――そこは、遠い銀河の果て
「第三艦隊所属ゲラード級エウシュリー被弾! 以後の戦闘は不可能と判断、撤退支援を…いや、爆発を確認! 約12秒後に衝撃が来ます!」
「総員対ショック、対閃光防御! 徹底的に破壊か…、やはりやつらに慈悲というものは期待できないな。デカイやつが来るぞ! 掴まれ!」
衝撃
激しい震動に、多少なり人口重力を設定したブロックは、激しい揺れの体感を余儀なくされる。ここ第一艦隊旗艦フォールライト級ツイオク第一艦橋も例外では無い
「第三艦隊の絶対障壁稼働率に影響はあるか!」
「エウシュリー爆発の影響を受けたラウンドバックラー級2隻が機能不全、1隻が後方離脱を開始。しかしシールド稼働率は依然76%を維持しています!」
「よし、第三艦隊への支援は回さなくていい、イドゥン提督に任せておけ、やつならどうとでもできる数字だ。
我々は引き続き、敵主力群体への攻撃を継続する! 多連重粒子加速砲、空間跳躍ミサイルは継続して撃ち続けろ! 手を休めるな! 今から10分後に敵先鋒が予定地点を突破する。それまでにできるだけ敵を引きつけろ! やつらに撤退は無いぞ、ここで殲滅しなければ滅びるのは我々だ! 次元アンカー用意! 次元境界に隠しておいたアレを敵先鋒にぶつけてやる!」
「司令! お待ちください! あれは切り札とも言えるものです! こんなところで早々に使ってよいものでは…」
「ならいつ使う! 敵の数は予想の何千倍か! 敵先鋒だけでも新型を含む上位存在が億単位で埋め尽くされているのだぞ! ここで、撃ち合いで済む段階で使っておかなければならないのだ!
乱戦になってしまえば味方の位置調整や敵の集合を待つ余裕など無くなるぞ! 繰り返す、次元アンカー射出用意! この攻撃で敵群体が怯んだところで戦術機隊を順次発進させる!
聞こえていたな、イドゥン、ワイパー!」
「聞こえていたとも」
「相変わらず無茶を言う奴だ、だが間違っていない」
「敵の数が多すぎる。現行戦力で対応できる数じゃあない。貴様の言うとおり、ここで使わなければ、切り札を披露する間もなく飲み込まれてしまうよ」
「我々がこの場所に飛ばされたこと、待ち伏せ、奇襲。これだけのイレギュラーの中で切り札を得たことはまさしく僥倖。打てる手はすべて打っておこう」
そうだ我々はこんなところで止まっている場合ではないのだ。世界は、何十年か前まで一つの惑星でしかなかった世界は今では宇宙規模で膨らみ、そのすべてを守る使命が我々にはある。
「我々先行艦隊は、何としても現状を打開、BETA本隊と、母星を含む敵本拠地を探し当てなければならない。後に続く艦隊のために、突破口を切り開かなければならないのだ…」
わかっている。隠蔽している再編中の地球艦隊がいつ敵に発見されるかわからない今、一刻も早くやつらの親玉を叩く。それが絶対だ
「間もなく敵の共鳴エリアに入ります、目標地点まであと3分」
「二人ともいいな」
「言っただろう。打てる手はすべて打つ。我々の勝利のために“可能性”を潰してしまうとしても」
「このあたりはすでに奴らに食いつくされた後だ。“アレ”の使用もかたき討ちと思ってくれるさ」
「共鳴、来ます!」
―――――― ○○○○○○○○○○○ ―――――――
頭に響くそれは、何度経験しても不快と言わざるを得ない。やつらの一方的な叫び
「うるせぇ、てめぇらに答えてやる義理は…いや、いい機会だ、おれたちが誰であるか、貴様らが誰と戦っているのか教えてやる! お前ら、用意はいいか!」
ちょうどいい。開戦時に言えなかったいつもの決まり文句を添えて、反撃の狼煙上げだ
第一から第三艦隊乗員、そして発進を待つ戦術機部隊すべてに行き渡るように、叫ぶ
「“白銀に恥じぬ戦いをしろ!”
