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[26915] 【習作】ISの視点をちょっと変えてみた【再構成・オリジナル設定有】
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:7dc38b3b
Date: 2011/05/10 05:28
 はじめまして、初めて投稿させていただきます。

 このSSは題名の通り、小説「インフィニット・ストラトス」の視点を織斑一夏君から他の人物に変更したうえで設定等弄繰り回した代物です。
 
 
 以下の点にご注意ください。
 ISの能力及び、操縦者の技量はいろいろと改造しています。本編と同じ性能はご期待に添えません。
 多分に独自見解による設定曲解が発生しております。
 これらの事柄より、多分にオリジナル要素の入り混じった原作魔改造となります。

 
 4/10
 原作7巻発売によってプロットの変更を行いましたので、それに伴い前書きを修正いたしました。



[26915] 再会した幼馴染
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:7dc38b3b
Date: 2011/04/04 19:57
 紅は―――嫌いだ。

 
 紅の空、紅の水面、そして咲き乱れる無数の紅の椿。どこまでも続く目が痛くなるような紅色の世界。眠るたびに訪れるこの嫌いな色に染まりっぱなしの夢――もはや見慣れてしまうくらいに見続ける同じ夢。いつもと同じように唐突に始まり、いつもと同じように私はその少女を見つめ続ける。

 紅

 その少女を一言でいうならば、その言葉しか有り得ない。紅色の世界よりもなお赤い着物を身にまとい、赤い手毬をつきながら笑う年端もいかぬような女の子。
 紅の世界で唯一の異なる色は、その少女の長い黒髪と―――目も鼻も口もない、なのにそれが「笑っている」とわかる白い頬だけ。
 その、顔のない少女の笑顔を、私はただ見つめ続ける。 
 大嫌いな色の少女が、私は嫌いだ。嫌いで、嫌いで。どうしようもなく嫌いなはずなのに。
 私はその子から目を離すことができない。
 やがて紅い少女は私に気づく。そして笑いかけながら、顔のない笑顔で私を誘うのだ。


 ネエ 


 差延ばされた手を、私は払おうとする。だがそこでようやっと私は気づくのだ。


 ネエ ヨンデ


 私の手は どこに ―――




 「いつまで寝ているつもりだ。馬鹿者」 




 幼いころから聞いているというのになかなかに聞きなれることのない、厳しさの混じったハスキーな声が紅色の世界を切り裂いてやってくる。
 夢の続きはその声にかき消されたように霧消し、視界に戻った紅以外の色に安堵を覚えながら、私は声の主が手を出す前に無理やり体を起こす。小さいころから自分の弟と私、そして私の姉に厳しかった人の手の速さは、それこそ嫌というほど熟知しているからだ。
 


 「おはようございます。千冬さん」
 「目が覚めたのならさっさと顔を洗って身支度をしてこい。何しろ今日からは新学期なのだからな。それと―――」


 もうすでに身支度を終えた姿で、私の姉の親友はいつもより厳しめな余所行きの顔のまま微笑んだ。



 「今日からは織斑先生と呼べ。篠ノ之箒」




 ***

 


 公立IS学園―――世界に467機存在する最強の兵器、インフィニット・ストラトスの操縦者を育成するための教育機関であり、世界中のエリートが集うISの最高峰。
 そのような場違いな場所にいる自分の滑稽さに、思わず溜息が出る。千冬さんの目の前でやると「辛気臭いからやめろ」と怒られるため控えてはいるのだが、そんな彼女自身もまた私の溜息の元凶であるのが皮肉ではあった。

 もっともその千冬さんは今日から私の担任教師になるらしい。昨夜晩酌しながら「秘密にしておけよ?」と言われたので間違いはないだろう。
 私としても、見ず知らずの他人よりは多少気心の知れた相手のほうがいい。もっとも、公私の区別はしっかりとつけるべきであろうから、少し寂しい気もするが『千冬さん』という呼び方はここでは封印せねばなるまい。
 
 そう。ここでは、私達は『幼馴染』ではないのだから。

 正確に言えば、千冬さんの幼馴染は私の姉であり、私の幼馴染は千冬さんの弟だ。だが、幼い頃は大体4人で一緒だったのだから、私がそう言っても大きな違いではないだろう。
 あの頃はまだ両親とも離れ離れになっておらず、破天荒な姉とそれを叱る千冬さんを見て、私たちは無邪気に笑えていたものだ。

 私の姉が、「インフィニット・ストラトス」を作り出すまでは。

 冗談のような話ではあるが、「IS」は私の姉が作り出したものだ。正確に言うと元々は宇宙開発用のパワードスーツとして開発されていたものに、何の冗談か世界最強の戦闘能力を与えて突然変異させ、今の姿にしてしまったのが―――である。
 しかしそれでもISの基幹部分であるコアを作り出すことができるのは世界中で私の姉唯一人であり、実質的に彼女がいないとISの本質的な部分は完全なブラックボックスとなってしまうため、私の姉―――「篠ノ之束」は世界唯一のIS開発者と呼ばれているのだ。
 それだけならば私も誇らしい姉を持った妹でいられたのだろうが……

 そもそも私がこの学園に入学させられたのも、「IS開発者の妹」という理由で半ば強制的なものだった。個人的には成績のことなども鑑みて故郷の中堅あたりの学校を希望していたのだが、私にそんな自由はなかったらしい。
 おかげで私の入学時の成績ときたらひどいものだった。ISは起動こそできるもののその適正値は最低ランク。筆記試験は強制的に叩き込まれた付け焼刃の知識で合格点すれすれ。教官との戦闘試験では千冬さんに徹底的にしごき倒され……何というか、普通に受験していたなら合格したほうが不思議な結果である。真面目にこの学園を目指していた人にしてみれば、それこそコネを使った裏口入学そのものなのだから怨恨の刃で刺されても文句を言える立場ではない。
 身内ですら怖気を覚えるような姉の化け物じみた才能の、ほんの一かけらでもあるならこんなこともなかっただろうに。受験前に千冬さんから直々に受けたスパルタ式学習方法を思い出しながら、思わずまた溜息が出た。


 
 …ああ、いかん。何回溜息をつけば気が済むのだ、私は。おそらく、こんな辛気臭い顔をしているのは私くらいのものだろうな。
 周りを見渡してみると、おそらく私と同じ新入生なのだろう。皆が皆、一様に晴れ晴れとした表情でこれからの学生生活に胸躍らせているように見える。…いや、わかってはいるのだ。それが普通であるということは。
 
 まあ、「普通」であるならば四六時中政府の監視がつけられ事あるごとに聴取や尋問を受け、両親と離されることもないのだろうけども。
 
 
 「普通…か」


 私自身はほぼ間違いなくその範疇におさまる人間だ。しかし――


 「私の周りにはどうしてこうも『普通』からかけ離れた連中ばかりなのだ…」
 

 真新しい生徒手帳の裏面にそっと忍ばせた新聞記事のスクラップ。初めてそれを見たときは思わずわが目を疑ったものだが、思いを馳せれば不意に頬が緩むのがわかる。我ながら、現金なものだ。

 『世界で唯一ISを動かせる男性』

 センセーショナルな見出しと共に映されていたのは、照れたような表情のなかなかの美少年(酔った千冬さん談)。幼いころの面影を残したまま成長した幼馴染であり、千冬さんの弟―――織斑 一夏。
 彼も私と同じくこの学園に入学することとなっている。何しろ世界でただ一人、ISを動かすことのできた男性―――女性のみが動かせたが故にそれまでと在り方すら変えてしまった世界を再び捻じ曲げかねない唯一の楔。
 そんなものを無為に放り出しておくわけがなく、一躍時の人となった彼はすぐさまこのIS学園に入学が決められた。世界で唯一のIS専門の教育機関であり、その特殊性ゆえに如何なる国家、企業、団体からの干渉を受けないこの場所は、彼のような存在を守るには最高の場所なのだから。

 「しかし、なんという事だ。よもやこんな形でもう一度私達が再会することになるとは…」

 ISによって離れ離れになったはずの私達が、今度はISによって再会することになる。きっと、一夏は私のことなど覚えてはいないだろう。ひょっとしたら千冬さんから名前くらいは聞いているのかもしれないが、かれこれ6年も経っているのだ。容姿もすっかり変わっている事だし、判りはすまい。
 そうは考えていても、一夏と離れてしまった頃から髪型をずっと変えずにいてしまっているあたり、私の未練がましさも相当なものだ。思わず自嘲とともにため息が出そうなくらいに、



 だから最初は、私の幻聴だと思った。



 「あれ?ひょっとして箒か?」



 いや、だって普通そう思うぞ?都合よく思い出していた時を見計らったかのように、記憶の中よりもずっと低くなってはいるがそれとわかる声が聞こえてきたら。

 誰しも最初は自分の耳を疑うだろうし、次は目とついでに頭を疑いたくもなるだろう?

 「……い、一夏…か?……ひ、久しいな」
 「やっぱ箒かあ!よかった~、知り合いが見つかって。久しぶりだよなあ。てか、よく俺のこと分かったな?」

 写真で見るより、ずっと精悍な表情。昔と同じ活発な笑顔。

 「こ、ここにお前以外の男子生徒がいるわけないだろう。分かって当然だ」
 「あー……そういやそっか。まあ、とにかく箒がいてくれて少し安心したよ。マジでビビりまくりだったからなー」

 私よりずっと高くなった背丈。子供のころとは違う、男性的な体躯。

 「とにかく、これからまたしばらく一緒だな、箒。よろしく頼むぜ」
 「……そうだな。こちらこそ、だ。一夏」


 それが、6年ぶりの幼馴染との再会だった。
 



[26915] お嬢様、襲来
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:7dc38b3b
Date: 2011/04/04 19:58
 動物園の人気者に表情があるなら、あんな顔なのだろうか。

 二つ隣の席で憔悴したような表情を浮かべる幼馴染の姿に、私がそのような感想を持ったのも仕方がないことだろう。
 入学式の後、案内された教室で一夏を待っていたのは四方八方からのクラスメイトの視線だった。無理もあるまい。「世界唯一の男性IS操縦者」である彼は、言い換えればこの学園に入学できる唯一の男子生徒である。花も恥じらう女生徒の園に、同年代の男子が一人迷い込んできたとあらば、注目を集めるなというほうが無茶というものだ。
 加えて、一夏はその、なんというか、決して見た目は悪くない。私としてはむしろ好ましい部類に……じゃなくてだ!見目も悪くないとあれば、年頃の女子ならば図らずも見つめてしまうものだろう。私がそうなのだからそうなのだ。異論など聞かん。
 とはいえ、見つめられるほうにとってはたまったものではない。実際に―――

 一夏が何かを求めるような視線を私に送る度に、彼に注がれていた視線が私に降り注ぐのだから。ああ、よくわかったとも。だから、私がその都度目をそらしたりしてもしょうがない話だと思う。……捨てられた犬のような目で見るな。更に視線が痛くなるから。


 「……くん。織斑一夏くんっ!」

 クラスの副担任で、SHRの時間を取り仕切っていた先生の声で、やっと一夏が正面を向いたのだろう。私に降りかかっていた視線が和らぎ、思わず安堵の息を漏らす。
 再び私のほうから一夏に視線を向ければ、目の前のやたら真剣な表情の先生と手を取り合っている。ちょっと待て。何でそこでわざわざ手を握らなければならないのだ。
 何故か、思わず黒い衝動が走りそうになったがかろうじて自重できた。きっと何か事情があるのだろう。そうに違いない。
 
 「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 はっと我に返ると、一夏が立ち上がり自己紹介を始めていた。い、いかんいかん。聞き逃してしまうところだった。如何に幼馴染といえどこういうことはきちんと聞いておいてやらんとな。……な、何しろ久しぶりに会ったのだから、一夏も昔と違うところもあったりするかもしれない。さすがに食べ物の好みは変わってはいないだろうが、その、離れていた時に新しく見つけた趣味とか、私の知らない特技とか……で、でも私の知っている一夏と違いすぎてはいたらどうしよう?そ……そ、そういえば私と一緒に励んでいた剣術はまだ続けているのだろうか。ほかに、……その、……とか、聞きたいわけじゃ……

 「以上です!」

 「はああああああ!!??」

 いくら何でもすぐさまそれはないだろうと、我が幼馴染の吐いたあまりの一言に思わず反応してしまった。ご丁寧に、起立してまで。
 その行動の結果は、推して知るべしである。今の今まで一夏に注がれていたクラス中の注目は一気に私に注がれる形となるわけだ。しかも、驚きと共に何やら奇怪なものを見るような眼差しで。

 「な、何だよ箒。ダメか?やっぱダメだったか?」

 ダメに決まっているだろうが馬鹿者め。という言葉は私の口から発せられることはなかった。その代りに―――
 一夏の脳天には出席簿の一撃。私の額には高速で投げつけられたチョークの一撃が突き刺さっていた。
 ああ、この感覚はよくわかる。言われなくても嫌というほどによくわかる。たぶん、きっと一夏もよく知っている。

 「げっ!千冬姉!」

 二発目の一撃が一夏の脳天に炸裂した。……角でやるあたりが千冬さんらしい。

 「学校では織斑先生だ」

 わかっているだろうなとばかりにジロリと此方を一睨みする。ああ、つまり私が千冬さんと呼べばもう一つチョークが飛んでくるわけか。とばっちりを食らう前にさっさと座ってしまう事にしよう。
 
 「諸君!私が担任の織斑千冬だ。君たちを一年で使い物にするのが私の仕事だ」

 トーンは低いがよく通る声。私たちがよく聞いていたそれと変わらない調子で千冬さんが宣言し終わるのと、教室中から黄色い歓声が溢れかえるのはほぼ同時だった。
 気持ちは分からなくもない。何しろ千冬さんは同性の私から見ても相当に格好良い女性であり、更にISにおいては元・世界大会優勝者という肩書までついてくる。この学園を目指す少女たちにとっては、そこいらのアイドルなど及びもつかないような憧れの的なのだろう。
 ただ、その憧れの的は心底めんどくさそうな表情をしているのだが、その様子がまた熱狂的な千冬さんファンにはたまらないらしい。気持ちは分からないが、さっきより大きくなった歓声が何より雄弁にそれを物語っていた。
 そのおかげで私と一夏への視線の雨は見事に降りやんでくれたわけだが、当の一夏は明らかに驚愕を隠せない様子だった。

 ……ひょっとして、千冬さんは一夏に自分が担任教師となることを伝えていなかったのか?
 そんな疑問が頭をよぎる。ブラコンといっても差し支えないような千冬さんだというのに、私にも伝えていたことを何故教えていないのだ?びっくりさせてやろうとかいう子供じみた理由でもないだろうに。
 
 「…之。篠ノ之箒!!」
 「はいっ!?」

 突然名前を呼ばれ、反射的に立ち上がった。見れば、一夏の頭に三発目の出席簿を食らわしたポーズのままで鋭い視線を投げかけてくる千冬さんがいる。……私がちょっと考え事をしている間にもう一発食らったのか。そろそろ一夏の頭が変形するんじゃなかろうか?

 「私の声を無視するとはいい度胸だな篠ノ之。ちょうどいい。他人の自己紹介を邪魔したお前から自己紹介をしてみせろ」
 「え?でもち…織斑先生。私の番はまだ…」
 「口答えは許さん」

 いつもの通りの千冬さんで逆に安心したが、頭を抱えたまま「ざまあみろ」と言わんばかりの顔をした一夏には少々腹が立った。




 ***


 
 
 「あ~、助かったぜ箒。サンキュな」
 「ふん、あのような萎れた野菜のような顔をされ続けてはこちらの気が滅入るというものだ」 

 屋上で思いっきり背伸びする一夏。
 SHRの後休み時間になると、彼を一目見ようと他のクラスや上級生までが大挙して押し寄せ、文字通り見世物状態となっていたせいか人の少ないこの場所では随分とリラックスしているように見える。
 (ま、まあ、ちょっと勇気を出して誘ってみてよかったな。うん)
 正直私もSHRでのやり取りが後を引いてかなかなかほかの女子と打ち解けられずにいたし、似たような境遇なら誘いやすかったというのもある。でもよくやったぞ私。
 
 「そういやさっき自己紹介で言ってたけど、剣道続けてたんだな」
 「少し違うな。剣術だ。剣道部には所属していなかったからな」

 そう、私がやっていたのは剣道ではない。私の実家に伝わる古武術と剣術だ。

 「え?そうなのか?お前昔あんなに強かったじゃん」
 「……その、転校が多かったからな。落ち着いて部活動に取り組みづらかったというのもあるのだ」
 「……あー、悪い。やなこと思い出させちまったか?」
 「べ、別に気にしてはいないぞ。転校が多かったのは仕方のないことだったし、時々千冬さんに稽古をつけてもらっていたしな。お前はどうなんだ?」
 「俺は……って、ちょっと待て箒。千冬姉は時々お前と会ってたのか?」
 
 驚いたような顔をする一夏に、再び私の疑問が首をもたげてくる。

 「会っていたぞ?さっきも言ったように時々稽古をつけてもらっていたし、入試の前には勉強も教えてもらっていた。お前は違うのか?」
 「違うよ!てか俺にとって千冬姉は職業不詳で月に1,2回くらいしか帰ってこない不良姉だぞ!?」

 不良姉とはまた言ったものだが、実の弟である一夏ともその程度でしか会っていなかったのか。というか私でさえ千冬さんの職業くらいは知っていたのだが、どういうつもりなのだろうかあの人は。
 まあ、うちの不良姉といまだに付き合いがあるらしいから、ある意味で常識では測れない人なのだろうけど。

 「あー……ひょっとしてさ、箒は千冬姉が担任になるって知ってたのか?」
 「ああ、昨夜聞いた。さすがに唐突で少し驚いたがな」
 「……ん?昨夜?」
 「ああ。昨夜は私の家に泊まっていたからな」
 「何だよそれ……俺には全然教えてくれなかったのに」

 がっくりと肩を落としながら、一夏は拗ねたように呟く。昔から千冬さんと私が仲良くするとヤキモチを焼いていたが、まったくこいつのシスコンは治っていないどころか悪化しているんじゃなかろうか?

 「まあ、あの人のことだ。ひょっとしたらお前を驚かせて楽しんでいるのかもしれんだろう?そう妬くな」
 「だ、誰が妬いてんだよ……」

 鏡を見ろと言いたくなったが、拗ねた表情が割と可愛らしくてつい昔を思い出してしまった。こういったところは変わっていないのだな、こいつは。

 「そ、そういえばさ、昔から髪型変えてなかったんだな。おかげで一目で箒だってわかったぜ」
 「え」

 話題を変えようとでもいうのか、唐突に一夏は私の髪留めに触れてきた。私の、髪にも。
 伸ばされた掌がそっと私の髪を撫で、それ以上に近づいた一夏の少し悪戯っぽい表情が私の内心を揺さぶってくる。

 「やっぱ箒の髪って綺麗だよなあ。昔から長くて似合ってたけど、前より長くなったか?」

 当たり前だ。何年たっていると思っている。
 という言葉は言葉になりそうにない。というか、唇が震えて声が出そうにない。こ、こいつは自分が何をやっているのか理解しているんだろうか?女の命に気安く触れて……その、あの、ええと、こ、これではまるで……

 「そういや、その手首に付けてるのってお守りか何かか?」



 ――― 一瞬で、頭が冷えた。

 

 私はゆっくりと一夏が伸ばした腕をどかせ、

 「そうだな。似たようなものだ」

 丁度、予鈴が鳴った。ここは教室から大分離れている事でもあるし、少々急がなければ間に合わないだろう。

 「一夏、急げよ?でないとまた千冬さんに折檻を喰らうぞ?」

 一日に四回というのもきついだろうしな。とはいえ、私も二回も食らうつもりは毛頭ない。
 だから、私はこの時気が付かなかった。


 「箒……?」


 自分が、どんな顔をしていたのかさえ。




 ***



 
 「ちょっと、よろしくて?」

 目の前の冴えない表情をした男に声をかけてあげましょうか。そう考えたのは、ただの気まぐれとほんの僅かな好奇心からでした。
 「世界で唯一ISを動かせる男性」
 本来女性のみが起動できる最強の兵器であり、その圧倒的な性能と世界に一定の数量しか存在しないという希少性の故に現在の女性上位の社会を構築する大きな要因となった「IS」。
 彼の登場は世界に大きな困惑と動揺を齎し、遥か地球の裏側であるわたくしの国にまでその影響は大きく及んでいたのです。男性の復権運動を叫ぶ団体が声を大きくし始め、それに気をよくした馬鹿な男たちがかつての姿以上に威張り散らそうとする姿まで見受けられましたわ。
 まるで、自分がISを使うことができ、女性よりも優位になったかのように。
 わたくしは―――セシリア・オルコットはそんな醜い男たちを軽蔑してすらいます。今までは小娘のわたくしにすら媚びへつらい、女性の言うことに犬のように従うだけだった者たちが、そのようなくだらない幻想に踊り狂う様は吐き気すら覚えてしまうのです。
 故に、わたくしは調子に乗り始めた男の親族や会社の役員どもを力ずくで黙らせましたわ。かつての、わたくしの母のように。
 
 そういった意味では、この男性は他の連中よりはいくらかましなのかもしれませんね。幻想ではなく、本当にISを使うことのできる男性……言うなれば「世界で唯一、女性と対等の舞台に上がることの許された男」と呼ぶべきなのでしょうし。
 (なら、わたくしから話しかけるくらいの事はして差し上げてもよろしいでしょう)
 無論、彼が自分と同列などとはありえないことです。学園に首席で入学し最高のIS適正値と国家代表候補生の肩書を持つわたくしが、「ただISを動かせただけ」の男と何故同じなどと言えましょうか?
 
 だから、ですわ。

 彼から帰ってきた「無反応」という態度に少々腹が立つのも道理というものですわね。
 聞こえているのかいないのかわかりませんが、もし聞こえていてやっているのならひどい侮辱ですわ。おおかた、連日報道に取り上げられたことで舞い上がっているのかしら?

 「ちょっとあなた!聞いてらして!?」 
 「……は?」

 まるで興味のかけらもない返事に、少しカチンときましたわ。わざとかどうかはともかく、その反応はレディに対してするものではなくてよ。
 
 「まあ!なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから。それ相応の態度というものがあるのではないかしら?」

 我ながら少し演技過剰気味かとも思いましたが、今の意趣返しも込めて少し試してみましょうか。これで言葉通り這いつくばるならその程度のくだらない男。まあ、反発してきたとしても自分が手に入れたわずかな力に酔ったお馬鹿さんと言えるでしょうね。
 でも、彼が返してきた反応はそのどちらでもありませんでした。

 「悪いな。俺、君が誰だか知らないし」
 
 従順でも、反発でもなく。虚勢としての言葉でもなく。
 何よりも雄弁に、その表情は「無関心」を語っていたのです。
 わたくしは今まで、そのような反応を返されたことがありませんでした。ですから、それはとても新鮮であると同時に、酷く許せないものに感じられていたのです。

 「わたくしを知らない?このセシリア・オルコットを?イギリスの代表候補生にして入試主席のこのわたくしを?」
 「あ、質問いいか?」

 いったい何様のつもりですの……という言葉を遮るように突き出された掌。レディがしゃべり終わる前に遮るだなんて、これだから男は……。ですが、彼の表情に少しだけ関心が生まれたように見えますわ。少しだけですけど……。

 「ふん、下々の者の要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」

 何を訊ねてくるのかしら?先ほどの茫洋とした表情ではなく、真剣味を帯びた眼差しで……よ、よく見るとなかなかに整った顔立ちをされてますのね。朝のやり取りから推し量るに、あの織斑先生の弟ということですが、言われればよく似ていますわ。きちんとしていれば凛々しさもあって……

 「代表候補生って、何?」

 ……って、何なんですのその質問は!?関心を向けたかと思えばすぐさま人を馬鹿にしたような質問を……ああもう、うまく言葉が出てこないじゃありませんの!「あ?」じゃないですわ「あ?」じゃ!

 「信じられませんわ!日本の男性というものはこれほど知識に乏しいものですの!?常識ですわよ、常識!」
 「……で、代表候補生って?」
 「国家代表IS操縦者の、その候補生として選出されるエリートのことですわ!単語から想像すればわかるでしょう?」
 「そういやそうだ」

 ……どうやら本当に何も知らないようですわね。日本はISを開発した先進国と思っていましたのに、やはり優秀なのは女性ばかりなのかしら?

 「そう!エリートなのですわ!本来ならわたくしのような選ばれた人間とクラスと同じくするだけでも奇跡……幸運なのよ!その現実をもう少し理解していただける?」
 「そうか、それはラッキーだ」

 何の感慨もなさそうな声と表情。正直、腹に据えかねますわ。

 「……馬鹿にしていますの?」
 「お前が幸運だって言ったんじゃないか」

 ああ、最悪ですわ。この男、わたくしを馬鹿にする以前の問題で話を理解していないようですもの。

 「大体、何も知らないくせによくこの学園に入れましたわね。唯一男でISを操縦できると聞いていましたけど、期待はずれですわね」
 「俺に何かを期待されても困るんだが……」
 「ふん。まあでも?わたくしは優秀ですから、あなたのような人間にも優しくしてあげますわよ。ISのことでわからないことがあれば……まあ、泣いて頼まれれば教えて差し上げてもよくってよ?何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですもの」

 まあ、少しは学べば自分の立場というものがお分かりになるでしょう。わたくしの方から教えて差し上げる義理なんてありませんが、何も知らないものに正しく教え、導くことも貴き者の務めですわね。


 「あれ?俺も倒したぞ。教官」


 …なんですって?

 「わ、わたくしだけと聞きましたが?」
 「女子ではってオチじゃないのか?」

 IS学園の教官は皆、その分野において一線級の人材がそろっている精鋭であり、その教官を模擬戦で撃破することがどれだけ難しいことなのか。少しでも知識がある人間なら理解している事ですわ。
 それを、誇るでもなく。ましてやわたくしを馬鹿にした風でもなく、いえ、だからこそ。
 
 「あ、あなた!あなたも教官を倒したって言うの!?」

 こんな何も知らない男が、わたくしと同列の結果を出したと?
 「ただISを動かせるだけの男」が、我が国の代表候補生たるわたくしと同列であると?

 「えっと、落ち着けよ。な?」

 これが落ち着いていられますか。わたくしでさえ専用機を用いて何とか勝利できたといいますのに、専用機も持たないこの男がどんなイカサマをすれば教官を打倒できるというの?
 もしもそれが正当な手段でないというなら―――

 「予鈴が聞こえんのか。さっさと席につけ」
 「話の邪魔を―――」

 わたくしの激昂は、その全てを切り裂くような眼差しの前に一瞬で納められてしまいました。

 「ほう、どうやら元気が余っているようだな?入試主席。とりあえずグラウンドを走ってくるか?十周程な」







 
 こ……このわたくしが、このような……

 「覚えてらっしゃいな……織斑一夏…」

 一人でひたすらにグラウンドを走り続けるという屈辱……簡単に消えるものではなくてよ。
 



[26915] 同居相手は監視対象
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:7dc38b3b
Date: 2011/04/04 20:00
 「……ほんっとーに、すいませんでした」

 目の前で深々と土下座する幼馴染の姿を前に、私は彼から取り返したブラジャーを握りしめたまま盛大に溜息を漏らす。

 「いや、その、何だ。私もつい頭に血が上ったことは詫びるが、それでもその……あれだ。少しは考えてくれ」
 「以後気を付けます。マジすんませんでした」

 顔を上げることなく一夏は土下座しつづけている。どうしてこんなことになったかというとだ……

 「ま、まあ、同じ部屋に寝泊まりする上でこうした事故もあるかもしれないからな。今後はお互いに相手の物に触るときは一言言ってからにするべきだな。うん」

 そう、私が一夏とその……ど、同居することになってしまったからなのだ……。
 男女七歳にして同衾せずとも言うのに、何を血迷って年頃の男女を同じ部屋にしたのやら……い、いくら私がその……一夏にこ、ここ、好意を……持っているとしてもだ。その、何だ。困る。色々とだ。
 現につい先ほども湯上りの姿をまじまじと見られるわ、私にも責任はあるとはいえ下着を鷲掴みにされてじっくりと眺められるわ……比較的かわいいものだったからよか……ではなくてだ!!
 おそるおそる顔を上げた一夏の頬には、それは見事な紅葉が咲いていた。……お、乙女の純情を無遠慮に見た報いと考えれば足りないくらいではあるが、男が平身低頭で頭を下げてきたのだから私も引くところは引くべきだ。

 「と、とりあえず決め事はさっきのシャワーの時間と、今の相手の物に触るときの許可だな。ほかになんかあるか?」
 「そうだな……あ、着替えだが」
 「俺は別に気にしないぞ?」
 「お前の話ではなく私の話だ大馬鹿者!!私が着替えている間は部屋の外に出ていろ!!」
 「えっ……そ、そいつは勘弁してくれよ。またさっきみたいに……」

 そうなのだ。先ほど私が湯上りで鉢合わせてしまった際、一夏を部屋から叩き出して着替えを行っていたのだが、部屋の外が騒ぎを聞きつけた他の部屋の生徒の野次馬で埋まっていたのだ。
 しかも、その格好ときたら……寝間着ならまだしも、下着姿でうろついていたような生徒もいるほどなのだ。部屋の中だけならいいが廊下に出るときくらいはきちんとしておくべきだろうに。
 そんなだからあまり頻繁に一夏を廊下に叩き出すのは好ましくないだろう。

 「う……な、ならば私が着替えている間はシャワー室にでも入っていろ。いくらお前でも人前で肌を晒すのはよくないからな」
 「……じゃあなんでさっきは裸で出てきたんだよ」
 「……何か言ったか?」
 「ナンデモゴザイマセン」

 うむ。理解が早いのはよいことだ。……着替えと言えば、さっきは慌てていたので手近にあった剣道着を着てしまったのだがいつまでもこのままというわけにはいくまい。

 「それで一夏、早速なんだが…」
 「織斑、篠ノ之、入るぞ」

 その声とドアが開くのとどちらが早かったか、唐突に白いジャージ姿の千冬さんが部屋に入ってきた。……ああ、そういえば寮監も務めていると言っていたな。

 「あれ?千冬姉、何でここに……」

 言い終わる前に、一夏の脳天に拳骨が直撃した。今日だけで何度目だ?一夏。

 「私がお前を苗字で呼んでいる間は織斑先生と呼べ。言っておくが篠ノ之、お前もだぞ」
 「は、はい。織斑先生」

 有無を言わさぬその威圧感は、服装が多少ラフになった程度で衰えるものではない。何というか、流石だ。
 その千冬さんは今しがた自分が開いたドアを指さしながら、ため息交じりに私を睨みつける。……一夏を部屋から叩き出す際に木刀でちょっと…いや、その、少し傷をつけて穴だらけにしてしまったのは……はい、私です。

 「まったくお前らときたら、入学入寮初日から寮の備品を壊しおってからに。少しは大人しくして寮長の私の仕事を減らそうとは考えんのか」
 「す、すいませんでした……」
 「あ、ちふ……織斑先生って寮長だったのか。……道理でいつも帰ってこないと思った」

 殴られた頭を抱えながら、一夏だけが話題の外の話をする。そういえば、千冬さんが教師をしていることも知らなかったのだから寮監をやっていることも知らなくて当然か。
 
 「そういうことだ。さて、説教はこのくらいにして本題に入るぞ」

 千冬さんは手前側のベッドに腰かけると、私達にも座るように促す。本題……と言ったがひょっとして一夏と同室になったことだろうか。

 「まあ、察しはついているだろうがお前たちを同じ部屋にした理由を説明しておいてやる。一夏のほうには既に言った通り、日本政府からの要望から早急に寮に入れる必要があったのでな。部屋割りを多少無理やりだが変更した」
 「それは分かってたけど……なんでまた箒の部屋に」
 「こいつもお前と同じだからだ。一夏。いわば、保護対象という名目での監視付きというやつだ」

 そうか……一夏も私と同じなのか。
 無理もない。私にすら今までずっと監視はついていたのだ。世界唯一の男性IS操縦者に、監視がつけられないわけがない。つまり、同じように監視しなければならないなら、いっそのこと同じ部屋にしてしまえば都合がいい。という話か。

 「って!ちょっと待てよ千冬姉!俺はまだしも何で箒まで!」
 「仕方ないことだ。一夏」

 そう、仕方のないことだ。むしろ監視だけになってくれただけありがたいとさえ言いたい。

 「私の姉を誰だと思っている?超国家法によって世界中に指名手配されている唯一のIS開発者、篠ノ之束だ。そんな人間の数少ない接点である妹に監視を付けない方がどうかしているぞ」
 「でも!」
 「それに私はもうすっかり監視付きの生活とやらに慣れてしまっている。安心しろ、一応最低限のプライバシーは確保されるらしいからな」

 まあ、どこまで本当か知らないが。

 「慣れているって……どういうことだよ箒……」
 「そのままの意味だ。姉さんがISを開発してから……お前と離れてからずっと私はそうだったからな。そんな顔をするな。別に風呂を覗かれたりするわけじゃないぞ」

 冗談を飛ばしてみるが、一夏の表情は優れない。監視だけなら言うほどつらいものでもないのだから、そう落ち込まなくてもいいと思うのだがな。

 「……まあ、理由としては今箒の言ったそのままだ。当然この措置は臨時的なものだからな、一月もすれば二人とも個室での扱いになる。間違っても妙な騒ぎを起こしてくれるなよ?」

 騒ぎを収めるのは私なんだからな。と呟きながら千冬さんは部屋を後にした。妙な騒ぎと言われても起こそうと思ってやっているのではないのだが……。
 方や騒ぎを起こすもう一つの要因はというと、まだ沈んだ表情で押し黙っている。そういえば私も初めて監視を付けられたときは落ち込んだものだったな。少し気分を変えた方がいいのだろうが、隣でこうも辛気臭い顔をされるのは……ああ、そうか。千冬さんが私に溜息をつくなというのと同じか。

 「そう落ち込むな。さっきも言ったがじきに慣れる。シャワーでも浴びて頭を切り替えてきたらどうだ?」
 「……箒は、いや、やっぱいい。そうするよ」

 何か言いかけたようだが、それを聞き直すより早く一夏はシャワー室に入っていった。丁度いいことではあるし、私も胴着から普通の私服に着替えておくとしよう。
 男の入浴がどれだけ時間を使うのかよく知らないが、私より長いということはそうそう無いと思う。主に私のこの髪のせいであったりするのだが、手入れするにも何かと時間がかかるのだ。
 (ま、まあ、そのおかげもあって今日は少し役得もあったしな)
 一夏に撫でられた髪に手をやり、綺麗と言ってくれた事を思い返す。お、思わず頬が緩みそうになってしまった。いかんいかん、早く着替えてしまわなければ。
 そうして袴の紐をとき―――

 「やっべ、タオル忘れちまっ……」

 「え?」


 一夏の頬の紅葉がもう一葉増えたことは、もはや語るべくもないところだった。




 ***




 「すまん箒。助けると思って!!」

 自業自得だ馬鹿者。と考えつつも、こうまでされては断るのもバツが悪い。その上―――

 「いーじゃんいーじゃんしのっち~。おしえてあげなよー」
 「そうだよ。篠ノ之さんってあの篠ノ之博士の妹さんなんでしょ?」
 「いいなー。あたしも教えてもらおうかなー」

 ……外野の意見がやたら大きくて、ここで断ったら完璧に私が悪者ではないか。それにさっきも言ったはずなのだが私は姉さんのような化け物じみた才能など持っていないわけで、一緒にされても困るというに。あとしのっちって何だしのっちって。
 堀を埋められた城に気持ちがあるのなら、今の私にはよくわかる。もはや溜息をつくくらいしかできないとは。

 「……ああもう、わかったわかった。でも私とて教えられることはそう多いわけではないぞ?大体私の姉が篠ノ之束だからと言って、妹の私まで同じというわけではないんだからな」
 「それでも助かるぜ。今のままじゃなすすべもなく負けそうだからな」

 事の起こりは、午前中の授業の時間にクラス代表を選考する議題が出たことだった。クラスの代表者として一夏が推参されたことに反発した生徒―――セシリア・オルコットと言ったか。彼女と一夏が一週間後にISで決闘を行う羽目になってしまったのだ。
 もっとも、どちらも売り言葉に買い言葉でありあんな程度の低い挑発にのるとは修行が足りんとしか言えないのだが、喧嘩を買ってしまった以上はあとには引けまい。
 そこで私に教導を依頼してきたというわけなのだが……くっ、なんだか少しおかしいと思ったのだ。一夏が昨日の詫びも込めて昼食を奢りたいとか言うから……いや、別に奢られなくても一緒に行くのだが、私は応じたというのにこう言う魂胆があったとは。しかもあいつときたらクラスメイトと親睦を深めるとか言い始めて3人ほどの生徒も一緒に連れてくるものだから、断りにくいったらないではないか。むう。

 「まあ、ISの特訓と言ったところで実際には知識の詰め込みとせいぜいが生身での訓練以外にはできんだろうな」
 「あー、そっか。確か訓練用のIS借り出すのってものすごく手続きが多いんだよね」

 そうなのだ。世界に一定数しか存在しないISを訓練用に借り出すことが簡単な手続きで済むわけがない。それこそ電話帳のような書類を用意して提出しなければならないのだから、一週間後の試合になど間に合わないだろう。
 それに比べて専用機を持っていればそんな煩わしい真似をしなくともすぐに訓練は可能だ。一夏にも専用機が与えられるという話だったが、千冬さん曰く試合当日にならないと届かないそうなので訓練などする暇はない。最悪初期調整すらできない可能性だってあるのだ。どこまでぶっつけ本番なのやら……。
 と、考えていると、なにやら腕組みをしながら考え事をする特徴的なクラスメイトが目に入った。制服が大きすぎるせいか、袖が余ってだぼだぼになっている。……大きめの制服を使わざるを得ない理由は分からなくもないが、袖くらいはきちんと折ればいいだろうに。
 
 「よーし、じゃあ、訓練用のISはわたしがじゅんびしたげるー」

 はい…?

 「え?大丈夫なの本音?」
 「お姉ちゃんに頼めばたぶん大丈夫だよー」

 ゆっくりとした仕草でどこか陽だまりで寝ぼけている小動物のような印象の彼女……ええと、たしか布仏本音といったか?確かにISを借り出すことができるならば心強いが、だ、大丈夫なのだろうか?

 「おりむーとしのっちの分だから2機だよねー。じゃ、さっそくいってくるねー」

 余った袖をぱたぱたと振りながらぽてぽてと走り去っていく布仏さん。なんというか、とらえどころのない少女だ。あとしのっちと言うな。
 
 「ま、まあ、ISの貸し出しについては彼女に任せてみるとして、早速放課後から少し稽古しておくべきだな」
 「うぇ…マジかよ、今日いきなりか」

 言い出したのはお前だろうが、馬鹿者。
 




 
 
 
 で、放課後なわけだが。

 「どういうことだ?」

 私の前で這いつくばる幼馴染のあまりの腑抜けっぷりに、怒りとかそういうものを通り越して頭痛まで覚えてくる。剣道場の隅を借りて軽い打ち込みを行っただけでこのざまだ。先が思いやられるといった話ではない。

 「どうしてそこまで腕がなまっている!千冬さんと多少なり剣術の鍛錬はしなかったのか!?中学では何部に所属していた!」
 「帰宅部!3年連続皆勤賞だ!」

 よくわかったそこに直れ。なんだか少し誇らしげに胸をはる幼馴染の脳天をどつきまわしたくなる衝動に駆られるが、剣道部に無理を言って場所を借りている以上そんな無粋なまねは……

 「篠ノ之さん強いのねえ。どう?もう正式にうちの剣道部に入らない?」

 ……いっそ一夏と一緒に部員になってしまおうか。そうすれば……

 『まったく、たるんでいるぞ一夏!そんなことで奴に勝てると思っているのか!』
 『負けねえよ。なにせ、俺にはお前がいるからな』
 『な、何を馬鹿なことを言っているのだお前は!ちょ、こらまて』
 『お前がそばにいる限り絶対に俺は負けねえよ。箒』
 『そ、そそ、そんなことを言って……馬鹿者ぉ……こ、ここをどこだと思って…』

 「えーと、篠ノ之さん?」
 「箒?どうしたんだ?」
 「はっ!」

 し、しまった。つい考え事にふけってしまった。それにしても私はなんということを考えて……ええい、修行が足りんのは私の方ではないか。

 「と、とにかくだ!一夏、お前を徹底的に鍛えなおしてやる!明日から放課後3時間!私が稽古をつけてやる!いいな!!」

 よければ返事をしろ。よくなくても返事をしろ。もはやお前の意見など聞かん。
 それにこうしておけば、放課後は一夏とずっと一緒に……ではなくて。

 「まったく、同門のお前がここまで不出来とは思わなかったぞ。しかもそれでいて簡単に勝負を受けるとは何を考えているのだ」
 「いや、だってよ。ああも言われたら引けないだろ。まあ、正直言うと勝てるとは俺も思っては……いてっ!」
 「大馬鹿者。最初から負けるつもりでいるやつがあるか。それに一度勝負を受けてしまった以上、お前が負ければ千冬さんの顔に泥を塗りかねんのだぞ」

 この学園に在籍していれば嫌でも聞こえてくる千冬さんの名声。それは元IS世界大会「第一回モンド・グロッソ」優勝者であり、引退した今ですら次回のモンド・グロッソに出場するようなことがあれば優勝の最有力候補とさえ言われる程の絶対的な実力からくるものだ。
 云わば、彼女はISにおいて世界最強と呼ばれているに等しい。そしてこいつは世界唯一の男性IS操縦者であると同時に「世界最強のIS操縦者の弟」でもあるのだ。
 そんな人間が、いくら素人ですと言ったところでとんでもない色眼鏡がかけられているのはある意味でどうしようもない自然の摂理にもにたような事であり、もしも一夏が無様に負けようものなら千冬さんにまで謂れのない不名誉が及ぶかもしれない。
 有名人の身内というのはつらいものなのだぞ。私もそうなのだからよくわかる。……まあ、私はどっちかというと姉さんの名誉はどうでもいい方なのだが。

 「む……そいつはまずいな。勝たなきゃいけない理由ができちまった」

 こいつに関しては効果覿面らしい。少し癪だが、こう言っておけば一夏のやる気も多少違うだろう。シスコンもこういう時には役に立つのだな。す・こ・し・だ・け・癪だが。
 まったく我が幼馴染ながら、手のかかる奴だ。

 「……それに、よく考えりゃもう一つ理由はあったんだよな」

 ん?もう一つ?

 「箒に無理言って手伝ってもらってんのに負けられるわけないだろ。勝つぜ。俺」






 「えーと、ところで入部の話は?篠ノ之さん」

 剣道部部長の声が真っ赤になった箒に届くのは、しばらく後になりそうである。


 



[26915] 決闘前夜
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:7dc38b3b
Date: 2011/04/04 20:04
 「まさか本当に用意できるとは……」
 「あー。しのっちはわたしのこと信じてなかったなー。ぷんぷん」

 可愛らしく怒る彼女の後ろに鎮座しているのは、2機の訓練用IS「打鉄」だ。
 正直あまり期待してはいなかったのだが、こうして実物を用意されてしまえばもはや私が非礼を詫びる以外にない。だがとりあえずしのっちはもうやめて欲しい。
 
 「え~、かわいいのに~」

 ひどく残念そうな表情を浮かべてしょんぼりと肩を落とす布仏さんに少しばかり罪悪感は湧くが、今はそれよりも訓練が先だ。何しろこれを使えるのはわずか30分という短い時間なのだから、そんな強行スケジュールを縫って確保してくれた彼女には今度なにか御馳走すべきだろうか。

 「てひひ、私ケーキがいいな~」

 ……むう、和菓子の店ならいくつか知っているのだが、ケーキはよく知らないな。一夏と相談してみるか……と、いかんいかん。何故か彼女と話していると流されそうになってしまうな。

 「一夏。そちらの機体に搭乗しろ。装着が終わったら軽く動いてみるぞ」
 「あ、ああ」

 顔を赤くしてそっぽを向く一夏。そういえば、IS用のパイロットスーツを見るのは初めてなんだろうか?……ま、まあ、なんというかまるで水着のような衣装ではあるし、体のラインも正確に出てしまうから―――って

 「……何かやましいことでも考えているのではあるまいな?」
 「そ、そんな訳ないだろ!」
 
 なんとなくちらちらと此方を見ているような気がするが、問い詰めて時間を無駄にするものではないな。
 私は待機状態の打鉄に乗り込み、装着を開始した―――瞬間

 しゃらん、という鈴の音と共に

 「……っ!!」

 ISのハイパーセンサーとリンクを始めた私の視界に強力なノイズが混じる。ISとの同調時に共有する感覚が遮断され、システムの展開が次々と拒絶される。
 被膜装甲展開――エラー。エネルギーシステム――エラー。推進器――エラー。ハイパーセンサー――エラー。
 (邪魔をするな……厄介者が!)
 左手に意識を込め、そこにいる妨害者に断固たる意志を以て命令する。その意思に反抗するようにもう一度だけ鈴の音がなったが、次第にノイズが消えいくと同時に打鉄の装着が正常に行われていく。
 被膜装甲による生体部分への絶対装甲。ハイパーセンサーによって拡大された感覚域から齎される拡張された世界視。コアを通じて流れ込む暖かな意識と強大な力の感覚。
 そう、これが。これこそがIS。
 地上最強の兵器である「インフィニット・ストラトス」だ。
 (断じて―――貴様のような化け物ではない)
 
 「どうだ?一夏。ISの感覚は」
 「ああ、すげえなこれ。まるで世界が広がったみたいだ」

 左手を開いたり閉じたりしながら呟いたその声は、まるで最高の玩具を渡された子供のように弾んでいる。

 「さて、それでは軽めにいくぞ。構えろ」
 「え?あ、ああ」

 私に促され、近接ブレードを展開する。剣道でするように互いに正眼に構え―――
 初太刀は、私から。
 彼我の距離は数メートル。剣道での試合であれば試合場の端から端まで駆け抜けたところで届かないような距離ではあるが、ISでの戦闘においてはそれこそ一足一刀の間合いにも等しい。故に、私は正眼から太刀を上げ、大上段に振りかぶって気息を整える。
 そして、一気呵成の掛け声とともに推進器の出力を全て前進エネルギーへと展開し、上段から振りおろす。対する一夏は後の先を狙ったか、空いた胴部への横薙ぎを仕掛け。
 結果、推進器の加速を含めた私の一撃で一夏は地面に叩きつけられる。一夏の剣撃は私の胴に当たりこそしたものの、シールドによって剣を弾かれてしまったのだ。私のシールドに多少のダメージは残ったが、それでも一夏のシールドエネルギーは今の一撃で4分の一以上削り取られている。

 「悪くはないが、今のは生身での剣道の動きになってしまっているぞ、一夏。それでは当てられたところで私のシールドは貫けん。もっとこうがーっといってずばっといかなければな」
 「いってて……な、なんだよその『がーっ』とか『ずばっ」とかは」
 「な、なんとなくわかるだろうこれくらい。ほら立て。もう一本だ!」
 
 再び構えを取り直し、次は一夏の初手。手元を少し上げた状態で切っ先を私の眉間から少しだけ下にずらす。そしてわずかに地面を蹴り、同時に推進器を全開にする。先ほどの私と同じように全推力を込めた一撃―――刺突を放ってきた。
 一点にその衝力を集めた一撃ならば、ISのシールドを貫くに容易いだろう。だが、大人しく貫かれてやるのは木偶の仕事だ。
 正眼の構えから少しだけ剣先を斜めに外す。ハイパーセンサーから送られる情報と私の感覚を同調させ、交錯の瞬時―――その更に衝突の刹那に刃を返す。
 衝突の力が大きければ大きいほどに、その先端をわずかにずらされた体はあらぬ方向を向き、同時に一夏の側面へと体を移動させて繰り出された私の一撃で再び一夏は地面に激突した。そろそろエネルギー残量が乏しくなってきたのか、一夏はのろのろと起き上がる。補充のエネルギーパックを用意しておくべきだな。

 「相手はきちんと動くのだ。突撃するならもっと見極めてやらなければ、くいっという感覚でやられてしまうぞ」
 「……だからその『くいっ』って何なんだよ」
 「わ、わかれこのくらいっ!ほら!次だ!」

 ええい、実際にやってみせただろうが。これくらいわかるはずだっ!

 「ああもう!なぜそこで一気にずばっといかんのだ」
 「ダメだダメだ!もっとこう、ささっという感覚だ!」
 「違ーーう!!もっとどかーんといかんか!」

 ううむ、やはりIS以前に感覚が追い付いていないのではないか?もう少し剣道場での稽古を積んでからのほうが……。
 と、不意にハイパーセンサーが見物していたクラスメイト達の会話を拾ってくる。

 「ねえ……篠ノ之さんってさ」
 「強いんだけど、なんかこう、説明下手だよね」
 「う~、あんまりエネルギーパック使いすぎるとお姉ちゃんに怒られるかも~」

 ……な、何故私が悪いことになるのだ。


 ***



 「いよいよ明日か……」
 
 湯船に体を沈めたままそっと呟いてみる。シャワーも嫌いではないが、やはりこうして湯船につかる方が心身ともに安らぐというものだ。
 しかし、今は体の方は休めても頭はなかなか休んでくれそうにない。
 ISを用いた訓練の後、仕上げとして道場で稽古をつけたはいいが、一夏の仕上がりを見るに正直不安のほうが大きい。流石に一週間前に比べて多少ものにはなってきたものの、いまだに私から一本も取れないままだったのだ。
 その当人はと言えば稽古の後ばてきっていたようで、しばらく休んでから戻るとか言っていた。まったくあの程度で音を上げるとは情けない。
 しかも相手は国家代表の候補として選抜された操縦者だ。ISの戦闘において操縦者の搭乗時間というものは適性や生身の実力以上にものを言ってくる。専用機を持っているとなればその搭乗時間にはもはや絶望的なまでの開きがあるだろう。
 常識で考えればこれで勝たせろというほうが無茶というものである。明日到着すると言っていた一夏の専用機がどんなものになるかはわからないが、ある意味でそれ次第と言えるのではないだろうか?

 「人事は尽くしてみた。……つもりなのだがな」

 天命を待つといえば聞こえはいいが……いくら悩んだところで後の祭りだろう。そんなことより今はゆっくりと風呂を楽しむ方が重要だ。
 まあ、欲を言えば、実家とは言わないまでもそれなりの大きさの浴槽でゆっくりと入っていたいが、個室にユニットバスがあるだけでも大助かりである。なにせ

 「うう……また少し大きくなったんじゃなかろうか」

 胸の大きさを羨む女子がいるが、当の本人にとってはあまりいいものではない。肩はこるわ動くときに邪魔だわ挙句の果てに男女関係なくじろじろと見られるのはアレだ。セクハラというやつになるんじゃないだろうか。
 特に大浴場に行ったときはひどかった。何がスイカだ。何がメロンだ。人の体だと思って好き勝手言いおって。その上布仏さんなぞは自分も結構大きいくせに私の胸に触ってくるのだから……あれがセクハラでなくて何だというのだまったく。
 
 「はあ……いっそ時間をずらせば大浴場に一人で入れないものか」

 考えてはみたが、やはり無理だ。大浴場の開いている時間が限られている以上、どうしても人間は集中してしまう。生徒も皆集団生活に慣れてくれば空いている時間というのもわかってくるのだろうが、当分はこのユニットバスで我慢する以外になさそうだ。
 (何なら、雪子おばさんのところに帰ってみようか)
 生まれ育った生家である篠ノ之神社なら、禊用に大きな浴室が用意してある。今まではなかなか帰れなかったが、機を見て帰ってみてもいいかもしれない。
 (ええい、それもこれもこの無駄に大きい胸のせいだ)
 自分の体ながらだんだん腹が立ってくる。湯船につかっていても勝手に浮き上がるし、そのせいで余計に目立つし。
 (だ、だが、一夏はどう思っているのだろうか)
 ISでの訓練を行っていた際にちらちらと此方を眺めてはいたが、その視線はなんとなく、胸の方に集まっていた気がする。
 ひょっとして、一夏は胸の大きな女性の方が好みなのだろうか?
 そうならば現金なもので、いままで腹を立てていた自分の胸が急に大切なもののように思えてくる。全員確認したわけではないが、クラスの中に私より大きな胸の女性は千冬さんと山田先生くらいしかいなかったはずだ。
 つまり、ISを用いた授業の際にはクラス全員が今日の私のような姿になるわけだが、一夏の視線は比較的私に集まりやすくなるのではないだろうか?

 『い、一夏。あまりその……じろじろ見るな。恥ずかしいだろう』
 『仕方ないだろ。箒の、その、……目立つしさ』
 『な、何だそれは……セクハラというやつではないのか……』
 『セ、セクハラさせるのはお前だろ!箒!』
 『え!?ちょ、ちょっとまて一夏!まだ心の準備が……』

 って待てええええいっ!そ、そそ、そんな破廉恥な……い、いかん。どうも一夏と同じ部屋になってからというもの私はどうかしているぞ。なんだか頭が少しぼうっとしているし、湯あたりでもしたのだろうか?それほど長く浸かっているつもりはないのだが。
 とにかく頭を冷やすべく、湯船から上がって脱衣場への扉を開くと…

 おかしいな。一夏の幻影が見えているではないか。四六時中あいつのことを考えているからついに幻まで見るようになったのか?私は。それにしても精巧な幻だな。服を脱ぎかけて引き締まった体が……

 「ほ、ほほ、箒さん?な、なな、なんでお前がこんな時間に……」

 時間?私は入浴の時間はきちんと守って……て、あれ?

 




 「……いち……か……?」

 



 そうだ。目の前にいるのはまごうことなき私の幼馴染だ。その幼馴染は何故か上半身裸で、顔を真っ赤にし口をぱくぱくと開けて声にならない声をあげて馬鹿みたいな表情をしているのだが結構鍛えられていそうな体つきになっているのだなこれも私と特訓を重ねた成果だと思いたいがてちょっと待てなぜ一夏がここにいるのだ今はまだ私の入浴時間と最初に決めたと思うがってよく考えてみたら私はどれくらい湯につかっていたのだろうかと思い出す前にこいつはなんで金魚のような顔をしているのだろうかまったく間の抜けた表情を作っては台無しではないかそれにしてもさっきから人を指さすな失礼な奴だなお前は千冬さんからそういったことをきちんと教わっていないのではないかというかなぜそんな驚いたように人をじろじろと見ていたらお前鼻から血が出ているじゃないか今日の訓練でぶつけでもしたのかと思ってみたが別にそんなことはなかったようにも思うしひょっとして私が戻ったあとも一人で自主練習していたのならそのやる気は評価するがそれで負傷してしまっては本末転倒であってきちんと体は休めるべきなのだからゆっくり風呂に浸かってみればそういえば私が今の今までその風呂に入っていたわけでそんな私がまじまじと見られているのだが私はそういえば先ほど風呂から上がったばかりなのだから裸なわけでそうか一夏がこんな顔をしているのは私の

 「見るなあああああああっ!!!!!」

 「ほぶがあっ!!!??」

 もはや思考回路など正確に働くはずもなく、だがそれでも私は正確無比に一夏の顎先を打ち抜いて昏倒させていた。鍛錬というものは時に自身の意思さえも凌駕しうるものなのだな。

 「はっ……し、しまった。おい!一夏!一夏あっ!!!」



 
 
 ……結局、一夏が目を覚ましたのは翌日の朝になってからだった。
 



 ***



 
 遥か星の裏側だというのに、わたくしを照らす月明かりは故郷と変わりません。
 (この極東の島国に来てはや一週間、世界最高峰のIS操縦者養成機関の名は伊達ではありませんでしたわね。)
 優秀な設備と豊富な訓練施設。教員の能力も高く、本国の訓練施設と比べれば雲泥の差ともいえます。世界中の代表候補生を競うように入学させようとするのも納得というものですわ。
 (……そのせいか、少々不愉快な人間も混じっていましたけど)
 脳裏に浮かぶあの男の顔を思い出し、わたくしは思わず眉を顰めます。
 ただISを動かせただけのくせに、ISのことを碌に知りもしないくせにこのわたくしと競おうという男。
 世界最高峰の操縦者であるこの学園の教官を打倒したという栄誉をまるで興味もないように嘯き、ただ物珍しいからというだけでクラス代表として他のクラス代表者と競い合う機会を与えられ、あまつさえそれを面倒くさそうにしていた男。
 それに何よりも、最初に―――。
 
 「わたくしを―――見ていなかったことが一番不愉快ですわ」
 
 わたくしの眼前で、ポップアップした赤い攻撃目標に青い光条が食らいつきます。そう、まるで獲物を狩り続ける優秀な猟犬のように。
 その猟犬の名は「ブルーティアーズ」。
 我が祖国、イギリスの開発した第三世代型ISであり、わたくしの専用機。
 4基のレーザービットはまるで舞い遊ぶかのように次々に現れる攻撃目標に向けて光の牙を突き立て、やがて狩りを終えた猟犬たちは従順に主たるわたくしの下へ戻って来るでしょう。わたくしはただ、その姿を優雅に眺めるだけ。
 
 「では、教育して差し上げますわ。『世界唯一の男』」

 



[26915] Fox-hunting
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:7dc38b3b
Date: 2011/04/29 22:36
 「う~、首いてぇ……俺そんな寝相悪かったのかな?」
 「……し、仕方のないやつだなお前は。け、決闘の日に寝違えて首を痛めるとは」

 セシリアとの決戦当日の朝。目を覚ました一夏に昨夜の記憶は残ってはいなかったらしい。ほっとしたような、少し残念なような複雑な気持ちではあるが、今はそれよりも……。

 「なあ箒。昨夜本当に俺訓練途中で疲れて寝ちまったのか?全然覚えてねえんだけど」
 「な、何度言わせればわかるのだ。わ、私と稽古していたらいきなり眠ってしまって、その、運ぶのに苦労したのは私なのだぞ」
 「……さっきからなんで向こう向いてしゃべるんだよ?」
 「そ、そんなことよりだ!お、遅いな。お前の専用機とやらは」

 そうなのだ。今日到着する予定の一夏の専用機が、試合開始直前だというのにまだ届いていないのだ。

 「まったく、困ったものだな。ISの起動時には初期化やら最適化やらいろいろと手間がかかるというのに、こ、このままでは本当にぶっつけ本番になってしまうではないか」
 「そうなのか。結構手間なんだな、ISって。……で、なんでやっぱり向こう向いてしゃべるんだ?」

 まさか面と向かって「寝不足で隈のできた顔を見られたくない」などと言えるわけもなく、私はやり場のない苛立ちを吐き出すように溜息をつく。
 昨夜の事故の直後から朝方になって一夏が目を覚ますまで、結局私は一睡もできなかった。理由は……そんなもの乙女に聞くな馬鹿者。だが結果として私の顔にはひどい隈ができており、目が覚めた一夏に第一声で、

 「どうしたんだ箒。束さんみたいになってるぞ」

 とかいう非常に腹立たしいことをのたまわれたのだ。いくら姉妹だからといってあんな人を引き合いに出されるのはとても不愉快だというに。その上隈を隠すためにファンデーションを借りようと千冬さんの部屋を訪ねると、

 「どうした篠ノ之。束のようになっているぞ」

 とかいうとても姉弟仲の良い一言を賜ったわけで、もう色々と私の心労も積もり積もっているのである。おかげで慣れない化粧をしてみたのに隈が消えていないのだ。

 「誰のせいだと思っているのだ……」
 「?」

 ああ、腹立たしい。元をたどれば私の不注意が元になっているのは分かるのだが、それでも腹立たしいのである。これはもう理屈ではないな。そういうことにしておこう。
 だが、そんな私の内心など知る由もない一夏はというと、モニターに映し出された映像を食い入るように見つめていた。

 「あれが……あいつの専用機か」

 青空に佇む、空よりも蒼いIS。「ブルーティアーズ」とはよく言ったものだ。どうやら相手も待ちわびているらしい。
 
 『織斑くん、織斑君!……織斑君!来ました!織斑君の専用IS!』

 スピーカーを通じて山田先生の声が響く。どうやら待望のそれが到着したようだ。まったく、宮本武蔵でもあるまいに。

 『織斑、すぐに準備をしろ。アリーナを使用できる時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ』

 千冬さんの声が届くと同時に、ガレージに振動が起こる。そして、

 しゃらん、と

 幽かな鈴の音とともに、視覚にノイズが起こる。そして―――

 (……え?)
 
 ノイズの間断、ほんの一瞬の光景の中に私は少女の幻影を見ていた。純白、としか例えようのない衣装に身を包み、顔をうつむかせてしゃがみこんでいるまだ幼い少女。
 私は、ほんのわずかに見えたその少女をもっとよく見てみたいと願い―――同時に、凄まじいまでの不安感に襲われた。
 
 あの少女が、とてつもなく恐ろしいものに思えて……

 「箒……おい、箒!どうしたんだ?」

 一夏の声で、思わず我に返る。少し心配そうに覗きこんでくる一夏の顔が近くに……って。

 「わ、わ、私は大丈夫だ!問題ない!そ、そそ、そんなことより早く装着をはじめろ一夏!時間がもったいないだろう!」
 「お、おう。分かった」

 わ、私としたことがあんなに近づかれるまで一夏に気が付かないとは。寝不足で頭が動いていないのだな。そうに違いない。
 そんな私に急かされて、自分のものとなる白いISに触れた一夏は少し戸惑ったような顔を見せる。

 「あれ?」
 「どうした?」

 ま、まさか動かないとかいうことはないだろうな?いやいや、昨日までは普通に動かせていたではないか……一夏の方に問題はないだろうに、よもやこの機体に問題でもあるのだろうか。

 「初めての時や昨日と感覚が違う……けど、大丈夫だ。わかる。理解できる。これが何なのか、何のためにあるのか……っ!!?」
 「い、一夏!?」

 いきなり弾かれたようにISから手を放し、一夏は駆け寄ろうとした私の方を向く。

 「……っ……ほ、箒……?」
 「そ、そうだ。どうしたんだ一夏?もしや何か不具合でも……」
 「あ、いや、そういうのじゃないんだ……大丈夫だ」
 『お、織斑君?体調が悪いんですか?何なら今日はやめにして……』
 「いえ、大丈夫です先生。いけます」

 スピーカーからの声にそう返事をして、一夏はISへの搭乗を始める。
 装甲が一夏を守るように包み込み、コアとの接続が開始されたのだろう。周囲にマニューバーが出現しせわしなく初期化と最適化を開始する。
 そう、普通のISの起動が行われているはずなのに。私の不安は消えなかった。
 一瞬だけ、一夏が私に向けた表情。驚きと―――恐怖が入り混じったようなそんな表情。
 (ただのISに触れただけなのに……?)

 「箒」

 落ち着いた声だった。明鏡止水とはいかぬものの、穏やかな表情を浮かべた一夏に、無駄な気負いや不安は見られない。

 「そんな心配するなって。こいつ、俺を勝たせてやるって言ってる。だからきっと大丈夫だ」

 コアを通じた意識伝達だろうか。おそらくISの内部では一夏に自身を適合させるために膨大な処理を行っているのだろうに、そんな余裕さえあるというのか。
 ISは武器であると同時に、それ自体が独自の自我に似た意識を持っているらしい。言わば同じ舞台で操縦者を支えるパートナーでもあるということだ。優秀なISの中には、操縦者を守り、時に支え、共に勝利を勝ち取らんがために操縦者の心理的ストレスを緩和しようとすることもある。
 そういった意味では、この白いISは出逢ったばかりだというのに一夏のことを慮る、優秀なパートナーと言えるのかもしれない。

 「行ってくる」
 「ああ……勝ってこい」

 叶う限り、普段通りの表情を浮かべて送り出す。大丈夫。このISはきっと一夏の力になってくれるだろう。私の不安など杞憂に過ぎないのだろうから。
 
 そう自分に言い聞かせながら、私は彼を見送っていた。



 ***



 ―――戦闘待機状態のISを確認。操縦者「織斑一夏」。機体名「白式」。戦闘タイプ近距離格闘型。特殊兵装なし―――
 レディを散々待たせた無粋な敵の名を、わたくしの愛機からようやっと聞くことができましたわ。決闘の時間に遅れるだなんて、恥

の概念というものを持っているのでしょうか?
 まったく腹立たしいにもほどがありますわ。ですが、まあ―――

 「逃げなかったことだけは褒めてさしあげますわ」

 眼下に現れたのは白い武骨な装甲を纏ったIS。成程、「白式」の名に相応しい姿ではありますわね。ですが、何ていう貧弱な兵装でしょう。専用機と聞いていましたが、所詮はあのようなサンプルに与えられた玩具というところですかしら。期待外れもここまで来ると笑えますわ。

 「そういうのは褒めてるって言わないんだよ」
 「あら、残念ですわね。割と本気でしたのよ?」

 そう、この場に出てきたことだけでも褒めてあげるべきでしょう。碌なISの起動経験もなく、しかも玩具のような名ばかりの専用機を与えられた道化そのものなのですから。

 「言ってくれるじゃねえか。後で後悔すんなよ!」

 そして、道化は玩具を振りかざします。―――近接ブレード―――ブルーティアーズが伝えてきた情報には、相手がその選択肢しか持たないことが残酷に語られていました。
 ですから、わたくしは少しだけ憐れみを向けるのです。何故なら―――

 「浅はか、ですわね」

 この道化は、これからわたくしの猟犬たちに狩られるあわれな狐となってしまうのですから。
 背面の装甲を展開。「ブルーティアーズ」起動。敵性対象を補足。これより半意識下制御において対象の撃破を開始。
 そして、勇敢にも突貫してくるあわれな狐に、4基のブルーティアーズ・ビットが一斉に砲門を向けて光の牙を撃ち出します。正面からまともに迎撃を受けて無様に吹き飛ばされる姿に、わたくしはもはや何の感慨もありませんでした。
 あるのはただ一つの意思。そしてそれと同じ命令を、わたくしは自身の愛機に下すのです。

 ―――討ちなさい―――

 わたくしの意識をくみ取って駆け巡るこの猟犬たち、我が祖国の生み出した第3世代型ISの基幹となるこのシステムは、その主に忠実に、確実な勝利をもたらすべく地面に墜ちた白いISにその牙を向け続けていきます。
 ISの姿勢制御に救われて地面とのキスは避けられたようですが、大人しくそこで黙っていた方がよろしかったのかも知れませんわね。
 連続して放たれるブルーティアーズからの追撃を、覚束ない機動で回避しようとする白いIS。初弾を回避したのは拍手を送って差し上げたいところですが、回避した先に攻撃を行わない者はいませんわ。それがわたくしのブルーティアーズなら尚更です。
 この子たちは独自の判断で射撃を行いながらも、相互間の意思はただ一つ。故に相手の機動を予測した上で回避させた箇所に砲撃を加えることなど当然のようにできるのですから。
 囮のレーザーを回避したのはいいですが、それでは自分からレーザーに当たりに行っているようなものですわ。
 しかも一撃受ければよろめいたところに集中砲火が待っていますもの。あら、たまらず逃げ始めましたのね。まあ、キツネ狩りはそういうものですし、そちらの方がこの子たちも戦いやすいのかもしれません。
 逃げる相手を追撃しながら砲撃、回避させた先にさらに砲撃、よろめいたらさらに砲撃。あらあら、随分とじゃれつかれるのがお好きなようですわね?
 もっとちゃんと逃げないと、食い殺されてしまいますわよ?
 
 「くっ!な、なんなんだこれ!」
 「『これ』とはご挨拶ですわね。この子たちの名は『ブルーティアーズ』。我が愛機の主兵装ですわ」
 「解説ありがとよ!」

 レーザーの雨霰に吹き飛ばされながらも、白いISは次第に慣れてきたのか逃げる速度を次第に上げていきます。どうやら存外に逃げ足は速いようですわね。それにまだ軽口も叩けるあたり、防御性能も見た目より高いのかしら?
 どうやら相手もそれに気が付いたようですわね……多少の被弾は覚悟の上でブルーティアーズに斬りかかりはじめましたわ。まあ、数を減らそうとするのは当然のことなのでしょうけど……

 「無駄でしてよ」

 わたくしのブルーティアーズの機動をあのような近接ブレード一本でどうにかできると思っているのかしら?ほら、外れてしまいましたわよ。そんなことをしていると。
 一つの目標に囚われているお馬鹿な獲物を逃すはずもなく、残りのブルーティアーズは外すことなく白いISを撃ちぬきます。あら、流石に懲りたのかしら?また尻尾を巻いて逃げ始めましたわね。
 それでも、ブルーティアーズの放つ特殊レーザーから逃げ切ることなどできるはずもなく、狭いアリーナの中を逃げまどいながらじわじわとシールドエネルギーを減らしていますわ。
 
 「でも、これでは面白くありませんわね」
 「…っ!ああ、そうかよ。なら!」

 おっと、いけませんわ。おもわず独り言を…。でもそれを聞いていた彼は、逃げまどっていた足を一瞬止めたのです。
 本気で馬鹿なのかしらと思いましたが、次の行動までは全く予想していませんでしたわ。
 まさか、反転して追いすがるブルーティアーズの正面を突破した上で、更にわたくしに突撃してくるだなんて。斉射されたレーザーの弾幕を力任せに突破し、そのすばしっこい性能を生かしてわたくしに直接切りかかる―――無茶苦茶しますわね。本当に。
 でも、理には適っていたのかもしれませんわ。何しろ、わたくしは攻撃のすべてをブルーティアーズにまかせっきりにしていたものですから、外目には腕を組んで余裕の観戦をしているようにしか見えなかったのでしょうね。
 つまり、「ブルーティアーズを突破すれば、相手は攻撃できない」とか思っていたのでしょうか?

 「少しだけ面白い見世物でしたわよ。少しだけ、ね」

 今まさに切りかからんとした彼の額に、わたくしの副兵装「スターライトMkⅢ」が付きつけられたのは、ほんの一瞬。
 ですから、彼の顔が驚愕に変わる暇もなく―――

 「お休みなさい。キツネさん」

 六七口径特殊レーザーライフルの光条が彼を吹き飛ばすまでに、彼が瞬きする間も与えませんでした。
 正直、わたくしにこれを使わせただけでも十分賞賛にあたるのでしょう。ほとんどの第二世代型でもわたくしのブルーティアーズを耐えることなど不可能でしょうし、ましてやあのようなすばしっこさと頑丈さだけの機体で追いすがってきたのも、彼の実戦経験を鑑みれば驚くべきことです。
 ですが、所詮はその程度。この程度ならば、わたくしはおろか他の代表候補生にも勝てるようには思えませんわ。
 (やはり、教官を撃破したというのは何かの間違いではないのかしら?)
 ISの姿勢制御も間に合わず、地面に叩きつけられた様を見てはそう考えるのが当然というものでしょう。
 それにしても、改めて頑丈な機体ですわね。いえ、もしかしてISの方が少しでもダメージを軽減しようと回避行動をとっているのかしら?かなりの衝撃を受けてダメージも相当に蓄積しているというのに、彼は息を荒げながらもしっかりと立ち上がるのですもの。
 ですけど、もういい加減に幕を下ろすべきなのでしょう。あれだけ攻撃を受け続ければ、もはやエネルギーなどほとんど残ってはいないでしょうし、ISの破損率は既に50%近い数字になっているのですから。ダメージレベルで言うだけでも棄権してもおかしくないほどですわ。

 「よくもまあ、まだ立てるものですわね……そのしぶとさに敬意を表して、チャンスをあげますわ。棄権なさい」
 「……なんだと?」
 「貴方を守ってくれているISはもう限界ですわ。これ以上のダメージはその子に無用な苦痛を強いるだけですもの」

 そう、そしてそんなことはわたくしも、「ブルーティアーズ」も望みません。この無礼な男ならばいざ知らず、そんな男に使われているだけのISに何の非があるというのでしょうか。

 「恥ではありませんわよ。このわたくし相手にこうまで耐えられた相手はなかなかいません。誇ってよいことですわ」
 「いい加減にしろよ、お前。人を何だと……!」

 ああ、もうこれだから不愉快なのです。ここまでされて、まだ力の差がわからないのかしら?折角のISを無用に傷つけてまでこんな茶番を続けるというのでしょうか?

