四代目が彼ら夫婦を揃って呼び出す時、大抵ロクなことがない。
金色の髪をした少年と桜色の髪の少女は四代目火影、波風ミナトの前に
立っていた。
向かい合う四代目の左右にはそれぞれ男女の上忍が控えている。二人の
背中には団扇の紋が見える。うちは一族の長うちはフガクと、同族の
うちはミコトだ。火影に命じられて、特別にこの場に立ち会っている。
火影は、自分の前に起立している二人に青い瞳を向けた。
「二人に紹介するね。こちらは大名様の御親戚に当たる方だよ。ナホさまと
おっしゃる」
火影のデスクの前には、少年たちよりも小さな少女が立派な身なりで
澄ましていた。髪を大きく二つに分けて団子に結ってあるから、なんとなく
ぼんぼりというカンジがする。
少年のほうが、火影の話を「ふーん」と聞き流しながら、わくわくと
部屋を見渡している。彼には朝からずっと気になっていることがあるのだ。
「んで四代目?今日オレたちが護衛する人ってのは?」
火影は、涼しげな目元をきょとんとさせた。
「え、だから。このナホさま」
「へ?」
「ナホさまは領地視察のためシズメ村までいらっしゃるから、ナルトと
サクラが連れていってあげてね」
「ええ?!」
と少年は少女と一緒に声を上げた。少年のほうが、四代目火影にくってかかる。
「四代目、偉い人がくるって言ってたじゃん!」
「うん、言ったよ。だからちゃんといらっしゃっただろ、大名の御親戚の
ナホさま」
「ひでえっ。オレってば楽しみにしてたのに!」
「うん、知ってた」
「なんで朝ご飯食ってる時に言ってくんなかったんだってばよ!」
「楽しみは後にとっといてあげようと思ってね」
ナホが小さいアゴをふんと上げる。
「なんじゃこの無礼なチビは?」
「お前のほうがチビだろ!」
四代目は少女と言い合う少年を見て、「はは」と笑った。
「ナルト、お姫様の護衛が夢だったもんね。嬉しい?」
「こいつのどこが姫だってばよ。綱手のばーちゃんが姫って呼ばれてんのと
おんなじくらいウソくせえってば」
四代目の左後ろに控えている女性は少年の様子をおもしろがって見ているが、
左側に立つ男のほうは、ため息をついて少年を見た。
「その辺にしておけナルト」
フガクに制されたうずまきナルトは、「ちぇ」という顔をしてから、男を見た。
「そういえば、なんで隊長とミコト先生がここにいんの?」
もしかして同じ任務とか?!と瞳をキラキラさせた少年には悪いが、
警務部隊の任務に子守は入っていない。
フガクもできればナルトと同じことを四代目に聞きたい。子守任命の場に、
なぜ自分とミコトがここに呼ばれたのか。任務に出かける子供たちを見送って
やれとでも言うのだろうか。そういうことなら普通にそう言って呼べばいいだろうに。
その時、ナホという娘が声を上げた。
「火影どの、まさかわらわの護衛というのは?」
四代目は秀麗な顔をナホに向けた。
「この者たちになります」
ナホはむかっとした顔をした。そして駄々っ子のように叫んだ。
「この者たちでは心もとない!うちはサスケを呼んで参れ!」
フガクは思わずミコトと顔を見合わせた。うちはサスケはフガクの次男だ。
四代目は弱ったように笑った。
「あいにく、サスケは別の任務で出ております」
「そんな任務、この者たちにやらせればよい!サスケをここへ!」
「えええ・・」
「わらわが頼んでおるのだぞ!」
少女は胸をはるが、頼んでいるという態度ではない。
ナルトと少女――春野サクラが囁き合っている。
「こいつサスケサスケって、どうしたんだってばよ」
「知り合いかしら?」
火影がフガクを振り返った。へへ、と笑う青い目が、
「このすごい子、なんとかして」と言っている。
フガクはため息をついて少女を見た。
この娘がぐずっているのは彼の息子のせいらしいので、今は
理不尽なパスを強く突っぱねられない彼だ。
「ナホさま。我々の里長も申しました通り、うちはサスケはいま
