<第四十八話>
此度のオータムとの戦闘において、志保は完璧な決着を付けるつもりであった。
臨海学校において、その劇的に向上した戦闘能力と、何よりも志保を難敵と認識しているその点が、志保にとってのオータムの脅威の度合いを高めていた。
――――故に、この一戦で以って、オータムの命を確実に奪うつもりでいた。
生きたままの捕縛など、そんな温い思考で臨めば逆にこちらの命を刈り取られる。
その為に、志保は今一度オータムに対し、宝具の真名開放という超絶の切り札を切る。
最小限度の力の行使で、最大限度の結果を求めるのが志保の戦闘スタンスだが、だからと言って手札の行使を躊躇う筈もない。
その為の仕込みはすでに終えている。未だオータムは志保の二槍の間合いで切り結び、その片割れ、破魔の紅薔薇が剣舞の最中、別の槍にすり替わっているなど気付きもしていない。
その槍の名は<ゲイ・ボルク>
ケルト神話にその名を残す英雄、クー・フーリンが手にしていた呪いの魔槍。
彼がこの槍を用いて作り上げた奇跡こそ、因果逆転の呪い。
世の不変の理である原因があって結果が成るという法則を捻じ曲げ、”槍が心臓に命中した”という結果を、”槍を放つ”という原因の前に作り上げる、必殺必中の呪い。
いずれもが必殺の武装である宝具の中でも、とりわけ必殺に特化したこれで以って、オータムの命諸共因縁を断つ。
おまけに万が一この宝具を使ったところを記録されても、真実には辿り着けないだろうという確信が志保にはあった。
どこの誰がその際の映像を見て、槍の呪いが因果を逆転させた、などと推察できるのか。
十中八九、記録機材の不調と断じられるだろう。この場において、この宝具ほど適したものは存在しない。
しかしながら、音速域での高機動戦闘を主体としたIS同士の戦闘において、宝具の真名開放の難度は段違いに跳ね上がる。
槍の間合いから外れたところで真名開放を行っても、ただ大量の魔力を無為に散らすだけ。
そこで志保は、オータムの自身に対する執着心を利用した。
同じ間合いの適当な武装で以ってオータムと切り結び続け、彼女の体を宝具の射程内に収め続けた。
(――――――――頃合だな、この剣舞はお前への手向けとしよう!!)
真紅の槍を振りかぶり、帯びる奇跡を行使するための魔力を込める。
「――――ちっ!?」
滲みでる禍々しさ、それを肌で感じたオータムが回避機動をとろうとするがもう遅い。
志保の言霊が最後の鍵となり、槍の呪いが解き放たれた。
「刺し穿つ死棘の槍――――――――<ゲイ・ボルク>!!」
無論、オータムに呪いを撥ね退ける力も運もある筈がなく、回避機動をとったオータムの心の臓を、必殺の一刺しが貫く。
その呪いを前にして、ISシールドも、絶対防御も発動すらしない。
もうすでに槍は心臓に命中しているのだから、それを妨げる過程が存在を許されない。
許された結果はオータムの死亡、その一点だった。
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禍々しき気配に包まれた朱槍が、俺の胸を深く深く貫いている。
鼓動は止まり、血流は淀み、そして刹那に満たないうちに、俺は死ぬのだろう。
心臓だけでは済まさぬと、胸の内のそこかしこに鏃と棘をブチまく念の入りようだ。
(これはもう………駄目か?)
そんな諦観の念が、引き伸ばされた時間の中で俺を蝕む。
鼻腔を、己が人生で計三度感じた死の香りで満たす。一度目は捻じれ狂う告死の鏃。二度目は夜空を満たす七つの魔城。そしていま、心の臓腑を貫く魔槍。
“避けた筈なのに貫かれた“なんて出鱈目が起きたが、それはいい。あいつのやることだ、いちいち道理を気にしてなんかいられるか。
よくよく考えれば、俺が死にかけるのは全部あいつが原因だな。
(糞……………………………結局、届かねぇか)
あいつに殺されかけて、あいつに狂わされて、あいつの為だけに為った人生。
幕引きがあいつの手なら、まあ、悪くないかもしれねぇ。
『―――――――――――――――――本当にそう?』
本当にそうか? これで死ぬなんて結果、本当に受け入れたいのか?
