奮していた。

「ね、ねぇ!それじゃあ、何で此処に隠したままにしてたの!」

興奮冷めないまま質問を投げかけるユーノ。
その表情は、まるで小さな子供が親に昔話を強請るように輝いていた。

「さぁな。木箱に入っていた事から察するに、直ぐ持ち運べるようにはしてたみたいだが……」

再び金貨へと近付き、しゃがんで一枚のコインを持ちあげた。

「おおかた、クルカの最後の王が敵国に滅ぼされる寸前に、誰かに託すために隠していたんだろうよぉ。
何時の日か、自分達の栄光を取り戻すための軍資金とするためにな」

コインを指で弾くと同時に立ち上がり、落ちてきたコインを手中に収めた。

「これで全てが納得いく。あれだけのトラップが発動したってぇのに、この部屋を隠していた壁を含めた周りには罅一つ入ってなかった。
万が一にも壁が壊れないようにな。
元々この部屋は城が建てられた時からあった宝物庫か何かだと思うが……流石にそこまでは解らねぇ。
けど、この木箱の数を見る限りでは壁を取り付けたのは恐らく後からだろう。
城の中の見取り図とトラップの被害を計算して造ったのには褒めてやるが……結局、その努力も水の泡。
トラップが発動する前に、滅んじまいやがった。
敵国の兵士も、まさか城の壁の中にお宝が隠されているとは夢にも思わなかっただろうな。
此処を見つけられるのは、この部屋の秘密を聞いたものか……」

顔半分を振り向き、ユーノを見つめる。
笑み。
歯が見えるほど、バクラは凶悪な笑みを浮かべていた。

「……盗賊だ」

その時のバクラは何処か何時もと様子が違った。




全ての木箱の中身を確かめたが、全てがクルカ王朝の金貨だった。
国を立て直す。
それだけの大事を為すための資金なだけあって、全部を今の金額に換算すると莫大な金額になる。

「さてと、そろそろ行くか」

「うん!早くキャンプに戻って、皆に知らせなきゃね!」

「あぁ?なーに寝ぼけた事を言ってんだ、この金貨は全部俺様が頂くんだよ!」

「あ、そうか!ごめん、バクラ兄さーーーーーーーーーーーーーん!!?」

本日二度目の絶叫。
うるせぇ、と耳を塞ぎながら顔を顰めるバクラ。
が、ユーノの驚きは当たり前である。

「い、頂くって!兄さん、それって泥棒じゃあ……」

「へっ!何言ってやがる、こいつの持ち主は今から600年前に死んじまったんだぜ。
今さらそいつの子孫を探して、渡すってのか?
はっ!冗談じゃねぇ!
こいつは俺様が見つけた物だ!発見者である俺が貰うのに、何の問題がある!?」

いや、確かに一理あるけど……何かが違う。絶対間違っている。
バクラの説得を試みるユーノだが、お宝を目の前にして水を得た魚の様に喜ぶ彼を説得するには戦力不足だった。
ウキウキ気分で着ていたジャケットを金貨へと被せる。
次にジャケットを取り払った時、山の様に積み上げられていた金貨は全て消えていた。
物が消えるマジック。
そのタネはバクラが来ている赤いジャケットにある。
ロストロギア。
管理局で管理している過去の遺産で、異種のオーパーツの様な物。
今の科学技術でも解き明かされない物で、中には世界の滅ぼす危険な物まで含まれている。
とはいっても、全部が全部危険なわけじゃない。
中には比較手安全な物もあり、正規のオークションなどでも取引され、ちゃんとした手続きをとれば個人でも所有できる。
バクラの身につけている赤いジャケットもその中に入る物。

『盗賊の羽衣』

ある世界で暴れ回った伝説の盗賊が身につけていた、かなり曰くつきの品物。
しかし、能力自体は曰くつきの割にはかなりショボイ。
ただ物を中に仕舞っていられるだけ。
しかも、人間や生き物は仕舞う事は出来ず、入る量にも限りがある。
一応ジャケット自体にもかなりの防御力があるが、それでも並のバリアジャケットよりも少し上なだけ。
外から衝撃を受ければダメージも負うし、下手したら中に仕舞ってる物まで壊れる危険性もある。
以上の事を踏まえて、このロストロギアに効果はほとんどが普通の魔導師でも再現できる。
唯一の利点は、持ち運びが軽くなる便利な保存庫と言う事だけだ。
これで危険物に指定する方が難しい。
案の定というか、必然というか、直ぐコレクターの手に周り、様々な経緯を得てスクライアの族長の手に廻ってきた。
そして、そこからバクラの手へと渡った。

「さてと、これで全部だな」

全ての金貨を仕舞い終わった。外見上には変化は見られず、質量も感じない。
ある意味、こういう事をする人にはとてつもなく強い味方である。
盗賊の羽衣。何故その名で呼ばれてるのか、少し解ったユーノであった。

「よし!ずらかるぞ、ユーノ!」

(うぅぅーー……すっかり口調が泥棒みたくなってる……)

兄の代わり様に心の中で号泣するユーノ。
頑張れ!強く生きろ!

「あー……そう言えばお前、言ってたな」

心の中でそっと泣いていたら、原因である本人に話しかけられた。
まだ何かあるのか。
ユーノは恐る恐る耳を傾けた。

「自分が一族の役に立ってない……って」

(あ……話し、聞いてくれていたんだ)

すっかり忘れていた(色々ありすぎて)が、ちゃんとバクラが自分の話しを聞いてくれていた事に喜ぶユーノ。

「まぁ、俺から言わせてもらえば……」

ゴクリ。自然と生唾を飲み込んでいた。
期待と不安が入り交ざる視線で自分を見つけるユーノに対して、バクラは――

「お前……全く役に立ってないから」

超ドストレート!一切の変化球なしの真っ向勝負!!

「ぐわぁ!」

ユーノのライフポイントに大ダメージ!!




「第一今回だってアルスの甘ったれ野郎に無理言って連れてきた貰ったまでは良いが、発掘に直接加わった訳じゃねぇし」

「あうぅ……」


「トラップに巻き込まれたら巻き込まれたで、自分の身一つも守れねぇで、役に立つどころか逆に余計な世話をかけてるし」

「いうぅ!」


「助けてに来たら来たで、怪我をして動けない。文字通りのお荷物状態だし」

「うがぁ!!」




燃え尽きた……真っ白に燃え尽きた。
バクラのダイレクトアタック(という名の言葉攻め)はユーノライフポイント(精神力)を全て奪い去った。
止めて、もうユーノのライフポイントは0よ!、と止めてくれるヒロインは残念ながらこの場には居ない。

「ひっぐ…やっぱり僕、ダメな奴なんだ……ううぐ」

膝を抱え込み、涙を流し続けるユーノ。

「同情するぜ」

「ひっぐ……あっぐ……え?」

声をかけられ面をあげるが――

「お前が役に立たない事には」

「あうぅ!」

再び面を下げ、滝の様に涙を流し続けた。
気のせいか、背中に巨大な影の様な物まで憑き始めた。
全体にジメッとした嫌な空気が漂い始める。

(チッ!めんどくせぇーな)

こんな幼い子供に止めを刺したのは、一体どこの誰だ。
是非とも鏡を持ってきてほしい物である。

「ほら、さっさと乗れ!」

イラつくように声を荒げ、背中に乗るように指示するがユーノは無視。
えっぐ、えっぐ、と次から次へと零れ落ちてくる涙を拭っていた。
さっさと乗れ、置いていくぞ。
どんなに声をかけても反応なし。一向に泣きやまなかった。
額に青筋を浮かべるバクラ。
ユーノ、泣き続ける。泣く、泣く、泣く……泣き続ける。
ブチッ。
大人げなく(まだ子供だが)、バクラの中で何かが切れた。

「いい加減にしろ!何時までも泣いてんじゃねぇ!」

「ぎゃッ!!」

泣いているユーノに拳骨の追加攻撃。
ゆっくりと頭の中に浸透し、痛みが広がっていく。

「ぅぅ~~」

頭を押さえ、悶え続けるユーノ。
その頭には立派なタンコブが出来上がっていた。
酷い。
これは幾らなんでも理不尽すぎるのではないか。
恨めしい視線をバクラに向けるが、その事を後悔した。
鬼の様な形相。実際にそんな物があるなら、目の前の人の事を言うのだろう。
自分を見下す冷たい視線。イラだち歪んだ表情。
怖い、怖すぎる。

「あわ…あわわわ……」

恐怖で涙が流れるだけでなく、体も震えだした。

「たく……たかが4歳児のガキが。てめぇが役に立たねぇのは当たり前だ!
技術も知識も未熟の分際で、一端の口聞くんじゃねぇ!」

「ひぅ……で、でも……」

「でももくそもあるか!そんな役に立ちたいなら、さっさと技術を身につけて遺跡の一つや二つ発掘して見せろ!
そうすりゃぁ、一族の奴らもてめぇを一人前と認めるだろうよぉ!」

何時までもウダウダと泣きじゃくっているユーノを無理やり背中に乗せ、出口へと歩いていく。
コツーン、コツーン、と階段を踏み締める音が響く中に幼い子供の泣き声が混じる。
うるさい。
背中に背負ってる分、直ぐ後ろから泣き声が聞こえるのは鬱陶しかった。
一体どうしたものか。バクラは一人階段を昇りながら考える。
黙らせること自体は簡単だ。自慢ではないが、相手の口を閉ざす方法なら幾つも思い付く。
が、それをやると根本的な解決にはならない。
こいつの悩みは自分が一族の役に立ってない事を悔やんでいる事だ。

(ケッ!4歳のガキが何を悩んでんだが)

本当にそう思う。
一族のために役に立とうとするのは良いが、もう少し大人になってからでも問題ない。
実際、スクライアの一族で早い人で8~9歳、遅い人で12~14歳が遺跡発掘のメンバーになる年齢だ。
中にはバクラの様な例外もいるが、流石に4歳児で一人前になった奴などいない。
精神年齢が高いと言うか、責任感が強いと言うか。
このクソ真面目な4歳児の悩みを解決しようと、バクラは上手い言葉を考える。
が、言い慰めの言葉やアドバイスが思い浮かばない。
弱った。
バクラはどちらかとえ言えば常に最前線で動いている方が性に合ってるタイプ。
こんな風に誰かのために教える先生のような仕事は、幼馴染であるアルスの方が性に合っている。
考えていても埒が明かない。
バクラは思った通りの言葉をユーノに伝えた。

「はぁー……ユーノ、黙って俺の話しを聞け」

まだ言葉の端には硬さが残っているが、先程と比べると随分と柔らかくなった。
ユーノもその事に気付いたのか、耳を傾ける余裕ができた。

「一応勘違いしないように言っておくが、俺が同情したり役に立たないって言ったのは“今”のてめぇに対してだ。
“未来”のてめぇまで否定するつもりはねぇ」

「未来の……僕?」

「そうだ。第一4歳のガキがんな難しい事を考えるんじゃねぇ!
一人前になりたかったら、今はただ知識と技を磨く事に専念しろ!」

「でも……どうやって………」

幼いとはいえ、自分なりに今まで必死に頑張ってきた。
その結果が今回の結果だ。
ユーノ自信をなくすには十分すぎる結果だった。

「へっ!そんなの簡単だ」

バクラは一呼吸置き、自分が最も得意とする方法を伝えた。

「盗め」

「ぬ……盗む?」

先程みたいに金貨を。

「おい、今何か変な事考えただろ?」

「あ……あはははは………」

流石バクラ。鋭い勘をしている。
ユーノは感心しながらも、渇いた笑いをあげるしかなかった。
はぁ~、と一つため息をついた後、バクラは再び口を開く。

「俺が盗めっていてるのは、他人の技だ。
俺のだっていい、アルスのだっていい、レオンや爺さんのだっていい。
他人の技術だろうと知識だろうと、盗んで自分の物にしちまえばそれはもうてめぇの物だ。
誰が何と言うとものな」

所々に棘があるが、それは弟に対して出来る兄としてのアドバイスだった。

「それが嫌だってぇんなら、俺は何も言わねぇ。てめぇの好きにしな。
だけど、これだけは言わせてもらうぞ」

立ち止まり、バクラはその言葉をユーノへと伝えた。

「何時までも泣いているような奴が、一端の口を聞ける日が来る事はねぇ。絶対にだ」

再びバクラは出口に向かって歩き出した。
もう口は開かない。沈黙が場を支配していた。

(バクラ兄さん……)

頼もしい兄の背中を見ながた、ユーノは先程の言葉を意味を考えていた。
盗む。
本来なら卑下すべき行為だが、それはある意味で的を射ている。
どんな天才児でも、自分一人だけで力を完成させる事は出来ない。
先人達から受け継がれてきた知恵と技術が必要だ。
バクラがそこまで考えていあんな事を言ったのか、それはユーノにも解らない。
でも、兄との距離が縮まったみたいで少し嬉しかった。








想像ですけど、盗賊王バクラって普通の幸せな村に生まれていたら皆の兄貴分になっていたと思います。(ガキ大将的な)

闇バクラはあれだけど……



[26763] 石像×盗賊=ジェットコースター
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/04/08 09:46
巨大な城の様な古代遺跡を見つめる一人の子供。
10歳前後の子供で、髪の毛は鮮やかなライトブルー。
月明かりに照らされ綺麗に輝いていた。
肌の色はバクラとは真逆の白色で、肉体もそこそこ鍛えてはあるが、やはりバクラと比べると弱弱しく見えてしまう。
顔つきも、まだ幼さが残る物だった。
アルス・スクライア。
今現在、遺跡に取り残されたユーノの兄貴分にして、その救出に向かったバクラの幼馴染でもある。

「遅い……何やってんだ、バクラの奴?」

つい勢いに任せてユーノの救出を頼んだが、今さらになって心配になってきた。
奴の性格は自分がよく知っている。
性格は確かに少し問題があるが、遺跡の発掘能力に関しては既に一流の腕に至ってる事は。
バクラが救出に向かった時間を考えると、そろそろ出てきてもいいはず。
なのに、未だに全く気配なし。
普通だったら二次災害にでもあったと心配するが、生憎とアルスにその心配は全くない。
少なくても、この程度の遺跡でバクラに何かあったなどあり得ないからだ。

「まさか……あいつッ!」

ある事を思いつき、目を見開くアルス。

「いや、大丈夫だ。散々言い聞かせたんだから、あいつだって解っているはずだ。……解っている…よな?。………本当に大丈夫かな?」

自分が思いついた可能性。
大丈夫だと思いたいが、大丈夫だと言いきれない。
何しろ、遺跡内に入ってるのはバクラ一人なのだ。
止める人が誰も居ない状態で、あいつがやりそうな事が次から次に頭に浮かぶ。
怖い、怖すぎる。

(うぅ……やっぱり俺もついていった方がよかったんじゃ。いやでも、魔力がほとんど残ってない俺が行った所で……いやいや、でも!)

行きたいのに、行けない。
ジレンマの板挟みになって頭を抱えながら悶えるアルス。
そんなアルスに、近付く人影があった。

「どうしたアルス?そんな芋虫みたいに地面に這いつくばって?」

怪訝な表情でアルスに問いかける一人の成人男性。
髪は短くカットされた黒髪。肌はバクラと同じく褐色肌。
服の上からでも解るほど立派に鍛えられた筋骨隆々の体。
何処となくオヤジ臭いが、まだまだ若い一人の男性。
レオン・スクライア。
バクラ、アルス、ユーノ達と同じくスクライアの一族にして、今回の現場指揮官を任せられて人物である。

「あ……レ、レオンさん」

声をかけられ、漸く今の自分がどんな格好でいるのか気付いた。
恥ずかしい。
顔を赤くしながら、急いで立ち上がり服に着いた砂を払い落とす。

「い、何時からそこに……」

「『遅い……何やってんだ、バクラの奴?』……って、所からだ」

「……つまり、最初から居たって事ですか………」

だったら声ぐらいかけてくれてもいいのではないか。
それとも、あの時の自分は声をかける事を躊躇するぐらいの奇行だったのか。
顔を茹でタコの様に赤くしているアルスを微笑ましく思いながら、レオンはその隣に立ち同じように古代遺跡を見上げる。

「まぁ……お前の気持ちは解るよ」

苦笑いを浮かべながらも、アルスの心配には同意する。
実際、自分自身のその場面を何度か見た事あるのだから。
心配。
レオンも何処となく不安になってきた。
バクラのトラップ回避能力は子供ながら一族の中でもトップクラス。
まだ何か罠が残っているかもしれない遺跡。力に余裕があり、尚且つユーノの状況。
早めに救助した方がいいのは、決して間違いではない。
そして、その救助にバクラを向かわせたのも決して間違い……ではないと信じたい。

「レオンさん……どう思います?」

「…………大丈夫だろう」

「何で10秒間も考えたんですか!?というか、そんな自信なさげな声で言われても逆に心配ですよ!」

不安を取り払うどころか、逆にますます不安が高まったアルスだった。
月明かりに照らされた遺跡。
まだバクラ達の姿は見えない。

((大丈夫かな………))

心配になり、アルスとレオンは心の中でその人物の名を呟いた。

((ユーノの奴……))

バクラの事など、全く心配していない二人だった。









「はっっっくしょん!!ズズゥー……あぁー」

「風邪?」

「解らねぇ。解らなねぇが、今物凄くムカついた」








クルカ王朝の城。
暗闇に閉ざされた隠し階段を一段、一段、と昇り出口に向かって行くバクラとユーノ。
金貨。
救出だけのつもりだったが、思わぬお宝に巡り合えた。
しかも、それが自分が好きな黄金で造られているのだ。
バクラの機嫌は正に鰻登り状態。
さて、後は背中のお荷物を届けるだけだ。
石で造られて階段を一段、一段、と昇りさっさとこの古臭い遺跡から出ようとするバクラ。
が、階段の半分ほどまで来た時にある違和感に気付いた。

「……うん?」

歩を止め、辺りを見渡す。
少しヒンヤリトした空気の中に混じる、肌に感じるこの視線。
何かいる。
この古代遺跡に今居るのは自分達二人だけのはず。
それなのに、自分ともユーノとも違う、別の何かの気配をバクラは感じ取っていた。
辺りに神経を研ぎ澄ませ、階段を昇っていく。
その間にも、やはりこの違和感は消えなかった。
まるで誰かに監視でもされている様な、嫌な感じだ。
気分が良くない。
再びバクラは立ち止まり、この違和感の正体を確かめようよ辺りを見渡した。
前も後ろも光が無い暗闇。松明に照らされ、自分の影がユラユラと蠢いていた。
上は特に何も無い、下は特殊な鉱物で造られた階段。
そして、左右には何体かの石像。
人の姿を象った石像が並べられていた。
まさか、この石像が。
一瞬だけある考えが頭を過るが、直ぐ笑い飛ばした。

(ふんッ!バカバカしい)

幾らなんでもそれは無いだろう。
人の姿を象っているとはいえ、所詮はただの岩の塊。
視線を感じたとしても、それは気のせいだ。
石造から視線を外し、再び階段を昇って出口へと向かおうとする。

「ッ!!」

その時、バクラの脳裏に幾つものキーワードが浮かびその歩を止めさせた。
ここは600年も前の古代遺跡。
クルカ王朝は魔法文明が低かったとはいえ、全く無かったわけではない。
自分達の財宝を隠していた地下室。
そして、クルカの最大の特徴である並外れた技術力。
まさか!
バラバラのピースが一つになった時、バクラは驚愕の表情を見せた。
瞬間、前方から黒い塊が自分とユーノ目掛けて襲い掛かってきた。

「チッ!」

「うわッ!なに!?」

バクラは舌打ちを打ちながら、ユーノは驚きながら、後方に下がりそれを避けた。
再び襲い掛かってくる黒い塊。
今度は左右から同時に襲い掛かってきた。

「ユーノ!しっかり捕まってろ!」

危険を感じ取ったバクラは、背中のユーノに落ちないよう指示する。
ユーノも危険を感じ取ったのか、より一層捕まってる左右の手に力を込めた。
そのまま一気に駆けだすバクラ。
ユラユラと松明の火に照らされる石の段を一気に駆けおり、先程の地下室へと戻ってきた。
はぁーはぁー、と少しだけ荒れた呼吸を整えて入り口を睨みつける。

「バクラ兄さん!今のは!?」

「なーに、少しばかり古臭ぇこの城の住人が俺達を出向かてくれただけだ」

それは何、と正体を聞く前に変化は訪れた。
音。
自分達が降りてきた階段から、何かを削り取る様な音と地響きが聞こえてきた。
音と地響きは次第に大きくなっていく。
怖い。
正体不明の音にユーノはバクラの背中にしっかりと捕まった。
瞬間、大人一人分が入れる入り口を打つ壊して巨大な影が地下室に降り立った。
軽く二メートルは超える巨体。太い腕に足。あれで殴られてでもしたら、骨など簡単にバラバラに砕け散るだろう。
だが、驚く事はそれだけじゃない。
その影、松明の光に照らされたその顔と体は人間の物ではなかった。

「兄さん、あれって!?」

「ああ、こんな古い遺跡には設置されてると思ったが……なるほど、玉座よりもこのお宝を守る番人として活用するか」

バクラは赤い炎に照らされたその影の正体を言葉に出す。

「間違いねぇ、動く石像――ゴーレムだ」

ゴーレム。
特殊な加工と技術を施した石像に、魔力を通して動かす古代の魔導兵器の一種。
その運用性の悪さから、今では使われる事が無く、このような古代文明の遺跡に時々見かけられる。
正に古代の忘れもの。

「ケッ!今では博物館でしか見られねぇ物が動くとはな……持って帰って売り飛ばせば金になるぞ」

「で、でも!バクラ兄さん、可笑しくない!?」

余裕あるバクラと違い、ユーノはある事が気になっていた。

「クルカ王朝は600年も前に滅んだんだよ!その時の魔導兵器が今さら動くなんて!」

ゴーレムを動かすのは、あくまでも使用者の魔力。
魔導師が滅んだこの城で、600年も経った今動くなどとても信じられなかった。

「別に全く無いとは言い切れねぇ。
ゴーレムが兵器として扱われていたのは、魔力が続く限り何時までも戦える性質からだ。
例え何年、何十年経とうとも、魔力が体を動かす限り戦い続ける、正に戦うためだけに造られた兵士。
並外れた技術を持っていたクルカの奴らにとってみれば、うってつけの兵士だっただろうよぉ。それこそ、研究に研究を重ねるほどのな」

しかし、まさか600年も経った今でも動けるゴーレムを造れるとはバクラも想像しなかった。
クルカ王朝。
あれだけ精巧な金貨。遺跡のトラップ。そして、目の前のゴーレム。
その時代ではあり得ないほどの技術を持っていた国というのは、どうやら本当らしい。
もし、今でも存在していればさぞかし名高い国へと成長していただろう。
クルカの技術力を純粋に絶賛したバクラは、直ぐ目の前の戦況を分析し始めた。

(さてと、どうするか)

見た所、相手は6体。本気でやれば、勝てない事は無い。
が、曲りなりにも巨大な石の塊。
自分はともかく、怪我を負ったユーノに攻撃が当たれば無事では済まない。
おまけに、此処は狭い地下室。
巨体を生かして隅に追い詰められてしまったら、少々厄介だ。
万が一の可能性も考えて、この場で戦闘するのは得策ではない。
となると、残りは一つ。
中央突破!
背中の荷物を大切に背負い、バクラは一気に駆けだした。
松明を入り口に向かって投げる。
同時に、ゴーレムは侵入者を排除しようとその剛腕を振り上げた。
石で出来た腕が一気に振り下ろされる。
が、バクラに恐怖は無い。寧ろ、その顔には笑みが浮かんでいた。

「クククッ!おら、脇がガラ空きだ!」

一気に加速し、バクラはゴーレム達の間をすり抜け地下室の出口に辿り着いた。
無反応。
バクラの素早さに対応できず、ゴーレムはただ立っているだけだった。
木偶の坊が。
心の中で嘲笑いながら、バクラは先程投げた松明をキャッチし一気に階段を駆け上っていく。
地下室の入り口、若しくは階段の中に一体でも居ればバクラのこの策は成功しなかった。
しかし、階段にもゴーレムは一体も存在せず、簡単に突破できた。

(へッ!所詮は石の塊、知能がなけらりゃ、ただの木偶の坊だ!)

これがゴーレムが後々の時代に伝わる事がなかった理由。
特殊な技術を使ったとはいえ、元はただの岩。
知能も何も無い。戦略も自分達では立てられない。
それを補うのは術者である魔導師なのだが、一度に何体ものゴーレムを従えさせるとどうしても動きが単調に、鈍くなってしまう。
おまけに、あのゴーレム達は自立で侵入者を排除するタイプ。
魔導師の指揮も無く、新たな魔力を込められわけではない。
動きがさらに鈍く、遅くなるのは必然だった。
今の様にデバイスなどの完成した補助器が無かった時代。
無論、インテリジェントデバイスなどのAIもない。
自分達の知恵と技術と魔力だけで、あれだけのゴーレムを造れたのは大したものだ。
もしもの話し。
例えデバイスがあったとしても、今の時代では使われる事は絶対にないだろう。
あの程度の岩、並の魔導師でも十分破壊できる。
魔力を持たない、普通の人間でも落ち着いて対処すれば簡単に避けられる動きだ。
総合的に見ても、あんな石の塊に魔力を喰わせるよりも自分で戦った方が遥かに利口である。
もしくは、AIでも積み込んだロボット一体を造る方が役に立つ。
長い年月を得ても動けるのには素直に称賛するが、肝心の知恵を補う魔導師が居ないのでは意味が無い。
バクラ達はあっという間に階段を昇り切ってしまった。
所々に欠けて空いた穴から月明かりが差し込み、よりハッキリと道を指し示す。
もう松明は必要ない。
バクラは松明を投げ捨て、遺跡内の瓦礫を睨みつけた。

(確かエリア2-Dは瓦礫により塞がれていたな。だったら、エリア4-Cから廻った方が妥当か)

瞬時に今の遺跡内で最も出口に近い道順を導き出したバクラ。
見た限り、ゴーレム達はまだ上がってくる様子はない。
少し遠回りになるが、これなら十分逃げ切れる距離だ。
捕まってろ、ユーノ。
背中のユーノを落とさないようしっかりと背負い、バクラは一気に駆けだそうとした。

「!!?なにッ!」

が、前方から襲い掛かってきた黒い塊に塞がれてしまった。
前のめりになり、倒れるようにしてその塊を避け正体を確かめる。
黒い塊。
自分の進路を防ぐようにして佇んでいたのは、地下で見たゴーレムと同じ物だった。

「ばかなッ!」

一瞬、地下の奴らに廻り込まれたと思ったが、違う。
目の前のゴーレムは、地下に奴らとは少しだけ造りが違った。

(チッ!六体だけじゃなかったのか……)

新たな邪魔者の出現に口を歪めるバクラ。
目の前のゴーレムの動きに注意しながら、神経を研ぎ澄ます。
僅かだが、地下からではない別の所から此方に向かってくる音が響いている。

(……なるほど。クルカの奴らは相当このお宝を大事にしてたようだ。
万が一にも自分達以外が金貨を持ちだした時は、魔導兵器のゴーレムが侵入者を排除する。
しかも、この様子から察するに城にはかなりの数のゴーレムと安置されていると見た方が良いな)

バクラの視線の先。そこには既に何体もの巨大な影が集まり始めていた。
戦闘力ならば自分の方が上だが、多勢に無勢。
一人ならまだしも、荷物を背負った状態で戦闘を開始するのは得策ではない。
やはり、ここはいち早く外に出た方がいい。

「ユーノ!俺の肩をしっかり攫め!死んでも離すんじゃねぇぞぉ!!」

「う、うん!」

今まで以上に強く命令するバクラ。
ユーノも危険を感じとり、今まで以上にバクラの肩を強く攫んだ。
閃光。
黒い塊を避け、瓦礫で閉ざされた道なき道を一つの風が吹き抜けていった。
バクラはさらにスピードを速める。
瓦礫の上を俊敏に駆け抜け、隙間を通り、時には上に飛び越えていく身軽さ。
その姿は正に盗賊。
判断能力・身体能力。全てにおいて完成された姿がそこにはあった。
遺跡内を駆け抜け、バクラはある出口近くのエリアまで到達した。
このエリアを抜ければ、後は出口まで一直線。
さいわいな事に、この通路は左右に支えてた柱が丈夫だったのか、ほとんど落盤は起こしていない。
はぁー、と軽く息を整えて、バクラは再び走り出した。
が、そこに再び進路を阻むかのようにしてゴーレムが壁を突き破って現れた。

「チッ!」

イラだち、口元を歪めながらもバクラは後ろに飛び退く。
しかし、ここで予期せぬ事態が起こってしまった。
バクラが避けたゴーレムの剛腕。それが柱の一柱を倒してしまった。
ただでさへ微妙なバランスで落盤を免れていたエリア。
その内の大事な柱が壊れてしまった。
連鎖反応。
次から次へと、小石が天井から落ちてくる。
残った柱にも、重さに耐えられなくなったのか少しづづ罅が入る。
危険。
バクラは急いでもと来た道を戻りだした。
瞬間、遂に柱は砕け巨大な石の塊がバクラ達の居るエリアを襲った。

「石の塊如きがぁ……余計な事すんじゃねぇ!!」

命こそは助かったが、目の前の石の塊が余計な事をしなければ此処か抜け出せた。
イラだつ。
怒りをぶつけるように、バクラは足へと魔力を込めゴーレムの頭を蹴り砕いた。

「へッ!ざまぁねぇな!」

頭が無くなり倒れたゴーレムを見下すバクラ。だが、それも次の瞬間に驚愕の表情に変わった。

「ッ!!」

立ち上がった。頭部が無くなったはずのゴーレムが、何事も無いように立ち上がったのだ。
可笑しい。
此処のゴーレムは600年間魔力を込められなかったはず。
魔導師が側にいるならともかく、今のこいつらに先程の攻撃で十分だ。
何故立ち上がる事が出来る。
目の前の光景の驚愕していたバクラだったが、ゴーレムの体にある物を見つけその秘密が解った。

「あれは……」

先程蹴り砕いたゴーレムの頭部。
切断された様な綺麗な断面図には、ゴーレムの体に使われている石とは違う別の石が組み込められていた。
地下室と同じ、魔力素を大量に含んだ鉱物。
そういう事か。
これで何故600年間も経った今でも、このゴーレムが動くのか理解した。
コア。
粗悪品とは言え、元々は自然の魔力素を含んだ鉱物。
これぐらいの石の塊を動かすには十分だ。

「クルカ王朝の奴らめ、いい仕事しやがるぜぇ」

本当にいい仕事をする。バクラの様な人間にとってみれば、天敵と言ってもいいだろう。
ゴーレムの攻撃を避けながら、近くの階段を駆け上っていく。
先程のルートがダメだとするならば、次は此方のルートだ。
急いて次のルートに向かうバクラだったが、それも無駄だった。
落盤。
どうやら奴らにとっては主の城だろうとお構いなし。
かなり暴れ回り、ただでさへ傷んだ遺跡がどんどん崩れていく。
おまけに、奴らには此方の動きが解るようで次から次へと進路を防ぐように現れる。

「チッ!うるせぇ、蝿どもだ」

「バクラ兄さん、あれは蝿じゃなくて石だよ」

「いいんだよ!物の例えだ、物の例え!」

余裕があるのか、それとも無いのか。
かなり微笑ましい会話をする二人。
そうしてる間にも、目の前にはゴーレムが出現した。
ああ、本当にうざい。
イラだつ衝動を必死に抑え、バクラは遺跡の中を駆けていく。

(……この先……しまった!この先は!)

長い階段を昇っている最中に、バクラは自分が重大なミスをしてるのに気付いた。
だが、もう遅い。
ゴーレム達から逃げてる内に追い詰められた先。
階段を昇り、出たその先には――

「チッ!」

「そ、そんな……」

バクラは口を歪め、ユーノは絶望の表情で、目の前の光景を見つめていた。
階段を昇った先に待っていたのは外の世界。
本来なら嬉しいが、今のこの状況ではとても喜べない。
高い。高すぎる。
下に見える黒い木々。吹き荒れる突風。
冷たい風が自分の前髪を揺らす中、バクラは落ちないように下を覗き込む。
見た所、どうやら今居るのは城のほぼ天辺近く。
下手なビルよりも遥かに高い場所へと追い詰められてしまった。

(そういやぁ、脱出するための通路にやけにタイミング良くゴーレム達が現れたな。
まさか、クルカの奴ら……此処に追い詰める事も計算して配置を考えたのか)

だとすると、中々の策士だ。
遺跡のトラップ。ゴーレム。そして最後のこの詰め。
流石に一筋縄ではいかないか。

「に、兄さん!!」

「ッ……んだよ!髪を引っ張るな!」

焦った様な声でバクラの髪を引っ張るユーノ。
顔半分を後ろに向けると、昇ってきた階段から通る隙間が無いほどの大量のゴーレムが此方に向かってきた。

(さて、どうするか)

今自分が置かれている状況、ユーノ、ゴーレム、全ての情報を頭に入れ打開策を考える。
飛行魔法は使えない。
衝撃をなるべく殺し、且つ下へと辿り着く方法。
バクラは再び前を向く。
直ぐ側に夜空が見え、その遥か下に黒い木々と地面が見える。
視線を下に、城の外面へと向ける。

(ボロくなってるが、所々に引っ掛けられる出っ張りや足場となるテラスがあるな。
斜面はほば直角だが、行けないほどじゃねぇ)

「あ、あの~……バクラ兄さん。何を考えてるの?」

下を向いたまま考え込むバクラの様子に、何かを感じ取りユーノは恐る恐る問いかけた。
問いには答えず、此方を振り向くバクラ。
笑っていた。口元を釣りあげ、怖すぎるほどの笑みを浮かべていた。
ゾクリ。
ユーノの体に、一人で取り残された時以上の恐怖が走った。

(何ッ!!何を考えているの!!?)

未来予知を持ってるわけでもないし、相手との腹の探り合いも経験した訳ではない。
だが、この時のユーノにはこれから起こる恐ろしい未来を感じられた。

「ユーノ……お前、ジェットコースターに乗った事はあるか?」

「じ、ジェットコースター?……う、うぅん。ないよ」

そういった娯楽施設に連れて行った貰った事はあるが、自分はまだ4歳。
流石に絶叫系の年齢制限には引っ掛かった。

「そうか……なら、俺が今から最高のジェットコースターに乗せてやるよ。
一生の思い出になるぐらいのな。クククッ……」

バクラの体から魔力の光が漏れ出す。
黒。
夜よりも深く、どす黒い魔力光が体を渦巻く。
やがて魔力は姿を変えある魔法を発動させる。
バインド。
バクラとユーノの体を強く結び、簡単には外れない強固な鎖となる。

(なんで、バインドが……)

疑問に思うが、背中から見える外の景色を見てある考えが浮かんだ。
自分達が今居る場所。
直ぐ側に外があり、自分はバクラと体を繋がられている。
バインドは捕獲魔法で、そうやすやすと切れるものではない。
そして、先程のジェットコースター発言。
ガタガタ。
ユーノの体が小刻みに震えだした。
知ってしまったからだ。これから起こる事を。
この時だけは、自分の頭を恨んだ。
何故、これから起こる恐ろしい未来を察知してしまったのか。
でも、まだ決まった訳じゃない。
もしかしたら、自分の気のせいかもしれない。
僅かな希望に縋ろうとするが、その希望も次の瞬間には見事なまでに粉々に砕けてしまった。

「バクラ兄さん、あの……ッ!!に、兄さん!なんでそっちに行くの!?そっちは外だよ!危ないよ!」

ギャーギャー騒ぐユーノ。
自分の脳裏に浮かんだ未来を変えようと必死だが、もう遅い。
バクラは外を見下ろし――

「ユーノ……歯ぁ喰いしばれぇ!」

一気に飛び降りた。





数分前の外。
一人のスクライアのメンバーが、双眼鏡でその姿を確認した。

「……あ、あれは……ッ!レオンさん、バクラです!バクラの奴が居ました!」

歓喜の声をあげる男。
急いで他のメンバーも、彼が指し示す方向を双眼鏡で覗く。
遺跡のほぼ天辺にポッカリト空いた穴。
そこに佇む、白い髪の毛に赤いジャケットの人影。
間違いない。バクラだ。

「バクラ!……よかった~、ユーノの奴も無事だ………」

アルスも二人の無事を確認し、ホッと胸を撫で下ろす。
良かった。本当に無事で良かった。
和やかなムードが辺りを包む。が、一人レオンだけが納得がいかないように眉を曲げていた。

「可笑しい」

「え?何がですか、レオンさん?二人ともちゃんと無事ですよ」

「いや、俺が言ってるのはそうじゃなくて……なんでバクラの奴、あんな所に居るんだ?」

言われて初めて気付いた。
先程までは無事な事に喜んでいたが、改めてみれば確かに可笑しい。
出口を目指すなら、必然的に下に来るはず。
バクラは飛行魔法は使えなかったはずだから、あんな高い所にいるのは変だ。
疑問に思うアルスだが、よくよく見ればバクラ達の様子も可笑しい事に気付いた。

「何やってんだ、バクラの奴?」

先程からやけに後ろを気にしている。バクラだけでなく、ユーノも。
後ろに何かあるのか。だとしたら、一体何が。
双眼鏡を調整し、確かめようとするが、ここからでは見えない。
そうこうしてる内に、向こうでは変化が訪れていた。
魔力光。
暗い夜空に、さらに黒い光が漏れ出した。
記憶が浮かび上がる。
今よりも小さかった頃、バクラとほんのお遊びでやった魔法の練習。
しかし、自分にとっては遊びではなく軽くトラウマになりかけた。

「あいつ、行くな……」

「ええ、あの顔は絶対行きますね」

「そういや、アルスはあれを直に体験したんだっけ?」

「はい。あの時ほど、怖い思いをしたのは今までありませんでしたよ。そりゃもう、二度とやられないように急いで飛行魔法を覚えましたから」

双眼鏡を覗きながら話すアルスとレオン。
その予想は的中していた。




「ユーノ……歯ぁ喰いしばれぇ!」

「いぃぃぃーーやああぁぁーーーーだぁあぁあああーーーーー!!!」




「あ……やっぱり行った」

「良く行けますよね、本当に。いくら魔法の補助があるとはいえ、飛行魔法も使わないであんな高い所から飛び降りれるなんて」

「まぁ、昔から高い所は特に苦手じゃないからな。よく肝を冷やされたし。もう、あいつの中じゃロープなしのバンジージャンプは普通なんだろ」

「普通ですか………」




「ヒャハハハハハハハハハハハハッ!!」

「いやあぁーーー!!許してえええぇーーーー!!」




「……あれが普通なんですか?大人も真っ青な高さをほぼ直下降で飛び降りながら、高笑いをあげていくのが?
俺としては後ろで泣き叫んでいるユーノの方が、当たり前の反応だと思いますけど」

「それは言わんでくれ……疲れる」

ほぼ諦めの境地に至り、頭を抱えるレオンであった。




ほぼ直角に降りて……というより、落ちていく問題の二人組。
バクラは相変わらず余裕の笑みを浮かべてるが、ユーノはそうもいかない。
吹き抜ける風、肉体にかかるG、そして流れるように過ぎ去っていく光景。
断言しよう。
ジェットコースターなど生易しい!
本当の恐怖という物を体験していた。

「ああぁぁーーー死ぬ!死んじゃううぅーーー!!」

泣き叫びながら、風を切っていくユーノ。
流れ出た涙も直ぐ吹き飛んでしまうほどのGが襲う。
嫌だ、もう嫌だよ!
許しを請うが、そんな事は無駄だ。
非情。
どんなに願っても、スピードは緩まない。
寧ろ、さらにユーノを恐怖に導く事が起こった。
ある程度まで落ちると、バクラが足へと魔力を込め始めた。
淡い黒い光に包まれる両足。
それを城の表面に擦る。
ズザザー、と城を削り落しながら徐々にスピードを緩めていく。
衝撃の軽減。
しかし、これではまだまだ。
空かさずバクラは、バインドを形成し城の出っ張りに引っ掛けた。
空中ブランコ。
バインドを縄変わりにして、見事なまでの空中回転をこなすバクラ。
それも一回に二回だけじゃない。
城の外面を利用したスピードの軽減。
バインドの応用、テラスなどの足場、そして時には壁走りなど。
一流の曲芸師も真っ青な身軽さで、徐々に落下時の衝撃を殺していくが――

「いやああぁぁーーーー!回転!グルグル!僕変だよ、変すぎる!ああぁーー空と地面が真っ逆さまあぁーーー!!!」

ユーノにとっては怖い以外の何物でもない。
グルグル。
脳が揺さぶられ、もはや自分で何を言ってるのか解らないほど混乱していた。

(……そろそろか)

ある程度の高さまで来た。
今のスピードなら落下時の衝撃はさほどではない。
城の外面を蹴り、バクラは着地体勢に入った。
再び魔力が渦巻く。
今度のはバインドとは違う。いや、それ所か一般の魔導師では見られない魔法。
死霊。
本当にそんな物が存在するのか疑うが、この光景を見る限りでは信じられそうだ。
バクラの魔力の光から生まれた白い煙。
人と似ているが決して人の物ではない顔。
この世の恨みを嘆く様な悲しい声。
不気味。
何体もの死霊がバクラの体に渦巻き、闇の中にその姿を蠢かせていた。

「行け!死霊ども!」

号令に従い、その死霊達はバクラの体を離れ地面の集まる。
一体、二体、三体、とドンドン集まっていき、遂には人間一人を簡単に包む巨大な塊へと変化する。
死霊の盾。
バクラの得意とする防御魔法の一つ。
あの城の天辺からでは衝撃を完全に殺せなかったが、この程度の高さなら大丈夫だ。
ここに来るまでにかなり衝撃を殺した。
万が一にも、自分にもユーノにも怪我はない。
器用にバクラはその死霊の盾に上に着地し、地面に辿り着いた。
僅かに視界が揺れたが、それだけだ。
計算通り、自分にもユーノにもほとんど被害はなかったが――

「ふぅ~、漸く到着だぜ。……ユーノ。……???ユーノ?」

「はにゃほにゃへら~~」

既にユーノは目を回し、気絶していた。







かなり大騒動が幕を閉じ、無事?スクライアのキャンプへと戻ってきた一向。
怪我人の治療も終わり、各々それぞれの時間を過ごしていた。

「……あぅ……怖かった……うっぐ……ゴーレムが来て…空を飛んで……ビューンて回って…地面が上で空が下で……うぅ…怖かったよ~」

「うんうん、怖かったよな。よしよし、大丈夫だぞユーノ。此処は安全だから」

泣きじゃくるユーノをあやすアルス。
他の手が空いている大人達も集まり、同じようにユーノあやす。
余程怖い目にあったのだろう。
幼い顔を歪め、目は真っ赤に染まっていた。
気持ちはよく解る。
バクラのあれ。
昔自分も体験したが、あれは怖すぎる。
飛行魔法も絶叫系マシーンにも慣れてないユーノにとっては、正に地獄だっただろう。
トラウマにならないか心配だ。そうならないよう、今は心のケアをしてあげよう。
よしよし、よしよし。
ユーノの頭を撫で続け、アルスは当の問題児の方を見つめた。

「よくやったぞ、バクラ」

「へッ!当然だ。一体誰に向かって言ってんだ?」

今回の救出で活躍したバクラを労うレオン。
本当によくやった。
暫く遺跡内での話しに花を咲かせる両者。

「さて、思い出話はこれぐらいにして……」

コホン、と一つ咳払いをして話しの流れを変える。

「お前、あの遺跡の中で何をしていた?」

目を細くし、バクラを問い詰める。
先程までの和やかな空気と違い、少しだけピリピリとした空気が辺りに漂う。
例えるなら、それは刑事が犯人を問い詰める事情聴取に似ていた。

「何言ってんだ、レオン?遂にボケたか?まだ25でそれはないだろ」

普段と変わらない粗暴な態度だが、バクラも空気の変化に気付き僅かだが身構えた。
挑発には乗らない。乗ってしまったら、自分が知らない所で有耶無耶にされるのは目に見えている。
レオンは心を落ち着かせ、さらに強く問い詰める。

「生憎と俺はまだまだ若い。それで、何をやっていた?バクラ」

「だからぁ~、言ってんだろ、ユーノの救出に向かってたって」

レオンがわざわざこんな事を問い詰めるのは、ちゃんとした理由がある。
目の前の男、バクラ。
まだまだ子供だが、その実力と才能は一族の中では飛び抜けて優秀だ。
この年齢で、数々の遺跡の発掘に貢献した事からも窺える。
だからこそ、怪しい。
こいつの腕を持ってすれば、ユーノの救出にあれだけの時間はかからない。
それにこの態度。
小さい頃からバクラの面倒を見てきたレオンには解る。
何か隠している。
今までもこういう事は度々あったが、その全ての共通してる事柄がある。
金銀財宝。
遺跡発掘の時にコッソリと宝を見つけ、自分の懐に仕舞っていたのだ。
別にそれがダメとは言わない。
宝を見つけた場合、発見者にも貰える権利があるのだから。
しかし、それはちゃんとした機関に話しを通してからでないと違法になってしまう。
ましてスクライアの一族。
部族単位で動いている限り、勝手な行動は許されない。
吐け!コラッ!
しらねぇ。
どんなに問い詰めても、バクラは様子に変化なし。
埒が明かない。
レオンはユーノ達をあやしている大人達に目を向け、ある指令を出す。

――頼むぞ

――了解!

アイコンタクトで会話した大人達は、イソイソとある準備をする。
何処からか取り出したパイプ椅子に机。そして、ちょこんと置かれたライト。
刑事の取り調べ室。
これを見たほとんどの人間が思う感想だ。

「ユーノ……ネタは上がってるんだ。素直に言って、早く楽になろうぜ」

優しく丁寧に問い詰める。

「え、え~~っと……」

既に泣きやんだユーノだが、今は困惑気味だ。
当然と言えば当然であるが。

「さぁ、君が証言するんだ。バクラが遺跡で何をやっていたのか」

(ど、どうしよう……)

素直に言うべきか、それとも言わざるべきか。
迷うユーノ。
兄の味方か、それとも法律の味方か。
板挟みになり、う~ん、う~ん、と頭を悩ます。
ならば此方も切り札を出そう。
再び何処からか取り出したラジカセ。
ポチっとスイッチを入れ、ある曲を流し始める。

――♪~♪~♪~

懐かしくも何処か切ない、まるで故郷を思い出す哀愁に滲んだメロディ。

「うぅ……」

ユーノの心の針が動いた。後少しだ。

「まぁ、これでも喰って元気を出せや」

目の前に置かれた一つの丼。
蓋が開けられ、中から食欲をそそる匂いがユーノの鼻孔を刺激する。
そう、これこそが最終秘密兵器。
取り調べで、最初に思い浮かべる食べ物No1!
カツ丼!
ボリュームたっぷり、お値段も手ごろで人気の食べ物である。
ユーノの針――遂に振り切れた。

「ひっぐ……ゴメンナサイ。刑事さん、素直にお話しします」

「泣くな、お前は何も悪くないんだ」

自分がしてしまった罪の重さに涙を流しながら、ユーノは静かに語り始めた。




「俺が言うのなんだけどぉ、あれでいいのか?……つーか、今日の晩飯はカツか?」

「いいんだよ、ベタな方が解りやすいんだから。……ああ、カツはトンカツとチキンカツがあるから好きな方を選べ」

「そういうもんか?……トンカツの肉は?ロース?ヒレ?」

「そういうもんなんだよ。……ロースだ」

「良く解んねぇぜ。……トンカツで頼む」

「お前はもう少しテレビでも見ろ、金や宝石ばかり見てないで。……解った、トンカツだな」




で、色々あり遂にバクラの悪事が暴かれた。

(誰もあれにはツッコまねぇのかよ!)

ツッコンではいけない。お約束にあれこれ言うのはルール違反なのだ。

「……まぁ、気持ちは解るが。コホンッ。
とにかく……これで、もう言い逃れは出来ないぞ。
バクラ!お前はまたやったのか!?遺跡内で何か見つけた時は、ちゃんと報告しろと何時も何時も言ってるだろ!
世界全ての、皆の貴重な遺産なんだぞ!」

「うるせぇー!報告したら俺の取り分が少なくなるだろ!」

そこだけは譲れず、必死に抵抗を試みるバクラ。
だが、年の功なのか、それとも小さい頃から世話になって来た人には敵わないのか、結局言い負かされた。

(やけに素直だな)

何時もはもっと必死に抵抗するが、今回はすんなりと認めた。
更生したのか。いや、そんははずはない。
少なくても、こいつがお説教如きで更生するなどあり得ない。
怪訝な表情でバクラを見つめるレオン。
何かあるとは思うが、その何かが解らない。

「たく……あんな古臭い石の塊を発掘してまで、無関係な人間に見せて何が楽しんだか……」

ぶつくさと文句を言いながら、ジャケットの中から金貨を取り出す準備を始める。

「どうせ、発掘するらよぉ……」

ニヤリ。歯が見えるほど口元を釣りあげるバクラ。

「こっちのお宝の方が、遥かに楽しいぜぇ!!ヒャハハハハハハハハッ!!!」

そのまま豪快に金貨を撒き散らした。
ジャラジャラ。
スクライアのキャンプ地に突然現れた黄金の絨毯。その中に佇み高笑いをあげる子供。
大変教育には悪い光景である。

「こいつはぁ~~」

ヒャハハハ、とバクラの笑い声をBGMに頭をかかるレオン。
頭が痛い。
本格的に再教育を考え始めた。

「……それはとりあえず置いといて。……バクラ、族長とおばば様が呼んでいたぞ。早く行ってこい」

「爺さんと婆さんが?……解った」

言われた通り、族長たちのテントへと向かうバクラ。金貨を撒き散らしながら。

「はぁ~~……俺、育て方間違えたのかな?」

「大丈夫だよ、レオン。お前は間違ってはいねぇよ」

バクラの事について悩むレオンに一人の男性が声をかけた。

「そうか?」

「そうだよ、実際あいつも変わったよ。昔に比べて、俺達に心を開くようになったし」

「……そうだな」

レオンは表情を険しくしながら、去っていくバクラの後ろ姿を見つめた。
酷かった。
昔のバクラは今のバクラよりも似ても似つかなかった。
今でもハッキリとその姿は思い出される。
そう考えると、今のバクラがどれだけマシになったのかが解る。
レオンの表情に再び笑顔が戻ろうとしたが――




「おらぁ、ガキども!受けて取れぇ!」

「うわー!」

「綺麗……ありがとう、バクラお兄ちゃん!」

「あうー」




「………なぁ、ユーノと同じぐらいの年齢の子供達から、赤ん坊までに金貨をばら撒くのは、正しい育て方なのか?」

「えぇーと……うん。間違ってないぞ!ほ、ほら!あいつも兄としての自覚が芽生えてきたという事だし」




「おらおら、バクラ様のお通りだ!道を開けな!」




「………なぁ、あんな事を堂々という10歳児ってのは、普通なのか?」

「……だ、大丈夫だ!個性……そう個性だ!個性は大事にしなくちゃな!うんうん!」




「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」




「………なぁ、テンションが高まってあんな笑い声を上げる子供「すまん、レオン。それ以上、言わないでくれ!」……そうか………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「はぁ~~~~~~~」

本日何度目になるか解らない頭痛を味わうレオンだった。






キャンプ地の中で比較的大きく立派なテント。

「何の用だ?バナックの爺さんにチェルシーの婆さん」

粗暴な態度を崩さないまま、勝手に入り込んで勝手に座り込むバクラ。

「お主なぁ~……もうちょっと、目上の者を敬う心遣いはないのか?一応、ワシはこの一族の族長じゃぞ」

出え迎えたかなり高齢の二人。
スクライアの族長とおばば様。
二人とも、この一族の皆にとっては小さい頃からお世話になった親である。

「ケッ!何かと思えば、お説教か。生憎と、さっきレオンの奴に散々小言を言われたんでね。話し相手が欲しいなら、他の奴を当たりなぁ」

(相変わらず可愛げのない子供じゃな)

一応これでもマシになった方である。
前まではジジイ、ババア、と態度だけでなく口も悪かった。
今でもかなり悪いが、改善された方である。
が、後少しだけ可愛くなってほしい物である。
別に優等生になれとは言わんが、少しだけなら罰は当たらない。
心の中で愚痴るが、今はそんな事で呼んだのではない。
口に咥えていたキセルを吸い、一服した後に族長は要件を伝えた。

「なにやら、随分と騒がしかったのぉ~、また何かやったのか?」

「世間話はいいから、さっさと要件を伝えな」

変わらず乱暴な口調。無論、足も崩し相手を敬う態度など一切見せてない。

「お主は……まぁよい。ゴホンッ。バクラ……聖王教会を知っているな?」

「ああ、昔の聖王とかいう王様を崇めている古臭ぇ宗教組織だろ。
たく、とっくの昔に死んじまった王様を未だに祀って何が楽しんだか……俺には理解にかねるね」

この際、バクラの聖王教会の評価は置いといて。

「実はな、ワシの古い友人から実に面白い話を聞いてな」

族長の白髪に隠された瞳がバクラを射抜いた。

「ほんの少し前の話だが、ベルカの領地から古い遺跡が見つかってな。
調べてみると、どうやら昔のお偉いさんの墓だったらしく、少しばかりニュースにもなったぞ」

「ほぅ、そいつは知らなかった。ベルカの奴らにも、そんな習慣があったとはな」

本当に初めて聞いた様に声を漏らすバクラ。

「あそこは昔から各世界と関わりがあったからな。中には他世界の習慣に馴染んだ者や変わり者が居ても可笑しくはあるまい」

ふぅー、とキセルを咥え一服する。

「それで、ここからが本題なのじゃが。
その墓が一体誰のものなのか調べるために調査団が調査に向かった所、どういうわけか中の様子が発見した時より滅茶苦茶になってるのに気付いた。
より詳しく調べてみると、どうやら墓の中に隠されていた侵入者避けの罠が発動したそうだ」

「まぁ、そのお偉いさんが誰かはしらねぇが、そりゃ自分が眠っている所を邪魔されるのはムシャクシャするだろうよぉ」

「しかし、調査団は今此処に来たばかり、罠が発動する訳がない。となると、誰かが調査団よりも墓内に入ったと言う事。
そして、調査団が奥に入って見ると、古い石碑や碑文はそのままだったが、ある一か所だけ、まるで何かが根こそぎ無くなった様な跡が見つかったそうじゃ。
墓荒らしにあったと、結構な騒ぎになったぞ」

「へー、世の中には悪い奴もいるもんだなぁ」

「そうじゃのー、道は違えど、同じ技術を使う者同士。そんな奴を懲らしめるためには、一体どうしたらいいのか頭を悩ますのぉ」

「全くだ」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「フォフォフォフォッ」

「フフフフッ」

もはや言葉は不要。解らないなら、体で解らせるまで。




――READY FIGHT!!










「族長、おばば様、バクラ、食事の用意ができましたから皆で……」

食事に呼びに来たスクライアの女性だったが、中の光景を見て言葉を失った。
何故なら――




「この、罰当たりもんがぁぁぁーーー!!!」




中では壮絶な戦いの火蓋が切って落とされていたからだ。







さぁ、始まりました!
バクラ・スクライア、10歳とバナック・スクライア71歳。
年齢差、61歳という異色のバトル。
一体どんな展開を見せてくれるのか楽しみです!

「やったのか!?またやったんじゃな!?
吐け、今すぐ吐け!
ベルカの領地で何を盗んだぁぁーー!!?」

咆哮をあげながらのバナック選手の先制攻撃、ヘッドロック!
これは凄い。
とても71歳の高齢とは思えない動きで、見事バクラ選手の頭部を捉えています!

「るせぇークソジジイ!死んだ人間にお宝を与えてどうする!?
俺様が使ってやった方が、お宝も遥かに喜ぶだろうよぉ!!」

ここでバクラ選手の返し技!
相手を倒し、腕挫十字固!
高齢且つ自分の一族の族長だろうと容赦ない攻撃を仕掛ける様は、正にスクライアのダーティーファイター!
さぁバナック選手、ギブアップか!?
いや、流石スクライアの族長!若い者には負けていません!
バクラ選手の技を解き、これは――

「クソジジイとは何じゃ!恩師に対して、その口の聞き方は!
お主……今日はやけに早く説教が終わったと思ったら、それが理由だったのか!!?」

足4の字固め!足4の字固めです!
別名、フィギュアフォー・レッグロックと呼ばれるこの技。
年の差を感じさせず、いとも簡単にバクラ選手にかけられるのには長年の経験からでしょうか!
苦しんでいます、バクラ選手!
顔を歪めながら、地面を叩く姿はさながら陸に上げられた魚のようです!

「てめぇの何処が恩師だ!言ってみろ!何か俺に教えたのか!?言っておくが、俺の技術は全部他人から自分で盗んだ物だ!!」

おおぉっと、しかし、流石若いバクラ選手!
コブラツイストでの逆襲だ!
これは痛い、苦痛の表情を浮かべていますバナック選手!
やはり年には勝てないのか?バクラの選手のパワフルな戦い方にはついていけないようです!




「えっと……族長、バクラ。ご飯なんだけど」

暫く呆けていたが、漸く再起動を果たした女性。
なんとかバクラ達を食事に連れて行こうとするが、向こうは無視。
ドカ、バコ、など生々しい音が響いていた。

「放っておけ、放っておけ、あやつらのあれは何時もの事だ」

「あ、おばば様。……本当に放っておいていいんですか?」

「構わん。どうせその内、勝手に食べるでしょうよ。ささ、行こう、行こう」

最後までバクラ達の事を気にかけていたが、あれを止められる自信は女性にはなかった。
言われた通り、おばば様だけを連れて食事に向かった。









バクラ・スクライア。
僅か10歳にして数々の遺跡を制覇した異端児。
その類まれない頭脳と洞察眼。そして、才能は正にスクライア始まって以来の天才児。
しかし――


「このジジイが、さっさと引退でもして、俺に族長の座を譲れ!」

「やかましい!己に族長の座など開け渡したら、発掘団ではなく盗掘団になってしまうは!!」

「……………」

「……………」

「んな訳ねぇだろ!ちゃんと、皆を導いて立派に遺跡を発掘してやるぜ!」

「ちょっと待て!なんじゃ、今の間は!?今の数秒間の間はなんじゃ!!?」

「さて、飯でも食いに行くか」

「誤魔化すな。このスクライアの始まって以来の超問題児が!!」

「うるせーぇ!俺は才能が有り余ってんだよぉ!」


同時に、スクライア始まって以来の問題児である。













ちなみに、バクラが見つけた金貨はベルカの謝罪金として全て没収されました。
勿論、墓の中のお宝も全部返却され、結局バクラの元には一円も残りませんでしたとさ。
めでたし、めでたし。




「チッ!面白くねぇぜ」

「自業自得じゃ、大バカもん」







なんとなく、遺跡内だとこれはお約束かな~と思いました。

バクラのイメージ

年下からは兄貴分として慕われ、年上からは手のかかる悪ガキ。
同年代からは悪友みたいなイメージで書いています。



[26763] 壮絶火炎地獄!暗黒火炎龍!
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2012/01/27 10:12


え~と、初めまして。アルス・スクライアと言います。
突然ですが、少しだけ俺の話しを聞いて下さい。
自分は、今年で10歳になります。
バクラも俺と同じ10歳です。
所謂、幼馴染という奴で、昔から色々と付き合わされました。
そりゃ、本当に色々やられましたよ。
前回ユーノが味わった紐なしバンジーや、模擬戦での新技特訓。
許可なしに遺跡の探索、見つけた貴重品、特に黄金は全部自分の懐に仕舞ったりもしました。
勿論、これは不正行為です。
その後にレオンさんや族長にバレて没収されるのは、もはやスクライアの名物みたいになっています。
まぁ、それでもなんだかんだ言って何割かはバクラの懐に入りますから、少しだけ羨ましいですけど。
他にもやった事で一番インパクトが大きかったのは、黄金風呂。
風呂の浴槽を黄金を削って造った砂金で埋め尽くし、その中を泳いだりしてたのには思わず飛び蹴りを入れてしまいました。
とまぁ、結構人生の間違った道を体験したけど、何気に楽しくもあった。
今思い出しても、いい笑い話になりますからね。
けれど、そのたびに寿命が縮まる様な思いをするのは勘弁してほしい。
今だって――

「なんでマグマの波なんかに追われてるんだあぁぁあぁーーーー!!!」

「叫んでないで、早く走りやがれ!」

「うわーーん、バクラのバカーー!!」

「うるせぇー!てめぇーもなんだかんだ言ってついてきたじゃねぇか!!」

寿命どころか、命を奪われそうな事態に陥っています。




切っ掛けは……そう、つい数日前に遡る。




「遺跡調査の依頼……ですか?」

その日、アルスはバクラと共にスクライアの族長であるバナックの元に呼ばれていた。

「そう、ワシの古い友人で、今はある企業のお偉いさんからをやってる人からの依頼でな。所有する土地の中にある、古代遺跡を調査してほしい……とな」

キセルを咥え、白い煙を吐き出す。
モクモクと宙を漂い、消えていった。

「お主らも知っての通り、ワシらスクライアは主に遺跡発掘を生業としておる。
古代の貴重な遺産、そこに居るバクラが大好きな黄金を含めた昔の王や貴族の遺産、さらにはロストロギアの発掘まで。
ワシらの貴重な収入源となっておる」

再びキセルを咥え、一服した後に口を開くバナック。

「時には管理局や各世界の政府機関だけでなく、個人や企業からの依頼を受ける事もあるのは、お主らも知っておろう?」

「はい。遺跡の調査や発掘を請け負い、依頼金を受け取る仕事の事ですよね。何度か連れて行って貰った事があります」

「スクライア一族といやぁ、既に次元世界にその名が知れ渡っている。
下手な奴らに頼むよりも、俺達に頼んだ方が依頼人にとっちゃ有益だろうからな」

アルスとバクラは、それぞれバナックの質問に答えた。
よろしい。
満足げに頷き、バナックは二人の前に紙媒体の資料を差し出す。

「今回の依頼……お前達二人で行ってくるがよい」

差し出された資料には、時間と日時、依頼主の名前など事細かなデーターが書かれていた。
つまり、こういう事だ。
この資料に書かれている依頼主が、遺跡調査の依頼をスクライアに申し込んだ。
その遺跡調査を、アルスとバクラの二人に頼んでいるのだ。
何故此処に自分達が呼ばれたのか、納得したアルス。
だが、やはり一つだけ気になる事があった。

「あの……何で俺とバクラの二人だけなんですか?レオンさんや、他の皆は?」

普通、遺跡の発掘や調査にはチームで行う事が鉄則だ。
中には例外も居るが(主に自分の隣で胡坐をかいている奴の様に)、流石に二人での調査はキツすぎる。

「なぁに、大丈夫じゃて。調査と言っても、そこまで本格的な物ではない。
お主たち二人だけでも、十分こなせる仕事だ。詳しい事は、その資料に書いておる。後で各自見ておくように」

説明を聞いたが、やはり納得できない。
一応資料を確認するアルス。
スクライアの皆を信用しないわけじゃないが、何事にも手違いという物はある。
今回の依頼がどんなものか、その概要だけにでもざっと目を通した。

(……なるほどね、確かに簡単だ)

バナックが言った通り、今回の依頼は本当に簡単だった。
これなら自分とバクラの二人だけでも十分こなせる。
が、やはりまだアルスの疑問は解けておらず、自然と疑惑の視線をバナックに投げつけていた。

「納得ができない。そう言いたそうじゃな」

「……えっと……まぁ、はい」

アルスとバクラ。
この二人は、子供ながら一族の中でも優秀な部類に入る。
贔屓目に見えても、それは間違いない。
しかし、いくら優秀でも自分達(隣の男は既にある分野に置いて超一流の腕を持ってるが)はまだ半人前なのだ。
個人や企業の個人的依頼ともなれば、それだけ報酬も望めるが、同時にリスクも大きい。
もし、失敗でもしたらスクライアの名に汚点が付く事となる。
プロフェッショナル。
このような依頼を請け負えるのは、ある意味プロの仲間入りをした証拠なのだ。
一族の代表として仕事を受けると思うと、どうしても体が強張ってしまう。
自分達はまだ早すぎる。失敗でもしたら一族の恥だ。プロの仲間入りなど出来るはずがない。
一つの不安が浮かぶたびにもう一つの不安が浮かび、激流の如くアルスの心を襲った。

(うぅ……プレッシャーという名の重りが肩に~~)

重い。本当に重い。
重さに負け、影を背負いながら面を下げるアルス。
ドロ~ン、とでも聞こえそうなほど重苦しい空気が体を包みこんだ。

「ふぅ~やれやれ…………アルス!」

「ッ!は、はい!」

力強く名前を呼ばれ、声が裏返るほど慌てて返事をするアルス。

「ワシは適当にお主達を指名したのではない。お主達なら今回の仕事をこなせると判断したからこそ指名したのだ。もうちっと、自信を持て」

呆れながらも、その声には相手を気遣う族長――一族の親としての優しさが込められていた。

「だいたいお主は少々卑屈すぎる。バクラの様になれ、とまでは言わんが、後ちょっとだけでも自分自身の技術と知恵を信じたらどうだ?
長年この一族を見てきたワシの目から見たら、お主の腕はもう十分だ。贔屓目なしにしてもな。
後は経験と実績。
それさへ積めば、外の世界でも十分通用するぞ」

ニッコリと笑うバナック。

「確か、お主の将来の夢は学校の先生になって考古学の楽しさを子供達に伝えたい、じゃったな?」

「あ……はい」

自分の夢を語られ、若干顔を赤くするアルス。

「良い夢ではないか。じゃが、どんなに立派な夢を掲げても最初の一歩を踏み出さなければ、それは一生夢のままじゃ。
今回の仕事で、その一歩を踏み出してこい」

バナックの言葉を聞いて、アルスは一人考える。
先生。
小さい頃に一族の人達が自分にそうしたように、自分も他の人達にこの楽しさを伝えたいと思った。
知識だけでも先生になる事は出来るが、やはりこういう事は直に体験した事を伝えたい。

(もしかして、族長はそのためにこの仕事を!?)

慌てて様子を窺うが、バナックはただ笑っているだけでその真意は攫めない。
でも、この仕事は確かに自分が一人前に、何よりも夢を叶える第一歩としてはこれ以上ないほど好都合だ。
受けよう。
アルスは姿勢を正し、バナックの了承の返事をしようとしたが――

「解りました!この仕事「断る」……そう、断らせてもらいまs…っておいいいぃぃぃ!!」

隣に座っていた超問題児に出端を挫かれた。

「何で断るんだよ!これ以上ないいい仕事だろ!報酬だって、依頼内容のわりには物凄く良いし!」

資料をバクラの目前に突きつけ、依頼の内容と報酬の部分を指差して説明する。
確かにアルスの言う通り、今回の仕事が美味しい事はバクラも認める。
しかし――

「……ふぅ、こんなはした金なら古い遺跡でも発掘しちまえば簡単に手に入る。受けるだけ時間の無駄だ」

バクラにとってはこれもまた事実なのだ。
時間や手間が掛るかもしれないが、古い遺跡に隠された金銀財宝を見つける。
若しくは、貴重な文化遺産でも発見した方が遥かに有益である。
そして、バクラにはそれを実現できるほどの腕と経験があった。
こんな仕事を受けてはした金を貰うなら、新しいお宝の情報を得た方が彼にとっては時間の有効活用だ。

(ああ、そういえばこいつはこういう奴だったな)

今さらながら幼馴染の在り方を見て、頭を抱えるアルス。
昔からそうだが、バクラは自分達と違って考古学には興味がない様に見える。
全く無いとは言えないが、どちらかいえばトレジャーハンターの在り方に近いのだろう。
さて、この問題児を説得する良い方法はないものか。
必死で考えるアルスだが、全く説得方法が思いつかない。
前提条件として、こいつを動かすには何か興味がある、若しくは金になる物があるのが必須だ。
金は――あまり期待しない方がいい。
となれば、興味がある物だが、此方も正直期待できない。
それ以前に自分もまだ詳しい事は聞いてないのだ。今回調査する遺跡の事も。
説得不可能。
バクラは立ち上がり、テントから出て行こうとした。

「そんじゃ、俺は忙しいんでね。なーに、アルスてめぇの腕なら一人でも十分だ」

一応褒めているのだろうけど、あまり嬉しくない。
仮にも幼馴染。
小さい頃からずっと一緒に育った存在を、こうも簡単に見捨てる行為。
アルスの心が少しだけ寒くなったのは、決して気のせいではない。
はぁ~と溜め息をつき、ほぼ諦めムードのアルス。
仕方ない。やる気がない奴を連れてっても、色々と問題が起こるだけだ。
ここは族長に新しい代役でも立てて貰おうか、と考えた矢先にバナックが口を開いた。

「そうか、バクラは乗り気ではないか。なら仕方がない、他の誰かに行ってもらうしかないのぉ~」

バクラにも聞こえるように、わざとらしく演技がかった声。

(何、一体?)

明らかに様子が変なバナックを、アルスは怪訝そうに見つめていた。
普段のバナックなら、バカモーン!の一言でも飛んでくるはず。
バクラも可笑しい事に気付き、不思議そうに眉を曲げていた。

「……そうか、ならその代役さんによろしく」

少しだけ動きを止めていたバクラだったが、直ぐ再起動しテントから出て行こうとする。
ニヤリ。
バナックの口元が、悪戯でも思いついた悪ガキの様に釣り上がった。

「第52管理世界……モスニューチュ遺跡」

ピタリ。バクラの動きが完全に止まった。

「今回の遺跡調査の依頼、向こうさんは遺跡内で見つけて貴重品は全てスクライアに寄付してくれると言っておるんだが……」

ピクピク。聞き耳を立てるバクラ。

「そうか、バクラは嫌か。そうか、そうか。それではこの仕事はアルスと他のだr「詳しく話しを聞こうか、爺さん」……おぉ!やる気になったか」

いつの間にかバクラがバナックの前に移動して、話しを聞く体勢になっていた。

(心変り早!!)

その様子を見て、アルスは人知れず心の中でツッコミを入れた。




第52管理世界。
人の手がほとんど入っていない、何処か古代を思わせる大自然に囲まれたこの世界に一画に、その屋敷は建っていた。

「ほへ~~……凄い豪邸」

客室に案内されたバクラとアルス。
バクラは何時も通りだが、アルスはソファーに座りながら驚きのあまり感嘆の声を漏らした。
土地の広さ、建物の豪華さ。
この客室に案内される前に見た如何にも高そうな壺や絵画やインテリアの数々。
客室と使われているこの部屋だって、下手なマンションよりも広い。
シャンデリアや、今自分が座っているソファーもかなりの高級品だ。
そして、出されたお茶にお菓子。

(お茶の方は何か解らないけど、このお菓子ってかなりの高級品だよね。
よくセレブの人達にも人気があるお店ってテレビでも紹介されてるし、中々手に入らない事でも有名な)

そんな物を客とはいえ、自分達みたいな子供に出す。
大富豪。
本当に本物っているんだな、というのがアルスの感想だった。

「ふあぁ~~ん……チッ!おせぇーな、何してやがんだ」

「お前、よくこんな所でもあくびしてそんな態度を取れるよな」

これほどなまでの大豪邸だと言うのに、バクラには緊張感の欠片も無かった。
何時も通りの自然体のままでソファーにもたれかかり寛いでいた。
緊張感が解かれる。
あまりの大豪邸に少々気持ちが圧されていたアルスだったが、何時も通りの光景を見て少しだけ肩の力が抜けた。

「ふぅ~……それじゃあ、依頼人が来るまでに今回の依頼のおさらいでもしておくか?」

「……そうだな、他にやる事もねぇし。………ガブッ」

「……バクラ、お前さ……もう少しありがたみを持って食べらないの?これ、相当高いお菓子だよ」

「へふにいいはふぉ(別にいいだろぉ)、ゴクン。……どうせ俺達に出された物なんだからよ」

バクラは何処に行ってもバクラだった。
超が付く高級品お菓子の袋を乱暴にあけ、恐らく高級品のお茶も何の躊躇も無く飲んだ。
豪胆というか、無法者というか。
アルスが呆れていた隣で、バクラの空気が変わる。
仕事モード。
流石に遺跡発掘に経験は自分よりも上なだけあって、一瞬で思考を切り替えた。
感心しながらも、アルスもそれを見習い思考を切り替えて資料を取り出す。

「今回の依頼者は、第6管理世界の大企業ブライアント社の会長にして創設者――ゴルド・ブライアントさんだ。
ブライアントさんは僅か一代にして次元世界トップクラスの大企業を築き上げた仕事人で、第6管理世界の重役や管理局の方にもかなり知り合いが多いみたいだからな。
決して失礼がないように」

「爺さんだけでなく、お前もか。たく、んな心配すんじゃねぇ」

此処に来る前に散々良い聞かされていた事を今さら言われ、不機嫌になるバクラ。

「それが心配なんだよ!もし失礼があったりでもしたら、スクライアの皆にも迷惑がかかるかもしれないんだぞ!」

アルスの心配は、何も間違いではない。
ブライアント社。
その影響力は次元世界に広く渡っている。
事実上、この世界で最も力がある組織の管理局にも知り合いは多い。
いくらスクライアの一族とはいえ、もしもの事があったら面倒な事になるのは目に見えている。
良いか!絶対おとなしくしてろよ!
解ったよ。
無理やりにでもバクラを大人しくさせる。
一族の皆が居ない今、自分がしっかりしなくては。
自分自身に気合を入れ直したアルス。
メラメラ、と背景に炎が見えるほど燃えていた。

「しかし……一体何で、そのお偉いさんはこんな辺境世界に住んでんだ?確か此処は無人世界のはずだろ?」

「ああ、それは……あれだよ、あれ」

バクラの疑問に対して、アルスは外の建物を指差した。

「あの大きな建物。病院なんだけど、そこの管理をしてるのがブライアントさんらしい。
俺も実際に見たわけじゃないから確かじゃないけど、ブライアントさんは数年前から持病を患ったらしいんだ。
年だってかなりの高齢みたいだし、若い時は本当に働き詰めだったらしいからな。
余生を静かな所で暮らしたい。
そして、自分と同じような人達にも人の手が入ってない自然の中で治療に専念してもらいたい、って要望からあの病院を創設したらしいぞ。
詳しい事はまだ研究中だから解ってないみたいだけど、この世界の空気や水、植物とかには人間の治癒能力を高めたり、気持ちを落ち着かせたりする。
比較的効果が高いセラピー効果があるみたいだから、各世界の医療機関ではお手上げの重病患者も結構入院してるって、前にニュースでやってた」

「ほぉ。……思い出したぜ。
そういやぁ、昔レオンの野郎が言ってたな。
5年ほど前に、管理局を含め、各世界の政府機関を相手に無人世界の土地権を得ようとした大企業が居たって。
色々法的手続きなどでゴタゴタしたが、遂に2年前に手に入れ、ちょっとしたニュースにもなってたな。
なるほど、あのお硬ぇ管理局が無人世界とは言え土地権を認めたのか解ったぜ。
次元世界で最大の勢力を誇ってる管理局だが、所詮は人間。
各世界の政府機関と協力しても、管理しきれる世界などたかがしれている」

「相変わらずの辛口だよな。お前の管理局に対しての評価は」

仮にも世界最高の組織である管理局。此処まで辛口を吐ける人間は、中々いないだろう。しかも子供で。

「だが事実だろ。
実際、違法魔導師の取り締まり、ロストロギアの回収、さらには貴重な文化遺産や動物達の保護、自然災害の救助隊など。
こんな事してらりゃ、人手不足になるのは当たり前だっつぅの。
まぁこの際、奴らの評価どうでもいいとして……ブライアント社。
これだけの大企業ともなれば、個人契約をしている傭兵もそれなりに居るはずだ。
非常事態には互いに協力して事に当たれる。最新の設備を施した拠点のおまけつきでな。
それに、この世界の土地権を認めたのはあくまでも病院創設のため、謂わば次元世界に住む皆様のためって言う大義名分もありやがる。
下手にゴチャゴチャと各世界で議論するよりも、ブライアント社に土地権を認めて、外面を良くした方が自分達にとっても次元世界にとっても遥かにマシだと考えたんだろうよぉ。
ケッ!こんなめんどくさい、金をかかる様な事までして健康を手に入れた何が良いんだが……俺には解らねぇぜ」

昔から言いたい事はズケズケと言うタイプだったが、流石にこれにはアルスも引いた。
確かにそういう見方も出来なくないが、それでもブライアント社が創設した病院のおかげで助かった人も大勢居る。
管理局や各世界の政府機関が協力したからこそ、助かった命が多いのも事実。
それを此処までボロクソに言えるとは。
スクライア一の問題児。その名は伊達ではない。
注意しよう。
アルスは立ち上がって、バクラの口の悪さを注意しようとしたが――




「ははははっ、噂通り中々面白い子だね」




ドクンッ!
心臓が一気に跳ね上がり、喉まで出かかっていた言葉を呑みこんでしまった。
気のせいだと思いたい。でも、バクラの様子がそれを肯定してくれない。
自分を後ろにジッと見つめているバクラ。それは即ち、後ろに何かが居ると言う事。
ゴクリ。
生唾を飲み込みながら、アルスはゆっくりと、まるで壊れたブリキのおもちゃの様に後ろを振り向いた。
振り向いた視線の先、一人の老人が車椅子に乗りながら此方を見つめていた。
気の優しそうな人で、何処となく気品を漂わせる。かなり高齢の男性で、恐らく自分達の族長と同じぐらいだろう。
そして、その顔は事前に渡された資料でも確認していた。

「ご、ゴルド・ブライアントさああぁぁーーーーんんんんぅぅぅ!!」

今回の依頼者――ゴルド・ブライアントが静かに微笑んでいた。

(え!?なんで此処に居るの!!?
というか聞かれた!今の聞かれた!?
NOOOOooooooーーーーーーーーーーー!!!
どうする、どうするの俺!
俺の責任!?バクラを止められなかった俺の責任なのか!!
今のが聞かれていたとすると……ヤバイ!完全にヤバイ!!
最低でも族長からの厳重注意。最悪……侮辱罪で逮捕。十歳で、管理局のお世話になるの?
い、嫌だああああぁぁーーーーー!!!
この年で人生の履歴に黒星が付くなんてーーー!!
就職の時どうすんの!?先生って犯罪者でもなれるの!?どうするの俺!?俺どうするの!!?)

アルス・スクライア――暴走モード突入。

「君、ここまでで良いよ」

「畏まりました」

一人だけ完全に外の世界から遮断された中で、ゴルドは付き人を帰らせ、車椅子を操作しバクラ達に近付いてきた。
必然的に思考がまともな状態にあるバクラが対応する事となる。

「初めまして、今回の依頼を頼んだゴルド・ブライアントと言います」

「バクラ・スクライアだ。そして……」




「あbな@おwmぽ@c、げぶ@pvんれうばmwあをいvねbめp@、あ@bねあprgkm@おいんびs」




「あっちで訳の解らねぇ文字の羅列を吐いてる青髪野郎が、アルス・スクライアだ」

立ち上がり、自分とアルスの自己紹介をする。
言葉遣いは悪いが、そこは仕事モード。
何時もの様な刺がない分、かなりマシだ。
よろしく、とにこやかに手を差し出し握手を求めてくるゴルド。
バクラも同様に手を差し出し、握手をした。

「ッ!!」

瞬間、バクラは驚愕の表情を見せた。
目の前のいるのはただの老人。
体を弱弱しく、生命の火もその気になれば簡単に吹き飛ばせる相手。
でも、その肉体から感じるこの力は本物だ。

(ほぉ、この爺さん。ただの者じゃねぇとは思っていたが、まさかここまでの物を持っているとはな)

バクラの鼻は、目の前の老人からその匂いを正確に嗅ぎ取っていた。
王の才能。
人の上に立つ事に相応しい力をゴルドは持っていた。
なるほど。
ブライアント社。あれだけの大企業を一代で築き上げたというのは、ただ単に運が良かっただけではないようだ。

「爺さん、さっき俺の事を噂通りとか言ってたな。どういう意味だ?」

「私とバナックが友人だと言う事は聞いてるね?
実は君達が来る前に、彼から少しだけ話しを聞いていたんだよ。
一人は特に問題がない優等生だが、もう一人は超が付くほどの問題児。
口も悪ければ態度も悪い、目つきも悪く、自由気ままな異端児、お前何で管理局に捕まらないの、みたいな奴が行くからどうかよろしく、ってね」

「へッ!バナックの爺さんらしいぜ」

「ははははっ、彼も君に似て昔から言いたい事は言うタイプだったからね。
健康に何故ここまでお金を使うのか解らない、か。
まぁ、君達みたいな若い子から見たら、確かにここまで大金をつぎ込んで健康を手に入れるのは変かと思うかもしれないけど。
健康は大事だよ、特に私みたいな年寄りにはね。そうだね……君が好きな物が、私にとっての健康かな」

「……そうかい」

まるで孫と祖父の様な、和やかに会話する両者。

(え、何?この和やかな空気?)

一方のアルスは、ただ純粋に目の前の光景に驚いていた。
先程のバクラの暴言。
長い付き合いである自分でさへ引いたのだ。赤の他人が聞いたら、怒りを買っても可笑しくはない。
なのに、ゴルドは全くと言っていいほど怒っていない。
寧ろ、友好的な笑みを浮かべながらバクラと握手をしていた。

「君がアルス君だね。よろしく」

今度は自分の方に手を差し出してきた。勿論、相変わらずの優しそうな笑み付きで。

「あ……は、はい!此方こそよろしくお願いします!!」

慌てて握手をするアルス。余程慌てていたのか、両手でゴルドの手を握っていた。

「ごめんね、こんな車椅子の上からで」

「い、いえ!とんでもありません!!寧ろ謝りたいのは此方の方です!
あ、あの……さっきの事は………」

不安げに瞳を揺らしながら問いかけるアルス。
それに対し、ゴルドは孫でもあやすかのように優しく声をかけた。

「ははははっ。大丈夫、誰かに告げ口をしたりはしないよ。
あの年頃の子は、あれぐらい元気があった方がいいからね。
さぁ、今回の依頼について詳しく話すから、ソファーに腰掛けて」

「は、はい!!」

アルスは元気に返事をしながら、バクラは無言のままソファーへと座った。
柔らかい感触を感じながら、アルスは一人だけ歓喜に包まれていた。

(い、良い人だぁーー!この人、本当にいい人だ!)

あれだけの暴言を吐いたと言うのに、この器の広さ。
良かった。これで履歴に黒星が付く事はない。
族長、ありがとうございます!こんな良い人を紹介してくれて!
背中に天使でも舞い降りたかのような光に包まれるアルス。
実際には彼には責任問題も何も無いが、それに気付けないほど混乱していた。
その混乱が解け、尚且つ心配事も解決したのだ。さぞかし嬉しかっただろう。

(ふぅ~ん。なるほど、この子達がバナックが言っていた)

バクラとアルス。
二人を見つめながら、ゴルドは静かに口を開いた。


――次の日の早朝


ゴルドの屋敷と病院から遠く離れた森の中に、その遺跡はヒッソリと建っていた。
モスニューチュ遺跡。
今回、調査依頼が出された遺跡にバクラとアルスの二人は訪れていた。

「一応、周りの調査はしたけど……結局、ここしか入れる場所はないな」

「だから言っただろ、無駄な事してねぇでさっさと入っちまえばよかったんだ」

目の前にポッカリと開いた黒い穴を見つめながら不機嫌そうに呟くバクラ。

「あのな~……今回の依頼はあくまでも調査だぞ!調査!たく、本当に解ってるのか」

バクラの言動に不安を覚えながらも、アルスは機材を入れたカバンの中からライトを取り出し遺跡の中に入っていく。
見た所、前のクルカの遺跡とは違い地下へと続いて行くタイプの様だ。
真っ暗な黒い穴へと続く階段を降りていく二人。
そんな中、バクラの顔には先程までの不機嫌さが無くなっていた。
笑み。
普段は見せない様な、歓喜の笑みを浮かべていた。

(本当に嬉しそうだよな、バクラの奴)

嬉しそうなバクラの様子を見つめながら、アルスは前もって調べていた知識を引っ張りだした。
この広い次元世界には、時として文明が滅ぶ世界も決して珍しくはない。
戦争、ロストロギアの暴走、はたまた自然災害など、その理由は様々。
今アルス達が居るこの世界、第52管理世界もそうだ。
元々は有人世界で魔法文明も栄えていたようだが、何かの原因で文明が滅び無人世界になった。
そして、文明が滅ぶと言う事は人が居なくなると言う事。
管理局はそんな世界の危険なロストロギアを回収しているが、生憎とこの世界からはそんな物は見つからなかった。
その代わり、ある噂がこの世界には流れている。
宝。
よくある話だが、既に文明が滅んだ世界にはとんでもない価値を秘めているお宝が眠っていると噂される事がある。
金銀財宝から、絶対にありないお宝の噂まで。
無論、中にはデマな情報も混じってるが、火の無い所には煙は立たない。
実際に発見される事も結構な確率であるのだ。
モスニューチュ遺跡。
発見された文献によると、昔この世界の有力者が建てた遺跡。
同時に、その有力者が宝を隠した場所として噂される遺跡。
要するに、バクラの目的は依頼金ではなくこの遺跡に隠されたお宝なのだ。
あの時、一度断った仕事を受けたのもこれで納得がいく。
自分が探そうと思っていた遺跡の名前が、たまたまあがったから素直に依頼を受けたのだ。

(まぁ、俺としてはバクラがやる気になってくれたのは嬉しいけど……本当に宝なんかあるのかな?)

正直、アルスからしたら噂のお宝は胡散臭いデマ情報にしか聞こえない。
様々が噂が飛び交うが、要約するとほとんどが以下の様な内容になる。
曰く、この遺跡を制覇した者には巨万の富よりも価値がある物が手に入る。
と、何処にでもある様な噂。
そして、だいたいが空振り。実際にはお宝の影も形も無い、良くあるデマ話。

「なぁバクラ。この遺跡に、本当にそんな宝なんか隠されているのか?俺としては、どう見てもデマだと思うんだけど……」

「さぁな」

「さ、さぁなってお前……」

カクッ、と前のめりになるアルス。
目の前の男は、確たる証拠も無く宝を見つけようとしてるのだ。

「別に俺にとっては、見つかろぉが、見つからなかろぉが、正直どっちでもいいんだよぉ。
見つかったら見つかったで、俺様の懐に入れるだけ。
見つからなかったら、お宝の噂が流れている遺跡から此処の名前を消去するだけだ」

「……もしかして、お前が時々スクライアのキャンプ地から居なくなるのって」

「ああ、お宝の調査と情報を得に行っている。……なんか、文句あっか?」

「いや、別に無いけどさ……何と言うか、才能の無駄遣いというか。
お前さ、その才能を何年もかけて本気で発掘に使おうとは思わないの?
そう……例えば、こう……失われた遺産を発見して、学会に発表して歴史に名を残すとかさ?」

学問に関わる人間全員とまではいかないが、やはり一つの道を極めた者としては誰かに認められたい物である。
アルスも同じ。
自分の知識を誰かに教えるのと同時に、それを認められたいとは心の何処かでは望んでいた。
バクラの腕ならば、世界に通じる発見をする事も可能だと思っての発言だったが――

「はッ!冗談じゃねぇ、ただ古いだけしか価値がない石の塊なんかを何で何年もかかって発掘しなきゃならねぇ?
どうせ同じ古い物を見つけるならぁ、何時まで経っても輝きを失わねぇ黄金の方が、俺様にとっては遥かに魅力的に見えるね!」

どうやらこの男は、本当に興味がないようだ。

「……さよですか」

他人から見たら異常、でも本人達からしたら何時もと同じ会話を交わしながら進んで行く。
階段を降り、長い通路を抜けると、広い部屋に出た。
地下なのにドーム状に造られた部屋。広さもかなりの物だ。
ライトで辺りを照らすと、幾つかの通路へと枝分かれしている。
どうやら此処をから違う部屋へと続いているようだ。

「さてと、どの通路から調べるか」

「何処からだっていいだろ。どうせ危険さへ見つけれりゃぁ、この仕事は達成なんだからよぉ」

「そうだけさ。結構依頼金貰ってるんだから、ちゃんと調べようよ」

バクラの言い分はもっともだが、アルスは乗り気ではない。
今回の依頼。
このモスニューチュ遺跡内の調査。
それも本格的な物ではなく、ただ危険があるかどうかの調査と大まかな全体像を調べるだけ。
この場合の危険とは、罠の有無を調べるだけではない。
危険な現地生物の住処になってるか、落盤の危険性など。
調査の妨げになる様な物があるかどうかを見つけるのが、今回の依頼なのだ。
確かに未開の地などには、本格的に調査する前に先遣隊として軽く調査する事はある。
が、今回のはそれよりも簡単且つ簡素なのだ。
ただ危険な物を、それも複数ではなく一つでも見つければそこで終了。
安全だった場合でも、完全に調査するのではなく、だいたいの全体像を攫めればそれでいい。
例えばの話し、入り口の地盤が緩んでいたらそこでこの依頼は終わり。
自分達は報告に戻り、依頼料金を受け取るだけ。
それなのに、この額。
普通の相場の軽く4~5倍はある。
ちゃんとした機材と少しでも知識があれば誰でも出来る仕事。
何故そんな物をわざわざスクライア、それも此処までの金額を出したのか気になるが、ゴルドは自分達の腕を買ってこの仕事を任せたのだ。
信頼には答えたい、何より此処までの金額を出してくれているのだから、それなりの成果をあげたい。
しっかりやれよ!仕事なんだから!
真面目な幼馴染に呆れながらも、バクラは急いで調査の準備を始める。
体から魔力の光が漏れ出し、その中から不気味な死霊達が現れた。

「行け!死霊ども!」

号令に従い、死霊達は白い線を描きながら遺跡内へと散っていく。
レアスキル。
一般的に、通常の魔法とは違う特別な力を指す総称。
バクラの死霊もその中に区別される能力。


『ネクロマンサー』


科学が進んだミッドチルダでも、お化けや幽霊。
所謂、オカルトという分野は存在している。
しかしそれは、あくまでも存在してるだけで明確に幽霊の正体を証明した者は居ない。
寧ろ、ミッドチルダでは幽霊を信じてない人間の方が多いだろう。
そんな中で、バクラのこのスキルは異物だった。
壁や天井など、障害物を透き通り煙の様に消え去る。
魔法の中でも似たような事は出来るが、それでもバクラのそれは異様すぎる
まるで、映画や漫画の中でしか見た事がない本物の幽霊の様な死霊達。
今現在も詳しい事は何一つ解っていない。
管理局のデーターにも無いこの能力は、正に未知に能力だった。




――そして、バクラの生まれ故郷を探す数少ない手掛かりでもある。




広い部屋に佇み、死霊達から送られてくる映像を見つめるバクラ。
意識の共有。
死霊達が見つめる光景は、そのままバクラの脳裏へと送られてくる。
何かの動物の住処になっていないか調べるバクラ。
こうしてはいられない。
アルスも調査に乗り出すため、いそいそと準備を始めた。

「よし!それじゃあ、こっちもやるか!」

自分自身に喝を入れ、右手に巻き付けた腕輪を見るアルス。
デバイス。
シンプルなデザインで、青空の様な鮮やかな色の石が取り付けられていた。宝石と見間違うほど美しい。

「ナレッジ!セットアップ!」

体を包み込む海の様に深い青。
腕輪の形状から杖の形状に変化する。
先端に取り付けらえたアクアマリンの様に綺麗な石が魔力を受けて綺麗に輝いていた。
体を包んだ光は、民族衣装を元にしたバリアジャケットに変化しアルスの体を優しく包んだ。

「って、わざわざ叫ばなくても出来るんだけど、やっぱり言った方が雰囲気でるよね。やる気も上がるし」

独り言を言いながら(当然バクラは無視)、アルスは杖を構え精神集中を始めた。

(この間のクルカの城では酷い目にあったからな。今回は油断しないようにしないと。……よし、魔力の消費は大きいけどこれでいくか!)

足元にミッドチルダ式の魔法陣を浮かぶ。アルスは術式を組み合わせ魔法を発動させる。

「A!B!C!D!E!F!」

叫ぶと同時に、周りに魔力を宿した六つの球体が形成された。

「Search……Go!」

アルスの号令に従い、六つの球体は部屋全体へと飛び散った。

「相変わらず、面白味がねぇ魔法だな」

死霊達を使い遺跡の調査をしていたバクラが話しかけてきた。
魔法を維持したまま、アルスはそちらへと目を向ける。

「短くコマンドを唱え、その最後に術のトリガーを引く。
シンプルって言葉がこれほど似合う魔法も中々ねぇだろうな。
デバイスもデバイスで、名前がナレッジ。つまり、Knowledge――知識。何の捻りもねぇ、単純な名前だ。
まぁ、ガリ勉のお前にお似合いだがな」

「別にいいだろ。俺は誰かさんと違って、早さと使いやすさを最優先にしてるんだから。
後、デバイス云々は持っていないお前には言われたくないよ」

バカにした様なバクラの口調に、不機嫌になるアルス。

「おいおい、俺は褒めてるんだぜぇ。
スクライアの探知魔法と広域探索魔法の複合。
ストレージデバイスであれだけ使えこなせりゃ、大したもんだ」

「お褒めのお言葉頂きありがとうございます。でもな、どうせ褒めるならもう少しだけ言葉の棘を取れよ。正直、全然嬉しくないから」

互いに軽口をたたきながらも、確実に遺跡内を探っていく両者。

(思ってたよりも広いな……ここは、特に異常はねぇ。アルス!調べ終わったら次の通路を右に行け!)

(了解!
……この部屋は……よし、大丈夫だな。地盤もしっかりしてるし、落盤の危険も無い。
詳しい事はちゃんとした装備で調べなくちゃ解らないけど、特に問題ないだろ。
かなり昔の遺跡だけど、ここまで綺麗な状態で残されているのは結構珍しいな。……っと、感心してる場合じゃない。
次はこっちの通路を調べるか)

それぞれの能力をフルに使いながら、一つ、二つ区分されたエリアを調査していく。
思っていたよりも広かったが、それほど大規模な遺跡ではなかった。
だいたいの全体像を攫むぐらいならそれほど時間はかからず、昼前にはスッカリと終わった。
グー。
ちょうど昼時、結構動きまわったから腹も空いたし、疲れた。
お昼御飯と昼休みを兼ねて、バクラ達は遺跡を後にした。
眩しい太陽が出迎えてくれる。
スクライアの発掘で暗い所に潜るのは慣れているが、やはり人間。
青空の下、気持ちがいい所でご飯を食べたい物である。

「えっと……此処はこうで、こっちは特に問題なし。この通路から、この部屋に繋がっていて……っと」

バリアジャケットを解除して、実際に調べた内容を、大まかだけど紙へと書き写していく。
その隣では、既にバクラがゴルドの屋敷のコックに作って貰った弁当を掻きこんでいた。
が、アルスは気にしない。この程度、何時もの事なのだ。

「うぅ~ん……一応、大まかな調査は終わったけど。本当にこれだけで、あんな大金貰っちゃっていいのかな?
サーチ系の魔法の熟練者なら、直ぐ終わる簡単な仕事なのに……」

未だに唸ってるアルス。
果たしてこの仕事で、ここまでの依頼金を貰っていいものだろうか。
悩みに悩むが、その時、彼のお腹が飯を寄越せと訴えてきた。
今はこの虫を静めるとしよう。
アルスはお茶の用意をしながら、バクラへと手を差し出した。

「バクラ、俺にも弁当をくれ」

保存に便利なバクラのロストロギア、盗賊の羽衣。
自分のバックは機材で埋まってるため、自分の分もそちらに入れてもらっていたのだ。

「???」

何時まで経っても弁当を渡されない。
可笑しいと思いながら、アルスがバクラの様子を窺うと――

「あぁー」

自分の弁当を極自然に、一切の悪びれる様子を見せずに食べようとしている問題児の姿が映った。

「って!己は何故俺のベーグルサンドを喰おうとしてるんだああぁぁーーー!!!」

疾風迅雷!アルスの飛び蹴り炸裂!!

「ぐはっ!」

完全な不意打ち。
人は食事の時は警戒心が薄れると言うが、正にその通り。
顔面を蹴られ、バクラは吹き飛んだ。
中に舞うベーグルサンド。
空かさず口でキャッチするアルス。
その一連の様は、オリンピックなら10点満点を貰えるほど華麗な動きだった。
余程の鍛練を積んだのだろう。

「つぅ~~……何しやがんだ!?」

「何しやがんだ、じゃない!!何勝手に人の弁当を喰おうとしてるんだよ!自分のを喰え!自分のを!!」

「もう、喰っちまったよ。……あれぐらいじゃ、腹の虫が収まらねぇ」

ちなみに、バクラの弁当は軽く成人男性並のボリューム満点、お腹一杯の満腹弁当だった。
これだけ食べても、立派に引き締まった肉体を保てるのだ。
女性にとっては、羨ましいの一言である。

「だったら、キャロリーメイトを喰え!何時も非常用食品として常備してるだろ!それで腹が一杯にならなかったら、帰るまで我慢してろ!」

まるで、手のかかる子供を叱る様な母親状態のアルス。
納得してるのか、それともしてないのか。
バクラは不貞腐れながらも、盗賊の羽衣からキャロリーメイト(チョコ味)を取り出し、パリポリと食べ始めた。
たく、とブツクサと文句を言いながらアルスはベーグルサンドに齧り付く。
美味しい。
豊潤な味わいが口の中一杯に広がり、先程までの怒りの波が一気に静まった。
流石超一流企業の会長、雇っているコックも超一流である。
昼食終了。
食後のお茶を飲みながら、一息休憩を入れる。

「ふぅ~~……いい天気~」

「てめぇはジジイか」

「やかましい。全身刃物だらけの様な男と常日頃から一緒に居れば、こんな平和な一時は貴重な時間なんだよ」

仲がいいのか、悪いのか。喧嘩してるのか、じゃれあってるのか。
そんな午後を過ごしていった。

「さて、遺跡内の地図も纏めたし、帰るか。ちょっとまだ依頼金を貰うのには抵抗あるけど、とにかく戻って報告しよう」

そそくさと、慣れた手つきで荷物を片づけ、別々の方向に歩いて行く二人。

「……………」

「……………」

もう一度言うが“別々の方向”にである。


――ブチッ!


「おぉーーのぉーーれぇーーはあぁ~~……そんなにも団体行動が嫌なのかぁああぁ~~ああぁーー?」

紅く妖しく光る目。青白い肌。頭に生えた二本の角。大きく引き裂かれた口。巨大な牙。背中に生えた真っ黒な翼。背後の揺らめく獄炎。
アルス――悪魔モード突入。

「……とにかく、落ち着け。半分悪魔化してんぞ、お前」

バクラが引くぐらい人外の姿へと変貌を遂げるアルス。
珍しく幼馴染を窘める構図が逆になった瞬間であった。
閑話休題。
元に戻ったアルスは、早速バクラへと問い詰める。

「何で、お前は遺跡の中にもう一度行こうとしてんだよ。もうほとんど調査は終わったんだから、さっさと報告に行くぞ」

「報告なら、一人でも十分だ。アルス、てめぇ一人で行け。俺は……」

遺跡の入り口を見つめ、薄く笑うバクラ。
ああ、そういえばそうだった。
すっかり忘れていたが、こいつにとっては調査は序で本当の狙いは遺跡に隠されているお宝だった。
思い出して頭を抱えるアルス。

「はぁ~~……お前は。まぁ、別に依頼者が遺跡の中の物は全てスクライアに提供してくれるからいいけど。
正直、今回は完全に外れだろ。お前が好きそうなお宝なんか、一つも見つからかなかったぞ」

バクラの死霊と自分の探索魔法。
この程度の規模の遺跡なら、この二つの能力を使えば十分に調べられる。
この間のクルカの古代遺跡みたいに隠し部屋が隠されている可能性は否定できないが、それでも何一つ反応がないのだ。
恐らく九割方は、今回の噂はデマだろう。
早く帰ろうと急かすが、バクラは遺跡の入り口から目を離そうとはしなかった。

「まぁ待て。まだ完全にデマだと決めつけるのは早いぜ。クククッ……」

アルスが書いた地図の一部を見ながら、バクラは歓喜の笑みを浮かべた。




暗い、太陽の日が届かない遺跡の奥を歩いて行く“二つ”の光。

「なんで、てめぇまでついてくんだ?さっさと、あの爺さんに報告に行くんじゃなかったのかよぉ?」

「お前一人で行かせたりでもして、何かしでかしたりでもしたらそれこそ大問題だろ?
べ、別にお前が心配でついてきたんじゃないんだからな!あくまでも、遺跡が心配でついてきたんだから!」

一瞬だけ時が止まった。

「……………止めろ、気持ち悪ぃ」

バクラ・スクライア10歳。言いたい事はハッキリと言う元気な子。

「ごめん。ネタでやってみたけど、これは正直ないわー」

アルス・スクライア10歳。自分が悪いと思った素直に謝れる良い子。
二人が目指すのは遺跡の中で最も深いエリア。
最深部。
宝を隠すなら、一番人の手が届かない場所に隠すのはセオリーだが、やはりアルスには信じられない。
この間のクルカの古代遺跡の事を反省して、より注意して調べた。
他の魔法ならまだしも、サーチ系の魔法なら自分も自信はある。
実際に目で見たわけじゃないから確実とは言えないが、それでも何かしらの反応はあるはず。
なのに、全くの反応なし。
宝が隠されているのは、ほとんど絶望的と見てもいいだろう。
それに、もう一つだけ気になる事がある。
第52管理世界。
魔法文明が存在したこの世界に建てられたモスニューチュ遺跡。
もし、本当にこの世界の有権者が建てた遺跡だとするなら。
そして、その有権者が巨万の富よりも価値がある宝を本当に隠したとするなら。
侵入者避けの罠や仕掛けの一つや二つあってもいいはず。
なのに、此処に来るまでにはそんな仕掛けなど無かった。
勿論、自分がサーチした時も反応なし。
本当に隠し部屋や宝なんてあるのかな。
アルスが疑問に思い始めた時、彼はその異変に気付いた。

「……なぁ、バクラ。何かさ、暑くない?」

気のせいではない。
地下に行けば行くほど、出口付近よりも確実に暑くなっている。
汗がベトつく。呼吸が荒れる。
まるで、サウナの中にでも入っているようだ。

「そんなにあちぃなら、バリアジャケットでも着てろ」

「……いや、俺が言ってるのはそうじゃなくて、何でこんなにも暑くなってるのかって話し」

そう言いながらも、アルスはちゃんとバリアジャケットを着込んでいた。
物理的な衝撃だけでなく、熱さや寒さからも体を守ってくれる便利な防護服。
熱さが和らいだ所で、アルスは再び話題を振った。

「ふぅ~……っで?何で遺跡の中がこんなにも暑くなってるわけ?お前、何か知ってるんじゃないの?」

サウナ風呂状態の遺跡の話題を振った後、アルスはさらに気になっていた事を問いかける。

「後、お前……その恰好で暑くないの?」

バクラの格好は何時も通りの軽装だ。
風通しが良いとはいえ、この暑さ。
気分が参っても可笑しくはないが、バクラは汗こそ掻いてるが至って平然としていた。

「てめぇとは出来が違ぇんだ。この程度の暑さで参るほど、軟な鍛え方はしてねぇ」

声の感じからすると、強がりではなく本当に大丈夫なようだ。
昔から熱さには強かったが、まさかこの暑さに耐えられるとは。
また幼馴染の意外な一面が見れた。
そうこうしてる内に、バクラ達は遺跡の最深部に辿り着いた。

「あれって……」

最深部には見慣れた一体の死霊が飛びまわっていた。

「お前、まだ調べていたのかよ」

「ああ。あの死霊から、面白い情報が送られてきたんでね」

死霊に近付くバクラ。
主の気配を感じ取ったのか、体に渦巻く死霊。
犬がじゃれあってるようにも見えるが、決してそんな和やかな光景ではない。
不気味。
この言葉が似合う光景も中々ないだろう。
バクラの体から離れ、死霊は遺跡の床下へと消えていく。
瞬間、バクラにある映像が送られてきた。
満足げに口元を釣りあげ、早速準備に入る。
魔力光が漏れ、バクラの体を包みこんだ。
召喚魔法。
ほとんど使い手が居ない事から、レアスキル並の魔法と認定されるほどの貴重な魔法。
そして、バクラが最も得意とする魔法。
だが、ネクロマンサーと同様にバクラが使う召喚魔法は普通とは違う。
どの魔法にも言えることだが、ランクが高い魔法を使う時は普通術者の足元に魔法陣が浮かび上がる。
そうする事によって魔法の発動を助ける、一種の補助器の様な役割を果たすためだ。
勿論、召喚魔法の様な大掛かりな魔法を使うとすれば、足元には魔法陣が浮かび上がるのが普通だ。
だが、バクラにはそれがない。
魔法陣の補助なしでも、召喚魔法を行使できる。
いや、召喚魔法だけでなく、ほとんどの魔法でもバクラは魔法陣が浮かび上がる事はない。
果たしてそれがバクラの才能なのか、それとも体質なのか。
それは解らない。
ただ、解っている事は一つ。

「よし、行くぞ!」

バクラが召喚する僕は、とんでもない力を秘めているモンスターであるという事。

「死霊騎士デスカリバー・ナイト!召喚!!」

バクラから召喚されたモンスター。
大型の馬に乗る、人の影。だが、それは決して人間とは言えない者。
巨大な剣と不気味な盾、そして鎧に身を包んだその姿は騎士と言われても納得がいく。
顔さへ普通の人間だったなら。
その騎士の顔は普通の人間の物ではなく、肉も血も皮も無い、不気味な骨のみで形成された骸骨の様な風貌だった。
死霊騎士。
正にその名が示す通り、死霊が鎧を着込んでいるようだ。

「相変わらず、不思議だよな。お前のその召喚魔法」

召喚された僕が不気味なのは本人の趣味だからいいとして。
やはり魔法陣もデバイスの補助もなしで、召喚魔法を使えるのは純粋に凄いと思う。
初めて管理局に検査に行った時、向こうの人も驚いていたぐらいだった。
というか、もう少しだけでも召喚する僕をマトモな物に出来ないものだろうか。
死霊騎士デスカリバー・ナイト。
こいつを含めて、バクラが召喚する僕は皆怖すぎる。
何も知らない人で気が小さい人なら、気を失うほどだ。
このままいったら、こいつ……一族以外で友達できないんじゃね。
バクラの人付き合いを心配するアルス。

「やれ!デスカリバー・ナイト!」

心配する幼馴染の傍らで、バクラは早速僕に命令を出していた。
地面を指差しながら、攻撃対象を定めるバクラ。
主に言われた通り、デスカリバー・ナイトは床に剣を突き立て、破壊した。

「何してんのぉおぉーー!バクラああぁーーー!!!」

ビックリ仰天。
床を壊す奇怪な行動もそうだが、遺跡を壊した行動にアルスは目が飛び出るほど驚いていた。

「……とにかく、下を見な」

この程度で驚いている幼馴染に呆れながらも、バクラは下を見るよう指差す。
言われた通り、下を――正確にはバクラが開けた穴を覗きこむアルス。
異常には直ぐ気付いた。
真っ赤なドロドロとした海。噎せ返りそうな高温。
マグマ。
自分の骨など簡単に溶かすほどの高温の海が、地下には広がっていた。
なるほど、道理で地下に行けば行くほど熱くなるはずだ。
暑さの原因を理解したアルス。同時に、自分の爪の甘さも理解した。
地下のマグマ。
今はまだ何ともないが、万が一にも活性化して一気に爆発したりでもしたら……どうなるかは子供でも解る。
この間のクルカの事でも散々な目にあったというのに、危うく今回の依頼も失敗する所だった。
甘かった。
罠や落盤の危険を調べてるだけで、地下までには注意して目を向けていなかった。
落ち込むアルス。だが、何時までもこうしてるわけにはいかない。
反省は大事だが、それは後でも出来る。
今はゴルドにこの事を知らせて、注意を投げかけるのが先だ。
早速戻ろうとしたアルスだったが――

「さぁ、早く戻ってこの事を知らせな……何してんの?お前?」

バクラの行動を見て固まった。
スクライアの防護服。
盗賊の羽衣から出して、バリアジャケットと同じように熱さや寒さなどに強い防護服を着込んでいた。
下はマグマ。そこを見つめ笑みを浮かべるバクラ。そして熱さに強い防護服。
行く気だ……この子、マグマの中に行く気だよ。
理解した瞬間、アルスの体に戦慄が走った。
確かに無茶な事をする奴だったが、まさかここまでの奴とは。
幼馴染の無謀なまでの行動に頭を抱えるアルス。
とにかく、流石に黙ってマグマに潜っていくのを見てるわけにはいかない。

「おい、バクラ。いくらなんでもそれは……盗賊の羽衣とスクライアの防護服は確かに防御面ではかなりの物だけど。
マグマの中に潜ったりでもしたら、流石に……」

アルスの説得に対して、良く見ろ、と再び地下を指差すバクラ。

「???……あっ」

先程はマグマのインパクトにすっかり目を奪われていたが、良く見ればマグマを裂くように岩の道が続いていた。
それも自然の岩ではない。
綺麗にカットされ、明らかに人工的に造られた岩が、何処かへと続く道を造っていた。
気になり、急いでサーチャーを飛ばし確認する。
近くに寄ってみたが、やはり自然の岩ではない。確実に人工的に造られた岩だ。
サーチを発動し、道に沿って全体像を確認するアルス。
かなり長く、一本道の通路。出口にはやはり人工的に造られた石段があり、何処かへと続いているようだ。
アルスの脳裏に浮かぶ今回の噂。
絶対にあるはずがないと豪語していたが、これを見た限りでは簡単に否定出来そうにはない。
隠されていた地下へと続く道。そして、マグマの中に存在する明らかな人工の岩。
バカバカしい、と決してただのデマ話と笑い飛ばせなくなった。

「さぁて……依頼主の爺さんの望み通り、遺跡の調査に向かうとするか」

「一応ツッコンでおくけど、マグマなんて言う超ド級の危険エリアを見つけた時点でこの仕事は達成だからな。……って、おい!」

自分の話しなど無視して、バクラはさっさと飛び降りた。

「あぁーーもうー!」

放ってはおけず、アルスも同じようにマグマの通路へと飛び降りた。
真っ赤なドロドロな海を真っ二つに分ける黒い道。
バクラは死霊を使って、アルスは飛行魔法を使って上手くその道に降り立つ。

「なんだ、結局ついてきたんか」

「お前一人行かせたら、色々と心配だからな。保護者は必要だろ?」

「とか言って、本当はてめぇもお宝の正体が気になるんだろぉ?」

「うっ……」

図星。
わざわざマグマに中に道を造ってまで隠そうとするお宝。それも巨万の富よりも価値があるという。
アルスの知的好奇心が刺激される。
金銭的価値よりも、純粋にそのお宝を見てみたいと思った。
凄まじい高温の中を歩いて行く二人。
お宝の正体について軽く会話しながらも、常に辺りを警戒する。
バクラはデスカリバー・ナイトを直ぐ動かせるように。
アルスは直ぐ魔法を発動できるようにデバイスを握り締めていた。
だからだろう――

「「ッ!!」」

その危険にいち早く気付けたのは。

「な、なんだ!?」

突如石の道が揺れ出した。
地震。いや、違う。地震ではなく、周りのマグマが暴れだし石の道を揺らしているのだ。
ゴゴゴゴゴゴッ。
真っ赤な獣が暴れ回り、容赦なくその牙を向く。
炎が立ち込める。
マグマは、生き物の様にその肉体を唸らせ、石の道を呑みこむほどの巨大な炎の壁となった。

「な……なななななな」

自然の法則という法則を無視した目の前の光景に言葉が出ないアルス。

「なんなんだよぉおおぉぉーーーー!!!」

「とにかく、走れ!!」

炎の壁が襲い掛かると同時に、バクラとアルスの逃走劇は始まった。





――冒頭に戻る。




背後から迫ってくる赤い化け物から必死に逃げるバクラとアルス。
バリアジャケットに防護服とはいえ、所詮は人の手で造った物。
あんな自然の猛威に呑みこまれでもしたら、流石に耐えられない。
どうする。
アルスは走りながら、打開策を考える。
飛行魔法。
ダメだ。炎の壁は天井まで全てを焼き尽くす勢いでその牙を向いている。飛行魔法では避けれない。
転移魔法。
これも不可能。完全な瞬間移動ならまだしも、あの炎を動きからして、魔法を発動させる前に呑みこまれてしまう。
防御魔法。
少しの間なら耐えられるが、次から次へと襲い掛かってくるマグマの猛攻には耐えきれない。
となると、残りは――

「アルス!お前の魔法であれの表面を削れ!その後に、俺様のデスカリバー・ナイトで一気にたたっ切る!」

「あうぅー……やっぱり、それしかないか」

攻撃で突破するのみ!
1、2、3。タイミングを合わせ、アルスとバクラは振り向き迎撃体勢に入った。

(後ろ全ての視界を覆うマグマの壁……避けきる事は不可能だし、防御してもマグマの波に呑みこまれたら、流石に俺達の防御魔法では心もとない。
下手して、左右の海の中に落ちてしまったらそれこそアウトだ。
この通路を覆うようにして襲ってくる壁の部分。そこを上手く二つに切り裂けばなんとかなるか。
……よし!あの三か所を攻撃する!)

ピンポイントを見極め、アルスは急いで術式を組み立てる。

「A!B!C!」

左上、右上、下。逆三角形を描くように、青い球体が現れた。

「shot!」

瞬間、三つの球体は弾かれたように飛び出しマグマの壁へと呑みこまれていった。
無論、この程度でマグマの猛攻を止められるとは思っていない。
自分の役割は、あくまでも壁の装甲を脆く、最後の一撃の道を作る事なのだから。
後は――

「バクラッ!」

隣の仲間に任せるだけだ。

「デスカリバー・ナイト!」

バクラ達の前に佇み、馬上で剣を構えるデスカリバー・ナイト。
主であるバクラの体が光る。
同時に、デスカリバー・ナイトの体も淡い光に包まれた。

「殺れ!!」

剣を振り上げ、一気に振り下ろした。
一閃。
アルスが攻撃した箇所と一寸の狂いも無く放った斬撃は、見事に切り裂いた。

「ふぅ~~……助かった~~」

二つに引き裂かれ、マグマの中に霧散していったのを見て汗を拭うアルス。
だが、まだ安心してはいけない。
左右を睨みつけているバクラの目が、それを証明している。

「油断すんじゃねぇぞ、アルス!」

「解ってるよ」

アルスは自らの相棒を握り締め、バクラと同じく辺りを警戒し始めた。
マグマの壁。自然災害ならば、自分達も此処まで警戒をせずさっさと逃げている。
だが、あれが本当に自然災害だったのか、と聞かれれば答えはNoだ。
あんな現象、自然の物では絶対にあり得ない。
それにこの感じ。何か凶暴な獣を前にした様に、肌がピリピリとする感覚。
何か居る。
人工的にあの現象を起こした何かが、このマグマエリアに。
嫌な気分だ。
辺り一帯はマグマの海。まるで獣の腹の中にでも収まった様な気分だ。
汗が流れ、頬を伝わり地面へと零れ落ちた。

「ッ!!アルス!」

「shot!」

青い魔法弾がマグマの中に溶け込んでいく。
瞬間、何かの地響きの様な悲鳴が聞こえた。
ビンゴ。
自分が放った魔法弾は、どうやら上手く相手を捉えたようだ。
さて、何が出てくるのか。
バクラとアルスは、互いに身構えてマグマの睨みつけていた。
炎が立ち昇る。
高く昇った炎は、ウネウネと意思でも持ってるかのように動き、その姿を露わにした。

「……なに………これ?」

今まで色々な本を読んできた。
現地生物の危険性を知るために、動物図鑑や昔の古代生物の図鑑も読んで、知識を身につけてきた。
だが、目の前の『それ』は自分の知識には存在しない生き物だった。
いや、果たしてこれを生き物と言っていいのだろうか。
マグマの中に平然と潜り込み、体が燃え盛る炎のみで構成され、何か得体の知れない黒い淡いオーラで身を包んだ、目の前の『それ』。
これではまるで――

「“暗黒火炎龍”……と、言った所か」

そう――炎の龍。正にその名が相応しい龍が、目の前でその巨体を唸らせていた。

「暗黒火炎龍……お前!あの龍を知ってるのか!?」

「知らねぇよ。咄嗟に出た名前がそれだっただけだ」

体を形作る炎に龍の姿。そして体を包む、黒い闇の様なオーラ。
暗黒火炎龍。
確かにバクラが言う通り、その名が相応しい。

「あの炎の塊が何者かは知らねぇが……解っている事が一つだけあるぞ」

瞬間、暗黒火炎龍は咆哮をあげながら自分達に襲い掛かってきた。

「奴は、俺達の敵だって事だ」








暗黒火炎竜。
星4/闇属性/ドラゴン族/攻1500/守1250の融合モンスターです。
まぁ、炎の属性でも種族でもないんですけど、どう見てもカードの絵柄は炎そのものなので、今回のような登場になりました。

本当は一話で纏めるつもりだったんですけど、思ったよりも長くなったので分けます。
後半は……何時ものように遅くなるかもしれませんが、なるべく早く投稿します。

バクラとアルスの関係は、こんな未来もあったんじゃないかな~と思いまして。
実際、あのまま何もなかったら、盗賊王バクラも仲間と行動してたと思いますから。(まぁ、原作だと確実に墓荒らしになるでしょうけど)



[26763] 雷の悪魔!デーモンの召喚!
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/04/24 14:12
プルルップルルッpガチャッ

「もしもし、ゴルド?久しぶりじゃの~…え、ワシが誰かって?
なんじゃ、冷たいのぉ。ワシじゃよ、ワシ。ほれほれ、ワシだって。ワシワシ!」

「あはははっ……バナック、冗談でもそういう事は止めてよね。といか、わざわざこのためだけに音声回線を使ったの?」

「む?なんじゃ、相変わらず真面目で、ノリが悪いの。せっかく、友人を心配してワシが実践してやったというのに。
最近ではこういう手口の詐欺が増えてるみたいだから気をつけるのじゃぞ。
特にお前さんは、超が付くほどの一流企業の会長さんなんじゃから」

「心配してくれてありがとう。でもね、流石にまだそんな手口に引っ掛かるほどボケてないよ。君と同じでね」

「フォフォフォ、そうかそうか。さて、思い出話でもしたいどころじゃが……本題に入らせてもらうぞ」

ゴホンッ、とバナックは一つ咳払いをして要件を伝える。

「どうじゃ?ワシの所の若造二人の様子は?あ奴らの技能を考えても、そろそろ帰ってくる頃だろ思うのじゃが……あ~そういえばバクラにはお宝の噂で釣ったんだった。
おおかた、何時もの様に宝探しでもして、アルスもそれに付き合わせておるのだろう。
何か危険な事にはなっておらぬか?」

「う~~ん……そうだねぇ~」

ゴルドは自分の直ぐ近くに浮かんでいたモニターを見つめ――




『のわああぁぁあぁーーー!!火、火ぃぃぃーー!』

『チッ!クソがッ!!』




「……今正に、その危険なピンチの真っただ中にいるかな」

静かにその事実を伝えた。



モスニューチュ遺跡。
地下遺跡のさらに地下。そこのマグマエリアでは、今正に命の闘争が行われていた。

「死霊の盾!」

「shield!」

バクラは死霊達を終結させ、アルスは前方にシールドを張り、暗黒火炎龍の灼熱の炎を防いだ。

「くぅ……」

「……うぅ……あつぅ」

非殺傷設定など組みこまれていない、純粋な殺意が込められたエネルギー攻撃。
周りの高温と相まって、バリアジャケットでも防護服でも耐えきれない熱が襲う。
十秒間、炎の波に呑まれていたが、やがて霧散した。
ホッとしたのも束の間。
暗黒火炎龍は、今度はその炎に包まれた巨体を唸らせてバクラとアルスに突撃してきた。
不味い。
狭い通路から飛び退いて避ける二人だが、周りはマグマの海。
このまま落ちてしまったら一巻の終わりだ。
急いで術式を組み立て、飛行魔法を発動させるアルス。
空中に逃れ、マグマの中に落ちるのは防げた。
バクラは大丈夫だろうか。
飛行魔法が使えない幼馴染を心配するが、心配無用だった。
閉鎖され、真っ赤に染まったエリア。その宙に浮かぶ白い靄の塊。
死霊を足場にして、バクラとデスカリバー・ナイトは自分と同じくマグマの中に落ちるのを免れていた。

「チッ!……やはり、こいつらじゃこれが限界か」

死霊達は重さに耐えられず、直ぐバラバラに散ってしまった。
直前に踏み台にして大きく跳躍し、元の石の道に戻るバクラとデスカリバー・ナイト。

「ッ!!っ~~!!」

熱い。
暗黒火炎龍が通った後の道は焼け焦げて、焼け石の様に真っ赤に染まっていた。
特殊な加工をした靴を履いてなければ、今頃自分の足は手術が必要なほどの大火傷を負っていただろう。

「まるで鉄板の上で焼かれる魚の気分だぜ」

熱さに顔を歪めながら、バクラは目の前の邪魔物を睨みつける。
攻撃を失敗したと悟ったのか、暗黒火炎龍はマグマの中に潜っていった。
マグマの中を平然と泳ぐ暗黒火炎龍。
この石の道の状態から察するに、奴の体は炎、それも凄まじいまでのエネルギーで覆われていると考えた方が妥当だろう。
そして、自分達に不意打ちをした時のマグマの壁に攻撃が終わると同時に素早くその中に逃げ込む戦術。
どうやら奴は、このマグマを最大限に利用した攻撃を得意とするみたいだ。
テリトリー。
自分達にはあくまでも人間。このマグマの中に落ちてしまったら流石に無事では済まない。
逆に奴は、マグマの中でも生きていくことが出来る。
絶対的不利。
厄介な所に迷い込んでしまった。

「アルスの野郎、どうせならサーチの時の気付いておけよな」

自分の事を棚に上げてアルスを責めるバクラ。
暗黒火炎龍の攻撃。
マグマの中から飛び出し、自分達に照準を定めて炎を吐いてきた。

「デスカリバー・ナイト!」

主を守るように、前へと進み出てその盾で防御する。
同時にバクラも死霊達を終結させ、自分達を包み込むようにバリアを張った。
炎の波に呑みこまれるが、防御成功。
数体の死霊は焼き払われたが、自分と攻撃の要であるデスカリバー・ナイトにはダメージはなかった。

「死霊ども!奴を捕えろ!」

空かさず、死霊達を散らせ暗黒火炎龍を動きを封じようとする。
だが、早さで言えば向こうの方が一枚上手だった。
マグマの中に逃げこまれ、捕獲に失敗してしまう。
いくらバクラの目とはいえ、流石にマグマの中まで見通す事は出来ない。

「クソがッ!……どこに行きやがった!?」

自分が佇んでいる石の道。その左右に存在する真っ赤な海。
一体何処から来るのか。
消えた所か、それとも右か左か、いやもしかしたら逆から襲ってくるのか。
ありとあらゆる可能性がバクラの脳裏に浮かび、彼を焦らせる。
焦りは禁物。
姿なき狩人に対しての対策は慣れているのだ。焦る必要はない。
自分自身に言い聞かせ、焦る気持ちを鎮静化させる。
冷静に暗黒火炎龍に対しての策を考え始めた。

(今までの奴の攻撃から察するに、攻撃のタイプは“炎”。
それが魔法によるものなのか、純粋なエネルギー攻撃なのかは解らねぇが、どちらにせよ厄介な事には変わりねぇ。
閉鎖され、俺が立っていられるのはこの狭い通路だけ。逃げ切れる可能性はほぼ0に近い。
比率にして9:1。ほとんどが奴が得意とするテリトリー内。
マグマの中に逃げ込まれたら、此方も追う手段はねぇ……ならぁ!)

大きく目を見開き、その瞳でマグマを射抜いた。

『バクラ!大丈夫か!?』

突然頭に声が響いてきた。
どうやらアルスが心配して、此方の様子を窺ってきたようだ。
ちょうどいい。
バクラも念話を繋げ、自分の策を告げる。

『アルス。貴様確か、設置型のトラップバインドを使えたな』

『そんな事よりも大丈夫なのかよ!さっき炎に呑みこまれたけど』

『言ったはずだ、この程度で参るほど軟な鍛えた方はしてねぇ。それよりも使えるのか、どうなんだよ!』

『あ……ああ、使えるけど』

『なら、てめぇもこっちに来て周りを囲むようにバインドを設置しろ』

『周りを?……ッ!そ、そうか!……でも、それだとバインドの耐久度はかなり落ちるぞ』

『安心しな、俺の死霊と合わせれば奴の動きを封じるには十分だ。その後に、俺様のデスカリバー・ナイトで一気に殺る』

『……解った』

策を察したアルスは、バクラの頭上で魔法の術式を組み立て始めた。

「よし!A!B!C!D!E!F!G!H!I!J!K!」

周りに浮かび上がる11個の魔法陣は、空気に溶けるように消えていった。
バインドの設置は完了。次は自分の番だ。
死霊達に何時でも動けるように命令するバクラ。
あぁー、とこの世の物とは思えない不気味な声で返事をし、死霊達はバクラの体の周りに渦巻き始めた。

(さぁ来やがれ、直ぐ闇の世界に送ってやるぜ。クククッ……)

バクラの策。それは難しい事など一切ない、シンプルな策。
待ち伏せ。
奴はマグマを最大限に利用して、奇襲と防御を同時にこなしている。
だが、奴が自分達を狙うのには変わりない。
ならば、下手に動きまわるよりも事前に察知できる攻撃に罠を仕掛ける方が、魔力も体力も消費が少なくて済む。
地上と空中から、右と左のマグマの海を見つめ、暗黒火炎龍の奇襲に備えた。

「ッ!来た!!」

マグマの火柱を立て、襲い掛かってくる暗黒火炎龍。
人間よりも遥かに巨大な炎の龍が襲い掛かってくるのは、それだけで圧巻の一言に尽きた。
トラップバインドと暗黒火炎龍が接触する。
瞬間、宙に魔法陣が浮かび上がり一本の青い縄が炎に巻き付いた。

「よし、成功だ!」

上手く罠が発動した事に喜びながらも、アルスは続けて術式を組み立て発動する。

「追加!A!B!C!D!F!G!H!I!J!K!Bind!」

Eバインドに続け、他の魔法陣からも同じように青い縄が伸び、暗黒火炎龍の体を拘束した。
その巨体を唸らせ、バインドを無理やりにでも引き千切ろうとする。
逃がしはしない。
空かさずバクラも、死霊達を差し向けて暗黒火炎龍の体を拘束した。
青い縄と白い靄に完全に囲まれ、身動きを封じられてしまう。
チャンス。
この気を逃さず、バクラは一気に勝負を決めようとした。

「デスカリバー・ナイト!」

馬を操り、大きく跳躍するデスカリバー・ナイト。
狙うのは首。
この龍が生き物なのか、それとも何かの突然変異で生まれた特殊な生物なのかは解らない。
が、首を切り落とされて無事で済む者はいない。
例え無事だったとしても、相当なダメージは負うはずだ。
剣を振り上げる。
バインドと死霊で拘束されて暗黒火炎龍の首目掛けて、デスカリバー・ナイトは一気に剣を振り下ろした。
勝った。
奴は未だに拘束され、身動きは出来ない。
仮に奴がバインドと死霊を引き千切ったとしても、既に剣は振り下ろされた。
逃げる前にデスカリバー・ナイトの剣が、正確にその首を捉える。
自らの勝利を確信するバクラ。
だが次の瞬間、その期待は裏切られた。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

「ッ!!」

「うぅ……な、なんて声をあげるんだよ。まるで人間の泣き声をそのまま大きくしたようだ」

突如として響き渡った、暗黒火炎龍の咆哮。
今までも泣き声らしい物があげていたが、先程の咆哮は今までと違って異様だった。
人の声。
大きさはあり得ないほど高かったが、まるで人間の声の様に聞こえた。
思わず顔を顰め、耳を塞いでしまう。
だが、驚くのはそれだけではなかった。

「ッ!!なにッ!」

「そんなのありッ!」

暗黒火炎龍の咆哮に反応するかのように巨大な火柱が立ち上った。
火柱は強固な炎の壁となり、デスカリバー・ナイトの剣を弾き返す。
そして、そのまま暗黒火炎龍の体を包み込み、バインドと死霊達を一気に焼き払った。
反撃。
炎で構成された口を開き、熱量を帯びたエネルギーの塊を創り出す。
球体はドンドン巨大化していき、遂には一メートルを超す巨大な炎の球が出来た。
放たれる、赤い光線。
体勢を崩されたデスカリバー・ナイトは避ける事も防ぐ事も出来ず、炎に呑みこまれ焼き尽くされた。

「バカな……俺様のデスカリバー・ナイトが、たったの一撃で………」

焼け落ちた鎧の欠片を見つめながら、呆然とするバクラ。
死霊騎士デスカリバー・ナイト。
自分が無条件で召喚できる僕の中では、トップクラスの力を持っていた僕。
それがまさか、たったの一撃で殺られるとは考えもしなかった。

「ッ!!ぐああぁぁーー!!」

呆然としいたバクラだったが、突然膝をつき胸を抑えながら苦しみだした。

「バクラ!一体どうs…ッ!!そうか、お前の召喚魔法はそうだったな」

バクラの召喚魔法が異質とされる原因は、その召喚方法や僕の能力だけではない。
術者と僕のライフライン。
召喚された僕の力は確かに強大だ。だが、その分リスクがある。
僕であるモンスターが倒された時、術者であるバクラもダメージを負う。
今の所、原因は不明だが、バクラと僕が見えない線で繋がってるのは目の前の光景が証明している。
この魔法は相手を圧倒できると同時に、自分自身を傷つける、正に諸刃の剣なのだ。

「待ってろ、今回復を……」

近寄り、バクラに回復魔法をかけようとしたが――

「ッ!そんな、二撃目だと!早すぎる!!」

暗黒火炎龍は、既に次の攻撃態勢に入っていた。
先程デスカリバー・ナイトを焼き払ったのと同じ、巨大な炎の塊。
普通、強力な攻撃を行うは必ずタメが必要。
魔法を使える者も、使えない者も、それは基本変わらず必殺の一撃の前には間が出来る。
だが、暗黒火炎龍にはそれがない。
間など作らず、先程と同じ攻撃を行おうとしている。
一体何故、奴はここまで早く攻撃に移れる。
疑問に感じていたアルスだったが、その疑問は直ぐ解けた。
暗黒火炎龍の下半身、普通の龍で言えば尾の部分にあたる所。
マグマと同化して見ずらいが、目を凝らして見れば周囲のマグマが吸収されるように尾を通して暗黒火炎龍の炎の体に吸い込まれていった。

(まさかッ!……この龍、マグマを自分の体に取り組みエネルギーに変換できるのか!?)

もしそうだとしたら、ここは正に奴にとってのテリトリー。
無限ではないが、自分達二人を焼き尽くすには十分すぎるほどの供給源が辺りには満ちている。
魔導師でいうならば、とてつもなく濃度が高い魔力素の中に居るような物だ。
驚き戦いているアルスに容赦なく放たれる炎の波。
人間の骨など簡単に焼き尽くすほどの熱量を持ったそれは、真っ直ぐ自分達に向かってきた。
速い。
その炎は、飛行魔法でも防御魔法でも防げないほど迅速に襲ってきた。

(不味い……)

迫りくる炎を見て、完璧な防御は不可能と悟ったアルス。
ダメでもいい。せめて、少しでも炎を威力を軽減できれば。
杖を前方に掲げ、ダメージを負う覚悟でシールドを発動させようとしたその時――

「ッ!!」

自分と炎の間に、誰かが割って入ってきた。
ボサボサの白い髪の毛、赤いジャケット姿。
この後ろ姿を持って、この場で自分以外に動ける人間は一人しか居ない。
その人物が誰か理解した瞬間、炎の波が自分達を呑みこんだ。
目を瞑り、防御の体勢のままやり過ごすアルス。
やがて、炎の波は通り過ぎたのを感じ取り、ゆっくりと目を開けた。

「うぅ……」

熱こそは感じたが、体には火傷も酷いダメージも無い。
それはバリアジャケットのおかげでもあるが、それ以上に目の前の人物がほとんどの炎を被ってくれたおかげだ。
急いで自分を庇ってくれた人物の様子を窺うアルス。
自慢のジャケットは焼け焦げ、ほとんどボロボロとなっている。
周りに死霊が渦巻いている事から、恐らく事前に防御し炎を幾らか防いだのだろう。
しかし、それでも完全に防ぎきれなかったようで、プスプスと体から煙が立ち込めていた。
後ろからは見えないが、この様子では火傷も負っているだろう。
でも、無事だった。
倒れる事も膝をつく事も無く、目の前の人物はその勇ましい姿を地面に佇ませていた。

「バ……あっ」

容態を窺おうとしたアルスだったが、ある事に気付き止めた。
アルスを庇った人物――バクラ。
ボロボロに焼け焦がれ、その褐色肌にも火傷を負っている。
急いで回復魔法を唱えたいが、生憎と当の本人が放つ空気が治療行為を拒んでいた。

「クックックックックックッ……」

これだけのダメージを負ったというのに、バクラは笑っていた。
口元を釣りあげ、歪んだ表情で暗黒火炎龍を見つめていた。
彼の心を埋め尽くすのは怒り。
自分を傷つけた事もそうだが、何よりも目の前の龍は一番やってはいけない事をやってしまった。
焼け焦がれ、今では見る影ないほどボロ布状態になってしまったロストロギア――盗賊の羽衣。
能力自体はまだ生きてるが、それでも外見は前とは違い、とてつもなくみすぼらしい物になってしまった。
バクラが最も嫌う事、それは自分が気にいってる物を他者に盗られる事。
奴はそれをやってしまった。
ぶち殺す!
怒りのオーラが立ち込め、彼の怒りに答えるように周りの死霊達もざわめき始めた。

「アルス!今から生贄召喚を行う!それまで奴の攻撃を防げ!」

生贄召喚。
これもまたバクラの召喚魔法が、他の召喚に比べ異様とされる理由。
バクラは召喚した僕を生贄に捧げる事によって、さらに強力な僕を呼びだす事が出来る。
生贄とは言っても、本当に命を捧げる訳ではない。
ある程度時間が経てば、再びバクラから召喚する事が可能だ。
この事から察するに、バクラの召喚は生き物を呼びだすのではなく、魔力をモンスターの姿に変えて操っていると言った方が的確だ。

「生贄召喚って……大丈夫か?あれって確か、一度召喚してから生贄に捧げるまで少しばかりのタイムラグがあるはずだろ?」

「だから、その間てめぇが俺様の盾になって、奴の攻撃を防げ」

「いや、防ぐって……あの炎、結構強力なんだけど」

「やれ」

「……はい」

有無を言わさぬバクラの命令に渋々従うアルス。
壁役は正直言って嫌だが、仕方ない。
自分の魔法でも暗黒火炎龍を倒す方法がある事にはあるが、それでも確実ではない。
現状の戦力から考えても、バクラの生贄召喚の方が確実にこの難局を打開できる。
そして何より、怖い。
今のバクラは導火線に火が付いた爆弾の様に、ただ目の前の敵を粉砕する事のみを考えていた。
苦労人の様に深いため息をつき、アルスは前衛に廻る。
前衛が後衛が入れ変わった所で、バクラは早速準備に入った。

「アース・バウンド・スピリットを召喚!」

地面の中から人間に似た何かの手と顔が出現する。
地縛霊。
生き物を何処かに引きずり込もうと、不気味に手招きをしていた。
第一段階終了。
後は少しだけ時間を置き、更なる上級モンスターを呼びだすだけだ。
アルスの見つめるバクラ。
任せておけ。
そう言わんばかりに、アルスは頷いてみせた。

「さてと……今度は俺の番か」

前方を向き、相手の動きに集中するアルス。
暗黒火炎龍も新たな敵が増えたのと感じ取ったのか、再び攻撃態勢に入った。
マグマが尾を通し、体の中に吸収されていく。
エネルギーが全身を駆け廻り、力の鼓動が脈打つ。
口先一点へと集中していき、巨大なエネルギーの塊として体外へと放出した。

(ワンパターンの攻撃で助かった……これなら!!)

この技は何度も見てきた。
対策も既に出来上がっている。
杖を構え、術式を組み立て、魔力を解放し、魔法として発動させる。

「A!B!C!shield!」

前方に現れる三枚の青い壁。
青と赤。一つは守り、一つは破壊の力が鬩ぎ合う。
一枚目のシールドは呆気なく突破された。
二枚目は少しばかり耐えたが、やはり破壊される。
三枚目のシールドと炎の波が鬩ぎ合っていた。

(くっ!……俺の魔法は速射性と誘導性を高めた分、出力に問題がある。
あの炎を止めるには、三枚では足りなかったか。だけど!)

足らないなら、再び足すまでだ!

「追加!D!E!F!shield!」

再び現れる三枚の青いシールド。
三枚目が破壊されたと同時に、四枚目のシールドが炎を押し返す。
暫くの均衡の後、他のシールドと同様に破壊されたが、炎を威力は確実に弱っている。
五枚目を打ち破ろうとする炎。
エネルギーの波が鼓動する。だが、流石に押しきれないのか、炎が霧散し徐々に小さくなっていった。
それでも最後の力を振り絞り、遂に五枚目のシールドを打ち破った。
しかし、その先に待っているのは六枚目のシールド。
五枚のシールドを打ち破った暗黒火炎龍の炎だが、流石に六枚目は破れず、炎は宙へと霧散して消えた。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

悲鳴の様な咆哮をあげる暗黒火炎龍。
マグマを吸い上げ、再び炎を放とうとするが――

「遅い!A!B!C!D!shot!」

速さで言えば、アルスの方が格段に上だった。
放たれた四つの魔法弾。
ABの二つは暗黒火炎龍の顔を、Cは体を、Dは尾を正確に撃ち抜いていった。
威力は小さく、さほど決定的なダメージはない。
だが、攻撃の邪魔をし、牽制させるにはこれで十分だ。

「クククッ……よくやった、アルス」

準備完了。
後はこの怒りを奴にぶつけるだけだ。

「アース・バウンド・スピリットを生贄に……」

地の底から響く様な呻き声をあげながら、白い魂の様な球体へと変化する。
球体は天井まで昇っていき、突如として現れた渦の中に吸い込まれていく。
渦はさらに巨大に広がっていき、天井の一画を覆い隠した。
雷。
周りの渦が放電を始め、中心から巨大な何かが舞い降りた。
その身長は、人間などよりも遥かに高く。
その体は、骨や筋肉に似た物だけで構成され。
その顔は、人間とはかけ離れた人ならざる者。

「来やがれぇ!デーモンの召喚!!」

悪魔――デーモンの召喚がその姿を現した。

「……何度見ても、やっぱり凄いよな」

目の間に現れたデーモンの召喚に戦慄を覚えるアルス。
デーモン。即ち、悪魔。
風貌もそうだが、何よりもこの力。
味方とは解っていても、全身を駆け巡る寒気、肌を刺す様な威圧感。
昔から何度か見た事があるが、やはりあまり慣れなかった。

「デーモンの攻撃!!」

主の命に従い、力を解放する。
力の波が体に渦巻き、そのエネルギーを雷へと変換させた。
バチバチ、と体の周りに雷を帯びるデーモン。
そこから発する力は、暗黒火炎龍のそれを遥かに超えている。
このままでは危険と察知し、マグマの中に逃げ込もうとするが――

「逃がすな、死霊ども!!」

死霊達の壁に阻まれ、不可能だった。
動きが止まる暗黒火炎龍。
拘束が直ぐ解けてしまうが、既に攻撃態勢に入ったデーモンにはその僅かな時間で十分だった。
拳を暗黒火炎龍へと向け、親指を立てる。
そのまま拳を反転させ――

「ムウト――死ね」

死のメッセージを送った。

「魔降雷ッ!」

放たれる幾つもの雷。
それら全ては、迅速に襲い掛かり、相手の体を犯し尽くした。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

今までにないほどの苦痛の声。
苦しみ暴れるが、そんな事ではデーモンの魔降雷からは逃れられない。
幾つもの雷の道が体を駆け抜け、全てを破壊した。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

抵抗空しく、暗黒火炎龍は断末魔の悲鳴をあげながらマグマの中に沈んでいった。




地下のマグマエリアの奥にあった石段。
暗黒火炎龍に守られるようにして造られていた階段を、バクラとアルスの二人は昇っていた。

「たく……お前について来るとやっぱりこれだ」

「てめぇもお宝の正体が気になってついてきたくせしやがって、チャゴチャと文句なんか言うんじゃねぇ」

「確かについてきたけどな……俺はちゃんと止めた。お前解ってるの?俺とお前は、今チームを組んでるの。
お前に何かあったら、俺の責任にもなるし、一族の皆を心配するんだからな。……実際に、物凄い者が居たし」

「ふんっ!……にしても、アルス。よく小便をチビらなかったな。昔は俺の肩につかまって、ガタガタ震えていたお前が」

「(ブチッ!)……ええぇ!ええぇ!!慣れましたよ!もう、あの程度のピンチには慣れましたよ!!
昔から何処かの誰かさんに付き合わされて、魔獣から追いかけられたり!怪鳥に連れ去られたり!酷い時は龍種の巣の中に侵入したり!!
もうね、管理局の武装隊も真っ青な体験をしましたからね!!」

先程までの連係プレーは何処に行ったのやら。
互いに喧嘩腰になり、汚い言葉の応酬をしながら階段を昇っていく。

「それにしても……長いな、この階段」

先程の戦闘と、今昇っている長い階段にウンザリするように呟くアルス。
思わず立ち止まって休もうとするが――

「だらしねぇな。鍛え方がたらねぇんだよ、てめぇは」

カチン。
バクラのその言葉に対抗心に火が付き、一気に駆け上った。
どうだ。
自慢げに鼻を鳴らしながら、下から昇ってくるバクラを見下す。
カチン。
同じようにバクラの対抗心に火がついた。
跳躍するように石段を駆け昇り、一気にアルスを追い越した。
二人の心に同時にある感情が生まれる。
こいつには負けられない!
疲れている体に鞭打って、長い石段を一気に駆け昇っていった。
なんだかんだ言って、仲が良い二人であった。

「ぜぇぜぇぜぇぜぇ………」

「はぁはぁはぁはぁ………」

流石のスクライアの一族も、あの戦闘の後の階段駆け昇りは辛かった。
互いに膝に手をつき、息を整える二人。
そうしていると、徐々に心臓の音は静まっていき、呼吸も安定してきた。
ふぅ~、と軽く深呼吸し、苦労して辿り着いた最深部を見渡す。
一方通行の狭い通路に、その先には行き止まりの壁があるだけ。
それ以外は何も無い。酷く殺風景だ。
辺りを見渡しながら、壁へと近付く二人。
暗くて見えなかったが、壁に近付くとそこに刻まれていた物に気付いた。
幾つもの線が重なり合った、何かの紋章。
如何にもこの中にありますよ、と宣伝してるようだ。
身体強化の魔法をかけるバクラ。
拳へと魔力を込め、一気に壁を殴り壊した。

「さぁて……お宝とご対面と行くか」

ワクワク。
子供心ながら(子供らしいかどうかは別として)、胸が躍るバクラ。
口では何だかんだ言っても、アルスも気になるのか目を輝かせながら壁の先を見つめた。

「……………」

「……………」

彼らの心情を表すなら、何これ、である。
曰く、この遺跡を制覇した者には巨万の富よりも価値がある物が手に入る。
噂通りなら、この先には巨万の富よりも価値があるお宝があるという事になる。
その宝は一体何なのか。
金銀財宝なのか、宝石の山なのか、昔の王様の王冠なのか、それとも何かのロストロギアなのか。
何にせよ、普通は何か“物”があると考えるのが普通だ。
しかし――

「アルス……俺の目が可笑しくなったのか?」

「いや、大丈夫だ……俺にも外にしか見えない」

壁の先に待っていたのは、宝なのではなく青空が広がる外の景色だった。
眩しい太陽が、閉鎖された地下に居た二人の体を包みこむ。
かなり高い場所で、吹き抜ける突風が体を揺らした。
下には青々とした木々に囲まれた森が見え、遠くまで一望できる。
察するに、どうやらあの石段は何処かの山をくり抜いて造った通路へと繋がっていたようだ。
なるほど、道理であんなバカの様に長い階段だった訳だ。
階段の長さには納得したが、この結果には納得できない。
バクラの表情が、一目で解るほど不機嫌に歪んでいく。

「おい……まさか、『此処にたどりつくまでの困難に打ち勝つ勇気と知恵が宝だ!』なんて、今時三流の作家でも書かねぇような、下らねぇ落ちじゃねぇだろうな」

もしそうだとしたら本当に爆発してしまうかもしれない。

「……どうやら、違うみたいだぞ」

爆発して被害が出るのは御免なので、アルスはバクラにその存在を伝える。
なんだ、と不機嫌なまま振り向くバクラ。
見てみると、行き止まりになっていた壁の直ぐ近くに、訳の解らない文字の羅列が刻んであった。
古代文字。
それも、この世界がまだ有人世界だった頃に描かれた特殊な文字だ。
バクラも教養を学んで、一応ある程度の古代文字は読めるが、流石に他世界の文字までは読めなかった。

「それじゃあ、こいつの出番といきますか」

古代文字を見ながら眉を曲げているバクラの隣で、アルスはいそいそと持ってきた荷物の中から機材を取り出した。

「はいはい、バクラ退いて~……え~、先ずはこれで壁に刻まれた文字をスキャンして、取り込んだ画像をノートパソコンに送って。
そして最後に、パソコンにダウンロードしていたこの世界の古代文字翻訳ソフトにかけて、暫くお待ちくださ~いっと」

「……前々から思っていたんだが、何でんな物で翻訳なんか出来るんだ?」

「何でって言われても、そういう機械だから。というかさお前、パソコンとか学ぶ気ないの?
デバイスは……まぁ、別にお前の好みだからいいとして、最低でも電子機械を一通り自由に使えこなせるようにしておかないと、後で苦労するよ」

「いいんだよ、俺は自分の足で動く方が性に合っている」

「いや、行動派って……今時お前みたいなアナログ人間の方が珍しいぞ。まぁ、自分の技術と経験だけで遺跡発掘が出来るのは、正直羨ましいけど」

「俺から言わせらぁ、そんな物を自由自在に使いこなせるてめぇの方が羨ましいっての」

とか言ってる間にも、文字の翻訳は終わりパソコン画面上に翻訳された文面が映し出された。

「なんて書いてあるんだ?」

急かすバクラを落ち着かせ、アルスはゆっくりと文字を読みあげた。

「え~と……『我が守護獣を破り此処に辿り着きし者、ここから見える全ての光景を与えよう』……だってさ」

短く、簡潔にそれだけが書いてあった。
訳が解らない。
そう言いたそうに、バクラは眉を曲げていた。
アルスも同じ気持ちなのか、何とも言えない怪訝な表情で古代文字を見つめている。
何時までもこうして固まってるわけにはいかない。
二人は互いの知恵を振り絞って謎解きを始めた。

「“守護獣”ってのは、あの炎を塊の事だな」

「多分、そうだろうな。此処に来る前に、それらしい者はあれしか居なかったし。って事は……“ここらか見える全ての光景”って」

バクラとアルスは同時に広大な大地が続く外を見つめた。

「この光景で間違いねぇな。……だが、何でそんな物を」

文字の意味自体は解ったが、何故そんな物が宝なのか解らない。
再び怪訝な表情で外の景色を見つめるバクラ。
その時、あ、とアルスが何かを思い出したように呟いた。

「そういえば……此処の遺跡ってこの世界に住んでいた有権者が建てたって、噂だったよな。と言う事は……」

漸く完璧に理解した。
守護獣とは、暗黒火炎龍。全ての光景とは、此処から見える全ての景色。
そして、噂にあった遺跡を制覇した者とは、暗黒火炎龍を倒しこの場に辿り着いた者を指す。
これらの点と、この遺跡を有権者――つまり、権力がある人間が建てた点を結べば、おのずと答えは見えてくる。
遺跡を制覇した者には、この世界の土地――森や川や山など、ここから見える土地全てを渡す。
それこそが、巨万の富よりも価値がある宝だと言う事だ。

「ざけんなよぉ!」

低く、怒に染まった唸り声をあげながら壁を殴りつけるバクラ。
罅割れた壁が、彼の怒りを示していた。
此処に書かれている古代文字が本当だとするなら、この遺跡建てた有権者と言うのはかなりの権力を持っていたのだろう。
もしかしたら、王様だったのかもしれない。
昔の人間にとって、王とは現人神そのもの。
命令は絶対。
本当に土地を貰えるなら、確かに巨万の富よりも価値があっただろう。此処が有人世界ならば。
既に文明が滅んだこんな世界では、貰った所でほとんど価値は無い。
いや、それ所か貰うなど絶対に不可能だ。
既にこの世界はブライアント社に土地権が認められている。
その後ろには管理局と各世界の政府機関が控えているのだ。
昔の人間が残した遺言と、今現在の企業のトップクラスに立つブライアント社。
おまけに病院創設のためと、結果的に次元世界に人々に役に立っている。
どちらに分があるかは、子供でも解る。
無駄足。
あれだけ苦労したというのに、何も得る物はなかった。

「ま、いいじゃないか!なんだかんだ言って未開の遺跡を制覇したんだし、珍しい龍も見れたんだから。
もしかしたら、新種発見で俺達の名前が付けられるかもしれないぞ!」

自分が求める様な宝がなかったのは確かに残念だが、遺跡を制覇しただけでも満足だ。
一応のフォローのつもりで幼馴染を窘めるが――

「んな事はどうだっていいんだよぉ!!」

バクラにとってみれば、遺跡を制覇した事も、新種を発見した事など、どうでもいいのだ。
彼にとって大切なのは、結果。
そこに行き着くまでの過程が結果と見合うかどうかが重要なのだ。
名よりも実。
それがバクラの主義であり、今回の結果には満足しなかったのも事実なのだ。
どーどー。やんわりと窘めるアルス。
こういう時は、下手に正論を言うよりもこのような慰め方が一番効果がある。
バクラも、何時までも唸っていても無駄だと判断したのか、怒りの矛先を収めた。
流石幼馴染。
スクライアの問題児を扱い方を知っているアルスだった。

「それにしても……変わった人だよな、こんな遺言を残すなんて」

話題を変える意味でも、アルスは自分が気になっていた事を問いかけた。
変わっている。
各世界の文明が違うのだから、そう感じるのは辺り前かもしれないが、実際に見ると本当に変だ。
此処に書かれている遺言が本当だとするなら、この遺跡を建てた人はかなりの権力を持っていたという事になる。
権力者。
普通ならば、その子供や血族が後を継ぐのが常識だ。

「変わってる……か」

アルスの問いに対して、バクラは少し硬い声で答え始めた。

「俺から言わせりゃ、ただてめぇの権力を誇示したかっただけにしか見えねぇな」

「…………バクラ?」

漸くアルスも、バクラの様子が可笑しい事に気付いた。
不機嫌。
宝が見つからなかった時とは違う色の感情を顔に宿していた。

「見な」

顎で外を指し、景色を見るように諭すバクラ。

「此処から見える景色……あの森も大地も山も、全てがそいつの物だったんだろうよぉ。
なら聞くが、何故そいつはこれほどまでの広大な大地をてめぇの物に出来たんだ?
……簡単だ。そいつが権力を持っていやがったからだ。
ただ玉座に座っているだけで、これだけの物を手に入れられる。民衆共も、王に対して何も言わずにそれを受け入れていやがる……イラつくぜぇ」

険悪感。感情のまま悪口雑言を吐きだすバクラ。
昔からそうだ。
バクラはあまり、権力者に対して良い感情を備えていない。
寧ろ、その逆に険悪感を抱いていた。
何度かこの性格を直そうとしたのだが、結局無駄。
誰が何と言うとも、この険悪感だけは取り除かれる事はなかった。
一体何故、ここまで権力者に険悪感を示してるのかは解らない。
原因を突き止めるにも、バクラには記憶がないのだから手の打ちようがない。
5歳。
初めてバクラがスクライアの一族に拾われて以後。
両親や故郷を探したのだが、未だに何の手がかりも攫めていない。
それ以前の記憶も、本人には全くと言っていいほどなかった。

「だが、俺は違う。玉座に座ってふんぞり返るしか能がねぇ、腰ぬけ野郎どもとはな!」

険悪感を振り払い、笑みを浮かべるバクラ。

「管理局じゃ、俺の事を盗賊と罵ってるようだが……」

盗賊。管理局でもバクラの事をそう呼ぶ人間は決して少なくはない。
勿論、銀行を襲ったり、誰かの物を盗むなどの犯罪行為はしていない。
が、墓荒らしまがいな事や遺跡の宝を全て持ち去る事から、そう呼ばれているのだ。
しかも、その噂に尾ヒレが付いてある事無い事、悪い噂が流れている。
そのせいか、バクラはあまり管理局からは良い印象を持たれていない。
別にそれに不満を抱いてはいない。
自業自得だし、何よりも不思議と自分が盗賊と呼ばれるのは当たり前だと思っていた。
しかし、たった一つだけ不満がある。

「喜んでその名を受け入れてやるよ。正し!盗賊は盗賊でもただの盗賊じゃねぇ。
王権も、森も、大地も、ここから見える全ての光景を手に入れられる王の中の王!盗賊王だ!!」

普通の人間なら精神状態を疑う様な言葉。
人から軽蔑される異名で呼ばれても、それを受け入れ、尚且つ自分の事を盗賊王など名乗る。
他人から見たら病院に行け、と言いたくなるが、何故かアルスにはバクラにはその名前が似合っていると思った。

「盗賊王ってな……まぁ、お前が良いなら別に良いけど、あまり人前でそういう事は言うなよ。
で、その盗賊王様は何を盗むんですか?」

ほんの冗談のつもりで問いかけたアルスだったが、次のバクラの発言は想像を遥かに超えていた。

「へッ!そんなの決まってる!」

アルスの方に向き直り、絶対の自信を込めた声で盗む物を答えた。

「国を盗むんだよ」

「そう国を……って、国いいぃぃーーー!!?」

思わず叫んでしまったアルス。
冗談、いや冗談ではない。少なくても目の前の幼馴染は本気で言っている。

「国って……お前な、いくらなんでもそれは無理だろ、絶対」

これはアルスだけでなく、ほとんどの人間が抱く感想だろう。
国を手に入れる。
今時こんな夢物語、大人は勿論、子供でも言わない。

「不可能じゃねぇ。実際、あの爺さんだってこの世界を手に入れているじゃねぇか。
だったら、俺様にだって手に入れられるはずだ!」

確かにブライアント社はこの世界の土地権を認められいる。
が、それはあくまでも認められているだけだ。
実際には管理局を始めとした各世界の政府に制約を受け、完全に独立しているとは言い難い。
次元世界トップクラスの企業であるブライアント社でもこれなのだ。
たかがスクライアの子供風情に、そんな大事を成し遂げられるはずがない。
と、ほとんどの人が口を揃えて言うだろう。
でも――

「俺に付いてきな、アルス!そうすりゃ、てめぇにも最高の景色を拝ませてやるぜ!
いや、てめぇだけじゃねぇ!一族全員に、管理・管理外世界の区別をつけず、自由に発掘できるようにしてやるよぉ!
このバクラ様がな!ハハハハハハハハハッ!!」

不思議とアルスには目の前の男が、本当にその夢物語を叶えそうに聞こえた。




少しの間休憩していたが、何時までも此処に居る訳にはいかない。
仕事の報告も残ってるし、何よりも此処には自分が求めていた宝がないのだ。
こんな所にはもう用はない。
時間を短縮させるため、バクラは自分が開けた穴から外へと飛び降りた。

「管理・管理外世界の区別をつけずに自由に発掘……か」

残ったアルスは、一人で先程のバクラの発言を考えていた。
管理局では違法魔導師などの区別のため、基本的に他世界に行く時は正式な手続きをとならくてはならない。
スクライアとて例外ではない。
遺跡発掘のためとはいえ、管理世界に向かうにはその世界の政府や管理局に許可をとる必要がある。
管理世界でも此処まで厳しいのだ。
基本的に不干渉の管理外世界に発掘に向かうとなれば、余程の理由がない限り不可能だ。

「でも……もし本当に、そんな事が出来れば楽しいだろうな」

管理世界のアルスだって、時々管理外世界の遺跡などに興味を惹かれる事はある。
正直言って、自分もバクラの様に自由に発掘できたら良いな、と考えた事は一度や二度ではない。
もし、自由に発掘できたら。自分もバクラも、一族の皆で自由に旅が出来たとしたら。
少なくても、退屈する事がない毎日を過ごせそうだ。

「まぁ、期待してないで待ってるよ」

自分の冷静な部分が訴えている。
バクラの夢は、これから先永遠に叶う事はないだろう、と。
でも、それでも少しだけ……本当に少しだけ期待を抱いたアルスだった。






(にしても……)

帰り道。
無事に下に辿り着いたバクラ達は、森の中を通ってゴルドの屋敷を目指していた。
その途中、バクラは振り向き自分達が降りてきた山を見つめていた。

(あの龍……似ていやがったな)

地下で出会った暗黒火炎龍。
姿も能力も違うが、何故か自分が従えさせているモンスターと似た感じがした。
あくまでも感じだったので、もしかしたら気のせいだったのかもしれない。
しかし、それでも幾つか奇妙な点が見られる。
先ず初めに名前。
暗黒火炎龍という名前に相応しい姿をしていたが、何故その名で自分が読んだのか解らない。
他に思いつきそうな名前など幾つもあるのに。
ただあの時、咄嗟に浮かんだ名前がそれだった。
そして、あの龍の姿。
スクライアの一族に連れられて、小さい頃から各世界を廻ってきたが、あんな龍見た事がなかった。
そもそも、あれは本当に生き物だったのか。
全身を凄まじい高温の炎で身を包み、まるで意思を持ってるかのように動く生き物。
こんな珍しい生き物なら図鑑に載っても可笑しくはない。
なのに、自分にもアルスにもそんな情報はなかった。
気持ち悪い。
何かを思い出しそうだが、思い出せない。
胸から何かが込み上げ、喉元まで出かかってるのに、肝心の『何か』が足りない。
バクラは歯痒い気持ちを振り払うかのように、乱暴に草を踏み締めた。






バクラ達が去った、マグマのエリア。
誰も居なくなり、蠢くマグマの音が響き渡っていた。

――ガラガラッ

突然、側面の壁が音を立てながら崩れ落ちた。
ポチャポチャ、と欠けた岩がマグマの中に落ちていく。
石板。
壁の中には、何も描かれていない一枚の巨大な石板が収められていた。
ピシッ。
誰も触れてないと言うというのに、突然罅が入る。
ピシッ、ピシッ。
罅はドンドン大きくなっていき、石板全体に入った。
そして、遂に石板は罅に耐えられず、バラバラに砕け散ってしまった…………






プルルップルルッpガチャッ

「もしもし、ワシじゃが」

「申し訳ありませんが、この電話は回線は『ワシ』と名乗る方に対して繋がっておりません。
またのご連絡をお待ちしております」

「ゴルド、お主な……あぁ~~待て待て!前のアレはワシが悪かったから、本気で切ろうとするな!」

「あはははっ。冗談だよ、バナック」

(お主がやると冗談には聞こえんのじゃ)

「何か言ったかな?」

「いや、何でもない。それよりも……どうじゃった?お主の目から見て、ワシの所の若造二人は?」

「う~~ん……そうだね……」

ゴルドは目を瞑り、彼ら二人の姿を思い浮かべた。
一呼吸置いて、ゴルドは目を開きバナックに結果を伝える。

「合格だよ。凄いね、二人とも。とても10歳とは思えないよ」

「そうかそうか、合格か!」

一瞬で解るほど、バナックは声を弾ませた。

「アルス君は経験こそ足りず、少しだけ荒い所もあるけど、魔法の完成度も知識も、何より熱意が凄いね。これからきっと大きく伸びるよ。
昔の君にソックリだね」

うんうん、とご機嫌なまま頷くバナック。

「そして、バクラ君は……」

バクラ。スクライアの問題児の名前が出て、僅かに体を強張らせるバナック。

「彼は優秀なんてものじゃないよ。ハッキリ言って、異常過ぎる。
噂に聞いていたレアスキルや召喚魔法もそうだけど、何よりもあの度胸に判断力。
あの領域まで達するには、かなりの修練が必要なはず。
ただ遺跡発掘をしていだけじゃあ、絶対に身につかないよ。
一体彼は何者なんだい?」

「何者ねぇ~~」

長い白い髭を弄りながら、バナックはハッキリと自分の答えを伝えた。

「なぁ~に、ワシら一族の超問題児じゃよ」

言ってる言葉自体は悪いが、その声の裏には親愛の情が込められた、優しい声だった。

「ふふふっ、そうだね、なら仕方ないか。……しかし、わざわざ私に今回の様な事を頼む必要があったの?
あの二人がこれから先、一人前として通用するかどうかのテストだなんて。君がやればよかったんじゃ?」

「何を言っておる、こういう事に関してはお主の方がワシより慣れているであろう?
それに、お主を信頼してるからこそ、今回のテストを頼んだんじゃ。そうでなければ、最初からこのような事は頼まん」

「全く君は……昔から変わってないんだね」

「お互い様だろ。所で、話しは変わるのじゃが……あの炎の龍はお主が用意したものか?」

「いや、違うよ。私もその事を言おうとしてたんだ。
今回のテストに、私はあの遺跡を利用した。勿論、今までほとんど調査されていないから、もしもの時はわが社自慢の腕ききを救出に向かわせるつもりでね。
でもまさか、あんなとんでもない龍が住んでいるとは思わなかったよ。
慌てて、大部隊を向かわせようとしたぐらいだからね。まぁ、結局は無駄になったけど」

「うぅ~ん……お主の差し金で無いとするなら、やはり自然に生まれた龍?じゃが、あんな生き物が生まれる事などあるのか?」

「それは解らないけど、少なくてもただの龍って訳じゃなさそうだ。一応私も、気になるから調べてみるよ。
……っと、御免。そろそろ検査の時間だから、切るね」

「おおぉ、そうか。すまんな、忙しい所時間を割いてもらって」

通信終了。
お互い別れの挨拶を交わしながら、通信回線を切った。

「ふぅ~……合格か。どれ、あの二人に祝いの言葉でもかけてやろうかのぉ」

バクラとアルス。
二人の元気な姿を思い浮かべながら、バナックはテントの外へと出て行った。







~~ネタ~~

「よし……行け!デーモンの召喚!十万ボルt「ちょっと待てええぇぇーーーー!!!」…んだよ、アルス!邪魔すんじゃねぇ!!」

「攻撃名違うし、作品自体も違うから!」

「問題ねぇ!声優繋がりだ!!」

「メタ発言!!というか、居ないよ!あんなピ○チュウ!
もっと可愛いから!こう、クリっとした目に赤いほっぺがチュームポイントの可愛いくて小さい電気ネズミだから!!
なにあれ!?
身長は人間よりも遥かにでかいし、可愛くないし、寧ろ怖い!嫌だよ!骨と筋肉だけで、皮も血も流れてないピ○チュウなんて!
絶対に人気者になれないし、下手したら子供達にトラウマ植え付けるぞ!」

「うるせぇな!CVもないくせに、つっかかるんじゃねぇ!!」

「(ムカッ!)……あ、あるもん。俺だって、CVぐらいあるもん!!」

「ほぉ、ならぁ今ここで喋ってみろ」

「わ、解った……コホンッ。………………クククッ、遊戯今度は俺が相手だ」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

ブチッ!

「ざけんじゃねぇ!!それは俺の第一作の方の声だろうが!第一、てめぇ遊戯を知らねぇだろう!!」

「い、いいじゃん!だいたいな、お前ずるいんだよ!
柏倉○とむさんに、井上○さんに、松本○香さん。
三人にも声をあてられて……う、羨ましくなんかないもん!ただ、俺にも一人ぐらいついてくれてもいいじゃんと思っただけだもん!!」

「当たり前だぁ!てめぇはオリキャラなんだから、CVがつくことは永年にねぇ!!」

「言っちゃう!それ言っちゃう!!うわああぁーーん、バクラのバカー!!
自分だって活躍したのは、最後の方だけじゃん!しかも、砂になって退場するなんて、散々思わせぶりな活躍しておいて呆気ない最後を遂げたくせに!!」

「てめぇ……俺に喧嘩売ってるのか?上等だぁ!その喧嘩買ってやる!!行け、デーモン!!」

「○トシ風の口調で言うなああああぁぁーーーー!!!!」

ちなみに、闇○トシというジャンルもあるので、あながち間違ってはいない。










え~~……色々言いたいことはあると思いますが、なによりデーモンの召喚。
原作だと遊戯のモンスターですけど、悪魔族だし、バクラも使っても可笑しくはないと思いまして。なにより、一番お世話になったカードですからね。
一体の生贄で攻撃力2500。
お世話になったのは、絶対自分だけじゃないはずです!
それに、悪魔族で一番印象に残ってるのは、やはりデーモンの召喚ですから。
まぁ、最後のネタをやりたかったのも少しだけ入っていますが……

では、また次回頑張ります。



[26763] スクライアの休日
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/04/24 13:56





スクライア一族。
古代遺産の発掘~時にはロストロギアの発掘まで、遺跡発掘を生業としている流浪の一族。
基本的に、彼らは各世界の遺跡を発掘するため旅を続けている。が、年がら年中旅を続ける訳ではない。
時には骨休みも必要なのは、何処の世界でも同じだ。
今回のお話は、そんなスクライアのある家族の休日から始まる。





ミッドチルダのとある住宅街。
特に大きくも無く、小さくも無く、一家が住むには十分な一軒家。
その二階。
子供部屋でバクラは目を覚ました。

「ふああぁ~~ん……ああぁーーくそぉー」

相当寝起きが悪いのか、かなり不機嫌だ。
大きな欠伸をしながら、ボリボリと頭を掻く。
まだ霞みがかかった目で辺りを見渡すと、時計の針は既に7時を過ぎていた。
そろそろ起きるか。
布団を跳ね除け、ベットから出ようとするバクラ。

「!!つぅ~~!!」

その時、彼の体の節々に痛みが走った。
顰めっ面になり、痛みを発した箇所を抑える。
どうやら、昨日寝た時に変な寝方をしたのか、寝違えたようだ。
ちくしょう。
自業自得ながら、怒りをぶつける矛先がない事に不機嫌さを増すバクラ。
とりあえず、顔でも洗ってスッキリするか。
タンクトップに寝巻用の薄い半ズボン。
一人暮らしの男性の様な格好のままベットから抜け出る。
階段を降り、一階へ。そんなに長くない廊下を渡り、洗面所へと向かう。
ボサボサに何時もより跳ね上がった髪の毛を鏡で見ながら、先ずは歯を磨き始めた。

「じぐじょぉー、ばのグゾジュウが」(ちくしょぉー、あのクソ竜が)

真っ白な髭を泡立てながら、バクラはこの間の遺跡発掘の事を思い出していた。
盗賊の羽衣。
能力は勿論、バクラ自身はこのロストロギアのデザインを気にいっていた。
それをダメにされただけでなく、肝心のお宝も今では価値がない下らない物だったのだ。
バクラの機嫌は、只今急降下中。
おまけに朝の寝起きも相まって、さらに倍率ドンッ!
さらにさらに、寝違えて体の節々が痛く倍率ドンッ!ドンッ!
それはもう、子供が一目見たら泣き叫びそうなほど、洗面台の周りを重苦しいオーラが包みこむほど不機嫌だった。

「あら~?バクラ君、起きたの~?」

声をかけるなオーラを放出しているバクラに、勇敢にも随分と間延びした声で名前を呼び掛ける人が居た。
鏡越しでその人物の姿を確認する。
かなり若く、下手したら10代と間違えられるほどの女性。
ぽやぽや、という表現が似合いそうなバクラと真逆の顔付。
でも、バクラよりも年上で十歳以上離れているこの家の住人。
髪はウェーブがかかった、ピンク色のロングヘアー。
全体的に暖かな空気に包まれ、優しいお姉さん、という言葉がよく似合う。
片手に持ったお玉が容姿と相まって、家庭的なほんわりとする空気が辺りを包みこんだ。
その威力はバクラの不機嫌なオーラを吹き飛ばし、一瞬でこの場を和ませるほどの威力を持っていた。

「おはよう」

「うっす」

片や優しそうな、癒し系オーラ全快のお姉さん。
片や目つきが怖い・口が悪い・粗暴な振る舞いが当たり前、な見事なまでの三連コンボが決まった、お前本当に子供、と疑いたくなるような風貌を持つ男の“子”。
そう、あくまでもバクラは男の“子”なのだ。
同年代の平均よりも遥かに身長が高くとも。
見事なまでに鍛えられた大胸筋や割れた腹筋を持っていようとも。
自分自身で盗賊王と宣言しようとも。
バクラはれっきとした男の“子”で“10歳児”なのだ。
ちゃんと住民票にも登録されているし、スクライアの皆がそれを証明するのだから間違いない。
間違いないのだが、容姿のせいかどうしても年上(老けてるともいう)に見えてしまう。
家庭的な若い女性と、そんな風貌を持つ子供が話してる様は、何処となく変な感じた。

「アルス君はまだおねむ?困ったわ~そろそろ朝ごはんなのに……」

お玉を片手に、その女性は本当に困ったように眉を曲げていた。
可愛い。
見た目や言動のせいか、大人の女性と言うよりも何処となく子供っぽい仕種だ。

「あ!そうだ!」

名案が思い付いたと言わんばかりに、ポンッと手を叩く女性。

「バクラ君、アルス君を起こしてきてくれる~?何時もはバクラ君が起こされているんだし、そのお礼に……ね?」

力が抜ける柔らかい声に眩しい太陽の様な笑顔。
最後に首を傾げたのがチュームポイントとなって見事なコンボを決めていた。
普通の男性ならその仕草にコロッといってしまうが、生憎とバクラにそんなコンボは効かない。
特に動揺もせず、歯を磨いていた。
というより、この女性は何と無駄な時間を費やしているのだろうか。
相手はスクライアの問題児、バクラ・スクライア。
傲慢・強引・自由気まま。
とてもじゃないが人の言う事を聞く人間であるはずが――

「……ばかった」(解った)

なんと、予想に反しバクラは素直に言う事を聞いた!

