※ 8/10 23:23 題名変更
プロローグ
ヘリの、コクピットのわずかな照明が俺の顔を照らす。
先ほど連絡がついた横須賀からは、俺たちの到着を待ってから詳細を伝える、と来た。
向こうもまだ詳細を掴んでいないようだったが、東日本の施設の多くが攻撃を受けたらしい。
味方であるはずの自衛軍からの攻撃。
敵とおぼしき自衛軍は西方から仕掛けてきた。
まさか、西日本が戦争仕掛けてきた…なんてことはないと思いたいが…。
「マコト、大丈夫か?」
「あ、ああ、心配すんな。ちと夜更かししすぎただけだ。」
目をしぱしぱさせる、
施設での戦闘からここ、酔いは感じない。
必死…だったからかなァ。
あ、こりゃ…アカンな、何しても無駄だわ。
事実、あくびしようが何しようが、眠気に拍車をかけるだけだ。
「そうかい、まぁ横須賀基地まで40分くらいある、すこし寝ておけ。」
リュウと居ると気を使わなくて済むのが最高だ。
何かしたいなと思えば、気がつけばリュウがいち早く気付いてくれる。
そしてアクションを起こしてくれる。
どっかのデカ女にも見習ってほしいもんだぜ。
「へっ、ずいぶん優しい…じゃ、……ねーの…。」
意識が途絶える、
限界だ。
つめたい。
あたたかかった身体がすぐに冷えきる。
ここは、どこだ?
精神患者がいそうな、全面が真っ白な部屋。
ガラスの容器におさまった俺……。
動けない?
いや、動けなくはないが、起き上がれない…。
必死に手足を動かす。
だが、状況は何も変わらず、視界には小さな手だけが映し出される。
これは、赤ん坊……?俺なのか?
誰かが覗きこむ。
眼鏡をした、陰湿そうな研究員…
天井に備え付けられた蛍光灯の光が、そいつの顔を陰にする。
誰…?
手にした注射器から液が押し出される。
太い針、
そして、その先端が近づく…。
そして、全身を揺さぶるような衝撃が、体中に広がる。
「っ!!!!!!!!!」
「おい!マコト!?大丈夫か?」
う…ん?
そうか、ここはヘリコの中だ。
「うなされていたぞ、をい。」
「あ、ああ、大丈夫だ、今はどのへんだ?」
「今ちょうど横須賀に着いたところだよ。」
ああ、確かにそうだな、
ヘリの窓から見える照明がコンクリ固めのヘリポートを映し出している、後ろの方には桐栄さんの白い機体も見える。
さっきの痛みは着陸時の衝撃か、どおりでリアルなわけだ。
とはいえ、ゲームでもし過ぎたのかもしれない、あんなベタなネタが夢に出てくるとは…。
自分が特別な存在だと、ヒトは思いたがる。
だが現実は、そうじゃあない…。
シートベルトをはずし、
後ろでノビているヘリパイロットを、引きずりながら乗降口へと歩き出す。
このキャリーヘリで脱出したのは施設職員を含めて18人。
ひとりひとりの顔を出口で見る。
やつれきっている…。
たった数時間でこうも変わるものか。
皆が降りたのを確認し、俺も降りる。
横須賀、第1護衛隊群が配備されている基地…。
それくらいしかしらねぇ。
東京湾近くに作られたヘリポートに降り立つ。
んー、とドコだ?
きょろきょろ辺りを見回す。
WL機甲部隊は特に陸上自衛軍のみに配属されてるわけではないが…。
つい先日まで訓練生だったもんだからこの基地の中身はわからない(ぶっちゃけまだ沼津養成施設しか知らんが)。
「沼津の方たちですね?
ぶしつけですが責任者の方はおられますか?」
若い士官が駆け寄ってくる、ココの人間だろう。
責任者…か、階級的には桐栄さんが中尉、俺が少尉(予定)、リュウは准尉(予定)、ヘリコの野郎は…知らんがとりあえず下だった気がする。
「アレが最高位ですね。」
そう言って指をさす。
わたし?という顔で桐栄さんがこっちを見据える。
そう、あんた、というように俺は顔をこくこくとする。
「あのぉ…上官にアレはないんじゃないですか、さすがに…。」
「あ、スンマセン、今のは気にしないでください。」
「それで、その、えっと、次に階級の高い方は…?」
「あ、俺だね。」
やけに腰が低い人だ。
見たところ俺の階級(予定)より高そうな人なのに。
「その、ですね…沼津の状況が知りたいと、司令がお呼びです。司令室までお越し願えますか?」
ああ、そういうことか。
俺らよりも先に脱出した奴らでは最期までわからんからな。
「わかりました、案内、よろしくお願いします。」
「承知いたしました。」
リュウたちとは一旦別れ、若い士官、俺、桐栄さんの3人で近くの建物に入る。
「ここは横須賀の総督部なんです、基地司令室はここの2階にあるんですよ。」
へー、ととりあえず相づちを打っておく。
他にどう言えばいいのかわからんかった、というのがホントのところか。
あと何か言っていた気もするが…、
「桐栄さん、何言ってた?」
「いや、聞いていなかったな。」
それぐらい、聞いててわかりにくい話の長さだった。
まぁ基地施設の紹介だったんだろう、タブン…。
エレベーターに乗る、2階ごときでコレを使うとは…。
ん…待てよ?
「コレ、司令メチャ厳しいんでねーの?」
「どうしてだ?」
案内人の後ろでひみつ会議が行われる。
当人はペラペラと解説に勤しんでいて振り返る気配もない。
ぽそぽそ話すぐらいでは気付きそうもないな。
「よく考えろ、部下のあいつがあれだけビシッとしてんだ、きっと司令なんかもっとやべぇ頑礼儀作法至上主義者にちげぇねぇ。」
「む…、言ってることは何となくわかったが、確かにやりづらいな、それは。」
ここです、と案内されたのはいい木目をした両開きのドアの前。
「小島司令、お二人をお連れいたしました。」
わざわざ扉まで開けてくれる。
「おう、待ってました!ささ、入って下さい。」
「あ、は、はい!」
俺と桐栄さんはぺこぺこしながら中に入る。
なんか、
めちゃフランクな人じゃないの…。
「おいっ、こりゃどういうことだ!?」
「わたしが知るか!」
小声で討論が交わされる。
「なにボソボソしてんだ?」
うぃ?
小島司令っぽい人の前に2人が立っている。
「んん?お、お前は…。」
「や、そんなに驚くこたないだろ。」
いや、真田…、お前がいることに驚いてんじゃなくて。
「アレ?なんで有田秘書官までここに?」
この司令室では今、沼津施設の状況報告をしているはず。
こういうのは階級高い人が行うしきたりだけど…、秘書官ってそんな階級高かったっけ?
てか所長はどこいった?
「わたしは中佐だよ、篠田訓練生?」
いっ?
「ま、まぁ、そうなんだよ、俺もさっき知ったんだけど。」
頭をぽりぽり掻きながら真田がそう言う、俺と同じ反応をして何か言われたのだろう。
有田秘書官のバイオレンスぶりは噂に聞いている。
気をつけないと危険だ、目をつけられたら終わる……。
「さて、再会の挨拶はそこまでにして、篠田くん?施設の状況を司令に伝えてくれないか。」
「は、はい!」
(名前、割れてる時点でどうかと思うが…。)
そんな目をしてこちらを見る桐栄さんと真田。
俺の心が読まれた!?
