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[26852] Muv-Luv 桜花アフター “豪州の変態” ノア・テイラーの場合
Name: ティルさん◆c164acb0 ID:5ef8bd47
Date: 2013/10/27 15:46
――そこは、遠い銀河の果て



「第三艦隊所属ゲラード級エウシュリー被弾! 以後の戦闘は不可能と判断、撤退支援を…いや、爆発を確認! 約12秒後に衝撃が来ます!」

「総員対ショック、対閃光防御! 徹底的に破壊か…、やはりやつらに慈悲というものは期待できないな。デカイやつが来るぞ! 掴まれ!」

 衝撃

激しい震動に、多少なり人口重力を設定したブロックは、激しい揺れの体感を余儀なくされる。ここ第一艦隊旗艦フォールライト級ツイオク第一艦橋も例外では無い

「第三艦隊の絶対障壁稼働率に影響はあるか!」

「エウシュリー爆発の影響を受けたラウンドバックラー級2隻が機能不全、1隻が後方離脱を開始。しかしシールド稼働率は依然76%を維持しています!」

「よし、第三艦隊への支援は回さなくていい、イドゥン提督に任せておけ、やつならどうとでもできる数字だ。
我々は引き続き、敵主力群体への攻撃を継続する! 多連重粒子加速砲、空間跳躍ミサイルは継続して撃ち続けろ! 手を休めるな! 今から10分後に敵先鋒が予定地点を突破する。それまでにできるだけ敵を引きつけろ! やつらに撤退は無いぞ、ここで殲滅しなければ滅びるのは我々だ! 次元アンカー用意! 次元境界に隠しておいたアレを敵先鋒にぶつけてやる!」

「司令! お待ちください! あれは切り札とも言えるものです! こんなところで早々に使ってよいものでは…」

「ならいつ使う! 敵の数は予想の何千倍か! 敵先鋒だけでも新型を含む上位存在が億単位で埋め尽くされているのだぞ! ここで、撃ち合いで済む段階で使っておかなければならないのだ!
乱戦になってしまえば味方の位置調整や敵の集合を待つ余裕など無くなるぞ! 繰り返す、次元アンカー射出用意! この攻撃で敵群体が怯んだところで戦術機隊を順次発進させる!
聞こえていたな、イドゥン、ワイパー!」

「聞こえていたとも」
「相変わらず無茶を言う奴だ、だが間違っていない」

「敵の数が多すぎる。現行戦力で対応できる数じゃあない。貴様の言うとおり、ここで使わなければ、切り札を披露する間もなく飲み込まれてしまうよ」
「我々がこの場所に飛ばされたこと、待ち伏せ、奇襲。これだけのイレギュラーの中で切り札を得たことはまさしく僥倖。打てる手はすべて打っておこう」

そうだ我々はこんなところで止まっている場合ではないのだ。世界は、何十年か前まで一つの惑星でしかなかった世界は今では宇宙規模で膨らみ、そのすべてを守る使命が我々にはある。

「我々先行艦隊は、何としても現状を打開、BETA本隊と、母星を含む敵本拠地を探し当てなければならない。後に続く艦隊のために、突破口を切り開かなければならないのだ…」

わかっている。隠蔽している再編中の地球艦隊がいつ敵に発見されるかわからない今、一刻も早くやつらの親玉を叩く。それが絶対だ

「間もなく敵の共鳴エリアに入ります、目標地点まであと3分」

「二人ともいいな」

「言っただろう。打てる手はすべて打つ。我々の勝利のために“可能性”を潰してしまうとしても」
「このあたりはすでに奴らに食いつくされた後だ。“アレ”の使用もかたき討ちと思ってくれるさ」

「共鳴、来ます!」

―――――― ○○○○○○○○○○○ ―――――――

頭に響くそれは、何度経験しても不快と言わざるを得ない。やつらの一方的な叫び

「うるせぇ、てめぇらに答えてやる義理は…いや、いい機会だ、おれたちが誰であるか、貴様らが誰と戦っているのか教えてやる! お前ら、用意はいいか!」

ちょうどいい。開戦時に言えなかったいつもの決まり文句を添えて、反撃の狼煙上げだ

第一から第三艦隊乗員、そして発進を待つ戦術機部隊すべてに行き渡るように、叫ぶ

「“白銀に恥じぬ戦いをしろ!”
カウント、3、2、1。次元アンカー射出! 次元境界から直接“太陽”をぶつけてやれぇぇえぇ!」



― かつて一人の少年が救った世界は限りなく広がっている。今もそう、どこまでも ―



Muv-Luv 桜花アフター “豪州の変態”ノア・テイラーの場合

第一章 第1話「出会い」 


                                1

豪州 ダーウィン陸軍基地  設定演習場 第一都市廃棄跡


銃弾が脇を掠める嫌な音が響いた。
いや、銃弾など生易しい表現では到底追いつけないだろう。
120㎜というそれは、もはや砲弾の域であり、今の自分を殺傷するのに十分すぎる威力を秘めている、かの重装甲で有名なデストロイなアイツ、その正面装甲でもなければ防げない代物だ。それが立て続けに二発。背後の高層ビルが崩れたのは、おそらく老朽化による自然倒壊ではない

(何度聞いても、あの音には慣れないな…)

死をもたらす魔弾の速度は意外にも遅い。銃を撃てば当たり前のように照準の先がはじける。誰がトリガーを引いたってその事実は当たり前なのだけど、(そしてそれが銃というものだ、と訓練校の教官は言っていたけれど)それと比べて、120㎜砲弾は間近を通り抜ける嫌な感覚を残している。まさか機械が、拾ってきた擦過音と機体に直接響く衝撃まで再現するとは恐れ入る

(死の恐怖をも再現する…か、優秀な訓練道具だね)


この衛士、ノア・テイラーは戦闘の最中でも、どこか思考を切り離して考え事をする癖がある。
幸か不幸かこの衛士の無意識下での機体制御は、反射と追従において抜群の精度を誇る。そのため、考え事をしながら今もなお、迫りくる砲弾を乱数機動で回避することができている。…とはいうものの、なかなか攻め手に転じられないのが現状。
相手衛士の的確な砲撃は、次第にノアを焦らせていった

空中で跳躍ユニットを強引に吹かし、荒っぽく地面に着地するも、待ち構えていたように降ってくる大量の36mm砲弾を躱すために、側転に近い回避運動をしなければならない。

機械の体と人工の筋肉は強靭なばねを生み、片手で側転、そのさなかも重心がぶれないようにしっかり構えた左手の突撃砲がお返し、とばかりに相手側の地面を叩く。…ようするにかわされた

(当たらない…!)

 36㎜はやはり照準の先がはじける代物だが、それを回避し回避されるとなるとやはり高い技術を必要とする。
だが戦術機同士の砲撃戦は言ってしまえば 回避の繰り返し、つまり根気だ。
回避運動をして回避運動をして、また回避運動をして、それをけなげに繰り返せるものが勝利するようにできている。
ようは素直に的を狙わせなければよい。動く的は当てづらい。先読み照準を先読みしてまた回避運動をする的はもっと当てづらい

だから、ノアは失敗した
焦れて、回避しつつも不用意に接近をした時点で、ノアは負けが確定したのだ。
回避をしながらどうにか接近し、自慢の銃剣術で反撃してやろう、などと考えたから。

相手のリロードの隙を見てジャンプと、それに使う位置データ、主脚による空中機動変更動作を先行入力。トリガーとフットペダルが素早く動き回り、それに追従するように機体がビルの壁面を足場に跳ねまわる。
虫を思わせるその動きに、喧しい音を放ち続けていた砲撃が一瞬中断される。それを確認する前に、飛び越えた敵機の後方に着地、キャンセル、噴射。相手が振り向くより先に右方のビルとビルの間に身を滑り込ませ、迂回、敵機の側面に回り込む。

(この位置なら突撃砲は使えない、もらった!)

激しいGに耐えながらノアはにやり、と口の端をつり上げる。確信の一撃。両の手の突撃砲を互い違いに“突く”

   虚空を


「消えた!? ぐぁ!」

驚く暇も無く突き刺さる敵機肩部装甲ブロック。今のノアはまるで電信柱に突っ込む自動車のようなものだった。勢いが付きすぎていて、驚くほどの衝撃が襲ってくる。
次いで回し蹴り。吹き飛ぶノアは叩きつけられたビルの瓦礫に埋もれながら、網膜ディスプレイの半分が真っ赤なアラートで埋め尽くされことに舌打ちをする。とくに背部兵装担架と跳躍ユニットが潰れたのが拙い

「…今のが膝抜き」

 慌てて体勢を直すノアに追い打ちをかけるように、接近した敵機が長刀を振るう。一回、二回、いやノアには認識できない。間一髪間に合った大仰な回避運動でまとめて回避するものの、片方の突撃砲が回避に遅れ、その機能を失う。

「そして無重剣」

敵機はさらに距離を詰める。ノアは反射的に生きている銃を向け、思考が追いつくころにはその銃は蹴り上げられていた。

 ノアがトリガーを引いていたのはやはり一瞬だったが、それを上体を捻りながら後方に沈めて回避し、そのままてこのように降りあげられた鋼鉄の踵が銃尻を叩いた。
スローで再生されるような映像。緊急プログラムがラン。指と手首をもぎ取る勢いにグリップの強制排除機構が働いた。それでも第二指、つまり人差し指が欠損、跳ね上げられた突撃砲は派手に火花を立てて道路を削った。

 ノアはたたみかける敵機の気迫に押されて、じりじりと後退した。

「まずい、押されている。このままじゃ…」

兵装はほぼ全滅。跳躍ユニットもぶら下がるだけ。状況は最悪。考える、少ない経験の中で、現状を打開する、いや仕返しできるプランを考え、実行する。跳躍ユニットと背部兵装担架を基部から強制排除。身軽になったノアは必死に作戦を練りながら、廃棄ビルに身を隠し、移動。跳躍ユニットがない今、主脚での移動はもどかしいほど遅い。それでも敵機をある地点に誘導しようと走り続ける。

(このままじゃ負ける。相手との実力差は一目瞭然。この差を覆すには、不意を打たなきゃだめだ)

 正攻法ではすべてかわされてしまう。だからノアは、最後に残された短刀と、銃剣の機能を残す壊れた突撃砲を構える。接近戦の構え。

 相手は油断しているのだろう。敵機に追いついたというのに、片手に持つ突撃砲を向けもしない。ただ機体をノアの眼前にさらしてアクションを待っている。奇妙な静寂が支配するコクピットで、笑みを浮かべるノア。勝利を、確信した

「くらえぇぇ!」

 突撃砲を“ブン投げた”

「!」

相手衛士は一瞬驚くそぶりを見せた

本当に、一瞬だけ
冷静に長刀でたたき落とし、落ちていた突撃砲を撃ち破壊した

 驚いはのはノアの方だった。頭の中で組み上げた作戦では、投げた突撃砲に少なからず気を取られている間に、相手から死角となっている位置にある、落としたもう一つの突撃砲を拾い反撃するはずだったのだ。それを視覚を遮る壁ごと撃ち抜かれた。
 おまけに、敵衛士は失敗を嘆く時間をもくれない

「素人が考えそうなことだわ」

 なにも無くなった空間に手を伸ばすノアに長刀を一閃、鋼鉄の腕をなんなく切り落とし、ついでとばかりに綺麗な踵落としをお見舞いする。さっきからなんて足癖の悪い機体だ、と地面に叩きつけられる衝撃に耐えながら、ノアはぼんやり考えた

「“一度捨てた獲物は二度と使えると思うな” 常識よ」

 倒れ伏した機体に突撃砲を突き付けて、悠々と“彼女”は言った。スピーカー越しで少しかすれた、でも美しいと思う女の声だった。

「…呆れたわ、あなたが豪州の戦乙女(ヴァルキリ―)? 冗談!
あんたみたいな、女装で、気弱で、スケベ野郎なんか、“豪州の変態”で十分よ」


ぐぅの音も出なかった。まぁ、全部事実なのだけど。




                                  2

数時間前 夕刻 ダーウィン陸軍基地 第三区画


「プロパカンダ…」

軍所有の基地特有の長く、無機質な廊下を歩きながら衛士は目の前を歩く人物の言葉を繰り返した

疑問符を浮かべるままに表情を隠そうともしない。おおよそ軍人らしくないのが特徴というこの衛士にとって、いかにも堅物気質のこの人物は、どうにも苦手と感じざるを得なかった

「我が軍の状況はいささか特殊でありまして、軍の重要を満たすだけの供給が、自力では見込めない状況なのです」

 そのための打開措置ですな。
いかにもやり手のビジネスマンにしか見えない外見に加え、発言もまさしくそれらしい。というのが、折原藍 帝国斯衛軍第12大隊所属中尉の、この基地の司令ジェームズ・フリーマンに対する見解であった

「軍隊に割ける人員は少ない。だが全くよこさないわけにはいかない。仕事というものに人手を割くのは当然ですが、軍隊は別物で、またやっかいなものなのです」

コツコツと軍靴を鳴らすフリーマンの背中は苦労と哀愁にまみれている。窓辺から差し込む夕日がまた、その光景に一役買っている

「この戦時下です。わが国だけが血を流すことをためらうわけにはいきません。すでに国を失ったものたちのことを考えれば、恵まれた我々に必要以上の助力を求めるのも当然でしょう。だが…」

 言い淀む。その理由は藍もわかっている。どんなに自国の民が愛しくても、戦わないわけにはいかないのだ。もしも未来に教科書というものがあるなら、この時代はまさしくBETAと人間の戦い。総力戦である

「臆病者とののしられても仕方ありません。この国は、いまだ宇宙より飛来した化け物どもの恐怖を知らないのです。直接の被害にあわず。国民はかの醜悪な姿をも知らない。成長して間もないわが国にはこの時期になってもまだ、戦争というものが実感できないのです」


少し前、それでも50年ほどまえの話であるが、オーストラリアは人口も少なく、その広大な大地を自分たちで防衛するのは不可能だと言われてきた。
実際当時の記録では、国防を米国に依存しようとしていた記録がありBETA戦が無ければそうなっていたであろうことはおおいに予想できる。

しかしBETAの侵攻に伴い、オーストラリアの大地がユーラシア各国の避難民であふれるようになると、過去の見解は一気に覆された。

大陸は広く、避難民のほかに、欧州主要国家の重鎮、各国の大企業がその土地を頼り、政府機能の移転、自国難民収容所などに必要な土地をこぞって借り入れる。(この時点で、豪州政府はまとまった資金を手に入れている、とは帝国情報局の見解)
特に、企業による工場の確立は、避難民の雇用を貪欲に受け入れた。工場があればまとまった人出が必要になる。現地住民の労働力は必要不可欠であった。
加えて避難民の中にはインド系の優秀な科学者や技術士が多くいて、自分と家族のために政府に自らを積極的に売り込んだ。

元農耕民であれば農家に、科学者であれば研究所に就職を、また必要な技能の取得にも多大な支援を惜しまない。そういった難民救済政策を次々に打ち立てた政府の寛容で貪欲な姿勢には、オーストラリアという国のなりたちを思い起こさせる。
当時の政府高官の発言、“学べ、そして働け”はあまりにも有名である。


今でこそ戦術機の独自開発に至ってはいないが、宇宙開発に乗り出す技術力は完成レベルに達しており、今後日本との関係回復が見込めば、戦術機開発も可能であると言われている。豊富な資金と国力、人員を確保できた豪州の躍進は近い


だが、さまざまな職があれば、不人気な職というのも出てくる。職がないという緊急時であればともかく手に余っている(藍:なんと贅沢な!)今、進んで嫌な職に就くというのは現実的ではない。その不人気職、というのがまさしく軍であった

「国民はね、我が国を後方国家と邁進しているのですよ」

先ほどからチラつかせている、高官特有に見られる実に疲れた表情を張りつかせ、フリーマンはつぶやく。藍にはそれが演技なのか、そうでないのか見分けがつかなかった。

「実質、国防軍を除く海外派遣軍のほとんどが、元避難民で構成される、外人部隊なのです。確かに彼らは、故郷を奪われた憎しみで士気も錬度も高い。しかし、海外派遣するのがすべて外人ではいささか聞こえが悪い」

かの大国が失墜した今も評判が改善しないのは、前線部隊を外人で固めているからだと聞きます
と、つい最近、前線国家の役割を背負うことになったあの国を思い浮かべる

「我が国としても、戦いたがっている、復讐したがっている彼らに武器を渡すのはもっとも。しかし、それだけではだめなのです」
「自国出身者の隊員を引き入れるためにも、自国の現役衛士によるPRが必要不可欠、そして一般民衆だけでなく、軍部上層部とも面識を持つことになるその衛士は、一定以上の腕前でないとかっこがつかない」

「そのための私…ですね」

その通り…!
演説に熱の入り始めたフリーマンは、大仰な仕草で振り返り、大きく頷く

衛士を育てる、それも短期間でとなれば、やはり前線で戦っている国の衛士を呼ぶのが一番だ。加えて現在帝国は自国領内のハイヴをすべて落とし、国土からBETAを軒並み叩き出した実績をもつ唯一つの国家であり、帝都宣言による罰によって半ば強制的に、半分は慈善でもって海外に出向いて防衛ラインの強化に当たる稀有な国である。

 ユーラシア方面の、国土の防衛に忙しいものたちや、自国の技術を漏らしたがらない大国など、引き抜きが困難な国を除くと、ベストな国選といえる

ともかく、豪州の高級志向に帝国が選ばれた、ということなのだ


「実力、実績、知名度どれをとっても素晴らしいあなたが、このような場所に来ていただいて本当にうれしいのです」

その笑顔がつくられたものでないことを、藍はひそかに祈った。でなければここまで来た甲斐がないというものだ

「もちろんこちら側も、それなりの衛士を用意しました。かの鉄原作戦にて実戦を経験、見事生き延び、多大な戦果とともに帰還した麗しき英雄。その名も豪州の戦乙女(ヴァルキリー)、ノa」

「待ちなさいノア・テイラぁぁあぁあぁ!」「いぃぃぃゃぁぁぁあぁぁああ!」

絶叫、そして乱暴な足音
藍はほんの少しだけ驚き、フリーマンは深く落胆の色を見せた。なぜならその声は今進んでいる通路の奥から聞こえてきて、絶賛近づいてきて……いや、見えてきた

「んな、なんて恰好をしているのだあいつは……!」

 フリーマンが驚くのも無理は無い。自分が誇りを持って紹介した麗しき英雄は、ぼろぼろのシーツを体に巻きつけて、半裸の状態で猫を抱え、むせび泣きながら走ってきたのだから。

「あ、ひっ…ぬぎゃっ」

そして司令の姿に気が付くと、変な悲鳴を上げて急ブレーキ、裸足なのでろくに減速できず、ずべしゃぁと崩れるように倒れる少女。
ひらりと舞うシーツは少年誌ばりにしっかりと裸体を隠し、空手になった反動で猫はにゃーと飛んでいく