「お願いね~」

笑顔で間延びした声でお礼を言い、女性は台所へと戻った。

「シャカシャカシャカ……ガラガラガラッ、ぺッ!……ッ!つぅ~……いってぇな」

激痛ではない僅かな傷み。
それでも時々体に走るのは正直鬱陶しい。
コキコキッ。
軽く肩を慣らしながら、洗面台の引き出しからタオルを取り出す。
手で受け皿を作り、冷たい水で顔を洗う。
サッパリ爽快。
ぼやけていた視界が一気にクリアになった。

「ふぅ~、さぁて……さっさとアルスでも起こして、朝飯でも喰うか」

先程の女性に言われた通り、アルスを起こし二階へと向かうバクラ。
途中、女性の鼻歌に混じって良い匂いが彼の鼻孔を掠めた。
グー。
生き物とは不思議だ。
昨日、あれほどたらふく食べたというのに、もう次の日には腹が空いてしまう。
早くこの腹の虫を静めてやるとするか。
バクラの足取りが自然と速くなった。

「あ……バクラ兄さん、おはよ~う」

パジャマ姿のユーノが挨拶をしてきた。
ゴシゴシと目を擦る姿は、何処となく小動物を思わせる。
ショタ+可愛い+上目づかい。
などという、一部の人にはとてつもない破壊力を生むコンボだ。
注意点として、見た目は女の子にも見えるが、これでも立派な男の子なのであしからず。

「うっす」

言葉短しに挨拶を交わし、階段を昇っていく。
子供部屋。
先程まで自分が寝ていた部屋の扉を開ける。

「くーかーくーかー」

同居人の静かな寝息が聞こえた。
二段ベット。
上はバクラが使い、下はアルスが使っているのだ。

「起きな」

乱暴にアルスを起こそうとするバクラだが、一向に反応なし。
当の本人は幸せそうに夢の中に旅立っていた。

「おい!さっさと起きろ!」

目の前の男を起こさなくては朝ご飯にありつけない苛立ちから自然と声が大きくなっていた。
しかし、やはりアルスに起きる気配は全くない。
布団を剥ぎとる。
普通此処まですれば大抵の人間は起きるが、アルスは起きない。
どうやらかなり深い眠りについているようだ。

「めんどくせぇな」

アルスの容姿は正直かなり整っている。
鮮やかなライトブルーの髪に、白い肌。
年上に可愛がられる弟タイプと言った所だろう。
肌蹴たパジャマの間から鎖骨が何気にセクシー。
ユーノの時と同じく、その手の人から見たら生唾物の光景だ。
が、当然の如くバクラにそんな趣味があるはずも無く、拳を硬く握りしめ大きく振り上げ――

「さっさと起きやがれぇ!!」

一気にアルスの腹へと落とした。
さて、ここで魔導師について少しだけ説明しよう。
魔導師とは絵本で言うならば、魔法使いの事だ。
魔法使いとは魔法を使う事が出来る人間を指す。
勿論、アルスもその魔導師であるのだから魔法を使える。
しかし、いくら魔法を使えるとはいっても流石に寝ている間は普通の人間と同じだ。
身体強化も防御魔法もかかってはいない。
つまり、何がいいたいかと言うと――

「~~~!!あぁ~~~!!あっご…!……!!うがぁ~~!!!」

そんな所に拳を、しかも腹に撃ち込まれたら物凄く痛い。

「漸く起きたか。さっさと来な、飯が食えねぇだろうが」

目の前で悶絶する幼馴染を見ても、バクラには一切の罪悪感はない。
淡々と要求だけ告げて、俺には関係ないぜ、と言わんばかりに部屋から出て行こうとした。
しかし、当然のことながらアルスは、はいそうですか、と許せるものではない。

「ちょっっっっっっと待たんかああぁぁーーーいいいぃ!!!」

怒号と共に、アルスはベットから弾かれたように飛び出てバクラに襲い掛かった。
残念だが、その攻撃は読めている。
後ろから襲い掛かってくる飛び蹴りを避けるバクラ。
そのままアルスは部屋の外に向かい、壁を蹴って止まった。

「朝っぱらから騒がしいんだよ、てめぇは」

100人中100人が口を揃えてバクラが悪いというこの状況。
なのに、まるでお前朝からご近所の皆さんに迷惑かけるな、とアルスの方が悪いと言ってるような態度。
ブチッ!
アルスの方から何かが切れる音が聞こえたのは、決して気のせいではなかった。

「だあぁ~~れえぇ~~のおぉ~~せえぇ~~いいぃ~~だと思ってるんだ!!」

「誰のせいだ?」

「お前だ!そこに居るお前!髪の手入れも碌にしてなくて、殺戮者みたいな凶暴な目をして、名前が“バ”で始まって“ラ”で終わる人!!」

第一次朝の戦争勃発。

「たくっ、うっせーな……起きねぇお前が悪いんだよ」

「あんな起こし方があるか!何、アレ!?
寝ている無防備な相手のお腹を握り締めた拳で殴る起こし方って!!?世界中探したって、こんな起こし方する人はいないよ!」

「解らねーぞ、次元世界を隅々まで探せば実際に居るかもしれねぇじゃねぇか」

「屁理屈はいい!今の議論は、何故そんな起こし方を俺にするかって話し!?
もっとこうさ、優しく起こそうとは思わないの!!?せめて体を軽く揺らすぐらいに留めておくとか出来ないの!!?」

朝の不機嫌な所に一方的に怒鳴られたせいか、バクラの不機嫌パラメーターはさらに上昇した。(もっとも、それはほとんど自業自得だが)

「チッ!いちいちつっかかんじゃねぇよ!」

「誰のせい!誰のせいなの!?俺だってお前が大人しくしてれば、こんな風に怒ったりはしないよ!!ねぇ解ってるの!?」

「あー……解った解った、解ったからさっさと道を開けな」

100%解っていない。
早く朝ご飯を食べたい一心で道を開けるよう要求するバクラ。
アルスの頬が一目でわかるほど、ピクッピクッ、と痙攣を始めた。

「嫌だ!」

「あぁ?」

「お前が謝るまで、退いてやんない!」

バクラを通さないように、部屋の入り口で仁王立ちをする。
こんな事をしたら、自分も朝ご飯にはありつけないかもしれない。
でも、それでも男には時として譲れない物があるのだ。
アルスは今、その譲れない物のために戦う事を決意した。
まぁ、要するに相手が謝るまで絶対に許さないと言う事である。
普段は大人っぽいアルスだが、流石に怒っているのか子供らしく頑固な面を見せた。

「退け」

「嫌だ。先ずは謝れ」

バクラがどんなに退くよう言っても、アルスは一向に拒否。
頑固して道を譲ろうとはしなかった。
右に移動する。アルスも同じように右に移動した。
ならば左。しかし、またもやアルスも左に移動して出口を塞がれてしまう。
右、左、右、左、右、左……………………ブチッ!
バクラの不機嫌パラメーター遂にMAX。

「さっさと退きやがれぇ!喰いモンにありつけねぇだろうがぁ!」

「逆切れ!?逆切れなの!!?訳わかんないから!」

訳が解らない。確かにその通りだ。
確実にバクラが悪いのだが、残念ながら不機嫌MAX状態の彼にはそんな常識はない。
退かないなら、無理やり退かすまで。
足腰に力を入れ、アルスよりも鍛え抜かれた肉体をフルに利用し、無理やりにでも突破しようとする。

「そっちがその気なら……俺だってやってやる!」

体当たりを仕掛けてきたバクラを見て、アルスにも火がついた。
自慢の頭をフル回転させ、一番有効的な技を導き出す。
体格なら自分よりも相手の方が遥かに上。
まともにぶつかれば、負けるのは目に見えている。
ならば、とアルスはバクラが迫って来たと同時に屈み込んで一気に体勢を低くした。
そしてタイミングを完璧に合わせ、バクラの足払いを仕掛け体勢を崩した。

「ッ!!」

タイミングの合わせ方、そして一連の流れる動き。
全てにおいて完璧だった。
反応が遅れ、宙へと舞うバクラ。そこにさらに追撃を仕掛ける。

「はぁッ!」

丹田へと力を込め、足を踏みしめて重心を定め、一気に突き上げるように腹部へと掌底を撃ち込んだ。

「ぐふっ!」

肺から空気が漏れ、部屋の中へと押し戻されるバクラ。
ゲホッ、ゲホッ、と咳払いをしながら腹部を抑えた。

「げふ……あぁっがっふ……フフフッ……よぉ、何時の間にこんな技を身に付けたんだ?」

「族長やレオンさんに、時々稽古をつけて貰っていたんだよ。
いざという時にある程度の格闘戦も出来るようにな。体力も鍛えられるし。
もうお前に、肉弾戦で一方的に負けることはない。成長してるのは、お前だけじゃないないんだよ!」

「クックックッ……ヒョロヒョロのモヤシだったガキが……中々楽しませてくれるじゃねぇか」

「ガキっていうけどな、お前も俺と同じ年だ。体格や顔が明らかに年齢にそぐわないのは認めるけどな」

互いに言葉を交わしながらも、ジリジリと相手との距離を縮ませていく。
カチカチ。
時計の針が時を刻む音が聞こえるほど、この場は静まり返っていた。
目と目が合う。
同時に二人は悟った。
この男には言葉では通じない。拳だけが唯一通じるものだと。
ならば、その拳で語ろうではないか。
同時に駆けだすバクラとアルス。
互いに信念を込めた拳を振り上たその時――

「なぁに!朝っぱらから、物語の最後に主人公とライバルが激突する様な場面をやっとるんだ!己らはッ!!」

「がっぐ!」

「うが!」

レオンの拳骨により、強制的に止められた二人だった。




朝の食卓。
普通だったら一日の初めのエネルギーを取り入れ、家族と談話する楽しい場面。
しかし、この家族の食卓の空気は少しだけギスギスしていた。

「……………」

「……………」

無言のまま朝ご飯を食べ進めるバクラとアルス。
その頭には立派なタンコブが出来ていた。
朝の食卓に漂う不穏な空気の原因は、言わずとも知れたこの二人である。
確かにあの時の自分達は止めるには、あの方法が一番だった。
それは納得できる。
近所の迷惑も考えて、少しばかりお灸を添えるのも頷ける。
が、やはり完全に納得は出来ていないのか、二人とも仏頂面のまま朝ご飯を食べていた。
しかも、席が隣同士。
互いが放つピリピリとした空気が混ざり合い、二倍にも三倍にも空気の濃度を高めていた。

「レオンさん、ケチャップを取って下さい」

「ああ、解った。……ほれ」

「ありがとうございます」

一方、バクラ達の席の対面では実に和やかなムードが漂っていた。
レオンに取ってもらったケチャップをウィンナーにかけるユーノ。
二人とも、こんなギスギスした空気の直ぐ側に居るというのに、何処も変わった様子はない。
何事も無いように、まるで親子の様な会話を交わしながら朝食を食べていた。

「あ、このドレッシング美味しい」

「本当だ。これお前のオリジナル?」

「はい、そうですよ~。今回のは今までの中で一番の自身作なんですよ」

右にバクラ、アルス。左にユーノ、レオン。その間に挟まる形で、先程のピンク髪の女性が座っていた。
変わらずニコニコ顔で、自分が作ったドレッシングが好評だったのに素直に喜んでいる。
やはりユーノ達と同じく、バクラ達の事は特に気にしていない。
右はギスギス、左+上はほんわか。
他人から見たら、何この家族!、とツッコミを入れられそうだ。

「……………!!」

「……え~と、マーガリn!」

トーストを片手に取ったバクラとアルス。
マーガリンでもつけようかと思ったが、二人とも全く同じタイミングで手を伸ばした。
肝心のマーガリンは一つしかない。
必然的に二人は取り合う形になってしまった。

「バクラ~…手、退けてくれない?マーガリン、つけられないんだけど?」

「てめぇが退けな。俺の方が速かった」

「いーや、俺の方が一秒速かった」

「ケッ!寝言言ってんじゃねぇよ、俺の方が二秒も速かったぜ」

「間違えた、三秒だった」

「おっと、いけねぇ。二と四を間違えていた」

第二次朝の戦争勃発。

「お前、甘いの好きだっただろ~?わざわざマーガリンじゃなくてもいいじゃん。ほら、チョコレートでもつけて食べてろよ。
その真っ黒な思考で埋め尽くされた脳には、同じように黒い糖分がお似合いだぞ」

「ならぁ、てめぇみてぇな、少しでも力を入れればグチャグチャになっちまう様な軟な脳には、イチゴジャムがお似合いだ。
ほら、ちょうど色も人間の頭を潰した時と似てるぜ」

笑顔。しかし、決して目は笑ってはいない。
言葉こそは柔らかいが、とてつもなくドクドクしい真っ黒な感情を込めて、言葉のキャッチボールをする。
バチバチ、と火花が飛び散るほど互いの顔を睨みつける両者。
朝の決着がつかなかった分も合わさり、さらに険悪なムードになる。
離せ。
てめぇこそ離せ。
お互いに目で言い合ってる内に、二人の手はマーガリンから離れて自然に組み合っていた。
メキメキ、とでも聞こえそうなほどお互いの手に力を入れ、爪を喰い込ませる。
そして、二人のリミッターが一気に爆発しようとしたその時――

「はい、どうぞ~」

同時に、二人の目の前にマーガリンが塗られたトーストが差し出された。

「……あ、あぁ」

「…えっと……ありがとうございます」

トーストを差し出したのは、この中での紅一点である女性。
ニコニコ。

突然目の前に目的の物を差し出されたのと、怒るのがバカバカしくなるほどの笑顔を見せつけられ、すっかり毒気が抜けてしまう二人。
間の抜けた顔のまま受け取り、トーストを齧りだした。

「二人とも~、元気なのはお姉さんも嬉しいけど、あんまり元気すぎるのも困るな~。皆仲良く……ね♪」

「……チッ……解ったよ」

「すいません……」

バクラは舌打ちを打ちながら、アルスは肩を落としながら、二人とも納得してくれた。
朝の食卓。
険悪なムードが取り除かれ、普通の家族へと戻る。
良かった、と心底安心したように女性はその様子を笑顔で見つめていた。


スクライア一族は基本的に遺跡発掘を生業としている。
そのためか、小さい頃から影響を受けた子供達はほとんどが一族に残り遺跡の発掘を生業とする。
しかし、人の夢は千差万別。
中には一族を抜け、アルスが目指す先生の様に外へと就職する者も居る。
特にそれを止めはしない。
寧ろ今の時代だと、若い内に外へと出て様々な経験を積んだ方がいいというのが一族の方針だ。
それでも、ほとんどが一族に戻ってくるのだから、皆にもスクライアの血が流れている証拠だろう。
学校なり、就職なり、外へと向かえば当然出会いもある。
友達から恩師、さらには恋仲になり夫婦になる者まで。
実際、スクライアの中には外から嫁、または婿に来た人。若しくは、外に嫁いだ人もいる。
このピンク髪の女性もそう。
アンナ・L・スクライア。
名前から解る通り、一族以外からスクライアに嫁いできた女性である。
ちなみに、結婚相手はレオン。
この家の家族構成は、レオン、アンナ、バクラ、アルス、ユーノ、の計五人。
その中で、血が繋がっているのは誰一人としていない。
レオンとアンナは他人同士が結婚したため当然だが、他の三人には親はそれぞれ別にいる。
しかし、バクラは捨て子、ユーノもそうだ。
本当の親の手掛かりは、今まで一切攫めていない。
唯一アルスだけはちゃんとしたスクライアの親が居たが、小さい頃に事故で二人とも亡くなってしまった。
そこで引き取ったのが、レオンとアンナの二人だ。
血こそ繋がってはいないが、普通の家族の様に良好な関係を築けている。
スクライアの人が遊びに来た時は特に驚いていた。
あのバクラでさへ素直に言う事を聞いているのだ。驚くのも無理はない。


外から嫁いできた人やユーノみたいな子供もそうだが、基本的にこのような人達はあまりスクライアのキャンプ地に長く留まらない。
子供は遊びに来るまでならいいが、流石に発掘には連れていけない。
危ないし、何よりも学校だってある。
科学や魔法技術が進んだミッドチルダだが、子供の教育方針は他の世界とほとんど基本は変わらない。
スクライアのキャンプ地から直接通うよりも、次元世界のちゃんとした生活設備が整っている所で暮らした方が色々と都合がいいのだ。
ユーノ自身はまだ学校には通ってはいないが、それでもまだ4歳児。
発掘に加わるのはまだまだ早過ぎだし、長旅をしてると如何しても疲れ果ててしまう。
そんな時は、家に帰ってゆっくりと休んで貰った方がいい。
大人達も、羽を休める家庭がある方がホッとする。
羽を休める場所が一族の中にあろうとも、外にあろうとも、それは変わらないのだ。
もっとも、ユーノの場合は見た目と反して中々タフで、週4~5はスクライアのキャンプ地に泊るのだから、ほとんど一族のキャンプ地で育ってるようなものだが。
そして、アンナの様に外から嫁いできた人。
勿論、外から来たといって蔑にする人は一族の中には居ない。
居ないのだが、なにぶん小さい頃から一族で育った人と一族以外の人では基本的な体力は違う。
科学が進んである程度便利になったとはいえ、やはりミッドチルダなどで育った人には中々キツイ物がある。
一族に食事を作りに行ったり、家事全般も手伝う事はあるが、流石に長い間旅をしてると体調が崩れてしまう事も少なからずあった。
だったら、自分は帰ってくる場所を守ろうというのがアンナの考えだ。




朝食終わり。
アンナは台所で、皿洗いをしていた。

「バクラく~ん、お皿持ってきてくれる」

「……ほらよ」

「ありがとう♪」

仏頂面ながらちゃんと皿を持って来てくれたバクラに、お礼を言うアンナ。
割れないように皿を置き、バクラは部屋へと帰っていった。

「……………」

「うん?どうした、ユーノ?ボーっとして」

「いえ……なんか、バクラ兄さんが当たり前な事をやってると、凄く不思議な感じがして」

「あぁー……まぁ、そうだろうな」

その意見には100%同意だ。
バクラの事を表面上しか知らない人間が見たら、確かにあの場面は驚くだろう。
管理局で噂されている盗賊という名の侮蔑の称号。
そんな人間が、あんなか弱い女性の言う事を聞くなんて。
母は強し。
昔から言われてきた事だが、バクラとアンナの関係を見てると本当の様に思える。
実際、何故かアンナの言う事だけは昔から素直に聞いていた。
アンナはスクライアの中で、バクラの手綱を握れる数少ない人物なのだ。

「あ~あ~、せめてその半分でも、俺の言う事を聞いてくれないもんかな~」

ぶつくさと文句を言いながら、新聞を読み始めるレオン。
一応まだ若いのだが、見た目は同年代と比べるとどうしても老けて見える。
要するに、オヤジ臭い。

「おい……今、なんか変な事考えただろ?」

「あ……あははははっ」(流石バクラ兄さんの育ての親。同じくらい鋭い)

こうして、バクラ達一家の朝は過ぎていった。




午後。
昼食も終わり、各々好きな時間を過ごしていた。
レオンは仕事関係で管理局へと出向き。
アンナは掃除、 バクラとアルスは部屋に籠って何かをしていた。
そして、ユーノは一人で読書に勤しんでいた。

「古代において、旧ミッドチルダ、古代ベルカ問わず質量兵器が主に兵器として使用されていた。
しかし、その危険性故に今ではほとんど使われておらず、許可された極一部にしか使用は認められていない。
今のミッドチルダ、及び管理世界ではクリーンなエネルギーである魔法が主に使用されている……」

訂正。もはや読者ではなく、ほとんど勉強だ。

「えっと……これって?」

読み進んでいくと、自分の知識では理解しきれない文面に辿り着いた。
こういう時はアルス兄さんに頼もう。
ユーノは本を脇へと抱え、アルス達が居る二階の子供部屋に向かう。
コンコン。
扉を叩き、声をかける。

「兄さん、入っていい?」

「ユーノか?いいぞー」

アルスのお許しが出た所で、扉を開け中へと入る。
自分の兄二人は、それぞれの机に向かって何かをしていた。

「アルス兄さん、ちょっと教えてほしい所があるんだけど」

本を差し出しながら、先程の場所を指差す。
良いぞ。
アルスは弟のお願いを快く聞いてくれた。

「ちょっと待ってろ。今すぐ片付けるから」

机の上の片づけを始めるアルス。
教科書やら、専門書など、ユーノから見ても難しそうな本が並んでいた。
どうやら、アルスも何かの勉強をしていたようだ。

(バクラ兄さんは、何をしてるのかな?)

気になり、もう一人の兄の方を見つめた。

「バクラ兄さん、何をしてる……って、うわ凄!」

思わず声に出して叫んでしまった。
バクラの机の上。
そこには、黄金で造られた腕輪やネックレス、宝石が散りばらまれた装飾品の数々、その他諸々。
一目で解るほどのお宝が、所狭しと並んでいた。

「あん?……あぁ、なんだユーノか」

今初めてユーノの存在に気付いたバクラ。
手に握られている如何にも高そうなネックレスとルーペ。
察するに、お宝の鑑定に集中して、ユーノが入ってきた事に気付かなかったようだ。

「兄さん……どうしたのそれ?」

「……あいつを見な」

唖然としながら問いかけてくる弟に対し、バクラはある場所を指差した。
部屋の隅のハンガーに掛けられた一枚のボロ布。
ほとんど見る影はないが、間違いない。
あの赤いジャケットは、バクラが好んで着ていたロストロギア――盗賊の羽衣だ。

「見ての通りさ。あの炎の龍のおかげで、俺様の盗賊の羽衣があんな姿になっちまったからな。
新しく仕立て直すためには、専門の店に頼むしかねぇ」

「で、今は店に頼む前に、自分が回収したお宝を取り出して、鑑定をしていたってわけ」

バクラの言葉を、片づけが終わったアルスが引き継ぐ。

「というかお前な、そういう事はちゃんとした人に頼めよ。わざわざこんな所でやんないで」

「うるせぇな、仕方ねぇだろ。今月の収穫は足りねぇし、爺さんとベルカの奴らのおかげでクルカの金貨を全部持っていかれちまったんだから。
……チッ!今思い出しても、面白くねぇ!」

「いや、持っていかれたって……あれはお前が全面的に悪いだろ、普通に考えて」

半目でバクラの背中を見つめるアルス。
ベルカの墓荒らし事件。
下手したら犯罪者になる所を、謝罪金で済ませてくれたのだ。
感謝すべきなのはこっちなのに、この態度。
こいつ、将来管理局に捕まるんじゃね。
今さらだが、幼馴染の行く末を心配したアルスだった。

「うわ~~」

兄の心配など、なんのその。
ユーノはただ純粋に目の前の宝に目を奪われ、感嘆の声を漏らしていた。
綺麗。
細部に渡るまで丁寧に造られ、職人技を感じさせる装飾品。
キラキラと金色に輝く黄金。
七色の輝きを発する、色とりどりの宝石。
それら全ての輝きは、4歳児のユーノにとっては見た事がない、魅力的な色に見えた。
金銭的価値など無視し、純粋に綺麗と褒めるユーノ。
この千分の一でもいいから、是非とも兄にも純粋な心を取り戻して欲しい物である。
恐らく、というか絶対に無理だろうが。

「しかしもまぁ、本当によく集めたよな」

経緯はどうあれ、此処まで集められたその技能には純粋に称賛する。

「一体どれぐらいの価値があるんだ?」

何気なく質問したアルスだったが、バクラの答えは自分の遥か上を行っていた。

「別に大した程じゃねぇ。ざっと見積もっても、30億ぐらいの価値しかねぇよ」

ピキーーーーーン。
固まった、それはもう盛大に固まった。
今この男は何と言った。三十億?ははははっ、そんなバカな。
否定したい。しかし、目の前のお宝を見る限り否定できそうにもない。
実際、バクラが鑑定してるお宝の中には、本にも載っている様な古代王家の紋章が刻まれている物が幾つかあった。
本来の黄金や宝石の価値。それに文化的価値を含めれば、確かにそれぐらいの値段はするかもしれない。
30億。
つまり、3000000000。
うわ~すごーい!0が九つもある。

「「って、えええええええええええええええぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」」

見事にハモった兄弟二人。

「ッ!!んだよ、うっせーなぁ」

あまりの大音量に顔を顰め耳を防ぐバクラ。
鼓膜が痛い。それほどの声だった。
近所迷惑と思われるかもしれないが、アルス達の驚きは当たり前である。
30億。
これがどれほどの価値があるのか、単純な算数を出来る者なら理解できる。
しかも、それを持っているのが直ぐ目の前の親しい人物だったのだ。
寧ろこれで驚かない方がどうかしてる。

「さ、さささささっ、三十億って!」

「す、凄い!凄いよバクラ兄さん!」

アルスは戦慄を覚えながら、ユーノはただ純粋に目を輝かせながら、バクラを見つめていた。

「……どうした?そんな顔して?」

「そんな顔ってな……こんな顔にもなるわ!」

自分がどんな顔をしてるのかは見えないが、簡単に想像はつく。
それだけ、バクラのカミングアウトは衝撃的だったのだ。

「お前、何時の間にそんなに貯めていたんだよ!ま、まさか!?……やったんじゃないだろうな?」

「残念だが、してねぇよ。つぅーか、したくてもできねぇんだよ。どんなに精巧に隠しても、必ずジジイやレオンにはバレやがるんだからな」

どうやら、墓荒らしや盗み、不正の所持はしてないようだ。
良かった。ホッと一息をつくアルス。

「だったら、何でそんなに貯められたんだよ」

アルスの質問に、バクラは眉を曲げた。

「あぁ?当たり前だろ。俺様は7歳のガキの頃から発掘に加わってるんだぜ。この程度、集められて当然だ。
寧ろ、これだけの時間を使って、たったこれだけしか集められなかった自分が不甲斐無いぜ。クソがッ!」

単純に計算する。
年収1000千万の人がいたとしよう。
普通に考えても、これだけ貰えれば十分にエリートと呼ばれるほどの稼ぎだ。
バクラが7歳の頃から集めたとして。
もう直ぐ11歳の誕生日を迎える事を計算に入れても、約4年間。
4年で年収1000万の人は、4000万のお金を稼いだ事になる。
それに比べ、バクラは4年間で30億。
一年間で、7億5000万を稼いでる計算になる。
これだけ稼いでも本人は自分の事を不甲斐無いという。
しかも、嫌みで言ってるのではなく、本当にまだまだ満足できていないのだ。
盗賊王。
確かにこいつなら、そう呼ばれても不思議ではないかもしれない。

(不甲斐無いって……それだけ稼げば、もう十分だろ。というか、少しだけ羨ましい)

全世界の人間の気持ちを代弁したアルスだった。

閑話休題

色々と衝撃的な事実が判明したが、とりあえず落ち着きを取り戻したアルスとユーノ。
当初の目的通り、アルスに勉強を教えて貰っていた。

「つまり、古代ベルカの戦乱を治めたのが、今の聖王教会の信仰の対象となっている聖王と呼ばれるベルカの王様。
その最大の特徴は、カイゼル・ファルベと呼ばれる虹色の魔力光。
この特殊な魔力光は、今のミッドチルダ式の魔導師にもベルカ式の騎士にもみられない現象で、聖王の血統にしかみられない現象だったそうだ」

「へぇ~、でも、何で虹色?」

「う~ん、そこら辺はまだ詳しい事は解ってないけど。一説によるとだな、虹色って一般的に赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七色を指すだろ?」

「うん」

「その全ての色は、他の魔導師の魔力光の元となる色。つまり、聖王はその全ての魔力光を持つという事になる。
魔力光ってのはその人の本質を現す色とも、魂の色とも言われてるからな。
その全ての魔力光を合わせ持つ、虹色の魔力光を持つ聖王こそがこの世の支配者、って要するに自分こそがこの世界の神様だと宣言したかったそうだ。
まぁ、事実は解らないけどな。実際、虹色に当てはまらない色を持つ魔導師が直ぐ近くに居るし。
多分、昔の人の宗教的概念を利用して、統治をスムーズにするためにこんな噂を流したんじゃないかな」

「へ~、そうなんだ」

弟に勉強を教える兄。一般的に極ありふれた光景だ。

「……うん?……チッ、肝心のサファイアに傷がついてやがる。そういやぁ、こいつを見つけた時に変な獣に襲われたな。
あの時は機嫌が良かったから見逃したが、やはり殺っておくべきだったか。
まぁ、今さらそんな事言ってもしゃあねぇ。
幸い、王家の紋章は無事だ。クライアントとの交渉しだいで、どうとでもなる。……さて、次は」

此方も極ありふれた(本人達にとっては)光景だ。
バクラ、アルス、ユーノ。
三人の兄弟の午後は、こうして過ぎていった。




夜。
どんなに騒がしい日でも、必ず終わりは訪れる。
バクラ達は皆で集まり、夕食を食べていた。

「はい、それじゃあ……いただきま~す」

アンナの掛け声により、一斉に食事を開始する一同。
今日のメインディッシュはステーキ。
それも、アンナが皆に力を付けて貰おうと考えたのか、かなり上等な物だ。
鉄板の上で肉汁が跳ねるジュー、という音が何とも食欲をそそる。
しかし、アルスはナイフもフォークも取らず、唖然としながら目の前の物を見つめていた。

「あら~?どうしたの、アルス君?お肉、嫌いだった?」

何時までも食べようとしないアルスが心配になり、問いかけるアンナ。

「いえ……嫌いじゃないですけど。……アンナさん、これって」

アルスは唖然としたまま、目の前で山積みされているそれを指差した。

「あ~……ふふふっ、実はね。今日、近くのお菓子屋さんで特売をやってたの。
アルス君もバクラ君もシュークリーム大好きだったでしょ。
だから、お姉さん奮発しちゃった♪」

「奮発したって……買いすぎでしょ、これは」

テーブルの中央に並べられた三枚の大皿。
その全てに、甘くて美味しそうなシュークリームが山の様に積み上げられていた。
確かにシュークリームは自分も大好きだが、流石にこれは少し引いた。
とはいっても、大好きなのには変わりないので一つ取って食べるアルス。

「ハム……うん、やっぱり美味しい」

甘く、上品な味わいが口の中一杯に広がった。
頬を緩ませながら、パクパクと食べ進めるアルス。

「アム……ハムハム」

ユーノも同じく、一つだけ手に取り食べ始めた。
まだ小さい口では一度にほうばる事は出来ず、少しづづ食べ進める。
可愛い。
小動物が食べている様で、物凄く微笑ましかった。

「あなたもどうですか~?」

「いや、俺はいい。甘い物は苦手だし」

「そうですか~、折角買ってきたのに~」

ションボリと肩を落とし、落ち込むアンナ。
そんな姿に罪悪感を感じたのか、レオンは急いで口を開いた。

「あ~、解った解った。それじゃあ、一つだけ貰うよ」

「はい、どうぞ♪」

先程の落ち込み様な何処にいったのやら。
一瞬で笑顔に戻り、レオンに手渡した後、自分も食べ始めた。
そして、バクラは――

「ガツガツ、ガツガツ」

此方は他と違い、一心不乱にシュークリームを掻き込んでいた。

「お前な……もう少しお淑やかなに喰えよ。というか、シュークリームでガツガツって」

「モグモグ…ゴックン……うるせぇな、どう喰おうが俺様の勝手だろ」

シュークリームを掻き込むのを止め、今度はフォークを持つバクラ。
ステーキの中心にフォークを突き立てる。
そのまま、ソースが付いた肉の塊を持ち上げ――

「はっぐん!」

ナイフで切る事無く、豪快に噛みつく引き千切った。

「汚なッ!!」

当然、そんな事をすれば隣に居るアルスにソースが飛び散る。
慌てて回避するアルス。
バクラに非難を送るが、完全無視。口の中の肉の塊を歯で噛み千切っていた。

「モグモグ……血が足りねぇ」

「あら~?もしかして、焼き過ぎちゃった?」

「ああ、レアよりもミディアムに近い。気をつけろ、アンナ」

「……うぅ、御免ね~。バクラ君」

(いや、アンナさん!違うでしょ、先ずは注意しなくちゃ!)

あまりにも微笑ましすぎるやり取りに、思わずツッコミを入れるアルス。
バクラの蛮行を止める神は居ないのか。
絶望し頭を抱えたその時、再びアンナの口が開いた。

「だから~、バクラ君も食べ方には気をつけようね~。お姉さんも、これから気をつけるから……ね?」

「…………チッ!解ったよ」

相変わらずアンナには弱いらしい。
素直にステーキを鉄板の上に降ろし、今度はナイフで切って食べ始めた。



「ふふふふふっ」

「うん?どうした、アンナ。そんなに嬉しそうにして」

「え?……ふふふっ、人の縁って不思議だな~と思いまして」

優しい瞳で目の前の家族の姿を見つめるアンナ。

「はっぐ」

「って、バクラ!それ、俺の!!」

「モグモグ…ゴックン。ふぅ~、別にいいだろ。たかだか、一個のシュークリームでガタガタ騒ぐんじゃねぇ」

「一個ってな、チョコレートのはそれが最後だったんだぞ!確かに朝、チョコレートを喰えって言ったけど、何もこんな時に実行しなくていいじゃんか!!
というか、それ!後の楽しみに俺の皿に乗せていた奴じゃん!盗るなよ!!」

「隙を見せた、てめぇが悪い」

「くうぅぅ……あ、朝だけじゃなく夜までえぇ。うぅ……い、今すぐ魔力弾を放ちたい自分が居る。し、静まれ。静まるんだ、俺の右腕よぉ」

「あ、あの。アルス兄さん、良かったこれ食べて。僕、もうお腹一杯になっちゃったし」

「ユ~ノ~、お前はなんて優しんだ。是非ともその心を忘れず、真っ直ぐな子に育ってくれよ」

「はっぐ!」

「「あっ」」

「モグモグ…ゴックン……ぷは~、喰った喰った」

「(ブチッ!)……おぉ~~のぉ~~れぇ~~はぁ~~そんなにまでして、俺に喧嘩を売りたいのか?だったら……望み通り、買ってやるよッ!!」

「ひぃ!アルス兄さんが、悪魔化してる!?」

「クククッ……ちょうどいい。腹ごらしに相手をしてやる」

「あうぅ~、バクラ兄さんもすっかりその気になっちゃってるし……」

「アルスッ!!」

「バクラッ!!」

「うわ~ん!二人とも~、喧嘩はダメー!」

騒がしくも、何処か暖かいやり取りを見つめるアンナ。

「バクラ君は最初、私達に心を開かなかったのに、今ではこんなにも感情を表に出してくれる。
アルス君もユーノ君もそう。
普段は大人っぽいのに、この家に居る時は普通の子供と同じ。
皆、本当の家族の様に振舞っている。
性格も、考え方も、話し方も、生まれた場所も、皆違う他人なのに、こんなにもお互いの本音をぶつけられる。
うふふふっ、あの子たちを見てると、人の縁って本当に不思議ですね」

「そうだな。でも、“あの子達”じゃないだろ」

「え?」

夫の意外な言葉にレオンの方を振り向くアンナ。

「“俺達も”だろ」

笑顔で告げるレオンの言葉にアンナは一瞬呆けた後――

「はい、そうですね♪」

眩しいほどの笑顔で答えた。




こうして、スクライアのある家族の休日は過ぎていった…………









難しい……前回までは、発掘やバトルがあったので盗賊王らしさを考えるのは苦にならなかったんですが。
今回の様に日常風景だと、盗賊王バクラの喋り方とか過ごし方とかが想像できない。
違和感はなかったでしょうか?

スクライアって、発掘がない時はどうしてるんでしょね?
まさか、一年発掘作業をしてるんですかね?
それとも、あの世界は転送魔法があるぐらいだから、専用の装置でも持っていて普段はミッドチルダの家なんかに帰ってるんですかね?
詳しい資料がないので、勝手に想像しました。
変な所があれば、教えて下さい。

オリキャラとバクラの関係ですけど……バクラって、年上の優しいほんわかお姉さんに弱いと思いません?
いえ、作者の勝手な想像ですけど、何となくそんな感じがしまして。

最後に、シュークリーム。
物凄く違和感がありますが、一応宿主である獏良了の好きな食べ物がそれですから。
なので、盗賊王が好きな食べ物はシュークリームとステーキとさせていただきます。
ステーキは、アニメのあの場面が衝撃的だったので。



[26763] 楽しい楽しい魔法教室!……楽しいか、これ?
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/05/09 10:55

「はいは~い、皆ー始めるよ~!」

パンパン、と手を叩き皆の注目を集めながら始める合図をするアルス。

「「「「「「は~~い!!」」」」」」

元気に返事をしながら、一斉にアルスへと注目する子供達。
6人。
その中には当然、ユーノの姿もあった。

「えっと……それじゃあ、先ずは自己紹介から」

「アルスお兄ちゃ~ん。僕達、皆アルスお兄ちゃんのお名前知ってるよ?」

天真爛漫。
純粋に問いかけてくる子供に、アルスは苦笑いを浮かべた。

「あはははっ……まぁ、こういう事は形が大事だから、先ずは……ね?」

「ふ~~ん、先生って変なの~」

「え~、それでは……改めまして、コホン」

一つ咳払いをして、アルスは再び自己紹介を始めた。

「今日の皆の先生を務めさせていただきます、アルス・スクライアと申します。皆、よろしく」

丁寧にお辞儀をするアルス。
わー、パチパチ。
子供達の暖かい拍手が出迎えてくれた。


今日は学校を始め、全国的にお休み。
外へと就職した人や、子育てのため離れていた人も、懐かしき故郷へと遊びに来たのだ。
しかし、大人達は話してるだけでも楽しいが、遊び盛りの子供達はそうではない。
案の定、直ぐ同年代で集まり遊び始めた。
そうすると、必然的に子供達の面倒をみる人が必要となってくる。
アルス登場。
年が近い・しっかりしてる・面倒見がいいの三拍子が揃ったアルスが抜擢された。
最初の方は皆、走り回ったり、ちょっとした道具を使った、体を使う遊びをしていた。
が、途中から学校に通っている一人の子供がアルスに魔法の事を教えてほしいとおねだりした。
そこからはもう大変。
興味が惹かれたのか、自分も自分も、と次から次へとおねだりをしてくる。
先生役のアルスは一人しか居ない。
ちょっとした争奪戦にも発展したぐらいだ。
はいはい、皆仲良くね。
自慢のスキルを生かし、一瞬で子供達を纏めたアルス。
その後に提案したのが、今行っている魔法講座だ。
自分が専攻する考古学とは違うが、ある程度の魔法理論は魔法学校で習っている。
少しだけなら自分にも教えられるし、何よりも楽しい。
夢は先生。
こうして子供達に何かを教えるというのが、とてつもなく楽しかった。

「それじゃあ、先ずは簡単な魔法の説明から始めますね」

そう言って、黒板にチョークで魔法と板書する。
ちなみに、アルスは黒板派。
今ではほとんどが映像機器などで描写されるが、アルス自身はこうやって自分で書く方がスタイルに合っていた。

「皆も知っての通り、この世界の魔法とは、おとぎ話によく出てくる様な何も無い所から建物やお菓子など出現させたりする物とは違い。
自分で組み込んだプログラムを特定のトリガーで発動させる、技術を必要とする科学に近い。ここまでは良いね?」

目線を子供達に合わせ確認すると、皆は一斉に頷いた。
よろしい。
黒板に振り返り、なるべく解り易い文章を考え板書していく。

「そして、この魔法を使える人を魔導師と呼びます」

黒板に魔導師と書き足し、そこから二本の線を板書し、それぞれの先にミットチルダ式、ベルカ式と書き加えた。

「今現在の魔導師が使う魔法には、主にミッドチルダ式とベルカ式の二つのタイプがあります。
ミッドチルダ式とは、皆が知ってる時空管理局のほとんどの魔導師が使用し、現在最も多く使われている体系で。
主な特徴は、攻撃だけでなく回復や補助などといった、ありとあらゆる場面に対応できる汎用性……つまり、事故や災害など色々な場面で活躍できる魔法体系がミットチルダ式と呼ばれています」

流石先生を目指すだけの事はあり、難しい言葉は解り易く教えた。

「そして、もう一つの魔法体系がベルカ式と呼ばれるタイプです。
此方はミッド式とは違い、人との戦いに重点を置いて進化してきた魔法体系で、魔法自体もミッド式が射撃や砲撃、補助や回復などを使えるのに対して。
ベルカ式は、主に体の力をあげたり、足を速くしたり、デバイスの攻撃力を増幅させる、身体強化系の魔法が多く、一対一の戦いでは敵なしとまで呼ばれていました。
デバイスもそれに合わせ、剣や槍などと言った武器の形をとるアームドデバイスが主に使われています。
しかし、残念ながらベルカ末期にはその使い手はほとんど居なくなり、今では純粋なベルカ式の使い手は本当に極少数となってしまいました。
ちなみに、純粋なベルカ系統の魔法――これを古代ベルカ式と呼ぶんだけど、先ほども言った通り今ではほとんど使い手が居ない事からレアスキルに認定されています。
今使われているベルカ式の魔法はその古代ベルカ式とは違い、ミッドチルダ式魔法をベースに古代ベルカ式魔法を再現した近代ベルカ式と言います」

ベルカ式の下に、新しく古代ベルカ式と近代ベルカ式を書き足した。

「古代ベルカ式。近代ベルカ式。先程のベルカ式魔法の特徴と合わせ、この二つの違いも覚えておきましょう」

「「「「「「はーーーい!」」」」」」

元気に返事した子供達に、アルスは満足そうに頷いた。
授業を続ける。
デバイスについて、魔法の種類について、その他諸々。
子供達にも解り易いように、かなり砕いて説明した。

(そろそろ、飽きちゃったかな?)

ある程度時間が過ぎてくると、子供達にも変化が訪れた。
未だに興味津々に目を輝かせているグループと、飽きたのかソワソワし始めるグループ。
最初は皆興味があったが、そこは子供。
個性が解り易い。
魔法に対しては基本的な部分は教えた。
より詳しく学ぶかどうかは、後は本人達の意思次第だ。
この辺でお開きにしよう。
パンパン、と手を叩きアルスは子供達の注目を集めた。

「はいは~い。それじゃあ、アルス先生の魔法講座はこれにて終了で~す」

終わりの合図をした時の反応も様々だ。
えー、と残念がる子。
やっと終わった、と肩の力を抜く子。
ふぁ~ん、と既に飽きて眠たそうに欠伸をする子。
たった6人でもこれだ。
将来。
先生になった時に何十人のも子供達を引き受けたら、一体どんな個性を持つ子供達が集まるのだろうか。

(まぁ、流石にバクラみたいな奴はいないだろうけど)

幼馴染の姿を思い浮かべるアルス。
あの凶悪な目に、年上を全く敬わない粗暴な態度。
他には居ないと思うが、世界は広い。
もし、バクラの性格をそのままコピーしたような子がいたら。
そして、その子が自分に生徒になったりでもしたら。
たぶん、ストレスの溜まりすぎで入院するだろう。
冗談ではなく、本気で。

(うぅ……リアルに考えてしまった)

鮮明にその場面を想像してしまったアルス。
若干顔を青くし、胸を抑えた。

「???……どうしたの、アルス兄さん?」

突然胸を抑えた出したアルスを心配し、声をかけるユーノ。
いかん、いかん。
生徒に心配をかけるなど、先生として以ての外。
スーハー、スーハー。
新鮮な空気を吸い込み、胸のしこりを取り除く。

「ふぅ~……コホンッ、それじゃあ最後に何か質問がある人はいますか?」

気を取り直して、先生らしく子供達に問いかけるアルス。
はい。
元気に手を挙げたのはユーノ。

「はい、それじゃあユーノ。何?」

「えっと。質問じゃなくてお願いなんだけど……折角だからアルス兄さんの魔法が見たいなって」

恐る恐るお願いをするユーノ。

「あ、僕も見たーい!」

「私も私もー!」

ユーノのお願いを皮切りに、他の子供達も次々に手を挙げてお願いをする。
しょうがないな。
そう言いたそうに苦笑を浮かべるアルスだが、やはり兄弟達が可愛いのか快く引き受けた。

「解った。それじゃあ何が見たい?何でも言って。流石におとぎ話の魔法とかは無理だけど、ミッド式の魔法は一通り使えるから」

ドーンと来い、と言わんばかりに胸を張る。
実際、アルスは魔導師としてもかなり優秀な部類に入る。
砲撃、射撃、防御、捕獲、結界、その他諸々。
何でもござれだ。
あれにしようか、これにしようか。
頭を捻って、実践してもらう魔法を考え始める子供達。
懐かしいな。
昔は自分もこうやって、レオンを始めとした大人達に見せてと迫った物だ。

「う~~ん、と……あ、はいッ!」

微笑ましく子供達を眺めていたら、一人の女の子が元気に手を挙げた。

「私、小さな動物さんに変身する魔法が見たい!……えっと……名前は」

「トランスフォーム?」

「そう、それ!」

ユーノの答えに、天真爛漫な笑みを浮かべる女の子。

(ああ、あれか)

スクライア一族には、古代遺跡の中でも動きやすいように小回りが効く小動物に変身する魔法を身につけてる者が多い。
勿論、アルスも使えるが、まさかそれを要求されるとは思ってもいなかった。
てっきり、この年代の子供はカッコ良くて派手な砲撃魔法、若しくは飛行魔法を要求されると考えていた。
それがまさか、変身魔法とは。

(まぁ、女の子だからね。男の子とはやっぱり違うだろう)

ウンウン、と自分自身を納得させ子供達に声をかける。

「はい、それじゃあ最初は変身魔法からという事で」

そう言った時の反応も、各々違った。
頼んだ女の子は、当然のことながら笑顔で喜んでいる。
まぁいいか、と特に希望がなかった子はそのまま何も言わず自分を見つめてくる。
そして、変身魔法以外に希望があった子。
この子は、正直面白くない。
先に言われ、自分の希望が通らなかったのだ。
当然と言えば当然だ。
不満な視線を此方に投げ掛ける子供。ジト~、とでも聞こえそうなほど見つけきた。

「はぁ~……後で他のも見せてあげるから、今は女の子に譲ってあげよう。ね?」

優しく、丁寧に言うアルス。
男の子と視線を合わせる辺り、流石に年下の扱いには慣れていた。
兄貴分にそう言われてしまったら、納得するしかない。
うん。
渋々とだが、確かに頷いてくれた。

「よし、いい子だ」

優しく男の子に言葉をかけた後、アルスは立ち上がり意識を集中させる。
思い浮かべるのは、先程リクエストされた変身魔法。
一族が得意にしてるだけの事はあり、デバイスの補助なしでも十分に使える。
淡い光に包まれるアルス。
子供達からはその姿が見えなくなった。
そして、次に光が晴れた時――

「ふぅ~……なんか久しぶりに、この姿になった様な気がするな」

そこには、アルスの髪の毛と同じ、鮮やかな鮮やかなライトブルーの体毛に包まれた一匹のフェレットが居た。

「えっと、というわけでこれが俺達スクライア一族が得意とする変身m「アルスお兄ちゃん、可愛い~~!!」…キュ、キュウー!」

変身魔法の説明をしようとしたアルスだったが、振り向いた瞬間に何かが自分目掛けて襲い掛かってきた。
可愛い、可愛い、と連呼し自分を抱きしめる人物。
先程の女の子だ。
可愛いは正義。そして、女の子が可愛い物に弱いのも世の摂理。
必然的にアルスのフェレット姿は、女の子のハートをガッチリと攫んでしまった。

「キュウー!」

気にいってくれるのは嬉しいが、正直アルスからしたら早く離してほしい。
苦しい。
ギュッと抱きしめてくるものだから、息がつまりそうになる。
離して、と言葉に出したいが、それは叶わない。
ならば実力行使で、とも思ったがガッチリと捕まれ脱出も不可能だった。
動物の様に叫び続けるアルス。
そんなアルスなどお構いなしに、女の子は一心不乱に抱きしめ、頬ずりをしていた。

(助けて!)

唯一動かせる目で、他の子供達に助けを求めるが――

(((((無理!)))))

返ってきたのは、自分にとっては冷酷は答えだった。
可愛い物に目を奪われた女の子は止められない。
幼くして、世の摂理を知ってる子供達だった。




一方、此方はスクライアのテントの中。
バクラは一人、ご機嫌だった。

「漸く、直ったぜ」

嬉しそうに、それを撫でるバクラ。
盗賊の羽衣。
前の遺跡探索の時、暗黒火炎龍の攻撃によりボロボロの布にされしまった。
しかし、今日遂に仕立屋に頼んでいたのが届いたのだ。
勿論、中に物を仕舞っておけるロストロギアの能力も健在。
自分が気にいってる服と能力が帰ってきた事に、バクラの機嫌は急上昇。
しかも、それだけじゃない。
赤いコート。
前までは、赤いジャケットだった盗賊の羽衣が、今はロングコートになって返ってきた。
別にジャケットが嫌いというわけではない。
だが、バクラとしては此方のデザインの方がシックリきた。
仕立て屋の人が自分の希望通りの直してくれた事により、さらに機嫌上昇率UP!

「……うん?」

新・盗賊の羽衣を羽織ると、外から何人もの声が聞こえてきた。
一体を何を騒いでいる。
気になり、バクラはコートを翻して外へと出た。
眩しい太陽に照らされる中、一か所に集まる見た事がある子供達。

(ああ。そういやぁ、外に出ていた奴らが休みだからガキを連れて来ていたな)

納得したバクラ。
ちょうど暇を持て余していた所だ。
バクラは何気なく、子供達の所へと歩みだした。




一方、此方は再びアルス達。

「ぜぇぜぇぜぇぜぇ……」

漸く子供の抱擁から解放されたアルスは、息を整えていた。

「ごめんなさい、アルスお兄ちゃん」

「だ、大丈夫……これぐらい、鍛えてあるから」

落ち込む女の子に大丈夫だと言っておく。
流石、皆の兄貴分。
慕ってくれる年下には優しかった。
ふぅ~~。
軽く息を吐き、新鮮な空気を吸い込んで再び子供達に向き直った。

「そ、それじゃあ、次は何の魔法を……」

子供達にリクエストを聞くアルスだが、次の瞬間――

「ギュウッ!」

「「「「「「あっ」」」」」」

誰かに踏まれた。

「よぉ、ガキども。久しぶりじゃねぇか」

自分の頭上から聞こえてくるこの声。
踏まれて顔を上げられないが、アルスにはこの声に人物の正体は直ぐに解った。
機嫌が好さそうに声が弾んでいるのは気になるが、何にせよこの声を持つ奴はあいつしか居ない。

「どうした?んな、呆けた顔をしやがって」

フェレット形態のアルスを踏みつけたのは、言わずと知れてこの人。
スクライアの問題児にして、自らを盗賊王と豪語する人物。
バクラ・スクライアである。

「バクラ兄さん……その、下」

代表としてユーノが答えた。
ユーノの言葉に追随する様に、他の子供達も一斉に下を指差した。

「下?」

そういえば、何か柔らかい物を踏んだ。
一体何を。
バクラは気になり、自分の足元に視線を向けると――

「ぎゅ…ギュゥー」

踏みつぶされ、呻き声をあげる青いフェレットが居た。
青いフェレット。そして、この気配。
バクラには、その正体が直ぐ攫めた。

「何してんだ、アルス?そんな潰れたカエルみてぇになりやがって」

「キュウウゥゥッーーーーーーー!!!!

首根っこを攫んで持ち上げた瞬間、バクラへと襲い掛かるアルス。
しかし、残念だながら今の姿はフェレット。
リーチが足らず、ただ手足をジタバタさせるだけに終わってしまった。

「……うっせぇな。キュウキュウ泣き叫ぶんじゃねぇ」

「誰のせいだ!?誰の!!?」

泣き声に顰め面になるバクラに対して、アルスはその小さな体では想像できないほどの怒号をあげた。

「前の休日だけじゃなく、今日までぇぇ~~……くぅ~バクラ!!」

「なんだよぉ?」

「そのシレっとした態度、もっと改められないの!?
先ずは何か言う事があるでしょ!?俺、お前に踏まれたんだぞ!
もうね、凄いよ!上から押し潰されて、なんか決して出ちゃいけない物が出そうだったよ!!」

筋骨隆々、跳ね上がった白髪、赤いロングコート。
そんな子供らしくない子供に攻め寄る人語を喋る青いフェレット。
傍から見たら、物凄くシュールな光景だ。
謝れ、とバクラへと要求するアルス。
一応、その言い分には正論はある。
しかし、今回に関してはバクラにも言い分があった。

「何時までも騒ぐんじゃねぇよ。第一、てめぇがフェレットになってそんな所に居るのが悪いんだろうが」

「うっ」

一理あるバクラの言い分に、言葉を詰まらせてしまうアルス。
フェレットという生き物はかなり小さい。不注意で踏んでしまう事だってある。
そんな物に変身していたのだ。
アルスにも全く責任が無いとは言い切れない。
言い切れないが、相手はあのバクラ。
常日頃からの理不尽な扱いに、今の様に全く謝る気がないこの態度。
流石のアルスも、納得が出来ずにバクラを睨みつけていた。
険悪なムードが漂う両者。
前回の休日の再現の如く、火花を撒き散らせる。

「だ、ダメーー!!」

火花を散らす二人の間に、先程の女の子が割って入ってきた。

「ひっぐ…ふたりとも~…うぐ……喧嘩はダメ~」

魔法をリクエストした自分にも責任があると感じてるのか、泣きながら二人の喧嘩を止めようと必死だ。

「……………」

「えっと……」

二人にとって、これは本気の喧嘩ではない。
何時ものじゃれあいの様なものなのだ。
それがまさか、こんな事になるとは思っていなかった。
間の抜けた顔のまま泣いている女の子を見つめるバクラとアルス。
良く見れば、二人の関係に慣れているユーノ以外の子供も、女の子と同じように心配そうに此方を見つめていた。

「……チッ!……悪かったよ、アルス」

「あ……あぁ。俺こそ、言いすぎた。ゴメン」

どんなに口が悪くても、スクライアの一族。
小さい頃から一緒だった弟・妹の“喧嘩はダメオーラ”には弱いお兄ちゃん二人だった。




誤解が解けた所で、アルスは人間の姿に戻り魔法の実践を続けた。

「何で俺まで、てめぇに付き合わなくちゃいけないけねぇんだ」

「やかましい。さっきの詫びとして、子供達に魔法でも見せてやれ。召喚魔法なんてレアな魔法、中々お目にかかれないんだから」

隣でブツクサと文句を言ってるバクラを戒め、アルスは子供達に向き直った。

「はーい!それじゃあ、今からアルス先生とバクラ先生が魔法を見せるから、皆それぞれの先生の所に別れてー」

子供達の数はちょうど6人。
効率を考え、3人3人に分けた。

「アルスお兄ちゃん。次は何の魔法を見せてくれるの?」

「それじゃあ、次はね……」

アルスの所に集まったのは、ユーノと女の子、そして比較的大人しい男の子だった。

「おーす!バクラ兄!元気か!?」

「相変わらず、てめぇらは元気だけが取り柄だな」

一方、バクラの方に集まったのは皆元気で活発な男の子達だった。
この辺でも、二人の違いがよく解る。
差し詰め、お兄さんと兄貴と言った所だろう。
アルスは勉強などを教えてくれる優しいお兄さん。
バクラは元気な子供達を纏めて遊んでくれる兄貴。
集まってくる子供達も、自然とそれに似たり寄ったりだった。

「はぁ~……しゃあねぇな。どうせ暇だったし、やるか。
おら、ガキども!俺様が魔法を見せてやるから、さっさとリクエストでも何でもしな」

恐らく、リクエストされるのは召喚魔法だろう。
自分でも理解してるが、バクラの召喚魔法は他に類を見ないかなり珍しい物だ。
早速召喚準備に入るバクラ。
しかし、子供達のリクエストは自分の予想とは違っていた。

「う~んっとね~……俺、バクラ兄の変身魔法が見たい!」

「……あぁ?」

一瞬聞き間違いかと思ったが、聞き間違いではない。
俺も、俺も、と他の子供達も変身魔法が見たいとリクエストしてきた。

「一応聞いておくが、変身魔法ってのは、さっきのアルスが見せた奴でいいんだろう?」

「「「うん!」」」

「んな物見て、面白いか?」

「いやー、面白いというか、折角だからバクラ兄のフェレットも見たいなって」

だんだんと真意が攫めてきた。
要するに、この子供達は変身魔法そのものよりも、バクラのフェレット姿が見たいのだ。
なるほど。
アルスのフェレット姿は何となく想像できるが、バクラのは正直想像できない。
何時もは凶悪なこの兄が、あの可愛いフェレット姿になったのなら、一体どんな姿になるのか。
好奇心旺盛の子供なら、怖いもの見たさで変身魔法をリクエストするのは納得できる。

「解った。そんなもんでいいなら、いくらでも見せてやるよ」

少し拍子抜けだが、バクラは言われた通り、変身魔法の準備に入った。
アルスと同様、淡い光に包まれるバクラ。
ワクワク。
子供達は、目を輝かせながら見つめた。
光が晴れた時、それは目の前に佇んでいた。
それの全長は、小さなフェレットとは似ても似つかない10メートルの巨体を誇っており。
それの目は、一瞬で相手の戦意を奪い去るほどの紅き眼光を放っており。
それの体毛は、人間を貫く鋭利な刃物の様に尖っていた。

「ほら、これで満足か?」

その声を発する口は、龍の鱗すらも簡単に引き裂くほどの牙が見えた。




一言で言うと――光が晴れたら、なんか体中の毛が鋭利に尖っていて物凄く怖い紅い目をしている体長10メートルぐらいの白いフェレットがいました。




「んなフェレットが居てたまるかあああぁぁーーーーー!!!!」

スパーーーン!
何処からか取り出したハリセンで、もはや化け物クラスの白いフェレットにアルスは勇猛果敢にもツッコミ入れた。


「アルスお兄ちゃん。あのハリセン、何処から出したんだろう?」

「確か、昔クラナガンに遊びに行った時に、ビックリ玩具が売ってるお店で見つけたって、言ってた。
バクラ兄さんの常識外れの行動を止めるのには、ちょうど良いからって」

「へぇ~~」


兄弟達が会話をしてる傍らで、アルスは巨大なフェレットへと変身したバクラに攻め寄っていた。

「なんだよ!?そのフェレット!!
居ないから!全次元世界を探しても、全長10メートルを超して、紅く凶暴な目つきをして、体毛が刃物の様に尖っていて、龍種もバリバリと食べそうなフェレットなんか絶対居ないから!!
というか、それフェレットじゃなくてもう化け物クラス!!」

一度に喋ったせいか、アルスは息切れを起こした。

「はぁはぁはぁはぁはぁ……」

「お前……頭大丈夫か?」

珍しくアルスの心配をするバクラ。
誰のせいだ!
声に出して言いたかったが、生憎と今の自分は声を出せる様な状態ではない。
急いで息を整える。
本日何度目になるか解らない深呼吸を繰り返して、アルスはバクラに苦言を申した。

「お前さ、確かに魔法を見せてやれって言ったけど、もう少し普通の魔法を見せてやれよ。バインドでも、お得意の召喚魔法でもいいから」

「普通だろ?」

「いや、絶対普通じゃないから!」

こんな変身魔法が世の常識になったら、魔法=危険物の指定を受ける。絶対に。

「管理局の皆さんにアンケート取ってみろ!100%俺勝つ自信あるから!!実際見てみろよ!お前がそんな物に変身したせいで、皆怖がってるじゃn……」


「うわ~~」

「すげ~~」

「バクラ兄……カッコイイ」


「……………」

「俺には、喜んでいる様に見えるがな」

(くぅ……ああ、そうだった。このぐらいの子は、ちょっと怖いぐらいのモンスターの方がカッコよく見えるんだった)

非常に納得しがたい事だが、子供、特に男の子はそうだ。
○○モンスター。
こういう響きに弱いのは、可愛い物に目を奪われる女の子と同じ世の摂理なのか。
理不尽な世の中に、アルスは頭を抱えた。

「……うぅ……負けるな。負けるな俺。そうだ!此処で俺が退いたら、一体誰が次元世界の常識を守るんだ!!
頑張れ俺!俺頑張れ!明日という名の光を攫むため、今こそ立ち上がれ!!」

余程疲れたのだろう。
もはや、何を言ってるのか解らないアルスだった。
それでも現実逃避する事無く、バクラに対して注意出来たのは流石だ。

「とりあえず……バクラ、その変身魔法を解け。ぶっちゃけ、俺は怖いから」

目の前で此方を見下ろす、巨大なモンスター。(決して、フェレットでは無い。絶対無いったら無い!)
紅い眼光と口の間に見える鋭い牙は、それだけで人間の恐怖心を煽る。
解った。
子供達も喜んだし、特にこの姿でいる意味はないので、バクラは言われた通りに変身魔法を解いた。

「はぁ~~……良いか?今度からはせめて、教科書に載ってるような普通の魔法を見せてやれよ」

疲れたように溜め息をついた後、アルスはユーノ達の方に戻っていった。

「教科書ねぇ~」

教科書に載っている様な魔法と言われても、バクラにはピンとこない。
自分はほとんど独学で魔法を身につけた様なもの。
ちゃんとした学校で習ったわけではない。

「そういやぁ……」

何かを思い出したのか、バクラは盗賊の羽衣の中に手を入れた。


魔法に悩んでいるバクラとは違い、アルス達の方は順調だった。

「これが相手の動きを止め、空間に固定する魔法。通称、バインドと呼ばれるタイプの捕獲魔法です」

再び先生モードになったアルス。
目の前の何も無い空間に、青い輪を出現させ固定した。

「バインドはこの輪の他にも、鎖、縄など、対象を捕獲する形をとる物がほとんどです。
さわらに詳しく分けると、捕獲する相手に直接バインドを仕掛けるタイプと、特定の範囲に設置して相手を捕獲するタイプがあります」

先生らしく、丁寧に解り易く教えた。
バクラは大丈夫かな。
心配になり、チラッと横目で様子を窺う。

「先ずは、これがバインドだ。まぁ、相手を縛っておく魔法の縄だと思え」

良かった。今度は普通の魔法を教えていた。
黒い縄状のバインドを形成し、子供達に見せるバクラ。
言葉遣いには多少の問題があるが、子供達が特に気にしてないのだから良しとしよう。
ホッと胸を撫で下ろしながら、ユーノ達の講義に集中しようとするアルスだが――

「それじゃあ、今からこいつを使った絞殺術でも 「なんちゅうもんを子供に教えようとしてるんじゃあああぁぁーーー!!!」 ぐっふ!」

とんでもない爆弾発言に、弓で弾かれたようにハリセンで頭を引っ叩いた。

「バカか!バカなんだな!!バカ以外の何物でもない!!!
何で相手を捕獲するバインドが、絞殺術なんてとんでもない殺人魔法になるんだよ!!?
えぇ!?言ってみろ!言え!!今すぐ、その口で、言ってみろ!!!」

盗賊の羽衣を攫み、ガックンガックン、とバクラを揺らし続ける。

「うるせぇな……てめぇが教科書に載ってるような魔法って言ったんだろうが」

「ああ言ったよ!でもな、そんな物が教科書に載ってるかあああぁぁーーー!!
どんな教科書に載ってるんだ!?さぁ出せ!今すぐ出せ!!」

「ほらよ」

激怒してるアルスとは違い、バクラは冷静にそれを突きだした。

「……せ……世界の暗殺魔法……素人でも出来る丁寧な解説付き…………」

目を点としながら、目の前に出された物騒な本のタイトルを読み上げるアルス。
ゴックン。
生唾を呑み込み、恐る恐るその本のページを開いた。

「36ページ……バインド応用編。
皆も知ってるバインド。普通は敵の動きを止める物だけの捕獲魔法。
しかし、ここで紹介するのはただのバインドではなく、バインドを使った攻撃魔法です。
先ずはバインドを自由に、鞭でも操るかのように使えこなせるのが第一段階。それぐらい使えこなせなければ話しになりません。
では、第一段階を済んだ人は、それを敵の首や体の関節に掛けましょう。
正し!此処で注意するのは、広く浅くではなく、狭く深くバインドを仕掛ける!ここがポイントになります。
対象を捕獲するバインドですが、相手の首などを強烈に締め上げると、あ~ら不思議。
捕獲魔法のバインドが、そのまま相手を絞殺する事が出来る攻撃魔法に早変わり!!
さらに、上級者ともなるとそれだけで相手の首をスッパーンと引き千切れたりします。もう、スッパーンとね」

決して子供が見てはいけないけない、ドロドロな内容が書かれた文章を読み進める。

「バインドの応用編……上級者向け。
先程のバインド応用編のさらに上級技で、身の毛もよだつような残酷で残忍な暗殺術を此処では紹介しましょう。
最初に、バインドを細く丈夫な縄にします。糸ぐらいの細さと人間の肉を引き裂くほどの強度があれば十分です。
魔力を安定させたら、それを殺したい相手の体内へと侵入させます。
そして、下の図の様に相手の体内に十分に侵入したら、手頃な臓器に引っ掛けクイっと引っ張ります。
すると、あ~ら不思議。
肉の鎧に守られた臓器が、簡単に引っ張り出せます。さらに上級者になると、血液の流れに沿って相手の体中をズタズタに引き裂く事も可能です」

本を持ってるアルスの手が、小刻みに震えだした。

「だから言っただろ?教科書に載ってるってよ」

瞬間、アルスは閃光の様に弾けた。

「こんなのがあぁーー!!」

その脚を大地に突きつけ、構える。

「教科書でええぇぇーーー!!」

大きく振りかぶり、空へと照準を定める。

「あってたまるかああぁぁーーーー!!!」

今までに無い、渾身の力を込めて空へと投げた。

「ナレッジ!」

空かさずデバイスを発動させ、その杖先を本へと向ける。
エリアサーチ開始。
対象の直線上に、生命反応なし。
よし!
ナレッジの杖先に、ミッドチルダ式の青い魔法陣が浮かび上がった。

「純粋魔力攻撃設定解除!burster!」

放たれた青い砲撃は、一直に伸び見事に本を焼き尽くした。
目標、完全に消滅。

「はぁはぁはぁはぁ……」

肩を揺らしながら、息を整えるアルス。
面を上げる。
目標が完全に消えた事を確認する。
アルスの顔は一仕事終えた様に輝いた。
ありがとうアルス!君のおかげで、魔法世界の秩序は守られた!!

「何してやがんだ、アルスの奴?」

その勢いで、是非とも此方の問題児の思考もなんとかしてほしい。
先程の本に載ってるような内容の魔法を教えられたら、色々と魔法世界の秩序が崩壊する所だった。
しかし、バクラにはアルス達の考えの方が解らない。
敵を倒すためにより強力な力を身につけるのが悪いのか、が彼の考えなのだ。

「……まぁ。バインドがダメってんなら。他の奴を見せるか」

幼馴染の心配など、完全無視。
バクラは近くに落ちていた手頃な石を拾った。

「魔法にはな、ただ単に自分の力を上げるだけじゃなく、自分以外の奴の力を上げられる補助魔法ってのがある。
今からやる奴は、その応用だ」

子供達に解説をした後、先程拾った石に魔力を込めた。

「てめぇらが今見てる通り、補助魔法を完璧に極めちまえばこんな風に無機物にだろうと、自身の魔力を込めるのは可能だ」

先程までは何処にでもあった普通の石。
それが今は、バクラの魔力光と同じく黒く、不気味に輝いていた。

「さてと、そんじゃあこいつの威力を見せてやりてぇが……」

何か獲物が居ないかと探すバクラ。
キョロキョロ。
辺りを捜索してると、手頃な獲物を見つけた。
ニヤリ。
それを見つけた瞬間、バクラの表情に凶悪な笑みが張り付いた。


スクライアのキャンプ地の中心。
折り畳み式のテーブルセットに、バナックは腰掛けていた。

「ふぅ~~……全く、女三人も寄ればなんとやらと言うが、何故チェルシーまであの場に参加できるんじゃ?
あ奴もワシと同じぐらいの年だろうに」

遊びに来てくれたのは良いが、やはり自分は年なのか。
若い人、特に女性の話題にはついていけなかった。

「まぁ良い。ワシも最近は騒がしいのは苦手になってきたからのぉ~。やはり、年か」

ボンヤリと空を眺めながらお茶を啜るバナック。
その時――

「ぶばッ!!」

隕石でも衝突したかのような轟音と共に、後頭部に凄まじい衝撃が走った。


「って、族長おおおぉぉーーーー!!!」

バクラが投げた先程の石に、見事後頭部を撃ち抜かれたバナック。

「とまぁ……これぐらいの威力はある。敵に襲われたなら、相手をぶっ殺すつもりで投げろ」

アルスや他の子供達がざわついている事など、バクラは特に気にしてなかった。

「お前はー!なんて事をしでかしてるんだ!!?」

「うるせぇぞ、アルス。耳元で叫ぶんじゃねぇ。たかだか爺さんの頭に石を投げただけだろ」

「十分、とんでもない事をしてるだろがああぁーー!!」

ただ空を見つめていたかなりの高齢者に向かって、魔力で強化した石を、しかも後頭部目掛けて投げる。
アルスの叫びたくなる気持ちがよく解る。

「フォフォフォ、よいよいアルス」

「あ……族長」

あまりのバクラの蛮行に注意していたら、当の本人であるバナックが此方に向かって歩いてきた。
その頭に、見事なタンコブを作って。

「だ、大丈夫ですか!?待って下さい、今すぐ回復を」

「なぁ~に、大丈夫じゃて。これぐらで参るほど、軟な鍛え方はしておらん」

回復魔法をかけようとするアルスを、やんわりと手で制するバナック。
自分の頭にぶつかった石を持ち、犯人に近付いていった。

「これを投げたのは……お主じゃな、バクラ?」

「ああ、そうだ。なにか、文句があっか?えぇ、爺さん?」

謝罪をする気など、一切なしのバクラ。
スクライア一の超問題児の名は伊達ではなかった。

「そうか、そうか。して、何故ワシに向かって投げたんじゃ?」

声は穏やか、しかし目には何時もの優しさは籠っておらず、ドス黒い殺気を放っていた。

「見ての通りさ。ガキ達は魔法を見たいって言ったんでね。兄貴分として、見せてやってた所だ。
魔法は知識だけじゃなく、実際に見せた方が良いんだろぉ?なぁ、爺さん?クククッ……」

「そうじゃの~、よく昔ワシが教えた事を覚えていた。偉いぞ」

バクラが投げた石を目の前に差し出すバナック。

「つまり、お主は魔法の威力を試すため、わざわざワシを標的にしたという事だな?岩や木ではなく、このワシを」

「その通りだぜ、爺さん。木や岩みてねぇな動かねぇ物よりも、実際に動く物を標的にした方が、よりリアルに魔法の威力が伝わるだろ?
一応言っておくが、俺は何も爺さんに当てるつもりはなかったんだぜ。
爺さんなら避けられるし、例え当たったとしても無事だろうという確信があったんだからな」

「そうか、お主はワシを信用してお茶を呑んでいた、このか弱い老いぼれに魔力で強化した石を投げたのか」

バキッ!
バナックが握っていた石が、粉々に砕け散った。

「ああ。一族特有の、美しい信頼ってものじゃねぇか」

口では良い事を言ってるが、その顔には歪んだお面を被っていた。

「……………」

「……………」

無言で見つめ合う両者。

「フォフォフォフォッ」

「フフフフッ」

もはや言葉は不要。戦いの火蓋は切って落とされたのだから。




――READY FIGHT!!






「ぬおおおぉぉーーー!バクラ、そこへ直れ!久々に、ワシ自らお仕置きをくれてやる!!」

前回に引き続きまして、スクライアの族長、バナック・スクライアと。
スクライアの超問題児、バクラ・スクライアの一戦であります!!
早速準備に入った、バナック選手!
得意の強化魔法をかけて、先程までのか弱い老人の面影など一切ない、服を破り捨て筋肉の鎧に身を包みました!!


「族長のあれってさ、一応強化魔法なんだよね?アルスお兄ちゃん?」

「一応な。昔から身体強化系の魔法を極め続けて来たら、いつの間にか出来るようになっていたそうだ。
もうとっくの昔に魔力が衰えても可笑しくない年齢なのに、未だにあれだけの魔法が使えるんだから。本当、凄いよ」

「ふ~~ん……でも、なんかあの姿を見てると誰かを思い出す様な。
……えっと。クマ仙人じゃなくて、セミ仙人!……でもなくて……う~~ん。……あっ!○仙人!
あれ、どうして臥せ字なの?肝心の部分が見えないよ」

「大人の事情って奴じゃないの?」

「え~~、大人ってずるい。いっその事、バナックお爺ちゃんが○め○め波でも使ってくれれば、一瞬で解るのに~」

「お前ら……頼むから、そんな危険な会話をするのは止めてくれ」


何やら会場で問題が発生しましたが……コホンッ。
さぁ、どういった試合展開になるか?先制攻撃は、おっと!バナック選手、決死のヘッドバット攻撃!
玉砕戦法に出ました。
その巨体に押され、バクラ選手ダウン!

「ぐぅ……相変わらず、すげぇ威力だ。本当に年よりかよ。……デスカリバー・ナイト!!」

流石若いバクラ選手、まだまだ余力を残しております。
得意の召喚魔法でモンスターを呼びよせ、臨戦態勢に入りました!

「まだやる気か?今から謝れば、許してやらない事も無いぞ」

「ケッ!寝言は寝てからいいな。ちょうどいい機会だ、今日こそどちらが本当の強者か……その身に刻んでやるよぉ!!」

互いに相手の出方を窺っております。此処から一体どんな戦法が繰り出されるの……おおぉっと!
バクラ選手、早速デスカリバー・ナイトを仕掛けました!
馬上で巨大な剣を振り上げ、一気にバナック選手を追いつめます!

「ふんっ!甘いはああぁぁーーー!!」

しかし、凄いバナック選手!
剣を避けるどころか、勇猛果敢に飛び込み、その巨木の様な剛腕で、デスカリバー・ナイトもろとも打ち砕きました!
信じられません!

「ぐぅ……」

苦しみます、バクラ選手。ですが、此処は相手との拳と拳とぶつけ合う闘技会場!相手は待ってくれない!
バナック選手がここぞとばかりに攻めます!
さぁ、このまま終わってしまうのか!?どうだ、バクラ選手!!

「チッ!……死霊ども、やれ!!」

まだ負けていない!
追いつめられても、闘志の炎を絶やしてはおりません!

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!!」

ですがやはり、身体強化をかけたバック選手には、ただの死霊達では心もとないのか。
呆気なく砕け散ってしまいました!!
が、バクラ選手は既に距離を取り、体勢を整えております!
流石、盗賊王と名乗るだけの事はあり、その身軽さは一族ナンバーワンです!

「ジジイいいいぃーー!!」

「バクラあああぁーー!!」

お互いの名前を叫びながら、再び激突する両者!
一体これから先、どのような結末を迎えるのでしょうか!!?




「いい加減にしな!二人とも!!」

「がっぐ!」

「むぎゃ!」




なんと……ここで、第三者、バナック選手の奥さんであり、一族の皆からおばば様と慕われている。
チェルシー・スクライア70歳の登場です。
燃える様な試合展開をしていた両者ですが、チェルシーさんに頭を捕まれそのまま叩きつけられ、ダブルノックアウト!
思わぬ試合展開になりました。






「たく……久しぶりに会いに来てくれた子達とお茶を呑んでいたら……バクラ!バナック!
二人とも、こんな所で何をやってんだ!?そんなに暴れたいなら、もっと遠くでやりな!」

「別にワシは暴れたくて、暴れていた訳じゃ……」

「あぁ!?」

「……すいません」

「へッ!情けねぇ爺さんだ」

「バクラ、お前もお前だ!そこまで元気が有り余ってるなら、レオン達の発掘の手伝いでもしておいで!」

「断わ……」

「ああぁ!!?」

「……考えておくぜ」

地面に正座を強要され、チェルシーに説教されるバクラとバナック。

「たく……爺さん。あんた、よくこんな凶暴な女の結婚したな」

「う……うむ、昔はもっとお淑やかだったんじゃが……」

「なんか言ったかい?」

「「いや、何も」」

「……まぁいいけどさ。だいたいね、あんた達はもう少し他人の迷惑を考えて…………」

それから暫くの間、チェルシーにお説教されるバクラとバナックであった。











「はーい、今日の教訓。“魔法を人に向けて撃つのは止めましょう”!はい、繰り返して」

「「「「「「“魔法を人に向けて撃つのは止めましょう”」」」」」」

「良く出来ました。皆はああならないように、魔法の使用と注意に気をつけて、正しく使いましょうね」

「「「「「「はーーい!」」」」」」












バクラがただの悪ガキみたいになってる。
まぁ、それを意識して描いたんですけど……ちゃんと描けているか心配です。
というわけで、前回に引き続きバクラの日常風景でした。

次回はバクラの過去、スクライアに引き取られた話です。お楽しみに。



[26763] 誕生日の意味 前編 
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/05/02 20:43



誕生日。
一般的に自分が生まれた日。そして、生まれた事を祝う記念日。
家族、友達、同僚、恋人。
深い繋がりがある人、全員が自分の生まれた事を祝ってくれる。
此処、スクライアでも今正にその誕生会が開かれようとしていた。




「誰かー!テーブルもう一つこっちに持ってきてー!」

「ねぇ、これぐらいでいいかな?しょっぱすぎない?」

「皿が足りないよ!」

「ほらそこ!つまみ食いはしない!」

あっちへドタドタ、こっちへバタバタ。
今日の誕生会のために、師走の如く駆けまわるスクライアの一族。
朝から皆揃って働き詰めだった。

「誕生日という物は、一年に一回必ずやってくる。
そんな日ぐらい、一族皆で揃って無礼講というのが、代々のスクライアの習わしじゃが……」

皆が働いて騒がしい中、比較的静かなテントの中。
険しい視線で、バナックは目の前の人物を見つめた。

「お主は無礼講すぎるぞ!もう少し、態度を改めたらどうじゃ!!」

ビシッと、咥えていたキセルである人物を指しお説教をするバナック。
バナックの視線の先に座っている五人の人影。
内、四人。
レオン、アンナ、アルス、ユーノ。
この四人は、ちゃんと姿勢を正して族長であるバナックの話しを聞いていた。
しかし、最後の一人は話しなど全く聞いていなかった。
寧ろ、さっさと無駄話を終わらせろジジイ、とでも言いたそうに反抗的な視線を送り続けていた。
その最後の一人とは、当然――

「さっき自分で無礼講って言ったばかりじゃねぇか。えぇ?バナックの爺さん」

スクライアの超天才にして、超問題児。バクラ・スクライアである。

「だいたいなぁ、もう聞き飽きてんだよ。
毎年毎年、年一つを取るごとに家の奴らを集めて、ありがた~いお言葉を貰うだけ。
俺としちゃ、言葉よりも形に残る物の方が良いね。若しくは、普段なら決して喰えねぇ御馳走とかよ」

族長の前だというのに、完全に足を崩し、粗暴な態度と言葉遣いのバクラ。
この男にとってありがたいお言葉など、仏の道に入っていない人が聞く念仏(つまり、ほとんど意味がない)の様なものなのだ。

「こら、バクラ!すいません、族長」

あまにも問題がある態度に、レオンはバクラの頭を無理やり下げてバナックに謝罪した。

「……ふぅ~、よい。そ奴のそれが簡単に直るなら、ワシとて苦労はせんわい」

離せよ、とバクラがレオンの手を振りほどいているのを見つめながら、バナックはほぼ諦めたように溜め息を漏らした。
昔からこうだ。
どんなに自分やレオンが言っても、この態度だけは一向に直らなかった。
管理局でも、盗賊だの色々悪い噂が流れている始末。
もはや、個性を通り越して問題になっている。
一族の中でなら良いが、外の世界ではそうもいかない。
せめて、外に行く時だけでも直らない物だろうか。

(まぁ、これでも昔に比べたら遥かに改善した方じゃがな)

一服しながら、バナックは記憶を掘り起こす様に目を瞑った。




一人の子供が此方を見つめている。
まだ幼く、5歳前後の子供。
辺りに漂う、明確な死の臭い。
目と目が合う。
虚無感を漂わせる瞳の中に、確かに存在する『それ』。
子供は『それ』を含んだ瞳で此方を射抜き、口を開いた。


『ムウト』




「おい、爺さん。一体どうした?急に黙って?」

意識が戻される。
見れば、声をかけたバクラを含み、皆怪訝そうに此方を見つめていた。

「おぉ、すまん、すまん。ちと、ボーッとしておった」

大丈夫ですか、と心配してくるアルスとユーノ。
お体の調子でも悪いんですか、と体を気遣ってくれるアンナ。
少し休んだ方が、と休憩を勧めてくれるレオン。
遂にボケたのか、と全く心配などしてこないバクラ。
皆の心遣い(約一名全く違うが)に感謝しながら、バナックは大丈夫だと言った。

「えぇ……ゴホンッ、まぁ色々と言いたい事はあるが、とりあえず最初にこれだけは言っておかねばな」

ニッコリ笑顔。
優しい笑みを浮かべながら、バナックはバクラとアルスにその言葉を伝えた。

「アルス、バクラ、11歳の誕生日おめでとう」

「おめでとう、アルス、バクラ」

「おめでと~、アルス君、バクラ君」

「兄さん、おめでとうございます」

族長の祝いの言葉を皮切りに、周りの家族も二人の誕生日を祝福した。



バクラとアルスは本日の主役。
二人は誕生会が始まるまで、大人しく待ってるように言われた。
唯一アルスは、自分も何か手伝いましょうか、と尋ねた。
しかし、そこでバクラが待ったをかけた。
曰く、てめぇはバカか?何で俺達の誕生日なのに、本人が準備しなけりゃいけねぇんだ。
言葉遣いこそは悪かったが、ある意味事実なので、一族の大人達もやんわりとアルスの提案を断った。

「うん?何やってんだ、アンナ?」

皆と同じように誕生会の準備をしていたレオンは、ふとアンナがテントの隅に座り込んでるのに気付いた。

「うふふふ、こ~れ」

笑顔のまま差し出してきた一冊の本。
アルバム。
自分達一家の思い出が詰まった本を、アンナは嬉しそうに眺めていた。

「へ~、懐かしいな」

「でしょ~、私もさっき見つけて、つい懐かしくなっちゃった」

皆には悪いが、少しだけ休憩をさせて貰おう。

「おぉ、これって去年の誕生日の奴か。相変わらず、ふてぶてしい顔をしてるな」

「こっちは皆で遊園地に行った時の写真ね。わぁ~、ユーノ君小さーい。まだ二歳の時だったもんね」

夫婦仲良く、アルバムの写真を見つめながら思い出に浸る。
ページを捲る。
バクラが初めて遺跡発掘に加わった時の写真。
アルスが魔法学校に入学した時の写真。
ユーノがハイハイから初めて歩いた時の写真。
様々な思い出が二人の脳裏に浮かんでいく。

「……………」

「どうしたの、あなた?」

「いや、ちょっとな……」

急に様子が可笑しくなった夫に、首を傾げるアンナ。
一枚の写真。
レオンが眺めていた写真を、アンナも見つめた。

「あっ」

小さく、アンナの口から声が漏れた。
その写真に映っている人物。
まだユーノが家に来る前、自分とレオン。そして、アルスとバクラが映っていた。
しかし、その写真には他の写真とは明らかに違う所がある。
無表情。
他の写真には、ふてぶてしかったり、怒っていたり、機嫌が悪かったり、時々笑っていたり。
あまり良い表情とは言えないが、それでもまだ何かの感情が込められていた。
だが、その写真に映っているバクラの顔には感情など浮かんでおらず、ほぼ無表情だった。

「……思い出すな」

「ええ、あの子がまだ一族に来たばかりの頃でしたね」

「あの時は、本当に手を焼かされた。でも、まさかこの時の俺も、この写真の様になるとは思ってもいなかっただろうな」

「ふふふっ、そうですか~?私はあの日から、今の様な関係になると思ってましたよ。
あの日……バクラ君が初めて私達の家族になった日から」

暖かく優しい瞳で、アンナとレオンはその写真を見つめた。




――約6年前

レオンが19歳、アンナが17歳だった、まだ結婚前の頃。
その子は、自分達の前に現れた。




新しい遺跡発掘のために、キャンプ地を移したスクライア。
その中に、まだ若いレオンの姿があった。

「本当に大丈夫か?無理してついてこなくても良かったんだぞ?」

目の前の女性を心配して、声をかけた。

「大丈夫ですよ~、私だって何時かこの一族のお仲間になるんですから」

変わりない姿に声。
未来、レオンの妻となるアンナである。

「でもよぉ~」

「何だ、レオン。もう新婚さん気分かよ」

心配するレオンを茶化す様に、同僚が二人の会話の中に入ってきた。

「おーおー!まだ結婚前だってのに、熱いねぇ~お二人さん」

「ヒュー♪ヒュー♪」

「全く、こんな綺麗な人捕まえて。どうやって騙したんだい?憎いよ~この~」

次々に集まる同僚達も、二人に祝福という名の茶化しを入れていく。

「か、からかうな!」

流石にこれは恥ずかしい。
レオンは顔を赤くしながら、同僚達に一喝を入れる。
そんな中、アンナは相変わらず嬉しそうに笑みを浮かべていた。
やはり女性。
愛する男性との仲を祝福されるのは、喜ばしい事だ。

「ほれほれ、あまり苛めてやるな」

「あ……族長。ご苦労様です」

バナックとチェルシー。
一族の長とおばば様が来た事に、皆は佇まいを直した。

「あぁー、よいよい。さっきみたいに、楽な姿勢のままで構わん」

全員に軽く挨拶をしながら、アンナへと近付いてくバナック。

「貴方が、今度家のレオンと結婚する予定のアンナさんじゃな?ワシはこのスクライアの族長を務めているバナックと申す」

「私は、チェルシー。家のレオンをお願いしますね」

「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。
この度、レオン・スクライア様と添い遂げる事となった、アンナ・ランフォードと申します。
まだまだ妻としての経験も知恵も足らず、皆様にご迷惑をおかけすると思いますが、どうか一つよろしくお願いします」

お互いに頭を下げ、自己紹介をした。

「フォフォフォ、これはよく出来た嫁さんだ。レオン、良い人に巡り合えたの」

レオンの方を見つめ、アンナを褒めるバナック。
照れる。
顔を赤くしながらも、自分の選んだ人が褒められたのは嬉しいのか、レオンは嬉しそうに微笑んでいた。

「しかし、噂通りのベッビンさんじゃの~、ワシが後50年若ければ放ってはおけぬわい」

「ほぉ~、それはどういう意味だい?バナック?」

先程と打って変わって、隣からとてつもなく黒い感情に染まった声が聞こえた。
不味い。
タラーン、と背中に冷や汗をかきながらも、バナックは平静を装った。

「それはそれとして……よく来て下さった、アンナさん。ワシらスクライアは、貴方を歓迎しますぞ」

((((誤魔化したな))))

流石スクライアの一族。
心の中でツッコム時も、ピッタリ同じタイミングだった。

閑話休題。

元から明るい性格なのか、アンナは人見知りせずに直ぐ皆と打ち解けた。
よろしくお願いします。
こちらこそ。
アンナがスクライアの人達と挨拶を交わしていると――

「アンナさん!」

一人の子供が、大人達の間から飛び出し此方に駆けよってきた。
まだ小さく、ライトブルーの髪の毛が特徴で、賢そうな顔付き。
アルス。
この時のアルスは既にレオンに引き取られ、アンナとも交流があり慕っていたのだ。

「あら~、アルス君。こんにちは」

「こんにちは!」

駆けよってきたアルスを優しく迎え入れるアンナ。
未来の光景と同じく、この時から既に家族としての絆が出来上がっていた。

「それで、式は何時上げるのじゃ?レオン」

「う~~ん……すいません、まだ具体的には決まってないんですよ」

「決まって無いって、どうしたんだ?お前らのラブラブっぷりなら、今すぐ結婚しても可笑しくないだろ。
結婚資金の心配か?だったら俺達が貸してやるぞ」

「そうですよ、レオンさん」

「いや、そうじゃないんだ。向こうの実家の方が少し忙しいらしくて、まだ具体的に決められないんだよ。
こっちもこっちで、色々と忙しいからな。まぁ、この遺跡発掘の仕事が一段落したら、式場を決めるつもりだ」

レオンはスクライアの男性陣に囲まれ。

「皆さん、よろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ。解らない事があったら、何でも聞いておくれよ」

「そうそう、なんたっておばば様はスクライアの女性の最年長で、生き字引みたもんだから」

「ほぉ、それはつまり、私が年を取ってるって事かい?私はまだ若いよ!」

「い、嫌ですよ、おばば様。ほんの可愛い冗談じゃないですか」

「うふふふ。皆さん、楽しい方ですね」

「えぇ。明るいのが、この一族の特徴みたいなもんですから。
あ、私はリーナと言います。貴方と同じ、この一族の嫁いできた者ですから、何か解らない事があったら遠慮なく聞いて下さい。
とは言っても、此処の人達は皆良い人だから、すぐ慣れると思いますけど」

「はい。ありがとうございます」

アンナは女性陣に囲まれ、スクライアの初めての一時を過ごしていった。


さて、ここからが今回の物語が始まる。


挨拶もそこそこに、スクライアの皆は遺跡発掘前にアンナの歓迎会を開く事となった。

「うん?」

歓迎会の準備をしてる最中、一人の男性が顔を上げた。
あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロ。
何かを探す様に、首を動かしている。

「どうした?」

不審に思った同僚が尋ねる。

「いやさ……何か、音が聞こえなかったか?」

「音?」

男性に言われ、同僚は耳を澄ましてみる。
しかし、何も聞こえない。
聞こえるのは一族の話し声と、歓迎会の準備をしてる音だけだった。

「動物か何かじゃないの?」

この近くには森があり、小動物も何匹か居る。
何かの音が聞こえても、不思議ではない。

「いや、動物というか……こう、木々を薙ぎ倒す様な音というか……」

男性が同僚にその不審な音の説明をしていた、その時――



「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!」




断末魔の様な、一族全員に聞こえるほどの何かの叫び声が聞こえた。

「ッ!!」

「な、何だ!?」

思わず息を呑む男性と同僚。

「早く女性と子供を避難されるのじゃ!」

こんな時でもいち早く動けるのは、流石この一族の長。
バナックの指令に、呆けていた他の皆も意識を取り戻した。
女性と子供達を避難させる。
もしもの時のために、直ぐ近くの街に連絡を取れるように準備し。
レオンを始めとした男性は、デバイスを起動させて先程の声が聞こえた方を睨みつけた。

「……どう思います、族長?」

「さぁのぉ~、この辺には大型の動物が住んでいなかったはずじゃが……山から降りてきたのか、何にせよ気をつけるのじゃぞ、皆」

「はい。というか、族長は避難しなくて良いんですか?此処は俺達に任せてくれても良いんですよ」

「フォフォフォ、心配するでない。まだまだ、お主たちよりも腕は上じゃ」

「それは発掘の腕ですか?それとも、荒事に関してですか?」

軽口を叩けるのは、信頼の証。
時々旅をしてる最中に野生の動物に襲われるのには、既に慣れていた。
臨戦態勢。
女性や子供が避難を終えたのを確認し、レオン達は森の方を警戒する。
一分、二分、三分。
暫く辺りを警戒していたが、何かが襲ってくる気配はない。

「どうやら、ワシらがお目当てのようではないようじゃな」

「そうみたいですね」

警戒を解く。
ピリピリとして空気が霧散し、ホッと一息。
避難していた女性や子供も安心し、先程の暖かい空気に戻った。
そんな中、バナックは未だに森の方を見つめていた。
声。
この辺に住んでいる小型の動物の物ではない。
もっと奥、人があまり入らない山奥。
そこに住んでいる大型動物の物と似ていた。

(まぁ、ワシの勘違いという事も考えられが……一応な)

もし勘違いだったら、危険が及ぶのは自分達だ。
一族の長として、それは絶対に避けなければいけない。

「あぁ。済まぬが、誰かサーチで森を調べてくれんか」

近くの男性達に頼むバナック。
それでは私が。
一人の男性が前に出て、サーチを開始した。

「……うん?」

「???……どうした?」

「いえ……その……」

怪訝そうに眉を曲げた男性を見て、バナックも不思議そうに眉を曲げた。

「先程からサーチャーを飛ばしてるのですが、どのサーチャーからも正確なデーターが送られてこないのです。まるで何かに妨害されている様に……」

意識を集中させサーチを続ける男性だが、やはりダメ。
どんなにサーチャーを飛ばしても、結果は同じ。
何も解らなかった。
サーチの魔法を妨害する物。
男性は健康その物だし、魔力の問題ではない。
何か自然の力が働いたとも思えない。
とすれば、残るのは一つ。
人為的妨害。
そして、魔法を妨害出来るのは自分達と同じ魔導師しか居ない。

「どうします、族長?管理局にでも連絡しますか?」

自分と同じ答えに辿り着いたのか、レオンを始め他の皆もバナックの指示を待っている。

「ふむ……そうじゃの」

先程の声に、サーチを妨害する何か。
この二つが関わっているにしろ、しないにしろ、十中八九魔導師が関わっている可能性は高い。
だが、一体何故こんな所に魔導師が居る。
それも、わざわざサーチの妨害までして。
気になる物と言えば、もう一つ。
先程の断末魔の様な悲鳴。
この辺はエサも豊富だし、山奥にしか住んでいない様な大型生物が、無理に降りてくるとも考えにくい。
何にせよ、このままただ佇んでいる訳にはいかない。
バナックはレオン達に振り向き、それぞれに指示を出した。

「よいか。今からワシとレオン、リックとガッツは、先程の声の正体を確かめに行く」

「ワシって……族長!」

「解っておる。そこまで深追いはせん。直ぐ帰ってくるつもりじゃ」

自分を心配してくれる男性に心の中で感謝しながら、バナックやんわりと制した。
族長自らが出向く。
本当なら止めたいが、ここに居るメンバーを見る限りではそれが一番効率が良い。
バナック。
長い間スクライアの一族で生まれ育った事はあり、その経験と勘は一族の中でも最も優れている。
身体能力も、正直60歳を過ぎた高齢とは思えないほどの動きだ。
滅多なことではくたばらない人。
それが一族全員の評価だ。

「残りの者はワシらが戻るまで、皆の事を頼む。後、一応管理局と近くの街にも連絡を入れる準備をしておいてくれ。
もし、保護指定を受けている動物だったら、流石にワシらではどうにもならぬからの」

残りのメンバーの目を見て、指示を出すバナック。
解りました。
その目を真っ直ぐ見て、残りのメンバーは頷いた。

「それでは、行くとするか」

レオン、リック、ガッツ。
三人を伴って、バナック達は森の中に入っていった。



緑に包まれた森。
まだ昼前という事もあり、かなり明るい。
だが、明るいにも関わらず、森の中は不気味だ。
静かだ、静かすぎるのだ。
先程の様な森全体に響く様な声は聞こえず、今は辺りを静寂が包んでいる。
鳥や他の小動物の気配も感じない。
まるで森全体が死に絶えたように静まり返っていた。

「どう思いますか、族長?」

自分達の草木を踏み締める音だけが響く中。
先程の声とサーチを妨害する物について、レオンが問いかけた。

「うむ。まぁ、考えられる妥当な線としては、野生の動物に襲われた魔導師が、魔法で撃退した。という所かの」

答えるバナックだが、何か確証があるわけではない。
実際、腑に落ちない点がある。
自分の考え通りに、魔導師が動物を撃退したのならあの声の説明はつく。
しかし、もう一つのサーチを妨害する理由が見えてこない。
遭難者なら逆に助けを求めてくるはずなのに。

「若しくは……」

「違法魔導師……という事ですか?」

バナックの言葉を、辺りを警戒していたリックが受け継いだ。
違法魔導師。
その名の通り、法に反し魔法を使う魔導師の総称。
もし、違法魔導師がこの辺に潜んでいるなら、サーチの妨害も頷ける。
が、やはり理由としては弱すぎる。
ここら一帯は自分達スクライアが移動する前に、安全は確認した。
その調査から逃れたとしても、わざわざサーチの妨害などするのだろうか。
管理局から逃げるなら管理外世界に行くのがセオリーだし、逃げているなら無駄な魔力を使わずそのまま息を潜めていた方が遥かに賢明だ。
情報が少なすぎる。
大型動物なのか、違法魔導師なのか。
確かめない事には何も始まらない。
そのために、族長であるバナックがわざわざ出向いたのだ。

「どうじゃ、リック?サーチには何か反応はあったか?」

暫く森の中を進み、バナックはサーチを展開していたリックに問いかけた。

「……う~ん」

唸りながら、眉を曲げるリック。

「さっきよりは、正確なデーターが送られてくるようにはなりましたけど……やっぱり、何かに邪魔されてますね」

どうやら、あまり進展はないようだ。
自信なさげに、鬱蒼とした茂みに隠された森の奥を指差すリック。

「何となくですけど……この先に、何かが居る様な気はするんですけど……」

「フォフォフォ。そうか、そうか。それでは行くとするか」

何の疑いもせず、リックが指さした方へと歩き出すバナック。

「あの……気がするだけで、絶対とは言い切れない……というか、間違ってる方の可能性が高いと思います」

「そう心配せんで良い。どうせ何も情報は無いのじゃ。
このまま何の当ても無くさ迷い歩くよりも、お主の魔法を信じた方が遥かにマシだ」

あくまでも気がするだけ。絶対の確証など無い。
しかし、このまま歩き廻っていても仕方ないのも事実。
ならば、一族の人間を信用した方が利口である。
バナック達は、茂み掻き分けて森の奥へと進んで行った。




草や枝を踏み締めて進んだ先、少し開けた場所。
それを見た瞬間、バナック達は我が目を疑った。

――何だ、これは?

レオンもリックもガッツも。
様々な経験を積んできたバナックでさへも。
皆同じように唖然としながら、目の前のそれを見つめていた。
視線の先に倒れている、木々の数々。
恐らく、この木がスクライアの男性が聞いた何かが倒れる様な音なのだろう。
血を流し倒れている、クマの様な大型動物。
バナックが予想した通り、ここら辺の山奥に住んでいる動物だった。
夥しい血液が緑色の草を紅く染めている。
人間よりも巨大な体はピクリとも動かない。
絶命。
状況から察するに、この大型動物があの森の木々を倒し、死ぬ寸前にあんな大きな断末魔の悲鳴を上げたのだろう。
だが、バナック達が驚いているのはそんな事ではない。
木々が倒れているのも、大型動物が死んでいるのにも確かに驚いた。
しかし、そんな事など些細な事だと認識させる者がそこには居た。

「……子供?」

誰が呟いたのは解らない、蚊の無く様な小さな声。
だが、他に皆にその事実を伝えるには十分すぎるほど大きかった。
大型動物の死体。
その近くには、まだ幼く、アルスと同じぐらいの一人の子供がいた。
いや、居たというのはこの場合正しい表現ではない。
喰らっていたのだ。
幼い子供が、服も着ておらず真っ裸の姿で、大型動物の肉を血塗れになりながら一心不乱に喰らっていたのだ。

「ガツガツ……ガツガツ」

歯を突き立てるごとに、紅い血が噴き出しその子供の体を真っ赤に染め上げる。
それでも、子供に気にした様子はない。
再び、火を通してもいない生肉に齧り付き、引き千切る。
それからは繰り返し。
肉を引き千切り、咀嚼し、呑みこむ、そして再び肉を引き千切る。
捕食。そう、目の前光景は正に捕食。
獲物を捕らえた肉食動物の様に、目の前の肉を胃袋へと押し込んでいた。

「何だよ……これ………」

誰に問いかけるわけでもなく、レオンは言葉を漏らした。
こんな森でただ一人、服も着ないで、動物の生肉に齧り付く子供。
普通などではない、異常な光景。
人間は突然の出来事には反応できない。
“大丈夫”や“何があったの”、と優しい言葉をかけられず、バナック達は佇んでいた。

「な……なぁ。お前、何やってんだ?」

いち早く意識を取り戻したレオンは、その子供に近付き声をかける。
アルス。
同年代の子供を引き取ってるレオンには、目の前の光景が許せなかった。

「ガツガツ……………」

捕食を止め、ゆっくりと振り向く子供。
顔が露わになる。
動物の血でグッショリと濡れた髪の毛。
前髪はほとんど紅く染まってるが、他の所はまだ白いままだった。
ここら辺では見かけない褐色肌。
顔に飛び散った血の跡と、口から垂れる真っ赤な唾液が、酷く不気味だった。
そして何よりも、目。
見た所、アルスと同じくらいの5歳前後。
それぐらいの子供の大半は、毎日目を輝かしている。
アルスなど、新しい発見や知識を身につけた時は、とても喜んだものだ。
だが、目の前の子には光など一切なかった。
いや、正確には何も感情が浮かんでいなかった。
喜怒哀楽。
全ての感情が欠如した、酷く冷たい二つの眼が自分を射抜いている。

(何だよ……何でそんな目をしてるんだよ!)

ギリッ。自分でも解るほど奥歯を噛みしめるレオン。
気味が悪いだとか、何故こんな事をするのだとか。
そんな感情よりも早く、レオンにはある感情が浮かび上がった。
許せない。
この子がどんな生活をしてたのか、家庭の事情など、そんな物は自分には解らない。
けれど、少なくても此処にこの子がいるという事は、必ず親が居たはずだ。
まだこんな幼い子供、それもこんな生活をさせている親がとてつもなく許せなかった。
冷静に、冷静に。
怖がらせないよう、煮えたぎった感情を奥へとしまう。
見れば、まだ子供は此方をただ見つめていた。

「坊主、お前名前は?っと、他人に尋ねる時は、先ずは自分からが礼儀だよな。
俺の名前はレオン・スクライア。スクライアって知ってるか?遺跡発掘を生業をしている一族。結構その手じゃ有名なんだけど」

怖がらせないよう、優しい声音で話しかけながら目線を合わせようとするレオン。
瞬間、子供の目にある感情が宿った。
全ての光を塗りつぶすほどの、深い闇。
永遠の先が見えない闇の中に蠢く憎悪を帯びた『それ』。

「ッ!!い、いかん!レオン、直ぐ離れるのじゃ!!」

『それ』に気付いたバナックは、急いで声をあげる。
突然大声を上げた族長を疑問に思い、振り向くレオン。
それがいけなかった。

「ッ!がぁあ!!」

突然、鉛を撃ち込まれた様な衝撃が腹部に響いた。
痛い。呼吸が上手く出来ず、苦しくなる。
昼飯喰って来なくて良かった。
激しい痛みの中、レオンはそんな事を考えた。

「レオンッ!!」

「チッ!」

何かに押される様に、後方へと押し飛ばされるレオン。
不味い。
急いでリックとガッツは体勢を整え、レオンを優しく受け止めた。

「……うぅ……ごっふげっふ……あぁっが!」

「だ、大丈夫か!?待って、今すぐ回復を!」

せき込むレオンを心配しながら、急いで回復魔法をかける。
リック達がレオンの治療を行っている最中、バナックは目の前の子供を見つめていた。
突き出された拳。
疑う余地など無い。
この子供がレオンを殴り飛ばしたのだ。
まだ5歳前後ぐらいの子供が、並の成人男性よりも鍛え抜かれた肉体を持つレオンを。
信じられない。
確かに身体強化の魔法を使えば、子供でも大人を突き飛ばす事は可能だ。
しかし、見た所目の前の子供はデバイスを使った様子はない。
まだ幼く、しかもデバイスの補助なしで、ここまでの魔法を使える事が信じられなかった。
さらに信じられない事が間の前で起こる。

「ッ!!こ、これは!?」

幼い子供の体に渦巻く、白い靄の様なもの。
人に似た顔を持ち、不気味な呻き声を上げる。
テレビや映画などでしか見る事がない、幽霊の様な物が子供の体に渦巻いていた。


彼らは知らない。
それが未来に置いて、ネクロマンサーと呼ばれるレアスキルであるという事を。
この時の彼らは、まだ知らなかった。


「え……何だよ、あれ」

「私に聞かれても……」

漸くレオンの治療に集中していたリック達も気付いた。
目の前で渦巻く、死霊達。
異常な光景。
魔法が当たり前の世界で生まれ育った彼らにしてみれば、目の前の光景は異常だった。
こちらを見つめる子供。
その目には、変わらず『それ』が宿っていた。

「「ッ!!」」

『それ』を帯びた目で見つめられた瞬間、リックとガッツは息を呑んだ。
無感情の中にも、確かに存在する『それ』。
先程はレオンに隠されて気付かなかったが、自分達を標的にされ漸く正体が攫めた。
殺意。
全てを破壊し、相手の命を刈り取る、冷たい純粋な殺意が満ちていた。
硬直するリックとガッツ。
今まで色々な遺跡を発掘してきた。
時には凶暴な野獣に襲われる事も、少なからずあった。
だが、目の前の殺意はそんな生易しい物ではない。
もっと深く、もっとドス黒い。
それこそ、大の大人達を硬直させるほどの闇を放っていた。
こちらを射抜く子供。
冷たい殺意を放つ目で獲物を見定め、ある言葉を口にする。

「ムウト」

小さく、ただ3文字だけ紡がれたその言葉。
意味は解らなかった。
でも、身に近付く危険を本能だけが感じていた。

『―――――――ッ!!』


人間の物とは違う、この世の物とは思えない不気味な声を上げながらこちらに襲い掛かってくる死霊。
動けない。
一般の魔法とは明らかに逸脱する死霊に、先程の殺意に満ちた目。
それを見たリックとガッツは、咄嗟の判断が出来なかった。
このままでは不味い。
長年の経験から、バナックは子供が放つ死霊達が危険と感じ取った。
急いで、自らの肉体に身体強化の魔法をかけるバナック。

「はああぁぁーーッ!!」

高齢とは思えないほどの動きで、魔力を帯びた拳を振るう。
襲い掛かってくる死霊。
その全てを撃ち落とした。
デバイスがないとはいえ、長年慣れ親しんできたこの肉体。
魔力も全盛期に比べれば衰えてはいるが、この程度の力しか持たない死霊を撃ち落とす事は可能だった。

「……………」

子供の表情に変化はない。
相変わらず無表情だった。
攻撃が失敗しても、臆することなく次の攻撃の準備に入った。
そうはさせない。
地面を強く蹴り、一気に子供との距離を詰めるバナック。

「ッ!!」

流石にこれには驚いたのか、僅かだか目を見開く子供。
だが、それも一瞬。
直ぐ無表情に戻り、先程のレオンと同じくその拳を振るった。

「フォフォフォ、甘いの」

「ッ!!」

フェイントも何も無い、直線的な攻撃。
バナックからして見れば、ただの力が強いだけのパンチでしかない。
見極め、避ける事など簡単だった。
怪我をさせないよう、拳ではなく掌底で子供の腹部を撃ち抜く。

「ぐっふ」

小さく、声を漏らしながら子供は気絶した。

「ふぅ~~……全く、とんでもない子供じゃな」

一仕事終えた様に、額の汗を拭うバナック。

「族長、大丈夫ですか!?」

漸く動けるようになったリック達は、レオンに肩を貸しながらバナックへと近付いた。

「心配せんでも良い。ワシなら大丈夫じゃよ。それよりも、レオン。怪我ないか?」

「え、えぇ。まだ痛みますけど、動けないほどではありません」

リック達の肩を離れ、大丈夫だという事をアピールするレオン。
良かった。
安心したバナックは、続いて腕の中で気絶する子供を見つめた。
こうして見ると、本当に小さい。
血塗れで裸でなければ、そこら辺で走り回っている元気な子供と変わりない。
何故、こんな子がこんな所に、しかも一人で。

「族長……その、その子はどうするんですか?」

子供の事を考えていたら、レオンが心配そうに声をかけてきた。

「ふむ……レオンを始め、ワシらに危害を加えようとしたのは事実」

僅かに肩を振るわせるレオン。
それを知ってか、知らずか、バナックは安心させるように笑みを浮かべた。

「しかし、この場に放っておいては世の義理人情に反するのも事実」

「ッ!そ、それじゃあ!」

「うむ。とりあえず、キャンプに連れて帰ろう。どうやら、かなり腹を空かしてるみたいだし。
流石に裸で血塗れと言うのは可哀想じゃからな」

気絶した子供を背負おうとするバナック。
そこに、レオンが待ったをかけた。
曰く、自分が連れて行きます。との事だ。
リックやガッツは怪我をしてるのだから無理するな、と止めようとする。
しかし、それでもレオンは頑固に譲らなかった。

「それでは、お主に頼むとするかの。ワシも、さっきの魔法でちと疲れたし」

「はいッ!」

子供を受け取り、レオンは優しく背中に背負った。
それでは早く帰るとするか。
バナックの言葉に従い、レオン達は森を後にした。









結構長くなったので、前後編に分けます。

と言うかわけで、バクラの過去編が始まりまでした。
過去編と言っても、次で終わりです。長編にはなりません。

では次の後編(何時になるか解りませんけど)をお楽しみに。



[26763] 誕生日の意味 中編
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/05/09 10:53
*先ずはお詫びを。

前回、あとがきに今回で終わると明記しましたが、書いていく内にどんどん長くなってしまいました。
今はまだ執筆中ですが、間を空けるのもなんなので区切りのいい所で投稿します。
では本編をどうぞ!






新たな遺跡発掘のために、この世界に移動したスクライアの一族。
そのキャンプ地。
中心に佇み、苛立つ感情を一切隠さない一人の高齢の女性。
チェルシー。
バナックのお嫁さんにして、一族の皆からおばば様と慕われる女性である。

「全く、バナックの奴め自分が私達の長だって事を自覚してるのか?」

バナック達が入っていった森を見つめながら呟く。
口では責めてるが、その言葉の裏には確かな愛情が籠っていた。

「まぁ、昔から結構行動派だったし、後ろでビビって縮こまってる様な玉無しよりも遥かにマシだけど。はぁ~……これも、惚れた弱みって奴かね~」

いやー参ったねー。
そう言いたそうに、チェルシーは頭を掻いた。
どんなに年を取っていても女性。
愛する男性を信じるのは、若い乙女とは変わりない。

「おばば様、族長達が帰ってきました!」

「ッ!そ、そうかい。ご苦労様」

報告に来てくれた男性に、平成を装いながら返事をする。
危なかった。
自分とバナックが夫婦なのは一族全員が知ってるし、今さら呆けてる所を見られても別に気にする事も出ない。
しかし、しかしだ!
やはり恥ずかしい。
アンナの様に皆からあれこれ言われるのは、正直苦手だ。
冷静に、深呼吸して。
焦りを沈下させ、何時もの自分に戻ろうとする。
よし、完了!
何時もの自分に戻ったチェルシーは、進んでバナック達を出迎えた。

「バナック!あんた……ッ!!」

今回の事は特に怒ったりはしてない。
実際、自分がバナックの立場だったら同じ事をするからだ。
だから、妻として、一族を代表としてほんのちょっとの苦言を呈するつもりだった。
しかし、喉まで出かかっていた言葉は、それを見た瞬間に呑みこんでしまった。
レオンの背中。
そこに背負われる、血塗れの裸の子供。
異物。
出迎えた一族の皆も、自分と同じように唖然としながらその子供を見つめていた。

「……どうしたんだい?その子は?」

「ちょっとな……チェルシー、済まぬが風呂と服、後食事の準備をしてくれ」

チェルシーは、それ以上何も言わなかった。
ただ一言、解った、とだけ言い周りの皆に声をかけて風呂の準備に向かった。
夫婦。
言葉に出さなくても、チェルシーにはバナックの気持ちが伝わった。
この辺は、流石長年付き添ってきたパートナーと言った所だろう。
それから、一族に皆には当然、拾ってきた子供の事を聞かれた。
が、バナックは後で纏めて話す、とだけ言い残し自分のテントへと消えていった。


そして、夜。


バナック、チェルシー。
族長とおばば様を中心に、一族の皆は一つのテントに集まっていた。
今日の森での出来事を皆に話すためだ。

「……と、言う訳じゃ。ふぅ~、いやー参った参った。
ほんの様子見のつもりが、久しぶりに魔法を使ってしまったわい。フォフォフォフォ」

実際は命を狙われたのに、バナックに気にした様子はない。
まるで、今日の晩御飯はなにかの、とでも言いたそうに平然と笑っていた。
大型動物の生肉を喰らっていた事、周りに親らしき人物がいなかった事、自分達が襲われた事。
包み隠さず、バナック達は一族の皆に説明した。
それぞれの反応。
中には自分達の一族が襲われたと聞いて顔を顰める者もいたが、全員少なからず子供に同情していた。
家族も居ず、たった一人で森に住み、動物の生肉を喰らう。
悲惨な人生。
直接的に子供に対して憎悪を抱く者は、流石に居なかった。

「……あの……それで、あの子はどうするんですか?」

一人の男性が手を挙げる。
リック。
あの森に居た内の一人が、バナックにこれからの子供に身柄に対して質問した。

「……お主は、どうするべきだと思う?リック?」

逆に問い返されたリック。
挙げた手を下し、視線をさ迷わせる。
暫く何かを考えていたが、やがて視線をバナックに合わせその重い口を開いた。

「私は、管理局に引き取ってもらうべきだと思います」

一度言葉を区切るリック。
これか先を言うべきか、言わざるべきか。
迷っているリックを、バナックの視線が射抜いた。
嘘をつくな。そう語っている。
リックは観念したように、再び口を開いた。

「その……あの子は危険すぎます。此処に置いておくべきではないかと」

「ッ!リック!お前!!」

危険。普通ではない、危害を与えるだけの物を指す言葉。
リックの発言は、あんな幼い子供をその危険と同じだと言ってるのだ。
思わず攫みかかってしまうガッツ。

「私だって……私だって、こんな事言いたくないさ!でも……」

胸倉を攫まれながらも、リックは臆さず反論する。
彼は別に、子供を邪険にしてるわけではない。
ちゃんとした理由があってこその、発言だった。

「ガッツ、君だって見ただろ?あの子の凶暴さを。此処に集まってる人の中にも、実際に怪我をした人だって居るんだ」

そう言いながら、リックは辺りを見渡す。
釣られるように、ガッツも辺りを見渡した。
視線の先に集まる一族の皆。
ほとんどが無傷な状態だが、中にはそうでない者もいる。
切り傷や絆創膏、酷い物になると包帯を巻いている怪我人も座っていた。




あの子供がこのキャンプに来てから。
先ず行ったのは、風呂に入れる事だった。
体に付着した血や泥。
全てを丁寧に、綺麗を洗い落した。
次は服。
流石にこんな幼い子供の裸にうろたえる女性は居ないが、裸のままは可哀想だ。
幸い、同じ年頃の子の服があり、直ぐ準備が出来た。
そして、ベットに寝かせ暫くした後。
ゆっくりと布団を退けながら、その子は目を覚ました。

『あ、良かった~。大丈夫?何処か痛い所はない?』

近くで診ていた女性が問いかける。
子供は何も言わない。
黙って、此方を見てるだけ。

『どうしたの?……あっ、ご飯食べる?』

自分達が助けた子供。
その子から最初に向けられたのは、ありがとう、という感謝の言葉では無く。
此処は何処、という現状に対しての疑問でも無く。
純粋なまでの殺意だった。

『え?……な、何!?』

突然、子供の周りに現れた死霊。
初めて見る現象に、女性は驚き後退った。
狙いを定める。
怯える女性に向かって、子供は一切の容赦なく、死霊を放った。
そこから、少しばかりの騒動が起こった。
女性の悲鳴を聞きつけ、集まるスクライアの一族。
何とか子供を止めようとするが、全てが無駄。
どんなに話しかけても、こちらの話しなど一切聞かずに子供は暴れ回った。




「今は大人しくしてるけど、また何時暴れ出すか解らないんだよ」

暴れていた子供は、何とかバインドで拘束した。
バインドを無理やり引き千切ろうとしていたが、何重にもかけられたバインドはそうやすやすと壊れるものではない。
次第に疲れ、大人しくなる。
今の内にと、子供に食事を与え腹を満たさせた。
これは、あの捕食の様子を見ていたリックが提案したものだ。
相当腹が空いていたらしく、与えられた食事に一気に喰らい付く。
そうして腹が一杯になると、先程まで暴れていたのが嘘のように大人しくなった。
腹を満たせば動物は大人しくなると言うが、正にそうだ。
動物。
本能のままに相手を捕食し、暴れる、正に動物の様な子供だった。

「私達は良いさ。いざという時は、あの子を取り押さえられるからね。
でも、此処にはリンカーコアを持たない人や子供もいるんだよ!もし、またあの子が暴れ出した時に……」

苦虫を噛み潰したように、表情を歪めるリック。
そこから先は言わなくても解る。
ガッツもリックが言おうとした事を察し、手を離した。

「……悪い、リック。少し頭に血が昇っていた」

「別に良いよ。実際に私が言ってる事は、あんな幼い子供を危険って言ってる様な物だから」

お互いに謝罪するリックとガッツ。

「二人とも、仲直りしたなら大人しく座りな。皆の迷惑だよ」

「「……はい」」

チェルシーに言われ、再び座り込むリックとガッツ。
この場での喧嘩は収まったが、まだ肝心の問題が残っている。
さて、どうしたものか。
バナックはキセルを咥え、一服しながら自分達が拾った子供の事を考えていた。

(まぁ、リックの考えはもっともだからのぉ~)

冷たいかもしれないが、現状ではリックの言い分が正論だ。
あの殺意。
一体どんな苦痛を味わえば、あんな幼い子供があれほどの殺意を抱けるのだろうか。
気になるが、それを調べるのは管理局だ。
管理局ならあの子の保護も出来るし、暴れても直ぐ取り押さえられる。
親だって探す事が出来るし、一族の事も考えたら預けるのがベストだ。

(じゃが……果たして、それであの子が幸せになれるのじゃろうか?)

バナックが懸念していたのはそれだった。
子供の殺意。
あれは生半可な物ではない。全てを恨み、憎しみ、破壊する様な目。
どんな環境で生きてきたのか解らないが、あれは異常過ぎる。
感情の欠如。殺意に満ちた目。そして、まだ幼くしてデバイスの補助なしであれだけの魔法を使う腕。
時空管理局。
一族の安全と、あの子の事も考えたら、そこに預けるのが一番の方法。
そうすれば、あの子の身の周りの安全も確保できる。
体の安全は。
問題なのは心。精神の面だ。
この数時間で、子供の内面はある程度把握できた。
自分以外の物、全てが敵。
今大人しくしてるのは、スクライアが敵対する意思がないと感じたのか。
それとも、自分に食料を与えてくれる都合の良い奴らと感じてるのか。
どちらにせよ、また暴れ出す可能性があるのは事実だ。
そんな子を、時空管理局に預けたらどうなる?
妥当な線としては更生プログラムを受け、まともな人間にするのが普通だ。
が、あの子が本当にそれで更生できるのだろうか。
少なくても、バナックには首を縦に振る事が出来なかった。
冷たい目。
長年に生きてきた自分でさへも見た事がない、憎しみの塊。
あれを取り除くとなると、相当の時間と労力。
そして何よりも、あの子を想いやる気持ち――家族の様な深い愛情が必要になってくるだろう。
管理局は慈善団体ではない。れっきとした治安組織。
それも次元世界などという、とんでもない広い世界を守る組織だ。
一人の子供に24時間、そこまで深く関わってるわけにもいかない。
もし、また暴れ出したとしたら。そして、その力で無関係な人を傷つけたとしたら。
子供とはいえ、管理局も黙ってはいない。
仮に里親が見つかったとしても、そこで上手くやっていけるのだろうか。
そもそも、親自体が見つかるのだろうか。
施設に預けられた時、そこに居る皆と上手くやっていけるのだろうか。
殺意を完全に取り除き、普通の子供の様に笑える事が出来るのか。
様々な推測が次から次へと溢れ、バナックの思考を埋め尽くす。

(ふぅ~~……全く、こういう時は長としての仕事を投げ出したくなるわい。本当に)

思わず心の中で愚痴ってしまうバナック。
別に管理局を信じでいないわけではない。寧ろ、その姿勢は信じるに値する物だ。
しかし、この問題は別だ。
組織人としてではなく、あの子を受け入れてくれる場所。
何処かの施設に預けるぐらいなら、ここで引き取ってあげてもいいと思う。

(とは言っても、今回は今までの悪ガキや捨て子と訳が違うしの~)

敵と定めた人間、それも助けた相手に対してまで危害を加えようとする子供。
そんなのを預かるのは、余程の物好きしか居ない。
一族の安全を考えたら、そんな物好きになるのは愚の骨頂。
それに、自分達はスクライアで孤児院ではない。
子供を引き取る義務も義理も無いのだ。
しかし、どうしてもあの子の目が脳裏にこびり付いてしまう。
悩み続けるバナック。
まだ時計の針が半分も過ぎてないが、彼には長い時間が経ったように感じた。

(やはり、ここは管理局か)

悩みに悩んだ末、答えは出た。
正直此処で引き取ってあげたいが、一族の長としての答えを出したバナック。
目の前の一族の皆に、その答えを伝えようと口を開こうとした時――

「あの~、ちょっとよろしいですか?」

静まり返っていたテントの中に響く、気の抜けそうなのんびりとした声。
一斉に注目するスクライアの皆。
アンナ。
今日初めてスクライアに訪れた女性が、手を挙げていた。

「私に、任せくれませんか?」

皆の注目など特に気にした様子はなく、再び口を開くアンナ。

「任せてくれって……あの子をか?」

「はい、そうです」

ニッコリ笑顔で答えるアンナ。
この大人しそうな女性が、あの凶暴な子供を引き取る。
リンカーコアも持たない、何処にでも居る様な普通の女性が。
無理だ。
テントに集まっていた皆の答えは直ぐに出た。

「……何故じゃ、アンナさん?何故、貴方はあの子を引き取ろうと思ったのじゃ?」

皆の疑問を代弁するように、バナックが問いかける。
その真意を見逃さないよう、鋭い視線で射抜きながら。
真剣。
アンナは先程までの笑みを潜め、真っ直ぐバナックの目を見つめた。

「寂しいじゃないですか」

「さ、寂しい?」

「はい」

変わらずの笑顔、しかしその目に秘めた想いは強く本物だった。

「折角出会えたのに、このままさよならなんて寂しすぎますよ。親御さんが居ないなら、私があの子の母親になります」

寂しい。
たったそれだけの理由で、この女性はあの凶暴な子供を引き取ろうとしているのだ。
嘘をついている。
思わず疑ってしまった人もいたが、嘘ではない。
確かに、この人は自分の意思であの子の母親になると言っているのだ。

「俺も、アンナの意見には賛成です」

「レオン……お主もか」

皆の注目が集まる中、アンナの隣に座っていたレオンも手を挙げて発言した。

「上手く言えないんですけど……あの坊主、放っておけないというか、目が離せないというか。
その……どうせ施設とかに預けるぐらいなら、俺達に任せてはくれませんでしょうか?」

夫だからだとか、そんな責任から来るものではない。
心の底から、レオンもあの子を引き取ろうとしている。
あの子供の、憎悪の塊を取り除こうとしているのだ。
バナック個人からして見れば、この申し入れは願ったり叶ったりしたもの。
自分だって、あの子供を放っておけなかったのは事実。
だが、一族の皆を危険な目にあわせる訳にはいかないのも、また事実。
考えた結果、バナックは二人の瞳を射抜きながら、その真意を測る事に決めた。

「ふーむ。じゃが、あの子は我らに危害を加え、一族の者にも手を出そうとした。
もし、再びあの子が暴れ出した時、お前達は責任を取れるのか?見ず知らずのあの子の責任を?」

声こそは変わらないが、その言葉の裏に隠された物はとてつもなく重い。
人間一人を引き取る。それも、一族の者に怪我を負わせた子供をだ。
それがどれほど大変な事か解ってるのか。
遠まわしに、バナックは二人に問いかけた。

「「はい!」」

一切の迷いを見せない、真っ直ぐな瞳。
本気。
バナックは白旗を挙げるように、溜め息を吐いた。

「ふぅ~~……解った。そこまで言うのなら、お主らの好きにするがよい」

険しい表情を潜め、呆れながらも何処か優しい苦笑を浮かべるバナック。
レオンとアンナの表情は、お許しが出た事に喜び一色に染まる。
一瞬顔の筋肉が緩むが、それも次のバナックの言葉で一気に引き締まった。

「正し!期限を設けさせて貰おう」

再び鋭い視線で二人を射抜くバナック。

「一か月じゃ。一ヶ月間の間に、あの子の攻撃的な性格が直り、普通に暮らすのに何の問題が無くなったのなら、ここで引き取ろう。
しかし、もし今回の様に暴れ回るようならば、ワシらの手には負えん。大人しく管理局に任せる事。よいな?」

これはバナックが出来る、最大限の譲歩だった。
自分だって施設に預けるぐらいなら、ここで引き取ってあげたい。
しかし、自分はこの一族の長。
何よりも考えるのは、皆の安全と生活なのだ。

「解りました。では一ヶ月の間、俺達であの子の面倒を見ます」

「バナックさん、ありがとうございます」

二人はそれぞれバナックに了承の返事をした。

「うむうむ。皆もそれで良いな?」

満足そうに頷いていたバナックは、続いて周りの皆に確認する。
リックを始め、何人かは渋っていたが一か月ぐらいならと納得した。
なんだかんだ言っても、皆バナックと同じ。
幼い子供を放ってはおけないスクライアの一族だった。



皆が去ったテントの中。

「ふぅ~~……あぁー、何か変に疲れたのう。全く、ずるいぞ。あれで断ったら、ワシが悪者みたいではないか」

「いじけるな、いじけるな」

「別にワシはいじけてなど……」

「ふふふっ、二人ともいい子じゃないか。昔の誰かさんにソックリだよ。本当に」

「……昔の?」

「ああ。あれは……そう、だいたい50年ほど前だったかね。
強化魔法が得意などっかの誰かさんが、今日のあの子達と同じように皆の反対を押し切って行く当てのない子供を拾ったけね~。
まだ毛の生えた青臭いガキにも関わらず、四苦八苦しながら子育てをしていたよ。いやー、懐かしい~懐かしい~」

「チェルシー……年を考えろ」

「おや、これは心外な。私はまだまだ若いよ」

軽口を叩きながらも、何処か暖かなやり取りをする老夫婦だった。




一方、外では早速アンナ達が行動に出ていた。

「一か月か……長いようで、短いな」

「じゃあ、早速あの子の所に行かなくちゃ」

直ぐ子供の所へ向かおうとするアンナを、レオンは肩を攫んで止めた。

「おいおい。行くっていっても、下手したら逆に溝が深まるだけだぞ」

「でも~、このままジッとしていても、何も始まりませんよ?」

どちらの言い分も正論だ。
あの子供に下手に近付いたら、余計仲が悪くなってしまう。
かと言って、このままジッとしていたらバナックが設けた期限など直ぐ過ぎてしまう。
話し合うアンナとレオン。
結果、とにかく話して話してあの子の事を知らなければ先には進めない。
アンナとレオンは、子供が居るテントに向かった。
スクライアのテントは、普通にキャンプに使う様な簡素な物とは違う。
魔法文明の恩恵、進んだ科学技術。
それら全てを受け、遺跡発掘のために流浪の旅をするため下手なマンションよりも装備が充実している。
中が広い事は勿論、ベットや風呂、さらにはキッチンまで。
ちゃんとした家やホテルなどには負けるが、それでも人間が住むには十分すぎるほどの豪華さだ。
その中の一つ。
物が散乱し、他のテントよりも一回り小さいテントの中。
拾われた子供は、特に何かする訳でも無く、ベットに腰がけていた。

「……………」

何も喋らない、何もしない。
ただそこに居るだけ。
目に光は宿っておらず、表情にも何も宿っていない。
広いテントを包み込む静寂。
住居だというのに、何の音もしない。
本当に人が住んでいるのか疑う様な光景だ。

「こんばんは~」

「おーい、坊主。起きてるか?」

静かだったテントの中に、今初めて人の声が響いた。

「って、うわ~……ひでぇーな。こりゃ」

「そうですね。後でお片付けをしなくちゃ」

部屋の惨状を見ながら、近付いくアンナとレオン。
子供が振り向く。
訪問者が来たというのに、その表情には相変わらず変化はない。
無表情のまま突然の訪問者を見つめていた。

「初めまして、かな。私の名前は、アンナっていうの。よろしくね~」

「俺の事は覚えているか?レオンだぞ。レ・オ・ン」

先ずは自己紹介を始めない事には何も始まらない。
優しく声をかけ、なるべく怖がらせないよう、様子を見ながら近づいていく。

「えっと……君のお名前を、お姉さんに教えてくれると嬉しいな」

「……………」

アンナの質問に、子供は答えない。
ただジッと見つめているだけ。
不気味。
あの森でも感じたが、幼い子供が無表情で見つめるのは何処か変な感じだ。
それでもアンナ達は話し続けた。
何が好きなの、欲しい物はある、嫌いな食べ物は、映画とか好き、発掘に興味無いか、魔法を使えるなんて凄いな。
返答無しでも、とにかく色々話しかける。
決して、親やあの場所に一人で居た事は聞かない。
その辺の事情は二人とも察している。
今大切なのは、この子の心を開く事。
視線を合わせながら、二人は話し続けた。

「ねぇ、喉渇いていない?ジュースでも持ってこようか?」

返答らしい返答がない事に、アンナはめげなかった。
優しく、怖がらせないように問いかける。
瞬間――

「ッ!!」

何かがアンナの腹部を撃ち抜いた。

「アンナッ!」

慌てて倒れそうになるアンナを受け止めるレオン。

「うっぅ………」

腹部を押さえ、小さく呻き声を洩らしながらアンナは苦しんでいた。
急いで子供の方を確認するレオン。
見れば、森で見た時と同じ死霊が、一体だけ子供の周りを飛んでいた。
黒い光が子供の体を包み込む。
一体、二体、三体。
次から次へと死霊が生まれ、自分達目掛けて襲い掛かってきた。

「落ち着け!俺達はお前に危害を加えたりはしない!!」

アンナを抱きかかえながら、レオンはバリアタイプの魔法で死霊達を防ぐ。
脆い。
死霊はその煙の様な見た目通りに、それ程力は無かった。
並の人間からしたら脅威だが、魔導師からしてみればそこまで威力は無い。
しかも、バリアで弾けば直ぐ消えてしまう。
ある程度の魔法を使える者なら、簡単に防げた。

「くぅ……だから、少し落ち着けって。なぁ?俺達はお前をイジメたりはしないから」

攻撃こそは簡単に防げるが、肝心の話しが出来ない。
一体が霧散する。しかし、直ぐまた別の死霊がバリアに突撃してくる。
無限ループ。
どんなに説得しても無駄。聞く耳なし。
返ってくるのは言葉ではなく、死霊による攻撃だけだった。

「ダメか。仕方ねぇ、一度撤退だ」

バリアを張りながら、レオンはアンナを抱きかかえてテントから出ていく。
同時に、子供の攻撃は終わった。
静寂。
アンナ達が来る前の同じ静けさが部屋に戻る。
子供に変化はない。
息を切らす事も、罪悪感も浮かべず、何の感情も宿していない瞳で部屋の中を見つめた。

「はぁはぁ……解っていたが、こうも人の話しを聞かないとは。アンナ、大丈夫か?」

「えぇ。私なら、大丈夫ですよ」

お礼を言いながら立ち上がるアンナ。
無理をしてる様子はない、どうやら本当に大丈夫のようだ。
良かった。
ホッと胸を撫で下ろしながら、アンナ達はテントの外でこれから対策を考える。

「さてと……どうする?一筋縄ではいきそうにないぞ」

「そうですね~」

互いに知恵を振り絞りながら、対策を考える。
先程の自分達の話し方や態度に、何か問題はなかった。
それでもあれだ。
下手したら、余計に仲がこじれてしまう。

「う~~ん……あっ!」

何か思いついたのか、アンナが両手を叩いた。

「何だ?何か思いついたのか?」

「はい、とっても良い方法を思いつきましたよ」

レオンにその方法を伝えるアンナ。
その方法を聞いた瞬間、レオンの顔が誰にでも解るほど曇った。
本当にそんな事で上手くいくのかな。
一抹の不安を覚えるが、自分には何の方法も思い付かない。
此処はアンナに任せてみよう。
それから直ぐ、アンナはある物を持って再び子供の所に訪れていた。

「もう一回、こんばんは~」

先程襲われたというのに、アンナに変化はない。
恐怖も無ければ、険悪感も。
ニコニコ。
何時もの笑顔を浮かべながら、子供に近付いていった。
再び死霊を放とうとする子供。
しかし、アンナが持ってる物を見た瞬間、無感情だった子供の表情に僅かな変化が訪れた。
ボーッと、ただただアンナが持ってるそれを見続ける子供。
放とうとしていた死霊も霧散し、完全に敵対心が無くなっていた。
今の内。
アンナは近付き、子供の目の前にそれを差し出した。

「は~い、夕ご飯ですよ~」

目の前に出された食事。
パン、シチュー、鶏肉のソテー、サラダ、フルーツゼリー。
血生臭い動物の生肉よりも、遥かに人間らしい豪華な食事だ。

(本当にあれで上手くいくか~)

心配そうに、テントの隙間から中の様子を窺うレオン。
アンナが思いついた作戦。
その名も、海老で鯛を釣る作戦!
難しい事を抜きで簡潔に説明するなら、食事で気を引こうという物だ。

(確かに前はそれで上手くいったけど……そう何度も)

「ガツガツ!!」

(上手くいったーーー!!?)

予想に反し、アンナの作戦は成功した。

「うふふふっ、美味しい?」

「ガツガツガツガツ!!」

相変わらず返答しないのは変わりないが、それでも先程までとは違う。
アンナが側に居るのに、今度は何もしない。
食事が終わる。
子供は特に何かするわけでもなく、アンナの方を見つめていた。

「はい、お粗末まさでした」

食器をトレイに乗せ、アンナはテントから出ていく。

「おい、良いのかよ。折角大人しくなったのに」

「良いんですよ~。あなたも見たでしょう?
多分、あの子は無理に話しかけてもきっと何も話しません。
先ずは、その冷たく閉じている心を、えいッ、て開けてあげませんと」

「……そのための、メシか」

「はい。本当なら一杯お話をしたいですけど、今の様子では無理みたいですからね。
少し続、少し続、私達が味方だって教えてあげないと」

「はぁ~……こりゃ、思ったよりも骨が折れるな」

こうしてアンナ達の戦いは始まった。



最初の内は、やはりというかそこまで上手くはいかなかった。
毎日話しかけても、返答は無いどころか攻撃される始末。
アンナやレオン以外が入っても、待ってるのは死霊達の歓迎だった。
攻撃が弱く、怪我人が出てないのが唯一の救いだが、コミュニケーションなど一つも取っていない。
頭を悩ますスクライアの一族。
アンナ達に任せたとはいえ、やはり彼らも幼い子供は気に掛けていた。
一体どうしたものか。
皆が悩んでいるのは尻目に、アンナ達は諦めず食事を持っていきながら、毎日話しかけた。
そうやって何回か繰り返してると、徐々に子供にも変化が出てきた。
無言・無表情なのは変わりないが、テントに誰かが入っても攻撃をしなくなったのだ。
前までは食事を持っていく時以外は攻撃したのに。
喜ぶアンナ達。
早速話しかけてみたが、流石にそこまでの変化はなく、相変わらずの無回答だった。
しかし、確実に変化は訪れている。
攻撃しなくなったという事は、少なくても自分達を敵と見なくなったという事。
焦らず、まだ期限は残っている。
何時も通りに、子供に話しかけていこう。
幸い、近くに寄っても攻撃しなくなったおかげで、食事の時以外でも話しかける事が出来るようになった。
とはいっても、下手に刺激すると死霊を差し向けられるので注意しなくてはならない。
レオンが手を離せない時はアンナが、アンナが手を離せない時はレオンが。
それぞれ子供に話しかけ続けた。
そんなある日、さらに大きな変化が子供に訪れた。

「うん?……あれは」

最初に気付いたのは一人の男性だった。
子供のテントに入る小さな人影。
ライトブルーの髪を持つ、まだ幼い子供が問題のテントに入って行った。

「もしかして、アルス!」

気付いた瞬間、男性は急いでテントへと向かう。
確かにあの子供の攻撃的な性格は少し緩和されたが、まだ完璧じゃない。
もしもの事もある。
駆けより、男性は中の様子を窺った。

「ねぇ、美味しい?これ、シュークリームって言うんだよ」

「ガツガツ」

意外や意外。
子供はアルスを邪険に扱わず、アルスが持ってきたシュークリームを一緒に食べていた。

「……えっと……何これ?」

目の前の光景が信じられず、思わず疑問の声を漏らす男性。
友達同士がオヤツを食べる。
極ありふれた光景で、これが本来の子供の姿なのだ。
が、どうしても先に攻撃的なイメージが来てしまう。
目の前の現実を受け入れるのに少し時間が掛った男性だった。
再起動。
暫く呆けていたが、漸く意識を取り戻す。
早速、男性はアルスに此処で何をしていたのか聞いてみた。
話によると、どうやらアルス自体は何度か此処を訪れて子供に話しかけていたそうだ。
なるほど。
これだけの騒ぎになれば、子供でも気が付く。
特にアルスの場合、自分の親代わりであるレオン達が何度もこのテントを訪れているのだ。
気付かない方が、無理な話だろう。

「アルス、とにかく此処を出よう。ほら、その子も迷惑してるから」

納得した所で男性はアルスを連れてテントから出ようとする。
自分だって出来れば目の前の子供に笑って貰いたい。
しかし、何度も何度も話しかけているアンナ達でさへ、未だに一言も口を聞いてくれないのだ。
男性にどうにか出来る訳もないし、アルスに怪我を負わせてしまったらそれこそ大問題になる。
しかし、アルスは男性の心配をよそにこう答えた。

「え、何でですか?俺達兄弟になるんですよ。今の内に仲良くなった方が良いじゃないですか!」

怪我をするだとか危険だとか、そんな感情を一切感じさせず、アルスは純粋に答えた。
兄弟。
もしレオン達がこの子供を引き取れば、当然レオンに引き取られたアルスとも兄弟関係になる。
どうせ兄弟になるなら、今の内に仲良くなりたい。
アルスは子供と遊ぼうと話しかけ続けた。

「俺アルス!君の名前は?

何で喋らないの?笑いなよ、ほら!二ィー!

ねぇねぇ見て、これ俺のデバイス!お父さんが使ってたやつを貰ったんだ!名前はナレッジ!!」

手振り身振り、何度も話しかけるアルス。
当然、子供から返事はない。
時々アルスに視線を合わせるが、直ぐ下を向いたり、上を向いたり、視線をさ迷わせる。
無言なのには変わりないが、それでも誰かを近くに置いても攻撃しなくなった。
今だってアルスが近くで喋ってるのに、特に気にした様子はない。
無反応。
返事をされないら、大抵の人間はそこで諦める。
しかし、アルスはアンナ達と同じように、無視されても話しかけ続けた。

「はぁ~~……レオン、血は繋がってないけど頑固さと諦めの悪さなら、アルスはお前にソックリだよ」

男性は、諦めと苦笑が入り混じった溜め息を吐いた。
それから暫く、男性はテントの中に残りアルス達を見守っていた。
子供二人。
決して友達とも兄弟とも見えないやり取りだったが、男性には何処かこのやり取りが似合っていると感じた。

「あれ?どうした、こんな所に突っ立って?」

「……見てみな、レオン」

「???」

様子を見に来たレオンに、前を見るよう諭す男性。
視線を向けると、アルスと子供が一緒にベットに座って話していた。
正しくはアルスが一方的に話しかけているだけだが、それでも同年代の子供と一緒に居る場面を見たのはこれが始めてだ。
良い傾向。
願わくば、このまま同年代の友達を持つ事で変わってくれると助かる。
が、やはり世の中というのは上手くいかない。
それ以上大きな進展はなく、遂にバナックが設けた期限まで残り一週間となってしまった。




夜。
レオンは一人、キャンプ地の近くの丘に来ていた。

「はぁ~……もう一週間かよ。本当に早かったな」

悩みの原因は言うまでも無い。
行き成り攻撃はされなくなったが、相変わらずの無表情・無言。
もう三週間にもなるのに、一言も喋らなかった。
途中からアルスが遊ぼうと話しかけた事で、かなり変わったとは思う。
実際に攻撃もしなくなったし、時々話しを聞いてるような素振りも見せた。
しかし、それだけだ。
コミュニケーションらしい物は一切ない。
社会生活を営む上で、それは大変な問題となる。
攻撃的な性格自体は緩和したが、人と付き合えないようではダメだ。

「はぁ~~~~……どうすりゃ、良いんだよ」

もう一回、今度は先程よりも深いため息をついた。

「月を長めにきたら、悩む若人一人……といったとこからのぉ~」

「あ、族長」

声をかけられ後ろを振り向くと、バナックが悩む息子を元気づける様な笑みを浮かべながら佇んでいた。




スクライアのキャンプ地のテント。
テーブルに突っ伏しながら、アンナは悩んでいた。

「はぁ~……どうしたら、もっと心を開いてくれるのかしら」

結婚を誓いあった同士。
以心伝心の如く、レオンと同じ事で悩み、同じように溜め息を吐いていた。

「折角、アルス君ともお友達になれそうなのに……はぁ~~~~」

もし、あの子が心を開いてくれたら、きっとアルスと仲良くなるだろう。
そして、他の皆とも。
しかし、そのための肝心な物が足りない。
どうしたものか。
机に突っ伏しながら、アンナは再び溜め息を吐いた。

「ほら、良い若いもんが何時までも溜め息なんか吐くんじゃないよ。幸せが逃げちまうだろ」

「……チェルシーさん」

声をかけられ面を上げると、チェルシーが年頃の娘を持つ母親の様に苦笑を浮かべていた。




どこっらせと、バナックは座っているレオンの隣に腰を下した。

「随分と手こずってるようじゃな」

「ええ、まぁ。……あの族長」

「期限を延ばすのはダメじゃよ。約束だからの」

「……そうですか」

意を決してレオンは提案したが、その前にバナックにバッサリと切り捨てられてしまった。
解っていたが、こうもハッキリと言われると正直凹む。

「族長、今のままでも此処に置いて上げることは出来ないのですか?」

ガックリと肩を落としながらも、レオンは問いかけた。
実際、攻撃的な性格はほぼ緩和してきている。
まだ感情の欠如があるが、それは今後直していけばいい。

「ふむ……確かに、お主の言う通り。ワシの目から見ても、三週間前とは比べられぬほど大人しくはなった」

バナックの答えにレオンの顔が喜びに染まるが――

「じゃが、まだ問題があるのも事実」

期待とは全く逆の答えに、再び表情に影を落とした。

「お主の気持ちは解らんでもないが……まだ、あの子が危険であることには変わりない。
謂わば、何時爆発するか解らぬ時限爆弾の様な物じゃ。
酷な事かもしれんが、そんな子供を一族に置いておくのは安全とは言い切れぬ。
それに、ワシらにワシらの生活がある。何時までもあの子に構っていては、ワシらの生活に支障をきたす。
一か月の期限は、それを計算した上での譲歩じゃった」

「……………」

「すまぬな」

無言で俯いてるレオンに、バナックが謝罪をした。

「本当なら此処に置いてあげたいとは思うが、先ほども言った通りワシらにも自分の生活がある。
子供一人のために、その生活を投げ出すわけにはいかぬのじゃ」

「……いえ、いいんですよ。元々、あの子を預かろうと言いだしたのは俺達の我儘だったんですから。族長が謝る事はありません」

「………そうか」

会話が途切れる。
雑音が消え、虫の鳴き声が聞こえた。
今日は満月。
月明かりに照らされた草原は、まるで虫達のコンサート会場のようだ。

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

レオンとバナック。
二人は黙って、虫達が奏でるメロディーに耳を傾けていた。

「のぅ、レオン。一つだけ聞いても良いか?」

ふと、バナックは虫達のメロディーを破り、沈黙に閉ざされた口を開いた。

「何故、お主はそこまであの子の事を気に掛けるのだ?」




テントの中。チェルシーは同席し、アンナの相談に乗っていた。

「本当に後ちょっとなんです~。後ちょっとで、あの子の心を開けそうなのに……」

「そのちょっとが、果てしなく長い道のりって訳ね」

少しばかりの疲労感を漂わせるチェルシーの返答に、アンナは黙って頷いた。
疲れる。
肉体ではなく、精神的に。
実際、チェルシーの目から見ても子供はかなり変わった。
が、後一歩の所で行き留まってる。
第三者の目から見たら、もどかしさを感じた。

(全く見ていて、歯痒い気分になるよ。もっとこうさ~、一気に行けないもんかね~。……無理か、私が話しかけてもレオン達と同じような反応だったし)

見ていても苛立つし、自分が何も出来ないのも苛立つ。
チェルシーの精神的疲れは、ますます溜まっていく。
いけない、いけない。
アンナ達だって此処三週間、ずっとあの子に関わってきたのだ。
若い子が頑張ってるのに、おばばである自分がめげてどうする。
自分自身に喝を入れ、チェルシーは再びアンナの相談に耳を傾けた。

「はぁ~~……本当に一体どうすれば、私達に心を開いてくれるのでしょうね」

思わず弱音を吐いてしまうアンナ。
見た目と違ってしっかりしてるが、まだ17歳。
流石に疲れが溜まっているようだ。
しかし、それでも見ず知らずの子供を心配してるのだから、本当に良く出来た人だ。
ふと疑問が浮かび上がる。

「ねぇ、アンナさん。一つ聞いてもいいかい?」

チェルシーは自分が抱いた疑問を、直接アンナに投げかけた。

「何で、そこまであの子を気に掛けるんだい?」




目の前に居る一人の男性・一人の女性。
人柄も良く、しっかりしてる。
身内である事を差し引いても、人間として良く出来た人だ。
だが、やはり気になる。
自分達に心を開く気がない子供の面倒を見るのは、かなりの苦労を有する。
おまけに、最初は問答無用で危害を加えようとした子供。
いくらなんでも、良い人だけでは理由としては弱すぎる。

――何故、貴方はそこまであの子を気に掛けるのですか?

バナックとチェルシーは、同じ意味の質問を当の本人達に投げ掛けた。

「簡単です、族長……」

「チェルシーさん、それはですね……」

レオンとアンナ。
それぞれ別の場所、別の人間に同じように答えた。

「「あいつ(あの子)が悲しい目をしていたからですよ」」




悲しい目をしている。
それが目の前の人の答えだった。

「それは、どういう意味じゃ?」

バナックは真意を問いただすため、レオンの方を見つめ口を開いた。

「あいつ……昔のアルスと同じ目をしてました」

「アルスと?」

「えぇ。一年前、先輩達が亡くなった時と同じ目を」

アルスの両親は、レオンにとってはお世話になった先輩達だった。
仲良くさせて貰い、今でもその姿は鮮明に思い出せる。
それが一年ほど前、二人とも事故で亡くなってしまった。
当然自分を含めたスクライアの皆は悲しんだが、何よりも悲しんだのは息子であるアルスだ。
酷かった。
毎日毎日、形見であるナレッジを抱きしめて泣き続けていた。
レオンを始めとした、スクライアの皆が側に居なければ今頃どうなっていたか解らない。

「あいつの目は、先輩達が亡くなった時のアルスと同じ、何か大切な物を失った悲しい目……いや、アルスよりも、もっと深く、黒い悲しみに包まれた目でした。
自分を守るため、他人を平気で傷つけてしまうほどの」

あの子供がどんな人生を送ってきたのか、それは自分にも解らない。
ハッキリしてるのは、あの子がたった一人で森の中に居たという事だけだ。
誰も助けてくれない、誰の温もりも感じない、たった一人で生きていくしかない。
それは一体どれほどの地獄だったのだろうか。
レオンには想像もつかない。
でも、これだけはハッキリと解る。
この子をこのまま放っておいたら、きっと取り返しのつかない事になる。
後悔し、自分自身を許せなくなってしまう。
そう感じた時、自然と手を挙げていた。
愛する女性が自分と同じように手を挙げたのは、正直嬉しかった。

「だから、放っておけないんですよ。
この世界にはもっと楽しい事がある、他人と友達になるのも悪くないって教えてあげたいんですよ」

自分の胸の内を吐き出すよう、レオンはバナックに答えた。





「悲しい目をしてる……か」

チェルシーはアンナが言った事を反芻する様に呟いた。

「はい。悲しくて、悲しくて、今にも張り裂けちゃいそう。
疲れて弱り果てた心を守るには、相手を傷つけるしかなかった。そうする事でしか、自分の身を守る事が出来なかった」

自分自身の事の様に、子供の事を想うアンナ。
聖母。
まるで伝説に語られている様な優しき女性の姿が、そこにはあった。

「でも、そんなの寂しいじゃないですか!」

先程までの優しさを潜め、感情を爆発させるアンナ。

「折角この世界に生まれたのに、誰かを憎むだけしか出来ないなんて、あまりにも寂しすぎますよ!!」

あの子供が何故それほどの殺意を持ってるのか、一体何を恨んでいるのか。
それは自分にも解らない。
けれど、たった一つだけ解っている物がある。
自分はあの子の生き方を肯定する訳にはいかない。
他人の生き方を否定する。
傲慢とも自分でも思うし、自分自身でも何を言ってるんだとも思う。
でも、それでもアンナには許せなかった。
まだ幼くして、誰かを傷つける事しか出来ない生き方なんて。
気付いたら、自然と手を挙げていた。
人間一人の生き方を変えるなんて、そんな事出来ないかもしれない。
他人の本質自体を変えることなんて以ての外。
しかし、誰かを愛する事の喜びを教えるぐらいなら自分にだって出来る。
自分がレオンを愛したように。
隣で愛する男性が自分と同じ考えだったのは、正直嬉しかった。

「あの子がどんな人生を送って来たのかは解りません。でも、せめて此処に居る時ぐらいは普通の子供の様に笑って欲しい。それだけです」

レオンと同じく、アンナは自らの胸の内を吐きだした。




満月の夜。
静かな夜風が吹く中、二人の若者に同じ答えを聞いた老夫婦。
その想いは本物。
ならば、自分はスクライアの長として応援しようではないか。

「そうか……あい解った!ワシから皆に、もう少しだけあの子を此処に置くよう説得しておこう」

「解ったよ、アンナさん。貴方がそこまで頑張るというのなら、私達も頑張らないとね。私から皆に、もう少しだけあの子を此処に置くよう、頼んでみるよ」

此処に置く、つまりあの子の悲しみを取り除く期間が延びたという事。

「え?……ほ、本当ですか!?族長!」

レオンも――

「おばば様……ありがとうございます!」

アンナも、同じように喜んだ。





ふとした切っ掛けで出会った、悲しい目をした子供。
二人の想いは同じ。
この子に笑って欲しい。人を愛する喜びを解ってほしい。
だけど、時間は無限ではない。
残酷に、自分達の努力を嘲笑うかの様に進んでいく。
もうダメか。
諦めの色が見えたその時、再び希望の光は照らされた。
まだ時間がある。
時間があるなら、何とか出来るかもしれない。
いや、何とかするのだ!
アンナとレオン。
二人はそれぞれ、自分達の一族の先駆者にお礼を言い、歩き出した。
あの子の悲しみを晴らすため、あの子に笑って欲しい。
希望を胸に、あの子に会いに行こうとしたその時――




「うわああぁぁぁああぁぁあーーーーー!!!!」




希望を塗り潰す、絶望の声が聞こえた。









中編でした。急いで後編を仕上げます!



[26763] 誕生日の意味 後編
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/05/20 17:47





レオンとアンナがそれぞれバナックとチェルシーに自らの想いを告白していた、一方その頃。




「もう!少しぐらい話してくれてもいいじゃんか!?」

スクライアのキャンプ地で、アルスは一人怒っていた。
頬を膨らませ、苛立ちを抑えず、如何にも怒っていますよ、と表に感情を爆発させるアルス。
原因はアンナ達と同じ、あの子供の事。
今日まで何度も何度も話しかけた。
にも関わらず、未だに会話らしい会話は0。
友達とも兄弟とも取れない、微妙な関係のままズルズルと今日まで来てしまった。
苛立つ。
会話が出来ない事もそうだが、もう一つアルスには許せない事があった。
レオンとアンナ。
自分が慕う二人にあれだけ構って貰ってるのに、一言も喋らない。
その事実が余計アルスの苛立ちに拍車をかける。
別に二人に構って貰えないから寂しい訳ではない。
少しばかりの嫉妬はあるが、それでも毎日二人には会ってるし、一族の皆に面倒を見て貰っている。
寂しいとまでは感じなかった。
寧ろ、嬉しい感情の方が彼の心を埋め尽くしていた。
兄弟。
昔からスクライアの年長の人達に可愛がって貰ったが、年が近い兄弟は居なかった。
見た所、あの子供も自分と同じくらい。
友達に兄弟が居るのが羨ましかったアルスにとっては、自分の弟が出来るのはとてつも心が躍った。
しかし、それも初めの頃だけ。
時間が過ぎていく内に、ほとんど熱は冷めてしまった。
今のアルスを突き動かしてるのは、嬉しさというよりも使命感。


――絶対話させてやる!!


アルスだって薄々とだがあの子供が普通ではない事には気付いていた。
幼いわりには聡明な彼の事。
難しい事情という物は、何となくだが感じ取れていたのだ。
だがしかし、やはり納得できない物がある。
どんなに精神年齢が高くても、所詮は子供。
流石にアンナやレオン達の様に、我慢する事は出来なかった。

「今日こそ話す!というか、無理やりにでも口を開かせる!
もうね、手加減しない!えぇ、手加減しないもん!手加減してたまるか!!」

色々と滅茶苦茶な言葉の羅列を吐くが、その言葉には確かに相手を気遣う優しさが込められていた。
ドカドカ。
少しばかりの土煙を撒き散らしながら、子供のテントへと向かうアルス。

「入るよ!」

返事は無くても、躊躇などしない。
強盗の様にテントへと侵入し、一気にベットまで距離を詰める。
今日は逃がさない、とでも言いたそうに腕を組んで仁王立ちで子供を見つめた。

「人に名前を尋ねる時は、先ずは自分から。俺はアルス!アルス・スクライア!!君の名前は!?」

初志貫徹。
意地でも喋らそうと、大声で自分の自己紹介を始めた。
テントに響き渡る声。
確実に相手の耳へと伝わっただろうに、返答は無い。
一応人が来た事は認識してるのか、アルスを見つめてはいた。
が、それだけ。
他に自分からはアクションを起こそうとはしない。
アルスの質問は続く。
好きな物、嫌いな物、趣味、とりあえず何でもいいから問いかけるが――

「……………」

惚れ惚れするほどの無言で、何も喋りはしなかった。

「はぁ~~~……あぁーーもう!!何でそうやって何時も黙ってるの!!?」

プッツン、といい加減アルスも切れた。
何時も会う時は、こうやって自分が話すだけ。返答は無し。
流石に我慢しきれず、目の前の子供に感情をぶつけてしまった。

「レオンさんやアンナさんの時もそう!何時も何時も喋らないで、ご飯を食べているだけ!!
何でさ!?
そうやって喋らないでいると……本当に一人ぼっちになっちゃうよ!それでもいいの!!?」

過去、アルスはその寂しさを嫌というほど味わった。
両親の死。
何時も何時も側に居た人が、何の前触れも無く急に居なくなる。
ポッカリと心に大きな穴が空いた様な虚無感に襲われ、自分の中の何かが冷たくなっていくのを感じた。
毎日毎日、話しかけてくれる皆にも今目の前に居る子供の様に返答などせず、泣き続けていた。
一人ぼっち。
正にその言葉が似合う。
あの時の自分は、誰にも耳を貸さず、自分の殻に閉じこもっていた。
その時は、それが正しいと思っていたが、今思い返すとやはり寂しくて悲しい。
目の前の子に、同じような悲しさは味わってほしくない。
優しい彼なりに、目の前の子供をどうにかしようと思っていた。




もし、これが未来の彼らなら、こんな事にはならなかっただろう。
精々、少しばかりのじゃれあいをして終わり。
特にどちらも謝る事無く、また何時もの様に一緒に過ごす。
それが未来の彼らの姿だった。


だが――


「へ?……な、何!?」


今の彼らには、それだけの絆は出来ていなかった。




初めのそれに気付いたのは、子供がベットから立ち上がった時だった。
漸く自分から反応してくれた事に、表情を明るくさせるアルス。
だが、それも本当に一瞬、子供の顔を見つめる刹那の間だけだった。
何も言わず、こちらを見つめる子供。
目が合った瞬間、アルスの体を何かが駆け抜けていく。
とてつもなく寒く、とてつもなく嫌な感じの『何か』。
喜びの感情を一気に消し去る、決して日常では味わう事が無い物。
殺意。
子供はアルスに純粋な冷たい殺意を向けていた。

「どう……したの?ねぇ……聞こえている?」

後退りながらも、子供に話しかけられたのはそれだけ彼が優しい証拠だろう。
だが、今の子供にはそんな優しさなど理解できなかった。
殺意を込めてアルスを射抜く子供。
原因は先程のアルスの言動にあった。
険悪感。
そこまでの物ではないが、先程のアルスは確かに子供の姿勢が許せなかった。
何時までの喋らず、自分の殻に籠る姿勢が。
だからこそ、遂感情を爆発させてしまった。
まだ人の心が理解しきれていない子供に向かって、否定的な感情を。
相手を想いやる言葉でも、今の子供には優しさは伝わらない。
全く、逆の物が伝わっていた。
敵意。
本来、まともな思考を持つ人間ならば頭を疑うだろう。
自分を想ってくれた発言を敵意と感じるなんて。
その優しさに気付けなくても、精々相手の事を口煩く思うだけで、敵意等という黒い感情は抱かない。
しかし、子供にはまともな思考という物が無かった。
此処に来て、様々な人間が自分に会いに来た。
その中には、僅かとはいえこの『感じ』を持つ物は居たが、全員追い払った。
罪悪感は無い。
敵に容赦はしない。まして慈悲をかけるなど以ての外。
それが彼にとってのルールであった。
目の前のアルスから、久しぶりに向けられた自分を否定する明確なこの『感じ』。
この『感じ』を持つ物は、今まで自分に危害を加える物しか居なかった。
危害を加える者。即ち、目の前の居るのは敵。
自分に害を与える存在は排除するのみ。
アルスを敵と認識した子供。
自らのルールに従い排除しようと力を解放した時、ある光景が頭を過った。


『こんにちは!俺、アルスって言うんだ!よろしくね!』

何が楽しいのか、笑顔で自分に話しかけてくる。正直、鬱陶しかった。

『ねぇねぇ、一緒にオヤツ食べよ』

シュークリームとかいう、甘い食べ物を持ってきた。他の食事も上手いが、特にこれは上手いと思った。

『えっと……あはははっ、やっぱ難しいは。これ』

ボードゲームとかいう奴を持ってきた。一緒に遊ぼ、とあまりにもしつこいので、適当に遊んでやった。


此処、スクライアに来てアルスと過ごした日々。
映画の様に次から次へと脳裏に浮かんでいく。
鬱陶しいとも思ったが、それ以外の『何か』が子供の中で生まれようとしていた。
それは、あの森で一人で過ごしていた時には決して味わえなかった物。
子供がそれに気付いていのなら、アルスに敵意など抱かなかっただろう。
レオンとアンナ、そしてアルス。
煩くて、鬱陶しい、いちいち何かを話し食事を持ってくるだけの存在。
しかし、不思議と追い払おうとは思わなかった。
自分にとって邪魔ならば、食事だけを貰って追い払えばいい。
だが、それをしなかった。
子供は気付かなかった。
此処で過ごす内に、自分の内面に大きな変化が訪れていた事に。
永遠の氷。
決して溶ける事がない氷に覆われていた心。
だが、此処で過ごしていく内に彼は人の暖かさに触れた。
少し続ではあるが、その暖かさは確実に彼の氷を溶かし、もう少しで氷に囚われた彼の心は解放されるはずだった。
タイミングが悪かったとしか言えない。
もし、アルスが今日行動を起こさなければ。
もし、レオンやアンナがこの場に居れば。
もし、子供が自分の心の変化に素直に気づいていれば。
こんな事にはならなかったのかもしれない。
だが、それはあくまでも、もしもの話し。
時は待ってくれない。
どんなに願っても、針は動いていく。

「……………」

無言のまま、殺意の籠った目で相手を見据え、人差し指を怯えるアルスに向けた。


『えへへっ!ねっねっ、遊ぼ!!』


「ッ!!」

一瞬、再び脳裏にアルスとの日々が過る。
映るのはこの部屋の光景。
何が楽しいのか、自分に笑いかけてくるアルス。
そして、その近くでただ座っている自分。

――何だ、これは?

この時、子供は初めて自分自身の感情に疑問を抱いた。
今まで味わった事がない、変な気持ち。
でも、決して嫌ではない。不思議な気持ち。
自分で答えを模索するが、まだ子供にはこの正体不明の感情が何かは解らなかった。
関係無い。
先程の疑問を、記憶の奥へと押し込んでしまう。
心の変化を素直に受け止められなかった子供。
故に、ここに来る前と同じ規準でしか判断を決められなかった。


「ムウト」


恩を仇で返す。
この光景を表すには、的確な言葉だ。


「うわああぁぁぁああぁぁあーーーーー!!!!」


子供は今まで世話になっていた人間に、一切の躊躇も容赦も無く、死霊を差し向けた。




タンスやベットが倒れ、ボロボロになり果てたテント。
足元には花瓶の欠片が落ちて、宙には細かな埃が舞い上がっていた。

「……………」

無言のまま、子供は目の前を見つめる。
表情に変わりは無いが、その目は信じられない物を見る様に驚き見開いていた。

「あわ……わわわわっ」

生きていたのだ。
床に座り込み、情けなく涙を流しながらも、体には一切の傷を負わず、アルスは生きていのだ。
あり得ない。
先程の攻撃は殺すつもりでやった。
何の力も持たないアルスが生きている事など、絶対に不可能。
動揺を隠せない子供。
瞳を揺らし、怯えるアルスを見つめていた。


――何故、殺せなかった?


レオンとかいう人間の様に魔法で防いだ。
違う。
目の前で怯えている奴には、そんな力は無かった。
誰かが助けに入った。
それも違う。
此処には自分達以外は誰もいない。
第三者が助けに入るなど、絶対に不可能。


では、何故こいつは生きている?


――何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故?


自分自身に問いかけるが、答えは返ってこない。
彼は気付かなかった。
閉ざされた心の中に生まれかけた、今までの自分に決してなかった『それ』の正体に。

「ひぃ……あぅ………」

小さく声を漏らしながら、震える人間。
涙を流しながら、自分を見上げている。
再び、先程と同じ訳の解らない感情が生まれた。
瞳を揺らしながら、アルスを見つめる。
しかし、直ぐその感情を冷たい氷で覆うってしまう。
攻撃が失敗したなら、再び攻撃するまで。
死霊達を呼びよせ、再び攻撃を放とうとしたその時――

「ダメえええぇぇーーーー!!!」

自分にとって、アルスと同じく此処での付き合いがもっとも長い人物が間に割り込んだ。



「今の声……ッ!!」

椅子から立ち上がり、アンナは声が聞こえた方向を見つめた。
先程響いた悲鳴の様な声。
姿も見えず、確かな証拠があるわけでもない。
だが、アンナにはこの声の持ち主が誰か、直ぐ解った。

「ちょっと、アンナさん!」

チェルシーが名前を呼んでるが、今はそれ所ではない。
急いで駆けだし、あの子供が居るテントへと向かう。

「はぁはぁはぁはぁ」

息を切らしながら、まるで何かに導かれる様にテントへと走るアンナ。
途中で見かけたスクライアの人は、先程の悲鳴の出所が解らないのか、辺りを見渡していた。
そんな光景が流れていくのを見ながら、アンナは足を止めない。
嫌な予感がする。
とてつもなく、嫌な予感が。
アンナは言葉に出来ない何かに突き動かされ、子供が寝泊りをしているテントに着いた。

「あぅ……く……あぁ」

体を小刻みに震わせ、怯えながら地面に座り込んでいるアルス。
その前方に佇み、冷たい視線で見下す子供。
ドクンッ!
息が乱れるのは別に、アンナの心臓が高鳴った。

「……ダメ」

死霊が出現し、殺意を込めた攻撃がアルスへと放たれる。

「ダメ……ダメ!」

このまま死霊達がアルスに襲い掛かったら、待っているのは死。
希望も何も無い、ただ暗いだけの未来。
そんなのは、絶対に許せない!
気付いた時、既にアンナはテントの中に入っていた。

「ダメえええぇぇーーーー!!!」

未来を変えるため、アンナは自分の身を気にせず死霊達の前に飛び出た。
ギュッと目を瞑り、衝撃に耐えようとする。
前の時よりも死霊の数は多い。
痛いだろうな。
ボンヤリと、そんな事を考えながらもアンナは逃げない。
後ろで怯えいてるアルスを守ろうと、必死に逃げたい恐怖に耐えた。

「………???」

何時まで経っても、衝撃がこない。
可笑しい。
疑問に思いながら、アンナはゆっくりと目を開いた。
先ず、視界に入ったのは子供の姿。
続いて、自分の目の前で止まっている死霊。
動かず、宙に固定されていた。
やがて、死霊達は皆霧散し空気に溶ける様に消えていった。

「……はぁ~……あ、アルス君ッ!」

自分の身よりもアルスの身を心配し、容態を窺うアンナ。

「大丈夫!?怪我は無い!?」

怪我をしてないか心配だったが、どうやら大丈夫なようだ。
涙を流し眼を赤くしてるが、体には特には外傷はなかった。
良かった。
肺の空気を一気に吐き出し、肩の力を抜くアンナ。
安心感に包まれるが、直ぐ表情を引き締めて子供に向き直った。

「ねぇ、何でこんな事をしたのかな?」

何時もの様に優しい声だが、その瞳には確かに怒りの感情が浮かんでいた。
目の前の子供の事情はある程度察している。
しかし、だからと言ってこれを許すわけにはいかない。
昔から色々と付き合い、慕ってくれたアルス。
流石のアンナも黙って見過ごせなかった。
それに、子供の事もある。
漸く攻撃的な性格が直ってきたのに、また誰かを傷つけてしまったらこれまでの努力が水の泡。
下手したら管理局を巻き込んでの大問題になる恐れがある。

「ダメだよ、こんな事しちゃ。ほら、アルス君に謝ろう?ごめんなさい、て。ねっ?」

人としての常識や優しさを教えようと、アンナは優しく言葉をかけ続けた。

「……………」

子供は何も言わない。
ただ何も言わず、先程のアルスの時と同じように瞳を揺らしながらアンナを見つめていた。
疑問が胸の中に渦巻く。
何故、こいつが助けた。
何故、自分の敵を庇う。
何故、この『感じ』を含んだ瞳で自分を見つめる。
アルス、そしてアンナ。
此処での暮らしで暖かな温もりを与えてくれた二人が、自分を否定している。
その事実に、子供は先程よりも大きな動揺を見せた。
少しでも……本当に少しでも、子供に歩み寄る気持ちがあれば。
解り合おうとする気持ちがあれば、直ぐ自分の心の中に生まれた『それ』に気付けていた。
だが、アンナの出現は子供に『それ』の正体を教える事は出来なかった。
寧ろ、さらに状況を悪化させた。

「きゃっ!」

霧散したはずの死霊が、再び宙へと漂う。
不気味な呻き声を辺りに響かせながら、アンナ達の周りを飛び交った。
許せない。
最初から敵と解ってる人間が自分を否定しても、対して心に傷は付かない。
だが、これが親しい人間なら別。
誰だって親や恋人、さらには友達などに裏切られたら深い傷が付く。
子供もそれと同じ気持ちを味わっていた。
しかしそれは、裏を返せばそれだけ目の前に居る二人の事を想っていた証拠。
徐々に芽を出し始めた心。
もう少し花を咲かせるはずだったそれを、子供は自分から刈り取ってしまった。
敵を庇うなら、そいつも敵。
アンナをアルスと同じく敵と認識し、さらに死霊を放つ。
白いドーム。
放たれた死霊は何体も集まり、アンナ達をドーム状に包み込んだ。
手元が狂うなら、絶対に外さない攻撃をすればいいだけ。
もう逃げ場はない。
敵を排除しようと、子供はアンナ達を包みこんだ死霊達を一気に差し向けた。

「何をしてるんだっ!!」

しかし、再び邪魔物が現れた。
アンナとアルスを包み込む、淡い光の膜。
この光には覚えがる。
あのレオンとかいう人間が放っていた光だ。

「大丈夫か!?アンナ、アルス!」

予想通り、アンナとアルスを守る様にレオンが二人の前に立塞がった。
衝突。
力が弱く脆い死霊は、レオンのバリアに弾かれる。
攻撃失敗。
死霊達は四方時八方に飛び散り、テントの骨組や壁、全てを壊しながら煙の様に消えた。
夜空が露わになり、冷たく心地が良い風が体を揺らす。
テントが崩れ落ちるけたましい音には、流石に皆も気付きこちらを見つめた。
対峙する子供とレオン。
お互いを睨み、一挙一動に警戒する。

「おい、坊主……アンナ達に何をしようとしていた?」

先に口を開いのは、レオンだった。
低く、確かな怒りを込めて目の前の子供を射抜く。
アンナと同じく、目の前の子供の事情はある程度察している。
自分から話した訳ではないが、絶望に染まった冷たい目が全てを語っていた。
その目に暖かさを与えてあげたい。
今まで、自分とアンナはそのために頑張ってきたのだ。
しかし、レオンもアンナと同じく、自分の大切な人を傷つけられようとしたのは見過ごせない。
まして、小さなアルスまで巻き込まれたのなれば、流石のレオンも黙っていられなかった。

「アルスがお前に何かしたのか?なら、親代わりの俺から謝る。
けれど、いくら何でも此処までする事はないだろ?
なぁ、前に言った通り俺達はお前をイジメたりはしなから。約束する!
だから、お前も謝ろうぜ。
人を傷つけるのは、とっても悪い事なんだから。なっ?」

普通の子供なら、ここで怒鳴ったり、最悪叩いたりしても自分がやった事を悪い事だと教える。
が、目の前の子供は普通ではない。
恐らく、怒られるという事が何なのかよく解らないのだろう。
いや、下手したら自分がやった事を悪いと認識してないのかもしれない。
そんな子供に、下手に怒るのは得策ではない。
怒鳴り散らすのも、逆効果。
ここは自分で自分がやった事を解ってもらうしかない。
先ずは“悪い”という事を教えようと、言葉をかけ続けた。

「……………」

子供はアンナの時と同じく、何も言わずにレオンを見つめていた。
声自体は聞こえている。
が、その意味は理解できない。いや、理解しようとしない。
彼はレオンの言葉の意味を理解できるほどの余裕が無かった。
また敵に回った。
スクライアで過ごした時間がもっとも長い奴が、また。
辺りを見渡す。
集まったスクライアの皆も、レオン達と同じ『感じ』を含んだ目で自分を見つめていた。


――ああ、そうか……


「こんな時まで黙ってるつもりか……って、おい!」


――漸く、解った


「ちょっと待てよ!何処に行くんだッ!」


――此処に居る奴らは、全員自分を否定している。最初から、此処に居るべきではなかったのだ


自分自身に心の変化に気付けなかった子供。
レオンの説得など無視し、踵を返して森へと消えていった。
事故。そう、小さな偶然が重なり合っただけの結果。
それがこれだ。
子供は自分から闇へと帰って行く。
もう少しで攫めるはずだった光を自分から手放して。




「レオンさん、アンナさん、アルス君、大丈夫!?」

「誰か医者!」

「いや、落ち着けよ。怪我は特にしてないんだから、わざわざ呼ぶ必要無いって」

「こりゃ酷いな。タンスなんかボロボロ。使いモンになんねぇぞ」

子供が去ったスクライアのキャンプ地では、大人達が騒がしく動いていた。
レオン達の容態を心配する者。
アルスに回復魔法をかけようとする者。
壊れたテントの片づけを行う者。
皆、率先して仕事を見つけ、働いていた。

(あの子……大丈夫かな)

皆がせっせと動いている中、一人だけ森の方を見つめる女性が居た。
被害者であるアンナだ。
初めはアルスやレオンの容態を心配したが、二人とも怪我を負わず元気な姿だった。
良かった、と一息つくアンナ。
安心した後、続いて気になったのは自分の事ではなく、あの子供の事だった。

(あの目……本当に悲しかった)

去って行く瞬間、一瞬見えたそれ。
寂しくて冷たい、何の光も暖かさも無い目。
生きているのを疑うほどの寂しい目をしていた。
何で、そんな目をしてるの。
思わず問いかけようとしたが、既に子供の姿は無かった。

「このまま一人にしたら……あの子、本当に一人ぼっちになっちゃう」

心配そうに、不安げな瞳で森を見つめ子供の安否を心配するアンナ。
彼女だって人間。
嫌な事をされたら怒ったりする。
しかし、どうしてもあの子供の目が脳裏に浮かんでしまう。
家族が居て、友達が居て、愛する人が居る。
自分とは真逆の、一人ぼっちの目。
このまま放っておいたら、あの子は本当に一人になってしまう。
ずっと一人で、誰の助けも無く生きていく事になる。
そんなの納得できない。
けれど、あの子はアルスを傷つけようとした。
危険人物である事は、誰の目から見ても明らか。
普通に考えたら、自分達は手を引いて管理局に任せた方が賢明な判断だ。
子供を追うべきか、追わざるべきか。
板挟みになり悩み続けるアンナ。
だが、愛する男性の言葉で直ぐその悩みは解けた。

「行ってこい、アンナ」

「……え?」

突然、レオンに声をかけられ唖然とするアンナ。

「あいつが気になるんだろ?なら、行ってこい。アルスは俺が診てるから」

「……でも、あなた」

「はははっ……まぁ、そりゃな。こんな事をしちまったんだから、今さら此処に戻すなんて無理かもしれない。
俺だって、アルスやお前を傷つけようとした奴を許すほどお人よしじゃないさ。
でも、どうしても気になっちまうんだよ。あいつの……あの、寂しくて冷たい目が」

ポリポリと、ばつが悪そうに頬を掻くレオン。

「俺は人に教えるって事は苦手みたいだな。悪いって事をあいつに教えられなかったし……はぁ~、これが遺跡に関しての知識なら。
っと、愚痴っても仕方ないか。
……アンナ、あいつがやった事は悪い事だ。じゃあ、悪い事をしたら先ずは何をする?」

優しい笑みを浮かべ、レオンはアンナへと問いかける。
ああ、やっぱりこの人は自分の夫だ。
夫との絆を感じながらアンナも笑みを浮かべ、その問いに対しての答えを出した。

「決まってます。先ずは、ごめんさいって謝らくちゃいけませんよね~」

「そうだな……なら、あいつを取れ戻してアルスや皆に謝らせなくちゃな」

「はい、そうですね♪」

もう少しで攫めるはずだった光を、自分から手放した子供。
誰の手も届かない、深い深い闇に帰ろうとした。
でも、まだ間に合う。
あの子の心に光を宿す事は出来る。
アンナは決意を秘めた目で森を一見した後、地面を蹴って走り出した

「ちょっと、アンナさん!」

途中で誰かか止めようとしたが、アンナは止まらない。
迷いを見せず、早く連れて帰ろうと森に消えていった。




森へと入ったアンナは、早速あの子供を呼びながら探し始めた。

「ねぇー!何処に居るのー!?」

小型のライトを片手に、辺りを捜索する。
子供の足を考えても、ここら辺に居てもいいはずだが影すら見えない。
草むらを掻き分けて探す。居ない。
木の裏を探す。居ない。
木の上もライトで照らす。やはり居ない。
四つん這いでハイハイしたり、大声で叫んだり、時にはアリの巣穴など。
見渡す限りの場所を(最後のは絶対にあり得ないが)探したが、何処にも居なかった。

(もっと、奥に行っちゃったのかな?)

