<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

チラシの裏SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[27552] 【習作】PSUシリーズで二次創作(PSOシリーズと若干クロス風味)
Name: 蕎麦わんこ◆9fb2142d ID:db7f3996
Date: 2012/01/02 22:04
PSUに関しての作品が余り投稿されていないのではないか
ということで、自分で書いてみようなどという無謀な試み
に至ってしまいました。

お目汚しのこととは存じますが、どうかご容赦の程を。

2011 5/7 追補
本作の時間軸については、ファンタシースタポータブル2∞EP2のトゥルーエンド後と、EP1のトゥルーエンドの後日譚(ややこしいのですが、EP1ラストバトルから一年後、プレイヤーキャラとエミリアが有人亜空間飛行に飛び立つ場面)の間を想定しています……が少し雲行き怪しくなって来ております。

この間にサイドストーリーを捏造し、ねじ込んだ形式になっております。
ファンタシースターユニバースシリーズ、携帯機のポータブルシリーズ、ムービングコミック「アークガルドの幻影」等からまんべんなく、あるいは重箱の隅を突いた様な設定を引っ張り出していますので、シリーズを通してプレイされていない方には不親切な内容になっているかも知れませんので、ご注意下さい。
しれっと、オリ設定も混ざっていたりしますので、更にご注意下さい。

以上、至らぬ点について感想欄でのご指摘有難うございました。

2012 1/2 追補
PSOシリーズとのクロスオーバー要素が、その12 より発生しております。

2011 5/10
一話目、若干改訂 
 
2011 9/11
前書きを少し修正しました。 

2011 1/2
前書き修正しました。




 そこに広がるのは、地表の露出部分からは想像出来ない程の大規模な構造物だった。旧文明遺跡、所謂“レリクス”内部の巨大通路である。未だ稼動は完全ではないのか、通路は仄暗く視界は良好とは言いがたい。
 幅はおおよそ5メートル、床から天井までの距離は20メートルにも達する。
 金属とも、人工樹脂とも、石材とも違う、現代文明に於いて未だ知られぬ物質よりなる内壁は、一万年の時を経てもなお、全く毀たれることなく健在であった。
 静寂より他を知らぬのではないか、と思わせる通路内の空気を、わずかに乱すものがあった。
 それは此処に足を踏み入れた、探索者達の足音に他ならなかった。

「今回の調査にあたって、エミリア、貴女がわざわざ足を運ぶ必要は無かったのではないだろうか?」
 
 足音の主の一方が、もう片方へと問うた。
 女性の声である。落ち着いた声音を発したその顔は、白磁の肌を備えていた。つややかな黒髪が、腰まで長く伸び、前髪は真っすぐに切り揃えられている。髪と襟元を飾る、青色のコサージュが彼女のどこか人間離れした美貌に、文字どおり花をそえていた。一見すれば儚げな美少女と見える容姿に強烈な異を唱えているのが、黒い眼帯に固く覆われた右眼と、翡翠色の眼光が鋭すぎる左眼である。彼女はヒューマンからの遺伝子変異によって生じた新たなる種族デューマンなのである。

「久々の新規発見されたレリクスなんだよ、やっぱ研究者としては一番乗りしたいじゃないの」
 
 エミリアと呼ばれた少女が、不服気に口を尖らせた。
 黒髪の少女に比べると、背格好は一回り小さい。年齢の方も、見た目に準じているに違いないのだろう。多分に幼さを残した愛らしい表情に、“研究者”との自称がどうにもミスマッチである。少し癖のあるブロンドの髪を頭の左側で縛り、好奇心を湛えた大きな目はくるくると良く動く。

「未開のレリクスだからこそ、どんな不測の事態があるかも分からない。エミリアの身に何かあれば、グラール全体にとっての損失になる」

「もう、心配性だなぁ。確かに危険は覚悟の上だけど、ナギサが一緒なら百人力っしょ」

 黒髪の少女――ナギサはいわく言いがたい表情を浮かべた。あからさまな賞賛の言葉に慣れていない彼女は、困惑と、照れくささに、どんな顔をしたらいいものか分からなかったのだ。
 
 ナギサとエミリアは新進の民間軍事会社、リトルウィングの社員である。惑星政府からの依頼を受けてこの新発見されたレリクスの調査に赴いたのだ。民間軍事会社にとって、学術調査隊の護衛というならともかく、調査そのものは守備範囲外である。しかし、エミリアは科学者でもあったから、この二人で任務は事足りるのである。 


「そりゃあね、いかなエミリアさんといえども、己が頭脳にグラールの未来がかかっていることぐらい、ちゃんと認識してますよ」
 
 弱冠18歳にして、博士号取得を成し遂げた天才少女は言った。
 それは、ヒューマンの遺伝子組成がデューマンのそれに変異するプロセスの解明、という功績によるものであったのだが、更にエミリアはグラールにおける亜空間研究の第一人者でもあった。三年前のSEED事変――宇宙より飛来するSEEDと呼ばれる謎の生命体によるグラール太陽系侵攻に端を発する、一年に渡る大規模な戦いと混乱――が三惑星に残した深い傷跡は深刻な資源枯渇という形で、グラール太陽系の未来に暗い陰を落としている。それを打開できるのは、亜空間航行技術の実用化のみ。あらゆる世界へ繋がる可能性を内在するという亜空間を介せば、グラール太陽系外に新たなる資源を求めることも可能と考えられていた。そして、エミリア抜きではこの分野での技術開発に、数十年単位の遅延をきたすのではないかと噂されている程なのだ。

「まぁ折角こんなものまで持ち込んじゃったんだしさ」
 
 エミリアが後方を振り向くと、ホイールがレリクスの床材を噛む重々しい響きが近づいてくるのが感じられた。
 程なく音源はその姿を現した。ずんぐりとした三日月に似た形状の汎用作業機械である。グラール一般に広く普及しているそれは、用途もサイズも様々だ。ナギサはかってそれがレリクスの探査機として使われるのを見たことがある。これもそれと同じものだと思われた。
 この愛嬌ある外見の作業機械はその形に因んで、三日月を表す単語をその愛称としていた。機械好きのエミリアはさらに“クロワさん”などと呼んで半ばペット扱いさえしている。
 だがナギサには目前の機械が三日月というより、甲虫の頭部めいて見える。走行輪を収めた胴体中央部上面にワイヤーカッター状の突起物が高々とそびえ立っているのが印象的だったからだ。それを角と見立てれば湾曲した両端部は顎といったところだろうか。

「エミリア、この角状の部品はどのような意図を持って設置されているのだろうか?」

「いいところに目をつけるじゃないのナギサ、なんでだと思う?」
 
 逆に問い返されたナギサはしばし黙考した。「か、格好いいからだろうか?」と返答する。
 天才と呼ばれるヒトにありがちな奇癖の一種なのか、エミリアが自分の製作物や整備を施したものに『カッコいいじゃん』なる理由で角をくっつけたがるのは、彼女の周囲でも有名なのであった。
 むっ、とエミリアが頬をふくらませる。

「そんな訳ないっしょ、これはフォトン濃度測定、Aフォトンウェーブ検知、空間歪曲の検出なんかを一手にこなす多機能センサーなんだからね。その気になれば出願できる特許は両手両足の指でも足りない程の自信作なの」
 
 思わずたじろぐナギサを尻目に、エミリアはゴーグルと通称されるヘッドマウントディスプレイを装着し、探査機から転送されるデータと睨みあいを開始していた。 




「うーんおかしいなぁ」
 
 エミリアの呟きを聞くまでもなく、ナギサもこのレリクスに違和感を覚えていた。レリクスは通常、スタティリアと呼ばれる巨大自律兵器によって進入者を排除しようとする。それらは巨人や神獣の像の如く遺跡の内壁に収まり最早還らぬ主人を待ち続けているのだが、一度レリクスが稼動すればそこから抜け出し恐るべき死刑執行人と化して徘徊を開始するのだ。
 だが彼女は内壁に眠るスタティリアやそれを収納していただろう窪みを、これまでのところ一度も目にしてはいなかったのだ。
 材質不明の白い壁面は現代のヒトの美的感覚には理解不能な平面と曲面のパッチワークを構成していて、これまで発掘された如何なるレリクスとも異質な印象を受けた。
「おかしなフォトンの反応がある、Aフォトンに近似してるけど……異型フォトンとでも呼べばいいのかなぁ」
 
 エミリアは観測値にどうにも納得がいかない様子であった。

「スタティリアを全く見ないのはどう思う、エミリア」
 
 ナギサは自分の疑問をぶつけて見た。

「レリクスの防御を亜空間による具現化現象に全て任せているのかも、そんなタイプのレリクスの暴走がちょっと前にあったんだよね」
 
 亜空間には奇妙な特性があって、制御の方法によっては、ヒトの記憶を具現化することができる。これは物品、生物、甚だしくは建造物にまで及ぶ。旧文明人達はこの技術に精通していたらしく、亜空間発生機能を持つレリクスでは、記憶の具現化で生じた生物や機械を、守護者として利用することがあるのだ。
 成るほどと納得しつつ、ナギサは向かって右側の壁に歩み寄り左眼を凝らした。そこに彼女は予想外のものを見出して、驚く羽目になった。

「来てくれ、エミリア!」
 
 ナギサの大声に、エミリアは慌てて彼女の下に駆け寄った。
 ナギサの指さす先、内壁の表面に軌道の跡が二筋並んでレリクス深部に向けて伸びていた。

「私たちには先客がいたようだぞ」

「これなんだろ、マシナリーの走行跡かな」

 二人の少女は顔をみあわせる。
 マシナリーとは、ヒトとしての基本的人権を保障された、機械生命体“キャスト”未満の知性や自律行動能力しか持たない機械体の総称で、能力、大きさ等は多岐に渡る。
 
「なんでこんなの見逃したかなぁ」
 
 エミリアは探査機に操作信号を送り、アンテナを軌道跡に指向させた。

「むむ、リアクターの作動痕跡が殆ど感知出来ない、ううむ小癪な。大体、なんで壁の上なんか走るのさ」
 
 悔しげにエミリアが唸る。

「少しでも進入した痕跡を目立たせたく無かった、というところだろうか」

「にしても、単純な見落としをしたもんだわ。しかも、あたし達が一番乗りじゃ無かった!」

 余程無念だったものか、頭を抱えて地団駄まで踏み出した。見かけによらず癇癪持ちなのである。
 その様子を横目にしながら、すぅ、と一つ深呼吸してナギサがおかしな声を出した。
 
「機械ばっかりに頼ってるから駄目なんだぞっ、エミリア」

 唐突にどうしたんだと、エミリアは我に帰る。どうやら声色を使っているらしいのだが、それが誰のものかが分かるまで、しばらく時間を要した。そして、思わず吹き出しそうになる。

「ちょっとそれユートの声真似?」
 
 二人の共通の友人である、野生児とも言えるユート・ユン・ユンカースならば確かに言いそうなことだった。

「に、似ていなかっただろうか」

 随分と傷ついた様子のナギサの声である。
 残念ながら、彼女は剣技以外の大抵の才能に関して恵まれてはいない。
 だが、可愛そうなぐらい狼狽した様子のナギサを茶化すのは流石に気がとがめるというものだ。

「似てた似てた、そっくり」

「そうか、良かった」
 
 おかしなところで、子供の様に素直なナギサであった。
 しかし、他人の気を紛らわすために慣れない冗談の一つも出てくるようになったのか。
 感慨深いものを覚えるエミリアである。 
 旧文明人の精神体、ワイナールだけを道連れとして、己が使命――SEEDを産み出す根源たる暗黒神ダークファルスの欠片を探し出し、これを回収する――の遂行に専心してきたナギサである。他者との関わりを極力絶つことを自らに課していた。そんな彼女の心が孤独の淵に沈んでしまわない様に、側にあって常に支えであり続けた心優しい旧文明人はもういない、ダークファルス封印に際しナギサを守ってこの世界を去って行った。
 リトルウィングの仲間たちに迎え入れられたとはいえ、心の中の空洞を埋められずにいるんじゃないか、そんな風に心配もしていたのだ。

「ナギサも変わったもんだ」
 
 かける声が自然と優しくなった。

「自覚は無いな、剣に生き剣に死す、そんな一生なら満足だろうと今でも思っているのだが」
 
 そう言って、ナギサは困った顔をする。

「そういや、ナギサ会ったことなかったっけ?」

「誰にだろうか?」

「いやさ、うちの社員に一人いるんだわ、ナギサにわりと似た感じの奴がさぁ……」
 
 さらに言葉を続けようとするエミリアを、黒髪の少女剣士が片手を上げて制した。
 ナギサの表情が険しいのを見て取ったエミリアの身体に緊張が走った。
 生粋の戦闘者としての彼女の感覚が何かを察知したに違いなかった。

「私の後ろに」
 
 エミリアの前に立ちながら、ナギサはレリクスの回廊奥へと視線を注いでいた。
 左の袖口にしつらえられたナノトランサーと呼ばれる装置に、右の掌をかざした。ナノトランサーは歪曲空間を発生させて、その内部に三次元空間上の物質を粒子化して収納する機能を持つ。ナギサは歪曲空間を介し彼女の分身ともいえる大剣を抜き放った。自身の身の丈程もある得物が、一瞬にしてナギサの右手に現れる。
 剣士は大剣を脇構えにつけた。異形の剣であった。女性の手には余ると見える長大さもさることながら、鍔元から刀身に向けて配された回転式拳銃のそれにも似た巨大な輪胴、剣の峰にずらりと並んだ噴射口、破損した箇所を速やかに脱落させることで鋭利さを保ち続ける分割構造式の刃、そのいずれもがこの剣が尋常の用途に供されるものではなく、尋常の剣技によって操刀されるものでも無いことを示していた。

「何が出てくるっていうの? さっきの壁の跡の奴かな」
 
 ナギサの白い背中にエミリアがおっかなびっくり問いかける。

「わからない。だが心配は無用だ、私と私の剣に斬り伏せられぬものなどこのグラールにありはしない」
 
 決然たる言葉は、姫君に対する騎士の宣誓の如くであった。

「さっすがナギサ、カッコいいこと言ってくれるじゃん! でもあたしだって、それなりに修羅場をくぐってますからね」
 
 ナギサの言葉に勇気を得たか、エミリアは己のナノトランサーからテクニック発動体たる長杖を出現させて構えてみせた。

「なら援護はまかせよう、でも無理と無茶はなしだ。エミリアに万一のことがあれば、グラールの未来云々以前に、悲しむヒト達が大勢いることを忘れないでくれ」

「ナギサに何かあっても、悲しむヒトはいっぱいいるよ、無論あたしも含めてね」
 
 二人の少女はそっと互いの目を見交わした後、背中合わせに立って、レリクスの奥からやって来るものに対して、戦闘姿勢をとった。
 そして、そいつは闇の中から姿を現しつつあった。




 エミリアとナギサが調査中のレリクスから遥か上空、惑星モトゥブの周回軌道に、縦に長い六角形の船体を持つ白色の巨大な宇宙船が進入しつつあった。グラール太陽系の軍事力行使を一手に担う同盟軍、それに所属する戦艦だった。モトゥブはグラール三惑星のうちの一つで、“ビースト”と呼ばれる頑健で獣人化の能力を持ったヒトによって支配される熱砂の星である。

「エミリアめ、過程を省略する悪癖だけならまだしも、原因の究明までも疎かにするとは迂闊に過ぎるぞ」
 
 戦艦のブリッジ内部において、ヒューマンの男性が苛々とした口調でそう言った。同盟軍は基本的にキャストによって構成されるため、彼はその場における唯一のキャストでないヒトである。
 ヒューマン男性は、その姿を一度でも目にしたら決して忘れられないであろう強烈な印象の持ち主だった。
 プラチナの光沢を放つ長髪、虹彩がルビー色に輝く瞳。異相だと見えないのは、彼の顔立ちが美形の範疇にあるからだ。その身を黒一色の装いで統一しているのはよいとして、上半身は素肌の上から黒のロングコートを羽織っただけというのが、見るものをぎょっとさせる服飾センスであった。実際、エミリアなどは彼に会うたびに、『このヘンタイ! 近くに寄るな』なる悪口を吐くのを欠かさない。
 幸いなことに、同盟軍のキャスト達は彼ら以外の種族の服装に余り関心を抱かないし、もしそうでない者がいたとしても、それについて何か感想を口にすることなどはなかった。

“そう苛立つな、シズル・シュウ君。今回のことは私の方の失態でもある。リトルウィング社へのレリクス調査依頼は少々拙速だったようだ”
 
 戦闘指揮所の一画で仁王立ちしている彼――シズル・シュウの眼前にあるコンソール上に投影された立体映像がなだめる様に言った。精悍なビースト男性の姿、惑星モトゥブ代表、ドン・タイラーその人であった。

「今回の作戦指揮をとりますミカリス・ゲイドです。閣下、モトゥブ管制宙域での予定外の作戦行動について、速やかなるご許可を頂き感謝致します」
 
 シズルの傍らのシートに着座していた人型のフェイスパーツを持つ女性型キャスト士官が立ち上がり、敬礼の姿勢をとった。

“閣下はよし給え”
 
 タイラーの映像が苦笑した。

“複雑な統治機構を持たない分、私の一声で大抵の事はどうにかなるのがモトゥブだよ”

「確かに。これがパルムやニューデイズであれば、僕達の行動はもっと後手に回らざるを得ませんでした」
 
 そこまで言って、シズルはミカリスをちらりと振り返った。あくまでこれは同盟軍の作戦であって、彼はオブザーバーとしてこの場にいるに過ぎない。出過ぎた発言をしたと認識されたのではないかと懸念したのだ。
 実際、同盟軍の高級士官の中にはまだまだ、高すぎるプライドを捨てきれず他種族に対して寛容な態度をとれないものもいるという。もっともシズルは知らないのだが、現同盟軍司令カーツがまだ対SEED遊撃部隊長であった頃からの部下である彼女は、その上官と同様に久しく種族的偏見からは自由であった。

“ところで、インヘルト社の観測施設が検知したという亜空間出現反応と、それの意味するところについての君の推論、間違いはないのだな”
 
 タイラーが念を押すように問うた。

「極めて短時間ですが、大規模な空間歪曲があったのは確かです。巨大な質量がナノトランスした形跡もあります」

「しかもその位置座標は、今回発見されたレリクスと概ね重なっているのです」

 ミカリスが補足する。

“つまり、あれは発見されたものではなく、出現したものだということなのだな”
 
 かのレリクスが発見されたクグ砂漠は、対SEED戦の切り札となる旧文明の亜空間封印装置、“デネケアの門”が存在するとされ、同盟軍、ガーディアンズが総がかりで探索し尽した地域であった。新たなレリクス発見、という時点でそもそも疑ってかかるべきであった。実際それを疑ったシズルは、亜空間出現という事実にたどりついた。だが、エミリアはその発見という結果のみにとらわれて、レリクス発見に至る経過ばかりか原因をも軽視した。全く君らしくないじゃないか、シズルは臍を噛む思いであった。

「派遣された調査員、エミリア・ミュラーとナギサ、両名との通信途絶が続いている事についてリトルウィング社はなんと?」

「砂漠地帯では金属粒子の砂嵐で電子機器が不調に陥りやすいこと、レリクスでの通信状態悪化は珍しくないこと。この二点をもってそれ程重大な事態と認識していなかったというのだから呆れたわ」
 
 ミカリス・ゲイドはキャストらしくもなく感情を顕わにしていた。

「社員の一人はリトルウィング統括の養女だというではないですか、ヒトの親としての見識を疑います」
 
 おや、とシズルは意外の念を抱いた。この女性キャストはエミリアの頭脳を惜しんでいるのでは無く、子供としての彼女を心配してるようなのだ。

“こちらはこちらで、先程クラウチ氏からお叱りを受けていたところだ。何しろクライアントは私なのでな”
 
 タイラーの映像が肩をすくめてみせた。
 エミリア・ミュラーの養父、クラウチ・ミュラーがリトルウィングの統括なのだ。
 
「そのクラウチさんも今頃、ウルスラ女史にこっぴどく油を搾られている思いますが」
 
 リトルウィング社長、ウルスラ・ローランは近々寿退社してミュラー姓になるとの噂だが、となれば上司としてエミリアの義母として、クラウチの軽率な判断を糾弾せずにはおかないだろう。もっとも、それで何か状況が好転するのかといえば、またそれは別の話ではある。

「亜空間から転移してきたレリクスとなればSEED汚染や旧文明の歓迎すべからざる置き土産も考慮せねばなりません」

“伝説に語られる『災厄の箱』などでない事を祈ろう”

「同盟軍としては当該レリクスの封鎖と監視体制の構築を提案します。勿論リトルウィング調査員の回収が絶対条件であります」
 
 ミカリスの言葉は、同盟軍がエミリアとナギサを見捨てることはしないと確約したことを意味していた。実際彼女は、レリクス突入部隊を編成し直接指揮するつもりでいるのだった。

「僕も同道させて頂きます。二人は研究者仲間と友人でもありますから」
 
 ミカリスは少々不審な様子でシズルを見た。

「あら、それだけなの? 二人とも可愛いお嬢さんじゃないの、それに貴方女の子にもてるでしょう」

「いや、僕の興味はもっぱら学究にあるといいますか、その別に女性については……」
 
 シズルがいきなりしどろもどろになった。その反応を面白がったのはミカリスのみで、他のキャスト達は黙りこくって眼前のディスプレイと睨みあっていた。自身のプライドに対するダメージが最小限に留まったのは、ひとえに此処が同盟軍戦艦の艦橋だからだったろう。

“私はここで一旦失礼させてもらおう、我々としても可能な限りの支援を約束する、では後程”
 
 ドン・タイラーの立体映像が消失すると、戦闘指揮所の動きが一気に慌しさを増した。



[27552] その2
Name: 蕎麦わんこ◆9fb2142d ID:db7f3996
Date: 2011/05/17 01:38
 レリクスの奥へと広がる仄暗い闇から、暗緑色の影が分離した。影はヒトの形をしていた。
 床を踏む、コツコツという足音はその後からついて来た。
 息を呑む気配があった。その姿を目にしたエミリアのものだ。
 驚愕の故である、何故彼がここにいる?
 だがすぐにそれは安堵の溜息へと変わった、グラールの危機を何度も救った人物こそが彼ではないか、この邂逅を心強く感じることこそあれ、不安に思う必要などは無いのだ。

「め、珍しいところで会いますねぇ」
 
 我ながら間の抜けた声と問いだと、エミリアは思った。

「それに今日は制服じゃないんだ」
 
 律儀なのか単に面倒くさいのか、時折チェルシーの店――リトルウインングの受付嬢でもあるチェルシーが副業に営む飲み屋だ――に客としてやってくる彼はいつもガーディアンズの制服姿のままなのだった。しかして、今その身を包むのは膝丈程もある濃緑色のコートだ。
 そう言えば彼はドン・タイラーの昔からの友人でもあるという。ならばタイラーの要請により、私的個人としてこのレリクスへ彼女らに先んじてやって来たとでもいうのだろうか。

「貴方は、誰だ?」
 
 ナギサが低く誰何した。彼女は未だ緊張を解かず、油断すること無く、愛剣スティールハーツを構えたままだった。

「そう言えばナギサはこの人に会うのは初めてだったねぇ」
 
 そこまで口にして、エミリアはどうにもおかしいと思いはじめていた。おかしな所で、見知らぬ人物にあった。ただそれだけのことで、ナギサがここまで警戒するものだろうか。

「やぁ、俺、イーサン・ウェーバー!」 
 
 世間に英雄と喧伝されるイメージとは程遠い、人の好さそうな声が、同じく人の好さそうな顔から発せられた。

「エミリア・パーシバル、全く妙なところで鉢合わせたもんだ、そっちの娘はナギサっていうのかい、よろしくな」
 
 あれ? またもやエミリア違和感にとらわれた。あのこと、イーサンは知っているはずではないのだろうか。

「初めて聞いた名だが、そうか貴方はエミリアの知人なのか」

「おいおい、君は俺の名前を聞いたことが無いのかい?」
 
 イーサンは愉快そうだった。会う人、会う人から英雄扱いされるのでウンザリだと常々こぼしていたから、これはイーサンにとって新鮮な体験なのだろう。
 しかしそれに対するナギサの返答は氷の様に冷たかった。

「私はともかく、エミリアにまで殺気を向けているのはどういう了見だ」
 
 えっ、とエミリアはナギサを振り返った。彼女の白い面の中で翡翠色の左眼が、イーサンの一挙手一投足を見逃すまいと、厳しい視線を送り続けている。
 エミリア達に出会うまで、たった一人で過酷な戦いの日々を過ごしてきたナギサの感覚は、敵意や殺気を決して捉え損ねたりはしない。そのことをエミリアはよく知っている。
 エミリアの頭脳が高速回転を開始した。今までに感じた小さな違和感の一つ一つを検証し精査し、そして関連付けていく、しばしば彼女を他人から誤解させることになる、あまりにも迅速過ぎる思考プロセスが展開されていた。そしてエミリアは解を見出した。

「あんたイーサンだけどイーサンじゃないわ」

「なにを一体?」 
 
 唐突なエミリアの断言に、イーサンは目を丸くした。

「あんた、わたしのこと“エミリア・パーシバル”って言ったけど、今のわたしは“エミリア・ミュラー”だよ」

「そうか、それはおめでとう! そうか正式にクラウチさんの養子になったのか。いやぁ、知らなかったんだ」
 
 イーサンはバツが悪そうに頭を掻いた。

「このことはさ、わたしのこと知ってる人には、チェルシーがもれなく喧伝して回ってるのよね。イーサンがついこの前も、ウチのお店に飲みに来たって、チェルシー言ってたよ」

「ああ、そうだったかな、最近忘れっぽくて」

 困った様にイーサンが笑う。

「誤魔化しても無駄だ、知人の人生における重大事だぞ、この私だってそんなことを半年位は忘れたりしない」

 語調鋭くナギサが追撃する。

「半年経ったら忘れるんだ……、ってそうじゃなくって! ナギサは黙っててね、話がこじれるから」

「わ、分かった。黙って戦闘態勢の維持に専念しよう」

 剣を手に敵と斬り結んでいる分には同性のエミリアでさえ、胸が熱くなるのを覚える程に凛々しいナギサなのだが、戦いから離れれば離れるだけ頓珍漢な行動と言動が目立つのが彼女の欠点なのであった。

「こほん、で話の続きだけど、あんたのそのカッコ、映像記録でしかみたことないけど、一時期ガーディアンズ前総裁暗殺未遂の嫌疑をかけられてた時のだよね、なんで?」

「実は俺もタイラーから依頼を受けているんだ、モトゥブで活動する時は明らさまにガーディアンズでございっていう制服着用を控えることもあるんだよ。地域によってはローグスと無駄な軋轢を生むこともあるからね」

 あくまでイーサンの口調は淀みなかった。
 しかしこの時、エミリアは不敵な笑みを浮かべていた。

「ふうん、だったらタイラーなりガーディアンズからリトルウィングに連絡あってしかるべしだと思うけど。まっ、それはいいとして、あんたの顔まで映像記録と同じなのはどういうこと? あれ三年程前だよね」

「映像と実物じゃイメージが違って当然だろう。それともここ数年で俺もそんなに老けた訳じゃないってことかな」

「わたし一度見た人の顔って絶対忘れないんだ、骨格とか顔の筋肉とかそういうレベルでね」

 さすがにイーサンの表情に驚きの色が浮かんだ、一方ナギサはスタティリアの様に佇立したまま、エミリアを守る姿勢を崩さない。黙っていてね、というエミリアの言葉を律儀に守っているのだが、“待て”の言いつけに一日中でも従う忠実な番犬の様でもあった。 

「で、わたしの知ってる現在のイーサンの顔から、表情筋なんかの加齢パラメーターを考慮して三年分時間を巻き戻すと、丁度今のあんたの顔になる」

「あんた何者? 変装や整形にしては手が込みすぎてるし、記憶の具現化現象を生起させる程、わたしは昔のイーサン・ウェーバーを知ってる訳じゃない」

 エミリアの問いに答えることはせず、彼の右手はわずかに腰のあたりに伸びる気配をみせた。

「ナノトランサーに手をかけるより、私の刃が届く方が早いぞ」

 ナギサが鋭く警告した。

「ほう、試してみるかい?」

 虚勢を張るでもなくイーサンの姿をしたものが笑う。化けの皮が剥がれたにもかかわらず、爽やかな好青年の雰囲気になんら変化のないのがかえって不気味であった。

「エミリア、こいつは英雄の偽者らしいが、かなり使うぞ。私と比べてもまず互角とみていい」

「ちょっとそれマジ? じゃぁ実力の方は本物ってことじゃん」

 エミリアは慌てた。彼女の分析力と同じほどに、ナギサの戦いに関する直感は信頼が置ける。

「そっちのお嬢さんとやりあってもかまわないけど、少々骨が折れそうだなぁ……先に行ってくれ」

 彼は後方に声だけで呼びかけた。
 応えは無く、気配だけが生じた。

「不覚! 伏兵かっ」

 ナギサが叫ぶより早く、フォトン駆動のモーター音とともに、白い何かがレリクスの床を滑走しつつ三人の傍らを駆け抜けようとした。

「させるか、連ね舞!」

 ナギサは剣の柄にあるトリガーを握り込んだ。シアとの結合を解かれたハンマーは、鍔に付随するシリンダーに収められているカートリッジの底部を叩く。開放されたフォトンの奔流は刀身内部を走り、峰に並んだ噴射口から迸る。
 ナギサが宙に舞った。身体をくるりと丸め、スティールハーツの発するフォトンの噴流を推力として、刀身ごと回転運動に入る。さながら人剣一体の回転鋸と化したナギサが、地を疾る白い影に襲いかかった。
 ナギサの刃が届く寸前、そいつは軌道を変じると側壁へと向かった。着地したナギサの視界の隅で白い何かが、壁を這い登り、立体的な螺旋を描いて天井を逆しまに疾走していた。

「逃げても無駄だ」

 ナギサは素早く大剣をナノトランサーに納刀すると、次の挙動でライフルを新たに引き出した。マズル部分に翼の装飾がある金色の銃身がそいつをポイントする。
 ナギサが発砲し、標的からも応射があった。光粒子の弾丸と、一直線に伸びる稲妻が空中で衝突し、閃光がレリクス内部を満たした。
 未確認の敵と交戦している間も、ナギサは偽イーサンのことを失念していた訳ではなかった。あくまで主敵はそちらで、エミリアの護衛が優先される任務だ。
 だが光の爆発が、彼女の感覚と意識で構成された警戒網に一瞬の綻びをもたらした。
 イーサンの手にした柄の両端から、空気分子を焦がしつつフォトンの刃が伸張するのを、ナギサは見た。

「こいつめ」

 果敢にもエミリアが、愛用の杖、クラーリタ・ヴィサスを振り上げテクニックを行使しようとする。

「この距離では駄目だエミリア、詠唱途中に斬られるぞ」

 ナギサはエミリアを制した、そして手にしたライフルに目を落とし喉の奥で低く唸った。その銃、エーデル・フシルは威力も命中精度も折り紙つきの一級品だ、彼女自身も優秀な銃手であることは間違いない。だがこの相手には剣士としての自分でなければ遅れをとる恐れがあった。
 ライフルを手放し再度ナノトランサーより愛剣を抜刀するべきか、いやそれだけの猶予を与えれば、相手の切っ先は喉でも心臓でも好きなところに達するだろう。このまま銃でもって対決する、ナギサは即座に決断した。分の悪い賭けだが、なにこんなことは今まで何度だってあったはずだ。

「彼女の片手が塞がってなけりゃ、さっきので勝負はついてたかもな」

 フォトン刃を地面に垂直に立て、しゃがみ込む様に腰を落とした構えの偽イーサンが言った。
 ただの挑発だとナギサはその言葉を無視した。肩づけしたエーデル・フシルの銃爪を容赦なく引く。
 偽イーサンの眼前で二本の光刃が旋回し、彼女の銃弾を弾き返す、ナギサはさらなる射撃を加えるが、次弾、次々弾ともに回転速度を増した光の風車に阻まれた。

「ちっ」

 舌打ちして射点を変えようとした刹那、偽イーサンの両脚が地を蹴った。身体の前面に構えた光刃ばかりか、彼自身までもが空中で回転し、人型の砲弾の如く二人目掛けて突進を開始した!
 ナギサはエミリアを探査機の陰へと突き飛ばした。身代わりになった探査機のアンテナが切断されて宙に舞う。

「嗚呼、カッコいい角がぁ!」

 エミリアのどこかポイントのずれた嘆きに構っている暇はない。
 人間砲弾は素早く方向を転じ、高速回転するフォトンの旋風がナギサに肉迫する。
 咄嗟に構えたライフルは一瞬にして切断され、全身を覆うシールドラインが削り取られるのを感じた。腰から腹にかけて焼けるような痛みがはしり、ナギサの身体はゆうに3メートルもの距離を吹き飛ばされていた。
 呻きつつもナギサは立ち上がった、決して浅くはない傷を負わされたとわかっていたが、戦闘続行は可能と判断した。 
 一旦地面に降り立った敵は、再度の飛翔の構えをとった。但し、その向かう先は自分達の方ではなく、レリクスの出口方向だ。偽イーサンは、二本の刃を持つ光剣を、あたかも推進器であるかのように回転させつつ飛び去っていった。
 自分達は見逃されたのだ、とナギサは思った。

「ナギサ大丈夫なの!?」

 殆ど悲鳴のような声をあげて、エミリアが駆け寄って来る。余程怖ろしかったのだろうか、それともナギサの負傷の具合に動転したものか。怪我のもたらす苦痛よりも、ナギサの心身を打ちのめしていたのは敗北感と屈辱だった。ただエミリアを守れたという事実には満足すべきだったろう。泣きそうな顔のエミリアに向けて、ナギサは大丈夫だと言う風に微笑んで見せる。 



 
 同盟軍戦艦は分厚く埃っぽいモトゥブの大気層を見下ろしながら、身じろぎする巨大な鯨さながらに姿勢制御を繰り返し、最終軌道への遷移を完了しつつあった。ナノレジン製の構造材やキャットウォークが縦横に走り回るハンガー・ベイ内部では、降下シークエンスの最終チェックを終えた軍仕様のPPTシャトルが母艦から切り離される瞬間に備えて静かにうずくまっている。選り抜きの空挺一個中隊が、浮行戦闘車ストライカーと揚陸艇とに分乗してこの作戦に投入される。
 艦自体のセンサーと軌道上の監視衛星が収集したレリクス周辺のデータが、戦闘指揮所に転送され解析、判定されていた。大気の状態、民間航空機の有無、そして何より重視されるのは大型飛行原生生物の活動だ。
 惑星モトゥブの生態系における頂点捕食者、ゴラス種はPPTシャトルの様な大型機にとっても脅威となる存在だった。地上に営巣する種ならまだしも、普段は地下に生息するが航空機に反応して襲撃を行う変種となると始末におえなかった。SEED事変の折に秘密結社イルミナスが放った、ゴラス種とこれまた獰猛な原生生物であるビルデ種の掛け合わせという凶悪なキメラがそれである。
 目下のところ状況は概ねよし、警戒すべきビルデ・ゴラスの目撃例もレリクス周囲20キロメートルには確認されていないと、モトゥブ政府から報告は受けている。
 宇宙船用大出力シールドラインとナノポリマー複合装甲材で厳重に防護されPPTシャトルのコクピット内で、シズルは頑丈なハーネスによって固いシートに括りつけられていた。普段惑星間移動に使用しているインヘルト社のプライベートシャトルの客席とは、快適さの度合いに於いては雲泥の差があった。

「軍用機での降下は初めて? ヒューマンには少し辛いかもしれないわね」

 ミカリスがシズルの方に頭を巡らせて言った。キャストのクルー達は、シートに自身を接続するためのアタッチメントを身体に内蔵しているため、それ程不自由を感じている様子は無かった。

「この降下作戦にあたって、シズル・シュウさん、貴方が直接同行する必要性は低いと判断するわ。貴方の頭脳もまたグラールにとっては必要なものなのよ」

 奇しくもナギサがエミリアに対してレリクス内で呈したのと同じ苦言をミカリスが口にした。「それにわたしは貴方の様な若いヒトが危地に身を晒すのを良いことと思わないわ。お父様だってご心配のはずよ」

「父は理解してくれていると信じています。それに僕は腕にも自信があります」機外監視モニターには、ベイロード・ハッチ内に次々と飲み込まれていく空間歩兵隊の人員と機材が映し出されている。シズルはそちらに目をやった。「僕の身の安全のために彼らの手をわずらわせるつもりはありません」

「貴方が優秀な剣士であることは我々も承知しているけど……、本機が無事モトゥブに着陸するまでは乗員の生命は私達が預かることになるのを忘れないでね」

 ミカリスの口調にはたしなめるような響きがあった。
 インヘルト社代表、ナツメ・シュウの令息であり、少壮の天才科学者としてエミリアと並び称されるシズルである、他人から意見される機会はそう多くはない。だが、シズルはあっさりと己の不明を認めた。「仰るとおりです、どうも僕の言動は自信過剰に過ぎていたようだ」

 歴史上、輸送機の上で死んだ戦士の例など幾らでもあるからだ。まして来歴不詳のレリクスへの接近降下となれば、どんなアクシデントがあっても不思議ではない。シャトルのシートに固定されたままでは、さすがのシズルも卓越した頭脳と剣技を十全に発揮することは敵うまい。

「昔ながらの突入軌道を使って重力井戸に真っ逆さまですからね、少々スリリングですよ」

 搬入作業を監督中のキャストが横合いから軽口を叩いた。

「機長、おどかさないでよ」ミカリスはくすくすと笑った。「大丈夫、彼はリュクロス戦からの生き残りだから、技量の程は保障するわ」

「それは頼もしい」

 リュクロス、SEED事変における最終決戦の場所。SEEDに侵食されHIVE化していたとはいえ、元は人工惑星とも言うべき規模の巨大なレリクスだったという。たくさんの兵士やガーディアンズが傷つき或いは命を落としていった場所でもあった。



 ハンガー内に減圧警報が鳴り響き、作業員やマシナリーがシャトルの周囲から蜘蛛の子を散らすように離れていった。機体の揺れをシズルは感じた。射出ハッチに向けてシャトルが移動を開始したらしい。
 不意に胃の中にモリビニア鉱石でも飲んでしまったような不快感を覚えて、シズルは身じろぎした。星霊の知らせとでもいうのだろうか、何か悪いことが起こるのではないか、あるいは起こりつつあるのか。もしこの場に星霊徒でもいたならば彼の感じた漠たる不安が、星霊の示す何がしかの予兆であるか否か読み解いてくれたかもしれない。もっとも今は同盟軍のキャストしか乗り合わせていない、せいぜいテレメトリーから脈拍や呼吸数の増加を読み取って、軍用機での降下にストレスを感じているのだと判断を下すに止まるだろう。シズルは敢えて不吉な予感を心の隅に押しやることにした。
 

 船底の装甲板の一部が開き、ハンガー・ベイが剥き出しになると同時に周辺のシールドラインも出力を停止した。艦との接続を解かれた緑色のシャトルが、真空の中に身を躍らせる。機の心臓であるAフォトンリアクターが力強く拍動し始めた。惑星間航行を支援するシステムであるベクタートラックの軌道外では、宇宙船はエネルギーの全てを自前でまかなわねばならない。シャトルが減速を開始し、赤褐色の惑星光めがけて落下していく。
 機首が大気に差し入れられるや、機体が振動に包まれ高Gが乗員を鷲づかみにした。ヒューマンとキャストの耐G能力にそれ程開きがある訳ではないと言う話もあるが、そもそも両者における『苦痛』の意味合いがかなり違うので、シズルは自分一人が責め苦を味わっている気分だった。
 シールドラインの稼動が正常ならば、機外温度の上昇が致命的なレベルに達することは殆どあり得ない。プラズマ化した大気に包まれまばゆく輝くPPTシャトルは、戦艦からみてモトゥブの裏側へと落ち込んで行き、やがて見えなくなった。
 



[27552] その3
Name: 蕎麦わんこ◆9fb2142d ID:db7f3996
Date: 2011/05/08 02:17
 フォトン兵器によって焼灼された傷口が大量出血を招くことはまれだ。しかし、刀創であれ銃創であれ腹部に受けた傷が厄介であることに間違いはない。ナギサは剣を抜くと、それを支えにして上体を起こした。

「動かない方がいいんじゃないの」

 青い顔をしたエミリアが肩を寄せる。

「応急処置だけでもしよう」と言う彼女にナギサは首を横に振る。「この程度なら自分で面倒を見られる。それに傷口はかなり深いようだから、うっかり目にすると気分を悪くするかも知れないぞ」

 大丈夫だが深手だと言うのは微妙に矛盾している。しかし本人は強がっている風はないのだから大した精神力だといえた。デューマン特有の雪花石膏の色をした肌のせいで、顔色の良し悪しは判じかねた。腹腔内に出血があって、それが出血性ショックを生じるというのが最悪の展開だが、その予兆はなかった。チームを組んで任務に当たるときは、互いのバイタルサインを携帯端末で確認できるのだ。にもかかわらず、ここしばらく忘れていたあの感覚が戻りそうになる。

 リュクロスの深部。『そいつはただの演算部品だ!』

 海底の遺跡、血に塗れたスタティリアの爪。

 よるべない幼児のような見捨てられる事への不安感、大事な人が目の前から居なくなってしまう恐怖感、それらが心の奥底の重しを外し、ずるずると意識の中へと這いずり出ようとしていた。
五感に直接安心感を欲したエミリアはナギサの首筋に手をやった。少し速いが力強い脈拍が指へと伝わってくる。それは、ナギサの強い生命力の表れである。

「エミリアの方が余程大丈夫じゃない様に見えるのだが」
 
 指摘されてエミリアは赤面した。余程ひどい顔をしていたらしい。いきなり首に手をやったことには特に咎められなかった。

「今の私に必要なのは治療ための薬剤と、治癒テクニックをリンクした発動体だ」
 
 そう言ってナノトランサーに腕をのばそうとする。

「あ、ダメダメ、ナギサは大人しくしてなさい。あたしがやるから」

 慌てて自分の杖を手にとると、眼前に差し上げる。

「星霊よ救いたまえ」
 
 短く口にすると、瞬間的に自らの精神をトランス状態におく。大気中に存在する光の星霊力に接触し己が心身の内へと導きいれる。そして体内に満ちた光の力でもって杖に内蔵されたテクニックジェネレーターを振動させた。

「レスタ」
 
 言葉とともに柔らかく熱を伴わない輝きが生じ、広がり、やがて霧散した。

「うっ、くっ」
 
 痛苦のもたらすものとは明らかに違う呻きがナギサの唇を割った。

「うん、よし」
 
 傷口を確実に塞いだ手応えがあった。
 いきなりナギサの身体がばね仕掛けの様に立ち上がった。

「だから無理しないでってば」

「いや、エミリアのテクニックは大したものだ。傷の痛みが随分楽になった」
 
 和らいだ表情でナギサが言う。

「ええとその、想いの力ってヤツですかねぇ」

 照れ隠しなのか、空っとぼけた調子のエミリアである。ついでに遠隔操作で探査機を呼び寄せる。少し話題を変えないと湿っぽい気分が抜けそうになかった。

「アギト・エッジとメテオリック・メタルから鍛造したこれが、こうもたやすく壊されるとは」
 そんなことを言ってみた。
 ふぅ、と溜息をつくと切り飛ばされたアンテナを、掌の上で所在なさげにもてあそぶ。

「また物騒かつ高価な材料を使ったんだな」

「ああ、それはね、こういう使い方も想定していたからなのよ。危ないからちょっと横にどいてね」
 
 エミリアが探索機の操作パネルに触れると、しゅっ、という息のもれる様な音とともにアンテナの残存部分が打ち出された。数メートルも飛んだそれは、レリクスの壁面に深々と食い込んでいた。

「おお、隠し武器だったのか! 実力発揮する前に破損してしまったのは惜しい限りだ」

 素直に関心したのはそれがナギサだったからで、普通はコイツ何を考えてこんなものを設計したのかと、呆れる場面であったろう。
 エミリアは壁に刺さったアンテナを回収しようと歩みを進めた。しばらくした後……

「ごめんナギサ、これ抜けなくなっちゃった」



 エミリアとナギサは探査機の上部に身を預け、レリクスの地上開口部を目指していた。謎の敵と交戦し、しかもナギサが負傷したとなれば、これは一時撤退止む無しの状況である。そしてここに至って、外部との通信障害がかなり深刻であることが発覚した。一刻も早くレリクスから脱出すべきであった。

「ナギサ、傷に障らない?」
 
 探査機の乗り心地はお世辞にも良いものとは言えない。治療テクニックで癒着させたとはいえ、ナギサの負傷は本格的な医療処置が必要なはずだ。

「大事無い、二本の足で歩くことを思えばずいぶん楽をさせてもらっている」
 
 二人は背中合わせに座していた。偽イーサンともう一体の敵は既に逃げ去ったとも思えたが、待ち伏せの可能性も否定できなかった。ナギサはそれに備えるために正面方向を担当した。破損したライフルの代用は、氷結テクニックをリンクした撞木形の長杖である。これを左脇にかい込み、右手にはスティールハーツの柄があった。アンテナのはまり込んでいた空隙に切っ先を固定している。この構えならば遠近ともに死角なし、最前の轍は踏まぬといったところである。もしスタティリアや原生生物が出れば、後方のエミリアがこれに備える。

「偽者イーサンの正体も気になるけれど、もう片方の奴ってなんだったんだろうね」

「はっきり見た訳ではないが、女性型キャストの形をしていたと思う」

 余りにも動きが素早かった上に、眼帯で死角になった右側をすり抜けられたので確実な答えは返せなかった。

「あたしには、速い、白いくらいしかわかんなかった。ナギサが見つけた、壁を何かが走った跡はあいつのだったんだね。キャストはあくまでヒトだから、あんまりにも能力をヒトから逸脱させることは違法になる、キャストの外見を持ったマシナリーもイリーガル。どちらだったにしろ、うーんロクなもんじゃないなぁ」

 遺跡の盗掘を生業とするローグス程度が用意できるものだとは思えなかった。

「それと今思い出したんだが、白いヤツは何かを、いや誰かを抱えていた様に見えた」
 
 思い返してみれば『彼女の片手が塞がってなけりゃ、さっきので勝負はついてたかもな』という敵の言葉はそのことを指していたのだと分かる。

「行きは偽イーサンを運んでたんだろうね、足跡とか残ってなかったし」

「しかし帰りの荷がヒトだったとすれば、まさか遭難者救助でもあるまいし、訳がわからないな」

 暗澹たる気分のまま、二人は視界を通り過ぎていくレリクスの情景を見やっていた。天井の高い回廊を通り抜け、緩やかなカーブの連なる狭い通路の中を行く、その先は巨大な玄室とも思える広大な空間であった。さらに進むと巨大なアーチが口を開けている、くぐり抜ければ天井の高い回廊である、そして緩やかなカーブを描く通路に続き……
 薄気味の悪い想像が頭に浮かび、エミリアは声をあげた。

「ひょっとして道に迷ってない? なんだか同じ所をぐるぐる回ってるような」

 ナギサはうつむいて何かを考え込んでいる様子であった。

「ごめんナギサ、機械のオートドライブ任せにしてたけど、きっと戦闘で故障してたんだ」

 エミリアは自分の責任だと判断し、少々慌てざるを得なかった。

「迷路で迷った時の基本は、えーと右手法だったっけ……」

「いや、エミリアのせいでも機械の故障でもないと思う。私たちは道に迷ったんじゃない、道に迷わされたんだ」

 何をおかしな事を、という顔のエミリアに、ナギサは携帯端末の時計画面を示して見せた。彼女の意図するところに気づいたエミリアも自分の時計画面を呼び出した。

「おんなじだよ」

 任務の前に時計合わせをしたのだから当然の結果なのだ。

「もし違っていたら私のが故障しているのかと思ったのだが」

「どういうこと?」

「私の体感時間と、計器の示す時間に明らかなずれを感じるんだ」

「時間の流れに狂いが生じているとでもいうの?」

 一笑に付すことは出来なかった。ナギサの感覚である、むしろ信憑性は高いと思える。加えてこのレリクスが亜空間制御能力を持つとすれば……
 エミリアは端末のマップ画面を恐る恐る開いた。デジタル表示された部屋と通路の連なりには、入口も出口も見出すことは出来なかった。

「歪曲空間の中に閉じ込められたんだ」

「侵入するものを拒むこともないが、脱出するものは逃がさない、か。成る程、これならスタティリアは必要ないはずだ」

「どうしよう、リトルウィングに、家に帰れないよ」

 よよよ、と泣き崩れんばかりの様子のエミリアに、どうなだめたものかとナギサが慌てる。

「なんちゃってぇ」

 一転、エミリアがいたずらっ子の様な表情を浮かべた。
 ナギサは彼女のこんな所が決して嫌いではない。

「そんな時のための空間歪曲センサーじゃないの」

 エミリアは頼もしげに探査機の表面をなでた。

「いやエミリア、センサーアンテナの残った部分も壁に刺してそのまま放棄したと記憶しているのだが」

「うわぁぁ、そうでしたぁ!」

 責任の所在はエミリアに帰せられるべきであるらしかった。
 




 シャトルは既に巡航モードに移行していた。
 惑星モトゥブの首都、ダグオラシティからの管制に従ってクグ砂漠上空をものの10分も飛べば、目指すレリクスへと到達する。機動歩兵を展開し着陸した後は、シャトルそのものも司令部として機能することになる。
 高度一万メートルにまで巻き上がったカティニウムの粉塵を含んだ砂粒が機体表面のシールドラインを擦過する他は、嘘のように静謐な飛行状態であった。
シズルがその静かなアラーム音を耳にした時、降下準備を知らせる合図かなにかだろうと思ったにすぎなかった。すぐにそれが間違いだと気づいたのは、緊急事態を知らせる為に、ことさら交感神経に訴える音声をキャストは必要としないと思い至ったからだ。

「一体何がありましたか」

 シズルは大気圏突入前に感じた、不吉な予感が的中しつつあることを確信した。

「レリクス周辺地上に赤外線反応、航空機か何かが発信源らしい」

 観測員の報告は簡潔だが、リトルウィング社の船であるのは確実だろうと思われた。まさかエミリア達は撃墜されたのだろうか、嫌な汗が身体をつたうのを感じた。いや、レリクス侵入までは通信の確保はされていたはずだ、駐機された機体のみが主の居ぬまま破壊されたと考えるべきだろう。詳細を問いただしたかったが、ここでの彼は部外者だ、それ以上口を挟むことはためらわれた。
 だがシズルは、コクピット内のディスプレイと乗員の様子から事態の大まかな推移を読み取ることは出来た。
 シャトルは探査の為のフォトンウェ-ブの発信を制限していた。原生生物相手にとる処置ではない、明らかに対空兵器による逆探知を警戒しているのだ。相手はローグスなのだろうか? しかし戦艦上でのドン・タイラーの言葉を信じるなら、完全武装の軍用シャトルを相手どる程の規模をもったローグスに、レリクス周辺での跳梁を許すとは思われなかった。




 そいつは空を飛ぶ巨人の姿をしていた、ただし頭と足を欠いている。重力に逆らって浮行するシステムがあるから脚部は不要だ、思考するための脳髄はキャストの形をして胴体内に収まっていた。そいつは今や残り少なくなった完全な機体のうちの一体で、損傷は最小限に抑えて帰投することが最重要命令だった。
 着陸した宇宙船を破壊したことで任務は果たしたが、そんな据え物斬りでは、機体各部に配された数々の武装が、大出力を誇るリアクターが、そして何より脳髄たる『彼』が満足も納得も得ることなど出来なかった。一キロ先の血の匂いを捉えるという、ギルシャークの臭覚器官の如きセンサーが、シャトルの機影を感知した時、そいつは強引なナノトランスを敢行していた。




「後方二千、ナノトランス反応!」
 次の瞬間、強烈なマイナスGに呻きながら、シズルは機体上部を写すモニターに巨大な球形のエネルギー弾が通過していくのを見た。




「ねぇねぇ、ナギサぁ」

 エミリアが横目で相棒を見やりながら、その肘の辺りをちょいちょい、と指で小突く。

「な、なんだろうか」

 一時は落ち込み塞いだ様子だったエミリアが、またぞろ元気復活したのを、どうした理由なのかと訝しんでいる様子である。
 そもそもナギサ自身は、108個のダークファルスの欠片をその身の裡に回収した後は、自身もろともにかの邪神を滅ぼす覚悟を持ってグラールを旅してきた少女なのだ。亜空間に囚われた程度で、その鋼の心が折れるなどという事は無い。だがエミリアはそういう訳にはいかぬだろう、とナギサは思っていたのだ。

「ここはですね、まぁお約束といいますか」

「うん?」

「ぱっと眼帯外すや否や、『空間の結節点はここだぁ!』とか言って、空中の一点に剣を突きこむと、閉鎖空間がそこから崩壊していく……みたいな展開はないんですかねぇ?」

「無い」

 即答である。

「いやぁ、一応聞いておいてはみようかなっと。そうなると地道に現代科学の力で事態の解決を図るしかないかぁ」
 
 成る程、とナギサは理解した。得体の知れない力でレリクスの内部に閉じ込められた、となればパニックに陥りもしよう、だがエミリアにとってこれは『得体の知れた力』によってもたらされた現象に過ぎない。科学者としてのエミリアもまた、ここで心くじける訳にはいかないのだ。

「だが件のセンサーはどうにかして修復せねばなるまい、アンテナを回収しにさっきの部屋に戻るべきだろうか」

 エミリアはデジタルマップを開き、うーんと首をひねる。

「あたしがポカやっちゃった部屋は、歪曲空間から切り離されてるみたい。でもまぁ、こっちを使ってなんとかすれば」

 ナノトランサーから切断された方の金属片を取り出す。そして高熱による切断面をいまいましげに眺める。

「ここをどうにかしないと。でも無駄に丈夫な材料で作っちゃったからなぁ、専用の工作機械でもないと厳しいなぁ」

 腕組みするエミリアの前に、すっと差し出されたのはナギサのスティールハーツであった。

「私の剣が役に立つだろう」

「確かにナギサの剣なら工作機械のブレード代わりになるかもだけど、精度の方がねぇ」

 いかにナギサが剣の達人であっても、コンピューター制御された工作機械の動きを再現出来るとは思えない。

「それも問題ない、ミズラの目玉に字を刻むという修行をしたことがある」

「ミズラってパルムのヒトを襲う羽虫の? で、どれくらいの字数を彫ったの」

「そうだな、ざっと短編小説一冊程度か」

 思わずナギサの前に平伏したくなった。
 


 エミリアが即興で引いた図面に沿って、ナギサが作業を進めていく。

「しっかしナギサ、なんだってそんな面白……じゃなくって過酷な修行を思いたった訳?」

「うむ、ワイナールによるとだな、旧文明時代には穀物の粒に字やら絵を描くという技があったのだそうだ。で、私は蟲の眼球をもって代用とした訳だが、達人は精神集中の極まるところ心臓を止めて描いたそうだから、私の腕もまだまだだな」 

 心臓を止める云々は絶対かつがれているに違いないと思うエミリアである。
 そして数時間の作業の後、切断されたアンテナは無事、探査機に再接続された。もっとも、此処では時間と空間が歪んでいる、外界ではどれだけの時間経過があったかは定かでなかった。


 



[27552] その4
Name: 蕎麦わんこ◆9fb2142d ID:db7f3996
Date: 2011/05/27 01:31
 エミリアとナギサは、自走する三日月の形をした探査機の後について、辛抱強く歩き続けていた。低い唸りの様な探査機の走行音、二人分の足音、それ以外には何も耳にすることは出来なかった。
 高い天井の回廊、うねくる通路、巨大な玄室、大きなアーチのある部屋。二人を閉じ込めた閉鎖空間は、この四つの部分から構成されていた。この中を、もう既に五周程もしたのではないだろうか。

「疲れたりはしていないだろうか」

「ナギサの方こそ怪我は大丈夫なの」

 時折、互いを気遣う言葉こそ発せられるものの、予め、すぐに『その場所』が判明する訳では無いと、エミリアから説明してあったから、本人は勿論、ナギサの方にも特に焦りや苛立ちの様子はうかがえなかった。
 やがて探査機は停止した。玄室めいた部屋の一角である。その場で向きを変え、ある位置方向を指し示した。デジタルマップを開いても、どちらが北でどちらが東やらは分からないから、ある方向としか形容出来なかった。

「よし、見つけたよ」

 携帯端末の画面に送信されてきた数値を確認しながら、エミリアが小さく拳を突き上げた。

「見つけたのはいいが、この後どうするつもりなんだ」

「ものすごく簡単に言うと、紐の結び目を解くというか、閉じた袋の口を開くとかそんな感じかな」

 ナギサはしばし考え込む様子をみせた。

「簡単では無い説明を求めるとどうなるだろうか」

「丸一日位わたしが喋りづめになるよ」

 頭脳労働はエミリアに丸投げしてしまおう、改めてそう決めたナギサである。






「大型戦闘マシナリーがナノトランスして来た。くそ、後ろに貼りつかれたぞ」
 
 敵機はPPTシャトルの後上方に占位して銃砲撃を繰り返していた。二本の巨大なマニュピュレータのうち左側の先端から、フォトンの銃弾が驟雨となってふりそそぐ。機体上面の装甲とシールドラインを破るには至らないが、推進器に被弾すれば致命傷になりかねない。真に恐ろしいのは、そいつの機体中央に設置された主砲が発する球形のエネルギー弾で、これは掛け値なしにシャトルを真っ二つに引き裂くだけの威力があった。シャトルの側も銃撃で応じたが、半人型機械は敏捷な上に、堅固なシールドラインに守られていて手傷を与えることが出来ないでいた。

「マガス・マッガーナじゃない」

 ミカリスが呻いた。SEED事変時に暗躍したイルミナスと称される秘密結社が開発した強力な戦闘用マシナリーである。接収された資料によれば、空間転移能力があったというから、ナノトランスからの奇襲もうなずけた。 
 上方から撃ちまくられて、シャトルは降下に降下を重ねた。それは空戦において貴重なリソースである位置エネルギーをすり減らしていくことであった。

「このままなぶり殺しを待つのは合理的判断とは思えない、発進の許可を」

 ペイロード・ベイで雪隠詰め状態の空挺隊員からの音声が、コックピットに響いた。
 シャトルが撃墜されてしまえば、彼らは戦闘の機会さえ与えられず機と運命を共にせざるを得ない。

「揚陸艇だけでも脱出させてやりたいが、回避機動中は無理だ」

 空挺隊は、浮行戦車であるストライカーを六輌と揚陸艇二機を持っていた。揚陸艇は開放型のキャビンを持つ小型輸送機で、10人余りの同盟軍兵士を大気圏内外を問わず運搬することが出来る。

「逃げるなどとは言っていない、奴を撃ち落とす」

「無理よ」

 ミカリスが即座に否定した。揚陸艇の火力では、マガス・マッガーナに対抗することは不可能に近い。

「フォトン・キャノンを艇に載せて、直接ぶち込むんですよ」

「自殺行為だわ、頭脳体を冷却なさい」

 本来は地上に降ろして運用する砲を機上で撃つというのだ、差し違え同然の戦法としか思えない。

「どちらにしろ、高度と進路を一定にせねば発進シークエンスに入れない」

 機長がそう言う間にも、シャトルは降下と横滑りを繰り返して敵機の張る弾幕からかろうじて逃れ続けていた。






「ところで歪曲された空間を解消するには、何をもってこれに、ぶつけるべきでしょうか」

「目には目を、刃には刃を、が私のモットーだが、睨んでも斬りつけても詮無いだろうしな、ううむ」

「いやいやナギサ、それ考え方としては悪くないよ」

 正答を目前にした生徒に対する教師の口調でエミリアが言う。

「歪曲空間には、歪曲空間をということか。しかしどうやって……、ああそうか」

 ナギサは得心した。生身のヒトに空間を操る術は無い。その原理が解明されるまで、魔法だの超能力だのと呼ばれてきたテクニックをもってしても、時間と空間への干渉は困難をきわめる。亜空間発生装置というものもあるが、大規模な施設と膨大なエネルギーを必要とする。だが現代生活の中で、空間を歪曲する技術は広く、そして身近に利用されていた。

「ナノトランサー、正確にはそれに使用されているAフォトン結晶」

 フォトンの重合結合により精製されるAフォトン結晶は空間制御の特性を持ち、それによって生ずる歪曲空間を利用することで、携帯できる倉庫とでもいうべきナノトランサーが実用化されたのである。

「しかし、ナノトランサーからAフォトン結晶を取り出すつもりなのか。そもそも、あれは分解できるものなのか?」

「まぁ、メーカーの修理保障は効かなくなるでしょうねぇ」

 そう言って、エミリアはころころと笑う。彼女は簡単なことの様に言うのだが、いやまてよ、とナギサは思い直した。ナノトランサーが生成できる歪曲空間は、最大四立方メートルの体積だとされている。日常生活においてなら、物品を収納するのには充分すぎる容量である。二人の所持するナノトランサー全て合わせても、4つか5つと言ったところだが、レリクス内の広大な空間を封鎖してしまうような歪曲空間を中和するには明らかに規模が足りないのではないか。

「そう、だから外部からエネルギーを別途に供給する訳よ」

 ナギサの懸念は予想ずみ、とでもいう様なエミリアの言葉である。

「一体どこから、そんな物を持ってくる」

 エミリアはその供給先とやらを指差して見せた。

「わ、私なのかっ」

 ナギサは思わず、後ずさった。どうにも嫌な予感しかしなかったのだ。

「ナギサはデューマンじゃないの。デューマンの特殊能力“インフィニティブラスト”なら恐らくは……」

 ヒューマンからの突然変異種であるデューマンは、他の種属のヒトとは違う幾つかの特徴を持つようになる。まず肌が白変し、血の気の無い陶器で出来た人形のような色に変化する。如何なる理由か不明だが、左右いずれかの眼を眼帯等でもって閉ざすようになる。そして、体内に蓄積したフォトンを武器として使用する能力、インフィニティブラストを得るのである。

「ちょっと待ってくれエミリア、私の能力がエネルギー量として充分な保障があるのだろうか、いや足りないならまだいいが、足り過ぎるということになりでもしたら、どうなる?」

「Aフォトン連鎖崩壊反応、最悪なら連鎖崩壊爆発かな」

 さらりとエミリアが言ってのけた。ナギサのこれ以上白くなりそうに無い顔色が、明らかにもう一段階色を失った。Aフォトンの特質は空間制御能力ばかりでは無い。宇宙船の動力やスペースコロニーの維持に使用されるAフォトンリアクターは連鎖崩壊反応からエネルギーを取り出すシステムである。宇宙船を稼動させるに足る高エネルギーがこの場で発生すればどうなるか。連鎖崩壊爆発ともなれば更に深刻で、街が一つ瞬時に消滅する程の大惨事を引き起こす。

「まぁ、ナノトランサーに使われてるAフォトン結晶程度なら、そんなに心配しなくて大丈夫。なによりこのあたしが、直接制御するんだから」

 大船に乗った気でいればいいとでも言うように、エミリアが胸を張る。彼女は、只の若き天才というだけでは無い。スーパーコンピューター顔負けの演算能力を持つという、一種の異能者のようなものらしいとはナギサも聞き知ってはいたのだが、これから何が起こるのかについては不安と緊張を抑えることは出来なかった。






「このまま機上の露と消えるのは僕も御免です、軍機に触れない程度で構いませんから、あいつのデータを見せて頂けませんか」

 シズルがミカリスに問うた。

「リトルウィング社や、ガーディアンズの様な、同盟軍と友好関係にある民間軍事会社になら開示してるデータよ。問題はないわ、なんとか反撃の糸口でも見つけ出してくれるなら願ったりよ」
 
 彼女が言い終わるや、シズルの眼前のディスプレイにデータが転送されてくる。まずわかったのは、こいつは地上もしくは中低高度で戦う様に設計されていて、巡航高度にあるシャトルへ瞬間移動で襲い掛かったりすれば、リアクターに多大な負担を強いる破目になるということ、これがまず一点。パイロットはわざわざ愚かな戦法を仕掛けたことになる。シャトルが着陸態勢に入ったところを待ち伏せされたなら、こちらは数分と持ちこたえられず撃墜されたに違いない。だが相手は、愚かではあっても無能ではない、むしろ優秀だ。でなければ、長距離ナノトランスからの高高度戦闘などこなせないだろう、即ちこれが二点目。
 だが、ここまでならシャトルのクルーも承知しているはずだ。武装は、左腕のマシンガンと胴体の主砲、これにはさんざん悩まされている。ミサイル発射装置もあるが、対地攻撃用なので使用されない。 
 敵の不可解な行動の理由は何なのか、それが分かればこの事態を打開できるのに……。
 更に、武装に関するデータを参照する。右腕には巨大なブレードが仕込まれている、これでシャトルを斬りつけようとすれば、接近し相対速度を小さくする必要があるので、積極的に使うには難がある。だが、これがマガス・マッガーナの最も威力ある装備だ。
 優れた操縦技術と、賢明とは思えない襲撃方法。
 シズルは唐突にある事実に思い至った。マガス・マッガーナのパイロットは、こちらを追い詰め、恐怖させ、しかる後に撃破したいのではないか。敵は実のところサディストのようなパーソナリティの持ち主であって、最後にはブレードでシャトルを切り刻むことを望んでいるのではないのか。
 あくまで直感だ、合理思考のキャストにこれを納得させるのは困難に思える、シズル自身にも確信がある訳ではない。時間をかければ敵の行動パターンを正確に解析することも可能だろうが、その時間がもう既にない。
 危険な賭けになる。しかし、同盟軍兵士達にも生き延びる為の賭けにのる権利があるだろうし、やってみる価値はあるはずだ。

「機速を落として水平飛行に入って下さい」

 唐突なシズルの言葉がクルーを動揺させた。

「それは合理的な判断とは言えない、我々に自殺しろというのと同義だ」

 機長は取り合わなかった、ミカリスも困惑の感情を浮かべていた。

「機関故障でもよそおって回避機動をやめるんです、相手は必ずブレードで直接攻撃に来る。あいつは僕たちをバラバラにするのが望みなんだ。でも、その隙をついて何らかの反撃ができるはず」

「ミカリス隊長、俺たちはシズル氏を支持する。そして先程提案した我々の作戦が生きてくるという寸法です」

 ペイロード・ベイの空挺隊員からの通信が、割り込みをかけて来た。音声回線は繋がっていたので、コクピットのやり取りは把握していたらしい。一旦却下された、揚陸艇での直接攻撃を敢行しようというのだ。

「こっちが動きを止めてみなさい、普通ならありったけの銃砲弾を叩き込みに来るに決まっているじゃない」

「普通ならです。あれに乗ってるのが、もしキャストならモトゥブの暑さで頭脳体がゆだっちまった奴ですよ、賭けてもいい。キャストじゃなければ、それこそどんな非合理な思考をしたって不思議じゃない」

 驚いたことに、その空挺隊員はどうやら、シズルと同じ結論に達していたらしい、あのマシナリーのパイロットはどこか正常では無いのだと。

「どうなっても知らないぞ」

 機長はどうやら腹を決めた様子だった。

「最初に言い出した責任もありますから、勿論僕も行く、かまいませんね」 

「かまうわよ、もし貴方に何かあったら私は責任とらされて、解体処理されちゃうわ」

 そう言うと、ミカリスはシズルの腕をがっしりと捕まえた。

「という訳で、私も行きます」

「あ、あのっ」

 ミカリスの腕を振りほどくと、ひどくうろたえた様子でシズルが数歩後退した。
 キャストの力である、ヒューマンには苦痛を感じさせる握力だったのだろうか、それとも年上の女性(に見える)キャストはお気に召さないとでもいうのか。疑問に思うミカリスであった。 






 レリクスの床の上に、ナギサとエミリアの物で各一つずつ、ナノトランサーが二個並べて設置されていた。それらは、探査機に結線されていて、そこからエミリアが遠隔操作で空間制御を行う予定であるらしかった。彼女の眼前に投影されたディスプレイには、数式の列とグラフの類が凄まじいスピードで次々と表示されてく。

「私の方はいつでもいい」

 さすがにナギサも覚悟は決めた。となれば、後は心を落ち着けて、身体の中を巡るフォトンに集中するだけだ。呼吸と心拍の間隔は共に長く、一定である。両腕の先端に力が凝集していくのを感じる。

「こっちも、OKだよ」

「随分忙しくしている様に見えるのだが」

「あ、これは別の作業。これまで収集したこのレリクスのデータ、多分外部に送信出来てないだろうから、バックアップを取ってるところ」

 そう言って、自分の頭に指をやった。どんな記憶媒体よりも、そこがエミリアにとっては信頼できるのだろう。
 そして更に数分後、準備は完全に整った。
 ナノトランサーの上方では、直径2m程のもやの固まりとも見える球体が生じていた。それの向こう側は目をこらしても見通すことは出来なかった。Aフォトン結晶を取り出すという話だったが、あのもやの中にでも存在しているのだろうか。

「あそこに打ち込めば、いいんだな」

 ナギサが確認すると、エミリアはこくりと頷いた。普段の陽気な表情は影を潜めている。
 一つ小さく息を吸うと、ナギサはインフィニティブラストを解放した。高く掲げた右腕の先端からまばゆい光が一線となって宙へと昇る、続いて左腕からも同様に光が伸びた。両の手を頭上でぴたりと合わせると、二本の光線もまた融合し、天をも摩するかと思われる輝く大剣が顕現した。薄暗い玄室めいたレリクスが白色光に満たされる。ふた呼吸の間程、頭上の光剣に持てる力を注ぎ込んだ後、ナギサは虚空も切り裂けとばかりにそれを振り下ろした。球形のもやに、光輝の先端が接触した刹那、世界が暗転した。






 後方監視モニターの中で、マガス・マッガーナは発砲を停止し、舌舐めずりでもするように、右腕の先端から長大なフォトンの刃を引き出しにかかっていた。

「やはりそう来たか、アイツの刃圏に入る寸前まで引きつけて、そこから打って出ましょう」

 シャトルは抵抗力を失ったと見せかけて、緩降下の状態にあった。シズルの目論見は図に当たったことになる。

「一号艇にフォトン・キャノンを積み込め、射撃の指揮は俺がやる。二号艇は援護と牽制を、ミカリス隊長とシズル氏はそちらに」

 フォトン・キャノンを積み込めば、揚陸艇の運動性は落ちる。狙いを外せば確実に反撃を食らって撃墜されるだろう。さすがにシズルをそちらには乗せられないという、空挺隊士官の判断だった。

「天才という噂は伊達ではないですな。キャストでも軍人でもないのに我々と同じ結論に達したのですから」

 あまり褒められた気のしない言われ様だった。

「でも正直、絶対に上手く行く自信があった訳でもないんですが」
 
「勘だったとか言わないで下さいよ。もっともヒューマンの直感とやらも、実のところは意識されていないだけの論理思考なのだと聞いたこともありますが。我々空挺は色々な戦場で戦いますから、非合理な戦術パターンをとる相手との戦闘経験も蓄積されていくんです。もっともそれまで長生きできればの話ですがね」






 最初に落下する感覚があった。ナギサは翡翠色の左目で周囲を見渡した。すぐに、暗転と感じたことが間違いであることに気づいた。まばゆく輝く闇が彼女の周囲に渦巻いている。内部からは何も照射することのない漆黒の光のカーテンがゆらめきながら、近づいたり遠ざかったりしている。上下の感覚も次第にあやふやになって行き、墜落しているのか上昇しているのかも分からなくなった。いや、自分は頭上に向けて落下しながら、同時に奈落の底へと上昇しているのだ。

「ナギサ、ナギサっ!」

 彼女の名を呼ぶ声に、今の今までエミリアのことを失念していたと気がついた。
 声は黒い光のカーテンの向こうから聞こえてくる。ナギサは右手をそちらに伸ばしたが、カーテンはふるふるとした寒天のようにたよりなく、同時に鋼の様に強固で、エミリアに手を届かせることができない。
 声はゆっくりと遠ざかっていくようだった。どうすることも出来ないのかと、左人差し指の根元を噛んだ時、左手がわずかに発光していることに気がついた。インフィニティブラストの残滓だった。ナギサは身体に残るフォトンの力を総動員して、左腕に集中する。わずかに生じた光の剣をカーテン目掛けて突き込むと、黒い光に裂け目が生じ、丸っこい手指がのぞいた。彼女はそれを、必死の思いで引き寄せるや、がたがた震える胴体が、真っ青になった顔が、膝をまげて固まったままの両足が、次々と現れた。
 自分より一回り小さいエミリアの身体を、両腕の中にしっかり抱え込む。

「な、ナギサ……」

「大丈夫か?」

「もの凄く気持ち悪いんですけど、ごめん、吐くかも」

 エミリアの言葉に少しばかり拍子抜けした。ヒトの感覚には耐え難い、異常な空間である。吐くぐらいですめばまだいい方だろう、むしろどうして自分は比較的平静でいられるのかが不思議だった。