里におりません。護衛についてはご安心ください。この者たちも歴とした
木ノ葉の忍です」
ナホはむっとしたようにフガクを見た。
「なんじゃそのほうは」
「うちはサスケの父親です」
名前を名乗ったところでどうなるものでもないので適当に答えるフガクだ。
「サスケの父親」と聞いたナホは、つんと顎をあげた。
「ウソを申すな!」
「う、ウソ?」
四代目がきょとんとするのに、ナホはフガクに指をつきつけた。
「あの美形でクールビューティなサスケの父上が、このような愛想のない
男のはずがないっ」
その場はシーンとなった。口を開いたのはナルトだ。
「『はずがない』って・・・隊長がサスケの父ちゃんなのは昔から決まってるってばよ」
「わらわをだまそうとしてもムダじゃ!」
「だますもなにも、あのサスケのスカした態度はどっからどう見たって隊長譲りだってばよ」
「ナルト」
四代目がキリッと少年を見た。
「よくわかってるね。サスケの愛想なさはフガクさんからの遺伝だよ」
「おう、そんなの里中が知ってることだってばよ、ねーサクラちゃん」
「私にふらないで!」
最悪のバトンタッチをされたサクラの拳がナルトの頬に炸裂する。ナホが叫ぶ。
「この男のことはどうでもよい!なんでもよいからサスケを呼ぶのじゃ!」
・・・こんなわけのわからない茶番を見るために自分はここへ呼ばれたのだろうか。
うんざりとしたフガクを、再び四代目が振り返ってひそひそと言う。
「こんな時にサスケはどこいっちゃったんだっけフガクさん」
「指名手配中の忍の捜査で出ている。お前がカカシにつけてサスケを里から
出したんだろうが」
「そうでした。失敗しちゃったなあ」
「どうするんだミナト。こんな状態でナルトとサクラを出発させるのか?」
「うーん・・・」
いくらなんでも、あのじゃじゃ馬を二人に丸投げするのは気の毒だろう。
それまで男二人の話を聞きながら考え事をしていたミコトは、「ねえ」と
彼らに指をあげた。
「ここは、私に任せてみない?」
四代目はフガクを見、フガクはミコトを見た。
「あの娘を静かにさせて大人しく出発させるんだぞ。できるのかミコト」
「やってみるわ」
四代目は頷いた。
「よし。じゃあ君に任せたよ、ミコト」
「お任せ下さいな四代目」
金髪の男は右手を上げた。ミコトはそのてのひらを軽く叩いてナホの傍に
寄る。
ナルトとサクラは話をやめて、ナホのそばに立ったミコトに注目した。
「ナホさま」
「今度はなんじゃっ」
「私にもごあいさつさせてくださいな。うちはサスケの母、うちはミコトでございます」
ナホはミコトを見たとたん、ぱあっと顔を輝かせた。
「美しいのう、さすがはサスケの母上じゃ!」
「恐れ入ります」
四代目の机にナルトとサクラが寄り、三人はひとかたまりになって
ひそひそとやりはじめた。
「あの子のミコト先生に対する態度、フガクさんに対するのとスゴイ違いよね」
「調子いいってば」
「ムリないよ、ミコトは昔っから女の子をたらしこむ天才だったから」
「タラシコムって何?四代目」
「うん、それはね」
フガクは拳を四代目の頭にたたき落とした。
「痛い、フガクさん」
「子供におかしなことを吹き込むな」
「ねえ隊長、タラシコムってなんだってばよ?」
「お前は知らなくていいんだ」
ナホはナルトと押し問答をしているフガクを見ながらミコトに対して声を潜めた。
「あの男とミコトは夫婦なのか?」
「ええナホさま。あの者はうちはフガクと申しまして、私の夫です」
「ホントのホントか?」
「ホントのホントでございますよ」
ナホは納得いかないようだ。このサスケに似た美女とあの仏頂面が、どうも
結びつかないらしい。
「わかったぞ、そなた再婚じゃな!サスケの父上は別におるのであろう」
「私の夫は、後にも先にもサスケの父一人ですのよ、ナホさま」
「わからぬのう」
ふふ、とミコトは笑った。ナホは「まあよい」と言ってミコトを見た。