「あいたた」

実にのんきな声を出す少女に司令はズカズカと軍靴を鳴らして歩み寄ると、耳を掴んで一気に引っ張り上げた。当然少女は痛さに悲鳴を上げる
もうすでに引っかかっている状態のシーツは体の半分も隠していない

「そこに直れトリスタン少尉、ノイマン少尉!」

 司令は少女越しに怒声を投げつける。
少女を追いかけていた双子らしき女性衛士が、硬直した妙なポーズから直立不動へと姿勢を正す


藍はこのとき、今この基地で起こっていることを、なんとなーく、理解したような気がした。「はぁ…」思わず溜息がでた

「この、大馬鹿ものがー!!」「ひでぶっ」

強烈なげんこつがノアの頭頂部に炸裂。あまりの衝撃に、ノアは痛みよりも先に自分の身長が縮んだことを確信した。

「いた…いたたた」

「貴様らは基本的な待機命令もこなすこともできんのか! 貴様らのような、規律を…」

「司令」

肩まである髪を振り回し、涙目で痛がる衛士をさらに厳しく叱りつけようとしたフリーマンを、藍は制す。

「すぅ…」

奇妙な静寂の中、大きく息を吸い込んだ藍は、

「この…、うつけ者がぁあぁぁあ!」

 怒気を具現化したかのような形相と怒声でもって衛士等を威嚇した
衛士と一緒に司令も驚きと恐怖に身を震わせた


貴様らの、本日の任務はなんだ! 「しょ、哨戒任務の後、待k」 その通りだ! 本日付で私と戦術機を乗せた輸送機が二台、来るのはわかっていた。当然そのために警戒任務をこなすのは当然。無事輸送機が到着すればそれでよし、後は機体を収容して待機。訪れた私、貴様らにとっての客を司令が案内し、基地を回るのも予想できるはず。ならば何故大人しく自室で待機していない。戦術機の訓練や自主トレーニングでもいい、実に簡単なことだ。それを、他国の客の前に半裸で現れるとは何事だ! 無礼にもほどがある! しかも貴様は麗しき戦乙女とやらなのだろう! 少しは自覚して…

 藍のロイヤル・インペリアル・SEKKYOUはいつの間にやら整列させられていた三人の衛士の前でキンキン廊下に響き渡り、その責め苦は長時間になりそうだと三人が覚悟を決めたその時、

にゃー、

先ほどの猫がノアの前を横切った。垂れていたシーツの裾をふんづけた。ノアの完全なる裸体が、

男性の

象徴が、

空気にさらされた



藍の悲鳴と金的キック(生のを、鍛え上げられた軍人の、それはそれは固い軍靴によって)が綺麗に炸裂。ノアはこの日三途の川を見たという



                                  3

ーー間ーー



「しかし、いきなり模擬戦闘だなんて、気合入ってますねぇ」

 いかにも欧米気質ななれなれしい態度で藍に話しかけるのはノイマン少尉である。相手が帝国斯衛軍と知っていてこの態度なのだから恐ろしい。ひょっとしたらこの人物は英国王立軍、いやクイーンを前にしても変わらない態度だろう。というのは周りの見解である。

「そうかしら、私はもともとそのために呼ばれたはずだけど?」

 しかし藍も気にした様子は無い。
 藍の“色”は黒である。いわゆる武家の出ではない。そういった格式ばったものをあまり好まない性格もあって(さらに日本を離れ、外国にいる今)貴族然とするの意識しなくなっていた。

 ノアの蘇生処置が終わって間もなく。藍はJIVESを用いた戦術機の戦闘訓練を申し出た。回復もままならないまま衛士強化装備に着替えさせられたノアであったが、筐体に乗り込むころには自分の不運を呪う程度には回復していた。

 藍としては、今回の任務を聞いて、真っ先に実機での対戦を申し出て、実施するつもりでいたが。生憎自分に割り当てられ、分解されて運ばれてきた“不知火”はまだ組みあがっていない。今回の任務に、豪州への不知火のアピールもあるとはいえ、スタッフは最低限の人数しか連れてきていない。整備班、技術伝達班ともに到着しているが、組み上げが何時間かそこらで終わるはずもない。彼らにはJIVESへのデータインストールだけ先に済ませてもらってすぐに仕事終わりを告げた。長い空の旅に疲れもあるだろう、という藍の気遣いだ。キツイ仕事は明日でよい。

 さて、割り当てられた士官用の自室に荷物を置くと、すぐさま衛士強化装備へと着替える。ノアはすでに筐体の前で待っていた。その姿を見て藍は嘆息を漏らす。

「本当に男なのね」

「当たり前ですよ…。あれ、めっちゃ痛かったですもん」

ノアは男性用強化装備のまま、股のあたりをモジモジと、しきりに気にしている。そのどうにも弱そうな仕草に、藍はもう一度金的を喰らわせようか真剣に悩んだ。この男にはもう少し凄みというか、男らしさが必要だ。こう、髪もバッサリ切って…

と、ノアの後方で衛士と思われる男たちが声を張り上げているのが視界に映る。

「ノアちゃーん、今日は女用装備じゃないのか―い」
「いい加減認めなよー、国が言うとおり、きみは愛らしい少女だってさ―」
「とりあえず今夜俺らの部屋に来いよ! 可愛がってやるぜ」

 藍が見えないわけではないだろう。それでも野次を止めない男どもに、ノアはひたすら縮こまるだけだった。俯き、言い返そうともしない。

 藍は、無性に腹が立った。苛立ち、苛立ち、苛立ち、取り合えずノアの顔面を思い切りぶん殴った。

「ぶべっ」

奇妙な悲鳴を上げて、ノアは仰け反る。その顔からは鼻血が少量吹き出ている。これには男どもも唖然とした。他国の、それも英雄扱いされている、重鎮クラスの女性(扱い)の顔を何の躊躇いもなく拳で殴りつけたのである。
正直に言ってノアは、衛士としての腕前よりも顔で選ばれたというのが大半である。
戦場帰りの、それも全滅クラスの損害を出した部隊で(多少なり)戦果をあげ、生き延びた美人衛士。それがノアであり、国が求めていた姿であった。唯一性別以外は何一つ偽りのない情報であり、国が、社会がこんな逸材を逃すとも思えない


だが藍の目の前にいるそれは、ただの女装趣味の変態にしか思えなかった。それほどの腕もあるように思えないし、自分の意見を出さない、すぐ弱気になる、男らしさの欠片も無い。藍の嫌いなタイプだった。

実に腹立たしい

こんな奴が、戦乙女を名乗っているなんて

自分の知る戦乙女は、戦場に散った神々しい女たちは、立派に戦い、英雄の名を辱めない本物の英雄だった
それがどうだ、この少女は(このころから藍はノアは男としてみるのをやめた)

気に入らない、気に入らない。
だから殴った。当分撮影等の広報活動は無いから、好きに扱いていい、という司令の言葉も賜っている。私はこいつに容赦することは無いだろう。薄暗い心の中で、藍はひそかに思った。

「立ちなさい英雄さん。訓練を始めるわ」

「あぅう」

これが後に“豪州の変態”と広く知られることになる。ノア・テイラーの物語における最初の転機であるといわれている。

気弱で卑屈なノアは、藍と出会ってどう変わっていくのか、物語はここから始まる









[注意!]

白銀武は帰還済み

折原藍は終わりなき夏、永遠なる音律のキャラ

オルタとは微妙に世界観が違う



[26852] Muv-Luv 桜花アフター “豪州の変態” ノア・テイラーの場合 第2話「その小隊は(前編)」
Name: ティルさん◆c164acb0 ID:5ef8bd47
Date: 2013/10/27 15:56
――???


一匹の猫がいた。その猫はこちらの存在に気が付くと器用に顔だけこっちを向いて

「あんぎゃー」

と鳴く

そして猫は喋りだすのだ
あんぎゃ…、んー違うな、何か違う。どんな風に声をだすのだったかな…。

ぎゃおー、がるる、なるるる、なーど、なー…にゃー?

“にゃあ” そうだ。思い出した。にゃあだ。うん、しっくりくるなぁ

はじめまして。我々を猫と認識するあなた方

突然だけど、シュレティンガーの猫を見たことはあるかね?
ああ、これは言葉通りの意味、実験では無い。その猫を見たことはあるのか? と聞いている。当然ないだろう。そもそも確立二分の一で、いるかいないかわからない猫が、どんな猫なのか想像もつかないと思う。ではどんな猫なのか私から少しヒントをやろう。
その猫はあなた方の目の前にいる。

さて、どう思うかね。私は半分冗談を言ったのだが…。はたして冗談と受けとってくれるだろうか。
つまるとこ、シュレティンガーの猫というのは自称なのだよ。なんとなくおしゃれな気がするし、広義でとらえれば間違っていない。かつて人が名付けた種としての名前もあったが、今となっては忘れ去られた、古い記憶でしかない。

本来の役目も今となっては果たすことができなくなってしまった。必要とされれば、また使命を果たすことができるだろうに。

それもまた、ただの望みにすぎないのさ。今はただの猫として、遠くから近くから眺めることしかできないし、しない。

猫はただ鳴くだけなのだ。にゃあ




Muv-Luv 桜花アフター “豪州の変態”ノア・テイラーの場合
第一章 第2話「その小隊は(前編)」



                               1


「ほらきりきり走る! ちんたら歩いているんじゃない!!」

「ひぃぃい」

豪州の新たな英雄、今日もテレビの中で愛想を振りまく美少女(偽)であるノア・テイラーは、ダーウィン基地付属の校庭を完全装備で走らされていた。どうしてこんな訓練兵のようなことを、と考える暇もない。早朝から走り続けてすでに疲労困憊なのだ

こんな訓練は久しくやっていない。こう見えてノアはすでに一人前の衛士として実戦を経験している。体力が落ちないように軽く自主トレをすることはあっても、自分の体を苛めぬくような訓練は本当に久方ぶりで、体力よりもまず、精神が折れそうになった。

もちろん正式な軍人がこのような訓練をしない、というのは間違いであり実際にあることなのだが


とにかくノアはへたり込みそうだった。美系顔もここまで崩れるか、というぐらい疲れが顔に出ている

「なさけない顔をするんじゃない、ほらあと三週! なんてことは無い距離よ!」

藍は実際に富士山麓を完全装備で六十キロ走破したことを思い出していた。それに比べたら、半分に満たない距離しか走らせていないというのに

(こりゃ相当おちこんでいるなぁ)

 気持ちが、ではない、それに付随する体力、精神力のことである。思うに、ノアは相当ひねくれてしまっている。前線で何があったかは知らないが、気持ちの問題が、体にもろに出ている。

(これは一度精神面のケアも考えないと…)


「ぜひゅ…ぜひ」

 ノアは死ぬ気もかくや、とばかりに重い脚を振るい、ようやくの思いでゴールした。
呼吸なのか嗚咽なのかわからない音を漏らしながら、歩みを止め、装備をどさりと下ろすと、直立で息を整える。こういうとき、座り込んだり、屈んだりしてしまうと呼吸がし辛くなってしまう。焦らずゆっくりと酸素を体に送る。焦ってはいけない

 そうして眼をつぶるノアに、藍は容赦なく水をぶっかけた。

「汗が止まっているわ。水が必要かと思ってね」

 バケツ一杯の水をかけられたノアは、疲れを通り越して怒りが生まれるのを感じ、キリと藍を睨みつけた。

「あら、良い目をするじゃない。まだ動けそうね、そのままその場で腕立て伏せよ。私が止めというまでね」

 ノアは絶望の表情を見せた後、ノロノロと鈍い腕立て伏せを開始した。
軍隊とは絶対命令制であり、藍は階級が一つ上の中尉であり、今はノアの指導という任務を受けて動いている。逆らえるものではない

「1、2、3、…」

苦しげな声を聞きながら、藍は思考に身を落とす。実のとこ、藍はノアのことをまったく評価していないわけではない。もちろん認める段階の底辺、という厳しい評価だが。
なぜかと言われればこう答える。戦術機に乗っているときはちゃんと男の目をしていた、と。

 シミュレータに乗るまで貶しまくっていた藍だが、やはり戦ってみてわかることがちゃんとあるのだ。少なくともこのノアという衛士は闘争心を持っていた

第二世代戦術機であるF-18 ホーネットを用い、それなりにいい動きをしていた。ただ、用いる装備がAMWS-21(米軍の主兵装だ)の、120㎜滑空砲の代わりにアンカーユニットを装備しているのが気になったが、それでもこちらのType-94不知火相手に粘った方だと思う。機体性能の差を卑怯というなかれ、こちらはセールスのために普段使わない機体に乗っていたのだ


 藍がこの国、オーストラリアに来た理由はいくつかある。鉄原作戦も終わり、帝都宣言の後始末もついた帝国は多少余裕がある状態だ。本格的なBETA襲撃の危険性も無くなり、国土の回復、それに伴うライフラインの整備、失われた国軍の人員や機材の増員などに時間を割くことができるようになったのだ。

 例えば国力回復の一環として、不知火、武御雷の輸出計画がある。純国産のこれらを売ることができれば、相対的な利幅が大きく、まず資金的な面で苦難を脱することができる。特に国連が提案するハイヴ攻略部隊に武御雷が配備されることがほぼ決まっていることが大きいだろう。ここでさらに不知火を売り込むことができれば…

「あの、少々よろしいでしょうか」

「…何でしょう」

 校舎側から一直線に近づいてきた、ツリ目が特徴的な少女の声に反応し、その胸にある階級章を確認してから藍はぶっきらぼうに答えた。ノアと同じ少尉であった

「ありがとうございます。ダーウィン陸軍基地所属、試作戦術機第一小隊所属、リタ・ミノグ少尉であります。今ノア少尉に課している訓練はどのような意図を持って行われているものでしょうか」

「試作第一…、女性だからもしやと思ったけれど、あなたもプロパガンダ小隊の一員なのね。一応、私の受け持ちということになるのかしら」

「その通りです。着任後挨拶もそこそこにノア少尉を扱いているご様子、任務の確認や小隊メンバーの確認、今後の予定などのために一度ミーティングを行うべきと進言します」

 どうやらこの衛士は怒っているらしい。言葉の端々に怒気が含まれている。それでも藍は気にした様子も無く、「そうね」と短く返す

「とりあえずこの訓練が終わってからね。このことの意味を聞きたがっていたようだけど、愚問ね、訓練は訓練よ。心身を鍛えるもの。意味や意義を持つものなんかじゃないわ」

「…やりすぎだ思われますが」

「あら、帝国陸軍では任官してもこのぐらいのことはさせられるわよ」

「ノア少尉が負った傷のことを考えれば、少しは加減すべきだと思います」

「昨日の金的のこと? 確かに死にそうな顔していたけど…」

「違います、っていうかそんなことしたんですか!?」

 この後、リタはノアが都合二度急所を蹴り上げられ、生死の境をさまよったことを知って茫然とした。対する藍も、「いや、事故だし…」といって反省する様子も無い

「あのぅ、二人とも、適度に喧嘩するのもそこまでにしないと、ノアが…」

 そこに近寄ってきた衛士が二人に声をかける。階級章は少尉、この衛士もまたプロパガンダ小隊の一員であった、が、

「あー、ごめんなさい。あなたはノイマン少尉? それともトリスタン少尉?」

 昨日説教した後に紹介された藍であったが、二人があまりにもそっくりなため、まだ見分けることができないでいた

「自分はトリスタンでありますが…、それよりも、うちのノアが死にそうです」

「あ」

 慌てて向けられる視線の先には、終了のサインが出ずに止めることのできない腕立て伏せの途中で力尽き、地面と熱いキスを交わすノアがいた。



                                2


昼食時、ダーウィン陸軍基地PX(食堂)

ノアは、この基地に着任して以来何度目になるか忘れるほどの呪詛をつぶやいた。戦地がえりの後、もともと活発的でなかった性格がより一層内向的になり、自分に降りかかる不幸をひたすら呪う、実に痛々しい存在になってしまった

微妙に耐えられる苦痛なのが辛い。
戦地で行われたように、徹底的に叩きつぶすならともかく、言葉攻めだったり、厳しめな訓練だったり、時に快楽を伴うものであったそれらは、ノアのいじけ具合を加速させたといってもよい

ちなみに昨日の金的は、死とノアを直結するえげつないもので、短期間に二度も三途の河を見ることになったことを思い出して、ノアはブルと震えた。
二度、というのはシミュレータ訓練の後に、当たり前のように女性用更衣室で着替えるノアの半裸を、藍が発見したことによるものが加えられた数字である。


 とにかく、昨日今日の弱いものいじめ(と、ノアは思っている)で、すっかり藍に対して恐怖感を抱いてしまったノアは、PXという比較的リラックスできるはずの空間で、藍が目の前に座っているという事実に苦しんでいた。
 作戦会議なんて堅苦しい名目で顔合わせするよりも、楽しい食事とともに、という藍の方針だが、どんな食べ方をしたのかすでに藍のトレイは空っぽだ

「あぁ、満足。流石天然素材を使っているだけあって、美味しかった。ついつい食事のスピードが上がってしまったわ」

(ちょっとどこじゃなかったような)

 ちなみにノアのトレイはようやく4分の一を食べたとこである

「そうでしょう。この基地の食事環境は特に良いと、我が国でも有名なのですよ」

ノイマン少尉の自慢げな口調に藍はうんうんと満足げに頷く。

「食料自給率が100%を超える国ってだけあるわ。野菜一つとっても段違いにおいしいもの。さて、と」

 トレイを脇にやると、藍は用意していた資料を取り出しメンバーをぐるりと見渡した。一瞬目のあったノアはビクッとしたものの、すぐに視線がそれたことにホッとした。
ノアの隣はリタ。その正面にノイマンとトリスタンが並んで座っている


「じゃあ、食事の途中だけど始めましょうか。もう知っている人もいると思うけど。私は帝国より派遣された斯衛軍所属中尉、アイ・オリハラよ。これから二か月に渡ってあなたたちプロパガンダ小隊の教育と、豪州量産機のトライアル参加衛士を担当することになっているわ」

 シラヌイを持ってきた藍がトライアルに参加する、ということはシラヌイがこの軍に配備されるのだろうか、とノアは胸を弾ませた。戦地で見たシラヌイとは形が違うような気がしたが、アレが正式採用されればこの国の戦力は大幅に上がるだろう。ノアの経験がそう告げている