 「過ぎた無理解は害悪でしてよ?いいでしょう。ならば教えてさしあげますわ」

 これまで、わたくしがどれだけ手加減し続けてきたのか。
 ――ブルーティアーズ、半意識制御モード解除―――「砲撃モード」エネルギー加速
 ――シールドエネルギー、BTシステムに直結、変換完了
 ――スターライトMkⅢ、「バスターモード」へ移行
 4基のブルーティアーズがスターライトMkⅢと接続し、エネルギーバイパスを通じてIS本体からシールドエネルギーを接続。
 本来の力を解放したブルーティアーズと、その力を収束させるためのスターライト。
 
 白いISが警報を発しているようですわね。まあ、当然のことですが。
 でも安心なさい。まだ、あなたに向けてこれを撃ちはしません。これから撃つのはあなたの主の、その無理解を。
 故にわたくしが向けた銃口の先はあなたの真上。あの青い空にかかる雲を―――


 「『スターライト・ティアー』」


 迸るのは蒼い閃光。今までのレーザーなど霞んで消えてしまいそうなくらい巨大な光の鉄槌。
 このブルーティアーズの保有するシールドエネルギーの実に三分の一までを全て攻撃力に転化した破壊の奔流は、アリーナ上部を覆っていたエネルギーシールドを薄紙を破るように破砕し、わたくしの狙った雲を消し飛ばして青空に還っていきます。
 もともとこんな場面でこの兵装を使用するつもりなどありませんでしたが、まあ、仕方のないことですわね。並みのISなど語るに及ばず、防御に特化した第3世代型ですら一撃で戦闘不能にできるほどの力を見せつければ、いくら物わかりの悪いあの男でも―――
 理解できる―――そう思っていましたのに。

 「……けんじゃねえ……」

 わたくしが予想した「驚愕」「恐怖」「畏怖」「絶望」「諦観」……それらのいずれでもなく。
 彼の、織斑一夏の表情に見えたのは、明確な「敵意」と「怒り」。
 そしてあの眼は、わたくしが、初めて見たあの眼は――誇りを守るべく憤る瞳は、わたくしが確実に選択肢を間違えていたということを語っていたのです。
  
 「ふざけんじゃねえぞ!セシリア・オルコット!!」

 そして、その言葉と共に白いISは一つの変化を始めたのです。
 武骨な装甲はその破損部分とともに一度再粒子化し、元の工業的な形から先鋭的な形状へと。
 手にしていた近接ブレードはその刀身こそ短くなったものの、反りのある片刃剣のような形状へと。
 そして、ブルーティアーズが伝えてくる情報には、一つの驚くべき事実。


 ――敵性IS、一次移行完了――。


 「一次……移行……ですって?あ、あなたまさか、今まで初期設定だけの機体で戦っていたというの?」
 
 有り得ない。有り得ないことですわ。だって、そうだとするとあの白い機体はその能力の大半を初期化と最適化に費やしておきながら、普通の第二世代機を超える機動力と回避能力を発揮していたということですもの。
 (そもそも、初期設定だけの機体が何故動けますの!?)
 でも、それ以外有り得ない。有り得ないことなのに、起こってしまいました。しかもその上―――
 移行が完了したのならば、今までそれに費やしていた能力を戦闘に費やしてくるのは当然の事。

 咆哮とともに突撃を―――速い。今までの機動が嘘のような突撃を繰り出してくる織斑一夏。当然わたくしのブルーティアーズはわたくしを守るべく一斉に砲撃を行いますが、彼は突撃軌道を無理やり捻じ曲げて回避しさらにわたくしに接近してきます。
 砲身の冷却にまだ手間取っているスターライトでの迎撃は不可能……しかもここまで接近されてしまうと、わたくしは不慣れな近接兵装で迎え撃たざるを得ません。
 振り下ろされる一撃に対して、わたくしは右手に呼び出したショートブレード「インターセプター」で彼の剣を受け止めます。流石

に近接戦闘用のIS相手には力負けしてしまいますが、一瞬でも止められるならこちらのものですわ。相手の背後からわたくしの猟犬たちが牙を剥き、集中砲火を受けて体勢を崩した織斑一夏に蹴りを入れてわたくしは再び距離を取ります。
 そしてそうしている間にもブルーティアーズは砲撃の手を緩めません。蹴り飛ばされた相手にレーザーの雨を降らせ、そのまま再び地面に叩きつけます。
 (もう、いい加減にしてほしいですわ)
 本気でそう思いましたの。振り返ってみればこの決闘、わたくしはいいところなどまるでありませんでした。初期設定の機体相手にいい気になって弄び、降服を勧めるために最大火力砲を披露して逆に激昂させ、一次移行されたら遠距離射撃型としては恥以外の何物でもない接近戦を強いられる始末。学年主席のプライドも、いいように傷つけられっぱなしではありませんの。
 そして、そんなわたくしの内心など知ったことではないというように立ち上がってくるあの男……敵意と怒りにその表情を染めて、

 あら?

 「……負けられない理由、もう一つ増えちまったな。最高の姉さんにかっこ悪いとこなんて見せられないし」

 ハイパーセンサーの拾った彼の独り言。そしてその表情は先ほどまでの怒りや敵意は見えませんでした。ですが、その代りに。
 
 「悪いなセシリア・オルコット。俺はどうしてもお前に勝たなきゃいけなくなった。絶対に守らなきゃいけないものができちまったからな」

 そう言った彼の表情は穏やかで、なのにその瞳には決意をこめたような光が宿っていたのです。わたくしにも見覚えがあるあの瞳。

 強い意志と、何らかの決意を秘めたあの眼は……

 「それと、俺は棄権しないぞ。そんなことしたら俺を支えてくれた箒に申し訳が立たないし、後で何言われるかわからないからな」

 箒……ああ、篠ノ之博士の妹さんというあのクラスメイトの……なんであの方が?はっ……も、もしやお付き合いなさっておられるとか?!ハ、ハレンチですわ!し、神聖な学び舎でそ、そんな……って、そんなこと考えている場合じゃありませんでしたわね。
 
 「な、何を言っているのかわかりませんが、思い上がりも甚だしいですわ!」

 砲身の冷却を完了させたスターライトを再びバスターモードに移行。ブルーティアーズとの接続を確立。
 もはや先ほどのように情けをかけるつもりはありません。何を守るつもりなのか知りませんが、それに対する力がなければ唯の絵空事を語るに過ぎないのです。
 そして、あなたにはまだその力などありません。所詮、わたくしに砕かれてしまうような定めなのですから。そのことを教えて差し上げますわ。

 「消し飛びなさい!『スターライト・ティアー』!」

 もはや狙いをつける必要もないほどに巨大な光が放たれ、白いISを飲み込み……

 「俺は、千冬姉の名前を守る」


 ―――唯一仕様   「零落白夜」  発動―――


 それは、わたくしが放った青い閃光とは異なる光。黄金の輝き。
 そしてその輝きはあろうことかわたくしの放った、「スターライト・ティアー」の閃光を根こそぎ掻き消して見せたのです。圧倒的な物量の攻撃エネルギーが、唯一本の剣の一振りで打ち消され、青い粒子となって空へ還って行ったのです。
 それを為した剣は、先ほどと明らかに姿を変えていました。刀身は二つに分かれるように展開して大型の鍔へ。そして失われた刀身の場所には、純白の閃光をはなつ刃。 
  
 わたくしは目の前で起こったことがおよそ理解できませんでしたわ。あれはわたくしの最高の一撃。確実なる勝利をもたらすはずの不敗の刃。それが、あろうことか敵に届くことすらなく折られてしまったのですから。


 目の前にいる敵の接近にすら気が付かないほどに呆然としていたわたくしが、最後に見たものは―――
 




[26915] 宣戦布告
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:7dc38b3b
Date: 2011/04/09 12:55
 「惜しかったな」
 
 隣を歩く一夏に、そう労いの言葉をかける。そう、本当にあと一歩だったのだ。オルコットの放った特大の砲撃のエネルギーを無効化し、そのまま彼女を切り伏せたのがもう一瞬早ければ、後一秒でも遅く一夏のエネルギーが底をついていたのなら、私は彼に惜しみない賛辞を送れたというのに。

 「本当だよな……でも、引き分けたってだけで十分じゃないか?俺がんばったんだぞ?」
 「馬鹿者。頑張るのは当然のことだ。千冬さんも言っていただろう?『勝利以外に価値などない』とな」

 試合前の状態から言うならば「引き分け」という結果は大金星に等しい殊勲だったわけだが、決闘中に持ち上げられた本人はそれを認められなかったらしい。間違いなく照れ隠しのためなのだろうけども。
 実際、一夏としては負けを免れた形にしかならなかったわけであり、「千冬さんの名前を守る」という目標は半分達成、半分未達成といったところなのだ。
 まあ、その名前を守られる千冬さんと言えば、観戦している間中そわそわしていたり、呼び方が「一夏」になっていたりと心配しきりだったようだが……そのことを口走った山田先生は千冬さんに地獄突きと食らわされて悶絶していたな。さわらぬ神に祟りなしだろうに。

 「でもあそこまで行けたのはきっと箒のおかげだったよ。サンキュな」
 「……ふ、ふん。私をおだてても何も出んぞ」

 思わずそっぽを向いてしまう。ええい恥ずかしいことを真顔で言うな。

 「ま、まあともかくだ。今後も訓練は必要だろうな。一夏の専用機も準備できたわけだから、時間の許す限りISを使用して訓練を行うべきだろう」
 「そうだな。これからもよろしく頼むぜ。箒」

 これからも―――か。つまりこれからも一緒に訓練ができる。一緒にいられる。そのこと自体は素直に喜ばしいことなのだ。だが、今しがた私はこうも言ったのだぞ。
 「ISを使って、訓練を」と。

 「それなのだがな、一夏……その、私よりも、千冬さんに教えてもらうほうがいいのではないか?私も……初めはそうだったからな」
 「いや、千冬姉は無理だろ。だいたい学校の先生に個人教師してもらったらえこひいきそのものじゃないか」
 「そ、それなら学園の先輩とかならどうだ?一日の長というものは重要だぞ?」
 「……何だよ。箒は、やっぱイヤだったのか?俺に教えるの」
 「イ、イヤとは言っていない!ただ……その……」

 嫌なわけがない。叶うのなら諸手を挙げて立候補したいくらいだ。

 「い、今も言っただろう?ISを使った訓練が必要だと。私は……自由にISを使うことができないからどうしてもお前に合わせることができない。だから……」
 「なんだ。そんなことか」

 そんなこととは何だそんな事とは!私はこう見えて結構悩んでいるというのに!

 「別に、箒がいつもIS使わなくても一緒に訓練はできるだろ?使えるときはそれで教えてもらえりゃいいしさ」
 「ほ、本当か?そ、そんなに私に教えてほしいのか?」
 「そうだな」

 そ、そこまで言われて断れるやつがいるなら私の前に連れてこい。一撃で開きにしてくれる。無論私自身が断る理由などもはや存在するはずもなく。

 「そ、そうか……そうかそうか。なるほどな。仕方ないな。ふふっ」

 いかん、頬のゆるみが取れそうにない。照れ隠しも込めながら横髪をいじって表情を隠そうとしてみるが、そんな仕草で顔を隠しきれているのか疑問だ。あ、案の定一夏が変なものを見るような目で見ているではないか。ええい落ち着け私。

 「それでは、明日から毎日放課後は空けておくのだぞ?いいな」
 「おう」

 ふふっ、仕方がないな。これでは部活動どころではなさそうだ。剣道部に誘われてはいたが、今度きちんと断りに出向かなければ。
 しかし、私がISを使えなくても一緒にいたいだなんて……ま、まったく一夏の奴め。も、もしや私のことを……

 「でも正直IS装備してても箒に負けそうなんだよなぁ……近接ブレードくらい使えるんじゃないか?箒」


 お前は人を何だと思っているのだ。
 


 ***

 

 (織斑 一夏……)
 シャワーの水流がいくらこの身を洗い流しても、わたくしの思考を洗い流すことができません。
 今日の決闘の相手。わたくしに、「引き分け」という屈辱を与えた男。
 いえ、それ以上ですわね。勝てて当然であった敵に引き分けを強いられるというのは、それはもはや敗北に等しい結果なのですから。
 なのに、だというのに。

 「なぜ、こんな気持ちになるのかしら」
 
 自分の切り札を打ち破られたショック?敗北した屈辱?いいえ、そのどれもがもはやどうでもよくて。
 思い返すのは、一瞬の交錯の、剣撃の刹那に垣間見たあの瞳。
 「スターライト・ティアー」を打ち消し、そのままわたくしの前に飛び込んで一閃した時の、あの眼。
 強い意志と決意を以て、全てを賭けたような男の瞳。

 そんなものが、本当に存在するなんて―――

 「お母様……」

 誰よりも強く、偉大だった母。わたくしの目標であり、唯一憧れる女性。
 そんなお母様が、なぜあのように卑屈な父と結婚していたのか。わたくしは理解できませんでした。
 だから、あの時。まだ幼かったあの時に一度だけ聞いた時のお母様の表情が、とても不思議だったのです。
 とても綺麗な、優しい顔で―――

 『セシリア。覚えておきなさい。本当の男は――英国紳士というものはね。本当に大切な時に意地を張りきれる男のことを言うのですよ』

 意地、だなんて。そんなものをあんな不甲斐ない男たちが持っているのだろうか?
 いつも卑屈だったあの父は、その意地を張りきる男だったというのだろうか?
 何故、あの時お母様は見たこともないくらい優しい顔をしてらしたのか?

 今となってはわかりません。聞きたくても、もうお母様もお父様もいないのですから。
 でも、一つだけ。あの頃のわたくしに教えてあげられるのならば―――

 「守るために……譲れなかった意地とでも言うのでしょうか?」

 彼は、織斑一夏には意地があった。彼が言っていた、守るための意地が。
 千冬姉……つまり織斑先生の名前を守る。そして、支えてくれた箒……篠ノ之さんに応えるために戦う。
 たとえそれが、どれほどに圧倒的な相手であろうとも。いえ、だからこそ。

 掻き抱くように、わたくしは自分の身体を抱きしめます。自分でもそれなりに整っていると思える体には、ずっと熱いシャワーが流れ続けているというのに。
 それ以上に、わたくしの中にあるものが熱いのです。
 思わず口から零れる吐息。温まったはずの掌で触れた頬はさらに熱く熱を持っていて。
 なんて単純。馬鹿馬鹿しいほどに短絡的。そんなことは言われなくてもわかっていますわ。
 でも、それでもわたくしは出逢ってしまったのです。

 「織斑 一夏」

 初めての「男性」に。

 鏡の中の自分の姿に、「男を軽蔑していたわたくし」としての最後の嘲笑を向け、そのまま彼女の唇を指先でそっと撫で上げます。
 ―――ねえ、貴女は一体どんな気持ちですの?
 ―――本当に馬鹿馬鹿しい。下らない男にときめくなんて、どうかしてますわ。
 ―――あんな、意地も誇りも無い―――
 ええ、ですから。
 「彼」に焦がれてしまったのでしょう?セシリア・オルコット。

 

 そう、わたくしは彼に、織斑一夏に恋心を抱いてしまったようなのですわ。
 でも、それを自覚してしまうと今度は、いままでわたくしが彼に対してとってきた態度を思い返すたびに憂鬱な気分が襲い掛かってくるのです。
 まず、第一印象から喧嘩を吹っかけたような態度。
 そして、お互いの祖国に対する侮辱合戦から決闘の約束。
 さらに、その決闘で十全でなかった相手に対し弄るような戦い方をした挙句、無礼極まりない手段での挑発にあっけない引き分け……という名の敗北。

 ……お、思い出すんじゃありませんでしたわ。何なんですのこの最悪の女は?わたくしの目の前にいたら即座にブルーティアーズの的にしていますわよ。わたくしですけど。
 それに…

 『箒に申し訳が立たないからな』

 や、やっぱり彼は、その、篠ノ之さんとお付き合いしてらっしゃるのかしら?篠ノ之さんのほうは傍から見ても好意が丸わかりですのに、彼の方はあまりそういうように見えませんでしたから……ああでも、今更どの顔をして入り込めと言いますの?!そ、それに篠ノ之さんはその、わたくしとは全くタイプが異なりますけどお綺麗ですし、同じ東洋人、いえ、日本人としてはやはり篠ノ之さんのほうがよろしいのかしら?
 そういえば、一度だけ浴場で見かけましたけれども、す、スタイルも彼女は東洋人にしては飛びぬけて……というか反則でしてよあれは!何でわたくしより大きいんですのまったく!
 ですけども、一度決めてしまった以上戦いもせずに引き下がるなどこのセシリア・オルコットの矜持が許しませんわ。とにかく、現時点での最大にして最強の相手は篠ノ之箒さんということで間違いありませんわね。相手にとって不足はありませんわ。

 そうと決まればあとは戦略の問題になりますわ。でも、ISに関してはわたくしの方に一日の長というものがあるのでしょうけども、ことわたくしも恋愛ごとに関してはその……初めてですからどうしようもないのです。経験の乏しい、というか全くないわたくし個人では戦略の立てようが……そうですわ!!

 「こういう時こそ、チェルシーに相談すべきですわね……なんだか少しだけ嫌な予感もしますけど、背に腹は代えられませんわ!」

 本国にいるわたくしの幼馴染であり、専属メイドのお姉さんのチェシャ猫のような笑顔を思い出しながら、わたくしはほんの少しだけよぎる不安を掻き消すように拳を握りしめるのです。




 ***



 「ちょっと、よろしくて?」

 なんだか以前聞いたことのあるようなセリフに、私は予習の手を止めて顔を上げる。
 まあ、なんというか予想通りというか、こういう話し方をする知人は彼女以外にはいないのだが。

 「ええと、何の用だ?……オルコットさん」
 「……セシリアでよろしくてよ。箒さん。少し、お時間よろしいかしら?」

 なんだこいつは。一夏に喧嘩を売ったかと思えば今度は私なのか?そんなに日本が目の敵なのか?それならこのクラスの半分くらいに喧嘩を売る羽目になりそうなものだが……。それにしてもモデルのような立ち姿がえらく様になっているな。羨ましい。

 「別にかまわんが、手短に頼めるか?見ての通り予習しておかないと授業についていけなくてな」
 「……それほどお手間はとらせませんけど、少し人払いはいりますわね?」

 そう言いながら天井を指さすセシリア。つまり、屋上に来いということだろうか?こ、これはあれか?漫画である呼び出しというやつなのだろうか?むう、相手は仮にも国家代表の候補生として選抜されたような相手。ひょっとするとそれなりの訓練を受けているのかもしれんが……いや、私とて古より伝わる篠ノ之流を修めた者。そう簡単には……。

 「何をしてますの?休み時間が終わってしまいましてよ?」
 「む、わかった。すぐに行こう」

 すでに教室から出ようとしている彼女に促され、私もそれに続く。途中で一夏が何事かと目を丸くしていたが、心配することなどない。私はそう簡単にはやられんさ。
 そうして、即時即応の気脈を整えつつセシリアが先に入った屋上に足を踏み入れる。よく一夏と訓練を行う場所の一つなのだが、今はこここそが戦場。私の戦場なのだ。
 と、いう私の思惑は一人たたずむセシリアの姿に少しだけ外された。こ、こういうときは不良グループの一つや二つが集まっているものではないのか?ここにそんなものがあるのかは知らないが。
 そのセシリアと言えば、私に背を向けたまま押し黙っている。一体どのようなつもりなのだろうか?焦れた私は彼女に呼び出した理由を問おうとして、先に彼女の言葉に遮られた。

 「貴女、織斑さん……いえ、一夏さんとお付き合いしてらっしゃるの?」
 「なっ!!?」

 な、な、何をいきなり言い出すのだこいつは!言うに事欠いてわ、わ、私が一夏とつ、つ、付き合っている?つまり男女の交際を行っているのかときいているのか?そ、そそ、

 「そ、そんなわけがないだろう!私と一夏は幼馴染で……!」
 「そう、ですの」

 おもわず、背中に特大の氷柱を差し込まれるような怖気を感じた。そういえばなんでこいつは、セシリアはいきなりそんなことを聞いてきたのだ?しかもなんで振り返ったその表情は笑顔なのだ?そして何で私は、その笑顔を見てとんでもない間違いをやらかしたと考えているんだ!?

 「でしたら……」

 形のいい唇が言葉を紡ぎ、私はそれに思わず戦慄した。

 「わたくしが、一夏さんとお付き合いしてもよろしいですわよね?」

 







 言った。言ってしまいましたわ。とうとう言ってしまいましたわ!もう、後には引けなくてよセシリア・オルコット!
 目の前で驚愕の表情をした恋敵、箒さんはわなわなと唇を震わせて言葉も出ないようですわね。
 昨夜、シャワールームで自身の想いを固めたわたくしは結局午前に及ぶまでの時間、幼馴染のチェルシーとの作戦会議を行っていましたが、そこで出た結論はただ一つ。

 「先制攻撃あるのみ」

 すなわち、あの箒さんの性格を利用しての強烈な宣戦布告。おそらく、対箒さんにおいてこれ以上の手はありませんわね。……いえ、本当のことを言えばチェルシーが出してきた作戦は「いきなり一夏さんの唇を奪う」でしたのよ。そ、そそ、そんなはしたないことができるわけがありませんし、誇り高き貴族のわたくしが恋敵に宣戦布告もなくスタートを切るなどと言う真似ができるはずもありませんわ!……チェルシーは「お嬢様のヘタレ……」とか不愉快なことを言っていたような気もしますけども、これだけは譲れなくてよ。
 でも、効果は覿面だったようですわね。サムライの精神構造を有しているという噂の箒さんならば、ここでわたくしに反論することなどないはずで……

 「……とめん……」

 あら?

 「認めんぞそんなことは!!一夏は私の幼馴染なのだ!どこの馬の骨ともわからん女に簡単にはいどうぞと渡す奴があるか馬鹿者!!」

 顔を真っ赤にして激昂する箒さんの姿は、わたくしにとって完全に計算違いでしたわ。わたくしの予想ではわたくしのお付き合いするという宣言のあとで呆然自失となって、そのまま悠々とわたくしは引き上げるつもりでしたのに……。
 ですけど、今の物言いはいささか無礼ですわよ。このわたくしに馬の骨?馬鹿者?

 「あら?ただの幼馴染にそのような権利はなくてよお馬鹿さん。一夏さんが誰とお付き合いしても、そう、このわたくしとお付き合いしても貴女には関係のないことですわ。」
 「関係なら大ありだ!それに何だその『一夏さん』というのは!馴れ馴れしいにも程があるぞ貴様!」
 「あら、将来の恋人を名前で呼ぶことに何の問題がありまして?!貴女こそただの幼馴染のくせにちょっと馴れ馴れしすぎるのではありませんこと!?」
 「黙れこのどろぼう猫!」
 「やかましいですわこの鬼娘!」



 ああ、改めて確信しましたわ。

 ああ、よくわかった。



 『貴様は「貴女は」敵だ!「ですわ!」』




 ちなみに、予鈴が鳴ったことに気付かなかった二人がまとめてグラウンドを走りながら罵り合っていたのは、それからおよそ10分後のことである。

 



[26915] 二人目の幼馴染
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:7dc38b3b
Date: 2011/04/12 18:18
 「ではこれより、ISの基本操縦を実践してもらう。織斑、オルコット、試しに飛んでみろ」

 カリキュラムが始まって最初の実践授業。この舞台に専用機を持った人間がデモンストレーションを行うのは当然のことですわね。
 そう、すなわちこのクラスでたった二人だけの……わたくしと一夏さんだけの晴れ舞台が始まるのですわ。
 織斑先生に名前を呼ばれて前に進み出るわたくしと一夏さん。ふふっ、そんな顔をしてもダメですわよ箒さん。貴女は呼ばれていないのですから。
 昨日宣戦布告を行ったばかりの不倶戴天の恋敵に少しだけ視線を向けた後、わたくしは待機状態となっていた愛機を装着します。
 一瞬の閃光の後、イヤリング型のアクセサリーに格納されていた情報から粒子化されていた構成物質を展開して着装―――その間、わずか1秒もかかりませんわ。おそらく周りからはほんの一瞬で呼び出したように見えたことでしょう。
 そして一夏さんは……あら、まだ慣れてらっしゃらないようですわね。まあ、無理もないことかもしれませんわ。何しろ初期化と最適化を済ませたのが昨日の今日のでは、待機状態からの展開すら初めてかもしれませんもの。
 
 「早くしろ。熟練したIS搭乗者は装着まで1秒とかからないぞ」

 飛ばされる織斑先生の叱咤。全くその通りですわ。ですが、初めからそのレベルを要求するというのはその……いくら弟さんでも厳しすぎる気がしますわね。……って、何でこちらを睨みますの!?お、恐ろしいですわ。

 「……っ!来い!白式!!」

 目の前でガントレット型のISに手をかけ、名前を呼ぶ一夏さん。そう、初心者には有効な方法ですわ。
 ISの展開にはISの存在を認識するイメージと、受け入れるイメージという二つの概念が必要ですもの。「装着する」という受け入れの準備ができていたとしても、そのISを認識できなければ仕方ありませんわ。そのために、名前という形でISの存在をイメージするいうのは有効なのです。
 そうして展開を完了させる白いIS……白式は、その主を守る鎧としての姿を現しました。
 思えば、初期設定の状態から主のことを慮り、主の願いに応えるように姿を変えたこの機体。わたくしのブルーティアーズにも劣らない忠誠を誇りますのね。とても良い子ですわ。

 「よし、飛べ」

 号令と共に、わたくしとブルーティアーズは青空に飛び立ちます。先日決闘を行ったアリーナとは違い、この競技場に空のシールドはありません。あの青い空、無限とも思えるような広大な舞台こそがこのISの真の劇場なのです。
 さて、そこでわたくしとワルツを踊ってくださる素敵な殿方は……と、な、なにやら姿勢制御に苦労してらっしゃいますわね。昨日はあれほど勇敢にわたくしの元へ……っといけませんわ。集中、集中と。
 そう、デモンストレーションという役目を忘れるわけにはいきませんもの。一夏さんのことも気にかかりますが、今はクラスの皆さんのために模範的な飛行を行いませんと。
 
 「遅い。スペック上の出力では白式の方が上だぞ」

 織斑先生の声が回線で流れてきましたわ。まあ、近接格闘型の白式ならばわたくしのブルーティアーズよりも推進器の出力が上というのはうなづける話ですわね。それに、スペック表を確認すれば瞬時加速も使用できるということですもの。わたくしと同じ第三世代型の名に相応しい性能は十分にあるはず……では、あとは操縦者の問題ですわね。

 「そう言われてもなあ。『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』だっけ?うう……よくわかんねえ」

 あらあら、仕方ありませんわね。クラスの皆さんの模範となるべきわたくしと一夏さんが、単純な飛行で躓いていてはいけませんもの。そう、これは仕方のないことですわ。ですから……

 「イメージは所詮イメージ。自分がやりやすい方法を模索する方が建設的でしてよ?」

 このくらいのアドバイスは当然でしてよ。何でしたらもっと基礎からわたくしが……そうですわ!この手があるじゃありませんの!

 「その……よろしければ放課後に指導して差し上げますわよ?」
 「は?」

 きゃー、言ってしまいましたわ、言ってしまいましたわ!そうですわよ、最初からこうしていればよかったのですわ!代表候補生たるわたくしが一夏さんにIS操縦の手ほどきをするだなんて、どこから見ても完璧な理由ではありませんの!これで堂々と一緒にいる時間が確保できるというものですわ!

 「そ、その時は、二人っきりで……」
 「織斑、オルコット、急降下と完全停止をやってみせろ」

 うう……いいところで邪魔が入りましたわ。でも、教官からの指示は絶対。これはデモンストレーションですもの。一夏さんとの逢瀬はまたあとで楽しむことにするべきですわね。
  
 「では、お先に」

 急降下と完全停止。通常の加速に加えて重力加速度も加味されるため、普通に飛んでいるだけでは必要としない、後方に向けての加速イメージを使った減速が肝心である訓練ですわ。ISのハイパーセンサーによる補助を得られることで初めて可能となるこの技術は、使いこなすことができれば真後ろに向かって加速したまま複雑に飛行することさえできますわ。これは、それのいわば入門編といったところでしょうか。
 まあ、わたくしにとっては何百回繰り返したかもわからないような訓練ですが、初めての一夏さんは……だ、大丈夫ですわよね?たぶん。
 自分の演技を完璧にこなしたわたくしは、一抹の不安を覚えながら空を見上げます。そして、


 轟音と共に、一夏さんはグラウンドの真ん中に大穴を開けていましたわ。……こ、これも後で教えて差し上げる必要がありますわね。って、こうしている場合ではなくってよ!
 大穴の中心では、ISを解除した一夏さんと箒さんが……って何してますの!

 「情けないぞ一夏。私が教えてやったことをまだ覚えて……」

 ちょっと、邪魔でしてよ箒さん。ここはチャンスですわ。ISの防御性能がありますからお怪我をすることはないでしょうけど、あえてここで心配するのが好感度上昇の基本!……と、チェルシーが言ってましたもの。ならば、わたくしともあろうものがそんな機会を逃すはずがありませんわ!

 「大丈夫ですの一夏さん!お怪我はなくて?」
 「あ、ああ……大丈夫だけど……って、一夏さん?」

 なにやら驚いたような顔をなさってますけど……そういえば、一夏さん本人に対して直接名前をお呼びするのは初めてでしたかしら?ま、まあそんなことより、このまま作戦第二弾。「一緒に保健室作戦(命名:チェルシー)」を発動すべきですわね。

 「それは何よりですわ。ああ、でも一応保健室で見てもらった方がいいですわね。良ければ、わたくしがご一緒に……」
 「無用だ。ISを装備していて怪我などするわけがないだろう」

 くっ……いいところで邪魔を、流石わたくしが敵と認めた相手ですわね箒さん。でも仁王立ちで不機嫌な表情を隠しもしないなんて、それでは殿方も引いてしまいましてよ?

 「あら箒さん?他人を気遣うのは当然の事でしてよ?」
 「お前が言うか。この猫かぶりめ」
 「鬼の皮をかぶっているよりはましですわ」

 ……ああもう、本当に気に入りませんわ。ですけど、いつか必ず決着はつけて差し上げますからね?




 ***



 「なあ、機嫌直せよ箒」
 「……ふん。私は別に機嫌など悪くない」
 「いや、めちゃめちゃ機嫌悪そうな顔してるじゃないか」
 「生まれつきだ」

 そう、この顔は生まれつきなのだ。吊り上った眼も、色気のない唇も、気に入らないが私の姉によく似た構成なのだ。故に普通にしていても機嫌が悪そうに見られてしまうのはいつものことなのだ。
 決して、断じて、絶対に。放課後の訓練にこの女が割り込んできたからではない。

 「一夏さん。では次に今日のおさらいをやってみませんこと?」

 専用機を展開し、一夏の腕を取るこの女、セシリア・オルコットのせいで、私の機嫌が悪いだと?笑える冗談だ。そんな訳があるわけなかろうが。
 だがな、何故訓練だというのにいちいち腕を組む。一夏が動きにくそうにしているのがわからんのかこの馬鹿者が。ええい一夏、お前もお前だ。鼻の下を伸ばしおって、そんなに金髪がいいのか破廉恥な。

 「セシリア。いい加減に一夏から離れてはどうだ。それではお前も動けんだろうし、一夏の訓練の妨げになる。邪魔をするつもりならさっさと帰れ」
 「あら、ご存じありませんの?ISの初心者に対してはこうして感覚をまず伝えることの方が大切でしてよ。まあ、ご自分の機体もなしでISの訓練などできるはずもないでしょうけど」
 「自分の機体などなくても一夏を教えることはできる。というか邪魔だから帰れ」
 「代表候補生にして専用機を自在に使用できるわたくしのほうが一夏さんの教導にはふさわしいと思いますわ。一夏さんはどう思われまして?」
 「どうなのだ?一夏」

 そうだ。もとはと言えばこいつがセシリアを連れてきたのが原因だったのだ。放課後は私と一夏の二人だけの時間のはずだったというのに、何が『今日の授業の時に教えてくれると約束した』だ。昨日は私にISなどいらないから教えてくれと言ってきたくせに、その舌の根も乾かぬうちからこれとは、千冬さんも一体どういう教育をしていたのだまったく。

 「いや、どうって言われても……ていうかお前らなんでそんなに仲悪いんだよ?」
 「ははは、面白いことを言うな一夏は。私たちが仲が悪いわけがないではないか。」
 「ええ、そうでしてよ。わたくしたちお友達ですもの。うふふふふ」

 そう言って私とセシリアはお互いに笑顔を交わす。ほら、こんなに仲がいいのだぞ?目が笑っていない?見間違いだ。

 「話が脱線していましてよ。一夏さん。そんなことより今日のおさらいをすべきですわ」
 
 む、セシリアめ、一人だけいい子ぶる気か。そうはいくものか。一夏に教えるのはわたしの役目なのだからな。

 「そうだぞ一夏。私が何度も教えただろうにまだイメージできていなかったのか?」
 「あのな箒……いつも思うんだけど、お前の教え方は特殊すぎるんだよ。なんだよ後ろにくいってする感じって」
 「……くいってする感じだ」

 うう、なんでわからんのだ。ISに乗っているならそれくらいわかりそうなものだろうに。

 「だからそれがわからないって言って……」
 「まあまあ一夏さん。それではわたくしが教えて差し上げますわ。こちらにいらして……」

 ち ょ っ と 待 て 。何故そこで腕を組む。あまつさえ胸を押し付けようとする。一夏が困って……というかお前も何を意識しているのだこの浮気者!わ、私の胸では不満なのか?!え、ええいこうなったら……
 私はセシリアが掴んでいる腕と反対側の腕を取り、抱くようにして腕を組む。うう、は、恥ずかしいにも程があるぞこれは。

 「ちょ、ちょっと箒さん!?何をしてますの!?」
 「ええいやかましい!もとはと言えば貴様が妙な真似をするから……!」
 「わ、わたくしの行為は正当なものですわ!貴女こそ何を考えてらっしゃるの!?」

 頬を朱に染めたままで言い合う私とセシリア。な、なんでこんなことに……そうだ、これも全て言ってしまえば一夏のせいなのだ。この朴念仁がしっかりしていればこんなことには……そ、それにしてもこれでは引っ込みがつかんではないか。
 もはやこれは女の意地の張り合いである。当然私は譲る気など無いし、セシリアとてそうであろう。こういう時だけ相手の気持ちがよくわかってしまうのだから厄介なのだ。
 どうすれば……と考えあぐねたころ、ようやっと救いの手はやってきた。とても呑気な声音で。

 「お~い。おりむー、しのっち~、せっしー。いる~?」

 弾かれたように同時に腕を放す私達。そして、ようやっと解放された一夏がそろって溜息をつく。……しのっちと言うな。と言いたいところだが、今はあえて甘受するとしよう。
 声から遅れること数秒、ひょっこりと顔を表したのは布仏さんと谷本さんに夜竹さん、何時も一緒の仲良し3人組とクラス委員の鷹月さんだった。

 「お~、いたいた。3人ともはやくおいでよ。パーティー始まっちゃうよ」

 パーティー?はて、何の話だったかと思い返していると、鷹月さんがやれやれといった様子で教えてくれた。

 「織斑君のクラス代表祝賀パーティーだよ。メール送ったでしょ?」

 う、し、しまった。携帯を確認していなかった……。一夏とセシリアは……どうやら私と同類らしい。うぅ、申し訳ない。
 
 「クラス代表……?いや、何で俺がクラス代表なんだよ」
 「それは、わたくしが辞退したからですわ」

 腰に手を当てたモデルのようなポーズ……悔しいが様になっている姿で、セシリアは高らかに言ってのける。
 
 「あの試合の結末はドロー、両者引き分けという結果に終わったのです。ならば、クラスの総意が尊重されて然るべきですわ。それに、思えばわたくしったら大人げなくあんなにはしたない態度を……。一夏さん、どうか許してくださいます?」
 「え?あ、ああ、そ、その、俺はそんな気にしてないしな……でも、クラス代表ってのは」

 上目遣いで迫るなこの色ボケ猫が。一夏、だからお前も鼻の下を伸ばすなと何度言えば……

 「いやー、セシリアはわかってるねー」
 「そうだよねー。せっかく世界で唯一の男子がいるんだから、みんなで持ち上げないとねー」
 「おりむーは人気者なんだよ~」
 「え?え?ちょ、みんな。俺はまだなるって……」

 くっ……た、確かに一夏がクラス代表になるのは私とて異存はないが……だから一夏から離れんかセシリアっ!!

 「さ、それじゃ早速行きましょうか」
 「一夏さん、ではこちらに……」
 「ちょっと待て一夏!私を置いていくな!」
 「お~、おりむーもてもて~」
 「いいな~セシリア、次代わってよ」

 「お、俺の話を聞いてくれよ頼むから!」

 和気藹々とアリーナを後にする私達。だが、そんな私たちの一部始終を見つめていた者の姿に、私たちは誰一人として気づいたものはいなかった。



 ***



 「ここね……一年一組」

 ここに……アイツがいる。そう考えただけであたしの鼓動も早くなるんだから、まったく罪作りにも程があるわよね。
 たった一年。
 でもとても長かった一年。
 あたしとアイツが離れ離れになって、一年。その間、あたしがアイツのこと忘れるなんて片時もなかった。
 だから、アイツがISを―――男のくせにISを動かせるって聞いたときは、もう運命だとしか思えなかったわ。他の男なら知ったこっちゃないし、即座に潰してるところだけどアイツだけは別。
 アイツに会うため。それだけのために元々行くつもりのなかったIS学園に急遽転入することを決めさせて、あたしはこの国に帰ってきたんだから。
 ずっと、ずっとずっとずっと想ってた。アイツの――― 一夏の事を。
 
 だから―――

 「昨日のアレについては……ちょっとお仕置きがいるわよねえ。い~ちか~?」

 そう、昨日のこと……アイツが、アリーナの真ん中で何人もの女の子に囲まれてデレデレしてたアレ。特に、両腕を取りあうようにしてた二人と親しげだったけど……まったく、モテるのは昔からだったけどいくら何でも節操なさすぎでしょうがアイツは!
 思い出したらあの時と同じくらい冷たい感情と苛立ちが戻ってくる。本当はすぐさま殴りこんで一夏を奪い返したかったけれども、本国で散々問題を起こしてくれるなと懇願されていたため、自重しなきゃいけなかったんだ。
 その代わりと言ってはなんだけど、あの時聞こえてきた会話の中で、一夏がクラスの代表になったと言っていた。確かこの学園ではその代表同士のトーナメントがあるらしいから、あたしにとってはまさに渡りに船の話よね。
 あの衝動に突き動かされるままに、あたしが転入する予定の2組のクラス代表のところに押しかけて、無理やり代表を変わってもらったのが昨夜のこと。
 そして―――

 「一夏!いるのよね。返事しなさい!」

 一組のドアを勢いよく開き、あたしは単身敵地に乗り込む。アイツに再会の挨拶と、宣戦布告をするために。
 休み時間でざわついていた教室は水を打ったように静まりかえり、生徒たちが驚きの眼差しであたしを見つめてくる。まあ、有象無象がいくら集まったところで知ったこっちゃないけど、あたしはその中で3人の姿だけを眼に入れていた。
 一人は、ほかでもない一夏。びっくりしたみたいに間抜け面しちゃって、でも一年たつとちょっと変わったかも……す、少し背が伸びたのかな?
 あと二人は、昨日図々しくも一夏の隣にいた二人……金色の髪の女と、長いポニーテールの女。どっちも結構美人だけど、あたしはあんな連中に譲るつもりなんてないんだから。

 「鈴……?お前、鈴か?」

 ああ、覚えててくれた。まあ、当然よね。一年、それだけのブランクでしかないんだから。分かりやすいように髪型も、髪飾りも何も変えないで来てあげたんだから。分からなかったらその時点でぶん殴ってたわよ。

 「そうよ。一年二組のクラス代表にして、中国代表候補生、凰 鈴音!今日は宣戦布告に来てあげたってわけ!」

 一夏を指さしてそう宣言するあたしを遠巻きにしてざわめき始める1組。どう?一夏。びっくりした?
 
 「鈴……」

 びっくりしたのも当たり前よね。一年前に離れ離れになった幼馴染が同じ学園に、しかも代表候補生として転入してきたんだもの。そりゃ驚きのあまり言葉も出なくなって……

 「何やってるんだ?すっげえ似合わないぞ」
 「なっ!なんてこと言うのよアンタわあっ!」

 言うに事欠いてそれ!?もっとこう、いろいろあるでしょうが!「久しぶり」とか「会いたかった」とか「何故お前が」とかどーしてそういう気のきいたセリフの一つも出ない訳!?アンタ馬鹿?!馬鹿でしょ?!馬鹿よね?!
 そんな罵声も出てくるってものなのに、実際にはそれをあたしの口が出すことはなかった。なぜなら―――出す前に脳天に出席簿の一撃が加わったからだ。

 「いった~っ!!何すんの……よ」
 
 このあたしにこんなことしてただじゃおかないんだから!と振り向いた先にいたのは……あたしが、この世界でたった一人だけ苦手な人。

 「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

 一夏のお姉さんにして、世界最強のIS操縦者。ほかの誰にもあたしは負けるつもりなんてないけど、この人だけはどうしても無理だ。一夏はあんまり家に帰ってこないとか言ってたけど、あたしが遊びに行くとほぼ確実に家にいたのよね。しかもそれで

 『何だ、一夏の友達か?ゆっくりしていくといい』

 とかいうセリフをまるで恐竜が笑うみたいな顔で言うんだもの!怖くてしょうがないわよ。むしろトラウマよあれは!

 「ち……千冬、さん」
 「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ邪魔だ」
 「す、すいません……」

 他の人間に言われたのなら即座に噛みつきそうなセリフでも、千冬さんに言われると逆らえない。……うう、昔からそうだったけど、なんでこう一夏と一緒にいようとすると出てくるのよ……くっ、仕方ない。ここは一度退却ね。

 「またあとで来るからね!逃げないでよ一夏!」

 それだけ吐き捨てて、あたしは逃げるように廊下に戻る。あのままいたらほぼ確実に千冬さんから何らかの制裁が飛んでくるのは目に見えてるもの。
 君子危うきに近寄らず。だが、虎穴に要らずんば虎児を得ず。どれほど怖くても、苦手でも。千冬さんを突破しないと一夏と一緒にいられないなら―――。

 「負けないからね。あたしは」

 そう、あたしの敵はあの二人じゃない。もっと強大な……

 「いつまでそこにいる!さっさと戻れ!!」

 「はっ、はいいっ!!」


 ま、負けないからっ!

 



[26915] 三つ巴の戦場
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:9cf5cff8
Date: 2011/04/16 18:12
 「なあ鈴。いつ代表候補生になったんだよ」
 「アンタこそ、ニュースで見たときびっくりしたじゃない。」
 「俺だって、まさかこんなところに入るとは思わなかったからな」

 食堂で昼食をとっている間にも、何やら親しげな様子の一夏さんとあの転校生……凰さんと言いましたわね?まさか、箒さん以外にも強力な敵がいただなんて……。
 わたくしの隣のテーブルでは幼馴染との再会を喜び合う二人の姿がありました。わ、わたくしとて、普段ならそんな二人の邪魔をするような無粋なことはいたしませんけど、こと一夏さんに関してだけは黙っていられるはずもありませんわ。何しろ、わたくしはただでさえ箒さん相手に色々と後れをとっているのですから……。
 そういえば、幼馴染というのなら、箒さんもあの方の事をご存じなのかしら?なんだかお顔を伺いますとそうは思えなくなってきましたけど、ダメでもともとですわね。
 わたくしは、真正面で不機嫌な顔をしてらっしゃる箒さんに小声で尋ねることにしましたわ。でしたけど……
 (……私も知らんのだ。一夏め……私と離れ離れの間にあんな女を作って……)
 やっぱりダメでしたわ……。というかなんだかその言い方は癪に障りますのでやめていただけまして?
 ですがここで言い争いをしたところで何の利も生みませんわ。むしろ、箒さんはまだ手の内がわかっていますから戦いようがあるというもの。真に脅威なのは……。

 不意に、正面の箒さんと目があってしまったのですが。ああ、なんということでしょうか。不倶戴天の敵だと思っていましたのに、これほどまでに貴女の考えていることがわかってしまうだなんて。出会い方と、懸想する相手が違っていれば、わたくしたちはきっと最高のお友達になれましたのに。
 箒さんもおそらく同じことを考えていらしたのでしょう。そうとなれば、まずは相手を知ることこそ戦略の基本。わたくしたちは無言でうなづきあうと、同時に席を立ち一夏さんと凰さんのテーブルへと向かったのです。

 「一夏。そろそろ説明してほしいのだが」
 「そうですわ一夏さん!まさかこちらの方とつ、つつつ付き合ってらっしゃるの?!」

 まずは単刀直入ですわ。箒さんのときもそうでしたけど、チェルシーが言うにはこういう訊ね方をすると、日本の女性は大体が否定の意見を言うらしいですからね。逆に言えば彼女の意見を無視して一夏さんの気持ちだけを聞きたいならこうするのが一番ですわ。
 ……中国の方に当てはまるのかはわかりませんでしたけど、どうやらわたくしの読みは当たったようですわね。

 「べ、べべべべ、別にあたしは……」
 「そうだぞ、ただの幼馴染だよ……って、鈴。どうかしたか?」
 「何でもないわよ!」

 そう、お付き合いしていないことは確実ですわね。……ついでに凰さんがあからさまに一夏さんに好意を抱いているというのも再確認できましたけど、一夏さんがあまりに平然と答えられたものですから……ちょ、ちょっと複雑な気分ですわ。少しだけ同情しますわよ。少しだけ。
 
 「幼馴染……?」

 ああ、箒さんはやはりそちらの方が気になりますわよね?わたくしもきっと、チェルシーにわたくし以外の幼馴染がいきなり現れたら驚きますもの。

 「そうか、ちょうどお前とは入れ違いに転校してきたんだっけな……」

 一夏さんが言うには、箒さんと入れ替わるように凰さんが一夏さんの通う学校に転校なさって来られて、一昨年まで一緒だったという話でしたわ。それにしても、「ファースト幼馴染」と「セカンド幼馴染」……番号関係ありますの?それ。
 
 「ふぅん……そうなんだ。はじめまして。これからよろしくね」
 「ああ、こちらこそ、だ」

 お互いの名前と一夏さんとの関係を認識し合った二人が笑顔で牽制し合ってますわね。二人の間に火花が散ったように見えたのはきっとわたくしだけではなくてよ……というかわたくし蚊帳の外にされていませんこと!?

 「ン、ンンッ!わたくしの存在を忘れてもらっては困りますわ。わたくしはセシリア・オルコット。イギリスの代表候補生ですわ。一夏さんとは先日クラス代表の座をかけて熱い戦いを繰り広げた仲ですのよ。貴女も二組の代表らしいですけど、一夏さんを侮ってはいけませんわよ。何しろわたくしが練習相手を務めているのですから……」

 ……て、ちょっと。貴女さっきから全然聞いてらっしゃいませんわね!わたくしがわざわざ自己紹介して差し上げているというのに何なんですのその態度は!わたくしを完全に無視して一夏さんとおしゃべりして、あまつさえISを教えるですって?……ああもう!こんな屈辱は生まれて二度目ですわ!!

 「聞いていらっしゃるの!?」
 「ごめん。あたし興味無いから」
 「……言ってくれますわね」
 
 一夏さんはまだ知識に乏しくわたくしの話をあまりわかってらっしゃらなかったようですからまだしも、貴女は仮にも一国の代表候補生の立場でしょうに、そんな人間が「興味がない」ですって?こんな人間を代表候補に据えるだなんて、よほど人材が枯渇してらっしゃるのかしら。
 それに何より許せないのは……

 「一夏に教えるのは私の役目だ」
 「貴女は二組でしょう?敵の施しは受けませんわ。大体、貴女ごときが何を教えるとおっしゃいまして?このわたくしがいるといいますのに」

 そう、一夏さんにISの教導を行うのはわたくしたちの役目でしてよ。箒さんはまだしも、このわたくし以上に適任な人間などいないのですから。
 
 「あたしは一夏と話してんの。関係ない人たちは引っ込んでてよ」
 「関係なら大ありだ。私は一夏に頼まれているのだからな。お前が出る幕などないぞ」

 柳眉を少し吊り上げた凰さんに、箒さんは正面からの意見で対抗しています。流石ですわね……。
 
 「そうですわ。後から出てきて図々しい。」
 「後からじゃないわよ。あたしの方が付き合いは長いんだし」

 うぐっ。な、何て屁理屈を…わたくしとしたことが、

 「なら私の方が一夏との付き合いは長いぞ。セカンド幼馴染」
 
 箒さん、今ほど貴女を頼もしく思ったことはありませんわ!そうですわよ!こちらにははじめての幼馴染が……あら?わたくしひょっとして何も関係なくありませんこと?
 
 「っ……じ、時間が長くたってあたしのほうが付き合いは深いわよ!一夏はなんどもあたしの家に食事に来てるんだもの!」

 な、何ですって?お食事?つ、つまりはご家族公認のお付き合いとでも言いますの?

 「一夏……どういうことだ?納得のいく説明をしてくれないか?」
 「わたくしもですわ一夏さん!そんな……聞いていませんもの!」
 「説明も何も……よく鈴の実家の中華料理屋に行ってたってだけだ」

 え?お、お店?な、なんだびっくりしましたわ。お店なら何も不自然なことなんてありませんわよね。箒さんも納得されたようで……そ、そういえば気が付きませんでしたけど、なんだか周りの気温が下がっていませんこと?妙な悪寒が……。

 「何だ、店か……てっきり私の家の時のように泊まっていたのかと思ったぞ」

 なん……ですって……?
 おもわずわたくしの思考回路が凍りつきましたわ。あら、凰さんの表情も凍り付いてらっしゃいますわね。春にしては妙に冷えるせいでしょうか?

 「あのなあ箒。道場の合宿じゃないんだから、そうそう他人の家に泊まるかよ」

 が、合宿?ということは、学業の一環とかなのでしょうか?お、驚かせますわね箒さん。凰さんもなんだか胸を撫で下ろしてらっしゃいますわ。まあ、無理もありませんけど……

 「そうだな。あの時は私とお前たち姉弟だけだったがな」
 「はあああああ!!?」
 「何ですのそれはああっ!!」

 つ、つまりお互いのご家族しかおられなかったと……どう見ても家族公認でのお泊りではありませんの!!い、いくらあの織斑先生が一緒だったとはいえ、ま、まさか箒さん!貴女という方は!

 「懐かしいな。私と、お前と、千冬さん…」

 と、箒さんが言ったその瞬間のことでしたわ。食器トレーの一撃が彼女の頭に炸裂したのは。しかもあれ、角でしてよ。 
 そして……ああ、何故わたくし気づかなかったのでしょうか。とても覚えのあるこの威圧感、凰さんが今にも泣きそうな表情になってらっしゃる理由はただ一つですわね。

 「何度言えばわかる。ここでは織斑先生と呼べ。あと食堂で騒ぐな馬鹿どもが」

 そう、そこにおられたのはわたくしたちの担任、織斑先生その人でしたわ。

 「お……織斑……先生。なんでここに」
 「私が昼食も食わん機械だとでも思っているのか。あと個人的な情報を口外するな大馬鹿者」

 悶絶する箒さんに氷よりも冷たい視線を向ける織斑先生……前言撤回ですわ。織斑先生がいらっしゃる時点で楽しいお泊りとか、そういう話ではありませんでしたのね箒さん。

 ……でも、後で少しお話がありましてよ。よろしくて?
 


 ***



 「おっそいなぁ……一夏」
 
 男子用更衣室……つまり、一夏専用の更衣室の外であたしはアイツの帰りを待っていた。昼休み終了を告げる予鈴が鳴った時に、千冬さんに怒鳴られながらも約束したんだもの。「訓練が終わったら行くから、絶対待ってて」って。まあ、結局あたしの方が待ちきれなくて先に来ちゃったんだけどさ。
 ……う、うっさいわね。いじらしいとかどこで覚えたのよこのポンコツ。あんたは黙ってなさいよ。
 本当はあたしが一夏の特訓してあげたかったけど、流石のあたしでも千冬さんの前であれ以上あの二人と言い争う度胸はなかった。
 結局そのまま話は有耶無耶になってしまい、放課後の一夏はあいつらに取られてしまったってわけよ。
 一組のあの二人、篠ノ之箒とセシリア・オルコットに。
 転校したばっかりのあたしは知らなかったけど、あの二人は一年生の中では結構有名らしいのよね。あたしのクラスでも知らない子はいないくらい。
 詳しく聞いてみたら、篠ノ之箒はあのIS開発者にして天才科学者の篠ノ之束の妹。セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生で入試で学年主席を取った秀才。まあ、話題にはなりそうだけど正直あたしにとっては「それが何?」って程度の話だ。
 あたしにとって重要なのはただ一つ。「なんであんな連中が一夏のそばにいるのか」ということだけ。特に……

 「篠ノ之箒……あたしより先に一夏と一緒だった幼馴染か」

 思い出すだけでイライラしてくるくらいに、昼休みのやり取りはあたしのフラストレーションを蓄積させまくっていた。
 あの女ときたらやけに一夏に馴れ馴れしいし、いちいちあたしに対抗するような事言ってくるし、それになんだかところどころ仕草が千冬さんに似てたせいか雰囲気が重なる部分があって、あたしの苦手なタイプだし。
 まあ、千冬さんにどつかれてた時はちょっとざまーみろと思ったけど。でもなんだか千冬さんの方もあの女に対して少し気安かったような気がするのよね。ま、まさかあの千冬さんと仲がいいとか……。
 ああ、そうね。あたしとは絶対に合いそうにないわね。合わせる気もないけど。とか考えていたら、更衣室の中から扉の開く音がした。一夏のやつったら、やっとアリーナから戻ってきたみたいね。

 「一体何時間訓練してるのよ……待ちくたびれたじゃない。もう」

 呆れながらも、あたしはニヤついている顔を隠せない。何しろこの部屋は一夏だけしか使わない。つまり、あたしが入ったとしたら確実に二人っきりになれるはずなのだ。
 待機状態にしてあるあたしのISのセンサーを使ってみても、それは間違いない。大丈夫、大丈夫……
 (う~、しゃっきりしろあたし!自然体、自然体……持ち物はOKのはず……タオル、よし。スポーツドリンク、よし。行くわよ、凰 鈴音!)
 深呼吸をしてから、あたしは更衣室の中に入る。叶う限りの自然な笑顔で、だ。

 「お疲れ一夏。飲み物はスポーツドリンクでいいよね?」
 「え、鈴?お前何で……」

 座って休憩していた一夏がびっくりしたような顔をする。まあ、いきなり女子が更衣室に入ってきたら仕方ないか。あたしだって他の男が使ってたのなら男子更衣室なんて近寄りたくもないし。

 「アンタ以外使わない更衣室なんだから今更何よ。はい、タオル」
 「あ、ああ、ありがとう。何だ、ずっと待っててくれたのか?」
 「えへへ、まーね」

 よしよし、ちゃんと約束は覚えてたみたいね。忘れてたらひっぱたくところだったわ。
 手渡したタオルでまだ流れている汗を拭きとっている一夏。隣に座って横目でちらっと見つめてみたけど、一年会わないうちになんだかちょっと逞しくなったかも……。ま、待て待てあたし。ここに来た目的を忘れちゃダメなんだから。
 でも、いざとなったらなかなか言葉が出てくれない。でも、ずっとこうしてても始まらないし……。あたしはむずがる言葉を蹴っ飛ばして、ぎこちなく口に出した。

 「やっと二人っきり、だね」
 「え?ああ、そうだな」

 うう、なんだかそっけない返事が帰ってくる。久しぶりの幼馴染と二人っきりになったんだから、ちょっとはドキドキしなさいよこの唐変木!と罵ってやりたいけど、せっかくのシチュエーションをそんなことで自分から崩すなんてあたしにはできなかった。
 できないのなら、駆け抜ける。考えるより先に動く方があたしに合ってるんだもの。

 「一夏さ……やっぱあたしがいないと寂しかった?」

 寂しかったわよね?寂しいって言いなさいよ。あたしはあんなに寂しかったんだから……あんただけ寂しくなかったなんて言ったらぶっ飛ばすからね!

 「まあ、遊び相手が減るのは大なり小なり寂しいだろ」
 
 ……そうじゃなくってさあ……。

 「久しぶりに会った幼馴染なんだから、いろいろ言う事あるでしょ?」

 あたしは今現在それが絶賛増殖中よ。とくに「この鈍感!」と「空気読みなさいよ馬鹿」っていうのが……って違うわよ。

 「あ、そうだ。大事なこと忘れてた」
 
 「え……?」

 大事な、こと?な、何?何なの?何なのよ一夏。改まってあたしに言わなきゃいけない大事なことって……う、あの、ちょっと待ってて心の準備が

 「中学の時の友達に連絡したか?お前が帰ってくるって聞いたら、すっげえ喜ぶぞ?」

 すっげえいい笑顔で言う一夏に、あたしの期待は根元からへし折られてしまった。ええ、そうよ。わかってたわよこいつがこういう奴だってことくらい。でも、でもね一夏。他に言う事なんていくらでもあるでしょうがよ!

 「じゃなくって!たとえばさあ……」
 「あ、悪い。そろそろ体冷えてきたから、部屋戻るわ。箒もシャワー使い終わった頃だし」

 
 …………え?

 
 「シャワー……?箒って、篠ノ之箒のことよね!?あんたあの子とどういう関係なの!?」
 「どうって……幼馴染だよ。ファースト幼馴染。で、セカンド幼馴染」

 あたしを指さして言う一夏。セカンド幼馴染って……あたしは二番目ってこと?いや、そうじゃなくって。

 「お、幼馴染とシャワーと何の関係があるのよ!」
 「俺、今箒と同じ部屋なんだよ」
 「はあ!?」

 何よそれ。何なのよそれは!同じ部屋?アンタと箒って子が?

 「意味わかんない!!何でそんなことになってんのよ!!」
 「それは……えーと、部屋を用意できなかったんだと」

 納得できるわけないでしょうが!!それなら箒って子を他の部屋に入れればいいじゃない!だいたい、同じ部屋ってことは……

 「それじゃ、あの子と寝食を共にしてるってわけ……?」
 「まあな、でも一緒なのが箒でよかったよ。もっとも、今月いっぱいで部屋が用意できるからそれまでだけどな」

 「箒でよかった」
 あたしの耳に残ったその言葉が、冷たくなったあたしの脳を揺さぶってくる。急に色あせたみたいに一夏以外が見えなくなってきて、そのせいで逆に一夏の表情までよく見えてしまう。
 なんで、一夏は笑いながらそんなこと言うの?
 なんで笑顔でそんなこと言うのよ。
 なんで困ったように言わないのよ。
 なんであの子でよかったなんて言うのよ?
 なんで拒まなかったのよ?
 なんであたしが来るまで待ってなかったのよ?
 嫌じゃないの?女の子と同じ部屋なのよ?
 幼馴染ならいいの?

 ……あたしじゃ、ダメなの?

 ううん、違うよ。そうだよ、コイツ馬鹿だもん。馬鹿で、鈍感だもん。女の子と一緒の部屋にいるって意味が分かってないはずよ。そう、ただ幼馴染と一緒にいるってだけに決まってるわよ。

 そう、だからさ。

 「幼馴染だったら、いいわけね」
 「え?」
 「だから!幼馴染だったらいいわけね!?」

 そう言い捨てて、あたしは部屋まで駆け戻る。あたしは昔からあんまり物に頓着しない方だから、手持ちのボストンバックさえあればどこにだって行ける。

 そう、今すぐにだって、一夏の部屋に行けるんだから。



 






==========================
あとがき

鈴ちゃんって、問い詰めとか似合いそうですよね。なんとなく。

とかいう私の個人的な趣味はさておいて、アニメで言うところの3話前半までようやくたどり着きました。いや、長い長い。
しかもまだいろいろと説明しなきゃいけないことも多いし、五里霧中も良いところなのですが、寛大にもご覧いただいている皆様にこの場をお借りして御礼申し上げます。



[26915] 「約束」の表裏
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:9cf5cff8
Date: 2011/04/19 18:26
 「部屋代わって」
 「ふざけるな」

 人の部屋にいきなり押しかけてきたと思えば突然何を言い出すのだこの女は。
 
 「篠ノ之さんも男と同じ部屋なんてイヤでしょ?一夏は幼馴染だったら一緒の部屋でもいいって言ってたし、あたしはそういうの気にしないから代わってあげるわよ」
 
 ほほう、一夏の奴め。訓練がきつすぎてしばらく動けないとか言っていたというのに、この女と逢引する元気はあったらしいな。どうやら今後は今日以上にしごき倒されなければ気に入らんと見える。
 しかし今は目の前の問題をどうこうする方が先だろうな。

 「そうか、気を遣ってもらってすまないが、私も特に気にしてはいなくてな。わざわざ代わってもらうほどの事でもないぞ」
 「でも、一夏を部屋から追い出したりしてたんでしょ?聞いてるわよ」

 くっ、今更になって初日のアレが尾を引いてくるとは……。

 「い、今となっては問題はない。それにこれは私と一夏の問題なのだ。他人が口をはさむことでは……」
 「他人じゃないわよ。幼馴染よ。ね?一夏」
 「いや、俺に振るなよ」

 まったくだ。今話をしているのは私だろうに。

 「兎に角、部屋は代わらない。自分の部屋に戻れ」

 回れ右だ。わざわざお帰りはあちらと指さしてやっているのだからさっさと帰れ。

 「……ところでさぁ一夏。約束覚えてる?」
 「約束?」
 「そう!小学校の時にさ……」

 私の言葉など完全に無視して会話を続けようとする。たしかセシリアのときも似たような真似をしていたが、こいつは人の神経を逆撫ですることに天賦の才でも持っているんじゃなかろうか?
 いい加減、私も堪忍袋の緒が切れるというものだ。

 「無視するな!力づくで追い出されたいのか!」
 「うっるさいなあ。やれるものならやってみなよ」

 ああ、そうか。よくわかった。
 なら、望みどおりにしてやろう。今までの会話で、貴様の拍子はつかめているのでな。
 人間の行動には、全て拍子というものが存在する。それは心臓の拍動に始まり、呼吸、会話、表情、仕草、行動……ありとあらゆるものにその個人独特の拍子があると言ってもよい。
 その、拍子の間隙を突く。簡単に言うのならば不意を衝く、ということなのだが、私はその相手の「不意」を強制的に発生させる拍子で間合いを詰める。
 当然相手は慌てて何らかの反応を起こし……その拍子の起こり以前に存在する空白に、一瞬で腕を取り、相手の身体を崩して投げる。

 私の家に伝わる古武術―――篠ノ之流古武術、零拍子―――

 呆気にとられた顔で天井を仰ぐ凰には、今何が起こったかすらわかるまい。……って、お前までポカンとするな一夏。きちんと教えてあるはずだろうが。

 「……へ?な、何よ今のはあっ!」
 「喚くな騒々しい。また投げられたいのか?今度は手加減せんぞ」

 だいたいあまりうるさくしたらまた千冬さんに怒られてしまうではないか。今の投げにしても必要最小限の動きで転ばせただけなのだぞ。
 千冬さんの名前が効いたのか、凰は喚く口こそ閉じたものの敵意をむき出しにして私を睨みつけてくる。先に喧嘩を売ってきたのはお前だろうに。
 だが、剣呑な空気が場を重くしているのは事実だった。それに耐えかねたのか、一夏が口を開く。

 「そ、そうだ。約束がどうとか言ってたな。何の話だ?」

 む、それは私も少し興味がある。私がいない間に一夏め、一体何を約束したというのだ。女の子の方からわざわざそれを確認するなどと……ま、まさか……。

 「あっ……うん!そ、その……おぼえてる、よね?」

 頬を朱に染めて凰は今一度尋ねてくる。おいちょっと待て。なんなのだその私の悪い予感を全力で肯定するような表情は。

 「えっと……あれか?鈴の料理の腕が上がったら、毎日酢豚を……」
 「そ、そう!それ!」

 ……えーと、つまりこれはアレか。日本でいうところの「毎朝味噌汁を作ってくれ」という約束と同じものなのか。しかし中国では味噌汁ではなく酢豚なのだな。私は和食しか作れないので味噌汁を作ることなら大丈夫なのだが、中国の女性は大変なのだな。……ってそんな悠長なことを考えている場合か私は!!これではまるで……

 「奢ってくれるって奴か?」
 「はい?」

 はい?

 「だから、俺に毎日メシをご馳走してくれるって約束だろ?いやあ、一人暮らしにはありがた……」

 言い終わる前に、破裂音が部屋に響く。凰が一夏の頬を張ったのだ。
 なんだか、今はものすごく凰に共感を覚えてしまう私がいる。むしろ、同じ女として今の一夏の言葉を看過できる者はいまい。セシリアに聞いたところで同じ答えしか返ってこないだろうな。

 「最っ低!女の子との約束をちゃんと覚えてないなんて、男の風上にも置けないヤツ!!犬に噛まれて死ね!!」
 「な、何で怒るんだよ。ちゃんと覚えてたろうが」
 「約束の意味が違うのよ!!意味が!!」

 ああ、やはり「そういう」意味なのか。恋敵ではあるが、不憫な奴……いや、むしろ一夏の不甲斐なさにこそ憤慨するべきだな。

 「だから説明してくれよ!どんな意味があるっていうんだ」
 「せ……説明って……そ、そんなこと」
 「この……唐変木っ!!」

 いい加減に堪忍袋の緒が切れた私の一撃が一夏の脳天に突き刺さり、そのままこの甲斐性無しを床に叩きつける。凰を転ばせた時とは違う、加減なしの一撃だ。
 たとえ他の女との約束であろうとも、それの意味を違えて覚えているというだけで許し難いというのに、この朴念仁はその意味を約束した当人に尋ねようというのだ。女の敵と言われても文句は言えようはずもない。

 「この大馬鹿者の宿六が!!この期に及んでそのようなことをのたまうとはいい加減私も腹に据えかねたぞ!少しは人の意を汲んでみたことがあるのか貴様は!」
 「え、えと……し、篠ノ之さん?」

 信じられないものを見るような目で私を見る凰だったが、眼の端にはうっすらと涙が浮かんでいた。女の武器は涙という言葉があるが、同性に対しても有効なのだな。
 これでは、無下にできなくなってしまいそうではないか。

 「箒でいい。凰さんだったな。こんな甲斐性無しは放り出しておいて少し話をするとしよう。主にコイツ関連の愚痴をな」
 「……そうよね。うん。あたしも鈴でいいわよ。箒」

 どうやら鈴のほうも思うところはあったらしい。瞳の端の涙をぬぐって笑顔を見せた彼女は同性の私でも可愛らしく思えて……まてまて、だからといって彼女が私の恋敵であることは変わらんのだぞ。
 だが、まずはそこで這いつくばった大馬鹿者を……

 「う~……いってえ……あれ?千冬姉?」

 そう、千冬さんに突き出して……って、千冬さん?
 瞬間、世界の温度が氷点を下回り空気の密度と質量が一瞬で増加する。圧倒的な存在感でありながら、今の今までそれを一片たりとも感じさせることのなく、同時に凄まじい威圧感を放つこのよく知った感覚は……
 壊れた人形のように首を真後ろに向ける私。隣の鈴は……ああ、完全に泣きべそをかいているな。無理もないが。

 「貴様ら……騒ぎを起こすなと言っておいただろう?まさか忘れていたとは言わんよな?」

 人の後ろに猛虎の姿を幻視するとはなかなかない機会なのだろうが、それから約2時間ほど説教を受ける羽目になった私達には、トラウマ以外の何物にもなりそうになかった。



 ***



 「それは一夏さんが悪いですわね」
 
 放課後の特別レッスンでの休憩中、今朝方から一夏さんの頬にうっすら残っていた赤い手形について尋ねたわたくしの一番の感想でしたわ。
 
 「うう……セシリアもそう思うのか。……俺、そんな悪いことしたのかな」

 肩を落とす一夏さんですが、こればかりはわたくしとて擁護のしようがございませんわ。もしわたくしが箒さんの立場であったとしても、殴るなんて野蛮なことはいたしませんがお説教の一つは覚悟していただくところですもの。
 それにしても、一夏さんときたら本気でご自分が何をなさっていたのか自覚がないようですわね。
 正直凰さんにあまり良い印象を持ってはいないのですけど、一夏さんを一人前の紳士にすべく助言を差し上げるのも淑女の務め。わたくしに対してそのようなことのないように、先んじて教育しておくべきですわね。

 「一夏さん。レディとの約束はその言葉を額面通りに受け取るのではなく、意味も正確に理解していただかなければなりませんわ。そうでなければその約束を忘れているのと同義でしてよ」
 「いや、でもな。それ以外にどんな意味があるっていうんだよ」
 「それは……一夏さんがご自分で言葉を吟味し、その言葉に隠されている本意をご自分で意味を見つけなければいけませんわ。間違っても他人に尋ねるようなことがあってはいけませんわよ」
 「そ、そうなのか!?最悪千冬姉に相談しようかと思ってたんだけど……」

 ……止めて正解でしたわ。
 それにしても、一夏さんはこれまでその、女性と交際された経験が少ないのでしょうか?男性との交際経験のないわたくしが言うのも何ですけど、少し鈍すぎるように思えてきますわね。
 そういえば時折箒さんも溜息をついてらっしゃいましたし、や、やはりここはこのわたくしが手を取って教えて差し上げなければ……

 『一夏さん。以前お教えしましたでしょう?淑女をエスコートできてこその紳士でしてよ』
 『そうか、セシリアには何から何まで教わりっぱなしだな』
 『ふふ、よろしくてよ。殿方を一人前に導くことも……』
 『淑女の務め、だろ?レディ』
 『ああ……一夏さん、そんな』

 なんてことに、きゃー、きゃー、いけませんわハレンチですわ!でもわたくし一夏さんなら……

 「えーと、セシリア?どうしたんだぼーっとして」

 気づいた時には、目の前に一夏さんのお顔がありましたの。心配そうにわたくしを見つめて……って。

 「なっ!なななっ!なんでもございませんことよ!」
 「そうか……そろそろ訓練再開しないか?箒もそろそろ来るだろうし」

 軽く背伸びをしながら笑う一夏さんでしたが、白昼夢から舞い戻ったわたくしはとてもではありませんが気が動転してしまいましたわ。
 そう、よりにもよって二人っきりだったからこんなことを考えてしまったのですわ……うう、わたくしともあろう者が。
 いつもはわたくしと箒さんの二人で一夏さんの教導を行っているのですが、箒さんは所用で少し遅れるそうでしたので、先に二人っきりで……よ、よく考えればこれこそわたくしの望んだシチュエーションですのに、どうしてわたくしってばこうまで舞い上がって……うう、穴があったら入りたいですわ。
 それに、箒さんは訓練だけでなく自室でもご一緒とのこと。なのにわたくしのように舞い上がっていないだなんて……強敵にもほどがありますわよ。
 
 ……ん?そういえば今まであまり気にしていませんでしたけど。

 「そういえば一夏さん。箒さんと同じ部屋というのは……ひょっとして寝る時も同じ部屋でしたの?」
 「え、そりゃそうだろ。寝るときだけ別の部屋とかいうわけにはいかないからな」
 
 なんて……ことですの。わ、わたくしはてっきりお二人の寝室は別々だと思っていましたのに。
 ここにきてチェルシーから教わった知識がわたくしの脳内を駆け巡ります。そう、年頃の男女が、それも女性の方は男性の事を憎からず思っていて、もしも少しばかりのアクシデントが起ころうものなら……。
 『男の子はオオカミさんになるんですよ。お嬢様』
 まさか……まさかお二人は……

 「ハ、ハレンチですわ!何ですのそれ!どうしてお二人だけ特別にそんなことになってますの!!?」
 「いや、むしろほかのみんなと一緒だろ」

 そうですけど!!一夏さんと一緒にね、寝泊まりするだなんて!見損ないましたわよ箒さん!!

 「い、いくら幼馴染だからって16歳の男女が同じ部屋で寝泊まりするなんてありえませんわ!!先生に抗議して……!!」
 「いや、決めたのは千冬姉で……って、やべ」

 今、とても聞き捨てならないことを耳にしましたわよ?
 織斑先生が、決められた?それはつまり、織斑先生が、一夏さんと箒さんの交際を認めてらっしゃると、そういうことですの?
 少し、お話しませんこと?一夏さん?