「サスケの母上ならば、わらわにとっても母同然じゃ。ミコト、
わらわを娘と思うてよいぞ」
「ありがとうございますナホさま」
なぜ、「サスケの母上ならば、わらわにとっても母同然」という理屈になるのだろう。
しかしミコトは頓着した様子もなく笑う。彼女にしてみればこれも作戦のうちなのだ。
「ナホさま。私の娘になってくださるということは、うちの子になってくださると
いうことですわね」
「そう思うてよいぞ」
「ではナホさま」
ミコトはナホの傍にかがんで、優しくその手を取った。
「うちの子になったからには、今から申し上げることを、このミコトと
お約束してくださいますか?」
「わかった。もうしてみよ」
「私の子には、年長の者の言うことに、きちんと従うようにさせています。
サスケには兄がおりますが、サスケは兄のいうことも父のいうことも
よく聞いておりますよ。ナホさまも同じようにできまして?」
「どうすればよいのじゃ?」
「今からナホさまには、こちらのうずまきナルトと春野サクラが護衛に
つきます。この者たちはナホさまと身分は違いましてもあなたさまより年が上。
道中では彼らの言うことを、よくお聞きいただきたいのです」
「うーん・・・あいわかった」
「道中ではご不便もございましょうが、なるべくご寛大なお心でお許し願いとう
ございます」
「うむ。まかせておくとよいぞ」
「私の申し上げたこと、お約束いただけますでしょうかナホさま」
「ほかでもない、サスケの母上の頼みであるからな。わらわは約束を守るぞ」
おお、と、フガクを除く三人が声を上げた。
とにかくも、ナホに「護衛二人の言うことを聞く」と言わせた。状況は一歩前進だ。
と一同が思った瞬間、ナホが「ただし」と言った。
「条件がある」
ミコトは頷いた。
「うかがってもよろしゅうございますか」
「うむ。条件というのは」
ナホは叫んだ。
「うちはサスケをここに連れてまいることじゃ!」
ええ!とフガクを除く三人が声を上げた。
サスケがいないからナホはごねていたのだ。そしてサスケは今、絶対に
ここへ連れてこれない状況だ。だから困っているのだ。これでは振り出しに戻るでは
ないか。
しかし、こんな状況でもミコトの笑顔は崩れない。彼女は掛け値なしの笑顔で
優しくナホを見た。
「かしこまりましたナホさま。御意にかなうようにいたしますわ」
ミコトはとんでもないことを言った。
「お言葉通り、うちはサスケを護衛に加えます」
えええ!と三人が声を上げる傍で、フガクが「おい!」と声を上げた。
「お前・・・」
どういうつもりだと言いかけたフガクをミコトは振り向いた。その黒い瞳は
凪いでいるが、明らかに「黙ってろ」と言っている。フガクは言葉に詰まった
後、もういいと妻に手を振った。どうとでもなれ。
ミコトは夫にニコリと笑ってからナホに向き直った。ナホは瞳をキラキラさせて
ミコトを見る。
「本当か?本当にサスケがここにくるのか?」
「ミコトは嘘を申しません。サスケを呼ぶまで少々お時間をいただきますが
よろしいでしょうか」
「うむ、くるしゅうないぞ」
「それでは私の申したこと、お忘れにならないでくださいましねナホさま」
「わかっておる。わらわは護衛の者たちの言うことをちゃんと聞く」
「お約束いたしましたよ。ミコトと指きりしましょうね」
「うん」
ナホはミコトの指に、自分の小さな小指を絡めた。
二人を見ながら、フガクを除く三人がまだひそひそとやっている。
「ミコト先生、何か考えがあるのかしら」
「笑顔が神々しすぎて、考えが読めねえってばよ」
「『サスケの母上ならば、わらわにとっても母同然』だって。どうするの
フガクさん。あの子、サスケのお嫁さんにもらうの?オレは止めないけど」
そんな話をしている場合ではない。
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つづきません。