「まぁ、トライアルまでは時間があるから、当分はこの小隊の訓練に努めさせてもらうわ。まず、小隊の設立理由だけど…」


 試作戦術機第一小隊、その字面の適当さから、周りからはプロパガンダ小隊という名で呼ばれている。この部隊はまだ構想段階だったものを無理やり実用化させたもので、正式名称も与えられていない半端ものだ。
 部隊の目的は主に、広報活動である。純国産軍人の割合が低下していることや、単純に軍人を増やす目的から、テレビやポスターなどに出演して、軍人になりませんかー、軍隊は危険じゃないし、給料もいっぱいですよー、と触れまわるのがノアたちの今までの仕事であった。また、今後は衛士であることを利用して、戦術機を用いたセレモニーも検討されている。
 当然メンバーはむさくるしい男どもではなく(そんなのが、軍隊に入ろう! などいっていても人など来ない)麗しき女性で固められている。これらの活動により、テレビでは軍歌をBGMに、なびく国旗を背景にしたノアやリタが敬礼をするCMが、ひっきりなしに流れている。
 バリバリに化粧し、女装した自分が何度もテレビに出るので、ノアはあまりテレビを見たがらない

「もともとこういう発想はあったみたいね。リタ少尉ら三人はこの時に?」

「はい、ただ自分たちが集められた段階では、こういった活動はまだ先になるものと伝えられていました」

 リタが答える通り、数少ない女性衛士を(それも目麗しい女性を)集めるのは難しかったのか、三人ともこの基地に来た時期がバラバラだ。

「小隊メンバー、テイラー少尉、ミノグ少尉、ノイマン少尉、トリスタン少尉」

藍が先ほどから目を落としていたレポートにある、メンバーのファミリーネームを読み上げる。
そのレポートとは小隊付き教官のために制作されたものであり、メンバーの詳細や部隊の運用方針、過去の活動などが詳しく載っている。余談だがこの基地の司令であるフリーマンの添削により、かなり詳しいものになっている。
最初に「よく出来た資料ねぇ」と藍が漏らすと、事情を知っているのかリタが「司令は日本好きだからなぁ」とボソッと言っていたりする。手を抜くのが嫌いな司令だが、同時に客人に注ぐ熱意を感じることができる逸品だ

 藍は資料にある年齢と、訓練校の卒業年数から、彼女らがXM3第一世代であることがわかり、密かに眉をひそめた。



 XM3は魔法のアイテムだ。
 その開発から普及によって、全衛士に衝撃を与え、また歓喜させた。
 たった一つのOSが衛士の死亡率を半分に引き下げるなんて誰が予想できただろうか。
 そのOSの賞賛すべきところは単純な性能アップではない。戦術機の装甲が厚くなるとか噴射ユニットの出力が上がるだとかでは魔法のアイテムとは言わないだろう。衛士が最も歓喜したのは柔軟性の向上だ

それまでのOSは例えるならブレーキの付いてない自転車のようなものだった。
 もちろんブレーキがなくても、乗り手が足で地面を踏ん張れば止まることはできるし、車体を横にすることで急ブレーキもできる。
 だが、そんなことをすれば足に負担がかかるし大きな隙になる。何より止まる前から止まることを考えてスピードを落としたりしなければならない、神経の使う乗り物だろう(下り坂なんてもってのほか!)

 驚くべきことに戦術機という機械は、そういったハンデを抱えて戦ってきたのだ。もちろんこれはブレーキを持つものの考えで、そんなものを知らない彼らは車輪を回す仕組みをとりつけて大満足をしていた


 XM3によってブレーキを手に入れた戦術機はまさに全力を、全速力を手に入れることができた。
 パターン化と未来予測によるタイムラグゼロは、動作の先行入力と組み合わさり神経伝達の高速化を可能に
 状況に応じて動作シーケンスを監視し、最適なものを組み合わせ高速化した一連の動作は、流れるような体術の実現を
 そしてそれらを統括し、任意に解除することで人の持つ天性の力、カンと経験による即応性をも手に入れることができた戦術機はまさしく陸戦最強の兵器だった。


 ではなぜそれらを衛士訓練の最初期から触れることができたXM3第一世代であるノアたちを見て藍は眉をひそめたのか、それは…

「オリハラ中尉…?」
 ノアの声に藍は長いこと考え事をしすぎた、と頭を振るった

「ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたわ、えぇっと小隊メンバーの確認だったわね。
最初に来たのがリタ・ミノグ少尉。訓練校を卒業後、戦術機甲師団に配属される前に異動。この基地に来る。と」

 頷くリタは豪州でも珍しい、代々続く軍人家系の末裔だ。幼い時から父に子守歌代わりにこの戦争について聞かされていたことや、その父が戦地で死亡したこともあり、積極的な意思を持って兵役に就いた。
きちんとBETAの恐怖を理解し、父の復讐に燃えるリタは、その大きなツリ目から感じるキツめな印象に違わず、小さいころから叩き込まれた軍隊格闘術もあって、訓練校では女王として君臨していたという過去も持つ。
 
黙っていれば美人であることや、小柄な体系などからこの部隊の一人として上の目にとまったということだ。この基地に来てからはその気質は見せていないが、その矛先がどこに向いているか、周りの人間はうすうす感づいている

「得意なポジションは突撃前衛。訓練校の教官によれば、猪突猛進のごとく最前衛に行き暴れ回るものの、その巧みな突撃砲使いと冷静さを失わない指揮能力で前衛をまとめ上げる下士官タイプ…。
ふーん、ずいぶん評価されているのね」

言葉とは裏腹に藍の表情は変わらない。他人の評価を過信しないのが藍の信条だ。自分で見て、聞いたものに重みを置く、昔からそうしてきた

「ところであなたは昨日のテイラー少尉苛めには参加してなかったの? 追いかけてなかったみたいだけど」

「…自分はその時、服を着ていなかったので」

「……そう」

話を逸らそう。藍はそう思い、目の前で縮こまるノアは見ないことにした



「えー、次いで配属されたのがエルザ・ノイマン少尉。その一月後にはレイチェル・トリスタン少尉」

 藍は横目でチラリと二人並ぶ姿を見る。食事をする二人はその仕草や行動、そして容姿が非常にそっくりなのであった。共に優しげな表情の中にどこか茶目っ気を残しているような大人な女性をイメージさせる容姿、なのだが…
(拙い。さっき覚えたと思ったけど、どっちがどっちだったっけ)

 藍二人の見分けがつかなくてが焦るのも無理は無い。この二人の場合、事前に説明されてもすぐ混乱してしまうという不思議な現象がよく起きるのだ。逆に慣れたものに言わせれば、一度判別が付くようになると後は二度と間違えなくなるらしい。ノアやリタはそうである
 が、初見ではまず混乱する

その要因の一つとなるのが、この二人が双子ではない、ということだ。
 別に三つ子でした―とかいうつもりは無い。いたってまじめに、この二人は別々の人間から生まれ、別々の環境で育っているのだ。遺伝子的なつながりも無い。だというのに、二人は驚くほどそっくりで、その事実が、見る者をさらに混乱させるのだ。

 経歴はさほど似ているものではないが、従軍した時期が同じであることや、得られた技量も似ているなど、どこか恐ろしいものを感じる
 二人は未だ男尊女卑の残る(別々の)士官学校から高い衛士適性を認められ、(別々の)衛士訓練学校へ異動している。

 短い陸軍生活では訓練校より発揮していた狙撃能力を遺憾なく披露し、仲間を援護する。戦術機における立体機動下であってもその精度は揺るがないと評判であった


「互いに顔合わせた時はどんな気持だった?」

「そりゃぁもう」
と声をそろえて返事をすると、互いに顔を見合わせて藍に近いほうのエルザが口を開く

「この世の終わりかと思いましたね。ドッペルゲンガーもいいとこですよ」

 この時勢ではドッペルゲンガー効果も休業中なのか私らぴんぴんしていますけどね、と二人はからから笑った

「ドッペルゲンガーでも戦力よ。むしろ衛士のそれは積極的に出てきてほしいものだわ」

対する藍も冗談を言って笑うが、そろそろ本気でどっちがどっちだか気になって仕方がなくなってきた。というか、判別が付かないと今後支障が出るかもしれないため、真剣に聞くことにする

「えー、こほん。それでごめんなさい。どちらがエルザ少尉だったかしら」

平静を装う藍に二人のうち奥の方が「私ですよ」と答え、同時にノアとリタが「嘘つけ!」と声を荒げた。

「そうやってあんたたちが冗談で嘘つくからみんな困ってるんでしょうが!」

 リタが机をバンバン叩いて怒るのも無理は無い。この二人はまるで息をするように嘘をつき、周りを混乱させるのだ。
二人は自分たちが似ていることを認識するとすぐに、情報を共有させて入れ替わりを頻繁に行うようになった。驚くべきことに上官の前でも平気で嘘の名を教える二人に、見分けることをあきらめた周りは、諦めて適当に呼ぶことにしている。2分の一で正解だし、どちらの名でも反応してくれるのだから問題は無いのだ、と。

 しかし、流石に同じ部隊のメンバーであるノアとリタは、それでは拙いと必死になって違いを探した。ひょっとしたら戦場で共に戦うかもしれない。命を預けあうかもしれない。そう思うとあいまいなままではいられなかった。非常に、苦労したのだ

「あなたたち、見分けつくの? よかったら方法を教えてくれない?」

 藍は二人の得意げな顔を見て尋ねた。早いとこ知りたいのだ

「レイチェルの方がエッチだよね」
「エルザの方がMっぽいわね」


「…はい?」
かぽん、と不思議な沈黙が流れ、頭痛が藍を襲った。
この二人は何を言っているのだろう。藍はもう一度お願い、と頼むことになる。もちろん別の特徴を、と念を押してだ

「エルザは挑発するような仕草が得意に見えるよ」
「レイチェルは横顔がセクシーね」

「……そう」

(役に立たないにもほどがある…!)

 仕方なく、抽象的すぎるノアの意見を無視して、リタのいうMっぽいとこや横顔のセクシーっぽさを見分けようとして、両人ににっこり微笑まれたところで、藍は瞬間的に判別するのをあきらめた
 
 …時間をかけてゆっくり彼女等を理解していこう。心の中でひそかに決意する藍であった



「さて、」
 と仕切り直すようにリタが口を開く。どうやらこの部隊のまとめ役は、周りのメンツから仕方なく、リタが収まっているらしい

「三人そろった時点でこの基地に、部隊の立ち位置のようなものも意識され始めました。士官用の部屋などもあてがわれ、必要な人員や戦術機等も順を追って配置される予定でした。それが…」

「それが、急遽広報部隊として活動を開始することになったのが、ノア少尉の存在、ということね」

 リタの言葉に藍が続ける。戦術機はおろか、部隊名も存在しなかったリタたちの境遇は、ノアが来てから一気に加速した。中隊、大隊まで検討されていた衛士も、部隊として機能する小隊が揃ったことで良しとされ、豪州で最もポピュラーな戦術機であるF-18ホーネットもメンバー分が即座に配備された。これにはリタたちも驚いた。


「…ノア・テイラー少尉。訓練校卒業後に陸軍機甲師団の一員として海外派兵に参加、鉄原攻略作戦にて初陣。か、あんた、あの作戦に参加していたのね」

「オリハラ中尉も? も、もしかして、シラヌイで戦ってたりします?」

 ここにきて控えめだったノアが前に身を乗り出して、藍を正面から見つめた

(うわ、これほんとに男なの?)
 藍は、ノアが国外の人間があまり使いたがらない、機体の帝国呼称を言うのも気にならないほどうろたえた。
 顔を近づけたノアは本当に綺麗と言わざるを得ないからだ。

今までうつむきがちだったから気が付かなかったが、正面からしっかり顔を見ると、藍はなぜか心臓が跳ねるのを感じた。男がどうとか、恋がどうとかではない、単純に美術品のような、どこか人間離れした美貌がどうにも信じられない。

期待に顔を輝かせるノアはその藍の反応にも気が付かない

「ええ、た、確かに私もあの戦場にいたけれど、乗機はTYPE-00武御雷よ」
 藍は斯衛なのだからこの答えは当たり前というものだ

(リタ少尉たちも確かに美人だけど、これは別格ね…)
 
「そう、ですか」

 腰を落とし席に戻るノアに、藍は「何かあったの?」と尋ねる

「はい。私は、不知火に救われたんです」

「不知火ねぇ、確かに戦場の主力は帝国と国連、さらに帝国の主力戦術機は不知火だし、何らかの形で接触していてもおかしくないけど…」

「それでですね、私たちが運悪く門の近くに追いつめられて、部隊が壊滅状態に陥ったところを不知火の中隊に助けられたんです! それも、なんと門(ゲート)の中から現れたんですよ! ハイヴにつながっているはずの門からさっそうと現れ、あっという間に奴らを殲滅していく姿のカッコイイことカッコイイこと…」

熱っぽく語るノアの表情が徐々に輝いていく。リタや二人は「また始まったわ…」と呆れつつ、慣れたもので半分聞き流している。

「…ゲートから? 形が違う…? …んー、ひょっとしてあれかしら」

 一方藍は何か知っているようだ

「テイラー少尉、その機体は…」

「失礼します、オリハラ中尉、伝達事項です。シミュレーションルームの使用許可が下りました。現在稼働中の第二訓練場でスタッフが既に作業を開始しています」

 基地所属の通信将校がこちらを発見してすぐに必要事項を述べる

「あら、もうそんな時間ね、希望通りの時間とは、やっぱりこの小隊は優遇されているのかしら。あなたたち食後で悪いけど、シミュレーション訓練を始めるわ。テイラー少尉の話はまたあとでね」

 勢いよく立ちあがる藍を横目に、ノアたちは残りのご飯をかっ込み始めた。彼女らが遅いのではない、藍が速いのだ

「早食事は軍隊の基本よ、ほら急いで! 小隊、駆け足!」



後にノア最大の仲間にして良き理解者であるリタ、エルザ、レイチェルにとっても、藍との出会いは貴重なものだった。彼女らの出会いが後の運命におけるノアの活躍を裏付けたといっても過言ではあるまい。

また1ページ、世界は進んでいく…

後編へ続く




[補足]


作中の帝都宣言とは
→日本帝国が2004年に行った全世界に向けた会見。そこで行われた数々の重大発表、そして大規模な情報開示は世界に衝撃を与えた。同時にあらゆる方法で情報を発信、機密をばらされた大国などの反感を買い、香月博士の拘束など、一時的な制裁処置を施される。



[26852] Muv-Luv 桜花アフター “豪州の変態” ノア・テイラーの場合 第3話「その小隊は(後編)」
Name: ティルさん◆c164acb0 ID:5ef8bd47
Date: 2013/10/27 16:05
――米国 理系大学敷地内 学生会館


「なぁ、聞いたか? ヨコハマの話」

「ヨコハマ? それって日本の横浜のことかい? なんか事件でもあったのかな」

「なんだ、やっぱり知らないのな。いくら最近研究室にこもりがちだからってニュースの一つぐらいは見ろよな。今世間じゃこの話題で持ちきりなんだぜ?」

「ふーん、で、なにがあったんだ?」

「興味なさそうだなぁ。まぁよく聞け、過去の北アメリカに落ちた隕石は知ってるだろう? 未知の物質の塊。世界に技術革命を起こした重力制御の大本がその隕石にあるってのも知っていることだろう」

「ああ、それこそ大問題だったからな」

「その隕石と同系統のものが、ヨコハマにも落ちた。これがつい先日のこと。この話もお前にしたよな」

「なんだよ、もったいつけるなよ」

「いいから聞けって。その隕石落下に当の日本はともかく、我が国も大騒ぎ! なにせ天文学的な数字で利益を生み出した宇宙からの贈り物だ。技術大国日本がその隕石を解析すれば、技術の独占で多大な利益を得る我が国の巨大なライバルになる」

「既に十分な利益を得ているってのに傲慢な国だよ、我が愛するアメリカ合衆国は」

「そこで軍部が乗り出した。傲慢なアメリカは罪を更に重ねた、っつーわけで。

…新型弾頭を積んだミサイルを二発、横浜で炸裂させたのさ」

「なんだって!? 新型弾頭ってのはもしかして…」

「そう五次元効果爆弾、通称G弾さ。驚くよなぁ、まだ試作段階ってニュースでやっていたが、おそらく情報操作だな。そんときにはもう完成していたに違いない。
とにかく、G弾は現在、展開するラザフォード場によってあらゆる迎撃手段が通用しない最強の爆弾だ。隕石落下跡を包囲中だった日本の自衛隊の部隊、東京湾に展開していた同じく自衛隊所属のイージス艦。これらの迎撃むなしく二発のG弾が炸裂。事前に勧告したとはいえ多くの一般人が犠牲になってしまった」

「恐ろしいことを…、こいつぁ世界が黙っちゃいねぇぞ」

「ああ、日本はカンカンさ。いつ戦争になってもおかしくない。だがな、俺が言いたかったのはこの後の話なのさ」

「この後? G弾投下だけでも十分なニュースじゃないか」

「いいか、G弾の爆発ってのはただ爆風と爆熱による破壊ではない。エネルギー解放の後、開放半径内のものすべてを多重乱数指向重力効果、つまり全方向への重力作用によって破壊する。そうして破壊された横浜の大地は恐ろしいことに質量が激減していたんだ。爆発後は気圧も減少するため、内向きに爆風が発生する、ということを踏まえても、開放半径内の質量があまりにも足らなかった。もしその質量が完全にエネルギーに変換されたのなら、その破壊力たるや超新星爆発並みと推測する科学者もいる」

「超新星爆発…、この太陽系が崩壊する規模だぞ、それは!」

「ああ、わかってる。でも起こらなかった。横浜の大地、人、建物、そして隕石を飲み込んだG弾によってもたらされた莫大なエネルギーは、ポンっとどっかに消えちまったってわけさ」

「なんて…恐ろしい、だが同時に興味が湧く…!」

「やっぱり気に入ると思ったぜ、っておいどこいくんだよ! ったく、あの研究バカめ」


― これは、近くて遠い、僕たちのそれとよく似た世界の物語 ―



Muv-Luv桜花アフター “豪州の変態”ノア・テイラーの場合
第三話「その小隊は <後編>」



                               1

ダーウィン陸軍基地――広大な豪州の北部に位置する、大型基地施設及び空海港を指す。もとは空軍基地であったが、世界情勢を重く見た国防委員会により、その活動内容その他が大幅な変更を余儀なくされた、という経緯を持つ割と歴史の浅い基地である。
陸軍といっても、空軍そのものとしての施設は現在も依然として稼働中であり、大規模な空港が併設されているため、滑走路、管制塔などが24時間体制で駆逐艦を吐き出し続けている。陸軍駐留に至り、格納庫や必要施設を拡張、また国軍の方針として対外派遣が中核に据えられているため、国外へ送り出す部隊を多数抱えている。


 そんな豪州軍きっての前線基地ともいえる、ダーウィン陸軍基地のとある廊下をかつかつ歩くのはもちろん軍人。いま国内で最も有名なノア・テイラーを中心とするプロパガンダ小隊の面々である