アンナはライトを片手に、森の奥に入って行く。
夜の森。
幾つもの木々が並び立ち、月明かりを遮っている。
巨大な黒い口を開き、まるで獲物がかかるのを待ち構えているようだ。
少し怖い。
一応明かりは持っているが、ライトが一つだけ。
近くにスクライアのキャンプ地があるとはいえ、夜の森はやはり不気味で気味が悪い。
それでも、アンナは果敢に進んで行く。
こんな森に、あの子を取り残すわけにはいかない。
まだ、やり直せるだ。
暗い所よりも、明るい所が楽しくて一杯笑えるという事を教えた上げなくては。
草木を踏み締めて、森の捜索を続けた。

「何処~」

結構進んだが、未だに影も形も無い。
疲れた。
額の汗を拭い、アンナは立ち止まる。
自分は正直、レオン達の様に体力は無い。
精々が平均にいくか、いかないかほどの体力だ。
それに、アンナはミッドチルダの住宅街の育ち。
険しい山道ではないが、自然の森の中を歩くのは少々辛かった。

「はぁ~……本当に何処に行っちゃったのかしら?……え~と……あぁーもう!お名前も聞いてないから、なんて呼べばいいのか解らないよ~」

暗い森の中で、思わず愚痴ってしまうアンナ。
今日まで色々話しかけたが、何も喋ってくれなかった。
当然、名前など知らない。
困った。
子供を呼ぶ時も困るし、あの子と仲良くなれないのが悲しい。
愚痴っても仕方ない。
先ずはあの子を見つけなくては。

「よし、頑張ろう!!」

自分自身に気合を入れ、暗い気持ちを吹き飛ばす。
疲れを感じさせない表情で森を見つめ、一歩を踏み出そうとしたその時――




「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!」




暗く、数メートル先すら見えない森に突如響き渡った声。
相手の芯を凍りつかせ、動けなくするほどの怒号。
静かな森だというのに、先程の声が聞こえた瞬間、小さな命達が一斉にざわつき始めた様に感じられた。

「今の声……ッ!!」

アンナには先程の声に聞き覚えがあった。
三週間前。
問題の子供を拾った時に響き渡った大型動物の物と同じ声。
何故こんな所に。
一瞬、疑問が生まれるが、今はそんなの関係無い。
レオン達に教えて貰った情報。
あの種の大型動物は滅多なことでは声を出さない。
出すのは、仲間に居場所を教える時と相手を威嚇するだけ。

(……もしかして!)

ある可能性が脳裏に浮かび、目を見開く。
急いで地面を蹴り、声が聞こえた方にアンナは駆け出した。
お世辞にも整ってるとは言えない獣道を駆け、邪魔な草や枝に押しのける。
時々、足を取られこけそうになるが、何とか抜け出す事に成功した。
森の一画の開けた場所。
前は巨大な木々に塞がれ、後ろは急な崖となっている。
月明かりを遮る木々は無く、スポットライトに照らされた舞台の様に輝いていた。
舞台に上がるのは複数の役者。
一人は当の本人である、幼い子供。
そして、他の役者は――

「グルルルルッ!」

あの日、子供が喰らっていた物と同種の大型動物。
三匹が、その鋭い眼光で子供の小さな体を射抜いていた。

「そんな……何でこんな森の中に、三匹も」

普通、この種の大型動物は山奥に住んでいて滅多なことでは山に降りてこない。
一匹なら群れから離れたと考えられるが、三匹も一緒に森へと降りてくる事は何て無いはず。
エサの不足、縄張りを変えた、若しくは仲間の仇。
なんにせよ、このままでは危ない。
アンナは子供を助けようとしたが、体が竦んで一歩が踏み出せなかった。

(なんで……なんで動けないの!?)

動け、動け、動け。
心の中で何度も繰り返しながら足を動かそうとするが、自分の意思とは反して全く動けなかった。
自分だって痛いのは嫌だ。
子供の死霊の攻撃も痛くて怖かったが、隣には頼れるレオンが何時も側に居てくれた。
しかし、此処には居ない。
たった一人で、あの子を助けなくてはならないのだ。
獣から感じる殺気。
肉体も大きく、口から見える牙は人間の肉など簡単に噛み千切ってしまうだろう。
恐怖で体が強張るアンナ。
何とかしたくても、肝心の体が動かない。
目の前の光景をただ見つけるだけしか出来ない自分に、情けなさを覚え顔を歪ませる。
アンナの心配など彼らには関係ない。
牙を剥き出しにし、大型動物の一体が子供に襲い掛かった。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!」

大気を振るわせ、人間の言葉では理解できない怒号を上げて一気に子供に突進する。
危ない。
ギュッと目を瞑るアンナ。
直後、何かが砕ける音が響いた。

「くぅぅ……ん」

恐る恐る目を開き、どうなったのか確認する。
子供は――無事だった。
何処も怪我をしておらず、平然と何時もの無表情のまま佇んでいた。
子供の視線の先。
先程突進した大型動物が、木にぶつかって止まっていた。
はぁ~、と肺の空気を吐き出し、安心感に包まれるアンナ。
だが、それも一瞬。
再び子供に襲い掛かった大型動物を見て、安心感など一気に吹き飛んでしまった。
小さな子供に襲い掛かる大型動物達。
その巨体に突進されただけで、幼い子供の骨など簡単にバラバラに砕け散ってしまう。
爪や牙などに捕まったりでもしたら、それこそ一巻の終わりだ。
早く、誰かを連れて来なきゃ!
幾分か冷静になった頭で結論出したアンナ。
情けないことだが、自分にはこの状況を打破するだけの力は無い。
誰かに来て貰わなくては。

(動いて!お願いだから動いて!早くしないとあの子は!!)

目前で今正に襲い掛かれている子供。
大型動物の巨大な腕が振るわれる。
殺られる。
魔法を使えるとはいえ、まだまだ5歳前後の子供。
この攻撃はかわせないと思った。
しかし、アンナはまだ子供の事を理解してなかった。

「……え?」

目の前の現実が信じられず、思わずに間抜けな声を漏らしてしまう。

「嘘。避けてる」

自然界に住む動物は、厳しい自然の中で生き抜くために人間よりも遥かに優れた身体能力を誇っている。
人間よりも遥かに強い力、頑丈な体、肉を引き裂く爪に牙。
それに速さ。
強靭な筋肉から生み出される速さは、人間など簡単に捉えてしまう。
小さな子供なら尚更。
しかし、目の前の白髪の子供は違った。
一切の恐怖も迷いも感じさせず、ヒョイヒョイと攻撃をかわしていた。
小さな体を上手く使い、巨体を誇る相手との距離を一定に保ちながらかわし続ける。
凄い。
お世辞にも発達していない肉体。
魔法は使えるみたいだが、素人の自分の目から見ても解るほどの荒々しさ。
それにも関わらず、子供の体には掠りもしない。
相手の動きを見切り、地形を完璧に把握し、無駄のない動きで確実に相手の攻撃を避ける。
洞察力に技術力。
魔法以外の、人間が本来持てる力を上手く使っている。
大型動物の動きが単調だとしても、まだ5歳前後の子供がこれほどの動きを出来るのは異常だ。
こんな時だというのに、アンナは思わず感心してしまった。

「……………」

眉一つ動かさず、子供は攻撃を避け続ける。
腕を振るうなら、屈んで避け。
牙を剥き出しにするなら、後ろに退いて避け。
巨体で押し潰そうとするなら、上に飛んで避ける。
相手は三体とはいえ、連携もとらずただ我武者羅に目の前の敵を排除しようとするのみ。
普通の人間ならば、それだけでも脅威。
だが、子供は並の人間ではない。
力任せの攻撃など、特に何の障害にもならなかった。
そうして、大型動物の攻撃を避け続けていると、子供に変化が訪れた。
周りに現れる死霊。
虫を見下すかのような冷たい目。
空気の中に混じる、濃密な死の臭い。
彼にとって、敵には容赦などしない。
自分に敵意を抱く者は、全員殺す。
鋭い眼で相手を見定めた、死霊を放とうとした。
が――

「■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!」

再び響き渡る獣の咆哮。

「ッ!!」

「えっ!?」

気付いた時、子供は何かに弾き飛ばされていた。
咄嗟に、周りに漂っていた死霊達を盾にして助かったが、質量の重さまでは殺せない。
自分の体は車にでもはねられた様に、宙へと飛んでいく。
何故、自分は宙に飛んでいるのだろうか。
その疑問の答えを、アンナは知っていた。

「三匹だけじゃ無かったの」

目の前で小さく唸り声を上げる“四匹”の獣
子供が攻撃しようとした瞬間、茂みの中から同種の大型動物が飛び出してきた。
完全な不意打ち。
流石の子供も感知しきれず、その大型動物の突進をまともに受けてしまった。
呆けるアンナだが、直ぐ自分を取り戻す。
弾き飛ばされた子供。その先には、崖が待ちかまえていた。

「危ないッ!!」

大型動物達を刺激するかもしれない。
自分自身が狙われるかもしれない。
でも、アンナはあの子を放ってはおけなかった。
恐怖を振り払い、駆けだすアンナ。
タッタッタッタッ。
何時もなら直ぐ走りきれる距離だというのに、この時はとても長く感じられた。

(お願い、届いて!!)

地面を強く蹴り、子供へと手を伸ばす。
もう既に、子供の体は崖の上まで来ていた。
このままでは自分も落ちてしまう。
引っ張り上げるのは不可能だ。

「くっ!」

何も出来ない自分、子供を助けられなかった自分。
そんな自分に苛立ち、口を歪める。

(せめて、この子だけでも!)

体に感じる刹那の浮遊感。
続いて感じる、重力に引っ張れる感覚。
アンナは、子供だけでも守ろうと体を丸め、自らの体を盾にするように子供を抱きかかえた。
瞬間、子供とアンナが崖から滑り落ちていった。




何かを抱きかかえている。
体がやけに痛い。
脳が揺さぶられ、頭がフラフラする。

「つぅ……ううぅ~ん」

痛みに顔を歪めながら、アンナは起き上がった。

「私……」

夢でも見てるかのように呆けていたが、辺りの木々を見つめて自分が何をしていのか思い出した。

「ッ!!あの子はッ!」

急いで自分自身が抱きかかえた子供の様子を窺う。
無事だった。
少しばかりの切り傷はあるが、体にはこれといった外傷はない。
何時もの無表情で、胸の中から自分を見つめていた。

「良かった~~……大丈夫?何処か痛い所は無い?」

本日何度目になるか解らない。
恐らく、自分の人生において、今日ほど寿命が縮まる様な思いをしたのはこれが初めてだ。

(でも、何で私達助かったのかしら?)

自分達は確かに、崖から落ちた。
体は痛いが、それにしても崖から落ちたにしては軽傷だ。
動けないほどでもないし、脳もしっかり機能している。
少し気になり、アンナは自分達が落ちてきた崖の方を見つめた。

「……あっ」

何の装備もないと、昇るのにはかなりの重労働になるほどの高さ。
しかし、表面には岩や木々はほとんど生えておらず、全体には柔らかい草が生えていた。
なるほど。
人間が落ちたら確かに危ないが、表面に生えている草がクッションになり、それほど大怪我を負わなかった。
小石などで肌を切られたが、ゴツゴツとした岩や尖っている枝にぶつかるよりは遥かにマシだ。

(もし、大きな岩があったら)

今さらながら、自分がかなり大胆な行動をしていたのに気付いた。
想像通り、これが硬い岩が剥き出しになった崖だったら。
よそう。
自分達は助かったのだ。
ならば、今はその事を喜ぼう。
アンナは子供へと視線を戻し、その頭を優しく撫で始めた。

「もう、大丈夫ですよ~。は~い、怖くな~い、怖くな~い」

泣き叫ぶ赤ん坊をあやす様に、優しく、優しく、子供の頭を撫で続けた。



一方、子供は不思議な感覚に陥っていた。
最初に感じたのは疑問。
目の前に居る、アンナとかいう人間。
こいつは自分の敵だったはず。
敵意を解いた。いや、そんなはずはない。
自分はあのアルスという人間を殺そうとした。
殺そうとした相手をそう簡単には許せるはずがない。
敵は殺す。
自分にとってはそれが世界の常識であり、絶対のルールだった。

――なら何故、目の前の人間はそのルールに従わない?

――何故、こいつは敵を助ける様な事をした?

――何故……


「どうしたの?何処か痛い?あっ、何処か怪我でもしたの!!?」


――何故、こいつは自分の体を心配せず他人を気にかけている?




気付いた時、子供は自分から行動を起こしていた。

「おい……」

「えっ?」

真っ直ぐアンナを見つめ、自分から問いかける。

「なんで、てめぇはそこまでして俺に関わろうとする?」

自分の中に生まれた疑問の答えを探そうと、初めて口を開いた。




(今……誰が喋ったの?)

アンナは最初、誰が喋ったのは解らなかった。
自分ではないし、周りには誰もいない。
空耳かとも、頭を打って耳がどうかしたのかとも思った。
無理もない。
今まで散々話しかけ、一緒に過ごしたのに一言も喋らなかった。
その子供が自分から話しかけてきたのだ。
理解するまで時間がかかってしまっても、不思議ではない。

「え……?んぅ……あぁっと?」

まだ理解しきれてないのか、意味不明の言葉を吐きながら首を傾げるアンナ。
早くしろ。
子供はそんなアンナのノロノロとした態度に苛立ち、急かす様に再び口を開いた。

「おい、早くk「きゃーーー!!喋った!喋ったよ~~~!!」……」

瞬間、何か柔らかい物が自分の顔を覆い、出かかっていた言葉はより大きな声で掻き消された。

「良かった~。もう、お姉さん病気か何かだと思っちゃったよ。
ねぇねぇ、お名前なんて言うの!?
好きな物は!?嫌いな物は!?趣味は!?あの、フワフワした煙みたいな魔法なに!!?」

狂喜乱舞のアンナ。
今まで散々溜めこんできた物を一気に吐き出す様に、子供へと問いかけた。
うるさい。
耳元で叫ばれ、不機嫌になる子供。
とりあえず、黙らせるため頭突きをくらわした。

「あぅ~~」

おでこを抑えながら、若干涙目になるアンナ。
大変可愛らしいが、子供にはそんなの関係ない。
大人しくさせ、改めて疑問を問いかけた。

「答えろ。何でてめぇは、敵であるはずの俺を、そこまで構う」

乱暴な口調。敬う事など知らず、アンナへと問いかける。
生意気。
あまり褒められたものではないが、少なくても自分から初めて感情を引き出してくれた。

「何でって……そんなの、決まってるじゃない」

アンナは嬉しさを噛みしめながら、子供の問いに答え始めた。

「家族を助けるのは、当たり前でしょ?」

表面上だけの言葉ではない。心の底からの答えだった。

「……家族」

「そう、家族」

優しく、子供を抱きしめる。愛おしく、本当の母の様に。

「ねぇ、こうしてると貴方はどんな気持ちになる?」

「…………肉の塊があって邪魔だ」

ちなみに、アンナはそこそこ胸がある。
必然的に子供の顔はアンナの胸に埋まってしまう。
ある意味、男性からしたら羨ましい光景だが、生憎と子供にはそんな感情は無い。
ただ、邪魔な柔らかい肉の塊があるようにしか思えなかった。

「ふふふふふっ」

特に気にした様子はなく、アンナは笑う。
可笑しそうに、嬉しそうに、笑いながら再び子供を抱きしめた。

「ふふふっ……じゃあ、こうやって抱きしめられて、心の中はどう思う?」

慈愛の笑みを浮かべながら、再び子供へと問いかけた。

「心?……何だそれは?」

「え?う~~ん……そうだね~」

意外な質問を投げかけられ、頭を悩ますアンナ。
考えていると、何か上手い例えが思いついたのか、表情を輝かせた。

「例えば、君がご飯を食べる時、何か暖かい気持ちにならない。
こう、ポ~ウって、明るく楽しい気持ちに?」

明るくて、楽しい気持ち。
子供は俯きながら、あのスクライアで食べた食事を思い出す。
上手かった。
暖かくて、美味しい食事。
あんな物を食べたのは、本当に初めてだった。

「……なる」

ボソリと小さく答えた子供に、ますます笑顔になるアンナ。

「それが心。
楽しい時や嬉しい時は明るい気持ちになって、悲しい時は暗くなる。今の貴方はどっち?」

再び問いかけられ、考える子供。
不思議だ。
今までアンナの言う事など聞かなかったのに、今はすんなりと聞いてしまう。
子供は考える。今の自分の心を。
アンナに抱きしめられ、目の前には邪魔な肉の塊がある。
少しばかり息苦しくて、とてもじゃないが快適な環境とは言えない。
でも、暖かい。
美味しい食べ物を食べた時は、また別の暖かさが心を満たす。
今初めて、子供は真の安らかを得た様に、その暖かさに身を預けた。



夜の森。
本当の親子の様に、女性は子供を抱きかかえ、子供は女性の暖かさに身を預ける。
月明かりに照らされた様は、伝説に伝えられている様な聖母が子供を抱きかかえる、幻想的な光景だった。




こうして、闇へと帰ろうとしていた子供は救われた。
そして現代。
彼らがどうなったかというと――




「ふんっ!」

「ッ!!」

――ガキイィン

「バ~ク~ラ~く~ん、何で俺の肉にフォークを向けるのかな~?」

「てめぇみてぇなヒョロヒョロした体に、その肉は悪いだろう?俺様が喰ってやろうってんだ。ありがたく思いな」

「わざわざお気遣いありがとう。でも、余計な御世話だ。自分のだけを喰ってろ。このダメ弟」

「弟?……クククッ、ならその可愛い弟に譲るのが、普通じゃねぇのか?えぇ?クソ兄貴」

「お前は、可愛いって言葉を辞書で調べろ」

「てめぇは、兄貴って意味を良く調べな。たかが、戸籍上で上になっただけで兄貴面すんじゃねぇよ」

「なんだと!」

「あぁ!」

――バチバチ

「兄さ~ん……って、うわ凄!フォークで鍔迫り合いをしてる!
しかも、地面が陥没するほど力を入れてるし。あれ、本当に普通のフォーク?……っじゃなくって!
兄さん、喧嘩しちゃだめ。ほら、皆の迷惑になっちゃうよ!!」

「あぁ、ユーノ。放っておけ、放っておけ。これは何時もの事なんだから」

「何時もの事って、レオンさん」

「まぁ、お前の気持ちは解るが、落ち着いて周りを見て見ろ」

「???……あ、誰も気にしてない」

「そういう事。いちいち誕生日が来るごとに構っていたら、こっちが疲れるぜ。はぁ~~」

「あらあら~仕方ない子達ね~」

「アンナ。俺は時々、お前が羨ましくなるよ」

「うふふふっ、そうですか~?はいはーい、二人とも~。今日は二人の誕生日なんだから、仲良くしましょうね~」




騒がしくて、お互いに感情をぶつけて喧嘩もする。
しかし、そこには確かな絆の繋がりがあった。





誕生日。
一般的に自分が生まれた日。そして、生まれた事を祝う記念日。
家族、友達、同僚、恋人。
深い繋がりがある人、全員が自分の生まれた事を祝ってくれる。
そして――




――ねぇ君、お名前は?

――……………バクラ

――バクラ君か~。良いお名前だね。バクラ君。君は何処から来たの?

――知らねぇ。

――知らないって……お父さんやお母さんのお名前は?

――お父さん?お母さん?なんだ、そいつは?

――……えっと、お名前以外で何か知ってる事無い?

――……………あぁ。

――そうか……ねぇ、お誕生日って知ってる………訳ないよね。

――コクコク

――じゃあさ、先ずは君のお誕生日から始めようか。ちょうど、お姉さんが知ってる子がもう直ぐ誕生日を迎えるの。

――???

――うふふふっ。その子、兄弟を欲しがっていたから、きっと喜んでくれるわ。バクラ君も、仲良くなれるから。ね♪




子供――バクラは初めてスクライアの家族となった日でもある。








バクラの過去編、終了です。
強引かとも思いましたが、バクラの場合、ちょっと強引にいかないと心を開いてくれそうにはありませんから。

原作の場合、仕方ないとはいえ、誰か一人でもバクラを受け入れてくれる人がいれば、もっと違った未来があったのかもしれませんね。

というわけで、次回からは現代の話に戻ります。
そして、いよいよユーノ以外の原作キャラが登場します。
お楽しみに。




[26763] ドキドキ!健康診断!!
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/07/16 09:43



基本的にどの世界でも始まりの季節。
所謂、入学・就職シーズンと言う物はある。
新しく学校に通う人。
一年進学する人。
卒業し、自分の道に進む人。
入学の準備を始める親や引越しの準備をする人、等々。
この時期は、本当に皆が皆忙しい。
そしてこの時期、ほとんどの学校や企業で設けられている、ある物がある。
仕事や勉強も、これが第一に大事だ。
それは――


「なんで毎年毎年、わざわざクラナガンまで健康診断を受けに行かなきゃなんねぇんだ」


健康診断である。




ミッドチルダの首都、クラナガン。
時空管理局地上本部がある首都へと続く道で、バクラは車の中で不満を漏らしていた。

「仕方ないだろ、一応決まりなんだから」

「そうだぞ、バクラ。遺跡発掘でも、健康第一。何か異常がないか、ちゃんと診て貰わないと」

「バクラ兄さん、ちゃんと受けよう」

レオン・アルス・ユーノが、それぞれ不満を漏らすバクラを窘める。
が、そんなありきたりな言葉では納得できない。
三人に窘められても、バクラは未だに不機嫌そうに口を尖らせていた。

「だったら、近くの人間ドックでもいいだろ。たくっ、車でどれだけかかると思ってんだ」

「文句を言うな。クラナガンでちゃんと診て貰った方が良いだろ?それに、お前達の魔導師検査もあるんだから」

「ケッ!義務でもないのに、わざわざクラナガンまで運転していくとは。レオンお父様には、毎年毎年頭が下がります」

健康診断だけなら、確かに家の近くの医療機関などでも出来る。
が、魔導師検査となると少し装備に頼りがいがない。
健康診断にしても、クラナガンの最新設備の方がやはり安全・安心できる。
健康第一。
子供達の健康と魔導師検査の手間を考えたら、どうしてもミッドチルダの首都であるクラナガンに向かった方がいいのだ。
しかし、バクラ達が住んでいる家から、首都クラナガンまで結構な距離がある。
おまけに、今日の移動はレールウェイではなく自家用車。
時間もかかるし、渋滞にも巻き込まれる。
無駄な時間を過ごす。
バクラの機嫌はただいま降下中。

「第一、俺様は健康だ。受ける必要なんかねぇよ」

これもまた、バクラが不機嫌な理由。
実際、バクラは此処数年で病気らしい病気にかかった事はなかった。
風邪が流行った時も、一人だけピンピン。
どんなに疲れた時でも、一晩休めば完全回復。
今日だって特に何処か悪いとは感じない。
健康その物の状態で、窮屈な車の中に押し込まれて首都クラナガンまで行くのだ。
ドライブなど趣味ではないバクラにとっては、楽しくもなければ面白くもない。
どうせ行くなら、古い遺跡発掘(と言う名の宝探し)をしていた方が、遥かに有意義な時間だ。

「そう言わないの、バクラ君」

不機嫌なバクラに対して、今度は助手席のアンナが窘め始めた。

「最近、色んな病気が流行ってるでしょ~。この間見たテレビでも、ただの風邪だと思っていのたが実はとんでもない病気で、そのまま死んじゃった人もいるのよ。
怖いわね~。
お姉さんは嫌だな。バクラ君にアルス君、ユーノ君がそんな病気で死んじゃうのは。
だからね、ちゃんと健康診断は受けよう。ねっ?」

「まぁ、お前の気持ちは解らないでもないけど、とりあえずは受けようぜ。健康診断書はあって役に立つ事はっても、邪魔になる事は無いぞ」

アンナに続き、レオンもやんわりと窘めた。

「……解ったよ」

渋々とだが、どうやら納得してくれたようだ。
相変わらずの仏頂面で、後部座席の背もたれに背中を預ける。
毎年、嫌がっていても必ず連れていく。
バクラの手綱を此処まで握れる人は、世界広しといえどもこの二人を置いていない。(アンナの方がレベルは高いが)

「ふあぁ~~ん」

余程暇なのか、バクラは欠伸をしながら何気なく外の景色を眺め始めた。
高いビルが通りすぎ、親子連れが通りすぎ、幾つかの店が通りすぎ、そして再びビルが通りすぎる。
暇だ。
隣ではアルスやユーノが何か話してるが、バクラにとっては暇以外の何物でもない。

「レオン。まだか」

窓の景色からレオンへと視線を向け、クラナガンまでの時間を尋ねる。

「もう少し待て、後20分ぐらいで着くから。ちょっと、今日は混んでるな」

運転しながら答えるレオン。
20分、この狭い車の中で過ごさなくてはならない。
嫌になる。
そう言いたそうに、とバクラは溜め息を吐いた。

「だいたい、何で車なんかで行くんだ?レールウェイで行けばいいじゃねぇか」

何時渋滞するか解らない車で来るよりも、公共交通機関の方が早い。
混んでいた場合は、より窮屈な空間に閉じ込められるが、それを差し引いても車で来るよりは暇な時間は短縮できる。
わざわざ車できた理由が気になったバクラ。

「それはね~、こーれ♪」

ウキウキ気分で、アンナがバクラの疑問の答えを差し出してきた。

「こいつは……」

差し出されたのは、一枚の紙。
正し、ただの真っ白な紙ではなく、カラフルな色でデカデカとある文字が書かれていた。

「春のキャンペーン。紳士・婦人服、共に最大30%引き。こいつが目当てか」

主婦の強い味方。俗に言う、広告チラシである。

「だってぇ~、バクラ君もアルス君も11歳になったし、ユーノ君も5歳になったんだもの。新しい服も必要でしょ。
私だって、たまにはお買い物したいもの」

「おいおい、俺は無視かよ」

「あら~、そんな訳ないじゃないですか。ちゃ~んとあなたのも買いますよ」

バクラ、アルスは誕生日を迎えて11歳、今年で12歳。
ユーノは5歳、今年で6歳となる。
この頃の子供は、かなり成長が早い。
服だって直ぐ着れなくなってしまう。
なるほど。
子供三人にレオンとアンナ、計五人。
服を買えばかさばる。他の買いだしもするとなると、かなりの荷物の量になるだろう。
レールウェイなどで帰れるより、車に積んで帰った方が遥かに楽が出来るという物だ。
品揃いも、クラナガンの方が遥かに上だろう。
クラナガンまで行くのは、どうやらただ健康診断と魔導師検査だけが目的ではないらしい。
納得したバクラ。
ふと視線を上げ、前方の助手席を見る。
テンションが上がっているアンナ。
相当楽しみなのか、何時よりもニコニコ笑顔だ。

「女ってのは不思議だよな。何で、こんな時には異様にテンションが上がるんだか」

「それが女性って物だ。いい加減、お前もその辺は察しろ」

「そうだよ、バクラ兄さん。男は黙って女を受け入れる。それが良い男の条件だって、族長も言ってた」

「ケッ!下らねぇ」

「お前な~……何時かお嫁さん貰った時、そんな態度だと直ぐ離婚だぞ。今の内に態度を改めろよな。
後、ユーノ。それ、幾つか間違った知識が入ってるから」

「え、そうなの!?」

「あぁ。まぁ、夫婦の関係なんて家庭によって違うから何とも言えないけど。たぶん族長達を参考にすると、将来尻に敷かれるぞ」

「へ~~」

「女ってのは、一度甘やかすと付け上がるからな。一発ぶん殴って、言う事なりなんなり聞かせちまえ」

「いや、それはそれで色々と問題があるだろ」

なんとも年不相応な会話を交わす後部座席の三人兄弟。

「お前ら、頼むからもう少し子供らしい会話をしろよな」

レオンの頭が痛くなったのは、決して運転に疲れたからではない。




漸く着いた、首都クラナガン。
バクラ達が住んでいる所も結構発展してる方だが、やはり首都と言うだけあり人も車も多い。
車から降り、バクラは肩をコキコキ。
背中を伸ばし、漸く窮屈な車から解放された。

「そんじゃ、頼むな」

「はいよ~」

駐車場を貸してくれたクラナガンの友人にお礼を言いながら、レオンも運転疲れから解放される。
さて、さっさと健康診断を終わらせて、買い物でもするか。
レオンとアンナは子供達を纏めて歩き出した。




この時期、所謂入学・就職シーズンには各医療機関などで健康診断が盛んに行われている。
魔法・科学技術が進み便利になったとはいえ、ミッドチルダの人も人間であることには変わりない。
やはり自分の健康は大事にしなくては。
もっとも、バクラは――

「てめぇの体なんだから、どう使おうがそいつ自身の勝手だ。体が壊れたなら、全部そいつの自己責任だっつぅの」

と、全然心配してないが。
この時期、クラナガンで行われているのは健康診断だけではない。
管理局が行っている、ある検査がある。
魔導師の検査。
魔導師の源であるリンカーコアは先天的に生まるのがほとんどだ。
しかし、何事にも絶対は無い。
実際、後天的にリンカーコアが生まれた例も、極希だが存在する。
ほとんどの人はまともな人間だが、いつの世にも便利な力を悪用する者が居るのは人間の悲しい性だ。
もし犯罪が起こった時、この検査の過去のデータを洗えばある程度の情報を攫める。
事件解決に貢献した事も、決して少なくない。
犯罪防止のためと、今存在する魔導師の正確な数を調べるのも、この検査の目的だ。
国民調査ならぬ、魔導師調査と言った所だろう。
あわよくば、優秀な魔導師をスカウトしたいという思惑も入っている。
魔導師の調査も出来、スカウトも出来るかもしれない、正に一石二鳥だ。


なにはともあれ、目的地には着いた。
これで健康診断を受けられる。
受付を終わらせ、バクラ達はそれぞれの検査が行われている部屋へと入って行った。


――身長

「はい、え~と……身長は、160.2㎝。へぇ~最近の子は発育が良いのね~」

「あの、一応言っておきますけどそれを11歳の平均にしないでくださいね」

「わぁ~、いいなーバクラ兄さん。僕なんか、全然伸びてないのに」


――体重

「体重……56.2。君、本当に11歳?かなりのヘビー級な体格と体重だね」

「字が見えねぇのか、てめぇは?」

「て、てめぇ……って」

「あははははっ。ささ、バクラ。次行こ、次!ほら、ユーノも!」

「う、うん。えっと、ゴメンナサイ!」

「んだよ、押すんじゃねぇ」

「このバカ!あんな喧嘩口調で睨んだら誰だって引くわ!」


――視力検査

「右、左、左、上、下、右」

「さ、左右とも6.0!……スクライアの子って皆こんなに目が良いの?」

「いえ、こいつだけ例外です」

「スクライアでも、そこまで目の良い人はバクラ兄さん以外居ません」


今日は休日だが、どうやら健康診断を受けるている人はほとんど居ないようだ。
思ったよりも早く終わった。

「ユーノ君もそんなに大きくなったのね~。どれどれ~」

「あ、アンナさん」

「わぁ、やっぱり重い。男の子って、こんなに早く成長しちゃうのよね」

真っ赤に照れるユーノを抱っこしながら、アンナは嬉しくも何処か寂しそうにしていた。
母親。
息子の成長は嬉しいが、直ぐ自分の手から飛び立つと思うと、やはり悲しい様だ。

「へぇ~、160㎝越えか。13か4ぐらいのデカサだな」

「身長なんかあっても、宝探しには大して役にたたねぇよ。まぁ、家の誰かさんみたいに“チビ”よりはマシだがな」

「ぐくくくぅぅ……な、何で毎日牛乳飲んでるのに~。……うぅ~、平均よりは高いのに敗北感が~」

バクラは笑みを浮かべ勝利を噛みしめ、アルスは敗北感に包まれ、レオンはそんな様子をヤレヤレと見つめていた。
健康診断終了。
残りは、魔導師検査だけだ。

「さぁて、さっさと行って終わらすぞ」

やけに嬉しそうなバクラ。
声も何処となく、弾んでいる。

「バクラ兄さん、凄く嬉しそうだね。そんなに魔導師検査が楽しみなのかな?」

ユーノも、何時もと違う兄の姿に気付き首を傾げていた。

「あぁ、まぁな。そりゃ、楽しいだろうよ。合法的に管理局員を相手に出来る、ストレス解消法になるんだから」

「えっ?ストレス解消法?」

もう一人の兄の説明に、再び首を傾げるユーノ。
ストレス解消法。
意味自体は知ってるが、それを魔導師検査で行う。
理解できず、ますます首を傾げるユーノ。

「……そういえばユーノは、あいつの検査を見てなかったな。……あんまし見ても、面白くないけど」

不吉な言葉を漏らすアルスの傍らで、バクラはめんどくさそうに辺りを見つめていた。
通りすぎる車。
見た所、タクシーは通っていない。
このまま此処に居ても、恐らく捕まらないだろう。

「歩いて行くのは面倒だな……出でよ、デスカリバー・ナイト!」

デスカリバー・ナイトを足代わりに召喚しようとするバクラだが――

「止めんかああぁぁーーー!!」

「ぐふっ!」

アルスのハリセンにより、召喚を失敗してしまった。


「出た!アルス兄さんのツッコミハリセン!」

「すげぇ~、良く反応出来たな。俺達が全然気付かなかったのに。下手なアスリートよりも、反応速度早いぞ。しかも、右脚を軸に回転数を上げてるし」

「まぁまぁ、二人とも仲よしね~」


家族達が感心(約一名違うが)してる傍らで、アルスはバクラへと攻め寄っていた。

「市街地での魔法の使用は原則的に禁止!何度言ったら解るんだ!えぇ!?また管理局の皆さんに迷惑をかけたいんか!?」

ちなみに、バクラは昔市街地で召喚魔法を無断で使ったため、管理局から厳重注意を受けた事がある。
理由は簡単。
歩いて帰るのは面倒だったから。

「行くぞ!どうせ、何時もの“あれ”をすんだろ?だったら早く何時もの所に行って、さっさと済ませて貰うぞ!」

身長と体重から見れば明らかにバクラが兄。
しかし、この場面を見る限りアルスの方が本当の兄に相応しい。
違反を犯そうとした弟の首根っこを攫み、ズルズルと引っ張りながら検査が行われている部署へと向かおうとする。

「あ、ちょっと待て。アルス」

が、レオンに呼び止められてしまった。
何ですか、とバクラの首根っこを攫みながら振り返るアルス。
見れば、レオンは一枚の紙を困った様に見つめていた。

「俺達が毎年行ってる所、どうやら今年はやってないみたいだぞ」

魔導師検査は毎年決まった部隊でしか行われていない。
魔力の検査だけなら、ちゃんとした設備があれば出来る。
しかし、バクラが毎年行う“あれ”をやるとするなら、管理局の部隊に行くしかない。
毎年、レオン一家は此処の医療機関にお世話になっている。
必然的に、一番近い部署に魔導師検査を行く事になるのだが、どうやら今年はその部署では検査は行われてないらしい。

「えぇ~、そんな~」

では、何処に行けばいいのか。
アルスは目で問いかけた。

「今さら言うんじゃねぇ。そんなんだから、普段の生活もだらしねぇんだ」

バクラはバクラで、遠慮せず思いっきり責め立てる。

「うぐっ……ちょっと待ってろ」

反論したいが、これは親である自分の責任なので反論できない。
グッと堪えて、レオンは検査が行われている場所が記された紙を見つめながら、一番の近い場所を教えた。

「え~と…………結構遠いけど、ここなら管理局の地上本部が一番近いな。タクシーでも拾うか」




時空管理局地上本部。
ミッドチルダの中央区画に存在する、文字通りの管理局地上部隊の総本山。
ビル群にそびえ立つ超高層タワーは、正に圧巻の一言に尽きる。
受付の女性。
エルザ・コラール(24)。
独身。彼氏居ない歴も年齢と同じ、24年。
最近、お肌の張りが無くなって来たのが悩み。
ちなみに、化粧が濃い。

「勝手に人のプロフィールを後悔するなッ!後、余計なお世話よッ!」

「ッ!せ、先輩。どうしたんですか、急に?」

「いえ、ゴメンナサイ。なんか、物凄く失礼な事を言われた様な気がして」

コホン、と咳払いをしながら佇まいを直すエルザ。
不幸中の幸いに、気付いたのは隣に居る後輩だけ。
自分の失態を見られる事はなかった。

「はぁ……それにしても、今年は魔導師検査を受ける方が多いですね。豊作って奴ですか~」

「言っておくけど、その中の全員が管理局に勤めるわけじゃないんだからね。あまり期待はしない方がいいわよ」

「それはそうですけど。でも、何でその人達ってわざわざ検査を受けにくるんですかね?
健康診断は管理局でも民間企業でも就職する時には必要だけど、魔導師検査は法律で決めってない、本人の任意なのに」

「さぁね。大方、自分自身に箔でも付けたいんでしょ。
要は顔や身長とかと同じよ。資格みたいな認められたものではないけど、ないよりもあった方が良い、ってね。
後は……そうね。
“私はこれほどの魔力を持ってます。でも、この企業に魅力を感じたので管理局のお誘いを断って此処を選びました”って、面接なんかの話題にも使うんじゃないの?
ミッドでは民間企業とはいえ、高ランク魔導師に対してはそれなりに待遇を良くしてる所も最近では増えてるからね」

「へぇ~。流石先輩!私よりも長く生きてるだけの事はありますね!」

「……あんた、自分で何を言ってるか理解している?」

「勿論!先輩は物知りだ!って事ですよね?」

「……はぁ~。いいわよ、もう」(この子、こんなに天然だったかしら?)

後輩の天然ぶりに、思わず頭を抱えるエルザ。

「あっ!でも、管理局に属さないでもお金を貰える、嘱託魔導師みたいな職業もあるんですよね。
え~と、名前は……ふ、ふふふ……フリーマーケット?」

「フリーランス。昔で言う傭兵の事よ。今ではそれから転じて、魔法を使って色々な仕事をこなす。まぁ、簡単に言えば何でも屋みたいなものね。
嘱託魔導師みたいに難しい試験に合格する必要もないし、今でも次元世界を探せば結構な数が居るらしいわよ」

「さっすが先輩!私よりも「それはもういい!」…そうですか」

これ以上長くきている=老けているとは言われたくないので、強制的に黙らせた。
沈黙。
失礼な事を言われたが、本人に自覚がないのだから注意しても仕方ない。
というか、口に出したら自分が老けていると認めてしまうようで嫌だ。

(はぁ~……やっぱり若い子の肌は良いわね。瑞々しくて)

黙りながら、後輩の肌をジッと見つめるエルザ。
本人からしたら、別に取って食おうというつもりはない。
しかし、見つめられている後輩は別だ。
無言で見つめてくる先輩。しかも、時々嫉妬の様な妬みの感情が自分の肌を射抜く。
自分が見つめられている原因を知らない後輩にとっては、居心地の良いものではない。

「あははははっ……せ、先輩!この間は合コンはどうでしたか!?誰か良い人は見つかりました?」

この重い空気に耐えられなくなり、話題を振った後輩だったが――


――ヒュウウゥー


「あ……あれ?」

状況はさらに悪化した。
明るくしようと自分なりに気を使ったが、今から数秒前の過去に戻ってその自分を止めたい。
重い……重すぎる。
空気が重くのしかかり、エルザの背中には誰が見ても一目で解るほどの黒い影が背負われている。
暖かい室内だというのに、何処からともなく北風が吹いてきた。
明るいなどとんでもない。
全く逆の暗黒世界が目の前には広がっていた。

「何よぉ……何よ何よぉ。私の何がいけないのよ。料理は……確かに得意な方じゃないけど、スタイルには自信もあるし。
女性だけが家事をする時代なんてとっくに過ぎたんだから、少しは融通を効かせなさいよね。これだから最近の男は……うぅっぐ」

影を背負い、俯きながらブツブツと恨みに似た言葉の羅列を吐き出す。
気のせいだろうか。
エルザが口を開くたびに、口から黒い瘴気の様な物が吐き出された。

(あぁ……また失敗したんですね)

だから彼氏居ない歴=年齢なんだ、とは決して言わない。
言ってしまったら本当の意味で止めを刺してしまうから。

「えっと……せ、先輩!その……ふ、フリーランスの人達って、何で管理局に入らないんでしょうね!?
自分で色々と準備するよりも、管理局の装備を使った方が安く済みますし、保険だって下りるから物凄く便利なのに。
是非、聡明な先輩にご教授願いたいです!!」

自分の先輩を元気づけようと、あえて道化を演じる後輩の女性。
これで自分が原因でなければ、さぞかし良い後輩として人気が出ただろう。
ブツブツと言葉の羅列を吐くのを止め、面を上げるエルザ。

「ヒィ!」

怖い。
黒く、恨みに染まった二つの目に睨まれるのは、自分の体を震わせるのは十分すぎた。
逃げてはいけない。
自分自身に言い聞かせ、真っ直ぐエルザの目を見つめ返す。
お前ら、受付嬢としての自覚ある?
是非とも誰かにツッコミを入れてほしい光景だ。

「……ふぅ~~~、いいわよ。わざわざ気を使ってくれなくて」

暫く見つめ合っていたが、突然エルザが疲れの全ての吐き出す様に溜め息をついた。

「気を使うだなんて、そんな」

「そのわざとらしい笑顔がダメだって言ってるの」

「うっ。ガックシ」

今度は逆に、後輩の女性がガックリと肩を落とした。
フフフッ。
そんな様子をみて、クスクスと笑うエルザ。
結果的に、傷つけもしたがどうやら元気づけも出来た様だ。

「ほらシャキッとしなさい。受付嬢は優雅に美しく。それが鉄則よ」

「さっきまでは先輩が暗~いオーラを出してたくせに」

「細かい事は気にしな~い、気にしな~い。さっさと仕事に戻りましょう」

「はい……でも、先輩」

「何?どうしたの?」

何かを戸惑ってる後輩。
気になり、エルザは問いかけた。

「さっきの質問……教えてくれませんか?」

「さっきの?」

「はい。ほら、私って根が真面目じゃないですか。一度気になると、夜も眠れなくなっちゃうんですよ」

真面目かどうかは置いといて。

「あんた、良くそんなんでこの仕事に就けたわね」

半目で後輩を見つめるエルザ。
本当に不思議だ。
こんなポケ~とした人が、管理局の事務を務めてるなんて。

「そこは、ほら。私、まだまだ若くて可愛いじゃないですか。この間も、貴方の笑顔は癒されますって褒められたんですよ~」

両手をほっぺに当て、可愛らしくて首を傾げる後輩。
ムカッ!
一瞬だか、本気で殺意が芽生えた。

(抑えて抑えて。冷静に冷静に)

念仏の様に繰り返し、何とか平静を保つエルザ。

「ふぅ~……そうね。昔、聞いた話だけど……」(早く教えて、さっさと仕事に戻ろう。下手に注意してうるさくせがまれたら厄介だし)

本当に誰もいなくて良かった。




「あの、すいません」

「はい。ご用件は?」

先程まで全然仕事に集中してなかったが、この辺は流石だ。
二人とも、受付に人が来たら直ぐ笑顔で対応していた。

「ふぅ~~」

先程の笑顔から一転、顔の筋肉を柔らかくする。
受け付けは会社の顔とも言うが、流石に一日中笑顔というのは疲れる。
来客対応から電話の対応まで。
一日中張りつめていたら、それこすストレスが溜まりに溜まる。
来客が居ない時ぐらい、肩の力を抜いても罰は当たらないだろう。

「はい、はい。では、後日改めて。はい、それでは失礼します。……ふぅ~」

隣で電話対応をし終えた後輩も、肩の力を抜いて背もたれに倒れ込んだ。

「なんか急に忙しくなりましたね、先輩」

「この時間帯は仕方ないわよ。おまけに、今日は魔導師検査が行われてるし。ほら、休憩終わり。仕事、仕事」

「はーい」

少しばかりの休憩を挿み、再び仕事に戻る二人。

(ふ~ん。豊作とは言ったけど、本当に今年は多いわね~)

何気なく端末を開き、魔導師検査を結果を閲覧するエルザ。

(地上本部の今日だけで、Eランクが306人。Dランクが236人。Cランクが142人。Bランクが47人。Aランクが……やっぱり少ない。15人しか居ないわ。
流石に、この時点でAAランクやAAAランクは居ないか。
確か、どっかの部隊では居たみたいだけど……そうポンポンと、湧水みたいに出てきたら管理局も苦労しないわね。
まぁ、Bランク以上もあればほとんどの部署でも十分通じるから、あまり贅沢は言えないか。
さぁて、一体この中の何人が陸に入ってくれるやら)

事務員とはいえ、彼女も管理局員。
自分の所属する組織に入るかもしれない若い芽は気になる。

「先輩。先輩って、確か前は違う陸上部隊に居たんですよね?」

何の前触れもなく、後輩が話しかけてきた。
モニターを消し、応答する。

「ええ、そうよ。それがどうしたの?」

何故そんな事を聞くのか気になったが、特に隠す事でもないので素直に答えた。

「じゃあ、“あの子”とも顔を合わせてたんですか?」

「あの子?」

「ほら、あの子ですよ。管理局でも少し有名な、毎年必ず先輩が勤めてた部隊に魔導師検査を受けに来たっていうスクライアの「言わないで!」……えっと、先輩?」

あの子の名前を言おうとしたが、エルザが急に声を荒げて自分の発言を遮った。

「だから、「言わないで!」…」

「スクライアn「言うな!」……」

「とうぞk「仕事に戻りましょう!!」……はい」

遂に根負けし、話しを中断して仕事に戻る後輩。
チラリ、と横目でエルザの様子を窺う。
エルザは二日酔いの痛みに耐える様に、頭を抱えて唸っていた。

(思い出したくもないわ!あの生意気なガキの事なんて!!)

局員としてはかなりの問題発言だが、心の中での言葉なので大目に見るとしよう。
先程後輩の話題にあがった“あの子”。
名前は聞かなかったが、それでも自分には解る。
何しろ、エルザは去年までその子供と毎年毎年顔を合わせていたのだ。
そして、必ず“あれ”をやり、余計な仕事を増やす。正に自分にとっては疫病神その者。

(あいつのせいで、あの日は合コンに行けなかった。くぅ~~、いい男が揃ってたのに。今思い出してら、だんだん腹が立ってきたわ!)

拳を硬く握り締め、ワナワナと震わすエルザ。
相当ご立腹の様だ。

「あの……その人、具合でも悪いんですか?」

「あ、あははははっ。き、気にしないでください。直ぐ治まりますから」

「はぁ?」

親切で気にかけてくれた来客を誤魔化す後輩。
受付嬢としての仕事を忘れるほど、嫌な思い出のようだ。

「先輩、先輩。どうしたんですか?」

小声でそれとなく注意を諭すエルザ。
いけない、いけない。
今は仕事中だと忘れて、遂感情的になってしまった。
自重しなくては。

「ゴメンサナイ。ちょっと、頭がフラッして」

「大丈夫ですか?医者に行った方が」

「ううん、大丈夫よ。本当に少しだけフラッとしただけだから」

心配してくれる後輩にお礼を言いながら、自分が元気である事をアピールする。
そもそも、自分は何を心配する必要がある。
此処は前の部隊とは違う。
もう、あの子供に会う事も二度とないのだ。
ならば、過去の事は水に流して未来に生きようではないか。
自分自身に言い聞かせ、仕事戻ろうとするエルザ。
その時――

「ッ!!……な、何!?この寒気は!!?」

突如として、自分の体に走った寒気。
体の奥底から何かが自分に訴えている。虫が全身を這いずり回る様な、嫌な感覚。季節的には暖かいのに、まるで極寒の氷河期の中に居るようだ。
両手で体を抱きかかえ、その寒さに耐えようとする。
が、どんなに強く体を抱きしめても寒気は取れなかった。

「まさかッ!!」

寒気の原因に、ある心当たりが浮かんだ。
目を見開き、冷や汗を流す。
どうやら、本人にとってはかなり喜ばしくない事の様だ。

「ははははっ、まさかね。だって、スクライアの皆さんは既に済ませたって聞いたし、わざわざあの子が二回もクラナガンまで足を運ぶ事なんてないよね。
第一、此処は地上本部。前に居た所とは結構離れてるんだから」

ウンウン、と自分自身を納得させる女性。

「お願いします」

「あ、はーい。何のご……よ…う」

声をかけられ、受付嬢らしく笑みを浮かべるが、その表情は直ぐ固まった。
目の前に居る一人の成人男性。
短くカットされた黒髪に、褐色肌。
レオンである。
エルザはレオンの姿を見つめながら、信じられない物を見るかの様に眼を揺らしていた。

「な、何で……」

レオンの姿を見ながら、ワナワナと震えるエルザ。
レオンもレオンで、受付のエルザをジーッと見つめていた。

「あぁ!」

やがて、何か心当たりが思いついたのか、レオンは小さく声をあげた。

「どうもお久しぶりです。また、お会いましたね」

毎年毎年、クラナガンに健康診断を受けに行く、レオン一家。
その時、自分達の受付をしてくれるのは目の前のエルザだった。
去年も、その前も、その前も、どういうわけか決まった様に受付にはエルザが居る。
不思議な縁。
どうもどうも、とレオンは御辞儀をして挨拶をした。

「あ、貴方が居るという事は……ッ!!」

目の前で挨拶を交わされてるのに、答えない。
受付嬢としてはかなり問題がある行為だが、生憎と今のエルザには自分の姿を客観的に見れる余裕がなかった。
レオン・スクライア。
毎年会ってるだけの事はあり、既にエルザの方もその顔を覚えていた。
いう、覚えたよ言うより、覚えざるを得なかった。
毎年必ず自分の前に現れる、先程の後輩の話題にもあがった子供。
親がいると言う事は、子供も此処に居るという事。
瞳を揺らしながらも、急いで辺りを確認するエルザ。
右、左、上、下、あちらこちらに視線をさ迷わせ、ある一点で止まった。
挨拶を交わしているレオンの後ろ。
白髪の子供とライトブルーの髪を持つ子供が話していた。

「チッ!検査を受けるにしても、もっと空いている日を選べよな。わざわざ休日なんかに来るんじゃねぇよ」

「誰のせいで、休日に来るはめになったと思ってるんだ」

「誰のせいだ?」

「お前のせいだろ!スクライアの皆で受けようって決めた日に、どっかにフラフラ行ったりするから俺達だけ受けられなかったんじゃないか!
おかげで、皆とは別々の日に受ける事になるし……あぁ、もう!少しは責任を感じろよな!」

何やら言い合いをしてるが、そんな事は関係ない。
エルザの視線に留まる、白髪の子供。
発達した肉体に、凶悪に釣り上がった目、そしてトレードマークの赤い衣。
間違いない。あいつは!!

「と、盗賊バクラああぁあぁーーーー!!!」

時空管理局地上本部に、エルザの叫び声が響き渡った。




盗賊バクラ。
この名は、管理局でもかなり有名である。
僅か10歳前後にして、その卓越した罠抜けや潜入の技術で数々の遺跡を制覇し、根こそぎ宝を盗む。
本人の粗暴な態度と相まって、ついた別名が盗賊だ。
もっとも、本人は特に否定しておらず、色々間違った解釈が出回っている訳だが。

例1

「盗賊バクラ?……あぁ、あれでしょ。某大国の金庫を襲って、一夜にして財政破綻させたって言う」

例2

「えっと、その目は睨んだ相手を石にし、その手は人間の心臓を盗み取り、その衣は今まで葬った人の血で真っ赤に染まっている。
その周りには常に死んだ人の霊魂が漂い、死んでも解放される事は無く、一生こき使われる運命。……うぅ、考えたら怖くなってきた」

例3

「知っています!あの、何処かのお姫様の心を盗んだ盗賊さんの事ですよね!一国の姫と盗賊の禁断の恋。あぁ~ロマンチック~~」

等と言う、かなりの尾ヒレをつけて、もはや化け物クラスの噂が流れている。(もっとも、例3は絶対全く天変地異が起こってもあり得ないだろうが)
勿論、これを信じている管理局員は居ない。
と言うより、居たら居たでとっくの昔に危険人物の指定を受けている。
精々、友達や酒の席で話すネタ程度だ。
しかし、全く嘘とは言い切れない。
噂ほどではないとはいえ、実際に色々と問題がある場面に遭遇した者もいる。
エルザの、ある意味でその被害受けた一人。
毎年、必ずと言っていいほどバクラと顔を合わせる。
前の部隊から移動したというのに、どういうわけかバクラが自分の所へと来てしまう。
呪い。
ミッドチルダではあまり信じられていない、オカルト現象を本気で信じたエルザだった。




「な、何で……此処に」

ビックリ仰天。
安心しきった所へと本人が直々に訪れる。
エルザの驚きは無理もない。

「えっ?」

「あぁん?」

アルスとバクラも気付き(あれだけ叫ばれれば嫌でも気付く)、エルザを見つめる。

「あぁ!受付の。どうも、今年から地上本部の勤めになったんですか?」

「ほら、ユーノ君も御挨拶。こんにちは~」

「はい。こんにちは!」

「いや~、不思議な縁って本当にあるんですね。まさか、今年もしかも別の場所でも貴方と出会うなんて。
正直助かりましたよ、此処で検査を受けるのは初めてですから。顔見知りが居て良かった~」

アルス、アンナ、ユーノ、レオン。
四人とも顔見知りのエルザが受付に居ると知って、何ともアットホームな挨拶を交わす。
そして、問題のバクラは――

「なんだぁ?結婚結婚とかほざいてたくせに、まだ寿退社してなかったのか?フッ、化粧が濃すぎるから、男に逃げられるんだよ」

期待通り、オーバーSランク級の発言をかました。しかも鼻で笑い飛ばすおまけ付きで。

「こらバクラ!すいません、相変わらずおバカな息子で」

バクラの頭を下げさせながら、残った左手を後頭部に回し、ペコペコと頭を下げるレオン。
勿論、バクラの頭を下げさせる事も忘れない。

「いえ、大丈夫です。相変わらず、元気なお子さんですね。私も将来、そんな子を産みたいものです」

「相手が居ねぇのにか?」

「コラッ!」

再び問題発言をしようとしたバクラを強制的に黙らせる。

「おほほほほっ、本当に元気なお子さんですね。バクラ君、久しぶり~。また会えて嬉しいわ」(キッームカつく!!何であんたみたいなガキに、そんな事言われなきゃいけないのよ!その口、針で縫い付けるぞコラッ!)

「さっきは、俺の事を盗賊と罵って、明らかに嫌そうな顔をしたが?」

「え!本当?……あっ!たぶん、ちょっと頭が痛かったから、そう見えちゃったのね。これからは気をつけるわ」(あっっったりまえでしょ!あんたみたいなクソ生意気で可愛げのないガキ、職場じゃなかったら声なんかかけないわよ!!)

流石プロだ。
心の中はドロドロな思考だが、表面上は笑顔で対応している。

(落ち着け、落ち着くのよエルザ。こんな子供に相手にみっともない所を見せたら、美人で優しいで通ってきた私の像が崩れてしまう。
それに、この生意気な子供は口調はどうあれ、私達が守るべき市民。……認めたくないけど。
管理局員である私が、万が一にも暴言を吐いたらそれこそ給料に差し支えるし……下手したら、クビ。良くて左遷)

それだけは絶対に嫌なので、エルザはニッコリと笑み浮かべて対応する。

「バクラ君、今日は家族みんなでお出かけ?良いわね~」(何でわざわざ地上本部なんかに来るのよ!さっさと帰れ!!)

「てめぇはバカか?何で俺様が、こんなバカでかいだけで何の面白味もねぇ所に足を運ばなきゃいけねぇ。
こんな所に来るぐらいなら、そこら辺の公園で昼寝でもしてた方が遥かにマシだ」

「あははは、そうだよね。お昼寝は気持ちいものね~。じゃあ、何しに来たのかな?」(本当に何で来るのよ!昼寝したいなら、さっさと出てけ!しッ、しッ!)

「魔導師検査を受けにきたは良いが、お前が前に居た部隊が今年は検査をやってなかったんでね。
おかげで、わざわざこんな所に来るはめになっちまった訳だ」

「そうか、ゴメンナサイ」(そう言えばすっかり忘れてたけど、今年から検査を行う部署が変わるって言ってたわね。チッ!上層部め、余計な事しやがって!)

表面から見たら生意気な子供にも寛大なお姉さん。しかし、その心の中を覗いたら物凄くドロドロとした物が見えてくる。

(やっぱり凄いよな、あの人。バクラの口の悪さにも、怒らず対応するんだから)

(良かった~。バクラ君もあの人なら安心して任せられるわ~)

(へぇー、凄いなー。大抵の人はバクラ兄さんの初めて会ったら怒るのに。あの人、全然怒ってない)

(ふぅ~。全くヒヤヒヤさせてくれるぜ。謝るこっちの身にもなれよな。でもまぁ、あの人なら大丈夫か)

当然の事ながら、レオン達にはエルザの心の中は見えてないので、上手い具合にバクラの相手をしてるようにしか見えない。
さて、此処で両者の行き違いについて説明しよう。
このエルザと言う女性は、内心はどうあれ仕事に関しては優秀だ。
心を抉る様なバクラの悪口雑言にも耐え、表面上は丁寧で優しいお姉さんを演じてる事からも窺える。
ある意味、自分の理想像を壊したくない意地っ張りな性格とも取れるが、それでもバクラ達にも毛の先ほども勘付かせないのだから流石だとしか言えない。
しかし、まさかそれが自分の不幸を呼び寄せてるとは思いもしないだろう。
バクラと初めて出会った人が抱くほとんどの感想が、生意気な子供。
この一言に尽きる。
言いたい事はハッキリと言い、言葉を選ばない。
おまけに本人に悪気が全く無いのだから、余計性質が悪い。さらにさらに、相手の傷を抉り、その傷口に塩を塗る様な容赦ない言葉の羅列。
大人の対応をする人もいるが、そこは人間。
流石に我慢しきれず、プッツンと逝ってしまう人も居る。
そのたびにレオン達が謝りに行くのだが、エルザだけは違った。
バクラにどんな事を言われようとも、ずっと笑顔で大人の対応をしていた。
要するに――


エルザ

自分の理想像を壊したくない+給料カットや左遷をしたくない→必然的にバクラに対しても優しいお姉さんとして接しなくてはいけない

レオン達

良い人だ→その姿を見て、この人は大丈夫だと判断→バクラを任せられる


――とまぁ、お互いにお互いを勘違いしてるという事である。




「うぅ……疲れた。心臓が痛い」

バクラ達に魔導師検査の案内をし、姿が見えなくなった所で一気に疲労が襲ってきた。
突っ伏しながら、顔を青ざめるエルザ。
恐らく、最近肌の張りが悪いのはこれも原因の一つだろう。

「へぇ~、あの子が噂の盗賊バクラか~。結構、可愛い子ですね」

「……あんた、目の検査でもしてきなさい。それが嫌だったら、コンタクトか眼鏡をつけなさい」

「えぇ~~、先輩酷い。私、視力は両方とも1.2です!」

「だったら、ミッドチルダの最新設備が整った病院で脳検査でもして貰いなさい」

かなり酷い言いようだが、その意見には概ね同意である。
アルスとユーノ。
この二人なら、可愛いと言われても納得できる。
見た目もそうだが、礼儀も正しいのだから。
しかし、バクラは別だ。
何処がどんな風に可愛いのか是非とも問い詰めたいが、生憎と今はそんな気力は残っていない。
エルザは青ざめたまま、何とか体を起こす。
しかし、直ぐまた突っ伏してしまった。

(うぅ~、何かあの子と会うと体力の全てを持っていかれる様な気がする。ストレスはお肌に悪いのに~。
というか、何で親は何もしないのよ!愛のある体罰だって時には必要なのよ!)

それは貴方が無駄な意地を張るからです。
と、言える人は残念ながらこの場には存在しない。

「そんなにあの子の事が嫌いなんですか?」

ストレスに悩んでいたら、隣の後輩が話しかけてきた。

「き……らいな訳ないじゃない!私が子供相手にそんな」

最後の気力を振り絞って、優しくて寛大な大人を演じるが――

「先輩……無理はしなくていいんですよ」

どうやら、後輩にはばれていたようだ。

「もう、先輩の裏の顔は解ってますから!」

「裏の顔って……あんたね」

「うふふふっ。先輩、あんな風にわざとらしい口調になるのは、大抵無理してる時ですから。バレバレですよ。
あ、でもこの場合、裏の顔じゃなくてそのままの素顔って事になるんですかね?」

「……ふぅ~~、もういいわ」

遂に完全に仮面が剥がれた。
心底疲れた様に、エルザは溜め息を吐く。
いけない。
このままでは、仕事に差し支えてしまう。
気合を入れなくては。

「はぁ~。まぁ、どうせ何時もみたいにこの……後……」

此処にきて、漸くエルザはある事に気付いた。

(ちょっと待って。去年までは確かに私も駆り出された。でも、此処は地上本部。当然、前の部隊よりも人手が多いわよね)

その事実に気付いたエルザは、口元が釣り上げるほど笑みを浮かべた。

「うふふふっ。そうよ。毎年毎年、私まで駆り出されるから忘れていたけど、わざわざ私まで後始末をする必要はないのよ。
いや寧ろ、それが普通じゃない!
そう、そう。……うふふふふっあははははははっ!!!」

感極まり、声に出して笑いだすエルザ。

「先輩!ちょっと、静かにして下さい。恥ずかしいですよ!」

此処は地上本部の受付。
コソコソ話ならまだしも、流石にこんな大声で笑えば誰でも気付く。
恥ずかしい。
エルザを止めようとする後輩だが、余程嬉しいのか一向に笑いを止めようとはしなかった。

「だ~めだ。……他人のふりしよう。あら?」

諦めた後輩は、ふとある物に気付いた。

「通信?一体誰から?」

端末を操作し、その通信を開いた。



一方、エルザに場所を聞いたバクラ達。
早速、魔導師検査を受けていた。

「それじゃあ、私は此処で待ってますから。皆、また後でね~」

アンナはリンカーコアがないので、大人しく待つ事にした。


レオン――


「あなた、どうでした?」

「どうもこうも。去年と同じ、Bランクだ。俺はもう年だからな。これ以上、魔力は下がる事はっても上がる事は無い」

「そうですか。それじゃあ、目標はバナックさんみたいに生涯現役!ですね」

「いや、無理。あの人が異常なだけで、普通は70も過ぎたらあそこまで魔法は使えないからな」


ユーノ――


「ユーノ君もBランク?ふふっ、お父さんと同じね~」

「あぁ。しかも、まだ5歳で成長途上だからな。このままいけば、Aランクには届くそうだ」

「う、うん」

「……どうした?嬉しくないのか?」

「いえ、そんな事は無いんですけど……兄さん達に比べると、それって凄いのかな?って思いまして」

「あぁ……まぁ、あいつらはあいつらだからな。あまり気にするな。……それで、どうするんだ?将来、管理局にでも勤めるか?」

「うーん……まだ、解りません」

「そうか」

「あなた。ユーノ君はまだ5歳なんですから」

「そうだな。ま!気長に自分がやりたい事を見つけな。ユーノ」

「はい!」


アルス――


「AAランク!へぇ~、君凄いね。ねっ!ねっ!良かったら今から士官学校に入ってみない?」

「はははっ、遠慮しておきます。これでも教師って夢がありますから。それに、管理局の魔導師の強さは魔力の多さでは決まりませんよ」

「それはそうだけど。そこは、ほら。鍛え方次第でエース級にもなれるよ。まぁ、良かったら幾つかパンフレット渡すから、暇な時にでも見て」

「はい、ありがとうございます」(本当は毎年毎年貰ってるんだけど、この様子じゃ断れないよな)


バクラ――


「……えっと……うんと………」

「おい、女」

「はいっ!」

「なんで何も喋らねぇ?さっさと結果を言え」

「は、はい!…………です」

「あぁ!?聞き取れねぇ、もっとでかい声で言え!」

「ヒィ!ごめんさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!ちゃんと言いますから、人間バーベキューにしないで下さい!

「はぁ?」

「ひっぐ……えっと、ぅん……貴方のランクはAです。ひっぐ……」

「ケッ!端っからそう言えよな!」(何泣いてやがる?地上本部は変な奴が多いぜ)

(うぅ…怖かった、食べられるかと思った。すん……何でこの子を逮捕しないのぉ。犠牲者が増えてからじゃ遅いのよ!
バクラ・スクライア。
見た目は人間その物だが、その正体は人間の皮を被った悪魔。好物は人間を串刺しにし、断末魔の悲鳴をスパイスに丸焼きにした人間を食べる事。
くぅ、負けないわ!例え他の皆は騙せても、私は騙せないんだから!いざとなったら、私一人でも……)

「おい」

「ヒヤアアアァァーーー!!ごめんさいごめなんさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんさいごめなんさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

「なんなんだ、この女は?」

人が多くなれば、とてつもなく下らない噂でも一人ぐらい信じる人は居る。
この女性はバクラの噂(それも化け物クラスの噂)を本気で信じているようだ。
ご愁傷様。



なにはともあれ、全員無事?に検査を済ませた。
集まるバクラ達。
暫くの談笑の後、レオンがある話題を切り出した。

「所で、バクラ。今年も、“あれ”を受けるのか?」

(あれ?)

急に話しの腰を折ったレオンの“あれ”に首を傾げるユーノ。

「当たり前だ。でなけりゃ、こんな所までわざわざ足を運んだりはしねぇよ」

答えるバクラ。
アルスも、アンナも、レオンが言う“あれ”の正体を知ってるのか、特に気にした様子は無い。

(“あれ”って……一体何?)

唯一、レオン達の中で“あれ”の正体を知らないユーノは首を傾げるしかない。
そう言えば、此処来る前にアルスがストレス解消と言っていた。

「ねぇ、レオンさん。“あれ”って一体何ですか?」

やはり気になるので、ユーノはレオンへと問いかけた。

「うん?……あぁ、そう言えばユーノは知らなかったな。
魔導師検査に連れてきたのは去年からだったし、その時はアンナと一緒に健康診断の方を受けていたからな」

話から察するに、バクラは去年も“あれ”をやっていたようだ。
自分が見てないという事は、少なくても医療機関ではなく、管理局内で何かをやる様だ。
では、一体何を。
ユーノ疑問はますます強くなっていく。

「うーん……やっぱり、気になるか?」

「はい、それはまぁ……」

元々探求心の強いユーノの事。
“あれ”の正体は、やはり気になる
それに、家族全員が知っていて、自分だけ知らないのは嫌だ。
レオンもその事に気付いたのか、困った様に頭を掻いていた。

(正直言うと、あまり見せたくないな。でも、この様子だと嫌でも付いてきそうだし。それに、ユーノは常日頃からバクラの行動を見てるからな~……今さらか)

少しの間悩んだ後、レオンは結論を出した。

「それじゃあ、折角だから一緒に見学でもするか。まぁ、あまり面白い物ではないと思うけど……」

一人でブツブツと呟き、ほぼ何かを諦めた様な表情のレオン。
行くぞ。
レオンはユーノに“あれ”の正体を教えながら、バクラ達と共にある場所を目指した。




魔力検査、魔導師適性検査、リンカーコア検査、さらにはシンプルに魔導師検査。
言葉は数々あるが、要はリンカーコアを持つ人の魔力を測る検査の事だ。
検査自体は、そう難しい物ではない。
直ぐ終わる、簡単な検査だ。
管理局ではこの検査とは別に、希望者のみが受けられるあるサービスがある。
実技訓練プログラム。
正し、訓練とはいっても正式な訓練校の物と比べると優しい。
謂わば、訓練校に入る前に今の自分の魔導師としての実力を測る、お試しプログラム。
正式な訓練ではないため、教える人は一般的な捜査官が多い。
時々、教官等のプロが行う事もあるが、それは本当に極希だ。
お試し訓練の様な扱いだが、仮にも訓練校で行う物の元となる実技訓練。
中々バカに出来る物ではない。
民間企業が自社の魅力を知ってもらうために開くのが企業説明会。
差し詰めこれは、管理局の魅力を知って貰って入局を諭す、管理局説明会とでも言った所だろう。



「で、それは良いとして……何で受付の私が、あのガキのオペレーターを務めなくちゃいけないのよ」

不機嫌そうに呟きながら、エルザは目の前の男性を見つめた、いや睨んだ。

「仕方ないだろ。あのバクラに、一番慣れてるのはお前なんだから」

飄々と受け答えする一人の男性。
管理局の制服に身を包んでいる。怪我でもしたのか、その右腕には白い包帯が巻き付けられていた。
レナード・ベネリ(25)。
エルザとは同期で、去年まで彼女が勤めていた部隊の所属。
つまり、バクラが毎年検査を受けに行っていた部隊の管理局員。
酒に酔い、階段を踏み外した拍子に右腕を骨折してしまう、うっかり屋さん。

「余計な御世話だッ!仕方ないだろ、男には男の付き合いって物があるんだからッ!」

「……誰に言ってんのよ、あんた?」

「いや、すまん。誰かに何か言われた様な気がして」

「ふーん」

「と言うか、先輩もさっき同じことしましたからね」

隣の席からエルザへとツッコミを入れる一人の女性。
先程、エルザ共に受付に居た後輩の女性だ。

「所で、さっきから気になっていたけど……何で貴方まで、わざわざ付いてくるの?受付の方は?」

「だって、見たいじゃないですか。噂の盗賊バクラの召喚魔法。一体どんなものなのか、やっぱり気になりますよね!
あ、受付の方は心配しないでください。ちゃんと、他の先輩に変わって貰いましたから」

「……貴方、オペレーターの資格なんか持ってたっけ?」

「あ~!その目は疑っていますね。大丈夫です!実際に経験した事もありますから!!」

ドンと私に任せなさい、と言わんばかりに胸を叩く後輩の女性。
どうやら、局員としての義務よりも自分の好奇心の方が強い様だ。
ミーハーな奴め。
エルザは心の中でそう呟いた後、再びレナードへと向き直った。

「まぁ、ちゃんと許可が出てるなら私がどうこう言う事じゃないけど。……それよりも、レナード。何であんたが此処に居るのよ」

局内通信で呼び出されて来てみれば、そこに居たのは去年まで自分が居た部隊の同僚だった。
嫌な予感がする。
部隊はどうしたとか、何故此処に居るのだろか。
色々気になったが、自分の身の方が大切。
訴えてくる動物的感に従い、その場で180度回転して帰ろうとしたが、ちょっと待てと肩を攫まれた。
片腕が使えないとはいえ、現場で働いているバリバリ現役のレナードに勝てるはずもなく、足を止められてしまうエルザ。
一瞬、セクハラとでも叫んで逃げようかと思ったが、流石に同僚にそれをするのは可哀想だ。
なんだかんだ言って、同じ苦労を共にした仲間。
とりあえず、話しだけでも聞こうと今に至る。

「自分の部隊はどうしたの?首になった……って訳じゃなさそうね」

「当たり前だ。もし首になっていたら、今頃管理局の制服なんか着てないってぇの」

それもそうだ。

「じゃあ、何で地上本部なんかに居るのよ?」

「あぁ。それはな「ゲディル二尉から地上本部のヘルプを頼まれました!」……まぁ、そういうわけだ」

説明をしている途中に、誰かがレナードの声を遮った。

「お久しぶりです!エルザ先輩!」

エルザに向かって礼儀正しく敬礼する一人の管理局員。
まだ若く、十代の男性。何処となく幼さが残る顔付だ。
この男性には見覚えがある。
レナードと同じ部隊、つまり自分が前に所属していた部隊に居た管理局員だ。
人見知りをせず、皆とも直ぐ打ち解けるタイプ。
実際、自分とも名前を呼び合うほど親しくなった。

「あら、貴方居たの?久しぶり、元気してた?」

久しぶりの旧友の再開を喜ぶエルザ。
悪い子ではないが、性格や見た目のせいか、異性としては認識出来ない。
可愛い弟と言った所だろう。
恋愛対象でもないし、既に自分の事は知ってるのでわざわざ仮面を被る必要はない。
近付いて事情を詳しく説明してくれる後輩の男性。
時々、レナードも捕捉を入れながら事情を説明した。

「ふ~ん、要するにあんたらは暇してるなら未来の後輩たちのために一肌脱いて来い、って言われた訳ね」

再びレナードへと向き直るエルザ。

「ああ。正確には家の隊長からだけどな。俺とこいつを含めて、他にも何人か来てる。後で会って来いよ、皆も喜ぶぞ」

「えぇ、時間があったらね。にしても、部隊長自らがね~。この時期は新米も入って来てるのに、わざわざ地上本部まで出向くとは。相変わらず暇な部隊だこと」

「暇って言うな。他の所に人員を回せるだけ、優秀って事だ」

エッヘン、と胸を張るレナード。
人材不足の管理局で、同じ地上部隊とはいえ人員を回せるのは、それだけ余裕がある証拠だ。
しかし、エルザの目が語っている。

――何を見栄張ってるんだか。

確かに、レナードが所属している部隊は全地上部隊の中でも検挙率はトップクラスだ。
検挙率“だけ”を見れば。
実際は、ただ犯罪件数が他の管轄よりも圧倒的に低いだけ。
大きな事件等、此処数十年起こっていない。
ある程度の事件を解決していれば、必然的に検挙率は高くなる。
それでも、ほとんどの事件を解決してミッドチルダでも比較的治安の良い街作りを行っているのだから、あながちレナードの言葉も嘘ではない。

(まぁ、暇な部隊って所は嘘とは言い切れないけどね)

前の同僚達を思い出したのか、エルザは何処か懐かしそうに笑みを浮かべていた。

「と言うわけだから、頼む!同僚のよしみで、あいつのオペレーターを引き受けてくれ!」

骨折をしていない左手でお願いのポーズをするレナード。
ニッコリ。
エルザは気持ちの良いほどの笑顔を浮かべて――

「全力でお断りさせてもらうわ♪」

これまた気持ちの良いほどの断りっぷりを見せた。

「って、ちょっと待てよ!」

全く、全然、これっぽちも迷いを見せず。
自分には関係ないわよ、と言わんばかりに出ていこうとするエルザを何とか止めた。

「同じ釜の飯を喰った仲だろ!少しは迷えよ!」

仲間、確かにそれは認める。
目の前の男、レナードとはそれなりに良い関係を築けていたとは思う。
恋人としてではなく、友として。
出来るけ力になってあげたいとも思う。
しかし、これだけは別問題だ。

「嫌よ。折角地上本部の勤めになったのに、何であの子の面倒をみなくちゃいけないの?第一、私はオペレーターじゃないわよ」

不機嫌な顔から一転、鼻高々自信満々に胸を張るエルザ。

「そりゃまぁ。顔も良くて、人柄も良い。スタイルも抜群。書類整理から電話対応まで完璧。
学者にも引けを取らない博識の頭脳を持ち、そこら辺に居る下手なオペレーターよりもより優秀で針の穴ほどのミスも起こさない。
才色兼備、完全無欠、もう欠点を探す方が難しい私を直々に指名するのは、解らない事もないけどね」

キラキラと辺りを輝かすほどの自信に満ち溢れているエルザ。
後光が見えたのは、決して気のせいではない。

「そこまで言ってない。言ってない。……妖怪見栄っ張り女」

首を横に振りながら、ボソリ、と小さく呟いたレナードだったが――

「何か言ったぁ!レナードぉ!?」

バッチリと聞こえていたようだ。

「あはははっ。いや、なに。エルザは綺麗で頭も良くて、誰もが羨む才色兼備の女性で、子供にも優しい。本当に良く出来た女性だな~って思って」

怒りの形相を浮かべるエルザに対して、レナードは冷や汗をかきながら誰がどう見てもわざとらしいお世辞を捲し立てる。
煽て作戦開始。
前に同じ職場で働いていたの事だけあって、エルザの性格は良く知っている。
こういう時は下手にお願いするよりも、一度煽てて気分をよくした方が良い。
レナードは思いつく限りのお世辞を言い続けた。

((あんなので上手くいくわけないじゃなですか))

二人の様子を何処か冷めた目で見つめる後輩組。
実際、レナードのお世辞は自分達の目から見ても一目で解るほどのわざとらしいお世辞だ。
こんなバレバレのお世辞に引っ掛かる人など居るわけが――

「あら?まぁ、それほどでもあるわよ~」

((居た――ーー!!!))

見事にシンクロした後輩二人組。
わざとらしいお世辞だというのに、エルザは満更でもない様に髪の毛を掻き上げていた。

「そ!だから、その美人で優しい、子供にも大人気のエルザお姉さんに是非とも今回のオペレーターを務めて貰いたいのですよ、はい」

手をモミモミ。あくまで卑屈な態度をとり続け、ご機嫌を窺うレナード。
上手くいった。
心の中で笑いながら改めて頼み込んだが――

「い・や♪」

またもや気持ちの良いほどの断りっぷりを見せた。
光り輝く笑顔が、何処か憎らしい。

「何だよ、ケチッ!仮にも同じ苦労を共にした仲間だろ!」

悲しい事も嬉しい事も、共に分かち合った仲間。
それが頭を下げてるのに、一向に首を縦に振ろうとはしない。
いや、それどころ一㎜の迷いも見せないこの態度。
レナードも頭に血が昇ってきたようだ。

「こんなにも頼んでるんだから、引き受けてくれても良いだろ!」

「うるさいわねッ!嫌ったら嫌よ!だいたい、何で私がわざわざやんなくちゃいけないの?
此処は地上本部なんだから、他にも一杯オペレーターの資格を持ってる人は居るでしょ。その人に頼みなさいよ!」

「頼めたらとっくの昔に頼んどるわ!頼めないから、あいつの行動に慣れたお前に頼んでるんだろ!
考えても見ろよ?初めてあの盗賊バクラの戦いを見る人が、咄嗟の判断を出来ると思うか?
また一年前みたいになったら、それこそ大惨事だぞ。おまけに地上本部で」

「うぅ……確かに」

余程リアルに想像したのだろうか。
顔を青くしながら、エルザは同意を示した。



先輩二人組が話している傍らで、後輩二人組も仲よさそうに話していた。

「一年前って……何かあったんですか?なんかエルザ先輩、物凄く疲れた表情になっていますけど。
具体的には、30前後の主婦が子供を連れてデパートのバーゲンセールに行き、食料やら服やらの争奪戦を終えてた後。
途中で見つけたおもちゃ屋で子供が駄々をこね、何とか連れて帰ってこれたけど、体力の限界。
さぁ寝ようかな、って思った時に子供が遊んでとうるさくて、結局眠れなくて旦那さんを迎えるために夕食の準備をして、もう体力も気力もクタクタ。
今度こそは、と体を休めようと思った時に子供が学校からの配布されたプリントを忘れいて、夜遅くに渡される。
プリントには明日までに○○をお家の人に作って下さいと書かれていて、強制的に作らざるをえなかった。
体力の限界、さらにそこからの体力の消耗と何とか頑張ってきた気力も尽き。
もう少しで休めるって時に止めを刺された。そんな人に、今の先輩って似てるんですよね」

「……なんでそんなに具体的なのかは気になりますけど……一年前か。ちょうど、俺が管理局に入ったばかりの頃だな」

二人ともあまり人見知りはしない性格なのか、直ぐ打ち解けた様だ。

「実際に見たのは一年前のあれだけでしたから、その前に起こったやつは人伝に聞いた話しになりますけど……」

後輩の男性は静かにバクラについて語りだした。
そもそも、事の始まりは四年前に遡る。
四年前、つまりバクラが七歳。数え年で八歳の時に初めてこの検査を受けに来た。
当初から色々と発言には問題はあったが、エルザもレナードも今の様に危険人物扱いはしていなかった。
精々、生意気な子供だな~、ぐらいの認識だったが、ある事件を境にその認識を改める。

「このプログラムの目的って、少しでも人材を得るためだって事は知ってますよね?」

「はい。学校に入学する前の人には、基本的な魔法の用途などを説明する講座を開いたり。
皆さんが気になっている給料や保険の説明会も兼ねて。
後、実技訓練は訓練校ではこんな訓練を行いますよ~、っと教えるのと、管理局の仕事はこれぐらい大変だから頑張れ、って気合を入れる目的もありますよね。
魔導師としての実力も測れるおまけ付きだし」

「まぁ、中には厳しいからと止めちゃう人もいますけどね。四年前、あのバクラって子は、局員との一対一の模擬戦を希望したそうなんです」

射撃訓練、回避訓練、迎撃訓練、その他諸々。
無料で受けられるわりには、かなり充実している。
模擬戦。
その名の通り、実戦を想定した魔導師同士の訓練。

「模擬戦って……そんな項目、ありましたっけ?原則的には、余程の理由がない限り民間人との実戦を想定した戦闘は禁止されていますよね?」

「えぇ。でも、訓練校のアンケートとかで今の自分のレベルが、正規の管理局員と比べてどれぐらいの差があるのか知りたいって希望者が居たみたいで。
民間人の場合だと嘱託魔導師の試験とか、そう言った学校に入学でもしないと魔導師としての実力は解りませんから。
だったらいっその事、管理局員との模擬戦を設けたらどうかって導入したみたいです。
勝った人はそれだけで自信が付くし、負けてもその悔しさをバネに成長できるからって、それなりに成果は上げているみたいですよ」

「ほえぇ~。上の方でも、色々と工夫はしてるんですね」

「それはそうでしょう。万年お悩みの人材不足が近年になっても解消できない上に、最近では民間の方でも色々と待遇が良い企業も増えてきてるし。
少しでも良い人材を得たいってのは、民間も管理局も変わりませんから、こんな地味な所でも気を使わないとこれからの人材闘争に勝てないんじゃないんですかね?」

ため息を吐きながら、やれやれ、といった感じで男性は肩を竦めた。

「とは言っても、折角導入したこの模擬戦のプログラムってほとんど希望者は居なかったみたいですよ。
仮にも訓練校でちゃんとした訓練を受けた卒業生が相手ですからね~。
余程の自信がある人か、若しくは既に管理局に入る事を決めている人で腕試しをしたい人以外は受ける人は居なかったみたいで。
まぁそれでも、年に何人かは居るみたいですけど、それにしたって管理局全体の規模から見たら極少数ですから。
貴方が知らないのは、無理もないですよ」

いくら魔力の量自体が多くても、戦いの技術に関しては正式な管理局員の方に分がある。
武装隊ではない並の捜査官でも、ただの素人風情の魔導師なら簡単に打ちのめせる。
そのせいか、ほとんど模擬戦を希望する人はいない。
自分に自信があるか、無謀者か、それとも自分の実力を把握しきれない者か。
何にせよ、極一部の人間しか希望者は居なかった。
バクラもその中の一人。
言動はどうあれ、見た目は完璧な子供。
魔力も、今と比べて低かった。
当時の管理局員からすれば、小さな子供が背伸びをしてるようにしか映らなかっただろう。

「どうしたものか悩んでいたそうですけど、結局受ける事にしたそうです。でも……」

怪我をしない事を前提に、模擬戦を受けた管理局員。
子供だから大丈夫、少しだけ先輩としての貫禄と胸を貸すだけ。
この認識が不味かった。
結果だけ言えば、バクラの圧勝。
召喚魔法とネクロマンサー。
二つのレアスキルを駆使したバクラに、担当の捜査官は見事なまでに敗北した。

「へぇ~、その時から既に強かったんですね。あれ?でも、それって特に問題ないんじゃあ。
模擬戦で負けたからって、別に給料に差し支えるわけでもないし……もしかして、イジメですか?
あんな子供に負けて情けないって言われ続け、靴や物を隠されたり、皆が飲み会に誘われた時一人ぼっちで、遂に耐え続けられなくなって管理局を止めたとか!?」

「いや違いますよ!どんだけ家の部隊は鬼なんですか!?そんな子供じみた陰険なイジメをする人なんか居ないですよ!」

とんでもない事を言い出したので、急いで手を振りながら否定する。

「ですよね~。じゃあ、先輩達は何であそこまであの子の事を警戒してるんですか?」

「あ、はい。えっと……その模擬戦が終わった…というよりも、決着がついた直ぐ後の事らしいんですけど……踏みつけたそうですよ」

「……はい?踏みつけた?」

今一男性の言ってる事が理解できず、女性は首を傾げた。

「えぇ。その担当していた捜査官の人を、バリアジャケットも解除され倒れ伏した上から、喉元をバクラ君が思いっきり踏みつけて。
それでその人、三か月の入院をしたそうなんです」

「三か月って……えぇーーー!!」

流石にこれには驚き、後輩の女性も驚愕の表情を見せた。
三か月。
仮にも訓練校を卒業した管理局員にこれだけの怪我を負わせた。
しかも、模擬戦で。相手が弱り果てた所に、さらに追撃を加えて。
暴虐且つ無慈悲な仕打ち。
危険人物と言われても仕方ない。

「三か月の大怪我を……それで先輩達、あんなにも警戒してるんですね」

神妙な面持ちで納得する女性。
盗賊バクラ。
以前からその噂を聞いていたが、まさかそんなとんでもない事をしていたとは。

「あのー……怪我は負わせていませんよ。と言うか、そんな大怪我を負わせていたら流石に注意だけじゃ済まされません」

女性の勘違いを否定する様に、男性は手を横に振りながら口を開いた。

「え?……でも、さっき」

「ですから、その話にはまだ続きがあるんですよ」

何とも言えない微妙な表情で、頬を掻きながら男性は続きを話しだす。

「その担当した捜査官なんですけど、特に怪我はありませんでした。喉元を踏みつけられたけど、声も出るし、痛みもなかったから特に問題はなかったんだけど……」

それでは何が問題だったのか。
女性は目線で問いかけた。

「問題なのは、肉体面よりも精神面なんですよね」

「精神面?」

「えぇ、そうです。バクラ君、相手を踏みつけながら虫を見る様な冷たい視線で見下しながら、こう言ったみたいですよ。

『クククッ。どうした、えぇ?世界の平和を守る管理局様が、これで終わりか?ケッ!情けねぇなぁ!!
こんなんで犯罪者どもの取り締まりを行うだと?笑わせんじゃねぇ!
……そういやぁ、此処に来る前に小耳に挿んだんだが……お前、既婚者らしいな?
ヘッ!何時くたばるか解らねぇ旦那を持つとは、てめぇのかみさんもガキも大変だな!クククッヒャハハハハハハハハハハハッ!!!』

って、実際はこれよりも酷い罵倒を高笑いをあげながら一切の慈悲も言葉も選ばずに一方的に罵り続けたそうです」

男性から説明を受け、女性の顔は見るからに引いていた。

「うわ~~、それは流石に引きますね。でも、武装隊じゃない普通の警備隊なんだからそこまで強さを求めなくても……と言うかそれでメンタル面がやられちゃったんですか?
その人、訓練校でちゃんとしたプログラムを受けたんですよね?流石に三か月も入院する事は……」

「その人、今は出世して別の部隊に居るんですけど。かなりのマイホームパパとして有名だったみたいなんですよ。
けれど、前日に奥さんと喧嘩しちゃったらしくて……奥さんと普段から目に入れても痛くないって豪語していた娘さんも家から出ていっちゃったみたいなんです。
それでも、何とか気力を振り絞って仕事をこなしていたんですけど……バクラ君の傷に塩を塗る様な罵倒には、流石に耐えられなかったみたい」

バリアジャケットが解け、無防備な相手の喉を踏みつけ、さらには留めの一言。
本人は知ってか、それとも偶然か。
どちらにせよ、その人が一番に言われたくない事を容赦せず心に突き刺すしたのは事実。
しかも、当の本人は楽しそうに高笑いを上げながらと来たもんだ。
なるほど。
確かに、エルザやレナードが要注意人物として指定するのが痛いほど解る。

「ちなみに、その捜査官の治療と後始末を行うのにレナードさんとエルザさん駆り出されたらしくて、この時から既にバクラ君を危険人物として認定したみたい」

それから一年後。
再びバクラは同じ部隊を訪れて模擬戦を希望した。
その時に受けたのが、レナード。
結果はまたもや惨敗。
被害は、バクラのモンスターによる総攻撃で訓練場の一部破損と担当したレナードの負傷。
バクラ八歳。数え年で九歳の時であった。
次の年。
バクラが数え年で10歳。
案の定というか、再び模擬戦を申し込むバクラ。
この年になると、流石に部隊どころか管理局でも少しばかりの有名人になっていた。
勿論、レナード達の部隊ではそれ以上に。
情けないかもしれないが、この年の模擬戦には高年組は誰も受けようとは思わなかった。
と言うより、受けたくなかった。
二年前は精神的に追い詰め、一年前は訓練場の破損と担当の負傷。
これだけの事を一切の罪悪感もなく行ったのだ。
バクラの戦闘を間近で見てきた、彼らの受けたくない気持ちも良く解る。
しかし、その中でレナードだけは自ら率先してバクラの模擬戦を受けた。
理由は簡単。悔しいからだ。
確かにバクラは、召喚魔法とネクロマンサーというレアスキルを持っている。
実力だけを見れば、そこら辺に居る下手な違法魔導師よりも上だ。
いや、贔屓目なしにしても、戦闘力は既に武装隊よりも上だろう。
だがしかし、それでも納得できない物がある。
仮にも自分は管理局員。
このまま負けっぱなしってのは、やはり悔しかった。

「レナードさんって結構負けず嫌いなんですね」

「先輩も男ですから。流石に年齢が一桁の子供に負けたのは、かなり堪えたみたいです。それで、先輩の再戦の結果なんですけど――」

結果だけを言えば、見事に惨敗。
前年度よりも魔力が多くなり、さらに技を磨いたバクラには及ばなかった。
技量だけを見れば、決してレナードが遅れを取っていた訳ではない。
しかし、バクラから召喚される多才の能力を持つモンスターの軍団。
中には初めてお目にかかるモンスターも居た。
突然消えたり、増えたり、地面の中に潜ったり。
もはや、モンスター個人だけでもレアスキル並の能力を持つ者も複数存在した。
それら全ての猛攻を、初見で見切れるほどの眼力をレナードは持ち合わせていなかった。

「でも、この年の模擬戦はある意味で家の部隊の勝ちですね」

たった二年とはいえ、これだけの被害を与えた超問題児。
今年の被害はどれだけの物か。
半ば諦めかけていたが、この年だけは良い意味でその予想は裏切られた。
レナードの体力と気力。そして何よりも、負けたくない一心から生み出されるやる気。
それら全てはバクラの猛攻を跳ね返し、結果的には惨敗したが訓練場にも本人にも大した怪我はなかった。
即ち、実質的な被害は0。

「まぁ、普通はそれが当たり前なんですけどね。さっきも言った通り、もう既に家の部隊ではバクラ君は第一級危険人物と認識されていましたから。
その被害を最小限に留められたんですから、一応の面目躍如だったみたいです。でも、問題は次の年、つまり去年が少し……と言うか、かなり厄介な大惨事が起こったんですよね」

去年。
もはや恒例の様になったバクラの模擬戦。
この年の模擬戦を受けたのもレナードだった。
前の年では互角に戦えた。
バクラもレナードも、あくまで訓練用のパワーに収めていたとはいえ、それは事実。
今年こそ必ず勝ってやる!
10歳の子供には対してかなり大人げないが、バクラ自身が既に子供扱いできる強さではないので誰も気にする事は無かった。

「で!で!結果はどうだったんですか!?」

噂のバクラの話しに興味があるのか、目を輝かせながら男性へと尋ねる女性。
管理局の制服に身を包んでいるが、まだ若いせいかどう見ても学生のようだ。

「それがぜーんぜん。勝つ気はあったんでしょうけど、前年度よりもさらに魔力と技を磨いたバクラ君には敵わなかったみたいです」

「なんだ……そうなんですか」

先程の表情から一転、ゲンナリとする女性。
結果の解りきってる試合ほどつまらない物は無い。
鮮やかな逆転劇を期待したのだが、生憎と期待はずれだった。

「で!で!続きは!?」

またもや表情が一転。再び目を輝かせながら、続きを諭す。

「あははははっ……野次馬根性があるって、よく言われません?」

何度も何度もコロコロと、まるで百面相の様に表情を変える女性に苦笑いを浮かべる。
コホン。
とりあえず、一つ咳払いをして話しの波を作った。

「まぁ、相変わらず先輩が負け越したのは別に問題は無いんですけど……問題はその被害なんですよね」

「それでそれで!?何があったんですか!!?」

再び目を輝かせ、早く早く!、とでも言いたそうに急かす女性。
ドードー。
そんなに早くは喋れないので、幾分か間を置いて男性は口を開いた。

「去年、自分はレナード先輩と同じ部隊に入り、初めてバクラ君と出会ったんですけど……」

彼が局入りした去年。
既に盗賊バクラの噂は多少ながら耳にしていた。
傍若無人を絵にした様な子供。
その子供が毎年自分が所属した部隊に来ると聞いた時は、正直不安でしょうがなかった。
他人の苦労なら笑い話になるが、自分がそれを味わうのは御免蒙りたい。
一体どんな子が来るのか。
不安で一杯だったが、以外にも会ってみると普通の子供だった。

「それもそうですよね。
普通に考えたら全長2メートルを超して、全身には肌を削った様な荒々しい傷があって、口から人間の魂を丸呑みにする。
なんて子供、居るはずがないですよね!」

「ですよね~、私もさっき初めて出会った時に思わず可愛いって言っちゃったし。
顔を削り取られて、骸骨が服着てるような子供なんて居るはず無いですよね!」

この際、二人がどんな噂を聞いたのかは置いといて。
初めてバクラを見た後輩の男性。
口の悪さや、やけに態度がでかい子供だったが、噂ほど酷い物ではなかった。
生意気な子供であるのは変わりないが、それでも風貌だけは噂よりも遥かにマシだろう。
“風貌”だけは。
噂と言う物は、何か元となる物がなければ立つ事は無い。
直ぐ様男性は、その元となった物を知る事となる。
合計三回となるバクラとの模擬戦。
この年は、またもやレナードの負け。
それまでなら、何時もと同じだった。
また負けか。
ガッカリしながらも、明日から頑張ろうと意気込むはずだった。
しかし――

「いや~、あの時は本当にビックリしましたよ。何しろ、一日とはいえ部隊が機能停止状態になりましたから」

「そうですか~。機能停止……って!ええぇーーー!!」

何でもない様に語る男性の言葉に、思わず叫んでしまった女性。
機能停止。
一体どういう事なのか、詳しく問いただした。

「えっとですね……簡単に言えば、バクラ君が放ったモンスターの総攻撃で家の部隊のデーターが全部吹き飛んでしまって。
あ!でも勘違いしないでください。外部持ち出し不可の機密データーは無事でしたから。
けど、その日の活動報告や魔導師検査を受けにきた人のデーターやら何やらまで、バックアップを含めた全てのデーター、数日分まで含めて見事なまでに吹き飛んでしまいまして。
いや~、あの時は本当に参りましたよ。
まさか管理局員になって、初めて行う大仕事がデーターの復旧だなんて。こんなの、訓練校でも学びませんでしたよ。あはははっ!」

「それはそうでしょ。そんな例、今まで聞いた事無い……って違うでしょ!!」

空気を切る音と共に手を振りかざす女性。
おお、見事なノリツッコミ!
楽しそうに笑っている男性を後目に、女性は事の重大さに漸く気付いた。
管理局でも民間企業でも関係なく、情報は大切。
例え数日とはいえ、一つの部隊の活動報告全てが吹き飛んだ。
下手したら、部隊全員が連帯責任を負わせられるほどの大惨事だ。

「大丈夫だったんですか!?それって、上の方にバレたりでもしたら物凄く危ないんじゃあ……」

「そりゃそうですよ。流石に首を切られる事は無いかも知れませんけど……それでも、本部の上層部に漏れたりでもしたらただでは済みません。
実際、自分も諦めムードだったし……」

漸く入局したと思ったら、直ぐこんな大惨事に出会ってしまった。
不味い。
まだ入ったばかりで平の自分にはそれほど責任は無いかもしれない。
しかし、それでも0とは言い切れない。
部隊に入って一か月もしないで減俸、なんて事もある。
人間、本当に絶望する目の前が真っ暗になると言うが、まさか自分がそれを体験するとは思わなかった。
が、捨てる神あれば拾う神あり。
部隊の皆が一丸となって、データーを復旧したおかげで何とか事なきを得た。
特にエルザは凄かった、と男性は語る。
恐らく、彼女の活躍無しではたった一日で復旧させるのは不可能だっただろう。

「へぇ~、先輩ってそんなに優秀だったんですね。知らなかった」

「うん、エルザ先輩は正直自分の目から見ても凄いですよ。
オペレーターもそうですけど、ヘリのパイロットとしてのライセンスも持ってますし、車もA級ライセンスだそうです。
他にも会計士、通信士など、あ!後資格を持ってるわけじゃないですけど、デバイスマスターとしても十分通用するほどの技量を持ってるそうですよ。
この間、知り合いの人が言ってました。
本人は才色兼備って豪語してますけど、あながち嘘じゃないのが凄いですよね~。見た目だけは確かに美人の類に入りますし。如何にも仕事が出来る女性って感じで」

「そうですよね。先輩、スタイルや見た目だけは結構上の方にいきますからね~」

安易に中身の方は問題があると言ってるのだが、その辺は御愛嬌である。
ちなみに、この日がエルザが楽しみにしていた合コンの日だったのだが、バクラのせいで徹夜明けでデーターを復旧する作業に取り掛かった。
当然、合コンなど行けるはずもない。
前々から要注意人物だったが、この事件のせいでエルザの中のバクラの株は底辺にまで下がってしまったのは余談だ。

「う~~ん。でも、何で先輩ってそれを生かした仕事に就かないんだろう?
その気になれば、管理局でももっと良いポジションに就けて、エリートコースに行けるのに……」

「あれじゃないですか?受付嬢の仕事をしてた方が、良い人に巡り合える可能性も顔を覚えられる可能性が高いから」

「あぁ~!」

妙に納得した女性だった。




バクラ達はまだ到着していない。
レナードは未だにエルザの説得中。
暇を持て余した後輩二人組は、談話を楽しんでいた。

「レナードさんも先輩も、全然譲る気ありませんね~」

「それはそうでしょ。漸くバクラ君から解放されたと思ったら、今年も顔を合わせちゃったし、案の定というか希望してるのは模擬戦だし」

一枚の紙を見つめる男性。
希望用紙。
予め書いて貰ったが、やはりというか今年もバクラは模擬戦の項目に丸をつけていた。

「あぁ~あぁ~。去年のあの事件で、漸く上の方に魔導師検査を受ける部隊を変える様に説得したのに。
まさか、地上本部、それもヘルプで来た俺達に担当が当たるなんて……なんか、物凄く奇妙な縁だな~」

漸く解放されたと思ったら、今年は別の部隊でバクラと顔を合わせ。
しかも、その担当がヘルプに来た自分達に当たったのだ。
ウンザリ。
ブツブツと小言を言いながら、何処か疲れた表情で肩を落とした。

「上の方で思い出しましたけど……」

「え?何ですか?」

何かを聞きたそうにしている女性の言葉に、男性は視線を向けた。

「その、バクラ君。何も言われなかったんですか?そこまですると、流石に子供だからでは許されるとは思えないんですけど……」

女性が言ってるのはもっともな事だ。
捜査官を精神的に追い詰め三か月の入院。
訓練場の破損と担当捜査官の負傷。
極めつけは、データー情報の消失。
此処までの大事件を起こせば、注意だけでは済まされるはずがない。
何か処罰があったのか。
女性は問いかけた。

「処罰ですか?……え~っとっと、確か~…………」

コツコツ、と記憶を引っ張り出す様に人差し指で頭を叩く男性。

「自分が入る前の人伝に聞いた話なので、確かじゃないですけど……」

前置きで断りを入れ、話しだした。

「最初の事件、捜査官をボロボロにした奴ですけど、特にお咎めは無しだったそうです。
厳重注意はありましたけど、それだけで、拘束されたりはしませんでした。
というのも、実はその被害を受けた捜査官自身がバクラ君と和解……要するに示談ですね。
それをやったおかげで、バクラ君も特に罪に問われる事は無かったそうです。
ちなみに、この時の病院医療費は全てバクラ君側が支払い、それとは別に払われたのが800万相当の指輪だったそうで」

「そうですか、800万……はいいぃーー!!800万!!?」

予想を遥かに上に行く金額に叫んでしまう女性。
気持ちは解らないでもない。

「えぇ、何で!?現物支給!!?普通は現金じゃあ……あぁそうか。確かミッドだと、ちゃんとした鑑定書が付いているなら物品でも良かったんだ。
……って、呑気に法律の解説なんてしてる場合じゃない!!
800万って、下手な管理局員の年収よりも多い大金じゃないですか!というか、それで許されるんですか!!?普通、部隊長とかから何か言われるんじゃあ!!?」

「あぁ。まぁ、そう思いますよね。
でも、この模擬戦……というか、このプログラムって訓練中に何か事故が起きた場合は担当した捜査官の責任になるみたい。
普通に考えれば、これを受ける人って訓練校にも通っていない、魔法の使い方も下手な、文字通りのド素人の人が受ける物ですから、当然と言えば当然ですけどね。
中には魔法学校の卒業者もいるそうですけど、それでも正式な訓練を受けた管理局員の方が一枚上手ですから。
まさかその中に模擬戦を、しかもあれだけ捜査官をボコボコに出来る子供が来る何て“普通は”予想できませんよ。
それに、担当した捜査官の人は特に怒ってなかったみたいですよ。
というのも、入院してた時に、どうやらこの話を聞きつけた奥さんが娘さんを連れてお見舞いに来たそうで。
そこからはもう絵に描いた様な仲直りの早さ、“お前ら本当に喧嘩別れしたの?”って言うぐらいのラブラブっぷりを見せたそうです。
結果的に、この事が切っ掛けで一家の危機は去ったし、バクラ君も一応の謝罪の形も見せて、何よりもまだ小さい子供でしたから。
大人の貫禄って奴を見せて、お咎めは無しだったそうです」

「そうなんですか~……でも、親御さんも相当大変だったでしょうに。800万て、養育費とかも考えたら、相当の出費ですよ」

800万。
ミッドの平均収入から考えても、相当な負担だ。
それを、自分の子供とはいえ何のためらいもなく払う。
良い親御さんだ。
女性は見た事もないバクラの親に尊敬の念を抱いた。

「あの………一応言っておきますけど、その指輪ってバクラ君の個人財産ですよ」

「…………………………………へ?」

認識するまでにかなりの時間がかかった。

「個人財産って……つまり、バクラ君の物って事ですよね?」

「はい。彼、スクライアの生まれだそうですから。小さい頃から遺跡発掘で発掘した遺産とかを、自分の懐に仕舞ってウハウハの状態だそうですよ」

「へぇ~」

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

暫くの間。

「バクラ君って、その時何歳でしたっけ?」

「七歳、数え年で八歳です」

「へぇ~、七歳………管理局員の平均年収って、いくらでしたっけ?」

「それぞれの部署や部隊、勤続年数によって違いますけど、だいたい500万~700万ぐらいじゃないですか?
もっと上……所謂、エリート・キャリア組なら俺よりも年下で、もっと貰っている人はいますけど、だいたい普通の陸士部隊だとこれぐらいが妥当だと思いますよ」

「へぇ~そうですか~。つまり、バクラ君って汗水垂らして一年間、真面目に働いた管理局員よりも収入は上なんですね~」

「えぇ、そうなりますよね。七歳で、それだけの収入は得ていたって事になりますね」

「七歳で」

「はい、七歳で」

再び訪れる沈黙。今度のは、先程よりも長い沈黙が二人を包んだ。

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

まだ続く。

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

まだまだ続いた。

「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

「……今日は、いい天気ですね~。こんな日は、ピクニックに行きたいな~」

何かを悟った様な、仏の如く女性の顔が輝いていた。

(うん、解りますよ、その気持ち。自分も始めて聞いた時は、真面目に仕事をするのがバカバカしくなって、もう二度とその話題は話したくありませんでしたから。
だから良いんですよ、思いっきり夢の世界に旅立って下さい。なぁに、症状は一時的な軽い物なので、直ぐ帰って来れますよ)

心の中で女性の心情に大いに同意する男性。
その目に薄っすらと浮かんだ雫は、果たして何の意味があったのか。
それを知る者は、当の本人にしか解らないのであった。




「それで、その後はどうなったんですか?流石に次の年からは……」

話題、再起動。
表情は元に戻り、先程の何かを悟った光は一切に見えない。
げに恐ろしきかな、野次馬根性。
中々タフである。
復活を遂げた女性は、再び話しの続きを男性に諭した。

「えぇ、流石に訓練場が破損した時は、皆さんも黙っていられなかったみたい。だけど……」

バクラのモンスター総攻撃による訓練場の破損。
かなりの大問題だが、これも事件性は無し。
本人による故意ならまだしも、実際にバクラに訓練場を壊すつもりはなかった。
納得しがたい事だが、それは事実。
バクラがやったのは、あくまでも模擬戦の相手に対しての攻撃。
結局、この件に関しては事故として扱われた。
その次のデーター喪失に関しても同じ。
偶発的な事故。
正式な事件として扱われず、部隊内で処理された。

「職務怠慢って言葉の意味……知ってますか?」

「気持ちは解らないでもないですけど、実際問題仕方ないですよ。
そりゃあ、事前に調べられたかどうかと言われればそうですけど……訓練場を破損させた時のバクラ君って、確か魔力はCランクぐらいだったような」

記憶が曖昧なのか、語尾が小さくなった。

「ともかく、管理局内でも平均的な魔力しか持ってなかったそうです。
そんな子が、いくら地上本部の防壁には劣ってるとはいえ、それなりの強度を誇っている訓練場を破損させる事が出来るなんて。
こんなの、誰も予測できませんよ。AAAランクとかSランク級の魔導師ならともかく」

「でも、その子が召喚魔法を使えるのは事前に知っていたんですよね?なら、普通に対応できたんじゃあ?」

「そうは言いますけど……召喚魔法ってどれぐらいの威力があるか知ってますか?」

男性からの切り返しを受けて、女性は納得したように頷いた。
召喚魔法。
その概要や特徴なら説明する事は簡単だ。
街の中の図書館に行っても簡単に調べられる。
しかし、それがどれほどの威力を持ってるか、と問われれば答えるのは難しい。
次元世界の平和を守る管理局とはいえ、召喚魔法を扱える魔導師の数は少ない。
そのせいか、知識の上では知っていても、それが魔導師ランクで言えばどれほどの破壊力を秘めてるのか。
知ってる人間は限られてくる。
おまけに、バクラはスクライアの生まれ。
広い次元世界には召喚魔法を扱う一族が居るが、バクラはその一族の生まれではない。
召喚師と有名な一族ならまだしも、発掘関係で有名なスクライアにそんな強力な召喚師が居るなど。
一体、誰が予測できるだろうか。

「事前に調べなかったのだから、職務怠慢って言われても仕方ないですけど……やっぱり年齢と魔力ランクの低さがね~。
正式な訓練を受けたならまだしも、何処の訓練校にも属してない所を見るとほとんど自己流で戦い方を学んだみたいだし。
三年目のレナード先輩との模擬戦で、一般の陸士部隊員でも互角に戦える事も証明しちゃって。
訓練場の破損とデーター消失も、本当に偶発的な事故だったみたいだし。全く責任がないとは言い切れないけど、厳しい罰則を下すには色々と不十分だったみたい。
それに、部隊長とか上の人達としてはこの事はあまり世間に知られたくなかったんじゃないですか?」

「え?……それはどういう意味ですか?」

興味深い事を聞いた。
女性は問いかけながらも、一語一句を聞き逃さないように耳を済ませる。
管理局員ではなく、新聞記者とかの方が天職じゃないのか。
と、思ったのは男性一人だけの秘密だ。

「う~~~ん……まぁいいか」

少しの間悩んでいたが、隠す事でもないと判断したのか、一回深呼吸して男性は語りだした。

「地上部隊……というか、管理局全体に言える事なんですけど。ほら、所属する部隊や部署によって縄張り意識ってあるじゃないですか?」

確認を求める男性の言葉に、女性は頷いて見せた。
実際、管理局内でも自分の管轄、所謂縄張り意識を持ってる部隊や部署は少なくない。
これは何も管理局に限った話ではなく、ほとんどの世界の警察などの治安組織に言える事だ。

「家の部隊……給料泥棒だとか、甘ちゃんの集まりだとか、予算の無駄遣いとか、一部の人達に陰口を叩かれてるらしいんですよね」

先程までの元気一杯な表情から一転、暗くてドンヨリとした表情になる男性。

「そりゃあ、家の管轄は他の所よりも犯罪件数が少ないし、大きな事件も起こらないで喰い逃げや万引き、時々違法魔導師や強盗事件が発生するだけで、比較的軽犯罪しか起こってないのは事実ですよ!
他の激務をこなしている部隊の人達から見たら、そんなので自分達と同じ給料を貰って面白くないってのも解らなくもないですよ!
でもさ、だからって此処まで言う!?
これでも結構市民の皆さんからは評判良いし、犯罪が起こらない平和な街造りを心掛けてるんです!
寧ろ犯罪が起こらない方が良いに決まってるでしょ!
それなのにこの言いよう……酷いと思いません!!?」

「え……えぇ。そりゃあ、まぁそうですよね」

今度は暗く沈んだ表情ではなく、怒りの形相を露わにして女性に攻め寄る男性。
所属部隊の陰口を叩かれるのは、あまり気持ちの良い物ではない。
苛立つ。
本人は隠してるつもりだろうが、やはり若いせいかどうしても表情や言葉の節々に感情が出てしまう。

「……で、一部とはいえそんな陰口を叩かれてるもんだから、部隊としてはバクラ君に負けたって事実をあまり明るみに出したくないんですよ。
部隊長からして見れば、そんなのが他の部隊にバレたら恥以外の何物でもないし、自分達の様な下の者だって同じです。
いくら召喚魔法やレアスキルと持ってたからって、年齢一桁、自分達と大差ない魔力ランクの子供に負けた。
そんな事が明るみに出たら、市民の皆さんの不安を煽るだろうし、部隊の面子やこれから入ってくる人達のモチベーションだって下がるでしょ?
自分だって何となくやる気が出ないですよ。子供にも一方的に打ちのめされて、そんな陰口を叩かれてる部隊なんて。
後は、所謂管理局員としての誇示って奴ですか?
相手にするのが嫌なら、バクラ君を出入り禁止にすれば万事解決ですけど、それだと正式な訓練を受けたわけではないバクラ君に負けを認めたって事になりますからね。
流石にそれは悔しいんじゃないんですか?」

「へぇ~なるほど、そんな理由があったんですか~」

管理局員としての誇示。
そんなの物を示すぐらいなら、仕事をしろと思うかも知れないが、こればかりは感情の問題だ。
相手を敬うならまだしも、バクラの話しを聞く限りでは相手の事を敬うなど絶対にないだろう。
苦労して管理局員になった彼らにだっ誇りという物はある。
バクラに負けを認めるのは、その誇りにかけて絶対に認めるわけにはいかないのだろう。

(あぁ、だからか)

ふと、女性の脳裏にある事が浮かんだ。
盗賊バクラの噂。
一部では、人間の肉と魂を喰らう文字通りの化け物。
一部では、この世の財宝全てを盗むまで欲望は止まらない暴君。
また一部では、霊界から来た死の使者。
様々な噂が入り乱れ、どれが本当なのか解らない。
当然だ。
もし、男性の言う通りならバクラという人物像は全てその部隊の人間しか知らない事になる。
それでいて、様々な問題ある行動だけが部隊の外にも漏れ始めた。
噂は噂を呼び、尾びれはドンドンと大きくなる。
何故こんなにも噂、それも全く違う噂が流れてるのか気になったが、それが理由だったのか。
なるほど、なるほど。
女性は納得したように、何度も頷いていた。

「えぇ。……全部俺の一人予想ですけど」

「そうですか、一人予想……って、オイ!!」

ビシッ!長年連れ添った相方にツッコミを入れるが如く、気持ちの良い風を切る音と共に男性にツッコミを入れた女性だった。




で、それからどうなったかと言うと――




「たくっ……解ったわよ!やればいいんでしょ!やれば!!」

結局、レナードに言い負かされ今回のオペレーターを担当する事となったエルザ。
ああ、自分はやはりバクラの呪いから逃れられないのか。
絶望に染まった表情で、天を仰いだ。

「あ!それじゃあ、先輩。私はこれで失礼しま~す」

先程までは野次馬根性むき出しだったが、流石にバクラのハチャメチャな行動に危機感を覚えたのか。
部屋から出ていこうとする後輩の女性。
しかし――

「逃がさないわよ!こうなったら一蓮托生。貴方も付き合いなさい!」

エルザにガッチリと拘束され不可能だった。
道連れ。
こうなったら一人でも多くに自分の苦労を解らせてやる。
そんな~、と涙目の後輩を無理やりにでも椅子に座らせた。

「っで、私達がオペレーターを務めるからいいとして、肝心の相手は誰がするのよ?」

何時もバクラの相手をするのは、目の前の男――レナード。
しかし、今回は右腕を骨折するという大怪我を負っている。
片腕を使えないというのは、相手にかなりのアドバンテージを与えてしまう。
相手があのバクラなら尚更だ。

「流石に今年は相手は出来ないな。こんなんじゃあ……なぁ」

何処か悔しそうに顔を歪めながら右腕を摩るレナード。
25にもなったが、やはり心の何処かではバクラに負けっぱなしなのは悔しいようだ。

「まぁ、妥当な判断ね。となると、相手は………」

後輩の男性へと視線を移すエルザ。

「……………」

「……………」

レナードと後輩の女性も、同じように男性へと注目した。

「……………」

無言のままその視線を受け続ける後輩の男性。
右を向く、当然のことながら誰もいない。
続いて左、無論此方にも誰もいない。
では、三人の視線は誰に向いているのか。
答えは簡単だった。

「へ?……俺、ですか?」

漸く気付いたように、目をまん丸にしながら自分自身を指差す。
まさか自分がバクラの相手をするとは、思ってもいなかったようだ。

「仕方ないだろ?他の皆には皆の仕事があるし、俺はこんな状態だ。この場でまともに動けるのはお前しか居ない。ほら、早く準備しろ」

後輩の男性にデバイスの準備をするように諭すが――

「嫌です!」

返ってきたのは否定の意を示す返事だった。

「嫌って……お前な」

呆れたように後輩を見つめるレナードだが、彼の気持ちも解らないでもない。
実際にバクラの戦闘を、一年だけとはいえ自分自身の目で見た彼にとっては、相手にしたくないだろう。
おまけに、前年度以前の対戦成績を知っている。
自分から腹の空いた獣の巣穴に飛び込んで行くバカはいない。
まして、自分の部隊で第一級危険人物に指定されている人物の相手など以ての外だ。
が、世の中には納得できない事が必ずある。
確かにミッドチルダでは、早い人で年齢一桁で収入を得てる人もいる。
管理局員でも、自分より年下で強い人は幾らでも居る。
しかし、しかしだ!
このままバクラに負けを認めていいのだろうか!?
いや、いいはずがない!
自分達は管理局員。
その誇りにかけて、絶対に認めるわけにはいかない!!
少し……というか、かなりの個人的な思惑が入っているが、
此処だけは譲るわけにはいかない。
男としても、管理局員としても。
あんな礼儀の“れ”の字も知らない子供に負けるわけにはいかないのだ。

「気持ちは解るが、今直ぐに回せる人員はお「嫌です!」……くぅ」

何とか説得しようとしたレナードだったが、後輩の男性からの返事は変わる事無かった。
最悪、上官命令でも出すぞ。
そう思ったレナードだったが、後輩の男性の目を見た瞬間押し黙ってしまった。
真剣な目。
真っ直ぐで一点の曇りもない眼で、自分を見つめていた。

「自分は!」

レナードを目を真っ直ぐ見つめながら、男性は自らの心の内を吐露する。

「自分は少しでも市民の皆さんの役に立ちたい思いから、時空管理局に入りました!
では、時空管理局の役目とは何でしょうか?
市民を傷つける事?違います!市民を守る事にあります!!
そんな管理局員である自分が、市民を傷つける事なんて出来ません!
先輩達の気持ちも解ります。これが正式に受理された物だってのも解ります。
ですが!やはり自分は、例え模擬戦とはいえ守るべき市民と戦いたくありません!!」

自分は管理局員。
その自分が、市民を傷つけることなんて出来るはずがない。
後輩の男性は、自分の気持ちを包み隠さずレナードへと伝えた。

「お前……」

感激したように、後輩を見つめるレナード。
管理局員として大切な事を教えてくれた後輩に感謝してるのだろう。
俺が間違っていた!
いえ、いいんです先輩。一緒にこれからも頑張りましょう!
先輩と後輩。
年の差を超えた友情が、今正に完成――




「……で、本音は?」



――する事は、残念ながら永遠になかった。
疑惑の視線。
先程の感激など一切感じさせず、レナードは後輩をジーと見つめ続けた。
半目で、訝る様に、無言のまま真っ直ぐ。

「な、何の事ですか~。自分は管理局員として、当然の事を言ったまでですよ~」

先程までの真摯な態度は何処にいったのやら。
言葉に詰まり、目が泳ぎ始めた。




「あ、目が泳いでいる」

「本当ね。目がイワシになって泳いでるわ」

『魚』に『弱い』と書いて、『鰯』である。




「ですからね、自分としましてはあんな小さい子に暴力を振るうのは大変不服に思うわけであるのでございますよ、はい」

「ほ~う」

「ほ、ほら!管理局員としてのイメージって優しくて頼りになるお兄さん、お姉さんって感じじゃないですか?
実際に広報写真に乗せている人も、そんな感じの人だし。
やっぱり、そのイメージを崩すのはどうかと思うんですよね。うん、うん」

「ほ~う、ほ~う」

「えっと……うんと…………あ!先輩、前に近くのスーパーで出会いましたよね!?
あの時連れていた子、親戚の子供なんですけど、ちょうどバクラ君と同じぐらいの年なんです。
いや~、俺って結構面倒見が良い事で親戚の間でも有名ですから、小さな子供を傷つけること何て出来ないんですよね!」

「ほぅ、ほぅ、ほ~~~~~う!!」

冷や汗を掻き、目をあちらこちらにさ迷わせる後輩の男性。
怪しい……怪しすぎる。
レナードは、情緒不安定な後輩を半目のまま見つめ続けた。
見つめて、見つめて、見つめ続ける。
後輩が何か言ってるが、それら全てを無視して見つめ続けた。
そのたびに無言の圧力が増す。

「いや、ですからね……」

後輩――目を泳がせ、冷や汗を掻きながら思いつく限りの言い訳を並べる。

「……………」

レナード――半目で無言のまま見つめ続け、時々訝る様に声を発する。

「……うぅ……だって、だってぇ」

ピシピシッ。
レナードの目線(という名の攻撃)を受けた男性の防衛線に罅が入り、目元に涙が溜まり始めた。
罅はさらに広がり、容赦なく防衛線を傷つける。
そして遂に――

「お化け怖いの!お化けええぇぇええぇぇええーーーー!!!」

ダムが決壊したように、一気に男性の目から滝の様に涙が流れ出した。




「あの人、お化けが苦手なんですか?」

「……あぁ、そう言えば一年前の模擬戦を見た後、何かやけにソワソワしていたわね。ふ~~ん、お化けダメなんだ」

「以外って言えば以外ですね。さっきバクラ君の話しをしてた時は、特に何ともなかったのに」

「そこはほら、あれじゃない?話すだけなら大丈夫だけど、実際に実物を見るのはダメって奴」

「あぁ~!なるほど」




お化け怖い、怖い、と泣き叫んでいる後輩を見つめながら、レナードは頭を抱えていた。

「お化け怖いって……お前な」

まさかこんな理由だとは思わなかった。
精々、バクラの強さに戦いている物だと思っていた。
それが、お化けが怖いからだとは。
確かにバクラの使用する召喚魔法もネクロマンサーも、一見すると幽霊やお化け。
所謂オカルトと呼ばれる部類に入る姿と能力を持っている。
怖いと言えば怖いが、仮にも管理局員で後輩の男性は年齢的にも大人だ。
お前、その年になってもまだ怖いのか。
思わず呆れてしまったレナードだった。

「だぁぁーー!泣くな!お前も管理局の一員なら、仕事をまっとうしろ!ほら、行くぞ!」

首根っこを攫み、泣き叫んでいる後輩の男性を無理やりにでも連れていこうとするレナード。
そうはさせるか。
男性は体を丸め、まるで子供が駄々をこねる様に地面にピッタリとくっついて離れなかった。

「嫌ですー!お化けは怖いのおぉぉーーー!!」

「お前は男として恥ずかしくないのか!?たかがお化け如きに、そんな子供みたいに泣き叫ぶな!」

「自分はまだ16歳です!世界が違えば、まだまだ法的には少年とみなされる年であります!」

「此処はミッドチルダだ!16、今年で17歳になるなら十分大人として通じる!それ以前に、お前はちゃんとした職に就いているだろが!!」

「うぅ……ひっぐ、だいたいですね!先輩、そうやって権力を使って下の者を無理やり従わせて楽しいんですか!?しまいには職権濫用で訴えますよ!?」

「己には管理局員としての誇りがないのか!?あんな礼儀も知らない子供に、このまま全面降伏したらそれこそ末代までの恥だぞ!
それに、あのバクラはまだ11歳だ。今の内に目上に対しての礼儀を教えてか無いと、後で苦労するかもしれないだろ?
大人として、子供にはちゃんとして道を示さないとな。というわけだから、お前も大人としてバクラに礼儀という物を教えて来い!!」

「うわあぁーーん!!先輩の鬼!悪魔!ヒト○マン!!」

「それを言うなら人手なしだ!というか、ヒト○マンって懐かしいなおい。後、今はプライベートじゃないんだから階級の陸曹で呼べ!陸曹で!」

「ならベネリ陸曹!まだ二等陸士である自分には無理です!他の人に頼みましょう!!
アーレ先輩やバルべ先輩は!二人とも俺よりも腕は上ですよ!この際、べルムでいいですよ!!」

「アーレ一等陸士は他の希望者の担当、バルべ一等陸士はちびっこ魔法講座の担当、お前と同期のべルム二等陸士は来年時に訓練校を受ける人達のための相談役に向かっている」

「ぐくぅぅ……じゃあ、この際先輩の知り合いでもいいでしょ!ルーニさんは!?チェルオルネさんは!?コロンさんは!?」

「ルーニ一等陸尉は既に部隊内でも責任ある立場。こんな事で呼び出すなど以ての外。
チェルオルネ三等陸尉も同じ。
コロン陸曹に至っては、去年から育児休暇を取って子育てに専念している。復帰するのは少なくても、来年度からだ!
というか、全員違う部隊の所属だろう!今から連絡して呼び出すなんて、無理だ!!」

「えっと……じゃあ、ドナートさんやガットさんを……」

「部隊や部署どころか、所属自体が違う!わざわざ本局所属の奴をこんな事で呼び出せるか!?」

「先輩のおバカ!なんでもっと友達を作っておかないんですか!?友達百人は常識でしょ!!?」

「これでも管理局内では知り合いは多いわ!それから、そう言った上官に対しての発言は控えろよ。下手したら首を切られるぞ。さぁて、それじゃあ……逝こうか」

「字が違う!絶対間違っている!」

「いい加減、お前も男なら腹を決めろ!」

「嫌だああぁー!犯されるううぅうぅぅうーー!!滅茶苦茶にされて、散々体を弄ばれた後、ゴミ屑みたいにポイって捨てるつもりなんだ!!
うぅ、お父さんお母さん、妹のナナリーに弟のリオン、それから犬のサンパルーパ、ゴメン……お兄ちゃん、もう家には帰れないかも。うぅっぐ、うわーーん!!」

「誤解を招く様な発言をするな!!」

世界を守る管理局員。しかし、この二人の姿からはそんな大層な物を想像する事は出来ない。
玩具を買ってと駄々をこねる子供と、無理やりにでも引っ張っていこうとする母親。
何とも微笑ましい構図だ。(本人達にとっては、微笑ましくも何ともないが)




「ずずぅー……うえ~。折角淹れて貰って悪いけど、この“リョクチャ”って私の舌には合わないみたい」

「そうですか、私は結構好きなんですけどね~。残念です」

いつの間にか用意した湯呑でお茶を啜るエルザと後輩の女性。
殺伐とした雰囲気など一切ない、凄まじくアットホームな光景だ。




一室に集まる、四人の人影。
内、二人の女性はお茶をしながら談話を楽しみ。
男性二人は、取っ組み合いにも似たドタバタ劇を繰り返していた。
まぁ要するに、先程から全くの進展なしなのである。

「ぐくぅ……」

「ふぅーふぅー」

何とか地面から引っ剥がし、扉の前までに連れてくる事には成功した。
後はこの扉を潜り、訓練場へと連れていくだけ。
しかし、後輩の男性はまだ負けるかと言わんばかりに、出口の縁にしがみ付いて最後の抵抗を見せていた。

「ぐぎぎぎぃ……己は小判鮫か!何時までそこにひっついているつもりだ!?」

「そ、そういう先輩こそ、片腕だけで成人男性を引っ張る事が出来るなんて。ひでんマシンで“かいりき”でも覚えたんですか?」

「そのネタはもういい。早く行くぞ」

攫んでいる男性の首根っこを引っ張り、連れていこうとする。
が、やはり男性は出口の縁にしがみ付いて一向に離れようとはしなかった。
さらに力を入れ、歯を食いしばる。
今度は片足を引っ張り引きずっていこうとしたが、これも失敗。
男性は両手で出口の縁を攫み、宙づり状態になっても抵抗した。

「だああぁ!いい加減にしろ!仕事なんだから、割り切れ!」

何時まで経っても一向に離そうとしない。
上官であるはずの自分の命令も、一切無視。
苛立ちを含んだ声で、レナードは怒号を飛ばした。

「仕事って言いますけどね、部下にだって仕事を選ぶ権利はあるはずです。
だいたい、何で俺達ヘルプ組が地上本部まで来てあの子の担当をしなくちゃいけないんですか!!?」

そこまで言って、急に大人しくなる男性。
何か思う所があるのだろうか、ブツブツと独り言を言い始めた。

「そうですよ……可笑しい、可笑しすぎる!
先輩!これはきっと誰かの陰謀です!何処かでバクラ君の模擬戦データーを見た人が、俺達が慌てふためく様子を見て楽しんでるんです!
ちくしょう~、上層部め。家の部隊が陰口を叩かれるのも、予算が少ないのも、出世できないのも、皆お偉いさん方のせいだ!!
先輩、一緒にストライキ起こしましょう!たった二人でも、戦い続ければ何時かきっと勝てます!!」

真剣な眼差しに表情。
顔だけ見れば、立派な好青年だ。
片足を引っ張られてなければ、もっと見栄えただろう。

「模擬戦のデーターは本部に送られるし、その気になれば誰でも閲覧できる。
家の部隊が陰口を叩かれるのは否定できないが、それは下の奴らだ。上からはちゃんと評価を貰って、表彰も何度かされている。
予算は多くもなければ、少なくもない。一つの部隊を動かすには、十分だ。
出世できないのは、お前の努力が足りないから。もっと大きな仕事を受けたいなら、先ずは小さな事を一人前に出来る様にしろ。
たった二人でストライキを起こしても、直ぐ鎮圧されるのがオチ。そもそも、管理局では基本的にストライキは禁止されている。
そんな事をすれば、強制的にクビだ」

滅茶苦茶な理論を一つ一つ、冷静に論破した。
押し黙ってしまう後輩の男性。
流石に若さと勢いだけで押し切れるほど、レナードも甘くなかったようだ。

「くぅぅ……な、何を弱気になってるんですか!?そんなんだから、何時まで経っても陸曹止まりなんですよ!」

「何でお前がバクラの模擬戦を受けるのと、俺の出世が関わるんだ?」

「うっぐ」

至極尤もご意見を返され、遂に白旗を上げる。
全面降伏。ガックリと項垂れる男性。
今の内だ。
レナードは一気に引っ剥がそうとするが――

「はぐっ!!」

ガッシリと出口の縁を攫み、さらには口で噛みついた男性を引っ剥がすのは不可能だった。

「お前は犬か!?そんな所に噛みつくな!!」

「ひゃぁひゃぁ……おひゃけをふぁいへにゆふふぁいなら、ほふぇふひゃい」(はぁはぁ……お化けを相手にするぐらいなら、これぐらい)

「結局それか!」

散々言い訳を並べていたくせに、結局最後はバクラと模擬戦をしたくないに辿り着く。
はぁ~、と思わず溜め息を吐いたレナードだった。

(にしても、此処まで嫌がるとは。流石に可哀想になってきたな)

上官の命令を無視し、此処までの抵抗を見せる。
そんなにまでお化けが怖いのだろうか。
それとも、バクラ自身が怖いのか。
どちらにせよ、本当に怖がってるのが伝わってきた。
止めようか。
一瞬でもそんな考えが浮かぶが、直ぐ頭を横に振ってその考えを消し去った。
このまま自分達がバクラの前から逃げたらどうなるか、そんなのは決まっている。

『あぁ?世界を守る法の番人である管理局様が、たかが一人の魔導師に逃げるだと?
ヒャハハハハハハハハハハハ!!!
こいつは傑作だ!そんな腑抜け野郎でも管理局員になれるならぁ、そこら辺に居る蟻でもなれるなぁ。
……いや、まだ自分の体の数倍の質量を持つ物体を運べるんだ。蟻の方が遥かにマシだ。こいつは失礼したな、蟻に。
クククッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!』

などという、まるで鬼の首を取ったかのように喜び、罵倒を浴びせられるだろう。
基本的に管理局に興味がないバクラがそんな事を言うか疑問だが、可能性が0ではない所が怖い。

(ぬぐぐぐぅ……なんかムカついてきた!)

管理局とはいえ、市民から苦情を寄せられる事は決して珍しくない。
中には滅茶苦茶な苦情で、時にはストレスの溜まりすぎで入院する人も見た事はある。
だが、バクラはある意味でその苦情を上回っていた。
悪意という言葉をそのまま形にした様な人物。
そこから発せられる言葉は、容赦なく人間の心を傷つけ、苛立たせる。
絶対逃げてたまるか!
目の奥に闘士の炎を宿したレナードは、自然と後輩の足を握った左手に力を込めていた。

「痛い、痛い!先輩、それ冗談にならないほど痛いですって!つーか折れる!今、足の骨がミシミシって軋んだ!!」

「行くぞ!そして、絶対あのバクラの鼻を明かしてやれ!でなければお前……来月、給料30%カットだ」

「遂に職権濫用!!うわ~~ん!先輩の悪魔!!」

「悪魔……なら、悪魔だってかまわねぇ。悪魔は悪魔らしく、正々堂々真正面から相手を倒す!!」

「火に油!余計に闘志が燃え上がった!?」

正々堂々と正面から戦うのって、悪魔なのかな。
ボンヤリと頭の隅でそんな事を考える。
余裕がある様に見えるが、実際はそうでもない。
レナードに引っ張り続けられて、手がプルプルと震え始めた。
限界。
本当に腕、若しくは足が折れてしまうかもしれない。
いっその事、模擬戦にワザと負けて被害を最小限にしようか。

(嫌、ダメだ。あのバクラ君が、そんな事で納得するとは思えない。第一、先輩達だって見てるんだ。
手を抜いている事がバレたら、超ウルトラスペシャルハードコースな訓練プログラムを組みこまれそう。
かと言って、バクラ君とあのお化けは相手にしたくないし。うぅ~どうすれば……)

別にレナードは悪い先輩というわけではない。
仕事だって真面目だし、部下の面倒も良く見てくれる。
しかし、変な所で負けず嫌いなのはたまに傷だ。

「ぐぐくぅ……先輩、いい加減に諦めて下さいよ!」

「黙れぇえ……っぎぎ。お、お前がそこを離したら、俺だってこんな事はしない!」

模擬戦を回避したい一心で、最後の抵抗を試みる。

「だ、だいたいですね。こんなプログラムを組む事自体が間違ってるんです。
成果を上げてるって言っても、未だに人材不足は解消されてないし。
第一、元から管理局に入りたいと思ってる人は、自分でも自主練習なりなんなりやってますよ。
俺達だって決して暇じゃないんですから、わざわざ出向く必要なんかないですって!」

腕を震わせながらも、渾身の力で上半身を部屋の中に戻す事に成功した後輩の男性。

「なら、上の方に報告でもしておけ。でもな、今年はもう実地するって決まってるんだ。手当は出てるんだから、しっかりと仕事はこなせ」

が、再びレナードに引っ張られ元の状態に戻ってしまった。

「手当が出るって言いますけどね、先輩ですら付いて行くのがやっとの相手でしょう。無理ですよ、俺じゃあ!絶対怪我しますって!
こんな学校で無料で受けられる交通安全の様な仕事で怪我するなんて、割に合いません!!」

今度はレナードに強く引っ張られ、片腕が外れてしまう。

「大丈夫だ。お前の腕は既にBランククラスはある。もっと自信を持て!当たって砕けろ!」

しかし、後輩の男性も負けずに再び均衡状態に戻す。

「砕けちゃダメでしょ!砕けちゃ!」

「物の例えだ!安心しろ、いざとなったら俺が割って入る!………腕の一本でも折れたらな」

「んな事で安心できるか、このボケ上官!!」

「お前、そんな事を他の部隊で言ったら本当に減俸処分をくらうかもしれないぞ」

「うっぐ……すいません」

先輩の忠告に従い、素直に謝る。
こんな時でも扉にしがみ付けるのは、もはや執念だ。

「でも、俺は嫌ですよぉ~。そもそも、このプログラムの目的って少しでも管理局の人材を得るためでしょ!
あのバクラ君、管理局に入るなんて微塵も考えてませんよ!絶対ストレス解消法か何かと勘違いしてますって!!」




「ばっっっっっくしょん!」

「また風邪?バクラ兄さん」

「あらあら~大丈夫?風邪薬でも買ってこようか?」

「だから言っただろ、健康診断は受けていた方が良いって。だいたいお前は、何時も何時も薄着だからそんな目に合うんだ」

「……あの~、前方に居た俺に唾が掛ったのは無視ですか?」

「ズゥー……なんだ、アルス?お前、そんな趣味があったのか?」

「こんな超が三つも四つも付く特殊な性癖なぞ、一切これっぽちもないわあぁぁーーー!!」




何気に感が鋭い後輩の男性だったが、バクラ打倒に燃えているレナードの耳にそんな願いは聞き入れて貰えるはずもなかった。
いい加減諦めろ。
嫌です。
お互いに時々言葉を交わしながらも、腕に力を入れる。
かれこれ十分近くはこの状態だ。

「はぁ~……貴方達、何時までもそうやってるつもり?いい加減にしなさいよね」

流石に見兼ねたエルザが、早く決めるように諭す。

「「こいつ(先輩)が離すまで!!」」

見事なまでにシンクロした男二人組。
何だかんだ言っても、やはり彼らは上官と部下だ。
説得不可能。
諦めの表情を浮かべながら、勝手にしなさいとでも言いたそうに二人から離れていくエルザ。
決めるなら早く決めてほしい物だ。
そんなエルザの願いとは裏腹に、二人は未だに言い争っている。
“はい”と言えば“いいえ”、“いいえ”と言えば“はい”。
一向に決まる様子は無い。
はぁ~、と呆れたようにエルザは長い溜め息を付く。

(ちょっと、そろそろ時間も迫ってるんだから。いい加減にしなさいよね)

魔導師検査も終わる時間だ。
バクラ達もそろそろ来る。
仕方ない。
もう一回注意して、それでも駄目なら他の担当官にヘルプでも頼もう。
エルザは二人を見据え、再び口を開こうとしたその時――




「何をしているんだ?」



自分達とは違う、第三者の声が聞こえた。




「「……えっ?」」

二人揃って疑問の声を上げる男性二人。
先程聞こえた声。
声の感じからして、間違いなく男性。
しかし、一体誰が。
自分達を除いて此処に居るのは、エルザ達だけのはず。
女性にあんな声が出せるはずがない。
疑問に思いながらも、レナードは先程の声を正体を確かめるために後ろを振り向いた。
視線の先に佇む一人の人影。
予想した通り、その人は男性だった。
そこは特に問題ではない。
男か女など、ここでは重要な問題ではないのだから。
問題なのはそこに佇んでいた人物だ。

「ッ!!な、なんで!!?」

予想外の人物の登場に慌ててしまい、うっかりと後輩の足を握っていた左手を離してしまった。

「のわッ!!?」

先程まで、レナードは後輩を引っ張り出すため体重を後ろに預けていた。
その状態で手を離せば、当然だが後ろに全体重が集中する事になる。
案の定、レナードは後ろに転び背中と頭を強打した。

「つぅ~~、ってって~」

咄嗟に骨折した右腕を庇う事には成功したが、流石に左腕だけでは受け身をとる事は不可能だった。
じんわりと波紋が拡がる様に、背中と後頭部に痛みが拡がっていく。
情けない。
仮にも管理局員である自分が、こんな体たらくとは。
痛みで表情を歪めてるレナードに、先程の人影が近付き手を差し向けた。

「大丈夫か?」

心配そうな声。本当にレナードの身を心配してるようだ。
瞬間、倒れていたレナードは弓にでも弾かれた様に立ち上がる。

「はっ!ご心配をおかけしてすいません!!自分は大丈夫であります!!」

背中と後頭部を強打したというのに、一切の痛みを感じさせず、姿勢を正して敬礼をする。
どうやらレナードにとって、目の前の人物は上にあたる人物のようだ。

「そうか、ならいいんだが」

「はっ!……あの、一つ聞いてもよろしいですか?」

「なんだ?」

「今日って、確か休暇を取っていたはずじゃあ」

「あぁ。少し気になる事があったんでな。
個人的理由で地上本部に訪れていたのだが、聞き覚えがある声に導かれて様子を見に来れば……」

「……うぅ、すいません。お恥ずかしい所をお見せしました」

恥ずかしさのあまりに赤くするレナード。
やれやれ。
男性は、その様子を何処か微笑ましい様子で見つめていた。




「はぁはぁはぁはぁはぁ……た、助かった」

レナードが手を離したおかげで、脱出に成功した後輩の男性。
鼓動が早く、脈打つ心臓。
汗を全身に掻きながら、肺一杯に深呼吸し気持ちを落ち着かせる。

「レナードさんって、あんな人とも知り合いだったんですか?」

四つん這いで荒く息を吐き出している男性は無視。
それよりも後輩の女性の興味を引くのは、今レナードと話している人物。
自分の地上本部に勤めてきたが、こんな近くで見た事など無かった。

「えぇ、そうよ。あいつ、結構顔は広い方だからね。
時たま休日とかに、他の部隊の管理局とかが訪ねてくるのも珍しくはなかったわ。
あの人の場合は、管理局に入る前から個人的付き合いがあったらしいけど」

「個人的付き合い?」

「あぁーなんでも、レナード先輩のご実家の近くに、昔住んでいた事があったらしいっす」

いつの間にか復活した後輩の男性が、同じ後輩の女性の疑問に答え始めた。

「管理局に入る前は、色々と教えて貰ったり、入局した後もプライベートでの付き合いで何度か会っていたそうですよ」

「へぇ~そうなんですか~」

納得した女性は再びレナードと話題になってる人物を見つめる。
男性も同じように見つめるが、その瞳はレナードではなくその男性に注がれていた。
今の自分の状況。
このままだといずれは自分がバクラの相手を勤める事になる。
しかし、わざわざ自分ではなくても、要はレナードが納得する人物なら誰でもいいのだ。
それが例え担当官ではなくても、自分達よりも上の階級の人だろうと。
同じ管理局員なら、この際誰でもいい。

「……………」

無言のまま、レナードと話している男性を見つめる。
最優先事項は自分の身を如何に守るか。
男性はその答えを求める。
カタカタ、とでも聞こえそうなほど、男性の脳は凄まじく回転を始めた。

「……………」

キュピーン。
男性の瞳が妖しく光ったのは、決して気のせいではなかった。




特に何か特徴があるわけでもない、殺風景な部屋。
その中央に、バクラは一人不機嫌そうに佇んでいた。
魔導師検査が終わり、案内されたのがこの部屋。
何時もの様に模擬戦(という名の、ストレス解消法)を行う事に歓喜していた。
しかし、何時まで経っても担当官が来ない。
バクラの機嫌、只今降下中。

「クソがぁ……さっさと生贄の一人でも出せよな」

不機嫌そうに口を歪めながら、バクラは入り口の扉を睨みつけていた。

「大丈夫かな、バクラの奴?」

一方、此方は見学をしてるアルス達一向。
このプログラムはあくまでも人材獲得のために開かれている物。
保護者の見学も許されているのだ。

「大丈夫……だとは思う。あれだけ言い聞かせたんだから、今年は何も問題がない……はずだ」

アルスの呟きに、何処か不安げな答えを返すレオン。
頑張れ、と呑気にバクラを応援しているアンナとユーノとは違い、レオンとアルスの二人は心配そうにバクラを見つめていた。
決してバクラの身を心配をしてるわけではない。
心配なのは、担当する管理局員と備品だ。
四年前、担当官をボコボコにした時は、流石に黙って見過ごせずキツク叱った。
一応、その効果はあった。
現に、次の年のレナードとの模擬戦では、前年度よりも被害は少なかった。
担当官に対しては。
まさか訓練場を破損させるとは思いもせず、キツク問いただした所――

『お前が言った通り、管理局の奴には去年ほど怪我をさせてねぇし、そもそも訓練場を壊すなとは一言も言ってなかっただろうが』

――という、屁理屈な答えが返ってきた。

(普通、あそこまで言ったら解るだろ)

いくら常識が欠けていたとはいえ、あそこまでキツク言えば、直接言葉に出さなくても間接的には解るはずだ。
しかし、此処で忘れてはいけない。
バクラは普通の子供ではないという事を。
備品を壊さない、担当官に必要以上の攻撃をしない、反則技は禁止、急所の攻撃は禁止。
など、翌年から事細かに教える様になったのは、もはや我が家の行事の一つだ。
今年もそう。
模擬戦が始まる前に、あれほど言い聞かせたんだから何も事故は起こらないはず。
はずなのだが、どうしてもバクラの常識外れな行動を見てると心配だ。

「はぁ~~、何か胃が痛くなってきた」

「あら、あなた。大丈夫?飲み物でも買ってきましょうか?」

深いため息をついたレナードに気付き、アンナは心配そうに声をかけた。

「いや、大丈夫だ。あいつが今年は大人しくなってくれればな」

「まぁまぁ……あなた、バクラ君だってそんな悪い子じゃないんですから、きっと解ってますよ」

「だと言いんだけど……」(子供は自由に伸び伸びと、やりたい事をやらせるのが家の方針だけど。う~~ん、来年から教育方針を変えようかな?)

割と本気でバクラの教育方針を考えたレオンであった。

「それに、バクラ君も管理局のお仕事に興味を持って将来管理局に勤めるかもしれませんよ!」

「いや、それは絶対にない」

100%、命と全財産を賭けても、そんな日は来る事は無いだろう。永遠に。




一方、此方は再びバクラ。

「おせぇ……何時まで待たせるつもりだ」

時間的に考えても、そろそろ来ても良い頃だ。
しかし、未だに扉は閉まったまま。
此方から催促にでも行くか。
バクラが一歩踏み出そうとした時、漸く重い扉が開いた。

「漸くお出ましか……さてと、去年まではあのレナードとかいう管理局員だったが、部隊は違うしな。一体誰だ?」

普段ならあまり人の名前を覚えようとしないバクラだが、流石にレナードの事を覚えていたようだ。
その人物が、まさヘルプに来てまで自分の担当になってる事など、夢にも思わなかっただろう。
目を細める。
次第に、今回の担当官の姿がハッキリと見えてきた。
意外。
今年の担当官の姿を見たバクラは目を僅かに見開いた。
このプログラムは本格的な物ではないお試し扱いのせいか、担当するのは若い並の捜査官が担当する事が多い。
去年のレナード達の部隊でもそうだった。
しかし、今目の前の居る人物は違う。
年の頃は、恐らく30代~40代にかけて、それなりに年はとっている一人の男性。
着込んだバリアジャケットの上からでも解るほどに鍛え上げられた肉体。
それも、ただ鍛えている訳ではない。
相手を倒すために鍛え上げられた肉体。
そこら辺のジムに通っただけでは、決して作る事が出来ない、正に戦うための体。
それに、何と言ってもこの雰囲気。
対峙してるだけで、肌に伝わる感覚。まるで精錬された刃を、直接突きつけられた様だ。
今こうして一歩一歩近付いてくるが、撃ち込む隙という物がない。

(ほぅ……かなりの大物の様だな)

バクラは理解した。理論的ではなく、ほぼ直感で。
目の前の人物は、今まで戦ってきたどんな人や獣よりも強い。

「クククッ……貴様、名前は?」

思わぬ収穫に笑みを浮かべながら、バクラは男性に名前を尋ねた。

「初めまして。今回、君の担当となったゼスト・グランガイツだ」

彼――ゼストは、バクラに自分の名を静かに告げた。



「うぅ~……うぅ~~」

「レナード先輩……トイレはそこを出て左に行き、突き当たりを右に行った所にありますよ」

「違うわ!」

レナードが唸ってるのは、決してトイレを我慢している訳ではない。
キッと後輩を睨みつけ、拳を震わせながら悔しそうに口を開く。

「ただでさへ家の部隊はバクラに負け越してるってのに、遂にはゼストさんに、しかも休暇中に助けを求めるなんてえぇ……」

「あぁ。つまり、自分の不甲斐無さに怒ってるわけですね。うんうん、まぁ気持ちは解らないもないですけど、今回は諦めましょう。
あのゼストさんも乗り気だったし、その優しさに甘えさせて貰いましょうよ!」

先程までお化けは嫌だと泣き叫んでいた後輩の男性。
今は、まるで地獄に仏の言葉を実体化させた様に表情を輝かせていた。

「何処の誰だ?ワンワン泣き叫びながら、ゼストさんに懇願したのは?」

ゼストの姿を見た後輩の男性に、ある天啓が舞い降りた。
バクラは模擬戦を望んでいる。それならば、より強い相手の方が良いに決まっている。
よし、此処は懇願してバクラ君の相手を変わって貰おう!
思い立ったら吉日。
後輩の男性は、泣き叫びながらもゼストに懇願した。

「たくっ!なんなんだ、あの地面に頭を擦りつける情けない姿は!!?」

「失礼な!あれは土下座と言って、ある世界では最上級のお願いを表した行為なんです!」

「胸を張って偉そうに威張るな!結局お前は、逃げたかっただけじゃないか!!」

「逃げたのではありません!戦略的撤退と仰って下さい!!
もし今度、バクラ君と手合わせする機会があったら俺が相手をしますよ!」

「……その言葉、本当だろうな?」

「えぇ。……その時、俺が最低でもオーバーSランクに成長していたら」

それはつまり、バクラとの模擬戦は永遠にやりたくないという事。
実際に男性の年齢とリンカーコアの成長を見れば、将来的に見てもそんな強大な魔力を持てない事は誰だって解る。

「よぉーーし!そこまで言うなら、将来のバクラとの戦いに備えて俺が一年間の超ウルトラスペシャルハードコース訓練プログラムを組みこんでやる!」

そんな、と泣き叫ぶ後輩だが、これは当たり前だ。
あれだけの情けない姿を見せたのだから、肉体面と精神面。
同時に鍛えなくては、これから先にもしもの事があったら苦労をするのは当の本人だ。
心を鬼にすると決めたレナードは、後輩をから離れエルザ達に近付いていった。
モニター。
宙に浮かぶ鮮明な画像には、自分にとっての宿敵であるバクラと自分の憧れでもあるゼストが映っていた。

「はぁ~~~~~~」

「頼むから、私の側で幸せが逃げるほどの溜め息を吐くのは止めてくれる。鬱陶しいから」

心底鬱陶しそうに眉を曲げるエルザ。
悪い。
短く謝った後、レナードは再びモニターに注目した。

「情けないぜ。本来なら休暇中のはずのゼストさんにこんな事頼むなんて。
ゼストさんでもゼストさんで、良く引き受けてくれたな。普通だったら情けないって一喝されても不思議じゃないぞ」

「そりゃあ、あんな物を見せられたら断る方も断りにくいわよ」

管理局の制服に身を包んだ良い年齢の男性が目の前で泣き叫びながら恥も外聞もなく土下座で懇願してくる。
正直、エルザ達は軽く引いていた。
それを直接目の前でやられたのだ。しかも、自分に向かって。
ゼストの心境は、余程の物だっただろう。

「それにしても、ゼストさん良く休暇なんか取れましたね。首都防衛隊の隊長さんって、簡単に休みなんか取れないはずじゃあ」

エルザのサポートを務める事になった後輩の女性は疑問の声を上げた。
首都防衛隊隊長。
それがゼスト・グランガイツの役職名だ。
古代ベルカ式の使い手にして、S+ランクの技量の持ち主。
正にストライカーと言っても過言ではない人物。
そんな人物がバクラの相手を直々に相手にする事も数万分の一の確率(要は奇跡に近い)なのだが、後輩の女性はそれよりも何故そんな大層な人物が休暇を取れるのか気になった。
隊長や責任者。
管理局でも労働法に従い、定期的な休みという物はある。
しかし、首都防衛隊隊長ともなれば簡単には休みなど取れないはず。
まして、それがエースと言っても良いほどの魔導師なら尚更だ。

「あぁ、その事か。ほら、去年の暮にクラナガンで違法魔導師の一斉検挙があっただろ?」

「去年の暮……あぁ、ありました!あの犯罪者組織、『赤鷹』が捕まった時の奴ですよね!?」

赤鷹。
ミッドチルダを含め、管理・管理外世界問わずに犯罪に手を染めた違法魔導師の集団。
リーダー格である男の腕に、赤い鷹の刺青が入っている事からそう名付けれた。
構成メンバーは20人と決して多くないが、問題なのはその強さだ。
全員が全員魔導師で構成され、ほとんどがAランク超え。
中にはAAAランクを超える魔導師が3人も居た。
正に少数精鋭の魔導師組織。
管理局でも全力をあげて捜査したが、雲隠れの如く姿を隠し、今の今まで一人も捕まらなかった。
しかし、それも去年まで。
アジトを突き止めた管理局により、遂には一斉検挙に成功した。

「その時、ゼストさんもその場に居たらしいのだが、赤鷹の連中の一人が自分もろとも周囲を吹っ飛ばそうとしたらしいんだ」

「吹っ飛すって……それって、自爆ですか!?」

「あぁ。たぶん、追いつめられて自棄になったんだろう。魔力を暴走させて自爆をはかったそうだが、失敗に終わり、取り押さえられたそうだ。
犯人にも命に別状は無く、事件は万事解決だったんだが、その時にゼストさんが大きな怪我を負ったらしくてな。
聞いた話によると、自爆しようとした犯人を無理やり取り押さえた時に負った怪我だそうだ。まぁ、名誉の負傷って奴だな。
それから暫く病院に入院していたけど、今年の2月ぐらいに無事退院できたんだ」

「そう言えば、あんたも時々お見舞いに行くって言ってたわね」

「当たり前だろ。小さい頃から世話になってるんだから、見舞いの一つにも行かないようじゃあ失礼だ」

当たり前の様にエルザに答えを返すレナード。
再び事情を説明するため、口を開いた。

「それで、退院した後は直ぐ現場に復帰したんだけど、これがなぁ~」

困った様にレナードは頭を掻いた。

「怪我自体は治っていたし、医者も心配ないって言ったんだけど。流石に行き成りの現場復帰は無理だったみたいで、部下の人達からも常々休暇を取る様に言われていたみたいだ。
本人も本人で自分の体の事は解っていたみたいだけど……あの人、自分には厳しく部下にも厳しくを素で行く様な人だから」

「あぁ!それは何となく解ります。なんか、如何にもって感じの人ですよね。
えぇっと……そう、あの人みたいな人を武人って言うんですよね!」

後輩の女性の言葉にレナードは苦笑を浮かべる。

「ははははっ、武人か。正にあの人を表すにはピッタリの表現だ!
まぁ、そんな性格だから人一倍責任感が強くて、直ぐに現場復帰をしたそうだが。周りの皆から見れば、やはり心配だったらしい。
休め、休め、って耳にタコが出来るぐらい言われていたそうだ。
部下や上から言われたんじゃあ、ゼストさんも無視するわけにはいかなく。暫くの間纏まった休みを貰ったそうだぞ」

「へぇ~そうだったんですか。あれ?でも、そんな大変な重労働をこなしていたんじゃあ、バクラ君との模擬戦を止めにしてベットに横になっていた方が良いんじゃあ」

ゼストの身を心配した女性の発言だったが、レナードは特に心配した様子は無かった。

「大丈夫。休みを取ったと言っても、昨日今日に取ったわけじゃないんだから、無理をしなければ大丈夫だよ」

「そうね、無理をしなければね」

“無理”という所を強調するエルザの言葉に、怪訝な目線を送るレナード。

「なんだエルザ。お前はゼストさんがバクラに負けるって言うのか?流石にそれは「無いと言いきれる?」…………」

有無を言わさぬエルザの発言に、思わず黙ってしまう。
バクラとゼスト。
この二人が戦い、どちらが勝つかと聞かれれば、当然ゼストが勝つと断言できる。
首都防衛隊の隊長にして、ストライカー級の魔導師。
その強さは自分が良く理解している。
しかし、絶対にゼストが完勝するかと聞かれれば、簡単に首を縦に振れない。
盗賊バクラ。
正直言って、こいつは強い。
認めたくないが、強さの一点だけを見れば数年後にはストライカー級になっても可笑しくないぐらいだ。
それも、ただの強さではない。
自分達とは全く異なる、異種の強さ。
常識という常識が通じない、非常識の塊。
今さながら、心配になってきた。
万が一にもゼストが負けるわけ無いと思うが、もし何かあったのなら急いで駆けつけよう。
レナードは僅かばかりの不安の色を宿した瞳で、モニターに映る二人を眺めた。






俯きながら、ブツブツとバクラはゼストの名を繰り返していた。

「ゼスト、ゼスト……何処かで聞いたな」

記憶の海へと沈んで行く。
キーワードを元に、自分が求める答えを探り出す。
やがて、ある情報が引っ張り出された。

「思い出した。去年の暮れに違法魔導師の一斉検挙に活躍した首都防衛隊の隊長……そいつの名前が、確かゼスト・グランガイツとかいったな。ほぉ」

相手があの首都防衛隊の隊長と知って、バクラの顔に歪んだお面が装着される。

「クククッ、わざわざ隊長様自らがお相手して下さるとは、俺の株もそれだけ上がったって事ですかな?
それとも、管理局はこんな子供相手に隊長クラスが駆り出されるほど暇人の集まりって事なのかぁ?」

挑発的に、口元を釣り上げゼストに言葉を投げかける。

「おかげさまでな。次代の優秀な子達が同じ旗の元に集まってくれたおかげで、十年前に比べて余裕が出来た。こうして、このような場に出れるぐらいにはな」

「……そうかい」

やり難い相手だ。
バクラそっと心の中で舌打ちを打った。
挑発には一切反応せず、常に此方を意識している。
気の乱れもなく、落ち着いた姿勢。
首都防衛隊隊長という肩書は、どうやら嘘ではないようだ。
ゼストの頭から爪先を注意深く観察していたバクラは、さらに笑みを深めた。

(まぁ、俺様にとっちゃ相手が誰だろうと変わりねぇ。全員、ぶっ潰して今日のイライラを解消させてもらうぞ)

魔導師、騎士、その他の武術の達人。
極める道は違えど、同じ戦いの技術を極めた者同士。
戦い甲斐がある相手と対峙した時は、少なからずの昂揚感は覚える。
例えそれが、魔力を持っていようとも、持って無かろうとも。
しかし、自分は違う。
この盗賊王――バクラは。
自分が求めてるのは強い相手と戦う事の喜びではなく、相手を完膚なきまでに叩きのめした時の昂揚感。
それこそが自分が求める物だ。
殺戮者。
アルスに時々言われてるが、こう考えるとつくづくその名が相応しいと思う。
相手が誰であろうと構わない。
自分は盗賊王。
この世に盗めない物は無い。
財宝だろうと、国だろうと、戦いの運命だろうと。
根こそぎ全てを奪ってやる。
僅かばかりの狂気を含んだ瞳で、バクラはゼストを射抜いた。

(……なるほど、確かに普通の子供ではないな)

同じく、バクラの事を観察していたゼストは静かに心の中で呟く。
今回、自分がこの場に来たのは本当に偶然だった。
用事を済ませ、帰ろうとした時に聞こえてきた知り合いの声。
疑問に思い足を向けた所、今回の模擬戦が成り立った。
盗賊バクラ。
以前からその名はレナード経由で色々を聞かされていた。
管理局内でも、少なからずその名に関しての噂は様々流れ、無論ゼストの耳にも届いていた。
別に、その噂事態を信じていた訳ではない。
だが、ある一か所だけは今現実の物として、自分の前に佇んでいる。
異常。
少なくても、自分は自分自身の強さに誇りと自信を持っている。
それこそ、並の人間が対峙したりでもしたら、自分の空気に呑まれるだろう。
しかし、目の前の子供は違う。
恐れるどころか、寧ろ楽しそうに此方を見据えてきた。
少し興味が出た。
噂通りの物なのか、それともただの強がりなのか。

「……………」

無言のまま、ゼストを自身の槍型のデバイスを構える。
同じく、バクラも腰を落とし戦闘態勢に入った。

『あ~~ゴホン!え~、それでは今回の模擬戦の説明をさせて貰います』

今にも飛びだしそうな二人を抑える様に、宙にモニターが出現した。
エルザ。
嫌々ながらも、レナードに頼まれてバクラと担当となった幸薄な女性である。

『制限時間は10分間。相手が負けを認める、此方側がこれ以上戦闘続行は不可能と判断した時点では終了とさせて貰います』

ニコニコ、優しそうな笑顔。でも、何処から黒い笑みを浮かべながらエルザはバクラへと振り向く。

『バクラ君。解ってるとは思うけど、前の部隊の様な事をしちゃダメだよ。お姉さんとのお約束、ね♪』

「気持ち悪ぃ事してねぇで、さっさと始めろ」

こんな時でも、バクラの暴言は健在。
鬱陶しそうにエルザを睨んだ後、早く始める様に諭した。
本当にムカつくガキだ。
心の中でバクラを罵倒するエルザだが、表面上は変わらずのニコニコ笑顔。
此処まで来ると、もはやプロの演劇でも通用するほどだ。

『……ゼスト隊長には、ハンデとして魔力をAランクにまで制限、さらにカートリッジシステムも使用不可とさせて貰います』

ルール説明の続きを聞いて、不機嫌になったのは他でもないバクラだ。
魔力の制限。
これは仕方ない。自分とゼストとの間では、かなりのランクの差があるのだ。
しかし、もう一つのカートリッジシステムの使用不可。
これには納得が出来ない。
カートリッジスステム。
ベルカ式の魔法にみられる特徴で、瞬間的に爆発的な魔力を得るシステム。
術者に負担がかかるなど、デメリットはあるが、一対一の戦いで敵なしとまで言われたベルカ式にとっては、正に最後の一撃必殺の技。
それを封印されている状態で、自分と戦う。

(チッ!随分と、舐められた物だぜ)

バクラにだって、力に対しての誇示という物は持っている。
ゼストの様な騎士やレナードの様な管理局としての誇示とは違うが、その本質は同じ。
カートリッジシステムの封印は、ベルカ式に騎士にとってはかなりの戦力ダウンだ。
舐められている。
バクラの表情が、誰にでも解るほど歪んだ。
が、それも一瞬。
再び黒い感情を含んだ瞳で、ゼストを睨みつけた。
ハンデ。ならば、そのハンデを後悔させるほどの地獄を見せてやろう。

『最後に、これだけは言わせて貰います』

ルールの説明を終えた(バクラはほとんど聞いていなかった)エルザは、最後に一言付け足した。

『こ・れ・は!あくまでも魔導師としの実力を測る、お試しコース!決して怪我や部品を壊さないように!!解りましたか!!?』

全ての言葉を強調し、二人に(実質上一人に)注意をするエルザ。
流石に去年までの問題児の行為には、根を持っていたようだ。

「了承した」

「解ったから、早く始めな!」

二人とも、それぞれエルザに了承の返事をした。
本当に解ってるんでしょうね。
バクラの返事に一抹の不安を覚えながらも、エルザは開始の合図を宣言した。

『それでは、二人とも準備して下さい。……始め!!』

瞬間、対峙した二人は同時に行動を超した。

「ふっ!」

「召喚!ネクロソルジャー!!」

バクラとゼスト。
盗賊王と騎士。
相反する二人の戦いが、今火蓋を切って落とされてた。







――裏で燃える管理局員達


「遂に始まったか」

「えぇ、そうね。……ねぇレナード、どっちが勝つと思う?」

「決まってる。ゼストさんだ」

「あら、迷いも見せず即答。それだけ自信があるの?」

「当然だ。確かにバクラの強さには光る物、所謂天賦の才ってものがある。今はAランクだけど、リンカーコアの成長具合から見て将来的にはAAAランクにも成長するかもしれない。けれど、今はあの人の方が上だ。そう簡単に負けるはずはない」

「ふ~~ん……だったら賭ける?」

「賭け?」

「そう。そうねぇ、今晩には仕事も終わるから……晩御飯でも賭けない?」

「……慎め。仮にも管理局員が、こんな事で賭けごとなど」

「あらぁ~自信が無いのぉ?ふっ、そんな度胸もないから、あんたの部下も臆病者になるのよ」

「(カチン!)……よぉーし、そこまで言うならやってやる。ミッドチルダ中央区画、首都クラナガン!
そこのてんぷら屋『かまてん』!三本の特上エビ天重でどうじゃああぁぁあーー!!!」

「その話、乗ったああぁぁーー!!」

龍虎相搏つ。
背中に巨大な龍と虎の闘気を乗せた両者は、正面から相手を見据えた。
全ては勝利のため、特上エビ天重というなの栄光を攫むために。





「ずぅ~~、ふわぁー。あぁー、何か落ち着く」

「気にいりました、それ?」

「はい、このリョクチャって物凄く美味しいですね。後で担当に人に頼んで、家の部隊でも出して貰おう」

「ふふっ、それじゃあその時は私が美味しいお茶っ葉が手に入るお店を紹介しますね」

「あ、お願いします」




「ゼストさーん!頑張って下さい!」

「バクラ、今初めて貴方の事を心の底から応援するわ!!」

「平和って良いな~」

「そうですね~私達がゆっくりできるのも、先輩の様な偉大な先駆者が頑張ってくれたおかげです~」

先輩組みと後輩組で、かなりの温度差がある人達であった。
















忙しくて更新できない事って、本当にあるんですね。

と言うわけで、久しぶりの更新です。
約一ヵ月間、待たせた分だけで文量を多くしようと思ったら、とんでもない文字数になってしまった。これって大丈夫なのか?

展開的に、かなり無理やりな所がありますけど、どうしてもやりたかったんです!