 「……どういうことですの?織斑先生が決められたというのは」
 「あー……その、実は、だな」

 しくじった、という表情で一夏さんは周囲を見渡し、わたくしに顔を近づけて囁きます。

 「頼むセシリア、内緒にしててほしいんだ。その、千冬姉が決めたってこと」
 「……理由は、聞かせていただけませんの?」

 わたくしからの非難するような眼差しを前に、一夏さんは『絶対に秘密にしてくれ』を何度も念を押してから話を始めました。
 曰く、一夏さんと箒さんには日本政府よりその行動について保護と監視が行われており、それはこのIS学園内部にあっても同様に行われたという事。
 そして、その監視のための準備が整っていないため、暫定的に二人を同一の部屋に置き監視を行っているということでしたわ。
 あのお二人が保護と監視などと言うものを受けなければならない理由は……考えなくてもわかりますわね。
 世界唯一の男性操縦者―――説明などいらないくらいの重要人物と、世界唯一のIS開発者の妹。しかも開発者のほうは世界中に国際手配されていて行方不明ともあれば、せめて妹を人質にとろうという真似をどこかのお馬鹿さんがしないとは限りませんものね。
 そのような事情からお二人は同じ部屋で寝泊まりするようになり、織斑先生も仕方なくそれを容認していると……。
 
 「……そう、でしたの。……わかりましたわ、ご安心なさって、わたくし他人の秘密を吹聴するほど口の軽い女ではなくってよ」

 安心したように胸を撫で下ろす一夏さん。ご自分だけではなく、箒さんや織斑先生にも関わることでしたからきっと必死でしたのね。無遠慮にこんなことが言いふらされては、お二人にどんな風評が付くかわかったものではありませんもの。
 一見納得できそうな理由。でも、わたくしはその理由に、拭い難い違和感を感じていたのです。
 IS学園規則『特記事項』。ほとんどの生徒はこのようなもの覚えてもいないのでしょうけど、わたくしはその全てを完全に把握していますわ。そして、その中の一つ。
 
 ―――特記事項第二十一、本学園における生徒は、その在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする。

 そして、この規則は「あらゆる国家」に対して有効である以上、このIS学園を保有する日本国からの介入も認められません。
 すなわち、
 (お二人を監視しているというのは、一体どこの誰なのかしらね)
 そのことを二人に告げたのが、他ならぬ織斑先生というのも納得がいきませんわね。監視自体がブラフであるという可能性も捨てきれませんけど……これだけでは情報が少なすぎますわ。
 ……お節介かもしれませんけど、少し探らせていただきましょうか。この学園にそのような真似ができるとあっては、先々面倒なことが出てきそうですもの。

 「助かるよ。サンキュ、セシリア」

 耳元で囁かれるその声が少しくすぐったくて、同時にまるで二人だけの秘密を共有したようにも思えてしまって。わたくしはひと時、その思考を手放すことにしたのです。
 こんなに一夏さんとお近付きになれる機会もそうそうあるものではありませんし、こういうのを日本ではなんというのでしたかしら……

 「何をしている?貴様ら」

 ……ああ、鬼のいぬまの洗濯、でしたかしらね。まさしく今の状況を的確に現していましたわ。
 振り返ればそこには鬼……ではなく、怒りで表情をひきつらせた箒さんがいましたの。そうですわよね。傍から見ればまるで一夏さんがわたくしに愛を囁いているようにも見えますもの。
 あら、よく見れば訓練用のISを装着してらっしゃいますわね。今日は貸し出し申請が下りたのかしら。

 「ほ、箒!いや、これはその……」
 「あら、残念ですわ。二人きりの時間もこれまでですわね」

 見せつけるように、立ち上がろうとする一夏さんの腕を取って引き留めて見せます。あらあら、こめかみに血管が浮かんでいますわね。まあ、お二人の秘密を守る対価として、このくらいさせていただいてもよろしいですわよね?
 
 「い~ち~か~~~、き、き、き、貴様というやつは~~~~……」
 「待て箒!誤解だ!!何か勘違いして……」
 「問答無用!!そこに直れえぇぇぇぇっ!!!」

 訓練用ISで斬りかかる箒さんと、白式を展開して逃げまどう一夏さん。訓練の賜物か、初めに比べればなかなか早い展開が可能になっています。
 そんな二人を眺めているのも楽しいものですが、せっかくここにわたくしがおりましてよ?混ぜていただかなくては困りますわ。

 「一夏さん。ではお約束は確かに……わたくし、忘れませんわよ」
 「やくそっ……?!一夏ァっ!!お前というやつは鈴だけでは飽き足らずセシリアまでも!!」
 「ち、ちがっ!違うんだ箒!これはその何かの間違いで!」
 「まあ!わたくしとのあの約束は……間違いでしたの?」
 「……!!このっ!女の敵がああああっ!!!」
 「何でそうなるうううううっ!!?」


 
 ***



 電話帳ほどもありそうな分厚い書類―――訓練用ISの貸与申請書を放り出して、私はコーヒーを口に流し込む。
 申請書の記名欄にある名前は―――篠ノ之箒。
 私の、幼馴染の妹。そして―――

 「やれやれ、いい加減学園長に小言の一つでも言われるかな」

 通常、この時期のISの貸与には少なく見積もって半月、通常は一月近くの申請時間を必要とする。新学年が始まり、2年生、3年生の実践訓練や整備課の実機整備訓練。そういったものに対応するには、この学園のISの数は少なすぎると言ってもいいだろう。
 世界に限られた数しかない物の内の二十数機を少ないと言えるのかは別の話だが。
 そんな貴重なISの貸与を、入学早々にして複数回行われているのが箒だ。
 入学してからまだ二週間、一年生がこの時期に貸し出し申請をしてくることすら滅多とないのに、それがこのような頻度で許可されるのは異例というしかない。
 実をいうと、私が書類の手間を後回しにしてさっさとISを与えてしまったからなのだが。学園長と山田先生には薄々気づかれてはいるのだろうな。
 少しは、許可の頻度を下げるべきなのだろうか?他の生徒との整合もあるし、まさか3年生を差し置いて貸し続けるのにも限界がある。
 彼女が、本来持っている専用機を使用できるのならこのようなことはなかったろうに。

 「まだ、使えないのか?箒」

 いや、おそらく「使えない」というのは正確ではない。彼女の持つISは、束が妹の為に手ずから作り上げた特製品であり、たとえ数年間のブランクがあろうともほぼ完璧な状態で起動することが可能なのだろう。
 問題はむしろ搭乗者。彼女自身が自分の意思で『封印』してしまったことだ。むしろ今のようにISに触れることができるようになっただけでも十分に前進していると言えるだろう。
 しかも、こうして自分から関わろうとしているのは……多分に、一夏への恋心からなのだろうな。本人たちは与り知らぬところだが、あの姉孝行者は本当によくやってくれる。
 喜ぶことなど、決してできないことだがな。

 「全く……これでは一夏に私の不始末を片付けさせているようなものだな」

 思わず零れた独り言。それに反応したものが、たった一つだけ。

 「お前のせいじゃないさ、『暮桜』。あのときあいつを止められなかったのは……私のせいだ」

 思念で語りかけてくる私の愛機。だが今はその力の大半を失ってしまったISは、この学園地下にその中枢部分を眠らせて再生を続けている。
 そうさせてしまったのは―――おそらく、私の傲慢のせいだった。
 『世界最強』
 『ブリュンヒルデ』
 そう呼ばれていた。事実、あの時点で私に勝てるものなど一人もいなかっただろう。
 第二回の世界大会の決勝戦を放り出して、一夏を救ってみせたあの時もそうだった。私と暮桜なら、どんな敵でも倒してのけると―――何でも、守ることができると、そう信じてさえいた。

 だけど―――

 「箒を守れなかったのは……私だからな」

 そう、だからあいつは―――箒はISを、特に自分が持つあの力を嫌悪している。恐れていると言ってもいいだろう。
 だがあいつがいくら嫌悪しようと恐れていようと、ISは箒の前からは消えてくれないし、逃がしてもくれない。あの子は、篠ノ之束のたった一人の妹。そして―――『世界最強のIS』を持たされてしまった少女なのだから。
 彼女が望む望まざるにかかわらず、ISは箒の前に居座り続けるだろう。ならば、せめてそれに抗うための力をあの子に与えてやる。
 ISに、負けない強さを―――。
 だが、本当に私の手段は正しいのだろうか?本当に、箒は強くなれているのだろうか?

 暮桜は答えない。私が間違っているのか、どうなのかも。






==========================

あとがき

だんだんと原作よりの乖離が大きくなってまいりました。なんだかもう視点を変えてみたというタイトルが的外れな気がしている作者です。
アニメでは鈴ちゃんとケンカすると即試合になっていましたけど、一応間に半月近くの時間が流れていると設定していますので、軽く訓練風景くらいは流そうかと思っています。
では、相も変わらず一夏君視点抜きでの駄文にお付き合いいただきありがとうございました。
この場をお借りして御礼申し上げます。



[26915] 紅の夢と補習訓練
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:9cf5cff8
Date: 2011/04/23 11:18
 紅

 私の前に広がるのは、一面の紅色の世界。紅の空、紅の水面、そして咲き乱れる無数の紅い椿。眼が痛くなりそうなほどに極彩色に染められた果てのない紅。 
 また、この夢だ。


 ネエ


 なら、いつものようにあの紅い少女が……


 ドウシテ ワタシヲ ヨンデクレナイノ?


 いた。
 私の嫌いな少女が、そこにいた。紅の着物に、紅の手毬を持って。この極彩色の世界で唯一異なる色の頬と髪を紅の風に晒して。
 でも、いつもと同じ夢に見るものとは少しだけ違う。


 ワタシヲ ヨンデ


 その少女はいつものように笑ってはいなかった。目も、鼻も、口もないというのに。表情などわからないというのに、私には彼女が笑ってなどいない、と理解できてしまう。
 でも、私にわかるのはそれだけ。「笑っていない」ということだけ。
 笑っていない、それ以外のどんな顔なのかがわからなかった。


 ネエ ワタシヲ ヨンデ


 少女は私に向けて手を伸ばす。私はいつものようにその手を払いのけようとして。
 振ったその腕に、戦慄する。
 そこにあったのは、真紅のISの腕。
 忘れるはずもない。忘れることなど、できるはずもない。この腕は。


 ネエ ホウキチャン


 目の前にいたはずの少女の姿は、やがてどろどろの真紅の液体へと変り果て、真紅の水面に溶けてゆく。
 

 ワタシヲ ヨンデ

 
 溶けた少女の声は残ったまま、私の眼に映る世界は瞬時にして姿を変える。
 真紅の世界にあった紅の水面。何も存在せずただ静かに鏡面のごとき静謐さを湛えていた水面に―――


 ソウスレバ ホラ


 浮かび上がる無数のISの残骸。そしてその搭乗者だった者たちのなれの果て。
 そのどれもが、もはや人の形を留めていなくて―――


 ワタシガ アナタヲ マモルカラ


 その中に、私のよく知っている人の顔が―――



 「…………っ!!」
 
 声にならない悲鳴と共に、私はベッドから跳ね起きる。一面の紅から戻ってきたのは、まだ暗い見慣れた部屋の風景。そして夢の中で目にしたあの紅い腕とは似つかない、私自身の人間の腕。
 その両方を我が目で見て、私はようやっと安堵の息を漏らす。自分でもわかるくらいに上がった吐息と、今にも口から出てきそうなくらいに激しくなった動悸を治めるために深呼吸しようとして、

 しゃらん、と小さく響いた鈴の音。

 「……また、貴様か。化け物……」

 私の左腕に巻かれている組紐。それに付けられた金と銀の二つから鳴る音に、思わず忌々しさの篭った声が漏れて出る。
 思えば、ここに入学してからは見ていなかった夢だ。そのおかげで、思い出さずにいられたというのに。
 こみ上げてくる吐き気と、不快極まりない汗の感覚。このままもう一度眠りにつけというほうが無理な話である。とりあえずはシャワーを浴びてくることにしよう。
 暗い中でベッドを降りて暗闇に慣れてきた目を向けると、隣のベッドでは太平楽な寝顔の幼馴染がいる。
 (まったく……悩みの無さそうな寝顔をしおって)
 ちょっと気に食わなかったので、ほっぺたを軽く突っついてみる。少し不快そうな表情を浮かべたが、一夏はすぐにまた能天気な寝顔で夢の中だ。
 そのまま悪戯を続けてやろうかとも思ったが、首筋に流れた汗の感覚を思い出してやめた。……ま、まさか匂わないとは思うが、当初の目的を見失うところだったのはよくないな。うん。
 

 
 
 



 肌に流れる熱めの湯の感覚に、思わず吐息が漏れる。汗を流してしまえば大分気分も落ち着いてくるだろう。時間を見ればまだ日付が変わってそれほど経ってもいないくらいだから、今度こそきちんと休まなければ。
 
 「明日も一夏と訓練だからな……私の方がしっかりしなくてどうする」

 月末のクラス代表対抗戦で、おそらく一夏は鈴と戦うことになるのだろう。彼女の実力のほどは分からないが、セシリアと同じ代表候補生ということは生半可な強さではあるまい。
 しかも、彼女は去年まで日本で普通の女の子として生活していたという。ということは、わずか一年足らずで国家代表の候補に選ばれたということになる。経験自体はセシリアに劣るのかもしれないが、才能から言うなら人外級のものがあるのではないだろうか?
 ……とことん、私のまわりには普通の人間がいないな。
 ともかく、そんな相手と戦わなければならない一夏の実力を向上させなければならないのは急務だ。
 悔しいが、セシリアが参加してからはISを実際に装着して指導できる人間がいるだけ、一夏の伸びは著しい。私もできるならISで参加したいのだが、

 「次に訓練機を借り出せるのは何時になるやら……はぁ……」

 夕方の訓練のあと、すぐさま申請を出したはいいが次に借り出せる順番は早くて来週。運が良くても一週間に一度くらいしか借り出せないのが現状だ。
 ……これでも、私は巡りがいいほうなのだ。最悪一月待ちというケースもあるそうなのだからと、千冬さんは言っていたからな。
 そういえば、鈴もなにやら一夏にISの訓練を持ちかけていたな……うう、専用機があるというのは羨ましくはあるが……。
 その思考は、不意に鳴った鈴の音色に止められて、代わりに不快極まりない感覚が蘇ってくる。

 ―――誰が……貴様など使うものか。化け物め―――

 そう私が呼ぶモノ。私の左腕に巻かれている、忌々しい代物。
 そして、実の姉から送られたたった一つだけのプレゼント。
 そっと指をかけ、手首から外そうと試してみるが、そんなことができないというのは私が一番よく知っている。
 こいつは何をしても私から離れてはくれない。引いても、解こうとしても、斬っても焼いても噛み千切ろうとしても、たとえ手首ごと切り落とそうとしても、絶対防御を発動させて防いでしまうのだから。 
 初めて起動させてしまった時から、こいつはもはや私の一部へと成り果ててしまったのだ。
 操縦者に常に侍り、操縦者を守ろうとする―――まるでISのようだ。
 だが、こいつはISではない。ISであるはずがない。
 この学園に来て改めて理解したことだが、ISには自我はあれど、それが操縦者に何かを強制させることなどは決して無い。
 ならば、操縦者の意思を無視して戦わせる化け物がISな訳がない。
 一度抜き放てば私の前に存在する全てのものを殲滅しようとする化け物。最強の兵器であるはずのISですら紙細工のように引き千切り、その操縦者を傷つけてしまうようなものがISであってたまるものか。
 そう、だから私はこいつを使わない。使ってはいけない。
 使えば、また誰かを傷つけてしまう。今度は―――

 「……っ!!」

 左腕を振り払って壁に打ち付ける。鈍い音と共に私の腕の方に痛みが襲い掛かるが、そんなことは些細な問題だ。
 夢で見てしまった顔を思い出せば、治まりかけていた吐き気がまたぶり返しそうになる。それに比べれば腕の痛みなど何だというのだ。
 
 「……どうして、こんなものを私にくれたんですか?……姉さん」

 問いかけても、答えなど決して帰ってくるはずがない。
 返ってきたのはただ一つ。忌々しい鈴の音だけだった。



 ***


 
 『遅い!準備運動ごときにいつまでかける気だ馬鹿者!』

 織斑先生からの厳しい叱咤の声に急かされて、わたくしたちは走るペースをさらに上げます。
 うう、本当なら今日もわたくしと一夏さん(ついでに箒さん)で放課後の個人レッスンのはずでしたのに。
 
 「それもこれも一夏!お前が今日の授業であのような不埒な真似をしたせいだ!!」
 「そうですわ!!だいたい何で避けませんでしたの!?」
 「い、いやそうは言うけどなぁ……」

 口ごもる一夏さんの両頬には、真っ赤な手形が今もまだ残っています。
 それというのも、今日のIS実習での事件が原因でしたわ。
 今日のカリキュラムは「教官の実演を交えた飛行訓練」。先日は生徒のみでのIS実習だったのですけど、今日は織斑先生の実演が見られるのではとわたくしも内心心待ちにしていましたのよ。
 まあ、蓋を開ければ実演していただくのは織斑先生ではなく、副担任の山田先生だったのですけど。
 まあ、山田先生は普段こそ少しおっとりとしたところがありますけど、現役時代には日本の代表候補生として活躍されていて、織斑先生がいなければ代表に選出されていたほどの実力の持ち主と聞いています。入学試験ではわたくしが辛うじて勝利したのですが、他の生徒からすれば天と地ほどの実力差があると言えますわ。
 ……で、ですから、登場されたときにバランスを崩してグラウンドに衝突してしまったのは、きっとまだISのほうがわたくしとの戦いで傷ついていたから、ということにしておきましょう。
 で・す・け・ど。
 問題はそこではありませんでしたわ。ああ、その場面で発生したとも言えるのですけども。
 華麗に空を舞いながら登場……というわけにいかなかった山田先生が、地面に激突した丁度その場所にいたのが、よりにもよって一夏さんだったのです。
 とっさにISを起動して受け止める……という動作も間に合わずに一夏さんは山田先生に巻き込まれ、一緒になって地面を転がる羽目になったのですわ。
 それだけでも危険で許し難いというのに、山田先生ったらどさくさに紛れて……

 『お、織斑くん……そ、その、困ります……こんな場所で……いえ、場所だけじゃなくてですね、私と織斑君は仮にも教師と生徒でですね、ああでも、……このままいくと織斑先生が義姉さんってことで、それはそれでとても魅力的な……』

 頬を桜色に染めて、そこはかとなく嬉しそうに!戯言を呟きながらあの無駄に大きなむ、む、む、胸を、よりにもよって、一夏さんに……倒れて転がったのをいいことにさ、ささ、触らせて!
 一夏さんも一夏さんですわ!すぐに離れなければいけないと言いますのに、ままま、まるであの無駄に大きな胸をも、も、……あああああっ!!!ハレンチですわはしたないですわいやらしいですわいかがわしいですわ!!思い出すだけでも腹が立ってきましたわ全く!!
 ですから、わたくしも箒さんもあの時ばかりは我を忘れて全速力で一夏さんを山田先生から引きはがし、その両頬に一発づつ愛の制裁を加えたのです。ええ、何処からどう見ても正当な行為ですわ。
 だからといって、織斑先生がそれを見逃すはずがありませんでしたけど。わたくしと箒さん、そして一夏さんの頭に神速の出席簿が落ちてきたのはそのわずかに一瞬後だったのですから。
 そしてそのまま授業を妨害したという罰でグラウンドを十周ほど走らされ、放課後の時間に補習を受けさせられるという屈辱を味わう羽目に…… 

 「山田先生が突っ込んできたのは俺のせいじゃないし、だいたいあの後ちふ……織斑先生にぶん殴られたのも俺のせいじゃな……ンデモナイデス」
 
 あら、一夏さん。何かおっしゃいまして?顔色がよろしくないようですけど、まさかこの程度でへばりませんわよね?箒さんもわたくしと全く同じ意見のようですもの。
 そうそう、へばっているといえば。

 がっしょん!がっしょん!がっしょん!がっしょん!がっしょん!がっしょん!…………

 騒々しい機械音とともに、わたくしたちの後方を走っているIS。そもそも、推進器が標準的に装備されているISで地面を走るということ自体が珍しいことなのですが、そのISを装着した山田先生はというとまさに半死人のような表情を浮かべていますわ。

 『どうしました山田先生。ペースが落ちているようだが、そんなことでは『困ります』よ?』
 「も、もう許してください織斑先生~~~~!」

 底冷えのするような織斑先生の声に、山田先生は半泣きになっておられます。
 ……ええ、そうですとも。わたくしたちだけこのような目に逢うというのは些か理不尽というもの、その上生徒たちの前で醜態を晒したということで、この補習に山田先生も参加することとなったのですわ。
 もちろんこの補習はIS授業の一環ですから、教師である山田先生がISを装備しているのは当然のことですわね。

 もっとも、ISの持つPICやその他全ての動力は一切が切られているのですけど。

 ああなってしまえばISはただの重たい鎧のようなもの。それを着てひたすらに走らされるなど拷問以外の何物でもありませんわね。その上で生身のわたくしたちと同じペースで走ることを強制されているのですから、如何に織斑先生が怒ってらっしゃるかが窺えるというものですわ。

 『『こんな場所』で何をとろとろ走っているんですか?『仮にも教師』が『生徒』に遅れをとっていては……』

 きっと、織斑先生が一番怒ってらっしゃるのは生徒の前で不甲斐ない操縦をした山田先生なのでしょうけど……どうしてところどころ単語を強調してらっしゃるのかしら?




 準備運動という名のランニングを終えてわたくしと一夏さんはそれぞれのISを展開し軽く機動の確認を行っていた中、一夏さんはふと思い出したように呟きます。

 「そういやずっとわかんなかったんだけど、俺何でセシリアと引き分けられたんだ?」
 「それは……わたくしと一夏さんの両方が同時にエネルギー切れに陥ったからですわ。覚えてらっしゃらないの?」
 「それはわかってたんだけど、なんでセシリアの砲撃を無効化できたのかよくわかってないんだよ。あの時はなんだかこいつに……白式に『雪片で斬れ』って言われたみたいな気がしてやってたんだけど」

 そう言われてみると、不思議ですわね。実弾兵器ならばいざしらず―――と言っても飛来してくる弾丸を切り落とすなんて普通の人間にはそうそうできませんけど、エネルギー砲撃を切り払う……いえ、消滅させることなど、できるはずがありませんわ。
 防ぐにしても同等以上のエネルギーをぶつけるか、強固なシールドを展開するくらいしか無いと言いますのに。

 「馬鹿者。お前は自分の機体の特性すら理解していないのか。あの時は白式の特殊能力である『エネルギー無効化攻撃』が発動していたからあんな芸当ができただけだ」
 「『エネルギー無効化攻撃』?」
 「そうだ。それがお前のISの特殊能力……『唯一仕様』だな」

 織斑先生が言ったその言葉――唯一仕様という単語に、思わずわたくしは首を傾げます。

 「あの、織斑先生?今『唯一仕様』と仰いましたけど、一夏さんのISはまだ一次移行が終わったばかりなのではありませんの?」

 唯一仕様――ワンオフ・アビリティとは、ISとその搭乗者が共に最高の状態となった時に発動できると言われている『IS固有の特殊能力』のことを指します。唯一仕様はその名の通りISによってその性能が違うと言われていますが、そのいずれもがISの優劣を決定的にしてしまうほどに強力なものなのです。
 ですが、その発動は二次移行―――搭乗者と長い時間を共にし、一次移行の状態よりもさらに強力に自己進化した末に発現するものとされていて、しかも二次移行に至った全てのISが顕現・発動するとは限らないのです。
 実際にその二次移行に至ったISは、世界でもいまだに百機足らず。しかもその中で唯一仕様に目覚めているISはさらに十数機という非常に珍しいものなのですわ。当然、わたくしとの戦いの最中に一次移行を完了させた機体が持てるような能力ではありません。
 
 「ああ、そうだ。こいつのISはまだ一次移行しか行ってはいない。だが、その拡張領域のほとんどすべてを費やすことでその状態から唯一仕様を使えるようにした極端な機体だ」
 「ほとんどすべてって……そ、それじゃ一夏の機体についた兵装はあのブレードだけということになるんですか!?」
 「そうだ。まあ、こいつに射撃武器など豚に真珠もいいところだからな。説明を続けるぞ。お前のISの武器『雪片弐型』の特殊能力がそれだ。唯一仕様を発動した状態の『雪片の刀身に触れたほぼ全てのエネルギーを無効化・消滅させる』ことができる。お前がオルコットのエネルギー砲撃を消滅させたのもこの力のおかげだ」

 さらりと言われてしまいましたけど、織斑先生の説明はおよそわたくしが知るISの常識からはかけ離れていましたわ。正直、わたくしも目の前であの力を見なければ「何を馬鹿なことを」と一蹴していたような話ですもの。
 一次移行の状態から唯一仕様を発動できるというのも滅茶苦茶ですけど、拡張領域を埋めるだけで簡単に顕現・発動できるというのならば世界中のIS操縦者が必死で唯一仕様を習得しようとしているのがまるで馬鹿みたいな話になりますもの。
 しかもいくら唯一仕様がISの性能を決定付けてしまうほどに強力だったとしても、そのために白兵戦しかできなくなるというのは流石に本末転倒としか言えないのではないかしら。 

 「私が使っていた『雪片』の能力と似てはいるが、更に極端にしたような能力と言っていいだろうな」
 「ち……織斑先生の?」
 「……篠ノ之、答えてみろ」
 「は、はい。雪片の『バリアー無効化攻撃』は相手のバリアーエネルギーの残量に関係なくそれを切り裂いて直接本体にダメージを与えることができます。そうすれば強制的に絶対防御を発動させることができ、シールドエネルギーを直接削ることができます」

 すらすらと答える箒さん。教科書に書かれている唯一仕様の例として、織斑先生の『バリアー無効化』は説明されていますから、これくらいは答えられてとうぜ……なぜそこで首を傾げてますの、一夏さん?

 「そうだ。私が第一回モンド・グロッソで優勝できたのもこの力によるところが大きい。バリア―エネルギーを消滅させる事で、私は雪片の威力を減衰させることなく相手にぶつけられたからな。」
 
 その通り、織斑先生の現役時代の映像はIS教育の教材として広く知られていますけども、その最大の特徴は「近接兵装にあるまじき凄まじい攻撃力」と言えましたわ。
 おかげで第二回のモンド・グロッソでは極端に攻撃力に特化した機体が現れ、IS開発の現場では「攻撃力こそ強さ」という風潮が根強いのですわ。……まあ、わたくしのブルーティアーズも少なからずその影響は受けているのですけど。

 「だが、お前が持つ『雪片弐型』自体にはほぼ攻撃力などないと言っていい。その代わり特殊能力を展開させた状態で相手に直撃させれば一撃で全エネルギーを消滅させることもできるだろう」
 「あー、つまりあの時セシリアに雪片がかすってたからエネルギーをゼロにできたのか。でも、俺のエネルギーまでゼロになったのは何で?」
 「そんな無茶苦茶な能力を何のリスクも無く使えるわけがないだろうが。『雪片弐型』の特殊能力を発動させるのにどれだけのエネルギーが必要になると思っているのだ馬鹿者」

 エネルギーを消費して放つ必殺の一撃……わたくしの『スターライト・ティアー』とよく似ていますわね。ですけど、攻撃力がないというのはどういう意味なのかしら?

 「織斑先生。先ほど攻撃力はほぼ無いとおっしゃいましたけど、相手のシールドエネルギーを消滅させてしまうのならそれは攻撃力ではありませんの?」
 「結果を見ればそうだが、雪片弐型はそのエネルギーを物理的破壊力として発揮することができない。その代りに大量のエネルギーを相手に強制消費させる能力だからな。だが、発動し続けようものなら逆に自分のエネルギーを根こそぎ雪片に食い尽くされる羽目になるだろう。確かに当たってしまえば一撃必殺だろうが、燃費の悪さと拡張性の無さを考えれば欠陥品もいいところだ」
 「け、欠陥品!?」
 「言い方が悪かったな。ISはそもそも完成していないのだから、欠陥も何もない。ただ、他のISよりも兵器としてではなく競技に特化した機体というだけだ。剣道の竹刀のようなものだと思えばいいさ。一本取ればお前の勝ちだからな」

 一夏さんは複雑な表情で自分のISを見つめでいますが、今の一言はさすがにこたえたのでしょうか。

 「いや、それでもやっぱ何か射撃武器とか増えないのかなあ。セシリアみたいなやつとか」
 「あら、それでしたら是非わたくしが教えて……」
 「さっきも言っただろうが。お前に射撃武器など豚に真珠だ。反動制御、弾道予測から距離の取り方、一零停止、特殊無反動旋回。それ以外にも弾丸の特性に大気の状態、相手武装による相互影響を含めた思考戦闘……他にもあるぞ?できるか?」
 「……ごめんなさい」

 ああ、もう!なんでそこですぐに諦めてしまいますの!?せっかくわたくしが……って、何でこっちを睨みますの織斑先生!?
 ほんの一瞬だけでしたが、わたくしに刺すような視線を向けられたあと、不意に少しだけ表情を柔らかくされたのです。

 「わかればいい。一つの事を極める方がお前には向いているさ。何せ―――私の弟だ」

 それは、わたくしたち生徒には決して見せない家族に向けた表情で。


 ――――――すこし、羨ましく思いましたわ。
 

 
 ***



 「ひぃ……はぁ……ふぅ……ぅえ、ぎぼちわるいです……織斑先生ってば酷いですよぅ……」

 息も絶え絶えになりながら、私はようやっと補習を受けている生徒たちに追い付きました。いくらISが見た目より軽いと言ったって、鉄下駄なんかとは重さの比が全然違います。そんなものを自力だけで動かされたのですから、明日は筋肉痛で地獄を見そうな気がしますよぅ。
 地獄のIS装着マラソンを私に命じた同僚に恨みがましい目を向けてみますけど、当の織斑先生は空を舞う二人の生徒の指導に集中しておられて私には全然気づいてないみたいです。
 いいです。どうせ私は目立たない副担任なんですから……。って、あれ?二人?
 よく見たら、飛行訓練を行っているのは織斑君とオルコットさんの二人だけ、そしてもう一人の篠ノ之さんはというと、ISに乗っている二人をなんだか羨ましそうな目で見上げて……ああ!
 そうでした。篠ノ之さんは専用機がありませんから、私の装着しているISを貸してあげないといけないんでした!

 「ご、ごめんなさい篠ノ之さん!せ、先生遅れちゃって……ふぎゅっ!!」
 
 急いで彼女の傍に行こうとして、転んでしまいました。そんな私に気づいたのか、篠ノ之さんは駆け寄ってきて起き上がる手助けをしてくれます。うう、情けないですよぅ。

 「あの、大丈夫ですか?山田先生」
 「だ、大丈夫ですよ。私は先生なんですから!そんなことより、早く篠ノ之さんにこのISを装着させてあげなきゃ……」

 座り込んで装着を解除し始めますけど、なかなかうまくいきません。あれ?いつもならこんなことないんですけど……ほ、本当ですよ!このラファール・リヴァイヴは先生が現役時代からずっと使ってた量産型で……。

 「……とりあえず、落ち着いて外してください。ね?」
 
 てっきりあんまりもたもたしていると怒られてしまうかもって思ってましたけど、そんなことは全くありませんでした。だ、だって私生徒の皆さんにあんまり尊敬されてないし……「山ちゃん」とか「マヤマヤ」とか変なあだ名つけられちゃったりするし……。
 でも、私ってば篠ノ之さんの事をてっきり怖い人なんじゃないかって勝手に思ってたのに、本当は優しい子だったんですね!
 そんなこんなで私はやっとこさISを外して、代わりに篠ノ之さんを乗せて調整を行います。実はこの機体、訓練用ではなく教官用に調整されてますから少し手間がいるんですよね。
 よし、あとは篠ノ之さんと接続を確立すれば……

 終わりといったところで、何処からか鈴の音が聞こえたような気がしました。その直後、

 「へ?え、えええええっ!?何で?どうして!?」

 一斉に表示される無数のシステムエラーと警告表示。その上さっき調整し終わったばかりの数字が丸ごと全部初期値に設定されてしまって、そもそもコアが篠ノ之さんを認識できないような表示までされていて……お、おかしいですね。まさかさっき私が転んじゃったのが原因なんじゃ……。

 「ご、ごめんなさい篠ノ之さん!なんだか調子が悪くなっちゃったみたいで……」
 「あ……いえ、そ、それなら別に私は見学してますから……」

 そう言いながらラファールを降りる篠ノ之さん。うう、今度こそ怒られてもしょうがないのに……やっぱりいい子じゃないですか。
 あ……でも訓練している二人を見上げる目に、寂しさと羨ましさが混じってるみたいに見えて……やっぱり残念ですよね。折角ISに乗れる機会なのに、自分だけ乗れないって。

 「羨ましいですよね……専用機って」
 「え?あ、ああ。そう、ですね」
 「先生は結局専用機が貰えませんでしたから、オルコットさんや織斑君が羨ましいです。貰えなかったのは私があんまり強くなかったのが原因なんですけど……やっぱり専用機っていうのはIS乗りの憧れですからね」

 そう。しかもこの日本では代表候補生にまで専用機を作って回せるほど余裕がないんです。ISのコアはその全てがいずれかの国家や企業によって管理されてますけど、日本のISコアの大半がこのIS学園に集中させられていますから、必然とそれらは訓練機や研究用機体にされちゃうんですよね。
 日本以外の代表候補になっておけば……と思ってたのは内緒です。
 
 「……先生は、ISが怖くないんですか?」
 
 ぽつりと呟かれた言葉。
 思わずそちらを向くと、篠ノ之さんが少し暗い表情をしています。
 ……ははあ、成程。うんうん。よくわかりますよ、その気持ち。

 「先生も初めてISを触る前は怖かったです。何しろあの『白騎士事件』があったばっかりでしたから、今のようにスポーツとして使われるんじゃない、『兵器』としてのISは怖かったですよ」

 『白騎士事件』―――ISが、世界最強の兵器であるということが世界に知らしめられた事件。この世界が、形を変えてしまう最も大きなきっかけとなった事件を知らない人間は、おそらくこの世界にはいないでしょう。
 「たった一機の『白騎士』と通称されている正体不明のISに、世界中から放たれた二千三百四十一発のミサイル、二百七機の戦闘機、七隻の巡洋艦、五隻の航空母艦、八基の軍事衛星という、一国の軍事力にも匹敵しうる戦力を撃破されてしまった。」
 そう、ISは通常でこそその能力にリミッターがかけられていますけど、それを外せば現行兵器が束になっても敵わないほどの能力を持った『兵器』になるんです。

 「ですけど、私は初めてあの子たちに触れたときに怖いとは思わなくなりました。前も授業で言いましたけど、ISには心があります。とっても優しくって、とっても暖かい心。そんな心を持ったあの子たちは兵器として戦う事なんて望んでいません。私達と仲良くなりたい、友達になりたいって、そう話しかけてくるんです。篠ノ之さんも覚えがありませんか?」
 「え……」
 「私たちの友達になって、一緒に無限の空を駆け巡りたい。それがISたちの一番の願いなんだと思います。最初は怖がってた私でしたけど、そんな心に直接触れるうちに怖いなんて思わなくなっちゃいました。―――要は、私が怖かったのはあの子たちの事を知らなかったからなんですよ」

 だから、ね。篠ノ之さん。

 「もっとこの子たちの事を知りましょう。この子たちだって、篠ノ之さんともっと仲良くなりたいって思ってるんですから。そうすればきっと、怖いことなんて何もありませんよ」

 篠ノ之さんの手を取って、ラファールに触らせます。機械なのに暖かくて、触れているだけでなんだかほっとしてくる感覚。
 少し戸惑うような表情の篠ノ之さんでしたけど、こうやってちゃんと理解してあげれば大丈夫ですよ。わからないことがあったら、何でも聞いてくださいね。

 私は、先生なんですから。





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あとがき

 ISの能力変更その2。本編で一応千冬さんにご説明願いましたが、改めて簡単に。
 一夏君の特殊技能「零落白夜」の機能を一部変更させていただきました。まあ、見た目は同じなんですけども全力で斬ろうが突こうがそれによって相手は怪我をいたしません。
 相手がISだったら、エネルギーを根こそぎ消滅させられるだけで済みます。正真正銘一発当てるだけで競技としては勝てますので、競技として使用するならおそらく最強に近いのではないかと愚考しております。
 兵器としては使えないにも程がありますけどね。

 では、相も変わらず一夏君の視点だけは抜きの駄文をご覧いただき、ありがとうございます。
 この場を借りて、御礼申し上げます。



[26915] Sudden attack
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:9cf5cff8
Date: 2011/04/29 22:37
 クラス対抗戦当日。の、さらにその第一試合。それがあたしの最初の舞台だった。
 そして―――。

 「あんの馬鹿……いつまで人を待たせる気よ」

 巡りあわせか、運命の悪戯か。あたしの相手は一夏だった。
 正直ほっとしたわよ、いくらあいつが専用機を持ってるからって、腕前自体はへぼもへぼ。他のクラス代表には専用機を持ってないとはいえ、どこかの国の代表候補生が選ばれたりもするんだもの。あたしに当たる前に負けるんじゃないかって冷や冷やしてたんだから。
 でも、もうそんなことは気にしなくていい。これから始まるのはあたしと一夏の二人だけの舞台だもの。

 「あいつったら……よくもあたしを無視してくれたわね!絶対許さないんだから!!」

 そう、アイツってば、あれからあたしに何にも言ってこないんだもん!「悪かった」とか、「許してくれ」とか言ってきたのなら、寛大なあたしはまあ、許してあげないこともないっていうのに!
 しかも……それだけじゃ飽き足らず毎日毎日箒と……セシリア、だっけ?あの二人とイチャイチャイチャイチャしやがってえ!!あたしがISのこと教えてあげるって言ったのに結局あの二人と訓練してるし!
 そんなわけで完全に怒り心頭なあたしとしましては、泣いて謝るまで許さないことに決めたのだ。

 ……え?あたしから会いに行かなかったのは何でって?
 
 い、行けるわけないでしょ!!い、行ったら……また、その、一夏とケンカして、これ以上仲悪くなっちゃったりしたら……って!何言わせんのよポンコツ!!
 そう、こいつは……あたしの相棒、甲龍は何だか知らないけどよくこんな茶々を入れてきやがるのだ。他の訓練用ISとかはこんなの無かったのに。
 ISは機体ごとに人格が備わっていてその性質は異なるって聞くけど、こんなに搭乗者に馴れ馴れしいISって他にあるのかしら?

 鈴音は反応が興味深いから……って本当いい加減黙りなさいよアンタ!!スクラップにするわよ!!
 怒気を向けてようやっと黙る甲龍。そして、同時にピットから出撃してくるISのデータが表示される。
 ―――白式――― 
 一夏の専用機のデータだ。なんか、これだけ見るとあんまり強そうに見えないのよね。兵装は近接ブレードだけ、出力だけは甲龍と同じくらいあるけど、これじゃ訓練機に毛が生えたようなものじゃない。なんでこんなの使わせてるんだろう?

 ま、どんな機体であろうと関係ないけどね。あたしと甲龍の前では。

 一夏が出てくる姿を確認して、あたしはスタート・ラインまで移動する。アリーナの中央で向かい合う形となったあたしたちにアナウンスでルール説明がされているけど、そんなのどうだって構わない。
 とりあえず、最後のチャンス位はあげようかな。返答次第では痛めつけるレベルを下げてあげてもいいし。

 「一夏、少しは反省した?」
 「え?……あー、やっぱダメだ。よくわからんから反省のしようがない」
 「……あ、そう。そんじゃあたしに謝る気もないってことね?よーくわかったわ!」
 「だから、説明してくれって言っただろ!わかんねーから何を謝るのかわかんねーんだよ!」
 「それを説明したくないから……っああ!もういい!そんじゃ、こうしましょう!この試合で勝った方が負けた方に何でも相手の言う事一つ聞かせられる!」
 「ああ、それでいいぜ。俺が勝ったらせ……っと、とりあえず覚悟しとけよ!」
 「こっちの台詞よ!」

 ああもう!ちょっとでもアイツに期待したあたしが馬鹿だったわ!もう絶対許さない!

 「一応言っておくけど、ISの絶対防御も完璧じゃないのよ。シールドエネルギーを突破する攻撃力があれば、殺さない程度にいたぶることだってできるんだからね!」

 もちろんそこまでするつもりなんてないけど、痛い目は見せてあげる。
 ……だって、あたしは泣きたいくらい痛いんだもん。お相子だよ、一夏。

 鳴り響く試合開始のブザー。そしてあたしたちはお互いの獲物を構える。
 アイツの手には近接ブレード。装備名称は『雪片弐型』というらしい。日本刀の形状に似たそれは、あたしから見るとえらく細くて頼りなさそうに見える。
 それに対してあたしが手にしているのは二本の青竜刀タイプのブレード。
 連結させればあたしの身長よりも大きくなるそれを両手に構えて、まずは先制の一撃を見舞う。
 ―――この程度で、墜ちるんじゃないわよ?
 武器の大きさは十分。重さもあたしの方がずっと上。打ち合うならば必ずあたしが勝つだろう。もちろん一夏のブレードは細くて軽量な分その速度や取り回しがあたしよりずっと速いのだろうけど。
 そこらへんは、使い方でどうとでもなるわ。
 両手に持ったブレードを構えたまま、あたしは体を回転させながら一夏に切り込む。
 そう、腕の力だけで振るから速度が落ちるのなら、全身を使えばいいだけの事。威力なんて速度が出れば勝手についてくるわよ。
 スラスター推力のベクトルを、体の回転とそれに合わせた突撃方向に合わせて、衝力と回転によって生まれた力をそのまま叩きつける。
 もちろん相手は動くわけだから、防ぐなり避けるなりするのは当然。一夏もあたしの予想通り回避のために少しだけ距離を取る。まともにブレードで受けたら、ブレードが折れるかもね。

 でも、一夏。あたしの武器が二本なのは飾りじゃないんだよ?

 一撃目が防がれようと避けられようと、もう片方の腕に持ったブレードがある限りあたしからは逃げられない。一撃目以上に円運動の力が乗った二撃目は、違うことなく回避した先の一夏を捉えていた。
 今度こそその刀で受け止めようとしたみたいだけど、さっきの一撃目も受けられないのにこれが受けきれるわけがないでしょ?

 甲高い金属音の後、ブレードを離さなかったのは褒めてあげる。でも、それ以外は全然ダメ。胴ががら空きになってるわよ?

 間をおかずに繰り出された三撃目―――空振りした一撃目の力をそのまま乗せて、あたしのブレードが一夏の胴を薙ぎ払う。
 クリーンヒットしたその斬撃はシールドによって威力の大半を殺がれてしまったけど、一夏を吹っ飛ばすくらいは朝飯前だ。

 「あっきれた。初撃もまともに防げないのアンタ」

 こんなのじゃ、甲龍が本気出す前に終わっちゃうわよ?
 体勢を立て直した一夏に、もう一度身体の回転付きの斬撃を叩き込む。今度は最初から回避せずに、ブレードを使って受け流すつもりみたいね。
 へえ、やるじゃないの。でもね。
 一回受け流しただけで安心してると、痛い目見るわよ?
 受け流された力をそのままに、あたしは体の回転軸を少しだけ修正する。そうすれば、ほらね。
 さっきと同じ二撃目が、今度は袈裟懸けに切り下される。ブレードで受け流そうにももう遅いわよ。
 肩口に直撃したブレードはそのままシールドを削って絶対防御にまで到達し、一夏の身体を地面に向けて叩き落とした。
 それにしても姿勢制御だけは上手いわねアイツ。そのまま地面にぶつけてシールド削ってやろうと思ってたのに、直前でブーストして激突を避けたんだから。
 ま、だからってあたしの攻撃が防げなきゃ関係ないけどね!
 再び攻撃を仕掛けるべく一気に距離を詰めようとしたあたし。でも、一夏ってばあろうことか逃げやがったのよ!
 距離を取って体勢を立て直そうって腹なのかもしれないけど、あんたそれは射撃武器を持ってなきゃ意味ないってことわかってんの?
 それに、男のクセに逃げるなんて見損なったわよ、一夏。

 「ちょこまかしてんじゃ……ないわよっ!!」

 そう、折角あたしがあんたがやりやすいように接近戦を仕掛けてやったってのに、距離を取って戦いたいっていうんなら。
 その『あたしの本来の間合い』でボッコボコにしてあげるわよ。
 ハイパーセンサー……リンク完了、空間収束座標特定。
 エネルギー収束……完了。ハイパーセンサーとのリンク正常。座標位置への空間圧縮開始。

 ―――『龍咆』射撃準備完了。

 甲龍から示される情報画面に、あたしのISが持つ主兵装の使用準備が完了したことが伝えられる。だけどあたしはそんなもの見ちゃいない。だって、使えることなんて感覚でわかるもの。
 そして、その感覚を受け取った甲龍は、その肩の装甲を展開して内部の空間圧縮装置を発動させ。

 衝撃音が炸裂し、不可視の弾丸が一夏を叩き落とした。

 あーあ、何が起こったのかわかってないみたいな顔してるわね。……それじゃ、分かるまで教えてあげようかしら?
 二度目の衝撃音が、一夏を吹っ飛ばして地面に転がす。ボールみたいに吹っ飛んだ一夏は、相当エネルギーを削られてるみたいで、ブレードを杖にしてなんとか立ち上がってきた。
 ……いい、気味よ……ばか。
 3発目の衝撃砲を発射するために空間を圧縮。立ち上がった一夏に照準を合わせて発射した不可視の弾丸は、突然横っ飛びに動いた一夏に避けられてしまう。
 まあ、偶然よね。そう思ってもう一発。一夏に照準を合わせて発射―――また、避けた?
 ……おっかしいな?ハイパーセンサーでも確認できないはずなんだけど。空間の圧縮率を図ったところでもうその時点では発射されてるし……。

 「よくかわすじゃない。この『龍咆』は砲身も砲弾も目に見えないのが特徴なのに」

 まあ、そもそも砲身を作って、それ自体を砲弾にしてるからどっちも一緒なんだけどね。でも、見えないはずなのになんで避けられたんだろう?

 「ってぇ……まあ、相手がお前だからな。なんとなく勘ってやつだよ!」

 そう言って突撃してくる一夏。勘で避けられるんなら苦労しないわよ全く……と、いけないいけない。
 一夏が振うブレードを受けとめて反撃―――って、何よこいつ。無駄に一撃は重いのね。片手で受けるのはしんどいかな。
 とっさに方針を転換、左手側で受け止めきれない力をそのまま受け流して、ついでにそのまま身体を反転させる。背中から斬るのが卑怯とか言うんじゃないわよ。
 でも、そんなあたしの目論見は予想外の一夏の行動のせいで完全に外れてしまった。受け流されて崩れた体勢のまま、真横にブーストして体当たりなんて、してくる?普通。
 しかもあいつったらどさくさにまぎれてあたしを背中からだ、抱きしめるみたいに……こ、ここ、こんな場所で何すんのよばかぁっ!

 「さっきのお返しだぞ!鈴!」

 はっと正面を見ると、すぐにもぶつかりそうな距離にフェンスが……って!あいつあたしをフェンスに叩きつける気!?

 「調子に乗んな!馬鹿いちかあっ!!」

 ハイパーセンサーで後方の視界を確認。そしてあたしは真後ろからあたしを掴んでいた一夏に向けて衝撃砲を叩き込んだ。同時に後方に向けての瞬時加速でフェンスに突っ込もうとする速度を相殺し、体勢を変えてフェンスに着地する。
 ……普段ならおっかないからやんないのよ。こんなこと。
 で、あたしにこんなことさせた馬鹿は……案の定、ふっとばされて地面を転げまわってたわ。

 「な、何だよそれ!真後ろにも撃てるなんて聞いてねえぞ!」
 「言ってないわよ!」

 なんでいちいち全部説明してやんなきゃいけないのよ!それくらい……他のことだって、わかりなさいよ。
 起き上がった一夏めがけて、再び衝撃砲を発射する……けど、どういう手品かあいつはまた避けてしまった。勘って言ってたけど、そんなもので避けられるわけないのに……。

 「なんで避けてんのよアンタはあっ!!」
 「当たったら痛いだろうがそれ!ダメージ洒落になってねえんだぞ!」

 そんなこと聞いてんじゃないわよ!……っ!また避けるし!何で当たんないのよ!!もうあったま来た!
 あたしはいくら撃っても当たらない衝撃砲をやめて、両手のブレードでの接近戦に切り替える。
 一夏がどうやって避けてるのか知らないけど、だったら避けられない距離まで近づけばいい。
 現に、さっきの真後ろへの砲撃は避ける暇もなかったわけだしね。

 「本気でいくわよ。一夏」
 「っ……そりゃこっちのセリフだ。」

 ちょこまか動いていた一夏のほうも、あたしの意図には気づいたみたい。近接ブレードを正面に構えたその姿は、あたしがどんな機動で強襲しても対応できるようにするためなんだろうけど、何をやろうがさっきと同じよ。
 シールドエネルギーだってもう1/3も残ってないだろうし、速攻で沈めてあげる。
 あたしの意思を受け取った甲龍がその出力をバーニアに集中させる。
 さっきはとっさに後ろ向きで使って減速してみせたけど、本当はこうやって一気に加速して一瞬の間に相手に詰め寄るための技術―――瞬時加速。
 あたしはブレードを構えたままそれを使って一気に一夏との距離をゼロにして―――って、えええっ!?
 
 いや、一瞬何が起こったのかわかんなかったわよ。だって、瞬時加速を使って間合いを詰めてやろうと思ってたら、一夏が真正面から瞬時加速で突っ込んできたんだもの。

 え?避けられるわけないでしょ。相対速度考えなさいよ。そりゃ、まさか一夏が瞬時加速を使えるなんて思わなかったからびっくりしたのもあるけどさ。真正面から瞬時加速同士がぶつかりあったんだから、回避なんてできるわけないじゃない。

 つまり、どうなったかというと。

 「「~~~~~~~~~~~~っ!!!!!」」

 超高速であたしと一夏が頭突きしあったような形になり、お互い頭を抱えて悶絶する羽目になったわけよ。
 ……うるわいわね!マジで痛かったのよあれ!シールドエネルギーが50近く削れるとかどんだけ威力があるヘッドバットなのよ!!

 「なんであんたまで瞬時加速してくるのよ馬鹿!!」
 「知らねえよ!!だいたいあれ俺の切り札だったんだぞ!どうしてくれんだよこの馬鹿!」
 「それこそあたしが知ったこっちゃないわよ!おとなしく切られとけばいいじゃない馬鹿!」
 「誰が斬られるか馬鹿!」
 「馬鹿馬鹿言うな馬鹿!」
 「馬鹿はそっちだろ馬鹿!」



 ***



 ピットの中に木霊する三者三様の溜息。……織斑先生は腕を組んだまま、篠ノ之さんは顔を押さえて呻くように、オルコットさんは頭痛をこらえるようにそれぞれ吐き出しています。

 「……馬鹿と呼ぶことすら嫌になって来るな」
 「あいつは……試合の真っ最中だというのに何をやっているのだ何を……」
 「わたくしがせっかく瞬時加速を教えて差し上げたと言いますのに何をやっていますの、もう……」

 私は……あ、あはは。苦笑いするしかないですね。でも、まだモニターの向こうでは織斑君と凰さんが口げんかを続けています。
 ケンカするほど仲がいいともいいますけど、この試合だってちゃんと授業の一環なんですよ?ふざけてちゃめーです。

 「……山田先生。いい加減止めてもらえるか?私はもう怒る気力も失せた」

 へうっ!?わ、私ですか?私が言わなきゃだめですか?そ、そうですよね。このまま放っておくと授業が成り立たなくて、最後には学級崩壊に……そうなったら……。

 『だ、だめですよみなさん!授業をちゃんと聞いてください!』
 『へへーんだ!マヤマヤーのいうことなんてきかないよーだ』
 『そ、そんなあ……織斑先生~』
 『いつまでも私に頼るな。君のクラスなんだぞ。山田先生』
 『やーいやーい、マヤマヤー』

 ……い、いけません!そんなのダメです!うう……わ、わたしがちゃんとしなきゃ……
 深呼吸して、私は二人に届くようにマイクの音量を最大に設定します。こ、これならわたしの言うこともちゃんと聞こえますよね!

 「織斑君っ!凰さんっ!ふざけてないでちゃんと試合をしなさいっ!先生怒りますよっ!」

 い、言えた!言えましたよ織斑先生!これで私も一人前の先生に……って、あれ?
 モニターの中の二人は、まるで私の声何て聞こえていないように口げんかを続けています。そ、そんな……あの二人が不良になっちゃったんでしょうか!?
 涙目になる私を見かねたのか、今度は私からマイクを取った織斑先生が二人を叱ります。……うう、傍で見てるだけでも怖いですよぅ。

 「おまえらいい加減にしろ!!まとめて……」

 雷が落ちるような怒声がアリーナに轟く……かと思ったら、相も変わらずモニターの中で二人は口げんかを続けています……こ、これって?
 戸惑う私の隣で、何かを察したのか織斑先生は表情を一変させます。

 「山田先生、アリーナの遮断シールドはどうなっていますか?」
 「へ?シールドって、いつものように1に……って、ええっ!?レベル4!?」

 わ、わたしこんなの触ってませんよ?本当ですよ?

 「一夏さん…一夏さんっ!?答えてください!一夏さんっ!!……だ、ダメですわ。プライベート・チャンネルまで通じないなんて!」
 「くそっ!一夏!一夏ぁっ!!気づかんか大馬鹿者っ!!」

 叫ぶように言うオルコットさんと、血相を変えてマイクに向かって叫ぶ篠ノ之さん。そ、そんな……このアリーナの通信設備はまだしも、IS同士のチャンネルを妨害するだなんて、そんな事――
 できるわけがない、なんて考えを嘲笑うように。

 モニターの中を、紫色の閃光が覆い尽くしました。



 ***
 
 

 「鈴!!」

 突然、甲龍から発せられる警告。何の前触れもなく表示されたそれと、一夏の声とあたしを庇う腕のどちらが早かったのかわからない。けど、そんなこと考える余裕なんてあたしにあるわけなかった。

 直後に降り注いだ閃光に、あたしの目の前で一夏が飲み込まれてしまったのだから。
 
 
  ―――え……?―――


 理解何てできるわけがなかった。
 だって、あいつってばあたしにボコボコにされてたくせに諦め悪くって、速攻で止めを刺してやろうって思ってたのに、瞬時加速なんて似合わない真似してあたしとぶつかって、あたしのこと散々馬鹿馬鹿って言いやがるもんだから、あたしも頭にきて言い返しちゃってて。
 なによ。アンタ、あたしよりずっと弱いじゃないのよ。なのになんで―――

 あたしを庇って、そんなところに倒れてるのよ。

 「い……一夏ァっ!!」

 一夏のISはシールドエネルギーを削られきって、待機状態にまで戻ってしまっていた。
 それでも自分の主人は守ろうというのか、絶対防御の被膜装甲はいまだに展開し続けている。
 だけど一夏は目を覚まそうとはしない。当たり前だ。遮断シールドを貫いてしまうくらいの衝撃を直撃させられたんだから、意識を保っている方がおかしい。それに……あたしが言ったことじゃないのよ。

 ―――シールドエネルギーを突破する攻撃力があれば、殺さない程度にいたぶることだってできるんだからね―――

 そう、そのとおりだ。よりにもよって、一夏はそのとおりになってしまった。頭からは血が流れていてパイロットスーツはところどころが裂け、肌には火傷したように爛れてしまっている個所もある。打撲なんてそこらじゅうだ。
 でも違う、こんなのあたしは望んでなんかいない。一夏をこんなふうにしたいなんて、誰が思うもんか。
 そんなあたしの思考を遮るように、甲龍が緊急通告を表示する。
 ――フィールド上空より熱源。所属不明のISと断定。警告、敵性と認識されている。対象IS、砲撃形態に移行――

 まずい―――

 こんな状態の一夏にさっきの砲撃を加えられたりしたら、それこそ絶対防御でも防げないかもしれない。考えるより前にあたしは一夏を抱きかかえて、ピットへ逃げ込むために飛んでいた。そして一瞬遅く、あたしと一夏がいた場所にもう一度砲撃が浴びせられる。
 さっき開けられたフィールド上空の大穴から降り注いだ紫色の粒子砲。地面に衝突して大穴をあけ、炎と煙を噴き上げる様からは、威力だけならあたしの『龍咆』なんて比じゃないってことがよくわかる。
 けど、そんなことより今は一夏を安全なところに連れて行く。それが先決だ。あのピットの中に逃げ込めば―――

 「きゃあっ!!」

 いきなり、見えない何かに衝突して止められてしまう。あとちょっと向こうにはピットへの入り口があるっていうのに、ここから先に行くことができない。
 これは―――遮断シールドだ。まさか、閉じ込められた!?

 「な、何でよ!!開けて!開けなさいよ!!一夏だけでもいいから開けてえっ!!!」

 叫んで、見えない障壁を殴る。斬る。衝撃砲を叩き込む。だけど―――あたしの攻撃力じゃ、このシールドを突破するなんてできやしない。
 そうしていると、再び甲龍が警告を出してくる。―――敵性IS、射撃形態に移行―――

 やばい、動きが止まってたから狙われてる―――けど、チャンスかもしれない。あのISの砲撃がシールドを貫けるくらい強力なら、それを利用して穴をあけて逃げることができる。回避してさえやれば、こっちのものだ。
 ハイパーセンサーの視覚領域にかかる煙。あの砲撃のせいでフィールドに火災が起こっているせいで立ち上る黒煙の向こう側に、一夏を傷つけた奴がいた。
 
 「な、何よ……あれ」

 思わず、呟いてしまった。それくらいそいつは、あたしが見たこともないくらい異形なISだった。
 深い灰色をした、猿のように長い腕。首がまったくなくて、肩のアーマーと同じになっている装甲。そして何より奇妙なのは、3メートルはありそうな巨体の全身を隙間なく覆い尽くした全身装甲。
 とてもじゃないけどISには見えない。けど、甲龍は間違いなくあれがISだと言っている。でも、それならあの中にいる人間はどれだけでかいっていうのよ!
 その巨人は、ゆっくりとした動きで右腕を持ち上げるとあたしたちに向けてかざす。開かれたその掌には大型の砲門が埋め込んであった。
 ―――来る。
 センサーに表示されるエネルギー砲撃。タイミングと方向を見定めたうえで、あたしはその発射と同時に真横に向けて回避した。
 一夏を抱きしめたままだけどその程度は朝飯前。あたしの予想通りの軌跡を描く砲撃を難なく躱して、あいつが自分で開けた穴から逃げれば―――
 でも、あたしたちは逃げられなかった。砲撃を受けて穴を開けられたはずのシールドは、即座に修復され閉じてしまったからだ。
 逃げられなかったあたしたちを嘲笑うように、黒い巨人はこちらを向く。まさか……このシールドを展開しているのはアイツだっていうの?

 無機質なセンサーアイが赤い光を放つと同時に、巨人はその両腕をあたしたちにむけて翳す。その両手には左右同じような粒子砲の砲門が並んでいた。
 またさっきのような砲撃を繰り出してくるのかとあたしは予想したけれど、巨人が放ってきた砲撃は全然別物だった。
 さっきの砲撃を一点集中とするならば、今度の砲撃は面制圧―――まるでショットガンのように無数の細いレーザーを一斉に放ってきた。
 とっさに瞬時加速で逃げようとして……腕の中の一夏がいることに気が付く。そうだ、あたしは甲龍が守ってくれるけど、今の一夏は瞬時加速の加速度から守ってくれるISが動かない。つまり……あたしは足を封じられているようなものだった。
 だからって、一夏を置いておく選択肢なんてあるわけがない。
 あたしは巨人に背を向けて、自分の身体を盾にする。そしてその上で、真後ろめがけて最大出力の衝撃砲を叩き込んだ。たぶん、こちらに向かってきたレーザーのほとんどはそれで相殺できたと思う。
 だけど、全部じゃない。相殺しきれなかったレーザーはあたしに突き刺さり、甲龍からシールドエネルギーを奪っていく。
 (一夏を、これ以上傷つけさせてたまるもんか。)
 ハイパーセンサーで確認した後ろの視界のなかで、黒いISはもう一度両腕の砲門のチャージを始めだしている。動けないあたしたちを確実に仕留めるにはいい手段よね。
 さっきから何故か通信が全然効かないけど、こんな異常事態なんだもの。きっとすぐに先生は来てくれるだろう。だけど、それまであたしは持つんだろうか?
 一夏に負担をかけすぎない速度で黒いISから少しでも距離を取ろうとする。けど、それを待ってくれるような相手でもないみたい。
 再び斉射されたショットガンのような紫色のレーザーの雨を、あたしはさっきと同じ手段で防ぐ。だけど相手が射撃の密度を上げたせいか、相殺できたレーザーはさっきよりも少なかった。
 つまり、残りはあたしに容赦なく襲い掛かって甲龍からシールドを削っていく。しかも、防ぎきれなかった衝撃がダメージとしてあたしに伝わってきはじめたせいで、軽く意識が飛びかけたじゃないの。
 このままじゃ、一夏までやられちゃう。

 「そんなの……やだよ」

 あたしのすぐ目の前にある一夏の顔。やっとこんなにそばにいられるようになったのに、あんなわけのわかんないのになんで負けなきゃいけないのよ。

 「……っざけんじゃないわよおおっ!!」

 最大出力の衝撃砲を叩き込む。けど、攻撃力が無茶苦茶なら防御力まで無茶苦茶なのか、一瞬のけぞっただけですぐにあの黒いISはあたしに向けてレーザーの斉射を繰り出してきた。もうこいつ、完全にあたしを削りきる気だ。
 しかもあたしの衝撃砲はその特性上、連発が効かないという欠点がある。空間圧をかける時間が長いほどに威力は上昇するのだけど、短ければその威力は激減してしまう。
 斉射された紫色のレーザーを相殺できた量はさらに減り、あたしは本気で意識を失いかける。とどまれたのは、あたしの目の前に一夏がいるからだろう。あたしが気を失ったら一夏を守れなくなっちゃうんだもの。
 一夏の身体をぎゅっと抱きしめて、あたしは離れかけそうな意識をむりやり引き戻す。甲龍も、装甲が相当にダメージを受けていてボロボロだ。……悔しいにもほどがあるわよ。このあたしが、甲龍が、一夏を守れないなんて。
 センサーの視界のなかで、あの巨人がまた斉射体勢に入る。

 ……くっそう、あんな、奴に。

 「いち……かぁ……」

 意識が朦朧としていたせいで発動の遅れた衝撃砲の合間に、再び斉射された紫色の雨が降り注ぐ。
 もう、防げない―――レーザーがあたしに降り注ごうとした、その直前に。




 蒼い巨大な星明りが、紫色の雨を根こそぎ薙ぎ払った。


 
 
 遮蔽シールドを外側から力ずくでぶち抜いて、青い猟犬が黒い巨人に食らいつく。
 そしてその主たる蒼穹の射手は、その猟犬たちがこじ開けた道を優雅に、だがその目に凄まじいまでの激情を潜ませて歩んでくる。

 「貴方は―――侮辱しましたわ。この学び舎と、ここに集う乙女たちを」

 自分の領域に入り込んできた侵入者に、黒い巨人は侵入者に従う猟犬を振り払いながらも赤い瞳とその両腕を向ける。

 「そして、わたくしの想い人と、恋敵を」

 巨人の腕から放たれる紫色の閃光。巨人の領域を守護する障壁を撃ち貫くほどの威力を持ったそれは、しかし侵入者の抜き放った青い閃光に逆に飲み込まれ、放った巨人の片腕もろともに消し飛ばされる。

 「貴方―――」

 吹き飛ばされた腕から覗くのは、機械の破片。人間の腕があるはずの場所に覗くそれを見ても尚、蒼穹の射手は決して揺らぐことなどない。

 「ただで帰れると、思いませんことね?」


 それは、IS学園第一学年最強を誇るIS操縦者―――セシリア・オルコット。
 


===========


 あとがき

 対鈴ちゃん戦兼、本来予定していた最終戦序幕の回をお送りしました。
 ここからしばらく戦闘続きです。描き切れてないから全然終わりません。どうしましょう本当に。
 
 とりあえず甲龍に関しては現時点で魔改造は施してはいません。代わりに鈴ちゃんをほんの少しだけ強くしているつもりなのですが、そう見えないのが困りものです。
 ブルーティアーズくらい強くしやすい設定なら楽だったのに……

 ともかく、相も変わらずヒロインばかりの視点の駄文をご覧いただきありがとうございます。
 この場を借りて、御礼申し上げます。



[26915] Invisible enemy
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:9cf5cff8
Date: 2011/04/29 22:45
 「なっ!なななな!なんてことしてるんですかオルコットさん!!だ、ダメです!危ないです!早く戻ってきてくださいっ!!」

 モニターに映し出された生徒の凶行を目の前にして、山田先生は血相を変えている。通じないマイクに一生懸命叫んでみてもオルコットに届いていないのは分かりきっているだろうに。
 しかしまさか最高レベルに引き上げられた遮断シールドを力ずくで破るとは思わなかった。通常時の彼女のスペックでは―――というより、リミッターをかけられた普通のISでは到底できないような真似をしてのけたのは、ひとえに今のオルコットの感情をISが忠実に読み取っているからだろう。
 彼女の主兵装「ブルーティアーズ」は搭乗者の思念を読み取って稼働する第三世代型兵装だ。故に搭乗者と機体の意識同調率が高ければ高いほどにその稼働率は上昇し、果ては砲撃の軌道すらも自在に操る『偏向射撃』にまで至るとある。
 ならば、今の彼女はそれに至るまさに一歩手前なのだろうか。既に砲撃の威力だけで見れば通常時の数倍にまで跳ね上がっている。
 それを為したのは何か―――

 「……搭乗者とISが同じ感情を共有した。とでも言うのか」

 『怒り』
 極めて単純であり、それ故にあらゆる感情の中でも最高クラスのエネルギーを発しうる「原初の感情」
 その感情を共有したオルコットとそのISに、普段見せているような澄ましたような表情はない。感情を剥き出しにした顔を作っていないのはせめて残った彼女のプライドか、それとも単にキレすぎて表情が追い付いていないのか。おそらくは後者なのだろう。
 モニターに映るのは整いきった人形のように冷徹な面に、瞳の中にだけ燃え盛るような激怒を宿した表情。
 対して彼女が纏うISはその感情を隠しもしないというのか、溢れ出るエネルギーを紫電の姿で己が身に従わせ、桁違いの出力で放出されるエネルギー砲撃の冷却を行うために、蒸気のような姿で冷却材を吐き出し続けている。
 あれでは、仮に山田先生の声が聞こえていたところで止まりはしないだろうな。
 もっとも、私の制止すら振り切って出て行った時点で頭に血が上りきっていたのだろうが。

 「本人がやると言っているのだから、やらせてみてもいいだろう」

 それは半ば諦めの言葉であったが、決して自棄になったものではない。凰が一夏を庇いながら戦っていた姿から、あの機体のおおよその戦力は察しが付く。
 その戦力的に考えればオルコット一人で一夏と凰を守り、あの正体不明のISを撃破することはそう難しいことではないだろう。
 
 「お、織斑先生!何を呑気なことを言っているんですか!!すぐに助けないと……!」
 「どうやってだ?オルコットが遮蔽シールドに開けた大穴は律儀に閉じられてしまったし、内側から開けさせようにも通信が届かん。第一、今のオルコットに勝てる教員がどれだけいるというんだ」

 腹の立つことだが、事実だ。伊達に入学時点で山田先生に土をつけたわけではないし、怒りをエネルギーにした彼女のISは教師部隊のラファールとは性能が桁違いだ。単純出力だけなら学園最強を自負する生徒会長すらも凌駕しているだろう。
 
 「落ち着いてコーヒーでも飲むといいさ。糖分が足りないからイライラするんだ」

 どれ、私も淹れておくとしようか。ここのところインスタントばかりなのは気に食わないが、学園であまり贅沢をいうものではないな。一夏と一緒に実家に戻った時にでも淹れさせようか。
 それにしても一夏の馬鹿者め。凰を庇うのはいいが自分から当たりに行くとは何事だ。仲間を守るのは結構だがそれで自分が落されては結果的に仲間に迷惑をかけてしまう事がわからんのか。最近は箒やオルコットと訓練を重ねていたせいか、多少は見れるようになってきたかと思っていたが、これでは全くダメではないか。箒も何を教えていたのだ。私がきちんとそういうことをお前に教えていただろうに、自分だけが理解できているだけではどうにもならないと何度言わせるつもりだ。そのせいで一夏があんな目に……

 「……あの、先生?それ塩ですけど……」

 手が、止まる。
 私が無意識のうちにコーヒーに混ぜていたスプーン。それがどこにあったものなのかを改めて確認してみようか。
 卓上に置かれているのはポット。インスタントコーヒー。私は入れない派なので手を付けない粉末ミルク。砂糖。塩。

 ……塩?

 「なぜ塩があるんだ」
 「さ、さあ?……でも大きく『塩』って書いてますけど……」

 そんなことは見ればわかる。
 私が聞いているのはなんでこんなところに必要もない塩なんて置かれているのかだ。コーヒーに塩を入れて飲む奴なんているか。

 「あっ!やっぱり織斑君のことが心配なんですよね!そ、そうですよね。あんなに酷い怪我をして……」

 そんなことも見ればわかる!
 私が苛立っているのはあの大馬鹿者が状況を欠片も理解せずに仲間に迷惑をかけていることだ!むしろ自業自得だ当たり前だ!終わったら私直々に鍛えなおして……!

 少し強めに、咳払いをする。
 いかんいかん。私が落ち着きを無くしてどうする。このような事態を収拾するのが私の役目だろうに。
 まあ既に3年生の情報部隊に遮断シールドのクラッキングをさせてはいるし、教師部隊にも待機させてある。緊急事態として日本政府への救援も要請したのだが、オルコットの暴走は予想外だったな。
 まあ、おかげで早く片が付きそうではあるが……。

 「で、でも本当にオルコットさんも篠ノ之さんも血相を変えて出て行っちゃって……織斑君も凰さんも本当に大丈夫でしょうか?私もう心配で心配で……」

 ……何?