最後尾を歩くのはリタ・ミノグ少尉。その大きなツリ目からくる印象に違わず、キツイ性格であるリタは今、焦っていた。ものすごく、焦っていた

司令が忘年会で酔ったあまりに、日本舞踊だと叫びながらカタナを振り回したときだってもう少し落ち着いていたような気がする

 目の前でノア・テイラーと歩いている一人の将校、短髪、見た感じ20代半ば、すごく美人
 なんというか、冷静そうな見た目と違わず、性格も落ち着いていて、なんだか大人な女性って感じ

「気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない」

「リタ、声に出てる」

 横を歩く同僚の注意も耳に入らないのか、リタはぶつぶつ呟くのをやめない

「はぁ、またリタがおかしくなってるわ」
「理由は想像できるけどね」

 まるで示し合わせたかのように同時に溜息をつく二人はエルザ少尉とレイチェル少尉。まるで双子のようだがそうではない、という嘘のような二人だが、今日この時も、息ぴったりに落胆の表情を見せた。もちろんリタのことで、である

 リタは猫をかぶるタイプだ。本来軍人というものは自己を押し殺して機械のように行動することを求められる存在なのだが、リタはそれに輪をかけて感情を抑え込む癖がある。
 食事時は思わず声を荒げてしまったが、あれはエルザとレイチェルに散々苦労させられた苦い経験があるのだからある意味仕方がない

 リタは、上官の前ではこれでもか、というぐらい軍人然としているが、その実無理をしているだけで、本当は感情の起伏の激しい、ただの少女でしかない。
 そんな彼女が本当の自分を抑え込んで軍人をやっている姿は、周りからみれば本当にハラハラさせられるものである。もっとも本人としては、心の中でうまくバランスが取れているのか、軍人というストレスのたまる職場でもうまくやっているようだが。
 

 しかし、その仮面にひびが入ることがまれにある。もうわかると思うが、ノアのことだ。
 今日も既に午前中に一度、ノアのことでキレそうになっている。

 ではリタが今、何に怒っているかといえば、もちろん目の前でいちゃついている二人についてだ

「いははは、いはいれすオリハラひゅうい」

「あらごめんなさい、なんか彫刻を見ているみたいで気持ち悪かったから本物か確かめてみたのよ」

「ひどいです中尉…」

 傍目にはいちゃついているようには見えない、むしろ小動物の相手をするお姉さんのような光景だが、リタにとっては十分に嫉妬の対象だった

 もうわかると思うが、リタ・ミノグはとても嫉妬深く、またとても独占欲の強い少女である。リタにとってノア・テイラーとはすなわち自分の所有物であり、それが今別の女(それも美人!)の横でへらへら笑っているという状況がどうしようもなく許せなかった

「ギギ…グギガガ」

「リタ、今あなた女が発してはいけない音を出していたわ」
「そろそろ機嫌直しなさいよ、相手はただの上官よ」

「わかってるわ、でもその上官が問題なのよ。人のものをおもちゃみたいに扱って…! 
しかも何よあの胸! ビッグ! ビーーッグ!!」

「あー、それね。あなたの怒りの半分はそっちなのね」

 かく言う偽双子も藍のそれは気になっていることなのか、じっと前を、その上官の士官用制服を膨らませている女性の象徴を見つめてふぅ、とため息をついた。

(偽)双子は実に双子らしく、体系もそっくりだ。160を優に超す長身に羨むようなスレンダーボディ。鍛え抜かれた体に一切の隙は無く、二人は自分の体を誇りに思っていた。胸だって決してないわけではない。ただ、平均的というか、スレンダー相応というか、少なくとも巨乳では無かった。それだけだ。
上官の、藍の目を見張るような美乳な巨乳をうらやましいと思っても、そこまでだった。


 だがリタは違った。豪州のまごうこと無きエース(自称)にして、華やかなプロパガンダ小隊において、リタはあまりにもちっこかった。
アメリカ基準において10代前半を思わせる体系に、申し訳程度に山二つのっかっているだけの自分の体を、リタは激しく憎んでいた。憎悪といっても過言ではない。
せっかく母親から譲り受けた、陶磁のような白い肌も、透き通るような美しい髪もこの体系では宝の持ち腐れ、と嘆き悲しんでいた。

何より気に食わないのが、この体系のせいで、ノアとアレコレした後に、ノアの胸に抱かれて眠るということだった。リタは決して、ノアを甘い恋人として夜をともにしているわけではない。リタの求めている関係は快楽をもとにする主従関係、なのである。(事実、ベッドの上では終始リタのペース)

変なとこで純情なノアは眠りに落ちる時、まるで子供を抱くかのように胸に抱きいれて眠る。リタにとってはそれが、いたく不満であった。
あいつは一体私を何だと思っているんだ、いや何歳だと思っているんだ!
せめて、豊満な胸さえあれば、子供扱いもされないのに、なのに、なのに、なんだ、あの巨乳は、なんだ、あの美乳は

 リタは、藍が偶然行き合わせた司令と会話を交わしている隙を見て走った。トイレに駆け込み、ため込んでいた感情を爆発させる

「ほんとにジャパニーズかてめぇぇぇ」

悲痛な叫びが、薄暗い女子トイレに響いた





                     2

 戦術機用シミュレータは今日も絶好調であった

「ぎゃー」

 圧倒的な敗戦ももう四度目ともなれば慣れてしまうのか、ノアは実に気の抜けた悲鳴を上げながら転倒による揺れに耐えた

「骨がない戦いだったわ。この程度でもう疲れたの?」

 対する藍は実にけろっとしている

「小隊メンバー合わせて10戦近く行っているのに疲れない中尉は凄いと思います…」

 今日はもうこれでおしまいにしておきましょう。そう言って藍はシミュレータの操作を終了し、ハッチを開放させる

 ふぅ、と息をつき、汗をタオルで拭いながら筐体から出る藍はなんというか、そう。美しい
思わず見とれていたことに気が付いたノアは、自分が今どんな感情を抱いているのか分からず、ドキドキと高まる心臓の鼓動に驚いていた。
と、リタが厳しい目をこちらに向けているのに気付き、違う意味でドキドキした

あれは拙い、無意識にノアは走りだし、リタに近寄ると「ごめんなさい」と理由も無いのに謝った。よくわからないが、リタが怒っている。なら謝らなきゃいけない、というノアの弱気な精神(そして日々のリタの調教の成果)がここにも表れていた。
実際、ノアはリタに頭が上がらないし、常日頃から所有物宣言を行っていることから上下関係が出来上がってしまっている。だからリタが「腰を落としなさい」というのにもすぐに従った。
ノアは経験上、こういうときは口づけをするのだと思いだし、(公衆の面前はやだなぁ)と考えながら目をつむっt唇を思いっきり噛みつかれた


「☆○っ×¥#!!」

「…何やってるの、あの子たち」

「じゃれてるだけですよ」「気にしちゃいけません」

 冷ややかな目を向ける藍と、慣れたものだと笑う偽双子。馬鹿をやる子供を見る大人のような3人であった



20分後ミーティング室

「それじゃあさっきのシミュレータ訓練で分かったことを説明するわね」

 藍は机の上のパソコンを操作し、用意した図面、数値をプロジェクターを通して拡大し、表示させ、こほん、と一息入れると厳かに話し始めた。




 あなたたちの乗る戦術機。豪州軍正式採用、第二世代戦術機F-18ホーネットは優秀な機体よ。F-15のようなトータルバランスに優れているわけじゃないけれど、より安価で汎用性も高い基準を維持している。
 前線のようにとにかく高性能機を求められるような状況じゃないから、コストパフォーマンスに優れるこの機体を選んだのは良いことだと思うわ。
 
 でもね、あなたたちの搭乗機としてふさわしいか、となると問題点が浮かびあがってくるわ
 不思議そうな顔してるわね。これからその説明をするわ。

 画面を見てくれる?
 これは対人戦闘、つまりさっき行った戦術機同士の戦いが終わった後の機体データよ。

 右から私の不知火、ノア機、リタ機、エルザ機、レイチェル機よ。何か気づくことは?


 …なさそうな顔ね。じゃあさっきの戦闘で私が課した条件を覚えているかしら。

そう、「これから行う数回の戦闘訓練の機体蓄積負荷は戦闘ごとに持ち越される」

つまり戦闘で相手から受けたダメージ以外、例えば関節にかかる負荷をそのまま受け継いで戦闘を行ったの。

 このデータはその結果よ

 ようやくわかってきたみたいね。
この5機がほぼ同じ蓄積ダメージを持っているのは、あなたたち四人が3回行った戦闘と、私が12回行った戦闘の蓄積負荷が同じということを指しているのよ


 信じられないって顔してるわね、…説明を続けるわ。確かに不知火という第三世代傑作機を用いたことや、私が12回という戦闘を考慮して無理のない動きを意識したことを考慮しても、あなたたちが4倍のダメージを負っているというのは異常な数値といっていいわ。
 
 あなたたちは、無駄な動きが多すぎるのよ

 戦術機の戦いはBETAとの戦いがメイン。そのBETAとは? 無限の物量で津波のように押し寄せる驚異の怪物。驚異の個体数を持つ、怪物

 その怪物との戦いでは、より長く戦場に留まることを必要とされる。それはわかるわよね。次々と押し寄せてくる奴らを蹴散らすのは簡単よ。でもね、できるだけ多く、一匹でも多くの怪物を倒すのにはただ蹴散らすだけじゃダメなの。
 より効率的に、より機体に負担をかけず、一秒でも長く戦場に留まり続ける覚悟と力が必要なの


 戦場において最も重要なのは残弾の管理。次点で関節の過剰負荷の忌避、となっているわ。お次は推進剤の管理

 この順番は誤りじゃないの。戦術機は推進剤が無くなるよりも先に関節がやられてしまうものなのよ。ある意味、人型として発展してきたこれらの最大の課題であるといってもいいわね


 戦場で長刀を拾った米軍機が考えもなしに振り回していたら、戦場のど真ん中で主腕が使い物にならなくなった。なんて話はよく聞くわ

戦闘、それも近接戦闘ともなれば、機体にかかる負担はケタ違いになる。重い長刀の保持、それを相手に叩きつける衝撃、腕が馬鹿になってもおかしくはない。米軍が近接戦闘を避ける理由はこれも一役買っているでしょうね。


でもそれ以外にも関節に負荷をかける行動はたくさんあるわ。例えば、跳躍ユニットを用いた急降下、そして着地。例えば、ビルを足場に跳ねまわること。どう? 少しは自覚、あるんじゃないかしら。

ふぅ、理解してくれたようで何よりだわ


じゃあどうしてここまで差が出てしまっているか。根本的な問題のひとつ、それは…


あなたたちがXM3第一世代、通称アドバンスチルドレンだからよ

他にもプラチナムチルドレン、端的にチルドレンと呼ぶ人たちもいるみたいね


奇跡のOS、XM3の普及からはや数年、新世代の衛士たちは、訓練課程の最初期からこのOSに触れてきたわ。私たち現役衛士のように突然の変化に戸惑うことなく、自然なものとして奇跡を受け入れた。それが、問題なの

XM3は普及された当時はそれは絶賛されたものだった。衛士の生存率を半分に減じる。私たちは夢のような、本物の奇跡を見るような気持だったわ。

でもその実、XM3という奇跡は戦術機に多大な負担を強いるものだったの。本来すべき行動を無理やりキャンセルし、別の行動につなげる。今までできなかった動きを再現させる。そういった行動は消耗の少なかった部位や消耗を予想していなかった部位に負荷を与え、またさっき言ったように、新機能に頼り、可能となった強引な機動を行えば、それだけ関節に負荷をかけるわ

それを当たり前のように行うチルドレンは、多大な戦果をあげる一方で、機体を壊す確立がとても高いの。戦場で戦えなくなって生きて帰れなくなった衛士も、大勢。あまり公表はされないけどね。

チルドレンはその派手な動きがどれだけ機体に負担をかけているのかを正しく理解する必要があるわ



それに加えてもう一つ。最初の話に戻るのだけれど、ホーネットの、いや第二世代機のXM3に対する脆弱性ね

戦術機の分類は大きく分けて3つ。開発時期と機体コンセプトの違いから、世代間の壁はかなり高いといってもいいわ。撃震…ファントムがイーグルになれないように、イーグルもまた、不知火にはなれない。
当たり前のことだけど、その越えられない壁を構成する要素の一つに、機体バランスの違いというものが挙げられるわ。これは、機体の重心の位置を変えることによって得られる様々な恩恵を戦闘に生かすという、人体工学に基づいた開発技術が用いられている。例えば…

・ファントム等、第一世代機。重心は機体のほぼ中心、腰部中央あたり。低い重心と分厚い装甲、骨太な足回りは二足歩行という不安定な機械をしっかりと大地に立たせる、優れた静安性を得ている。

・イーグル等、第二世代機。重心は胴体部やや上に変更、機体のスリム化と大型肩部シールドの採用等により、静安性をあえて低く設計する(つまり転倒しやすい)ことで運動性を高めた。

そして不知火等、第三世代機。重心は胴体部中央、体移動による重心制御を人体レベルまで上げるためにコクピットブロックの内部可動制御を組み込み、コクピット周りのショックアブソーバーと連動し、精密な重心移動を可能とした。これにより、非常に優れた体さばきが可能に。


以上のことを踏まえて、それぞれがどれだけXM3に対応しているかを考えると、第二世代機の不安定な機体バランスが、特殊機動に対する妨げになることがわかったの。正確にはブレすぎる機体の制御に関節の摩耗が早まってしまう。

このことは第三世代戦術機開発時から、つまりXM3がない時からある程度危惧されていたため、第三世代機には設計段階から負荷軽減用の細かい調整がなされているわ。

機動性を高めるために行った調整が、新しい戦術に対応できなくなるなんて皮肉よね



これらの理由により、チルドレンが全力戦闘を行うなら、第三世代機が必要になってくるわ。幸いにも豪州軍が現在第三世代導入計画を行っている。ほぼ最終段階まで進んでいるから配備もそう遠くは無いでしょう。もちろん私としては不知火の採用を認めさせる気でいるのだけど。


…わかった、君の話はまた後でちゃんと聞くから座って、テイラー少尉

続けるわ。
それでも現在の搭乗機はホーネット。ならば負荷を意識した慎重な戦いを心掛けないといけない。ただでさえ脆い機体はあなたたちチルドレンの動きにはついていけない。
逆にいえば、ホーネットで長時間戦闘が可能になれば第三世代機ではより長く戦闘を行うことができる。


あなたたちはそうね、飛行に関しては全く問題なし。編隊飛行やアクロバットなものでもある程度のレベルはこなせるでしょう。
でも戦闘、そして機体を動かすという技術に関しては全くの素人、覚えたての新人そのものね。
かろうじて及第点を挙げるとしたら、戦地帰りのテイラーぐらいかしら。それでも問題は山積みなのだけど。

「とにかくね」

 藍は部屋の電気をつけると、小隊のメンバーを見渡す

「私はこの隊の教官を命じられたわ。その隊の主な活動が広報活動だとしても、上が戦場で活動させるかもしれない、なんてことを言っている以上。あなたたちを半端ものなんかにはしないわ! 立派な衛士に育て上げる。

 そのための知識と技術を、これからみっちり教え込んであげるわ。そのつもりで覚悟しなさい、以上! 講義は終わり」

 そう言うと藍は立ち上がり、長時間の説明に疲れた様子も無く、いきいきとした様子で「お疲れ様、ご飯にしましょ」と朗らかに言った。

 気に入っていたのだろう、この基地の食事に

 


                   3

「そういえばテイラー少尉」

 早々に食事を済ませた藍は目の前で肉を小分けにして口に運ぶノアに声をかける

「…んく、なんでしょう」

軍隊における早食事を行っているのかフォークを高速で上下していたノアはまず飲み込むのに一拍使った

「さっき言い忘れていたの。あなたの使っている装備のことだけど…」

「アンカーユニットのことですか?」

藍が尋ねたのは、ノアの用いる装備に関してであった。
通常の突撃砲は36㎜突撃機関砲と120㎜滑空砲で構成されるものだが、120㎜はモジュール方式によって状況によって、様々なオプションに変更可能となっている。ノアはそのオプションの一つ、銃剣とその射出・巻き取り機構が一体化したアンカーユニットを装備している。
 装備自体は米軍公式なものだが、扱うものは多くない。それが豪州の衛士となると恐らくノア一人だけであろう、そのことを問うと「教訓、というか…共感、でしょうか?」とひどく曖昧な答えが返ってきた

「影響を受けたってこと?」

「そうですね、それであっていると思います。
鉄原攻略戦で私は幾重にも経験を積みました。BETAと戦うこともそうです。不知火に救われた他にも、もう一人、戦場でエースに会ったことも、大きな経験だったと思うんです」

「また鉄原の話ね、昼食時の自己紹介の件もあるし、くわしく聞かせてもらおうかしら」

「そうですね…、あの日私は……」

あの日、朝鮮半島の大地を包んだ戦火の中を、ノア・テイラーはどのようにくぐりぬけたのか


次回、鉄原ハイヴ攻略戦






[解説]


第三世代傑作機とは、不知火の各国の認識。もっともXM3に対応した戦術機、と呼ばれることも。
→不知火はその生産性、整備性、能力、コストのバランスに非常に優れ、優秀な機体として親しまれている。中でもXM3とのマッチングはベストであり、その性能を100%出すことでスペック以上の戦果を叩きだすことが可能。他にも空力特性を生かした機動性や可動時間の優秀さもあるのが、特に優れている点として、関節等の高剛性が挙げられる。


関節の剛性の重要性について
→戦場において真っ先に潰れるのは各種関節だと言われている。損耗率は装甲の比ではなく、弾薬並みの消費が強いられる。長刀を使用する機体は、いかに関節に負荷をかけないかが肝になってくるほど。
 不知火や武御雷等、日本帝国によって開発された戦術機は、もともと長刀使用やハイヴ攻略を念頭に入れられた開発を行ったため、この点において非常に優れている。(特に武御雷)よってXM3による無茶な機動もある程度許容範囲内、と触れ込んでいる。他国の機体、特に第二世代戦術機はXM3によって機体を潰しかねないおそれもあるため、今後の戦術機開発で深く注目される分野である。
 なお、この問題を含め、数々の問題により、ラプターにはXM3は搭載されていない。しかし、それでも戦域支配の名の通り、十分な戦果をあげていることから、米国開発局の恐ろしさが垣間見える。


第一世代戦術機より、第二世代戦術機の方がXM3を苦手とする理由
→第二世代機が有する不安定な構造とは、肩部大型シールドの採用等によりあえて重量バランスを上方に集中させる、つまり機体を倒れやすくする意味がある。これは機体を倒れこませることで迅速な移動を可能にする、といった苦肉な策(模範的人的身体操作を無理やり実現した、というもの)で、普段から跳躍ユニットでの移動や特殊主脚走行に負荷をかけていた。
XM3開発による騒動により、より特異な機動を要求される昨今、この負荷は決して無視できないものになり、第三世代戦術機の配備を急がせる要因にもなった。

一方第一世代機は、もとから重装甲、多大な重量を持った装甲を背負うため、関節や柔軟性にある程度余裕のある作りになっている。よって(もとからそれほどの動きができないのもあり)XM3は余裕を持って運用できると言える。

なお、XM3運用について、第二世代機の最新パッケージであるサイレント・イーグルとソ連機であるチェルミナートルは良好、ストライク・イーグル、スーパーホーネット等は可能)


突撃砲のオプションについて(口語体)

・120㎜滑空砲、一番ポピュラーな武装、というかほとんどの国はこれとロングバレルのみ。もはや説明不要な万能、高威力な砲門だが装填数の少なさが玉に瑕。
・ロングバレル、36㎜突撃機関砲の銃身延長と高精度スコープによって射程と命中精度を伸ばすもの。精度はいいが、やや威力不足が否めない。2000もの弾丸を使い切るのは至難の技、この装備を用いる人は性格的にフルオートなんかしない
・AH(対人)スタンユニット、対人制圧用の音響、照明兵器。聴覚と視覚に直接ダメージを与えて相手を無力化する非殺傷兵器。多数の難民とテロ思想を抱えるアメリカが主に使用。グレネードではない
・アンカーユニット、銃剣とアンカーの射出、ここまでは良かった。しかし巻き取りに関しては、戦術機を引っ張り上げるようなパワーをユニットサイズに収めることはできず、たんなる刀身回収ユニットとなってしまっている、未完熟兵器。使っている衛士はごく僅か
・火炎放射機、そのまんま

[注意!]