カウント、3、2、1。次元アンカー射出! 次元境界から直接“太陽”をぶつけてやれぇぇえぇ!」
― かつて一人の少年が救った世界は限りなく広がっている。今もそう、どこまでも ―
Muv-Luv 桜花アフター “豪州の変態”ノア・テイラーの場合
第一章 第1話「出会い」
1
豪州 ダーウィン陸軍基地 設定演習場 第一都市廃棄跡
銃弾が脇を掠める嫌な音が響いた。
いや、銃弾など生易しい表現では到底追いつけないだろう。
120㎜というそれは、もはや砲弾の域であり、今の自分を殺傷するのに十分すぎる威力を秘めている、かの重装甲で有名なデストロイなアイツ、その正面装甲でもなければ防げない代物だ。それが立て続けに二発。背後の高層ビルが崩れたのは、おそらく老朽化による自然倒壊ではない
(何度聞いても、あの音には慣れないな…)
死をもたらす魔弾の速度は意外にも遅い。銃を撃てば当たり前のように照準の先がはじける。誰がトリガーを引いたってその事実は当たり前なのだけど、(そしてそれが銃というものだ、と訓練校の教官は言っていたけれど)それと比べて、120㎜砲弾は間近を通り抜ける嫌な感覚を残している。まさか機械が、拾ってきた擦過音と機体に直接響く衝撃まで再現するとは恐れ入る
(死の恐怖をも再現する…か、優秀な訓練道具だね)
この衛士、ノア・テイラーは戦闘の最中でも、どこか思考を切り離して考え事をする癖がある。
幸か不幸かこの衛士の無意識下での機体制御は、反射と追従において抜群の精度を誇る。そのため、考え事をしながら今もなお、迫りくる砲弾を乱数機動で回避することができている。…とはいうものの、なかなか攻め手に転じられないのが現状。
相手衛士の的確な砲撃は、次第にノアを焦らせていった
空中で跳躍ユニットを強引に吹かし、荒っぽく地面に着地するも、待ち構えていたように降ってくる大量の36mm砲弾を躱すために、側転に近い回避運動をしなければならない。
機械の体と人工の筋肉は強靭なばねを生み、片手で側転、そのさなかも重心がぶれないようにしっかり構えた左手の突撃砲がお返し、とばかりに相手側の地面を叩く。…ようするにかわされた
(当たらない…!)
36㎜はやはり照準の先がはじける代物だが、それを回避し回避されるとなるとやはり高い技術を必要とする。
だが戦術機同士の砲撃戦は言ってしまえば 回避の繰り返し、つまり根気だ。
回避運動をして回避運動をして、また回避運動をして、それをけなげに繰り返せるものが勝利するようにできている。
ようは素直に的を狙わせなければよい。動く的は当てづらい。先読み照準を先読みしてまた回避運動をする的はもっと当てづらい
だから、ノアは失敗した
焦れて、回避しつつも不用意に接近をした時点で、ノアは負けが確定したのだ。
回避をしながらどうにか接近し、自慢の銃剣術で反撃してやろう、などと考えたから。
相手のリロードの隙を見てジャンプと、それに使う位置データ、主脚による空中機動変更動作を先行入力。トリガーとフットペダルが素早く動き回り、それに追従するように機体がビルの壁面を足場に跳ねまわる。
虫を思わせるその動きに、喧しい音を放ち続けていた砲撃が一瞬中断される。それを確認する前に、飛び越えた敵機の後方に着地、キャンセル、噴射。相手が振り向くより先に右方のビルとビルの間に身を滑り込ませ、迂回、敵機の側面に回り込む。
(この位置なら突撃砲は使えない、もらった!)