まぁそんな気がしただけだから、そんなこたないと思うけど。
「それでは、報告します……
(長いので割愛)
。」
本編 前編
「…………・・・、報告は以上です。
この戦闘データを参照すれば詳しくわかるでしょう。」
そう言って1枚のメモリーを司令に手渡す。
「そんなもの、いつの間に?」
「ああ、脱出間際に多摩型から引き抜いたんだよ。役立つと思ってね。」
ふふん、と自慢げに話す。
思い入れのあるアイツを捨てて逃げる羽目になったんだ、心ぐらいは持って帰ってやらんと…。
「そうか、だいたいのことはわかった、じゃあ今度はこっちが状況を伝えよう。」
唾を飲み込む。
「あー、まぁ俺の口から説明するよりコッチのが早いな。」
チョ…、溜めるだけ溜めてそれは…。
緊張が瞬時に崩れる。
小島司令が手にするはビデオテープ。
かなり前時代的な遺産が出てきたな、オイ。
小島司令が卓上のテレビをこっちに向け、下にあるであろうビデオデッキをいじり始める。
…なんで司令室にビデオ?
「よし、見たまえ。」
テレビがパッとつく。
『ふたりはプ・リ・キュア♪プ・リ~♪♪』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
司令、
ないよ、ソレは…。
タイミング的にも、年齢的にも…。
後ろにいる有田中佐から超殺気が向けられている気がする。
司令と彼女の間にいる俺は気まずいというか、背中が痛い。
「ほ…ホラ!今のはサ…その、アレだよ。
友達に頼まれてたヤツなんだって!あとで渡すつもりだったんだって!」
・・・。
言い訳までガキくせぇ…。
どこのアタマもこんなバカばっかなのか?
大ジョブなのか?自衛軍…。
「ん、コホン。
あー、まぁ俺の口から説明するよりコッチのが早いな!」
だが、立ち直りの早さはやはり凄まじい、
堂々と、さっきと同じセリフでやり過ごそうとしている。
「これを見たまえ。」
やはり歴戦の猛者だ(俺たち)、あれほどのことがあってもほとんど動じない。
持つべきものは無能な上司か?
や、それはないな…。
「……我々西日本自衛軍は、我らに与せぬ全ての自衛軍に対し宣戦を布告する!」
一時停止を指す2本の縦線が画面に映る。
は?
「エ?」
今度ばかりは動じずにはいられない。
「そういうことだ、・・・続けても、いいかな?」
「は、い。」
深呼吸を挟んで俺は答える。
周りの奴らもまだ飲み込めていないようだ。
「夢のようだがクーデターだ。
既に各地の官邸、自衛軍基地が攻撃を受けている。
首謀と思われるこの男は佐世保の司令、前田靖。
軍事だけじゃなく、政治手腕もキテる奴だそうだ。政治家も何人かあっち側に行ったって情報もある。」
…。
「まだ現実味が湧かないか。
貴様らとて数時間前に戦っただろう?我が国の国旗をペイントした機体と。
お前らが思っていた以上に日本は不安定だったんだよ、経済も、軍事も…。」
「し、しかし!
政権を軍に戻して何をするつもりなんですか?」
知るかよ、というしぐさで小島司令が続ける。
「もともと奴は今の政治に不満を持っていた、それは知っていたし、この世界じゃ有名だった、だがな、ここまでやるバカだとは思わなかったぜ。
って、おうおう、そんなに心配そうな顔するな。
今、政府側が安保理に助けを求めている。それさえうまくいけばこの騒ぎもおさまってくる。ま、貴様らは、今日は休め。」
「しかし、彼の部下たちはなぜ従うんです!?」
おかしい、そんな危険な男の指示に従うような奴らが自衛軍に?
「ああ、お前は知らなかったか、ここ数年、妙に人事が騒がしかったんだ。
理由もきちんとした内容だったし、そんなだから気にも留めていなかったんだが…。」
こうなっちまった、とお手上げのポーズを取る。
「今頃奴の周りはシンパだらけだろうよ。」
そんな…。
「もういい、休め。」
はい…。
「宿舎までお連れします。」
丁寧な士官が再び、道を示してくれる。
~宿舎~
「それじゃ、マコト。わたしはあっちの個室だから。」
桐栄さんが軽く手を振って遠ざかっていく。
ちっ、女はいいよな、個室あてがわれてよ。
ん…?
いま、名前を?
気のせいか。
って?
アレは有田中佐?
桐栄さんと別れ、自分の部屋の前に立った時、向こうを歩く中佐が見えた。
俺の部屋の向かいの方、屋外へと続く道だ。
あと、つけてみるか…。
コンクリ製の床が乾いた音を廊下に漏らす。
確か…ここ。
有田中佐が出ていったと思しきドアから出る。
「篠田君か?」
っ、いきなりばれた…、結構静かに出たつもりだったんだが…。
「いつから…気付いていました?」
「廊下で私を追い始めた時からだ。」
…俺、探偵的な稼業は向いてないのか。
「で?私に何か言うことでもあるのか?」
ありません、と答える。
事実、何となくついてきただけだし…。
「そうか、ならいい、安心したよ。」
「そういえば、所長は…?」
彼女の顔を見て、ふと思い出す。
あのどうしようもない所長、彼女は常に彼の傍にいたはずなのに…。
有田さんが深くため息をつく。
「言うことはないんじゃなかったのかい?安心した矢先にこれか…。」
夜の外灯が彼女の顔に、深い、影を作りだす。
短く、肩で切りそろえた髪が風に揺れる。
「篠田君、沼津での、あれだけの奇襲で、コントロールルームが攻撃を受けなかったと思うのかい?」
かすかに声が震える。
「思いません。」
「では、そういうことだ。」
うつむきながら傍の手すりに寄りかかる。
彼女は再び、深いため息をつき、空を見上げる。
濁り、星すら見えない空を、飽きもせず眺めつづけている。
「好き…だったんですか?」
俺はただ、立ちつくしながら、聞いてしまった、力になってあげたかった、ただそれだけだ。
「嫌いじゃなかったさ、でもね、好きでもなかった…。
あのまま日が経てば好きになったんだろうけれど……ね、もう、この気持ちが進むことも、退がる事もないの。
ねぇ、私は…どうすればいいのかな?」
頬を一筋の光が伝う。
涙交じりに語る有田忍さんを前に、俺はどうしようもなかった。
まさかここまでうち明けてくるとは……。
思ったよりもハードな地雷を踏んじまったようだ。
虫の声が、しばし空白の時間を埋めてくれる。
物悲しいBGMを俺たちはただ聴いていた。
「有田さん、これを…。」
思い出したように、俺はポケットに突っ込んで忘れていた、アレを取りだす。
「それは…」
そう、白のキングの十字架…。
かなり小さい、爪の先くらいのソレだけれど、彼女の所長の思い出、それは溢れるように残っていることだろう。
「あ、あああああぁぁぁぁぁあ……!」
駒の破片を受け取り、崩れ落ちる忍…。
俺には彼女を抱いてやることも、慰めてやることもできない。
「忍さん…夜は冷えますから、早めに中に入って下さいね。」
来ていたジャンパーを忍さんにかける。
俺は、過ちを犯したかもしれない、彼女の心を、所長につなぎとめてしまった…。
ドアの軋む音が、いつもより大きく聞こえた。
今日の自分のねぐら、
そこへ繋がるドアを開く。
「お、どうだった?状況は…ってすげぇ顔だな、鏡見るか?」
相も変わらず第2小隊の雰囲気は軽い。
やっぱ俺たちゃ相部屋か。
差し出された鏡をのぞき見る。
確かにひどいわ、ヘリ内で見た誰よりも…。
「まぁこれで顔ふきなよ。」
弁当とかによく付いてくる個別包装のおしぼり。
雄、いつも持ち歩いてんのか。ババくせーよ…。
「んじゃまぁ、報告してもらいまひょか。」
手にしたゲーム機を放りだし、ベットから健が身を乗り出す。
「ああ、そのことなんだがな……。」
さっき司令室であった話をそのままする。
皆、思ったよりは驚かなかったようだ、ついさっきあれだけドンパチしたからだろうか。
ただ単純な奴らだからか…。
驚きよりも、そうか、という認知の度合いが強かった。
「で?これから俺らはどうすりゃいいんだ?」
「わからないな。
一応ここにもWL部隊はあるみたいだし、俺とリュウのは沼津に置いて来ちまってて(俺のは壊れたがな)部隊行動が取れないし、東日本各地の連携が取れるようになるまでは、出る幕ないかもな。」
ヘタに「僕らも戦いますぅ」的なことをすればかえって混乱を招きかねない。
どこの誰?お前…、みたいにさ。
ここは大人しく待機するのが吉だろう。
何かあれば司令の方から連絡が来るはず。
「で?わたしはどうすればいいのかな?」
…。
「で?なんでお前がココにいる?」
2段になったベットの上にツインテールのヤツがいた。
気付かなかったぞ、どんだけ溶け込んでるんだ…。
「えー、だってぇ~、お部屋いてもヒマだし~。」
PGPしながら、こっちに向けた足をぱたぱたさせる。
このぼりぼり食う音はポテチか?