 「篠ノ之が、出て行った?」
 「え?はい。オルコットさんを追いかけるように行っちゃいましたけど……」
 「……あの馬鹿が」

 オルコットはともかく、ISを使わない箒が行ったところで何の役に立つというのだ。唯でさえ私の眼の届くところに置いておかなければいけないというのに。
 思わず吐き捨てた罵声の奥で、こみ上げるように嫌な予感が燻っている。じりじりと焼け付くような不快な感覚を紛らわせるために塩入りのコーヒーを呷ってみたが、凄まじく不味いばかりで紛らさせることすら出来そうもない。
 考えうる最悪―――緊急時の指揮官としてそれを想定するのは当然のことだが、本当に最悪なケースだけは、私は想像もしたくなかった。

 私が、『元・日本代表』として日本政府とIS学園の両方から与えられた任務―――

 それだけは―――想像すらしたくないのだ。
 
 

 ***



 「……あんた……」
 「セシリアでよろしくてよ。そんなことよりさっさとお下がりなさい。邪魔でしてよ」

 あの黒い巨人を薙ぎ倒し、わたくしはブルーティアーズに追撃の命令を下しながらアリーナを進んでいきます。視界に留めるのは、わたくしの目の前でふざけた真似をしてくれた乱入者と、傷ついた一夏さん。そしてその一夏さんを守るように抱きしめる凰さんの姿のみ。
 しかしまあ……いくら一夏さんを庇っていたからとはいえ、そのような体たらくを晒すとは何事ですか?ボロボロのISに、傷ついた一夏さんを抱えたままでうろつかれては目障りですわ。

 「さっさと一夏さんを連れてお逃げなさい。ここから先は、わたくしの出番なのですよ?」

 そう、ここからはわたくしの舞台ですもの。一緒に踊っていただけるのが一夏さんではないのがとても残念ですけど、その鬱憤はあの無礼者を手討ちとすることで晴らして差し上げましょうか。
 もっとも、わたくしの一夏さんを傷つけたというだけでも万死に値しますけどね。
 そしてわたくしのその考えは、まさにブルーティアーズと同じものだった様ですわ。
 わたくしが凰さんの方を向いている間でも、ブルーティアーズは黒い巨人にその銃口を向けて砲撃を続けていたのです。おかげでわたくしに片腕をもぎ取られて地面に這いつくばっていた巨人は全身の装甲を砕かれたばかりか、今や片方の足、4つの赤い目の内の半分、胴の半ばが欠損する形になっていました。
 それこそ八つ裂きにしても飽き足りない―――と言わんばかりに。ですわ。
 ですが、あれほどまで破壊されてもまだ動けているということには驚くばかりです。残った腕を振り回し、醜くブルーティアーズを払おうとする巨人。
 人間の体躯をはるかに超える巨大な体に造形美の欠片もないような無機質で無粋な装甲。まるで醜いトロルのような姿に、わたくしは嫌悪感を隠せません。
 その意を汲みとったのか、ブルーティアーズはもがく巨人に更なる砲撃を降り注がせるのです。腕をかいくぐって胸元に砲撃を加え、よろめいた頭部を直撃させ、さらに残った足を狙い撃ち、風穴の開いた腹にさらに大穴を開ける―――
 青い光に食いちぎられるたびに、その傷口からは無数のケーブルと金属骨格が顔を覗かせ、巨人が唯の鉄くずであるということを証明していくのです。
 そう、中に誰もいないのです。操縦者など、いるはずがないのです。
 ですから、わたくしはブルーティアーズが伝えてくる事実の一つが信じられませんでした。

 ―――敵性「IS」、戦闘行動を継続―――

 あのような醜いものがISである―――とてもではありませんけども信じることなどできません。しかも―――

 「……貴方、何者ですの?」

 わたくしの問いに答えることもせず、黒いISは無機質な赤いセンサーアイを向けてくるばかり。そのような機械じみた行動もありますが、何よりもその傷口から覗く機械部品からは、あの巨人の中に人間が入っているとはとても思えないのですから。
 いかにその体が無駄に大きいとはいえど、いたるところから無数のケーブルと金属骨格が顔を覗かせ、腹の半分に風穴を開けられているのです。搭乗者がいるならばその体の一部でも見えなければおかしいですわ。
 そして、搭乗者がいないのであればそれはISではありません。
 ISであるというのならば、『搭乗者がいなければ決して動かない』はずなのですから。
 ですが、わたくしの愛機は間違いなくあれを「IS」だと言っています。
 『人間がいなければ動くことのないIS』を、『無人』で動かしているのだと。
 
 ―――まったく、この学園に来てからわたくしの常識は覆されっぱなしではありませんの。
 
 でも、そうだとするなら更に許し難いことが出来てしまいましたわ。
 あのISに人間が乗っていないのならば、『人間がいると錯覚させられているIS』があまりにも不憫ではありませんの。
 「IS」は、人間をパートナーであるとともに「友人」と見なしています。「友人と共に飛ぶ」「友人と共に競う」そのために動こうとするのがISなのです。
 ならば、そこにISの友人の幻を見せ、偽りの願いを以てISを騙していることがどれほどに罪深いことなのか―――

 おそらく、ブルーティアーズが最も憤っているのはそのことなのでしょう。気高く誇り高い我が愛機は、自分と同じISが無様を晒すことを好みません。たとえそれが、敵であろうとも。
 
 「真に罰されるべきは、貴方を騙した者なのでしょうね。ですけど今は―――」

 残った腕をわたくしに向ける黒いIS。偽りの願いの為にその力を振い、わたくしの想い人と恋敵を嬲ったその腕に巨人の最後の足掻きのようにエネルギーが収束され、今までで最大規模の砲撃が放たれます。
 おそらく残された全力での砲撃なのでしょう。偽りの友を守るべく、あの黒いISが渾身の力でわたくしを倒そうとする意思が、ブルーティアーズを通じて理解できますもの。
 ならばその偽りの幻影を全力で晴らして差し上げることこそ、わたくしとブルーティアーズの役目。

 『スターライト・ティアー』

 注がれる星明りの雫。蒼天よりも蒼い閃光の鉄槌は、紫色の閃光を一瞬で打ち砕いて残された腕を飲みこみ、そのままボロボロになった黒い装甲を押しつぶすのです。
 破壊の奔流に飲み込まれて崩壊していく黒い巨人だったものは、最後に何かを掻き抱くように残されていない腕を動かして、その機能を完全に停止させました。
 機体はもはや再生不能なまでに破壊し尽くしましたが、ISのコアはそう易々と破壊できるようなものではありません。コアが残っているのならば、あの子はまた、今度こそ本物の「友人」と飛べることでしょう。
 ……わたくしは嫌われてしまったでしょうけどね。

 「……で、いつまでそこで呆けているつもりですの?」
 
 さっさと逃げろと言いましたのに、わたくしを見上げて唖然としたような表情を浮かべている凰さん。貴女も代表候補生というのならこの程度の敵に何をぐずぐずしてらしたのかしら。
 
 「う、うるさいわね!あ、あんたなんか来なくたってあたし一人で倒せたわよ!」

 あら、それはお節介をしましたわね。でもそのようにボロボロになっていては説得力の欠片もなくってよ?
 それはさておき……。

 「それより、いい加減に一夏さんから離れませんこと?」

 そう、凰さんたら一夏さんの意識がないのをいいことに、まるでお気に入りのぬいぐるみを抱きしめるような格好で一夏さんを抱きしめてらっしゃるんですもの!なんてうらやま……コホン、一夏さんはこんなに酷い怪我をされているのですから、早く医務室に連れて行くべきなのですわ!だからさっさと……

 「……やだ」

 そう言って、さらにぎゅっと抱きしめる凰さん。とろんとした表情を浮かべながら頬を桜色に染めて―――って。

 「ふざけるんじゃありませんわよ!!なにが「やだ」ですのまったく!そんな事している暇ではないんですのよ!早く医務室にお連れしないと……」
 「あ、あたしが連れてくわよ……このまま」
 「このまっ?!あ、ああ、貴女という人は!一夏さんに何をするつもりですの何を!」
 「何をって、医務室に連れてくのよ……このまま」
 「だからその抱っこしたまま運ぶのをやめなさいと―――」

 ああもう!こうしていても埒があきませんわ!早急に織斑先生に連絡をとりませんと……。
 プライベート・チャンネルを展開して事態の収拾と後片付けのお願いをしようとしましたけども、何故か織斑先生は出ていただけません。お忙しいのかしら?
 ならば、山田先生に―――

 連絡を取ろうとして、突然ブルーティアーズが何の前触れもなくわたくしを真横に引っ張るように移動したのです。そして、そのまさに次の瞬間、


 ぞぶり、と―――


 何か突き刺すような不快な音。そして急激な熱を持ったような腕の感覚。
 遅れてやってくる、信じがたいほどの激痛。

 わたくしの左腕に、細身のブレードが突き立てられていたのです。

 つい一瞬前までわたくしの身体があった場所、もっと言えば、心臓があった場所に突然出現したブレード。
 本来ならば被膜装甲と絶対防御に守られているわたくしの身体に触れることすら敵わないというのに。あろうことかその無機質な金属はわたくしの二の腕を貫き、真紅の雫を落としていたのです。
 不甲斐ない話ではありますけど、わたくしはそれを理解するのに数瞬の時間を要しました。もし、即座にブルーティアーズがそれを為した不埒者に反応していなければ、そのまま返す刃で首を落とされていたかもしれません。
 わたくしの反応よりも早く、ブルーティアーズがその刃の主―――わたくしが討った黒い巨人を極端に細く小さくしたような姿の機体に集中砲火をあびせますが、その機体は更に早くわたくしから刃を引き抜き、まるで軽業師のような動きで砲撃を回避していきます。

 「―――――――!」

 普段のわたくしからは考えられないような悲鳴。ありえないはずの腕の激痛が、わたくしから思考と判断能力を奪っていきます。
 何もないところから突然出現した黒い機体。ISのハイパーセンサーにすら感知できなかったその姿は、先ほどの巨人に比べるとまだ幾分かISに似通ってはいたのです。
 ですが、その全身を隙間なく覆う装甲と、肩部と頭部が一体になったようなシルエットは先ほどの巨人にとてもよく似ていました。大きく違うのは、人間大になったその大きさと、両腕がブレードになっていること。
 いったいあれは何者なのでしょう。
 何故今の今までわからなかったのでしょう。
 何故あのブレードはブルーティアーズのバリアーと絶対防御を無視して攻撃できたのでしょう。
 その問いに思考するよりも先に、黒い機体はその両腕のブレードを振りかざして再びわたくしに襲い掛かってきたのです。

 「っ!ブルーティアーズ!」

 命令するよりも早く、わたくしの忠実なISは黒い「IS」にその砲口を向け、幾重にも砲撃を重ねていました。
 そう、「IS」。
 またしても、あれはISなのだとブルーティアーズは言っているのです。
 そのISめがけて殺到する青い閃光。ですが、その黒いISは恐ろしく身軽な動きでブルーティアーズの砲撃を回避していくのです。
 ですけど、わたくしとていつまでもブルーティアーズだけに攻撃を任せっぱなしにはしておりません。腕の傷からは赤い雫が流れ落ちてはいましたが、すでにブルーティアーズが傷口に被膜装甲を展開して止血を行っています。おそらく、痛覚もある程度緩和してくれているのでしょう。でなければ思考戦闘などできませんもの。
 おかげで片腕が使えませんけども、それでスターライトⅢが撃てなくなるわけではありませんわ。
 機動性に優れた近接機体―――まるで一夏さんのような相手ですけれど、あの時のように加減する必要などありません。4基のブルーティアーズに相手の動きを制限させるように砲撃を加えさせ、誘導した先にわたくしがスターライトⅢの一撃を加える。わたくしの必勝のパターン以外の何物でもないのです。
 なのに―――

 「なっ!消えた!?」

 そう、まるでそこに最初から何もなかったかのように、いきなり消え失せてしまったのです。光学迷彩というだけではなく、ISのハイパーセンサーのどんな情報からも『消失』したのです。
 戸惑うように動くブルーティアーズと、撃つべき目標を見失ったわたくし。たった今までそこでブルーティアーズの砲撃にからめ捕られようとしていましたのに―――

 「危ないっ!!」

 叫び声に一瞬遅れて、わたくしの背後から聞こえてくる金属音。刃と刃を打ち鳴らしたような音に驚きを以て振り向いた先には、黒いISの両腕のブレードを、同じく両腕のブレードで防いでいる凰さんの姿がありました。
 そこにいる―――ならば躊躇する暇はありません。即座にブルーティアーズは凰さんと鍔迫り合いの形になっていた黒いISに射撃を行いますが、体操選手でもやっているのでしょうか。黒いISは地面を蹴ると体操のようにくるくると回りながら射撃を次々に回避していくのです。
 しかも、予測射撃の先でさえ回避してしまうほどの恐ろしい運動性と反射能力。人間業ではありませんわよ。
 ああもう!また消えてしまいましたわ!今度はどこに……

 「大丈夫なのアンタ?!血が流れてるじゃない!」
 「『セシリア』ですわ。この程度、ブルーティアーズが止めていてくれますもの。それより貴女こそ一夏さんは!」
 「アイツをぶっとばしてから連れてくわよ!!」

 地面に寝かされた―――というより放り出されている一夏さん。うう、許してくださいな。後でわたくしがしっかり看病いたしますから。
 ですから、まずはあのISをどうにかしなければ―――

 「そこおっ!!」

 凰さんの一閃が、再び姿を現して襲い掛かってきた黒いISの斬撃を受け止めます。先ほどと同じく、視覚はおろかハイパーセンサーにすら反応がありませんでしたのに、何故わかるのかしら。
 
 「わっかんないわよ、センサーも働かないもん。だから勘で戦うしかないでしょ!」

 ……色々な意味で理解ができませんわ。勘などという不確かなもので攻撃が止められるのが、わたくしには到底わかりかねますもの。ですが今は、凰さんのそれに頼ることしかできませんわね。
 姿が見えたのならば―――討ち果たすのみ。
 ブルーティアーズの射撃がとうとう黒いISに直撃し、体勢が崩れたところにわたくしのスターライトⅢが突き刺さります。ですけど、それで相手の機能を止めるには至りませんでした。スターライトⅢの光に片腕の剣を砕かれ吹き飛ばされながら、黒いISは再びその姿を消してしまったのです。
 
 「凰さん、貴女の勘とやらでは次にどこを狙いますの?」
 「もしあたしが狙うとするなら……っ!!」

 言い終わるよりも早く、凰さんは両手のブレードを連結させて一本の大型の双頭刃へと変えました。そして、それを一夏さんめがけて投げつけたのです。
 何をしますの貴女!というわたくしの叫びは、まさに一夏さんめがけて振り下ろされようとしていた黒いISを、投擲された双頭刃が止める金属音にかき消されました。
 まさか、わたくしたち以外を狙うだなんて。そのような発想すらわたくしにはありませんでした。しかも意識のない一夏さんを狙うだなんて、そのような卑怯な行いをするという考えすら浮かばなかったのです。
 黒いISは双頭刃に弾き飛ばされた形で再び姿を消してしまいますが、もはやそれどころではありません。一刻も早く一夏さんだけでもここからお連れしなければなりませんわ。
 その考えに至ったのはどうやら凰さんの方が早かったようですわ。ブレードを投擲するや否や、真っ先に一夏さんに駆け寄っていたんですもの。
 当然わたくしよりも早くたどり着き、一夏さんを抱きかかえようとして―――

 「凰さ―――!!」

 鳳さんのすぐ真上に姿を現した黒いISが、残された腕の兇刃を凰さんめがけて突き立てようとしたのです。ブルーティアーズは間に合いません。スターライトⅢを構えて引き金を引き―――それよりも速く。

 紅の刃が、黒いISの胴を両断したのです。

 それは、まるでエネルギーをそのまま刃の形にしたような斬撃。白兵戦の業であるというのにその刃を振ったものはそこにおらず、あたかも狙撃のように離れた場所から繰り出された斬撃。
 そのような攻撃にわたくしは心底驚いていたのですが、それよりもさらにわたくしを驚かせたのはそれを放った人物でした。

 斬撃が飛来した方向―――ピットの方向に視線を向けたわたくしの眼に映るのは


 「箒……さん、ですの?」


 とても綺麗な黒髪を靡かせた、見たこともない真紅のISだったのです。


 
 ***

 
 
 紅―――

 ただ一面の、真紅の世界。紅い空、紅い水面、乱れ咲く紅い椿。よく見慣れた、見たくもないのに見慣れてしまっている悪夢の光景。
 何故、私はこれを見ている?
 そうだ。私はピットを飛び出していったセシリアを追いかけて、アリーナに張られた遮断シールドの向こうでセシリアたちが何かと戦っている姿を見て……それから―――

 『私を、呼んでくれたんだよ。箒ちゃん』

 ひどく聞き覚えのある声。というより、これではまるで私の

 『やっと、呼んでくれたね』

 極彩色の世界の中で、彼女だけは―――その声の主だけは別の色だった。当たり前だ。そこにいたのは私と全く同じ顔、私と全く同じ服装をした少女だったのだから。

 「わ……た……し……?」
 
 背筋に奔る戦慄。そこにいたのは間違いなく私だった。だけど、違う。現に私はここにいるし、第一私はあんなふうに笑ったりなんかしないはずだ。まるで三日月をかたどったように細められた目、酷くうれしそうに歪められた口元、自分と同じものでできているはずの顔が、まるで別人のようにすら見えるほどにはっきりと表された歓喜の表情。
 ―――あんな貌は、私にはできない。

 『ねえ、見て。箒ちゃん』

 歓喜の表情のまま、もう一人の私は真紅の水面を指さす。何もないただ紅いだけの水面にわずかな波紋がたてられると、そこにはまるで別の色が浮かび上がった。
 それはついさっき、この夢を見る寸前まで私が見ていた光景。一夏と鈴が試合を行い、あの妙な乱入者に妨害されて鈴が嬲られていたあのアリーナ。
 そこにもはやあの乱入者の姿は無い。先に駆け付けたセシリアによって完全に破壊された残骸と、もう一つ。
 上半身と下半身が泣き別れになった、黒いISのようなもの。あれは……確か。

 『うん。私が斬ったよ。箒ちゃんが、そう願ったから』

 セシリアと鈴が戦っていた機体。あのセシリアがあろうことか手傷を負わされ、鈴にその刃を突き立てようとしていた相手だ。
 それを……斬った、だと?

 『褒めてくれるんだ。嬉しいな』

 褒める?確かに鈴を救ってくれたのだから感謝はするが―――

 『それじゃあ、もっと斬るね。あいつらも斬れば、箒ちゃんは私を褒めてくれるよね?』

 何?―――

 「馬鹿なことを言うな!セシリアも鈴も私の友人だ!私の敵じゃないんだ!!」

 『そうなんだ』

 わかってくれたのだろうか。という、私の考えは的外れにも程があった。こいつが、この化け物が、そんなことを許容するとでも思っているのか。
 何故私は呼んでしまった。何故私は抜き放ってしまった。こいつは私の中に閉じ込めておかなければいけなかったのに―――
 彼女は何かを納得したように頷いて、とても嬉しそうな笑顔を浮かべたのだ。


 『じゃあ、やっぱり斬るね。友達は、私なんだもの』


 その言葉と同時に、赤い水面は彼女の身体に纏わりつく。そして、その姿を本来のものに戻していった。
 血よりも赤い真紅の装甲。紅のエネルギーを吐き出す真紅の翼。左腕に握られた機械仕掛けの日本刀。
 インフィニット・ストラトスの姿へと。
 ダメだ。絶対にダメだ。こいつを行かせたらまたあの時と同じだ。ISを襤褸切れのように引き千切り、その搭乗者に生涯消えないような傷を付けてしまう。
 今度は姉さんも、暮桜もいないのに―――

 せめて手を伸ばそうとして、その腕が全く動かないことに気づく。動かない理由は簡単だ。私の左手の組紐と同じような無数の紐が私を磔にしているのだから。
 そんな無様な私を見ながら、ISを身にまとった彼女は手にしていた貌のない仮面を自分の顔に取り付ける。そしてその仮面は瞬く間に真紅のバイザーへと姿を変え、その表情を全く隠してしまった。

 『箒ちゃんは私の友達。箒ちゃんを守るのは私。私だけ。だからほかのものなんていらないんだよ?』

 やめろ

 『あれ?斬ったのにまだ動いてる。ちゃんと壊さなきゃ』

 やめろ

 『うん。あれを壊したら全部斬っちゃおう。あとで褒めてね。箒ちゃん』

 

 「やめてくれ紅椿イイイィっ!!!!!!」

 

=========================

あとがき

 オリジナル敵登場+紅椿さん登場の回をお送りいたしました。
 オリジナル敵の発想については、原作のゴーレムⅢを参考にしたほか、「根性ねじまがったガンダムエクシア」を妄想した末に発生してしまった代物です。
 それと、原作には存在しない「紅椿のIS空間」というものに登場していただきました。
 ただし、原作と異なりうちの紅椿さんは病み椿さんとなっておりますため、用量、用法を守って正しくご利用ください。

 それでは、相変わらず一夏君視点なしでの駄文にお付き合いくださり大変ありがとうございます。
 この場を借りて、御礼申し上げます。
 



[26915] Deep Crimson
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:9cf5cff8
Date: 2011/05/02 07:09
 セシリアに名前を叫ばれて、振り向いた先にあったのはまさに目の前まで迫った黒いISの切っ先。
 両腕で一夏を抱えて、ブレードもなく、衝撃砲だって撃てやしない。あのブレードがどういう仕掛けか知らないけど、ISの絶対防御を無視して攻撃してくるなら、あれが突き立てられたらあたしはひとたまりもないだろう。

 「一夏―――」

 あたしの腕に抱かれて気を失っている幼馴染の名前を呼びながら、ブレードが自分を貫く未来を予測して―――

 だけど、そんな未来は真紅の光によって瞬時に薙ぎ払われていた。

 黒いISの胴を直撃した真紅のエネルギーは、まるでそれ自体が斬撃だと言わんばかりの鋭さで黒いISを両断してしまった。真っ二つにされたISは、そのまま吹っ飛ばされて上半身と下半身に分かれたまま地面に転がされてたわ。出来の悪いスプラッタ映画みたいにね。
 違うのは、その切り口に見える色が赤じゃなくて金属の光沢だったこと。無数のケーブルと金属骨格が切断面から顔を覗かせて、ショートした電流が火花を出していたことくらい。
 ひょっとして……あたし、助けられたの?あの紅いエネルギーの斬撃に?

 「……箒……さん、ですの?」

 呆けたようなセシリアの声。つられるように振り向いた方向には、長くて黒い髪を靡かせた紅いISがいた。
 箒……多分、箒なんだと思う。バイザーで顔を覆ってしまってるから表情なんて見えないけど、あんな髪の生徒は他に知らないし、スタイルだって……ってそれはどうでもいいのよ!
 だけど、なんだろう。何だかものすごく変だ。あんな紅い量産型機なんて聞いたことないし、箒が専用機を持ってるなんて一言も言わなかったわよアイツ。
 あたしとセシリアが戸惑っていると、箒……かもしれない紅いISはその背面装甲を変形させる。そして―――

 瞬時加速でも使ったというんだろうか。ううん、あたしたちが知ってる瞬時加速なんかとは比較にならない、まるで瞬間移動にも似た速度で、紅いISは地面に転がってまだ動こうとしていた黒いISへと襲い掛かった。
 自分に向けられかけていたブレードを瞬時加速の速度が乗ったままの足で踏み砕き、左手に持ったブレードでその肩口から切断してしまう。それも、熱したナイフでバターを斬るみたいに簡単にだ。
 両腕の武器を砕かれた挙句に片腕を切り落とされた黒いISに、もう戦闘能力なんて残ってるわけがない。ううん、最初に真っ二つにされた時点でもう終わってるはずなのに、紅いISはその頭を掴んで持ち上げ、左手のブレードを胸部に突き刺したの。

 ISのコアを貫いて、完全に破壊するために。

 「箒さんっ!!なんて事を!!」
 
 悲鳴のようなセシリアの声にも、紅いISは何一つ反応を返そうとしない。完全に壊れてしまったISを、まるでゴミでも投げるみたいにして放り投げたんだから。
 それから、紅いISは酷く機械じみた動作であたしと一夏の方を向いた。その顔はやっぱりバイザーに隠れてしまっていて見えやしないし、他の特徴から彼女が箒だって推測はできるんだけど。
 
 「あんた……誰よ……?」

 あたしは、とてもじゃないけどこいつが箒だなんて思えなかった。ついこの間会ったばっかりで、言うほど仲がいい間柄でもないけど、こんな機械じみた雰囲気の女の子じゃなかったもの。
 そんなあたしの問いに、紅いISは何も答えない。そのかわりにあたしの相棒がけたたましい位の警告を発してきたの。
 ―――敵性ISと断定。現状況よりの速やかな撤退を警告―――
 ……撤退?撤退ってどういうことよ。今すぐ逃げろって―――
 反射的に、一夏を抱えたまま真横に飛ぶ。つい一瞬前まであたしと一夏がいた場所に紅いISのブレードが振り下ろされていた。
 加減なんかない。本気であたしと一夏を斬ろうとしてた動きだ。
 やっぱりこいつ、箒じゃない。

 「貴女っ!!いい加減になさい!悪ふざけも度が過ぎましてよ!!」
 「セシリア!こいつ箒じゃないっ!!」

 紅いISから距離を取って、一夏を抱えたままあたしはセシリアのそばにまで後退する。そのセシリアはというと、あたしの言葉をまるで信じられないみたいに言うのよ。あんたの方が付き合い長いんだからわかりなさいよ。
 何ですって―――じゃないわよ。あんたISから警告出てないの?ぼーっとしてると……。
 紅いIS―――甲龍が表示したデータの中にその名称だけは表示されている。
 ―――『紅椿』―――
 それ以外のデータは全てが不明。兵装も、出力も、搭乗者ですら不明だなんてどうなってんのよあれは!
 紅椿は、あたしとセシリアに向けて無造作にブレードを薙ぎ払う。とても届くような距離じゃない。
 だけど、ただ横薙ぎに一閃された斬撃の軌跡はそこに紅いエネルギーを収束させて、月牙の様な弾丸をあたしたち目がけて放ってきた。しかもとんでもない速度で。
 黒いISを真っ二つにしたあれは、こうやって出してたのね―――。
 感心している暇もなく、あたしとセシリアは一緒に急上昇して斬撃を回避する。だけど、それが大間違いだったってことにすぐさま後悔したわ。
 紅椿はさっきと同じ瞬間移動じみた速度での瞬時加速で、あたしたちが回避した先に待ち構えてたんだもの。
 とっさにセシリアがブレードを展開して振り下ろされた斬撃を食い止めようとしたけども、どんな馬鹿力で斬りかかられたのか受け止めたブレードは簡単に圧し折られ、セシリアはそのまんま押し込まれるように吹っ飛ばされて地面に落されてしまった。
 
 「っ!!こんのぉっ!!」

 落されたセシリアは心配だけど、今はこっちが先。わずかに隙ができたおかげでチャージできた衝撃砲を、至近距離から叩き込んだ。
 だけど、折角発射した衝撃砲は相手が一瞬で右腕を変形させて作り出したエネルギーシールドに阻まれてしまった。……ていうか、さっきから何なのよこいつは!!
 悪態をついてやりたくてしょうがないけど、そんな暇すら紅椿は与えてくれない。衝撃砲を右腕で防いだと思ったら、そのまま左腕のブレードであたしを狙ってくる。
 下手に距離を取ったりなんかしたら、またあのとんでもない瞬時加速で先回りされる―――なら!躱すっ!!
 あんな無茶苦茶な威力を発揮してくるくらいだから、その速度だって無茶苦茶だけど回避に専念すれば避けるくらいはできる―――そう、思ってたのに。
 鈍い音と共に、甲龍の左肩アーマーが真っ二つに切断される。確かにブレードは避けたわ。けど、背面装甲が変形してブレードになるなんてどうなってんのよ。
 そちらまで避けきれなかったあたしは、体勢を無理やり動かしてはみたけど結果はこの様。一夏に当たらなかったから良かったけど、アーマーと一緒に『龍咆』が片一方破壊されてしまった。
 しかも拙いことに、紅椿はまだ攻撃の手を止めてくれそうにない。空振りしたブレードをさらに斬り返して斬撃を繰り出してきた。
 今度は体勢的に避けようがない。

 そこに飛び込んできたのは、鉄色のブレード。そして、スーツ姿のまま打鉄を装備した千冬さんだった。

 「さっさと逃げんか馬鹿者!山田先生!援護を!!」
 「は、はいっ!!」

 紅椿のブレードと切り結んだ千冬さんに続いて、ラファール・リヴァイヴを装備した山田先生が射撃武器での援護射撃を仕掛ける。それに、他の先生たちも……。
 やっと、来てくれた。遅いわよぉ……。



 ***



 私の目の前で、私の身体を乗っ取った紅椿が千冬さんと切り結ぶ姿が映される。
 私は何もできないまま紅い世界に磔にされ、眼をそらすこともできずにそれを見せつけられていた。いや、それだけではない。あの壊れたISを完全に壊してしまったのも、一夏と鈴に斬りかかったのも、セシリアを切り伏せてしまったのも、全て手に取るように見せつけられていたのだ。
 そのたびに私は叫び、懇願し、罵倒し、泣き崩れ、それでも決して止まろうとはしてくれない。
 あの時と同じ。私が、初めてこいつを起動させてしまった時と全く同じだ。

 『……また、こいつだ。私こいつ嫌い』

 「もういいだろう!!紅椿!頼むからもうやめてくれ!私ができることなら何でもするから!!お願いだ!!」

 私ができることはただ懇願すること。この化け物がわずかにでも心変わりしてくれるように、声の限り叫び、涙で顔を歪めてひたすらに嘆願する。それくらいしか、できないのだ。だけど―――。

 『うん。じゃあここにいてね。ずっと私に箒ちゃんを守らせてね。私は邪魔する奴全部斬って来るから』

 表情の見えないバイザーの向こうで、この上ない歓喜に顔を歪めているであろう紅椿がそのような願いなど聞くはずがなかった。
 最初からそう。姉さんが私にこいつを与えてくれた時から、こいつの願いはただ一つだけだった。
 
 『私が箒ちゃんを守るから』

 それが、こいつの願い。
 独自の自我を持ち、心を持つISとしてのたった一つの願い。
 他のISとはそもそも作り出された理由、存在理由からして異なる機体。

 それこそが紅椿。


 『……あれ、逃げようとしてる。逃がすもんか』

 思わず、息を呑む。紅椿は千冬さんと切り結び、山田先生や他の先生方からの集中砲火を浴びながらも、まるで何事でもないかのようにそれらをシールドバリアで防ぎ、その上でピットに向かおうとする一夏たちをその視界に入れていた。

 「やめろ!頼む!お願いだから―――」

 『逃がさない。私と箒ちゃんを邪魔するやつらなんて、皆私の敵だもの』

 瞬時加速―――そう、まるで瞬間移動のように紅椿は一夏たちの進路に先回りし、その刃を振う。

 『オマエタチがいるから、箒ちゃんは私を呼んでクレなかった。私ニ箒ちゃんを守らせてくれナカッタ!』

 紅椿は叫ぶ。叫びながら、その刃を一夏たちに向ける。

 『あんナにお願いしたのニ、あんなニヤメテって言ったのに、私以外ノISなンかと友達になっテタ!あンナニ私を呼んデッテ言っタノニ、私ヲ呼ンデクレナカッタ!』

 向けられた刃を間一髪のところで千冬さんに止められても、紅椿は止まらない。右腕にさらにブレードを呼び出し、両腕のブレードと展開装甲による斬撃で、尚も一夏たちを狙おうとする。

 『オマエタチノセイダ!オマエタチナンカイナケレバ箒チャンハ私ヲ呼ンデクレル!!私ニ守セテクレルンダ!!』

 「違う!私は―――」

 何が、違うというのだ。
 初めてこいつ起動させてしまったとき、紅椿は私を守るために周囲の全てを破壊し尽くしてしまった。たとえIS相手だろうが操縦者ごと引き裂いてまで私を守ろうとした。
 それを止めてくれたのは、千冬さんと姉さん。
 暮桜を破壊しながらも、姉さんの緊急停止プログラムで強制停止させられた紅椿は、そのあとも私の一部のように共にあり続けた。
 
 私を守るために生まれたIS。姉さんが妹に送った、地上最強のボディーガード。

 紅椿はただ、その存在理由のままに私を守ろうとしただけだった。たとえそのために他の全てを傷つけたとしてもだ。
 そんな紅椿に、私は何をした?
 恐れて、疎んで、拒絶して、果てはその存在まで無視しようとして。恐怖のあまり顔の無い仮面を押し付け、彼女の顔すらもまともに見ていなかった。
 顔の無い仮面の下で、本当はどんな顔をして私に訴え続けていたのかなんて、知ろうともしなかっただろうが。
 恐れるあまり紅椿を拒絶し続け、「私を守る」という彼女の存在理由でさえ拒否しつづけたというのに。

 「……私が……お前を歪めたのか?紅椿」

 その問いに誰も答えなどくれない。答えてくれる者などここにはいやしない。

 『コワレロ』

 紅椿が構えをとる。左手の剣を扇に、右手の剣を刃に見立てた私の得意な構え。そもそも紅椿の戦闘データは私と同じ篠ノ之流によって作られたものなのだから、私と同じことくらいできて当たり前だ。

 ―――篠ノ之流剣術 一刀一扇―――

 そしてその構えから、舞を舞うが如く左の剣で一閃。
 続けて、右の剣を抜き放って一閃。
 その軌道に収束する膨大なエネルギーを、紅椿は一斉に解き放った。

 ―――神楽舞―――

 紅椿の両腕に持つ二振りの剣。右手の「雨月」と左手の「空裂」。それぞれがその斬撃の軌跡に膨大なエネルギーを収束させ、特性の異なるエネルギー攻撃を放つ強力な兵装だ。
 その二つによって舞うように描かれた軌跡に、「雨月」の貫通性と射程に長けた砲撃と「空裂」の攻撃範囲と破壊力に長けた斬撃を、双方の隙間を埋めるように展開させ、ほぼ全方位に向けた一斉射撃を放つ。
 世界全てが真紅に染められたかのような無数のエネルギー砲と斬撃の雨が全方向めがけて斉射され、その一つ一つが恐ろしいほどの威力を持つ殲滅用兵装。回避することは至難、防ぐことも至難の一撃がアリーナにいた全てのISに襲い掛かった。
 
 破壊の巫舞を浴びせられたアリーナは遮蔽シールドなど容易く貫かれ、まるで大規模な空爆を受けた後のような惨状を呈していた。
 
 そして、そこにいた者たちも―――

 「あ……ああ……あ……」

 ところどころの装甲を砕かれながら何とか立っている千冬さん、山田先生に庇われてはいるが、ボロボロにされた鈴とセシリア、そして彼女たちを庇ったがゆえに山田先生は倒れ伏し、他の先生方までももはや戦える状態ではない。

 『シブトイナア ハヤクコワレチャエ』

 なのに、お前はまだ止まってくれないのか。私のせいで、またみんなが傷ついてしまったというのに。
 わたしはまた、何もできないのか。

 「……だれでも……いい」

 そう、誰でもいい。私はなんでもする。どんなことでもするから、お願いだから―――

 「紅椿を……止めてくれ」

 その願いに、応えるものなどどこにも―――



 ***


 
 「山田先生っ!!ねえ!しっかりしてよ!せんせえっ!!」

 凰さんが必死な声で昏倒されてしまった先生を呼び続けますけど、先生はぐったりとされたまま答えてくれません。
 箒さん……いえ、あの紅いISの放った凄まじい攻撃からわたくしたちを庇ったせいで、先生が装着していたラファール・リヴァイヴは大破し、その機能を止めてしまいました。唯一残された絶対防御だけが、今の山田先生を守るたった一つの壁なのです。
 他の先生方たちも、動けそうなのは織斑先生唯お一人。あのような広域殲滅攻撃を、アリーナの内部という狭域で放たれて回避などできるはずがありませんもの。
 唯一直撃だけは回避した織斑先生も、打鉄の装甲を所所砕かれています。その状態でもなお、あの紅いISとたった一人で切り結ばれているのです。
 
 「いったい……何なんですの……あの紅いISは……」

 このIS学園が誇る教員部隊。世界最高峰の技量をもった部隊をたった一回の攻撃で壊滅寸前にまで追い込み、しかも世界最強と名高いあの織斑千冬と互角に切り結ぶ。
 わたくしは最初、あれを箒さんだと思っていました。あのような強力なISを何故黙っていたのかということはさておき、黒いISを屠った時の動きや、鈴さんに斬りかかった時の動きは訓練で見せた彼女の型と全く同じだったからです。
 ですけど、彼女はそのようなことをする方ではありません。ときどき粗野で、わたくしとは相容れない部分も多々ありますけど、断じて友人や恋敵を理由もなく攻撃するような真似をする方ではありませんもの。
 それに、あのIS―――「紅椿」というISは、いくらブルーティアーズが語りかけても何も答えようとはしません。今でも彼女の意思を訊ね続けていると言いますのに、何一つ返ってはこないのです。
 ですけど、一つだけはっきりとわかることはありますわ。あのISはどうあっても―――

 わたくしたちを、逃すつもりなどないという事だけは。

 両腕のブレードで織斑先生を弾き飛ばし、その一瞬の隙に紅椿はわたくし達へと接近します。
 冗談のような瞬時加速―――もはやあれを瞬時加速と呼べるのかは疑問ですけど、それを使ってわたくしたちに攻め寄り、一撃のもとに切り伏せる。わたくし達を逃がすつもりがないなら、そうするでしょうね。
 でも、だからこそ読めましてよ?
 あらかじめ展開しておいたブルーティアーズに命じるのは一斉砲撃。紅椿が、瞬時加速で突撃する軌道にあわせて正面からの弾幕を張るように粒子砲を連発します。
 紅椿は一瞬躊躇したように機動を止めましたけど、すぐに至近距離で凰さんの衝撃砲を防いだエネルギーシールドを展開して防がれてしまいましたわ。
 でも、そのおかげで片腕を使いましたわね?
 エネルギーシールドを展開した逆側から、織斑先生が紅椿を急襲します。咄嗟に反応して、再び両腕の武装を展開しようとしていますけどそうはさせるものですか。
 織斑先生と逆の方向から、わたくしは紅椿の片腕を封じるべくブルーティアーズに攻撃を加えさせます。
 正直、わたくしは連携訓練などやったこともありません。そんなわたくしが織斑先生の援護など、鼻で笑われても仕方のない話ですわ。
 でも、守られるばかりというのは性に合いませんの。

 せめて貴女の猿真似くらいはしてみせますわ。山田先生。

 「討ちなさいっ!ブルーティアーズ!!」

 織斑先生の動きに合わせる、なんてことはできませんけど、それでもわたくしのブルーティアーズは紅椿の片腕を封じ続けます。絶えず射撃を繰り返し、何度止められても何度防がれても、織斑先生が機を得るその時までは食いつかせ続けるのです。
 ブルーティアーズもそれを決めたのか、次第にその射撃速度を上昇させていきます。山田先生のような弾幕には程遠いですけど、エネルギーシールドを絶えず展開させ続けて防がせることはできましたわ。
 なら、今が好機ですわね。

 「凰さん!」
 「わかった!」

 わたくしの後ろから、凰さんが最大出力での衝撃砲を放ちます。ブルーティアーズの連射に重ねられるように放たれた不可視の弾丸は、その狙いを誤ることなく紅椿の右腕に突き刺さり、展開していたエネルギーシールドごと腕を弾き飛ばしました。
 そして、それを見逃すような織斑先生ではありません。一気に左腕のブレードを弾き飛ばすと、あの紅椿に唐竹割の一閃を加え、地面に叩き落としたのです。

 いける―――
 そう思いましたわ。このままブルーティアーズと凰さんで援護しながら織斑先生が切り伏せてくだされば、勝てると思いましたもの。
 ですけど、そんな楽観は迸った黄金の閃光にかき消されてしまいました。
 ええ、よく見覚えがありますわ。なにしろ、わたくしあれとよく似た光に一度敗れていたのですもの。

 あれは―――

 「……唯一……仕様?」
 「な、何よそれ……何であの機体はそんなものまで使えるってのよ!!」

 凰さんが悲鳴じみた声をあげるのも無理はありませんわ。唯一仕様を発動できるISそのものが稀だといいますのに、あのISは恐ろしいほどの性能を有しながら、未だその全力を出していなかったというのですから。
 閃光の中で立ち上がった紅椿。織斑先生の一撃でそのバイザーには亀裂が入っていますけど、それ以外は何一つ傷らしきものも見当たりません。
 いえ、それどころか先ほどよりも強大なエネルギーを背面装甲から吐き出し続け、溢れたエネルギーは紫電となって紅椿を守るように輝いているのです。

 「……凰、オルコット」

 プライベート・チャンネルを通じて流れる織斑先生から通信が送られます。ですが、その雰囲気はいつもわたくしたちに向けているような厳しいものと少し違っていました。

 「命令だ。退避しろ」

 冗談ではありませんわ。この期に及んでわたくしたちに逃げろだなどと、そのような真似ができるわけがありません。いくら織斑先生が強くても、あの紅椿というISはお一人で相手できるものでないことくらい、先生が一番分かっておられるはずでしょう。
 ですけど。

 「……私の任務を、邪魔するな」

 わたくしも凰さんも、そうおっしゃった先生の表情を見ただけで言葉を失いましたわ。本気で幻を見ているのかと思いましたもの。
 後から思い返しても容易には信じられないその顔は、本当にあの織斑先生だったのでしょうか。いつも凛々しく、厳格にして強靭。世界最強と謳われたあの織斑先生が。
 まるで、泣きそうな顔をしていたのですから。 
 でも、その表情はほんの一瞬だけ。次の瞬間には今まで以上に鬼気迫る勢いで、織斑先生は紅椿と切り結んでいたのです。
 瞬時加速からの刺突。そのまま薙ぎ払い、斬り返しての逆袈裟。それから続く息もつかせないほどの連撃。
 その一つ一つの斬撃が目で追い切れないほどの速度で振われているはずなのに、紅椿はその悉くをいなし、打ち払い、あるいは受け流しているのです。
 これでは、先ほどと全く同じではありませんの。

 わたくしは即座にブルーティアーズを展開し、再び織斑先生を援護すべく攻撃を加えようとして―――

 「いかんっ!逃げんか馬鹿者っ!!」

 織斑先生の叫び声よりも早く、紅椿はわたくしの方へと振り向きました。そして、斬りかかろうとする織斑先生を逆に弾き飛ばし、両肩の装甲を変形させたのです。
 まるでクロスボウをつがえたようなその兵装に、真紅のエネルギーが収束します。それが何を意味するか分からないわたくしではありません。
 なにしろ、それはわたくしの切り札と同じ―――いえ、それ以上の破壊力を持った大規模砲撃なのですから。
 わたくしのものと異なるのは、その色が真紅であることだけ。今までそれを向ける側であったわたくしにとって、大規模砲撃が迫る恐怖というものは初めて感じたものでした。
 でしたから、改めて思ったのです。これに立ち向かった一夏さんは、一体どれほどの勇気を以て対峙したのでしょうか。と。
 
 そして


 「……貴方は、どれほどの勇気を以てわたくしを守ってくださいましたの?一夏さん」


 振り払われたのは黄金の閃光。
 倒れ伏していた、「たった一人の男」が放つ「守るための刃」。
 かつてのわたくしを打ち砕いたその力は今、わたくしを守るために真紅の閃光を一片残さず打ち砕いて見せたのです。

 「悪い、鈴。セシリア。迷惑かけちまったな」

 その手に純白の輝きを放つ刃を握りしめ、わたくしの想い人ははにかんだように微笑みました。
 


 ***



 まるで、御伽噺の王子様みたいだった。

 もちろん、王子様っていえるほどスマートじゃないし、ボロボロのパイロットスーツに傷だらけの身体。顔だってボコボコにされてて、かっこいいなんて言えたもんじゃないわ。
 それに、今の今までずっと気を失ってて、散々あたしたちに守られて庇われて、もう一つおまけにあんた、この中で断トツで弱っちいじゃないのよ。
 しかも何よ。「悪い、迷惑かけた」って。あたしに謝るのはそこじゃないわよ。いや、それも謝ってもらうけどさ、もっとあんたはあたしに言うことがあんでしょうが。

 まったくもう……何馬鹿みたいにかっこつけてんのよ。すっごい似合わないわよ?ばか一夏。

 その格好つけの馬鹿は、表情を引き締めると再び千冬さんと切り結ぶ紅椿に視線を移す。
 あんな大規模砲撃を撃ったばかりだというのに、紅椿は何事もなかったかのように千冬さんの攻撃を捌き続けていた。普通のISならエネルギー消耗のあまり動きが鈍くなったり、多少なり冷却に手間取るはずだ。
 さっきの広範囲殲滅攻撃の時も思ったけど、あいつはエネルギー切れってものが無いのかしら。
 そんな化け物を目の前にして、一夏はその手に握ったブレード……あたしと戦っていた時とは形が変わったブレードを構えようとする。だけど―――
 純白に輝いていた光の刀身は見る見るうちに小さくなり、やがてその根元から消えてしまう。残ったのは一夏に握りしめられた柄だけだ。

 「白式……悪い。無茶させちまった」

 輝きを失ってしまったブレードに、一夏は悔しそうに呟く。さっきの砲撃をどうやって打ち消したのかはよくわからないけど、あれが一夏のISの最後の力だったのかもしれない。
 現に、一夏のISで展開できている部分はそのブレードだけだった。ていうか、肝心のIS本体はまだ待機状態のままでブレードだけを部分展開してやがるのだ。
 器用にも程があるけど、つまりそれは全身を展開できるほどエネルギーが残っていなかったって事だもの。最初に砲撃の直撃を受けて、シールドを削られきってしまったのだから当たり前だろう。
 
 「一夏、あんたさっさと逃げなさい。もうその子動けないんでしょ?」
 「……いや、ダメだ。あのISを止められるのはこいつだけなんだ……だから……」
 「だからって、エネルギーの切れたISでどうするっていうのよ!」

 それこそ自殺行為以外の何物でもない。むしろ自殺そのものと言ったっておかしくないわ。
 だけど、

 「俺だってわかんねえ。けど、こいつはまだ自分がやるべきことをやってないって、そう言ってる。……それは、俺も同じなんだ」

 何かを決めたような真剣な顔。……ああもう、こうなったらこいつ梃子でも動こうとしないのよね。相手が誰だって、何が相手だって、自分が決めたことは意地でも貫き通すってのは全然変わってないみたい。
 たとえあたしがぶん殴って連れて行こうとしたって、こいつは絶対に従わないだろうな。
 ……昔から、そうだったもの。

 「俺は、あのISから箒を取り戻さなきゃいけないんだ。そうでなきゃ、きっと千冬姉は刺し違えてもあれを止めようとする。……二人とも、俺は守りたいんだよ」
 「な、何でそんなことわかるのよ。箒があんなIS持ってただなんて、あんた知ってたの?」 
 「いや、知らない。けど、一目見ればわかるさ。……あいつ、泣いてるからな」

 なんで、そんなことまでわかるのよ……。
 なんで、あたし以外の女の子のためにそんな顔するのよ……。
 なんで……。

 「……あんたのISで、なんであの化け物を倒せるのよ」
 「こいつにはあの紅椿を止めるための力があるんだ。えっと……あいつの唯一仕様を止めるためには、対になる能力の自分の力がいる……って言ってるな。たぶんこいつの唯一仕様を使わなきゃ、あいつを倒せないんだと思う」

 何よそれ、あんたもよくわかってないんじゃない。しかも、あんたまで唯一仕様持ってるっていうの?何、ここじゃ唯一仕様のバーゲンセールでもやってるっていうの?買うわよ、あたし。
 それに、どっちにしたってその唯一仕様もISそのものが動かないんじゃどうしようもないじゃないの。
 
 ああでも、この大馬鹿はそれでも行こうとするんだろうな。


 「俺は千冬姉を、箒を、鈴を、セシリアを、みんなを守りたい。だから俺は……行くよ」

 こいつは本当に人の話聞いてないのね。思い込んだら猪突猛進とか呆れ返るばかりでしかないわ。
 あたしも、人の事言えないけどさ。

 「……待ちなさいよ。一夏」
 「いや、待たない。早く行かなきゃ……」
 「待てって言ってんのよ!この大馬鹿!!」

 あたしは半壊した甲龍を待機状態にまで戻して、エネルギーケーブルを引っ張り出す。自分でも無茶なことやろうとしてるってわかりきってるけど、無茶だろうが何だろうがやらなきゃいけないのは一緒なのよ。
 あんたがそうだっていうんなら、あたしだってやってやるんだから。

 「さっさと腕出しなさい!甲龍に残ってるエネルギーまとめて全部あんたにくれてやるわよ!」

 馬鹿が感染るってのは本当よね。正気の沙汰とは思えないもの。
 無茶苦茶だ?そんなことあたしだってわかりきってるわよ。
 そもそもIS同士のエネルギー譲渡には、お互いのコアの同期調整にはじまり、機体相性やエネルギーバイパスの確立に至るまでややこしい上に難解極まる作業を何日もかけたうえでやっとできるような代物だ。こんなぶっつけ本番で出来るはずがない。
 でもそれでもやるの。できない?やってみてから言いなさいよそんなことは。

 あんたは、あたしの相棒でしょうが。だったら根性の一つでも見せてみなさいよ。甲龍。





===========================

あとがき
 
 紅椿さん全力☆全壊☆大暴れ(はぁと)な回をお送りいたします。
 原作で使用していた兵装と、その応用技を使用させてみたつもりなのですが、流石は公式チートだけあって強いですね彼女。暴れさせている最中にずっと思ってましたけど、どう考えても福音さんより強いような気が……。
 それと、原作との大幅な変更点としてIS同士のエネルギー譲渡を鈴ちゃんにやっていただきます。理屈じゃないです。愛です愛。

 なんだか普段に増して妙なテンションのあとがきになってしまいましたが、相変わらずの視点が一定しない駄文をご覧いただきありがとうございます。
 この場を借りて、御礼申し上げます。 





[26915] Ruin at midnight sun
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:9cf5cff8
Date: 2011/05/05 07:37
 もはや、一刻の猶予もない。
 私はひたすらに斬りかかる。自分の持てる全ての力を尽くし、目の前の紅い化け物を何としてでも止めるべく刃を振う。
 
 でなければ、私はまた何も守れずに終わってしまう。

 凰とオルコットを狙った大規模砲撃が一夏に止められたのは、ただの偶然だ。あいつが運よく目をさまし、白式に残った最後のエネルギーで零落白夜を発動させたことなど、神が気まぐれに与えた偶然でしかない。
 本来ならあの時点で私は何も守れず、再び紅椿に奪われていたことだろう。
 感謝する。本当にお前は出来た弟だよ、一夏。だから、お願いだ。お願いだから。

 ―――私と箒が殺し合うところだけは見ないでくれ―――

 



 忘れもしない。束の方から私に連絡をとってきたのはな。アイツは口では私が連絡するたびに「待ってたよ~」などと言う癖に、自分の方からは決して連絡をとろうとしないからな。全く、お前の技術力なら通信履歴を残さず通話するなど朝飯前だろうに。
 だから、当時ドイツでIS部隊の教官をやっていた私がアイツからの電話に驚くのも無理はなかったよ。
 でも、一番驚いたのはそこじゃない。

 あの束が、取り乱していたことだ。


 『ち、ちーちゃん!?ちーちゃん!ちーちゃん!』
 『な、何だ束。いきなり電話してきたと思ったら……』
 『そ、そそ、それどころじゃ!!ほーきちゃんが、ほーきちゃんがあっ!!』

 それは、あの時の私には久しぶりに聞く名前だった。
 篠ノ之箒。束の妹であり、一夏の幼馴染。そして、束が世界で5人だけ認識できる人間の一人。

 『ほーきちゃんを助けてっ!!お願いちーちゃん!!』

 ああ、そうだな。多分私は蒼褪めていただろう。なにしろその丁度一年くらい前に一夏が誘拐されて、助け出したばかりだったからな。
 そして今度は箒。一夏を攫った連中と同じかどうかは知らないが、あの子が誘拐される理由なんていくらでも思いつくさ。あの子を人質にするだけで、ともすればIS技術の全てを握る女がのこのこ出ていきかねないんだからな。
 だから考えるより早く私は動いていた。暮桜を起動させて、私が教導していた部隊の少女たちの静止を振り切って飛び出していたよ。
 一夏のときは確かにドイツ軍には世話になった。彼女たちのおかげで一夏を助けることができたんだからな。
 だけどあの時は、私のそばに彼女たちよりもっと頼りになる相棒がいたんだ。
 
 『どこだ束!あの子はどこにいる!!』
 
 そう、あいつは私にとって最高の相棒だ。小さいころから、私とあいつがそろっていれば何にも負けなかった。
 それこそ、世界の全てを相手にしてもな。
 だから、私はアイツの言うままに飛んだ。そこに箒がいる。一夏のように、うずくまって泣いているかもしれない。きっと、助けを待っているんだと信じていた。

 だから、私は箒を見つけたときに自分の眼が信じられなかった。

 破壊され尽くした何かの研究所だった暗い部屋。
 むせ返るような血のにおいと、響き渡る泣き叫ぶ声と、部屋中に散らばったISだったもの。
 そこらじゅうに血まみれの人間が倒れ、装着していたISを原型を留めぬまでに破壊され、それだけでは済まずに眼を切り裂かれて光を無くした者や、腕や足をもぎ取られたようなもの、顔面をえぐられた様な者までいる。
 
 地獄絵図のような光景とは、まさにあのことだった。

 そしてその只中に、あの子はいた。
 虚ろな目に涙を溢れさせ、見たくもないものを眼前で見せつけられ、壊れてしまいたくても壊れられないような表情で。
 私が見たこともない真紅のISを纏い、その手にボロボロになったISとその操縦者を無造作に掴み上げながら。

 『ほ……うき……?』

 いくら私でも、あの時ばかりは戦慄した。思わず唇が震えてしまっていたくらいにな。それは私の装備していた暮桜も同じだったよ。
 何しろ、最初に暮桜が出した警告はただ一つ。
 ―――退避警告。つまり、全力で逃げろと言ってきたんだ。世界最強だったISが、だ。
 そして、あの子が私に気づいて向けた表情は一夏のそれとは正反対だった。

 『千冬……さん?……嫌……こないで……』

 箒が私を覚えていたということよりも、私にとってはあの子の装着したISがまるで次の獲物を見つけたかのように反応したのが、何よりも恐ろしかったよ。
 掴んでいたISを無造作に放り投げ、その両手に二振りの日本刀のような近接ブレードを展開する紅いIS。搭乗者である箒が必死に身じろぎを繰り返し、止めようとしているのにそれを無視して動いていたんだからな。

 『逃げて!お願いですから!!私から……!!』

 泣き叫ぶ箒の顔を真紅のバイザーが覆い、あの子の声が掻き消える。
 そしてあのISはゆっくりと構えをとった。
 私がよく知る構え。私と同じ―――いや、元をたどれば彼女の方こそ本家本元だ。

 ―――篠ノ之流剣術、一刀一扇―――

 『ちーちゃん!!気を付けて!!来るよ!!』

 今まで聞いたことがないくらい必死な束の声が、酷く遠くから聞こえてくるようで―――



 
 ―――紅椿―――
 世界に存在する468機目のISであり、それまでに作られた全てのISを上回る絶対的な能力を持った『世界最強のIS』。
 あいつはそれを、自分の妹を守らせるためだけに作り上げ、それを箒にプレゼントし、つけさせていた。
 自分のせいで、危険な目に逢わせてしまうかもしれない妹を想った姉の善意だったのだろう。あいつにしてみれば上出来な方だ。
 だが、その善意がまともなものであったのなら、だ。
 幼馴染の私が言うのも何だが、束は異常だ。狂っていると言ってもいい。
 あいつが世界で認識できている人間は私と一夏、そして箒と、自身の両親に限られているのだ。
 そんなやつが、自分の大切な妹を守るためだけに生み出したISが、まともなものである保証がどこにある。
 
 実際に、起動した紅椿は箒を守るために目の前のもの全てを殲滅した。自分と箒以外は、たとえ自分を作った束ですら敵と見做したのだ。
 こればかりは束自身も完全に予想外だったらしい。『束に逆らえるIS』などというものが存在すること自体、全く考えていなかったらしいからな。
 あいつが私を頼ったのは、自分一人で紅椿を止める手段が無かったからだった。まったく、止められない物を作るな。大馬鹿者めが。
 結局あの時、私は箒を食い止めるだけで精一杯だった。暮桜を通じて緊急停止プログラムを送り込み、紅椿の機能を停止させたのは束だったのだ。
 そして紅椿との戦闘の中でコアに重大な損傷を負った暮桜はもはや起動することも叶わず、私はドイツ軍の教官を辞してこのIS学園にやってきた。
 暮桜の修復と―――篠ノ之箒の、監視の為に。

 幸か不幸か、あの場にいた人間たちは一命だけは取り留めたらしい。だが、四肢や光や、貌を失ったままその後を生きなければならないのと、果たしてどちらが苦しいのだろうか。
 紅椿があそこにいた人間たちを傷つけたのは紛れもない事実だった。
 いくら箒にその意思がなくても、原因を辿れば誘拐された彼女の方が云わば被害者の対場であったとしても、それは決して変わることなどない。
 さらに追い打ちをかけるように悪いのは、紅椿があまりにも強すぎたことだ。あの場にいた4体ものISを操縦者ごと破壊し、その上で暮桜まで大破させてしまったあの化け物を『世界最強のIS』と呼ぶことに何の不都合があるだろうか。
 結果として、箒は自身の良心の呵責に苛まれ、一時はISに触れることすらできないほどだった。
 
 さらに箒を苦しめたのが、彼女に散々付きまとっていた政府だった。唯でさえ束の妹という理由で散々監視と尋問を受け続ける生活だった上に、世界最強の力まで持ってしまった箒が普通の少女として扱われるわけがない。
 彼女が戻ると箒が誘拐された事実そのものを隠ぺいした上で、彼女を拘束しようとしたのだ。
 4機ものISを返り討ちにし、さらに暮桜まで破壊してしまうような化け物級のIS。そんなものが個人所有される前提で作られたとなれば、どんな火種になるかわかったものではない。
 おそらくあいつらは箒ごと紅椿を封印してしまうつもりだったのだろう。その上で、あわよくば自分たちの手に入れようとしたのか。
 そして箒は、他の何よりも自分を苛んでいたが故にそれを受け入れてしまおうとしていた。

 だがな、そんな事が許容できるものか。

 私は無理やりにでもあの子を檻の外に引きずり出した。箒の為じゃない。私や束の不始末のせいで、これ以上あの子に苦痛を負わせることに、私自身がもう耐えられないからだ。
 その代償として、私は箒の監視と、万が一紅椿が再び暴走してしまったときに如何なる手段を用いてもこれを止めることを命じられた。
 あいつらにとってみれば、渡りに船だったろう。散々箒に付きまとっていた監視や護衛はIS4機の襲撃を受けてのこのこ逃げ帰っていたし、それをさらに上回る化け物を自分たちで管理したくないというのが本音なのだろうからな。
 自分たちの手を煩わせず、最強のISを封印し続けながらもそれを監視し、ついでに、自分たちの手を離れた『元・日本代表』も再び手に入れる。しくじったら私の責任にするだろう。紅椿相手に生きていればの話だがな。
 
 結局私には何もできなかった。止めることも、守ることも何一つできなかった。そして今も―――

 私は守りたかったものに刃を向けている。加減などできるはずがない、最悪幼馴染の妹をこの手にかけることにもなるかもしれない。
 あの子がもっと強くなれば、紅椿に打ち勝てるくらいに強くなれれば、もうこんなことは起こらない。そう思っていたのに―――

 やはり、私は間違っていたのか?暮桜。
 
 暮桜は答えない。だが、その力を振うことも適わず見ている事しかできない無念は、今もずっと伝わってくる。
 最強と呼ばれながら、無様を晒す無念。守ることも適わぬ無念。私と同じ感情を共有する相棒の意を糧に、私はさらに迅く、鋭く刃を振う。
 それにすら重なる刃。交わりあう剣戟。紅椿は正確かつ的確に私の剣を防いでいく。しかも私が箒に教えたとおりに。
 2年前のこいつは、いくら篠ノ之流の戦闘技術をベースにして自動戦闘を行っていたとはいえ、所詮それは実地を経験しない型通りの動きでしかなかった。 いくら型そのものが実戦で生まれた動作を基に作られているとは言っても、一切の実践を行わない型は所詮踊りと変わらない。だが、こいつは二年間箒と共に私の技術を学び、箒の技術を取り入れて自己の戦闘プログラムを書き換えていたのだろう。
 その動きは、まさに箒と同じものと言えた。ご丁寧にあいつの癖までトレースしているのだから、研究熱心にも程がある。
 だから、それこそがこいつの弱点だ。箒に剣術を教えたのが私であったからこそ、アイツの癖の隙を衝くことが出来る。
 わずかに生まれた隙―――その間隙を衝いて紅椿の刃を弾き、私は再び奴に唐竹割の一閃をかける。

 ―――篠ノ之流剣術 二閃一断―――

 私の得意とする型。暮桜と私が好んで用いた、必殺の一撃。だが、それは紅椿に届きはしても奴を倒すには到底至らない。
 紅椿から溢れ出る黄金の輝きは、ただでさえ最強の能力を持つ紅椿を、更に無敵の領域にまで引き上げている力の証明だ。

 ―――唯一仕様 『絢爛舞踏』―――

 自身の保有するエネルギーを無限に増幅させる紅椿の能力。本来搭乗者と機体の両方が最高の状態とならなければ発動しない唯一仕様を、こいつは機体の意思のみで発動させてしまう。
 搭乗者など、ただの飾りに過ぎないとでもいうように。
 それはある意味で必然ですらあるだろう。他のISが「搭乗者と共にその力を振う」ことを目的として作られているのに対し、こいつは「搭乗者を守る」ことのみを目的として作られたのだ。
 ならば搭乗者がどのような状態であろうとも、最高の力を発揮して守ろうとするのは至極当然の事と言える。
 そして、ISが自己の保有するエネルギーを無限に増幅できるということがどういうことなのか。

 「……くっ!またなのか!」

 瞬時に回復してしまう相手のシールドエネルギー。一夏がよくやっていたゲームに例えるなら、毎ターンHPが全回復する相手をひたすらに殴り続けるようなものだ。
 一撃で倒せなければ、勝ち目などない。そして、私と打鉄にそのような攻撃力などありはしない。紅椿の防御力を考慮に入れれば、オルコットのエネルギー砲撃ですら一撃で倒すには至らないのだろう。
 まったく、勝ち目がまるで見えてこないだなんて、性質の悪い悪夢のような相手だ。
 ……ああ、さらに最悪だな。あいつ、今度こそ私達をまとめて壊しきるつもりか。
 今まで左手だけに展開していたブレードを右手にまで展開した。間違いなく、あの殲滅攻撃をやってくるつもりだろうな。
 そりゃそうだろう。向こうはエネルギーなんぞ無限にあるようなものだ。律儀にチャンバラに付き合ってやる道理などあるわけがない。
 だが、お前にそのつもりがなかろうとも付き合ってもらうぞ紅椿。
 私は再び紅椿に連撃を繰り出す。たとえ相手の刀が二本になったところで、そうたやすく止められはしない。 

 繰り出すことが、できたのならばだ。

 衝撃と共に、私の姿勢が崩れる。原因はとても簡単なこと。私の無茶な速度の機動に打鉄が耐え切れず、推進器と各種PICが動作不良を起こしたせいだった。
 なんて初歩的なミス。いくら教官用に調整してあるとはいえ、所詮訓練用の機体でこうまで無茶をやらせ続けた報いというものだろう。
 ISのことを考えずに使うから―――
 まるで、そんな私を嘲笑うように紅椿は構えを取る。左手の刀を扇に、右手の刀を刃に見立てた篠ノ之神社の神楽舞によく似た構え。

 ―――篠ノ之流剣術 一刀一扇―――

 そして、再び真紅の神楽が舞われようとした。
 
 そこに割り込んできたのは、対を為すような蒼い閃光。

 「まだですわ織斑先生っ!まだ終わってなどいませんわよ!」



 ***



 「このっ!大馬鹿がっ!!さっさと逃げろと何度言わせるつもりだ貴様!!」

 落雷のような叱咤の声が響きますけど、普段ならともかく今のわたくしはそれに怯えることなどありません。
 
 「お叱りは後で!凰さんが一夏さんにエネルギーを譲渡しきるまで時間を稼ぎます!先生もどうかご協力を!!」

 今まさにIS同士を接続させ、エネルギー譲渡を行っている凰さんと一夏さんに、驚愕された織斑先生が目を向けます。驚かれるのも当然ですが、今はそれどころではありませんわ。
 紅椿の構えをスターライトⅢの砲撃によって崩し、今も4基のブルーティアーズに加えて、普段は使うことのないミサイル型ビットを射出して紅椿の動きを止めます。
 これほどまでしても、動きを止める程度にしかならないのですから、どれだけ化け物じみた強さなのでしょうか。
 ですけど、いくら化け物のように強かろうがその動きを止められるのであれば勝機はあるのです。
 わたくしの射撃によって動きが止まった紅椿に、さらに斬りかかる織斑先生。装着されているISはショートし、煙をあげていますけどまだ動けるようですわ。
 終わったら、しっかり整備して差し上げませんと。

 「馬鹿者共が!!なんで逃げてくれん!これは私の仕事なんだぞ!」 
 「逃げようにもその紅いISはわたくしたちを逃がすつもりなどありません。それに、これは一夏さんの願いですもの!」

 ―――守りたい―――

 一夏さんの、わたくしの想い人の願いとはただ、それだけの願いなのです。
 冷静に考えるならば、わたくしたちのやっていることはまるで道理に当てはまりません。あれほど強大なISに無謀にも突っかかり、不可能と言ってもおかしくない即席でのIS同士のエネルギー譲渡を無理やり行い、退避勧告を無視しても時間を稼ごうとしているだなんて。
 正式な軍属であるなら命令無視のオンパレードで即刻懲罰ものでしょうね。でもまあ、そのような道理など犬のえさにでもしてやればよろしいですわ。
  
 ―――俺は千冬姉を、箒を、セシリアを、鈴を、みんなを守りたい―――

 なぜなら、わたくしが惹かれたあの強い意志の瞳で、断固とした意思を以て、一夏さんはそう言ったのです。
 わたくしも、守ってくれると。
 ならば、わたくしが一夏さんの願いを支えるために必要な道理として、これ以上のものがあるとでもおっしゃいまして? 

 それに、「一夏さんの願い」という言葉だ届いた瞬間に、わずかに歪んだ織斑先生の表情で、わたくしは疑念が確信となったことを察したのです。
 箒さんと一夏さんを監視していたのは、他ならぬ織斑先生自身であったのだと。
 わたくしが一夏さんからお話を伺った後、チェルシーに頼んでいろいろと調べさせていただきましたけども、「IS学園の規則を捻じ曲げる可能性がありうるのは、内部の人間に限られる」という結論以外には至りませんでした。
 ならば、もっとも疑われるべきは……わざわざそのことをお二人に伝えた織斑先生以外にはありませんわ。
 何故織斑先生がそのようなことをされていたのか―――わたくしの推測でしかありませんが、織斑先生は箒さんのISをご存知だったのでしょう。
 そして、あれが暴走しかねないほどに危険なものであることも。
 そうだとしたら、万一暴走した時にあれを止めることも命じられていたのかもしれませんわね。それこそ、『Dead or Alive』で。
 ああ、想像するだけで胸クソが悪くなりますわ。厳格で真面目な織斑先生に、そのようなことをさせるのがどれほど苦痛だったか、わたくし如きが思慮に及べるものではないのでしょうけど。
 
 一夏さんの願いは、断じて間違ったものではありません。紅椿を停止させる事こそ、お二人を救う唯一の道なのでしょうね。
 
 一夏さんはきっと、そのようなことはご存知ないのでしょう。ですけど、あの方はそのような事情など関係なく織斑先生と箒さんの戦いを止めようとなさいますわ。
 だって、悔しいですけどお二人とも一夏さんにとってはとても大切な方なんですから。
 
 「でも、いつか必ず。わたくしだけにその瞳を向けていただきますわよ?一夏さん」

 ですから、これは貸しにしておきますわね。

 わたくしに総攻撃を命じられたブルーティアーズが、紅椿の側面に集中砲火を加えます。流石にあれだけの粒子砲とミサイルを受けてはエネルギーシールドを展開せざるを得ないようですから、紅椿はようやっとその片腕を防御に回してくれましたわ。
 そして、片腕になれば技量において織斑先生と渡り合えることなどないのです。両面からの連続攻撃を防ぐことで、ようやくわたくしたちは紅椿を封じることが出来ましたわ。

 あとは、貴女の頑張りですわよ?鈴さん。



 ***



 溢れかえるようなエラーメッセージ。嫌気がさすほどに表示された警告の数々。ああ、改めて思うわ。なんて馬鹿なことしてるんだろうって。
 そもそも、甲龍と白式は今日出会ったばかり、調整はおろか、相互通信ですら初めてかもしれないのに、最初からエネルギー譲渡をさせるなんて他の人が聞いたらまず頭を疑われるわね。
 でも、それをあたしはやっている。無茶だと知っていてやっている。馬鹿な事だってわかりきってるけど、それでもやっている。

 為さなければいけないことってのは、それがたとえどんな無茶でも同じなんだから。

 だからさ、甲龍。
 あんたも、気張りなさい。あたしのたった一機だけの、相棒なんだから。

 多分、一夏も同じこと思ってるんじゃないかな。目を閉じて、手首に填められたガントレット型のISに手を置いて、まるで祈るようにしてるんだもの。
 ねえ、一夏。あたしあんただからこんなことしてるんだよ?
 だって、下手すれば甲龍まで何かのダメージを負うかもしれない。あたしの、たった一人の相棒を危険にさらしてまで、あたしはあんたの為にこうしてるんだよ?
 あんたは鈍いから、あたしの気持ちなんて気づいてないんだろうけど。「守りたい」って言った言葉だって、本当はみんなにじゃなくって、あたしだけに言ってほしかったけど。
 
 あたしは、それでも一夏のことが好きなんだから。

 だから、ね。約束しなさい。今度こそ、ちゃんと理解した上でよ?

 「一夏。ちゃんと守りなさいよ」
 「……ああ、わかってる。男に二言はねえよ」

 ……本当に。馬鹿なんだから。

 「鈴」
 「何よ」
 「……サンキュな」
 「ばーか。あったりまえでしょ」

 ……ああ、やっとエネルギーが渡せた。随分無駄にしちゃったエネルギーもあるけど、なんとか起動はできるはずよ。行ってきなさいよ、大馬鹿。

 「白式……俺に力を貸してくれ」
 
 一夏は、あたしから渡されたわずかなエネルギーでISを再起動させる。だけど、あの程度のエネルギーじゃやっぱり全身にISを展開できるわけもなく、展開できたのはブレードの柄の部分だけだった。
 でも、それだけ展開できた一夏は満足そうに頷いて、今も紅椿を食い止め続けているセシリアに通信を届ける。

 「セシリア!なんとか俺の唯一仕様は発動できそうだ!」
 「そうっ!ですの!わかりましたわ、何とか動きを止めて見せますから、その隙を衝いてくださいましっ!!」

 振われる紅椿の遠距離斬撃を掻い潜り、変形した装甲から放たれる砲撃の雨を潜り抜けながら、セシリアは自分のビットを操り続けてる。……口ばっかじゃないわよねあいつ。
 そのセシリアと動きを合わせるように切り結んでる千冬さんも凄まじい。ブレードをいなし、変形する装甲を使った奇襲まですべて読み切って、その上で相手を圧倒してるんだもの。世界最強の名前は伊達じゃないわよ。
 それに、いくらあのISに操られてるって言っても、箒だってあたしにとってはとんでもない強敵だ。

 そんな連中を、あたしにすら敵わないあんたが守りたいだなんて言ったって、みんなきっと馬鹿にするに決まってるわ。
 だけど、あたしはあんたを応援してあげる。支えてあげるから。

 一夏が奔る。腰だめに構えたブレードの柄に、純白の閃光を放つ刀身を出現させて、唯一直線に紅椿に向かって奔る。
 並みのISじゃ届きもしないほどに強力な化け物。漫画に出てきそうなくらい手の付けられない強敵。それをまさに現実にしてしまったものに向かって、あいつはひた奔る。
 それを支えているのが何なのか、アンタの意思を支えたものが何であるのか。

 奔ったからには、そのツケは払ってもらうわよ?