バクラVSゼスト

次回はバトルオンリーになる予定です。遊戯王のモンスターもドンドン登場します。

お楽しみに。



[26763] 盗賊王VS騎士――前哨戦
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/07/16 09:43


ゼストは地面を蹴り、長年共に戦ってきた自慢の相棒を。
バクラは、自身がもっとも得意とする召喚魔法で。
目の前の敵を殲滅するべく、矛を向けた。

(驚いたな。噂通り、少し妙な召喚魔法だ)

バクラから召喚されたモンスター。
ネクロソルジャー。
体は小さく、子供ぐらいの大きさ。
手にはライフル銃とサーベルの様な物を持っている。
格好は奇妙で、何処かの軍隊の様な格好だ。
顔は血色が良い人間のそれとは違い、暖かさなど微塵も感じさせない造られた人形。
そう、正に小さな人形が目の前に佇んでいた。
ギョロ、と此方を射抜く瞳が、とてつもなく不気味だ
しかし、ゼストが驚いているのはそんな事ではない。
以前から聞いていたバクラに対しての噂。
魔法陣が浮かばない。
初めそれを聞いた時は、正直何を言ってるんだと思った。
どのような魔法でも、必ず補助器の役割を果たす魔法陣が浮かび上がるもの。
まして、召喚魔法などという大掛かりな魔法なら尚更だ。
実際、自分の知り合いが使用する召喚魔法がそうだ。
小さな物から巨大な物まで、何を召喚するにせよデバイスと魔法陣の補助を必要とする。
だが、実際に見たバクラの魔法にはそれが無い。
黒い魔力光が僅かに光ったと思ったら、次の瞬間にはネクロソルジャーが佇んでいた。
絶対にデバイス等の補助が必要かと言えば、そうではない。
が、これは少し変わっている。
僅かに目を見開き、驚愕の表情を見せるゼスト。

「ふんっ!」

しかし、それも一瞬。
直ぐ表情を引き締め、狙いを定める。
対象はバクラの前に佇む、ネクロソルジャー。
見た所、大した力は持ってそうに無い。
今まで培ってきた経験から解る。
この槍を振り下ろせば、目の前の障害は簡単に排除できるだろう。
ゼストは槍の柄を強く握り締め、渾身の力を込めて振り下ろした。

(なんだ?これは……)

始めに感じたのは疑問。
槍に引き裂かれ、光の粒子となり宙へと消えるネクロソルジャー。
攻撃は成功したが、問題なのはそこじゃない。
軽い……軽すぎるのだ。
普通、どんな物体でも切り裂けばある程度の質量を感じる。
それが例え、子供の様に小さい人形でも。
しかし、槍を伝わってきた感触は、まるでアイスやプリンの様な柔らかい物を切り裂くかのような軽い物だった。

(一体どういう事だ?)

疑問を覚えながら、ゼストは地面を駆け抜けながらもバクラの様子を窺う。

「クククッ」

自分の僕が倒されたというのに、バクラには何の戸惑いもない。
寧ろ、嬉しそうに笑っていた。
不気味。
自分の配下を倒され、目の前には何時でも臨戦態勢に入れる敵が迫ってる。
それなのに、ただ笑みを浮かべ、余裕すら感じさせるバクラ。
様々な犯罪者と対峙してきたゼストでさへも、その笑みには酷く不気味な物を感じた。
地面を蹴る。
この間合いなら、間違いなく一撃を当てる自信がある。
ベルカ式。
ミットチルダ式とは違い、純粋な対人戦闘に特化して進化してきた体系。
バクラの余裕は気になるが、何が来ても全てを切り捨てる。
ゼストはそのまま勢いを緩めず、一気にバクラへと迫った。
しかし――

「ッ!!」

瞳に迫る銀色の刃物。
危険。
戦士としての直感が警告を鳴らす。
反射的に、ゼストはその場から飛び退いた。

「これは!?」

自分を攻撃した犯人の姿。
手に持ったライフルにサーベル、奇妙な兵隊の様な格好に、不気味な人形の顔付。
間違いない。
あれは先程、確かに自分がこの手で倒したはずのネクロソルジャーだ。

「クククッ……どうしましたぁ、騎士様?まるで幽霊でも見た様な顔になって」

驚愕してるゼストの、バクラは挑発気味に声をかける。
事実、彼は驚いていた。
目の前に佇み、その不気味な瞳で此方を射抜くネクロソルジャー。
何処を見ても、先程自分が倒したネクロソルジャーと変わらない。

――仕留め損なった?

いや、そんなはずはない。
あの時、確かに自分は手応えを感じていた。
万に一つも、仕留め損なうわけがない。

――幻術?

相手を惑わす魔法なら、自分が斬り捨てたのは幻。
それならば、目の前のネクロソルジャーが存在してるのは納得がいく。
しかし、何かが違う。
口では上手く説明できないが、その予想は違うと今まで培ってきた経験が訴えていた。

――新たに召喚された?

新しくバクラに召喚されたなら納得がいくが、それにしても可笑しな個所がある。
最初にネクロソルジャーを倒してから、自分はバクラから目を離さなかったはず。
いくら魔法陣やデバイスを使わないとはいえ、魔力光なりアクションなり。
少なくても、魔力の流れは感じる事が出来るはず。
しかし、あの時のバクラにそんな様子は無かった。
不敵な笑みで、自分を見つめていただけだった。
では、今目の前に居るネクロソルジャーは一体何処から湧いて出てきたのか。
ゼストの頭の中を、幾つもの疑問が駆け巡る。

「かかってこねぇならぁ……こっちから行かせて貰うぜ!行け、ネクロソルジャー!」

バクラの号令に従い、ギギ、ギギっと何かが擦れる様な音を立てながらゼストに襲い掛かるネクロソルジャー。
小さな人形が刃物を振りかざして走る姿は、それだけでも不気味だ。

(考えてても仕方ない。此処はもう一度奴に挑み、その真意を確かめる!)

再び槍を構え直し、迎撃態勢に入る。
一閃。
やはり、ネクロソルジャーは防御面では優れておらず、最初のネクロソルジャーと同様に簡単に切り裂かれた。
真っ二つに引き裂かれる、上半身と下半身に分かれる。
その様子を、バクラは可笑しそうに眺めていた。

「ッ!!」

瞬間、ゼストはある事に気付いた。
切り裂かれたネクロソルジャーの体が、一瞬だけ不気味な光に包まれる。
やがてそれは、二つに分かれた。
二つの人型の光。
一つは先程ゼストに切り裂かれた物。そのまま光の粒子となり、宙へと溶けていく。
しかし、もう一つの光はそのまま人型を保ち、その光が晴れると――

「こ、これは……」

先程と同じく、姿形が変わらないネクロソルジャーが佇んでいた。

「ヒャハハハハハハハッ!おいおい、そう驚くなよ。そいつが、ネクロソルジャーの特殊能力なんだからよぉ!」

「特殊……能力」

唖然としたまま、バクラへと視線を移す。

「そうさ。てめぇなら知ってんだろ、俺様の噂をよぉ。
“盗賊バクラが従えるモンスター達は、奇妙な能力を持っている”ってな」

脳から引っ張り出される情報。
確かに管理局で流れている噂には、バクラのモンスターには奇妙な効果を持つ物も居ると聞いた事がる。

「このネクロソルジャーも、その内の一体さ」

得意げに腕を組みながら、バクラは話し始めた。

「実際に切り結んだてめぇなら解ると思うが、こいつは防御力という防御力がねぇ、ほとんど0に近い。
そして、攻撃力もまた皆無。人間を傷つける殺傷能力なんか、米粒ほどの威力も無い。
Eランクの最下級魔導師は勿論、そこら辺に歩いてる一般人にも勝てるかどうかさへ怪しい、文字通り戦力しては何の役にもたたねぇ木偶人形さ。
だが、その代わりにある特殊能力があるんだよ。
そしてそいつは、貴様のある行動によって発動する」

「俺の……行動」

唖然としたままのゼストを、バクラは歪んだ瞳で射抜く。

「そう……ゼスト・グランガイツ!てめぇの攻撃その物が、こいつの特殊能力の発動トリガーだ!」

組んでいた腕を外し、歪んだ笑みを浮かべながらゼストを指差した。

「魔法を発動させるのにも、その引き金となるトリガーが必要なのはてめぇも知ってるだろう」

掌を掲げて、再び説明の続きを話し出す。

「こいつはてめぇが自分に対して攻撃を行ったと判断した瞬間、その体を増殖させ新たなネクロソルジャーを生む。
つまり、貴様の槍が振り下ろされたその瞬間、トリガーが発動し、もう一体のネクロソルジャーを生み出していたという事だ。
例え、それがどれほどの小さな攻撃だろうとも、こいつらはオートで判断し増え続け。
どんなに破壊されようとも、自らの体を分身させ永久に戦いのフィールドに残り続ける。
そいつが兵隊人形――ネクロソルジャーの特殊能力だ!!」

なるほど。
道理で初めに切ったはずのネクロソルジャーが、何もしないで復活していた訳だ。
いや、この場合は復活ではなく新しいネクロソルジャーが生み出された、と言い換えた方が的確だ。

「そうそう、序に教えてやるよ。
俺様はモンスターが倒された時、どういうわけか自身の体にも、望んでもいないダメージが通っちまう。
従えるモンスター共が強力になればなるほど、体に通るダメージが大きくなる」

変だ。
自分は既に、ネクロソルジャーを二体倒した。
もし、バクラの話しが本当なら痛がる素振りの一つも見せるはずだ。
しかし、バクラに特に変わった様子は無い。
怪訝な表情で見つめてくるゼストを嘲笑うかのように、バクラを口元を釣り上げた。

「だがぁ、特殊能力で生み出されたネクロソルジャーなら話は別だ。
こいつらが何体倒されようとも、最後の一体が倒されるまで俺様にはダメージは無い。
モンスター共を倒して、俺様の体力を0にしようと考えていたなら、さっさとその作戦を変えるのをお薦めするぜぇ」

もっとも、例え最後の一体を倒して全滅させても、攻撃・守備共に0のこいつのダメージはさほどでもないがな。
挑発的な笑みを浮かべ、バクラは心の中でそっと呟いた。

「心遣いには感謝しよう。だが、生憎とその心配は無用だ」

「ほぉ……流石騎士様。敵は正々堂々、その槍で打ち倒す、と言った所か」

感心する様に息を漏らすバクラの目線の先で、ゼストは槍型のデバイスを構え、その切っ先を向けていた。
騎士。
その武と誇りにかけて、その様な臆病者が取る策など不要。
相手を倒し、勝利をもぎ取るまで。
ゼストは槍を構えたまま、注意深くバクラ達を観察し始めた。

(此方の攻撃がトリガーとなって増え続ける僕……か。しかし、防御は頼りなく、また早さも攻撃もそこまで脅威にはならない)

幻術なのか、それともバクラが言った通りに本当にモンスター自身の能力なのか。
どちらにせよ、自分にとってはそこまで脅威にはならない。
能力の面では、使いようによっては確かに厄介な事になる。
しかしこの能力は、裏を返せば自分が攻撃をしなければ何時まで経っても一体しか存在しないという事。
刃を潜め、術者の背後に回り込んで必殺の一撃を加えるなど容易い。
だが――

(気になる。あの不敵な笑みが)

真っ直ぐ此方を射抜く二つの眼、自らの勝利を確信している様な笑み。
今さながら、レナードが言っていた事が痛いほど解る。
非常識の塊。
自分達の常識で測るのは、どうやらここまでにした方が良い。
そうでないと、負けるのは恐らく自分だ。
幻術の類である事も頭に入れ、より本腰を入れなくては。

「すぅ~~は~~」

軽く深呼吸し、体に酸素を回す。
相手を見据え、猛禽類の如く鋭き眼でバクラを射抜く。

「クククッ……漸くその気になったか。いいぜぇ、そのでなけりゃぁわざわざクラナガンまで足を運んだ意味がねぇってもんだ。
死霊騎士デスカリバー・ナイト召喚!」

魔力の光から、ゼストと同じく騎士の名を持つモンスターが召喚された。




「前哨戦は此処まで、といった所か」

「そうね」

モニターを見つめながら、レナードとエルザは呟く。
死霊騎士デスカリバー・ナイト。
こいつが出てきたという事は、バクラも本格的に攻めるだろう。

(けれど、まだまだ勝負は序盤戦か)

先程までの攻防は、本当にただの前哨戦。
お互いの実力の内を探るための、ほんの小競り合いでしかなかった。
その証拠に、ゼストもバクラも互いに手の内をほとんど見せていない。

「ほえぇ~~。噂では聞いてたけど、本当にデバイスも魔法陣も使わないんですね。ビックリしました」

モニターに映る二人の緊張感を吹き飛ばすほどの、のんびりとした声が近くから聞こえた。
見てみると、エルザのサポート役である後輩の女性は、宙のモニターを見つめながら固まっていた。
目を見開き、口を大きく開きっぱなしになっている。
自分が間抜けな表情になってるのに気付かないほど、バクラ達の試合に夢中なようだ。

(まぁ、気持ちも解らないでもないな。実際に俺も見た時は、正直目を疑ったし)

簡易魔法ならまだしも、召喚魔法を魔法陣もデバイスの補助もなしに使いこなす。
思えば、あの時から非常識の塊だった。
レナードは昔を懐かしみながら、バクラ達の戦いを見守った。
で、彼の部下であり、お化けが怖いと泣き叫んでいた後輩の男性は――

(うぅ~~……俺、ホラー映画とかダメ)

目を背け、部屋の隅で丸まっていた。
本当にオカルトの類はダメだったようだ。




馬上で自分にその矛先を向けてくる騎士。
死霊騎士デスカリバー・ナイト。
姿形は不気味だが、主の命に忠実に従い、敵を倒そうとする姿は騎士を連想させる。

「死霊騎士……」

「気にいってくれたか?同じ騎士同士、相手には申し分ない……行け!」

王の命に従い、馬を操り敵を排除するために動きだす騎士。
迅速に地面を駆け抜け、ゼストへと迫る。
速い。
同じバクラの僕だというのに、ネクロソルジャーとは段違いの速さだ。
しかし、それはあくまでもネクロソルジャーと比べての速さ。
自分にとっては、そこまで脅威にはならない。
ゼストはその場で構え、デスカリバー・ナイトを迎撃する体勢に入った。
ダッダッダッ。
馬の蹄が硬い地面を蹴りながら、真っ直ぐ此方に向かってくる。
突進はかなりの破壊力を生むだろうが、この程度自分の部下の拳の方が何倍も上だ。

「はぁ!」

気合一閃。
二つの影が重なり合った瞬間、ゼストは馬もろとも騎士を一刀両断に切り裂こうと、槍を振り下ろした。
タイミングは完璧。
このまま攻撃が成功すれば、バクラのデスカリバー・ナイトをいとも簡単に切り裂くだろう。
しかし、彼はある事を見逃していた。
バクラのモンスターは、一体ではないという事を。

「ッ!!」

何時の間に居たのだろうか。
騎士と騎士の一騎打ち。
その間に割って入ってきた、小さな黒い影。
ネクロソルジャー。
ゼストが振り下ろした槍は、ネクロソルジャーの体を捉える。
トリガー発動。
再び分身するネクロソルジャー。
一体は光の粒子となり消え、残ったもう一体はそのままゼストに向かって攻撃をしてきた。
銀色の刃。
顔目掛けて飛んできたそれを、反射的に避けるゼスト。
回避は成功。
しかし、少し……ほんの少しだけ、ゼストはデスカリバー・ナイトから意識を反らしてしまった。

「デスカリバー・ナイト!」

そして、この男にはその僅かな時間で十分だった。
バクラが名を叫んだん瞬間、デスカリバー・ナイトは馬を操り高く跳躍する。
対象を失った槍は虚しく宙で円を描き、地面に落ちた。
相手を倒すどころか、背後を取られてしまったゼスト。
蹄の音が聞こえる。
背中に感じる殺気。空気を切り裂き自分に迫る凶器。

「くぅ!」

風を切り裂く豪快な音と共に、ゼストは振り向き際に槍を振り払う。
火花が散る。
直ぐ後ろの迫っていたデスカリバー・ナイト。
馬上で振り下ろした刃とゼストの槍がぶつかり合い、周囲の空気を震わした。

(チッ!
あれだけの短時間でデスカリバー・ナイトの攻撃リーチを計算し、目には頼らず空気の流れと殺気から攻撃箇所を導き出す。
ストライカー級の魔導師……いや、奴は騎士だったな。
お高く纏っていやがるが……なるほど、確かに実力はそんのそこら中の魔導師では相手にもなんねぇ)

奇襲が失敗した事に舌打ちを打つバクラ。
同時に、ゼストの戦士としての実力の高さを改めて評価した。
攻撃が失敗に終わったデスカリバー・ナイト。
ゼストと切り結んだ後、そのまま地面を駆け抜けバクラの隣に佇んだ。
ネクロソルジャーも、同じように主であるバクラの隣に佇む。

「……なるほど。だから、そのモンスターを召喚したという事か」

バクラ達を見つめながら、何かを悟った様子のゼスト。

「ほぉ、結構頭も回るじゃねぇか」

ゼストが何を悟ったのか、それはバクラにも解った。

「このネクロソルジャーはさっきも言った通り、攻撃も防御もゴミほどの物しかねぇ。けれどなぁ」

一度言葉を区切り、バクラはネクロソルジャーの首を攫んで持ち上げた。

「見ての通り、物体としては存在してる。ほらよ」

自分で確かめな、そう言いたそうにネクロソルジャーをゼストに向かって投げる。
勢いよく此方に飛んでくるネクロソルジャー。
ゼストは拳を握り、目前に迫った人形の頬を殴り飛ばした。
無論、これも攻撃として判断される。
トリガー発動。
殴られた瞬間に二体に分身する。
一体は衝撃で宙を舞いながら消え、残った一体は先程と同じようにバクラの隣に佇んだ。
軽い。
どうやら、バクラが言っていた防御面でも攻撃面でも0というのは本当のようだ。
正直、あれが100体襲ってきても難なく対応できる。
正に戦力外。攻撃にも防御にも使えない。
しかし、使いようによってはもっとも戦いたくない相手になる。
確かにネクロソルジャー自体は脆いが、先程殴ったこの手には確かな重さが伝わっていた。
即ち、物体としては存在している。

「人間の集中力って物は、時としてとんでもねぇぐらい研ぎ澄まされる。
まして、騎士として普段から自分を鍛えているてめぇなら、その集中力は武器となりとてつもないほどの技を生み出すはずだ」

得意げに話しだすバクラ。先程ゼストが何を悟ったのか、その内容を話し始めた。

「だがなぁ、人間の集中力ってのは結構簡単に途切れちまう。
例えば髪の毛。適当に幾つか摘まんで引っ張りゃぁ、集中力なんか簡単に途切れる。
まぁ鍛え方次第では、直ぐに元の状態に戻す事も可能と言えば可能だが――」

「全意識を向けていた対象からは一瞬だが意識が外れる。一秒間にも満たない、ほんの僅かな間。
しかし、相手よりも攻撃権の先制を獲得するには十分な間だ」

引き継いだゼストの言葉に、バクラは笑みを浮かべた。

「クククッ、ご名答。人間ってのは、良く出来た生き物だよな。
急所に攻撃が迫れば、咄嗟に体が反応してくれる。だが同時に、不便な生き物でもある。
突然視界の前を塞がれれば、どんな奴でも一瞬だが意識が霧散しちまう。こんな風にな」

ネクロソルジャーの体を自分の目の前、ちょうど視界に映るゼストが見えなくなるように持ち上げる。

「貴様の言う通り、ネクロソルジャーが意識を反らせるのは僅かな時間だけ。
鍛えに鍛え上げた、一流の戦士であるお前には体しか障害にはならねぇ。
並の相手なら、体勢を立て直した後のカウンターで十分に倒せる。
だが、俺様は並ではない。
たった一瞬の隙でも、てめぇに攻撃を加えることは可能だ」

一見すると地味な戦法だが、これが中々鬱陶しい。
ネクロソルジャー自身の力は、確かに大したこと無く、直ぐ倒せる相手。
だが、攻撃の要であるデスカリバー・ナイト。そして、彼らの目であるバクラ。
この二人が加わった時、厄介な戦法へと進化する。
攻撃を受けた瞬間に分身し、半永久的に消滅する事がないネクロソルジャー。
攻撃・防御・速さ、全てにおいてバランスが良い死霊騎士デスカリバー・ナイト。
相手を動きを完璧に見極め、攻撃を察知する事が出来るバクラの洞察眼。

(少しだけ、厄介だな)

ネクロソルジャーの分身能力。
単体ではほとんど役に立たないが、徒党を組むと鬱陶しい事この上ない。
おまけに、ベルカ式はあくまでも対人戦闘に特化した魔法体系。
射撃や砲撃、広域攻撃魔法もあるにはあるが、やはりベルカ式の神髄は一刀両断の一撃必殺にある。
正にベルカ式にとってみれば、ネクロソルジャーの能力は天敵に近い。

「さぁて、そろそろ俺も本格的に攻めさせてもらうぞ」

持ち上げていたネクロソルジャーを地面に下ろす。
バクラの体から黒い魔力光が漏れ、周囲に充満し始めた。

「ゴブリンゾンビ!アンデット・ウォーリアー!ゲルニア!三体同時召喚!!!」

バクラから新たに召喚されるモンスター。
一体は、剣を持ち骸骨の様な模様を体の表面に刻む不気味なモンスター。
一体は、肉も皮もない骸骨が鎧と剣と盾を装備したモンスター。
一体は、巨大な爪を持ち骨と筋肉だけで構成された様なモンスター。

「これは……」

人間、誰もは生理的に嫌な物は受け付けないもの。
心身ともに鍛え上げたゼストといえども、それは変わらない。
表面上に出さないだけでも流石だが、心の内では思わず顔を顰めていた。
バクラのモンスター軍団。
その全てが不気味で、ゾンビやアンデットを想わせる姿。
ホラー映画も真っ青な地獄絵図だ。
今なら、あの陸士の子の気持ちが解る。
確かにこれは、あまり相手にしたくない敵だ。

「やれ」

たった一言、紡がれた命令。
咆哮を上げる。
主の命に従い、モンスター達は一斉にゼストに襲い掛かった。




横から飛んでくる斬撃。
急所を的確に狙う刃。
押し潰そうとしてくる巨大な影。
それら全てが、自分を倒すためだけに一丸となって襲ってくる。
ゴブリンゾンビの攻撃。
首を狙って横一線に振るわれる剣を、槍の柄でいなして回避する。
空かさず追撃を加えるゲルニア。
巨大な爪が自分の体を引き裂こうと、振るわれる。
この程度の攻撃、どうという事は無い。
ゼストは冷静に、自分の槍の切っ先でゲルニアの爪を上に弾いた。
体勢を崩し、ボディががら空きになるゲルニア。
今攻撃を受けたら、防御の術は無い。
そして、一流の戦士であるゼストがその隙を見逃すはずがなかった。

「ふっ!」

放たれる神速の槍。
引きの速さから、攻撃に移るまで、その一連の動きには完成された武の形があった。
しかし、それも無駄。

「くっ!」

攻撃の瞬間に割り込んできた骸骨の戦士。
アンデット・ウォーリア―。
黒い二つの目が自分を射抜くのには、正直不気味の一言としか感想が浮かばない。
盾を構える。
ピシッ。
手に伝わる僅かな感触。
自分が振るった槍は、アンデット・ウォーリアーの盾に罅を入れただけに終わった。
勿論、ゲルニアにもアンデット・ウォーリアーにもダメージは無い。
攻撃は失敗に終わる。今度は此方の番だ。
既に体勢を整えたゲルニア。そして、助けに入ったアンデット・ウォーリアー。
二体同時に爪と剣を振りかざし、襲い掛かってきた。

(動きはそれほどでもないか。先ずは、一体を打ち倒し、続いてもう一体を打ち倒す!)

鎧を着た骸骨と不気味なモンスター。
気色悪いの一言に尽きる光景だが、冷静に対処すればそれほどの敵でも無い。
最初にアンデット・ウォーリアー、続いてゲルニアを斬る。
ゼストは槍を構えて迎撃態勢に入るが、此処で再び邪魔物が襲ってきた。

「ッ!!」

二体の間から飛び出してくるネクロソルジャー。
攻撃・守備共に役に立たない戦力外だが、纏わりつかれると正直邪魔だ。
想像して欲しい。
子供と同じぐらいの大きさの人形。
それが体に纏わりつかれ、周りには凶器を携えたモンスター達が自分を狙っている。
危険。
直ぐ様ゼストは、構えを解いてネクロソルジャーを殴り飛ばす。
しかし、再び分身するネクロソルジャー。
ならばと、分身したばかりのネクロソルジャーを蹴り飛ばす。
時間差にして、ほとんど0。一秒も経っていない、僅かな時間。
だが、これも無駄だった。
ネクロソルジャーの能力発動条件は、相手の攻撃。
どんなに速く攻撃しても、直ぐ分身してしまう。
新たなに生まれるネクロソルジャー。
分身を利用し、そのまま自分との距離を詰めて顔に張り付いてきた。
視界が塞がれる。
危険と感じたゼストは、顔に張り付いたネクロソルジャーを直ぐ様剥がしにかかる。
攻撃力0。
力も弱く、直ぐ剥がす事は出来た。
が――

「ッ!!」

既に目前には二体のモンスターの凶器が迫っていた。
柄を攫み、槍を払う。
防御成功。
モンスターを倒す事は出来なかったが、攻撃を防ぐことには成功した。
爪と剣を弾き飛ばされる。
ゲルニアとアンデット・ウォーリアーの動きが止まっている内に、ゼストは一度体勢を立て直すため地面を蹴り後退した。
しかし、その先にも既にモンスターの魔の手が回っていた。

「これは!!」

地面に映る巨大な影。
上を見上げる。
そこには、馬を操り死霊の騎士の姿があった。
再び地面を蹴り、回避するゼスト。
一瞬の間の後――

――ドスン!

地面を揺らす衝撃と共に、デスカリバー・ナイトの巨大な馬がその蹄を地面に下ろした。
危なかった。
馬という生き物は、思ったよりも巨大だ。
人間の身長を遥かに超え、さらに魔力の補助。
そこから生み出される破壊力は、並の魔導師よりも破壊力は上だ。
まともにくらったら、ひとたまりもない。
安心したかのように息を吐くゼスト。
しかし、回避した先にはまたもやバクラのモンスター、ゴブリンゾンビは既に待ちかまえていた。

「くぅッ!」

振り下ろした巨大な剣を槍で防御するゼスト。
ギギギッ。
火花を散らしながら、力に任せて押し返した。
仕切り直し。
互いに距離を開け、睨み合いながら出方を窺うゼストとバクラのモンスター軍団。

(……凄いな)

相手の様子を窺いながらも、ゼストは心の中で称賛した。
正直、バクラ達のモンスターはそれほど強力な攻撃力を秘めていない。
デスカリバー・ナイトはそこそこ脅威だが、他は皆無。
精々Dランク、贔屓目に見たとしてもCランクの下位クラスの魔導師に勝てるかどうかほどの力しかない。
しかし、一体一体が弱くても、徒党を組めば力を何倍にも高める。
それは人間も同じ。
違うのは、その全ての命令を一人の人間が出しているという事。
上手い。
こうも簡単に複数のモンスター達を従えさせ、的確な指示を送る。
相手を追いつめ、その命を的確に刈り取る。
しかも、それを行っているのはまだ11歳の子供。
ゼストは純粋にその技量に感心していた。

「……………」

無言のまま、ゼストは槍を構える。
同時に、再びモンスター達も一丸となって襲い掛かった。





一方、離れた所でモンスター達を操っているバクラは、怪訝な表情でゼスト達の戦闘を見つめていた。

(可笑しい……あの野郎、何をそんなにてこずっていやがる?)

バクラは自分の眼力には自信を持っている。
モンスター達の統制も完璧だ。
だが、いくらなんでもてこずりすぎではないか?
ネクロソルジャー、デスカリバー・ナイト、ゴブリンゾンビ、アンデット・ウォーリアー、ゲルニア。
並の魔導師なら、この五体でも十分倒せる。
しかし、目の前で戦っているのは並ではない。
仮にも首都防衛隊の隊長にして、ストライカー級の魔導師。
魔力とカートリッジシステムの制限というハンデを受けても、今まで培った経験と技は健在なはずだ。
例えばネクロソルジャー。
能力は確かに厄介だが、そこまで手を焼くほどでもない。
防御魔法の一つでも張って、強行突破すれば、倒す事は不可能でも術者である自分には簡単に接近できる。
いくら対人戦闘に特化してきたベルカ式とは言え、全く防御魔法が使えないとは考えにくい。
まして、相手はあのゼスト・グランガイツ。
モンスターの包囲網を突破するほどの突進力が無いとも思えない。

(それとも、俺の見込み違いか)

目には自信を持っていたが、自分だってミスをする事はある。
もし、そうだとしたらガッカリだ。
期待外れの相手に過度な期待をしてしまった。
忌々しそうに、苛立ちを隠さず口を歪めるバクラ。
しかし、それも次の瞬間には驚愕の表情に変わる。

「ッ!!」

最初に気付いたのは、モンスター達の主であるバクラ。
首元がチリチリする。魔力の波が乱気流を生み出す。刃となり容赦なく牙を向ける。
危険危険危険危険危険危険……
常に頭の中で危険信号を鳴らしている。

「不味い……てめぇら戻れ!!」

意識の共有で声に出さずともモンスター達には命令を出せる。
しかし、バクラは焦った様にわざわざ声に出して命令を出した。
そうせざるを得ないほど、彼は焦っていた。
バクラのモンスターも主に言われた通り、攻撃を止めようとするがもう遅い。
放った攻撃は止まらず、ゼストに振り下ろされた。
重心を定め、左足を前に突き出し、自身の槍を横に構える。
魔法陣。
足元に山吹色のベルカ式の陣が浮かんだと同時に、ゼストの槍に魔力の渦が生み出された。
渦はさらに大きく、鋭く、全てを呑みこみ、破壊する刃となる。
そして――

「はあぁぁ!!」

横一線。
ゼストが槍を払った瞬間、渦巻いた魔力は真空の刃となってバクラのモンスターを達を呑みこんだ。

「ぐくぅぅうぅ!!」

離れている自分の所にさえも、暴風が襲ってくる。
腕で目を庇うバクラ。
暫く自分の体を風が駆け抜けた後、漸く治まった。

「うぅ……こ、こいつは!!」

それは正に風の傷跡。
自分が召喚したモンスター五体。
分身能力を持つネクロソルジャーを含め、全てが全滅していた。
そして――

「……………」

傷跡の中心に佇む、一人の男。
槍を携え、見た者全ての戦意を奪い去る眼光。
鬼神。
誰が言ったか知らないが、もし本当にそんな物が居るとするなら、目の前の人物の様な人の事を言うのだろう。
バクラは一瞬、背中に冷たい物を感じた。

「ッ!ぐああぁぁああぁぁあ!!」

唖然としながら佇んでいたバクラだが、突如体に走った痛みに胸を抑える。
五体のモンスターが全滅。
その分のダメージも、モンスターのライフラインを通してバクラに伝わった。

「……驚いたな。君は本当に召喚獣と繋がっているのか」

本人の口から直接聞いたが、正直ゼストには信じられなかった。
術者と僕のライフライン。
そんな召喚術、今の今まで聞いた事も見た事もなかった。
だが、なるほど。そういう事なら納得がいく。
強力な力を持ったモンスター。それも複数を従えさせられる。
強大な力には、必ず何かしらのリスクが付くと言うが、バクラにとってのリスクとはモンスターとのライフラインなのだろう。
正に、諸刃の剣。

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ……」

何とか痛みを抑え、新鮮な空気を全身に回す。
汗まみれになったバクラの顔が、そのダメージの大きさを物語っていた。

「て、てめぇ……今まで手を抜いていやがったな?」

息を整え終えたバクラは、ゼストを睨みつけながら問いかけた。

「……あぁ。もし、それで君が不快な思いをしたのなら謝罪しよう」

ゼストを肯定の返事を返しながら、バクラへと謝罪した。
手加減。
自分の腕に自信を持っている相手にとっては、敵から情けをかけられるのは屈辱以外の何物でもない。

「だが、此方には君の召喚術に関してのデーターがほとんどなかったのでね。失礼ながら、どれほどの物か確かめさせて貰った」

正直、ゼストの手にかかればバクラのモンスター軍団は直ぐ倒す事は可能だった。
だが、バクラの召喚術は自分が知ってる物と比べると異様。
一体どれほどの力を秘めてるのか。
見極めるために、ある程度の力量を測る必要があった。

「君が召喚したネクロソルジャー。あれは確かに厄介な能力の持ち主だ。
どんなに速く攻撃しても、此方の攻撃その物が能力の発動トリガーとなってしまうため、無限に分身を続ける。
倒すには、元から居たネクロソルジャーと分身して生まれたネクロソルジャー。
その二体を同時に倒さなくてはならない。
主に近接戦闘を得意とするベルカ式にとってみれば、正に天敵に近い。
いや、例え砲撃や射撃を得意とするミッドチルダ式にとっても厄介な相手だ。
単純な砲撃魔法でも、一直線上に放ってしまったら分身を終えたネクロソルジャーには攻撃は届かない。
例え届いたとしても、同時に呑みこみ、二体同時に倒せるほどの極大の砲撃魔法でなくてならない。
射撃も同時に、それも分身体が出現するポイントを見極めて放つのは、並のコントロールでは不可能。
しかし――」

ゼストは一度言葉を区切り、自身の槍で地面を叩いた。

「この様に広域型の攻撃魔法ならば、最小限の力で一気に滅する事も可能だ」

地面に等間隔に並んだ傷跡。
ゼストの前面に集中しており、三mほどの半形、小さな傷を合わせたら約五mほどの半径を描いていた。

(……この男、やはり戦い慣れしてやがる。
俺様が説明したとはいえ、初めて見るネクロソルジャーの能力の特徴を見極めただけでなく。
極最小限の力で最も効率が良い技を選択し、モンスター共をぶちのめしやがった。おまけに、後半戦に備えて余力を残していやがる)

よくよく見れば、ゼストの息は全く乱れていない。
その事からも、彼の余裕が窺える。
なるほど、どうやら舐めていたのは自分の方だった。
ゼスト・グランガイツ。
管理局のストライカー級の騎士にして、首都防衛隊の隊長。
その実力だけは認めよう、まだまだ本気で無い事も。
だが――

「へッ!倒そうと思えば、何時でも倒せたって訳か。クククッ、中々楽しませてくれるじゃねぇか」

それは自分とて同じ。
ダメージは通ったが、まだまだ此方も余力を残し、尚且つ切り札も出していない。
バクラは変わらずの不敵な笑みで、ゼストを睨みつけた。

「ほぉ、流石だ。これぐらいでは、闘志を失わないか」

モンスターを倒し、バクラにもダメージが通ったのは本当だろう。
しかし、瞳の中に宿る闘志は未だに衰えていない。
ゼストも槍を構え直し、再び戦闘態勢に入った。
睨み合う両者。
お互いの一挙一動を見つめる。
もはや、互いに小手調べは不要。
此処からが本物の戦いになる事は、実際に戦場に立っている両者が良く理解している。
これから先、ほんの少しにミスが命取りとなる。
バクラとゼスト。
互いに相手の出方を窺い、全神経を相手に集中させていた。

「……………」

「……………」

静寂が辺りを包み込む。
先程の激戦が嘘のようだ。
今聞こえるのは、お互いの息遣いだけ。
それだけ二人は神経を研ぎ澄まさせていた。
一瞬の隙。
少しでも手を抜いたら、やられるのは自分だ。

「…………ッ!!」

動いたのはゼスト。
先程とは段違いのスピードで、バクラへと迫る。

(遠距離ではなく、てめぇが得意とする近距離戦闘を選んだか)

鬼神の如き強さを誇る騎士。

(ならぁ、此方もあんたに相応しい場所へと案内してやるよ。騎士の名に相応しい、闘技場へとな……クククッ)

ならば、それ相応の歓迎をしようではないか。
バクラはある術式を組み立て、魔力を解放させる。

「結界魔法!『暗黒の扉』発動!!」

瞬間、世界が暗転した。




気付いた時、ゼストはそこに立っていた。

「……此処は?」

警戒しながら、ゼストを現状を確かめるため辺りを見渡した。
管理局内の訓練場では無い、暗闇に閉ざされた空間。
他な何も無く、ただ黒いだけの空間が永遠と続いている。
下を見る。
黒い空間の中に、まるで暗闇を裂くようにして存在する白い一本道。
人一人が通るのには十分だが、二人が並行して歩くのは難しい。
それ以外は何も無い。何処かの異空間の中に押し込められた様だ。
一体何故自分はこんな所に。
疑問に思っているゼストの耳に、不気味な笑い声が響いてきた。

「ヒャハハハハハハッ!ようこそ騎士様、歓迎するぜ」

白い一本道の向こう側から歩いてくる、一人の人影。
ボサボサに跳ね上がった髪の毛に、赤いロングコートが特徴の人物。
バクラ・スクライア。
先程まで自分が相手をしていた子供が、不敵な笑みを浮かべながら近づいてきた。

「これは、君がやったのか?」

数歩手前に立ち止まったバクラに対して、ゼストは焦ることなく冷静に問いかけた。
こんな時でも冷静さを失わないのは流石だ。

「あぁそうだ。こいつは俺様のオリジナル結界魔法、暗黒の扉だ。
さぁて、そんじゃあこいつの中でのルールを説明させてもらうぞ」

「ルール?」

「なぁに、そう心配すんじゃねぇ。別にてめぇだけが不利益を被る理不尽な物ではなく、ちゃんとした公平なルールだ」

白い一本道で対峙しながら、バクラはそのルールについて説明を始めた。

「見ての通り、この暗黒の扉は四方八方が特殊な空間に包まれた閉鎖空間。
無論、こいつはそう簡単には砕けるもんじゃねぇ」

試にと、バクラは魔力を込めた拳で暗闇を殴る。
ドン、と何かを殴る様な音は響いたが、暗闇自身には何も変化はない。
先程バクラが込めた魔力の威力から計算しても、彼の言う通りそうやすやすと壊れる物ではないようだ。

「とまぁ、見ての通りさ。ちなみに言っておくが、この上の方も同じような空間に包まれている。
飛行魔法で飛んだとしても、出口は見えてはこねぇぞ。
この空間からの唯一の出口は――」

親指を立てて、バクラは自分の後ろを指差す。
先程は気付かなかったが、その先にはボンヤリとだが何かの姿が確認できた。
目を細め、その正体を確かめるゼスト。
扉。
奇妙な模様が刻まれ、中央には青い球が取り付けられている。
暗闇の中に佇むその姿は、何処となく不気味だ。

「そして――」

今度は人差し指で、自分の後ろを指差した。
釣られる様に後ろを見る。
そこには、先程と同じ造りの扉が暗闇の中に佇んでいた。
違うのは、中央に取りつけられた球が赤い事だ。

「俺と貴様の後ろの存在する二枚の扉。そいつがこの空間から脱出するための、唯一の出口。
その出口に辿り着くためには、この白い一本道を通るしかねぇって事だ」

コンコン、と足の爪先で白い道を軽く叩くバクラ。

「そうそう、この暗黒の扉は発動時に自分のエリアの扉……つまり、俺様なら後ろの青い扉。てめぇなら赤い扉、そいつが自分のエリアの扉だ。
自分のエリアの扉からの脱出は不可能。敵側のエリアにある扉でしか、この空間から抜け出す方法は無い」

段々とバクラが何をしようとしてるのか見えてきた。
お互いの後ろには、自分達の脱出口である扉。
周りは閉鎖され、自分達はこの白い一本道を通らなくてはならない。
狭い道は人一人が通るのが限界。
敵側のエリアに近付くという事は、必然的にその敵と鉢合わせする事になる。
それが指し示す答えは――

「そうだ。ゼスト・グランガイツ!てめぇにこの場で、一対一の一騎打ちを申し込む!!」

狂気を含んだ瞳でゼストを射抜きながら、バクラは高らかに一騎打ちの申し込みを宣言した。
盗賊の羽衣を翻し、右手を横に突き出すバクラ。
魔力光。
突き出した右手に黒い魔力が渦巻きだしたのを見て、ゼストは警戒態勢に入った。
そんな様子のゼストをバクラは面白そうに眺め、まぁ見てろとだけいい構わず魔力を操る。

「ッ!!こ、これは!?」

それに気付くのは容易だった。
バクラの右手に集まった魔力。グニャグニャと形を変え始めた。
魔力自体を操るのは、そう難しい物ではない。
というより、それぐらい完璧に出来なければ魔導師としては三流もいい所だ。
射撃訓練の際も、自分の魔力弾を自由自在に操る訓練方があるくらいだ。
だが、バクラのはそんなレベルではない。
粘土。そう、まるで粘土を捏ね回すかのように自由に形を変えている。
あり得ない。
どれだけコントロールに自信がある者でも、あれだけ精密にコントロールするなど不可能だ。
上手いだとか、下手だとか、そんな次元のレベルではない。
文字通り、天賦の才能だ。

「俺様の得物は、この『デーモンの斧』だ!」

黒い魔力光は、その姿をある物へと変貌を遂げる。
大柄なはずのバクラでさえも小さく見える斧。
刃の部分は分厚く、人間など簡単に押し潰してしまいそうな重力感を誇り。
人間の顔に似た不気味な装飾品が取り付けられている。
デーモンの斧。
正に、悪魔を連想させる不気味な斧だ。

「さぁて、どうします?騎士様?」

巨大なデーモンの斧を、まるでそこら辺に落ちている木の棒を、しかも片手で軽く持ち上げるバクラ。
自分の肩にデーモンの斧を置きながら、ゼストへと話しかけた。

「このバクラ・スクライアの一騎打ち。受けてはくれませんか?……それとも」

ニヤリと笑みを浮かべ、挑発気味に声のトーンを上げる。

「おめおめと敵を前にして逃げますか?まさか誇り高きベルカの騎士様ともあろうお方が、そんな臆病者の様な事はしないですよね?
クククッ、確かに俺様が言ってる事が全てとは限らない。
もしかしたら、わざわざ敵陣の扉ではなく自分の扉からも脱出は可能かもしれない。
確かめてみますか?無様に敵に後ろ姿を見せて」

それは完全なる挑発。
一対一の戦いから逃げる。
しかも、相手から一騎打ちを申し込まれて。
それは自分の誇りを傷つけるのと等しい不様な行動だ。
さぁどうする。
バクラがゼストを射抜く、答えを求める。
既に、ゼストの答えは決まっていた。

「……良いだろう。その一騎打ち、受けよう」

足腰に力を入れ、ゼストは槍を構えた。
正直、バクラが何を考えているのか解らない。
ベルカ式。
一対一なら敵なしとまで言われた魔法体系に、しかも逃げ場がないこんな狭い空間で一騎打ちを申し込む。
正気を疑う様な提案だ。
相当自分の腕に自信があるのか。それとも、何かの罠か。
この暗黒の扉だって、本当にバクラが言った通りの仕掛けなのか解らない。
もしかしたら、自分側のエリアの扉で脱出可能かもしれない。
例え脱出できなくも、自分の腕なら一点集中突破で結界を壊す事も可能かもしれない。
しかしそれは、相手からの一騎打ちを断るという事。
ゼストだって管理局員である前に、自分の武に自信を持っている一人の男。
その誇りにかけて、逃げる様な真似だけはしたくない。
デーモンの斧を掲げる敵を、その眼光で射抜いた。




――そうだ、それでいい。自らの誇りにかけて、無様に逃げる様な真似だけはしたくない。難儀な物だなぁ、えぇ?
  暫くは貴様が最も得意とする土俵で戦ってやる。俺様の準備が整うまでな。クククッ……





「あれ?」

「どうしたの?何かあった?」

「いえ……別に大したことじゃあ」

声をかけてくれたエルザに返答する後輩の女性。
エルザは特に気にする事もないのか、自分の仕事に戻る。
後輩の女性も同じく仕事に戻るが、何か変だ。
眉を曲げて、しきりに画面を見つめている。
カタカタ。
端末を操作し、自分の目前にバクラ達が戦っている訓練場の映像を映し出した。

(可笑しいな~。さっき確かに、変な煙みたいな物が一瞬だけ横切ったんだけど……気のせいかな?)

首を傾げ、後輩の女性は頭に?マークを浮かべていた。








ゼスト隊長、弱くね?って思った人。見ての通り、手を抜いて戦ってました。

というわけで、盗賊王と騎士の戦いはお互いに小手調べを終えた状態です。
わざわざ騎士であるゼストに一騎打ちを申し込んだバクラ。
しかし、何かを狙っているよう。
その狙いは何なのか!?
次回をお楽しみに。


以下、遊戯王解説。(なお、参考は原作遊戯王と遊戯王カードWikiより)

――ネクロソルジャー

原作でバクラが使った攻撃力・守備力共に0の効果モンスター。
能力は相手のスタンバイフェイズにフィールド上にこのモンスターが居れば、もう一体のネクロソルジャーが出現するというもの。
此処では、相手の攻撃と同時に一体分身するという能力になっています。
相手が攻撃した瞬間に増えてしまうため、単純な射撃や砲撃では倒しきれない、近接戦闘を得意とするベルカ式にとってみれば厄介な相手。(特に三期のスバルの様なタイプにとっては、倒す事は難しい)
攻撃も守備も0のため、ほとんど戦力としては役に立たない。他のモンスターを徒党を組んで、相手の意識を反らしたり攻撃の邪魔をするサポート役。
まぁ、簡単に言えばぷよ○よのおじゃま○よ的な存在。地味に嫌だ。

――デスカリバー・ナイト

攻撃力1900・守備力1800でバランスが良いモンスター。しかし、ゼストと比べると一歩劣ってしまう。

――ゴブリンゾンビ、アンデット・ウォーリアー、ゲルニア

アンデット・ウォーリアー以外は原作でバクラが使用したアンデット族のモンスター。
実力は低く、手加減していたゼストと切り結べる程度(だって攻撃力がそれぞれ1100、1200、1300しかないもの)
並の相手ならともなく、相手が悪かった。

――暗黒の扉

互いのプレイヤーは自分のバトルフェイズにモンスター一体でしか攻撃できなくする、永続魔法。
此処では、結界魔法の一種。
狭い通路に閉じ込められるため、下手な砲撃や広域攻撃魔法が使えない。
原作の効果通り、一対一の戦いに持ち込ませるための魔法。

――デーモンの斧

モンスター一体の攻撃力を1000ポイントアップさせる装備魔法。
バクラは自分の魔力の形を変えて、武器として使用した。
選んだ理由は、バクラの『破壊』のイメージにピッタリだったから。
何となく斧って、斬るというよりも相手を叩き潰し破壊するイメージの方が強くありません?





[26763] 盗賊王VS騎士――決着
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/07/16 09:53


殺風景な訓練場にポツンと建てられた二枚の扉。
アルス達は暇そうにその扉を眺めていた。

「ふあぁ~~ん……うぅーん!あぁ~あぁ~、暇だな~」

保護者の待合室。
欠伸をしながら背伸びをし、アルスは肩をコキコキ。
特に何かするわけでも無く、ボーッと二枚の扉を眺める。
バクラが発動させた結界魔法――暗黒の扉。
初めて見る人は何をしてるのか解らないだろうが、昔から付き合ってきた自分達にはアレがどんな効果を持ってるのか解る。
一対一の闘技場。
相手と決着がつくまで、文字通りの血肉が沸き躍る戦いを演じる。
肉体同士の技の競い合いは、それだけで見てる人間の興奮を誘う。
しかし、アルス達は興奮もしなければ応援もする気になれない。
というのも、この暗黒の扉。
本人達は特殊な空間に包まれ、外部との繋がりを切断されてしまうため、外からは中の様子が見れない。
要するに、暇だ。

「喉、渇いたな。今の内にジュースでも買ってこよう……ユーノ、一緒に行くか?」

「はーい。レオンさんもアンナさんも何か飲みます?」

「お、気が効くな。それじゃあ、俺はコーヒーで」

「私はアセロラジュースが良いな。無かったら、アルス君達に任せるわ」

二人から要望を聞いたユーノは、格闘技の試合を見物するために連れてこられた子供の様に、アルスと共に近くの自動販売機へと向かった。





何処までも続く暗闇。
一寸の光も差さない、闇の闘技場。
演武を演じるのは、一人の盗賊と一人の騎士。
影が動く。火花が散る。剣戟の音が闘技場を支配する。

「くぅ!」

「ヒャハハハハハハハッ!どうした、騎士さんよぉ!」

デーモンの斧。
巨大な斧から繰り出される猛攻を、後退しながらゼストは上手くいなしていた。

(凄い……この年で、これほどの戦い方が出来るものなのか)

斧の武器としての特性は何なのか。
それは一にも二にも、その重量級のパワーにある。
相手の武器も鎧も、全てを叩き潰し破壊する。
それが斧の最大にして、最強の攻撃方法だ。
攻撃は最大の防御。
目の前の光景は、それを現実の物にしている。
一撃一撃が、必殺技と言っても過言ではないほどの威力。
まともに受けてしまったら、例え騎士甲冑の上からでも無事では済まない。
かといって、槍で防ぐ訳にはいかない。
槍と斧。
どちらにパワーがあるかは、一目瞭然。
魔力の上で同格のAランクならば、後は武器の特製と本人の腕で勝敗の優劣は決まる。
悔しいが、自分の槍ではバクラのデーモンの斧を防ぐには役不足だ。
現に、今こうして槍でいなすだけでも振動が柄から伝わり、自分の手や腕を痺れさせている。
おまけに、此処は暗黒の扉で造られた閉鎖空間。
横に逃げる事が出来ず、必然的に前か後ろに進むしかない。
回避可能な場所が限られているこの場で、バクラの様な重量級の武器はその力を最大限に引き出す事が出来る。
勿論、ゼストとてその事は百も承知だった。
小回りが効く訓練場ならともかく、この様な閉鎖空間ではバクラの武器に理がある事ぐらいは。
しかし、それを差し引いても彼には自信があった。
自惚れでもなければ慢心でも無い。
長年最前線で戦い抜いてきた彼にとってみれば、斧の猛攻をかわしバクラに必殺の一撃を加えることなど可能だった。
だが、現状はどうだ。
今押されてるのは、間違いなく自分。優勢に戦ってるのはバクラだ。
理由は簡単。
バクラは本当の意味で非常識な相手だった。
速い……速すぎるのだ。
普通、武器にはそれぞれに合った型という物が存在している。
その型は使い手によって千差万別だが、根本の部分は同じだ。
デーモンの斧。
大きさは並の斧よりも遥かに巨大だが、斧である事には変わりない。
此処まで巨大な重量級の武器なら、一撃の威力は高くなるが、その攻撃の動作は遅くなるはずだ。
だが、バクラにはそれが無い。
まるで木の棒でも振り回すかのように、片手で自由自在に斧を使いこなしている。
さらにもう一つ。
斧の武器としての弱点をカバーする物をバクラは持っている。

「おらぁ!脇ががら空きだぜぇ!」

左から右へと、横一線に振るわれる斧を槍で構え防御の型をとるゼスト。
鬩ぎ合う両者の武器。
火花を散らしながら、バクラはゼストの槍もろともその体を押し潰そうとする。
パワー勝負では不利。
いち早く決断し、ゼストはそのまま力を受け止めずに、真上へと受け流した。
暗闇の中、自分の頭上を過ぎていく巨大な刃。
本来なら、此処が最もバクラの隙が出来る場所。
いくら棒の様に軽く振り回してるとはいえ、得物が斧である限り振り抜いた後に僅かばかりの間が生じる。
デーモンの斧を引き戻すまでの間。
これこそが、重量級の武器の弱点。
しかし――

「ふんっ!」

「くっ!」

バクラは受け流されても、その力を殺さず逆に利用し、遠心力を加えた回し蹴りを放ってきた。
咄嗟に左腕で防御するゼスト。
受け止めた瞬間、重い一撃が騎士甲冑の上から内部へと伝わる。
デーモンの斧ほどのパワーは無いが、人一人を気絶させるには十分だ。

「クククッ」

攻撃が受け止められても、バクラに焦った様子は無い。
寧ろその顔には、嬉しそうに笑みが張り付いていた。
受け止められた足を軸に、体を捻る。
並の人間では決して真似できない、常識外れの型。
魔力を込め、相手の頭を刈り取る凶器とし、ゼストの側頭部目掛けて残った片方の足で蹴りを放つ。

「ッ!!」

空気を切り裂きながら迫ってくる凶器。
ゼストは頭を後方に下げる事により、回避に成功した。
舌打ちを打つバクラ。
自らも体勢を立て直そうと、一度後方に下がった。
暗黒の扉の中、狭い通路で睨み合う両者。
一呼吸の間。
再び激突する。
ゼストは突きで攻めたてるが、バクラはその巨大な斧を盾代わりにして防いだ。
今度は此方の番だ。
その巨大な刃を利用し、ゼストの槍を弾く。
同時に、魔力を込めた足を振り上げ、ゼストの顎を狙った。
瞳に映る、不気味な黒い塊。
威力は先程受けた蹴りで立証済み。

「ふんっ!」

無理やり体のギアを上げ、バクラの蹴りを自身の足を振り上げて叩き落とした。
そのまま槍を引き戻し、バクラとの距離を一気に詰めようとする。
0距離。
槍もそうだが、デーモンの斧はそれ以上に体に密着されたら武器としては役に立たない。
一でバクラの体勢を崩し、二で止めを刺す。
全身のバネを使って、バクラへと迫るゼストだが、自分の武器の弱点を知るのは扱う本人ならば初歩の知識。
近付くゼストよりもさらに速く、バクラは斧を縦一閃に振り下ろした。
上段から下段への振り下ろし。
斧の中で、最も破壊力を生み出す攻撃。
このまま踏み込んでは危険。
ゼストの前方にベルカ式の魔法陣が浮かび、バクラの攻撃を弾き返した。

「ほぉ、ベルカにも防御魔法があるとは聞いていたが……中々硬ぇシールドじゃねぇか」

後方に弾き返されたバクラは、目の前で輝くベルカ式のシールドを見つめて褒めたたえる。
アルスやバナックから色々と聞いていたが、思ったよりも硬い。
だが、同じAランクの魔力から造られたシールド。
打ち破り、相手を叩き潰す事など赤子の手を捻る様な物。
得物を狙う猛獣の如く、バクラはゼストを射抜いた。

(……強いな。この子)

一方、ゼストはバクラの技量に驚愕していた。
戦況を見極め、相手の動きを察知し、効果的な攻撃を繰り出す洞察眼。
召喚師でありながら、此処まで近接戦闘をこなせる技量。
そして何より、その型を突き破った非常識さ。
デーモンの斧として武器の弱点を逆に利用し、カバーするため体術を扱う。
一つの物でダメなら、それを補う別の物を持ってくればいい。
言葉にするのは簡単だが、これは非常に難しい事だ。
それを難なくこなしてるだけでも十分だというのに、この型破りの戦い方。
正道と邪道。
ゼストが扱う武の型が、長年の戦闘技術の昇華の末に生まれた正道とするなら、バクラの戦い方は邪道。
どの武の型にも当てはまらない、正に殻破りの戦い方。
それ故、見切るのは難しい。
だが、ある程度目は慣れてきた。
後は決定的な隙を見つけ、一気に叩く。
バクラと同じく、ゼストは猛獣の如く裂けた眼で睨みつけた。
再び激突する両者。
暴風の如く繰り出される、バクラの凶器。
一撃一撃、全てが相手の急所を的確に狙う。
パワーに押され、後退するゼスト。
小回りが効かないはずの武器を軽々と振り回し、相手を追いつめる。
やはり、この狭い場所ではバクラの方に地の利があった。

「ッ!!くっ!」

しかし、徐々にだが二人の経験の差が出てきた。
相手の防御。そして攻撃までも、全てを粉砕してきたバクラのデーモンの斧。
その圧倒的パワーでゼストを追いつめていた。
だが、その立場も今は逆転していた。
反撃を許さず、放たれる神速の槍。
自分が反撃に移る前に的確に放たれ、此方の攻撃が全て潰されていく。
もはや、バクラの動きは完全にゼストに先読みをされていた。

「チッ!」

放たれる突き。
デーモンの斧を盾代わりにしようとするが、間に合わない。
自分の頬を、ゼストの槍が掠めていくのを感じた。

「舐めるなあぁ!!」

咆哮を上げ、デーモンの斧を構える。
黒い魔力光が輝き、力の底上げを行う。
烈風の如き撃を纏い、相手を破壊するために振り払った。

「ッ!!」

横一線に薙ぎ払われたデーモンの斧。
しかし、その切っ先はゼストを捉える事無く、虚しく宙を斬り裂くだけだった。

「超重量級の武器を軽々と扱うその技術。そして、相手の動きを見極め、120%自分の有利な戦況へと運ぶ洞察眼。どちらも見事としか言いようが無い」

自分の隣、ちょうど振り払ったデーモンの斧の方から声が聞こえてきた。
唖然としたまま、バクラは首を動かす。

「また、重量級の武器の弱点を体術で補い、相手を翻弄するスピードと合わせた不規則な動きから繰り出される攻撃。流石に初見で見切るのは難しいだろう」

振り払ったデーモンの斧。その切っ先に、先程まで自分の目の前に居たゼストが堂々と佇んでいた。

「だが、どれだけ技術が素晴らしかろうと、武器の特製まで変わるわけではない。
デーモンの斧は確かに凄まじい破壊力を秘めた武器だが、その巨大さゆえにどうしても攻撃の幅が限られてくる」

槍を構え、臨戦態勢に入るゼスト。

「即ち、振り下ろすか薙ぎ払うか」

デーモンの斧を足場にバクラの上を取った。

「至極、読みやすいッ!!」

瞬間、渾身の力を込められた一撃がバクラの後頭部目掛けて振り下ろされた。

「ぐあぁ!!!」

頭部から伝わる、重い衝撃。
耐えきれず、叫び声を上げながらバクラは暗黒の扉の中を吹き飛んでいく。
一回転、二回転。
何度か視界が回った後、地面を滑りながら漸く止まった。

「はぁはぁはぁはぁはぁ……チッ!」

忌々しく舌打ちを打ちながら、バクラは立ち上がる。
冗談ではなく、今の一撃は効いた。
攻撃を放った後に出来る僅かな隙。
そこに振り下ろされた必殺の一撃。
目の前がチカチカし、一瞬だが意識が飛びそうになってしまった。
負けるわけにはいかない。
無理やり意識を繋ぎ止め、尋常ではない汗を掻きながらも、バクラは殺気の籠った目でゼストを睨みつけた。

「……痛みという物を感じ無いのか、君は?」

先程の一撃は、相手の意識を刈り取るつもりで放った本気の一撃だった。
にも関わらず、バクラは自分から立ち上がり、未だに戦意を失っていない。
見事。
武の型は滅茶苦茶だが、その技術力と衰えない闘志にゼストは尊敬の念を抱いた。
ならば、自分もそれに答えようではないか。
再び体勢を整え、バクラに自らの相棒の切っ先を向けるゼスト。

「はぁはぁはぁ……フッ……クククッ」

当然、薄く笑みを浮かべながら、笑いだすバクラ。
追いつめられながら、何処か余裕のある笑い声は不気味の一言に尽きる。
ゼストもその笑みに何かを感じ取り、一挙一動に注意を向ける。

「クククッ……なるほどぉ、ストライカー級の騎士か。舐めていたぜ。まさか、此処まで追い詰められるとはなぁ」

狂気を含んだ瞳で、ゼストを睨みつけるバクラ。
一瞬、その気迫に圧されたゼストだが、直ぐ体勢を立て直し、槍を構えて突撃する。
この先、バクラに体勢を立て直させるのは危険。
この一撃で一気に勝負を決める。

(ゼスト・グランガイツ。認めてやるよ、貴様の実力はな。正直、近接戦闘では今の俺じゃあ到底勝ち目はねぇ)

迫ってくるゼストを視界に収めながらも、バクラは余裕の態度を崩さなかった。

(だがなぁ、覚えておきな。騎士の騎士の戦い方があるように、盗賊には盗賊の戦術ってもんがあるんだ)

「はあぁぁあぁあ!!」

上段から、下段へと。
振り下ろされたゼストの槍は、バクラの体を真っ二つに引き裂いた。
そう、“真っ二つ”に。

「ッ!!」

ゼストは驚愕の表情見せるが、それも仕方ない。
非殺傷設定。
相手を殺す事無く、戦闘不能にする技術。
勿論、ゼストも殺すつもりはなかった。
それが真っ二つなどという、殺人者も真っ青な事態が起こったのだ。
管理局以前に、人としての道を踏み外してしまっている。
しかし、ゼストが驚いているのはそんな事ではない。

(手応えが……無い)

肉の塊は思っていたよりも硬く、丈夫だ。
真っ二つにされれば、当然手応えを感じる。
だが、バクラにはそれが無かった。
ネクロソルジャーどころの話ではない。
本当に、空気でも切り裂いたかのように手応えが無さ過ぎなのだ。
唖然とするゼスト。
その変化に気付くのに、少しばかり遅れてしまった。

「なッ!こ、これは!!?」

引き裂かれたバクラの体が、不気味な光に包まれ、グニャリと変化する。
光はそのまま小さく凝縮していき、次に光が晴れた時にはそこにはバクラの姿は無かった。
変わりに居たのは、『スカ』と書かれた紙を持つ、角が生えた奇妙な生き物だった。




――引っ掛かったな




瞳孔が開く。心臓が跳ね上がる。脳が危険信号を鳴らす。

「アース・バウンド・スピリット!騎士様を案内してやりな!」

主の命に従い、地面から現れる不気味なモンスター。

「ッ!!し、しまった!」

抜けだそうとするゼストだが、時既に遅し。
地縛霊の奇襲を受け、体を拘束されてしまった。

「死霊が渦巻く、新たなステージへとな!!」

その言葉を最後に、ゼストは地縛霊に地面へと引きずり込まれた。




気付いた時、ゼストは元の訓練場に佇んでいた。
視界が暗転したら、別の場所に佇んでいる。
デジャビュを覚えながら、ゼストはこの場へと導いた相手を見据えた。

「クククッ」

不気味な笑みを浮かべながら、暗黒の扉を潜り抜け此方に歩いてくるバクラ。
同時に、役目を終えた暗黒の扉は宙へと溶ける様に消えていった。

「転移魔法……ではないようだな」

「あぁ、こいつに貴様の体を運ばせただけだ」

コンコン、とバクラが足の爪先で床を叩くと、地面から地縛霊が姿を現した。

「このアース・バウンド・スピリットは、こうして床の中を移動できる。いや、床や壁づたいにしか移動できない、と言った方が正確だな。
空中に逃れたら攻撃の手段はねぇが、地面の上に立っているなら床からの奇襲は可能だ。
相手の体を引きづり込み、地面を通して別の場所に運ぶ事もな」

話から察するに、自分はあの地縛霊によって暗黒の扉から元の訓練所へと運ばれた様だ。

「………二つだけ聞きたい事がある」

ある事が気になり、質問を投げかけるゼスト。
良いぜ。
バクラの了承の返事を聞き、ゼストは気になっている二つの事を質問した。

「一つ、確かあの結界魔法は扉を潜らない限り、外へは出られなかったのでは?」

一つ目の質問を問いかけるゼストに、バクラは可笑しそうに笑みを浮かべた。

「クククッ……確かに貴様の言う通り、暗黒の扉内でのルールは絶対。発動させた俺でも、そのルールに縛られ行動は制限される。
だが、暗黒の扉の効果が及ぶ範囲は地上と空中、地下まではその効果は及ばない」

バクラの説明を聞いて、ゼストは地縛霊に目を向ける。
人間の顔と手の様な物だけが地面から湧き出ているモンスター。
どうやら本当に地面から出る事は不可能のようだ。

「……二つ、あの結界内での最後の攻撃の時、一体どうやってかわした?」

理解したゼストは、二つ目の質問を投げかける。
この二つ目の質問こそ、彼が最も疑問を抱いた物だった。
あの最後の攻撃の時。
自分の槍は確実にバクラを捉えたはずだった。
しかし、実際に捉えたのは奇妙な生き物と手応えが無かったバクラの残像。

「あぁ、あれか。そいつは、こいつの能力だ」

疑問を投げかけるゼストに対し、バクラは自分の肩を指差した。
釣られる様にして、バクラの肩を見つめるゼスト。
体が小さく、青紫色の何か。
あの時、一瞬だけ見えた奇妙な生き物が乗っていた。

「このスカゴブリンは、攻撃も防御も弱ぇ雑魚モンスターだ。
だけどな、俺様の身代わりを造り出すって言う、少し厄介な能力を持ってるんだよ」

キシシ、とスカゴブリンがバクラの肩の上でバカにするように笑った。

「あの時、てめぇの攻撃が当たるその瞬間……俺様はこいつを召喚して、俺様自身の体と、こいつが造り出した俺様の分身を入れ替えた。
そして、攻撃が命中し、消えていく分身にてめぇの目が奪われている内に、俺は新たにアース・バウンド・スピリットを召喚したという事だ。
理解できましたか?騎士様ぁ?」

一応敬語は使っているが、それが形だけ物なのは誰が聞いても一目瞭然だ。
寧ろ、敬語自身が相手を侮辱してるようにしか聞こえない。
挑発には乗らない。
穏やかな海の如く、ゼストはバクラを見据えていた。

「一つだけ、どうしても納得できない事がある……君は一体、どのタイミング新しくそのモンスターを召喚した?」

地縛霊を召喚したのは、恐らく自分がバクラの分身に気を取られていた間だろう。
しかし、その前のスカゴブリン。
こいつを召喚したタイミングが解らない。
暗黒の扉内では、ゼストはバクラの意識を集中させていた。
もし、何かをしようとするなら直ぐ解るはず。
自分に気取られずに、一体どのような方法で召喚したのか、ゼストは疑問を抱いた。

「……ゼストさんよぉ。あんた、俺様のモンスター達を見て、何か気付く事は無いか?」

質問をしたら、逆に質問を返された。
一瞬だけムッとするが、此処で何か言っても仕方ない。
思考を切り替え、ゼストはバクラのモンスター達の特徴を思い出す。
ネクロソルジャー、デスカリバー・ナイト、ゴブリンゾンビ、アンデット・ウォーリアー、ゲルニア、スカゴブリン、地縛霊。
今までバクラの召喚してきたモンスター。
その全てに共通する特徴と言えば――

「そう……まるで映画に出てくる悪魔やアンデット、所謂オカルトを連想させる姿形だろう?」

バクラの口から、モンスター達の特徴が語られた。
沈黙。
ゼストも同じ答えに辿り着いたので、特に何も喋らずに答えの続きを待った。

「見ての通り、俺様が召喚するモンスターのほとんどは悪魔やアンデットの姿をモチーフにしたオカルトモンスターだ。
なら聞くが、そんな奴らが一度やられたからといって、そのまま大人しく成仏すると思うか?」

歯が見えるほど、口元を釣り上げるバクラ。

「残念だが、違う。俺様のオカルトモンスターの中には、死んで初めてその能力を発揮するモンスターもいるのよぉ。こんな風になぁ!」

バクラの隣に、人間の大人ほどの真っ黒な球体が浮かび上がった。

「ッ!!」

球体の中から現れる、巨大な爪を持った不気味なモンスター。
ゲルニア。
自分が葬ったモンスターが、魔力を使用せずに再びの戦いの場に召喚されたのだ。

(あり得ない……こんな事が、現実にあるのか?)

短い時間だが、バクラの非常識を嫌というほど理解した。
そんなゼストでも、先程の光景は信じられず、目を見開き驚愕の表情を見せていた。
魔力を使用しない。
魔導師として、魔法を使用する際には必ず魔力を用いる。
初歩の初歩とでもいうべき魔法でも、それは変わらない。
どんなに魔力のコントロールに優れていても、魔力を使用せずにモンスターを召喚できるなど、絶対にあり得ないのだ。

「ヒャハハハハハッ!流石の首都防衛隊の隊長さんも、こいつの能力には驚いたようだな!」

驚愕してるゼストに、バクラは得意げに話しだした。

「このゲルニアは、相手に倒されたから一定の時間が過ぎた後、再びフィールド上に舞い戻るのさ!
殺された不死のゾンビが、再び蘇るようにな。おまけに、俺様の魔力は喰われない。クククッ、正に再生能力を持った不死のモンスターだ」

恐らく、自分の人生に置いてこれほど出鱈目な事が同じ日に、しかも一人に人間の手によって起こされた事など無かっただろう。
未知の召喚魔法。
型破りの近接戦闘術。
そして止めは、死んでも尚その能力を発動できるモンスター。
今なら、管理局に流れている出鱈目の噂を本気で信じてしまいそうだ。

「貴様がゲルニアと共に倒したゴブリンゾンビ、こいつにもある特殊能力が秘められている」

未だに驚愕してるゼストに、バクラはスカゴブリンを召喚した種明かしを始めた。

「ゴブリンゾンビが葬りさられた時、こいつの体を構成する魔力の残骸は空気中には霧散せず、俺様の体へと吸収される。
その残骸を使って、新たなモンスターを召喚可能とさせるのがゴブリンゾンビの特殊能力だ。
ゲルニアと違うのは、こいつ自身は再生能力を持った不死のモンスターだが、ゴブリンゾンビはあくまでもその残骸を使用して別のモンスターを召喚可能とさせる能力。
召喚スピードや使用する魔力の量を削減できるメリットはあるが、残骸から生み出されるモンスターはこいつの様にレベルの低い、雑魚しか召喚できねぇ」

未だに肩の上で笑っているスカゴブリンを指差すバクラ。

「もっとも、俺のオカルトモンスター達は厄介な能力を持つ亡者どもが多いんでね。雑魚だろうと、関係ねぇんだよ」

バクラの説明が終わり、ゼストは頭の中で整理する。
ゴブリンゾンビ。
このモンスターの魔力の残骸を使用して、新たにモンスターを召喚可能とする能力。
通常召喚と違うのは、魔力の残骸があるため使用魔力量と召喚するスピードが速くなるという事。
スカゴブリン。
察するに、このモンスターはゴブリンゾンビの能力を活用して召喚されたのだろう。
道理で、自分が気付かない間に召喚されていたはずだ。
ただでさへ魔法陣が浮かばないのに、さらに召喚スピードを速めた召喚術。
事前にモンスターの能力を知って無ければ、察知するのは中々難しい。

「さぁて……謎解きが終わった所で、そろそろ始めようか。時間も迫ってきてる事だしな」

闘気を漲らせ、バクラとゴブリンゾンビは臨戦態勢に入った。
ゼストもその闘気に当てられ、槍を構える。
流石に一級の戦士だけの事はあり、思考を切り替えるのが早い。
バクラとゼスト。
お互いに動かず、静寂が辺りを包みこんだ。





「静かね」

「あぁ。二人とも、相手の能力の大体は把握できはずだからな。恐らく、互いに勝負に出るタイミングを計ってるんだろう」




「ゴックン……何だろう。何かあの二人を見てると、変に力が入っちゃう」

「気にするな、ユーノ。それは男なら、誰もが持つ物だ」

「男なら?」

「あぁ。……一流の格闘家の試合を見てる時の様に起こる、一種の興奮剤みたいな物だ」




観客達が見守る中、最初に動いたのはバクラだった。

「行け、ゲルニア!」

「■■■■■■■■■ッ!!」

命令が下ると同時に、ゼストへと突進するゲルニア。
今度は負けない。そう言わんばかりに、咆哮を上げる。
しかし、ゼストとて最前線の死線を潜り抜けてきた騎士。
一度破った相手の攻撃など、手に取るように見切れた。

「■■■■■■■ッ!■■■■■■■■■■■ッ!!!」

振り下ろされた爪。
難なくゼストに避けられたゲルニアだが、諦めた様子はない。
何度も、何度も、防がれようとも避けられようとも、獣の様な狂った咆哮を上げながら、その巨大な爪を振るい続けた。
誰が見ても実力の差は明らか。
それでも主の命に従い、敵を葬り去ろうとする闘志は認めよう。
だが――

「甘いッ!」

柄でゲルニアの攻撃を受け止め、そのまま流れる様に側面と潜り込む。
ゲルニアは自身の体重に押され、前のめりになる。
体勢は崩した。
空かさずゼストは、槍を横一線に振るい止めを刺そうとする。
もはや、ゲルニアに防ぐ術はない。
誰もがそう思った。

「スピリット・バーンッ!」

この声が聞こえるまでは。





「……………」

一体今日は、何回視界が暗転するのだろうか。
ゼストは訓練場に倒れ伏しながら、そんな事を考えていた。
無言のまま立ち上がる。
目の前には、変わらず不敵な笑みを浮かべているバクラと無傷のゲルニアが佇んでいた。

(一体、何が起きた……)

あの時、ゲルニアに自分の槍が迫った時。
何かが自分の腹部を撃ち抜いた。
鈍器で殴られた様な、決して軽くない衝撃。
その原因不明の攻撃を受け、体勢を崩してしまった。
一瞬の間。
既に体勢を整えたゲルニアに、逆に吹き飛ばされて地面の上を転がる破目になった。

(体に特に支障はない。まだ戦闘続行は可能だが………さっきのは一体?)

体は何ともないが、気になるのはあの原因不明の衝撃。
初めはバクラによる魔法弾か何かと思ったが、違う。
相手が自分と同格の相手ならまだしも、格下の相手に魔力弾の接近に気付かないほど気が削がれる事は無い。
同じように、バクラのモンスターの可能性も低い。

――新たな能力を持つモンスターを召喚したのだろうか?

――自分が葬ったモンスター達の中に、ゴブリンゾンビやゲルニアの様に何か特別な能力を持つモンスターが居たのだろうか?

――モンスターとは関係なく、バクラ自身にまだ何か隠された能力でもあるのだろうか?

様々な疑問が浮かび上がるが、どれも真意に欠ける。

「休んでる暇があるのか?俺様のゲルニアは既に動き始めてるぜ」

思考を断ち切るように、バクラの声が耳を鳴らした。
同時に、自分に向かってゲルニアが迫ってくる気配も。

(正体不明の衝撃は気になるが、今は此方の方が先決か)

地面を蹴り、ゲルニアを迎え撃つゼスト。
大きく上段に構え、一気に振り下ろそうとした。
しかし――

「がぁッ!」

再び、振り下ろす前にあの謎の衝撃が体に走った。
しかも、今度は背中から。
ゲルニアの攻撃。
隙だらけになったゼストに、その爪を突きたてながら突進する。
回避不可能、魔法による防御も間に合わない。
ゼストは咄嗟に左腕で防御し、ダメージを最小限に留めた。

「くぅ……またか」

ゲルニアの攻撃に押され、後方に吹き飛ぶゼスト。
ズザザー。
足の裏と訓練所の床が擦れる音を聞きながら、急いで辺りを見渡す。
右、左、上、下、背後。
注意深く観察するが、自分を襲った襲撃者の姿は無かった。
相手は待ってくれない。
未だに模索しているゼストに向かって、ゲルニアは容赦なくその凶器を振るう。
先程の事も踏まえて、あの謎の衝撃が襲ってくるのは自分がゲルニアに攻撃した時。
十中八九、バクラが何かを仕掛けてるのは間違いない。
しかし、その何かが解らない。
近接戦闘に慣れたベルカの騎士とはいえ、姿も気配も感じさせない攻撃を防ぐ事は出来なかった。

(仕方ない。大掛かりな魔力の使用は出来るだけ避けたいが……ふんっ!)

ゼストの足元に浮かび上がるベルカ式の魔法陣。
放つのは、バクラのモンスター軍を全滅させた広域攻撃魔法。
姿無き攻撃の正体は不明だが、自分の体に触れるという事は、そこに何かが存在している事は間違いない。
その何か諸共、全てを吹き飛ばす。
魔力の波が渦巻き、真空の刃を生み出した。
襲い掛かってくるゲルニア。
タイミングを見計り、一気に解き放とうとするが――

「ッ!!」

動けない。
いざ放とうとした時、体が全く動けない事にゼストは気付いた。
まるでバインドに縛られたかのように、槍を握り締めた手も足も、体全ての動きが封じられている。
一体何故。
疑問を感じながら、動かせる首を下に向け自分の体を確認する。

「なッ!?」

自分の体に巻きつく、白い靄の様な物。
全てに人の顔を削り取った様な物が張り付き、不気味な呻き声を上げている。
死霊。
バクラのレアスキルによって生む出された亡者共が、何体も密集して体の動きを妨害していた。
目を見開き、一瞬呆然とするゼスト。
だが、直ぐ我に帰り脱出を試みる。
しかし――

「がぁッ!」

それよりも前に、自分の胸をゲルニアの爪が貫いた。
訓練場の天井を見上げながら、水平に吹き飛ぶゼスト。
やがて背中に固い衝撃が走ると同時に、体に巻き付いた死霊達は離れていった。

「くぅ……はぁはぁはぁ」

急いで立ち上がり、状況を確認する。
体まだ大丈夫。
ゲルニアの一撃はそれほど強力ではなく、騎士甲冑でも十分防げた。
しかし、余裕があるわけではない。
攻撃力が弱いとはいえ、無防備への一撃は流石に効いた。
何度も何度も受け続けたら、本気で危ない。
ゼストは追撃を警戒し、より神経を研ぎ澄ませ、目の前のそれに注意を向ける。

「――ッ!――――ッ」

人間の声では無い声を発する、人の顔を持つ死霊。
体を持たず、何かを訴える様な声が響き渡る。
右、左へとさ迷いながら、宙に白い線を描く。
やがて死霊達は、スーとまるで煙の様に音も無く消え去った。

「き、消えたッ!?」

何の前触れもなく消えた死霊を探すゼスト。
辺りを見渡して見るが、姿どころか気配の一つも攫めなかった。

(どういう事だ?……まさか、アレがッ!)

バクラの情報は、以前から噂で聞いていた。
その中には勿論、世界でも少数の人間しか使えないレアスキルの情報も入っていた。
ネクロマンサー。
死霊を操り、相手を亡き物にする能力。

(だが、あの様に姿を消す事など可能なのか?)

嫌でも疑惑の視線を強くしてしまうゼスト。
それだけバクラの能力は前代未聞だった。
確かに、姿を消すだけの魔法なら既に存在している。
しかし、それでもあそこまで精巧に、且つ目の前で一切の気配も感じさせずに消えるなど不可能に近い。
正に、神隠し。

「おいおい、一体何回その間抜け面をすりゃ気が済むんだ?えぇ、騎士様よぉ?」

ゼストの心情を知ってか知らずか、バクラは変わらずの笑みを造りながら声をあげた。

「仮にも管理局にお勤めになっているてめぇなら知ってるだろぉ?
レアスキルってのは、従来の魔法では再現不可能な特殊なスキルだ。俺様の死霊共もな」

バクラの体の周りに複数の死霊が現れ、体に渦巻き始めた。

「こいつらにも、俺様のオカルトモンスターと同様に、少しばかり厄介な能力を持ってんるんだよ。
そう、今正にてめぇが味わっている、姿無き狩人。それがこいつらの能力だ」

主の命令に従うように、死霊達はバクラの体から離れ空気に溶ける様に消えていった。

「どんな人間でも、物を見るには目に頼るしかねぇが、中には相手の気配だけでだいたいの動きを察知できる野郎もいる。
だが、それも相手に気配があって初めて為せる達人技だ。
生憎と、こいつらの気配なんてものは人間が感じ取れるほど濃い物ではないんでね。
そんな奴らが、姿を消して襲い掛かってきたりでもすりゃ、どんな人間でも攻撃を避ける事は出来ない。
そいつが例え、一流の戦士でもな」

「……………」

バクラの説明に耳を傾けながら、ゼストは気付かれないように相棒のデバイスを握り締めて、サーチを行おうとしていた。
気配を感じさせず、一方的に相手を攻撃できる伏兵。
戦闘に置いて、此処まで厄介な物は無い。
何処から襲ってくるのか、どう防御すればいいのか。
肉体だけでなく精神的負荷もかかり、判断能力を鈍らせる。
焦ってはいけない。
焦りは気を乱し、決定的な隙を生む。
最優先にすべきは、相手の動きを察知する事。
高ぶった心臓を静め、焦りを沈下させる。
ゼストは細心の注意を払いながら、サーチを行ったが――

(ッ!!……反応が…無いだと!?)

自分のサーチには、一体の反応も無かった。
あり得ない。
一瞬見ただけだが、死霊の数はかなりの物だった。
あれだけの死霊を一度に操れば、少しだけでもその尻尾は攫めるはず。
だが、実際の反応は0。
気配も何も攫めなかった。

「クククッ……無駄無駄。そいつらは俺様の任意で、探知型の魔法を妨害する事が出来るのさ。いくらやろうとも、死霊共の姿を捕える事は不可能だぜ」

その時である。再びゼストの背中に重い衝撃が走った。

「がぁ!」

周りには気を張っていたが、やはり気配が攫めなかった。

「ほ~ら、言わんこっちゃねぇ」

衝撃で倒れたゼストを見下しながら、バクラは笑みを浮かべる。
慈悲など一切感じさせない笑み。
獲物を追いつめ、狩りを楽しんでいる肉食獣の様だ。
ゼストは何とか立ち上がるも、今度は腹部に衝撃が走った。

「っう!」

容赦なく、死霊の攻撃は続く。

「スピリット・バーンッ!」

顔、胸、頭、腹、太股、足、背中……全身に衝撃が走り、そのたびに視界が揺ぐ。

「ゲルニアの攻撃ッ!」

何度でも何度でも。
防御も魔法を使う暇を与えず、一方的な蹂躙が続いた。

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ……」

どれぐらい時間が経っただろうか。
死霊とゲルニアの連携攻撃が終わり、ゼストは片膝をついて呼吸を荒げていた。
ボロボロに所々剥がれ落ちた騎士甲冑。
顔には疲労の色が見え、余裕が無い事を物語っていた。

「ほぉ、結構粘るじゃねぇか。普通あれだけ攻撃を受けりゃぁ、いくら一級の魔導師とはいえどもとっくに意識がぶっ飛んでるってのによぉ」

褒めたたえるバクラだが、その表情は相変わらず狩りを楽しむ獣のそれだ。
しかし、ゼストに諦めの色は見えない。
真っ直ぐバクラの瞳を射抜き、未だにその眼は猛禽類の様に鋭かった。

(……こいつ、この状況でまだ俺様に勝つ気でいやがるな)

瞳の奥に見えたそれ。
あれは間違いない。
自分の勝利を信じた光だ。
バクラとゼスト。
ダメージはどちらにもあるが、戦況を見てもバクラの方が有利なのは明らか。
にも関わらず、未だにゼストは諦めていなかった。
称賛。
普段は他人を褒めないバクラだが、その諦めの悪さと戦いの腕だけは純粋に褒めたたえた。

(はぁはぁ……何とか持ちこたえられたが、このままでは危険だな)

一方、ゼストは今の危機的状況を打開するための策を張り巡らせていた。
何度も何度も攻撃を受けて解ったが、やはり気配が攫めない。
行き成り現れて消えていく。その繰り返しだった。
唯一の救いは一体一体の攻撃力は低く、それほど体にダメージが無かった事だ。
だが、それも蓄積していけば戦闘不能にさせるには十分なダメージとなる。
おまけに、ゲルニアの攻撃も受け続けているのだ。
体に蓄積したダメージは相当な物。
何とかしなくては。
ゼストはバクラの様子を窺いながら思考を張り巡らせる。
その時、ふとある疑問が浮かぶ上がってきた。

――そもそも、バクラは何時こうも多くの死霊を忍ばせる事が出来た?

少なくても、自分があの子から視線を外したのは数回だけ。
時間に直しても、とてもではないがこの様な精密な罠を張れるとは思えない。
一体何時、バクラは死霊を解き放った。

「気になるか?」

「ッ!!」

自分の考えを見透かすが如く、バクラが声をかけてきた。

「クククッ……いいぜ、教えてやるよ」

絶対的勝者。
余裕の態度を見せたバクラは、ある種明かしを始めた。

「そもそも、こいつらの迷彩能力は一瞬で出来る物じゃねぇ。ある程度時間をかけて、周りの景色に溶け込ませる必要がある。
その間、こいつらが攻撃を受ければ当然姿を消すことなんかざできねぇし、まして、一対一の戦いでお前ほどの戦士がその姿を見逃すはずが無い。
だがなぁ、あったんだよ。てめぇの意識を俺様だけに集中させ、尚且つ死霊達の姿を確認させない方法が」

「……まさか………」

「そうだ。
暗黒の扉。あれは周りの空間に別の空間を出現させる結界魔法。外からは中の様子は見れねぇし、その逆も同じだ。
クククッ、もう解るよな?
俺様はあの時、暗黒の扉の中に入る前に死霊共を元の訓練場に放っていた。
暗黒の扉内で貴様の土俵に合わせている間に、その死霊共を忍ばせる事が出来たという事だ」

この子供は、一体どれだけ先を読んでいるのだろうか。
最初に敵の実力を測り、暗黒の扉内に閉じ込め、止めの死霊達による罠。
此方に気取られず、自分の能力をフルに活用する。
それも、管理局員でも無い、こんな子供が。
恐ろしいほどの戦闘センス。
ゼストは背中に、冷たい物が流れるのを感じた。

「さてと……そろそろ終わりにするか。感謝しな!その死霊地獄から、解放してやるぜ!」

勝負に出るバクラ。
黒い魔力が渦巻き、近くに佇んでいたゲルニアの体を包みこんだ。

「ゲルニアを生贄に、死霊伯爵を召喚ッ!!」

瞬間、ゲルニアはその体を媒体に新たな上級モンスターを呼び寄せた。
体は人間の大人と変わらないほどの身長。
纏っている服は礼装に近い物で、手にはレイピアの形状に近い剣を握り締めている。
見た目的には人間に近いが、やはり顔は死霊その物。
肌も人間の様に暖かみのある物ではなく、冷たい青い色。

(ッ!……不味い)

生贄召喚を初めて見たのには驚いたが、今はそんな事どうでもいい。
死霊伯爵から感じる力。
確実にゲルニアを上回っている。
この状況で相手にするのは、得策ではない。
しかし、距離を取ろうにも周りには死霊達の伏兵が潜んでいる。
まるで籠に捕らえられた鳥だ。
逃げる事も出来ず、ただ処刑人の刃が振り下ろされるだけの哀れな存在。

(もっとも、鳥は鳥でもただの鳥ではないがな)

ゼストはバクラに気付かれる事無く、口元を釣り上げた。

「やれッ!死霊伯爵ッ!!」

全身のバネを使い、ゼストへと迫る死霊伯爵。
速い。
どうやらパワーだけでなく、身体能力その物が下級モンスターよりも優れているようだ。

「むんッ!」

ゼストの足元にベルカ式の魔法陣が浮かび上がる。
飛行魔法を発動させ、空中に逃れようとした。
しかし――

「ッく!!」

やはりバクラの包囲網は完璧だった。
魔法を発動させる前に潰し、完全に動きを止める。
空中に逃れる前に、ゼストの体は死霊に拘束されてしまった。
笑みを浮かべるバクラ。
網にかかった獲物を仕留めようと、その凶器を振りかざした。

「死霊伯爵の攻撃ッ!!」

命令に従い、地面を蹴って宙へと舞う死霊伯爵。

「怨念の剣―ナイト・レイド!!」

空中で剣を構え、拘束されたゼストへと容赦なく振り下ろした。

「!!ぐあああぁあぁああぁあぁあッ!!!」

今までにない斬撃。
ネクロソルジャーは勿論、ゴブリンゾンビ、アンデット・ウォーリアー、ゲルニア。
デスカリバー・ナイトすらも上回る一撃を、防御も出来ずに受けてしまった。
体の機能が停止する。
山彦の様に痛みが反響する。
手足の感覚が無くなり、視界がぼやける。
決まった。
保護者組も管理局組も、この戦いを見守っていた人誰もが勝負は終わったと思った。
拘束され、防御も出来ずに受けた重い一撃。
ピクリとも動かないゼスト。
バクラの勝利だろうと、誰もが予測した。
だが、その予想は見事に裏切られる事になる。
死霊伯爵の攻撃をまともに受けたゼスト。
決して軽くなく、今まで蓄積されたダメージと合わせたら、とてもではないが動けそうにない。
しかし、笑っていた。
こんな不利な状況だというのに、ゼストの顔には笑みが浮かんでいた。

「ッ!!」

一呼吸の刹那。
ゼストの体に魔力が渦巻き、細胞を活性化させる。
死霊の拘束を無理やり引き千切り、槍を強く握り締める。
同時に地面を蹴り、攻撃が終わったばかりの死霊伯爵を、頭上から振り下ろし一刀両断に切り裂いた。

「■■■■■■■ッ!」

声にならない断末魔の悲鳴を上げながら消えていく死霊伯爵。
同時に、バクラの体にもダメージが通った。

「ッ!あぁがあぁあああぁがあぁあッ!!」

上級モンスターの消滅。
そのダメージは、下級モンスターが倒された時とは比べ物にならないほどの激痛をバクラの体に与える。
死霊伯爵が切り裂かれた個所と同じ所を抑え、バクラは膝を落としてしまう。
まだまだ攻撃は終わらない。
ゼストはさらに体をブーストさせ、一気にバクラへと迫る。
ソニックブームからの突き。
音速を乗せた一撃を、バクラ目掛けて放つ。

「くッ!アース・バウンド・スピリットッ!」

激痛が走ってる中でも、冷静な判断を下せるの流石だ。
地面から這い出て、主を庇うように防御の体勢を取る地縛霊。
攻撃力こそは低いが、防御力で言えばかなりの物だ。
並の攻撃では突破できない。
しかし、忘れてはいけない。
今目の前に居るのは、決して並のレベルではない事を。
地縛霊が立塞がっても、ゼストは攻撃の手を緩めない。
寧ろ、さらに速く、さらに鋭く研ぎ澄ませ、必殺の突きを放った。
矛と盾。
二つの力がぶつかる。結果は直ぐ出た。
いとも簡単に地縛霊の体を貫くゼスト。
残念だが地縛霊の防御力では、彼の攻撃を防ぐ事は不可能だった。
追撃。
地縛霊を貫いたスピードのまま、バクラへと迫り――

「がぁ!!」

彼の胸に、必殺の一撃を放った。




先程までの激闘が嘘の様に静まりかえる訓練場。
佇むのは勝者――ゼスト。
そして、地に伏すのは敗者――バクラ。

「はぁはぁはぁはぁはぁ……」

あの体勢から反撃は厳しかった。
ゼストは新鮮な空気を吸い込みながら、倒れ伏したバクラを見つめる。
上級モンスターを倒されたダメージ、そして先程放った必殺の一撃。
今の状況を見ても、誰もがゼストが勝者だと思うだろう。
だが、当の本人であるゼストは未だにその闘志を静めていない。
倒れたバクラを見つめ、内なる闘志を燃やしていた。

「……うっぅ…あァ…………くうぅ」

案の定というか、バクラは自分の一撃をくらっても立ち上がった。
苦しそうに呻き声をあげながらも、自分の力だけで立ち上がったのだ。

「ぐぅあぁ……ゲッホゲホ!うがっく!」

流石に先程のゼストの一撃は効いたのか、何度も何度も咳き込み、唾液が口の中ら絶え間なく零れ落ちている。

「はぁはぁはぁ……て…てめぇ…………」

漸く息が整ったのか、乱暴だが言葉らしい言葉を出せる様になった。

「……驚いたな。今の一撃は本気で放ったつもりだったのだが……君の頑丈さは称賛に値するよ」

「ケッ!笑わせんじゃねぇ!俺様はそんじょそこらのモヤシっ子と違うんでね」

互いに軽口を叩き合うが、心の中では相手の非常識さに驚いていた。
特にバクラの驚きは今日一番強い。
肉を切らせて骨を切る。
言葉にするのは簡単だが、まさか自分がやられるとは思いもしなかった。

(くぐ……うぅ…はぁはぁ。流石にダメージがでかいな)

ゼストから視線をずらし、彼の後方を見つめるバクラ。

(チッ!今の攻撃で、死霊共の姿を隠せなくなったか)

何も無い宙に、ポツリポツリと現れ始めた死霊達。
姿を隠す迷彩能力は便利だが、あくまでも操ってるのはバクラ自身。
規定外のダメージは彼の集中力を乱し、コントロールを疎かにする。
先程のゼストの一撃は、十分すぎるほどの効果をもたらしていた。
無駄。
このまま死霊共を解き放っていても余計な魔力を喰うと判断したバクラは、自分の体に戻した。
一体、二体、三体。
全ての死霊がバクラの体に消えていく。
その様は、死霊達が人間に憑りつく様で、不気味としか思えない。
さて、これからどうするか。
バクラは目の前に肩を揺らすゼストを睨みつけた。

「はぁはぁはぁはぁはぁ……」

ゼスト自身もダメージは決して軽くない。
バクラの罠、そして先程の死霊伯爵の一撃。
魔導師とはいえ、気絶しても可笑しくないぐらいのダメージを負っていた。
あの時、咄嗟に思いついた策。
それは相手の必殺の一撃の後に出来る隙をつき、術者であるバクラを倒す。
乱暴な策だが、あの状況を打破するためにはバクラを出し抜く位の策ではならなかった。
賭け。
一撃でバクラを倒せるか、それとも耐えきるか。
勝負に出たが、結果は見ての通り失敗。
自分の本気の反撃を、バクラは耐え抜いた。
しかし、無駄ではない。
バクラ自身にも、かなりのダメージが蓄積している。
後一撃。
まともに入れば、勝てる。
お互いに既に見切った。
この勝負、恐らく次の一撃で決まる。
重い。
二人の闘気がぶつかり合い、空気が鉛の様に重くなったと錯覚する。

「「ッ!!」」

全くの同じタイミングで、同時に駆ける両者。
バクラは拳に魔力を込め、ゼストは相棒のデバイスで迎え撃つ。
縦一閃に振り払われるゼストの槍。
風を切り裂きながら迫るそれを、バクラは自慢の目で見切り、左手を盾変わりにして横に弾いた。
予想以上の激痛に顔を顰めるが、直ぐ狙いを定める。
残った右手で拳を握り、ゼストの顎を打つ。
行動は読めている。
いち早くゼストは首をずらし、バクラの拳を回避する事に成功した。
ヒュン、と風切り音が耳を鳴らすのを感じる。
しかし、避けられるのはバクラの計算の内。
避けられた右拳を解き、素早くゼストの肩を攫んだ。
驚くゼストを尻目に、肩を攫んだ右手に力を入れる。
自慢の身軽さを生かして、ゼストの肩を力点にバクラは空中で鮮やかに一回転して背後に回った。
盗賊。
単純な身軽さなら、バクラの方が上だった。
これから先、一撃が勝敗を左右する。
即ち、どちらが先制の攻撃権を得るかが勝敗のカギを握る。
槍を引き、臨戦体制のまま振り向くゼスト。
最初に体勢を整えたのは――ゼストだった。
後ろを取られても、何とかいち早く体勢を整える事が出来た。
だが、攻撃権の先手を取るには遅すぎた。

「スカゴブリンを生贄に、デーモンを召喚ッ!!」

何処かに隠れていたのだろうか。
唐突に現れたスカゴブリンが、バクラの体から離れて宙へ飛び出す。
黒い光に包まれ、姿を変えた。
現れるのは雷の悪魔――デーモンの召喚。
その勇ましい姿で、此方を見下ろしていた。

「ッ!!」

危険危険危険危険危険危険……
感覚で解る。あのモンスターは、今までのモンスターとは比べ物にならないほどの力を秘めている。
悔しそうに口元を歪めるゼスト。
常に最前線で戦ってきた彼には解ってしまった。
今の自分に、あのモンスターを倒すだけの力は無い。
負けを認めて臨戦態勢を解こうとするが、その時ある事に気付いた。

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」

デーモンの召喚の肩に乗っかっているバクラ。
遠目に見ても、かなり衰弱している。
ゼストの胸に希望が生まれた。
ダメージの蓄積は、恐らく自分と五分五分と言った所だろう。
その状態で、これほどの召喚を行えば身体にかかる負荷も相当な物。
行けるか。
槍を握り締め直して、ゼストはバクラの様子を窺う。
罠かもしれないが、あのデーモンの召喚の攻撃が放たれれば最早自分の敗北は火を見るより明らか。
ならば、玉砕覚悟でこの一撃にかける。

「はああぁああぁぁぁああぁあぁぁあッ!!!!」

恐怖や疲労を吹き飛ばすかのように、咆哮をあげるゼスト。
ダンッ。
残った力の全てを使い、ゼストは駆けだす。
跳躍し、山の様に聳え立つデーモンの召喚の肩まで飛び立った。

「貰ったッ!!」

狙うのはただ一点。
バクラ。
残った全ての魔力を叩き込もうと、渾身の力で槍を振り下ろした。




――ニヤリ




悪魔の笑い声が鳴り響いた。

「デーモン!戻れ!!」

突風を発生させながら、デーモンの召喚は光の粒子となって消えた。
宙に漂う魔力の粒子。
その全てが空気中に霧散する事無く、バクラの体の周りに集まり始めた。
魔力はその濃度を高め、バクラの体を満たす。
そして、光は巨大な球体へと変化した。

『ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」』

瞬間、地の底から響く様な声と共に球体の中ら何かが飛び出してきた。





この戦いを見守っていた保護者組も管理局組も、二人の戦いに魅せられていた。
一級を極めた者同士の戦い。
自然と彼らの興奮を煽り、目を奪っていた。
しかし、今は別の意味で目を奪われていた。
缶ジュースを飲んでいたアルスなんかは、思わず缶を落としてしまうほどだ。
オペレーターを務めていたエルザも、見守っていたレナードも、口をアングリと開けて呆然としている。
レオンも、ユーノも、アンナも、後輩の男性と女性も、この戦いを見守っていた全ての人が衝撃の光景に目を奪われていた。
その衝撃の光景とは――

『一体何時、俺様がデーモンを切り札にすると言った!?えぇ、騎士様よぉ!!』

体中の毛が鋭利に尖っていて物凄く怖い紅い目をしている体長10メートルぐらいの白いフェレットが、ゼストの体をその巨大な右手で握り締めていた光景である。




「なんじゃそりゃあああぁああぁぁああぁーーーーーー!!!!!」

最初にリアクションをしたのはアルス。
流石にバクラと長年付き合ってきたおかげで、多少の耐性は出来ていた。
右手に持たハリセンは、恐らくもう既にクセとなっているのだろう。
今すぐツッコミを入れたい衝動を抑えている。

「…………あれってさ、もしかして」

「もしかしなくても、俺達スクライアの変身魔法だろう。たくっ、なんちゅう使い方をしてるんだ」

「あれって、こんな使い方も出来たんですか?」

「出来るか!あれの本来の使い方は、高所や狭所などの人間の姿では調査しにくい場所に入るための小動物に変身する魔法だ!
決して、あんな凶悪な魔法ではない!!ユーノ!」

「は、はいいぃっ!」

「いいか、あいつの発掘の腕は真似してもいい。でも、あいつのあの非常識さだけは真似するな!解った!?」

「はいぃぃっ!」(というか真似したくても、僕絶対出来ないよ)

アルスに続いて、他に皆も再起動した。

「まぁまぁ……可愛いフェレットさんね~」

(((可愛いのか!!?)))

アンナは何処までいってもアンナであった。





一方、此方は管理局組。

「不味いなぁ。あの拘束からじゃあ、流石のゼストさんでも……」

「レナード。あんた随分と冷静ね」

「今さらあいつの事で騒いでも仕方ないだろ。騒ぐ方が疲れる」

「それもそうね……」

慣れた先輩組は、極まて冷静だった。

「わっ!わっ!凄い!イタチですよ!巨大なイタチ!!」

「う~~ん……」

「あれ?どうしました、急に唸って。というか、あれは平気なんですか?」

「あ、えぇ。お化けじゃなかったら大丈夫です。それよりも、気になる事があるんですよね」

「気になる事?」

「えぇ。実はあのバクラ君って、ミッドチルダを征服するために送られた野菜の名がつくばかりの戦闘民族の一人じゃないかと考えていたんですよ」

「あぁ!あの満月を見れば大きなお猿さんになって、戦闘力を10倍に引き上げる戦闘民族ですね!」

「はい、凶暴さも似てますし……ただ、バクラって名前のもとになった野菜がどうしても思いつかないんですよね。う~ん」

「バクラですか。ば、ば、ば、……ダメだ。確かに思いつかない」

「「う~~ん」」

慣れていない後輩組は、どうでもいい事で頭を悩ませていた。





皆が注目してるなど完全無視。
巨大なフェレットに変身したバクラは、高笑いをあげながら捕まえた獲物を見下ろしてた。
傍から見ると、今からお食事タイムに入るようにしか見えない。

『クククッ!残念だったな。デーモンの攻撃を警戒して、賭けに出た判断力。そして、ボロボロの体でも足掻こうとする執念は褒めてやるが……』

「ぐああぁあ!!」

『此処までだ!』

巨大な手に握り締められ、ゼストは叫び声をあげる。
ギチギチ。
筋肉が圧迫され、骨が軋む音が鳴り響く。

『ヒャハハハハハッ!苦しいか?苦しいに決まってるよなぁ!?
ミッドチルダ式のバリアジャケットも、ベルカ式の騎士甲冑も基本は同じ。
共に耐熱・耐寒性に優れ、ある程度の物理的衝撃を和らげる鎧。
だがぁ、純粋な圧迫による攻撃だけは防ぎようが無い。
まぁ、ある程度までなら騎士甲冑が肉体に残るダメージを軽減してくれるが――』

「――ッ!あっがぁあああーーぁあー!!」

『俺様との戦いでボロボロになった騎士甲冑で、果たして何処まで耐えられるかな?』

子供は時として、残酷な一面を覗かせる。
例としては、虫が一番いい例だ。
小さいとはいえ、立派な命。
しかし、まだ善悪の区別がつかない子供は、その命は容赦なく刈り取る。一切の罪悪感も無く。
今のバクラは正にそれだ。
目の前で苦しむ人間の虫ケラの様に見下し、苦しむ様子を楽しんでいる。

「くぅ………あぁ」

飛びそうになる意識を繋ぎ止めながら、ゼストは自分のデバイスを握り締めた。

『おっと、そうはさせねぇぜ。死霊共!』

巨大なフェレットに変身しようとも、レアスキルは健在。
バクラは複数の死霊を召喚し、ゼストのデバイスを奪い取った。
危険。
ボロボロになったゼストにこの状況をどうにか出来るとは思えないが、念には念をだ。
最後の希望を摘み取ったバクラは、さらにゼストの体を締め上げた。

「あああが!あぁあ!ーッーーぁああくああぁあっがーーッ!!!」

『フハハハハッ!このまま握り潰してやる!』

残った左手も使い、両手で容赦なく握り潰す。
騎士甲冑の所々が剥がれ落ち、装甲を脆くする。
体を構成する全てが圧迫され、悲鳴をあげた。

『ククククッハハハハハハハハハッハハハハハハハッ!!!』

訓練場には、ただ一人の殺戮者の声が響き渡るだけだった。

「くぅあぁ!っぐ」

『無駄無駄!いくら足掻こうとも、もうてめぇの負けは覆せねぇ事実なんだよ!』

苦しみながらも、未だに自分の両手の中で足掻こうとするゼストを嘲笑うバクラ。
デバイスを奪われ、心身共に疲れ果て、魔力も限界。
絶望。
バクラにとっては、ゼストの足掻く様子はとてつもなく滑稽に見えた。

「……ふ……ふふふふっ」

『あぁ?』

突然笑いだしたゼストに、バクラは怪訝な表情で見つめた。

『なんだぁ、やられ過ぎて頭のネジでも飛んだのか?』

「いや……ただ、ふっと昔を思い出したたんだよ。
まだ半人前で、役に立たなかった自分。そして、友と共に自らの武を極め続けた鍛練の日々をね」

『へッ!何かと思えば、下らねぇ昔話か』

「あぁ。あの時の俺は、まだ弱く、まともな力は無かった。だが――」

瞬間、魔力が鼓動を始めた。

「意地だけは人並み以上にあったんでね。その意地、通させてもらうぞ!」

小さかった魔力は大きく、濃度を高めながらゼストの体を包みこんだ。

『ほぉ、こいつは驚いた。まだそこまで魔力を保有してたのか。
だが、一体どうするんだ?デバイスは俺様の手の中。いくら魔力を持っていても、貴様らはデバイスの補助が無ければ大した魔法は使えないんだろ?』

余裕の態度をみせるバクラだが、それは当然である。
バクラ自身が異常なだけで、普通の魔導師はデバイスの補助が無ければ大掛かりな魔法を行使できない。
少なくても、彼はデバイスの補助無しで行使できる魔法で、自分の手の中から逃すつもりはない。
絶対的有利。
何を怖がる必要がある。

「確かに君の言う通り、デバイスの補助が無ければ使える魔法は限られてくる。
君の様に自由自在に扱える魔導師など、世界を探しても極少数だろう。
だが、これは生憎と複雑なプログラムを用いないんでね。今の状態でも、十分発動できる」

何かを決意した様な瞳でバクラを睨むゼスト。
彼の言葉に答える様に、魔力の光は巨大な波となって押し寄せた。

『こいつは……ッ!てめぇ!!』

その危険性に気付くバクラだが、もう遅い。

「はあぁッああぁぁッあぁああああぁああぁぁああああッ!!!」

けたまましい咆哮と共に、辺りを眩い光が包んだ。




バクラはゆっくりと空中を漂う。
変身形態を保てないほど魔力が枯渇し、人間の姿へと戻る。
動けない。
体に蓄積したダメージは、自分から全ての機能を奪い去っていた。

(ちくしょう……)

僅かに動かせる視線で、同じように宙を泳いでいる人物の姿を確認する。
既にボロ布状態になった騎士甲冑。
向こうも自分と同じように、既に動く力は無かった。

(自爆だと、ふざけた真似をしやがって)

ゼストが取った方法は、何も難しい物ではなかった。
魔力の暴走。
制御せず、ただ単に魔力を力任せに外へと解き放っただけ。
凝縮した魔力が一気に爆発すれば、脅威の爆弾へと変貌する。
勿論、自分自身も含めて。
諸刃の剣。
勝ちはしなかったが、負けもしなかった。

――ドスン

お互いの体が床に落ちるのと同時に、制限時間終了のベルが鳴った。




「えっと……これって」

「お二人とも、どうみても気絶してますよね」

「という事は……」

「……引き分けね」




バクラVSゼスト――10分間の激闘の後、ダブルノックアウト。








今回で決着がつきました。

バクラ頑丈すぎね?って思うかもしれませんけど、本編でもオベリスクの攻撃を受けてまともに立っていたりしましたから、結構タフだったのでないかと。
ゼストも本編で、体に鞭を打って頑張ってたし。

能力をベラベラ喋ったりするのは……まぁ、遊戯王的なお約束(読者への説明)という事で。

それでは今回の遊戯王解説↓(遊戯王カードWiki より)



――偽物の罠+スカゴブリン

偽物の罠の効果は

『自分フィールド上に存在する罠カードを破壊する魔法・罠・効果モンスターの効果を
相手が発動した時に発動する事ができる。
このカードを代わりに破壊し、他の自分の罠カードは破壊されない。
セットされたカードが破壊される場合、そのカードを全てめくって確認する』

が、本来の効果です。
しかし、此処ではコナミのゲーム作品の『遊☆戯☆王 真デュエルモンスターズ 封印されし記憶』の効果↓を使用させて貰っています。

『相手モンスターの攻撃を無効化する』

また、偽物の罠に描かれているイラストには、スカゴブリンが描かれています。
なので、スカゴブリンが偽物の罠(真DM版)の効果を発動できるモンスターとして登場させました。

ちなみに、本来のスカゴブリンは星1/闇属性/悪魔族/攻 400/守 400の通常モンスターです。

――アース・バウンド・スピリット(地縛霊)

星4/地属性/悪魔族/攻 500/守2000の通常モンスター。

『闘いに敗れた兵士たちの魂が一つになった怨霊。この地に足を踏み入れた者を地中に引きずり込もうとする』

イラストや説明文を見る限りでは、地面や壁の中を進めそうなので今回の様な能力を持っています。
これから先も、効果モンスターでは無くてもイラストや説明文で連想できそうな能力は、そのモンスター自身が持っている能力とします。

例、翼が生えている、空を飛べる、といったようにです。

――ゲルニア

前回からの登場。

OCG効果――『フィールド上に表側表示で存在するこのカードが、相手のカードの効果によって破壊され墓地へ送られた場合、次の自分のスタンバイフェイズ時に自分フィールド上に特殊召喚する。』

此処では、一定の時間が過ぎれば元のフィールドの魔力を使用しないで召喚できる。不死のモンスター。

――ゴブリンゾンビ

同じく前回からの登場。

OCG効果――『このカードが相手ライフに戦闘ダメージを与えた時、相手はデッキの上からカードを1枚墓地へ送る。
      このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、自分のデッキから守備力1200以下のアンデット族モンスター1体を手札に加える』

今回使用したのは二つ目の効果を参考にした召喚方法です。
手札に加えるは、召喚スピードを速くし、使用魔力を削減するメリットがあります。
まぁ、スカゴブリンは悪魔族なんですけど……ゴメンナサイ。どうしても偽物の罠とスカゴブリンのコンボを描きたかったんです。

――スピリット・バーン(邪霊破)

原作においての、ダーク・ネクロフィアが倒された際に出現する霊魂による攻撃。

此処では死霊達の不可視攻撃名として使用しました。

――死霊伯爵

星5/闇属性/悪魔族/攻2000/守 700の通常モンスター。

ゼストに大ダメージを与えるも、カウンター攻撃でやられる。



以上、新しいモンスター達の解説でした。それでは次回!











七つの球を集めると願いを叶えてくれる龍が出現する漫画?







大好きですけど、何か?





[26763] それぞれの決意
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/08/05 19:30



地上本部のとある医務室。

「ふぅ~~……ああやって叱られるのは、何時以来だ?」

ベットの上で上半身だけを起こし、ゼストは何処か疲れたように呟く。

「頼んだ俺が言うのもなんですけど……あんな事をすれば、エルザにああ言われても仕方ないですよ」

ベットの近く。
レナードは備え付けの椅子に座りながら、申し訳なさそうに項垂れていた。
原因は、つい数十分前に遡る。
バクラとの模擬戦で引き分けたゼストだが、流石に体に蓄積したダメージは大きかった。
無論、対戦相手であるバクラも同じ。
二人とも意識を失って、気絶したぐらいだ。
早速、医務室に運ばれた二人。
ゼストが目を覚ましたら、既にバクラの姿はなく、変わりにレナードとエルザの姿があった。
まだボーっとする頭でも、何となく状況を理解したゼスト。
バクラの容態が気になって訊いてみた所、既に目覚めて医務室から出ていったとの事だった。
凄まじい回復力だな。
そんな感想を抱いていると、バクラが自分の家族であるスクライアの人達を伴って訪ねてきた。
少しばかり騒がしくなる医務室。
二三言葉を交わした後、バクラ達は帰っていった。
今日は疲れた。
久しぶりに感じる疲労感を癒そうと、ゼストがベットに背を預けていると、エルザが此方に歩み寄ってきた。
何か用か。
不思議そうにゼストが見つめていると――




『貴方は管理局内で殺し合いでもしたいんですか?』




「確かレナード、お前の同期だったな。中々シッカリした人だ」

「ああ言うのはシッカリというより、キツイって言うんですよ」

お互いに笑い合う二人だが、ゼストの表情は何処か優れない。
今でなら笑い話になるが、模擬戦で疲れた後にエルザの注意(ほとんどお説教)を受けたのは、中々にキツイ。
もっとも、それだけの事をした自覚はあったゼストには反論等許されず、黙って聞いているしかなかった。
最後の攻撃。
魔力を制御せずに、力任せに相手と自分を巻き込む自爆。
本来なら、この魔法は危険極まりない技として、管理局では禁止されている。
ベルカ式のカートリッジシステム以上に、術者の体にかかる負荷と危険性が高いためだ。
今回、ゼスト自身が無事だったのは、彼の魔力コントロールが上手かったとしか言いようがない。
現にゼストにも、バクラにも、魔力によるダメージはあったが、体その物には大した外傷はなかった。
終わりよければ全てよし。
しかし、エルザは黙っている訳にはいかない。
嫌々引き受けたオペレーター。
超問題児のバクラだけでなく、管理局所属のゼストもあんな危険極まりない行為をしたのだ。
一言注意でもしなければ、気が収まりそうにない。
ゼストもその事は承知していたので、大人しくエルザの説教を黙って聞いていたのだが、やはり模擬戦の疲れも残っている。
正直、疲れた。

「そう言うな。今時、あそこまで言える人は中々居ない。特に上官に対してな」

「まぁ、そりゃそうですけどね。バクラに対しても、目覚めた直後に叱っていたし。お面を被ったまま……」

最後の一言だけゼストには聞こえなかったが、特に気にする事でも無いので、追及はしなかった。
ちなみに、バクラが出ていったのは、エルザの小言が五月蝿かったからである。

「それじゃあ、ゼストさん。俺は戻ります。本当に、今回はすみませんでした」

「構わん。あれは、俺の本意で受けたのだ。お前が謝る事ではない」

「それでもです。そうだ!どうでしょう?後で、飲みに行きません?勿論、俺が奢ります……いえ、奢らせて下さい!そうでないと、俺の立場がありませんよ。
元はと言えば、家の部下が言いだした事なんですから」

「……そうか。なら、お言葉に甘えさせてもらおうか」

暫く談笑をしていた二人だが、レナードにはまだ仕事が残っている。
最後に軽く言葉を交わし、出口へと歩いて行くレナード。
扉の前でもう一度ゼストに振り向き、敬礼をした後、自分の仕事へと戻って行った。

「……ふぅ~~」

誰も居なくなった医務室。
ベットに沈み、軽く息を吐く。
静かだ。
外で何百、何千という人達が忙しなく働いているのが嘘の様に、この空間は静寂が包んでいる。
ゼストは何も喋らない。
天井だけを眺め、静寂の揺り籠に身を任せていた。

『ヒャハハハハハハッ!』

ふと脳裏に蘇った光景。
静寂を破り、平穏を破壊するかのような殺戮者の笑い声。
瞳に宿るのは、何処までも深い、ただ相手を破壊するだけの狂気。

「全く……本当に出鱈目な子だった」

何気なく出た言葉だが、バクラを表すには言い得て妙な言葉だ。
召喚術とネクロマンサー、二つのレアスキル級の能力。
モンスター達は、それぞれの個々で特別な能力を持ち、中には常識など通じないモンスターも存在する。
対人戦闘に特化したベルカ式、それも一流の騎士であるゼストと、ハンデありとはいえ互角以上の戦いを見せた近接戦闘術。
そして、卓越した判断力と決断力。
本人自身は粗暴であるが、自分を追いつめるほどの戦略に長けていた。
常識に当てはまらない、非常識の塊というのは、あの子の様な人間を言うのだろう。

「……非常識か。ふっ、俺が言えた事ではないな」

自嘲気味に、ゼストは薄く笑った。
少なくても、自爆魔法を使おうとした自分が言えることではない。

「……………」

ゼストは無言のまま、ベットから抜け出る。
バクラよりも遅いが、体は回復した。
もう十分に動ける。
立ち上がり、その場で肩や腕、体の節々の調子を確かめ始めた。
良好。
ダメージは大きかったが、体には特に外傷はなかった。
ふとゼストは、自分の右手中指にはめられた待機状態のデバイスに目をやる。
あれだけの激戦に耐えてくれた、頼もしい相棒。
その相棒を見ながら、ゼストはバクラとの戦いを再び思い出した。
凄かった。
此処数年で、あそこまで自分を追いつめた魔導師はそう居ない。
ハンデがあったとはいえ、自分をあそこまで追い詰めた魔導師は。
あの最後の自爆。
ゼストだって、それが禁止されているとは解っていた。
解っていたが、それを頭で理解する余裕が無いほど追いつめられていた。
肉体的にも、精神的にも。
ああ、本当に何時以来だろうか。
管理局だとか、民間人だとか、そんな事関係なく一人の男、一人の戦士として意地を通したくなったのは。
少なくても、あの時感じた高鳴りは、首都防衛隊の隊長に任命されてからは感じた事はない。
それだけ、バクラとの模擬戦は凄まじいまでの物だった。

(しかし、だからこそ恐ろしいな。あの子の力は)

改めて思う。
バクラの戦い方、あれはまともではない。
表面上もそうだが、内面も決して普通の人間の物ではなかった。
狂気を含んだ目に、ただ相手を破壊するだけの振るわれる凶器。
治世の世を乱す、破壊者。
自分達管理局とは、相反する存在。
今日初めて出会った子供にこんな感想を抱くのはどうかと思うが、ゼストはそう感じた。
バクラが纏っている空気は、例えるなら。
油と水、若しくはハブとマングース、はたまた未来の脱げば速くなる某執務官と狂気のマッドサイエンティスト。
要するに、自分達とは全くの逆の位置に存在する物だ。
決して交わる事が無い、相反する者同士。
通りで、あれだけの腕を持ちながら管理局にスカウトされないはずだ。
故に、恐ろしい。
レナードから聞かされた情報。
バクラは、デバイスを使用せずに自分と戦っていた。
解っていた事だが、実際に目の当たりにするとその非常識さが手に取るように解る。
もはや、驚きを通り越して呆れた。呆れ果てた。
もしもの話し。
あの才能と能力、全てが自分達の敵に廻ったらどうなるだろうか。
何気なく浮かんだ問いを、ゼストは自分の中で反芻させた。
僅か11歳であの力。
天才と言えばそれまで。
しかし、実際に戦ったゼストにはそれ以上に危険な『何か』を感じた。
無論、ゼストとて今回の模擬戦は力を抑えていた。
リミッターを外せば、今以上の戦闘力を発揮する事は出来る。
首都防衛隊隊長。
その名にかけても、今回の様な遅れをとる事はない。
だが、今回のはあくまでも模擬戦。
つまり、予めお互いが同意したルールが定められた闘技場で戦っていた。
これがルール無用の戦いになった時。
果たして自分はあの子に勝てるのだろうか。
無傷で取り押さえる事が可能か。
そう問われれば、直ぐ首を縦に振る事は難しい。
バクラの戦い方は、相手を倒すではなく、斃す戦い方。
ルールに縛られず、相手を斃す戦いをした時、一体どれだけの被害が出るのだろうか。

「……ふふふ、何を考えているんだ。俺は」

自分自身の中に生まれた疑問を、笑いながら否定するゼスト。
バクラの空気に間近で感じたせいか、どうしてもネガティブな方向に考えてしまう。
ある意味、初めて出会った人間にこんな考えをさせるのは、才能の一種だ。

「どうも年をとると、変に心配症になってしまうな。大丈夫だ。あの人達が居る限り、あの子も道を外す事はないだろう」

何処か暖かな笑みを浮かべながら、ゼストはつい数十分前の光景を思い出す。



数十分前、自分がまだ目覚めて間もない頃。
出ていったはずのバクラが、自分の保護者達を連れて医務室に戻ってきた。
しかも、当の本人であるバクラは不機嫌そうに顔を顰め、態度も不貞腐れている印象を受けた。
見た所、戻ってきたくて戻ってきたようではないようだ。
一体どうした。
ゼストが問いかけようとしたが、その前にその中の一人。
保護者の男性が前に進み出て――

「すいません!家の子がご迷惑をかけて。お怪我は大丈夫ですか?」

バクラの頭を手で無理やり下げながら、自分も頭を下げてきた。



(あの時は本当に驚いた。あのバクラという少年も、あんな顔を出来るんだな)

バクラの保護者――レオン達が来たのは言うまでもない。
巨大フェレットに握り潰されるという、前代未聞の被害を受けたゼストに謝りに来たのだ。
あれには困った。
今回のは特にどちらにも責任はない。
いや寧ろ、管理局員である自分の方が責任は重いのだ。
しかし、仮にも体長10メートルぐらいの白いフェレットに押し潰される。
そして、それを実行してるのが自分の息子なのだ。
親御さんとしては、自責の念に駆られただろう。
下手に何か言うよりも、謝罪を受け取って、お互いに水に流した方が良い。
ゼストはレオンの謝罪を受け取り、此方からもバクラと家族に対して謝罪をした。

「ケッ!だから言ったんだ。わざわざ謝罪に来る必要なんかねぇよ。そこに居る騎士様だって、仕事で飯を食ってるんだからよ」

「そういう問題じゃない!気持ちの問題だ!たくっ……あんな魔法、何時覚えたんだ」

「あなた、その辺で。バクラ君もほら、おじさんに“ありがとう”て言おう。ね?」

「いいか、ユーノ。世の中は持ちつ持たれつ、ありがとうの精神で出来ているんだ。決して、ああならないように」

「あ、あはははっ。たぶん、大丈夫だよアルス兄さん。なりたくても、絶対になれないから」

ふてぶてしい態度に、年上を敬う様子がないのは相変わらず。
しかし、纏っている空気は自分が感じた冷たい物ではなく、暖かな物。
家族。
見た目も性格もバラバラだが、そこには確かな絆が見えた。
人間は、光と闇を行き来している。
そのバランスは常に一定を保っているが、ふとした切っ掛けで道を踏み外し、闇へと墜ちる人間も存在する。
レオンにアンナ、アルスやユーノ。
この人達がバクラの光となって支えてくれる限り、彼も道を踏み外す事はないだろう。




「……………」

一人っきりになり、ゼストはある事を考えていた。
いや、この場合は嫌でも脳裏が支配される、とでも言い換えた方が的確だ。
放たれる凶器。モンスターの統制。能力の活用。
全てにおいて、同年代どころか管理局の魔導師のそれを上回っている。
魔力を抜きにしたら、ほとんど自分と同等。

(同等か……)

ふふ、と嬉しさや悲しさや、そして悔しさ。ありとあらゆる感情を混ぜ合わせた様な笑みを浮かべる。
確かに、バクラの技量は凄まじい物だ。
それこそ、自分と同等……そう、総合的な技量はほとんど自分と同じなのだ。
まだ11歳の成長途上の子供が、首都防衛隊隊長である自分と。

(これから先、恐らく後数年もすれば俺も確実に追い抜かれるな)

待機状態のデバイスを掲げ、槍型の通常フォルムへと展開させる。
その場で軽く構え、振るう。
ブンッ。
空気を裂く豪快な音。これだけでも、並の大人を気絶させるには十分すぎるほどの威力を誇る。
しかし、並では通用しない。
優れた魔導師は、兵器と同等。
以前何処かで聞いた事だが、それはある意味で的を射ている。
街を、人を、平和を、破壊し殲滅させるには十分すぎるほどの力を持つ兵器。
それと対抗するためには、同等の力を持たなくてはならない。
並ではダメなのだ。

「…………少し、本格的に鍛え直すか」

更なる高みを目指す一人の男の決意が、静かに医務室に木霊した。




戦場。
そこは正に、奪い、奪われる戦場だった。
他者に優しさなど不要。
此処では一瞬の隙が命取りとなる。
飢えた獣が放つ熱気は、さながら真夏の熱気を連想させる。
その戦場の名は――


「何で俺達が、荷物持ちなんかやらなきゃいけねぇんだ」

「そう、文句を言うな。俺達の服とかも買って貰ってるんだから。それとも、お前があそこに飛び込んで行くか?」

「うは~うぅ~~」


バーゲンセール。


一通りの用事を済ませたバクラ達一家は、早速買い物に来ていた。
先陣を切るのは、唯一の紅一点――アンナ。
というか、アンナ以外の男組は全員荷物持ちに回っていた。

「うお~うはぁ~~」

ユーノも荷物持ちを手伝っていたのだが、まだまだ小さな体。
比較的軽い物でも、上手くバランスがとれずにフラフラ。

「大丈夫か、ユーノ?俺が持つ?」

見兼ねたアルスが、優しく声をかける。

「うぅ~。だ、大丈夫です~」

小さいとはいえ、そこは男の子。
意地にでもなってるのか、アルスの提案を拒否した。
が、やはりバランスを取ることが難しいのか、足元が覚束なかった。
微笑ましいな。
アルスはニコニコと、癒し十分の光景を見た後、今度はもう一人の弟に目をやる。

「こっちはこっちで、別の意味で凄いな。お前、良く持てるよな、それ」

「だったら代われ」

「嫌だ。俺も両手に荷物を一杯持ってるんだから、これ以上は無理」

これを見ろ、と言わんばかりに両手に提げた袋の山を掲げる。
アルスの身長からすれば、それだけでも十分凄いが、一番凄いのはバクラだ。
高い。とにかく高い。
何段にも積み重なられた、丁寧に包装された箱の山。
軽く見積もっても、3m以上はある。
それをバランスよく保てているのだ。
流石盗賊王。
変な所で、常日頃鍛えているバランス力が役に立つ。
バクラのバランス力に感心しながら、アルスは再び戦場へと目を向けた。

「アンナさん。良くあそこに真正面から入っていけるよ」

つくづく母親の強さという物を実感する。
いや、この場合は女性の強さなのか。
どちらにせよ、自分には無理だ。
あんな風に獲物(服)を狙い、犇めき合っている場所に飛び込むなんて。
うん、絶対無理だ。例えるなら、羊が狼の群れに飛び込んで行くくらい、無謀だ。

「どうでもいいけどよぉ……あの女共は、何で他の奴ら直接的な攻撃をしねぇで、押し合ってるだけなんだ?」

「そこはほら、暗黙のルールがあるから」

「そうか?」

「そうそう……多分」

「というか攻撃って、そんな発想が出るのはバクラ兄さんだけだよ」

とか言ってる間に、アンナは戦利品を得て戻ってきた。
一体このポケ~としてる女性の何処に、あの人の山を跳ね除けるだけの力があるか疑問だ。
よいしょ、よいしょ。
荷物を抱えながらバクラ達に近付いてくると――

「バクラ君、パ~ス!」

極自然に、バクラの方へと戦利品を投げるアンナ。

「……………」

そして、これまた極自然に投げたれた戦利品をバランスよく積み上げるバクラ。
わーパチパチ!
思わず店員を含めた周りの人が拍手を送るぐらい、鮮やかな曲芸だった。

「おい、アンナ。これで終わりか?」

バランスを保ちながら、アンナへと問いかける。
いい加減にしろ。
言葉には出さずとも、不機嫌そうに歪んだ眉がそう言っていた。

「まだまだ。えっと、今ので私の買い物も済んだから、残ってるのはユーノ君の子供服に……あ!確かこの前、リーナさんの弟さんの所にお子さんが出来たんだった!
お祝いの品を持っていかなくちゃね~。後は……そうそう、テオルドさんの所へのお返しもまだだった。
よし!先ずはユーノ君の買い物を済ませて、それから残りの買い物をすませちゃおう!」

レッツゴー!
そんな擬音が聞こえるぐらい、ウキウキ気分でアンナは子供服売り場へと向かう。

「……………アルス」

「何も言うな。少なくても、俺達には黙ってついて行くしか選択肢はないんだ」

何か言おうとしたバクラの言葉を、無理やり遮るアルス。
その顔は、何かを悟った仏の様に神々しかった。

「チッ!こんな時に、レオンの野郎は何処に行きやがったんだ!?」

此処には居ない一家の大黒柱に文句を言いながら、バクラ達はアンナの後へと続いた。




バクラ達が買い物を楽しんでいるデパートから、そう遠くない一軒家。
自分の家族とは行動せず、レオンはこの一軒家に訪れていた。

「相変わらずのゴーストハウスだな。クリフ……お前、少しは掃除をしようとは思わないのか?」

かなり失礼な事を言ってるが、家の惨状を見る限りレオンの気持ちが良く解る。
玄関までは、まぁ良しとしよう。
電気料金やガス料金の明細書が放りっぱなしだったが、そんなのは些細な事だ。
床のあっちこっちに捨てられたビールの空き缶。
中身がまだ入っているスナック菓子の袋に、炊事なんて面倒くさいと言わんばかりのカップラーメンの山。
これだけで、クリフの食生活の偏りが見えてくる。
さらには、雑誌やら専門書やら、もはや整理整頓という言葉に喧嘩を売る様に、ごちゃ混ぜになって床に散らばっている。
さらにさらに、止めを言わんばかりにカーテンも窓も閉め切って、暗いし空気の流れが悪い。
異臭が漂う。
最初に一歩踏み入れた時、悪臭に逃げ出したくなったほどだ。
生活臭と言えば聞こえはいいが、とんでもない。
人間が生活する環境ではない、今にもお化けが出そうな惨状が広がっていた。

「家に入って最初の言葉がそれですかー。クリフさん、君の友人さんとしてとっても悲しいなー」

ボサボサの髪に、しわくちゃのシャッツ。
何日も剃って無いのか、顎には無精髭が生えている。
私ダメ人間ですよ、とでも言いたそうな風貌だ。
クリフ。
レオンの友人にして、この家の家主である。

「言いたくもなるわ。なんだよ、このありさまは?」

「気付いたらこうなってた」

「いや気付いたらって……はぁ~~」

あっけらかんと言い放つクリフに、溜め息をつくレオンであった。

「とにかく、窓ぐらい開けろ。濁ってるぞ此処の空気」

最初から家に居るクリフにとっては何て事はないが、外から来たレオンにとってはこの空気は耐えがたい。
散らかった床。
僅かなスペースが空いている個所に、上手く飛び移り、漸く窓際に辿り着く。

(何で窓際に辿り着くのに、此処まで苦労しなくちゃいけないんだ)

心の中で文句を言いながら、このどんよりとした空気を何とかしようとカーテンに手をかける。
シャッ、ガラガラ。
閉め切っていたカーテンと窓を全て開ける。
新鮮な空気と太陽の光が、暗くどんよりとした部屋に燦々と降り注いだ。

「うぎゃあぁあぁーーー!!目がぁー!光がぁあーー!!」

「己はドラキュラか!?何で太陽の光で苦しむんだ!!?」

日光を受けて苦しんでいる友人に、思わずツッコミを入れてしまったレオンであった。


閑話休題


「いやー、半年ぶりの日光って結構キツイね。なんか色々な物が溶けそうになっちゃった」

サングラスを付けて、参った参った、と頭を掻くクリフ。

「俺は半年間も外に出ていないお前に、驚きを隠せないんだが」

幾分か片付けが終わった客室。(あまりにも汚すぎるので、とにかく目立ったゴミを片付けた)
非衛生、非人間的な生活を繰り返しているクリフを、レオンは白い目で見据えた。

「む?失礼な。外に出なかったんじゃなくて、出られなかったんだよ。こちとら、お前みたいに外での仕事なんか一切の皆無、完全デスクワークなんだから」

「はぁ~……そっちの仕事にまで口出しするつもりはないが、頼むから衛生面や食生活の改善をしてくれ。
このままだと、『一人暮らしの男性、孤独死』なんて一面が、新聞を飾りそうで怖いわ」

「心配ないって。その時は、枕元にでもお前との思い出を記した日記でも置いておくから。見つかったら美談として扱われるぞ、やったね!」

「止めろよな。美談どころか、俺が変に疑われる」

どうでもいい雑談を交わしながら、ふとクリフの様子を窺う。
日光が差し込む室内。
明るくなった事により、より明確にクリフの姿が瞳に映る。
ボサボサのくすんだ茶髪の髪の毛、無精髭、そしてやせ細った体に、血色が悪い肌。

(青瓢箪って言葉が、此処までマッチする人間もそうそう居ねぇぞ)

本当に半年間も日光を浴びて無かったもかもしれない。
いや、もしかしたら日光を浴びて無いのは半年間で、外出は一年以上もしてないのかもしれない。
先程雑談で交わした、『一人暮らしの男性、孤独死』、何て一面が本当に新聞を飾りそうだ。
正直、物凄く怖い。

「なになに?心配?大丈夫だって!ちゃんとサプリメントはとってるから!」

「そういう問題じゃないと、俺は思うが……」

半目でクリフを見据えるが、本人は変わらずのマイペースぶりだ。

(はぁ~、こんな如何にもダメ人間って感じの奴が、元ミッドチルダ中央技術開発局のエリートだったんだからな~。世の中ってのは、解らないもんだぜ)

今でこそこんな生活を送ってるが、クリフは元々ミッドの中央技術開発局に勤めていた経歴を持つ。
しかも、ただ勤めていた訳じゃない。
若くして確かな実績を残した、所謂エリートと呼ばれる人間だった。
それがつい二年前、自分の夢のために技術開発局を辞職。
あの時は大変だったな、とレオンは昔を思い返した。
ちなみに、クリフがわざわざエリートコースを蹴って選んだ夢とは――

「そうそう、レオン。俺が新たしく造ったゲームでも買わない?今ならお安くしておくよ」

自分の力で全次元世界最大のゲーム会社を作りあげる事である。
そして、自分自身は最高のゲームクリエイターとして君臨する事を目指している。

「……………」

「うん?何、その可哀想な物を見るような白い目は?」

「いや、そのな……ちなみに、そのゲームの内容は?」

「おぉ!興味持った!この新作、『キラキラ☆クエスト』は自信作の一つだよ!
えっとね、主人公は普通の学園の生徒だけど、実は剣と魔法の異世界――レクシアのバランティア大国の血を引く王子様。母親は王位継承者だったのだ!
魔王復活を阻止するために、母親の故郷の世界に行くんだけど、結局は魔王が復活しちゃって、仲間と一緒に魔王を退治するために冒険に出る!
っと、此処まではよくある様なRPG。でも、この『キラキラ☆クエスト』は従来の様なRPGとは違うだよ!
なんと、主人公の現実世界の父親は、実は遥か宇宙の彼方にある惑星――科学の星ソリッド星から地球に亡命した最後の王族の生き残り!
ソリッド星は悪の大臣に支配され、最強最悪の兵器を開発しようとしている。
今正に、全宇宙の危機。
魔王を討伐を果たした主人公は、今度は父の故郷を取り戻すため、世界の平和を守るために異世界で知り合った仲間と共に宇宙の彼方を目指す!
しかし、敵の最新兵器が装備されたロボットには、異世界の魔法すら通じない。
圧倒的戦力差に苦戦を強いられる主人公達。
危機的状況で主人公が取った方法は、自らの体を再生能力を持つ吸血鬼、そして敵のロボットに対抗するためサイボークになる道を選ぶ事だった。
人としての肉体を捨てる主人公。止めてと説得しようとする仲間達。
それでも主人公は、世界を守るため人としての体を捨て、巨大ロボ――ギルダンに乗り込み一人戦いに身を投じる。
愛と勇気と希望!感動と友情と根性!そしてファンタジーとSFが合わさった、今世紀最大のk「大人しく技術開発局に戻れ!」む?なんだよ、人が折角丁寧に説明してるのに。
なんか文句でもある?この『キラキラ☆クエスト』に?」

「色々と言いたい事はあるけど……絶対に売れないぞ、そのゲーム」

「なに!?そんなはず無いだろ!ちゃんと主人公はイケメンにしてるし、ヒロインとのイベントも完璧だ。
仲間との友情、いがみ合っていた敵との共闘フラグ、そして悪には悪の正義がある!
この王道に一体何の不満があるんだ!」

「大ありだっての!第一、何でファンタジーの途中にSFが絡んでくるんだよ!世界観からして可笑しいだろ!
主人公も主人公で、吸血鬼だったり、サイボークだったり、止めは巨大ロボのパイロットか!
最初の二つですらもツッコミどころ満載なのに、ロボは一体何処から出てきた!!」

「巨大ロボ――ギルダンは動かすためには、パイロットの命を対価にしなければいけない。
例え動かせたとしても、起動時に常時肉体にかかるGで、並の人間では綿菓子を潰す様に、簡単にペシャンコになってしまう、危険極まりないロボ。
主人公が吸血鬼になったのは、不死の能力で命を守るため。
サイボーク化したのは、肉体にかかるGに耐えるため。
ほら、何処も問題ないじゃないか?」

「設定の問題じゃない。お前の作品は、根本から間違ってるぞ」

「ムカッ!なんだよ、さっきから文句ばっかり言って!素人のお前に、このゲームの素晴らしさが解るのかよ!!?」

「ゲームを買うほとんどの人は素人だ!!」

バクラといい、目の前のクリフといい。
自分の周りに居る天才は、何処かズレている奴らばかりだ。
少しだけ、レオンは頭が痛くなった。

「って、こんな話しをしに来たんじゃなかった」

ついクリフのペースに乗せられていたが、自分は此処に雑談を交わしに来たんじゃない。
いけない、いけない。
首を二三回ほど振って、思考を戻す。
レオンは真っ直ぐクリフを見据え、本題を切りだした。

「クリフ」

「うん、なに?やっぱり欲しいの?」

「そうじゃない。ゲームの話しは置いといて……何か進展はあったのか?」

真剣な眼差し。
クリフもゲームソフトを置いて、真摯に対応する。

「あぁ、あの件ね。此処じゃあなんだから、こっちに来て」

自分に付いてくるように言い、部屋を出ていこうとするクリフ。
解った。
レオンは了承の返事をし、大人しくクリフに付いて行った。
それなりの広さを持つ一軒家の中を歩いて行く。
一か所だけ、明らかに他の部屋と雰囲気が違う扉の前に立つ。

『指紋認証……確認しました』

機械的な声が響き渡る。
その後に、声帯、眼球、ID、パスワードの確認。

「何度見ても凄いよな、このセキリティは」

「当然!大切な仕事場だからね。大銀行並の厳重なセキリティに、戦艦の砲撃にも耐えられる強度、侵入者撃退用の催涙ガスにレーザー光線!
泥棒が入り込む隙は無い、完全無敵のシェルター……いや寧ろ、要塞!」

「その情熱を、少しでもライフスタイルの改善に注げよな」

思うわず出たレオンの本音に反応せず、クリフはドンドン奥へと進んで行く。
地下への階段。
本人が要塞と豪語してるが、あながち間違いではない。
正に此処は、敵からの攻撃を防ぐための要塞だ。
本当に凄い、と感心しながらクリフの後に続くレオン。
コツーン、コツーン。
階段を下りていく音だけが響く。
再び目の前に現れる扉。
指紋認証、声帯、眼球。そして、先程とは違うIDにパスワード。

(此処まで厳重にするか?たかだか仕事部屋で)

感心を通り越し、少し呆れながら付いて行くと、やがて広い部屋に辿り着いた。
広さはそれほどでもないが、恐らく、ほとんどの費用はこの部屋にかけているのだろう。
本棚にギッシリと詰められたゲーム雑誌や、自分でも解らない何かの専門書。
そして何より、部屋一杯に並べられた機械の山。
パソコンやら何やらなら自分でも解るが、あまり見た事が無い物も幾つか混じっている。
こういう所を見ると、本当に技術開発局に勤めていたと感じるから、不思議だ。

「今さらだけど……お前って、本当に技術開発局に勤めていたんだな」

「本当に今さらだな。貯金全てをはたいて改造したこの部屋を見て、自分に自信が無くなったの?
大丈夫だって!レオン、お前の所にも凄い稼いでいる子が居るじゃない!老後になったら、その子に何処か高級リゾート地に別荘でも買って貰えば?」

「ははははっ、考えておくよ。……ジジイになるまで、あいつらが俺の所に居たらな」

寂しそうに、表情に影を差しながら呟くレオン。
それは、子供が親離れする事を悲しんでいるのではなく、もっと別の何かを悲しんでいるようだった。

「……こっち」

クリフは深く追求しない。
解っているからだ。レオンが何に対して悲しんでいるか、解っているからこそ何も言わない。
自分に出来るのは、結果を伝えるだけ。
椅子へと座り、クリフはカタカタと端末を操作しだした。

「頼まれていた、あのバクラって子とユーノって子の両親の捜索の件だけど……結果は見ての通りさ」

バクラとユーノの本当の両親。
レオンがクリフに頼んでいた件は、この両親の捜索だった。
元とはいえ、ミッドチルダ中央技術開発局に勤めた経歴を持つクリフ。
その人脈と情報網さへ使えば、少ない手掛かりでも見つかるかもしれない。
一抹の希望をかけ、クリフへと託した結果は――

「これって……」

「そう!見ての通り、ほとんど進展なし!」

どうやら、あまり進展は無かったようだ。
目の前の宙に浮かぶ、鮮明なモニター画像。
そこにはデカデカと、『進展なし!』、と描かれていた。

「いや、進展なしって。そんな胸を張られて言われても……」

「とか何とか言って、本当には安心してるんじゃないの?」

「うぅッ!」

図星を当てられ、思わず息を呑むレオン。
実際、彼は安心していた。
まだあのバクラとユーノの二人が、自分の子供として居てくれる。
親として、子供が側に居てくれるのは嬉しい。
しかし、二人の本当の両親の事を考えると、どうしても素直に喜べない。
レオンは複雑そうに、宙のモニターを見つめていた。

「お~お~、レオンもお父さんなんだね~。クリフさん、感心だよ~」

「だったらお前も早く嫁さんでも貰って、この生活を改善しろ」

からかい口調のクリフに対して、レオンは僅かに頬を赤らめながら答えた。

「それよりも、クリフ。本当になんも手掛かりは見つからなかったのかよ?」

これ以上からかわれたくない。
レオンは再び話題を、両親捜しの件に戻した。

「うん、進展なし。まぁ、多少はあったと言えばあったけど……聞く?ほぼ時間の無駄だよ」

「あぁ。頼む、聞かせてくれ。どんな小さな手掛かりでも良いから」

了解。
クリフは再び目の前の端末を弄り、情報をモニターへと映した。

「それじゃあ、先ずはユーノって子からの情報ね」

モニター上に映る、訳の解らない文字や図の羅列。

「これがこの子のDNA情報。知っての通り、DNAってのはその人の遺伝子情報を保存した、まぁ簡単に言っちゃえばその人だけが持つID番号みたいなものさ。
当然、同じ番号を持つ人間は居ない。この情報を元にして、親子鑑別をすれば一発で解る、人間の体の便利機能」

「だったら、何で見つからないんだよ?管理局の方にも捜査を頼んだけど、未だに連絡は来ないぞ」

「そりゃあそうでしょ」

カタカタ。端末を操作し、今度は別のモニター画面が宙に浮かんだ。
莫大な数のデーター。

「見ての通り、これが今現在発見され登録されている管理世界の数。そして、こっちが管理外世界の数」

管理世界を赤文字で、管理外世界を青文字で、それぞれ解り易く表した。

「DNA鑑定ってのは、確かに便利な技術さ。でも、それによる親子の識別は、子供と親、両方の遺伝子情報があって初めて出来るものなんだよ。
勿論、このミッドチルダを含めて、幾つかの世界では健康診断なり何なり、機会があれば個人情報を保存している国もある。
でも、人口全ての遺伝子情報を保有してるかと言えば、そうではない。
例えば、地方の病院なんかだと、わざわざ国に遺伝子情報を提出する義務が無い世界も幾つかあるし。
そもそも、DNA検査何かを義務付けられていない国もかなりの数がある。というか、国民にDNA検査を義務付けている国の方が少ないよ。
中には個人で経営してる診療所も結構あるから、そういった所で両親が健康診断とか受けていたら、DNA情報を見つけることはほぼ絶望的とみても良い。
まぁ、一つの世界だけなら何年か調べ上げれば、両親の手掛かりを探す事は可能かもしれないけど、これが複数の世界となると話しは違ってくる」

クリフが一度言葉を区切ると、モニター上の
画面が変わり、幾つもの球体が映し出されていた。

「今さら言う事じゃないかもしれないけど、俺達の世界には今自分が住んでいる世界とは違う、文明が発達した世界が幾つも存在している」

画面上の球体に、それぞれの管理世界の名前が浮かび上がった。

「当然、ミッドチルダを含めた最先端の技術を持つ世界では、経済だけでなく医療関係も物凄く発達してるよ。
けれど、さっきも言った通りにそれぞれの世界では医療に対して義務やら法が違うから、全人口のDNA情報を得るのはかなり難しい。
無論、その中でピンポイントで特定の人物のDNA情報を見つけるとなると、さらに難易度は上がる。
どれぐらいかと言えば、そうだな……RPGゲームで、装備も回復アイテムも持たないままで、ラスボスの魔王と一騎打ちをするぐらい無謀かな。
あ、勿論裏技とかそういったズルなしでね」

「……それが、何であいつらの両親を捜索する件と関わってくるんだ?」

「俺の例えはスルーですか……まぁ、いいけど」

特にツッコミ待ちではないので、クリフは話しを進める。
カタカタと再び端末を操作し、モニター上の画面が何かを表す数字に変わった。

「これが去年のミッドチルダ全体での行方不明者、及び捨て子の総人数。そして――」

端末を操作し、モニター上の画面の数字が変わった。
今度のは、先程の数字よりも遥かに大きい。

「これが管理世界全体での行方不明者と捨て子の人数の合計。パッと見で解るけど、全部を総計したらとんでもない数字になる」

解るよね、と確認をしてきたのでレオンは頷いた。

「とまぁ、見ての通り。
年間これだけの届けが出てるんだ。管理局だって、西へ東への大忙し。
正直、5年以上も経って何の連絡も来ないなら諦めた様が良い。
それだけの時間があっても、調べられなかったって事だからね。まぁ、だからこそ個人的に俺に頼んだんだろうけど――

一度言葉を区切り、再び端末の操作をするクリフ。
バクラとユーノ。
当の本人である二人のデーターが、モニターに映し出された。

「これだよこれ!
バクラって子も、ユーノって子も、自分の生まれ故郷を示す持物を何も持ってなかった!これが痛いよ!
何の手掛かりもなしに、この広い次元世界で両親を探す。こんなの、雲を攫む様は話しさ」

「バクラは……まぁ、確かに何も身につけて無かったけど、ユーノの方はどうなんだ?
あいつを拾った時に着ていたベビー服は、何かの手掛かりにならないのか?」

「あぁ。これね」

ピッ、とクリフが端末のボタンを押すと、モニター上に赤ん坊用の小さなベビー服が映し出された。
水色を基調としたベビー服。
間違いなく、ユーノを拾った時に彼が着ていた物だ。

「これについては、管理局でも早い段階で何処で販売された物か、特定できたよ」

「ちょっと待て!そんなの俺は聞いてないぞ!」

「落ち着きなって。管理局がお前に知らせてないのは、それなりの訳があるって事」

カタカタ、カタカタ。
クリフの端末を弄る音が、機械の光で照らされた部屋に響き渡る。

「これがそのベビー服が売りだされていた店。
場所は第4管理世界『カルナログ』、マントルトのセントバーニア地方、トマロンっていう小さな町さ。
メーカーに問い合わせた所、此処で売られていたのは間違いないよ」

「だったら、この町にユーノの親御さんが住んでるのか!?」

手掛かりが見つかるかもしれない。
自然とレオンの声は荒くなっていた。

「話しは最後まで聞く。世の中、そんなトントン拍子に事が上手く運べば誰も苦労はしないよ」

熱くなっているレオンに対して、此方は氷の如く冷静に答えた。

「見て」

短く、それだけ言って目の前のモニターを見る様に諭すクリフ。
言われた通り、レオンが目を向けると、そこには『新暦55年10月~12月』と映し出されていた。

「なんだ、これ?」

「このベビー服が買われたと予測される年号と月」

「ふ~ん……うん?ちょっと待てよ」

ある事に気付き、レオンは思考の海へと潜っていく。
ユーノの年齢は今年で6歳。これは成長の具合から見ても、絶対に間違いない数字だ。
そして、今は新暦の62年。
つまり、逆算するとユーノが生まれた年は新暦の56年になる。
合わない。
ユーノを拾った時の生後から逆算しても、新暦55年に生まれているはずが無いのだ。

「気付いた?つまりはそう言う事」

声をかけられ、思考の海から引っ張り上げられる。
どうやらクリフも、自分と同じ答えに辿り着いていたようだ。

「新暦55年に買われたベビー服が、新暦56年に生まれたはずの子に着せられていた。
此処から導き出される答えは、主に二つ。
一つ、このユーノ君の両親が友人から貰ったプレゼント、若しくはお爺ちゃんお婆ちゃんが孫のために用意していた物、要するに生まれる以前に予め用意していたケース。
二つ、ユーノ君が生まれてから、御両親が友人か誰か知り合い、要するに他人から譲って貰った物。
以上の二つの可能性が考えられる。
まぁ、どちらにせよあまり関係ないけどね」

「……どういう事だ?」

「さっき言ったでしょ、管理局もこの事は早い段階で特定出来たって。
地元の警察に連絡して、聞きこみ調査なんかもしたみたいだけど、手掛かりは0。
引っ越したのか、それともたまたま通りすぎた序に買ったのか。
まぁ、聞きこみしても町の人が誰も知らないとなると、少なくてもユーノ君が生まれてから、常日頃町に住んでいた人じゃない。
ベビー服も、特に珍しい物ではなく一般で販売されている、リーズナブルな物だしね~。
お孫さんが生まれるために、お爺ちゃんお婆ちゃんが用意したものなのか。
友人から譲って貰ったものなのか。
はたまた御両親が、子供が生まれるために予め買っていた物なのか。
なんにせよ、一体誰が買ったものなのか、その特定ができなければ話しにならないよ」

ちなみに、とクリフは続ける。

「大きな病院とかも当たってみたけど、あの子達のデーターは無し。地方とか、それなりの規模も同じ結果。
あの子達に関する情報は、一切無しだったよ。この様子だと、下手したら自宅出産なんてケースも考えられるね」

嫌になる。
そう言いたそうに、クリフは重いため息をついた。
さらに、と付け加え、椅子の背もたれに背を預けながら再び重い口を開く。

「そもそも、この子達が一体どういった経緯でお前に拾われたのか。それすらもレオン、自分でも解らないんでしょ?
親に捨てられたのか、はたまた偶発的な事故で両親と離れ離れになったのか。
そもそも、親は今も生きてるのか。
それすらも解らないようじゃあ、正直両親は愚か、生まれた場所や地域。うぅん、下手したら生まれた世界すらも特定できないかもよ」

今の段階では推測にすぎないが、実際の可能性は0ではない。
何か生まれ故郷を示す持ち物も無い。
本人達の記憶も、全くの役に立たない。
捨て子なのか、事故に巻き込まれたのか、親は死んでるのか生きてるのか、それすらも今の所解っていない。
唯一の手掛かりは、本人達の持つDNA情報だけ。
これだって、この広い管理世界の中から特定の人物だけを見つけるとなると、相当の時間と苦労を有する。
管理局でも見つけれられないとなると、正直生まれた世界を特定するだけでも何年かかるか解らない。
クリフは一語一句誤魔化さず、淡々とレオンにその事実を告げた。

「……そうか」

絞り出すような、か細い声で呟くレオン。
落胆。
レオンだって、バクラとユーノの両親を探す事がどれだけ難しい事なのか解っていた。
解ってはいたが、実際に無理だと言われると、やはり辛い物がある。

(さぁて、どうしようかな?ちょっとダメージが大きいみたいだし)

落胆した様子をレオンをチラッと横目で見つめながら、クリフは迷っていた。
ユーノの件もそうだが、まだバクラの件が残っている。
そして恐らく、このバクラの件はユーノ以上に深刻な問題だろう。
しかし、それでも自分は報告しなければいけない。
それが自分の仕事なんだから。
思考を断ち切り、クリフは再び端末を弄り始めた。

「落胆してる所悪いけど、レオン。もう一人の子の方も報告させて貰うよ」

「……うん?あぁ、悪い。続けてくれ」

先程までの影を潜め、続きを諭してくれるレオン。
こういった前向きな姿勢は、話し側としても助かる。
カタカタ。
お互いに無言を貫き、クリフが端末を操作する音だけが響いた。

「こっちのバクラって子の方だけど……」

言葉を区切り、回転椅子を回転させ此方を振り向くクリフ。

「お前の性格上、あーだこーだ言うよりも、ハッキリ言った方が良いと思うから、俺もハッキリ言うよ」

青白い肌、ボサボサの髪、ホームレスにしか見えない風貌。
しかし、その眼差しは真剣そのものだった。
レオンも真っ直ぐ見つめ、一語一句聞き逃さないように耳を傾ける。

「このバクラって子の両親……うぅん。故郷を探すのは、諦めた方が良い」

レオンに向かって、ハッキリとその事実を告げた。

「……どういう事だ?」

ユーノの時は、両親や故郷を特定するのは難しいが、可能性は0では無かった。
しかし、バクラの時はハッキリと無理だと言った。
一体どういう事なのか。
レオンはクリフに問いかけた。

「理由は……これだ」

端末のボタンを押すと同時に、新しいモニターがレオンの目の前に浮かんだ。
バクラを中心に、右に管理世界、左に管理外世界の文字が映され、中央にはバクラに重なるようにデカデカ?マークが映し出されていた。

「何だよ、これ?」

今一画像の意味が解らず、レオンは意味を尋ねた。

「見て解らない?」

「解らないから尋ねているんだろ?」

「ふぅ~~……まぁつまりだ。この子は管理世界の生まれじゃない、管理外世界の出身の可能性も出てきたって事」

「はぁ?」

レオンからして見れば、正に『はぁ?』である。
管理外世界。
その名の通り、管理世界には組み込まれていない次元世界の総称。
文化基準も、経済も、医療も、その他諸々、全てにバラツキがある。
魔法技術もそう。
中には全く、魔法を持たない世界も決して珍しくはない。
当然、その様な世界は次元と次元の間を行き来する、次元航行などといった技術を持たない。
可笑しい。
仮にバクラが事故、若しくは捨てられたと仮定しよう。
この場合、レオンがバクラを見つけた場所が問題だ。
レオンがバクラを見つけたのは、管理世界。
益々もって可笑しい。
クリフの言う通りに、バクラが管理外世界の出身なら、次元航行を持たない管理外世界の住人が管理世界に来る事は絶対に不可能。
可能性があるとすれば一つ。
管理外世界の中でも、魔法文明が存在し、比較的高い技術を持つ世界。
この世界の住人が、バクラの親ならば納得がいく。
しかし、理由としては弱い。
高い技術を持ちながら、管理世界に組み込まれていない。
それは即ち、管理世界との国交を拒んでいるという事。
わざわざ子供一人のために、国交すらもしていない世界に来るだろうか。

「まぁ、普通はそう思うだろうね。“普通”ならね」

普通、という言葉を強調するあたり、何か訳がありそうだ。

「俺だって、何も出鱈目でこんな事を言ってるわけじゃない。ちゃんとした根拠があってこそ、言ってるんだ」

レオンの方へと振り向き、クリフは人差し指を立てた。

「根拠その一、この子の初期の生活その物。
これは俺じゃなくて、実際に間近で見てきたレオン、君が良く知ってるはずだよ」

初期のバクラ。
あれは酷かった。
近付く物を攻撃し、腹を満たせば大人しくなる。
正に獣の様な生活と性格だった。

「服も着ておらず、一人で森の中で狩りを行っていた。これだけでも異常だけど、今回注目するのはそこじゃない。
このバクラって子、テレビとか電灯とか、そういった電化製品に触れた時は必ずビックリしていたんだよね?
まるで初めて見たり、触れたりしたように」

初めて出会った時、バクラは感情が欠落していた。
が、徐々に感情を表に見せる様になってくると、クリフの言った通りに何かに触れると必ず驚いた表情になっていた。
それは電化製品にとどまらず、食料や日常に関わる物、さらには消耗品まで。
順応も早かったが、それは間違いない。

「それがどうしたんだよ?知ってるだろ、あいつには記憶が無いんだぞ。周りに見える全てが初めて見る物。驚いたりしても特に不思議じゃないだろ?」

「ところがどっこい。人間の記憶力ってのは、結構バカに出来ない物なんだよ。
確かに記憶は喪失してるみたいだけど、完全にデリートされたわけじゃない。
僅かに、その奥底には自分自身が暮らした記憶が残っているはず。
仮に、全ての記憶が完全にデリートされたなら、それこそ赤ん坊の状態に自立した動きなんかは出来ないはずだ。
少なくても、出会った頃にある程度の言語を話せたとするなら、記憶の全てが消え去ったとは考えにくい。
問題は、日常生活をするのに問題無いぐらいの記憶を持っていながら、周りに物を知らなかったという事。
テレビなりパソコンなり、その物自体の名前を忘れても、それがどういった物なのか、その使い方だけは覚えているはずだ。
管理世界でも、ジャングルの奥地に代々住んでる様な部族とかなら、テレビとかの電化製品が無くても仕方ないかもしれないけど。
流石に日常で使う物に驚くのは可笑しすぎるでしょ?
一応確認するけど、あの子を拾った時、年齢は5~6歳程度だったんだよね?」

「あぁ、一応検査して貰ったけどそれぐらいで間違いない。今は物凄く成長してるけどな」

「そう……まぁ、彼の成長ぶりは置いといて。
そこら辺に居る5~6歳の子供に、この部屋の中にある物の名前を適当に聞いてみな?
流石に専門的な名前は知らなくても、パソコン、最悪でも何かの機械だとは答えられるよ。
それすらも答えられたいようだと、少なくても、あの子の周りには俺達の生活で当たり前に使われている物が無かったという事。
つまり、文明レベルが低い管理外世界の出身が高いという事だよ」

今の管理世界で、レオン達が当たり前の様に使っている物が周りに無い、というのは少し可笑しすぎる。
絶対とは言えないが、それでも日常品ぐらいの名前は知っていてもいいはずだ。
管理外世界。
未だに文明レベルが、原始的な世界もある。
進化していても、管理世界の様に物が充実していないのがほとんどだ。
今この部屋にある、一般人でも買える様な物でも。
管理外世界の文明レベルが低い世界の人間から見れば、目を見開くほどの文明の産物だ。
バクラが文明レベルが低い管理外世界の出身なら、周りの日常品にすらも驚きを見せたのは納得が出来る。
しかし――

「それだけで、あいつが管理外世界の出身だって決めつけるのは、早過ぎないか?」

レオンはクリフの説明に納得していなかった。
それはあまりにも突拍子すぎるのもあるが、クリフの説明には決定的な穴があったからだ。

「そもそも、そんな文明レベルが低い世界だと、次元航行それすらも無いだろ」

文明レベルが低いとなると、当然次元と次元の間を行き来できる技術など持っているはずが無い。
これについては、どう説明するつもりだ。
レオンは疑惑の視線を、クリフに投げつけた。

「……次元震って、知ってるよね?」

疑惑の視線を受けながら、短く、それだけを問いかけた。

「あぁ、そりゃあ知ってるよ」

今さら何を言ってるんだ、当たり前の様に答えるレオン。
次元震。
管理世界に住んでいる者なら、ある程度の教養を学べば嫌でも耳に付く言葉だ。

「次元震、その名の通り次元間で起こる災害。酷い物になると、軽く一つの世界を滅ぼせるレベルの次元災害となる。
旧暦時代に起こった次元災害は、その猛威を振るい、幾つもの世界を滅ぼした。正に世界レベルでの大災害」

端末を弄り、目の前には再び新しいモニターが現れた。
人形と黒い穴。
一体何なのか、とレオンは怪訝な表情でモニターを見つめた。

「勿論、そんな世界レベルの次元災害なんてそうそう起こる物じゃないさ。
けれど、何かの切っ掛けで小さな次元震が自然に起こる事は稀にある。
そして、時々だけどその次元震によって偶然開いた次元の裂け目へ……要は次元の穴だね。
その中に人間が巻き込まれる場合もある。
時空管理局の局員が、任務中にその穴に落ちて行方不明になるって話しも、歴史の紐を解いて行けば幾つかあるほどだからね」

モニター上の人形が、黒い穴へと吸い込まれた。
映像が変わる。
人形が黒い穴の中を進んで行く様子が映し出されていた。

「次元震によって空いた穴、虚数空間。何処に繋がってるのか、何処に続いているのか、誰にも解らない。
現段階で解っているのは、次元の穴に巻き込まれた人間は、この虚数空間に落ちてそのまま帰ってこれなくなるというのが最も有力な説かな。
だけどね、前例があるわけじゃないけど、次元震に巻き込まれても生還出来るケースが、理論上では存在するよ」

カタカタと機械音が鳴ると、モニター上の真っ黒な映像の中に、ポッカリと白い穴が現れた。

「さっきも言った通り、次元震、若しくは次元断層は次元レベルでの災害。
小さな物でも次元航行を乱し、近隣世界へと地震等の災害をもたらす。
つまりそれは、複数の別々の次元に同じ災害が同時に起こっているという事になる。
次元の穴へと吸い込まれた人間が、上手く虚数空間を免れ、次元航路の波に乗って且つ別の次元に穴が開けば――」

モニター上の人形が、白い穴へと吸い込まれていった。

「御覧の通り、自分が住んでいた世界とは別の世界に出口が開いて、その穴から生還出来る確率もある。
かなり低い可能性だけど、それでも理論上は可能だ。
無論、管理外世界の人間が次元震で開いた次元の穴に落ちて、管理世界に放り出される事もね」

「おい、それじゃあ!」

クリフが何を言うとしてるのか、レオンにも理解できた。

「そう、バクラ君もこのケースじゃないかと予測されるって事。そして、これが俺の根拠の二つ目さ」

再びモニター上の画面が変わり、ある映像が映し出された。

「これは……」

鬱蒼と茂った森。忘れるはずが無い。
そこに映し出されたのは、バクラと出会った森だった。

「あの日、君がこのバクラって子と出会った日から、つい二日前。この周囲の町で、奇妙な現象が起こった」

「奇妙な現象?」

「うん。この森を囲むようにして点在する町全てが、突然停電を起こしたんだ。電気の供給も問題なく、雷も落ちて無かったのにね。
これだけじゃない。
地震も起きて無いのに、水槽の水が揺れたり。飼っていたペットの犬や猫が、まるで何かに脅える様に吠え始めたり。
周りの町全てに、そんな奇妙な現象が起きたんだ。
地元の警察も複数の場所で同時に起こったこの現象について、何か事件性が無いか調べた。
でも特に被害はないし、この現象が続いたのはたった10~15秒の僅かな時間だけ。
不思議には思ったけど、特に気にする事じゃないと直ぐ忘れさられたよ。
まぁ、その判断は正しいな。俺だって、君からこの両親捜索の件を受けて無ければ、世の中不思議な事もあるもんだな~、ぐらいで特に興味も持たなかったもの」

モニター上の画面が変わる。
今度は森を中心に置き、その周りに小さな光の点が幾つも囲んでいた。

「図を見ての通り、この奇妙な現象が起きたのはこの森を中心とした周りの町だけ。この時間、他の町には一切の影響は無かった」

クルリ。
勢いよく回転椅子を回し、此方を振り向いたクリフ。

「これは完全な予測で、何か確証があるわけじゃないけど……この時起こったのは、比較的小さな次元震じゃないかと俺は思ってるんだ。
人間が感じられないほど、小さな次元震。
けれど、実際に次元震が起こった場所では停電などが起こったというケースが幾つか存在する。
それに、犬や猫、大人しかったペットなんかが急に慌ただしくなった事実。
ほら、テレビでも良くやってるでしょ?犬や猫などといった動物は、地震等の災害の前には急に慌ただしくなるって。
あれは決して間違いじゃないよ。犬や猫に留まらず、動物ってのは人間に無い危険を察知する能力がずば抜けて優れているからね。
それは次元震でも変わらないと、俺は考えている」

「つまり、バクラは管理外世界の何処かの世界から、その次元の穴を通って、あの森に落ちたって事か?」

「そう言う事。まぁ、これ自体は本人の記憶が無いからね。真実は闇の中。でも、俺はそう考えているよ。
そして、あの子が管理外世界の住人だという根拠、その三」

三本指を掲げ、クリフは口を開いた。

「あの子が使っている言葉……『ムウト』の三文字だ」

端末に向き直り、再びクリフは端末を操作しだした。

「この広い次元世界、国が違えば言語も違ってくる。さらに言えば宗教、部族、はたまた個人の家など、極限られた世界にしか通用しない言語も数多く存在する。方言って奴だ」

ピコピコ、と端末の操作し続ける。

――『ムウト』

バクラが拾った時から、唯一使った言葉を検索にかけ始めた。
暫くお待ちください。
目の前のモニターには、その文字だけが映っていた。

「この『ムウト』って言葉は、俺も聞いた事が無い。お前だってそうでしょ?」

「あぁ。俺も最初、何を言ってるのか解らなかった。本人に聞いてみても、何故その言葉を使ってるのか解らないだそうだ」

以前、バクラにその言葉の意味を問いただした事はあった。
結果はバクラ本人にも解らない。
ただ何となく使っているという、なんじゃあそりゃあ、と言いたくなる結果だった。
解っている事は一つ。
このムウトという言葉は、日常ではあまり使わない。
バクラが、狩りなどで何かに止めを刺す時にその言葉を発するという事だけ。

「ふむふむ、本人も解らないと。それを聞いて、俺は確信した。
恐らく、この『ムウト』って言葉は、バクラ君の両親やその周りで使われていた言葉の一つだと思う。
人間の赤ん坊は、親や周りの話し声なんかを聞いて言葉を学習するからね」

「という事は、この『ムウト』って言葉が使われている地方を見つければ!」

「そう、この子が生まれただいたいの場所を特定できるって事」

レオンの表情に光が宿る。
漸くバクラのご両親の手掛かりが見つかるかもしれない。
そう考えると、自然と表情が和らいだ。
しかし、彼は忘れていた。
クリフが事前に言った、故郷を探すのは諦めた方が良い、という言葉を。

「はぁ~~……レオン、俺は確かに故郷を特定できるって言ったけど、絶対とは言ってないよ」

友人を落胆させたくないが、これは本人が望んだ事。
クリフは、残酷な現実をモニター上へと映し出した。

「今検索をかけソフト、現在管理世界で使われている言語のほとんど、方言なども含めた全ての言葉を収めたソフトなんだよな~。
一体どういった経緯で、こんな物を売りだそうと思ったのか。制作者の意図が解らないよ。こんな物が売れるのに、俺のゲームが売れないのは可笑しいぞ!」

(……少なくても、その開発者の人もあんな滅茶苦茶なゲームを売り出そうとしてるお前だけには言われたくないだろうよ)

レオンは心の中でそっと呟いた。
口に出して言わないのは、変に余計な時間を使いたくないからだ。

「まぁ、そのおかげで調査は進んだんだけどね……いや、この場合は調査の打ち切りって言った方が良いかな」

検索終了。モニターへと映し出された結果は――

「御覧の通り……現在発見されている管理世界、全ての言語に『ムウト』何て言葉は存在しない」

NO DATA――即ち、該当データー無し。

「……………」

レオンは何も言わず、ただ目の前の現実を見つめていた。
クリフほどの頭脳は持ち合わせて無いが、レオンだって決して頭の回転が悪いわけではない。
寧ろ早い方だ。
故に、嫌でも彼はその事実に気付いてしまった。

「該当する箇所が無いって事は……つまり!」

「そう。唯一と言っていい手掛かりも、実際には何の役にも立たなかったという事、これまた残念な結果に終わったってわけさ」

ムウト。
バクラの故郷との結びつきが強かった、数少ない手掛かり。
独特の言葉が使われている地域を見つければ、捜査の範囲を絞る事が出来た。
しかし、今現在の管理世界で『ムウト』という言葉が使われている地域は存在しない。
この情報は間違いない、と見ていいだろう。
クリフ。
ライフスタイルは滅茶苦茶だが、仕事は真面目にこなす奴だ。
そいつが、管理世界にはバクラと繋がりがありそうな地域は無いと断定した。
即ち、バクラの故郷は管理世界ではなく、管理外世界の可能性が高くなったという事。
レオンの脳裏に浮かぶ、最初の方に見せられた莫大な数の管理・管理外世界のデーター。
管理世界でも相当の数があるのに、管理外世界を含めればその数は計り知れない物になる。
その中から、バクラの両親を探す。
これがどれだけ難しい事なのか、子供でも解る。
さらに言えば、管理外世界にはまだ戸籍などが整っていない世界も、数多く存在する。
本人の記憶は無し、手掛かりという手掛かりも無い。
もし本当に、バクラが管理外世界の出身なら、今の状況で彼の故郷や両親を探すのは絶望的。
広大な砂漠の中から、小さな米粒を見つけろと言っている様な物だ。

「なぁ……それじゃあ、あいつのレアスキルや召喚術は、何かの手掛かりにはならなかったのか?」

バクラのレアスキル、『ネクロマンサー』。
そして、召喚術。
どちらもこの次元世界においては、極めて珍しい魔法だ。
レオンは一抹の希望をかけて、クリフへと問いかけるが――

「ならなかったよ。管理局でも自分の所のデーターベースを調べてみたいだけど、検索ヒット数は0。
召喚術はともかく、ネクロマンサーっていうレアスキルの方も前例が無いという事は、先天的に生まれた能力の可能性が高い。
代々血筋などで伝わって来たならともかく、生まれつきの能力だとするなら、故郷を探す手掛かりには……まぁ、ならない事も無いけど、やっぱり手掛かりとしては弱すぎるな。
そこら辺に歩いている人達にだって、レアスキルが生まれる可能性は低いけど必ずしも0ではないんだから」

その希望も、無残に摘み取られた。

「……そうか」

電子音が耳を鳴らす中、レオンの声が静かに木霊した。




「っと、もうこんな時間か……」

ふと目に入ってきたデジタル時計。
思ったよりも長く居座ってしまった。
バクラ達には適当に言い訳したが、流石にそろそろ帰らないと不味い。
レオンはクリフに向き直り、軽く手をあげて別れの挨拶をした。

「それじゃあ、クリフ。俺はそろそろ行くから。また何か解ったら知らせてくれ」

笑いながら軽い挨拶を交わす。

「……………」

挨拶をしたが、クリフは何も答えない。
ただジーと、信じられないように此方を見つめていた。

「うん?なんだよ、何か用か?」

気になり、問いかけるクリフ。

「いや……普通さ、こういう場合ってもっと落ち込むものかと思っていたから。やけに回復が早いな~って思って」

「あぁ……まぁな」

所々歯切れが悪い声で、頬を掻きながら話し始めた。

「ほら、俺ってそっち関係の知識っててんでダメだろ?正直、俺が手伝っても邪魔になるだけだし、お前に任せた方が成果も大きいしな。
要するに、適材適所って事だ。素人の俺があーだこーだ言っても、しょうがないだろ?」

レオンだって悔しい事は悔しい。
しかし、自分が手伝った所でクリフの邪魔になるだけ。
足が自分なら、情報はクリフ。
下手に手伝おうとするよりも、委任する方が遥かに効率が良くなる。

「……それってさ、俺に放り投げって事?」

「はははっ、まぁそんな所だ。これでも信頼してるんだからな。頼むぞ、未来の天才ゲームクリエイター」

「うわ~、清々しいまでのお世辞どうもありがとう~」

しらけた目。棒読みセリフ。無感情な声。
どう見ても友人のやり取りには見えないが、これが彼らの何時もの光景の様だ。

「っと、本当に帰らないと俺だけ置いてかれるぞ。クリフ、そんじゃあまた後で!」

急いで元来た階段を昇ろうと、一歩を踏み出そうとするレオンだが――

「ねぇ、レオン。一つ聞いても良い?」

次の一言で、その足を止めてしまった。

「何でそこまでして、あの子達の両親を探そうとするの?」




「……………」

「……………」

レオンは振り向かない。ただ黙っているだけ。
クリフも何も言わない。立ち止まっているレオンを見つめているだけ。
静寂。
先程までお互いに軽口を叩きあっていた二人が、今は嘘の様に黙り込んだ。
そんな中、先に静寂を破ったのはクリフだった。

「俺は奥さんも、子供も居ないから良くわかんないけど、家族ってものがどんな物なのかぐらいは解る。
俺だって、人並みに幸せの家で両親と暮らしてきたんだから。
少なくても、そんな俺の目から見てもお前達が上手くいっていないとは思えない。
うぅん、あのバクラって生意気な子も、お前や奥さんのアンナさんの言う事だけは、渋々とだが聞いているんだ。
家族としては、結構上手くいってると思うよ。……だからこそ、気になるんだ。
お前が、何でそこまでして自分の息子の様に可愛がっている、あの子達の両親を探そうとするのか……」

クリフはさらに言葉を紡ぐ。

「お前だって馬鹿じゃあないんだから、解るでしょ?あの子達の両親達が見つかったら、それが何を意味するのか?」

もし、バクラとユーノの本当の両親が見つかったら。
色々と問題になる事は目に見えている。
最悪の場合は、レオン達から離れ離れになる可能性もあるのだ。
即ち、別れ。

「今の今まで放っておいた両親に、一言文句でも言いたいのか?
だったら止めた方が良い。
……それは子供達に余計な混乱しかもたらさない。
捨てられたにしても、事故にしても、今の今まで放っておいた見ず知らずの人間が、『貴方は私の子供よ』って言って来たらどう思う?
世の中、何でもかんでも知っちゃうのは、必ずしも良い結果を及ぼすとは限らない。
中には知らない方が、幸せな事もある。あの子達は、このまま自分のルーツを知らない方が“幸せ”なんじゃないの?」

幸せ。
何気ない一言だったが、レオンの肩には重く圧し掛かった。

「自分がよかれと思って行う善意が、必ずしも相手にとっての+とは限らない。
寧ろ、悪意のない善意ほど辛い物はない、という人間も居るぐらいだ。
ハッキリ言うと、今回のお前も、この悪意の無い善意になるぞ。
バクラ君もユーノ君も、元の両親は気になったとしても、探すのはあの子達の意思が決めるもの。
お前が手伝うのは、それからでも遅くはないんじゃないか?」

それに、とクリフはさらに付け加える。

「向こう側の両親だって、下手な詮索は望んでいないと思うよ。
仮にだ、あの子達が捨て子だったとしよう。
子供をゴミみたいに捨てる親ってのは、残念ながら少なからず存在する。
もし、あの子達の両親がその部類に入る場合、会わせた所で互いに気まずい思いをするだけだ。
その他の理由、例えば望まぬ妊娠などで止むなく捨てるしかなかった場合でも、良い結果を生むとは思えない。
下手に見つけ出すのは、お互いにとって-の結果にしかならないんじゃないのか?……それにだ――」

レオンの返答が無くても、クリフは自分の考えを言葉にして出す。
黙っているよりも、素直に話す方が友人とその子供達のためだからだ。

「ユーノ君の方はともかく、バクラ君の方はこのままお前の子供として暮らした方が幸せだと、俺は断言するぞ」

憶測ではなく、クリフは断言した。

「考えてもみな?服も着ないで、大型の動物に臆することなくその命を奪う。
性格は穏やかとは言えず、寧ろ攻撃的な性格。
これだけでも、まともな親に育てられたとは思えない。
そして、決定的なのはあの子が持つ異常なまでの技術の高さだ。
あの年で天才的な発掘技術……いや、あれはどちらかと言うと盗賊の技術に近い。
そんな物、とてもではないが普通の子供が身につけているとは思えない。
人間の子供が知能が発達した時、先ず真似をするのは周りの大人の行動を真似する。
という事はだ、あの子の故郷、少なくてもあの子の周りの社会では、その技術が当たり前だった可能性が高い。
無論、これは俺の完全な推測で何か証拠があるわけじゃない。
けれど、あの攻撃的な性格と盗賊のそれに近い技術、これを持ってるのは確かな事実だ」

バクラは確かに普通の子供ではない。
天才的な才能もそうだが、何よりもあの攻撃的な性格。
破壊。
規律を、世の秩序を、人間の命すらも破壊する。
まともな両親に育てられたとは、とてもではないがクリフには考えられなかった。

――このまま両親達を探して、バクラとユーノが幸せになるのだろうか

――今のままの方が幸せではないのか

――自分の幸せを棒に振ってまで、両親の捜索を続けるのは何故なのか

クリフはレオンへと、静かに問いかけた。

「……………」

問いに対して、レオンは答えない。
沈黙。
静かに佇み、その場から動こうとはしなかった。
一秒、二秒、三秒、と時間の針だけが時を刻んでいく。
部屋には二人の息遣いすらも聞こえず、機械的な電子音が支配していた。

「別に……そんなの正直、解らねぇよ」

時間にして数秒間の間。
レオンはポツリポツリと、自分の胸の内を吐きだし始めた。

「俺があいつらの御両親を探すのは、あいつらのタメじゃ無い。いや、確かにあいつらのタメでもあるが、それ以上に俺の我儘かな」

「……やっぱり、あの子達の両親に一言文句でも言いたいの?」

「はははっ、まぁそれも少しはあるな。……けれど、それ以上に知りたいのは、何であいつらが御両親と離れ離れになったのか、その原因を知りたいんだよ」

哀愁を帯びた声音で続きを話すレオン。

「俺さ、正直結婚して夫婦になるなんて考えた事も無かったし、まして自分が親になる何て想像もしてなかったんだ」

「そりゃあそうでしょ。一体何時夫婦になり、何時親になるか、そんな人生の設計を立てている人なんて、そうそう居ないよ」

レオンの言い分に同意を示すクリフ。

「それでさ、その……あいつらと過ごしていく内に、何か楽しくなったというか、嬉しくなったというか。
上手く言えないんだけど……俺があいつらと過ごすのが、自然な事の様に思えてきてさ」

気恥ずかしさと嬉しさ、両方の感情を混ぜ合わせた話すレオン。

「一種の親心って奴?」

「そんな大層な物かどうか解らないけど……俺はあいつらと一緒に居たいと思う。
何時か独立して俺の手から巣立っていくにしても、それまでは一緒に暮らして、良い事をした時は褒める、悪い事をした時は叱っていきたい」

「……益々理解できないんだけど。レオン、お前ってさ今は幸せなんだよね?」

幸せの形は人それぞれ。
美味しい物を食べる、好きな人と一緒に居る、趣味に没頭できる。
形は千差万別だが、レオンは第三者のクリフの目から見ても、十分幸せの部類に入る。
しかし、それはアンナ、アルス、バクラ、ユーノ。この人達が居てこそ成り立つ幸せだ。
理解不能。
御両親を探し出し、もし子供の返還を求められた場合、下手したらバクラもユーノも居なくなる可能性があるのだ。
即ち、幸せの崩壊。
自分からその崩壊の手助けをしているレオンの行動が、クリフには理解できなかった。

「だからこそだ……幸せだからこそ、あいつらの御両親を探さなくちゃいけないんだよ」

再び哀愁を帯びた声音で、レオンは話し始めた。

「俺自身は、今の生活に幸せを感じている。アンナが居て、アルスが居て、バクラが居て、ユーノが居る。
そんな当たり前の生活が、俺はとてつもなく嬉しい。だから、この当たり前が崩れ去った御両親の気持はどんな物だと思う?」

もし、クリフが言ったようにダメな親なら、文句を言わせずこのまま自分の所で引き取る。
当然だ。
今さら出てきて、何を言ってるんだ!ふざけるな!、と怒鳴り散らすかもしれない。
だが、これが事故だった場合は話しが違ってくる。
何かの事故により、離れ離れになった親子。
クリフの言った様な、次元震による事故だった場合は、ほぼ親と子供が再び会合するのは絶望的とみてもいい。
アンナ、アルス、バクラ、ユーノ。
このうちの誰かが、そんな事故に巻き込まれて自分と離れ離れになってしまったらどうだろうか。
勿論、血眼になってでも探すだろう。だが見つからなかった時、襲ってくるのは言いようの知れない喪失感に絶望、そして悲しさ。
生きてるのか、死んでいるのか、ちゃんとご飯を食べているのか、健康に暮らせているのか。
それらの情報が一切自分の所に入ってこないで、毎日を過ごす。
それは一種の拷問と言ってもいい。
バクラやユーノ御両親がそんな気持ちを味わっていると思うと、どうしても気が気でないのだ。

「ふ~ん……でも、それってあくまでも事故による場合だったらでしょ?
さっき俺が言ったように、子供をゴミみたいに捨てる親とか、望まぬ妊娠で自分の意思で子供を捨てた親とかなら、どうするの?」

「その時は、話しあうさ。向こうにだって何か訳があったのかもしれないからな。
話しあって、バクラとユーノを託せないと判断した時は、俺の所で預かる。そして、託せると判断した時は――」

「あの子達が望めば、元のご両親へと親権を還す」

振り向かないまま、レオンはコクリと頷いた。
漸くクリフにも理解できた。
要するに、目の前の男はお人よしなのだ。
自分の子供、そして相手の両親。
どちらの心情を想うからこその、判断なのだ。
クリフは呆れる様に、溜め息を吐いた。

「まぁ、お前がそれで良いなら部外者の俺がどうこう言う事じゃないけどさ……本当に良いのか?後悔しない?」

自分の幸せを崩すかもしれないのに、本当にこのまま両親の捜索を続けるのか。
最終確認の意味で、クリフは問いかけた。

「寂しくないかって聞かれたら、やっぱり寂しいな」

絞り出すかのような声。察するにこの気持ちは本当の物だろう。

「けれど、あいつらがそれを望むなら……故郷に帰る事を望むなら、俺は胸を張って送り出したい。それに――」

此処で初めてレオンは振り向いた。
父親。
暖かくも優しい笑みを、レオンは浮かべていた。

「あいつらが……バクラとユーノが、“バクラ・スクライア”そして“ユーノ・スクライア”として過ごした日々は決して偽物なんかじゃないからな。
その最高の置き土産があるなら、俺には十分だ」




熱い。体が熱い。
全身の毛穴が開き、汗が絶え間なく零れ落ちてくる。
プシュ~、と蒸気が噴き出して体が溶けそうだ。

「ぬがああぁぁああぁぁぁあぁーーーーッ!!!!」

奇声を上げながら、クリフはあっちへゴロゴロ、こっちへゴロゴロ。
所狭しと、仕事部屋を転がり回っていた。

「痒い痒い痒い痒いーー!!全身が痒いいぃぃいいぃーーー!!
何!?『最高の置き土産あるなら、俺には十分だ』って!爽やかな笑顔で、フレッシュさ抜群!!
うあぁあぁあーー!!聞いているこっちが恥ずかしい!眩しい!暗い巣穴に引き籠っている俺には、眩しすぎるうぅぅーー!!
つーか本当に痒い!頭が痒い!腕が痒い!腹が痒い!背中が痒い!全身が痒い!!
寧ろ溶ける!俺溶けて無くなっちゃう!誰か助けて!溶ける溶ける溶ける、本当に溶けるうぅぅーー!!!」

「だあぁあぁーーー!うるせぇ!何度も何度も叫ぶな!こっちが恥ずかしくなるわッ!!」

自分の発言がどんな物だったのか思い出し、今さながら恥ずかしさが込み上げてきた。
顔を真っ赤にし、床を転げ回るクリフを無理やり止めるレオン。

「あぁあっがーー!ぬがあぁああ!!死ぬ、死んじゃううぅうーー!!」

「シャカシャカシャカシャカ暴れるな!お前はゴキブリか!?」

「だったら人の頭を踏むな!」

「そうでもしないと止まらないだろうが!!」

恥ずかしさを紛わす意味でも、レオンはさらに脚に力を込める。
その際に、うがぁっと呻き声が聞こえたが気にしない。
寧ろさらに力を込めて、行動を完全に封じる。
沈下。
暫くして漸く落ち着き、レオンもクリフも息を整え始めた。

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ……生で聞く臭いセリフが、ここまでの破壊力を生むとは。恐ろしい」

「それはこっちのセリフだ!……お前、研究目的でよく他社のゲームをやってるんだろ?」

「あーダメダメ、二次元に聞く臭いセリフと実際に聞く臭いセリフは完全に別物だ。
お前だって、ドラマや映画のセリフを実際に目の前で言われると、何とも言えない変な気恥ずかしさを覚えるだろ?あの感覚と同じだ」

パンパン、と服に付着した埃を払いながら立ち上がるクリフ。
元からボサボサだった髪の毛がさらに滅茶苦茶になり、青白い肌は掻き毟られて赤くなっている。
本当にかなりのダメージを負ったようだ。

「ゴホンッ!とりあえず、まぁそうい事だから後は頼むぞ!」

物凄く気まずくて、恥ずかしい。
咳払いをし、レオンはさっさとこの空間から逃れようとする。

「はいはーい!って言いたい所だけど、これ以上の細かな調査となると何時になるか解らないぞ」

「何時だって構わねぇよ。そこまで無理をして、お前が体を壊しちまったら悪いしな」

「そう思うなら、何かお礼をしようよ思わないの?無料で頑張っているクリフさんにさ?
具体的には、俺が開発したゲームソフトをスクライアの子供達に買っていって上げるとかさ?」

「……解った。後で何処か居酒屋にでも行って、俺が好きな物全部奢ってやる」

「いや、だからね。俺としては自分のゲームが売れる方が嬉しいわけで」

「やかましい。少しは外に出て、日光を浴びろ!」

「えぇ~、やだやだ~~。クリフさん、人に会うのが怖い~」

「……あの僅かな手掛かりで、此処まで調べられる情報網を持ってる奴のセリフじゃないぞ。それ」

「クリフさん、外に出るのが怖い~」

「大丈夫だ。そんな事を言える間は、対人恐怖症でも何でもない。とにかく、後で迎えに来るから、ちゃんと家に居ろよ…って、わざわざ忠告しなくても大丈夫か」

最後にお互いに軽口を叩き合い、今度こそレオンは帰っていく。
地下室の階段を昇り、クリフの家の中へ。
仕事部屋はそれなりに綺麗だったが、やはり居間は汚い。
お礼を兼ねて、後で掃除にでも来てやるか。
レオンはそんな事を考えながら、外へと出ていった。

「うわぁ、眩しッ!たったあれだけの時間、地下に居ただけでも此処まで眩しいのか」

太陽の光を思わず手で遮ってしまう。
パチパチ。
何度か瞬きを繰り返し、徐々に目を慣らしていくと、何時もの様に目を開けられるようになった。

(あいつ……このまま外に出したら、本当に溶けるかもしれないぞ)

一瞬そんな事を考え、外に連れ出すのを止めようとするレオン。
しかし、このままのライフスタイルを繰り返していけば、廃人になるのは火を見るよりも明らか。
うん、やはり友達として無理やりにでも外へと連れ出そう。

「さて、早く帰るか。待たせちゃ悪いしな」

レオンは歩き出し、愛する家族が居るデパートに向かった。
それほど遠くない道のり。
目的地には直ぐ着いた。
さて、あいつらは何処に居るのか。
デパートの一階でアンナ達に連絡を入れようとするが、それは必要ないと直ぐ解った。
此方に向かって歩いてくる、巨大な山。
軽く5mほどの高さはあるが、全くバランスを崩さずに歩いてくる。

(あぁ、荷物持ちにされたのか)

若干顔を引き攣らせながら、その山の下へと目を向けるレオン。
紙袋を幾つか持った女性が一人に、同じ様に荷物を持つ子供が二人、そして荷物の山に隠れて見えない誰か。
もうこの時点で解る。
向こうも自分に気付いたのか、軽く手を振ってきた。

「あら、あなた。もう友達との用事は済ませたんですか?」

女性――自分が愛した妻が話しかけてきた。

「あぁ……それにしても、凄いよな。この荷物。少し買いすぎじゃないのか、アンナ?」

「えっと……やっぱりそう思う?うぅ~、安売りだったからついつい買いすぎちゃった」

反省。頭を項垂れ、軽く影を背負うアンナ。
変わらないな。
レオンはそんな様子を、微笑ましく見つめていた。

「お前ら、悪かったな。荷物持ちなんかやらせちゃ……ってッ!」

子供達に謝罪をしようともったら、幾つもの箱と紙袋が自分目掛けて飛んできた。
危険。
スクライアで鍛えた自慢の身体能力を活かし、何とか荷物をキャッチするレオン。
しかし、バランスは保てず、そのまま尻もちをついてしまった。

「ってぇ~~」

荷物埋もれながら、軽く尻を摩るレオン。

「大丈夫?あなた」

「あぁ大丈夫、大丈夫、これぐらい何て事無いよ」

心配してくれるアンナにお礼を言いながら、立ち上がる。
さて、先程の荷物の山は一体誰が飛ばしたのだろうか。
レオンは犯人を探し始めるが、既に犯人は特定できていた。

アンナ――違う。自分の近くに居たのだから、あんな風に荷物を投げられるはずが無い

アルス、ユーノ――これも違う。この二人がそんな事をするはずが無い

という事は、消極的に考えても、残るのは一人しか居ない――

「バクラ!お前はなんて事するんだ!?」

犯人――バクラへと向かって、怒号をあげた。

「ふんっ!」

お叱りなぞなんのその。
軽く鼻を鳴らして、謝る気など一切無かった。

「てめぇの物と自分の女の物ぐらい、自分で持ちやがれ」

「へぇ?」

一瞬訳が解らなかったが、荷物の山を見て納得した。
女性物と男性物、どちらも子供用の物ではなく大人用の物だ。
この場合、事情を知らなかった子供達に見ればサボって何処かに行っていたようにしか思わないだろう。
悪い。
一言だけ謝り、レオンは散らばった荷物を両手に抱えた。

「たくッ!こちとらめんどくせぇ荷物持ちなんかやらされたってぇのによぉ。レオン、腹が減った!今日の晩飯はてめぇが奢れ!」

粗暴な態度を崩さず、親である自分にすらも乱暴な口調で命令してくるバクラ。

「こらッ、バクラ!せめて外だけでは、その口調は止めろって言ってるだろ!というか、行き成り投げんなよ。折角買った新品が、汚れちゃうだろ!」

弟の問題ある態度を叱り、我が家で一番シッカリした長男であるアルス。

「バクラ兄さん、流石に今のは僕もどうかと思うけど……」

少しだけ頼りないが、根は真面目で心優しいユーノ。

「あらあら、仕方ない子ね~」

何時もニコニコ笑顔で、子供達の優しいお母さんであり、自分にとっては愛する妻であるアンナ。


ああ、そうだ。これが何時もの光景だ。
アンナが居て、アルスが居て、バクラが居て、ユーノが居る。
これこそが、自分にとっての幸せの形だ。
何時か来るかもしれない別れの時。
バクラやユーノだけでなく、アルスも独立したら自分の元を去るかもしれない。
けれど――

「ふぅ~~……解った!それじゃあ、今日の夕飯は俺が奢ろう!何が喰いたい?」

今だけは……その時が来るまで、この家族達と共に過ごしていこう。
レオンは決意を新たに、何時もの光景へと帰っていった。








――どうでもいい管理局員の決意


「びええぇーーん!エルザせんばあぁあーーいいいぃぃ!!」

「ちょ、何!?どうしたの!!?」

今日の報告書を纏めていたら、行き成り後輩の男性が飛び込んできた。
しかも、大粒の涙を流し鼻水を垂らしながら。
ただ事ではない雰囲気に、エルザを手伝っていた後輩の女性も目を見開き、男性を見つめた。

「うわぁあーーん!先輩がぁ、レナード先輩があぁあー!!」

「あぁ、もう!どうしたの、レナードがどうかしたの?」

正直、仕事の邪魔をするなと放り出したいが、この状態の後輩にそれをするのは可哀想だ。
何があったのか、優しく宥めながら訳を問いただす。
すると、徐々にだが男性の口から言葉らしい言葉が出た。

「レナード先輩が一年でスペシャルな実家のお母さんがコースを行うバクラ君がお父さんに会えなくなるから対策としてハードに挨拶しておけってーー!!」

(いや、全然解りませんから!!)