激しいGに耐えながらノアはにやり、と口の端をつり上げる。確信の一撃。両の手の突撃砲を互い違いに“突く”
虚空を
「消えた!? ぐぁ!」
驚く暇も無く突き刺さる敵機肩部装甲ブロック。今のノアはまるで電信柱に突っ込む自動車のようなものだった。勢いが付きすぎていて、驚くほどの衝撃が襲ってくる。
次いで回し蹴り。吹き飛ぶノアは叩きつけられたビルの瓦礫に埋もれながら、網膜ディスプレイの半分が真っ赤なアラートで埋め尽くされことに舌打ちをする。とくに背部兵装担架と跳躍ユニットが潰れたのが拙い
「…今のが膝抜き」
慌てて体勢を直すノアに追い打ちをかけるように、接近した敵機が長刀を振るう。一回、二回、いやノアには認識できない。間一髪間に合った大仰な回避運動でまとめて回避するものの、片方の突撃砲が回避に遅れ、その機能を失う。
「そして無重剣」
敵機はさらに距離を詰める。ノアは反射的に生きている銃を向け、思考が追いつくころにはその銃は蹴り上げられていた。
ノアがトリガーを引いていたのはやはり一瞬だったが、それを上体を捻りながら後方に沈めて回避し、そのままてこのように降りあげられた鋼鉄の踵が銃尻を叩いた。
スローで再生されるような映像。緊急プログラムがラン。指と手首をもぎ取る勢いにグリップの強制排除機構が働いた。それでも第二指、つまり人差し指が欠損、跳ね上げられた突撃砲は派手に火花を立てて道路を削った。
ノアはたたみかける敵機の気迫に押されて、じりじりと後退した。
「まずい、押されている。このままじゃ…」
兵装はほぼ全滅。跳躍ユニットもぶら下がるだけ。状況は最悪。考える、少ない経験の中で、現状を打開する、いや仕返しできるプランを考え、実行する。跳躍ユニットと背部兵装担架を基部から強制排除。身軽になったノアは必死に作戦を練りながら、廃棄ビルに身を隠し、移動。跳躍ユニットがない今、主脚での移動はもどかしいほど遅い。それでも敵機をある地点に誘導しようと走り続ける。
(このままじゃ負ける。相手との実力差は一目瞭然。この差を覆すには、不意を打たなきゃだめだ)
正攻法ではすべてかわされてしまう。だからノアは、最後に残された短刀と、銃剣の機能を残す壊れた突撃砲を構える。接近戦の構え。
相手は油断しているのだろう。敵機に追いついたというのに、片手に持つ突撃砲を向けもしない。ただ機体をノアの眼前にさらしてアクションを待っている。奇妙な静寂が支配するコクピットで、笑みを浮かべるノア。勝利を、確信した
「くらえぇぇ!」
突撃砲を“ブン投げた”
「!」
相手衛士は一瞬驚くそぶりを見せた
本当に、一瞬だけ
冷静に長刀でたたき落とし、落ちていた突撃砲を撃ち破壊した
驚いはのはノアの方だった。頭の中で組み上げた作戦では、投げた突撃砲に少なからず気を取られている間に、相手から死角となっている位置にある、落としたもう一つの突撃砲を拾い反撃するはずだったのだ。それを視覚を遮る壁ごと撃ち抜かれた。
おまけに、敵衛士は失敗を嘆く時間をもくれない
「素人が考えそうなことだわ」
なにも無くなった空間に手を伸ばすノアに長刀を一閃、鋼鉄の腕をなんなく切り落とし、ついでとばかりに綺麗な踵落としをお見舞いする。さっきからなんて足癖の悪い機体だ、と地面に叩きつけられる衝撃に耐えながら、ノアはぼんやり考えた
「“一度捨てた獲物は二度と使えると思うな” 常識よ」
倒れ伏した機体に突撃砲を突き付けて、悠々と“彼女”は言った。スピーカー越しで少しかすれた、でも美しいと思う女の声だった。
「…呆れたわ、あなたが豪州の戦乙女(ヴァルキリ―)? 冗談!
あんたみたいな、女装で、気弱で、スケベ野郎なんか、“豪州の変態”で十分よ」
ぐぅの音も出なかった。まぁ、全部事実なのだけど。
2
数時間前 夕刻 ダーウィン陸軍基地 第三区画
「プロパカンダ…」
軍所有の基地特有の長く、無機質な廊下を歩きながら衛士は目の前を歩く人物の言葉を繰り返した
疑問符を浮かべるままに表情を隠そうともしない。おおよそ軍人らしくないのが特徴というこの衛士にとって、いかにも堅物気質のこの人物は、どうにも苦手と感じざるを得なかった
「我が軍の状況はいささか特殊でありまして、軍の重要を満たすだけの供給が、自力では見込めない状況なのです」
そのための打開措置ですな。