「別に吐いてもいいが、私につかまって絶対手を離さないように」

 言い終わる端から、エミリアがえづいた。もっとも、胃の中に内容物は残っていないようで服を汚されることは無かったが、それはどうでもいいことだった。

「ごめん、ナギサ。しくじったのかも、ずっとこのままだったらどうしよう」

 少し落ち着いたと見えたエミリアだが、そういうと、またがたがたと震えだした。恐らくこの異様な空間について、なにがしかの推論を得られるので恐怖が倍増されるのだろう。しかし、非常事態では思考力や想像力が働き過ぎるのは、恐慌状態を招くだけだ。

「目を瞑って何も考えるな。絶対どうにかなるし、ならなければ私がどうにかしてみせる」

 エミリアを励まし、自分も叱咤する言葉だったが、不思議とその通りになるという確信があった。
 その後どれだけ、そうしていたか分からない。時間の感覚さえここでは、不確かだった。最初のうちは自分の脈を基準に時間経過を計ろうとしたが、しばらくしてそれも無駄だとわかった。
 落下とも、上昇ともつかない不可思議な移動感覚は唐突に終わりの時を迎えた。
 エミリアの身体を抱きかかえたまま、ナギサの両脚は確かな地面を踏みしめていた。正常に復した重力に、腹部の傷が引きつれる様な痛みを訴えた。






 ミカリスはスリングで身体をキャビンに固定して、フォトンライフルの照準装置の最後の調整をしていた。戦闘開始までの猶予はあと僅かだった。

「銃はあるの?」と聞かれ、頷いた次の瞬間、彼の背後にはガンメタルと刃金の色からなる、八枚の翼が威嚇するように広がっていた。八枚のそれぞれはシズルの手により、シズルの為だけに製作された特別の武装であった。

「名付けて、拾参式ナノトランサー“煉獄”」

 重々しく宣言した途端、周囲のキャスト兵達がリアクター停止でも起こしたように硬直した。
 ゴーグル状のアイセンサーの表面に明らかに戸惑いの色が浮かんでいる。

「あ、はは、そういうのが好きなの。あなた位の年頃のヒューマンには、ありがちな趣味志向だそうね」

 ミカリスがかろうじて、そう口にした。キャストの乾いた笑い声というのを、初めて聞いた気がした。シズルは背から二本の武器を、両手にとった。ピストルグリップ状の柄からそれぞれ、白金と黒金のブレードが伸び、刀身の峰に沿って短銃身の散弾銃が組み込まれている。“白狼”と“黒狼”というのがその銘であったのだが、それを口にして兵士達を更にフリーズさせるのはためらわれた。ヒューマンとキャストの間には、埋めがたい感性の差があるのだなとシズルは理解した。






「何これ、っていうかここはどこ?」

 エミリアの素っ頓狂な声が、胸の辺りから聞こえた。

「結構、立ち直るのが早いのだな」

 ナギサは少し感心し、辺りを見回した。ここもレリクスの一室であることには間違いなかった。八角形をした巨大な部屋だ。一辺はそれぞれ10m程もありそうだった。壁の材質などは、先に見ていた物と同じに思える。

「ナギサ、あれ見て、あれ」

 ナギサの腕の中に収まったまま、エミリアが部屋の中央を指し示した。そこから降りようとしないのは、単に忘れているだけか、或いは気に入ってしまったのかも知れない。
 ともかくも、ナギサはそちらに目をやった。そこにあるのは、黒い霧の漂う沼か何かに見えるものだった。まるで生きているかの様に、周縁部分は伸び縮みを繰り返している。そこにあるものが液体だったとして、透明度というものが全く無く、どれ程の深さがあるものかも判然としない。明らかによくないものだとナギサは感じ、ゆっくりとそれから遠ざかろうとした。
 
 ずるり。
 
 なにかが、沼の表面に突き出された。
 それはヒトの腕の様だった。
 濃い紫色の袖と同色の手袋に包まれた手のひら。それがおいでおいでするように動くと、ナギサの足が糸でも掛けられた様に停止した。

「器、器。器が来たわね」

 手の持ち主の声なのか。女のものに聞こえた。空ろで、妬みと恨みで編まれた様な声だった。

「あいつらが来て、私の一人を連れ出していったけど、私は身体が崩れ過ぎてしまっているから、ここから出られなかったわ」

「なにコイツ、オバケ? って、ちょっとナギサどうしちゃったのよ」

 ナギサの左眼に魅入られた様な色を認めて、エミリアが慌てた。

「いらっしゃいな、お前の中に入れば私はここからでられるのよ。器の、寄り代の資格が私には無かったけれど」

 そこで声は一旦途切れた。殆ど、渇望と言っていいような思念がナギサに向けて放たれる。

「お前の身体を乗っ取れば、私も資格を得ることが出来るに違いない。さぁ、いらっしゃいな」

「アンタ何勝手なこと言ってんの。てか、ナギサしっかりしろぉ!」

 エミリアの叫びが何処とも知れない空間に響いた。
 



[27552] その5
Name: 蕎麦わんこ◆9fb2142d ID:db7f3996
Date: 2011/05/25 01:17
 ふわりとした落下の感覚があって、数瞬後に固い地面が腰と背中に触れた。落下速度と体重の積が骨格と筋肉を軋ませ、ぐえっ、という呻きがエミリアの口からもれた。ナギサの両腕は力を失ったかの様に、だらりと両脇に垂らされている。今まで抱きかかえられていたものが、床に投げ出されたのだと気づいたのは、身体の痛みが少し引いてからだ。
 黒い沼とも、淵とも知れないものの表面から生え出た件の手は、風に揺れる草葉の如く、或いは波に揺られる海草の様に、ゆらりゆらりと手招きを継続していた。
 一体、如何なる力がナギサを絡めとっているのか、そして自分では無くナギサだけにその力が及んでいるのだろうか。

「あいつ、ナギサを寄り代って言ったよね」

 エミリアは独りごちて、その意味するところに考えを巡らせた。答えは明らかだった。ナギサはSEEDの大元である、邪神ダークファルスの欠片を体内に取り込む目的を持って旅を続けていた。全ての欠片が揃い邪神がまさに蘇らんとするその時に、己の死をもってダークファルスを滅ぼすことを企てた。一つ間違えば自身は破滅し、邪神の復活に手を貸すだけという最悪の結果にもなりかねない危険な試みであった。それは即ち、邪神の寄り代と成り果てることと同義であろう。
 あの声の言う“寄り代”とは恐らく、ダークファルスの為のものだ。ナギサは確かにその資格を持った者なのだ。そんなことをさせてなるものか。だがしかし、この場で為すべきはナギサを止めることか、あの手をなんとかすることか。
 ナギサが初めてリトルウィングに、依頼者としてやって来た時のことだ、彼女は『迂闊に自分の後ろに立ったりすれば、身体が勝手に反応して斬りつけてしまうから注意しろ』という様な警告をしていたのだという。直接聞いた訳では無いから本当の事か否かは分からない。だが、それは確かにありそうな事だった。今でこそ、それ相応の社会常識を身に付けつつあるナギサだが、出会って最初の頃は、それこそナントカに刃物の例えが服を着て歩いている様な有様だったのだから。
 そして、目の前のナギサは自失状態にあると思われる。身についた本能的な行動が優先される状態にあるのではないか。下手に近寄ったりすれば、本当に首筋目掛けて大剣の切っ尖が飛んでくるかも知れなかった。ならば、自ずと取り得る選択肢は定まろうというものだ。
 エミリアは袖口のナノトランサーに触れ、愛用の杖、クラーリタ・ヴィサスを取り出していた。長い柄の先端に円錐形のパーツが接合され、それを囲む形でフィンが広がってテクニックの発動に備えている。
 精神を集中し、周囲に満ちるフォトンをたぐりよせる。そのために一瞬、感覚神経が外界に対して剥き出しになる。肉体と精神に流れ込んで来たものに、エミリアは思わず怖気をふるった。あらゆるものを飲み込み、同化せんとする闇の力だ。いや、闇を形作る、恐怖、憎悪、死、いずれも怖ろしいには違いないが、この世界を構成する要素の一片ずつでもある。ならば、これは闇のフォトンですらないのだろう。酷く歪められ、傷つけられたフォトンの成れの果てとでもいうべきか。エミリアはひどく苦労しながらも、正しいフォトンの流れの幾筋かを見出し、その中から炎の力を喚び出だす。

「シフタ」

 短い言葉と共に、赤い燐光を帯びた波紋が掲げた杖を中心に広がっていく。筋肉と腱と神経線維とに炎が注がれて、四肢の力が増し、神経伝達が加速する。波紋はナギサにも達し、彼女に力を与えたはずだが、これで正気付いてくれるかどうかは分からない。
 続けて、明確な攻撃の意思を込め、炎のテクニック、フォイエを沼から生じた『手』に向けて叩き付ける。火球が空中を走り、沼の表面に着弾し、炸裂した。
 火にあぶられた飴の様に、妖しの手が形を崩し、のたうち回る。

「邪魔をする奴がいるわね」

 初めてエミリアの存在に気がついたかの様に、声が言う。何事かを命じる思念の様なものが四囲に放たれたと分かったのは、声に呼応して沼の表面に無数の泡立ちが生じたからだ。泡は膨れ上がり、あるものは一抱え程の大きさに達するや、音を立てて弾けとんだ。またあるものは、ヒト一人分の大きさまで膨張し、破裂した。更に巨大に成長を遂げるものもあった。泡の中から現れたものは、二本の手と足を持つもの、蚤の様に跳びはねるもの、四足歩行するもの、翼膜を羽ばたかせるもの、剣の様な両腕を振り回すもの、蠢く幾本もの触手を持つもの……。
 それらは、グラールの三つの惑星に生息するどんな生物とも似ても似つかなかった。黒や暗赤色の外殻でその身体は構成されていて、ところどころでゼリー状の組織が青い光を放っている。

「SEEDフォームだ」

 エミリアは自分の声がわなわなと震えているのを感じた。彼女の眼前のもの達は、ダークファルスより生じて、全ての生命あるものを根絶やしにするまで活動を止めることのない、殺戮の尖兵達なのだ。
 SEEDフォームに遭遇するのは決して初めてでは無かったが、自分一人に、これだけの数が群がって来るというのは、さすがにぞっとしない状況だった。
 それより何より、全てのSEEDは既に封印され、グラールより駆逐された筈では無かったのか。
 幸い、これらの怪物達は、眠りから目覚めたばかりであるかのように、或いは墓場から蘇ったばかりの死者でもあるかのように、動きは緩慢で、標的であるエミリアのことも、うっすらとしか認識できていない様であった。
 しかし、それも長くは続かないだろう。やがて持ち前の、俊敏さと獰猛さを取り戻すに違いない。エミリアはじりじりと、巨大な部屋の壁に向かって後退していった。一気に逃げ出さないのは、ナギサの方が気に掛かるからだ。
 そちらに目をやると、エミリアの放った火のテクニック、フォイエの名残りをまとい付かせた手に加え、もう一本の手が現れつつあった。二本の手は黒い液体の表面に掌をつくと、残る身体の部分を水面下より引き上げ始めた。
 頭が抜け出て来た。項の辺りまで伸びた青い髪は左半顔を覆っていて、右眼は妖気を含んだ赤光を帯びている。髪を飾る、花模様のカクテルハットが、ナギサのコサージュと相似形を成していると見えなくも無い。蠱惑を湛えた唇は髪と同じ色をしていた、先程までの声はあそこから発せられていたのか。続いて胸が、腹部が、腰が上昇して来る。

「アイツ知ってる、イルミナスの幹部じゃないの」

 エミリアは彼女を知っていた。SEED事変の裏で糸を引いていた秘密結社イルミナス、その記録に当たれば、真っ先に出てくる顔と名だ。ヘルガ・ノイマン。イルミナスにおける実質No.2であった人物ではないか。イルミナスの首魁であった、カール・F・ハウザーと共に、ヒューマンでありながらSEEDと化し、グラールそのものをSEEDに売り渡そうと暗躍したのだという。そんなものに今更復活されて、しかもナギサを乗っ取るなどと、冗談ではない。
 エミリアは杖を振り上げると、火球を放った。ヘルガが鬱陶し気にこちらを見た、と次の瞬間、足の無い宙を浮遊するSEEDフォームが転移して来て、彼女の盾となった。実際、それの左腕は盾の形状をしていた。その表面でエミリアのフォイエは空しく弾け、杖の形をした右腕から火球が撃ち返された。

「うわっ」

 エミリアは横っ飛びにそれをかわした。弾速も威力も彼女のものに数倍していた。予めテクニックで筋力と反射神経を補っていなければ、消し炭にされていたところだ。

「落ち着きの無い子だこと」
 
 物憂げに言うと、蝟集する闇の者達に新たな下知を発する。軟体動物と植物の混成体の様な怪物が、それに応じ、触手を伸ばしてレリクスの床に沈めた。

「SEEDヴィタスとか言ったっけ」
 
 次はどう来るのか、と構えた足下から触手が伸び上がった。足を取られて転倒したところを、三叉状になったそいつの先端に足首を押さえ込まれる。

「大人しくそこで見物していなさいな」

 含み笑いしながら、ヘルガはするするとナギサとの距離を縮めていった。膝上から足先にかけては、確固とした形をとれないらしく、黒い液体と渾然一体となっている。『身体が崩れ過ぎている』と言っていたのはこの辺りのことを指してのことだろう。だが、それが却って冥府から迷い出た亡者めいて見え、不気味な事この上なかった。蛞蝓が這いずる様にゆっくりと前進する。そして遂に、ヘルガの両腕の間にナギサの頭が捉えられた。

「バカ、止めろっ、離れろぉ!」

 火がついた様に叫ぶエミリアの声など聞こえぬ様子で、ヘルガの手指が眼帯の上をなぞる。眼帯は一瞬にして消え去り、その下の瞳はヘルガのものと同じ色を灯していた。さらに指先が左目蓋の縁を滑るや、翡翠の色が、血の赤へと塗り替えられていく。

「ナギサ、目を覚ましなさいよっ」

「いちいち五月蝿い。この後で貴女も“こっち側”にしてあげるから、そしたらずっと仲良しでいられるわよ」

 気だるそうな声と共に、ヘルガの顔がナギサのそれへと重なって行く。恐怖と嫌悪からエミリアの顔色が紙の様に白くなった。
 一秒、二秒、三秒……
 くぐもった悲鳴を発したのはどちらであったか。
 後退したのは、ヘルガの方だった。唇の端から紫色の筋が顎へと、つたい落ちている。血だというなら、それがヘルガの血液なのだろう。
 だが、ナギサが猿臂を伸ばしヘルガを捕らえ、それ以上逃げる事を許さない。

「形勢逆転、だな」

 凛とした声音と、意思の力を取り戻した表情でナギサが言い放った。一瞬くるりとエミリアを振り返ったその顔は、もう何もかも安心だと告げていた。

「もともとこの身は、混沌の種子、ダークファルスの欠片を封じる為のものだ。妙なちょっかいを出してくれたおかげで、却って肉体と精神の機能が常態に復したようだ」

 ヘルガはSEEDの媒介者であり、ヒトをSEEDへと変貌させる存在だったという。ならば、生物の変異と凶暴化を促進させる邪神の欠片と同質の存在であるともいえる。そのヘルガとの接触が、ナギサの魂に刻まれたダークファルス殲滅の使命感を揺り動かし、SEEDの呪縛を断ち切ったとて何の不思議があろうか。

「おのれ、おのれ」怨嗟の呻きが漏れた。「だがここにいるSEEDフォームの数を見ても、まだその大口叩けるのかしら」

 続く言葉に強がりの色はなかった。事実二人を取り巻くSEEDフォームの数は十や二十どころではない。百にも届こうかという大群である。加えてエミリアを捕らえられてもいる。だが、ナギサは少しも臆する様子を見せてはいなかった。

「他人の話を聞かないヤツだな、我が身は邪神を封じる為のものと言ったぞ。お前一人程度、取り込んだところでどうということは無い」

 ナギサが右腕を掲げるや、その掌を中心に、凄まじい力が渦を巻き始め、その余波に触れただけでヘルガは苦鳴をあげた。風に吹き散らされる砂粒の様に、身体の表面が崩れて黒い粒子と化し虚空に舞い上がる。そして、宙に穿たれた不可視の穴へと流れ込んで行くのだ。統率者の危機を察知したSEEDフォーム達が異世界の怒りに駆られ、ナギサ目がけて殺到した。

「SEEDフォームどもを管制しているのはお前だから、お前が消えればこいつらは闇の淵へ還る。そういう仕組みなのだろう」

 迫り来る黒い群れにもナギサは動じなかった。ヘルガの身体は既にその三分の一が分解し、残存する部分もヒトの形を保てずに崩壊しつつある。決着は最早ついたものと思われた。
 



 天と地がさかしまになる様な、重力の方向が無秩序に変化する様な、異様な感覚がこの場にいる者を襲ったのは、一体どちらにとっての幸運だったのだろうか。

「これは、まさか」

「亜空間がまた開いた?」

「奴らを刺激してしまったわね」

 三者三様の言葉に続き、巨大な物達が実体化を開始しつつあった。
 宙空より大斧を携えた巨人が出現し、ナギサとヘルガの傍にそびえ立った。両者もろともに圧殺せんと、手にした得物を振り下ろす。これ以上の吸収は無理だと判断し、ナギサは掲げた右腕を降ろすや、剣を抜く。落ちかかる大斧に剣身を合わせ、柄のトリガーを引いた。剣より発するフォトンの噴流と、対手の剣勢を御する技を持って、大斧の矛先をヘルガへと向かわせた。闇の眷属達も素早く反応し、右腕は剣、左は盾の骸骨剣士を思わせるSEEDが立ち塞がって、これを防ぎとめる。
 上空には怪鳥が羽ばたき、旋回しながら、雷撃を放って地上の怪物どもを焼き払い始めていた。
 エミリアのすぐ隣を、象牙色の骨格で出来た大きな獣が駆け抜けて、進行方向上のSEEDを次々と轢き潰して行く。
 この新たな闖入者達も、SEEDフォームとは別の意味で真正の生命あるものとは呼べなかった。

「レリクスがスタティリアを具現化して、SEEDフォームを掃討しようとしてるんだ」

 エミリアが呟くが、スタティリア達は彼女らの生命などおかまいなしだから、事態は好転どころか更に悪化したようなものだ。もうどうにでもなあれ、とその場にぺたんと腰を下ろしてしまいたかった。
 あきらめるな、という声を耳にした気がした。いや、気のせいではなかった。長い黒髪をなびかせて、白い人影が真一文字にこちらへと駆けて来る。手にした大剣が閃く度に、SEEDフォームが切り裂かれ、スタティリアが砕かれた。エミリアは杖を支えに立ち上がった、まだ生き残るという希望は捨てずに取っておいた方が賢明であるように思われた。




 最初は互角と見えた戦いは、徐々にスタティリアの側が優位に立ち始め、闇の怪物達は広間の中央へと押し込まれて行った
 SEEDはヘルガを中心に、集結する構えを見せていた。だがそれは、防御の為の陣形では無く、攻勢に出るための布石であった。

「うわ、何アレ、気持ち悪い」
 
 ナギサと無事合流を果たしたエミリアは、戦場と化した広間の壁際まで後退し、寄り集まったSEEDが互いに絡まり合い、融けあって一体の巨大な何かに変貌していくのを目の当たりにしていた。
 一旦黒い繭の形をとったSEEDは、やがて羽化するようにその姿を変じていった。一対の半透明な翼が生え出ると、ヒトとも獣ともつかない醜悪な上半身がそれに続いた。巨体には不釣合いな程小さな頭部には明らかにヘルガの面影があるのが薄気味悪かった。腰から下は蛇の如き胴体が長く長く伸びて、その先端に六本の節足と亀裂の様な二つの目を備えた牙だらけの顎が開いた。

「嘘、ダークファルス……じゃないよね。ヘルガ、自分で寄り代の資格が無いって言ってたし」

「それよりは格落ちの紛い物、ダルク・ファキスという奴だろう。しかし、侮れそうには無いな」

 ナギサの言葉通り、そいつの鎌状の腕の一振りで、巨人剣士のスヴァルタスが真っ二つに切断され、飛行するスタティリア、ライグタスが胴の先の大顎に捕らえられ噛み砕かれた。各個撃破の愚を避ける為か、スタテリィア達は後退した。その姿がぼやけ薄まり、次々と消失していく。もとより彼らには完全な実体がある訳ではなく、亜空間テクノロジーの応用によって具現化されたデータの存在でしかない。破壊されようとも、再度具現化すればいいのだし、別の強力な個体を呼び出す事も出来るのだ。
 ダルク・ファキス上空の空間がぼやけ、長い首と尾、幅の広い翼を持った姿が蜃気楼の様に浮かび上がろうとしていた。新たなスタティリアが具現化しつつあるのだ。程なく、竜を模した超大型の自律機動兵器が、ダルク・ファキスに向けて挑戦の咆哮を放つのを二人の少女は唖然として見守っていた。

「もうやだ、何この怪獣大決戦」

 エミリアがげっそりした表情でごちた。あんな物の争いに巻き込まれたらさすがに対応のしようなど無いのではないか。だが彼女の傍らで、ナギサは何か別の事に考えを巡らしているようだった。竜の形をしたスタティリア、ディラ・ブレイヴァスは大気の流れに干渉し、殺傷力を持った空気の渦を発生させ始めている。

「エミリア、そもそも此処は何なのだ」
 
 渦を巻く空気の発する轟音に負けじと、ナギサが叫ぶ。
 ダルク・ファキスが胴体を伸長させて、敵の首を締め上げに掛かろうとしていた。

「多分だけれど、SEEDを封じた歪曲空間の検査孔みたいなものじゃないかな。亜空間を通してのみ外界と接してるんだと思う。だから、あのSEED達もこの広間には出て来られても、この外には出られない。あんまりSEEDの活動が激しくなると、スタティリアが具現化されて鎮圧するんだろうね」

 それがエミリアの見解だった。
 ディラ・ブレイヴァスは鋭い刃の様な両翼を回転させて、ダルク・ファキスを振り払った。生じた衝撃波は全周囲に広がり、二人は、床に低く伏せてこれをやり過ごさなければならなかった。

「しかし、イーサンの偽者ともう一体、おそらくこの場所に来て、何者かを連れ出して行ったのは間違いない」
 
「何者かっていうか、ずばりヘルガその人でしょ。ちょっと信じられないんだけど、同一の記憶と人格を持ったクローン体が何人も確認されていたらしいから」

 この時、邪神のデッドコピーが巨大な岩塊を生成し、スタティリアへと叩き付けた。強烈な震動のせいで、エミリア達はとても地面に立ってはいられない。

「ここは亜空間を介さねば接触出来ない場所とエミリアは言うが、あの二人はどうやって来たのだろうか。亜空間発生装置の類を持ち込めたとは思えない」

「どこかに、外界と物理的に接続された場所があるってこと?」

 なんとか会話を継続させようとするのだが、ディラ・ブレイヴァスが旋回しつつ舞い上がり、竜巻と化して大広間中を荒れ狂いだした。最早、安全な場所など何所にも存在しないと考えるべきなのだろう。

「確証は無いし、仮にあったとしても、私にはそれを見出すことは出来るかどうか」

「あたしなら探しだせるかもっていう訳ね。いいでしょう、ナギサを信じる。見つけ出してやろうじゃないの」

 このまま手をこまねいていては、いずれ二体の怪物同士の争闘に巻き込まれ、この陰気なレリクスの一角を自分達の墓所にする羽目に陥る違いない。
 エミリアはどんと胸を叩くと、決意を秘めた瞳で立ち上がった。弱気も迷いも、亜空間に投げ捨ててやる、今はそんな気持ちだった。


 
 

 先週P-SPECが届いたのですが、絵やら何やら色々と懐かしいモノが見れて満足でした、ハイ。



[27552] その6
Name: 蕎麦わんこ◆9fb2142d ID:db7f3996
Date: 2011/06/04 14:13
 二機の揚陸艇は、蜂か虻でもあるかの様にマガス・マッガーナの周囲を旋回し、敵機の動きを拘束しようと試みていた。
 揚陸艇を離床させた後、シャトルは再度加速を行ったが、マガス・マッガーナは追いすがっては来なかった。まずは小癪な小型機を、前菜代わりに平らげようという腹積もりらしい。もっともこれは、揚陸艇の側でも予想済みの展開であった。
 機体を深いバンクに入れての旋回は、キャビンの両サイドが吹きさらしであることも相まって、少なくともシズルにはぞっとしない体験だった。遥か下方のクグ砂漠の地表を目にしてしまうと、奈落の底に真っ逆さまに落ち込んでいくようで、足元がひどくおぼつかない感じだった。

「ひょっとして高所恐怖症だったりした?」

 ミカリスが、からかうような口調でこちらを振り返った。こんな時は、軽口を叩いてもらった方が、却って気は楽になる。彼女はGRM社製の試作大型ライフル、ファイアーアームを抱え込んでいた。当たり所次第では、マガス・マッガーナに有効なダメージを与え得る強力な狙撃銃だった。

「いや、高い所はどちらかと言うと好きな方で」
「うん、そうよね。そうだと思った」

 そう言いながら、ミカリスは狙撃銃を構え、発砲を開始していた。高い所が好きなのはナントカと……、そんな格言があったような気がしたが、それを思い出す前に敵の長大なブレードがこちらの機体を掠めた。直撃こそしなかったが、ブレードの発する余剰フォトンに煽られて、揚陸艇は大きく姿勢を崩す。
 マガス・マッガーナの両腕は、機械的にではなく、一種の力場によって胴体にジョイントされているので、驚くほどその稼動範囲は広いのだ。
 斬撃、刺突、なぎ払い、凡そヒトの振るう剣技の大半を再現可能なのではないだろうか。
 更に追撃を加えようとしたマガス・マッガーナは、しかし次の瞬間、機体を失速させて大きく高度を落としていた。それまで大型戦闘マシナリーの存在していた空間を、一号艇の発射したフォトンキャノンの光跡が空しく貫いて終わった。

「なんて奴だ」
「それより、一号艇の援護!」

 シズルが呻き、ミカリスが叫ぶ。発砲の反動に加えて、揚陸艇自身のリアクターも出力を取られるので、フォトンキャノン使用直後は大きな隙が生ずる。
 機体の制御を取り戻した二号艇の舷側から突き出されたライフルとレーザーカノンが銃口を揃え、マガス・マッガーナ目がけて一斉に火線を吐き出した。
 シズルも勿論これに加わった。フルチョークで散弾のパターンを目一杯絞らないと、彼の銃では打撃力が半減してしまう。可能なら、もっと接近して射撃したかった。
 敵機はブレードでこれを防御しつつ、左腕のマシンガンで二号艇を襲う。

「シールド展開!」

 ミカリスの号令一下、キャビンの側面を半透明の赤い紗幕が覆った。小型機なら被弾すればひとたまりも無いはずのフォトン弾は、その表面でことごとく無力化されていた。
 投機的な揚陸艇での肉薄攻撃を敢行するに当たって、ミカリスの掛けた保険の一つがこれだった。本来ならフォトンキャノンと併せて陣地構築に使用するシールド発生器を、二号艇に積んだのだ。マガス・マッガーナが、剣と銃とを両腕に携えた機械の剣士だとするならば、こちらは砲を積んだ一号艇を右腕に、盾を備えた二号艇を左腕に見立てて対抗しようというのだ。
 この隙をついて、僚機が再度射撃位置へと移動を完了していた。
 シールドを持たない一号艇は、左方のマシンガンの射界側からは接近が困難だが、キャノンの射程はブレードに勝るので、右腕の方向からならば比較的安全に近づける。
 理想的な挟撃のポジションに、マガス・マッガーナを捉えたのだ。

「撃てっ!」
 
 フォトンキャノンがまさに発砲されなんとする、その瞬間、マガス・マッガーナが独楽の様に180度空中で回転した。
 マシンガンが一号艇に、ブレードは二号艇に。
 フォトンの銃弾が、キャノンを設置したキャビンに飛び込み、砲身と砲架を金属塊に変え、操砲要員をぼろ布の様に引き裂いた。ブレードの一太刀を浴びたシールドは、硝子の様に砕け出力を停止した。

「一号艇、状況を報告なさい。ああ、しなくていい、見れば分かる。それより即時、この空域より離脱して」

 激しく揺れる機体の中で、若干混乱しつつも、ミカリスは的確に指示を発していた。

「ミカリスさん、様子がおかしい」

 シズルが一号艇を指差し、彼女を振り返って言った。キャビン内部は無茶苦茶に破壊されていたが、推進機構には致命的なダメージは無かったのだろう、コックピットとパイロットも健在らしかった。揚陸艇は体勢を立て直すとマガス・マッガーナ向けて突進を開始しつつあったのだ。

「こちらが隙を作る、隊長達こそなんとか退避して下さい」

 通信の主はシャトル内でシズルが言葉を交わした空挺士官だった。人工声帯の発する声にひどくノイズが混じっている。

「自爆攻撃など許可できません、すぐに変針しなさい。後はこちらが……」
 
 そこまで言ってミカリスはマガス・マッガーナに目をやった。最早、死に体の一号艇になど興味は無いとでも言いたげに、こちらの艇へと向き直りつつあった。
 この時ミカリスは、シズルがキャビンと自身を繋ぐスリングを切り離すのを目にしてぎょっとした。

「あなた、一体何をしているの」
「あちらから近づいてくれるなら好都合、直接乗り移って攻撃を仕掛けます」
「ああ、全くもう!」
 
 彼女は頭を抱えたが、幸か不幸かキャストの頭脳体は、パニックやヒステリーに簡単には陥ることが出来なかった。

「一号艇がああなった以上、このまま撃ち合ったところで無意味です。それとも僕の代わりに誰かやりますか?」
「わかったわよ。止めないけれど、モトゥブの空で煙みたいに消えちゃったら承知しないわよ」

 ミカリスはシズルの肩をぐいと引き寄せてそう言った。

「一号艇の操縦系統はこちらで強制掌握します。お馬鹿さんはここの一人で充分!」




 揚陸艇の加速力はマガス・マッガーナ相手では勝負になりはしない。一分ともたず、機体を横付けされてしまう。そして、そいつは、これ見よがしに右腕のブレードを高々と掲げた。
 例によって、殊更に敵の恐怖感を煽るための行動だ。だが、これがマガス・マッガーナに乗り移る為の時間的猶予を与えてくれる。
 シズルは艇の装備品らしきGRM製フォトン・ウィップをミカリスから受け取った。キャビンの開口部の端まで移動すると、グリップからウィップを振り出した。長く伸びたフォトンの索が敵機の右腕に絡み付くのを確認するや、シズルは空中に身を躍らせていた。凄まじい強風に煽られながらも、フォトン・ウィップの強力な巻き戻し機構に助けられて、マガス・マッガーナの肩口に取り付くことが出来た。
 赤褐色の装甲版の表面に蜘蛛の様に貼りつき、関節部向けて這い進んで行く。コートが風をはらんで広がり、ひどく邪魔だった。脱ぎ捨ててしまおうかとも思ったが、そうすると上半身を覆うのは自前の皮膚だけになってしまう。自信のある着こなしのはずが、エミリア辺りから不評なのが何となく理解できた気がした。そういえば、エミリア達は今どうしているのだろうか。何事もなく無事ならばいいのだが。

 

 やがて、胴体と右腕の非接触式の接合部が眼前に現れた。背のナノトランサーを展開させると、ガンスラッシュ“黒狼”を左手にとった。まさに、マガス・マッガーナがブレード振り下ろし、二号艇を両断せんとするその時だった。シズルは接合部に刀身を深々と突き入れ、同時に銃爪を立て続けに引いて、フォトンの散弾をぶちまけていた。自在な稼動範囲を保障する非接触式の関節は、装甲されていないが故に、マガス・マッガーナの数少ないウィークポイントであることを、シズルはシャトルでのデータ参照時に確認していた。
 操り糸を切られた人形の様に、戦闘マシナリーの右腕が力を失いだらりと垂れ下がった。惰性で長大なブレードが二号艇向かって振り子の様に落ちかかるが、狙いの正確さは既に無かった。シズルは突きたてた左の刃に力を込め、右手のウィップで身体を固定して、空中に放り出されるのを必死に堪えた。
 揚陸艇は急角度のダイブで危地を脱していた。ミカリスはひとまず安堵の息を吐いたが、マガス・マッガーナの戦闘力の全てが失われた訳では無い。それにシズルを回収しなければならない。シールドラインで保護されているはいえ、キャストではない生身のヒトが、かなりの対気速度で飛行するマシナリーの表面に取り付いたまま長時間持ちこたえられるとは思えない。

「シールドまだ復旧しないの」
 
 ミカリスは焦れたように、シールド発生装置のオペレーターを振り返った。相手のマシンガンは未だ健在なのだ。ブレードを受け止めた際にオーバーロードで機能停止したシールドが元に戻らなければ、マガス・マッガーナに接近することは多大な危険を伴う。
 
「後、一度だけなら起動可能。ですが20秒が限度」

 急いで成功確立を計算してみたが、悲観的な数値しか得られなかった。フェイスパーツの奥で人工筋肉が痙攣し、顎を構成するフレームがぎりぎり音を立てた。
 自機でも敵機でもない飛翔体の大気を切り裂く音を、聴覚センサーが捉えたのはその時だ。

「待たせたな、隊長」
 
 突然飛び込んできたのは、シャトルからの通信だった。反応したのは、マガス・マッガーナの方が早かった。速やかに機体を回頭させると、胴体中央の砲口からエネルギー弾を放つのが目に入った。
 地上部隊を揚陸させたシャトルが舞い戻ってきたのだった。身軽になった機体は、バンクして球形のエネルギー弾をやり過ごした。最初に奇襲を受けた時とは違い、シャトルは敵マシナリーを機首方向に捉えているので、主翼前縁の主砲を使用することが出来る。放たれた数条の光跡は、あやまたずマガス・マッガーナを射抜き、遂に恐るべき戦闘マシナリーは黒煙を吐きながら、大地に向かって落下を開始した。

「何もこのタイミングで……」

 シャトルによる再度の攻撃も作戦の内だったから、本来なら快哉を上げるべきシチュエーションだったが、マガス・マッガーナにはシズルが乗り移っているのだ。最悪、先程の砲撃で吹き飛ばされていてもおかしくは無い。

「ミカリスさんやりましたね」

 通信端末がシズル・シュウの声を発した時、ミカリスはその場に崩れ落ちそうになった。

「無事なの? 足はちゃんと二本ついてる?」
「ええ、なんとか。しかしこのままだと、それも保障の限りではないかもですが」

 ミカリスは、シャトルの機長に反復攻撃を禁じ、自らの艇を墜落しつつあるマガス・マッガーナ向けて降下させるようパイロットに命じた。

「ミカリス隊長、一号艇のコントロールを返してくれないか。シズル・シュウは、こちらで拾った方が確実だと思われる」
 
 戦闘空域より強制的に離脱させられていた一号艇は、低高度で旋回中だった。マガス・マッガーナはその旋回半径の輪の中に落ち込みつつあるのだった。

「こちらで対応できるわ。そちらは負傷者で手一杯なのでしょう」

 負傷者では無く、死傷者と言うべきだったのだろうが、そう口にするのはためらわれた。いかにキャストであっても、仲間の生死に係わることでは合理的な言動の徹底を避けたくなることもある。

「マガス・マッガーナにもう反撃能力は残っていない。二号艇で接近しても問題は無いわ」 

 しかし、マガス・マッガーナは強靭だった。一度は殆ど失いかけていた重力制御をなんとか取り戻し、落下速度を下げることに成功していた。機体の下部で爆炎が上がった。それは意図的なもので、重量を軽減するために装甲を強制剥離させたのだ。半月形のフォトンカッターが二枚剥き出しになった、まさに全身武器の固まりだ。
 機能を停止している右腕がぐらぐらと揺れだした。戦闘能力を保持したまま着陸するには、更に機体を軽くする必要があるのだろう、右腕を切り離すつもりなのだ。だが、そこにはシズルが取り付いている。
 いささか状況は不味い方向に推移しつつあった。

「こちらからでは、間に合わないかも知れない。一号艇、そちらで何とかできる?」
「だから最初からまかせてくれと言ったんですよ」

 操縦権を取り戻した一号艇は、自由落下を開始したマガス・マッガーナの右腕に向け機首を巡らした。巧みに降下速度を合わせつつ、じりじりと互いの距離を詰めて行った。対地高度計の数値がみるみる危険域に近づいていく。
 一号艇もシズルも最後まで冷静さを失わなかった。フォトン・ウィップの最大伸長距離まで接近するのを辛抱強く待ち続けた。充分近づいた所で、一号艇のキャビンに向けてシズルはウィップを投じた。その先端が巻きついた先は、破壊されたフォトンキャノンの構造材だった。
 無事キャビンに乗り移ったシズルは、周囲の惨状に思わず目を伏せた。
 砲架の下敷きになっている、一人のキャストが弱々しく片手を上げるの見た。あの空挺士官だった。彼はその状態で指揮をとり続けていたのだ。そして、士官の腰から下が潰れているのに気付き、息を呑んだ。

「なんて無茶をするんですか」
「そいつはお互い様だと思うんだがね」

 シズルは苦笑いしつつ、キャストに覆いかぶさっている砲架を取り除きに掛かっていた。



 一方、マガス・マッガーナも機体を損なうことなく着陸に成功していた。右腕とブレードこそ失ったが、まだ戦闘の意思と能力を失ってはいなかった。
 そこは、レリクスの地上露出部分のすぐ傍だった。破壊したリトルウィング社の宇宙船を遮蔽物にして、防御体制を敷いた。レリクス破壊の恐れがあるのと、宇宙船にヒトが残っている可能性があるので、シャトルからの地上爆撃を封じることが出来ると踏んだのだろう。
 二機の揚陸艇も同様に、地上に降下していたが、下船して戦えるのは二号艇の乗員のみだ。
 シズルは新たな武器――刃長だけならナギサのスティールハーツにも見劣りしない――レンゴクトウなるセイバーを手にしていた。切り込みを駆けて、今度こそ止めを刺してやるつもりだった。

「これはお返ししておきます」

 そう言って、ミカリスにフォトン・ウィップを手渡した。

「私物だったんだけど、随分役に立ったみたいで良かったわ」
「隊の装備じゃなかったんですか」

 不思議そうな顔をするシズルに、「色々使い道があって便利なのよ、うふふふ」ミカリスは何やら邪悪な笑みでもって返答をした。何がどう便利なのかは分からないし、知らない方がいいのかも知れない。

「やる気になってるところ申し訳ないんだけれど、一号艇の面倒を見て上げて。あなたはヒューマンだから治癒のテクニックに長けているだろうし、技術者でもあるのだから破損したキャストのパーツの処置にも明るいでしょう」

 それは確かに理にかなった判断だったが、マガス・マッガーナとの戦闘で自分はアテにされていないのだろうか。しかし、その疑問はすぐに解消することになった。
 砂塵をけたてて、六両の浮行戦闘車“ストライカー”が接近しつつあったのだ。
 すぐさま、フォトン・マシンガンがこれを迎え撃ったが、ストライカーは地形の起伏を巧みに利用して敵の掃射をかわした。続いて対地ミサイルが放たれた。一旦ポップアップした弾体は、急降下する猛禽の様に、ストライカーの柔らかな上面装甲目がけて襲いかかった。戦闘車の主砲が最大仰角で発射されてこれに応じた。
 ミサイルの直撃を受けて一両が擱座したが、残りはマガス・マッガーナを包囲する位置を確保した。砂地の窪みに身を隠し、車体上部のフォトンキャノンのみを露出させている。五門の主砲が手負いのマシナリーを指向していた。後部のハッチからはレーザーカノンやグレネードランチャーで武装した兵士達が展開し、降車戦闘の準備に入っていた。

「パイロットの身柄は拘束したいから、コックピット・ブロックへの直撃は避けること。それ以外はズタズタにしちゃって構わないわよ」

 いささか物騒な命令が発せられ、それが実行に移されようとした。
 その時だった。突如、大地が激しく揺れ始め、焦げ茶色の大きな柱と見えるものが、視界の中に現れた。砂を巻き上げ巨大な竜巻が天に向けて立ち昇っているのだ。一体何事かと、同盟軍部隊が色めきたった。それは、レリクスの存在する辺りから発生しているらしいことが、程なく確認された。

「レリクスから竜巻ですって?」

 風に煽られ地面に伏せながらも、ミカリスはストライカー部隊に一時撤退の指示を出すだけの余裕を失ってはいなかった。

「いや、そうじゃないです。一体あれは何だ」

 およそ上空一キロメートルにまで達しようかという、砂粒と渦を巻く突風からなる漏斗の中に、明らかに人工の構造物がそびえ立っているのを、シズルは確かに認めていたのだった。



 
 
 さんざん書いておいて今更なんですが、揚陸艇って
PC版PSUの公式サイトのムービングコミック“アークガルドの幻影”
の最後の方にでてくるヤツです。正式名称知りません。
ガンペリー(ガンダムの)とか、ガンシップ(スターウォーズの)
っぽい外見です。
ゲーム内にも出てこない様なメカを出ずっぱりにした不親切さを
お許しください。




[27552] その7
Name: 蕎麦わんこ◆5056c1ac ID:76a4c2f6
Date: 2011/09/11 09:48
 ナギサが意識を取り戻した時、彼女は自分がベッドの上に横たわっているのを知った。
 ここは何処だ? どうして私はここに居る? 
 己に問いかけてみたが、記憶が途切れ途切れで、状況の把握が思うにまかせない。もっとも意識が混濁しているなどという訳ではなかった。むしろ明瞭と言ってもいい、充分な睡眠を取った後の、清々しささえあった。実際、彼女はここで随分長い間、眠り続けていたに違いなかった。
 一過性の記憶障害なのだろうと、ナギサは判断した。記憶に関する機能に永続的な障害をこうむる様なダメージを、脳に受けた訳では無いらしい。
 彼女はそろそろと上体を起こした、身体の各部位にもこれといった問題は感じない、いや僅かに左脇腹に疼痛があった。

「そうだ、私は強敵と戦って敗北した、これはその時の傷だ」

 記憶の断片が脳裏に再生された。骨の髄まで染みついた剣士としての本能が、愛剣を求めたが、彼女が身に着けているのは検査衣の様なもので、剣どころか武器を収めたナノトランサーさえ手の届く範囲には有りそうになかった。

「敵に捕らわれた、という可能性も考慮すべきかも知れない。あと、そうだ、エミリア。彼女はどうした」

 ナギサは勢い込んで、ベッドから立ち上がった。それに反応するかの様に、それまで仄暗かった照明が光量を増した。向かって右側の壁に、詰襟の白い上衣が掛けられているのが目に入った、ナギサのものだ。彼女は、素早くそれを点検した。袖口のナノトランサーの中には、装備一式が健在だった、シールドラインも起動可能な状態にある。敵対するものの手に落ちたという訳ではなさそうだったが、油断を誘う罠とも限らない。取りあえず、検査衣の上に上衣を羽織った。数人分の足音が部屋に近づいてくるのを聞き取ったからだ。




「さっすが、ナギサ。意識が戻ったって聞いて、急いで来てみればこの有様だもんねぇ」
 
 苦笑やら呆れ顔を通り越して、いっそ天晴れといった面持ちで、エミリアは自らの感想を口にした。
 彼女が、検査入院室のドアを開いた時、最初に視界に飛び込んで来たのは、大剣片手に仁王立ちしたナギサの姿だったのだ。

「すまないと言えば、すまないのだが、これが私の自然体なんだ。一々驚いたりしないで、こういうものだと慣れてくれれば……その、助かる」
「ええ、ええ、慣れてますとも、少なくともあたしはね」

 いたずらっぽく言って、エミリアは背後を振り返った。そこには二人の女性の姿があった、一人はナギサの知った顔、いま一人は初めて会う人物だった。双方も、青を基調としたブレザーと膝上丈のブリーツスカートを身に着け、腿から足首にかけて筋力補助の機能を持つレガースが覆っている。両肩の徽章は、彼女達が惑星間警護組織“ガーディアンズ”の所属であることを示していた。

「やあ、これはおかしなところを見られてしまったな」ナギサはきまり悪そうに少しうつむいた。「それにしても、久しぶりだ、ルミア・ウェーバー。ん? ウェーバー?」
 
 “ウェーバー”と口にした瞬間、それまで断線していた回路が一気に再び繋がる様な感覚を、ナギサは脳内に覚えた。

「そうだ、ウェーバー! イーサン・ウェーバーと私は戦ったんだ! ああ、いやそうじゃない、あれは恐らく本当のイーサン・ウェーバーでは無くて……」

 それまでせき止められていた記憶が、濁流の如く意識の中にあふれ出し、ナギサは奔騰するイメージの渦に圧倒されそうになった。
 歪曲空間にエミリアと共に、閉じ込められたこと。そして、そこからの脱出。ヘルガ・ノイマンとの接触、巨大なSEEDフォームと、スタティリアの戦いに巻きこまれたこと、そして……。

「無理に思い出そうとしなくてもいいわ、ゆっくりでいいのよ。気持ちを楽にして、もし必要ならば、鎮静剤もあるわ」

 初対面の方の、ガーディアンズ隊員の女性が駆け寄り、ナギサの肩を支えた。エミリアも心配そうにナギサの手を握った。。




「もう、大丈夫だ、かなり落ち着いた」

 人心地ついた様子で、ナギサはベッドの端に腰を下ろしていた。ルミアの相方らしいガーディアンズの隊員は、総合研究部の装備開発課所属、マヤ・シドウだと名乗った。大柄なニューマンの女性で、眼鏡のレンズ越しに覗く瞳は、人懐っこそうな光を湛えていた。人見知りの気の強いナギサにさえ、さほど警戒心を抱かせる事のない優しげな雰囲気の持ち主だった。

「装備開発課の所属ということは、マヤは、ガーディアンズで装備の開発をしているのか」

 そこはかとなく間抜けなナギサの問いにも、マヤは別段気を悪くした様子もなく「ええ、そうね」と答えた。

「本職は技術畑という事になるけれど、秘書の真似事なんかもするし、創作料理も得意だったりするのよ。自慢する訳じゃないけれど、なかなかの才女っぷりだと思わない?」
「騙されては駄目よナギサさん、マヤさんのお料理って、生物化学兵器とかの親戚なんだから」

 横合いから、ルミアが混ぜっ返すように言った。

「ひどいわルミアちゃん、昔の貴女はそんなこと言う子じゃなかったのに」

 いかにも傷ついたという風に、マヤが口を尖らせた。もっともこの件に関しては、ルミアの方に分があった。研修生時代の兄イーサンからは、マヤの創作料理とやらの試食に付き合わされる事が如何に恐怖の体験であったか、折に触れ聞かされていたからだ。

「いやいや、マヤさんが気付いてなかっただけで、ルミアの根性曲りは絶対生まれつきに違いないですよ」

 うっしっし、と人の悪い笑みを浮かべて、エミリアがマヤに耳打ちをする。聞こえるように言うんじゃないわよ、という顔でルミアがエミリアを睨み付ける。
 一連のやりとりに、別段他意が含まれている訳ではなく、所詮は女性三人がじゃれあっているだけの事に過ぎない。
 
「こんな下らないお喋りのために私たちは此処にいる訳ではないはずですよ」

 ルミアがぴしゃり言った。さすがにマヤも居住まいを正し、あらためてナギサに向き直った。

「もう気付いていることでしょうけど、この部屋は惑星モトゥブの首都、ダグオラ・シティの医療施設内、検査隔離病棟の一室です」
「私とエミリアはSEEDフォームと接触したから、当然の処置だろう。ところで、貴女方は大した感染防護措置も無しに私たちと接触してしまっているがいいのか?」

 ナギサとエミリアに、原生生物や土壌を汚染する、SEEDの侵食細胞が付着していれば大事だし、エミリアに関してはヒト感染SEEDウィルスのキャリアと化している可能性もあるのだ。自分たちはもっと厳重に隔離されねばならないのではないか。

「SEED浄化の為の各種装備や、抗SEEDウィルスワクチンの研究開発は、SEED封印以降もずっと続いているのよ」
「ナギサさんとエミリアから採取した血清のSEEDウィルス抗体は正常値の範囲内だし、体外にSEEDウィルスを排出している形跡もありません。ガーデイアンズ隊員も、数か月毎のワクチン投与を義務付けられていますから、過度に神経質な対処の必要はないと判断しています」

 マヤとルミアは、ナギサの疑問に答えて、それぞれの見解を口にした。

「エミリアからも事情徴収はしたのだけれど、SEEDフォームが跋扈していたというレリクス最深部からの脱出の経緯、ナギサさんからもご説明して頂けますか?」

 ルミアの要請に、うむ、と答えて、ナギサは語り始めた。




 荒れ狂うダルク・ファキスとディラ・ブレイヴァスに脅かされながらも、エミリアはレリクスの広間の壁面が一部、実体ある物質ではなく亜空間の具現化現象によって生成されていることを突き止めた。無論、その間ナギサが己をの身を盾として、二体の巨大な怪物の争いのとばっちりから、エミリアを守り通したのは言うまでもない。
 だがここで一つの問題が発生した。具現化された物質とはいえ、その強度は本来のそれとなんら変わることはない。ナギサの剣技や、インフィニティブラストを持ってしてもこれを破壊することは能わない。
 エミリアは具現化を解除するための制御装置があるはずだと予想していたのだが、そんなものは何処にも見出すことは出来なかった。
 エミリアは己の致命的なミスを悟った。SEEDフォームには高度な知能持つと思しきものも存在するのだ、広間の内部に制御装置など設置すれば、それをSEEDに操作されて封印機構が破綻を来す恐れがあるではないか。刑務所の面会室は内側から開けることができないのと同じ理屈である。
 万事休す、むぅ、このままでは死を待つのみ。
 その時である、彼女らの足下から突如、青い光の円柱が生じたのだ。これが、何処か別の場所へ通ずるゲートではないかと、エミリアとナギサの両名は直観した。だが不確定要素が多すぎるとエミリアは警戒する、しかしナギサはエミリアを引っ掴むと、躊躇することなく光の中へと身を躍らせた。この判断は正しかった、次の瞬間、彼女らは円盤状の床の上へと転送されていたのだ。
 恐る恐る、周囲に目をやると、いずくとも知れぬ深淵から、はるか高みへと伸びる巨大なシャフト状の構造物の中に自分たちはいて、円盤状の床はそこに浮遊しているのだった。
 床はどうやら昇降機の機能を持つものらしく、ゆっくりと上昇を開始した。長い、長い時間、円盤は上昇を続け、遂にそれが停止した時、そこは地上へ通じるフロアの一角であると知れた。
 グラールの太陽の光を再びその身に浴びた時、レリクス周囲が同盟軍の兵員と車両によって囲まれているのを見て、二人は仰天した。救護班がこちらへと向かってくるのを確認した瞬間、ナギサの中で緊張の糸がぷつりと途切れてしまい、彼女はその場で気を失った。
 そのせいで、破壊された自分たちの宇宙船と、背後にそびえる巨大な塔を、ナギサが目にすることはなかった。




 以上の口述を記録し終わると、ルミアは礼を言い、マヤから飲料水のカップを受けとり、ナギサに手渡した。
 ありがとう、と答えナギサは、飲料水で口を湿らせた。

「エミリアから聞いた時も思ったんですけど、青い光の円柱の話、なんだか腑に落ちませんね」

 ルミアはそう言って、マヤを振り返った。

「なによぉ、ルミア、あたしたちの話、信じない訳?」
「そうは言わないけれど、レリクスの機構が侵入者を助けるように働くとは考えにくいわね」

 マヤもまたルミアと同じ疑問を抱いている様だった。

「それに、エミリア達は地下へ降りて、地下から昇って来たというけれど、だったらあの塔は一体なんだっていうの」
「塔?」
「ああ、ナギサは見てなかったよね。後で見にいこうよ。あたしの病室の窓からだと見られるよ」
「何だか知らないが、ダグオラ・シティからでも目にすることの出来る程の規模のものなのか」

 ナギサは目を丸くした。

「三惑星政府も同盟軍も、あれに関しては封鎖してこれ以上手を出したくないようですけど、やはり調査隊を出すべきですよ、私、ライア総裁に掛け合ってみるつもりです」
「よした方がいい、無駄な犠牲者を出すばかりになるかも知れない」

 気丈なルミアらしい提案に対し、ナギサは慎重になるべきだと諭した。

「少数精鋭で望めば、リスクは却って減らせると思うわ。おじさんに連絡をとってみたんだけど、協力してくれそうだし、後は機動警護部と総合調査部から何人か抜いて……」
「おじさんって、マガシのことでしょ。そりゃ、あのヒト戦えればなんでもいいんだからOKするわよ。でも、亜空間制御機能の強力なレリクスだから、ただ強いってだけじゃ足下すくわれるよ」
「あ、そういうのエミリアの担当だから」

 さらりとルミアが言ってのけた。

「何それ、あたしの参加前提なの、本人の意思とか関係ないのぉ」

 絶句するエミリアであった。

「でもルミア、最悪、レリクス内部がSEED汚染されている可能性もあるわ」
「SEEDフォームならば殲滅あるのみです、SEEDコアによる浸食があったとしても、ガーディアンズには伝家の宝刀であるこの装備が!」

 ルミアが、ずいとマヤの前に進みでたので、彼女は少し驚いた表情を浮かべた。
 だが、エミリアの驚きはそれどころでは済まなかった。背後のマヤからは目にすることは出来なかったのだが、いつナノトランサーから取り出したものか、ルミアは銃器の外観を持ったものを構え、その銃口は意識していた訳では無いにしてもナギサに向いてしまっていたからだ。

「ちょっと、アンタ死にたいの!」
 
 金切声を上げて、エミリアはナギサの前に立ちふさがった。勿論、エミリアはそれが何か知っている。殺傷能力を持った武器等では無い。無いのだが、恐らくナギサにそうは見えないだろう、更に悪いことには、ナギサのスティールハーツはベッドの端に立てかけたままになっていた。ナギサは刀槍、火器の類に対しては自動機械の様に反応してしまう。例え害意がなくとも、そんなものをナギサに向ければ、胴体上下泣き別れにされても文句は受け付けられないのが、ナギサルールなのだ。
 ナギサの手が大剣の柄へと伸びる。成仏しなさいよルミア、とエミリアは心の中で手を合わせた。だが驚くべし、ナギサはそこでどうにか自制した。嗚呼、なんという進歩! エミリアは星霊に感謝したものだった。
 ようやく異常に気付いたマヤが、ルミアの手の中の物をひったくった。

「ルミア、こんなもの持ち出して! 貴女、ちゃんと本部の許可は得ているの?」

 マヤの所属する装備開発課にも関わりがあるものだから、もし使用の許可申請が提出されていたならば、当然それはマヤの関知するところとなっていたはずだ。

「え? これは私が個人的にずっと保管していたものですけれど」

 きょとんとした顔で、ルミアが返答をする。

「フォトンイレイザーはちゃんと返却しなくちゃだめじゃない!」
 
 マヤが雷を落とした。

「あの、でも教官が、返却要請には馬鹿正直に従わなくてもいいって……」
「ルミアの教官って、つまりはライア総裁の一番弟子でもある“あの人”ね。それでもって、教官の方もイレイザーは返却してなかったりするの?」

 こくりとルミアが頷くと、マヤは天をあおいで慨嘆した。

「あのね、ガーディアンズにも員数管理っていうものがあるの、管理責任者はきっと胃に穴が開くか、髪の毛ぞっくり抜け落ちてるかのどっちかよ、全くもう!」

「そのフォトンなんとかというのは、一体何なのだろうか?」
 
 マヤに説教を食らっているルミアを横目にナギサが質問を発した。 

「うんとね、SEEDコアが地表に落着するじゃない。その時コアは地面に根を張って、物理攻撃に対する障壁を張るんだけれど、それを浄化し無効化する為の装備の一種がフォトンイレイザーなのよ」

 エミリアの説明を受けたナギサは、なるほど、と頷いた。
 
 ルミアは頑強にフォトンイレイザー返却を拒みつづけているようだったが、まぁそんなことはリトルウィング社員のエミリアにはどうでもいい話ではあった。ただ、あの謎のレリクスの再調査に関しては、その必要性は検討されるべきかも知れなかった。加えて、イーサンの偽物の正体と、その目的も気がかりなところである。
 イーサンに関しては、本人では無かったと、襲われたエミリア自身が証言したこともあって、妹のルミアも不必要に気を病むことはしていないようだった。
 今日にしても、その話題に全く触れなかったところを見れば、ガーディアンズは既になんらかの対応をとっている可能性は高いと思える。ひょっとすると、イーサン本人がこの件に当たっているのかも知れない。
 





 鏡の様に静謐な水面は、淡い青緑の光を受けて、さながら蛍光を放つ大きな円盆の様であった。
 静水の表面に反射する光は、月光にあらず、星の光にあらず。何故といえば、ここは地表より深度五百メートルに達しようかという、全き地下世界であって、如何なる天体の放つ光も到達し得なかったからだ。発光する性質を持つ蘚苔類から生ずる幽けき光のみが、この場における唯一の光源なのであった。
 エミリアとナギサが探索し、その上空ではシズルを含む同盟軍がマガス・マッガーナと戦闘した謎の古代文明遺跡“レリクス”。それが存在した西クグ砂漠より更に南西へと下ると、峻嶮なガレニガレ渓谷地帯へと至る。その地下には大小無数の坑道が張り巡らされているが、かっては潤沢な埋蔵量を誇った鉱物資源も、今はあらかた掘りつくされるか、SEEDの侵食によって失われるかして、鉱夫や山師、他惑星の商社の買い付け人やらで賑わった往時の面影は既に無い。
 坑道群の一部に、より深くへと通ずる洞窟が幾つか口を開けていて、これは人工的に掘削されたものでは無かった。それは進んでいくうちに、鉱山地帯とは違う石灰岩質の表面をあらわし、やがて広大な地下空間へと達した。モトゥブのビースト達の間でも、ほとんど知られることのない巨大な鍾乳洞なのであった。石灰岩質の地層となれば、恐らくかつては海底であったものと考えられる。すなわち、この砂漠の星は過去において、海洋を有していた証拠であったかも知れないのだが、生憎モトゥブの住人達にとっては興味の対象とはならない類の事柄でしかなかった。




 無音の世界を、突如として轟音が引き裂いた。青緑色の円盆の表面が膨れ上がり、十メートル近くにも達するやいなや二つに裂けて、巨大な人間の上半身の形をしたものを生み出した。右腕と両足を欠いた、赤褐色の巨人。それこそは、西クグ砂漠の空で戦い、そして傷ついたマガス・マッガーナに他ならなかった。
 鍾乳洞内の地底湖より巨大マシナリーが浮上すると、水際近くにそびえる二メートルにも及ぼうかとい石筍の傍らから、三つの人影が姿を現した。
 一人は、イーサン・ウェーバーの姿をしたもの。今一人は、女性型キャストで、愛らしい少女の姿を模したフェイスパーツに、青い髪、昆虫の触覚のような二本の頭部アンテナが、ちょっとしたアクセントだ。ゆったりとした長衣をまとったかに見える白色のボディパーツで身体は構成されている。本物のイーサンが彼女を目にしたならば、“ヴィヴィアン”とその名を呼ぶだろう。だが彼女本人などでは決してありえない。何故なら、ヴィヴィアンがイーサンを騙る様な胡乱な人物と結託し、このような怪しげな企みに加担するはずが無いからだ。ならばこの、ヴィヴィアンの姿をしたものは一体何者なのか? そして三人目はヘルガ・ノイマンであった。退廃的な雰囲気を常に漂わせているこの美女は、今はその表情に憂鬱と疲弊を色濃く張りつかせていた。

「全くこんなガラクタ、どこから掘り出してきたのやら」
 
 吐き捨てる様にヘルガが言う。視線こそは満身創痍のマガス・マッガーナに向けられているものの、言葉の方は明らかにヴィヴィアンに対するものだ。

「ガラクタニ、ガラクタッテイワレマシタ、コレハクツジョクデスカ?」
 
 ちょこなんと小首をかしげて、ヴィヴィアンがイーサンに問う。

「昔から、他人を馬鹿って言う奴は自分が馬鹿だって言うものなぁ」

 イーサンが腕組みしつつ答えると、ヴィヴィアンは生真面目な口調で「サンコウニナリマシタ」と声を発した。
 
「ガラクタ、ガラクタ」

 ヘルガを指さし、無機質な声音で繰り返す。
 ヘルガは柳眉を逆立て、眉間には青筋が立った、よほど癪に触ったものらしい。

「壊す、今すぐここで壊してやるっ!」

 激昂したヘルガが顔の下半分を口にして吠えた。今にもSEEDフォーム化して暴れだしそうな剣幕である。

「怒るな、怒るなって。血圧上がるぞ、顔の小皺が増えるぞ」
「おだまりっ! SEEDは年取らないし、病気もなんにもないのよ」 

 掴みかからんばかりのヘルガを、冷たい視線で見やるとイーサンはぽつりと呟いた。「でも、死ぬよな」
 電流に打たれた様にヘルガは跳び下がり、不安気に後頭部の辺りに手をやった。

「何度も警告しているはずだ、あんたの延髄にマイクロマシナリーを埋め込ませてもらった、爆薬内蔵のヤツだ。そろそろ、俺たちと協調する気になってもらわないと、爆破のシグナルを発信したくなっちまうんだがね」
「ちっ」
 
 ヘルガは忌々し気に舌打ちをした、苦りきった表情である。

「ヴィヴィアンのプロトタイプは、爆破テロに投入して全機使い潰したつもりだったのに」
「我々にも色々と伝手があってね。それに、あんたの分身、クローンキャストたる彼女がだからこそ、歪曲空間の牢獄からあんたを連れ出せたんだぜ」
「で、お代はクローン再生技術の提供なのでしょう、ふざけるんじゃないわよ」
 
 ぷいと、顔をそむけると、拗ねた子供の様な顔で、ヘルガは鍾乳洞の奥へと踵を返した。やれやれといった表情でイーサンはそれを見送った。入れ替わりの様に、洞窟のあちらこちらから、十人を越すとみえる集団が姿を見せるや、マガス・マッガーナへと向かった。種族も格好もばらばらの一団であった。ローグスと思しきビースト、エンドラム機関の残党とも見えるキャスト兵士、かっては企業の研究職にあったらしいヒューマン、グラール教団の警衛士崩れの如きニューマンの姿さえあった。どのような経緯でこの場に集まった者たちかは皆目不明であったが、とりあえずのところ、彼らはマガス・マッガーナにとりついて、パイロットを機体内部から引きずり出そう試みているようだった。

「ニンムシッパイシタモノハ、タダチニショケイデスカ?」

 ちょこなんと小首をかしげて、ヴィヴィアンがイーサンに問う。

「いやいや、俺達は無慈悲な悪の組織じゃない、むしろその逆さ。それに、命令違反のシャトル襲撃以外は、彼はなかなか上手くやったよ」

 イーサンが腕組みしつつ答えると、ヴィヴィアンは生真面目な口調で「サンコウニナリマシタ」と声を発した。

 過日、件のレリクスにおいて、原因不明の竜巻が発生し、地上に露出した基部より突如巨大な尖塔が出現した際に、マガス・マッガーナは最後の力を振り絞って長距離ナノトランスを敢行したのであった。一体、何処へ? それは地下であった、正確には砂漠地下を流れる巨大な地下水脈へと転移したのである。塔の出現による影響か、周囲の空間の乱れは激しく、ひとつ間違えば、地盤の中に埋まってしまう、という最悪の事態もあり得たのだ。正確なナノトランスはひとえにパイロットの腕の確かさ故であった。
 再度の転移は不可能であったため、後は地下水脈中を自力航行し、出撃基地であるガニレガレの地底湖へと帰還を果たしたのである。

 やがて、ストレッチャーに乗せられたパイロットが、イーサンとヴィヴィアンの傍らを、慌ただしく搬送されていく。血の様に赤い色で塗装されたそのキャストは、あたかも己の流した鮮血で全身を濡らした重傷者と見えた。実際、深刻なダメージを負っているのは確実であるようだった。
 彼はかって、ルミアの教官であったガーディアンズを前に、“無限に増殖する存在”と豪語したキャストであった。だが、その彼はいまやグラール太陽系にたった一人しか存在しないはずだ、そして姿も変えられてしまっている。血も涙もないヒューマンの女によって、見るも無残な改造を施されてしまったのだ――あくまで本人視点に於いてではあるが。因みに悪辣な改造者の見解は“カッコいいじゃん”だそうだ。キャストの名は、勿論、レンヴォルト・マガシという。




[27552] その8
Name: 蕎麦わんこ◆5056c1ac ID:76a4c2f6
Date: 2011/09/11 10:09
 ルミア・ウェーバーはクラッド6の個人宿舎の一室にいる。
 ダグオラ・シティの医療施設で、エミリアとナギサに面会した日より数えて、丁度一週間が経過していた。同道していたマヤ・シドウは、ヒトSEEDウィルス感染における専門家でもあったのだが、基本的にはレリクスから帰還した二人について、隔離の必要は無しと判断を下していた。基本的、と注釈がつくのは、ナギサが己の身に封じたヘルガの一部については若干の懸念が残ったからだ。周囲に対しての影響はないとの検査結果は出たものの、長期的な経過の観察は必要だとされた。
 ともかくも、ナギサの負傷が癒え、エミリアが精神的なショックから完全に立ち直り――傍目にそうと見えずとも、かなり堪えていたらしい――クラッド6への帰還がなったのは、面会日より六日目、つまり昨日のことである。
 



 マヤは先んじてガーディアンズ・コロニーへと戻ったのだが、ルミアはダグオラ支部にとどまって報告書の作成を行っていた。総合調査部に所属するルミア直属の上司はルウであったのだが、報告の為に本部へ戻る必要は無かった。何故ならルウは、支部にも存在したからだ。ガーディアンズという組織に張り巡らされた神経組織こそが、全ての個体間でリアルタイムに情報共有を可能としている、同じ顔、同じ姿を持つ女性型キャストのルウ達なのだ。
 この事実は全てのガーディアンズが了解している訳ではなく、それを知るものの数は限られている。そういったガーディアンズの間では、“ルウを一体発見したら、その部署には三体以上のルウが潜んでいると思え”と言い習わされているそうだ。実際ダグオラ支部にも、ルミアは、彼女のレポートを受け取った情報管理担当のルウの他に、諜報任務に従事するルウや、戦闘行動用のルウを確認している。支部の地下倉庫辺りに、もっと他のルウ達がうじゃうじゃ鈴なりになっているのかも知れないが、想像すると恐い考えになってしまうので、深くは考えない。
 ダグオラのルウから、総合調査部のルウを介し、総裁にレリクス調査部隊の編制を直訴したのだが、「調査隊の指揮権はくれてやるから、メンバーは自分で見繕え。但しあんたの兄貴と元教官は別命で既に作戦行動中だからそのつもりでな」なる、まことにライアらしい豪快な回答を得た。

「しかしあの遺跡、開かずの扉になっちまったみたいだよ」とライアは付け加えたのだが、「それに関してはエミリア・ミュラーの協力を取り付けてありますから、あの娘の頭脳で無理やりなんとかします。それとイルミナスの残した資料にもヒントがあると思うんです」そう答えるルミアにはそれなりの勝算があるのだった。
 レリクスは目下同盟軍の監視下にあるからして、兄であるイーサンを騙る何者かと、彼がグラールに解き放ったヘルガ、相前後して現れたマガス・マッガーナとの関係性。これらの方がレリクス云々よりは重要度としては高い問題だろう。兄と教官の任務は間違いなくこれを追及することだ。


「お兄……じゃなくて兄が任務中なら、レオさんとカレンさんもそっちの応援にまわされる確率が高いだろうなぁ。なにせ、教官はパートナーマシナリーでも一体つけとけば、リュクロスの最深部だろうがマガハラだろうが、敵は全部ズタズタにして生還しちゃうようなヒトだしね」

 などと独りごちていたのが面会日より数えて五日目のこと。ダグオラ支部から徒歩で十分程の距離にある“ガイークの酒場”のカウンター席である。例え、ガーディアンズの制服に身に包んでいても、うら若いヒューマンの女性が一人でやってくるには少々物騒な店だった。実際、ダグオラ到着の初日に、昼食を摂りにこの席についていた時、あまり柄のよろしくないビーストの男達にからまれた。マスターが素早く目配せすると、店の奥から屈強なバウンサーが姿を現したのだが、ルミアはそれを制し、無礼者たちを氷結のテクニックで固めてダガースキルでヒト型氷柱に刻んでやった。武器の攻撃モードセレクターはスタンの位置に設定しておいたから、生命に別条は無かったはずだ。その後、彼らは「ガーディアンズの女性隊員は宇宙一慈悲深い!」と連呼しながらダグオラ・シティをハーフマラソンしていたから間違いない。「力の無いものは去りなさい」のキメ台詞は伊達ではないのである。
 その日以来、一人静かな食事が約束されるようになったのは言うまでもない。だから、自分の左後ろにヒトの近づく気配を感じた時、おや、と思ったものだ。

「ルミア、隣はよろしいですか?」

 キャストの人工声帯が発するにしても、少々抑揚に欠けた女声は、今では既にすっかり聞きなれたルウのものだ。勿論、拒否する理由は無い。

「キャストのお嬢さんの口に合うものが、ウチの店にあるといいんだがね」
「では潤滑油を五百cc……無論冗談です」

 にこりともせずに言ってのけるルウに、マスターは大仰に肩をすくめてみせた。恰幅の良い体躯の上に、にこにことした笑みをたやさぬ丸い顔が載っているのだが、その両眼だけは別の生き物の様に鋭い光を帯びている。若い頃は、近隣でも随分恐れられた男だったと専らの噂である。受付嬢のマナ辺りに言わせると、ありゃクグの砂漠にダース単位で(ヒトを)埋めてるね、だそうだが、あながち冗談ではないのかも知れない。
 ルウの個体識別は基本的に不可能とされているが、数少ない例外が彼女である。ルウのトレードマークともいえるベレーキャップタイプのヘッドパーツを、戦闘時に外す癖があるのが特徴なのだ。通常は表出することはないのだが、ルウ達にも固有のパーソナリティが存在するしているらしい。彼女は兄に対して、少し特別な感情を抱いていて、戦闘プログラムにも兄のそれを取り込んでいるのだ。

「ルウ総体としての決定です、私は本日付けでルミアの指揮下に入ります」
「それは願ったりですルウさん、三~四人編成で二チーム、できれば三チームを予定していたから、とても助かります」

 思わずガッツポーズのルミアである。おじさんことマガシが加わるのは決定済み、泣こうがわめこうがエミリアも強制連行する予定である。総指揮は自分がとるとしても、各チームを指揮する人員が必要となる。マガシとエミリアはその任には向かないことを思えば、ルウが加入してくれれば心強い。

「でも、ルウさん、ガーディアンズの有力なメンバーは軒並み手が塞がることになりそうなんですよ。かといって、チームの質は落としたくないですし……」
「資源不足下で景気回復の目処が立たないこの時代、アウトソーシングも重要です。他の優秀な民間軍事会社、リトルウィングや鋼華の騎士団等に目を向けるのはどうでしょう」

 ルミアは、うーんと唸った。

「リトルウィングからは既にマガシおじさんと、エミリアに(無理やり)参加してもらうつもりなんです。老婆心と言われればそれまでですけど、これ以上リトルウィング社員の比率が増えると、ガーディアンズ主導での指揮に支障が出るかも知れません。あと、このご時世に“騎士団”ってそれどうなんですか? あのルウさんどう思います?」
「どうと問われても返答に窮します。そうですね、リトルウィングにはガーディアンズから移籍したメンバーもいますから、彼らの参加を考慮することを提案します」

 なるほど、とルミアは膝を打った。元ガーディアンズのトニオなら個人的にもよく知っているし、腕前の方も折り紙つきだ。後、名を覚えていないのだが、研究部の護衛官だった人物もいると聞く。実力がなければ就けない役職だそうだ、加えてエミリアにゆかりがあるらしいというのも都合がいい。計画の滑り出しはどうやら順調であるようだった。
 



 そして六日目、ルミア、ルウの両名は、エミリアはナギサを伴って、PPTシャトル機上のヒトとなっていた。軍用シャトルの装甲されたコクピットとは違い、青い機体の民生用機は透明の窓越しに外部を眺めることが出来た。宇宙船ドックの修理区画に、パールホワイトの優美な機体が駐機されている。しかし、印象的な金色のレリーフを配した船首は、船体部分より無残に切断されていて、その両側面の推進器には無数の着弾痕が穿たれていた。

「ウチの船、有人亜空間航行機のテストヘッドも兼ねてたんだよね。スケジュールに遅延が出ちゃうなぁ」

 エミリアが無念そうに呻いた。

「そんな、大事な船をこの時期に調査任務の足に使うからじゃないの」

 副操縦士席のルミアの口調はにべもない。当然の指摘ではあるのだが、エミリアは機嫌を損ねて頬を、ぷうと膨らませた。

「亜空間航行実験の妨害も、今回の事件の狙いの一つだったのかも知れませんね。ですがそれについての議論は後程。離床シークエンス、カウントダウンスタートします」

 機長席のルウの言葉は、あたかもシャトルそのものが発しているようにも聞こえた。
 そういえば、とエミリアはコクピットの後席に並んで座るナギサが無言を通しているのが気になって、彼女の横顔を覗き込んだ。