訂正、確かに一語一句だけを聞けばちゃんとした言語ではあるが、正直滅茶苦茶だ。
何を言ってるのか解らない。思わず後輩の女性も心の中でツッコミを入れてしまった。

(流石にエルザ先輩でも、今のは……)

到底聞き取れる物ではないと、見つめていると――

「ふむふむ。要はレナードがバクラの対策として、一年間のスペシャルハードコースを貴方に行うから、実家のお父さんやお母さんに会えなくなるから予め挨拶しておけって訳ね」

「そうなんでずずぅーー!!」

「解ったんですか!」

比較的冷静なエルザ、泣き叫ぶ後輩の男性、ツッコミを入れる後輩の女性。
ある意味でカオスな空間がこの場に広がっていた。
よしよし。
ある程度宥めていると、男性を落ち着いてきたのかポツリポツリと事の経緯を話し始めた。
今回の模擬戦コースで、後輩の男性の頼りなさが明るみに出た。
このままでは危険と判断したレナードが、スペシャルハードコース。
それも一年間実家に帰れなくなるほどの、厳しいプログラムを組み込んだ。
最終的な目標として、バクラを倒せ、と短く簡潔に纏めるとこうなる。

「要するに、貴方はバクラとの模擬戦……正確には、バクラが召喚するお化けみたいな召喚獣と戦うのが嫌。
で、どうしたものかと悩んで、私に助けを求めてきたってことね」

「そうなんです……というわけで、何とかして下さい!!」

「何とかって……貴方ねぇ」

呆れる様に白い目で見つめ、頭を抱えるエルザ。
先輩とはいえ女性に、しかも此処まで泣き叫びながら助けを求めてくる。
情けない。
一喝して追い出そうと思ったが、模擬戦を見学していた時の怯えようから察するに意味が無いだろう。

「はぁ~~……つまりの所、貴方はバクラとは戦いたくないって事で間違いないのよね?」

呆れる顔で問いかけるエルザに言葉に、コクコクと頷き返した。

「だったら、上層部に届けでも出したら?」

「無理ですよ~。たかが二等陸士の俺の報告なんて、誰も……」

「あら、そうでもないわよ。現場の人間だからこそ、解る事もあるんだし。
それに、あの模擬戦プログラムだって、有っても無くても良い様な物なんだから、ちゃんとした報告書を何枚も書けば一枚ぐらいは誰かの目に留まるでしょ。
後は、自分で頑張りなさい」

「うぅ……よし、なら早速!!」

うおぉーー、と飛び込んできた時とは違う意味で叫び声を上げながら、駆けだしていく後輩の男性。

「まぁ……頑張りなさい。さぁ、仕事仕事」

「先輩って、時々物凄く冷めた態度になりますよね」

「仕方ないでしょ、私だって人間なんだから」





次の年、管理局のお試しプログラムの中から管理局員との模擬戦の項目が消える事になる。
その裏に、一人の男性管理局員の奮闘があった事は、誰も知らない。
ちなみに、その項目が無くなった事によりスクライアの問題児が、ストレス解消法を出来ない事に苛立つのだが、それは別の話しである。














漸く更新できた。
最近リアルが忙しかった作者です。

今回はバクラの出番はほとんどなし。ゼストとレオンの視点でした。

それでは次回。





なんとか更新スピードを早くしたい……





[26763] 家庭崩壊の危機!アンナが浮気した!?
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/08/25 12:31



昼と夜の境目。
会社帰りのサラリーマン、買い物袋を片手に提げる主婦、学校や塾から帰路へとつく学生。
その中に混じり、レオンは一人でブツブツと文句を垂らしていた。

「たくッ……クリフの野郎、行き成り約束をドタキャンしやがって」

今日、レオンとクリフは二人で飲みに行く約束をしていた。
バクラとユーノの件のお礼を兼ねて、レオンが全部を奢る約束で。
所が当日、何の前触れも無くクリフが約束をドタキャンしてきたのだ。
一人で飲んでいてもつまらない。
他の友達も誘ってみたが、急な呼び出しでは来れる人も居なかった。
仕方ないから帰って夕食でも食べよう。
お土産の焼き鳥を片手に、レオンは家への帰路を急いでいた。

(一応ももとか皮とか、一通り買ったけど……少し買いすぎたかな?)

家族5人にしては多すぎると思ったが、まぁ大丈夫だろう。
家にはバクラも含めて、成長盛りの子供が三人も居るのだ。
アンナが作る夕飯も合わせても、これぐらいは何て事無く平らげる。

(折角だから、俺もこれを肴にキューっと!!)

焼き鳥を肴にビールを飲む姿を想像し、頬が綻びる。
折角の飲み約束をドタキャンされた事もあり、余計に嬉しさが込み上げてきた。
レオンは早く帰ろうと、足早に歩き、我が家に辿り着いた。

「ただいま!」

扉を開け、帰ってきた事を告げるが返事は無し。
可笑しいな。
何時もならアンナが『おかえり』と言って出迎えてくれるのに、今日は返事が無い。
それどころか、晩御飯の用意をする音も聞こえてこない。
少し何時もと違う家の様子に疑問を覚えながら、レオンは家へと上がる。
リビングを通り、台所へと向かうが誰も居なかった。

(何処に行ったんだ、アンナの奴?夕飯の買い出しにでも行ったのかな?)

キョロキョロ。
辺りを見渡してみたが、やはり誰も居ないし、何かを作った様子も無い。
どうやら本当に夕飯の用意はまだの様だ。
では、その夕飯の用意をするアンナは何処に行ったのだろうか。
何気なく探していると、レオンはある部屋の前で立ち止まった。

「おっ」

僅かに開いた扉の隙間。
そこから特徴的なピンク色のロングヘアーが見えた。
何だ、此処に居たのか。
クリフとの約束がダメになった事と、お土産の焼き鳥を渡そうと、レオンは扉に手をかける。
ガラガラ。
音を立てながら、扉を開ききった瞬間――

「ッ!!……あ、あなた!」

ビクッ!とでも擬音が似合うほど、アンナは体を震わした。

「ど、どうしたんですか!?今日はお友達と飲みに行くから、遅くなるって!」

動揺した声。落ち着きが無い態度。何かを隠す様に体の後ろに回された両手。
様子が変だ。
しかし、特に気にする事も無いので、レオンは部屋へと入りアンナへと近付いて行った。

「あぁ。それがな、クリフの奴が何か急に用事が出来たからって約束を破りやがって。
そのまま一人で飲むのも何だから、帰って来たんだけど……」

レオンから理由を聞いたアンナは、パンっと両手を叩き、何かを誤魔化す様に上擦った声をあげた。

「そうだったの~。待ってて、今すぐお夕飯の準備をしますから!!」

私、忙しいですよ。とでも言いたそうな空気を纏い、アンナは台所へと向かおうとする。
が、此処でレオンを待ったをかけた。

「おい、アンナ」

何時もの声のトーンで呼び止めただけなのに、アンナはギクリと体を強張らせて足を止めた。
まるで、いけない悪戯をした子供が怖い先生に見つかった時の様に。

「…………何?」

僅かな間。
普通の人からすれば特に気にする事も無いが、名前を呼ばれてから振り向くまでの時間にしては長すぎる。
声も何処となく硬く、表情も固まっていた。

「これ、クリフと飲むはずだった居酒屋の焼き鳥。折角だからお土産に買ってきた」

はいこれ、と極自然にお土産の焼き鳥を手渡そうとする。

「………そ、そう!ありがとう!」

先程と同じ様に、僅かな間の後に焼き鳥を受け取るアンナ。
そのまま逃げ出す様に、台所へと向かった。

(……どうしたんだ?アンナの奴?)

残されたレオンは、先程のアンナの奇妙な行動に疑問を抱いていた。
僅かな変化。
気にするな、と言われれば確かに気にする事でも無いが、何処か様子が可笑しかった。
首を傾げるレオン。
ふと、それが視界へと入ってきた。

「うん?」

タンス。別に特別な物でも無く、何処にでもある極ありふれた普通のタンス。
アンナの後ろの隠れて見えなかったが、その内の一段が不自然に開いていた。
しかもその位置は、ちょうどアンナが手を後ろに回した時の高さと同じ位置だった。
果たしてこれは偶然だろうか。
疑問を抱いたまま、レオンはタンスへと近付き中を覗いた。
初めに視界に映ったのは、光り輝く綺麗な石。
一瞬、アルスのナレッジかと思ったが、それは違うと直ぐ解った。
銀色のネックレスの中心に輝く、白色の何か。
ダイヤモンド。
スクライアの発掘に関わってきたレオンにの眼力は、その正体を的確に見破った。
さらに全体を見渡す。
見た目は何処にでもある様な女性が首へと身につけるネックレスだが、中央のダイヤモンドがそれを否定している。
粗悪品では無く、完成度はかなり高い。
このダイヤモンドだけでも、市場に出せばそこら辺に居るサラリーマンの給料など、一瞬で吹き飛んでしまうだろう。
装飾もそこら辺の露店で売ってるよな物ではなく、綺麗で丁寧に仕上がっている。
少なくても、普通の女性がおいそれと手を出せる様な安物ではない。

「何だ?これ……」

より近くで確かめようと、レオンはそのネックレスに手を伸ばすが――

「何してやがんだ?レオン?」

ギクリッ!
別段悪い事をしてないのに、こういう場面を人に見られる自分が悪い事をしてると感じるから不思議だ。
熱いやかんを誤って触った時の様に、ビクッと手を引っ込めてしまった。

「な、何だよ!?行き成り声をかけるんじゃない。ビックリするだろ」

一瞬だけ体を強張らせ、急いで背後を振り向くレオン。
アルス、バクラ、ユーノ。
自分の息子、三兄弟が揃って此方を見つめていた。
ホッとしながらも、三人の視界に先程見つけたネックレスが入らないように、体で隠す。
このネックレスが何なのか、それは自分も知らない。
しかし、男の感が告げていた。
これを見せては、必ず面倒な事になる。
レオンは平静を装おうとするが、流石に不意打ちをくらっては直ぐ冷静になれるはずが無い。
正直、バクラ達から見ても様子が可笑しいのは一目瞭然だ。

「えっと……別に用はないんですけど。どうかしたんですか?レオンさん?」

代表で手を挙げたのはアルス。
その目には、やはり怪訝な色が見えた。
バクラとユーノも同じ様に、訝る視線で自分を見つめている。
いけないいけない、冷静に冷静に。
自分自身に言い聞かせながら、何とか焦りを静めたレオン。

「いや、何でもないぞ。それよりも、そろそろ夕御飯だから、お前らも大人しくリビングで待ってろ」

今度は完璧。
焦る事無く、何時もの調子で対応できた。

「はぁ?」

先程までの焦った様子はないが、やはり最初の奇妙な行動が気になる。
アルスは首を傾げて、レオンを見つめた。

「……??」

ユーノも同じ様に首を傾げているが、それ以上問いただそうとする様子はない。
良かった、この様子ならバレる事も無い。
内心ホッとするが、最後の一人はこんな事では誤魔化しきれなかった。

「あぁ?」

そう、この最後の一人――バクラだけは。
レオンの挙動不審な様子、自分達を遠ざけようとする誘導、そして先程からその場から動こうとしない。
今までのレオンの行動を頭に纏めた後、視線をずらす。
背後に見えるタンス。
なるほど、そう言う事か。
レオンの奇妙な行動の秘密を解いたバクラは、ある行動に出た。

「レオン」

短く、名前だけを呼んで右手を前に出すバクラ。

「うん、何だ?」

レオンの視線が自分だけに集中した事を確かめ、バクラはそのフレーズを口にした。

「じゃ~んけ~んポン」

それは誰でも一度は経験したことがある物。
じゃんけん。
独特のフレーズを耳にしたレオンは、条件反射でバクラとじゃんけんをしてしまう。
結果。
バクラがグーで、レオンがチョキ。バクラの勝ちだった。

「あっち向いてホイ」

これまた誰もが知っている遊び。
自分が勝った事を確認したバクラは、そのまま指を立てて右を指す。
じゃんけんに負けたレオンは、これまた条件反射で右を向いてしまった。
意識の反らし、成功。
盗賊王のスキル、発動。
バクラは自然体のまま床を滑り、レオンの後ろに回り込んだ。

「あっ!こらッ!」

気付くがもう遅い。
バクラの手の中には、先程自分が見つけたダイヤモンド付きのネックレスが握られていた。

「こいつは……」

「うん?どうした、バクラ?」

「なになに……うわ~」

気になって、バクラの手元を覗く兄弟二人。
ペンダントを見た瞬間、感嘆の声を漏らした。
流石に隠せない。
レオンは諦め、子供達と一緒にペンダントを覗き込んだ。
改めて見ると、本当に高価な物だと解る。
バクラが集めている金銀財宝には敵わないが、それでもかなりの物だろう。

「な~んだ。レオンさん、別に隠す必要なんかないじゃないですか」

「はっ?」

行き成り覚えが無い事を言われ、レオンは間抜けな返事をしてしまう。
アルスはニヤニヤ。
何かを解ってるかのように、ウンウンと頷いていた。

「アンナさんへのプレゼントなら、そうと言って下さいよ。
そりゃ、こっそりサプライズで渡された方が嬉しいかもしれませんけど、何も俺達にまで隠す必要何か無いじゃないですか」

漸くレオンにもアルスが何を言っているのか理解できた。
どうやらアルスは、このネックレスをアンナへのプレゼントと思っているらしい。
レオンの様子が変だったのは、大方プレゼントを渡すまで誰にも知られたくなかったからだ、と勘違いしてるのだろう。
しかし、残念だがその予想は外れている。

「それ、俺が買った奴じゃないぞ」

「……へっ?……じゃあ、まさかバクラ?」

「俺がんな物をわざわざ買うか。買ったとしても、こんな所に無防備に置いておかねぇっつぅの」

「そうだよな。それじゃあ……まさか」

アルスはこの中で、一番あり得ない末っ子へと目を向けた。

「ち、違うよ。僕、そんな高価な物を買えるほどのお金なんか持っていないから」

両手を左右に振りながら、首を振り否定の意を示すユーノ。
これについてはアルスも、直ぐ納得した。
ミッドチルダ。
平均就職年齢は低いが、流石に5歳児でこれだけの物を買えるほど稼げるとは思えない。
月々のお小遣いを貯めたとしても、全然足らないだろう。

「そういうアルス兄さんはどうなんです?何か心当たりは?」

「いや、俺もこんな物を買った覚えなんか無いぞ」

アルスはそこそこ収入を得ているが、生憎と自分にはこんなペンダントを買った覚えはない。
バクラならともかく、宝石のコレクションの趣味は自分には無いのだ。
レオンでも、アルスでも、バクラでも、ユーノでも無い。
となると、消極的にアンナが買ったという事になる。
見た所、女性物。
この家の男性陣が知らないとなると、必然的にアンナの物と考えるのが妥当だ。
妥当ではあるが、それでは先程の慌てた様子は何だったのだろう。
レオンが一人で考えていると、アルスがある事に気付いた。

「あれ、これって?……バクラ、ちょっと貸して」

「あん?……あぁ、ほらよ」

バクラから受け取り、ジーッと見つめて確認する。
瞬間、アルスは目を見開いて驚嘆の叫び声をあげた。

「やっぱり!これってガルファの奴じゃん!」

ガルファ。
アクセサリーや時計、さらにはバックやブーツなどの皮革製品まで。
その手の市場では有名なブランド企業。
勿論、ミッドチルダでも有名で、比較的安いキーホルダーなどでも5000以上はする。
正に、超が何個も付くほどの高級ブランド。

「ガルファって……あの超高級ブランドの!?」

ビックリ驚嘆のレオン。流石にそんな超高級ブランドの物だとは気付かなかったようだ。

「えぇ間違いありませんよ!以前、ソアラさんが持っていたピアスを見せて貰いましたから!
レオンさん!本当に身に覚えが無いんですか!?
ガルファのブランドで、これぐらいのネックレスとなると、最低でも500万以上はしますよ!!」

息を荒くし、鑑定額を口早に告げるアルス。

「500万!!?」

予想以上の金額に、これまたビックリ驚嘆するユーノ。

「ふ~ん……」

興奮気味のアルスやレオンやユーノとは違い、バクラは何処となく冷めた目でその様子を見つめていた。

「いや、ふ~んじゃねぇよ!バクラ、500万って大金がどれだけものか解ってるの!!?」

ネックレスを片手に、これを見ろと言わんばかりにバクラへと見せつける。
バクラはそれを1秒間だけ見つめた後、フッと鼻で笑い、ゴソゴソと盗賊の羽衣の中を探り始めた。
そして、羽衣の中から適当に選んだ自分のお宝を取り出す。
両手一杯に握られた、金や銀で作られた装飾品の数々。
サファイアやルビー、エメラルドにガーネット、アメシストにオパール。
さらにはダイヤモンドまで、今手に持っているダイヤモンドのネックレスが玩具に見えるほどの宝石が輝いていた。
推定総額、5000万以上。

「あぁそうだね!お前にとっては500万なんかそこら辺に居る子供のお小遣いみたいなものだったね!
ごめんね、そんな簡単な事に気付かないお兄ちゃんで!
わざわざ10倍以上の差額で教えてくれて、どうもありがとう!!」

怒り口調のアルスだが、どうかその心情を察してほしい。
ともかく。
今の問題はこのガルファのネックレスだ。

「500万か……誰の物か、ってなるとやっぱりアンナだろうな」

レオンがネックレスを見つめながら呟いた。

「でも、アンナさんってこんなネックレス、持ってたかな?」

首を傾げるのはユーノ。
少なくても自分は、今までこんなネックレスを見た事は無かった。

「そう言えば、俺も見た事無いな」

5000万以上の装飾品を見せてくる弟から目を外し、アルスも同じように首を傾げた。
バクラも特に反応しない事から察するに、子供達全員には見覚えが無い様だ。

「う~~ん……こんな物、プレゼントした事あったっけ?」

唯一の大人であるレオンは、必死に過去の記憶を呼び覚ましていた。
だが、やはり身に覚えが無い。
結婚指輪などは少し無理して高価な物を送ったが、流石に500万以上の物を送った記憶が無かった。

「しかし、ガルファのネックレスか~。バクラ、本当はお前が発掘した物を、そこら辺に放りっぱなしにしてた奴じゃないのか?」

「阿呆。最低で数百年も時間が経っている遺跡に、んなつい最近出来たブランド会社の品物があるか」

「だよな~。って事は……やっぱりアンナさんが自分で買ったのかな?でも、アンナさんがこんな高価な物、レオンさんに黙って買うもんかな?」

「誰かにプレゼントされたって事は?」

「ユーノ~、いくら何でもガルファのネックレス、それも500万以上もする物をプレゼントすると思うか?」

「……………」

「無言でバクラを見つめるな。普通は無いよ、普通は」

子供達もそれぞれ心当たりが無いか話し合うが、やはり全員にそれらしい物は無い。
妥当な線が考えるなら、最初に思いついたアンナが自分で買ったと考えるのが普通だ。
しかし、アンナが夫であるレオンにも言わずにこんな高価な物を買うだろうか。
無論、夫婦とは言え互いに言えない秘密は持っているだろう。
レオンだって、アンナに内緒で完全に自分の趣味の物を買った事はある。
アンナだって、夫である自分に内緒で服やらアクセサリーやらを買う事は、何も不思議な事ではない。
だが、500万以上となると流石に暗黙の理解のレベルを超えている。
レオン夫婦。
子供が億単位の稼ぎをしていても、本人達は至ってまともな金銭感覚だ。
そんなアンナが、何の相談も無く無断で買うとか考えられない。
ヘソクリ。
この可能性も考えられなくはないが、あのアンナがヘソクリなどしてるだろうか。
正直、レオン達にはアンナが何か隠し事をしているイメージが浮かばなかった。
かといってプレゼント。これも無い。
アンナは人当たりは良いが、恋人でも何でもないのにこんな高価な物を贈るとは考えられない。
精々友達がプレゼントする値段は、数千、高くても数万ぐらいが妥当だ。
う~ん、と頭を捻り続けるレオン達。
暫く考えていたが、結局ネックレスの秘密は解らなかった。

(まぁ、アンナにも迷惑をかけたしたな。これぐらい別に良いか。けど、これからは一言俺に断るように言わなくちゃな)

とりあえずこの問題は保留。
夕飯の後にでもそれとなく聞いてみるか、と心に決めたレオン
この話は此処まで。
アルスからネックレスを受け取り、元のタンスに戻そうとしたが――

「アンナの奴……外に男でも出来たのか」

この一言で、世界が凍った。




誰も何も言わない、言えない。
バクラが呟いた何気ない一言。
それはこの場から、生命の動きを奪うには十分すぎるほどの威力を誇っていた。

「……何言ってんだ、お前?」

最初に再起動をしたのはレオン。
目を細め、呆れた視線をバクラに投げつける。
続いて、アルスとユーノもバクラの言い分を笑い飛ばした。

「まさか、アンナさんに限ってそんなの……なぁ、ユーノ?」

「うん」

迷わず即答。それだけバクラが言ってる事は、彼らにとってみればあり得なかった。

「アンナさんはとても立派な人だ!浮気なんか、絶対にするはずが無い!」

「僕もそう思う。アンナさんがレオンさん以外の男の人と付き合うなんて、あり得ないよ!!」

「お、お前ら……」

一切の迷いも見せず、豪語してくれる子供二人に感激の涙を流すレオン。
ああ、自分は本当に良い息子を持った物だ。
勿論、レオンもそんなはずが無いと、アンナの浮気説を否定した。
ターン終了。
此処からがバクラのターンだ。

「……普段から真面目でシッカリ、夫婦仲が上手くいっている人ほど、浮気をした時の反動は凄まじい物になります」

否定するレオン達の方には振り向かず、バクラはある一点だけを見つめて淡々と喋る。

「特にミッドチルダなどの女性の社会進出が当たり前の世界では、亭主関白の家庭は気をつけましょう。
奥さんに家を任せっぱなしのお父さんは、要注意です。子育てや家事などのストレスから、ほんのお遊びのつもりで他の男性と関係を持ってしまう人も居ます。
最初はお遊びのつもりが、だんだんと家よりも他の男性と過ごすの方が幸せだと感じてしまう様になってはもう手遅れです。……だとよ」

此処で初めて、バクラはレオンに視線を向けた。
目を細め、問いただす様に。

「だとよって、お前な……俺が亭主関白って言いたいのか?そんなの、あるわけがn」

無い――そう言おうとしたレオンだが、ふとある記憶が脳裏に浮かび上がった。

――あれ?……俺って、家の家事を手伝った事なんかあったっけ?

自らの記憶の扉を開き、その問いの答えを探していく。
先ず子育て。
これについては問題ない。
発掘に連れていった時は自分が、家に居る時は共同で。
互いに協力し合って子育ては行ってきた。
しかし、家事。
こっちに関しては、全てアンナ任せだ。
それはレオンの仕事にも関係している。
スクライアの遺跡発掘。
魔法文明も科学文明も発達した管理世界とはいえ、レオンの仕事の関係上どうしても家を空ける事が多くなってしまう。
当然、その間はアンナが家を守っているため、家事全ては任せっぱなしだ。

(まさかッ!……ははっ、まさかな。アンナだって、俺の仕事を納得した上で結婚したんだから。幾らなんでも、こんな事で浮気するはずが……)

「っと、考えている貴方はとてつもなく危険です。
結婚前にお互いが合意した上でも、結婚後に考え方や感じ方が変わるなど良くあることです。
『結婚前にお前も納得したんだから、俺の言う事を聞け』と考える様になってしまっては、夫婦の間に亀裂を入れる要因になってしまい、それが原因で離婚にまで発展してしまう事もあります」

「離婚ッ!!」

「なお、仕事の関係上で家を多く開ける人も危険です。
どんなに強がっていても、女性は夫や恋人と一緒に過ごしていきたいもの。
一人になった孤独感や寂しさを味わっている時に、他の男性に優しくされ、そこから浮気へと発展してしまうケースも少なくはありません」

「浮気ッ!!」

バクラの容赦の無い攻撃は、レオンのライフポイントを大きく削った。
鋭利な鋭い刃物が、体を貫いていったのは果たして幻影だったのだろうか。
幻影にしては、やけにリアルであった事を此処に表記しておこう。

「……離婚……浮気……家庭の崩壊……そんな、アンナが、アンナが……」

ガックリと項垂れ、両膝と両手をついてしまうレオン。
黒い空気に包まれ、頭にはズーンと縦線が浮かんでいた。
妙に説得力があるバクラの言葉に、絵に描いた様な落ち込み様だ。

「だ、大丈夫ですよ!レオンさん!」

「そ、そうですよ!アンナさんはとっても優しくて、良い人なんですから!」

ただ事ではない空気を敏感に感じ取り、心優しい兄弟二人はフォローに廻るが――

「一歩下がった位置から夫や恋人を立てて黙って付いていく女性は、危険レベルが最高に達していると言っても良いでしょう。
その様な女性は夫や恋人を気遣うあまり、自分自身のストレスを発散させる事が出来ず、ついつい遊んでしまうケースも考えられます」

心優しくないスクライアの問題児は、冷酷に一切の容赦せず、父であるレオンの心を抉った。

「うぅ……そ、そう言えば。わざわざスクライアのキャンプ地にまで手料理を持って来てくれた時、俺当たり前の様に受け取ってたっけ。
あれから特にお礼もしてなかったし、プレゼントなんか結構前に贈ったきりで、それ以上の事もしてなかったな。
はっ!そう言えば、二人っきりで旅行なんかも行ってないし、ここ最近夫婦のスキンシップなんかしていない……」

まるで罪を償う罪人の様に、レオンが纏う黒い空気はさらに重くなった。
顔も青く、普段の頼りがいがある男性の姿はそこには無かった。

「レオンさんッ!?あぁーもうッ!バクラ、お前は止めを刺したいんか!?それとも励ましたいんか!?どっちなんだよ!!?
というか、さっきから何を根拠に言ってるんだ!!?」

感情的になり、ついつい叫んでしまうアルス。
責め立ててくる兄など完全無視。
バクラはアルス怒号を受け流し、そこを見ろ、と顎を突き出して床を指した。
言われた通りに、床へと目を向ける。
雑誌。
片付けていなかったのか、無造作に幾つかが床に散らばっていた。
その中の一つが、開きっぱなしになっている。
どうやらバクラは、この雑誌を遠目で読みながら発言していたようだ。
気になり、アルスはその雑誌を拾い上げる。

「う、浮気特集――100の条件?」

見開きに書いてあったタイトルは、特に珍しい物ではない。
よくある男女の浮気問題を取り上げたページだった。
ゴクリ。
恐る恐る、アルスもそのページに目を泳がせる。

「奥さんや恋人が、見た事も無いアクセサリーを身に付けていた時は要チェック。
それが比較的安価な物ならともかく、有名ブランドの高価な品物の時は他の男性からのプレゼントの確立“大”です」

「今正に、俺の状況じゃねぇかよ」

ゴンッ、ガンッ、ドンッ!
何処からか落ちてきた岩がレオンを押しつぶし、ますます意気消沈させた。
今度はユーノのターン。
ひょこり、とアルスの腕の間から顔を出して雑誌を読み進めた。

「???……最近、夜の生活は充実していますか?男女の不満には、夜の生活も含まれる事があります。
ねぇ、アルス兄さん。夜の生活って、何?」

背伸びをして、一生懸命雑誌を読もうとしている姿は愛らしい物だが、言ってる事は18禁指定の発言である。

「はははっ、ユーノ。それはおのずと解るから、今知る事じゃないよ。解った?」

「え……でも」

「良いから……ねっ?」

優しくて何時も通りの笑顔。だが、何処となく黒い物が見え隠れしている。

「……はい」

これ以上、この問題に踏み込んではいけない。
第六感の警告に従い、ユーノは自らの好奇心を胸の奥底へと押し込んだ。
誤魔化し成功。
好奇心が旺盛な事はいいが、流石にそっち関係の話しはまだ早過ぎる。
アルスはユーノが納得してくれた事に満足して、ウンウンと頷いていた。
チラリ。
横目でレオンの様子を窺うアルス。
先程の発言で何か触れられたくない所を抉られたのか、余計にグッタリと床に突っ伏していた。
不味い。
直感で悟ったアルスは、レオンにも聞こえる様にわざと大声をあげた。

「第一、この雑誌に書かれている事だって本当かどうか疑わしいもんな。あのアンナさんに限って、そんな」

「そ、そうだよ!こういった雑誌って、編集の人が適当に書いているって前にテレビで見た事あるよ!」

自分達の側に渦巻く黒いオーラ。
より重く、より息苦しい物になっている。
正直、この場に居辛い。
しかし、このまま放っておけないのも事実。
心優しい二人にとって、父親代わりのレオンが元気が無いのは嫌だ。
何より、母親代わりのアンナが浮気したなど、天地が引っ繰り返っても信じられなかった。
必死にアンナ浮気説を否定しようとする二人。

「バクラ!お前からも何か言えよ!どうせお前だって、この雑誌に書かれている事なんか信じて無いんだろ!?」

言いだしっぺなんだから責任取れや、コラッ!
妙に眼力が強い視線を飛ばすアルス。
目力とでも言うべき物が、ビシビシとバクラに注がれる。
無表情。
鋭利な刃物の如く突きささる視線を注がれても、バクラの表情に変化はなかった。

「……信じろ、って言うならそんな下らねぇ物なんか、信じちゃいねぇよ」

淡々と、アルスを見つめながら答えを返すバクラ。

「だったら――」

「だがな、アルス。……てめぇは、男や女の浮気を見抜けるのかよ?」

「うぅッ!……そ、それは……」

正論を言われ、口を閉ざしてしまうアルス。
バクラ自身も、決して雑誌の記事に書かれていた事を鵜呑みにしてるわけではない。
だが、そう言った男女の微妙な問題に関しては全くの素人と言っても良い。
実際に自分の目で見たならまだしも、身に覚えが無いネックレスだけでは流石のバクラの眼力でも確信には迫れなかった。
アルスも同じ。
聡明な頭脳こそは持つが、所詮は11歳。
異性には興味を持ち始める年頃だが、アルスに恋愛の経験など皆無だった。
全くの素人が、恋愛の、それも大人の微妙な問題を解決できるはずが無い。
二人の恋愛に対しての知識の少なさは、今読んでいる雑誌にも出ている。
雑誌に書かれている特集には、明らかに可笑しな個所が何箇所かあった。
しかし、男女の恋愛に関してド素人の二人(ユーノは言うまでも無く除外、レオンが未だに傷心中)には、それを見破る事が出来なかった。

「あの~、そんなに気になるならアンナさんに直接聞いた方が早いんじゃあ?」

このままでは埒が明かないと判断したユーノが、手を挙げて発言する。

「聞けるかよ、こんな事」

しかし、アルスはそれを容赦なく却下した。
実際、母親代わりのアンナに『浮気しました?』なんて訊けるほど、彼らの神経は図太くなかった。

「そうだよね……あっ!それじゃあ、一族の他の皆に」

「ダメだ。ユーノ、この問題は無暗に人に広めるんじゃない。俺達だけで解決するんだ」

アンナの名誉のためにも、これからの自分達の生活のためにも。
この事は無暗に広めるわけにはいかない。
アルスの説得に、ユーノは黙って頷いた。

「で……具体的にはどうすんだ?」

「どうするって……どうしよう?」

バクラの問いかけに、アルスは自信なさげに答えるしかなかった。
思考中。
アンナに直接聞くのも、誰かにアドバイスを受けるのも却下。
それとなく問いただすにしても、上手い案が思い浮かばない。
手詰まり。
結局、今持っている信頼度が怪しい雑誌に頼るしか方法が無かった。
哀れアルス・スクライア、11歳。
今日ほど自分の無知を恨んだ日は無い。
だったら他の情報でも見つけろよ、という野暮なツッコミは無しの方向でお願いしたい。
彼もまた、追いつめられている一人なのだ。

「……………」

無言のまま、雑誌の特集に目を走らせるアルス。
ユーノも同じ様に雑誌に目を走らせる。
紙同士が擦れる音だけが、部屋の中に響いた。

「うぅ……読めば読むほど、レオンさんに該当する箇所が……」

アンナ浮気説。
否定するどころか、逆に肯定に傾き始めた。
変な所で意思が弱い男である。

「まぁ、アンナの気持ちも解らないでもねぇがな」

此処でさらにバクラの攻撃。

「どういう事だよ?」

次のバクラの答えが、さらにレオンを追いつめる事になる。

「女の幸せなんざ知らねぇが、そこに書かれている通りに男と一緒に居てぇってんなら、レオンは対象外だろ。
家に居るよりも、スクライアのキャンプ地で過ごす方が多いんだからよぉ」

グサッ!

「あぁッ!」

誰も魔法を使ってないというのに、宙に行き成り鋭いナイフが現れ、レオンの背中を突き刺す。
小さな呻き声をあげる父を無視して、子供達は容赦なく攻めたてる。

「うぅ、やっぱり女の人ってそうなのかな?
レオンさん。結構自分に黙って付いてこい、みたいな亭主関白みたいな所があるし。アンナさんも、あの笑顔の裏では我慢してたのかな?」

ドスッ!

「うぅつッ!」

今度はさらに鋭い刃物が、レオンの頭を突き刺した。

「えっと……『最近の女性は男臭い男性よりも、綺麗でカッコイイ男性の方を好む人が多いです』っか。……男臭い」

ドスッ!ガスッ!ズサッ!グサッ!
円らな瞳に純粋な意見は、もはやそれだけでも凶器だ。
めった刺し、めった刺し!
レオンの背中には、ハリネズミと見間違うが如くナイフが突き刺さっていた。
既に、天秤は肯定側へと傾いている。
唯一の味方であったアルスとユーノも、雑誌の記事を見て明らかに動揺していた。
いや寧ろ、『アンナさん、本当に浮気してるんじゃ』的な空気の方が濃い。
カンカンカーン!
何処からから試合終了を知らせるゴングが鳴り響いた。

「燃えたのか」

「燃え尽きたんですか」

「真っ白に」

「人を勝手に矢吹○ーにするなッ!というか懐かしいおい!」

レオン・スクライア――復活。

「お前ら、勝手なことばかり言って話しを進めるな!
つーかバクラ!酷い時には数ヶ月間も無断で家を空けるお前だけには言われたくねぇよ!!」

突き刺さっていたナイフを跳ね飛ばし、勇ましく立ち上がった。

「でもレオンさん、夫婦生活は長引けば長引くほど緊張感も無くなるって言いますよ」

「アルス……頼むから、お前まで情けない声を出さないでくれ」

普段はシッカリしているが、この状況下ではアルスも普通の子供だ。
いや、普通の子供よりもなまじ賢い分、余計に厄介だ。
ゲッソリと疲れた表情を浮かべながら、子供達の様子を窺うレオン。
バクラは変わらずドンと構えている。こいつに関しては特に心配する必要はない。
今の様な気まずい雰囲気を作った張本人だが、同時にこういう状況では変に気を回す必要が無い分助かる。
問題は残りの二人。
アルスは挙動不審で、純粋無垢なユーノでさへも不安そうに自分を見つめていた。
此方も年齢の割には賢い分、浮気という物がどういう結果をもたらすか。
何となく理解しているのだろう。
はぁ~~。
子供達が本気でアンナ浮気説を信じている事に、レオンは深いため息を吐いた。
このままではいけない。
アンナの夫として、アルス達の父として、この誤解を解かなくては。
先程までの意気消沈していた様子を一切見せず、レオンは動揺しているアルス達に向かって口を開いた。

「そもそもだ。たかが見覚えが無いネックレスが一つあっただけで、浮気をしている事になんかならないっての。雑誌の記事に過剰に動揺しすぎなんだよ」

「……一番動揺していたのは、レオンさんじゃあ?」

アルスの鋭い指摘を受け、レオンは誤魔化す様に咳払いをした。

「ゴホンッ!と、とにかくだ!このネックレスは俺が預かる。変な詮索をするのは此処まで!解っt……」

「あなた~」

何の前触れも無く、問題の本人が扉を開けて入ってきた。

「……何してるの?」

部屋に入ってのアンナの第一声がそれだった。
先ず子供達。これについては特に何も言わない。
自分の家なのだから、何処に居ようがそれは本人達の自由なのだから。
しかし――

「な、なんだよ?何か用か?」

何故自分の夫は、部屋の中で逆立ちをしているのだろうか。
長年連れ添った妻である自分でも、理解できなかった。

「う、うん。あの、お風呂の準備が出来たから呼びに来たんだけど……何をしてるの、あなた?」

自分の要求を告げた後、アンナはレオンの逆立ちの訳を尋ねた。

「これか!?これは……そう、アレだよ!アレ!!」

視点の定まらない瞳孔。
時々言葉に詰まり、会話が流暢ではない。
そして何より、アレ、アレ、としか言わずアンナの質問に答えようとしない。
確実に動揺している。
キョロキョロ。
逆さまになりながら、レオンが視線をさ迷わせていると、ある物が目に入ってきた。

「け、健康!そう、最近教えて貰った逆立ち健康法だよ!
いや~、俺も何だかんだ言っても20代後半だからな。
人間30代から体にガタが来るって言うし、今の内に出来る事はしておかないと。は、はははっ」

『ワクワク健康法』と表記された雑誌。
しかし、逆立ち健康法とは雑誌の表紙には載っていなかった。

「そうなんだ~。それじゃあ、それが終わったらお風呂に入って下さいね。アルス君達も」

「解ってるって。俺がちゃんと入れておくから、アンナは何も心配しないで飯の用意だけに集中してくれ」

下手に会話を延ばさず、且つ極自然に部屋から遠ざけようとする交渉術。
声も何処となく上擦っており、相変わらず視点を定まっていない。
良く見れば様子が可笑しい事に気付くが、夕飯の支度がまだ残っている。
アンナは特に怪しむ事無く、台所へと戻った。

「はぁ~~」

アンナの姿が見えなくなった事を確認した後、レオンは心底安心した様に大きく息を吐きながら立ち上がる。
瞬間、ある事に気付いた。

「「「……………」」」

子供達三人から注がれる、ジーとでもいう擬音が似合う視線。
背中からビシバシと感じる。

「な、何だよ?」

振り向き問いかけるが、子供達は何も答えない。
ただ真っ直ぐ、喜怒哀楽の何の感情も宿していない瞳で自分を見つめていた。
ジー。
合計6つの目。それも白い目とでもいうべき物に見つめられるのは、居心地が良い物ではない。
ピクッピクッ。
思わずレオンが頬を引き攣らせていると――

「ふっ」

バクラは鼻で笑い。

「「はぁ~~~~~~」」

アルスとユーノは、盛大な溜め息を吐いた。

「何だよ!お前ら、俺が女房にビビッているダメな夫でも言うのか!?」

誰もそんな事は訊いていないのに、行き成り声を荒げるレオン。
ますます子供達の白い目が注がれる。

「くぅ……よーし、解った!だったら俺が直接アンナに訊いてきてやるよ!!」

だから誰もそんな事言ってないって。
ツッコミを入れるわけでも無く、子供達は歩いていくレオンの背中を見つめていた。
考えてみれば解決方法は単純だ。
要はこの問題のネックレスの正体を確かめればいい。
アンナの口から直接聞けば、それで解決。
レオンは入り口の扉に手をかけ、一気にアンナの所へ向かおうとしていた。

「レオン」

しかし、いざ向かおうとしたら最初に浮気発言をしたバクラが再び爆弾を落とした。

「何だ!?」

「行くのは別に構わねぇが……本当にアンナの奴が浮気をしていたら、どうすんだ?」

「そんなの決まっているよ!そんなの!……そんなの………」

だんだんと声のボリュームが小さくなり、扉の前で足を止めてしまう。
浮気。
もし本当に、アンナがそんな事をしていたら自分はどうするのか。
一般的に考えれば、即離婚。
慰謝料なり何なりを貰って、別れるのがセオリーだ。
別れる……そう、別れるのだ。
自分がアンナと、離れ離れに。

(だ、大丈夫だ!アンナが浮気なんてするはずが無い!)

心の中では強く豪語する。
しかし、この世の中には絶対という言葉は存在しない。
どんな良妻でも、絶対に他の男に靡かないとは考えられないのだ。
眉が不安げに下がり、顔を青くするレオン。
浮気という単語が、グルグルと頭の中に回り始めた。




「たかがネックレスの事を訊きに行くだけだろ?何をそんなにビビってやがんだ。俺が訊きに行ってやろうか?」

うーん、うーん、と唸りながら扉の前で立ち止まるレオンを呆れた様な目線で見つめながら、バクラが本当に訊きに行こうとする。

「止めろ。これ以上、変に問題を引っ掻き回すな」

面倒な事になるのを事前に察知し、アルスが止めた。

「レオンさん……情けないです」

バクラと似た呆れた視線で、ユーノは父の小さくなった背中を見つめていた。




結局。
子供達は一人で唸り続けるレオンをその場に残し、二階の子供部屋に向かった。




「しかしもまぁ、レオンさんも意外と神経質だったんだな。普段は、そんな感じ全然しないのに」

二階の子供部屋。
アルスは机に向かい、ある本を読み進めながら呟く。

「ただ単にビビってるだけだろうが」

二段ベットの下。
アルスが睡眠をとるベットの上で、バクラは寝転びながら何気なく答えた。

「……レオンさんとアンナさん、どうなるんだろ」

バクラが寝転がっているベット。
ちょこんと端に座り、ユーノは不安げに俯いている。
未解決。
ネックレスの正体は解らず、ただ問題が先延ばしになっただけに過ぎない。
バカバカしいと最初は笑い飛ばしていたが、今はとてもではないが笑えそうにない。
もし本当にアンナが浮気をしていた場合。
それが何を意味するのか、五歳児ながらユーノは理解していた。

「大丈夫だって。あの二人に限って、浮気なんか」

落ち込む弟を励まそうとするアルスだが――

「さっきから法律関係の本を読み漁っているてめぇが言っても、何の説得にもなんねぇよ」

見事なまでに出鼻を折られてしまった。
ちなみに、アルスが先程から読んでいるのは、バクラの言う通り法律関係の本である。
表面上は落ち着いているが、彼も内心では心配なのである。

「うっさい!元はと言えばお前が変な事言うから、俺やユーノも変に意識しちゃったんじゃないか!!」

キッ、と自分のベットの上で寝転がるバクラを睨みつけるアルス。

「俺は雑誌に書かれていた事を読んだだけだ。てめぇらが勝手に勘違いしたんだろうが。ガタガタ騒ぐんじゃねぇ!」

横暴な態度も此処まで来ると、逆に清々しささへ感じてしまう。

「お前な!……いや、いいわ」

何時もの様にその態度を改める様に叱り飛ばそうとしたアルス。
だが、喉元まで出かかっていた言葉を飲みこんでしまった。
解っているからだ。
今はそんな所ではないという事を。
初めはバクラの言葉に過剰に反応してしまっただけだが、問題のネックレスは実際に家の中にあったのだ。
アルスも、正直言って不安だ。

(しかし……こいつ、何とも思わないのかな?)

何気なく横暴な態度の弟を見つめる。
変わらない態度に言葉遣い。
極自然体で、一切の不安を抱かずにバクラは寝転がっているだけ。
仮にも育ての親が離婚するかもしれないこの瀬戸際で、あまりにも落ち着き過ぎている。
薄情。
思わずそんな感想を抱いてしまった。

「バクラ……お前さ、かなり落ち着いているけど心配じゃないの?
もし本当にアンナさんが浮気なんかしていたら……俺達、バラバラになるかもしれないんだよ?」

表情が暗い。
言葉も、後半はほとんど蚊が無く様な声だった。
それが、今の彼の心境を表していた。

「へっ……そう情けねぇ声なんか出すんじゃねぇよ」

ムクリ。上半身を起こし、胡坐をかいて座るバクラ。
アルスを真っ直ぐ見つめ、その口を開いた。

「あいつらが別れるなんか、絶対に有りえねぇよ」

断言。
レオンとアンナが別れる事が無いと、確かに言い切った。

「……バクラ」

スー、と胸の中のしこりが取り除かれるのをアルスは感じた。
ああ、そうだ。
バクラだって、アンナとレオンの二人を大切に想っている。
弟が此処まで信じているんだ。
兄である自分が不安になってどうする!
アルスは自分に言い聞かせると同時に、一見薄情な態度に見えるバクラが両親の二人を想っている事に感激――

「浮気をしていたならぁ……俺様がその相手の血筋を絶やしてやる。浮気相手が居なくなったなら、別れる事なんざ出来ねぇだろ?」

「つい一秒前の俺の感動を返せっ!!」

(何で血筋?)

個人ではなく、わざわざ血筋という漠然とした答えを返すバクラに疑問を抱くユーノ。
何故血筋なのか。
気になったが、理由を訊くのは怖いのでそのまま胸の奥底にそっと収めた。


閑話休題


レオンと別れて、かれこれ十分近くは経った。
そろそろ決心もつくころだろう。
結果を知るため、三人は一階へと向かった。




「だぁああぁあーーー!もう、埒が明かねぇぜ……よし!ここは一発、ガツンと訊いてやるか!」

遂に決心を固めたレオン。
パンパン、と両頬を叩いて気合を入れ直した。
色々と悩むぐらいなら、いっその事一思いにやってやる。
その手に収められているネックレスの輝きは、これから死線へ赴く兵士の門出を祝っているようだ。
扉を開ける。
そのまま立ち止まらず、一気に台所へと向かった。


「何で、コソコソ隠れる必要がある?」

「やかましい。盗賊王なんて名乗ってるんだから、相手に気付かれない技術は有るんだろ。黙って見ていろ」

「レオンさん……ファイト」


子供達がコソコソと隠れている事に気付かず、レオンは右手にネックレスを持ち深呼吸を数回。
スーハー、スーハー。
体に酸素を満たし、改めて目標を確認する。
エプロンを身に付け、夕飯の支度をしている自分の奥さん。
良い匂いが鼻孔を擽り、グツグツと鍋で煮込む音と白い蒸気が見えた。
右手にネックレスを持ち、腹から一気に声を出した。

「アンナッ!」

変に力んだせいか、家の中に居るにしては大きすぎる声で名前を叫んでしまった。
だが、ちょうど良い。
これなら幾ら食事の準備中でも、確実に届くだろう。

「きゃッ!も~う、どうしたんですか~?行き成り大きな声を出して?」

大声に驚きながらも、アンナはちゃんと此方に視線を向けてくれた。
さぁレオン、夫としての意地を見せてやれ!
子供達が固唾を呑んで見守る中、レオンが取った行動は――

「いや……その……俺、何か手伝おうか?」

ネックレスを持った右手を後ろに隠し、気の弱そうな声でお手伝いを申し込む事だった。
後ろからビシバシと注がれる視線や、あららと何かがこけそうになる音が聞こえたが、気にしない。
普段はどうあれ、流石に慣れていないこの状況には尻すぼみしてしまう。
まして、それが夫婦間の問題となると尚更だ。

「え?どうしたんですか、急に?」

「どうしたって別に……」

何時もとは少し違う夫の様子に疑問を抱きながらも、アンナは変わらずの笑顔で答えた。

「大丈夫ですよ~。こっちは私一人でやりますから、先にお風呂に入ってきて下さい」

「あ……そう」

本当に良く出来た女性だ。
男は外で働き、女は家を守る。
今時は古い考えだと言われているが、正にアンナはそんな古き良き妻と言った所だろう。
もっとも、今はその良妻ぶりが辛い状況に有るわけだが。

「アンナッ!」

再チャレンジ。
もう一回名前を呼んで、問いただそうとする。

「はい?」

嫌な顔一つせず、再び料理を中断して此方を振り向くアンナ。
自分の妻を疑うようで嫌だが、レオンも気になって仕方ない。
真っ直ぐその瞳を見つめ、遂に切りだした。

「アンナ……ネッ」

「ね?」

言うのか、言っちゃうのか、遂に言ってしまうのか。
後ろで隠れながら見守っている子供達も、拳を握りしめていた。
ゴクリ。
ユーノが喉を鳴らす。額に浮かび上がった一粒の汗が、ツゥーと頬を通じて床に置いた。
ポチャン。
汗が弾けると同時に、レオンは意を決してその言葉を口にした。

「ネ……ネ……ネバールランドに今度遊びに行かないか?」




だああぁ

「……お前ら、何でこけてんだ?」

「いや、此処はお約束かなって思って」

「というか、ネバールランドってこの前潰れた遊園地だよね」




子供達がそんな会話を交わしている事など露知らず、アンナはクスクスと笑っていた。

「ネバールランドって……嫌ですよ、あなた。あそこはこの前、潰れちゃったじゃないですか」

「そう……か。そうだったよな!いやー悪い悪い、すっかり忘れていた」

すまん、すまん、と頭を掻きながら誤魔化すレオン。
右手に持った問題のネックレスは、相変わらず背中に隠したままだ。

「ふふふっ……でも、ちょっと寂しいですよね。あそこは近かったから、よく昔は皆で一緒に遊びに行った思い出の遊園地なのに。
また、皆で何処かに行きましょうね」

「そう……だな」

「楽しみにしてますよ、お父さん」

そう伝えた後、アンナは再び夕飯の支度を始めた。




「……………」

「バクラ……頼むから無言で“そうじゃねぇだろ!”オーラを出すのは止めてくれ。
頭上から無言の圧力を受けるって、結構キツイんだから」

「レオンさ~ん」




子供達は不安(一名だけは苛立っているが)になり、レオンは自分で自分を責めていた。

(そうじゃねぇだろ、俺!)

心の中で三頭身のミニキャラレオンが、がんばれーと応援旗を振っていた。
よし、頑張ろう!

「すーーー」

空気を多く吸って、一気に腹から声を出した。

「アンナッ!!」

「も~う……何ですか?さっきからあなた、少し変ですよ?」

流石に三回も呼ばれたら気付く。
おまけに、こう何回も食事の準備を邪魔されたら、優しいアンナでも機嫌が傾いてしまう。
怪訝そうに眉を曲げ、いい加減にしないと怒りますよ、とでも言いたそうにレオンを見つめた。
止まってはいけない。一気に行くんだ。
レオンはネックレスを握っていた右手に力を込めるが、やはりアンナの前に差し出せない。

「アンナ!……ネ……ネ……ネック……」

それどころから、再び言葉に詰まり始めた。



「はぁ~~……あの野郎、意外と肝っ玉が小せぇな」

「そう言うなよ。レオンさんだって、色々複雑なんだから。俺だってもし彼女が居て、その彼女が浮気しているかもしれないって考えたら、やっぱり今のレオンさんみたいになると思うよ。
彼女なんか出来た事無いけど」

「でも、このままだとまた先延ばしになっちゃうよ?どうするの?」

ユーノの言う通り、このままでは先程の様に問題が先延ばしになってしまう。

「チッ……しゃぁねぇな」

このままでは埒が開かないと判断したバクラは、近くに置いてあったボールペンを手に取った。

「どうするんだよ、バクラ?」

「まぁ見てろ。自分で切りださねぇなら、強制的に切りださせるまでだ」

ボールペンをダーツの様に構え、狙いを定める。
標的はレオンが後ろに隠したままにしている右手。
宝を狙う盗賊の如く、よく狙いを定めてボールペンを投擲した。




「いてッ!」

バクラが投擲したボールペンは、見事にレオンの右手の甲を捉えた。
大の大人なら、それほどでもない痛み。
しかし、手の中のネックレスを落とすには十分だった。
カシャン。
金属特有の甲高い音をたて、床へと落ちる問題のネックレス。

「???……ッ!あー!」

今までレオンの可笑しな様子に首を傾げていたアンナも、驚愕の表情に変わる。

「あ、いやこれは!その……」

開いた右手を左右に振って、急な事態に慌てふためくレオン。
だが、こんな事をしても既にアンナには知れてしまった。
ゴホン。
話しの波を作るのと自分自身を落ち着かせる意味で、咳払いをした後、レオンは遂に本題を切りだした。

「アンナ……どうしたんだ?これ?」

床からネックレスを拾い上げ、アンナの前に突き出す。
下手な嘘をつかせないよう、目は真剣そのものだ。

「それは……その……」

むやみやたらに言葉を出さないよう、手で口を抑える。
悪戯をした子供が怖い父親に見つかった時の様に、顔が青い。
言動が定まらず、明らかに挙動不審な態度だ。
レオンの目がさらに細く、睨むようにアンナの真意を測る。
一秒だろうか、一分だろうか。
自分達でも解らないほど時間が過ぎた後、意を決して様にアンナは口元を結んだ。
そして、瞳に懺悔の色を見せながらレオンを見据え、姿勢を正した後――

「黙っていてゴメンナサイ!!」

誠心誠意を込め、頭を下げた。




理解したくなかった。
その言葉を、レオンは耳から追い出したかった。
しかし、無情にも声は空気を伝わり、レオンへとその意味を的確に伝える。
ゴメンナサイ。
自分自身に対する謝罪の言葉。
体から生気が抜け出る。
強固な殻さへも浸食し、自分の犯す。
スーッと氷の塊を投下されたように、体から熱が一気に引いた。

「……あぁッ」

それが何を意味するのか。
理解した瞬間、レオンの口から小さく声が漏れた。
先程のアンナとは逆に、今度はレオンの顔が青くなった。

「そんな、アンナさんが……」

と、レオンと同じく信じられない様な物を見つめる目で、事の成り行きを見守るアルス。

「……………」

ショックからか、それとも信じられないのか、ユーノはただボーッと何処か遠くを見ていた。
そして、バクラに至っては――

「見つけ出し次第……殺れ」

死霊達を召喚して、随分と物騒な命令を出していた。




後ろで劇的に不味い状況になっているが、生憎と今のレオンにそっちにまで気を使う余裕はない。
目の前で頭を下げ続けるアンナ。
罪悪感がヒシヒシと伝わってきた。

「何時か言おうとしていたんですけど……中々タイミングが攫めなくて」

レオンがショックで動けない中、再びアンナの口から懺悔の言葉が語られる。

「私も、最初は乗り気じゃなかったんです。でも、気分転換には良いからって、ほんのお遊びのつもりだったですけど……まさか、こんな事になるなんて」

悲しげな瞳で此方を見つめるアンナ。
次の瞬間、衝撃な真実が語られた。

「本当にゴメンナサイ!勝手にカジノに遊びに行って!!」

「………………へぇ?」

思わず間抜けな声を出してしまった。
後ろからも、「は?」「ほえ?」「あぁ?」と、三者多様の間抜けな声が漏れた。

「カジノって……浮気じゃあ無いのか?」

「浮気?誰がですか?」

話しが噛み合っていない。
レオンは理解できずに、キョトンとしたままアンナを見つめる。
アンナも同じように状況を理解できておらず、レオンを見つめていた。

「だから、このガルファのネックレスは、お前が浮気相手からプレゼントされたんじゃないかって……」

問題をストレートに伝える。
漸く自分が何を訊かれているのか理解し、アンナは目を見開いた。

「浮気って……私がですか!?」

ビックリ仰天。
驚き叫んだ後、アンナはクスクス笑い出した。

「ふふふっ……もう嫌ですよ、あなた」

可笑しそうに自分の浮気説を笑い飛ばすアンナ。
表情や雰囲気から察するに、演技をしてるようには見えない。
本当に浮気はしていないようだ。

「え?……じゃあ、このガルファのネックレスは?」

「あぁ、これですか」

レオンから問題のネックレスを受け取り、事情の説明を始める。

「これ、実はカジノで取った奴なんです」

「カジノ?」

「はい。その……この間、あなた達がスクライアのキャンプ地に行っている時に、マーニャが遊びに来たの」

マーニャというのは、昔からのアンナの女友達の名前だ。
時々遊びに来て、自分とも友達感覚で接してくる。
アンナとは対照的な性格で、どちらかと言えばイケイケな性格だ。
子供達の中ではバクラと一番気が合ったほどである。

「それで、家事ばっかりしていたら大変だからたまには気分転換でもしたらどうかって言われて。
そのカジノ、最近出来たばかりで、獲得したコインに応じて豪華な賞品と交換できる仕組みになってるの……」

ちょんちょん、と話しにくそうに人差し指同士をつつくアンナ。
大変可愛らしいが、レオンは呆れた視線を向けていた。

「お前な……だったらそう言ってくれよ。別にカジノに行ったからって、怒りはしないから」

「うぅ~だってだって~」

ぷくー、と頬を膨らませ、恨めしそうな視線を向けるアンナ。

「カジノに行ったなんて、言いにくかったんですもの~」

アンナは普段、そういった娯楽施設には足を向けない。
漸くレオンも納得した。
要は気恥ずかしさから、アンナは中々切りだせなかったのだ。
見れば、カジノに行ったと話している間も恥ずかしそうに、僅かに頬を朱色に染めていた。
可愛い。
自分の妻であるが、その様子は完璧に子供その物で物凄く微笑ましかった。
傍から見ると、親子のようにしか見えない。
レオンが慈しみを持った瞳でアンナを見つめていると、今度は向こうから反撃を受けた。

「むぅ~、何ですか~?だいだい、あなただって酷いですよ。ネックレス一つで私が浮気したなんて」

「あ、いやこれはバクラが!だから、その……雑誌が浮気特集なんてやっていてだな!」

思わぬ反撃を受け、慌てふためくレオン。
手を左右に大きく振りながら、訳の解らない言い訳を始めた。
私、泣いちゃいますよ。
恨めしそうに、小動物が捨てられた様な悲しげな視線をビシバシと送り続けるアンナ。
罪悪感。
本来ならただの勘違いのはずが、自分が一方的に悪いように感じ始めた。
否定できないのが、余計にレオンの心を罪悪感で押し潰す。

「うぅ……その、すみません」

こういう時は下手に話しを長引かせるよりも、直ぐ謝った方が良い。
先程とは逆に、今度はレオンが頭を下げた。
クスクス。
その様子を見て、アンナは可笑しそうに笑った。
レオンも同じく、面を上げ笑う。
もはや、そこには先程までのギスギスした空気は存在せず、何時もの暖かな空気に包まれていた。

「ふふふっ。もう、あなたったら。でも、ちょっと嬉しいかな。あなたがそこまで私の事を想っていてくれたなんて」

「そりゃあ……まぁな」

「まぁ、ふふふっ。でも……たまには私にも構って下さいよ。でないと、本当に浮気しちゃいますよ~」

「勘弁してくれ。冗談でも、二度とこんな思いはしたくねぇぜ」

「だったら、これからもよろしくお願いしますね。あなた♪」

「へいへ~い……よろしくな、アンナ」

訂正しよう。
何時もの暖かい雰囲気ではなく、甘ったるいと言った方が的確だ。
お互いに熱っぽい視線で相手を見つ続けている。
何故か解らないが、アンナとレオンの周りにだけピンク色の空間が生まれた。
他者の侵入を一切許さない、絶対領域。
互いに愛を語り合い、改めてお互いの絆の深さを確認しあった。




「さーて。飯の前に風呂でも入ってくるか」

付き合ってらんねー、とでも言いたそうにバクラは風呂場へと向かう。

「俺も入ろう。今日は何だか、早く寝たい気分だし」

今日は疲れたなー、とでも言いたそうにバクラの後へと続くアルス。

「兄さん。僕も入る」

勝手にピンク空間にでも何にでも引き籠っていて下さい、とでも言いたそうにユーノも風呂場へと向かった。




それから。
特に事件が起こるわけでも無く、何時もの様に一日が過ぎていった。
強いてあげるとするなら、今日は大人達はピンク色の空間に包まれ、子供達は灰色の空間に包まれていた事である。




夜。
妙に甘ったるい味がした夕飯を食べ終え、バクラ達三人の子供は二階の子供部屋で就寝の準備に入っていた。

「今日は疲れた。どっかの誰かさんが、変な事を言うから」

二段ベットの下。
ユーノと一緒に布団に入ったアルスが、上のベットに向けて責める様な口調で言い放つ。

「うるせぇ。最終的にはてめぇが判断したんだろうが。俺に責任をなすりつけるんじゃねぇ」

二段ベットの上。
バクラも布団に入りながら、変わらずの粗暴な態度で答えた。

「最終的にはって言うけどな、最初に言いだしのはお前だろ」

「俺様は雑誌を読んだだけだ」

「お前……実は確信犯だろ?」

暫くの間、上二人の兄は今日の騒動について会話を交わしてたが、ユーノは徐々に瞼が重くなってきた。

「ユーノ、もう寝るか?」

気付いたアルスが、優しく問いかける。

「……うん」

半分寝た状態で答えを返すユーノ。
そうか。
アルスは電気を消して、ユーノ優しく布団をかけ直した。

「お休み、ユーノ」

今日は疲れたが、それも此処まで。
ゆっくり寝れば、明日には何時もの様に戻っている。
アルスもベットに身を預けようとしたが、此処でユーノがある事を問いかけた。

「ねぇ、アルス兄さん。何で、今日は此処で寝るの?」

ユーノは普段家に居る時、レオンとアンナと一緒に寝ている。(ほぼ強制的で)
一応部屋は余っているのだが、流石に5歳児のユーノを一人で寝かせるわけにはいかないという判断だ。
しかし、今日に限ってはバクラ達の部屋で就寝する事になった。
しかも、アンナやレオンが言いだした事ではなく、アルスがほとんど強引に連れてきたのだ。
その時のアルスは、何処となく余所余所しかったのは覚えている。
疑問を覚え、問いかけるユーノ。

「嫌か?兄ちゃんと一緒に寝るの?」

「う~ん、そんな事はないけど……何か兄さん、変だよ?」

「バーカ。俺は何時も通りだよ。ほら、明日も早いんだから早く寝な。お休み」

冷静を装っているが、今の彼の心拍数はかなり昇っていた。
一体何が原因なのか。
ユーノは気になるも、流石に睡魔には勝てず、夢の世界へと旅立とうとした。
しかし――

「今夜辺りにでも、ガキが出来るかも知れねぇな」

上のベットの兄は、アンナの騒動の時と同じく、とんでもない爆弾を落とした。

「え?……ガキって、どういう事?」

「あぁ、それはだな――」

「ふんっ!」

「ぐはぁッ!」

「……………」

「さぁユーノ。早くおねんねしましょうね~」

「……アルス兄さん。今、バクラ兄さんに向ってナレッジで魔力弾を……」

「は~い、良い子は寝る時間ですよ~」

「しかも、非殺傷設定のリミッターを切って、殺傷設定の……」

「良い子は寝る時間ですよ~」

「いや、だから今殺傷設定で……」

「寝る時間ですよ~~」

「……お休みなさい」

圧力に負け、布団の中に潜ってしまうユーノ。
その際、空気を読めよ、と小さく聞こえた様な気がしたが、フカフカのベットの誘惑に負けそのまま寝てしまった。
ちなみに、ミッドの性教育はそれなりに早い。











何気なく交わしたこの日の夜の会話。
しかし、まさか数ヵ月後に現実の物になるとは。
アルスもユーノも、勿論バクラでさへも気付かなかったのである。













どうなんだろ?今回の話?

ギャクのノリが今一というか、作者自身もノリが上がらないとか。
ともかく、ちょっと微妙な感じもするんですけど、書きあげたので投稿。

今回から、バクラ達スクライア側の話しになります。
管理局側はこれから先、暫く出番はありません。所々登場するかもしれませんが、基本的にはバクラサイドの話しになります。
次回はバトル物の予定です。お楽しみに。




[26763] バクラが向かう所、常にトラブルの影あり!
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/09/20 22:54



偏に史料と言っても、歴史を伝える史料には様々な物がある。
都市や集落などの景観。
石器や工具などの用具。
地名や人名などの言語。
風俗や行事、絵画や彫刻、文書や碑文等々。
後世の世に歴史を伝える物は、世界に数多く存在する。
中には一体何時、誰が、何の目的で、それらの物を造ったのか。
それすらも解らない、謎を秘めた物も世界には多く存在する。
本人以外の誰にも解らない、現代に生きるミステリー。
その謎を解くのも、スクライアの醍醐味の一つである。
同じ人間が造り出した謎を同じ人間が解き明かす。何とも奇妙な巡り合わせだ。

「クソめんどくせぇな。こんな石の塊に、何で俺様が時間を使わなくちゃいけねぇんだ」

「着いた早々それか。とても遺跡発掘のスペシャリストのスクライア一族が言う事じゃないよ」

今日も同じく、文句を言う弟を兄が戒める場面で始まった。




何処までも広がる広大な大地。
所々に点在する過去の遺物。
時々埃っぽい砂煙が鼻孔を擽る。
一見すると何時もと同じ遺跡発掘の仕事かと思われるが、今日は一味違う。

「ふぅ~~……流石に標高3000メートルともなると、バリアジャケット無しじゃあキツイな。ユーノ、無理して付いてこなくても良いんだぞ?」

「大丈夫ですって、これぐらい!」

元気満々。興奮気味に返事をするユーノ。
幼い体に3000メートルの標高はキツイと心配するアルスだが、下手な事をしない限り大丈夫だろう。
前の反省も活かして今回の発掘は見学してるだけって約束したし、ユーノもバリアジャケットを着ているんだから。
何より、自分が同じ立場だったら何が何でも連れて貰ってくるだろう。
今回の遺跡はそれだけの価値があるのだ。

「ふはぁ~~ん……あぁーねみぃー。こんな朝早くから、山登りまでして来る価値があるのか。こんな遺跡に」

「何を言うんだバクラ!?」

「そうだよ!バクラ兄さんには、此処の価値が解らないの!!」

ダルそうに欠伸をしながらボリボリと頭を掻いているバクラとは違い、アルスとユーノはこの素晴らしさを伝えるために目を輝かせながら説明を始めた。

「空中都市――セルポアトムス。
マクム山脈に造られた巨大都市。
空中都市と呼ばれる由縁は、その外観と造られた場所の関係から、まるで宙に浮いているよう見える事から。
何時、何の目的で、誰が、どのような方法を用いて造ったのか未だに解明されていない、謎の超巨大遺跡」

「空中に浮いているよう見える事もそうだけど、もう一つの最大の特徴は山脈に造られた八つの都市。
標高400メートルに位置する第一都市――ヒルサト。
600メートルに位置する第二都市――ジャクルドム。
1000メートルに位置する第三都市――ベルバ。
1500メートルに位置する第四都市――ラオクス。
1600メートルに位置する第五都市――イルクマン。
2200メートルに位置する第六都市――マルマントム。
そして僕達が居る、3000メートルに位置する第七都市――ファオガンダ。
もう一つ上の、3400メートルに位置する第八都市――キレヴァクア。
この合計八つの都市を合わせて、空中都市――セルポアトムスと呼ぶ」




――バクラ飽きる。聞く耳など一切なし。




「発見初期の頃は、八つの都市がそれぞれ独立していて、関連性は何も無いと思われていた。
しかし、発見時から暫く経ったある日。
遺跡調査に訪れていた研究チームが、第一都市のヒルサトと第二都市のジャクルドムに同形の小さな石像を発見した。
石像が発見されたのは、都市の家々のほぼ全てから。この発見から、第一都市と第二都市は何らかの関係性があると推定され。
さらに調査を進めると、他の都市の家々からも発見された。
この事から八つの都市は同民族の手によって造られ、発見された文献などから、石像は彼らが祀っていた神や精霊の形を象った物と断定された」

「けれど、同民族の手によって造られたにしては、第一都市と第八都市とでは建築技法や年代にバラツキがある。
少なく見積もっても、第一都市が造られたのは約2400年前。
対して第八都市は約2100年前に造られた物。
つまりこの差、最大で300年近くもの間、この都市を造り続けた事になる」




――空を眺め、ボーッと時を過ごすバクラ。




「今では発掘が進んだ第一都市~第五都市は管理世界の文化遺産に登録の申請がされ、第六、第七、第八も研究が済み次第、世界遺産の登録は確定とまで言われる古代遺跡。
その発掘を俺達スクライアが、しかもまだまだ発掘が進んでいない第七都市を任せられるなんて。
くぅーー!スクライアの血が騒ぐぅ~~!」

「三百年近くの間も造っていたなんて……しかも、こんな標高が高い所に。
一体どんな風にして造ったのかな?
まだ魔法文明もそんなに進んでいないのに、これだけの物を造れるなんて。
古代の神秘、正に世界最大のミステリーの一つだね!兄さん!!」




――バクラ、欠伸をしながら寝袋を敷き始めた。




「ユーノ。解っているとは思うけど、絶対大人しくしてるんだぞ。またこの間みたいな事故にあったら大変だからな」

「えぇ~……でも、ちょっとぐらいは」

「ダーメッ!」

「むぅ~~」

「そんな恨めしそうな目で見ても、ダメな物はダメ!あまり我儘言うと、山の麓のキャンプ地まで連れ戻すよ?」

「うぅ……はい」

以前、皆に迷惑をある手前、此処は納得するしかない。
今回は見学が許されただけでも、かなり譲歩された方なのだ。

「よし!……それじゃあ、皆と合流するか」

「はい!」

管理世界レベルの文化遺産。
スクライアとしての血が騒ぐ。
玩具売り場で物色をしている子供の様に、目をキラキラと輝かせるアルスとユーノ。
いざ行かん!謎と叡智に満ちた、我らがアガルタへと!



――バクラ、この時点で寝袋に収まって二度寝を始めた。




「って、寝るなああぁーーー!!」

ギアを上げての方向転換。
ギュルリ、と地面と足の裏に凄まじい摩擦熱を生み出しながら、一気に迫る。

「おらおらッ!目を覚まさんかあぁい!!」

寝袋を攫み、ジャイアントスイング。
先程の興奮が収まりきっていないのか、テンションが天元突破状態。
変な方向に暴走している。正直、常人が見たら引く。

「ふんッ!!」

遠心力を十分につけハンマー投げ選手の様に、勢いよくバクラが入った寝袋を投げ飛ばした。
世界レベルの古代遺産の上を飛んでいく、人が入った寝袋。
大変シュールな光景であるが、他のスクライアのメンバーは特に何も言わない。
この程度、彼らにとっては何時もの光景なのだ。
11歳の少年が投げたとは思えないほどの飛行距離を稼ぎ、寝袋は風に流されながら落下してくる。
このまま落下すれば、大怪我は免れない。
しかし、アルスもユーノも、他のスクライアの人達も特に心配したりはしない。
する必要が無いからだ。
予想通りというか、期待通りというか。
バクラは何事も無く寝袋から抜け出て、鮮やかに着地した。

「てめぇ……年々、俺に対して容赦が無くなってきてるな」

自然体のまま、今何かしたのか、とでも言いたそうに此方に歩いてきて告げるバクラ。

「当たり前だ。お前に手加減なんかしたら、それこそ体力の無駄遣いだろ?」

何を言ってるんだ、と当たり前の様に胸を張って答えるアルス。
昔はどうあれ、今は別だ。
一球入魂。ストレート勝負こそが、バクラに対して最も適しているのだ。
おーまたかー。やれやれ。よく飽きないな、あいつら。
遠くで見守るスクライアのメンバー。
世界遺産レベルの遺跡でも、何時もと変わらない二人の様子を呆れがらも微笑ましく眺めていた。


閑話休題


先程のアルスのジャイアントスイングからのハンマー投げで、完全に眠気が吹き飛んだバクラ。
ポリポリと、首筋を掻いてアルスの前に佇んでいた。

「バクラ~、昨日俺が言った事を覚えているか?」

何処までもマイペースな弟とは違い、此方は噴火寸前のマグマの様に滾っていた。
口調も、穏やかではあるがその裏には確かな怒りの感情が隠されている。

「……昨日?」

はてさて、昨日何かあっただろうか。
記憶を探っていくが、特に思い当たることろはない。

「何かあったか?」

「あったよ!ありまくたっよ!
昨日散々、深夜遅くまでこの遺跡の素晴らしさと、その発掘を任せられるのがどれだけ名誉なことなのか!
一~十まで!わざわざ説明してあげたよね!!」

噴火したマグマの如く、一気に捲し立ててくるアルス。

「あぁ……」

漸く思い出した。
そう言えば昨日、今回の仕事についてアルスから小言を言われていた。
やれ人類の神秘など、古代からのメッセージなど、熱く語っていた姿は覚えている。
覚えているのだが、生憎とバクラはその内容までは覚えていなかった。
理由?
そんなの簡単。聞き流していたからだ。

「き、聞き流してって……昨日の俺の苦労は」

夜遅くまで、眠いのを我慢して熱弁した自分の苦労は何だったのか。
ガックシ。頭を垂れるアルス。

「……とにかく、今は仕事として来てるんだから。お前も皆と協力する様に。決して寝るなよ!解った?」

少々気落ちするも、直ぐ弟の説得にあたる辺り兄としての鏡だ。
例えるなら、引き籠っていた弟を職に就かせようとする兄の構図だ。
バクラが引き籠りかと言えば疑問を覚えるが。
ともかく。
一応仕事に来たというのに、二度寝を始める問題行為。
協調性が無いだとか、技術的に劣ってるとか、それ以前のレベルだ。
此処は兄として、一人の友人として何とかしなくては!
使命感。
バックに炎を背負いながら、アルスはバクラの説得を続けた。

「はぁ~~~」

兄の想いを知ってか、知らずか、恐らくは後者なのだろう。
うっざてぇ。
そう言いたそうに、バクラは真摯に説得してくれるアルスに対して盛大な溜め息を返した。

「こらこらこらこらッ!そのため息は何だ!?溜め息はッ!!?」

此処まで気を使っているのに、この態度。
アルスの頬が引き攣ったのは、決して気のせいでは無かった。
無気力な目。
やる気の“や”の字さへも感じないで目で此方を見据え、これまたやる気を感じさせないだるそうな声で訳を話し始めた。

「世界遺産だが何だか知らねぇが……こんな物の発掘、やる気が起きねぇんだよ」

「や、やる気?」

アルスも含め、スクライアの子供達は小さい頃から遺跡発掘を間近で見つめてきた。
そのせいもあってか、神秘や謎、俗に言うミステリー関連の話しには興味が惹かれる。
空中都市――セルポアトムス。
管理世界でも有数の世界遺産レベルの遺跡なら、流石のバクラも自分達と同じように興味が惹かれる物だと思っていた。
あわよくば、これを機に宝探し以外の発掘関連の仕事にも興味を持って貰うという思惑もあった。
それがまさか、世界遺産レベルの遺跡を前にしても全く、微塵の欠片も興味を示さないとは。

「お前……本当にスクライアの育ちかよ」

思わず本音が出てしまったアルスだった。

「うっせぇなぁ。世界遺産だろうが、俺様には関係ねぇんだよ。それにだ、此処には匂いがしねぇ」

「匂い?」

「あぁ……お宝の匂いがな」

バクラの発掘技術は、一族の中でもトップクラスの技術力だ。
今回の発掘に連れてきたのも、その技術力を認められたからこそである。
しかし、今回はやる気など微塵も起きない。
宝探し。
他のスクライアは少なからず過去の遺物に興味がある様だが、バクラは別だ。
彼にとっての遺跡発掘とは、黄金などの貴金属類を手中に収める事。
同じ歴史的価値があろうと、金と古臭いだけの遺物どちらかを手に入れるとするなら、迷わず金を選ぶ。
それが彼の価値観なのだ。
世界遺産だろうが、この場に宝の匂いは感じない。
絶対的温度差。
氷河地帯と砂漠地帯の様に、二人の間には決定的な壁が存在する。
大変名誉がある仕事なのだろうが、正直言ってバクラには微塵の価値も無かった。

「そう言わけだ。俺は抜けさせて貰うぞ」

頑張れの一言も残さず、やってらんねぇぜと言わんばかりに何処かへ向かおうとするバクラだが――

「そう、じゃあな。……何て言うと思ったか!!」

アルスのバインドで拘束されてしまった。
しかも、文句を言わせない様に口に頑丈な縄をして。
気付かない内に、年々バインド技術が上がっているアルスだった。

「今日という今日こそは、その態度を改めてやる!」

ズルズルと引っ張りながら、他のメンバーの方へと強制的に連れていく。
変に力が入っているアルスだが、それには訳があった。
バクラ。
スクライアの超天才であるが、同時に一族始まって以来の超問題児であるのが悩みの種だ。
一族の皆からその技術は認められ、同時に成果も挙げているのだから、これで性格が問題無ければと族長であるバナックからも嘆かれるほどである。
そんな問題児であるバクラだが、発掘に連れられて来た時は渋々とだが仕事をこなしていた。
レオン。
育ての親でもあり、バクラの手綱を握れ、一族の皆からも信頼されている。
この完璧なコンボの前には、バクラの横暴ぶりも身を潜めた。
しかし、今回の発掘のメンバーの中にはそのレオンが居ない。


何故なら――


「ゲッホゴッホゴホ……うあぁーー」

「38度9分。随分と季節外れの熱じゃな、レオン」

「うぅ……すいません、族長。ゲホゲホッ!……暫く、休ませて貰います」

「あぁー、構わん構わん。それよりも、先ず体が大切じゃぞ。ゆっくり休むがよい。というか、病院にでも行ったどうだ?」

「いえ、大丈夫です。そこまでの病気ではないですから。それよりも……バクラの奴、何か問題を起こさなきゃいいんだが」

「なーに、心配するで無い。あ奴の性格は問題あれ、技術に関しては既に一流の域に達しておる。
一度仕事を受けたからには、ちゃんとこなすであろう。いざという時には、アルスだって付いておるんじゃから、何も心配いるまい」

「そうですね……アルスが付いていれば……何も……し…ん……ぱい………」

「レオン……??……レオン…レオン!レオーーン!!」

それ以降、レオンから返事が来る事は無かった。




「見ていて下さい、レオンさん!!貴方の意思は、きっと俺が継いでみせますッ!!」

固く握り拳を握り、天へと掲げるアルス。
その際、天空にレオンの良い笑顔が浮かんだ。
キラリと光るレオンの笑みを向かって、アルスは誓いの言葉を叫んだ。




「この描写だと、レオンさんが死んだと感じるのは僕だけなのかな?」

ちなみに、レオンは死んでおりません。ちゃんと生きています。




で、それからどうなっかと言えば――


「……………」

「バクラー!ちょっとお前のレアスキルで調べてほしい…って、アレ?バクラーーッ!…………逃げたな、あいつ」


それからそれから。


「誰かー!これ向こうに持っていって!」

カタカタ

「おっ!お前が持っていってくれるのか?」

カタカタ

「そんじゃあ、よろしく。ほれ」

カタカタ




「……………」

「たくッ、人を三重にも縛りやがって。何を見てんだ?アルス」

「いやさ。普通はあの場面を見たら絶対に悲鳴をあげるなー、と思って。というか、絶対俺達だけだよね?
あのワイトって骸骨のモンスターが発掘を手伝いをしているチームなんて、世界広しとはいえ俺達スクライアしか居ないぞ。絶対」

「何を今さら言ってんだ?あのワイト共が発掘の手伝いをしてる所なんか、何時も見てんだろ?」

「そうなんだけどさ……何か納得が行かない部分があるというか何と言うか」

「ケッ!てめぇはいちいち考え過ぎなんだよ」

「仕方ないだろ。気になるもんは気になるんだから。……所で」

「あん?」

「またどっかヘ行こうとするなッ!今度は張り付けにでもするぞッ!!」

「うるせぇー!ワイトを50体も貸してやってるんだから、文句はねぇだろ!!」

「大ありだっ!お前も発掘チームに加わっているんだから、自分の責務を果たせよ!
部下のワイト達があんなにも働いているのに、その主であるお前がそんなグータラでどうする!?恥を知れ恥を!!」

「主ってのは、自分から動かないでドッシリと構えているもんだが」

「その言葉、超行動派のお前が言っても何の説得にならないぞ」




「お前達も大変だな。あんな主にこき使われて」

カタカタ、カタカタ

「え?何時も雑用に使われているから、そんなに大変じゃない?」

カタカタ、カタカタ、カタ

「それに、発掘は楽しいから特に苦労じゃない、だと。うぅ、泣かせるじゃないの。
うっぐぅ、辛かったら何時でも逃げていいだぞ!なーに、あいつが何か言っても気にするな!俺達はお前達の味方だぞ!!」

カタカタ

「ありがとう、ってそんな水臭い。何時も手伝って貰っているんだから、これぐらい当然だ」




「……骸骨のお化けと意思相通が当たり前の様に出来る人間って、もしかして僕達スクライアしか居ないのかな?」




さらにさらに。




「空中都市――セルポアトムス……か。空中って付いているわりには、そこら辺の地上にある古臭ぇ遺跡と変わらねぇな」

「どんな物を想像していたんだ?お前は?」


――天空の○ラピュ○


「いや、ラ○タって……すっごい安直な考えだな」

「まぁ、本当にんな物があるんなら……俺様が頂くがな。この盗賊王、バクラ様がな」

(……もし本当にあるなら、マジで行きそうだな、こいつ。でも、こいつが手に入れたら――)


以下想像――


『ヒャハハハハハハハハッ!!見なぁ!人間どもがゴミの様だぜッ!!』


想像終わり。


「違和感無さ過ぎなんだよお前はーーーッ!!」

――バチンッ!!

「行き成りハリセンで攻撃するとは……いい度胸してるじゃねぇか」

「あぁ、自分でもかなり理不尽な行為とは解ってるよ!解っているけど、どうしてもこの場でお前に一発入れなくちゃいけない。いけないんだ!!」




(前々から思っていたけど、あれって普通のハリセンだよね?
でも、バクラ兄さんが白羽取りをしても全然折れないし、音も絶対紙が出せる音じゃなかったよ。鉄製?)




とまぁ、色々と騒がしくもあったが、特に大した問題は起こらず発掘は順調に進んで行った。
バクラも途中からは真面目(と言えるがどうかは別として)に手伝うようになった。
スクライア一の超天才。
その名は伊達ではなく、ピンポイントで発掘品を見つけ出す辺りは流石だとしか言えない。
お天道様が真上に昇る。
休憩。
これからの発掘作業に備え、各々体を休め始めた。

「はぁ~~かったりぃ~~」

バクラも同じように体を休めながら、未だに文句を垂らしていた。
寝転がりながら、他のメンバーの様子を窺う。
充実感。
個人にもよるが、皆少なからずこの大仕事に満足しているようだ。
見学だけをしていたユーノでさへも、出土品を目を輝かせながら見つめている。
何がそんなに楽しいんだが。
何処となく冷めた目で一見した後、バクラは再び青空を眺め始めた。
恐らく、この中で不満を抱いているのは自分だけだろう。
仕方ない。
世界遺産と言うだけの事はあり、歴史的価値は高い古代の遺産。
しかし、此処は都市。つまり、過去に人間が住んでいた所だ。
王墓に納める金銀財宝は存在せず、昔の賊が隠した様なお宝も無い。
見つかるのは、奇妙な石像や割れた皿に鉄製の刃が取り付けられた農具。
中には訳の解らない、何に使ったのかすらも特定できない物まであった。
こんな物が、見る人間にとっては金よりも価値があるのというのだから驚きだ。

「……………」

何気なく起き上がり、辺りを見渡すバクラ。
空中都市――セルポアトムス。
その中の第七都市――ファオガンダ。
標高3000メートルに位置し、何時しか打ち捨てられた都市。
過去には此処にも人が暮らして、賑わっていたのだろう。
だが、今はどうだ。
人の影は愚か、猫一匹すらも居ない。
整備もされず、ゴツゴツとした岩と変わらない道。
何年も風に晒され、風化した住居。
一陣の風が吹き、砂埃が舞い上がった。
寂しい光景。
昔は苦労して造り出したこの空中都市も、既に滅んだゴーストタウン。
一体此処で、どんな風に暮らし、どんな思いで生まれ育った町を捨てたのか。
それを調べるのも考古学の面白さだとアルスは語っていたが――

「……下らねぇ」

やはりバクラには、その面白さが解らなかった。
今さら過去の遺物など発見して何が楽しいんだが。
理解は出来ないが、これも仕事だ。
口ではどう言おうと、バクラもプロ。
一度受けたからには最後までやり通す。
とはいっても、やはりやる気が起きない。

(仕方ねぇ……適当に手伝ったら、他の奴に変わって貰うか。幾つか出土品でも見つけらりゃ、バナックの爺さんもうるさく言わねぇだろうしな)

そうと決まれば、さっさと成果を上げなければ。
また変に呼び出しをくらって、バナックに小言を言われるのは御免だ。
だったら真面目に仕事をしろ。
是非とも誰かにツッコミを入れてほしい。
もっとも、注意されて態度を改めるなら誰も苦労はしないのだが。

「さてと……」

「バクラ、何処へ行く?」

起き上がり、何処かへ向かおうとするバクラに問いかけるアルス。
また逃げるのか。
既にその手には相棒のデバイスが握られ、何時でも臨戦態勢に入れるよう準備していた。
もはや条件反射の域だ。

「散歩だ」

短く、それだけ言って都市の外れに歩いていくバクラ。

「散歩~?」

訝る様な視線でバクラを見つめる。
嘘は言っていない。
何だかんだ言って長年バクラと付き合ってきたアルス。
感じからして、サボろうとしているようではないようだ
バクラも気が乗らないとはいえ、一族のプロ。
途中でどれだけサボろうとも、一度引き受けた仕事を途中で放り出す様な真似だけはしないと思うが――

「……何で付いてくんだ、てめぇは?」

「別に良いだろ。俺もちょっと周りを見てみたいし」

心配なので付いていく事にした。
二人揃って並行に並びながら、時々談笑をする。
発掘のためにある程度舗装されたとはいえ、まだまだ歩きにくい道を歩いていく。
都市の外れ。
そこはもう、ほとんど山脈の獣道と変わらないほど荒れていた。
吹きかける風が、二人の体を揺らす。
適当な場所で立ち止まり、バクラ達は目の前の光景を眺めた。

「ほへ~……流石に3000メートルともなると、凄いな~」

地平線の向こうまで見えるのではないかと疑うほどの高さ。
飛行魔法で空を飛ぶのとは、また違った視線の景色にアルスは感嘆の声を漏らした。
それからは何時も通り。
特に事件は起こらず、何時も通りの平和な日常が過ぎて…………いくはずはなかった。




「あん?」

最初に気付いたのはバクラ。
景色を眺めた後、そろそろ休憩時間も終わるので帰ろと踵を返したバクラ達。
スクライアの発掘チームと合流するため、再び舗装も碌にされていない道を歩いていく。
その途中。
何の変哲もない岩の道で、バクラは立ち止まった。

「???……どうした、バクラ?」

数歩前に進んでいたアルスも、バクラの様子が可笑しい事に気付いた。
立ち止まり、問いかけるも返答はない。
バクラはその場で立ち止まり、ジーと地面を見つめていた。
どうしたんだ。
再び問いかけようとする前に、バクラが奇妙な行動に出た。
コンコン、コンコン。
頻りに足の爪先で地面を叩く。
何度も何度も、時には一歩前に出で地面を叩き、時には一歩下がって地面を叩き始めた。
奇妙。
アルスの視線が怪訝な物に変わっていく中、突然バクラが地面を叩くのをピタリと止めた。

「……………」

無言のまま、地面の一画を一見した後に再び地面を叩きだす。
先程のは大振りに叩いていたが、今度は小刻みに、狭い空間を叩きだした。
トントン、トントン。
最後に何かを確認する様に地面を叩いた後、その場に屈んで今度は手探りで何かを探し始めた。

「何してんだ?お前?」

突然地面を叩きだし、今度は屈んで頻りに地面を気にしている。
何かを見つけたのだろうか。
気になり、アルスが地面を見つめた瞬間に地面の一部が盛り上がった。

「へ?」

驚いているアルスを無視し、地面はさらに盛り上がる。
ギギッ、ギギッ。
錆びた鉄が擦れる音と共に、盛り上がった地面は遂にはほぼ直角まで持ち上がった。
急いで地面を確認するアルス。
先程までただの地面だった場所に、ポッカリと開いた黒い穴。
階段。
見た所、かなり深い地下へと続く階段が続いていた。

「これって……隠し通路?」

「任意で隠したかどうかは知らねぇが、風によって運ばれた塵や埃に紛れて他の道と区別がつかなくなっていたようだな」

「良く見つけられたな、お前」

道具を使わず、微妙な音の違いで隠し階段を見つけ出す。
勿体ない。
技術は本物なのに、本人の性格がそれを台無しにしている。
これで後少しでも真面目に発掘作業に取り掛かってくれれば。
幼馴染兼兄がそんな想いを抱いているとは露知らず、バクラは盗賊の羽衣から探知機を取り出した。

「毒物反応は……安全ライン」

危険が無いか調べ終わった後、今度は死霊を何体か召喚して地下へと放つ。
意識の共有。
死霊達から送られてきた映像を見つめながら、面白い物が無いかと捜索を続ける。

「……ほぉ」

やがて何かを見つけたのか、バクラは小さく声を漏らした。
お宝でも見つけたのか一瞬思ったが、どうやら違う。
声の感じから察して、お宝を見つけたというより、何か気になる物を見つけた様だ。

「アルス……他のメンバーも呼べ。少し、面白い物があるぜ」

やはり金銀財宝のお宝ではないようだ。
少なくてもバクラの場合、お宝と知ったら全部自分の懐に入れるのだから。
目の前でそんな盗掘をしたら、全力で止めるが。

「良いけど……何があったんだよ?」

「いいから、早く呼べ。口で言うよりも、実際に見た方が早い」

「……危険は無いのか?」

「あぁ。落盤の危険も無い。それに、どっちにしろ調べねぇ事には仕事も終わらねぇだろ?」

それもそうだ。
危険があるか懸念していたアルスだが、バクラに言われた通り仲間に念話を送った。
危機察知能力。
これに関しては、一族の中ではバクラが一番の力を持っている。
それに、何かあっても自分達なら難なく対応できるという自信もあった。
連絡を受けた仲間が此方に来るのを見つめながら、アルスは自分自身に気合を入れ直した。




――この自信が、まさかあんな事件を起こす事になるとは。アルスは勿論、バクラも気付いていなかったのである。




地下へと続く階段を下りていくスクライアの発掘チーム。
その中には、当然バクラとアルスの姿もあった。

「地下への階段ねぇ……お前、知っていたか?」

一人のスクライアのメンバーが問いかける。
その問いに対し、尋ねられたメンバーは首を横に振った。
他のメンバーも同じ。
皆、この地下に関して知らないようだ。
新発見かもしれない。
自然とバクラ以外のメンバーの目が輝きだした。
流石、古代遺産の発掘を生業としているスクライア一族。
新聞の一面を飾るかもしれない発見には、胸が躍るらしい。
太陽が届かない地下。
辺りを幾つものライトで照らしながら、奥へ奥へと進んで行く。

「入り口の扉も頑丈そうだったし、避難場所か何かに使われていたのか?でも、何でこんな離れた場所に……」

「所々に燭台があるって事は、頻繁に使われていたんだと思うけど……一体何に?」

「風……か?地下から吹いてくるって事は、外にでも繋がっているのか?」

それぞれ階段を降りながら予想を立てていると、遂に地下へと辿り着いた。

「何だ……此処は?」

ライトを照らしながら、辺りの様子を窺う。
広さはかなり物で、農場や牧場でも造ろうと思えば造れるほどの広さだ。
天井は高く、ビルの一棟や二棟まるまるスッポリと入れるぐらい高い。

「人工的に造られた洞窟……って、訳ではなさそうだな」

「恐らくな。都市部の建築技法から推測しても、こんな空洞を造れるほどの技術力は無いだろ」

「自然に出来た空洞を利用していた?でも、一体何に?」

「風が吹き抜けているって事は、何処かに通り道でもあるのか?」

それぞれ疑問を抱きながら辺りを見渡すスクライアのメンバー。
あーでもない、こーでもない。
この地下室の正体を皆が議論してる中、バクラは一人奥へと向かおうとする。

「あれ。どうした、バクラ?」

「黙ってついてこい。面白い物を見せてやっからよぉ」

皆と居ても、変わらずの粗暴な態度。
初対面の人が聞いたら先ず間違いなく顔を顰める様な言葉遣いだが、スクライアのメンバーは何時も通りだと特に気にしなかった。
それに、アルスから念話で伝えられた面白い物ってのも気になる。
アルスを含めた発掘チームは、バクラの後へと続いた。
暫く奥へと歩いていく。
バクラの赤い羽衣は特徴的で、この暗闇の中でも見失わなかった。
壁際。
広場の隅っこへと来たバクラはその場で立ち止まった。

「なぁ、一体何があるんだよ?」

面白い物があると言われて来て見れば、目の前あるのは何処にでもある壁。
これの何処が面白いのか。
アルスだけでなく、他のメンバーも怪訝そうに眉間に皺を寄せていた。

「とりあえず、見てみな」

「いやだから、見てみろって言われても……ただの壁だろ」

改めてライトで照らして見つめてみたが、やはりただの壁だ。
一点をライトで照らす。
やはり壁だ。
何度見つめても、バクラの言う面白い物には見えなかった。

「そうじゃねぇ。一点だけじゃなく、全体を照らしてみろ」

「全体をって、そんな事しても変わらない……だ…ろ」

言われた通りにライトを切り替えて広域を照らした瞬間、アルスは言葉を失った。
いや、アルスだけでなく、他のメンバーも同じく言葉を失っていた。
全員が全員、無言のまま目の前のそれを見つめている。
ある者は顎が外れ。
ある者は目玉が飛び出で。
ある者は何度も瞬きをして。
それぞれ、信じられない驚愕の表情で目の前のそれを見つめていた。
アルスも同じく、顎が外れ目玉が飛び出すほど驚いている。
彼らの目の前に存在するそれ。
全体の色は周りの壁と同じだが、それは他の壁とは違いある形を造っていた。
丸みを帯びながら、左右に広がっており、楕円形に近い形状。

「卵……だよな?」

「あぁ、卵……だな」

卵。
目の前のそれを表現するなら、それが一番適した表現だ。
しかし――

「でかいな……」

「あぁ……でかいな」

でかい……とにかくでかすぎるのだ。
鶏などの卵は約5~6㎝弱。どんなに大きくても、必ず手の中に収まる。
中には信じられないほど大きな卵を産む生物は、管理世界の中には存在している。
だがしかし!
目の前の卵はその域を超えている。
軽く見積もっても、家一軒よりも遥かに大きい。

「地上に持ち帰って調理でもするか?卵焼きなら、軽く千人前以上はいけんぞ」

「それじゃあ、お砂糖をタップリ入れてあま~い卵焼きでも……って、違うわッ!!」

衝撃に我を失っていたアルスが、此処にきて漸く再起動を果たした。

「何だよアレ!!?壁だと思っていたのが、実は卵だったって、そんな怪奇現象聞いた事無いぞ!!
つーかデカすぎ!!何メートルあるんだよ!?こんなの特撮映画でしか見た事無いぞ!!
モ○ラか!?モ○ラの卵なのか!!?何でこんな所にモ○ラの卵があるんだよ!?アレか!空中大決戦を今からやらかそうというのか!?
ならバト○も出るのか!?皆揃って怪獣大決戦でもやらかそうってのかあぁあーーー!!?」

アルス・スクライア――久しぶりの暴走モードに突入。
余程混乱しているのか、普段の彼には似ても似つかないほどの慌てぶりだ。

「うるせぇ!!」

「がふっ!」

暴走するのは勝手だが、自分の耳元で叫ぶのは勘弁してほしい。
バクラはアルスを殴り飛ばして(勿論、本人には悪気なし)強制的に黙らせた。
アルス・スクライア――暴走モード沈静。

「たくッ……たかが家一軒よりもでけぇだけの卵を見つけただけで、動揺しすぎなんだよ!!」

(((((動揺するだろ!?普通は!!)))))

皆の心が一つになった瞬間であった。




あまりの衝撃に我を失っていたが、バクラとアルスの何時ものやり取り(という名の漫才)を見て落ち着きを取り戻した。

「本当に桁外れのビックサイズだな。7、8、9…………10メートル以上は少なくてもあるぞ」

「え~と……動物図鑑、動物図鑑。うん?これって動物図鑑に載ってるのかな?」

「色は赤褐色に近いな。この辺に、こんな色の卵を産む鳥なんか居たっけ?」

「岩……じゃあ無いな。本当に何かの卵?化石か?」

最初は驚いていたが、我を取り戻せばそこはスクライアの一族。
とんでもない大発見に、皆目を輝かして調査に乗り出し始めた。
アルスも、改めて目の前の巨大卵を見つめる。
形状からして、間違いなく鳥類などが産む卵に近い。
サイズは軽く見積もっても10メートル以上。正式に測ればもっとあるかもしれない。
色は赤褐色に近く、ゴツゴツしている。よーく目を凝らさなければ周りの壁と同じにしか見えない。

「何の卵だと思う?これ」

「さぁな。それを調べるのは専門家にでも任せてろ」

こいつは気にならないのだろうか。
こんなとんでもない物を発見したというのに、バクラは興奮などしていなかった。
何時もの様に、目つきが悪い視線でジーと卵を見つめるだけだった。
アルスとバクラが会話を交わしている傍ら。
他のメンバー達も、この謎の卵の正体について議論を交わしていた。

「地下に放置されているって事は、ファオガンダの人達が飼っていた鳥か何かの卵?」

「こんなバカでかい卵を産む鳥なんか居るか?居たとしても、あの入り口の狭さから運び込む何か出来ないだろ」

「親鳥を此処で飼育していたとか?
このマクム山脈は旧暦の大災害で山々の一部が変化したって言いますし、風が吹いているって事は何処かに外と繋がる道があったのかもしれません」

「う~~ん、地質調査をすればある程度の年代は割り出せるか?けれど……此処、広過ぎだろ!!俺達だけじゃあ、調べきれないぞ!」

「古代鳥類の卵?もしそうだとしたら、世紀の大発見だぞ!!」

皆が皆、それぞれの意見を言うが、真実は解らなかった。
第一、今常備している装備ではこの広い空洞を調べるには心もとなすぎる。
一度外に出て、仲間と合流しよう。
期待に胸を躍らせながら、スクライアの発掘チームは踵を返した。

「こんな特撮に出てくるような卵って、本当に存在するんですね」

「まぁ、龍種の卵はとてつもなく大きいって聞くけど……俺も、此処まで大きい物があるなんて聞いた事無いな」

「なぁなぁ!これってやっぱり新聞に載るよな!?ヤバイ、俺ってもしかして有名人の仲間入り!?」

「何でお前だけなんだよ。普通は発掘チーム全員だろ。
それに、例え載ったとしてもプロスポーツ選手みたいに、女性にキャーキャー騒がれたいならあまり期待はするなよ」

雑談を交わしながら、出口へと向かう。
アルスも参加し、少し冗談交じりに声をあげた。

「あの卵って、もう生きて無いんですかね?実はまだ生きていて、行き成り孵化したりして」

「はははっ、まっさかぁ~!」

「そうそう、そんな映画みたいな展開あるわけがないじゃん!」

あはははは、と広い空洞の中に彼らの笑い声が響き渡った。





――ピシッ




「……………」

「……………」

「……………」

先程の雑談が嘘の様に静まりかえるスクライアの発掘チーム。
え、この音は何?
暗い空洞に響き渡る、人間の声では無い音。
まるで、プラスチックを割る様な軽く、大きな音。
そう……それは例えるなら、今正に生まれようとしている雛が卵を割る音に似ていた。

「……………」

「……………」

「……………」

全員、無言のまま先程の卵へと振り返る。
さーて、これは何でしょうねー。
化石だと思っていた卵。生きているはずが無いと断定した卵。
その一部が、何で罅割れているんでしょうねー。





「は……はははっ。おいおい、誰だよ?折角の大発見にこんな悪戯したの?」




罅はさらに広がり、遂には殻を破って中から人間一人など丸呑みに出来るほどの巨大な嘴が現れた。




「だめだぞー。こういうのは保存状態が大事なんだから、こんな悪戯しちゃあ」




ギロッ。割れた黒い穴から此方を除く光る瞳。
卵の殻が一気に割れ、全体の姿が露わになる。
生まれたばかりだというのに、その体には立派な羽毛で覆われていた。
全体は卵と同じく赤褐色の羽毛に包まれ、所々に鮮やかな碧色と翠色の線が入っている。
最大の特徴は、眉間に生えた橙色の触角の様な、飾り付けの様な立派な羽毛が生えていた。




「は……ははは……はははははははっ」




翼を広げる。
目測で身長は約20メートル近く。翼長は50メートルにもなる。
雛鳥とは思えない勇ましい両翼を羽ばたかせた。









よし!現実を見よう!









「全員、逃げろおおぉおおぉぉーーーー!!!!」




『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!』









駆けだすと同時に、彼らを暴風が襲った。















本当はバトルまで書きあげるつもりでしたが、ちょっと個人的理由で書きあげる時間がとれなくなりました。
途中だけですが、とりあえず切のいい所で投稿します。



遊戯王解説

――ワイト

星1/闇属性/アンデット族/攻 300/守 200の通常モンスター。

皆も知っている古参のカードの一つ。
攻撃・守備ともに低いため、バクラの雑用にこき使われている。
見た目は怖い骸骨のお化けだけど、スクライアの皆からは当たり前のように受け入れらている。



[26763] 大空の戦い!有翼賢者ファルコス!
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/09/20 23:07

どんなに高い山に昇ろうとも、空の色は変わらない。
青く透き通り、何処までも高く。
地上よりは間近になっているだろうに、手を伸ばしても届く事は無い。
白い雲は大小関係なく、ゆっくりと気持ちよさそうに空を漂っていた。

「遅いな~……兄さん達」

ボー、と地上から見つめる景色と変わらない空を眺めながら、ユーノは一人呟いた。
空中都市――セルポアトムスの発掘。
参加できないのは残念だったが、見ているだけでも知的好奇心が刺激され楽しかった。
休憩時間。
持参したお弁当を食べ終わり、皆が皆体を休めている中。
ユーノは発掘したばかりの出土品を見つめていた。
見た人が見たら、ただのガラクタ。
しかし、ユーノの様な考古学の道を歩んでいる人が見たら、それこそ黄金にも値する物だ。
此処の人達はどんな風にして暮らし、この道具をどのように使っていたのか。
そんな事を考えながら出土品を観察していたら、自分の兄貴分から連絡が来た。
曰く、バクラが面白い物を発見したから此方に来てくれ、との事。
面白い物。
気になり、ユーノは聞き耳を立てて大人達の会話を聞いていた。
話しによると、どうやら都市の外れの方でバクラが何か見つけたらしい。
一体何を。気になる。
ただでさへ、歴史的価値がある遺跡を発掘しながら、自分は参加できない。
正直、鬱憤にも似たモヤモヤとした気持ちが募る。
コッソリとついていってしまおうか。
一瞬でもそんな考えが浮かぶが、その考えを遮るように以前のクルカの遺跡での事故が浮かんだ。
今度自分で勝手な行動をして、この間の様な事態になったらそれこそ大問題だ。
最悪、二度と発掘に連れて来て貰えないかもしれない。
それどころか、キツイお仕置きも待ってるかもしれない。
グッと我慢するユーノ。
スクライアとしての本能よりも、理性が勝った。
それから、かれこれ30分近く経ったが、未だに兄達からの連絡も無し。
バクラはともかく、アルスや他のメンバーの人からも何も連絡が無いのは変だ。

「どうしたんだろう?もうそろそろ昼休みも終わるのに」

拠点に残った発掘チームの人達も、いい加減痺れを切らしたらしい。
無線機を持ち、連絡を取ろうとしていた。

「もしもーし!もしもーし!誰か出て下さーい!出れないなら、出れないと言って下さーい!」

「わざわざめんどくさい連絡方法を取るなよ……それにしても、本当に遅いな。何やってるんだ?あいつら?……念話も通じないか」

「バクラが見つけた面白い物に、夢中になってんじゃないの?」

「いや、それにしても連絡の一つぐらいは寄越すだろ。そろそろ休憩時間を終わるし、誰か一人ぐらいは戻ってきてもいいはずなんだけど……というか、面白い物って何だ?」

ザワザワ、ザワザワ。
異変に気付いた発掘チームの皆はざわめき始める。
無線機にも出ず、誰一人として戻ってこず、おまけに念話も通じない。
事故。
自然にその単語がユーノの頭に浮かび、不安げに大人達を見つめていた。

「……ダメだ。やっぱり誰もでない。仕方ない、ちょっと様子を見て来るか」

時間からしても、そろそろ始めないと予定が狂ってしまう。
来ないなら、こっちから迎えに行くまで。
もしかしたら、何か動けない理由があるかもしれない。
数人が集まり、先程アルスから聞いた場所へ向かおうとしたその時――

「わッ!」

「うわッ!な、何だ!!」

「きゃッ!」

突然、地面が大きく揺れた。

「うわわッ!!」

行き成りの事でバランスを崩してしまい、地面に手を付くユーノ。
地震。いや、地震ではない。
地面の揺れは直ぐ収まり、今は難なく立ち上がる事が出来る。
幾らなんでも、地震にしては短すぎだ。
今のは何だったのか。
スクライアのメンバーが驚いている中、ふとユーノはバクラ達が歩いて行った方向を眺めた。

「……煙?」

砂煙だろうか。
モヤモヤとした埃が混じった煙が、風によって青い空に運ばれていった。





バクラが見つけた隠し階段。
都市と同じく地盤が頑丈な山脈伝いに造られているが、道を外れれば直ぐ断崖絶壁の山脈にあたる。
先程、バクラ達が地下へと入る前には存在した、岩の山。
天を貫く勢いで聳え立ち、その巨大な影をこれでもかとアピールしていた。
しかし、そんな事を言っても今は誰も信じないだろう。
何故なら、そんな岩山の影など何処にも見当たらないからだ。
今存在するのは、無残にも砕け散った岩だけ。
何個もの巨大な岩の欠片が山を滑り落ち、土砂を巻き込みながら崩れ去る。
もし、この下に集落やスクライアのキャンプ地が存在したなら、今頃土砂の波へと呑みこまれていただろう。
予想が簡単に出来るほど、凄まじい勢いで地響きを立てながら岩山は崩れ去ったのだ。
静寂。
かなりの距離が開いた隠し階段の入り口近くまで破片が飛んでくるほどの勢いで崩れ去ったというのに、今はそれが嘘の様に静まっている。
生き物の影も見えず、岩や土砂だけで造られ世界は、まるで死んでいるようだ。
スー。
動く物が居なかった死んだ世界に、突然何かが横切った。
地面に蠢く黒い円形状の何か。
とても生物とは言えそうにない、その不気味な黒い塊が発掘チームが潜っていった入り口から這い出てきた。
しかも、一つだけじゃない。
何個も何個も、次々と階段の入り口から這い出てくる。
ホラー映画の一シーンでも見ている気分だ。
岩の地面を、まるで水の中を泳ぐように蠢く黒い塊。
ユラユラと不気味に蠢く。
動いているという事は、意思を持っているのだろう。
しかし、影だけが動くというのはやはり不気味としか思えない。
さらに不気味な光景が目の前に現れる。
人の手。
地面を動いていた黒い塊の中から、人の手が現れたのだ。
手はやがてズルズルと、何かに押しだされる様に徐々に徐々に地上へと姿を露わにする。
腕が現れる。大きさからして子供の様だ。
そして次に鮮やかなライトブルーの頭が見え、手の持ち主の姿が地上へと吐き出された。

「ぷはっ!はぁはぁはぁはぁ!」

黒い影の様な塊から出てきたのは、何とアルスだった。

「のわッ!」

「いてて、頭打ちったよ」

「はぁーはぁーはぁー……怖かった。マジで死ぬかと思ったぞ」

アルスだけでなく、他の塊からも次から次へと発掘メンバーが吐き出される。
まるで固い地面その物が、プールにでも変化したようだ。

「はぁはぁはぁ……今まで魔力を持った魔獣に襲われたり、ドラゴンとガチンコバトルをやらかしたり。
色々な目に合ってきたけど……流石に今回のは無いだろ。何、あの映画にしか出てこない様なお化け鳥は」

年若くとはいえ、今まで様々な体験をしてきたアルス。(正確には、バクラに振り回されたのだが)
多少の事では動じないと思っていたが、どうやらまだまだだったようだ。
正直、心臓が止まるかと思った。
嫌な汗が地面に零れ落ち、地面に黒い染みを作る。
大丈夫。
アルスを気遣うように、黒い塊が近付いてきた。

「あぁ……ありがとう、今回は本当に助かったよ」

漸く呼吸が整い、危機を救ってくれた命の恩人へと礼を言った。
隠し階段の入り口から這い出てきた円形状の黒い塊の正体は、地縛霊。
バクラのオカルトモンスターの一体であり、この場に居る皆の恩人でもある。




話しは、つい数分前に遡る――





「全員、逃げろおおぉおおぉぉーーーー!!!!」




『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!』




巨大怪鳥。
アルスがお化け鳥と評すだけの事はある、そのサイズも泣き声も『鳥』の常識範囲を逸脱している。
正体は不明であるが、どう見ても此方と友達になりたい雰囲気には見えない。
逃げないと。
いち早く我を取り戻したメンバーが避難を諭すが、皆は動けなかった。動けるはずが無かった。
人間、本当に危険を察知すると、逆に筋肉が強張って動けなくなる。
まして、此処に居るのは特赦な訓練を受けたわけでも何でも無い発掘チーム。
多少、一般人よりも荒事に慣れているとはいえ、流石に前の前の怪鳥にはアルスを含めて咄嗟の判断が出来なかった。
巨大な両翼が羽ばたく。
そこから生み出される風速は、もはや台風の暴風を超えていた。

「……ちょ、浮いている!?」

此処で漸く我を取り戻したアルス。他のメンバーの漸く今の状況を理解した。

「ひゃぁ!」

「いぃ!」

「えーと、眉間に生えた橙色の触角、眉間に生えた橙色の触角!」

人間など、簡単に吹き飛ばしてしまう暴風に呑まれるスクライアの発掘チーム。
それぞれ突然の事に驚愕の叫び声を上げる。
非常事態だというのに、約一名だけ、図鑑を広げて怪鳥の正体を確かめようとしていた。
げに恐ろしきかな、スクライアの一族。
未知への探求心は尽きる事を知らない。

『■■■■■■■■ッ!■■■■■ッ!!!』

再び奇声を上げながら、羽ばたく怪鳥。
数回、その翼を羽ばたかせただけで山の様な巨体を持ち上げるほどの風力を生み出した。
サイズはどうあれ、見た目は鳥。
空を飛ぶのは当たり前なのだが、空洞に取り残された発掘チームからしたら堪ったものではない。
広いとはいえ、閉ざされた空間。
ライトの光が消し飛び、暗闇に包まれる。
バラバラに吹き飛ばされ、どちらが出口に繋がっている道なのか解らなくなる。
暗い中でも、常に響き渡る怪鳥の声。
自分が向いている方が前なのか、後ろなのかすらも解らない。
怖い。
早く逃げないといけないのに、逃げられないこの状況。

「皆、何処だよ!」

「出口は何処だ!誰でもいいから、辺りを照らせ!!」

「明かり!早く明かり頂戴!図鑑が見えないよ!」

焦りは恐怖を生み出し、彼らの心を覆い尽くす。
パニック状態。
暗闇の中、前も後ろも解らず只管怪鳥から逃げ出そうとしていた。
もっとも、こんな状況でも約一名だけは未だに図鑑で調べようとしていたが。

「死霊共ッ!」

皆が正常な判断が下せない中、一人だけ怪鳥に向かっていく影があった。
バクラ。
特徴的な赤い盗賊の羽衣を靡かせ、怪鳥目掛けて死霊を放つ。
辺りは闇に包まれているというのに、まるで目に見えている様にバクラの死霊は怪鳥を捉えた。

『■■■■■ッ!!』

巨大な肉体を持っていようとも、顔全体を覆い隠す死霊達は鬱陶しいらしい。
鼓膜が破られそうになるほどの奇声を上げ、死霊達を振りほどこうとする怪鳥。
今の内にと、バクラの体に高密度の魔力が渦巻く。
召喚するモンスターをイメージ、内から外へと具現化させる。

「アース・バウンド・スピリット、召喚ッ!!」

一瞬だけ暗闇の中に不気味な光が生まれ、直ぐ消える。
混乱の最中に生み出されたバクラのモンスター、地縛霊。
不気味な影が、幾つも地面に蠢いていた。

「行け、てめぇら!!」

怒号にも似た号令で、バクラは地縛霊達にある命令を下した。

「のわッ!誰だよ!?こんな時に足を攫んだのは!!?」

「ちょ!なに!?なんなんだよ!!!」

「足が……動かない」

逃げ回り、パニック状態だった発掘チームの足を攫み、その動きを止めた地縛霊。
そのまま地面の中に引きずり込もうとする。
自分の身に何が起こっているのか理解出来ないバクラ以外の発掘チームは、突然の事態に付いていけず悲鳴を上げた。

「てめぇら!そのまま抵抗せず、アース・バウンド・スピリットに身を任せなッ!!」

悲鳴を掻く消す様に、バクラの叫び声が暗闇の空洞に響き渡った。

「どういう事だよ!?バクラ!!」

自分の後ろの方から、アルスの声が聞こえる。
全員と同じように事態を把握出来ていないのか、その声には焦りが見えた。

「いいから、俺の言う通りにしな!!てめぇらが暴れると、こっちも外に運ぶのはめんどくせぇ事になんだよ!死にたくなかったら、そのまま大人しくしてろ!!」

「ちょっと!だからどういう意味ッわっぷ……」

これ以上、説明している暇は無い。
バクラは地縛霊を使い、強制的に地面の中に全員を引きずり込んだ。
避難開始。
そのまま地縛霊達は、外への出口である階段の方へと向かっていく。
瞬間、空洞が揺れた。

「チッ!あの、クソ鳥が……余計な事をしやがって」

死霊達に動きを牽制させていた怪鳥が暴れ回り、遂には壁へと激突したのだ。

『■■■■■!■■■■■、■■■■■!■■、■■、■■■■!!!』

自分に巻きついている死霊が相当邪魔なのか、何度も何度も、奇声を上げながら壁へとその巨体をぶつけ続ける怪鳥。
体が壁へと激突するたびに空洞が揺れ、翼を羽ばたかせるたびに暴風が襲った。

「……うん?」

怪鳥の動きを注意していたバクラの頭に、何か固い物が落ちてきた。
気になり、その正体を確かめるバクラ。

「こいつは……」

それは何の変哲もない石。
この空洞を造り出している岩石だった。
怪鳥が体をぶつけるたびに、壁や天井の岩が次々に剥がれ落ちていく。
罅が入り、遂には空洞全体が揺れ始めた。

(たった数回、体を壁にぶつけただけでこの空洞を壊すとは……一体どれだけの突進力なんだ?あの鳥は?)

滅多な事では壊せそうに無い固い岩盤を、いとも簡単に打ち壊す怪鳥の力。
純粋に感心するが、今はそれどころではない。
早く脱出しなくては、自分も生き埋めになってしまう。
召喚。
さらに地縛霊を召喚し、バクラもその中へと飛び込んだ。
瞬間、怪鳥の体当たりによって空洞は脆くも崩れ去った。
出口の階段も、怪鳥自身を含んで。




この時、先に行かせたアルス達を呑みこんだ地縛霊は階段を進んでいた。
当然、空洞の崩壊によって彼らも瓦礫の山へと呑みこまれたが、そんなの関係無い。
地面の中を進む地縛霊にとっては、進行方向に巨大な岩があろうがそれを通り抜けられる。
結果、怪鳥だけを残して、バクラ達スクライアの発掘チームは全員無事に地上へと逃れる事が出来た。




九死に一生、という言葉があるが今回は正にそれだ。
身長20メートル近く、翼長50メートル近く。
鳥という生き物の常識を超えた怪鳥。
遺跡発掘で様々な世界を見て回ってきたが、流石にこんな鳥は見た事無かった。

「はぁはぁ……ビックリした~」

「前に辺境の遺跡で、群れから離れた野生のドラゴンに出くわした事があったけど……あれはデカすぎだろ。比べ物になんねぇぞ」

「あぁ。けれど、結局あの鳥はなんだったんだ?」

「さぁな。解らねぇ」

落ち着きを取り戻した発掘チーム。
皆、地面に腰を下して体の熱を冷ましていた。
隠し階段の入り口から、一つの黒い影が現れる。
影はそのまま進み、自分が運んできた主を外へと吐き出した。

「おぉ!バクラ~生きていたか~」

気付いた一人が声をかけ、それに続いて皆もバクラの存在に気付いた。

「よっ!相変わらずしぶといな、お前は」

「ぜぇぜぇ。あーマジで驚いた。未だに心臓がバクバク言ってるぞ……あっ?バクラ、生きていたのか?」

「おう、バクラ。今回は本当に助かったぜ。サンキュー」

命の恩人にそれぞれ感謝を示すが、バクラは何も答えない。
ただ堂々と、その場に佇んでいた。

「当たりめぇだ。てめぇらとは出来その物がちげぇんだよ」

可愛いなど微塵も感じさせない発言だが、この程度は何時もの事。
苦笑を浮かべながら、皆は堂々と歩いて行くバクラの姿を見つめていた。
人心地ついた。
先程まで心臓が飛び出しそうにな事態に陥ったが、今は落ち着いている。
余裕が出来たメンバー達は、現状を把握するために辺りを見渡した。

「うわ~……これは」

一人のメンバーが隠し階段の先を見つめる。
瞬間、その表情は驚愕の色に染まった。

「お、おい……これって」

「うぁ……まるで大地震でも起こった後の様だぜ」

声に導かれて同じ方向を見つめたメンバーも、その表情を驚愕の色に染める。
中には冷や汗を掻き、青ざめる者まで居た。

「俺の気のせいじゃなかったら、あそこに結構デカイ岩山があったよな?」

「あぁ……間違いなくあったぞ」

「だったらさ、何でそれが崩れているんだ?」

先程まで確かに存在した岩山。
此処からでも見えたほどの巨大な一画が脆くも崩れ去っていた。

(まさかとは思うけど……あの空洞って、あそこで瓦礫の山になっている中にあったのか?)

アルスも同じく顔を青ざめながら、目の前の瓦礫の山を見つめた。
地下へと潜るために歩いた距離、そして空洞の高さと広さ。
自分は地下に入る前に確かにあの場所に岩山が聳え立っているのを見た。
記憶の中にある岩山の高さから考えても、あの瓦礫と化した岩山の中に先程の空洞が掘られていた可能性が高い。
瓦礫の山。
一メートルを簡単に超す巨大な岩の塊が幾つも重なり合う重量感は、人間など簡単に押し潰してしまうだろう。
正直、自分達が纏っているバリアジャケットでは防げそうに無い。
もしバクラが咄嗟の判断で助けてくれなかったら、アレ全部が自分の身に降り注いでいたら。
それがどういう結果を生み出すのか、容易に想像できた。
アルスも他のメンバーも、改めて自分達の状況を思い知り体の心が震えるのを感じた。

「何時までもビビってんじゃねぇ」

皆が驚き戦いている中、敬う気など0の不遜な声が聞こえた。

「助かったんなら助かったで、それで良いだろうが。たくっ、お前らは揃いも揃って肝っ玉が小せぇんだよ」

ほとんど暴言にも似た発言だが、正論だ。
命が無事だったなら、それで良い。
はぁ~、と溜まっていた疲れを吐き出す様に溜め息を吐くスクライアの発掘チーム。
その後に嫌でも脳裏に浮かんでくるのは、あの空洞で出会った怪鳥の姿。

「お前、あの鳥の事どう思う?」

「う~~ん……解らん。そもそもマクム山脈にあんな鳥が生息しているなんて聞いた事無いぞ。アレだけの大きさなら嫌でも目立つのにな~」

「確かあの空洞、風が吹き抜けていたよな?つーことは、外と繋がる道が何処かにあったのか。
それならあの大きさでも空洞に自由に出入りできるし。なぁ?」

「なぁって言われても、今さら調べることなんかできないだろ。見事なまでに木っ端微塵に崩れちまったんだから」

各々談笑をしてる中、アルスがポツリと一言漏らした。

「あの鳥、どうします?掘り起こしましょうか?」

その言葉を皮切りに、話題は怪鳥の安否へと移った。

「流石にあの瓦礫の下敷きだと、もう生きていないだろ」

「だろうな。掘り起こすにしても、俺達だけじゃあの瓦礫の山は厳しいぞ」

「そうだな。とにかく、一度戻って皆と合流しよう。話しはそれからだ」

「そうするか。時間も思ったよりも経ってるし、心配かけちゃ悪いしな」

確認に皆は頷き返す。
念話で自分達の無事を伝えた後、他の発掘メンバーと合流するため歩き出そうとするが――

「うん?」

数歩だけ歩いた先で、バクラは立ち止まった。
どうした。
突然立ち止まったバクラに、一斉に怪訝な視線が集まる。
バクラは無言のまま、その場に立ち止まって辺りに神経を研ぎ澄ませていた。

「……お前ら」

数秒間の沈黙の後、張り詰めた声で全員に呼びかけた。

「今すぐ走って、他の奴らと合流しろ」

「……はっ?」

行き成りそんな事を言われても。
アルスも他のメンバー達も、疑問符を浮かべていた。
しかし次の瞬間、バクラの言葉の意味を嫌でも理解する事になる。

「何だよ?どうかしたのか?バッ!!?」

最後まで言えなかったアルス。言えるはずも無かった。
唐突に起こった地響き。
地のそこから、何かが来る。
瓦礫の山を突き破って現れた巨大な両翼。

『■■■■■■■■!!!』

先程まで嫌というほど聞いた奇声と共に、瓦礫の下から巨大な影が現れた。

「あ……ああぁ」

「おいおい、何の冗談だよ」

「嘘……だろ。……あの瓦礫、100キロとか200キロとか、そんな優しい物じゃなかったぞ」

バクラを除いた全員、目が飛び出し口が開きっぱなしになる。
当然だ。
巨大の影の正体。
それは、あの地下空洞で出会った怪鳥。
日の光に当たり、よりその姿が明確な物となる。
赤褐色の羽毛は勇ましくその体を包み。
鮮やかな碧色と翠色の線は日の光を浴びて煌き。
眉間に生えた橙色の羽毛は自分の存在を主張するかのように揺らめいていた。
そして、一番の驚きはこの大きさ。
暗闇で見た時よりも、より正確にその巨大さを自分達に伝える。
龍種、魔獣……次元世界には野生の生き物で魔導師を上回る生物が何体も存在する。
だが、目の前の怪鳥はそんな物が可愛く見えるほどの巨大な肉体を、発達した両翼で青空へと羽ばたかせていた。
実際にこんな物が飛ぶんだな。
思わず感心してしまう。
友達になれたら是非ともあの背中に乗って、大空を飛びまわりたい物だ。

『■■■■ッ!■■■■ッ!!!』

友達になれたなら。
吹き飛ばされた瓦礫の欠片が、自分達の直ぐ近くに落ちた。
ドスンッ!
地面を抉り取り、舞い上がった土煙が目の前を遮った。
結論――とても友達にはなれそうにない。

「全員、走れッ!!」

バクラが号令をかけると共に、二回目の逃走劇が始まった。




都市の外れを只管走っていく複数の小さな影と巨大な影。

「いやあぁああぁああーーー!!!」

小さな影とは勿論、スクライアの発掘メンバーである。

「何で俺達の方に来るわけッ!!?どっかに飛んで行けよ!!」

「誰か恨みでも買ったんじゃないか?」

「バクラッ、またお前か!?一体何をした!!?」

「てめぇ、俺様に喧嘩でも売る気か?上等だぁ!10倍返しにしてやるよ!!」

「こんな時に喧嘩をしてる場合かッ!!」

「え~と……あの特徴的な触角羽毛は……」

「お前はお前で、こんな時に呑気に図鑑なんかで調べている場合かッ!!?」

泣き叫びながら、碌に整備もされていない獣道を駆け抜ける。
後ろから迫ってくる巨大な影。
奇声が鳴り響き、暴風が舞い、岩や土が削り取られる。
どう見ても自分達が狩られる立場だ。
差し詰め、スクライアの発掘チームは生まれたばかりの鳥の餌となる虫の立場、と言った所だろう。
無論、鳥の胃袋に収まる趣味は誰も持ってないので必死に逃げ回る。

「どうする、このままだとキャンプ地の方に行っちまうぞ!」

「仕方ないだろ!こんな足場も悪く、しかも視界良好な絶好のハンティングポイントで変な所に逃げたら、それこそ鳥の餌になっちまう!!」

「でも、このままだと他の奴らも巻き込んじまうぞ!どうすんだよ!?」

自分達が逃げている方向は、都市部に居る仲間達のキャンプ地へと続いている。
このまま逃げれば、仲間達も巻き込んでしまうのはほぼ確実。

「アルス!お前一人でも先に行って、皆にこの事を知らせろ!」

なら、この危険を先に仲間に知らせれば良い。
この中では最年長であるメンバーの一人が、アルスに先に行くように諭した。

「俺がですか!?」

「あぁそうだ。この中では、お前が一番早い!良いか、今から言う事をシッカリ聞け」

逃げながらも、アルスは一語一句を聞き逃さないように耳を澄ました。

「先ず都市にキャンプを張っている奴らを避難させた後、近くの街と山の麓に居る族長達に連絡するんだ!
重要なのは人命優先!最悪、魔法で無理やり引っ張ってでも避難させろ!この俺が許す!!」

一瞬だけ迷うアルスだが、直ぐ表情を引き締めて頷き返した。

「解りました……」

了承の返事をした後、無言のまま後ろを振り返り怪鳥の姿を確認するアルス。
改めて全体を見るが、やはり大きい。
アレだけの巨体を動かすだけの力だ。
バリアジャケットを展開させていても、まともに突進でもくらえば人間の体など簡単にペシャンコになってしまう。
不安。
しかし、このまま逃げていてはキャンプ地のメンバーが危険。

「皆さん、気を付けて下さいよ!」

飛び立つ最後に皆の安否を気遣うアルス。

「なーに、大丈夫だって!心配するな!!」

「俺達も、伊達に年食ってるわけじゃない。あんなの鳥の腹の中に何か、収まらねぇよ!」

「そうそう。寧ろ逆に俺達があいつを腹の中に押し込んでやろうか?」

「そいつは良いな!」

アルスを安心させようと、逃げながらも笑みを浮かべるスクライアの発掘チーム。
その笑みを見て、アルスは少しだけ不安と疲れが取れるのを感じた。
今自分に出来る事は、この危機を他の一族に知らせる事。
気合を入れ、自身のデバイスであるナレッジを掲げて、術式を組みたてる。

「よし……行くぞ、ナレッジッ!」

青い光に包まれ、一瞬でアルスは目の前から姿を消した。

「ほぉ~。前見た時よりもさらに技に磨きがかかったな、アルスの奴」

「あいつは一族の中でも魔法の扱いは上手いからな、これぐらい当然だ」

「そうだな……さて、アルスの心配より俺達の心配でもするか」

状況は何も変わっていない。
下手したら、助けが来る前に自分達が鳥の餌となる可能性もあるのだ。

「いっその事、俺達で捕まえるか?」

「バカッ!お前も見ただろ?あの鳥、あんな瓦礫の山に埋もれても全くの無傷だったんだぞ。俺達の魔法でどうにかできる相手かよ」

「そうだよな……それじゃあ、どうする?」

皆が打開策を考えている間、バクラは既に行動に移っていた。

「どうするもこうするもねぇ。向こうがやる気なら、こっちも手加減なんかしねぇ!」

バクラの体を魔力が包み込む。

「出でよ!死霊騎士デスカリバー・ナイト!!」

お馴染みの召喚魔法を発動させるバクラ。

「お、おいおい!まさか、アレと戦うつもりかよ!?バクラ!!」

バクラの戦闘力は、同じ一族である自分達が良く知っている。
しかし、あの怪鳥相手となると話しは別だ。
皆が心配し、止めようとする。
だが、バクラは良い笑顔を浮かべてデスカリバー・ナイトに命令を下した。

「走れッ!!」

主の命に従い、怪鳥とは反対の方向に疾風の如く走り去るデスカリバー・ナイト。

(さぁて……後は邪魔なこいつらを何とかするだけだな)

デスカリバー・ナイトが走り去ったのを見届け、バクラは他のメンバー達を良い笑顔で見つめた。

(((((あっ、何か嫌な予感がする)))))

長年付き添ってきたスクライアのメンバーにはこれから自分の身に起こる事を、何となくだが理解できた。
勿論、それは気のせいでは無く現実の物となる。
ジャンプ。
足腰に力を入れ、バクラは他のメンバー達の中心目掛けて地面を蹴った。
そして――

「ふんっ!」

「ごばぁッ!!」

そのまま、怪鳥から逃げるメンバーを蹴り飛ばした。

「うがぁッ!」

「あべし!」

「ぶばらぁ!!」

決して無事では済まなさそうな声を上げようとも、何か赤い液体が流れようとも。
一切の容赦せず、逃走路の直線上から他のメンバーを弾き飛ばした。
バクラとデスカリバー・ナイト、そして後ろの迫っている巨大怪鳥。
地下空洞から都市部のキャンプ地まで、一直線上に居るのはこの三つの影。

「よし……デスカリバー・ナイト!戻れ!」

馬を巧みに操り、勢いを殺さずに反転して戻ってくるデスカリバー・ナイト。
ダッダッダッ。
固い地面を蹴り、十分に助走をつける。
そのままデスカリバー・ナイトは、バクラの側を通り抜け巨大怪鳥に目掛けて走って行く。
跳躍。
タイミングを完璧に合わせ、巨大な馬は地面を蹴りあげて怪鳥目掛けて飛び立った。

「さらに、デスカリバー・ナイトにデーモンの斧を装備!!」

デスカリバー・ナイトの剣が不気味な光に包まれ、その姿をデーモンの斧へと変える。
凄まじい破壊力を秘めた超重量級の武器。
空中でデーモンの斧を掲げ、怪鳥の特徴的な眉間の触角羽毛へと振り下ろした。
巨大な両翼を羽ばたかせる怪鳥。
鳥のテリトリーである空で、馬に遅れるを取るはずもない。
呆気なく攻撃は交わされてしまい、怪鳥はそのまま自分達の上を通りすぎて行った。
ソニックブーム。
ただ側を通りすぎただけで、魔力で強化した足で踏ん張らなければ吹き飛ばされそうになるほどの衝撃を生み出した。

「チッ!流石にこの程度で仕留められるほど、甘くはねぇか」

衝撃が通りすぎるのを待って、バクラは忌々しく舌打ちを打つ。
交わされるのは想定内。
直ぐ頭を切り替え、怪鳥への対策を練り始めた。

(空中では奴の方に分がある。こっちも空を飛べるモンスターが居るなら話は別だが、今の俺様にはそんな者はいねぇしな……)

バクラが使役するオカルトモンスター達は強力だが、ほとんどが地上に限定される。
先程のデスカリバー・ナイトの様に、空の外敵に対しての対処方がある事にはあるが効果は薄い。

(死霊共でも使って足場を造るか……いや、無駄な労力を使うだけだな)

空中で大きく旋回する怪鳥を注意深く見据えながら、バクラは今ある手札で最も効果的な攻撃を導き出す。

(奴の巨体を抑えられるほどのパワーを持ったモンスターとなると……デーモンの召喚か。
さっきのデスカリバー・ナイトの攻撃で、奴は此方に明確な敵意があると解ったはずだ。
地上に降りてきた瞬間、デスカリバー・ナイトを生贄に捧げてデーモンを召喚。
一気に地上に引き摺り降ろし、止めを刺す!)

自身のレアスキルを活かし、周りに何体もの死霊を召喚するバクラ。
この死霊達は、生贄による召喚のタイムラグの時間を稼ぐための物だ。
怪鳥が今度此方に狙いを定めた時。
死霊達で翻弄し、デーモンを召喚する。
タイミングを逃さないよう、バクラは獲物を狙う獣の如く空を飛び回る怪鳥を見据えた。

「うん?」

所が、怪鳥は自分の予想とは全く別の動きをした。
空中で大きく旋回し、都市部のキャンプ地へと飛んでいく怪鳥。
攻撃を仕掛けたデスカリバー・ナイトを標的にするどころか、自分にすらも一切の興味を持たずに飛び去った。
どういう事だ。
仮にも此方は明確な敵意を持って攻撃した。
野生の動物なら、それだけで外敵と認識するはず。
作戦がばれた?何か狙いがあるのか?
ともかく、このままではあの怪鳥は都市部のキャンプ地に行ってしまう。
バクラは急いで後を追おうとするが――

「こらあぁあ!バクラ、お前なんて事をしてくれちゃってるの!!?」

今にも火を吹きそうな、怒りに染まったスクライアのメンバーが飛び出してきた。
鼻からを鼻血を出し、頭に立派なタンコブを作って。
言わずとも、鼻血は先程バクラに蹴られ、タンコブは弾き飛ばされた時に地面に頭から突っ込んだために出来た物だ。

「うっせぇなぁ、あの鳥のエサになるよりはマシだろ!!」

「だからって蹴り飛ばすか!?見ろ、この鼻血の量!どう見ても、何か悪意があるようにしか見えないぞ!つーかバリアジャケットを破るほどの蹴りって、もう悪意だろ!!」

「てめぇらがノロノロと走ってるから、そうなるんだ!それとも、デスカリバー・ナイトの攻撃に巻き込まれた方が良かったってか?」

バクラは何も悪気があって他のメンバーを蹴り飛ばしてわけではない。
あの攻撃の瞬間、進路上にメンバーが居ては攻撃の妨げになり、下手したら巻き込んでいたかもしれない。
それを危惧した上での判断だった。
よろしい、それは認めよう。仲間の身を心配したのは。
だが――

「だったら口で言え!道から退けるにしても、もっと他にやり方ってものがあるだろ!おかげで見ろ、あの惨状を!!」

指差す先には、他のメンバー(鼻血やタンコブ付き)が居た。
これは別の可笑しくない。何故なら自分が道の外れに蹴り飛ばしたのだから。
しかし、何故一人の男性だけが他のメンバーと違い血の海に倒れているのだろうか。
そして何故、その男性の目の前にパックリと綺麗に割れた巨大な岩があるのだろうか。

「あぁー、何か気持ちいー。まるで体から色々と悪い物が流れ出ていくようだ。あっ!おじいちゃーん、久しぶりー!」

「わあぁあー!おい、しっかりしろ!傷は浅……くはないけど!それでもまだ許容範囲内だ!!」

「頭か流れ出ている赤い物は悪い物じゃないから!寧ろ体には必要な物だよ!!」

「川は見えているか!?見えているなら、その川は絶対渡るな!良いか、絶対だぞ!!
例え二年前に亡くなったお前のおじいさんが川の向こうで手を振っていても、その川だけは渡っちゃダメなんだ!!」

カオスな空間が広がっていた。
バクラが助けようとしてくれた事には、素直に感謝しよう。
しかし、しかしだ!


巨大怪鳥――追いかけ回されたが、実際の被害は皆無。

バクラ――怪我人多数。流血まで起こっている。


あれ?怪鳥よりも寧ろバクラによる被害の方が酷いんですけど?

「……………」

「……………」

「……………」

「………デスカリバー・ナイト!奴を追うぞ!!」

(((((思いっきり無視した!!?)))))

今日も元気に我が道を行く我らが盗賊王様。
皆から白い視線を受けようとも、全く気にせずデスカリバー・ナイトに命令を下した。
さぁ、お乗りください!
主に近付き、後ろの乗るよう諭す死霊騎士デスカリバー・ナイト。

(あぁ、馬で追うのね)

(まぁ妥当だな。あいつ、飛行魔法なんか使えないし、走って行くよりも馬で行く方が早いだろう)

怪我人の手当をしながら、バクラの様子を窺う他のメンバー達。
皆、バクラはデスカリバー・ナイトの後ろに乗馬して一緒に追っていく物だと思っていたが――

「てめぇは邪魔だ!」

(((((蹴り飛ばした!?)))))

予想を裏切り、バクラは自分の部下を邪魔だと罵り、容赦なく死霊の騎士を蹴り飛ばす。
その際、本来の乗り手を失った馬自身も驚き、目が飛び出ていた。
本人(本馬?)にとっても、物凄く予想外の事だったらしい。

「おら!さっさと行くぞ!!」

乗り手は変わったが、バクラは自分の主。絶対の支配者。
逆らえるはずもなく、そのまま馬は怪鳥を追って走り出した。
勿論、その場に騎士を置き去りにして。

「……………」

ポツーン、とでも擬音が似合う。
置き去りにされ、バクラ達が走って行った方向を見つめる骸の騎士。
目など無い骸骨であるにも関わらず、その空いた黒い目は寂しそうに泣いている様に見えた。
今まで散々尽くしてきたというのに、この仕打ち。
哀れだ……あまりにも哀れすぎる。
現場の一部始終を見ていたスクライアのメンバーも、思わず心がキュッと締め付けられる様な思いを味わうほどだ。

「あの~……その………まぁ、元気出して」

見兼ねた一人のメンバーが声をかける。
その時である。
突然、置き去りにされた騎士の体に鎖が巻き付いた。
一見するとバインドタイプの魔法、チェーンバインドに見えるが、明らかに違う個所がある。
普通のチェーンバインドが鎖を模様した物だが、騎士に巻きついているのは先端にブーメランの様な鋭利な刃物が取り付けられていた。
鎖付きブーメラン。
バクラ特製のチェーンバインドの応用魔法である。

「てめぇも来んだよ!てめぇらは二つ揃って一体のモンスターになるんだ!どっちか片方が離れたら、意味ねぇだろうが!!」

馬上から体に鎖付きブーメランを巻きつけ、そのまま引き摺って行く。

(((((いや、それだったら最初っから乗っけてってやれよ)))))

騎士の体が地面を削って行く後を見つめながら、スクライアの発掘メンバーは心底そう思った。

「あいつ……何時か自分のモンスターに背中を刺されるんじゃね?」

「馬で人を引き摺って行くって、今時のバラエティ番組でもやらないぞ」

「とにかく、俺達も行こう。あいつ一人行かせたら、色々と不味い様な気がする」

怪我の応急処置を行い、バクラ達から遅れて他のメンバーも都市部のキャンプ地へと向かった。




さて、一方此方はユーノ達がキャンプを張っている都市部。

「あいつら、何て連絡を寄越したんだ?」

「それがさ、何か鳥がどうのこうのって」

「鳥?……何にしても全員無事なんだな?」

「あぁ。もう直ぐ戻ってくっから、その時に訊いてみようぜ」

やっと発掘が再開できる。
ほのぼのとした空気を漂わせるスクライアの発掘チーム。
先程の連絡にあった鳥。
まさかそれが、常識の範囲を超す巨大怪鳥とは予測出来るはずもなく、皆今か今かとバクラ達の帰りを待っていた。

(良かった。兄さん達、無事だったんだ)

ユーノも兄達が無事だった朗報に、ホッと胸を撫で下ろす。
年に似合わず博識な彼でも、直ぐ側に巨大な怪鳥が迫っている事など、微塵を考えていなかった。


(見えた!もう少しだ!!)

一方、此方は先に飛び立ったアルス。
全速力で飛んできたおかげで、キャンプ地は直ぐ見えてきた。
後はこのまま速度を安定させて着地し、皆に避難を勧告するだけ。
ナレッジを強く握り締め、空を切った。


「あ……アレって?」

最初に気付いたのはユーノ。
空から此方に真っ直ぐ向かってくる、小さい影。
目を細め、遠目でその姿を確認する。

「うーん……あっ!皆、アルス兄さんが帰って来たよ!!」

ユーノに言われ、他の皆も一斉に空に視線を移す。
此方に向かってくる、見覚えがある魔力光に姿。
間違いなくアルスだ。
漸く帰って来たと、ホッと胸を撫で下ろすが、少し奇妙な事に気付いた。

(何で、あいつ一人だけなんだ?)

兄が帰ってきた事に喜ぶユーノとは違い、アルスが一人で帰ってきた事に疑問を覚える。
何かの連絡なら通信機、若しくは念話で伝えれば良いだけの事。
それがわざわざ自分からこのキャンプ地に戻ってきた。
よくよく見れば、スピードも帰って来るにしては早過ぎる。
トラブル。
大きな事故でも起こったのか。
怪訝な表情でアルスを見つめるが、そのトラブルの正体が嫌というほど解った。

「おーい!アルス兄さーああぁあーんッ!!?」

途中で呼ぶのを止め、奇声を上げるユーノ。

「いぃ!?」

「なんだ……アレ?」

「あわ、わわわわ……」

ある者は目が飛び出て。
ある者は目の前の光景が信じられず。
またある者は、自分の身に降り注ぐ危険を直感で感じ取り、震えだした。


(???……皆、どうしたんだ?)

後少しで到着するという時に、皆の様子が可笑しい事に気付いたアルス。
疑問を覚えるが、今はそんな事どうでもいい。
此処まで来たなら声も聞こえる。
念話で伝えても良かったのだが、流石にあんな鳥が実在するなど直ぐに信じることは難しいだろう。
だからこそ、自分が直接来たのだから。
避難を勧告しようと、大きく息を吸う。
その時!

「……え?」

突然、辺りが夜になった。
先程まで確かに日に照らされていたはず。
暖かな日光が体に注がれるのを感じていた。
それが何の前触れも無く、まるで昼と夜が入れ変わったかのように光を感じ無くなった。
自然現象を超越した謎の現象。
一瞬、アルスは目を点にするが、頭上から感じる気配により我に帰った。

(違う!これは夜になったんじゃない!……これは……これはっ!!)

瞳孔を見開き、ナレッジを今まで以上に強く握りしまながら、アルスはゆっくりを上を向いた。




山脈伝いの上空に点在した巨大な真っ白な雲。
白い絨毯の様に空を覆い隠していた。
暴風が吹き荒れる。
白い絨毯を引き裂いて現れた、巨大な黒い影。
支配者。
勇ましく羽ばたく様子は、自分こそがこの空の王と主張しているようだ。

『■■■■■■■■ッ!!』

「と……鳥いぃいぃぃーーー!!?」

常識外れのその大きさに、バクラ達と同じく体が硬直したユーノ達であった。




(そんな……俺に追いつけるなんて)

アルスは自分自身のスピードにはそれなりに自身を持っていた。
直接的な戦闘力はバクラには劣るが、早さと補助なら確実に勝てる。
恐らく、管理局の空戦適性があるエース級の魔導師でも、直線限定のレースなら自分が勝るだろう。
だが、目の前の怪鳥にはその程度の早さは通用しなかった。

(ッ!そ、そうだ!バクラは!?他の皆はどうしたんだ!!?)

自信を持っていたスピードに追い付かれた事に若干のショックを受けていたアルスだが、直ぐバクラ達の事を思い出し立ち直る。
当然の事だが、此処に怪鳥が居るという事はバクラ達を追い抜いてきたという事。
相手は見失う方が難しいビックサイズの超大物。とはいえ、鳥である事には変わりない。
地上を走る人間を空から追い抜くことなど造作も無い事。
しかし、アルスにはどうしても腑に落ちない部分がある。

――あのバクラが見す見すと獲物を取り逃がすだろうか?

仮にも真上で悠々と飛んでいる怪鳥は、バクラ相手に牙を向いたのだ。
そんな相手を、あのバクラが何のお咎めも無く見逃す事がアルスには信じられなかった。

(まさかッ!)

アルスの脳裏に浮かぶある結果。それは最悪の結果だった。

(いや、そんなはずはない!あいつのタフさは俺が良く知っている。こんな鳥相手にやられるはずが無い!!)

自分自身の脳裏に横切った不安を笑い飛ばすアルス。
実際、バクラ達は全員無事であり、心配など必要無い。

「皆ッ!逃げtッ!!?」

逃げて。
最後まで言えず、アルスは口を閉ざしてしまった。
自分の頭上を飛び、太陽の光を遮っていた怪鳥。
両翼が羽ばたき、一気に空を駆け抜けていく。
衝撃波。そう、それは正に衝撃波だった。
ただの翼を羽ばたかせた風圧だけで、アルスは吹き飛ばされてしまった。

「くぅあぁ……」

螺旋を描く錐揉み状に回転しながら、固い岩盤の山脈目掛けて落下していく。
バリアジャケットを纏っていても、この速度で山に激突したら骨の一本や二本では済みそうに無い。
焦るな。こういう時こそ落ち着かなくては。
自分自身に言い聞かせ、アルスは体勢を立て直し始める。
ナレッジを握り締め、術式を組み立て始めた。

「うぁ……A!B!C!D!E!Recovery!!」

独特のコマンドを唱え、落下緩和の魔法を発動させる。
空中に重なるようにして浮かび上がる、アルスの魔力光と同じ色の青いミットチルダ式の魔法陣。
Aの魔法陣の中に落下していくアルス。
続いてB、C、と全ての魔法陣を通過した頃には、既に落下スピードは緩やかな物になっていた。
これならいける。
速度の安定化を図り、空中に一時停止する事に成功した。

「はぁはぁはぁ……嫌な汗を掻いた………」

額に滲み出た汗を拭い、深呼吸を数回行い昂った気持ちを静める。
体に酸素を回しながら、ふと視線を下に移す。
近い。
落下スピードから計算して、後数秒遅かったら確実に地面に激突していた。
ツゥー、とアルスの背筋に冷たい物が流れていく。

「……はっ!」

数秒間の間、唖然としていたアルスだったが怪鳥の事を思い出して我に返った。

「そうだ!あの鳥はッ!!?」

落下していく最後に見た光景。
巨大な影が真っ直ぐ自分達のキャンプ地に降りて行く姿。
急いで振り向き、状況を確認する。

「ッ!!」

此処から見えたのは都市部のキャンプ地が砂塵に呑みこまれる光景と――

『■■■■■■■!!』

奇声を上げながら、大空に飛んで行く怪鳥の姿だった。





時同じくして、バクラはキャンプ地の直ぐ側まで来ていた。

「おら、とっとと走れ!!」

素人とは思えない乗馬技術で山脈の固い岩肌を駆け抜けていく。
疾風。
魔力で生み出された馬は疲れを感じさせず、千里を走り抜ける名馬の如く地面を蹴りあげた。

『――ッ!――――――!!』

勿論、そんな事をすれば引き摺られている騎士は走るたびに固い地面に体を打ちつける事になる。
纏っている甲冑が所々剥がれ、光の粒子となり消えていく。
言葉は理解できないが、恐らくは勘弁して下さいと自分の主に懇願しているのだろう。
しかし、残念ながらバクラは止まらない。
寧ろ、さらに魔力を高めて速度を速めた。

「うん?」

ガリガリと、引き摺っている騎士の体を削りながら走って行くと、空から巨大な影が現れる。
怪鳥。
空で大きく羽ばたき、一気に下降してスクライアのキャンプ地を襲った。

「チッ!急ぐぞ!!」

忌々しく舌打ちを打つ、バクラはさらにスピードを速めた。
到着した頃にはスッカリ砂煙も晴れ、皆の様子を窺う事が出来た。

「ゲホゲホッ!うあぁ~~、ゲッホゲッホ!!埃が……ゴホッ、あぁ変な所に……」

「何だったんだ、今のは?」

「うわぁ~……うん?あーー!!折角の出土品がああぁーーー!!!」

喉の器官に砂でも入ったのか、涙目になりながら咳をする者。
比較的冷静で、自分に何が起こったのか確かめようとする者。
自分の体の心配より、出土品が壊れた事に怒りを露わにする者。
各々反応は違うが、バリアジャケットや防護服のおかげで特に大きな怪我は負っていない。
精々、地面に倒れた時に付いた擦り傷ぐらいだ。
全員無事。
どうやらあの怪鳥は、此処を通りすぎていっただけの様だ。

(だが……それだけなら、なんであの鳥はわざわざ降下なんかしたんだ?)

通りすぎるだけなら、わざわざ下降せずともそのまま飛んで行けば良いだけの事。
何故スクライアのキャンプ地を襲ったのか、バクラは疑問を抱いた。

「おーい!バクラーー!!」

発掘メンバーの様子を窺っていたら、空から聞き慣れた声が聞こえてきた。
上を見れば、先程落下していったアルスが此方に向かって来る。
落下している間に、バクラは追い抜いてしまった様だ。

「お前、他のみn……どうしたんだ、それ?」

何で此処に居るのか、他のメンバーはどうしたのか。
問いただそうとしたが、バクラの鎖付きブーメランの先に巻き付けられている物を見て思わず尋ねてしまった。
ボロボロとでもいう表現が似合う、一人の騎士。
甲冑も無残に剥がれ落ち、頭部の半分以上が粉々に砕け落ちていた。(元が骸骨だから、死にはしないのだが)

『……ッ!!――!!――――ッ―――――!』

倒れ伏していた騎士だったが、その黒い眼がアルスを捉えた瞬間、何かを訴える様に叫び始めた。
骸骨が歯を打ちつける、カチッカチッ、という音が耳の中で反響する。
何を言ってるのか解らないが、助けを求めている様な、切なる訴えに聞こえた。

「んな事言ってる場合か?」

「ッ!そ、そうだ!!皆、大丈夫ですか!?」

騎士の事を気にかけていたアルスだが、直ぐ意識はスクライアのメンバー達に移ってしまう。
哀れ死霊騎士。この場には味方など存在しなかった。ご愁傷様。

「いっつぅ~~、顔面から突っ込んじまったよ。あっ、お前ら帰ってたのか」

絶望に打ちひしかれる騎士が見つめる先で、バクラ達は情報交換をしていた。
都市部の外れで隠し階段を見つけた事。
階段の先の空洞で巨大な卵を見つけた事。
その卵から、先程の巨大な鳥が孵った事。
全員に特に怪我はなく無事である事。
大まかだけど、とりあえずの説明をした。

「連絡にあった鳥って、アレの事だったのかよ。お前ら、どうせなら通信機か念話で伝えてくれよな。マジで心臓が飛び出すかと思ったぞ」

「身長約20メートル、翼長約50メートル、赤褐色の羽毛に包まれた鳥がそっちに向かったからさっさと避難しろ。
って言われて、お前らは言われた通りに直ぐ避難を始めたのか?」

「うっ!相変わらず痛い所を付いてくるな、バクラ」

「それに、あの時は皆逃げる事に必死だったから、どの道連絡をする余裕なんか無かったですよ。
それよりも、こっちは大丈夫だったんですか?」

「あぁ大丈夫だ。見ての通り、皆ピンピンしてるよ。
まぁ、被害らしい被害と言えば、幾つかの発掘品と機材が壊れた事ぐらいか……って、うん?おいアルス、何か鳴ってるぞ」

話しの途中だが、アルスの方から電子的な音が響いてきた。
小型通信機。
相手は空洞の探索に向かったメンバー達からだ。

『アルス、無事に付いたか?他の皆は?』

モニター画面が宙へと出現する。音声も画像も抜群に良い。

「……お前、買え変えたのか?」

「あ、解る!実はこれ、この間買ったばかりの最新式なんだ」

こういう所を見る限り、やはり子供だ。
極自然と自慢する様に小型通信機を見せつけていた。
自慢は良いから、さっさと出ろ。
解ってるよ。
改めてモニター画面に振り返り、通信してきたメンバーに現在の状況を報告した。

「はい、大丈夫です。俺を含め、キャンプ地の皆も無事でした。
擦り傷とか小さな傷を負った人とかは居ましたけど、大怪我を負った人はいません。
ただ、機材や出土品が幾つか壊れちゃいましたけど……ともかく、全員無事です」

『そうか。無事なら、それで良いんだ』

画面の向こうでホッと胸を撫で下ろすメンバー達。
皆、安心して肩の力が抜けた様だ。

「所で……」

『うん?』

何故か心配げに此方を除くアルスに、疑問符を浮かべるメンバー達。

「どうしたんですか?その頭のタンコブ!?」

モニター画面の見えるメンバー達には、自分が離れる前には無かった怪我を負っている人が居た。
頭にタンコブを作っている人。鼻血でも出したのか、鼻にティッシュを詰めている人。
鳥にでもやられたんですか!
心優しいアルスは見逃せるはずもなく、皆の安否を気遣った。

『あぁ、これか。……まぁ、気にするな』

勿論、これらはバクラに蹴られた時に負った怪我である。
別にメンバー達はこれを責めるために連絡したのではない。
ある事を報告するために連絡したのだ。
しかし――

「いいから、さっさと要件を言え!」

(お前が言うな!!)