 一夏の接近を察知した紅椿は、まるでそれを恐れているみたいに今まで切り結んでいた千冬さんを弾き飛ばし、セシリアの粒子砲すら無視して一夏に向かってそのブレードを振り上げた。
 だけど、そんなことを許すような千冬さんとセシリアじゃない。
 セシリアはその粒子砲をブレードに集中砲火させて弾き飛ばし、千冬さんは展開しようとしていた装甲を片っ端から叩き斬る。
 あの二人がいる限り、一夏の突撃は防ぐことなんてできやしない。

 そして、純白の閃光は遂に紅椿に突き刺さった。白式と紅椿の両方から黄金の閃光が迸り、真紅と純白の閃光が互いを打ち消しあうように輝きを増していく。
 二つの唯一仕様のせめぎあい。一夏は、白式の唯一仕様が紅椿の対になるものって言ってたけど、正反対の能力を持つ二つが衝突し合ったらこんな綺麗な輝きになるだなんて。
 その閃光の中で、一夏はただひたすらに紅椿にブレードを突き立て、純白の閃光を叩きつけ続ける。まるで苦しむようにもがく紅椿の爪が体に食い込んでも、一夏はしっかりと箒を抱きしめて離さない。
 そう、離すんじゃないわよ。絶対にその子をもう一度あたしの目の前に連れてきなさい。
 そんな化け物に、あたしの友達を取られっぱなしになんかさせないでよ。

 「箒を……返せええええええっ!!」
 
 そして、ガラスが砕けるような音と共に紅椿のバイザーが割れて落ちる。黄金と真紅の閃光は次第にその輝きを失い、紅椿自身もその輝きの消失と共に、箒の左腕に巻かれたアクセサリーへとその姿を変えてしまった。

 後に残ったのは、ボロボロになったあたしたちと、泣き疲れたような表情の箒を抱きとめた一夏だけだった。
 

 



========================

あとがき

 長かった戦闘も、ようやっと終結をみました。対鈴ちゃん戦から始まる4連続戦闘、これにて終幕です。
 実は、ここまで書いてもうお話終わらせようと思っていたのですが、なんだか締りが悪くなってしまいそうですのでもう少し続けさせていただきます。しかるに、シャルル君とラウラ嬢にも近々ご登場願いましょう。
 ただし、設定変えまくってるので本編とはかけ離れた扱いになってしまいそうですが。

 では、せっかく見せ場があったのにやっぱり一夏君視点にならない駄文にお付き合いくださり、ありがとうございます。
 この場をお借りして、御礼申し上げます。



[26915] 紅の夢の終わりに
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:9cf5cff8
Date: 2011/05/07 07:56
 声が聞こえた。

 とても聞きなれた、幼馴染の声。そして涙で曇った視界に映りこむ純白の閃光。
 暁を示すように明らかに、それでいて黄昏の如く儚く。終わらない薄明を世界に刻み込む白夜の太陽のごとき輝きが、真紅の世界を引き裂いていく。

 絹を引き裂くような悲鳴をあげながら、目の前で真紅のISがもがき苦しむ。
 表情を隠していた仮面は砕かれ、私と同じ顔が苦悶に歪む。その胸に突き立てられた純白の輝きを引き抜こうというのか、必死でその光を掴もうとしているが、その手は空を掻くばかり。
 白い輝きは紅椿が放っていた真紅のエネルギーを食い散らかし、それによって紅椿は急速にその動きを鈍らせていく。
 
 『イヤダ!トマリタクナンカナイ!ホウキチャンヲマモルンダ!!』

 それは、彼女の本能からの叫び声。
 存在の前提として、「私を守ること」を義務付けられてしまった紅椿の魂の悲鳴。

 『ワタシガマモルンダ!ワタシガ!ワタ……シガ……』

 もう碌に腕を動かすだけのエネルギーも残っていないのか、私に見せたあの敏捷な動きの紅椿はどこにもいない。
 エネルギーを欠片も残さず食い尽くされ、今の彼女を動かしているのはただ、私への想いだけなのだろう。

 『ホ……ウ……キ……チャ……』

 伸ばそうとした真紅の腕が、半ばで崩れ落ちる。紅椿はそのまま真紅の水面に飲み込まれるように沈み、私に触れることさえ適わなかった。
 守りたかったものに、拒絶されたままで。
 最後まで伸ばそうとした鋼の指先が水面に沈み、やがて白夜の太陽は目も眩むような純白の閃光と共に真紅の世界を照らし出した。





 蒼い空。

 青い水面、白い雲、そして咲き誇る真紅の椿。
 純白の閃光に照らし出され、本来の姿となった真紅だった世界に、紅の少女が映っている。
 もう私を拘束していた組紐はない。それどころか、左手に巻きつけられ続けていた紅椿の待機形態である組紐すら、もはやそこには影も形もなかった。
 しかし、私は体の自由を取り戻したという感慨よりも早く、力なく座り込んだ紅の少女に歩み寄る。
 私がよく知っている少女。真紅の着物と、紅い手毬。黒くて長い髪と、白い頬を持つ少女。
 泣きはらした黒目勝ちの瞳、悔しそうに結ばれた唇、幼いころの私に似た髪型の女の子は、いつものように手毬をついているわけでもなく、ただ弱弱しくうつむいていた。

 「……紅椿」
 
 そう、彼女こそが紅椿。私の夢の中にまで入り込み、必死で訴え続けていたIS。
 お前は―――そんな顔をしていたんだな。
 私が呼ぶ声に、紅椿は怯えたように小さな体をすくませる。
 おそるおそるといった様子で私を見上げる紅椿が、あれ程化け物じみた戦闘力を持つISだなどと、こんな姿を見て信じられる奴がいるのだろうか。

 『ご……ごめんなさい、箒ちゃん』

 その目に涙を浮かべたまま、紅椿は消えそうな声を出す。

 『私、また負けちゃった……箒ちゃんを守れなかった……ごめんなさい、ごめんなさい……ごめ……んなさい…」

 嗚咽混じりに繰り返される謝罪の言葉。「敗北してしまったこと」と「私を守れなかったこと」を悔い、私に許しを請うために泣きながら彼女は言葉を出し続ける。
 だけどその言葉よりも明確に、今の私には紅椿の心の中が理解できた。
 ISに触れたときに感じる暖かな感覚。それをさらに強めたような感覚が、この紅かった世界から直接意識に流れ込んでくる。

 見るだけで陰鬱になりそうな真紅の世界で、紅椿は一人ぼっちだった。
 一人ぼっちの紅椿がいつも見ていたのは―――私。自身の存在理由の根源にある、彼女の世界でたった一人だけの「友達」
 彼女にとってその「友達」は絶対だった。紅椿は「友達」を守るために生まれ、「友達」を守るために存在する。そう作られているのだ。
 他のISのように、「人間」というものを「友達」にして、一緒に空を駆けるなんてことは考えない。

 ―――私にはもう、箒ちゃんがいるんだもの―――

 だけど、その「友達」は紅椿を嫌っていた。疎んでいた。いくら呼んでも無視され、一緒にいたいと願ってもその手を払いのけられる。

 ―――何故、どうして。私は箒ちゃんを守るために動いた。箒ちゃんを守るために、それを邪魔しようとする奴らは皆斬った。でも、箒ちゃんは私を見てくれない。何を言っても、答えてくれない―――

 私は、私を守るために無差別で攻撃を始めた紅椿が怖かった。とても恐ろしかった。だからこの子を拒絶したんだ。
 彼女が、何を考えていたのかなんて想像もせずに。

 ―――私が、負けたから?最後に私の前にいたISと、変なプログラムに止められてしまって、負けちゃったから?―――

 違う。お前を止めてくれた千冬さんと姉さんに、お前は負けてなんかいない。そんな理由で私はお前を拒んだんじゃないんだ。

 ―――きっとそうだ。私が箒ちゃんを守れなかったから、箒ちゃんは怒ったんだ。私はもっと強くならなくちゃいけないんだ―――

 違う!私は―――

 ―――なのに、私はまた負けちゃった。また、箒ちゃんを守れなかった―――
 
 ―――また、箒ちゃんに嫌われる。いらないって思われちゃう。―――
 
 紅椿は泣き続ける。私に嫌われることが怖くて、私に「友達」でいてほしくて、必死で謝罪を繰り返す。

 『ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい……』

 
 「違う……だろう?紅椿」

 
 紅椿が恐ろしくないわけではない。兵器としての紅椿の力は、私の中に恐怖の象徴として残り続けるだろう。
 だが、ISは兵器である面がその全てではない。私達は勝手に、この子たちを世界最強の兵器にしてしまっていたが、兵器として優秀な面など、IS達の本質から見ればほんの一面に過ぎないのではないか……この紅椿も、同じように。
 抱きしめた小さな体から伝わる温もり。この世界を通じて流れ込むこの子の意思。おそらく、私の意思もこの世界を通じて紅椿に流れ込んでいるのだろう。
 この世界は、紅椿そのものなのだから。
 怯えたように体をすくませ、小刻みに震える小さな体。本当に、こんな小さな女の子が世界最強だなんて、性質の悪い冗談だ。
 だってほら、私の腕の中に簡単に収まってしまうんだぞ?

 「ごめんなさいと言うのは、私の方なんだ。どうか許してほしい」

 この子にとって、世界の全ては私だった。私以外に何もなかったのに、その私に拒絶されてしまった。その拒絶の理由にしたところで、私が一方的に紅椿を恐れていただけ、というものなのだから。
 非があるなら私の方だ。この子の非を問うのならば、それ以前にそれが非であることを教えなかった私の方が遥かに大きな罪がある。
 ―――謝罪の言葉は、私こそが言うべきものだ。そして―――

 「ありがとう。紅椿。お前はずっと、一生懸命私を守ってくれたんだな」

 考えてみれば、私は紅椿に救われた時からずっと、この子に感謝の言葉をかけたこともなかった。確かに手段は褒められたものではない。だが彼女が私を想い、助けたのは紛れもない事実だったのだ。
 その手段の良し悪しなどは後でこの子に教えてあげて、その上で悔いて改めるものだ。その前の紅椿の意思に対して、私は彼女に感謝の義務がある。
 ああ、こんなこともできなかった私が、えらそうにこの子に説教垂れるなんて噴飯ものにもほどがある。私が教えてやるなんて、何様のつもりだろうか。
 だから、一緒に学ぼう。私と一緒に、お前ももっと友達を作ってこの世界以外の世界を見に行こう。
 私はもうお前をひとりぼっちなんかしない。だから、お前も私をここに置いていかないでくれよ?
 そのための、最初の一歩は私から。改めてお前に頼む。

 「私と、友達でいてくれるか?紅椿」

 壊れそうなくらい必死な様子で首を縦に振る紅椿。まったく、そんなに泣きじゃくってばかりではせっかく可愛い顔をしているのに台無しだぞ?少なくとも、小さいころの私よりは数段可愛いんだからな。お前は。

 『ごめ……んなさい……ほうきちゃん……』

 私の胸に顔を寄せる紅椿を抱いて、ゆっくりとその髪を梳いてやる。ここに愛用の櫛を持ってくることが出来るなら、ぜひとも手入れしてあげたくなるな。

 不意に、声が聞こえた。

 顔を上げた私の眼に映ったのは、白、としか形容の仕様がない少女。
 白い鍔広の帽子、白いワンピース、透き通るように白い肌の、どこかで見た覚えがある少女。
 彼女は、私と私に抱かれた紅椿を見て、とても優しい、透き通るような笑顔を浮かべる。

 『――――』

 白い少女が何かの言葉を口にする。それをもっとよく聞きたくて、私は手を伸ばし―――



 ***



 「いつまで寝ているつもりだ。馬鹿者」

 ベッドの上で手を伸ばし、ようやっと目を覚ました馬鹿者に、私は出来うる限り忌々しさを込めて言っておく。
 一夏の零落白夜によって完全にそのエネルギーを奪い尽くされた紅椿はその姿を再び待機形態に戻し、意識を失ったままの箒はそのまま倒れこんでしまった。
 しかし、医務室はこいつが大暴れしてくれたおかげで発生した大量の怪我人で大混雑。意識は無くても外傷もない箒を寝かせておくベッドなどあるはずもなく、結局私が寮まで運んで寝かせ、看病する羽目になってしまった。
 本当は大怪我を負った山田先生や腕を貫通するほどの負傷をしたオルコットの看病が優先されるのかもしれないが、それは他の先生や比較的軽傷で済んだ凰に任せておくとしよう。一応私も怪我人ではあるしな。
 ……一夏?あの大馬鹿者は心配などいるものか。あの程度の怪我など気合で治せ。
 話が逸れたな。まあ、万一紅椿を起動させた後遺症が発生しないとも限らない以上、箒は私が看病しておかなければいけない。と、いう建前だ。
 本当は、紅椿が再度暴走しないか、そのための監視でもある。まあ、あそこまでエネルギーを食い尽くされれば普通のISならしばらく動くこともできないだろう。紅椿を「普通」の範疇に入れていいものかは甚だ疑問だがな。
 
 「あ……千冬さ……織斑先生」
 「……千冬さんでいい。ここには私とお前しかいないからな」

 一夏はまだしばらくは帰ってこないだろう。よしんば帰ってきたとしても、この部屋の中でいる間は先生呼ばわりされるのも肩がこる。

 「……あの、ご迷惑おかけしました。それと……私を止めてくれてありがとうございます」
 「ふん。反省しているなら今後勝手に私の眼の届かないところに行くな」

 だいたい、紅椿を止めたのも私ではなくて一夏だ。私は……またお前を守ってやれなかったんだよ。
 それはお前が一番よく分かっているんだろう?また、紅椿が暴れている姿を見せつけられていたんだろうから。

 「あと、謝罪なら一夏とオルコット達にでも言っておけ。お前が暴れたせいであいつらのISも相当にダメージを負っているんだからな」
 「そう……ですね。この子と一緒に謝って回らないといけませんね」

 箒は左手首に巻かれた組紐―――紅椿の待機形態を撫でてやりながら、そう言った。
 「化け物」ではなく、「この子」と。
 
 「……そいつは、もう化け物ではなくなったか?」
 「正直に言えば、まだ怖さはあります。けど、もう紅椿をそう呼ぶつもりなんてありません。この子は私の友達ですから」
 「そうか……だが、忘れるなよ。紅椿がISである以上、お前は最強の刃を手にしているのと同じなんだからな」
 
 それは、IS搭乗者にとって基本中の基本である。いくらIS自身が元来争いを好まない性質であっても、その能力は兵器としてあまりにも優秀すぎる。

 「『刀は振うものであり、刀に振られてはならない』でしたね。千冬さんに散々教わりました」

 茶々を入れるな大馬鹿者。だが、それは改めて私が彼女に言うべき言葉だった。
 これは剣術の基本的な考え方だが、これには剣だけではなく、力を扱うものすべてに対する戒めが込められている。
 力に決して溺れることなく、そして力そのものに呑まれることなく。自らの意思を律し、己が技と体を鞘として刃を収める。
 もしもIS搭乗者がその力に溺れてしまえば、下手をすると一国を壊滅させかねないほどの脅威となりうる。故に、IS操縦者は誰よりも強靭な心と強い意志を持たなければならない。
 どうにも、この学園に来る女子生徒はその辺がわかっていない奴がちらほらと見受けられるが、箒の場合は特に強くその意思を持たなければいけないのだ。
 力とは麻薬のようなものだ。いくら律していようともその甘さに溺れそうになる。それを使える自分に酔ってしまう。その力が強ければ強いほどに、その誘惑はとても強くなってくるだろう。
 私とて、そのせいで傲慢に溺れた。世界最強の力を持ってしまうお前がそうならないとは限らないだろう。

 「お前の持ってしまった力は重いぞ。それを振うことがどういう意味を持つのか考えろ」

 一夏にも散々教えたことだが、単純な戦闘能力の高さは強さと同義ではない。それをどう使えるかが強さになる。偉そうに言う私も、まだまだ本当の強さなんてものは手に入れていないがな。
 まったく、教師というのは因果な商売だな。分からんことでも学びながら教えていかなければいかんのだから。

 「……あの、千冬さん」
 
 紅椿を撫でてやっていた箒の表情が曇る。……ああ、またこいつはいらんことを考えてるんじゃなかろうな。辛気臭いからやめろ馬鹿者。

 「お前と紅椿に対する処分なんぞない。暴走事件など、最初からなかったんだからな」

 正確に言うなら、そうならざるをえないだろう、ということだ。IS学園側としても委員会にしても日本政府にしても、もはや箒に下手な手出しは出来ない。
 このIS学園学園には、そこに存在する全てのISを世界に公表しなければならない、という義務がある。そうでなくても、これだけ暴れた紅椿の存在を伏せておくことは不可能に近い。
 だが、公表するとなるとそれは至難の業だろう。
 なにせ世界でたった一つだけ、個人所有されるために作られたISであり、しかもその能力は世界最強。それだけでもとんでもない火種だというのに、2年前に箒の誘拐事件を隠ぺいし、秘密裏に彼女を拘束しようとした件まで表沙汰になれば、どれだけ立場が悪くなるのか想像もつかん。
 あいつらが蒼い顔をするのは自業自得だし、私も清々するところから気にする必要もないがな。まあ精々あの二機の無人のISを使って、カバーストーリーでも考えるがいいさ。

 「し、しかしそれでは!」
 「不服か?ならさっさとお前がボコボコにした連中に謝ってこい。それで仕舞いだ」

 それで気を済ませろ。それに万が一、お前に類が及ぶような処分があったとしたら私が許すものか。『元・世界最強』をあまり舐めてくれるなよ。 
 ……ああ、ちょうどいい。その第一号が来たようだな。
 ドアをノックする音の直後にその顔を見せたのは、不肖の弟だった。頭に包帯を巻いて、顔には絆創膏を貼ったままだが身体の方はピンピンしている。むしろあんな包帯なぞ大袈裟だ。

 「あれ?ちふ……織斑先生、まだいたんだ。あ、気が付いたんだな箒。安心したぜ」
 「い、一夏……その、あの……すまなかった!」

 屈託ない笑顔を向ける一夏に対して、箒はベッドの上で正座すると、三つ指ついて頭を下げる。箒の生真面目さから言えばこれでも軽いのだろうが、一夏の方が逆に引いているぞ?
 
 「えーと……お、俺は別に気にしてないって。それより箒の方が大変だったろ?妙なISに乗っちまってて」
 「いや、それも含め私の不徳が招いた事態なのだ。こんなことで許してもらおうなどとは思っていない。私にできることならなんだって……」

 頭を下げたままで頑として謝りつづけようとする箒を前に、一夏は弱りきったような表情になる。
 私に救いを求めるような目を向けるな。女がこうして頭を下げているんだから、足りない甲斐性をかき集めて何とかして見せろ。
 さて、私の代わりに看病する人間も来たことだ。溜まりまくった仕事を少しでも片づけてこないと、自分の部屋にすら帰れそうにないな。
 弟の縋るような視線を無視して部屋を後にする。上手くやれば褒美にもなるかもしれんが、あいつにそんな甲斐性があるかどうか……。

 「……ありがとうな。一夏」

 扉越しに伝える感謝。正面切ってなど、言えるわけがないからな。
 姉としての貌はここまでだ。ここから先はこのIS学園の教師としての顔を作らなければならない。

 だが―――

 「束……お前は、どこまで考えていたんだ?」
 
 あの2機の無人機は、ほぼ間違いなく束の手によるものだろう。あんなものを作り出せるのはあいつしかいない。
 そして、あんなものを送り込んできた理由。それはおそらく、紅椿を引きずり出すためなのだろう。一体目はともかく、二体目の無人ISを倒すのは普通のISには荷が重い。
 そうなれば、政府や委員会は紅椿の情報を公開せざるを得なくなり、必然的に私と箒につけた鎖を解かされることになる。あいつの目的は、こんなところだろうか。
 だがそれにしたって穴が多すぎる。あいつが私たち以外の人間など塵ほどにも思っていないのは分かっていたが、一夏まで危険にさらすような真似を何故しなければいけなかった?それに、紅椿が束の命令を聞かないことはあいつが一番よく知っているはずだ。
 そして、紅椿が再び暴走する可能性があることも、そうなってしまえば箒がまた傷ついてしまうことも、わかっているはずだ。
 今回は運良く白式の零落白夜で止められたが、それだって……。

 「……本当に、偶然なのか?」

 白式は最後に束に手を加えられて完成したという。
 ならば、あいつは初めからそのつもりで白式に手を加えたんじゃないか?『零落白夜』がその機能を変えてしまったのも、何もかも……。
 思わず、携帯電話に手が伸びそうになる。が、私はどうしてもあいつに真実を聞くことが出来なかった。
 もし、もしもあいつが、本当に大切な妹を守るために、一夏を道具扱いしたのなら―――
 怖い、それをあいつに尋ねることも、その答えを聞くことも。

 「……私には、お前の考えていることがわからないよ。束……」

 

 ***



 「だーかーら!何であんたまで来るのよ!けが人は大人しく寝てなさいよ!」
 「この程度怪我の内に入りませんわ!貴女こそISの修繕がお忙しいのでしょう!何でこんなところにいらっしゃいまして!?」

 ああもう、どうしてこうなったのでしょう。わたくしはただ一夏さんのお見舞いに来ただけだと言いますのに、何故か途中で鈴さんと鉢合わせしてしまったのです。
 最初はわたくしの手当てをしてくださった鈴さんですけど、わたくしの怪我が見た目ほどに酷くないことがわかるとすぐに、ご自分のISの整備に向かわれたのです。
 ええ、自分のISを心配するのは当たり前ですもの。わたくしの看病よりもそちらを優先すべきでしょうね。
 だけど、なんで貴女一夏さんの部屋の前にいらっしゃるの?

 「い、一夏はあんたより重症っぽく見えたから、一応幼馴染として様子を……」
 「あら、では結構ですわ。わたくしは想い人の看病をすると決めていますもの。あとでしっかりと様子は教えて差し上げましてよ?」
 「んなっ!!あ、あああ、アンタねえっ!!」

 鈴さんが激昂している隙に、わたくしはいち早く部屋のドアを開きます。怪我をした相手に献身的な態度を見せることは、好感度上昇の基本でしたわよね。
 頭の中で散々シュミレートした内容を思い出しながら、わたくしはベッドの上の一夏さんに……


 「……ねえ」
 「……何ですの?」
 「……あれ、ひょっとしてキスしようとしてる?」
 「……そう見えますわね」
 「……そうか。幻覚でも白昼夢でもなく、やっぱそうか」

 ええ、ベッドの上に、一夏さんは確かにおられましたわ。
 同じようにベッドに座り、眼を閉じた箒さんの頬に手を添え、今にも口づけしそうな距離まで顔を近づけた状態で。

 「あれ……なんで二人とも」
 「い、一夏。まだか?まだ目を閉じてないといけないのか?」

 驚いたような顔の一夏さんと、まだ目を閉じたままの箒さん。……ええ、何が起こっているのかもはや説明など要りそうにありませんわね。人が心配していたと言いますのに、何をなさってらっしゃるのお二人とも。

 「よし。殺そう」

 野蛮でしてよ。鈴さん。人はお話をすることが出来るのですから、きちんと会話を重ねたうえで対処すべきですわ。
 まあ、その言葉がなんであるかは別のお話ですけど。

 「……何をしてらっしゃるの一夏さん?少し、お話しませんこと?」
 「え、何って……てか何で二人ともそんな無表情で近づいてくるんだ?え、ちょっと待って、話を聞いて」
 「い、一夏?何がどうなってる!?鈴やセシリアまでいるのか?」
 「問答無用!!!」
 「ええ、お話いたしましょう!!主に拳で!!」
 「ま、待って!俺怪我人!俺怪我人だってばああっ!!」

 
 ええ、その後でしっかりと看病いたしましたわよ。怪我が増えた?存じませんわね。

        



=================================

あとがき

 紅椿さんちょっぴり反省の回をお送りします。反省する方向性が間違っていますけど、そのあたりは箒さんに教育係を依頼するとしましょう。
 千冬さんの視点で考えられていた束さんの行動理由は、あくまでも千冬さんが考えただけの話です。幼馴染をまだ信じていたい千冬さんが、希望的観測を以て推測したものですので、束さん自身がどういうつもりなのかは、別の話になります。
 それにしても、ここまで書いても原作一巻分のお話しか進んでいません。本当にどうしましょう。
 
 では、相変わらずヒロインばかりの視点の駄文をご覧いただき、誠にありがとうございます。
 この場をお借りして、御礼申し上げます。


 



[26915] 「物語」の表裏
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:9cf5cff8
Date: 2011/05/10 06:32
 「お前以外全員女子かぁ。いい思いしてんだろなぁ」
 「してねーっつの」

 嘘つけこの色男。世界中の男がどれだけお前を羨んでるのかわっかんないかねこの幸せ者が。
 だいたいお前のメール見てるだけでも楽園じゃねーか。俺は会ったことねーけどお前の最初の幼馴染と同棲してるわ、金髪美人さんと毎日訓練してるわ、どこのギャルゲーだそりゃ?
 それに、IS動かすときってあの妙にエロいパイロットスーツ着るって話だし、そんなのを毎日見てんだろうなあ……くそ、俺と代われ俺と。むしろ招待券ねーの?

 「ねーよ馬鹿」

 微妙にめんどくさそうな顔をしやがるが、それが尚更ムカついてくる。せめて自慢そうにしてくれたほうがなんぼかマシって話だぜ。

 「いや、結構本気でしんどいんだって。こないだも無人のISが乱……暴走してたしな」

 あー、知ってる知ってる。ニュースで毎日やってるやつだろ?IS学園に新技術を使った無人のISってのが送られてきて、それが暴走したっていう大騒動。
 先週くらいから話題になってたけど、ISの無人化技術ってのがやたらすごいみたいで連日報道はそれ一色だ。……おかげでゲームの腕だけは無駄に上がっちまったぜ。
 世界中に指名手配されてる天才博士がいきなりその技術を提供したとか言ってたけど、俺はそれよりも公開された映像の方にびびったね。リアルでゲームみたいなビーム飛びまくってて、暴れてる二機の変てこな機械と真っ赤なISつけた美少女が戦ってるやつ。かっこよすぎて痺れるわ。
 IS学園の生徒がみんなレベル高いってのは噂で聞いてたが、実物はすげーなおい。

 「すげーよなあ。映像見たけど、あんなのを一人で倒しちまうってのもとんでもねえけどさ、その倒したっていう女の子すげー美人だったよな。紹介してくれね?」
 「……阿呆か。誰がするかよ」
 
 どーせお前はモテてるんだろうから、一人くらい紹介してくれても罰はあたんねーぞ?

 「だいたい俺だってあの学校にそんなたくさん知り合いがいるわけじゃねーよ。話し相手だって……ま、最近は鈴が来てくれて助かってるけどな」
 「あー、鈴か……鈴、ねえ」

 そいつは俺も知っている。というか、一夏を知ってて鈴を知らない奴なんてそうそういないだろう。そのくらいこいつらは一緒にいたからなあ。
 まあ、鈴がはた目からでもわかりやすい位一夏に好意を向けっぱなしで、他の連中を寄せ付けなかったってのが本当なんだがな。
 ……当の本人には最後まで気づかれなかったけどな。
 まあ、俺としては鈴がいるとなるとアイツの恋路を応援することはやぶさかじゃない。むしろ大いに応援してやりたいね。俺の隣にいるこの唐変木ときたら、モテるくせに自分がモテてることに全然気づいてねえからなあ。
 こいつのせいで俺たちがどれだけ惨めな思いさせられたか……それを考えると、さっさとこいつと鈴をくっつけちまえば他の女の子も多少こいつばっかり見ることもなくなるだろうし、中学の時は鈴と一夏をくっつけようと色々画策したからなあ。
 それに……。

 「お兄、お昼できたよ。さっさと食べに……い、一夏さんっ!!?」

 ドアを蹴破って俺を呼びに来た我が妹。……ああ、そうだよ。こいつがよりにもよって一夏に一目ぼれしてるもんだから尚更性質悪いんだよ。
 俺は同級生を「義兄さん」なんて呼びたくねえんだぞ。

 「あ、蘭。久しぶり。邪魔してる」

 イケメンスマイルしてんじゃねえよ。俺の妹に色目使うな。いや、使ってねえのはよく知ってるけどさ。
 残念ながら、そのイケメンスマイルに中てられた我が妹は少しだけぼうっとしたかと思うと、あわてて壁の後ろに隠れてしまった。普段そんなラフな格好でうろつきまくってるからそうなるんだよ。お前は。
 
 「き、来てたんですか?」
 「ああ、今日はちょっと外出。家の様子見るついでに寄ってみたんだ」
 「そ、そうですか」

 壁の後ろで必死こいて身だしなみを整えたんだろう。ひょっこり顔をのぞかせた蘭は、少しだけしゃんとした格好にはなっている。だけどなあ……

 「蘭、お前なあ、ノックくらいしろよ。恥知らずな女だと思わ……」

 それ以上、俺は言葉を紡げなかった。蘭の奴マジで殺すような目で俺を睨んできたんだぜ?「何で教えなかったのよ」って、何よりも目でしゃべってやがる。我が妹ながら、マジでこええよあれは。てか、俺言ってなかったっけ?
 ……あ、いえ。なんでもないっす。だからそれ以上殺す目で睨まないでください。お兄ちゃん泣くぞ?

 「あー……言ってなかった……よな。そりゃ悪かった、は、あはは、あははははは」
 「どうしたんだ?弾。えらい汗かいてるぞ?」
 「い、いやー。なんか腹減ったよな。つーわけで飯食おうぜ一夏!さあ行こう、今すぐ行こう!」
 
 主に俺の精神の衛生の為に!!



 てなわけで、階下の食堂―――俺の実家が営む五反田食堂で一緒に飯を食うことになったんだが。

 「あ、あの、一夏さん。ゆっくりしていってくださいね?」

 完全に余所行きモードの蘭が一夏に給仕している。数か月に一度あるかないかくらいに気合の入ったお洒落をした、余所行きの「お嬢様モード」だ。本人はともかく、この店と果てしなく似合ってねーぞ、それ。

 「あ、着替えたんだな。どこか出かけるのか?」
 「あ、いやそういうわけじゃなくて……」

 ほれ、一夏にだってそう思われてるだろーが。そしてそいつは次にこう言うだろうな。「デートか?」とな。

 「あ、ひょっとしてデートか?」
 「違いますっ!!」

 それ見たことか。こういうやつなんだよ、一夏は。だから蘭、お前もいい加減諦めろって。
 それにしてもだ……。

 「お前って学校でもそうなんだろうなあ。鈴も気の毒に」
 「はあ?何のことだよ」
 「そのまんまの意味だよ。まあ、『毎日味噌汁を作ってあげる』って言葉の意味位分かるようになってから考えろよな」

 そういう遠回しな言い方もわかってねえような奴だしなあ。こいつは。……あー、茶がうめえ。
 ……ん?どうした一夏。なんか考え事か?

 「……まさか……いやでも待てよ、酢豚だろ?……え、でも流石にそれは……」

 なにやらブツブツ言ってるけど、折角の業火野菜炒めが冷めるぞ?うちの鉄板メニューなんだからなそれ。
 それにしても俺のフライ盛り合わせおせえなあ、いつもならもっと早く……。

 「こんにちわー」

 やたら元気のいい声と一緒に、店の扉が勢いよく開かれる。見覚えのあるツーテールの髪型に、代わり映えのしないちっこい背丈。
 
 「あれ、鈴。お前何でこんなとこに?」
 「はあ?ひ、昼ごはん食べに来たに決まってるでしょ。久しぶりに日本に帰ってきたんだから、友達に顔見せるついでよ。ついで」

 そう言いながら一夏の隣の席に座って、メニューを注文する元クラスメイト。いや、こいつぜんっぜん変わってねえのな。主にむ

 「何よ弾。なんか文句あんの?」
 「メッソウモゴザイマセン」

 鈴が一瞬だけ放った不穏なオーラに気おされて、俺は思わず片言になる。
 いや、本当のところを言えば、前だけじゃなくて真横からも同種の不穏なオーラが漂ってるせいなんだけどな。

 「はい鈴さん。フライ盛り合わせお待たせしました。……早く食べてさっさと帰ってよ」
 「ありがと。……相も変わらずいい性格してんじゃないのあんた」

 こええ。マジこええよ。そうなんだよ。蘭と鈴ってものすっげえ仲悪いんだよ。お互い一夏に惚れてるもんだからそれこそマジで不倶戴天の敵同士みたいな感じで、会うと即ケンカに突入するんだよ。
 だから鈴がうちの店にメシ食いに来ることも少なかったし、蘭が鈴の実家にメシ食いに行くこともあんまりなかったんだよなあ。俺はしょっちゅう行ってたけど。
 あれ?ところでその盛り合わせ定食、俺のじゃね?まあいいけどよ。
 そんな鈴が、なんでここに飯を食いに来たのか……なんて、理由は一つしかねえだろ。

 「そ、それにしても奇遇よねえ一夏。こんなとこで偶然会うなんてさ」
 「ん?ああ、そういやそうだよな。てか、鈴も外出してたのか」

 ……やっぱりかよ。どう考えても一夏を追っかけて来たんじゃねえかよ。てか、顔紅くして言ってる鈴に気付いてやれよ。お前はよ。
 
 「そ、そうよ。休みの日まで寮にこもってるなんて真っ平だもん。……そ、それで、さ。一夏。このあと……暇?」
 「え?俺は……」
 「あー、暇暇。暇でしょーがねえってお前散々言ってたもんなあ!ちょうどいいから鈴と一緒にどっか行って来いよ。な!!」

 悩むような態度のクソ馬鹿野郎に代わって、俺はコイツの予定をさっさと鈴に伝えてやる。昔から、こうでもしないとこの馬鹿はデートすら付き合わねえような奴だからな。
 それに、ここで居座られてこれ以上俺の精神削らないでほしいってのが一番の本音なんだよ。マジで。

 「そうなんだ!じゃあ、あたしの買い物付き合いなさい!一夏!」
 「ああ、それくらいなら別に……」
 「よし決まった!今決まった!そうと決まれば善は急げだ!ほら行けお前ら、バスに遅れるぞ!!」

 俺は一夏の腕を掴んで立たせると、引きずるようにして入り口から放り出す。受け取った鈴が背中越しに示すサムズアップに応え、俺はやり遂げた実感と共に家に戻った。
 さて、残った俺の仕事は一つ。

 「なんて……なんてことしてくれるのよお兄ーーーーっ!!!」

 我が妹の全力のドロップキックを喰らって、ぶっ飛ばされることだ。
 あ、そういやまだ飯くってねえや俺。



 ***



 「あー、楽しかった」
 「俺はもう疲れ果てたよ……」

 夕焼けが照らすモノレールの車内。乗客もまばらな中で、一夏は席に腰かけたまま溜息をつく。男なら女の子の買い物に付き合った程度でへばってんじゃないわよ。
 本当ならもっと一緒に遊んでまわりたかったのに、明日から授業だっていうから仕方なく帰ってるんじゃないのよ。
 モノレールに装備されているテレビには、代わり映えしないニュースの内容が特番を組んで報道されている。コメンテーターがえらそうに講釈垂れてるけど、都合よく書き換えられた「都合のいい物語」にいちいち口出ししてる時点で嗤えてくる。「馬鹿なオトナ」丸出しよね。

 あの事件のあと、IS学園が公表した内容は、公開されるや否や瞬く間に世界中を駆け巡る大騒ぎになった。
 行方不明だった篠ノ之博士からの突然のコンタクトと、学園へのISの提供、しかもそのISは不可能と言われていた無人での起動ができて、さらにはそのISが暴走、施設を破壊しまくったそれを止めたのは、姉から強力な専用機を送られた天才博士の妹……。
 その一つ一つが世界を揺るがすような大ニュースだというのに、そんなものがまとめて一気に放り込まれたんだから、そりゃ大騒ぎにもなるわよ。

 その中でも最も大きな話題になったのは、ISにおいて不可能とされてきた無人化技術の存在だったわ。それこそ、同時に公開された箒の紅椿が霞んでしまうほどの話題性だったんだもの。
 まあ、当然よね。なにしろ、無人化できるってことは「誰でもそのISを操ることが出来る」ということだもの。もっと言えば、その無人機を操作する人間が男性であっても、ISを間接的に操作できるかもしれないって事。
 こんな話に世界中の男性たちが飛びつかないわけないわよ。弾みたいなお気楽人間は別として、彼らにとっては一夏の出現以上の衝撃だったんじゃないかな。
 なにしろ、限られた人間じゃなくて自分自身が間接的にISを操作できるかもしれないって希望が生まれたんだから。
 でも、実際には二機の無人機は再生不可能なほどに破壊されてたから、技術自体はいまだはっきりとは解明されてないのよね。
 それでも、各国は競い合うようにISの無人化の研究に力を入れ始めたって話よ。中国でも、無人ISの研究が始められたみたいだもの。ま、あたしは関係ないけどね。
 ……なによ甲龍。え?自分は無人で動かされたくない?あったりまえでしょこのポンコツ。あんたを動かせていいのはあたしだけなんだからね。
 それはそうと、一夏。あんたさっきから何ずっとだれてんのよ。女の子と一緒なんだから少しはしゃきっとしなさいよしゃきっと。

 「あのなあ鈴、俺は買い物だけっていうから付き合ったのに、なんであんな遊びまくるんだよお前は」
 「う、うるさいわね。たまたまそういう気分だったのよ。あんただって結構楽しんでたじゃない」
 「そりゃ……そうだけどな」
 
 買い物に付き合わせた後、一緒にゲーセンに行って、適当にお茶して。うん、あんまり変わり映えしなかったけど、一応デートになってたわよね。一夏が実家に戻ってるって聞いたから、全速力で追いかけて正解だったわ。
 もっとも、実家の方で一夏に会えなかったからダメ元で五反田食堂に行ってみたんだけどね。弾の奴にはまた今度なんか奢ったげよう。

 「しっかし、日用品はわかるけどなんで食材とかまで買ってるんだ?食堂あるじゃんかよ」
 「部屋にキッチンついてるでしょ。あたしだって簡単な料理くらいするわよ」

 いくら食堂が充実していても、たまには自分で作りたいときだってある。それに、練習しとかないと本番で困るでしょうが。
 
 「簡単って、チャーハンとかか?それにしちゃやたらいっぱい……」
 「もっといろいろ作れるわよ。青椒肉絲とか、麻婆豆腐とか、酢豚とか。うちで作ってたものなら結構作れるとは思うわ」

 うちの実家―――パパがまだ中華料理屋をやってた頃はあたしもよく手伝ってたし、レシピだって教えてもらってる。一度覚えたのなら体が覚えてるもの。簡単にできるわよ。

 「それは……簡単のうちに入らないような気がするけどな。それじゃ、お前結構料理の腕とか上がったんじゃないのか?」
 「ま、まーね。そりゃ昔に比べりゃ上達もするわよ。あったりまえでしょ」

 だって……ISの訓練の合間にだって、それだけは欠かさなかったんだもん。誰のためだと思ってんのよ、まったく。

 「そっか……なあ、鈴。小学校の時に酢豚の話したのも、こんな夕方だったよな」
 「えっ……」

 覚えてたの?しかも話をした時の光景まで。
 あたしは忘れるわけなんかない。だって、あれはあの時のあたしなりの精一杯の告白だったんだもの。

 『料理が上手になったら、あたしの作った酢豚を毎日食べてくれる?』

 一夏が、うちで食べる料理で何が一番好きかって聞いたら酢豚だっていうから、あたしはそれから酢豚だけは必死で練習したもの。他の料理はある程度あたしの趣味が混ざってるけど、酢豚だけはパパと同じ味が作れるくらい練習したんだから。

 「あの約束って、もしかして違う意味なのか?俺はてっきり毎日ただ飯を食わせてくれるもんだとばっかり……」

 ……ああもう、違うに決まってるでしょ。日本だって「毎日お味噌汁作ってあげる」っていうじゃないの。気づくのが遅いのよ馬鹿。
 気づいてくれたことは純粋に嬉しいと思うし、あたしの気持ちだってほんのちょっぴりは伝わってるはずだ。だけど―――

 『一目見ればわかるさ―――あいつ、泣いてるからな』

 一夏が今一番好きなのは、きっとあたしじゃない。
 まったく、遅いのよ。遅すぎるのよ大馬鹿。あたしにそんなこと気づかせる前にさっさと気が付いときなさいよ、ばか一夏。
 だから、その約束はもうご破算。あーあ、大損したわね、アンタ。

 「違わないわよ。誰かに食べてもらったら、料理の上達って早くなるでしょ。それだけよ」
 「そっか、やっぱそうだよな。……よかったら、また酢豚作ってくれないか?」
 「ま、気が向いたらね」

 作ってあげるわよ。そんで、大いに後悔するがいいわよ、ばーか。
 そういや、約束と言えばもう一つしてたわよね。まあ、試合自体が無効になっちゃったからそれも本当ならご破算なんだけどさ。

 「ねえ、一夏。あたしと試合する前にした約束は覚えてるわよね?」
 「え、ああ。勝った方が負けた方の言う事なんでも一つ聞く、だったよな。でもあれ、試合自体なくなっちまったから……」
 「それよそれ!そんなので無効になるなんて納得がいかないっての!だからさ、次の試合の時もおんなじ賭けしなさいよ」
 「んー……でもなあ。そんなに都合よく試合が当たらないかもしれないだろ?」

 あんたねえ。クラス代表はあんたなんだからセシリアも箒も出ないに決まってるでしょ。そうなれば、必然的に当たる可能性があるのはあたしだけになるじゃないのよ。他の連中に負けなければ……ま、負けないわよね?
 なんだか不安になってきたじゃない。やっぱあたしがちゃんとISのこと教えてあげなくっちゃ。だから、意地でも勝ち残りなさいよあんた。

 「ま、決勝まで行けば嫌でも当たるでしょ。なんなら、優勝した商品にでもする?」
 「ああ、なるほどな。そっちの方がわかりやすいや。よし、乗った」

 よしよし。あとはあたしがきっちり優勝すれば……えへ、えへへへへへへへへへ……
 ……いや、はた目から見たらすっごいキモいって自覚してるわよ。しょーがないでしょ、誰だって空想の一つや二つくらいするでしょうが!
 そのせいで、あたしたちの会話をきっちり聞いていた娘に気が付かなかったのは、あたしの落ち度だけどさ……。



 ***



 「引っ越しだ」
 「「はい?」」

 いきなり現れた千冬さんの言葉に、私も一夏も目が点になる。それくらい唐突な話だったのだ。
 
 「何が唐突だ。お前たちの個室が用意できるのに一月かかると最初に言っておいただろうが。さっさと動け。」
 
 ああ、そういえば言っていた。私と一夏をそれぞれ監視する体制を整えた個室、それを準備するのに一月と言っていたな。
 良く考えればもうその一か月などとうに過ぎ去っていた。その……私としては、このまま一夏と同じ部屋でも何も問題は……。

 「お前がよかろうと他が問題なのだ。いつまでも男女を同じ部屋にしておけるか。さっさと荷物をまとめてそれぞれの部屋に移動しろ」

 そう言って、私たちにそれぞれの部屋のカギを投げてよこす千冬さん。過日の騒動以来忙しくしている千冬さんだが、山田先生がまだ入院していることもあってこのような雑事もこなさなければならないらしい。そのせいか、表情にやや疲労の色も見える。

 「今のカギはしばらく預けておいてやる。引っ越しが終わったら返しに来い。……それと、篠ノ之」
 「は、はい」
 「……個室になるからと言って、引きこもって登校拒否なぞは許さん。いいな」

 部屋を後にする千冬さんに、しっかりと釘をさされてしまった。……ああ、そうなのだ。我ながら情けない話ではあるが、一時私は本気で登校拒否したくなったのだ。もちろん千冬さんに大目玉をくらったが。 
 その原因は、学園が公表した事件の顛末だった。ものの見事に紅椿の暴走は無かったことにされていたのだが、その代りに何故か私があの二機を破壊して事件を収拾させたことにさせられていたのだ。しかも、見事なまでの合成映像までつけて、である。
 こんなものを流されてしまったために、事実を知らない大多数の生徒や教師までが、私の事をまるで英雄か何かのように言ってくるのだ。当の、加害者の私がだぞ?しかも箝口令のために真実を口にすることもできず、ひたすら曖昧な笑みを浮かべてあしらわなければならないのだ。
 これが、存外に堪えるものなのだ。しかも相手は100%悪意がないから尚更手におえない。人に会えばそうなるので、部屋に閉じこもってしまいたかった位だ。
 終いには見かねた千冬さんが追い返してくれたりしたが、それでもこっそりと聞きに来ようとする生徒はいるもので、そんな彼女たちの相手をするのも一苦労なわけだ。
 褒め殺し、というのは実はこういうことを言うんじゃなかろうか。持ち上げられるごとに本人の罪悪感は相乗的に肥大化してしまうため、私はここのところしばらく眠れていないのだ。
 ……セシリアに化粧の仕方を教わったおかげで、眼の下のクマは隠せてはいるがやつれてはいるのだろう。時折一夏が心配そうにしてくれることが救いではある。
 でもこれは流石に罰というよりただの嫌がらせのような気がするのだが。

 しかしまあ、元を辿れば私たちの不徳だ。今後こういったことのないように、無暗に力を振う事は特に気を付けなければいけないのだぞ?紅椿。

 左手首に巻かれた組紐―――紅椿の待機形態が、しゃらんと鈴を鳴らす。あれ以来、少しずつ彼女に私が見聞きすることを伝えているのだが、やはりいきなり変わることは難しいようだ。
 だが、少しずつではあるが紅椿は私以外のものにも興味を示すようになっている。特に、一夏の白式とはよく通信を行っているようだ。というより、白式が一方的に通信し続けていると言った方が正しいのだろうけどな。
 最初は酷いものだった。なにしろ、紅椿はIS同士の通信を全くしたことが無かったため通信回線を開くことすら出来ず、業を煮やした白式が一夏を通じて私に訴えてきたほどだ。
 ……そのときにIS同士を接触させるため、一夏と手を繋いだのは役と……ではない。仕方のないことだな。うん。
 まあ、それ以後は紅椿の方も回線を開くことを覚えたため、手を繋ぐ必要はなくなったのだが……。
 
 「そんじゃ、早く支度しようぜ箒。ち……織斑先生も忙しいだろうし」
 「ああ、そうだな」

 おっと、いかんいかん。最近紅椿のことに気を取られることが多くなっているな。早く引っ越しの支度をせねば。
 とはいえ、私も一夏もそれほど多くのものを持ち込んでいるわけでもない。それに、必要最低限のものさえさしあたって移動させてしまえばあとはゆっくり動かせばいい話だ。
 とりあえず必要なものをかばんに詰め、私たちは部屋を出る。―――1025室。思えばたった一か月しかいなかったというのに、やたらと色々なことがあったような気がする。

 「この部屋ともお別れか……ようやっと慣れてきたんだけどな」
 「何、新しい部屋でもすぐに慣れるさ。同じ建物なんだからな」

 今度の部屋は、二人とも教官と同じ一人用部屋を宛がわれている。他の生徒が皆二人部屋だというのにこの扱いは心苦しいが、監視設備が供えられている以上他の生徒のプライバシーまで害してしまうのは本意ではない。
 しかし、やはり一夏と離れてしまうのは寂しくある。いや、それが本来あるべき姿なのだから当然なのだし、このままでは鈴やセシリアにも遠慮勝ちになりつづけてしま―――

 「一夏さん、お引越しですの?わたくしになにかお手伝いできることはございまして?」
 「一夏、引っ越しの手伝いに来てあげたわよ。感謝しなさい」

 ……どこから湧いて出た貴様ら。

 「あー、別にかまわないぞ。俺はあんまり物を持ち込んでないし、他のものもあとでゆっくり動かせばいいし―――」
 「そ、そうですの……では、新しい部屋になられて、不慣れなこともありますでしょう?明日から、わたくしが毎朝一夏さんを起こしに……」
 「「ちょっと待てえええええいっ!!!」」

 意図せず、私と鈴の声が完全に一致する。なにを抜け駆けしようとしているのだセシリア! 

 「い、いや、別に起こしてもらわなくても一人で起きられるし、歯も磨くぞ?箒はもう大丈夫だよな?」
 
 当然だ。だいたい私がお前に起こされたことなど、あの発表があった翌日の一回きりだろうが。……それに、一夏は朝が早いから同室だった私でさえ数回しか起こしたことが無いんだぞ。故に毎朝一夏の部屋にいって起こしてやるなどと言う羨ましい真似をする必要などないのだ。ないったらない。

 「そ、それじゃ。あたしがお弁当作ってあげる。食べたいって言ってたわよね?アンタ」

 一夏。少し話をしようか。貴様また鈴を誑かしたのではあるまいな。

 「え、ああ、そりゃ作ってくれりゃ嬉しいけど……」
 「で、ではわたくしも作ってまいりますわ!……コ、コホン。たまたま作りたい気分ですので、一夏さんの分も作って差し上げますわ」
 「んなっ!お、おお、お前達はなあっ!!」

 こうしていては私だけ除け者ではないか!ええい、私も作ってきてやる!腹を空かせて待っていろ一夏!!

 「な、なんでアンタ達まで真似すんのよ!あたし一人で十分だってばあっ!」
 「いいえっ!抜け駆けなんて許しませんわよ鈴さん!」
 「お前が言うかこのどろぼう猫!!」

 こうなってしまえば引き下がれないのが乙女の性質というものだ。女の意地を舐めてはいけない。
 結局、騒ぎを聞きつけた千冬さんに4人まとめて拳骨を喰らうまで続かざるを得ないのだった。

 「何で俺まで?」
 
 胸に手を当てて考えろ、朴念仁。

 



===========================

あとがき
 
 世界にちょっと大嘘広めてみた。の回をお送りします。
 一般人代表で弾君にご登場願いましたが、関わらない人からすりゃそんなもんどーでもいい話なんですよね。そんなことより美少女です美少女。

 では、相変わらずヒロインばかりの視点からの拙文をご覧いただきありがとうございます。
 この場をお借りして、御礼申し上げます。
 



[26915] 二人目の男子生徒
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:9cf5cff8
Date: 2011/05/13 20:07
 「……そんな調子で大丈夫か?セシリア」
 「ふ、ふふ、大丈夫です。問題はありませんわ」

 別に昨夜も一睡もしていないとか、ほぼすべての指に絆創膏を巻いているとか、そんなこと程度でこのわたくし、セシリア・オルコットが不調であるなどとは笑える冗談ですわよ。箒さん。それより貴女の方こそもう体調は戻られまして?
 
 「私の事はいい。その様子ではまた徹夜したのだろう?熱心なのはいいが、それで体調を崩してどうするのだ」

 ため息交じりにわたくしを心配してくださる箒さんですけど、だからこそわたくしは止まれないのですわ。
 なにしろ……あああもうっ!なんてことですの、タイムマシンがあるなら戻りたいですわよ数日前のあの日までっ!

 『……あ、後でもらうよ』

 ええ、骨身に染み入りましたわよ。あの時の一夏さんの表情。わたくしを傷つけまいと精一杯笑顔を浮かべてくださったのが、逆にこれほど辛いだなんて。
 一夏さんと箒さんがそれぞれ部屋を変わられた翌日から、わたくし達は3人でそれぞれお弁当を持ち寄って昼食をとるようになったのです。正直なところ、わたくし生まれてこの方一度も料理というものをしたことがありませんでしたので、考えが浅はかすぎたとしか言いようがありませんでしたわ。
 自分でやったことですのではっきり申し上げます。わたくしの料理には……味が無かったのです。ええ、不味かったのですわ。認めますわよ潔くっ!
 鈴さん曰く、どうやればサンドイッチの味を完全に消せるのかと仰っていましたが、わたくしはただ、見本のように作ろうとしただけなのです。今となっては、それが最大の間違いであったのだと魂で理解していますけど。
 そんなものを一夏さんに差し出して、食べさせてしまったのです。そして結果はこの通り。自分で作ったサンドイッチを口にして……やっと気が付きましたの。むしろはっきり仰っていただいた方がダメージが少なかったですわ。
 それに引き替え……箒さんのお弁当は華美ではありませんが手間が込められている家庭的なものでしたし、中華料理をそれぞれケースに詰めて、暖かいスープまで用意されていた鈴さんのお弁当にしても、どちらも素晴らしいものでしたわ。
 しかも両方ともとても美味しかったのですから、わたくしのプライドとかそういうものは完膚なきまでに粉砕されましたわ。ええ、粉々でしてよ。原型もありませんことよ。
 確かに、我がオルコット家において当主であるわたくしが自ら料理をする必要などありません。それは調理師達の仕事ですし、彼らの領分に土足で踏み入ることなどは、例え主であろうとも厳に慎むべき行為ですもの。
 ですけど、想い人に自分の手料理を満足に振舞えないことが……乙女としてこれほどまでに屈辱的なことだなんてっ!
 そしてわたくしは、そのような屈辱を甘んじて受け続けるほど人間が出来てはおりませんの。
 チェルシーを毎日のように呼び出し、ひたすらに重ねる練習……昨夜などはいい加減にチェルシーのほうが音を上げていましたけど、最低限わたくしが食べられる程度の味のものは作ることができましてよ。
 それでも、箒さんや鈴さんには遠く及びませんけど……ですけどっ!スタートラインにも立たずに逃げるよりずっとましですわ!!

 「今日こそは……一矢報いますからね。箒さん……ふふ、うふふふふ」
 「わ、わかった。わかったから」

 その余裕も、いつか必ずなくして差し上げますわ……ふぁ、と、いけません。このようなところで欠伸などと、誰が見ているかもわかりませんのに……。
 欠伸を堪えながら、周囲を改めて見回してみますと……何でしょうか。仲の良い方たちで集まって、何やらひそひそと話をしてらっしゃいますわね?確かつい先日までは、過日の暴走事件のことで持ちきりでしたけども。
 ですけど、今日の話題はそれではなさそうですわ。いつもならこっそりと箒さんに何か聞いてくる方もおられるのですけど、そんな様子も見受けられませんもの。

 「皆さん、何の話で盛り上がってらっしゃるの?」
 「さあ、私にもさっぱり……」

 箒さんもお分かりにならないようですわね。こういう時は谷本さんか布仏さんに尋ねれば大抵教えていただけるのですけど……。見当たりませんわね。
 ですが、そのかわりにけたたましい叫び声が廊下から響き渡ってきたのです。

 「待ちなさいティナーーーーーーっ!!!あんた何て噂流してんのよーーーーーーーーーっ!!!!」
 「へへーんだ!鈴ばっかり良い思いなんてさせないもんねーっ!!」

 えーと……片方は確実に鈴さんですわね。もう一人は……確か鈴さんのクラスメイトの方でしたかしら?
 廊下を駆けていく音に混じるISの起動音……ってちょっとお待ちなさい鈴さん!貴女なにしてらっしゃいますの!?そんな事していると……

 『廊下を走るな!!あとこんなところでISを起動させるな大馬鹿者が!!!』

 嗚呼、いわんこっちゃないですわ。織斑先生の怒声と共に、一瞬で廊下の騒音が消え去ったところを見ますと、おそらく二人そろって制裁を受けたのでしょう。

 「おはよう……なあ、今鈴がものすげえスピードで女の子追いかけて行って千冬姉にぶっ飛ばされてたんだけど、何かあったのか?」

 教室に入ってきた一夏さんが、近くにいた女子のグループに尋ねていますけど、揃いもそろって「何でもないよ」の一点張り……本当に何があったのかしら。



 ***



 「あー、今日は転校生を紹介する。入れ」

 転校生……つまりは中途入学者だろうか。
 このIS学園は世界にたった一つしかない学園ではあるが、その所属は日本国になるため基本的に入学の時期は日本の高等学校と同じ時期とされている。だが、海外からも多くの学生を受け入れている以上、やむを得ない事情で多少入学時期が前後する生徒もいる。
 そういう生徒の為にあの電話帳のごとき入学案内は存在するのだが、それでもある程度授業が進んでくるとそれではどうしても追い付けなくなり、入学の学年自体をずらす生徒も少なくないらしい。IS実習が始まってしまった今となっては、編入試験の難易度も桁違いになるらしいからな。
 しかし逆に言えば、カリキュラム途中から入学を許可されるということはそれだけ優秀な生徒であるということだ。セシリアは律儀に最初から学んでいたが、本来代表候補生クラスともなれば第一学年程度の修学内容は全てそらで暗唱できるほどらしい。……化け物かあいつらは。
 一体どのような生徒が……と、扉を開けた生徒の服装と身なりを見て、私は思わずわが目を疑った。
 ISは女性のみが動かすことのできるものである。一夏という例外はあるが、他の男性が動かせたなどと言う話は全く聞いたことが無い。だというのに。

 「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。皆さん、よろしくお願いします」

 爽やかな笑顔を浮かべたその人物は、一夏と同じ男子用の制服を纏っていた。サラサラと流れるような黄金の髪は、男性にしては長いが肩口で切りそろえられ、それがかえって中性的な魅力となっている。
 それ以上に印象的なのは、本当に男かと疑いたくなるくらい整った顔立ちと高めの声なのだが、少し背が低めなことを除けばまさに絵にかいたような美少年そのものだった。
 ……言っておくが、私の好みのタイプの正反対だからな。

 「お、男?」

 どこからともなく、私が考えていたそのものずばりの疑問が湧き出る。まあ、至極当然の事だろう。

 「はい、この学園に僕と同じ境遇の方がいると聞いて、本国より転入を……」
 
 どこからともなく、以前千冬さんに向けられた以上の黄色い声が湧き出る。驚かせて当然の事だろう。ほら、転入生も引いているだろうが。

 「男子!二人目の男子!」
 「しかもうちのクラス!」
 「美形!守ってあげたくなる系の!」
 
 いや、落ち着け同輩よ。まずその転入生がありえないはずの男子であることの方が問題では……一夏、お前まで何故手放しで喜んでいる?

 「騒ぐな。静かにしろ」

 千冬さんの鶴の一声で静寂を取り戻す教室。良く訓練されているのは誇るべきことだが、ギャップが凄まじすぎてやはりあの転入生は引いているな。

 「今日は二組と合同でIS実習だ。各人は準備をして第二グラウンドに集合するように。……それと、織斑」
 「はい」
 「デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子同士だ」

 発せられた解散の指示の後、一夏はすぐに転入生を連れて男子用の更衣室へと向かった。左手を開いたり閉じたりせわしなく動かしていたし、自分以外の男子生徒の出現に相当浮かれているのだろう。
 だが、彼が不慣れなのは仕方ないとしても、いちいち手を繋いでいくのはどうかと思うぞ?

 「ね、ね、ね、あの二人手を繋いでたよね!」
 「織斑君の黒髪もいいけど、金髪もいいよねー」
 「……ど、どっちが受けなのかな?」

 はぁ……私には到底理解しがたい黄色い声が出始めているではないか。まったく……
 そうは言えど、溜息をついてばかりでも仕方ないのが現実である。早く着替えて実習に向かわなければ千冬さんに怒られてしまうからな。
 ああ、しかしどうするべきか。正直なところ、実習で紅椿を上手く扱える自信が全くないのだ。彼女を受け入れ、友達になったのは事実だが、彼女の力が恐ろしいというのも紛れもない事実である。
 だからといって、訓練機に乗るというわけにもいくまい。彼女と対話を重ねるうちにわかったことだが、紅椿はとても嫉妬深い性格をしている。そもそも彼女が暴走してしまったのも、私が訓練で打鉄やラファールにばかり乗っていたのを妬んでいたということが原因の一つなのだ。
 友達を多く作らなければいけないという私の意見は聞き入れてくれたようなので、私が他のISに触れるくらいは許してくれるのだが、搭乗するとなると全力で妨害しようとして来るのは相変わらずだった。

 ―――だって私の方がずっと強いのに!私の方がずっと箒ちゃんを守れるのに!―――

 その意見には異論をはさむ余地もないが……うう、やはり私がしっかりとこの子の手綱を握らなければいけないのだろう。装着するだけならまだしも、それで一夏のように模範演技など要求されたりした日には、動かせる気がしないのだが……。
 こんな調子でどうするというのだ……一応仮にもこのIS学園の専属試験搭乗者なるものになってしまったのだから、このような体たらくを続けるわけにはいかないというのに。

 紅椿の暴走事件の後、千冬さんの言うとおり私にお咎めは無かった。それに鈴やセシリア、先生方も快く謝罪に応じてくれたのだ。
 学園の設備やISの被害については、紅椿が建前上IS学園宛に送られたことになっていたため、学園の設備の試験中に起こった不慮の災害、ということで問われることはなくなったらしい。
 その代りに、私はIS学園生徒であると同時に、学園の専属試験搭乗者という肩書を背負うことになった。紅椿を動かしうるのは実質私一人だけなのだから、私が専属搭乗者にされてしまうのは仕方ないことだろう。
 そう、頭ではわかっている。わかっているのだが、どうしても二の足を踏んでしまうのだ。
 はぁ……いかん。やめようと思っても溜息が次から次に湧いてくる。いっそ当たって砕けてみては……いやいや待て待て、砕けるのが私だけならいいが、万一この子が暴走したりしたら……。

 「箒さん?遅れてしまいますわよ?」
 「あ……す、すまんセシリア。考え事をしていた」
 
 そう言うセシリアは既に青い特注のパイロットスーツに着替えている。というか、着替えていないのは私を含めてもあと数人だけだ。

 「もう、また紅椿のことでして?最近の貴女はいつもそればかりですわね」
 
 こいつは本当にそういうことに鋭いな。いやまあ、セシリアの言うとおり、最近の私はいつも紅椿に懸りっぱなしになっているとは思うが。

 「まあ、その子が大変なのはわかりますけどね。……わたくしもブルーティアーズがこんなに頑固だなんて初めて知りましたわ」
 「まあ……原因はうちの子だから何も言えないんだがな」

 紅椿に友達を作ろうと、私はセシリアと鈴にも紅椿との通信を依頼したことがある。しかし、操縦者は快諾してくれたもののISのほうが拒んでしまい、終いには白式に仲裁してもらわなければ通信できなかったほどなのだ。どうもまだしばらくは許してもらえそうにない。
 IS達にしてみれば問答無用で壊されかけたのだから当然と言えば当然なのだが。
 そうこうしているうちに私も着替えも終え、セシリアと一緒にグラウンドに向かう。2組と合同だというから、あちらに行けば鈴もいることだろう。朝の騒動も気にはなっていたし、聞いてみるとしようか。

 「それにしても……一夏さんに続く『二人目の男性操縦者』だなんて、ねぇ」
 「む、やはり気にはなるか? まあ、一夏で慣れてしまってはいたが、本来は男性がそうそう動かせるものではないからな」

 忘れがちだが、一夏はイレギュラーなのだ。本来ISというものは女性にしか動かすことが出来ない。というよりもIS自身は男性達の区別がつかず、個々を認識することができないために動かせないと言われていた。
 実は女性にしてみても同じところがあり、IS適正が低すぎる女性はやはりその個人を認識できないらしく動かすことができない。つまりISがその人間を認識できるのは、個々人の持つIS適正を認識しているためと言われている。そして全ての男性はそのIS適正を保有していない、もしくは女性に比べてあまりにも低すぎるために動かすことが出来ないとされていたのだ。
 そんな中で唯一ISに認識された一夏は、「理由は不明だがそのIS適正が「男性にしては」あり得ないほどに高い」ということでISに認識されたのだろうと仮説だてられているらしい、
 全く、どんな理由なのかは知らないが、ISの認識やIS適正に関してはその全てがブラックボックスとなっているコアで司られているため、おそらくその理由を知っているのは姉さん位のものなのだろうな。

 「それもありますけど……いえ、きっとわたくしの考えすぎなのでしょう」

 何を考えすぎているのかわからんが、急ぐとするぞ。このままでは千冬さんの出席簿が待っている。

 ……だが本当に……紅椿を動かせと言われたらどうしようか。はぁ…………。



 ***



 「で、どういうことだ?」
 「説明していただけまして?」

 昼休み、屋上であたしは箒とセシリアに詰め寄られていた……。ふ、二人とも目が据わってるわよ。ちょっと落ち着きなさいよほんとに。
 だいたい、あの噂流したのはあたしじゃなくてティナじゃないのよ。あたしはむしろ一夏との約束を思いっきり邪魔された被害者なんだから!

 「今度の学年別個人トーナメント大会の優勝特典で一夏が何でもひとつ言うことを聞いてくれる……だと?どうしてそんなことになっているのだ?」
 「そんな素晴らし……コホン、兎に角、何もなしにそのようなことになるとは思えませんわ。ひょっとして貴女また抜け駆けしようとしましたのね?鈴さん」
 「なあ、俺そんな景品になった覚えないんだけど……」

 あんたねえ!あたしとの約束忘れてんじゃないわよ!だいたいその優勝特典はあたし限定のはずだったのに!!

 「ま、まあまあ。いいじゃない。そういうのも面白そうで」

 金髪の男子生徒……今日一組に転入してきたっていう、世界で二人目の男性IS操縦者が執り成すようにしゃべる。
 まあ、一夏がIS使えたんだから、ひょっとしたら他にもいるんじゃないかとは薄々思ってたけど、こうして実際に二人目が出るとやっぱり驚くわよ。うちのクラスでも、一夏が優勝特典になるって噂が吹っ飛びそうなくらいの話題になったもの。……目の前であたしに詰め寄るこの二人には関係ないみたいだけど。
 シャルル・デュノアとかいうその転入生は、人懐っこそうな笑顔を浮かべながら一夏と話している。なんだか女の子みたいな顔してるけど、ひょっとしてISが性別を間違えたんじゃないわよね?

 「面白そうって言うけどなあ……だったらシャルルも景品になってみるか?」
 「え?ぼ、僕は遠慮しとくよ。あは、あははははは」

 同じ男子だからだろうか、妙に一夏が気安いわね。こいつ大抵初対面の相手にはあんまりいい顔しないのに、もう名前で呼んでるんだもの。
 それにしたって、男子、ねえ……。うん、ちょうどいいわ。これ以上箒たちに詰め寄られるのもしんどいし、さっさと話題を変えちゃおう。そうしよう。

 「ね、ねえ転校生。あんたがIS使えるって、いつわかったの?やっぱ一夏のことがわかったから再調査したとか?」

 箒とセシリアが揃って「「無視するな(しないでいただけます)!!」」と叫んでるけど、スルーする。あんたもびびってないでちゃっちゃと答えなさいよ転校生。

 「あ……その……わ、わかってたのは結構前からなんだ。でも、家の事情とかでなかなか公表できなくってさ」
 「家って……ああ、デュノア社だったよな。シャルルの実家。こいつ結構なお坊ちゃまなんだぜ」
 「もう、お坊ちゃまはやめてよ一夏」

 ……しかも名前で呼ばせてるし。男子が来るのがどれだけ嬉しかったのよこいつ。それにしてもデュノアって……たしか世界のISシェアで第3位の大企業じゃなかったっけ?そりゃお坊ちゃまだわ……。
 箒もセシリアも気にはなるみたいで、転校生の話を聞く方に意識が向いてるみたいね。しめしめ。

 「最初は僕のことを公表するつもりだったんだけど、そのやり方でうちの会社と政府がモメたみたいでさ。そうこうしてるうちに一夏のことが公表されちゃって、あんなものすごい騒ぎになっちゃったから逆に公表できなくなっちゃったみたいなんだ」
 「そりゃ……大変そうだな。でもなんでまた今更になって?」
 「ああ、この間この学園で暴走したっていう無人機が騒動になってるでしょ?今ならもう一人くらい男の操縦者が増えても、前みたいに大騒ぎにならないだろうからどさくさに紛れて公表して、ついでにIS学園に入れちゃおうって話になったんだ」

 どさくさって……まあ、普通に発表するよりはそりゃ反響も小さいでしょうけどね。あんだけ大ニュースのオンパレードの中で、云っちゃ悪いけど二番煎じみたいなタイミングで発表されても、一夏の時みたいな騒動にはならないわね。
 それに、無人機のおかげで今まで使えなかった男の人が使えるようになったりしたら、それこそほとんどニュースにもならないんじゃないかしら。

 「……たしか、デュノア社にはフランスの代表候補生の方が在籍されていますわよね?その方はこの学園にはいらっしゃらないの?」
 「えっ!あ、ああ、そうだね。僕の双子の妹なんだけど、あの子はデュノア社の正式パイロットだから学園には来ないんだよ」
 「双子の妹……か。シャルルの妹だったら、きっとえらい美人があっ!!!?」

 あら?なんか妙な耳鳴りがしたわね。箒とセシリアにも聞こえたみたいだけど、きっと空耳よね?
 あたしたちに同時に足を踏みつけられた朴念仁を見ながら震えてるけど、あんたもモテそうな顔してるんだから気を付けなさいよ転校生。あたしは興味ないけど。

 「え、えーと……あ、そういえばさ!ここに集まってる人ってみんな専用機持ちなんだよね。さっきの授業で5人とも教える側だったし」

 ああ、そういえばそうよね。あたしやセシリアは当然だけど、一夏は白式があるし転校生もラファールのカスタム機を専用機にしてるらしい。箒も紅椿がある……って、あれ本気で使う気なのあんた。あたし逃げるわよ?だいたい甲龍がビビりまくっててこの間通信した後も泣きそうになってたんだもの。ISって泣くのね。初めて知ったわ。

 「えっと、篠ノ之さん。たしか、お姉さんから新型の専用機を貰ったんだって?すごいなあ」
 「あー……その、別に凄くもなんともないぞ」

 屈託なく話しかける転校生に、箒は曖昧な笑顔を浮かべながら気まずそうに答える。千冬さんが禁止したから、こうして直接箒に紅椿やあの事件に関することを訊ねる娘はほとんどいなくなったけど、今日来たばかりの転校生はそんなこと知ったこっちゃないわよね。

 「物凄く強いISなんだってね。今日は装着してなかったみたいだけど、よかったらまた見せてくれないかな?」
 「……あ、ああ。その……機会があれば、な」
 「本当?それじゃ……」
 「……シャルル、それくらいにしとけよ。箒も困ってるだろ?」

 少し不機嫌そうな顔になった一夏が、転校生を窘める。千冬さんがやってたのを見て少しは気が利くようになったのかしらね。

 「あ……そうだね。ごめんね、篠ノ之さん」
 「い、いや、構わんさ。あー……そうだ。昼食にしよう。今日はセシリアも自信があると言っていたしな」
 
 目の前でしょんぼりとされていたたまれなくなったのか、箒はそそくさと弁当箱を出してくる……って、セシリア、あんたまだ諦めてなかったの?昨日は確か……やったら辛いコテージパイだったけど。

 「鈴さん、何ですのその疑わしげな眼は。わたくしとていつまでも昔のままではありませんわ!」
 
 そう言いながら開かれたいつものランチバスケットの中には、色とりどりの美味しそうなサンドイッチ……って、見た目だけはいいのよねこいつの料理。

 「よ、よし……それじゃ、もらうぞ?セシリア」
 
 一番手前にあったサンドイッチを手にとって、かぶりつく一夏。一瞬だけ躊躇してたけど、覚悟は決めていたのか一気に行ったわね。このあと、どんな百面相になるのか……と思っていたら。

 「……あれ、普通にうまい」
 「ほ、本当ですの!?……コホン、ま、まあ当然でしてよ。なにせこのわたくしが手作りしたのですから!」
 
 あたしも一つ食べてみたけど、普通のサンドイッチだったわ。何よアンタ。やればできるじゃないの。指の絆創膏は伊達じゃないのね。

 「ああ、こりゃいけるな。シャルルも食ってみろよ。うまいぞ」
 「え、でも僕……いいの?」
 「遠慮など無粋でしてよ。お口に合うかわかりませんけど、宜しければどうぞ?」
 「私の方も多めに作ってあるからな。鈴、予備のスプーンを持っていないか?」
 「あるわよ。ほら、こっちもあるんだから食べなさいよ」

 予備のスプーンと紙コップを転校生に渡すと、びっくりしたみたいに目を丸くしてる。あたしたちにとっちゃいつも4人でつついてるんだから、今更一人増えようが同じようなものよ。

 「……ありがとう。みんな優しいんだね」

 花の咲くような笑顔っていうのかしらね。男の子の笑顔に対して使う言葉じゃないけど、間違いなく転校生の笑顔はとても魅力的だったわ。

 もしあたしが男なら惚れてるわよ?嘘だけどね。
 
 

======================

あとがき

 シャルル君登場の回をお送りします。それにしてはあまり目立ちませんでしたけど、男の子の扱いなんてこんなもんです。そんなことより女の子です女の子。
 でも正直、どうやって波風立てずに学園に入れようかと四苦八苦しました。本編の理由は苦しさ全開ですけど、一夏君の時ほどは騒ぎになっていないと思っていただければ幸いです。
 
 では、相変わらずヒロインばかりの視点でお送りする拙文をご覧いただき、誠にありがとうございます。
 この場をお借りして、御礼申し上げます。



[26915] 微笑わぬ冷氷
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:9cf5cff8
Date: 2011/05/16 19:15
 「あ、山田先生だー」
 「ほんとだ!退院おめでとう山ぴー!」
 「もー、マヤマヤってば心配させないでよー」

 入院していた山田先生の帰りを迎える我がクラスの面々。先生にあだ名をつけて呼び続けるというのは正直あまり感心しないが、それだけ親しみを込めて接することが出来るのはひとえに先生の人徳というものだろう。
 その証拠というか、先生が教室に入って来るなりクラス中の生徒たちが取り囲んで、口々に退院を寿いでいる。本来なら私も参加したいところなのだが……その、当の加害者がそうするのもどうかと思うわけでな。いや、確かに山田先生は私と紅椿を快く許してはくださったが、なんというか気まずいのである。
 それに、ただでさえ小柄な山田先生は生徒の波にのまれて胴上げされて……って、それは流石にやりすぎではないのか?