いかにもやり手のビジネスマンにしか見えない外見に加え、発言もまさしくそれらしい。というのが、折原藍 帝国斯衛軍第12大隊所属中尉の、この基地の司令ジェームズ・フリーマンに対する見解であった
「軍隊に割ける人員は少ない。だが全くよこさないわけにはいかない。仕事というものに人手を割くのは当然ですが、軍隊は別物で、またやっかいなものなのです」
コツコツと軍靴を鳴らすフリーマンの背中は苦労と哀愁にまみれている。窓辺から差し込む夕日がまた、その光景に一役買っている
「この戦時下です。わが国だけが血を流すことをためらうわけにはいきません。すでに国を失ったものたちのことを考えれば、恵まれた我々に必要以上の助力を求めるのも当然でしょう。だが…」
言い淀む。その理由は藍もわかっている。どんなに自国の民が愛しくても、戦わないわけにはいかないのだ。もしも未来に教科書というものがあるなら、この時代はまさしくBETAと人間の戦い。総力戦である
「臆病者とののしられても仕方ありません。この国は、いまだ宇宙より飛来した化け物どもの恐怖を知らないのです。直接の被害にあわず。国民はかの醜悪な姿をも知らない。成長して間もないわが国にはこの時期になってもまだ、戦争というものが実感できないのです」
少し前、それでも50年ほどまえの話であるが、オーストラリアは人口も少なく、その広大な大地を自分たちで防衛するのは不可能だと言われてきた。
実際当時の記録では、国防を米国に依存しようとしていた記録がありBETA戦が無ければそうなっていたであろうことはおおいに予想できる。
しかしBETAの侵攻に伴い、オーストラリアの大地がユーラシア各国の避難民であふれるようになると、過去の見解は一気に覆された。
大陸は広く、避難民のほかに、欧州主要国家の重鎮、各国の大企業がその土地を頼り、政府機能の移転、自国難民収容所などに必要な土地をこぞって借り入れる。(この時点で、豪州政府はまとまった資金を手に入れている、とは帝国情報局の見解)
特に、企業による工場の確立は、避難民の雇用を貪欲に受け入れた。工場があればまとまった人出が必要になる。現地住民の労働力は必要不可欠であった。
加えて避難民の中にはインド系の優秀な科学者や技術士が多くいて、自分と家族のために政府に自らを積極的に売り込んだ。
元農耕民であれば農家に、科学者であれば研究所に就職を、また必要な技能の取得にも多大な支援を惜しまない。そういった難民救済政策を次々に打ち立てた政府の寛容で貪欲な姿勢には、オーストラリアという国のなりたちを思い起こさせる。
当時の政府高官の発言、“学べ、そして働け”はあまりにも有名である。
今でこそ戦術機の独自開発に至ってはいないが、宇宙開発に乗り出す技術力は完成レベルに達しており、今後日本との関係回復が見込めば、戦術機開発も可能であると言われている。豊富な資金と国力、人員を確保できた豪州の躍進は近い
だが、さまざまな職があれば、不人気な職というのも出てくる。職がないという緊急時であればともかく手に余っている(藍:なんと贅沢な!)今、進んで嫌な職に就くというのは現実的ではない。その不人気職、というのがまさしく軍であった
「国民はね、我が国を後方国家と邁進しているのですよ」
先ほどからチラつかせている、高官特有に見られる実に疲れた表情を張りつかせ、フリーマンはつぶやく。藍にはそれが演技なのか、そうでないのか見分けがつかなかった。
「実質、国防軍を除く海外派遣軍のほとんどが、元避難民で構成される、外人部隊なのです。確かに彼らは、故郷を奪われた憎しみで士気も錬度も高い。しかし、海外派遣するのがすべて外人ではいささか聞こえが悪い」
かの大国が失墜した今も評判が改善しないのは、前線部隊を外人で固めているからだと聞きます
と、つい最近、前線国家の役割を背負うことになったあの国を思い浮かべる
「我が国としても、戦いたがっている、復讐したがっている彼らに武器を渡すのはもっとも。しかし、それだけではだめなのです」
「自国出身者の隊員を引き入れるためにも、自国の現役衛士によるPRが必要不可欠、そして一般民衆だけでなく、軍部上層部とも面識を持つことになるその衛士は、一定以上の腕前でないとかっこがつかない」
「そのための私…ですね」
その通り…!