全く以てその通りである。

『ゴホンっ!……おい、通信が繋がったぞ』

『あ、そう』

画面上の男性が退き、変わりに他の男性が画面に映った。
この男性は怪鳥に襲われた時でも図鑑で調べ続けていた人である。
呆れるほどの探求心だと、アルスだけでなくバクラの脳裏にもその姿は焼きついていた。
どうやら要件は先程の男性ではなく、この図鑑で調べていた男性からの様だ。

『えっと……口で言うよりも、見た方が早いから見て』

ゴソゴソ、と何か探って画面上にそれを広げる男性。
図鑑。
次元世界の動物の事を記す専門書だけの事はあり、かなり分厚い。

「これって……」

目の前の図鑑を興味深げに見つめるアルス。
図鑑の一画に載ったある絵。
赤褐色の羽毛、鮮やかな碧色と翠色の線、そして何より眉間に生えた特徴的な橙色の触角羽毛。
間違いなく、そこに載っているのはあの怪鳥の姿その物だった。

『な?な?ビックリしたでしょ~。いや~、本当に驚いたよ。まさかこれほどの大発見かとは、微塵も考えなかった』

目はキラキラと輝き、何処となく息も荒い。
かなり興奮してるが、無理も無いだろう。
この図鑑に載っている事が本当なら、スクライアだけではなく次元世界全ての人々が驚愕の渦に呑みこまれる。

「名称――プロトクロス。生息したのが……約12000年前~1800年前!!」

信じられない。
年代的に見れば、古代種には手の届かないほど。歴史的に見れば、かなり新しい時代に生きた生物。
しかし、今回はそんなレベルの話ではない。
生きている。
先程自分達の目の前で、その昔の生物が卵から孵り、空を飛んでいるのだ。
アルスは我が目を疑った。
さらにページを読み進める。

「プロトクロスは古代ベルカ期以前から生息した巨大な鳥類の一種であり、身長は……??約12メートル~15メートル弱。
翼を広げた際に全長は30メートル近くにもなる大型種であった」

可笑しい。
自分達が見たのは、図鑑に載っている物よりも大分大きかった。
あの鳥だけが特別なのか、それとも全くの別種なのか。
少しばかりの疑問を抱きながら、アルスは目を走らせた。

「発見された文献などによると性格は比較的大人しく、古代の人々の乗り物代わりとして活用されていたのだと推測される。
また、世界の数か所からプロトクロスの巣や骨が発見されたことから、広い地域に生息していた事が解った」

なるほど、とアルスは心の中で納得した。
自分達が居るファオガンダは、標高3000メートルの位置に存在する。
人間の足では、言わずとも登るのには一苦労。まして物資を運ぶとなると相当の苦労を有する。
魔導師は居たかも知れないが、それでもこれだけの都市に物資などを運ぶとなると相当の数が必要になるはずだ。
そこで登場するのが、あの怪鳥――プロトクロスだ。
アレだけの大きさ。
人間一人どころか食料や水などの物資を運んでも、軽くお釣りがくる。
図鑑を見る限り、生息地は世界各地にあったのだから、正に空の運び屋。
もしかして、バクラが見つけた広い空洞はファオガンダの人々の交流の要所だったのかもしれない。
目を輝かせながら、アルスは読み進める。
遺跡とは違うが古代生物の現代復活。
彼の心を躍らせるには十分すぎた。
しかし、それも此処まで。

「え~と……………へっ?」

読み進めている内に、思わず変な声を出してしまった。
というのも、物凄く見つけちゃいけない不吉な文を見つけたからである。

「……プロトクロスの野生の巣からは、0歳児~5歳児までの幼児の骨が見つかっており、捕食されていたのだと思われる。
上記の様に人間の乗り物として活用されていたのは、生まれてばかりの雛鳥の段階で人間の手によって育てられた物に限られ。
野生のプロトクロスは定期的に人里を襲い、幼児を攫って捕食する凶暴性を持っている物だと思われる」

『そう言う事。いや~それを見つけた時は冷や汗掻いたよ。
子供を食べるのが好きみたいに書いてあったから、アルス君が攫われないか心配で』

子供を攫って捕食する、しかも0~5歳児の幼児を。
アルスの耳から音が消え、その一文だけが脳裏を埋め尽くす。
図鑑の通りだと、プロトクロスは子供の肉を好んで食べていた事になる。
しかし、発掘隊メンバーの中で最年少であるアルスとバクラは無事だ。
発掘隊メンバーの中での歳年少組は!
あと一人、見学という形で連れてきた子供、しかも自分達より年下でちょうど年齢が5歳児前後の子供が居る。

――さーて、何時もなら元気に出迎えてくれるあの子は何処に居るのでしょうね?

チラリ。
右を確認するが居ない。
チラリ。
今度は左を確認するが、やはりその姿を確認する事は出来ない。
さて、此処で少し話しを変えるが、アルス・スクライアという男の子は大変に優秀である。
知識もさることながら、頭の回転も中々早い。
だからこそ、彼はその答えに辿り着いてしまった。その最悪の答えに。

(はははっ……まさか、いくらなんでもそんな~)

そんな馬鹿な話しは無い。
渇いた笑みを浮かべながら、アルスは青空を見上げる。
自分と同じ答えに辿り着いたのか、その隣ではバクラも空を見上げていた。
青空の彼方へと向かって飛んでいく巨大な影。
かなりの距離が開いているというのに、その全体像は目で確認できる。
常識外れの大きさを再確認しながら、バクラはゴソゴソと盗賊の羽衣の中から双眼鏡を取り出した。

「……チッ!あの野郎、荷物になら最初っから付いてくるんじゃねぇッ!」

双眼鏡越しにプロトクロスを覗いたバクラから感じるこの感覚。
イラついている。それも相当に。

「バクラ、それ貸して!!」

バクラから双眼鏡を借り(ほぼ奪い取るように)、アルスも上空のプロトクロスを覗き見る。
青空を悠々と飛び立つ様は、何度見ても圧倒される。
赤褐色の羽毛を伝い、双眼鏡を下の方に持っていく。
鳥の足などあまりジックリと見た事は無いが、こんな足をしてるのはこいつだけだろう。
こんな人間の肉など簡単に引き裂けそうな、鋭いナイフ状の爪を持っているのは。
プロトクロスの足に収まる、一人の小さな人影。
偶然にも自分の弟と同じ髪の色、同じ顔をしていた。
わ~偶然だね~。

「ユウウゥゥウゥーーーーーノオオォォォオオォーーーー!!!」

勿論これは偶然ではなく、プロトクロスに攫われたのはこの中で一番の最年少。
ユーノ・スクライアである。




何故ユーノは助けを求めず、こうも簡単に連れ去られたのか。
それは先程の襲撃の時まで遡る。




突然、現れた巨大な鳥。
常識外れのその大きさと、突然の事態に咄嗟の反応が出来なかった。

「わあぁ!」

漸く自分に身に起こった事を理解した時、既にプロトクロスは目の前に迫っていた。
目の前に広がる黒い塊。
まるで怪獣だ。
身の危険を察し、反射的にユーノは腕をクロスして顔を庇い、恐怖に耐えきれずにギュッと目を瞑った。

「………………………………………?」

何時まで経っても衝撃が来ない。
体も痛くないし、アルスが吹き飛ばされた様に風圧に押された感覚も無い。
助かったのか。
安心し、顔を覆った腕を解く。
そこで気付いた。

「ッ!!ブッ!」

思わず噴き出してしまった。
飛んでいる。
自分の体が、空高く舞い上がり、下にはファオガンダの都市が見えた。
助かって無かった、寧ろさらに状況は悪化したのだ。

「そんな……まさか!」

恐る恐る、上を向く。
見えたのはゴワゴワとして固そうな羽毛。全体像は大きすぎて確認できないが、間違いなく先程見た巨大怪鳥だ。
OK、OK、少し落ち着こう。
自分――只今空の散歩中。
鳥――自分を器用に足で攫みながら、何処かへ飛んでいく。
結論――

「僕、連れ攫われているううぅぅーーー!!?」

漸く自分の状況を理解し、絶叫するユーノ。
このままでは確実にヤバイ。
動物的6感が警告を鳴らす。
急いで助けを呼ばなくては。
幸い、まだスクライアのキャンプ地は見えている。
子供の自分でも、思いっきり叫べば声が届く距離だ。

「誰か、たsッ!!」

助けを呼ぼうとしたユーノの脳裏に、その光景は現れた。




『ヒャハハハハハハハッ!!』

『いやあぁーーー!!許してえええぇーーーー!!』




それは昔、直に味わった紐なしバンジー。
今自分は、鳥に連れ去られた状態で、自分で飛んでいる訳ではない。
当たり前の事だが、命綱など付いていない。
目の前の光景が回り始めた。
手足が震え、口の中の水分が一気に蒸発する。
体の芯から凍りつくような感覚が拡がり、やがては全ての神経を支配した。

「あぁ……ぁ……あぁあ~~~!……キュ~」

ユーノ、過去のトラウマが呼び起こされ気絶。




何で!?どうしで!?ユーノが!?
ユーノが連れ去られた事に気付いたキャンプ地では、今正に混乱の真っ只中に居た。
落ち着け、冷静になれ。
慌てず状況を整理し始めるメンバー達。
先程の情報から察するに、プロトクロスは人間の手によって育てられてなら大人しいが、野生はかなりの凶暴性を持っている。
あのプロトクロスは人間の手によって育てられておらず、ユーノが連れさられた。
即ち――攫う+お持ち帰り=パクッ♪

「いやあぁああぁあーー!ユーノくーーん!!」

「ちょ!誰か何とかしろ!!?」

「えっと、119番……じゃなくて!109!」

「だあぁあーー!お前ら、少し落ち着けッ!!」

冷静になる所か、余計に混乱の渦に巻き込まれた。
落ち着け!
この中で比較的冷静な一人が、何とか他のメンバーを宥める。

「麓の族長達に連絡して応援を呼んで貰え!此処で慌てていても、仕方ないだろ!!」

激を飛ばしながら、適切な指示を送る。

「アルス、バクラ。心配なのは解るけど、決して自分勝手な行動は……って、おーい!」

真っ先に飛び出しそうな二人を心配して声をかけたが、既に二人の姿はこの場には無かった。
何処に行った。
近くのメンバーに尋ねた所、既に二人はプロトクロスを追って飛び出したそうだ。

「あいつら……」

バクラはともかく、アルスまで勝手な行動を起こした事に思わず頭を抱えてしまった。

「どうする?呼び戻すか?」

「……いや、いい。行かせてやれ。あいつらがユーノを連れ去れて素直に戻るとも思えん。
それに、バクラの戦闘の腕は一族でもトップ。アルスも空戦魔導師ではトップクラスのスピード。
今から俺達が飛んで行っても追いつけん。まして説得となると、族長やおばば様、レオンとアンナさんを連れてこないと」

アレだけのスピード。
悔しいけど、この場に居る空戦適性がある魔導師でも追いつけそうにない。
説得も不可能。

「連絡は!?」

「繋がったけど、応援が来るまで結構時間がかかるぞ」

「誰か空を飛べる奴!あいつらを追って手助けをしてやれ!」

「追うって……あいつらのスピードに追いつける奴って、誰か居たか?」

「追いつけなくても追いつくんだよ!サポートの一つぐらい、出来るだろ!?
よし!こうなったらヘリを呼ぼう!これなら全員で追いかけられるぞ!」」

「無茶を言うなよ……」

「何か使える物は無いのか!」

「使える物って言ったってお前……俺達はハンターじゃないんだぞ。
そんな使える物なんて……えっと、猛獣撃退用グッズのスプレーに、威嚇用に持ってきた空砲。後は、捕獲に使えそうなロープぐらいか。
どっちにしろあの大きさじゃ意味無いぞ。そもそも追いつけなくちゃ全部役にたたないだろ」

プロトクロスに追いつけなくても、動かなければ何も始まらない。
それぞれに出来る事をやろう。
自分自身に言い聞かせ、スクライアの発掘メンバーは慌ただしく動き始めた。





広大な大空を駆け抜けて行く巨大な影とそれを追って行く小さな二つの影。

「ナレッジ!さらに速度を上げるよ!」

レオン家の長男であるアルスは飛行魔法で空から。

「何をやっている?てめぇの変わりなんざ、幾らでも居るんだ!消されたくなかったら、もっと早く走れ!」

次男のバクラは馬で地上から、それぞれユーノを追っていた。
ちなみに、デスカリバー・ナイトの騎士は相変わらず鎖付きブーメランで引き摺られたまんまである。
グッタリと流れに身を任せている辺り、既に助けを求めるのは諦めた様だ。
都市部を外れ、ゴツゴツとした岩山の中を駆け抜ける。

(バクラの奴、大丈夫だろうな)

プロトクロスを追いかけながらも、アルスは自分と同じくユーノを取り戻すために追いかけてきたバクラの身を心配した。
仮にも乗馬。
空を飛んでいる自分とは違い、直に不安定で舗装もされていない山道を駆け抜けている。
いや、もう既にこれは道ですらない。
上空から見ても、大小の岩が重なり、所々には今にも崩れそうな個所がある。
正直言って、人間の足で歩くのは厳しい、まして乗馬など論外だ。
やっぱり心配だ。
アルスは念話を繋げ、バクラの様子を窺った。

『あーあー……よし、繋がっているな。バクラ、お前大丈夫かよ?この道、馬なんかで通れる様な道じゃあ……』

『てめぇが俺様の心配をするなんざ、100年早ぇんだよ。そんな暇あるなら、墜落しねぇ様に魔法の制御に注意しろ』

折角心配してあげたというのに、この態度。
ムカッとするも、同時に安心した。
どうやら心配は無用の様だ。普段なら間違いなく注意するが、こういう時は本当に頼りになる。
それでも、一様心配なので一定の速度を保ちながら、視線を下へとやる。
結論から言えば、本当にバクラは大丈夫だった。
馬で通るなど、絶対に不可能とも言える岩の塊。
少しでもバランスを崩せば大怪我は免れない。
だというのに、バクラは涼しい顔で通り抜けている。しかも、かなりのスピードで。
流石に地上と空とでは空の方に分があるが、この不安定な道で自分達に付いてこれるだけでも大したものだ。
昔から運動神経は良かったが、まさかこれほどまでとは。
バクラ自身の技術が優れているのか、召喚した馬が名馬なのか。
どちらにせよ、心配する必要はない。
それよりも気がかりなのはユーノの安否だ。
アルスは視線を前方を飛んで行くプロトクロスに戻した。

(スピードはさっきよりも遅いな。キャンプ地を襲った時のは、獲物を狩るためのトップスピードだったのかな?
これが通常のスピードなら、何とか追いつけるけど……さぁーて、追いついたらどうやってユーノを救出するかだ)

決して逃さないよう、鋭い視線でプロトクロスを射抜きながらユーノ救出作戦を考える。
一番手っ取り早く、且つ確実なのはプロトクロスを気絶。最悪の場合は殺害する事。
これなら反撃もされる事無く、ユーノを取り戻せる。
空中から墜落しても、自分なら速度を強化して追いつける自信があった。
しかし、肝心な攻撃力が足らない。
最初にプロトクロスの卵を見つけた空洞。
あの崩壊で生きていのだから、耐久力は相当な物。
大きさから想定しても、自分の魔法では撃ち落とせそうにない。
最初に思い浮かんだ案を却下し、次の案を考えるアルス。
続いての案は、一点集中による攻撃。
足へと狙いを定め、ユーノを解放した後に空中キャッチ。
その後は只管全力で逃げる。
しかし、やはり此方の案にも欠点がある。
魔力弾を当てる自信はあるが、敵が一切の反撃もせずに攻撃を受けてくれるだろうか。
野生の獣ほど、下手な攻撃は危険を呼ぶ。
まして相手は一メートルや二メートルでは収まらない大型種。
変に暴れられでもしたら、それこそ自分達の死に繋がる。

(くっ!やはり地上からでは、付いて行くのがやっとか)

一方、バクラも上手い案が思い浮かんでいなかった。
アルスが考えた様に、プロトクロスの息の根を止めてしまえばそれで終わり。
バクラにはそれが出来る。
しかし、攻撃の手段が無い。
攻撃が届きさへすれば、アレだけの巨体でもその命を刈り取る自信はある。
問題はその攻撃をどうやって上空まで届けるか。

「はぁ!」

手綱を操り、進路を遮っていた大岩を飛び越える。
今の様に地上を走っていては障害物が邪魔して、見失わない様に付いて行くのがやっとだ。
せめて自分にも空を飛ぶ技術があるなら話は別だが、生憎とそんな物は自分には無い。
飛行魔法も使えないし、空を飛べるモンスターも居ない。
一応デーモンの召喚は飛行能力を備えているが、アレはどちらかと言えばパワータイプのモンスターだ。
飛行能力はあくまでもおまけ程度。
他にも何体か空中戦を行えるモンスターは居るには居るが、どれも心もとない。
プロトクロスは勿論、アルスにも空中では追いつく事は不可能。
死霊による攻撃でもあの速度では追いつけない。
例え追いつけたとしても、此処は閉鎖されていない外。
あの空洞なら話は別だが、プロトクロスの領域である空では簡単に避けられてしまうだろう。
ジリ貧乏。
アルスは空中戦を行えるが、パワーが足らない。
逆にバクラはパワーこそ申し分ないが、空中戦を行える能力が無い。

『アルス!てめぇ、そこからその鳥を俺の方に撃ち落とせ!』

『無理言うな!お前だってあのプロトクロスの生命力の強さは見ただろ?
俺の魔法じゃあ、例え非殺傷設定を切っても単純なパワーで押し返される!』

『だったらてめぇが、俺様を鳥の所まで運べ!』

『簡単に言うけどな……あんなスピードで、しかもあの巨体で飛んでいるんだぞ?
近付くだけでも一苦労だし、近付いた後はどうするんだよ?足場は?俺もあの近くを並走して飛ぶなんて、正直難しいぞ』

飛行能力を備え、強靭な肉体と生命力。それに加えあの巨体。
厄介な相手だ。
あーだ、こーだ。
念話で相談するが、結局の所上手い案が思い浮かばず、相手の後ろを追っていくしか無かった。
周りの景色が流れて行く。
追跡を続けていたバクラだが、突然目の前にそれを現れた。

「うん?……チッ!クソがぁ!」

忌々しく吐き捨てるバクラ。
前方に広がるのは崖。
人間でもまして馬でも降りる事は出来ない、断崖絶壁。
どうやら第七都市のファオガンダから続いていた道は、此処までの様だ。
周りの景色も先程までと違う。
崖の向こうに見える、幾つものタワーの様に連なった岩山。
ほとんどが雲を突き抜け、バカの様に高い。
まるで自然に出来た高層ビル群だ。
A級パイロットでも通りぬけることは不可能なその岩山を、プロトクロスはスイスイと泳ぐように通りぬけている。
普通だったら、追跡は不可能。バクラの技術を持ってしても、この崖を滑り降りるのは無理だ。
例え降りられたとしても、プロトクロスに追いつく術はもう無い。
しかし、バクラは止まらない。寧ろさらに速度を速めて、崖へと突っ込んだ。
跳躍。
今までにないほど高く跳び上がり、空を飛んで行く。
無論、このまま落下してお陀仏になる、なんて間抜けな真似はしない。

「デスカリバー・ナイトを生贄に、デーモンを召喚!」

足代わりにしていた馬と、鎖付きブーメランに巻き付けられて引き摺られていた騎士を生贄にデーモンを召喚する。
プロトクロスには劣るが、それでも巨大な両翼を持つデーモン。
主であるバクラを背に乗せ、追跡を続ける。
しかし――

「やはり、こいつではこのスピードが限界か」

遅い。
空を飛べる分、障害物は気にしなくていい。
が、純粋なスピードではデスカリバー・ナイトの方が上だ。
現に、アルス達からドンドン離されて行く。

『アルス、聞こえるか?』

『バクラ?そうだ、お前大丈夫なのか!?途中で物凄い崖があったけど』

『あぁ。てめぇらには追いつけなくなっちまったがな』

『???……どういう事?』

バクラは念話で自分の状況を伝える。
デスカリバー・ナイトでの追跡を止め、デーモンの召喚に切り替えた事。
飛行能力を得た代わりに、追跡スピードが著しく遅くなった事。
そして、ほぼ確実に自分が追い付けなくなった事。

『そんな!?じゃあ、俺一人でユーノを助け出すの!?』

明らかに動揺するアルス。
日常的にフォローするのは自分だが、こういう時はバクラの方が頼りになる。
その助けが今回は無い。
バクラの助けが無い事を頭に入れ、アルスは自分一人だけでユーノ救出作戦を考え始めた。

(図鑑の情報が確かだとすると、プロトクロスは巣に獲物を持ち帰ってから捕食する習性があったんだよな。
なら、普通に考えてこのプロトクロスも巣に持ち帰ると思うけど……一体、何処に向かっているんだ?
こいつが孵ったあの空洞は崩れちゃったし、そもそも今向かっている方向は空洞とは真逆の方向だ。
遺伝子の中に組み込まれている帰省本能にでも従っているのかな?
自分が孵った空洞が崩れたと認識してるなら、何処か別の場所に巣を作るはず。
えーと、確か図鑑によると険しく切り立った岩肌とかに巣を造っていたんだよな)

速度を安定させながら、改めて辺りを様子を窺う。
岩山。
それもかなり高く、図鑑で見た条件にはピッタリだ。
やはり帰省本能にでも従っているのか、自然と巣の条件にあった場所を目指しているようだ。
となると、そろそろ何処かに止まってお食事タイムに入るのかもしれない。

(見た所、ユーノの奴は完全にノビているな。ちょっとやそっとじゃ起きないか。
空中で無理やり奪い取るのは不可能。物理的に止めるのも難しい。
なら、向こうから離してくれるのを待つしかない。
プロトクロスが住処とする場所を見つけ止まった時、必ず餌であるユーノを一度離すはずだ。
そこを一気に加速して奪い取り、そのまま全力で逃げる!危険だけど、これしかないか)

彼に弟を見捨てるという選択肢は無い。
救援が直ぐ来てくれるなら話は別だが、とてもではないがプロトクロスが此方の助けが来るまで大人しくしているとは思えない。
賭け。
失敗は許されない土壇場に、相棒のナレッジを今まで以上に力強く握り締めた。

『おい、アルス』

さぁ気合を入れ直そう、という時に遥か後方に居るもう一人の弟から念話が飛んできた。
何?
聳え立つ岩山を綺麗に交わしながら、アルスも念話で返す。

『爺さん達に報告した奴らから知らせが来た。“下手に刺激せず、救援が来るまで大人しくしてろ”だとよ』

『それって、つまり……』

『あぁ、そうだ――』

ニヤリ、と念話の向こう側で悪戯っ子の笑みを浮かべている姿が見えた。

『下手な刺激をせずに“一撃で”、救援が来る前に大人しく奴を“仕留めろ”、て事だ』

物凄く湾曲させている。

『爺さんも酷ぇ命令を出すよなぁ?俺たちみたいな子供に、あの鳥の相手をしろって言うんだぜぇ?ククク……』

最後の含み笑いは何だ!含み笑いは!?
族長であるバナックがこの場に居たら、絶対こう言うだろう。

『……それで、何か良い案があるのか?お前、俺達に追いつけないんだろ?』

普段なら決してバクラの考えに乗らないアルス。
しかし、今は非常事態。
世間一般の常識と大切な弟の命なら、迷わず後者の方に傾く。

『なぁに、追い付けないなら向こうから来て貰うまでだ』

岩山を通り抜けながら、アルスはバクラの言葉に静かに耳を傾けた。




巨大な両翼を羽ばたかせながら、岩の高層ビル群の間を飛んで行くプロトクロス。
その足に収まっているのは、生まれて初めての獲物であるユーノ。
親鳥から狩りの仕方も教えて貰っていないのにも関わらず、無駄の無い動きで獲物を鮮やかに攫った事は凄いとしか言えない。
翼で空気を叩くたびに、鈍く不気味な音が響き渡った。

『ッ!!』

快調に空を飛んでいたプロトクロスだが、突然急ブレーキをかけ止まった。
前方に浮遊する、謎の球体。
海や空の様に深い青で、大きさは人間の頭ぐらい。
警戒し、その場で翼を羽ばたかせながら宙に留まる。
突風が吹き荒れるこの空。
綺麗な青色をした球体だが、ピクリとも動かないその姿はとてつもなく不気味だった。

「Flash!」

上空から声が聞こえた瞬間、光の球体は弾け飛び辺りを眩い閃光が包みこんだ。




プロトクロスが自然のビル群を飛んでいたさらに上空。
アルスは一定の距離と速度を保ちながら、その後を追っていた。

「……よし。そろそろバクラが指定したポイントだな」

自分自身に速度強化の魔法をかけ、スピードアップするアルス。
プロトクロスを追い越したのを確認し、上空である術式を組み立て始めた。
ナレッジの先端に形成される、人間の頭ほどの綺麗な青色球体。

「GO!」

アルスの号令に従い、そのまま下方のプロトクロスに向かっていく球体。
速度を計算した上でプロトクロスの前方に配置したが、此処で売れしい誤算が起こった。
警戒でもしたのか、その場で急ブレーキをかけるプロトクロス。
よし、と心の中でガッツポーズをするアルス。
止まっていてくれるなら、確実の自分の魔法が効くはず。
ナレッジの先端を、先程放った球体に向けて術のトリガーを引いた。

「Flash!」

瞬間、弾け飛び辺りを眩い閃光で包む球体。
勿論、アルスの上空も目を開けていられないほどの光に包まれるが――

(うっ、まだ少し眩しいな。視覚の調整をしてっと……うん、これなら大丈夫だ)

予め視覚調整をしていたアルスは、目を閉じる事無く下の様子を窺えた。

『■■■ーーッ!■■ーー■■■ッ!!』

強烈な閃光を受け、苦しみ暴れるプロトクロス。
巨大な頭部を振り回しながら、奇声を上げ続ける。
相当聞き目はあったらしい。
急いでこの場から離脱したいのか、先程とは別の方向に逃げ出した。

(思ったよりも効いたな。プロトクロスの目って、一体どんな構造になっているんだろ?やっぱり、普通の鳥と同じ?
いやいや、アレだけ大きさで普通の鳥と同じって事は……)

好奇心が沸き上がるが、今は自分の事よりもユーノを救出が最優先。
頭の左右に数回ほど振って、湧きあがった好奇心を消し去る。
さらに追跡をするため、アルスもその場から離脱し再び一定の距離を保ちながら追って行く。

「Flash!」

『■■■■■■!!■■ーー!■■!!』

その後、何度も何度も。
逃げてはFlashを発動させ、アルスはこの自然のビル群の中のある場所に誘導を始めた。




『待ち伏せ?』

『あぁ、そうだ。てめぇの事だ。マクム山脈の周辺地図ぐらいは持ってるだろ?』

『そりゃあ、持ってるけど……ちょっと待って。…………開いたぞ』

『今、俺達が居るのはこのファオガンダの外れの方に位置する山脈伝いの一部だ。
アルス、今から俺が指定するポイントに奴を追いこめ!やり方はてめぇに任せる』

『任せるってお前な』

『魔力弾で威嚇するなり、てめぇ自身が餌となるなり、方法は幾らでもあるだろ。良いからやれ!!』

『……解った。大丈夫なんだな?』

『へッ!誰に物を言ってやがる!この盗賊王バクラ様の前には、どんな力でも無力とかすのよぉ!』




(あぁ言ったけど……ちょっと心配だ)

バクラとのやり取りを思い出し、不安の影を落とす。
待ち伏せ。
相手に追いつけないなら、相手の方から来て貰えばいい。
実に合理的且つ確実な作戦だが、上手くいくかアルスは半信半疑だった。
別にバクラの腕に疑いを持ってるわけではない。
彼の戦闘力は小さい頃からずっと一緒だった自分が良く解っている。
しかし、相手はアレだけの巨体を誇るプロトクロス。
おまけに此処は空。
足場と言える物が無く、鳥のテリトリーである空で、バクラが何時もの力を発揮できるのか不安だった。

(肝心のユーノ救出も、物凄いアバウトだったし)

曰く、プロトクロスは自分が何とかするからユーノはお前が助けろ。
要するにほとんど自分任せという事だ。
益々もって心配だ。
流石にユーノ諸共プロトクロスを倒すなんて事はしないとは思う。多分。
問題はその後の救出。これに付いては何も案が出されていない。

(まぁ、プロトクロスの意識を刈り取った後に俺に助け出せって事なんだろうけど……ふぅ、心配していても仕方ないか。
どっちにしろ、俺一人ではユーノを救出するなんて不可能なんだし、腹を決めよう)

ギュッとナレッジを握り締め、魔力素を固めて球体を形成する。
逃げて行くプロトクロスに狙い定め、Flashを放った。

「Flash!」

再び青空をより深い青色の光が包み込む。
奇声を上げ、プロトクロスはある方向に飛び去った。
誘導完了。
その逃げた先こそ、バクラが指定したポイントだった。
一仕事を終え、軽く息を吐くアルス。
空中で留まりながら、バクラへと念話を繋げた。

『バクラ、誘導は完了したぞ』

『そうか……なら、てめぇはあのバカデカイ鳥の少し後ろに付いていけ』

『解った。……所でさ、お前一体どうやってあのプロトクロスを止めるの?
まぁ、お前の事だからモンスターの攻撃で倒すんだと思うんだけど……』

『なんだ、解ってるじゃねぇか。奴が俺様のテリトリーに入った瞬間、デーモンの魔降雷で止めを刺す』

『ふ~ん、そう。それなら安心……じゃねぇよ!!』

思わず念話だけでなく、声にも出してしまった。

『デーモンの魔降雷ってAAAランク級、うぅん!下手したら、オーバーSランクにも匹敵する必殺技だろ!
そんな物を使ったら、プロトクロスだけでなくユーノまで危険じゃないか!!』

ユーノは今の所、プロトクロスに捕まった状態。つまり、体が密着している状態だ。
そんな状態で、雷を帯びたエネルギー攻撃を受けたならどうなるか。
素人でも解る。
却下だ!却下!!
他の方法を考えろ、とバクラの案を真っ向から否定するアルス。

『うっせぇな……念話でギャーギャー騒ぐんじゃねぇ!』

『騒ぎたくもなるわ!別にデーモンじゃなくても、他のモンスターでも良いだろ!そんな危険な技を使う必要があるのかよ!?』

『奴のあの生命力を評価していたのはてめぇだろ?実際、奴の意識を刈り取るとなると生半可な攻撃じゃあ意味がねぇ。
少なくても、俺様の上級モンスタークラスの一撃でないとな』

それに、とバクラは続ける。

『てめぇが心配してる様なフルパワーでは放たねぇよ。精々、奴の体を一時的に痺らせる程度の攻撃だ』

麻痺。
確かにそれなら、大きさは関係ない。
落下していっても、動きが止まっているならアルスのトップスピ―ドで十分にユーノを救出できる。
しかし、アルスにはまだ不安があった。

『でも、アレだけの大きさの体を痺らせるってなると、相当の力が必要だぞ?ユーノの身長や年齢を考えると、やっぱり危険なんじゃ……』

『危険は当たり目だ。幾ら俺様でも、攻撃の対象を絞るなんて器用な真似はできねぇよ』

『だったら!』

『だがぁ!それが一番有効的な方法だと、てめぇも解っているはずだ!
多少のダメージと、無残にも鳥の餌になる。この二択なら、てめぇは後者を選ぶってのか?』

『……それは』

『それに、今の医療技術を持ってすれば障害が残る確率の方が圧倒的に低い。解ったなら、黙って俺様の言う通りにしろ!!』

弟を心配した故のアルスの作戦拒否なのだろうが、生憎と時間が無い。
鳥の餌となってそのまま人生を終えるか。
それとも回復の未来に賭けるか。
二択を迫られて、バクラは迷わず後者を選んだ。

『……解った。頼りにしているぞ、盗賊王様』

アルスもまた、バクラに賭ける事にした。
足元にミットチルダ式の魔法陣を浮かぶ。
自分の役割はユーノを救出する事。それだけを考えよう。
速度強化の魔法を発動させ、大空に弧を描いた。




岩の塊。
言葉にするのは簡単だが、果たしてこれをそんな物として片付けられるだろうか。
他の幾つもの連なった自然の岩山から一際突出し、天空を裂くほどの巨大な岩山。
全長もそうだが横幅も長い。
まるで壁だ。
山一つ、軽く囲んでしまいそうな巨大な石の壁。
それでもマクム山脈の一部というのだから、自然の力とは恐ろしい。
壁伝いに飛んで行くプロトクロス。
太陽の光を受け、無骨な壁にその巨大な影が映る。
常識外れの大きさを持つ鳥でさへも小さく見えるのだから、この岩山の大きさがどれだけ常識外れなのか解る。
Flashによる錯乱は無い。
危険が無いと感じ取り、プロトクロスは巨大な両翼を羽ばたかせ大空を駆け抜けていく。
瞬間、奇妙な現象が起こる。
ゴツゴツとした無骨の壁。その一部が、まるで波打つようにユラユラと蠢き始めた。
白い腕が飛び出す。
波打つ壁を突き抜け、白く大木の様に太く不気味な腕がプロトクロス捕まえようと迫ってきた。

『ッ!!』

いち早く気付き、両翼を羽ばたかせる。
回避は成功。
プロトクロスはその巨体を壁から離すことで、白い腕に拘束されるのを防いだ。
腕は虚しくも何も無い空を切る事になる。
壁から生える不気味な腕。
これだけでも相当奇妙な事だが、さらに奇妙な現状が起こる。
腕が生えた根元の壁が、またユラユラと動き始めた。しかも、今度はかなり広い範囲だ。
何かが飛び立つ。
白い靄の様な物が、壁から出てきた。
同時に、その白い靄が飛び立った部分から先程の腕の様に足の様な物が生えていた。
それから白い靄が飛び立つたびに、壁の中から、膝、腰、胸、と巨大な何かを構成するパーツが現れ始めた。
残りの靄、全てが飛び立つとそこには――

「クククッ……」

巨大な悪魔――デーモンの召喚の肩に乗って、不気味に頬笑むバクラが此方を射抜いていた。

「ククク、良く気が付いたな。死霊共の迷彩能力を使って、この場に潜んでいたいんだが……やはり、空中戦ではてめぇの方に分がある様だ」

変わらずの笑みを見せながら、相手を褒めたたえるバクラ。
実際、死霊を使っての奇襲に対応できるとは思ってもいなかった。

(まぁ、いいさ。既に奴は俺のテリトリーに入った。どれだけ素早かろうが、既に逃げ切る事はできねぇぜ)

余裕の態度を見せながら、チラリと上空の様子を窺う。
アルス。
追い付き、何時でもユーノ救出に行けるようスタンバイをしていた。
準備は整った。
後はデーモンでこいつを倒すだけ。
バチバチ、と辺りに雷が迸り始めた。

『■■■■■ーーッ!!』

本能的にデーモンの脅威を悟ったのか、プロトクロスは戦わずにその場から逃走を始めた。

「逃がすかッ!死霊共ッ!!」

無論、折角のチャンスをみすみす逃す様な真似はしない。
先程、姿を隠すのに使用した死霊達を差し向け、相手の動きを拘束した。
絶好の攻撃チャンス。
バクラが見逃すはずもなく、デーモンの召喚に攻撃命令を下した。

「デーモンッ!魔降雷!!」

放たれる、幾つもの雷。
矢の様に鋭く、相手を射抜くために空を駆け巡った。
もはや、勝負はついた。
プロトクロスは死霊達に拘束され、身動きが取れない。
今度は自分の番。
魔降雷が命中した瞬間、一気に加速しユーノを救出する。
固唾を呑みこみ、アルスが速度強化を魔法を発動させようとした時――

「ッ!!」

「え?……」

彼らにとって、予想外の事が起こった。

『■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!』

鼓膜を打ち破るのではないかと疑う奇声を上げるプロトクロス。
勿論、いくら声を荒げようとも拘束から逃げる事は出来ない。
しかし、ピンと両翼を張り詰めた瞬間、プロトクロスの巨体を包み込むように白い膜の様な物が出現した。

(プロテクション……だと!?)

(そんな……プロトクロスって魔法が使えたの!?)

図鑑や先程までの逃走劇を見る限り、プロトクロスが魔法を使う情報も素振りは無かった。
しかも、今使用しているプロテクションはかなりの硬度を誇っている。
死霊は当然、ユーノの事を考えて弱めた魔降雷など簡単に弾き飛ばされてしまった。
驚きを隠せないバクラとアルス。
隙を見逃さないよう、プロトクロスの鋭い眼が獲物を定める。
対象はデーモンの召喚。
未だに唖然としているバクラ達に向かって、プロテクションを展開させながら突進した。

「ッ!デーモンッ!!」

予想外の事が起こっても直ぐ反応できるのは、流石盗賊王と名乗るだけの事はある。
しかし、此処は空中。
スピードなら奴の方が上。
回避不可能と察知し、バクラはデーモンに防御命令を出した。
大木の様に太い二本の腕を突き出し、プロトクロスの突進を受け止める。
決してデーモンの召喚は小さいわけではない。
しかし、翼長を合わせて50メートル近くにもなるプロトクロスの前ではどうしても小さく見えてしまう。

「ッくぅ…チッ…!」

鬩ぎ合う力と力。
何とか跳ね飛ばそうとさらに魔力を追加して、デーモンの力の底上げを行うバクラ。
だが、向こうは元からある巨体を生かした突進に、高密度のプロテクションを張った攻撃。
徐々に押され、後ろの壁に迫る。
翼を羽ばたかせ、さらに魔力の密度を増すプロトクロス。

『■■■■■■■■■■■ッーー!■■■■■■■■■■■■■■■ッ!■■■■ッ!!』

一際大きい、狂った様な奇声を上げ、遂にはデーモンの召喚の防御を打ち破った。
その巨体をクの字に曲がらせ、背後の岩山に激突するデーモンの召喚。
ドスン!
地震でも起こったと錯覚する様な地響きが、衝撃の凄まじさを物語っている。
ガラガラと、直径数メートルはある岩の欠片が遥か下の地面に向かって転がり落ちて行った。

「うッぅ……」

勿論、その衝撃はデーモンの召喚の肩に乗っかっていたバクラにも被害を及ぼす。
デーモンの召喚の防御でかなり軽減したが、バクラにも確かにダメージが通っていた。
一瞬、フラッと意識が揺らめく。
バランスを直そうとするが、彼とて生きている人間。
流石にバランスを崩してしまい、デーモンの召喚の肩から投げ出されてしまう。
やられてたまるか。
鎖付きブーメランを形成し、上空へと投げる。
対象はプロトクロス。
デーモンの召喚は深い所までめり込んでしまい、アルスとの距離は離れ過ぎている。
後ろに聳え立っていた壁は意外と脆く、また鎖付きブーメランを引っ掛けられそうな取っ掛かりが無かった。
必然的に、敵であるプロトクロスに引っ掛けるしか助かる道は無かった。

『■■■■■■■!!!』

現実は何時でも非常。
バクラに気付いたのか、それともデーモンの召喚の反撃を恐れたのか。
プロトクロスは大きく旋回し、遥か彼方へと飛び去って行った。

「ば……バクラああぁあぁあーーーッ!!!」

唯一の助ける術だった鎖付きブーメランは虚しくも弧を描き、バクラは固い地面目掛けて落下していった。




(どうする!俺、一体どうすれば!!?)

彼、アルス・スクライアは今正に究極の選択を迫られていた。
目の前で、危機的状況に同時に陥っている自分の弟二人。
ユーノは連れ去られ、バクラは落下して行く。
魔導師全員がアルスの様に飛行魔法を使えるわけではない。
しかし、それあくまでも空中において超高速戦闘が出来るかどうかだ。
普通に体を浮かせるだけなら、並の魔導師でも使える初歩的な魔法だ。
ならバクラは放っておいてもいいのか、と言えばそうではない。
何故なら、バクラは飛行は愚か自分の体を浮遊させる事も出来ないからだ。
バインド系や強化系などの魔法は使えるが、他の魔法の練習はほとんどしていない。
死霊達を使って体を浮かせるという方法もあるが、この高さだ。
あの耐久力が脆い死霊では、落下スピードで加速されたバクラの体を受け止めきれるとは思えない。
この高さから、まともに落下すれば待っているのは一つの運命。
即ち、死。
そんなの黙って見ていられるはずが無い。
だが、此処でバクラを助けに行ったらユーノはどうなる。
下手に刺激されたせいか、プロトクロスはドンドン自分達から離れて行く。
スピードも先程より早い。
この一帯に聳え立つ岩山の群は、まるで迷路の様に複雑に成り立っている。
一度見失ってしまったら、追跡は不可能。
バクラを助けに行っていたら確実に見失ってしまう。
二つに一つ。
バクラを助けに行き、ユーノを見失うか。
ユーノの追跡を続け、バクラを見捨てるか。
さぁ、どうする!?悩んでいる時間は無いぞ!!

「きっくうぅ……」

選べるはずが無い。
ユーノは勿論、普段喧嘩をしているバクラも自分にとっては大切な弟であり友達である。
その内の一人だけを助け、もう一人を見捨てるという選択肢は、アルスの中に存在しなかった。
救援は何をやっているんだ!
どうしようも出来ないこの状況に苛立ち、この場には居ない救援の人達に当たってしまうアルス。
当然、そんな事をしてもこの状況がどうにかなる訳ではない。
ギリッ。
悔しさのあまり、奥歯を噛みしめて表情を歪める。
絶望に目の前が暗闇の染まりそうになった時、アルスはそれに気付いた。
地に落下して行くバクラ。
幾ら盗賊の羽衣がバリアジャケット並の防御力を持っていても、この高さから固い岩盤に叩きつけれたらどうなるか。
それは自分自身が良く解っているはずだ。
常人なら絶望に染まり、泣き叫んでも可笑しくない。
なのに、バクラは諦めていない。
視線と視線が交差する。
あの目は負けを認めた敗者の目ではなく、勝利を信じた勝者の目だ。

「くぅぅう……あぁーもう!!」

一瞬のやり取り。
アルスは不安を吹き飛ばそうと叫び、バクラから視線を外してユーノの後を追った。

(ちくしょうー!あの鳥、もし家の弟達に何かあってみろ!捕まえて、何処からの研究所に売り飛ばしてやるからな!!)

若干バクラ色に染まりながら、アルスは大空を駆け抜けていく。




風切り音を立てながら、真っ直ぐ地面へと落下して行くバクラ。

「ふんっ!」

鎖付きブーメランを形成し、巨大な岩山目掛けて放った。
カツンッ。
引っ掛けられるほどの取っ掛かりが無い岩山では、助かる所か速度すらも落ちなかった。
虚しく、先端のブーメランは岩に弾き飛ばされてしまった。
再チャレンジ。
手元に鎖付きブーメランを戻し、再び岩山目掛けて投げる。
今度は魔力を流して、攻撃力を強化したものだ。
先端のブーメランが命中し、岩山の中に喰い込んだ。
一瞬だけスピードが緩んだが、喰い込んだ部分の岩が重さに耐えきれずに砕けてしまった。

「チッ!こんなにも脆い岩が、よくもまぁ此処までバカでかく育った物だ」

憎まれ口を叩きながら、意味が無いと判断して鎖付きブーメランの術式を解除する。
見た所、かなりの距離を落ちた。
このスピードを保ったままで地面に叩きつけられるとなると、確実に無事では済まない。
常人なら既に諦める状態だが、生憎とバクラのそんな考えは存在しない。
寧ろ、一体どうやってプロトクロスに追いつき、仕返しをするのか考えていた。

(奴には随分と舐められた真似をされたからなぁ、このままだと俺様の気が収まらねぇ)

豪胆というか何と言うか。
鋭い眼光をプロトクロスが飛び去った方向に向けていた。
奴に追いつく方法。
簡単だ。
デーモンの召喚よりも早く、空を飛べる何かがあればいい。
攻撃力は蚊の様に小さくても、自分が居れば十分サポートできる。
要はスピードと空中能力。
自分を大空に連れて行く、何かがあれば。




ゆっくりと、それは鼓動を始める。
肉体を形成するのに十分な魔力を吸いあげる。
自らの主の願いを叶えるため、それは具現化する。

「ファルコォォォーースッ!!」

魔力が体を包みこみ、新たなモンスターの門出を祝った。




アルスはただ只管プロトクロスの追跡を続けていた。
バクラは大丈夫だろうか、自分一人だけでユーノを助けられるだろうか、助けたとしても餌を取り戻そうとするプロトクロスの追撃を振り切れるだろうか。
一族の中では、子供ながら最も戦闘力が高かったバクラ。
それがやられた精神的ダメージは大きい。
不安になるな。
あの程度で死ぬ様な男ではない。
自分自身を奮い立たせて、アルスはユーノ救出のタイミングを見計らっていた。

「……???何だ?」

初めにそれに気付いたのは、バクラと別れてから間も無い頃だった。
魔導師には敏感に周囲の魔力を感じ取れる技術が存在する。
これは個人差にもよるが、大抵の魔導師は多かれ少なかれ魔力の波という物を感じ取れる。
アルスも今、その波を後ろから感じていた。
あくまでも感じるだけである、実際に何かが居るとは断言できない。
だけど、この感じ。
ずっと慣れ親しんでいた様な、凄く極身近に感じた事がある様な。
ダメだ、どうしても気になる。
速度を安定させ、見失わない様に気をつけながら首だけを後ろに振り向かせた。

(何だろう?アレ?)

遥か後ろに見える小さな影。
一瞬、またプロトクロスの仲間が居るかと思ったが、どうやら違う様だ。
プロトクロスにしては小さすぎるし、かといって普通の鳥にしても小さすぎる。
仲間からの連絡が無いとなると、救援に来た魔導師とも思えない。
目を細め、その正体を確かめようとする。
自分よりも僅かに早いのか、徐々にだがその影は大きくなってきた。
新たな外敵かもしれない。
ナレッジを握り締め、アルスは警戒しながらその影を見つめた。

「……ッ!いぃ!?」

奇声を上げ、驚くアルス。
自分の直ぐ後ろに迫った影、それは奇妙な生き物だった。
背中に翼を生やし、顔は鳥類の物と似ている。嘴を生えていた。
一見すると鳥にしか見えないが、果たしてこれは鳥類の分類に入るのだろうか。
大きさは大柄な人間の大人よりも高い。
プロトクロスの前では大して変わらないが、この身長でも一般的な鳥の常識を超す大きさだ。
そして何より、一番変なのはその恰好。
頭部には漫画やゲームに出てきそうな賢者の様な帽子を被り。
体にも同じ様に漫画やゲームの中の魔法使いが着るローブの様な物を身に纏っている。
鳥と違う最大の特徴は手だ。
無論、普通の鳥には人間の手など生えていない。
しかし、目の前の鳥には人間と同じ手が生えていた。
比喩表現ではなく、本当に手なのだ。
おまけに、体全体から何処となく気品も感じる。
鳥人間。
素直なアルスの感想だ。
行き成り自分の後ろに迫った鳥人間にも驚いたが、それ以上に驚いたのはその背中に乗る人物だ。

「バクラ!?」

その背中に乗っていたのは、先程空中から落下していった人物。
バクラ・スクライアだった。

「お前、何やってんの!?」

普通だったら此処で“大丈夫”や“良く生きていな”、などの言葉をかける所だが、今のアルスにはそれ以上に気になる物があった。
バクラが生きていた事もそうだが、何よりも当の本人が涼しい顔で乗っている鳥人間。
並走して改めて見る。
うん、間違いなく顔は鳥その物だ。しかし、体は何処となく人間に近い骨格をしている。

『……………』

「……あっ」

ジー、と見つめていたら目があった。
どうやら此方の視線に気付いたらしい。
無言のまま此方を見つめる。アルスも目を話せず、その瞳を見つめ続けていた。

『……………』

ペコリ、と無言のまま首を小さく縦に振って挨拶をされた。

「……ご丁寧に、どうも」

反射的にアルスも挨拶を返す。
空を飛びながら鳥人間に、どうもどうも、と挨拶を返す魔導師。
極自然に頭を下げているが、傍から見たらかなりシュールな光景である。

「なにしてんだ、てめぇら?」

「……はっ!」

呆れ口調のバクラの言葉で、我に返ったアルス。
いけない、いけない。
今はこんな事をしてる場合ではない。
ユーノ救出。
そのためにも、この状況を理解してくては。

「ゴホンっ!」

話しの波を作ろうと、一回咳払いをする。

「ともかく!……生きているんだよな、バクラ?お前、幽霊じゃないんだよな?」

簡単にくたばる様な男ではない事はよく解っていた。
しかし、あの高さからの落下。
飛行魔法も持たないで生還出来る可能性は極めて0に近い。
バクラの非常識さを知っているアルスも、流石に肝が冷えた。

「言ったはずだ。てめぇが俺様の心配をするなんざ、100年早ぇんだよ」

あぁ、この口調、この感じ。間違いなく、バクラその物だ。
足もあるし、生気もある。
テレビで見た様な幽霊ではなく、ちゃんと生きている。
良かった、本当に良かった。
目の前に居る男がバクラであると実感し、アルスの顔に光が差し込む。
ホッと胸を撫で下ろし、続いての疑問を問いかけた。

「とにかく無事なんだな。そうか、そうか。それなら良いんだ。所で、話しは変わるけど……何、それ?」

プロトクロスの追跡を続けながら、人差し指でバクラが乗っている鳥人間を指差す。
まぁ当然の疑問と言えば当然だ。
命の瀬戸際。生死の境目。
そこから復活したと思えば、奇妙な物に乗って、しかも空を飛んで自分に追いついた。
これで気にならない方が可笑しい。

「それ?……あぁ、ファルコスの事か」

自分を背に乗せ飛ぶ鳥人間――ファルコスの後頭部に手を置き名前を告げる。

「見て解んねぇのか?」

「解らないから聞いているんだけど、ファルコスって?」

「飛行能力を持った、俺様のモンスター」

物凄く簡単且つ簡潔な答えだ。

「お前……そんなモンスター、召喚出来たっけ?」

薄々とだが、アルスもバクラのモンスターであると勘付いてはいた。
確証を得られなかったのは、ファルコスは今まで見た事が無かったからだ。
ワイト、ゲルニア、地縛霊、デスカリバー・ナイト……小さい頃から様々なモンスターを見てきた自分が言うのだから間違いない。
ファルコス。
記憶の奥底まで探ってみたが、こんなモンスター見た事無い。
それどころか、バクラのモンスターの中でアンデットや悪魔を連想させないモンスターは初めて見た。

「てめぇが初めて見るのは当然だ。何しろ、俺もさっき初めて召喚出来たんだからな」

「さっき?……プロトクロスにやられて、落下した時か?」

やられた。
そのフレーズを口にした瞬間、バクラの眉がピクっと僅かに動いた。
どうやら巨大とはいえ鳥如きにやれた事に、相当頭に来ているようだ。
体から黒い、魔力とは違うオーラが立ち込めている。

「あぁ……」

声も低く、確実に機嫌は悪い。
この後が怖い事になる、とアルスは若干引いていた。
それでも並走してるのは、偏にユーノを助けたいという強い気持ちから力を得ているからである。
げにおそろしき、兄弟愛。
是非とも爪の垢を煎じて、凶悪な問題児に飲ませてほしい物だ。
ファルコス。

これに付いては、バクラも何故召喚出来たのか解らない。


そもそも、バクラが今召喚しているモンスター達は、何も初めから召喚出来た訳ではない。
もし仮に召喚出来ていたとしたら、初めて出会ったあの日にもっと暴れていた。
アルスも昔、気になって尋ねた事があったが、本人にもそのモンスターを召喚できる細かなシステムは解らない。
どういうわけか突然、自分の中にモンスターのイメージが浮かぶ。
後はそのモンスターに合った魔力を解放し、外へと具現化させるだけ。
初めて召喚するモンスターでも、魔力の量、名前、特性、召喚方法、その他の情報。
全てがバクラの中に流れ込んでくる。
だから、バクラにとって初めてのモンスターでも100%その力を発揮する事が出来るのだ。
モンスターは本当に何の前触れもなく召喚できるようになる。
一体何故こんな事が起こるのか。
もしかしたらバクラの失われた記憶の中に答えがあるのかもしれないし、本人が特別なだけなのかもしれない。
とにかく、ファルコスのおかげでバクラも空中戦を行えるようになった。
心強い味方が復活した事に、アルスも改めて自分に喝を入れプロトクロスの後を追った。


閑話休題


ファルコスというモンスターは本当に早い。
バクラを背に乗っけた状態でも、自分と並走できるほどだ。
しかし、肝心のプロトクロスには未だに追い付けない。
早い。早過ぎるのだ。
見失わない様に付いて行くのが精一杯だ。
やはり下手な刺激を加えたのは失敗だったか。
思考がマイナス方向に行ってしまうが、後悔は後でも出来る。
今はユーノを救出する事だけを考えよう。

(でも、一体どうやって助ければいいだ)

バクラが復活したおかげで、相手を倒すだけのパワーはある。
もし足りなかったら、自分がフォローすればいい。
しかし、追い付けない事には何も始まらない。
どうすればいい、どうすれば。
悩み考えていたその時、隣のバクラがある作戦を持ちかけた。

「アルス、俺様の後ろに乗れ!」

「へ?後ろって……そのファルコスの?」

コクリ、とプロトクロスの後ろ姿を見つめたまま頷き、肯定の返事をするバクラ。

「わざわざ何で?」

追うならこのまま二人で追った方が、もしもの時にサポートしやすい。
第一、ファルコスのスピードはほとんど自分とは大差ない。
怪訝な表情で見つめるアルスに対して、バクラは淡々とその理由を話し始めた。

「お前、残存魔力が少なくなってるだろう?」

図星を付かれ、思わず息を呑んでしまうアルス。
ファルコスのスピードは、確かに早い。
早いのだが、アルスに空中で追いつけるかと言えばそうではない。
昔から近くで見てきたバクラだからこそ解る。
空中において、アルスのスピードにはファルコスでは劣るという事は。
では何故、今ファルコスでアルスに追いつけているのか。
簡単だ。
アルス自身が魔力を節約し、スピードを緩めているからにすぎない。

「大方、ユーノ救出の時のために魔力を残そうって魂胆だろうが、止めておけ。てめぇの腕じゃあ、あの鳥には勝てねぇよ」

暴言とも取れるバクラの発言だが、これは自分の目で見た結果を正当に評価した上での結論だ。
実際、アルスの攻撃力ではプロトクロスに勝つ事は不可能。
別に勝つこと自体が目的ではないので、それはどうでもいい事だが、肝心なのはユーノを救出できるかどうか。
スピードと小回り、さらにはFlashの様な目眩ましの魔法。
それらを上手く使えば、目的であるユーノ救出を達成する事は出来るだろう。
しかし、それは万全の状態でだ。
今の様に魔力を消耗したアルスでは、ユーノを無事取り返し、且つプロトクロスから逃げ切れる確率は低い。

「……………」

容赦なく事実を突きつけられ、下唇を噛むアルス。
彼の心にある感情は、ただ一つ。
悔しい。
ユーノを救出できない事もそうだが、何より役に立てていない自分が物凄く小さく見えた。
俯き、表情に影が差し込むアルスだが――

「だから、てめぇが俺様の補助をしな」

思いがけないバクラの言葉に、信じられない様に面を上げた。

「元々お前の攻撃力には期待なんかしてねぇよ。それはてめぇ自身が良く解っているはずだ。だがなぁ、補助や魔法の知識に関しては俺様よりも上だ」

それは別に慰めから来る言葉ではない。
アルスの腕を認めているからこその発言だった。

「解ったなら、さっさと俺様の後ろに乗って、ファルコスに速度強化の魔法をかけろ。変に魔力を節約して奴に追いつけないより、そっちの方が遥かにマシだ。
……追いついたら、先ず俺が奴の息の根を止める。そして――」

相変わらずの不遜な態度で、此方を振り向くバクラ。

「てめぇがユーノを助けな」

絶対の勝者。
負ける事など一切考えていない力強い瞳。
自然とアルスの心にもやる気が沸き上がってきた。
考えてみればそうだ。
元々自分の攻撃魔法をそこまで威力は強くない。
プロトクロスの様な生命力を持つ大型種を真っ向勝負で倒すなど以ての外。
しかし、バクラならそれが出来るが、肝心のパズルのピースが足りない。
パズルは一つでもピースが欠けたら永遠に完成しない、ならば自分がその足りないピースを足せばいい。

「ふぅ~~……頼りにしているぞ、バクラ!!」

「解ったから、さっさとやれ」

弟に良い所を全て持っていかれるのは癪だ。
此処は兄として全力でサポートをしてあげなくては。
飛行魔法を解除し、ファルコスの背に乗るアルス。
思ったよりも広く、子供二人なら十分のスペースが開いていた。
精神を集中させ、新しい術式を組み立て始める。

(ユーノを助ける事を考えたら……これぐらの魔力を残しておかないとな。よし!)

青いミットチルダ式の魔法陣が足元に浮かび上がり、アルスは一気に魔力を解放した。

「A!B!C!sonic!!」

ファルコスの前方に浮かび上がる、三つのミットチルダ式の魔法陣。
真っ直ぐ進み、その中を通って行く。
瞬間、バクラ達を乗せたファルコスの姿が突然消えた。
いや、違う。
消えたのではなく、そう錯覚する様に早く動いたのだ。

(う!これって、結構キツイかも)

自分以外の物に乗っての高速移動。
振り落とされないようにしがみ付くのは、かなりの労働だ。
バリジャケットを展開させていも、剃刀の様に鋭い風が体を吹き抜けて行くのを感じた。
目を瞑り、必死に耐えるアルス。
風が止み、元の緩やかな物へと戻る。
どうやら高速移動を終えた様だ。
はぁ~、と振り落とされずに無事だった事に吐息を漏らし、アルスは下を覗き込んだ。

(居た!!)

自分達の直ぐ下を飛んで行く巨大な影。
もはやその全長は飽きるほど見たというのに、未だに圧巻される。
救援隊が来る様子は今だ無い。
魔力の残りから考えても、これがラストチャンス。
自然の手に力が籠るアルス。
額から汗が流れ落ち、ファルコスの背に零れていった。

「アルス、降りろ!」

作戦開始。
バクラに全てを託して、アルスは飛行魔法を発動させゆっくりとファルコスの背から離れた。

(そういえば……どうやって倒すつもりなんだ?)

急だったからスッカリ忘れていた。
仮にもアレだけの生命力を誇るプロトクロスだ。
並の攻撃では倒すどころは愚か、気絶させる事も出来そうに無い。

(まぁ、バクラの事だから何か考えがあるんだとは思うんだけど)

巻き込まれないように離れながら、アルスは固唾を呑んで見守った。



「ファルコォーース!」

命令を下し、一気に加速させるバクラ。
宙で大きく旋回し、プロトクロスの目の前に飛び出た。
嘴の先端に青白い粒子が集まり、螺旋を描き始める。
カマイタチ。
物体を意図も簡単に切り裂くそれを、プロトクロスに照準を合わせた。

「やれ」

主の攻撃命令と同時に、ファルコスは螺旋状のカマイタチを放つ。
プロテクション。
流石に向こうも気付いていたのか、呆気なく防御されてしまう。
先程の様に逃げないのは、ファルコスの力がデーモンの召喚よりも低いと感じ取ったからだろうか。

(まぁ、いいさ。どっちにしろ、この程度の攻撃で殺れるなんざ端っから考えていねぇよ)

攻撃を防がれるのは、計算の内。
ファルコスの攻撃させたのは、あくまでも奴の注意を此方に向けるためだ。

『■■■■■ッ!!』

案の定、獲物を取られまいとその巨大な嘴を開けて襲い掛かってくるプロトクロス。
所詮は獣か。
プロトクロスを見下しながら、バクラは薄く笑みを浮かべる。
真正面から家一軒よりも巨大な鳥が向かってくるのは、それだけで圧巻されてしまう。
怪獣と評したユーノの気持ちが良く解る。
バクラは避けない。
そんな怪獣が襲ってきても、その場から逃げようとしなかった。

(そうだ、それでいい。もっと此方に近付き、敵意を露わにしろ!)

距離を測り、その時を待つバクラ。
まだ、まだ、まだ……今だ!
魔力を解放し、鎖付きブーメランを造りだす。
プロトクロスが十分に近付いてきたのを見計らって、バクラはその背中に飛び移った。

「はぁッ!」

瞬間、自分のモンスターであるファルコスに鎖付きブーメランを巻きつける。
拘束。
身動きがとれず、逃げる事も出来ない。
目の前には巨大な口を広げた、プロトクロス。
本来なら助けるのがセオリーだが、バクラは逆にその口の中にファルコスを押し込んだ。

「ぐぅ!」

モンスターとのライフラインを通じて流れてくるダメージ。
どうやらファルコスは、プロトクロスに呑みこまれて消滅したようだ。
これで良い。
作戦が上手く行った事に、バクラは心の中で笑みを浮かべた。

「さぁーて、こっからがお楽しみの時間だぜぇ」

プロトクロスの巨大な背に乗りながら、歪んだ笑みで相手を見下ろすバクラ。
確かにファルコスはやられた、そうファルコスは。
バクラの右手に巻きついている鎖。
それはファルコスが呑みこまれる前、自分で巻きつけた鎖付きブーメランの物だった。




「ククク……よぉ、てめぇ。さっきは散々やってくれたな。そのお礼に来たぜ」

手元の鎖に魔力を流し、体内のブーメランを強化する。

「そうそう、家の一族の奴らのたっぷりと可愛がってくれたなぁ。えぇ?」

強化した後、今度は遠隔操作を試みる。

「解るかぁ?今てめぇの体内に残った鎖付きブーメランは、俺様の魔力に反応して貴様の体内の奥へと進んでいる」

グチュ、グチュ、と肉を裂きながらブーメランは奥へ奥へと進んで行く。

「フハハハハハッ!苦しいかぁ!?」

器官を傷つけれ、苦しみの声を上げるプロトクロス。実に心地が良い、と高笑いを上げるバクラ。

「なぁに、安心しな。その苦しみも、直ぐ終わる」

苦しもうがそんな事は関係ない。
バクラはさらに鋭利上に鋭いブーメラン奥へと押し込み、ある場所へと辿り着かせる。
黒い不気味な魔力光が蠢く。
体内の鎖付きブーメランが生き物の様に動き、目の前のある物に巻き付いた。
ドクンッ、ドクンッ。
鼓動が、鎖を通じて自分の手にも伝わってくる。
もし、この場でバクラの顔を真正面から見つめた人が居たなら、絶対にこう思うだろう。
悪魔の笑み、と。

「暗殺魔法・37技!」

自身に力を強化し、鎖付きブーメランを強く握る。
瞳孔を見開き、獲物を見定める。
そして――

「心臓・一本釣りッ!!」

慈悲も容赦も一切なく、バクラはそのある物を体外へと引っ張り出した。





彼、アルス・スクライアは引いていた。
それはもう、物凄く。言葉では表せないほど引いていた。
目的であるユーノも無事救出できた。自分が鮮やかな空中キャッチをしたからだ。
バクラも無事だった。負けたのはプロトクロスなのだから、勝者であるバクラが生きているのは当たり前だ。
なんだ、特に何も無かったじゃないか。
そう思うは個人の勝手だが、果たしてこれを生で見て引かない人はいるのだろうか。

「へッ!ざまぁねぇなぁ!たかが空を飛ぶしか脳がねぇ鳥如きが、人間様に逆らうこと自体が間違いなんだよ!!
クククッヒャハハハハッハハハハッハハハハハハハッ!!」

地平線の彼方まで響き渡る、勝鬨の笑い声をあげるバクラ。
その目の前に倒れ伏すのは、先程まで大空を自由に駆け巡っていたプロトクロス。
だが、今はどうだ。

『……――……!…………!!』

口からは絶え間なく血が漏れ、当たりの地面を血の海に染める。
何かの臓器の様な物が体外へと飛び出て、可哀想という感情よりも気持ち悪いという感情が先に浮かび上がってきた。
時々、小さな奇声を上げているが、その声にはもはや生気は宿っていなかった。
風前の灯。
命の火が消えるのも時間の問題の鳥の前で、心配する所か高笑いを上げる子供。
これだけでも大変教育に悪い光景だが、それ以上に見てはいけない物をアルスは見てしまった。
鎖付きブーメランの先にある“それ”。
不気味な赤色をして、時々痙攣をする。
決して外に出てはいけないそれを見ても、バクラは普通だ。
いや寧ろ、敵を斃せた事に純粋な歓喜を上げている。
数秒間、固まってしまうアルス。
それだけ、ショッキングな光景だった。
何時までも固まっている訳にはいかない。
腕に抱えたユーノを気遣いながら、生唾を呑んで恐る恐るバクラに問いかけた。

「バクラ……それって」

震えながらも何とか声を絞り出す事が出来た。
此方を振り向くバクラ。
返り血を浴びた不気味な褐色肌に、笑みを浮かべた口の間に見える白い歯。
錯覚だろうか、アルスはバクラの後ろに一匹の悪魔が微笑んでいるのが見えた。

――俺、こいつの友達止めようかな?

先程まで華麗な連携プレーを見せたアルスでも、一瞬そんな事を考えてしまった。

「見て解んねぇのか?てめぇも昔、こいつの教科書を見ただろ?この暗殺魔法のな」

暗殺魔法。
この名を聞いた瞬間、アルスの記憶の扉が嫌でも開かれていった。


『世界の暗殺魔法――素人でも出来る丁寧な解説付き――

36ページ……バインド応用編。
皆も知ってるバインド。普通は敵の動きを止める物だけの捕獲魔法。
しかし、ここで紹介するのはただのバインドではなく、バインドを使った攻撃魔法です。
先ずはバインドを自由に、鞭でも操るかのように使えこなせるのが第一段階。それぐらい使えこなせなければ話しになりません。
では、第一段階を済んだ人は、それを敵の首や体の関節に掛けましょう。
正し!此処で注意するのは、広く浅くではなく、狭く深くバインドを仕掛ける!ここがポイントになります。
対象を捕獲するバインドですが、相手の首などを強烈に締め上げると、あ~ら不思議。
捕獲魔法のバインドが、そのまま相手を絞殺する事が出来る攻撃魔法に早変わり!!
さらに、上級者ともなるとそれだけで相手の首をスッパーンと引き千切れたりします。もう、スッパーンとね』

この次のページに書かれていた事。あまりにもおぞましい内容だったので、嫌でもアルスの脳裏に焼き付いていた。

『バインドの応用編……上級者向け。
先程のバインド応用編のさらに上級技で、身の毛もよだつような残酷で残忍な暗殺術を此処では紹介しましょう。
最初に、バインドを細く丈夫な縄にします。糸ぐらいの細さと人間の肉を引き裂くほどの強度があれば十分です。
魔力を安定させたら、それを殺したい相手の体内へと侵入させます。
そして、下の図の様に相手の体内に十分に侵入したら、手頃な臓器に引っ掛けクイっと引っ張ります。
すると、あ~ら不思議。
肉の鎧に守られた臓器が、簡単に引っ張り出せます。さらに上級者になると、血液の流れに沿って相手の体中をズタズタに引き裂く事も可能です』


「ちょ!それってあの時、俺が焼き払った超が何個も付くほどの危険な教科書の技なの!!?」

「当たり前だ。これでも記憶力は良い方なんでね、散々読んだ本の内容ぐらい覚えている」

他の本を読め!他の本を!!
アルスだけでなく、まともな思考をした一般人なら誰でもそう言うだろう。

「もっとも、この心臓・一本釣りは初めて試したがな」

「二度度使うな!もし使ったなら、俺はお前と絶交する!!というか、心臓・一本釣りって、物凄くストレートな名前だな」

「技名に文句を言うなら、俺じゃなくてあの本を書いた作者に言え。まぁ、これを見たなら、その技名が相応しいと思うがな」

ジャラリ、と鎖付きブーメランを引っ張りプロトクロスの体内から引っ張り出したそれを見せる。
恐らくは何かの臓器。
綺麗に体外へと摘出されている。
うん、確かに一本釣りだ。
この臓器が心臓かどうかは別として、差し詰め鎖付きブーメランは海中を泳ぐ魚を釣るための釣り針だ。
正しく、魚(臓器)を海(体)から釣り上げる一本釣り。

「うぅ……」

魚や肉は勿論アルスも食べるが、こんなグロテスクな場面を見ては暫く食べられそうにない。
気のせいか、生臭い変な臭いも漂ってきた。
気持ち悪い。
ユーノを片手に抱え、残ったもう片手で口と鼻を抑えながら避難を開始する。

(あれ?ちょっと待てよ……)

数歩歩いた先で、ふとした疑問が浮かび上がってきた。
先程のバクラの発言。
暗殺魔法・37技、心臓・一本釣り。
技名はとりあえず置いといて、問題は37技という所だ。
37、この暗殺魔法が紹介されていたページも37ページ。

(ちょ!まさかこの魔法って、あの教科書のページ分だけあるの!?)

確か、あの教科書は薄かったがそれなりにページ数はあった。
驚愕の表情でバクラの方を振り向く。
当の本人は此方の心情など知る由もなく、返り血を濡れタオルで拭き取っていた。
もし、あの教科書の魔法全てを覚えていたら。
そこまで考えて、アルスは思考を断ち切った。
関係無い、関係無い。
人は自由なんだから、使う魔法も自由。
凶悪な魔法だからって、差別をしてはしけないよな。
うんうん、と一人で納得しながら近くの岩影へと歩いて行くアルス。
人、これを現実逃避という。

(うぅ、アンナさん、レオンさん。俺達、育て方を間違っちゃったかもしれません)

一粒の雫を目頭に溜めながら、アルスはトボトボと歩いて行った。
その時である。

「なッ!!ま、まさか!!?」

アルスは驚愕しながらも、ユーノを庇うように。

「ほぉ、僅かに息はあると思っていたが……まだ動けたのか」

バクラは予想していたのか、特に驚かずに。
それぞれ後ろを振り向いた。

『■………■■■!!……■!』

弱弱しいが、確かに動くプロトクロス。
強靭に発達した肉体を活用し、その巨体を持ち上げた。
しかし――

『■■………』

再び、弱弱しくか細い声を上げながら地に伏してしまう。
体内から破壊され、流した血の量も既に致死量を超えている。
それでも尚、立ち上がる事が出来る生命力には驚嘆するしかない。
再び大空へと帰ろうと、両翼を羽ばたかせた。
まるで微風だ。
あれほどの暴風を巻き起こした、強く逞しい翼はもはや何処にも無かった。
この場に居るのは、ただ死を待つだけの敗者。
何度も何度も、倒れては起き上がり翼を羽ばたかせる。
可哀想。
ユーノを救出するだけで頭が一杯だったが、考えても見ればこいつも、ただ生きるために狩りをしたにすぎない。
それを一方的に傷つけ、さらに可哀想だと思ってしまうのは人間の傲慢さ故か。
アルスは眉を曲げ、同情の眼差しを向けていた。

「アルス、先に帰れ」

「え?」

バクラは風前の灯のプロトクロスを見つめながら、アルスに先に帰る様に指示した。

「お前はどうするんだよ、バクラ?」

当然の疑問をぶつける。

「俺は、後始末をしてから行く」

後始末。
それがこの場に置いて何を意味するのか。
解らないほどアルスは頭の回転は遅くなかった。

「……解った、早く来いよ。皆、心配してるんだから」

そろそろ救助隊も来る頃。
大丈夫だと思うが、急いでユーノの容態を見て貰わなくては。
後ろ髪が引かれるのを感じながら、アルスは飛行魔法を発動させ皆と合流するために飛び立った。

「……………」

『……■!――――■!』

残ったバクラとプロトクロス。
バクラは未だに足掻き続けるプロトクロスを無表情のまま見つめ。
プロトクロスは目の前に佇む自分の外敵を威嚇していた。
叫び続けるプロトクロス。
もう声を出すだけでも精一杯の力しかないというのに、何度も何度も叫び続ける。
生への執着心。
贅沢をしたいだとか、仲間に会いたいだろか。
そんな感情は一切ない。
ただ行きたいという想いだけだが、今のプロトクロスを突き動かしていた。

――生きるために食事をしてはいけないのか!?

肉片を撒き散らしながら嘴を開く姿は、まるでそう訴えている様に聞こえた。

『……■――――――■■ー!!』

掠れて行く声、痙攣をおこす体、徐々に小さくなって行く命の蝋燭。
生きたい!まだまだこの大空を飛びたい!!
切なる願いを叶えようと、体を持ち上げたその時――

「漸く、来たか」

自らの命を刈り取る、死刑執行人が舞い降りた。

『ッ!!』

驚愕の表情でバクラの後ろの羽ばたくそれを見つめる。
デーモンの召喚。
あの時、確かに岩へと激突したデーモンの召喚が無傷で大空に羽ばたいていた。

「クククッ。よぉ、どうした?まさかあの程度で、本当に俺様のデーモンがやられると思っていたのか?」

デーモンの召喚は確かに負けた。
しかしそれは、あくまでも力比べでだ。
実際は消滅しておらず、ゆっくりとだが確実に主であるバクラの後を追っていたのだ。

『■■■■■■!!』

ただでさへ強力な力を持つデーモンの召喚。
傷ついた体では勝てるはずもない。
風前の灯ながら、生きたいと願うプロトクロスは体を引き摺ってでも逃げようとする。
しかし、それも無駄だった。

『ッ!!』

体の芯が一気に凍りつく。
デーモンの主であるバクラ。
肉体も力も、自分は愚かデーモンよりも圧倒的に低いはずの弱弱しい人間。
だが、何だこれは!?
此方を射抜く、二つの眼。
その先に見える、狂気にも似た何か。
プロトクロスの体から力が抜ける。
バクラの持つ何かに支配された彼に、もはや大空を飛びたいという意思すらも無かった。
そう、生きたいという想いさへも。

「ムウト」

雷鳴が轟く同時に、生まれてから数時間も経っていない幼き命はこの世から無残にも散っていった。








その後。
スクライアのキャンプ地に戻った彼らを待っていたのは、歓声と説教だった。
心配をかけさせやがって、と風邪でフラフラしながらも叱り飛ばすレオン。
指示を無視するな、と愛の拳骨をかますバナック。
うるせぇ、と反発するバクラ。
騒がしくも何処か暖かい、何時もの光景が戻ってきた。

「……僕、また」

一人の少年を除いては。









先ず有翼賢者ファルコス。
悪魔系でもアンデット系でもありませんが、アニメを見た人なら解るはずです。
遊戯王のアニメで盗賊王バクラが召喚した噛ませ犬のモンスターです。
飛行能力を持っているので、空を飛ぶ能力が無いバクラにとっては今回の様に心強い味方として登場しました。

さて、今回の話し。

仲間のピンチ→友との連携プレー→破れた時に目覚める新たな力!

って、王道的な展開だけど……どうしてこうなった。
バクラが主人公で王道的な展開の話しを書いていると、何時の間にかこうなっていました。
いや、バクラで王道的な話しを書くってのがそもそもの間違いかもしれませんけど……どう見ても邪道だし。

それでは、また次回。




遊戯王解説


――有翼賢者ファルコス

星4/風属性/鳥獣族/攻1700/守1200の効果モンスター。

アニメでは神官の精霊によって簡単に葬られた、アクナムカノン王の王墓に埋葬されていたモンスター。
此処では飛行能力を持っている分、活躍の場があるかも?

――鎖付きブーメラン

装備も出来る罠カード。
遊戯王のアニメでは主に城之内が使用したカード。
今回はチェーンバインドの応用魔法として登場しました。



[26763] 憧れの二人
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/10/12 12:09



彼には、一族に拾われる以前の記憶は残っていない。
それは当り前の事であり、別に彼自身が特別な訳ではない。
赤ん坊の頃何をしていましたか。
この問いに明確に答えられる人間など存在しない。
彼も同じ。
自分が誰なのか、両親は誰なのか、どのような経緯で一族に育てられたのか。
詳しい事は知らされていなかった。
赤の他人。
血の繋がりなど一切存在しない、育てる義務も無ければ義理も無い、赤の他人。
それでも、皆は自分に良くしてくれた。
勉強を見て貰い、魔法を教えて貰い、発掘現場にも連れて行ってくれた。
漠然とだが、自分がこの人達の世話になっているのは理解できた。
だからこそ、早く自立したかった。
皆に、家族として迎え入れてくれた人達に恩返しがしたかった。
子供だからではなく、同じ様に一人の大人として、立派な一人前として認めてほしかった。
恐らくはこれが始まり。
もう昔、忘却の彼方に抱いた想い。
彼が知識を身に付け、一人でも立派になりたいと、強くなりたいと望んだ始まり。


『あぁん?勉強を教えて欲しいだぁ?そんな事、俺じゃなくてアルスの野郎にたのめ』

『へぇ~、ユーノは凄いな。もうそんな難しい本を読んでるのか』


自分という『我』が芽生え始めた頃、初めて見た二人の背中。
何時も自分を守ってくれる、頼れる背中。
怖いけど、未開の遺跡を制覇したスクライア始まって以来の超天才児バクラ。
優しくて、面倒見がよく、勉強や魔法を教えてくれたアルス。
二人とも、子供であるにも関わらず一族の皆から信頼され、一人前として認められていた。
追い付きたい。
この人達に追いつき、認められたい。
初めて抱いた明確な目標。
昔から自分の側に居て、常に一歩先を歩いていた二人の兄。
幼いながらも、彼は二人に追い付くためその小さな足で駆けだした。
そして――自分の力量を思い知った。




黄昏時の公園は寂しい。
昼間は子供達が元気に走り回っているだろうに、今では賑やかな声は愚か、足音一つすらも聞こえなかった。
キーコー、キーコー。
一つの音が夕暮れに染まった公園に響く。
何時もなら子供達が笑い合う楽しい音なのだが、この時は彼の心中を代弁する様に悲しい音だった。

「………はぁ~、ちゃんと謝らないと」

ユーノは一人、誰も居なくなった公園のブランコに座っていた。




今からほんの数十分前――




古代の大型種、プロトクロスの事件からかれこれ一週間近くが過ぎた。
今年に入って、この一週間が初めての大騒動だった。
というのも、全てはプロトクロスに原因がある。
大昔に絶滅したはずの生き物が、現代に、しかも生きた状態で蘇った。
これでニュースにならない方が可笑しい。
案の定、この事件は各世界の主だった新聞記事のトップを飾った。
一族にも、テレビの取材などが来たほどだ。
これだけでもバクラにとっては、相当に五月蝿かったが、それ以上に煩わしかったが事がある。
古代生物の捕獲、それも生きたまま捕獲できたなら、それこそ今世紀最大の発見となっただろう。
そう、生きていさへすれば。
残念ながら肝心のプロトクロスは、各世界に情報が伝わっていた頃には絶命していた。
今世紀最大の発見を見す見すと取り逃がした。
各世界の研究者、政府、絶滅危惧種の保護団体。
直接的ではないにしろ、間接的に小言を言われた。
とはいっても、化石ではなく生身の状態で古代の鳥類が発見された事には変わりない。
それなりの褒賞金を受け取って提供してやれば、直ぐ上の奴らは大人しくなった。
研究関連で色々と今でも揉めているそうだが、特に興味は無いので、何処の誰があの死体に何をしようと、バクラの知った事ではない。
問題は、それ以上に五月蝿かったマスコミ関係者。
特に、プロトクロスの間近に迫ったバクラとアルスの所には、連日連夜押しかけてきた。
それも、何処から情報を仕入れたのか各管理世界のマスコミ達がだ。
当然の事ながら、各次元世界の主だったマスコミ関係者だけでも、相当な人数となる。
一人を追い返せば、今度は別の人が。その人を追い返せば、再び別のマスコミ関係者が。
次から次へと、自分に恨みでもあるのでは、と疑うほど湧き出てくる。
一匹見かけたら三十匹いると思え。
まるでゴキブリの様な連中だ、と言うのはバクラの談だ。
アルスも、そこまでは言わないが、流石に連日連夜の取材は勘弁してほしい。
正直言って、下手な発掘作業よりも疲労が溜まった。
そんな日が三日間も続き、もう少しでバクラの堪忍袋の緒が限界に達しそうになった時、漸く騒ぎが収まった。
まだ完全ではないが、今はスクライアの族長であるバナックが色々と手を回して、随分と大人しくなった方である。

「お主ら、すまぬが騒ぎが治まるまで家で大人しくしておってくれ。なぁーに、こっちの方はワシらで何とかしておくから、心配するでない」

半ば強制的だったが、バクラ達からして見ればありがたい。
バナックの提案に従い、ここ数日間はミットチルダの家で過ごす事にしたバクラ達一家。
それでも毎日、人数こそは減ったがマスコミ関係者が取材に来るのだから鬱陶しい事この上ない。
こいつら、死霊共の生贄にしてやろうか。
物騒なスクライアの問題児がキレかかったが、そこは何とかレオン達が治めた。
家に押しかけた記者が何人か涙目になったり、震えたり、酷い人になると腰が抜けたりもしたが、ともかく静かな日常が戻ってきた。
今日も同じ。
朝が過ぎ、昼が過ぎ、夕方に差し掛かった極々平凡な一日だった。

「ふあぁ~~ん……クソッ、暇だ。何でこの俺様が、家の中に押し込まれなきゃなんねぇ」

居間に備え付けられたソファーを一人で占領しながら、だるそうな声でバクラは大欠伸。
仕方ないとはいえ、家に押し込められた生活。
本来、アウトドア派(と言うよりも、宝探しの超行動派)である彼にとってみれば、この一週間は暇な日の連続だった。

「文句を言うな。この一週間、大変だったのはお前だけじゃないんだから」

バクラの向かいのソファーに座るアルス。
黄金色の窓を背に、歴史専門書を読んでいた。

「そもそも、てめぇがっと!」

勢い良く飛び起きて、ソファーへと座り直すバクラ。

「あの時、俺を止めるからこんな窮屈な生活を強いられているんだ。あんな奴ら、少し痛めつけてやれば追い返すことなんか簡単に出来たってのによぉ!」

相当苛立ってるのか、何時にもまして声を荒げている。
一週間。
我慢できる人なら我慢できるが、どうやらこの男にとっては我慢できなかったらしい。
元より、人から命令されるのは癪に障る自由奔放な性格。
アルスを始めとして、皆に抑えられていなければとっくに家を飛び出していただろう。

「止めろって。そんな事をすれば、管理局に通報、暴力事件のスクープ、族長達からのお叱り、と三連コンボをくらう事になるぞ。
それ以前に、その暴力で何でも解決する短気な思考を何とかしろ」

専門書を読み進めながら、至極真っ当な答えを返すアルス。

「そりゃあ、あそこまで騒がれて鬱陶しくなる気持ちも解らないでもないけど、もう少しだけ我慢しよう。
族長達が知り合いに頼んで、騒ぎも治まってきてるみたいだし。現に記者の人達も前みたいに何人も来なくなったんだから」

「何で俺様があいつらの都合に合わせなくちゃいけねぇ!向こうの取材に答える義理も義務もねぇだろうが!」

「知らないよ。俺だって新聞記者の仕事に詳しいわけじゃないんだから。と言うか、俺に当たるなよ。ほら、本でも読んで時間を潰せば?」

そう言われて、はいそうですか、と納得できるようなバクラではない。
面白くねぇ、とでも言いたそうに再び寝転がり、テレビをつけてお茶請けのお菓子を齧り始めた。

「はぁ~~」

呆れる様に溜め息を吐いた後、再び専門書に視線を戻す。
触らぬ神に祟りなし。
下手に刺激して、一気に苛立ちが爆発したりでもしたらそれこそ手のつけようが無い。
もう夕方。
そろそろ夕御飯だし、バクラも腹が膨れれば多少大人しくはなるだろう。
黄金色に染まる空。
台所ではアンナが夕飯の準備をし、バクラはテレビを見て暇を潰し、アルスは専門書を読んで、それぞれ時間が過ぎていった。

「……………」

カチカチ、と時計の針が進んで行く中、一人だけ何もせずに呆けている人物が居た。
ユーノ。
アルスとバクラ、二人の間のソファーに大人しく座っている。
それだけなら特に変ではないが、今のユーノは何処となく変だ。
口には言えないが、雰囲気と言うべき物が何時もと違う。
何も言わず、黙ってただ只管アルスとバクラを眺めていた。

「……どうした、ユーノ?」

奇妙な視線に気付き、専門書から目を話して面を上げるアルス。

「あっ。う、うぅん!別に、何でも無い」

問いかけに対し、ユーノは慌ただしく両手をパタパタと振りながら何でも無いと主張した。
妙に慌てて、声も何処か上擦っている。
益々可笑しい。
専門書から完全に意識を反らし、アルスは怪訝な目線でユーノを見つめ続けた。

「えっと……あ、アルス兄さん!喉、渇いていない?」

「喉?……あぁ、そう言えばちょっと渇いたかな」

答えた瞬間、ユーノは待ってて、と言い残して台所へと消えて行く。
まるで、自分から逃げる様に。
此処最近はこうだ。
避けられていると言うか、あまり話さなくなった。
一体、どうしたのだろうか。

「……なぁ、バクラ。お前、ユーノの事どう思う?」

ユーノが見えなくなったのを見計らい、もう一人の兄へと問いかける。

「あぁ?どうって、何がだ?」

バリポリと、クッキーを食べ寝転がりながら視線だけを此方に向けるバクラ。
大変行儀が悪いが、今はユーノの方が優先。
アルスは改めて、ここ最近の末っ子の様子について尋ねた。

「いや……何って言われると、俺も具体的に答えられないけど……こう、何て言ったらいいのかな?」

頭の中では理解しているが、それを言葉として伝えるには難しいらしい。
ガシガシと、髪の毛を乱暴に掻いていた。

「う~~ん……変に遠慮している?」

漸く纏まり、アルスは言葉として伝えた。

「何か最近、ボーっとする事が多くなったと言うか、やる気が満ちていないと言うか。ほら、前の様に俺に勉強やお前に遺跡の話しを聞いてこなくなっただろう?
こっちから喋りかけても、妙に態度が硬いし、避けられたりしてる様な、してない様な?」

言葉としては伝えられたが、やはり漠然としか伝えられない。
そもそも、アルス自身も何がどう変なのか、明確に答えられるわけではない。
ただ、最近のユーノに違和感を感じたのは確かだった。

「それがどうした?あいつだって、四六時中俺達に付き纏っている訳じゃねぇだろ」

珍しく正論を言うバクラ。
家族とは言え、それぞれ別の人格を持つ別人。
何時でも何処でも一緒に居るわけでも無く、一人の時間と言う物があっても、それは別に可笑しい事ではない。

「だから、俺が言ってるのはそう言う事じゃなくて……え~と、う~んと。
上手く言えないんだけど、一歩後ろに下がっていると言うか、何処となく悩みでも抱えていると言うか」

漠然としたイメージは攫めているのに、その核心部分が解らない。
う~ん、う~ん。
解りそうで、解らない。
モヤモヤした気持ちがアルスの中に広がり、頭を悩ませた。

「気に何なら、直接聞きゃあ良いだけだろ。何、悩んでんだよ」

右へ左へと頭を悩ませているアルスを見兼ねて、バクラが提案した。
そこまで悩むなら、直接本人に聞け。
実に的確で、迅速なアドバイスだ。

「そりゃ、口で言うのは簡単だけど……どう訊けばいいんだよ?」

訊くのは確かに簡単。
しかし、そう簡単に行かないのが世の中と言う物だ。
ユーノが何かを悩んでいる、と言うよりも何かを抱え込んでいるのは間違いない。
問題は、それをどうやって問いただすか。
変な所で意地になるユーノの事だ。下手に問いただしても、口を開かないだろう。
まして悩みとなると、一人で抱え込む癖がある。
中々に繊細な問題だ。

(どうしたものかなぁ~)

うーん、と腕を組みながらアルスが悩んでいると、台所へと消えたユーノが戻ってきた。

「兄さん、お待たせ~」

お盆の上には、コップ三つとジュースのペットボトル。
わざわざ皆の分を持ってくる辺り、彼の優しさが窺える。
ありがとう。
お礼を言いながら、アルスはコップ一つを受け取った。

「まぁまぁ、お一つどうぞ」

テレビの真似でもしてるのか。
蓋を開けて、ユーノはお酌をした。

(う~~ん……やっぱり、何か変な感じだな~)

表面上は何時もと変わらないが、長年ユーノの兄を務めてきたアルスには解る。
やはり、何処となく固い。
何か悩みでもある様だが、さてどうしたものか。

(とりあえず、ジュースでも飲もう。折角持ってきてくれたんだし)

先ずは渇いた喉を潤そうと、コップに入ったジュースを一気に飲み込んだ。
その瞬間――

「ユーノ、てめぇ最近俺達を避けているだろ」

クッキーを齧りながら、一切の迷いを見せずにバクラが切りだした。

「ブバッ!」

思わず飲み込んだジュースを噴き出してしまうアルス。
確かに先程、直接訊けばいいとアドバイスを受けたが、此処までストレートに言うとは。
この男に遠慮と言う言葉が無い事を、改めて確認した。

「ゴホッ!ゴホッ!……器官がえっほ!ゴホゴホッ!」

咳き込むアルスを無視して、バクラとユーノは話を続ける。

「え?……ど、どうしたの兄さん?そんな事は、無いよ」

否定の意を示すユーノだが、バクラは見逃さなかった。
その小さな体が、ビクリと震えた事に。
やる気を感じさせない、眠たそうに半目でユーノを見つめ、バクラは容赦なく核心部分をつく。

「まぁ、アルスに似てクソ真面目なてめぇの事だ。大方、この間のあの鳥の事で悩んでいたんだろうが」

ユーノの仮面が剥がれるが、バクラは容赦なく続ける。

「確か、一年前のクルカ王朝の城でも、似たような事があったな」

一年前、ユーノは勝手に発掘に付いてきて、遺跡の中に取り残された事がある。
そして今回は、プロトクロスに攫われた。
どちらにも共通しているのは、ユーノ一人の力で解決する事は出来ず、バクラやアルスに助けて貰った事。

「皆に迷惑をかけず、早く一人前になりたい、か。ふんっ、笑わせんじゃねぇ!」

幼い心を抉るように、悪口雑言をあびせる。

「あの時も言ったが、まだ知識も技術もそこら辺に居るガキに毛が生えた程度の未熟のてめぇが、俺達と対等になろうとしてること自体が間違いなんだよ!
いちいち下らねぇ事で悩んでねぇで、早く一人前になりたかったら一つでも多く技を磨け!」

相手を見下す様に、ソファーへと踏ん反り返るバクラ。
優しさの“や”の字も無いが、これでも彼なりにユーノの事を考えているのだ。
もしこれが、どうでもいい存在ならこんな事は言わない。
一応身内にはそれなりの仲間意識を持っているが、流石にこの言いようは幼いユーノにとっては辛すぎる。
注意とそれとなくユーノを元気づけるため、呼吸が整ったアルスは口を開こうとしたが――

――バンッ!!

自分の発言を遮るように、甲高い音が響いた。

「うん?」

「ゆ、ユーノ?」

音の発生原因はユーノ。
その紅葉の様に可愛らしい両手でテーブルを強く叩いた。

「うぅ~~くっう~~」

猫の威嚇か。
思わず心の中でツッコミを入れてしまう兄二人。
肩を僅かに震わせ、目頭に涙を溜め、歯を強く噛みしめ、目を鋭くしてキッと此方を睨んでいる。
本人は怒っているのだろうが、何分に元が元だ。
バクラなら間違いなく子供が泣き叫ぶが、ユーノだと今一に迫力に欠ける。
要するに、傍から見たら少し可愛い。
しかし、その怒りを直接ぶつけられているバクラ達にとってはい居心地が良い物ではない。
小さいとはいえ、明確な敵意をぶつけてくる、しかも今まで仲が良かった弟。
アルスは困惑し、オロオロと迷うばかり。
そして、バクラに至っては――

「……………」

大人げも無く、無言で真正面から睨み返していた。
バナックやレオンから叱られようとも、逆に此方から噛みつき返す狂犬。
そんな男が、弟とはいえ明確な敵意を向けられて大人しく出来ますか。
答え、出来ません。
何もしてこないなら、此方も特に何もしないが、向こうから仕掛けてくるなら話は別だ。
ユーノと同じく(此方は似ても似つかないほど凶悪な目力だが)、真正面から睨みつけるバクラ。
“てめぇ、何ガンを飛ばしてんだ?ぶち殺すぞ!あぁ!?”的な視線を、容赦なくビシバシと幼い体に向かって注ぐ。

「……うぅ………きゅうぅ」

バクラは正直怖い。
見た目が大柄な事もそうだが、何よりも纏っている空気が剥き出しの刃の様に鋭い雰囲気を醸し出している。
真正面から睨みつけられ、縮こまってしまうユーノ。
大型の肉食獣に苛められる草食動物の様に、体を震わせるが、それでも何とか持ちこたえようとする。
しかし、所詮は虚勢。
迫力に圧され、完全に白旗を上げてしまう。
腰が退け、口をへの字に曲げ、今にも泣きそうだ。

「……兄さんの」

面を下げ、聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で呟く。

「あん?何言ってんだ?」

小さく、今にも消えそうな声にバクラは怪訝な表情を浮かべた。

「兄さんの……兄さんの……」

か細い声で、兄の名を呼び続けるユーノ。
バクラのガンを真正面に受けて、相当怖かったのか目頭に涙が溜まっている。
それでも逃げる事無く、再び面を上げてキッとバクラを睨み返す。

「……兄さんのぉ」

瞳孔を見開き、バクラの姿をその瞳に捉えて一気に感情を爆発させた。

「兄さん達のバカアアァアアァアァアーーーー!!!」

キーン、と耳を奥が痛くなるほどの音の衝撃波が駆け巡る。
目の前の居たバクラとアルスだけでなく、台所に居たアンナも驚き料理を中断してしまった。

「くっ!」

そのままユーノは、悔しそうに表情を歪めながら、何も言わずに居間の扉を開けて出て行ってしまった。

「ば、バカって……俺もぉ!?」

普段、人の悪口を言わないユーノが言った物だから、驚愕の表情を見せるアルス。
おまけに、可愛がっていた弟に真正面からバカと言われた。
若干……と言うか、かなりショックを受けて固まってしまう。
その間にユーノは部屋を出て、付いてくるなと言いたそうに扉を強く閉めた。
バタン。
扉を強く締めた音が、部屋の中に響き渡る。

「……はっ!?ゆ、ユーノ!!」

一瞬固まってしまい、完全に出遅れた。
気付いた時には、既にユーノは部屋を出た後。
直ぐ後を追おうとしたが、あそこまで感情を爆発させたユーノは始めた見た。
どうしていいか解らず、アルスは呆然としたまま入り口の扉を見つめたその時である。
ヒュン。
気持ちの良い風切り音を纏いながら、何かが自分の隣を通りすぎて行く。
その何かは、真っ直ぐユーノが出て行った扉を当たり、昔のビックリ玩具の様にバラバラに砕け散ってしまった。

「り、リモコン?」

その何かの正体は、居間に備え付けられているテレビのリモコン。
勿論、行き成り勝手に飛んで扉にぶち当たる、などと言う奇妙奇天烈な機能は付いていない。
誰かが投げたから、扉に当たって壊れたのだ。
恐る恐るアルスが後ろを振り向くと――鬼が居た。

「チッ!あのクソガキがぁ!」

元々目つきが悪い視線をさらに鋭くさせ、忌々しく吐き捨てるバクラ。
バカ。
侮辱の言葉に、それも弟分に言われたのは相当腹を立てたらしい。
正直、初対面の子供が見たら間違いなく泣き叫ぶ。

「なんなんだ、あの野郎!?最近、妙に反抗的な態度を取りやがって!」

「反抗期って奴じゃないのか?成長の過程じゃあ、必要なものらしいぞ。とりあえず、リモコンはお前の小遣で何とかしろよな」

「ケッ!反抗期だぁ?可愛げのないガキだぜ!」

鏡。

「……おい、アルス。一体何のつもりだ?鏡なんか取り出して」

「いや、世界中の皆さんがこうしろ、って言ってる様な気がして……俺も、“万年反抗期なお前が言うな!”って意見には賛成だし」

お約束の漫才をした後。
バクラは、勝手にしろ俺はもう知らねぇからな、とでも言いたそうに再びお茶請けのクッキーの袋を乱暴に開けて齧り始めた。
アルスは直ぐ後を追おうとしたが、少し待てと自分に言い聞かせて、今回の原因を探ろうと脳をフル回転させていた。
恐らくは、前のクルカ王朝の遺跡と同じ。
変に背伸びした結果。
お荷物、役立たず、足手まとい。
昔から責任感は強かった方だが、まさか此処まで思い詰めていたとは。
放ってはおけない。
連れ戻そうと、アルスが扉に手をかけようとすると――

「何だ、さっきのでかい声は?また、何かやらかしたのかよ?」

「あ、レオンさん」

この家の大黒柱であり、自分の父親代わりのレオンが、扉を開けて佇んでいた。




兄達に向かってバカと罵ってしまったユーノ。
ドタドタと廊下を走り抜け、つい勢いで家を飛び出してしまい、気付いた時には既に家からかなり離れていた。
戻ろうかとも思ったが、先程のバクラの発言が脳裏に蘇る。
自分を見下す視線に優しさなど一切ない悪口の羅列。

『まだ知識も技術もそこら辺に居るガキに毛が生えた程度の未熟のてめぇが、俺達と対等になろうとしてること自体が間違いなんだよ!』

街中だというのに周りの雑音は聞こえず、絶えずバクラの言葉だけが耳の中に木霊した。

「……兄さんの、バカ」

小さく、蚊の様に呟き、ユーノはトボトボと歩きだした。




何の当ても無く適当に歩いて着いたのが、この公園だ。
自分が来た頃には既に子供達の影も無く、夕暮れに染まった砂場やブランコは何処か寂しそうに見えた。
ブランコに座り、特に何もせずに時間を過ごす。
誰も居ないのは確かに寂しく感じるが、今の自分にとってはこの静かな空間の方がありがたい。
一人っきりで過ごしていく内に、もう十分に頭が冷えた。

「はぁ~~~~~~」

幼い容姿に似合わず、人生に疲れ切ったサラリーマンの様に長い溜め息を吐き出す。
頭が冷えたおかげで、客観的に自分を見れる様になった。
バクラの暴言も悪いが、それ以上にバカと罵倒した自分も悪い。
完全な八つ当たり。
恐らく、バクラやアルスに向かってこんな事を言ったのは、これが初めてだろう。
あの時は自分の感情をコントロール出来ず、思いっきり言い放ってしまった。
格好悪い。
自己嫌悪に陥るユーノ。
戻って謝もろうと、頭では考えてはいる。
なのに、足が家の方向に向かなかった。

「こう言うのを、後ろめたいって言うのかな?」

人生の黄昏とは言うが、今のユーノの表情は正にそれだ。
夢や希望に溢れる子供とは考えられないほど、疲れ切った面を上げて黄金色の空を眺める。
雲一つない快晴、それが今の彼にとっては眩しかった。
はぁ~~。
再び重い溜め息を吐き、地面へと視線を戻してしまうユーノ。
大きく伸びた影法師を眺めながら、自分の心中を吐露する様に口を開いた。

「僕が兄さん達と対等になること自体が間違い……か。…………そんなの、僕自身が一番解ってるよ」

本当は解っていた。
バクラが言った事は確かに優しさなど感じさせなかったが、正論だ。
五歳児で、技術も知識もまだまだ未熟。
そんな自分が、超天才児であるバクラや博識であるアルスと、対等になれるはずが無い。
幼いとはいえ、同年代よりも精神的成長が早いユーノ自身には良く解っていた。

――けれど、それを認めてしまったら、今までの自分の努力はどうなる!?

先程の悲しみの感情は身を潜め、変わりに怒りの感情が浮かび上がった。

「兄さん達は凄いさ。僕と違って、一族の皆から一人前として認められて……知識も、技術も僕なんかよりも凄いし。
でも……だからこそ、そんな風になりたいって目標にしちゃダメなの!?
皆に迷惑をかけないように、早く一人前になろうとしちゃダメなの!?
今回だって、僕が攫われたせいで皆に迷惑をかけちゃったのに!!」

ギュッ、とブランコのチェーンを攫んだ両手に知らず知らずの内に力が入っていた。
此処には居ないと言うのに、自然とその瞳には兄二人の姿が映る。
ブチッ。
何故か知らないが、物凄く苛立った。

「兄さん達の、バカアァアーー!!」

もう完全に子供の八つ当たりだ。
唯一の救いは、この公園に誰も居なかった事だろう。
居たら恐らく、というか絶対に補導の対象となった。

「はぁはぁはぁ……」

言いたい事を一通り言い終わり、呼吸を整える。
頭に血が昇っていたせいで、体全体が熱い。
荒れた呼吸を整えていたその時、ヒューと一陣の風が吹いた。
季節的には暖かいが、今は太陽が沈みかけた夕暮れ時。
服装も勢いで家を飛び出してしまい、比較的軽装。
流石に寒い。
風は公園を駆け抜け、自分の体から熱を奪って行く。
同時に、先程まで熱湯の様に煮え滾っていた感情も、絶対零度の氷山に埋められた様に一気に冷えていった。

「パパ~!」

ふと聞こえた、自分よりも幼そうな声。
何気なく視線を声が聞こえた方向に向ける。
公園の出口の前の通りすぎて行く、一組の親子。
母親の方はその手に買い物を袋を下げ、父親の方はスーツ姿だった。
察するに、会社帰りの父親を迎えに行き、ついでに夕御飯の買い物をしたといった所だろう。
父親に肩車されている子供。
自分よりも幼く、余程楽しいのか家族皆で笑い合っていた。

「……………」

再び口を閉ざし、キーコーキーコー、と悲しげなメロディーを奏でる。
つい先ほどまでの当たり散らしていた面影は見えず、今は悲しげに口を閉ざしてしまうユーノ。
何も喋らず、ただただ自分の影法師を眺め、ブランコを揺らす。
ヒュー。
再び冷たい風が吹き、ブルッとユーノは体を震わせた。
寒い。
やはりこの格好はキツイ。体全体が寒気に包まれる。
特に外気にさらされている頬は熱い…………熱い?

「あっっっっっつぅうぅーーーー!!」

ビョーン、と陸上選手のスタートダッシュの様にブランコから飛び出すユーノ。
熱い、熱い。
自分の左頬を抑え、その場で悶えるユーノ。

「うぅ~~~……何、一体!?」

この時間帯、この寒空の下でこの熱さは異常過ぎる。
と言う事は、左頬の熱さ何かによって与えられた物だ。
ユーノは犯人を確かめるため、勢いよくブランコうの方を見ると――

「あぁ~、悪い。そんなに熱かったか?それなりに時間が経っていたから大丈夫だとは思ったんだけど、やっぱり出来たてはそうそう冷めないのかな?」

バクラ達と同じく、小さい頃から自分の側に居てくれた人物。
レオンが小さな紙袋を持ち、困った様に頭を掻いていた。




「……………」

「モグモグ……うん、やっぱりあそこのコロッケは上手いな。なぁ、ユーノ?」


――何なんだろう、これは?


「……………」

「このじゃがいものホクホク感に、何と言っても自慢のソースが、コロッケの旨味を二倍にも三倍にも高めている」


――もう一度言うが、何なんだろうか?この状況は?


大人用にコートに身を包み(寒いだろ、とレオンのを貸して貰った)、ユーノは考える。
自分の頬をアツアツの状態にさせた犯人は、レオンだった。
その手に持っていたのは、近所にある精肉店のコロッケ。
ほれ、とその内の一つを一方的に渡される。
早く喰わないと冷めるぞ、と言いながらレオンは隣のブランコに座り、今現在に至る。
状況確認終了。結論、訳が解らない。
まさか本当に、コロッケを食べるためだけに来た訳ではあるまい。
家を勝手に飛び出した事、こんな時間に出歩いた事、はたまた前回のプロトクロスの一件、などなどに対してのお叱り。
嫌な想像が頭の中を駆け巡り、ダラダラと嫌な汗を掻き始めるユーノ。
流石に叱られるのは、人並みに嫌らしい。

(……コロッケ、食べよう)

先程、頭に過った嫌な考えから逃げる様に、目の前のコロッケに齧り付く。
ある意味逃げたと言えるが、この寒空の下。
吹きかける風によって冷えた体は、暖かい食べ物を求めていた。
サクッ。
揚げたてで、聴覚的にも大変美味しい音だ。
外はサクサク、中はホクホク。
特性のソースも相まって、美味しさを何倍にも引き立てている。
確かに、これは美味しい。
思わず頬を綻ばせ、もう一口、さらに一口、とコロッケに齧り付く。
お腹が空いていたのか、それともコロッケが相当美味しかったのか。
直ぐ、その手の中にあったコロッケは無くなってしまった。

「美味しかったか?」

口の中に残った旨味を味わっていたら、タイミングを計った様にレオンが話しかけてきた。
見れば、向こうも食べ終わった様で、その手にはコロッケを持っていなかった。

「あ、はい。……その、ありがとうございました」

お礼に対して、どういたしましてと返すレオン。
妙に他人行儀だが、それは仕方ない。
もはや、ユーノのこれはクセの様な物だ。今さらどうこう言う事も無い。
苦笑にも似た笑みを浮かべ、レオンは我が子を見つめた。
少しの間、沈黙が続く。
ユーノもレオンも、どちらも何も言わず黄金色に染まった空を眺める。
静かだ。
遠くから人の声や歩く音、時々風の音が聞こえるが、邪魔にはならない。
ゆっくりと、父と子の二人だけの時間が過ぎていった。

「……で……何で家を飛び出して、こんな所で不貞腐れていたんだ?」

怒るわけでも、責めるわけでも無く、優しく柔らかい口調で本題を切りだした。




ポツリポツリ、とレオンにやっと届くほどの小さな声で事情を話すユーノ。
最初は言い淀んでいたが、それも仕方ない。
心理的圧迫。
相手が優しく問いかけてきても、自分に罪悪感があるならどうしても言葉に詰まってしまう。
ユーノも例外ではなかったが、その辺はレオンも子供の頃に体験した。
そう言えば、昔は俺も友達と何かやらかした時に族長や親にこっぴどく叱られたな~。
昔の自分を重ね合わせ、レオンは焦らず、ゆっくりと、ユーノの言葉に耳を傾けていた。

「なるほど。要するに、バクラに容赦なく言い負かされたって事か」

「……うん」

僅かに涙を滲ませながら、コクリと頷くユーノ。
最初は言い淀んていたが、口を開けば思ったよりもペラペラと自身が抱えていた悩みが吐き出される。
レオンの人柄もあるのだろうが、どうやら自分で思っていた以上に誰かにこの問題を聞いて欲しかったらしい。

「ふーん。でも、お前だってバクラが言ってる事は正しいって解っているんだろ?そりゃあ、言い方には問題はあっただろうけどさ」

正論。
それは解っている。解っているのだが――

「うん。……でも、それじゃあ僕はどうすればいいの!?」

理解と納得は、全くの別問題だ。

「僕にはアルス兄さんみたいに魔法も知識も無ければ……バクラ兄さんみたいに特別な才能がある訳でもない」

眉を下げ、深い影を落としながらユーノは心中を吐露する。

「前のクルカ王朝の遺跡で、散々皆に迷惑をかけたのに……今回も僕は何も出来なかった。
兄さん達に助けられるまで……気を失っていた。アルス兄さんや……ひっぐ…バクラ兄さんの様に……あっぐ。
早く、皆に迷惑をかけないよう一人前になろうとしていたのに……僕はぁ……ぁ……僕はぁ」

耐えきれなくなったのか、ユーノの瞳から大粒の涙が零れ始めた。





(ふぅ~~~……こいつは、かなりの重症だぞ)

悲しみにくれる我が子を眺めながら、レオンは考える。
そもそもの原因。
ユーノは他者に迷惑をかける事を怖がっている。
自分が捨て子だからなのか、それとも一族の役に立ってないからなのか、元々の性格からなのか。
何にせよ、今のユーノは後ろ向きになりすぎているのは確かだ。

(ちょっと複雑に考え過ぎて無いか?俺が五歳の頃なんか、もっとお気楽だったぞ)

思わず心の中で愚痴ってしまうレオン。
少なくても、自分がユーノと同じぐらいの頃は、他人はともかく一族に対しての迷惑など考えて事無かった。
迷惑をかける。
確かにそれはいけない事だし、人としてあまり褒められた物ではない。
しかし、今回のは別だ。


――皆に迷惑をかけた


別に一族の皆は、誰もユーノの事を責めていない。
前回も今回も、どちらも事前に予測が出来なかった不幸な事故。
その中心にユーノが居ただけだ。
自分で解決する事が困難な問題に、他者への助力を願う。
それは別に迷惑でもない。家族なら尚更だ。


――自分が役に立っていない


言い方はアレだったが、レオンも概ねバクラの意見には賛成だ。
どれだけ熱意があろうとも、素人がプロに勝てないのは当たり前であり、何も恥ずべき事ではない。
ましてユーノはまだ五歳。
成長途中であり、これから才能を開花させる時期なのだ。
一体何処に悪い事があるのか、此方が教えてほしいぐらいだ。


――早く一人前になりたい


それ自体は悪いとは言わない。寧ろ真面目で向上心があると、花丸をあげたいぐらいだ。
しかし、何も慌てる事はない。
ゆっくりでもいいから、一人前になって親を安心させてくれれば、それだけで最高の親孝行だ。一族に対しても。

(まぁ。こいつの場合は、自分だけの問題じゃないんだろうけどな)

断片的に散らばったピースを組み立て、レオンはパズルを完成させ、答えを導いていく。
皆に迷惑をかけたくない独り善がりの想い、そして自分がまだまだ子供だと心の中では自覚している想い。
バクラやアルスの様になりたいと憧れを抱いている一方で、この二人と対等になりたいという願望。
一人前になり認められたいという想いの一方で、自分に知識や技術が足りないと自分自身で理解している真実。
子供だから、と自分に言い聞かせるのは簡単だ。
しかし、それでは自分が『子供』だと認めてしまう事になる。バクラとアルスと対等ではない事を認めてしまう。
悔しい、守られているばかりの自分自身の強さが。
同時に怖い。
皆に迷惑をかけても、皆が許してくれる。そう、自分は『子供』なのだから。
認めてしまう事が怖く、否定したい一方で自分が『子供』だと理解している。
全てが矛盾する想い。
それらは複雑に絡み合い、出口が無い袋小路へと招いた。

「ふぅ~~」

知恵熱でも起こしそうだ。
レオンは冷たい空気を肺に満たそうと、小さく深呼吸をする。
励まそうと思ったが、正直どう言えばいいのかレオンには解らない。
自分は、あれこれ悩むよりも行動に起こす方が得意なのだ。

(そういえば……こうやって子供の悩みに対応するのって、初めてだな)

バクラは勿論、アルスからもあまり相談と言う物を受けた事が無かった。
全く無いと言えば嘘になるが、それでも微々たる問題で此処まで深刻に悩んだ事はない。
あの二人の事。
互いに感情をぶつけ合っている内に、悩みな取るに足らないほど小さくなるのだろう。
しかし、ユーノには嘘偽りない感情をぶつける相手が居ない。
せめて少しでもバクラに似ていれば、もしくはバクラとアルスの様に感情をぶつける相手が居れば、此処まで問題を抱えなかったのかもしれない。

(そんな事言っても、しょうがないか)

此処に居ない誰かに頼っても仕方ない。
自分はこの子の父親。
だったら下手に言葉を飾らず、自分で想った事を正面からぶつければいい。

「ほら、これで顔でも拭け。男の子が何時までもメソメソ泣いてるんじゃない」

「ひっぐ……うん。ジイィーー!」

ハンカチを渡して涙を拭った(鼻をかんだのには苦笑を浮かべたが)のを見届け、レオンは静かに口を開いた。




「まぁ、お前の気持ちも解るさ。俺だって、ガキの頃は早く大人になりたいって、背伸びをした事もあるしな。
でもさ、ユーノ。大人になるって事は、ただ一人前になる事なのか?知識や技術を身に付け、皆の役に立っていたら、そいつは大人なのか?
俺は違うと思うな。
体や知識が凄くても、半人前の人なんかこの世界には沢山居るぞ」

「それは……じゃあ、大人って何ですか?一人前になるって、どういう事を言うんですか?」

純粋な問いかけに、レオンは困った様に頭を掻いた。

「う~~ん。そう言われると、俺も解らないな。俺は考古学の知識はあっても、そっち関係の知識は全くの素人同然だからな。
逆に訊きたいんだけど、ユーノの『大人』や『一人前』って具体的にはどういう人を指すんだ?」

優しく、諭す様な口調で語りかけるレオン。
少しの間を挟んで、ユーノは纏めた答えを告げた。

「誰にも迷惑をかけず、一人で立派に自立している人……かな?」

この答えに、ユーノは何も疑問を抱いていなかった。
何故なら、迷惑をかける事は悪い事だと自覚してるし、恥ずべき事だと思っているから。
だからこその答えなのだが、レオンはその答えを笑い飛ばした。

「はははっ。なるほど、確かにそいつは凄いな。
誰にもを迷惑をかけず、か。本当にそんな人が居るなら、是非とも一度会ってみたい物だぜ」

「会ってみたいって……レオンさんは違うんですか?」

他人の子供である自分やバクラを引き取り、一族の皆から信頼され、自分やバクラ達の面倒もみてくれている。
ユーノにとって、レオンは立派な大人に見えた。

「なーに言ってんだ?お前の理論で言ったら、俺だって子供じゃないか」

「……え?」

予想外の答えに、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

「だってそうだろ?俺はこの間の発掘、風邪をひいて寝込んでいたんだから。
族長やおばば様、さらには発掘の皆にも迷惑をかけちまったんだから、俺も立派な子供で半人前さ」

「でも……それは」

それはあくまでも、風邪をひいていたからだ。
病気でなければ、レオンは何時も通りに仕事をこなしていた。

「なぁユーノ。お前が迷惑をかけたくない、って心掛けるのは凄くいい事だと思う。
でもさ、迷惑をかけてからって、それが悪い事だ!ってのは別じゃないか?」

よっこらせ、とレオンは立ち上がり、ユーノの前に目線を合わせる様にしゃがんだ。

「少なくても、俺はお前よりは長生きしてるからな。その俺から言わせてもらえば、世の中のほとんどの人は誰かしらに迷惑をかけているもんだ。
俺も、アンナも、族長や他の皆も、勿論アルスやバクラだってな。
考えてもみろよ?
アルスが読んでいる本や勉強道具、学生だった頃の学費。これ全部は、俺が働いて稼いだお金で払っていたんだぜ。
今でこそ、あいつはあんなに立派になったが、昔はお前とどっこいどっこいだ。いや寧ろ、お前よりも手が掛ったと言っても良い」

以外だ。
昔とはいえ、自分が憧れたアルスが自分よりも手が掛ったなんて。
ユーノは信じられない様に、レオンの瞳を覗き込んでいた。

「バクラに至っては、本当に手を焼かされたぜ。
何しろ、あいつには人としての常識何かこれっぽちも無かったからな。
近所の人と喧嘩して、相手に怪我を負わせて頭を下げに行った事なんか、それはもう数え切れないほどさ。
発掘に連れて行ったら行ったで、勝手な行動をするは。料金を払わないで、スーパーの品物を盗むは。
そうそう。昔プールに連れていった時、間違えて女子更衣室に入って、肝を冷やされた事もあったな~」

人が聞いたら、卑下すべき行動。
しかし、レオンの顔には険悪感は浮かんでおらず、寧ろ慈愛の笑みを浮かべて大変だったと語っていた。

「人間なんて、そんなものさ。知らず知らずの内に、誰かに迷惑をかけている。
けれどな、だからこそ俺達はお互いに助け合い、頼って生きているんだよ」

「頼っている?」

「そう。
俺は家に収入を入れる事は出来るけど、家の家事は出来ない。だからアンナに助けてもらう。
バクラもアルスもそう。あいつらの作る料理って、大抵がそのまま焼くか、近所のスーパーで買ってきた煮汁で煮るかの二択ぐらいしかないからな。
若しくはインスタント食品。
そんな物、毎日食っていたら飽きちまうだろ?」

その意見には賛成だ。
バクラは勿論、アルスもそっち関係のスキルは乏しい断言してもいい。

「毎日毎日、献立を考えて料理を作る。これだってかなりの重労働だ。
俺も、あいつらが稼ぎを得るまで食費代に服、家具やアルスの学費、その他諸々の出費。
家族五人分の稼ぎをするのだって、そうそう楽なもんじゃないさ。
けれど、俺はそれを迷惑だとは思っていないぞ。勿論、悪い事だともな。
ユーノだって……そうだな、例えばユーノが大人になって、子供達に学校の勉強を教えて、って頼まれた時。
それをお前は、迷惑だと感じるか?」

フルフル、と首を横に振るユーノ。
自分だって何か解らない時は、よくアルスに質問していた。
どうにもならない問題に、他者の助力を願う。
それが例え自分に助けを求められようとも、それ自体が悪いとは思わなかった。
レオンは満足げに、ニカッ、と歯が見えるほどの笑みを浮かべてユーノの頭にそっと手を乗せた。

「そうだろ~。
他人がお前に頼ってきたのに、お前が他人に頼っちゃいけないルールなんて、世の中の何処を探したって存在しないんだ。
まして、お前は子供だ。いや、お前だけじゃない。アルスも、バクラも、どんなに立派になろうとも俺にとっては何時までも子供だ。
迷惑をかけてくない、早く一人前になりたいって気持ちは大事だけどな、全く迷惑をかけずに一人前になった人なんか何処を探したっていねぇよ。
だからさ、ユーノ。我慢しなくていいんだ。
俺達には頼っていいんだ、我儘を言ったっていいんだ。何か困った時、助けを求めていいんだ。誰もそれを悪い事だとは思っていないからさ」

ワシャワシャ。
髪の毛が乱れるぐらい、乱暴に頭を撫でるレオン。
少し痛いが、それ以上にユーノにはその手が暖かかった。
ポロポロと、ユーノは自分の中の何かが崩れ落ちていくのを感じた。
同時に、胸から込み上げてくる何かを我慢する様に下唇を噛んだ。

「ぼくぅ……僕はぁ…弱くて、何時も兄さん達に守られていてばかりで………悔しくて、一人前になろうとして……」

ガタガタと体を震わせながら、ユーノは自分を撫でてくれるレオンに向かって問いかけた。

「これからも……ひっ……うぐ……たくさん、迷惑をかけちゃう……あぁ……足手まといになっちゃうかもしれないけど。
そんな……弱い……すん……弱い僕でも、レオンさんや皆を……頼っていいですか?」

その問いに対し、レオンは胸を叩いて自信満々に答えた。

「おう!ドーンっと頼ってこい!俺は、お前の父親なんだからな!
もし、それでお前を悪く言う奴が居るなら、何時でも俺に言え!お父さんがやっつけてやるからな!!」

ユーノの中に存在したそれは、もう無くなっていた。
我慢できず、目の前の父の胸に飛び込む。

「……ぁ……ぅ……レオン、さぁん」

泣き叫ばないのは男の子としてのプライド故か。
それでも、言葉にならない声が漏れ、時々咳払いが聞こえた。
レオンは特に何も言わず、ただ胸の中に居る我が子の頭を撫で続けていた。





太陽が沈みかけ、ほとんど夜の顔が出始めたミットチルダの道を歩いて行く“一つ”の人影。

「肩車なんか久しぶりにしたけど……お前、結構重くなったんだな」

「そう……かな?自分だと、良く解らないんですけど……」

「あぁ。つーか、未だに敬語かよ?前々から言おうと思っていたけど、俺もアンナも、特に気にしないからわざわざ敬語を使わなくても良いんだぞ」

「あ、あははははっ」

こればっかりはもう直し様が無いので、苦笑を浮かべるしかない。
トントン。
アスファルトの地面をたたきながら、親子二人は我が家への帰路へとついた。









幼い頃、憧れた大きな背中。
初めて追い付きたいと思った、目標とした二人。
今はまだ無理かもしれない。
対等な関係にはなれず、これから先も助けられる事もあるだろう。
でも――

『何やってんだ、ユーノ?』

『ユーノ、どうした?』

何時かきっと、この二人に追いついてみせる。一人前だと、自分を認めさせてみせる。
二人には負けない!









今回は一言だけ

心理描写が難しい!

以上!



[26763] アンナが死んじゃう!?
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/11/21 07:28



少年は後悔していた。

「んぅーー!んぅんーー!!」

身動きを封じられ、逆さ吊りにされながらも無駄な抵抗を試みる。
そう、無駄な抵抗を。
どれだけ助けてと願っても、どれだけ抗おうとも、まるで自分を嘲笑うかのように状況は進展しない。
もはや、涙は枯れつくした。気力も体力も、底をつきかけている。
それでも尚、抗おうとするのは生への執着心か。
声にならない声を上げながら、少年は抗い続けた。

――ザバッ!

水面下から飛び出してきた影。
それは、一般的に魚と呼ばれる物だった。
しかし、果たしてこれが魚だと断言できるかと言えば、首を傾げざるを得ない。
獰猛な目つき、肉食獣の様な牙、極めつけは全長3メートルは超えている巨大魚。
川や海に居る魚のイメージよりも、サメと言った方がより明確にこの魚のイメージが伝わるだろう。
巨大な体を、発達した筋肉で空へと打ち上げる。
生えた牙は刃物の如く鋭利に尖り、開いた口は永遠に底が見えない深淵の闇が広がっていた。

「むうぅーー!!ぅううむうぅーーーーー!!!」

巨大魚が此方に向かってくる。
均等に並んだ銀色の刃は水玉を弾き、妖しい色を放っていた。
恐怖に表情を歪め、より一層暴れ回る少年。
首を振り、体を振り、足を振り、動かせる部位、全てを使って逃れようとしたが無駄だ。
どれだけ願っても、人間の力など所詮は無きに等しい小さき物。
拘束からは逃れず、少年は追いつめられ反撃すらも許されないネズミのまま、ただただ最後の時を迎えようとしていた。

「ファルコオオォーース!!」

通りすぎる幾つもの風の刃。
それら全ては一つも外れる事無く、巨大魚の体を撃ち抜いた。
魚とは思えない断末魔の悲鳴を上げ、水面へと落下して行く巨大魚。
先程の獰猛さは見る影も無く、プカプカと力無く白目を向きながら水面に浮いていた。

「こいつで漸く7匹目か。チッ!思ったよりも集まらねぇな……ファルコス!さっさと回収しろ!」

盗賊の羽衣を翻し、ファルコスに先程の巨大魚を回収させる一人の人物。
その人は少年にとって身近の人物であり、比較的有効的に接していた人物だった。
普通だったらピンチの少年を助けた様に見える。そう、“普通”だったら。

「むううぅーー!ううぅぅーーー!!」

ジタバタと、体全体で何かを伝えようとする少年。
様子からして、決して“ありがとう”などの感謝の言葉を伝えているようには見えない。
寧ろその逆に、怒りと恐怖に染まった瞳で少年はその人物を見つめていた。

――あぁ、何故こんな事になってしまったのだろうか……

少年は何かを訴えながら、つい数日前の記憶を掘り起こした。




ある日の昼前。
ポカポカと陽気な日に包まれ、半袖で十分過ごせるほどの快晴。
ユーノは一人、アルスの机を借りて勉学に励んでいた。

「え~と……次の問題はっと」

今年でユーノは六歳となる。
ミッドチルダでも、そろそろ学校に通っても可笑しくない年頃。
ユーノ自身も、来年時には学校に通おうと考えていた。
入学しようと考えているのは、魔法学院。
普通科でも良かったが、やはり魔導師としては魔法の事も色々と学びたい。
そして、学生生活での目標はズバリ、首席卒業。
先進世界であるミットチルダの学歴社会は、実力主義社会的な部分がある。
これは管理・管理外世界問わずに当たり前の事なのだが、ミットチルダの学校では早い人では10歳未満でも飛び級が出来るシステムになっている。
彼が目標とする兄、アルスも自分と同じぐらいの頃に魔法学院に入学し、二年で卒業した。
それだけアルスが優秀だった証拠である。
今よりも幼き頃に抱いた想い。
魔法学院の首席卒業は、謂わばそのための第一歩。
勉強でも、魔法でも、スクライアの発掘作業でも、二人に負けず劣らずの立派な一人前になってみせる。
やる気と言う炎を目の奥に灯しながら、ユーノはアルスから借りた問題集を解いていった。

「う~~ん!ちょっと、疲れた~」

どれだけやる気があっても、やはり人間。
疲れた体を解す為、背もたれに乗りかかりながら思いっきり背伸びをして肩をコキコキ。
休憩。
ダラーン、と体を机に預けながら、何気なく窓の外見つめて疲れを癒す。
今日は本当に良い天気だ。
このまま家に籠っているのは勿体ない。
後少しだけ勉強を続け、午後には何処かに遊びに行くのも良いかもしれないな。
予定を決めたユーノはよし!と気合を入れ直し、再び机に向かった。

「……そう言えば、バクラ兄さんは何時頃帰ってくるのかな?」

今日、この家に居るのは自分を含めてアンナの二人だけ。
アルスは学生時代の友達の家に泊まりに行くと言って、朝から出かけている。
レオンは仕事の関係で、今はスクライアのキャンプ地で現場の指揮を執っている。
バクラに至っては、何処に居るのか解らない。
一か月ほど前にふらふら~、と出て行ったきり家にもキャンプ地にも戻ってこず、恐らくはまた何処かでお宝を探しまわっているのだろう。
多分、と言うか絶対に許可を取らないで無許可で。

「兄さんも懲りないな。何時も何時も、族長やレオンさんに没収されるのに」

お決まりの没収名場面を思い出し、笑ってしまうユーノ。
アレも既に、スクライアの名物の一つとなっている。
休憩終わり。
勉強を再開しようとしたが、折角の機会だからアルスの参考書を見せて貰おうと、ユーノは本棚に近付いていった。

「うわ、凄!アルス兄さん、また本が増えたな~。うーん、やっぱり古代史や神話関係の参考書が多いか。
あ!これ面白そう。後で貸して貰おうっと」

今日一日。
アルスが友達の所に遊びに行っている間、部屋を借りていいかと尋ねた所、いいよと二つ返事でOKしてくれた。
お言葉に甘え、兄の本棚を漁るユーノ。
ユーノ自身、古代史や神話などの話にも興味を持っているので、ついつい目移りをしてしまった。

「うーん……うん?」

ざっと一通り見て回ると、他の本とは明らかに逸脱した表紙を見つけた。

「格闘技入門?」

厳つい男性が表紙に載った、明らかに古代史とも神話とも関係無い本。
見れば、自分が手に取った本に続いてズラッと同じ様な格闘技関連の本が並んでいた。
どうやら本の持ち主であるアルスが、カテゴリー別に分けていたようだ。
几帳面なアルス兄さんらしいな、そう思いながらユーノは何気なく『格闘技入門』と描かれた本を眺めた。

「兄さんも格闘技とか習ってるんだ。全然そんな雰囲気ないのに」

こう言っては悪いが、アルスの肉体はそれほど格闘家の様に筋肉が付いている訳ではない。
ガリガリと言う訳ではないが、それでも格闘家のイメージとはかけ離れて細身だ。

(う~ん……あっ!そうか、確か格闘技って体力や力だけじゃなく、心身ともに鍛えるのに良いって族長が言ってたな)

知的なイメージのアルスとのギャップを不思議がっていたが、そう言えばと思い出した。
格闘技だけでなく、スポーツ関連は体だけでなく精神面でも鍛えられる。
体力はあっても邪魔になる事はないし、スクライアの発掘だと確かに生身でも自分の身ぐらいは守れる護身術を身につけていた方が良いかもしれない。
それはユーノ自身、プロトクロスの件で嫌というほど理解した。
ふと、ユーノは目線を自分の体に持っていく。
貧弱な体。
100人中100人が自分の体にそう感想を抱くだろう。
別に自分はバクラの様に成長が早い訳でも無く、まして肉体は普通の子供だ。
気にしない……と言うよりも、これからの成長に期待と言えばそれが普通である。
だがしかし!

「はぁ~~……もうちょっと、ムキムキにならないかな?」

白い肌に、細い腕。
全体的に華奢という言葉がシックリくる体つき。
この前、買い物に行ったお店の人に女の子と間違われたのには流石にショックを受けた。
自分だって男。男らしく、強い肉体には憧れる。
バクラやレオンみたいな筋肉質な体は無理でも、もう少しだけ筋肉がついてくれても良いと思う。

(格闘技、習ってみようかな~)

何気なく思いついた事だが、それが良いかもしれない。
幸いな事に、自分の身近には格闘技に詳しい人が何人か居る。
学生時代、管理世界で行わる大会にも出場したほどの人も居た。
護身用にも使えるし、体力的、精神的面からみても習って損になる事は無い。
うんうん、それが良いな~。
格闘技を習う事を決定事項としかけたユーノだったが、その時ある映像が映画の様に目の前に流れた。




約一か月ほど前、バクラが何処かに旅立つ数日前の出来事。
既に恒例と化したバクラVSバナックの格闘技戦。
切っ掛けは何時も通り、懲りずにバクラが遺跡の遺物(当然金品類)を無断で所持(盗掘)していた事である。

「こりゃあぁーー!バクラ、お主はまた懲りずにやったのかぁーー!!!」

得意の身体強化魔法で、自身の腕を巨木の如く太く強化したバナックの剛拳。
70歳を過ぎたとは思えない魔法技術及び格闘術には、ユーノだけでなく一族の皆も感心した。

「毎回毎回、ジジイは俺様に恨みでもあんのか!?」

ユーノの華奢な体など、掠っただけでも吹き飛んでしまうその剛拳を、バクラは流れる様な動作で交わした。
空かさず突き出した腕を攫み取り、自分の方へと引っ張りバナックの体勢を崩す。
引っ張られ、宙へと浮いてしまうバナック。
力が前の方にかかっている事も相まって、流石に踏ん張り切れなかった。

「そうやって俺様からお宝を没収して、政府に尻尾を振るのが楽しいのかぁ、てめぇは!?」

体勢を低くし、前のめりになっているバナックの懐に飛び込むバクラ。
ギュッ、と丹田に力を込め、地面が陥没させ下半身から上半身に練り上げた力を蹴りあげ、バナックの顎目掛けて一気に力を解放した掌底を叩き込んだ。

「楽しいとか以前の問題に、人として最低限のルールは守らんかい!」

体を海老反りの様に後ろに反転し、命中したら決して無事では済まないバクラの掌底を交わす。
ブォン、と空気の波を引き裂く音が虚しくも響き渡る。
バクラの問題ある言動に激昂しながら、バナックは地面に両手をついて逆立ち状態になり体勢を整える。
グッと両手左右、合計10本の指が地面にめり込ませ、膝を曲げて両足を揃えた。
到底老人が実行したら間違いなく腰が折れそうなほど、自身の体を限界まで柔軟に折り曲げる。
掌底が外れて上に力の方向が向いているバクラに対し、揃えた両足をその肉体目掛けて放った。

「ふざけたことぬかしてんじゃねぇよぉ!!俺が見つけた物を、この俺自身が自由に使って何が悪い!!?」

まるで大砲の様に放たれたバナックの蹴りを、彼と同じ様にエビ反りの要領で交わした。
ニヤリ。
バナックの表情に笑みが浮かぶ。
瞬間、ハァッという気合の声と共に、バナックはほぼ両手の力だけで自身の体を弓で弾かれた様にバクラ目掛けて飛ばした。

「屁理屈を散々並べおってぇ~~。どうやら本格的にお仕置きをしなければ、お主は懲りぬらしいなぁ!!」

両足を大きく開脚し、バクラの体を拘束する。
そのまま、力の方向を後ろに反転させ、バクラの体を持ち上げた。
反撃から技にかけるまで、一秒も経っていない刹那の間。
拘束を解く暇も与えず、バナックは頭から地面に叩きつけようとしていた。

「ほぉ、この盗賊王バクラ様に真正面から喧嘩を売ろうってのか?いい度胸だな……今日こそ引導を渡してやるぞ、ジジイーーッ!!」

ドスン!
離れているユーノ達の鼓膜まで鳴らす地響きが響く。
しかしこの音は、バクラが地面に激突したのではなく受け身を取ったために起きた地響きだ。
片手で、固い地面に罅が割れるほどの。
地面を陥没させるほどの威力を誇るバナックの技も凄いが、それを平然としかも片手で耐えきるバクラも凄い。
それから暫く、二人は互角の死闘を繰り広げていた。
ちなみに、この戦いを止めようとする人は居なかった。
中にはビールやジュース、ポテトチップなどのお菓子類や酒の肴を持参して、完全に観戦モードになっている人も少なくは無い。というか、ほぼ全員。
既に恒例となったスクライアの名物。
間近にプロ格闘技よりも白熱する試合を演じる二人が居る事は、皆の楽しみの一つになっていた。





「……やっぱり、僕にはまだ早いよね」

何かを悟った様に、ユーノはそっと本を本棚に戻した。




カチカチと、部屋に備え付けの時計が時を刻み、そろそろお昼時。

「ユーノくーん!お昼ご飯、出来たよーー!」

一階から、お昼御飯の知らせが告げられる。
はーい。
元気よく返事をし、一階へと降りて行く。
既に台所ではアンナが食事の準備をしていた。
正し、一人分だけを。

「さぁ、召し上がれ」

相変わらずの優しいニコニコ笑顔で食事を勧めてくれるが、どうしても気になる事がある。

「あの、アンナさん。またですか?」

今日、この家にはユーノとアンナしか居ない。
朝食時には自分は何時も通りの量を食べたが、アンナはほんの少ししか手を付けていなかった。
心配し、体調を窺うユーノ。
それに対し、アンナはニッコリを何時もより少し元気が無い笑みを浮かべて答えた。

「うん。心配してくれてありがとう~。でもね~、今日は何だか食欲が沸かないの」

普段、子供の前では弱気な所は見せない元気一杯のアンナ。
それが今は、幼いユーノから見ても一目瞭然に解るほど元気が無い。
相当気分が悪い様だ。

「でも、やっぱり少しは食べたないと、体に悪いですよ」

朝は子供である自分よりも食べず、昼は全く食べない。
食欲が無いのは解るし、気分が悪いのも解るが、流石に体には悪いとユーノは食事をとる事を進めた。
しかし、アンナは一向に食べ物を口に含もうとはしなかった。
益々ユーノの心配が積もる。
栄養失調で倒れないか、自然と不安げな視線をアンナに向けていた。

「ふふふっ、そんなに心配してなくても大丈夫~。もう少ししたら、ちゃんと病院に行くから。だから、ユーノ君はお留守番お願いね」

心配してくる我が子に感謝しながら、アンナは安心させるように笑みを浮かべた。
まだ不安が残るが、それならばとユーノも納得して食事を済ませる。
午後。
出かける準備を整えたアンナは、玄関先でユーノに注意事項の最終確認をしていた。

「それじゃあ、出かけるけど……良い、ユーノ君。変な人が来ても、絶対に家の中に入れちゃダメよ。
それから、電話に出たらちゃ~んと相手のお名前とご用件を訊くの。解った?」

「……解りますよ。そこまで、子供じゃあないんですから」

ムスッ、と少しばかりに不貞腐れながら返事をするユーノ。
以前にレオンから言われた通り、今の自分が子供だと理解はしている。
しかし、これは流石に子供扱いし過ぎだ。
知らず知らずの内に表情に出てしまう辺りが、まだまだ子供の証拠なのだが。
アンナはそんな息子の様子を、微笑ましく見つめていた。

「そう。それじゃあ、家の事はユーノ君に任せるね」

こう言う時は下手に子供扱いするよりも、自主性に任せた方が効果的だ。

「いってきま~す!」

「いってらっしゃーい!」

親子仲良く挨拶を交わし、アンナは家を後にした。

「……ふぅ~」

家から数メートル離れて、ユーノの姿が見えなくなったのを見計らってアンナは頭を抱える。
気持ち悪い。
朝気付いた時は、疲れているだけだと思ったがどうも違う。
かといって、何か心当たりがある訳でもない。

「本当……どうしたちゃったのかしら、私」

自分自身の体に起こった異変に首を傾げながら、アンナは病院へと急いだ。




さて、一方此方はお留守番を任されたユーノ。
リビングのソファーへと背を預けながら、ゆったりとテレビを見ていた。


『アツコさん!』

『ミキオさん!』

『アツコさん!!』

『ミキオさッッ!!ゴホッ!ゴホッゴホッ!!』

『アツコさん!?一体どうしッ!!……それは……血!?一体、どうしたと言うのだ!!?』

『……今まで黙っていてゴメンナサイ。実は私、不治の病だったのーー!!』

『な、なんだってえぇーーーー!!』

『昔食べた魚の毒に冒されて……うぅ、後三カ月の命しか、私には残っていないの!』

『アツコさん、貴方って人は……あれほど魚の毒には気をつけてって、言っていたのにーー!!』


「…………何、この変なドラマ」

ユーノにしては珍しく、侮蔑の意味を込めた目線をテレビにぶつける。
適当に付けたテレビのチャンネル。
あらすじからして、不治の病に冒された恋人の女性と、その女性を支える男性の物語の様だ。
それは良い。
ベタベタな展開だが、ベタだからこそ受け継がれてきた面白さと言う物がある。
しかし――

(魚の毒で不治の病って、今時ミッドチルダでそんな事あるのかな?
昔はともかく、今だとほとんどの不治の病と言われていた病気を治す薬が開発されているし、そもそも魚の毒って。
それって食品衛生上、扱っていた小売企業とか危ないんじゃないの?)

子供のユーノにとっては、どうやらお気に召さなかったらしい。
随分とシビアな評価を下していた。
フィクションにツッコミを入れるのもどうかと思うが、その辺は子供なのでご了承いただきたい。
暫くの間はドラマを視聴していたが、やはり面白くは無かったらしい。
直ぐ他のチャンネルに変えた。

「……何もやってないな」

全部のチャンネルを見て回ったが、この時間帯には特に興味が惹かれる番組はやっていなかった。
テレビを消し、ふぅ~と軽く息を吐いてソファーにもたれかかる。
お昼後の陽気は不思議と心地よく、また満腹感が幸せな時間をもたらす。

「ぅん……ふわぁ~~ん」

大きな欠伸をし、目元に浮かんだ涙をゴシゴシ。
眠っちゃいけない、まだ問題集も残っているのだから。
自分自身に言い聞かせるが、そこは子供。
次から次へと波の様に押し寄せてくる眠気に打ち勝つ事が出来ず、ちょっとだけならとソファーへ横になった。

「うぅん……スースー」

10分もしない内に、リビングに静かな寝息が木霊する。
窓から伸びた日の光が、揺り籠の様にユーノ体を包みこんだ。

「ただいま~!」

ちょっとだけと本人は言ったが、相当に気持ち良かったらしい。
アンナが病院から帰ってくるまで、スッカリ熟睡してしまった。

「あら~?ユーノくーん!」

扉を開けて大声で呼んでみたが、返事は無し。
可笑しいなと思いながらも、アンナがリビングへ向かうと――

「まぁ……ふふふ」

思わず柔らかな笑みが零れてしまう。
フワフワな綿菓子の様に柔らかい肌、綺麗で癖が無い髪の毛、そして何よりこの可愛らしい寝顔。
天使。
親バカかもしれないが、本当に愛らしい。
眺めているこっちまで幸せな気分になってきた。

(起こすのも可哀想だし、このままでいいか。うん、“あの報告”はまた後でね~)

風をひかないよう、優しく毛布をかける。
ご飯も食べれないほど気分が悪かったと言うのに、どういうわけか今のアンナは嬉しさと幸せのオーラが全開だった。




ポカポカとした陽気を体に感じながら、ユーノは目を覚ました。

「うぅ~ん……」

まどろみの時間から覚め、目をゴシゴシ。
ふぁ~~ん、と大きな欠伸をしながらかかっていた毛布を退けて立ち上がる。

「……………」

寝起きのせいか、まだ意識がハッキリしていない。
ボーっと、電源が入っていない真っ黒なテレビ画面を眺めていた。
徐々にだが意識がハッキリしてくる。
最初に確認したのは時間。
見れば、それなりに時間が経っていた。
そろそろ問題集を始めないと予定が狂ってしまうが、窓から差し込んでくる暖かい日光が自分を包んでいる。
家の中にずっと引き籠ると言うのも体に悪い。
何より、窓の外から指してくる気持ちの良さそうな日の光。

(勉強ばっかりしていても能率が悪くなるって、アルス兄さんが言ってたしな~。
えーと、確かお小遣いは結構残ってたよね。戸締りもちゃんとすれば大丈夫だし。うん、ちょっと近所の本屋さんまで遊びに行こう)

そうと決まれば早速、と言いたい所だがまだ少し眠気が残っている。
洗面台に行き、顔を洗うユーノ。
スッキリ爽快。
頭にかかっていた霞みが、嘘の様に晴れた。
さて、着替えた後戸締りを確認して本屋さんに行こう。
自分の着替えを取りに行こうとしたユーノだが、途中である事に気付いた。

「……ね…………ん……ん…出来て……そう」

(アレ?)

僅かに聞こえてくる人の声。
一瞬泥棒かと思ったが、それは違うと直ぐ解った。
この声の感じ。
忘れもしない、この声の持ち主は自分の母親なのだから。

「アンナさん、帰ってたんだ」

声の持ち主がアンナだと解り、ホッと一息つく。
どうやら自分が眠ってい間に帰っていたらしい。

「うん……でね、もう三カ月なんだって」

トテトテ、と小さい足音を立てながら声が聞こえた部屋に近付いていく。
段々とハッキリしてきた。間違いなくアンナの声だ。
お帰り、とこれから本屋に行く事を伝えようと、ユーノは部屋に入ろうとしたが――

「ゴッホ!ゲッホゴホッゴホ!!」

突然、部屋の中らか聞こえてくる苦しそうな咳。
ゴホッゴホッ、と何度も喉が詰まりそうな咳が聞こえてくる。
アンナは確か、気分が悪いから病院に行ったはず。にも関わらず、この咳。
やっぱり何かの病気だったのか。
ユーノは心配になり、そっと部屋の中を覗いた。

「ッ!!」

瞬間、息を呑んだ。
部屋の中に座るあの後ろ姿。間違いなく、アンナその物だ。
手には受話器が握られており、どうやら誰かと電話をしていたらしい。
普段ある日常の光景。だが、ユーノはその中に存在する異物を目に留めた。

(アレって……まさか、血!?)

座るアンナの床下にばら撒かれた、赤い液体。
床一杯に広がるその量から、決して掠り傷などの小さな怪我ではない事が窺える。
そしてさらに、ユーノの混乱を招く光景が目に入った。
赤い液体の出所。
未だにポタポタと絶え間なく零れ落ちるその出所は、アンナの口からだった。
朝から様子が可笑しかった、そして今目の前では苦しそうに咳き込んでいる。
ゴツン、と鈍器で殴られた様な衝撃がユーノの体に走った。

(嘘だ……こんなの嘘だ!だってアンナさんは大丈夫だって、気分は悪かったけどそんな様子……え、えっ!?何で!?一体、どうしてアンナさんが!!?)

最愛の母の口から流れ落ちる赤い液体。
その光景は、まだ幼いユーノの思考回路を犯すには十分すぎるほどのショッキングな光景だった。
うろたえ、その場に固まってしまう。
部屋に入る事も、部屋から離れる事も出来ず、ユーノはただアンナが苦しむ様子を眺めている事しか出来なかった。
そんな彼に、さらなる追い討ちをかけようと、ある映像が頭に中に過る。


『後三カ月の命しか、私には残っていないの』


眠りに付く前に見たドラマの一コマ。
バカバカしいと視聴していたが、あの時の女性の姿とアンナの姿が重なる。

(違う……違う!!アレはドラマの話しだ!現実に起こるはずは……)

必死に否定しようとするユーノだが、此処で彼の博識さが仇となった。
現在の管理世界の医療技術は進み、昔は治療が不可能だった不治の病も治せるようにはなった。
しかし、それでも未だに治療する事が出来ない、原因不明の病も存在する。
あのドラマでやっていた魚の毒も、絶対あり得ない話ではないのだ。
そう、ドラマの様に身近な人が不治の病に冒される事も。

(違うよ!だって、だって……アンナさんは何時も元気で、優しくて……僕達三人を育ててくれた強い人なんだ!
そんな……そんな病気に何かなるはずが無いんだ!!)

力強く、一瞬でも浮かんでしまったその“可能性”を必死に否定するユーノ。
何度も何度も頭を左右に大きく振り、頭の中から消し去ろうとする。
しかし、その度に悪魔が囁いた。


――病気になるはずが無い?それでは、あの床に滴り落ちた赤い液体はどう説明する?

――強くて優しい母親だからこそ、心配はかけまいと家族……特に、息子達には黙っていたんじゃないのか?

――現実を見つめろ。現にお前の母親の容態は、朝から可笑しかっただろ?


うるさい!五月蝿い!煩い!
絶え間なく聞こえてる悪魔の囁きを振り払おうとするユーノだが、更なる追い討ちがかけられる。
それは、あの時部屋に入る前に漏れてきた声。
自分自身の耳で聞いた事実。


『うん……でね、もう三カ月なんだって』


三カ月。
間違いなく、アンナはそう言った。
ドラマの女性も、不治の病に冒されて三カ月の命。

「ッ!!……うあぁ……あぁ……」

怯える様に、一歩、また一歩とユーノは部屋から離れて行く。
体は心から凍え、立っているのが精一杯。
暖かい陽気だというのに、まるで自分だけが極寒の氷の中に閉じ込められた様だ。
光が消える。
床も天井も、目の前の光も闇に呑まれて行く。
絶望に全てが呑みこまれそうになったその時、一筋の光が道を示した。


『俺達には頼っていいんだ、我儘を言ったっていいんだ。何か困った時、助けを求めていいんだ。誰もそれを悪い事だとは思っていないからさ』


瞬間、ユーノは閃光の様に駆けだした。




恐らく……と言うか絶対にこれが彼の命運を分けた分岐点だったのだろう。

『ちょっとアンナ?大丈夫?』

「ゲホゲホッ!うぅ~、苦しい~……あ!ゴメンナサイ、マーニャ」

『別に大丈夫なら良いけどさ、どうしたんだい?行き成り咳き込んだりなんかして?』

「えっと……その……“トマトジュース”を喉に詰まらせちゃって……」

『……あんたねぇ~、普通人と会話してる時にジュースなんか飲む?』

「うぅ~ゴメンナサイ。でもでも、今日は暑いし、急いで帰ってきたから喉が乾いちゃって我慢できなかったんだもの~」

『気持ちは解らないでもないけどさ……で、話の続きだけど。旦那さんには、その事を報告したの?』

「うぅん、まだよ。あの人、今はお仕事に行っているからね。
あ、でもね!さっきバナックさんに連絡を入れたから、多分夕方頃には戻ってくるんじゃないのかな?その時に発表するつもり」

『ふぅ~~ん。普通、こう言う事は友達よりも旦那や家族に早く知らせるもんじゃないのか?相手が居ない私が言うのも何だけどさ』

「えぇ~!だってだって~!早く誰かに聞いて欲しかったんだもの~!」

後数秒だけ部屋を離れるのが遅れれば。
ユーノが見える位置にトマトジュースの空き缶が置いていさへすれば。
勇気を出して部屋の中に入っていさへすれば。
これからの地獄を見る事は無かっただろうに。




ユーノは走る。
時々足がもつれそうになるが、それでも走り続けアルス達の部屋を目指した。

「はぁはぁはぁはぁはぁ……」

部屋に辿り着き、乱れた息を整える。

(確かに二段目の引き出しの奥に……)

アルスの机をゴソゴソと探り、ある物を取り出した。
緊急連絡用の通信機。
世界と世界との間の長距離通信も可能で、スクライアの発掘に関わるチームには必ず持たされている。
ユーノはまだ発掘に加わっていないため、アルスのを借りる事にした。

(お願い!レオンさん出て!!)

もし、アンナが不治の病とやらに冒されていら自分一人ではどうしようもない。
そう、一人では。
自分には頼れる人が居る。助けてくれる人が居る。
絶対アンナさんを助けるんだ!
望みをかけレオンに連絡したが、神の悪戯か一向に出る様子は無い。
ピー、ピー。
何時まで待っても、通信機の向こうからは虚しいコール音しか返ってこなかった。

「もう!何やっての、この大変な時に!!?」

連絡が取れないなら、バナックなどのスクライアのキャンプ地に連絡を入れるのが普通だ。
しかし、今の彼にはその普通の判断が出来ないほどうろたえていた。
通信機に向かって一言文句を言った後、続いてアルスへと連絡を繋げようとしたが、此処である事に気付く。
今、自分が持っているのはアルスの物。
当然、自分が持っているのだから友達の家に向かったアルスが持っているはずもない。
ならその友達の家に、とも考えたが生憎と兄の友達の家の番号まで覚えているはずも無い、携帯の番号もユーノは知らない。
結局、連絡をとる事は不可能だった。
残り一人。
一抹の望みを賭けて、ユーノはバクラへと連絡を繋げる。




とある管理世界の最果ての小島。
人間が住んでいない無人島に建てられた小さな遺跡の天辺に、バクラは鎮座していた。

「こんな最果ての島まで来るとは……最近は王墓の遺跡がめっきり減りやがったな」

一か月ほど前にバナックに没収(自業自得だが)された分を取り戻そうと旅に出たが、成果はあまり乏しくない。
この遺跡に来る前にも、何個かの遺跡でお宝を回収する事が出来る事には出来た。
問題はその合計金額。
到底、盗賊王と自負する彼が満足できる金額には届かなかった。
おまけに管理世界に存在する主だった王墓。
それらには、もうほとんどに政府の手が入ってしまっている。
埋葬されていた金銀財宝も回収されてしまい。
最近では今バクラが居る最果ての孤島にある様な、一般に広く知られていないほぼ無名の遺跡にちょっとした金品があるのが現状だ。
質よりも数で勝負するのが、近年のこの業界の鉄則になりつつある。
不平等な世の中。
ただ遅く生まれたと言うだけで、莫大な富は他者に取られ、自分はこんな小さな遺跡を探索している。
全く、ムカつくぜ。
そう言いたそうに口元を歪めるが、まぁいい。
質で劣るなら、数で補えばいいだけの事。
絶対の自信と技術を持つ、バクラだからこそ出来る考えだ。
そうと決まれば、何時までもこんな無名な遺跡に居るわけにもいかない。
さっさと目ぼしい宝を頂いて、とんずらをこくとするか。
バクラは立ち上がり、自慢のレアスキルの死霊で捜索を開始しようとしたが――

「……うん?何だぁ、あいつらは?」

外が騒がしい。
死霊達の召喚を止め、何だと下を覗き込んで見ると、複数の人影が見えた。
目を細くし、自慢の視力を活かしてその正体を確かめる。
人数は十人前後。内、何人かは魔導師。
年齢はバラバラで、一番若いので約20前後。最年長は30代前半といった所。
此処から確認できる装備は、全てスクライアが使う様な発掘関連の装備。
しかし、本格的な発掘をするには心もとない最小限の物だった。

(盗掘団、ってわけじゃあ無さそうだな。
格好も何処かの研究チームの様には見えねぇし、装備も旧型が多い。
となると、差し詰めトレジャーハンターのチームと言った所か。
へッ!こんな辺境まで、しかもアレだけの人数で回るとはご苦労な事だぜ)

本当にそう思う。
ざっと島を見て回ったが、此処には特に面白そうなものは無い。
自然を楽しめるリゾート地にしても、世界には此処よりも余程楽しめる場所など幾つも存在する。
虫も多ければ、危険な野生動物も多い。
楽しみという意味では、環境は最悪。
何処かの発掘チームなら資金は援助されるだろうが、トレジャーハンターに援助されるケースは非常に少ない。
下の連中もそう。
装備はお世辞にも最新式とは言えず、此処から見える顔ぶれにも有名な人は居ない。
こんな無名な遺跡に、アレだけの人数でやってくる奴らの事だ。
何処か田舎、少なくてもそれほど世間に知られていない三流のトレジャーチームと言った所か。
わざわざこんな最果ての島にまでトレジャーハントに訪れた彼らに、バクラは哀れみの視線を送っていた。

(クククッ……何処のチームかは知らねぇが、わざわざ遠い所御苦労さま。生憎だが、この遺跡のお宝は俺様が頂くぜ。
悪く思うなよ、この仕事が実力主義なのはてめぇらだって良く解っているはずだ。
まぁ、こんな無名の遺跡にまで来て成果が0と言うのも可哀想だ……そうだな、売り物にもならねぇ様な粗悪品ぐらいなら、目立つ所に残しておいてやるぜぇ。感謝しな)

何処まで人を見下し、自分自身に絶対の自信を持つこの態度。
唯我独尊と言えば聞こえはいいかも知ればいが、要はただ単に自分に自惚れているだけである。
バクラの場合、ただ単に自惚れているのではなく、目的を実現できるだけの力を持っているから厄介なのだが。
それは置いといて、今は宝探しが最優先。
盗賊としての感が、この遺跡には宝があると告げている。
真っ向勝負なら負ける自身は無いが、多勢に無勢。しかも相手には何人か魔導師が居る。
宝を見つめるだけなら、ある程度の捜索魔法の熟練者なら可能。
ダブルブッキングにでもなったら、色々と面倒な事になるのは目に見えている。
万が一の可能性を考え、バクラはさっさとお宝を回収しようと死霊達を放とうとした。
その時である。

――ピピー!ピピー!

緊急連絡用の通信機の電子音が、遺跡内に鳴り響いた。

「チッ!誰だ、こんな時に!」

舌打ちと、吐き捨てる様な乱暴な言葉。
それでも律儀に応対するのは、一族の証しである。

「アルス、何の様だ!こっちは忙しいだよ!!」

元から記憶力は良いバクラは、緊急通信用の番号はある程度覚えていた。
まして相手は、一応の自分の兄に当たる幼馴染。
捜索を邪魔された事に苛立ち、声を荒げながら怒鳴りつけた。

『よかったぁ~……出たぁ~~』

「あん?」

出て見れば、聞こえてきたのは何時もの小うるさい声では無く、涙声の情けない声。

「何だ、ユーノか?このクソ忙しい時に、何の様だ?」

一瞬ユーノが出た事に疑問を覚えたが、別に可笑しなことではない。
それよりも肝心なのはお宝だ。
向こうのチームも直ぐ遺跡の調査を開始する。あまり構ってる時間は無い。
さっさと要件を言え。
強い口調で急かすが、一向にユーノは喋ろうとしない。
ひっぐ、ひっぐ。
時々咳き込みながら、言葉にならない言葉が通信機の向こうから聞こえた。

「何だってんだ?用がねぇなら俺は切るぞ!!」

ユーノの様子が可笑しい事には気付いたが、生憎と今は宝探し、しかも競争相手が居る状況だ。
何の用も無いのに、構ってやる義理は無い。
バクラの怒号にも似た急かしに驚きながらも、ユーノは何とか要件を伝えた。

『アンナさんが、アンナさんがぁ……』

「アンナ?アンナがどうしたってんだ?」

『……血を……血を吐いて……びょッ』

プツン。
突然通信が途絶えた。

「……おい!どうした、ユーノ!?」

何度か呼び掛けるが、返事は無い。
完全に通信が途絶えた事に疑問を覚えたが、原因は直ぐ解った。
バッテリー切れ。
自分の通信機がうんともすんとも言わなくなっていた。

「そういやぁ、ここんとこ点検なんざ碌にしてなかったな」

緊急連絡用の通信機を使う機会が無かったバクラ。
前に点検をしたのは、覚えているだけでもかなり前だ。
予備バッテリーでも無いかと探すが、元々救援など緊急な連絡をする機会が少ないバクラは予備など持ち合わせていなかった。
いっその事、下のトレジャーハンター共から装備を奪うか。
“借りる”のではなく“奪う”と言うのがバクラらしいが、彼らの装備はどれも旧型。
奪うだけ無駄だ。
盗賊の羽衣の中に通信機を仕舞い、先程のユーノの言葉を反芻させる。

「アンナの奴が血を吐いた、だと?」

最後は何を言おうとしてたのか解らないが、それだけは間違いなく聞こえた。
血と言うのは、あの人間の体に流れている血の事だろう。
それをアンナが吐いた。
もしそうだとしたら、何かの病気、違うにしてもかなりの重症だ。
しかし、そんな兆候はあっただろうか。
一か月前、最後に会った時は何時もの様に元気だった。
無論、一か月もあれば何かの病に冒されても可笑しくは無いが、それにしても急過ぎる。
いや、違う。
急だからこそ、ユーノはわざわざ緊急連絡用の通信機を使って自分に助けを求めてきたのかもしれない。
そう考えると一応の辻褄は合うが、やはり腑に落ちない点がある。
アンナが血を吐いた、何故血を吐いたのか。
そもそもそれは本当に血だったのか、ユーノの見間違いではないのか。
何気に正解を導き出したバクラだったが、生憎とそれを確かめる術が無い。
情報を得るにも、唯一の手段である通信機はバッテリー切れ。
判断に迷うバクラ。
ふと、下の様子を窺う。
長期に渡り探索でもするのか、野営の準備に入る数人の人影。
そして、数人の人影が遺跡内に入ってくる。
どうやら二手に分かれながら、トレジャーハントをするようだ。
先程、遺跡内に入って行った人間が持っていたのはデバイス。恐らくは探索系に優れた魔導師。
ユーノの言葉を確かめるため、此処からミッドチルダの自宅に戻る場合。
次元転送のポートを利用しどれだけ急いでも、恐らく夕方頃。
そこから再びこの遺跡に戻ってくる場合、最短時間でも深夜を過ぎている。
三流とはいえ、彼らもトレジャーハンター。
一日で全ての宝を見つけ出すとは思えないが、目ぼしい物を見つけ出す可能性は0ではない。
ユーノのSOSに答えた場合、獲物を逃がす事になる。
この盗賊王バクラが。
あんな三流のチームにみすみす宝を盗られる。

「……………」

バクラは無言のまま、遺跡の中に潜って行った。




一方、此方はミッドチルダの自宅。

「あれ?兄さん?バクラ兄さん!?」

漸く繋がったと思った通信が、行き成り途絶えた事にうろたえるユーノ。
何度も何度も、藁にもすがる想いで名前を呼んだが、頼れる兄から返事が来る事は無かった。

「そんな……どうしよう」

一抹の望みを断たれ、絶望に打ちひしがれる。
えっと、えっと。
体を小刻みに震わせ、子供部屋を所狭しとウロウロ。
聡明な彼だが、今回に関しては圧倒的に人生経験が少なすぎる。
どうしていいか解らず、遂には部屋の中を駆けだした。

「うぅ~~!どうしよう!どうしよう!」

そんなに心配なら救急車でも呼べ。それ以前に、アンナが本当に血を吐いたのか確かめろ。
と、言いたい所だが、残念ながら今の彼はそんな常識が通じないほど混乱していた。
暫くの間、頭を抱えながら部屋の中を駆けずり回っていたが、唐突にピタリと動きを止めた。

「何をしてるんだ、僕は。あの日、レオンさんに言われた時に改めて誓ったじゃないか。
兄さん達に追いつくために、強くなるって。
そうだ、この家には僕しか居ないのに、その僕が慌ててどうする!」

天井を仰ぐユーノ。その目には、決意と言う二文字が刻まれていた。

「レオンさんと兄さん達が帰ってくるまで僕が……僕がアンナさんを守るんだ!!」

むんっ!、と力強く拳にを握りながら声高らかに宣言する。
何も知らない第三者が見たら、何て強い子なのだろうと感激の渦を巻き起こす事だろう。


――彼が自分自身で抱いたこの決意を、全くの無駄な物だと知るのは後数時間後の出来事である。


誓いを新たに、部屋を出て行くユーノ。
自分に何が出来るか解らないが、それでも何もしないで後悔するのは嫌だ。
せめてレオンや兄達が帰ってくるまでは、自分がアンナを立派に守り抜いて見せる。
普通こう言う時は、まず最初にアンナの容態の確認、そしてもし本当に病気なら病院などの医療機関に連絡する物だが。
生憎とそこまで頭が回るほど、今だ冷静になれていないらしい。
行き成り母親代わりの人が赤い液体を口から吐いた場面を目の当たりにしたのだから、当然と言えば当然だが。

「あら?ユーノ君、おはよ~。起きたのね」

だからこそ、アンナが買い物袋を片手に玄関のドアを開けようとしていたのには、思わず憤慨してしまった。

「って、アンナさん!!?何をしてるんですか!?貴方は!!」

子供特有の甲高い声をこれでもかと張り上げる。
キーン、とアンナの鼓膜だけでなく家全体を震わした。

「へ?……何って、お夕飯のお買い物に行くんだけど」

行き成りの大声にキョトンをしながらも、何とか目的を伝える。
ブチッ。
瞬間、どういうわけかユーノは堪忍袋の緒が切れた様に、再び大声をあげた。

「ダメです!アンナさんは気分が悪いんですから大人しく休んでいて下さい!!」

「えっと……でも、今は昼ほど気分は悪くないから大丈夫よ」

大人しい子ほど怒ると怖いと言うが、正にそうだ。
ユーノの場合、怖いと言うよりもどう対応していいのか解らない。
妙に迫力がある気迫に圧されながらも、何とか説得しようとするが、正直火に油だ。

「でももかかしもありません!買い物なら僕が行きますから、アンナさんは休んでる!!」

さぁさぁ、と半ば強制的に買い物籠を奪い取り、寝室に連れて行く。
仁王立ち。
勇ましく扉の前に佇み、此処からは逃がさないと言わんばかりにアンナを射抜いた。
何故かバックに阿修羅の姿が見えたのは、果たして幻影だったのだろうか。

「さぁ、早くベットに寝て休んで下さい!」

「だからね、まだお家の事が……」

何時もと明らかに様子が変なユーノに困惑しながらも、妻としての役目を果たそうとするアンナだが――

「……………」

無言の迫力が襲ってきた。
ただ黙って、ジーッと此方を射抜いてくるユーノ。
怖い、と言うより不思議な感じだ。対応に困る。
どうしようかと悩むアンナだったが、気分が乗らないのは確か。
折角だから、お言葉に甘えさせて貰おう。
自主的にお手伝いを申し込んできたのに、それを断ってしまうのは教育上よろしくない。
二コリ。
困惑気味の表情から、何時もの優しい笑みを浮かべて改めお願いする。

「う~~ん……それじゃあ、お願いしようかな」

ぱぁ、と花が咲いた様な笑みを浮かべるユーノ。
良かった、何時ものユーノ君だ。
何かあったのではと心配していたが、どうやらその心配は徒労に終わった様だ。
正直、ホッとした。
サラサラ~、今日の夕飯の材料メモを書いてお金と共に渡す。
いってきまーす。
いってらっしゃーい。
昼とは逆に、自分が留守番として残る事になった。
さて、折角の好意だ。
お言葉通りに休ませて貰おうと思ったが、ふとある疑問が浮かび上がってきた。

「ユーノ君、一体どうしたのかしら~?」

迫力に圧されてあまり気にしなかったが、今考えれば何処となく様子が変だった。
疑問符を浮かべながら、頭を悩ますアンナ。
それがまさか、電話の最中に飲んだトマトジュースが原因だとは、夢にも思わなかっただろう。
まぁ、それは後で聞けばいいだけの事。
特に気にする事でも無いと、アンナは横になろうとしたが――

「あ……卵、書き忘れちゃった」

つい、ウッカリをやってしまった。




ユーノは素早く買い物を済ませ、家に足早に帰ろうとしていた。
ああは言ったが、やはりアンナを一人で残しておくのは心配。
レオン達が帰るまで、自分がアンナの看病をしなくては。

「ただいまー!」

律儀に挨拶をし、家に中に入る。台所へ行き、肉や野菜を冷蔵庫の中に入れた。
買い物終了。
アンナの様子を見に行こうとしたが、下手に騒いで気分を悪くさせては本末転倒。
やはり此処は、楽をして貰おう様に家の家事をしよう。
よし、と再び自分に気合を入れ直す。
守るはずのアンナに心配をかけては、この家の一員として、レオンの息子として、アルスとバクラの弟として。
情けない事この上ない。
戦場へ赴く兵士の如く、ユーノは決意を固めて行動を開始した。

「えっと、何時もアンナさんがやってた事は……そうだ!洗濯!!」

洗濯籠を抱えて、急いで庭へと向かう。
今日は暖かな日差し。既に干した洗濯物も渇いていた。
落とさないよう慎重に、近くの台に乗りながら洗濯物を次々に籠の中に放り込む。
回収終了。
次は、綺麗にたたむ仕事だ。
よいしょ、よいしょ。
落とさない様に注意しながら家の中に運び、手始めにシャッッでもたたもうとしたが――

「あ、アレ~?」

変にグシャグシャになってしまった。
アンナがたたむのを見ていた時は簡単そうに見えたのに、実際に自分でやると思ったよりも難しい。
四苦八苦しながら何度かトライするが、結局かなり不格好なたたみ方になってしまった。

「ま、まぁ、洗濯物は取り込めたんだし、次だ!次!」

目的である洗濯物は、無事取り込めた。
ミッションコンプリート。
次のミッションへと移る。
掃除機を取り出し、電源を入れた。

「よし!次は掃除だ」

家の中の埃、全部を吸い込んでピカピカにしてやる。
そう言いたそうに、変にやる気を見せながらリビングの床に掃除機をかけていく。
ユーノの家で使っている掃除機は最新式で、音もほとんど出ない。
これならアンナの安らぎを妨害する事も無いだろう。
しかし、此処でも子供特有の問題が起こった。

「うんしょ……うぅ~~」

小さい体で大きな掃除機を使うのは、結構な重労働だ。
右へ左へ方向転換するだけでも大変。
それでも何とか部屋を回れたのは、それだけ彼のやる気が満ちていた証拠。
まだまだ隅には埃が残っているが、十分許容範囲内だ。
掃除終了。
掃除機を元の場所に片づけ、さて次はどうしようかと考える。

(そう言えば、アンナさん。少しは良くなったのかな?)