 「むう、どうにもこのクラスの連中は集団での悪ノリが過ぎるのではないか?」
 「多少は宜しいのではなくて? それだけクラスの団結力が強いとも云えますもの、昨夜のように一声かけるだけで皆さん集まってくださるのですし」
 
 そのお蔭で助かったのは他ならぬ私であることだし、セシリアの言を否定する気は無かった。しかしだな。

 「昨日のあれは私やデュノアの手伝いと言うより、男子の部屋を合法的に覗く口実にしていたように思えたのだがな」
 「……まあ、いいんではないですの? 手伝っていたのが一夏さん一人ではあんなに早く終わりませんでしたもの」

 昨日のあれ……というのは、私とデュノアの部屋を交換する引っ越し作業の事だった。
 私はあまりものを持ち込まない性質だし、デュノアの方はそもそも入寮初日だったためまだ荷物の紐解きもしていなかった。最初は一夏だけに手伝いを頼んでいたのだが、やはりいいとこのお坊ちゃんというべきか、デュノアの荷物が結構多かったので3人ではなかなかに捗らなかったのだ。
 そこに、引っ越しを聞きつけたクラスメイトの皆が駆け付けてくれたところ、あれよあれよと言う間に引っ越しが終わっていたという話なのだ。まったくありがたい話なのだが、やけにデュノアの部屋に入る回数が多かったり、こっそりシーツを持って帰ろうとしたものがいたことは……この際目を瞑るべきなのだろうか。 
 
 「それにしてもまた転入生だなんて……本当、この学園に来てからというものイベントが絶えませんわよ。ね?」
 「……それは嫌味か? ……はぁ」

 だいたいそのイベントの元凶は一夏だったりお前自身だったりするだろうが。いや、最大の騒動を起こしてしまったのは私だとわかってはいるがな。デュノアの転入が決まったことにしてみても、私が起こしてしまった騒動が一因のようではあるし。
 今回の転入生はさすがに関係ないと思いたいのだが、セシリアが言うにはドイツの代表候補生ではないかということだ。転入の理由には少なからず、私たちの起こした騒動や、一夏とデュノアの存在が絡んでいるのかもしれない。
 平穏な学生生活を望んでいた連中には正に疫病神のようなものだな。

 ちなみにその転入生とやらが、私とデュノアが引っ越しをすることになった原因でもある。

 昨日、部屋に戻った私を出迎えてくれたのは、私のベッドに寝転がっていた千冬さんだった。私に気づいてのそのそと起き上がったその表情には、溜まりに溜まった疲労が色濃く現れている。いつもの厳格な「織斑先生」の顔などまともに作れていなかったのだ。
 
 『……引っ越しだ』
 『……つい先日同じような台詞を聞いたばかりだと思うのですが、気のせいですか? 織斑先生』
 『気のせいにできるなら私の方がしたいわ! ……ンンッ、とりあえず荷物をまとめてデュノアと部屋を代われ』

 疲労と心労が尽きないのだろう。織斑先生の仮面がずり落ちて『千冬さん』になりかけていた。
 だがそんなことよりも、ほんの一週間前に部屋を変わったばかりだというのに何故また変えられなければならないのか、という事の方が重要だった。しかもデュノアと交換ということは、私はまた1025室に戻ることになるのである。
 私と一夏が以前使用していた部屋は編入したデュノアが使用するように割り当てられていた。私と一夏がこまごました物を取りに入った時にも、先行して送られてきた荷物があったことを考えると、彼の編入は結構前から決まっていたことだったのだろう。

 『理由は……聞いてはいけませんか?』
 『……明日急遽女子が一人転入してくることになった。まさかデュノアと相部屋にするわけにはいかんだろうが。お前と一夏のような事情などないのだぞ』
 『まあそれはそうでしょうけど、それなら一夏を戻せばいい話なのではないでしょうか? デュノアもわざわざ部屋を移らなくてもいいでしょうし』
 『……一夏も監視されていることを忘れたのか。同じ部屋にしてしまうと、デュノアまで監視される対象になってしまう。そうなると奴の実家が色々とうるさいんだ』

 デュノアの実家……たしかIS関連で世界シェア3位の大企業とか言っていた。一夏を監視しているという日本政府にしてもIS学園にしてみても、あまり無用な波風は立てたくない相手なのだろう。

 『ですが、そうなると今度は私と一緒になる女子が監視の対象になるでしょう。私は慣れたものですが、彼女が……』
 『……問題ない。そいつはドイツでの元私の教え子でな。監視しているのが私だから、万一の時は私の方から話を通しておけば何とかなるだろう』

 ははあ、成程。流石は千冬さん、世界中に教え子がいるとは……って、ちょっと待て。今何か聞き捨てならないことを耳にしたんだが。

 『監視しているのが千冬さんって……初めて聞きましたよ私!?』
 『当たり前だ、今初めて言ったからな。お前が紅椿を完全に使いこなせるようになるまでは、私がお前を監視することになっている。だからさっさとその問題児を使いこなせ。私の仕事を少しでも減らすように努力しろ』

 こみ上げてくる脱力感のあまり思わず膝をつく。ついでに支えきれなくなった上体をなんとか両腕で抑える。いかにも「がっくり」といった体勢になった私だが、あの時鏡をみたならばきっと、物凄く疲れ切った表情の私が映っている事だろう。
 だが……脱力したと同時に安堵もした。同じ監視されるにしても、見ず知らずの他人よりは千冬さんが監視してくれる方がどれだけマシなことか。同居人の彼女には悪いが、何とか誤魔化すしかない……いや、むしろばれることを覚悟で最初から話をするべきだろうか。
 どちらにせよ、こうしていても埒が明かない。明日来るというのなら尚更急ぐ必要があるだろうな。

 『はぁ……わかりました。準備します』
 『そうしろ。あと一夏にも手伝わせるとするか。こういう時に男手は必要なものだからな』

 都合のいい時だけ持ち上げるのも、女の特権だぞ? と、意地悪く笑って見せる千冬さんに唆され、一夏に手伝いを頼んで引っ越しを始めたのである。
 まあその後、引っ越しの様子を見ていたらしい布仏さんが、面白がってクラスメイト全員を呼び出し、引っ越しの手伝いをしてくれたというわけだ。

 転入する前からそんなイベントを作ってくれた転入生ではあるが、セシリアは名前を聞いただけでよく彼女がドイツの代表候補生だと分かったものだな。

 「あら、一応我が欧州連合に所属する全ての代表候補生の所属と名前くらいは覚えていますわよ? さすがに、顔までは存じませんけど」
 「お前の頭はどうなっているんだ……そういえば、デュノアの妹とやらも知っているようだったな」
 「ええ、シャルロット・デュノアさんと仰る方でしょうね。フランスの代表候補生にして、デュノア社の専属試験搭乗者ですの。普通企業の専属搭乗者ともなると、企業広告の為に広報活動をされる方がほとんどなのですけど、彼女は一度もそのようなことをされていない珍しい例ですわね」

 ああ、そういえば聞いたことがあるな。IS搭乗者の中にはまるでタレントのような活動をするような者もいると。かくいうこのIS学園も、その卒業生の中にはモデルやグラビアアイドルまでいるらしい。
 目の前で説明してくれているセシリアにしても、本国ではモデルのような活動をしたこともあるという。道理で立ち居振る舞いが様になっているわけだ。一度写真を見せてもらったこともあるが、ドレスを着た彼女はそれこそどこかのお姫様のような姿だった。
 見とれていた一夏の頬を鈴と二人して両側から引っ張ったのは、決して悔しかったからではないぞ。

 「箒さんも覚悟された方がよろしくてよ? なにしろ、このIS学園の専属試験搭乗者に選ばれたのですから、IS学園の広報活動に参加させられることも有り得るでしょうしね」
 「んなっ! そ、そんなこと聞いてないぞ私は!」
 
 だいたいお前や鈴のように華がある容姿なら兎も角、私みたいなのをモデルにしたって務まるわけがないだろうが! 

 「有り得るかも知れない、というだけのお話ですわよ? まあ、わたくしが担当者なら放っておきませんけど……あら、そろそろSHRが始まるようですわね。それではまた」

 いつの間にか山田先生を胴上げしていたクラスメイト達は、自分たちの席へと戻り始めている。病み上がりだというのに胴上げされた山田先生はまだふらふらとしていることだし、今日くらいは転入生が来たとしても平穏な一日で有ってほしいものだ。
 


 ***



 「み……みなさん、熱い歓迎ありがとうございましたぁ。きょ、今日からは先生ちゃんと授業もできますから、皆さんがんばってお勉強しましょうね」

 眼鏡の奥で目を回したまま、山田先生は健気に教壇に立っておられます。あの場にいた中でも一番酷い怪我を負われていた先生でしたけど、その怪我もほぼ完治されたようで何よりですわ。
 他の先生方はもう復帰してらっしゃいますし、最も破損が酷かった山田先生の使われていたラファールも、ほぼ全パーツの交換という大修理を行ったそうですが、今は元気に教導用ISとして使用されています。これであの紅椿事件で学園が被った被害の痕も、残すところは第3アリーナの修復だけというところでしょうか。
 それにしてもISを装備していた状態で、しかもその全エネルギーを防御に振り分けていたというのに全治2週間以上の大怪我を負わされていただなんて。改めて紅椿の恐ろしさを思い知らされますわ。
 その紅椿はあの事件以来すっかり大人しくなっているそうですけど、あの暴走の理由を聞く限りはいつまた暴走するか分かったものではありませんわ。
 確かに、ISと搭乗者の仲が深まれば多かれ少なかれ、紅椿のように勝手に操縦者を守ろうと動くことはあります。わたくしもブルーティアーズに助けられたことなど幾度あるか数え切れませんもの。
 ですけど、最初から最後まで勝手に操縦者を守るために機動するだなんて聞いたことがありません。守りたいがために自分のパートナーを蔑にしてしまうだなんて、それでは本末転倒ではありませんの。
 
 ―――斯様なことは、「友」と共に在る「インフィニットストラトス」としては決して有ってはならぬこと。故に私はあの無礼者が好かぬ―――

 ……とは、ブルーティアーズの言葉でしてよ。この子ったら、箒さんが紅椿と通信して欲しいと仰るのに頑として聞き入れないのですもの。
 同じようなことを鈴さんも仰ってましたけど、鈴さんのISは怒っているというより怯えていると言った方が正しいですわね。まあ、あの子は直接紅椿に半壊させられてしまいましたもの。仕方ないことでしょう。
 他に紅椿と通信していただけそうなISは……デュノアさんの専用機くらいですかしらね。その本人は初対面の山田先生の手を取って、手の甲に敬愛の口づけをしてらっしゃいますけど。
 ああ、もう。あの程度で黄色い声をあげないでくださるかしら。神聖な学び舎であれは流石に少しやりすぎとは思いますが、ただのボディートークではありませんの。山田先生も真っ赤になってきゃーきゃー言わないでくださいな。
 
 「だ、ダメですよデュノア君、私と貴方は教師と生徒で……ああでも、織斑君とはまた違う感じで私……私どうしたら」

 とりあえずSHRを再開すればよろしいと思いますわよ? 山田先生。


 
 およそ平静を取り戻すまでに十数分を要しましたが、山田先生は再びSHRを始められました。まだ頬が紅いのは見なかったことにして差し上げますわ。

 「え、ええと。昨日はデュノア君が転校してきたばかりですけど、今日はなんともう一人お友達が増えます。……あ、あうぅ、遅くなっちゃいました。入ってきてくださいボーデヴィッヒさん!」

 教室の扉を開けて入ってきたのは、まるで御伽噺に出てきそうなプラチナブロンド。ルビーを思わせるような真紅の瞳と、対の瞳を無粋に隠す武骨な眼帯。温度を全く感じさせないビスクドールの如き表情の小柄な女性だったのです。

 「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 整った唇から発せられたのは、氷のように冷たい声音。―――成程、「ドイツの冷氷」の名の如しですわね。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。
 欧州連合ドイツ国軍IS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」所属。階級は少尉。ドイツの代表候補生にして、軍最強との呼び名が高い「ISのための少女」
 わたくしの記憶が確かなら、あの方は以上の経緯を持たれているはずです。加えて言うならば―――その戦闘能力は、国家代表に匹敵するとも。
 そう、本来彼女はこの学園に入学する必要が無いほどの実力を備えているのです。ですから、最初にあの方の名前を聞いた時には耳を疑いましたわ。まさかドイツ軍が虎の子のIS部隊の中から、よりにもよって最強の秘蔵っ子を送り込んでくるなんて予想もしませんでしたもの。
 その実力と経緯からくる威圧感は、ついこの間まで一般の民間人だった皆さんには酷く慣れない物でしょうね。昨日と違って、ボーデヴィッヒさんの自己紹介の後には静寂しか残りませんもの。

 「え、ええと、他には……」
 
 意を決したようにおずおずと尋ねる山田先生。ですが、「ドイツの冷氷」はそのような先生を意に介する素振りも見せません。

 「以上です」
 「は、はいっ!……ご、ごご……ごめんなさぃ」

 威圧感と共に紡がれた一言で、完全に山田先生は委縮してしまいましたわ。まあ、さっきの醜態で彼女を廊下に放り出せてしまった引け目もあるのでしょうけど、それでは先生の威厳が損なわれてしまいましてよ?

 「…………っ!」
 「え、えぇと……そ、それじゃボーデヴィッヒさんの席は……って、ボーデヴィッヒさん!?」

 興味も無さそうに、クラスを一通り見回したようなボーデヴィッヒさんでしたが、ある一点でその表情が明らかに変わったのです。そして、山田先生の言葉など耳にも入っていない様子でその一点に向かって足を進めました。

 「……篠ノ之……箒だな?」

 その言葉と、乾いた破裂音とどちらが早かったのか。
 クラス中が呆然と見守る中、振りぬかれたボーデヴィッヒさんの右手を同じく右手で受け止め、且つそのまま握手のような姿に持って行ったのは、彼女に頬を打ち抜かれようとした箒さんだったのです。

 「……っ……ド、ドイツ式の握手か? 変わった趣向なのだな」
 「……ああ、このような極東の島国には不慣れでな」

 ……正直申し上げますわよ?心臓が止まるかと思いましたわ。
 だって、ブルーティアーズが紅椿の起動を察知して、とっさにビットを展開しようとさえしましたもの。よく止まりましたものですわね。
 その箒さんは、精一杯笑顔を作ってらっしゃいますけど内心はわたくしと同じなのでしょう。下手をすればこんなところで紅椿が暴走しかねないのです。今頃あの笑顔の下で、全力で紅椿を抑えてらっしゃるのでしょうね。
 それにしても、何という無礼な振る舞いでしょう。何があるのか知りませんが、初対面の相手の顔を公共の場で打とうなど、どこの礼法にあるというのですか。全く以て腹に据えかねるというものですが、この教室にはわたくしより早くその怒りが湧きあがった方がおられましたの。

 「なっ! 何してやがるてめえ!」
 「ちょ、ちょっと、一夏?!」
 「見てわからんか? 握手だ」

 一夏さんの当然の抗議に、悪びれた様子もなく答えていますわ。確かに今の形だけを見れば握手でしょうけど、この方は何をしたのか分かっておいでなのかしら。
 当然一夏さんはそんな態度に黙っている方ではありませんので、制止しようとするデュノアさんを振り切って席を立ち、ボーデヴィッヒさんに詰め寄ろうとするのです。
 ですけど。

 「すまん、山田先生。会議が長引いて……どうした? 何事だ」

 そこにタイミングよく……というか悪く、織斑先生がお出でになったのです。もう少し早くにおいでいただければ宜しかったのに……。

 「お久しぶりです。教官」
 「……ここで私をそう呼ぶな。ここでの私はお前の教官ではなく、先生だ。だから織斑先生と呼べ」

 箒さんから手を放し、軍式の敬礼を行うボーデヴィッヒさん。それにどうにも面倒そうな表情で応えられた織斑先生は、続いて席を立ちボーデヴィッヒさんに詰め寄ろうとしていた一夏さんにその目を向けられます。

 「で、お前は何をしている? 織斑。SHRの時間に勝手に席を立つな。座れ」
 「俺は……!……わかり、ました」

 今更ボーデヴィッヒさんを糾弾したところで、何にもなりませんわ。それに当の箒さんがしきりに目で「何でもないから落ち着け」と訴えてくるのです。これでは、退く以外に選択肢などありませんわね。
 悔しそうな表情を浮かべて席に戻る一夏さんでしたが、詰め寄られようとしていたボーデヴィッヒさんはそんな一夏さんにはまるで関心がないようでした。
 その代りに再び箒さんを睨みつけると、指示された自分の席に向かうのです。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ―――欧州最強の代表候補生。まさか、あのような方だったなんて。
 彼女に対する怒りはありますが、今はそれより箒さんと紅椿のほうが心配ですわ。見れば、箒さんは左手のアクセサリーを撫でながら、必死で紅椿を宥めているようです。
 もし、箒さんがあのまま彼女に打たれていたなら―――想像したくもありませんわ。ボーデヴィッヒさんを敵と見做した紅椿が何をするのか予想もつきませんもの。
 
 それにしても―――

 「あのお二人に……何があったというのでしょう」

 

 ***



 「何なんだよあいつは!」

 やり場のない憤りをぶつけるみたいに、一夏はロッカーを殴る。結構はでな音がしたけど、痛くないのかな?

 「んなもんどうでもいいんだよ……くそっ、思い出すだけで腹が立ってきた」
 「まあ、いきなりだったしねえ。でも、何であんなことしたのかな」
 「知るかよそんな事。箒が紅椿を宥めてさえなけりゃ一発殴ってたぜ……」

 よっぽど腹に据えかねるんだろうなあ。でも、女の子を殴るってのはよくないよ?

 「それこそ男女差別じゃねえかよ。だいたいだな……」
 「それは違うよ、一夏。男女平等っていうのは同じように接していいって意味じゃない。同じように相手を尊重することを言うんだよ。だから、接し方は自ずと違ってきて当然なんだ。それに殴ったりしたら君まであの子と一緒になっちゃうよ?」

 暴力反対。これって大事だよね。一夏もぶすっとしてるけど、分かってくれるといいなあ。

 「それにしても……「紅椿を宥める」って、どういう意味? ISに自我があるのは知ってるけど、宥めるってことは怒ってたってことなのかな?」 
 「え?あ、あー。……まあ、紅椿がキレると手に負えなくなるから、仕方ないんだよ。箒だって気にしてるんだ」

 キレる……? ISが? そんなこと有り得るのかな……相手が兵器やISならまだしも、ISは人間にそんな感情向けるわけないのに。

 「まあ、そんなだからさ。シャルルもできたら箒にあんまり紅椿のこと言わないでやってくれるか?頼むよ」
 「あ、うん。わかったよ。嫌がることをする気はないからさ」

 ……そっか。まあ、そんなすぐに聞き出せるとは思わなかったしね、そんなに問題でもないか。

 「そういえば一夏、この間の白式の話の続きだけどさ……」
 「ん? ああ、唯一仕様の話だよな。あれは…………」

 ……まあ、時間はたっぷりあるしね。ゆっくり聞き出せばいいよね。
 
 ゆっくり、ね。
 


============

あとがき
 
 ラウラ嬢、推参。の回をお送りいたします。
 原作通りいきなり喧嘩を売ってくれたのですが、設定捻じ曲げたおかげでその理由を考えるのに四苦八苦してしまいました。しかも回りまわって出たその結果がケンカ売る相手が違うということに……

 どうして、こうなった。

 ともあれ、相変わらず影の薄い主人公以外の視点からの拙作をご覧いただき、誠にありがとうございます。
 この場をお借りして御礼申し上げます。



[26915] Frozen mind
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:9cf5cff8
Date: 2011/05/19 21:00
 「だあぁ……ダメだ。勝てねぇ。やっぱ強いよなあ、シャルル」
 「そりゃ、僕の方が訓練期間も長いしね。でも一夏だってかなり強い部類に入ると思うよ? 射撃武器なしであそこまで戦えるなんて、そうそういるもんじゃないって」

 撃墜されて地面に仰向けになる一夏と、撃墜した方のデュノアがそんな会話を交わしてる。まあ、接近戦しかできない一夏相手に、デュノアみたいな量産機をガチガチに強化した機体をぶつけりゃ有利にもなるって話よね。
 毎日恒例になっている放課後の訓練。それにデュノアが参加したいと言い出したのを、一夏は快く受け入れていた。まあ、あたしだってあとから入り込んだ口だから文句言えないけど、むやみやたらに来るもの拒まずってのはどうかと思うわよ?
 それにしても、今日は人が多いわね。いつもの訓練でも、他に1,2組程度のグループで訓練している人たちはいたけど、今日はアリーナが満員御礼なんだもの。
 そこら中からあの二人をちらちらと見るような視線が注がれていることを考えると、何処から聞きつけたか知らないけど、目的はおそらく一夏とデュノアなんだろうな。
 昨日転校してきたばかりだっていうのに、デュノアは二組の方でも大人気だった。一夏とは全然毛色の違うタイプの美形だけど、やたら丁寧な物腰や品のある仕草のせいで、転入二日目なのにファンクラブまで作られかねない勢いだっていうもの。
 ティナの馬鹿も「優勝特典……織斑君じゃなくてデュノア君にすればよかった!」なんて言ってたんだから。てか、アンタが決めたわけじゃないでしょーがよ。 

 「一夏さん。射撃武器の特性はわたくしがきちんとお教えしましたでしょう?」
 「だいたい何故あの程度の弾幕が避けられんのだ。それにライフル弾くらいきちんと切り払わんか」
 「……頼むから人間にできることを言えよ」

 セシリアと箒から浴びせられるダメ押しに、一夏はげんなりとした表情を作る。まあ、流石に箒が言ってることは無理があるけど、生身では不可能な事だって、ISを装備しているなら逆にその程度が出来なくてどうするのって話になるのよ。実際榴弾やミサイルくらいならあたしでも切り払えるわけだし。やっぱあたしが教えてあげないと駄目ね、一夏。

 「あはは……でも、たしかに一夏は射撃武器の特徴がよく分かってないみたいだよね。一度使ってみればいいんじゃないかな」
 「それができりゃやってるんだけどな。前も言ったろ? 俺の白式にはもう拡張領域が残ってないから装備を足せないんだって」
 「ああ、確か、唯一仕様を使うために全部の拡張領域使っちゃったんだって? 拡張領域埋めるだけで唯一仕様が使えるっていうのがびっくりだけど、それにしても極端なことするよね」

 全くよね。それにしても、一夏の唯一仕様の『零落白夜』って確か千冬さんの機体の唯一仕様と同じ名前なのよね。でも、よく似てるけどその機能は微妙に違うみたいでややこしいったらないわよ。なんでまた同じ名前になったりしたんだろう。

 「でも大丈夫、僕の装備貸してあげるよ。このライフルをアンロックしておいたから、使ってみて」
 「え? でも他人の装備って使えるのか?」
 「普通は無理だけど、使用者がアンロックすれば大丈夫なんだよ。ほら、構えてみてよ」

 デュノアが取り出した大型のライフルを構えて、彼と射撃の訓練を始める一夏。まあ、自分が使ってみてある程度特性を体感してみるのも大切なことだけどさ……アンタ達ちょっと仲よすぎるのと違う? 

 「……だ、だからなんでそんなにくっつく必要があるのだお前たちは!」
 「ううう……射撃武器が使いたいのならいつだってわたくしがお貸ししますのに……あああっ! デュノアさんっ! か、代わってくださいましっ!!」

 ほら、この二人だってそう思うくらいなんだから、決してあたしの気のせいなんかじゃないわよ。ライフルを構える一夏を、デュノアが後ろから抱えるようにして姿勢の矯正を行っているんだけど……や、やっぱりくっつきすぎよっ。あたしとかわ……じゃなくて少し離れなさいよっ!
 いい加減に焦れてきたあたしは、一夏とデュノアに割り込もうとして……アリーナの空気が変わったことに気が付いた。

 「ねえ、あれってもしかして」
 「嘘、ドイツの第3世代機?」
 「まだ本国でのトライアル段階だって聞いたけど……」

 そんなざわめきがそこかしこから聞こえてくる。でもそれ以上に、訳が分からないくらいの威圧感―――千冬さんのものとは違う、温度のない感覚が、アリーナを抑えつけてるみたいだった。

 「……篠ノ之箒」

 威圧感の元凶から出てきた名前に、呼ばれた本人はやれやれと言った顔になる。
 銀色の髪、真っ赤な瞳と武骨な眼帯―――ああ、話に聞いてた、一組の転入生って奴ね。朝っぱらからいきなり箒に喧嘩吹っかけようとしたって聞いたけど、まさかここでも遣り合うつもりじゃないでしょうね。

 「何か用か?ボーデヴィッヒ」
 「ああ、是非とも一戦手合せを願う。貴様の話は私の国にも届いているのでな」

 ……あー、ひょっとして何? こいつは紅椿と戦いたいとか、そんなこと考えてるわけ? あんな合成映像流されたから、かえってこんな勘違いした奴が出ちゃったって事?
 冗談じゃないわよ。だいたい紅椿があの映像みたいに大人しいわけないじゃない。それに箒だって……。

 「……すまんが、ここではほかに迷惑がかかる。また日を改めて―――」
 「では、始めるぞ」

 箒の返事なんて聞いちゃいない―――ううん、最初からあいつ、そんなつもりなんて無かったんじゃないの。
 転入生が装備した黒いIS―――登録情報『シュヴァルツィア・レーゲン』の肩に装備されたレールガンが火を噴く。問答無用ってそんなレベルじゃないわよ。だって箒はまだ、紅椿を展開してすらいなかったんだもの。生身の人間に攻撃するなんて何考えてんのよあいつは!!
 
 明確すぎるほどにはっきりとした、箒への敵意。最初に喧嘩を売られたときは誤魔化せたみたいだけど、今度はどうしようもないわよ。
 弾けたのは、眩いばかりの真紅の閃光。
 音速を超えて到達する「はずだった」実弾兵器の弾丸は、それよりなお迅く振われた真紅の閃光に切り裂かれて、あらぬ方向に向いて弾き飛ばされる。
 そして……正直次に紅椿が何をやったのかは早すぎてはっきりは見えなかったのよね。
 多分、瞬間移動……じゃないのよね。あいつにとっては、あれが瞬時加速なんだけど、それでピットにいた転入生の背後を取って、ブレードを一閃しようとしたのよ。きっと。
 だけどそれより早く転入生を蹴り飛ばしたんだと思う。何だか妙な体勢でブレードを空振りしてた姿から、あたしが勝手に考えた行動だけどね。たぶんそうしたのよあれは。
 ブレードに切り裂かれはしなかったけど、紅椿のとんでもない出力で蹴り飛ばされた黒いISは、物凄い速度でふっとばされてアリーナに叩きつけられようとしてた。
 叩きつけられなかったのは、吹っ飛ばされた向きと正反対の方向に向けた瞬時加速のせい。普通に使うだけでも気持ち悪いGの感覚が付きまとうっていうのに、さらに逆方向に吹っ飛ばされながらだなんて、どれだけの加速度がかかってたのか想像もしたくないわ。
 その急加速のまま、転入生は自分から紅椿に急接近する。自殺行為にしか見えないわよまったく。だって体勢が崩れてはいたけど、紅椿がそんな程度で真正面からくる獲物を黙って見逃してくれるなら、あたし達だってあんなに苦労しなかったわよ。
 崩れた体勢のまま、敵に一番近かった右腕の装甲を変形させてブレード化させ、そのまま突っ込んでくる転入生を串刺しにしようとする紅椿。前回はバイザーが展開されてて箒の表情が全然わからなかったけど、その顔は必死で紅椿を止めようとする様子がはっきり浮かんでたわ。
 多分、斬ってしまう前にとっさに蹴り飛ばしたのも箒の意思だったんだろうけど。
 でも止まらない。そりゃそうよ、前回と違って、今度は相手の方が箒に喧嘩を売ってきたんだもの。あいつの最強の友達が止まるわけないじゃない。
 なのに。
 突っ込んでくる転入生が、肩からワイヤーブレードを射出しながら右手をかざす。その瞬間に、紅椿が凍りついたみたいに止まったのよ。
 「AIC」―――アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。ISの基本機能であるPICをさらに発展させた特殊兵装。まさか、試作段階まで研究が進んでたなんて思わなかったわ。あれを使われたら、いくら紅椿だって……。
 
 ああ、ごめん。あたしまだ紅椿のこと見くびってたみたい。ていうかあれは本当にISなの? ISの範疇に収まるの?
 AICの拘束を無理やり引き千切って、相手が攻撃してきた高速三次元機動するワイヤーを掴むとかどういう話なのよあれは。
 いや、流石に転入生も信じられないみたいな顔してたわよ。とっておきの切り札をただの馬鹿力だけで破られたらそうなるのも無理ない話よね。本当、何考えて作ったのよ箒のお姉ちゃんは。
 そんな馬鹿力でAICを破った紅椿は、伸びてきたワイヤーブレードを掴むと力任せに振り回して、今度こそ転入生をアリーナに叩きつけたの。……絶対やられたくないわあれ。

 ―――や、やっぱやだ! あいつ怖い! 逃げよう!? 鈴音!―――

 びびってんじゃないわよこのポンコツ! 泣いてないでさっさと展開しなさい! 最悪またキレた紅椿を止めなきゃいけないんだから!

 でも、転入生を地面に叩きつけた後は暴走し続けてるような雰囲気じゃなかった。箒が必死に紅椿を説得して、これ以上転入生を攻撃しないように叱っていたの。……一応止まってるってことは、攻撃さえされなければ反撃しないようにはなったのかしら?
 地面に叩きつけられた転入生はというと、何が起こったのか理解できてないみたいに呆然としてたわ。でも、すぐに我を取り戻すと、今度は瞬間湯沸かし器みたいに頭に血が上ったみたいに敵意を剥き出しにする。

 「貴っ……様アアアアァァァァァ!!!」

 いや、先にケンカ売ったのアンタじゃないのよ。相手の力量も考えずに勝手に逆切れとか何様のつもりなんだか。まあ、紅椿の戦闘能力を予想しろって方が無理な話なんだろうけどさ。
 だけど今回ばかりは紅椿に味方するわよあたし……ってそんなこと言ってる場合じゃないわね。これ以上あいつが箒に攻撃なんかしたら、紅椿が箒の言う事を聞かなくなるくらいぶち切れかねないもの。
 急いで甲龍を展開して、激昂する転入生を抑えようとする。でも、そんなあたしよりも早くあいつを止めに入った奴がいたのよね。

 「……こんな密集空間でいきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人は随分沸点が低いんだね。嫌がる彼女に無理やりっていうのは感心しないな」

 ラファールのカスタム機を装備したデュノアが、右手のアサルトカノンを転入生に眼前に突き付けたままで告げる。涼しい顔して、決めるときは決めるって言いたげよね。ほら、観客が黄色い声あげてるじゃないの。

 「退け、第二世代で私の前を遮るな」
 「古いものも悪くはないよ? 量産化の目途もたたない第三世代よりは、動けるかも知れないしね。試してみる?」
 
 転入生の眼が一瞬だけ細められる。だけど目の前のデュノアはもとより、その後ろにはブレードを構えた一夏、ブルーティアーズを抜いて照準を合わせているセシリア、そして衝撃砲をチャージしてるあたしがいるんだもの。多少暴れたくらいでどうにかなると思うんじゃないわよ?
 だから箒、あんたはさっさとその子をなだめすかしてしまいなさい。正直あんたが一番心臓に悪いんだから。

 『そこの生徒! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』

 騒ぎを聞いて駆けつけてくれた先生の声がスピーカーから響く。あたしたちはほんの少しだけにらみ合ったけど、転入生は興を削がれたって感じで溜息をついて、ISを格納したわ。誰のせいだと思ってんのよこいつは……。
 でも、そいつはそのまますぐには帰ろうとはしなかった。ピットでまだ紅椿を宥めている箒に鋭い視線を向けて、ほんのわずかに聞こえそうな声で何か呟くと、足早にアリーナから立ち去っていった。
 あたしたちは揃って胸を撫で下ろす。箒の方もなんとか紅椿を宥めることが出来たみたいで、IS展開状態から待機状態に戻してたわ。思いっきり疲れた顔してるけど、大丈夫かしら。
 
 「びっくりしたぁ……でも、一瞬過ぎて何が起こったのかわかんなかったよ。篠ノ之さん、専用機を展開してたみたいだったけど……」
 「あ、あー。そうだな。でももうしまっちまったみたいだし、こっちはこっちで訓練つづけようぜ、な。また射撃教えてくれよ」
 
 下手に興味持たれて紅椿を展開してくれなんて言い出されたら堪ったもんじゃないわよ。一夏、ちゃんと止めときなさいよ。
 あたしとセシリアは野次馬から箒をどっかに隠しに行くから。……ああもう、何でこんなことしなきゃいけないのよ!

 

 ***



 「何なのよあの転校生。あたし絶対あいつとは仲良くなれそうにないわ」

 ポテトチップスを齧りながら、鈴は憤懣さめやらない様子で言う。寝る前にそんなもの食ってたら太るぞ?

 「その分動いてるからいいわよ。そんなことより、アンタが一番大変なんでしょうが。どうするのよ箒」
 「そうですわ。あの方もこの部屋で生活するとなると、下手すれば紅椿が些細なことで反応してしまうかもしれませんもの」
 「むぅ……それは、そうなのだがな……」

 夕食に入浴まで済ませた私達がたむろしているのは、私の部屋―――1025室だった。私も鈴もセシリアも寝間着に着替えており、セシリア曰くパジャマパーティーというものになっているのだが、その話題は今日の訓練時の事。とりわけ、件の転校生の事に終始していたのだ。
 私にしてみれば彼女に対する憤りよりも、正直朝から冷や冷やしっぱなしの一日だったのである。今でこそ大人しくしてくれてはいるが、SHRのときに平手打ちされかけた時からずっと、紅椿はしきりに転校生が敵ではないのかと尋ね続けてきたのだ。
 それでも、それだけだったらまだよかったのだろうが、致命的なのは訓練時に受けた攻撃だった。あれで完全に紅椿はボーデヴィッヒを敵と認定してしまったらしく、IS状態へと展開した時には彼女を説得するのにどれほど苦労したことか。

 ―――だってあいつ箒ちゃんを傷つけようとした。あんなやつ許さない―――

 ああ、守ってくれたことはとても感謝しているぞ。何しろ、生身の状態にIS用の兵装を撃ちこまれたのだから、いくら常に紅椿が絶対防御を展開しているとはいえ、装甲の展開が遅れれば大怪我は避けられなかっただろうからな。ありがとう。紅椿。

 ―――えへへ……箒ちゃんが褒めてくれた―――

 でも、その直後にいきなり相手に斬りかかるのはダメだ。相手が理不尽なことをしても、自分が同じことをしていいという事にはならないからな? 
 紅椿は悩むように黙ってしまったが、いきなりこういうことを教えるのはやはり難しかったのだろうか。そもそも、ISである彼女に人間のルールを教えている私のほうが、一般的に見れば滑稽なのだろうけど。
 それでも、多少は分かってくれていると思いたいところだ。現にさっきも私の話を聞いて剣を収めてくれたし、瞬時加速の際に私の意思で咄嗟に転校生を蹴り飛ばす事もできたのだ。
 ……蹴り飛ばさなかったら、冗談抜きであのISごと真っ二つにしていたかもしれんのだがな……。
 
 「まあ、姿を見ただけで斬りかかるなんてことはしないはずだから、こちらから暴走することはない……と、思う。努力はしてみるつもりだ」
 「アンタが良くても問題はアイツの方から喧嘩吹っかけて来たときでしょ? ていうか、今日だけで2回も喧嘩売られたんでしょうが。同じ部屋にいたら確実にまたそうなるわよ」
 「せめて原因がわかればいいのですけど……箒さん、貴女ボーデヴィッヒさんと何かありましたの?」
 
 それがわかるのなら苦労はせんのだ。私が何か無礼を働いた覚えもないし、そもそも彼女と私は初対面だ。自慢ではないが外人の知り合いなんぞ、このIS学園に入学するまで一人もいなかったのだからな。
 そうなると、考えられるのは紅椿騒動で公開された情報……あれの中に、何か彼女の気に入らない内容でもあって逆恨みされているのだろうか? そうなってしまうと私にはどうしようもなくなるのだが。

 「ただの戦闘キチガイなんじゃないの? あんなに派手に無人機を撃破したアンタを見てさ、『俺より強いやつに会いに行くーっ!!』ってな感じで」

 それならある意味で一番楽ではある。しかし、セシリアはどうもその意見には納得がいかないようなのだ。

 「それだけならば、わざわざ転校してまでここに来る必要などありませんわ。学園の行事には外部交流として各国軍との共同訓練などもあるのですから、それを待てば良いだけの話ですもの。それに……」
 「奴が私を睨みながら何か呟いたというやつか……どう考えても私に個人的な怨恨があるようにしか思えんな」

 それに彼女の視線を受けていて感じたことだが、あの眼差しはどこかで見た覚えがあるものなのだ。怨恨と嫌悪の中に込められた感情……あれは、何だったか。

 「どちらにせよ、一言お話させていただかなくてはわたくしの気が済みませんわ。同じ欧州連合の代表候補生として、あのような無法な振る舞いを見逃すわけには参りませんもの」
 「あたしだって文句言いたいわよ。……でもさぁ、そいついつ帰って来るの? もうじき消灯時間になるわよ?」
 「うむ……門限はとうに過ぎているはずなのにな……どこに行ったのやら」

 アリーナを出て行ったボーデヴィッヒは、それ以降姿を眩ませてしまったらしい。あれほど目立つ容姿だというのに、誰に聞いても彼女を見かけたという話はなかったのだ。おかげで私の新しい同居人は未だに姿を現さず、彼女に話をしようとしてやってきたセシリアと鈴も見事に肩透かしを食らう羽目になったわけだ。
 
 「ねえ、やっぱり今からでも千冬さんに言って、部屋変えてもらった方がいいんじゃないの? 一夏とデュノアにこの部屋使わせてさ、あんたと転校生は個室に行けばいいじゃない。それか最悪あたしがあの転校生と代わってもいいわよ?」

 それも考えたのだが、私と一夏、そしてデュノアの事情を考えるとそうもいくまい。鈴と同室になるにしても私と同じく監視されてしまうのは同じことだし、第一それでは鈴と同室の生徒がボーデヴィッヒと同室になるだろう。
 初対面で私に手をあげたせいか、ボーデヴィッヒはあのクラスの中でさえも極端に浮いてしまっていた。しかも布仏さんやデュノアが話しかけようとはしたらしいが、完全に無視されて取りつく島もなかったということだ。そんなやつといきなり同室にさせるというのは些か気が引けるというものだ。
 ボーデヴィッヒから攻撃を受けたという事については、既に千冬さんに報告してはいる。驚いたように目を丸くしていたが、彼女は本来そのようなことをする生徒ではないとのことだ。ドイツで千冬さんが彼女の教導を行っていた時も、もっとも真面目に、かつ真剣に学ぶ優秀な生徒だったらしいからな。
 そんな人間が……何を血迷ってわざわざ地球の裏側まで来て初対面の相手に喧嘩をふっかけるというのか。

 「一応千冬さんには報告してはあるし、ボーデヴィッヒの方にも何か言っておいてはくれるだろう……一応、千冬さんの言う事は聞きそうだしな」

 考えてみれば、SHRの時も千冬さんが来るなり敬礼を行い、その後も彼女の前では大人しいものだったのだ。ならばいっそのこと、この部屋が千冬さんに監視されていることを最初に伝えてしまおうか。それなら、彼女としても私を下手に挑発もできまい。あとは私がきちんと紅椿を抑えておけばいいことだ。

 「上手くいくかはわからんが……案はある。なに、どうにかなるだろうさ」
 「本気で言ってるの……? まあ、アンタがいいならいいけどさ。いざとなったらすぐ言いなさいよ?」

 心配そうな顔になる鈴。こいつは、本当に感情が顔に出やすいやつだな。

 「そうだな。頼りにしているぞ、鈴」
 「んなっ!! ば、馬鹿言ってんじゃないわよ! あたしはただ紅椿に暴れられるのが面倒で……」
 「はいはい、そうなったら心配でしたのね。本当、わかりやすいですわよねぇ」
 「ちがっ! セシリアまで何言ってんのよ! あたしは全然箒の心配なんかしてないんだから! 勘違いするんじゃないわよ!」

 ……今気が付いたのだが、ひょっとして鈴はからかうと結構面白い娘なんじゃないだろうか。
 そんなことを考えながら、私はまだ戻らない新しいルームメイトを待ち続けていた。



 しかし結局、彼女は部屋に帰ってこなかったのだが。





 ***



 黒

 白

 灰色

 それが私の見ている世界。黒と白によって象られた、モノクロームの世界。
 私はこの世界が嫌いだ。いや、嫌いになったというほうが正しいのだろう。
 世界に色があることを知ってしまったあの日から―――そして、失ってしまったあの日から。

 「……教官……」

 私の世界に色を与えてくれた人。私に、戦闘人形以外の意味を教えてくれた人。なのに―――

 『私はもう……『最強』じゃない』

 奴の名前を叫びながら、私達を振り切って単独出撃されてしまったあの日。大破して、もはや起動すら不可能になった暮桜を携えたまま、教官は私にそう言ったんだ。
 そしてそのまま教官は軍の教導官を辞してしまった。私を置いて、日本なんて国に帰ってしまったんだ。
 貴女が最強でなくたって構わない。私は貴女にいてほしかっただけなのに。私にもっと、いろんなことを教えてほしかったのに。
 あんなに強かった教官が、よりにもよって暮桜を破壊されてしまうだなんて尋常なことではない。
 かつて教官はご自分の弟を守るためにモンド・グロッソの決勝戦を棄権されたことがあるというが、おそらくあの時も奴を守るために行ってしまわれたのだろう。そして―――。
 きっと奴だ。奴なんかを守るために、暮桜は破壊されてしまったんだ。……そのせいで、教官は私の前を去ってしまった。
 奴が私から教官を……奪ったんだ。

 許さない。私を再びこんな世界に突き落とした奴を、許して堪るものか。
 その上、自分はのうのうと教官の傍にいただなんて、どうすれば奴を許せるというのだ。
 今日の戦闘で得られた情報は少ないが、貴重なものだった。奴のISのデータ収集は元々軍に命じられた任務の一つではあるが、もはやそんなことは知ったことか。 
 戦力差は想定を遥かに超える。私の兵装では、どう足掻いても奴相手に勝利の映像を映すことが出来ない。
 だが、関係ない。どれだけ奴が強かろうともそんなことは知ったことではない。たとえ首だけになったとしても、奴の首を噛み千切ってやる。

 ――――――――

 煩い。兵器の分際で私に口を出すな。貴様は黙って私に従えばいい。
 
 「篠ノ之束の妹……篠ノ之……箒……」

 奴を―――討ち果たすための刃になればいいんだ。





================


あとがき

 紅椿さん暴走寸前&ラウラ嬢ぶん投げられる、の回をお送りします。
 この話では、千冬さんが任期を全うしてドイツ軍を辞めたことになってはいません。詳細は当然隠してはいますが、紅椿に負けたことも一因にはなっています。

 いやほんと、束さんよりこっちのほうがよっぽどトラブルメーカーな気がしてきましたよ。ねえ、紅椿さん?

 ともあれ、相変わらず一夏君以外の視点からの拙作をご覧いただき、誠にありがとうございます。
 この場をお借りして、御礼申し上げます。



 追伸:私事ですが、少々作文に必要な時間が取れなくなってまいりました。
    中途半端なところで申し訳ありませんが、次回の更新は普段より遅れることとなります。
 



[26915] 彷徨う妖精
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:9cf5cff8
Date: 2011/05/27 07:24
 「わかっているのですか織斑先生! また貴女のクラスの生徒なんですよ!? 毎度毎度どうしてこうも騒ぎを起こしてくれるのですかまったく! だいたい……」
 「は、はあ……ちゅ、注意します……」

 職員室に響く教頭先生の声。織斑先生は顔を引き攣らせながらなんとかそれを受け流していますけど、こめかみには既に青筋がいくつも……あわわ。
 その原因と言うのも、昨日の放課後にアリーナで起こった乱闘未遂事件からでした。昨日転校してきたボーデヴィッヒさんが、あろうことか生身の篠ノ之さんに発砲したというのですから一大事です。
 幸いけが人は出なかったみたいだから何よりでしたけど、下手をするとまた紅椿ちゃんが暴れるんじゃないかと思うと生きた心地がしませんよぅ。
 それによりにもよって、その時に彼女たちを止めた先生がお堅い教頭先生だったから織斑先生はこうして怒られてるんですよね……こ、こっちにとばっちりがきませんように。
 
 「……何を震えている?山田先生」
 「ひゃうぅっ!!?」

 地獄の底から響くみたいな声出さないでください! 心臓が止まるかと思ったじゃないですか!

 「そんなに驚くな……やれやれ、これだからあの教頭は苦手なんだ……」

 お説教が終わったのか、織斑先生はげんなりした顔で席に戻ってきました。とりあえず、コーヒーでも淹れましょうか。相変わらずインスタントですけど。
 
 「それにしても……まさかラウラがなぁ。一番問題を起こさなそうな奴だと思っていたのに」
 「え……そ、そうなんですか?」
 「ああ、少なくとも、私が教えた生徒の中では飛びぬけて優秀で真面目な奴だったからな……なんだその顔は」

 いやだって、私あの子苦手なんですよぅ。なんだか怖いし、話しかけても一言返されるだけで終わらされちゃうし。見た目はお人形さんみたいに可愛いのに、あんな雰囲気出してるから余計に怖いんですよ。

 「怖い……か。まあ、確かにあいつは感情表現が苦手なところがあるからな。しかし、間違っても私情でISを動かすような性格じゃないと思ってたんだが……仕方ない。放課後にでも呼び出すとするか。乱闘にしてもそうだが、あいつ結局昨夜は寮に戻らなかったからな……それも含めて少し話をしておくさ」

 いつも通りのミルク抜き、砂糖大目のコーヒーをすすりながら面倒くさそうな顔をする織斑先生。うぅ、できればもっと早く呼び出してくださいよ。正直クラスの空気がすっごく重いんですから。
 
 「重かろうがなんだろうが、授業はきちんとやらなきゃいかんだろうが。ほれ、さっさと行かんと次の授業が始まるぞ?」
 「あ、はいっ……って、織斑先生は?」
 「任せた。座学なんだから特に問題ないだろう?」

 うわひどい。この人授業を副担任に丸投げしましたよ? どう思います教育者として。

 「何か思ったか?」

 いえ何も。いいですよもう、どうせ私は副担任なんですから。



 ***



 「しっかし、シャルルもよくあいつに構う気になるよな」
 「あはは……見事に無視されちゃったけどね」

 放課後、僕と一夏は訓練の為に一緒にアリーナに向かってた。その途中でのこと。
 今日も僕はクラスで一人ぼっちだったボーデヴィッヒさんに話しかけてみたんだけど、昨日と同じようにひたすら無視されて終わりだった。
 僕に限らず昨日はクラスの誰が話しかけても無視されっぱなしだったし、その上乱闘騒ぎのせいでクラス中が彼女を怖がってるみたいだったんだ。オルコットさんや凰さんも一度話しかけてたみたいだけど、ものの見事に無視されてかんかんになってたっけ……。これじゃ明日からは誰も話しかけてくれなくなっちゃうんじゃないかな。。
 だけど一人くらい話しかける相手がいないと寂しいと思うんだけど。僕のお節介なのかなあ。

 「でも、彼女だってなにか事情があるのかもしれないじゃない?」
 「どんな事情があったって知るかよ。それでいきなり箒を撃つ理由に何てなるかってんだ」

 あっちゃあ……一夏は完璧に彼女の事嫌ってるみたいだなぁ。そりゃ、気持ちは分からなくもないけどね。
 それにしたってあれは怖かったよ。だってあの時啖呵を切って見せたのなんて、ただのはったりだよ? 心臓高鳴りしっぱなしだったんだからね。
 でも、昨日最後に彼女が呟いた一言がどうしても気になるんだ。あの時一番近くにいたのは僕だったから、はっきり聞こえたのはきっと僕だけだったかもしれないけど。

 『……なんで、教官があんな奴に……』

 教官……ってことは、織斑先生のことなのかな? 確か一番最初の時、織斑先生に敬礼しながら「教官」って呼んでたし。
 あの子と織斑先生……確か、織斑先生は一時ドイツ軍の教導官をやってた経歴があったはずだから、その時の知り合いなのかな。
 でも何で、それと篠ノ之さんが関係あるんだろう?

 「ねえ、一夏。篠ノ之さんってドイツに行ったりしたことあるのかな?」
 「いや、無いだろ。あいつ、ここに来るまでは日本人以外の知り合いいなかったって言ってたしな。それに……」
 「それに?」
 「あー……その、何だ。あいつ日本が好きだからさ。好き好んで海外旅行とか行くタイプでもないしな、はは」

 ……なんだか、一夏って篠ノ之さんのことになると妙に歯切れが悪くなる時があるんだよねぇ。うーん……あ、ひょっとして。

 「ねえ、一夏」
 「な、何だよ」
 「ひょっとして、篠ノ之さんの事気にしてるの?」
 「あ? そりゃ、幼馴染だしな。ちょっと前まではルームメイトだったし、一番気心が知れてる相手だと思うしな」
 
 そういった意味で聞いてるんじゃないよ。……ひょっとして一夏って相当鈍いのかな?
 篠ノ之さん達は傍から見ても丸わかりなくらい一夏にぞっこんなのに、これじゃ報われないってものだよ。

 ……まあ、それならそれで僕は楽ができるけどね……。

 そんな会話を交わしながら、丁度職員室の前を通りかかった時だった。いきなり扉が開いて、走り出した銀色が僕めがけてぶつかってきたんだ。
 幸い、それは僕よりもずっと小さかったから衝撃はあったけど受け止められた。でも物理的な衝撃よりも、ぶつかってきたもの自体が衝撃的だったな。
 とても綺麗なプラチナブロンドと、涙を湛えた真っ赤な瞳。一瞬本気でドキッとしたよ。あんな綺麗なもの見たことなかったんだからさ。

 「待たんかボーデヴィッヒ! 話はまだ……!」

 扉の開いた部屋から聞こえてきたのは、織斑先生の声だった。僕にぶつかったボーデヴィッヒさんはその声を聞いて一瞬体を震わせたけど、すぐさま僕を突き飛ばして廊下を走り去っていったんだ。

 「おい、待てよ! ……ちっくしょう、足早いなあいつ。大丈夫か? シャルル」
 「うん……ありがとう」

 差し出された一夏の手を取って立ち上がった僕だけど、意識は走っていくボーデヴィッヒさんに向けられたままだった。
 だって……女の子が泣いてたんだよ? 気にならないわけないじゃないか。

 「ごめん一夏……先行ってて!」
 「え? ちょ、シャルル!? 訓練どうすんだよ!」
 「後で行くから!!」

 後ろから一夏の声が聞こえるけど、それよりどうしても気になったんだ。……ISのデータを集めるチャンスは、まだあるしね。
 だから僕は、走り去っていく銀色をひたすら追いかけた。でも流石は現役の軍人だよ。物凄い速さとスタミナで、すぐに見失っちゃうんだもの。
 
 「どこに……行ったんだよ……」

 校舎の外に出てしまった彼女を探すために、そこらじゅうの人に聞いてみる。あれだけ目立つ容姿のボーデヴィッヒさんだから、見かけた人を探すのはそれほど苦じゃないはずなんだけど……何故か知らないっていう人ばっかりなんだよね。ジャパニーズ・ニンジャじゃあるまいし。
 それでも、片っ端から聞いていけば何人かは見かけたって人もいたんだ。握手を求められたりしたけど、そんなことやってる暇ないのになぁ。





 「……いた……」

 彼女がいたのは、学園内に設けられた公園の隅、ほとんど人が立ち入らないような雑木林の間だった。傾いていた夕日の光さえ遮ってしまう木立の中は、すっかり紫色の宵闇が覆っている。
 そんな中で、彼女の銀色の髪はとてもよく目を引いたよ。わずかに差し込む夕日を反射してとても綺麗に輝いていたんだ。
 黄昏の中でうずくまっている彼女は、元々小柄だったけどさらに小さく、儚げに見えた。
 手を伸ばせば逃げてしまう。だけど伸ばさずにはいられない、まるで妖精のような姿で―――

 「……消えろ」

 その妖精は、逃げることはしなかったけどあからさまな拒絶を示してきた。
 うずくまったまま顔を上げることもなく、でも離れていたってはっきりわかるくらいの威圧感を放ちながらそう言ったんだ。
 正直、その反応は予想外だった。だって彼女の事だから、てっきり僕を無視し続けるんじゃないかって思ってたんだもの。無視されなくなって最初の一言が「消えろ」は酷いと思うけどさ。
 でも消えない。ボーデヴィッヒさんはその表情こそ見えないけど、多分まだ泣いてるんだと思うからね。目の前で泣いてる女の子をほっとけるわけないじゃないか。
 彼女の言葉を無視して近づく―――その瞬間。
 ヒュン―――という風切り音と共に、僕の髪が宙に舞う。一瞬で展開したISから繰り出されたワイヤーブレード。それが僕の首元をかすめて髪を切り裂いたものの正体だった。

 「……消えろ。さもなくば殺す」

 繰り返された拒絶の声は、まるで氷のような冷たい響きだった。
 ブレードがかすめた首筋がやけに熱くて、流れる冷や汗が逆にその熱さを引き立てている。切り裂かれたのは薄皮一枚。ほんの少しだけでも力を込めれば頸動脈なんて簡単に切り裂いてしまうというのに、そんな精度でよくブレードを操作できるものだよ。
 そんな曲芸じみたIS捌きでの「脅し」に、僕は恐怖を覚えるよりも少しだけほっとしたんだ。

 もちろん、すぐにでも殺せるなんて脅されて、怖くないわけがないじゃないか。膝はさっきから震えっぱなしだし、正直今すぐにだって逃げ出したいよ?
 だけど、僕が思っていた通りの娘だったら脅しなんかしない。脅すくらいなら、さっさと実力で排除するほうがよっぽど簡単だもの。彼女の実力なら、3秒もあれば僕の意識なんて刈り取ってそこらへんに放り棄てておけるんじゃないかな。
 ……でも、彼女はそうしなかった。僕に自分から離れて行ってもらおうとして、「脅し」たんだ。
 そうやって彼女は一人ぼっちでいようとしていた。クラスのみんなだって無視して脅して、近づいてこないようにしてたんだものね。
 でも、泣いてしまうくらい辛そうなのに、一人ぼっちでいるなんて絶対にダメだよ。そんなことしてたら、もっと辛くなるだけだもの。 
 それを見ているだけなんて―――僕は嫌だ。
 
 そして、もう一歩足を前に進めた―――次の瞬間。

 「かっ!……は……!」

 展開されていたISの腕が直接僕の首に伸びる。強い衝撃に思わず息が止められて、機械の掌が今にも握りつぶしてやろうかと言わんばかりに僕の首を掴んでくる。

 「何度も言わせるな! 殺されたいのか!」

 ……でもやっぱり、それも脅し。本気で殺す気なら僕の首はとっくに落ちてるはずだからね。
 口調こそ激しいけど、彼女はそんなことできるような娘じゃない。と、いうことはあの時篠ノ之さんを狙ったのはどれほどの理由があったんだろうね?
 僕にはその理由がわからない。それに彼女だってそんな事誰にも言いたくなんてないだろうね。僕を睨みつける真っ赤な瞳。涙のせいで、更に赤みが増したその目ははっきりと構ってほしくないって言ってるもの。
 だけど、それは無理な注文だな。
 僕の首を締めようとするISの手に、そっと自分の手を重ねる。
 暖かな感覚。機械であるはずのISから伝わる、IS自身の意思。そう、彼女じゃない―――僕は、彼女と話をするためにまず君と話がしたいんだ。『シュヴァルツィア・レーゲン』。

 ねえ、君はどうしたいの? 

 君の友達は、一人ぼっちになりたがってるけど、僕は君の友達と仲良くなりたいんだ。

 ―――そう、なら、協力してくれないかな。

 僕の首を締め上げていた力が緩む。ああ、ありがとうシュヴァルツィア・レーゲン。そうだね、君も自分の友達が泣いているのに、じっと見ているだけなんて嫌だよね。
 自分の意思に反した行動をとったISに、驚愕の表情を露わにするボーデヴィッヒさん。でもいくら力を入れようとしたって、ブレードを展開しようとしたって、君の友達はそうしないだろうね。

 「う、動け……動け動け動けこのガラクタあっ!! 何で私の命令を聞かないんだあっ!!」

 半狂乱に近い叫び声が響く。軍人の彼女にとってはシュヴァルツィア・レーゲンは「兵器」以上の何物でもないだろう。自分の意思に従って当然―――そうでないものなんて欠陥品。それが当たり前なんだろうね。
 だけど、ISはただの兵器じゃない。実家が軍需産業の僕が言うのは滑稽だけどさ、そもそも彼女たちの本質は兵器であることなんか望んでないんだよ? 
 ISは―――僕たちの「友達」なんだから。君の為なら、君に逆らいもするさ。だからね―――

 「友達を、ガラクタなんて呼んじゃダメだよ。ラウラ」

 小さな躰を抱きしめる。昔、お母さんが僕にしてくれたみたいに。
 でも、ちょっと違うかな? ……ああ、そうだ。震えてる小さな子猫を抱きしめてるって方が正しいかもしれないね。子猫にしては、びっくりして立ててくる爪がちょっと鋭いかもしれないけど。
 人間同士は不便だね。ISとなら触れ合うだけで分かり合えるのに、人間は言葉にしなきゃ伝わらない。しかもその言葉にしたって、使い方を間違えれば全然逆の気持ちを伝えてしまうんだもの。
 
 「君が何で泣いているのか、僕にはわからない。だけど君の友達はもう君に泣いてほしくないって言ってるんだよ? ……僕も、同じ」

 涙が流れたままの頬に手を添えて、流れた後を拭う。最初は氷みたいな鉄面皮だったけど、涙が溶かしてくれたせいかな? 表情が出ているラウラの顔って、すごくかわいいと思うよ。

 「君はこんなにかわいいんだもの。泣いている顔より、笑ってくれた方が嬉しいな。僕もラウラの友達になりたいからさ」

 ああ、本当に不便だ。こんなことさえきちんと言葉にしなくちゃいけないんだから。
 僕の言葉を聞いてくれたラウラは、びっくりしたみたいに目を丸くしてる。うん、やっぱりかわいいなぁ。一夏だってこのラウラを見たら、きっと可愛いって言うだろうな。
 でも、その表情は何時までも見せてはくれなかった。すぐにまた僕を睨みつけて思いっきり突き飛ばすと、ISを待機状態に戻してまた走り去っていったんだ。ああ、やっぱり足が速いなあ。今度も追いつけそうにないや。
 やっぱり、僕じゃ上手くいかないなあ。彼女なら、もっと上手くできるんだろうけど。
 
 座り込んだまま溜息をつく。時計を確認すると、もう午後の7時近かった。流石に一夏たちも訓練終わっちゃっただろうな……。今日こそ紅椿をちゃんと確認できるかなって期待してたのにな。

 ――――――

 ああ、そうだね。リヴァイヴ。今日の報告はできそうにないし……あーあ、また怒られるかな。

 ――――――

 わかってるよそんなこと……でもさ。

 「ほっとけないでしょ? リヴァイヴ」

 ――――――

 それで十分答えだよ。僕のリヴァイヴ。



 ***



 「……はぁ……酷い目にあった」

 部屋に戻るなり、私は溜息をつく。ああもう、これだから更衣室のシャワーは嫌なのだ。
 訓練の後、部屋に戻ってシャワーを浴びるのが私の常なのだが、今日は同じアリーナで自主練習をしていた1組のクラスメイト達が無駄に食いついてきたせいで、更衣室でシャワーを浴びる羽目になってしまったのだ。
 無論、それだけならば何の問題も無かろう。だがな……なんであいつらは揃いもそろって私の胸ばかり触ろうとして来るのだ。
 考えてみれば、以前も大浴場に行ったときに酷い目に逢ったではないか。あの時はやれスイカだのメロンだの好き勝手言ってくれるだけで済んだが、人の胸を見るなり手を合わせて拝もうとするとは何を考えているのだ。こんなものにご利益なんぞあるか。
 しかもその上で触ろうとして来るのだから尚更性質が悪い。一番楽しがっていたのは布仏さんだったが、そんなに触りたければ彼女のを触れば良かろうが。
 その上……

 『箒……あんたはあたしの敵よ……』

 と、紅椿が反応しそうになるくらいの敵意を鈴が向けてくるものだから生きた心地がしなかったのだぞ。紅椿には冗談だと言って何とか抑えたし、鈴の方もセシリアが引っ込めてくれたはいいが、今後鈴と一緒に風呂に入ることだけは絶対に避けなければならんだろうか?
 だいたい、鈴は自分の胸を卑下するようだが、小さいことの何がいけないというのだ。むしろ大きすぎるよりよほどましだろうに。
 ……いや、きっと私にはわからん悩みがあるのだろう。なにしろ一緒にいたクラスメイトが、

 『小さくたって何も悪くなんかないよ。ほら、小さいものを表す単位って可愛い響きが多いしさ、それに一部の人には熱狂的に支持されるよ!』

 ……とか言ったら、

 『あんたあたしのこと馬鹿にしてんのかーーっ!!』

 と、泣きながら私に怒りはじめたのだからな。というか、あの流れで何で私に怒りだすのだ? 結局怒りだした鈴はまたセシリアに宥めてもらったのだが、セシリアだって結構胸が大きいのに鈴はなんで私ばかり目の敵にするのだ?
 ああ、いかん。また溜息が……もういいか。どうせこの部屋には私しかいないのだ。相も変わらずボーデヴィッヒは戻ってきていないのだからな。

 「それにしても……あいつは今どこにいるというのだ……流石に二日連続で寮に帰らなかったとなると、警告では済まなくなりそうな気がするのだがな」

 一夏から聞くところによると、ボーデヴィッヒは今日の放課後、千冬さんに呼び出されていたらしい。だが彼女は千冬さんの前を飛び出して姿を眩ませてしまったそうだ。
 一夏と一緒にいたデュノアが彼女を追いかけて行ったというのだが、見つかったかどうかはわからない。なにしろそのせいで今日は参加していなかったのだからな。……おかげで彼目当てに集まっていた女子生徒たちの落胆っぷりは相当なものだったが。

 ……まさか、今日のアレはその腹いせではあるまいな? だとしたらとばっちりもいいところだぞまったく……

 また溜息。なんだかもう考え事をするだけでひたすらこうなってきそうだ。少し早いが明日の弁当の献立を決めたら眠るとしようか―――。
 そう考えていた時だった。ノックもなしに部屋の扉が開いたのは。
 そして、開いた本人が私に向かって速足で近づいてきて、いきなり手首をつかんで来るまではほんの数瞬でしかなかった。

 「な……お、お前……ボーデヴィッヒ……」

 そう、私の左の手首を掴んでいたのは紛れもなく私のルームメイトだった。だが、顔をうつむけたままでその表情は隠れてしまい、私に窺い知ることはできない。

 「……来い。第二アリーナだ……」

 消えてしまいそうに小さな声だったが、彼女は確かにそう言った。そして―――

 「私と……戦え……」

 上げられた彼女の顔は、まるで涙を無理やり拭い去ったような表情をしていた。
 ボーデヴィッヒは、掴んでいた私の手を乱暴に払いのけると、部屋に入ってきたときと同じくらい速足で部屋を後にする。確認するまでもなく今すぐに来いということなのだろう。
 しかも戦え―――ちょっと待て。アリーナは既に閉館されているはずだし、大体今から寮を出ると門限破りになってしまう。その上でISでの私闘なんぞ行った日には、合わせ技で懲罰房行きが確定しかねないほどの校則違反になるではないか。
 それに第一なんで私があいつに付き合わなければいかんのだ! 紅椿を暴走させまいと心を砕いていたから極力気にしないようにしていたのだが、思い出したら腹が立ってきた。そもそも私はあいつに殴られそうになったり撃たれそうになる謂れなどないし、むしろそのせいでいらん労力を使わなければいけなくなったのではないか!
 ああもう、知ったことか。校則違反なら勝手にやるがいい、私はもう知らん。勝手に千冬さんに怒られてしまえば……。

 ―――ねえ、箒ちゃん―――

 ん? どうした紅椿。……そういえば、彼女も私の手と一緒にボーデヴィッヒに払いのけられていたのだな。こ、攻撃じゃないと思うぞ今のは。
 だが、帰ってきた紅椿の声は、私の予測したものとはかけ離れた、とても不思議なものを見たような調子のものだった。

 ―――なんで、あいつは箒ちゃんに千冬を盗られたって怒ってるの? 何で箒ちゃんに千冬を盗られて悔しいって思ってるの?―――

 次に戸惑ったのは私の方だった。というか、私がボーデヴィッヒから千冬さんをとった? 何なのだそれは。まったくわけがわからないのだが、それじゃまるであいつが私に嫉妬しているみたいに―――ん?

 ―――そうだよね。箒ちゃんはそんなことしてないもん。勝手に箒ちゃんを悪者にするなんて許さない―――

 ……勝手に……ああ、そうか。
 あいつが私を睨んでいた瞳の感情。よく見覚えがあると思ったら、私は最近それを見たばかりじゃないか。しかも―――自分自身と同じ顔で、だ。
 私と同じ姿になった紅椿が一夏たちに向け続けていた瞳。大好きなものを奪われてしまった、凝縮された負の感情の発露。
 それに―――とてもよく似ていたんだ。当の紅椿は全然気が付いていないようだったが。
 
 ―――何? 箒ちゃん―――

 「紅椿。お前は、ボーデヴィッヒが嫌いか?」

 ―――うん。大っ嫌い。だって箒ちゃんのこと知らないくせに勝手に悪者だって思ってるもの。そんなやつは私の敵だよ―――

 「……そうか。嫌いか。……なあ、紅椿。お前は前に私のことで怒ってくれたよな。私がとられるのが嫌で、セシリアたちを攻撃したことがあったな?」

 ―――うん。だって、あいつら私から箒ちゃんをとったって思ってたもん―――

 「その時のお前と、今のボーデヴィッヒは良く似ているぞ? お前はあの時、どんな気持ちだったのだ?」

 紅椿は考えるように黙り込む。自分とボーデヴィッヒが似ていると言われたのが少し気に入らなかったようだが、こういうところはとても素直な子だから、私の言うことを頭から否定しようとはしない。
 だから、私は続けてもう一つ問題を出そう。答えは分かりづらいかもしれないがな。

 「そして、今のお前とあの時のセシリアのIS達はきっと同じ気持ちだろう。……どんな気持ちだと思う?」

 ―――すっごく嫌な気持ち。絶対許さないと思う。あいつらは、私をそう思ってたのかな?―――

 ああ、そうかもしれないな。この子は今まで、私以外の存在が自分と同じように感情を持っているという事がいまいちわかっていなかったらしい。まずはそれがわかっただけでも十分だ。
 
 ―――それじゃ、あの銀色を止めなくちゃ。私と同じだったら、あいつまた箒ちゃんを狙うもん―――

 再び私を狙う―――私の守護を第一義とする紅椿にとって、そんな対象は排除する以外の何物でもないのだろう。
 だが問題は、ああいった手合いが一度や二度痛い目を見せた程度で目標を変えないのではないかということだ。
 まず紅椿が直接触れて説得したところで、あいつが嫌っているのは私なのだ。むしろ逆効果にしかならないだろう。
 だいたい千冬さんが絡んでいるのならそれこそ千冬さんに言ってもらうのが一番だと思うのだが、昼間に逃げ出しているとあっては素直に話を聞くかわからない。また逃げ出してさらに拗らせたら面倒だしな。
 最後の手段として紅椿が力ずくでやろうものなら……想像したくない。この子に手加減ができるなら―――ん? ああ、そうか。私が戦えばいいのか。
 正直ボーデヴィッヒには腹が立つ。というか、あんなことされて笑っていられるような菩薩の如き寛容なぞ私は持ち合わせてはいないのだが、このまま放っておいても寝覚めが悪いのだ。
 まったく本当に腹立たしいな。あの不良娘め。

 ―――どうしたの? 箒ちゃん―――

 「……いや、少し考え事をな。紅椿。お前の言うとおり、あいつは止めてやった方がいいだろう。力を貸してくれるか?」

 ―――うん。わかった。あいつを動けなくすればいいの?―――

 「ああ、そうじゃないんだ。残念だが、お前が戦ってくれてもボーデヴィッヒは止まりはしないだろう。だから『私があいつと戦う』。そのために紅椿の力を貸して欲しいのだ。頼めるか?」

 少し悩んだような沈黙の後、紅椿は承諾の意思を示した。もちろん、私に何らかの危害が加わろうものなら即座に自分が動くという条件付きではある。しかし、これこそが本来のISと操縦者のあるべき形なのだから、私達はやっとそこにたどりつく糸口を見つけられたのだろう。
 上手くいくかはわからない。だがあいつを放置するのも今後に不安が残るし、考えてみればボーデヴィッヒが寮則違反を繰り返せばルームメイトである私もいずれは連帯責任を問われるだろうからな。仕方のないことだ。うん。
 
 では、私達二人であの厄介な同居人をこの部屋に連れ戻してやろう。なあ、紅椿。


 
 ***



 「私は……何をやっているんだ?」

 自嘲代わりに呟いた自分自身への問いかけだ。敢えて答えてやるとするなら、閉鎖されているアリーナを無理やり解放して勝手に使用し、さらに許可を受けていないIS戦闘を行おうとしている。といったところだな。
 付け加えるならその戦闘を行おうとする相手は先日私に命を狙われたばかりで、しかも私はその場で奴に返り討ちにされているのだ。勝手に突っかかって、勝手に負けた相手からの再戦要求など受け入れる馬鹿がどこの世界にいる?
 常識で考えれば奴がこんなところに来るはずがない。来るとするなら、アリーナに侵入した不届き者を拘束しにくる教員くらいのものだろう。
 まあ、つまるところは「救い難いほどに愚かな真似をしている」という一点に尽きるな。
 ……ああ、だけどやはり教官には来てほしくないな。これ以上、失望してもらえるほど私に信頼があるのなら、だが。
 昼間に聞いた教官の言葉が蘇ってくる。……そのたびに、私は自分を縊り殺したくなってくるよ。

 『お前には、期待していたんだがな』

 明らかな失望の声だった。私なんかのことを、教官はそれなりに優秀な生徒と期待してくださっていたのに、私はそれを―――裏切ったんだ。

 篠ノ之箒のことは確かに憎い。殺してやりたいほどに憎いと思っている。だが、そのために教官の期待を裏切るような真似をするとは何事だ。
 私には教官がすべてだ。教官がいてくれればいい。そう思っていたはずなのに、私はよりにもよって教官に背いたのだ。
 私は、私の意味を自分で否定してしまった。そんな私がここにいていいはずがない。
 ここに教員が来たら精々無様に暴れてやろう。そうすれば確実に本国に送還してもらえる。もはや国に帰りたいなどとは露程も思わないが、それ以上にここから早く立ち去りたいのだ。
 ……いや、それも違うな。追放されたいのだ。私のような愚か者にはそうでなければならない。
 どうせあの女はここには来ない。こんな愚者の願いなど叶ってはいけないのだ。いっそのこと奴が教員を呼んでくれたって構わない。精々私を嘲笑うがいいさ。
 ……もう、お前なんてどうでもいいんだ。だって私自身の事だってどうでもいいんだからな。
 
 なのに。

 「どうしてこんなところに来るんだ。貴様は」
 「どうしてって……お前が呼んだからだろうが」

 煩い。貴様は馬鹿か? いいや馬鹿なのだろうな。こんなところにわざわざ来るなど、馬鹿以外の何物でもない。
 昼間にも馴れ馴れしく私に触れた馬鹿者がいたが、この学園には人の悪意を理解できない馬鹿しかいないのだろうか。あいつはあいつで私が散々消えろと言っていたのに……ふん、もはやどうでもいいことだ。
 どちらにせよ、こんな馬鹿どもに関わるのはこれが最後になるのだからな。
 忌々しいが教官によく似た長くて黒い髪。白いパイロットスーツに、左手首の紅いアクセサリー。
 こんな奴どうだっていい。そう思いたかったのに、お前が姿を見せたりなんかするから私の憎悪が再び燻ってしまう。
 今すぐにでも殺してやりたい相手が目の前にいる。どうした私よ、これは喜ぶべき事だ。これで私の本懐を遂げることが出来るのだ。
 私がこれからどうなろうと知ったことではないが、私をこんなふうにしたこいつをせめて道連れにしてやればいいではないか。
 だから―――

 「泣いているのか? ボーデヴィッヒ」

 煩い。殺す。私の前にのこのこ姿を現したことを後悔させながら殺してやる。
 
 『シュヴァルツィア・レーゲン』起動。全兵装安全装置解除。『真理の瞳』接続開始。

 展開する私の鎧。漆黒の装甲は先ほどのように私の意思を無視などしない、兵器としての役割を果たしている。
 そして私は眼帯を毟り取る。私が欠陥品であった象徴、教官に出会うまで、モノクロームの世界にいなければならなかった証。眼球に埋め込まれたハイパーセンサーをISに同調させ、その機能を完全に開放する。

 「殺してやる……篠ノ之、箒」
 「そうか……ならば、相手になろう。ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 展開された真紅の装甲に、私は全力を以て刃を向ける。
 もはや自分自身でも私の感情がわからない。こんな不完全なものなんて、やはり教官の傍にいてはいけないんだ。
 それでも、たった一つだけはっきりしていることは―――


 ―――お前なんか、嫌いだ―――


==========================

あとがき

 ラウラ嬢がまるでヒロインのような回をお送りします。問題は、彼女が現状一夏君と全くからまないというところですが。
 最近本気で一夏君の出番を考えないと空気になりすぎるのではないかと危惧するようになってきました。ですが私の能力ではハーレムなんてものを書くことが出来ませんし……マジでどうしましょう。

 では、相変わらず出番のない主人公の視点はない拙作をご覧いただき、誠にありがとうございます。
 この場をお借りして御礼申し上げます。
 



[26915] Midnight party
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:9cf5cff8
Date: 2011/06/03 07:40
 アリーナの夜闇に、剣戟の音が鳴り響く。
 ボーデヴィッヒが繰り出す両手の手刀と、両肩、両腰に備えられたワイヤー付きのブレード。襲い掛かる変幻自在の六つの刃を、私は左手に呼び出した日本刀型の兵装『空裂』で打ち払い、間に合わなかった刃は紅椿が展開してくれる装甲のブレードやエネルギーシールドで弾いていく。
 体ごとぶつかりそうな勢いで繰り出される斬撃の嵐。小柄な体の為に欠けた威力を速度と手数で補い、私に息つく暇も与えようとはしない。
 その上時折使ってくる妙な兵装―――確か、AICと鈴が言っていた第三世代型兵装と、間合いが開いた瞬間に放たれる実弾兵装の組み合わせは、時に私と紅椿の防御を貫いてシールドバリアにダメージを与えてくる。私を守ってくれているのが紅椿でなければ、バリアなどとうに貫かれている事だろう。。
 ワイヤーブレードを弾く隙を狙って放たれたAICが、ブレードを弾いた私の腕を止める。無数の見えない鎖で拘束されたような感覚が走り、僅かな間だけだが動きを阻害させられてしまう。

 ―――邪魔っ―――

 紅椿が嫌がるように声をあげ、AICの拘束を力ずくで引き千切る。彼女の圧倒的な出力の御陰で完全に動きを止められてしまう事こそないのだが、これが実に厄介なのだ。
 そうでなくともこいつの動きは以前私に蹴り飛ばされた時とはまるで別物だ。眼帯を外してその下に隠された黄金の瞳を現してからと言うもの、こいつの反応速度と機動力は異常なまでに上昇しているのだ。
 AICの拘束を引き千切った力のままボーデヴィッヒを弾き飛ばし、奴がレールガンを放つ前に私は瞬時加速で間合いを詰める。外から見ればまるで瞬間移動に近いこの技能を使用した時、実際に動かしている私は逆に世界の方が停止してしまったような感覚に陥る。
 紅椿がその桁違いの力を私に預けてくれた結果の一つ。ハイパーセンサーとの感覚共有による超高速戦闘への最適化だ。
 だが、その停止した世界の中でさえボーデヴィッヒは私の動きを捉えてくる。
 セシリアや鈴ですら、紅椿が瞬時加速を使用した時には反応できなかったというのに、此奴は完全に反応するどころかAICを展開して拳の威力を減衰させ、桁違いの出力で振るわれた拳を確実に受け止めてみせたのだ。
 正直、千冬さん以外にこんな芸当ができる人間がいるとは思わなかった。