演説に熱の入り始めたフリーマンは、大仰な仕草で振り返り、大きく頷く
衛士を育てる、それも短期間でとなれば、やはり前線で戦っている国の衛士を呼ぶのが一番だ。加えて現在帝国は自国領内のハイヴをすべて落とし、国土からBETAを軒並み叩き出した実績をもつ唯一つの国家であり、帝都宣言による罰によって半ば強制的に、半分は慈善でもって海外に出向いて防衛ラインの強化に当たる稀有な国である。
ユーラシア方面の、国土の防衛に忙しいものたちや、自国の技術を漏らしたがらない大国など、引き抜きが困難な国を除くと、ベストな国選といえる
ともかく、豪州の高級志向に帝国が選ばれた、ということなのだ
「実力、実績、知名度どれをとっても素晴らしいあなたが、このような場所に来ていただいて本当にうれしいのです」
その笑顔がつくられたものでないことを、藍はひそかに祈った。でなければここまで来た甲斐がないというものだ
「もちろんこちら側も、それなりの衛士を用意しました。かの鉄原作戦にて実戦を経験、見事生き延び、多大な戦果とともに帰還した麗しき英雄。その名も豪州の戦乙女(ヴァルキリー)、ノa」
「待ちなさいノア・テイラぁぁあぁあぁ!」「いぃぃぃゃぁぁぁあぁぁああ!」
絶叫、そして乱暴な足音
藍はほんの少しだけ驚き、フリーマンは深く落胆の色を見せた。なぜならその声は今進んでいる通路の奥から聞こえてきて、絶賛近づいてきて……いや、見えてきた
「んな、なんて恰好をしているのだあいつは……!」
フリーマンが驚くのも無理は無い。自分が誇りを持って紹介した麗しき英雄は、ぼろぼろのシーツを体に巻きつけて、半裸の状態で猫を抱え、むせび泣きながら走ってきたのだから。
「あ、ひっ…ぬぎゃっ」
そして司令の姿に気が付くと、変な悲鳴を上げて急ブレーキ、裸足なのでろくに減速できず、ずべしゃぁと崩れるように倒れる少女。
ひらりと舞うシーツは少年誌ばりにしっかりと裸体を隠し、空手になった反動で猫はにゃーと飛んでいく
「あいたた」
実にのんきな声を出す少女に司令はズカズカと軍靴を鳴らして歩み寄ると、耳を掴んで一気に引っ張り上げた。当然少女は痛さに悲鳴を上げる
もうすでに引っかかっている状態のシーツは体の半分も隠していない
「そこに直れトリスタン少尉、ノイマン少尉!」
司令は少女越しに怒声を投げつける。
少女を追いかけていた双子らしき女性衛士が、硬直した妙なポーズから直立不動へと姿勢を正す
藍はこのとき、今この基地で起こっていることを、なんとなーく、理解したような気がした。「はぁ…」思わず溜息がでた
「この、大馬鹿ものがー!!」「ひでぶっ」
強烈なげんこつがノアの頭頂部に炸裂。あまりの衝撃に、ノアは痛みよりも先に自分の身長が縮んだことを確信した。
「いた…いたたた」
「貴様らは基本的な待機命令もこなすこともできんのか! 貴様らのような、規律を…」
「司令」
肩まである髪を振り回し、涙目で痛がる衛士をさらに厳しく叱りつけようとしたフリーマンを、藍は制す。
「すぅ…」
奇妙な静寂の中、大きく息を吸い込んだ藍は、
「この…、うつけ者がぁあぁぁあ!」
怒気を具現化したかのような形相と怒声でもって衛士等を威嚇した
衛士と一緒に司令も驚きと恐怖に身を震わせた
貴様らの、本日の任務はなんだ! 「しょ、哨戒任務の後、待k」 その通りだ! 本日付で私と戦術機を乗せた輸送機が二台、来るのはわかっていた。当然そのために警戒任務をこなすのは当然。無事輸送機が到着すればそれでよし、後は機体を収容して待機。訪れた私、貴様らにとっての客を司令が案内し、基地を回るのも予想できるはず。ならば何故大人しく自室で待機していない。戦術機の訓練や自主トレーニングでもいい、実に簡単なことだ。それを、他国の客の前に半裸で現れるとは何事だ! 無礼にもほどがある! しかも貴様は麗しき戦乙女とやらなのだろう! 少しは自覚して…
藍のロイヤル・インペリアル・SEKKYOUはいつの間にやら整列させられていた三人の衛士の前でキンキン廊下に響き渡り、その責め苦は長時間になりそうだと三人が覚悟を決めたその時、
にゃー、
先ほどの猫がノアの前を横切った。垂れていたシーツの裾をふんづけた。ノアの完全なる裸体が、
男性の
象徴が、
空気にさらされた
藍の悲鳴と金的キック(生のを、鍛え上げられた軍人の、それはそれは固い軍靴によって)が綺麗に炸裂。ノアはこの日三途の川を見たという
3