「あ、いや。シャトルのコクピットが、いつもの船のより少し狭いなと思って。別に、怖いとかそういう事はないぞ、うん」

 言わずもがなのナギサの言葉であった。
 シャトルは、衛星軌道上でベクタートラックステーションとランデブー、主機関を停止すると、ベクタートラックのリング内で加速され、クラッド6と交差する軌道へ投入される。クラッド6側のリングがこれを捉えて減速、相対速度を合わせた後、宇宙空間に咲いた大輪の花の様なこのリゾートコロニーへと寄港した。

 


 モトゥブとの時差の関係により、シャトルの離床は午後を少し回ったあたりで、数時間後には目的地に到着したのだが、クラッド6では既に日付けの変わる一時間前であった。
 シャトルの発着場には、リトルウィング社長のウルスラ・ローラン、同統括のクラウチ・ミュラー、受付嬢のチェルシーが待ちかねていて、エミリアとナギサをもみくちゃにした。
 エミリアは最初、クラウチに悪口を散々ついていたようだったが、結局出迎え三人の中では彼に一番甘えていたようだった。
 自分はあんな風に父に甘えたことはないな、とルミアはふと思い至った。元々は、死んだと聞かされていたものが、実は秘密結社イルミナスに幽閉されていたと判明し、自分と教官の二人でこれを救出したのだった。その時、自分はもう十四歳で、無邪気に男親に甘える様な年齢ではなかったし、父のオルソン・ウェーバーも、元々はイルミナスの工作員であったという引け目があるからか、SEED事変が終結して平和な日々となった後も、どこかその関係はぎくしゃくしがちだった。もっとも、ルミアは父を嫌ったりなどしていない。オルソンの持つ鋼の如き意志力と、行動力とを尊敬しているのだ。そう、父だ。オルソンはかって、おそらくレリクスを介し、未だ歪曲空間にあったリュクロスに到達したのだという。ヘルガもレリクスの深奥でSEEDと接触したらしい。エミリア達がレリクス深部でSEEDと遭遇したというのなら、これらに必ず関係性があるはずだ。父もヘルガもイルミナスに連なる者だったから、かの秘密結社の残した資料に秘密へと至る知識があるのではないか。




 すっかり親馬鹿の体のクラウチにエミリアをまかせて、ウルスラがルミアの方へとやって来た。一体どこで、情報を仕入れているものか、この才女はルミアの目的を既に知っていた。今日はもう遅いので、交渉は明日ということを告げると、リゾート地区の高級ホテルにルミアとルウの為の部屋を用意しているとも言った。とりあえず、そちらに移動するのがよさそうだった。
 彼女らからはかなり離れた位置で、真紅のコートに、青い髪をポニーに結った、長身で凛とした風情の女性がその場にじっと目をやっていたのだが、この元研究部直属護衛官に気付いていたのはナギサとチェルシーのみだった。
 エミリアは我が家ともいえるリトルウィングに帰ってきたことで、すっかり安心してしまい、自室のベッドに倒れこむとすぐにうつらうつらとし始めた。
 ルミアは疲れも、眠気も感じていなかったので、生身のヒトの様な睡眠時間を必要としないルウとともにこれからの方針について話し合い、本部のルウとも交信しイルナス関連の資料を検討した。
 ナギサは時差などおかまいなしで、眠る必要がある時は強制的に睡眠状態に移行できるという器用な特技の持ち主だったので、特に何の問題もなく眠りについた。



 ルミア・ウェーバーはクラッド6の個人宿舎の一室にいる。
 この手の部屋の間取りというのは、ガーデイアンズ・コロニーでも、クラッド6でも変わり映えしないものね、とルミアは思った。施工会社が同じなのかも知れない。
 リビングと二間続きになっている寝室に、ナギサとエミリアの姿があった。ルミアの勝手なイメージの中で、日がな一日VR訓練システムにダイブして、モンスターの屍山血河を築きつつ、「今宵のスティールハーツは血に飢えているぞ」などと言いながら口辺に薄い笑みを浮かべていることになっているナギサは、実際のところ、寝台にごろりと身を横たえて、カクワネの縫いぐるみなど顎の下にはさんでご満悦の様子であった。
 日常生活でのナギサは訓練ジャンキー等とは程遠いのだそうだ。エミリアの考察によると、大型肉食動物が、狩りの時以外には、極力無駄なエネルギー消費を抑えるのと似たような生理機能を備えている可能性があるらしい。この部屋に移動する前に、カフェでエミリア、ルウも加えた四人で昼食を摂った時には、結構な健啖家ぶりを見せていたことを思うと、よくあのプロポーションを維持できるものだと、いささか不公平の念を抱かないでもない。余分な栄養はひょっとして、全部胸に蓄える仕組みになっているのだろうか。
 一方のエミリアといえば、ベッドサイドのフォトンチェアに腰かけて、ホログラムディスプレイを前に何やら作業中であるらしい。まぁそれは良いのだが――いや良くはないだろう。「ちょっと貴女達、ここ自分の部屋ではないのでしょう、いくらパートナーだからって、仕事とプライベートのけじめ位はつけなさい」
 ここは、ぴしゃりと、きつく叱っておくべきだとルミアは思うのだ。

「そういうのは、まず自分の姿を鏡に映してみてから言って欲しいものよね」
「なによぉ」

 甲羅に手足を引っ込めたボラ・ヴリーマみたいな恰好で、リビングに置かれたコタ・ツの中より肩から上だけ覗かせたルミアが文句を言う。
 実際の所、この部屋に上がって、それを目にするやいなや、「ああ、コタ・ツに食べられちゃう~」とかなんとか言いながらあっという間に今の体勢に収まってしまったルミアなのである。

「仮眠しかとってないから眠いのよ」
「プロのガーディアンズ様がそんなことでおよろしいんですかねぇ」

 嫌味たっぷりの声と表情のエミリアにもルミアは動じたりはしない。

「アマチュアのガーディアンズなんてこの世に存在しません。それに、いざ任務となれば時差ぼけなんて、シャキーンって吹っ飛んじゃうからいいのよ」
「それにエミリア、勝手に他人に自分のビジフォン開かれて、作業とかされたらいい気はしないでしょうに、見られたくないファイルとか絶対あるはずなんだから」

 自分なら教官のビジフォンを覗いたりなんか決してしないとルミアは断言出来る、精神衛生上絶対に良くないことになるのが分かりきっているからだ。

「それについては、部屋主も対策は怠りないものと思われます」

 ルミアが陣取るコタ・ツの一辺の右隣に、こればかりはお行儀よく正座しているルウが寝室の一角を指さした。

「んん?」
「あるべき、もしくはいるべきものがいませんね」
「ああ、パートナーマシナリー」

 浮遊するマスコット型だったり、小さなヒト型だったりするパートナーマシナリーだが、主人の戦闘補助に駆り出される以外は、通常は部屋に止まり、環境管理やルームキーパーの任を果たすのが普通なのだ。

「他人の目に触れさせたくないデータはパートナーマシナリーに管理させ、外出時には常に同行させているのでしょう」

 なるほど、と二人して得心するルミアとエミリアである。いつのまにやら、ナギサは気持ちよさそうに寝息を立てている。

「ところでエミリア、現在作業中のもの、構わなければこちらでも見られるようにして頂けますか」
「うん、いいよ。っていうか、見て、見てぇ、ってこらナギサよしなさい」

 寝ぼけて枕元に生けられたテティの花を口にしようとするナギサを横に押しやりながら、エミリアがコンソールを操作するや、コタ・ツの天板の上にも、彼女の眼前のものと同一のホログラムディスプレイが投影される。
 ルウが何に興味をそそられたものかと、ルミアも鎌首をもたげてコタ・ツ上を見やる。

「これってクラッド6? いや、違うわね」

 ワイヤーフレームで大雑把に表示されているに過ぎないのだが、それ位のことは明らかに判別できる。

「最初の有人亜空間航行実験が成功した後の、次の次の次、その辺りを踏まえてのものかしらね」
「亜空間発生技術の本来の目的、外宇宙に於ける資源採掘のためのプラットフォーム、ですね」
「宇宙ステーションやスペースコロニーなんてものじゃない、これは云わば……」

 宇宙移民船じゃないの、とルミアは感嘆する。エミリアは次の次の次などと、あっさり言うが、有人航行実験の第一回は既に目前に迫っている。ならば、これ程の規模の宇宙船が、そう遠くない将来にグラール太陽系外に進出する時代が来るというのだろうか。

「でも前途洋々って訳じゃないのよね、グラールのSEEDは根絶できた――かどうかは今状況が怪しくなってきているけれど――としても、外宇宙で他のSEEDに遭遇する可能性は否定できない」
 それからエミリアは、ふっとナギサの方に一瞬目をやって、そして言葉を続ける「あたし達とは別の知的生命体と出会うかも知れない、彼らが『話の分かるヤツ』等とは限らないものねぇ。あと、絶対いるでしょ凶悪宇宙怪獣とかが!」

 三つ目については、それはないない、とルミアとルウが揃って首を横に振る。

「それはそうと、有人航行実験のパイロットってエミリアと、貴女のパートナーなのでしょう。こういう話は、パートナーさんも交えてこそしたかったものね」
「ああ、アイツはね、それに備えてってこともあって、ニューデイズに修行とやらに行っちゃったよ」

 エミリアは素っ気なく返答したが、どこか寂しいらしい様子は隠せていない。

「ニューデイズで修行? あら、そういえば今年は確か……」
「知っているのか、ルミア!」

 いきなりナギサがそんなことを言って、がば、と跳ね起きるものだから、他の三人の心臓二つとリアクター一基が危うく停止の憂き目を見るところであった。自分の興味を引く話題には、耳ざとく反応する仕様になっているらしい。

「ニューデイズは今年、神獣ヤオロズ様が降臨するという、三十年に一度の大星霊祭なのよ。ヤオロズ様に挑み勝ちを収めたものには、ご利益あるんですってよ」
「うお、なんか胡散臭っ」
「エミリア黙って聞きなさい。それと、これはネーヴ先生に伺ったことがあるのだけれど、ヤオロズ様と五十度に渡って戦い、そのことごとくに勝利するならば、更に特別の恩寵があるのだとか、但し」

 但し何なのだ、とコタ・ツに這いよって来るナギサにたじろぎつつルミアは先を続ける。

「この行に挑むものは、五十回の勝利を収めるか、敗北するまで、祭場からは出てはならない決まりなのだそうよ、って、そろそろ時間ね」

 ルミアは、巣穴から地上に姿を現すブル・ブナの様に、コタ・ツの中から這い出した。と、次の瞬間には、ガーディアンズ総合調査部ホープの颯爽とした立ち姿がそこにあった。
 社長ウルスラ、統括クラウチと、約束した時間にはまだ余裕があったが、心の準備は早い方がいい。というのも、クラウチは前回のレリクス調査でエミリアを危険に晒したことをひどく後悔しているようだから、再調査にエミリアを伴うことに首を縦に振らせることは少し難儀であるるかも知れないからだ。加えてルウは一体だけの存在が建前だから、同行するルウにはそれを踏まえて振るまってもらわねばならない。ややこしいことだが、この辺りは昨夜から早朝にかけてルウと膝を詰めて話し合ってある。
 じゃぁね、とルミアはルウを伴い部屋を後にしたが、後の二人の心はどこかニューデイズに飛んでいるような印象を受けた。
 
 


 巨大な質量の移動による振動がひっきりなしに周囲を揺るがし、それに伴って巻き上げられた砂煙による薄茶色のもやが、辺り一面を覆い尽くしていた。
 ドン・タイラーの手配によって搬入された超大型作業用マシナリーのドゥガ・ドゥンガが、そのお椀型の胴体から伸びる四本脚の先端にある特大のホイールで、礫砂漠の地面を踏みならし、整地作業にいそしんでいるのである。
 PPTシャトルサイズの宇宙往還機が使用可能な発着施設の設営は、さしものドゥガ・ドゥンガを持ってしても、一日二日の仕事で終わるという訳にはいかなかった。しかし、これが機能するようになれば、軌道上の母艦からの迅速な人員と機材の輸送が可能になる。

「ああ、間接部が砂でじゃりじゃりする、身体の中がグラインダーで削られているみたい」

 黒色の、ひっつめ髪の形状をした頭部と、アーミージャケットとボトムを模したパーツからなる女性キャスト、ミカリス・ゲイドは設営工事の監督中であった。
 どんなに厳重なシーリングを施していても、金属を含んだ砂粒は僅かなパーツの隙間から侵入し、内部機構にじわじわとダメージを蓄積させていく。SEED事変以後普及しつつある第四世代のパーツならば、この問題はかなり改善されているらしいのだが、同盟軍におけるパーツの更新は、一部の部隊を除いてあまり進んではいないのが現状だ。同盟軍も予算のやりくりには苦労しているのだ。新世代のものは、民生用といえども戦闘行動に対応しているものが殆どなので、特例として自費でのパーツ換装を申請してみようかとも考えたのだが、メーカーのサイトを覗いて数秒でこの試みを断念した。装飾性の強いデザインの第四世代パーツは、ミカリス自身の素体部分とのマッチングに問題ありと分析されたのだ。生身のヒト風に言えば、小母さん、こんな派手なのとても着られないわ、といったところであろうか。キャストといえど、少なくともこうやって精神的には年齢をくっていくのねぇ、とたそがれる西クグ砂漠の昼下がりである。

「ミカリスさん、まめにメンテナンスをされないと、身体を痛めますよ」

 そう言って、彼女の心配をしてくれるのは、シズル・シュウであった。酷暑の中、上半身は素肌の上へ直接に引っかけただけの黒のロングコート、無論これはマストアイテムである。そのコートは太陽光をもろに吸収して暑くはないのだろうか? 大きく露出した肌からは容赦なく汗とともに水分が失われ、脱水症状になったりしないのか? まぁ、火属性のシールドラインでも展開させておけば、存外平気なのかも知れないが、キャストの自分が見ているだけでも暑苦しそうなのに、本人は全く気になどしていないのが凄い。ほんと、変な子、面白い子、と笑っていられるのは、それが他人だからであって、パルムに戻れば彼女にはヒューマンの養子が待っているのである。この作戦が終わったら、心理カウンセラーとよく相談して、我が子の情操教育には細心を期さねばと決意するミカリスであった。息子が年頃になって初めて、その美意識を病んでいることが発覚したのでは、目も当てられないではないか。
 ドゥガ・ドゥンガが地響きを立てて、目と鼻の先を通りすぎ、二人は砂にまかれた。ごほごほと、シズルが嫌な咳をする。

「あなたこそ、身体に気を付けなくては駄目よ、砂はともかく金属の粉塵、怖いのよ」

 モトゥブの砂漠の砂は、金属の微粒子を含む物が多いため、ヒューマンやニューマンの肺にに負担をかける。遺伝子工学によりビーストが生み出されるまで、この星の開発が進まなかった所以である。




 シャトル発着施設の作業現場から、レリクス監視所へ移動の道すがら、ずっと薄い板状の物がはためいて、熱をはらんだ空気を撹拌し、シズルに向かって吹きつけている。幸い湿度だけは低いので、こんなものでも人体を冷却するのに少しは役に立つ。

「ラッピー・リゾナの柄だったら、見た目もう少し涼しそうだったでしょうに、息子が持っていっちゃいやだって、ごねるものだから。普通のラッピー柄ので勘弁してね」

 ミカリスが手にしてシズルをあおいでいるものは、ウチ・ワなるニューデイズの民芸品であり、用途は見ての通りだが、その実スライサーとしての能力が付加された一品であった。
 ウチ・ワの親戚筋にあたるセンスとか言うものは、金属で作られたり刃を仕込んだりして、護身や暗殺に用いられたものが過去にあったそうなので、この二重の機能を持たせたコンセプトは突飛という程のものではないらしい。

「ヒューマンの動体視力では、柄まで視認できませんのでどうぞおかまいなく」

 さすがキャストと言うべきか、ミカリスはウチ・ワをグラビットS7の有翼飛行ユニット並みのスピードで振動させているのである。

「それより、そのウチ・ワですけど、スライサースキルをリンクしたままだったのを、幼児が暴発させてしまうという痛ましい事故が年に数件必ずありますから、気を付け下さいよ」
「心配してくれてありがとう。でも、留守を預かってくれている夫も同盟軍の軍人だから、それは大丈夫」

 そうですか、と答えてシズルは見はるかす全高一千メートルを超すであろう尖塔に視線をやった。
 四角柱の形状をしていて、その表面には幾つもの溝が走っている。これが時折発光するのだが、その規則性は未だ不明であった。特徴的なのは、向かい合う二面の幅の広い方が備えている不可思議な構造物であった。それは、魚類の胸ビレ乃至は船が備えている櫂に似ていた。
 出現時には凄まじい竜巻と共に出現した“塔”であるが、マガス・マッガーナが転移によってその行方をくらました後は、竜巻自体は消失した。それまでの戦闘によって、かなりの被害を出したため、すぐにミカリスはレリクス内部への救出隊を編成出来なかった。ようやく準備が整ったその時に、エミリアとナギサは自力でもって地上へとその姿を現したのである。彼女ら二人の生還を待っていたかの様に、地下へと続くレリクス開口部はその扉を固く閉ざしてしまい、今に至るもこれを開く目処は立っていない。

「まずは地下構造物がナノトランスして来た、続いて地上部分が。普通に考えれば、これらは元々一体のもので、地下と塔で合わせて完全な姿になったと見るべきよね」

 ミカリスがシズルに問いかける。ところが、ここ数日にインヘルト社から送り込まれて来た研究者と調査機器は別の可能性を示唆したのであった。

「どうやら二つの遺跡は、かなり異なった技術系統から成るものらしいのですよ」

 地下遺跡に関していえば、エミリアが持ち込んだ例の探索機が収集したデータが、シズルとインヘルトの研究チームにもたらされた。地下構造物の方は、かなり変わったタイプではあるらしいのだが、既知である旧文明の遺産、レリクスであることは間違いないらしい。だが、“塔”の方は……。

「ミカリスさん、ここだけの話なのですが、僕は地上部分に関しては旧文明由来のものでない可能性を疑っています。そして恐らく地下のレリクスに対してハッキングに類した行為を仕掛けている。扉が開かないのもその為かも知れない」
「ちょっと待って、ここだけの話にしていい推論じゃないわよ、それ。地下のレリクスにSEEDを幽閉した歪曲空間へのアクセス機能があるらしいだけでも物騒この上ないんだから」
「勿論、同盟軍のカーツ司令や、ガーディアンズ総裁、ドン・タイラー氏等には報告済みですから、そこのところはご心配なく」
「チョットマテ」
 
 ミカリスの声がおかしなことになっていた。このヒト最初はオブザーバーとかいう名義で、作戦参加してたんじゃなかったっけ? ひょっとして私より強力な権限持たされてたりする?
 ふっ、と溜め息を吐いてインヘルト社のチームへと目をやると、民間軍事会社、鋼華の騎士団の団員達がきびきびとした動きで、研究者達と機材の警護に当たっている。雇い主は、ナツメ・シュウであろうから、「さすがシズルのお父上、わかってらっしゃる」くらいに最初は考えていたのだが、これがなかなかどうして、士気も練度も高いのだ。民間軍事会社といっても、装備は自弁だったりする場合も多いのだが、彼らは――全くの新規設計という訳ではないらしいが――専用の装備さえ支給されている。そしてなにより、ガーディアンズ女性隊員制服と業界での人気を二分するという、その制服姿の美麗さは特筆すべきだったろう。肩モールだの薔薇の花弁のモチーフなどは、やはり乙女心を刺激する。

「明らかに同盟軍よりお給料とか、福利厚生とかよさそうよねぇ。これから子供の教育費だってかかるようになるし、転職考えた方がいいのかしらん」
「あの、ミカリスさん、メンテナンスちゃんと受けた方がいいですよ」

 シズルの声をミカリスはどこか遠くのものの様に聞いていた。
 



 陽が落ちてしまえば、砂漠の気温は急激に低下していく。同盟軍部隊とインヘルト調査団のレリクス監視所から更に六百メートル程も離れた場所に、ヒト一人が入れるだけの深さの穴、所謂ル・ダッゴの壺が、点々と掘られていた。同盟軍にも鋼華の騎士団にも未だ感知されていないのは、入念に偽装されている証拠だった。 
 闇の中から足音一つ立てず、人影が現れた。

「駄目だ、警備の傭兵に紛れ込む算段だったんだが、連中ぴっしり制服着こんでいるんだ」

 イーサンの声がいまいまし気に言った。無論本物ではない、謎の二人目だ。それに反応するように、ダッゴ壺の一つから、むくりとキャストの上半身が持ち上がる。レンヴォルト・マガシ、ガレニガレの地底では重傷を負ったとみえたものが、早くも回復し戦線復帰したものらしい。無論そのボディパーツは天才少女の毒牙にかかる以前のもので、即ちこちらもグラールに存在するはずのない二体目ということになる。

「砂の窪みにでも引きずり込んで、服を替えればいいではないか。いや、民間の職員と入れ替わった方が早いか」

 せせら笑うように、マガシが言う。

「いやそれなんだが、脱がせるのも身に着けるのも、えらく手間のかかりそうな制服なんだよこれが。後、インヘルトだったか、そこの職員達は民間軍事会社が一ヶ所に集めて厳重に警備している、迂闊には近づけない。同盟軍の着ぐるみでも持ってきた方がまだマシだったよ」

 情けなさそうにぼやくその口調は、まるで本物のイーサンを彷彿とさせた。

「まぁ、スルクーフは一つしかない、ここでレリクスを抑え込んでいる限りは動きがとれない。しかし二つ目が送りこまれてきたら、連中どうする気だ」

 訝しむようにイーサンの声が言う。

「二つ目となれば、さて困るのは誰か」とマガシは謎の様な事を言う。「それより、ヘルガが暴れて大変らしい、ヴィヴィが四回程半殺しにしたそうだが、懲りないらしい。それと、お前宛にメールだ」

 マガシから転送されたメールにイーサンが目を落とすと「イーサンスグカエレ」と短くあった。ヴィヴィアン――これも恐らく有りうべからざる二体目であろうか、からのメールには明らかに悲痛な訴えがあった。有体に言えば、泣きが入っているのである。

「頭吹っ飛ばすぞ、って脅しつければいいじゃないか」
「私たちが、クローン再生技術と、不本意ではあるがヒト感染SEEDウィルスを欲しているのをあっちも知ってるんだ、そう簡単に殺されないことぐらい考えればわかる。“英雄”イーサンが口にすればこそ、ヘルガも、これはもしや、と不安になって自重しているにすぎん」

 それぐらい分からんのかと言いたげな、マガシである。

「少しアプローチを変えるか」砂漠の星夜を仰いで、イーサンが呟く。「それはそうと、途中で揚陸艇の残骸を見たよ。俺はあまりヒト死にが出るのは好きじゃない」
「私に出撃命令を出しておいて、血を一滴も見ずに済む訳がなかろう。分かりきったことではないか」

 マガシの低い笑いが、砂を含んだ夜気の中に溶けていく。
 



[27552] その9
Name: 蕎麦わんこ◆9fb2142d ID:76a4c2f6
Date: 2011/09/25 19:51
「ムゥト!」

 鋭いが、また充分柔らかくもある女声が、己が乗騎を励ました。クククと啼いて、ピンク色の表皮に覆われた生物が、発達した筋肉を持つ一対の後肢で地を蹴った。その背には、白いヒトの姿が張り付いている。両の腕にはGRMのロゴをスライド部分に刻んだハンドガンが構えられていた。その生き物の長い頸越しに放たれたフォトンの弾丸が、機械の如き、いや機械そのものの正確さで標的を捉えて大きくのけぞらせる。一人と一頭を焼き尽くす筈の炎の球が、空しく宙へと舞い上がる。

「それっ」

 全身を白一色で覆われたそのヒトが、軽くピンクの生物の腹部を蹴るや、それは先端に大きな金色の花弁を備えたヒトの背丈程もある植物の茎へと躍り掛かった。のしかかれて、大きくたわんだ植物目がけ、チェンバー内で加圧されていたフォトンが浴びせかけられる。発射の反動で白い姿が一瞬空中へと跳ねた。
 油断することなく、乗り手と乗騎は次の標的に備える。
 その光景は、金色、黄色、青、水色と色とりどりの造花の中を行く、縫いぐるみの背に跨った白い人形を描いた不思議な一枚の絵、とも見えたかもしれない。
 だが、実際には今倒したばかりの火を吹く怪植物、フランブルーメやその類縁の繁茂する死の花畑がこの場所であった。

 「ユート君、ポウム、ちゃんと続いて来てますか?」

 金属の光沢を放つ白いボディの上で、青い髪に接続されたアンテナパーツを揺らしながら、女性キャストが頭部を巡らせる。

 「大丈夫だよ、旅人さん」

 溌剌とした少年の声がそれに答えた。それとは別の場所の茂みから、長いピンク色の頸部がひょいと持ち上がった。爬虫類とも鳥類ともつかかないそれは、女性キャストが身を預けているそれと同種のもので、ルンガという生物だった。強健な後肢を残して前肢と尾は退化して、それぞれ胸ビレ、尾ビレ状の器官を残すのみである。砂漠で群れを作って生活し、ヒトにもよく馴れるので、モトゥブ辺境地帯では移動、運搬の手段として、また肉や卵をとるためにも重宝される。
 口笛の音を、少年の声が発せられたのと同じ場所からキャストは聞いた。それは無論、彼女に向けたものなどではない。彼のルンガは嘴を開くと、火の塊を吐き出した。この動物は愛嬌のある外見とは裏腹に、可燃性の体液を外敵に浴びせるかける能力を持つのだ。
 花弁の一部を焼かれた黄色い怪植物は、ルンガに向けて誘導性を持った光球を放つ。ヒトの数倍の速力を利して、ルンガがこれをかわして疾走する。それとは、逆の方向から、槍を担いだ人影が、密生する下生えをものともせずに馳せ寄りつつあった。槍の穂先が、陽光を反射して不思議な輝きを放った。フォトンの光刃でもなければ、金属ですらない、先端を鋭く尖らせた石製なのだ。比喩でもなんでもなく、石器時代の遺物としか見えないそれが、少年の手から繰り出されるや、オブリリーの茎と花とを鮮やかに切り離した。穂先は天然フォトンリアクターの働きをする鉱石から削り出したものなのだ。勿論、少年の腕前が達者だからこその、この切れ味であることもまた確かだった。

「また腕を上げましたね、ユート君」

 ユートと呼ばれた少年は、眩しそうに声の主を見上げた。旅人さん、少年は彼女をそう呼ぶ。時折、彼の暮らす集落を訪れ、外の世界の不思議な話をしてくれたり、彼の部族における生き方、物の考え方、或いは戦いの術についてすら、教師の役を果たしてくれた。異邦人である“旅人さん”が、彼の部族――カーシュ族として知られる――のやり方について、何故それ程通じているのかを少年はこれまで疑問に思ったことはないし、これからもそうなのかも知れない。ユートの思考は文明人のそれの様に、複雑でもなければ疑い深くもない。彼女は、少年にとって尊敬と憧憬の対象だった。旅人さん、白い旅人だから、旅人さん。もっとも彼女は、彼女を知るヒト達からはヴィヴィアンの名で呼ばれることが普通だったのだが。




「流石にこれ以上は無理ですね」

 ルンガの背の上から、ヴィヴィアンが周囲を見渡している。火球や氷塊、光弾などを発する奇怪な植物群は、あらかた銃弾を浴びて沈黙するか、花弁を切断されて攻撃能力を失っていた。陽球の下端は既に地平線へと没しつつあるのだろう、密生する樹木の落とす影の濃さが刻々と増しつつあった。キャストの視覚センサーは光量増幅の機能や、赤外線暗視の能力を持つ。連れのユートは夜目が効くし、文明人のとうに失った鋭い聴覚や嗅覚を保持していたので、星明りの下、夜走獣の如く駆けて戦うこともできる。だが、今は休息の時だった。射撃時の弾道計算、振るう剣の軌道と刃角の最適化。それらの作業に頭脳体は疲弊し、人工筋肉を駆動するリアクターも過負荷の状態にあった。ルンガ達も消耗していたし、加えて彼らは昼行性で夜間の戦闘には向かない。

「旅人さん、ぼくはまだまだ元気だぞ」

 ユート一人が意気軒昂だった。まったく底無しの体力ですね、とヴィヴィアンは感心する。彼はニューマンだが、ビーストの血を半分引いている。少年のあどけなさが徐々に抜け、あと一、二年もすれば立派なカーシュの青年戦士となるであろうユートは、ビーストに由来する身体能力を開花させる途中にあるのだった。
 モトゥブは極冠に当たる北方大陸の分厚い氷層、主たる大陸部と北方大陸を隔てる北氷洋、これらを除けばおおむね砂と岩石で覆われた惑星といっていい。若干の例外が、西クグ砂漠と東クグ砂漠との中間の一地方、首都ダグオラからは北の方角に在する、クロウドッグと呼ばれる熱帯雨林地帯である。文明世界から一線を引いた社会を築くカーシュ族の住まう地でもあり、彼らの集落から更に密林の奥地へと踏み入った場所が、ヴィヴィアンとユートの現在位置である。
 そこは深い谷間の入り口にあたる部分で、この谷の最奥にカーシュ族から“大地神様”と崇められる存在が顕現するのだという。カーシュの戦士にとっては、この谷を踏破して、彼らの守護神である“大地神様”(或いは、ドル・ヴァベールとも)とまみえる事が最高の栄誉ともされている。しかし、キャストとカーシュの少年の当面の目的は、彼の守護神に挑むことではない。ヴィヴィアンがカーシュ族の集落に立ち寄った折に、彼女がこの数年の間、探し求めている人物の足跡が、この谷間に続いている事を聞き知ったからだ。ヴィヴィアンは取るものもとりあえず出発しようとしたのだが、カーシュ族の者達は、ユートと三匹のルンガをつけてくれた。それぞれ、「ムゥト」、「ディッツ」「ポウム」という。
 ユートはこのまま先へと進みたいようだったが、旅人さんの意見に逆らうことはしなかった。この少年の、言い出したら聞かない強情さを知っている、エミリアあたりが見たならば、さぞ驚いたに違いない。ヴィヴィアンはディッツの背に負わせたあった天幕を降ろし、野営の支度を始めていた。



 
「足跡は随分古かった。入れ違いになってるかも知れないな」

 変異植物を掃討した後、ユートは日が完全に落ちてしまうまで、ヒトの残した痕跡を求めて辺りの探索を続けていたのだ。カーシュの部族の者達は、自然の中から驚くほどたくさんの情報を読み取ることが出来る。加えてフォトンに対する感応力が高いので、文明人からみれば超感覚としか思えない能力を発揮する。

「ユート君がそう言うのなら、そうなのでしょうね」

 さして落胆の色も見せずにヴィヴィアンが答えた。こんなことはこれまでにも、何度となくあったことなのだ、焦っても仕方のないことだった。彼女が行方を追い続けているそのヒトは、この谷の奇怪な植物や、危険な原生生物相手に後れをとるなど考えられないから、特にその身を案ずる必要も無い筈だ。勿論、全く心配していないといえば嘘になる。むしろその逆かもしれない。そんな彼女の気持ちを察したのかどうか、ムゥトが天幕の中に長い頸を差し入れて、青い髪のヘッドパーツを嘴でこつこつと優しくつついてくれた。ヴィヴィアンはその頭を撫でてやる。

「しかし、こう毎回すれ違いになることを思うと、やはり私、避けられているんでしょうか」
「ん? なんでだ? よくわからないぞ」

 ユートが不思議そうに言う。

「う~ん、私、怖がられているのかも知れないです」
「旅人さんのこと、別にぼくは怖くなんかないぞ」

 無鉄砲な行動を、旅人さんには何度となくたしなめられた事もあるが、別にそれで彼女のことを怖いなどと思ったことは無い。むしろ、エミリアの機嫌を損ねて『もう、プリン奢って上げないからね!』とか言われる方が、余程恐ろしい。

「私、おかしな力が幾つもありますからね。一緒にいたくなくなっても不思議じゃないと思うんです」
「そ、そうなのか?」
「身体から不思議な光を出してですね、悪いヒトをどこか遠くに吹き飛ばしちゃったりとかですねぇ」

 ふむふむと、ユートは頷きながら、話の続きに期待している様子である。

「遠くにいる、他のキャストの方にとり憑いて、頭や身体まで自由にしちゃったりするんですよぉ」

 キャストのフェイスパーツでは、顔芸で脅かして見せるには無理があるので、声色と身振り手振りで恐怖感を演出してみせようとするヴィヴィアンである。聞き手としては大変素直なユートが、きょとんとした表情で彼女に目をやっているところをみると、ヴィヴィアンの試みはお世辞にも成功したとは言い難いようだった。
 
「でも、ちょっと便利な気もするな、それ」

 ユートは旅人さんを元気づけようと、そんなことを言った。

「二つ目の能力は、パーソナルハッキングとか言うそうなんですが、好きな時に誰にでもという訳ではないですよ。大体された方はたまったものじゃないです。それに、同じ方を二回もハッキングしちゃいましたから、私もの凄く恨まれてる気がします……」

 最後の方は、消え入りそうな声になっている。噂をすればなんとやらで、パーソナルハッキングの対象となった当の女性キャストは、三惑星上や、幾つかのスペースコロニーで一斉にくしゃみなどしていたかも知れない。

「でも旅人さんとそのヒトは、三年前ずっと一緒に戦っていたんだろう。怖くて逃げたなんてことは絶対にない、そうじゃなくて多分、う~ん」

 ユートは自分の考えを上手く言葉に表すことができなかった。大地神様の谷に足を踏み入れることのできるのは、カーシュ族でも勇気と力を併せ持つ優れた戦士だけだ。そのヒトが、旅人さんから逃げ回る様な臆病者ならばこんな所にやってきたりはしないだろう。頭の良いエミリアがこの場にいてくれれば、彼に代わって何がしか納得のいく説明をしてくれただろうに。
 仕方が無いので、ユートは自分の頭でもう少し考えてみることにする。エミリアのパートナーであるヒトは、一度死んで蘇生した、文字通り“死に触れた”経験を持つ、ある種特別の存在だ。エミリアやナギサも己の特異な能力と運命とに翻弄されたヒト達だ。だから釣り合いは取れているのだろう。旅人さんもまた、特殊なヒトの側にいるのならば、その対となるべきヒトはどうすればいいのだろう。自分も特別な何かになればいいのだろうか? そんなことを気にせずすむ程の強い戦士になればいいのか。
 
 天幕の中、獣脂に火を灯したランプの淡いオレンジの光の下、敷物の上で横座りしているヴィヴィアンと、胡坐をかいた格好のユートは、二人してしばし黙り込んで、それぞれの考えの中に沈み込んでいる様に見えた。

 がくりと、何かがくずおれる様な音がして、ユートの思考は中断された。見れば、旅人さんが上体を折って、肩を震わせている。

「一体どうしたの」

 ユートが慌てて彼女に駆け寄り、その肩を揺すった。。

「ごめんなさいユート君、私しばらく機能停止状態になるかも知れないですけど、慌てないで下さい、必ず元に戻りますから。それにしても、私を呼んでいるの、これ誰なんだろう」

 そこまで言ったところで、ヴィヴィアンの動きが完全に止まってしまった。
 まるで魂が抜けてしまっている様だと、ユートには感じられた。旅人さんの言葉を信じて、大人しく待ち続けるのが正しいのだろうと、少年は考える。




「何故、ガーデイァンズに志願した」
「グラールの平和に寄与するためです」

 強圧的な問いかけに、身体中の気力を絞り出して発せられたと思しき声が応答した。
 ガーディアンズの本拠地である、ガーディアンズコロニー。その訓練施設を擁するフロアーにおける一幕である。

「英雄志願か」
「サーイェスサー!」

 十数名程の、ガーディアンズ制服姿を睥睨しつつ、彼女はそこに佇立している。制服姿達は、種族も性別もまちまちだ。彼らが正式な隊員となるには、後数週間の訓練期間をくぐり抜けねばならない。脱落せずに無事その間を耐え抜くことが出来れば、戦闘技術は無論のこと、宇宙船や航空機の操縦免許、交戦規定や警察権行使における法律知識などを叩きこまれたガーデイアンズの卵達は、各々の適正に応じた部署へとダン・ボウル詰めで出荷されることになる。
『なかなか鍛えがいのありそうな奴らじゃないか』
 彼女――ガーディアンズ総裁ライア・マルチネスは内心ほくそ笑む。前任者の指導が的確であったことに満足感を覚えているのだ。古くからライアを知る者にとって、いつまでたってもしっくりこないと、からかいのタネとなっている紫紺の儀礼服も、訓練生辺りには絶大な威圧効果を発揮する。長靴の踵が床と接触して音を立てる度、肩章のモールがわずかに揺れる度、彼らは目下の教官に対しての注目を新たにする。
 しかし、そも総裁の職にあるもライアが何故、訓練生の指導になど当たっているものか。




 ライアは現場叩き上げのガーディアンズである。決して総裁の職に適正が無いという訳ではないが、長期間のデスクワークは彼女にとって大いなる苦痛をもたらす。加えてライアは、激しやすい性格でもある。気にいらないことがあれば、容赦なく周囲を怒鳴り散らす。余り上司としては歓迎したくないタイプのヒトである。
 そこは良くしたもので、後見役の老キャストであるルカイム・ネーヴ、総裁付きのルウ、機動警護部隊長のオルソン・ウェーバー、側近と言える面々はライアを向こうに回してビクともしない猛者ばかりである。殊にオルソンなどは、ウェーバー兄妹の父にして、前総裁オーベル・ダルガンの盟友であった人物だ。ライアは実のところ彼が苦手であったりする。本来ならば、機動警護部の隊長には自身の愛弟子を据えて、総裁と機動警護部間における関係の円滑化を図りたかったのだが(無論、ライアの速やかなるストレス発散に貢献させるという含みもあった)リュクロスを巡る、SEED事変における最終決戦の中のゴタゴタで、この件はうやむやになってしまった。クランプなる気弱な青年秘書もいるのだが、彼を標的にしてしまうと、この青年が三日と経たず一G一気圧のコロニー内部より、真空と無重力を恋しく思うようになること請け合いなので、さすがのライアもそこは我慢せざるを得ない。
 ルミア・ウェーバーよりモトゥブに発見されたレリクスの調査隊編成についての打診があった際、ほう、これは、とライアの思ったことである。ルミアは、先頃、指導教官の免許を取得し、訓練生達の指導にあたっていた。レリクス調査は恐らく、長期に渡る任務となるであろうから、ルミア不在の間は別の指導教官が用意されねばならない。
 ところで、件のライアの愛弟子なる人物は、またルミアの教官でもあったヒトである。すなわち、ルミアはライアから見て孫弟子にあたるガーディアンズなのである。ルミアに代わる教官は、指導理念において彼女に近しい者であることが望ましい。ルミアの教官は、これまた任務によりガーディアンズコロニーを離れている、ならばここは自分の出番となるのが当然ではないか。若干、破綻した論理と言えなくもないが、そこは総裁の権力をもってすれば横車を押すことなど容易い。大体、デスクワークやマスコミへの応対ばかりでは、窒息してしまう。
 このような理由に於いて、ライアは大いに張り切って、久方ぶりの指導教官としての任を果たしていたのである。訓練生達は、この事態を概ね冷静に受け止めていた。総裁自らの指導というのは確かに驚きであったが、将来的に考えればこれは自分達の経歴に箔がつくというものでもあるし、教官のスパルタの度合いは実のところ、ルミアもライアも五十歩百歩だったのだ。ただ、一名か二名程、外見的には美少女といえるルミアに罵倒される喜びをもって、訓練の厳しさを耐えるよすがとしていたのがいたらしい。彼らにとってはこれからの数週間は、苦痛に満ちた時間となるのかも知れない。
 



 訓練施設の壁面の一部は、視察用の窓となっていて、それに付随する小部屋が施設から外部に張り出す形で設置されていた。そこには、三名のガーディアンズの姿があった。
 もし訓練生達が彼らの姿を認めることがあったなら、浮き足立ってしまって訓練に大きな支障が出たかも知れない。無論、ライアの監督下では彼らにそのような余裕は与えられはしない。
 ヒューマンの男性が一人、まだ若い。彼とほぼ同年代とみえる、ニューマンの女性が一人。最後は、他の二人よりは年かさの、ビースト男性である。

「ヴァーラをブッ飛ばす顔をしてみろっ」

 ライアの怒声がびりびりと、小部屋まで震わせる。無茶を言うものだと、ビーストの男性、レオジーニョ・S・Bは苦笑しつつ、ライアの生徒達に同情もする。武装したガーディアンズが、パルムの原生生物、ヴァーラに襲われた時にどう対応するか。選択肢は恐らく三つ、剣で斬りつけるか、フォトンの弾丸を撃ち込むか、テクニックを放つかだ。自分の生まれた種族の特性によって、どれを選ぶかは己ずと決まる。残念ながら、最近デューマンに変異してしまったヒトならば、最適なタイミングでの防御で耐え忍びつつ――ジャストガードと呼ばれる戦技である――辛抱強く反撃のチャンスを窺うしかないないだろう。
 とりあえず、ブッ飛ばすで対抗しようとするのはライアぐらいではないのか。コイツの指導教官は俺だったんだがな、とレオは頭を捻る。気は優しくて力持ちを地で行くような、温厚な性格のレオである、後進に対する指導も厳しすぎるものになることなど有り得ない、一体誰に似てあんな風になったものなのか。
 とんとんと、その肩を叩くものがいる。

「いや分かるよレオ、俺もルミアがつける訓練を初めて見学した時は我が目を疑ったさ」

 ルミアの名を、肉親に対する親しみを込めて口にする以上、彼こそは我らが英雄、イーサン・ウェーバーそのヒトに他ならない。モトゥブに現れた偽物ではない、本物だ。メディアに散々とりあげられた過去があるために、彼を一目みてイーサンだと認識できるヒトも多い。が、実際には、見た目だけならば彼はごくありふれたヒューマンの青年にすぎない。別に、隻眼であるとか、アルビノであるとか、オッドアイであるとか、片腕が義手であるとかいった、著しい身体的な特徴がある訳ではない。とてつもない美形だったりもしないし、言動がエキセントリックだったりもしない、毎日三千五百十メセタを摂取しなければ死んでしまうという事もない。
 誰もが彼を見て、自分もイーサンの様になれるのではないか、或いはイーサンになれる可能性を持っていたのではないか――今となってはその可能性は失われているにしても――と、思うことができる。だからこそ、イーサンは人々から英雄として扱われているのかも知れない。もっとも本人にとっては英雄の肩書きは荷が重い。それは我慢するとしても、英雄の妹という周囲の目のせいで、ルミアの性格を屈託を抱えたものにしてしまった事には罪悪感を覚えないでもない。もっとも、彼女がその後、鬼と恐れられるスパルタ指導教官と化するとは想像の埒外だったのだが。
 さて、ヴァーラをブッ飛ばす顔、などという無理難題を吹っかけられた先程の訓練生であるが、どうやら破れかぶれとなったものか、「ヴァァァァァ」なる雄叫びとも悲鳴ともつかぬ大音声を喉から絞り出す羽目となっていた。

「それは単なるヴァーラの鳴き声だろうに」

 なぁ、そうだろう、と同意を求めるように、肩までで切り揃えた紺色の髪をふわりと波打たせ、ニューマン女性の青い瞳がイーサンに向けられる。

「あ、いや、そのなぁ」

 突っ込みところはそこなのか、とイーサンは返答に窮する他はない。
 カレン・エラ。不慮の死を遂げた双子の妹、幻視の巫女たるミレイ・ミクナに代わり、SEEDとの戦いの間、妹の代役を見事務めぬいた女性である。幻視の巫女は、ニューマンの惑星、ニューデイズに本拠を置くグラール教団の擁する最高位の霊能者にして、グラール太陽系のアイドルでもある存在だ。自らをミレイ・ミクナと偽り、その重すぎる責任を細い両肩で支え続けたというのは、並みの精神力で成せる業ではない。また、カレンはイーサンの指導教官を務めていた時期もあった。そんな訳で、少なくとも精神的という意味でなら、カレンは今でもイーサンの首根っこを捕まえて自在に引っ張り回すことが出来た。
 イーサンとカレンは自他共に認める恋仲でもあるのだが、その関係が余り甘いものとならないのは、その辺りに原因があるのかも知れなかった。




「ところで俺達の行き先がニューデイズというのはどういう根拠があってのものなんだ、やはり幻視の力は健在といったところなのか?」

 レオがカレンに向けて疑問の声を発した、イーサンも彼女を注視しているところを見ると、同様の思いを抱いているらしい。

「半分は当たり、もう半分は外れといったところだな」

 カレンが遠くを見やりながら、そんなことを言った。

「要領を得ないな、幻視の結果というのは当たり、だがカレンのあずかり知るところではない、こんなところかな」

 イーサンの言葉にカレンが頷いた。彼女は、自分の正体がミレイではなく、カレン・エラだと明かした後に、幻視の巫女の座を退いた。のみならず、グラール教団にはこれ以後幻視の巫女は不要と宣言したのだ。なんとも大胆というか、無茶な言動だったのだが、教団はこれをよしとした。よって、グラール太陽系に現在、幻視の巫女は存在しない、だが幻視の能力を持つもの自体まで消失した訳ではない。

「幻視の儀はそもそも、星霊にはグラール太陽系に起こった過去の歴史が全て記録されていると考え、それを読み取ろうとする業のことを言う」
「それは過去知の話だろう、今回の件は未来予知に関わることじゃないのか」

 レオが問うた。

「未来に起きる事象までもが星霊の中に記録されているというのでは、現在を生きるヒトにとってはやりきれない話にはならないか」

 幻視の巫女を務めた者にあるまじき、或いは幻視の巫女であったからこそのカレンのこの言葉であったろうか。

「少々話が脱線したな。モトゥブに凶兆あり、と予知した者が教団にいたのだ。ライア総裁から私はその事について意見を求められた、まぁ当然だな。未来を視ることは、過去を幻視するよりも難度は高く、精度も不確かだ」
「だから、それは重要視するべき程のこともない、そうカレンは言ったんだな」
「ああ、だが実際には何が起こったかは皆知っての通りだ。そして、今度はニューデイズに災いの影ありと、同じ人物がのたまうたそうでな」

 苦虫を噛み潰した様な表情で、カレンが言い捨てた。

「なんだよカレンらしくもない。ところでその幻視をしたのは誰なんだ? 将来の巫女候補として修行していたうちの一人とかなのかい」

 カレンは一つの失敗をいつまでもくよくよと思いわずらう様な性格ではない。そのことを良く知っているイーサンには、カレンのこの態度は少々腑に落ちなかった。

「いや、それが、ミレイの父、ドウギ・ミクナらしいのだ」

 なんと厭わしい者の名を口にしてしまったことか、と言いたげなカレンである。不可抗力の部分もあったとはいえ、ミレイの死の直接の原因となったのがドウギだったからだ。
 双子故であったからか、それぞれ幻視の能力を半分ずつしか持たぬ、カレンとミレイであった。ドウギは、教団の秘儀“星霊紋”を用いて、カレンの能力をミレイに移植しようと企てた。しかし、それはカレンの身を空しくしかねぬ危険な施術であった、邪法、外法の類といってもいい。結果双子の母は、幼少のカレンを連れて夫の下より逃亡した。そのことが、二人の母の命を縮めることとなった。カレンにとって、ドウギは母の敵でもあった。
 十数年後、運命の悪戯と言うべきか、再びドウギの手に落ちたカレンは、ミレイの為の贄に供されようとした。当然それは、ミレイにとって肯うことなど出来ぬ事態である。己に盾突くミレイに激昂したドウギは、最愛の娘を手にかけてしまったのだ。

「ドウギ・ミクナ、生きていたのか。てっきり、闇から闇に葬られたものと……」
「人聞きの悪いことを言うな、イーサン。本来ならば、法の裁きにかけられるべき男だが、私がミレイを名乗っていた間は、まさかミレイ殺害容疑で立件する訳にもいかないので、幽閉状態にあったとでも思ってくれ」
「しかし、いくらカレンとミレイの父親だからといって、何故ドウギ・ミクナが幻視の力など発揮するようになったんだ」 

 もっともなレオの疑問である。“父親”という言葉を聞いた途端、カレンの表情が凄まじく不機嫌なものとなる。

「カレンが正体を明かした後なら、ドウギを裁判にかけることだって出来たんだろう」

 そのような情報がグラール教団より発せられたとは、寡聞にして知らぬから、イーサンはドウギが殆ど暗殺の様な形で処理されたのではと想像していたのである。

「教団の恥、ミクナ家の恥に当たることだ。私は気にしないが、星霊の御許にあるミレイが悲しむだろうと思って他言は避けていた。ここだけの話として聞いてくれ」

 コロニーの外部、フォトンに満ちた宇宙空間へ向けて、ミレイ許せ、と呟いた後、カレンは語り始めた。




 ドウギを取り返しのつかない凶行へと追い詰めたのは、カレンよりの能力移植が不十分であった為、幻視の力を行使する度にミレイが衰弱することを見かねてのことであった。彼が娘を愛していたことは自体は間違いないことだったのだ。もっとも、巫女を輩出するミクナ家の当主として、ミレイには幻視の巫女で居続けてもらわねばならないという打算もあったし、カレンに対しての非情な態度はヒトとして常軌を逸していると言わざるを得ない。
 ともかくも、ミレイを己が手にかけたという事実に耐えられず、ドウギの精神は崩壊した、廃人と化したのである。彼は、教団施設の奥深くに拘束されている間も、全く外部の情報から遮断されていた訳ではなかった。そして、人々の前に姿を現すカレンの映像記録を、ミレイのものだと思い込んでいたらしい。己の精神における、最後の一線を守る為のあがきの様なものだったのだろう。
 そして、ドウギは見てしまう。ミレイが実は、カレン・エラであったのだと宣言するその場面を。ここにおいて、ドウギの人格は完膚無きまでに破壊された。SEED事変終結後も彼が法の裁きを免れたのは、最早法的責任を問える存在では無くなっていたからだ。
 それと相前後して、ドウギはしばしば予言めいた言動を発する様になった。空白となった精神が、幻視の巫女を輩出する血筋と相まって、星霊と直接交信する能力を得たのかも知れない。
 無論、教団としては狂人の発する警鐘などを、まともに取り合う訳にはいかない。しかし、ドウギの予言は不気味な的中率を示し続けた。先のモトゥブの一件に於いて、とうとうこれを無視する訳にはいかなくなったのである。

「そういう訳だ、私はドウギ・ミクナに面会しようと思う」
「ガーディアンズとしてか? 元幻視の巫女として? それとも……」

 流石に、娘としてかなどとは口に出して聞けないイーサンである。

「わからない、正直なところあの男に二度と会いたくなどないんだ。イーサン、私と一緒に来てくれるだろうか。それとレオ、貴方にもお願いしたい」
「水臭いな、聞くまでもない事だろう。それに、その予言とやらが正しければ、俺のそっくりさんとの対決も実現できるかも知れない」
「俺はなんだかオマケ扱いみたいだが、まぁ一緒に頑張ろうな、お二人さん」

 レオが茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせる。




「総裁、あ、いえ教官、どうされましたか?」

 ライアが突然動きを止めて黙り込んだので、不審に思った訓練生の一人が恐る恐る、彼女に声をかけた。

「ああ、いや、何でもないよ」

 無駄口を叩くな、と叱責を覚悟していたその訓練生は、ライアの返答にいささか拍子抜けした様子だった。
 ガーディアンズの若き総裁の視線の先は、視察用の小部屋である。そこに先程までいた三人のうち最後の一人、レオジーニョ・S・Bの大きな背中が丁度入り口を抜けて外へと向かうところだった。
 惑星パルムのホルテス・シティ発、ニューデイズはオウトク・シテシ着のシャトル入港を知らせるアナウンスは、訓練室のフロアからでも聞き取ることが出来た。




[27552] その10
Name: 蕎麦わんこ◆9fb2142d ID:76a4c2f6
Date: 2011/10/06 23:25
 二条の電弧が空間を走り、二つの人影を繋いだ。白いキャストと、鮮紅色の髪を海棲生物の触腕の如く蠢かせる女の姿をしたものとを。暗紫色の衣装に包まれた女の身体が白煙を吹いて石灰岩の上に崩れ落ちる。

「ホンジツ、ゴドメデス」

 機械的な発声にどこか徒労感を漂わせ、白い女性キャスト、ヴィヴィアンは攻撃体勢を解いていた。
 トリーガーガードに差し入れた指を支点にして、左右それぞれの手にあるハンドガンをくるくると回転させ、数秒の後ぴたりと停止させる。左手の銃を口元へと近づけると、未だ帯電している銃口に息を吹きかける真似をする。右の銃で少したわんでしまった頭部のアンテナパーツを、くいと押し上げる仕草がそれに続く。
 地面の上に這いつくばりながらも、鮮紅色の髪の間から女はもの凄い形相でヴィヴィアンを睨み付けている。ヴィヴィアンの銃は、なりこそGRMのCランク辺りのハンドガンだが、その正体はフォトンを雷属性変換して投射する法撃兵器である。同属性の高出力シールドラインでも着込んでいなければ、まともに喰らって立ち上がれるヒトなどいない。西クグ砂漠のレリクス地下において、ナギサのエーデルフシルと撃ち合って互角だったことからも、その威力は知れるというものだ。
 しかるに、眼前の女、ヘルガ・ノイマンは、雷のパイルによって既に四度地面に縫い付けられながらも起き上がり、ヴィヴィアンに挑みかかってきたのだ。
 それもある意味当然のことで、ヘルガはSEEDにその身を捧げたヒトならざる存在であったのだから。これを生かしたままで制圧できるのは、ヴィヴィアンを除けばイーサンとマガシの二人だけだった。此処、ガレニガレの地下施設に集結した彼女ら組織のメンバーは、いずれ劣らぬ実力の持ち主達だったのだが、こればかりは相手が悪い。
 再度クグのレリクスへと進出したイーサンとマガシには既に帰還要請を発信してある。いい加減、一人でヘルガの相手をするのにうんざりしていたのである。全く何を考えて、イーサンはこんな危険な存在に自由を与えているのだろうか。
 ヘルガの憎しみの視線を、赤いガラス玉の様な視覚センサーで受け止めていたヴィヴィアンに、ヒューマンと思しき男が近づき何事か耳打ちした。彼女の人差し指と中指が、胸前でVの字の形を作る。彼らの母船である特殊任務仕様のシャトルが、強力なステルス能力に物を言わせ、地上と衛星軌道からのセンシングを易々とすり抜け、ガレニガレへと帰投の途にあると報告を受けたのであった。肩の荷が降りるのを感じて、ほっと一息といった気分のヴィヴィアンである。ヘルガの脳に仕掛けた爆薬の信管に起動シグナルを送るという選択肢もあったのだが、バラバラになった脳細胞から必要な情報を取り出す技術など無い以上、これは脅しや交渉の種としては殆ど用を成さなかった。加えて、ヴィヴィアンは発話機能に少々難を抱えていたので、勢い言語より実力行使が優先されることとなる。
 SEEDの持つ聴覚能力よって、ヘルガはシャトル帰還の報告を聞き取っていた。イーサンと恐らくマガシも此処へ戻ってくるに違いない。如何に気性の激しい彼女であっても、これ以上の抵抗、というか八つ当たり的な大暴れを続けるのも阿呆らしくなってきた。ヘルガの姿が光暈に包まれ、海底から地上侵略にやって来た、頭足類とヒトの合成体を思わせる姿形が、小柄なヒューマン女性のそれへと変貌していく。
 SEEDフォームを解除するだけでも、ヘルガの持つ加害能力は大幅に減少するので、施設の人員達の間に、明らかに安堵の空気が広がった。地底湖の岸辺に設置されたプラットフォームに鎮座する、マガス・マッガーナの修理や、西クグ砂漠に展開する観測班から送られるデータの解析作業が、彼らにとっての目下の急務だったからだ。
 



 より上層の鉱山部分と、地底の鍾乳洞とを繋ぐ洞窟に沿って敷設された昇降機によって、イーサンとマガシ他、若干名のメンバーがガレニガレ残留部隊の前に姿を現したのはそれから数時間後のことであった。
 彼らを目にするなり、ヴィヴィアンとスタッフ達が速やかにその周囲へと集合した。無事の帰還を祝してとか、再会の喜びを分かち合うためであるとか、そういう意図を持ってのことではない。彼ら、彼女らは一斉に、身体の輪郭を露わにした黒の装いと青い髪の女を指して、不平不満を言い募ったのである。

「オリ・オリにでも閉じ込めた上で、レーザーフェンスで厳重に隔離すべきです」
「どうしてアレを自由にさせておくんだ、ストレスで俺は飯が一日に二度しか喉を通らん」
「SEEDフォームなんかと一緒に居られるか! 私は母船に戻る!」
「ソノウチデレルトカ、ユメミテルノトチガイマスカ?」

 お前ら実は、まだ余裕あるんじゃないかと思わないでもないイーサンである。が、確かに彼らの作戦段階を次へと進める為の準備作業に、無視しえない遅延が出ているのは確かなようであった。

「まぁ、そう言うな貴様等。この女はSEED細胞によるクローン体、高位のSEDDフォームでもある。拷問も洗脳も無意味だ、薬物の類も受け付けまい」

 意外や、助け舟を出したのはマガシであった。本物のイーサンとマガシの関係を思えば、これはかなり奇妙な光景としか言い様がない。少なくともこのマガシ二号だか、マガシックだかは、偽物イーサンの片腕というか副官として振る舞っているのである。

「そういう訳で、俺達はヘルガの自発的な協力を期待せねばならない。その扱いも紳士的であってしかるべきとは思わないか」

 気を取り直した様子のイーサンが言う。実際、彼はヘルガに制限付きではあるが自由な行動を許していた。当然、ヘルガは彼らに友好的な訳も無く、そのとばっちりを受けるのは主にヴィヴィアンや他のスタッフなのであった。

「はぁ? ハビオラ辺りで妙な胞子でも吸い込んだんじゃないの。自分の頭の中がキノコの菌床になってないか、いっぺん調べてもらいなさいな」心底気色悪そうにヘルガが言う。「それに、何が紳士的扱いよ。何度そこの人形に私は焼き殺されかけたと思ってるんだか」

「ワタシハ、シュクジョデスガナニカ?」

 減らず口ではヴィヴィアンも負けてはいない。もっともヴィヴィアンはヘルガのコピーキャストである。すなわち元人格の思考や能力の再現を目的とした人型戦闘マシナリーと言う事だ。故に、ヘルガと同等の口の悪さを有していたとして、これは怪しむにあたらない。

「それにしても、貴方達三人、一体何者なのよ」

 SEEDを幽閉したナノトランス空間より、サルベージされた時の記憶は殆ど残っていない。無窮無辺の歪曲空間内では、そもそもあらゆる知覚、感覚が制限される。自己の肉体が存在するかどうかもあやふやだし、時間の概念さえ消失するのだ。ヘルガの思考と感情は、半ばヒューマン半ばSEEDのそれで構成されていたが、そこはヒューマンの部分にとっては耐え難い環境であった。故に、ヘルガは精神機能をSEEDに委ね、一種の休眠状態に陥っていたのである。その彼女を――いや彼女等と言うべきか――を呼んだのは、眼前にいるヴィヴィアンに違いない。コピーキャストに対して、そのオリジナルである存在は、思考への介入や、情報の強制的な引き出しが可能となる。オリジナルとコピーのそのような紐帯を逆に利用して、件のレリクス最深部に存在した歪曲空間のゲートへと、ヘルガ達を呼び寄せたのだ。微生物が、光の刺激や、ある種の化学物質に向かって集まるのに似た本能的な行動である。封印時に損傷を受けた者や、元々肉体の劣化が甚だしかった者もいたが、彼女はその中で良好な状態を保ったヘルガだった。ともかくも、休眠状態より復帰した時には、イーサンとヴィヴィアンにより、このガレニガレの地底基地への移送が完了していたのである。

「ハウザー様の企てが潰え、ダーク・ファルスの復活もならなかったのは理解したわ。それから、既に三年もの時が経過したこともね」

 イルミナスが壊滅した証拠は何度も突き付けられている。この地底施設内に限ってならば、行動の自由を保障されているので、グラールのネットワークにアクセスして自分の目で確かめもした。認めたくはないが、ハウザーとイルミナスは敗北したのだ、だからこそヘルガは最前の問いを繰り返す。

「貴方達一体何者? イーサン・ウェーバー、お前がSEEDの私をグラールに喚びだすことなど有り得ない。 マガシ、ハウザー様のコピ-キャストたるお前が、ハウザー様亡き後のうのうと存在していられる訳がない。そしてヴィヴィアン、お前は恐らくガーディアンズにスパイとして送り込んだ個体じゃなくて、プロトタイプの一機なんでしょうけど、どうして私の思考制御を受け付けない、これではまるであの時の……」

 そこでヘルガは言葉を途切れさせた、まるで別の誰かに横合いから語りかけられたとでも言う様に。
 
「ん? 何よこれ。いや誰なの、私に呼びかけているのは、誰」

 青い唇の間から当惑した様な呻きが吐き出される。
 
 イーサンの表情が厳しいものとなった。ヘルガの様子が明らかにおかしかった。見れば、ヘルガが己の頭を抱えて、唇を歯で思い切り噛みしめている。出血を見ないのが不思議な程と見えた。
 マガシにかって聞いたことがあるのだが、SEED細胞によるクローン技術といえど完全なものでは無いらしい。複製を繰り返せばその肉体と精神は確実に劣化していく。強烈な精神外傷を負うと、SEEDに侵食されている人格は、意外に容易くその平衡を失するらしい。
 
「むぅ、これは不味いのではないか、イーサン」
「おいおい、ヘルガしっかりしろ、おかしなフォトンでも受信してるのか」

 イーサンとマガシは少々慌てた。肉体の劣化は殆ど認められない個体の筈だった、ならば先程の会話の最中に、何らかのトラウマ体験のフラッシュバックを起こしたのではないか。

「ヴィヴィアン、とりあえず彼女を眠らせろ」

 眠らせろ、と言葉としては穏当に聞こえるが、要は雷撃を浴びせて昏倒させてしまえという命令である。

「ヴィヴィアンどうした?」

 少々とぼけたところもあるが、このような際には迅速に任務を遂行するのが彼女なのである。しかし、ヴィヴィアンは俯いたまま動かない。ヘルガに続いてヴィヴィアンまでもが機能に変調を来しつあるというのは、これは何らかの容易ならざる事態の前兆なのだろうか。彼女らは、オリジナルとクローンキャストの関係であるのだ、一方の身に起こった異変が、もう片方に影響を及ぼすといことは、充分に考えられる。

「イーサン、マガシ、まさかこれは、アレなんじゃないのか」

 遠巻きに、イーサン達のやりとりをうかがっていたメンバーの一人が恐る恐る言葉を発した。出来れば自分の口にしたことを信じたくないという風情である。

「いや、私たちがこちらに来られたならば、奴らが来れない道理は無いのではないか」

 別の一人が、浮き足だった様子で同僚の意見に賛同する。

「うろたえるな、ヴィヴィアンなのだぞ」

 マガシが一喝するが、一度生じた恐慌はまたたくまに、彼とイーサンを除くこの場にいた者達に伝播した。彼らは一斉にヴィヴィアンから距離をとり、これは不思議なことなのだがヘルガを盾にする形で何者かを迎撃する体勢をとっていた。一体彼らは、何に怯えているというのか。
 ヴィヴィアンの頭がゆっくりと持ち上がっていく。雑多な種族で構成されたイーサンの部下達の間に、尋常ならざる緊張の気配が走る。

「私を呼んだのは、一体誰ですか? 私、来ましたよ」

 なめらかな、女性の声を、ヴィヴィアンの人工声帯が発した。

「馬鹿な! ヴィヴィアン程の者を乗っ取ったのか。強力な奴だ、まずいぞ」

 ここに至って、マガシが狼狽の様子を見せた。

「あの、ヴィヴィアンは私なのですが……。その言い方だと私が私を乗っ取ったことになっちゃうんですけど」

 ヴィヴィアンが不思議そうに言う。というか、どうも両者の認識が噛み合っていない。

「あれ、その声マガシじゃないですか。パーツは元に戻しちゃったんですか、あの角とっても恰好良かったのに」

 本物のマガシが耳にしたなら、『ヴィヴィアンよ、お前もか』と嗟嘆の声を上げたに違いない、自称妹分の科白である。

「君は誰だ? ヴィヴィアンだというのなら、自分で自分の姿を見てみるといい」

 冷静に考えれば、姿形もまたヴィヴィアンなのだから、イーサンのこの言葉も少々ピントがずれている。

「えっ、イーサンまで此処に居るのですか。私の姿を見ろだなんて……、あれれ、これ私じゃないですか!」

 ヴィヴィアンが素っ頓狂な叫びを上げた。クロウドッグの谷でユートと語り合っていた最中、何者かに呼ばれたと感じた時、彼女の意識は半ば自動的に体外に投出された。パーソナルハッキングを実行していたのである。まさか、その対象が己と同じ姿をした者であったとは。

「いやいや、私自身の筈がありませんね。これは、私の姉妹、プロトタイプの一機なのでしょうか?」
「騙されるなイーサン」
「そうだ、奴らはそうやって、しばしば我々を欺く」

 ヒューマンが手にした片手剣の切っ先が、キャストが腰だめにした擲弾筒の砲口が、ニューマンの構えた長杖の先端が、一斉にヴィヴィアンへと向けられる。但し、未だ頭を押さえてうずくまっている、ヘルガの後ろから。

「あの、ちっともお話が見えないのですが」そう言って、彼女は声達の方へと向き直った。そして再度、驚きの叫びを発することになる。「ヘルガじゃないですか! どうして貴方がここに?」
 SEEDとSEEDに由来するものは、全て三年前に封印されたはずだ、彼女が驚愕するのも無理は無い。もし、この数日の間に、ガーディアンズの知己と連絡をとっていたならば、レリクスやヘルガについて知り得ていたのだろう。だが、ヴィヴィアンはこの数週間、全く別の事に頭をとられていたのである。それにしても、マガシ、イーサン、ヘルガ、そして自分の宿ったこの身体。このとりあわせは、一体何なのだ。
 ヴィヴィアンの発する言葉か、それともフォトンの“変化”を感じたからか、虚ろだったヘルガの両眼に光が戻り始めていた。「お前は……、なんだ。先程までのヴィヴィアンと違う……」 
 のろのろと頭を起こし、視線が彼女のクローンキャストに据えられる。SSED細胞の網膜に、白い姿が映し出されると、思考が混乱状態から急速に回復を示し始めた。

「私を呼んだのは、ヘルガ、貴女でしたか」
「誰が、お前なんて呼ぶものか。それにしても、また性懲りもなくハッキングなのね、全く薄気味悪いったらありはしない」
 
 怖気をふるう様にヘルガが吐き捨てる。今や、完全に意識が明瞭となったヘルガは、眼前のヴィヴィアンの中に宿るものが、彼女の宿敵ともいえる存在の精神体であることを知った。

「ここであったが百年目、いや三年目。外側と中身ともども廃品にして、クバラの故売マーケットに売り飛ばしてやるから覚悟なさいな」
「待て、ヘルガ、どういうことだ。ヴィヴィアンにとり憑いた奴と面識でもあるというのか」

 マガシは混乱していた、この事態は明らかにおかしい。少なくとも、彼の知識ではこの状態を説明できない。

「はぁ、貴方何を言っているの。本格的に思考プログラムがバグっちゃった? こいつはヴィヴィアン、他の何だっていうのよ」

 言うなり、ヘルガの全身が発光した、光の中で彼女は姿を変える。青い肩までの長さの髪は真っ赤に変じ、腰まで届く程に伸びて、それぞれより合わさって六本の触手状の房と化していた。衣服も暗紫色の海棲生物を連想させる不気味なものになり、大きく開いた胸元の皮膚には網目状の紋様が浮かび上がっていた。重力のくびきを断ち切って地上数メートルの高さへと上昇する。

「ヘルガ、貴女という存在は、全く」

 どれだけ好戦的なのか、と頭痛を覚えるヴィヴィアンである。だが、応戦しなければこの身体の持ち主をも傷つけることになる。それは彼女の本意ではない。ヴィヴィアンの自己認識はあくまで“ヒト”たるキャストである。故に、戦闘マシナリーとしての装備である、雷撃銃や踵に設えられた高速走行用ホイールの制御システムにアクセスすることが出来ない。だが、この身体もヴィヴィアンであるならば、自身の名を冠した優美な二刃のフォトンセイバーを装備している筈だ。彼女は素早く、ナノトランサー中の仮想武器架であるスロットを検索し、それと思しき一振りを現実の空間に実体化させていた。

「な、何なんでしょうか、コレ」
「アイツ、なんて物騒なものをナノトランサーに呑んでたのよ」

 唖然とする二人の声を、フォトンの鋸刃がガイドーバー上を回転する甲高い唸りがかき消した。チェインソードの名で知られる、フォトン・ソーを光刃の代わりに使用する凶悪な大剣を、こともあろうに上下に二本連結させた武器が、ヴィヴィアンの手に保持されていたのだ。
「ヴィヴィアンの奴、いよいよとなればこれを使って私を切り刻むつもりだったのか」ヘルガは背筋にレイフォトンの塊を突っ込まれた様な気分になった。
 ヴィヴィアンはヴィヴィアンで、ハッキングしたこの身体が軽々と、巨大な鋸のお化けを振りまわせるのを知って、余りの馬鹿力に開いた口が塞がらなかった。
 毒気を抜かれるというのはこういう事なのか、ヘルガは地上へと降下し、ヴィヴィアンも剣呑な武器をナノトランサーへと収めていた。とりあえずの休戦成立である。

「そうそう、マガシ、貴方こいつの中身をなんだと思っていたのよ」

 再び、ヒューマンの姿に戻りつつ、ヘルガが問うた。

「肉体の簒奪者にして、精神捕食者である、実体を持たない存在。一万年前の亡霊、すなわち――」
「そうか、わかりましたよ」マガシに代わって、回答を口にしかけたイーサンを、ヴィヴィアンの言葉が遮った。「道理で話がちぐはぐな筈です。貴方達は私を旧文明人の精神体だと誤解していたのですね」

 一万年の昔、SEEDと戦いこれを封印し、レリクスだけを残して忽然とグラール太陽系からその姿を消した、旧文明人。しかし彼らは、SEED汚染された肉体と惑星環境を捨て、精神生命体となり自ら創造した亜空間に拠って捲土重来を期した。グラールに新たな知的生命体の種を蒔き、その文明が充分発達した頃合いを計り、その肉体を乗っ取ることでグラールへと帰還する。それが彼らの画策した、遠大な計画であった。旧文明人との衝突は、『亜空間事件』として記憶に生々しい。

「それにですね、旧文明人の拠点であった亜空間“マガハラ”とグラールは完全に切り離された筈です。イーサンやマガシともあろう方達が、未だに旧文明人の報復を恐れているなんて、全くらしくないですよ。大体、お二人とも私のパーソナルハッキングの能力はご存じの筈です」

 と、ここまで一気にまくし立てて、ヴィヴィアンは何かが決定的におかしいことに気づき始めていた。一つ、カマをかけて見るべきか。

「そうでしょう、マガシお兄ちゃん」にこりと笑みを浮かべて、マガシを振り返る。我ながら阿呆らしい思うのだが、彼が彼女の知るマガシなら、激怒するに違いない。赤い双剣を抜いて斬りかかって来るかも知れない。だが、マガシは呆気にとられてその場に立ち尽くすのみ。ここに至ってヴィヴィアンは、これより前にヘルガが発したのと同じ疑問を口にせざるを得なくなった。「貴方達は一体何者なんですか?」

 イーサンとマガシは顔を見合わせていた。その問いに答えるべきか否か躊躇しているのだ。ヴィヴィアンの方も、こともあろうにSEEDフォームたるヘルガの背後に隠れ、十人ばかりのヒトがひとかたまりになり、こちらの様子を窺っているのに合点がいった。旧文明人は、SEEDに汚染された肉体を忌んで、精神生命体となったのだ。即ち、SEEDフォームであるヘルガは、憑依の対象とはなり得ない。皮肉なことに、旧文明人の精神体に対しては最も頼りとなる存在であったのだ。

「いいだろう、全てとは言わないまでも我々の来歴を話そう。その代り、ヴィヴィアンは解放しろ」
「パーソナルハッキングは永続的なものではありませんから、勿論、この身体はお返しすることになります」
「そういう話なら、私も説明を受ける権利があるんじゃなくて」

 実は、ヘルガ、旧文明人云々について全く理解していない。亜空間事件について知り得る、機会と手段は与えられていたのだが、イルミナスの崩壊の事実ばかりに気をとられ、ごく最近起こったこの重大事件を見落としていたのである。




 茫たる青緑の明かりの下、イーサン、マガシ、ヘルガ、ヴィヴィアンの四人が額を突き合わせた形で座している。他のメンバー達は、遠巻きに彼らを取り囲み,固唾を飲んで成り行きを見守っている。この空間における光源である、洞窟天井の発光性の苔は、フォトンに反応してその光量を増減させる。フォトンはヒトの精神によって影響を受けるから、洞窟をみたす薄暗い光はこの場にいる者達の心の在り方そのものと言えるかも知れない。時折、石灰を含んだ水滴が鍾乳石の先端から滴り落ちて立てる、ぽとりぽとりという音と相まって、何やら降霊会めいた雰囲気さえ漂わせていた。