 「このっ……化け物め!」
 「……そんな名でこの子を呼ぶんじゃない」

 かつて私が紅椿をそう呼んでいた。そう呼ばれてしまう事がどれほど辛いことだったか、名前を呼んでもらえなかったことがどれほどに悲しいことだったのか。彼女と心を通わせられる今になってようやくわかる。
 だからもう誰にもそんなふうに呼ばせたくはない。私は自分自身への戒めも込めて、紅椿を化け物などと呼ばせない。
 拳を受け止めたボーデヴィッヒを逆に掴み返し、私は背負い投げの要領で力任せに投げ飛ばす。このまま背中から地面に叩きつけて、いい加減にこの喧嘩にケリを付けてやりたいところなのだが、なかなか上手くはいかないものだった。
 物質の慣性を停止させるAIC―――またしてもその能力でボーデヴィッヒは私が投げる力を阻害する。完全に止まるわけではないが、わずかに生まれた空白の時間を彼女が見逃すわけもない。
 
 「くたばれぇっ!」

 至近距離で放たれる電磁砲。砲身を叩きつけるように私に向け、反動やその後の再装填など一切考えないような一撃だ。また無茶をしたものだが、確かにこの距離ならば弾丸を切り払う事は間に合わない。弾丸は私に直撃し―――紅椿のシールドバリアを貫くこと叶わず、排出された薬莢の音だけが空しく響いた。
 薄く笑みを浮かべていたボーデヴィッヒの顔は、何のダメージも受けていない私を見た瞬間に恐怖にも似た感情が浮かぶ。その隙を衝いて私は彼女を投げ飛ばし、今度こそ地面に叩きつけた。
 これで私がボーデヴィッヒに夜空を仰がせるのは3度目になるだろうか。だが、彼女の闘志に陰りは見えない。むしろ私に一本取られるごとにそれは次第に大きくなっていたほどだ。

 「……まだ、続けるか?」
 「……当たり前だっ!!」

 仰向けになった状態から手刀を振い、飛び起き様にワイヤーブレードを上下左右の4方向から繰り出してくる。それに対して私は左右と下からのブレードを空裂で切り払い、上からの一つを紅椿が展開装甲で切り払う。
 その間にも、ボーデヴィッヒは体勢を戻しながらレールガンを放ち、さらに接近して両腕から伸びたレーザーブレードを突きこんでくる。
 対して即座に展開されるエネルギーシールド。シールドとブレードの衝突の瞬間、シールド側に角度をつけてブレードをそのまま受け流すのだが、流れるような連続攻撃は止まらない。
 攻撃の拍子を読んで間隙を衝こうにも、こいつの速すぎる反応速度の前には無意味だ。攻撃に拍子が無いわけではないが、その空白を超反応で埋めてくるものだから性質が悪い。
 上下左右から間断なく繰り出され続ける攻撃に業を煮やし、私は左手の空裂で一気に薙ぎ払う。斬撃の軌跡をそのままエネルギー射撃にする紅椿の強力な兵装だというのに、彼女はそれをいともたやすく躱して見せる。
 その上回避の際にきっちりと射撃を加えてくるのだからたまったものではない。おかげで放たれた弾丸を切り払う隙を衝かれ、瞬時加速での突撃を許してしまった。

 「貴様さえいなければ……貴様さえぇっ!」

 私の刀と、抜き手のように突きいれた手刀とで鍔迫り合いの形になったボーデヴィッヒの声だ。涙こそ流していないが、その声は涙声と言って差支えないほどに感情がこもった響きだった。

 「貴様さえいなければ教官は私といてくれたのに! 貴様のせいなんだろう!? 貴様のせいで教官は!!」
 「だから……説明をしろっ! こっちは訳が分からんのだ!」
 「黙れ! 貴様のせいで教官は暮桜を失ったんだろう!? 貴様のせいなんだろう!?」

 暮桜―――。

 その名を忘れるわけがない。かつて私が紅椿を起動させたときに破壊してしまった千冬さんの愛機の名だ。
 そしてその後、千冬さんはIS学園に赴任するために日本に戻ってきた。しかし、本当にそうなのだろうか? もしや私を監視しなければいけなかったから、日本に戻らなければいけない羽目になったのではないだろうか。

 「貴様が私から……教官を奪ったんだろう! 答えろおっ!!」

 奪ったなどと言うのは誤解だ。しかし、そんなことは彼女にとって関係のないことだろう。
 過程や事情はどうあれ、結果として私のせいで千冬さんはこいつの元を離れ、私のところに来たのだ。それだけを見たならば彼女の言っていることは間違いでもなんでもない。
 ボーデヴィッヒがなんでそこまで千冬さんを慕うのか私にはわからないが、私だって一番大切なものを奪われてしまったのなら彼女と同じことをするかもしれない。
 例えばもし、一夏を奪われたりしたら―――無理だ。想像もしたくないほどなのだから、きっとこいつと同じか、もっと酷いことになりかねない。

 「……確かに、千冬さんの暮桜を破壊したのは私と紅椿だ。私たちがこの手で破壊した」
 「……っ!! やはり……貴様なのか? 貴様が、貴様なんかがああっ!!」

 悲鳴にも咆哮にも似た叫び声とともに、苛烈さを増すボーデヴィッヒの攻撃。明確な仇を見出したことで、激情がさらに増幅したのだろう。それは至極当然の事であり、その元凶である私は彼女の激情を受け止める義務があるのかもしれん。
 だがな、ボーデヴィッヒ。すまないが私にそんな真似は出来ない。そんな殊勝な真似ができるほど、私は人間が出来てはいないのだ。
 紅椿の出力を解放し、私は繰り出された六振りの刃をまとめて一閃する。ワイヤーブレードは砕け、あるいは叩き斬られ、両腕のレーザーブレードを弾き飛ばされたままボーデヴィッヒは再び地面に叩きつけられた。
 
 「さっきから聞いていれば勝手なことばかりぬかすな! だいたいお前が私の何を知っているというのだ!」

 こちとらいい加減に堪忍袋の緒が切れているのだ。お前の激情は理解した。お前が私に恨みを持つこともわかったし、その理由も少しは聞いてやろう。
 確かにお前の元から千冬さんがいなくなったのは私に原因があるのだろう。だが更にその原因を辿るなら私だって被害者なのだ。私が好き好んでお前から千冬さんを奪ったわけじゃない。
 そもそもお前がどうしてそこまで千冬さんを慕うのか知らんが、だったら最初に私につっかかるな。初めから千冬さんに泣きついて一緒にいてくれとでも懇願しろ。順序で言うなら私と喧嘩するのはその後だろうが。

 「っ!! そんなこと……知ったことかああっ!!」
 「知りもせんくせに下らん喧嘩を売って来るなこの戯け者がああっ!」

 突進してくるボーデヴィッヒを、私は真正面から殴り飛ばす。こんな大馬鹿者には拳で十分だ。
 
 「く、下らん喧嘩!? 貴様どこまで私を侮辱すればっ」
 「下らんだろうが。お前のやってることが幼児の癇癪とどこが違うのか言ってみろ。だいたいそんなに千冬さんが居なくなったことが悔しいなら、なんで千冬さんの前から逃げ出すような真似をした!」

 その言葉に、ボーデヴィッヒは明らかに怯えたような表情を浮かべる。まあ、千冬さんが怖いというのは分かるのだがな。
 だがこんなに千冬さんを慕うこいつが、どうしてまた千冬さんから逃げ出したりしたというのだ。

 「だ……黙れぇっ!! 知ったようなことをほざくなあっ!!」
 「喧しい。いちいち付き合わされるこっちの迷惑を考えろ馬鹿者!」 
 「煩い……煩い煩い煩いっ! だったらここに来なければいいじゃないか! 私なんて放っておけばいいじゃないかあっ!!」

 ……何なのだこいつは。言っている事とやっていることが無茶苦茶だぞ。わざわざ私を呼びつけておいて「放っておけ」とは一体どういうことなのだ。私にわかるように話をしろ。

 「私だってわからんのだ! 貴様さえこなければこのまま本国に送還されるのに何で邪魔した!! あのまま誰にだって私の事を告げ口してくれれば良かったのに、なんでしてくれなかったんだこの役立たず!!」
 「ますます意味がわからんわ!! 何を言ってるんだお前は!?」

 とうとう役立たず呼ばわりされてしまった。私も割と頭に血が上っているかもしれんが、どうやらこいつはそれが行き過ぎてパニックになっているんじゃなかろうか。感情が暴走してしまって行動も言動も支離滅裂になっている。
 そんな奴が世界最強の兵器としての力を持つISを使っているのだ。洒落で済む話では―――。

 「……紅椿」

 ―――何? 箒ちゃん―――

 「ちょっと、あの黒いISと話をしてみてくれないか? お前の友達を少し落ち着かせろとな」

 そう、あいつはISを装着しているのだ。独自の自我を持ち、搭乗者と共に在ろうとする『友達』が傍にいるはずだ。優秀なISの中には、操縦者を守り、時に支え、共に勝利を勝ち取らんがために操縦者の心理的ストレスを緩和しようとすることもある。
 今のあいつはどうあれ、「欧州で最強の代表候補生」などと呼ばれる奴のISならば、ひょっとしてそれくらいの事はできるのかもしれない。
 だが、紅椿から返ってきた答えは意外なものだった。

 ―――ダメ。あいつ、もう友達が自分の声を聞いてくれないって言ってる―――

 ISが、自分の友達に声を聞いてもらえないこと。それはおそらくそのISにとって最も悲しいことなのだろう。そしてその悲しさを知っているからこそ、紅椿の声は酷く辛そうな響きだった。
 ……何という事だ。理由は知らんし知りたくもないが、あいつ実は私の同類なんじゃないか。
 ISの声を聞かずに、ISを傷つけてしまうだけの操縦者など愚の骨頂だ。私自身がそうだっただけに、今のあいつは見ていられないし、あいつのISが不憫でならない。

 「……まったく……本当に腹立たしいなこいつは」

 嘆息する間にも、ボーデヴィッヒは再び両手を振り上げて殴りかかってくる。パニックを起こしたままで動きに精彩を欠いた彼女の拳を見切ることなど簡単だ。おそらくこれでは一夏にだって避けられるし、簡単に反撃されることだろう。
 そんな単純な拳を掻い潜り、私は私より小柄なボーデヴィッヒの懐に潜り込む。もはや紅椿の出力も、拍子の合間を衝く技術もいらない。私がやることは唯一つだけだ。
 完全に密着した距離から静かにボーデヴィッヒの胴に掌を当て、その上から更に掌底を重ねて撃ちこむ。相手が鎧を纏うなら、その上から衝撃を撃ちこんで中身にダメージを与える戦国の技術―――

 ―――篠ノ之流古武術 鎧通し―――

 ISに絶対防御がある以上、この技自体の威力などは見込めない。だがシールドバリアが発生しえない完全な密着状態から放たれた衝撃は、いとも容易くボーデヴィッヒのISに絶対防御を発動させて大量のエネルギーを一気に消費させる。本来の使い方とは大分違うが、黙らせるには都合がいい技だ。
 流石にボーデヴィッヒ自身にそれほどのダメージが与えられたわけではないが、奴のISはシールドエネルギーをまとめて削りきられたせいでその姿を保つことが出来なくなり、待機状態にまで戻されてしまった。
 
 「駄々を捏ねるのもいい加減にしろ。私はお前なんぞどうでもいいが、少しは相手の話を聞いたらどうだ」
 「うる……さいっ……誰が……貴様の……話なんかっ……」

 衝撃で肺の空気を一気に吐き出してしまい、息を荒げるボーデヴィッヒだがその瞳の意思はまだ衰えてなどいない。ISが展開できようができまいが、私に食いかかってくることだけは変えないつもりなのだろうか。

 「誰が私の話を聞けと言った。だいたいお前が話を聞かなければいかんのは他にいるだろうが」

 一瞬だけきょとんとした顔になるが、すぐさまボーデヴィッヒは苛ついたように吐き捨てる。

 「黙れっ! 話何ぞ聞いても聞かなくても変わるものか! 貴様が私から教官を奪ったことは変わらないんだ!」
 「……そうか。そうかそうか。ならまず千冬さんに改めて話を聞いてこい。お前のものだった千冬さんが、本当に私に奪われて私のものになったのかどうかしっかりと確かめてこい! それで納得できないならいくらでも喧嘩を買ってやる!」

 紅椿を装着したまま、私はボーデヴィッヒの首根っこを引っ掴んで持ち上げる。悪戯をした子猫を持ち上げるような形に近いのだろうが、どんな形だろうが知ったことではない。しつこいようだが私はさっきからずっと頭に来ているのだ。

 「な、何をする!? 離せ貴様! 殺されたいのか!!」
 「五月蝿い黙れ」
 
 ボーデヴィッヒを持ち上げたまま、私はアリーナから飛び立つ。規則違反だが、これ以上一つ二つ違反が増えても同じことだろう。
 そんなことより、この大馬鹿を連れて行く方が先決なのだ。



 ***



 コーヒーカップの水面に私の渋面が映っている。思わず漏れ出た溜息が黒い水面を揺らすが、私の表情まで変えてくれるわけではない。。
 それというのも、ISのパイロットスーツのまま目の前に座った少女が原因である。

 「なあ、一体どうしたと言うんだ? ラウラ。黙ってばかりでは話が進まんだろうが……」
 
 私の目の前で泣きそうな表情を浮かべながら、じっとカップのココアを見つめる銀髪の生徒。彼女がいきなりここに放り込まれたのは、もうかれこれ30分も前だろう。
 第二アリーナの警報が作動したため、当直だった山田先生が様子を見に行ったすぐ後くらいだっただろうか。いきなり寮が騒がしくなったと思ったら、目の据わった箒が嫌がるラウラの首根っこを引っ掴まえて私の部屋に入り込んできたのだ。
 
 『すいませんがこの馬鹿を一晩お願いします』

 今まで聞いたことが無い位ドスの利いた声だったぞ。なにしろこの私を一瞬たじろがせる程だったのだ。
 その箒は掴んでいたラウラを放り出すと来たとき同様に騒々しく部屋を出て行ってしまった。普段なら即座に制裁を加えるような真似なのだが、まるで泣きそうな顔のラウラを放っておくわけにはいかんからな。
 ……決してあいつの剣幕に押されたわけではない。断じてない。
 対して箒によって部屋に放り込まれたラウラは、私の前に出るなりそれまで全力で箒に抵抗していたことが嘘のように大人しく、というか委縮してしまっているようだった。
 おかげで私が何を訊ねても黙ったままだ。目の前のココアはとうに冷えてしまっているだろうな。……こいつの好物で釣ろうとしても無理か。
 こんな状態のラウラに何を言っても、聞いているのかすら判断できんのでは意味が無い。実は放課後に呼び出したときの説教だって終わっていないのだが、こいつが話の途中で飛び出していったせいでそれもうやむやだ。
 情けないことにあの時何故此奴が逃げたのか、私にはさっぱり理解できん。そもそも、ラウラがそんな子供のような真似をすること自体予想してすらいなかったのだ。
 理由を尋ねてみようにも、こんな顔で黙りつづけているものだから埒が明かん。一体何にへそを曲げていると言うのだ。
 
 「はぁ……お前はもっと素直で真面目な生徒だと思ってたんだがな……」
 
 思わず私が口にした言葉に、ラウラがびくりと反応する。そして―――

 「っ! 待たんか! 今度は逃がさんぞラウラ!」

 弾かれたように立ち上がってドアに向かおうとする。まるっきり放課後と同じ行動だが、二度も私が同じ轍を踏むものか。
 即座に彼女の腕を掴んで引き寄せ、小柄なラウラの両手首を掴んで拘束する。まだ逃げようともがいているが、こうなった以上私から逃げられるはずがないだろうが。
 
 「何故逃げようとする! お前はそんなに私が気に入らんか!?」
 「そっ……! そのようなことがあるはずがありませんっ!!」

 私のすぐ目の前で顔を上げ、そう叫んだラウラの声は聞いたこともないような涙声だった。「ドイツの冷氷」とまで言われていたクールな表情はどこへ行ったのやら。今私の前にいるこいつは、まるで小さい頃に私に怒られていた一夏と同じような顔になっていたのだ。
 私の事が気に入らないのでないなら、何で私から逃げるのだこいつは。

 「私はっ……教官のお傍にいる資格などありません……」

 真紅と黄金の瞳からぽろぽろと涙が零れる。放課後の時ははっきりと見えず、たまたま近くにいた一夏からあいつが泣いていたことを聞いただけだったが、こうしてラウラの涙というものを見るのは初めてだったのだ。
 そんな顔のまま、ラウラは自分が行ったことを懺悔するように話し始める。私がドイツを去ってからというもの、ラウラは私がドイツ軍を辞した理由を探りつづけ、その原因に箒と紅椿がいることへとたどり着いてしまったというのだ。
 さらにあの無人機事件を切欠として、ラウラが自分自身をこの学園に送り込んできたことや、箒への憎悪のあまり発砲事件を引き起こしてしまったこと、あまつさえつい先ほどまで閉鎖していたはずのアリーナで箒と決闘していたことまで……。

 「私は……あいつが、篠ノ之箒が許せませんでした。ですが……そのために私は教官を裏切って……申し訳……ございません」

 泣きながら私に謝罪するラウラだが、私は逆に困り果ててしまった。
 確かに、こいつがやったことを考えれば確実に何らかの懲罰は与えられるだろう。だが全てがラウラ一人のせいではない。確かにラウラが自制出来ていればこうならなかっただろうが、此奴の暴走の原因には私が絡んでいるのだ。
 此奴を罰するなら、まず教師でありながらその原因となってしまった私を糾弾するのが筋だ。生徒が起こした不始末はどんなことだろうと教師の責任だし、しかも教師がその原因だというなら尚更だ。
  
 「お願いします教官……私を、退学にしてください。その上で本国へ強制送還を……」


 「この大馬鹿があっ!!!」


 銀色の脳天に拳骨が落ちる。手加減など一切せん。こんなふざけたことを言う糞餓鬼にはこれでも足りん位だ。

 「退学? 強制送還? そんな事天地がひっくり返ろうがやってやるものか。そんなふざけきった理由を並べてこれ以上逃げようなど言語道断だ!」

 ラウラはまだ理解できんようで、頭を抱えたまま驚いたように目を見張っている。
 妙なところでクソ真面目なのは相変わらずだが、こいつは自分がどこに来たのかまだ理解できていないんじゃなかろうな。
 ここは『IS学園』だぞ? お前がいた軍施設や『IS操縦者養成訓練所』ではない、れっきとした『学校』なんだぞ?
 『学校』というのはな、頭の足りん糞餓鬼にものごとを教え込むところだ。例えばそれが『感情の赴くままに発砲するような馬鹿者』だったり、『規則を無視しまくって決闘騒ぎを起こす大馬鹿者』だったりするが、その根本は何一つ変わらん!
 そんなところに来た糞餓鬼が、『自分は規則を破った悪い子だからやめます』だ? 甘ったれるのも大概にしろ。ここはそういう輩を躾ける為の場所だろうが。

 「いいかラウラ。お前は私の生徒なんだ! 私に受け持たれた以上途中で帰れるとは思うな! 返事は!?」
 「は、はいっ! あ……し、然し教官! 私は罰を受けなければいけない義務が……」

 罰? 罰だと? こいつまさか『退学』や『強制送還』が罰だなんて思ってるんじゃないだろうな?
 あんなものは罰でもなんでもない。そんなものは「学校が手におえない糞餓鬼を放り出しました」と言っている様なものだろうが。恥以外の何でもないわ。
 私は自分が教師として優秀だなどとは思わんが、最低限の矜持まで捨てた覚えはないんだぞ。
 『どんな生徒だろうが、首根っこ引きずってぶん殴っても使い物にする』のが私の仕事だ。私がいる限り絶対に退学になんぞしてやると思うな。
 ふざけたことをぬかした罰として、もう一発拳骨を落とす。ついでに私の呼び方も忘れているようだからもう一度教えておいてやろう。我が愚弟もそうだが、どうして私を「織斑先生」と呼ばんのだこいつらは。

 「そんなに罰が欲しいなら、明日から一か月間全ての寮のトイレ掃除をさせてやる! それと私を『教官』と呼ぶなと何度言ったらわかるのだ!」
 「え……」
 「私のことは『織斑先生』と呼べ! 私はお前の『教官』じゃなくて『先生』だ! わかったな!」

 拳骨を受けた頭を抱えたままラウラは呆然としていたが、すぐに泣きそうな顔に戻って声を震わせる。

 「そんな……ダメです。私は教官に教えていただける資格なんて……」
 「資格資格と喧しい。私がお前を生徒にすると決めたんだからそれで十分だ! 餓鬼がわかったような口を利くな馬鹿者が! あと教官と呼ぶな!」

 またぽろぽろと流れ出す涙。情緒不安定になったラウラがこうまで融通が利かないとは知らなかったぞ。

 「わ……私の……『私の先生』で、いてくださるのですか?……」
 「当たり前だ。言っておくが、今度は辞めてやらんからな? お前が卒業するまではしっかりと……って、おい! ラウラ!?」

 泣き顔のままでいきなり私に抱きついてくる。身長差のせいで丁度私の胸に顔を埋めるような形になっており、ぶっちゃけ服に涙が滲みて冷たい。
 まったくこの大馬鹿者ときたら―――こんな程度の事も、言わなければわからんのか。

 「も……申し訳……ありましぇんでした先生……ぐずっ……」
 
 泣きじゃくりながら私に謝罪を繰り返すラウラ。まあ、私の方もラウラにこんな子供じみた一面があったとは知りもしなかったからな。
 
 「はぁ……今回はこれで見逃してやる。もうあまり面倒をかけてくれるなよ? ラウラ」

 泣きながら頷くラウラを胸に抱いて、やれやれとばかりに溜息が漏れ出る。こいつがもう少し落ち着くまではこうしておいてやろう。気がすんだら、また私の知っているラウラに戻ればいい。
 


 ***



 「箒さん……」
 「……何も言わないでくれ、セシリア」

 机に突っ伏したまま、どんよりとした空気をまき散らして言えるセリフではありませんわよ?
 
 「怒られるのは覚悟の上だったが……泣かれるとは思わなかったのだ」
 「自業自得ですわ」
 「うぐぅ……」

 なにしろ、また性懲りもなく騒動を起こしてしまったのですものね。
 夜間に寮を抜け出して閉館していたアリーナで無断での私闘を行い、しかもISを装着したままでボーデヴィッヒさんを抱えて寮に戻り、そのまま織斑先生の部屋に乱入してボーデヴィッヒさんを放り込んでくる……。いったいどこの不良生徒の凶行でして?
 山田先生が泣く程怒られるというのも無理ありませんわ。
 
 「で、でもだぞ……わ、私だってなあ、いろいろとこう、いい加減頭に来ていたのだ。その……」
 「デモもストもありませんわ。戒告で済ませていただいたことを有り難く思う事ですわね」
 「あはは……ま、まあ大事にならなくてよかったじゃない。ねえ?」

 実際大事になってもおかしくないような騒動でしたのよ? おかげで朝から緊急の全校朝礼が行われたわけですし、学園の管理体制の不備についてもちらほらと文句が来ていると聞いておりますもの。
 まあそれよりも、妙な噂が尾鰭を付けて飛び回っているというのが箒さんにとって最大の懸案事項なのでしょうけどね。

 「ねえねえ、聞いた? あの噂」
 「何でも昨夜織斑先生を巡ってISでの乱闘騒ぎがあったんだってね」
 「凄いよねー。……や、やっぱ『この泥棒猫!』とか言ってたのかな? 昼メロみたいに」
 「で、勝った方が織斑先生と一夜を共にできたらしいよ? はぅ……お姉さま」
 「え? 私が聞いたのは織斑先生がまとめて二人を部屋に連れ込んだって……」
 「違う違う! 二人が結局意気投合して一緒に織斑先生の部屋に行ったんだって!」
 「一人の教師を巡る女の戦い……いよっしゃネタ確保!!」
 「はぁ……うらやましいなあ」

 ……織斑先生ご本人に聞かれないことをお祈りしておきますわね?

 「何で……何でこんなことに……」
 「……自業自得だろ、箒」
 「い、一夏!? お……お前までそんなことを言うのか?」

 半泣きになる箒さんでしたが、一夏さんはいつになく苛立ったような口調でしたわ。

 「ああ言うね。だいたい何で一人であいつをどうこうしようなんて思ったんだよ。俺たちに相談してくれればいいだろ!?」
 「そ、相談って……だ、大丈夫だ。私には紅椿が……」
 「それが気に入らねえって言ってるんだよ! 確かにそいつは無茶苦茶強いけど、万一何かあったらどうするってんだよ! 俺たちはそんな信用ないのか?」

 一夏さんの仰ることももっともですわ。正直今でもあの紅椿が箒さんの意思で機動したなどとは信じがたいですもの。
 それに、わざわざボーデヴィッヒさんの挑発に乗らなくてもその時点でわたくし達に相談してくだされば、もっと穏便に済ませることも出来たかもしれませんのよ?
 もっとも当の箒さんは、わたくし達に相談するという考えそのものが浮かばなかったのかもしれませんけど。

 「まあ、随分と鬱憤が溜まっていたようでしたから頭に血が上るのもわかりますけど、貴方は今やこのIS学園の専属パイロットでもありますのよ? 軽率にISを動かすような真似は控えなければいけませんわ」
 「……お、お前だって鈴がやられていた時はキレて暴れただろうに」

 バツが悪そうに何か仰ってますけど、聞こえませんわね。それに、あの時は緊急事態でしたもの。仕方のない事でしてよ?
 
 「はぁ……あのなぁ、箒。俺は自分が言えるほど強くないし頼りにもならないけど、それでも何かあったら言ってくれよ。本気で心配したんだからな」
 「し、心配? わ……私の……ことを、か? あぅ……」

 頬を染める箒さん……って、ちょっとお待ちなさい。貴女何を都合よく解釈してらっしゃるの? 一夏さんはきっと貴女ではなくて、紅椿のことを心配されているのですわよ? ええきっとそうですわ。間違いありませんわ。だからちょっと嬉しそうに微笑むのはおやめなさいっ!

 「……そ、その、す、すまなかった……一夏」
 「お……おう。あー……わかってくれりゃ、いい……ごふっ! な、何すんだよセシリア!」

 あらあら、失礼いたしましたわ。脇腹に虫が止まっておりましたのよ。

 「セ、セシリア! お前今さっき私に注意したばっかりだろうが!」
 「何の事でして? わたくし、別にISを動かしてなどおりませんわよ? ねえデュノアさん」
 「え!? 何で僕にふるの!? え、えーと……た、確かに今のはただの肘打……あれ? ラ……ラウラ?」

 不意にデュノアさんの口から出た名前を聞いて、わたくしと一夏さんは即座に振り返ります。今日は登校してからと言うもの大人しくしていたようですが、内心何を考えているかわかりませんもの。警戒を怠るわけには―――。

 「……何だ? あの格好」

 ええと……この学園で勤務してらっしゃる清掃業者のご婦人方と同じような格好ですわね。独特にアレンジされた制服は何時もの通りですが、銀色の頭には白いバンダナを巻いて、両手にゴム手袋、傍らには掃除道具の入ったバケツが……。
 ……何ですの? あの格好。
 そんな奇妙な出で立ちのボーデヴィッヒさんは、呆気にとられたわたくしたちなどは意に介せず一直線に箒さんへと近づいてきました。そして、手に持った大きな封筒を机に叩きつけたのです。

 「……え、えーと……これは何だ? ボーデヴィッヒ」
 「原稿用紙だ。明日の朝までに反省文を三十枚書いて提出しろと、織斑先生から命じられている」
 「んなっ!? さ、三十枚!?」

 わたくし達と同じように呆気にとられていた箒さんが、素っ頓狂な声を上げましたわ。原稿用紙30枚分の反省文を明日の朝、つまり授業の終わった今からおよそ十数時間で書き上げろと言われたのですから……箒さん、徹夜作業になるのではありませんこと?

 「伝えたぞ。では私はこれからトイレ掃除がある。ではな」
 「ちょっと待て! なんで私だけそんなことを……!」
 「貴様だけではない。私は既に50枚書ききって提出した。貴様も時間厳守で提出しろ」
 
 ほとんど感情の篭っていないような声で言うと、ボーデヴィッヒさんはすぐに踵を返します。そして。

 「……私は、貴様が嫌いだ」
 「わ、私だってお前の事が気に入らんわ! だいたい……」
 「そうか。気が合うな」

 ふっと一瞬だけ唇を歪めて、彼女は速足に教室から出て行ってしまったのです。……バケツ片手に。

 「もう、ラウラってば……一夏、ごめん。僕ちょっと遅れていくね」
 
 一夏さんが返事をする前に、デュノアさんは出て行ったボーデヴィッヒさんを追いかけて行ってしまいましたわ。そういえばさっき、彼女の事をファーストネームで呼んでらしたけど……何時の間にそんなに親しくなったのでしょうか?
 
 「一体……何だったんだ? あれ」
 「……わたくしに聞かないでくださいますこと?」
 「わからん……さっぱりわからん」

 教室に残されたわたくしたちには、頭の上に延々と『?』マークを浮かべ続けることしかできませんでしたわ。


 
=============

あとがき

 ラウラ嬢編、ひとまずの区切りの回でございます。
 これから学年別トーナメントを書こうと思っているのですが、残念ながらVTシステムにご登場いただく予定はありません。だって彼女VTシステムより強いし。
 というか、原作通りのペアで行くと一夏君とシャルル君は……

 ① 紅椿に瞬殺される
 ② ラウラに殲滅される
 ③ 二人掛りで(以下省略

 ……やばいです、それ以外の未来が見えてきません。助けてゼロシステム。
 とまあ、冗談はゴミ箱に突っ込んでおいて。

 相変わらずヒロインの視点ばかりの拙文をご覧いただき。誠にありがとうございます。
 この場をお借りして、御礼申し上げます。



[26915] ルール変更は突然に
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:9cf5cff8
Date: 2011/06/10 07:16
 「も、もう一回ですわ! もう一回やれば勝てますわよ!」

 真紅の閃光に叩き落とされたオルコットさんが、アリーナ中に響きそうな大声で叫ぶ。ライフルを杖にしなくちゃ立ち上がれないくらいふらふらなのに、その負けん気には感服するよ。
 対して彼女を地面に叩き落とした篠ノ之さんは、同じやり取りを何度も繰り返してきたせいかいい加減呆れたような顔になっている。

 「またか……それ何度目だ? セシリア」
 「お! お黙りなさい! ほら鈴さん、何を目を回してらっしゃるの!? お立ちなさい!」

 そんな事を言うけど、鳳さんはついさっき篠ノ之さんに撃墜されてからというもの、地面に仰向けになったまま目を回したまんまだった。……だ、大丈夫なのかな? 結構派手なエネルギー砲の直撃を受けてたし、シールドエネルギーもほとんど残ってないんじゃないかなぁ。
 オルコットさんはそんな彼女を揺さぶって起こそうとするけど、凰さんはやっぱり目を回したままだ。むしろ、揺らしたせいでさらに酷いことになってるかもしれないよ、あれ。

 「くうぅ……っ! こ、こうなったらわたくしだけでもっ! 勝負ですわ箒さん!」
 「はぁ……わかった。これが最後だぞ?」

 オルコットさんはふらふらになりながらも、半自律兵装「ブルーティアーズ」を展開する。オルコットさんの意思を読み取りながら、兵装そのものが自律思考を行って全距離全方位攻撃をしてくる強力な第三世代兵装。どちらかと言えば一対一向きの僕には、苦手な相手だな。
 もっとも、ブルーティアーズ無しでも彼女はとんでもなく強いよ。欧州統合防衛計画「イグニッション・プラン」において、最も実用化に近いと言われている「ティアーズ・モデル」の試験搭乗者の名は伊達なんかじゃない。
 そんな彼女を前にして、やれやれとばかりに溜息をつく篠ノ之さん。信じ難いことだけど、彼女は二人の代表候補生を同時に相手にしても、かすり傷一つ負っていないんだ。
 実際に戦う紅椿の力もそうだったけど、篠ノ之さんの戦闘能力は完全に僕たちの予想を上回っていた。ひょっとしたら、あの噂も本当なのかな?
 
 「どうしたんだシャルル。さっきからぼーっとして」
 「ふえっ!? い、いや、何でもないよ! その……し、篠ノ之さんって強いなあって……」

 いけないいけない、考え事に没頭してたよ。

 「ああ、そりゃ強いさ。昔から強かったけど、時々千冬姉にも稽古つけてもらってたって言ってたしな」
 「え? 何それ……。織斑先生が彼女に直接IS技術を指導してたってこと?」
 「ああ、違う違う。あいつも千冬姉も……俺もなんだけど、同じ剣術道場に通ってたからな。同門の誼ってやつだよ」
 
 ドウモンノヨシミ……って何だろう? よくわからない日本の言葉は後で調べるとして、一夏の言葉通りに取ると彼女がIS技術を学んでいたってわけじゃないみたいだ。
 でも……だとしたら、彼女はある種の天才の部類に入るんじゃないだろうか。この学園に来てまだ2か月も経っていないのに、高性能なISの力を借りているとはいえ代表候補生をこうまで手玉に取るなんて、およそ常人のできる技じゃないよ。
  
 「何だよ? そんなに箒が気になるのか?」
 「そ、そんなのじゃないよ。えーと……ほ、ほら、彼女ってあんなに強いし、綺麗だしさ。一夏だって気になるでしょ?」
 「……そうかよ」

 一夏が、少しだけ機嫌悪そうな声になる。
 ……あれ? 僕何か変なこと言ったかな……怪しまれてないよね? だってあんなに綺麗な女の子がいっぱいいれば、普通の男の子なら気にならないはずがない……よね?
 
 「え、えっと。一夏? 僕何か変なこと言った?」
 「別に。何もねえよ。……あ、そろそろ決着つくな」

 一夏の言葉に慌てて振り向いた時にはもう遅くて、オルコットさんは凰さんと同じように目を回して地面に倒れていた。篠ノ之さんは相変わらず全くの無傷で、さっきまでの面倒くさそうな表情からとは打って変わった穏やかな笑顔を浮かべながら、自分が展開している紅椿に語りかけている。
 しまったなあ。紅椿とブルーティアーズの戦闘データは少しでも多いほうがいいのに……まあ、いいか。まだ機会はあるだろうし。

 「箒、次相手してくれないか?」
 「ああ、構わんが……少し待っていてくれ。紅椿が飽きたと言い始めたから宥めてやらんと」
 「……は? 飽きたって……どういうこと?」
 「うむ……手加減したまま動いていたから退屈だったらしい」

 苦笑しながら言ってるけど、冗談だよね? ISが飽きたとか言いだすのもびっくりだけどさ、あんな大出力で機動しておいて手加減も何もあったものじゃないよ。
 このままいくと、今月の学年別個人トーナメントで篠ノ之さんが優勝するのは確実だろうなぁ。唯一対抗できるのはラウラ位なんだろうけど、トイレ掃除手伝ってあげた後でどこか行っちゃったしなぁ……折角一緒に訓練したかったのに。
 よし、明日はちゃんと連れて来よう。……一応彼女のデータも欲しいしね。

 「おいおい……またいろいろ壊すなよ? こないだの第3アリーナもがっ!」
 「ば、馬鹿者! 口を滑らせるな!」

 慌てて一夏の口を塞ぐ篠ノ之さん。第3アリーナって、確か少し前に無人機事件の舞台になった場所で、今も施設の修復中とかで立ち入り禁止になってる場所だよね。
 確か、無人機と紅椿が戦った場所のはずだけど……あれ? アリーナをあそこまで壊したのは無人機だって聞いてたんだけどな。まあ、戦ってる最中に流れ弾で壊しちゃったって意味かも知れないけど、何でそんなこと一夏が知ってるんだろう。

 「ねえ、一夏はひょっとして、無人機が暴走したって事件の時に現場にいたの?」
 「もが? ……あ。いや……その……い、いるわけないだろ。それに、あの事件は先生と箒で解決しちまったから、俺よく知らないしな。は、ははは」

 口から篠ノ之さんの手を放して曖昧に笑う一夏と、そんな彼を横目でにらんでいる篠ノ之さん。
 どうもそういう事にしておいた方が良いみたいだね? まあ、僕としてもそこまで調べろなんて言われてないし、別にいいけどさ。

 「そ、そうだ箒。紅椿は機嫌直したのか?」
 「え? ああ、後でしっかりと付き合ってやることで納得してくれたよ。なあ、紅椿……ぃいっ!!?」

 一夏と会話している途中だっていうのに、篠ノ之さんは突然体を反転させ、右腕を真横に突き出すように動く。
 いきなりのことに驚いたような顔の篠ノ之さんが、その腕の先にエネルギーシールドを展開するのと、蒼いエネルギー砲撃が展開したシールドに直撃したのはほぼ同時に近かった。

 「ふ……ふふ……うふふふふ……面白いことを言ってくださいますわね箒さん? この……このわたくしとブルーティアーズを相手にして……退屈でしたの。そうでしたの」

 蒼い砲撃が放たれた元には―――ええと、何て例えればいいんだろう? 幽鬼のような表情に空虚な笑みだけを貼り付けて、全身の装甲から紫電と強制冷却のための蒸気を噴き上げているその姿は。

 「ちょ、ちょっと待てセシリア! 私はそんなこと一度も……」
 「ええ、ええ。分かっていますわ。その子が言ったのでしょう? 紅椿が……わたくしのブルーティアーズを虚仮にしてくださったのですわよね」
 「い、いや、その……す、すまなかったセシリア! あ、紅椿! お前も謝らんか! ……何でって、いや、弱いのが悪いって……そ、そういうことを言っているのではなくてな!」

 ええと……ねえ、リヴァイヴ? ひょっとして、紅椿が何か言ったの?

 ――――――

 ……うわぁ……そりゃブルーティアーズも怒るよね。え? 自分だってそう言われれば我慢ならないって、ええと……あ、ありがとう。リヴァイヴ。
 
 「……いいえ、謝るのはわたくしの方ですわ……退屈な思いをさせてしまいましたものね。ですけど……」

 オルコットさんが、空虚な笑みを張り付かせたままの表情で篠ノ之さんに砲口を向ける。でっかい青筋がいくつも浮かび上がってるところを見ると、多分頭にきすぎてて表情が追い付いてないんだろうなあ。

 「わたくしのブルーティアーズへの侮辱は許しませんわっ!! 這いつくばって謝りなさい紅椿いぃっ!!」
 
 さっきの模擬戦とは比較にならないくらい巨大な蒼いエネルギー砲撃が、ブルーティアーズの全砲門から一斉に発射される。
 ええと、たしか「ティアーズ・タイプ」の最大の特徴は、ISと搭乗者の感情シンクロを用いたレーザー兵装の強化だったよね。イグニッション・プランの中でも一番強力な攻撃力をコンセプトにしてるっていうけど、あれを見たら納得するよ。
 あ、アリーナのバリア割っちゃった。あとで怒られるかなあ。

 「す、すまんセシリア! 謝る! 謝るからあっ!!」
 「箒さんが謝る必要なんてありませんわっ!! わたくしはその無礼なISに礼儀を教えて差し上げなければいけませんのっ!!」
 「だ、だからそれも含めてだな! って、待たんか紅椿! 反撃しようとするんじゃない!」
 
 蒼いエネルギー砲撃を紅いエネルギーシールドで受け止め続けながら、二人はそんなやり取りを交わしてる。……IS同士の喧嘩に操縦者が巻き込まれてるだなんて、多分世界広しと言えど例が無いんじゃないかな?
 
 「貴女がっ! 泣いて謝るまでっ! わたくしは止めませんわっ!!」
 「紅椿! いい加減にしないかあっ!!」

 篠ノ之さんに怒られたせいか、紅椿は展開しようとしていた肩の装甲を戻してしまう。……見たことない武装だったから見たかったんだけど、今はそんなこと言えるような雰囲気じゃないね。
 結局オルコットさんのエネルギーが尽き果てるまで、蒼い閃光の嵐をエネルギーシールドで防ぎ続けた紅椿は、それが終わった後も延々二人からのお説教を受ける羽目になっていたみたい。
 
 ――――――
 
 自業自得って……君も結構言うんだね。リヴァイヴ。



 ***



 「セシリア! あたしと組んでよ!」
 「ううん、私とよ!」
 「ねえ鈴、もちろん私と組むわよね? ルームメイトなんだし」
 「あ……あの、凰さん、わたしと……」

 紅椿への説教を終え、更衣室に戻った私達を待っていたのは手に手にA4サイズの紙を持った生徒の集団だった。あっという間にセシリアと鈴は取り囲まれてしまい、周り中から申込書と大書された紙を突き付けられてしまう。

 「ちょ、ちょっと! 皆さん何ですの!? いきなり言われても……」
 「ほら、これ読んでみてよセシリア」
 「ええと……『今月開催する学年別個人トーナメントでは、より実践的な模擬戦闘を行うためにふたり組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者については抽選により選ばれた生徒同士のペアでの参加とする。締め切りは……』」
 「そういうこと! だからあたしと組んでよセシリア! セシリアと一緒ならきっといいところまで……」
 「だから私と組んだ方がいいってセシリア! ね、私とペアになろ?」

 成程、そういうことなのか。確かに、代表候補生であるセシリアたちは専用機を持っているし、一般生徒に比べて訓練経験も搭乗時間も圧倒的だ。言っては悪いが、そこらの生徒とは段違いに高い彼女たちの力を借りることが出来るのならば非常に心強いだろうな。
 
 「いい加減になさいっ! はしたなくてよ!」

 凛とした声に一喝され、姦しかった喧騒が一瞬で収まる。普段のセシリアとは全く雰囲気の違う声音に、私も思わず背筋が伸びる思いだった。
 そういえば彼女はこの年齢で自分の実家が経営する会社を束ねていると聞く。おそらく今の声はその時の表情を垣間見せたのだろうが、成程と思わざるを得ない迫力だった。お蔭で一緒にもみくちゃにされていた鈴までが目を丸くしている程なのだ。

 「ふぅ……事情は分かりましたわ。ですけど、説明もなしにいきなり交渉をされてもわたくしどうしてよいかわかりませんわよ?」
 「あー……そっか、その……ごめん、セシリア……」
 「お分かり頂ければそれでよろしいですわ。でも、わたくしも貴女方の頼みを聞いて差し上げるのは吝かではありませんが、殊このようなお話になると困りますわ。ねえ? 鈴さん」
 「へ? あ……そ、そうよ! いきなり言われても訳わかんないっての! だから離しなさいよティナ!」

 大人しくなった取り巻きを前に、僅かに雰囲気を柔らかくしながらセシリアは悩むように小首を傾げ、鈴ははっとしたように自分を掴んでいた金髪の生徒に食って掛かる。
 まあ、そうだろうな。いきなりペアを組めと言われたところで、セシリアや鈴にだって選ぶ権利と言うものはあるのだ。そう易々と決められることでは……。

 「ええ……それに申し訳ありませんけど、わたくし既に決めている方がおりますの。ですから、今回わたくしとペアになるのは諦めていただけまして?」
 「「「え?」」」

 ちょっと待て、今話を聞いたばかりだというのにもう決めているとはどういうことだ。即断即決と言うにはあまりにも速すぎやしないか?

 「わたくし、一夏さんとペアになりますので」
 「「待たんかあああああああああっ!!!」」

 私と鈴の声が完全に一致する。いや、一致せざるを得ないだろう。このふざけたエセ貴族にこれ以上いけしゃあしゃあと戯言を吐かせてなるものか。

 「あら、大声を出すなんてはしたなくてよ?」
 「はしたないのはどっちだ! 言うに事欠いていきなり一夏と組むとは何事だ貴様! 恥を知れ!」
 「だいたい何であんたが一夏と組むってのよ! 一夏のペアはあたしって決まってるの! それにあいつと一緒なら優勝すればすぐにでもつきあ……」
 「ちょ、鈴!? それあたしの!」

 言い終わるより早く、鈴は目の前の少女から申込書をひったくって駆け出していた。……まさかあいつ! 一夏の所に行くつもりか!
 その予想はどうやらセシリアも同じだったらしく、私達は口論を捨て置いて即座に鈴を追いかける。一夏は更衣室でシャワーを浴びることが多いから、おそらくまだここにいるだろう。
 鈴もそれを考えたらしく、一直線に男子更衣室に向かって走っていく。おのれ抜け駆けなど許さんぞ。
 
 そして、男子更衣室の前までやってきた私達が目にしたものは―――更衣室のドアを破らんばかりの勢いで詰めかける大量の生徒たちの姿だった。

 「な、何だあれは」
 「おそらく……一夏さんとデュノアさんにペアを申し込もうとする方々でしょうね」
 「な、何よあいつらぁ……一夏は……あたしと約束したのにぃっ!」

 って、何をいきなりISを展開しようとしているのだお前は! 気持ちは分かるが落ち着け馬鹿者!
 両腕の装甲を部分展開した時点で、なんとか鈴を羽交い絞めにする。こんなところ千冬さんに見られたらまた折檻を喰らってしまうではないか。
 そんなことを考えていると、不意に背後から不機嫌そうな声がかけられる。

 「……おい、邪魔だ」
 「あ、ああ、すまない……って、ボーデヴィッヒ? 何でここに」
 「掃除に来たに決まっているだろうが。通行の邪魔だ、どけ」

 白いバンダナと、どこから調達してきたのか黒いウサギ柄のエプロンを身に着けたボーデヴィッヒは、能面のような無表情でそう言いながら私達の横をすり抜けて行く。……あいつ、学園中のトイレの掃除でもやってるんだろうか? 
 だが、私達をどかしてもこのままでは通れないのでは―――

 「――――どけ」

 凍りつくような威圧感の前に、更衣室の前でたむろしていた集団が海を割るように道を作る。……あまり脅すなボーデヴィッヒよ。近くにいる生徒など涙目になっているではないか。
 そうして作った道を彼女が過ぎ去ったあとも、威圧感の残滓に晒された生徒たちは呆然と見送ったままだった。よほど怖かったのだろうな。
 先ほどの喧騒が嘘のように静まった中、鈴がいきなり駆け出した。ボーデヴィッヒに気をとられてつい手を放してしまった私の隙を衝いて、彼女は一気に更衣室のドアへと駆け寄り―――ISを展開して扉をぶち破ってしまった。何てことをするんだお前は。

 「いちかあっ!!」

 名前を叫びながら更衣室に突入する鈴―――ええいあの大馬鹿めが!
 まだ呆然としている生徒たちの間を駆け抜けて、私とセシリアも鈴を追いかけて男子更衣室へと入る。その……抵抗が無いわけではないが、あの馬鹿者を止めるためには仕方ないのだ。
 実際に使うのはたった二人だけだというのに無駄に広い更衣室。まだシャワーを浴びて間もないのか、上半身裸で濡れた髪をタオルで拭いていた一夏は突然の闖入者を眼にして驚きの声を上げる。
 
 「な、何だ? 何でこんなとこにいるんだお前ら」

 うむ。それを問われると何とも弁解の仕様がない。だがとりあえず、今の一夏の姿を見て私がやらなければならないことははっきり決まっているようだ。
 ロッカーにかけられていた制服の上着をひったくるように手にして、一夏に叩きつける。……ああそうだ。勝手に触って済まなかったな。だが寮の部屋ではないから勘定には入らないだろう。

 「とりあえず服を着ろおっ!!」
 「うぶっ! ちょ、ちょっと待て! 何が何だかさっぱりわからん!」

 ええい黙れ。それ以上他の女に肌を晒すんじゃない。鈴もセシリアも顔を真っ赤にして凝視するな!
 部屋の外から黄色い声が聞こえて来る寸前には上着を羽織らせ、私は一夏に事の成り行きを説明する。鈴もセシリアも頬を染めてニヤニヤ笑っているから役に立たんのだ。まったく……嘆かわしい。
 そして、私の説明が終わると一夏は深いため息をつく。

 「そんな理由で更衣室のドア壊したのかよ……後で千冬姉に滅茶苦茶怒られるぜ」
 「そうだな……まあ、鈴はそのあたりをしっかりと覚悟しておけ。私は知らん」
 「ぁう……」

 今更泣きそうな顔をしても後の祭りだ。だからあれほど止めただろうが。

 「それにしても、ペア出場かぁ……なら、箒と組むか」
 「なっ! わ、わ、私とか!?」
 「ああ。だって箒が一番強いしな」

 思わず殴りたくなるような笑顔を向けられてしまった。ああ、そうだな。この唐変木に一瞬でも期待した私が馬鹿だったのだな。
 ……だがこれはチャンスではないだろうか? 目的はどうあれ、一夏の方から私を誘った事には変わりないのだ。それにペアともなれば訓練は常に一緒であるわけだし、二人の連携を深めるためにももっと一緒の時間を……。

 「あ、それ無理よ一夏。箒とはペアを組むなって書いてあるもの」

 なん……だと……?
 私は鈴から申込書をひったくると、細かく書かれた注意事項欄に目を通す。

 『一年一組、篠ノ之箒はペア相手として認めない』

 確かにある。私の名前が書かれた一文がしっかりと書かれていたのだ。
 ……いやいや待て待て。なんで私だけ名指しでペアを組んではいけないなどと書かれているんだ? どういう理由があってこんなことになっているというのだこれは?

 「な、何でこんなことを……」
 「知らないわよ。大方あんたのISが原因じゃないの?」
 
 ええと……ひょっとして、紅椿があまりにも強すぎるから、ハンデということなのだろうか? だが、2対1でも何とかなりそうな気が……。

 「でも、この注意書きを見る以上ペアでなければ参加できませんわ。……ということは、そもそも参加自体を許可されないのではありませんこと?」  
 「マジかよ……どーすっかな」
 「悩む必要などありませんわ。このわたくし、セシリア・オルコットとペアになれば優勝間違いありませんわよ?」
 「何言ってんのよ! 一夏はあたしと組むの! そうでしょ一夏!」

 申込書に目を通したまま凍りつく私を横目に、一夏の取り合いを始めるセシリアと鈴。
 というか本当にセシリアが言う通り、私に出場するなということなのだろうか? つまり……黙って見ている事しかできんとというのか?
 い、いかん。このままでは一夏が二人にとられてしまう……こうなったらるしか……。

 「う~、ごめんちょっと通して~。……あ、いたいた~。お~い、おりむ~」

 聞き覚えのあるゆったりとした声が更衣室の外から聞こえてくる。特徴のあるだぼだぼに余った袖を振りながら現れたのは布仏さんだ。
 そういえば今日は自主訓練の中に姿を見なかったな。一体どうしたというのだろうか。

 「あれ? のほほんさん。どうしたんだ?」
 「あのね~、……あれ? でゅっちーは?」

 でゅっちー? 誰だそれは。そんな奴クラスにいただろうか?

 「でゅっちー……ああ、シャルルか。あいつならもう寮に戻ってるぞ。あいつ、訓練終わったらすぐに帰っちゃうからさ」
 「ほえ? そうなの~?」
 「ああ、実家に連絡するのが日課らしいんだけど、あまり遅くなると連絡ができなくなるからってさ。シャワー位浴びてから帰ればいいのになあ」

 成程、実家がそういうことに厳しいのかもしれんな。まあ、大企業の御曹司ともなれば仕方ないのかもしれん。

 「そっか~……ま、いっか。あとで言えばいいし~」
 「何だ。シャルルに用事じゃないのか?」
 「でゅっちーにもあるけど、おりむーにもあるよ~。はい、これ~」

 そう言いながら彼女が取り出して一夏に手渡したのは、件の申込書だった。ま、まさか彼女まで一夏狙いなのか!? 全然そんなふうに見えなかったのに!

 「何でもう俺とシャルルの名前が書いてるんだ?」
 「てひひ、それはね~。おりむーとでゅっちーにペアになってもらうためだよ~」 

 そんな彼女は私にとってはまるで女神のように見えていた。神様仏様のほほん様。今ならどんなあだ名で呼ばれようが笑って受け入れよう。
 デュノアと組むのならあの二人に取られる可能性も低くなる。その上でトーナメントまでに一夏を徹底的に鍛えなおし、一夏自身に優勝させれば完璧だ。そ、そうすればきっと私を……。
 だが、いきなり横からかっさらわれてはたまらないとばかりに物凄い剣幕になるのはセシリアと鈴だった。

 「ちょ、ちょっとお待ちなさい! 一夏さんはこのわたくしと!」
 「そうよ! あたしとペアになるのよ! 何でデュノアが出てくるの!?」 

 彼女に掴みかからんばかりに迫るセシリア達だが、布仏さんはそんな二人などお構いなしでいつものようにほんわかとした空気を漂わせている。
 わずかにハの字にした眉で困惑しているのがわかるが、あの二人相手に一切物怖じしたような様子が見られない当たり、彼女の肝の太さも相当なものだろう。

 「あのね~、この大会の優勝特典でおりむーが何でもひとついう事聞いてくれるっていうのがあるでしょ~?」
 「いや、俺はそんなもん認めた覚え全然ねえんだけど……」
 「でも、折角お願いを聞いてくれるならおりむーよりでゅっちーの方が良いって意見が多かったみたいでさ~」

 言葉の刃が一夏に突き刺さる。ええい、何をしょんぼりしたような顔をしているのだ。ここにお前の方が良いという女がいるというのに。

 「それに~、おりむーやでゅっちーばっかり景品になるのも不公平でしょ~? だからね……」
 
 ごそごそと袖の中から何かを取り出す布仏さん……ちょっとまて、その袖は一体どういう構造になっているのだ?

 「生徒会告示~。明日張り出す予定なんだけど、一足先に見せてあげるね~」
 「せ……生徒会告示? えっと……『一つ、今月末に行われる学年別個人トーナメントにおいて、優勝したペアは自分を除く同学年の任意のペアに対し、一つだけ要求を行うことが出来る優勝特典を付与するものとする。一つ、当該要求については、生徒会長権限において確実に履行されるものとする』……って、なんじゃこりゃ!」
 「これで、おりむーとでゅっちーがペアになれば二人にお願い聞いてもらえることになるんだよ~。もちろん、おりむーたちが優勝しちゃったら、私達が何でもいう事聞いたげるからね~」

 しかもご丁寧に生徒会長とやらの判子と学園長署名まで据わっているときたものだ。生徒たちの与太話を現実のものにしてしまった……ということなのだろうか。
 まったく悪乗りにも程があるぞ。これでは優勝したペアが……あれ? ひょっとしてこれだと、交際を求められた場合一夏は断れないのではないか? それは非常に不味いのではないだろうか。

 「え? ええと……つまり、一夏さんと一緒のペアになれば、一夏さんにお願いが出来なくなってしまう……ということですの?」
 「なっ……ななっ……なんてことしてくれんのよおっ!!」
 「私に言われてもしかたないよ~。それにもう決まっちゃってるし~」

 半泣きになって怒る鈴に思いっきり肩を揺さぶられているが、布仏さんは困ったような顔をするばかりだ。そうか、願いを断れなくなったことに加えて願いを聞いてもらえる対象も限定されるのか。
 この文面だと、願いを聞いてもらうのはあくまでも自分を除くペアなのだから、一夏と同じペアになると特典を一夏に要求できなくなってしまう。
 それを聞いていた更衣室の外の生徒たちは、もはや一夏とペアを組むことよりも、より強い相手とペアを組むことに目的を変えているようだ。

 「せ、セシリア! 私と組みましょう! ね?」
 「凰さん! 是非私と!」
 「ちょ、何抜け駆けしてんのよ! あたしよあたし!」

 そうなると、この場で一番実力がある代表候補生に目が向くのは至極当たり前の事だ。まったく、つい先ほどまで一夏目当てだったくせに節操のない……いや、ある意味目的は変わっていないのかもしれんが。
 しかしだな。一夏目当てなのは彼女たちだけではない―――その代表候補生は二人とも、一夏目当てなのだぞ?

 「鈴さんっ!!」
 「セシリアっ!!」

 その二人が手を組む可能性が一番高くなるのは、自明の理だろうに。
 ……いや待てよ? 冗談抜きでまずいのではないかこれは。
 現状でセシリアと鈴のペアに勝てる可能性があるのはおそらくボーデヴィッヒだけなのだが、一夏とデュノアがペアになる以上あいつのペアは間違いなく訓練機を駆った一般生徒になってしまうだろう。
 だがおそらく、訓練機などセシリアにしてみれば置物も同然だ。山田先生にすら勝ったあいつが唯の生徒相手に後れを取る可能性なんてゼロに等しい。そうなれば実質ボーデヴィッヒ一人で戦う事になるわけだが、いくらあいつでも専用機持ち二人を同時に相手できるものだろうか?
 いや、よしんば勝ったとしてもそれはそれで非常に不味い。ボーデヴィッヒの方は一夏に興味がなさそうなので安心できるが、漁夫の利を得たペア相手までそうだとは限らないのだ。
 な…ななな……何てことをしてくれるのだその生徒会長とやらは!

 「なあ、箒。やっぱ……出場できないのか?」
 「え? ……ああっ!」
 
 そ、そうだ……ということは、私は出場すら出来ないのかもしれないから、仮に一夏を優勝させても私を選んで貰えないじゃないか!
 目の前で一夏を巡って争われるというのに、出場すらできないのではそもそも話にならない。 
 
 まるで蚊帳の外に置かれてしまったような事態に、私は手にした申込書を見つめながらため息をつくことさえ出来ないでいた。
 
 

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あとがき

 箒さん、ハブられる。の回をお送りしました。
 強すぎるっていうのも問題ですよね。主に周りとの整合的な意味で。
 だから刀を抜かないでください。別に私は貴女と一夏くんを引き離そうとしているわけじゃ(以下記述不能

 それでは、相変わらず主人公が空気な拙作をご覧いただき、誠にありがとうございます。
 この場をお借りして御礼申し上げます。



[26915] 厄介な同居相手
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:9cf5cff8
Date: 2011/06/17 06:59
 「箒……頼むからもうちょっと手加減してくれよ」
 「馬鹿者。これ以上手加減していたら鍛錬になどなるものか。ほら、次だ」

 呆れたような声に急かされて、地面に這いつくばっていた一夏がもう一度立ち上がる。これでそろそろ10回目位なんだけど、毎度毎度一夏と一緒にぶっ飛ばされる白式も大変よね。
 再び剣を構えた一夏に、箒は両腕を交差するような構えを取る。箒がよく使うそれは、あたしや甲龍にとってちょっとしたトラウマに近い構えでもある。

 ―――篠ノ之流剣術 一刀一扇―――

 箒曰く攻防一体の基本的な構えって言うんだけど、あの構えを見るとどうしても暴走した紅椿を思い出してしまうのよね。
 勿論箒はあんな無茶苦茶な真似はしないだろうし、実際にその構えから繰り出されたのはただの「まっすぐ突っ込んで、斬る」という単純な動作だけだった。
 そのはずなんだけど―――。

 またしても紅椿にぶっ飛ばされる一夏。……あー、また10秒持たなかったわねあんた。
 一応、一夏だって木偶人形みたいに突っ立ってるわけじゃない。紅椿の突撃に合わせて瞬時加速で真後ろに移動しながら、二本の刀から繰り出される高速の斬撃を何合かは防いで見せたんだもの。まあ、それでも結局押し負けて斬り伏せられたわけだけど。
 
 「そうじゃないだろう、一夏。もっとこう、カキンっとやって、ズバっという感じだ」
 「……誰か通訳頼む」

 シールドエネルギーがゼロになり、白式を展開し続けられなくなった一夏が無茶振りしてくる。中国語ならわかるけど、箒語なんて知らないわよあたし。
 
 「はいはい、そんじゃ一夏のシールドエネルギーも切れちゃったし、あんたの出番終わりよ。いいわね、箒」
 「ええ、次はわたくしの番ですわよ? 回復したらまた三次元躍動機動の訓練を……」
 「頼むから休ませてくれっ! 主に俺を!」

 白式にエネルギーパックで補給を行いながら、一夏は泣きそうな声を出す。まったく情けないわね、この程度でへばってんじゃないわよ。セシリアの後はあたしなんだからね。
 
 「休んでいる暇などあるものか。個人トーナメントは今月に迫っているのだぞ? 今度は前回のような無様は許さんからな」

 腕を組んだままで不機嫌そうに言う箒。まったく、自分が出られないからってそんなピリピリするんじゃないわよ。
 
 「だ、誰がそんなこと! それにまだ出られないと決まったわけでは……!」
 「ですけど、出られるのであればあのようには書かれませんわ。それに紅椿の唯一仕様の事を考えると、あの子に出場資格があるのかわかりませんもの」

 反論を潰されてしまった箒がしゅんとした顔をする。
 IS競技の歴史はまだ浅いから、ルールだって他のスポーツに比べれば物凄い頻度で変更が行われているの。あたし達が持つ専用機にしても、そのルール改定に合わせて次々に仕様が変えられたりしてるのよ。
 まあ仕様を変えると言ったって、パッケージ方式のIS兵装を換装すれば多少のルール変更には対応できるからそんなに大した問題じゃないわ。だけど、紅椿や白式みたいな「唯一仕様を発現したIS」はそうはいかないのよね。

 唯一仕様はそのISだけが使う事の出来る強力な特殊能力なんだけど、逆に言えばパッケージ兵装みたいに簡単に変更できない能力でもあるわけよ。
 だからもしその能力が現行のルールに抵触する惧れがある場合には、そのISは次のルール改定まで公式大会への出場資格を剥奪されることだってあるのよね。
 だけど、国際大会まであるようなIS競技の公式ルールを変えることは簡単なことじゃないわ。日夜進歩するIS技術に対応するために競技委員会が毎日会議を開いても、ルール改定が出来るのはおおよそ半年に一度くらい。
 つまりその間はどれだけ強力なISだったとしても、大会に参加できなくなっちゃうのよね、
 だったらいっそ唯一仕様なんて発現しない方がいいんじゃないかって思うけど、それを差し引いたとしても余りあるくらい強力な能力がほとんどだから、皆必死になって発現させようとしてるのよ。

 ……ちょっと聞いてるの一夏。あんたみたいに最初から唯一仕様が使えるなんて例外もいいところなんだからね?
 ちなみに、一夏の唯一仕様はどういうわけか千冬さんの唯一仕様とほとんど同じようなものだったから、現行のルールに抵触する問題はなくて普通に使えてしまったわけなのよ。
 でも、紅椿が発動する唯一仕様は完全に話が別になるわ。なにしろ、『無限に回復するエネルギー機構』なんて安っぽいSFみたいなものを現実にしちゃってるんだもの。
 ISのシールドエネルギーを指標に定めている現行ルールでは、試合中にエネルギー回復させるための装備やキットを持ち込むことは認められていない。つまり、絢爛舞踏自体がまずルール違反になってしまう訳よ。
 うーん……やっぱり、どう考えても出場資格を剥奪されるわよね。

 「だいたいねえ、あんたが絢爛舞踏を発動させる限り紅椿は無敵なんでしょうが。倒すことが出来ない選手を出場させるわけないでしょ」
 「うぐ……ぐぬぬ……だ、だからだな。一夏の唯一仕様なら私と紅椿に勝つことが……」
 「……つまり、一夏でなくちゃどーやってもあんたに勝てないってことでしょーが。そんなの意味あると思うの?」
 「はぁ……一夏さんが貴女と戦う前に負けたりすることだってありますのよ?」

 あたしとセシリアが揃ってジト目になる。まあ、それが通ったとしても一夏が紅椿に乗った箒と戦って勝つだなんて、冗談も休み休み言いなさいよ。
 実際ついさっきまでやってた箒との稽古でも、10回やって10回とも10秒持たずに地面に這いつくばってるのよ? いくら零落白夜が「当たれば勝てる」能力でも、逆に言えば当たらなければどうってことないって能力なんだもの。
 
 「とはいえ……わたくしたちも一夏さんの事は言えませんわ。絢爛舞踏を抜きにしたところで箒さんに一度も勝てていないのですもの」
 
 耳が痛いわね。そりゃまあ……あたしだって一方的にボコボコにされたクチだけどさ……。
 
 「ふんっ! た、たまたまよ……。だいたいあの瞬間移動だって反則じゃない! あんなもの誰が防げるっていうのよ!」
 「誰がって……千冬さんは防いでいたぞ? ああ、あとボーデヴィッヒも防いでいたな」
 「……あいつ、そんな強いの?」
 「本人の為人はさておいて、実力は本物ですわ。このままいけば次回のモンド・グロッソでのドイツ代表は確実に彼女でしょうからね……箒さんが出場できなければ、彼女が最強の敵になることは明白でしてよ?」
 
 うげ……一番厄介なのがセシリアだと踏んでたから組んだのに、更に強いのがいるわけ? うう……いっそのことそいつと組もうかしら? あんまりいい印象ないけど、一夏狙いのセシリアよりはそっちの方が……。

 「……鈴さん? 何を不埒なことを考えてらっしゃるの?」

 何でわかるのよあんた。
 ま、まあそんなことは置いといて、目下最強の敵って言うほどならあの転校生の情報収集も必要よね。となると……

 「ねえ、箒。ボーデヴィッヒの戦い方ってどんなのだったの?」

 セシリアから送られる剣呑な視線はスルーしつつ、あたしは実際に戦った箒に意見を求めてみる。箒が相手をしたときはどんな戦い方をしたのかってだけでも十分に貴重な情報になるものね。
 箒は小首を傾げつつ、身振り手振りを交えながら説明してくれるんだけど……

 「どう……と言われてもな。こう……シュッときてズババっという感じだな。あと……えーと、変な手品のような真似をしていたぞ。こう、バっとやったらグイッと引かれるような感じがしてだな。それと……」
 「……誰か通訳お願い」

 聞いた相手が悪かったわ。ほら見なさい。一夏やセシリアまで頭痛を堪えるような顔してるじゃないの。

 「ううむ……なんでわかってくれんのだ。いっそのこと私とあいつの模擬戦を見せれば……」
 「ほう、ならばいくらでも相手になるぞ? 篠ノ之箒」

 いきなりオープンチャンネルで流れてきた声は、まぎれもなくあの転校生のものだった。そしてその声の主は―――あたしたちがその姿を確認したときには、すでに箒目がけて突撃してきていたの。
 最初の時はいきなりレールガンぶっ放してきたし、こいつ問答無用で攻撃するのが趣味なわけ? 前言撤回、やっぱこいつとはペア組みたくないわ。
 瞬時加速の速度で突きこまれる腕のレーザーブレードを、うんざりとした顔の箒は片手で止めて見せる。……いや、軽くやるんじゃないわよそれ。

 「……あのな。せめて開始の合図位したらどうだ?」
 「ふん。いくらでも喧嘩を買うと言ったのは貴様だろうが」
 「お前は私を何だと思ってるんだ!」
 「決まっている。私の敵だ!」

 そんな無茶苦茶な宣戦とともにレールガンを至近距離でぶっ放し、さらに両肩両腰からワイヤーブレードを射出して箒目がけて斬りこもうとする。ていうか、人の目の前でいきなり武装展開するんじゃないわよ。危ないでしょうが。
 対する箒は両手に二本のブレードを展開して繰り出された攻撃を一瞬で切り払い、さらにあたし達から離れるべく転校生を蹴り飛ばして、自分もそれを追いかけていく。
 ……ああ、あたしや一夏とやってた時は本気で手加減してたのねアイツ。一瞬で6つのブレードとレールガンを叩き落とすとかどんな速度でブレードを振ってるのよ。

 「お待たせ、一夏。あのね、今日はラウラも一緒に……ってもう来てる!? ていうかいきなり何してるのラウラ!?」

 ラファールを展開したデュノアが、いきなり箒とバトってるラウラを見て驚愕する。そりゃびっくりするのも当然よね。
 そういえば、こいつ最近あの転校生と一緒にいることが多いのよね。今日の訓練にしても、少し遅れてまで転校生と一緒に来たみたいだし……ひょっとしてデュノアって、あの転校生に気があるのかしら?

 「ちょ、ちょっと! ラウラやめなよ! 今日は一緒に訓練を……」
 「黙れ。ごちゃごちゃ話しかけてくるな。いい加減に鬱陶しいぞ貴様!」

 止めようとするデュノアの言葉になんてまるで耳を貸そうとしないわねアイツ。うわ、本当に瞬間移動見切ってる。なんなのよあれは。

 「ああもう……これじゃ何のためにトイレ掃除手伝ったのかわかんないよ。折角みんなで一緒に訓練できると思ってたのに……」
 「トイレ掃除って……まさか貴方、今まで彼女を手伝ってらしたの?」
 「本当……よくやるよな、シャルル」

 いや、本当によくやるわよね。こいつが人当たりがいいってのは知ってるけど、お人好しってだけで普通はそこまでしないわよ?
 ……案外、本気で気があるのかしら。だったら応援してあげるけど。
 そんなことを考えている間に、箒とボーデヴィッヒの喧嘩も決着がつこうとしていた。紅椿が飛来するワイヤーを掴んで無理やりシュヴァルツィア・レーゲンを引き寄せ、そのまま体を掴んで抑えこんだの。

 「ったく、手間をかけさせるな馬鹿者め」
 「こ……このパワー馬鹿が……」

 ボーデヴィッヒは悔しそうに箒を睨んでるけど、紅椿に抑えこまれたままじゃまともに動けるわけもないわね。
 でもまあ、期せずして箒との模擬戦を見ることが出来たってのは収穫だったわ。おかげでセシリアの言った通りあいつが相当強いってのはよく分かったもの。……悔しいけど、今のあたしじゃ勝てないかもしれない。
 
 「もうっ! ラウラ! なんで君はそういきなり喧嘩を吹っかけるんだよ!」
 「……う、煩いやつだな。お前には関係……」
 「関係あるよっ! せっかく皆で一緒に訓練できると思ってたのに、なんでそんなことするのさ! だいたいね……」

 戦闘の終了と同時にボーデヴィッヒのところに駆け寄ったデュノアが、彼女に説教をし始めた。ふむふむ……そうよね。せっかく一緒にいたかったのに、誘った相手は勝手に突っ走って、その上無視されちゃったんだもんね。怒るのもわかるわ。
 普段はニコニコという擬音が聞こえてきそうなくらい笑顔の癖に、今のデュノアときたら「いかにも怒ってます」って感じの剣幕なの。女の子みたいな顔立ちのせいか怖くは無いんだけど、妙な迫力のせいであのボーデヴィッヒでさえも口答えしつつ大人しく聞いてるわね。

 「シャルルが怒ってるの……初めて見たぜ」
 「いろんな意味で珍しい光景ですわね……あら箒さん、彼女を抑えておかないで宜しいのでして?」
 「ああ、何故か大人しく話を聞いているからな。まったく、最初からあれくらい素直に人の話を聞けと言うのだ」
 「うーん……長くなりそうだし、こっちはこっちで訓練続けましょ? 次はあたしの番だったわよね、一夏」
 「ちょっと鈴さん! 何をしれっとわたくしの番を飛ばしてますの!?」

 ちっ、バレたか。


 「わ、わかった。わかったからもういいだろう? くぅ……なんで私はこんな奴の話を……」
 「ダメだよ! ちゃんと聞いてるのラウラ!? だから君はね……」

 
 ああ、ちなみにデュノアの説教が終わったのは、それからおおよそ1時間くらい後だったわ。
 え? 止めないのかって? 野暮なこと言うんじゃないわよ。犬に噛まれて死ぬわよ?