ーー間ーー
「しかし、いきなり模擬戦闘だなんて、気合入ってますねぇ」
いかにも欧米気質ななれなれしい態度で藍に話しかけるのはノイマン少尉である。相手が帝国斯衛軍と知っていてこの態度なのだから恐ろしい。ひょっとしたらこの人物は英国王立軍、いやクイーンを前にしても変わらない態度だろう。というのは周りの見解である。
「そうかしら、私はもともとそのために呼ばれたはずだけど?」
しかし藍も気にした様子は無い。
藍の“色”は黒である。いわゆる武家の出ではない。そういった格式ばったものをあまり好まない性格もあって(さらに日本を離れ、外国にいる今)貴族然とするの意識しなくなっていた。
ノアの蘇生処置が終わって間もなく。藍はJIVESを用いた戦術機の戦闘訓練を申し出た。回復もままならないまま衛士強化装備に着替えさせられたノアであったが、筐体に乗り込むころには自分の不運を呪う程度には回復していた。
藍としては、今回の任務を聞いて、真っ先に実機での対戦を申し出て、実施するつもりでいたが。生憎自分に割り当てられ、分解されて運ばれてきた“不知火”はまだ組みあがっていない。今回の任務に、豪州への不知火のアピールもあるとはいえ、スタッフは最低限の人数しか連れてきていない。整備班、技術伝達班ともに到着しているが、組み上げが何時間かそこらで終わるはずもない。彼らにはJIVESへのデータインストールだけ先に済ませてもらってすぐに仕事終わりを告げた。長い空の旅に疲れもあるだろう、という藍の気遣いだ。キツイ仕事は明日でよい。
さて、割り当てられた士官用の自室に荷物を置くと、すぐさま衛士強化装備へと着替える。ノアはすでに筐体の前で待っていた。その姿を見て藍は嘆息を漏らす。
「本当に男なのね」
「当たり前ですよ…。あれ、めっちゃ痛かったですもん」
ノアは男性用強化装備のまま、股のあたりをモジモジと、しきりに気にしている。そのどうにも弱そうな仕草に、藍はもう一度金的を喰らわせようか真剣に悩んだ。この男にはもう少し凄みというか、男らしさが必要だ。こう、髪もバッサリ切って…
と、ノアの後方で衛士と思われる男たちが声を張り上げているのが視界に映る。
「ノアちゃーん、今日は女用装備じゃないのか―い」
「いい加減認めなよー、国が言うとおり、きみは愛らしい少女だってさ―」
「とりあえず今夜俺らの部屋に来いよ! 可愛がってやるぜ」
藍が見えないわけではないだろう。それでも野次を止めない男どもに、ノアはひたすら縮こまるだけだった。俯き、言い返そうともしない。
藍は、無性に腹が立った。苛立ち、苛立ち、苛立ち、取り合えずノアの顔面を思い切りぶん殴った。
「ぶべっ」
奇妙な悲鳴を上げて、ノアは仰け反る。その顔からは鼻血が少量吹き出ている。これには男どもも唖然とした。他国の、それも英雄扱いされている、重鎮クラスの女性(扱い)の顔を何の躊躇いもなく拳で殴りつけたのである。
正直に言ってノアは、衛士としての腕前よりも顔で選ばれたというのが大半である。
戦場帰りの、それも全滅クラスの損害を出した部隊で(多少なり)戦果をあげ、生き延びた美人衛士。それがノアであり、国が求めていた姿であった。唯一性別以外は何一つ偽りのない情報であり、国が、社会がこんな逸材を逃すとも思えない
だが藍の目の前にいるそれは、ただの女装趣味の変態にしか思えなかった。それほどの腕もあるように思えないし、自分の意見を出さない、すぐ弱気になる、男らしさの欠片も無い。藍の嫌いなタイプだった。
実に腹立たしい
こんな奴が、戦乙女を名乗っているなんて
自分の知る戦乙女は、戦場に散った神々しい女たちは、立派に戦い、英雄の名を辱めない本物の英雄だった
それがどうだ、この少女は(このころから藍はノアは男としてみるのをやめた)
気に入らない、気に入らない。
だから殴った。当分撮影等の広報活動は無いから、好きに扱いていい、という司令の言葉も賜っている。私はこいつに容赦することは無いだろう。薄暗い心の中で、藍はひそかに思った。
「立ちなさい英雄さん。訓練を始めるわ」
「あぅう」
これが後に“豪州の変態”と広く知られることになる。ノア・テイラーの物語における最初の転機であるといわれている。
気弱で卑屈なノアは、藍と出会ってどう変わっていくのか、物語はここから始まる
[注意!]
白銀武は帰還済み
折原藍は終わりなき夏、永遠なる音律のキャラ
オルタとは微妙に世界観が違う