「ここは男の相部屋だ、一応女なんだし、自覚もってくれよ…。」
「いいんじゃねーの?
遊びに来てるだけだし、それにコイツ、モンパン強いぜ、お前もやるか?」
布団の上に放ったPGPを拾い、再びピコピコ始める。
図太いというかなんというか、こいつ(健限定)神経使ったことあるんかいな。
「あのな、今日はそれどころじゃねーだろ、もう寝ねーと明日からつらいぞ。」
モンパン、モンスターパンターの略。
目的のモンスターを自分だけの戦車で倒す、新感覚ゲーム…。
倒した敵の素材で装甲厚、砲塔、動力、ペイントなどのカスタマイズを行っていく。
パッケージには、二次大戦で名を馳せたパンター戦車がアップになっている。
前作はどっかの県民と同じ数だけ売れたとかで大騒ぎしてたな。
俺もつい先日中古で買って結構楽しんだ。
まぁ楽しいけど、今はちょっとね、そんな気分じゃないかな。
「だって~、眠くないモン。眠れないモン!」
「あのな、お前も明日から忙しくなるんじゃないのか?外交官なんだろ?」
そう言って諭そうとすると、
真奈美はもぞもぞと布団の上で旋回し、こちらに顔を向ける。
めっさふくれっ面しとる…。
「私、職場戻りたくないなぁ。」
?
「だって~、今回の件で私、絶対なにか言われるモン。」
?
「なにか…とは?」
真奈美がちょっと、困った顔をする。
「まぁ、お兄ちゃんたちは信用できるから言っちゃうけどサ、私ってユシア相手がメインだったじゃない?」
あー、そうね。
そういやそんな話あったな。
「つい先日ね、その前田靖少将とユシアとの軍事的な繋がりを見つけちゃったのよ。」
はい?
「え?ってことは西自衛軍はユシアの支援を受けてるのか?」
「まぁ、そうなっちゃうわね。」
最早どう反応していいのかもわからない。
自衛軍による離反、沼津の陥落、おまけに他国家まで介入…。
「それは上に報告したのか?」
「したわよ!これでも仕事はきちんとしてるのよ!?証拠の書類も含めて全部、ね。
でもなきゃ休暇なんて取らないわよ。」
手にしたゲーム機から視線をこちらに向け、激しい口調で話す真奈美。
自分のした仕事への絶対的な自信がそうさせているのか。
「むぅ、ってなると…真奈美ちゃんが休み取ったのが一昨日、
その前には前田って奴のやることはばれてたわけだ、それなのにフツ―にクーデター起きてるってなると…」
「ま、嶋野の上司があっち側だったってことだな。」
本をアイマスク代わりにしていたリュウが〆る。
さっきから黙ってたからてっきり寝てたかと思ったぜ。
「そう、なるわ。
多分、証拠が詰まった私の事務所も、パソコンも押さえられているでしょうね。」
そうか、それであの暗殺騒ぎか。
証拠は握りつぶせば何とかなる、あとは口封じで…ってことだな。
暗殺が失敗したからクーデターの開始を早めた、そういうことなのかもしれない。
「どうする真奈美ちゃん、司令に報告に行くか?。」
・・・
彼女は黙っている。
自分が生きていると分かればまた、命を狙われかねないからだろう。
「わかった、行方不明者のリストに真奈美ちゃんの名前を入れておこう。」
「ホント!?ほんとにホント?」
っ!!
真奈美ちゃんがベットの上から飛びかかってくる。
いくら相手が小さいとはいえ態勢が悪かった、腰に鈍い痛みが走り、頬から冷や汗が垂れる。
「モヤシ…正気か?ヘタすりゃ戸籍が…。」
心配そうに雄が話しかけてくる。
結構慎重な奴だ。
「そのための行方不明だろ?
最終的に病院かなんかで意識不明でしたって診断書もらえば問題なしだ。
行方不明ってなってる奴をあえて探し出して殺そうとするやつはいないだろうしな。」
そういうもんか、と言う雄に
そういうもんだ、と俺は答えた。
大学生のころはしょっちゅうつてのある医師に偽造してもらったもんだ…。
おかげで出席してなくても考慮してもらえたし。
とと、こら関係ないな…。
「大好きだよぉ!まことぉ!!」
改めて真奈美ちゃんにはぐはぐされる(噛まれたんじゃないよ。
そして空気読め的にここのドアが開く。
「マコト?話したいことがあるんだが…いいか…な……って……。」
・・・
状況確認(俺脳内)
俺の首に手をまわした嶋野真奈美。
ドアを開けた嶋野桐栄。
ドアまで約1.5m、
窓まで2~3m、
逃げ場…なし。
浮き上がる血管。
憐れむ仲間。
俺、終了・・…。
状況確認終わり(約0.5秒)
「マコトおぉぉぉぉぉぉぉ!」
あ、超デジャビュ…。
この前の戦慄が身体を襲う。
「あ、篠田君ちょっといいかな?」
室内のテレビカメラが明るく光る。
殺害現場の瞬間を見せるわけにはいかないのか、桐栄さんの拳が止まる。
とりあえず命拾いした、と考えてよさそうだ。
「あー、お取り込み中かな?」
全然、と手を振って答える。
我ながらちとオーバー過ぎたかもしれん(アクションが。
「それならいいんだが、ちと用事がある。今迎えを寄越したからそいつのあとについてってくれ。」
「了解です。」
いきなりですか、1日くらい空くかと思っていたんだが…、というか眠いんだが…。
タイミングを見計らったようにさっきの若い士官がやってきた。
「はいはい、今行くよ。」
「おっと、そうそう、小野田健太、嶋野桐栄 両名は司令室まで来てね、至急だよ?」
小さくせき込むように健が、桐栄さんがモニターを見る。
「や、悪くない話だから。そんな渋い顔しないで。」
モニターの中の小島司令が大きく笑う。
「では、篠田まことさん、こちらへ。」
「あいよ。
いいな?お前ら、早く寝とけよ?」
念のためリュウ達に釘を刺しておく。
リュウは規則正しく生活できるんだが…他のバカ(主に健)がフリーダム過ぎるからな、
また処罰されないように気を付けて騒いで欲しいもんだ、とばっちりは俺に来るんだから。
俺は前を歩く士官のあとについていく。
いったい、何の用なんだろ…。
~司令室~
「うむ、来てもらったのは他でもない。」
きちんと敬礼をするおれ、桐栄を前に小島孝は敬礼で返す。
なんだっておれがこんなとこに…。
「キミらの任務はこれだ。」
小島司令から差し出されたモノを見る。
かなりの数のチケット。
「はい?」
「や、コレが任務。」
「司令、銭湯の貸し切りチケットにしか見えないのですが…。」
横で渋い顔をした桐栄さんが発言する。
普段は見られない彼女の顔に、ちょっちドキドキするおれ。
「うん、どう見ても銭湯のチケットだね。
これはね、私からの労いだよ、労い。
君らよく沼津の職員をアレだけ救出できたって感心してるのよ、わたしゃ。」
はぁ、そうですか、としか答えなかった。
「それで、そのチケット…ですか。」
「そおです、ウルフ小隊、アルファ小隊、ブラボー小隊、それに有田君たち職員数人の分。
結構手配大変だったんだから、汗流して、明日十分休んでくれ。」
「基地防衛の人手は足りているのでしょうか?」
「あーあー、その点は心配いらん、敵の動きからしてもしばらくはココを攻めたりはしてこないさ。
私の苦労を無駄にしないようにしてくれよ?」
そこまで言われたら受け取らないわけにもいかないだろな、それに、明日まで休めるたぁいい感じだ。
いきなり基地防衛戦に駆り出されないで済むんだから。
「了解いたしました、ありがたく頂戴いたします。
ただ、緊急の際には私たちにもお知らせください、我ら沼津の者も戦います。」