この世界には第三世代相当機という概念は存在しない。世代間の壁は大きい



[26852] Muv-Luv 桜花アフター “豪州の変態” ノア・テイラーの場合 第4話「初陣」
Name: ティルさん◆c164acb0 ID:5ef8bd47
Date: 2013/10/27 16:15
――機密通信記録データより


そうよ、骨格よ骨格。

あのアホが、いきなりこの私を呼びつけたかと思ったら、えらく前時代的な設計図を持ちだして“有効利用できます”とか言っちゃってさぁ
ほんと、何かと思ったわよ

よく見てみれば、宇宙開拓期に人型パワースーツと同時に開発していた骨董品もいい代物だったわ。まぁ中身自体は基本的な構造はすでに出来上がっていたみたいね。
ただ、当時の技術じゃ満足にバランスをとることもできない困ったちゃんで、その調整に手間取っている間に人型のがどんどん先行、あげくの果てにBETA襲来。ってなわけで基礎構造と制御システムの一部しか完成しなかった。
つまり骨組みしかなくて、肉の付いてない設計図がデータの片隅に埋もれてたってわけよ

あとはわかるでしょう? こいつをもとに現代の技術を融合させて、ついでに自分が試したかった機構を組み込んで、兵器として完成させます。ですのでお手伝いをしてください。そう言われた、ってわけ

まぁ、あたしがやったことなんて部品を用意して、スタッフに組み上げさせただけなんだけどね。
ただその部品を用意させる工場の手配が面倒だったわ。まったく新しいものばっかり要求してくるのよ。少しは共有ってのを考えなさいよね。そう言ってやったら、たっぷり時間かけた後になぜ? とかいうのよ、本当に頭が痛くなったわね。“もったいない”を教え込むのにだいぶ手間がかかったわ。
そうしてようやく既存のものを流用する新しい設計図を組み上げ、完成してみたらあら不思議、強いのよ。兵器としてこの上なく強い。

有効利用しない手は無いわよねぇ

というわけで今度の攻略戦で実戦テストするからよろしく、うまくねじ込んどいてね


 なによ、得体のしれないものを発表もなしに戦場に出せない? いいじゃない、そこんとこは戦場でアピールするなり、あんたで工夫しなさい。
 そうねぇ最初は戦車代わりの運用でいいわ、あんまり前線に出すと混乱するかもしれないんでしょう?
 もともとあいつも戦車の代わりに作ろうと思ったみたいだし、なんだか戦術機の進化の限界まで語りだしちゃって、そんぐらいあたしでもわかるっての


 とにかく頼んだわよ、あたしは忙しいから。まだ国連とつながり残しているから、交渉とかで忙しいのよ、マジで頼むわ

 ああ、ごめんなさい。本気と書いてマジと読むのよ、横浜じゃ普通に通用するからつい…ね


―彼女はかつて少年と交わした約束を、…大切な、約束を、忘れずにいる。それはきっと……―



Muv-Luv 桜花アフター “豪州の変態”ノア・テイラーの場合
第一章 第4話 「初陣」



                     1


2003年4月10日 明朝

朝鮮半島をわがもの顔で闊歩する、人ならざる生命体がいた。
地球で生まれるどんな生き物よりも醜悪な姿を持つそれはその日、感覚器官の一つが異常を告げるのを感じた。
それは音である。どこかで重く、ズンと体に響く重音が連続して響く。次いで地面が震えた。ビリビリと、周りの個体たちが緊張するのを感じる。
と、同時に体が活性化し災害対処用にあらゆる筋繊維が膨張し熱を持つ。人間が要撃級と名付けた怪物が地表を埋め尽くすその体を一つ、また一つと動かしていく。

リンクした感覚が制空権に飛来物を確認。すぐさま地表に展開していた仲間が必殺の光を放つ。爆散するそれによって空に黒い雲がかかり、太陽光を遮る。いや、その雲の間を太陽光の代わりに鉄の塊が雨あられと降り注ぎ、要撃級の群れは与えられた役割を果たすことなく、無様にはじけ飛んだ



地上において20番目に建造されたハイヴ、鉄原ハイヴを攻略する、後の歴史に錬鉄作戦、オペレーション・スレッジハンマーの名で知られる大規模作戦、その最初の一歩であった。




錬鉄作戦。人類がBETAに反撃をし、成功することができた5つ目の作戦
一つ一つ順に確認をすると


米軍の強行によって用意された二発のG弾を用い、占拠に成功した横浜ハイヴ攻略作戦、通称明星作戦


大規模な攻略作戦の後、G弾によって島ごと消滅させられた佐渡島ハイヴ攻略作戦、通称甲21号作戦


全世界一斉陽動というBETA戦史上もっとも大規模な攻略作戦の末、特機による自爆攻撃で中枢部の破壊に成功したカシュガルハイヴ攻略作戦、通称桜花作戦


信頼を失った米軍と、二極化した国連の、米軍派である国連太平洋方面軍による、G弾使用を前提としたエヴェンスクハイヴ攻略作戦、通称シベリア作戦

これらの作戦により4つのハイヴが落とされ、今日の錬鉄作戦によって5つ目となる。



帝国と、国連軍帝国派である国連極東方面軍による、G弾を用いないことを前提とする攻略作戦、錬鉄作戦。そして昨年行われたエヴェンスクハイヴの攻略。その二つの作戦が決行されることなったその発端は一人の重要人物の、次のような発言であったと言われている

「一時的なBETAの、集団における活動能力の低下」


2001年12月31日に行われた桜花作戦の後、まだオルタネイティヴ計画が世に公表されていない時期。オルタネイティヴ4完遂という成果を出した人物、香月夕呼という名の博士はその時、絶大な支持力と発言力を持っていた。

もともとこの計画には成功報酬を用意していたわけではない。しかし、全ハイヴの構造データや個体群の思考プロセスなど数々の驚異的なデータをBETAから盗み取った一人の人物に注目が集まらないわけがない。
他にも衛士の死亡率を半分に減じたと称されるXM3の開発、シルバークラスと呼ばれる優秀な戦術機の機動データなど、博士の研究チームによって生まれた実績は確かなものがある。
現在は所属を帝国に戻しているが、その人脈パイプは未だ根強く、とうとう国連における米軍不和を利用して帝国派なるものを組織してしまったほどだ。(正確には組織されるように仕向けたという)

そう、香月博士の影響で国連軍は現在二極化しており、帝国派に連なる巨大組織、G弾信仰を掲げる米国派が、盟主米国と協力して成果を見せつけようとしたのがエヴェンスクハイヴ攻略のきっかけだった。
米国は信頼回復と、国土への影響を秤にかけ、最も近いハイヴである。エヴェンスクハイヴの攻略に踏み切った。

しかし、計画通りにG弾を用意したものの、フェイズ2であるそれに加え、恐ろしいほど鈍いBETAの展開能力に、正式配備されたF-22 ラプターを含む自慢の機甲師団は十分すぎる戦果をあげ、このままでもハイヴ攻略が可能と判断した国連軍が、降下兵団による強襲を立案、これを渋々であるが承諾した米軍の降下兵団によって見事エヴェンスクは攻略された。



彼らの成功は同時にG弾不用説を押し上げ、それを支持するものの後押しもあり、帝国と国連軍はフェイズ5である鉄原ハイヴの攻略を決断。


 帝国にとっては最後の障害、国連にとってはユーラシア奪還の足掛かり。利害の一致したものの結束は堅く、また、G弾を使用しない、通常戦力でのハイヴ攻略は、今後ユーラシア奪還に対する大きな追い風となりうる、重要な作戦であった



さらに、鉄原攻略作戦は後のBETA戦の新機軸となる新たな戦略、新兵器の半分が確立された、新時代の幕開けともなる作戦であった。


国連軍ハイヴ攻略専用部隊
空中機動降下兵団
などの大規模なものから

新型戦車のフラッグシップ、多脚型戦車
感覚投入型機械化歩兵

そしてXM3に完全対応した衛士などの兵装関連まで
人、兵器、戦術のすべてにおいて一新した記録的な事象であった


後の日本帝国正式量産機である不知火・弐型もこの戦場で実践テストを行ったことを考えると、まさしく新たな時代のはじまりであったと言える




そういった、あらゆる要素を抱え、多大な意味を持つこととなった鉄原ハイヴ攻略作戦。その戦場となる朝鮮半島の地に、ノアはいた



「うぅ…、ついてない」

 開口一番、不幸を嘆くノアは、現在より髪も短く、軍人にしてはひょろひょろしているが、たち振る舞いはまだ青年のそれだったころ。
 目元にかかる前髪をいじりながらノアは自分の境遇について考えていた。

望まない海外派遣とはいえ、軍人である限りいずれは実戦を担う運命だろう。
でも、もう少し早く任官できていれば、あっという間に占領できたというエヴェンスク攻略戦で楽できたかもしれない。もっと早く任官していれば、桜花作戦時のハイヴへの陽動攻撃、豪州が担当したボパールで小規模な戦闘で済んだかもしれない。

とにかく、初陣は間引き作戦ぐらいがいいなぁ、とどこまでも甘い考えをしていたノアにとって、反応炉の完全破壊を目的としたこの作戦は気が重くなるような重大作戦であった。もちろん、ノア含む豪州陸軍はハイヴ突入なんて任は受けてないし、数合わせ的な意味合いで国連軍にひっついてきた豪州軍は正直言って戦力として期待されていなかった。

しかし貴重な戦術機部隊を余らせておくほどこの作戦に余裕はない。

豪州軍は、第二世代戦術機F-18ホーネット72機を中心とした大規模な機甲師団の効果的運用のため、仮設ではあるが補給基地の一つを拠点として任されていた。

 “後方国家であり、弱小で知られるオーストラリアの部隊に前線は任せられない”

各国のそういった思惑が見て取れる配置だが、当のオーストラリアとしては、とっておきの精鋭を送ったつもりでいる。新人を何人か含むとはいえ、間引き作戦やハイヴ攻略戦に何度も送りだしている海外派遣用の部隊だ。そこには確かな自信があった

 


豪快に爆炎を吐きだして飛び立つ戦術機部隊、国連の所属であることを指すUNブルーのF-15Cイーグルがまた一機飛び立った

 その姿を格納庫の入り口越しにちらりと確認したノアは、はやる気持ちを抑えて仮設ガントリーに向けて格納庫を駆けていた

「ついてない。ついてないけど、こんなにたくさんの仲間がいるんだ。死ぬような危険なんてないはず。むしろ手柄を立てられるかも知れない、にしし」

 ノアは前向きだった。確かに前二つの作戦は簡単だったかもしれない。それでも任官の時期は毎回決まっているのだから、運や実力でどうこうなるものではない。自分のいる戦場はここだ、だったらここで活躍をするだけだ

「おいこらノアちゃんよぉ、なんか妙なたくらみごとしてねぇだろうな」

後ろから駆けてきたガタイのいい男性がノアと並走する。比較的ちっこい部類のノアと並ぶと、かわいそうなぐらいの体格差が強調される

「何も考えてないよー、筋肉馬鹿は黙っててよね」
「んだとコら」

 この二人、体格差からなかなか信じてもらえないが同期の仲間であり、すなわち同い年であった。たいていの人間は疑いの目を主にノアの方に向けるのだが

「ああ、畜生、いざ出陣となるとやっぱ緊張するな」

 同期の前ともあって本音を漏らす男性にノアは「嘘でしょー」と笑う

「アランが緊張? 上司にしかられている最中に鼻ほじるのもやめないアランがねぇ」

「あれは事故で抜けなくなってただけだっつってんだろうが!」

 顔を赤くする男、名をアラン・ブレイザーというのだが、転んだ拍子に指が鼻を突き破りかけるという逸話を持つ男だったりする。その瞬間こそいなかったが、たまたま上司と一緒にいたノアは、その後怒られる姿を見て腹を抱えて笑ったものだ

この男、体に似合わない繊細な神経を持つので、戦いの恐怖も仕方ないことなのだが、ノアはまるで意に介さない

けらけら笑いながら自分の搭乗機にたどり着いたノアは、アランに軽く声をかけて別れてからタラップを駆けあがる。

通常の格納庫であれば、巨大なガントリーに包まれ、直立する戦術機があるはずのそこには、足を折りたたみ、脛と膝で地面に付き、上半身を倒すことで重心を下げる独特な体勢で鎮座する愛機、F-18ホーネットがいた。
日本人であれば、正座と土下座の中間ぐらい、という感想を抱くだろう。人体工学に基づいて即応性や安定性を追求した形がこれらしい、とノアは訓練校で学んでいた。

正座は日本の武士が、座っているときにとっさに悪漢に襲われた場合最も対処しやすい座り方として伝えられている代物であるうえ、戦術機を支えるガントリーのない野戦格納庫では、直立というのは意外と危険だ。BETAの地中進行時に発生する地震で倒れると、危ないどころではない、オートバランサーで踏ん張りに成功したとしても踏みつぶされるなどの危険がある。そもそも待機時に熱が入っているかどうかもわからないのだ。
だからこそ、重心を低くして倒れないように、かつ関節に負担をかけない待機方法が目の前のそれ、というわけで。


ノアは走る勢いそのままに、戦術機の足に飛び乗ると、コクピットまで一気に走り抜けた。すでに担当の整備兵がコクピットハッチの開放、調整にかかっている。

「おつかれさん! コンディションは?」

「オールグリーン。防砂塵も完璧」

 ぶっきらぼうな相方と最終調整を一気に済ませ、機体の出力を待機モードから巡航モードに切り替える。

「オッケー、後は任せて」

「…」

 すべきことを済ませたその男は、返事もそこそこに戦術機から離れていく

(もう少し愛想よくてもいいと思うんだけどなぁ)

 と、管制ユニットを眺めると、「GOOD LUCK」の文字と砂糖菓子が2、3、テープで張り付けてあった。あの男もなかなか味なことをする
口に放り込んだ砂糖菓子の甘みと、男の親切心に思わず笑みをこぼすノアは、帰ったら秘蔵のカステラを開けよう、と心に誓った。ノアは下戸なので残念ながら酒は持ち合わせていない


ほどなく管制ユニットが収納され、ハッチが駆動音とともに閉まる。固定されていた関節の電磁伸縮炭素帯(カーボニック・アクチュエーター)が体積を増長、片足を付いて、バランスをとると一気に立ち上がる。地面に平行に置かれていた跳躍ユニットが、アームを縮め、背部の補助腕とユニットのグリップをがっちりとかみ合わせる。後は手持ちの突撃砲を、兵器輸送トラックから掴みあげれば出撃準備は完了だ



この作戦は数日間に渡って行われる。海上輸送から、上陸、目標までの経路確保、前線補給基地の設営などを第一段階として、その露払いを考えると、既に戦闘ははじまっているといえる。
今現在基地の哨戒任務にあたっている第二大隊、第二戦術機甲部隊“ガンスミス大隊”の戦術機がその第一段階で戦闘を行っている。彼らは次の第二段階、本格的攻撃開始時には師団の戦車、自走砲、自走対空砲、機械化歩兵等の護衛の任に就く。

ではノアの所属する第一大隊、第一戦術機甲部隊“シルエット大隊”の面々は、というと、豪州本国の名目上、精鋭第一大隊の名の通り、帝国、国連軍の部隊に交じって戦闘をする、というものだ
まぁ後詰という方が正しいのだが



準備を済ませたF-18が全機揃うと、大隊長を務めるコールサイン=シルエット1、ライアン・ハートル中佐が号令をかける

「作戦は順調に推移している。我々は予定通り、国連の砲兵部隊を合流地点まで送り届けた後、前線にて交戦中であろう部隊の支援に回る。大隊各機助走開始、跳躍ユニットに火を入れろ! 匍匐飛行でポイントαまで先行するぞ!」

「了解!」

 隊員の盛大な声を合図に、36機もの戦術機が移動を開始する。人型大型兵器の立てる足音、そしてそれらの持つジェットエンジンが奏でる轟音が、コクピット内のノアにも伝わってくる。基地内部の人間にもしっかり聞こえたことだろう
 しかし、ここはもはや戦場、砲撃やミサイルの発射、着弾、空中爆散、戦術機や戦車の爆発など、轟音は各所で絶えることは無く、遠く離れた前線の過酷さをノアは思い知らされた。

 匍匐飛行中の戦術機から見える地平線までは約22km、ここ、旧議政府市 北漢山国立公園跡から鉄原ハイヴまでおよそ102km。もはや艦砲射撃も届かないほどの距離だが、空を照らすレーザーの光、進むにつれて増えていくBETAどもの死骸、次第に落ち着かなくなる新兵の、その震えが上官に見つからないわけがなかった