「そもそもダーク・ファルスは何処からこのグラールにやって来たと思う?」

 話の口火を切ったのはイーサンであった。

「イルミナスはかって、レリクスを調査してそのことについて随分研究を重ねた。彼の神はグラールとは存在する銀河、事によると宇宙さえ違える太陽系から飛来したのだという結論に至ったわ」

 ヘルガが答える、これは彼女の専門分野である。ヘルガの傍らにはホログラムディスプレイが投影されていて、そこには亜空間事件や亜空間航行理論に関する記録や論文が次々と表示されていく。それを横目で眺めつつ三年間の知的ブランクを急速に取り戻しつつあるのだ。

「器用なことをやるもんだな」
「ふん、ヒトだった頃には飛び級に飛び級を重ねて大学なんか、ローティーンのうちにさっさと卒業したものよ。最終学歴がガーディアンズ訓練校とかいう、どっかの低学歴の英雄様と一緒にしないで欲しいわね」

 イーサンが絶句する。立場上毀誉褒貶の多い彼ではあったのだが、あまり経験の無い切り口からの侮辱であった。

「ふむ、では亜空間を介せば、外宇宙のみならずあらゆる世界へと通ずる道を開くことが可能になる。これについては了解したか」

 どんよりと暗く沈んだイーサンに代わって、マガシが問うた。

「ええ、ナツメ・シュウ、シズル・シュウ連名の論文ね、まるで夢みたいな話だわね。それと、エミリア・パーシバルの論文か。何よこれ。ヒトに読ませて理解を得ようとか端から想定してないでしょう」
「それはもう仕方が無いんですよ、あはは」

 エミリアを知るヴィヴィアンには、大方想像がつくこと事なので、これは笑うしかない。

「途方もない話だが、あらゆる世界となれば、亜空間航行は、時間跳躍や時間遡航さえ可能とするかも知れないのだ」

 亜空間航行技術は第一義的には外宇宙への進出を意図されたものだが、理論的にはマガシが言うように、時間移動や並行世界への進出さえあり得ると推測されていた。

「もし、亜空間航行によって時間を遡り、かってダーク・ファルスが存在した天体に対する干渉が成されたか、これから成されるとすればどうなると思う」
「それでは歴史が大きく改変されてしまうのでは無いですか?」

 そもそも、古代文明とダーク・ファルスの接触という大事件が、その後のグラールに決定的な影響を与えることとなったのだ。更にそれより時間を遡って歴史に働きかけるとするならば、それがどのような結果を導くかなど想像がつく筈もない。よしんば、亜空間航行技術による時間遡航が可能になったとして、過去への干渉などという行為が意図的に行われるとは到底考え難い。

「それとも、過去に干渉した時点でそれに対応する、新たな世界が生成されて、歴史の流れが分岐するとかね」

 ヘルガが不敵な表情で、イーサンとマガシを見やる。成るほど、その場合は現在のグラールの歴史が影響を受けることは無い。少なくともタイムパラドックス的な現象が観測されていない以上――もっともそれが現代科学によって感知できるのか否かという問題もあろうが――ヘルガの考えの方が理にかなっている様に思える。そして、そうやって生まれた新たなグラールにも自分達に対応するもの、向こう側のヴィヴィアンやイーサンが存在するのではないか。ならば、眼前の彼らの正体とは――。

「では、分岐生成された別のグラールから貴方達はやって来たというのですか。亜空間航行によって」

 ヴィヴィアンの問いに、イーサンとマガシは答えない。その事自体が一つの解答と言えた。

「沈黙は肯定として解釈させて貰うわよ。それともう一つ、どうしてSEED細胞クローンとヒト感染SEEDウィルスの技術をお前たちは欲するの? そちらの世界のハウザー様と私はどうなったのかしら」

 これは初めて聞く話だったので、ヴィヴィアンが慌てた。どちらも使用されれば、物騒きわまりない結果を招く禁断のテクノロジーである。抗議しようとするヴィヴィアンをヘルガが制した。

「それにお前達が旧文明人とやらをひどく恐れているのも合点がいかないわ。こちらの世界では比較的速やかに事態は解決されたみたいじゃない。少なくとも我らイルミナス程の破壊と殺戮をグラールに齎すことはなかったんじゃなくて」
「君達言うところのSEED事変は、我々のグラールでは君たちのものの三分の一程の期間で収束した。ヒトSEEDウィルスによる大規模なバイオテロは起こらない、ガーディアンズコロニーはパルムに落下したりしない、ダーク・ファルスはリュクロス共々歪曲空間でまどろみ続ける」

 イーサンの口調は淡々としたものだったが、ヘルガとヴィヴィアンは驚きの余りしばし言葉を失った。

「やはり歴史が私達とは違うのですね、あなた方は私達よりずっと上手に事を運んだということですか」
「もしくは、イルミナスが何がしかの致命的なミスを犯したのかしら」

 キャストとSEEDの女の問いに、イーサンは遠い昔に思いを馳せるようにしばし目を閉じた。

「イーサンはな、大胆にも当時のガーディアンズ総裁、オーベル・ダルガンを襲撃し重傷を負わせたと一芝居を打って、イルミナスに浸透したのだ」イーサンの沈黙を受けてマガシが言葉を継いだ。「イルミナスは、父オルソンの命を盾にとって、イーサンにダルガン暗殺を強いていた。もっとも、ハウザーも間抜けでは無いからな、そいつが総裁暗殺を成功させる可能性は低いと踏んでいた。だから、却って重傷を負わせたに止まったという結果は、ハウザーを信用させる事になったのだ」
「そんな時に俺に接触して来たのがマガシさ。彼の協力を得て、イルミナスからハウザーとヘルガを排除した、いや正確には粛清だな」
「私は私で、ハウザーに私怨があったのでな。名目上のイルミナス代表、ルドルフ・ランツの目的は、あくまでヒューマンによるグラール支配権の奪取だ。まさか、グラールをSEEDで埋め尽くすため、ダーク・ファルス復活が企まれていたとは想像の外だ」
「ランツにハウザーとヘルガの造反の証拠を示した時点で、勝敗は決していたよ。秘密結社って奴の固い結束は、疑心暗鬼と双子の姉妹みたいなものだからな」

 イーサンとマガシは自分達の成した事について交互に口にした。この二人は、あちら側ではSEED事変の早期から協力体制にあったらしい。現在、マガシがイーサンの補佐を務めているのは当然のことだったのだ。ヘルガの歯がぎりぎりと音を立てた。彼女自身と、彼女が愛したハウザーを殺害したのだと、眼前の二人から聞かされては頭に血がのぼらざるを得ない。

「落ち着いてヘルガ、この人達の話は私達のグラールのものではないのですよ」

 一触即発の雰囲気を感じたヴィヴィアンがヘルガをなだめる様に言う。もっとも彼女もヘルガにとっては仇敵だ。火に油を注ぐ結果になりはしないかと、ヴィヴィアンは懸念したが、どうにかヘルガは激情を収めたようだった。

「ふうん、これで一つ疑問は解けた。私を殺してしまったのでは、ヒト感染SEEDウィルスは入手できないわね。何しろアレは私の身体そのものを触媒にして生み出したものだから。SEED細胞のクローン技術にしても私自身が被験者となっていたのだもの、私が死ねば失われる道理よね」

 そう言うヘルガの口辺は、皮肉気に吊り上っている。

「しかし、どちらの技術もヒトの平和と安全な暮らしには全く不要のものです。邪な技を敢えて求めるあなた方の意図は何なのですか」

 ヴィヴィアンの語調が厳しいものとなった。返答次第では実力行使に訴えても、彼らの目論見をここで挫かずにはおかない。それだけの気迫が彼女の身体から発せられていた。

「あら、私には落ち着けなんて言っておいて、随分熱くなってるじゃないの。いいわよ、私も手伝ってあげるから、この場を血の海に変えちゃうってのも素敵じゃなくって」

 愉快そうにヘルガが笑う。ヴィヴィアンをからかっているのか、本気で煽っているのかは良く分からない。

「待った、待った」まさかとは思うが、ここで二人に協力して敵対行動に出られては堪らない。「ウィルスもクローンも俺達の世界に持ち帰って使うつもりだ。こちらのグラールに無用の混乱を起こすつもりは無いから安心してくれ」
「何それ、つまらなぁい」

 イーサンの言葉に、ヘルガが茶々を入れた。ヴィヴィアンがぎろりと彼女を睨み付けると、ヘルガはわざとらしく肩をすくめた。

「イーサン、貴方は自分で何を言っているのかわかっているのですか。御自分の世界を無茶苦茶にすると言っている様なものなのですよ」
「もう、無茶苦茶になっているのだよ」マガシがうっそりと口を開いた。「確かにSEED事変を私達の世界は上手くやり過ごした、だがその次には何が来る?」

 マガシの問いに、ヴィヴィアンは言葉を詰まらせた。細部は違うとは言え、二つのグラールの歴史は概ね同じ過程を進んでいるらしい、となれば……。

「古代文明人の精神体との抗争ですか?」

 答えるヴィヴィアンにマガシが頷いた。

「もう我々の世界では、自前の精神を保っているヒトの数は随分少なくなってしまっているのだ。精神を奪われたヒトの肉体は全て奴らの駒だ」
「だがこれに、SEEDウィルスを感染させればどうなる? 少なくとも奴らにとっては利用することが不可能になる。SEEDフォームに奴らはとり憑けないからな、一種の焦土作戦という訳さ」
「そんな、そんな事って……」

 ヴィヴィアンが身を震わせた、彼らの言っていることは狂気の沙汰としか思えない。

「それに、マガシやヴィヴィアンの様なキャストはともかく、生身のヒトの戦士は老いて衰えていく、寿命もある。しかし、彼ら、彼女らを墓場の下に眠らせて置く余裕すら俺達にはないんだ」
「そのための、SEED細胞クローン技術という訳。ならイーサン、貴方もいずれSEEDクローン体として戦場復帰する日が来る訳ね。あはは、傑作よね、SEEDイーサン? おかしいったらありはしない」

 嘲笑するヘルガにも、イーサンは顔色一つ変えることはなかった。一方、ヴィヴィアンの身体の震えはより激しいものになっている、彼らの話題に対する嫌悪や恐怖の為ではない。パーソナルハッキングのタイムリミットが近いのだ。

「どうやら私は、ここまでが限界のようです。これ以上は、私とこの身体本来の所有者を損なってしまう」
「そうか、この邂逅が有意義であったと信じたいね。そして、君の仲間達ににどうか伝えてくれないだろうか、我々はこちらのグラールになんら害意を持つものでは無い、我々の邪魔をしないで欲しいんだ。だが、我々とは別の存在が現れたなら、それらには警戒を怠ってはいけない。俺たちのグラールの轍を踏んで欲しくは無い――」

 ヴィヴィアンが聞き取れたイーサンの言葉はそこまでだった。彼女の精神は、彼女の姉妹機を離れ、ガレニガレの地底から、クロウドッグに待つ己の身体へ向けて、大気中のフォトンの流れに沿って飛翔して行くのだった。
 



[27552] その11
Name: 蕎麦わんこ◆9fb2142d ID:76a4c2f6
Date: 2011/11/16 20:15
 惑星ニューデイズ、広大な海洋がその天体の表面の七割を占め、残る三割は豊かな植物相を有する島嶼や列島、群島より成るグラール太陽系の第二惑星。ヒューマン発祥の星であるパルムより、ニューデイズにヒトが進出して既に八百年の時が経過していた。大気圏外から眺め降ろせば、岩石と砂漠の星モトゥブなどよりは、可住惑星としての条件は格段に良好と見える。しかし実際には、ニューデイズの植物群の繁殖速度は異常であって、都市を建設したところで片っ端から、緑の波の下に飲み込まれてしまう。
 ヒューマンが初めて生み出した、自分達以外のヒト、即ちフォトン工学の発展への寄与を目的としたデザインヒューマンであるところのニューマンは、次第にその人口を増した。遂に彼らは自治独立を欲し、紆余曲折の末、ニューデイズへの移住権を獲得した。ヒューマンの側にとって、これは厄介払いであり、棄民でもあった。しかし、フォトンに対する強い親和性を持つニューマン達は、独自のテクノロジーと文化によって、ヒューマンが失敗を重ね続けたこの惑星への定住を成し遂げた。よって、ニューデイズの人口の大部分は現代に於いてもニューマン達である。




 ニューデイズの首都である、オウトク・シティのPPTスペースボートの到着ロビーは、雑多な種族のヒト達によってごったがえしていた。一大観光地であり、グラール教団の聖地でもあるこの都市は、普段であっても、他惑星からの旅行客が絶える事は無い。しかし、今回ばかりはその賑わいは少々常軌を逸した感があるかに見えた。三十年に一度の大星霊祭が間近に迫っているのがその理由であった。
 エントランスを抜けて、オウトク・シティへと向かうヒトの奔流の中に、一際異彩を放つ女性の姿があった。腰まで届く豊かな黒髪、袖の長い白の上衣、丈の短いブリーツスカートから伸びるすらりとした足は、金色のラインの走る黒いストッキングに覆われている。僅かに露出している手首から先と、髪の黒とコサージュの青が縁どるかんばせの、肌の白さは雪花石膏を思わせて、見るものに神秘的な印象を抱かせた。肩と肩とがぶつかりあうような混雑の中を、静流を下る木の葉の様にすり抜けて、女性はグラールの太陽の輝きの下に立った。
 その女性――ナギサは、翡翠色の左目を僅かにすがめた。右目は黒い眼帯に覆われている。とぐろを巻く膨大な量の水によって形作られた霊峰、オウトク山が遠望された。奇観である。その頂には昇空殿が鎮座するのだが、神獣ヤオロズが降臨するとなれば、やはりあの場所なのであろうか。クラッド6からニューデイズに降下する前に、ルミアかルウからもっと詳しく大星霊祭について説明を受けておくのだった。少しばかり後悔しているナギサなのである。



 
 そも、ナギサがオウトク・シティに姿を現したのは如何なる理由あってのことなのか。ルミアが例のモトゥブに出現したレリクス調査の為の人員を募る目的で、クラッド6に足を運んだ事は知っていた。もっともルミアがメンバーとして欲したのは、まず第一にエミリアであって、ナギサに対しては特に参加の要請はなされなかった。別にそれで自分が疎んじてられているなどとは思わない。一般常識とかいうものに照らして言うと、自分は未だ病み上がりという事になるらしい。イーサンを騙る者との戦いで受けた傷は、ほぼ癒えたとはいえ、VR空間で原生生物相手に試し切りして見た具合では、太刀行きに若干の不安を感じたのも事実だった。それに、あのレリクスは一筋縄では行かないことを一番良く知っているのは自分とエミリアだ、ただ戦力を充実させて臨めば良いというものではない。
 エミリアをルミアに任せることについては殆ど心配していない。二人で顔を突き合わせれば悪口の応酬ばかりしているが、その実、互いが互いの実力を十全に引き出すことの出来る組み合わせだとナギサは見抜いていた。もっとも、危険であることが分かりきっている探索行に、クラウチがエミリアを送り出す事を承諾するか否かはまた別の話でもある。

「それはさて置き、今後の私の方針だな」

 と、ナギサは独りごちる。 
 三十年に一度の大星霊祭というからには、さぞ大がかりな準備を必要とするものなのだろう。シティにあふれる観光客や、教団の星霊徒達がかもし出す活気とは別に、何かを警戒するような気配がそこここに漂っている。こちらの方がナギサには、なじみ深い。その発現点は、街のあちこちに配置されている教団の警衛士達だ。

「これだけ人出が多ければ、まぁ当然か。テロの心配とて無きにしもあらずだしな」

 そう、口中でつぶやいたところで、モトゥブでの一件がここにも関係しているのではと思い至った。レリクス出現はともかく、ナギサと戦った二人の相手や、同盟軍を襲ったという大型戦闘用マシナリー。これらが、グラールに何らかの混乱を引き起こそうという意図を持っていたものならば、大星霊祭は恰好の標的となり得るだろう。

「しかし、少々困ったな」

 実のところ、ナギサは一人旅というのがあまり得意ではない。いや、ダーク・ファルスの欠片を追ってずっと一人で戦って来たのではないか、という話もある。だがそれは、欠片の気配をひたすら追うという、猟犬が獲物を追跡する行動に似たものでしかなく、己の周りを通り過ぎていくヒトや街などは単なる風景かオブジェでしかなかった。それに、実体を持たない道連れのワイナールと出会ってからは、彼に頼るところも大きかった。
 ともかくも、ナギサは彼女の恩人でもあり、エミリアのパートナーでもある人物に会いたかったのだ。今、エミリアの力になってやれて、自分に敗北を味あわせた英雄の紛い物に対抗できるのは、あのヒトをおいて他にないのではないだろうか。それを悠長に修行などと。ナギサは少々不満なのである。勿論これが、なべて世はこともなし、といった状況下だったなら自分だって神獣ヤオロズとやらを相手に己の力試しをしてみたい。もっとも、ナギサがヤオロズ様の実態を知ったならば、「私はともかく、エミリアを放ってケモノに走ったのか、あのヒトはっ!」と憤慨し、行く手に立ち塞がるものは全てスティールハーツの錆にするか、インフィニティブラストで焼き払うかして、大星霊祭を台無しにしてしまったかも知れなかった。
 まぁ知らぬが仏というべきか、恐らくオウトク・シティは明日も平穏無事な夜明けを迎えられるに違いない。

「しかし、例の祭場とやらはどこにあって、どうやってそこに行けばいい」

 こういう状態を称して迷子という。普通ならば、ヒトに聞くなり、最寄りの教団施設に問い合わせるなりするのだろうが、そこはナギサの考えることである。神獣というからには、その超常的な気配も尋常なものではあるまい、それを辿って進めばいつかはその場所に行き当たるに違いない、などという常人の斜め上の発想しか持ち得ないのである。
 しかし、オウトク・シティはグラール教団の本拠、いわば霊的要衝の地である。物理的なだけでなく、フォトン工学に基づく心霊的な警戒網が張り巡らされていて、さしものナギサの超感覚も鈍りがちとなる。しばし考え込んでいた風のナギサであったが、くぅ、とそのお腹が可愛らしい音を立てた。

「いかんな、物を考えすぎると空腹になる」

 言うまでもなく、ヒトの器官のうちで――キャストは別として――もっとも多量のエネルギー、すなわち糖分を消費するのは脳である。本当に急激な栄養不足を来す程に頭を使ったのかは疑わしいが、基本的に考えるのは苦手のナギサであるから、脳の燃費が恐ろしく悪いのかも知れない。
「リトルウィングのカフェの大皿一杯のプリンが急に恋しくなってきたな」
 ナギサを除けば、エミリアとユートあたりにしか好評でないメニューである。見た目だけでも胸やけしそうだし、あからさまに健康に良くなさそうだ。異様に基礎代謝の高そうなユートはともかく、エミリアがあれを間食の定番にしていながら、いくら若いとはいえメディカルチェックで血糖値の項目に引っかかったことが無いのは不思議な話であった。亜空間関連で研究施設に詰めている以外は、日々マイルームの警備を持って良しとしているエミリアなのである。特異な演算能力を有するという彼女の頭脳が多量の糖を要求するのだろうか。

「少しいいだろうか?」

 背後から女性のものと思しき声がかけられたのと、ナギサが反転して二メートルばかり跳びすさったのは同時であった。ナギサの後ろに立って、その上話しかけたりするならば、まぁこういう事態を招く。

「別にナンパ目的とか、そういうのではないんだぞ」
「あっ、これはガーディアンズの方か」

 ガーデイアンズ制服姿と、気まずそうなナギサが対峙していた。

「いやなに、貴女が『空腹』とか『プリンが』とか口にしていたのでね、声をかけてみたのだが、驚かせてしまったようだな」

 凛とした声音がそう言った。少々くせっ毛の気味のある青い髪をショートにしていて、耳朶の薄い先端の尖った耳が、彼女がニューマンであることを示している。背後に立たれたことで、愛剣を抜くのはかろうじて我慢したものの、気の弱いヒトならその場にへたりこんでしまう程の剣気をナギサは発したのだった。その彼女を前に、平然とした様子でいる、このガーディアンズ女性隊員もまた只者ではあるまい。

「人違いだったら申し訳ないのだが、貴女はリトルウィング社のナギサさんではないだろうか?」
「如何にも、私はナギサで、リトルウィングの世話にもなっているが、何故私の事を知っている」
「貴女の事はマヤ姉さんから聞かされていてね」

 これは半分だけ本当のことである。SEED事変や亜空間事件に比べれば、その後に起きた、パルムの地下より出現した旧文明の巨大航宙船『聖櫃クロウリィ』とクラッド6の衝突未遂の一件は、前の二つの様にグラール全体の危機としては一般に認識されていない。しかし三惑星の主要組織の中枢にあるヒト達は、この事件の意味する所と、その渦中にあってもっとも重要な役割を果たしたナギサについての情報を、かなり正確な形で把握している。このガーディアンズ女性隊員もその一人だった。

「マヤ姉さん? ガーディアンズ?」

 むむ、と眉根を寄せてナギサはしばし己の記憶と格闘している様子であった。

「ああ、マヤ・シドウ! そうか貴女はマヤの妹さ……ん、ん?」

 底の抜けたツボ・デ・コットも同然なナギサの長期記憶能力からすれば、ここでマヤのことを思い出し得たのは驚嘆に値しよう。だが、ナギサの視覚がまず相手の顔を捉え、しかる後に胸元に移動し、そこで彼女の視線と思考は凝固してしまった。

「うん、言いたいことは分かる」苦笑しつつ女性は言葉を継いだ。「見ての通り血縁という意味での姉妹じゃない。だがマヤ・シドウは私にとって姉同然のヒトなんだ」
「成るほど、それで合点がいった。マヤは貴女に比べれば、随分戦闘に向かない体型をしていたからな」

 本人に悪気は無いのだろうが、失礼なことこの上ないナギサの物言いであった。

「そんなに戦闘向きな体型なのか、私は?」

 自分の胸の辺りに目をやって、女性が可笑しそうに笑う。

「出来るものなら、私と代わって欲しいぐらいだ」

 答えるナギサは大真面目なものだから、聞き手もこれでは怒るに怒れない。

「聞きしに勝る愉快な性格なのだな」そう言いつつ女性は右手をナギサに差し出した。「ガーディアンズ機動警備部所属カレン・エラだ。折角ニューデイズにまで来て、プリンでもあるまい。ダンゴモチの美味い店で連れと待ち合わせをしている、一緒にどうだ?」
「勿論、私の奢りだぞ」

 そう付け加えると、カレンはナギサに片目を瞑ってみせた。




 三惑星の中で、最も娯楽に乏しいのはいずれの星かと問われれば、これは間違いなくモトゥブに止めをさすだろう。まして、砂漠の真っただ中ともなれば。
 幸いなことに、ここは首都ダグオラ・シティから比較的距離が近く、加えて同盟軍とインヘルト社の合同調査隊の野営地でもあるので、強力な通信設備が整っている。ダグオラの放送局から発せられるフォトンウェーブを捉える事はさほど困難な事ではなかった。夜間は氷点下にまで達することのある砂漠の気温は、日の出から数時間のうちに生身のヒトから容赦なく水分を絞り出すレベルにまで上昇する。日中の酷暑そのものよりも、この急激な温度変化がむしろ曲者なのである。
 ストライカー戦闘車内の兵員輸送室に三人の男女の姿があったのは、この時間帯を屋外で過ごすことを嫌ったから……という訳ではなさそうであった。四つの眼球と、二つの視覚センサーの先にあるのは、ワイドスクリーンのホログラムモニターであった。チャンネルは惑星パルムの映像コンテンツを配信する局のものに設定されていた。

「いやぁ、まさかクグ砂漠の真ん中でこれを視ることができるなんてねぇ」

 快活な少女の声がそう言った。

「博士号を持ってる天才少女なんていうから、この種の番組には興味無いかと思ってたけれど、意外だったわよ」

 これは、より年かさのキャスト女性が発したものである。

「子供番組などと馬鹿にしたものではないですよ、特殊撮影のレベルは高いし、科学考証だってなかなかにしっかりしていますからね」

 青年の口調は真面目そのものであった。
 彼らが視聴しているのは、人気特撮番組『甲獣戦隊コルドバン』なのであった。声の主達はそれぞれ、エミリア、ミカリス、シズルの三人であろう。

「この手の番組って、卒業しそこなうと、いつまでもずるずる見ちゃうんですよねぇ。わたしの事より、軍人のミカリスさんがファンだって方が意外かもですよ?」
「私? 私は息子と一緒に見ている間にハマちゃったクチかしら」
「そういえば、主婦層の人気も密かに高いと聞きますね」

 そんな会話が交わされている内に、番組内容は佳境を迎えつつあった。GЯM社の社屋が四分割されて展開し、地下からコルドバンの移動基地である“ゴル・ドルバ・ベース”が浮上する。シーンは悪の組織のアジトに切り替わり、「歪曲空間に引きずり込め!」と高らかに宣言する敵の首領は、黒いケープをまとった美青年だ。映像処理によって髪は白く、両眼は真紅の光を帯びている。因みに設定資料集によると彼の年齢は一万二十一歳なのだとか。

「いや、いや、ちょっと待って下さい!」

 シズルが殆ど悲鳴の様な叫びを上げた。どこの誰をイメージしたのかが明明白白過ぎるキャラクターであった。

「なによ、シズル、今シーズンから敵の大ボスはコレなんだよ。知ってて見てるのかと思ってたのに」
「僕は厳密には執行猶予中の身で、世間一般では悪人のイメージなのかも知れないですが……。しかし、これはあんまりだ」

 すっかり意気消沈の体のシズルを元気づける様にミカリスがポンポンと彼の肩を叩く。

「大丈夫よシズル、ドラマの中の俳優さんなんかより実物の貴方の方が、その、ずっと――」
「ずっと、なんなんでしょうか?」
「ずっと痛々しい!」

 ミカリスの言葉を受けて、エミリアがなんとも惨い一言を放った。

「エ、エミリア、君という奴はっ」

 エミリアとシズルが一つ所にいれば、会話の流れがこの様になるのは、毎度のことではある。




「エミリア! どこに雲隠れしたかと思えばこんなところでコソコソと。シズルにミカリス隊長まで一体何してるんですかっ」

 降車ハッチの開く重々しいモーター駆動音を圧して、ルミアの叱責が車内に響き渡った。

「あっちゃぁ、面倒くさいのに見つかっちゃったよ」
「この件の首謀者は私だから、シズルとエミリアは叱らないでおいてあげて。それに本車両は指揮通信仕様だから、異常事態が発生してもすぐに全部隊の行動を掌握できます。このお二人さんだって、並みのオペレーター十人分位の働きをしてくれるでしょうしね」
「は、はぁ」

 オペレーターの人数などよりも、マザーブレインの台数で換算した方が正確な気もするが、そういう問題ではないだろう。

「お兄さんの方はざっくばらんな性格だったのに、妹の貴女は随分とお堅いのねぇ」

 その言葉を聞いた瞬間、ルミアのこめかみに静脈の筋が浮かび上がり、全身がわなわなと震えを帯びる。

「おに、いや、あ、兄は関係ありませんっっ!!」

 盛大にバーントラップEXを踏みつけてしまったミカリス・ゲイドであった。この時、怒りのレベル30ギフォイエが、辺りを焼き尽くすのをミカリス達三人は確かに幻視した。
 はぁはぁ、としばらく荒い息をついていたルミアであったが、しばらくした後冷静さを取り戻したらしく「ところでその口ぶりですと、ミカリス隊長は兄を個人的に知っているのですか」と問いを発した。

「まだ有名になる前のお兄さんをね。フフ、これ、ちょっとした自慢なの。そう言えば、機動警護部時代のライア総裁にもお会いしたことがあるわよ、もっとも戦場で一瞬のことでしかなかったけれど」
「ならその時、私の教官にも会ってらっしゃるかも知れませんね」
「ええと、小ビーストの隊員が一緒だったのは記憶しているわよ」
「それはきっとトニオさんでしょう、もう一人いませんでしたか?」

 ううん、と唸ってミカリスは頭脳体内のメモリーを検索する。

「そう言えば、腰が低くて影の薄そうな隊員が一緒にいたようないなかったような」
「その人物が、ルミアの指導教官であった可能性は、九九・九八パーセントでしょう」

 乗降ハッチを踏む、コツコツという足音ともに現れたのは、ベレーキャップ型アンテナを、カールしたピンクの髪のヘッドパーツ上に載せ、ナギサ言うところの“戦闘向き”プロポーションを誇る――これに関してはルミアとて負けてはいなかったのだが――ガーディアンズの頭脳ことルウなのであった。

「ですよねぇ。記憶と記録に残らないことといったら教官はグラール随一ですから!」

 ルミアの口調は何やら得意げだったのだが、教官本人とやらがそれを聞いて喜ぶのかどうかは分からない。

「ところでエミリア、私達が提供したデータについてですが、解析の進捗状況は如何ほどですか?」

 ルウの言葉を耳にして、エミリアは不敵な笑みを浮かべた。

「このエミリアさんを舐めてもらっちゃぁ困りますねぇ、コルドバン視ながらただ油売ってたって訳じゃないんだから。作業は着々と進んでるよ、但しわたしの脳内で」

 おお、とシズルを除く三人からどよめきにも似た声が上がる。彼女らの眼前にいる二人は歩くスーパーコンピュターとでもいうべき存在であったことを、改めて思い知った瞬間であった。
「いやいや、しかし」そう言いながらエミリアはとことこと、ルウの傍らへと歩を進め、彼女に向かって意味ありげな視線を投げる。「ルウ、お主も悪よのう、こっそりあんなデータを置いて帰るなんてさ」




 当初の懸念通り、クラウチはエミリアをレリクス調査隊に派遣することには消極的だった。

「同盟軍だってこれ以上は深入りしたくないって方針なんだ、態々ガーディアンズのお前さんが寝た子を起こす様な真似をしなくてもいいだろうによ」

 クラウチはそんなことを言ったものだ。

「それに現地にはシズルだっているのでしょう、レリクスの機能解析の任についてなら彼の協力を仰いだ方が適切だと思うわ」

 流石にウルスラは、クラウチよりも冷静ではあったのだが、やはりエミリアを危険にさらすことには抵抗感があるのだろう。

「そりゃぁ、あのはねっかえり娘が自分からどうしてもってなら、俺に止める権利はないのかも知れんがな」

 続くクラウチの言葉を耳にした時、ルミアの顔はしてやったりとでもいいたげな、にたぁ、という薄笑いを張り付かせていた。血気に逸って、齢十四にしてガーディアンズに志願した頃の彼女を思えば、三年の月日はルミアの性格に随分ヒトの悪さを加味したらしい。

「あーア、シャッチョさん今のはノーノーネ。迂闊に言質を与えちゃ駄目なのヨ」

 チェルシーが咎めるように言う。
 ルミアは何故この場に、舌っ足らずな女性キャストの受付嬢が同席しているのかが解せなかった。クラウチとウルスラの古い友人であり、特にウルスラのアパレル関連での活動に於いては右腕とでもいえる存在らしい、だが民間軍事会社リトルウィング内での職務はあくまで受付及び経理担当者に過ぎない。
 ルミアがクラウチ達に提示した資料は、リュクロスについてのものだった。その大半は、かの巨大レリクスが歪曲空間より通常の物理次元へとナノトランスした際に、ガーディアンズが派遣した調査隊の持ち帰ったものだ。これはしかるべき手続きを踏めば、誰にでもアクセスできるデータベース上に存在しているものでもる。だが、それに加えてルミア達は、イルミナスによるリュクロスについての研究データをも携えていた。未だリュクロスが歪曲空間にあった時、忌むべき秘密結社は封印の裂け目を超えて、リュクロスとSEEDについての知識を収集していたのである。これは簡単に開示されるべき情報などでは断じてない。特に封印空間を越境する下りなどは、永遠に闇に葬られてしかるべき事柄だ。リトルウィングはこれまで二度に渡りグラールの危機に深く関わった実績があったればこそ、この情報を明かされる資格があると、ガーディアンズ総合調査部は判断したのであった。もっとも、ルミアとルウは切り札とでもいうべきデータを更に隠し持っていたのであるが……。
 とまれ、ルミアは当然の様な顔してチェルシーが交渉の場にとどまり続けるつもりでいることに難色を示し、退席を求めたのだが、これにはルウが異を唱えた。

「ルミア、別に構わないのです」

 ルミアは怪訝に思ったものだが、ルウが口にしたということは、ルウ達が形成するネットワークそのものが意思表示したことと同義である、ルミアが反論できる性質のものではない。

“流石はルウ、私が一体誰の後身であるかは先刻承知か。同盟軍のポンコツ諜報部門などとは出来が違う”
“お褒め頂き、恐縮です”

 などというやりとりが、生身のヒトの可聴領域外の音声でもって為されていたとは知る由もなかった。
 そして、一時間にも及ぶ話し合いの後、二人のガーディアンズは薄気味悪い程にあっさりと、エミリアの調査隊への派遣要請を引っ込めて、惑星モトゥブへの復路へとついたのである。




 ルウが“うっかり”とコ・タツの上に、情報キーのクリスタルを置き忘れたことは、勿論誰も知らない。
 情報キーを解読したエミリアが、直ちにそのデータを徹底的に破却するや――彼女の脳内の神経ネットワーク上以外に存在させておくべきではないと判断したのだ――リトルウィング社のセキュリティシステムに何の痕跡も残さず、ガーディアンズ所属のPPTシャトルに密航したことを感知したものは存在しない。
 後に残されたのは、エミリアのパートナーの部屋に備え付けられたビジフォン上の、ルミアらしき人物の手にしたビッグフィッシャーに食い付いた、これまたエミリアらしき人物が、ずるずると地面を引きずられる場面を描いたイラストを添えた、『そんなデータに、このあたしがビル・デ・ビアー』なる意味不明のメッセージのみであった。




「エミリア、ちょっといいかしら」

 ルミアがストライカーの車外を指して、天才少女について来るようにと促す。

「あら、いいのよ。ここは空気を読んで、私が席を外します」

 申し訳無いと、頭を下げるルミアに対し、ひらひらと手を振りながら、ミカリスはハッチを踏んでストライカーを離れ、監視哨へと歩を向けていた。エミリアはその間、車内のあちこちをチェックして回っている。ミカリスは、ああ言ったものの、盗聴器の三つ四つくらいは仕掛けてあっても不思議では無いからだ。

「彼女と彼女の部隊は信用のおけるヒト達だ、エミリア」

 シズルが言う。

「そうは言ってもヤバ過ぎる話だもの。ルミアのお父さんが、リュクロスなんかを調査する時に使った、SEEDを封じた歪曲空間へと至る道。身内のガーディアンズにさえ報告してなかったなんて、きな臭いわよねぇ」
「破壊して封鎖できるものについては、ちゃんとお父さんだって報告上げてるわよ。そうできない物についての場所は、黙ってお墓の中まで持ってくつもりだったんだって」

 ううんと、エミリアが唸る。ルミアの父、オルソンの気持ちも分からないではないが、根本的な解決にはなっていないのではないか。何かの拍子に、封印空間の入り口の存在が露呈し、それがよからぬ思惑を秘めた人物、団体の知ることとなったならば……。

「でも、よくお父さんが隠し事してるの分かったね、それになんでルミアに話す気になったのさ」
「親娘だもの、なんとなくね。愛娘特権で、泣き落としやらなにやらしてみたら、色々と話してくれたのよ」
「何ソレ! 普段は『お兄ちゃんは関係ありません』とか言ってるくせに、いざとなったら親族頼みですか、そうですかっ」

 ぷんぷんと、エミリアが頭から湯気を立てる。彼女とて、自分の家族、自分の居場所を今は手に入れているのだが、それでもルミアの言い草は面白いものではない。

「正式な用法は『おに、いや、兄は関係ありません!』よ、それとねエミリア」この時ばかりは優し気な表情でエミリアを見やって言う。「いくらなんでも、親子だからって理由だけで、父が情報を明かしてくれる訳ないじゃない。ルウさんを通して交渉したことでもあるしね」
「む、アンタ、あたしをからかってたのね」

 ぎろりと、エミリアはルミアを睨む。

「永遠に事実を隠しおおせられる保証なんて何処にもない、だったらグラール最高の頭脳に後事を託してみる気はないか、そう言って父を説得したのよ」
「そうか、そうだったんだね……って、いやいや、それ要はあたしに丸投げするって話よね」
「そうとも言うわね」

 ルミアは空っとぼけた様子で、宙に視線を泳がせる。

「楽しそうなところ申し訳ありませんが、エミリアそろそろ本題に入りましょう」

 一切の感情というものを表すことのない声音でルウが言う。

「どこが楽しそうに見えるのよぉ。まぁ、それはそれとして、ルミアのお父さんの報告の中にある、『リュクロス本体から分離可能と思われる小型の封印装置らしきもの』これが本題か」
「父が秘匿していた空間の裂け目の向こうで発見した、謎の構造体。エミリアの見解は?」

 問われたエミリアはすっと手を胸前に置き、まず指を一本立ててみせる。

「リュクロスから分離できるということは、これは宇宙船であった疑いがある」

 そして二本目の指が一本目に並ぶ。

「封印装置というのは、つまり巨大なナノトランサー、歪曲空間発生機。でもね、亜空間発生理論が確立する以前の知見しか持たないヒトならば、亜空間発生装置をナノトランサーの一種と誤認することは充分あり得る」

 本格的な亜空間研究が産声を上げたのはSEED事変以後のことであり、オルソンの報告はその遥か以前の時代のものなのだ。
 エミリアは三つめの指を立て、シズルを振り返る。シズルがストライカーの指揮通信区画の機器を操作するや、一同の眼前にほぼ円筒形に近い物体の立体映像が表示される。

「これは、インヘルト社の観測装置が明らかにした、そこの砂漠に埋まってるレリクスの全体図。リュクロスにあったという構造体の、規模、形状は、ほぼこれに準ずるものであるのよね」
「やはりそうか」シズルが予想通りだとでも言いたげに頷いた。「この三つの事実からは少々強引ですが、あの地下のレリクスが亜空間航行船である可能性を導き出せます、けれどあの“塔”が……」

 その時、ルミアの携帯通信端末がコール音を発した。

「少し、外に出てみない。面白いものが見られるわよ」

 レリクスについての考察は核心に迫りつつあったのだが、少し息詰まるものを全員が感じてもいたのだろう、ルミアの提案は他の三人に受け入れられた。




「うおっ、眩しい。この日差しを浴びるとモトゥブに戻って来ちゃったって実感が湧くなぁ。きっと、おっさん、怒ってるんだろうなぁ」

 急に思い出した様に、エミリアがそんな事を言う。知的興奮に駆られて、クラッド6を飛び出して来たものの、クラウチの心配顔を想像すれば罪悪感を覚えないでもない。

「そりゃぁ、あのはねっかえり娘が自分からどうしてもってなら、俺に止める権利はないのかも知れんがな」

 ルウの人工声帯が、エミリアに向けてクラウチの声を発してみせた。

「ガーディアンズ的には、リトルウィングからクレームを受ける謂れはないということね」

 涼しい顔をしてルミアがうそぶく。

「ルウもルウだけど、ルミアさ、アンタも大概酷いよねぇ」

 エミリアはしみじみとした口調でそう言って、溜め息をつく。
 そうしている内に、ダグオラ・シティの方角から、フライヤー乃至は航空航宙両用機と思しき機体の大気を切り裂く音響が接近しつつあった。

「むっ、このエンジン音はウチの船! あ、違う、船齢がもっといってる感じ」

 何故そんなものを聞き分けられるのか、と訝しむルミアである。ドン・タイラーが彼女達に貸与してくれたその船は、リトルウィング社でエミリア達の使用していたものの同型船らしかった。元々の船籍はモトゥブ通商連合にあったらしいのだが、戦後のどさくさの中でタイラーの手に渡ったものなのだとか。
 宇宙船は同盟軍の野営地上空に達すると、すぐに着陸態勢をとることはせず、旋回しつつ地表をかすめる様な飛行を繰り返した。

「どうしたんだろう、トラブルでもあったのだろうか」

 心配そうに言うシズルに、ルミアは首を横に振る。

「パイロットはおじさんだもの、それは無いと思うわ」
「へぇ、マガシもマメなところがあるんだねぇ」

 意外な発見をしたとでもいう風な、エミリアの言葉である。そして再び、ルミアの通信端末がコール音を発する。

「おい、ルミア聞いているか」途轍もなく印象的なイントネーションを有する男性キャストの低声が、通信端末から流れ出す。「上空から見て気付いたんだがな、何者かが潜伏地点を設営していた痕跡があったぞ」
「この付近にですか、おじさん」ルミアが驚いた様に言う。「同盟軍の基幹は空挺隊だし、インヘルト社も名うての軍事会社を雇っているんですよ」

 こちらの監視網にかからなかったという事は おそろしく手慣れた特殊部隊の様な連中だったのではないか。

「まぁ、私からしてみれば、子供同士のかくれんぼうにしか見えんがなぁ」

 それだけ言うと、マガシはこの件について興味を失ったようだった。

「ルミア」

 じっと目を閉じ、何かと交信している様子のままでルウが言う。

「なんでしょうか、ルウさん」
「通信です、発信元はヴィヴィアン、クロウドッグで彼女が『ルウ』と接触を求めています。緊急を要する模様。最もクロウドッグ地方に近い位置座標に在る『ルウ』は私です。補足、ユート・ユン・ユンカースを同行しています」
「こんな時にですか」

 ルミアは一瞬、困ったなという顔をした。先程のマガシの件といい、これ以上面倒事を抱えたくは無い。だが、何か閃くものがあったらしく、その口角が小さく吊り上る。

「また悪企みしてるでしょう、ルミア」

 エミリアが顔を寄せてにやりと笑う。ルミアはぷいと横を向く、図星だったのである。

「トニオさんと、後クノーさんだっけ、調査隊に参加してもらう予定だったのよね」
「トニオはグラール教団関係の仕事でニューデイズだそうだし、クノーは真面目だから、あたしが黙ってモトゥブに行くのは反対しただろうしなぁ。そっか、元ガーディアンズだった社員を募る予定だったんだ、そうそうリィナがいたじゃない」
「彼女は元ローグスよ。それに、いくら私が強引だからって、もうすぐお母さんになるヒトをこんな危険な任務に参加させる訳ないでしょう」

 ぴしゃりとルミアが言い放つ。

「あ、一応自覚はあるんだね」
「何の自覚よぉ。でもまぁ、ヴィヴィアンとユートか、それで帳尻は合うわよね。私はルウさんとクロウドッグへ行って、二人を拾うわ。エミリアはここに残ってレリクスの侵入口を確保してもらえるかしら」
 
 トニオとクノーの穴はヴィヴィアンとユートで埋める、それがルミアの目論見であった。「他ならぬヴィヴィアンさんからの要請です、とるものもとりあえず馳せ参じましたぁ」などと恩着せがましく言えば、ヴィヴィアンのことだ、こちらのレリクス調査への参加も快諾してくれるだろう――無報酬で。ユートだってもれなくついて来る。
 それよりも、閉じたまま開かないレリクス地上開口部を解放しなければ話は始まらない。

「それなんだけど、ルミア、あたしアンタに同行するよ。そうした方がいい気がするのよね、星霊が囁くってヤツ?」 



[27552] その12
Name: 蕎麦わんこ◆9fb2142d ID:76a4c2f6
Date: 2011/12/30 01:53
「レ、レオジーニョ・ザントサ・ベラフォート、だったろうか?」
「かなり近い。が、後もう少しだ」
「レオジーニョ・サントザ・ベラフォード! どうだ?」
「ううむ、正解から遠ざかってしまったな」

 黒髪の女性デューマンと、巨躯のビースト男性がそんな問答を交わしているのは、オウトク・シティを流れる小川を臨む、茶屋の縁台であった。

「むぅ、ややこしい。もう、レオジーニョ・ナントカ・カントカでいいんじゃないか?」
「ふふ、自棄になるのは感心しないぞ、ほら」

 ダンゴを刺した楊枝を持つ手が、デューマン女性、すなわちナギサの口元へと伸びる。
 ああ、すまない、と開かれた唇の間に器用にダンゴモチを放り込んだのは、レオジーニョ某なるビーストとは、ナギサを挟んで反対側に腰かけているガーディアンズ制服姿のニューマン女性であった。さらにその隣には、これまたガーディアンズのヒューマン男性。
 言うまでもなく、ニューマンはカレン・エラ。ビーストとヒューマンは、彼女が待ち合わせをしていたという連れなのだろう。

「俺も大概長い付き合いだけど、レオジーニョ・サントサ・ベラフォート、なんて殆ど呼ばないぜ。レオって覚えておけばいいじゃないか」

 そう言って笑うヒューマンは、イーサン・ウェーバーである。カレンともども、グラールの超有名人ではあるのだが、制服姿でいれば存外それとは気付かれないものらしく、通行人達は彼らの事など気にもとめず茶屋の前を通り過ぎて行く。特にカレンは、人々の脳裡には幻視の巫女の姿で記憶されているので、尚更の事である。

「それは、そうなのかも知れないが……」

 ナギサが口ごもった。
 ダーク・ファルスの欠片をその身に収集していた頃には、闇の力が精神を蝕む為なのだろう、彼女は記憶というものを長時間留めて置くことが出来なかった。呪われた運命から解き放たれた今は、ナギサはかつての想い出の数々を徐々にではあるが取り戻しつつある。しかし、これまでは、何かを記憶するという行為は、空しさと悲しさしか彼女にもたらさなかったのだ。例えるならば、波にさらわれると分かっていながら、波打ち際に砂のお城をつくる様なもの、といったところか。 だからナギサは、何かを憶えていたいという欲望が希薄なのだ。これまでも、そしてこれからもずっと……などとは問屋がおろさない。他人と全く関わらずに隠遁生活でも送るのならともかく、極端に物覚えの悪いヒトというのは、周囲にとっては傍迷惑な存在だ。そして現在、ナギサはリトルウィングに身を置いて、ヒトの営みの中での暮らしを始めようとしているのである。

「しかし、いざ普通のヒトの様にあれこれ憶えようとしても、長年使ってこなかった脳の機能だ、これが上手く働いてくれないんだ」

 しょんぼりと俯いてしまうナギサである。

「そこで、俺の長ったらしいフルネームで記憶力の鍛錬を、というのは分かるんだがな」

 レオが可笑しそうに言う。

「なんといっても、アタマに関する事だ。今更、努力したところで手遅れということも十分あり得る」

 穏やかな口ぶりで、とんでもない毒を吐くカレンであった。体型云々でナギサに言われた事を、実は根に持っていたのかも知れない。

「誰しも苦手の一つや二つはあるもんさ。それより、アンタの事はルミアからも聞いている、モトゥブじゃひどい目にあったそうだな」

 イーサンの言葉に、ナギサの表情がたちまち剣士のそれへと変貌する。

「あのレリクスでは不覚を取った、思い返すだけでも腸が煮える。出来得るものなら再戦して、意趣を晴らしたい」

 ナギサの左目に緑の陰火が灯っていた。ガーディアンズの三人にとっては、初めて見にするナギサの激しい感情の徴であった。

 ――ひょっとするとその機会、近いうちに訪れるかも知れないぞ。
 
 カレンは心中でそう呟いていた。
 ガーディアンズの精鋭三人がニューデイズへ赴いたのは、カレンの父である、ドウギ・ミクナが予知したという、ニューデイズにおける災いの兆しが、果たして真か否か、幻視の巫女であったカレンの能力でもって見極める事にあった。もし、それが信憑性のあるものだと判断されれば、彼女達三人はこれに備える事となる。そして、その時には、モトゥブに現れたというイーサンの偽物もまた姿を現すのではないか。

 


 ところで、意外とヒトの悪い所のあるカレンは、彼女が待ち合わせをしていた同行者の一人が、イーサン・ウェーバーである事をナギサに予め話しておかなかった。ナギサはモトゥブのレリクス地下に於いて、イーサンと瓜二つの人物に襲撃されて深手を負わされたのだという。
 黙ってじっとしてさえいれば、たおやかな美少女と見えるナギサだが、実のところ、歩く凶器とも言うべき物騒な人物であると、カレンはルミアより知らされていた。先刻、路上でナギサを後ろから呼び止めた時の過剰な反応など、さもありなんと思わせる。イーサンと鉢合わせしたナギサの反応はさぞかし見物であるに違いない。

 ――やぁ、俺、イーサン・ウェーバー!

 ナギサを目にしたイーサンが、お定まりの科白を口にした時、ナギサの面貌を何か形容し難い感情の色が刷いたのをカレンは見た。まさか、いきなり斬り掛かったりはしないだろうかと、一瞬カレンは不安を覚えたのだが、それは杞憂に終わった。
 ナギサは一切の敵対行動を取らなかった。そうか、貴方がイーサン・ウェーバー、全く落ち着いた様子で、そう口にしたのだった。
 ナギサは瞬時にして、イーサンという人物のなんたるかを見抜いたらしい。




「俺の偽物って奴は、どうだったんだ?」
「奴は確かにイーサン、貴方と同じ姿をしていたが、中身は全く別だ」
 
 イーサンの問いに、ナギサは確信を込めてそう言い切った。

「そうだ、エミリアがおかしな事を言っていたな、あの男の顔は三年前の貴方のものだと」

 そう付け足すナギサに、イーサンが表情を曇らせた。

「ナギサの言う“全く別”のニュアンスも気になるけれど、三年前と言えばSEED事変、そして俺が前総裁暗殺未遂で指名手配されていた頃だよな」
「そして忘れもしないが、イーサン、俺とお前でイルミナスの工作員を捕えたことがあったろう、あいつはヒューマンに擬態したキャストだった」

 イーサンとレオが顔を見合わせて、お互い頷き合っていた。改めて両者、何事かを確認した様子であった。話が見えず、要領を得ない表情のナギサに、カレンは同僚の考えを説明することにした。 
 
「ナギサと戦ったイーサンに似たものは、イルミナスが製造した偽装キャストだったかも知れないと言うことだ。イーサンの姿で破壊工作や暗殺をしてみせれば、イーサン本人を窮地に追い込むことが出来ただろう。だが、今更そんなものが活動をし始めるというのもおかしな話だし、それともう一つ……」

 カレンはそこで意味あり気に言葉を切った。残る三人の視線がカレン・エラに向けられる。だが彼女は、ナギサに向けてはぐらかす様な問いを放った。

「ところでナギサ、私が声を掛けた時には随分と過敏な行動をとったけれど、イーサンを見た時には全くそんな様子はなかったな」
 
 ナギサは少々うろたえた様子を見せた。どんな状況下でも、とりあえず周囲は全て敵と見なし、細かい事はその後で、という行動様式が迷惑千万なのは自覚しているのだろう。
 
「あ、いやそれは、私はヒトに背後に立たれるのが大嫌いなんだ。それに、カレンが只者では無いというのも分かったから……。我ながら良く剣を抜かなかったものだと思う。うん、自分で自分を褒めてやりたいくらいだ!」
「そんなことで他人は誰も褒めてくれないだろうから、存分に自画自賛するといいのじゃないか」笑いをこらえきれないカレンである。「けれどもイーサンに対しては、全く緊張した様子を見せなかったな、私の何倍もの力量があるヤツなんだぞ」

 ナギサは少しむっとした顔をする。ひょっとすると、自分はイーサンの本物と偽物、その区別もつかない様な粗忽ものと認識されていたのではないか。だが、すぐにそうでは無いのだと思い直した。

「私はイーサンと、とても似たヒトを一人知っている。種族とか性別とかの話じゃない、力と心の在り方がだ。私が一切の警戒心を抱かずに済む、数少ないヒトなんだ」

 亜空間マガハラで旧文明人の王カムハーンを討ち、聖櫃クロウリィ内で蘇ったダーク・ファルスを封じた、グラールの危機を救った英雄達の一人について、ナギサは口にした。

「英雄を知る者は、また英雄を知る、か」

 カレンはそんな事を言った。

「上手くは言えないが、人々の希望を担って、それに応えるからこそ、英雄と呼ばれるのだろう。アイツはそういうのじゃなかった、とても危ない感じのする奴だった」

 そうやって自分で口にしてみて、ナギサはレリクス地下でイーサンの姿をしたものを徹頭徹尾、敵性の存在として認識していた理由を理解した。巧みに隠蔽していたが、あの男は、明らかにこちらに対する殺気をはらんでいた。それも大きな理由には違いなかったのだが、それだけでもない。あれは、過去の自分にどこか似たものを感じさせたのだ。
 或る一つの目的に己を捧げていて、その為にはどんな犠牲も厭わない、たとえそれが己自身であろうとも――そんなナギサの戦う様を指して、かって、ユート・ユン・ユンカースは、“危ない”と評したのだが、ナギサの感じたのもまたそれであった。実際に、あのイーサンはSEEDの女を再び解き放ったのだから、ナギサの直観は過たなかったのだ。
 
「英雄云々はともかくとして」イーサンは頭を掻いた、さすがにおもはゆいのだろう。「危ない奴ねぇ、やはり相手は狂信的なテロリスト、はっきり言ってしまえばイルミナスの残党か……」
「しかしな、お前の力量を正確に見抜くほどの程のナギサ嬢に手傷を負わせるだけの実力者、果たしてイルミナスに残っていたか?」
 
 カレンが疑義を呈した。
 奇矯な言動や、素っ頓狂な行動にもかかわらず、ナギサの戦う者としての境地は高い。一連のやり取りの中で、カレンはそれを確信していた。ナギサの実力は恐らく、イーサンにも伯仲するのではないか。では、その彼女を敗北させた相手の実力もまた……。

「ハウザーとヘルガは最終的に組織そのものを自壊させ、残ったのは洗脳したキャスト部隊とSEEDフォームだけだったろう」
「劣化クローン体のマガシ達でさえ、最後には粛清しちまったものな。いやまてよ、俺に匹敵する戦闘能力を持ったキャストか何かを製造することはできたかも知れない」

 イーサンが意外なことを言う。

「そうだよ、マガシだ。俺は随分な数の奴らを壊した、クローンキャストは全個体とオリジナルとなる存在とで情報を共有する。破壊された個々のマガシの戦闘記録を集積すれば、俺の戦闘技術をデータとして取り出すことは出来たんじゃないだろうか」
「それを貴方に似せたキャストにインストールしたと? しかし、エミリアはあいつをキャストだとは言わなかった。キャストでないとも言わなかったが……」

 あの時、エミリアは何と言った? “あんたイーサンだけどイーサンじゃないわ”そんな風に言わなかったか? 思い返せば、あれはどういう意味合いの言葉だったのか。

「エミリア・ミュラーの報告はガーディアンズ内部でも十分検討はしたんだが、偽装キャストだったか否かについては、詳細不明といったところだ」
「そうだったな、カレン。しかし、俺の偽物の目的は、封印空間からヘルガを喚び戻す事だったらしい。マガス・マッガーナも恐らくそれを支援するために出現したんだろう」
「やはり、イルミナスの影がちらつくな。いや影というより亡霊か」

 レオが腕組みしつつ発した言葉が、この議論を締めくくった。




 四人はどこか浮かぬ表情で、ダンゴモチを口にし、茶を啜っていた。もっとも、星霊祭を控えたオウトク・シティは活気に満ちて、人々も浮かれ騒いでいる様子であった。
 ラッピーだの、カクワネの着ぐるみ姿で街路をねり歩く観光客や、フンドシと呼ばれる下帯一つの星霊徒達。穏やかで内省的なニューマンを主な住人とするニューデイズの首都にはありえない光景が、三十年ぶりの大祭への期待を端的に表していると見えた。

「それにしても、変わったなぁ」

 しみじみとした口調でイーサンが言う。
 彼は、オウトク・シティを行き交うヒト達の中に、相当数の同業者の姿を認めていた。フリーランスの傭兵、或いは民間軍事会社の契約社員である。
 SEED事変以前ならば、首都はグラール教団の警衛士達によって万全の体勢をもって警備されていたものだ。同盟軍が派遣される事態など稀であったし、ガーディアンズの常駐警護部オウトク支部への出動要請は、他の二惑星のそれに比して少ない事で有名だった。不祥事を起こした職員の左遷先や、心身を壊した隊員の休養先がニューデイズなのだ、などという冗談まであった程だった。
 しかし、SEEDとの戦いに於いて多くの警衛士達が殉職し、教団自体も疲弊した。最早、往時の如く警衛士の定数を揃える事は困難だった。同盟軍、ガーディアンズともに、イルミナスの奸計によって、SEED事変時に大打撃を受けた。再編なったとはいえ、両組織とも、その規模、質ともいささか心もとないものがある。加えて、昨今の資源不足による経済の冷え込みが追い打ちをかける。
 そこに台頭したのが数々の民間軍事会社や傭兵の存在だった。規模縮小したとはいえ、組織としては未だ巨大といえるガーディアンズや同盟軍よりも、はるかに小回りが利き、積んだメセタの額と雇い入れた兵士の練度はほぼ比例する。ガーディアンズに対して、報酬を倍額するからイーサン・ウェーバーを派遣しろとクライアントが要請したとしても、それは恐らく受け入れられるまい。
 この場で、ナギサを除く三人は、一号HIVE破壊作戦に於いて、その中枢であるダルク・ファキスと交戦したメンバーだったのだが、それも遥か昔の事であったように思われる。“英雄”としての自分達の賞味期限はとうに過ぎているのかも知れない、そんなことを思うと、何やら寂しいような、ほっとするような不思議な気持ちを覚えるイーサンなのであった。




 感慨にふけるイーサンを、何かが現実へと引き戻した。見れば、他の三人も一様に緊張の面持ちで一方向に注意を向けている。彼ら程の実力者をして、これほどの反応を生じさせるとは、一体何者が接近しているというのであろうか。
 二人のヒトが茶屋の前を流れる川沿いの小路を、イーサン達の方向へと歩を進めていた。一人はヒューマン、旧時代のガーディアンズスーツに似せた装いに身を包んでいる。シールド・ライン技術の根幹である、S.S.S、すなわち素材表面に防御フォトンを張り巡らせる、ソリッドスキンシステムが未発達な時代の戦闘服のレプリカである。最新のモデルに比べれば、外見は無骨、只々着用者の生命を守ることを念頭に置いていることが分かる。一説には、レリクスに於いて発見された異世界よりの漂着物がモデルとも言われるが、真偽の程はわからない。全体のカラーは黒、ただし左のショルダーパッドの辺りが赤い。ブラウンの髪、端正な顔立ち、グラール教団へ売り込みをかけに来た傭兵などとは見えなかった。
 そして、彼の後方に続く人物は何だ。優に二メートルを超える長身。いやそれはいい、ビーストやキャストの男性ならば珍しくも無い。だが、そいつはそのどちらとも判別が付かなかった。灰色のフードで頭部を覆い、同色のローブのせいで全身のラインが判然としない。陽光の向きによるのか、それとも別の要因のせいか、フードの内側は全く見通すことが出来ない。真っ黒な闇だ、まるで虚無の異空間がその中に広がっているかのようだ。
 異形の装い自体は、密かにテロに対して警戒を怠っていないオウトク・シティであっても別段咎められることはない。ナノトランサー、四立方メートルの容量を持つ、物品収容装置。ありふれたそのデバイス一つあれば、テロリストや犯罪者にとって大量殺傷能力を持つ武器の運搬は容易だ。現代の治安維持においては、外見などより、ナノトランサーの管理徹底こそが重要視される。
 しかし、イーサンはそのローブの人物から目が離せなかった。殺気というのもおろかな、凄愴な気をはらんだ妖風とも言うべき何かが、フードの内とローブの合わせ目からこちらに吹き付けられている様に感じたからだ。

「俺か、カレン、それともナギサに恨みでも持った奴なのか?」

 自分達の立場を考えれば、暗殺者を差し向けられるという事態はあってもおかしくはないだろう。だが、白昼堂々と襲撃をかけるなどというのは、あまりに異常だ、有り得ない。
 店内には彼らの他にも、二三の客がいる。傍らのレオは、ローブ姿に注意を払いつつも、そちらの方に累が及ぶ事を懸念しているようだ。

「いや、待て、落ち着け」

 イーサンは己に言い聞かせる様に、ごちる。近づきつつある二人は、何がしかの敵対姿勢を見せている訳ではないのだ。どうして、攻撃を受けるのではないか、などと思うのか。




「あれは何だ、ヒトなのか? いやそうは思えない、一体あれは何なのだ」

 カレンもまた、尋常ならざる異様の存在を感知して、身をこわばらせていた。ただし、イーサンとは違い、その対象はヒューマンの男、いやヒューマンに見える何かだ。無論、後方のローブの人物が凄まじい妖気を発しているのも知っている。だが、あれはヒトだ、この世の条理に従う存在だ。しかし、あの男は……。
 代役とはいえ、幻視の巫女を務めたカレンだ、フォトンに対する知覚力は、感じ取るというよりは、殆ど“視る”といった方が近いのだ。その視覚に映じる、男のフォトンのパターンは、グラールに存在する如何なるヒト、いやどんな生物とも異なっている!




 そしてナギサは、ヒューマンと見える男に惹きつけられていた。いや、近づくにつれ、彼はまだ若くひょっとすると自分と同じ程の年齢でしかないのではないかとも見える。剣士としてのナギサの本能は、もう一人のローブ姿こそが危険極まりない存在であって、あれをこの場から排除しろと、間断無く彼女に命じ続けている。しかし、ナギサの中の本質を成す何かが、その男――いや、青年か――に対し磁力に吸い寄せられる金属の様に強烈に反応していた。生まれて初めて得た幾人もの友人達、忘れようとしても一生忘れることなど出来ない、優しかったワイナール、そしてナギサを苛酷な運命から救ってくれた“あのヒト”そのいずれに対してさえ抱いたことの無い、胸を締め付けられる様な感情が湧きおこる事に、ナギサはひたすら当惑していた。




 青年はというと、ナギサの姿を驚きとも畏れともとれる表情でもって注視していた。茶屋の店先で立ち尽くす彼の背後には、幽鬼の如き長身のローブ姿が控えている。

「どうして、あなたがこんな所にいるんだ」

 青年が恐る恐る、問うた。

「わ、私はお前なんて知らないぞ」
 
 うろたえた調子でナギサが言う。

「ああ、それはそうだろう。だが、そうか、此処と俺の故郷が偶然繋がるはずなどない。なるほど、道標はあったのか」

 ヒューマンの青年は一人、心得顔で言うのだが、他にこの場に居合わせた者達にとっては、全く要領を得ない一連のやりとりである。

「イーサン・ウェーバー……」
 
 錆びた歯車が噛みあって上げる、軋りの様な声が、青年の背に立つ長身のフードの内より流れ出した。男のものだ、それは有機生命体の発声器官より生ずる音声ではなかった。ならば、ローブの中身はキャストなのだろうか。だがこの時、イーサンが、ナギサが、カレンが、レオが、それを耳にするや、等しくすくみ上がった。これ程までに凄絶無惨な響きを帯びた声音を彼らはついぞ聞いたことがなかったのだ。もし地獄なるものが実在し、そこに機械仕掛けの魔王がいるとしよう、その者が言葉を発するとしたら、それはまさしくこれではなかったろうか。
 
「喰らってもいいか?」

 まさか言葉通りの意味で言っている訳では無いのだろうが、ローブの男から発散されているのは、紛れもなく切実な飢えの感情であった。

「いいや、旦那、“この”彼は駄目だ」

 ローブ姿は肩をそびやかした。どうやら青年は、悪魔じみた相棒を己の制御下に置いてはいるらしい。だが、カレンとナギサは、このヒューマンもまた得体の知れぬ存在と看破していたから、それで安心などできる訳では無い。

「あんた達は、一体何者なんだ? 有名人だから、俺の名を知っている、それだけじゃなさそうだな」
 
 異様な呪縛から真っ先に脱し得たのは、流石“英雄”イーサン・ウェーバーと言ったところだったろうか。
 
「連れの不躾な態度に関しては謝罪する。そして、俺はそうだな……、エンドウ・ユゥ、とでも名乗っておこうか」
「偽名にしても、ふざけた名だな」

 青年の言に、カレンは不快な様子を隠さない。

「それと物は相談なんだが、そちらの黒髪のお嬢さんの身柄、俺達に預けてはくれないだろうか」
「それは随分勝手な言い草だぞ」

 レオの大きな身体が、青年とナギサの間を遮るような位置に移動する。応じるように、ローブの長身がゆらりと、数歩前進した。

「レオ気をつけろ、それとカレンも」
「レオ、カレンか、何か懐かしい名を聞いた気がするな」

 イーサンが同僚に発した警告に、青年は何が可笑しいのか、くすくすと笑った。

「大体なんで、私がお前達に着いていかねばならないんだ。どうしてもそうしたいというなら、力ずくということになるぞ」

 ナギサが挑む様な表情を見せる。

「なら、そうしようか」

 驚くほどあっさりとした口調で言うと、青年は左前腕にしつらえられた機器に口元を近づけた。

「“指揮官”そちらでもモニタリングしているだろう、想定外の事態だ、フィールドロックを要請する。距離が距離だから、スルクーフのエネルギーも消耗するだろうが、僕の我がまま、ここは一つ目を瞑って欲しい」

 一体、彼は何を言っているのだ。ナギサを含む四人が、一様に当惑の表情を示す。
 だが、それも長くは続かない。大気が、いや空間そのものが凝結するような気配が生じたのだ。カレンが有するフォトンの視覚は、透明な天蓋が、彼女ら六人のいる場所を中心として、同心円状に広がっていくのを確かに感知した。やがて天蓋の周縁は下方へと屈曲し、大地と接する。
 見れば店内の客や、道行く人々の姿はまるで時が止まってしまったかの様に、その場に凍結したまま動かない。

「何をした、亜空間制御か何かの応用なのか」

 今や、不可視の巨大な天幕によって、自分達は通常の空間より隔離された。もしこれが、何らかの既知のテクノロジーによるものならば、カレンはこの一種の結界とでも言うべきものの結構を類推できたに違いない。だが、これは違う、恐らく未知の科学技術によってもたらされたものだ。

「力ずくというのならば、言葉を連ねたところで埒は明かないだろう。後は、剣をして語らせれば良いだけの事」

 吠える様に言って、ナギサはローブの男を誘う様な動きを見せる。しかし、そもそも、力ずくで来いと挑発したのはナギサの方ではなかったか。

「迂闊だぞナギサ、おい、レオ!」
「了解だ、イーサン」

 恐らくあれは、この場にいる誰一人として、一対一で敵することの可能な相手では無い、それが分からぬ彼女でもあるまいに。レオジーニョ・S・Bはナノトランサーより長槍を引き出す。テノラ・ワークスのハイエンドモデル、ムク・ラス・スコルピオ、ザシャロガンの尾の針にも似た三叉の穂先が、スタンモードでナギサとローブ姿の間へと伸びる――いや、伸びようとして、果たせなかった。青年の手に忽然と現れた、半透明の硝子を思わせる大剣の剣身がこれを阻んだのだ。
 青年はナノトランサーに手を掛けたとは見えなかった。だが、ビーストらしい剽悍な顔つきに、どこか不釣り合いと見える、つぶらなレオの両眼は、大剣の出現する寸前、青年の掌に小さな板状の何かがあったことを確認していた、あれは何だ?