 ***



 湿り気を帯びた銀色の髪が、ドライヤーからの熱風を受けて広がる。正直こんな手間は面倒くさいだけなのでこの無駄に長い髪も切ってしまおうかと常々考えているのだが、軍にいるときはそれを言い出すたびに副官が必死になって止めて来たものだった。
 切ってしまったら、きっと彼女―――クラリッサは怒るだろうな。そんなことを考えると、この面倒くさい作業でも止めるわけにはいかないという気持ちが湧いてくる。
 私の我儘を叶えてくれた優秀な部下への義理立て、とでも言うべきだろうかな。
 
 欧州連合ドイツ国軍IS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」隊長―――それが、私の肩書だった。
 ああいや、一応今でも出向と言う形でこの学園に来ている以上、私の正式な所属はドイツ軍にあるのだから『だった』というのは少しおかしいのかもしれないな。
 だが、隊長だなんて大層な肩書は私には荷が重すぎる。実際隊員を束ねていたのは副官であるクラリッサだったし、隊長の肩書は単に私の方が階級が上だったというだけのお飾りのようなものだったのだ。あるいは、国軍初となる国家代表候補への箔付けか。
 だが、クラリッサはそんなお飾りの私に従い、隊長でありながら軍を離れてこの学園に来ることを支持してくれた。本来選ばれるはずだった隊員の説得を行ってくれたのも彼女だったし、軍に掛け合ってくれたのも彼女だ。

 「そんなにまでしてくれたのに……おめおめと帰ったらクラリッサにまで怒られるところだったな」

 彼女の怒った顔を思い出すと、気づかぬうちに苦笑が漏れてしまう。全く失礼な話だ。私がそんな顔ができる立場でもないだろうにな。
 教官―――いや、織斑先生に叱責されてようやく少しは頭が冷えた。……篠ノ之箒のことはやはり気に入らんが、これ以上先生を失望させるわけにもいかん。
 本当に、腹の底から気に入らんが、一応奴がルームメイトでもあるわけだ。あまりおおっぴらに喧嘩を売るのは控えるべきなのかもしれんな。

 「それに……煩い奴もいるしな。……しかし何だというのだあいつは……」

 いつもへらへらとしているくせに、やたらと私に纏わりついてくるあの男。……確か、シャルルとか言ったな。
 トイレの清掃は私に対する罰だというのに、勝手に手伝うなどとぬかして……ま、まあ、そのおかげで今日は随分と早く終わったのは事実だが、終わった後に図々しく訓練に付き合えなどと言ってくるわ、しかもその訓練の時にはいちいちやかましく講釈を垂れてくるし……。
 正直、ああいった手合いは苦手だ。だいたいあいつは何で私の事をラウラ、ラウラと気安く呼ぶのか。自分がどう呼称されるかなど別に興味はないが、奴から妙に馴れ馴れしく呼ばれると、どうにも落ち着かない気分になってくる。

 「一度力づくで……わからんだろうなあの馬鹿は」

 それもこれもあいつが初めて私に話しかけてきた時に、あいつを調子づかせてしまったからだろうな。
 私を延々追いかけてきて、いくら脅しても逃げなくて、最終的に実力行使で排除しようかとさえ考えたのに、よりにもよって私のISはそれを拒んでしまったのだ。
 あの時こいつが私の言う事を無視しなければ、あんな奴にこうまで馴れ馴れしい顔をされずに済んだというものを。

 ―――命令違反については謝罪致します。少尉―――

 私の頭の中に直接話しかけてくる、澄んだ女性の声。私のISであり、ドイツ軍が誇る第三世代型実験機「シュヴァルツィア・レーゲン」の声だった。
 形ばかりの謝罪と言うわけでもないのだろうが、それがかえって腹立たしい。
 どうやらこのISは、それが私の命令に反することとわかってやっていたらしいのだからな。

 「いい度胸だな、シュヴァルツィア・レーゲン。貴様の主が誰なのか理解しているのか」

 ―――肯定致します、少尉。しかしお言葉ながら、あの時点での対象はISを展開しておりませんでした。人命の保護を優先した場合……―――

 兵器の分際で偉そうに意見を述べてくる私のIS。そう、煩い奴はここにもいたのだ。おこがましくも道具の領分を超えようとするガラクタが―――
 
 『友達を、ガラクタなんて呼んじゃダメだよ。ラウラ』

 何故かフラッシュバックされた光景が浮かぶ。私が知っている軍人たちとは似ても似つかないほどに貧弱な腕で私を抱きしめ、金色の髪を夕日に光らせたまま微笑んでいたあいつの―――

 ―――少尉? 脈拍と血圧に異常が見られましたが、如何なされましたか?―――

 「煩いっ! お前のせいだこのポンコツっ!」

 そうに違いない。でなければ私が何でいちいちあの男の事を思い出さなければならんのだ。
 脈拍が妙に高いのも鏡に映った私の顔が赤いのも、全部此奴のせいにしておこう。そうに決まっているのだ。異論は認めん。



 ***



 シャワールームから何やら叫ぶような声が響いてくる。が、今の私にとっては至極どうでもいいことだった。

 「やはり……出られないのだろうか?」

 ベットの上に寝転がったまま手に持った申込書を見つめてみるが、それで書かれている文面が変わってくれるわけもなかった。ペアになる生徒の名前とクラス番号の記入欄、その下に延々と書かれた注意書きが今の私には酷く恨めしいものに見えてくる。
 おかげで他の生徒たちからは微妙な視線を向けられ続けるわ、注意書きをよく読んでいなかった生徒に誘われて断るたびに、どこか気遣うような目を向けられるわ……まるで私がトーナメントに参加できないということが決まっているような雰囲気すら漂っている始末だ。
 うぅ、この注意書きを読むだけでははっきり私が出場できないなどとは書かれていないだろうに、どうしてこうなった……。

 しかし、だからと言ってこのまま出場しないというわけにはいかない。はっきりと『出るな』と言われてしまったらそれまでだが、希望がある以上どうしても諦めるわけにはいかないのだ。
 何しろ一夏を取られてしまうかもしれんのだぞ? 指を咥えてみているだけなどどうして出来ようか。

 「……だいたいなんで、あんなこと決められてしまわなければならんのだぁ……」

 生徒会告示とやらで定められてしまった優勝者特典。あれさえなければ私だってこんなに悩みはしない。あれがあって、しかも一夏がその話に乗ってしまったのだから困っているのだ。
 セシリア達が優勝してしまえば、ほぼ確実に一夏と交際を求めるに決まっている。しかも一夏はそれを断ることが出来ないときたら……嫌だ。絶対に嫌だ。想像することすら脳が拒否してしまう。
 胸の奥にぐるぐると渦巻くような言われようのない感覚。布仏さんが持ってきた生徒会告示とやらさえ無ければ、こんなに悩むことなどなかったというのに。
 ……おのれ生徒会長とやら、覚えているがいい。

 とはいえ、顔も知らない相手に憤ったところで事態が好転するわけでもないのである。事ここに至れば、私が何とかして出場できるようにしてもらうのが一番なのだろうが……その手段が全く思いつかないのが現実だった。
 ……ああ、何で私は姉さんみたいに頭良く生まれてこなかったのだろうか。いや、正直あそこまでいくと天才を通り越して天災の領域に片足を突っ込んでるような気がするから遠慮したいが、せめてあの一万分の一でも閃きが浮かべば……。
 無い頭をフル回転させてみるが、悶々とするばかりで考えも進展のしようがない。一体どうすれば……。

 「……何をベッドの上で転がりながら唸っているのだ貴様。頭は大丈夫か?」

 全く感情の篭らない凍りついたような声がかけられる。シャワーを浴びていたボーデヴィッヒが出てきたのだろう。……むう、しまった。みっともないところを見せてしまったな。

 「ああ、すまん。見苦しいところを―――」

 振り返った先にいたボーデヴィッヒは、白磁のような白くきめ細かい肌に流れるような銀糸の髪を纏わせ、御伽噺の妖精のように可憐な――― 一糸まとわぬ姿だった。つまり全裸だった。要は素っ裸だった。
 
 「って何でお前は裸なんだ! せめてタオル位巻け馬鹿者ぉっ!!」
 「これから寝るのだから、何故いちいちタオルなんぞ巻かねばならんのだ」
 「理由になっとらんわっ! お前は何か? 寝るときには下着もつけないとかそういう奴か?」
 「その通りだが」
 
 平然と答えられてしまい、私はどうしようもないほどのやるせなさと覚えてしまう。それこそ、先ほどまで悩んでいたことなどどこかに飛んで行ってしまったほどだ。

 「お前の主義は知らんが……ここに居るのはお前一人ではないのだぞ。せめて最低限の恥じらいくらいは持ったらどうだ? お前だって一応女だろうが」
 「訳の分からんことを。私は単に寝るときに着る衣服を持たないだけだ。特にこの施設は空調が完備されているから必要でもないしな」

 そういうことを言っているのではないわ。ええい、仕方がない。私の寝間着を貸してやるしかないのか。
 だが、こいつがそんなに大人しく私の言う事に従うとは到底思えない。特にこいつは私の事を散々嫌っているわけだし、私の服を借りて着るなどということは決してしないだろう。こうなったら千冬さんに注意してもらうしか―――。
 ん……千冬さん? ああ、ひょっとしたらあれなら……。

 「お前が気にしなくとも私が気になるんだ。……ちょっと待ってろ」

 ベッドの隣に備え付けられたチェストを開き、奥の方にしまってあった浅葱色の浴衣と茜色の帯を取り出す。私は普段身につけないものだから、此奴にしばらく貸してやるくらいはいいだろう。

 「ほら、貸してやるから着ろ」
 「断る。何で貴様の服なんぞに袖を通さなければならんのだ」

 ……ああ、言うと思ったわ。ある程度予想できていたからそれほどでもないが、やっぱり多少は苛立つものだな。
 だが、腹は立ってもこいつをこのままにしておくわけにもいかん。腐ってもルームメイトなのだからな……。というか、此奴のようなはしたない真似は私が我慢ならん。
 
 「ああそうか、なら仕方ないな。これは千冬さんのお下がりを私が使っていたものだから、貸してやろうかと思ったんだがな」
 「……何だと?」

 うむ。やはり効果は抜群だ。しっかりと食いついたようだな。

 「千冬さんが昔使っていた寝間着だが、今は私がたまに使っているだけだ。お前に貸してやる分には丁度いいかと思ったんだがな。お前がそれほど着たくないというなら仕方ない。折角出したことだし、私が着て……」
 「ま、待てっ! そ、それは本当か!? 本当に教か……織斑先生が着ていらしたものなのか!?」
 「嘘を言ってどうする。何なら、千冬さんの所に持って行って聞いてみてもいいぞ?」

 まあ、随分前に貰ったものだから覚えているかどうかは知らないがな。
 だが、ボーデヴィッヒにはそんな必要など無かったらしい。千冬さんの名前を出した途端に、私の手の中の着物をじっと見つめて必死で思案するような顔をしているのだ。こいつ……案外素直なんじゃないだろうか? 

 「ぅ……そ、そこまで言うなら……着てやらんでもない。貸せっ!」

 私の手からひったくるようにして着物を奪い、広げて見せる。仏頂面を作っているつもりなのだろうが、着物を見る目はものすごく嬉しそうに輝いているのだ。本当に分かりやすい奴だな。
 そして、着物に袖を通して帯を締めようとして……動きが止まった。
 表情にありありと浮かぶ戸惑いの色。普段は氷のような鉄面皮の癖に、こうまで百面相をしてくれるとだんだん見ていて面白ささえ感じてくる。

 「……おい」
 「何だ?」
 「……これは、どうやって着るんだ?」

 まあ、そうだろうな。外国人にいきなり日本の着物を着せて帯を結ばせようとしても、結び方なんぞそうそう知っているわけでもないだろう。
 ため息交じりに手招きしてやると、ボーデヴィッヒは如何にも不機嫌そうな顔をしながらもおとなしく近づいてくる。

 「ああもう、裾も引きずっているではないか。ほら、腕を上げてじっとしていろ」
 
 彼女の背丈に裾を合わせ、腰紐で仮止めした上から帯を結ってやる。
 私や千冬さんには少し丈が足りないくらいの着物だが、鈴よりも小柄な彼女にはそれでもなお大きめのサイズだ。布仏さんの服のように袖が少し余ってしまったが、まあ寝間着に使うのだからそれほど問題ではないだろう。
 着付けを終えたボーデヴィッヒの表情からは、それまでの不機嫌そうな色は形を潜めている。その代わりに物珍しいものを見るような眼で自分の着ている浴衣を見つめていたのだが、やがて嬉しそうに微笑み始めたのだ。

 「これが……教官の……」

 いやまあ、私も昔は使っていたのだがな。口に出すとまたえらく不機嫌そうな顔をするだろうから黙っておくとしよう。
 しかし、こんな表情が出来るなら教室でもそうしておけばいいだろうに。少なくとも、怖がって誰も近づかなくなるようなことはなくなるだろうな。
 ……そういえば、こいつは他の生徒とペアを組むことが出来たのだろうか? 彼女の実力からすればそれこそ引く手数多なのだろうけど、何分常に仏頂面で威圧感を周囲にばら撒いているのだ。そんな彼女に好き好んで話しかける生徒などいるのだろうか?

 「な、何だ。何がおかしい……」
 「いや、おかしくはない……その、お前もいつもそんな顔をしていれば怖がられることもないだろうと思ってな」
 「……下らん。他の雑魚など知ったことか」

 鼻で笑ってくれるが、その言い方は止めるべきだぞボーデヴィッヒ。お前が強いのは分かるが、だからと学友を見下していいことにはならんだろうが。

 「お前なあ……そんなでは今月のトーナメントでペアを組んでくれる生徒がいなくなってしまうぞ?」
 「それこそ知ったことではない。だいたい、私にペアの相手など必要ないのだ。一人で二人を同時に相手するくらいならば丁度いいハンデだろうからな。貴様とて同じだろうが」
 「お前と一緒にするな。……はぁ。だいたい、私は出られるかすらわからんのだ」

 溜息をつく私に、ボーデヴィッヒは怪訝そうな顔を向ける。……そういえばこいつ、ルール変更があったことを知っているのだろうか?
 申込書を彼女に見せてやり、注意書きに書かれてしまっている私の名前を指さして説明する。……うう、自分で言うと改めて惨めな気持ちになってくるのだな。

 「……下らん……私はもう眠る。話しかけてくるな」

 本当に興味の欠片も無さそうに鼻で笑われてしまった。……そうだな、こいつに相談しようとした私が愚かだった。
 考えてくると、また落ち込んできてしまうので私も大人しく布団に入る。せめて夢の中くらいはこんな悩みから解放されたいものだ。


 「……貴様の出ない大会になんて、意味があるわけなかろう」

 
 微睡の中で聞こえた声が誰のものだったのか、私にはわからなかった。

 

 ***



 「ったく、以後気を付けろ大馬鹿者。本国からも散々問題を起こすなと言われているんだろうが」
 「すいませんでしたぁ……」

 涙目になって頭を下げる。まったく、泣きたいのはこっちだ。お前が更衣室のドアを壊してくれたおかげで学園長に嫌味は言われるし、教頭に「また一年生か」と文句を言われるし。
 だが、そんな都合まで生徒に愚痴ってやるつもりはない。時計を見やれば、既に消灯時間が迫っていた。お説教の時間もこれでお開きだ。

 「反省したならいい。では部屋に戻って休め」
 「……あの、ちふ……織斑先生。ちょっと聞いてもいいですか?」

 一体なんだ、私だって暇ではないんだぞ。

 「今月のトーナメントに箒……篠ノ之さんは出場できるんですか?」
 「普通に考えろ。このままで出られるわけがないだろうが」

 機体の強弱以前にルール違反なのだ。このままで箒が出場できるわけがない。そもそも現状では紅椿の参加資格自体がないのだからな。

 「っ! 何とかならないんですか!? 出場だけでも……」
 「随分と食い下がるな。……あいつが出ない方がお前たちだって都合がいいだろう?」

 生徒会が勝手に公示した妙な優勝特典とやらならば、私だって耳にしている。また下らんことを考え付いたものだが、彼女たちにしてみれば大きなチャンスなのだろうな。 

 「馬鹿にしないでよ! 箒がいなくちゃあいつに勝ったことにならないじゃない!」

 ああ……そういうことか。これは私が無遠慮だったかな。
 不戦敗っていうのは負けた方も悔しいが、勝った方はそれ以上に惨めになるものだ。私だって世界大会の決勝戦を放り出した後は、その時の対戦相手、つまり第二回世界大会の優勝者にしつこく付きまとわれたからな……。
 その時の相手の気持ちは私にはわからんし、分かると言う資格だってない。だが、そんな気分を教え子に味あわせるわけにはいかん。
 しかし、こいつらはあの愚弟のどこがいいというんだか。正直勿体なさすぎるだろう。

 「……安心しろ。トーナメントまでにはルール改正が行われる予定だ」
 「え……そ、それじゃ」
 「言ったからにはあいつに勝って見せろよ凰。……言っておくが、紅椿は強いぞ?」
 「勿論ですっ! ありがとうございました!」

 さっきまでの怒った顔はどこへやら、笑顔すら浮かべて部屋を後にした彼女は、そのまま急いで自分の部屋へと戻っていった。
 まったく、廊下を走るなと何回言わせる気だあいつは。

 別に凰が言わなくても、箒を出場させるためのルール変更は急務であったことは変わりない。
 何しろ今度の大会は世界中から来賓が来る一大イベントだ。例年自国の代表候補生の視察や企業のスカウトやらで大盛況になるのだが、今年の目玉は兎に角多い。いつもならほとんど見向きされないような一年生の試合に、見学申し込みが殺到しているほどなのだ。
 そんな中で、あれほど大々的に宣伝してしまった紅椿を出さないわけにはいかない。言い方は悪いが、客寄せパンダになってしまったようなものだからな。
 しかも、紅椿は束特製のオーバーテクノロジーの塊だ。唯でさえ世界中から貸し出しや引き渡しを求められているというのに、出場させないとなったらルールを盾にして隠ぺいしているという言いがかりまでつけられてしまう。……まあ、ある意味大当たりなんだがな。
 そうなると火の粉はルールを管理する競技委員会にまで飛びかねんからな。奴らも必死になるというものだ。
 
 ……全く以て心底どうでもいい。だが、生徒と約束してしまったからには話は別だ。
 モニターに表示されたのはメールの履歴。競技委員会や学園からの草案提出要請などが大半を占める中で、差出人が異なるメールが二つだけ。
 その二つの差出人は「織斑一夏」と「セシリア・オルコット」。内容については……今更だな。まあ、一段落したら返信しておいてやろう。

 「それじゃ……仕事でもするか」

 まったく、教師ってのも楽じゃない。


 =========================

 あとがき

 浴衣は正義。
 という戯言はゴミ箱に突っ込んでおいて、ラウラ嬢との日常をお送りいたします。なんだかもうすぐにでも寝首をかかれそうでおっかないことこの上ありません。
 
 では、相変わらずヒロイン視点オンリーな拙文をご覧いただき誠にありがとうございます。
 この場をお借りして御礼申し上げます。



[26915] トーナメント抽選会
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:9cf5cff8
Date: 2011/06/24 07:11
 「な……なあ、紅椿。そろそろ機嫌を直してはくれないだろうか? 皆もうアリーナに行ってしまって……」

 ―――あいつらと一緒なんてもう嫌。私ばっかり我慢しなきゃいけないんだもん―――

 不機嫌そうな紅椿の声を聞きながら、私は彼女を宥めることに腐心していた。トイレ掃除を終わらせてから来たボーデヴィッヒまでが行ってしまったというのに、私はこうして未だピットを出られずにいる。
 うう、折角大会に出られるようになったというのに、一難去ってまた一難とはまさにこのことではないか。

 学年別トーナメントを前にして公式レギュレーションが改定され、今回のペアトーナメントから施行となる新ルールによって、条件付きではあるが私と紅椿は大会への参加を認めてもらうことが出来た。
 その話を千冬さんから聞かされた時の喜びと言ったらもう、千冬さんの背後に後光が見えたくらいだ。
 おかげで思わず隣にいた一夏に抱きついてしまって……い、いかんいかん、思い出してニヤついている場合ではないのだ。
 参加させてもらえたのは良かったのだが、そのための条件を聞いた紅椿が臍を曲げてしまい、このようなことになっているわけなのだ。一体どうしたものか……。
  
 『試合中のシールドエネルギーの回復はいかなる方法を用いてもこれを認めない。エネルギーの回復を行った選手は、対象が回復した時点を以て参加資格を剥奪し、不戦敗とする』

 私と紅椿に課された条件とは、このルールに抵触しないこと―――つまり、紅椿の唯一仕様である『絢爛舞踏』を封印するということだ。
 本来ならば絢爛舞踏という唯一仕様がこのルールに抵触する惧れを持つため、紅椿は出場資格を剥奪されるはずだった。
 しかし今大会からはそのルールの解釈が変更されたため、『絢爛舞踏』というエネルギー増幅機構自体が装備されている事はルール抵触事項から除外され、代わりにその使用について制限が設けられたという訳だ。
 言ってしまえば、今までは『補給用のエネルギーパックの持ち込みが禁止』されていたところを、『試合中のエネルギーパックの使用を禁止』に無理やり変えているらしいのだ。
 
 どちらにせよ回復できないことは同じなのだから、正直何が違うのかよくわからんがそういうことらしい。ともかく、参加させてもらえるのはとても有り難いことに違いは無いのだ。
 だが、紅椿にとっては絢爛舞踏を封印させられてしまう事が相当に気に入らないらしい。自分の最大の武器を封じられねばならないと言われてしまったのだから、怒るのも無理はないだろう。

 ―――違うよ。別に絢爛舞踏なんて使わなくたって勝つもん。あいつらが私と箒ちゃんに勝てるわけないじゃない―――

 「……そうだったのか? しかし千冬さんも言っていたが、絢爛舞踏を使わないとすると戦える時間は相当に短くなってしまうのだろう?」

 ―――うん、最大稼働時で30秒間戦闘が出来るよ。それだけあればあいつら全部壊せるもの―――

 「待て!! 壊してはダメだ壊しては! 相手を壊さない程度の出力に抑えてだな……」

 ―――絢爛舞踏を使うなって言ってるくせに、その上手加減までしなくちゃいけないの? なんで私と箒ちゃんだけがそんなことしなくちゃいけないの?―――

 紅椿の声が更に不機嫌なものになる。彼女にとって納得いかないのはわかるのだが、本当に最大稼働しようものなら大惨事になるのは目に見えている。
 紅椿が自分の出力を抑える―――つまり手加減するのは、私達が他のIS達と関わる上で絶対に必要なことなのだ。
 私の方で加減するのにも限度と言うものがあるし、そもそもこの子の桁違いの出力の前では私程度の技量などほとんど意味をなさない。紅椿自身が手加減しなければ軽く殴っただけでもシールドバリアを貫いてしまうのに、どうやって手加減しろと言うのだ。

 ―――あいつらが弱いのが悪いのに、何で私と箒ちゃんばっかり我慢しなくちゃいけないの? あいつら、私に勝てないから意地悪してるの?―――

 『あいつら』というのは、おそらく他のIS達のことを言っているのだろう。
 先日起きてしまった喧嘩の後も、紅椿は他のIS達とあまり仲良くしているように思えなかった。彼女に通信を向けてくるのは白式とシュヴァルツィア・レーゲンくらいのもので、紅椿からは絶対に他のIS達と交流しようとはしなかったのだ。
 ブルーティアーズと紅椿が喧嘩してしまったとき、私はこの子の言い分があまりに酷かったのでセシリアと一緒になって窘めた。そのことで拗ねているという部分もあるのかもしれないが、今回は彼女が常々他のIS達に対して感じている不満が、いい加減に溜まりきってしまったというのもあるのだろう。
 
 「し、しかしだな紅椿。今回はそうしてくれないとルールの上で負けてしまうんだ。もちろん相手を破壊しても同じことで……」

 私が言った言葉を聞いて紅椿が押し黙る。
 紅椿は、『負ける』ということがとても嫌いな子だ。全てのISを遥かに超える力を持って生まれた自負もあるのだろうが、それ以上に彼女の存在理由を満たすためには、『敗北』という結末は決して受け容れられないものでもある。
 そして、それはルール上のものであっても同じことだった。いや、彼女の性格を考えればそちらの方こそ許し難いものだろう。
 
 ―――わかった。絢爛舞踏は使わないし、壊さないように手加減もする。箒ちゃんを負けさせるなんて絶対に嫌だもん―――

 「……すまん。紅椿……無理な事をお願いしているのはわかっているのだが……」

 ―――箒ちゃんは悪くないよ。悪いのは弱いあいつらだもん。だから私、頑張って手加減して勝つから―――

 事情を知らぬ者が聞けば、なんとまあ傲慢なことかと憤慨するだろう。もしもブルーティアーズがこんなことを聞けば、また紅椿と喧嘩を始めてしまうに違いない。
 まあ、それ以前に今の紅椿は他のISなど見たくもないとさえ思っているのだから、仮にブルーティアーズが怒らなくても同じことだろうな。
 
 「そ、そういえば紅椿。さっきは絢爛舞踏を使わずに戦闘できる時間が30秒とか言っていたが、出力に制限をかけたとしたら実際にどれだけの時間戦闘できるのだ? もっと長く戦えるのでは……」

 ―――相手を壊さないように出力上限を10%に抑えれば、180秒間の戦闘が可能だよ。基本出力からさらに出力を抑えるのにエネルギーが必要だし、あまり長くはならないよ。―――

 成程……3分、か。最大稼働時よりは確かに長くはなっているが、それでも零落白夜を発動させっぱなしにした一夏よりもまだ短い時間しか動けない。他のIS達とは比べることすら馬鹿馬鹿しくなるくらいの短さだ。
 持久戦に持ち込まれれば確実に負ける―――というか、千冬さんが紅椿の唯一の弱点を見事にばらしてくれたものだから、相手は絶対にそれを狙ってくるだろう。
 つまり、時間稼ぎされる前に相手を速攻で倒すしかないのだろうな。

 ……ああ、なんでこんなにも悩まなければいけないんだ。そうでなくても大会のデモンストレーションへの参加や、訳の分からない懇親会に出席しろなどと山のように通知が着ていて頭が痛いというのに。
 千冬さんに相談したら額に青筋を浮かべた笑顔のままで大半の通知書を焼却してくれたが、学園の専属操縦者とはこんなことまでしなければいかんのだろうか? いくら負い目があったからとはいえ、安易に引き受けてしまった自分が恨めしい。

 「はぁ……とにかく、叶う限り速攻で倒さなければならんか。改めてすまないな、紅椿。無理ばかり言ってしまって……」

 ―――ううん、箒ちゃんのためだもん。私がんばるよ―――

 健気に返される声を聞くと、申し訳なくていたたまれなくなってくる。紅椿に取って見ればこんな大会などどうでもいいわけで、私が無茶振りばかりしているのわざわざ付き合っているのだ。
 ああ、もう……やはり今日の訓練には参加できんな。とてもではないが、嫌がる彼女に他のIS達と一緒に訓練しろなどとは言えそうにない。

 「なあ、紅椿。今日はこのまま私達だけで飛行訓練でもしようか。もちろん、出力制限など無しでだ」
 
 ―――本当!? 成層圏まで行ってもいい!?―――

 当然だ。寮の門限までならどこまででもつきあうさ。ともあれ、放っておくと本気で月くらいまでは行きそうなので、せめて地球の上でとどまって欲しいものだがな。



 ***



 「いよいよ組み合わせの発表か。最初誰と当たるんだろうな?」
 「完全なランダムって言ってたからね。全然予想がつかないよ」

 トーナメント本番を翌日に控え、わたくし達は組み合わせ表の発表に備え、掲示用モニターの前に集まっていたのです。
 わたくしや一夏さんのように、既にペア相手が決定している場合は最初の対戦相手の発表となるのですけど、ペア相手を決めていなかった生徒はこの発表で自分のペア相手が決定しますから、それを確認しようとする生徒たちでモニターの前は酷く混雑していましたわ。
 
 「それにしても、随分たくさんの方がペアを決めていらっしゃらないのですわね」
 「あれ? 知らないのセシリア。みんな篠ノ之さん狙いで組んでないんだよ」

 わたくしの隣にいた谷本さんからの言葉に、思わず目が点になりましたわ。
 わたくしや鈴さんもペアを望まれる方はたくさんいましたけど、そんな数の非ではありませんでしたもの。……な、何ですのこの敗北感は?

 「篠ノ之さんって自由ペアの相手で誘えないでしょ? だから彼女と組みたいって子はみんなわざとペアを作らなかったみたいなの。そうすれば抽選で篠ノ之さんとペアになれるかもしれないしね」
 「そこまでして……そんな暇があるのなら他の方とペアを作って連携訓練に勤しむべきでしょうに」
 「あのさぁ……専用機持ちは簡単に訓練できるだろうけど、あたしたちはそんな簡単にはいかないんだって。それにちょっとやそっと訓練したからって、代表候補生組に敵うわけないじゃん。……どこかの代表候補生が候補生同士で組んじゃったからさ」
 「そうそう、篠ノ之さんとペアにならなくっちゃどうやっても勝ち目無いじゃない」

 うぅ……つ、つまりこのようなことになったのはわたくしにも責任があると仰いますの?
 両隣から半眼で睨まれると、反論しようにも上手く言葉が出てきませんわ……わ、わたくしだって必死ですのよ?

 「そ、それはまあ……わたくし達にも原因があるのでしょうけど、それならボーデヴィッヒさんと組めば宜しいのでは?」
 「……いや、無理だって。実際組もうとした子はいたみたいだけど、皆揃って『失せろ』の一言で切り捨てられたのよ? めっちゃ怖いもんあの子」

 ……あの方、本気でコミュニケーション能力と言うものが欠如してらっしゃるのではないかしら。
 デュノアさんと一緒に訓練している時にはそれほどそっけない態度でもありませんのに……箒さんも彼女のどこを見て面白い方だなんて仰ったのやら。

 「でもね~、やっぱりらうっちもすっごく強いから、皆ペアになりたいって言ってるんだよ~」

 らう……あ、ああ、ラウラ・ボーデヴィッヒさんだから、「らうっち」ですのね。相変わらずよく分からないあだ名の付け方ですわ。

 「いや……あたしはなれたとしてもやっぱ遠慮するわ。ちょっとお固くても篠ノ之さんがいいなあ……あたしはデュノア君狙いだし。えへへ」
 「何勝手なこと妄想してんのよ。だいたい、倍率50倍以上でしょ? しかも100%籤運頼みでさ」
 「篠ノ之さんってどこから見ても織斑君一筋だから、やっぱりあたしたちの『お願い』はデュノア君にするべきかなぁ。これで篠ノ之さんを差し置いてってのも気が引けるし……」
 「いやいやいや、いくら篠ノ之さんが強くたって優勝するって決まったわけじゃないじゃない。あたしたちが足引っ張ったりしたらわかんないわよ」
 「くうぅ……織斑君派は涙を呑むしかないのか……っ! いやいや、まだチャンスはあるはずよ。今のうちにアピールして……」

 一部不穏な言動が聞こえたような気がしますけど、気のせいにしておきますわね? ですからその口をお閉じなさいな。ブルーティアーズの的にしますわよ?

 『お待たせしました! それではっ! 本年度の学年別個人改めペアトーナメント大会の組み合わせ表を発表しますっ!!』

 場内にアナウンスが轟き、モニターには一斉に組み合わせが表示されます。ご自分のペアに安堵された方や、当てが外れてがっくりとなさっている方。対戦相手に一喜一憂する様子がそこらじゅうで繰り広げられていますわ。
 わたくしも対戦相手を確認しなければいけないのですけど……あら? 見当たりませんわね。別のグループになってしまったのでしょうか。

 「ねえ一夏。僕たちAグループの第一試合だよ」
 「そっか、一番最初なのか。相手は……谷本さんと鷹月さんのペアか」
 「うげっ! さ、最初から織斑君!? うう、籤運悪いなあ」
 「こーら、落ち込まないの。二人ともよろしくね。手加減なんかいらないから」
 「うん、こっちこそよろしくね」

 組み合わせ表の始めには、確かに一夏さんとデュノアさんのお名前がありますわ。……どうやら、このグループに一夏さん達以外の専用機持ちはいないようですわね。

 「セシリア、お前は第何試合だ?」
 「まだ確認できておりませんの。どうも一夏さんとは別のグループになってしまったようなのですけど」
 
 「おーいセシリアー! こっちこっち! あたしたちの試合はこっちのグループだって!」

 そんな声と共に、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら手を振ってわたくしを呼ぶ鈴さん。もう、そんなにしなくてもちゃんと見えていますから落ち着きなさいな。

 「あっちってことは、Bグループか。ってことは、当たるとしたら準決勝になるんだな」
 「そのようですわね……一夏さん? わたくしと当たるまで、負けたら許しませんわよ?」
 「ああ、任せとけって。セシリアこそ、油断してドジ踏むなよ?」

 もう、誰に向かって言ってらっしゃるのかしら。そんな素敵なお誘いを受けて、わたくしが他の選手に後れを取るわけがありませんわよ? ……そう、例え箒さんが相手でも負けませんわ。
 そんな軽口を交わしつつ向かった先で、鈴さんはモニターを見上げていましたわ。 

 「あたし達のグループにはあたし達以外専用機持ちはいないみたいね。第一試合は―――もがふっ!!」
 「鈴~~~~~~っ!!!」
 
 物凄い勢いで駆け寄ってきた金髪の生徒が、鈴さんを駆け寄ってきた勢いのまま力いっぱい抱きしめます。

 「何で!? 何であたしと組んでくれなかったのよ! しかもあたしと最初に対戦するってどういうことなの!? ルームメイトとしての友情はどこに行ったのよおっ!!」
 「う、うぶぶっ! もがががっ!!」

 自分よりも頭一つ以上大柄な生徒に抱きすくめられ、しかも箒さんとまでは言いませんが結構豊かな胸に顔を埋めさせられる鈴さんは、何を言おうとしても言葉になっていませんでしたわ。
 というか……あれ、息が出来ているのでしょうか? だんだんもがく腕から力が抜けて……って放っておく場合ではありませんわよ!
 鈴さんを抱きしめる彼女―――ティナ・ハミルトンさんから鈴さんを引きはがすと、彼女は蒼い顔で咳き込んでいましたわ。

 「げほっ! お、覚えてなさいよティナ……」

 恨めしそうな顔をしますけど、その犯人は既にどこやらへ逃走した後でしたわ……。鈴さん? まちがっても部屋に戻って報復しないでくださいましね?

 「わかってるわよそれくらい。……代わりに明日ボコボコにしちゃる」

 はぁ……やるならどうぞお一人で。わたくしまで巻き込まないでもらいたいものですわ。
 それにしても、わたくしたちのグループにもわたくしと鈴さん以外の専用機持ちがいないだなんて……だとすると、箒さんとボーデヴィッヒさんは何処のグループになるのでしょうか?
 見回してみると、Dグループの対戦表が表示されたモニターのあたりに人だかりができていましたわ。その中に、見覚えのある綺麗な黒髪が覗いていたのです。
 それにしても、やけに人が集まっていますわね。……どんな組み合わせが表示されているのでしょうか?

 「箒、お前こっちの組だったのか」
 「え……? あ、ああ、一夏か。そう、だな。一夏たちとは別のグループになってしまった」

 一夏さんに呼ばれて振り返った箒さんですが、心ここに在らず……というか、まるで放心から覚めたような顔をしてらっしゃいますわ。
 織斑先生から出場できるということを伝えられてから、随分機嫌がよさそうでしたのに……どうなさったのかしら?

 「えーと……箒のペアは誰に……へ?」
 「どうしたのよ? ……はぁ?」

 一夏さんと鈴さん、そして箒さんがそろって見上げたモニターに映されている組み合わせ表。その中にあった箒さんの名前の隣には―――

 「……どうして、貴様とペアにならなければならんのだ?」

 底冷えのするような声とともに、苛立ちを伴った威圧感を撒き散らす彼女―――ラウラ・ボーデヴィッヒさんの名前があったのです。 



 ***



 「……何で、よりにもよって貴様なのだ。どうして私とペアになったんだ」 
 「それは私の方が聞きたいわ。というか、何でお前はあれほどに引く手数多だったというのにペアを決めておかなかったのだ……こら、じっとしていろ。上手く裾が合わせられん」

 むぅ……じっとしているではないか。しかしこう……なんでこの国の衣服はこうも面倒くさい着方をしなければならんのだ。これが教官のお下がりでなければ決して着ようなどとは思わないぞ。
 ユカタの裾合わせをしてもらってから、私は自分で帯を締める。最初の時のように一から十までこいつに任せるのは気に入らないからここだけは覚えたのだ。
 早くこいつの手など借りずに着られるようにもっと訓練しなくては……。

 「ふん。あんな有象無象なんぞどれを選ぼうが同じことだからな。抽選に任せれば簡単だと思っていただけだ」
 「またそういうことを……」
 「だいたい、こんな下らん茶番になど付き合いたくなかったのだ……だが一応学園行事ではあるし、上手くいけば貴様と決着を付けられると期待していたのだぞ。それだというのに……」
 
 同じペアでは戦うことも出来んではないか。その上此奴と協力して戦わなければならないなどとは笑える冗談だ。
 この学園の生徒のレベルを考えれば、たとえ1対2だろうが私一人で十分に事足りる。私の敵足りえるのは隣で困ったような顔をする此奴だけだ。
 正式に篠ノ之箒が出場できると聞いた時には多少やる気も出たものだが、やはりこのような大会の意味など無いに等しいではないか。

 「いや、そんなことを言ってもだな。先にペアを組んでおかなければ私と組になってしまうかもしれないことくらい考えなかったのか?」
 「う、煩いっ! ……あんな、くじ引きで当たると思うほうがどうかしているのだ!」
 
 だいたい専用機持ちだという事くらい考えた上で抽選するべきだというのに、本気で完全なランダムにしてしまうとは正気の沙汰とは思えん。まったく、どこの愚か者があのような抽選の方法にしたというのだ。

 「喚いても何も変わらんだろう。結果的に私とお前がペアになってしまったのだ。こうなった以上は互いに全力を尽くして……」

 知るか。勝手にやっていろ。貴様と戦えない大会なんぞ真面目にやるだけ無駄だ。それに貴様が私と肩を並べて戦うなどとは想像しただけでも怖気が走る。
 最近は少し大人しくしてやってはいるが、篠ノ之箒が私にとって敵であることは変わりない。此奴がどう思っているかなぞ知らんが、私は彼女を倒さなければ気が済まないのだ。
 
 ―――お言葉ながら少尉、紅椿の戦闘データを入手する目的の上からも今回の大会は有用なものであるかと思われます―――

 ……黙っていろと言ったはずだぞ貴様。いちいち私に口出しするとはいい度胸だな。
 確かに此奴の言うとおり、軍からは紅椿のデータを調査しろとは言われている。だが、篠ノ之束博士の謹製だか何だか知らんが、あの機体だって私は気に入らないのだ。
 篠ノ之箒の強さはあの紅椿とかいう機体に依存したものだ。本人も多少なりとは腕があるようだが、同じ機体同士で戦えばおそらく私以外の代表候補生にも敵うまい。
 そんな奴が、あの紅椿とかいう機体の性能の御陰で教官を私から奪ったわけだ。奴だけを倒したところで、もう一つの仇とさえ呼べるようなあの機体もまとめて倒さなければ意味が無い。
 
 ―――少尉、遺憾ながら小機の性能では紅椿には遠く及びません。あの機体は未だ、その全ての力を出してはいないようです。戦略上情報の確保は必要かと―――

 分かりきったことをエラそうに……。
 だが、此奴の意見を否定するのは合理的ではない。確かに、私が何度か奴と戦った中での情報をまとめてみても紅椿と言う機体の性能が把握しきれていないのは事実なのだ。
 分かっているのはAICを突破してしまうような馬鹿げた出力に、無茶苦茶な強度のシールドバリアー、私の左目に埋め込まれた生体ハイパーセンサーで感覚を強化していなければ知覚することも出来ないようなスピード。そしてエネルギーがほぼ無限に回復するという冗談のような唯一仕様を持つことくらい……兵装すらその全てを解析できたわけではない。
 改めて考えるとこれでは全く分かっていないのと変わりないな。成程、正体のわからない軍に無暗に攻撃を仕掛けるのは唯の愚行ということか。
 
 ―――恐縮です。少尉―――

 だが……それにしたところでこいつと組むというのには抵抗がある。だいたい、こいつ私と組んでなかろうが軽く優勝できるだろうが。全力を出したら相手など一瞬で消し飛ぶわ。
 
 「はぁ……なんでこう問題ばっかりなのだ。私は何か悪い事でもしたんだろうか……?」
 「ふん、いい気味だ……む?」

 落ち込むような顔に少し溜飲を下げていたら、消灯時間も近いというのに部屋の扉を叩く音がした。まったく、誰だこんな時間に来る馬鹿者は……。

 『私だ。入るぞ』

 きょ、教官っ!!? な、なな、何でこのようなところに!?
 い、いかん! 身なりを整えなくては! しかしどうやって!? 制服はもうかたづけてしまったし、まさかこの姿で!? し、しまった! まだ一人では下帯をほどくことが……!

 「消灯前にすまんな、少し話が……何をしているんだ? ラウラ」
 「お、おお、お見苦しいところを申し訳ございませんきょうか……織斑先生! す、すぐに着替えを……!」
 「あー、いや。別にすぐ帰るし、消灯時間も近いからそのままでいい。……ひょっとして、それは私の浴衣か? なかなかに似合っているじゃないか」
 「きょ、きょきょ、恐縮ですっ! これはその……」
 「まあ、とりあえず敬礼はもういいから帯を直せ。大切にしてやってくれよ?」
 
 当然です。肌身離さず持ち歩きたいくらいなのですから。

 「話とは何ですか? 織斑先生」
 「ああ、明日からのトーナメントでな……」



 ***



 「はぁ……」
 「何を溜息などついているのだ貴様。やる気はあるのか」

 折角の得難い機会なのだぞ。私と貴様が揃っていればまず負けることなど有りえんが、そのような体たらくでいいと思っているのか。

 「……やる気にあふれているのはお前だけだ。何でまた千冬さんは私に面倒なことを……」
 「貴様、教官から直々に代役を命じられるという栄誉に与ったのだぞ。面倒とは何事だ」

 まったく無礼な奴だ。やはり私は此奴が気に入らん。さっさと優勝して貴様と決着をつけてやる。
 毎年恒例らしいのだが、この学年別トーナメントという大会では閉会式の前にデモンストレーションとして、各学年の優勝者が学年ごとの指導教員と模擬試合を行うことになっているそうだ。
 今年も一学年の優勝者は教官―――つまり織斑先生と模擬戦を行うことが出来るそうだが、生憎教官のためにチューンするはずだった打鉄が間に合わないために私達に代役を命じられたという訳だ。
 
 「だいたい……なんで私達が千冬さんの代役を……」
 「教官の話を聞いていなかったのか? 元はと言えば貴様が学園の専属操縦者だからだろうが」

 ……気に食わん話ではあるが、本来ならば教官の代役というのは篠ノ之箒一人の役目だったそうだ。しかし今年の試合形式がペアトーナメントであったために、此奴とペアだった私にも同じく代役を命じられたという事なのだ。
 こいつのおまけ扱いは癪に障るが、それだけでも十分に栄誉なことだ。なのに、教官は私に褒美まで用意していてくださった。
 もし私達がトーナメントで優勝すれば、模擬戦の相手は私達自身ということになる。当然そんなことはできないので、代わりに私と此奴が一騎打ちすることを認めてくださったのだ。しかもあの妙なルールなど関係なく、お互い全力が出せる状態で……。

 「ふふふ……覚悟していろ篠ノ之箒。閉会式には出られんと思っておけ」
 「お前なぁ……はぁ、もういい。言っても疲れるだけだ」
 「ふん、無駄口を利かないことは褒めてやる。さあ行くぞ。あの程度の相手など秒の半分もかけるつもりはない!」
 「ああもう! こうなったら自棄だ! 私も優勝して一夏と付き合う!」

 
 トーナメント初戦、結果は言うまでもなかろう。私達の勝ちだ。
 まあ、相手にしてみれば負けたことにすら気が付いていないようだったな。せめて知覚できる速度で瞬殺してやるべきだったか? 




=============================


あとがき

 ペアトーナメント抽選会 の模様をお送りしました。
 原作では大会当日になってやっと発表されていましたが、このお話では別にそんなことはありません。至極普通に発表させていただきます。

 それにしても改めてパワーバランスがおかしい大会ですよね。やっぱ全員打鉄でチャンバラ大会やるのが一番いい気がしてきました。地味だけど。

 では、相も変わらず主人公の視点なんてゴミ箱に突っ込みっぱなしの拙作をご覧いただき誠にありがとうございます。
 この場をお借りして、御礼申し上げます。
 

 追記;少々作文に時間を取りづらくなってきたため、次話は少々遅れます。



[26915] Keep that ace up your sleeve.
Name: 考柄無市◆4f803b38 ID:9cf5cff8
Date: 2011/07/07 18:45
 「うわぁ……やっぱり強いね、あの二人」
 「ああ。次は今までみたいにはいかないだろうな。気合入れていかねえと」

 モニターに映るBグループの最終試合には、相手を文字通り秒殺したオルコットさんと凰さんのペアが映っている。最初に組み合わせが発表された時点で予想は出来ていたけど、やっぱり彼女たちが順当に勝ち上がってきたんだね。
 もっとも、普通に考えれば専用機を持った代表候補生同士のペアである彼女たちに敵う相手なんていないんだけどね。純粋な技量でも機体性能でも他の生徒たちとは一線を画してるし、その上 二人、驚くくらい息がぴったり合ってるんだもの。
 僕たちと一緒に訓練してたときは連携機動の訓練なんて全然やってなかったのに、本番であそこまで息を合わせられるなんて予想外だよ。只でさえ苦戦必至な相手なのに、こうなったら勝ち目も薄くなってきちゃったな。

 「でも、連携機動ならシャルルだって負けてないだろ? 俺の動きをきっちり予測した上で支援してくれるから大助かりなんだぜ」

 だって、一夏の動きは読みやすいしね。多分相手からもバレバレなんだろうけど、だからこそそれを逆手にとって僕が動けるんだもの。
 そうなってくると一夏のISが全く射撃武器を持たないっていうのも強みになるんだよね。一夏は近接武器しかないから、白式の機動性と防御力を頼りに多少の射撃なんか無視して突撃するんだ。どうしたって僕に対して注意がおろそかになるはずだよ。
  
 「一夏は支援しやすいからね。それに、皆一夏を警戒してくれるからこっちとしても凄くやりやすいんだ」
 「あのなぁ……俺は囮かよ?」
 「あはは、そんなことないさ。だって撃墜数は一夏の方が多いじゃない」

 相手が僕よりも一夏を警戒しなくちゃいけないのは、それも原因になってるんだよ。
 実際に目にしてびっくりしたけど、白式の唯一仕様、『零落白夜』の威力ってのはとんでもないんだよ。直撃すれば一撃で戦闘不能にしてしまうし、かすっただけでも半分以上のシールドエネルギーを削ってしまうんだ。
 自分のエネルギーを消費して使う諸刃の剣って言ってたけど、こんな無茶苦茶な攻撃力があるならそれも納得ってものだよ。 
 でも、攻撃力って言うのはちょっとおかしいのかな。だって『零落白夜』は相手のエネルギーを消滅させて強制的に動けなくする能力だから、直撃させたところで相手のISには傷一つつかない。物理的な攻撃力何てほとんどゼロなんだもの。
 確かにISを相手に戦うのならこれで問題ないんだろうけど、これじゃまるで……。

 「何やってんだシャルル。次の試合は第2アリーナだから今から行かないと間に合わないぞ」
 「あ、ごめん。今行くよ」

 いけないいけない。考え事に没頭するところだった。
 一夏を追いかけて第二アリーナへの通路に出ると、いつもよりたくさんの人でごった返している。忙しくしている生徒たちもいるけど、それ以上に多いのはこの大会の為に世界中からやってきた『お客さん』達だ。
 スーツを着こなした女性や、普段この学園ではほとんど見ることのない男の人、いろんな国からIS関連企業や政府関係者、報道関係者までわんさかやってきている。基本的にこのIS学園には外部の人間はなかなか入れないから、こんな機会を逃す手はないだろうしね。
 
 「それにしてもすげえ数の人だよな。何でこんなにいるんだか」
 「IS学園に外部の人間が来れる数少ない機会だし、それに今年は注目の材料が多いからね」

 まず世界初の男性操縦者である一夏に、次期欧州防衛プランの実験機を持ったオルコットさんとラウラ。凰さんだって中国の次期主力ISの実験機の操縦者として注目されてるし、そもそも一学年にこんなにも専用機が集まるなんてことは未だかつてないことなんだよ。
 それに、最大の目玉はやっぱり紅椿と篠ノ之さんだろうね。……けど、ラウラとペアになってしまった彼女は対戦相手を尽く一秒未満で瞬殺してしまうものだから、試合を見たくても瞬きしてたら見逃しちゃうんだよね。あれじゃ戦闘にすらなってないよ。

 「そのせいで千冬姉に怒られてたよな。『もうちょっと大人しくやれんのか』って」
 「……あはは、贅沢な悩みだなあ。僕もそんな事言われてみた……わっ!」

 余所見しながら歩いていたら、前から来た人とぶつかっておもわずよろめいてしまう。相手は僕よりずっと大きな男の人だったから、僕の方からぶつかっていったのに、逆に弾かれる形になってしまったんだ。
 いきなりの事だったからわけもわからず、よろめいたまま転びそうになってしまう。けど、僕とぶつかった男の人が転ばないように手を伸ばして僕を支えてくれていたんだ。

 「す、すいません。不注意でした……ぁ」
 「……気を付けたまえ」

 その声と姿を見た瞬間、僕の思考は凍りついたように停止してしまった。転ばないように支えてくれた人に対して失礼な話だけど、その人に対してだけは話が別だったんだ。
 僕は目の前のこの人を知っている。定期報告ですら僕と会話しないこの人だけど、その声を聞き間違えることや、まして姿を見紛うことなんてあるわけがない―――それくらいよく知っている相手なんだ。
 僕の肩を支える大きな手。その手は見覚えがあったけど、触れられたのはこれが初めてだった。
 大きくて暖かい、人間の手。そのはずなのにその手はとても冷たくて、まるでそこから全身が凍り付いてしまうような錯覚さえ覚えてしまう。

 「大丈夫かシャルル? すいません、連れがぶつかっちまって」
 「いや、構わんよ。……君はひょっとして、イチカ・オリムラ君かね? 息子から話は聞いているよ」

 僕を立たせると、その人は柔和な笑みを浮かべて一夏に話しかける。僕に向けていた顔には表情何て何も浮かべていなかったのに、一夏にそんな表情を向ける人が同じ人とはとても思えなかった。

 「息子から……? あれ、ひょっとしてシャルルの親父さんなんですか?」
 「ああ、いつも息子が世話になっているね。ありがとう」

 ―――『息子』――― 
 ……そう、僕とぶつかってしまい、今一夏と会話しているこの大きな男の人は僕のお父さんだ。
 世界第3位のシェアを誇り、最高峰の第二世代型IS『ラファール・リヴァイヴ』シリーズを開発したフランスが誇る大企業、デュノア社……その、社長。
 だけど一夏と気さくに談笑するその人は、とてもそんな肩書とは思えない。一夏もきっとあの人の事を気のいいお父さんだって思ったんだろう。

 「何だよシャルル。父兄参観なら言ってくれりゃよかったのに。俺、先に行ってるからあんま遅れるなよ?」
 「え……ま、待って一夏、その……」
 「ん? どうした」

 一夏の不思議そうな顔を見て思わず息を呑む。
 彼はきっと気を利かせてくれたんだろうけど、それに対する僕の反応は不自然に過ぎたんじゃないだろうか。普通ならもっと別の反応を返すだろうに、その反応が無かったことで一夏が怪訝そうな顔をしているんだ。

 まずい。なんとか取り繕わなくっちゃ。

 そう考えて視線を廻らして――――あの人の顔を見てしまう。
 振り返って見た先のあの人の顔には、もう表情何て残っていなかった。まるで仮面をつけたように無機的な、そんな表情で。

 「あ、あの……僕……」
 「ど、どうしたんだシャルル? 具合でも悪いのか?」

 違うんだよ、一夏。具合何て悪くないよ。変なこと言うなぁ。
 その言葉が出てこない。とても簡単なはずなのに表情が上手く作れないよ。
 ほんの小さなほころびを直すだけのはずが、そのほころびがどんどん広がって行ってしまう。あの人が僕の前に来た、ただそれだけのはずなのにもう表情すら保てそうにない。
 どうしよう、このままじゃ一夏に……



 「もう、シャルったらそんなに驚いたの? ごめんね、内緒にしてしまって」

 不意に届いた声と、両肩に触れた硬い義手の感覚が僕の混乱しかけた思考を停止させる。お父さんと同じ―――それ以上によく知ったその声は、普段回線越しに聞こえてくるものよりもはっきりとした響きで伝わってきたんだ。
 
 「……ミューゼルさん?」
 「ハァイ、シャル。元気にしてた?」

 ガラスのように透明な声。日の光を浴びて輝く豊かなブロンドの髪。いたずらっ子のようなウインクをするとても綺麗な女性。
 僕の直属の上司であり、お父さんの秘書も務める人。IS技術を用いて作られた義手からは、純粋に僕の事を想ってくれる―――そんな陽だまりのような暖かさが伝わってきて、パニックに陥りかけた僕の表情だって簡単に元に戻してしまう。

 スコール・ミューゼル―――『土砂降り』なんてまるで似合わないけど、それが彼女の名前だった。、
 
 「社長もお人が悪いですわ。サプライズにしてももっとソフトにすべきでしょう?」
 「……うむ」
 
 表情を見せないままであの人は僕から目をそらす。もっとも、あの人は最初から僕なんて見てなかったんだろうけど。
 そんなことより、あの人とミューゼルさんがなんでいきなりここに来たのか。それがさっぱりわからないよ。だってミューゼルさんは昨夜の報告の時にはフランスの本社にいたはずなのに……。 

 「あ、あの……ミューゼルさん、なんでここ」
 「言ったでしょう? サプライズよ。頑張ってるシャルを応援したくって、昨夜の報告が終わったらすぐにSSTOに乗り込んだんですもの」

 僕の唇に人差し指を当てて、疑問に先に答えてくれる。SSTOって……このためだけに旅客用スペースシャトル使ったの? 
 はぁ……なんだか色々な意味でびっくりだよ。僕は。
 
 「ふふ、ごめんなさいね。……でも、よくがんばっているわシャル。次は準決勝でしょう?」
 「う、うん……でも、次の相手は……」

 今までの試合もきっと見ていてくれたんだろう。ミューゼルさんに応援してもらえるのはとても嬉しいけど、次の試合は正直自信が無いんだ。一夏には悪いけど、客観的に見て僕たちよりオルコットさん達の方が技量もISのスペックも上なんだもの。
 でも、そんな不安もミューゼルさんにはお見通しだったみたい。

 「そんなに気負わなくても大丈夫よ。勝ち負けよりも、楽しむことのほうが大切だわ。そうですわよね? 社長」
 「……無茶はするな。……行くぞ、ミス・ミューゼル。まだ予定は残っているのだろう」

 お父さんからの声なんかより、彼女が言ってくれたことの方がよっぽど安心できる。
 勝ち負けよりも楽しむこと―――うん、そうだよね。一生懸命やって勝てれば嬉しいけど、それよりも楽しく試合する方がいいものね。

 「ええ、参りましょう。それじゃ、頑張ってねシャル。お友達も、ね」

 お父さんの後を追って行ってしまった。けど、きっと次の試合も見てくれるよね。かっこ悪いとこ見せないように頑張らなくっちゃ。
 
 「な、なあシャルル……あのすっげえ美人、誰?」
 
 ……何鼻の下伸ばしてるのさ。後で篠ノ之さん達に言いつけてあげるから覚悟しとくと良いよ?



 ***



 第二アリーナ 第一学年準決勝第一試合

 例年ならほとんど観客もいないような試合なのに、今はアリーナが満員になってしまうほどの観衆が詰め寄せている。まあ、試合する生徒4人全員が専用機を持ってるってんだから当然の事よね。
 溢れる歓声と、観客席のいたるところから瞬くカメラのフラッシュの中、あたし達はお互いのペアと共にアリーナの中央で向き合っていた。
 
 「へぇ、ここまでで負けなかったんだ。えらいえらい」
 「はっ、そっくりそのまま返してやるぜ。今度こそ決着つけてやるからな、鈴」
 
 試合開始までのカウントダウンが始まった。名残惜しいけど、おしゃべりは一時お預けね。あとでしっかり付き合わせるんだから、覚悟しときなさいよ?
 
 「じゃ、作戦通り行くわよ? セシリア」
 「ええ。……一夏さんを独り占めにしたら、怒りますわよ?」
 「ふふん、嫌ならデュノアをさっさと沈めてくることね」

 プライベートチャンネルでセシリアの悔しそうな声が流れてくるけど、この作戦にはあんただってしっかり納得してたはずでしょ? 今更悔しそうにするんじゃないわよ。
 今まで一緒に訓練してきた中で手に入れていた情報からあたしたちが立てた作戦―――それは、『各個撃破』というとても単純なものだった。
 一夏は兎も角、デュノアは連携攻撃に参加されるとかなり厄介なのよね。天性の器用さと洞察力をフルに発揮して一夏の穴を埋めるように攻撃されたら、下手すると逃げ場を塞がれて零落白夜の餌食にされるんだもの。
 そうさせないためには―――あの二人を完全に分断して各個撃破するのが一番よ。タイマン張って負けるつもりなんてないんだからね。

 試合開始のアラームと共に、あたしは最大出力の龍咆を「一夏」めがけてぶっ放す。砲身も砲弾も不可視の圧力弾―――それを、一夏は勘だけで避けて見せる。
 ……未だにわけわかんないわ。あいつなんでか知らないけど見えないはずの龍咆を避けやがるのよ。デュノアやセシリアにだって普通に当たるのに、なんであいつあれを避けられるのかしら? 

 でもまあ、そのためにぶっ放したんだから結果オーライよ。当たってたら逆に心配してたんだから。

 龍咆を避けるためにデュノアと距離が離れた一夏に向かって、あたしは瞬時加速で一気に距離を詰めて斬りかかる。前に戦った時はこれだけで十分だったのに、小生意気にあたしの斬撃を綺麗に受け流してくるのよね。
 うーん、流石に多少は訓練の成果が出てるみたいね。あたし程度の威力じゃ今の一夏はびくともしないもの。
 
 「どうしたよ鈴! こんな程度か?」

 あたしが身体ごと回転させながら繰り出した斬撃を、一夏はしっかり受け止めてみせる。そうね、悔しいけど、接近戦だけで今のアンタに勝つのは正直しんどいみたい。
 
 「減らず口叩いてるんじゃないわよっ!」

 いくら勘で発射されるのがわかっても、至近距離で発射した龍咆を避けるなんて真似はできなかったみたいね。
 衝撃でふっとばされた一夏は、そのままの勢いをさらに加速させてあたしから距離を取る。あいつってばデュノアの援護を誘うつもりなのかしら。
 でも、残念ね。だって、そのデュノアはセシリアのビットに絡め捕られて四方八方から砲撃を浴びせられてるんだもの。あんたを援護する余裕なんかあると思ってんの?

 「どうしましたの? 早く逃げなければ食い殺されてしまいますわよ?」
 
 デュノアが苦し紛れに撃ってくる射撃を余裕の表情で躱しながら、セシリアは4基のビットと自身の大型ライフルを使ってほぼ一方的にデュノアを狙撃してるわ。
 デュノアの戦い方は相手に合わせて戦闘スタイルを変化させる『砂漠の逃げ水』って手法なんだけど、相手が複数いるときにはあんまり効果が無い戦法でもあるのよね。
 セシリア本体を狙おうとすればビットがそれぞれ異なる射程から攻撃してくるし、ビットを潰そうとしてもセシリア自身の砲撃が襲ってくる。覚悟を決めて接近戦に持ち込もうにも、レーザーの雨で近づくことすらできやしないのよ。
 だから、デュノアにとってはセシリアってある意味天敵みたいな相手なのよね。

 「くぅっ! ほ、本当に相性悪いなあっ!」
 「嘆いても始まりませんわよ。ほらっ」

 ビットの囲みを強行突破しようとしたデュノアに弾道型のブルーティアーズを発射する。当然デュノアはそれも回避しようとするけど、そうなる前にセシリアはミサイルを自爆させて視界を塞いだの。
 視界を塞いだ影からライフルでの狙撃と同時に、相手の射撃を回避しながら瞬時加速でデュノアに接近して、一発目の狙撃が躱された回避先にほとんどゼロ距離で砲撃……えげつないわねあいつ。どの口で近接戦が苦手とか抜かしたのよ。
 しかも直撃して吹っ飛んだ先にさらにビットで集中砲火をかけるんだもの、あれが所謂ハメ技って奴なのかしら。
 
 一夏もそんなことになってる相方を放っておくわけにはいかないわよね。あたしからさらに距離を離しながら、セシリア本体に直接攻撃するべく瞬時加速したの。
 近接攻撃であのビットを撃墜するなんて至難の業だし、その選択は間違ってないわよ。ただ、相手が本気のセシリアだってのが間違いだっただけで。

 「あら、一夏さん。御免あそばせ」

 あいつ、肩ごしにライフル向けて一夏を狙撃しやがったのよ……いや、いくらハイパーセンサーで機動読めてるからって、それをやる? あたしだって真後ろに龍咆を撃つとほとんど当たらないのに。
 瞬時加速中で軌道を変えられなかった一夏は、真正面からセシリアの砲撃に撃ち落される。咄嗟に零落白夜を発動させようとしても、瞬時加速でただでさえエネルギー馬鹿食いしてるところにそんなもの展開できるわけないでしょうが。
 まあ、呆れていてもしょうがないし、だいいちあたしと言うものがありながらセシリアにちょっかいかけようとした一夏の姿勢はいただけないわよね。
 
 「あんたの相手はあたしでしょうが一夏あっ! 何浮気してんのよ!」
 「ちょっ! 待ておい! 浮気って何だ浮気って!!」

 うるさい。あたしをほっとくアンタが悪いのよ。
 撃ち落された一夏めがけて瞬時加速しながら斬りかかる。全推力を乗せた一撃だったのに、あいつってば上手い具合に力を受け流しながらブレードで受け止めてしまったのよ。
 何よ。一夏の癖に生意気なのよ。散々紅椿にボコボコにされてたせいで馬鹿力の受け流し方だけは上手くなってるんだから……。
 鍔迫り合いになったら純粋にISの出力勝負になって来るんだけど、こうなるとあたしは些か不利になるのよね。
 だって、今の白式の出力は甲龍よりもずっと上なんだもの。
 白式は近接戦闘に特化した機体だけあって出力自体は元々高めではあったわ。でも、最初は甲龍とあまり変わらなかったのに、あたしたちと訓練してるうちに学習したのか以前より出力が上がってるのよ。
 でも、普通ISが勝手に自分の出力を上げるなんて出来やしないわ。だって、この子たちは意思はあってもその体は機械なんだもの。機械が勝手に自分の性能を変えるだなんてあるわけないじゃない。
 なんでそんなことになってるのか一夏に聞いても「よくわからん」とか言いやがるし、普通ならそれだけでも十分大騒ぎになりそうよね。身近に非常識の権化みたいなISがいるせいで目立たないけど。
 
 「こうなったら俺の方が有利だぞ鈴!」

 力任せにあたしを押し込もうとする一夏。まったく、こんなことで得意気になってんじゃないっての。脚元掬うわよ?

 あたしはわざと片手のブレードを格納して、今まで何とか釣り合っていた力のバランスを無理やり崩して受け流す。まあ、一夏だってぼーっとしてるわけじゃないからすぐに体勢を立て直そうとしたけども、あたしの前で一瞬でも隙を見せたのが命取りよ。
 その一瞬の隙、不意を衝くようにしてあたしは一夏の手をとり、捻りあげながら投げ飛ばす―――以前あたしが箒にやられたみたいには綺麗に行かないけど、見よう見まねで何とかなるもんよね。
 
 「ってぇ……い、今の投げ方って箒の……って、何してんだお前?」
 「見りゃわかるでしょ。あんたの上に乗ってるのよ」
 「いや、だから何で……」

 理由がなくちゃあんたに乗っちゃダメなわけ? ふざけたこと言ってると『潰す』わよ?
 
 龍咆―――空間圧縮座標『対象周囲』に『特定』
 
 龍咆の原理は簡単よ。周囲の空間に圧力をかけて砲身とし、その圧縮した空間そのものを発射して相手にぶつけてるの。
 でも、正直めんどくさくない? わざわざ空間に『圧力』をかけて砲弾を作り、それにさらに『圧力』をかけて発射するなんてさ。そりゃ距離が空いてれば意味もあるんだろうけど、至近距離でそんな真似する意味あるのかしら。
 そんなまどろっこしいことしなくたって、発射する必要が無い位密着した相手になら直接『圧力』をかけることだってできるのよね。

 圧縮対象を「一夏」に合わせて龍咆を発動させる。あたしの両肩に浮遊する圧力操作のためのユニットが輝いた瞬間、あたしと一夏の周囲の地面が一気に陥没したの。
 突然全身を襲ったとんでもない圧力に一夏が悲鳴をあげ、白式が軋み始める。シールドエネルギーだって全身を襲う圧力に晒され続けるせいでがりがり削られてるわ。
 それにしたって「ぎゃー」とか大袈裟よアンタは。心配しなくてもこのままシールドエネルギーを削りきってあげるだけだから感謝しなさい。

 「ぐぐっ……り、鈴……てめ……ぇ……」
 「大人しくしなさいよ一夏。デュノアももうすぐセシリアが片づけちゃうんだから」

 ハイパーセンサーで得られる真後ろの視界の中で、セシリアはデュノアを完封しようとしていたわ。もはや反撃する暇すら与えず無数のレーザーの雨で集中砲火してるんだもの。あとは時間の問題―――

 あたしもセシリアも勝利を確信したその時だったわ。デュノアのISがその姿を変えたのは。



 ***



 「何ですの? 『それ』は」

 デュノアさんめがけて降り注いでいた蒼い光を防いだもの―――それは背中の装甲を弾き飛ばして姿を見せた、左右3対の補助腕から展開されるエネルギーシールドでした。
 
 「さすがに、このまま完封されちゃうってのはかっこ悪いからね。奥の手だよ」

 ……ああ、たしかに装甲の奥に格納してましたわね。ってそんなことを言っている場合ではありませんでしたわ。
 今まではほぼ全身に展開していたエネルギーシールドを、6本の補助腕の先端にピンポイントで生成させることで強化したそれは、ブルーティアーズを以てしても容易に貫けるものでは無いようです。
 しかも、その補助腕が非常に機敏かつ正確にブルーティアーズの攻撃を防御するものですから、今までのように全方位射撃でからめ取ることができなくなっていましたの。

 「そんなものがあるのなら最初から出しておいたら如何でして?」
 「最初から出したら奥の手にならないでしょ。行くよ! リヴァイヴ!」

 ブルーティアーズ達からの攻撃を防ぎつつ、デュノアさんはわたくし目がけて加速しました。こうなればもはや相手はわたくし一人になったようなもの。デュノアさんの本領をようやっと発揮できると言ったところでしょうか。
 
 「ごめんね。この『アラクノフォビア』はただ防御の為だけの装備じゃないんだよ!」 

 ブルーティアーズからの砲撃を防いでいた補助腕、そのうちの2本の先端に展開されていたエネルギーシールドが姿を変え、デュノアさんの言葉と共にわたくし目がけて翡翠色のレーザーを射出してきたのです。
 成程……あのエネルギーシールドは元々攻撃用のエネルギーを防壁へと転化していたものですのね。
 しかもその上、自由になった両腕にそれぞれ兵装を召喚して射撃を繰り出してくるものですから、いささか不利な状況にはなりましたわ。おそらく、ブルーティアーズからの攻撃を止めればあの6本の腕全てからさらにレーザーを射出してくるのでしょう。
 攻撃と防御を高いレベルでこなす補助兵装―――確かに、奥の手と呼ぶにふさわしいものですわ。ですけど―――。

 「……何故、その技術を使っていますの?」

 高機動マニュピレーターと、攻性エネルギーを用いた攻防一体の特殊兵装。そのうち、攻性エネルギーを用いた技術についてはわたくしもよく知っています。なにしろ、このブルーティアーズのシステムにその技術は使われているのですから。
 でも、それをデュノアさんが使っているのが腑に落ちませんわ。この技術はわが英国において最重要機密であるはずですし、共同開発相手のアメリカにおいても同様の扱いがなされていると聞いていますもの。
 デュノアさんが―――いえ、デュノア社が知りえる技術ではないはずです。仮に独自開発したとしても、現在第三世代機の開発競争で他国に後れを取っているデュノア社がこの技術を開発できたとは考えにくいことですわ。

 「貴方……まさか」

 デュノアさんと初めて出会った時から感じていた違和感が頭を過りました。ですが、仮にも戦闘中に他事に気を取られてしまうとは不覚でしたわ。わたくしもまだまだ未熟ですわね。
 僅かに生まれてしまった隙を衝いて、デュノアさんは背中の補助腕を鈴さんへと向けてレーザーを放ったのです。鈴さんも咄嗟に圧力砲を解除して一夏さんから離れようとしたのですが、それはこともあろうに一夏さんによって防がれてしまったのですわ。

 「いっ! いちか!? な、なにを……」
 「これで……ちょこまか逃げられないだろ?」

 ご自分の上に乗っていた鈴さんを抱きしめるようにして引き留めた一夏さんは、顔を赤くする鈴さんに向けて意地の悪い微笑みを向けたのです。そして―――

      『唯一仕様  零落白夜』

 一瞬で展開させた専用ブレードをさらに変形させ、相手の全エネルギーを消滅させる必殺の光刃を彼女に突き立てたのです。純白と黄金の閃光が輝く中、鈴さんは瞬く間にその全エネルギーを奪い尽くされて戦闘不能に陥ってしまったのですわ。

 『凰鈴音 エネルギー残量ゼロ 戦闘続行不能』
 「ちょっとセシリア! あんた何やってんのよおっ!!」
 
 ……いつもなら謝罪するところですけど、一夏さんに抱かれたまま少し嬉しそうにしている鈴さんにかける言葉なんてありませんわ。う、羨ましく何てありませんからねっ!
 
 「悪いシャルル、助かったぜ」
 「こっちこそ遅れてごめんね。でも、これで形勢逆転だよ」

 わたくしを見上げてそれぞれの武器を構えるお二人―――これで二対一となったわけですわね。わたくしらしくもなくしくじりましたわ。
 ですけど、形勢逆転というのは間違いでしてよ?
 確かに数こそ二対一ですけど、ほとんど無傷のわたくしに対して一夏さんたちは揃ってボロボロになっているのです。しかも残りのエネルギー量を鑑みるに、切り札である零落白夜はあと一回発動できるか否かでしょう。

 ですから、まずはそこから封じさせていただきますわね? まさかこの程度で落ちないでくださいまし。

 ――ブルーティアーズ、半意識制御モード解除―――「砲撃モード」エネルギー加速
 ――シールドエネルギー、BTシステムに直結、変換完了
 ――スターライトMkⅢ、「バスターモード」へ移行

 「『スターライト・ティアー』」

 ブルーティアーズの実に三分の一のエネルギーを一気に吐き出すわたくしの切り札が、突撃を敢行しようとした一夏さんめがけて殺到します。並みのISなら一撃で戦闘不能にすることもできる光の鉄槌を前にして、一夏さんが取る術はたった一つしかありませんわ。

 「くっ! 『零落白夜』ァッ!!」

 純白の閃光が蒼い光に触れた刹那、『スターライト・ティアー』の閃光は砕かれたガラスのように霧散してしまいます。防ぐことも躱すことも敵わぬこの砲撃も、それが『エネルギー』である以上一夏さんの唯一仕様の前では無力なのです。
 もっとも、そのために『零落白夜』を使ってしまった一夏さんはエネルギー切れに陥ってしまったようですわね。

 『織斑一夏 エネルギー残量ゼロ 戦闘続行不能』

 無情なアナウンスと共に、わたくしと一夏さんの逢瀬が終わってしまったことが告げられてしまいます。あぁもう、本当にしくじってしまいましたわ。

 「いっけえ! シャルル!!」
 
 動けなくなった一夏さんの声が響くと同時に、ブルーティアーズが警告音を発します。全兵装を展開して勝負を決めるべく突撃するデュノアさんに反応したのでしょう。心配性ですわね、この子は。

 「冷却時間の間は撃てないはずだよね! もらったよ!」

 あら、よくご存知ですのね。だからそんなに自信満々で突撃してきたのかしら。
 左腕のシールドを弾き飛ばして姿を見せたシールドピアスを振りかざし、不用意に突撃してくる姿はまるっきり調子に乗った獲物そのものでしたわ。そのような相手を、わたくしのブルーティアーズが逃すとでもお思いですの?

 「そんな事をしていると、ブルーティアーズに『切り刻まれて』しまいますわよ?」

 わたくしの周囲から放たれたブルーティアーズが、その先端に蒼いレーザーブレードを出現させてデュノアさんのISに突き刺さります。射撃状態で放たれたレーザーならば防げたようですが、ブレードにして常時出力状態となれば話は別のようですわね。

 「え、ええええっ!? 何それ! 聞いてないよ!」

 当たり前ですわ。言っていませんもの。それに、ほとんどの場合でしたら射撃した方が早いですから使う必要性もありませんしね。
 6本の補助腕を切断され、ブルーティアーズ達が振るう四振りのブレードによって地面に縫い止められたデュノアさんが驚いたように叫びます。惜しい試合ではありましたけど、先に手の内を見せてしまったことが貴方の敗因でしてよ?
 それでは、貴方の仰った言葉をそのまま返して差し上げますわ。

 「『奥の手』ですのよこれ。では、ごきげんよう」

 冷却を終えたスターライトから放たれた蒼い閃光。それが、この試合に幕を下ろすカーテンコールとなったのです。

 

=========================

あとがき

 準決勝の模様をお伝えいたします。
 原作では成しえなかった組み合わせの戦いですが、実際にやったらどうなっていたのでしょうね?
 個人的にシャルル君は一対一向けの技能の持ち主だと考えておりますので、やっぱりセシリアさんは相性悪いんじゃないかなとは思うのです。あとラウラ嬢とも。

 それでは、相変わらずの視点の拙作をご覧いただき誠にありがとうございます。
 この場をお借りして御礼申し上げます。



 で、追記。

 冗談抜きで話のストックが尽きてしまいましたので、しばらく更新をお休みさせていただきます。宜しければ次回まで気長にお待ちいただければと思いますので、平にご容赦願います。


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