えー、そこは嘘でも休みたいでーすって言おうよ。
「わかった、んじゃ、作戦開始だ。行って疲れ落としてこい!」
はっ
そう言って桐栄さんが部屋から退出する。
んじゃ、俺も…。
男どもの分のチケットを持って出ようとする……と、
「健太君、ちょっといいかな?」
呼びとめられる。
とりあえず残る。
「君にもう一つの任務だ。それも、極秘の…。」
唾を飲み込む音が頭に響く。
「これを渡せば全てわかってくれると思う。」
差し出されたモノに目をやる。
こ、これは…
「こ、高性能小型カメラ!!」
司令と目を合わせる。
「内訳は?」
「全 員 分だ、出来によって報酬を上乗せしよう。」
再び司令と目を合わせる。
最早語ることはあるまい、司令からの贈り物を受け取る。
おれは司令室をあとにした。
おれの、おれの戦場へ向かうために…。
あの司令とは馬が合いそうな気がする。
~総督部地下~
若い士官が厳重なセキュリティをひとつひとつ開けていく。
「はい、ここですよ、まことさん。」
案内されるがままに地下の一室に入る。
「ここは?」
暗かった室内に明かりがともる。
4台のコクピットが並んでいる、バーチャルシュミレーター用のヤツか。
「あなたの戦闘データ、見せてもらいました。
突然でなんですが、あなたをテストパイロットとして当基地で雇用したいのです。」
彼が手にしたデータチップ、アレはおれの多摩型の…。
どうやら受けなきゃならないみたいだな…。
コレだけのセキュリティのところに足を踏み入れちまったんだ、断ってしまえば、ただでは帰してくれないだろう。
促されるままに一台のシュミレーターに入る。
「引き受けてくれてありがとう、自己紹介がまだだったね。僕は加藤学、中尉だ、よろしくね。」
よく言う…。
「俺は篠田まこと、少尉(予定)だ。」
にしても、このコクピット、金をかけているのがわかる。
こういうシュミレーターは実機と同じ造りをしているもんだが…、ここまで装備が整っている機体、コストがかかり過ぎないか?
「まこと君、いいかい?さっそくシュミレーションを始めるよ。」
加藤少尉の声と共に、シュミレーター内のモニターに映像が映し出される。
「?このWLJ-004(AN)ってなんぞ?」
起動時に映し出される文字列、
「ああ、それはその実験機の型番ですよ、WLなんたらっていう型番は多摩型にもあったでしょ?」
そういや、そうだったっけ。
ずっと多摩たま呼んでたからな、そんなモンすっ飛んでたぜ…。
「いくよ、任務は簡単、敵機を全て撃破すればいい。」
READY?
指を操縦桿に食い込ませる、慣れない機体でどこまでやれるのか。
だが、シュミレーターならそうそう酔いは来ないからな、なんとかなるだろう。
「見せてくれ、君の力を…。」
GO!!
状況は市街戦、昼、上空より侵入した敵WLの撃破。
仮想敵機は「清-08式」、華国の機体なのだが、いいのか?勝手に敵扱いして…。
まぁいいか、
音響、その他のセンサーで敵の位置を確認しつつ機体を滑らせる。
若干ノイズが大きいが、なんとか識別できる。
だが…この上下への揺れはどうにかならんもんかな、完璧に再現されている…うっぷ……。
並行して自機の兵装を確認。
「…嘘だろ?」
パネルに表示された武装は2つ、そのどちらもが俺を動揺させた。
ライトアーム…レールガン
レフトアーム…レーザーブレード。
実用化されていたのか、レーザー兵器が…。
てっきり実態弾系の武器がすべてだと思っていたが、あるじゃないか…ビー○サーベル。
こんな大電力を消費する兵装をWLに積みこむなんて…、一瞬で電力を吸い取られるんじゃねぇのか?
あ……そうでもないのか。
レールガンもレーザーブレードも、電力供給はバッテリーパック形式だ。
マガジン形式のバッテリーだけでコレが撃てるとは、驚異的だ…。
とはいえ、どちらも長期戦には向かない装備だな。
コクピット内に警報が鳴る。
捕捉されたようだ、後方からの攻撃が至近距離に着弾する。
アサルトライフルのようだ。
「やってみるか!」
機体を振り返らせ、照準をつける。
敵機の主兵装はまだ有効射程内ではないはずだ、なのに撃ってくる
…所詮はバーチャル、か…。
レールガンへの電力チャージが完了する。
思ったよりも早い。
砲身からが青白い光が漏れだしている。
右手の動きと連動して、モニターが一瞬青白く染まる。
昼、という設定なのになんて明るさ…。
光が直進し、
敵の脚部へ命中する、
破壊した敵機がうつ伏せに倒れ、脚部から黒煙を上げ始める。
無駄にリアルに作り込んである、まるで現実だ、これは…。
無論武装による爆発、土煙等も完全に作りこまれている。
ゆえに実戦同様の戦術が使えるみたいだ、何回かシュミレーターに乗ったことはあったが、これだけのモノは初めてだ。
レールガン下部からバッテリーパックが排出される、1発あたり1パック使うのか…。
残りのパックは両肩シールド裏に各2、腰部アーマーに2個。
レールガン自体の弾倉も残り6発。
今の戦闘で他の奴らが寄ってくるなこりゃ、
腰部のパックをレールガンへ装着し、機体を移動させる。
すごくなめらかなで、静かな挙動が、俺の酔いにやさしい…。
~せんとう前~
「ここか、その銭湯とやらは。」
おれは件のカメラを胸に銭湯の戸の前に立つ。
「わ~い♪お姉さまとお風呂~♪」
モヤシの言ったように行方不明者リストに名前が載った嶋野(小)だが、堂々と外に出てきた。
ペットの鳩まで一緒とは…。
幼女は射程外なんだが、まぁニーズはあるだろう。
「じゃあ行くか。」
リュウが戸を開け、中に消えていく。
続いて真田、雄、有田秘書官、ウルフ小隊の面々が続く。
おれは戸の脇に立って皆を先に入れる。
レディーファーストってヤツかな?若干男どもも先行ったが…。
「すまんな小野田。」
「さんきゅ~♪」
嶋野姉妹が通る。
これで終わり、おれも中に入るべ。
「いらっしゃいませ、横須賀の方々ですね、話は聞いております、ごゆっくりどうぞ。」
さあさぁ、と老・経営者に指し示されるままに男湯の方へと向かう。
女湯へ行くには番頭の婆さんの前を通る必要があるな…。
正面突破はやはり無理そう。
「じいちゃんたち!あたしのトーコ、預かっといてね!」
「おお?ひよっこ共のお出ましか!遅かったなぁ!!」
「んが?」
鬼軍曹に三崎整備長…既に出来上がってやがる…。
そいつらに自分の鳩を預けるとは、中々度胸があるじゃないの。
ってか風呂にも入らず休憩所で酒盛りをしているのか。
真奈美ちゃんにとっては愛するペットの預り所と化しているが…。
まぁさして邪魔にはならないだろう、どうせずっと酒飲んでるんだろうし。
男湯ののれんをくぐり、
更衣室の木製ロッカーに衣類を脱いで放り込む。
無論たたみなんてしない。
大事なカメラ、でかいバックパック(防水密閉式)を両手に湯への道を開ける。
ここの銭湯については来る前に調べ済みだ。
まずは屋内の湯、大して広くない湯船に、やや広めの流し場、一枚の壁を挟んで女湯がある。
一歩一歩タイルを踏みしめる。
そしてあの奥の戸、アレが露天への入り口だ…。
ここの目玉、周りの私有林の真ん中に位置する大露天岩風呂。
私有林の周りは高い塀で囲まれているが、隣接する男湯・女湯から私有林へは低い柵しかない。ちなみにこの露天、広いうえにいびつな形の湯船、更にあちこちに岩が入っている。
さらにさらに!!