ついつい家事ばかりに気を取られて、肝心のアンナの方をスッカリ忘れていた。
五月蝿くして気分を害するのもダメだが、放っておいて看病を疎かにするのはもっとダメだ。
様子を確認しようと、ユーノはアンナが寝ている寝室へと向かった。
トントン。

「アンナさ~ん、気分はどうですかー?」

扉を叩き、呼びかけるが返事は無い。

「アンナさん?」

再び呼びかけるが、やはり返事は無かった。
もしかして、寝ちゃったのかな。
様子だけでも確認しようよ、ユーノが扉を開けると――

「ッ!!あ、アンナさん!?」

家を出るまで、確かにそこに居たはずのアンナの姿が無かった。

「ど、何処!?」

急いで辺り探し回るユーノ。
クローゼットの中。
ベットの下。
ゴミ箱の中。
人が隠れる事が出来そうな場所(ゴミ箱は絶対無理だがそれだけ狼狽していた証拠である)、全てを探し回ったが何処にもアンナの姿が無かった。
此処に居ないなら別の場所を。
台所、リビング、二階の子供部屋、さらには普段使われていない部屋まで。
家の中、全部の部屋を探し回ったが何処にもアンナの姿は無かった。

「はぁはぁはぁはぁ……」

リビングに戻り、乱れた呼吸を整える。
額に薄らと浮かんだ汗が、今の彼の心中を現していた。
此処まで探しても、大声で呼びかけても答えない。
外に出た。
その答えに辿り着くまで、時間はさほどかからなかった。
急いで探しに行こうと、一歩を踏み外したその時――

「ぎゃッ!」

何かを踏んでバランスを崩し、そのまま転倒してしまった。
顔から突っ込み、ジーンと痛みが広がっていく。

「い、いひゃい」

大粒の涙を目元に溜めながら、一体何だ!と少々怒り気味に自分が踏んだ物の正体を確かめる。
リモコン。
どうやら掃除の時に何かの拍子で床に落としたのか、テレビのリモコンが床に放り投げられていた。
早く立ち上がろうと足に力を込めたが、倒れた事によりある物に気付く。

「あ、埃」

先程掃除機をかけたばかりなのに、自分が倒れた場所に埃が溜まっていた。

「……………」

急激に頭の中が冷えていくのを感じた。
自分では頑張ったと思っていたのに、この有り様。
やはり、この家の事はアンナで無いとダメだ。
もし……もしも、アンナが死んでしまったら。
あの優しい声も、笑顔も、美味しい料理が二度と食べれなくなったら。

「ぅ……嫌だよぉ。僕、アンナさんのご飯が食べたい」

嫌だ、嫌だ、と繰り返し呟きながら、アンナが居なくなる未来を必死に否定する。
床に下げていた面を上げ、ふと窓の外を眺めるユーノ。
先程まで家事に必死で気付かなかったが、外は既に日が沈みかけている。時間が経つのは早い。
窓の外から伸びた、黄昏色の光が自分を包む込む。
静かだ。
自分以外誰も居ない家。
それが此処まで寂しい物だったとは、今まで気付かなかった。
ゆっくりと立ち上がり、ソファーに座ってこの寂しさを紛らわそうとテレビを付ける。

『……この様に、近年益々巧妙化する詐欺に対して、私達はどのように対処すればいいのか』

時間的に夕方のニュース。
詐欺事件に対する特集でもやっていた様だ。
ボンヤリと、心ここに在らずといった感じでテレビを画面を見つめる。
膝を抱え小さく丸まる姿は、大切な居場所を守ろうとしているようだ。

「ただいま~。あ、ユーノ君。ごめんね~、ついメモに卵を書き忘れちゃって」

「ッ!!」

急いで声が聞こえた方向に振り向く。
此方の気持ちも知らないで、アンナは卵が入った袋を片手に扉の前に佇んでいた。
その姿を見て、ユーノの心に浮かんだのは怒りでも無く、悲しみでも無く、喜びだった。

「うぅ……アンナさーん!!」

「え?どうしたの?」

生きていた、帰ってきてくれた。
それだけで嬉しく、ユーノはアンナに抱きついた。
我慢できなくなったのか、大粒の涙を流しながら。

「アンナさん、死なないで!僕ぅ、僕頑張るから!
お掃除にもお料理も、家の家事を手伝うからぁ……早く大きくなって、一杯……一杯ぃお金も稼ぐからぁ。
だからぁ……だからアンナさん、死なないで!この家から居なくならないで!」

時々涙に詰まりながらも、ユーノは自分の心中全てを吐きだした。
一方のアンナは少し困惑していた。
自分に抱きつきながら泣き叫ぶ我が子。
死んじゃうとか、居なくなるとか、一体何を言っているのか解らない。
けれど、本当に悲しんでいるは伝わってきた。
なら、自分のやる事は決まっている。

「ふふふ。はいは~い、お母さんは此処に居ますよ~」

泣き叫ぶユーノを抱っこし、優しく包み込んだ。

「大丈夫、大丈夫。ユーノ君達を置いて、何処にも行ったりしないから」

優しく、優しく、ポンポンとユーノの背中を叩きながらあやし続ける。
鼻水や涙で服が汚れる事を気にせず、我が子の悲しみを取り除こうとする姿は、正しく母その物だった。

「おーい、どうしたんだ?こんな所で」

「あ、あなた。お帰りなさい」

外から帰ってきた夫を出迎えるアンナ。
やはりというか、レオンの目は泣き叫ぶユーノに集中していた。
アンナはユーノを抱きかかえながら、レオンにある事を告げる。

「ごめんなさい。お仕事の最中に、行き成り呼び出して」

「あぁ、別に良いよ。現場の方も他の奴に変わって貰ったし。それで、わざわざ呼び出したんだから余程の事があったんだろ?何があったんだ?」

今日、レオンは遺跡発掘の指揮を執っていたのだが、急に家に帰るようにバナックから言われた。
行き成りの事で驚いたが、アンナが呼ぶぐらいだから何かあったのだろう。
それで帰って来た所、今回の現場に出くわしたのだ。

「あ、うん。その……ね」

自分の問いかけに対し、アンナは俯きながら言葉に詰まっている。
顔は何処と無く赤く染まり、俯きながらモジモジと話し辛そうだ。

「今日、病院に行って来たんだけど……出来ていたの」

「出来ていたって……何が?」

「だから……赤ちゃんが」

恥ずかしそうにしながらも、アンナは嬉しそうに報告した。

「……へ?」

「……ほへ?」

前者はレオン、後者はユーノ。
二人とも、随分と間抜けな表情でアンナを見つめていた。

「赤ちゃんって……ほ、本当か!?」

確認する様に、レオンは興奮気味に問いかけた。

「う、うん。もう、三カ月なんだって」

泣きやんだユーノを下し、幸せそうに笑みを浮かべながら下腹部を優しく撫でる。
体の底から喜びが込み上げてくる。
我慢できず、レオンはアンナに抱きつきながら歓喜の声をあげた。

「そうか!でかしたぞ、アンナ!」

「きゃっ!もう、あなた。行き成り抱きつかないで下さい、ビックリしちゃうじゃないですか~」

「固い事言うなよ!」

純粋に喜びの笑みを浮かべるレオン。
恥ずかしそうに頬を朱色の染め、アンナも同じ様に喜んでいた。






(えっと……どういう事?)

完全に蚊帳の外状態のユーノ。
赤ちゃんが出来た。
言葉の意味は解るが、それがどういう事なのか、行き成りすぎてまだ幼い彼には理解しきれなかった。
そもそも、アンナは大丈夫なのか。あの赤い液体は何だったのか。気分は悪くないのか。
色々と心配は残っているが、嬉しそうだ。
目の前の父と母。
二人とも本当に嬉しそうに笑い合い、幸せそうだ。
良かった。
まだ状況は攫めないけど、この様子ならアンナは死なない事だけは解った。
それだけ解っただけでも、ユーノにとっては幸せだ。
まだ家族全員で、この家で暮らせる。
自然をユーノも笑みを浮かべ、二人の幸せの包まれる…………はずはなく、此処から彼の地獄が始まった。




――ゾクリ




「ッ!!」

寒い。
アンナ達は嬉しそうに、まるでポカポカの太陽の日に照らされている様だ。
だが、自分はどうだ。
太陽の日など存在しない、暗く冷たい海の底に置き去りにされた様だ。
逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ…………
頭の中に絶えず響く警告。
今すぐこの場から離れなくてはいけないのに、足は一向に動こうとはしない。
ゴクリ。
生唾を飲み込み、ツゥーと冷たい汗が流れていくのを感じながら、ユーノはゆっくりと振り返った。

「ば、バクラ……兄さん」

後ろに佇んでいたのは、ご存知盗賊王となる自分の兄。
バクラ・スクライア。
特徴的な赤い盗賊の羽衣を翻し、健康そうで何よりだ。
しかし、この時だけは病気で倒れてくれた方が助かると、心底思った。
何故かって?
それは怖いからだ。そう、怖いのだ。今のバクラは。

「……………」

無言のまま自分を見下す視線。
まるでゴミ虫でも見るかのように、冷たい視線。
元から体格差はあったが、今は蟻と恐竜ほどの差を感じた。
どちらが蟻で、どちらが恐竜かは、わざわざ言うほどでもないだろう。

『次のニュースです。先程、第18管理世界から驚愕のニュースが飛び込んでまいりました。
御覧の映像の銀塊はアラムトニアの南東、200㎞の位置に存在するハジャルト島から発見された物です。
専門家の話しによると、このハジャルト島に建てられた遺跡はウルニヤ朝の流れを組む一族の物ではないかと、学界でも波紋を呼んでいます。
発見された銀塊は、今の価値に換算すると約2億3000万ほどで……』

近年の転送技術の発達で、つい数時間前の出来事でも直ぐ各世界に知らせる事が出来る。
いや~、世の中本当に便利になったよね~。
ニュースを聞き流しながら、ユーノは悟った。
自分は決して踏んではいけない地雷を踏んでしまったのだと。

「は……ははは……に、兄さん。お帰り……なさい」

「……………」

「あ……その…ね。兄さんに入れた緊急連絡、どうやら僕の勘違いだったみたい」

「……………」

「は……はははっははははっ」

「……………」














ユーノは逃げ出した!

大魔王からは逃げられない!

「い、いやああああぁぁあああぁあぁああぁあぁああーーー!!」

その後、ユーノの姿を見た者は誰も居なかった。



















人喰い魚と呼ばれる魚が、この世界に居る事を知っているだろうか。
読んで字の如く、人すらも自分の餌とする凶暴な魚の事だ。
その全てに共通するのは、体は大きく、歯は鋭利な刃物の様に尖っている事である。
昔はこの人喰い魚の事件が多く、漁に出た船が襲われ全滅したケースもあった。
人間の骨すらも呑み込む凶暴な魚だが、その身は大変に美味で、一匹の平均価格は100万以上する高級魚。
中には1000万以上もする大物も捕れた言う。
昔、人々はこの魚の身を味わおうと、非人道的な漁獲方法を行っていた。
その方法とは、生きた人間を釣るし、人喰い魚を呼び寄せると言う物。
つまり、生きた人間をまき餌とする方法だ。
酷い物になると、声すらもあげない様に猿轡をした例もあった。
勿論、今の様に人権が確立した近年ではこんな方法をとる人物はいない。

「こいつで、17匹目か。よし、そろそろポイントを変えるぞ。あまり長居すると、少々面倒な事になるからな」

「ううぅーーむうぅ!んんぅーーーー!!」

「おいおい、そう怒んじゃねぇよ。ちゃんと分け前はやるぜ。俺が9でお前が1でな」

「ぼみぃー!ばむまーー!!びぼめなみーーー!!!」

「鬼、悪魔、人手なし、か。クククッ……褒め言葉だ!!」

たった一人を除いては。




この後、空から青い色の魔力弾が注いだり。
ユーノの懐が入学金は愚か、暫くの授業料も一括して払えるほど潤ったり。
スクライアのキャンプ地に怒号が鳴り響いたりするのだが、それはまた別の話である。






勘違いって、怖いですよね~。
と言うことで、バクラ一家に新しい家族が増える事になりました。



[26763] 受難、苦難、遭難?
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/11/20 18:20




拘置所。事件の容疑者から刑の確定者まで収容する施設。
中には非魔導師も居れば、凶悪な魔導師も居る。
そのため、全ての拘置所では対魔導師用の設備がどの施設よりも充実し、脱走は極めて難しいとされていた。

「看守さーん!どうもどうも、何時もお仕事ご苦労様です」

この日、ある拘置所から一人の違法魔導師が脱走した。




前回、レオン家にとって今年最大となるニュースが発表されてから、かれこれ数日が経った。
新しい家族。弟か妹か、はたまた両方か。
なんにせよ、嬉しい報告には変わりない。
こう言う時はやはり、家族全員揃ってお祝いをしなくては。
報告の日にささやかなお祝い事をしたが、アルスもユーノも何か形に残る物を贈りたかった。
どうせならと、もう相手がビックリするような贈り物を贈りたいと考えていたが、生憎と世間は厳しい。
先立つ物が無ければ、どうにもできないのが世の中と言う物だ。
報告を聞いたスクライアの皆は力を貸してくれるといったが、やはり此処は自分達の力だけで成し遂げたい。
早速、レオン家の三兄弟は行動に移す。
今回は発掘と言うよりも、調査依頼に近い。
結果は上々。
バクラにとってはお飯事にも似た暇な仕事だったが、アルスやユーノ、特にユーノにとっては大きな経験となった。
国の機関に連絡し、然るべきを手続きを終えてミッドチルダに帰ろうとしのだが――

「何で遭難してるんだああぁああぁあああぁあーーーーー!!!!」

一面の銀世界に、この世の理不尽に嘆くアルスの絶叫が木霊した。




とある世界の辺境の雪山。
人間など簡単に凍らせる絶対零度が辺りを支配し、遠くの山々すらも銀世界に染まっている。
ゴウゴウ、と台風の様な猛吹雪が絶え間なく吹き荒れ、立っているだけでも凍えそうだ。

「は……ハックション!うぅ~~、この寒さはバリアジャケットを身につけていたも、辛い物があるぞ」

体を両手で抱きかかえ、アルスは寒い寒いと洞窟の中に戻る。
入り口は外とさほど変わらなかったが、奥へ奥へ行くにつれ段々と暖かくなってきた。

「何がしたかったんだ、お前は?」

寒さを防ぐための小型ストーブに、炬燵と呼ばれるミッドチルダではあまり見かけない暖房器具。
電気ポット、テレビ、さらにはテーブルの上に置かれたお茶請けと熱いお茶。
雪山の洞窟には不釣り合いな、充実した家具が揃っていた。

「……ちょっと、世の中に恨み事を言ってきただけ」

炬燵に潜りながら、呆れる様な視線を自分に向けて来るバクラ。
ぶるっと体を震わせながら、アルスも同じ様に炬燵へと潜った。

「はい、兄さん。暖かいココア」

「お、ありがとう」

心遣いが出来るユーノに感謝しながら、ココアが入ったコップを受け取る。
こんな絶対零度の雪山。
暖かい物があるだけでもありがたいが、それ以上に人の優しさに身が染みた。

(さ~て、どうしてこうなったのか?)

ココアで体を温めながら、アルスは事の成り行きを思い出していた。
今回の目的は、この雪山に建てられたカラクリ屋敷の中からある物を見つける事。
生前の主人は資産家であると同時に大層な変わり者だったようで、カラクリ自体にも奇妙な物が多かった。
建てられた場所も場所で問題がある。
この雪山の近くには、大手の企業がスキーなどを目的としたレジャー施設があるのだが、カラクリ屋敷があるのはさらに奥。
交通も不便な、人の手がほとんど入っていない山奥だった。
聞けば、その資産家は地元でも知れたカラクリ好きの変わり者だったようで、生前は麓にある街の人を招いて自慢のカラクリを見せていたそうだ。
しかし、今は誰も居なくなった無人の廃墟。
遂には取り壊しが決まった様だが、此処で生前の主人のお孫さんが待ったをかけた。
屋敷の主人、つまりお孫さんにとってのお爺さんは変わり者だったが、子供好きで良く麓の街の子供達と自分の屋敷内で宝探しゲームをして遊んでいたそうだ。
お孫さんも例外ではなく、祖父の自慢のカラクリのおかげで中々見つからなかったと、嬉しそうに微笑んだ姿は脳裏に焼き付いている。
調査の目的は、生前祖父が隠した思い出の品。
それを自分の代わりに取ってきて欲しいと言う物だった。
アルス達、調査チームの登場。
スクライアの名は伊達では無く、族長であるバナックの紹介状も携えたおかげで、すんなりと仕事を任せられた。
もし、貴金属類を発見した場合は国に届け、自分達は記念品を贈るための依頼金を受け取る。
今さらそんな昔の物を探すとは下らねぇ、と渋っていたバクラの説得も上手くいき、目的の思い出の品も見つけて全てが上手くいったはずだった。

「それで、帰りに吹雪にあって遭難してるわけか」

「うっ」

チームの責任者であるアルスの頭に、一トンと書かれた重しが落ちた。

「山の天気は変わり易いって言ってた本人が、帰りに吹雪にあってちゃ示しがつかねぇよな」

ドン、とさらに重し追加。

「一体何時からスクライアは何でも屋になったんだ?こんな探し物の依頼を無理やり受けて、結果がこれか?」

ドンドン、と一気に重しが二つ追加。

「誰だっけ?俺に任せろ、と自信満々にチームリーダーを引き受けたのは?遭難に俺達全員を巻き込んだ、このチームの責任者は誰だ?」

「すいません、もう勘弁して下さい」

カンカンカーン!
試合終了のゴングが、アルスの中で響き渡る。
辛い。同時に何時も注意してるバクラに、此処まで言われる自分が情けない。
なまじ責任感が強く、言っている事が真実な分だけ余計にダメージが大きかった。

(うぅ~~、だってだって~。山の天気が此処まで変わり易いなんて、思わなかったんだものー。
天気予報でも大丈夫だって言ってたし、まさか雪が降り始めたからたったの数分で猛吹雪になるなんて、正直想定外だった。
今回の仕事だって、本当は族長に無理言って昔の知り合いに頼んで急遽紹介して貰った物なんだし、出来るだけ早く終わらしたかったんだよ~~)

シクシクと、頭をテーブルに突っ伏しながら涙を流すアルス。
今日の失敗にめげず、また一歩大きく成長して欲しい物だ。

「アルス兄さんがバクラ兄さんに頭を下げるなんて珍しいな。ズゥー……ふぅ~~、ココアが美味しい」

日光浴でもしてる老人の様に、コップにに注がれたココアを飲み和むユーノ君であった。





そんなこんなで、バクラ達は吹雪によって足止めをくらい、現在この洞窟に避難している訳である。

「しかし、その盗賊の羽衣って本当に便利だよな」

周りで稼動している暖房器具。
これら全ては、バクラが身につけているロストロギア――盗賊の羽衣に仕舞っていた物だ。
もしもの時の考え、アルスも食料を含めたサバイバル用品を用意していたが、流石に炬燵やストーブは携帯出来ない。
保存可能で持ち運び便利。
小型冷蔵庫も入れられ、食料は豊富。サバイバルには強い味方だ。

「だったら口で言うよりも、態度で感謝を示せ」

「解ってる。後で必ず埋め合わせはするよ。けれど、今回の依頼金はダメだぞ。俺達の新しい家族のお祝いのための物なんだから」

新しい家族。
アルスは勿論、ユーノにしても初めて出来る弟か妹。
一族の年少組と接するのとは違う、少し不思議な気分だ。

「言われなくても、こんな依頼で得られる報酬なんざ、こっちから願い下げだ」

アルスの心配を否定した後、バクラはゴソゴソと盗賊の羽衣の中から幾つかの物品を取り出す。
貴金属類。
正し、ほとんどが罅が割れていたりして価値は皆無に近い。
いや、これはもうただのガラクタも同然、もっと簡単に言えばゴミだ。

「資産家の屋敷だからと期待してみれば、見つかったのはこんなガラクタ品ばかり。こんなの、そこら辺の石っころと同じだ。唯一まともなのは――」

ガラクタの山の中から、一つのペンダントを引っ張り上げる。

「このユーノが見つけた、ちんけなペンダントぐらいか。
そうだな……まぁ、上手く売り飛ばせばそこら辺の自動販売機で、缶ジュースの一本ぐらいは買えるとは思うがな」

要するに、今回の調査はバクラにとっては何の利益も出さなかったと言う事である。
話によると、資産家の財産は全て依頼人であるお孫さんの亡くなったご両親が継ぎ、そのまま街の方へと引っ越したらしい。
今あの無人となった廃墟にあるのは、わざわざ持っていく必要も無い、文字通り価値も無いガラクタ品ばかり。
まともに考えるなら、バクラが見つけたガラクタの山が正当な成果なのだが――

(チッ!カラクリ好きの変わり者ってんなら、ご自慢のカラクリ屋敷に隠し財産の一つでも隠してろってんだ!)

どうやら納得は出来なかったらしい。
ケッ、と吐き捨てる様に舌打ちを打ち、持っていた安物のペンダントをガラクタの山へと弾き飛ばした。

「これって、やっぱり何の価値も無いのかな?」

価値が無いと吐き捨てらたペンダントを、ユーノは拾い上げながら兄二人へと尋ねる。
カラクリ屋敷と言うだけの事はあり、中には色々な仕掛けがあった。
ドキドキしながらも、生まれてくる赤ちゃんのため、アンナのためにユーノも自分に出来る範囲で調査を手伝いをした。
このペンダントは、その時に見つけた物だ。
しかも、捨てられた古臭い額縁の裏の壁に取り付けれた金庫の中から。
安物にしては、随分と厳重な隠し場所である。
ユーノの目からみても大した価値はなさそうに見えるが、一応自分よりも鑑定する目を持っている二人に確認した。

「あぁ、ねぇよ。そんなガラクタ、そこら辺の露天に行きゃ手に入る」

返って来たのは、自分の鑑定を肯定する物だった。

「う~ん、見た所ガラス製、と言うかビー玉のペンダントみたいだけど……これだとな。
傷も酷いし、造りも結構荒いから、売れたとしてもバクラの言う通りジュース一本買える方がましな位だぞ」

アルスもバクラと同じく、シビアな評価を下す。
ガラス製でも高価な物は高価だが、生憎と目の前のペンダントは到底売りだせるような物ではない。
正直な評価、百歩譲ってもバクラの言った通りそこら辺の露店で売ってそうな出来だ。

「あぁ、やっぱりそうなんだ。でも、それだと何でわざわざあんな金庫に隠してたのかな?額縁の裏なんて、それこそお金とかを入れてそうなのに」

「調べそうに無いから、わざわざその金庫に隠したんじゃないのか?」

至極御尤もなユーノの疑問に、アルスが答え始めた。

「ほら、あの屋敷に住んでいた人、生前は麓の町の人達を招待したって言っただろ?
お孫さんが言うには、子供を集めて宝探しゲームをしていたみたいだし。
ユーノが見つけた額縁の金庫の他に、洗面台の下に不自然な空間があったり、床下が二重構造になっていたり、隠すには最適な場所が多かったから。
そのペンダントも、宝探しゲームの景品かなんかじゃないのかな?

「まぁ、今時ビー玉みてぇな物を貰って喜ぶ奴が居るか知らねぇが、宝探しその物を楽しもうって奴は多いんじゃねぇのか?俺様には到底理解できねぇがな。
今回の依頼人も、あんなガラクタの何が良いんだか」

バクラの捕捉+愚痴を耳で捉えながら、ユーノ手に持っているペンダント見つめた。
金庫に入っていたおかげで汚れこそは無いが、小さな傷がついていたりして造りもどう見ても安物だ。

「ねぇ、アルス兄さん。やっぱり、これも遺失物として届けなくちゃいけないのかな?」

「遺失物?う~~~ん……どうかな?
思い出の品は、バクラが見つけたあの昔の玩具だったし、特に何も言われてないから他は別にいらないとは思うんだけど……何でそんな事を訊くんだ?」

やけにペンダントに拘るユーノに、アルスは自身の疑問をぶつけた。

「あ、うん。誰もいらないなら、僕が貰おうと思って」

「え?……それをか?」

もう一度だけ改めてペンダントを見つめる。どっからどうみても、ガラクタ同然にしか見えない。
依頼人の様に思い出がある品物ならともかく、普通ならゴミとして捨ててしまいそうだ。

「何でわざわざ……欲しいなら、お兄ちゃんがホテルの売店で何か買ってあげるよ」

アルスの提案に対して、ユーノは首を横に振りながら否定の意を示した。

「うぅん。そうじゃないんだ。これ……初めて僕が見つけた物だから、その記念にと思って」

ユーノ自身、今の自分の技量は良く解っている。
今回の調査も、アルスとバクラの言う事を聞いて細心の注意をして調査の手伝いをしていた。
その中で見つけた、このペンダント。
どっからどう見てもガラクタだが、自分にとっては初めて自分自身の力で見つけた物。
誰もいらないなら、折角だから記念品に取っておきたいと、ユーノは考えた。

「そうか。まぁ、いいんじゃないか。けど、一応向こうに確認してからな」

「はい」

微笑ましく我が弟を見つめながら肯定の返事をすると、ユーノは嬉しそうに頷いた。


閑話休題。


暫く洞窟内で談笑していたが、吹雪は未だに止みそうにない。
通信機で救援も呼んでみたが、やはりというか期待通りと言うか、この吹雪ではとても救援には来れないようだ。

「ズゥー、モグモグ。たく、この前の自宅監禁でウンザリしてるってのに、こんな洞窟で足止めをくらうとは。アルス、お前の責任だからな」

夕飯の焼きそばを啜りながら、バクラはアルスへと文句を垂れる。

「だから解ってるって。そのお詫びの一環として、今日の夕食当番を引き受けたんじゃないか」

フライパンで作った自分の分の焼きそばを皿へと盛りながら、アルスは申し訳なさそうに言葉を返した。

「詫びの一環が、このインスタント焼きそばか」

ズルズル~、と焼きそばを啜りながらも、半目でアルスを見つめるバクラ。
確かに雪山で遭難した詫びとしては、とてつもなく小さすぎる。

「だから、ちゃんとお詫びは戻ってからするって。料理に関しては仕方ないだろ。俺だって、そこまで得意じゃないんだから」

遭難してしまったのは、確かに悪いと思っている。
しかし、料理に関しては自分も素人同然なのだから勘弁して貰うしかない。
雪山での遭難。
食料も暖房器具はあるも、それは有限であり無限ではない。
吹雪は未だに止む様子を見せず、救援も何時来るか来るか解らない状況での精神的負荷は計り知れない。
にも関わらず、この穏やかな空気。
まるで家に居るかのような、何時もの二人の様子。

(兄さん達って、何処でも常にマイペースだよね)

危機的状況下でもマイペースな兄二人の姿を頼もしく思いながら、ユーノも夕御飯の焼きそばを啜った。
夕飯終了。
簡易シャワーで体の汚れを落とし、少しの談笑を挿んだ後、ユーノは就寝についた。

「すーすー」

外では凍りつきそうな猛吹雪であるにかも関わらず、この安心しきった寝顔。
中々に豪胆な性格、将来が楽しみだ。

「ふあぁ~~ん……眠い」

一方、此方は炬燵に丸まりながら今日の報告書を纏めている兄二人。(正確には一人で、もう一人はミカンを食べていた)
ユーノほどではないが、屋敷探索及び遭難のダブルコンボは流石に疲れたらしい。
アルスは大欠伸をしながらも、真面目に仕事を成し遂げようとしていた。

「お前、本当に体力があるよな」

「てめぇの体力が無さ過ぎなんだよ」

「いや、絶対にお前が異常過ぎるって」

同じ調査をして同じ様に遭難したのに、この元気。
技術だけでなく、体力その物が既に一級品だ。
まぁ、それはそれとして。本題に入る。

「バクラ、今日のカラクリ屋敷の探索。どう思う?」

先程までの眠気を吹き飛ばし、何処となく重い声音でバクラへと尋ねるアルス。
空気の変化を感じ取ったのか、バクラも面倒くさそうにしながらも真面目に答えた。

「お前が考えている通りだ。十中八九、誰かが暮らしていた痕跡がありやがる」

自分と同じ考えだった事を確認した後、アルスはカラクリ屋敷の全体図を取り出した。

「あの屋敷の持ち主は、30年以上も死んじまいやがった。屋敷自体を見た限りだと、碌な手入れなんざしてなかったのは間違いねぇ。
だが、ユーノが見つけた金庫を含めて、ありとあらゆる所に誰かが弄った跡がありやがった」

「台所やリビングにもお菓子の袋やジュースのペットボトルが捨てられていたし、明らかに誰かが暮らしていたとは思うけど。でも一体誰が?それも、こんな山奥に」

カラクリ屋敷が建てられた場所は、到底人が常日頃通る様な場所とは思えない。
必然的に、誰かが自分の意思で住んでいた事になる。
こんな山奥に、それも碌に手入れもしていない屋敷に。

「まぁ、その辺は俺達の仕事じゃねぇ。持ち主である依頼人でも任せるんだな」

依頼金の分の仕事はするが、それ以外はしてやる義務も無ければ義理も無い。
俺はもう寝るぞ。
自分には関係無いと寝袋を敷き、バクラも就寝についた。

「ふぅ~、相変わらず自分の事以外には興味が無い奴。うぅ……ふあぁ~~~~ん。俺も寝よう」

気にはなるが、流石にアルスも眠くなり寝袋に収まった。




バクラ達が探索したカラクリ屋敷。
ゴウゴウと猛吹雪に吹かれ、無人であるその屋敷に一つの蠢く影があった。

「あぁ~、ビックリした~。よくよく考えてみれば、中央コントロールルームなんだから警備の数も多いのは当たり前だよな。
何とか此処まで逃げ切れたけど、これからは気をつけないと。うぅ~、それにしても腹減ったー。脱走してから今日まで碌な飯を食ってないぞ。
だけどまぁ、デバイスを取り戻せたのは不幸中の幸いか」

ブツブツと文句を垂らしながら、その影は古く年季が入った額縁の前で立ち止まる。

「さーてと、確かのこの後ろの金庫の中に仕舞っていたんだよな。よいしょっと……あれ?カギが開いている?
可笑しいな。前に潜伏した時、確かに閉めたと思ったんだけど……まぁいいか。さて、御開帳~~」

気分良さげに金庫の扉を開いが、中を見た瞬間、その影は驚愕の声で叫んだ。

「あれ……無い!無い無い無い!え、ちょっと!!」

グッと自分の頭を金庫の中に突っ込むが、どうやらお目当ての物は無かったらしい。

「そんな、どうして。間違えた。いやでも、確かに此処に隠したんだ。
目印だって間違いないし……そ、そうだ!カメラ!心配だからって、簡易デバイスの小型カメラを隠していたんだ!!」

そう叫ぶと、影は急いで近くの壁を探り始めた。
えーと、えーと、と迷いながらも何度か探っていると、壁の一部がパカッと開き横縦10㎝ほどの空間が現れた。

「いや~、こう言う所は流石カラクリ屋敷って言うだけの事はあるよね。本当、隠れるには色々と便利だった。
さ~てと、俺達が居なくなってから今日までのデータ全てを、俺のデバイスに移してっと……うん?」

移したデーターを眺めていた影は、あるデーターを確認して首を傾げた。

「…………子供?」

そこに映っていたのは、今日このカラクリ屋敷の調査をしていたバクラ達の姿だった。




――遭難二日目

「吹雪が止む様子は無しか、チッ。おい、カー○ィ!邪魔だ!」

「邪魔って……バクラ兄さんのファル○ンが突っ込んできたんしょ。あ、アルス兄さんズルイ!ハート取った!」

「こんな山奥じゃ流石にテレビも映らないけど、まぁ娯楽品として使えば暇つぶしにはなるか。っておい!バクラ、俺のフォッ○スをハメるな!あ~あ~、折角回復したのに」


――遭難三日目

「ねぇ、アルス兄さん。千羽鶴って確か、病気の回復を願って折る物じゃなかったっけ?」

「そうだけど、別に良いじゃん。アンナさんと生まれてくる赤ちゃんを祝うって意味で。おい、バクラ。サボってないで、お前も手伝えよ」

カタカタ、カタカタ、カタカタ

「ワイト共を維持するため魔力を消費してるんだ。その上、んな細かい作業をやっていたら直ぐ疲れちまうだろ」

「お前がサボりたいだけでしょうが、たくッ。それにしても、ワイトって意外と器用なんだな。骨だけに」


――遭難四日目

「いやー、やっぱりこう寒い時は炬燵で鍋だよね。美味しくて栄養もとれて、体も温まるし」

「お前、ここ数日間でスッカリ炬燵を気にいりやがったな」

「兄さーん。冷凍庫に牡蠣と海老があったよ。入れる?」

「あぁ、入れ「入れるな!」って、あぁー。そう言えばお前、牡蠣嫌いだったな。でも、鍋で火を通すんだから食べられない事は無いだろ?」

「うるせぇ。なんでわざわざ、俺様がんな物を喰わなきゃいけねぇ。つーか、てめぇだろ。冷凍庫に牡蠣を入れたの」

「恨めしそうな目で睨むなよ。食事のバランス成分を考えたら、自然とそうなったんだから。はいはい、好き嫌いはダメー。と言う事で、投入~」

「な!?てめぇアルス!」

「ちょ!危ないって!髪の毛を引っ張るな!!鍋、鍋が引っ繰り返る!!」

(バクラ兄さんにも苦手な物ってあったんだ。ちょっと以外……って!!)

「ふ、二人とも止めて!鍋が本当に……あああぁあーー!!!」


――遭難五日目

遭難か、キャンプか。
なんにせよ何時もの様に騒がしい遭難生活四日間を過ごし、五日目に漸く吹雪が止んだ。

「救援なんか待たず、普通に下山すりゃいいんじゃねぇのか」

ガブっと、豪快に朝食のトーストを齧るバクラ。

「我慢しろ。吹雪のせいでどっちが街に繋がる道か、お前だって解らないんだろ?こう言う時は下手に動かず、助けを待つのが上策だ」

暖かいホットミルクを呑みながら、今にも飛び出しそうなバクラを窘めるアルス。

「モグモグ。でもさ、やっぱり雪山って凄いよね。ね、兄さん。アレだけの大吹雪が、四日間も続くなんて」

サラダを小さな口で頬張りながら、雪山の凄さと恐ろしさを語るユーノ。
健康良好。ほのぼの一家団欒。
とても大吹雪の中を遭難したとは思えない。
朝食も終わり、救援が来るまで各々好きな時間を過ごしていた。

「黄金のコンドル伝説、ガイアの魔鏡、海上都市アトランティスの秘宝。どいつもこいつも胡散臭ぇが、まぁ物の序に調べておくとするか」

バクラはこの五日間の遅れを取り戻すため、新たな宝の情報を。

「えーと、ゴミはOK。炬燵とかは帰る時に片付けるとして、他には……あ!そう言えば、レオンさん達に連絡を入れていなかった。
心配かけちゃ悪いから、連絡しておこうっと」

アルスは最終確認と両親に自分達の無事を伝えるため、それぞれ時間を過ごしていく。
そして、ユーノは――

「うわ~」

外の景観を眺め、感嘆の声を漏らしていた。
辺り一帯に敷かれた銀色の絨毯。
洞窟の前も、周りの山々も、全てが銀色に輝いている。
これら全てが、自然の雪で創られた。
自然の神秘に感動しながら、ユーノは辺りを眺める。
地平線まで続く銀の絨毯、日光を浴びて輝く雪の宝石、雪の中で行き倒れている人。

「……あれ?」

何か可笑しいな、と改めて辺りを眺める。
山々を包む込み淡いカーテン、風に舞い散る粉雪、そしてやっぱり倒れている人。
うん、間違いなく人、ヒューマン、霊長類。
呼び方は色々あるが人だ。体の半分が雪で埋もれているけど。

「って、人おおぉおぉおーーー!!」

昨日までの吹雪が嘘の様に静まった雪山に、ユーノの絶叫が木霊した。




「ガツガツムシャムシャ……んぐ、ゴックン。ハグムシャムシャムシャゴックン……ん。ハグハグガツガツガツガッガッガッ……ゴックン」

「……………」

「……………」

「……………」

「ムシャムシャッ……ッんぐぅ!!うんッむぐぅーうぅーんむぅーッ!!」

「……あの、お水」

「んッ!ウグング、ゴックン。ふぅ~、ありがとう!ハグウシャムシャムシャ……」

「……………」

「……………」

「……………」

「モグモグ。…………あのさ」

「あん?」

「おかわり貰っても良い?」

「「まだ食べるの!?」」

「てめぇ、散々喰い散らしやがって。遠慮ってものを知らねぇのか」

「「いや、絶対全世界の皆さんもお前(バクラ兄さん)だけには言われたくないと思う」」

此処までシンクロする兄弟も珍しいだろう。


閑話休題


「いやー、ごっそさん。もう何日も碌な飯を食べていなかったから、正直ダメかと思った。本当にありがとう」

パンパン、と膨れた腹を叩きながらバクラ達にお礼を言う一人の男性。
年は若く、約20前後。何処となく気さくな雰囲気を感じる。
髪の色は薄い青みを帯びた白髪で、アルスのライトブルーの髪と違い、白を基調として青白色に近い。
バクラと同じ様にあまり手入れをしないタイプなのか、ショートへアの先がツンと跳ねていた。
さて、既に承知の事だと思うが、この男性は先程ユーノが見つけた生き倒れの人である。
あの吹雪の中を彷徨っていたのか、体には大量の雪が積もっていた。
生き埋めにならなかったのが奇跡に等しいほどである。
当然、目の前で倒れている人を見捨てられるほど、アルスとユーノ“は”心冷たい人間ではない。
急いで洞窟に運び、簡易の医療器具を取り出して治療を始めようとしたのだが――

「は、腹減った~~、何か食わしてくれ~」

男性の口から漏れたのは、何とも緊張感が無い言葉だった。



「ズゥー……ふぅ~、お茶がこんなにも美味しいなんて初めて知った」

炬燵に潜りながら、のんびりとお茶を飲んで完全にリラックスしきった男性。
先程まで力無く倒れていた男性と似ても似つかない。

「あのー。リラックスしきっている所、大変恐縮ですが」

男性の対面に座るアルスが代表して生き倒れの経緯を尋ねようとしたが、その前に男性が何かに気付いた様に声をあげた。

「あ~、悪い悪い。そう言えば、まだ自己紹介をしていなかったな」

湯呑を置き、コホンと咳払いをしながら改めて男性は自身の名前を告げた。

「俺はタスピ。タスピ・セルピニス。気軽にタスピって呼んでくれていいぜ。改めて宜しく!」

ピクッ。
男性から名前を告げられた瞬間、アルスとバクラは僅かに眉を揺らした。

「タスピさん、ですか」

三人の中でユーノだけは特に怪しむ事無く、確認する様に呟いた。

「そうそう、変わった名前だろ?」

「いえ、そんな事は無いと思いますよ」

「ホント?いや~、ありがとう。俺もミッドチルダに初めて行った時は、ちょっと変わった響きの名前だって思われてさ。
しょうがないって言えばそうなんだけど、やっぱり自分の名前をそんな風に思われるのはな~、どうも変と言うか。
村じゃこの名前で呼ばれていたから、何か違和感を感じちゃってさ」

「タスピさんは、ミッドチルダの生まれでは?」

「うぅん。全然、あんな都会じゃなくて管理世界でも田舎の田舎の、ずーと田舎ぐらいの生まれ。
しかも部族の生まれだから、タスピってのも一族特有の名前の響きって奴を持った名前な訳だから、ミッドチルダの人――特にクラナガンの人から見たら変わった名前ってのは事実なんだけどな」

「そうなんですか。それじゃあ、僕達と同じですね。あ、僕はユーノ・スクライアと言います。で、こっちが僕の兄さんの、アルス・スクライアとバクラ・スクライアです」

「お前らと同じ?う~んっと、スクライア……て言うと?どっかで聞いた様な気はするんだけど」

「えーとですね、主に遺跡の発掘や調査を生業としている一族で、僕達は皆そのスクライアの生まれなんですよ」

「へぇ~~、遺跡発掘や調査。凄いな、そんな小さいのに。俺なんか歴史の話しを聞いただけでも、ちんぷんかんぷんで頭が痛くなるってのに」

親しげに言葉のキャッチボールを続けるユーノとタスピ。
初対面だが、タスピの気さくな雰囲気のおかげか変に人見知りせずに友達の様に話せた。
しかし、バクラとアルスは違う。
一切口を開こうとはせず、ジーとタスピのある一点を見つめていた。
腕に刻まれた、鷹を模した赤い刺青を。

「タスピさん、少し宜しいでしょうか?」

暫く黙っていたアルスだったが、此処に来て漸く会話に参加した。

「うん?えっと……アルス?で、間違いないんだよね」

「はい。このユーノの兄のアルスと申します」

事務的な固い挨拶を交わしながら、タスピを話していたユーノを守るように自分の背に隠した。

「兄さん?」

漸くユーノも兄達の様子が可笑しい事に気付き、疑問を覚える。
何時もは優しいはずのアルスから、今は剣呑な空気が放たれていた。
一体どうしたと言うのか。
訳を尋ねようとしたが、その前にアルスが言葉を発し場を支配した。

「お疲れの所申し訳ありませんが、一つ質問を宜しいでしょうか?」

「OKOK!疲れてなんかいないから、一つと言わず何でも訊いて良いぞ!!」

元気満々である事をアピールし、さぁさぁと逆に急かしてくるタスピ。
本当に行き倒れていたのか、疑う元気さだ。

「そうですか。ではお言葉に甘えさせてもらいます。タスピさんは、この雪山にはお一人で?」

「うん、そうだけど。それがどうかしたか?」

何故そんな事を訊くのか、タスピは不思議そうに首を傾げながらアルスを見つめた。

「そう、お一人で登られたんですか。装備も食料も持たず、たった一人で」

言われてみれば確かに変だ。
吹雪が吹き始める五日前に昇っていたのなら、自分達と同じく遭難して食料や水が尽きて倒れるのは解る。
しかし、装備が何も無いのはどう説明がつく。
タスピが来ている服は比較的軽装で、見た所助けを呼ぶような通信機も何も持っていなければ、暖を取るための道具も持っていない。
まるで、近くのコンビニにでも行って来るかのような軽装だ。
当然、これから雪山も登ろうと考える人間の装備ではない。

「あ……う、うん。ちょっとな、そこまで長居はするつもりはなかったからこんな格好なんだ。
直ぐ降りられると思ったし、まさかこんな大吹雪に遭遇するとは思いもしなかった。
そ、それよりもさ。お前ら、この先にカラクリ屋敷があるのは知ってる?」

僅かに動揺を見せ言葉を濁した後、今度はタスピがアルスに尋ねた。

「えぇ、ご存知ですよ。タスピさんは、そのカラクリ屋敷にご用事でも?」

「そうなんだよ。いやー実はさ、昔あの屋敷に友達と遊びに行った時、つい悪ふざけをしちゃって友達が持っていたペンダントを隠して、そのままにしちゃったんだ。
額縁の裏の金庫に隠したもんだから、俺もスッカリ忘れちゃってさ」

「え?」

額縁の裏の金庫、そう聞いてユーノは自分が見つけたペンダントを握り締めた。

「お前らもあのカラクリ屋敷に行ったんだろ?
知らない?これぐらいの大きさで、ビー玉に紐が通してあるペンダント?」

人差し指と親指でペンダントの大きさを表し、アルス達に問いかけた。

「あの、そのペンダントってこれですか?」

心当たりがあるユーノは、ポケットから見つけたペンダントを取り出してタスピへと見せる。

「そう、それだよ!それ!!ユーノが見つけてくれたの?ありがとう!
いやね、そのペンダント。俺の友達の大切な物らしくてさ、『勝手な隠すとは何事だ!』って物凄く叱られちゃって。いや~、参ったよあれには」

あははは、と気さくな笑みを浮かべながら頭を掻き毟る。
本当に参っているのか疑問を覚えるが、話しを聞く限りだと、このペンダントはタスピの友達の物らしい。
ちょっと残念だな、と目に見えて眉を下げるユーノ。
記念品に取っておこうと思ったが、持ち主が居るなら話は別だ。
返そうとするも、またもやアルスが二人の間に割って入ってきた。

「アルス兄さん?」

「うん、何だ?出来るなら早く持って帰って、友達に返したいんだけど」

二人から怪訝な視線を注がれても、アルスは自身のスタンスを崩さずに淡々とした口調で問いかける。

「タスピさん。何故、俺達がカラクリ屋敷に行った事をご存知で?」

「へ?だってそのペンダントを持ってるし。え?カラクリ屋敷に行ったんだよな?」

「はい。確かに俺達は貴方の言う通り、あのカラクリ屋敷に行きました。俺が訊いてるのは、何故初対面であるはずの貴方がその事を知ってるのか、と言う事です」

「だからそれは、そのペンダントが!」

いい加減しつこいアルスに若干の苛立ちを覚え、タスピの声に硬さが増した。

「ペンダント?可笑しいですね。確か貴方はユーノがペンダントを見せる前に、こう言ったはずですよ。

『お前らもあのカラクリ屋敷に行ったんだろ?』

っとね。何故ペンダントを見せる以前から、俺達がカラクリ屋敷に赴いた事をご存じだったので?」

「……あ」

小さく声を漏らし、しまったと狼狽するタスピ。

「えっとね、それは……あ、アルスが自分で言ったんじゃない!カラクリ屋敷に行ったってさ」

「行った?失礼ですが、俺は『ご存じ』とは答えましたけど、『行った』とは一言も言ってなかったはずですが?」

「ほへ?……え~とね、だから………」

あっちをキョロキョロ、こっちをキョロキョロ。
バクラは勿論、アルスもユーノの目から見ても怪しいと断言できるほど慌てぶりを見せるタスピ。
暫く視線を彷徨わせていたが、やがて言い訳の様に矢継ぎ早に言葉を放った。

「ほ、ほら!此処って雪山の山奥でしょ?
近くにスキー場はあるけど、お前らどう見てもスキー客には見えないし、そうなるとあのカラクリ屋敷を見に来たんじゃないかな~と。
あ、あはははは……」

最後に苦笑いを浮かべるが、なるほど。一応の筋は通っている。
こんな山奥。
スキー客の遭難も考えられるが、観光客が地元でも有名だったカラクリ屋敷を好奇心に駆られて見学に訪れても、可笑しくは無い。
言葉の節々から汲み取り、アルス達がカラクリ屋敷に行ったと勘違いしてしまっても、それは仕方ないかもしれない。

「……なるほど、解りました」

「あ、解ってくれた。じゃあさ、悪いんだけどそのペンダント、俺に返して「それは出来ません」……えっと、何で?」

アルスの強きな姿勢に圧され、尻すぼみしながらも訳を尋ねた。

「俺達はあの屋敷の現持ち主である方から、直々にある依頼を受けました。
依頼内容はこの場で公言は出来ないのですが、その内容状どうしてもカラクリ屋敷の物は一度依頼主に確認を取らなければなりません。
もしこのペンダントが、タスピさんのお友達の物であると仰るなら、確認を終えた後に然るべき手続きを終えてお渡しします。
ですので、一度俺達と街までの同行をお願いできませんでしょうか?」

僅かに目を細め、アルスはタスピの意思を確認した。

「……どうしても、街までついていかなくちゃダメ?」

数秒間の沈黙の後、改めて尋ねるがアルスの答えは変わらなかった。

「申し訳ありません。此方も仕事なので」

「そうか、そうだよね。……よし、解った。それじゃあ街までの短い間、宜しく!」

今度は先程と打って変わり、二カッと人懐っこい笑みを浮かべてアルスの提案を受けいれた。
しかし、相変わらずアルス自身が放つ剣呑な空気は変わる事は無く、穴が開くのではと疑うほど注意深くタスピを見つめていた。

「ありがとうございます。所で、話しは変わるのですが……タスピさんは、“赤鷹”と呼ばれる犯罪者組織をご存知ですか?」

ギクリ。

「……………し、知らないな~。何、有名なの?その赤鷹って?」

タップリと間を置き、知らないと答えるタスピ。
外は極寒の気温だと言うのに、額からはダラダラと汗が零れ落ちていた。

「えぇ、一年ほど前までは新聞のトップ記事を飾る事もあったほどの犯罪組織の名前です。
構成メンバー全員が魔導師で構成された、違法魔導師の集団。通称、赤鷹。
主な罪状は金品などの強盗で、管理・管理外世界問わずに暴れ回り、その被害総額は50億にも上るとまで言われています。
彼らが赤鷹と呼ばれる由縁は主に二つ。
一つは、彼ら自身が時折自分達の事を赤い鷹と評していた事。
もう一つは、彼らのリーダーである男性の腕に鷹を模した赤い刺青があった事です」

タスピの腕に刻まれた鷹を模した赤い鷹の刺青を見つめながら、淡々と告げるアルス。
視線に気付いたタスピは、さっと急いで隠すがもう遅い。
アルスだけでなく、後ろの二人にもバッチリと見られてしまった。

「つい四日前……いえ、此処で遭難してから五日も経ちましたから、もう十日近くになりますか。
その赤鷹の一人が、管理局の拘置所から脱獄したとニュースで取り上げられました。
脱獄したのは、赤鷹のリーダーである違法魔導師。名前は――タスピ・セルピニス」

瞬間、高密度の魔力が辺りに展開し、バクラは自身のモンスターを召喚した。

「ゲルニア!」

「ユーノ、捕まって!」

バクラが召喚したゲルニアと入れ替わるように、アルスはユーノを抱きかかえて後ろに避難する。
狭い洞窟内に獣の咆哮を響かせながら、その凶器を振るい、目の前の敵を排除にかかった。

「ほへ?ちょっ、待て!」

完全な不意打ち。
振り下ろされたゲルニアの凶器は、先程まで和気藹々としていた炬燵を破壊し、辺りを砂煙に包み込んだ。




カラカラと、無残にも粉々に砕け散った炬燵の破片が足元まで飛び散ってくる。
バクラを前衛に、アルスを後衛に。
二人は注意深く辺りに気配を張り巡らせながら、洞窟の外へと避難した。

「アルス兄さん!タスピさんが違法魔導師って本当!?」

問いかけるユーノの言葉の中には、困惑の色が見えた。
出会って、まだほんの数分の関係。
それでも実際に言葉を交わしたユーノには、タスピが悪い人間には見えなかった。

「あぁ。多分……と言うか、十中八九な」

微妙に言葉を濁したアルスだが、彼もまたタスピが違法魔導師とは信じられなかったのだ。
ユーノと同じ実際に言葉を交わした感じもそうだが、何よりもアレが本当に赤鷹のリーダーなのだろうか。
雪山では遭難し、偽名を名乗らずに本名を名乗った。
あまりにも迂闊すぎて、百歩譲ったとしても管理局が手を焼いた犯罪者組織の頭には見えない。
しかし、どうしても腕の刺青と名前、そしてあの挙動不審な態度が頭に引っ掛かる。
被害総額は50億にも上る、凄腕の違法魔導師。
自分達の安全を考え急いで避難をしたのだが、未だにモクモクと煙が立ち上る洞窟を眺めて、アルスは段々と不安になってきた。

「なぁバクラ。俺もつい勢いであんな事言っちゃったけど……あの人、本当に赤鷹のリーダーのタスピ・セルピニスなのかな?」

ユーノがタスピと会話を交わしている最中、アルスとバクラはコッソリと念話で連絡を取り合っていた。
タスピ・セルピニス。
本人が言った通り、姓名共にミッドチルダではあまり馴染みの無い名前と腕に刻まれた赤い鷹の刺青のおかげで、嫌でも十日ほど前の脱獄ニュースが思い出された。
危険と判断。
自分達の避難を優先させるため、ついついバクラのモンスター攻撃を見過ごしてしまったが、どうしても洞窟内での青年の姿が気になる。
片や管理局を相手に大暴れした違法魔導師のリーダー。
片や雪山では遭難してご丁寧にも本名を告げた間抜けで気さくな青年。
この二つが、どうしても=で結びつかない。
ひょっとして、自分はとんでもない勘違いをしてしまったのでは。
不安に駆られるアルスだが、次の瞬間。
決して自分の考えが間違いではなかった事に、嫌でも気付く事となる。

「下らねぇ心配をしてる暇があったら、ユーノを連れてさっさと離れろ。邪魔だ」

「え?どういうッ!!」

最後まで言えなかった。
ビュン、と洞窟の中から勢いよく飛び出て来た何か。
その何かは自分達の間に落ち、綺麗に敷かれた銀の絨毯に歪な穴を開けた。
牢獄。
何処まで透き通るそれは一種の芸術品の様な美しさを誇っており、同時に生命の活動を停止させる冷たい牢屋だった。

「げ……ゲルニア」

透き通る水晶の様な氷の塊。
その中に氷漬けにされていたのは、バクラが先程召喚したオカルトモンスター。
ゲルニアその物だった。

「あ~~ビックリした~」

目を見開き驚愕しているアルスとは逆に、随分とのんびりとした男性の声が洞窟内から聞こえてきた。

「なんたって行き成りだもんな~。何、あの変なモンスター?」

完全に砂煙が晴れた洞窟からでき来た男性――タスピは、全くの無傷だった。

(嘘……あんな至近距離から、バクラのモンスターの攻撃を防いだのか)

奇襲戦法は戦いに置いて、格上の相手すらも倒す可能性を孕んだ戦法である。
その奇襲を、しかもアレだけの至近距離から受けて無傷どころかゲルニアを返り討ちにした。
犯罪者組織、赤鷹のリーダー。その線が強くなる。
自然とアルスは警戒し、目の前のタスピの様子を窺う。
左手に持たれた拳銃。
先程まで所持していなかった事も考えて、間違いなくデバイスの類。
服装も先程と変わっている。
ジャケットに無地のズボン。
見た目は普通に街中を歩く若者向けのファッションだが、所々に奇妙な文様が入って、何処かの民族衣装を模したバリアジャケットへと変わっていた。
部族の生まれと言っていた事から察するに、恐らくはその一族の物なのだろう。

「ふぅ……たくッ、お前ら!!」

ビシッと、人差し指を此方に向けて叫ぶタスピ。
僅かだが、その瞳には怒りの色が見える。当然と言えば当然だ。
攻撃をされて、ヘラヘラと笑っていられる人間など一部の例外を除いて居ない。
相手があの管理局も手を焼いた赤鷹のリーダーであるならば、実力もそれなりに備わっているはず。
バクラ、アルス、ユーノ。
それぞれ注意深く、タスピの一挙一動に目を光らせていたが――

「行き成り危ないだろ!むやみやたらに人に魔法を向けて撃っちゃダメだって、父ちゃんか母ちゃんに習わなかったのか!?」

何ともアットホーム的な考えに、思わずカクッと膝を折ってしまった。(バクラは平然としていたが)

「バカか。てめぇが言っても、何の説得力も持たねぇんだよ」

「あ、それもそうか。一応俺、犯罪者だし。コホン。そんじゃまぁ、折角の機会だから」

一つ咳払いをし、妙に演技がかった声で改めてタスピは自分の名を告げた。

「お前らの言う通り、俺は赤鷹のリーダーを務めていたタスピ・セルピニスその人だ。よくぞ見破った、褒めてやるぞ」

「「誰でも解るわッ!!」」

彼らの中の何かが我慢出来なかったのだろう。
空気が裂けるほどの鋭いツッコミを入れたアルスとユーノであった。

「いや~、参った、参った。ばれずに、ペンダントだけを奪取する予定だったんだけど……何がいけなかったんだ?」

(全部だよ、全部!!)

演技では無く、本当に解らない様子のタスピを見て、アルスは頭を抱えてしまった。
犯罪者として知れ渡っている本名を名乗り、腕の刺青も隠さず、おまけにあの挙動不審な態度。
アルス自身、同年代よりも精神年齢は高くある程度の交渉の駆け引きも仕事の上で経験は積んでいた。
しかし、しかしだ!
仮にも12歳の子供に言い負かされる犯罪者グループのリーダーってどうなのよ。

(この人、もしかして天然?)

アルスだけでなく、ユーノも怪訝な表情で見つめる中、タスピはバクラと対峙していた。

「中々にあざとい真似をするじゃねぇか。雪の中で倒れていたのは、俺達に近付くための演義か?」

「いや、あれは素で遭難した」

何事もなかったように笑い飛ばすタスピ。
見た所、嘘をついている様子は無い。本当に行き倒れていた様だ。
バクラ自身も自分達に近付くためにわざと遭難したのかと思っていたが、まさか素だったとは。
流石のバクラも、一瞬だが意識が変な所に飛んでしまった。
それでも尚、タスピの言動に注目できたのは、目の前の魔導師がそこらに居る三流魔導師とは違うと脳が警告していたからだ。
氷漬けにされたゲルニア。
ピシ、ピシ、と徐々に罅が入って行き、遂には氷と共にバラバラに砕け散ってしまった。
瞬間、モンスターのレベルに合わせたダメージが、波となってバクラに押し寄せる。
チクリと体の部位が痛んだが、何とか平静を保つ事が出来た。

(ゲルニアは再生能力を兼ね備えた不死のモンスター。
だが、体を構成する魔力その物が完全に破壊されてしまっては、流石に再生は不可能となる。
つまりそれは、裏を返せばこのふざけた野郎の魔法がそれだけ強力だと言う事。
あの奇襲に防いだだけでなく、俺様のゲルニアを一撃で倒すほどの凍結魔法を発動させやがった。
こいつの話しが全て真実だとするなら碌に食料も持たないで、あの吹雪の中を生き抜く事が出来たと言う事にもなりやがる)

なるほど。
どうやら赤鷹のリーダーを務めていたと言うのは、満更嘘では無いらしい。
薄い笑みを浮かべるバクラ。
この遭難期間のストレスを今直ぐぶつけても良いが、その前に一つだけ訊きたい事がある。

「クククッ。よぉ、タスピさんよぉ。てめぇら赤鷹は、50億もの金品を強奪したんだろ?
ならよぉ、何でさっさと逃げねぇで、ユーノが見つけたあんなちんけなペンダントを奪いに来たんだ?」

「あ、それは俺も気になっていた」

「僕も」

バクラの質問にアルスとユーノは同調する。
50億。
これだけの大金を強奪した人間が、安物のビー玉のペンダントを欲しがるとは思えない。
まして、拘置所からの脱獄。
管理局による捜査網が敷かれる中、わざわざ山奥まで探しに来る価値があるとは考えにくい。
さっさと逃げ失せ身を潜めるのが、犯罪を犯した人間の思考だ。

「いや……えっと~……………うん、だからね。お友達がね」

元々ポーカーフェースが苦手なのだろうか。
目が泳ぎ、『そのペンダントには秘密がありますよ』と公言している。

「そうかい。話すつもりはねぇ、と。だったらこっちに考えがある。ユーノ!」

「何?バクラ兄さん?」

「ペンダントを俺様に寄越しな!」

「え、何で?」

「いいからさっさと寄越せ!俺の言う事がきけねぇのか!!」

有無を言わさぬバクラの迫力に圧され、ユーノは小動物の様に肩を震わせながら急いでペンダントを投げ渡した。

「あ、返してくれるのか?ありがとう!いや、助かったぜ~!」

さぁ早く、と急かす様に右手を差し出すタスピ。
バクラが返してくれると思っているようだが、甘いとしか言いようが無い。
ただのガラクタならともかく、この男がこんな如何にも素敵な秘密がありそうなペンダントを渡すはずがなかった。
おもむろに問題のペンダントを、タスピに良く見えるように差し出すバクラ。
人差し指と親指の間に挿んだそれを――

「ふんっ!」

罅が入るぐらい、力強く握り締めた。

「ちょっと!何やってんの!!?バカなの!?と言うかバカだろ!!割れるよ、割れちゃうよ、と言うか割れるううぅうーーー!!!」

返してくれるのだと信じて疑わなかったタスピは、それはもうビックリ仰天。
目を見開き、罅が入ったペンダントを取り戻すため駆けだそうとするが、そうは問屋が卸さない。

「動くな」

静かに、それでいて力を孕んだ声。
王の勅命の如く紡がれたその言葉に、タスピはピタリと足を止めてしまった。

「そうだ、動くんじゃねぇぞ。クククッ……」

邪悪極まりない笑みを浮かべるバクラ。
何時でも壊せる事をアピールしながら、改めて問いかけた。

「それで、何で貴様はこんな山奥まで、わざわざこのペンダントを探しに来たんだ?この安物のペンダントに、それだけの価値があるのか?」

「いやね、だから友達が……」

――バキ!

「割った!欠片が飛んだよ、今!!わぁーわぁー待って待って!それ以上したら、本当に壊れちゃう!!」

「だったら、このペンダントの秘密を言いな。そうしたら、止めてやるよ」

「だから、さっきから言ってる通り……握り締めるな!壊れる、粉々に壊れちゃうから!!わ、わ、わぁーー!
ま、待った!うぅ、解った。言うから、言うからお願い。もう止めて」

勘弁して下さい、お代官様。
そう言いたそうに、タスピは涙目になりながらバクラに懇願した。


「ねぇアルス兄さん。これって傍から見たら、絶対バクラ兄さんの方が悪人だよね?」

「あぁ、間違いなくな。あいつ、ビジュアル的にも悪人顔だし」


兄弟二人の批判的な視線をものともせず、バクラは黒い笑みを浮かべたままペンダントの秘密を訊きだした。

「俺達赤鷹が、50億ほどの金品を盗んだのはお前らも知ってるだろ?」

「あぁ。それとこいつがどう関係するんだ?」

「……50億の金品って言うけど、実際はほとんどが金や銀、宝石などの貴金属類を狙って俺達は強奪した。
ミッドチルダを含めた管理世界で使えるお金よりも、そっちの方がどの管理・管理外世界に持っていっても売り捌けるし。
上手くすれば、そう、例えば金が高騰している世界に持っていけば、実際の価格よりも高く売れる思惑もあったからな」

一語一句を聞き逃さないように聞き耳を立てていたバクラは、内心で少し感心していた。
これまでの言動を見る限り、タスピはお世辞にも統率者として優れているとは思えない。
正直、そこまで考えて強盗を行っているとは思わなかった。
いや、もしかしたら“だからこそ”赤鷹のリーダーを務めていたのか。
赤鷹は合計20人の魔導師で構成された犯罪組織。
皆を引っ張って行く事だけがリーダの仕事では無い。
部下の諫言に耳を傾けて最善の策を実行する。
それもまた、リーダーに求められる一つの要素だ。

「まぁ、確かに。その意見には俺自身も賛成だったんだけどさ、50億の金品って結構な量になるんだよ。
で、その改善策として、盗み出した金品をある場所に隠す事に決めたわけ。
けれど、俺達もバカじゃない。
たった20人の魔導師で、管理局をまともに相手にして何時までも逃げ切れるとは思ってはいなかったさ。
そこで思いついたのが、個人個人が皆には内緒で、強奪した金品をそれぞれバラバラの場所に隠す事だ。
こうすれば、もし誰か一人が捕まっても此方の被害は最小限に抑えられる」

「……うん?」

此処でバクラは奇妙な変化に気付いた。
先程まで流暢に話していたタスピだが、一瞬だけ言葉に詰まる。
その時の表情は何とも言えない、まるで何か苦渋の決断をした様な表情だった。

「でも、まぁ……結局は皆揃って、一斉検挙で捕まっちゃったんだけどな」

あはははは、と先程までの表情が嘘の様な笑みを浮かべるタスピ。
犯罪に手を染めるぐらいだから、目の前の男にも何か譲れない物があったのかもしれない。
しかし、そんな事をよりも気になるのはペンダントの秘密。
再び話し始めたタスピの言葉に、バクラは聞き耳を立てた。

「俺も捕まった時も金品のありかを聞かれたが、生憎と俺達赤鷹は誰も答えなかった。
つまり、未だに誰も俺達が隠した金品の場所を知らないし、見つけてもいないと言う事だ。
俺の目的はその隠された戦利品を見つけ出す事。そのために必要なのが、そのペンダントと言う事だ」

人差し指を、バクラが持っているペンダントへと向けた。

「そいつの中には、俺自身が隠した場所も含めて、皆が隠した場所が暗号として刻まれている。
もしもの時、生き残った赤鷹のメンバーが全ての金品を持って逃げられる。そのための保険と言う事なのさ、そのペンダントはな」

ピク。バクラの耳が異常な動きをした。

「ほぉ~~……つまりこいつの中には、貴様ら赤鷹が必死でかき集めた50億ものお宝の場所が記されいる、そう言う事か」

この時、表情こそは見えないがアルスとユーノには確かに見えた。バクラが“良い笑み”を浮かべているのを。

「まぁ、そう言うわけだ。さぁ、訳を話したんだから返してくれよ。早く回収に向かわなくちゃいけないんだから」

右手を差し出して、返してくれるように改めて頼む。本気で返してくれると、信じて疑っていない。
根が純粋なのかもしれないが、だとすると何と運が悪いのだろうか。
これがもし、金品に目が眩んだ一般人なら何となったかもしれない。
お礼に何割かの金品を渡し、逃がしてくれるように交渉の余地もあったのだろう。
だが、相手は金品に目が眩むとは言っても、並では済まされない人間。
盗賊王バクラ。
一割二割では満足できるはずが無い。
絶対に全てのお宝を自分の懐に納めるはずだと、アルスだけでなくユーノも思っていたが――

「あぁ、ほらよ」

何と!バクラは素直にペンダントを投げ渡した!

「「えええええぇええぇええーーーーーー!!!」」

これにはユーノだけではなく、長年付き合ってきたアルスも驚き……もとい、絶叫をあげた。

「え?あ、うん。ありがとう!後で必ず助けて貰ったお礼はするから、そんじゃ!!」

素直に返してくれた事に最初は驚いていたタスピだが、返してくれたと理解するとペンダントを握り締め、そのまま雪の中を走って地平線の彼方へと消えて行った。
微妙な沈黙が辺りに漂う。
ユーノは50億と聞いたバクラが、素直にペンダントを渡した事に驚き言葉を失い。
今直ぐ天変地異が起こると言われても信じるほどだ。
アルスもアルスで別の意味で驚き、素直に渡したはずのバクラも、どう言う訳か目を点にして驚き言葉を失っている。

「バクラ……さっき渡したの、偽物だろ」

微妙な沈黙を最初に破ったのはアルス。ほぼ確信を込めて、バクラへと尋ねた。

「あぁ。まさか、こんな子供騙しに引っ掛かるとはな」

最初は驚いていたが、幼馴染+スクライアの発掘で鍛えられた目を持っているアルスだからこそ気付いた真実。
手に入るかどうかは別にして、バクラ自身は初めから大人しく渡すつもりなど毛頭なかった。
偽物とすり替え、相手が気付き逆上した所を叩きのめす。
そのつもりだったのだが、まさか自分で隠したペンダントの本物か偽物かの区別もつかないとは。
流石にバクラも、呆れて物が言えなかった。
地平線の彼方へと、雪を掻き分けながら走って行くタスピの後ろ姿を見つめてユーノは思う。
赤鷹のリーダーであり、ゲルニアを一撃で倒し、さらには管理局から脱獄した件も含めて、個人の実力が相当にあるのは間違いない。
しかしその反面、雪山で遭難し、指名手配されている自分の名前や赤鷹の目印である刺青を隠さず、さらには先程のペンダントの件。


――○○と天才は紙一重


「ねぇアルス兄さん。あの人ってさ、もしかして天然じゃなくて……」

「言ってやるな。折角伏字にして隠したんだから」

安易に口に出さないだけで、二人がそう思っている証拠なのだが、口にしないだけマシだ。

「いくら人材不足とはいえ、管理局の奴らが簡単に逃がすとは思わなかったが。
……まさかあの野郎を取り逃がしがったのは、あまりにも“バカ”すぎるせいで行動が予測できなかったからなのか?」

「「言うなよ!!」」

口にしないだけ。




そんなこんなで、偽物を渡されたとは気付かないタスピは、早速ペンダントに記された戦利品の隠し場所を確認しようとしていた。

「先ずはこれを割って、その中に記された暗号を解いてっと……あ、あれ?」

さぁ暗号解読を始めよう、とした時に漸く奇妙な事に気付いた。
暗号が刻まれていない。
何度確認しても、割ったペンダントの中には何も刻まれてない、ただのガラス玉だった。
渡されたのが偽物なのだから、当然と言えば当然なのだが。

「う、嘘!何で!!?」

だからそれは偽物です、なんて教えてくれる人は当然ながらこの場には存在しない。
本物だと信じて疑わないタスピは、何度も何度もただのビー玉を見つめ直し、調べ続けた。

「あれ……これって………もしかして!?」

その真実に気付いたのは、バクラ達から別れて数分後の事だった。




炬燵が壊れてしまったが、今日は吹雪いておらず、気温もバリアジャケットを着れば十分に防げるほど暖かい。
散らかった洞窟を背に、バクラ達は雪原を眺めながら救援を待っていた。

「チッ!暗号を見つけたはいいが、どうやって解くんだ?」

当たり前の如く、早速バクラは50億のお宝が隠された場所を解き明かそうとしていたが、中々上手くいかない。
苛立ち、舌打ちを打つ。
古代文明ならその文明の文字や発見された文献からある程度の解読は可能だ。
だがこの暗号は、そんな物とは一切関係ない赤鷹のメンバーが作った物。
スクライア始まって以来の超天才でも、個人、しかも何の情報も無ければ手の出し様が無かった。
あれでも無い、これでも無い。
様々な方程式へと当てはめるが、どれもこれも自分が求める答えに辿り着かなかった。
解いたからと言って自分の物になる訳ではないのに、こいつらなら本当に自分の懐に納めそうで怖い。
ちなみに、既にタスピの事はアルスが管理局に通報していた。
流石チームリーダー。こう言う所はシッカリしている。

「……あれ?兄さーん、何か来たよ」

救援はまだかなー、と雪原を眺めていたユーノは此方に向かってくる何かに気付き、兄達二人に呼びかける。
ドドドドドドッ!
と、まるで昔の漫画の様に地響きを上げ、立ちはだかる雪など物ともせず此方に向かってくる何か。
嫌な予感がする。
内心ウンザリしながらも、バクラ達はその何かの正体を確かめた。
銀色の輝く雪の中、つい先ほどまで飽きるほど見た青白色の髪の毛。
あぁ、やっぱりだ。
出来るならあのまま嵐の様に去って欲しかったのだが、どうやらそう上手くはいかないらしい。
雪の中を掻き分けて来た何か――タスピはバクラ達の前で急ブレーキをかけ、立ち止まる。
はぁはぁ、と何回か息を新鮮な空気を吸った後、キッと此方を睨みつけて力の限り叫んだ。

「偽物じゃんか!!」

ドーン!、と背後に奇妙なオーラを背負いながら、バンと力強く偽物のペンダントを雪に叩きつけた。


「わざわざ前の場面から叫ぶのを我慢してきたのかな?」

「ユーノ、そこは察してやれ。タスピさんも、きっと色々と溜まっているんだよ」


アルスとユーノが何かを悟った表情で見つめる中、タスピと対峙したのは再びバクラ。
本物の赤鷹のペンダントを指で弄りながら、真っ直ぐタスピを見つめていた。

「あぁーー!それ!」

本物のペンダントに気付き、指で指しながら怒号の声をあげるタスピ。
流石に偽物を渡されたのには、頭に来ているようだ。

「お前!……えっと、バクラ…だったよな。うん、バクラ!これ偽物で、そっちが本物じゃんか!」

「何だ、気付いたのか。てっきりそのまま何処かに逃亡するかと思ったが……一応物の区別がつかないほどバカではないらしいなぁ」

「ばッ!くぅーーー!!」

真正面から罵られ、顔を怒りで赤く染めながら悔しそうに歯を噛みしめた。

「バカって人に言っちゃいけないんだからな!おまけに嘘をつくなんて、人として最低の行為だ!!」

逆上して罵り返すかと思ったのだが、返ってきたのはこれまたアットホーム的な考え。
顔を赤くしながらバクラを批判する様は、どう見ても20前後の大人には見えない。
同時に、本当に50億もの金品を強奪した違法魔導師なのか、正直信じられない。
見た感じ、ユーノやアルスが感じた第一印象の様に根っからの極悪人では無い様だ。
とはいっても、違法魔導師であるのには変わりないのだから、こう言いたい。

(その言葉、俺様もてめぇだけには言われたくねぇよ)

(その言葉、タスピさんが言っても何の説得力も持たないと思う)

(その言葉、違法魔導師であるタスピさんが言っても仕方ないですよ)

バクラ、アルス、ユーノ。三兄弟の心が一つになる瞬間も、かなり珍しい。

「はぁはぁはぁ……と言う訳だから……ぜぇぜぇ、早く……返してくれ」

一通り言いたい事を吐きだし、山の新鮮な空気を吸い込みながら頭の血を静め、改めて返還を求めるタスピ。
さて、バクラはどうするのか。
既にペンダントは割れ、中に記された暗号が表面に浮き出ている。
先程の偽物作戦も一度目は通じても、二度目も通じるとは限らない。
寧ろ偽物を攫まされた分、警戒心は上がっているだろう。
アルスとユーノが見守る中、バクラがとった行動は――

「解った、解った。ほらよ」

再び、素直に二つに割れたペンダントを投げ渡す事だった。

「コラ!投げるなって……わあぁーー!!」

宙に漂い、太陽の光を受けながら輝くペンダントの欠片。
先程と同じく偽物の可能性は捨てきれないが、此処に来てから自分は一度たりともバクラから目を離さなかった。
偽物とすり替える暇などは無い。即ち、本物。
逃がしてたまるかと、ダイビングキャッチ。
勢いよく飛び上り、空中で鮮やかにキャッチしようとしたその時。

――ピン

「……ほへ?」

思わず間抜けな声を漏れしてしまうタスピ。
後少し、本当に後少しで念願の暗号に手が届きそうだったのに、無情にも自分が攫んだの冷たい空気。
肝心のペンダントは、まるで何かに引っ張っれるように空中を飛んで行く。
何が起こったのか理解できないタスピだが、アルスとユーノには見えた。
バクラがペンダントに括りつけた細い糸を、ピンと引っ張るのを。

「ッ!わッ!!っとっと!」

勢いよく飛び出したは良いが、此処は山の急斜面。
前のめりになり、今にも転びそうだ。
転んでたまるか。
両腕をジタバタさせながら何とかバランスを保とうとするタスピ。
クネクネと、タコ踊りの様に体をくねらせながら、何とか体勢を整える事には成功した。
良かった。
胸を撫で下ろすタスピだが、その後ろに不気味な影が迫っていた。
ザク、ザク。
真っ白な絨毯を踏み締めながら忍び寄るのは、勿論この人。
無表情だが、何処か冷たい色を瞳に宿した盗賊王バクラ。
ゆっくりと忍び寄り、バランスを立て直したばかりの背中目掛けて――

「「あ、蹴った」」

無言のまま、タスピの背中を蹴り飛ばした。

「……あれ~?」

さて、此処は雪山の急斜面。
そんな足場の悪い場所で、しかも後ろから突然蹴り飛ばされてらどうなりますか。

「あ…あ……のわあぁああぁああああぁああぁあーーー!!!」

答え――麓目掛けてすってんころりん。


「人って凄いな。雪山で転ぶと、あんな雪だるまになりながら転がって行くんだ」

「うん、そうだね。僕達も気を付けないと」


ドップラー効果を撒き散らしながら、ドンドン遠ざかって行くタスピ。
本当の雪だるまの様に、周りの雪を巻き込みながら転がって行く。
その何とも言えない情けない姿を見つめながら、アルスとユーノは思う。

――あの人、結局何をしに来たんだろう?

何処となく冷めた目線でタスピを見送った後、ふとバクラの様子を窺う。
いくら犯罪者とはいえ、山の、それも雪山から蹴り落とした非人道的な行為。
にも関わらず、バクラは何時も通り一切の罪悪感も無く糸を括りつけた問題のペンダントを指で弄り回していた。
はぁ~、と内心で溜め息をつくアルスとユーノ。
長い付き合いで既に承知の上だったが、せめて、本当に少しでも良いから罪悪感を持って欲しい物だ。

「あ……しまった」

そんな彼らの願いが通じたのか、タスピが転がり落ちて行った方向を見つめながらバクラが自責の念を込めながら呟いた。

「うん?どうした、バクラ?」

少しばかり声を弾ませながら、アルスは問いかける。
もしかしたら、多少の罪悪感を感じたのかもしれない。
長年の苦労が実ったと、期待したのだが――

「あの野郎に暗号の解き方を聞くのを忘れていた。チッ!拷問した後に蹴落とすんだったぜ」

「どうせそんな事だろうとは思っていたよおおぉおおぉぉ--!!」

「あ、アルス兄さん!気持ちは解るけど落ち着いて!こんな所でツッコミハリセンを入れたら、バクラ兄さんも落ちて行っちゃうよ!!」

バクラは暗号の秘密を聞き忘れた事に舌打ち。
アルスは自分の想いを裏切られた事にハリセンでツッコミを。
ユーノはそんなアルスを止めようと必死に腰にしがみつく。
お前ら、さっきまで全世界に指名手配を受ける様な犯罪者と対峙していた自覚ある?
是非とも誰かにツッコミを入れて欲しい光景だ。
とまぁ、何時ものじゃれあいをしていた三人だが、此処で再びあの音が聞こえてきた。
ドドドドドドドドドッ!!!
先程よりも大きな地響き。斜面の下から雪を掻き分けながら此方に向かってくる人影。
あぁ、またか。
白い目線を送りながら、バクラ達は駆け上がってきた人影を出迎えた。

「ぜぇぜぇぜぇぜぇぜぇぜぇ……」

大きく肩を揺らしながら駆け上がって来たのは、当然と言うかタスピその人。
一気に山の斜面を転げ落ちたにしては、戻ってくるのが早い。
体も特に外傷はなく、元気その物だ。

「し、死ぬかと思った。ぜぇぜぇ……コラー!いい加減にしろよ!大人をあまりからかうと、痛い目をみるからなッ!!」

口も相変わらずの達者。
この辺は流石凄腕の魔導師といった所か。中々にしぶとい。

「さぁ、早くそのペンダントを返せ!でないと……」

左手に持った銃型のデバイスをバクラ達に向ける。
警告。
流石に三度目は無い様だ。

「でないと……どうなんだ?」

相手が違法魔導師だろうと関係ない。
目の前に立塞がるなら、叩き潰すまで。
バクラは恐れる事無く、一歩前に出てタスピを真正面から睨みつけた。
何処までも広がる雪原。
対峙する二人。
一人は赤い羽衣を靡かせながら、威風堂々と構える盗賊王バクラ。
もう一人はスクライアとは違う民族衣装を模したバリアジャケットを纏う、赤鷹のリーダタスピ。
相手を様子を窺いながら、お互いに睨み合う。
雪山特有の冷たい風が二人を包みこむ中、タスピはバクラを真っ直ぐ見据え静かに口を開いた。

「出来るなら、一飯の恩人にこんな真似はしたくない。
バクラ。頼むから、そのペンダントを返してくれ。お礼だったら必ず……何時か絶対するから!」

辛そうな、絞り出す様な声。
命の恩人と本気で戦いたくないと言うのは、どうやら本心の様だ。

「ケッ!何寝ぼけた事言ってんだ。
てめぇがどんな経緯で赤鷹なんて組織を創設し、50億の金品を強奪したかは、俺様にとっちゃぁどうでもいい。
だがよぉ、仮にも管理局相手に喧嘩を売ったんだ。それ相応の覚悟は出来てんだろ?
ごちゃごちゃと下手に善人ぶってねぇで、さっさとかかってきな!!」

体の周りを覆う、不気味な黒い魔力。
ギラギラと、飢えた猛獣の様に此方を射抜く二つの瞳。
自分の勝利を信じて疑わない、不敵な笑み。
臨戦体勢に入るバクラを見て、タスピも諦めた。
警告でダメなら、少々乱暴な手を使わせて貰うまで。
手に持ったデバイスの銃口を、バクラへと定めた。

(さぁて、確かゲルニアはこいつに氷漬けにされたんだったな)

何時でもモンスターを召喚できるほどの魔力を練り上げながら、今までの情報からタスピの戦闘スタイルを考察していく。
ゲルニアを一撃で葬ったあの凍結魔法。
とてもではないが、並の魔法の威力では無かった。
完成度もそれ相応に高く、何より自分が反応出来なかった。
恐らくは、氷の魔力変換資質を持つ魔導師。
本人の魔法技術もかなり高い。
少ないパズルを組み上げ、最も有効な戦力と戦略を組み立てて行く。
一つのピースを増やそうと、タスピのデバイスに目をやった。

(銃型のデバイス。あまり俺の周りでは使われていないタイプだな)

タスピの左手に握りしめられた銃型デバイス。
特に大きくも無く小さくも無く、手頃なサイズ。
無難なストレージが、それともアームドか、はたまたインテリジェントか。
なんにせよ、油断は禁物。

(にしても、随分と凝ったデバイスだな)

目を細め、タスピのデバイスを瞳に捉えながら褒め称える。
水晶の様に透き通り、それでいて雪の様に白銀色に輝く。
一切の曇りも無く、人を惹きつける彩色を施した芸術品。
綺麗。
金銀財宝のお宝を数多く見てきたバクラでさへも、その輝きに目を奪われていた。
此処まで凝った造りをするデバイスも珍しい。
戦闘用としてではなく、観賞用の芸術品として売り出せば今回の依頼で遅れた分の金は手に入る。
ニヤリ。
邪悪且つ歓喜の笑みを、まるで獲物を前にした飢えた獣の様な獰猛な笑みを浮かべるバクラ。
100%ペンダントの暗号を聞き出すだけでなく、デバイスも奪い取るつもりだ。

(再生能力を持ったゲルニア一撃で倒す実力。先ずはそれがどれほどか、雑魚のワイト共を使って確かめるとするか)

体に纏う魔力を解放し、いざ戦闘を開始しようとしたその時――

「って、ちょっと待った待った!!なに戦闘開始、みたいな空気になってるの!?」

完全にやる気状態の二人の間に、アルスが割って入ってきた。

「……なんのつもりだ、アルス」

当然、バクラからして見ればアルスは邪魔者以外の何者でもない。
僅かな怒気を含んだ、硬い声音で声をかける。
てめぇは邪魔だ、と公言しているのだが、アルスはそんな事などお構いなしにバクラに詰め寄った。

「なんのつもりだ、はお前だバクラ!何で行き成り喧嘩を売ってるんだよ!?
何時も何時も、そうやって暴力で解決する前に先ずは話し合いで解決しろって言っているだろ!」

「あぁ?……お前、寒さで頭がやられてのか?」

本気で兄の頭の中を心配した。
相手は既に明確な敵意を露わにし、ご丁寧にデバイスの銃口も此方を狙っている。
話し合いでの解決など、もはや不可能。
どちらかが相手を叩き潰し、屈服させる。
それがバクラのやり方であり、何故アルスが自分の邪魔をしたのか解らなかった。
アルスとて、バクラの考えは十分に承知している。
野獣に襲われて、まぁ先ずは話し合いましょう、という人間はいない。無論、アルス自身もそんな事は思ってもいない。
しかし、それはあくまでも言葉が通じない獣に限定される。
前のプロトクロス、さらに前の暗黒火炎龍とは違い、今回の相手は話し合いが通じる人間。
今までのタスピの行動や人柄を見てきたが、根っからの悪人ではないと断言できる。
平和的解決。
話し合いが通じるなら先ずは自分にやらせてくれと、バクラを説得した後にアルスはタスピへと振り向いた。

「あのー、タスピさん。もうここら辺で止めませんか?」

タスピは銃口こそ此方に向けているが、特に攻撃をしてこなかった。
その気になれば、何時でも撃てたにも関わらず。
やはり、根っからの極悪人では無い。
確信したアルスはやんわりと、武器を捨てての自首を勧めた。

「俺達は既に、貴方の事を管理局に通報しました。例え此処でペンダントを奪ったとしても、貴方が強奪した金品を探し出す前に捕まってしまいますよ」

10日近くも逃げ切れた実力は素直に感心するが、それはタスピ本人だけの場合だ。
50億の金品。
探し出すだけでもかなりの重労働。まして売り捌くとしたら、そこから芋づる式に足が付く可能性が高い。
とてもではないが、タスピ一人で逃げ切れるとは思えなかった。

「下手に騒ぎを大きくしても、罪が重くなるだけで何も変わりません。
それだったら、早く赤鷹のお仲間さんと罪を償って、堂等と表を歩いたほうが絶対良いですよ」

バクラの様な問題児でも見捨てる事無く、親身になってまともな道に更生させようとした頑張ってきたアルス。
そんな彼が、根っからの悪人ではないタスピの事を放っておけるはずもない。
自首して罪を償うように、何度も何度も説得を続けた。

(どんだけ甘ちゃんなんだ、てめぇは!?)

必死にタスピの説得を続けるアルスの後ろ姿を見据えながら、バクラは内心で毒舌をついた。
前々から色々と言われてきたが、今回だけは納得できそうにない。
何故なら相手は違法魔導師。つまり、社会的に見ても犯罪者として烙印を押された敵だ。
自分の邪魔でなければ正直どうでもいいが、そんな相手さへも庇おうとするアルスは、バクラから見ればどうしようもなく甘く見えた。
説得は続く。
必死になってはいるが、結局は骨折り損のくたびれ儲け。
タスピは一向に首を縦に振ろうとはしなかった。

「あはははっ、アルスは優しいな。そして正論だ。お前の言う通り、此処でペンダントを手に入れても管理局に捕まっちまう可能性は高いだろうな」

「だったら!」

続けて説得を試みるアルスだが、その言葉を遮るようにタスピが声を上げた。

「なぁ、アルス。お前さ、夢ってあるか?」

静かだが、力強い声。凛としたその声に、アルスは喉まで出かかっていた言葉を呑み込んでしまった。

「俺にも夢がある。そのためには、どうしてもその金が必要なんだ」

真っ直ぐ、一切の曇りの無い瞳でアルスを射抜く。

「例えその金が法を破ってまで手に入れた汚い金でも、俺には……俺達赤鷹には何が何でも譲れない物があるんだ!!」

アルスは何も言えなかった。言い返せなかった。
夢とは何か、それは法律を破ってまで叶える物なのか、強奪した金で叶えて貴方達は満足なのか。
次から次へと追及の言葉が頭に浮かぶが、それを口に出す事が出来ない。
タスピから発せられる威圧とでもいうべき力。
その力の前に、アルスは完全に呑まれていた。

「それに、やる前から諦めるのは男じゃないぜ。
管理局が追ってくる?ふん、上等だ!
来るなら来ればいい!どんだけ数の管理局が追ってがこようとも、俺は必ず逃げ切ってみせるさ!そして、絶対俺の夢を叶えて見せる!!」

普通だったら神経を疑う考え。
無理だ、無謀だと数多の人間が口を揃えて言うだろう。
だが、目の前の男は本気だ。
本気で捕まる事を考えていない、それどころか50億もの金品を全て回収するつもりでいる。
タスピの力強い笑みに、アルスは俯いてしまった。
覚悟を決めた人間の説得は難しい。
前にドラマで聞いた台詞だったが、今ならその意味が重いほど解る。
現に自分は説得するつもりが、逆に呑まれてしまった。
強奪してまで叶えたい夢とやらには同意できないが、タスピのこの想いだけは本物だ。

「邪魔だ」

「え?……うわッ!」

説得不可能とアルスが悟った瞬間、自分の体を浮遊感が包みこんだ。
驚きながら、青い空を見つめるアルス。
そのままズボっと、頭から雪の中に突っ込んだ。

「アルス兄さん、大丈夫!?」

「あ……あぁ。ありがとう」

引っ張り出してくれたユーノにお礼を言いながら、目の前の様子を窺う。
ピンと張りつめた空気。
静かだが、確かに感じる威圧感。肌が針に刺された様に痛い。

「お前達って、確か義理の兄弟なんだっけ?良い兄貴と弟じゃないか、大切にしろよな」

「大切?ふんッ!笑わせんじゃねぇ。何でこのバクラ様が、あんな甘ちゃんの面倒をみなきゃいけねぇんだ。
初めに言っておくぞ。俺にアルスと同じ甘さを求めているなら、さっさとその考えは捨てろ。
こっちも、あまりにも早く勝負がついてはつまらねぇからな」

「……お前みたいな奴を、世間一般ではツンデレって言うんだっけ?でも、あまりにも度が過ぎると嫌われるぞ。
まぁ、俺として後ろのアルスやユーノよりも、乱暴者のお前の方が相手にしやすいから助かるけど」

「口の減らねぇ野郎だ。だがぁ、安心しな。直ぐ、その口を黙らせてやるよ」

「それはこっちのセリフだってねぇの。お前に偽物を攫まされたり、突き落とされた恨みがあるからな」

「突き落としたんじゃねぇ、蹴落としたんだ」

「同じ事だ!!」

軽口を叩きあうのは此処まで。
足場の悪い雪の中だと言うのに、タスピは足を取られる事無く俊敏に動きデバイスを構えた。

「ワイト!」

ほぼ同じく、バクラもモンスターを召喚して迎え撃つ。
ワイトは自分の中では最弱に位置するモンスター。
攻撃も守備を大したことは無いが、レベルが低い分やられた時に伝わるダメージは微々たるもの。
様子見には適したモンスターだ。

(ッ!なんだ、骸骨のお化け!?そう言えば、あの洞窟で襲ってきたモンスターも同じ様にこいつが名前みたいな物を呼んでから急に現れたな。
召喚術を扱う魔導師?でも、聞いた話だと召喚術って結構強力な魔法だよな。こんな瞬間的にモンスターを召喚なんか出来るのか?)

頭はアレな方のタスピだが、流石に管理局を相手にしてきた違法魔導師。
戦闘に関しては、頭の回転が早い。

「召喚魔法なんてレアな魔法、本当に使える奴が居たんだな。けど、俺の敵じゃない!!」

レアスキル並の魔法に一瞬だけ驚きを見せたが、直ぐ表情を引き締め狙いを定める。
自慢の相棒を構え、引き金を引いた。

「……あぁ?」

「……え?」

「……何、あの弾?」

三兄弟、それぞれ思わず間抜けな声を漏らしてしまった。
タスピが使用するデバイスの型は銃。
当然、引き金を引くアクショントリガーを行う事によって銃口から魔力弾を放つ物だと、バクラ達は予想していた。
実際、その予想は当たっていた。
引き金を引いた瞬間、銃口から弾が出た事には出たのだが――

「てめぇ……何だ、そのノロノロ弾は!?」

遅い、とにかく遅すぎる。
ゆっくりと、此方に向かってくる弾丸。
その速さは亀、いや寧ろ亀よりも遅い。この中では一番身体的に劣るユーノでも、余裕でかわせるスピードだ。
青筋を浮かべ、怒りを露わにするバクラ。
これでは警戒した自分がバカの様ではないか。

「……ふふっ」

苛立つバクラに対して、タスピはゆっくりと口元を釣り上げた。
何が可笑しい、と怪訝な表情で見つめていたバクラ。
次の瞬間。
彼だけでは無く、アルス達の顔にも驚愕のお面が張り付く事となる。

「フリーズ……」

魔力の波が渦巻く。
ゆっくりと進む銃弾を包みこむ。
爆発的に高められたその魔力は、辺りの空気までをも凍結させた。

「バースト!」

『Freeze burst』

タスピがそのトリガーを唱えた瞬間、デバイスの機械的な音声と共に今までノロノロと宙を進んでいた銃弾が一気に加速した。

「ッ!!」

その速さは正に疾風迅雷。
先程までの早さが亀と例えるなら、今は最新式のロケットだ。

「チッ!」

舌打ちを打ち、表情を歪める。何とか回避を試みるバクラだが、もう遅い。
撃ちだされた凶弾はワイトを貫き、目前まで迫っていた。
ゆったりとした時間が流れる。
目の前に迫った凶弾。
避けたいのに、体が反応しない。
何の抵抗も出来ず、氷の鎧を纏う凶弾はバクラの額に吸い込まれていった。




「……嘘」

「そんな……バクラ兄さんが、一撃で………」

アルスとユーノは信じられなった。信じたくなかった。
彼らにとってバクラとは、一族始まって以来の問題児だ。
そして同時に、一族の中で誰よりも才能に恵まれた天才児。
発掘の腕もそうだが、召喚魔法を駆使した戦闘技術は管理局のエース級にも通じる。
知識や魔法の腕はともかく、戦闘に関してはユーノは勿論、アルスや他の大人達でさへもその実力は認めていた。
恐らく、スクライア一族の中では最強と言っても過言ではない。
だが、目の前の状況はどうだ。
冷たい雪の中に倒れたと言うのに、体を起こそうともせずピクリとも動かない。
倒された。
一族でもトップ、管理局のエースとも互角に戦えた男が、たった一発の銃弾の前に倒れたのだ。
目の前の現実を受け入れるよりも、アルスとユーノは我が目を疑った方が遥かに容易だった。

「ッ!!ユーノ、バクラを!!」

時間にして十秒近く。
唖然としたまま固まっていたアルスだったが、自分の相棒であるナレッジを展開させ、バクラを守る様に前に躍り出た。

「は、はい!」

遅れてユーノも、バクラの容態を確かめるため近付いた。
凍結。
バクラの体には所々に氷が張りつき、特に銃弾を受けた顔面は半分以上が氷に埋め尽くされている。
ゲルニアの時と同じく、凍結系魔法をまともに受けた様だ。
幸いなのはそれほど外傷も無く、体温も正常な事か。
それでも目は瞑ったままで、完全に意識は飛んでしまっている。
命に別条が無い事に内心ではホッとしながらも、やはり普段から頼りがいがあった兄が負けたのが信じられなかった。

「……………」

「あのさ、出来るならその恨めしそな目を何とか……って無理か。お前らから見たら、俺って大切な兄弟を傷つけた張本人だもんな」

一方、アルスは二人を守ろうと、ナレッジの構えてタスピを警戒していた。
つい勢いで飛び出してしまったが、さてどうしたものか。
打開策を模索するアルスだが、頭の中が入り乱れ正常な判断が下せない。
あのバクラを倒した。それも一撃で。
その事実が、どうしても思考を乱してしまう。
落ち着け、此処で俺が動揺してどうする。
奥歯を噛みしめ、適度な痛みを与えながら何とか乱れた思考を元に戻して行く。
今の状況。
バクラは倒され、この場で皆を守れるのは自分しか居ない。
この状況を打破する策を考えるが、タスピの実力は間違いなく本物。
逃げるにしても、倒れたバクラとユーノを抱えて逃げ切れる可能性は低い。
どうする!?

「……なぁ、ちょっと提案があるんだけど」

遠慮がちに声をかけて来るタスピ。思考を中断し、注目する。

「俺の見た所、お前らの中で一番強いのはそいつだろ?」

確認するように、タスピは倒れたバクラを指差した。

「こっちとしてはペンダントさへ返して貰えれば、それで良いんだけど……俺も恩人にこれ以上手を出すのはアレだし。と言うか、人として……なぁ?
ましてバクラみたいな奴はともかく、お前らみたいな奴はどうもな~~。あ、あはははははは……」

ポリポリと、気まずそうに頬を掻くタスピ。
本当にバクラを倒したのか疑うほどの情けない青年の姿がそこにはあった。
一気に毒気を抜かれるアルス。
警戒していたのがバカバカしくなるほど、今のタスピからは敵意を感じ無い。
それもそうだ。
元々タスピは此方と争う意思は無かった。
ただ単にペンダントの返還を求めているだけで、バクラを傷つけたのはそのペンダントを返そうとしなかったからだ。(バクラ自身が戦闘に乗り気だったのもあるが)
バクラを倒された事で気を乱し、スッカリ忘れていた。
瞬時に今までの情報を纏め、アルスの脳内が最新式のコンピューターの様に答えを導き出す。

(今までのタスピさんを行動を見た限りでは、むやみやたらに俺達に危害を加える事も無いだろうけど……信じていいのか)

チラリと、タスピの様子を窺う。
デバイス片手に、青白色の髪の毛を困った様にポリポリ。
見た所、嘘をついている様に見えない。と言うか、この人が嘘をつくイメージが如何しても出来ない。
演技だとかそんなレベルの問題では無く、素でこう言った交渉は苦手の様だ。
良く言えば表裏が無い素直な人間、悪く言えば単純バカ。
警戒するまでも無い、とアルスは肩の力を抜いた。

「……もし俺達がペンダントを渡せば、一切の危害を加え無いと約束してくれますか?」

最終確認の意味で、タスピへと問いかける。

「当たり前だ、って犯罪者の言葉なんて信じてくれる訳ないか。けど、こいつに関しては俺を信じてくれとしか言えない。頼む!そのペンダントを返してくれ!」

謙った物言いだが、態度は真摯その物。パンと両手を合わせてお願いをしてきた。

「……………解りました」

数秒間タスピの言葉を反芻した後、アルスはゆっくりと頷く。
口では了承の返事をしたが、正直言って心の内は納得しておらず、モヤモヤした嫌な感じが積もる。
違法魔導師。
タスピの人柄は好意的に見れるが、どんないい人でも犯罪者である事には変わりない。
どうしてもアルスの中に存在する正義感が、ペンダントを渡す事を拒否していた。
しかし、この状況ではどうしようもない。
チームの中で最強のバクラが倒された今、自分に出来る事は皆を安全に麓の町まで届ける事。
ザッ、ザッ、と雪を踏みしめながらバクラに近付き、ペンダントを取ろうとしたのだが――

――バッ!!

「うわぁ!」

「ば、バクラ兄さん……」

何の前触れも無く、バクラの目が見開きそのまま勢いよく起き上がった。
近くに居たアルスとユーノは突然起き上がった事に驚くが、それ以上にタスピは驚いていた。

(俺のフリーズバーストをまともに受けて、こんな短時間で起き上がっただと。どんだけの回復力だよ!)

彼自身、自分の魔法には自信を持っていた。
自信を持っていたからこそ、この短時間で回復したバクラの驚異的な生命力には驚きを隠せなかった様だ。

「チッ……油断したぜ。まさか、あのバカが此処まで精密に魔力コントロールを出来るとは」

頭を振り、顔や体に張りついた氷を無理やり剥がす。
片手で銃弾が命中した額を抑え、悪態をついた。
何だ、元気そうじゃないか。
てっきり怪我をしたと思っていたが、この様子だと大丈夫だろう。
体も薄い氷が表面に張り付いただけで、特に怪我を負っていない。
アルスとユーノは、ホッと胸を撫で下ろしながら肩の力を抜いた。

「さぁて、キツイ一発ありがとうよ。おかげでスッカリ目が覚めたぜ」

ククク、と好戦的な笑みを浮かべながら、バクラはトントンと額を叩いた。

(あ、不味い。バクラの奴、スッカリ頭に血が上っている)

心配した自分達などに目もくれず、タスピの方へと歩いていくバクラ。

「ちょっと、ストップ!」

こいつは不味いと、急いでアルスが止めに入った。

「バクラ、もう止めよう!タスピさんも大人しくペンダントを渡せば退いてくれるって言うし、そもそもお前一回やられ……た……」

徐々に小さくなっていくアルスの語尾。
バクラから発せられる威圧感。
此方を射抜く瞳は怒りに染まっており、ユーノだけでなく幼馴染のアルスさへも言葉に詰まるほど怖かった。

――見逃して貰おう?この盗賊王バクラが、あんなバカな魔導師に?

――冗談では無い!

どうやら油断したとはいえ、一撃を貰った事が相当癪に障ったらしい。
アルスの説得を無視し、おもむろに懐から問題の割れたペンダントを取り出す。

「ファルコース!」

魔力を解放し、空中にファルコスを召喚する。
警戒し、身構えるタスピ。
再び戦闘開始かと思われたが、バクラは攻撃を命令を出さず、二つに割れたペンダントを空中に投げ――

「「「……あ」」」

ファルコスに呑み込ませた。

「な、な、ななななななッ!」

予想外の行動にアルス達も言葉が出なかったが、一番驚いているのは持ち主であるタスピだ。
ワナワナと、人差し指を震わせながらファルコスを指差す。
そんな彼を嘲笑うかのように、ゴクン、と50億の金品の在りかを記したペンダントを胃の中に押し込んだ。

「なにやってんだよおおおぉぉぉぉおおぉぉぉーーーー!!!」

山彦を通じて、雪山全体に響き渡る絶叫。気持ちは痛いほど解る。

「安心しな。貴様のお目当てのペンダントは溶けて無くなったりはしねぇよ」

「え、そうなの?」

慌てふためくタスピだが、バクラの言葉を聞いてひとまず安心した。
バクラ自身、初めからペンダントを消化するつもりなど毛頭ない。
それは50億の金品を手掛かりである事もそうだが、もう一つ理由がある。

「あぁ。正し、俺様を倒さねぇ限りファルコスからペンダントを吐き出させる事は不可能だがな」

タスピの逃亡を防ぐ。
こうしてファルコスの体内に仕舞っておけば、嫌でも自分と戦わなくてはならない。
逃がしなどしない。徹底的に打ちのめし、先程の魔力弾のお礼をしてやる。
狂気を孕んだ瞳でタスピを睨みつけ、挑発気味に言葉を放った。

「えっと、要するにだ。お前をもう一回ぶっ倒せば、ペンダントは戻ってくるって事だよな。なんだ、簡単じゃないか」

二カッと挑発的な笑みを浮かべながらも、そのデバイスは絶えずバクラに照準を合わせていた。

「アルス兄さん、どうするの?止める?」

「止めるって言われても、もう俺の手には負えないぞ。せめてレオンさんかアンナさんが居れば、話は別だけど」

既に二人の説得は不可能。
力づくで止めるにしても、魔導師としての腕は二人の方が断然上。
完全戦闘態勢に入っている二人を、アルスとユーノの二人だけで止める事は難しい。
と言うか、完全に殺るき(やる気)モードになっているバクラを止められるのはアンナとレオン。次点で族長やおばば様ぐらいしか居ない。
下手に割って入ったりでもしたら、それこそ被害は拡大する。
だったらいっその事、バクラを後ろから撃って気絶させてペンダントを渡すか。
かなり物騒だが、この場で最も効率が良い解決方法を実行するか悩むアルス。
しかし、時既に遅し。
スクライアの超問題児は、タスピへと襲い掛かっていた。

「行け、死霊共!」

死霊を召喚するレアスキル――ネクロマンサー。雪原に不気味な唸り声が木霊した。

(……お化け?さっきの鳥人間を呼び出したのも、多分召喚魔法だよな。このお化けといい、変な魔法を使うんだな、バクラって)

二つのレアスキル級の能力は、違法魔導師であるタスピにとっても珍しいらしい。
物珍しそうに死霊達を眺めていたが、向こうが敵意を持っているのは明白。
デバイスを構えて、得意の凍結系魔法を発動させた。

「フリーズバースト!」

ダンダンダンッ!
撃鉄の音と共に放たれる、幾つもの銃弾。
それら全ては、バクラのみに照準が合わされていた。
死霊による攻撃には対応できると踏んだのか、それともバクラの方が危険と悟ったのか。
どちらにせよ、全てがバクラに迫っているのは確かだ。
一度見た技。
威力の方は立証済み、通させる訳にはいかない。

「させっかよぉ!死霊共!」

ノロノロと、動きが鈍い間に全ての銃弾を死霊で包みこむ。
収縮。
銃弾を包みこんだ死霊達は徐々にしぼんで行き、凍りつきながら銃弾と共にバラバラに砕け散った。

「いぃ!」

流石に死霊による自滅は予想外の事だったらしい。
思わず変な声を漏らしながら、目を見開くタスピだった。
その様子を見て少しばかり気が晴れたのか、バクラは口元を釣り上げた。

「俺様に同じ技が二度通じるとは思うなよ!」

両腕を組みながら、余裕のある表情でタスピを見据えるバクラ。

「てめぇのFreeze burstとかいう魔法。差し詰め凍結とブースト系魔法の二重魔法を重ねた弾丸を放つ魔法、といった所か。
放ってから暫く続くあのノロノロは、大方ブースト魔法を瞬間的に爆発させるための溜めの時間。
一見すると戦闘には不向きな魔法にも思えるが、上手く使えば時間差による奇襲攻撃が可能。
おまけに、てめぇ自身の間抜けさに敵も油断する。俺様もスッカリ油断しちまったが、考えてみりゃ対処法は簡単だ。
ブーストされる前に弾丸その物を破壊すりゃいい。
生憎だがこれから先、マグレ当たりは無いと思いな」

「おい、今さらっと俺の事を間抜けって言っただろ」

「事実だろ」

バッサリと切り捨てるバクラに、タスピは若干怒りの色を宿した瞳で睨みつけた。
向こうは何処吹く風。
真っ向から睨みつけられても、逆に心地が良いと言わんばかりに鼻を鳴らした。

「……まぁ、良いさ。此処は大人の貫禄って奴を見せて許してやる」

そんな風に言う時点で大人の貫禄なのかどうか疑問を覚える。
後ろで待機しているアルスとユーノは揃って首を傾げた。

「にしても、お前って乱暴者のわりには結構見てる所は見てるんだな。正直、一度見ただけでそこまで見切れるとは思わなかったぞ」

純粋にバクラの技量を褒め称えるタスピ。
あれだけ粗暴な態度で、此処まで繊細に自分の技を見切れるのには驚いた。

「けどな、お前の推測は大体は正解だけど、凍結とブースト系魔法の二重魔法って所が外れだ」

ゴソゴソと、懐を探り一個の弾丸を取り出した。

「正確にはこの弾……俺の仲間が作った特殊な簡易デバイスなんだけど、これ自身に初めっからブースト魔法とある程度の魔力が蓄積されているんだよ。
後はほとんどお前の予想通り。
デバイスと弾丸用の簡易デバイスを連動させて、凍結魔法を上乗せした弾丸を放つ。
撃ち出してから直ぐ加速しないのは、爆発的に速度と威力を高めるために少しチャージする時間が必要だからだ。
う~んと……そうだな、一応カートリッジシステムと似たような物かな?
あ、でもあっちの方は圧縮した魔力のカートリッジを使用して、術者に爆発的な魔力を与えるんだったんだっけ。
俺のは術者の魔力は高まらないし、カートリッジその物を武器として使用してるみたいなもんだから、やっぱり違うのかな?
まぁ、どっちもでいっか!」

戦いの最中には場違いな天真爛漫な笑みを浮かべ、自慢するように自分のデバイスを見せつけるタスピ。

「さっき見せたFreeze burst。その威力は体験したお前自身が良く解っているだろ?
あの威力は、このデバイス……“アブソリュート”でしか出せない。
弾もカートリッジみたいにただ魔力を込めた奴では無く、俺の仲間が作ったこのアブソリュート専用の特製弾じゃないとダメだ。
単純な二重魔法では無い、アブソリュートと専用の弾丸。
この二つがあって、初めて真骨頂を発揮できるんだよ。でもな――」

真剣な表情で此方を見据えるタスピ。
ゴクリ。
妙な迫力があるその視線を受け、アルスとユーノは緊張して生唾を飲み込んだ。

「この弾って、ものすっごくお金がかかるの」

だああぁ、と先程の緊張感を返せと言わんばかりにこけるアルス&ユーノ。

「な、何も泣かなくても……」

ルールーと、涙を流し続ける情けない姿を曝け出すタスピに、アルスは思わず苦笑を浮かべてしまう。
考えて見ればそうだ。
説明を聞いた時はあまり見た事が無い、珍しい技法だと思ったが、それもそうだ。
威力は確かに凄いが、それはあくまでもタスピのデバイスと専用の弾丸があって初めて実現できる。
簡易デバイスとは言え、自分の手で一から作るとしたら、それ相応のお金はかかる。
おまけに、一度の戦闘での消耗品。
デバイスの整備も合わせれば、その金額は莫大な物になるだろう。
燃費が悪い。
道理で珍しい技法な訳だ。正直、管理世界の魔導師でもほとんど使う人は居ないだろう。
こんな技術にお金を回す余裕があるなら、デバイスの性能を向上するために投資した方がよっぽど利口だ。
タスピの様子を見る限り、資金のやり繰りに相当を苦労したのだろう。

(でも、どっちにしてもこの人の魔法技術、相当凄い)

使い捨て用の魔力を蓄積する装置ならさほど珍しくは無いが、それをあそこまで操れる技術には感心する。
複数のデバイスを連動させて、それぞれ別の魔法を重ね合わせた魔法の腕。
一寸の狂いも無く、バクラの額を捉えた射撃の腕。
魔力を安定させ、弾丸を破裂させる事無く操った魔力コントロール。
どれも並の魔導師では真似できない。
これが管理局を相手にしてきた違法魔導師。
アルスはその強さに僅かばかりの戦慄を覚えた。

「へッ、随分と余裕があるじゃねぇか。
貴様の攻撃がそのアブソリュートとか言うデバイスと特性の弾丸による物だとしたら、弾丸が尽きればもう貴様にあれほど威力を誇る技は出せねぇ。
そう言う事なんだろ」

「まぁね。
一応アブソリュートだけでもそれなりの魔法は使えるけど、やっぱり俺の真骨頂はこの弾丸が無くちゃな!」

お互いに軽口を叩き合う、それはつまりそれだけ余裕があると言う事。
バクラは勿論、弾数に限りがあるタスピも笑みを浮かべていた。
自分で自分が不利になる情報を曝け出し、この余裕ある態度。
気にいらねぇ。
凶悪な笑みを浮かべ、獲物を狙う獣の如くバクラは睨みつけた。

「クククッ、良いだろ。あの時、俺様の額を撃ち抜いた時に殺傷設定にしてなかった事を後悔させてやるぜ!」

「むッ、失礼な。俺達赤鷹だってな、盗みはするけど人を殺すほど外道の道を歩んでないっての!つーか、殺傷設定って……お前は争乱期の生き残りかっと!!」

雪の絨毯を踏み締め、アブソリュートの銃口をバクラへと向ける。
デバイスによる凍結魔法と弾丸によるブースト。
魔力を乱さず、同時に発動させトリガーを引いた。

「フリーズショット!」

放たれる氷の弾丸。
遅くも無く速くも無く、並の魔法弾のスピードでバクラの額へと向かっていく。

(ほぉ~、なるほど。
Freeze burstが溜めの時間を有する破壊力と速さに特化した魔法に対し。
Freeze shootは溜めの時間を必要としない速射性に優れた弾といった所か)

冷静に、相手の攻撃を見極めるバクラ。
もうあの時の様に油断はしない。
注意深く警戒し、銃弾の弾道を見切る。
スピードは確かに素早いが、それでもまだ並のレベル。
Freeze burstの様に爆発的にスピードを速める様子は無い。
この程度なら目を瞑っていても避けられる。
バクラをその場から動かず、首だけを動かして氷の弾丸を避けた。
さぁ、次はどうする。
挑発的な笑みを浮かべるが、タスピに焦った様子は無い。
寧ろ、ニヤリと意味深な笑みを浮かべていた。

(あの野郎、何が可笑しッ!!)

首筋がチリチリと熱くなる。毛穴が開く。ジュワっと嫌な汗が一気に噴き出してきた。

「チッ!」

その場で跳躍し、曲芸師の様に空中で鮮やかなバク転。
ヒュン。
反転した自分の視界の中を、先程確かにかわしたはずの氷の弾丸が駆け抜けて行った。

(どうなっていやがる?あの野郎、どんなタネを使いやがった?)

最初に浮かんだ可能性は誘導弾の類。
着地して直ぐ辺りを警戒したが、バクラが避けた弾丸は曲がる事も無く、そのまま真っ直ぐ雪山の中に溶けて行った。
妙だ。
もし仮に誘導弾の類だとするなら、自分だったら間違いなく着地の瞬間を狙う。
弾も有限である事も考えて、あのまま無駄弾に使うとは考え難い。
だとすると、Freeze shootは誘導弾では無く直射型の魔法なのか。
しかし、それだと一度かわしてもう一度自分を襲ったのはどう説明がつく。
バクラはタスピの動きに警戒しながら、タネを解き明かそうと後ろを振り向いた。

(……何だ、あれは?)

自分の後ろ、ちょうどタスピと挟み撃ちにする様にして空中に浮かぶそれ。
透き通り、太陽の光を受けて輝く雪山には不釣り合いな物。
鏡。
磨かれた表面に、怪訝そうに眉を曲げる自分の顔が映っていた。

「フリーズショット!」

「ッ!チッ!!」

後ろの鏡の正体が気になるが、今は迫ってくる氷の弾丸の対処が先決。
体を捻り、雪の中を転がりながら避けた。
弾丸は真っ直ぐ、宙に浮かぶ謎の鏡に向けて飛んで行く。
そして、タスピの弾丸と鏡が接触した瞬間――

「なにッ!?」

弾丸が、まるで鏡に反射する様に跳ね返ってきた。

「ッ!!死霊の盾!」

一瞬、驚愕の表情を見せるが直ぐ意識を引き戻す。
死霊達を召喚し、一点に集中させて氷の弾丸を破壊した。
パラパラと、死霊と共に雪の中に消えて行く弾丸の欠片。
その先に浮かぶ鏡を見つめながら、バクラは思考の海に潜って行く。
今の魔力弾といい、前の魔力弾も同じ様に後ろから跳ね返ってきた。
間違いなく、あの鏡が関係している。
先程の映像を思い浮かべるバクラ。
直進する弾丸が鏡に触れた瞬間、此方側に返ってきた。
となれば、答えは一つ。
魔力スフィアによる新たな魔力弾の形成では無く、放った魔力弾その物を跳ね返す魔法。

「次から次へと妙な魔法を使いやがって……めんどくせぇ野郎だ」

正に、鏡映しな文句を垂れるバクラ。実際、二つのレアスキルを持つ彼が言う事では無い。
その傍らに、さらに一枚の鏡が形成される。
まるで空気その物が凍りつくようにして現れた二枚目の鏡。
気になりバクラが目を取られていると、今度は逆の方向に鏡が現れた。
さらに一枚、もう一枚、と次から次へと鏡が現れ、遂にはバクラを取り囲むほどの膨大な数が辺りを埋め尽くした。

「どうだ!これが俺の魔力弾だけを感知し、そのまま跳ね返す魔法……“Ice reflect”だ!!」

自信満々に胸を張って魔法の名前を告げるタスピ。
様子から察するに、相当に自信があのだろう。
実際、今のバクラは少し厄介な状況に居る。
魔力弾を跳ね返す鏡に、四方八方が取り囲まれた。
此処に一発だけでも弾丸を撃てばどうなるだろうか。

「どうする?降参するなら今の内だぞ?」

勝ち誇った様な笑みを浮かべるタスピだが、それは当然の判断だ。
既に包囲網は完成した。
ペンダントさえ返して貰えばそれだけでいい彼は、バクラに降参する事を勧めたが――

「ケッ!寝言は寝てから言え!」

この男が素直に首を縦に振る訳はなかった。
そうかい。
今までのバクラの言動から、負けを認める事は無いと感じたタスピはアブソリュートの銃口を鏡の牢屋に向ける。

「ワイト!!」

勿論、バクラとて大人しくやられるつもりはない。
魔力の消費が少ないをワイトを二体同時召喚し、左右の鏡を破壊に向かわせた。
みすみすと完成した包囲網を崩すつもりはない。
アブソリュートの銃口をワイト達に向けるタスピ。
特殊弾丸を使用せず、自分の魔力だけで形成した魔力弾を二発放った。

(流石にワイト如きに無駄弾を使用するほど、奴もバカじゃねぇか)

出来れば厄介な特殊弾丸を使用させたかったが、そう都合よくはいかない。
まぁそれでも、本当の目的は達成出来たのだから良しとするか。
バクラは自分の言い聞かせた後、召喚した二体のワイトを元の魔力に戻した。
鏡が僅かに角度を変え、バクラの姿を映し出す。
対象を失ったタスピの魔力弾は虚空を通り、直線上の鏡に撃ち込まれる。
反射。
先程と同じく、真っ直ぐ向かった魔力弾は跳ね返され自分目掛けて向かってくる。
その場で軽く跳躍し、左右から向かってきた二つの魔力弾同士をぶつけて相殺した。

(鏡の向きや弾道から察するに、奴が操れるのは精々あの宙に浮かぶ氷の鏡だけに限定される。反射その物はただの鏡と変わらねぇ様だな)

これが反射角その物までもが操れるなら厄介だったが、ただの鏡と同じなら此方としても対処しやすい。
まぁ流石に魔力弾が放たれてから鏡に到達するまで。
その一瞬の間に反射角を精密計算する芸当は出来ないが、あらかたの予測はつく。
何よりもバクラには、鍛え抜かれた洞察眼に感覚、ずば抜けた戦闘センスがあった。
正確な反射角など計算できずとも、十分にフォロー出来る。
四方八方を囲む反射魔法、これだけの数を維持するだけでも相当に魔力を喰われるはず。
疲弊した所を、一切の容赦なく叩きのめし屈辱的な敗北を味わせ、ペンダントの暗号の秘密を吐き出させてやる。
凶暴なお面を被り、バクラは身構えた。

「はぁはぁ……流石に、これだけのアイスリフレクトを一度に使うと疲れるな」

白い息を吐きながら、山の冷たい空気を肺へと満たすタスピ。
一枚や二枚ならまだしも、バクラの四方八方を囲むほどの反射板を形成するには少し辛い物がある。
しかし、彼には無駄な時間をかける暇が無かった。
今までの戦闘時間。
アルスが管理局に通報した時間を考えて、そろそろ自分を捕まえにやってくるはず。
速攻で勝負を決めて、ペンダントを取り返す必要がある。
それに――

(……残り一発)

タスピの掌に輝く、一発の弾丸。
管理局に没収されたデバイスを取り戻したまでは良かったが、流石に特殊弾丸だけはどうしようも無かった。
初めの一発で終わらすつもりだったが、思わぬ強敵に出会ってしまった物だ。

(はぁ~あぁ~。俺……今月の運、全部使っちゃったのかな)

幸薄げな表情を浮かべながら、最後の一発をセットする。
舞台は整った。
これでバクラに勝てなければ、管理局から逃げ切る事など不可能。
即ち、夢の挫折。
それだけは絶対ダメだ。
一度深呼吸し、心を落ち着かせる。
この一発で決めると、強い意志を宿した瞳で見据える。
今までよりさらに強く、小さく、特殊銃弾に魔力を込め力を一点に集中させる。
狙いを定め、アブソリュートの引き金を引いた。

「フリーズ……シオオオォォョットーーーッ!!」

辺りの空気までも凍らせるほどの冷気を宿した弾丸。
太陽の光を受けて輝くそれは、タスピのアブソリュート同様に人を惹きつける輝きを放っていた。
より強く、より速く。
銀色の弾道を描きながら、バクラへと襲い掛かった。

(一発の弾丸に大量の魔力を固めたか。まぁ、妥当な判断だな)

バカだと断言できるが、戦闘力は本物。
まともに銃弾を受けて立ち上がったバクラのタフさには、流石に警戒を抱く。
だが、どれだけ速かろうともフェイントも無しのバカ正直な直線攻撃。
軽く体を捻り、朝飯前だと言わんばかりに軽く避けた。
さて、此処からが正念場だ。

「チッ……解りきっていた事だが、実際にやれると小うるせぇな」

自分の魔力弾を跳ね返す反射板。
四方八方が囲まれ、一つの弾丸が常に跳ね返され続ける。
前後左右、左右斜めの前後。
まるで万華鏡に迷い込んだ光の如く、何時までも自分に襲ってくる氷の弾丸。
見切れない事も無いし、避けきれない事も無いが、正直鬱陶しい。
おまけに、さらにバクラを苛立たせる事があった。

(どうなってやがる、この滅茶苦茶な弾道は?)

どの鏡に、どの角度で当たり、どんな風に此方に襲い掛かってくるか。
流石のバクラにも計算できないが、ある程度の予測はつけられる。
しかし、どうしてもこの奇妙な弾道が気になった。
此処までの大掛かりな魔法を仕掛けたのだから、自分を弾丸で撃ち抜こうとしているのは間違いない。
実際に最初の弾丸は自分を狙い、後ろから跳ね返った弾丸も自分を狙っていたが、そこから先はどうだ。
時には自分の横を通り過ぎ、時には真上に跳ね返ったり、時には何も無い所で跳ね返り続けたり。
全くの見当違いな方向に行ったり来たりしている。

――ダンッダンッダンッ

今も三つの鏡に反射したが、勿論その弾道線上にはバクラは居ない。
角度を合わせるわけでも、距離を取る訳でもなく、本当に出鱈目な動きなのだ。
初めはフェイントを混ぜた、自分を攪乱させる作戦かと思ったが違う。
まるで意思と言う物が感じられない。
しかし、だからこそある意味厄介だ。
一体何処から飛んでくるのか、どのタイミングで来るのか、皆目見当もつかない。
それでも、時々襲ってくる弾丸を避けられるのだから、本人の戦闘センスがずば抜けているとしか言えない。

「はははははっ!どうだ!?俺のアイスリフレクトの凄さが良く解っただろ!その中に一度入ったら、もう逃げる事は出来ないぜ!!」

勝ち誇り、胸を張りながら高笑いを上げるタスピ。
魔力変換資質を持っているとは言え、此処までの技術を持つ魔導師もそうは居ない。
使用魔法も強力であり、本人の戦闘技術が高い事はバクラも認めるが、こう言いたい。

――だったら何で弾丸が俺様の真上を通りすぎてるんだ。

本人しては珍しく、可哀想な物を見る様な哀れみの視線を送ったバクラであった。
ダン、ダン、と弾丸は跳ね返り続ける。
一枚のアイスリフレクトが跳ね返した弾丸が、自分目掛けて飛んできた。
相変わらずの直線的な攻撃にウンザリしながらも、バクラは軽くかわしたが―

「ッ!!」

驚愕の表情に変わり、自分の頬に張り付いた薄い氷の膜を軽く撫でた。
確かにタスピの弾丸は変則的な動きをしたが、避けられないほどではない。
当たる事など絶対にあり得ないはず。
だが、それでは何故自分の頬に薄いとはいえ氷が張り付いている。
疑問を覚えながら、バクラは鏡の中を跳ね返る弾丸を目で追い、ある事に気付いた。

(……僅かだが、スピードが上がっていやがる)

爆発的にではないが、極僅かに弾丸のスピードが速くなっていた。
先程の氷の膜と言い、この弾丸のスピードと言い、無関係とは思えない。

「ふふふっ、どうやら気付いた様だな?そう、それこそがアイスリフレクトの真の恐ろしさだ!」

注意深く弾丸を観察していたバクラに、タスピは得意げに声を張り上げた。

「自分の魔力弾を跳ね返すだけなら、わざわざ魔力を氷に変換せずにただの魔力反射板を使えばいい。じゃあ、何で俺は魔力を氷に変換していると思う?」

鼻高々にバクラを見据えるタスピ。その瞳は自信満々と言う言葉が似合うほど輝いていた。

「簡単さ。
俺は自分の魔力に氷の特性を無意識の内に持たせる……つまり、氷の魔力変換資質を持っている。
ただの魔力弾でも、純粋な魔力だけで形成するよりも氷に変換した魔力で形成した方が、より強力に威力を発揮できる。
バクラ、お前を取り囲んでいるアイスリフレクトにはその魔力弾をさらに強化できる仕掛けが施されているんだ。
ズバリ、氷の特性を持った魔力付加!放たれた魔力弾は、跳ね返されるたびに徐々に魔力を付加されてそのパワーとスピードを上げていくのさ!!」

説明の間も絶えず跳ね返り続けるタスピのフリーズショット。
直ぐ目の前の通りすぎていくのを眺めながら、バクラは静かにタスピを見据えた。

「アイスリフレクトに跳ね返されたフリーズショットは今まで……えっと、何回跳ね返ったっけ?」

流暢に話していたが、途端に言葉に詰まる。流石に、今まで何回跳ね返ったかまでは計算していなかった様だ。

「まぁいいや。とにかく、フリーズショットがアイスリフレクトに跳ね返され続け、徐々に蓄積していった魔力は既に膨大な数値となった。
元々攻撃力を強化するための魔力付加だから、スピードはおまけ程度にしか速くなってないけど。
威力の方は俺の魔力、特殊弾丸、そしてフリーズショットが元々持つ凍結魔法効果。
その他諸々、全部合わせて攻撃力は無限大だ!!」

無限大って、お前は何歳だ。
漠然としすぎた数値に、バクラはタスピの実年齢を疑った。

「さぁ、どうする?大人しく負けを認めてペンダントを返すか?」

遥か空中を飛行するファルコス。
タスピを引きつける餌として、戦闘が始まってからも参戦はさせずに空中に残していた。
ファルコスを眺めながら降伏を諭すが、バクラは返答は当然の様にNo。
無言のまま、反撃の機会を窺っていた。

(ククク、良いだろぉ。もう様子見は止めだ!本気で打ちのめし、俺様の前に跪かせてやる!!)

ペンダントの秘密を聞き出すため、そして魔力切れと言う魔導師にして屈辱的な敗北を味わせてやるつもりだったが、もう止めだ。
徹底的に打ちのめし、反撃する気力すらも奪ってやる。
狂気の瞳で相手を射抜きながら、バクラは勝利までの策を模索し始めた。
恐らく、タスピが言っていたアイスリフレクトの効果は真実だろう。
それは避けたにも関わらず、自分の頬に張り付いた氷の膜が証明している。
蓄積され続けた冷気。
まともにくらってしまったら、今度は自分が氷の牢獄に閉じ込められる事になるだろう。
モンスターか死霊を盾に使っても、冷気その物が爆発してしまっては自分もただでは済まされない。
ならば話は簡単。
弾丸を跳ね返すアイスリフレクトを全て破壊すればいい。
死霊達を氷の鏡と同数だけ召喚し、自身の魔力を与え攻撃力を強化した。

(死霊共にこれだけの魔力を与えれば、あの鏡を破壊するには十分だ。後はこいつらを放ち、包囲を突破した後に俺様のモンスター共を召喚して一気に叩く!)

足場の悪い雪山だが、そんな事は関係ない。
バクラは身構え、モンスター達を召喚するのに十分な魔力を練り上げながらタイミングを計っていた。
そして、いざ死霊を放とうとしたその時、思わぬハプニングが起こった。

「……あ」

しまったといった感じで言葉を漏らすタスピ。
操作を誤ったのか、アイスリフレクトの檻の中で跳ね返り続けていた弾丸が、外に撃ち出されてしまったのだ。

「不味いッ!」

急いで軌道を修正するため、一枚の鏡を向かわせる。
何とか前に先回りさせる事に成功し、撃ち返す事が出来た。




――タスピの後頭部目掛けて。




「ふぅ~、ちょっと調子に乗ったか。うん?どうした、お前ら?そんな、まるであり得ないバカを見たかのような顔をして」

あり得ない、確かにその通りだ。

「ははぁ~ん。さては、俺がコントロールミスをしたと思ったんだろ?残念でした!見ての通り魔力弾は健在だぜ!!」

健在。うん、誰が見ても健在だ。今も尚、現在進行形でタスピの後頭部に向かっているのだから。
そして――

「さぁ、お遊びは此処までだ。次は当てる、早くペンダントを返した方が身のためだぜ!ふふふッあははははははははッッあっぶれしょっくーーん!!」

アイスリフレクトの魔力付加を受け続けた弾丸は、勝ち誇り高笑いを上げていたタスピの後頭部に綺麗に炸裂した。




「「「……………」」」

三兄弟揃って口をポカーンと開き、目を点としながら目の前の惨状を見つめている。

「あ…………ぁぁ………あ」

小さく呻き声を上げながら、ピクピク、と痙攣するタスピ。
弾丸を受けた後頭部だけでなく、背中や臀部、さらには脚まで全てが凍りついている。
本人が自慢するだけの事はあり、アイスリフレクトに魔力を付加され続けたフリーズショットの威力は絶大だ。
バクラも当たっていたら無事では済まなかっただろう。
“当たって”いれば!!

「……………」

言葉を失い、雪に倒れて氷漬けになっているタスピを見つめながら、バクラは今までの彼を行動を思い出していた。
吹雪の中では遭難し、アルスに言い包められ、ペンダントに関しては子供騙しにも引っ掛かる情けない人物。
しかし、その戦闘の腕だけは本物で、油断したとはいえ自分に一撃を入れた人物。
だが、目の前の魔導師からはとてもそんな姿は想像できない。
恐らく……と言うか、絶対この人魔力弾が向かう方向を計算していなかっただろ。

――弾道が読めなかった?

当たり前だ。
何回も何回も跳ね返ったのは、本人が計算して撃っていたのでは無く、ただ単に弾丸を外に出さない様にアイスリフレクトを動かしていたのだから。
バクラの優れた洞察眼を持ってしても、本当の意味で滅茶苦茶に動く弾道を見切れるはずが無い。

「俺は、こんな魔導師のクセに空間把握能力も碌に備わってねぇバカに気絶させられたのか」

これが敵を油断させるための演義なら、バクラも見事だと舌を巻いただろう。
だが、タスピの現状を見る限りではその可能性は無いと断言できる。
即ち、素!
油断したとはいえ、こんなバカに一瞬とはいえ気絶させられた。
そう考えると、沸々とドス黒い感情が込み上げてくる。
バクラの怒りを表す様に、辺りの濃厚な不気味な黒い魔力が漂い始めた。

「ゲルニア!ゴブリンゾンビ!アンデット・ウォーリアー!」

遂には三体のモンスターを召喚し、未だに起き上がれないタスピを取り囲んだ。
殺れ。
主の命令に最初に動いたのはゲルニア。
雪に脚を取られる事無く、迅速に駆けより蹴り飛ばした。

「ぐふッ!」

バキン、と決して軽くない氷が砕ける音と共に宙を舞うタスピ。
その先に待っているのは、ゴブリンゾンビ。
体勢を低く、タイミングを合わせてアッパーカットの要領で剣を突き立て上空へと打ち上げる。

「いがッ!!」

ゲルニアからゴブリンゾンビのコンボ攻撃。
フリージングショットまともに受けた事もあって、その体に蓄積されたダメージは相当な物。
だが、そんなのはお構い無しと言わばかりに、今度は跳躍したアンデット・ウォーリアーがその剣を振り下ろした。後頭部目掛けて。

「ごがッ!!!」

ただでさへ先程弾丸が命中した場所への攻撃。中々に性格が悪い。正に外道。
予想以上の衝撃を受けながら、落下して行くタスピ。
その先に居るのは、最初に自分を蹴り飛ばしたゲルニア。
待ってましたと、タイミングを見計らってタスピの体を自らの巨大な爪で打ち落とす。さらに追撃、踏みつけた。

「ゴバァッ!!!!」

色々と外に出てはいけない物が出そうな所を、何とか耐えるタスピ。
さらに攻撃と言うには生易しい、一方的な蹂躙は続く。
バーサーカーソウル発動!
ドガッ、バゴッ、ゴンッ、ガンッ、ダンッ、ザンッ!!
生々しい音が雪原を支配し、その音が響き渡るたびに無抵抗なタスピの体が宙を舞った。

「って、わあーー!!ストップ、ストーーーップ!!」

「バクラ兄さんもう止めて!これ以上をやったらタスピさんが死んじゃうよ!!」

あまりの衝撃の展開に付いていけなかったアルスとユーノだが、流石にこれ以上はタスピの生命に関わると肌で感じ、急いで止めに入る。
アルスはバインドでモンスター達の動きを止め、ユーノはバクラの腰に縋りつき。
お互いに止める様に説得した。

「はぁーはぁー……」

そうして説得を続けていくと、徐々にバクラの怒り(ほぼ八つ当たり)も沈下していった。
良かった、これで身内から殺人者を出さなくて済む。
ホッとしながら、アルスとユーノ続いてタスピの様子を窺う。
自分の魔法での自爆、バクラのモンスター軍団による蹂躙。
破壊力抜群のコンボ攻撃を受けたタスピの体は、正にボロボロと言うのに相応しい。
バリアジャケットを所々破れ、弾丸が命中して特にダメージが大きい後頭部からは血も流れている。
ダラダラと零れ落ちる鮮血が白い絨毯に歪んだアートを描く様は、それだけで心理的恐怖を煽った。

「あのーー……タスピさん。もしもーし、大丈夫ですか?」

勇気を振り絞り、アルスが近付いて声をかける。
反応は無し。
あれほど元気満々だったタスピが、今は嘘の様に静かに倒れている。
これって、かなり不味いよね。
最悪の可能性が頭を過り、サーッ、と顔から血の気が引いていく。
体を震わせながら、もう一度アルスは呼びかけようとしたが、その前に唐突にタスピが勢いよく飛び起きた。

「うぉ~~……いって~~。頭の芯まで響いた~。うん?うわッ!血だ!!」

あれだけの攻撃を無抵抗、しかもバリアジャケットが破れるほどの攻撃を受け続けたのに、何事も無い様に後頭部を摩るながら手に付いた血にビックリ。
まるで、昨日は飲み過ぎちゃったな~、と二日酔いに苦しむサラリーマンの様にアットホームな思考だ。

((いや、それってそんな軽いノリで済まされる怪我じゃないでしょ!!))

常識人であるアルスとユーノも、そんな軽いノリで済まされる思考に思わずツッコミを入れてしまった。
ハッキリ言って、行き成り飛び起きた事よりも驚く。

「うぅ……ヤバイ。ちょっとキツイかも」

起き上がった事には驚いたが、どうやらタスピも普通の人間の様だ。
後頭部を抑えながら、体をヨロヨロ。相当に参っている。

(こいつ……頭はバカだが、戦闘の腕と諦めの悪さだけは本物だな)

タスピの人並み外れた頑丈さに驚いているのは、他でも無いバクラ自身だ。
あれだけの攻撃。
並外れた頑丈さを持つ自分も耐えられるだろうが、まさか目の前のタスピも耐えきれるとは。
普段あまり驚かない彼の瞳も、僅かだが驚愕の色を宿していた。

「ふぅーー、流石に効いたぞ。お前、顔に似合って結構酷い事するんだな。行く末が心配だぜ」

後頭部を血で濡らし、体はボロボロの重軽傷者。
されど瞳に宿した光は未だ衰えを見せず、表情には笑みが浮かんでいた。

「安心しろ。てめぇが俺様の心配をする事なんざ、これから先一生ねぇからよ」

全くのダメージを感じさせないバクラの堂々とした姿。
完全に立場が逆転し、タスピは聞こえない様に舌打ちを打った。

(くぅ………はぁはぁはぁ。あ~ダメだ。体が思った以上に重い)

表面はボロボロだが、内部のダメージはそれ以上にボロボロ。
どれだけ頑丈であろうとも、彼は人間。
本当の意味で規格外の頑丈さと戦闘センスを併せ持つバクラよりは、並の人間に近いのだ。
足元が覚束なく、蓄積され続けたダメージに負け、今にも倒れそうだ。

(ダメだ……まだ倒れちゃダメなんだ!!)

自分自身に言い聞かせ、無理やりにでも意識を活性化させる。

(弾丸は尽きたけど、アブソリュートには特に破損は無い。俺の魔力だって、まだ余力がある!!)

体をバネの様に使い、怪我人とは思えないほど大きく飛び退いてバクラ達から距離を取る。
大きく息を吸い、山の冷たい空気を肺へと満たし、バクラを真正面から見据えた。

「ふぅ~~……腕には自信があったけど、まさか此処まで追い詰められるとは。やるな!バクラ!」

不利な状況であるにも関わらず笑みを浮かべるタスピに、バクラは訝しげな視線を向けていた。

「でもな、こっちにも引けない事情って物があるんだ!何が何でも、その鳥人間からペンダントを取り返させて貰うぞ!!」

今までよりもさらに強力な魔力の波がタスピから立ち昇った。

「こいつはちょっと強力すぎるから、出来れば恩人に対して使いたく無かったけど……俺も本気でいかないとヤバイみたいだからな!全力で行かせてもらうぞ!!」

バクラの褐色肌を突き刺す、冷気を帯びた魔力。
来る、今までタスピが使用した魔法よりも強力な魔法が。
怪我人だろうと、自分に牙を向けるなら容赦はしない。
同じ様に魔力を解放し、タスピを完全に排除しようと構えた。
極大の魔力のぶつかり合いが始まろうとしたその時、無謀にも二人の間に割って入る影があった。

「だから、何であんた等は戦闘続行、みたいな空気を醸し出す訳!!?」

「兄さんもタスピさんも、もう止めてよ!!」

一人は身内、もう一人は犯罪者とはいえ怪我人。
これ以上の戦闘は本当に危険だと、アルスだけでなく小さいユーノも勇猛果敢に二人の間に割って止めに入った。

「バクラ、そしてタスピさんも!いい加減にして下さい!これ以上やっても、不毛な戦いになるだけですよ!!」

戦闘時間から考えても、もう直ぐ管理局は到着する。例え雪山からに逃走しても、逃げ切れる可能性は比較的0に近い。
アルスの言う通り、これ以上の戦闘続行は体力と魔力の無駄遣いになるのは火を見るより明らか。

「タスピさん、その怪我じゃどっちにしてもバクラ兄さんには勝てません!早く治療をしないと!」

血の流れは止まり、体も動けないほどの重傷では無い。
しかし、決して軽傷とは言えず、ユーノの目から見ても限界に近いと解る。
対してバクラは初めの一撃こそまともにくらったが、それ以降は全くのノーダメージ。
勝てるはずが無い、下手したらさらに大怪我を負う。
違法魔導師である事を忘れ、純粋にタスピの容態を心配しながらユーノは説得を続けた。

「チッ!またか……いい加減にしろ、てめぇら!!」

二人の説得を、バクラは無視。
寧ろ、いくら身内とは言え邪魔をする二人が鬱陶しいと悪口を浴びせた。
ならばタスピは、と期待したが此方もダメだった。

「生憎、一飯の恩人でもそれだけはダメだ。言っただろ?俺達赤鷹にも、叶えたい夢があるって。俺自身も、その夢のためにはこの場から引く訳はいかないんだよ!」

言葉こそ柔らかいが、その裏には確固たる信念が込められている。
アルスの時と同様、タスピはユーノの説得にも首を縦に振ろうとはしなかった。
これ以上の話し合いは不要だ!
タスピの魔力によって舞い上げられた粉雪は、そう言いたそうにユーノの体を吹き抜けていった。

「何で……何でですか!?」

肩を震わせながら、幼い体で出せる目一杯の声を荒げるユーノ。

「もう直ぐ管理局が来るんですよ!?怪我してるんですよ!?そんな大怪我をしてまで叶えさせたい夢って……強盗してまで手に入れたお金で叶えたい夢ってなんなんですか!!?」

純粋な疑問をぶつける。
今日初めて出会ったが、タスピがそんなに悪いに人間ではない事は確かだ。
そんな彼が、法を破ってまで叶えたい夢が何なのか純粋に気になった。

「強盗してまで………か。はぁ~、今まで色々な人に説得されてきたけど、やっぱり子供にそう言われると辛いな。
つーか頼むからそんな純真な目を俺に向けないでくれ。何か色々と削られるから」

自虐的な笑みを浮かべながら、俯くタスピ。
だったらもう止めて自首して下さい!
そう説得を続けようとしたユーノだったが、その前にタスピが表を上げて静かに語り始めた。

「綺麗だよな、この雪山。人の手がほとんど入って無いし、恐らく人と自然が上手く付き合っているんだろうな」

周りの雪景色を眺めながら呟く。
その時の彼の表情は、嬉しそうでありながら何処となく悲しく見えた。

「セルピニスの村もこんな雪に囲まれた山奥にあった。『雪と共に生き、雪と共に去りぬ』。代々セルピ二ス族に伝わってきた言葉だ。俺はその一族の村長なんだよ」

「え?」

村長、即ちその村の中での一番の責任者。スクライアで言うならバナックの立場だ、目の前のタスピが。

「……おい、今『こんな人が村長で大丈夫か?』って思っただろう」

半目になりながら、ユーノを責める様な視線をビシバシと注ぐ。
事実、ユーノは多少だけど心配していた。
だって今までのタスピの言動を見る限り、そんな重要な立場に居るようには思えないんだもん。

「う……ご、ごめんなさい!」

自分が悪いと思ったら、直ぐ謝れる。この辺がバクラとの決定的な違いだ。

「あはははっ、まぁ俺も自分が頭が良いとは思ってないし、村長ってのも代々家から受け継ぐもんだから頼りないのは仕方ないかもな~」

気さくな笑みを浮かべ、声を大にして笑うタスピ。
やはりユーノには、犯罪を犯す様な人には見えなかった。

「でもな、そんな俺でも村長だからな。一族の危機には体を張る責任ってもんがあるんだ」

先程までも気さくな笑みを潜め、真剣な表情で此方を射抜くタスピ。
その表情はまだ幼さが残る物だったが、自分達の族長バナックと同じ安心感と頼りがいを感じさせる物だった。





俺達セルピ二ス族が暮らしていたのは、代々こんな人里離れた雪山の奥だった。
雪の守り神を崇め、日々の糧を得る。
それがセルピ二ス族の代々の暮らしだった。
外界との接触もほとんど無いせいか、村には娯楽と言える物が無かったけど、俺にとっては大事な大事な村だった。

『雪と共に生き、雪と共に去りぬ』

村長である俺も他の皆もその言葉通り、質素だけど自分達にとっては大切なこの場所で骨を埋める物だと、子供の頃は信じて疑わなかった。
だが、世の中はそんなに甘くなかった。
年々衰退して行くセルピ二スの村。
気付いた時には村にはほとんど人が居なくなっていた。
昔と違い今は外の情報も入ってきて、外での生活に憧れる奴が大多数を占める。
当然、中には都会の暮らしの方が良いと村を捨てていく奴も居た。
そりゃ、誰だって色々と便利な生活が良いのは解るし、実際に俺も村を出てからの生活は楽だと思ったさ。
けど、何かが違うんだよな。
上手く言えないけど、都会での生活は村の生活とでは確かに都会の方が便利だけど、俺は村の方が好きだった。
理由なんて聞かれたも解らない、俺が好きなんだから好きなんだ。
そんなもんだから、村から出ていく奴とは喧嘩した事もあったけど、捨てた連中の言い分は解る。
今時、守り神を崇め称えている一族なんて極一部だ。
まして、電気もガスも水道も通っていない所で質素な暮らしをする奴の方が、今では珍しくなっちまっている。
そんな村だから、衰退していくのは仕方ないのかもしれない。
だけどさ、仕方ないの一言で自分が暮らしていた村を捨てられるか?
少なくても、俺は我慢できない。
衰退していくなら、皆で頑張って盛り上げればいい。
電気が無いなら電気を、ガスが無いならガスを、娯楽が無いなら娯楽を。
昔とは変わってしまうけど、また村に人が戻ってくるなら村の守り神だって許してくれるはず。
俺と俺以外に村に残った皆は、早速村復興のためのアイディアを考えた。
それで考えついたのが、資金集め。
今時、物々交換でどうにかなるのは本当に田舎だけだからな。
村を復興させるためには、どうしても金が必要だった。
先ず初めに行ったのは、俺達セルピ二ス族の民芸品を売り出す事だった。
俺の持っているデバイス――アブソリュート。
こいつの彩色も、セルピ二ス制だ。
見た目は綺麗だし、売れる自信もあった。
幸いな事に、近くの町には昔からの知り合いも居たから、これで大丈夫だと楽観的な考えだった。
確かに売れる事は売れたし、注目された事にはされたが、集まった資金は村を復興させるには足らない。
セルピ二スの民芸品は手作業で一から作るから、どうしても大量生産が出来ないし、値段もそれなりでなければ儲けが出ない。
かと言って、値段を下げては村の復興が何時になるか解らない。
年々衰退しく村の様を見つめて、俺達は自分達だけで復興させていくのを諦めた。
次に思いついたのが、俺達の村……つまり、雪山その物を売り出す事だった。
勿論、これには反対意見も出たし、俺自身も反対だったさ。
何処かの企業が自然を破壊した、なんてニュースはあの時の俺達の耳にもを聞こえていた。
そんな連中に、大切な村を任せられるはずが無い。
だけど、そいつらの力を借りれば大きな話題となる。そうなれば人が集まってくる。人が集まれば、資金も集まるし活気も戻ってくる。
自然破壊は許せない事だけど、それで村がまた昔の様に人で賑わうなら、それしかない。
俺達が下手に村の守り神を怒らせないよう監視すればいいと、皆は納得した。
でも、これもダメだった。
この雪山の近くにもスキーとかのレジャー施設があるけど、あいつらが求めているのは自分達の儲けだ。
そのために大事なのは、一にも二にも客。つまり人集めだ。
年間の平均気温が-30度の雪山に人が集まるはずもないし、道の碌に整備されていない、環境が悪い場所にわざわざ手を貸してくれる企業は無かった。
それから色々と考えたよ。
例えばフリーの魔導師……えっと、確かフリーランスって言うんだっけ?
俺自身の魔力はAAAランクと、魔導師としての才能には恵まれていたから、何でも屋みたいな仕事を一時期やった事があった。
でも、今時そんな高ランクの魔導師に高い金を支払ってまで依頼を持ってくる奴の方が少ないし、やっぱりと言うか信頼度も高い管理局に頼む人がほとんどだった。
それ以前に、滅多な事では大きな事件も起きないから、このまま続けていても資金は集まらないと諦めた。
ならその管理局に、とも考えたけど、あそこの給料は一定だからな。
昇進すればそれなりだけど、そこに辿り着いて、村を復興させる金が溜まるまでには何年かかるか。幾ら俺でもそんぐらいの計算ならできた。
その他にも色々な案を出したよ。村と一族の存亡がかかっているんだもん。
けれど、全部がダメ。
結局、衰退していく村は捨てて、俺達も何処か別の場所に住んで行くしかないと、一度は諦めかけた事もあった。
でも、諦めきれなかった。
あの村は俺にとっての大切な場所。そこが無くなるのは……セルピ二ス族が消て行くのは、とてつもなく悲しかった。
確かに世の中が便利になれば、消えていく物があるのは当然かもしれない。
俺達の様に、打ち捨てられた村は世界各地を探せば幾らでもある。
だから、セルピ二スの村が衰退していったのは当然の事だったのかもしれない。
でも!!




「だからって、はいそうですかって諦めきれるか!!」

激昂と共にタスピの足元に、巨大な魔法陣が浮かび上がった。

「俺はセルピ二ス族の長、タスピ・セルピ二ス!!
村長である俺まで諦め、村を捨てたとあっちゃ死んでいった父ちゃんと母ちゃん!じっちゃんにばっちゃん!
そしてその前のじっちゃんにばっちゃん!その前の前のじっちゃんばっちゃん!その前の前の……ずーーーーと前のじっちゃんやばっちゃん達に会わせる顔が無いだろうが!!」

ミッドチルダ式でもベルカ式でも無いその魔法陣は、雪の様に白銀色に輝きながら辺りを照らした。

「俺達が何で赤鷹なんて名乗っているか解るか?それはな、昔ばっちゃんに聞かされた昔話から思いついたんだ!
昔、村の外に狩りに出た若い男が吹雪にあい道に迷った。食べ物も無く、体力の限界が来た時、ふと吹雪の中に真っ赤に光り輝く赤い鷹が飛んで行くのが見えた。
こんな吹雪の中に、あんな真っ赤な鷹なんて居るはずが無い。と男は思ったが、何故かその鷹を見ていると途端に元気が沸き上がってきた。
さらに不思議な事に、その赤い鷹は男の側を離れず、こっちこっち、とまるで道案内をしてるかのように常に男の前を飛んでいた。
男は何気なくその後に付いてくと、どうだろうか。吹雪で道に迷ったはずなのに、何事も無く村に帰る事が出来た。
男は皆にその話をしたが、幻でも見たんだろうと相手にされず、男自身も夢でも見ていた様な不思議な感覚だったせいで特に気にしなかった。
それから暫く経ったある日、男の子供が病に襲われ倒れた。
医者にも見せたが原因は解らず、日に日に子供は衰弱していき、村の皆もすっかり子供を助ける事を諦めていた。
けれど、ある晩。
男が子供の看病していると、ふと窓の外に真っ赤な鷹が飛んで行くのが見えた。
男は藁にも縋る思いでその鷹を追いかけ、子供を助けて下さいと願った。
すると病に冒され苦しんでいた事が嘘の様に子供は元気を取り戻した。
それからも村に災いが訪れるたびに、赤い鷹は現れ、その度に村は救われていった。
男のお嫁さんに新しい命が宿ると、その窓の外には此方を見守る様にして赤い鷹が飛んでいた。
俺達セルピ二スはその赤い鷹が村の守り神の化身と信じ、雪の中でも真っ赤に輝く姿からこう呼んだ。
『幸せを運ぶ雪山の赤い鷹』ってな!!俺の腕に刻まれた赤い鷹と名前は、そこから取ったんだ!」

白銀色に輝く魔法陣の光を受け、タスピの腕に刻まれた鷹の刺青が燃える様に真っ赤に輝いていた。

「俺達が間違っているのは解っているし、世間から見ても罪人だってのは解っている!
でもな、俺にだって守りたい物があるんだよ!!
赤鷹として活動を始めてから、セルピ二スの村と同じ様に村や住んでいた場所が無くなった奴が集まって来て、何時の間にか20人近くまで膨れ上がっていた。
そいつらが力を貸してくれたおかげで、思ったよりも早く資金が集まった……俺は、俺を信じて付いてきてくれた奴らにも恩返しがしたい!
セルピ二スの村だけでなく、そいつらの村も救ってやりたい!!」

魔力の光がタスピの足元に集まっていく。
徐々に凍りつき、ちょうどスノーボードで使う様な薄い氷の板が生成された。

「バクラ、お前がその鳥人間に呑ませたペンダントに記された金は、俺達赤鷹の夢のためにはどうしても必要なんだ!
その金を集め、村を復興させる事が出来た時、俺達赤鷹は本当の赤鷹に……幸せを運ぶ雪山の赤い鷹になれる!!」

放出される莫大な魔力。
余波で粉雪を舞い上げながら、魔法陣が雪に溶ける様に消えていくと、タスピの体から白銀色の一筋の光が立ち昇り天に昇っていった。
瞬間、ゴゴゴゴゴゴッ、地を揺らす地響きが起こった。

「行くぞ!ミッドチルダ式でもベルカ式でも無い、名付けてセルピ二ス式超雪魔法!!」

地響きは収まる事無く、寧ろさらに大きく強くなり、雪山全体を揺らす。
アルスもユーノも立っている事が出来ず、尻もちを付いてしまった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
絶えず聞こえるこの音。徐々に大きくなっていき、その正体が遂に牙を剥いた。
白い壁。
そうとしか言いようが無い物が、意思でも持っているかの様に唸りを上げた。

「ビックスノオオオォォーーウェエエエェエエェーーーーブッ!!!」

『Big snow wave』

分厚い雪の塊で造られた自然の猛威――雪崩。いや、雪崩と呼ぶには生易しい雪の津波がバクラ達目掛けて襲い掛かった。




ユーノもアルスも、目の前の光景が信じられなかった。信じられるはずが無かった。
雪崩。
山の傾斜に積った雪が一気に駆け下りてくる自然現象。
昨日までの吹雪も凄く、自然の力と言う物は嫌というほど思い知らされた。
だが、目の前の“アレ”は何だ。
目側でも軽く十メートルは超え、人間が作った街など意図も簡単に圧し潰してしまう重量を誇る雪の塊。
人間など遠く及ばない、自然の力をそのまま体現したかのような光景だった。

「……ッ!!ユーノ、バクラ!」

あまりの常識外れの光景に、普段からバクラの事で慣れているアルスも茫然とさせられたが、気を取り戻し急いで避難を勧告する。
ユーノも心此処に在らずといった感じだったが、アルスに緊迫した声に今自分達の状況がどれだけ危機に陥っているか嫌でも理解した。
目の前の迫る、空さへも呑み込まんとする雪の壁。
こんな物に巻き込まれたらどうなるか、そんな簡単な未来を予測できないほどアルス達は無知では無かった。
急いで逃げようと、ユーノの手を引っ張るアルス。
バクラの事も気になったが、あいつの事だ。
これぐらいの状況なら自分で何とかするだろうと信頼し、アルスは飛行魔法で空に逃げようとしたのだが――

「なッ!!?」

「嘘……この雪、生きているの?」

アルスは驚き、ユーノは素っ頓狂な事を言いだした。
雪が生きている、常識を疑う様な光景だがそうとしか言いようが無い。
自分達を囲むようにして壁を造り出す雪。
ただの雪であるはずなのに、それ自身が本当に生きているかの様に進行を妨げている。
まるで雪山全体が、タスピの村を救いたいという願いに答えている様だ。

「自然に介入する魔法?それとも自然の力を借りて発動させる広域魔法?でも、こんな!!」

「そう、こんな風に自然を自由に操れるなんて真似は普通は出来ない!」

アルスの疑問に答える声。
何時の間に移動したのだろうか。
見れば、足元に生成した氷のスノーボードで迫りくる雪の津波の上を悠々と滑るタスピの姿が目に映った。

「どんなに熟練した魔導師でも、自然に介入して行使できるのは局地的に雷なんかの自然現象を一時的に発生させたりする事だけだ!
だけどな、俺は……俺達セルピ二スは違う!

『雪と共に生き、雪と共に去りぬ』

俺は小さい頃からずっと自然の雪と一緒に育ってきたんだ!その声を聞き、力を貸して貰う事なんて朝飯前なんだよ!」

タスピの声に答える様に、周りの雪が慌ただしく動きアルス達を完全に包囲した。

「魔力を使って一方的に自然に介入するのではなく、自然の声を聞いてその力を貸して貰い120%の力を発揮する!それがセルピ二ス式超雪魔法だ!!」

包囲は既に完了した。
一点だけを突破したとしても、直ぐ周りの雪が多い囲み動きを封じる。
広域に及ぶ雪の津波は、例え極大の魔法をぶつけられようとも破られはしない。
今度こそ自分の勝ちだ。
タスピは雪の津波の上から、バクラ達に狙いを定めて勝利を確信した。




「下らなねぇ」




ヒシヒシと犇めき合う超重量級の雪の津波。
ドドド、と山を揺らす地響きに周りの音が掻き消される中でも、確かに鼓膜を叩く声。
喜怒哀楽、全ての感情が宿っていない、本当に下らないと吐き捨てる様な無感情な声がタスピに耳に反響した。

「散々つまらねぇ御託をウダウダと並べやがって。結局、貴様のバカな先祖がそんなになるまで放っておいたのが原因だろうが」

雪の檻に囲まれる中でも、一切の怯えを見せない盗賊。
タスピの瞳がその姿を射抜く。
瞬間、形容し難い何かが体の中を駆け巡った。

「自然の力を120%発揮できるだと?ならぁ、その自然その物をぶっ壊した場合はどうなるんだ?クククッ」

膨れ上がる魔力の鼓動。
タスピとの自然を尊重する白銀色のとは違い、ただ純粋に周りの物を破壊するだけの黒い魔力。
バクラの体から漏れ出る魔力に、まるで雪が怯える様に小刻みに震えだした。

「何の魔法を使うか知らないけど、こいつで終わりだ!!」

氷の板を蹴り、タスピは空中に逃れた。

「行っっっっっけええええええええぇぇえぇええーーーーー!!!!」

一匹の巨大な魔物の様に、怒涛の勢いで雪はバクラ達を圧し潰した。
タイミングは完璧、避ける暇も無かったはず。
幾ら並外れたタフさを兼ね備えようとも、この雪の前には一溜まりも無い。

「はぁはぁはぁはぁ……やった」

青空を走行しながら、勝利を確信したタスピは肩の力を抜き笑みを浮かべた。
だが――

「ッ!!」

分厚い雪の装甲を破り、巨大な白い腕が現れる。
徐々にバクラ達を圧し潰した雪は盛り上がり、その下から何かが現れた。
紅い眼光。
暖かさなど微塵も感じさせないその眼光を見た瞬間、タスピは自分の脳に死のイメージが流れ込んでくるのを感じた。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!」

大気を震わす咆哮。
自然その物を呑み込まんとするその咆哮と共に、雪の中から白い巨大なフェレットが飛び出してきた。

「いぁッ!!」

あまりの予想外の出来事に間抜けな声を漏らしてしまうタスピ。
獲物を狙う眼光は絶えず自分を狙い、遂にその魔物は狩りを始めた。
巨大な腕が振るわれる。
人間の体など簡単に引き裂くその腕の前に、タスピは為す術も無く押し潰された。




いやさ、確かに相手の質量が増したなら自分も増せばいいって考えは解るよ。
重い一撃なら同じ重い一撃で対抗する。
攻撃は最大の防御って言うし、俺も解る事は解るよ。
でも――

「幾らなんでもアレは無いだろ。なんだよ、あのお化けネズミ」

多分だけどさ、これって全世界の皆の認識だよね?




先程までの戦闘が嘘の様に静まり返った雪原。
横たわるのは赤鷹のリーダー、タスピ・セルピ二ス。
相手を見下すのはスクライアの超天才にして超問題児、バクラ・スクライア。

「うぅ……げっほげっほ。はぁはぁ、ちくしょ~。何で俺のビックスノーウェーブが、あんなネズミに負けるんだよ。納得いかなーーい!」

体を大の字にして、悔しさと無念を外へと吐き出す。
Big snow wave。
これだけの大掛かりな広域型の魔法は、本人の魔力だけでなく体力をも大きく削る。
流石のタスピも、もう碌に動けない様だ。

「ネズミじゃねぇ、フェレットだ」

相手を見下しながら、タスピの発言を訂正するバクラ。
余裕あるその態度を見て、タスピはキッと目を鋭くして睨みながら吠えた。

「どっちでもいいわ!んな事よりも早くペンダントを返せよ!」

こんな状況になっても自分の身よりも村復興の資金を心配するあたり、タスピの想いの重さが伝わってきた。

「……………」

バクラは何も言わない。
慰めの言葉も、敗者を貶す言葉も。
ただ無言のまま、何かを思考してるかのようにタスピを見下していた。
やがて薄く笑みを浮かべ、上空に待機していたファルコスを呼び寄せてある命令を下す。

「ファルコス、吐き出せ」

「は?」

何を、とタスピが問いただす前にファルコスから目的のペンダントが吐き出された。
ビチャビチャになっているが、間違いなく自分達赤鷹が金品の場所を記したペンダント。

「……どう言うつもりだよ」

流石にこれには、返してくれてありがとう、などの安楽的な思考はしない。
悔しいが自分が負けたの事実。
その自分にペンダントを返す意味が、タスピには解らなかった。
ザッ、ザッ、と雪を踏みしめながらタスピへと近付くバクラ。
そして――




「――――――――――――」




倒れている彼の耳元で、ある言葉を囁いた。

「はぁ?どう言う意味……っておい!」

言葉の意味を問いただそうとするも、バクラはもうお前に用は無いと遠ざかっていく。
ちょっと待て!
声を荒げて呼び止めると、願いが通じたのかバクラは立ち止まり此方を振り向いた。
あれ、と一瞬疑問を覚えるが、その表情は決して自分の願いを叶えた訳ではない事を物語っていた。。
薄い笑みながらも、確かに存在する黒い感情。

(あ、何か不味いかも)

身の危険を感じ、疲弊した体に鞭打って逃げようとするタスピだが、既にバクラは行動に移していた。

「死霊の封印剣ッ!!」

投擲された魔力の塊。
レイピアに似た形状をしているが大きさはナイフに近く、一寸の狂いも無くタスピの左手を刺した。

「って、こらああぁーーーー!行き成りなんて事してくれちゃってるの!!?」

当然の如く左手の甲を貫いた物だからタスピはビックリ仰天。
疲れを感じさせず、声を荒げながらバクラに文句を言った。

「阿呆、良く見な。血も痛みも感じねぇはずだ」

「阿呆はお前だ!見ろ、こんなにも血が……って、あれ?」

必死に左手のナイフを抜き取ろうとしていたタスピは、バクラに言われた通り違和感に気付いた。
痛くない。
ナイフは確かに自分の左手を貫いている。
しかし、痛み所か血の一滴すらも流れていなかった。視覚的には少し痛いが。

(嘘……まさかこれって、純粋な魔力を圧縮して造ったナイフ!いや剣なのか?まぁ、どっちでもいいか。
それよりもこんな超圧縮、しかも人間の動きを止める事が出来るなんて……)

どれだけ動かしても、まるで糸に縫い付けられた様に動かない。
デバイスを媒介とせず、自分の魔力だけでタスピの動きを止めている。
今まで出鱈目な魔法ばかりだったが、これだけ超圧縮できる魔法技術を扱える人間はそうそう居ない。
タスピは、改めてバクラの技術の高さを思い知った。

「死霊の封印剣ッ!」

再び投擲された魔力のナイフ。
タスピは避ける事も出来ず、残った右手と両足を貫かれた、再び大の字に雪原に縫い付けられた。

「良く似合っているじゃねぇか。虫マニアに売れば、良い小遣いになるぜ」

「俺は夏休みに宿題に出される虫の標本か!!」

ギャーギャー叫ぶタスピは無視。バクラは帰ろうと、ファルコスの背に乗った。

「アルス、ユーノ帰るぞ」

「帰るってお前……タスピさんはどうすんの?」

「知るか。管理局には連絡したんだろ?だったら後はあいつらに任せておけ。おら、ユーノ!さっさとファルコスの背中に乗れ!」

「え……でも、僕空を飛ぶのはちょっと。地面に足が付いていれば、高い所でも大丈夫なんだけど……」

「ゴチャゴチャ言ってねぇで、さっさと帰るぞ!」

「ちょっ!バクラ兄さん、止めて!まだ心の準備が……ああぁあ…あああぁああぁあーーーー!」

ユーノの意向を無視し、バクラは無理やりファルコスに乗せて遥か空の彼方へと飛び立った。

「バクラ!?……あーもう、勝手な行動をするな!!」

管理局が到着するまでこの場に残ろうか迷ったアルスだったが、勝手な行動をするなとバクラ達を連れ戻すため同じ様に飛び立った。





誰も居なくなった雪原。ビュービューと冷たい風が吹き荒れる中、タスピは一人取り残されていた。

「ちょっとー!誰も居ないの!?居なくなっても良いけどさ、せめてこのナイフは外していけよ!」

ジタバタとダメージが残る体を必死に動かすが、バクラの死霊の封印剣はビクともしなかった。

「くぅー……見た感じ、バインドと同じ様に貫いた相手の動きを止める魔法みたいだな。くそー、体調が万全ならこんなの100本や200本どうって事無いのに」

悔しそうに口元を歪めながら、ダメもとで死霊の封印剣の破壊にかかるタスピ。
残った魔力を練り上げ、一気に解放したが無駄。
バクラとの戦闘で消耗した今の体では、死霊の封印剣を破壊できるほど魔力を放出する事は出来なかった。

「ふん!むん!てりゃー!おりゃーー!!チェストーーー!!!」

何度か破壊を試みてみたが、やはりバクラの死霊の封印剣はビクともしなかった。
そうやって何度か叫びながらジタバタさせていれば、当然の如く体力も気力も減っていく。

「ぜぇぜぇぜぇぜぇぜぇぜぇぜぇぜぇぜぇ」

元々戦闘で疲弊した体。疲れ息が上がるのには、そこまで時間を有しなかった。
ふぅ~~~。
大きく息を吐き、大の字に寝転がりながら青空を見つめる。
背中にはヒンヤリとした雪の絨毯。

(懐かしいな。昔はこうやって皆で遊んで、良く寝転がったっけ)

昔、まだセルピ二スの村に暮らして頃を思い出して頬が綻ぶタスピ。
今日は負けてしまったが、まだ夢は諦めていない。
管理局に何度捕まろうとも、きっと何時か夢は成し遂げて見せる。
動けない体だが、その目には確かな光が宿っていた。

「そう言えば……結局どういう意味だったんだろう?あれ?」

タスピはあの時、バクラに言われた事を思い返していた。









『タスピ。もし村を復興させたければ、今は大人しくしてな。なーに、心配すんじゃねぇ。何れ起こるゲームには参加させてやるぜ。そうすりゃ、貴様の村なんか簡単に救えるからよぉ』









(何だよ、ゲームって?なんか造るのか?)

疑問に首を傾げるタスピの瞳には、自分を逮捕しに来た管理局員の姿が映った。


















テンポが悪い。
恐らくこう思う方は居るでしょうけど、その辺はご勘弁下さい。
さっさと原作に行きたいんですけど、どうしてもこれからの展開には必要なんです。
更新速度は何とかしたいんですけど……それでは、また次回。



遊戯王解説

――死霊の封印剣

アニメオリジナルのカード。
指定したモンスターを一時的にフィールド上から除外する効果を持つ魔法カードです。
この話ではバインドと同じく、貫いた相手の動きを壁や床に縫い付ける様にして封じる効果です。
アニメを見た限りだと大きさは普通の剣でしたが、此処では形式上バクラの意思によって大きさを自由に変更できる、と言う事で。



[26763] 新しい命/名前争奪戦
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2011/11/28 01:02
*今回は二話構成です




①新しい命




病院。
怪我から病気まで、体の異常を治してくれる医療機関。
そして、新たな命が誕生する場所でもある。

「綺麗な満月だな~」

ミッドチルダのとある病院の屋上に集まる四人の影。
レオン、アルス、バクラ、ユーノ。
今日は自分にとっても、息子にとっても記念とすべき日なのだ。
あれからアンナもお腹の子供も順調で、とうとう新しい家族との対面の日が来た。
レオンは勿論、あのバクラも自分の新しい兄弟は気になるのか、この日は仕事を休んで皆で病院に駆け付けた。
最初の内は皆で病院の中で待っていたのだが、正直落ち着けない。と言うか、落ち着けるはずが無かった。
アルス達子供組は勿論の事、レオンにとっても自分の子供の出産に立ち会うのはこれが初めて。
どうしようか、アンナは大丈夫なのか、子供は無事に産まれてくるのか。
様々な思考が入り乱れ、自分達には待つ事しか出来ないと理解してるだけ時間を持て余す。
ちょっと息抜きに屋上にでも行くか。
レオンの提案に、子供達も一斉に頷いた。
彼らを出迎えたのは、街の夜景と夜空の星。そして、まん丸とした満月だった。

「行き成りどうしたんですか、レオンさん?」

満月を眺め感慨深そうに呟いたレオンの言葉に、アルスは気になり問いかける。

「うん?いや、よく赤ちゃんは満月の日に生まれるって言うからさ。あぁ本当なんだな~、って思ったんだよ」

「へぇ~」

「止めとけ、止めとけ。レオン、お前の顔にはんな言葉似合わねぇよ」

感心するのはユーノ、悪態をつくのはバクラ。

「余計な御世話だ。お前だって、人の事を言えた顔かよ」

「うんうん、下手したら赤ちゃんを抱いた瞬間に泣き叫ばれるかもよ」

「さ、流石にそれは……せめて誘拐犯に間違われる位は」

「ユーノ、てめぇ自分の発言を百回ほど繰り返してみな」

何時もの漫才に似たやり取りをするが、言葉の節々がどうもギコチナイ。
やはり、大小はあるが皆それぞれ緊張感に包まれている様だ。
何とか紛らわそうと、取り留めも無い話を続けるが、最後の最後まで男達は期待と不安から解放される事は無かった。

「……もう、10時近くだよね」

月明かりが優しく包み込む中、ユーノが静かに呟いた。

「そうだな。アンナさん、大丈夫かな」

流石に出産となると落ち着かなく、答えたアルスも何時もの様に覇気が無い。
正しそれは、元気が無いと言う訳では無く、どう対応していいのか解らず困惑している様だ。

「情けねぇ声なんか出してんじゃねぇよ。ギャーギャー騒いでも、何も変わらねぇだろうが」

棘のある言葉だが、やはりバクラも落ち着かないのか何処となくソワソワしている。

「ほらほら、お母さんが頑張っているんだから、お前らも応援してやれよ」

思わず笑みが零れてしまうレオン。
何だかんだ言っても、皆生まれてくる赤ちゃんが気になっている様だ。
父親として表情を浮かべるレオンを見て、アルスは何かを思いついた様に口を開いた。

「応援って言うなら、レオンさんもこれから頑張って下さいよ。何しろ、これで四児の父親になるんですから」

「おー……そう言えば、そうだな」

金銭面では余裕があるが、教育となるとそうもいかない。
自分に似るのか、アンナに似るのか、それともバクラ達三人の内の誰かか。
何にせよ、一人前に育てて父としての務めを果たそう。
これから騒がしくも楽しい日々を思いながら、レオンは笑みを浮かべた。

「けれど、お前らもしっかりしろよ。ちゃーんと、お兄ちゃんとして面倒を見てやるんだぞ」

「……お兄ちゃん」

一番に反応したのはユーノ。
お兄ちゃん。
一族でも年の近い子が居るには居たが、自分が兄としての立場になるのはこれが初めてだ。
赤ちゃんが出来ると初めて聞いた時は喜んだが、今は正直自分の気持ちが良く解らない。
胸が暖かい様な、擽ったい様な、良く解らない不思議な気持ちだ。
けれど、嫌じゃない。それだけは確かに言える。

「お兄ちゃん。うん、そうだよね。僕もお兄ちゃんなんだ」

恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに目を輝かせるユーノ。

「そうだぞー、頑張れよな。お兄ちゃん」

これからの激励の意味を込めて、レオンはユーノに言葉をかけた。
一陣の風が吹き抜ける。
夜、外に出るにはまだ肌寒い時期だが、今のレオン達にはとてつもなく心地が良かった。

「満月か……そう言えば、バクラとユーノが俺達の家族になった日もこんな満月の夜だったな」

再び夜空に浮かぶ満月を眺めながら、レオンはふと昔を懐かしむ様に呟く。
思えば、本当にあれから色々と大変だったな。
ユーノは勿論、バクラに至っては手を焼いたなんてレベルでは無かった。

「え?そうなの、バクラ兄さん?」

聞けない様に呟いたつもりだったが、どうやら思ったよりも声が大きかったらしい。
ユーノは、自分が拾われた日とバクラがスクライアの家族になった日が、今日と同じ満月だったとは初めて聞いた。

「……さぁな。そんな昔の天気まで覚えているほど、俺は暇人じゃねぇよ」

「それは、俺が暇人だって言いたいのか?」

「人間、年を取るとどうでもいい事だけには記憶力が良くなるって言うしな。案外、当たっているんじゃねぇか。えぇ、レオン?」

年上、しかも親に対してのこの憎まれ口。
変わっていない。
もう長年付き合っているが、こう言う所だけは子供の頃のままだ。年齢で言えば、今でも子供だが。

「ねぇレオンさん。僕は拾われた時って、どんなん風だったの?」

此方を見上げながら、問いかけてくるユーノ。
純粋に気になったのか、赤ちゃんの出産にあてられたのか。
自分のルーツに興味を抱いた様だ。

「えっと……どうしても聞きたい?後悔しないか?」

「???別に今更、僕がレオンさんの義理の子供だって言われても気にしないですけど……?」

何故そんな事を聞くのか、ユーノは首を傾げながらレオンを見つめていた。

「……まぁ、何時かばれる事だし。……そうだな、確かあれは――」

一瞬だけ言おうか迷ったが、何時かばれる。ユーノの自信も、純粋に気になっている様だ。
父親である自分の目から見ても、バクラとユーノの仲は良い。
これなら言っても大丈夫だろうと、レオンは静かに語り始めた。




あれは、まだバクラがスクライアに引き取られてから、それほど時間が経っておらず色々と問題のある行動を起こした時期。
ミッドチルダの辺境の地にある、とある遺跡の発掘に向かった時だった。

「お、どうした?バクラ?」

満月に照らされる中、まだ感情がそれほど豊かではなかったバクラが何かを持ってきた。
小さな袋の中、生き物でも入れているのか時々モゾモゾと動いている。

「……近くの森に狩りに行ってきた、獲物だ」

スクライアに引き取られてからトラブルの連続だったが、時間が経つにつれ良い方向に向かってきているのは確かだ。
今だって、わざわざ森に行って狩ってきた獲物を皆に分けようとしている。

「そうか、ありがとうな。それじゃ俺……が、手伝う必要も無いか」

血抜きなどの下拵えを手伝おうとしたレオンだったが、バクラなら一人でも出来ると手伝おうとはしなかった。
こうやって自分から皆のために何かしてくれるなら、それだけ人に対しての優しさも芽生える。
レオンは期待しながらも、一つだけ注意をした。

「そんじゃ、頼むわ。あ、でも血抜きをする際は気をつけろよ。またあんな騒ぎになるのは嫌だからな」

以前、バクラが獲物を狩って来た時、あろう事かキャンプ地のど真ん中で巨大包丁を振り上げ血抜きをしようとしたのだ。
もうそこからは大変。
当然、キャンプ地には女性も居るし、そう言った場面が苦手な人も居る。
レオンでさへも、血がベットリ付いた包丁を振り回すバクラは怖かった。
元から常識と言う常識が無かったのだから、仕方ないのかもしれないが。

「安心しろ。今日の獲物は“赤ん坊”だから、前のイノシシみてぇに手こずる事は無く、一瞬で解体出来る」

「そうか、それなら安心………………うん?」

此処でレオンは、バクラの奇妙な言い回しに疑問を覚えた。
バクラが持っていた袋、大きさからして鳥やウサギなんかの小動物だと思うが、何故それを赤ん坊と言うのか。
動物の赤ん坊とも取れるが、どうしても気になる。
レオンが急いで振り向くと、そこには――

「むぅーーむぅあーーー!!」

「生きが良いな。クククッ」

声を出さないよう猿轡をはめ、逃がさない様に縄で吊った人間の赤ん坊の傍らで、不気味に微笑みながら巨大包丁を磨ぐバクラが居た。




(僕、食料として拾われたの!!?)