 ナギサは茶屋の向かいの小路を横断し、川面へと身を躍らせていた。ローブの男が大きなストライドでこれを追う。
 一度剣を手にすれば苛烈な剣士と化すナギサだが、決して戦いに酔うという性分ではない、彼女は冷静沈着な戦闘巧者だ。だから、自分が莫迦な真似をしている事は重々承知している。眼前の相手は、単身戦いを挑むのには危険すぎる敵なのだ、そしてあのヒューマンもまた侮れない使い手だ。そして、ナギサは単独の戦いには慣れてはいても、共同で敵にあたるのは不得手である、まして初対面のイーサンやレオとの連携が上手く行くはずもない。ならば、この敵はガーディアンズの二人にまかせ、自分はもう一人に向かうべきなのだ。それが、この戦局における最適解。
 だが、ナギサの中の何かが、あのエンドウとか名乗る青年との対決を強く忌避し、完璧な戦闘機械である筈のナギサの判断に齟齬が生ずる。彼女が唯一安んじて背をあずけることのできるパートナー、そのヒトがこの場にいれば、この大敵をも恐れることなどなかったろうに。




 今や最悪の形で、三人のガーディアンズはナギサと分断された。身柄を渡せとの要求であったから、ナギサの命が取られることは無いのかも知れないが、だが相手が相手だ、それもどうなるかは分からない。
 イーサンとカレンは速やかに戦闘態勢をとる。彼らの行く手を遮るこの青年を無力化し、ナギサと合流せねばならない。
 グラールの英雄の手にはGRM社のセイバーとハンドガン、元幻視の巫女もヨウメイ製のダガーとハンドガンを構える。
 
「イーサン気をつけろ」

 レオが叫ぶ。またしても、青年の手に透明な板――或いはカードか?――を認めたからだ。それは一瞬にして光の粒子と化して空中に溶けた。次の瞬間、彼の行く手を塞ぐかのごとく、ホログラムディスプレイに似た光の壁が次々と立ち上がる、と見る間にそれは一体の怪物へと姿を変えた。

「亜空間の具現化現象を使うのか!」
「レオ、そうじゃない、似て非なる何かだ」

 カレンなれば分かるその差異である。だが、最早レオにとってはそんなことはどうでもいい。四本の脚を持つ獣体と、剣とも銃とも見える右腕、そして盾の形状の左腕を備えたヒト型の上半身。リュクロスで採取されたデータに記されていたという、SEEDフォーム近似の生命体。そいつの右腕が横薙ぎに襲い、その重い一撃をレオは長槍でどうにか受け止めた。
 レオもまたここに、その動きを封じられた。ヒューマンの外見を持つ青年は、硝子の剣身を構えつつ、イーサンとカレンへと向き直る。
 



 ナギサは内心歯噛みしつつも、水をけたてて川の中程に達するや、姿勢を低く落とす。両の手首から先と、両ひざが水中に没してしまう。不可視の天蓋を抜け、こればかりは普段と変わらず降り注ぐ陽光を反射して、きらきら輝く水面の下、青い大きな魚とも見えるものが身をくねらせた。
 ゆっくりと獲物を追い詰める捕食獣の足取りでナギサを追尾していたローブ姿の歩みが、ここに至って初めて停止した。フードに覆われた頭部が僅かに下方を向いている。ナギサは水中でスティールハーツを抜いたのだ。川面に接するばかりの位置から、ローブの男を睨め上げる。ナギサの翡翠色の左目と、白皙の面からはいつの間にやら焦りの様子は消失していた。あの青年から距離をおいたことで、何故か彼女の中の不可思議な感情のうねりが弱まったのだ。

「ククク、少しは工夫をするものと見える」
 
 ローブ姿の、あの青年が“旦那”と呼んだ男の口調に初めて感情らしきものが混ざった。

「私には使命があって、ずっと戦いの中にあった。おかしな連中とも、随分やりあったから、この程度はな」
「成るほど、後学のためにその話、少しは聞いてやらんでもない」
「後学? こういうのはメイトの土産話というんじゃないのか」ワイナールは確かそう言っていた。「どういう理屈か知らないが、光を偏光させて剣を透明にしてしまう使い手などというのもいたぞ」

 言いつつ、ナギサはじりじりと、対手との間合いを詰めにかかる。さすがのナギサも見えぬ刃を操る技など持たないが、水面下の剣は光線の屈折によって、その刃長を錯誤させることが出来る。ナギサの最前の言はそのことを仄めかしていた。
 勿論これは、ブラフだ。本気でそのような戦術を取る気ならば、態々手の内を推測させる様なことなど口にはすまい。
 水面下での抜剣の真意は、スティールハーツの全容を相手に悟られぬことだ。鍔元の金色のシリンダーと、峰に並んだ噴射口。これらをさらせば、剣速を倍加させるシステムが内蔵されていることを看破されないとも限らないからだ。
 水中で斬りつけるにせよ、水中より薙ぎ上げるにしろ、水の抵抗を物ともせず襲い来るスティールハーツの一撃は敵の虚を突くはずだ。無論、それだけで倒せる相手とも思えないが、今はこの手札を持って強敵と相対するしかあるまい。
 敵手のローブの合わせ目から、湾曲した刃が伸びる。
 ――ずるり、ずるり
 外縁に緑のフォトンの刃、纏わりつくような暗紫色の靄。
 ――ずるり、ずるり
 それは、長大な鎌刃だ。




 
 
 
 タイトルを変更しないと、看板に偽り有りといった事態になってしまいましたが、これに関しては次回更新時までお待ち頂きたく……



[27552] ネタ番外編 戦いの礎/R
Name: 蕎麦わんこ◆9fb2142d ID:76a4c2f6
Date: 2012/01/02 22:33
「……これだけの人数が集まってるってことは、大手のスポンサーがついているようだな。久々にもうけられそうだ」
 
 頭頂から爪先まで黒色のパーツ、ジャグラスフレームで構成されたキャストが発する渋い声音が向けられた先は、不可思議な素材よりなる柱に寄り掛かった、これまた別のキャストに対するものであった。

「ほう、どうやらお前も傭兵のようだな」

 壁の花、ならぬ、柱の花と化していたキャストの頭部がゆるりと、ジャグラスフレームの男に巡らされた。こちらの方が、凡そ頭一つ分程の上背がある。黒いキャストを睥睨する、一対の視覚センサーの放つ光は、人工脊柱がフリーズするのではないかと錯覚を覚える程の、冷めたさを帯びていた。

「その様子だと所属無し、フリーといったところか。そりゃ大したもんだ」

 好んでこの明らかに剣呑な様子のキャスト傭兵と組んで、仕事をしたがる者がいるとも思われない。
 ジャグラスフレームの言葉にはわずかな揶揄の響きがあった。こちらはこちらで、相当の場数を踏み、確かな実力を備えた傭兵なのだろう。そうでなければ、こんな軽口は聞けるはずもない、いや、そもそも話し掛けるということすら出来なかったのではないか。
 
「ま、場所が場所ってこともあって、腕利きを集めているのかもな」

 “腕利き”の言葉が指すところには、当然彼自身も含まれているに違いなかった。

「この海底レリクスは、つい最近発見されたものだ。調査はまだ、ほとんどされていない。このあたりは安全なようだが……、奥は、まさに『未開の地』ってわけよ」

 SEEDと呼ばれる存在の外宇宙よりの飛来に呼応して、一万一千年の昔に滅亡したとされる旧文明の残した遺産、すなわち“レリクス”がグラール各地で次々と稼働を開始したのが約三年前の事。SEEDは既に、この星系より一掃されたのだが、新たなレリクスの目覚めは未だ確認され続けていたのであった。

「帰ろ、帰ろうって!」
  
 ナノトランサーの内に様々な武装を収め、高出力のシールドラインで防備を固めた傭兵どもが群れをなす、この海底レリクスの一画に、おおよそ場違いな声が響いた。
 まだ十代後半に差し掛かったばかりと見える、ヒューマンの少女のものだ。

「……なんだあの子供は? 腕ききの傭兵のようにはとても見えないが……」

 困惑の様子で黒いキャストが首を傾げる。
 もっとも、先のSEEDの飛来に続くグラールの三惑星全てを巻き込んだ大混乱、SEED事変にあっては、十四、五歳といった子供でさえ戦いに駆り出さられることも多々あったのだ。そのまま、戦いを生業とする業界に身を置くことを選ぶ例も少なくはなかった。傭兵達は、少女に殆ど興味を示さなかった。むしろ、彼の反応の方がこの場に於いては少数派であったかも知れない。

「ここ、レリクスでしょ、本気でやばいんだって! やだ、帰りたいよ!」
「ったく、少しは働きやがれ」

 少女を叱責するのは、身長百九十センチはあろうという、三十がらみのビーストの男だ。立ち居振る舞いに、明らかに高度な訓練を受けた痕跡があるのを、黒いキャストは見逃さなかった。伸び放題の髪と無精ひげ、猫背気味の姿勢のせいで、やさぐれた風情ではあるものの、汚れ仕事に手をだした連中特有の、すさんだ雰囲気は無い。軍警察関係者あたりか、黒のキャストはそう当たりをつけていた。

「ここは安全だから、今からおめぇ用の仕事をもらってきてやる。一人で、でじゃねぇぞ、あそこにいるハンターと一緒にだ」

 ビーストの視線の示す先、そこには、あの丈高いキャストの姿があった。

「とりあえず、あいつを連れてくるんだ、ウロウロしないでまっすぐ行けよ」 

 ビーストに背を押され、少女は二人のキャストの方向へと歩を進め始めた

「やっぱ、やだ」

 行程の半分まではなんとか到達したところで、助けを求める様に少女はビーストを振り返るが、当然の如くこれは無視された。彼女が、キャストの下に辿りつくまでには、それからかなりの時間を要した。この間、ジャグラスフレームのキャストは、何度か助け舟を出そうとしたのだが、結局それをすることは無かった。彼には、彼の考えがあるらしかった。

「エミリア・パーシバルというのはお前か、キサマの様な小娘と組むのは久しぶりだぜ……」

 初めて、キャストが声を発した。少女は名をエミリアというらしい。

「この依頼はもともとオレがあのクラウチから受けたものだが……、突然、誰かと組んで行けと言い出した。クライアントの言う事だ、やむを得んが……」

 恐ろしげな様子からは、意外なほどに淡々と事務的な口調で話し始めたキャストが、ここで一旦、言葉を切った。

「レリクスでは、あまりはしゃぎ回らんようにな」

 エミリアが絶句した。酷く悪い冗談を聞いたような顔をする。

「は、は、はしゃいだり、す、する訳ないじゃん……」

 抗議の言葉は弱々しく、最後は殆ど聞き取れない程であった。

「やぁっと戻ってきやがったか、エミリア。その、キャストのハンターが、今回お前なんぞと一緒に行って下さる、ええと、ブラック・ハウンドさんだ」
「ブラック? 黒くないんですケド?」
 
 キャストの全身は赤紫色のパーツで構成されていた。ひょっとして先程、一緒に居た黒いキャストとヒト間違いをしているんじゃないの。少なくとも、あちらの方はこのハンター程には威圧的な雰囲気を発していなかった、きっと間違いだ、そうであってちょうだい。

「通り名の様なものでな。なら、ハウンドでかまわん」

 エミリアは、がっくりと肩を落とした。
 
「かぁーなり腕は立つそうなんで、せいぜいいろいろと、教えてもらうんだぞ。おい、コラ、聞いてるか」

 何やら現実逃避気味に、遠くへ視線をさまよわせているエミリアの頭を引っ掴んで、クラウチがその耳元で大声を張り上げた。

「……っと、ハウンドさんよ、まぁそう、気を悪くしないでくれよ。二人いてくれていた方がいいんだ。コイツの腐った性根を叩き直すのが、今回の目的なんでな」

 ハウンドなるキャストは特に気分を害しているという様子ではなかった。クラウチは少し決まり悪げに言葉を続ける。 

「俺はエミリアの保護責任者なんだわ。とはいえ、死体になって帰ってこなけりゃそれでいい、びしびしやっちまってくれ、んじゃ頼んだぜ」
「この手の依頼は好かん……という訳でもない、まぁ、よかろう」




 神、光あれとのたまえば光ありき……。
 そんな一節を、アンドロイドは人工知能の記憶領域から引き出していた。
 ならばこの星には神など存在しないに違いない。惑星の地表をくまなく覆う、超々高層建築物群の先に広がるのは、汚染物質の分厚い雲の層だ。製造されてよりこの方、彼は恒星の輝きを感知したことがない。
 ハウンズと呼称される、暗殺専門のアンドロイド部隊、そのうちの最も優秀な一体こそが彼であった。




 いや、神は存在した。
 丸一年を掛けた恒星間航行を経て到達した、緑なすその新天地の惑星に。
 二柱の邪しき神。一柱は、この世ならぬ棺の内のこの世ならぬ眠りより目覚めるを得た、女神。いま一柱は、女神の肋骨に貫かれた人間の英雄と、最高度の性能を誇る人工知能より鋳造された、人造の男神。




 女神は、死につつあった。そう、神も死ぬのだ。四人の知的生命体の振るう光剣が、彼女を切り裂き、光粒子の弾丸が彼女を穿つ。超常の炎が焼き、雷が打つ。その度に、彼女の現身を構成する屍肉が削がれ、彼女は悲鳴をあげる。
 やがて、囚われの魂達が歓喜の叫びとともに、フォトンの渦へと向かって昇天を開始した。




 未だ彼は、神の中にあった。耐え難い飢えが、彼を神の御許に――或いは地獄なのかも知れないが――留め続けていたのだ。黒い塵が帯となって彼の足下より伸びる。それは螺旋を描いて彼を包み込んでしまう。

「――ヲ、――ンカヲ!、進化ヲ!」

 黒い球体の中に、殷々たる合唱が響き渡り、促される様に、彼は声達に唱和しようとする。

「耳を貸してはいけない!」

 力強い女の声、方錐形の真紅の剣が闇を一文字に切り裂く。そして伸びる女の左腕、その手首には赤い光が環を成している。

「いまや勝敗は決した! 次なる戦いは別の場所、別の時間。ワタシはそこに向かう、アナタも連れて行って上げる、さぁ、手を伸ばして!」

 わずかな逡巡の後、男は哄笑を放ち始めた。

「クハハハッ! キサマの渇きは進化を求めるが、オレの飢えは更なる戦いを望む。折角のお誘いだ、オレはこの赤い円環が導く運命を選ぶぞっ」

 黒い猟犬の前足が、赤い輪の女の手に掛けられた。

「神よ、ヒトと交わり進化を欲する神よ、次こそは真なる決着の時!」

 男女の声が高らかに宣言し、それに応えて闇が咆哮した。




「ココ……やだよ……」

 エミリアの呟きに、クラウチは、コイツまだ観念しやがらないか、とでもいうようなしかめっ面をする。

「ううっ」

 エミリアはとうとうその場に膝をついてしまう。両手で耳を覆い、必死に何かを聞くまいとでもする様な仕草を見せた。ハウンドはクラウチを振り返るが、クラウチは肩をすくめてそれっきりだ。不意に何かを感じ取ったかの如く、キャストが身じろぎし、少女の側へと歩み寄ったのと、轟音と震動が海底レリクスを襲ったのは同時であった。

「おい、何かマズイぞ」
「逃げろ! 閉じ込められる!」

 危機に際しての傭兵達の反応は迅速だ。はっ、と頭を上げて周囲をみやるエミリアを尻目に彼らはレリクスの出口へ向かって雪崩を打ち始めた。

「急げ、脱出するんだ!」
「あ、ちょっと! 待って、待ってよ!!」

 エミリアは慌てて立ち上がり、出口に向けて駆け出すが、その眼前で無情にも分厚い扉が固く開口部を閉ざしてしまった。

「出して、出してよー! このっ、このやろっ! 開きなさいよー! 開けって! 開きなさーい! もう! ほんと、いい加減にしてよ!」

 エミリアは扉を叩き、悪罵を放つが、そんなことで事態はなんら好転をみせることはなかった。

「……はぁ。……だから帰ろうっていったのにさ。ここはやばいって、あれだけ言ったのになんで聞いてくんないかなぁ」

 一通り騒ぎ終えたエミリアは、溜め息混じりに彼女の保護責任者への恨み言を口にした。そうだ、クラウチはどうしたのか、彼を求めてエミリアは辺りを見渡した。

「……誰? ああ、そっか。閉じ込められたの、あたしだけじゃないんだね」

 エミリアの見出したのは、クラウチの姿ではなく、あの恐ろしげなキャストであった。あてが外れたとでもいいたそうな表情を少女は浮かべる。

「何が起きたかって、分かる?」

 エミリアの問いに、さぁな、とでも言う様にハウンドが首を振る。キャストのフェイスパーツは表情を造れないが、そもそもこの事態に対してなんら感慨を抱いてなどいない、といった風情でもある。

「わからないよね。あたしも、いきなりで、それどころじゃなかったし。……って、まさか奥に進む気?」

 エミリアが、ぎょっとした顔をする。当然ここに止まって、救助を待つ心積りだったのだ。

「無理無理! やだやだ! 危ないって! ここ、未開のレリクスなんだよ? すっごいあぶないんだよ?」

 少女の叫びなど知らぬ気に、ハウンドはレリクスの奥へと歩み出した。

「あっ……、ちょっ、ちょっと待って! 一人で行っちゃうの!? 行くから! あたしもいっしょに行く!」




 二人は通路を進み、次なるフロアの入り口に達した。

「ああー、やっぱり原生生物がわんさかいる。見逃してくれたり、しないよねぇ……」
「来るぞ……、レリクスに巣食う原生生物だ。自分の攻撃の届く範囲に相手が入れば、戦闘支援プログラムがそいつを識別する。囲まれるな!」
「……あの、えっと、えっとね。直前でこんなこと言うのはなんだけど……。あたし、武器は持ってても、実はほとんど戦闘経験なんてほとんどないの。……だから、がんばって! あたしは応援して上げるから!」
 
 当然の如く却下である。ハウンドはエミリアの背後に立つと、ナノトランサーよりフォトン・アックスを通常空間に実体化させた。原生生物に備えての行動であると思われるのだが、エミリアには、「とっとと前に出ないと、後ろから一刀両断するぞ」という強烈な意思表示であるという疑念がぬぐえなかった。前門のゴナン、後門のヴォルフとはまさにこの事であったろうか。エミリアは泣きべそをかきながら、セイバーとハンドガンを手に、エビルシャークの群れに吶喊を開始した。

「うー、戦闘経験なんてないのに、上手く出来る訳なんてないじゃないのさー!」

 怪物の振り回す、鎌状の腕をかいくぐり、必死に斬りつけ、発砲する。何が何やらわからない、時折背後からアックスの刃が伸びてきて、エビルシャークを叩きつぶしていた気もするが、戦況把握などとても不可能なことであった。

「な、なんとか倒せたね! はぁ―、怖かった……」
「油断するなよ……、一つの群れを倒しても、隠れている群れが、また出てくるときがある。レーダーに注意しながら周囲をよく見ろ。囲まれる前に体勢を整えておけ」
「イ、 イエッサー!」




 甲虫を思わせる小型スタティリア、ヴァルガタスと接敵したエミリアは慎重に距離をとってハンドガンを向けた。しかし弾丸は、分厚い敵の甲殻に阻まれ有効なダメージを与えることが出来ない。

「ねぇ、ねぇ、武器って、敵によって変えた方が良いかな?」

 この相手は射撃に耐性があると見て取ったエミリアは、ハウンドに向けて指示を乞う。エミリア、見た目に反して、そこそこ筋はよいのである。

「オレならば打撃で対抗するが、お前は非力な様だから、まずは、テクニックを使うという手もある。法撃用の武器に換装してみろ」

 左手のハンドガンが粒子化されて、ナノトランサーに収められ、代わってマドゥーグが左肩の上の空間に浮かび上がる。カミナリっ! 叫びとともに発せられた雷光がヴァルガタスをとらえ、その機能を停止させた。

「テクニックは大きくPPを消費するかわりに、ほぼ狙いを外すことは無い。キャストにとっては不得手な手段だから、うらやましい限りだがな」




「敵の攻撃は結構痛いなー、危なそうな時にはガードしないとね」

 一人呟くエミリアである。ハウンドと共に原生生物やスタティリアを殲滅していくうちに、敵の攻撃の見きわめも、わずかながらに可能となっていた。

「うわっ! なんか危なさそうなトラップが起動しちゃったよ! ……ん? 向こうに見える端末……、あれで解放できるのかな? ……よし! ここはやっぱりあんたの出番よね! よろしく!」

 眼前をふさぐレーザーフェンスの列の向こうに解除端末を発見したエミリアがハウンドを振り返る。当然の如く却下である。

「フェンスは緊急回避で飛び越えるか、いっそのこと接触の瞬間にガードしてしまえ」

 最早、文句を言って時間をつぶすことの無意味さを学習したエミリアは黙々とフェンス群へと立ち向かう。

「わーい やったね」端末を操作し終え、科白を棒読みする口調のエミリアである。「……って、何かが出てきてる」

 新たに湧き出る、スタティリアの一群。さすがに、キャストの鬼教官も素早く反応しこれを破壊する。

「ん? 何か鍵が落ちたみたいね」
「どうも、場所によっては敵を全部倒さないと、鍵が出現しないところがあるようだ。おそらくセーフティロックが働いてるんだろう」




「うーん、なんか危なそうなところだね、よし! ここもあんたに任せた……、りしませんよ、ハイ」

 あからさまに、トラップが待ち構えていると見える一部屋の奥の端末へと、自主的に駆けていくエミリアの姿を、もしクラウチが目にすればさぞ仰天したに違いなかった。

 一層、二層、三層、たった二人の探索チームは、レリクスの奥津城へと突き進む。チームの片割れであるルーキーの練度は急速に上昇し、歴戦の相方との連携も巧みさを増していった。途中でしばし休憩をとって、エミリアはハウンドに、レリクスについての考察を披歴した気もするが、その内容については良く覚えていない。ただ、キャストが真面目に彼女の話に取り合ってくれていた事だけは確かだった。

「随分奥まったところまできたけど、まだ出口みつかんないの? このまわりに見えてるのって全部、大型の自律機動兵器だよ。ただでさえこっち見てて怖いのに、もし動き出したらって考えると……、ねえ、早く行こうよ」

 海底レリクス最下層、巨大なヒト型スタティリアが佇立する大広間に至り、エミリアはハウンドの手を引いて、早くこの場を抜けてしまおうと促した。
 
「何か聞こえるな…? スタティリアの稼働音…?」

 キャストの不吉な言葉は、すぐに現実のものとなった。スタティリアの一体が、起動を開始したのである。地響きを立てて、二人の眼前に立ち塞がると、手にした大斧を振りかぶった。

「……ちょっ、じょ、冗談でしょ! 言ったそばから動き始めないでよ!」
「魂まで喰らってやるぞ、クハハハ」

 本日初めて耳にする、ハウンドの上機嫌な笑声であった。スタティリアに魂とかないっしょ、と内心突っ込みを入れるエミリアである。もっとも、後日ミカより、スタティリアは制御ソフトとして、生きたヒトの精神が転写されていると聞き、旧文明の残した自律兵器についての見解を改めることとなるのだが、それはまた別の話であった。

「こんなところで、死んでたまるもんかっ!」

 勇を鼓して、エミリアはハウンドの背に続く。キャストはそのスタティリア、“スヴァルティア”の振るう得物をかいくぐり、脚部の外殻にフォトンの斧刃を叩きつける。さすがに、エミリアの方は、スヴァルティアに接近戦闘を挑む無謀は犯さなかった。
 ハンドガンを手に果敢に狙撃を試みるも、巨体のわりににすばしっこく動きまわるスヴァルティアを相手に、狙いがどうしても不正確となってしまう。

「……どうした? 敵に攻撃が当たらんか?」
「当たりませんっ!」
「そうか。なら……、オレの知る基本技術を教えてやる。少し長くなる……、足は止めずに聞くんだぞ、死にたくなければな」

 これを座学と言うなら、世にこれより奇妙な座学は存在し得なかったに違いない。なにしろ、教師と生徒、共に巨大な敵の攻撃を躱して飛び退り、或いは己の武器で受け流す。教師に至っては、相手に反撃の刃でもって報いること十余度に及んだのだから。

「まず、武器の攻撃方法には幾つかの種類がある。これくらいは知っているだろう?」
「狙って攻撃する通常攻撃は、威力は低いが、命中しやすい。力をためての『スキル』や『チャージショット』は、威力は高いがかわされやすい。しかも動きにスキができてしまう」
「攻撃をタイミングよくつなげていけば、チェインコンボとなって、2チェイン以降は、『スキル』、『チャージショット』、△に登録したテクニックを当てれば、ダメージ倍率は上昇していく」

 教示される内容は、途中から命中云々に関係無くなってしまっているのではないか? 一瞬、疑問を感じたエミリアであるが、聡い彼女はこれが、戦闘における最重要の技術についてのものであると察し、不問に付した。

「つまり、連続攻撃する中でどれだけのチェイン数を稼ぐかを、敵ごとに編み出せばいい。そうすれば、戦いも楽になるはずだ。このスタティリアを相手に、試してみるのだな」

 以上の内容を踏まえれば、エミリアの役割はチェインの維持に徹することだ。セイバーを振るってのスキル発動など論外である。そして、ハウンドがチェインを切る段数こそが、スヴァルティア撃破に必要十分なそれと記憶すればいい。
 まずは手数を稼がねばならない、ならば攻撃速度の素早い武器を選択しなければなるまい。命中率は? そうだ、テクニックならば狙いを外すことは無い、とっくに聞かされていたことではないか。エミリアは速度とテクニックというキーワードからマドゥーグによる攻撃を選択する。そして、彼女とハウンドが重ねる攻撃数を冷静にカウントしていく。
 遂にその時が来た! ハウンドのアックスが唸り、スヴァルティアを完膚なきまでに破砕する。

「はぁ……、はぁ……、生きてる……? あたし、生きてる……? ……やった、やったよ、あんなでっかいのを倒しちゃった。すごい、本当にすごい! あんたを信じてよかった1 やった、やったあ!」

 小躍りして、年相応の少女らしい天真爛漫な表情で、喜びを身体一杯に表すエミリアである。だが、その背に新たなるスヴァルティアのおとす影が伸びつつあった。

「えっ?」

 連続する戦闘のストレスから解放されたことによる、精神の空白の一瞬をつかれたエミリアは金縛りあったように動けない。そこへ落ちかかる、巨大で鋭いスヴァルティアの爪。だが、何かが彼女に激突し、爪が空間を切り裂く軌道より弾きとばす。
 エミリアの視界の中で、爪の軌道と交錯したキャストの長身が冗談の様に空中に跳ねとんだ、一度、二度とバウンドし、最後に地面に叩きつけられた位置で、彼の身体はぴくりとも動かなくなった。

「やだ、やだよ……! どうしてあたしなんか……、かばって……。起きてよ、起きて、起きてってば!!」

 少女はキャストの傍らに駆け寄り、その体を懸命に揺り動かす。そうすれば、彼が、ハウンドが再び動き出すに違いないとでもいうように。

「どうして、どうしていつもそうなの!? みんなあたしをおいていっちゃうの!? あたしを置いていかないでよ! ひとりにしないでよ! お願いだから……、目を開けてよ……! 誰か、誰でもいいから、助けてよぉっ!!」

 泣きじゃくるエミリアの感情の高まりが頂点に達したと見えた時、彼女の顔貌に幾何学模様の条線が生じ、後頭部に接する空間には、金色の真円と、そこから等間隔を置いて伸びる八本の直線より成る、後背とも呼ぶべきものが顕現した。
 この時なおもエミリアに迫るスヴァルティアの、上半身と下半身を繋ぐスパインユニット部に斬線が生じるや、その上体が大きく傾いだ。
 同時に、エミリアの全身から爆発的な光の奔流が発せられ、真っ二つに切断されたスヴァルティアを、数瞬のうちに分子レベルにまで分解したのであった。

「あなたを、死なせはしません!!」

 エミリアのものとは違う、慈愛と気高さを併せ持った女性の声が、本来少女の頭部が存在するべき位置の、はるか高みより、天上の音色の如くに辺りへと響いた。

「三柱目にして、やっとまともな奴が出たと思ったが、死んでもいないものを、死なせはせぬなどと、解せぬことを言うものだ」

 ゆっくりと上半身を起こしたその言葉の主こそは、誰あろう、ハウンドそのヒトであった。

「いいえ、死なせたくなかったのはこの子の心。あれ以上の悲しみと孤独にさらされたならば、脆いこの子の精神は壊れて二度と元には戻らなかったでしょう」
「ククク、そういう事か」

 不敵な笑いをもらしつつ、ハウンドはスヴァルティアの消滅した地点の近くに転がっていた、己の得物に向けて歩を進めた。

「それにしても、たった少しの間に随分懐かれてしまったのですね」

 空中に浮かぶエミリアの身体から、どこか嬉しげな様子で、不可思議な女の声が言う。

「フン」
「ふふ、でも、ちょっと、くやしいですね。エミリアを助けて頂いたとはいえ、やはり……」

 女の声は、言葉の最後を呑みこんだ様に聞こえた。

「オレは、その足手まといを連れて帰らねばならん。お前はどうする?」
「では、そのように。お話しなければならないこともありますが、またいずれ」

 アンドロイドは女の正体について何も問う事はしなかった。
 女の声もまた、己の存在を訝しむことのない、この男の態度についてなんら疑問を差し挟む様子は無いらしい。
 エミリアの身体から放たれる光が失せ、後背も薄れていく。やがて、エミリアの小さな身体が、羽毛の様にひらひらとハウンドの腕の中に落ち込んでいく。

「もっともっと、強くなれ」
 
 そんな言葉とともに、黒い猟犬と翼を抱いた少女は海底レリクスを後にする。残されたのは、かぐわしいかすかな花の香のみであった。
 
 



[27552] その13
Name: 蕎麦わんこ◆9fb2142d ID:76a4c2f6
Date: 2013/02/17 12:42
 今や、敵の得物はその全貌を明らかにしつつあった。緩いカーブを描く鎌刃は長柄に接続されている。石突は鋭く尖って、それ自体、剣呑な威力を持っていると見えた。それを保持する二本の腕は、暗紫色の外装の下に強靭かつ柔軟な人工筋肉を収めているに違いない。
 大鎌の形状をした武器となれば、ソードもしくはアックスのカテゴリーに属するものか。ロッドという可能性も考えられぬ訳では無いが、ローブの中身は機械体のヒトなのは、まず間違いないだろうから、テクニックを使ってくることはあるまい。
 ナギサは半ば水中に身を没する様な体勢のまま、敵を待ち受ける。対するローブの男は、無造作ともいえる歩みで間境を越えつつあった。




 鎌刃ならば、その攻撃方法は、横ざまに薙ぎ付けるか又は引いて掻き切るか。いや、それでは水中より跳ね上がり、或いは突き込まれるナギサの大剣、ステイィールハーツの剣速に及ぶまい。だが敵の湾曲した刃は、その外側にフォトンの発振部を持つ、ならば……。
 ナギサの予測は、キャストの頭脳体に勝るとも劣らぬ電瞬の速度で成された。
 押し切りに来る! 果たして、ローブのキャストは大鎌を水平に構えるや、ナギサの首元目がけて疾らせた。頭上より落下すべき断頭台の刃が、その角度を九十度違えて迫りくる様な錯覚をナギサは覚えた。まともに喰らえば、シールドラインの防御があっても首が飛ぶ、それ程の凄まじい一撃だった。しかし、コイツの相棒は、ナギサを生かして捕えるつもりではなかったのか。
 そんな疑念も既にナギサの脳裡に浮かぶことは無い。黒髪の剣士もまた、無念無想のうちに迎撃の剣を振るっていたからだ。水面を真っ二つに割って上昇した、スティールハーツが鎌刃と噛み合い、鍛鉄とフォトンが互いに互いを食い破ろうとする、異様な唸りが周囲にこだました。
 バイオメカニカルの腕が大鎌を引き戻し、彗星の尾の如く黒髪をなびかせて、デューマンが大きく後方に跳び退る。
 寸毫の姿勢の乱れもなしに着地したナギサは、右肩に愛剣をかつぎ上げた構えをとって敵手と対峙している。だが、その視線は、先程両者の武器が接触した地点の直下に向けられていた。ナギサの左目の向いた先、水面下の川底で、きらりきらりと光を発するものがある。どうやら、金属の細片らしい。

「むっ」

 ナギサが呻く。それは砕かれた、スティールハーツの刀身部だったのだ。
 しかし、ナギサの剣には、なんら欠損部分、いや刃こぼれ一つ認めることは出来ない。ステイールハーツの刃はブロック構造になっていて、一部が破損すれば速やかに新たなものが、ナノトランス機構によって補充されるからだ。例え折れて失われても、後から後から次が押し出されてくる、サメの歯の様な仕組みになってる。
 この剣でなければ、一合打ち交わした時点で、彼女の得物は破壊され勝負は決していたに違いなかった。彼我の実力差に開きがあるのは覚悟の上だったのだが、まさかこれ程までであったとは。

「ククッ、面白い剣を使う奴、だが、ここで喰らってしまうのは少々惜しい。まだまだ、お前は美味くなる。あいつの言う事を聞いておくのがオレにとっても良さそうだ」

 フードの中から不気味な声が流れ出す。そして、一瞬、イーサン、カレンと対するヒューマンの男を振り返った。

「ひ、ヒトをつかまえて、しかも女の私を相手に、食うだの、美味そうだのと、随分失礼な奴だな、お前は!」

 そんな憎まれ口がきけるのだから、ナギサの闘志は、まだまだ衰えてはいないらしい。
 



 硝子の剣身が剣風を呼び、イーサンとカレンはそれに押されるように後退した。ローブの長身よりは与しやすいと思えたエンドウなるヒューマンは、だがしかし、これもまた一個の強敵であったのだ。
 端正な容姿、イーサンとさして変わらぬ体格、流麗な見た目の大剣、さにあれど、そこから繰り出される剣技は重く荒々しく、容易に受け止めることの敵わぬ剛剣であった。
 イーサンとカレンの連携は緊密で、あたかも四本の手を備え、それぞれに武器を持った一人の戦士であるかの様に、対手を攻め立てた。一方が射撃し、他方が切り込みを掛ける、或いは両者が同時に別方向から光弾を浴びせ、かと思えば、時間差を持って片手剣と短剣が襲う。
 しかし、エンドウはそのことごとくを防ぎ、そして打ち返した。複数の武器によって、連続して攻められることに明らかに慣れきっていて、それに対処する術に通じていたのだ。焦れたイーサンが僅かに突出し、二人の戦形が一瞬乱れた。この機を逃さず、大剣が振るわれた。弧を描く切っ先はイーサンの右手の剣を弾き、そのまま走って左手のハンドガンの機関部を切り裂く。

「イーサン!」

 カレンの叫びは、彼女が信じられないものを見たという驚きの感情そのものだった。
 だが、イーサンとて伊達に英雄呼ばわりされている訳ではない。危うく右手から飛ばされかかった片手剣を、逆に相手に投げつける。二撃目を送ろうとして、エンドウは素早くこれに反応した。大剣はその軌道を変じ、GRM社製のセイバーを叩き落とす。この時、イーサンは用を成さなくなったハンドガンを捨て、新たな武器をナノトランサーより通常空間へと喚び出していた。

「やっぱり、一番コイツがしっくりくるな」

 柄の両端から水晶の輝き放つフォトン刃を伸長させる両剣、エンシェントクォーツが彼の手の中にあった。イーサン・ウェーバーを象徴する武器と技といえば、両剣であり、それより放たれるスキル、トルネードダンスであったのだ。
 グラールの英雄と、最後の幻視の巫女を前にして、微塵も臆する様子などみせていなかったエンドウが、ここに至って初めて攻め手を休め、守りの構えを見せた。
 この隙をついて、カレンは物理攻撃に見切りをつけたか、先端に美しい花の意匠をあしらったヨウメイの長杖へと装備の換装を終えていた。
 きらめく硝子の剣身に、水晶の二刃と桜花の名を冠する杖頭が相対する。各々の武器はその優美さをこそ競い合っているかとも見えた。だが、その美しさは、敵を打ち砕くために尽くされた技術が具象化したものに他ならない。加えてその使い手達は、いずれ劣らぬ優れた技量の持ち主だ。ならば、これより吹き荒れるは、死と破壊の旋風ではあるまいか。




 ナギサ達四人のうちで、最も不本意な戦いを強いられていたのは、レオジーニョ・S・Bであった。四本の獣脚をもった胴体の上に、武装したヒト型の上半身を持つ怪物が彼の相手だ、カオスブリンガーとかいう名称らしい。SEED事変では、ガーディアンズの中核戦力の一人として、あらゆる種類の原生生物、スタティリア、SEEDフォームと渡り合ったレオではあるが、この敵と戦うのは初めてのことだ。元々、リュクロスから持ち帰られたデータにのみ知られる存在で、実物と交戦した経験があるのは、聖櫃クロウリィへ、ナギサ救出に赴いた四人だけであるという。
 未知の敵であるというのも厄介だが、加えてこいつは完全な実体のあるものではない。亜空間具現化現象によって物質化した記憶情報に似た存在なのだ。カレンは先刻、これが亜空間技術によるものではないと、レオに警告していたのだが、彼にはその違い等わからない。
 レオはかって、アークと呼称されたレリクスで、この具現化現象により出現した怪物どもと戦ったことがあった。それらは形態、能力こそはオリジナルである存在と同等であった。だが、本来備えているべき、攻撃衝動、或いは、防衛本能といったものを欠いていた、言うなれば操り糸に繰られる傀儡に過ぎない。レリクス内に出現したものであれば、人形使いたる存在は、その旧文明遺跡の有するなんらかの制御機構ということになる。しかし、眼前のカオスブリンガーに指令を発しているのは何者か? あのヒューマンの青年か? いや、それは有り得まい、イーサンとカレンを相手取りながら、さらにもう一体のモンスターの行動を管制するなど不可能だ。
 ともかくも、レオはこの怪物を可及的速やかに排除せねばならない。そうでなければ、この場のイニシアチブは敵方に渡ったままなのだ。




「イーサン、合わせろ!」

 叫びざま、カレンが長杖、オウカロドウを振り上げる。

「星霊よ、力を示せ」

 続く星霊への嘆願は、ごく短いものであったが、もたらされた力は侮りがたい威力を秘めていた。宙空の一点から、エンドウの位置する場所に向けて、光の柱が降り来った。着弾地点より辛くも彼は逃れるを得たが、それで危地を脱した訳では無い。地面と水平に浮き上がり、ヒト型の弾体と化したイーサンの突撃が更に待ち受けていたからだ。大剣と高速回転する両剣が激突する。エンドウはその場にどうにか踏みとどまったが、半透明の剣身に走る数条の亀裂を認め、苦笑いを浮かべた。そう何度も受け切れる攻撃では無いだろう。馬力のある相手だけに、精緻な連携で仕掛けてこられるよりも、かえって力任せに押し込まれる方が厄介なのだ。
 それでも、窮地に追い込まれたという素振りなど一切見せないところに、この青年の底知れない実力の程が窺われた。が、レオと戦闘中のカオスブリンガーに一瞬目をやった時、エンドウの表情に狼狽の色が浮かんだ。

「駄目だ、早まるな」




 怪物は棹立ちになるや、高々と前肢を上げてその蹄――なのだろうか?――にレオをかけようとした。ビーストのハンターは地面を転がってこれを躱す。カオスブリンガーは地に接した後肢を支点にくるりと半回転し、レオに背を向けイーサン、カレンへと向き直った。
 剣の形状の右腕が上下に展開し、そこにフォトンのエネルギーが集中していく。レオは立ち上がり、長槍の穂先を敵の胴体へと突き込んだ。だが、怪物の砲撃体制を解除するには至らない、更にもう一撃を加えようとしたその時に、カオスブリンガーの右腕から伸びる光芒が、イーサンとカレンを飲み込まんとした。




「カレン!」

 イーサンは彼の恋人を背後に庇い、エンシェントクォーツを眼前に構えて防御姿勢をとるも、双方無傷のままに済むとはとても思えなかった。
 迫るカオスブリンガーの光線によって、視界は真っ白に染まる。しかし、熱も衝撃もいっかな襲ってくる気配は無かった。
 どうしたことかと、訝しむイーサンが前方に目をやるや、そこにはエンドウの黒い背中があって、怪物の砲撃はそこで完全に遮断されていた。

「おい、アンタ、どうして?」

 イーサンは思わず、そう口にしていた。敵の意図が読めなかったのだ。
 カオスブリンガーの攻撃が終息すると同時に、エンドウはゆっくりとイーサンを振り返った。
 その手にある大剣が硝子の粒子と化して空中へと散じていく。味方であるはずの怪物の攻撃を防ぎ切った代償であろう。さらに、その後方ではレオの槍が水車の如く旋回し、許容量を超えたダメージを受けたカオスブリンガーが、無へと還っていくのが目に入った。

「どうして? と聞いたな」

 エンドウはすっと、イーサン達の後方を指さした。イーサンとカレンがそちらに視線を移すと、そこにあるのは、最前まで彼らのいた茶屋であり、店内で塑像の如く動きを停止している幾人かの店員と客達であった。カオスブリンガーの攻撃が少しでも飛び火していれば、武装していない彼らはひとたまりも無かったに違いない。

「そちら側から襲いかかっておいて、一般人への配慮はするというのか。一体どういうつもりなんだ」

 釈然としない様子でカレンが言う。

「ともかくも、これだけのことを仕出かしておいて、はいさようなら、では済まんぞ」

 エンドウの後方から、レオが苦り切った表情で付け加える。

「俺達ガーディアンズとしては、あんた方の身柄は拘束させてもらうしかないんだが……」

 と、そこまで言ったところで、イーサンは重大なことに思い至った。 この、エンドウはともかく、ナギサの相手、ローブの男はどうするのだと。  
  



 この時までに、ナギサとローブの男の戦いはある種の膠着状態に陥っていた。敵の恐るべき実力を目の当たりにしたナギサは、最早迂闊に打って出るということは出来なかった。ローブの男の方も、ナギサと決着をつける気は失せたらしく、こちらも攻勢をかけるということはしない。
 そうこうするうちに、カオスブリンガーの砲撃が二人の注意を引き付けた。

「あいつ可愛さは分からんでもないが、やれ“指揮官”も無茶をする」
「何を言っている、お前は」
「いや、こちらの内輪の話だ」

 そう言って、機械音声が低く笑う。
 やがて、エンドウの武器は砕け、カオスブリンガーも消滅する。

「どうやらあちらの趨勢は決したようだ。お前も、私とにらめっこしたままでいいのか?」
「あれで終わりだと思うのか? クククッ」

 負け惜しみを、と口の端にのぼせようとして、ナギサは総毛立つ様な感覚を覚え、硬直した。それは馴染み深くも、もう決して遭遇することは無いはずの、あの感覚だった。

「こちらにはお預けを食わしておいて、自分はそれか。まぁ、構わんのだが」

 ローブの両肩がわななく様にふるえていた、どうやら笑いをこらえているらしかった。




「おいおい、随分気が早いじゃないか」 

 イーサンの注意が、己の相棒にそれたのを見て取ったエンドウが、言う。

「武装解除してもらうぞ。シールドラインを停止して、ナノトランサーと、そうだ、あのおかしなカードの様な媒体もこちらに渡してもらおう」

 怪物を倒し終え、再度スタンモードに設定した長槍を突き付けつつ、レオが宣告する。

「すまんが、そういう訳にはいかなくてね」

 その言葉と共に、異様な気配がエンドウから周囲へと吹き付けられた。思わず、歴戦のガーディアンズ三人が表情を厳しくする。それは、一号HIVEのAフォトン炉で、そしてリュクロスの中枢で、彼らが相対したものと同質の気配だった。
 エンドウの手には新たな剣があった。先程までの、硝子の如き半透明な大剣の面影をどこか残しつつも、それとは決定的に違う禍々しい剣が。柄も鍔も、SEEDフォームを形成するものに似た材質からなり、濁った琥珀の色をした長大な剣身が生物的な曲線を描きつつそこから伸びる。

「この星系では、初御目見えかもな。魔剣ダークフロウという」

 軽く一振りするや、剣より発せられた瘴気が、大気に伝播する。この種のものに最も感受性の高いカレンが、それだけで、苦痛の表情を浮かべた。

「SEEDの武器! お前もハウザーやヘルガの様なヒトの形をしたSEEDなのか」

 イーサンの鋭い視線がエンドウを射る。

「これを抜いてしまったからには只ではすまない。手足の一本二本は覚悟してもらう。なに、後で繋ぎなおすなり生やすなり、その程度の医療技術はあるのだろう」イーサンの言葉など聞いてなどいないかの様にエンドウが言う。「このグラールにおけるイレギュラーは俺達で片付けてやる、安心してここでリタイアするといい」




 ことの成り行きを、川の中程で注視していたナギサだが、ここに至ってイーサン達の下へ向かう決断をした。
 川岸へ進もうとするナギサを見たローブの掌中で、長柄の鎌が回転し、円錐形の石突の針の如き先端が、黒髪の剣士の首筋へと擬せられた。

「オレの知っているのはイーサンとか言うヤツだけだが、三対一なのだぞ。これ以上の手出しは無粋だとは思わんか」

 ナギサも戦う者の矜持を知るものだ、この怪人の言には確かに理が有ると認めざるを得ない。英雄イーサンをはじめ、ガーデイアンズの精鋭三人をたった一人で相手取ろうというのだ、如何にその手に禍々しい武器を携えているとはいえ、これは、なまなかな覚悟で成せることではないだろう。加えて、あのエンドウに近づけば、あの戦闘への忌避感に再度襲われるという懸念もある。
 ナギサは唇の端を噛みしめつつ、手にしたスティールハーツの矛先を収めた。足下を浸す流水が、夏だというのにやけに冷たく感じられた。




 元より剛剣の使い手たるエンドウに魔剣が加わったことで、その破壊力は恐るべきものとなった。イーサンの両剣も、レオの怪力も、これを能く防ぎとめることはかなわなかった。
 しかし、そもそも、エンドウとローブの怪人は、ナギサを拉致せんと、襲撃をかけて来たのではなかったか。そして何故、ナギサが狙われるのか。イーサンとレオを援護しつつ、カレンは戦いの様相が混迷の中にあることに当惑していた。それに加えて、この一帯を封鎖している、原理不明のフィールドだ。

「あれさえ何とか出来れば、ガーディアンズなり教団の増援を呼べるんだが」

 カレンはフォトンの知覚力を持って、不可視の檻に綻びがないものかと、走査を続けていた。無論、エンドウと対峙しながらであるから、精度も速度も十全は望めない。そうしている間にも、イーサンとレオは魔剣を相手に、徒に消耗していくだけだ。

「地上も空中もくまなく、あれは覆っている。いや、待て、地下はどうだ」

 フォトンが循環するのは何も地上の大気の中だけではない。大地を巡るフォトンの流れに干渉できれば、外部と交信が可能になるかも知れなかった。

「!」

 カレンは地中を迷走する炎の一筋を感知する、と同時に、向こうもカレンの存在を捕捉したらしい。明らかな指向性を持って、炎の星霊力が彼女へと向かい、程なくその足下より地上へと噴出した。
 カレンの眼前に、二メートルばかりの燃え盛る渦が巻き起こる。
 この時、フィールドロックの封鎖空間の中で自由に行動し、戦闘できる六人のヒトが――あのローブの怪人でさえも、等しく動きを止めたのは、突如の超常現象によるものか、その“声”の故であったか。

「妾、参上」

 ヒトや、マシナリーが発したものならば、せいぜいのところ、聞くものを拍子抜けさせるか、ただ無視されるかに止まったに違いない、場違いの科白である。
 だがそれは、神々しく、同時に驕慢で、そして僅かばかりのコケティッシュな気味を含んだ、なんとも玄妙不可思議な“声”であったのだ。
 炎の渦は出現地点を中心に踊り狂っていたのだが、しばらくした後、渦を形作る炎がほどけて散じ、そこに別のものを生み出していた。
 白い獣毛に覆われた身体は四肢に支えられている。牙だらけの細長い口吻に鋭い一角を備えた頭部、大きく伸びる尾は三本もある。その背には楼閣とも見える櫓が載っているのだが、その基部と獣の身体との接続はどうなっているのかは良く分からない。顔と、四肢先端の指のつけ根には、鬼面とも獣面ともつかない恐ろしげな意匠の面が被せられている。体長自体は、おおよそ尾を含めても、コルトバ一匹を超えるか超えないか、といったところだろうか。出現の経緯や外見からしても、原生生物などではありえない、ミラージュブラストによって喚び出される幻獣の様でもあるが、それよりはもっと確固とした存在を持つものと見える。

「やれ、如何したかお主達、揃いもそろって豆鉄砲を食った様な顔などしておるではないか」

 獣は可笑しそうに言って、喉を鳴らす。

「もしやあなたは、神獣……、神獣ヤオロズか」

 いち早く平静を取り戻したのは、この存在を此処に導く呼び水となったカレンであった。

「いかさま、妾は神獣ヤオロズ――」
「ええっ、星霊祭で試練を与えるっていう、あのヤオロズなのかアンタ? えらく小さいなぁ、って熱ちちち!」

 獣、いや神獣ヤオロズの口から炎が筋となってほとばしり、イーサンの足下を焼いた。        

「妾の話を最後まで聞かぬか、このうつけ。この身はヤオロズそのものでは無い、その一部分、いわば分体よ。土に潜れば、このおかしな囲いの中に出られるかと思ったが、どうも上手くはいかなんだ。巫女よ、お主が導管になってくれたお蔭でやっと地上に出られたわ、感謝するぞ」
 
 イーサンには侮蔑の、そしてカレンには労いの言葉が、それぞれ掛けられる。
 不貞腐れた顔をするイーサンを余所に、二条の殺気が、白色の毛と炎のフォトンを纏った星霊の獣を、それぞれ別方向から射貫く。

「ほお、妙な援軍を呼んだものだな」

 と、これはローブの男。

「何だこれは、“向こう側”に、こんな奴はいなかったぞ」

 エンドウが不審気に呟く。

「好き勝手に言ってくれおる。そういうお主も只のヒトではないと見えるぞ、ひょっとしたら妾に近い存在ではないか?」

 ヤオロズの双眸がぴたりとエンドウに据えられる。半ばを仮面に覆われているせいで判然としないが、獣の顔は確かに笑った様に思われた。

「まぁよいわ、妾がここに参ったは、そちらの白い娘に用があってのことであった」

 そう言って、ヤオロズの鼻先が指し示すのは、ナギサそのヒトである。

「えっ、私か?」
「左様、妾に五十度挑み、そのことごとくに妾を組み敷いた奴がおる。久方ぶりの面白い遊び相手であったが、そやつにお主が危機に陥った時には、救うてやって欲しいと頼まれた。まぁ、無下にはできまいな」
「それは、ひょっとして“あのヒト”のことか、近くに来ているのか!」
 
 ナギサの白皙の面が、ぱっと喜色を浮かべる。

「残念ながら……、何しろ五十度じゃ、しばらくは足腰立たんのではないか。それと、今気付いたのだが、お主、そっちの黒いのと何がしかの縁があるようだの」

 ヤオロズの言葉に、しゅんとしてしまうナギサである。が、すぐに、はっと表情を硬くしてエンドウを見やる。確かに彼は、ナギサのことを知っているような口ぶりだったし、彼女自身もエンドウに接近することで、謎の精神的動揺に襲われるのだ、その理由は何なのか?

「敢えて今まで問わなかったが、オレもどうにも気になっていた。エンドゥー、このナギサとかいう奴、実際何者なのだ」

 ローブの男がうっそりと口を開く。エンドゥー、それがヒューマンと見える青年の名であったのだ。

「ちょっ、旦那、勝手に俺の名を」

 本名を明かされて、慌てた様にエンドウ、改めエンドゥーが相棒を振り返る。

「そうだ、聞かせろ。少なくとも、私にはそれを知る権利がある」

 この時ばかりは、ローブの男と語調を合わせ、ナギサがエンドゥーを詰問する。

「ちっ」

 忌々し気に舌打ちするや、エンドゥーは魔剣を大きく一振りした。剣圧に押される様に、ヤオロズ、イーサン、カレン、レオが後退する。

「やれやれ、どうやらこの場の幾人かは気付いていたようだが、俺は普通の意味でのヒトではない。少なくとも、生身の父と母より生まれた訳ではないのさ」
「成るほど、そういう素性のものだったのか」

 カレンは納得がいったというように頷いた。

「にわかには、信じられん話だな」

 と呻いたのは、レオ。

「普通に生まれた訳では無い……か」

 スティールハーツの柄を、ぐっと握りしめ、ナギサは左目を瞑る。何事かに思いを馳せている様子であった。

「ふぅん、やっぱりアンタ、モトゥブに出現したレリクスの底とやらから湧いて出た、ヒト型SEEDか何かじゃないのか?」
「さっきもそんな事を言っていたな、くくっ、もしそうだったら傑作だな」

 イーサンの言葉に、エンドゥーは悪い冗談を聞いたとでも言いたげに笑う。

「ふむ、グラールを救った英雄よ、お主、頭の方はとことん残念な作りになっておるような。こやつの正体、恐らくは全くその逆ぞ」

 これを聞いたエンドゥーが、ほう、といった顔をする。

「ところで、転生といったものがある、と俺が言ったら信じるかい?」

 エンドゥーがこの時、突拍子もない事を口にした。転生、リインカーネーション、ヒトの魂が死後、別の肉体をもって生まれ変わることがあり得るか、と問うたのである。
 一同の注意は、カレン及びヤオロズに向けられた。そのような疑問に回答を与えられるのは、幻視の巫女であったカレンか、超自然の存在であるヤオロズしか有りえないだろう。

「無いと断言するだけの証拠を挙げる事は、私にはできないな」
「かかる生命と星霊に関わる一大秘事を、たわやすくヒトに対して、つまびらかにする権能を妾は有しておらぬ」
「謙虚というか、慎重というか、なんともはや」

 エンドゥーが肩をすくめてみせた。

「ではもう一つ、俺は生身の父母より生まれた訳では無いと先程言った。しかし、父と母に相当するヒトはちゃんといたんだよ」
「生身ではないが、父母なるヒトはいた? おいおい、まさかそれは旧文明人の精神体のことを言ってるんじゃないだろうな」

 思わず叫ぶイーサンの脚を、とんとんと叩くものがある。何だと振り向く彼の目に映ったのは、ヤオロズの前肢であった。

「足りぬオツムの割には、よい線を突くではないか」
「えっと、それ、褒められてる気がしないんですけど」

 とても素直に喜ぶ気にはなれないイーサンである。

「確かに近いといえばそうかも知れない。しかしあんな連中と一緒にされては、あの二人が可哀想だ」

 エンドゥーが苦笑いする。

「回りくどい話はやめろ、お前と私、一体どういう関係にある? それを端的に示してくれればそれでいい」

 どうにも、のらりくらりと話題をそらしている感のあるエンドゥーに対し、さすがに苛立ちを隠せぬ様子でナギサが言う。

「いきなり聞かせる様な事じゃないから、順を追って話していたつもりなんだが……。では簡潔に話そう。俺の父母なるものは、精神あるいは魂だけの存在だった、そして、その一方が転生し肉体を得たのが、貴女だと言ったらどうする?」

「なっ、なっ」 

 エンドゥーの言葉にナギサが絶句する。己が何者かの転生であると告げられるだけでも衝撃だが、その前世の自分は肉体を介さずして、このエンドゥーを誕生させたなどと。

「クハハハッ」

 だが、この時、凄まじい哄笑がナギサの受けた驚愕を圧して、四囲に響き渡った。

「そうか、そうだったのか! で、どちらなのだ、オレが探し求めていた方か、そうなのか、そうなのだろう?」
「遺憾ながら、旦那をがっかりさせる方だ」

 すげないエンドゥーの言葉に、ローブの怪人は手にした大鎌を川面に叩きつけた。衝撃で水面が真っ二つに割れて、生じた水柱は岸辺のイーサン達にまで及んだ。神獣ヤオロズの体表で水しぶきが一瞬に蒸発し、しゅうしゅうと音を立てる。

「とは言え、片割れの方を手に入れておけば、“白髭”へと至る鍵にはなるか」

 気を取り直したように言うのと、大鎌の石突がナギサの鳩尾へと吸い込まれたのは、ほぼ同時のことだった。無論、これにナギサは反応した、大剣を構えて敵の攻撃を防ごうともした。だが、その速度はまるで及ばない、エンドゥーの言葉による動揺を差し引いても、両者の力量の差は余りにも大きかったのだ。
 瞬時に絶息させられ、崩れ落ちるナギサの身体を、ローブの左腕が捉えて軽々と肩に担ぎ上げる。

「!」

 声にならない声をあげ、三人のガーディアンズが小川の中央に立つローブの男へと殺到しようとするが、長大な魔剣の剣身が伸びてその行く手を遮った。

「妾に任せるがよいっ」

 ヤオロズが咆える。

「この分体は本体へと繋がっておる、故にこの場に妾の全てを顕現させることも出来る。その上で、主達を焼き尽くしてくれようぞ」

 恫喝の言葉を発している間にも神獣の体躯は膨れ上がり、今やカマトウズ程の巨体へと成長を遂げていた。

「フン」

 ヤオロズの威容にもさしたる感慨を抱いた風はなく、ローブ姿が腕を一振りするや、川面に光の円柱が立ち昇った。

「やりあうというなら止めはしない、だが魔剣ダークフロウはお前を切り刻み」
「オレの刃が魂までも喰らい尽くすだろう」

 エンドゥーと怪人の明らかな挑発に、ヤオロズは更なる咆哮でもってこれに応える。

「鎮まり給え神獣よ、このまま戦闘に入れば封鎖結界の中の市街地に、どれだけの被害がでるか見当もつかない」
「しかし、カレン」
「いや、イーサン、ここはカレンの判断が正しい」

 怒りにまかせて暴れ回れば無辜の人々を傷つけることになる、ぎりぎりとヤオロズは牙を軋り合わせて、無念の意を表した。

「いい判断をしたな」

 エンドゥーは魔剣を背に負うや、悠々とガーディアンズの精鋭とヤオロズに背を向ける。ローブの男はナギサともども円柱の中へと歩を進め、そしてその姿を消した。

「また会おう」

 それだけ言うと、エンドゥーは川岸を蹴って一気に跳躍した。両足を高々と跳ね上げ、そのまま空中でくるくると錐もみ回転しながら、放物線を描いて円柱の中心へと落下していく。やがて光の円柱が消失した時、戦いの痕跡など一切知らぬ気に、川面は初夏のグラールの日差しにきらめいているのだった。




「カレン、ナギサを見捨てた判断、ガーディアンズとして本当に正しかったのか?」

 カレンに普段は頭の上がらないイーサンが、この時ばかりは怒りを含んだ声音で彼女に詰め寄った。

「光る円柱、あれのことだったか」

 イーサンの言葉など聞き流しているかの様に、カレンがぽつりと呟く。

「ああ、恐らくそうだろう」
「おい、カレン、レオ、一体何を言ってるんだ」
「しっかりしてくれイーサン、マヤ姉さんとルミアちゃんの報告書、ちゃんと目を通したのか?」
「え、はい?」

 呆けた様な声を出すイーサンの頭をレオの大きな掌がつかんで、ぐりぐりと揺さぶった。

「例のモトゥブのレリクス最深部にナギサとミュラー博士が閉じ込められた時、光る円柱、恐らくあれと同じものが出現して彼女らの脱出を助けたとあっただろう」
「レオの言う通りだ、あの二人かその仲間がナギサ達を一度は助けたという可能性がある、この意味良く考えるべきだろう」

 カレンはそう言って、空を見上げる。不可視の結界が徐々に消失していくのが感じられた。あの男がフィールドロックと呼んだこれといい、モンスターを具現化させた技術といい、グラールの現代科学とも、旧文明遺産由来のロストテクノロジーとも異系統の何かだ。
 そして、シズル・シュウを擁するインヘルト社の調査団は、件のレリクス地下と地上部が異なる技術体系によって建造されている可能性を指摘していた。

「お主達がどうするつもりかは知らぬが、妾は彼奴らを追うぞ、あの娘を守る約束であったからの。あれらの行く先を突き止められるは、妾を除けば巫女よ、お主の幻視だけであろうよ」

 既に身体を元のサイズにまで縮小させたヤオロズが言う。

「ガーディアンズは仲間を絶対に見捨てたりしないさ、絶対に」

 カレンとレオの指摘が頭に入っているのかどうかは甚だ疑問だが、イーサンは力強くそう断言するのだった。
  



[27552] その14
Name: 蕎麦わんこ◆9fb2142d ID:76a4c2f6
Date: 2012/05/23 23:15
 黄褐色の西クグ砂漠の地表を眼下に見下ろしつつ、船は一路、東北東へと船首を向けて飛翔する。目指すはクロウドッグ、東西クグ砂漠を隔てる形で南北に伸びる熱帯雨林地帯、ダグオラ・シティからは北方にあたる。
 コクピットにはヒューマン二人と、一人のキャストの姿があった、いずれも女性である。即ち、エミリア・ミュラー、ルミア・ウェーバー、ルウの三名、船の操舵桿はキャストの繊手の内にあった。

「うむむ、使い勝手がいまいちだなぁ」

 エミリアは、船の航法プログラムをチェックしながら口を尖らせる。彼女とそのパートナーが、リトルウィング所属の傭兵としての任務に使用する社用船、通称“マイシップ”は、先のレリクス調査の際に所属不明の戦闘マシナリー、マガス・マッガーナの襲撃を受けて大破した。只今は、ダグオラに於いて修理中であり、その代船としてドン・タイラーがエミリアに寄こしたのが、彼女ら三人が現在搭乗しているこの船であった。形式としてはマイシップの同型船である。これは、西クグ砂漠のレリクス調査をリトルウィングに依頼したのが、そもそもモトゥブ政府であり、その事情もあってのモトゥブ代表アルフォート・タイラーの気遣いなのだろう。加えて、マイシップは有人亜空間航行試験に使用される予定でもあったから、修理を終えた後はパルムの亜空間研究施設に回航されて、再調整を受けることになる予定だ、その為エミリアはこの船とは、それなりの期間を付き合わねばならないのである。

「仕方ないわよ、貴女の船は民間軍事会社仕様にカスタマイズしてあったんでしょうけど、これ何の変哲もない商用船だそうだもの」
「じゃあさ、じゃあさ、ちょ~っとだけ、この機体をあたしがいじっても、タイラーさん気を悪くしたりしないかな?」

 目をきらきらとさせながら、エミリアはルミアに問いかける。“ちょっとだけ”とやらが、常人の想定の範囲内にとどまるはずなど無いことは確定的に明らかであるので、ルミアは思わず渋い顔をする。

「それはドン・タイラーも予想済みです、『変形合体ヒト型マシナリーになって返却されても、とりたてて驚いたりはしない』と受け取りに行ったマガシが言付かっているそうです」

 ルウの言葉に、おお! と快哉を上げるエミリアを横目に、ルミアは天を仰いで歎息する。エミリアなら本当にそれぐらいやりかねないからだ。

「ところでルミア、一つ疑問があります」

 珍しくもルウが他人に対して問を発した。

「レンヴォルト・マガシとドン・タイラーの間にはひとかたならぬ確執があります、一度は私もその場に居合わせたことがあります。顔を合わせたところでお互い不愉快な思いをするだけではないのですか?」

 この代船を、タイラーから受け取り、ダグオラからクグ砂漠のレリクス監視隊のベースにまで操縦してきたのはマガシであったのだが、冷静に考えればこれは賢明な人選ではなかっただろう。この場にいる三人のうち誰かによるか、或いは自動航法装置による無人航行でもかまわなかったはずだ。

「それですよルウさん、不愉快な思いをする、そこがポイントな訳です」

 顔の横で、ぴんと立てた人差し指を左右に振りながら、したり顔でルミアが言う。

「それはなんら回答になっていないと判断します」

 感情表現に乏しいその声と表情にもかかわらす、ルウの困惑ははっきりと他の二人にも感じられた。

「おじさん、ここの所ずうっとストレス溜めてたみたいですから」

 ルウはますます訳が分からないという顔をするが、エミリアは何とはなくルミアの言わんとすることを理解できる気がしたのだった。




 時はしばし遡る。

「マガシ! あれはマガシじゃないのか!」
「なにやら姿が変わっているようだが、確かにマガシだぞ」
「エンドラム機関、いやイルミナスの、レンヴォルト・マガシ……」

 “おじさん”が宇宙船のタラップを降りて、地上に姿を現した時、レリクス周囲に展開していた同盟軍部隊は騒然とした雰囲気に包まれた。それもその筈、SEED事変以前より彼はエンドラム機関――表向きはレリクス保全を目的とした同盟軍中の特務機関、実態はイルミナスの傀儡であり、同盟軍の動きを牽制し、或いは影から操り、Aフォトン研究者の拉致等を行ったテロ集団――の実質的な指揮者として同盟軍中より恐れられる存在だったからだ。殊にモトゥブに降下していたミカリス麾下の部隊は古強者揃いであったから、エンドラム機関が猛威を振るったSEED事変前半からの生き残りも多い、マガシに対する敵愾心も強烈なのだった。

「落ち着いて下さい、落ち着いて」
「離してくれ、奴のせいで俺の戦友達はっ!」

 頭脳体が暴走でもしているのか、完全に我を忘れていると見える同盟軍兵士の一人を、シズルが必死に羽交い絞めにしていた。

「離せ、あいつのどてっ腹に、このジェノサイドバンカーをブチ込んでやる」
「いいから、そのコルトバズーカを降ろしなさい! ちょっと貴女達、一体全体なんだってこんな奴を連れてきたの?」

 四肢をばたつかせブヒブヒと唸り声を上げる榴弾銃を取り押さえながら、非難がましい視線でもってミカリスがルミア達を睨みつける。
 ちょっと、アンタどうにかしなさいよ、とエミリアはルミアを肘で小突くのだが、ルミアは知らぬ存ぜぬを決め込んで微動だにしない。

「同盟軍のヒト達、興奮しちゃってどうしようもないじゃない。マガシ一旦船に戻んなさい、言うこと聞かないとツノ三本にするわよ、ねぇ、ルウもなんとか言ってやってよ」

 話としてはマガシの過去の所業は知ってはいたのだが、まさかこれ程同盟軍から恨みを買っていたとは想像外であったエミリアである。

「目下の所マガシはリトルウィング所属で、ガーディアンズの管轄するものではありません」非情なルウの言い様にエミリアは、そんな殺生な、と情けない表情を浮かべる。「ですのでクラッド6に連絡をとってみてはいかがですか? よろしければ私の通信機能を使って、そうですねチェルシーさんでも呼び出してみましょうか」

 ルウの発声器官がチェルシーの名を告げた時、マガシの歩がぴたりと止まった。後ろに流した白い長髪のヘッドパーツ、額から伸びる鋭い一本の角、その下方でマガシの両眼がとても人工物のものとは思えぬ殺気をたたえてルウを射る。どこか虚ろな印象を見るものに与えるルウの双眸は、だがしかし、強固なシールドの如くマガシの威嚇を撥ねつけた。しばしの対峙の後、マガシは口元に微苦笑の様なものを浮かべると、踵を返して船へと戻って行った。
 これを見たエミリアは、むむ、と首をひねる。ルミアがマガシに懐いていたり、マガシはマガシでルミアとウマが合うらしいのも、彼女にとっては大きな謎なのだが、これ程の難物をリトルウィングがどうにかこうにか制御し得ているというのも、不思議としか言いようが無い。おっさん、つまりクラウチと、ウルスラ、チェルシーはかって、同盟軍において同じ部隊に在籍していたと聞かされているが、これはマガシとエンドラム機関が専横を振るっていた時期と重なる。にも関わらず、この三人はマガシをさして苦にしてはいない、というか女性陣二人にはマガシの方が頭が上がらない、というような節がある。彼は強大な戦士だ、物理的な暴力でねじ伏せている訳でもあるまい、ひょっとしてマガシ、女性が苦手などという隠された一面でもあるのだろうか? そう言えば、いつだったかグラールチャンネルのヘッドラインニュースで「同盟軍総司令カーツ、巨乳に弱いバグが発覚か!?」なんてのをやってたな、ヒトは見かけに寄らないものなのだとエミリアは思う。
 マガシは元はと言えば、カール・F・ハウザーのコピーキャストであったのだから、鋳型となった人格から考えて、他人から畏怖や嫌悪をもって接されるのは大好きな筈である。だが、リトルウィング内や、ルミアと組んでの行動中にはその欲求は満たされない。タイラーのところに直接彼が足を運んだのは、大方嫌がらせが目的であったに違いない。この場でこれ見よがしに姿をさらしてみせたのも、同様の理由なのだろう、そうやって日々の不満を解消しているのだとすれば、何とも迷惑極まりない話ではある。

「では、事態も収まった様ですので、ヴィヴィアンからのクロウドッグへの来援要請の件について、ルミア、どうしますか?」
「どうするも何も、ヴィヴィアンさんの頼みとあれば応ずる事にやぶさかではありませんけれど、でもエミリアは……」

 ルミアは少々困った様子で言葉を詰まらせる。ヴィヴィアンがルウに対して送って来た通信の内容によれば、彼女は自分の最も近い位置に存在するルウに対して直接接触を求めているという。つまり、個人としてのルウでは無く、ルウ達が構成するシステムネットワークの端末としてのルウにアクセスを欲しているということになる。このこと自体も少々不審を感じさせるのだが、加えてエミリアがこれに同行を希望した。しかし、エミリアには未だ入口を閉ざし侵入者を阻んでいるレリクスの問題を解決して貰わねばならないのだ。

「エミリアがモトゥブにいることは、ヴィヴィアンも予想していなかったらしいのですが、是非にもエミリアにクロウドッグへ来て欲しい、その様に返信を受けています」
「それは、またどういう理由なのでしょう?」
「亜空間技術に関わるとだけ……、それ以上は通信での返答はできないとのことです」

 二人のやり取りに耳を傾けていたエミリアは、「亜空間」の一語に耳ざとく反応する。

「それこそ、あたしの専門じゃないのさ。ほらほら、観念してあたしを連れてけ~」

 ツレテケー、ツレテケー、とパパガイの様に連呼するエミリアに対し、しかめっ面をするルミアであるが、これに助け舟をだしたのはシズル・シュウであった。

「ルミアさんが懸念しているのはレリクスに関してなのでしょう? これについては、僕が担当するのが適任であると思います」どういうことか、とシズルを振り返るルミアに、彼は言葉を続ける。「確かにエミリアはレリクス地下部分については、実際にその内部を見聞していますが、地上開口部閉鎖の原因となっているのは上層構造物であると推測されています。こちらについては、僕の方が長期間に渡って調査観測していますから、詳しいのは僕の方です」



 
 出発準備は慌ただしくなされ、エミリア達の搭乗した船は砂礫に覆われた大地より再び上昇を開始する。マガシはレリクス監視団の下に残ることとなった、理由は不明だが彼はヴィヴィアンと顔を合わせたくないのだそうだ。同盟軍は当然これを嫌ったのだが、シズルがマガシを説得しインヘルト社の雇い入れた民間軍事会社側へ収容するということで一応の決着がついた。
 インヘルトの傭兵、鋼華の騎士団とやらはリトルウィングの商売敵ではないのか? とマガシは文句を付けていたらしい。いつのまに愛社精神に目覚めていたのだ、とその話を聞いたエミリアは思わず笑ったものだ。
 舷窓から、件のレリクス地上部“塔”が望まれた、全高一千メートルを越すその威容は、空中からであっても圧倒的なものに見える。

「やっぱ、これ凄いよねぇ」

 エミリアが息を呑む。これに匹敵する旧文明遺跡で既知のものとなれば、三惑星とリュクロスそれぞれに一基ずつ配されていた、封印装置こと“デニケアの門”くらいのものであっただろう。

「さすがにこれだけの規模のものの全容を、一日二日で把握するのは無理があるか。シズルの言い分は正しいわね」
「それもそうでしょうけれど、あれって案外エミリアへの点数稼ぎだったりしてね」

 冷やかす様にルミアが言うのだが、それを聞いたエミリアの反応は何故か鈍い。異様な光がコクピット内を照らし出したのは、そのすぐ後だった。エミリアとルミアの身体がシートに押し付けられる、機体が急加速したのだ。

「塔の表面に原因不明の発光現象を確認」

 ルウの報告は、彼女が船を“塔”周囲の空域より離脱させた後になされた。四角柱の形状をした高層構造物の表面を走る幾つもの溝が断続的に異光を発しているのを彼方に見て、エミリアが悔しげに呻く。この船には軍用機やガーディアンズ仕様のシャトルやフライヤーの様な観測機器は搭載されていない、地上の監視隊や衛星軌道上の戦艦との高度な情報リンク機能も無い、故に事態の把握は思うにまかせなかった。

「地上より入電、『クロウドッグ方面に向けて速やかに退避せよ』です」
「了解。ルウさん、ではその様に」

 内心思う所はあるのだろうが、ルミアも場数を踏んだガーディアンズである、決断に躊躇は無かった。
 十数分後、シズルからの通信が“塔”周囲の同盟軍とインヘルト社の人員に何ら被害は無かった旨を伝えた時には、さすがに三人ともほっと胸をなで下ろしたのだった。だが、発光と共に何らかのエネルギーが“塔”より発せられたらしいという事実が続いて告げられるや、エミリアは訝しげな声をあげた。

「何らかの、だなんていい加減だなぁ、シズルその場にいたくせにさ」

 余人ではない、エミリアに比肩する頭脳を有すシズルが目の当たりにしながら、その実態が不明瞭であると解される現象であったというのは、不安を掻き立てるものであった。この同時刻、グラール太陽系第二惑星ニューデイズでナギサ達が謎の二人組と接触していた事実を、モトゥブにおいて知り得た者は無論皆無であった。




 やがて、エミリア達の船はクロウドッグ地方の上空へと達した。ルウは飛行高度を落としたので、濃緑色に覆われているだけと見えた地表は、熱帯雨林を構成する巨木のシルエットの一つ一つを次第に明らかにしつつあった。クグ砂漠の空は東西共に巨大飛行原生生物、ディマゴラスの縄張りであるから、大事をとってこの怪物の攻撃の及ばぬ高度での航行が選択されていたのであった。
 この土地は文化保護地区に設定されている、主たる理由は此処がカーシュ族の住まう地であるからだ。文明世界が無思慮な接触を彼らと為そうとすれば、そこに無用の争いを生じないとも限らない、その過程でカーシュ族に伝承される文化や技術が失われるという懸念があった。昨今、ヒューマンやニューマンに広まったミラージュブラストなどは、正にカーシュ族に由来する。グラールの人々が彼らから学ぶべき事柄はまだまだあるはずだ。

「さて、どうしたものかしら」

 ルミアがコンソールを操作するや、コクピット内にクロウドッグ地方を示す図像が投影される、続いて二つの輝点がそこに付け加えられた。一つはこの文化保護地区に設営された唯一の航空機と宇宙船用のポートを、今一つはヴィヴィアンからの通信の発信地点を示していた。

「あれれ、ヴィヴィアンてばユートと一緒にいるんでしょう? てっきりカーシュ族の集落にいるのかと思ってたけど違うのね」
「あのヒト達は定期的に居留地を変えると聞いているけれど……、それはさて置き、ポートからの距離が随分あるから陸路を行くと危険な原生生物との遭遇頻度も高くなるわね」
「そうそう、此処ってアレが出るじゃん。顔のやったら硬いの、バグ・デッガだっけ、あたしの嫌いなモンスターランキング第三位だったりするのよね」

 因みに第二位はスヴァルティア、第一位はザシャロガンらしいのだが、そんなものはルミアの知ったことではない。

「あまり時間を無駄にするのは、賢明ではありませんね」

 ルウは、ヴィヴィアン達の待つ場所とその周辺の地形を抜き出し、拡大投影する。溶岩台地が侵食されて出来上がった渓谷地帯である、一帯を覆う密林と急な斜面ばかりが目について、宇宙船を着床させ得るスペースを探し出すのは困難と見える。

「この辺りはどうかな?」

 立体映像の一部分に、エミリアの操作するポインタが移動する。谷の斜面から水平に突き出す形で、テーブル状の岩盤が幾つか認められた。

「着陸させるだけの広さと、船を支えるだけの強度がありますかね、ルウさん」
「地上のヴィヴィアン達に連絡して、確認してもらいましょう。それで不適と判明すれば致し方ありません……」
「そん時は、ルミアvsバグ・デッガで面の皮の厚さ対決になるワケかぁ、いっひっひっ」
「外野、うるさいわよっ!」

 エミリアとルミアのじゃれ合いなど知らぬ気に、ルウはヴィヴィアンとの交信を開始していた。




 渓谷の斜面から、モトゥブの抜ける様な青い空へ向かって、一筋の白線が高く伸びていた。エミリア達の船は、それに寄り添う様な形で空中静止している、その直下にあるのは岩石のテーブルの幾つかの中でも一際大きな物であった。やがて船はゆっくりと降下を開始した。白線は岩盤上で焚かれた狼煙である、電子機器による誘導を欠いているにも関わらず、ルウは舞い落ちる羽毛の優雅さで、宇宙船の着陸をやってのけた。

「久しぶりだなエミリア! ルミアとルウもっ!」

 下船した三人を見るなり、ユートが大はしゃぎで歓迎してくれた。アンタはいっつも元気だねぇ、と思わず顔のほころぶエミリアである。が、彼の背後でこくりと頭を下げて一礼する、ヴィヴィアンの様子が少し気になった。万事に於いて、控えめな所作はいつも通りといえばそうなのだが、それに加えて今日の彼女はどこか沈んだ雰囲気を漂わせているようなのだ。

「ヴィヴィアン元気ないじゃん」タタッ、と白いキャストに駆け寄るとエミリアは心配顔をする。「ひょっとしてボディに不調でもある? いっぺんクラッド6においでよ、ちゃんとメンテしよう。今なら、エミリアさん試作の自力大気圏突破可能な4.5世代型パーツ、希望小売価格80キンカイのところ、なんと奥さんっ! 八千メセタでっ、て、ぐぼはぁ!」
「いい加減にしなさいっ!」
「痛っあぁ、ヒトの商売道具の頭を殴んないでよね、ルミアそれ“芸の道”じゃん! Aランクソードとかをツッコミに普通使う? もーサイアク」
「ふん、スタンモードだもの、問題ないわよ」
「あ、相変わらず、仲がいいんだな……」

 さしものユートがたじろぐ一幕であった。

「あ、あの私、身体の方は問題ありませんので、ご心配には及びません、アハハ……」

 どこぞのキャストの如く天才少女の好き勝手に改造されるのは御免被りたいヴィヴィアンではある。

「ところでヴィヴィアン、通信を介してではなく、直接接触を求めた理由を聞かせてもらえますか?」

 顔と顔を付き合わせ、互いに喉の奥から威嚇音を発し合っている、エミリアとルミアを押しのけて、ルウが問うた。

「私を構成するパーツと、私の手持ちの通信機器が可能とする暗号強度に不安があったから、ですね」
「有り体に言えば、通信傍受を嫌った訳ですか」
「ええ、ただこれは私が、少し神経質過ぎたのかも知れません。話せば長くなりますし、その辺りも含めてエミリアさんに判断して頂きたい事があるんです」