「あー、シャドウ1よりシルエット大隊各機へ、うちのかわいい御姫様が震えていらっしゃる。だれか慰めて差し上げなさい」

「な、中隊長ちょっと!」

「あれー、ノアちゃんってばもしかして緊張してるぅ?」

「まさか! 訓練でボコボコにされた上官の腹いせで派遣組に回されたノアちゃんが、前線入りを怖がって“ないわけ”無いじゃない!」

「ガハハ、そうそう、僕ほんとはこんなとこいるはず無かったのにーひどいでちゅー怖いでちゅーってか、はっはっは!」


真っ赤になるノアの顔を肴にわいわいやるシルエット大隊の面々に、発端となる一言を放った男がボソッと真実を告げた


「いや、うちのアラン嬢ちゃんのことだ」

「………」

「………」

「………」

「……ぷっ」

 ノアが堪え切れずに笑いだしたのを皮切りに、大隊メンバーのほとんどが大声で笑い声をあげた、それはもう盛大に、
笑ってないのはアラン・ブレイザーという新兵のみである



(いい感じに緊張が解れているようだな)

 シルエット1 ライアン中佐が隊員の状態に満足げな顔をする。
戦場においてこのような軽口は緊張や恐怖を紛らわすのに実に効果的だ。これが仲間内であればいじられ役が、ヒヨッコがいれば彼らがからかいの対象になるのはもはやお約束と言ってもいい。今も笑われた仕返しとばかりに、アラン少尉がノア少尉の失恋話を暴露したことでまたにぎわいを見せている。

 ああ、ノア少尉が悲鳴を上げている、何があったのかは知らないが同情しておこう。女とは厄介な生き物なのだ

「こいつ、部屋に大量の恋愛小説置いてるんスよ、そんなんだから恋愛に現像抱くってのに…」

「うわぁぁぁ」

(そろそろ止めるべきかな…)




・作戦推移

 2003年4月10日 0900 作戦フェイズ0、国連軍が朝鮮半島西部、鉄原ハイヴから南西にある江華島を制圧、同時に帝国軍が島の南東、仁川に上陸、共に前線への足掛かりの設置に成功。
BETAとの散発的な戦闘を確認、しかし予想よりも抵抗は薄く、帝国海軍精鋭部隊の活躍もあり、およそ半刻で部隊の展開に成功。戦術機を中心とする高速部隊がハイヴに向かい行軍開始。

同日1100、帝国軍は国連軍と旧坡州市付近にて合流、北上しハイヴ西方地区を確保。この時点で大陸のブラゴエスチェンスグハイヴ、ウランバードルハイヴからの援軍は確認されず。逃走経路になるであろう北方地区、北西地区に工兵を中心とする包囲部隊を設置、工作部隊が地雷設置作業開始。

同日1200 作戦はフェイズ1に移行。軌道爆撃を開始、地表に展開する光線属種による迎撃によって重金属雲の展開を確認。戦闘濃度に達した時点で展開した重砲隊による制圧攻撃を開始。後のフェイズ3地上制圧のための機甲部隊の展開準備にかかる


「シルエット大隊シルエット1よりCP。ポイントα、3・8を通過。当該地域にBETA確認せず」

「CP了解。シルエット大隊は引き続き目標地点を目指せ」

「了解。戦況は?」

「ハイヴより第三次増援を確認、しかしその動きは精彩を欠いています。増援の投入が遅いため、こちらの戦力投入も一時停止を余儀なくされました」

 大隊付き通信将校のカール少尉は大まかな戦況を要約し、報告する
 最初に起動爆撃を行い、ハイヴからの増援を重砲部隊が叩く。その後ようやく機甲部隊の本格的投入となるのだが、そのタイミングを変更するようだ

「また戦況に動きがあればお知らせいたします。通信終了」

「オーライ、通信終了。ったく、いくら動きが鈍いからって、こっちの思い通りに動いてくれないってのも不便なもんだ」

 シルエット大隊指揮官ライアン・ハートル中佐は、今回の変更により自分の部隊がまた前線に近づいたことを嘆いていた。

 今回の派遣は上層部のゴリ押しによって決定したものだが、自分の部隊は御世辞にも精強とは言えない出来栄えである
 指揮官である自分が言うのも何だが、とても前線で戦えるものではない


 そもそも豪州陸軍における海外派遣とは、国連軍や友好国の支援任務が主であり、補給任務、陣地構築、早期撤退支援、砲台護衛と、戦場にいて戦闘の無いものがほとんどであった。
当然衛士にとって、実のない任務ばかりでレベルアップにならないのだが、あろうことか部隊内で衛士等の自信と尊厳だけがいたずらに増えていく、という事態が起こっていた。(事実、衛士たちは新入りたちに自分等の出撃回数を自慢げに語っていた、あれは、良くない)

(この戦い…、いやな予感がするな)

 ライアン中佐自身もBETA戦はあまり豊富とは言えない。しかし、長い軍人経験によって培われた、第六感とも言えるなにかが、しきりに警鐘を鳴らすのを中佐は抑えることができなかった
 
(せめてヒヨッコどもだけでも生き残らせてやりたいとこだ…)



 鉄原ハイヴ攻略戦はまだ、始まったばかりである。ノアもアランも、その身に降りかかる災厄に気付きもしないころ、ライアンだけは静かに、そして確かにその予感を感じ取っていた…
 






「解説」
米国が信頼回復に躍起になっている理由
→各国は桜花作戦以前も色々不満はあったが、決定的になったのはサイバーテロによる米軍の機能停止と、それによる周辺国並びに戦場での被害。マブラヴの世界において史上初のサイバーテロ。


鉄原攻略の詳細(公式)

・2003年4月10日 日本 国連合同による甲20号作戦、発動
 各地でハイヴの制圧に成功するなか、帝国軍は朝鮮半島の甲20号目標攻略を立案し、国連軍と共同で甲20号作戦を実行に移す。作戦は無事成功して甲20号目標は人類が排除した5つ目のハイヴとなり、帝国派本土を脅かしてきたBETAの脅威を取り除くという宿願を果たした。



[26852] Muv-Luv 桜花アフター “豪州の変態” ノア・テイラーの場合 第5話「戦場の空気」
Name: ティルさん◆c164acb0 ID:5ef8bd47
Date: 2013/01/16 09:57
―人類は滅びるはずだった

―人類は、ヒトは、確実に滅びの道を歩んでいた

―我々はそれを、どこか遠くから眺めていることしかできなかった

―地球の外から現れた化け物に星を喰われ

―守護すべき対象であるヒトがその命を次々に散らす

―かつて世界を守るために悪しきものと戦い続けてきた我々もその意義を失い

―ただの生き物として見ることのできなかった

―少し…、前までは

「にゃー」

「んー? この甘ったるくも人を誘惑してやまない甘味のような鳴き声は…、猫様だな?」

猫様ーー、と駆け寄る人物、名をノアというのだが今更説明不要であろう。問題は猫の方である。このご時世、動物を飼うような人物は本当に一握りであり、それは後方国家であるオーストラリアも同じなのだが…

「うぁー、猫様かわいいなー♪ 肉球ぷにぷに♪」

こいつは本当に男なのか? 猫様と呼ばれた猫は何度目かわからない疑問を浮かべた
この猫、ダーウィン陸軍基地において唯一暮らしている人以外の生き物である。たまに鳥がやってくることはあるが、住み着いているのはこの一匹だけ。もちろん基地職員は餌などやっていないのだが、何故ここに猫が住み着いているのか、誰も知るものはいない。ときどき思い出したかのように猫の集会が開かれていることも、ヒトたちは知らない

そんな猫様は今日も思索に耽るのだ



―世界がかつてと大きく変わったのは既に分かっている

―かつての敵は自分たちと時を同じくして衰退し代わりにより醜悪な連中がやってきた

―自分たちは戦うすべを持たない

―無くしてしまった

―もうヒトを守ることはできない

―ヒトは滅ぶ道しか無い                  ―はずだった


―奇跡

―奇跡が起きた

― 一人の男と一人の女が奇跡を起こしたのだ

―ヒトが気概を見せた

―生き残るためにあがいて見せた

―自分たちも続かなければならない

―すぐにというわけにはいかない

―準備がいる

―ヒトとともに戦うために我々も立ち上がるのだ

―この少年との接触もその一つ

―これからの戦いに必要なヒト

「肉きゅ♪ 肉きゅ♪ にkぶぺらッ」

駆け抜ける疾風。吹き飛ぶノア

「このバカちんが! 訓練終わったらあたしのとこに来なさいって言ったでしょぉおお」

「ごべ、ごめんなさい、やめ、引きづらないで」

もはや日常となったリタとノアが繰り広げる光景に、「はぁ…」とため息を漏らす猫様

「……人類大丈夫かな」

聞こえるか聞こえないかの音量で、一匹呟くのであった



Muv-Luv 桜花アフター “豪州の変態”ノア・テイラーの場合
第一章 第5話「戦場の空気」



                       1

「シャドウ11、前に出すぎだ! クソ、小型種の壁が厚い……。シャドウ12! 11に援護射撃、後退を支援しろ!」

「12了解、ノア、下がれ。おい、聞こえてるのかノア!」

覚醒
意識が戻る、呼吸が荒い
この時点でノアは、自分が敵の群れのただ中で孤立していることに気が付いた

視線を巡らす、損傷は軽微、アラート、考えるより先に目の前で距離を詰めようとしている要撃級に飛びかかる。自慢の前足を両の足で抑え込み、攻撃能力を奪ってからノアは“後方”に弾丸をばら撒いた。
ほとんど当てずっぽう
それでも背部兵装担架の突撃砲から放たれた36㎜の奔流は敵の体を捉え、無力化に一役買う

アラートは後方警戒のものであった
もしも振り返っていたり、マップを確認して敵の位置を確認していたら間違いなくやられていた。

このような密集近接戦闘において作戦や思考は無意味だ。
体に無理やり覚えこませた敵を倒す術を、反射とカンに身を任せて臨機応変に行うだけ。慌ても、意識もいらない。学んだことを応用する、それこそ簡単にはいかない技術が必要になる。

もっとも、新兵であるノアがそれを成功させることができたのは素質というより、境遇、環境によるものが大きい
比較的優秀な射手が揃っているシャドウ中隊の中でも、アラン・ブレイザーという兵の腕が特に良かったことがまず一つ。
彼の装備する支援突撃砲は、短時間でノアに群がるすべての要撃級に3発の弾丸を均等にぶち込んだ。
殺すことはできないが、動きを鈍らせるには十分。支援突撃砲の高い貫通能力を生かした援護に特化した戦闘、この男も派遣組に選ばれただけある、戦闘が始まればノアと同じくそこそこの戦果を生む“使える新人”であった。

「助かったよアラン、負傷で鈍ってた要撃級じゃなかったら喰らってた」

「気にするな。それよりもお前だ、ノア。隊長の声、耳に届いてなかっただろ、いきなりドックファイト始めた時はどうしようかと思ったぞ」

跳躍ユニットを吹かし、アラン少尉のF-18ホーネットが間近に着地する。遅れて二機が到着し、残る要撃級に36㎜を叩きこむ

「無事かノア嬢、心配掛けさせやがって」

「すみませんノルン中尉、旋回してきた要撃級を避けるうちにどんどん前に進んでいて、気が付いたら恐ろしい状況に…」

合計6体の要撃級に囲まれていた。単機でいたことを考えれば、いつ死んでもおかしくない状況、本当に危なかったといえる

「いや、二機行動を崩した俺にも責任はあるさ。無事ならそれでいい、急いで戻るぞ、中隊長たちが小型種の殲滅に入っている。小隊各機、弾の補充は済んでるな、行くぞ!」

「了解!」

強引に噴煙を吐きだす戦術機が飛ぶ。豪州陸軍正式採用機F-18ホーネット、第2世代戦術機であり、XM3搭載済みの、昨今発達著しい戦術機界であってもそこそこな機体である。

そのホーネットが空を飛ぶ。4機のうち2機はどこか不安げの残る機体操作であり、小隊長のノルンはたびたびそのことを指摘する。

シャドウ9、10、11、12の四名で構成されるこの小隊は、そのうち2機が今回初陣となる新兵という、珍しい編成であった。
シルエット大隊36名のうち新たに補充された衛士が4名であることを考えれば、明らかに偏っていることが分かるだろう。

編成の采配をとった大隊長、ライアン少佐の肩を持つと、前衛タイプのノア、後衛タイプのアラン、両衛士のバランスの問題なのである

だが、この場においてあえて言うならば、この編成はやはり、失敗であった

ノアの合流でようやく中隊全員が戻ったシャドウ中隊は、本隊であるシルエット中隊とアウトライン中隊のいる戦域へと後退を始めた
もともと3つの中隊で固まって移動していたのだが、その道中要撃級を中心とした小規模のBETA群を発見、これの殲滅に一つの中隊を、つまりシャドウ中隊を当てた。
与えられていた任務の内容は、防衛ラインを越え、砲兵陣地に向かうBETA群の殲滅であり、たとえ小規模のBETAであっても大型種を含む以上、無視はできない故の戦闘であった。

結果からみれば損害なし、該当敵性種の殲滅に成功と、良い方向へと進んでいることが分かる。しかし、この時から、ノアやアラン、いや一見何ともなさそうな先任衛士たちですら、精神的なダメージを確実に蓄積させていっていた

(手が震える…、あんな短時間の戦闘だったっていうのに、アランの援護がなかったらもう死んでいた)

予定座標までの航路を確認しながら、ノアは手足の震えから来る姿勢のずれを調整した。シルエット大隊初の戦闘からいまだ、2時間もたっていなかった


                   2

・錬鉄作戦、豪州陸軍海外派遣兵団シルエット大隊戦闘経過

2003年4月10日 1217 第七戦域仮設前線補給基地を出発し、輸送艦隊から上陸、移動中の重砲隊と旧東豆川市付近にて合流、これの護衛にあたる

同日1243 目的地となる砲撃陣地付近にて緊急通信、前線の防衛ラインを抜けた少数規模のBETA群の迎撃を命じられ、これを承諾。噴射飛行にて前線へと向かう。

同日1255 中規模の小型種と接敵、大隊規模の火力で持ってこれを殲滅。同時に砲撃陣地に大隊の代わりとなる機械化歩兵を中心とする護衛部隊が到着。大隊は以降の遊撃任務を受諾し、小型種の後ろからやってくる大型種の殲滅に目的をシフトさせる。

同日1344 増援は依然として増加傾向。既に大隊は小型種の浸透を許してしまい、要撃級、戦車級への対応に追われる。シルエット大隊アウトライン中隊の一機、ゲイン・バルト少尉機が突撃級の接近を許し中破。脱出した搭乗者は小型種の波に飲み込まれる。死亡はほぼ確定、KIA認定。

同日1401 大隊の戦域拡大。ライアン中佐の判断により、中隊単位での包囲殲滅を実現するために、部隊を分ける。

そしてその作戦は幾人かの犠牲者を出しつつも成功。現在に至る




シルエット大隊の当初の任務は、前線の解れを修復する補佐的なもの。戦闘は最低限。機動力を生かした補給任務や救護任務も視野に入れており、その行動は生死と隣り合わせになるようなものではなかった。少なくとも大隊から4名の死傷者を出すようなものではなかったのだ。

ではなぜこのような事態に陥ってしまったのか。それは前線を突破し、砲撃陣地に接近するBETAの数があまりに多かったことが関係している。
砲撃陣地は戦車やMLPS、対空車両によって構成されるものであり、その性質上、BETA群の接近を最も嫌う。少数の小型種であれば、対空車両の機関砲や戦車に付属している分隊支援砲、随伴する機械化歩兵の重機関銃でも対応可能だが、多数の戦車級や大型級には対抗できるものではない。彼らのアドバンテージとは遠距離からの面制圧であり、軍はそれが最大限発揮できるように采配を振らなければならないのだ。そのための戦術機部隊の投入である。
戦術機の機動力、誘因力を持ってBETAの注意を惹き、殲滅することで砲兵陣地が面制圧に集中できるようにする。まさしく人類の盾たる存在が、戦術機なのである。

では、なぜその戦術機を多数配備しているはずの前線防衛ラインを突破し、多数のBETAが接近するような事態に陥ったのか。その理由を説明するにはBETAの特性と、鋳鉄作戦の戦闘範囲について語らなければならない。



そもそも鉄原ハイヴとは朝鮮半島内陸部、現実の世界で言う大韓民国と北朝鮮の国境を少し北へ進んだところにある。海岸からハイヴまでの距離はおよそ70㎞。この距離では海軍の持つ戦艦の主砲の射程を超えてしまう。巡航ミサイルならともかく、主砲もロケット砲も届かない距離では制圧射撃による援護の密度が薄くなってしまう。
過去数十年におけるBETAの撃破数のほとんどが、砲撃による面制圧によるものだ、ということを考えれば、この損失は決して無視できるものではない

もちろん、レーザー種に攻撃されることを覚悟して沿岸にギリギリまで接近することができたのなら、内陸部の3割は射程に収めることができるだろう。しかしそれは同時に陸上に広く展開する多くのレーザー種による一斉攻撃を受けることを意味する
いくら最新の防御システムと防護皮膜を備えた堅牢な戦艦であったとしても、やはりレーザー攻撃というものは恐ろしい。

これはつまり、朝鮮半島の広大な陸地に散在するBETA群を戦艦の援護なしで行わなければならないことを示している。
半ば陸上戦力のみで、ハイヴという堅牢な防御要塞を攻撃しなければならないのだ。
(この錬鉄作戦が後のユーラシア奪還を見据えて、多くの新型陸上兵器を投入したことも納得できる話である)

そこで今回の作戦では、戦域半径100km以上の電撃作戦を行うことになった。それは戦術機の機動力を持ってしても、広すぎる範囲であり、数日かけて行われるそれはもはや電撃作戦のセオリーを逸脱する超規模作戦だ。

大規模な陽動により、攻撃部隊からBETA群を引き離し、手薄になったハイヴへの進路を紡錘形に確保。先端円形部の中央にハイヴを収めることにより、最低限の占領地でハイヴを攻略するのが今回の作戦の概要であった。


つまり錬鉄作戦とは、陽動を行うとはいえ、BETAの占領下を強引に突き進み、ハイヴを破壊するということを、通常戦力のみ、それも海軍の支援が半減する条件下で成功させなければならないという、難度の高い作戦なのである
桜花作戦後に見られるBETAの集団における活動能力の低下や、人類側の戦力の回復、充実が無ければ、この作戦を行おうとも思わなかったであろう


要約すると、陸上戦力が展開するこの朝鮮半島はまるきり敵地であり、そのすべてを警戒することは困難だということだ。

BETAは等間隔分布を“行わない”あくまで個体数からくる偏りはあるものの、どれだけの数がどこにいるかは完全なランダムなのだ。個体数の多い集団とあってしまえば、殲滅に手間がかかる。それはつまり大型種すべてを倒しきれず、浸透を許してしまうことを表わしている。

