-この世界には3種類の生き物がいる。弱いゴミと、強いだけの屑と、その間のゴミ屑だ-
とある勇者の言葉より。
ぼくがこの世界に落ちて来てからしばらくの時が過ぎていた。
レベルとHP、剣と魔法が『文字通り』に存在する世界。
今ぼくはこうして、武器も持たず、鎧も着ずにいわゆるモンスターと対峙している。
だがぼくは恐怖など微塵も感じていない。
元の世界のライオンを思わせる、鋭い爪と牙を持った野獣、いや魔獣が襲いかかってくるが、ぼくは慌てずに体の軸をずらし、振り下ろされた爪を躱す。
完全には避けきれなかったが、直撃を避けられたせいか、HPを5ほど削られるだけですんだ。
HPを5って何で判るんだって言うツッコミはもっともだ。だがここでは本当に判るのだ。
抽象的な感覚とかゲームのステータス的にとかじゃない。具体的に、だ。
それはぼくの体を覆い、守っている積層型マナバリア。十二単ならぬ百十二単。ちなみに現在のぼくのMAXHPは112だ。
そしてぼくは躱したところにカウンターで手刀を魔獣の腹部にぶち込む。手に感じるのは獣の生暖かさではなく、マナバリアとマナバリアがぶつかり合う硬質の乾いた感覚だけ。
プチプチと薄い膜を突き破るような感覚を27回感じた。とりあえず相手のHPを27削れたと言うことだ。
僕らのような『結晶持ち』やこの魔獣のような『モンスター』の肉体は、魔力の皮とでもいうべきこの多重積層魔力結界、通称マナバリアによってくるまれ、守られている。
もっとも弱いレベルでも同じマナの補助がなければ、たとえマグナム弾で撃たれようともこの守りは打ち抜けない。同じマナ同士でも、層一枚あたりの強度、密度が弱ければ相手の守り一枚剥がすことは出来ない。
そしてそんな強固な守りが、何重にも重なり合っているのだ。
そしてマナの前では肉体など紙一枚より脆い。全ての層を破壊されたら、もはや当てても無意味、喰らえば即死の文字通りの『戦闘不能』だ。
マナバリアは本人の生存本能と深く結びついているせいか、最後の一枚は最強の強度を持っていて、打ち砕かれることと引き替えにほぼあらゆる攻撃を止めてしまうから、そのまま中の肉体まで打ち貫く攻撃はきわめて特殊な技になる。
しかも今では最後の一枚が崩壊すると緊急用の結界を張って『真の死』を回避するなんていう技術まである。
絶対に近い防御力を誇る反面、移動も解除も出来なくなるためものすごく使いづらかった究極防御呪文をうまく改良したやつが過去いたのだ。
……戦っている最中にそんなことを考えていても、この世界に慣れきったぼくの体は勝手に反応する。ぼくの左手に埋め込まれているように見える『結晶』と、そのまわりに入れ墨のようにも集積回路のようにも見える『紋章』は、ぼくの肉体の制御をアシストする。再び襲いかかってきた魔獣に対して、相手の体の大きさ、重さを十全に利用したカウンターをたたき込む。
その一撃が、薄膜のような積層バリヤを貫いていき、遂に一段硬質な『最終防御』を叩き割るのを感じる。
僕らのような『結晶持ち』の人間なら、これが破壊されると僕らの強さを支えている魔力アシストが一時的に落ち、ただの人になるか、保護バリアに包まれて無力化するか、あるいは緊急転送によって回収されるかになるが、『モンスター』は違う。
肉体を持っている僕たちと違い、マナに本来の肉体まで食い尽くされ、生きて動くマナの塊になってしまった存在、それがモンスターだ。
芯までマナに喰われているせいでその能力は同レベルの生物とは比較にならない恐ろしさを誇る。事実上半分不老不死で、マナの供給が途絶えないかぎり老いることも自然に死ぬこともない。肉体の限界を持たないためマナアシストが全力で稼働するので、同格の生き物とは比べものにならない戦闘力を持つ。
更により多くのマナを取り込めば、いかようにもその体を進化させ、際限なく強くなることすら可能であり、過去に於いては人はモンスター化によって世界の究極存在--神になることすら可能だと考えられていたこともある。
もっともたかが人間ごときの精神力では自らを保つことが出来ずに自我が崩壊して本来の意味でのモンスターに成り下がる事が殆どなため、今ではそれは禁忌に近い感覚になっている。
ま、モンスター的存在になっても見た目は僕たち『結晶持ち』とあんまり変わらない人間もいたりするけどね。そのへんはいろいろあってこんなところで考えることじゃない。
そしてぼくの手で最終バリアを破られたライオン型モンスターは、その肉体を構成していたマナを維持できなくなり、中心核と、希薄化したマナに分離して消えていった。
モンスターはいわばHPとも言える多重殻と、中枢たる中心核と動くための媒質マナで出来た水風船ならぬマナ風船みたいなものだ。なので殻が破られるとこうして分解して消えてしまう。
中心核は良質のマナ結晶として通貨に近い価値を持ち、拡散していく媒質マナはぼくの結晶に吸収されてぼくを強くする源となる。
……まんまファンタジーなRPGのゴールドと経験値である。
ちなみにぼくの力の源である結晶はこうしてマナを溜め込み、一定量のマナ密度になると木の年輪やぼくの積層バリアのように、新たな外殻結晶を形成する。
そう、この『年輪』の数が、いわゆるレベルになるのだ。
真珠のように層を重ねて大きくなっていく結晶は、より多くの流動マナを溜め込み、より丈夫な積層マナをより多重に形成できるようになり、更により複雑な『紋章』……アシストシステムを起動できるようになる。
この『紋章』が、いわゆるスキルであり、クラスである。
ちなみにこの結晶、垂れ流される高濃度マナ……モンスターが呼吸するように吸排出しているそれを感じると共鳴する。
リアル邪気眼である。この時ばかりはぼくも少しだけ落ち込んだ。
ここは『マナ・アース』。
ぼくみたいな『結晶』を持つものがリアルファンタジーしている世界。
そんな世界でぼくは、今レベル18の『忍者』をやっています。
設定語りだけ書き逃げ。面白い物語を書けるかは設定とは関係ない。