今は真夜中、暗いうえに、夏とはいえ気温もそれほど高すぎはしない。
つまり、湯気でもカムフラ出来るんだよ、これが…。
正面が無理でも裏からの突破なら不可能ではない!!(クワッ
とはいえ、ここの名物は露天、女性陣も速攻で外へ出ていることだろう。
いくら湯煙があるからといっても見つかりかねん。(ショボーン
とりあえず勇者たちを集める必要があるだろう、団結しておけば色々役に立つ。
まずは……
「おい!雄!!ちょっといいか?」
湯煙で真っ白な中、雄二の姿を見つける、まずは親友を引きこんでおくべきだろう。
ウブなわりにムッツリだから大ジョブなハズ。
「これから女湯へ行く、仲間になれ。」
は?という顔を浮かべる雄。
「ええ?覗くの?」
「バカ!覗かネーよ!撮るんだよ!!」
手にしたカメラを見せびらかす。
「でもさ…。」
なかなかしぶといな、
むぅ、致し方ない、こうなれば…。
「いいか、雄、耳をすませろ。いいから!!」
騒ぐ雄を押さえつけ、無理やり女湯側の壁に押し当てる。
向こう側は花園、そうじゃない会話もそれらしく聞こえるはずだ、そうなりゃこっち側の人間にできる。
・・・
・・・・・・
…・・………・…………・・・・・・・。
「どうだ、これでもまだ行かないか?」
…?
「雄?」
水音が…?
赤い水が雄の鼻からおかしいくらいに漏れだしている。
視界の一部が赤くにじむ。
雄ぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーー!!!
「おいっ!雄!?
ちょ、そこのアンタ!運ぶの手伝ってくれ!」
たしかウルフ小隊唯一の男パイロット…名前は知らないけど、助けを借りることにした。
とりあえずカメラとバックパックを近くに置く。
俺が頭、奴に足を持ってもらい、更衣室へ出る。
「おーい!ばあちゃん!!氷嚢とか、持ってきてくれー!」
さっきの番頭していた婆さんに色々と物資を要請した。
その間ウルフの彼は雄の尾翼を押たりして止血してくれていた。
「健太だっけ?お前の連れどうしたよ?まだ湯に浸かってねぇんだろ?」
「あーあー、まぁ気にしないでくれ、コイツムッツリだからサ。」
「ムッツリか!ははは、鼻血吹くなら実物拝んでからにするんだな!」
だろ?
と下らないことで場が盛り上がる。
「はいはい、この方の手当ては私に任せなさい、せっかく銭湯来たんだ、満喫しとくれよ。」
よっしゃ、とウルフの彼が立ちあがる。
「んじゃ、任せましたよ。」
おれも、満喫しなくちゃな!
残念だが、雄はもう戦えないだろう。
リュウや真田は堅物だし、あとはコイツに賭けるしか……。
そう思い、彼をじっと見つめる。
「!、俺も行くぜ!!」
まだ何も言っていないのに…。
コイツ…やるな!
「白井良一だ。」
「おれは小野田健太。」
おれと彼は改めて中へと入っていく。固く握った俺たちの拳がその決意を表していると言っても過言ではない。
~総督部地下~
4台並ぶシュミレーターのうち、手前の一つが激しく稼働する。
なるほど、ね。
僕はシュミレーター横でパネルを見ている。
中々、まこと君は才能あるみたいだ、初めて扱う機体にクセのある兵装を使っているのに
人並み以上に戦えている。
シュミレーターのライブモニターが青白い光で包まれる。
今ので3機目か。
ん……?
だが、その割にスコアが伸びない。
アレだけ正確に敵機を撃破しているのだからもっと高いスコアが出てもおかしくはないのに…。
パネルを操作し、撃破した機体の詳細を表示する。
「なるほど…ね。」
全ての被弾個所が脚部に集中している、それも一番脆いヒザ関節。
このシュミレーションにおいては敵機の完全な撃破が高得点につながる。
彼の戦い方では低いスコアになるのもいたしかたないか…。
「これでは選べないな。」
何人かの候補パイロットから実機訓練をする者を決めるつもりだったのだが…、これでは比べられない。
「まこと君?これから別のシュミレーションを開始する。少し待ってくれ。」
まことの入ったシュミレーターと、隣のヤツとをリンクさせる。
あとは僕が入るだけ、
パネルでデータの回収ができていることを確認して、急ぎ隣のシュミレーターへと入る。
飛びこむようにシートに座り、シートベルトをつける。
パネルを叩き、設定を始める。
使う機体は…北秋型でいいな。
まこと君からもらったチップを元に作った北秋型のデータ、シュミレーターのシートの造りとは異なるが、使ってみたい。
僕に実機は使えないが、シュミレーターなら十分にいける。
「待たせたね、今度の敵は1機、そいつを破壊すればシュミレーション終了だ。」
「わかった、やってみるよ。」
まこと君は気付いていないようだ、これが僕とのサシだということに。
READY?
毎度の文句がモニターに表示される。
GO!