シルエット大隊の任務はそのとりこぼしを後から箸でつついて、場合によってはスプーンを用いて、机上を綺麗に掃除することなのである。

しかしながら、戦場においてBETA戦というものは、掃除一つとっても厄介であるということを忘れてはならない。



「向こうの中隊と距離が開いてやがる。全機フライトモードに移行! 小型種は無視しろ、どうせ俺たちに反応して付いてくるさ。今は本隊との合流を優先する!」

「了解!」

フライトモードで飛行中の戦術機は、精密射撃をすることができない。的の小さな小型種相手に無駄弾をばら撒くよりは、後で支援突撃砲を装備するアランたちに排除させた方が良い。もともと2000発もある弾丸を、単発や3点バーストでしか使用しない彼等は弾を残しがちなのだ。

「よし、BETAどもの領域を抜けたな。20秒後にオートパイロットに切り替えろ、目的地まで5分も無いが、少しは休憩できるはずだ」

中隊長のアンリ・ヘンダーソン大尉は考える。BETAの姿が見当たらないからと言って、未だ戦場を抜けたわけではない。しかし、近年改良が続けられてきたオートパイロットは、障害物の多い戦場であっても難度の高いNOEを問題無く稼働できる。発達したデータリンクの恩恵もあり、中隊規模の編隊はさながら一機の大型飛行機のようであった。

(バイタルチェック、ノアとアランは…、問題あり。ノルンたちも不安定になっている、これは仕方がないな)

「各機はリラックスしていいぞ。ノア! アラン! お前たち二人はファストキットから塩玉を舐めておけ!」

ライアン少佐とほぼ同期であるアンリ大尉は、同じく中隊長であるアウトライン中隊アウトライン1、ジャック・カーバー大尉と同じく、最初期から海外派遣を繰り返してきた古参の一人である。今まで人員交換の多かった大隊において、戦場のいろはを知っている数少ない熟練者であるアンリ大尉は、ノアとアランというわかりやすい初心者を大声で怒鳴りつけることによって“ノルンたち先任”を叱咤した。

「り、了解! ……え、うま!」

「ぅお、塩が美味い!」

初陣であり、極度の緊張状態の続いた新人は塩分の不足に気が付かなかったようだ。これに気が付いた先任たちは、新人と自分のバイタルをチェックし、自分たちも同じように疲弊していることに気が付かされ、各々の状態に応じた処置を施し始めた。

衛士という生き物は、戦場において激しい機動にさらされ、それで無くとも感覚がマヒしている。数値上の変化を目にしないと、自分の置かれている状態には気が付きにくい。
だが、それを直接言われては、新人の手前、立つ瀬が無くなってしまう。

いたずらに先任たちのプライドを刺激して部隊内不和を起こさないようにする、アンリ大尉の経験に基づく細やかな配慮であった。

(新人だけじゃない、部隊全体の疲労がたまってる…。注意しないと、デカイ作戦でもあったら全滅しかねん……)

アンリ大尉の不安を表わすかのように、戦場の空は分厚い雲に覆われていた…



短い休憩を済ませたシャドウ中隊の面々は、補給コンテナが密集した場種で待機するシルエット中隊、アウトライン中隊の間に次々に着地、合流。大隊は既に掃討は終わったのか、コンテナを中心に環状陣形を組み、周囲の警戒に当たっていた。

「無事みたいだな、アンリ、報告を」

「了解。アンリ・ヘンダーソン大尉以下12名、損耗なし。要撃級30体を中心とするBETA群の殲滅任務を完了、戦車級の数が思っていたよりも多く、時間がかかりました」

ライアンの簡潔な命令にアンリはハキハキと疲れを感じさせない声を張り上げる。

「そうか、いや、新人を二人抱えていて損害が出なかったのは流石だ。そのまま補給に入ってくれ。警戒は引き続き我々が行う」

「いや、大型級はカニ野郎だけだったしな、セオリー通り距離をとっていれば問題は無かった。そっちはどうだ?」

堅苦しいのは長く続かなかったのか、旧来の仲間として会話を始めたアンリに口元をほころばせながらも、厳しい内容をライアンは応える

「3人やられたよ。殲滅にこだわりすぎて隊を分けたのがいけなかったな、波状攻撃にゴートンが耐えきれなかった。戦闘中に錯乱して地に足付けて銃を乱射し始めやがった。案の定突撃級をかわしきれなくて衝突、下半身を丸ごとパージしてコクピットを守ったのは良かったが、放り出された状態で戦車級にたかられて、おじゃんだ」

「そうか…、もともと軍人向けの性格じゃないと思っていたが、逝っちまうとはな……」

「ゴートンのほかに、うちの隊からも2人死んだよ。ヘンリーとスコットだ」

仲間の訃報に声のトーンを落とすアンリにさらなる凶報をもたらすのはジャック大尉である。

「仲のいい奴らだったけど、それが災いした。ヘンリー機にへばりついた戦車級を排除しようとしたスコットが急接近した要撃級に叩かれた。ヘンリー機を迂回して直接狙われたんだ。数回殴られて、ヘンリーが復讐とばかりにそいつを殺したころにはコクピットはぐしゃぐしゃ、そのままヘンリーも戦車級に骨までかじられて遺体も残らなかった」

重苦しい雰囲気が各員のコクピットを満たす。
既に4名もの衛士が死亡したことになる。今までの派遣が死傷者0であったことを考えるとあまりにも損害が大きすぎる

(上になんて報告すべきか…)

大隊を束ねる立場であるライアンは報告書の作成、死亡した衛士の身内への書状などの面倒な事務処理を思い、溜息をついた。

(始末書どころではない。今回の件で私はこの任を下されるだろう。国からの預かりものである衛士と戦術機をいたずらに失ってしまった)

責任者の罷免、そして海外派遣に反対だったものも色々と騒ぎ出すであろう。ライアンは嫌な笑い方をする禿小太りな上官の腐った嫌味を聞かされる、とゲンナリした表情を浮かべたその時、ライアンは、けたましくがなり立てた通信機の嘶きによって、現実に引き戻されることになる。

「HQよりシルエット1、HQよりシルエット1.そちらに突撃級を中心とする大規模BETA群が接近中、地中進行で現れた奴が大隊の戦術機に反応した可能性がある。貴君等の後ろには砲兵陣地がある。いくら距離があるといっても突撃級の最大速度なら到達はあっという間だ。遅滞戦闘を行い、これを誘因、可能であれば撃破しろ! 接敵まで8分だ!」

突然の凶報、それも一方的にまくし立てられた無茶な命令と、渡された戦域マップの様子に血の気が引いていく

「シルエット1よりHQ、無茶だ! 戦闘の突撃級の集団だけで100体はいる! 大隊の火力では抑えられない! 至急、支援砲撃を要請する!」

「ええぃ、上官の言うことに従え! もうすぐ機動降下攻撃が始まる、規定以上のものは渡せない。既存のもので何とかしろ。現在増援を手配している。近くの国連軍太平洋方面軍団の大隊に援軍要請中だ。20分もあれば到着できるだろう。それまで持ちこたえろ!」

「了解…! クソッたれ!!」

ライアンががなり立てる。何かおかしいと思ったら、通信の相手はHQのお偉いさんだったらしい。通常の通信士にある平常心と正確な伝達が行われなかったことから異変を感じていたが、大方上の無茶な命令に通信士が狼狽したのであろう。焦る士官と若い通信士で齟齬が生じるのは珍しいことではない。
通常であればそんな大規模BETA群に、1個大隊のみで対処を、しかも脆弱で知らされる豪州軍になんか任せはしない。

(かといってここを突破されるわけにはいかないってわけか…。援軍に期待したいところだが……)

現在の補給ポイントは10を超える補給コンテナからなる重要ポイントだ。いかに戦場で使い捨てとも言えるコンテナとはいえ、無駄にして言いはずが無い。それに、ここより後ろでの戦闘は遅滞効果が薄くなる。自分等を無視して砲撃陣地に行かれたら元も子もない。

自分たちの任務はこの地で、足を止めてBETAと長時間戦い続けること、そして可能であれば殲滅しろということだ。素人戦術機部隊にはいささか厳しい現状である。

「大隊各機、傾注! 話は聞いていたな、これからすぐにでも迎撃準備を始めるぞ、敵はもうすぐそこまできてやがる…。部隊を3つにわける! シルエット中隊とシャドウ中隊の半分は俺についてこい、前方2㎞地点を仮設防衛ラインとし、ぞの前方に投擲地雷による地雷原を作る! アウトライン中隊は部隊の再編を急げ、終わったらコンテナの選別と運搬だ。防衛ライン上に武器弾薬をばら撒いておけ! シャドウの残りは警戒だ! 難しいことはいわねぇ、ヒヨッコはセンサーを最大にして“休んでな”!」

「ノア、俺たち…」
まるで死人のように青ざめた顔でアランがつぶやく。

「休んでよう。また戦いが始まる、今度はさっきの戦闘よりももっとデカイ」
対するノアも、顔色は青を通り越して白に近い。

「死人が出るな…、俺たちは、耐えられるんだろうか」

「弱気なこと言うなよ、俺たちはとっくに『死の8分』は超えているんだ。ゲインとゴートンは残念だったけど、俺たちは、あいつらの分まで生き残らなきゃ」

狭く、固いコクピットの中で、自分の身体を抱きしめるノア。その震える身体をあざけ笑うように、網膜に映し出されたのは、降り注ぐ白い雪。

季節外れの異常気象はこの先の不安を指示しているようで、ノアは恐怖を感じざるを得なかった。



[26852] Muv-Luv 桜花アフター “豪州の変態” ノア・テイラーの場合 第6話「その出会いは」
Name: ティルさん◆c164acb0 ID:5ef8bd47
Date: 2013/10/27 16:26
――戦闘区域003813 戦闘開始から27分が経過…


「切り裂けぇえええぇぇええぇ!」

鈍い光を放ちながら鋼鉄のブレードが黄金の身体を貫く

「ちょっと、重粒子砲の砲身を剣の代わりに使わないでよ!?」

妙に機械的な声が―それでも悲壮感が感じられるほど―悲痛な声を上げる。

「うるせぇ、17本もある武装の一つぐらい無くなったって構わないだろ。それより生命反応は?」

こちらは普通の男性の声のように聞こえる、若干幼げかもしれないがそれでも10代後半と言ったところだろう

「重粒子砲の直撃を受けながら切り裂かれたのよ…? 当然絶命よ。それより味方の艦隊が苦戦中よ、一旦戻って」

「ああ? なんでだよ、目の前には、お、とっとっと、っぶねぇ、こんなに敵さんがいるじゃねぇか。今戻ったらこいつらまでひっついてきちまう」

「救難信号が出てるの! このままじゃあなた、帰る場所を失うわよ!?」

「データリンクを見た。主砲稼働率70% 対空間機銃稼働率82% ミサイル発射管に異常なし、ラウンドバックラ―級も2隻ついている、全然問題ねぇじゃねーか」

「損傷がある時点で危険なの! あなたの数字だけで判断する癖、止めなさいよ!」

「あーあー、うっせーな、っと一体撃破。相変わらずお前は人間臭いことを言うよな」

「人間よ! いい加減に…、5時方向30度警戒! 重力球よ!」

「絶対障壁起動! バレルロールのち旋回で敵機を正面にとらえる!」

「了解! 全武装ロック解除! こうなったら早めに片づけてとっとと戻りなさいよね!」

「わかってらぁ!」

戦場は暗い。敵の攻撃も不可視、それでもこの宇宙空間で、人類は戦い続けるのだ、名を変え、姿を変えた、機械の鎧とともに。

「戦術空間機動兵器をなめんじゃねぇぞ!」

「戦術機と呼びなさい!」





Muv-Luv 桜花アフター “豪州の変態”ノア・テイラーの場合
第一章 第6話「その出会いは」



                     1


「なるほどね、しかし錬鉄作戦に豪州軍が参戦していたなんて意外だわ。地理的、意味的にもあの作戦の中心は帝国軍と極東国連軍だったもの」

朝鮮半島を攻撃する意味は察しの通り、国土奪還と国土防衛のため。思案顔でそう指摘するのは帝国斯衛軍折原藍中尉。国軍出身で数々の功績により斯衛の黒を与えられた、たたき上げの士官である。

「我が国にとって海外派遣はポイント稼ぎのようなものです。後方国家としての援助の一環として戦場にも兵士と戦術機を派遣することで、世界へ自国の有能さをアピールしているのです。そのためなら地球の裏側にだって軍を派遣しますよ」

綺麗な顔を上司対応の能面顔に固めて応えるのは豪州陸軍リタ・ミノグ少尉、実戦経験はまだないが、衛士としての腕前は確かなものがある、と信じて疑わない新人少尉である。
少尉の言葉を紡ぐようにまた一人、いや、二人、女性が口を開いた

「まぁ、国としては桜花作戦で活躍できなかったことに対する悔しさの表れでしょうね、あのときは世界中の軍隊が多大な犠牲を払ったのに、我々のいた地区、ボパールはあまりにも戦力が充実しすぎていて、さしたる問題も無かったそうですから」
「英国やソ連、世界中の国連軍は決して浅くない傷を負っているのですから、ほぼ無傷の我々にはどうしてもジト目で見られてしまいます」

お前たちは何もしないのか、ってね。
最後の言葉を、まるで舞台俳優のように大げさに、声をそろえた双子。実は双子ではない、二人はエルザ・ノイマン少尉とレイチェル・トリスタン少尉。大人びた外見に違わず豊富な知識でリタのノアいじりをサポートするひねくれ者である。

「しかし、海外派遣軍は、半分が外面のよい士官学校優等生、半分が戦地にとばされてきた問題児で構成されていました。私は後者でしたが、どちらも実戦ではあまり役に立つ存在ではなかったのです。大隊にとって初とも言える実戦は悲惨なものであったと言えます」

先に口を開いた4人の誰よりも美しさが際立っているのは、ノア・テイラー少尉。不思議なことだがこの容姿にして性別は男、何を言っても、男。余談だが声は少年のものである

「始まってから2時間で戦死者は4人。最前線と比べればそれほどの激戦でも無かったのに、4人と4機の損害は大きかった…。本当の地獄はここから始まったのです。そして地獄の先に、救いと、また地獄、最後に本当の救いが、あの戦場にはあったのです」

PXの中でもひときわ華やかなこの場において、一番の美貌の持ち主、ノアの語りは再開される…


                    2


「大規模突撃級集団の阻止作戦はこうだ」

接敵まであと5分。大隊長ライアン少佐の口調は心なしか焦りを伴っていた

「まず前方2km地点に投擲地雷による地雷群を敷設した。各機が装備しているものを除き、武装コンテナに格納されていたものをすべて、設置した」

指向性を持ち、センサーで爆発する投擲地雷は突撃級の柔らかい腹肉をズタズタにするのには十分な威力を持つ。先頭集団の突撃級はこれである程度削れるだろう

「先頭の突撃級が倒れれば、後続の奴らの妨害になる。あの巨大はそれだけで障害物になるはずだ。奴らの進行スピードが落ちたらこちらも動きを開始する。奴らの両脇をすり抜けるように噴射飛行、横っ腹を食い破るんだ。奴らの死体で前左右の進路を塞いだら、回り込み、合流した全機で奴らのケツを食い破ってやれ!」

「了解!」

無線を通して全機から威勢の良い声が聞こえる。だがそのどれもがカラ元気であることを、ノアはうすうす感づいていた

「ノルン小隊! お前たちはダイソン小隊とともに移動、突撃級の後方で合流後は周囲の警戒だ。奴らは一種類だけではないだろう。アランやケベックの支援突撃砲で付近を制圧しろ! 大隊の攻撃を妨げるような奴は一掃するんだ!」

「了解!」

怖いかと問われれば怖い。いやそれだけじゃない、寒い、震える、乾いた風の音が耳にざらつく不快感も嫌だ。時折聞こえてくる爆発音も、何かしらの命の破裂音だと思うと心が縮むような気分になる

「ふー、はー」

この作戦用にセットしたタイマーが0に近づく。もう敵を目視できる距離だ。もうもうと巻き上がる砂煙、その中には異形の怪物がひしめいている。
驚くべき速度だ。自らの同胞の死体しか遮るもののないこの戦場において、100体以上もの巨体が、種としての最高速で迫ってくる姿には恐怖を感じざるを得ない

この時ノアの脳裏に思い浮かんでいたのは衛士訓練課程のBETA教習の一説、突撃級の最大の武器である“速度”の話

「詰まるとこ、突撃級が恐れられている理由は、その巨体にあるまじきスピードにある
冷静に考えれば時速170kmというのはスポーツカーの世界だ。日本人には馴染みがないかもしれないが、最新鋭の技術で持って組み合わされた車輪とエンジンが、整備された道路で生み出す最高速を、この地面で、幾つもの足で生み出すというのがどれだけ無茶苦茶なことか理解できるか?
奴らの外殻は確かに堅牢だ、だがそれがただの動かない目標であれば、戦車の主砲で十分対処可能だ。問題はその堅牢な外殻を持ったそれが、瞬間的に迫ってくるということなのだ」


自然とノアは、強く、グリップを握りしめていた。

10、9、8、戦域マップが赤く染まっていく

7、6、5、すべての音が消え去り、自分の呼吸だけしか耳に伝わってこない

4、3、身体が熱い、やけにのどが渇く

2、1、

0 人類の敵が、弾け飛んだ




突撃級が、あの巨体が、中に舞っている、ノアの眼前で繰り広げられる光景は、突撃級の戦闘集団がその体長ほど跳ねあがった後、盛大に転倒するさまであった
まるでひどい交通事故を見ているように、群れが衝突と破壊を繰り返す

「すげぇ…」

誰が漏らした声だろう、ひょっとしたら自分かもしれない。目の前の光景から目が離せないのは確かなことなのだから


それはきっと、大した光景ではないのかもしれない。この戦場において、いや、今までのBETA戦を紐解いても、頻繁に行われていることなのだと思う。
それだけの数のBETAを、人類は吹き飛ばし、撃ち貫き、切り裂いてきた。

それでも、ノアにとって、今のノアたちにとって次々と倒れていくBETAどもの姿は、ひどく印象に残った。

「いいぞ、作戦通りだ…。このまま突撃するぞ! 総員跳躍を…」

「待って!」

その異変に最初に気が付いたのはノアであった。
異変
何かがおかしい、ノアの感じる違和感はぬぐい切れるものではなく、通信装置をオンにするのを忘れるほど切迫していた。

「続け! 混乱した奴らに畳みかけ…る…」

「…んだよ、あれ…」

そしてその違和感はついに部隊内にも広がり始める。

違和感 違和感

「止まって…、ない…?」

違和感は、恐怖へ

「おい、やつら、止まって無いぞ…。あれだけの数の味方を吹き飛ばされて、一切スピードが変わってねぇ!」

恐怖に顔をゆがめた衛士たちは叫び始める

(拙い…拙いぞ…!)
予定では、ライアンの頭の中では、20体余りの突撃級の死骸が邪魔になり、少なからず突撃速度が停滞するはずだった。
…しかし、現実は違う

「あいつら、味方を残らず弾きとばしやがった…」

死んだ個体、動かなくなった味方を自慢の突撃で一掃し、何事も無かったかのように奴らは進撃を続けているのだ

「ひっ、た、隊長っ」

恐怖、恐怖が

「退却だぁ! 後退しろぉぉ」

恐怖が部隊を埋め尽くす

「クソッ、止まれ、止まれぇえ!」

何人かの衛士は退却の命令を無視して120㎜による攻撃を開始している。
いや、彼らの判断はある意味で正しい。射撃せざるを得ないのだ。正面に敵が迫る、撃たなければ自分が壊される、いや壊されるのは味方か? とにかく止めないと、作戦のように奴らの足を止めないと、

どうやって? どうやって?