 ふうむ、とルウは少し考え込む仕草をみせた後、再び口を開いた。

「了解しました。ところで、先程のエミリアの話ではありませんが、ヴィヴィアン、通信機能に不安を抱えているというなら、パーツの更新を提案します」
「は、はぁ」
「貴女のボディは他のキャストとの間で部品等での互換性が低い、という問題もあると判断されます。例えば私、ルウタイプをベースに全面改修を施すといプランは、いかがでしょうか?」

 今や、エミリアとルミアの争いは、髪の毛を引っ掴んでの取っ組み合いにまで激化していたのだが、このルウの言葉にルミアの動きがぴた、と停止した。ルウはハードウェア、ソフトウェアの両面に於いて機密のかたまりと言える存在なのだ。なる程、ヴィヴィアンはガーディアンズにとっては殆ど身内といってもよい、しかし、それとこれとは話が違うのではないか。

「あ、あのルウさん?」
「なんでしょうか、ルミア」

 困惑しつつルウを見やるルミアは、このキャストの両眼にこれまで一度も見たことのない、邪悪さともいうべきものを認めた。あ、嗚呼! そして次の瞬間、雷にでも打たれたように、ルミアはそれが何であるか理解した。

「ソウデスネ、私もルウさんの提案に賛成します」

 くるんとヴィヴィアンに向きなおるや、全く抑揚というものを欠いたルミアの声がそう言った。

「な、何だ、あの二人から黒くて嫌な気配が伸びてくる。ぼ、僕は震えが止まらないぞっ」

 ユートが怯えきった様子で、ヴィヴィアンの背に隠れてしまう。

「ヴィヴィアンさん、前々から思ってたんですが、そのボディパーツの構成では戦闘時の重心移動に支障がありませんか?」
「屋内等の閉所での行動や、潜入任務に於いては、凸凹の少ないルウタイプのボディは大変効果を発揮します」

 ルミアとルウ、言っていることも何やら胡散臭いし、それにユートでは無いが、二人の背後で見えざる手が、こっちの世界においで~、と手招きしているのが感じられるようで、不気味なことこの上ない。

「ええとですね、一体皆さんは何をしに此処にいらっしゃたのですか! 危機です、グラールにまた危機が迫っているんですよぉ!」

 泣き笑いの様な顔で、ヴィヴィアンが叫ぶと、流石に二人のガーディアンズから黒いフォトンの流出が停止した。

「と、まぁ冗談はここまでにしておきましょう」

 すました様子でルウは言うのだが、あれは絶対に冗談ではなかったろうと確信するヴィヴィアンであった。




 グラールの危機、というのっぴきならない単語がヴィヴィアンから発せられたことで、一同は話し合いの場を屋外から宇宙船内へと移動した。かってシアタールームとして使用されたと思しき一室が、急場仕立ての作戦会議室となっていた。

「つまりですね、ヴィヴィアンさんの知り得た事実というのは、万難を排してその漏洩を防ぎ、尚且つガーディアンズ、各惑星政府、同盟軍その他の高度な意思決定機関に速やかに伝達されるべきものである、と理解してよろしいのでしょうか」

 引き締まった声音でルミアが問うた。ルウの一体が関知した情報は、直ちにグラール中に存在するルウ全個体によって共有される、各ルウ間の交信を傍受することは、これは極めて困難であるとされていた。ヴィヴィアンがルウをクロウドッグに呼び寄せたのは、まさしくルウの持つこの機能故であったのだろう。

「故人曰く、情報共有は拙速を尊ぶと言います。貴女の得たデータを私に送って頂けますか」

 グラールの昔のヒトが本当にそんな事を言ったかどうかは定かではないが、ヴィヴィアンの言うグラールの危機と、ルウ達の追うクグ砂漠のレリクス出現とそれに付随する幾つかの事件との間に、何らかの関係があるという事は有り得ることだった。ヴィヴィアンはクロウドッグに留まってルウを待ったのだが、これは正しい選択ではない可能性があった、レリクス出現からは既に相応の時間が経過してしまっているのだから、情報鮮度が劣化しているかも知れないのだ。

「その前に、一つ確認させて下さい。今、私の前にいるルウさんと他の全てのルウさんとの情報接続を一時的に切り離すことは可能ですか?」

 ヴィヴィアンの言葉に、ユートを除く三人が怪訝な顔をする。それではルウがこの場にいる意味がないではないか。

「可能です。但し他の個体との同期の問題があるので、それが長時間に及べば支部に戻って再調整を受けねばならなくなります」

 どうしますか? と言うようにルウはルミアに視線をやった。再調整という事態になれば、ルミアはその間、任務遂行に於いてルウの支援を受けられないこととなる。

「一体どうしてそんな措置が必要なんですか?」

 ルミアの困惑に回答らしきものを与えたのはエミリアだった。

「要するに、情報を拡散させることに何らかのリスクが予想されるって訳ね。そしてそれは亜空間技術絡み、だからこそルウだけじゃなくあたしも必要だった、違う?」
「流石はエミリアさんです、お話が早くて助かります」
「じゃぁこうしよう、ルウはスタンドアローン状態でヴィヴィアンから情報転送を受ける。その上で、ルウの限界時間一杯までその情報をあたし達で検討すると」
「もしヴィヴィアンさんの危惧が当たっていたならば……」
「その時は、受け取ったメモリは消去した上で、私はルウのネットワークに復帰することにします」
「僕は知ってるぞっ、こういうの蚊帳の外って言うんでしょ、ね、旅人さん?」

 別段疎外感を感じているという様子もなく、というかニコニコと元気な声を上げるユートである。

「ふーん、それはどうかしらねぇ。ユートみたいなのがこの場にいるのも、星霊の思し召しっていうのかもよ」
 
 そう言って、エミリアはくっくっと含み笑いをするのだが、特異な思考形態を有する天才少女の考えは他の四人には知り得るべくもなかった。




 かくして、ヴィヴィアン、ルウ間での情報転送が行われた。
 ヴィヴィアンからルウに対しては、過日パーソナルハッキングによって得られた、平行世界のグラールから来たと主張するイーサン、マガシ、ヴィヴィアン等とその一党、並びに彼らがSEEDの封印空間より連れ出したヘルガと接触した際のデータがけ渡された。ルウによってヴィヴィアンは、クグ砂漠に出現したレリクス内で、エミリア、ナギサがイーサンの姿をした者とヘルガを運ぶ何者かと交戦し、また同盟軍機がマガス・マッガーナの襲撃によって被害を出した事実を知った。
 キャストらしからぬ感情表現能力を有するヴィヴィアンは勿論のこと、冷静沈着なルウでさえもが驚愕の表情で、しばしの間言葉を失った。この時、彼女らは自分達の持つ情報に欠けていたピースをそれぞれ手に入れかも知れなかったのだ。
 やがてルウは立ち上がると、この臨時作戦室に備え付けられたホログラムプロジェクターのコンソールに両手をかざす。ヴィヴィアンがハッキング時にもう一機のヴィヴィアンの視覚と聴覚を通して得た情景が、ほぼそのままに立体映像の形で、この場にいる者達の前で再生され始めた。
 一同は固唾を飲んでこの映像に――ユートでさえも――見入ることとなった。時間にすればさほど長い再生記録ではなかったが、その内容は重大過ぎるものであった。

「エミリアさん、彼らの言うように、過去にダーク・ファルスが存在した星系に、しかもそれが我々の宇宙とは違う可能性さえあるというのに、亜空間航行による到達など本当に出来るものなのでしょうか?」

 まずヴィヴィアンが疑問を発した。あのイーサンやマガシの言が事実であるという前提条件に対する確認を求めたのだ。

「可能だよ、理論的にはね」事も無げにエミリアが返答する。「但し、グラールとあの“マガハラ”を繋げるのにだって、旧文明時代の高密度記録媒体たるレッドタブレットを三つも要したわけよね、ダーク・ファルスの過去にアクセスするとなれば一体どれだけの情報量が必要となるやら」
「ガーディアンズはかつてリュクロスに調査隊を派遣した際、ダーク・ファルスの記憶と思われるデータを収集していますが、これが利用されたということは?」

 ルウの言葉に対しエミリアは、それでは足りない、と首を横に振る。

「それでは、私のパーソナルハッキング能力を逆手に取った情報欺瞞作戦だったのでしょうか?」
「そう決めつけるのは早計かもね。レリクスの地下部分、あれ亜空間航行船の疑いがあって、尚且つどこからやって来たものやら分からない」
「成程、彼らが平行世界とやらから送り込んで来たものだとすれば、一応辻褄は合いますね」

 ルウがエミリアに同意する。

「それに過去への亜空間航行を可能とする鍵となるもの、なーんか見落としてる気がするんだよねぇ」

 エミリアは宙を仰いで、う~んと唸る。

「それはそうと、一つ納得いかない事があるわ」これまで沈黙を守っていたルミアがここに至って初めて口を開いた。「お兄ちゃんが若い!」

 一体何を言い出すのか、と他の四人が一斉にルミアを振り返った。

「過去への干渉とやらのせいで、私達のものとは歴史の違うグラールが生まれた。そっちの世界では旧文明人との戦いで劣勢になったから、こちらの世界へやって来たっていうんでしょ?」
「あたしとナギサがレリクス地下で遭遇したイーサンが、三年前の姿をしてたのは報告してあるじゃない。そいつとヴィヴィアンの会ったイーサンが同一人物だったんなら当然のことでしょうに」
 
不思議そうに言うエミリアに、ルミアはかぶりを振った。

「彼らは生身のヒトが老いによって脱落することを危惧してSEEDクローン技術を欲すると言っている。でも、あちらの兄はこちらの兄より若いのよ、歴史が違っているから“亜空間事件”の始まりが繰り上がっているのだとしても、ヒトの寿命を気にかけねばならない程に、長い間戦いが続いているとは思えない」
「あのイーサンは、自分達はこちらのグラールに敵対するものでは無いとも言いました。でも実際にはエミリアさん達を襲っているし、マガス・マッガーナの操縦者はあのマガシだったのでしょう。私が他のヒトと情報を突き合わせれば、すぐに矛盾が露呈するとは考えなかったのでしょうか?」

 ルミアがそしてヴィヴィアンまでもが、平行世界のイーサンと称する者の言葉が必ずしも真実を語っていない可能性を指摘した。

「じゃぁ、ヴィヴィアンはどうしてルウをネットワークから切り離す様に提案したのさ」

 エミリアの問いかけに、ヴィヴィアンは返答をなそうとしたのだが、彼女はそれを制し続く自らの言葉でもってそれに代えた。

「そう、真実彼らが平行世界からの来訪者だとしたら、そんなものが存在するという情報の拡散は、それ自体が彼らの世界から私達のグラールへの強力な干渉となりうる」

 ヴィヴィアンは頷いた。彼女がもう一人のイーサンの言葉に懐疑的な態度を取っていたのは、それが嘘であって欲しいという希望も多分にあってのことだったのだろう。

「まぁ、あのレリクス騒動が充分にあたし達の世界の運行を脅かしたとも言えるけど、情報拡散はそれに駄目押しをする可能性がある。そしてあたし達のグラールは本来歩むべき未来から外れて、別の分岐に進みつつあるのかも知れない――今この瞬間にもね」


 
 

 どうにも更新速度の低下に歯止めがかかりません。大変申し訳なく思っております。
 せめて月一回の更新が可能な自分のいる世界があるなら、そっちに逃亡したいものです。
 マターボード、どこかに落ちてないでしょうか……



[27552] その15
Name: 蕎麦わんこ◆9fb2142d ID:76a4c2f6
Date: 2013/02/17 12:46
 広大な地下空間は頻繁に移動する作業用マシナリーの立てる作動音と、それらを操作するヒト達の声がないまぜになった喧騒と活気によって満たされていた。
 女はそれを自分とは全く関係ないものであるかの様にみなし、ぽつねんと青黒い水に満たされた地底湖の辺に佇んでいる。視界の隅で白い人影が、SUVウェポンらしき重火器システムを二台まとめて、フォトンのワイヤーで牽引しているのを認めるや、うんざりとした表情を浮かべた。

「何をどうしたらあんな馬鹿力が身につくのやら……」

 あの様なものが自分のコピーキャストだなどとは到底信じられないヘルガ・ノイマンである。あれを造ったのであろう、平行世界の自分とやらはとんでもない阿呆だったのではないかという疑念が心中に湧かぬでもない。

「オマエモハタラケ、コノヘッポコピー!」

 白い人影、すなわちヴィヴィアンがヘルガの様子を見とがめて、悪口をついた。

「私はお前達の仲間になった覚えはないわ。SEEDウィルスとクローンの件に関しては協力してあげるけれど、それ以外のことには指一本だって動かすもんですか」

 かかってくるなら来てみなさいな、とヴィヴィアンを睨みつけるヘルガであったが、彼女のコピーキャストは挑発には乗らず、SUVをズルズルと引き摺りながら洞窟の外部へと通ずる搬出口へと向かって行くのだった。
 少々調子の狂ってしまったヘルガであるが、これでまた手持ち無沙汰になってしまった。と、その背後に何者かの近づく気配を察知し、彼女は身を翻らせる。

「はっ、次はお前か」

 吐き捨てる様に言うその声の先に、ヘルガより優に頭一つ分以上の上背がある赤い外装のキャストがいた。レンヴォルト・マガシ、ヘルガが恋い慕ったカール・F・ハウザーの不出来な模造品。

「随分暇をもて余しているようだが、いいご身分だ」
「コピーキャストというのは、どいつもこいつも同じ様な事を言うわね」

 ふむ、とマガシは腕組しながら作業でごったがえした地下洞窟を見やる。

「此処もそろそろ引き上げ時なのだが、撤収作業に手間取っている。コルトバの手も借りたいという有様ではあるが……」

 貨物を満載した小型のカーゴに繋がれた一頭のコルトバが、よいしょ、よいしょと先程ヴィヴィアンが向かった搬出口へと荷を引いていくのが目に入る。赤い首輪などしていたから、マガシ達の仲間のうちの誰かがペットとして飼っていたものらしい。
 突っ込むものか、突っ込むものかとヘルガは己に言い聞かせた。

「で、この辛気臭い穴蔵を出たら今度はどんな素敵なカクワネの巣に連れて行って貰えるのかしら」

 ヘルガの皮肉げな言い様に、ほうとマガシは片眉をつり上げた。

「大方見当はついていた様だな。そうだ、我らが向かう先はグラール太陽系第二惑星ニューデイズだ」

 内心の驚きを表情に出さぬよう努めながら、ヘルガはマガシに話の先を促すような素振りをしてみせる。

「本来ならば貴様の身柄を確保したところで速やかにニューデイズ転進する筈であったのだが、生憎とアレが出てきてしまったのでな」

 ヘルガはマガシの言葉を耳にしつつ高速で思考を巡らせる。“アレ”とは何だ? そして何故ニューデイズへ向かう? 彼らがこの世界に求めるもの――平行世界のグラールからやって来たという連中の言い分を信じるという前提ではあるが――それは向こう側のグラールとやらには存在せぬものの筈だ。即ち、彼らが自分達の世界で抹殺してしまったヘルガ・ノイマンそのヒトであり、加えてこちらのニューデイズにのみ存在するであろう何か、或いは誰かということになるのだろうか。

「なんだよ、なんだよご両人、こんな所で油を売ってていいのかい」

 なんとも気抜けのする、暢気な声がやって来た。

「イーサン・ウェーバーか」

 暗緑色のロングコートに身を包んだ青年の姿にヘルガは顔をしかめた。こいつもマガシ、ヴィヴィアンと同じく憎き敵には違いない。

「クグ砂漠のプローブ・マシナリーからの観測データが上がってきたが、アレが稼働したのはニューデイズに向けての支援行動であった可能性が高いそうだ」
「ほほう、先手を打たれるのは織り込み済みだったが、そうか奴らどうやら派手に動いたな」

 イーサンとマガシは互いに心得顔で頷き合った。

「こっちにも分かるような話をして欲しいものね」

 不機嫌そうにヘルガが言うと、これはすまいない、といった様子でイーサンは眼前の空間にホログラムモニターを呼び出した。そこに示されたのは砂漠に佇立した、天をも摩するかと思われる灰白色の巨大な四角柱であった。

「こいつはスルクーフ、或いはシェルクーフと呼ばれるものだ」
「ふーん、あなた方のやり取りからすると、この馬鹿みたいに大きな塔、これは敵性のものつまり旧文明人の兵器か何かなのかしら」
「塔だと」くくっ、と笑いをかみ殺す様にマガシが言った。「まぁ確かに塔なのかも知れんが、こいつは空に舞い、宇宙を航行し、果ては時間と空間さえ横断する代物なのだぞ」
「ふん、そろそろ頃合か。少なくともこの世界に於いての我々の敵を、ヘルガ、あんたにも話しておくべきだろうな」



 
 薄暮のグラールの光が、渺茫たる荒れ野をうっすらとした橙色に染めているのを、細く開いた左まぶたの奥に感知しつつ、彼女は身じろぎ一つせず冷えた土の上に横たわっていた。
 意識は既に戻っている。が、迂闊に動くのは得策ではあるまい。
 彼女――ナギサは、惑星ニューデイズの首都、オウトク・シティに於いて奇怪な二人組と交戦し不覚をとった。その結果が、現在の彼女の境遇をもたらしたのだ。
 だが、あれは果たして本当に不覚などと呼べるものであったろうか? あの場には“英雄”イーサンがいた、幻視の巫女であったカレン・エラがいた。超自然の存在であるヤオロズさえもが介入した。にもかかわらず、エンドゥーと名乗る青年と大鎌を自在に操るキャストは、ナギサを拉致しオウトク・シティより易々と脱出しおおせたのだ。 

「おやおや、お目覚めのようですねえ」

 その声を耳にした瞬間、ナギサはぎょっとして半身を起こした。

 ――ヒトが居たのか。

 声の主はライフルを胸前にかかげたキャスト女性だった。小柄で女性らしいシルエットのパーツ構成にも関わらず、どうにも剣呑な感じがする。その傍らには、両腕がそれぞれ剣と楯状になった、ヴァンダ・メラを痩せっぽちにしたようなモンスターを従えていた。

 狸寝入りを決め込んでいたものだから、視界が制限されていたということもあるが、すぐ声が届く程の距離へのヒトの接近を許すなどと。こちらの勘が鈍っていたのか、それとも相手が巧みに気配を遮断していたものか。どちらにしろナギサにとっては愉快な事態と言えるものではない。
 彼女は膝立ちになると抜刀の姿勢をとった。四肢を拘束されていないことには、それ程の不思議をおぼえることはなかった。あのエンドゥーが「旦那」と呼ぶ恐るべきキャストがまだ近くにいるとすれば、例え身の自由が確保されていたとしても、無事にこの場から逃れてリトルウィングの仲間の下に達することが可能とは到底思えなかった。 
袖口のナノトランサーは押収されてはいなかったが、その内部に収納された武器類までそのままにしておいてくれる程、敵がお人好しであったかは保証の限りではない。だが、抜き打ちにするぞ、という気迫を送るだけでもこの場における牽制くらいにはなるだろうとナギサは判断したのだ。

 一人と一体は、それに応じて構える気配をみせた。
 モンスターの方が、理解することこそ出来ないが、明らかに言語と思しきものを発したのを聞いて、ナギサは驚きの余り危うく声を上げかけた。オウトク・シティでエンドゥーが呼び出したカオスブリンガーと同様の具現化モンスターの類だと思い込んでいたからだ。

「ここではグラールの言葉で話して下さいよう」不機嫌そうに言ってキャストは、銃口を相方へと向けるや銃爪を引く。フォトンの弾丸に穿たれた地面が土塊を巻き上げた、無茶苦茶である。「わかりましたかあ?」

 着弾痕はモンスターの足下に綺麗な円を描いていた。
 改めて見れば、そいつの剣と楯は腕部の変化したものでは無く、掌と指によって保持されている紛れもない剣と楯そのものであった。言語を操り、道具を使うとなればこれはモンスターなどではない、ヒトと呼ぶべきものではないか。

「おい、お前!」我知らずナギサは叱責の言葉を放っていた。「冗談でも仲間に発砲するヤツがあるものか」

 ナギサにだけは言われたくない、とクラウチやらバスクやらクノーといったナギサ被害者の面々がこの場にいたら抗議せずにはいられなかったろう。が、一旦それを横に置くならば、ローグスの様な無頼の徒ではない、恐らくは軍人としての訓練を受けたに違いない所作を見せる女性キャストの最前の行動は、ナギサには信じ難いものだった。

 ――なんだコイツは、まるで私の同類じゃないか!

「ええと、何かわたし悪いことでもしましたかあ? というか、このチ・モブさんを初めて見ると大抵の人はエネミー扱いするんですけど、あなた変わってますねえ」

 キャストはそう言って、可愛らしく小首をかしげるのだが、彼女の両眼は微妙に焦点というものが合っておらず、人工物であることを差し引いても、相対する者を不安に陥れる何かがあった。まるで死んだオルゴーモンみたいな目じゃないか、とナギサには感じられたものだ。

「うむ、訂正だな、同類ではない。亜種というかブーストモンスター的な何かだ」

 ナギサは小さくごちた。

「[この女は][病に冒されているのではないか][磁獄のカッシーナに食わせてしまった方がいい]」

 チ・モブなる非人類種族のヒトが、女性キャストに向き直って言う。射的にされたことについてはとりたてて気分を害している様子は無かった。ああいうことは、日常茶飯事になっているのかも知れない。

「それなんですけど、エンドゥーさんによると、D因子と人体の平衡がとれているから問題ないらしいです、デューマンとか言うんだそうですよ。ま、わたし達は粛々と任務を遂行するだけですねえ」

 キャストの能天気な口調に、モブはわずかに不満気な唸りを上げた。

「エンドゥーがお前達の指揮者ならば、すぐに奴に会わせろ。いや、奴だけじゃない、あの大鎌を使うキャストにもだ」

 ナギサはキャストの銃手に詰め寄った。彼女を拉致した理由をどうしても問いただしたかった。加えて、ナギサが何者かの転生体であるだの、その何者かとやらがエンドゥーの母の様なものだとか、精神体であったとかという話はナギサの理解を絶している。

「エンドゥーさんには連絡済みですからすぐにもこの場にやって来ますよ。しかし、あなたとってもおかしなな方ですねえ、あの黒い猟犬さんに会いたいだなんて」

 心底不思議そうにキャストが言う。あの大鎌使いには幾つもの異名があるらしかった。

「猟犬さんはわたしと同じで、殺したり殺されたり、やっぱり殺したりするのが大好きなんですけど、面倒くさいことに自分より弱い相手には燃えないっていう難儀な方なんですよお。わたしは弱いもの苛め大好きですけどね、うふふ、うふふふ」

 それはどっちもどっちだろうと、思わずにはいられぬナギサであった。
 ヴンッ、という低い響きが出し抜けに生じた。ついで、三人の眼前に光の柱が立ちのぼる。その内部からゆっくりと歩を踏み出したのは、黒い戦闘用のスーツに身を包んだ青年、エンドゥーと、丈高い死神の如きキャストの二名であった。
 やぁ、とエンドゥーが軽く片手を振ってみせた。




「俺たちが旧文明人の攻勢にあって破滅の瀬戸際まで追い込まれたことは既に話してあるよな」
「死の意識状態を具現化してグラール全体に照射、そして全てのヒトを仮死状態に追い込むことで肉体の乗っ取りを図った、というのが私達の世界での彼らのやり口だったらしいけれど」

 そちらではどうだったのか、とヘルガは問うた。

「まぁ概ね同じ様な攻撃を受けたよ」
「しかし、生の意識を具現化しそれでもって死を上書きするか。貴様らの反撃方法はなかなかに興味深いな」

 そうは言われても、ヘルガは亜空間事件の際には封印されていて、実際その様子を知らないのであるから、返答するのに適当な言葉を持たなかった。

「物体や生物だけではなく、ヒトの精神状態まで具現化できるなんて、亜空間技術がそれ程出鱈目なものだとは予想外だったものだから、俺達は随分遅れをとったよ」

 そう言って、イーサンは鉛の様に重い溜息をついた。

「奴らが来訪しなければ、私達はなすすべもなく太陽王とかいう冗談で出来た暴風によって、早晩滅ぼし尽くされていただろう」

 奴ら? 来訪? マガシは一体何を言っている?

「スルクーフと呼ばれるあの柱とともに、奴らは来た。そしてようやく俺達は、旧文明人に抗うための時間的猶予を得たんだよ」
「ちょっと待ちなさい、あの塔はあなた達の敵なのでしょう」
「う~ん、何と説明したらいいんだか」困った様にイーサンは頭を掻いた。「数多の宇宙や平行世界に於いてダーク・ファルスと戦い続ける存在の一つ、奴らはそういうものらしい」

 ヘルガは思わず肩をすくめる。余りにも荒唐無稽な話と聞こえたのだ。自分は彼らにたばかられているのではないか、という疑念は常に心のうちに存在していたのだが、それに加えてこいつらは単なる狂人なのだ、という想定をも忘れずにおいた方がよいのかも知れない。 

「私達とてすぐには信じられなかったものだ」 

 マガシは苦笑しつつ語り始めた。スルクーフとは亜空間航行能力を持つ一種のレリクスの様なものなのだそうだ。グラールの旧文明にも劣らぬテクノロジーを有していて、レウコンと呼ばれるスタティリアに似た自律兵器を運用し、亜空間技術とはまた別の物質具現化現象によって武器やモンスターを実体化することが出来る。SEEDウィルスの様なダーク・ファルス由来の因子による侵食への治療技術や、生身のヒトに延齢処置を施すなどといった高度な医療をも駆使する。どうやら、人格や記憶をも含めたヒトのクローン再生すら可能であるらしいという。
 と、そこまで聞いたところでヘルガは疑問を発さずにはいられなかった。

「で、奴らとやらは結局お前達に味方したの? しなかったの?」

 スルクーフによってイーサン達が旧文明人に敗北することを免れたというならば、それは味方であったのだろうと考えられる。だが現在のグラールに於いては、彼らは巨大な塔、スルクーフを自らの目的達成の障害となるものと認識しているらしいのは何故か。

「接触当初には、奴らは俺達に友好的、もしくは同情的だったよ。多くの技術を提供してくれたりもした」
「なら彼らの持つ高度なクローンの技術を学べば、少なくともSEEDによるクローンなんて不要じゃないの」
「クローン関して言えば、奴らの中でもそれは禁忌に触れかねない代物であって、外部に漏らすことは固く禁じられていたようだ」

 ふぅん、とヘルガはうつ向いて、しばし己の思考に浸る様子を見せた。




「こ、これは」

 ナギサは我知らず呻いていた。エンドゥーと彼の僚友を吐き出した光る円柱は、かつてナギサとエミリアがクグ砂漠のレリクス最奥で進退きわまった際に出現し、彼女らの脱出を可能としたものと同一のそれであったからだ。

「テレパイプとかリューカーとか言うものですけど、ああ、グラールでは発達していない類の技術でしたねえ」

 ナギサの不審げな様子を素早く見てとった女性キャストが、そんなことを言った。

「レリクスの底でダルク・ファキスとディラ・ブレイヴァスの挟み撃ちにあっていた時、私達を助けたのはお前等だったのか」
「俺は事後報告を受けただけさ、仲間が勝手にやったことだろう。しかし、そうか、その時の二人の内の片割れが君だったとはな」

 エンドゥーの口調には少しばかりの驚きの様子があった。ナギサはナギサで、レリクスの件でエンドゥー個人に借りを作っていた訳でないと知り、僅かの安堵を覚えるのであった。

「仲間と言ったな、この妙ちくりんな二人の他にもまだいるのか? 例えば、あのイーサン・ウェーバーの紛いものもそうなのか」

 険のある語調と視線でもって、ナギサはエンドゥーを詰問する。

「何か根本的な誤解があるようだが、君の言うイーサンは俺達の敵にあたる。それに、あのイーサンは紛いものなどではないよ」

 ――むぅ、こいつの言っていることは何だか分からん。せめてエミリアがこの場にいてくれたなら。

 決して処理能力の高いと言えない自身の頭脳に負担をかけぬよう、とりあえずナギサは考えることをやめた。

「それに彼女らは別におかしくも何ともないじゃないか」

 そう言ってエンドゥーはくっくっと笑う。

「キャストの彼女は我々の有する最高の狙撃手の一人さ。オリジナルにあたるキャストから人格構成AIと戦術プログラムのコピーを貰い受け、ボディは俺達の世界のもので組み上げてある。龍族の彼はD型因子に侵されていたものを治療したのだが、それを恩義に感じて俺達の仲間に加わった」

 まぁそんなところだよと、エンドゥーは事も無げに言った。

「いや、しかし」とナギサはモブを指差し「こいつはどう考えてもグラールの生物とは思えない」
「あのですね、この場にいる五人のうちグラールで生まれ育ったのはあなただけなんですねえ」
「なんだと? お前達、宇宙人とか異世界人とかそういうい類なのか?」

 訳が分からない。ナギサの頭は混乱していた、可能ならば頭からソルアトマイザーを思い切り引っかぶりたいところである。

「わたし達はわたし達の宇宙で、こちらでいうSEEDの様な連中と戦い続けていたんですよ。でも分岐生成する世界のうちで、未来の閉じてしまった選択肢に行き当たってしまうことってあるでしょう?」

 そこでキャストは言葉を切ると、虚ろな両眼になんとも陰惨な光を灯した。

「エンドゥーさん達はね、そういった貧乏くじを引いた人達に、あいつらと無限に戦い続けられる戦場を与えてくれるんですねえ」

 うふ、うふふ、うふふふ、とキャストの狙撃手は何がおかしいのか笑い声を上げ始めた。

「下らん」

 ここに至って、沈黙を保ったままエンドゥーの傍らに彫像の如く佇んでいた大鎌使いのキャストが口を開いた。

「栓もない話をただ続けるだけならば、オレはこの前の街に戻って一人で任務を果たすことにするぞ」
「おい、貴様!」

 この場を立ち去ろうとする気配をみせるキャストに向けて、ナギサの鋭い言葉がとんだ。

「オレは貴様などという名ではない」うそ寒い声音がナギサに答えた「キリーク、キリーク・ザ・ブラックハウンド」 

 そいつが声を発しただけで、周囲の温度が数度は低下したのではないか。ナギサが左右に目を走らせるや、キャストの狙撃手も龍人のモブも二人ながら極寒の冷気にでも触れたが如くに、動きを停止させているのが認められた。エンドゥーさえもが僅かに表情を固くしていた。

「エンドゥーをこの世に生み出したのは、ひと組の男女の心、魂、あるいは亡念か」

 誰に聞かせるというでもなく、キリークなるキャストの発声器が言葉を紡ぐ。

「男は俺の獲物だった。奴ほどに美味でオレの生を燃え上がらせる獲物はいなかった。いや、もう一人……まぁそれは言うまい」

 キリークはナギサの眼前に歩を進め、覆いかぶさるような姿勢で彼女を見下ろしていた。夕闇に伸びるキャストのおどろおどろとした長い影は、黒く冷たく、ひょっとするとそちらこそが彼の本体であって、キリークとはその物の怪めいた影法師が現し世に落とした影像ではないかとすらナギサには感じられた。

「そして男は死んだ、滅んだのだ、あの女と同じに。だが、エンドゥーの言うとおり、お前があの女の魂を引き継ぐものであるならば、オレは再びあの男と……」

 キリークは静かに肩を震わせる。笑っているようでもあり、泣いているようでもあった。

「白髭公、ヒースクリフ・フロウウェン」

 エンドゥーが石の塊でも吐き出すように、ようようその名を口にした。
 



 平行世界のグラール太陽系における現生のヒト、一万年の時を経て亜空間マガハラより帰還した旧文明人、スルクーフとやらと共に来訪した謎の一団。現代に生きる人類と旧文明人の闘争とは畢竟、一つの星系における二種の知的生命体の生存競争に過ぎない。そしてスルクーフはダーク・ファルスを仇敵とするのだという。だが、ダーク・ファルスは他の二つの勢力にとっても歓迎すべからざる存在のはずである。
 そこまで思考を進めたところで、ヘルガは一つの結論に行き着いた。

「そうか、お前達がSEEDを兵器として使おうと考え始めたことで、あの塔と共に来た連中との協力関係に破綻を来たしたという訳ね」

 ヘルガの言葉にイーサンは頷いた。

「連中も最初は太陽王なんぞよりは、俺達の方にシンパシーを抱いていたらしい。だが、あいつらの存在意義というのはダーク・ファルスの封印もしくは殲滅だ。だから旧文明人と全面対決する意思はあいつらにはない」
「まぁ、私が心配する義理なんてないけれど、SEEDウィルスやクローンを使えば、それは確実にダーク・ファルス復活の呼び水になるのではなくて?」

 ヘルガはイーサンとマガシに冷笑を浴びせた。彼女がこの別世界の住人達に協力しようという気になったのは、これが為であった。自らの首を進んで絞首台の紐の中に差し出そうというのであるから、その後押しをするのに何の遠慮がいるものか。

「我々には我々なりの勝算というものがある」

 マガシが薄く笑う、ヘルガよ貴様の目論見など先刻承知のことなのだぞ、とでも言いたげに。

「せいぜい自分達の力を過信するがいいわ。ヒトのそういった思い上がりこそが、闇に住まいし者達の付け入る隙となるのだから」
「先の事は、先の事だよ。まずは目の前にある問題を如何にするかを考えようぜ」

 どうにも馬が合わぬらしいヘルガとマガシをとりなすようにイーサンが言う。

「ニューデイズだ、そこで俺達にとってどうしても必要なもう一つのピース、一人のヒトを手に入れなければならない」
「ヒトですって?」

 興味をそそられた様子で、ヘルガはイーサンを見やる。

「グラール教団内部への潜入作戦になる、幸い現在は大星霊祭、教団やガーディアンズの警備も散漫とならざるを得まい。参加人員は俺、マガシ、ヴィヴィアン、そしてあんただ」

 イーサンはそう言って、ヘルガを指差した。

「ちょっとお待ちなさいな」ヘルガは困惑を隠せぬ様子であった。「確かに私はその手の作戦はイルミナスで嫌というほど経験したわ、だからってねぇ……」

 主力の三人が出払った後に、ヘルガ一人を残しておく訳にはいかないというのは分かる。なにしろ彼女はヒトをSEEDフォームに変える能力を持った存在だ、留守中の同志たちをSEEDに変えられたりなぞしたら目も当てられない。ならばいそ、同行しつつ監視するというのも一つの手ではあるのだろう。

「まぁいいわ、それより悪目立ちするそいつとヴィヴィアンはどうするのよ」
「私か、私ならば問題ない。既に偽装の準備は整えてある、十全だ」

 自信満々に言い放つや、マガシはナノトランサーに触れた。歪曲空間が通常空間に接続される際の発光が彼を包み、次なる瞬間そこには一体の巨大なラッピーの姿があった。




 さて、イーサン、ラッピー・マガシ、ヘルガの三者は空中投影されたモニターを囲みああでもない、こうでもないと話し合いを続けていた。その原因というのも、ニューデイズでの活動における変装時の衣装について、ヘルガがこれは嫌だ、あれはセンスが悪いと文句を付けてばかりいる事にあったのだが。

「意表をついていっそのこと変装しないといのはどうかしら? 有名どころのガーディアンズのレプリカ衣装はおろか、イルミナスのコートさえ流通に乗っているんですもの、当然このヘルガ・ノイマンの格好をしているヒトだっているでしょうに」
「残念ながら、ヘルガ」

 沈痛な面持ちでそれだけ言うと、イーサンは服飾通販サイトの検索ボックスに、ある単語を打ち込んだ。ヘルガ・レプカ、ヒット数ゼロ。現実は残酷であった。

「なんですってぇ! ヴィヴィアンのレプリカさえあるというのに、あるというのに……」
「落ち込むなヘルガ。ふむ、Mode:ノワール(クバラ製) これなどは割とイメージを崩さずに済むのではないか」
「お黙りラッピー。こうなったら一番派手で高そうな奴にしてやる、よしこれね、グリムチェイン! 決まりっ」

 最早隠密作戦の趣旨を遠く離れて成される会話を遠くに聞きながら、対艦ミサイルを装填した巨大なポッド背負うヴィヴィアンが、ぽつりと言った。

「ババア、ムリスルナ」




 
 PC版PSU、とうとうサービス終了してしまいますね。年内くらいは持ちこたえるかと思っていたのですが、寂しい限りです。
 PSPo2i服がPSO2のvita版にに出たりするようで、グラール太陽系の命脈はまだまだ途絶えないと信じております。
 更新遅い、グダグダ、痛々しいの、三重苦にあえぐ本作ですが、これからも宜しくなのであります。
  



[27552] その16
Name: 蕎麦わんこ◆9fb2142d ID:76a4c2f6
Date: 2013/02/17 13:19
「塵と化せっ」

 闇のフォトンを帯びた重力塊が宙空から地表へと沈降し、砂漠に潜んだ観測用マシナリーをあぶり出し、その機能を停止させる。

「ぶるぁぁぁ!」

 ディ・ラガンの唸りもかくや、といった喚声がそれに続き、大剣の切っ先が斬弧を描く。先の観測機を護衛すべく、これまた砂中に配されていた四足型ガード・マシナリーが地上に姿を現すなり、なすすべもなく両断された。

「もう少しお静かに戦ってもらう訳にはいかないのでしょうか?」

 困惑した様子で、彼と肩を並べて剣を振るうキャストにそんなことを言うのは、シズル・シュウなのであった。キャストの奇っ怪な気合の声だけならばまだしも、彼の手にする大剣マガナ・スレイヤーは、使い手と寸分違わぬ唸り声を攻撃の度に上げるのだ。

「そうは言うがな、貴様」

 鋭角的なフォルムを有する真紅の外装、額から雄々しく伸びる一本の角、即ちレンヴォルト・マガシ――平行世界とやらからの来訪者ではない、正しくこのグラールに属する方だ――は胡乱なものでも見るように、シズルの方を振り返る。

「耳障りという点ではそちらの方が上ではないか、『儚く散れ』だの『漆黒よ万物を己が色に染めろ』だの横で聞かされ続けるこちらの身にもなってみるがいい。頭脳体の言語野がハングでもしたらどうしてくれる」
「えっ、何かおかしいことを僕、言ってましたか?」

 額に手をやって、それらのどこかに不適切な単語でもあったものかと思案してみたものの、何ら問題があったとは考えられない。

「聞くだけ無駄だった」

 マガシは不機嫌そうに言うと、頭を巡らせ四囲に広がる砂漠を見渡した。視界の四分の一程が、天に向かって伸びる巨大な塔によって占められている。半キロメートル程離れた地点に同盟軍とインヘルト社が設営した監視所があった。
 マガシはエミリア達一行にマイシップの代船を届けるべく、この地に飛来した際に、塔と監視所の周囲に何者かが潜伏していた痕跡を上空より発見していた。彼はシズルと二人、それらの調査に向かったのだが、人員こそは撤収していたものの、潜伏跡にはマシナリーが残されており、何処かへ観測データを送信し続けていたことを知った。

 ――これは一体何を見張っていた? 同盟軍かインヘルトか、はたまた“塔”か?

「回収して調査すれば、誰が何の目的でマシナリーを設置していたのかはおのずと判明するでしょう」

 マガシの考えを読み取ったかのように、シズルが言う。彼は、数個のナノトランサーを小脇に抱え、沈黙したマシナリーをその内部に収納すべく歩を進めた。

「少し待て」キャストは片方の腕を伸ばして、シズルの行く手を遮る。「私が行こう、沈黙していると見えても油断は出来ん、タチの悪いトラップがまだ仕掛けてあるやもしれんからな」

 その長身と重量のあるキャストの身体にもかかわらず、砂上を這うナヴァ・ルッダの足どりで、マガシは破壊されたマシナリーに接近した。知能化された自律観測機器であるプローブ・マシナリーのセンサー部分が地上に露出している。それは先程、シズルが発動したラ・メギドによってひしゃげてしまっていたのだが、真紅のキャストはセンサーに接触する一メートル程手前で歩みを止めた。その場に膝を付き、ヘッドマウントディスプレイ状の外見を持つゴーグルを取り出し、黄色い半透明のグラスを通して、慎重に地面を走査する。

「やはりな、特殊な機雷が埋められている。迂闊に近づき回収しようとした者は粉微塵よ」
「機雷なら僕の使ったテクニックに反応して爆発しそうなものですが」

 マガシの言葉にシズルが不思議そうな顔をする。トラップが埋設されている可能性も考慮して、彼は範囲攻撃のテクニックを使ったのだ。

「百年前の種族間戦争で使用されたものだ、貴様が知らぬのも無理はない。私とて古巣で何度か見たことがあるだけだ」
「古巣、イルミナスですか」

 シズルの問いには答えず、マガシは慎重にトラップ除去の作業を開始していた。

「ここは私に任せて貴様は戻れ、“塔”の発光現象の解析をせねばならんのだろう? それに軌道上からの定期便、どうやら大荷物らしいではないか」

 口調こそ刺刺しいが、マガシは何くれとなく気を遣ってくれているようだった。そういえば、マガシと自分の現在のグラールに於ける立場というものは、多分に似通っているのだということを、シズルは今更ながらに思い出していた。

 


 今やレリクス監視哨の規模は拡大されて、監視と言うよりは封鎖を目的とした前進基地とでもいうべき様相を呈するに至っていた。一群の施設は要所をメタセラン材で補強された堅固な防壁によって囲い込まれ、レリクス地上開口部に向けて重フォトンマシンガン二基を据えた銃座が配置されていた。
 防壁の内側にはミカリス・ゲイド部隊の残余、即ち空挺二個小隊、五両のストライカー、揚陸艇が一隻。加えてインヘルト社が雇い入れた民間軍事会社の警備部隊、これは同盟軍の基準でいえば約一個小隊分に当たる。
 壁の外側には即席ながらも航宙船発着場が設営され、工事に使用された大型マシナリーのドゥガ・ドゥンガは未だ滑走路脇に居座っていた。これ自体にも相応の攻撃力と防御力が備わっているが、さらにその腹中にはゴーマ・ディラが機銃装備のものが三機、ミサイル発射管装備のものが二機積み込まれていた。
 加えてクグ砂漠上空を通過する周回軌道上に戦艦が一隻。

 ――軍の連中またぞろ戦争でも始める気でいるんじゃないか。

 ダグオラ・シティの住人達や、近隣の砂漠を根城とするローグスは“塔”の出現にも増して、この同盟軍の動きに対して神経を尖らせていたものだった。
 シズルが謎の潜伏者達の痕跡と彼らが残したマシナリーの後処理をマガしに託し、監視基地へと帰還した時、インヘルト社の人員は巨大なコンテナ群の開封に忙殺されていた。それらはマシナリー移送用のものであり、その表面に印字されているのはインヘルトのロゴであった。一連の事態を打開すべく、シズル・シュウの要請に応じ、彼の父でありインヘルト社代表でもあるナツメ・シュウより送りこまれたマシナリーの数々であった。
 コンテナのロックが解除され側壁が開くと、パレット上に載せられた荷が次々とモトゥブの砂粒を含んだ大気の中にその姿をさらす。

「あら一人で帰ってきちゃったの?」

 ミカリスは作業現場にシズルの姿を認めるや彼に向けてそう言った。彼女の少しエコーのかかったキャスト特有の声には、明らかにそれと分かるだけの険があった。

「マガシさんのことなら心配ありませんよ、今のあのヒトは、れっきとしたリトルウィングの一員なんですから」

 シズルの言葉にもミカリスは納得した様子を見せようとはしなかった。かつての裏切り者に対する同盟軍士官の不信感は根深いのである。自分達は常に合理的かつ理性的な判断を下すのだと多くのキャストは主張するものだが、なかなかどうして彼らの頑固さはグラール四種族中一番かも知れなかった。五種族目については、ナギサとGRMの社長の他には深くそのヒトとなりを知る機会を持たなかったので、シズルにはデューマン特有の心理傾向というものが存在するのかどうかは分からない。

「ところで、おかしな物を持ち込んできたものね」

 気分を切り替える様に、ミカリスは背後を見やった。ヒトの背丈を優に超える奇妙な姿のマシナリーが四台程も荷下ろしされて、パレット上に整列していた。それらはまるで、金属と高分子化合物からなる植物か菌類のようだ。生物的な見かけを持つ殻状のパーツが組み合わさった円錐形のコントロール部分から半透明の支柱が伸びている。支柱のパレットに接している側からは菌糸を思わせるフィラメントが四方八方に伸びて、マシナリーの巨体を支えていた。

「DGことディラ・グリーナ、ローグスやらテロリスト御用達のハッキング・マシナリーじゃない。これ、どうするの?」
「どうするもなにも、まさしくその用途に使うんですよ」

 ミカリスが怪訝な顔する。DGはセキュリティシステムを物理的に破壊することなく、“お上品”に仕事を進めるために犯罪者達が多用する。軍もガーディアンズもこの種のマシナリーに良い印象は持たないし、そもそもDGが正体不明のレリクスに対して通用するものなのだろうか?

「レリクスにハッキングを仕掛けるつもりなの? 旧文明の残した防衛機能をダウンさせることが、現代の技術で可能だとは思えないわ。あの天才のお嬢さんならどうだか知らないけれど……」

 と、ここでミカリスは眼前の青年が件の天才少女の同類であったことを思い出した。

「インヘルト社は亜空間研究プロジェクトの中心を担っていますが、この研究にはレリクスからの発掘物が不可欠ですからね。発掘作業の度にスタティリアと交戦して被害を出すのをどうにか避けられないものかと、僕が趣味で手をかけていたものですが、急遽こちらに送ってもらいました」

 もっともレリクスに対してどれだけの機能を発揮するかは未知数な部分も多い、とシズルは付け加えた。

「“塔”の地下構造物への干渉を排除できれば、あの扉を開けるんでしょうけれど」

 ミカリス達の監視する旧文明遺跡と思しきものは、実際には二つのレリクスから成っている。まず地下のレリクスが巨大な亜空間反応と共に転移出現した。時をおいて“塔”が同様のプロセスで現れて、前者を封じ込めるかの様にその直上に定位したのである。地下遺跡への入口は“塔”の何らかの働きによって閉鎖されたものとシズルは推測していた。

「でもあれは閉めたままにした方がいいような気もするけれど」
「エミリアやルミアさん達とも約束しましたから」

 律儀なシズルはそう言うのだが、同盟軍の本音は現状維持である。しかし、“英雄”イーサン・ウェーバーの妹であるルミア・ウェーバーが、稀代の天才エミリア・ミュラーとガーディアンズの頭脳ことルウを伴って、地下レリクスの捜索任務に赴いたのだ、現場の独走などではないだろう、ガーディアンズの上層部はこれを認めているということだ。彼らの同盟軍総司令フルエン・カーツとの良好な間系を思えば、軍の思惑をないがしろにする腹積もりあっての事とも思えない。両者が合意の上で何らかの高度な判断がくだされたものか。

「まぁ、司令部からもお嬢様方をお止めしろとの命令は下っていないけれど」
「黙認、あるいは消極的な協力といったところですか?」
「心情的にはあの子達を危ない目には合わせたくないわね」

 そんなことをミカリスは言う。
 DGを積載した台座はフォトンによって生ずる斥力で地上から一メートル程も浮き上がり、一台二台と監視所内を移動していく。四台目がシズルとミカリスの傍らを通過した時、更に二台のマシナリーが後続して現れた。
 おや? あのマシナリーは知らないわ、とミカリスは不審を覚えた。部隊の戦術システムにアクセスしデータベースを検索したが該当する機種は存在しない。二台はディラ・グラーナと違い自走していた。両機とも濃紺と赤のツートンに塗り分けられており、一台は双胴の大型フローダーらしく、もう一台は槍の穂先に似た形状の機体だがどうやら機首が掘削用のドリルを兼ねているらしい。

「ああ、レリクスのデータから復元したばかりのマシナリーなんです」ミカリスの様子に気づいたシズルが言う。「フィンジェというマシナリーはご存知だと思いますけど、あれのデータを発掘した時に同時に出たものなんです。大型な上にかなり複雑な機構を持つ代物だったので再現に手間取りました」

 それならば軍のデータベースに登録されていないということは有り得るだろう。

「ん? フィンジェって言ったわね、それって確かエアボードに乗って滑走するヒト型マシナリーの名称よね?」

 ミカリスが急に不機嫌な声を出した。

「ええ、その通りです。あれの復元にインヘルト社はかなり関わっていますし、販売元の一つでもあるんですよ」
「ほほう、それは聞き捨てならないわねえ」

 今度こそミカリスは不快の感情を隠そうとはせず、GRM社のキャスト生産ラインの仇でも見るような目でシズルを睨んだ。

「へ、弊社の商品に、な、何かご不満、不都合などございましたでしょうか……」

 同盟軍女性士官の豹変にシズルはたじろぎ思わず後ずさった。なにしろ襟首つかんで兵舎の裏に引きずり込んで、コンサイコンでメッタ打ちにでもしてくれようか、といわんばかりの迫力だったからだ。

「今回の任務の前に我が隊は、パルムで暴走マシナリーの鎮圧に出動したのよ」そこまで言うとミカリスはふっと溜息をつく。が、その目は完全に据わってしまっている。「そこでフィンジェの三機編隊×3に出くわしたんだけれど、まぁ撃たれるわ轢かれるわ焼かれるわ凍らされるわ痺れさせられるわ!」
「お、落ち着きましょう、ね? ね?」
「私達部隊の皆は誓ったわ、あんなものをレリクスから掘り出した莫迦者を見つけたら、必ずやそいつのどてっ腹に――」そこまで言うとミカリスはナノトランサーから長大な発射筒を引きずり出した。「このジェノサイドバンカーを叩きこまずにはおかないってね!」

「ちょ、危ないですって、いいからそのSSPNランチャーはしまってくださいっ!!」

 とりあえずこの場を収めねば、今日という日がシズルの命日になってしまう。故に彼は以下の事実をミカリスに告げる機会を失うこととなった。
 二機のマシナリーのうち双胴のものがケイオス、掘削装置を備えた方はメビウスというコード名であるらしいこと。これらは単独での大気圏突破能力を持ち、更に両機が連携することで未知の能力を発揮すると推測されていること。そしてシズルはマイシップを失ったエミリア達の助けとなるように、ケイオスとメビウスをモトゥブに運びこんだのだということを。
 



 母なる太陽グラールの公転軌道上を巡る三つの可住惑星、それら三姉妹の次女たる惑星ニューデイズ、その首都であるオウトク・シティにはガーディアンズのニューデイズ支部が存在する。支部のブリーフィングルームの一つには、かつてこの恒星系を救った英雄達の憔悴しきった姿があった。 
 すなわち、イーサン・ウェーバー、カレン・エラ、レオジーニョ・S・Bの三名である。彼らはこの数時間のうちに十も歳をとってしまったかの様にみえた。その原因というのは謎の二人組、エンドゥーならびにキリークとの戦いに敗れたこと――などでは断じてない。英雄よ幻視の巫女よと如何に世人が称えようとも、彼らはガーディアンズ、その名の通りグラール太陽系を守護する主なる楯をもって自らを任じ、其処に住まう五種族による協調と平和の理想に仕える謙虚なる騎士であった。単純な敗北や不名誉をガーディアンズは怖れはしない、真に怖れるべきは“守るべきもの”がその手をすり抜け失われることだ。
 そう失われたのだ、わずかの時間であったとは言え彼らの友人であったヒトが。彼女もまたイーサンやカレンと同じに過酷な運命に翻弄されるまま、グラール太陽系を一万年に渡って呪縛し続けた破壊神ダーク・ファルスと対決し遂には勝利した英雄の一人でもあった。

「ナギサ……あの娘がさらわれたのは俺達の失態だ、何としてでも俺達がナギサを取り返さなくちゃならない」
「焦るなよイーサン、そもそも奴らがどこに消え失せたのかは皆目見当がつかん。闇雲な行動は事態を悪くするだけだ」

 一行の中で最年長者のレオは、まだ冷静さを保っている方らしく、若き英雄をそう言ってたしなめた。もっとも彼の屈強なビーストの肉体は心なしか普段より一回りも小さくなった感がある。

「あの時はこちらが矛をおさめるしかなかった、その判断は間違ってはいなかった筈だ」

 強がるようにカレンは言うが、その言葉から普段の彼女が持つ強い意思の力を感じられることはなかった。

「さて、ヤオロズは私の幻視ならば連中の居場所を探し当てられるとも言っていたが……、幻視の儀といってもそれを行うにはしかるべき時と場所というものがある。まして今の私は教団の人間ですらないんだ」

 自嘲気味にカレンは言って、ブリーフィングルームのドア方向へと視線をやった。まさかそれが合図であった訳ではないだろうが、イーサン達のいる部屋にあるたった一つのドアはわずかな作動音と共に開くと小さな人影を吐き出したのであった。

「おいおい、ガーディアンズのエースが雁首揃えてなあに辛気臭い顔してやがんだよ」

 伝法ながらも親愛の情がこもったその口調を耳にして三人は驚きの声を上げた。

「トニオ!」
「トニオなのか」
「いや待てお前、ここはガーディアンズの関係者以外立ち入り禁止だぞ」

 三つ目はレオが発したものである。トニオ・リマはかつてガーディアンズ隊員として主にレオジーニョ・S・Bとともに幾多の激戦をくぐり抜けた猛者ではあるが、現在はリトルウィングに籍を置く傭兵なのだ。

「細けぇことはいいんだよ、いつからガーディアンズはお堅い役所にみたいになっちまったんだ?」小ビーストの短躯にもかかわらず、トニオのよく通る声がそう言った。「受付でブナミにばったり会ってさ、イーサン達の所に案内してくれって言ったら気前よくここに通してくれたんだぜ」
「ああ、ブナミさんなら仕方ないな」

 おっちょこちょいだがどこか憎めない大柄なビースト女性のことを思い出して、イーサンが歎息した。

「って、トニオ、なんで俺達がニューデイズ支部にいることを知ってるんだよ」
「それはあらかじめ、私がイーサン達の行動予定をトニオさんにお知らせしていたからです」

 イーサンの疑問に答えたのはキャスト女性の人工発声器官であった。

「戻って来たかルウ。それで捜査状況はどうなんだ?」

 カレンが身を乗り出してルウに問うた。かつての同僚とはいえ、自分達の行動スケジュールを民間軍事会社の一傭兵に通知するとはいささか異例な事態ではあるが、ルウの口から出たことならばライアやネーヴ辺りからの指示があってのことであろう。それは今追求すべき事柄ではない。

「はい、まずナギサさんを拉致したとされる二人の賊についてですが、教団関係者、オウトク・シテイの居住者データベース、ここ半年のPPTスペースポート及びフライヤーベース利用者名簿、いずれにも疑わしき人物を総合調査部並びにニューデイズ常駐警護部は特定できていません」 
「ナノトランスだか亜空間だか知らんがおかしな転移技術を使う奴らだ、それでもってオウトク・シティに入り込んで来たのだとしたらそんなものだろうな」

 レオが腕組みしつつ呻いた。

「ではシティの一角を封鎖したエネルギーフィールドについては?」
「周回軌道上の複数の監視衛星が亜空間具現化現象ないしはそれに類似した何かを観測しているのは確かです。研究開発部でも調査中ですが、詳細はパルムのしかるべき学究機関の協力を待たねばならないでしょう」

 ルウの報告はブリーフィングルームに重苦しい沈黙をもたらした。敵の正体とその力については何もかもが詳細不明、加えてナギサの安否を確かめる術さえないのだから。

「ま、なんだかややこしい事態になっちまってるみたいだが、なる様にしかならないぜ」

 トニオだけは、この場を支配する沈鬱とした気分に加わる気はないらしく、軽口を叩いてみせるのだった。

「トニオお前なあ、ナギサだってリトルウィングの仲間だろうに」イーサンが語調を荒げたが、すぐに思い直したように言葉を継いだ。「いやすまん、元はといえば俺達が不甲斐なかったのがいけなかったんだよな」
「おためごかしに言うんじゃないが、ウチでナギサの事を知ってる奴に聞くと誰でも言うぜ『あれは少々危なっかしいところもあるが、とっても強い娘だ』ってな。イーサン、お前は知らないだろうが、お前とカレンがガーディアンズを離れてた時、俺達はすごく心配したさ、でもよ、それ以上にお前等のことを信じてた。ま、そういういこった」
 
トニオは背を思い切り伸ばすとイーサンの肩をぽんと一つ叩いた。

「お話の腰を折るようで申し訳ありませんが、よろしいでしょうか?」

 珍しくもルウが発言の許可を求め、残りの全員は少々驚きながらもそれに肯った。

「私達ルウが、個人的に気づいた事実が一つあります。まずはこれを」

 ルウの言葉とともに、部屋の中央に三次元影像が投射された。それは一つの恒星と三つの惑星を示していた。何事かと皆が注視するなか、三惑星はそれぞれの公転周期に従って動き始め、やがて停止した。そしてA.C.104という数字が表示され更に十二桁の数列が続いた。それがA.C.104年における特定の日時を示していることは明白だった。

「これは! 私達があの二人組と交戦した時刻におけるグラール三惑星の位置関係を示したものか」

 カレンが指摘する。ルウが頷くと光点が一つニューデイズに灯った。

「ん、何々、これはオウトク・シティだな」

 ホログラムの中に頭を突っ込んでイーサンが確認する。馬鹿者邪魔だ、とカレンに引き戻されるや、新たな光点がモトゥブ上に生じた。

「これは西クグ砂漠か。おお、こいつは例のレリクス出現位置じゃないのか」

 レオがそう言うと、またもやルウが頷いた。

「おいおいルウ、これだけじゃ何のことやらさっぱりだぜ」

 と、これはトニオ。

「この表示からではトニオさんの観察力と洞察力が回答を導き出せる確率が僅か一二・七四パーセントに過ぎないことは予想済みです」

 相変わらず口の悪い奴だなとぶつぶつ言うトニオを無視したルウは、すっとモトゥブ側の光点を指差した。するとそれから一条の輝線が伸びるやニューデイズへと向かう。輝線の終点はオウトク・シティを示す光点であった。

「さて、この図像が示す時刻において、ルミア・ウェーバー班に随行するルウNo.256は、クグ砂漠のレリクス地上構造部が異様な発光現象を示したのを確認しています」

 ルミアの名を聞いたイーサンがその表情をぐっと引き締めた。惑星モトゥブの西クグ砂漠地下におけるレリクス出現に端を発する今回の事件では、多くのガーディアンズがその解決に向けて任務についている。だがその中で真に精鋭の名に値するのは三組、一つめはイーサン達のチーム、二つめはライア総裁のパシ……もとい一番弟子である隊員の率いるチーム、そして最後がルミアとルウ、さらに(無理やり)エミリアまでをも加えたチームであったろう。
 真空の宇宙空間を横断してレリクスとオウトク・シティを結ぶ直線を睨みつつ、カレンは信じられないという表情を浮かべていた。

「あの時刻ならば、クグのレリクスからオウトク・シティへ向かう何らかの指向性エネルギーの照射が可能だったのか」いいや、違うなとカレンは頭を振った。「両惑星の公転と自転の周期から逆算し、照射が可能となるタイミングをついて彼らは来た……」
「“塔”の発光がエネルギー放射の結果であり、更にそれが別の惑星の一区画を外部と切り離し、その内部に存在したヒトの時間もしくは時間感覚を停止した、といういささか現代科学の常識を逸脱した仮定をよしとするならば、そうなるでしょう」
「やはり奴らは西クグ砂漠のレリクスと関係していると考えるべきか」

 そしてさらに、ナギサとエミリアをかってレリクス地下で救ったという光の円柱が、エンドゥー達が逃走時にに使用したものと同じものであるしいことも、その推測を補強するだろうとカレンは考える。

「なあルウ、ルミアんところのルウと話させてくれないか」

 イーサンの言葉にルウは首を横に振る。

「イーサン、今の発言は貴方が未だルウのシステムを完全に理解していないことを意味します。加えて言うならばNo.256は他のルウから切り離されたされた状態にあります。勿論No.256やイーサンの大事な妹に不測の事態が生じた訳ではありません、任務上の必要性から選択された措置であると理解して下さい」
「イーサン、ルミアちゃんは総合調査部だ、荒事専門の機動警護部とは勝手がまた違うんだろうさ」

 レオもまたそう言って、イーサンに無用の心配をさせまいとしたようだった。




「さてここで一つ報告がある」

 突如トニオ・リマが一体誰の声色を真似したものやら、芝居じみた科白を吐いた。

「いやな、なんで俺がニューデイズに来てて、ルウとも話を通してたかって事についてなんだが――皆はウチの大将、クラウチ・ミュラーの前歴を知ってるか?」

 イーサンは当然知らないという顔をして、カレンとレオは心当たりがあるらしく互いに目くばせし合っている、ルウはいついかなる時でもそうであるように無表情だ。

「太陽系警察の刑事だったと聞いたことがあるが」

 レオの返答にトニオは首肯した。

「刑事だったんだ、しかも優秀な。まぁちっと不幸な事件があって退職した訳だが、ヘマや汚職なんぞをやらかした訳じゃないから、惜しまれながらの退職だ。てな訳で、昔のツテは今でもいろいろと健在で、ガーディアンズや同盟軍とは別の情報源ってのをたくさん持ってるんだな、これが」

 クラウチの同業者である他の民間軍事会社での評判は大酒呑みの昼行灯、リトルウィングの昨今の好調な企業業績は上役のウルスラ・ローランによるものという認識が専らである。だが考えてみれば分かることだが、たとえ社長と契約社員が優秀であっても、その間に無能な人材が挟まっていれば企業の歯車の回転は必ず齟齬を来すはずなのだ。

「で、こっちの耳にも入ってくる訳だ、そのなんだ、グラール教団のだな……」
「まさか、知っているのか? ええと、その、ドウギ、ドウギ・ミクナの件について!」

 血相を変えたカレンが、トニオの言葉をさえぎった。

「まあ、そういうこった」

 それを聞いたカレンはこめかみを押さえてうつ向いてしまう。

「教団に収監されてたドウギが不吉な予言をして、しかもそれがよく的中するという。そいつが幻視と関係あるか否かをカレンの能力で見定めようっていうのが、ニューデイズに来た目的の一つだったんだよな」

 この件について考えることや行動することは出来れば先延ばしにしたかったカレンである。今や彼女の顔色は死人の様に青ざめて見えた。

「いや、イーサン、私の判断など必要なかった、ニューデイズに災いの影あり、全くその通りになったじゃないか。しかも私達の行動がドウギの幻視もどきとやらの成就に一役かったというおまけ付きだ。笑えない冗談にも程があるというものだ」

 おおよそ普段のカレンらしくない自暴自棄な言葉がその口をついて出る。まるで全ての責任は自分にあるとでも言いたげだった。

「そいうい言い方はよせ、カレン」

 たしなめる様な口調のイーサンである。

「なんか悪りぃコト言っちまったみたいだな。けど、そこまで悲観的なるこたあ無い、と俺は思うぜ」

 どうにもバツが悪そうに、トニオは己の短く刈り込まれた砂色の頭髪を掻いた。

「どういうことだ、トニオ?」
「おう、レオ、それなんだがな、レオ達がおかしな奴らとやりあっていたころ、俺は教団でルツ星霊主長がアルテラツゴウグを餌付けにするのに付き合ってたんだよ」

 あまりにも呑気な事を言い出すトニオに、レオはトニオの頭がどうにかなったのではないかと心配顔をした。イーサンとカレンもどう反応してよいか分からず、憮然とした表情を浮かべている。

「つまりだ、ドウギが騒ぎ出せば今じゃすぐにルツに知らせが行くようになってる。なのにどうして俺とルツ様はアルテラツゴウグをヨ~シヨシ出来てたと思うんだ?」
「馬鹿な、あのエンドゥーとかいう奴や、大鎌のキャスト、あの妙な結界――フィールドロックとか言っていたか――にもドウギは反応しなかったのか」

 何らかの予知や霊感をドウギが示しているとしたら、あれに反応しないというのは異常だ。ならばドウギの予言とやらは単なるまぐれ当たりの連続に過ぎなかったというのか。

「けどよ、今はまた元気にニューデイズがキケーンとかさえずり始めてるらしいぜ」トニオはそこで一旦言葉を切ってルウを見た。「それで俺とルツと教団に派遣されてたルウとで話し合ったんだ。ナギサ拉致の一件は『ニューデイズの災い』とやらではなかったんじゃないかってね。むしろそれはこれから起こるんじゃないか?」
「ナギサが攫われたのが災いじゃなけりゃ、一体何が災いだっていうんだよ。ううむ、しかしあのエンドゥーって奴はいけ好かない野郎だったけど、根っからの悪党という訳ではなかったかもな」

 イーサンは、エンドゥーがその身を挺してカオスブリンガーの攻撃から、身動きのできぬオウトク・シティの住人を守った事実を思い返し、しばし考え込む様子であった。

「奴はナギサについておかしなことを言っていた、親のようなものだの、転生がどうしただのと。何のことやら分からんが、ナギサに害意を持っているという様子ではなかったな」
「レオ、あの男の言う転生云々は幻視とも深く関わりのあることで、私が解かねばならない謎だろう。少々都合のいい見解かも知れないが、ナギサの一件はなるべくしてなったことで、これから先、その結果がどう転ぶかは私達の行動次第ということなのかも知れない」

 カレンは両の掌で自分の頬を思い切り叩いた。大きなぴしゃりという音が部屋の空気を震わせる。

「ドウギの名が出ると、どうにも私は平静ではいられないようだ。これでは駄目だな、私は私にしか出来ないことをする、今はそれだけを考えよう」

 カレンは己の言葉を己の心に深く刻みつけんかとするように言う。彼女は正しき資質を持ったガーディアンズとしての態度を取り戻しつつあるようだった。

「ところで入室した時点で注意すべきだったのですが、当ブリーフィングルームへの原生生物等の持ち込みは禁止されています」

 ルウが示した部屋の隅で、ちょこんと一頭の四足獣が香箱を組んで座っていた。それはサベージ・ウルフ程の大きさで、全身を包む純白の体毛からは、ちりちりと火の粉を舞い上がらせて、背には楼閣らしきものを背負っている。
 一同の視線を受けて、なんだお主らようやく妾に気づいたか、とでもいうように、獣は三本の長い尾をゆうらりゆらりとくねらせたのだった。
  
 
 
 

 毎度のことながら更新頻度がとてつもなく遅いです。こんなしょうもない物でも続きを待って下さっているという方がもしおられるならば、大変申し訳ないことだと思っております。
 謝罪せねばなりません、シオンさんくらいの勢いで謝罪しないといけません。
 さて、今月末はいよいよPSO2 Vita 始動です、運営チームさんもVitaからは本気出す、てな感じで頑張ってらっしゃるようです。
 だからという訳ではないですが、それに合わせたくらいに次回の更新が出来たらいいなあと、取らぬ狸の皮算用なのであります。
 それでは今後とも宜しくお願いいたします。

 最後に、管理人様お疲れ様でした、そして感謝を!
 