始まる、
フィールドはさっきと同じ市街地、僕の使う武装は11式突撃銃を2丁。
加えて両腕甲にブレードソードを装備している。
あわせてかなりの重量になるが、障害物も多いし、この機体の機動力は高い、特に問題ないだろう。
射程は向こうに分がある、速やかに接近する必要があるな…。
機体を滑走させ、まこと機の方へと接近していく。
「それに…その機体の弱点はわかっている!」
彼の使う機体、WL-004(AN)は東日本で、空自・海自が共同で開発した新鋭機。
空・海での広域戦闘を想定してセンサー類の感度が、デフォルトで引き上げられている。
その耳の良さが命取りだ…。
脇の計器をいじくり、バックパックの射出口を開ける。
次にいかにもスイッチ、な音をたたせて指を弾く。
北秋型からチャフ・フレア弾頭が上空に放り出される。
多摩、日原、北秋型はそれぞれ同型のバックパックをしょっており、そこに色々便利な物が詰まっているのだ、
この射出時の、ワイン栓を抜いた時のような音がたまらなく好き。
暇があってはシュミレーターで遊んでしまう。(イケナイんだけどね…
そうこうしているうちに小さな破裂音が戦場に花咲く。
辺りが金属片やら熱源やらでいっぱいになる。
こちらのセンサーもオジャンだが、有視界戦闘なら自信がある。
それに、向こうのセンサーはこっちとは比べられない程酷くなっているはずだ。
無論機体のセンサー感度を落とせば対処できるだろうが、初めて使う機体ではそれもできまい。
「耳が聞こえない中どう戦うのか、見物だよ。」
機体がセンサーの闇に溶け込んでゆく…。
~せんとう開始~
「いいか、作戦を説明する。」
おれの言葉に白井が頷く。
とりあえず身体をあっためるために露天に入りながら議論することにした。
テンションも俄然あがってくる。
「いいか、目標は露天に集中している、
今音紋照合(盗み聞き)したところ身体を洗っているウルフ2、つまり赤嶺由真以外が集結している。」
ふむふむ、と相づちを続けている。
「唯一有田忍中佐の居場所が判明しないが…かねてからの予定どうり、まずは目標の注意を入り口側にそらそうと思う。」
「なるほど、で?策は?」
フフン、と鼻を鳴らす。
余裕こそが成し得る所業だろう。
露天のドアに影が映る…。
頃あいだ。
「そこはもう考え済みだ!
銭湯になくてはならぬ必須アイテム!そしてなおかつ万人の心を掴んで離さないアルティメットアイテム!!」
正義のヒーロー的な決めポーズを決める、身体が火照ってテンションゲージが振り切りつつあるようだ。
「さぁさ!牛乳は要らんかね?有料だけどさ!」
曇りガラスのドアがスライドされ、牛乳瓶を入れたトレーを両手に、婆さんが入ってくる。
「おう!!おばちゃん俺フルーツ牛乳ね!」
「あいよ!」
近くまで寄ってきた婆さんがトレーから黄色い包装をされた瓶を取りだす。
そう、これぞマジックアイテム。
「そっちはなんにするね?」
「俺?俺は…フツーの牛乳かな?」
外しにくい紙蓋を爪ではがし取り、一気飲みをする。
…っ・・・っ…っ・・・っ…かーーーーーーー!
まったりとした甘さがたまらない。
この世にこれだけ人を満足させるアイテムがあるだろうか。(反語
「ばあちゃん、コレ女どもにもあげてやってくれねーか?俺の奢りって言ってやってくれ!」
コレが止めだ…。
「あいよ。あっちの旦那達にもやってから行くからね、ちっと待ってぇな。」
そう言って婆さんはリュウ・真田の方へと歩き出す。
奴はコーヒー牛乳派…だったっけか?
空いた牛乳瓶をタイルの上に置く、コトリと音をたてるのがまたいい。
風呂場の中で飲む牛乳は格別だナァ。
「なるほどね、アレがリーサルウェポンってか?」
ちびりちびりと飲む白井が感心したように話しかけてくる。
我が戦略に一点の曇りなし…。
「ってか、よく先にこっち来るってわかったな、女湯に行った後だったら無理だったんじゃねーか?」
ふふふ、
「ばかめ、婆ちゃんってのは男の子を可愛がるモンなんだよ!番頭がどんな奴かも予習済みさ。」
ほへー、としきりに感心し続ける白井良一を横目に、ちょっと得意げになる。
「あとは婆さんが向こう行ったのを確認して突撃すればいい。」
「だな!」
しかし、湯…ったけぇ…。
これは、いいものダァ……。
もやもやっとした湯けむりが夢心地に拍車をかけてくる。
「それじゃ、女湯の方にも行ってくるよ!」
リュウにも売り終わったらしく、いそいそとドアの方へと向かう番頭の婆さん。
「おうよ。」
「覚悟しときなよ?私の見立てだと、あの女性陣は飲むよ?」
どんとこいだぜ、
それ以上のモンを見せてもらうわけだから安いもんだ。
カメラ等の機器は露天の奥に隠してある、このもやでは発見される心配もない。
腰の曲がりかけた婆さんがドアの向こうに消え、影も見えなくなる。
……。
急に帰ってくる心配もなさそう。
「出撃るぞ!」
「ああ!!」
漢には進まねばならぬときがある。
ややもすれば死ぬかもしれん作戦でも、そこに桃源郷が存在するのであれば…。
おれと白井は、湯水をかき分けながら露天奥へと歩を進める。
~総督部地下~
「敵の機種は…?」
新たな追加シュミレーションが開始されて数分が経過する。
敵機の種類もわからない。
音響センサーは街の喧騒で、あちこちから反応が出てきている。
モニターのあちこちに通常車両、走って逃げようとする民間人が表示されている。
「なにもこんなところまで作り込まなくってもさ!!」
もしも流れ弾が当たったら、と思うとぞっとする。そこまで作りこまれていないことを切に願うが…。
この時点でアテになるのは磁気と熱量センサーなのだが…どっちも自動車とかのノイズが入る。
わかりにくい…。
めっちゃ不利じゃねーか?コレ…。
!!?
上空で爆発?
同時に全ての索敵装備が使えなくなる。どこもノイズで完全に埋まってしまった。
チャフに、フレアか!?
っ…、
忌々しく歯を噛み合わせる。
今度の敵はさっきのバーチャルとは違う!
ココまで徹底的にこっちのセンサーを狂わせにくるとは…。
汗で操縦桿が滑る、
が、そんなこともお構いなしにモニターを食い入るように見つめる。
機体の頭部が左右に振られ、情報をモニターに映し続ける。
どこから来る?
普通に考えるなら背後から…、だがその裏をかく、ということも考えられる。
しかもこっちのメインアームは連射が効かない、
仕留めるなら一瞬で仕留めねばこっちがやられるだろう…。
「なら!」
フットペダルを深く踏み込む。
多摩型とは比べ物にならない推力がスカイブルーの機体を持ち上げる。
上空ならこちらも敵を見つけやすい、既に捕捉されているからこそできる選択だった。
地面の一点が激しく光る。
「見つけた!!」
こちらの突然の挙動に焦って発砲したのか、二筋の火線がこちらに伸びてくる。
上空にいれば下が被害を受けることもない。
…所詮はシュミレーションなのに、もうクセだな。
機体を削る乾いた音が響くが、大したダメージは受けていない、
肩部シールドにあたったようだ…。
足の動きが激しさを増し、空中での機動が素早くなるにつれ、機体背部の2枚のウイングバインダーがオートで展開する。
上空での姿勢制御をサポートしているようだ、いつか多摩型で大ジャンプをした時とは大違いの安定性能。
充填済みのレールガンを敵機に向ける、
最大出力で射出された実体弾がにもないアスファルトを大きくえぐり土煙をたてる。、
「外した!?」
こちらが撃つよりも早く建物に隠れた、
思ったよりも素早い…、本当に北秋型か?
ノズルの温度上昇を示すサインがパネルに点滅する、
そういつまでも滞空してはいられないか…。
目を下方カメラに移す。
……!
すぐ近くに空き地がある、
一旦休ませよう…、
この機体、かなり余裕のあるスラスターを持っているようだが、やはり長時間の連続噴射では熱が籠ってしまうようだ。
大きな地響きが土煙を巻き起こす。
3辺をビルで囲まれた空き地、ここなら守りやすいだろう。
それぞれの窓には若干ながら人影が見え隠れする。
先ほどカラになったパックを排出、新たに装着する。
残弾は残り3発、
相も変わらずセンサー類は騒がしい、本命の影すら見えない。
「まだか?」
どれだけ時間が経っただろうか、たった数秒が永遠の時に感じられる。
!?