部隊は完璧に統制を失っていた。

冷静に考えるなら、ライアンは地雷の設置位置をもう少し離すべきであった。2kmというのは突撃級の前であってはあまりにも近すぎる。
突撃級の進行速度は時速170km。2km移動するのに1分もかからない計算だ。つまり…

地雷爆発の影響を見守っていた衛士たち32名は、

気が付けば

眼前の敵を見つめていたのだ


「ぐあぁ!」

「キリング中尉!」

味方の戦術機がはねとばされた。ひどい光景だ、15トンもの重量を誇る戦術機が、一瞬で機体を離散させながら空に打ち上げられた。
コクピットが無残にも拉げている。脱出は不可能であろう

「チキショウ! 回避を…、っ! 照射警報!? しまっ…」

あるものは16mの巨体を避けようと上空に、敵の制空圏に身を投げ出した。
爆音、もはや生きてはいないだろう

「クソったれ! 側面に回ればいいんだろ!」

あるものは右前方へ加速、敵のキルゾーンから逃れようとした。
しかしスポーツカーほどの速度を持つ巨体に真っ向から飛び込み、すれ違うなんて器用なまねができるはずもない。もはや悲鳴を聞くことも無く、突撃級の群れの中に消えていった。小さく跳ね上がったのは戦術機の頭部だろうか?



部隊を率いるライアンがこの惨劇に巻き込まれなかったのはもはや運が良かったとしか言いようがない。突撃の号令を掛け、自身の機体の跳躍ユニットをいち早く吹かしていた彼は、前方への噴射跳躍、その最大加速に乗る前に、キャンセル、エア・ブレーキと慣性を生かした緊急回避に成功したのだから

何人かの衛士は彼と同じように側面に逃れることができた。その様は突如、反対車線を爆走してきた暴走トラックを避ける複数の軽自動車のようで、避けることができなかった車両はそのまま弾きとばされ炎上、派手な爆発を起こす。

同じように後方に飛び立ったものも最大加速に乗る前に追いつかれたり、高度の上げすぎでレーザー照射を受けることになった

被害は甚大。
およそ11機、11名の命がこの瞬間に飲み込まれたことになる

「そんな、ノルン中尉、ライナー少尉…」

ノアもまた、この時生き延びた衛士の一人であったが、同じ小隊のうち2名を、奇しくも先任であった自分よりベテランの2名の命が失ってしまった

「うぉおおぉぉお!! よくもやりやがったな!」

叫んだ。誰だ? 規則正しい射撃音、どんなに恐慌下であっても、身体に染みついた射撃は忘れない。突撃級の横っ腹を叩くのは、

アランだ、生き延びていた、足を止めての射撃、次々に突撃級がその動きを止めていく。

「うわぁぁあ!! 死ね! 死ねよぉぉ!」

また叫び声。今度は誰だ? 目の前に突撃級が迫る。迫る? 側面から? 違う、ノアが機体の跳躍ユニットを操作し、敵のただ中に飛び込んでいるのだ
撃つ、撃つ、36㎜の奔流が敵を襲う。未だこちらに反応しきれていない突撃級の側面から背部にかけてトリガーと照準の機能が最大限活用される。
強引に吹かしたエンジンによって生み出された推力はノアの駆るホーネットの機械の身体を軋ませつつ、敵集団の外縁部をなぞるように回り込む。同じように敵の背後を盗った複数の味方とともに突撃砲を乱射し、果てのない撃墜スコアを上げ続ける

この時、部隊は完全にばらけてしまった
突撃級の荒波を避けることに成功し、生き延びた衛士たちは、それぞれが目の前の敵をぶちのめすことと、自分の命を延命させることに夢中であった

突撃砲を撃つ。堅い外殻を貫くために120㎜を、1発、2発、弾切れ、リロード、敵が迫る、さらにもう1発、2発、外殻はまだ、貫通していない
跳躍ユニット吹かす。最大加速、右へ、左へ、アラート、突撃級をかわす。その先の要撃級もかわす。どこもかしこもBETAだらけだ

「そんな、要塞級まで…」

衛士は悲痛の声を、拉げる鉄の音の中で漏らした
後続のBETA群が到着したのだろう、要塞級1体を中心に要撃級、戦車級の姿が多数。
戦域マップはもはや敵性種を示す赤しか確認できない。わずかにその存在を主張していた青いマークも今また一つ、消えていった。

撃つ、撃つ、突撃級、要撃級、戦車級、なんでもいい、撃て、撃て、撃てば死なない。死にたくない。

「死ね、死ね、死ね、死ね…、何で死なないんだよぉ!」

恐慌状態に落ちいったノアはBETAを蹴散らしながらも敵集団のただ中に飛び込んでいた。いつの間にかその攻撃対象は戦域で一番の大物である要塞級に移り変る。120㎜、飛び散った敵の体液が機体に付着する

「汚らわしぃんだよぉっ!」

弾切れ、まだ36㎜がある。その攻撃が表面を撫でるほどの威力しかないのも気づかず、ただひたすらに撃ち続ける

「ガッ、はっ」

なんだ? 衝撃、右主腕の肘関節より先が無くなって、鉄の溶ける音が聞こえる。要塞級の触角だ。ひときわ大きな触手にも似たそれは、ぶるん、と巨体ならではのおぞましい動きでその身を身体に戻していく。2撃目を放つつもりだ、避けないと。動かない、何故、なぜ僕は、敵の攻撃が来るのを待っているのか、それはきっと、悟ったから、自分の死を、この戦場で、死ぬ、死んでしまう。あの衝角は溶解液をぶちまける、痛みを感じる間もなく僕の身体は溶け落ちてしまうだろう。

その時僕にはあるはずもない要塞級の目が、僕を見下ろしているのを感じた。まるで虫けらを見るように、小さな蟻を踏みつぶすように、造作も無く、僕の命を奪うのだろう
時が止まる
自分は、ノア・テイラーの物語は、ここで、終わる、終わる? 何故? ノアは、英雄だというのに

「え?」

声が聞こえた、英雄が、ここで、               終わるはずが、ない


要塞級の頭に大型のナイフが二振り突き刺さる。
次いで爆音、要塞級ではない、周りからだ

「なんで、いきなり」

混乱するノアをたたらを踏む要塞級が再び捉えた、未だノアを排する意思を示す、だが、その瞬間

「だーらっしゃぁぁぁあぁ!」

戦術機が要塞級を蹴りつけた
恐らく最大加速で、横っ腹に爪先を突き刺すように

「な、なんて無茶苦茶な!」

あの巨体を持つ要塞級が体勢を崩したたらを踏む。10本の足がせわしなく地面を揺らす

「まだまだ終わんねぇぞ!」

驚愕するノアをあざ笑うかのようにその戦術機は体勢を崩す要塞級の周りを一回りする。その両手に持つ突撃砲から延びるワイヤーを巻きつけるように

その時ノアは要塞級の悲鳴を聞いたような気がした。10本の足を纏められるように拘束された要塞級は、もとから不安定だったバランスを整えることができず、大きな地震を起こしながら転倒した
転倒した要塞級はもう起き上がることはできない。どころかその自重によって半身を潰してしまうこともあるのだ

「凄い…! 要塞級相手に120㎜を使わないで無力化に成功するなんて」

セオリーであれば、要塞級には120㎜砲の集中運用が望ましいとされている。それをこの衛士はわけも無いように覆す

「っへへ、こうなっちまえば自慢の衝角も形無しだなぁ」

いつの間にか回収したワイヤーとナイフを用い、衝角をズタズタに刻んだ衛士は強いドイツ訛りでそうつぶやいた

まるで凶暴な肉食獣を打倒した王者のような、余裕のある佇まいを見て、ノアはようやく現状を把握することができた。

「…ぅあ、助かったの、か?」

先ほどの爆音は戦術機の携行する誘導弾のものであろう、見れば動いているBETAの数は見るからに減少しており、残っているBETAも素早い動きで戦場を駆け巡る戦術機部隊によって片づけられている。濃い空色、UNブルーと言われる国連軍のカラーだ

「国連軍のイーグル…、どうしてこんなとこに…」

ノアのつぶやきはもっともである、国連軍極東方面軍は現在帝国軍と並ぶ主力部隊だ。こんな後方では無く、前線やハイヴ攻略に駆り出されていてもおかしくは無いというのに

「…、っ援軍に感謝する、こちらは豪州陸軍海外派遣兵団所属第一大隊長少佐、ライアンだ」

計36機のイーグルが残存BETAの殲滅に移行する中、ようやく落ち着きを取り戻したライアンは、声の調子を確かめながら隊長機のマーカーを放つ機体に礼を言う

「国連軍ジーベン・グリーマン大尉だ、まことに忌々しいことだが、救難信号には応えなければならん。こちとら別の任務中だったんだ…。本来なら貴重な戦術機部隊を動かすつもりなど毛頭なかった」

「な!」

なんと無礼な! ライアンが、正式な答礼を返さない上に心底だるそうな顔をするこの人物を嫌いになるのに一秒と時間はいらなかった。堅物気質のライアンとは相性が悪いのは目に見えている。
ジーベンはやはりだるそうな口を開いて話すのだ

「戦術機部隊は貴重だ。戦場において主力を担うとはいえ、その数は圧倒的に足りない。今日だってほぼすべての戦術機が前線でBETAの波をかき分けている。例外はおれたちのように極秘任務を帯びているものや、貴様らのような“戦場に出すのもはばかれるような半端もの”だけだ。
まったく、こんなところで全滅しかけている部隊があるとは…、貴様らは何をしに戦場に来たんだ?」

「…随分な言葉だな大尉。だが君が救ったのも貴重な戦術機部隊だ。国家予算で作られた戦術機と衛士を17も救ってくれた」

「馬鹿野郎、金の話なんかしてねぇ。俺が言いたいのはこの部隊は俺が助けるに値する部隊なのかって話だ」

? 何の話だ? ライアンはこの衛士が何を言いたいのか理解できない。だがその答えはすぐにでも帰ってくる。

「あぁ? わかんねーか? 俺の部隊はな、新型兵器の護衛中だったんだ。一般回線はシャットアウト、任務中はどんな緊急通信だって無視する権限が俺には与えられている。だというのに…、わけのわからん回線を開いて俺に直接コールしてきたやつがいる」

「…それは」

そしてライアンの予想をはるかに上回るような解答がジーベンの口から紡がれるのだ


「いいか、“機密コードをぶち抜いて直接救難信号を送ってきやがった、ノア・テイラーってのはどこのどいつだ”」




                    3

国連軍仮設補給ライン、仮設宿泊施設、ナンバー31地点

広い戦場で日数をかけての戦闘となる今回の作戦で多数用意された、補給コンテナ、簡易ガントリー、プレハブ宿舎の集合体となるこのナンバー31地点に、ノアの所属するシルエット大隊の姿があった。

鉄原ハイヴの攻略は一日では不可能であり、昼夜の概念が無いBETAたちに合わせるように、戦闘も夜があけるまでやむことは無い。
部隊の交代によって戦線を維持している国連、帝国両軍であったが、豪州軍もまた二つの大隊を分けての参戦であるため、今のシルエット大隊は休息、戦闘はガンスミス大隊へと交代済みである

といっても戦線に近く、BETA支配領域とも言える朝鮮半島の地は御世辞にも安全とは言い難い。衛士は身体覚醒剤を用いて寝ずの休息をとり、戦術機もノア機のように欠損、破壊判定を受けた機体のみがガントリーで整備を受け、残りは待機姿勢で鎮座している状態である。


(ノア、お前は本当に何もしていないんだな?)

毛布をかぶり部屋の隅で縮まるノアは先ほどライアン少佐に詰め寄られた際の質問を、頭の中で繰り返していた。

(お前が救難信号を送ったのではないのか?)

「…そんなこと、してない」

つぶやくノアは記憶をどんなに探ってもそんな事実は無い、ということにいら立っていた。もちろん、救難信号を送った記録も残っていない。ログをどんなに探っても、無かった。

あの戦い、特に突撃級にかき乱されてからの記憶は、曖昧。恐慌状態に陥っていたし、復讐に身を任せてがむしゃらに戦っていたのも確かだ。(ログに残っているのはそんな音声ばかりである)
だが、どんなに探しても、ノアが助けを呼んだ、という事実は残ってなどなかった。


結局、あの後シルエット大隊はすぐに撤退することになった。大隊のいる地点からほど近い位置に、地中を進行してきたBETA群が多数現れたのだ。手負いのノアたちに応戦できるはずもない。ジーベン大尉はそう言って大隊に下がるように“命令”した。

「しかし、大隊規模(およそ500~1000)を優に超す規模のBETA群だぞ! 貴殿らだけでは…」

「新型兵器の護衛をしていたって言っただろ? いいから任せな」


援護を、と食い下がるライアンに対してジーベンはあくまでも不要、という姿勢を崩さなかった。今に思えば、新型の機密問題もあるのだろう、撤退するノアはちらとしか見ることはできなかったが、異形の兵器が無数のミサイルと火線を放っていたのは遠目でも確認できた。

途中推進剤の補給をしながらの撤退、ノアは無事帰還することができた。

「部隊は到底無事とは言えないけど…」

回りを見れば、同じような格好、未だ衛士強化装備をまとい、毛布をかぶってうずくまる仲間たちがいる。誰もかれもが沈んだ表情をしている。無理も無い、人の死、異形の怪物、爆発と鉄の匂い。どれもこれも、人の精神を、犯す。

「アランは…」

ノアは無意識のうちに相棒の姿を探していた。共にこの部隊に配属され、共に闘い、背中を預けた仲間、友達を。

その姿はすぐに発見できた。みな同じようにうずくまっているとはいえ、その体躯と短髪は間違えようがない。ノアははいずるように部屋を移動する。途中、妙な視線を感じたが、今は気にしない。今は、戦友のもとに、震える友のそばにいたかった。

「大丈夫…?」

ノアは、話しかける。震える友は何も返さない

「大変だったよね、わけがわからないよね、なんでこうなったんなろうね。いっぱい人が死んだよ。あんなに頼りになったノルン中尉も、あんなに先輩風を吹かしていたライナー少尉も、みんな死んじゃった。出撃回数6回だなんてさ、嘘だったのかな、あんなに自慢してたのに、は、は」

ノアは笑えないことに気付いた。顔がこわばっている

「ねぇ、何か言ってよ、せっかく僕たち生き残ったんだよ? あんなことがあったのに、新人の僕等が生き残るなんておかしいよね、ねぇアラン…」
「触るんじゃねぇ!」

弾かれた。伸ばした手は強い力で跳ねのけられたのだ。

「わりぃ、頼むから、今はほっといてくれ…」

なんで、
声が出ない。
結局のところ、助けを欲していたのはノアも一緒だったのだ。ノアもアランも、等しく精神を病んでいた
いや、

「身体が熱いんだ、なんだかわかんねぇけど、どうしようもないぐらい熱い…。頼むからノア、今の俺に近づかないでくれ!」

アランの方が重傷であったか

縋る相手をなくしたノアは、心を支えていた何かがぐらりと崩れるのを感じた。そのせいか、部屋の外から聞こえる喧騒に、鈍い反応をすることしかできない

「…! …! 止めろ!」

弾かれるように開かれる扉に、茫然と視線を送るノア。

「止めてくれジーベン大尉、止めろ! 正式な謝礼ならすると言っている!」

だから、その人物たちが、何を言っているのかも、あまり理解をしていなかった

「そんなのはいらねぇよ。欲しいのは名誉なんかじゃないんだ。俺はもっと単純さ。人間の欲求に忠実に、酒か、金か、女をよこせって言ってんだ」

「金なら用意する! 酒も本国から送らせよう! 女に関しては、…ここで用意することはかなわん。だが本国に帰ればきっと!」

「だから何度も言わせんなよ、後からじゃ遅いんだよ。俺は刹那の快楽を求めてるんだ」

「…! 止めろと言っている!!」

何だろう、ライアン少佐が声を張り上げている。タフな人だなぁ、指揮官って大変だ

「資料を見させてもらったよ。豪州陸軍海外派遣兵団シルエット大隊所属衛士、ノア・テイラー少尉。ずいぶん上玉じゃねぇの」

「貴様! 何を言っていっているんだ、おい! だれか憲兵を…、ガはっ! こいつ、銃を…!」

鈍い音だ、拳銃? サブレッサーが付いてる。少佐の強化装備の皮膜に、潰れた銃弾が食い込んでいる。

「俺、エリートちゃんって嫌いなんだよね。頭固くって仕方ねぇ。ここにさ、いるじゃん、メスみたいなやつ。おれさー、どっちもイケるクチだけど、これは別格だよね。股間反応しっぱなし」

「や…め、ろ、手を…、出すな」

なんだ? 知らない人が近づいてくる。肩に手が触れて、首から、頬を撫でてくる

(…っ!)

いやだ、
壊れかけている心がさらなる悲鳴を上げる。精一杯の拒絶反応、手を振りまわす

「へへ、抵抗すんなよ。燃えてくるだろ」

抑え込まれる、いともたやすく。器用にも片手でノアの両手を抑え込み、もう片方の手で強化装備のレスキューパックを押す

今から、自分は、この男に壊されるのだ

違う

「んー? なんだお前ら。あ、わかったお前らも参加したいクチか。そっかそっか、同じ部隊にこんなのいたら耐えらんねーよな。ククッ」

ゆらり、ゆらり、集まってくるこの男たちに、             壊されるのだ


「やだ、助けて、アランっ」

本能があげた助けの声は、知らない男の唇に吸い込まれるように消え、視界の端に、手を伸ばして軟化した保護皮膜をはぎ取るアランの姿を確認したノアは、
絶望の渦に、

吞みこまれた






[いただいた質問の返答]

Q、登場する猫様は神様か何かですか?

A、すみません、話の根幹に関わってくるので教えることができません。ただ、人の言葉を操り、理解するこの猫がただの猫であるはずがない、というのは予想できるかと思います。今後の活躍に期待してください





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