ガーーーーーーン、と盛大にショックを受けるユーノ。
怖い怖いと思っていた兄だが、時々だけど優しい一面を見せ、自分にとっては頼りがいがある憧れの存在だった。
その人がまさか、食料として自分を拾っていたとは。これでショックを受けない方がどうかしている。
そう言えば、あの人喰い魚まき餌事件でグルグル巻きに吊るされた時も、芯から凍りついた様に体が寒くなった。
もしかして、赤ん坊の頃に受けたバクラの仕打ちが原因なのでは。

「本当に、俺も後で聞いた時はビックリしたぞ。バクラ、まさかとは思うがあれからどこぞの赤ちゃんを無断で攫ってきてないだろうな?」

「そんな面倒な物、攫ってくる訳がねぇよ。第一、あれはお前らにも責任があるだろが。
一族の人間は傷つけるな、とは習ったが、一族以外の人間は喰うな、なんてルールあの時には聞いた覚えは無かったぜ」

「はい、そこ!その前提からして可笑しいから!普通人を傷つけちゃダメ、って言われたら一族以外の他人も入るでしょう!?
なに、今時人を食べる部族って!?そんな部族、世界の果ての果ての果て位に行かなくちゃ会えないからね!!」

「知るか。んな事俺様じゃあ無く、俺様にてめぇらの言う常識ってものを教えて捨てなかった本当の親にでも文句を言え!」

「いや、普通常識って教える物じゃなくて自然と身に付く物だろう。と言うか、お前今でも常識外れの行動をしてるからな。そこん所は自覚してる?」

「また得意のお説教か。たくッ、うるせぇな。こんな時ぐらい、静かに出来てねぇのか。お前は!」

「こんな時だからこそ、生まれてくる赤ちゃんにそんな汚い言葉と態度を覚えさせない様にしたいんじゃないか!!」

何時もの如くじゃれ合うバクラとアルスの傍ら、ユーノは一人考えていた。
昔はかなり荒れて酷かったとは聞いていたが、まさかそこまで酷かったとは微塵も考えていなかった。
今でも常識外れな行動をするが、少なくても最低限の人としての常識は守っている。

「レオンさんって、物凄く偉い!」

「解るか、ユーノ」

ユーノは、正にスクライアの超問題児と呼ぶに相応しいバクラを、此処まで立派に躾……もとい育て上げたレオンに尊敬の念を抱いた。




とまぁ、色々と知りたくも無い事実が判明したが、特に問題も無く何時もの雰囲気に戻るレオン一家。
初めユーノは若干怯えを見せていたが、自然体のバクラを見て肩の力が抜けた。
ユーノ自身、そんな昔の事は記憶に無いので、今は上手く付き合っているのだから気にしても仕方ないと納得した。

「そう言えばアルス。お前、今年からまた学校に通うんだよな」

「えぇ、そのつもりですよ。お金もちょうど溜まったし、教員免許も取らないといけませんから。ユーノも今年から魔法学院に通うんだよな、頑張れよ」

「うん、頑張るよ。所で、バクラ兄さんは学校には通わないの?」

「バーカ。俺様に今さら下手な魔法論理も知識も必要ねぇよ」

そうやって取り留めも無い会話を続けていると――


――ほんぎゃあぁ!


「……………」

「……………」

「……………」

「……………」

四人とも先程まで交わしてい言葉のキャッチボールを止め、黙ってお互いの顔を見合わせる。
先程、確かに聞こえた声。
微かであり、もしかしたら気のせいだったのかもしれない。
気のせいでは無いにしろ、此処は病院。他の子供や赤ん坊である可能性を捨てきれないが――

「「「「ッ!!」」」」

もはや彼らに迷いはない、根拠はないが確信していた。
言葉は不要。
バッ、と一斉に弓に弾かれた様に出口へと駆け出した。
しかし――

「だあぁあーー!お前ら、押すな!!」

屋上の出口は一つ。当然、四人で一斉に向かえば体がつっかえてしまう。

「レオンさんこそ押さないでください!痛ッ!バクラ、腕を動かすな!痛いって!!」

「うるせぇ!!てめぇは邪魔なんだからさっさと退け!……何だ?このボールみてぇなのは?」

「に、兄さん。それ僕の頭。い、痛い!痛い!何で踏みつけるの!?普通は退かすでしょ!!」

ギャーギャー互いに相手を押し退けようとするが、誰か一人が道を譲れば良いだけの事である。

「バクラ兄さん!お願いだから、頭踏むのを止めて!!痛いから!!」

「だったらユーノ、てめぇが退きやがれ!蹴り飛ばされてねぇんか!!?」

「暴れるなッつく!?肘、肘が当たったよ!今!!?」

「アルス、お前も暴れるな!あぁあーー、もう!これじゃあ、何時まで経ってもアンナの所に行けないだろ!!」

だから誰か一人が道を譲ってやれよ。
冷静に考えれば直ぐ解りそうな事だが、どうやら赤ちゃんの出産は思ったよりも彼らに動揺を与えていらしい。
この中では比較的控え目なユーノでさへも、我先にと扉の前で押し合っていた。

「ぐぐくっ……うん?」

「ほへ?」

「んな?」

「え?」

思わず間抜けな声を漏らしてしまう四人。
誰も譲らず、常に前へ前へと力を押し合っていたが、途端にスポンと言う空気が抜ける様な音と共に四人揃って出口から押し出された。
直ぐ目の前には階段。前のめり、しかも四人の人間が互いの体を密着させている。
ぬわああぁあーー!
当然の如く、叫び声を上げながら皆揃って仲良く階段からすってんころりん。
ダンダン、と背中に硬い物が当たるのを感じながら、ある意味で親子仲が良いレオン一家だった。

「がぁッ!」

最初に床に付いたのはレオン。顎をぶつけ、とてつもなく痛そうだ。
いててと涙目になりながらも、急いでアンナの所へ向かおうと立ち上がろうとした瞬間――

「ふんっ!」

転がっている途中に、既に体勢を整え直していたバクラが見事なまでに自分の背中に着地してきた。

「ぐばッ!!」

兄弟の中で最も体格が良く、体重も重いバクラが落ちてきた物だからレオンにとっては一溜まりも無い。
肺から一気に空気が漏れ、これまた変な声が口から漏れてしまった。

「よっと!」

「うわわッ!」

さらに追撃。
残り二人の子供も、綺麗に自分の背中に着地してきた。
バクラより軽いとはいえ、流石に痛い。
と言うか、三人が父である自分の背中に落ちてきたのは偶然なのだろうか。
うん、きっと偶然だ。他意は無いはず。多分、恐らく。

「お前ら、人を踏むなッ!!」

勢いよく起き上がり文句を言うが、三人は倒れた自分に目もくれずに駆けて行った。
赤ちゃんが気になるのは解るが、それにしてもこの対応は無いだろう。
ほんの少しだけ、心が寂しくなったレオンであった。




病院内は走ってはいけません。
解りきっているが、今日だけはそのルールを皆揃って破ってしまった。

「はぁはぁはぁはぁ……」

四人とも僅かに息を乱しながら、目の前の扉を見つめる。
分娩室。
アンナが入ってから閉ざされていた扉が、ゆっくりと開く。
待ちに待ったこの瞬間。
ドキドキと、全員の心臓の音が聞こえそうなほど高鳴った。
そして、扉が開くとそこには――

「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」

小さな命――新しい家族が助産師さんに抱えられていた。

「おおぉ~~」

新しい我が子に感動を覚えながら、レオンは良く顔を見ようと近づいた。
アルスもバクラも同じ様に良く顔を見ようと近づくが、そうはいかない人物がこの場には居た。

「うぅ~~!僕にも、僕にも見せて!」

三人の中で一番身長が低いユーノでは、助産師さんに抱えられている状態では良く見えない。
自分も良く見たい。
年相応に体を目一杯使いながら、見せて見せてとアピールしていた。

「はいはい。はい、初めましてお兄ちゃん」

クスリ、と小さく微笑んだ助産師さんが気を利かせて、ユーノにも見える様に屈んで見せた。

「お、お兄ちゃん……そんな、僕なんか」

「あら、でもお兄ちゃんでしょ?」

屋上でも話していたが、やはり直にそう言われると照れる。
目の前の赤ちゃんが居る事も相まって、ユーノは頬を赤く染めていた。

「ほら、ユーノ。恥ずかしがってないで、よーく見てみろ」

照れているユーノの背中を押す意味で、これから弟になる赤ちゃんを顔を見る様に言うレオン。
言われた通り、ユーノは改めて赤ちゃんの顔を見つめる。
まだ生まれたばかりで、髪の毛も生え揃っていない。
華奢な自分よりも小さな手に足。
しかし、そんな小さな体でも静かに呼吸をしている新たな命。

「わぁ~~、おぉ~~」

感嘆の声を漏らしながら、ユーノは興味深そうに赤ちゃんを見つめた。

「へぇ~、生まれたばかりの赤ちゃんってこんなに小さいんだ~」

アルスも新しい自分の弟を見つめ、感嘆の声を漏らす。

「ほぉ~、まるで毛が生えてねぇサルだな」

言葉こそ悪いが、何時もの様に棘が無いバクラ。
兄弟三人、それぞれが新しい弟を祝福していた。

「あははは、生まれたばかりの赤ちゃんは皆そうですよ。もう少ししたら、人間らしくなりますよ」

バクラの呟きに笑いながらも、助産師さんが丁寧に答えた。

「ふーん、んな物か」

「そう言うもんだよ。と言うかサルは無いだろ、サルは」

「わ、わ!兄さん、今の見た!動いたよ!!」

三人が赤ちゃんに気を取られている傍ら、レオンは心配そうにある事を尋ねた。

「あの、所で家のは」

出産の痛みなど男である自分には解らないが、それでも相当の体力を使うのだと予測できる。
アンナの身を案じたレオンだったが――

「あぁ、奥さんお元気ですよ」

どうやら要らぬ心配だったらしい。
直ぐ会えますよと言って案内してくる助産師さんの後を、レオン達はついていった。
扉を開く。
部屋のベットには、疲れて少しだけ元気が無いアンナが横たわっていた。

「あら」

此方に気付いたアンナが此方に視線を向ける。
自分達を安心させようと表情は微笑んでいるが、やはり疲れているのか声に何時もの元気が無い。
ともあれ、元気そうだ。
ホッと胸を撫で下ろし、レオンは片手を上げながら軽く挨拶をし、子供達を伴って部屋へと入って行った。

「アンナさん、痛かった?」

「何か飲み物でも買ってきます?」

近寄り、問いかけるユーノとアルス。
赤ちゃんが生まれた事は素直に祝福できるが、同時にアンナの体も心配だった。
バクラとレオンも一歩下がった所から、心配そうに見つめている。

「うふふ、大丈夫。すっごく痛かったけど、見ての通り元気よ」

痛かったと答えるアンナだが、その表情には険悪など一切存在しない。
ただ純粋に、赤ちゃんが生まれてくる事が嬉しくしてしょうがなかった。
生まれた、と解った時は言葉にできない感動に包まれたのは今でも覚えている。
母の顔。
何時もと同じ優しい笑みを浮かべながら、アンナはレオン達と言葉を交わした。

「アンナさん、あのね……」

そうやって二三言葉を交わしていると、唐突にユーノが持っていた袋の中から何かを取り出した。

「これ、僕達からのお祝いです」

アンナの目の前に現れたのは、色とりどりの花々。
カーネーション。
手作り制のペーパーフラワーで、頑張って作ったのが此方に伝わってくる。綺麗だ。

「皆で頑張って作ったんですよ、この千羽鶴も。ほら、バクラ」

千羽鶴を掲げたアルスは、隣の佇んでいたバクラの脇腹を軽く肘で叩いて諭す。

「前に受けた依頼の報酬を元に、一からオーダーメイドした奴だ。これならガキと一緒に楽しめるだろ」

バクラが持つ一つのオルゴール。
彩色も丁寧で、決して高くない物だと解る。
これら全て、アルス、バクラ、ユーノの三人がそれぞれ協力して今日のために用意したお祝いのプレゼントだ。

「わぁ~……ふふっ、皆ありがとう」

笑顔でお礼を言うアンナの目元には薄らと涙が浮かんでいた。
勿論、これは悲しみによる物では無い。
嬉しい。
此処まで自分を想ってくれる事が、新しい家族の誕生を祝ってくれる事が。
自分の誕生日や夫婦の記念日などと同じぐらい、アンナには嬉しかった。

「はい、赤ちゃんにも」

用意したカーネーションの内、何本かを助産婦さんに抱きかかえられている赤ちゃんへとあげるユーノ。
何気にお兄ちゃんとしての自覚は芽生えている様だ。

「まぁ、綺麗ね~」

助産師さんも紙製のカーネーションの出来栄えに感心しながら、赤ちゃんにも良く見える様に屈んだ。
瞬間――

「あ……ふえぇーーん!あぁーーーん!!」

今まで静かにしていた赤ちゃんが、突然大声で泣き叫んだ。

「え?ちょっ!どうしたの!?え、何で泣くの!!?」

突然の事態に驚くユーノ。
自分が泣かせてしまったのでは、そんな不安が過りあたふた。
どうしていいか解らず、カーネーションを片手に狼狽していた。

「ふふふ、大丈夫。赤ちゃんは悲しくて泣いているんじゃなくて、ユーノお兄ちゃんに“ありがとう”って言ってるのよ~」

「そう。赤ちゃんは喋れないから、こうやって泣き声で相手に感情を伝えているの」

慌てふためくユーノを微笑ましく想いながら、助け船を出すアンナと助産師さん。
室内に響き渡る泣き声。
二人の言う通り、それは悲しんでいるのではなく、ユーノ達にありがとうと言っている様に聞こえた。









②名前争奪戦


注意!

これから先はネタです、作者が遊戯王の様なカードゲームを書きたいと思っただけで、本編とは一部を除いて全く関係ありません。
また、ルールは初期の遊戯王のルールと、アニメ(第一作、緒方恵美さんが遊戯の声を務めていた方です)のルールを参考にしています。
その辺を予めご了承ください。




その日、レオン一家の家は重苦しい雰囲気に包まれていた。

「……………」

「……………」

「……………」

ソファーに座るのは、アルス、バクラ、ユーノの三兄弟。何時もの様に会話を交わさず、沈黙している。

「またやっているのか、あいつら」

「あらあら~」

「たぁーやぁー」

少し離れた所には、レオン、アンナ、そして新しい家族である男の子の赤ちゃん。
レオンは呆れ、アンナは困った様に、赤ちゃんは無邪気にアンナの腕の中で笑っていた。
光陰矢のごとし、とは言うが本当に月日が経つのは早い。
この前、新しい家族が増えたと思ったら今はアンナも赤ちゃんも無事に退院して、家で暮らしている。
さて、此処で少し問題を出そう。
赤ちゃんが生まれてから、一番最初に直面する問題は何か。
服、食事、育児……それぞれ答えはあるだろが、それ以前にもっと大事な物がある。
それは――

「さて、もういい加減に赤ちゃんの名前を決めよう」

名前である。




赤ちゃんが生まれてから、アンナと共に自宅に帰ってくるのを今か今かと待ち侘びたレオン達。
母親が居ない生活と言うのは確かに不便だったが、その辺はスクライアのキャンプ地で過ごしたりなど、何とかなった。
そして、つい数日前。
とうとうアンナが新しい家族を抱いて、我が家に帰って来たのだ。
早速出迎えるアルス達。
きゃっきゃっ、と動いたり喜んだりする赤ちゃんに皆、特にユーノは嬉しそうに微笑んでいた。
その時、ふとある事に気付いた。

――そう言えば、この子の名前はなんだろう?

名前、それは人として家族から始めて貰う最初のプレゼント。
どうせなら良い名前を考えたいと、レオンはずっと悩んでいた。
しかし、どうしても“これは!”と一つに決められない。
あれにしようか、これにしようか。
悩みに悩むレオン。アンナも同じで、名前はどんなのがいいのか決めかねていた。
此処は家族皆で考えよう。
アルス達子ども組も、揃って赤ちゃんの名前を考えたのだがこれが今回の騒動の原因となった。

「何時までも赤ちゃん、じゃこの子も可哀想だろう。早く決めないと、役所の方にも届を出せないし」

先制攻撃をしたのはアルス。
目の前に座るバクラとユーノに向けて、視線で訴えた。

「そうだな。いい加減、ガキにも名前を付けねぇとこっちも不便だしな」

「うん、そうだね」

真っ向からバクラもユーノも、アルスの視線を受け肯定の返事をする。
しかし、どう言う訳か二人とも相談しようと言う雰囲気には見えない。
寧ろ、この自分以外の二人をどう蹴落とすか、そんな好戦的な視線を向けていた。




――戦争開始



先ずはバクラの攻撃。

「とりあえずアルス、てめぇの名前は却下だ」

「な!?どうしてだよ!良い名前じゃんか!?」


――アルスが考えた名前、『アルト』


「何だ!この如何にもなよなよした女みてぇな名前は!?」

「むっ、失礼な!将来、賢くて優しい子になって欲しいって意味を込めてつけた名前だぞ!!」

「第一な、こんな名前を付けんじゃねぇ!何れ12、3年後位には本編にも出てくんだから、紛らわしんだよぉ!!」

「本編言うな!!そこまで言うなら、こっちも言わせて貰うよ!!」

バクラの攻撃終了、続いてアルスの攻撃。


――バクラの考えた名前、『バサラ』


「何だよ!?この『お館様あぁあーー!!』とか『奥州筆頭!』とか、人間のレベルを遥かに超えた超人レベルの人達がわんさか出てきそうな名前は!!」

「るせぇーー!!てめぇの女みてぇな名前よりは、よっぽど男らしい名前だろうが!!」

「もう!二人ともいい加減にしてよ!!」

バン、と力強くテーブルを叩いて強制的に兄達二人の会話に割り込み、叱りつけるユーノ。

「アルス兄さんもバクラ兄さんも、結局自分の名前と一字違いの名前を付けたいんでしょ!?
確かに古い風習では、親兄弟祖父祖母から名前の文字を貰った方が幸せになるって言われているけど、何も拘る必要はないでしょ!
赤ちゃんのためにも、もっと真面目に考えてよ!!」

弟が生まれたせいか、お兄ちゃんパワーに背中を押されて二人の兄に真正面から意見を言い返す。
赤ちゃんのためにも、喧嘩せずもっと真剣に考えてほしい。
至極御尤もな意見だが、アルスとバクラの目が語っていた。
お前が言うな、と。

「言っておくがな、ユーノ。てめぇは鏡を見てから、さっきの言葉をもう一度言え」

「うん、ゴメンなユーノ。今回だけは俺もバクラの意見には賛成だ」

兄達二人の矛先がユーノに向けられた。


――ユーノが考えた名前、『ユウキ』


「てめぇも人の事を言えた名前か!結局は自分の名前から考えてんじゃねぇか!」

「ち、違う!僕の名前はユーノで、共通してるのは『ユ』だけだもん!」

「いや、ユーノの『ー』とユウキの『ウ』は、発音上同じに聞こえるからな」

「名前の意味だって、アルス兄さんの優しくて賢い子と、バクラ兄さんの男らしくて強い子、この二つの間を取って考えたんだから!!」

結論――三兄弟、全員同じ思考をしていた。




話し合う気など0。言い争う我が子らを見つめ、レオンは頭を抱えた。

(はぁ~~、まーた始まったか)

前からこうだ。
アルトは、心優しく頭がいい子になる様に願って。
バサラは、男の子らしく元気で逞しく。
ユウキは、その二つの間を取り、賢く逞しくどんな時も真っ直ぐ育ってほしい。
名前の由縁も良く、真剣に考えたからこそ譲れないのだろうけど、それにしても激論し過ぎだ。話し合いのレベルを超えている。

「おーい、お前ら。名前を考えてくれたのは嬉しいけど、もう少し冷静にだな……」

「レオン((レオンさん))は黙ってろ((黙っていて下さい))!!!」

「……………」

普段は心優しいアルスとユーノでさへ、この態度。
背中に見えたあの鬼は、果たして幻影だったのだろうか。
レオンは再び頭を抱えた。

(いやさ、俺も子供の名前に迷っていたのは確かだし、真剣に考えてくれたのは親としても嬉しく思うぞ。
赤ん坊の事をそれだけ考えてくれている証拠だからな。だけど……もういい加減にしてくれよ)

解決策として、赤ちゃんに直々に選ばせようとした事もあった。
それぞれが考えた名前を書いた紙を床に置き、赤ちゃんが向かった名前に決める。
これなら誰も文句を言わないだろうと思ったのだが、当の赤ちゃんはアルス達に目もくれず、母親であるアンナの方へと向かった。
ならそのアンナ、若しくは父であるレオンの採決を取ろうとも思ったが、そんなので自分が考えた名前を却下されるのは納得できない。
結果、三兄弟それそれがお互いを牽制し合っている状況が出来てしまった。

(もう俺が勝手に決めて、役所に届けるか?でもな~)

そうすると後が怖い。何より、レオン自身も未だにどの名前が良いか決めかねている。
候補に挙がっている『アルト』、『バサラ』、『ユウキ』。
皆良い名前で、されどれにしようか。

「やぁ、ばーぶぅー」

「うん?なーに?」

悩みに悩む男四人の傍ら、嬉しそうに微笑むアンナと赤ちゃんの姿があった。




あれからそれなりに時間が経ったが、未だに話し合い(と言う名の戦争)は終わりそうに無い。
名前と言う、人生の終わりまで付き合う相棒。
三人とも決して譲れない物のために、その矛を向けていた。
まぁ、何だかんだ言って長い間付き合ってきた兄弟。
何気に似た所もある様だ。

「チッ!もう止めだ!こんな口で言い争っていちゃあ、何時まで経っても埒があかねぇぇ!!」

荒い声を上げて、他二人の兄弟の会話を強制的に止めるバクラ。

「どうだ?ウダウダ言うのは止めて、何か一発勝負でさっさと決めねぇか?そうだな、てめぇらと俺が対等に戦える物……ゲームなんてどうだ?」

不敵な笑みを浮かべながら、バクラは二人に提案した。




『はいはーい、アルス先生&ユーノ先生の楽しいワンポイント講座始まるよ~!!』

『ねぇアルス兄さん。何で行き成りこんな子供番組みたいなのが始まるの?後……何で僕達、二頭身キャラになってるの?』

『ユーノ君から質問が来たので、答えます。
先ず前者の質問に関してですが、これから行うゲームを面白楽しく読者の皆様に説明しよう……と言うのは建前で、本当は詳しくあれこれ書くよりもこうして軽いノリで説明した方が楽だから、って言うのが本音だそうだ。
ちなみに俺達が二頭身になっているのは……何となくだそうだ』

『そ、そんな軽いノリで済ませていいの?』

『良いんじゃないのか。今回の話しって本編には関係ない、所謂ネタ話って奴だし。軽く肩の力を抜いても、特に支障はないみたいだぞ』

『……そう言う物なのかな?』

『そう言うもんだ。さて、時間が勿体ないからササッと説明するか。
先ず、バクラが俺達に提案したのは“M・M”と呼ばれるカードゲーム。最初のMは神話を意味するmyth、後のMは怪物を意味するmonster。
各世界の神話に登場する神や悪魔や魔物などをモチーフにした、今現在ミッドチルダで流行っているカードゲームの一種……と言う設定らしいです。
まぁ、ストレートに言っちゃえば前書きの通り、初期の遊戯王と初代アニメのルールを参考に色々とオリジナルを加えた、見たいなカードゲームだと思って下さい。
M・Mって略称もデュエルモンスターズから適当に考えたみたいなので、このゲームはこれから先、多分本編には一切出ないと思われます。
モンスターの名前も適当に思いついた物ですから。
まぁ一発ネタのためだけに用意されたゲームなので、その辺は予めご了承のほどを』

『でもさ、デュエルモンスターズって原作だとマジック&ウィザーズだから、略称はM&Wが本来の正式名称なんだよね。
あれ?何気に最初のMだけは被っている?』

『その辺は仕方ないだろ。もうほとんど忘れられている名称だし』

『……どうしたの、アルス兄さん?何か何時もより大雑把だね』

『仕方ないじゃん。俺達ってこのためだけに用意されたキャラだし、遊戯王のルールはある程度読者の皆さんも解っているだろうから、こんな事で時間を使いたくないんだよ』

『うぅ~、やっぱりそうなのか。あ、本編の方で動きがあったみたい』




「M・Mって、ちょっと待て!確かそのカードゲームって、お前が得意とするゲームじゃんか!」

バクラが提案したゲームに異議を唱えるアルス。
実際、提案されたゲームはアルスもユーノもそれなりにプレイした事があるが、実力で言えばバクラの方が上。
不公平だ!やるにしても、もっと対等なゲームにしろ!
ギャーギャー五月蝿いをアルスを後目に、バクラは話を続ける。

「なぁに心配すんじゃねぇ。俺様とてめぇらが対等に戦えるように、ちゃーんと特別ルールを設けてやるぜ」

「特別ルール?」

「あぁ」

バクラが特別に設けたルールは以下の通り。

――その一、アルスとユーノがタッグを組んで自分と戦う事。

――その二、プレイヤーへの直接攻撃は無し。ライフポイントはそれぞれ2000点。

――その三、ゲームのプレイ中、アルスとユーノは互いに念話で連絡を取り合う事を許可する。

以上、アルス&ユーノにとっては有利な条件ばかり。
どうしようか話し合う二人。
一番の論点はこのゲームでアルス達が勝った場合。
これでは例え勝ったとしても、一人の候補が減っただけで決着が付いていない。
しかし、それでも一人が減る事には変わりない。何よりも、この好条件。
此処は一時休戦して、共通の敵を倒そう。
暫く考えていたアルスとユーノも、それならとこの申し出を受けた。

(それでいい、いちいちチマチマ潰すのはめんどくせぇからな。二人纏めてぶっ潰してやるよ。クククッ)

わざわざ相手側が有利になる条件を出したのは、それが目的だった。
二人纏めて倒せば、自動的に自分の勝利は決まる。
絶対の自信を持ち、不敵な笑みを浮かべながらバクラは二人を睨みつけた。



(な~んか、変な展開になってきたな)

レオンの言う通り、少し奇妙な事になってきたが、これで漸く話が先に進む。
テーブルの上に森や山などのフィールドが表示されたディスプレイを用意し、準備は整った。
カードを用意し、互いにシャッフルする。


――デュエル開始!!


「行くぞ、俺様の先攻!!」

先攻はバクラ。

「リビングデットウルフを召喚!フィールドは墓場!」

テーブル上のディスプレイに、カードを攻撃表示で置くバクラ。
瞬間、ディスプレイ上の画面が薄暗く気味の悪い墓場に変わる。
幾つもの墓石が建てられて中、一部の墓石がガタガタと動きだし、地中から体の半分以上が腐った狼が飛び出してきた。

――リビングデットウルフ 攻撃力500 守備力300

「ターン終了だ。さぁユーノ、てめぇのターンだぞ」

「う、うん」

若干緊張しているのか、少しだけ手を震わせながらデッキからカードを一枚引くユーノ。

『ユーノ、大丈夫だ。まだ始まったばかりなんだから、もっと肩の力を抜いて』

心配になったアルスは特別ルールの通り、念話で話しかけユーノの緊張を解そうとする。
す~は~。
アルスに言われた通り肩の力を抜くため、そして気持ちを落ち着かせるため深呼吸。
よし、と気合を入れながら手札のモンスターカードをフィールド上に守備表示で召喚した。

「僕はマナの大樹を森に召喚!守備表示!」

再びディスプレイの映像が変わり、鬱蒼と茂った何処か神秘的な雰囲気を漂わせる森に巨大な大樹が現れた。

――マナの大樹 攻撃力0 守備力1800

ユーノのターン終了、続いてアルスのターン。
同じ様にデッキからドローし、一枚のモンスターを選んだ。

「マリンドラゴンを墓場に攻撃表示で召喚!リビングデットウルフにバトルを仕掛ける!」

墓場フィールドの上空に水の球体が現れ、中から一匹のドラゴンが召喚された。

――マリンドラゴン 攻撃力1000 守備力1100 空中攻撃可能

ディスプレイの不気味な墓場で睨み合う互いのモンスター。
一体は、地上で相手を威嚇する屍の狼。
もう一体は、空中から攻撃の隙を狙う水の竜。
ただの映像であるはずなのに、まるで目の前に本当に実在するかのような迫力がある。

「おっと、バトルを仕掛けるのは良いが忘れるなよ?
俺様のリビングデットウルフは墓場のフールドパワーを得て、バトル時には攻撃・守備共が500アップし、さらに先制攻撃が可能となるぜ」

「そんな事わかっている。でも、そっちこそ忘れるなよ。飛行ユニットのモンスターは地上からの攻撃は受け付けない。
よって、お前のモンスターがフィールドパワーで得た先制攻撃も無効となる!」

「へッ、流石にそんな素人の様な間違いはしねぇか。お前の言う通り、リビングデットウルフは地上専用のモンスター。
空中に浮かぶてめぇのモンスターに、どれだけ先制攻撃権を得ようとも攻撃は届かない。
だがよぉ、アルス。まさかお前ほどのガリ勉野郎が、リビングデットウルフの特性を忘れたわけじゃねぇよな?」

意味深なバクラの言葉に答える様に、リビングデットウルフは画面狭しと俊敏に動き回りながら墓場に建てられた墓石を突き破って地中に潜った。

「クククッ……リビングデットウルフは黒の魔女が生み出したと伝えられる魔法生物。
墓場の死肉を貪り、生きた人間さへも地中から襲い掛かり墓場の死体の仲間とした生ける屍の狩人。
こいつが墓場のフィールド内で相手から攻撃を受けた場合、地中に潜る事によって回避率は50%!」

アンデットウルフ――墓地のフィールドパワーにより『攻撃力1000』攻撃回避率50%。
マリンドラゴン――『攻撃力1000』空中からの攻撃。
バトル開始!




『は~い、此処で再びアルス&ユーノのワンポイント講座。多分、読者の皆さんはツッコミのを我慢している様ですから、この場を借りて説明させていただきます』

『アルス兄さん、何でただの一般家庭にモンスターを実体化させる機械があるの?』

『ミッドチルダにはデバイスと呼ばれる、超科学の遺産があります。これぐらいの玩具なら少々お高めですが、市販で売っているからです。
さて、それではM・Mのルールを説明させて貰いますが、一度にあれこれ言うと混乱するので一つ一つ片付けて行きましょう。
先ず初めに、フィールドパワーの説明からさせていただきます。
モンスターを召喚するフィールドにはバクラやユーノが選んだ墓場・森以外にも、山・海・荒野・町・草原等々。
多種多様のフィールドが存在します。
モンスター達はそれぞれの種族や属性を持っているのですが、それらに適したフィールド内でバトルをする場合、一時的にフィールドパワーを得る事が出来ます。
例えばバクラが召喚したリビングデットウルフ。
このモンスターの種族はアンデット族なので、墓場に適したモンスターですよね。逆に俺が召喚したマリンドラゴンはドラゴン族なので、墓場には適しません。
これにより、バクラのモンスターだけに本来の攻撃力と守備力がそれぞれバトル時のみ500ポイントが追加され、さらに先制攻撃が可能となります。
先制攻撃と言うのは――』

『此処からは僕、ユーノ・スクライアが説明させていただきます。
ゲームのルール上、同じ攻撃力のモンスター同士がバトルした場合、互いに消滅してしまいます。
しかし、この先制攻撃をフィールドパワーから得る事によって、そのモンスターは消滅せず相手側のモンスターだけを倒す事が可能になります。
バクラ兄さんが召喚しフィールドパワーを得たモンスターと、アルス兄さんが召喚したモンスターとでは、攻撃力は同じですよね?
本来ならこれでお互いのモンスターは相撃ちになるのですが、バクラに兄さんのリビングデットウルフはフィールドパワーを得ているので、この場合アルス兄さんのマリンドラゴンの攻撃を受ける事無く倒せます。
ですが、本編ではマリンドラゴンは先制攻撃権を持っているリビングデットウルフにはやられていませんよね?
それは何故かと言うと、マリンドラゴンは飛行能力を兼ね備えたモンスターだからです。
飛行能力を持ったモンスターは空中からの攻撃が可能となり、地上モンスターの攻撃は届きません。
つまりアルス兄さんは、それを見越した上で相手モンスターに有利なフィールドでバトルを仕掛けたと言う事です。
それでは、次にモンスター達の特性に付いて説明させて貰います。
M・Mのカードに描かれているモンスターは、それぞれ各世界の神話を元にして造られています。
当然、神話と言うからには元となった話があるのですが、モンスター達はその元となった神話に準えた特別な効果を持っています。
リビングデットウルフはバクラ兄さんの説明の通り、地中から獲物を狙うアンデットの狩人。
よって、このモンスターは墓場のフィールド内に居る限り、地中に潜って常に回避率50%で相手の攻撃を交わす事が可能となります。
ただ単に攻撃力や守備力が高いモンスターを召喚するのではなく、どのフィールドに、どのタイミングで、どの特性や属性を持ったモンスターを召喚するか。』
元となった神話の話しを学んで特性を生かすのも、このゲームの攻略ポイントだね。ね、兄さん』

『その通り、と言う訳でこれにてアルス&ユーノのワンポイント講座は終了させて貰います』




回避率50%と言う事は、攻撃が当たる確率は二分の一。
機械が攻撃判定を行う。
固唾を飲んで見守る中、ディスプレイに表示されたのは『成功』の二文字だった。

「よし!」

「チッ」

アルスはガッツポーズ、バクラは舌打ち。
攻撃は通り、リビングデットウルフは地中に潜っていた所をマリンドラゴンの水の銃弾に撃ち抜かれた。
リビングデットウルフ消滅。
しかし、フィールドパワーを得た状態での攻撃力は同じなので、バクラのライフポイントは2000のまま減らなかった。

「まぁいいさ。そんな雑魚、いくらやられても俺様は痛くも痒くもねぇからな」

気を取り直し、バクラのターン。
カードを一枚引き、手札は六枚。
さてどのモンスターで仕掛けるか、目を通しながら相手フィールドのモンスター達を見つめる。

(ユーノのフィールドに召喚されているマナの大樹、確かあれは森に適応したモンスターだったな。
守備力が1800って事は、バトル時の守備力は2300。迂闊に手を出したら、俺様のライフが削られる。
アルスのフィールドに居るモンスターは、厄介な空中能力を兼ね備えてやがる。フィールドパワーを得られたとしても、攻撃が届かなきゃどうしようもねぇ)

相手のモンスターと、それぞれの特性。
それらを瞬時に計算し、バクラは一枚のカードを選んだ。

「俺はモンスターを裏守備表示で森に召喚!」

画面上に浮かぶ森に、モンスターが実体化していないカードが裏側に置かれた状態で映し出された。

「さらに、カードを一枚伏せてターンエンド!」

手札からあるカードを選び、場に伏せた。

『ねぇ、アルス兄さん。どう思う?』

怪訝そうにフィールドを見つめているユーノは、アルスに返事を求める。
彼が警戒しているのは、あの伏せカード。
このゲームは、如何にフィールドパワーを得られるかが勝敗のカギを握る。
しかし、裏守備表示で召喚したモンスターはその肝心のフィールドパワーを得られないのだ。

『う~ん、バクラのデッキは確かアンデットと悪魔族で構成されていたはずだから、森の特性を生かせるはずが無いんだけど……』

アルスもアルスで、判断に決めかねる。
フィールドパワーを得られず、モンスターの特性を生かせない、そして場には意味深な伏せカードが一枚。
此方の攻撃を誘っている、罠の可能性が高い。

『……ユーノ、今の手札にリバースカードを除去できるカードはあるか?』

『うぅん、無いよ。アルス兄さんはどう?』

『俺の方にも無い。けれど、上手くモンスターの特性を生かせば、例え罠にかかっても無効化できるかもしれない』

『えっ、そうなの』

『あぁ。とりあえず、此処はモンスター達の陣形を固めて、戦力を強化するんだ』

念話終了。互いの今ある手札を確認した後、ユーノはデッキからカードをドローする。
瞬間、画面が森に変わりマナの大樹が輝き始めた。

「僕のターン。マナの大樹が森のフィールドに召喚されていた場合、自分のターンが来る度にライフポイントを200得る事が出来る!」

マナの大樹から漏れる光は、優しく森全体を包み込み静かに消えていった。
ユーノのライフポイント、2200に上昇。

(マナの大樹は、かつて神々が混沌渦巻く世界を浄化するために植えたと伝えられる神聖な樹。
人々に恵みを与えた神話を元にして造られたこのカードの特性は、自分のライフ回復。
これで僕のライフポイントは常に回復する訳だから、例えあのリバースカードが罠だったとしても、多少のダメージは苦にならないはず。
だけど――!)

チラリ、とバクラの様子を窺うユーノ。
バクラはマナの大樹の効果を見ても、特に焦った様子は無い。
堂々とし、不敵な笑みを浮かべている。
まるで『攻撃してくるなら攻撃してみろよ』と目で挑発している様だ。
此処は攻撃せず、慎重に行こう。
これからの大体の方針を決め、ユーノはさらに森にモンスターを召喚した。

「グリーンビットを攻撃表示で召喚!」

マナの大樹に枝に鎮座する様にして召喚された、小さな剣と盾を装備した小人。

――グリーンビット 攻撃力800 守備力1200

(グリーンビットはマナの大樹に生み出され、代々森を守護してきた勇敢な戦士の一族。
攻撃力は低いけど、フィールドにマナの大樹が召喚されていた場合、攻撃力は700ポイントアップする。
さらに森のフィールドパワーを得ることにより、バトル時の攻撃力は2000ポイント。うん、これなら並のモンスターカードでは太刀打ち出来ないはずだ!)

最後に手札とフィールドのモンスターを確認し、ユーノは自分のターンを終えた。

「俺のターン、ドロー!陸戦騎――アストラを召喚!フィールドは街!」

画面に映し出された街の中に、ベルカ式の魔法陣が浮かび上がり鎧と巨大な槍を携えた一人の騎士が召喚された。

――陸戦騎――アストラ 攻撃力1800 守備力800

「ほぉ~、街に召喚したと言う事は、そいつで他のモンスター達をカバーしようってのか?」

街に現れた一人の戦士を、バクラは納得した様に見つめていた。




『……………』(本を読んでいて気付かない)

『あ、アルス兄さん。出番、出番』

『???……あっ…………た、大変失礼しました!
ゴホン!え~、それではアルス&ユーノのワンポイント講座を始めます!』

『もぉ~、シッカリしてよ。何時出番が来るか解らないんだから。
それじゃあ、改めて街のフィールドに付いて説明させていただいますね。
このゲームの攻略のカギは、前回のワンポイント講座で説明した様に如何にモンスター達の属性・種族・特性にあったフィールドに召喚するかがポイントです。
でも、多種多様のフィールドが存在するこのゲームの中央に位置する街だけには、フィールドパワーは存在しません。
では、何故アルス兄さんがわざわざそんなフィールドにモンスターを召喚したかと言うと――』

『待った!此処からは俺に言わせてくれ!本を読んでいた、だけなんて嫌だからな。
え~と……街に召喚されたモンスターはプレイヤーの任意で、他のフィールドに存在するモンスターのバトルに強制的に参加できます。
例えば、俺のマリンドラゴンが攻撃力の高いモンスターに攻撃を受けた場合、俺の任意でそのモンスターの攻撃を陸戦騎――アストラに受けさせる事が可能です。
つまり街は、フィールドパワーが得られない代わりに、別のフィールドのモンスターを救援する事が出来る、一種のお助け機能を持ったフィールドな訳です。
アストラの攻撃力は1800と高く、フィールドパワーを得ずともある程度のモンスターは返り討ちに出来ます。
元々の攻撃力・守備力が高いモンスターを常時街に待機させておくのも、このゲームの攻略ポイントですね』

『でもさ、今時特別な効果無しで攻撃力1800のモンスターを使う人って少ないよね?』

『良いの。これは初期設定なんだから、攻撃力が1800もあれば十分攻撃の要だ。
初期の頃なんて、それこそ2000を超えるモンスターなんて本当に数えるほどしか無かったんだぞ。
っと、そろそろ本編が動く様なので、これにてアルス&ユーノのワンポイント講座を終了させていただきます』




アルスのターンは続く。

「墓場に居るマリンドラゴンを、山のフィールドへと移動!」

薄暗い墓場の空に飛んでいたマリンドラゴンが、険しい山の空へと飛んで行った。
山はドラゴンにとっては都合が良いフィールド。
これにより、マリンドラゴンの事実上の攻撃力は1500。

「ターン終了」

「俺様のターン!ククク……」

唐突に笑みを見せるバクラに、アルスとユーノは何か仕掛けてくるのではと警戒した。

「おぉ~おぉ~、スッカリ陣形を固めちまいやがって。これじゃあ、俺様も迂闊に攻められねぇな」

わざとらしい、演技がかかった声でフィールドを見渡しながら呟くバクラ。
その態度は何処までも自信に満ち溢れており、反って不気味だった。

「けれど、このゲームは相手をぶっ殺してライフを削らねぇ限り勝負がつかねぇからなぁ。てめぇらが攻めてこねぇなら、こっちから行かせてもらうぜ!!」

手札からカードを一枚選択し、勢いよくフィールドに叩きつける。

「沼地に潜む怨霊!攻撃表示だ!」

画面上の現れる、ドロドロとした沼。その中央に人の顔を模った、しかし沼と同じくドロドロに顔が溶けている不気味なモンスターが怨念に染まった呻き声を上げていた。

沼地に潜む怨霊――攻撃力1200 守備力1400

生命を感じさせないその姿は、何処となくバクラが召喚するオカルトモンスター達に似ていた。

(どう言う事だ?バクラの奴、何を狙っている?)

バクラが召喚した沼地に潜む怨霊は、悪魔族。
当然、フィールドパワーを得るには悪魔族、若しくはモンスターの特性を生かせるフィールドに召喚するのが定石だ。
だが、バクラが召喚したのはマリンドラゴンが待機している山のフィールド。
フィールドパワーは得られない。
何を狙っているのか、アルスは警戒しながら事の成り行きを見守った。

「バトル!沼地に潜む怨霊で、マリンドラゴンを攻撃!」

画面上で不気味に蠢く怨霊から、ドロドロとした溶解液が吐き出される。
しかし、空中能力を持ったマリンドラゴンに攻撃が届くはずも無く、逆に返り討ちにされ墓地へと送られた。
マリンドラゴン――山のフィールドパワーにより攻撃力1500。
沼地に潜む怨霊――攻撃力1200。
よってその差、300ポイントがバクラのライフから引かれる。

「あぁ~あぁ~、これで俺様の貴重なライフが1700に減っちまったぜ」

口では残念そうに言うが、その顔には変わらず不敵な笑みが浮かんでいた。
確実に何かを狙っている。
念話でお互いに連絡を取り合って警戒する中、アルスはその変化に気付いた。

「な!?俺のマリンドラゴンが!!」

険しい山のフィールドを悠々と飛んでいたマリンドラゴン。
それが今は、見る影も無く苦しみながら地に伏していた。
可笑しいのそれだけでは無い。
体の所々に、紫色の妙は斑点が浮かび上がっている。

「ヒャーハハハハハハハッ!!流石の空中能力も、空気上に霧散する毒霧の前には宝の持ち腐れの様だなぁ!!」

「毒霧?……ッ!そ、そうか!確かにそのモンスターは!?」

何かに気付いたアルスは、急いでフィールドを見渡す。
険しくそびえ立つ山の岩肌。
その一部に、紫色の毒々しい小さな沼が出来あがっていた。

「そう、沼地に潜む怨霊は戦時下、死体置き場に悩んだある国の軍隊が沼に捨てた人間共の怨霊から生まれた魔物。
何千、何万、何億、と言う人間共の死体から造り出される猛毒は、全ての生命の活動を止める。
倒されてもその怨念は消える事無く、フィールドに毒の沼地を残す。
沼から絶えず発生する毒霧は周囲のフィールドを冒し、モンスター共も猛毒に冒す」

「フィールドさへも侵食する能力。わざわざ攻撃力の低いモンスターで攻撃したのは、そのためか。
マリンドラゴンは生命力の高い龍とはいえ、生身の生物。肉体を持たない死霊の様に猛毒の霧には耐えきれず、空中能力を失ってしまう」

「ククク、それだけじゃねぇぜ」

「ッ!そ、そんな!森のフィールドが!!」

焦燥感に駆られたユーノの声。
先程まで青々とした茂みが、今は枯れは果て死の森と化していた。

「山から吹きかける風は、同じ様に毒の沼から発生した猛毒の霧を運ぶ。
ユーノ、てめぇのモンスターは森ではフィールドパワーを得られるが、果たして毒に冒された死の森ではどうかな?」

不気味な笑みを浮かべるバクラの視線の先では、ユーノのモンスター達が毒に冒されていた。
マナの大樹はその神々しさを失い、グリーンビットは今に倒れそうなのを剣を突き立てて何とか耐えている。
とても戦闘を出来る状態では無い。
急いで対処方を考えるユーノだが、さらにバクラの追撃が始まった。
森に召喚していた裏側守備表示のモンスター。
反転し、その姿を露わにした。

「ぬ、沼地に潜む怨霊……」

その正体は、先程毒の沼地を発生させたモンスター、沼地に潜む怨霊その物。
元々肉体が無い怨霊は、猛毒の中でも活動が出来き影響を受けない。

「どうやら仲間の毒に反応したようだぜ。こいつはぁ、ユーノ。てめぇにとっちゃあ、最悪の結果になるかもな」

裏から表表示に変わった事により、再び発生する毒の霧。
しかも、今のフィールドは岩肌の山では無く、生命の源である土や水が存在する森のフィールド。
毒は土を冒し、水を冒し、尋常ではないスピードで森全体に猛毒を届ける。
自分にとって有利であるはずの森のフィールドが、逆に仇となった。
攻撃の手は緩めない。
バクラはさらに、侵食された森フィールドにモンスターを追撃召喚した。

「首切り斬鬼、召喚!こいつは魔界のモンスター共を血祭りにあげた鬼!!この程度の猛毒を浴びようとも動きに支障はねぇ!!

――首切り斬鬼 攻撃力1300 守備力1000




『ねぇ、兄さん。ワンポイント講座じゃなくて質問だけど、バクラ兄さんってこのターンに二体のモンスターを召喚していない?』

『ユーノ、その辺は諦めろ。実際、初期のルールなんて一ターンに二体のモンスターを召喚したり、同じモンスターで一度に二回攻撃したり、色々と自由だったんだから。
ズバリ、言った者が勝つ!!それがルールだ!!!』




巨大な出刃包丁を持った、一体の鬼。今か今かと、狩りの時を待っていた。

「首切り斬鬼の攻撃、標的はマナの大樹!」

ライフ回復能力は厄介だと、バクラは最初にマナの大樹を消しにかかった。
既に青々とした森の影は無く、全てが朽ち果てた死の森。
その中を駆け抜ける鬼の姿は、正に昔話に出てくる魔物その物だ。

「マナの大樹は空気中の猛毒、さらに毒に冒された地中から直接養分を吸い上げた事により、守備力が1000ポイントダウン!」

マナの大樹――毒に冒され守備力が800にダウン。フィールドパワーは森が毒に冒された事により、効果無し。

「させるか!アストラを向かわせ、首切り斬鬼を……」

「無駄だ!死の森と化したこの地に、人間が介入する事は出来ねぇ!!」

ディスプレイの画面には、森のフィールドの前で奥歯を噛みしめる陸戦騎――アストラの姿が映った。
これこそがバクラの狙い。
毒のフィールドで生きられるのは、自分が扱う様な生身も持たない、もしくは毒の耐性が強い悪魔やアンデット。
他者の介入を許さない、自分の死刑場。その場で行動を許されるのは、自分が召喚した死刑執行人だけ。

「くっ!まだまだ、グリーンビットは代々母なるマナの大樹を守ってきた一族!マナの大樹を守る使命は、例え毒に冒されも健在です!!」

「へッ!ならさっさと守らせてみな、早くしねぇと俺様の首切り斬鬼がマナの大樹を真っ二つにしちまうぜ!!」

ディスプレイに映る、今にも倒れそうな小さな戦士を見つめるユーノ。
お願い、頑張って。
心の中でエールを送るユーノだが、猛毒に冒され意識を保っているのがやっとの状態。
やっぱり駄目なのか。
諦めようとしたその瞬間、まるで此方の願いが通じたかのようにグリーンビットは動きだし、マナの大樹をその小さな体で守った。

「あっ……」

光の粒子となり消えて行くグリーンビットの後ろ姿に向かって、ユーノは静かに心の中で感謝の言葉を送った。
ありがとう。守ってくれて、ありがとう。

「チッ!二体分の毒を受けても、流石に一ターンで動けなくなるまではいかなかったか」

出来ればこのターンで厄介なマナの大樹を撃破したかったが、まぁいい。
フィールドに舞う猛毒は、やがて全てのフィールドを冒す。
そうなれば、自分のモンスター達の天下だ。
首切り斬鬼――攻撃力1300。
グリーンビット――毒に冒された事により攻撃力が300ポイントにダウン。
よってその差、1000ポイントがユーノのライフから引かれ、1200まで削られた。
バクラのターンは終了。
続いてユーノのターン。
毒に冒された事により、マナの大樹のライフ回復能力は無かった。

「……………」

ドローし、六枚の手札を見つめる。
暫しの長考。
何かを迷っているのか、視線を手札の端から端まで忙しくなく動かしていた。

『ユーノ。お前、何か狙っているだろ?』

頭の中に響き渡る、ほぼ確信を込めた兄の声。
あの首切り斬鬼の攻撃の時、ユーノはわざわざ守備表示のマナの大樹では無く、攻撃表示、それも攻撃力が300にまでダウンしたグリーンビットで攻撃を受けた。
大幅にライフを削られる事を覚悟の上で。
そこまでの事をしてマナの大樹を守ろうとしたのだから、きっと何かこの状況を打開する策があるに違いないとアルスは確信していた。

『……うん。僕の手札の中には、バクラ兄さんの毒コンボを打ち破るカードがある。でも………』

肯定の返事をするユーノは不安げに見つめる先、バクラの場に伏せられた一枚のカード。
長い付き合い。
バクラと言う人間は普段は粗暴だけど、あれで中々戦術・戦略にも優れている事をユーノは理解していた。
毒のコンボ攻撃、フィールドの侵食、毒の耐性が強い悪魔族・アンデット族で構成されたデッキ。
モンスターの特性を生かしたコンボに、バクラが何の対策もしてないとは考えられない。
十中八九、あの伏せカードは自分のコンボを守るための物。
下手にコンボを崩しにかかったら、逆に此方側が痛手を負うかもしれない。
ライフポイントが大きく削られた事も相まって、ユーノは自信を喪失し攻める事が怖くなっていた。

『大丈夫だ』

優しく、それでいて強い、まるで父親の背中に背負われた様な安心感が体を包みこむ。
視線を少し動かすと、アルスが此方を見つめながら微笑んでいた。

『言っただろ?俺のモンスターの特性を活かせば、罠を無効化出来るって』

『で、でも!その特性が通じなかったら……』

『ユーノ、俺達の実力は確かに一人だけじゃバクラには遠く及ばない。でも、お前は一人で戦っているんじゃない。俺もな。
互いに苦手な所をカバーし合う!仮にもタッグを組んでいるんだ、少しは俺を頼れ!俺も、お前を頼るから!』

『……アルス兄さん』

スゥー、と体の力が抜けて行く。
そうだ、自分は一人では無い。隣には助けてくれる人が居るんだ。
先程と打って変わって、意思の籠った力強い目でバクラを見据え、コンボを破壊するキーカードを場に出した。

「僕は山のフィールドに、アマグーンを攻撃表示で召喚!」

毒霧が充満する山の雲が集合し、一体のモンスターを形作る。

――アマグーン 攻撃力300 守備力300 空中攻撃可能

「ケッ!散々考えたあげぐ、召喚したのはんな雑魚か?
そうかぁ、確かそいつは雨雲の精霊だったな。毒の影響を受けずに雨を呼び寄せ、フィールドに充満する毒を洗い流そうって魂胆だろうが、無駄だ!
沼地に潜む怨霊、その怨念が籠った毒の沼はただの雨水如きじゃ洗い流せねぇぜ!!」

ニヤリと挑発気味に笑うバクラに対し、ユーノも同じ様に挑発気味に口元を釣り上げた。

「そんな事は解っています!
でも、バクラ兄さん。
このゲームは単純なモンスターの強さでは無く、モンスターの特性とプレイヤーが扱う魔法カードの組み合わせで、戦術が10にも20にも広がる事をまさか忘れてはいないよね?」

何だかんだ言ってユーノも成長したのか、怖い兄に対して強気な姿勢を保っている。

「行くよ!これがバクラ兄さんのコンボを打ち破る奇跡のカード!」

手札から一枚の魔法カードを選び、高らかにその名を叫ぶ。

「魔法カード、神の涙!!」

ディスプレイ上に映る、毒が充満した山に浮かぶアマグーン。
辺りの毒霧を打ち消すが如く、神々しい輝きを放っていた。

「神の涙……だと」

バクラも小さい頃からスクライアで育った身、ユーノが出した魔法カードの元になった神話の話しは瞬時に理解できた。
そして、その神話が自分のデッキと最も相性が悪い事も。

「神の涙は、かつて地上に邪悪な魔物が蔓延っていた頃、神々が地上の人間に与えた奇跡の力!
アマグーンとのコンボにより、呪いを打ち消す聖水の雨をフィールドへと降らす!!」

アマグーンの特性により、山のフィールド一帯に激しい雨が降り始めた。
同時に、バクラの毒霧も徐々にだがその勢いを失っていく。

(チッ!神の涙は俺様のモンスター共とは相反する位置に存在する魔法カード。呪いを打ち消す聖水の雨の前には、下級死霊の怨念如きじゃ何の役にもたたねぇか)

ならば、此方も仕掛けていた罠を発動させてもらうまで。

「罠カード発動!呪いの藁人形!」

聖水の雨が降り注ぐ中、宙へと現れる藁で編まれた『呪』と書かれた札が貼られた不気味な人形。

「こいつは相手の魔法・トラップ・モンスター効果に呪いをかけ無効にし、それを破壊する!神の涙だろうが、こいつの呪いの前では無とかsッ!!?」

最後まで言えなかった。
藁人形の呪いが発動しようとしたその刹那、何処からともなく投擲された一本の槍が藁人形を破壊した。
何が起こったのかとフィールドを見渡す最中、その存在に気付いた。
陸戦騎――アストラ。
アルスが召喚した騎士が、自らの槍で呪いの藁人形を破壊したのだ。

「アストラは古代ベルカの争乱期に実在した騎士。
その圧倒的強さから、陸戦騎の異名で呼ばれ、古代ベルカの聖王の親衛隊長を務めていたと伝えられる!
だが、彼が親衛隊長を務めていたのは何も強さだけで選ばれた訳じゃない。
自らの命に代えてでも主を守る、揺ぎ無き忠誠心!
いかなる時もその槍で相手を打ち払い、我が身を犠牲にして災いから聖王を守ってきた忠義の騎士!それが陸戦騎――アストラ!!」

光の粒子となり消えて行くアストラ。
その顔には無念は宿っておらず、寧ろ主であるアルスの役に立てた事を誇っているかの様に見えた。

「くぅ、自分を犠牲にして相手の罠を無効化する能力。厄介な能力を持ちやがってぇえぇ!」

これで生涯は無くなった。神の涙によって降らされた聖水は、山全体を包み込む毒を浄化する。

「神の涙の効果により、山のフィールドに充満していた毒は浄化!バクラ兄さんのモンスターが残した毒の沼も消え去りました!さらに――」

一滴一滴の雫の力は微々たるもの、だがそれらが無数に集まれば全てを呑み込む大海へと化す!!

「山に溜まった聖水は、そのまま森まで運ばれ全てを呑み込む!」

激流へと化した聖水が押し寄せ、朽ち果てた死の森全体を覆った。

「これにより土や木々を冒していた毒も浄化され、マナの大樹も復活!」

再び青々とした生命を取り戻す森、毒に侵食されていたマナの大樹も元の輝きを取り戻した。
黄金色に輝くマナの大樹。
やがてその光は一つの球体を造り出し、中からグリーンビットが出現した。

「グリーンビットは元々マナの大樹から生み出された戦士!母たる大樹が復活した事により、墓地から復活!」

ユーノのターン終了、次はアルスの番だ。

「俺のターン!聖水により、俺のマリンドラゴンの毒も浄化された!蘇れ、マリンドラゴン!!」

アルスの言葉に答え、激流と一緒に森へと流されていたマリンドラゴンが、再びその翼で大空へと舞い上がる。

「マリンドラゴンは水の精霊の使いと言い伝えられるドラゴン!水によってパワーが上がる事はあっても、下がる事は無い!
バトル!森を死の森へと変えた魔物、沼地に潜む怨霊に攻撃!!」

マリンドラゴン――聖水の効果により、一時的に攻撃力が300ポイントアップ。合計、1300。

「チィ、俺様の沼地に潜む怨霊は悪魔族。聖水を浴びた事により、弱体化していやがる。毒の沼も残せねぇ」

沼地に潜む怨霊――聖水の効果により、一時的に守備力が300ポイントダウン。合計、1100。
バトル。
マリンドラゴンから撃ち出される水の弾丸の前に、何の為す術も無く怨霊は消え去った。




「ぁ、ぁ……あぁーーん!うわぁーーん!!」

「あらあら、どうしちゃったの~?」

「何だ、オムツか?」

もはやツッコム事を諦め、レオンはアンナと一緒に赤ちゃんの面倒を見ていた。




次のターン、そして次のターン。
時計の針が進んで行く事に、バクラVSアルス&ユーノペアの戦いは熾烈を極めて行く。
アルスのターン、モンスターの攻撃。
指定したバクラのモンスターと共に互いの相手を攻撃し、相撃ちになった。

「相撃ち……もぉー!お前のモンスターは何でこんな厄介な能力を持っている奴が多いんだ!」

自分のターンが無駄に終わった事に声を荒げながら文句を言うが、直ぐ残りの手札を確認して次のターンに備えた。

(まさか、この俺様がこいつら二人相手に此処まで手こずるとは……)


バクラのライフポイント――1200

アルスのライフポイント――800 

ユーノのライフポイント――650


相手のライフも減っているが、自分のライフも確実に減ってきている。
二人に有利になる条件のルールを設けたとはいえ、自分が得意とするゲームで徐々に追いつめられている事実に、バクラは内心で舌打ちを打った。
苛立っていても仕方ない。
思考を切り替え、今の状況を再確認する。
先程自分のモンスターがやられた事により、お互いのフィールドにモンスターは0。
残りのライフも考えて、これから先は下手なミスはそのまま敗北に繋がる。
バクラの戦況を見極めながら、今ある手札を確認した。

(……ダメだ。この程度のモンスター共では、完全に役不足だぜ)

相手が二人と言う事は、単純に計算してアルス達は一ターンに二体のモンスターを召喚できる。
前の様に徒党を組まれたら少し厄介だ。
フィールドのモンスターは互いに0。
アルスとユーノが強力なモンスターを出してこない事を考えると、二人の手札の中にも即戦力になるモンスターは居ない。
即ち、先に強力なモンスターを引き当てた方が優勢となる。

「俺様のターン!ドロー!」

カードを引き、確認した瞬間――

「ッ!!」

驚愕の表情に変わる。

「クククッ……ヒャハハハハハハハハハハッハハハハッヒャーハハハハハハハハハッ!!」

浮かぶ感情は歓喜。ただ純粋に喜び、高笑いを上げ続けた。

『アルス兄さん……』

『あぁ。あいつ、何かとてつもないカードを引いた様だ。ユーノ、気をつけろよ』

念話で互いの手札を伝え、何時でもバクラが仕掛けていい様に備える。
絶えず響き渡るバクラの高笑い。
耳の中で反響し、一種の恐怖を与えた。

「ククククッ!アルス、ユーノ、俺様相手に此処まで楽しませてくれたのには感謝するが、どうやら此処までの様だぜ」

「随分な自信だな。何か凄いカードでも引いたのか?」

「あぁ。てめぇらを一瞬で葬る、超恐ろしいカードをな!!」

狂気の瞳で二人を射抜き、バクラは手札から二枚のカードを選んだ。

「場にリバースカードを二枚セットし、さらに!」

口が裂けそうなほど釣り上げ、先程引き当てたカードをフィールドに出現させる。

「儀式魔法!終わりと始まりの星!!」

画面上に突如として現れた、黄金色に輝く巨大な星。
綺麗であるはずなのに、その星を見た瞬間アルスとユーノの体が知らず知らずの内に震え出した。
天変地異。
地響きを起こし、嵐を発生させ、マグマを噴火させる。
まるでフィールドその物が、バクラが出現させた星に脅えている様だ。

「な、何!?」

確実に先程までの雰囲気と違うフィールドの様子に、思わず声に出して驚いてしまうユーノ。
アルスも声にこそ出さないが、注意深くフィールドの様子を見つめ事の成り行きを見守っていた。

「終わりと始まりの星、よーく拝んでおきな!こいつが貴様らを地獄へと招待する案内人だ!」

慌てる二人を心底可笑しそうに笑いながら、儀式を成功させるための対価を支払うバクラ。

「俺の今持っている手札、そしてデッキのカード全てを墓地に置く事により、終わりと始まりの星の効果を発動!!」

何でも無い様に対価を支払うバクラを見て驚いたのは、他でも無いアルスとユーノだ。
デッキのカードを全て墓地に置く。
それは、次のターンでのドローが出来ない事を意味している。
カードを引けなくなった者はゲームを続けられず、その場での敗北が決まる。
だが、バクラがこんな素人でも解る様なルールを知らないとは思えない。
それに、あの儀式魔法。
これだけの対価を支払ってまで発動させたのだ。生み出されるモンスターの能力は、対価に合う強大な力。
ツゥー、と本人の知らない間にアルス達の背中には冷たい汗が流れていた。

「ククク、終わりと始まりの星は、その名の通り一つの歴史の終わりと新たな始まりを意味している。
その昔、ある世界の歴史は一つの強大な力の元に自由に創られていた。
自分の思い通りに歴史を動かし、僅かなズレが生まれたら今までの歴史を破壊し、また一から新たな歴史を創る。
それだけの大事を為したのは何なのか、一人の人間か、悪魔か、または神などと言う絶対の力を持った何かなのか、それ自体は伝承には伝わってねぇ。
終わりと始まりの星はその神話を元にして作られたカード。
全ての歴史――即ち、俺様の手札とデッキを全て葬る事により、新たな歴史を造り出すため今の歴史を破壊する化身をフィールドに降臨させる」

バクラの言葉が途切れると同時に、フィールドの浮かぶ星が変化を見せ始めた。

「さぁ、今こそ全ての歴史を破壊しろ」

グニャグニャと粘土の様に形を変えていた星は、徐々にその形をある物へと変貌を遂げた。
両手両足がある、人型の何か。
体は小さく、とても破壊の化身に見えない。
しかし、その体から発する天地を揺るがす威圧感をアルスとユーノは感じていた。
星から生まれた何かが、ゆっくりと面を上げる。
瞬間――

「「ッ!!」」

四方八方、フィールド全体を光が包み文字通り全てを『破壊』した。
沼地に潜む怨霊の様な毒による侵食では無い、破壊なのだ。
森も山も草原も街も海も、全てが破壊され無へと帰った。
歴史の終わりと始まり。
正にその名が示す通り、今一つの歴史が終わったのだ。

「始まりと終わりの使者――ジョーカーを儀式召喚!!!」

バクラの声が響き渡る中、アルスとユーノは未だ目の前が信じられず、無のフィールドに浮かぶ銀色に輝く人型をした何かを唖然と見つめていた。




言葉を失ってどれぐらいの時間が経ったのか。
十秒か、一分か、十分か、はたまた一時間か、何にせよ全てが無駄。
画面の向こうから見つめる銀色の発行体。
どれだけの時間をかけようよも、それを倒す術がアルスとユーノには思い浮かばなかった。

「ジョーカーの効果により、全てのフィールドは消え去った。モンスターの特性も、フィールドパワーをこれで意味が無くなったぜ」

アルスとユーノが言葉を失う中、バクラの勝ち誇った声が彼らの鼓膜を叩いた。

「ジューカーの元々の攻撃・守備は共に0。その数値は、俺の墓地にあるカード一枚に付き500ポイント上がる」

バクラの墓地には、フィールドにセットされている二枚のカードを除いて、全てのカードが眠っている。
デッキを構成するカードの枚数は40枚。
伏せカードの二枚とフィールドの召喚されたジョーカー除き、墓地の枚数は37枚。
よって、ジョーカーの攻撃力・守備力は18500。

「攻撃力……18500…………」

唖然としながら、既に抗う意思が無い瞳でジョーカーを見つめるユーノ。
このゲームは、攻撃力が2000を超えれば十分エース級として活躍できる。
18500。
その数値がどれだけバカげた数値か、わざわざ言葉に出さずとも理解できるであろう。
何も無い、文字通りの無のフィールドの中を優雅に泳ぐジョーカー。
カードゲームだけに関わらず、全ての物事に置いては意気込み、もっと解り易く言えば精神の気力は大事だ。
これが尽きた時、プレイヤーの心は折られ、例えライフポイントが残っていても自身の敗北を意味する。
ジョーカーの美しくも、畏怖を与えるその姿は、ユーノの心を折るのには十分すぎた。

(ッ!不味い!!)

ユーノ同じ様に心を折られそうになっていたアルスだが、何とか自我を取り戻す事に成功した。
落ち着け、不死身のモンスターなんて居るはず無い。ジョーカーにも、きっと何か弱点があるはず。
自分に言い聞かせ、アルスはジョーカーを見据えながら攻略ポイントを探し始めた。

「バクラ。攻撃力18500のモンスターを召喚してのは良いけど、もうお前のデッキは無い。次のターン、カードを引けなくなったら自動的にお前の負けは決定するぞ」

最初に気付いたのは、当然の如くバクラのデッキ切れ。
これをどう打開するのか問い詰めたが――

「忠告ありがとうよぉ。だがな、カードを引けなくなっても俺様は負けにはならねぇんだよ。
ジョーカーがフィールド上に存在する限り、召喚したプレイヤーの勝敗はこいつに委ねられる。
つまり、例えカードが引けなくても、てめぇらが俺様のライフを0にしようとも、こいつを倒さねぇ限り勝敗は決まらねぇって事だ。
もっとも、それは逆に言えばジョーカーが倒された時、俺の負けは自動的に決定するが……果たして貴様らの雑魚モンスターに、こいつを倒す事が出来るかな?」

やはりというか、そう上手くはいかない様だ。
アルスもデッキ切れによる敗北は特に期待しておらず、直ぐ思考を切り替えた。
何か弱点は無いかと模索するアルスに、バクラはさらに追撃を仕掛ける。

「そうそう、言い忘れていたがジューカーは魔法・罠・モンスターの効果を受け付けねぇ。そして、光属性以外のモンスターの攻撃も受け付けねぇから、そのつもりでかかってくるんだな。クククッ」

「なッ!?そんなのありかよ!!」

流石にこれには理不尽さを感じ、アルスも絶叫を上げた。
魔法も罠もモンスター効果をも受け付けない。
ライフを0にしても、ジョーカーを倒さない限り勝敗は決まらない。
そして止めに、肝心のモンスターによる攻撃も指定されている。
果たしてこのカードに弱点はあるのか。

(ジョーカーの特殊能力はそれだけじゃねぇ、さらにもう一つ。てめぇらを一瞬で葬る、恐ろしい能力を兼ね備えているんだよ)

必死に戦略を組み立てるアルス達を、バクラはご苦労様と見下しながら不敵な笑みを浮かべていた。




『………ノ………ユー………ユーノ!!』

『はッ!』

心を折られていたユーノは、アルスが念話で語りかけて来るのに暫くの間気付かなかった。

『な、何?アルス兄さん?』

『何じゃない。お前、ボーとして心此処に在らずといった感じだったぞ。もっと気力を持て、俺達はあのとんでもないモンスターを倒さなくちゃいけないんだから』

『倒すって……あのジョーカーを!?』

言葉の節々が震えている。どうやら思った以上に、ジョーカーの出現に混乱していた様だ。

『む、無理だよ!だって相手の攻撃力は18500だよ!しかも、魔法も罠も、おまけにモンスターの効果も通じないし、光属性以外のモンスターの攻撃も通じないんだよ!!
フィールドだって破壊されて、モンスターの特性はほとんどいかせなくなった!この状況でどうやって勝つの!?』

ユーノ・スクライアと言う人間は、何も臆病者では無い。
まだ幼く、少々頼りない一面を持ち合わせて入るが、それでも何事にも対して一所懸命取り組みやり遂げる気概は持っている。
だが、今回だけは話しは別だ。
相手、即ち自分の敵はあのバクラ・スクライア。
憧れの存在でもあり、自分より優れていると認めた人物でもある。
そんな相手が、とてつもないモンスターを召喚した。
無理だ、勝てるはずが無い!
スッカリと意気消沈し、弱気になってしまっている。

『大丈夫だ』

ユーノの挫けた心を取り戻そうと、アルスはゆっくりと優しく語りかけた。

『良いか、ユーノ。確かにバクラのモンスターはとんでもない能力を持ち合わせている。でもな、最強と不死身は違う。
ジョーカーだってそうだ。あいつを倒せば、このゲームは俺達の勝ちだ』

『だから、その勝つ方法が!?』

『ある。きっとある』

これだけの圧倒的力の差があるというのに、アルスはまだ諦めていなかった。力強く、倒す方法があると断言した。

『ユーノ、このゲームの勝敗は単純なモンスターの強さでは決まらない。お前はそう言ったな?』

『言ったけど、物には限度って物があるよ!!』

『ならその限度を超えるぞ!手札の数だけ、カードは無限の可能性を俺達に示してくれる!信じるんだ!俺達がカードを信じないで、この勝負に勝てるか!』

『カードを……信じる』

僅かだが、ユーノの瞳に光が戻る。
何の根拠も無いアルスの言葉だが、確かにこの世界に不死身なんて物はあるはずが無い。
カードはその枚数の数だけ、無限の可能性を秘めている。
その中に、ジョーカー攻略のカギは必ずあるはずだ。
アルスの力強い言葉に背中を押され、ユーノの心は完璧に折れる寸前で何とか踏み止まる事が出来た。

「ぼ、僕のターン……ドロー」

しかし、それでもまだジョーカーに対しての恐怖心は拭えない。
カードを引いた手は、ブルブルと震えていた。
自分の手札に、ジョーカーに勝るモンスターは居ない。補助の魔法も、効果も、全てがジョーカーの前では無力と化す。

「モンスターを裏守備表示。ターン終了」

手出しは出来ずにこのターンは終わるが、それでいい。
下手に手を出したら、痛い目を見るのは此方だ。
相手の攻撃力がどれだけ高くても、このゲームはルール上相手への直接攻撃は禁じられている。
こうやって守備表示で出せば、此方のライフは削られる事はない。
バクラの手札は0。
今以上のコンボを仕掛けられないはず。その間に、何としてもジョーカーの攻略ポイントを探し出す。
アルスは鋭い目つきでジョーカーを睨みつけ、デッキからドローしようとした瞬間――

「おっと待った。アルス、てめぇのターンに行く前にフィールドに伏せていたカードを発動させて貰うぜ」

バクラはフィールドのリバースカードをオープンした。

「永続罠カード強制徴兵!こいつが場に存在する限り、互いのプレイヤーは必ず自分のフィールドに一体以上のモンスターを召喚しなくてはならない!
さらにもう一枚、永続魔法恵みの湧水を発動!プレイヤーがカードをドローした時、手札にモンスターカードが無ければモンスターカードが出るまで続けてドローが出来る!」

(永続罠と永続魔法のダブルコンボ?だけど、一体何のために……)

今さらこんなコンボを仕掛けてくるバクラを怪訝な表情で見つめるが、答えはおのずと解るだろう。
アルスは改めて自分のデッキからカードをドローした。
モンスターカード。
よってバクラの永続魔法恵みの湧水の効果は発揮せず、永続罠強制徴兵の効果によりモンスターを召喚しなくてはならない。

「俺もモンスターを裏側守備表示でフィールドに召喚する。さらに、リバースカードを一枚セットし、ターンエンドだ」

強制徴兵はあくまでもモンスターを召喚させるだけで、攻撃・守備の指定はされていない。
アルスとしては助かったが、このコンボに何の意味があるのか。
未だにバクラの真意が見えてこなかった。
バクラのターン。
ジョーカーの効果により、デッキからカードをドロー出来なくても負けることはなく、続けてプレー出来る。
いよいよ奴の攻撃。
アルスもユーノも、互いに警戒しながらジョーカーの姿を見つめた。

「俺様のターン。……クククッ、アルス。生憎だが、貴様はこのターンで敗北が決まった」

「何?……どう言う事だ!?俺のモンスターは守備表示だから、ライフは削られないはずだぞ!」

「確かに守備表示のモンスターを破壊しても、プレイヤーのライフは削られない。普通はな」

普通と言う言葉を強調するバクラ、その瞳には絶対の自信と共に弱者をいたぶる強者の余裕が見えた。

「だがなぁ、このジョーカーにはとてつもない恐ろしい能力が隠されているんだよ」

バクラの言葉に答える様に、画面上のジョーカーの体が光り始めた。

「こいつが敵モンスターとバトルし、破壊した場合、そのプレイヤーはライフポイントの有無に関わらずその場での敗北が決定する」

「ッ!!そ、それじゃあ!!!」

「そう、守備なんかこいつの前では意味がねぇんだ!!モンスターを破壊した時点で、アルス!てめぇは抹殺される!!クククッ……」

ジューカーの体を包みこんでいた光は、やがて突き出した両手の先に一つの球体として集中する。
暖かさを感じさせない、純粋に相手を破壊すだけの力。
その先に待っているのは、アルスが守備表示で伏せたモンスター。

「ジョーカーの攻撃!蓬莱砲!」

放たれる、一つの歴史を終わらせた砲撃。
アルスのモンスターの守備力で耐えられるはずも無く、まるで道端の石ころを蹴り飛ばす様に呆気なく撃破された。
この瞬間、ジョーカーの特殊効果によりアルスの敗北が決定した。


アルス・スクライア――敗北。


ライフポイントは減っていないが、その体から生命力その物を奪われたアルス。
既に気力も体力も尽きた状態で、場に伏せていたカードを発動させた。

「………と、罠…カード発動……………友へのレクイエム。モンスターが破壊された時……自分の手札の中から、他プレイヤーへにカードを……一枚……渡す事が出来る」

この場合、タッグを組んでいたユーノも対象となる。
震える手で、自分の手札の中からカードを選び、ユーノの方へと持っていく。

「兄さん!アルス兄さん!!」

慟哭。
居ても立ってもいられず、ユーノはアルスへと駆け寄った。

「大丈夫!?シッカリしてよ!!」

アルスの状態は酷い有り様だった。
目からは光が消え、呂律も回らず、全体的に衰弱していき今にも命の灯が消えそうだった。
それでも尚、ユーノのカードを託そうとその手には一枚のカードは握り締められていた。

「―――!――――」

「え、何?」

口を動かし、何かを伝えようとしている様だが聞こえない。
良く聞き取ろうと、ユーノは耳を近付けた。

「ユーノ………信じろ、カードの数だけ……無限の可能性が存在する。不死身のモンスター……何て居るはずが無い。きっと……お前の手札の中に………」

最後の力を振り絞ったのか、アルスの口からそれ以上言葉が語られる事はなかった。

「……アルス兄さん」

哀しみと同時に、ユーノの心に沸き上がる感情。マグマよりも煮え滾り、今にも爆発しそうな烈火の波。
怒り。
バクラに対してではなく、自分自身に対する純粋なまでの怒り。
自分は何をしていた。
相手があのバクラと言うだけで、高々強力なモンスターを召喚したと言うだけで、負けを認めていたではないか。
だが、この人を見ろ。
アルスは最後まで諦めず、最後の最後まで抗い、自分を励まし続けた。
ユーノ・スクライア、この場で逃げていいのか?いや、良いはずが無い!!
男だったら抗ってみせろ!最後の最後まで、不様でもいいから必死にしがみ付いてみせろ!可能性の限り、立ち向かってみせろ!!

「おい、さっさと席に戻れ。それとも、サレンダーでもするか?」

「いえ、続けます」

バクラの挑発気味の言葉に、ユーノは気丈にも答えて見せた。
もはや、そこに勝利を諦めて敗北者は居ない。
自分の勝利を信じ、未来を攫み取るために立ち向かう一人の“男”の姿があった。

「ふん、そうかい」

バクラもユーノの変化を感じ取り、改めてゲームを再開する。

「僕のターン、ドロー。………僕は、このカードを伏せてターンを終了します」

「ケッ!なんだぁ?生きがった揚句、結局何も出来ずに負けを認めたって事か」

ユーノの場には、一体の守備モンスターとリバースカード。
ジョーカーに、罠も魔法もモンスターの効果も通じない。
自らの勝利を確信したバクラは、最後の攻撃命令を下した。

「こいつで最後だ!俺様のターン、ジョーカーの攻撃!標的は縮こまっている守備表示のモンスター!!」

再び放たれる、アルスの命を奪い去った破壊の光。

「ヒャハハハハハハハッ!!こいつで、てめぇの敗北は決定したぜ!!ユーノぉおおぉぉ!!」

ジョーカーの攻撃は全てを呑み込み、ユーノのモンスターを破壊した。
これにより、バクラは自分が勝ったと信じていたが――

「ッ!!」

どう言う事か、ユーノの敗北判定が行われなかった。

(どうなってやがる?)

目を細め、怪訝な表情で見つめるバクラ。
その正体に気付くのに、それほど時間を有しなかった。
ユーノのフィールドに佇む、抜け殻。
先程までモンスターが居た場所に、全く同じ姿をした人形がジョーカーの攻撃を受けていた。

「リバースカードオープン!身代わり人形!このカードは自分のフィールドに存在するモンスター一体を破壊する事により、そのターンの戦闘を強制終了させる!!」

そのカードはアルスに託された、想いのカード。
例え命尽きうようとも、自分の兄は守ってくれた。

(チッ!ジョーカーの能力は、あくまでもバトルでモンスターを葬る事が絶対の条件。魔法カードの効果により対象のモンスターが破壊されては、此方の効果は発動しない)

無駄な足掻きを、と言葉を吐き捨てバクラはターンの終了を宣言した。
続いてユーノのターン。
だが、ドローをしようとはしなかった。
何とか先程の攻撃はアルスが残してくれたカードのおかげで防げたが、今度はそうはいかない。
自分の手札の中に、もうジョーカーの攻撃を防ぐ術は無いのだ。
バクラのフィールドに存在する強制徴兵と恵みの湧水。
このドローで、仮に手札を総入れ替えするカードを引き当て、全ての手札を魔法・罠にしたとしても、恵みの湧水の効果によりモンスターカードを引くまでドローさせられる。
そして強制徴兵で、フィールドにモンスターを召喚させられる。

(やっぱり駄目なのか……)

どんなに願っても、どんなに抗っても、この世にはどうしようもない決定的な壁と言う物は存在する。
バクラの完璧なコンボ。
決して超えられない壁の前に、ユーノの闘志は燃え尽きようとしていた。


――諦めるな、カードの数だけ無限の可能性が秘められている


それは幻聴だったのか。
意気消沈した自分を励ます様に、力強い兄の言葉が聞こえた様な気がした。

(カードの数だけ、無限の可能性……)

僅かに残っていた闘志を燃え上がらせ、ユーノは自分の手札を見つめた。
モンスターカードが四枚。
勿論、特性や効果、基本の攻撃力もジョーカーには遠く及ばない。
残り一ターン。
果たしてこの手札で、本当にジョーカーを倒す事が出来るのか。
ユーノ体の奥から湧き上がる絶望を押し込み、攻略のカギを模索し始めた。

(バクラ兄さんの強制徴兵と恵みの湧水の効果により、僕はモンスターを必ず召喚しなくてはならない。
フィールドも破壊され、モンスター達の特性を完全に活かす事も、打開するための魔法・罠も通じない。
ジョーカーは墓地にあるカードの枚数だけ攻撃力を上げ、18500までに膨れ上がった。
一体どうやって倒せば……………うん?)

ある事に気付き、ユーノの瞳に光が宿った。

(まてよ……そうか!ある、僕のデッキには一枚だけ……ジョーカーを倒せるカードがある!!!)

希望の光を宿した瞳で、ユーノは手札を確認した。

(……よし、召喚条件は揃っている。でも、まだ肝心の“あのカード”が無い。この最後のドローで、そのカードを引き当てる確率は極めて0。それこそ、奇跡にも等しい確率だ!!)

やっぱり無理なのか、自分は負けるのか。
兄が散々守ってくれたのに、やはり自分ではバクラには敵わないのか!!

(いや、敵わないんじゃない!勝つんだ!!)

奇跡に等しい確立なら、その奇跡を起こすまで。
もはや、ユーノの表情に脅えも恐れも浮かんではいなかった。
カードと兄から託された想いを信じ、最後のカードを引いた。

「とうとう観念したか。さぁ、さっさとジョーカーの生贄となるカードを出しな!」

「残念だけど、バクラ兄さん。生贄になるカードは出せないよ」

「あぁ?」

どう言う事かと、怪訝な表情で見つめんる中、ユーノ高らかとそのカードの名を叫んだ。

「僕が引いたカード。これは唯一バクラ兄さんのジョーカーに対抗できるカード!!」

発動させるのは希望の光。

「儀式魔法!精霊王復活の儀式を発動!!」

山も川も森も、自然の全てが破壊された無のフィールドに立ち昇る一筋の光。
四方に祭壇を供えた、巨大な石碑が出現した。

「儀式魔法?」

「はい、精霊王復活の儀式は手札の水・炎・地・風、それぞれの属性を持つ四体のモンスターを生贄に捧げ、フィールドに精霊王を呼び出す事が出来る!行きます!!」

残りの手札、四枚をフィールドに召喚するユーノ。

「水の精霊――ウンディーネ!
火の精霊――イフリート!
土の精霊――ノーム!
風の精霊――シルフ!!
四体の精霊を生贄に捧げ、精霊王――オリジン降臨せよ!!」

石碑に周りに設置された燭台に、四体の精霊が召喚された。
それぞれの精霊から属性に合わせた柱が立ち昇り、やがてそれは中央の石碑に集まり一つの巨大な光の柱となる。
光はさらに強く、ジョーカーの時と同様にフィールドを包み込む。
思わず腕で目を隠し、光を遮ろうとするバクラ。
だが、画面から漏れる光はその程度では遮れず、全てを呑み込んだ。
やがて、徐々にだが光が晴れて行く。
ゆっくりと、一体何が起こったのか確かめようとバクラは腕を退けてフィールドを見渡した。
そこに居たのは、正に一人の王。
威風堂々とし、ジョーカーにも勝るとも劣らない風格を放っている。
バクラも画面のジョーカーも目の前の精霊王がただ者では無い事を感じ取り、各々警戒した。

「ケッ!笑わせるなぁ!!その程度の攻撃力で、俺様のジョーカーを倒せっかよぉおぉ!!」

オリジンの攻撃力はジョーカーに比べて、圧倒的に低い。
勿論、儀式召喚したぐらいのモンスターなのだから、何か特別な能力はあるのだろう。
しかし、それでもバクラの自信は揺らがなかった。
始まりと終わりの使者――ジョーカー。
精霊の王だな何だか知らないが、こいつの前では全てが無力と化すのだ。

「残念だけど、そうはいきません!!」

「ッ!!」

まるで此方の心の中を見抜いたユーノの言葉に、バクラは目を大きく見開き相手の姿を射抜いた。

「ジョーカーの攻撃力、18500は恐らくこのゲームでも最強と言っても良い。だけど、それはあくまでもバクラ兄さんの墓地にカードがある場合の数値です!
オリジンの特殊能力発動!!
お互いのプレイヤーの墓地にあるカード、全てをゲームから取り除き、オリジンは除外したカード一枚に付き攻撃力・守備力を200ポイント上げる!!!」

オリジンにより生み出された、あの世へと繋がる巨大な門。
何処か神々しさを感じさせる門が開き、墓地にある全てのカードは中に吸い込まれ昇天される。
そう、全てのカード。
モンスター、魔法、罠、関係なくバクラとユーノの墓地にあるカードが除外された。
ジューカーの攻撃力、0にダウン。

「俺様のジョーカーが……攻撃力…………0だと」

「ジョーカーの特殊能力は確かに全て凄まじい物です!ですが、元々の攻撃力・守備力は共に0!!
この世界に不死身のモンスターなど居ない!墓地に存在するカード!!それこそがジョーカーの最大の能力であり、同時に最大の弱点だ!!
行きます、オリジンの攻撃!!!」

オリジンの属性は、唯一ジョーカーに攻撃を通る光属性。
再び強烈な光に包まれるフィールド。
しかし、その光はジョーカーの様な破壊の光では無く、未来へと希望を繋げる光。

「ぐおおおぉぉおぉぉぉぉぉおぉぉおおぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」

希望の光はジョーカーを呑み込み、バクラを呑み込み、全ての闇を葬った。




ジョーカー撃破、よってライフの有無に関わらず、バクラ・スクライア――敗北




















『……………』(何か我慢できず、体を震わせているアルス)

『はい、兄さん』(何処からともなくツッコミハリセンとバクラに似た人形を用意するユーノ)

『ありがとう………す~は~~~、すうぅぅ~~~~はあぁぁあ~~~~~』

『何時もより深呼吸の時間が長いな、肺に空気を溜まっているって事は……うん、被害を被らない様に退散、退散』

『ぬがああぁあぁあーーーーー!!何だよ、今回の後半部分の話し!!
色々と言いたい事はあるけど、先ず初めに攻撃力18500!!これって初期設定だったはずだよね!?
居ないから!!
初期で最強の青眼の白龍でも、攻撃力3000だよ!!
ユーノが召喚した精霊王も合わせて、初期にあんな能力を持っているモンスターが居てたまるかああぁあぁーーーー!!!
一番酷いのは俺の扱いだよ!!
死んでたよね!?完全に途中から死亡した扱いだったよね!!生きてるから!!まだまだ元気に生きているからね、俺は!!!
と言うか、何で名前を決めるだけのゲームで人間が死ぬの!!?誰か納得できる説明を寄越せええぇえぇーーーー!!!』

『まぁ、重要なゲームで人が死んだりするのは、遊戯王の鉄板みたいなものなんだけどね。主人公の初期の罰ゲーム何か、いくら相手に非があっても普通だったら警察が飛んでくるよ』

『ぬがあぁああーーー!!がぁあああぁあーーー!!キシャアアアッァアーーーー!!』

『えぇー、只今アルス兄さんが世の中に理不尽さに耐えきれず、悪魔化&暴走モードに突入してバクラ兄さんの人形を引っ叩くのに夢中になっているので、僕から一言。
今回の後半部分の話しは完全にネタです、本編とは一切関係ありません。
あ、でも赤ちゃんの名前は僕が提案した“ユウキ”に決まりました。
これからも弟共々、一つ宜しくお願いします。……兄さーん、挨拶終わったから帰るよ!アルス兄さーん!!』

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!』

『もはや理性も残っていない!!?わぁーー!こっちに来ないでーーー!!!』















しつこい様ですが、後半のやり取りは完全にネタですのでお気になさらず。
前半部分の話よりも、明らかに後半の方が長いですけど……その辺はご了承のほどを。
ちなみに、カードの名前の由縁。

陸戦騎――アストラ……ダイの大冒険の竜騎衆の一人、陸戦騎ラーハルトをモデルに名前の部分はドイツの自動車メーカーのアストラから。

神の涙……同じくダイの大冒険から。

ジョーカー……(藤崎版)封神演義の女媧(じょか)から。発音もトランプのジョーカー(ゲームによって勝敗を分けるカード)と同じだったのでこの名前にしました。

水の精霊――ウンディーネ、火の精霊――イフリート、土の精霊――ノーム、風の精霊――シルフ、精霊王――オリジン
……全てテイルズオブシリーズに出てくる精霊の名前です、遊戯王とは一切の関係はありません。

他のカードは適当に考えました。

それでは、また次回。



[26763] 幸?不幸?烈火の剣精の運命!
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2012/01/27 10:13
夜。それは一日の終わりを示す時間。
夜。それは太陽とは相対する月が支配する時間。
夜。それは人々が安息の眠りに付く時間
そして――

「クククッ、漸く見つけたぜ」

夜。それは盗賊が活動する時間でもある。




月夜に照らされる薄暗い森の中。
外界との接触を遮り、ポツンと存在する古びた建物。
中の装飾を見る限り、教会か何かだったようだが今は見ての通りの掘っ立て小屋でしかない。
月明かりに照らされる中、一匹の盗賊が狩りを始めた。

「なるほど、地下への隠し階段か。こんな辺境の地に建てたにしちゃ、随分と面白い仕掛けがあるな」

相変わらずお宝の情報を求めてあっちこっちに飛んでいたバクラの耳に、とある情報が飛び込んできた。
ある世界の辺境の地に隠されたと伝えられる隠し財産。
指定された場所は、正に辺境の地と呼ぶのに相応しく、深い森に囲まれて人が普段から住みそうに無い地域だった。
鬱蒼と茂った森を掻きわけ、現れたこのボロボロの建物。
贔屓目に見たとしても、お宝が隠していそうにはない。
大抵の人間が、その場でガセネタだと判断するだろう。
だが、バクラは違った。
盗賊王、そしてスクライアの一族で磨いた感が告げている。
何かある。この隠し階段の先に、何か。
まだ見ぬお宝に歓喜しながら、バクラはゆっくりと地下へと潜っていった。

「こいつは……クククッ。どうやら、思った以上に期待できそうだ」

ある程度地下へと潜っていくと、広い部屋へと出た。
四方の壁に描かれた壁画、部屋の入口と出口の頭上に掘られた何かの動物を模った彫刻。
そして、壁に刻まれた訳の解らない文字の羅列。
この文字には見覚えがある。
古代ベルカ語。
以前、スクライアのキャンプ地で見せて貰った古代ベルカの遺産に刻まれた文字と、ソックリな文字の羅列が壁に刻まれていた。
勿論、バクラには何と書いてあるのかは解らない。
しかし、仮にもこんな辺境の地の地下遺跡に古代ベルカの文字が刻まれていたのは事実だ。
聖王教会。
今現在、古代ベルカの遺産の保護をしている管理世界でも大規模な組織。
もし此処に隠されているお宝とやらが、古代ベルカの遺産なら得られる対価は相応な物になるはず。
歓喜の感情を隠せず、バクラの口元は二ヤけていた。
森に囲まれた辺境の地に建てられた、古代ベルカに関係する教会。
もしかしたら昔は、この周辺にも人々が村や町を造っていたのかもしれない。
地上に建てられた教会は、彼らの祈りの場だったのかも知れないが――

(まぁ、俺様には関係ねぇがな)

そう、関係ない。
聖王教会だろうと、時空管理局だろうと、自分にとっては下らない物でしかない。
自分は盗賊王。
盗みはしても、信仰心など皆無。目的は、この遺跡に隠されたお宝だけなのだから。
バクラはゆっくりと部屋の出口に向かい、地下遺跡内に向けて何体もの死霊を放った。

「さぁ行け!死霊共!!」

死霊達が遺跡の見取り図を調べ上げれば、後は自分の技術だけでどうとでもなる。
宝を手に入れたら聖王教会に売り渡すか、それとも別の所に売り飛ばすか。
歓喜の表情でそんな事を考えていると、バクラは奇妙な事に気付いた。

「うん?……何をしてやがる、死霊共!!」

普段だったら死霊が見た光景は、そのままバクラへと送られてくる。
だが、今回は放った死霊達からは一向に地下遺跡の映像が送られて来なかった。
苛立ちながらも、再び試みるバクラだが、やはり無駄。
死霊達を操っている感覚こそはあるが、肝心の映像が送られて来ない。
何度も何度も試み、バクラは一つの結論に辿り着いた。

「チッ、魔導師用に対策を施した遺跡か……」

遺跡は過去の遺物である限り、今の様に科学技術も魔法技術も進んだ時代から見れば圧倒的に技術レベルが低い。
しかし、全ての遺跡がそうだとは限らない。
ロストロギア等と呼ばれる高度な文明レベルの遺産がある様に、高い文明の遺跡の中には対魔導師の仕掛けを施した遺跡も存在する。
中には、その遺跡自体がロストロギアだった、何てとんでもない代物があるぐらいだ。
察するに、この遺跡も対魔導師用の仕掛けが施された特別な遺跡の様だ。
このまま死霊達を泳がしていても、無駄に魔力と体力を使う。
バクラは急いで死霊達を戻し、対魔導師用の仕掛けが施された事を計算に入れて、状況確認を行った。
魔力はOK。
肉体の強化も召喚魔法も使える。
どうやら探索・捜索系魔法が封じられ、魔力その物に負荷をかける仕掛けでは無い様だ。
死霊達から遠距離映像が送られて来なかった事も考えると、念話などの通信も妨害されているかもしれない。
だが、それだけだ。
体に支障も無く、魔力にも影響はない。
これなら今の装備でも十分。
自分の技術に絶対の自信を持っていたバクラは、引き返す事無く奥へと進んで行く。
太陽の届かない地下なのに、内部はライトで照らす必要が無いほど明るい。
これもこの遺跡の仕掛けなのだろう。
罠の危険性も考えて注意して進んでいたが、内部は一本道になっているだけで、罠など一つも無かった。
しかし、油断はしない。
一本道は迷わない利点はあるが、それは裏を返せば逃げ道が限定されてしまっていると言う事。
先が見えない、地下遺跡の道。
それはまるで、自分を呑み込んで永遠の闇へと誘い込もうとしている魔物の様だ。

(もっとも、例え魔物や悪魔が出ようとも全てを屈服させ、お宝は頂くがな)

魔物だろうと、悪魔だろうと、かかってくるなら来てみろ。
全てを闇へと葬ってやる。
鋭い二つの眼で辺りを警戒しながら、バクラは真っ直ぐ進んで行った。

「……漸く、次の部屋か。たくッ、無駄に長い廊下を造りやがって」

もういい加減に一本道も飽きたと思い始めた頃、漸く終わりが見えた。
さて、自分を地獄へと導く鬼が出るか、それとも天国へと導く仏が出るか。
一歩一歩進んで行き、バクラはその部屋の中に足を踏み入れた。

(なんだ?この部屋は?)

怪訝そうな表情で、部屋の中を見渡すバクラ。
広さは先程の部屋よりも広く、壁に壁画やベルカの文字は刻まれていない。
その代わり、部屋の左右に建てられた“ある物”が自分を出迎えていた。

「石像……前のクルカの時の様なゴーレムじゃあねぇな。飾りか?」

左右に6体、合計12体の石像。
碌な魔力反応も感じない事から、侵入者を撃退する罠では無い様だ。
念のために調べるバクラ。
保存状態も良く、月日が幾年経とうともその輝きは失っていない。
しかし、それだけだ。
芸術品の価値はそれなりにあるだろうが、生憎と自分が求めてるお宝では無かった。
罠も隠されてはいないようだし、さっさと次の部屋へと向かうとするか。
バクラは盗賊の羽衣を翻し、部屋の出口から続く一本道を進んで行く。
コツーン、コツーン。
誰も居ない、誰も喋らない。静寂が世界を支配する中、唯一の音はバクラの足音だけ。
寂しいと言う言葉がこれだけ似合う世界も、中々存在しないだろう。
自分の足音を鼓膜で捉えながら進んで行くと、再び一本道の先に部屋が見えてきた。
さて、今度こそ自分の目的の物はあるか。
ギラギラと、獣の様に目を細めながらバクラは部屋へと足を踏み入れた。

「ッ!!」

瞬間、彼の顔が驚愕のお面に覆われた。

「……どうやっていやがる、こいつは」

唖然とするバクラの目の前に広がる光景。
一つの部屋の左右に6体の石像、合計12体の石像が自分を射抜いている。
間違いなく、先程見た石像の部屋。
似ているのでは無く、先程と同じ部屋に戻ってきてしまったのだ。
可笑しい。
あの部屋を出てから、常に道は一本道だった。
迷いたくても、迷えるはずが無い。
だとしたら、この部屋はどう説明がつく。
暫くの間、部屋を見渡していたバクラだったが、こうして居ても仕方ない。
来た道を戻るため、踵を返して歩き始めた。
コツーン、コツーン、と自分の足音が響き渡る中、注意深く辺りを見渡す。
来た時もそうだが、戻る時も特に変わった仕掛けは無い。横道も、隠し通路も無かった。
だが――

「チッ!……またか」

行き着いた先は、先程と全く同じ部屋だった。
いよいよ持って可笑しい、可笑しすぎる。
自分は仕掛けが無いか、注意深く一本道を歩いてきた。
隠し扉があれば、決して見逃さないはず。
そもそも、何故一本道であるはずなのに、元の部屋に戻ってくる。
答えを探そうと、バクラは今度は来た道では無く向こう側にある一本道へと足を踏み入れた。
少しばかり速足で進み、着いたのはやはり同じ石像の部屋。
これで自分は、前にも後ろにも進めなくなった。
文字通り、袋の鼠。
片方の出口に踏み込めばもう片方の入り口に戻り、入り口から出れば同じ部屋の出口に辿り着く。
出口も入り口も無い、無間地獄に閉じ込められた事になる。
常人なら取り乱してしまいそうなこの状況。
だが、バクラは焦らない。
寧ろ、この仕掛けをどう解いてやろうか、と自慢の洞察眼を活かして部屋の中を見渡していた。

「…………うん?」

そうやって部屋の中を調べていると、ある違和感に気付いた。
石像と石像の間、一見すると何の変哲もない部屋の隅。
極僅かだが、何かが擦れたような跡がある。

「……………」

部屋の隅を無言のまま睨みつけ、徐にバクラは盗賊の羽衣の中に手を入れる。
チョーク。
取り出した白色のチュークを片手に、石像の部屋の床に真っ直ぐ横切った線を描いた。

――貴重な文化遺産に何をやっているんだあああぁあーーー!!!

アルスを始めとしたスクライアのメンバーが居たら必ず叫びそうだが、生憎とこの場に横暴を止められる者は存在しない。
部屋の入口から出口まで、部屋を二つに分ける線を描いたバクラは、チョークを仕舞い再び出口の一本道を歩いていく。
もう何度も見た、長いだけの地下遺跡の一本道。
呆れる視線を向けながら、辿り着いたのはやはりというか同じ石像の部屋。
だが、先程までとは明らかに違う所がある。
部屋を割っていたチョークの線。
一本線だったはずの白線が、一部は部屋の隅、一部は直線上からずれる等、全てがバラバラになっていた。

「……なるほど、そう言う事か。遺跡その物が動くとは、中々厳重な警戒じゃねぇか」

仮に片方の入口をA、もう片方の入口をBとしよう。
Aから入れば、Bに辿り着き。逆にBから入れば、今度はAに辿り着く。
来た道を戻っても、必ず逆の入口に辿り着き、この部屋へを導かれる。
それは何故なのか、バクラはチョークで描いた線を見て確信した。
遺跡その物が動いている。
片方の入口兼出口から出た時、バクラにも解らないほどゆっくりと遺跡その物は回転し、もう片方の入口兼出口へと道を繋げた。
一本道だったのもこれで頷ける。
謂わば、この遺跡は巨大なコマの様に回転し、侵入者を感知したら出口と入口その物を無くして閉じ込める巨大な監獄。
探索・捜索系、通信系の魔法のみが封じられていたのは、その仕掛けを勘付かせないためと言った所か。
愚かな盗賊には天罰が下る。
恐らく、この遺跡の創設者はそう言いたいのだろうが、此方もはいそうですかと大人しく引くはずが無い。

「クククッ、面白い。この俺様にゲームを挑もうってぇのか。いいぜ、知恵比べと行こうぜ。てめぇら過去の遺物が勝つか、この盗賊王バクラ様が勝つか……」

ゲームスタート。




無限地獄へと閉じ込められたバクラは、先ず部屋の石像に注目した。

(どちらの出口から出ても、必ずこの部屋に戻ってくる。変わらずこの部屋にあるのはこの石像だけだな。つー事は、こいつらにこのトラップを解除するヒントが隠されていると言う事か)

それならば話は早い。
バクラは慎重に、一体一体の石像を調べていく。
左に6体、右に6体、等間隔で並んだ合計12体の石像。
特徴としては、左の石像達は皆ドレスなどの服装に身を包み、何かを祈る様に両手を胸の前で組んでいる。
一方の右の石像達は、皆甲冑に身を包んで剣を構えている。
大方、平和を願うお姫様と、それを守る勇敢な騎士、といった所だろうか。

(お姫様が6人も居るのは可笑しいが、どの石像にも別段変わった所はねぇな。
逆に騎士の石像には、それぞれの家を露わす家紋みてぇな物が刻まれていやがる。
歴代の王女?それとも貴族?
いや……だが仮にそうだとしても、一体どんな組み合わせになるんだ?
お姫様の石像には家紋なんざ刻まれてねぇし、それぞれの家を象徴する物も持っていねぇ。
この部屋に来る前に見た、あの古代ベルカの文字。
聖王なのか、それとも何処かの貴族が建てた物なのか、どちらにせよこの遺跡がベルカと何の関わりが無いとは思えねぇが……)

外界の意識を遮断し、自らの記憶の海へと潜っていくバクラ。
スクライアで散々聞かされた古代神話の言い伝え、ベルカの歴史、有名だった騎士の一族。
自身の記憶の中に何かヒントが無いか、一つ一つ確認していく。
取捨選択。
選択肢をドンドン切り捨てていくが、答えは一向に見つからなかった。
バクラは記憶の海から浮かび上がり、再び外界との意識を繋げる。
目の前には変わらず、冷たい石像が自分を見つめているだけ。変わった様子はない。
もう一回念入りに石像を調べていく。
対象は騎士の石像。
お姫様の石像には、特に変わった様子も家紋も刻まれていない。
だとするなら、此方の騎士達に何かあるはず。
注意深く、足元から頭まで探っていくと、バクラはある違和感に気付いた。

「ッ!……こいつは」

一体の石像、見た目は他の騎士の石像と変わりないが、問題はそこに刻まれた家紋。
鎧に刻まれたのとは別に、隠す様にして背中に刻まれた逆三角形を描き、中央に蛇を模した印。

(この印……そうだ、確か昔バナックの爺さんに聞かされたな)

バクラは目を細めながらその印を見つめ、過去の記憶を掘り起こした。
昔、スクライアの族長であるバナックから聞かされた話。
古代ベルカには多数の有能な騎士が生まれ、互いに切磋琢磨をし自らの武を磨いていた。

――その武は一体誰のために使う?

こう問いかけられたら、先ず初めに思いつくのは絶対の権力者である聖王を始めとした周辺諸国の王族。
または自分が仕える家の主人。
それが当たり前であり、実際に今現在聖王教会に保存されている遺物の中には、聖王に仕えていた騎士に関する遺産もある。
だが、皆が皆同じ様だったかと言えば、必ずしもそうではない。
何時の世も、治世の世に弓を引く存在が居るのが人間の歴史だ。
裏切りの騎士。
その名が示す通り、時の権力者に逆らった騎士の一族。
刻まれし家紋は、背中に記した蛇の印。
他の騎士の像とは違い、バクラの目の前の像にだけその裏切りに紋様が刻まれていた。

「なるほど。てめぇだけが、他の騎士と違って裏切り者って事か」

主に逆らいし不忠の士には永遠の闇を。
バクラはゆっくりと目の前の石像に手をかけ、その場から退かす。
ワイト召喚。
邪魔な石像を雑用係のワイトに部屋の隅へと運ばせ、バクラはその後ろに隠されていた壁を調べ始めた。
一見すると、他と変わりない何の変哲もない壁。
しかし、バクラの目はそこに存在する違和感を的確に見抜いていた。
壁の一部に手をかけ、ゆっくりと前に引く。
ズズゥー、と石が擦れる音と共に壁の一部が取り外された。

「ッうぅ……何だ、この奇妙な光は」

壁の一部を取り外した瞬間、中から強烈な光が注いでくる。
思わず目を瞑り、愚痴ってしまうバクラ。
光が目に入らない様に気を付けながら、改めて壁から注がれる光を見つめる。
真っ直ぐ、一直線上に伸びる光。その先には、バクラと対面に位置するお姫様の石像。
なるほど、そう言う事か。
秘密を解いたバクラは、口元を釣り上げながらその場から離れた。
障害が無くなった光は、真っ直ぐ伸びていきお姫様の石像、ちょうどお祈りをするため両手を組んだ胸の部分に注がれる。
反射。
石像に特別な仕掛けがされていたのか、真っ直ぐ伸びた光はお姫様の石像を元に二つに分かれて、再び対面へと伸びていく。
その先に待っているのは騎士の石像。
二つの光が、それぞれの騎士が携えた剣に降り注ぎ、再び反射。
お姫様から騎士の石像、騎士からお姫様の石像。
交互に光を交換し、遂には全ての石像に光が灯った。
ゴゴゴゴゴゴゴッ。
僅かに揺れる、地下遺跡。
崩れているのではなく、何かの仕掛けが発動したようだ。
笑みを浮かべるバクラ。
一体の裏切りの石像を除いた、合計11体の石像。
全ての目に赤い光が灯る。
瞬間、部屋全体が回転をし始め、地下遺跡の構造を変える。
石像達が忙しくなく動き、部屋の中央に先程まで無かった地下への階段が現れた。

「どうやら、このゲームは俺様の勝ちの様だな。クククッ」

歓喜の笑みを浮かべながら、バクラは一段一段とその階段を降りて行った。




階段を降りた先には幾つかの部屋に分かれており、途中にも侵入者撃退用の罠が隠されていた。
もっとも、盗賊王と自らを評するバクラの前には大した生涯にはならなかったが。
そうやって幾つかの部屋を探すしていくと、遂に目的の物を見つけた。

「ほぉ、こいつがこの地下遺跡に隠されていたお宝、って訳か」

部屋の中央に位置する台座の上に置かれた、一つの箱。
装飾も立派で、これだけでもかなりの価値がある。
何より気になるのは、箱に掛けられた錠前。
如何にも、この中には何かが封印されていますよ、とアピールしている。
早速近付き、バクラは箱を確認した。

「うん?」

鍵をどう開けようか模索していると、箱に刻まれた文字の羅列に気付いた。
やはりというか、古代ベルカの文字。
益々もって笑みが深くなる。
一体古代のベルカの人間が何を残したのか、気にはなるが焦ってはダメだ。
こう言う物は箱と中身が完全な状態でないと、値打ちが下がる。
錠前を壊さない様に、慎重にバクラは鍵を外しにかかった。












自分が何者だったのか、そんな事は遥か昔に忘れた。
親なんて呼べる者も、友達なんて呼べる者も居ない。
ずっとこの狭い、暗闇の中で過ごしてきた。
別にそれは可笑しいとは思わなかったし、気にも留めなかった。
此処で眠っている理由なんて知らない。
ただ此処で眠り、時を過ごしていく。
一日経っても、十日経っても、一年経っても、自分は此処で静かに眠り続ける。
それだけだった。
今日も同じ。
誰にも邪魔される事無く、此処で眠りにつくだけだった。


――ガチャガチャ、ガチャガチャ


誰にも邪魔される事無く、眠りにつくだけだった。


――ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ、ガチャ、ガチャガチャガチャガチャ


眠りに……


――ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!!


…………………ブチ!!


「あああぁああーー!もう、人が気持ち良く眠っているのに一体何だ!!!?」

激昂の感情と共に、両手に出現する火炎球。
相当機嫌が悪いらしく、形成された炎も烈火の如く怒り狂っていた。

「さっきから、ガチャガチャ!ガチャガチャ!遊ぶなら、どっか別の所に行け!!」

音の発生原因である天井目掛けて、両手に形成した火炎球を放つ。
勿論、これでどうにかなるとは思ってはいない。
ただ単に、自分の安息の眠りを邪魔された事に対しての怒りをぶつけたかっただけなのだが――


――パカ


「……………へ?」

突然、閉鎖されていた天井が開いた。

「あ……」

当然というか必然と言うか。
放たれた火炎球は天井にはぶつからず、そのまま外へと向かっていく。
真っ赤に染まった、炎の塊。
勢いよく箱から飛び出し、そして――


――ドカーーン!!


決して軽くない爆音と共に、外に居た人間、しかも顔面に炸裂した。
モクモクと立ちこめる煙が邪魔で様子は窺えないが、モロに当たってしまったため物凄く痛そうだ。
これって、あたしが悪いのかな。
炎をぶつけた事に罪悪感を覚える彼女だが、少し待って欲しい。
そもそも、自分はただ眠っていただけだ。
安息の邪魔をしたのは、確実に外に居る人間の方。
そう考えると、沸々と怒りが込み上げてきた。
寝起きである事も相まって、倍率は二倍にも三倍にも高められる。
人が気持ち良く眠ったいたのを邪魔するとは何事か、一言文句を言ってやらないと気が済みそうにない。

「おい!そこのお前!人が気持ち良く眠っているのに……邪魔………す…るな……」

言葉の節々が震え、最後まで言えなかった。
先程まで、確かに存在した怒りの感情。
それが今は、まるで冷水を浴びせられた様に一気に掻き消された。

「あ……あわわわわわわ」

爆発の影響で後ろにエビ反りになっていた首が、ゆっくりと戻ってきた。
初めに見えたのは、冷たい目。
まるで虫でも見下す様な、汚いゴミでも見つめる様な絶対零度の瞳。

「わわわわわわっ………あ……あぁ」

ガタガタと体の芯から震える。カチカチとなる歯の音が五月蝿く感じられた。
相手は何も喋らない。
無言のまま自分を見下すが、逆に何も喋らないのが彼女の恐怖心を煽った。

「ああぁあわぁ……」

確かに、此処で眠っているだけの日常が暇になる事はあった。
何度かふとした事で目覚めた時、抜け出そうと考えた事もあった。
だが、今の彼女は心の底からこう思った。




「あぁ………あああぁああぁッあああぁああああっあぁああぁあああぁああぁぁッああーーーーーーーッ!!!!」




――あたし……このまま大人しく眠っていた方が、幸せだったかも









諸々の事情により、今年中に更新できるかどうか解りません。
もしかしたら、これが今年最後の更新になる可能性があります。
長い事書いているのに、こんな亀の様な速度で申し訳ありません。

さて、今回の話しで一言

ユニゾンデバイスって幾らで売れるのかな~♪

以上です!!



[26763] 嵐の前の静けさ……
Name: じゃっく◆475fb41a ID:095ee6a7
Date: 2012/01/27 10:15




さて、新しい年に入ってから暫くの時が過ぎた流浪の一族スクライア。
一年が過ぎ、再び新たな年を過ごしていく。
たからと言って何か変わった事があったか、と言えば特に何も変わっていない。
今日も今日とて、考古学の新たな発見に貢献し、研究に没頭している。
強いて変わった事を上げるとするなら、それは子供達の成長だろう。
アルスは先生を目指し、より高い教育が受けられる学部へと進学。
ユーノも無事魔法学院に入学し、日々勉学に励んでいる。
その他の子供達も、それぞれ学校に進学した者も居れば、無事卒業してそれぞれの道を歩んで行った者も居た。
もっとも、ユーノには勉学の面以外で大きな変化が訪れたが。

「うえっぇえーーーん!わぇあぁーー!!」

「あぁ、ユウキ泣かないで。ほ~ら、ガラガラーガラガラー」

ぐずり出す自分の弟をあやそうと、玩具のガラガラをリズミカルに振るユーノの姿がスクライアのキャンプ地で目撃された。
今日も平和だ。




学校に通い始めたアルスとユーノはこれを機に学生寮での生活となったが、その他は特に今までと変わりない。
休みの日などには、こうしてスクライアのキャンプ地に訪れて発掘の手伝いをしている。
今まで発掘のお手伝いをしていたユーノも、正式に発掘メンバーに参加する事を許可され、学業の傍らで自分に出来る事をやろうと張り切っていた。
張り切っていたのだが、正直目の前で泣き叫ぶ弟にはお手上げだ。
新しく生まれた自分の弟――ユウキ。
どんな時でも男の子らしく、また逞しさだけでなく他者に対しての優しさを持って欲しいとユーノが考えた名前。
若干、自分の名前に被って考えたのは否めないが、それでもユーノにとっては初めての弟になる大切な存在。
アルスを含めた他の皆を見習い、兄として一生懸命面倒をみようとしたのだがどうも上手くいかない。
高い高いやべろべろば~、と色々と試してみるが全てが徒労に終わってしまった。

「ほ~ら、よしよし。ユウキ君は良い子ですね~。どうしちゃったのかな~?」

四苦八苦状態のユーノを見兼ねたアンナが優しく抱きかかえてあやし始める。
少しすると、先程までのぐずりっぷりが嘘の様にきゃっきゃと笑い始めた。

「………うぅ~、やっぱり僕だとダメなのかな?」

「まぁ、そう落ち込むなって。赤ちゃんはやっぱり、お母さんに抱っこされるのが一番なんだよ。
そうだ。ユーノ、レオンさん達に倉庫を整理する様にお願いされたんだけど、ちょっと手伝ってくれないか?」

「うん……解りました」

肩を落とすユーノを元気づけ、アルス達は倉庫へと向かった。




時間は夜。天気は晴れ。
空気も綺麗で、満点の星と月明かりが空を照らしている。
皆は夕飯を済ませてそれぞれの時間を潰していく中、アルスは外へと散歩に出ていた。

「うぅーーん!!はぁ~~……ちょっとそこまで行ってこようかな」

大きく深呼吸をし、背伸びをしながら軽くストレッチ。
体に纏わり着いた疲れを取り除き、特に行く当ても無くキャンプ地の中をさ迷い歩いていく。
見知った顔に見慣れたテント。聞こえてくる昔から知っている声。
自分も好きな歴史に関する物もあれば、全く関係ない雑談の声も聞こえてきた。

(学生寮も悪くないけど、やっぱりこっちの方が落ち着くな)

新しい環境にも慣れてきたが、やはり自分もスクライアの一族だ。
学校よりも、こんな風にキャンプ地で新たな歴史の発見に携わる方が性に合っている。
さて、そろそろ帰ろうか。
明日に備えるため、キャンプ地の外れの方まで歩いてきたアルスは踵を返そうとしたが、その時ある物に気付いた。

「……あれ?」

向こうから此方に歩いてくる一つの人影。
月明かりに照らされた真っ赤な羽衣。
風に靡くその姿は、まるで物語に登場する王様の様に威風堂々としていた。
正し、王は王でも盗賊と言う名の侮蔑の称号が付くが。

「……バクラ?……お前、帰ってきたのか?」

誤解が無い様に言っておくが、アルスはバクラの事を邪険に扱っているのではなく、意外だったからこそ問いかけたのだ。
今さらだが、バクラはあまりスクライアのキャンプ地には留まっては居ない。
ほとんどが新たなお宝を求め、あっちへこっちへと飛びまわっている。
一応、一族の仕事を手伝う事はあるのだが、一度飛び出したら何時帰ってくるか解らない。
今回もそうだった。
最後にあったのは、確か二週間ほど前。
面白い情報が手に入ったからと言って、何処かへと飛び去って行ったのだ。

「何だ、俺様が帰ってきちゃ何か不味い事でもあるのか?」

「いや、そうじゃないんだけど……帰ってくるのがやけに早かったからさ。珍しいな~、と思って。所で……」

この二人にとって二週間ぶりの再会など特に珍しくも無く、軽く挨拶を交わしながらアルスは最も気になっている事を尋ねた。

「それ、何?」

指差した先にあるのは、バクラが持ってきた白い袋。透明ではないため中を窺う事は出来ない。

「あぁ、こいつか」

肩に担いでいた袋を無造作にアルスの前へと突き出し、ニヤリと笑みを浮かべた。

「今回の獲物だ。ちっとばっかし訳ありな物でね。バナックの爺さんに何処かの金持ちでも紹介して貰おうと思って帰ってきただけだ」

「ふーーん……」

普段は盗掘に近い問題事を起こすバクラが、わざわざ自分からバナックへとお宝を見せる。
漸く更生したのか、と普通だったら喜ぶ所だが長年付き合っていたアルスには解る。
あの笑みは、絶対何かを企んでいる笑みだと。
バクラに向けていた視線を袋の方へと移すアルス。
察するに、袋の中に入っている物は例えバナックやレオンに見つっても没収などバクラ自身には不利益を出さない。
寧ろ、スクライアの族長であるバナックに見せた方が値打も上がり、得られる利益が増すお宝。
自然とアルスの目が爛々と輝いていく。
色々と問題行為を起こすバクラだが、その腕は間違いなく超一級。
以前にも失われた古代の財産を発掘した実績もあった。
もしかしたら今回も、何かとんでもない歴史的価値がある一品を見つけたのかもしれない。
気になり、子供の様に目を輝かせながら中身を尋ねようとすると――


――……く……


「……あれ?」

アルスの耳の中に奇妙な音が入ってきた。
小さくか細いが、それでも確かに聞こえた音。
人の声。
初めはキャンプ地で雑談している人の声かと思ったが、どうも違う様だ。


――ひ……ぁ……


何処から聞こえてくるのか。
怪訝に思ったアルスが耳を澄ませて音の発生原因を探っていると、ある一点に目が止まった。
バクラが持ってきた白い袋。
どうやらこの変な声は、その中から聞こえてくるようだ。

(何で袋から?……うん?)

疑惑の視線を投げつけていると、さらに奇妙な事に気付いた。
濡れている。
白い袋の一部分に、明らかに他の個所とは違う黒い染みが広がっていた。
雨でも降ったのかと思ったが、今日は快晴。雨も降って無ければ、水溜りもある訳が無い。
バクラの服装も特に濡れている所は見当たらない事から考えるに、外から水を被った訳では無い様だ。
人の様な声が聞こえ、さらには歪な濡れ後を残し、それを持ってきたのはスクライアでも有名な問題児。
怪しい、怪しすぎる。

「バクラ。ちょっとその袋の中、見せてくれ」

懸念を抱いたアルスは、バクラからほぼ奪い取る様な形で袋を奪取した。
ズッシリと伝わってくる重みと、絶えず聞こえてくる今にも消えそうなか細い声。
軽いホラー現象にゴクリと生唾を呑み込みながら、恐る恐る袋の中を覗き込む。
そこには――




「シクシク……あたし、汚された」




箱の上で涙を流す、小さな人形サイズの裸の女の子が居た。




静かだ、静かすぎる。
今の現状を擬音で表現するとするなら、ピキーン、と言う空気が凍る音が合っているだろう。
事実、アルスの全身は袋の中を覗き込んだ姿勢のまま固まっていた。

「何やってんだ、てめぇは?」

行き成り固まってしまったアルスを疑問に思うバクラだが、今はそれよりもお宝の方が優先。
無言のまま凍りついたアルスから袋を奪い、バナックに会うためスクライアのキャンプ地へと足を踏み入れて行った。

「……………」

袋を開けたポーズのまま固まり続けるアルス。
既にバクラも居ず、一人で固まっているその姿は傍目から見たら物凄い間抜けな格好だ。
一秒、二秒、三秒。
暫くの間、無言のまま固まっていアルスだが――

「う…………うわああぁあぁああぁあああぁああーーーーーー!!!!」

唐突に声にならない声を叫び続けながら、キャンプ地の中心目掛けて駆け出した。


「スリーカード」

「残念、こっちはストレート。へへ、俺の勝ちだな……ってぇ!」

「ああぁあああぁああぁああーーーー!!!」

「アルスぅーー!?」

時にはカードゲームをを楽しんでいた人達の間を駆け抜け。


「こっちのお皿もお願いね」

「あ、はい。解りました。あれ、何か変な声が聞こえません?」

「うあぁあああぁあーーー!!」

「アルス君!!?」

時には後片付けをしていた台所を駆け抜け。


「ぐーがーぐーがー……ムニャムニャ」

「ぎゃああぁあああぁあぁあーーー!!!」

「ぐっぼ!……うっご、げっほ!な、何だ!?」

時には気持ちよさそうに睡眠をとっていた人の上を駆け抜け。


暴走特急列車の様に一直線、しかも障害物など物ともせずキャンプ地の反対側まで駆け抜ける。
ドドドッ、と地面を揺らしながら草の絨毯を踏み締めて行く。
やがて近くの森へと辿り着き、アルスは手頃の木の前に立ち止まった。

「あぁああぁあぁああーーー!!!」

ガッチリと目の前の木を両手でホールディングし、奇声を上げながら自分の頭をその木にガンガンと打ち付け始めた。

「そんな……!?まさか!?どうして!!?」

硬い木の表面に自らの頭を打ちつける少年。どっからどう見ても気が狂っている様にしか見えない。
と言うか、プシューと額から血が噴き出してる姿を見る限り軽くホラーが入っている。

「いやいやいやいやいやいやいや、いくら何でもそれは無いだろ!!?
こんな身近に、しかもあのバクラが!!
確かに以前から、あいつ女性とかには興味無いのかな~、何て思った事はあったよ!!?
テレビ映るの女優さんとかアイドルに全然興味を示さなかったし、そういった話なんかこれっぽっちも聞かなかったし!!!
でもでもでもでも、まさか……まさか、まさかまさかまさかまさかまさか――」

頭を打ちつけるのを止め、星達が輝く大空に向かって全身全霊を込め、何処か憔悴した声で咆えた。

「まさかバクラが……女の子の人形に欲情する変態さんだったなんてええぇええーーーー!!!」

決して彼を責めてはいけない。色々と疲れているのだ。

「か、勘違いするなよ!俺は別にそういった趣味がいけないって言ってる訳じゃないよ!!
人の趣味は色々だし、世の中には色々な愛の形があるんだからな、うん。
でもやっぱり身内からそんな趣味を持つ人が出るのはちょっとどうかと思う訳でして、いや!決して、決してそれが悪いとは言わないよ!
さっきも言ったけど人の趣味は人それぞれ何だし。
けれどせめて人、出来れば異性との恋仲になって欲しいんだよ、兄としては。
それが……それがまさか女の子の人形だったなんて」

この世の終わりの様な顔をしたアルスだが、此処で天啓が舞い降りた。

「ッ!!いや、そうだ!此処はボジティブに考えよう!考えて見ればまだ女の子人形なんだから、女性には興味があるって事だよな。
て事はこれから先、何かの拍子にバクラが普通の女性を好きに……好きに……うぅ」

残念。天啓は天啓でも、自分を追いつめるための天啓だったようだ。

「ぅぅ……ダメだ。あいつが女性と付き合うイメージがどうしても浮かばない。
はっ、そうだ!
バクラの特殊性癖もそうだけど……これから先、俺はあいつとどう接すればいいの!!?
今まで通り!?それとも真っ当な道に更生させる!?いやいや、それよりも理解者として受け入れる!!?
でもこう言った問題って、下手すれば引き籠りになるってこの間テレビで……って、その心配はないか。あいつ、超アウトドア派だし。
いや、待てよ……冷静に考えれば、そっちの方が問題じゃんか!!?
アウトドア派の特殊性癖の持ち主に無駄にお金を持っている。下手に否定でもしたら……したら家を出て何処かの一軒家でも買い取って……買い取ってぇぇ。
い、嫌だあぁあーーー!!年がら年中女の子の人形に囲まれて笑っているバクラの姿なんか見たくなーい!!
そんな人として大切な何かを失った家族の姿なんか絶対に嫌だああぁああーーーーーーー!!!!」

ガンガン、ガンガン、と木の表面が抉れるほど強く頭を打ち付ける。もはや痛みも感じないほど狼狽していた。

「引き籠り、家族の分裂、そして……家庭崩壊………そんなの……そんなの認められるか!!」

頭を打ち付けるのを止め、瞳の中に決意の二文字を宿したアルス。

「落ち着け、落ち着くんだアルス・スクライア!
あいつの性格を今さらどうこう言う訳じゃないけど、せめて女性の趣味だけは平均的な物に戻さなくては。
大丈夫、お前なら出来る!今までだって何度倒されようとも、その度に立ち上がって来たじゃないか!!
頑張るんだ、此処が踏ん張り所だぞ!!」

弟の心配する兄の心情なのだが、何処からどう見ても色々と逝っちゃっている人にしか見えないのは御愛嬌だ。

「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、俺ならできる、バクラを真っ当な道に更生させる事が出来る、頑張れ、頑張れ、頑張れ、頑張れ……ブツブツ」

額だけでなく頭と顔全体にダラダラと血を流し、ブツブツと樹木に向かって一人呟き続ける少年。もはや完全にホラーの領域だ。




「アレ……止めた方が良くないか?」

「だったらお前が行けよ」

「えぇ!?……いや、そのな。俺も止めたいんだけど……何か近付きたくないと言うか、物凄く怖いんですけど」

至極真っ当な意見を述べるスクライアの一族だった。




「……と言う訳だ。バナックの爺さん、前にベルカの方に知り合いが居るって言ってたな。まぁ、俺様は高く売れるなら何処だって構わねぇ。誰か金持ちでこいつを買い取ってくれそうな奴でも紹介しな」

「ひうぅ……」

キャンプ地の中に建てられた、族長達專用のテント。
今この中で、重要な家族会議が開かれていた。
バクラは持ってきた白い袋を下し、中の獲物を取り出してお披露目。
対面に座る七人の人影に、事情を説明していた。
スクライアの族長であるバナックと、その妻であるおばば様チェルシー。
父であるレオン、弟であるユーノとユウキ。
皆それぞれ、目玉が飛び出すのではと疑うほど驚愕している。
唯一驚いていないのは赤坊であるユウキ位だ。
そして、七人の内の残り二人。
母であるアンナと兄であるアルスはと言うと――

「もう、アルス君たら一体どうしたの?木に自分から頭をぶつけるなんて……」

「……ちょっと日頃の疲れが爆発しただけですから、心配しないでください」

恥ずかしそうに頬を赤らめながら、大人しく怪我の治療をして貰っていた。



「うーむ……お主には昔から驚かされてばかりじゃったが、まさかそんな物まで手に入れて来るとは」

本当にそうだ。
昔から思っていた事だが、バクラと言う人間はとことん才能に恵まれている。
年齢を考えれば今までの成果でも十分凄いが、今回の獲物は桁が違う。

「ユニゾンデバイス。こりゃまた厄介な物を見つけてきた物だ」

相変わらずの不遜な態度のバクラと、不安そうに箱から顔だけを出して此方の様子を窺う小さな赤髪の女の子を見つめながら、バナックは困った様に頬を掻いた。


融合型デバイス。俗称『ユニゾンデバイス』。
その名が指し示す通り、術者との融合を可能としたデバイス。
古代ベルカの人間が製造したとされ、その秘めたる力は他のデバイスを凌駕するとまで言われている。
しかし、術者と融合した際にデバイス側の意思が術者の命令を無視して勝手に自立行動をしてしまうバグ――通称融合事故と言った危険性を孕んでいため古代ベルカでは製品化には至らなかった。
今では純粋な古代ベルカの融合型デバイスはほとんど残っておらず、ロストロギアに指定されているほどである。


「……それで、バクラ。お主はそんな物を持ってきて、一体どうするつもりじゃ?……まさか、何処かの市にでも売り出すとでも?」

普段なら自分達にさへちゃんと物を確認してくれるならバナックも特に何も言わないが、今回は物が物だ。
何時も以上に真剣な眼差しで、バクラと融合機の女の子を見つめた。

「へッ、何を今さら。そのつもりが無かったら、わざわざ俺様が此処に連れてくると思うか?」

期待通りというか、鼻で笑いながら一切の躊躇もなく答えたバクラにバナックは少しだけ眩暈を覚えた。
仕切り直そうと、キセル咥え一服する。

「ふぅ~……お主のそれは何時も通りだが、解っておるのか?今回は黄金だとか宝石だとか、そんな物とは訳が違うぞ?」

モクモクと宙へと消えて行く白い煙を眺めながら、バナックは改めてバクラに問いかけた。
何時もの様な金銀財宝の類ならば、然るべき手続きを終えればそれだけで済む。
だが、今回は違う。
ロストロギア、その中でも希少価値が高いユニゾンデバイスなのだ。
無許可で市場に出したりでもしたら、それこそ流石のバナックでも庇い切れない。
また何時もの様に無断で所持するつもりか。
言葉には出さずとも、バナックの目がそう語っていた。

「なぁに、そう心配すんじゃねよ。バナックの爺さん」

バクラの身を案じたこその苦言だったが、今回は何も心配いらない。

「俺だって何も考えてねぇ訳じゃねぇ。ちゃーんとこいつは、正規のルートで引き渡してやるぜ。こいつを実験材料として高く買ってくれる所にな」

傲岸不遜という言葉が似合う彼だが、何もバカではない。
わざわざ危ない橋を渡ってまで莫大な富を得ようとは考えていなかった。
何より、彼にとってユニゾンデバイスなどほとんど価値が無いと言っても良い。
自分は研究者でもなければ、珍しい物をコレクションする趣味はない。
売り渡して金にでも変えた方が価値があるのだ。

「時空管理局のお役目の一つに、ロストロギアの回収がある。だが、何も管理局だけがロストロギアを回収してる訳じゃねぇ。
数多の管理世界に存在する同盟世界。そこの政府機関、及びそれに準ずる国際組織も同じ様な役目を担っている。
そいつら全員に公表して、最も高い金額を提示した所に売り渡したとしても、何ら違法にはならねぇだろ?」

時空管理局はミッドチルダ独自が保有する組織では無い。
幾つかの世界が共同で運営する、謂わば国際的な治安組織なのだ。
正規のルートでそれらの世界の何処かに売り渡したとしても、それは正当な報酬であって決して違法ではない。
要は何処でもいいのだ。
一番高い金額を提示し、尚且つ公的な組織なら何処でも。例え時空管理局以外だろうと。
ユニゾンデバイス。
その希少価値は高く、オークションにでもかけたらそれこそ莫大な金額になる。
おまけに、今では失われ古代の技術。各国の研究機関から見れば、さぞ喉から手が出るほど欲しいだろう。
後の事は知った事ではない。
ユニゾンデバイスを巡って揉めようが、売り渡した機関が実験材料に扱おうが。
金さへ渡してくれれば、この赤チビをどうしようがそいつらの勝手だ。




(な、何なんだよぉ。こいつら……)

バクラ達が会話を交わしている中、ユニゾンデバイスの女の子は自分が眠っていた箱から顔だけを出して不安そうに事の成り行きを見守っていた。
目覚めたと思ったら外には悪魔の様な男が居て、何時の間にか全然知らない場所に連れてこられた。
これだけでも不安を煽るには十分すぎる。
一体自分はどうなるのか。
胸の内から込み上げてくる不安をグッと抑えつけ、外の人間達の会話に聞き耳を立てていた。

「……それで、バクラ。お主はそんな物を持ってきて、一体どうするつもりじゃ?……まさか、何処かの市にでも売り出すとでも?」

(売りに出す、一体何を?)

疑問符を浮かべながらも、彼女は聞き耳を立てる。
そして、聞いてしまった。その悪魔の囁きを。

「俺だって何も考えてねぇ訳じゃねぇ。ちゃーんとこいつは、正規のルートで引き渡してやるぜ。こいつを実験材料として高く買ってくれる所にな」

(ッ!!)

心臓を攫まれる。
デバイスである自分が言うのも何だが、体全体に一気に寒気が走った。

(今、何て言った?……)

瞳孔を揺らし、狼狽しながらも彼女は今の状況を再確認する。
自分を攫った人間が言った“こいつ”。間違いなく自分を指した言葉。
そして、先程から交わされている売り飛ばすと言う言葉の意味。

「ま、まさか……」

蚊の様に小さな声だったが、周りの人間に聞こえるは十分の音量で彼女は呟く。

「あぁ?」

「うん?」

此処に来て初めて喋ったユニゾンデバイスの言葉に釣られ、バクラを含めテントに集まった皆は一斉に注目した。
カタカタと小さな体を小刻みに震わせ、此方に軽蔑の眼差しを向ける女の子の姿は思ったよりも人間のそれに近い。
眠りを妨げられ、誘拐され、自分は裸、そして密室に集まる複数の人間。
止めは、何処に売り飛ばそうかと相談しているこの現状。
それらの情報を纏め、彼女が出した答えは――

「お、お前ら……此処であたしを×××して×××して、抵抗できなくなった後も×××を続けてボロボロの雑巾にして売り飛ばすつもりか!?この変態ッ!!」

本気で解体したくなったのは、バクラだけの秘密だ。


「……???」

「ユーノ。好奇心を持つのは良い事だけど、さっきの言葉の意味は決して調べない様にな」

「顔が赤くなっているって事は……アルス、お前はもう知ってるって事か?」

「し、仕方ないじゃないですか!俺だって良い年なんですから!!」


とりあえず、ユーノには純粋なままでいて欲しい。最低でも後数年は。




色々ととんでもない爆弾発言をし、勘違いをしているユニゾンデバイス。
ギャーギャー騒がれるのは鬱陶しいので、バクラが黙らせようとするが――

「……おい、赤チビ」

「く、来るな!!痴漢!変態!変質者!社会不適合者!!いいか、そこから動くなよ!一歩でもあたしに近付いたら燃やすからな!?というか、服返せ!」

どうやら彼女の中では、バクラは自分を攫い、ボロ雑巾にした後に何処かへ売り飛ばそうと考えている極悪人らしい。
あながち間違っていないのが怖い所である。
少なくても、攫ったの部分と何処かへ売り飛ばそうと考えている部分は合っているのだから。

「フッーフッー」

真っ赤な赤髪を立てながら猫の様に威嚇をし、宙には何時でも攻撃に移れるように幾つもの火炎球を浮かべている。
それでも何も着て無いのは恥ずかしいらしく、バクラが持ってきた白い袋で体を隠していた。
見た目だけでなく、中身も普通の女の子に近い感性を持っているようだ。

「服ぐらい、てめぇで造れ。ユニゾンデバイスのクセに、んな機能もねぇのか?」

「そんな事できっ……あ、そうか」

言われて初めて気付いた辺り、相当狼狽していた様だ。気持ちは解らないでもない。
ちなみに、バクラの名誉のために言っておくが、服を着ていなかったのは初めからだ。間違ってもバクラが剥いだ訳ではない。

(服……服……)

自分が着る服をイメージし、それを構築、体を覆い隠す。
目覚めたばかりの影響のせいか、展開させるまでに僅かに時間がかかったが何とか形成できた。
淡い光に包まれるユニゾンデバイス。
次に光が晴れた時には、水着の様な比較的軽装な服装を身に纏った彼女が居た。
背中の翼のせいか、何処か小悪魔をイメージさせる。

「ふぅ~~……さてと」

服を着た事によって幾分か冷静を取り戻せた彼女は、改めて周りを見渡す。
そこそこ広いテントの中。
集まった人間一人一人の顔を確認し始めた。

(あたしを攫ったのは、このバクラとかいう奴で間違いないな。
あの爺ちゃんが親玉か?それともこっちの婆ちゃんか?
向こうに居るのは……子供か。後は赤ん坊が一人に、若い男と女が一人づついやがる。誘拐グループにしては、随分とアットホームな一団だな)

出会いが最悪だったのか。
冷静さを取り戻した後にも、彼女には目の前の人間達は自分を攫った犯罪者として固定されてしまったようだ。
自然と目を細め、警戒心を露わにした。

「あ~、とりあえずそう警戒するではない。ワシらは別にお主を取って食ったりはせん」

「信用できるか!?」

バナックの言葉をバッサリと切り捨てるユニゾンデバイス。
実際、攫われたと思っている彼女には何を言っても無駄だ。正に火に油。

(見た目が優しそうな奴ほど、何を考えているのか解ったもんじゃないしな……)

周りの人間と一定の距離を保ちながら、彼女はこの状況を打破するための策を模索する。
目の前の人間達が何者かは知らないが、このまま此処に居ては自分の身が危うい。
百害あって一利なし。
幸いな事に出口は直ぐ近く。一瞬でも隙が作れれば、十分に逃げ切れる距離。
見す見すとやられるほど、彼女も大人しくはなかった。

「お前ら何かに、売り飛ばされてたまるか!!」

背後に控えさせていた火炎球に魔力を送り、爆発させる。
パンッ、パンパンッ!
気持ちの良い破裂音と共に、まるで花火の様な鮮やかな火の粉が舞い散った。

「わぁ~、綺麗……って、あつッ!」

殺傷能力も攻撃力も無いが、生身の人間を怯ませるには一番適した魔法だ。
皆が花火に気を取られている内に、ユニゾンデバイスは弓に弾かれた様に飛び出した。
出口まで、後五m、三m、一m。

(よし、これであたしは自由だ!)

作戦が上手く行った事に、彼女は歓喜した。
顔には年相応……と言っていいかは解らないが、見た目と同じく愛らしい歓喜の笑みが浮かんでいた。
希望を胸に、いざ外の世界へ!




「赤チビ」




彼女が抱いた自由への希望は、その言葉で呆気なく砕かれてしまった。




「逃げるのはてめぇの勝手だが、忘れるなよ。貴様が逆らったのはこの盗賊王バクラ様だと言う事を」



手足の感覚が無くなった。




「俺様は一度手に入れようとした獲物は決して逃しはしねぇ。どんな手を使ってでも、必ず手に入れて見せる」




後少しで逃げ切れるのに、その一歩が踏み出せない。



「ふん、逃げたきゃ逃げな。今度は遺跡の時の様な生易しい物じゃなく、本物の死の体感を味わせてやるからよ」




まるで自分の体が自分の物では無い様な感覚に襲われた。




「それが嫌なら、三秒数える間に元の箱に戻れ。一……」




もはや彼女に逃げると言う選択肢は一欠けらも残されていなかった。










一体何が起こったのだろう、とユーノは自分に問いかけてみた。
あの時、ユニゾンデバイスの女の子が造り出した花火に気を取られていたのは覚えている。
気付いた時には、既にユニゾンデバイスの姿が無かったのも覚えている。
何処に行ったのかな~、とゆっくりと辺りを見渡していると、真っ赤な閃光が自分達の間を駆け抜け、一直線にバクラの隣に置かれた箱へと突っ込んで行った。

「ひっく……うぅ……ひっく、ひっく」

正体は先程逃げたはずのユニゾンデバイス。
何故か大粒の涙を流している。気のせいか、垂れ下がった犬の耳と尻尾が見えた。

(ちょ、調教されている……)

その様は何処からどう見ても、逃げ出した駄犬を躾けるる飼い主その物だ。
どうやら既に、この二人の間では絶対的な主従関係が形成されてしまったようだ。ご愁傷さま。

「ひっぐ、ぢぐしょー。……か、勘違いすんなよ!!何もお前が怖くて戻ったんじゃないからな!!バーカ!バカバカバーカ、バーカッ!!!」

幼児退行でも起こしたのか、途端に口調が子供っぽくなるユニゾンデバイス。そんなにバクラが怖かったのか。

「あぁ?」

「きゅぅッ!」

せめてもの抵抗だったのだが、バクラに睨まれ呆気なく白旗を上げてしまった。

「な、何をしたの?バクラ兄さん……」

軽く引きながら呟いたユーノの問いに答える人は、残念ながらこの場には存在しなかった。


閑話休題


暴走したユニゾンデバイスだったが、バクラによって呆気なく鎮圧されてしまった。
それでも尚、バクラを睨みつけ反攻の意を示すのだから中々に気は強い様だ。

「くぅぅ、お前らこんな事してただで済むと思うなよ!直ぐあたしのロードが駆けつけて、お前ら何かぶっ倒してくれるんだからな!!」

怒りの感情に身を任せていたが、その言葉の裏には確かな信頼が窺えた。

「……ロード?」

「そうだ!聞いて驚けよ、あたしのロードはなッ!!」

キイイイィィン。
鈴の音が響き、ゆっくりと波紋を広げながら消えて行った。

「あ……何だよ………これ」

先程までの勢いを無くし、怪訝そうに俯くユニゾンデバイス。

『ロード』

それは古代ベルカ式融合騎の彼女にとって無二の主にして、正当なる使い手。
融合事故を起こす事無く、自分の力を120%発揮させてくれる存在。
彼女にもロードは存在した。それは間違いない。
だが――

(何でだよ……何で名前が思い出せねぇんだよ!!)

解らない。
何故、使い手で在るはずのロードの名前が思い出せないのか、彼女自身にも解らなかった。

(何言ってんだ、こいつは?)

一方のバクラも、ユニゾンデバイスと同様に怪訝そうに相手を見下ろしていた。
ユニゾンデバイスが言うロード。
これが何を指すのか、バクラ自身も昔スクライアの大人達から聞かされて知っていた。
しかし、何故こいつが今そのロードの事を言うのか解らない。
正式な年代までは特定出来ていないが、古代ベルカの遺産なら最低でも数百年の時が経っているはず。
人間が生きている訳が――

「……あぁ。そういや、まだ言ってなかったな」

漸く合点がいった。

「何か期待している様だが、てめぇのご主人様は助けに何かこねぇよ」

「ッ!!そ、そんな訳あるか!?あたしの……あたしのロードがそんな見捨てる様な真似をするものか!!会った事も無いくせに勝手な事を言うな!」

途中で言葉に詰まったのは、自身の記憶の中にロードの物が無かったからか。
それでも助けに来てくれると信じて疑わない。
恐らく、この融合騎とロードとの間には確かな絆があったのだろう。
お互いを助け、信じ合う。そんな人間となんら変わらない関係だったのだろう。
仮にロードが生きていたなら、確かに目の前の融合騎が言う通り助けに来ても可笑しくはない。
ロードが“生きていた”ならの話だが。

「会った事が無いのは当たり前だ。てめぇのロードとやらは、もうこの世には存在しねぇんだからな」

残酷に、その事実だけを告げるバクラ。

「どうやら貴様の中では時間がストップしてる様だが、生憎と今は貴様らベルカが覇権を握っていた時代から、最低でも数百年以上は時間が経ってるんだ。ただの人間が生きてるはずがねぇだろ」

優秀な魔導師・騎士とは言え、所詮は人間。寿命には勝てるはずもない。

「出鱈目を言うな!そんな子供じみた嘘、信じられる訳ねぇだろ!!」

何を言ってるの解らず、一瞬キョトンとしたユニゾンデバイスだが、言葉の意味を理解した瞬間反論した。
貴方が眠っていた時代から、最低でも数百年経ちました。
こんな事を言われても、彼女の言う通り子供の嘘だと鼻で笑うだろう。
実際、彼女もバクラが言っている事は嘘だと思っていた。

「良いか、今はな!……今は………あ、あれ?」

バクラの間違いを正そうとしたのだが、此処でユニゾンデバイスはある違和感に気付いた。

(今の時代は……時代は……)

あの時と同じだ。
ロードの名前を思い出そうとした時と同じく、耳の奥でキイィィンと鈴の音が響いた様な感覚に襲われ、何も思い出せなかった。
何度も繰り返して思い出そうとするも、その度に水の泡となって消えてしまう。
攫めない雲を無理やり攫もうとしてる様な、そんな言葉に出来ない苛立ちが彼女を襲った。

「あぁあぁーー!!クソ、なんなんだよぉ!!」

遂には苛立ちに我慢できず、髪の毛をワシャワシャと乱暴に掻き毟る。

(ずっと眠っていたせいで、少し頭がバグったのか?えーと、確かこう言う時は順々に思い出していくのが効果的なんだよな。よーし……)


自分は何だ?

――ベルカ式融合騎。ロードと融合し、魔力の管制・補助を行う存在。


自分を造ったマイスターは誰だ?

――……解らない。


使い手のロードの名前は?

――それも解らない。


眠りに付く前は何をしていた?

――解らない、解らない、解らない……


(何だよ……これ……何でなんも思い出せねぇんだよ!!)

苛立ちを解消するつもりが、余計な混乱を呼び寄せてしまった。
記憶が無い。
物忘れとかそんなレベルではなく、文字通りゴッソリと記憶が抜けているのだ。

「あたしは……あたしは……」

思い出せない。
自分を造ったマイスターも、ロードも、何をしていたのかも。
そして――

「あたしは……誰なんだ………」

自分自身の名前さへも。何も思い出せない。




「記憶の破損か。チッ、欠陥品が!」

自分が眠っていた箱の端を攫みながら狼狽するユニゾンデバイスを見下ろして、バクラは忌々しそうに呟いた。
どうも話が噛み合っていないと思ったが、それもそうだ。
このユニゾンデバイスの中では、時間がそれほど動いていない。精々、封印されてから一年か二年ほどの感覚なのだろう。
よく御伽噺などでは、時間に取り残された主人公の話しを耳にする事があるが、今の彼女が正にそうだ。
おまけに、本来持っていたはずの記憶までもが失われている。
自分の名前や出生すらも思い出せず、頼れる人も存在しない、時代に取り残されたベルカの遺産。
さぞかし心細かろう。
デバイスとは言え、ほとんど人間と変わらない言語と思考を持つユニゾンデバイス。
人としての優しさを持つ人間に保護されていたなら、どれだけ幸せだったのか。

「古代ベルカの未発見の記録でもあれば交渉の際に使えたが、まぁ良い。失われた古代ベルカ式の融合騎と言うだけでもかなりの価値がある。オークションにでも出せば、各世界から買い手が集まってくるだろうな」

残念だが、目の前の男にとっては彼女は商品以外の何者でもない。

「おい、赤チビ。てめぇがどう思おうが勝手だが、こいつが現実だ。てめぇは時代にも使い手にも捨てられた、野良犬同然の存在なんだよ!」

容赦なく、言葉という凶器を突きつける。

「解ったら大人しくしてな。……恨むなら、俺様じゃなくててめぇを捨てたご主人様を恨むんだな」

幼い少女の心を抉った。




先程まで燃え盛る炎の様に元気溌剌としたユニゾンデバイスだったが、今は意気消沈して大人しくなっている。
バクラの言葉が心に突き刺さったのか、自身の記憶の破損にショックを受けているのか。
どちらにせよ、これで暫くの間は大人しくなるだろう。
さて、さっさと買い取ってくれる場所でも探すとするか。
バクラはバナックへと向き直り、何処か高く買い取ってくれそうな場所を聞き出そうとするが、彼が言葉を発する前に二人の人物が躍り出た。

「バクラ!お前少し言い過ぎだぞ!」

「そうだよ、バクラ兄さん。いくらなんでも、そんな言い方はどうかと思うよ」

アルスとユーノ。
元から正義感が強い二人。流石に先程のバクラの発言には、各々思う所があるようだ。

「……なんだ、てめぇら?俺様に何か文句でもあるのか?」

漸く話しの続きが出来そうな所を邪魔され不機嫌になるバクラ。
若干目を細めて、同じ様に此方を射抜いてくる兄弟二人に向き直った。

「何もそんな酷い事言わなくても、もう少し言い方ってものがあるでしょ」

初めに口を開いたのはユーノ。
彼にしては珍しく、その瞳には憤怒の感情が見え隠れしている。
元々正義感が強い彼らにとっては、人間とほとんど変わらないユニゾンデバイスを実験材料にするのは、忌避感を示したらしい。
アルスもまた、ユーノと同じ様な瞳でバクラを射抜いていた。

「ふんッ。言い方だぁ?なら何て言や良いんだ?『お前は実験材料として売られるから、精々天の神様にでも祈ってるんだな』とでも言えば良いのか?」

二人の視線に全く怯まず、加虐的な笑みを見せるバクラ。

「実験材料って……そんな」

実験材料。
文字通り実験のために材料にされる対象を指す言葉。
大きさは確かに小人の様に小さいが、人間と同じ様に話し、考え、感情を露わにするユニゾンデバイスに、何の躊躇も無くそんな事を言えるバクラにユーノは険悪感に似た感情を抱いた。

「バクラ……本当にその子を売り飛ばすつもりか?」

アルスも同じく忌避感を示しているが、ユーノとは違い何処か諦めている様な表情だ。

「おいおい、お前らこいつに情でも移ったのか?」

移ったか、移ってないか、で言えば移ったと答えられる。
ユニゾンデバイスと聞いた時は一体どんな物かと思ったが、話して見れば人間とほとんど変わらなかった。
それでいて記憶を無くし、さらには頼れる人物もこの時代には存在しない。
人並み以上の優しさを持っている人なら、情が移らない方がどうかしている。

「止めときな。例え、俺やてめぇらが懇願したとしても、こいつの行く先は決まってるんだからよ」

この男は同情などせず、淡々と事実だけを告げた。

「こいつがどれだけ人間に近い感情を持っていようが、こいつは“デバイス”だ。人間じゃねぇ。
世界的に見ても貴重且つ、ロストロギアに指定された“物”が最終的にどうなるか、お前らも知ってるだろうが」

どれだけ人間に近い姿をしていようとも、どれだけ人間に近い言語を操ったとしても。
彼女がユニゾンデバイスである事実までは変わり様が無い。
ましてロストロギアの末路など、簡単に予想が付いた。

「で、でも兄さん。管理局とかでも人間以外の人達が働いてたりしてるよ。その子も人間に近い思考をしてるんだから、実験材料になるなんて事は……」

「へッ。確かにユーノ、お前の言う通りミッドチルダを含めた各世界でも使い魔なんかの人間以外の生き物にも人権が認められている。
中には民間企業や軍・警察なんかの役職にも就いている様な奴は、少なからず居る」

だったら、その子も実験材料にされるなんて事は無いのではないか。
疑問に思うユーノの視線を受けながら、バクラは変わらず淡々とした抑揚が無い声で答え始めた。

「だがな、そいつらはあくまでも自分の主となる人間が居たからだ。ロードも居ねぇ、この野良デバイスが同じ様な扱いを受けると思ってんのか?」

人間に近い人格を持つ“物”に人権を与えるかどうか。
近年の管理世界ではその議論が交わされている。
今現在、使い魔などの非人間には普通の人間と同じ様な扱いがされているが、今回はデバイスだ。生き物ですらも無い。
ロストロギア、しかも“物”に分類され、さらには主人も居ないユニゾンデバイスが人間として扱われるか、それともデバイスとして扱われるのか。
前者なら実験材料にはならないだろうが、後者なら間違いなく研究機関に送られる。
そして、今の管理世界ではロストロギアのデバイスである限り、後者の扱いを受ける可能性の方が高い。

「解ったか。てめぇらがこいつに情を移すのは勝手だが、世界その物がこの赤チビを人間として扱わねぇ限り、こいつの行先は研究機関での実験材料だ。合法的にしろ、非合法的にしろな」

残酷な現実にユーノは眉を顰め、アルスはある程度予測できたのか平然としていたがやはり釈然としない想いを抱いていた。




子ども組がユニゾンデバイスの処遇をどうするか議論を交わしている背後。
バナック、チェルシー、レオンの大人達も同じ様に集まりユニゾンデバイスの処遇をどうするか相談していた。

「で、どうすんだいバナック?やっぱり、管理局にでも連絡するのか?」

「普通でしたら、それが妥当な判断ですよ。……族長、あの子の処遇はどうするつもりで?」

チェルシーとレオンが、それぞれスクライアの族長であるバナックに決断を求めた。

「……はぁ~。お主ら、頼むからワシを人身売買の元締めに仕立て上げる様な事をせんでくれ。頭が痛くなる」

ただでさへバクラという問題児を抱え、今回のユニゾンデバイス問題。
長としての仕事を投げ出しちゃおうかな~、と一瞬でも本気で考えたバナックであった。





バナックもチェルシーもレオンも、全員心の中では目の前のユニゾンデバイスを研究機関に送る事に反対していた。
本来、ロストロギアを見つけた場合は直ぐ管理局に連絡し、迅速に引き渡すのが最もポピュラーな判断だ。
今回もそう。
然るべき場所へ引き渡し、自分達は流浪の旅を続ける。そのはずだった。

(まさか、ユニゾンデバイスがあそこまで人間らしい感情を持っていようとは。何十年も生きてきて、初めて知ったわい)

そもそも、ユニゾンデバイス自体がこの世界では珍しい貴重な品だ。
何処かの研究機関では融合騎のレプリカの製造に成功した、という話を耳にした事はあるが、それにしても一般にはあまり馴染みが無い。
スクライアの族長として長年歴史の発見に携わってきたバナックでも、知識の上では知っていたが実際に見たのは今日が初めてだ。
見た目も、話し方も、考えも、なんら人間と変わりない。
まさか此処まで人間臭いデバイスだったとは、バナックを含めチェルシーもレオンも思いもしなかった。

(じゃからこそ、今回の判断は慎重にいかねば)

もしこれが感情も無い、こんなにも人間らしいデバイスでなかったのなら直ぐ管理局にも引き渡していただろう。
罪悪感も無く、後ろ髪が退かれる事も無く。
だが、彼らは知ってしまった。
ユニゾンデバイスがただのデバイスでは無いと言う事を、人間らしい感情を持つと知ってしまったからこそ放ってはおけない。
さらにもう一つ。
バナックには、どうしてもユニゾンデバイスの女の子を放ってはおけない理由があった。

(似ておるな。昔のバクラに………)

感情的な部分を除けば、目の前のユニゾンデバイスは昔のバクラに似ていた。
二人とも行く場所が無く、頼れる人も、自分の記憶すらも無い。
部下の後始末は上司の役目。孫の責任は祖父の責任。
これも何かの縁だ。
せめてこのユニゾンデバイスの女の子が、人らしい生活は出来るぐらいの環境は整えてやらねば。
キセルを咥え、重々しく白煙を吐き出し、バナックはこれからの事を考え始めた。

(先ずは、やはりこの子を引き取ってくれる所を探さねば。さーて、何処が良いかのぅ……)

真っ先に思い浮かぶのは、やはり時空管理局。
何度か自分達が見つけたロストロギアを引き取ってもらった事もあり、信頼が置ける組織だ。
もしかしたら、彼女のロードも見つかるかもしれない。
レオン達の言う通り妥当な判断だが、バナックには一つだけ気がかりな事があった。
バクラが言ったユニゾンデバイスについての扱い。
言い方は乱暴だったが、あながち間違いだとは言い切れない。
管理局だけでなく、各世界の研究機関ではロストロギアの解明に明け暮れている。
どれだけ人間らしい感情を持とうが、バクラの言う通り彼女がロストロギアのユニゾンデバイスである事には変わりない。
研究者側から見れば、さぞ一度でもお目にかかりたい品物だろう。
それは、歴史の発見に携わっているバナックも良く解る。
今だ誰も解明していない、発見されていない物を見つけ研究するのは、学問に関わる者なら誰もが持つ欲求だ。
中には、非合法な実験を繰り返す者も居るかもしれない。
おまけに、彼女はユニゾンデバイス。
一般的には馴染みも無いデバイスである限り、世論が彼女の味方をする可能性は低い。
勿論、実際に会えばバナック達の様に彼女の味方になってくれる人も多く居るだろう。
しかし、残念ながら今の管理世界ではユニゾンデバイスについての知識を持つ人が圧倒的に少ない。
あったとしても、精々術者と融合する今は失われたデバイス、という程度の知識しかなく、此処まで人間らしい感情を持っていると知ってる人は限られてくる。


――人間を実験材料にしている。


こう聞けば、ほとんどの人が難色を示し、こぞって味方はするだろう。
だが、これがユニゾンデバイスであった場合はどうだろうか。
ベルカ式融合騎とは、ミッドチルダ式で例えるなら人工知能を搭載するインテリジェントデバイスだ。


――インテリジェントデバイスを実験材料にしている。


こう言われても、事情を知らない人からして見れば当たり前の事で、別に可笑しくはないと答えるだろう。
より高度なデバイスを造るため、日夜研究は繰り返されている。
その中にユニゾンデバイスが研究の対象とされていても、大抵の人は疑問には思わない。ロストロギアなら尚更だ。
寧ろ、歓迎すべき事だと受け取られるかもしれない。
ユニゾンデバイス。
相性の良いロードと融合する事により、他のデバイスを凌駕する力を秘めたベルカの遺産。
言い伝えには、保有する魔力を圧倒的に高めたユニゾンデバイスもあったと聞く。
もし仮に、何処かの研究機関が彼女を調べ、ユニゾンデバイスを量産する事に成功したらどうなるか。
単純に一ランク上げるとして計算し、今まで魔力がDしかなかった魔導師がC、Cの魔導師はBとなる。
管理局全体で5%しか居ないAAAランク以上の魔導師に至っては、全員Sランクの魔導師となる。
ただ魔力が多ければ良いと言う訳ではないが、それでも今まで以上に魔導師の戦力が充実するのは目に見えて明らかだ。
管理局を信頼しない訳ではないが、バクラが言った様に彼女はユニゾンデバイスであると同時に、危険なロストロギアでもある。
実験材料にされる可能性は、決して低くはない。

「ふむ……管理局がダメとするなら、聖王教会でも頼ってみるかの。あそこには昔からの馴染みも居る事だし。どうじゃ?お主ら?」

「私は賛成だね。どうせロストロギアを引き渡すなら、管理局だろうと聖王教会だろうと、どっちに渡しても同じだからね」

「俺もおばば様の意見には賛成です。あそこなら、彼女も悪い様に扱われないでしょうし」

聖王教会なら知り合いも居る。多少の融通は効くだろう。
それに、彼女自身と彼女が封印されていた箱は古代ベルカの物である可能性が高い。
もしかしたら、古代ベルカ期に活躍した名のある騎士のユニゾンデバイスだったのかも知れない。
古代ベルカに関する史料が多い聖王教会なら、失われた彼女の記憶が戻る可能性もある。
上手くすれば、新しいロードも見つかる可能性も。
流石に使い手の居るユニゾンデバイスなら、変に邪な想いを抱く輩も減るだろう。
自分の考えに賛同してくれる二人に、バナックは満足そうに頷いた。

「さて、それでは最後の砦を崩すとするか」

バナックの視線の先に居るのは、今回の騒動の原因の一人であるバクラ。
相変わらずユニゾンデバイスの女の子を物扱いし、売り飛ばす気満々である。しかも、各世界を相手にオークション形式の売買で。
下手に公に彼女の存在が知られたら、善からぬ輩が集まってくるかもしれない。
これは何としても止めなくては。

(それ以前に、こ奴には義理人情という物が無いのか。……無いのじゃろうな。あったら、あそこまで暴言を繰り返したりもせん)

その辺については後で話しをするとして、今は説得の方が先だ。
バナックはバクラを説得しようと口を開こうとしたが、その前にある人物が既に行動に出ていた。




ユニゾンデバイスの女の子は、一人で震えていた。

「何をしていた?あたしは……何で眠っていたんだ……」

周りの声など、彼女には聞こえない。聞こえるはずが無い。
どれだけ自身の記憶も探っても、何も思い出せないのだ。


『てめぇは時代にも使い手にも捨てられた、野良犬同然の存在なんだよ!』


絶えず頭の中に響き渡る、残酷なバクラの言葉。
普段なら嘘だと鼻で笑う様な無い様だが、では自分の記憶が無いのはどう説明がつく。
自分にも確かに使い手は居た。
おぼろげながら、それは覚えている。なら何故ロードは自分を迎えに来ない。何故眠っていた自分を一人にした。

「あたしは……あたしはッ!…………」


『恨むなら、俺様じゃなくててめぇを捨てたご主人様を恨むんだな』


「あたしは……捨てられたのか。ロードに………」

瞬間、彼女の体に今まで感じた事も無い悪寒が走った。

「ッ!!」

怖い。
自分が誰なのかも解らないのも、ロードに見捨てられたかもしれないのも。全てが怖い。

「嫌だあ……嫌だよぉ。……誰か、教えてくれ……あたしは、一体なんなんだ」

そこに居たのは、一人の子供だった。
ユニゾンデバイスとか関係ない、帰るべき場所が解らない迷子の幼い子供。
どうしていいか解らず、不安に押し潰されそうになったその時――

「こんばんは~、ユニゾンデバイスちゃん」

「やぁーあ~」

優しく、柔らかな声が聞こえた。

「………へ?」

行き成り声をかけられた事に素っ頓狂な声を上げ、ユニゾンデバイスの女の子は釣られる様にして声が聞こえた頭上を見上げた。
そこには、赤ん坊を抱きかかえた女性が、優しそうな笑みを浮かべて自分を見つめていた。

「お姉さんのお名前は、アンナって言うの。よろしくね~」

「やぁ、たーやぁーばーぶぅ~」

「僕の名前はユウキだよ。よろしくね」

「あ……あぁ」

ユウキを前に突き出し、腹話術の要領で自己紹介をするアンナ。
正直言って、ユニゾンデバイスからして見れば何をしたいのか解らない。
どう反応していいのか解らず、空返事しか出来なかった。

「わぁー、あぁやぁ~~」

「って、こら!止めろ……い、痛い。翼を引っ張るな!」

玩具と勘違いでもしたのか、ユウキが手を伸ばしてユニゾンデバイスの翼を引っ張り始めた。
彼女からしたら迷惑だが、相手は赤ん坊。
邪険に扱う事が出来ず、されるがままになっていた。

「こ~ら、ダメよユウキ君。ほら、お姉ちゃんにゴメンナサイは?」

「ほへんまはい?」

「は~い、良く出来ました。良い子~良い子~」

「な、なんなんだ?こいつら……」

あまりにもほのぼのした空気に、彼女も困惑してしまう。
先程まで胸の中を渦巻いていた不安も、スッカリ霧散してしまった。

「ねぇ、ユニゾンデバイスちゃん」

「うん?……なんだよ」

ユウキをあやしていた手を止め、ニコニコと柔らかな笑みを浮かべながら話しかけるアンナ。

「ユニゾンデバイスちゃんのロードって、どんな人なの?お姉さん、聞きたいな~」

「……はぁ?」

ユニゾンデバイスからして見れば、正に『はぁ』である。
こいつは話しを聞いていなかったのだろうか。
自分はロードの名前すらも思い出せないほど、記憶の破損が酷い。どんな人と言われても、答えようがないのだ。
嫌がらせか。
自然とユニゾンデバイスの目が鋭くなっていくが、アンナはうろたえる事無く質問を続けた。

「昔、レオンさんに聞いたんだけど、ベルカの騎士さんって凄く強かったんだよね。やっぱり、ユニゾンデバイスちゃんのロードさんも強い人だったのかな?」

ゆっくりと、駄々をこねる子供に言い聞かせるように言葉をかけた。

「あ……あぁ。そりゃ、もう強かったぜ!」

自分のロードが褒められるのは悪い気がしない。
ここぞとばかりに、ユニゾンデバイスは自分のロードがどれでけ凄かったのか語り始めた。

「剣を抜いて、もう凄いんだ!こう、ズバーン!って行って、ズバズバって感じで!!そんで、ドカーンって!!!」

失った記憶。それでも尚、僅かに残った断片を繋ぎ合せながら彼女は語る。
名前も、技も、性別も、何もかも解らないが、ロードの話しをする彼女はとても楽しそうで、何処か誇らしげだった。
アンナは邪魔をせず、時々頷きながら彼女の話しに耳を傾け続けた。
そして、ユニゾンデバイスの話しが終わったのを見計らい、ある事を問いかけた。

「ねぇ、ユニゾンデバイスちゃん。貴方は、これからどうしたい?」

焦らせる事無く、バクラ達に向ける様な優しい声音でユニゾンデバイスに確認する。これからどうしたいかを。

「あたしは……」

俯き、不安に押し潰されそうになりながらも、彼女はハッキリと答えた。

「探したい。あたしのロードを、探したい!!」

記憶は失った。自分の事さへも覚えていない。
しかし、それでも彼女の心の中には確かな想いが存在した。
ロードを探す。
それが、自分の生まれてきた役目であり、使命なのだ。

「……そっか。うん、解った」

答えを聞いたアンナは、今まで傍観に徹していたバクラへと振り向いた。

「それじゃあ、バクラ君。一緒に頑張ろうね」

「…………何をどう頑張ればいいのか、主語を言え。主語を」

流石のバクラでも、あれだけでは言葉の真意を攫み切れなかったらしい。

「だから、この子のロードさんを一緒に探してあげよう、って話し。お姉さんも手伝うから、バクラ君も一緒に探してくれると嬉しいな~」

少しの沈黙。
ユニゾンデバイスは驚いた様に目を見開き、バクラは呆れたように白い目を向けていた。

「アンナ、俺の話しを聞いていなかったのか?そいつのご主人様は、とっくの昔に死んじまってるんだぜ。今さら、どう探せってんだよ」

「うーん……でも、その人のお子さん達は生きてるかもしれないんだよね?じゃあ、折角だからこの子にも会わせてあげよう。そうすれば、この子にも帰るお家が出来るし、きっとお子さん達とも仲良くできるよ」

「……何を根拠に言ってるのか知らねぇが、俺様がんな面倒くせぇ事をする義理はねぇな」

普段はアンナの言う事は大抵聞くバクラだが、今回は難色を示している。
意味が解らないからだ。
売り飛ばす商品の前の使い手の子供を、何故探さなければならない。そんなの、売り飛ばした相手に任せればいい。
却下だ、とアンナのお願いを切り捨てようとするバクラだが――

「あ……そうか。この子のロードが誰か特定出来れば、必然的にそのロードの子孫の人達に所有権は引き継がれる」

「例えロードの子孫たちが見つからなくても、現代の誰かが正式にこの子の使い手になれば、少なくてもその人の許可を取らない限り研究は出来ない。実験材料にならずに済む!」

ここぞとばかりに、ユーノとアルスがアンナに追随した。

「なぁ、バクラ。見つけたのはお前だから俺が言えた事じゃないかもしれないけど、その子のロードぐらいなら見つけてあげても良いんじゃないのか?」

「僕からもお願い、バクラ兄さん」

元々ユニゾンデバイスを売り飛ばす事に否定派だった二人は、こぞってアンナの援護へと回る。

「てめぇらな……」

機嫌が悪くなるバクラだが、此処でさらに敵側へと援軍が現れた。

「私もアルス達の方に一票を入れさせて貰うよ」

「……チェルシーの婆さん」

スクライアの皆からおばば様と慕われているチェルシーが敵に回り、旗色が悪くなるバクラ。さらに彼を追い詰める援軍が現れた。

「なぁ、バクラ。これも何かの縁だし、一肌脱いでも良いだろ。これも人助けだ」

「レオン、お前もか……」

自分の父親代わりのレオンも、アンナ達に賛同した。

「のぉ、バクラ」

止めと言わんばかりに、スクライアの族長であるバナックが最後にバクラの説得にかかる。

「別にその子の面倒を見てやれ、とまでは言わん。そもそも、ロストロギアの不正の所持はそれだけで犯罪じゃからな。何処かの公的機関に引き渡すのは止めたりはせん。
じゃが、出来るならベルカ自治領の聖王教会へと引き渡してはくれぬか?」

これで事実上の6対1。
赤ん坊のユウキは数に入っているか微妙だが、アンナに賛成している様に見える。
暫しの硬直状態が続く。
一分だったのか、十分だったのか、一時間だったのか。
それだけ長く感じるほど、この場の空気はピンと張りつめていた。

「…………………チッ!解ったよ。こいつを売り飛ばす相手は、聖王教会にしてやるよ」

白旗を上げたのは、バクラだった。
流石に育ての親、一族の長達、兄弟の連合軍の前には妥協をせざるを得なかった様だ。

(まぁいいさ。元々、聖王教会は交渉元として最有力の候補だったんだ。競争相手が用意できねぇのは残念だが、その辺は交渉でなんとでもなる)

バクラにとっては、大した障害では無い。
唯一心配なのは、本当にこのユニゾンデバイスのロードが見つかったらどうなるかである。
一応、ロードとセットにすれば自分にとってのメリットもあるだろうが、その分のデメリットも否めない。
だが――

(こいつのロードとやらがふざけた事を抜かした時は、武力交渉でもするか)

流石盗賊王。交渉ではなく、武力交渉である。
一体どれほどの値段で売却するか。
思考を張り巡らせていたバクラだったが、ふとある事を思い出した。

「そういやぁ……昔、ベルカの奴らには世話になった事があったな」

注意して欲しいのは、この場合の世話とは決して恩義を受けたという意味では無い。
昔、バクラは発見したクルカ王朝の金貨を謝罪金として全て没収された事があった。
100%バクラが悪いのだが、この男にはそんな常識はないようである。

「待ってな、聖王教会。あの時の分も、キッチリ返して貰うぜ。クククッ……」

皆がバクラが納得してくれた事に喜ぶ中、当の本人は怪しい笑みを浮かべていた。









一方その頃、聖王教会では――

「ッ!!……な、何!?……………今、凄い悪寒が」

とある女性が前代未聞の悪寒に襲われ、同僚のシスターに早めに休む様に諭されるのだが、その夢の中でも悪夢に襲われることになった。




後日、その悪夢が本物になるとは、正に夢にも思わなかっただろう。










年内初めの更新、どうもお久しぶりです。
早速ですが、少し確認なんですけど……今回の話し、特にアギトの扱いについて可笑しい所はありませんでしたか?

本編では役職に就いたり、犯罪者として判決を下されていますけど、今回の様に発見された初期の段階ではどういう扱いを受けたんでしょうね。
やっぱり物なのか、それとも人なのでしょうか?
可笑しな所があればご指摘ください。

さて、皆に説得されて聖王教会を取引相手に選んだバクラ。
果たして、無事取引を成功させることはできるのか!
そして、ユニゾンデバイスの運命は!!
次回をお楽しみに。


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