装甲をなでる瓦礫の音…。
?
影…?
自機の影が急に大きく、いびつになる。
これは…!?
「上か!!」
背後のビルの上から!
落ちつけよ、状況は…、
確実に仕留める気なら、敵はブレードで近接戦を挑んでくるはずだ。
操縦桿を全力でひねり、全速で振り向かせる、
親指を、武器と連動したスイッチに当て、レーザーブレードを振り向きざまに薙ぎ払う。
瞬間火力を最重視されている兵装ゆえに長時間の使用はできない、が、一瞬であるあらば、
「負けはしない!!」
ブレード発振器から形成されたレーザーが空を斬り裂く。
一瞬だった…。
どうなったかはもう詳しくはわからない、無我夢中だったんだ。
ただ、切り落とされた敵機のブレードが遠くのコンクリートに突き刺さり、北秋型が道路の方向に流れていった、
そして、電力を使い切ったパックが大地に沈んだのは確かだ。
態勢を崩し、倒れ込んだ北秋型がアサルトライフルを構える。
「!!」
とっさにフットペダルを踏み込んだ……
はずが、足が動かない。
正確には動かせなかった…、今ここをどけば…後ろのビルは……。
至近距離から放たれた55ミリが雨霰のように降り注ぎ、前面装甲をはがしていく。
コクピット内が轟音に包まれる。
「しまった!!」
ダメージパネルが一気にレッドゾーンに達し、頭部が黒く塗りつぶされる。
頭部が失陥した…、それと同時にモニターのほとんどが消えてしまう。
今見えるのは肩部のサブカメラに腰部の下、後部カメラのみ…、
そうか、これはシュミレーションだった…。
…気にする必要は、ないんだった…。
瞬く間に各部位とのコネクトが途絶え、シュミレーターが停止する。
撃墜、されちゃったみたいだ…。
俺は首を横に振りながらシュミレーターから出る。
目と鼻の先にある情報収集機、入る前までそこにいた加藤中尉はそこにはいなかった。
「あれ?中尉?」
「ここですよ!」
背後から彼の声、
振り向けば彼もまたシュミレーターから出てくるところではないか。
「アレ?なんでそこに?」
「あら、気付かなかったんですか?さっきの北秋型は僕ですよ!」
ああ、
なるへ~、どおりで前の清-08とはダンチなわけだ。
人が操ってたんじゃあナァ…。
「だけど、あんなに強いんだったら中尉の方が向いてるんじゃない?テストパイロット。」
なにか照れくさそうに頭をかきはじめる加藤学。
「ふふふ、ありがと。
でもね、僕、実機になると途端に操縦できなくなるんだ。だからこいつのテストパイロットは無理なんだよ。」
?
「シュミレーターではいけるのに?乗り物酔いが酷いとか…?」
「さぁね、特に乗り物に弱くはないんだけど…
と言うより、乗り物に凄く弱かったらシュミレーターも無理でしょ!」
ははは、確かに…、
俺はこらえてるけどな。
「とりあえず今日は夜分遅くにありがとう、手間、かけちゃったね。貴重なデータは今後に生かさせてもらうよ。」
そういや今、夜だっけか…。
シュミレーションが真昼間だったもんだから、時間感覚が一瞬ずれちまったぜ。
夜だと自覚し始めると、急に身体が眠気を探し出してくる。
「そうそう、君の部隊員たちはこの近くの銭湯に行ってるはずだよ、まこと君も疲れ落としてきたら?」
銭湯か…大好きだけど、今は眠いんだ……。(それに財布が…
「タダだよ!」
シャキーン!!
なら話は違うな、無料ときたら行くしかねぇ、どんなに疲れていてもだ!!
差し出されたチケットを掴み、もと来た道を駆けだす。
ここのセキュリティ、出る分には身分証等は要らないようだ…。
シュミレーターの騒音もなくなり、静まり返った研究施設。
「元気だね、彼…。」
やはり彼が一番向いているかもしれない、
手にした複数の資料のうち、1枚を除いてシュレッダーにかける。
あとは司令に連絡すれば今日の仕事は終わり、僕もゆっくりしよう…。
~決戦(銭湯)~
「どうだ!?」
向こうの壁に耳を当てている白井、ヤツに状況を聞く。
「……イケルな!案の定牛乳婆に喰いついてやがる。」
よし、あとは突撃あるのみだ。
「行くぞ!油断するなよ!!」
「了解!!」
露天の岩によじ登り、裏の林とを区切る竹製の柵を乗り越える。
あとは向こうへと歩くだけだ…。
「ここが正念場だ、ぬかるなよ?」
「当たり前だぜ!」
男湯、女湯を隔てるベルリンの壁。
今まさに、それを乗り越えるのだ。(迂回して
壁の向こうを念のため確認する。
……いない、な。
よし、牛乳飲み放題が効いたようだ。
財布は寒くなるが心は熱い!
「行くぜ!!」
迅速に柵を乗り越え、音・波たてないよう静かに露天に滑り込む。
しばし、女湯に浸かる一時を味わう。
これは、一人の男にとっては小さな1歩だが、漢達にとっては偉大な飛躍である…
コレわ歴史に残るな…。
ワレ・モクヒョウ・ニ・セッキン・セリ
アト・ニ・ツヅケ…
ハンドサインを送り、柵の向こうで待機している良一に行動を促す。
そろそろ目標が露天に戻ってくるはずだ…。
バックパックから双眼鏡を取りだし、偵察する。
…、湯けむりのおかげでよく見えないか。
とはいえシルエットはわかる、
興奮に胸が高まる。
お?
おおお?
おおおおお?
タッパの小さな、しょっちゅう動く奴・出るとこ出て締まるとこ締まってる奴・あとは……、
ちっ惜しむらくは靄ではっきり見えないことだが…まぁパソコンでデータ修正すれば何とかなるだろう。
いそいそとカメラで撮影を開始する。
「で?小野田君の本命は誰だ?」
「本命?そりゃ嶋野桐栄さんに決まって………って?え??」
背後からした声、どう考えても白井良一のモノじゃあない。
双眼鏡にかろうじて見える人数は3人、となると……?
ゆっくり振り返ると、身体にタオルをビッチリ巻いた中佐が湯につかっていた。
タオル巻いて湯に浸かるのはマナー違反だお…。
てか汗がとまらない、
………。
「中佐…?なんで、ここに?」
おれは恐る恐る聞く、まだ岩の上にいる良一も口をパクパクさせている。
「いや、ただひとりで温まっていたら、君らが見えてな、中々いい作戦だ…。」
…中佐の顔が赤いぞ、キレてる!?キレてるよね!?
まずい、非常にマズイ…。
ここでバラされたら間違いなく死亡する。
ダブルバイオレンスで間違いなく片道切符が手に入っちまう!!
「わっ、わわっ!!」
高い水柱と水音をたてて、良一がお湯に落ちる。
ビビって滑りやがったか、コノヤロ……。
「…?忍さぁーん?大丈夫ですかぁ?」
聞きなれない声がする、恐らくアレがウルフ小隊員、赤嶺由真だろう、
ってマヂメに分析している暇はないじゃねーか!!
激しくせき込む良一の口を押さえ、とっさに岩陰に隠れる。
「なんでもない!少し足を滑らせただけだ!!」
??
「気をつけてくださいねー!」
「心配掛けてすまない!」
????