[27552] その17
Name: 蕎麦わんこ◆9fb2142d ID:76a4c2f6
Date: 2013/07/31 07:43
 ナギサ、ナギサよ、お前は今どこにいる?
 彼女は未だ惑星ニューデイズにいる。湖沼、巨大な水棲植物の集合よりなる大小の島々、それらを繋ぐ網の目の様な水路。地べたを這い回り、泥に潜り、苔むした木々の頂きをかすめて飛ぶ、この星にのみ見られる数々の原生生物。
 エンドゥーが“白髭公”ヒースクリフ・フロウウェンの名を口にのぼせた時、キリークは感極まったが如き状態で、その場に立ち尽くしていた。
 ナギサもエンドゥーも、そしてキャシールの狙撃手と龍人も、何か口をはさもうとはしなかった、いや出来なかったのだ。
 橙の空はやがて紺青にその色を変じていく。ナギサは足下の地面が土くれや石ではなく、空気を溜めた袋によって海上に浮かぶ、信じられない程の大きさの植物の表面であることを知った。
 やがて夜はあまねく空をその帳で覆い、きらめく星々が銀砂の如くに撒き散らされた。ナギサにはその美しさに感嘆するだけの余裕などありはしない。特徴的な地形と大まかな星座の見え方から、ここがシコン諸島とアガタ諸島、それぞれの端が接する辺りではないかと見当をつけていた。オウトク・シティよりかなり離れた場所へと、尋常ならざる方法によって運ばれたのは確かな様であった。もっとも、これと同じ事態は、“聖櫃クロウリィ”の時に経験済みであるので、さして動揺するほどのことではない。心の中で「おそろしく運が無いな、私は……」と愚痴るだけだ。

「そうとも、フロウウェン、それがエンドゥーを生んだ片割れの名だ」

 キリークがその様に口を開いた時、残る四人は金縛りから解き離れて、ようやく人心地のついた気分を覚えたのであった。

「もうね、猟犬さん、喋ったり動いたりするだけでおっかないとか勘弁して下さいよお。その度に寿命、もとい保証期間の縮む思いをするこちらの身にもなって下さいねえ」

 “狙撃手”がぶつぶつと文句を言うのだが、おそらくキリークの聴覚センサーには届いていまい。

「そのフロウウェンと私の前世とやらが、お前をこの世に生じせしめたというのか? ならその人物の名を聞かせて欲しい、その彼女はやはり私に似ていたか?」
「ククク、クハハハッ!」

 黒い猟犬が哄笑を放つ。何か突拍子もない冗談を聞かされたとでもいうように。

「な、何がおかしい?」

 ナギサが口を尖らせる。なんだか酷く愚弄された気分の彼女である。

「リコ、リコ・タイレル――」

 キリークに代わってエンドゥーが言う。ひどく懐かしい者の名を呼ばわる声音であった。

「もっとも世の人々には、レッド・リング・リコの名で親しまれていたというがね。因みにグラールのニューデイズの流儀で言うと、アカイワ・ノリコになると思うが違うだろうか?」
「そ、そんなことを言われても、私は知らないぞ」

 いきなりその様な話を振られても、ナギサは返答に窮するしかない。

「ククッ、まあ剣の腕が立つという一点においてならお前はあの女に似ている。あの男を別にしても、ドノフ、二人のミヤマ、そしてレッド・リング、いずれも喰らうに足るだけの連中だった。皆とうの昔に、オレを置いていってしまったがな」

 そう言うキリークの言葉には幾分自嘲の響きがあった。

「置いていかれた者の、生き残ってしまった者のやるせなさか」

 ぽつりとナギサがつぶやいた。
 それを聞いたエンドゥーと狙撃手がぎょっとした表情を浮かべるや、そろりそろりとキリークの様子をうかがった。このキャストが昔語りをする時に、下手に嘴を差し挟むことは、死の覚悟が必要だと信じているようだった。

「ほう、分かるか、小娘」
「ほんの少しだけ」

 そうか、分かるのか、とキャストは肩をそびやかした。

「なんだか微妙に気が合うようで何よりですねえ。でも、敵さんなんてたっぷり苦しんで貰ってから蜂の巣にして、最後はフランカ食堂へ叩き売りですよ、強かろうが弱かろうが関係ない気もしますけどお」

 ですよねえ? とキャシールは傍らの龍人に同意を求める。

[我が剣は][常に龍族の誇りと共にある][お前の様なものの考え][理解したくもない]

 次の瞬間、狙撃手の手にしたライフルの発するマズルフラッシュが、明るく激しく閃烈に夜闇を引き裂いた。

「だーかーらー、仲間を撃つんじゃない!!」

 怒声を上げたナギサがキャシールのところにすっ飛んで来る。これは多分に同族嫌悪のきらいもあるのだろうが、ともかくもナギサは相手の銃身に手をかけようとする。しかし狙撃手はくるりとライフルを半回転させるや、銃床でもってナギサの手を払い除けた。

「ちっ、腕前だけは達者な奴だ」
「うふふふ」

そのやり取りを横目に、硝煙の中からよろよろと龍人が身を起こしつつあった。

「おい、モブとか言ったな、大丈夫なのか?」
[り、龍族が][せ、生命の極致でなければ][即死だった]

 恐るべきことだが、チ・モブはまともに銃弾を浴びせられたようだった。彼の頑健さにナギサは同じ戦いの道に生きるものとして敬意を表さずにはいられなかった。
 一見すれば痩せてきたのでアジス・クグ辺りに捨て置かれたヴァンダの様なモブであるが、龍族というだけあって、龍つまりラガン種の幼体が直立二足歩行をしている、と言う形容の方が彼の姿形を表すのに適当であったかも知れない。その両眼にはヒト種とは異質ながらも、確かな知性の存在を窺わせ、後頭部から二本の触角が腰のあたりにまで伸びているのが特徴的である。彼の武装である湾刀と大楯は、フォトンでもなければ金属でもない、何やら生物素材めいたものから造られているようであった。半身をすっぽり覆ってしまう程の大楯の表面では、無数の弾痕や刀痕、爪か牙によるものらしいぞっとするような長さと深さの傷、腐食痕、一体何者がどのような手段で付けたのか見当もつかぬ名状し難い損傷等が、チ・モブの戦歴の長さと過酷さを示していた。

「たまには賑やかなのも悪くはないな、昔を思い出す。だが話を元にもどすぞ」

キリークが言うや、残る四人はたちまち姿勢を正して、彼の言葉に傾注した。

「先にも言ったが、似ているのは戦いの技までだ。レッド・リング・リコ、あれは戦闘者としてだけではなく科学者としても優秀だった」
「要するに、頭のいいヒトだったんだな」

 リコは自分と同等かそれ以上の戦士であったのだろう、それに加ええて科学者でもあったのだ。

「グラールではな、『星霊は二物を与えず』と言うんだぞ」

 別にリコに対して対抗心が芽生えた訳でもないのだが、なんだか自分が出来損ない呼ばわりされているようで、ナギサは少々拗ねるような顔をする。

「才能に恵まれすぎているのも考えものだ、加えてあれの父親はひとかどの政治家でな。思えばそれがレッド・リングにとって一番の不幸だったのかも知れん。ヒューマンのことは未だによく分からんが、父と娘の間柄というのは常に厄介なものらしいからな」

 ナギサ、エンドゥー、キャシールもまた、父と年頃の娘の間の感情の機微、などといったものを完全に理解することなど出来なかったろう。龍族の戦士に至っては、おそらくヒト種とは生態自体がかけ離れていたに違いないので、なおさらだ。

「そしてリコは父よりも一回りも年上の、軍の英雄である一人の男、ヒースクリフ・フロウウェンに師事し、彼から学んだ。このこと自体にも、二人の周囲の人間は色々と思うところはあったようだ」
「身も蓋もない話、アカイワさんってファザコンの気でもありましたかあ?」
「本当に身も蓋もないことを言う奴だ、君は」

 狙撃手の言い様に、エンドゥーは渋い顔をする。

「軍、研究者、政界、将来を嘱望されながらも、リコはそのどれも選ばずハンターズになった」
「ハンターズ?」

 ナギサにとっては初めて耳にする言葉だ。

「フリーの傭兵みたいなものなんだが、一応ハンターズギルドという元締めがある。依頼次第では迷子のペット探しからダーク・ファルスの討伐までもをやってのける連中のことを、俺や旦那の故郷ではそう呼ぶのさ」

 つまりリトルウィングだのガーディアンズだのの様な仕事をする者たちは、彼らの世界にもあるのだなと、とりあえずナギサは理解する。

「そうか、ならリコというヒトの生き方には親近感を覚えるな」
「ふむ、だがリコはレッド・リングの二つ名の通り、左手首の赤い輪がトレードマークでな。しかも髪も衣装も赤なら、その武器さえも赤で統一していたという徹底ぶりだ」
「うっわ~、全身赤ずくめとか何だかおかしくありません? 赤って欲求不満の色とか言うじゃないですかあ? 直に会ったら引いちゃいそうですよお」

 狙撃手の毒舌はどうやら絶好調のようであった。

「もし許可をもらえるなら、コイツが未来永劫無駄口を叩けないように出来ると思うのだが、どうだろうか?」
「言ってくれますねえ、でも『銃は剣よりも強し』ですよ? それとコイツ呼ばわりされる筋合いはありませんよお」

 黒髪の剣士とキャストの狙撃手、互いに腕に覚えのある者同士、発する挑発の言葉がぶつかり、空中で不可視の火花を散らす。

「そうは言っても、呼ぶ名が無いんだから仕方ないじゃないか」
「あたしのオリジナルはリサというのですけれど、この身は粗末な複製品に過ぎないです。故に、リサを名乗るのは少々僭越という気がしますねえ」
「要はクバラ品ということか。グラールではその場合、紛い物であることを示す接尾辞『ク』を付け足す。ならばお前は今からリサックだ!」
「格好わるいですよ、やめてくださいよう。成程しかし、その理屈からするなら、あたしの世界の文法規則に従って、あたしはリサ/ナハトとでも名乗るのが適当なようですねえ」

 ん? ナハト? ナハトってなんだ? 
 ナギサはしばし頭を捻る。例えばグラールに於いては、長槍ゲキツナアタの模造品はゲキツナアタックとなる。これをゲキツナアタ/ナハトと言い換えては、どうにも冗長で語呂も悪い。さりとてゲキツ/ナハトでは端折りすぎだ。これは例が悪かったのかも知れない。では両剣モルゲンロート/ナハトではどうか。ああ、これならば、おはようからお休みまでを見守ってくれそうで、頼もしい感じがよいのではないか。

「何をぶつぶつ言ってるんですか、気持ちの悪い。格好よければそれでいいんですよお」
「ああ、格好いいのか。それなら仕方ないな」

 図らずも、親友が座右の銘とするいつものアレが、リサ/ナハトの口から出たことで、ナギサはようやっと納得を得ることができたようだった。
 この時、冷気の剣の様なものに貫かれる感覚を覚え、デューマンとキャシールはその発現点へと頭を巡らせる。

「オレの話を聞く気がないなら、その首から上のもの、最早必要ないと思うのだがな、クククッ」

 黒い猟犬の手にする長柄の先端で、フォトンが不吉な弦月を描いていた。

「ま、待て! 話せば分かる、話せば!」
「狩られるのも、刈られるのも、あたしの趣味じゃないですよお!」



 
 ――グラールは本来歩むべき未来から外れて、別の分岐に進みつつあるのかも知れない。
 エミリアの発した言葉を耳にした時、その場にいた全員の表情を不安の色が刷いた。彼女の言う意味を正確には理解出来ていないであろうユートのそれでさえも。
 グラール第三惑星モトゥブ、クロウドッグ地方、カーシュ族の居留地が存在する熱帯雨林の一角に駐機する宇宙船内部に於ける一幕である。

「まさかそんなこと……いやもしそうだとしたら、それは良い方になのでしょうか? それとも悪い方に?」

 言いつつヴィヴィアンが顔を曇らせる。

「歴史が変わる、枝分かれする、それが理論的に起こり得るとして、それを私達は認識可能なものなのですか」

 と、これはルウ。
 問われたエミリアは押し黙ったまま、厳しい顔で目を瞑っていた。
 彼女は図らずも“本来進むべき未来”と口にした。
 グラールは亜空間事件での旧文明人による侵攻を間にはさみ、二度に渡ってダーク・ファルスと交戦し、これを退けた。かの破壊神を遂には巨大な航宙船にして神の柩たる聖櫃クロウリィの裡に捕らえ、深宇宙へと放逐した。一万年前の昔、旧文明を滅ぼしたのがダーク・ファルスによるものであったことを思えば、グラール太陽系にかけられた大いなる呪詛を半永久的に取り除くことに成功したと言っていい。進むべき未来とはすなわち、災いを知らぬ希望にあふれた未来のことであっただろう。それから外れるということは、これは不吉な意味合いでしかあり得ないのではないか。ナギサに向かって、リサなるキャストの複製機は、未来の閉じた選択肢について言及してはいなかったか。

「この宇宙における事象世界の分岐については、亜空間理論がその可能性について教えてくれるのみね。あたし達ヒトがヒトである限り、そんなものを認識することなんて出来ないよ。そりゃあ、ミカやヘンタイさんみたいな存在にでもなれば少し事情は変わってくるでしょうけれど」

 旧文明人の様に精神生命体にでもなれば、肉体の有限性から解き放たれて、研究と思索のための無限の時間と、より高次の認識能力を手に入れられるのかも知れない。しかしミカもワイナールも自分達は消え去るべき存在だと言い、決して幸福そうではなかった。エミリアを娘と呼びまた母と呼ばれ、或いはナギサを守り抜いたことに満足し、グラールから去って行くことのみによって、二人はようやく魂の安寧を得たかに思われた。狂気の王カムハーンや彼に従いマガハラに巣食う怨霊と成り果てた連中などはそもそもお話にもなりはしない。ヒトは己の領分を超えるべきではないのだろうとエミリアは思う。

「本当にそうかしら?」

 これに異を唱えるものがある。ルミア・ウェーバーだ。

「私、カレンさんに聞いたことがある。星霊の一つ一つにこの太陽系これまで起こった全ての出来事が、過去の記憶として刻み込まれてる、それをビジョンとして受け取ることが“幻視の儀”なんだって」
「そりゃあ過去というのは基本的に定まったものだから可能でしょうよ、それを改変するとかいうならともかくね」

 エミリアは仏頂面をする。グラール教団の教義とはオカルティックではあってもオカルトそのものではない、むしろサイエンスなのだ。そうでなければ、かつては魔法だの魔術だのと呼ばれたものが、現代においてはテクニックとしてフォトン科学により再定義されることなど有りはしない。だが宗教と科学のすり合わせはいつの時代も難しい。エミリアならずともグラールの科学者達は、このことを大なり小なり自分達に突きつけられた限界性であるように感じるらしい。

「それだけじゃないわ」そう言ってルミアは自分の携帯端末を操作する。「教官に借りてた本が確か――そうこれ! ヨウメイ書房刊『古代星霊祭祀における秘儀と秘祭』」

 本と言っても紙媒体などとうの昔に好事家の専有物であって、通常は電子書籍である。
 それまで部屋の中央に据え付けられたホログラムプロジェクターはヴィヴィアンがパーソナルハッキングによって得た、ガレニガレ鉱山地下での平行世界から来たというイーサンらの姿が映写されていたのだが、件の書籍の数ページがそれにオーバーレイ表示される。
 それには昔、幻視の巫女により未来の災害が見えた時があって、被害を最小限に抑えられた事があったとの記述がなされていた。

「ヨウメイ社って出版事業なんかしてたっけ? まあそれはいいとして、未来の事象に干渉することをあたし達は普通にしてるわよ、ほら『運命は自分で切り開く!』ってのよ、逆に未来を決定したものとして予知するのは難しいでしょうね。そういう意味では過去とは全くの反対ね」
「でも幻視ってひょっとしたら、過去の分岐の痕跡やこれから先にある選択肢を視ることだって出来るんじゃないかしら」

 将来起こりうる災害を予知し、これを回避し得たたという言い伝えは、それが可能であるという証拠ではないか。

「う~ん例えばね、あたし達がマガハラでシズルがお腹を斬るのを止められなかったらとか、クラッド6でナギサが皆に大怪我させた時アイツがナギサをその手にかけてたらとか、クロウリィでナギサが我を通して生贄の役をワイナールにゆずらなかったらとか、そういう事は充分有り得ることだった。でも、きっとそれはそれでその先もお話は続くんだ」
「つまり、その数だけの事象が分岐した世界が既にあるということですか? そう、私だっていくつかの重要な選択をした結果、今の私がいる訳ですから、他の運命をたどった私も存在するということになるんでしょうか」

 己のオリジナルであるヘルガとの戦いの記憶を頭脳体内に再生しつつ、ヴィヴィアンが感慨深げにそう言った。

「でも僕は、旅人さんやエミリアやシズルやナギサ、みんないるのが一番いいぞ」

 難しい話は分からないユートではあるが、この野生児の言葉にはこの場にいる皆が同意するものであった。

「そうだね、ユート、皆が幸せなのが一番だよね。もっと高次の観測者を仮定すれば、分岐と見えるものも、その実より良い結末に向けての試行の積み重ねと認識されるのかもね。だからさ、ルミア、仮に幻視が分岐を見通すことが出来たとして、そこに見るのは綺麗な樹形の図なんかじゃなくて、何かひどくこんがらがって訳の分からないものなのかもよ」

 ルミアがそれについて、何か答えを返そうとした時、緊急連絡を告げるコール音が彼女の通信機から発せられた。

「ん? 調査部の方で何か進展でもあったのかしら。って、ライア総裁から!」

 同様の通信はルウも同時に受けていたものらしく、彼女が素早く船室に備え付けられたビジフォンを操作するや、ガーデイアンズ現総裁、ライア・マルチネスの立像が空中に描画される。

「やあルミア、あんたがルウにおかしなことをさせてるせいで、あたしが直々に通信しなきゃならなくなった」そう言って、ライアの映像は褐色の肌に金髪の頭部を巡らせた。「久しぶりだねヴィヴィアン、たまにはG・コロニーにも顔を出しな、少々遅くなったけれども、おめでとうを言わせてもらうよ、エミリア・ミュラー“博士”、そっちはユートだったね、二度のグラールの危機での活躍、ガーディアンズ総裁として、またあたし個人としてあんたの勇気を讃えさせてくれ」

 ヴィヴィアンが礼儀正しく返礼し、エミリアは誇らしげに胸を張る、ユート・ユン・ユンカースはにこにこと笑顔を浮かべていた。

「ライア総裁、緊急通信の本題、如何なるものなのですか」

 他のルウとの情報連結を解いているこの場に存在するルウNo.256には、本来リアルタイムで把握されているべき全てのガーディアンズの活動状況を関知することが出来ない状態にある。

「単刀直入に言うけれど、あたしの手元にゃ現在、いい知らせと悪い知らせ、これが一つずつ上がって来ている。さて、あたしはどっちから話すのが良いと思う?」
「総裁、それは……」
「はいはい~、あたしはご飯の時は好きなものから食べちゃう派で~す!」

 何か言い出そうとするルミアを押しのけて、エミリアが挙手をする。ルミアはじろりとエミリアを睨みつけるのだが、天才少女はそんなものは意にも介さない。

「よし、なら明るい話題から行こう。あたしのパシ……もとい弟子でルミアの教官が、例のイーサンの偽物どもの足取りを掴んだようだ」

 おお、とその場にいる全員がどよめいた。

「どうも連中ガレニガレ鉱山の奥深くに潜んでいるらしい。これは意外だったんだが随分大所帯らしくてね、前の戦争でエンドラム機関が使ってたステルス仕様の特殊任務用シャトルを母船にして活動してるらしい、この意味わかるかい」

 謎かけのような問いに、ルミアは速やかに返答した。

「ならば、彼らはもうモトゥブからは出られない、そういうことになりますね」

 ルミアの言葉にエミリアとルウも頷いていた。
 ライアは偽のイーサン一派がかなり大規模なグループであることを意外であると感じたようだが、ルミア達は既にヴィヴィアンからの情報によって周知していたことでもあり、このことにつて驚きは無い。

「分かりました、モトゥブ側のベクター・トラックを押さえてしまえば、彼らは他の惑星には移動出来ないことになりますね」

 少し遅れて、ヴィヴィアンもライアの言わんとすることを理解した。
 ベクター・トラック、グラール太陽系内での宇宙船の航行を支援するシステムであり、これによって各惑星やスペースコロニーとの行き来は格段に安全で高速なものとなった。宇宙に敷設された巨大なリング内でフォトン濃度の違いを利用して、船舶の加減速を行う。最大でその加速は実に光速の三パーセント、時速にして約三千万キロメートルに達する。
 例えば地球と火星の最接近時の距離がおおよそ五千六百万キロメートルであるという事実をもってすれば、このシステムの有用性の理解の一助となるであろうか。
 グラールの航宙船が搭載するフォトンあるいはAフォトン推進機関の加速力は、例え惑星の重力の助けを借りたとしても、ベクター・トラックのそれには及ばない。自由に惑星間を航行するには未だ力不足なのだ。不審船である彼らのシャトルは、ベクター・トラックの警備レベルを幾分上昇させるだけで、これの利用は困難となる。シャトル自身で他の惑星に到達しようにも、多くの日数を費やすこととなるし、軌道を読まれれば拿捕される危険も高まる。その行動範囲はモトゥブのみと大きな制限を受けることとなるだろう。

「流石は教官、やる時はやりますね」

 ルミアが感心したように言う。彼女達が、ヴィヴィアンのパーソナルハッキング能力によって知り得た事実に、恐らくは地道な捜査のみでたどり着いたのだ。

「教官がガレニガレへ向かうなら、私達も合流した方がよいのでしょうか、総裁」
「まあ待ちな、ルミア。知らせは二つあるのを忘れちゃいけない」

 ライアの言葉にルミアが、はっと表情を厳しくする。悪い知らせというのがまだ残っていたのである。

「いささか情報が錯綜していて要領を得ないんだが、ニューデイズのオウトク・シティだ。リトルウィングにナギサって娘がいるね、この娘が誘拐、いや拉致されたらしい」
「そういやナギサ、ニューデイズに出かけたアイツに会いに行っちゃったんだ。でも、誘拐? 拉致? 一体どうやって? 悪い大人にお菓子ででも釣られちゃったんですかあ?」

 エミリアが目を丸くする。あのナギサを誘拐出来るヒトがこのグラールに存在するなどとは到底信じられない。イーサンやドン・タイラー辺りならどうだか知らないが、彼らがそんなことをする訳はないだろうし、まさか例の偽イーサンとも考えたが、先の報告が正しければ、アイツはニューデイズになど来れないはずだ。

「これはガーディアンズ総裁として、エミリアに謝罪しなきゃならないことなんだけど、その場にはレオやカレン、イーサンまでも居合わせていたらしいんだ。全く、らしい、らしい、ばかりですまいないんだが、もう少し時間をくれないか」
「ええっ! 兄が一緒だったのにナギサさんを攫われちゃったんですか」ルミアが絶句する。「何と言うへっぽこぴー! お兄ちゃんへっぽこぴー過ぎる……」

 普段は兄イーサンに対して素っ気ない態度をとっているルミアだが、それでもイーサンは妹にとってのヒーローであった。ルミアのショックは大きい。

“ルウさん、これは平行世界の方達が言っていた、警戒せねばならない彼らとは別の存在、とやらの仕業ではないのでしょうか”
“正確な判断を下すためには余りにも情報が不足しています”

 ヴィヴィアンとルウはキャストのみに聞き取れる周波数帯で言葉を交わし合う。

“平行世界からの来訪者が我々を脅かしつつある、その情報の拡散が、グラールの未来の選択を誤らせるかも知れない。でもこの事実を、私達の中だけで留めおくことにはもう無理があるのではないですか?”
“私がルウネットワークに復帰すれば、情報の総量は飛躍的に増大します。しかし、そうですね、決断を下すべき時が来たと私は判断します”

「旅人さん、旅人さん」

 難しい顔をしているヴィヴィアンのところにユートがやって来る。

「なんだか嫌な感じがする、あっちの方」

 そう言って、カーシュ族の少年が指差す向きは南南西。奇しくもそれはクロウドッグ地方から見て、ガレニガレ鉱山を示す方角なのであった。




 さて、同時刻におけるガレニガレ地下の平行世界から来たと称する者達の地下基地である。撤収準備は既に整ったものと見え、洞窟内は閑散とした様子であり、人員もまばらだ。
 最後のチェックをしているらしいマガシの下に、部下の一人がやって来る。

「クグ砂漠のプローブ・マシナリー、全機通信途絶えたようです」
「構いわせん、スルクーフには無理やりにでも動いてもらう、準備も整ったからな」

 部下の報告に、真紅のキャストは不敵な表情でもってこれに答えた。
 一方、ヘルガはもこもことした毛むくじゃらの何かを掌の上で弄んでいた。それは一見テノラ・ワークス製のクロー・カテゴリーの武器と見えた。茶色の毛が植わった篭手から黒い爪が生え出ている。エネミー・ウェポンの一種かも知れない。ただグリップとクローは黒い伸縮自在のワイヤーで連結されていて、ウィップの様にも使用できるらしい。
 ヘルガにもシャトルへの乗船を促すためであろう、ヴィヴィアンを伴ったイーサンが近づいてくる。

「これ何なの?」
「ああ、それな。スルクーフの女キャストから貰った、試製兵器らしい」
「私はSEEDだから分かるのだけど、この手の持ち主、多分知的生物じゃないかしらね。爆破されてバラバラになった、その怨念がまだ残っていてよ。それにこの黒いワイヤーってまさか……」
「ソレハ、オキク・ドールノカミノケデス」
「そうだったのか、道理で巫女様が縁起悪いから亜空間にでも捨ててこいっていう訳だ」

 薄気味悪そうにイーサンがぽつりと呟いた。
 SEEDであるヘルガにとってそんな事は別段気にする程のことではないのだう彼女がクローを戯れに振り回すと、りっ! りーっ! という恨めしげな哭き声が洞窟内部に反響するのだった。
 
 




 PSO2で緊急クエスト待ちしながら書いていたせいか、PSO2ネタ多めです。段々と何の二次創作なんだか分からなくなって来てます、すいません。
 今回のペースなら月二回くらいの更新出来るんじゃないかと思えるのですが、単なる気のせいかも知れないです。
 またPSO2の話なんですが、クーナのOur Fighting song ってあれはガチなんだかネタな曲なんだか分かんないですね。いっそのことDF緊急時のロビーで流せばいいんじゃなかろうかと思わないでもないです。
 それでは次回も宜しくであります。
 



[27552] その18
Name: 蕎麦わんこ◆9fb2142d ID:05208419
Date: 2013/07/28 15:25
 その青灰色の道は、奇岩と溶岩の池と火山ガスを貫いて真っ直ぐに伸びていた。大地に落ちるべき恒星の光の大半は、はるか上空で遮られ、辺りを支配するのは仄暗い影だ。岩盤の裂け目から噴き出す硫黄臭と相まって、まるで地獄の一部がこの世に這いずり出て来たかとも思われる。いや、地獄など何ほどのこともない。彼らは地獄からやって来たに違いない怪物どもと、かれこれ千年以上も戦い続けていたのだから。
 有毒成分のガスや高温の大気や凶暴な巨大生物どもを、彼らは――アークスは苦にすることはなかった。フォトンを武器としフォトンによって己が身を守るアークス達にとって、それらは彼らの戦場においてありふれたものでしかなかったからだ。
 



 百五十年程前にオラクル船団より発したアークスの調査隊が、この惑星アムドゥスキアを発見した時、数限りない恒星系を目にしてきたはずの彼らをして驚嘆せしめる光景がそこにあった。
 それは最初、盛んに火山活動を繰り返す、未だ冷え切っていない若い惑星なのかと思われた。だが煮えたぎる第一の地表の数千から一万メートルもの上空に、第二の地表が観測されるまで、さほどの時間を必要とはしなかった。信じ難いことに二つめの地表は、なんの支えもなく大気圏内に浮遊していた。
 アークスの研究者達はアムドゥスキアの有する地磁気が、この規模の一般的な惑星に比して異様に大きな値を示すことを、また知ることになる。第二の地表は、この強力な地磁気に反発して宙に浮かぶ岩盤からなる、いわば“浮遊大陸”であろうと結論づけられた。さらに、この惑星に棲息する大きさも形態も多岐に渡る、爬虫類様の知的生命との接触は、アークスの生命に対する既成概念を揺るがせた。アークスは彼らに対し、伝説上の偉大なる存在になぞらえて“龍族”の呼称を用いる事とした。




 只今現在、アークス所属の装甲車が三両、縦列で青灰色の道をひた走っていた。車列の中央に位置する車両の上部ハッチからは、ヒューマン女性のアークスが身を乗り出して、周囲の地形に油断なく目を光らせている。
 前髪を上げたショートヘア、逆ナイロールフレームのグラスの奥では瞳が強い意志と知性の光を灯している。背にはアドオンランチャーと一体化したバレルを持つアークス制式採用のライフル。
 高速で疾走する車両が二度、三度と大きく縦方向に跳ねた。

「博士、アキ博士、危ないですよ。できれば、車内で大人しくしていて下さい」

 アキという名らしい女性アークスが半身を乗り出している上部ハッチに向けて、装甲車のドライバーズシートから甲高い男性の声がかけられた。

「相変わらず心配性だなライト君。こういう時はフォトンで身体を車体にくっつけとくのさ。そうすれば万が一にも車外に放り出される心配はない」

 ライト君と呼ばれたのは、アキの研究助手か何かだろう。アムドゥスキアに自由に降下できるのは目下のところアークスだけなので、彼もアークスとしての資格を持っているに違いない。

「おはようございまーすっ!」

 突如第三の声が生じ、アキの陣取る上部ハッチの右隣に配された銃座から、女性キャストが、にょっきりと生えだした。この車両、最後の乗員が彼女なのだった。余程肝の座ったアークスらしく、キャンプシップから降下してよりこちら、愛銃を抱えたまま居眠りというのか、スリープモードというのか、とにかく目を閉じたまま死体みたいに動かないでいたのだった。
 アキはいかにも気の強そうな外見に違わず、大抵の事では眉の一筋も動かさぬ強心臓で、アクシデントの類には冷静に対処することができる。だが彼女は女性キャストがこちらを振り向いた時、思わずたじろいでしまった。
 女性キャスト用パーツの中でも、もっとも優美にして上品な印象を与えるものの一つであるイオニア・シリーズに、黒のロングヘアーを模したヘッドパーツも、細面のフェイスパーツもとても良くマッチしている。ああ、だがその目がいけない。瞳孔の開ききったガラス玉の眼、うっかり覗き込めばたちまちに正気をグラインダーが音を立てて削りとってしまうだろう。生きながら人間の眼球を抉り出してダーカーコアを代わりに詰め込んでも、この名状しがたい不安感は再現できるかどうか。
 
 一体キミはどういう素性のアークスなのかね?
 歯に衣着せぬ物言いが信条のアキであるが、なんだか薄気味悪くてその一言は胸の裡にとどめおいた。

「うふふ、リサの顔に何かついてますかあ?」
「いや、別にそういう訳ではないのだが……」

 アキの側にずいと身体を寄せる女性キャストレンジャーの名はリサと言うらしい。いつだったか、知り合いがその名前を口にしていたような気もするがよく思い出せなかった。案外有名なアークスであってもおかしくない存在感の持ち主ではある。

「ところで、この星の火山地帯にちゃんとした道路が造られているのって初めてみましたねえ」

 リサは装甲車が踏みしめる地面に、立方体の形状をした青灰色の石が敷き詰められているのを認めて、不思議そうな顔をする。

「ああ、これかね」

 少々リサに気圧されていた感のあるアキであったが、ライトが博士と呼んだ通り、彼女はアークスと研究者、二足のわらじを履く者である。学究機関での研究に飽き足らず、アークスとなって危険な地に赴きフィールドワークをやろうなどという熱意に溢れた人物であれば、自らの知識、知見を披瀝する機会に際しては俄然張り切らずにはいられない。

「龍族というのは非常に強健な種族であって、険しい岩場だの溶岩流だの、そういったものに殆ど頓着しない。そもそも彼らは車輪というものを発明しなかったようなので、発達した道路網など必要とはしないだろう」
「けれど博士、これは僕には舗装された道路に見えますけれど」

 と、これは、操縦席のライト。

「そう見えるだけさ、我々の固定観念は捨てたまえ。まあ、種明かしをしてしまえば、この道路の様なもの、龍族の中のヒ族とチ族のテリトリーの境界線に沿って敷設されている訳だ、謂わば国境線の様なもので――」

 とそこまで言って、アキはちらりとリサを振り返り、更に車内のライトの様子をうかがった。そして、ははあ二人とも理解してないな、という表情を浮かべる。

「なにしろオラクル船団とアークスが宇宙生活者となって千二百年以上も経つからね、ピンと来ないのも無理がない。我々が、かつて天体の表面にへばりついて生活していたらしい頃のかすかな記録や、未だそのようにして生活している我々以外の知性を持った種族の習慣を鑑みるに、異なった勢力が支配する地域が接する境界線というものは、一目見てそれと分かるようでなければ、いさかいの種となりやすい。龍族もまた然り、と言う訳だ」
「ははあ、前にリサがマイルームのベランダに積んでおいた、使わないポイズントラップやらアッパートラップがお隣りさんの側にまではみ出した時に、随分文句を言われましたが、それと似たようなものですかねえ」
「いや、それは例えとしていかがなものか」

 アキはリサの隣近所の住人に同情を覚えつつ、冷徹な返答を口にする。

「もっとも、ここまではっきり引かれた境界線はとても珍しいのだけどね」

 アキはそう付け足した。




 機関銃の射撃音が、地熱を含んだ高温の大気をどよもしたのは、そんなやりとりの直後だった。
 まず発砲したのは、先頭車。続いて後尾の車両がこれに続いた。
 すわダーカーか、或いは狂化した龍族か、とアキがライフルを構えるが、リサはといえばいたって平静で、車載機銃の防楯に片肘をついたまま成り行きを傍観しているようである。

「博士、これは酷いですよ」

 ライトの切迫した声音に、アキは車内へと降りると、操縦席へ向かって移動する。真面目さと、気弱さと、人の良さを等量に混ぜ合わせて出来た様なニューマンフォースの助手の顔が、アキを振り返った。困惑の表情を丸眼鏡がいやが上にも強調しているようだ。アキに向かってライトがヘッドセットを手渡した。
 無線越しに聞こえてくるのは、ひゃっはあ! やら七面鳥撃ちだぁ! とかいう下卑た喚声だ。

 ――我々アークスは宇宙の蛮族などではないのだぞ。

 仏頂面のアキは再び車体上面のハッチから身体を出すと、リサに尋ねた。

「連中、興奮して一体何を撃ってるんだい?」
「あそこにラッピーが一羽いるんですよお」

 気のない様子でリサが言い、車列の右方向を気だるげに指差した。
 もこもことした羽毛のせいで、頭と胴体が同じくらいの大きさに見える不格好な黄色い鳥が、弾着の煙に追い立てられていた。

「無抵抗な原生生物をよく撃てるものだな」

 先頭車両のガナーに向けて、生物学者の怒りを込め、アキはヘッドセットのマイクに吐き捨てた。

「ラッピーやリリーパは動きがのろいからな!」

 処置なしの返信にアキは肩をすくめるしかない。
 それまで、無聊をかこっていた風のリサが、何かを目にしたらしく、車載機銃を旋回させるや、ラッピーとは別の場所に銃弾を送り込み始めた。轟音が耳を聾し、電気発火式の金属炸薬の臭気が鼻をつく。射撃はものの三秒程で停止した。それだけの時間があれば、リサは十分に目的を果たせたのだろう。

「どうした、リサ君」

 愚連隊の様な程度の低い連中とは違う、まるで殺し屋の様なリサの手並みに、感嘆と驚異を感じつつ、アキが問う。

「ダーカーを、おそらくダガンを撃ったと思いますけどお」と、そこまで言ってリサは納得がいかないという表情を浮かべた。「ちゃあんと撃ち殺した筈なんですけど、手応えがしっくりこないんですよお。あと、金属みたいに光って地面の上を滑ってました、新種だったかも知れないですねえ」

 ダガンは、アークスが不倶戴天の敵たるダーカーの中ではそれ程物騒な部類ではない。チャブ・ダイを黒塗りにして四本の節足を生やしたような形状をしている。もっぱら数をたよりに攻めてくるダーカーだ。より恐ろしいエル・ダガンとか変異種のダガン・ネロなどというのも存在するので、リサの撃ったものも未知の種類のダガンであったのかも知れない。そう考えて、アキはリサの言葉を深く追求することはしなかった。

「しかし、柄の悪い連中ですね、博士。一体どこのシップの連中なんですか」
「私達と同じ、十番艦までに所属しているアークスのはずだよ、ライト君。オラクルの名誉ある始まりの二十四隻、その生き残りか、その名を継いだかした艦の乗員としては、何とも恥ずべきことだね」
「まあ、ダーカーやら原生種を殺し続けているうちに、心が擦り切れて何にも感じなくなることなんて珍しくもなんともないですけどねえ。でも、リサ達の前に全滅したのは、ベオースとイング、十四番と二十二番艦のひと達だったそうですが、ダーカーの殺し方まで下手くそになるのは感心しませんよお」
「この前いきなり物価が四倍程に跳ね上がったからね、恐らく満足に装備を整えられなかったのではないかな」

 後に“必滅の呼び声”と呼ばれることになる大不況が、オラクルを席巻したのは記憶に新しい。

「あ、あの博士、リサさん、僕らの前に全滅って、何です? それ聞いてませんよ!」

 ドライバーの動揺に呼応して装甲車が蛇行を始めた。アキの身体が車上から転がり落ちかけたが、先にも言っていたようにフォトンの力を借りたのだろう、何とか踏みとどまることに成功していた。リサは涼しい顔して銃座に腰掛けている。程なくオートドライブがライトに取ってかわったものか、車体の挙動が収まりをみせた。

「そりゃ言ってないんだから、聞いてもいないだろう。知ってたら、キミは怖がって同行しないだろうから、黙ってたんじゃないか」
「酷い! 詐欺じゃないですかぁ」

 ライトの抗議をアキは無情にも黙殺する。

「目的地周辺に転送座標の設定が可能なら、わざわざ車両で移動したりなんかしませんよお。転送可能地域じゃないんですから、死にかけるような目にあって負傷転送を要請しても無駄ということです。つまり、あたし達は死地に足を踏み入れてしまっている、という訳ですねえ、わくわくしませんかあ?」




 コフィー管理官から、少々異常な任務についての通知が来たのは丁度一週間前のことだ。惑星アムドゥスキア火山地帯、龍族の勢力地深くでの調査活動。アキにはピンと来るものがあった。彼女と同じにアークス資格を持った学者や、アークスに直接依頼を出してデータ収集をしている研究者の仲間から、浮遊大陸の一部が崩落したらしいという情報を得ていたからだ。アークスの活動する幾つもの惑星で、一体何が起こっているのか。それについて、確度の高い情報を共有できるのは自分達の様な人種だとアキは知っている。
 波乱万丈の人生を望まず、大学の研究室に残った同期の仲間とたまに連絡をとるのだが、彼らは真実を覆う薄皮を撫でるか、せいぜいそれに爪を立ててみる程度のことしかやらない、あるいは許されていない。逆にアークスの研究部の中枢に行った様な連中は、何故だかどんどん音信不通になってしまう。
 龍族がテリオトーと呼ぶ、大陸とも言うべき巨大な岩塊の群れが空中に浮遊している理由は、完全には解明されていない、或いはされていないことになっている。アムドゥスキアには、嘗て巨大な隕石が衝突して現在の姿になったとされるが、この惑星の強い地磁気はその隕石の構成物質によるものではないかと推測されていた。一方、地殻中の強い反磁性体が、増大した地磁気によって浮かび上がったものが、空中の大陸になったのだとも。
 既にそれが存在する銀河における軌道が明白である恒星系に、アークスが派遣される場合は、七十キロメートルに達する船体と百万の乗員を擁するアークスシップごと移動するのは甚だしいエネルギーの無駄遣いである。故にキャンプシップと呼ばれる、十余名のアークスと支援機器を積んだ、はるかに小型の宇宙船が使用される。目指す天体の周回軌道上に達したキャンプシップは、フォトンによる空間制御技術によって、人員と物資を天体表面に転送する。




「死地か、なるほど」アキは車両の揺れでずり落ちかけた眼鏡を直しながら言う。「一隻のキャンプッシップの転送システムでは、惑星表面の全てをカバーするのは不可能だ。“死角”を消すには、少なくとも三隻程度のキャンプシップを異なった軌道に配置しておく必要がある」
「逆に言うなら、特定の軌道を封鎖されてしまえば今回の様に転送不可能地域が生じてしまう、ですよねえ!」

 何が嬉しいのだか余人には理解不能だが、リサの声は飛び跳ねるロックベアの様に弾んでいる。

「水晶龍が高高度まで上がってきて威嚇を繰り返すのだそうだ。なにしろあれはアークスのどんな航空機よりも優秀で、その上に生ける高出力の光学兵器でもあるからね、キャンプシップといえど攻撃を受けて無事な保証はない」
「僕たちの親愛なる空飛ぶ棺桶が、クォーツ・ドラゴンの半分程も頼りになればよかったんですけどね」
「ライト君、随分酷いことを言うじゃないか。あれは確かによく墜落するが、大抵自己修復して再発進するだろう。設計思想が少々明後日の方角に向いてはいるが、まずは良くできた機械と言っていいだろうさ」
「どちらにしろ、戦闘機の支援は火山地帯じゃアテにできませんけどねえ」




 いつの間にやら、進路の両側には崖がそびえ立っていた、峡谷地帯に入ったのだ。視界を制限する噴煙や、突発的に降り注ぐ火山弾、何より航法支援機器に干渉する強力な磁場。これらの悪条件も相まって、航空機が峡谷に近づくのは困難だ。アキ達の乗る装甲車は、古い設計のものであって、今ではシップ内の警備などにしか使われない。その分仕組みは単純でアムドスゥキアの地磁気から受ける影響は少ない。敷石の道路から外れさえしなければ、アークス輸送の任務にはこと足りる。
 フォトンを操り己が矛とも楯ともするアークスは強力な存在だが、いくつかの欠点もある。その最たるものが移動するには二本の足に頼るしかないという事で、地表を離れて空中を移動することも、ダーカーの様に単独で空間転移することも不可能だ。
 よって、アークスは軌道上から転送装置によって直接、作戦地域に送り込まれねばならない。そしてその上空は航空機によって支援されることが望ましい。極端な地形の起伏がある場合は、カタパルトと呼ばれる跳躍移動を可能とする補助機材が投下される。
 今回、アキ達はそのいずれをも欠いていた。武装した車両による移動という原始的な手段のみを頼りとせねばならないのだ。さらに言うなら、キャンプシップを介する、アークス司令部からの通信支援も甚だ不安定な状態にある。

「龍族の妨害でこの一帯が転送不可能地域になっているってことは、彼らはアークスの進入を快く思はないということでしょう?」

 陰々滅々としたライトの声音である。

「あれれ、でも十四と二十二番艦の隊が全滅したって博士は仰ってましたけど、まともな龍族ならアークスを殺してしまうことはまず無いですよ。全滅ではなくて、単に龍族に捕まっているだけかも知れませんよ」
「だったら任務は行方不明者の捜索や龍族さんとの交渉になるはずですけれど、実際はそうではないですねえ。現地ではきっと狂化した龍族さんが大集合に違いないですよお!」

 ライトが見出しかけた一縷の希望は、即座にリサによって粉砕される。暗澹としたライトの表情をアキは容易に想像できた。当のリサは「蜂の巣♪ 蜂の巣♪」などとご機嫌に口ずさんでいるのだから始末が悪い。

「待てよリサ君、先程君はダガンらしきもの撃ったと言ったね。今回の我々の動き、ダーカーは既に察知していると見るべきだ。いや違う、“今回も”だね」
「前の部隊はダーカーにやられたのですか、博士?」
「大体、浮遊大陸が欠片程度とはいえ地上に落下するというのは、稀なことだ。ダーカーの攻撃の結果だということは大いに有り得るだろう」アキは苛々とした様子で頭を振った。「この前の任務だ、みすみすヒ族のヴォル・ドラゴンを見殺しにする結果になっていなければ、或いは……」
「大方の筋書きが見えて来ましたねえ。地面に落っこちた浮遊大陸の一部はダーカーにとって価値あるもののようですよお」
「ダーカーの欲する何かが有るのだろうね」
「龍族としてはそれを守りたい、そしてアークスに介入されたくもない、そうですね博士?」

 ライトの言葉に、アキは不機嫌そうに頷いた。

「それを掠め取ってくるのが今回の任務の隠された目的といったところでしょうかあ。ということは、上手くすれば三つ巴えですよお! ダーカーと龍族さんの両方を苦しめてあげられます、上の方達もなかなか粋な計らいをするものですねえ」
「いや、そんな事態にはさせない。前回の様にしくじるのは、もう御免だ」

 決然とアキが言い放つのを待っていたかの様に、通信機がコール音を発した。

「こちら一号車、フォトン計測値は見ているか? どうなってやがる、微弱だがダーカーの反応が出ているぞ」

 ヘッドセットのスピーカーが、先程ラッピーを撃っていたアークスの声を発した。

「おやおやおや、空間転移の痕跡はなし。となると、随分前から準備万端、リサ達を待ち伏せていたようですねえ」

 別の計器に素早く目をやって、リサが言う。こちらの接近を探知し、転移して来たものなら、空間侵食の兆候が観測される。アークスもそうだがダーカーにとって、転移直後は一方的に敵の攻撃にさらされる危険な瞬間だ。

「ライト君、“道”にいては危ないぞ!」

 アキが叫ぶのだが、青灰色の石畳の両側はヴォル・ドラゴンの牙の様に尖った岩の連なりと溶岩溜まりだ。
 ライトが逡巡する間もあらばこそ、銃声が車内に響き渡り、アキ自身は何者かに足を掴まれ、ハッチの底に引きずり込まれた。装甲車は急激に右折すると脱輪横転し、丁度一回転する形で岩場の一角に停止した。
 さしものアキも、この時ばかりは背筋を冷たいものが伝い落ちるのを感じた。車上に上半身を出したままでいたら、装甲車の天地が逆になった際に車体と岩にはさまれて身体を潰されたに違いない。

「リサ君、すまない命拾いしたよ」

 床に横倒しになりながらも、肩づけしたライフルを微動だにもせず、銃口から硝煙をたなびかせているキャストに向かって、アキが言った。

「壊しちゃいましたけど、結果オーライでしたねえ」

 リサの視線の先にあるのは銃弾が食い込んでおかしな形に捻れたハンドルだった。跳弾させなかったのは流石の腕前だ。

「それもあるが、私を車内に引き込んでくれたろう?」
 それを聞くなりリサが怪訝な顔をする。

 ――ならライト君だったのか? まさかそんなはずは……。

「博士、先頭車が!」

 まさにこの時、ライトの発する裏返った声に気を取られたので、アキはリサが殺気を込めた視線で車内を一瞥したのに気づかずじまいだった。
 アキがあらためて、ハッチから身を乗り出した時、彼女は一輛目の装甲車を数条の赤い輝線が串刺しにするのを見た。それを放ったのは、“道”に直角に交差する形で横隊を組んだ五体の小山の様なダーカーだ。
 楕円形の胴体に三対の短い歩脚が備わっている。胴の先端に頸部と頭部があるのだが、これは普段は分厚い殻で覆われている。頑丈な殻は甲虫の前翅の様に左右に開くことが出来て、その際には先程の赤い光線を放つ。射界は三百六十度で死角はない。カルターゴ、アークスにとっては古い馴染みで、かつ強敵だ。
 一号車の後部ハッチが開いて、アークスが二人まろび出てくる。アキの車輌は乗員三名だが、他の二両は四人ずつ搭乗していたはずだ。

「援護する、待っていろ」

 叫びざま、ハッチから身を躍らせる。ヴィタライフルのセレクタは三点バースト、駆けながらランチャーにグレネードを装填。見れば、車載機銃のガナーは上体を折ってぴくりとも動かない、被弾箇所からしてドライバーの方も絶望的だろう。
 二号車の機銃が唸りを上げ始めた、リサがカルターゴに掃射を加えているのだ。ダーカー達は殻を閉じて防御態勢をとる。それは易々と機銃弾を弾いたが、この状態では光線を発射することも出来ない。

「こっちだ!」

 アキの指示で二人のアークスは、今や固定銃座と化した二号車の方向に撤退しつあった。キャスト女性と、ヒューマンの男性で両方ともハンターらしい。アークス基本三職のうち火力に優れるのはフォースだが、生存性ならハンターに軍配があがる。「迷ったらハンター!」は正しい。
 キャストの方がアキまで二メートルの距離まで近づいた時、それは起こった。彼女の背後で陽炎の様に空気が揺らめくのが見えたのだ。地熱のせいかと思ったのは一瞬、そこに幻の様に浮かび上がったのは、二手二足の直立歩行形態のダーカーだ。
 キャストのハンターも相応の使い手だったのだろう、背後の気配に素早く反応し、手にした大剣を振りかぶった。切っ先にフォトンが集中し、光の刃が伸長する。
 嗚呼、アキが絶望の呻きをもらした。そのフォトンアーツでは駄目だ。如何にも俊敏そうな、このダーカー相手に必要なのは威力より速さだ。オーバーエンドの強力な光刃が届く前に、ダーカーの両腕から鎌状のブレードが展開し、ハンターを十文字に切り裂いた。
 アキはダーカーに向けて発砲するが、標的は大気に溶けるかの様にその姿を消失させた。相棒の死に平静を失したヒューマン男性が、無骨な二つの刀身を備えたガンスラッシュ、アキシオンを無茶苦茶に振り回し始める。透明化の能力を持つダーカーは、無慈悲な攻撃を彼に加えた。キャストの頑丈なボディを易々と切り裂いたブレードは、ヒューマンを餌食と定めた時、より酸鼻な光景を現出させた。しかし、アキは冷静だった。ダーカーが攻撃の瞬間には姿を現すことを一度目の襲撃で理解し、ヒューマン男性を屠ったダーカーのコアに向けて、グレネードを撃ち込んだ。ダーカーの腹部で爆発が生じ、怪物を真っ二つにへし折った、アキの勝ちだ。全滅した一号車の四人の死を悼むのは、無事生還してからでいい、それがアークス流だ。身を翻した彼女の項の辺りを、ひょうと冷たい風が撫でた。姿を消すダーカーはもう一体いたのだ! 己の迂闊さを呪うより先に、硬質な物体同士の衝突する音を、アキは背後に聞いた。反射的に地面に身を投げ出すと同時に、今まで彼女の占めていた空間を、銃弾の嵐が通過する。リサのライフル弾だ。弾丸の驟雨は、存分にダーカーに死の舞踏を踊らせた。その身体がボロ布の様になった後、ようやくコアへと止めの一矢が放たれた。執拗で嗜虐的なその射撃は、仲間の死に対する報復ではなかったろう、多分。

「生きてますかあ? 生きてますねえ!」

 いい加減リサの謎なテンションにも慣れたアキは、苦笑しつつ二号車へと歩を向ける。この時リサは降車していたが、機銃は発砲を続けていた。ライトがキャストの後を引き継いでいたのだが、フォースである彼の腕前では一度に五体のカルターゴを撃ちすくめるのは無理があった。二体のカルターゴが殻を開き、光線の照射を開始する。狙いは“道”の上で立ち往生している三号車だ。アキ達の様に“道”から降りてしまえば岩場を楯にできるのだが、起伏の激しい岩場では、装輪装甲車はそのままスタックしてしまいかねず、最悪車輌を放棄する羽目になる。この時、三号車の取った選択は驚くべきものだった。即ち、全速で逆進を開始したのだ。

「うわっ、薄情者ぉ~」

 ライトならずとも、そう叫びたくなるだろうが、これまで三号車もその乗員も一切の攻撃を行っていなかった。ダーカーの待ち伏せに会った時点で戦意喪失していたのだろう。

「仕方ない、私達だけでやるぞ」
「たった五匹に三人がかりというのは気に入りませんが、了解しましたよう」
「喜びたまえ、ライト君は多分あそこから動かないから、二人がかりだ」
「う~ん、それでもリサ達は三人の様な気がするんですねえ」

 リサが良く分からないことを言うが、一々彼女の言うことを真に受けても仕方がないだろう。

「それよりさっきの消えるダーカーはあれだけだったろうかね?」
「襲って来たなら来たで、血祭り、返り討ちですよお」

 豪気にも程があろうというものだが、今はそれが頼もしい。二人は揃ってマガジンを交換する。ボルトを引いて通常弾を排莢し薬室に脆弱化弾を送り込む。ライフルを使うレンジャーの切り札にして、その存在意義の過半とも言える通称ウィークバレットだ。弾丸自体はあくまでタネでしか無い。弾頭に固着させた着弾時に物性の変化を促すフォトンが仕掛けに当たる。テクニックで直接物理法則に干渉するフォースや、ハンターの生体フォトンによる身体操作に比べれば地味ではあるが、よりフォトンを繊細に扱う才能が求められる。それが、レンジャーとしてのフォトン特化傾向を持つということだ。

「さて、どちらから行こうか?」

 “道”に直交する隊形で戦列を組むカルターゴの強固な正面防御は、ウィークバレットで無理やりこじ開けることも不可能ではないが、攻め方としては少々強引であろう。ダーカーの急所であるコアは、カルターゴの場合、堅い殻の裏側にある。側面から廻り込んで、コアを潰すのが定石だ。幸いこのダーカーは動きが鈍く、素早く向きを変えることが出来ないのだ。

「じゃぁリサは向こうから行きましょうかねえ」

 リサはそう言って、左方向を指差した。アキ達と装甲車は“道”の右側に陣取っているので、“道”を超えなければ敵の左翼には取り付けない。より長い距離を移動するということは、それだけ被弾の可能性が上がるということだ。

「一号車も遮蔽物になってくれるか」

 “道”を横断する際が一番危険なのだが、停止した一両目の装甲車が役にたってくれそうだ。早くもリサは、膝裏のスラスターから噴射炎をなびかせつつ移動を開始した。その動きは軽快そのものだ。
 アキには流石にそんな思い切りの良さはない。岩の壁を伝い、大地の割れ目から噴き上がる溶岩を回り込み、慎重に一番右側にいるカルターゴのコアを狙える位置へと向かう。
 装甲車の援護射撃は依然として継続していたが、五体のダーカーは明らかにアキとリサの動きを捕捉しようとしているのが見て取れた。それらにとっての脅威度は、通常兵器よりもアークスの駆使するフォトンが勝るのだ。
 アキが射撃位置についた時、左端のカルターゴの外殻が崩れ、見る間に黒い塵と化し、跡形も残さず消滅した。リサは先程相手にした二手二足のダーカーの時とは違い、わざといたぶる真似はせず、手早く処理を済ませるつもりらしい。
 のろのろとではあるが、カルターゴがアキに向き直りつつある。彼女は落ち着いて、赤いコアにウィークバレットを撃ち込んだ。弱点であるコアを弾丸に付与したフォトンで脆弱化されてはたまらない、銃身下のランチャーから続けざまにグレネードが吐き出され、コアを砕く。瞬きする間に砲台型ダーカーは消え失せた。

「灰は灰に、塵は塵に。さて、どこで聞いた言葉だったか」

 アキが小さくごちた。死した後、灰にも塵にも還らぬダーカーはこの世の物質から成るものでは無いのだろう。リサはと見れば、次のカルターゴに跳び移り、零距離から誘導弾丸のホーミングエミッション六発を放ち、これを血祭りに上げていた。
 結局アキが二体、リサが三体片付けて、行く手を塞ぐダーカーを排除し終えた。

「獲物、一つ余計にとられちゃいましたねえ」

 どうやらリサは四体までは自分で倒してしまう予定だったらしい。
 アキ達の二号車は、“道”に戻ることが出来ず、一号車に乗り込んで先を行くことになった。幸いと言うべきかは分からないが、カルターゴの光線はエンジンや操舵装置に損傷を与えてはおらず、正確に乗員だけを殺傷していた。リサとライトが車内の遺体を、アキは車外で八つ裂きにされた二人をそれぞれ二号車へと運んだ。しばしの間、それが仮初の墓所となる。
 キャストのハンターはまだしも、アキシオンに絡まる肉塊と化してしまったヒューマン男性を、アキが平気な顔で扱っているのは、ライトばかりか、リサでさえも鼻白む光景であるようだった。

「いくら科学が進んだからといって、生物を扱う学問から動物実験だの、生体の解剖実習が不必要になることはないのだよ。シミュレーションの数値や、解剖用のダミーだけでは済まないことも多いからね」

 血と脂でべとべとの両手を気にした風もなく、アキが言う。実験室と戦場の血腥さは全く別のものではないのか? ライトの吐き気を堪えているに違いない蒼白な顔は、そう抗弁している様に見えた。




 臆病風に吹かれた三号車が戻って来ることはなく、アキ達の車輌は単独で任務に指定されたエリアに到達しつつあった。

「ライト君、停めろ!」

 アキが叫び、装甲車のブレーキが甲高い音を立てる。

「ああ、リサの獲物が台無しになってますよお」

 リサが悲嘆の声をあげた。前方の“道”とその周囲におびただしい龍族の死骸が散乱していたのである。
 三人のアークスは二つの銃口と、帯電してバリバリと音を立てる杖を押し立てて、慎重に車外へと進み出た。

「フォトンの反応値からして、ダーカーと交戦したのでは無さそうですよ、博士」
「うむ、ヒとチの両部族で争いでもしたのかだろうか? いや、待ちたまえ、これは……」

 龍族達の死骸は大まかに二つの色に分かたれていた。すなわち、赤褐色と青色とに。
 赤褐色の鱗皮を持つのは、火山地帯に適応したもの達だ。ヒ族かチ族のどちらかなのだろう。その半分程はディーニアンと呼ばれる直立歩行する龍族で、爬虫類じみた頭部と尾があることを除けば、アークスと体型も身長もほぼ等しいヒューマノイドだ。戦士、射手、術者がいて、その構成はアークスのものと似ている。ディーニアン戦士の剣と楯とを使う戦術は、アークスからは何時頃からか失われたものだ。片手剣と楯を扱うクラスの新設を模索しているアークス戦技担当者もいるらしいのだが、それはまた別の話である。
 残りの半分の死骸は、胸から衝角を生やした四足歩行の龍族、フォードランとノーディランのものだ。
 青い鱗皮の方は、彼らが浮遊大陸に棲息する種であることを示している。こちらは例外なく翼を持った龍族ばかりだ。翼龍のウィンディラや、より小型のディガーラとその亜種だ。錐の様な口吻を持つディガーラは、ディーニアンの軟らかな下腹部に殺到し、これを刺殺し相討ちの形で息絶えているものが大半だった。
 突如、折り重なったウィンディラの翼の下で、何かが動く気配があった。

「ひいぃ」

 驚いたライトがロッドを掲げ、宙空より雷撃を喚ばんとする。

「よさないか、ライト君!」

 アキの強い叱責の声が精神の集中を乱したものか、雷のテクニック、ゾンデはまるで見当違いの方向へ発動した。

「生きているのか、龍族?」

 急いでウィンディラの翼を持ち上げるや、そこに姿を現したものに、三人のアークスは思わず息を呑んだ。
 青い鱗のディーニアン――サディニアンと呼ばれる――の一種なのだろう。あらゆるアークスから蛇蝎の如く嫌われ抜いている醜い化物、Mr.アンブラ様もかくやという程に肥満した、異形のサディニアンであった。巨大な鞠の様な身体は、既に自力で動くこともできぬのか、大きな石の立方体の上にその身を横たえている。その石は、地面に埋められ“道”を形作っているものと同種であった。“道”に限らず、この立方体の石は、火山洞窟の其処ここに見られるが、元々は浮遊大陸から落下してきたものかも知れなかった。浮遊大陸に存在する、この種類の石は、磁気の力で浮遊する性質があるのだ。

「おい、龍族! ここで一体何があったんだ」

 アキは意を決して、異形の龍族に近づき問いただした。

[貌の無いアークスに似た……][チの……操り][翼有るものはカッシーナへ……]

 龍族の使う思念の伝播による言葉が、途切れ途切れにアキの脳内へと語りかけを開始した。
 要領を得ない龍族の念話に、辛抱強くアキは意識を傾け続け、事の成り行きをどうにか理解することが出来た。龍族がテリオトーと呼ぶ浮遊大陸の中枢に、アークスの武器を使う何者かが、火山洞窟のチ族と共に攻めて来たのだという。チ族はその何者かに操られていた様子だったらしい。それが、浮遊大陸の小片が落下した原因だったのだ。この龍族は、飛行できる仲間だけを取り敢えず率いて、カッシーナと呼ばれるこの地へ降り立たった。そして、再度謎の存在とそれが操るチ族と戦い、両者ほぼ全滅という結果になったらしい。

「君の勇敢なる同族と、哀れなチの魂達にテリオトーの導きがありますように」
[……アークス][君たち……テリオトー][……加護があら……とを]
「それで、龍族を操ったという奴はどこに行ったんだ」
[貌無き者は][既に][我が術にて下したり!]

 こればかりは誇らしげに思念の言葉を発すると、龍族は、そこにだけ遺体の無い広場状の一角を指し示した。

「リサが見て来てあげますねえ」

 キャストがライフルを構え、足早にその方向へと移動を開始した。

「うわあ、ここはですねえ、ヴォル・ドラゴンに踏まれて焼かれたみたいになってますよお」リサが驚きの声を上げた。その様な攻撃を受けて無事で済むのは、規格外の能力者にしてアークスに於ける絶対命令権の行使者、アークスの兵装全ての起源たる創世器の使い手である六芒均衡達ぐらいのものであったろう。「おやおや、これ何ですかねえ? お金? メセタが大きくて綺麗な輪っかを作ってますよお」

 リサがおかしな報告を付け足したが、これは何のことだか分からない。
 全てを伝え終えた龍族は、ゆっくり目を閉じると動かなくなった。

「死んじゃったんでしょうか?」

 ライトが恐る恐るアキに問うた。

「どうかな、龍族の生命力は強い。仮死状態の様なものかも知れない」

 オラクルを構成する三種族とは全く生理機能の違う龍族は、長年これを研究して来たアキにとっても未だ謎の多い生命体なのだ。
 異形のサディニアンの術者が沈黙したのと入れ替わりでもある様に、ディーニアン達の遺骸の間から、狂気めいた咆哮が上がった。龍族の一体が蘇生したのだ。
 アキは目前の龍族に集中していて咄嗟の反応は不可能だった、ライトは恐怖で硬直してしまっている。唯一頼りとなるべきリサは、ライフルを足下に置いて、メセタサークルに見入っていたのだった。
 剣を手にしたディーニアンの戦士が、おめきつつ、アキへと踊りかかった。まさに絶体絶命。だが放物線を描くシル・ディーニアンの軌道は途中で乱れ、横方向へと吹き飛ばされた。まるで不可視の何かに激突されたとでもいう様に。
 リサの手に再び戻ったライフルが銃火を発した。地面へ落下した龍族ではなく、何も無い宙空に向けて。

「アキさんが危なくなれば出てくると思いましたよお、四人目のひと!」

 リサが不敵に言い放つ。そして返答があった。

「いつから気付いていましたか? 博士をプレディカーダから助けた時でしょうか、それとも装甲車が横転した時には既に? まあ、いずれにしろ――」沈静してはいるが、年若い恐らく少女のものといってもよい声が告げる。「ダーカーに侵食されたものの始末が先でしょう」

 早くも態勢を立て直したシル・ディーニアンが攻撃の構えをみせている。その腹部にはあの忌まわしい侵食核があった。まだ“芽”の状態ではあるが、紛れもなくダーカーがこの生命を自分達の所有物とした証であった。この龍族はアキを襲いたいらしいのだが、リサと姿を見せぬ声だけの存在が放つ殺気の前に、攻撃の初動を起こせないでいた。

「待ってくれないか、試したいことがある。この龍族の侵食具合ならば、助けることが出来るかも知れない」

 ひどく出来の悪い冗談を聞かされたとでもいう様に、リサが困惑の様子を示した。不可視の四人目にも動揺が認められた。ライトは肥満したサディニアンと地面の間の隙間に逃げ込んでいる。
 この虚をついて、シル・ディーニアンが楯を構え、アキ目掛けて突進した。リサのライフルが再度火を吹き、舞い踊る風がそれに呼応する。シル・ディーニアンの突進は阻止されたが、それ程ダメージを受けた気配はない。侵食核は宿主の肉体を蚕食する代償として、悪しきダーカーの力でその戦闘能力を増強するのだ。

「もし侵食された龍族を救う手立てがあったとして、それはフォトナーのロードマップには不要のものです」

 声だけの少女が宣言する。

「フォトナーの思惑など知ったことか!」
「わたしはもう三度あなたを助けました、これもフォトナーの意思です。あなたはここで死す運命ではない」
「運命だと、言いも言ったりだ。事象予測と演算の権化たるフォトナーが! それが欲する十全な結末の為の駒になどなるものかっ」

 あくまで冷静沈着な不可視の少女に対し、フォトナーの一語を耳にしたアキは、明らかに激高していた。

「そっちは盛り上がって楽しそうですけれど、こっちはは殺していいのか、それとも殺していけないことはないのか、早く決めて下さいよお」

 チ族の戦士と睨み合いを続けるリサが不満の声を上げる。

「全くアテが外れちゃいました、四人目のひともアークスみたいですし、撃って殺すのは駄目そうです。リサはおかんむりなのですよお」

 何かが砕ける大音響が火山洞窟に響き渡ったのは、その時だ。何の砕ける音かと問われても、答えを返すことの出来る者など存在しなかっただろう。それは、そも砕けるはずの無い物の発する破壊音だったからだ――即ち、空間そのもの。
 空中から声どころではない、虚空から一本の巨大な腕が生え出ているのだ。それは半ば龍族のものの様であり、半ば人のそれに似ていた。肩口から肘まではナベリウスの凍土の色をして、肘より先は赤黒い筋肉と血管がむき出しになっている。
 腕はチ族の戦士を、呆気にとられるリサの眼前で掴み上げると、方向を転じアキの頭上へと差し出した。

「この龍族を救う為の機会をくれるというのか、キミは」

 一体何がどうなっているのか分からない。この異様な展開に、畏れをおぼえてアキは声を震わせた。アークスと、それに龍族を掲げる巨腕。その光景は、奇怪かつ荘厳な一服の絵画であるかのようだった。

「ちょ、ちょっとアンタ、お姉ちゃんの許可なく何を勝手やってるのよ!」

 キャラクター崩壊という言葉があるが、壊れた度合いに於いては、先の空間が割られた時に匹敵する、不可視の四人目の豹変であった。

「こ、こら、そこのキャスト! この子を撃とうとすんなっ。この子もアークスなんだからね!」
「嗚呼、しかしまずい事になりました、わたしはともかく造龍を他のアークスに見られてはならないのに。やはり、わたしは始末屋失格ということですか……」
「いや、それより隠蔽工作しなきゃだよ。そうだ、アレだ! 見ちゃダメ・バインダーを使おう!」

 声は目まぐるしく、キャラの崩壊と修復を繰り返していた。




「と、これがリサ/ナハトとモブさんが、エンドゥーさん達の一行に加わることになった顛末の触りの部分なんですねえ」
「タチの悪い法螺話にしか聞こえないのだが、ううむ」

 キリークの機嫌を損ねたナギサとリサの模倣体は、二人してその場から離れ、話し込んでいるうちに、話題はリサがかつていた世界での出来事に及んでいたのだった。お互い、憎まれ口を叩き合いながらも、剣士と狙撃手はどこか一脈通じ合うものがあったのかも知れない。

「それより、スルクーフに加わりませんか? 宇宙から宇宙へ、闇の眷属を殺して殺して殺して回るのは最高ですよお」
「それもお断りだ。エンドゥーの言うあれやこれやは気にもかかるが、私は必ずリトルウィングの皆の元へ帰る」
「そうだ、いい考えがうかびましたよお。ナギサさん、ナギサ/リヒトって改名して、リサ/ナハトとユニットを組みましょう」リサの紛い物はとやらは、一体何を言い出すのか。「ユニット名、リトルウィングとでもして、SEEDやダーカーを斬ったり撃ったり、ステージでコンサートしたりというのはいかがですかあ?」
 
 戦いに次ぐ戦いの日々にはもう飽いていたし、剣に殉ずるだけの人生を選択するのはワイナールの想いに対する裏切りであるように思われる。だが、華やかな光と熱狂する聴衆の歓呼に迎えられる自分の姿はなんだか有り得るものではないか、という気はしないでもない。
 いやいや、とナギサはかぶりを振る。多分気の迷いだ。きっと自分は今、ひどく疲れているのだろうと、ナギサは思うのだった。






[27552] その19 (引き続きPSO2編)
Name: 蕎麦わんこ◆9fb2142d ID:05208419
Date: 2014/01/12 20:05
 数度の空間跳躍を繰り返した後に、そいつは通常物理空間にその威容を現した。巨大な円錐、その最大直径は一千キロメートルを上回っているかも知れなかった。光速を超えて移動してきたこれが、天体であるはずもない。では、高度な文明によって建造された、航宙能力を持つ何がしかの構造物であるのか。いや、それも違う。それの表面は半ば岩石の様であったが、水棲生物の持つ甲殻にもどこか似ている。円錐からは、途方もない長さの八本の腕が生え出ていた。その先端には五本の指さえあって、それらは物を掴める様に配置されている。しかし、一体それで何を掴むのかは定かではないが。
 腕のつけ根の近くから、桁の様なものが放射状に伸びて、暗紫色の膜翅めいたものが桁と桁の間に張り巡らされていた。見ようによっては、ある種の宗教像が備える光背を連想させるが、光を発するものというよりは、周囲の光をことごとく吸い込んでいるかの様だった。
 一体これは何であるのか? 生物なのか?
 これは生物の形をして、生物の様に動き、恐らく感覚を持ち思考する能力さえあるのだが、生物の持つ真正の生命を持ち得ず、生命なるものの陰画、反生命とでもいうべきものによって駆動する何かだ。これとこれの仲間達は、あらゆる宇宙のあらゆる領域に侵入し、全てを喰らい同化しようとする。宇宙の全てが同化し尽くされた時、その宇宙は終焉を迎える。
 この宇宙においてそれらはダーカーと呼ばれ、それを統べるものは如何なる時空においてもダークファルスの名をもって恐怖とともに君臨するのだ。
 



「さあ、猛き闘争の始まりだ!」

 真空の空間に、殷々たる“声”が響き渡った。それは、気体の振動によるものではあり得ないにしても、電磁波の一種であったのか、思念の放射の様なものなのか、それを発した巨大な何者か自身にしか知り得ぬ事であっただろう。
 いや、もう一体――もう一人というべきか。
 巨大な円錐の先端は、明らかに頭部と顔と思しき形状を備えていたのだが、そこに豆粒の様な姿があった。人間の、女の形をしたものが腰掛けていたのだ。
 毛先にいくにしたがって赤味を帯びる金色の髪、尖った先端の長い耳、美しくはあるが険のある顔貌。昆虫の複眼を思わせる髪飾りを付け、黒いコートと見える衣装をまとっている。
 何の防護もなしに、宇宙空間に平然と身を晒している以上、この者は小天体程もある巨大な円錐の朋輩なのであろう。

「あのさ、このデカブツを何万光年もかけて運んで来たの、あたしなんですけど。あんた本体抜け出してさっきまで何処に行ってたの?」

 女の姿をしたものが言う。

「野暮用という奴でな、例の場所だ。しかし我は手を引くことにした故、程なく羽虫どもがたかって荒らすこととなろう」
「仮面の子もそうだけど、エルダー、あんたマメねえホント。四十年前とは大違い。こっちは運び屋やらされた上に、ヘンテコリンな歌がのった電波だかフォトンだかを受信しちゃうしさ」
「不覚であった! アレはもう終わってしまったのか!」

 凄まじい無念の波動が巨体より発せられた。

「何だかねえ」

 気だるい口調とともに彼女が視線を向けた先、蝟集する宇宙船の数は優に百を越したであろう。彼我の相対速度からして、接触までは宇宙船団が用いる時間の単位にして約二十分といったところか。それらは、それらが不倶戴天の敵と定めた大小二体の『もの』並びに『もの』に従う眷属達に比しても、獰猛さ獰悪さについては一歩も引けをとることのない、複数の銀河に渡って悪名を轟かす宇宙海賊集団――もとい、惑星間航行船団であるオラクルとその実働部隊たる外宇宙調査団アークスの全容であった。




 八本の腕を持つ巨大な円錐は、既に二本の腕を分離し先行させていた。つまり、それは本来ならば十本の腕を備えているのである。
 船団の中心は直径五百キロメートになんなんとする、球形の超大型宇宙船「マザーシップ」であり、宇宙船群によって形成された十重二十重の防御陣形の裡にあった。その護衛艦隊ですら全長七十キロメートルに及ぶ巨艦によって構成されている。
 オラクル船団の前縁と二本の巨腕は、今まさにお互いをその有効射程距離に捉えんとしていた。
 護衛を担当する艦はアークスシップと呼ばれ、多数のフォトン砲と防御フォトン発生装置を備えた重戦闘艦であると同時に、百万の人々が生活の場とする都市宇宙船でもあった。前衛を構成する十隻あまりのアークスシップにおける非戦闘員は、艦隊内のより安全な位置にあるアークスシップへの疎開が既に完了していた。
 口火を切ったのはアークス側だった。フォトン砲の斉射が漆黒の巨腕を襲い、その外殻を切り刻んだ。無数の破片が宇宙空間に飛び散ったが、巨腕はそもそも膨大な質量を有している。最小サイズの破片でさえも、ゼッシュレイダ級の大型ダーカーと大差がないのだ。実際、その破片一個一個がファルス・アームと呼ばれるダーカーと化してアークスシップに殺到した。というより、無数のファルス・アームの集合体が漆黒の巨腕であるという表現が正確か。
 初撃で大幅に質量を削り取られながらも、漆黒の腕は掌にある巨大な赤いコアから、鮮血の色をしたエネルギーの一線を照射した。それは無限長の刃と化して前衛部隊に振り下ろされる。二本の巨腕はそれぞれ、一隻ずつの獲物を血祭りに上げた。被弾したうちの一隻はたちまち爆散し、膨大なフォトンを撒き散らしつつ星の海の藻屑と化していった。主動力炉たるフォトンジェネレーターを直撃されたのだ。もう一隻は、メインブリッジに致命的な一撃を受け、艦としての組織だった戦闘行動は、ほぼ不可能となった。




 フォトンの光跡が宇宙空間を走る度に、二本の腕はバラバラに分断されて行き、最小単位であるファルス・アームがその数を増した。攻撃力と防御力を失う代わりに、素早さを手に入れたファルス・アーム達は、デ・マルモスに群がるダガンの如くアークスシップに取り付き、船体を食いちぎり始めた。比喩などではない、ファルス・アームの五指のうち、人で言うところの第二から第四までの三本の先端は噛み砕くことのできる顎を備えているのだ。今度はアークスシップが分解される番であった。こうなってしまえば、艦の備砲は役に立たなくなる。これまでじっと、アークスシップ内に身を潜めていたアークスの戦闘員がフォトン兵器とテクニックをもって白兵戦を挑んだ。
 アークスシップの外壁で船内で血みどろの戦いが展開された。アークス達は、四体がひと組になって連結し突進する黒曜の腕に轢殺され、放たれる負のエネルギーを受けて爆ぜとんだ。艦の放棄が告げられる瞬間まで、管理職員やメディカルセンターの看護官は、可能な限り己の職務を全うしようとしていた。
 遂にショップエリアにまで侵入したファルス・アームがテナントの一部を押し潰し、フォトン水晶と輝石と人体からなるオブジェを作ってみせる。別の一体が逃げ惑うアイテムラボの店員を掴みあげるや、なんたる無惨か、船体に生じた破孔より真空の空間へと投擲したではないか。手足をばたつかせ声にならぬ悲鳴を上げながら、彼だか彼女だかは半壊したアークスシップより凄まじい速度で遠ざかっていく。この後どこかの天体の重力にでも捕まらなければ、永遠に星間空間を彷徨い続けることになるのだろう。
 満身創痍となりつつも、最後まで抵抗力を失わなかった艦に向けて、後方に控えるダークファルス・エルダーが負のフォトンよりなる一塊を投じた。必死の回避行動も、僚艦の成れの果てであるデブリ群に阻まれ思うにまかせない。それが直撃するや、艦全体が一瞬にして凍結した。フォトンジェネレ-ターは機能停止、船殻が急激な冷却に耐えられず無数の亀裂を走らせる。全ての乗員は凍死したが、あまりに短時間のことであったので自分達に何が起こったのか理解する暇さえなかっただろう。数秒前まで生きた艦であったものは、いまやそれと同じ大きさのクルールコフィンであった。




 おっとり刀としか言い様のないタイミングで、飢えた宇宙の狼達を腹の中に詰め込んだキャンプシップの編隊が到着しつつあった。後方の艦隊に何がしかのトラブルがあった為に、増援が遅れたという訳では無い。これは予め定められた作戦によるものであった。
 アークスの空間戦闘能力には実のところ歪な部分が多いのであった。主力艦であるアークスシップは強力ではあるが、その図体故に推力重量比は劣悪であって、迅速な艦隊運動をとることが出来ない。しかも一隻一隻が独立した都市宇宙船であるため、その運用には自ずと制限がかかる。アークスだけならダーカーと刺し違えて死ねよと命ずることも出来ようが、一般市民にまでそれを強いる訳にはいかない。そしてまさに、市民を降ろした状態の前衛部隊は、命令のままにエルダーの第一波を受け止め壊滅した。その責務を果たしたのだ。
 決して犬死になどではない、アークスにとっての最大の戦力はフォトンを操るアークス隊員一人一人だ。瓦解したアークスシップや、その周囲に漂う構造材は、アークスとファルス・アームが白兵戦を演じるのに格好の闘技場であった。エルダーよ、ここでアークスと戦え、という意味をこめた挑戦の合図なのだ。ナベリウス星系での初戦闘以来、アークスはエルダーがこの種の戦闘を好むことを知っていた。はたして、エルダーは暫時に残る八本の腕を分離するや、その構造を解き無数のファルス・アームと化して、決戦地点へと送り込み始めたのだった。




 アークスシップ一番艦フェオから十番艦ナウシズまでを含んだ戦隊は、マザーシップを直掩する位置に展開していた。十隻の艦から雲霞の如くキャンプシップが離床していく。普段は惑星降下部隊が定数割れを起こしがちな、六番ケンや七番ギョーフでさえ、十全な戦力を以てダークファルス迎撃部隊が編成されていた。
 それは、これら十隻のうち、いずくの艦の離床プラットフォームのことであったろうか。大多数のキャンプシップが飛び立ったにもかかわらず、一隻のキャンプシップがぐずぐずと発進を先延ばしにされていた。

「わたしが加わっても、そちらはお気を悪くしたりはしないでしょうか?」

 キャンプシップのキャビンで気を揉んでいたアキは、知った声を船外との通信機が発するのを聞いた。

「ああ、キミか。私は別に構わないが、もう一人いるぞ」
「なら、その方のご返事次第ですね」

 アキはしばし考え込む様子を見せた後、傍らに目をやった。少年めいた細面がアキを見返していた。右目の虹彩はブルー、左は琥珀色。単なるバイアイではない、琥珀の虹彩の中に不思議な形をした黒色の斑が瞳孔を囲む様に浮いていて、なんとも神秘的な印象だ。それは、最も新しいアークスの構成種族であるデューマンの特徴だった。