死の間際に聞こえた幻影に、取り繕った諦観が吹き飛んでいく。
そうだ、こんなところで死にたくない。あいつに届かないうちに死んでたまるかよ。
あいつを殺すまで死んでなるものか。届かぬ頂に在るその光を、自分の手で引きずり落としてこそ意味がある。
『私だってそう、マスターもそうでしょ?』
そうだ、“こいつ”と同じく、負けっぱなしで終われない。
幕引きは勝ってからにしたいんだ。あいつを殺して<抱きしめ>てからにしたいんだよ。
生まれてこの方、碌でもない日陰の人生だった。
何処とも知れないスラム街に名もなく放り出されて、ちんけな悪事に手を染めて、そんな屑を積み重ねた果てはすぐに首を切られかねない犯罪組織のエージェント。
亡国機業のオータムとお山の大将を気取り、どうせのたれしぬなら享楽的に生きようと、仕事ついでに弱者をいたぶる日々の連続。
汚泥に塗れ、腐臭に満ちて、暗闇に閉ざされた人生は、けれどもとびきりの輝きに出会えたんだ。
なぁ、初めてなんだぜ。何か一つの目標に向かって努力するっていうの。
おまえを倒す。それが初めて手に入れた俺の夢<輝き>
(そうだ…………その夢を…高々『死』なんかで手放してたまるかよぉおおおおおおおおっ!!)
なぁ、お前もそうだろ<ブラック・ウィドウ>、あの声はお前なんだろ。
『そうだよ、やっと私の声が届いたね、マスター』
普通ならこんなガキ臭い甲高い声、耳障りと思うんだけどなぁ。
今はそんな気がしねぇ、相棒と見据える先が一緒だってことに、こそばゆい嬉しさを感じる。
もうすでに動かない心臓に変わり、相棒のコアから流れ出る力が俺の体を賦活する。
これまでにないほどに同調した俺たちは、まさしく正真正銘の人機一体を成す。
『だから、――――思い描いて、あなたの刃を、今の私たちに相応しい刃の形を』
体の隅々を巡る力が、俺の体を壊し、新生させ、新たな機能を追加する。
この力を行使するための回路が息吹きを上げて活動し始め、形成される。
ならば俺のやるべきことは、その機能を含めた俺達の新たな形を創造すること。
(そう、そうなんだ……俺はあいつを愛おしいと感じているんだ)
愛と憎しみは表裏一体。よくそんな言葉を耳にするが、俺の志保への憎しみは、すでにもう裏返っている。
身を焼く苦しみは、身を焼く愛に、その激情こそが今の俺を形作る大本。
あいつと刃を交えて、あいつの全てを感じていたい。その思いが俺の心の全てを占める渇望。
「この世で狩に勝る楽しみなどない<Es gibt kein Vergnügen überlegen dazu, in die Welt zu jagen>
狩人にこそ、命の輝きは降り注ぐ<Die Helligkeit des Lebens strömt in den Jäger>
角笛の響きを引き連れて、私は森を、木立ちを、池を抜けて、荒ぶる獣へと追いすがる<Nehmen Sie den Klang vom Bügelhornhorn, und ich komme in Büschel von Bäumen in einem Wald durch den Teich; und wild; Fang auf mit einem Tier, um sich zu bemühen, Sie zu sein>
森の主は気高く雄々しく、何より強く<Ein Meister der Wälder ist edel über allem auf eine männliche Weise stark>
その輝く牙で以って、我が命を幾度も刈り取らんとする<wird oft mein Leben mit dem leuchtenden Stoßzahn ernten>
されどその恐怖は、私の歩みを留めない<Aber die Angst verläßt meinen Schritt nicht>
恐れを乗り越え、暴威を下して汝の命を刈り取ることこそが、我が人生最高の誉れにして至高の瞬間であるが故に<Weil ich großartige Gewalt gebe und Leben davon schnitt, das Sie und macht es darin. ......, Ehre von meinem Leben am besten, und, über Angst ist es einen höchsten Moment>
私は刃を手に取り立ち向かおう<Ich hebe eine Klinge auf und konfrontier wir es>
創造、魔剣・必斬せし血濡れた刃<Briah―Dáinsleif>」
ここに、この世界で最初の魔術使いが、産声を上げた。
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本当に、コイツは厄介だ。
倒せど倒せど、一層強くなって牙を剥く。コイツの必殺は恐らく、量子化によって如何なる防御もすり抜ける、防御不可能の刃。