なんで?
有田中佐が向こうの女性陣をあしらってくれた・・・?
どゆこと?
「予め一人でいたいと彼女らには言っておいたからな、私の傍にいればバレなくて済むぞ?」
…悪魔的な笑顔で顔近づけないでください、ホント頼みますから。
「なんでですか?」
ぐったりしている良一に代わって中佐に聞く。
なにかよからぬことをたくらんでいるに違いない。(おれらのコレはよからぬことではない
「なに、ただ此処で潰すよりもいじった方が面白いと思ったからだ、気にするな。」
…、
鬼か、このおばはん…。
「どうする?私の写真でも撮るか?」
腕を頭の上で組み、悩殺(?)的なポーズをしてくる。
ぬぅぅぅぅ、思ったよりもいい体つきしてやがる…、
さっき見えた一番ムチ×2な奴よりはアレだが…オバンのくせしてなかなか…・…。
だが…負けん!おれにはおれのポリシーがある。おれは…無防備なシーンが撮りたいんだ!!
「誰が撮りますか!オバサンなんて!!」
「お、オバ…!?」
悔しさまぎれに発した一言、
まさかそれが死亡フラグだったなんて……。
(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗
(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗
(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗
(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗
(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗
(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗(汗
「あ…あの?忍中佐・・・?」
彼女の周りの湯が大きく波紋をたてる。
湿っているはずの髪が怒髪天になっている…、
ちょ、コレ…ヤバくね?
「わ、私は…私はまだ28だぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!」
ありた しのぶ が あらわれた !!
コマンド
たたかう けんた りょーいち
どうぐ HP 30 / 30 HP 10 / 40
▶にげる MP 15 / 50 MP 2 / 30
どげざ
頭の中にRPGのせんとうBGMが流れる。
「逃げるっきゃねーーーーー!!!」
完全に噴火している。
土下座なんてしたところで人生・The・Final的な感じで即終了になっちまう!
女性に年齢ネタは禁物だが…ここまでキテルとは思わんかった…、
起きた良一と共に湯をかき分け、出口へと向かう。
間には女連中がいるがもうかまやしない、突っ切って逃げないと死ぬ気がする…。
ええい、足にまとわりつく湯がわずらわしい!
「うわ!!?ケンタ!?」
「なんで!?白井が!?」
慌てふためく女性陣のど真ん中を突っ切る。
激しい水しぶきが辺りを覆う。
恥ずかしそうにタオルで隠すその様子、その反応が堪らんのだが…、
「今はそんなこと言ってられねぇぇーーーーーーーーーーー!!!!」
背後に死神が迫っているのだ、立ち止まってホンワカしている暇などない。
いかに危険な状況とはいえ、カメラだけはしっかりと握る。
白井と共にドアをぶち破り、室内の浴室になだれこむ。
女湯のドアは木製のようで、蹴破っても留め具が外れたぐらいだ、すぐ直せるだろ…。
転がるようにタイルの上を走り、滑り、駆け抜ける。
「待たんか貴様らあぁぁぁぁ!!!!」
つるつる滑るタイルと焦りが心拍を跳ね上げる。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいって!!
確実に指一本だけでどっかの冷蔵庫粉砕できるって!!
戦闘力、桁がヤバいって!!!
やっとの思いで更衣室に飛びこむ。
まだある程度距離がある。
「良一!なんかでドアを固定しろ!!これじゃ逃げ切れん!!」
即座に白井が近くにあった清掃用のモップで、戸につっかえ棒を立てる。
この辺の反応の早さは軍ならでは、と言えるか。
「よし!これなら…」
ゲ!!
凄まじい破砕音が脱衣所に響き渡る。
砕け、飛散した木片が板打ちされた床に落ちていく、
安心したのも束の間だった、怒りに震えた彼女が徐々に姿を現す。
どうやって逃げろと…?
ためらいもなく備品破壊したぞ……。
「健太!破られた!!逃げよう!!」
「言われんでも逃げるわ!!!」
こうなったら逃げる先はただ一つ、
「外行くぞ!」
タオル一枚腰に纏っただけだが、逃げ切るにはそうするしかないだろう、男湯に逃げたところでフクロられるのがオチだ。
それに、少しでもオバンに理性が残っているのなら、女がタオル一枚で外へ飛び出す、なんてことはしない……はず。
折れ曲がった通路を駆け、のれんを抜ける。
視界のはしっこで飲んだくれているおっさんどもが妙に憎たらしい。
あと少し、たった5m…
隣で派手にこける良一。
足の裏が濡れたまま全力で走ったからだ…、足ふきマットはちゃんと踏んでおけって…。
キミの勇姿は忘れない…(ブワッ
出口までほんの少し、
背後からのプレッシャーが近づいてくる。
ほんのちょっと、あと1歩…
おれは出口に向かって飛びこむ。
床を蹴った体が宙を飛ぶ。
「小野田ぁぁぁぁぁぁ!!!」
背後からも床を蹴る大きな音が聞こえる。
止めを刺しに来たか!?なんとか逃げねば!!
「さぁて、あったま・……ってえ?」
閉まっていた戸がスライドする。
え?
向こうにいるのはモヤシ……。
「ちょ!?モヤシ!どけって!!」
「へ?」
何が起こっているのか全く読めていないモヤシ、どうすることも出来ずにただ立ち尽くしている。
恐らく、ヤツの目には飛び込んでくる2人が映っているに違いない。
ゴシャッ!!
まさに擬音どおり聞こえた鈍い音。
おれの飛びこみがモヤシにヒットした音ではないらしい。
あっ!?
右手に持ったカメラがはずみで吹っ飛ぶ。
カメラが飲んだくれの方向へ…、一瞬一瞬がスローモーに見える。
コマ送りに見える世界の中、上では足の裏を、顔面で受け止めているモヤシ。
オバン…その格好で飛び蹴りとは、やるな…。
モヤシを蹴り飛ばした反動で中佐は着地、タックルする形になったおれはモヤシと共に表の土の上に放りだされる。
もう見えないが、機械が壊れる音がする。
カメラが…(ショボーン。
「し、忍…さん、げ…元気そうで、なにより…です。」
何言ってんだ?モヤシ…。
元気過ぎて困るぐらいだっつーの!
「し、篠田!?すまない!!」
モヤシを心配して駆け寄る中佐の声も足音も、俺には死刑執行のカウントダウンにしか聞こえなかった。
任務、失敗……。
エピローグ
「なんだ?そりゃ…?」
もう何杯目になるだろうか、杯をテーブルに置き、勝男がワシに聞いてくる。
「知らん、フィルム…みたいじゃがのう。」
ついさっき足もとに転がっていた小さな円筒形の物体、カメラのフィルムのようだ。
「さっきの騒ぎと関係あるのか?」
アレだけ飲んでまだまともに会話が成り立つ、というのは驚異的なのだろうか。
「さあな、興味もないわい。」
「だな!!」
手にしたソレをそこらに投げ捨てる。
どこか狭いところにでもハマったのか、小刻みにはねかえる音が聞こえる。
「ホレ、お前も飲むか?」
小皿に熱燗をなみなみと注ぎ、もうひとり(?)の飲み仲間に差し出す。
その晩、
鳩の舌鼓(鳴き声)と2人の断末魔が銭湯に響いたという…。
銭湯盗撮大作戦 決算
女湯露天ドア 修理費 31,200円
女湯脱衣所ドア 修理費 66,150円
牛乳代 男湯 100×4 400円
女湯 100×42 4,200円
カメラ修理費 36,758円
計 138,708円也(健太、良一持ち)
作戦失敗
Fin