「アキセンパイの知り合いっていうなら、おれは別に気にしないよ」

 変声期を迎える寸前の少年の声らしいものがアキに言う。

「でしたら問題はありませんね」

 アキとデューマンの眼前で空気が揺らめき、人一人の姿が忽然と現れた。
 青い髪の研ぎ澄まされたフォトンの刃を思わせる少女。手首に装着された異形のツインダガーを異形と感じさせぬ凄味を漂わせている。
 上半身を包むのは身体のラインを露にした黄色のボディスーツ、腰から下は裾の広がった黒色のゆったりとしたズボンだ。

「おいおい、いいのかね」

 アキが困惑した顔で言う。デューマンの方は口をあんぐりと開けて声も出ない様子だ。

「今となっては、絶対に知られてはいけない能力という訳でもないでしょう」
「なんと、移り気な総長殿は、キミに対する興味を既に失っているというのかい」 

 アキは意外の念を隠せぬようであった。

「え、え、何? 新しいテクニックかスキル?」

 フォトンの力は大抵の不可思議を現実のものとするが、人の視覚を欺き不可視とする類のものを、若いアークスのデューマンは未だ知らなかった。

「わたしは研究部依頼の任務を専らとしていますので、少し特殊な装備も支給されているんです」少女は事も無げに言う。「ああ、自己紹介がまだでしたね。わたしはクーナ、これでもアークスの端くれです」
「く、クーナって……いや、えっと、おれはイオっていいます、見ての通り駆け出しのブレイバー」

 少女の言葉はイオと名乗ったデューマンにさらなる混乱をもたらした。クーナとは、ほんの三十分程前までオラクル全艦にライブコンサートの中継を行っていたアイドルの名ではないか。

「一体何の因果か知りませんが、かのアイドルさんとわたしは同名なんです」

 にこりともせずにクーナが言った。

「それはそうと、研究部はダークファルスの襲撃日時について予告していた筈だ。それに合わせるようにコンサート開催というのも妙な話だと思わないかね?」
「わたしにお尋ねということなら、研究部が芸能人の活動にまで口出しするなどという話は寡聞にして存じ上げませんが」
「研究部勤めのキミがそう言うのなら、アイドルの方に何がしかの都合があったのだろうね」

 そう呟きながらも、彼女の目は、全く上手にしらばっくれるものだ、とクーナに語りかけているようだった。

「ところで、キャンプシップが一向に発進しようとしないのは、どうした訳ですか」

 クーナが問うと、アキとイオはなんともバツの悪そうな顔をする。




 アークスはダーカー殲滅の為の軍事組織として機能してはいるものの、そもそもの成り立ちは外宇宙調査団である。故にアークス内には明確な階級であるとか、命令系統といったものは存在しない。これは一見、異様なことであるように思われるが、彼らの不倶戴天の敵たるダーカーもまた、特定の星系や宇宙船団に拠って活動する知的生命による軍隊などではないのだ。ダーカーはアークスのあるところ何処にでも、空間転移によって現れるし、ダーカーの根城であるとか総数といったものは全くの不明であった。軍隊ならぬ群体としての敵性体へ対処するために、アークスの組織は融通無碍のものとなった。ダーカーの中に強大な統率者であるダークファルス達が存在するならば、アークスにもまた、絶対命令権を有する六芒均衡が設立されたのだろう。そして、長い長いダーカーとの戦いの中で、四人一組を最小単位とするアークスの部隊運用が確立されていった。通常の惑星探査任務ならば単独行動も有り得るのだが、さすがにダークファルスを相手にしてそれを許されるのは、ごく少数の極めて良く訓練されたアークスに限られた。

「という訳で、私とイオ君だけじゃキャンプシップは飛んでくれなくてね」

「成程、了解しました。一斉発進に出遅れたせいで、最低限の人数が集まらないと……」

 クーナの口調は遅刻した生徒を咎める教師のそれであった。

「遅れたのはキミだって同じだろうに」
「私は仕方ないんです、さすがに二十五分やそこらでステージを片付けて戦闘準備を整えるのは無理があります」
「センパイ方、そりゃ一体何の話さ?」

 不審に思ったものか、イオが口を挟む。

「ああ、すまない。内輪の話だ気にしないでくれ」
「研究部の要員といえど、大規模なコンサートとなれば動員されることもあったりなかったり、ええとその……」

 とりあえずクーナには機密を守るのに必要な才能が欠けているのは確からしかった。

「アキさんの方は、大方アムドゥスキアの居心地が良すぎて、オラクル船団の危機を軽んじていらっしゃったのが、遅参の原因といったところでしょうか?」
「手厳しいな、クーナ君、あえて否定はしないがね」アキは自嘲気味に笑う。「いや、予定ではコンサートが始まる時間までには戻る筈だったんだ。間が悪いというか帰り際に、造……暴走龍に出くわしてね、しかも希少種侵食個体という厄介な相手だったものだから、ね。最後はコ族の知り合いに手だの翼だのを貸してもらって、裂けた空間の向こうにお帰り頂いた次第さ」
「暴走龍の出現もこのところ落ち着いてきたものと感じていましたが」
「でも、暴走龍ってダーカーが集まるところに出るんだろ?」

 と、これはイオ。

「そういう傾向があるのは確からしいのだが、正確なところは分からないね」
「大体さ、暴走龍ってダーカーを食べちゃうんだろ、わざわざアークスがやっつけなきゃならない様な悪い奴らなのか?」
「ダーカーを追ってアークスシップ内にまで現れた個体も確認されています。例え暴走龍がダーカーの天敵であっても、見境なしに他の生物に襲いかかる様なものは排除するのがアークスとしての正しいあり方でしょうね」

 クーナの美しくはあるがどこか人形めいた顔は、この時、完全に感情を排した全くの造り物である様に見えた。

「ダーカーの天敵にして、見境なしの乱暴者か。なんだか身につまされる話ではあるね」

 アキが軽口を叩いた瞬間、クーナが物凄い目付きで彼女を睨んだ。造龍に関わる話題は、自分達二人にとって非常にデリケートな事柄であるのを、アキは改めて思い出した。

「ああ、そうそう」鼻白んだ様子でアキは話題を逸らしにかかった。「食べるといえば、我々アークスは足の生えたものはチャブ・ダイとフォトンチェア以外は腹の中に入れてしまう。が、しかしね、龍族だけは止めるべきだと私は思うよ」
「だったらさ、キャタドランサは食べてもいいんだろ、な? 脚ないもん」
「そりゃ屁理屈と言うものだ、イオ君。知的生命食べるの、駄目、ゼッタイ」

 文明人から頭ごなしに自分達の食文化を否定された未開民族みたいに、イオは不機嫌な顔をする。やれやれとクーナの方を見ると、こちらはこちらで、キャタドランサの肉をよこさないならば、代わりにお前をとって喰うとでも言いたげな風情ではないか――怖い。
 かの悪名高き料理人フランカによるアークス内のモラル低下が斯程であったとは。確かにメディカルセンターなんぞは、ダーカー由来の素材を使用したドリンクを平然とアークスに飲ませるし、冷凍食品にダガンエッグが混入していて回収騒ぎになったりもする。しかし、これらのことは元を正せば、虚空機関の仕業だ! としか言いようがあるまい。アキ個人では、とうの昔に人間をやめてしまった機関の総長に敵すべくもない。が、オラクル船団とアークスを蝕む病変部へと切り込むメスの切っ先となるべき人物が現れるならば――アキ自身はそれが誰であるか殆ど確信を得ている――微力であっても己の力を貸さねばなるまい、と彼女は深く決意を固めていた。

「どうもわたし達はしようもない話に時間を取り過ぎているようです。三人というのはいささか心許ありませんが、スペースゲートの管制に発進許可をもらうべきではないですか?」

 クーナが気を取り直した様に言う。
 ダーカーとの戦闘を望むことはアークスにとって、これは最早本能といっていい。まして相手が、ダーカーの首魁たるダークファルスであるならば。

「すまないな、後一人合流予定のメンバーがいるんだよ、そろそろ到着するんじゃないだろうか」
「アキさんのお知り合いでしょうか?」
「キミにとっても知り合いさ、ついでにイオ君ともだがね」
「!!」

 クーナはアキの言葉に、ヴァイスボルトの直撃でも食らったかの様な顔をする。

「まさか! あの人は研究部が予告を出した作戦にはおおよそ全部出撃していて、少なくとも作戦開始三十分前には出撃準備を終えているのが常なはずです。大体コンサートを聞きに来てないなんて! 始末、始末です!」
「その、なんというか、キミはあの人物の行動パターンを逐一チェックしてたりするのかね?」

 薄気味悪そうにアキが問うた。

「自慢じゃないですが、わたしは他にフレンドとかいませんので。ついつい気になって、毎回サーチをかけるのは何かおかしいでしょうか?」

 立派なストーカー予備軍であった。無自覚というのがまた恐ろしい。とはいえ、クーナのなんとも貧しい交友範囲は、これはこれで涙を誘うものがある。

「あ、あのさ、クーナセンパイ、乗りかかったキャンプシップってのも変だけど、おれでよければフレンド登録してもいいぜ」

 さすがに可哀想と思ったものか、イオが青い髪の少女に申し出る。

「いや、わたしは……」

 即座に断ろうとしたものが、クーナの唇は途中でその動きを停止した。このデューマンのブレイバーに彼女は不可思議な懐かしさを感じたのだ。その左目の虹彩の琥珀色には憶えがなかったか? 屈託のない笑顔の中に対なるものを喪った悲しみが隠されていなかったか? そして生意気に伸びた二本の角は……。

「角が二本ということは、あなた女の子なんですか!」

 クーナがそのことに気づいた時、彼女は本当に気付くべき何かをその手から取りこぼしたのかも知れない。或いは、観測者を自称する何者かの指から伸びる繰糸がこの場に垂れ落ちたものか。

「やだなセンパイ、こんな可愛い子が男の子のワケないだろ、なんてな」イオが可笑しそうに言う。「いや実際、自分でも男に見られるのは仕方ないって思うけどさ」
「まあ、私も最初は男の子だと思ったさ。角が二本というと龍族の場合は、雄であることが多いからね。例えばフォードランの様に」

 これはこれで、ピントのずれたことをアキが言う。

「いくらデューマンが、オラクル四種族の新参だからといって、昨日今日にポンと湧いて出たってもんじゃないんだぜ。角と性別のことくらい知っててくれよな」

 イオが苦笑した。

「フレンド申請は、有り難く受けておくことにしましょう。ですが、わたしと関わり合いを持てば、要らざる厄介を呼び込むことがあるかも知れません、気をつけて下さい」

 脅かす様な声音と表情でクーナが言う。

「困った時は助けを呼べば、声のでっかい六芒の人が宇宙のはてからでも飛んで来るんだろう?」
「六芒均衡の六、ヒューイですか。イーブンナンバーは比較的信用が置けますし、彼なら本当に飛んで来かねない。ですが、もし貴女が窮地に陥った時、可能ならばわたし達三人共通の友人に助けを求めなさい、これは強く忠告しておきます」
「確かにセンパイ戦闘能力おかしいけどな。くるっと宙返りしたとおもうと、双機銃で機甲種の大群をスクラップの山に変えたり、カタナ抜いたらあっという間に、でっかいダーカーを膾に刻んだりさ」

 とは言え、それは常人が到達できる戦闘能力の上限の内の強さであって、六芒均衡のそれは次元が違う。その程度のことは、新しい種族の出身で、尚且つアークスとしてはまだルーキーといってよいイオにだって分かる、アークスの常識中の常識だ。

「強さではありません、信用、もしくは胡散臭さの問題とでも言っておきましょうか」
「まさか、キミの口から六芒均衡への不信の言葉を聞こうとはね」

 アキの表情は半ば意地悪げで半ば興味深げであった。そして、その視線はクーナの両手首に繋がれた青いフォントンの刃を持つ双剣に向いていた。

「いいですか、六芒均衡のオッドナンバーズたる三英雄は、あの戦場には存在していません」

 キャンプシップの舷窓から遠望される、そこでアークスとファルス・アームがすり潰し合いを演じる、轟沈した艦船群の残骸を、クーナは指し示した。

「決戦法撃兵器たるクラリスクレイスは“たかだが”一体のダークファルス相手には使用されません」

 今、クーナは何と言った? 三英雄の一人をして、それが兵器の一種でしかないと彼女は言ってのけたのだ。そして、アークス不倶戴天の敵たるダーカーの王でさえ、単体では三英雄にとっては決して恐れるべきものではないのかも知れぬと――。

「カスラに至っては、オラクル船団に戻って来ているかどうかもあやしい。そしてレギアスは……」
「レギアスについてなら、その伝説的な強さは私だって知っている。彼はオラクル最後の守りであって、佩剣たる世果が一度鞘走らば、其は終わる世界の招来を意味する云々」
「レギアスにとって守るべきものが、わたし達一人一人であれば幸いでしょうね」
「???」

 もうこの辺りになると、イオは置いてきぼりのパニックIV状態である。

「イオ君すまないな、こんなのは若いアークスに聞かせる話じゃない。私は毒の皿をばりばり齧ってしまっているクチだからいいのだが」

 虚空機関にとって全てのアークスの通信会話記録をリアルタイム把握するなど児戯にも等しい。アキ自身は既に研究部のブラックリスト入りしている身の上だからよいとして、イオにヴォイド総長が興味を抱くというような事態を想像すると、怖気をふるわずにはいられない。

「アキさん御心配には及びません。透刃マイのインヒーレントスキルが欺くのは、なにも人間の認識能力だけではないのです。キャンプシップのボイスレコーダーは私達の会話を何一つ正しく拾ってなどいないでしょう」
「ならいいが、キミ自身がそれに食われては元も子もないぞ」

 クーナはアキの忠告が聞こえないふりをして、イオに向き直った。

「六芒均衡を完全に信用してはならないという事以上に重要なのは」そこで言葉を区切ると、クーナはその目に昏い光を灯した。「もし、貴女に力を約束して、取り入ろうとする者が現れても、決してその者の言葉に耳を貸してはいけない」

 などとどこかで聞いたような台詞を吐く。
 結局のところクーナにしろアキにしろ、虚空機関、ヴォイドの総長たるルーサーの名を口にすることをためらった。やはり、恐ろしいのだ。




「それにしても待ち人来らずだな」

 既にファルス・アームは、その八十パーセントの撃破が告げられていた。見切り発進するのか、今回の作戦は不参加とするかそろそろ決断せねばばらないだろう。

「最後にあの人と連絡をとっていたのはどなたですか?」
「う~ん、多分おれだね。なんだっけ、マーターなんとかを進めてるとか何とか。その後センパイのキャンプシップと通信繋がらなくなっちゃってさ」
「おいおい、それは最近頻発してるアプダクションとかいうのじゃないのか!」

 さすがにアキが慌てた様に言う。

「あの人ですから、無事に戻ってくるのはまず間違いないでしょうけれど」

 クーナはそれ程心配してはいないようだった。実際、彼女の判断は正しかったようで、程なく三人の通信端末が同時に着信のコールを発した。通信は、作戦開始に遅れてしまったことへの謝罪と、自分の知り合いを一人、アキ達のパーティに加えてやって欲しいと伝えていた。




「死にますよ、私と一緒に戦う人は皆死んでしまいますよ……」

 などと呪いの言葉みたいなのものを呟きながら、キャンディーヘッドギアとキャンディークラウンを身につけた少女が、クーナ達三人の待機するキャンプシップに姿を現した。
 目を隠してしまう程に伸びた淡い緑の前髪と、全身から漂わせている陰鬱な気配は、彼女がまるでつい先程、幽霊でも見てきたのではないかという様な印象を他の三人に与えた。いや、実際見たのかも知れない。
 ともかくもアキとイオは、また厄介の種が増えたんじゃないか? と心配そうにお互いの顔を見合わせるのだった。




 ダークファルス・アプレンティスはエルダーからファルス・アーム数体の支配権を譲り受け、これを結合して己が乗騎に仕立てるや、アークスシップの戦列の間を縫って飛翔していた。
 彼女にはエルダーの言う『闘争』などに興味はない。が、せめてマザーシップの鼻先をかすめてみせて、その中に巣食う魑魅魍魎の心胆を寒からしめてやろうと思ったのだ。
 忌々しいフォトンの光条がアプレンティスとファルス・アームへと集中する。腹立たしい事だが、この分厚い防御火網は彼女の行動さえ既に演算予測されていたことを意味しているのだろう。
 マザーシップに接近するはるか手前で撃墜されるかも知れなかった。そうなったとしても、ダークファルスたる彼女にとって異空間へと逃れることは造作もないのだが、それはそれで業腹であった。この場を強行突破できる程の強力で大型の眷属は、砂の星の戦いに備えて温存せねばならない故に、その召喚はためらわれた。
 我知らず、アプレンティスは金と赤の髪に指を差し入れかき回していた。
 彼女と彼女の乗ったファルス・アームに向けて、猛然と一隻のアークスシップが突進をかけてくる。いや、あの巨大艦にしては加速力があり過ぎる、おかしい。
 理由はすぐに分かった。艦形が似ているので誤認したが、アークスシップよりはるかに小型の艦船なのだ。確かヴァリアント級とかいう奴だったか? 惑星の大気圏内と違い、人間の視覚は、宇宙の真空と長大な距離感の中では物体の大きさを正確に把握できなくなる。依代であるニューマンの感覚器にダークファルスとしての認識力が制限を受けたのか、とアプレンティスが苛々と髪を掻き上げようとした時、それは起こった。
 小型艦の進路上の空間が歪むや、赤黒い口がぱっくりと開きそれを呑み込んでしまったのだ。
 エルダー、ダブル、ペルソナ、彼女の朋輩達――三体目の仕事熱心な“ルーキー君”については少々怪しいところもないではないが――の成した事ではあるまい。アークスのフォトン制御とも、暴食する龍の空間破砕とも違う。
 禍々しきモノの腹へと消えた、あの艦が果たして何処に行ったのか。未だ完全な力を取り戻せぬアプレンティスには知る由もなかった。





 遅ればせながら、明けましておめでとうございます。久々の更新となります。またしてもPSO2世界から帰ってこれませんでした、反省。
 前回はストーリーミッションの本線から大きくずれた時間軸というか世界線のパラレルストーリー、今回は最新のストーリーから少しだけずれた世界の与太話といったところでしょうか。
 何だかややこしくなって申し訳ないです。
 グラールの方は当初予定していた話の落としどころが、どうやら使えないということが判明して困ってます、かれこれ一年くらい。
 色々開き直って今書いてます。なるべく早くに出来上がるとよいのですが……
 



[27552] その20
Name: 蕎麦わんこ◆9fb2142d ID:05208419
Date: 2015/02/16 02:57
 舞台は約一年の時をおいて、再びグラール太陽系へと移る。
 グラール第三惑星モトゥブ、ガレニガレ鉱山跡のさらに奥深くに設営された、並行世界のグラールより来ったイーサン・ウェーバー、レンヴォルト・マガシらの秘密基地であった。

「さて“二つめ”が来てくれれば、あの忌々しい“塔”は動かざるを得なくなるんだが」

 既に人員も物資もシャトルへの移送は完了している。ヴィヴィアンはシャトル発進の指揮を執るべく、既にこの場を去っていた。
 マガシはゆっくりとイーサンに近づき、そして言った。

「あれを退かせなければ、こちらの亜空間航行船、マザーズ・シップは動かせんからな。私たちのグラール太陽系では巫女が戦線を縮小する手筈になっている、戦いが小康状態となれば奴の性格だ、必ず来る」
「一体何の企みをしているのかは知らないけれど、あの“塔”スルクーフをどうにかしたいなら、もっとシンプルにやればいいのではなくて?」

 皮肉っぽい笑みに口の端を吊り上げながら、イーサンとマガシの情報端末にデータを転送したのはヘルガ・ノイマンであった。

「貴様、勝手にシャトルの兵装システムを覗いたな」
「凄んだって駄目よマガシ、Aフォトン連鎖誘爆弾頭――知ってるでしょうけど、イルミナスはガジェットって呼んでるわね――こんな物騒なものを積み込んでいるなんねぇ、都市だろうが宇宙戦艦だろうが只の一発で吹きとばせる代物じゃない」
「人道にもとる兵器なのは百も承知だよ」イーサンは苦々しげに言う。「けれど、科学力に劣る俺達にとっては旧文明に対抗できる数少ない手段の一つなんだ」
「だったら尚更じゃない、“塔”にガジェットを撃ち込んで破壊してしまえばいいいのよ」

 ヘルガは半ば確信していた。彼女の属するグラールのイーサンとは違い、並行世界のイーサンは旧文明人との戦いの中で、光の側から闇に向かって滑り落ちつつある、堕落の兆候を示していると。大量破壊兵器ガジェットもそうだが、旧文明人に肉体を奪われたヒト達をSEEDに感染させようなどというのは、まさにイルミナス的な思考ではないか。

「スルクーフの奴等とは共闘していた時期もあったからな、アレの性能は大体のところ把握している。Aフォトン弾をもってしても完全に破壊できる確証はない。もっとも、何発も撃ち込んでやればそのうち音を上げて逃げ出しはするだろうがな」

 マガシが不敵な表情を浮かべながら言う。こちらは元々イルミナス所属であったせいか、非人道兵器の使用にさほど躊躇を感じないのかも知れない。
 ヘルガの思考は、しかし、そこで中断されることとなった。銅羅でも打ち鳴らした様な低く重い振動が、洞窟内部の淀んだ空気を揺るがせたのだ。続いてホイールが地面をけずる音が急速に近づいてくる。

「ヴィヴィアン?」

 ヘルガが振り返ると、青い髪のヘッドパーツと白いボディのキャシールがもの凄い速度で滑走して来るのを目にすることになった。少々慌てているらしい。

「鉱山部からの連絡通路に仕掛けたトラップの爆発音がしたということは……」
「ガーディアンズか同盟軍の強襲部隊が来たかな」

 マガシの言葉にイーサンが応える。こちらは、さすが一党の首領らしく落ち着き払った様子である。
 彼らのアジトはガレニガレの廃鉱跡である坑道よりも、さらに下層の鍾乳洞に存在した。坑道と鍾乳洞を結ぶ通路は厳重に偽装されていて、尚且つ原生生物の侵入を阻む障壁も備えてあった。これに侵入を成し遂げ得るのは、高度に訓練された人員のみであろう。

「迎え撃つぞ」

 イーサンが低く命令を発し、赤と白のキャストの男女は素早く行動を開始した。マガシは背に負った翼状のパーツを畳むと、左右の端を胸前でぴたりと閉じ合わせた。形成された真紅の外套は敵の攻撃に対する強固な備えとなる。ヴィヴィアンはといえば、軽やかに地を蹴るや、くるりとんぼをきっている。着地時には、二丁のハンドガンがナノトランサーからドローされていた、目にもとまらぬ早業だ。二人のキャストはそれぞれ別の連絡通路入口へと向かう。

「さて、通路は全部で四本。その全てからトラップの反応があったのだが――」
「厚かましい、私に手伝えっていうの? まあでもいいわ、SEEDの存在意義は破壊と侵食、相手を煮ようが焼こうが、はたまたウィルス感染させようが、脳の中に仕掛けた爆弾を破裂させないでいてくれるなら、ね」

 妖しい笑みを浮かべつつ、ヘルガは己の頭を指さしてみせた。

「好きにするといい」

 イーサンの返事は素っ気の無いものだった。



 
 ナギサは少々頭の中身がどうかしている射撃手リサの語る、彼女のオリジナルが存在するオラクルあるいはアークスなる巨大船団が、ダークファルス達と戦いを繰り広げている世界についての話に付き合わされていた。
 並行宇宙、並行世界といったものはナギサにとっては理解し難い概念だったが、ワイナールやエミリアから、あらゆる世界への接触を可能とする亜空間技術のことを聞かされていたので、まあそういう事もあるのだろうという程度には自分を納得させることはできた。
 ヒトの立てるものではない足音の接近に気づき、ナギサとリサが素早く頭を巡らしたのは、そんな会話の最中のことだ。

[指揮官が来る][皆のところに][戻れ]

 声の主はアークス達の活動する宇宙において、アムドゥスキアと呼ばれる惑星に棲息する知的生命体、龍族のヒューマノイド種であるディーニアンの戦士チ・モブであった。

「おやおやおや! 指揮官さんったらスルクーフを離れてこっちに来ちゃってるんですかあ」

 リサの声は意外の念を含んでいた。

「オウトク・シティでエンドゥーとキリークが何度かその名を口にしていたな。指揮官とは何者だ? 文字通りお前達を指揮するリーダーか?」
「さあ、あたしも実はよく知らないんですよねえ。実際、指揮官さんのことをちゃんと知ってるのって、エンドゥーさんと猟犬さんくらいじゃないですかあ」

 ナギサはしばし黙考する。リサに尋ねたところで指揮官とやらの情報は得られぬようだ、この場にやって来たというのであるから、己の目でもって確かめるに如くはないだろう。

 ――しかし、スルクーフを離れニューデイズにやって来ただと。

 エンドゥー達が本拠とするスルクーフとは、忘れもしない、西クグ砂漠に転移出現した巨大な塔ではないか。リューカーあるいはテレパイプと呼ばれる技術によって、彼らはヒトの長距離ナノトランスが可能とは聞かされていた。だが、かの塔は惑星モトゥブにあって、彼女は今惑星ニューデイズにいる。惑星間移動をも成さしめる転移技術、それはワイナールが嘗て、ナギサをクラッド6より惑星パルムの聖櫃クロウリィへと一瞬で移送した、旧文明の失われし技と等しいものではないか。そのような力を持った相手とどう戦えばいい?




 ナギサはリサ/ナハトとチ・モブに両側から挟まれる様にしてエンドゥー達の待つ場所へと連行されることとなった。
 通信機器や食料の類は取り上げられていたものの、愛剣スティールハーツと彼女は未だ引き離されてはいない。その剣がナギサの一部であることを、彼らは重々承知していて、敢えて手心を加えていたようにも思われた。ナギサがそうと決心すれば、スティールハーツを振るって抵抗することはいつでも可能なのだ。
 キリークやエンドゥーならともかく、リサと龍族の二人が相手なら、スタンモードで制圧して、こいつらを人質に取ることも出来るのではないか? ナギサは何度かその誘惑にかられていたのだが、少なくともリサはナギサの剣の間合いを把握している節があって、しょうもない話をナギサに聞かせている時でさえ容易に隙を見せることはしなかった。
 今はリサがナギサの右側に、モブが左側にぴたりと位置している。剣を抜けばこの距離ならリサを斬れる、というかとても斬りたい。が、相手もそこはぬかりはないようで、モブの右手の大楯が邪魔をして剣を振り抜けぬような配置になっている。
 忸怩たる思いのままナギサはキャシールと龍族と共に歩を進め、程なくキリーク、エンドゥーの二人と顔を合わせることとなった。




「もう少しリコとフロウウェンについての話を君に聞いておいて欲しかったんが……」

 常に冷笑めいた表情を絶やさぬ黒いハンターが、珍しくすまなさそうな顔で言った。

「全く厄介な奴の横槍が入ったものだ」

 長身のキャストの方も、苛々とした様子を隠す気はなさそうであった。もし彼に舌があったなら盛大に舌打ちをしてみせたに違いない。

「なんだ、指揮官とやらが来るのが気に入らないのか?」
「まさかあ、お二人と指揮官さんは仲良しだと聞いてましたけどお」

 キリークとエンドゥーの態度を見たリサは、不思議そうに首をひねった。

[この感覚は][何だ]

 低く警戒の唸り声を上げるや、チ・モブが上空を振り仰いだ。

「こ、これは、貴様等一体何をした!」

 ナギサが驚愕の声を発した。指揮官は例の光の円筒、テレパイプを使ってこの場に現れると予想していたからだ。だが実際、彼女の見上げる先に出現したのは赤黒い渦の様なものであった。そこから吹き付ける禍々しい何か、魔風とでも言うべきものに黒髪の剣士は我知らず身震いをしていた。渦は見る間に広がって行き、遂には空一面を覆うかとも思われた。

「これ、グラールの方々に探知されると不味いんじゃないですかあ」
「ああ、そうだとも」

 リサの彼女らしからぬ不安気な問いかけに、エンドゥーは苦り切った声音で応答する。

[これは船][アークスが使うものに][見える]

 龍族の思念が告げた通り、巨大で不吉な渦の中に銀色の船体が浮かんでいるのを、残りの四名も認めていた。

「アークスのものと言うが」アークスの艦船を見たことのないナギサにはモブの指摘が正しいかどうかは分からない。「だがこれに似た船を私は知っているぞ」

 銀色の船の形状は、リトルウィングのマイシップ、タイラーのランディール号、同盟軍の戦艦等とは全く違う。グラールの現代の艦ではない、上空の船は聖櫃クロウリィにどこか似ているのだ。正確にはクロウリィを現在のグラールの技術と素材で造り直し、船体規模をずっと小型化したものと言うべきだったろうが。

「アークスシップにしては小さすぎますよお。ふむ、先遣探査部隊の使う特務艦とかでしょうかねえ、でもなんでアークス所属のものがここにいるんですかあ?」

 キリークは肩をすくめ、エンドゥーもかぶりを振った。
 ヒューキャストとヒューマーの傍らにテレパイプの光柱が立ち上ったのは、そのすぐ後だった。

「指揮官、これは全くどうしたことだ」

 エンドゥーの鋭い詰問が、新たに現れた一人のヒトに向け発せられた。
 そいつは、ナギサが初めて遭遇した時のキリークと同様の出で立ちをしていた。灰色のローブをまとい、同色のフードですっぽり頭部を覆っている。ナギサの観察力を持ってしても、この指揮官とやらが男なのか女なのか、生身のヒトなのか機械の身体を持つものか、はたまたチ・モブの様な非人類の知性体なのか、全く判別がつかなかった。なんとなれば、ある瞬間には殆ど幼児の如き低身長と見えたものが、次の瞬間にはローブの中に金属の箱でも詰まっているんじゃないかと錯覚せんばかりの巨体に変じる。信じ難いことに、その体格は刻々と変化して一つに定まるということをしないのだ。

「こいつも一種の化物か」

 辟易したようにナギサが呟いた。が、すぐにそんな事は些事に過ぎぬことを彼女は知ることになる。

「ぎゃぁ、出たあ、出ましたよう!」

 リサが悲鳴をあげた。
 何事ならんとナギサが振り向いた時、彼女は口やら鼻やらから身体中のフォトンが全部抜けるのではないか、というような衝撃に襲われた。 

「シ、シズル……、お前なぜここに? というかその格好はなんだ!」

 素肌に直接まとった一張羅の黒いコートがトレードマークの美少年、シズル・シュウがナギサの視線の先にいた。いや違う、いくらシズルであっても革製らしいサンダルと、股間を覆うわずかな面積の黒い三角形の布切れ以外、下半身になんら衣服を身に着けぬなどというのは異常に過ぎる。

「太陽王よ、こちらのグラールについては我々に一任するという約束ではなかったか」
「そう猛り立つな小僧、お前達に任せるとは言いもしたが、もう一つのグラールとやら、見聞するくらいは構わぬであろうが」

 傲岸不遜そのものといった声が言う。先のエンドゥーの呼びかけが正しいとすれば、裸コートにブーメランパンツ一丁のこのシズルの姿をした男こそが、並行世界から来たというイーサン達が語った彼らの世界における太陽王カムハーンなのか!

「貴様、太陽王だと、地獄から迷って出たかっ」事情を知らぬナギサは、これがエミリア達の倒したカムハーンが復活したものと誤解した。「いや、これは僥倖かも知れないな。太陽王カムハーンとは、空を舞い、大地を打っては地震を生じ、一騎にて千の兵を蹴散らす超人と聞いた。叶うならば一度、剣を撃ち交わしてみたかったんだ」

 ナギサがスティールハーツを抜剣した。エンドゥーやリサの止める暇もあらばこそ、蒼の刃が並行世界の狂える王へと殺到する。彼女の直情径行は多分死んでも治らない。

「下郎推参」

 カムハーンは何ら慌てることなく、右手を股間の布へと差し入れた。ブーメランパンツ自体にナノトランサーの機能があったものか、はたまたその内側が亜空間に通じてでもいたのだろうか。次の瞬間、太陽王は身の丈ほどもある、異形の両剣を手に、ナギサの撃剣に応じた。それは、本来柄にあたる部分は球状、前方には二叉、後方には一本の巨大な黒紫色の剣身が伸びていて、剣身自体にも鋭い棘が生え出ている。
 戞然たる響きとともに、両者の得物が空中で衝突し火花を散らす。

「旧文明が鍛えし負滅の双牙“エクスティオン”やわか消え往く者ごときの剣に遅れは取るまいぞ」

 大鋏の様なエクスティオンの剣身がスティールハーツを絡め取り、じりじりとナギサの繊手よりもぎ離そうとする。だが、横合いからの別の武器が一撃し、大剣と両剣の結合を解いた。

「卑賤の輩が太陽王の戦いに水を差すなどと、命を惜しむということを知らぬのかっ」

 ほぼ裸身の王が大喝する。
 指揮官のローブの合わせ目から長柄の大鎌が伸びているのをナギサは見た。それはオウトク・シティでキリークが振るったものと瓜二つであった。ただし鎌刃は黒い猟犬のものとは違い暗紫色の靄をまとってはいない。

「そういえば指揮官さんは猟犬さんの唯一のアプレンティスと聞いたことがありますが、本当ですかあ?」
「オレが弟子などとると思うのか」キリークは嗤った。「カムハーン、その白いのには用があってまだ殺してもらっては困るのだ。代わりにそいつで我慢しておけ」

 そう言って、キリークはローブ姿を指差した。なんとも凄まじい言い様である。

「よかろう、亜空間を自在にする旧文明の剣技、しかとその目に焼き付けるががよい」

 そう宣言するや、カムハーンの眼前に赤黒い渦が生じ、無造作に渦の中心へとエクスティオンが突き込まれた。
 キリークの足下に出現した渦より伸びた異形の刃は、風の様に飛び退いたヒューキャストが寸前まで存在していた位置を貫くにとどまった。

「どうした? 敵に攻撃が当たらんか?」

 ヒューキャストが発する人工の音声は真面目くさっていた。

「愉快な奴よ」

 太陽王が獰猛な笑みを浮かべて言った。どこか機嫌よさげにエクスティオンを、股間の布地の中へとごそごそ収納し始めたところを見るに、負け惜しみという訳ではないようだ。

「ところでカムハーン、オラクルの船まで攫っておいて並行世界に物見遊山などという言い草、俄かには信じかねるな」

 リサ、モブ、指揮官の三人がかりで押さえつけられながらも、スティールハーツをぐるぐる振り回して暴れるナギサを背後に、エンドゥーが問うた。

「督戦である」一万年の昔、一つの恒星系に君臨した王の威厳を込めてカムハーンが言葉を放つ。「貴様らにはグラール太陽系の正当な支配者である我ら旧文明人に反逆し、時空を超えた咎人共を速やかに捕縛せよと命じておいたはずだ」
「奴等のメイザーズ・シップは既に俺達が封じている、後は時間の問題だ」
「手ぬるいと言っている」

 苛立たし気に吐き捨てるや、太陽王は彼らの上空に巨大な口を開いた亜空間の渦、マガハラと通常空間の接触面に浮かぶ宇宙船に向けて片腕を差し上げた。
 銀色の船体から光条が発せられ、大地と接触するやアークスの形をとる。その数は二十余名に及んだ。

「ん? んんん? ですよお」

 異世界の戦士達は男もいれば女もいる。ある者はヒューマン、またある者は先の尖った耳朶を持つニューマン、機械で身体を構成された者達はキャストであろう、だが左右色違いの虹彩を持つ有角のヒトは何だ?
 両手持ちの大剣を構えているのはハンター、ライフルを腰だめにしているのはレンジャー、長杖を捧げ持つのはフォースだと分かるが、細長い金属のケースを左手に携える者達は何だ?

「アークス、ですよねえ……、知らないクラスの方がいるのはまだしも、その見たこともない種族のひと達は何でしょう。最近、どこかの惑星を征服して原住民さんをアークスに無理矢理編入でもしたんですかあ」

 リサが怪訝な顔をするが、彼女の言葉を聞いたアークス達もまた同様の反応をリサに向けて返した。

「そのアークス達、お得意の洗脳で操っているものと思ったが、違うのか」

 太陽王カムハーンの能力を以てすれば、精神干渉に対する特殊な抵抗性を持たぬ者を、思考せぬ傀儡とすることは容易い。しかるに、二十名程のアークス達の表情は明らかに意志を持つ者のそれであり、裸形にコート一枚引っ掛けただけの王に成すすべもなく操られている訳ではないようなのだ。

「いえいえいえ、エンドゥーさん」リサはこの時、アークス達の瞳孔の奥に何かに憑かれたような紅い光が灯っているのに気づいたのである。「これは絶対令、アビスですよお!」
「ほほう、こいつらに組み込まれた仕組みはそのような名であったのか、少々コードを上書きし、我の役に立ってもらっているぞ」

 カムハーンが愉快そうに笑った。

「本来ならば絶対令を発することが出来るのは六芒均衡のみなのだが……」
「カムハーン様が絶対令を以て私達にお命じになる以上、それに従うのはアークスとしての責務ですからね」
「ところでレンジャーのお前、アークスを知るならばオラクル四種族の一つ、デューマンを知らんというのはどういう訳だ」
「そんなことより、カタナを見たことがないの? 三英雄が筆頭、レギアス直伝の剣技を操る接近戦闘の新鋭、ブレイバー、まさか忘れてしまったの?」

 アークス達は、口々にそのようなことを言った。
 リサとカムハーンの支配下にあるアークス達の間には、深刻な認識の齟齬があるしい。

「成程、君の存在した時間軸とはまた別のところから、彼らは連れられて来たな」

 エンドゥーがリサに向けて言う。

「そうでした、アキさん達がヒ族の標であるヴォル・ドラゴンを殺してしまったことで、リサ達の未来は閉ざされてしまうことになるらしいですねえ」リサが歎息する。「もっとも、わたしのオリジナルはアークスが消滅するその瞬間まで、ご機嫌にダーカーを撃って撃って殺して殺し続けるんでしょうけれどお」
「待った、君の言っているのはヒ・ロガとかいうドラゴンのことかい? それは研究者のアキなる人物と、彼女の協力者によって、ダーカーによる侵食状態から救われた初めての龍族じゃないか」

 アークスのハンターが訝しむように口を挟む。

「は、はい? ああ、アキさんのお手伝いといえば、ライトさんとかいう方ですねえ。でも、その二人では失敗した訳で、他にお仲間がいたと本人からは聞いてないんですけどお、むむう」
「フハハ、面白かろう。我らの二つのグラールどころではない、彼らの世界は並行世界などという生易しいものではなく、多くのループやフラグメンテーションを起こした事象世界の奇々怪々な集合体なのだ。その中でも取り分け興味深いものに、マガハラを繋いでグラールに呼び寄せたという訳だ」
「何が面白いものか、あまり他人をとやかく言える筋合いではないが、これ以上事態をややこしくするな、そのアークス達も元の世界に帰せ」

 辟易とした様子のエンドゥーである。

「ならばイーサンと奴に従う機械人形の二体だけでも、この太陽王の前に引き摺って来い、生死は問わぬ。でなければ……」
「でなければどうする、ククク」

 と、これはキリーク。

「我が最初になんと言ったか覚えておらぬようだな。今、この時よりニューデイズが一度自転する間に、我が先に言ったことを成せ、さもなくば百人のアークスがこの惑星に降下し、一人につき九十九枚の目蓋をニューマンどもより切り取るであろう」


 CODE ABYSS 収集:ニューマンのまぶた!!


 これにはエンドゥー達も唖然とし、そして不快の感情を露にした。ことにチ・モブなどは怒り狂ってカムハーンに跳び掛かろうとして、先程までとは逆にナギサに取り押さえられている始末である。
 一応は同盟関係にあったはずの並行世界のカムハーンとエンドゥーの一党であったが、ここに至り両者の間の緊張感が一気に高まることとなった。
 アークスの側からも六人ばかりの者達が進み出て、太陽王を守るような体勢をとる。もっともカムハーンは警護など必要としない一騎当千の戦士でもあったのだが。

「おや? おやおや?」この時リサが素っ頓狂な声を上げた。「あなた達をリサ/ナハトは、というかオリジナルであるリサが知っていましたよお。安全だった筈の惑星ナベリウスでダーカーが大発生した時に、不可解な全滅を遂げたとかいうベテランチームの方々じゃないですかあ、カムハーンさんにアプダクトされていたとは驚きですねえ」
「お姉さん何を言ってるの、あたし達が王様の配下になったのはもっと後、ダークファルス・エルダーが攻めてきた時だよ」

 ニューマンのフォースと思しき少女が言った。

「いや、待てよツー、確かにぼく達はナベリウスで全滅したかも知れない、“彼”に助けてもらっていなければね」

 ツーという名らしいフォースにヒューマンハンターの青年が思案げな表情を見せた。

「クク、その六人、なかなかの使い手と見える。が、しかし――」
「そこの変態陽王を勘定に入れぬなら、最も腕の立つ奴は別いる、出ろ!」

 キリークとナギサは恐らく“彼”とやらがこの場にいることを見抜いていた。黒い猟犬の方はともかく、ヒトとしての能力を、たとえ生活無能力者のそしりを受けようとも、全て戦いのために注ぎ込んでいるナギサの面目躍如と言ったところであろう。どうでもいいことだが、この時点で眼前のカムハーンがどういう存在で、どこからやって来たか、などという疑問は、彼女の頭からきれいさっぱり消え去っている。
 二人の言葉に応ずるように、アークスの男が一人、新たに進み出た。
 無造作に胸前に保持されているのは、リサの愛銃に似たアサルトライフルだ。額に小さいが一本の角がある、デューマンらしい。ダークグリーンの分厚い装甲服が胴体を覆い、四肢にはそれより軽装だが同素材らしいブルーの防具が装着されている。髪は縮れた短髪で肌は黒檀の色をしていた。

「なんだか危なさそうなひとが出てきましたよお」

 黒い肌の男を見たリサ/ナハトがそう言って、指揮官を振り向いた。灰色のローブを割って男とも女とも機械であるとも見える腕がずいと伸びる。手指の間には三枚のカード型の媒体が挟まれている。
 カードが光の粒子と化して大気に溶けると同時に、三体のエネミーが出現し黒い肌のデューマンを包囲した。銀色の扁平な円状の本体とそこから伸びる四つの脚を持つそれが、ダークガンナーという名だと知るのは、指揮官とキリーク、エンドゥーのみである。
 黒いデューマンは落ち着き払ってライフルを肩付けにする。

「リフレクトイージス」

 それは、これより発動するフォトンアーツの名であったのか。銃身を起点に、連なるヘクス状のフォトンシールドが展開し、半球の形に彼を覆った。ダークガンナーの上面からは赤い球体がせり上がり、光線が発射される。三方向より襲う光の矢は、しかし、黒い肌の男のシールドにことごとく阻まれ、その目的を達することは出来なかった。黒いレンジャーは銃口を天に向けるや、引き金を絞る。上空に飛んだ弾丸は、次の瞬間ハナ・ビーの如く弾けた。逆流れに降り落ちる光輝の雨に打たれ、たちまちエネミー達は実体を失い霧散した。

「御苦労だ、指揮官。どれ程の技を使う奴かは大体見当がついた」

 黒い猟犬が満足気に言う。

「そう言えば、リサも昔こんな風に射撃の腕を試されましたねえ。アムドゥスキアは地下洞窟カッシーナ、磁獄のハイウェイでしたかあ、いや懐かしいですねえ」

 リサがけらけらと笑う。

「笑ってる場合か、こいつのシールドを破り、銃撃を躱すのは“容易”いことではない。剣ならばまだしも、お前のライフルじゃまず歯が立たないぞ」

 ナギサが険しい顔をする。デューマンという種族名こそ同じだがグラールのそれと、アークスのものとは違うようだ。そして、ナギサは黒い肌の男の銃技が攻守とも完璧に近いと言ったのだ。

「さもあろうよ」ナギサの見立てに同意を示したのは、カムハーンであった。「この男はな、ループする時間軸の中にずうっと捕らわれていたのだ。どうしてそんなことが起こったかは推測でしかないが、アークスとやらの宇宙においては超越の存在によって頻繁に時間と空間への干渉が成されていたようで、そのとばっちりを受け続けていたらしい」
「ループの内に捕らわれる、つまり何度も同じ行動の繰り返しを強いられていたのか?」

 エンドゥーが興味深い様子で尋ねる。

「こやつの場合はひたすら殺され続けていたらしい。我の計測によれば、死亡回数は三百と五十万回にも達すると思われる」
「さ、三百五十万とは!」

 途方もない回数にエンドゥーやナギサのみならず、リサやモブさえもが絶句する。

「クク、自分の生き死にが掛かっていながら、何百万回も己の屍をこしらえるとは呑気な奴もいるものだ」

 冷笑するキリークにカムハーンは大きく首を横に振った。

「例えば一度死ぬごとにその記憶を次回に持ち越せたなら、むざと三百万回以上も同じ結果を繰り返したりはすまいよ。一つの死は他の死達とは隔絶されていたのだ、故に我は――」太陽王は、そこまで言うと悪魔じみた表情を浮かべた。「我は、旧文明の亜空間制御技術をもって、三百五十万の死の意識を抽出し、あるループに存在する一人へ注いだのだ」

 つまり、かの黒い肌の男はカムハーンの気紛れにより、一度に三百五十万の死を体験したことになる。

「興味深い結果を得たぞ、彼奴は一瞬にして恐るべき戦士となった、のみならず元はヒューマンであったものが種族さえも変化した。彼らの世界を運営する超越者にとっては、歴史の流れを乱すものにと成りおおせたかも知れん」
「死に触れれば強くなる、とは私の友人の言葉だが、それにしても……」

 想像を絶する体験をしたであろう黒い肌の男の運命を思い、ナギサは只々困惑するばかりであった。

「そうか、王は歴史を乱すとおっしゃたが、ねえ、ツー」

 ヒューマンハンターの男性アークスがニューマンフォースの女性を見やった。

「ナベリウスのダーカー大発生時に、あるハンターが未帰還になって三英雄のレギアスが随分悲しんだと聞いたけど、きっとその人はあたし達の代わりになったのね、ロク」

 ロクとツーの、アビス制御下にある印である紅い瞳は、決まり悪げにゆらめいていた。

「おいおい、湿っぽくなるのは構わんが、ニューマンのまぶた収集の指揮は貴様らがとるのだ、忘れてはいまいな」
「それはもちろん、王様」
「ぼく達に万事お任せください」

 畏まるロクとツーに続いて、黒い肌の男も太陽王に忠誠を誓うが如く獣めいた唸り声をあげる。

「なんだか知らんが、まぶたを集めるのだけはやめろ!  一体お前達はどこの原始人だ!」

 ナギサが吠えた。

「原始人とは聞き捨てならぬ。言っておくが娘、これは旧文明の流儀ではないぞ。元々アークス達は他の知的生命の身体の一部を、トロフィーとして持ち去る習性があるようなのだ。絶対令とやらのコードを上書きし、その対象をニューデイズのニューマンに指定しなおしただけだ」
「そんな馬鹿なことがあるはずがないっ」

 いくらだまされやすいナギサであっても、下着にコートの半裸男の言を鵜呑みにするほど間抜けでは無いのだ。
 彼女は、真実はどうであるのかと、リサとチ・モブを振り返った。

「いやですねえナギサさん、非殺傷捕獲が許されるのはラッピー相手までですよお」
[アークスが][龍族を襲って][食べる事は非常に良くある]

 ナギサは頭を抱えた、どうやら彼女は間抜けであったらしい。

「いい加減にしてくれ太陽王よ、こちらのグラールでの人的被害は極限にまで抑える、それも俺達が旧文明側に協力する条件の一つであったはずだ」
「まぶた如きで大げさな」カムハーンは詰問するエンドゥーを嘲笑した。「まぶたを取られたくらいでヒトは死なん、慢性的な睡眠不足には悩まされるかも知れんが」
「い、言われてみれば……」

 ううむ、とナギサは唸った。

「私の友人の話だ、本人の名誉の為に名は伏せるが、何日も徹夜する仕事が続いたせいで明るい中、机に座ったまま意識を失っていたことがあった」全くどうでもよいと言いたげな周囲の視線を気にすることもなく、彼女は続けた。「『おい、エミリア寝るなら寝るで自分の部屋に戻ってから――』そこで私はぎょっとした、友人はくわっと白目を剥いたままグゥグゥと寝息を立てていたのだから! つまりヒトはまぶたを失っても目玉を引っくり返せば睡眠は可能であるんだ」
「ええと王様、少々誤解があるようなんですが」

 ツーが困り顔をして、太陽王のコートの端をつまんで引っ張った。

「ぼく達は通常、まぶたを得る前に殺します」
「ええっ、そうなの!?」

 ツーを補足するロクの言葉に、太陽王ともあろうものが狼狽の相を浮かべた。

「大体だな、ニューデイズの住人にはグラール教団の信者が多く、彼らは仮面を被り素顔をさらすのを好まぬと聞く。まぶたを取るのは面倒きわまり無さそうではないか」

 エンドゥーはそう言いながらも、カムハーンがまぶたの収集以上にろくでもない事を考えつく可能性を恐れた。

 ――どうかお助け下さい。今は亡きレッド・リングと白髭公の魂に向けて、エンドゥーは普段の彼らしくもない弱気な祈りを心中で呟くのだった。

「下らぬやり取りだ、集めたければまぶたと言わず、いっそ生首にでもするがいい」
「それは素敵な考えですねえ、猟犬さん。でもでも、弾丸で首をきれいに切断するのは少々骨が折れそうですよお、うふ、うふふ」

 エンドゥーと二人のキャストの話に耳を傾けていた太陽王が、突然ぽんっと手を打った。この場にいるものの視線が彼に集中する。

「こちらのグラールで人死にを出さぬ約束は守るべきである、まぶたは止そう。代わりに教団信者の仮面を剥いで集めることにする、それが連中に大層精神的な痛手を与える事になるのは我も良く知っているからな、フハハハ」

 自らの思いつきが気に入ったのか、カムハーンが哄笑する。
 血を見られぬと知ったアークス達は一様に不満の表情を浮かべるが、太陽王がさっと右手を掲げるや、宙空に旧文明の紋章が赤く輝き、獰猛なプレデター達の本能を抑え込んだ。

「対応……完了」

 カムハーンの言葉に、ひとまずほっとした顔をするエンドゥーであったが、物問いたげにこちらを向く指揮官のフードを見て表情を引き締めた。最悪の交渉結果を免れはしたが、二十四時間以内にカムハーンと同じ世界より来たイーサン達を相手に、何らかのアクション起こし成果を上げねば、この王は必ず恐るべきアークスどもをニューデイズに放つに違いないのだから。




「英雄はお前じゃあない!」

 並行世界のイーサンが発する声が、朗々と地下洞窟の闇に響き渡った。それまで一進一退の気配であったイーサンと襲撃者の戦斗は、それを境に真なる英雄の側へと流れが傾いたらしい。フォトンが何かを切り裂く音がして、敵の撤退する気配が感じられた。
 マガシ、ヴィヴィアン、ヘルガは既に敵を退け、鍾乳洞の基地跡へと帰還している。ヘルガはともかく、他の二人がイーサンの救援に向かわないのは驚くべきことだったが、彼らはリーダーの戦闘力に対して絶大の信頼を寄せていたのだろう。
 重い足取りとともにイーサンが洞窟の入り口に姿を見せた時、冷酷非情のヘルガともあろうものが、あっ、と息をのむこととなった。ダブルセイバーを持ったイーサンの右腕は、彼自身の左手に握られていたのだから。
 肘のあたりで切断されたと思しき右腕を、イーサンは無造作にナノトランサーに放り込んだ。その表情には疲労の色こそあれど、全く痛みを感じている風ではなかった。

「手強い敵だったようだが、成るほど、肘から先の分だけ間合いが長くなったのが勝因といったところか」

 マガシがそう言うのを聞いて、ヘルガは二度、息をのんだ。斬られた腕ごと両剣を振るって敵を退散させたらしいイーサンもイーサンだが、僚友が片腕を失ったのを目にしながらも、このキャストは一片の動揺さえも示していないのだから。そして、イーサンの左腕の傷口は出血してはいない。フォトンが傷口を焼いたからかもしれないが、丸ごと腕を切り取られたのだ、太い動脈の切断面まで塞がるというのは少々おかしい。

「エイユウハオマエジャナイ、トハ、ナンデスカ?」

 ヘルガの不審を他所に、ヴィヴィアンがそんなことを言う。

「別に大した意味があるもんじゃない、厄払いのおまじないみたいなものだよ」

 イーサンは面白くもなさそうに言う。

「イーサン、お前は一体何者なのだ?」

 ヘルガがたまりかねた様子で口を開いた。

「ヒューマンであれ、ニューマンであれ、ビーストであれ、或いはキャストでさえも、老いと死からは逃れ得ないのさ」

 にやりと笑って、イーサンが言う。

「シモマタスクイ、トミコサマーハオッシャッテマシタヨ?」
「そいつは旧文明人どもにこそ言って聞かせてやるべきだぞ、ヴィヴィアン」マガシは皮肉な声音でもって指摘した。「もしくは、スルクーフの連中にだ」




 発進準備の整ったシャトルに向けて踵を返す紅いボディのキャストに、他の二人が続く。ヘルガはしばしイーサン達を横目に睨んでいたが、やがて視線を足下に落とした。そこには、リーリー・ワイヤード・ランスに縛り上げられた一羽のラッピーがころがっている。先程の襲撃で、両手ならぬ両羽にラッピー・ティッピーズを持って襲いかかって来たところからして、戦闘用に調教されたものなのかも知れない。動物愛護団体から文句をつけられそうなものだが、すぐにどうでもよくなるだろう。先程までは「きゅきゅ」と苦しげに啼いていたが、今は「ギョギョ」だか「グェグェ」といった薄き気味の悪い呻きを上げているのだから。
 ヘルガは深くため息を吐くと、全く気乗りのしない表情のまま、イーサン達の後を追うのだった。ワイヤーで引きずられるラッピーの体色は半分以上が黒化している、シャトルに到着する頃には、SEEDウィルス感染したこの鳥はデル・ラッピーと化していることだろう。





 随分サボってしまいましたが、ちょこっと更新です



[27552] その21
Name: 蕎麦わんこ◆9fb2142d ID:f01077cd
Date: 2020/09/23 19:20
 グラール太陽系に来った、招かれざる客人達は、惑星ニューデイズそして惑星モトゥブにおいて次々と行動を起こしつつあった。
 マガハラより帰還した旧文明人が勝利を収め、現生のヒトが滅亡に瀕しつつあるという歴史の歩みが既知とは異なる並行世界のグラール。その世界から亜空間移動能力を有するレリクスと共に来訪した、イーサン、マガシ、ヴィヴィアン等によって率いられた一団は、こちら側のグラールの歪曲空間に干渉し、そこに数多のSEEDとともに封印されていたヘルガ・ノイマンを召喚した。その目的は旧弁明人に精神を乗っ取られたヒトをSEEDウィルス感染させ、太古よりの侵略者の器としては不適と成すためであった。ヘルガはSEED兵器の研究者であり、自身もまたSEEDの媒介者、SEEDウィルスの強力な感染源であったのだから。
 一方、彼らを追うように、巨大な塔の形をした亜空間航行船“スルクーフ”をもって並行世界のイーサン等の企みを挫かんとする者達がいた。彼らの正体は不明だが、スルクーフと共に時間と空間の狭間を旅し、ダークファルスと戦い続けているのだという。




“塔”は鳴動していた。大地を揺らし、大気を震わせ――しかし、この異文明の高層建造物が成そうとしていたのは、それ以上の事であった。
 巨大な塔の基部に、ちっぽけな寄生菌類の様なものが幾つか貼りついているのに気がついていたのは、それをニューデイズのインヘルト本社より持ち込んだシスル・シュウその人と、彼の指揮のもと“塔”で作業するインヘルト社の技術者に、同盟軍の兵士達、そして真紅の外装の背の高い一人のキャストといった面々だった。
 上空から俯瞰すれば、キノコチェアのミニチュア程度にしか見えない菌類の様な何かだが、実際にはディラ・グリーナと呼ばれる大型ハッキング用マシナリーである。砲弾形の頭部を支える脊柱様のシャフトから伸びるフィラメントが、金属とも石ともつかぬ素材からなる“塔”の外壁に侵徹を開始しつつあった。
 ディラ・グリーナの設置作業をしていたインヘルトの社員の一人が、青い顔をしてシズルの下へと駆けて来る。

「“塔”の振動ですが普通ではありませんよ」

 轟々と唸りを上げ始めた“塔”を薄気味悪そうに社員は見上げた。

「空間振動、亜空間発生装置の起動時の現象だね」

 シズルは事もなげにそう言った。

「じゃぁ、こいつは亜空間への門を開いてどこかへ移動するつもりなのでしょうか? それとも何かを呼び込もうとしているのですかね」
「こいつが此処から動くとは思えないな」

 シズルは地面の下を指さして言った。

「何しろ“塔”は地下にあるレリクスを封じ込めて動かさないようにしているんだから」
「ならば、私たちの作業に対する警告、あるいは脅しと言ったところか」ここで口を挟んだのは、丈高い真紅のキャスト、マガシだった。「いや、もっと性質の悪い嫌がらせだな。思い出せ、亜空間発生装置の齎す弊害を」
「原生生物の狂暴化……ですか」
 
 マガシの指摘にシズルが応える。原理は不明だが、亜空間発生装置の起動は周辺の原生生物の攻撃性を高め、しばしば装置そのものへの攻撃が行われる。亜空間事件の際には、マガハラから発せられる、『死の意識』に対抗するため稼働していたグラール側の亜空間発生装置に各惑星の生物による熾烈な攻撃があったと記録されている。

「軍監視衛星、並びに軌道の戦艦部隊から通信。東クグ砂漠における大型原生物の行動の活発化を確認、当該地域に展開中の部隊は警戒態勢に入れ、です」

 同盟軍の兵士の一人がシズルに、そう報告した。隣に並ぶマガシをまるで無視している様子なのは、元エンドラム機関のキャストを彼らは酷く嫌っているからだ。

「同盟軍の皆さんはともかく、我が社の者達は一旦引き上げた方がよいかも知れないですね」

 シズルが振り返った視線の先には頑丈な防壁とフォトン火器で守られた監視哨が“塔”と睨みあっている。立て篭もればディマゴラスの一匹二匹くらいは撃退することも出来よう。

「少し遅かったかも知れんぞ」

 マガシがぼそりと呟いた。
 と、同時にシズルの背に冷たい金属の羽根が開いた。
 黒いコートの腕が八枚の羽根の一つにかかるや、間髪いれず空中に銀色の輝線を引いた。
 胸の悪くなるような呻き声があがり、何かが体液をしぶかせつつ地面に落ちた。

「こいつ、ザウッザですよ」

 砂中からシズルを襲ったが、逆にツミキリ・オモテの錆となったのは、大口を備えた頭部に直接二本の脚を生やした小型原生生物だった。小型といっても武装していないヒトにとっては十分脅威となるのが、惑星モトゥブの恐ろしさでもある。
 同盟軍兵士達は、すぐさまインヘルト社の社員を護衛する体勢に入り、監視哨へと後退を開始した。彼らの論理的思考はシズルの剣技は兵士たちの助けなしにシズル自身を守ることが可能だと判断し、彼らの感情はマガシがザウッザの餌にでもなればいいと毒吐いていた。
 最初の一匹に続いて、次々とザウッザが砂から這い出してくる。同盟軍のGRM社製ライフルのフォトン弾の光と、紅いキャストが手にするマガナスレイヤーの唸りがこれを迎えうった。

「気に入らんなあ、ザウッザという奴は――」
「大型原生生物、ビル・デゴラスの食べ残しを漁る死肉喰らいです」

 マガシとシズルは顔を見合わせた。
 この時、凄まじい揺れが辺り一帯を襲った。“塔”の発するものではない、地震でもない。その原因はすぐに明らかとなった。
 監視哨を囲む防壁の一ヶ所に亀裂が走り、見る間にその部分が切り裂かれて砂の下へと沈んでいく。 代わって、四本の角を持つディ・ラガンに似た大きく長い頸が地面を割って現れると、咆哮を放ち四囲の空気をびりびりと震わせた。




 ニューデイズ時間にして、二十四時間以内に並行世界のイーサン一党を捕えねば、拉致したアークスを使って、グラール教団信者に対して大規模な仮面狩りを仕掛ける。
 上機嫌でその様に宣言すると、これまた並行世界より来った太陽王カムハーンはアークス製の中型艦へと戻り、マガハラを閉じ亜空間へと退去したのだった。

「最悪の事態となっても、こちらのグラールでの流血沙汰は避けられるか」

 カムハーンの介入は危うくエンドゥー達の目論見を台無しにするところであったが、どうにかこうにかスルフーク勢は僅かながらの時間的猶予を得て、また破滅的結末――すなわちアークスによるニューマンのまぶた収集――は避けられる見通しとなった。

「いえいえ、いえいえいえ」

 これは、言うまでも無く劣化リサクローンのリサ/ナハトである。

「エンドゥーさんは、はっきり言ってアークスってものを舐めてますよお」リサの紛い物は断言した。「ええとですねえ、ラグオルのひと達がD型亜生命体と戦ったり、グラールでのSEEDとの戦いはあくまで歴史の中での異常事態、普段は人間同士で落としどころのある戦いをずっとやっていたのでしょう?」
「ふむ、オレ達は戦争で母星をすっかり荒廃させて、人の住み難い場所にしてしまったんだがな」

 と、キリーク。

「百年前の種族間戦争は随分苛酷だったと教わったぞ……ついこの間」

 一応捕虜扱いのナギサであるが、なんだか微妙に馴染んでしまっている。

[チはヒや][コと争うことも][あるが][ロの裁定は][絶対]

 龍族のチ・モブまでもがこの話題に興味をもったらしい。

「アークスというのはですね、この世に現れてこの方、ダーカーとダーカーに侵食されたものと延々と戦って来た訳ですよお。当たり前ですが、ダーカーとはSEEDやD型生物と同じく話し合いなんかできません、お互いがお互いを皆殺しにしようと血みどろになって戦う、それだけなんですねえ」
「要点だけ、言ってくれ」

 エンドゥーがぴしゃりと言った。

「狭い意味での戦争をアークスは知りません、知っているのは終わりのない苛烈な生存競争だけです」ここで、リサはコホンと咳払いの真似をする。「たとえカムハーンさんが『絶対令』もどきを使って『仮面だけ取ってこい』と命じたところで果たして上手くいくんでしょうかねえ?」
「いかなきゃどうなるというんだ?」
「それはですね、ナギサさん、仮面だけじゃなくて『しまった、つい力が』な感じで、顔の皮まで剥いじゃうとかですかねえ」
 
リサは恐ろしいことを口にする。

[ディーニアンの][皮][うっ、頭が]

 モブが頭を抱えてぶるぶると震えだした、何かトラウマを刺激されたらしい。
 この時まで、まるで幽霊みたいにエンドゥーの傍らに佇んでいた“指揮官”が何やらぼそぼそと呟いた。

「分かっているとも、一刻の猶予もならない。スルクーフを以て連中のメイザーズ・シップは元の世界へと曳航する」
「メ、メザシ? エンドゥー、何だそれは」
「お前が前に潜ったレリクスのことだ。只のレリクスなどではないぞ、亜空間航行エンジン付きの、小規模封印装置だ」

 黒衣のハンターに代わって猟犬がナギサに答えをよこした。

「君が戦ったというイーサンは、あれとともに、こちらのグラールに来たんだ」

 エンドゥーがキリークの言葉を受けて、そう言った。




「げげっ、小さいヤオロズ様!」

 イーサンが驚きの声を上げたのは、グラール第二惑星ニューデイズの首都にして、一大宗教都市でもあるオウトク・シティに存するガーディアンズ支部の一室においてであった。

「何かがこの惑星に来おるぞ、いやもう来たか」イーサンを無視してヤオロズの分体が言う。「禍々しき王、そして飢えたる数多の兵たちが」

 まさにこの時、南海の名も知られぬ孤島に、亜空間マガハラがその口を開き、太陽王カムハーンがアークスを従え現れたとは、イーサンやカレン達にとって想像の外であった。

「重ねて申し上げますが、当室では原生生物の持ち込みは禁じられています」ルウが尚も言った。「あ、少々お待ち下さい、只今シコン諸島近海に亜空間発生との報告あり」

 この場にいた、イーサン、カレン、レオ、トニオの四人はぎょっとした様子で、ルウに視線をやった。グラール資源枯渇問題への最後の切り札、亜空間航行研究施設は三惑星にそれぞれ存在するが、ここニューデイズにおいては首都オウトク・シティ付近にそれは建造されていて、シコンやアガタといった島嶼部で亜空間発生は有り得ないからだ。

「ヤオロズよ、あなたの言ったのはこれのことか」
「幻視の巫女よ、妾には世界の一部が歪み破られたのが感じられる。そして、白い稲妻の如き意思がそれに立ち向かわんとしているのも」
「白い意思……そりゃひょっとしてナギサのことじゃないだろうな?」

 イーサンが問いかけ、ヤオロズは肯定するように、ぐるると喉を鳴らした。

「なら、俺たちの行く先は決まった」

 イーサンが立ち上がった。即断即決の行動力である。

「いや待てイーサン、オウトク・シティを開けてしまうのはどうなんだ」

 慎重派のレオが異議を唱える。

「ニューデイズ支部は私と、レオさんが残れば不測の事態にも十分対処できるものと考えられます」
「だがなルウ、俺とイーサン、カレンで一つのチームなんだ、それをわけてしまうのは得策じゃないぞ」
「なあに、三人目の代わりはここにいるぜ」

 人の悪い笑みを浮かべて、トニオが右手をあげる。

「決まりだな。ルウ、シコン行きのフライヤーの手配を頼む」

 慌ただしく、イーサンにカレン、そしてトニオが出発の準備を始める。
 ヤオロズものっそり身体を起こした。三人の見送りをするためではなかったろう。




 鬱蒼と茂る熱帯雨林に覆われた渓谷地帯、クロウドックはグラール第三惑星モトゥブの東西クグ砂漠の中間にあった。
 渓谷の壁から張り出したテーブル状の岩盤に、一機の宇宙船が駐機していた。そして船内にエミリア、ルミア、ルウにヴィヴィアン、そしてユートといった面々が集合している。
 五人はそれぞれ卓に付き、その中央に設えられたホログラムディスプレイを介して、ガーディアンズ総裁ライア・マルチネスと通信を交わしていた。

「む、これは」

 ホログラムのライアの表情が厳しいものに変わった。

「どうしたんですか、ライア総裁」

 ルミアが問いかける。

「あんたの教官が、偽のイーサン達のものと思しきアジトに強襲をかけた。しかし拙速に過ぎた様だ、パーティーメンバーが揃わずラッピーまで加える有様だったらしい」
「その様子ですと、突入は失敗だったのですか?」
「そうだルウ、連中にシャトルでの逃走を許してしまったようだ」

 ルミアが腕組をして、うーんと唸った。教官の安否については心配していない、ダーク・ファルスとの戦いさえ経験した猛者である、せいぜい軽傷止まりといったところではないか。しかし教官の失敗は弟子である自分が汚名をそそぐ必要を彼女は感じていた。

「でも逃亡を許したといっても、替えになるアジトがあるのかな」

 と、これはエミリア。

「ステルス仕様のPPTシャトルに、マガス・マッガーナ、これらを収容するとなるとそれなりの規模の施設が必要となりますね」

 ヴィヴィアンも考えこむ様子であった。旧鉱山跡やイルミナスの廃棄施設など目星はないではないが、そもそもこの世界ではアウェーである並行世界のイーサン達が複数の大規模なアジトを用意できるかは疑問であった。

「エミリア、ヴィヴィアン、最早あの来訪者達の秘密を我々だけの中に留めておくのは無理ではないでしょうか」

 そう言って、ルウは二人に目をやった。

「おいおい、あんた達の中で何やら隠しごとがあるのかい。ふふん、それでルウをネットワークから切り離したんだね」

 ライアの声音は驚いた風であったが、叱責の響きはなかった。
 ルウはグラール中に存在する個体の全てがネットワークで繋がれ、リアルタイムで情報共有/処理を成しえている。一体のルウが知り得た事実は全てのルウの知るところとなり、またルウはガーディアン組織における神経ネットワークであれば、ガーディアン全ての知るところとなる、と言ってもあながち大袈裟ではない。

「あたし達の“隠し事”に関する情報は蝶の小さな羽ばたきとなってグラール世界のこれからによくない影響を与えるかも知れない。ルウ達による共有によって情報量が増大すればなおのこと、でもそうも言ってられない程に事態は進んでいる。ルウ、ネットワークに復帰して」

 この時、エミリアの言葉に異論を唱えるものはいなかった。

「ルウNo.256、ネットワーク復帰します、フォトンウェーブ通信同期開始……」

 ルウからしばし人形の様に表情が失われ、同期シークエンスが実行された。

「おっ、本部のルウからもデータが上がってきたね、どれどれ」

 総裁付きのルウがビジフォン端末に情報をアップロードし、それに目をやったライアが絶句するのを、エミリア達はホログラム通信越しに確認することとなったのだった。



 
 シャトルはモトゥブ大気圏内を巡航していた。フォトン迷彩によって、あらゆる電磁波、フォトン波、Aフォトン波から身を隠しつつの航行である。ガレニガレ鉱山から脱出した、並行世界から来ったイーサン達の艦であった。ブリッジにはマガシ、ヴィヴィアン、ヘルガ等の姿がある。

「これから貴方達はどこに行くつもりなのかしら」

 苛々とした調子でヘルガ・ノイマンが問うた。

「惑星ニューデイズと教えてあったはずだが、何を苛ついているヘルガ」

 レンヴォルト・マガシは飄々とした調子で応えを返す。

「そんなことは分かっている、どうやってニューデイズに行くつもりなのかを聞いているのよ」

 彼らは既にガーディアンズの強襲を受けている。その際、PPTシャトルで脱出した事は感知されている筈だ。となれば惑星間航行支援システムであるベクタートラックを封鎖して、こちらをモトゥブに封じ込めようとするに違いない。

「マザーズ・シップと合流するのさ」

 ブリッジのドアが開き、そんな声とともにやって来たのはイーサン・ウェーバーであった。

「イーサン、お前……」イーサンは先のガーディアンズとの戦いで右腕を斬りとばされていた、しかし彼には今両腕がある「その腕はどうした、キャストならともかく生身のヒトが切られた手足を簡単に繋ぎ直せはしないだろうに」
「俺の右腕はそもそもコピーキャストの技術を利用した義手だったんだよ、いや腕だけじゃない、ぼろぼろになった身体の各部をキャストの部品で補っているんだがね」

 そう言って、イーサンはからからと笑った。「ところであんたには、俺が一体何才に見える?」

 問われたヘルガの表情が困惑の色を浮かべた。見たままから判断すれば17か18才といったところだが、キャストのパーツで身体を補っているとはどういうことか。

「その若さで身体を機械化しなければならない程の苛烈な戦いを経てきたというの」
「答えになってないな」イーサンが言った。そしてナノトランサーから一本のアンプルを取り出してみせた。「ニューマン用の成長抑制剤だ。ニューマンと言ってもグラールのではなくスルクーフの連中の世界のだよ」
「奴らの元いた世界のニューマンは成長速度が不安定らしくてな、老化の進行をそいつで調整しているのだそうだ」

 マガシがイーサンの言葉を補足した。

「成るほど、少し解ってきたわ、その薬で延齢処置を行っているのね。」
「その通り。こいつは正確にはヒューマン用に調整した改良品でね、延齢というかざっくり言うと若返りの効果があるのさ。もっとも老化を根本的にはどうにかできる訳ではないから、四肢や内臓は機械とのモザイク状態になってる」

 ヘルガは呻いた。並行世界のイーサンの言が本当ならば、彼の本当の年齢とは一体…… 
 もしエミリアがこの場に居合わせたならば、はたと膝を打ったに違いない。彼女がこのイーサンと地下レリクスで接触した時に、彼の年齢が三才程も若く見えたことに不審を抱いたからだ。まさか薬物を使って若返っていた、いやそもそもその様な薬物が存在するというのはエミリア程の天才的頭脳をもってしても、想像の埒外だったろう。

「まあ、いいわ若作りのイーサン」ヘルガが言う。「マザーズ・シップはスルクーフとやらに押さえ込まれてるんでしょう? どうするつもりなの」
「そうだな、あんたが勧めてくれたようにガジェットで爆撃でもしてみるか」

 イーサンがにやりと笑みを浮かべた。

「本気なの?」
「前にも言ったがスルクーフはAフォトン連鎖誘爆弾に対し抵抗力がある。だが、スルクーフの周囲には同盟軍が陣地を構築している。」

 マガシの言わんとすることをヘルガはしばし黙考した後に理解した。

「成程、脅迫ね。マザーズ・シップを開放しなければガジェットの爆発で同盟軍を巻き添えにすると……」
「こちらのグラールに被害を出すのを連中は避けたがるだろうからな」
「大した悪人だわね、イーサン」

 ヘルガが面白そうに言った。

「ホンカンハ、コリヨリヒガシクグサバクヘ、テンシンシマス」

 イーサン達の会話の内容を知ってか知らずか、ヴィヴィアンがシャトルを加速させた。
  
 


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.10922193527222