故に刃を交える最中も、その刃から目を逸らさずにいた。
防ぐ時も刃そのものではなく、鍔元、奴の腕に狙いを絞り、過日の二の舞を避けていたつもりだった。
そして私が投影した呪いの魔槍が、奴の命脈を絶ち切った。
私の様な異能も、異端のISもない奴にとっては、そこで必ず終わる筈だった。
前世で相見えた、“殺しても死なない“ような人外ではない、ただの人間の筈だった。
――――ならばこれは何だ。
動かぬはずの躯と化した体が、今なお倒れ伏すことなく空に佇み、在りえる筈のない魔力の迸りが私の体を震わす。
確かに、ISコアの動力源は大気に満ちる魔力。理論だけで言うならば、魔術に通じた者ならばコアからの魔力供給という芸当も可能かもしれない。
だがそれは、コアと操縦者の精緻極まる出力制御があってこそだろう。生憎と私にはそこまでのIS適性が無いので、そんな夢想を試したこともないがな。
――――しかしその夢想を形と成した存在が、今、目の前にいる。
そして、紡がれる言の葉。それは自己に働きかけ、自己を神秘成す機構へと変生させるキーワード。
魔術師にとっては必要不可欠な、そしてこの世界で私以外に紡ぐことはない見紛うことなき詠唱だった。
その祝詞を前にして、あろうことか私は思考を僅かとはいえ停滞させてしまった。
その停滞は、奴の神秘の行使の為の時間となり変わる。
「創造――――魔剣・必斬せし血濡れた刃<Briah――――Dáinsleif>!!」
奴の発したことだまは、北欧神話に名を残す魔剣・ダインスレイフ。
勿論それは、私の見知る宝具としてのそれには似ても似つかないが、帯びる死臭はその名に劣りはしない。
形は変わらず、しかし濃密な魔力を宿した刃が振るわれ、脳髄に鳴り響く警鐘に逆らうことなく、私は瞬時加速を発動させる。
明らかに届かぬ間合い。だがその斬撃は不条理を成して、私の両足を斬り飛ばした。
「ぐうっ!? 斬り“消した“……だと……!?」
それどころか、切られた筈の膝から下の両足は、欠片もなくなり消失していた。
断面からナノマシン混じりの金属質の光沢をもつ鮮血が溢れ、私の脳髄にその事実を伝える激痛が走る。
「断面被覆、開始……っ!!」
どうにか傷口をナノマシンの外皮で覆い、応急処置を済ませる。
しかしスラスターである足を喪った私はバランスを失い、砂塵を巻き上げて大地に激突した。
(――――――――まずいっ!?)
走る激痛、無くした感覚。だがそれよりも――――奴がこの特大の隙を見逃すのか?
在りえないだろう、それは……痛みによるノイズと、巻き上げた砂塵に眩む視界の奥から大気を切り裂き進み来る刃。
「――――――――念願成就、と言ったところか?」
首筋に突きつけられる刃。
切断面の接続ならまだしも、消失部分の修復など即座にできるはずもなく、突きつけられた刃を即座に払いのける機敏な動きは不可能。
投影による剣弾も、おそらくは今の奴の技量なら、命中する前に私の首を切り落とすだろう。
つまりは完全な窮地に、私は立たされている。
「どうした、私の首を刎ねたかったんだろう?」
だが、それでもなお、奴は私の命を奪うのに、あろうことか躊躇いのような表情を見せていた。
「足掻かねぇのかよ、テメェは」
「貴様がそれを見逃すとでも?」
私の言葉に、奴は一層躊躇いの色を濃くしていく。
そのまま一分近い、不自然なほどに静寂な時間が流れ、――――――――唐突に、刃が下げられた。
「…………………………………………やっぱやめだ」
これまでの奴の言動からは想像もつかないその言葉に、私は耳を疑った。
「――――お前、正気か!?」
「うっせぇ!! テメェがそれを言うかよ!!」
「じゃあなんで見逃す?」
命を握られた者が言うには、あまりにも不適当な発言にオータムは――――――――
「俺は、まだお前の全てを見ていない、お前の奥底を見ていない、お前を殺すのは、その全てを征服してからだ」
そうして奴は、実にあっけなく去っていった。
「それに、お前との殺し合いをこれっきりにするなんてできるかよ」
そんな、愛の告白にも似た言葉を、最後に残して。
「――――――――全く、あいつの殺意<愛>は重すぎる」
本当に、とんでもない奴に目を付けられた物だと嘆息しながら、とりあえず私は簪たちに助けを入れたのだった。
<あとがき>
オータムさんデレ期突入。オータムさんマジメインヒロイン。
今回のオータムさんのイベントはもう少し後に入れようと思ってましたが、文化祭なんだから告白イベントの一つや二つも入れなきゃ恰好がつかないと思ったんで入れました。
詠唱に関しては歌劇「魔弾の射手」の中の狩人の合唱を参考に、何処となく志保への告白チックになるように作りました。(ドイツ語に関してはエキサイト翻訳に丸投げしました)
………しっかし、ISのSSなのにオリジナルの詠唱考えるのこの作品ぐらいだよなぁ、どんだけ迷走しとんねん。